大蔵委員会 第37号
- 発言数
- 94 件
- 登壇者
- 10 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1969/06/13
会議録
○田中委員長 これより会議を開きます。 内閣提出の国税通則法の一部を改正する法律案及び広瀬秀吉君外十一名提出の国税審判法案を議題といたします 質疑の通告がありますので、順次これを許します。平林剛君。
○平林委員 本件につきまして、さきに資料の要求があり、それに対して大蔵省から提出をされております「不服申立ておよび訴訟の件数について」というのを読んでみたわけであります。これによりますと、昭和四十二年におきまして異議の申し立ての件数が三万四千七百七十八件、それから審査請求件数が昭和四十二年度において一万二千四百二十件、非常にたくさんの異議申請あるいは審査請求が行なわれておるわけであります。また、これに対する却下、棄却の数字もかなりその割合が高いように調査の結果あらわれておるようでございます。 そこで私、お尋ねいたしたいのでありますけれども、この資料によりますると、異議申し立てに対しての却下は千六百十二件、四・八%、審査請求に対しましての却下は千二件の九・七%、こういう数字になっておる一わけでありますけれども、この却下の理由というものはおおよそどういうようなものでございましょうか。
○亀徳政府委員 先生御存じのように却下は、大体形式的な要件が相整いません、たとえば期間の徒過とか、そういうことに関連して却下されて、内容には及ばないものでございます。内容に及んで、やはり理由なしというものがその次にあります棄却で、大体却下は形式的要件、そういった点で整わない点があるということで退けられるものとお考えいただければけっこうかと思います。
○平林委員 そこで、この異議申し立てに対する棄却については、昭和四十二年度の例をいいますと一万九十四件で三〇・三%、それから審査請求で見ますと、同じく昭和四十二年度で三千八百十七件、三六・八%と、おおよそ三分の一あるいは三分の一以上が棄却されておるわけであります。一々こまかい内容を聞くつもりはありませんけれども、大網いたしますとどのような事情で棄却されておるかというお調べがまとまっております五。
○亀徳政府委員 なかなかこれは千差万別、いろいろな種類がございまして、どういう種類というような調べは、実は申しわけございませんがいたしておりません。いろいろな理由がございますかと思います。
○平林委員 そのいろいろな理由というのを大網的にお話しいただきたいのであります。なぜかといいますと、政府が提出いたしました国税通則法の一部を改正する法律案の第九十二条に却下という条項がありまして、「審査請求が法定の期間経過後にされたものであるとき、その他不適法であるときは、国税不服審判所長は、裁決で、当該審査請求を却下する。」こういうことになっておるわけでありまして、これは却下のところでありますけれども、同じように棄却というようなことも実際上の場合にはあり得る。どういうようなときに却下され、どういうときに棄却されるかというようなおおよその見当だけはやはりつけておく必要がある。今後の運営上、その点を明らかにしてほしいと思うのでありまして、いろいろなという点を説明をいただきたい。それから九十二条でいえば「その他不適法であるときは」却下するという「その他不適法である」というのはどういうことをさすのかということをお答えいただきたいと思います。
○亀徳政府委員 類型に分けて申し上げることは困難かと思いますが、今度は納税者の方々の異議の申し立て、たとえば収入金額の見方が高いではないか、経費の見方が少ないではないかというようにいろいろの角度での御主張があろうかと思います。それで、こちらで調べて、やはり収入金額の見方はこちらのほうが正しいと思う、あるいは経費の見方もこちらが正しいと思うというようなことで棄却が行なわれるかと思います。それで、あくまでもそれは個々の納税者の方の具体的な事情に即応いたしまして、個別に判断することになろうかと思っております。また、その点は十分われわれといたしましても、今後異議申し立ての段階において、それから審査請求のときは当然でございますが、個々の納税者の方々の事情を克明にやはり調査して処理するというようにさらに一段と努力したいと思っております。 それから、不適法の場合に却下するということでございますが、不適法の類型——ちょっと主税局長から……。
○吉國(二)政府委員 税務署段階のはございませんが、却下の実例を調査したものがございます。審査請求の段階の却下につきまして、一定の期間をとりまして調べたものがございます。東京国税局の例でございます。 二百五十一件の却下件数がございます。これは一定の期間でございます。そのうち六十一件の期限の徒過、期限が過ぎてから出したもの、それから十四件が異議申し立てをまずなすべきところそれがしてないということ、それから大部分の百六十六件というものは不服申し立ての利益なし、たとえば差し押えに対する審査請求をいたしましたところが、すでに差し押えは解除になっておるというような、実体的にいわゆる訴えの利益のない場合、訴訟の対象物がないというときに不適法になるわけでございまして、これが大部分でございます。それからあとその他雑件的なものが十件ございます。それが大体の内容でございます。
○平林委員 もう一つ、第九十二条の「その他不適法であるときは、」却下をするというのは、先ほど国税庁長官からお話がありましたように、形式的なものが整わない、こういうように解釈すべきものかどうか。
○吉國(二)政府委員 一般的には形式的な不備、つまり言いかえますと、期限の徒過とかあるいは審査請求をしながら自分が氏名を書かないとかいうものがございます。それからいまもう一つ申し上げました訴えの対象物がないという場合は不適法になるわけでございます。すでに処分が取り消されておる、それを知らずに訴えを起こしたというような場合でございますね、それが不適法という中へ入るわけでございます。
○平林委員 先ほど却下と棄却との違いについてお話がありました。形式的なものが整わない、内容に及ばないものを却下という、内容に及んでそれを処理したものを棄却という、こういうお話がありましたが、却下されたという場合ですね、つまり内容に及ばないわけですから、審査請求をしたことにはならない。そうなると、裁判所に出訴することもできなくなるのではないかという意見があるわけでございます。もちろんそれは形式が整わないとか、いま主税局長がお話しになりましたように、名前が書いてないとか、はっきり九十二条の解釈によるものは別にいたしまして、ある場合にはそうでないものもないとはいえない。そしてそれがまた納税者にとっては不服である場合もあり得る。こういう場合、却下とはすなわち審査請求したことにならないから裁判所に出訴することもできなくなるという見方がそこに疑念として生まれてくるわけであります。この場合出訴できるのかできないのかという点を明確にしておいてもらいたいと思います。
○吉國(二)政府委員 却下も審査請求における処分でございます。したがいまして、この却下を争う訴えは当然できるということになります。その場合には、裁判所が却下の内容になった形式的な個所を審査いたしまして、もしこれが誤っておれば却下の処分を取り消すわけでございます。取り消せば当然に適法な審査請求がそのまま継続をするという形になりますが、裁判所によっては、その場合に却下を取り消しておいて、すでに内容的に入っても差しつかえないという判断をした場合に自判をするという場合もあり得るかと思います。
○平林委員 もう一度国税庁長官にお尋ねします。 先ほど調査資料に基づいて、不服申し立てについての内容を私お尋ねしたわけでありますけれども、いまは却下の実例についてその累計をお話しいただきました。今度はこれについて不服申し立ての件数すべてについて、あるいは審査請求のすべてについて、個人、企業、あるいは企業でも大きな企業、小さな企業というような企業別の調査分類表はございますか。
○亀徳政府委員 この企業別のこまかい累計は実はとっておりません。ただ税目別の件数はとっておりますので、法人税についての異議の申し立てば法人でありましょうし、所得税の異議の申し立てば個人というふうにお考えいただきますと、これは四十二年度の異議の申し立てについて申し上げます。 まず、法人税の関係が八千六十七件、それから所得税につきまして、申告所得税につきましての異議の申し立てが二万七百八十件、源泉所得税が九百四十六件。それから資産税もこれは個人でございます。資産税が千九百六十九件、合計三万一千七百六十二件、かようになっております。ただ法人も、全体の大体九五%が同族会社、小さいものでございますので、大半はやはり件数的には同族会社とかそういう方々が多いのではないか、かように考えております。
○平林委員 そこで私の前段の質問は終わるわけでありますが、結局異議の申し立てあるいは不服申し立て、個人、企業の分類表はないけれども、税目別にはある。そして法人関係では異議が八千六十七件、そのうち九五%が同族会社である、同族会社に関係するものである、こういうふうに私お聞きしたのでありますが、あまり数字は争いませんけれども……。
○亀徳政府委員 全体の中の九五%が大体同族会社でございますので、この件数の中の大多数が同族会社ではなかろうか、この九五%という意味じゃございませんので……。
