社会労働委員会 第15号
- 発言数
- 180 件
- 登壇者
- 21 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1969/05/07
会議録
○森田委員長 これより会議を開きます。 内閣提出の原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案を議題とし、審査を進めます。 質疑の申し出がありますので、これを許します。山田耻目君。
○山田(耻)委員 前回に引き続きまして、原爆医療法特別措置について質問を続けたいと思いますが、大臣いかがでございますか、去年の五月十六日にやりました、措置法が通過をいたしますときの私と園田厚生大臣とのやりとり、結論を少し読んでおいていただかないと、どうも答弁がかみ合ってこないので、お読みをいただくようにお願いしておきましたが、これは局長ともどもすでに御相談いただいたものと思いますので、読んでいただいたものとして、一度そこのおさらいをしておきたいと思います。 この間の質問のときに、どうしてもかみ合いません問題は、葬祭料を出す立法上の根拠は、被爆者の不安を解消してあげて、安心をして療養にいそしめるようにということで葬祭料を出すのだ、こういうおっしゃり方をしておられました。しかし葬祭料は、御存じのように、生きておる人に出すのじゃなくて、死んだ人にお葬式のときの一助にということで出すわけでありまして、死んだ人に出す葬祭料ならば、さかのぼって、おなくなりになった人に差し上げるということが葬祭料の趣旨でなければなるまいという私の意見を申し上げたわけでありますが、しかし国益という立場から見て、被爆者全体を取り上げるということは、他の戦災者並びに死亡者のバランスの上から妥当を欠く、こういう御意見もございまして、結論として、立法上の趣旨は社会保障的な救貧の対策といいますか、そういうものに基づいて出すという立場以上は述べられなかったわけであります。しかし、私が冒頭申し上げましたように、昨年五月十六日のこの特別措置法が通過をいたしますときの論争で、欠けている問題としてやはり国益論争をしたわけです。それが一つの例として、国家総動員法なり防空法の問題、従事者扶助令の問題も並べまして、少なくとも傷のない男で十二歳以上、女の人で十五歳以上でございますか、こうした人たちはすべて国家総動員法に基づいて拘束されておる。そうしてそれぞれの分野で国民義勇隊になったり警防団員になったりして、国民皆兵、一億総防衛という立場から動いてきたので、広い意味での国益論という立場からこれは当然含まれていくではないか、こういう立場を五月十六日の委員会では議論をし合ったところです。これに対して当時の園田厚生大臣は、いわゆる国家補償の立場を前提に置いて諸般の情勢等を考慮して考えたい、こういう答弁がなされております。私が追っかけて、国家補償の立場からこれから審査を進めていただくということを確認をして審議に入っております。当時の議事録を読み上げてもけっこうなんですが、時間が長くかかりますから省略いたしますが、そういう立場とせんだっての厚生大臣の答弁とは、少しかみ合ってこないわけです。しかしこれには、いろいろと次元を下げてものを考えますと、他との関連もあるでしょうから、今日のようなお立場になっておるのだと思いますけれども、きょうはその立場をもう一枚ひとつ積み重ねていただいて、原爆被爆者の実情というのは、私がくどくどしく申し上げなくてもおわかりいただけますように、ただ単に、焼夷弾だとか艦砲射撃だとか、こういうもので負傷したのと度合いが違いまして、熱線による傷害というものは、生きておる限り後遺症に苦しんでいかなくちゃならないし、しかもその前段として、家族というものが離散して、家族の崩壊というものまで前面に出まして、経済的な立ち上がりもきかないし、身体には、そうしたぬぐうことのできない、治癒することのできない後遺症が残されておる。二つが一つになって、ある意味では医療上の後遺症、ある意味では社会上の後遺症というものを持っておるわけですから、そういう立場をひとつ理解していただけるならば、やはり国家がめんどうをみてあげるという立場で一歩大きく踏み出さないと、この人たちにほんとうの意味での憂いをなくしてあげるということにはならない、こういう気持ちが依然として強いわけです。こういう立場を前提として、園田前厚生大臣が述べられた、国家補償の立場に立ちたい、その立場から検討したいというものと、ひとつどのように御理解いただいておるのか、もう一度、質問に入ります前に、厚生省の立場というものを述べていただきたいと思います。 〔委員長退席、竹内委員長代理着席〕
○村中政府委員 昨年の特別措置法御審議の過程の中でもお答えを申し上げましたが、私どもは原爆被爆者に対する対策について二つの法律を現在持っておりますが、これは、医療法におきましても、あるいは特別措置法につきましても、社会保障という観点から被爆者に対する対策を国家として実施をしたいという趣旨でございまして、前段の医療法につきましては、健康の確保という立場から、疾病の予防あるいは疾病の治療というふうな面の対策が主でございますから、四十年度におきまして行ないました被爆者の実態調査の結果をも勘案いたしまして、また、国会での附帯決議その他の御意見、あるいは関係団体、被爆者の方々のいろいろな御意見も総合いたしまして、生活の面での安定をはかるというふうな福祉的な立場での措置が昨年の特別措置法の発想の経緯でございます。この点につきましては大臣も、従来の医療中心から少しでも前進したいという趣旨の御答弁を申し上げております。私どももそういう面で今後福祉の面について被爆者対策を推進してまいりたい。これの関連が、今回の新年度予算で一応私どもが骨組みとして考えました幾つかの予算措置でございます。
○斎藤国務大臣 山田さんのおっしゃいますことは、私にも十分理解ができます。同時に、先般お答えいたしましたことについても、一応は御了承いただけたと思うわけでございます。原爆の被害者は非常にお気の毒である、これはもうすべて異論はございません。だれも異論がないだろうと思います。そこで、国としてはできるだけ手厚くめんどうを見たい、見るべきだということでこの特別措置法ができた、さように理解をいたしておるわけであります。しかしその際にも、この特別措置法は国家補償のたてまえをとっていないということは御承知のとおり。そこで、この特別措置法で葬祭料というものをさらに考えることは、できるだけめんどうを見るという趣旨から考えても至当であるというので、今度葬祭料というものを支給することのできるように法の改正をお願いいたしているわけでございます。 そこで、原爆被爆者に対する措置全体を国家補償として見るかどうか、これは私は議論のあるところだと思います。さらに検討を要する問題でもあろうと私は思いますが、他の戦災者とのつり合い-戦災者の中にもやはり国家的補償をやるべきものがあるのじゃないかという議論もまたあるであろうと思いますが、他の戦災者に比べてこれはまた特別であるという議論もございましょう。その点はさらに検討をすべき問題であると私は思いますが、とにかく、現在の特別措置法をいま全面的に国家補償に切りかえるということになりますと、葬祭料だけではなしに、さらにほかの給付や何かのやり方も、これは国家補償的に変えていかなければなりませんので、この際はとにかく、いままでどおりの社会保障的な、行政的な措置としてめんどうを見るという形でまいりたい、こういうので現在の措置法に葬祭料を付加をして御審議を願いたいというのが今日の段階でございますので、その点をお含みをいただきたいと思います。
○山田(耻)委員 どうも奥歯にものがはさまったようで、すっきりしないのですね。この間二十四日の本委員会の質問のときには、防空法並びに防空従事者扶助令に基づいて、原爆が落ちる以前のいわゆる死傷者、こういうものは救済をされているわけですね。ところが原爆というものは、落ちて間もなく終戦、支払いの窓口もない、こういうふうな状態で終戦の混乱の中に巻き込まれて今日まで問題の解決ができないのですけれども、これが終戦にならなかったとしたら、防空従事者扶助令によってかなりの部分が救済されていたと思うのですね。しかしこれは、いまおっしゃっているように、一般との均衡論と立っての措置ですね。それは、この間の二十四日の委員会では大臣も、来国会にはそこらあたりを整理をして、いわゆる差別のないように瞬時死亡については救済をしたい、こういうことをおっしゃっていますから、私はけっこうだと思うのですが、問題は、同じ戦争による障害者でその事後の措置なんですね。昭和二十一年以後今日まで続いておる中で、とりわけ原爆の被爆者というのは、申し上げたような社会的な後遺症、これは生活の混乱、家庭の混乱、原爆孤老、こういう形で、他には見られないような、集団的な社会後遺症を残しておるし、肉体的には、御存じのように、治癒できないといわれておるような、栄養補給する以外にないといわれているような身体の後遺症を残しておる。これが私たちが原爆被爆者を取り上げる特質なんですね。だから、前段の瞬時死亡については、いまのような国家補償とか社会保障とか言われなくても、これから片づけられていくものだと私は思っているのです。 ただ問題は、今日の時点で、苦労なさっておられる三十余万の人たちに対してどういう救済の手を差し伸べていくことが一番国として正しいのかという立場に立つならば、おっしゃっているような社会保障的な措置だけでは、私は不十分だと思うのですね。これはいまの大臣の御答弁の中の、山田さんの言っていることはよくわかるが、という気持ちの中には、私は観念的には御同感いただいているものがあると思うのです。ただ、それを立法上どう具体化していくかということになりますと、他との関連とかいろいろ言われておりますけれども、そこに私は、ひとつ原爆の実態というものがおわかりになっておるんだろうかと思う。日本の政府が、原爆が落ちてこのかた二十三年になりますけれども、この原爆の被爆者に対して、その被爆以後の動向、動態、生活実態、そうして医療上の後遺的な究明というものをやったという事実はないのですね。かろうじて昭和四十年に、この委員会でやかましく言いました結果、戦後二十年たってはじめて原爆被爆者の実態調査というものをやったわけですね。そうして出てきた結果というものは、公衆衛生の所管において、救貧原理に基づいての救済しかしないということなんでしょう。一体、ほかにやる機関がございますか。日本の医師会にしても、あるいは社会の各種団体にしても、権威を持ち、力を持ち、世界でただ一つの被爆国の実態というものを、経済的にも社会学的にも医学的にも究明をして、そうしてその実態を全世界に公表するというふうな形の作業というものは一度もないのです。こういう点にも、なおざりにされてきた原因があろうと思うのです。 しかし、きょういまその問題をここで私が掘り下げてみても、ある意味では長い時間を要するのみで結論が出ないかもしれませんが、昨年の委員会で私と園田大臣とお約束をしておるように、四十年では生存者の調査をしたのですけれども、原爆の死没者の追跡調査をやってくれぬかとこの委員会で言いましたら、公衆衛生局長は、それは非常にむずかしいという御答弁でした。ところが議論を重ねてまいります中で園田大臣が、どんなにむずかしくてもやらなければいけないのだ、こういう答弁をしていらっしゃるわけです。その答弁を私はいただいて、そういうふうな作業がこれから進められていく、あるいは準備がされておると判断をいたしておるのですけれども、一体この死没者の追跡調査、併設調査はどうなっておるのか、これをひとつお伺いしたいと思うのです。
○村中政府委員 昨年の本委員会で、死没者の調査を含めて国勢調査のほうの付帯調査という形で、これは実施できないかという点についての御質問がございまして、私は実態を御説明申し上げまして、現時点で二十年前にさかのぼったそういう形の調査というものは非常に困難であるという私の考えを申し上げました。当時の大臣からは、困難であるけれども何とか検討したいという旨のお答えがあったことも承知をいたしております。これは実際にすでに御承知のとおり、昭和二十五年国勢調査の付帯的な調査として、広島、長崎の被爆者の生存者の調査をいたしました。このときの調査の過程を見ましても、わずか五年程度の差でございましたが、家族がすでにばらばらになっていて、相互間のチェックが非常に困難だというふうな問題が出てまいりまして、一応五つの項目についての調査の結果はまとまっておりますが、それ以上一歩も出ていない実態であったわけでございます。私どもも、今後国勢調査の中で付帯的な調査としてやる場合にどういう問題点があるかという点についての検討をした上で昨年のお答えを申し上げたのでございますが、さらに二十五年に比べますと、被爆者の家族の構成というものはばらばらになっている。それをどういうふうな形で把握して、しかもどこでチェックするかというふうな技術的な問題になってまいりますと、やはり非常に困難であるというよりお答えの申しようがないわけでございます。 なおもう一点、これも御承知のとおり、国勢調査に参加される方々、調査員の方々は、必ずしもこういう健康状態を伴った調査にはえての方々とは申せられないと思います。そういう点からまいりますと、調査の結果ということ、あるいは項目につきましても、相当の制限が出てまいるのではないかという心配も実はいたしますが、とにかくそのように、現時点で死没者の把握のための調査を行なうということは技術的に非常に困難であるというふうに、今日でも私ども考えております。