○平林委員 わかりました。とにかく同族会社に関する問題が多い。したがって、私はただいまより、同族会社の役員の賞与を損金算入に認めない結果いろいろな問題が発生しておる、それが非常にトラブルの原因になり、異議申請、申し立ての件数もはなはだ多いということにかんがみまして、以下これに関する質問に入っていきたい、こう思うのでございます。これは幕あけであります。 そこで、私は先般来、同族会社の役員賞与を損金算入に認めないということは、一つは、二重課税になって重負担という結果になっているということ、それから第二は、これは実態を無視するばかりか憲法に違反する疑いがあることを指摘をいたしまして、前後二回この大蔵委員会で政府当局と論争し、また、大蔵大臣にもいろいろと御意見を承ってまいりました。これに対する当局、特に吉國主税局長の答弁では、こういうふうに速記録には記録されております。「現行法としては確かに、同族会社であり、その役員が同族関係者になっておる場合は、賞与は全額損金否認になるたてまえになっておりますが、この点について実情をいろいろ調べてみて、そこまで明確にいえるものかどうか、その点はさらに検討する必要があるのではないか」「実態に沿って現在調べております。」これが私に対する答弁でございます。なお引き続いてこう答えています。「結論が出れば——また、いまの規定が正しいということになればこれは別でございます。実情からいうと実情に沿わない点があるとすれば、ある程度これを改正する必要がある点も出てくるかもしれないというのが現在の段階でございます。」こうも答えておるわけであります。大蔵大臣はこれに対して、「ただいまのお話、確かに一つの御指摘だと思います。」「そこで、これを救済するのはどういうようにするか。」「法改正を含めまして、また運用をどうするか、それで解決できるか、こういうことまでも含めまして検討いたしてみたい」と私に答えております。 この具体的な調査につきましてはどうなっておりますか、それをお答えいただきたいと思います。
○吉國(二)政府委員 ただいま御指摘のとおり、現在の法人税法の規定によりまして、一般に支配的な地位にあると認められまする常務、専務、社長等の役員の賞与は損金に算入をしないという規定がございますが、それに加えまして、同族会社についてはその役員である限りは、たとえ常務その他の特別の支配的な地位を示す役職でない場合でありましても、その役員が、同族会社にその会社を判定する際に、その基礎となった株主あるいはその同族関係者である場合には、これを使用人兼務重役とは認めないという従来からの規定があるわけでございます。その点で、私が申し上げましたのは、その規定ができて後に、一部の裁判所では、そのような地位にある役員につきましてやはり使用人兼務重役と考えていい性格のものがあるという判断のもとに、全額否認された賞与につき、その一部を使用人相当分として認容をした例が出てまいりました。そういう点から、同族会社の場合は実質的には個人と法人とが一体的に観念される、しかも同族支配ということによって法人の行為が支配株主の意思に従って決定される可能性が非常に強いということから、従来は同族関係者、つまり同族会社の判定の基礎となった株主及びその関係者もすべて一般の支配力ある役員という前提で規定ができておるということではございますけれども、実際のところから申しますと、ほんとうにノミナルな役員になっておって、全くそういう支配力を持たない者まで賞与を否認するのは酷ではないかという考え方もあり得ると思いますし、現実に使用人としてしか働いておらない、ただ役員の名称だけを持っておる者も同族会社でもあり得るのではないか、そういう観点から、税務署において調査した実例を参考といたしまして内容を検討したい、こういうことを申し上げたわけであります。 その後、国税庁に依頼をいたしまして詳細な調査票をつくりました。当時すでに調査票を作成しておりましたので、これを同族会社の多い税務署に配付をいたしまして、内容を現在集計いたしておる段階でございます。集計したところに基づいて判断をいたしまして最終的な結論を近く出し得るというところまでまいっております。調査票はすでに集まっておりますので、あとは集計をいたしまして判断をする段階になっておるということを申し上げたいと思います。
○平林委員 その国税庁において調査票をつくったという調査様式、提示をしていただけますか。
○吉國(二)政府委員 その調査様式は後刻差し上げたいと思います。
○平林委員 現在同族会社に配付して調査をした回答用紙といいますか、それはまとめ上げて集計中である、近く結論を出し得る、こうお話がございましたが、近くとはいつごろでございますか。
○吉國(二)政府委員 まあ、これは私がかってに判断する問題ではございませんので、事務的にもこれから検討をいたします。明確に何日と申し上げるわけにはいかぬと思いますけれども、まあできるだけ早くということは申し上げたいと思います。サボっているわけではないんで、あれからすぐに着手もいたしております。すでに集めている段階でございますから。ただ、内容的にはかなりむずかしい調査でございますから、係のほうでは、集計中にも庁議を重ねなければならぬ点もあるかと思います。それらの点を考えまして、明確な日は申し上げられませんが、できるだけ早くやりたい、これは誠意をもって申し上げたいと思います。
○平林委員 私がこの件に関しまして、内閣に対し質問書を提出したのは一月の中旬でございます。幸い今度の国会は五月二十五日で終わる予定でありましたけれども、政府・与党の非常識な会期延長ということに相なりまして八月五日までになりました。そこで私は、なるべく早く、できるだけ早くとこういうことでありますが、最終期限を限定してお話しいただかないというとわからないのであります。この延長国会中に提出していただけますか。
○吉國(二)政府委員 私としてはできるだけこの国会中に結論を出したい、主観的にはそう思っています。
○平林委員 まあなるべく早く、主観的を実際的に、ひとつ会期中に御提出を願って、また再び私の意に沿わないときには論争する場所を与えていただかなければなりません。そういう意味ではどうかひとつ実際問題として今国会中、しかも当委員会で十分議論ができる時間をとって結論を出してほしいということを強く要望いたしておきたいと思うのであります。 そこで私は、この問題を提起いたしましたこと、大蔵大臣と少し意見の交換をしてみたいと思うのであります。 私は、この役員に対する賞与について、なぜこれを争っておるかということは前々から力説をいたしてまいりました。私と大蔵省当局との法人税の解釈、法人税法の解釈につきまして、特に役員に対する賞与という問題についての解釈の違いを本来ただしていかなければならぬのであります。 いままで内閣からいただきました答弁書、大蔵委員会における主税局長の答弁を整理いたしまして要約すると、あなた方の考え方は、品のようになっております。一、法人の役員は、使用人と違って、その業務内容もいわば株主の委任を受けている。二、事業を経営する立場にある。三、役員賞与は、利益がある場合に限って、しかも株主総会の承認を得て出されるから、そういう賞与は利益の処分であって、本来損金にはなじまない。 こういうのが、要約しますと、今日まで述べられてきた役員賞与に対する考え方になっております。特に私が問題にしております同族会社につきましては、その中にはわずかな資本金、数人の同族、大企業に比較すると、まさに月とスッポンという違いがある会社が多いのであります。そのすべてに対して大蔵省は、ただいま列記いたしました解釈をとっておるのでありますが、特に先ほども主税局長からお話があったように、同族会社についてはその役員が、同族会社の判定の基礎になる株主またはその関係者である場合は、これは例外なく使用人兼務役員とならないという規定をしており、同族会社においては同族関係者であれば本来経営に参加するのがたてまえではないか。したがって、役員という名がつけば同族会社の場合、同族関係者の場合は、使用人というわけにはまいらないという考えが基礎になって、その役員賞与を否認しておるわけであります。これはいずれも従来の会議録それから答弁書を引例をいたしまして申し上げました。 私の解釈は、この点違うのであります。私は第一には、この同族会社の役員賞与が法人税、所得税の二重課税になっておって、その支払い能力の限界を越えるという法的解釈ができるということは、憲法違反の疑いがあるということが一つ。またその実態、現在の七十万をこえる同族会社の実情に即していないということをあげておりますが、そのほかに賞与とは何ぞやという概念について、今日まで議論してきておるわけであります。私は、賞与とは報酬のあと払いという概念がある。政府の解釈は、その点が明確でないということをあげております。 次に賞与には会社の利益処分として、すなわち経営者に対する利益の分配として支払われる賞与というものと、役員が勤労、勤務しておる、その労務の対価として、すなわち役員に対する賃金の一部として支払われる賞与もあり得る、それも存在するという見解が、全部否認するか、あるいは実情に合っていないかという、私は解釈の分かれるところだと思いますが、特に同族会社においてはその傾向は顕著である、こういう点が賞与の解釈についても違うわけであります。ところが税務当局は、賞与という名がつけばすべて利益処分による賞与であると解釈いたしまして更正処分をするから、会社の役員は賞与と名づけて報酬を受け取ることができなくなってしまっておるだけでありまして、私はこの賞与に対する見解というものが一つ、一番大きな違いになっておると思うのであります。 この点について大蔵大臣、常識的に見て私の主張をどういうふうに御判断になりますか。これは法律論もあるけれども、私はいま現状、実情に即して調査をしておるということからかんがみ、実情論として大蔵大臣の御判断をひとつ承っておきたいと思うのであります。
○福田国務大臣 平林さんから前回この問題について御熱心な御議論が展開されました。そのときも申し上げたんですが、これはひとつ実情をよく調べてみましょう、こういうことになりまして目下実情精査中でございます。ただいままでとってきておる私どもの考え方、考え方として間違いはない、そういうふうに思いますが、これが考え方は考え方として、実際問題として妥当であるか、こういうことが問題点だ、こういう認識を持っておるわけであります。よく実情を精査いたしました結果、適切な結論を下したい、かように考えております。
○平林委員 大臣のお考えも、まだ実際問題としての考え方がまとまっておらないようでありますから、私、重ねて私の所論を申し上げておきたいと思うのであります。 私は、賞与という場合に、これは特に同族会社を力点に主張いたしますから、皆さんもそのつもりで考えていただきたいと思うのであります。法理論的には、同族に限らず法人組織全般として、理論としては考えますが、私は特に粘り強く粘っておりますのは、同族会社、特に中小企業同族会社について実態をひとつ確かめようということでございますから、それを念頭に置いて私の主張を吟味してもらいたいと思うのであります。 私は、賞与とは、一般的賞与の場合を考えてみましてもそうですけれども、会社というものは従業員に対する賞与におきましても、その会社で利益があがれば賞与をよけい出すという慣習があることは御承知のとおりだと思います。つまり、従業員に対する賞与の中にも、利益処分としての賞与もあり得るということであります。つまり、定期賞与に付加して、ことしは会社は相当利益があがった、そこで賞与はよけい出そうというようなことで支給しておるのが実情だと私は考えております。換言をすれば、会社は従業員に対して利益処分として支払った賞与についても、これを法人税が賦課された利益を賞与として支給するというばかばかしい処理はしていませんね。主税局長、実際問題はそうなんですね。つまり、一般的賞与の場合を考えますと、従業員に対する利益処分としての賞与も、これは損金と認めないなんということはやらないで処理をされておるわけであります。 また、こういうことを考えなければなりません。「賞与は法人に利益がある場合に限り支給を受けるものである。」という定義を内閣総理大臣は私に答弁書として出しました。もっとも文案は大蔵省が書いたのだと思うのでありますけれども、一応閣議でも検討されたと思うのであります。これには、賞与は法人に利益がある場合に限り支給するものであるという定義をしております。私はそうでないと思うのです、先ほど申し上げたとおり。たとえば欠損があった場合ですね、その会社に欠損があった場合、もし賞与を支給したらどうなる。この場合、かりに法理論上の解釈によってその賞与は益金に再計上いたしましても、つまり損金とは認めないということで益金に再計上いたしましても、元来欠損の会社でありますから法人税を賦課することはできません。賞与には過大賞与というような規定がないわけでありますから、ほかの過大なる報酬とか過大なる退職金とかという規定がないのでありますから、過大なる賞与ということがないのでありますから、つまり欠損会社は無税の過大な賞与を出すこともできるということに相なるわけであります、理論上からいうと。理屈からいえばそうなるわけであります。こういうようなことが実際上、むずかしいことばでいえば資本の側の良識でそんなことはあり得ないということは理屈としてあり得ますけれども、それのみにたよらざるを得ないのがいまの税法の一つの欠陥でもあるわけです。それを逆に利用すればそういうこともできるということに相なるわけであります。 また、賞与は本来会社の利益の分配であると解するならば、利益賞与に対する所得税というのは昔は非課税だったんですね。これはこの間も、最近はサラリーマン重役なんということばがあって時代が変わったということを申し上げました。時代が変わったのに昔の法律の解釈に固執しておると、その法律そのものの権威がなくなりますよという注意を与えました。昔は会社の役員なんという者は原則として無報酬だったんですよね。そういうくらいのきつい経営者の立場を堅持していたんですよ。そのかわり利益が出たときは、すなわち配当がされるときには役員賞与として報酬をもらう、これが昔の考え方だった。これは明治三十二年から大正八年までは個人が法人から受け取る利益の配当及び利益処分による賞与は非課税であったわけですね。ところが、時代が変わってきた。そうして今日は、法律でも規定しなければいけないように、過大なる報酬はいけませんよということにしなければいけないように、すべての会社は、役員は報酬を受け取るようになってきておるわけです。これは一つの時代の変遷です。そうなると私は、賞与に対する概念も昔と違って変えていかなければならぬと考えておるわけであります。 会社の役員といえども、特に私が重視し論争しておる中小企業の同族会社の役員のように、汗水たらして夜おそくまで長時間働くから、会社の利益もあがるのですし、法人税収も確保できるわけであります。つまりそのために、汗水流して夜おそくまで長時間働くから、その勤労に対する賃金、賞与はあり得てよいのじゃないか。これが私の現在の法人税法に対する解釈はどうしても納得ができないという考えであります。特に経済的時代性の変遷、そういうものを無視してがんこな無理解な法解釈に固執しておるから、馬車馬のように働いても賞与を受け取ることができない。そこで会社の、特に同族会社の役員は法人税をごまかしても——いいか悪いかは別にして、法人税をごまかしてもという納税回避の状態になるのであります。それで紛争が、さっきのお話のように九〇何%というように非常に多くなることもあるいはあり得るかもしれないのであります。これは昔からの考え方に立って法解釈をやっておるからそういう状態が生まれてくる。すなわち、税法の網をくぐり抜けて複雑な経理を操作するというような風習も、私はここから生まれてくると思うのであります。そして、それが税制に対する怨嗟となり、徴税に対する不服となってくる。ですから私は、この同族会社——主として同族会社を強調しておりますけれども、実態に即してこの解釈を直していかない限りは、いつまでたってもこの状態は続きますよということを申し上げておるのでありまして、私は単に同族会社の役員の賞与をふやすべきだとかなんとかいうことだけではなくて、税の公平の立場から、あるいは現在のトラブルの発生がこういうところにあるということを指摘いたしまして、その是正を求めておるわけであります。 大臣、ひとつもう一度私の見解に対して御感想をお願いいたします。
○福田国務大臣 御指摘のように、同族会社につきましては、いろいろたてまえの問題と実際上の問題とあると思うのです。お話しのように、特に中小の同族会社におきましては、その同族会社の役員と称する人が、実際はこれが勤労者のような役割りをしておる、こういうような実情があるわけなんです。その際の税法の適用をどうするかということでありますから、なかなかデリケートな問題なんです。そこで実情をよく調査してみまして、その実情に適合した妥当な結論を得たい、こういうふうに考えているのです。その方向でひとつ努力をしてみたい、かように申し上げます。
○渡辺(美)委員 関連して。 大臣に認識してもらいたいことがあるのですよ。それはいま平林さんが役員、役員と役員のことばかり言っておりましたが、役員についてはそのとおりだと思うのです。ところが、もっとひどいことを実際にやっている。大蔵省は三十四年に直法一の一五〇という通達を出しておられるわけですが、その通達の中では、役員ばかりでなくても、同族会社で判定のグループの中に入った、要するに株主が経営に従事していればこれは賞与を認めないのだ、こういうことをいっておる。わかりやすい例をとると、福田商店で福田さんが何か仕事をやっている。それで一族郎党全部集めて事業をやらしているが、自分で三〇%株を持っている。あとは二株とか五株とか、おいだとかめい、それから昔から使っている使用人、そういう人に株を一株でも二株でも持たしておく。そういう場合、その人たちに賞与をくれれば、それは否認をされるのですよ。なぜかというと、判定の基礎になっておるものは、福田赳夫という人が三〇%以上の株を持っていれば、これは一人で同族会社になりますから、判定の基準になったものは一人なんだから、その下に入っている株主は役員でなくとも株を持っていれば、そしてしかも経営に従事していれば、これは認めないのだ。これは一番争いが多いのです。「経営に従事」とは何ぞや。経営の最高方針をきめるのが従事なのか、経営にただ参加しているのが従事なのか。そこらのところの争い、トラブルが実際は絶えない。そうすると、これは非常に実情を無視しておる。一方においては中小企業の近代化をはかろうじゃないかということで、材木会社が二軒も三軒も五軒もあれば、一緒になってりっぱな会社をつくったらいいだろう。そうすると、そこの中小企業の会社が合併するとします。中小企業が、ともかく同族会社として幾つもあるのが五人なら五人、合併をしますね。そうすると、おそらくその社長連中はみんな大株主であることは間違いないから、その人たちが一応判定の基準になる。五人なら五人の株主で全体の株の七〇%を持っていれば、それは同族会社になるのです。社長どもが集まって、その五人でなくて、社長が連れてきた自分の配下、おいだ、めいだ、きょうだいだ、いとこだ、親だ、何だ、これは幾つもあるわけです。だから同族者というものは何十人、あるいは場合によっては何百人になるわけです。その人たちが全部ひっかかってくるのですよ。ここで非常にごたごたが起きる。実際は、株を持っていても、ほかのところにつとめればちゃんと賞与をもらえるのですよ。合同して近代化して、そこで一緒にやろうというものは否認されるから賞与はもらえない。そういうことでは人手不足の中小企業はますますまいってしまう。経営に従事するということは、実際株主で重役の権限を持っておるということがはっきりしておるとかなんとかいうことがない。ただ経営に従事している株主ということになりますから、これは非常に問題の多いところなんで、これは至急に再考をしてもらいたいと私は思います。
○吉國(二)政府委員 ただいまいろいろ御指摘がございましたが、先ほど平林先生の言われました、現在の会社においては実際上取締役は報酬を与ているということ、したがって、賞与も報酬の一部ではないかというふうに言われましたが、これは御承知のとおり、むしろ報酬というものをいまは明確にきめて、そしてその報酬は当然の権利として認める。使用人の場合は報酬であり、同時に賞与であっても、これは会社の使用人に対する給与として支給される。そういう意味では俸給としての意味を持つわけです。ところが取締役の場合は、定められた報酬のほかに、利益があった場合に限って、株主総会の同意によって賞与を得られる。そういう意味では、むしろ昔よりもはっきりしているので、賞与というものは、一定のきまった報酬のほかに受けるものである。したがって、現在の税法の規定では、その報酬の中に過大分があるということがございますけれども、賞与についてはその上積みということで、賞与という規定を設けていない、そういう構成になっておると思います。 それから、いま御指摘のございました経営に従事する者というものは、経営の枢機に参画するものであるという考え方でやっておりますけれども、その点の解釈がはっきりしていないという点は御指摘の点があると思います。御指摘のように、同族関係者であっても経営に従事しない、つまり経営を支配していない者はみなし役員にならないということになるわけでありますが、御指摘のように、その点が明確ではないじゃないか、非常にむずかしい点があるかと思います。その点が今回特に調査をして調べていきたい点だということになっているわけであります。 これはよくある例でございますけれども、こういう例を申し上げるとまた御批判を受けるだろうと思いますが、一番多い例は、一般に料亭等においては、社長というのが大体夫人になっている。実際に経営しているのは御主人であるケースが多い。御主人は全く表に何もあらわれておらないという形がかなりございます。そういう場合には、明らかに経営の枢機に参画しているのは御主人でありますけれども、常にそういう関係が成立しない。ということは、常に必ずしも成立するわけではないのでありますから、法律の規定としては経営に参加するという概念規定でみなし役員をきめております。これはもっと精密に規定すべき点があるかどうか、その点は確かに問題であろうと思います。十分検討いたします。