○山田(耻)委員 村中さんの困難だとおっしゃる点はこの前と同じなんですよ。だけれども、困難だからといってほうっておける性質のものじゃない。だから困難を克服してやりますというのが、私の質問じゃなくて園田前厚生大臣の答弁なんです。これはあなたも聞いておられるでしょう。議事録を読みましょうか。――だから、いまあなたが困難だとおっしゃるのは、いままでは生存者の調査しかしていないのですね。二十五年にしても、四十年にしても。原爆が落ちて今日まで、被爆者が何人死んだのかという数すら、国の行政の主管の官庁で把握していない。こういうことは私は許されないと思うのですよ。日本はそれほど調査機能というものが未熟じゃないでしょう。きょうは総理府の統計局長をお呼びしておりますから私聞いてみますけれども、やっぱり園田前厚生大臣がおっしゃっているように、どんな困難を克服してでもやります、これが厚生省の姿勢でなくちゃならぬのですよ。困難だからできませんということだけでは、私は本問題に対して真剣に取り組んでいる姿勢というものを見つけ出すことはできないです。あのときにも方法論などについて議論をしたのですけれども、来年は国勢調査でしょう。たとえばこれの併設調査としてやって、いつ、どこで、どういう病名で死んだのか。被爆はどこでしたのか、その被爆地点。そうして死亡の原因。本人も死んでおりますし、家族もばらばらになっているので、どの地点で被爆したかということは――広島、長崎というのはすぐ結論が出ましても、どの地点で被爆したのかという精密なことはわからないかもしれません。しれませんけれども、私は概略なり傾向はわかると思うのです。特にお医者さんたちからの強い要望として、あなたも御存じのように、昭和二十七、八年ごろまでは白血病が非常に多かった。これで死んでいった。それからだんだん少なくなってきて、そうして造血機能障害からリンパ腺ガン系統に発展をして、最近は肺ガン、胃ガンが非常に多い。こういう一つの原爆被爆者の疾病状態、そういうものを統計的に把握することが熱線によって受けた原爆被爆者の医療上の後遺症関係を見るのにきわめて大切なデータであると、医者は声をそろえて言っているのです。広島なり長崎の原爆担当の病院ではかなりの資料が出ております。それだけをもって他を類推することはできないから、いま私が申し上げたような総括的な死没者の追跡調査でも、何で死んだかということは私は表面に出てくると思うのです。そういうことを厚生省はおやりになるのだとこの前約束をしたのですよ。困難だがやりましょうと。それがあなたのいまのような答弁になりますと、園田前厚生大臣はうそをついたということになりますよね。本委員会に対してでたらめを言って逃げた。新聞にも報道されましたから、国民に対してもうそをついた。園田さんの名誉のために私は惜しみます。あなたのように、困難だ困難だということだけでは本委員会における答弁にはなりませんよ。困難だがやるという結論を出しているのですから。 総理府の統計局長、いま私が申し上げたことをお聞きになったと思いますが、いわゆる国勢調査の併設調査でいま私が述べたようなことはできると思いますが、いかがでございますか。
○岡部(秀)政府委員 原爆被災者の調査を国勢査調でするというお話でございますけれども、実はこの国勢調査というのは統計で、しかも指定統計でございますので、その点についての大きな制限が実はあるわけでございます。指定統計はその結果を発表するということになっておるのですけれども、個人秘密に関する事項は発表することはできないということになっておるわけです。そのかわり統計の真実性を確保するために、対象者には申告義務というものを課して、必ず真実のことを言わなくてはならないということになっております。厳重にそういう点でこうしなくちゃならぬということになっておりますけれども、そのかわり個人の秘密に関する事項については厳重に保護されている。こういう点で大きな制限がございます。そういう点で、正しい申告がしにくい事項あるいは個人のプライバシーに立ち入るような事項は従来採用いたしてはおらない、こういう状況になっておるわけなんです。しかもこの調査というのは悉皆調査でございますから、全国民を対象といたしまして、人口一億人、調査世帯二千八百万ということで、調査員五十万という膨大な人たちを動員してするわけです。この人たちに常に統計の専門家として従来仕事をしている人たちじゃない。一面から言うと、統計調査の専門家でない人たちを五十万動員して調査をするということになるわけです。そういう点になりますと項目というのは非常に限られております。従来二十数項目、各省からこのような調査をいろいろとやってくれと言われますけれども、そういう五十万という調査員、しかも専門家でない者が専門的な調査をするということになりますので、その点は非常にむずかしい点になってまいります。その調査項目も、不明確な事項、複雑な事項、調査しにくい事項というのは極力避けていかなくてはならない。それでないと正しい調査というものはできない。そういう点で非常にむずかしいと思うのです。 そこで、原爆の死没者の調査ということでございますが、これは一体だれに申告をさせるかという問題になってきますと、縁故者は現在全国に散らばっておるということになるわけですね。この親に申告をさせるということになっても、親で死んでいる人がずいぶん大ぜい出てきております。それではきょうだいに申告させるということになりましても、これは死んでいる人もいるし、それからだれか一人に固定しますとそれだけでは漏れる率が多い。親きょうだいは全部、自分の子供あるいはきょうだいにそういう者があったらこれを申告するということにしますと、全部重なってくるわけですね。そういう点が非常にむずかしい問題になってきておる。いわんや縁故者のない者は調査のしょうがない。こういう点でこの調査を国勢調査でやるということは非常にむずかしい問題ですし、国勢調査そのものの本来の仕事に差しつかえが起きてしまうという点がございますので、その点については非常に困難であるというふうに思います。
○山田(耻)委員 何にもわらぬ者が聞いているわけでもないので、たいへん御親切に答弁してもらっているわけですが・・・。 統計局長がたとえば広島に行ってお調べになるわけじゃない。国勢調査をやっておる実態を私は知っております。私は国勢調査員じゃないけれども、私の生まれた山口県の平生町、佐藤さん、岸さんが生まれた田布施町、全部知っております。どこのうちの人が原爆でいつなくなったかということを知っておりますよ。国勢調査を担当なさる県市町村の担当者はよく知っておりますよ。それがなぜデータになってあらわれないのかということは、やらないからあらわれないだけでしょう。あなたが行っておやりになるなら、あそこの家は何という家だろうかと思われるかもしれませんが、国勢調査をやる人はみんな知っております。むずかしいことはないのですよ。それもあなたのお話を聞いていると、何かたいへん困難な仕事のように見えるのですよ。市町村の部落単位で調べられていくのですから、明確にわかりますよ。ただその中でどれだけ信憑性があるのか。親に聞く場合、きょうだいに聞く場合、親戚に聞く場合に、全部一家が原爆で死んでしまった。たとえば私の女房の里は三十六人全滅ですよ。女房一人生きている。それは女房に聞かなければわからぬでしょう。そんなのもありますよ。しかしそんなのはきわめて限られた部分ですよ。そんなのはわからぬから、わかるのを調べないというのはおかしいじゃないですか。わかるところから調査をしていって、わからないところに対しては類推をしてデータを出していくというのが、私は国としての正しいやり方じゃないかと思うのですよ。だから、あなたのおっしゃっているように、総理府で全国を見てお考えになっておるのと、現実に国勢調査員が地方でやっているのとは、非常に理解のしかたが違う。だから、あなたのおっしゃっている困難だということについては、私は、困難ではありません、やればできますから、そういうふうにひとつ理解していただかなければいけないと思うのですよ。 それから、制限として秘密の事項に関するということについては、御心配要らないと思うのです。原爆の被爆者は、今日ではよく問題の本質を理解しておりますから、三十余万という被爆手帳の交付者がいるわけです。しかし、それでもまだ多少、秘密をお互いが知られることについて喜ばない方もいらっしゃるでしょう。いらっしゃるでしょうけれども、それはほんとうに、いまの家族がばらばらになってわからないということと同じ、微々たる数字だと思うのです。だからどの点から見ましても私はむずかしいことはない。 ただ問題は、国勢調査でやることの形式がどうなのかというおっしゃり方がございました。だから、国勢調査のときに併設の調査としておやりになる、そういうことをこの前の委員会では議論をし合ってきたのです。困難と思うけれどもそれは乗り越えてやりましょう、こういうことになっているのです。だから私は、統計局で技術上方法論としてどういうふうにお考えになっておるかということを、実はきょう聞きたかった。村中さんと同じようにあなたからも、むずかしい、むずかしいという話をきょう私は聞くつもりじゃなかった。これがむずかしいということは私もわかりますよ。しかし、調査が不可能であるというほど困難なものじゃないのですから、やっていただくということについて御異存はありませんか。それはそういう約束になっておるのですから。
○岡部(秀)政府委員 いまの御質問で、農村では非常によくわかるのですね。農村では、それはどこの家に原爆を受けた者がいるというのはわかるのですけれども、都会地では非常にむずかしい。これはこの問題でなくても、私たちがたくさんの調査をいたしておりますが、このぐらいはよくわかるだろうということさえわからない。実はそれで苦心をいたしておりまして、都会地になればなるほどそれはわからない。村のほうへ行けばわかりますけれども。全国調査、悉皆調査でございますので、その点で問題は必ずしも完全にわかるということにはなっておらない状況で、非常にむずかしい問題でございます。 それから秘密の保持というのは、それはおっしゃるような意味ではなくて、統計で調査した個票というものは、それは公表しないことになっておる。これは統計の基本のきめでそういうことになっておりまして、各人、それぞれの一人一人は調査をいたしますけれども、その内容は公表をいたさないのでございます。すぐ税金に利用されるのじゃないかというふうなことのためで、私たちは統計調査をするのに一番苦心をする。そのときに申告をしないとかいう問題があるわけで、そういう意味で、個々の一人一人の結果を発表するということは、統計調査、指定統計等はいたしておりません。集団的なつかまえ方をするのが統計でございますので、それは普通の統計とは指定統計はその点が違う。個々のものを発表はいたしておりませんし、してはならない、こういうことになっておりますので、その点がどういうことになりましょうか。個人のそれぞれを使うということになりますと、これは統計法上いけないことになっているという点がございます。 それから信憑性の問題ですね。統計において信憑性というのは最も重要なことでございますので、大ざっぱな数字でいい、大ざっぱの内容でいいというわけにはまいらない。その点は極力正確性を期する意味で指定統計となっております。国勢調査は指定統計の第一号でございます。そういう意味でも、これはいいかげんな大ざっぱでいいということには、統計そのものからいきませんし、指定統計という問題になりますと、それはなおさら問題になってまいりますので、その点は正確な調査ということを期する必要があるのであります。この調査を国勢調査でやるということは何か私は無理がある。いままで、そういうお話が前の委員会ですかのときもありましたそうですので、われわれもその点でいろいろ研究をいたしてまいってきているのですが、まだ来年の国勢調査の項目はどれとどれと確実にきめておりません。検討いたしておりません。なおこれから三回も試験調査等もやはりしていくわけなんですけれども、現在のところでは、はなはだ期待に沿えないという状況でございます。
○山田(耻)委員 何か問題がおかしくなってきているのですね、あなたのおっしゃり方が。正確に調査してくださいよ、正確に。私は適当に調べてくれと言っているのではないのです。正確にお調べなさいよ。あなた方はそのためにちゃんと総理府で一つの部をもってやっているのですから。それは正確に調べてください。むずかしい度合いについては、むずかしいことは私もわかりますけれども、だからといってやらぬわけにはいかないのですから、それを乗り越えてやるという立場でひとつ調査をしていただく。 それから、いま御存じと思いますけれども、三十一万三千百六十一名という者が手帳交付者として統計に出ているわけですよ。もちろん、これで統計調査をいたしまして、どこの何がいつ原爆で死んだということをどこにも公表する必要はないのですよ。これは、厚生省でやるこれからの被爆者に対する援護のための具体的な資料、私たちが国会で法案審議をするのに具体的に公平に取り扱っていくための資料、こういうものを必要とするためにやるわけですから。それからもう一つは、やはり世界でただ一つの被爆者国として、原爆によってどれだけ死んでいったのか、国家の統計としてぜひとも持っていなくちゃならない、こういう気持ちもあるでしょう。だからこの点については、やっていただくということになっているのですから、どうしたらできるかということを具体的に検討していただいて、あらためてまた御返事をいただきたいと思うのです。その点についてはよろしゅうございますね。
○岡部(秀)政府委員 こういう調査を国勢調査でやるということについては、国勢調査そのものに大きな支障が出てくるので、国勢調査でやることは非常にむずかしいということを申し上げたい。その他の調査でこれをどういうふうにするかという問題はまた別の問題で、いろいろ研究して、あるいはいい案が出るかもしれませんけれども、国勢調査としては非常にむずかしいということが言えると思います。
○山田(耻)委員 私は国勢調査でなければならぬということを言っているわけでないんで、問題は正確な数字がつかみたい、そうしてこれからの対処する資料にしたいということで申し上げているのですから、おそらく園田前厚生大臣がおっしゃったのも、国勢調査でやるんだということではないと思うのです。これは斎藤大臣いかがです。方法は私はとやかく言いませんけれども、死没者の調査をする、困難を乗り越えてやるというおっしゃり方に対して、具体的にこれからどうするかはおまかせすることにいたしまして、そういう立場から検討に入るということは、お返事としていただけますね。
○斎藤国務大臣 非常にむずかしいと政府委員が答えておりますが、何かうまい方法がないか、検討は続けてまいりたいと思います。
○山田(耻)委員 それでは、この調査が出ることによってまた私の質問も行なわなくちゃならないものですが、おっしゃっているように、どういう方法でやるかということをひとつ検討いただいて、その一つの方法についての結論が出ましたら、またお聞かせいただいて、また委員会でひとつ御相談をしたいと思います。これは決して私は党派性でとやかく言うわけじゃないんですから、きわめて大事なことですから、当然いままでしておかなければいけなかったのですが、ないものですから、今日こういう議論をしているわけです。 〔竹内委員長代理退席、委員長着席〕 どうかひとつその点を理解いただきまして、方法について具体的な結論を出していただきますようにお願いしたいと思います。 それから、時間がございませんから、最後にひとつ大蔵省にお願いしたいのですが、去年通過をいたしました原爆被爆者に対する特別措置法の中で、生活手当といわれております特別被爆者に対して支給をする手当でございますが、六十五歳以上、母子世帯、それに小頭症、原爆のケロイド、こうした障害がある者に支給するということになっているわけですが、最近統計にも出ておりますように、六十五歳以上ぐらいの老人から各種のガンの傾向が非常にふえております。大体、被爆しない者と被爆者と比較してみますと、一・五倍から二倍、白血病関係のガンは十五倍という状態を示しておりますから、六十五歳で形にあらわれた者に対する、いわゆる生活保護的な金額を若干支給するということについてはわかります。ところが、原爆の今日までの臨床上の治療としては、栄養をしっかりからだにつけてやって、そうして体力維持をしないと、非常にいろいろの病気が発病する体質的なものを持っておるんだといわれておるわけです。そういたしますと、こうした法律に基づいて六十五歳以上だという年齢の制限を加えたことは、栄養が続かずに倒れて発病して金を出してやる、こういうふうに受け取らざるを得ないわけです。それよりか特別被爆者に全員ひとつ手当をつけて、からだの栄養補給をしてあげて、それで足りるものとは思いませんけれども、国で行う施策として安心感を植えつけていく。そして発病しないようにめんどう見てあげるということが、私はこの手当の持つ本来的な趣旨ではないかと思うのです。なぜこういう状態に制限を強めてきたのか。これはもちろん厚生省の主管に関する事項ですけれども、どうも仄聞いたしますと、大蔵省がきびしくてきびしくて、こういう話をよく聞くわけです。だから、これはひとつ厚生省、大蔵省ともども立って、その立場をひとつ解明していただいて、気に入らなければこれから質問に入りますから、どうか気に入るような答弁をしていただきたいと思います。
○村中政府委員 昨年から実施されております特別措置法に盛られでおります諸手当について、いろいろな条件があるけれども、これが緩和できないものか。特に健康管理手当の支給についての御質問でございますが、私どもこの手当を支給することを考えましたいきさつといたしましては、これも原爆の被爆者に共通する問題でございますが、特に量の多い放射能を浴びたというふうな対象につきましては、健康的にあるいは精神的な面でいろいろな不安定な生活上の要素があるというふうな対象に対して、いま御指摘のように、あるいは保健薬を使用する場合も、あるいは精神的な安定の目的で、慰安を特に必要とする場合があるだろうというふうなこともいろいろ考えまして、特別被爆者に対して健康管理手当の創設を実はいたしたのであります。ただ、ここで申し上げたいことは、この健康管理手当の支給の目的というのは、現に被爆の影響を受けて精神的なあるいは生活上で不安定な状態にあるこれらの特別被爆者の方々が、早く病気が治癒するようにこれを促進するという目的が健康管理手当の創設の動機でございます。 そこで、私ども政令三号というふうな名前を使っておりますが、特に厚生大臣の定めた関連あると思われる疾病につきまして、こういう病気を持っていて、しかも四十年に行ないました実態調査の結果によりますと、比較的高年齢層、特に六十五歳以上の年齢層に健康に対する不安というものが強く出てきておるというふうな問題が提起されまして、これに対して、六十五歳以上の年齢者に対しては、政令三号の疾病を持っているというふうな前提を置いて、健康管理手当の支給をいたそう。その他母子家族あるいはケロイド、御指摘の小頭症を含めました身体的な障害の強い方、こういう方々に対しては健康管理手当の支給をいたす。この年齢的に六十五歳以上という線を引きましたのは、いま申し上げましたように、実態調査の結論を参考にいたしました点もありますし、現行の国内でのこの種の手当、そのからみの中でも年齢の検討をいたしたわけでございます。
○辻説明員 健康管理手当の支給の趣旨につきましては、ただいま厚生省からお答え申し上げたとおりでございまして、要するに、みずから健康管理を行なうことが困難な状況にある者を対象にいたしております。その意味におきまして、六十五歳以上の老人あるいは身体障害者、母子世帯等に限っておるわけでございます。六十五歳に限りましたのは、これもただいま厚生省からお答えいたしましたように、被爆者実態調査の結果なりあるいは他の制度、たとえば老齢福祉年金の受給開始年齢等を勘案いたしまして定めたものでございます。
○山田(耻)委員 あとの方もこの問題に触れられると思いますから簡潔にしますが、結局、六十五歳になったらもらえるというしろものでもないのですからね。造血機能障害、肝臓機能障害、細胞増殖機能障害、内分泌腺機能障害、脳血管障害、循環器機能障害、腎臓機能障害を伴っておる六十五歳以上の者、こうなってますから、病気になって、身動きならぬとまではいかなくても、絶えずもう日常の仕事にも携われないし、寝たり起きたり、ぶらぶらしておるというような状態にならないと出ないわけです。だから私の言うのは、一般の疾病ならわかりますよ。一般の疾病ならわかりますけれども、原爆のこうした後遺症というものは、そういう発病に至らないようにふだんからめんどうを見てあげなくちゃいけないわけです。よくいわれておりますように、健康の者がかぜを引いたら二日でなおるけれども、原爆にかかっている者がかぜを引いたら十日も二十日もかかる。治癒能力が劣っておる。だから、病気にならないように、事前によく保護してあげるというのが今日までいわれてきた趣旨なんですね。ですから、せっかく健康管理手当をつけるということになったんですから、発病してぶらぶらになってから手当をあげるということでなくて、だれでもなっていく可能性を持っておる特別被爆者の手帳所持者に対しては、私は、元気でがんばってくださいよ、健康管理してくださいよという立場から支給するのが、健康管理手当の本来の趣旨でなくちゃなるまいと思うのですよ。そういう意味では、いまおっしゃっているような状態ではきわめて不満足な状態ですから、この点については十分ひとつ御検討をいただいて、原爆の被爆者がいわゆる病気で倒れることのないように、ふだんから健康管理をしてあげるんだという立場からの趣旨に、まさに花を咲かせ実を結ばせるような立場から御検討いただきたいということをお願いをいたしまして、私の質問を終わりたいと思います。 ありがとうございました。
○森田委員長 大原亨君。
○大原委員 簡明に質問しますから、ひとつ簡明に答弁願います。 第一番は、放射能に起因する認定被爆者ですね、これは現在何人で、それから特別被爆者の中の放射能に関連する特別被爆者、これはちょっと質問がわからなかったらもう一回質問しますが、これは何人いますか。
○村中政府委員 これは昭和四十三年の三月末の数字でございますが、被爆者の合計が、これは手帳交付者でございますが、三十一万三千百六十一人、この中で特別被爆者が二十五万八千七百八十六人、それからさらにただいま御質問の認定疾病患者は四千二百九十三人、こういう数字になっております。
○大原委員 私が言ったのは、認定被爆者、つまり放射能に起因する認定被爆者四千二百九十三人、これはよろしゅうございますね。それから、特別被爆者の二十五万八千七百八十五人の中で、法律政令で、放射能に起因するんじゃなしに、放射能に関連する被爆者として拾い上げた人が何人おるか、これはひとつ調査しておいてください。いま答弁はあとにしてもらいます。海堀主計局次長が時間を急がれるそうですからそのほうの質問をやるから、いまのやつは調べておいてください。それじゃ海堀さんに便宜質問します。 私が前からいろんな機会に議論しているのですが、原爆による被害者に対する援護というものは公平でなければならぬ。これは総動員法で、旧逓信省の電話やその他の職場で働いている人は――たとえば私どもいろいろ議論いたしました援護法では、動員学徒は準軍属といたしまして処遇をいたしております。しかし、同じ職場で働いておりました旧逓信省、これは官吏ですが、判任官以上はもちろん恩給制度があるわけですが、当時の雇用人の中で、世帯主でない雇用人につきましては、雇用人全体が差別待遇がある中で、特に不遇なままで放任をされておる。運輸省や専売公社――今日は専売公社ですが、当時、局の雇用人に対しましても全部殉職年金を出しておる。こういう問題でいろいろ指摘をいたしましたが、これについては、前回の御答弁では、かなりこれは公平に措置するように前向きでやることを御答弁いただいていると思うのですが、ひとつその後の措置やあるいは考え方について、この際、旧逓信省の世帯主でない雇用人に対する差別扱いについて公平な措置をとることができないか、こういう問題点だけにしぼりまして、ひとつ海堀さんの見解を聞かしてもらいたい。
○海堀政府委員 この問題は、当時の共済組合の規定が、たとえば国鉄関係と逓信関係では不一致であって、それがために、逓信関係の共済組合は、生計の依存関係を殉職年金の支給の要件としている。国鉄関係はその生計依存関係を支給の条件としていないということから、現在、不均衡な取り扱いになっているということでございます。それで、この規定がすでに過去の規定をそのまま踏襲しておりますので、直ちにその不均衝を直すということはなかなかむずかしい問題だと存じますが、いずれにしても、現在におきましてこの問題を解決するのは、政策的にどういうふうに措置していくかという考え方に立つ以外にないと思います。郵政省のほうで、あるいは郵政省だけではなくて、生計依存関係を条件としている各共済から、こういうふうな取り扱いをすることが妥当だというふうな申し出がありました際には、私のほうとしても、こういう現在不均衡になっているということを踏まえて十分検討いたしたいと存じます。いずれにしましても、私のほうから積極的にそれぞれの共済に、こうすべしというふうに指示する事項ではなくて、各共済が、それぞれほかとの均衡を考えまして、こういうふうに取り扱いたいとかいうふうな申し出がありました際には、私のほうで検討さしていただきたいというふうに考えております。
○大原委員 海堀さんはもういいです。どうぞお帰りください。
○村中政府委員 私どもが、先ほどお話が出ましたけれども、大臣の定める七つの疾病、それに四十四年度の予算では新しく一つ加わりまして現在八つの疾病になっておりまして、三号疾病という名前を使っております。これは一般の被爆者が特別被爆者の手帳の交付を受ける要件になっております。この疾病を持っている患者の合計が三千八百五十三名。このほかに、たとえば入市をした者、それから濃厚汚染の地域にいたとか、これが若干加わりますので、もう少しふえると思いますが、一応三号疾病という形で押えているのは三千八百五十三名でございます。
○大原委員 三千八百五十三人以外に、二十五万八千七百八十六人の中には、いまお話しのような、そういう診断を得ないで当然になった特別被爆者があるわけですから、当然入っておるわけですね。 そこでお尋ねするわけですが、放射能に起因するということは、医学的に、科学的にもうはっきりしているのですか。戦後二十四年間たったわけですから、いろいろな研究がなされたわけですから、認定患者になる場合に、白内障や白血病やその他、これは放射能に起因するんだ、そういうことは医学的にはっきりしているのですか。
○村中政府委員 一応放射能に関連があると思われる疾病は、ただいま申し上げました三号疾病に該当する造血機能障害から始まりまして肝臓、腎臓、それから中枢神経系、脳血管障害あるいは循環器・・・。
○森田委員長 もう少し大きい声で言ってください。
○村中政府委員 こういったものが入っておるわけでございますが、これらを主にいたしまして、これらの中で関連があると思われる疾病の中で、これが原爆に起因するんだ、これは臨床的な検査の成績あるいは疫学的な調査、こういったものをつけて出てまいった資料を検討いたしまして、そこで明らかに原爆に起因するというような判定が下された場合には、申し上げますように、原爆に起因する認定疾病患者という扱いになるわけであります。
○大原委員 それは私が言うのは、医学的に科学的に放射能に起因する因果関係が――関連でなしに因果関係が明確な病気というものはこういうものだということが、医学的にはっきりしているのですか。
○村中政府委員 申し上げましたように、三号疾病という場合には関連がある。その中で、これは検査の成績、あるいは住居していた場所、あるいはいまの臨床検査の成績、こういったものを総合して個々に判定をするという結果になっております。御承知のとおり、一般的な概念としては、放射能疾病というのは単独にはない、いろいろな症状の総合的な判定の上に立って原爆あるいは放射能疾病というものが出てくるというのがいまの学者の間の説でありまして、こういう病名がつけば、これはすべて放射能だというふうな範畴に入るものというのは、まだ出ていないんじゃないか。出ている症状、所見、こういったものを総合判定をして、これは原爆に起因しているかどうかというふうな判定を下しているのが実態でございます。
○大原委員 肺ガンとかその他は、原爆に起因をする認定疾病、認定患者、こういうふうに認定する場合が多いわけですが、たとえば胃ガン――これは例で、私は専門家ではないのですが、胃ガンが放射能に起因をしない、起因する疾病でない、こういうことがはっきり言えるのですか。
○村中政府委員 お話が出ましたが、原爆に起因するかどうかということの判定につきましては、放射能医学の今後の進歩に期待するところが非常に大きいわけでございます。ただ、私ども不幸にして経験いたしました広島、長崎の被爆、あるいは国際的な調査、実験、そういったものをもとにいたしまして、いま学者の間で一応判断されるのは、これは前提としては、広島、長崎で被爆をした、そういう前提を置いて考えると、あるいは肺ガンというものもこれは起因すると判定してよろしいのではないか。もちろん公害の問題とかあるいはたばことか、いろいろ世間でいわれておりますけれども、そういう要素があるにしろ、とにかく広島、長崎で被爆したというふうな前提を置いて、臨床検査その他を総合して、肺ガンについては、従来審議会の中では、これは被爆に起因するという判定を認定いたしております。あるいはこれと同じようなたぐいでは、甲状腺ガンあるいは白血病。白血病でも、ことに子供においては、被爆と関係のない状態が最近国際的に非常にふえてきておりますが、こういったものも、広島、長崎で被爆したという前提が大きく影響して、その他の所見を総合して認定をする。 いま御指摘の胃ガンについてでございますが、これは昨年も本委員会で御質問があったかと思いますが、いろいろ学者の間で実験研究をいたしております。 〔委員長退席、竹内委員長代理着席〕 ただ残念ながら、いままでの学者の発表を総合的に判断いたしますと、まだ、胃ガンが胃ガン単独で放射能に起因する、被爆に起因するというふうには判定が困難である。これはもちろん相対的な問題でありまして、今後の放射線医学の究明に関連してまいると思いますが、いまの段階ではそういうふうな学者の大かたの意見でございます。