○平林委員 いまお話があった後段の点をまず言いますけれども、いいですか。 社長に奥さんがなって、そうして実際の主体のおやじさんが別になっているということは正しくないのですよ。そんなことをやるのはなぜかといえば、あなた方の法律解釈から生まれてくるのですよ。私はそれを言っているのですよ。そういうふうに法を曲げて、あるいは実態を隠してやらせるような税法の解釈をやるから、奥さんが社長になってやるというようなことになるわけなんですよ。これは法の運用の解釈が間違っているからそういうおかしな状態が生まれるのですよ。私はそれを直せと言っているのですよ。その点あなたは頭の切りかえをしてもらいたい。 それから会社の賞与というものは、いま前段にお話がありましたけれども、株主総会を経てきめて支払うものだ、こういうふうに言っております。それは確かに利益の配分としての賞与という点は私は否定しない。しかし、そうでない年度内に支払う賞与もある。あなた方の法の解釈がはなはだいびつになっているものだから、報酬という点で逃げているわけですけれども、実際はそういう点をよく勘案しなければ、かえって税の公平を曲げているわけであります。だから私は、その点をやはり実態に即してただすべきである。ちゃんと言えば、そんなら過大なる報酬とは何ぞや。退職金はありますけれども、過大なる報酬とは何ぞや。そしてその報酬とは、過大にならない適当なものはどんなものかということは・絶えず、これは国税庁長官御存じのように、トラブルの原因になるのですよ。その基準はどういうものか、いままで過大な報酬というようなことで指摘をされ、問題になったものはどういうものがあるかということを一通り突っ込んでいけば、おそらく答えられないだろう。だから根本は、この問題の解決を実態に即して考えなければならぬだろう。単なる役員といっても、百万円の資本金、二百万円の資本金、こんな会社がざらなんですよ。三人か五人でやっておる同族会社があるのですよ。こういうことを考えないで、ただ大きな法人と小さな法人、みんな一緒にして法人税法で規定するところに私は問題があると思うのです。とりあえず反論しておきます。
○渡辺(美)委員 これはふえんしておくけれども、役員報酬を認めている。報酬は認める。だから、従業員に対して一カ月分賞与を出す、役員に対しても一カ月分の賞与を出すというのなら、基礎になる報酬というものは認めているのだから、報酬は賞与の先取りではないというふうな立場に現在も立っているのだから、役員だけが五カ月分もらって従業員は一カ月分だと、こういうのは要するに利益処分による賞与の前取りじゃないかということが言えるわけですが、従業員と同じ率で二カ月分もらって一体どこが悪いのか。賞与の先取りになるのか。報酬そのものを認めないというのなら話はわかる。しかし、報酬を認めているのだから、従業員と同じような率で賞与を取ったからといって、私はこれは利益処分の先取りだということは言えないのではないかということが一つ。 それから、先ほども言ったように、料亭の話をあなたは出しましたが、これはまさしく、それはおやじさんの問題等について、少しよけいに月給を払えば否認する、否認しないという問題が起きるから、そういうような脱法行為をやっておるということが実情だと思う。ところが、脱法行為をやってきたから、またその脱法行為を押えるために網をかけてきたのが、要するに役員でなくても、おやじさんが株を持っていれば、それを役員と同じように見るのだ。株を持っていれば、要するに帳面をつけたり何か料理屋のおやじがやっていれば、それは役員と同じに見るから、こいつは賞与は従業員と一緒の率で払ってもアウトだ。また網をかけてきたわけだ。 ところが、その網が公平であればいいけれども、その網が非常に不公平だ。どうしてかというと、同族会社の判定基準というものが、たとえば同じ役員ABCDEFという人がいて、A三十万、B二十万、CDEFがそれぞれ十万ずつというグループ。Aグループ、Bグループ、Cグループが、いま言ったようなすべて株を持っておる、こういうことになって、しかもこれが同じ金額のものが、このグループの中で十万なら十万というものがずっとあった場合に、どのグループをとって三割とするのか。特定なABだけのグループをとって、これは三割だという認定をすると、CDEFのほうは認定をされなかったから、こっちのほうは株を持っていても、これは認定の範囲内に入っていないのだから賞与は認めるんだ。逆にCDEFのほうを認定の基準にすれば、ABのほうのグループの人は、株を持っていて経営に参加しても賞与は認めるんだ。これはとり方によって同金額の範囲内のものだし、非常に問題になるのですよ。とり方によって、税務署が黙っておって、たまたま否認すると、いや何ですかこれはと言う。あれはこっちだとかあっちだとか、いいかげんなことを言って、結局みなアウトにされる。だから、これは非常に具体的なことだから、詳しく説明してやらないとよくわからないからあとで言いますが、非常な矛盾点があるということ、これは国税庁長官認めますか、認めませんか、これだけ一つ。認めなければまたやらなければならぬ。
○亀徳政府委員 先生おっしゃいますように、なかなかこれは微妙なデリケートな問題でございまして、基本的な考え方は、先ほど来大臣がおっしゃいますように、基本線は変わらないのでございますが、やはり実務の実情に沿いますと、なかなか多岐にわたっていろいろ誤解を生ずる点もごいますので、先ほど来主税局長が申しておりましたように、よく調査票を中心に実情を的確に判断しまして、そういう誤解がないようにしたいと思います。
○平林委員 これは同族会社、私が特に指摘しておる百万、二百万、三百万という零細な同族企業が多いわけであります。大蔵大臣、これは役員と名がつけば、賞与は損金算入と認めないということの結果、税についてもいろいろな混乱が起きておるし、それからこのことは、やはりわが国の経済状態の推移等から考えまして検討しなければならぬ問題でありますし、影響は非常に、何百万という——二、三百万に関係する、やはり大きな問題でありますから、特にきょうの質疑、議論、御検討いただきまして、誤りなき結論を出していただくようにお願いをいたしておきたいと思うのであります。 そこで、私は質問を締めまして、あとこまかい問題については後ほどやることにいたしまして、一、二、大臣に伺っておきたいと思います。 ことしの四月十一日の日本経済新聞によりますと、こういう記事が出ておるわけであります。「大蔵省は四十五年度から中小法人に特別に個人課税選択制を取り入れる方針を固めた。これは大企業と同族的色彩の濃い中小法人とを税制上、同じに扱うのは好ましくないとの判断によるもの。」とある。こういう解説記事が載っておるわけであります。「大蔵省ではその方向として——企業自身には法人税をかけない2その代わり企業の所得はすべて株主に分けられたものとして株主段階で所得税をかける3この方式を選べる企業は株主数などによる一安の基準に合うものに限る一などを考えているが、これにより企業税制は完全な二本立てとなる公算が大きくなった。」と報じておるわけであります。特に税制調査会の東畑会長も、「たとえば八幡製鉄のような大企業と八百屋などの小法人を税制上、同じに扱うのは不適当だ」と報じておるわけでございます。 これは、私が指摘してまいりました同族会社の役員賞与とは違いますけれども、この考え方から発足をし、その実情に即したものに変えようとする意向と判断してよいのかどうか、大蔵大臣に伺いたいと思います。
○福田国務大臣 今後の税制につきましては、まだ検討はいたしておりません。特に同族会社関連の問題は、先ほどお答えしたとおりに実情を調査しておる、こういう段階であります。 いま同族会社の問題に限らず、他のあらゆる問題につきまして、今後の税制をどうするかということにつきましては、まだ固まった意向を公にしておることはございませんから、したがって、その新聞記事はどういう関係で得たものであるか、責任は持ちません。
○平林委員 主税局長どうですか、わりあいとこまかく出ておるのです。
○吉國(二)政府委員 これは御承知のように長期税制答申の中で、先ほども御指摘がございましたが、八幡のような大会社と一般の同族会社と一緒に扱うことが適当なのかどうかも判断しなければならないということをいっておるわけでございます。ただしその場合には、基本法、つまり商法自体にもさかのぼって考える必要があるかもしれないという指摘をいたしております。一方、御承知のようにアメリカにおきましては、資本主が十人以内の小法人につきまして個人課税を——個人課税と申しますか、パートナーシップ課税でございますが、一九五四年、制度がたしか置かれておると思います。そういう実情がございますので、おそらく新聞の記事といたしましては、それらを勘案して推定いたしたものかと思います。大蔵省として、そういう考え方で作業を進めておるということはございません。
○平林委員 この解説によりますと、こういうふうにも書いてあります。「株主が実際に直接、企業を経営している同族会社などの場合1その所得は最終的に株主の所得になる性格のものであるから二重に課税するのは適当でない2したがって配当のあるなしにかかわらず、企業の所得は株主の株式有比率に応じて分け、株主に所得税として課税する」アメリカの一つの方式を伝えておるわけでありますけれども、この方向を考えているとすれば、私の指摘したことがだんだん広がって——大体考え方は、私はある程度是認するところがあるわけでありますけれども、これはそうすると、まだはっきりした構想は固まっていないということでございますか。
○吉國(二)政府委員 現在はその方向は固まっておるというわけではございません。ただ、今後税制調査会の審議の上でそういう考え方が出てくる可能性毛あり得るということだと思います。