○大原委員 これは私ども十数年来議論してきておるわけですが、放射能に起因するという、いわゆる原爆症についてのいろいろ議論があって、しかも厚生省が取り上げているやつは非常にシビアーで旧態依然たるものである。これは東大紛争が医学部を中心に起きておりますけれども、私は医学研究界の封建性もあるのじゃないかと思うのです。これが大きく影響しているのじゃないかと思います。私は、この際観点を少し政策上変えていって、起因するというふうに総合的に判定した認定患者と、関連疾病というふうに八つの項目がありますが、そういうものとは差別をつける必要はないのじゃないか。放射能被害の性質上、放射能によって汚染をされたという、そういう現実がある場合には、関連疾病と認定疾病と差別をつける必要はないのじゃないか、認定患者の制度について私は再検討すべき段階ではないか、こう思うのですが、いかがですか。
○村中政府委員 認定疾病と関連疾病の関係についてでございますが、これは先ほど御説明申し上げましたように、私どもも、政令で定めた三号疾病、これは原爆に関連があるというふうな判定のされる疾病、この中でどれとどれが、あるいはどのケースについては明らかに原爆に起因しているんだというふうなケースが出てまいる。これは個々のケースにつきまして、先ほど申し上げましたように、被爆を受けた場所とか、あるいは臨床的な検査とか、あるいは疫学的な判断とか、こういったものを総合判断をして、これは原爆に起因していると判定された場合には認定疾病患者と扱える。現在二百種類あまりの疾病、それから症候群も入りますが、すでに認定されております。
○大原委員 それで、いまぼくが言うのは、疑いあり、関連ありという疾病、たとえば白内障でも、認定患者になる場合と、いわゆる特別被爆者になる場合もある。あるいは原爆小頭症の場合であっても、認定患者になる場合と特別被爆者になる場合があるのですね。これは特別被爆者の中で認定患者を出すわけで、逆に言っているわけですが・・・。たとえば肺ガンが認定患者になって胃ガンがならぬというのはおかしい。そこらから考えてみても、私は認定患者の範囲を再検討して、少なくとも、いままで議論をしておった関連疾病等は、これは特別被爆者の中で認定患者として扱うような、そういう措置を政策上とるべきではないか、こういうふうに私は具体的に議論いたしますが、そういうふうに思うわけです。この点いかがですか。
○村中政府委員 申し上げますように、認定疾病患者という患者の判定につきましては、専門家の審議によって、これは認定の対象になるかどうかというふうな判定が医学的な立場からされる。先ほど申し上げました関連疾病というのは令六条三号でございますが、こういう病気は原爆に関係ないとは言えない、多少は関係あるかもしれない、そういう中で、これは明らかに関係があるのだというのが認定被爆患者といいますか、これのどちらに入るかということについては、申し上げますように、医学的な専門家の判断において処理される。ただ、これは先ほど来繰り返しますように、相対的な問題でありまして、今後の実験なり研究なりの成果の過程の中で、たとえば小頭症が認定被爆の対象になり得る場合、あるいは白内障が認定疾病患者の対象になり得る場合もあるわけで、これは今後の研究にまつところが多い、こう考えます。
○大原委員 それは審議会が医療の専門家であるわけですから、それを越えてあなたは答弁できぬかもしらぬが、私が言っているのは、審議会自体も、園田厚生大臣にも言ったんだけれども、やはりもう一回頭を変えてひとつ――中泉さんが別に悪いとか何とかというのじゃありませんよ。現場の第一線の医師とか、それらを扱った学者とか、そういうふうなもの等を中心とした審議会に変えて、委員を変えて、そしてそれらの意見を十分取り入れたような状況において、十年一日のごとくでなしに、かなり研究は進んでいるはずですから、広大には原医研もあるのですから、そういう点で、審査をするやり方と、あるいは対象とする病気、こういうもの等について、私は総合的に再検討をすべき段階ではないか、こういうふうにもう一つ突っ込んで質問するわけです。 これは、いままでの経過をお聞きになっておる厚生大臣から、ひとつ御答弁いただいて私はいいと思うのです。これは園田厚生大臣はかなり積極的な答弁をしておるわけです。あの人は調子のいいことを言ってすぐやめたけれども。ここにもう一回呼んできて参考人として答弁させればいいけれども。また、委員長に私は要求してもよろしいが、あなた、一年ごとにかわっちゃいかぬですよ。厚生大臣、そんなことではだめだ。厚生大臣、答弁してください。
○斎藤国務大臣 ただいまお伺いをいたしまして、なるほどと思う点も多々ございます。しかし私、事務当局あるいは専門家にもさらに聞いてみたい点がございまして、そういう点をひとつ検討をいたした上で検討いたします、こういう程度でしかお答えできないわけであります。(大原委員「前向きで……」と呼ぶ)前向きで検討はいたします。いたしますが、しかし結論として、おっしゃるとおりに将来いたしますというまでには、もう少し検討させていただきたい。
○大原委員 いやあなた、これは園田厚生大臣は言っているのだから。あの認定が非常に冷酷だ。そうして私は、放射能を受けた場合は、疑わしき場合は入れるべきだ、こういう観点で対策を立てるべきだ。ましてや疑わしいだけでなしに、現実に関連ありとしている場合には放射能に起因をする認定患者というふうに考えてよろしい、そういうふうに認定を下す体制も――それから疾病についても、放射能の治療研究を科学技術庁も放医研でやっている。それから広大は原医研、長崎大学もやっておるのです、文部省で。ですから私はそれが常識になっておると思うのです。しかしながら、それは委員も任期があるでしょうからなかなかなんでしょうけれども、しかし、いまや前向きで当然この点はひとつ考え直す、こういうふうに見解をはっきりして対処してもらいたい。これは私はむちゃなことを言っておるのではない、積み上げた質問ですから。
○斎藤国務大臣 だから申し上げているのでございまして、ごもっともと思う点が多々ございますから、私もさらにいろいろいま大原さんのおっしゃるような立場に立って検討をいたします。そして善処をいたします。
○大原委員 特別被爆者に対する健康管理手当の問題が議論になって、いま山田さんからも御議論になっていましたが、厚生省が先般やりました調査の中には、老齢期の健康格差が被爆者と一般の人との間にはある、こういうことがはっきり統計上出ている、こういうのです。ですから、そういう老齢期の健康格差がある、こういうこと等が出ておる以上は、やはり健康管理手当の支給範囲を再検討すべきである、こう思いますが、この点についてはいかがですか。
○村中政府委員 健康管理手当の年齢の線の引き方でございますが、これも先ほど山田委員の御質問にお答えいたしましたけれども、四十年に行ないました実態調査の結果からは、特に六十五歳をこえた年齢層に健康に対する自信がないという回答が多く出ております。これも参考に入れまして、さらに現在国内で行なわれている、たとえば国民年金あるいは無拠出の老齢福祉年金、こういったものの年齢も考慮し、さらに海外の若干のこういったものの制度も参考にいたしまして、現在六十五歳以上の線を引いたわけであります。ただ、これがこのとおりで今後変わらないのかどうかという点については、いろいろな医学の進展にもまつところが多いと考えております。
○大原委員 特別被爆者の中で一定の人に対しまして、話がありましたように、条件を設けてしぼりまして健康手当を出しているわけですが、その中で、八つの関連疾病を持っているということで六十五歳以上というのがあります。私はたとえて言うのですが、六十五歳以上というのは何かというと、拠出制の国民年金の六十五歳というのを一つの政策のよりどころにしているというふうにわれわれは理解しておるわけです。しかし、被爆者の中で老人は健康格差が一般よりもあるのだ、そういうふうに政府の調査でも出ておるわけですから、六十五歳の年齢をさらに引き上げても客観的に大蔵省に対してもそれは十分抗弁できるんじゃないか。議論できるんじゃないか。そういう六十五歳を六十歳にする、五十五歳くらいまでにする、そういうふうなことは現実的に可能ではないか。そういうことを含めて、身体障害者その他でも原爆の特殊性があるから、そういう点で健康管理手当の範囲を広げるような措置を今後もひとつ努力をしてもらいたい、こういうことです。いかがですか。
○村中政府委員 健康管理手当の年齢制限の問題につきましては、御承知のとおり、昨年の九月法が発足したばかりでございまして、これがどういう形に推移するか、今後十分経緯を見守りながら判断してまいりたい、こう考えております。
○大原委員 大臣、私が言ったことはよくわかるでしょう。どうです、あなたの答弁は。
○斎藤国務大臣 大原さんのおっしゃることもよくわかります。いま局長がお答えをいたしましたごとく、とにかく昨年初めてこの手当を認めていただいて、施行後まだ半年でございます。しかし、おっしゃることもよくわかりますので、その後の推移を検討いたし、そして善処をしてまいりたい、かように考えます。
○大原委員 特別手当は認定患者に対しまして一万円、医療手当云々、それから健康管理手当、介護手当という制度ができたわけですが、物価もどんどん上昇いたしておるわけです。私は当然予算段階でも引き上げるべきではないかと思う。最も苦労しておる下積みの人たちですから、私はこの点について、本年度そういう基準の改定がなかったことはきわめて残念であると思うのですが、今後ともこの問題については努力をしてもらいたい。これは厚生大臣と、それから大蔵省の主計官、御答弁願います。
○斎藤国務大臣 やはり物価が相当上がってまいりますれば、この点も変えなければならないと思います。これも先ほど申しますように、昨年の九月の実施で、まだ半年でございます。したがって、来年あたりはあるいは考えなければなるまい、かように思います。
○辻説明員 ただいまお話しの特別措置法によります手当の額につきましては、他の類似の制度におきます手当等の額に比べまして特に低いとは考えておりませんが、今後も物価その他の動向を勘案いたしまして検討してまいりたいと思います。
○大原委員 これはあったかと思うのですが、介護手当一日三百円というふうなのは、これは主計官どうですか。一日三百円で介護人が雇えますか。
○辻説明員 介護手当の額につきましては、生活保護の介護加算とバランスをとってきめたものでございます。
○大原委員 だから、これは三百円でできますかというんだ。どうですか。三百円で介護人が雇えますか、あなた。
○辻説明員 ただいま申し上げましたように、生活保護その他のバランスをとりましてきめた額でございまして、その範囲内で実施していただきたい、こういうふうに考えておるわけでございます。
○大原委員 あなた答弁してないじゃないですか。一人一日三百円で介護人が雇えるかというんだ。どんな女の人でもいい。それが雇えますかというんだよ。私の質問に答弁しなさい。生活保護も全部含めてだ。
○辻説明員 ただいまの額によりまして、必要最小限度の措置はできるものと考えております。
○大原委員 あなたのところに頼みにいったらやってくれるね。一日三百円で介護人が雇えておる例があるの。あなたは知っているの。あなたは、介護人を雇うのに実態はどうかということを知っていますか。知っておらぬでそういうことを言っておるんだろう。どうですか、あなたはその実態を知っておりますか。時間がかかるから私は言うまいと思ったけれども、一日三百円で介護人が雇えるの。どうですか。実際知っててそういうことを言っているの。
○辻説明員 ただいま申し上げましたことを繰り返すようでございますけれども、最小限度の措置につきましては可能であると考えております。
○大原委員 一日一人三百円で雇えるの、実際に。非常に身体の不自由なそういう人々を介護するのに三百円で雇えますか。病院の付添婦に平均幾らとられているか、あなた知っていますか。
○辻説明員 必ずしも、看護婦でございますとか、あるいは病院の付き添いその他の特別な資格のある方ということでもございませんので、ただいま申し上げましたとおり、最小限度の措置は可能ではないかと考えております。
○大原委員 わからぬね、あなた。実際上介護者を雇う場合に一日三百円では雇えないですよ。病院の付き添いなんかの実態を見てごらんなさい。これは厚生省に質問してもいいけれども、どんなに軽い患者の人であっても、一日三百円では雇えないですよ。だからこの点については、将来増額するように検討します、努力します、こういう答弁をしてもいいでしょう。あなたみたいな、そんな冷酷な答弁ないですよ。冷酷じゃありませんか。そんな一日三百円で雇えることはない。あなたが答弁できなかったら大蔵大臣に伺う。大体大蔵省はそういう実態把握で予算査定しておるからいかぬのだ。だからつまらぬことに力を入れていくわけだ。一体それでできるの。実際にそれでやっておるの。そういう認識なのかな。どうです。君がだめだったら大蔵大臣呼んでこい。三百円でできるかというんだよ。やっているかというんだよ。そういう機械的な予算の査定があるかね。
○村中政府委員 介護手当の問題についていろいろと御意見が出ましたが、この介護手当を考えました当初には、実際に排便あるいは排尿の処理が困難だというふうな、四六時中介護の必要があるというふうなものは、そういう方々はたぶん医療施設に入るだろう。あるいは介護の手が全くなくてお願いするにも人がいないというふうなものについては、昨年からつくりました養護施設に入っていただこうじゃないか。あるいはおむつの処理をその日のうちに何時間か来てやってくれる、あるいは食事の手伝いをしてくれるというふうな方々に対して介護手当のような形で支給をしたいというのが趣旨でありまして、あるいは、おことばを返すようでございますけれども、ただいま御指摘になりました一日じゅうそばにいて、つきっきりで介護をする必要があるというふうに判断される対象につきましては、たぶん医療機関で処理されてよろしいケースじゃないかというふうにも考えられます。
○大原委員 そんな特別養護ホームなどというのは、いままだ建物ができてないのですよ、あなた。それができたからといって全部は入れないわけですよ。それから病院に入りましたら、付き添いとかいろいろな付属の費用が要って、入れぬ人がたくさんおるのですよ。生活保護でもちろんやっていけないです。そういう人をほっておくわけにいかないというのが逆にいえば介護手当でしょう。ですから、介護手当の場合はこれはよほどのことなんです。非常に適用もシビアーであるしね。運営を弾力的にする。家族その他について範囲を広げて事実に沿うようにしていくということ、そういう側面も大切だけれども、一日三百円の介護手当などというものは、とてもじゃない、いまどきそういうたれ流しその他の病人を介護してくれる人はいない、こういうことです。これはひとつ将来の問題といたしまして厚生大臣努力してもらいたい。いかがですか。
○斎藤国務大臣 御承知のように、介護手当は他のいろいろなものにもあるわけでございます。完全に介護人を雇うことができるという意味での手当ではありませんので、したがって、そんな金で一体介護人を一日雇えるかという御質問はあろうかと思うのですけれども、家族その他の手数もかかるであろうというようなことで出ているわけであります。しかし、これも物価の上昇あるいは生活水準の向上等に伴って、すべての介護手当についても上げてまいらなければならない、かように考えますので、前向きに考えてまいりたいと思います。
○大原委員 時間もなにですから、協力しましてちょっと飛びますが、昭和三十六年でしたか、本員委会で私も議論して、附帯決議もあったのですが、広島市とか長崎市、あるいはその周辺都市では被爆者が非常に多いので、特別手帳を持っているのは当然のことですが、受診率が非常に高いので医療費がたくさん要るわけです。そういたしますと、原爆被爆者以外の一般の市民や町民、村民が、結果といたしましては、国民健康保険財政を通じましてその医療費の負担をするということになる。あるいは市町村の財政の負担になるわけです。それに対して特別の措置をすることについて、まあ基本的な問題と応急的な問題で、特別法優先の問題を議論したこともございましたが、結果といたしましては、何らかの配慮をする、こういうことでございました。これは国民健康保険の関係で答弁をいただきたいと思いますが、そういうことについて遺憾なく措置をしてありますか。そういう実際についてひとつ御答弁を願いたいと思います。
○松田説明員 国保の医療費につきましては特別調整交付金という制度がございますので、これを活用いたしまして、原爆被爆者にかかる医療費につきましては財政的に裏打ちをいたしておるわけでございます。現在では、純粋の保険者負担額のうちで原爆被爆者にかかります医療費が五%をこえる額につきまして、その十分の八を見ることにいたしております。制度的に申し上げますと、三十五年、三十六年につきましてはこれが二分の一でございましたが、三十七年につきましてはこれを十分の六に、三十八年にはこれを十分の八に上げて、現在その制度をとっているわけでございます。
○大原委員 たとえば、広島市とか、その周辺の祇園町とか可部町とか五日市町とかありますね。あるいは長崎市の周辺都市。そういうところにはどのくらいの調整交付金が出ておりますか。
○松田説明員 広島市につきましては、原爆者にかかる医療費が十七億二千二百万円でございます。そのうち純粋に保険者が持ちます分が五億一千二百六十万円でございます。これに対しまして一応原爆特別調整交付金といたしまして、三億七千三百六十万円出しております。これは広島市の例でございます。
○大原委員 周辺の町村は……。どこでも一カ所だけでいい。
○松田説明員 五日市町というのがございますが、この町につきましては、原爆被爆者にかかる純粋の保険者負担分が二千三百四十七万二千円でございます。これに対しまして交付額が千六百三十八万六千円でございます。
○大原委員 それじゃもう一つ援護局長に質問いたしますが、援護法の適用にあたって、傷病が公務であるという認定をする場合に、いま議論いたしましたが、原爆被爆者医療法による、放射能に起因するいわゆる認定疾患で傷病者になった人は、その原爆を受けたときに公務であったという場合には、公務傷病になりますか。
○実本政府委員 原爆の医療法と、それから先生お尋ねの援護法との、公務上の疾病の認定の手続なりその方法が、一応法のたてまえ上違っているということは申し上げられますが、実体的には、原爆のほうの認定を受けた方は、原則としてこちらでも公務に基づくものであるというふうな認定をやっておりますが、その実際にあたりましては、やはり別途原爆被爆者の法律に基づくもの以外の手当を要しております。一番簡単に申し上げますと、われわれのほうでは、まず死亡診断書をとりまして、そこに白血病というようなことで死因が書いてございます場合には、医療法で厚生大臣の認定を受けた疾病によって死亡した者は援護法の適用対象にするというふうな取り扱いにいたしております。非常にわかりやすい一例をあげたわけでございます。
○大原委員 いまの答弁はそれでよろしいわけです。しかし実際にはそういうふうに適用になっていない場合があるから、これは後ほどまた具体的に指摘をいたします。 最後に厚生大臣に一つ。私が予算委員会の分科会で議論いたしました防空法の関係、それから山田委員が先般議論いたしまして、それも大体同じように答弁されております。私はもう理屈は言わない。これは三年来資料を全部出し尽くして議論しているのです。政府のほうは隠しに隠しておったわけですが、全部出たわけです。閣議決定、閣議了解、全部出たわけです。法制局の見解も明らかになったわけです。ですから私は防空法については、総動員法についていままで議論があったように、やはりもう一回、そういう法律の体系や実体に基づいてひとつ――せっかく斎藤さんが厚生大臣になられたわけで、末長くやってもらいたいと思うけれども、もう来年は、この問題については一つの厚生大臣としての――当時あなたは防空総本部の総務局長という栄職にあられた。いうなれば非常に――でもあるわけですから――いまのは不穏当ですから取り消します。非常に責任を感じておられる人でもあるからというふうに直しますが、これは当時のいろいろな事情があっても絶対に手抜かりです。この点についてはひとつ真剣に取り組んでいただきたい。こういうことにつきまして質問をいたしまして、私の質問を終わります。
○斎藤国務大臣 誤解があるといけませんから申し上げておきますが、防空法関係は民防部をやりましたので、ちょっとお取り消しいただきましたけれども、そういうお考えはないようにお願いをいたしたいと思います。 先般も申し上げましたように、援護懇談会でもいま検討いたしてもらっておりますので、前向きで検討をいたしてまいりたい、かように思います。
○竹内委員長代理 中村重光君。
○中村(重)委員 大臣に援護審議会の設置の問題でお尋ねをいたしますが、昨年の三月十三日の予算委員会の第三分科会で、現在の医療審議会を改組するのか、あるいはまた新たに援護審議会をつくるか、それはいずれでもよろしいのだけれども、衆参両院における被爆者の援護強化に関する決議が行なわれた。それを受けて被爆者対策というものが前進をしてきたわけですね。私どもの見方からすると、まだ援護の段階には入っていないというふうに思っているのだけれども、厚生省としては、医療の段階から援護の段階に入ってきたというような考え方を持っておられるようですが、しかし、いずれにいたしましても、被爆者としては、援護強化の決議というものに対する期待が大きいわけだから、そのためには、現行の医療審議会ではなくて援護審議会を設置してもらいたいという要望は非常に強いし、また私どももそのように考えておるわけです。そこで本委員会で、私は重ねて厚生大臣にどうするのかということについてお尋ねをいたしましたところ、厚生大臣は、「この問題につきましては、事務当局に対して各省との間に積極的に意見調整をするように指示をしており、私としても前回申し上げたような方向で引き続き取り組み、実現をする所存でございます。」という答弁があるのです。意見調整が終わっておるだろうと思うのですが、いつごろこの援護審議会を設置するお考えなのか、その点をひとつ、時間の制約もありますから端的にお答え願いたい。
○村中政府委員 昨年の予算委員会でいろいろ御質疑のあった点について、私もよく承知をいたしておりますが、昨年の特別措置法審議の経過を総合して申し上げますと、大臣は、現在の医療審議会のままで内容を検討したほうがよろしいのか、あるいは全く別個のものをつくったほうがよろしいのか、その点についても十分検討をしたいという趣旨のことを申し上げておる。中村先生の援護審議会をつくるべきであるという点についての御質問に対しては、先般、予算委員会の分科会答弁としては、そういう方向で引き続き検討申し上げたいという趣旨のことをお答えしており、私どもも、医療法から一歩前進して特別措置法になりまして、被爆者の福祉に対しては全面的に対処してまいることについては今後も配慮していく所存でございますが、いまの医療審議会の委員の任期がこの夏ごろには終わる予定になっておりまして、委員の改選ということもございますので、先ほど大原委員の御質問もございましたし、審議会の委員の選考につきましては十分御意見を配慮して措置をしてまいりたい、こう考えております。
○中村(重)委員 時間の制約がありますから、私はあまり議論をしたくないのですよ。大臣は、「いまの医療審議会を改組したがいいのか、あるいはあらためて援護の関係の審議会をつくったらいいのか、この点十分検討いたしましてから御相談をしたいと考えております。」予算委員会分科会ではこういう答弁になっている。これはあなたのほうでつくって出しているのですよ。厚生省ですよ。速記録もそのとおりになっている。しかも、大臣の答弁要旨をあなたのほうでつくっておいでになって、このとおりに大臣に読ませますがよろしゅうございますかと言って、そのとおり実行してくれるならよろしいということで、前もって相談をして、そうして前回お答えをしたことと変わっていない、いま各省との間に事務当局に意見調整をやらしているんだ、こういうことですよ。だから、医療審議会の委員の任期が終わるその段階で、園田前厚生大臣が答弁したような方向に従って、改組でもよろしいですし、新たにおつくりになる、それはいずれでもいいのですけれども、援護審議会をつくるということでなければ、園田厚生大臣の答弁というものは、これはごまかしということになるですよ。斎藤厚生大臣、どのようにお考えになりますか。
○斎藤国務大臣 いま率爾としてのお尋ねでございますので、援護審議会というように性格を変えるべきであるのかどうかという問題になりますと、ちょっと即答いたしかねるわけで、検討さしていただきたいと思います。
○中村(重)委員 おかしいです。あなたは園田厚生大臣の答弁より後退ですよ。援護強化に関する決議を行なって、そうして厚生省としては、医療対策から援護対策の方向へ大きく前進をしたのだということをはっきりお認めになっておられるならば、審議会も、いまの医療審議会ということだけではだめなんだから、やはり援護審議会をつくる必要がある、そういう私の主張に対しまして、園田厚生大臣はそれをお認めになっているんですよ。ただ、いま医療審議会というのがあるのだから、それを改組するということにしたほうがいいか、新たにつくるかは検討するということですよ。性格的には、医療も含み、なお援護も含む。改組するということは、そのいずれも含んでくることになるんですよ。だからあなたは前向きでお答えにならなければならぬと思うが、そういうことであって、私は、斎藤厚生大臣としての被爆者対策に対する熱意がさらに積極的になっておると受け取るのだけれども、いまのことばからは後退ですよ。それはどうするのです。
○斎藤国務大臣 あるいは、園田厚生大臣が前に答弁せられましたことと、若干ニュアンスが違うかもわかりません。わかりませんが、被爆者に対する特別な援護をやりたいということについては、私は前大臣とも変わりはございません。ただ、それをやるについて、幅広い援護審議会というようなものを設けるか設けないかという点になりますと、少し考えさしていただきたい、検討さしていただきたい、かように思います。
○中村(重)委員 被爆者に対する援護をさらに深めていくということについて学識経験者等の意見を聞くことのほうがより参考になるのですよ。そのことをお認めになるでしょう。
○斎藤国務大臣 私は、援護に非常に御熱心な皆さんの御意見をこの委員会でたびたび伺っておりまして、もうそれだけでもまことに十分じゃないかとさえ思って傾聴いたしておりますので、さらにそういった審議会を設けて手数をかけるというようなことよりは、皆さんの精通された御意見に従って進めていくほうが、手っとり早くていいのじゃないかとさえ思う節もあるわけなのです。
○中村(重)委員 それは、あなたとしての考え方というのはわかります。しかし、前厚生大臣が学識経験者等の意見を聞いてさらに被爆者の援護強化を進めていく、あるいは国会において各議員諸公の意見というものも十分聞かしていただき、より深めていくという考え方の上に立って、予算委員会分料会における答弁となり、また当社会労働委員会における答弁になっているのです。また被爆者の人たちにいたしましても、少なくとも大臣がこういう答弁をしたということに対しては、大きな期待というものを持っているのです。それを裏切るようなことであってはならぬじゃありませんか。つくって何がいけないのですか。
○斎藤国務大臣 私は、被爆者の方に対しては実行が一番大事だ、かように考えるわけであります。そこで、政策を決定するについて、いろいろ学識経験者の意見も聞いて政策をきめていかなければならぬというようなものについては審議会も必要だと思いますが、今日、たとえば内閣委員会におかれましても、政策決定のための審議会というのはできるだけ少なくしていけという御方針も一方にあるわけであります。そういうわけで私は、政策を決定するための審議会というものがこれ以上必要かどうかという点になりますと、ちょっと検討をさしていただきたい、いまここで即答はいたしかねる、かように申し上げたわけであります。
○中村(重)委員 あなたは、あなたの前任の大臣が委員会において数回にわたって答弁をしてきたことについて、これを尊重するという方向で検討しなければならぬとお考えになりませんか。 〔竹内委員長代理退席、委員長着席〕
○斎藤国務大臣 私は、できるだけ前大臣の方針を踏襲してまいりたい、かように思っているのであります。しかし園田前厚生大臣も、原爆被爆者の方々の援護、これをできるだけ手厚くしていきたいというお気持ちであろう。私はそれは尊重してやってまいりたい。ただ、それをやるについて、さらに審議会というものを設けて、そして今後政策決定について審議会に諮問をするというやり方が、はたして実情に合うのかどうかということを考えますと、私は先ほどからも申しますように、もう原爆被爆者の援護については、この委員会がまるで私は審議会のようなつもりで伺って、それを実施に移していけばいいんじゃないかとさえ思っているようなわけでございます。ただ医療審議会のような、事柄を事務的に処理していくのには、学識経験者で事務を処理してもらわなければならぬという――名前は審議会でありましても、そういう人たちの御意見を十分伺って、間違いのないような判断をしてもらわなくちゃならぬ。そういう事務処理の判断の委員会と、それから政策決定の審議会とは、おのずから別ではないだろうか、かように思います。