○平林委員 現在の税制調査会は、大蔵省主導型でございますから、大体伝えられているものは、大蔵省の考え方と判断をするというのが適当ではないか、諮問もするわけでありますから。大体あなた、足はちょっと見えているわけであります。いずれにいたしましても、こういう問題は、やはり税制調査会においても検討してもらうというような方向でいってもらいたいと考えておるわけでございます。 なお、これからいよいよ国税通則法の各条項別にお尋ねをいたすことにいたしたいと思うのでありますが、同僚の河村勝君が、事情によって、少し質問の時間を貸してもらえぬか、こういうことでありますから、私、友情的にこれを割愛をしまして、あとの質問を留保いたしまして、あとで、終わったならばまた継続させていただくことを条件にして、一たん河村委員に質問の席を譲ることにいたします。
○田中委員長 河村勝君。
○河村委員 今回の租税に関する権利救済制度の改善の政府の提案を見ますと、より客観的に公正であろうという意欲がないとは申しませんけれども、端的に申して、きわめて技術的な手直し程度にとどまっておりまして、ほんとうにりっぱなものをつくろうという意欲があるかどうか、非常に怪しいという感じが強くします。結局そういうことになったことは、一番根底にあるのは、課税庁側と納税者との関係、これが一体どういう関係にあるのか、それの認識をはっきりしませんと、結論もおのずから違ってくるのだと思います。 そういう意味で、大蔵大臣、あなたは、課税庁と納税者との関係というものがきわめて友好的な関係にあるのか、あるいは普通の関係なのか、敵、味方なのか、この関係をどういう性質のものだとお考えになるのか、それをまず最初にお伺いしたいと思います。
○福田国務大臣 大きくいえば、政府と国民とこういうことかと思いますが、事、税に関しましては、われわれは、われわれ一人で生活することはできない、われわれの所得を何がしか拠出し、よって社会を構成し、その社会を構成することによって、またしたがって国を構成することによって、われわれの生活の完ぺきを期する、こういうことなんです。その社会運営の、国家運営の資源を所得の中から拠出する、こういうことでございますから、これはもう対立の関係ではありませんで、一体の関係である、かように考えております。
○河村委員 どうもそういう考えから出発すれば、あまり世間がやかましいから、一応制度の手直しをしようという結論にしかならないのは当然だろうと思います。確かに租税というものの一般理論、大所高所から見れば、おっしゃるとおり国民的な義務であり、そういう意味では、国と納税者との関係に対立というものはないということになるかもしれませんけれども、個々の場合、税務署が税を取り立てる、片一方は取り立てられるという関係からいえば、決してそんなものじゃなしに、もっと対立的な関係が強いものだというふうに考えなければいけないだろうと思います。課税庁側では、税というものは税法に従って厳正、公平を期しておやりになっておるのだと思います。主観的にそれはそうであろうし、大かたの場合には公正かもしれない。だけれども、税を取られる側からいえば、やはり安いほうがいうわけでありますから、なるべく安くしたいという強い願望を持っているわけです。そうならば、そこにはどうしたって非常に強い争い、もっと強い対立関係がある。極端にいえば、一つの闘争の場であるというぐらいに観念をしないと、権利救済制度の本質というものはわからないのじゃないかと思うのですが、大臣、いかがですか。
○福田国務大臣 租税の本質は、先ほど申し上げたとおりですが、さて、その拠出の額をどういうふうにきめるか、こういう問題は、これはまた非常にむずかしい問題であると思うのです。まず国会でその基準をきめて、その基準に従って徴税官庁がこれを実施をする、こういうことになりますが、お話しのとおり、なるべく拠出は少ないほうがいいんだというような傾向になりがちでございますから、その間の調整をどうするかというむずかしい問題はありましょうが、本質は、これはもう自分のことなんです。納税者が人に金を出すんじゃない、自分の生活のために金を出すのだ、こういうことでございますから、そういう意味においては、これはもう政府と国民と一体のものである、かようなことを申し上げておるわけです。
○河村委員 どうも本質論と実際の争いの場とを一緒にされますと、話がすれ違いになりますけれども、実際こうした事件がたくさん起きて、それが大いにもめるということは、結局はそこに非常な対立関係があるからであって、政府が今度やはり救済制度を改善しようというのも、そういうところがあるからより公正なものにしていこう、少なくともあなた方自身は公正とお考えになっているのかもしれないけれども、一般が公正と認めてくれないから、より客観的に公正さを持つようなものにしようというのに相違ないと思います。そういう意味で、これは公正であること、中立的であることが望ましいということ、それから実務性、この前大臣もおっしゃったけれども、実務性というものを調和させる意味において、少なくとも課税庁の系統から離れた準司法機関をつくったらどうかという主張をしているわけでありますけれども、どうも政府の議論を聞いておりますと、その点さっぱりそういう意欲がないように思われます。 そこで、この前資料をいただきましたが、訴訟事件の件数は、まだ少ないが、毎年毎年ふえておりますね。昭和三十八年度を指数一〇〇にすると、四十二年度は八八七ですか、わずか四、五年の間に八倍にふえておりますが、これは一体どういう意味を持つか。どうお考えになるか、それを伺いたい。
○亀徳政府委員 これは四・七倍でございますが……。
○河村委員 それは、どっちでもよろしいが……。
○亀徳政府委員 これは、いずれにしても課税件数もふえておりますので、そういう点で若干ふえておりますが、ただ申し上げたい点は、確かに出訴件数はふえておりますが、全体の出訴件数だけで御議論願うのはどうかと思います。それで異議の申し立て件数が三万ほどございます。それから審査請求になりますと、大体一万、その中からしぼられて八百件、これは徴収関係を含んでおりますが、四十二年度で八百八十七件、確かにこういったものが少ないのに越したことはございませんが、同時に、いわゆる私たちの観点から申しますと、総体の異議の申し立てその他の件数の中から見ますと、相対的には少ない。それからまた、異議の申し立て、審査請求という段階で問題がすみやかに解決されるということのほうが、問題の具体的な解決にかえって役立つのではなかろうか。そういう中からくぐり抜けていくということばはおかしいのですが、どうしても承服しがたいという訴訟件数が八百八十七件現在ございます。ものの見方でございますが、三十八年度と比べての——これは集団訴訟その他がございますので、ただ件数だけから判断することはどうかという点が一点と、それから傾向的に訴訟が、実はほかの国の例なども取り調べて見ておりますが、特段に日本の場合が多いとも私は必ずしも考えておりません。
○河村委員 私は、そういうことを聞いているのではなしに、現に数は少ないけれども、ふえておりますが、そのふえている理由をどう考えるかということを聞いているのです。
○亀徳政府委員 件数が非常にふえておりますのは、相当集団訴訟がこの中でふえておりますことが大きな要因だと思っております。
○河村委員 何かわかったようなわからないような御返事でありますけれども、とにかく数が少ないということは、決してこれは不服審査に満足しているということじゃなしに、実際はほかに原因があるだろうと思うのですね。時間がかかる、金がかかる……。 法務省来ておられますか。——一体訴訟事件の発生件数と翌年に繰り越す件数の割合というのはどのくらいあるのですか。
○横山説明員 ただいまの御質問は、提起されました訴訟のうちどれだけ解決しているかということでございますけれども、この点につきましてはちょっと調べてまいりませんでしたので、すぐに調べまして件数をお聞かせしたいと思いますけれども、大体の傾向といたしましては、提起されました訴訟のうち、その年のうちに解決するというのはその割合から申しますと半分以下でございます。半分以上のものは翌年度に繰り越されているというのが現状であると思います。
○亀徳政府委員 ちょっと補足しますが、年度末の訴訟のまだ未済で残っております件数の数字を申し上げますと、やはり先ほどの発生が逐次ふえていることとも関係いたしまして、年度末の係属件数を申し上げますと、三十八年度末が五百十六件、三十九年度末が七百八十八件、四十年度末千百六十七件、四十一年度末千四百五十五件、四十二年度末二千七十四件、これは発生件数とともに、なかなか訴訟になりますと直ちには解決しませんで、どうしてもずるずる残っていくという傾向と両方あわせまして、こういうふうに未済件数がふえていくのではないか、かように考えております。
○河村委員 確かに訴訟というのは、そういうふうに時間もかかるし、金もかかる。だから現在までは件数は少ないけれども、集団訴訟がふえたかどうか知りませんけれども、とにかく逐年ふえていく傾向にあることは事実ですね。それは結局行政不服審査に満足しているからではなしに、そうした訴訟に伴ういろんなめんどうな事情があるからなかなかいかないということであって、それを考えればやはり訴訟の欠点と行政不服審査の欠点とを調和するような制度を考えるほうが私は正しいと思うのですね。ところがどうも準司法機関をつくれという主張に対しては、あなたのほうは初めからだめだときめてかかっちゃっているような御返事がいままでも多いわけですね。この前広沢委員の質問に対して、吉國さん、あなたは、いま日本の憲法では行政裁判所の設置が認められていないから、行政行為自体に対する不服審査というものは司法裁判所にいくほかはないのだと、そういう答弁をされましたね。そうでしたね。
○吉國(二)政府委員 私が申し上げましたのは、現在の制度では、行政行為に対する抗告的な争訟については、行政部内に純粋の第三者による裁定機関、つまり準司法機関的なものはない。準司法機関はもちろん日本にもございますけれども、アメリカ式の行政委員会というような形で、いわば始審的な裁決をやるという機構でございまして、日本では行政行為そのものに対する第三者の抗告争訟に対応する機関というものはないということを申し上げたわけでございます。それば考えれば考えられるけれども、いまの実定法体系ではないということを申し上げたのであります。