○中村(重)委員 園田前厚生大臣は、厚生行政に対するところの熱意を示しておる、さらに被爆者に対するところの理解を持っておられた大臣であるという評価を、実はされておったのですね。その園田前厚生大臣がなおかつ、被爆者の援護強化をはかっていくためには現在の医療審議会ということでは不十分なんだから、援護審議会をつくる必要がある、それを検討しなければならぬ、そういうことでもってこの答弁となり、しかも事務当局に対して各省との調整を指示しているのだという答弁になっているのです。あなたが被爆者の援護強化ということをはかっていかなければならぬということをお考えになるならば、少なくとも前厚生大臣が当委員会、予算委員会等において答弁をしたことを頭から否定するような態度というものはおかしいじゃありませんか。誠意をもって検討をするというような熱意があなたないのですか。
○斎藤国務大臣 私は、そういう考え方もありますから、そこで、ここで即答をいたしまして、援護審議会を設けるようにいたしますということはまだちょっと言い切れない、もうしばらく検討さしていただきたい、かように申し上げているわけであります。
○中村(重)委員 大臣がかわれば、前の大臣が答弁したことを全然問題にしなくたっていいんですか。後任のあなたは大臣として責任はないのですか。そんな無責任なことでよろしいのですか。自民党内閣であることに変わりはない。佐藤内閣は続いているのですよ。
○斎藤国務大臣 中村先生のおっしゃる審議会というものの内容を、私はあるいは取り違えているのかもしれません。とにかく前大臣は、そういう方向で検討する、かように言っておられます。私は先ほど申しますように、とにかく援護を厚くするという方向で、その熱意には変わりがないわけでありますから、したがって、その点はよく検討いたしまして、また中村先生のおっしゃる審議会の内容というものを伺って検討してまいりたい、かように思います。
○田邊委員 ちょっと関連。大臣御承知のとおり、原爆被爆者に対する援護の問題は長い歴史がございまして、したがって法律も、医療を中心とした医療法から、国会のたびたびの決議もあって、また生活を含めた全般の援護にこれを広げなければいかぬ、こういうことを受けて特別措置法になってきている。そういったことですから、政府の諮問するところの医療審議会も逐次その内容を拡大しなければならぬ。それは、いまの審議会をそのままにしておくのか、改組するのか、名称等についても変えていくのか、それについていろんな検討の材料はあろうと思うのです。しかしいずれにしても、そういう時代の趨勢と国会の決議と政府の意向を受け継いで、審議会の中身についても検討すべき時代が来たことだけは間違いのない事実なんです。したがって、大臣は用心深く言われているけれども、私は、中身についても、あるいは名称や仕組みについても、いま言った趣旨でもって前向きに検討されるのは当然のことだと思うのです。ですから、あなたの答弁もそういう意味合いでもって答弁されているというように解していいかどうか、もう一度念のためにお聞きしておきたいと思います。
○斎藤国務大臣 ただいまのおことばのとおりと解していただいてけっこうでございます。
○中村(重)委員 各種手当の問題についてお尋ねをしたいと思いますけれども、同僚委員からそれぞれ質問がありましてお答えがございましたから、この点は省略いたしますが、ただ、健康管理手当等に対しても、これは六十五歳以上でみずから管理できないような人たちを対象にして考えたというのですけれども、数で申し上げると大臣も、確かに問題だなとお考えになるのではないかと思うのです。 たとえば長崎の例を申し上げますと、特別被爆者の数が七万五千七百六名いるのです。そのうち六十五歳以上が二万一千三百九十一名。管理手当を請求できる有資格者ということになりますか、それが一万四千三百九十一名。現に健康管理手当を受給している者は四千百五十六名です。所得制限の問題がありますね。それからいわゆる特別被爆者三号、厚生省の指定している七つの病気、今度は白内障が入って八つになるのでしょうが、そういういろんな制約があるので、こんなわずかな数になる。これはみずから管理できないという者だとおっしゃるのですけれども、年齢の問題ではないと私は思うのです。私はこの委員会でも申し上げたことがあるのですが、みずから健康管理することができなくなって入院している隣に六十五歳以下の人がある。その人はもらえない。認定被爆者であると医療手当はもらえる。特別被爆者であってもそういう人はもらえない。だから、みずから健康管理ができない者というのは、いわゆる年齢が六十五歳以上であるとか、そういうことに限定をするところに問題があるのですね。せっかく手当をお出しになるならば、もう少しこの支給範囲の拡大ということをお考えにならないか。今度は所得制限が一万七千二百円から二万二千二百円に引き上げられていますね。それは五千円上がっただけですね。そういった金額をちびらないで、一万円なら一万円ということをお認めになるということでなければいけないのじゃないでしょうか。こうした数字で申し上げると、大臣も実感がわいてくるのじゃないかと思いますから申し上げるのですが、どうでございます、健康管理手当等に対して再検討をして、もっと支給範囲を拡大するということに努力をされる御意思はありませんか。
○斎藤国務大臣 健康管理手当の現在の内容は、健康管理手当にふさわしいかどうか。先ほどからも御意見がございましたが、私もごもっともに思う点がございますので、十分前向きに検討をいたしまして、健康管理という手当にふさわしいようなものにしてまいりたい、かように考えます。
○中村(重)委員 それから、これは局長からお答え願ってけっこうですが、認定被爆者の取り消しの問題です。これはいわゆる放射能によるところの影響、それに基づく疾病ということで、認定被爆者としての指定を受けるわけですね。ところが、入院をいたしまして認定部分が治癒したというのですね。まだ退院できるような状態じゃないのですが、認定部分が治癒したからというので退院をさせられる。そしてほかの病院にそのままその日に入院しなければならぬという事実があるのです。そうすると、認定部分が治癒したということになってくると、特別手当もそれで打ち切りということになるのです。大臣、ちょっと驚かれるでしょう。認定被爆者ということになってくると、いわゆる放射能に基づくところの疾病、それはほんとうの健康な人間じゃないのですよ。次から次にいろいろな病気が出てくるのですね。そしてそういう人たちは活動力もないのです。しかも数は少ないのです。毎年毎年減っていっているのですね。そのような人に対しては、認定を取り消すというような、そういう不人情なことをなさらないで――しかも、認定部分が治癒したというので直ちに退院させれば、ほかの町の病院にまた入院しなければならぬというような者を、強制退院と同じような形で退院させ、そして直ちに手当も打ち切るのだということで、そういう指導をしていらっしゃるのですか。事実はそういうことを私は知っているから申し上げておる。名前まで申し上げてもよろしいのだけれども、きょうは名前は省略いたしますが、そんなひどいことがあるのですよ。どうなんです。
○村中政府委員 認定疾病患者が入院いたしまして医療を受け、その認定疾病そのものが治癒したという判定で、他の疾病のまだ残っている状態、入院治療する必要があるにもかかわらず退院させたというふうな点についての御指摘でございますが、これは御承知のとおり、原子爆弾後障害治療指針、これは私どものほうでつくりまして、これに基づいて指定医療機関、都道府県の指導をやっております。いまの御指摘のような、病気は残っているけれども退院、治癒、特別手当の打ち切りというふうなことは、万々ないと私どもは判断いたしております。もしも御指摘のようなケースがございましたら、後ほどお聞かせいただければ、これについての実態の調査をして善処いたしたい、こう考えます。
○中村(重)委員 事実をもって申し上げているのです。私自身が長崎の原爆病院にひど過ぎるぞといって実は電話をかけました。私のところに患者が泣いてきた。もう手当も打ち切られました。御本人はもちろん来ることはできないですね。家族の人が来たのです。そして、いまほかの病院へ入院をさせて来たのですと言って、泣いて私のところへ来たのです。退院、手当の打ち切りですよ。認定被爆者に対しては、その認定部分が治癒したといってもなかなかむずかしいですよ。ほんとうに治癒しているのかどうか、それが原因となってほかの病気を併発しているのではないか。これはもう専門家――あなたも専門家でいらっしゃるのだから、よくわかっていらっしゃると思うのですけれども、やはり認定被爆者は原則として手当を打ち切ったりなんかしないように、あまりきびしくやらないで、健康になるように十分治療してやる、そういう指導をされる必要があると思いますが、この後はそうなさいますか。
○村中政府委員 ただいまお答え申し上げましたように、一度ケースを十分把握した上で善処をしたいと考えておりますが、この措置法の適用については、十分被爆者の救済あるいは手当措置、こういうことができるような努力を今後十分とってまいりたい、こう考えております。
○中村(重)委員 それから、特別被爆者が特に嘆いているのは、被爆手帳を持っているので、長崎とか広島というのは指定病院が非常に多いですから、そう不自由はしないが、一歩広島、長崎を出ると、被爆手帳というものは有効に働かない。手続が非常にうるさいからというようなことで、お医者さんはほとんど相手にしてくれないのです。被爆者に対しては、どこの病院に行っても、社会保険と一緒に、被爆手帳というものを有効にひとつ活用できるような措置をされる必要があると私は思うのです。そうお考えになりませんか。
○村中政府委員 被爆者のための指定医療機関につきましては、年々指定がふえてまいっておりまして、ことしの二月ですか、最近の数字では二万七千カ所の医療機関の指定をいたしております。一応数としては私は必ずしも少ないとは言えませんけれども、ただいま御指摘のように、特に長崎とか広島とか、そういう特定の市に片寄ってしまって僻遠の地ではなかなか指定医療機関にかかりにくいというようなケースも私は理解できます。 ただ問題は、指定医療機関の指定につきましては、医療機関からの申請に基づいて、こちらのほうが条件にかなった場合には認定するというような手続上の問題が一点あるわけでございます。もう一点は、被爆者によっては、多少交通的に不便なところでもぜひいい病院へ行って専門家の診断を受けたいというふうな要素もあることは、私、北海道で経験いたしております。おそらく長崎、広島に比べますと、あの地域はもっともっと指定医療機関が少ないところでございます。しかも被爆者の疾病を持った方々にしてみますと、そういう気持ちも反面あるわけでございまして、今後はできるだけ医療機関が指定されるような方向に向って努力をいたしたい、こう考えております。
○中村(重)委員 指定病院が公立の場合は親切に受け入れてくれるのですね。ところが市中の病院ということになってくると、指定されている病院でも、なかなか手続がうるさいから、原爆のいわゆる被爆者患者というものはたくさんおるわけではありませんから、不親切です。だから、指定をふやす、同時に指導監督をきびしくやる、こういうことが必要である。問題は被爆者を大切にするかしないかということです。そのことを特に御注意を願いたいということを要望しておきます。 それから、この特別被爆者であるかどうかということを認定するための制度というものが、三つあるわけですね。いわゆる保証人、被爆者手帳交付の保証人二名をもって申請をする。それから事業団体あるいは公的機関、役所においてこれを調査するという場合がありますね。ところが、最近それが非常にきびしくなってきて、なかなか手帳を交付しない。ましてや二キロ以内、三日以内というようなこと。これは前向きの制度ですからよろしいのですけれども、実際の問題としては現実的ではない面がある。いわゆる三親等内はいけないということですね。保証人としての資格がない。ところが二キロ以内、三日以内なんということになってくると、私は特別被爆者で、当日現場におったのだからその状況がよくわかるのですが、ともかく、ほかの人たちと会うとか、ほかの人たちの見舞いにいくとかという状態じゃないです。自分の身内がどうなっただろうかといってそこらをさがし回るというような状況であったんです。だからして、他人でなければならない、三親等内の証明ではだめなんだというようなことでは、これは証明というものは不可能なんです。それじゃ役所がやるのか。役所の調査なんというのは、旅費も何もありませんから、実際は制度があるだけで有効に働いてないのですよ。だから再検討されて、そうして、ほんとうに被爆者の人たちが特別被爆者になる資格を持っておりながら、これを証明する人がいないために、また、おるけれども三親等内ということで証明する資格から除外されているようなこと、そういうことで特別被爆者になることができないで泣いている被爆者がある。それらのこと等を考えてみると、私たちは距離制限を撤廃されるほうがいいと思う。長崎なんかの例を申し上げると、地形的にその距離の外にあるところが非常に広大です。だから熱線でもって被害が非常に大きいのです。それが距離のために、近いところの人たちよりも大きな被害を受けながら、実際は特別被爆者としての認定を受けることができない、手帳の交付を求めることができないという実情にある。それらの点に対して再検討される必要があると思いますが、いかがでしょうか。
○村中政府委員 この原爆医療法ができましてからもう十年を経過しておりまして、その間に数度にわたりまして特別被爆者の範囲の改定をいたして今日まで参ったわけでございます。私は、いまの物理学的その他の科学的な判断をもってしても、一応こういう距離の制限というものは、この程度が妥当じゃないかと考えております。ただ問題は、いろいろ家庭的な事情あるいは被爆当時の周囲の実態、そういうところから手帳の交付を受けるために必要な手続ができにくいというふうな話、手続がめんどうだということについての指摘が従来幾つかいわれております。取り扱いについてはいろいろ改定をしてまいっておりますが、いまの御意見の、証明する方が親族、非常に近い方以外に適当な方がいないというふうなきわめてまれなケースにつきましても、ケースバイケースで私どもも担当市町村と十分話し合いをいたしまして、被爆者の立場が少しでもよく解決されるならば手帳の交付が受けられるような努力は、今後も続けてまいりたいと考えております。
○中村(重)委員 きょうは時間の関係がありますから、距離の問題はまたあらためて問題にいたしますが、証明の問題についてはとりあえずはケースバイケースでやっていく。そしてやはり制度的に検討してください。そうしなければ現実的ではないのです。最も身近な人たちにしか当日は会ってないのです。そういう多くの人たちと会える状況じゃありませんでした。そのことは、あまり現実離れをしないように、形式にとらわれないように、そういう点を十分注意していただきたいということを申し上げておきます。大臣、ひとつその点あなたからもお答え願いたいのです。
○斎藤国務大臣 十分検討してまいりたいと思います。
○中村(重)委員 どうも大臣は答弁が非常に慎重で、検討というのは前向きの検討でしょうから、そういうことで了解いたします。 それから葬祭料の問題について、私は大臣の山田委員に対する答弁を聞いておりまして、どうして大臣はああいう答弁をされるのだろうかというように首をかしげておったのです。山田委員の総理に対する本会議の質問、それに対する総理の答弁、それからまた園田前厚生大臣の葬祭料に対するところの答弁。それから附帯決議も実はあるのですが、その附帯決議も葬祭料の問題については、「できるだけ速やかに原爆被爆により死亡した者の中、実情に応じ葬祭料を支給できるよう検討すること。」ということになっているのです。これから先なくなった人に対して、大臣は、心の安らぎとか精神的生活的安定を与えられるというようなお答えになったのだけれども、これから先なくなる人に対して葬祭料を支給するというようなことではなくて、やはり原爆でなくなった人たちに対して弔慰金――私は私の質問のときに申し上げたのですが、葬祭料ということで、当時園田厚生大臣もそうお答えになったが、そんなことはどうでもよろしい。とにかく何とか原爆被爆者でなくなった方に対して弔慰金を支給していくということでなければならない。そういう趣旨で総理の答弁となり前厚生大臣の答弁となっておるわけですが、あなたは、それをさかのぼって、死亡者に対して葬祭料というか、弔慰金を支給するということについては、前向きで検討するお考え方はないのですか。
○斎藤国務大臣 先ほども申し上げましたように、この特別措置法をいわゆる国家補償的な援護法的な考え方で考えるのも一つの考え方なんです。それも含めまして前向きに検討してまいりたい、かように思うわけでございます。現在のたてまえのような社会保障的な特別措置ということでありますと、すでになくなってしまった人にさかのぼってするということは、ちょっと筋道が合いません。しかし、原爆被害に対する特別措置を、現在のようなたてまえでなくて、国家補償的な援護法的なものに変えるべきじゃないか、こういう御意見も先ほど山田さんからもございました。これは一つの考え方だと思います。そういう方向について全体として検討いたしたい、かように思います。
○中村(重)委員 それであれば、そういうことで了解をいたします。 それから、消防庁からおいでいただいておりますので、警防団員の死亡者に対する特別支出金を一七万円、負傷者に対しては五万円支給なさったのですが、この性格と、それから七万円、五万円という金額を算定をされたその基準というものは、どういうことになっていましょうか。時間の関係がございますので、簡潔にひとつお願いいたします。
○松島政府委員 性格といたしましては、弔慰金的な性格と考えております。それから七万円の根拠につきましては、前に長崎医大の学生の被爆者に対して特別支出金が出されておりますが、七万円出されておりますので、それとの均衡を考慮して七万円といたしたのでございます。
○中村(重)委員 そうすると、防空法に基づくところの扶助令でもって、死傷者に対して支給をしなければならぬということで、当時千円、それから千五百円ということになっておったわけですが、それに基づいて、法的根拠によってこれを支出するということにしたのではないのですか。
○松島政府委員 防空扶助令によります支給を受けないうちに、いわば受給権と申しますか、そういったものが消えてしまった方は気の毒だから何とかする必要があるのではないか、かような発想に基づいて考えられた制度であると私は理解をいたしております。したがいまして、必ずしも防空扶助令そのものを今日に引き直して支給するという考え方ではございません。
○中村(重)委員 防空法というのは二十一年に廃止されたんです。しかし、現にその防空法に基づいて公務従事中、防空業務に従事中に死没した者、それから負傷した者に対しては、当然補償をするということになっているんでしょう。だからしてそれをサボっておったということです。防空法というものはなくなったのだから、事実上防空業務に従事しておったのだからして弔慰金を支給するのだということでは、私は消防庁としては怠慢だと思う。あなたのほうでは今度弔慰金を支給なさいましたが、これは軍人軍属等の遺族に対する援護法の対象として、負傷者に対しては公務傷病の手当を支給する、それから遺族に対してはいまいう扶助令で支給するということが当然だとはお考えになりませんか。
○松島政府委員 先ほど申し上げましたように、防空扶助令でございますか、これに基づきます請求権と申しますか、それは一定期間に限られておったわけでございますが、混乱の時期でもございましたために、そういったことが行なわれずに、いわば受給権を失われたような方があったわけでございます。私もかわったばかりで過去の詳しい経緯は存じませんが、この方々にもその後何らかの措置を講ずべきであるという御議論が国会でもいろいろございましたようで、それに基づきまして今回こういう措置を講ずることといたしたわけでございます。そういう意味では、いわば防空扶助令によってもらい得なかった方に対する一種の弔慰金であるというふうに理解をいたしております。
○中村(重)委員 それを支給するもしないも、当時はもう窓口を閉鎖してしまって国が支給しないようにしたのですよ。だからして、当時の貨幣価値ということになってくると、現在で換算しますと五十万ないし六、七十万になるのだろうと思うのです。それだけではいけない。国がサボっておったのだから、怠慢なんだから、これは当然補償ということにならなければならぬと思う。ところが、防空監視員を援護法の対象としたことについて、山田委員の質問に大臣がお答えになっておられるのですから、私はそういう面で救済されたらばよろしい、こう思う。 そこで大臣にお尋ねをいたしますが、大臣は山田委員の質問に対してお答えした中で、戦傷病者等援護法により、防空監視員は軍属と同じくした、公務で死傷した者を援護法の対象とすべく検討中である、原爆に限定しない、公務従事中による死傷者全部を含めるのだ、こうお答えになっておられます。これはいま私が申し上げましたように、防空業務に従事中、あるいは医療従事者のように教育訓練を受けておるというような場合、具体的に申し上げますと警防団は言うまでもない。それから看護学校の生徒あるいは医大の学生、あるいはその他いわゆる防空法に基づくところの業務に従事した者ということになるわけですが、そういうものを称して公務ということになるのだろう、大臣もその意味でお答えになったのだろうと私は思うのですが、いかがでございますか。
○斎藤国務大臣 そういう意味で検討をいたしたい、かようにお答えをいたしました。いまもそのとおり考えております。
○中村(重)委員 時間がまいりましたからあと一、二問で終わりますが、大臣がいま検討するとおっしゃったことと関連をいたしまして、次の国会でこれを取り上げていきたいということを予算委員会における大原委員の質問並びに当委員会における山田委員の質問に対してお答えになっていらっしゃいますが、その点の考え方は変わっておられないでしょうね。
○斎藤国務大臣 できるだけ間に合うように援護問題懇談会でも審議をしていただきたい、かように思っております。なかなか調査その他がめんどうな点もあろうと思いますが、できるだけこれを克服して、次の国会には実現のできるように進めてまいりたい、そういう気持ちで検討いたしております。
○中村(重)委員 文部省からもおいでていただいておりますので、私からも問題点を指摘いたしておきますが、医療従事者の中で医療報国隊というのもある。それから長崎大学の第三医療隊の待避警報隊員というのがあった。これが実は二十年八月一日に任務遂行中爆死している。その名前は永見幸夫、大野明、益田義和、この三君に対しては先般の七万円の支給も実はなされていない。しかも長崎市ははっきり八月一日に空襲を受けた。それでこれは任務遂行中であった。こういうものが放置されておる。だから、これらの点をよく調査をし、それから警防団員の関係等々から見ましても、この看護学校の生徒のほうは、これは文部省が医大の学生に対して弔慰金を支給することを起案をしたように、当然文部省がまず先におやりにならなければならないと思う。これらに対して文部省はどのようにお考えになるのか、伺っておきます。
○清水説明員 長崎大学の点でございますが、ただいま御指摘のとおりの事態があったということは私ども承知しております。私どもただいま調べておりますのは、地元からも一昨年来お話もございまして判明しておりますのは、当時の看護婦養成所でございます厚生女子部、ここで数十名の人が原爆でなくなった、こういう事実がございます。ところで、逃げるわけではございませんが、実は調べてみますと、当時看護婦養成所が長崎大学付属施設のほかに二施設私立としてあったようでございます。その辺がどうなっているかということもあわせ考えたい、こういうことでただいままだ調査中でございますが、ただいまの先生のお話につきましては、関係各省庁とも相談いたしましてなお調査をいたしたい、かように考えます。
○中村(重)委員 これで終わります。 お答えは要りませんが、実本援護局長に私から申し上げて――おりませんか。それでは私は大臣に申し上げておくのですが、大臣が前向きの答弁をすると、実本局長が横から出てそれを否定するような答弁ばっかりする。私は全くけしからぬと思う。予算委員会でも、これは大原委員からこっぴどくしかられたと思うのですね。二十四日でしたかも、山田委員の質問に対してあなたが、いまの援護法の対象とする問題についても全く適切だというように私どもが考える答弁をしておられる。それを横から大臣の答弁を修正するような発言をする。けしからぬことだと思う。だから、援護法の対象ということになってまいりますと、実本局長がこれを担当することになるのでありますから、大臣はひとつ十分指導監督されて、いまあなたの御答弁になったことが実施されるようにやっていただきたいということを要請をいたしまして、私の質問を終わります。
○森田委員長 この際、午後二時まで休憩いたします。 午後一時十九分休憩 ――――◇――――― 午後二時二十三分開議
○森田委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 本案審査のため、本日参考人として山梨大学助教授伊東壮君、広島原爆病院内科部長石田定君及び一橋大学教授石田忠君、以上三名の方々がお見えになっております。 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は御多忙のところ御出席いただきまして、まことにありがとうございます。 本案につきましては、各方面に広く関心が持たれておりますが、当委員会におきましてもこの機会に、本案に深い関係をお持ちになっておらるる参考人の方々より、それぞれの立場から忌憚のない御意見を伺い、審査の参考といたしたいと存じます。 なお、議事の整理上、御意見をお述べ願う時間はお一人十五分程度とし、参考人各位の御意見開陳のあとで委員の質問にお答え願いたいと存じます。 最初に伊東参考人、次に石田定参考人、次に石田忠参考人にお願いいたします。 まず、伊東参考人。
○伊東参考人 ただいま御紹介にあずかりました、山梨大学の助教授をやっております伊東でございます。 本日、特別措置法の一部改正についての参考人としてお招きにあずかりまして、若干時間をおかりいたしまして、私がいままで考えてまいりましたことを申し述べたいと思います。 まず第一に、原子爆弾が広島、長崎に投下されて、それがどのような影響を原爆の被害者に与えたかという点を申し述べさせていただきますと、第一番目には、後の石田先生からのお話がございますと思いますけれども、からだの上に大きな障害を残した、その詳細についてはあと石田参考人のお話がございますので、省略をいたしますが、とにかく現在たくさんの被爆者が依然として病気にかかっておりますし、さらに重大なことは、現在健康である被爆者も、将来いつかの時点において、何らかの疾病にかからないという保証が全くないという不安感をぬぐいされないことであります。 第二番目には、原爆が投下されて財産を焼かれ、あるいは働き手をなくして家族崩壊したたくさんの原爆被害者がおるということであります。 このために、その後再び社会人として復帰するということが、被爆者にとっては非常に困難な事態が長く続きました。また同時にたくさんの被爆者は、経済的な貧困にもおとしいれられたわけであります。 しかしながら、このからだとそれから社会的な、経済的な被害というものは、二十数年間の時日が経過する中において、たくさんの人々の多くの部分においては回復という過程をたどったことはいなめない事実であろうかと思います。そうしてその中で相当の部分が回復をしたにもかかわらず、一部はやはり依然としてからだが悪い、あるいは貧困に悩まされているという状況に対して、実は特別措置法なり、医療法なりというものは援護の手を差し伸べた、救援の手を差し伸べたというふうに考えていいのではないかと思います。しかしながら、大部分の被爆者が、二十数年たつうちに回復をいたしましたために、実際には残っている、からだが現在非常に悪い、あるいは非常に現在でも貧困であるという被爆者の数は、全体のパーセンテージといたしましては非常に低くならざるを得ない。その部分だけに実は従来の法律は救援の手を差し伸べていたのではないかというふうに考えるわけであります。現行の特別措置法を実際に実施をいたしますと、非常に少ない比率の被爆者しか救い得ないという原因は、実はこの辺にあるのではないかと思っております。 しかしながら、先ほども申しましたように、身体上の問題で申しますならば、将来において再びどういう身体上の障害が起きるか不明であるというふうな不安感、また現実に起きる可能性、そういうものを考えるときに、さらにそれにまつわりつきながら、いまは子供が親のめんどうを見ているけれども、やがて子供がまた年をとっていく、そういう中で、再び家族崩壊が起きないという保証もないというふうな問題を、どのように扱うのか。