○河村委員 そうするとお聞きしますが、準司法機関を、現行憲法を前提としてできないと言ったわけじゃないのですね。つくろうと思えばつくれる、そういう御返事ですね。 それから、大蔵大臣はこの前の質問の中で、実務を頭に置いていけばあまり現実離れのしたものをつくってもしかたがない、だから国税庁の管轄のもとに置いたものをつくったほうがよろしいのだ、そういう御答弁でありましたけれども、それは自分たちの都合はもちろん非常にいいんでしょうけれども、実際ほんとうに研究して制度をより公正なるものにしたいという考えがおありならば、実務性というものと独立性を決して調和させることができないはずはない。これは両立することは可能だとお考えになりませんか。
○福田国務大臣 これは両立させることは可能である。可能とするために、ただいま御提案を申し上げているような国税不服審判所を設ける、かような構想をとっておるわけであります。
○河村委員 それならばお伺いいたしますけれども、税調の答申の中におきまして、より中立性と客観的な公正を保つために、「この国税審判官については、任用資格を法定し、民間からの任用の道も開くものとする。さらにその待遇についても、職務にふさわしい処遇を考慮する必要があり、」こういうことをいっていますね。これについて、この前はどうもはっきりした御答弁がなかったように思いますけれども、その点は一体どういうふうにお考えになっておりますか。
○福田国務大臣 そのとおりに考えております。
○河村委員 間違いございませんね。「任用資格を決定し、」これは間違いございませんね。
○吉國(二)政府委員 任用資格につきましては、政令で定めるということで、法律で明らかにいたしております。
○河村委員 給与体系についてはどういうふうにお考えですか。
○亀徳政府委員 税調では特別職というようなことを実は議論されておったわけでございますが、非常に数の少ない中で特別職ということも事実問題として非常にむずかしゅうございまして、具体的に行政職、それから税務職とそれぞれございますが、実質的に高い給与を審判所長以下審判官につけてもらうように予算上認めていただいた次第でございます。この資料はきょうだしか御提出したかと思っております。
○河村委員 任用資格は政令で定めることになっておりますけれども、具体的には一体どういう構想を持っておりますか。
○吉國(二)政府委員 現在準備中と申しますか、考えておりますのは、税務に関して学識経験のある者、弁護士、税理士、大学の教授、その他税務職員として一定以上の経験を積んだ者、これに相当する学識経験を有する者というものを予定しているわけでございます。
○河村委員 いまおっしゃっているようなことがほんとうに的確に行なわれて、一般の国税庁の職員との間にかなり資格要件について変わったものができてくれば、おのずからその間の人事交流というようなものはそう簡単には行なわれないことになる、そう考えてよろしいですか。
○亀徳政府委員 全体の審判官、副審判官、それから審査官、いろいろ分かれておりますが、基本的に審判所長、それから審判官という人たちに限定して考えますと、全くないというところまでは、かえってぎすぎすするところが出てくるかと思いますが、基本的にはやはり独立的な——まあ交流も例外的な感じで、独立的に今後ここで働いてもらう。かりに税務の人から移りましても、やはり交流が全くないというわけにはまいらないかと思います。原則的には非常に少ないということに運用されることになろうかと考えております。
○河村委員 そこまでいきますと、もう国税庁の付属機関として置いておく理由というのはないのじゃありませんか。むしろ、そこまできたら、一般の信頼性を増すという意味からいったら、思い切ってはずして、独立の行政委員会的なものにしたほうがすっきりもするし、より効果があがる。国税庁の指揮下に置く理由というものはもう残っていないだろうと思うのですが、いかがですか。
○吉國(二)政府委員 先般も申し上げましたけれども、そういう点がいわばこの制度を最終的に確定するについて一番問題だった点でございます。 一つの考え方としては、この不服審査を司法的な立場でとらえるか、あるいは行政的な立場でとらえるかということが大きな分かれ目になるかと思います。先ほど申し上げましたように、わが国では行政行為に対する抗告争訟的なもので準司法的な機関を設けるという例がございません。そういたしますと、準司法機関を新しくつくるとすれば、これはやはり司法系統の解決によらしめるという方向にならざるを得ない、一つの考え方といたしましては、第一審の地方裁判所の中に独立の訴訟部をつくるとか、あるいはそういうことで裁判所の機構を非常に拡大するというのも一つの将来の行き方として考えられるのじゃないか。第二番目には、準司法機関的なものを設けます。しかしそうなりますと、三審制の司法機関の裁決との間にあまりにも重複が多過ぎる。そういう意味では第一審を省略するという形が考えられます。それから行政的に考えます限りは、やはり納税者の権利保護という面と、同時に行政の監督的機能、統一的機能というものを加味した、したがって行政部内における第三者的なもの——行政部内と申しますのは、つまり、行政行為の基本権限のあるところの中にはありながら第三者的機能を持つもの、こういうような三つの考え方があると思います。 もちろん、それぞれ理由があるわけでございますけれども、現実に考えました場合には、先般大臣が申されましたように、実際に税務の争訟というものが迅速に解決されるということは、納税者にとって権利保護の非常に有力な手段になるわけであります。そういう意味から申しますと、迅速性という点を考えますと、どうもいま直ちに司法機関を拡大するとか、あるいは準司法機関を設けるということは適当ではないのではないか。たとえば現在までに終結いたしました訴訟案件を見ますと、税務争訟でも平均二年半ぐらいかかっているわけであります。それらを考えますと、準司法機関なり司法機関を設けてそこに直接行くという形になりますと、件数も何倍となってまいりますから、さらに混乱が生じてくるであろう。それとまた、わが国のいまの制度から申すと、一番現行の実定法体系に即しているのは、やはり行政段階における解決ではなかろうか。行政段階の解決といたしましては行政不服審査法の系統がございますけれども、この系統はまだ依然として昔の訴願法を継受したような面がございます。手続等は整備されておりますけれども、また、訴願事項等が概括的にきめられているという点では非常に進歩しておりますけれども、第三者的な機構を取り入れるということにはなっていないわけであります。 そういう点から申しますと、税務争訟は協議団という制度を取り入れて第三者的な機能というものをできるだけ果たさせようとした点においては、当時としては非常に進歩的な制度であったと思います。しかし、それが現在問題になっている点は、何と申しましても最終的な裁決権は協議団に留保されていない、課税決定の指揮を現実に行ない、またみずからも課税決定を行なっております国税局長にある、その点は第三者機能としては不十分であるという判定がございます。そういう点で、行政段階で不服審査の形をとるということに結論が出ましたけれども、同町に裁決権というものを分離をいたしまして、国税庁長官の執行権の中で事後裁決的な機能を完全に分離をいたしまして、特別の機構をつくる、それによって第三者的機能はほぼ完全に果たし得るであろうという結論が出たわけでございます。 そういう意味では、ほかの第三者機関としての、純粋な第三者機関を設けるという考え方はもちろん十分に検討されましたけれども、現実的には日本の実定法体系には全く新しいものであるということが一つと、それからそれが設けられた場合に司法制度までこれを直していく、第一審省略というようなことをやっていくには実際上相当な時間がかかる。むしろ、よし将来そういうことが考えられるとしても、その準備段階としては少なくとも第三者的な機能を果たす機関が発達していなければならないというふうに考えられるわけでございます。税制調査会も全然この考え方が適当でないといっているわけではないので、十年あるいは二十年先にはそういう形も考えられると思いますけれども、それに移るにはそれだけの準備が必要である。その準備として、一番適当なものとして考えられるのは、やはり行政段階の中に完全な第三者機関に近いものをつくるというところにあるのではないかという結論が出たと思うのであります。 そういう意味で、現実的な解決としては、やはり現在の一般的な制度の範疇に残りながら、同時に第三者機関による裁決という方式を強力に取り入れまして、いわば将来のつなぎと申しますか、もちろんその場合には日本の行政、司法制度自体も相当変わってくるということも考慮に入れながら考えていくべきではなかろうかというのが、今回の結論だったわけでございます。
○河村委員 十年、二十年待たなくても、いまあなた方が提案しておられるこの制度は、みんな構成人員、資格までちゃんときまっておって、それは大体件数としては扱えるだけの陣容もあり、しかも迅速性においても欠けるところがないというお考えなんでしょう。そうならば、ただこのままの任用資格あるいは給与体系で、別にもう一つ身分保障制度ぐらいつければ、それでもってもう独立の準司法機関になるじゃありませんか。そうすれば別段十年、二十年待たなくてもいますぐできるわけですね。確かに準司法機関の上に三審級の司法裁判をつけ加えるというのはこれはむだでしょう。むだだけれども、これもいまの——法制局来ておられますね。いまの憲法に基づく行政、司法制度、これを前提にして、裁判所でも現在一審省略の規定がございますね、あれをちょっと改正すれば一幕省略で高裁に持っていくということは完全にできるんじゃありませんか、いかがですか。
○荒井政府委員 その点は先ほど主税局長が述べられましたように、税制調査会でも非常に検討されたわけでございますけれども、現在の司法制度と行政制度との相要のからみからいって、急速に実現することは困難だというのが税制調査会の結論でございまして、それは理屈の上で考えれば考えられるのではないかという点、理論的に憲法上不可能であるとかというようなことではありませんし、まあ現在若干の事例があるのではないかとおっしゃる点もまさに否定はできないことでございますけれども、税務行政、これにかかわる行政救制済度、行政争訟制度というものをどうするかということは、非常に大量的、反復的に起こってくる現象であり、その対象分野というものは非常に広い、しかもそれが一国の財政のささえをする非常に重要なものだという点からいって、いま急激にそのような制度の変更をすることはいかがであるかという感触が税制調査会にはあったということでございます。 現在、準司法機関として一審省略をしているものがあるではないか、その他一審省略のものがあるではないかということでございますけれども、たとえばその例をあげますと、二つの類型があると思います。 一つは、たとえば国会議員あるいは地方議会の議員及び長の選挙の効力あるいは当選の効力を争う訴訟というようなものでございますけれども、この系列のものはその効果を早く決定させる必要性がある。そうでないと、結局国家あるいは地方公共団体の意思決定機関というものが構成されない、その構成に重大な欠陥が生ずるという意味で、それは一審を省略して高等裁判所に、直接その管轄に属させるという仕組みがとられているわけでございます。 それから、二番目の類型としましては、特許審判であるとか公正取引委員会の審決であるとか、あるいは土地調整委員会の裁定に対するものでありますとか、こういうものがありますが、これは国がその公益を代表する第三者として、民間の当事者の間で、たとえばそれが不公正取引に該当するか該当しないかというようなことについて争われているものを、公益を代表する第三者の立場で国がさばく。あるいは特許について、特許権を侵害しているか侵害していないかということで、民間の事業者相互間で争っているというようなものについて、専門的な行政機関が司法手続に準ずるような手続で審決をする。その専門性あるいはきわめて技術的な性格を持っていて、その審決を行なう機関のかなりの独立性とかいうようなもの考え、これを一審の裁判所として東京高等裁判所を法定するというような形で、そこで訴訟事件としてもきわめて専門的であり技術的であり、東京高等裁判所に特別の裁判を行なう部を設けてて、そこで専門的に審査するのが適当だというものに限って行なっておるというような類型のものでございます。 現在考えられているような税務のような大量的、反復的、かつそれが国家財政の基礎として、単に国が公益を代表してそのいわば第三者的にさばくというような問題ではないという問題でございますと、かなり重大な問題があるというふうに現在のところ考えられており、今回のような政府の提案となったというふうに考えられるわけでございます。
○田中委員長 ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○田中委員長 速記をとって。
○河村委員 法制局の三部長、あなたはだいぶよけいな答弁がありましたけれども、私は別段あなたに税調の意見を代弁してもらおうと思ったんじゃなしに、法制局としての権威のもとに、準司法機関をつくって一審を省略をして高裁に持っていくということが、現在の行政、司法制度を前提として法律的にできるかどうか、それを聞いておるわけです。いかがです。
○荒井政府委員 いま税制調査会の状況について私から申したのは余分であろうということの御趣旨の御発言がございましたが、私も税制調査会の専門委員として参加しておりました関係上、ちょっと申し上げたわけでございます。 それで、ただいまの御質問でございますけれども、一審省略の制度は現行法制上あるということを申し上げまして、その類型としては二つが考えられる。そのうちの一つである法律効果を早く安定させる必要から、国権の最高機関である国会議員の当選無効であるとか、選挙無効であるというようなことについての訴訟、あるいは最高裁判所の裁判官の国民審査について無効の訴訟が出たという場合に、それを放置しておくわけにいかない。こういうようなものは迅速に決定する必要性があるという意味で一審省略の制度ができている。それから他方のグループは、海難審判であるとか公正取引委員会の審決であるとか特許審判とか、土地調整委員会の裁定に対する訴訟であるとか、そういったたぐいのもので、これ自体は国の公権力の行使の結果に対する抗告訴訟というような形のものではありませんで、国がいわば公益を代表する第三者としてさばく。行政的に当事者間の争いというものを判断する。そういう確認的な行為をするということで、しかもその内容が非常に専門的、技術的であるという事項について、それを地方裁判所からいかないで、特定の高等裁判所に集中して審理を行なわせるという趣旨からできているというものが現行制度であるので、それが税務のように非常に大量的あるいは反復的である、しかもその一々の課税にからむ事実問題というのがきわめて大きな要素を占めているというものについて、高等裁判所に直ちに訴訟段階として持っていくということは適当であるかどうかというのは、税制調査会のいろいろな専門家が集まって検討した結果では、どうも現状直ちにするのはむずかしいという判断に一応なり、政府としても同様に考えておるということでございます。
○河村委員 公正取引委員会や海難審判庁その他そういうようなものは、民間の争いあるいは個人同士の争いであって、国が公益を代表してさばく。だからこの場合と違うという説ですけれども、確かに租税の場合には片っ方は国ですけれども、一般の行政行為の場合と違って係争の当事者なんですからね。国税庁に所属しておいた場合には、係争の一方の当事者が争いをさばくということになるんですね。だから、より準司法機関的なものが必要である。ほんとうに裁判所がそれをさばくだけの機能があれば、いきなり裁判所へ持っていってもいいけれども、実際先ほどあなたが言ったように、大量、反復性あるいは非常に技術的であるという問題から、持っていきにくいということでありますね。いまの第一審裁判所に租税の専門知識のある裁判官をそろえるというのは、事柄の性質七むずかしいでしょう。そんな専門家ばかりそろえていたんじゃほかの裁判ができなくなっちゃうからね。高裁なら数は少ないことであるし、租税、税法に通暁した裁判官を集めるといったって、大体準司法機関でこなしてくれば訴訟事件の件数は逆にいまよりも減るでしょう。そういう場合には裁判官を養成するといったってわけないでしょう。一体法務省どうお考えですか。高裁を対象にしてやるなら、そのくらいのことは実際問題としてわけはないんじゃないですか。
○内田説明員 司法法制調査参事官でございますが、ある特殊な分野に属する専門的な裁判官を多数そろえておくということは、一般論としてはなかなかむずかしい面もあるかと思いますけれども、たとえば租税というような問題をとりまして、ある特殊の分野であるということのために、そういう事件が起きたときに裁判官が判断するのに非常にむずかしい、特に勉強しなくちゃならないという面が起きるかもしれませんけれども、そのゆえに直ちにある裁判所にその特殊な事件を集中して行なうというようにすることは、一般的にいいかどうか直ちに言えないのではないかというふうにも考えるのであります。
○河村委員 私が言っているのは、ある裁判所じゃないのですよ。特定のものじゃないのですよ。全国にある高等裁判所は数が限られておるから、そこならば税法の専門的な知識のある裁判官をそこに置くということはそうむずかしいことじゃないであろう。さっき十年、二十年なんという話が出ましたけれども、そんなことじゃなしに、いますぐでもできるであろう。その点を聞いているんですがね。いかがです。
○内田説明員 いまの租税等の問題につきまして、そういう専門的な裁判官を高等裁判所ならば必要な数を直ちに集めることができるかどうかという御質問でございましたけれども、一般的に特殊な事件を行なうについて、すべての裁判官が特殊な問題に直ちに通じていないということもあるかもしれませんけれども、いま租税という問題について、高等裁判所ならば必要とする数を直ちに集めることができるかどうかという点、私わからない点もあるのですぐに申し上げるのは……。
○河村委員 しかし、現在だって租税の訴訟はあるんですよ。実際扱っているですわね。ただ全国の第一審は非常に数が多いですからなかなかたいへんだろうということだけであって、数が少なければ、租税そのものには専門家でないかもしれないけれども、もともと法律家なんだから、そうしろうとから養成するわけでもないし、高裁ならできると考えるのが当然ですよね。それ以上聞いたってしょうがないけれども、法律的にも一審省略は可能である。ほかにいろいろな条件は述べられましたけれども、しかし、少なくともやってできぬことはないのですよ。それで特に税金の場合には課税庁と納税者との間は係争の当事者同士、その当事者同士の片っ方がいつまでも管轄権を持った機関でもって不服審査をやろうという観念を固執するのは、どうもわれわれにはよくわからない。自分のところでもって、自分のきめた法令の解釈、そういったものに違反させることは絶対できないのだ、自分の影響力のあるところに置いておけば何とか自分の言うことを聞かせられるであろう、そういう気持ちが根底にあるから独立機関をつくりたくない、そういう点以外にはなかろうと思うのですが、いかがですか。
○吉國(二)政府委員 決してみずからの範疇に置いておきたいということを言っているわけではないのでございまして、先ほど来申し上げておりますように、行政不服審査の日本における定型、実定法体系における定型といたしましては、当該行政行為を行なった官庁ないしその上級庁が裁決する、これが体系であるわけでございます。そういう意味で、一般の場合は当然に国税局長自身が裁決をするというのが不服審査法の形でございます。それを従来税務争訟に関しましてはできるだけ客観的な第三者的な意見を入れて、何と申しましても事柄が金銭、財物に関する問題でございますから、できるだけ第三者的な機能を担保させたほうがより公正であろうかということで、協議団という制度を設けたということ自体が、日本としては相当進歩だったと私は思います。それを行政不服争訟という形でやるとすれば、その極限まで推し進めたのが今度の考え方だと思っております。したがいまして、法令につきましても、通達にかかわらず、通達が適当でないと思えば、それに基づく裁決をしてかまわない。ただ、その場合に行政全体の統一と申しますか、統一ある解釈を担保するために、国税庁長官に申し出をして、その場合に国税庁長官はさらに自分の反省を十分にするために客観的な第三者を審査会として設けるという構成をとっているわけでございます。先般金子参考人が申しましたように、そういう規定は、逆に申しますと、国税不服審判所長は事実問題に関しては全く国税庁長官に拘束されずに、独自の裁決権を有するわけでございます。いわば法律解釈が国税庁の従来の考え方と違うときだけ国税庁長官と協議をするという形で、それ以外の裁決をする場合はすべて独立でございますから、そういう意味ではもうほとんど第三者機関といっていい程度に成熟したものである、かように考えているわけでございます。 ただ問題は、日本のいまの行政、司法の一般的な組織秩序というものをここで大きく変えるということは、なるほど法律的には可能でございましょう。ただ、はたしてそれが現実的に実行できるか、大蔵委員会だけではございません、法務委員会もございますし、これはなかなかたいへんな問題であると思うのでございます。つまり、行政組織法的なものあるいは司法組織的なものとの調整という意味では、これはやはり非常に大問題であろう。準司法機関を設けて第一審省略をやるということは理論的には可能だと思います。これはアメリカのように司法、行政というものがかなり融合した感じを持っている国、準司法機関というものが非常にひんぱんにつくられている国では、これはまたタックス・コートというような形ができますけれども、またタックス・コートで裁決されたものにつきましては高等裁判所に直ちに出訴できるという形をとっておりますけれども、これをわが国の現行の秩序で直ちに実現するというのは客観的に見て困難ではなかろうかというのが、私どもと申しますか、税制調査会の判断だったわけでございます。 そういう意味では、できるだけ国税庁のもとに縛りつけてかってなことをやりたいなどということは私どもには毛頭ないわけでございます。ことに私は特にはっきり申し上げたいと思いますのは、国税局段階では当初この考え方にはずいぶん反発と申しますか危惧を持っておったわけです。つまり、従来のような国税局長の裁決権でなくて、国税局長は裁決に全然参与できないという場合に、もし裁決機関にミスがあって、見落としがあったらどうするんだということを非常に心配した向きもあったようであります。しかし、これは国税庁長官の分身としての裁決機能を専門的に行なう機関がやる限りは、それはあくまでも承服すべきではないかというところで割り切ったわけでもございますし、この考え方は税務部内では思い切った飛躍であった、かように私は考えておるわけでございます。
○河村委員 思い切った飛躍とはとうてい思われない、一歩前進ではあるでしょうけれども。しかし、国税局がこの制度に猛反対であったというところに、私は、あなた方の考え方の根本にどうしても自分たちの考え方のワクの中でしか許さない。さっきも国税庁の発した法令の解釈、そういうものに違わない限りは独立の裁決権があるのだからこれは独立性があるのだということをおっしゃっておりましたが、それは結局共産圏の自由みたいなもので、一つのかごの中の自由でしかないわけでしょう。ですから、どうもあなた方の考え方の根本には、どうしても自分のところに押えておきたいという気持ちが強い。その点は、異議申し立て制度なんかも依然として今度も事後救済制度ということになっておりますね。これなどは事後救済制度といいながら、処分庁自体に持っていくシステムというかその決定にゆだねるということは、それ自体あなた方矛盾だとは思いませんか。
○吉國(二)政府委員 一般に行政庁が行ないます行為は合法的な、合目的的なものであるということを念願すべきものであると思います。したがいまして、そこに誤りがあった場合にまず行政庁にその誤りをただしていくということが異議申し立ての本質であるかと思います。そういう意味では、その行政庁に誤りがないかどうかということをただすということは、これはむしろ世界的にも共通の現象ではないか、かように思っております。
○河村委員 それは一般の行政行為についてはそうだろうと思うのですね。しかし、租税については非常に個人の権利と密接な深い関係がある。だから、いろいろなことを考えているわけでしょう。であるならば、異議申し立てについてだってむしろいまやっておるように、時間がありませんから簡単に申しますけれども、確定申告の中に申告漏れがあったりあるいはいろいろな間違いがあった場合に更正をやる、申告がなければ決定をやる、これは全部一方的にきめてしまってそれが公定力を持つわけですね。だから、これぐらいいろいろなもめごとが多いものを更正する場合には、必ずしもほんとうに実態の詳しい計算の上に立ったものばかりでなく、この間の委員会でも議論になったように、いろいろな推計でもって行なわれる場合もあるでしょう。ですから、この辺のところを考えて、むしろこの際、せめて異議申し立てぐらいは事前手続に変えて、それで一回間違いがあると思ったら呼び出して、意見がどうしても合わない場合に初めて更正決定をしてそこで執行力を持たせる、そういうふうに変えるところまで一歩飛躍はできないのですか。
○吉國(二)政府委員 これはいろいろな考え方があると思いますし、現に法人税などを更正いたします場合には、更正の内容について事前に相手方に話をし、こちらに誤りがないかどうかをためしていくというようなことも実務としてはやっておるのではございますけれども、それを義務づけて、そうでなければ更正ができないという形をとるのがいまの段階ではたしていいかどうかという判断はやはり別だ思います。 御指摘のお話はおそらくアメリカのような制度をお考えだと思うのです。アメリカでは、御承知のとおり、調査官が調査をいたしますと、まず三十日レターというものを出します。この三十日レターと申しますのは、三十日以内に署名をすればそれで確定をする、三十日を過ぎても承諾しなければさらに次の調査官が調べる、その調査官がさらに九十日レターというものを出す、その九十日レターが出て、これに不服であれば抗告争訟、つまりいわゆる審査請求的な手続をとるか、あるいはタックス・コートに出訴をするかというようなシステムになっております。これはアメリカ、イギリスは御承知のとおり、日本のようないわゆる官庁制度と申しますか、単独制官庁の形をとっておりませんで、調査官に権限があるので調査官みずからが相手方に決定的なものを示す形でございます。そういう意味では、ちょうど三十日レターというのはわが国における決定に対する異議申し立ての期間、今度は二カ月にいたしましたが、ちょうどその三十日に相当しておるわけでございます。わが国でも決定をやってそれに承服すればそれで済み、またこれに異議があれば直ちに異議申し立てをすれば、そこでもう一回ここで問題を審決する。実質的には官庁制度の英米法系と大陸法系との違い、そういうものがいまここに、日本では更正決定という形をとり、向こうでは調査官が一つのレターを出して、それによって決定するという形になったのだと思いますが、実質的にはあまり変わりがないものではないかと思います。 そういう意味では、これはもちろん御指摘のように、実務的には、更正する前に一応こちらの見誤りがないかどうか確かめるということは、実際上はやっておりますが、これを要件と一するのには、もう少し問題が微妙なところがあるのではないか、かように考えております。
○河村委員 最後に一つだけお伺いします。 いずれ準司法機関でいくにせよ、いまの提案でいくにせよ、制度を実行される場合に、これは国税庁長官、単なる普通の機構の改正と違いまして、かなり質的に違った機関ができるわけですね。ついこの間国会で総定員法で議論があった際、われわれは非常に驚いたのですけれども、ああいう種類の法律は、運用よろしきを得れば、非常に役立つものだと思って賛成しました。だけれども、その際に、公務員の中で非常に不安感というか不信感みたいなものが強いので、実は驚いたのです。こういう種類の、単なる転勤でなしに一定のスケールを持った配置転換、こういった場合の基準、計画、そういうものについて対応する職員団体と話をする、交渉をする、そういう慣行は一体ないのですか。
○亀徳政府委員 職員団体に、だれそれをどこにやるからよろしくというようなことは、当然事柄の性質上できないことだと思います。ただ、職員の実際の状況その他をやはり正確にキャッチしてやらなければいかぬということで、非常に詳しい身上申告書を各人から徴し、また日ごろそれぞれの職員の特性というものも、私たちなりに常に把握しまして、そして適材適所ということで努力いたしている次第でございます。
○河村委員 私は、そんなことを聞いているんじゃないんですよ。個人を対象にしていろいろな身上調査をやるのはあたりまえです。個人のそれぞれの転勤について相談をしろともなんとも言っているんじゃないです。この種の配置転換計画について、一体あなた方は対応する団体と話をする慣行があるのかどうか、また、話をする気があるのかどうか、そういうことを聞いているのです。
○亀徳政府委員 どうも河村先生は、かつて国鉄の職員局長をおやりになって、たいへん専門家でいらっしゃるのですが、国鉄とうちとの状況はいろいろ違いますので、あるいは私の答弁がまたピントが狂っておこられるかもしれませんが、大体抽象的な話は、極力異動の規模を少なくするように努力するとかいうことはありますが、何名を今度は動かすといった総括的な話を事前に組合とした上でなければやれないとかいうことではないように思うのでございますが、あるいは先生の質問を十分把握しておらないかもしれませんが……。
○河村委員 任用資格も変わり、給与体系も変わり、新しい機関もできるわけでしょう。ですから、そこにはどういうかっこうで配置転換をされるかというようなことは、私は、総定員法の問題があったときに、それがどうもやられていないような感じがしたので、いかに公務員たりといえども、天下りに何でもかんでもやっていいというものではございません。やはりこの種のものは、当然配置転換についてもその基準——ここでは一々私言いませんが、そういう相談があってしかるべきだ。そうでないから、総定員法のときのようなああした問題が起こると思うんですよ。だから、そういう点をひとつ考えていただきたい。
○亀徳政府委員 たとえば、かりに今回の法案が通りまして、大体どういう構成になって、またどういう給与になって、人間はどうなってということはよく説明したいと思っております。
○河村委員 どうも答弁は逃げ腰にならぬでもいいですよ。そんなむちゃなことは私は決して言っておらぬのですから、もうちょっとこういう問題については前向きで考えてください。 それでは、これで私の質問は終わります。
○田中委員長 次回は、来たる十七日火曜日、午前十時より委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後零時五十五分散会