さらに、過去においてたいへんに大きな損失をこうむったために、一時的にしろ、経済的にも身体的にもたいへんな苦しみにあった、その過去の損失は、どのようにして償われなければならないのかという点についての未来及び過去についての問題については、あまり大きな、国からの救援の手が差し伸べられておらないというふうに考えるわけであります。 特に申し上げたいのは、そういう中で被爆者が、非常に心理的に、一般の国民と比べますと、はなはだしくゆがめられてきているという事実を忘れてはならないのではないかと思うわけであります。この点につきましては、先日アメリカの出版文化賞を受けましたリフトンが、日本人の手よりもいち早くアメリカ人の手において、被爆者が一体どういう心理的な影響を現在なおかつこうむっているかを、かなり克明に明らかにしております。 こういう中で私たち原爆被害者が現在持っておりますニードに対して、一体どういう救済措置がとられなくてはならないかという点を考えてみますと、現在持っている法律のいろいろな問題の中で、特にあげなくてはならない点の第一点は、たとえば介護手当のようなものにつきましては、趣旨としては非常にけっこうだと思うのでございますけれども、たとえば金額の点については、一日三百円などという額においては、これはとてもやっていけるわけではございません。実は私は、東京の被爆者の会のお世話をやっておりますのですけれども、東京には七千五百名の被爆者が現在おりますが、その中で先日も一人の被爆者が病気になりまして、そして身寄りのない孤老であったために、その入院をした人の看護人をつけなくてはならないという状態が出てまいりました。とろがまず第一に、この人が看護を必要とするかどうかというふうな点も、非常にめんどうくさい手続が必要でございましたし、それから完全看護という病院のたてまえからいたしましても、看病人をつけるということはちょっとどうかと思われたのですけれども、実際問題として、実は胃ガンの疑いがあって手術をいたしまして、その直後、鼻の中に管を突っ込んでいる。管がはずれればそれで窒息死するかもしれないという状況でもって、看護婦さんの手も足りないので、どうしても介護人をつけなくてはならない、そういう状況を目の前にいたしまして考えたのですけれども、一日三千円も出さなければ来てくれないというのです。実際には、皆さんから募金をいただいて、その募金でもってやっとその人の看護人をつけたようなことがございました。こういう例を見ましても、介護手当の三百円という金額については、一日も早く現実に合うような金額をお考え願いたいと思うわけであります。 第二番目には、健康管理手当やら、それから特別手当の問題ですけれども、この問題につきましても、実は健康という大きなワクがあって、初めてこういう手当がもらえるという状況の中においては、先ほども申しましたように、現在はとにもかくにも何とか認定にははずれているけれども、しかし、認定にはずれていても、その認定の病気と、認定ワク外の病気との間の境界というものが、必ずしもはっきりしないし、現実にたくさんの例を見てみますと、認定の申請書は出して、落ちた、しかし、もう一度申請し直したら通った。同じ病気でもって通るということもございますわけですね。これは医療審議会の問題かもしれませんけれども、しかし、ある意味においては、あまりに認定のワクがシビアではないかというふうにも考えているわけでございます。 と同時に、もう一つのワクである所得制限の問題でございますけれども、これも実は先日対象者についていろいろな調査をいたしました結果、今度の特別措置法に対して、一体どうして申請をしないかという問題の最大の理由は、実は所得制限があったという問題が、一番大きく原因として響いております。すなわち調査中の四八%は、所得制限があったから私は申請をしなかったという問題があるわけでございます。こういうことが重なりまして、現実には実は先ほどから申し上げているように、身体的な将来への不安、そしてその将来の不安というのは、現在も認定にはならないけれども、病気ないしはからだの中でもっていろいろな不安感がかなりあるというふうな点を交えて、現在すでに進行しているかもしれない病気、そういうものに対しての、何とかその病気に対する手当てをしてやろうという御趣旨の手当であるならば、特に健康管理手当などというものは、所得制限なんかをぜひとも撤廃していただいて、たくさんの被爆者がそれを享受できるようにしていただけたらと思っているわけであります。 最後に、現在行なわれているこういう特別措置法の諸施策によっても、必ずしも現在の被爆者の持っているニードが救われ得ないという問題と同時にもう一つどうしても考えていただかなくてはならないことは、過去における損失を、何らかの方法で償っていただかなくてはならないのではないかと思うわけであります。例をあげますと、ちょうど昭和二十四、五年のとき、まだ医療法も何もないときに生活をしていった人々、中にはその中で育った子供たちもいるわけでありますけれども、そういう人たちが学校にもいけない、それは今日になれば学校にいけるかもしれませんけれども、そのころは家族崩壊があり、経済的な貧困に悩まされ、親は病気をしているという中で、学校にもいけない。いまやっと通信教育を受けながら、高等学校の資格を得ようとしている。そういうその人の一生について回るような影響を及ぼしたのは、実はそもそもの原因を尋ねていくならば、それは原爆であったというふうにいうことができるのではないかと思うわけです。そういう人たちに対する問題を、国家がどのようにして救済していただくかというような問題を考えますと、やはり国家補償の原理に立った援護法への道に、一歩でも近づいていただきたいと心から思うわけであります。 最後に、だんだん四分の一世紀もたってしまうわけでありますけれども、時間がたつにつれて原爆の被害者は死んでまいりますし、せめてここにおられる議員さん方、すなわちお年からいっても、ちょうど原爆をしっかりと覚えておられるような議員さんの手で原爆被害者を救っていただくことが、実は世界唯一の被爆国といわれている日本の国会の先生方に対する、被爆者の心からの願いではないかと思うわけです。 実は、私自身も二十数年前に広島で被爆いたしまして、私の友人たちの中には、全身やけどになって、やっとあるところに四、五人たどりついて、彼らはそこで君が代を歌いながら、宮城のほうに向けて遙拝をしながら死んでいったという事実を私たちは知っているわけで、そういうことを考えるにつけても、私たちの受けた原爆の被害というものが、私たちがかってに原爆にあったのではなくて、やはり何らかの意味で、それはその当時のことでございますけれども、国のためにやってきたことから起きたのだ。と同時に、国はそれに対して責任を持つのだという、そういうことを国の議員さんたちが考えていただきたいと心から思うわけであります。 どうも失礼いたしました。(拍手)
○森田委員長 次に、石田定参考人。
○石田(定)参考人 ただいま委員長より御紹介にあずかりました広島原爆病院の石田であります。 このたび衆議院社会労働委員会において、原爆医療について参考意見を述べるようにとのことでありまして、私は昭和三十二年四月、原爆医療法の公布と同時に広島原爆病院に赴任いたしまして、以来十二年間、被爆者の診療に専念しておりますが、その経験より申し上げることといたします。 まず、皆さまのお手元の資料に従いまして説明いたします。 昭和三十一年九月開院以来十二年間になりますが、第二ページ及び第三ベージ、第四ベージの表のごとく、昭和四十三年末で受診した被爆者実数は、五万一千五百七十二人になっております。同じ人が年度ごとに受診しておりますので、受診者総数は三十三万八千三百二十人になります。 第五ページ並びに第六ページに入院患者数を示しましたが、開院以来三千二百十三人になります。このうち不幸にして死亡された患者は六百十三人であります。 次に、第八、第一〇ページに、入院患者の年齢別分布を図で示しましたが、開院以来年度ごとに四十歳未満の青年層が減少しております。六十歳以上の高齢者が増加して、昭和四十三年には六十歳以上が過半数を占めるようになりました。 入院患者の疾患につきましては第二ページ、第一三ページのごとくであります。白血病は昭和三十三年をピークに以後年々減少しておりますが、再生不良性貧血、白血球減少症、その他の貧血、紫斑病などの血液疾患も、昭和二十三年をピークに、以後減少の傾向にあります。 肝硬変症を含む肝臓疾患は二百五十二人であります。 糖尿病、高血圧症並びに動脈硬化症、じん疾患、心臓疾患、脳卒中などの中枢神経血管損傷は、いずれも年ごとに増加しております。このような、いわゆる成人病に属する疾患は、被爆者の老齢化とともに増加していくものと考えられます。 悪性腫瘍につきましては第一四ページ、第一五ページの表に示しました。開院以来五百六十四人に達しておりますが、年ごとに増加の傾向にあります。そのうち胃ガンが最も多く、悪性腫瘍全体の四一%を占めております。昭和三十五年以後著明に増加し、次に肺ガン及び乳ガン、腸ガン、肝臓ガン、悪性リンパ腫の順でございまして、悪性腫瘍全体の約八〇%に達しております。 当院入院患者の疾患のうち、おもな疾患について第一七、第一八、第一九ベージに性別、年齢別の分布を示しました。 白血病、白血球減少症その他の貧血、紫斑病では、四十歳未満の成年層が四〇%以上を占め、六十歳未満の成壮年層が八〇%以上になります。 第一七「第一八、第一九ページに入院患者のおもな疾患について被爆状況別の分類を示しました。白血病、肺ガン、肝臓疾患では、二キロ以内の被爆者が過半数を占めております。 さらに、当院病理部におきまして解剖させていただきました被爆症例と、被爆していない症例とを比較したのが第二三、第二四ページの表であります。 第二三ページの新生物では白血病、胃ガン、肺ガン、肝臓ガンが、被爆していない症例に比べて二倍以上認められました。第二四ページの悪性腫瘍以外の疾患では肝硬変症のみが被爆していない症例の二倍以上に達しております。 以上、十二年三カ月間の広島原爆病院の診療概況を申し上げました。 さらに、広島における認定疾患患者の状況について申し上げます。 広島県に在住する被爆者のうち、十一年間に認定された者は三千四百八十六人であり、広島原爆病院で認定申請し、認定された者は二千三百十四人になり、原爆病院外来を受診した被爆者の約四・五%に相当します。 第二七ページ、第二九ページにおのおのの年度別分布の表を示しました。昭和三十二年より四年間は、毎年四百人以上認定されていましたが、昭和三十七年より急に減少しております。 認定された個々の疾患について、白血病及び肺ガンは、昭和三十七年以後急に減少してはおりません。再生不良性貧血、その他の貧血、白血球減少症、紫斑病、慢性肝障害、白内障、熱傷瘢痕変縮等は、いずれも昭和三十七年より著減しております。 広島原爆病院の認定患者二千三百十四人について第三二ページに被爆状況別に分類いたしました。二キロ未満の被爆者は約六〇%で、近距離被爆者が認定されるのは当然でありますが、三キロ以内では八〇%以上を占めております。個々の認定疾患のうち、白血病及び肺ガンは過半数が二キロ以内でありますが、入市者が二キロ以上の直接被爆者にくらべて多く認定されているのは、他の認定疾患のそれとちょっと異なっております。 認定疾患患者の予後については、第三三ページに示しました。 以上、原爆医療法施行後約十一年間に認定された患者について報告申しましたが、私の報告をまとめますと、第一に、広島原爆病院開院以来、十二年間の入院患者について、六十歳以上の高齢者が過半数を占めるようになり、入院患者の老齢化が見られます。老齢の入院患者の中には、一人で多くの疾病を有し、かつ疾病も治癒しがたく、入院ベッドの回転が悪くなっております。 入院患者三千二百十三人について疾患別に見ますと、白血病は、被爆者白血病の特徴として、青壮年者に多く、近距離被爆者に多く認められましたが、昭和三十三年を最高に、以後減少の傾向にあります。 悪性腫瘍は年ごとに増加の傾向にあり、このうち、胃ガンが最も多く、次いで乳ガン、肺ガン、腸ガン、肝臓ガンが大部分を占め、解剖例においても被爆しない症例よりも肺ガン、肝臓ガン、胃ガンが多く認められました。 肺ガン、悪性リンパ種、皮膚ガン、肝臓ガン、骨髄腫は認定される疾病でありますが、肺ガン、悪性リンパ腫を除いてはごく少数しか認定されておりません。さらに胃ガンなどは認定されておりません。 肝臓疾患では近距離被爆者が多く、解剖例でも被爆していない症例よりも肝硬変症が多く認められました。慢性肝障害は認定疾病でありますが、肝硬変症としては認定されておりませんし、予後も不良でありますので、考慮の余地があろうかと存じます。 いわゆる成人病に属する高血圧症、動脈硬化症、心臓疾患、脳血管損傷、糖尿病等は、被爆者の老齢化とともに年々増加しております。 認定状況については、認定疾病患者は昭和三十七年以後急に減少しています。これにはいろいろな原因が考えられると思いますが、昭和三十五年より施行された一般疾病医療との関連性を有し、かつ、繁雑な認定申請、さらに臨床経過に数カ月もおくれる認定などが問題であり、簡便かつ迅速な治療ができる一般疾病医療を行なったことによるものではないでしょうか。 認定患者の被爆状況によって、白血病、肺ガンと他の認定疾病との間に認定の差が認められます。 認定申請にあたって手続の繁雑なことも、認定申請を少なくしている原因の一つと存じます。資料の終わりにつけ加えましたように、認定申請書五部、意見書三部、精密検査票三部を必要といたします。認定申請書に疾病名のほかに被爆状況、被爆後の症状経過を記載し、精密検査の結果を詳細に記入し、意見書に原爆放射線の影響によって疾病が生じたと認められる理由を記載しなければなりません。さらに認定申請に要する一切の費用は、指定医療機関の負担であります。 以上、広島原爆病院開院以来十二年三カ月間の診療概況について、入院患者の疾患を主として申し上げ、原爆医療法施行後約十一年間に認定された患者について検討を加え、認定疾病について私見を申し上げました。 終わります。(拍手)
○森田委員長 次に、石田忠参考人。
○石田(忠)参考人 私は大学で社会調査の講座を担当いたしております。そして私自身社会調査家であるというふうに考えております。そういう社会調査家としての立場から見まするというと、原爆被爆者の問題、またはその対策をめぐっての争点の多くは、事実を確かめることによって解決することができるのではないかというふうに考えます。したがって、事実を確かめることによって解決をするというふうにしなければならないというふうにも考えます。たとえば五十八回国会で特別措置法が審議されました。その法律案の提案理由の中にこういうことが述べてあります。「原子爆弾の傷害作用の影響を受けた者の中には、身体的、精神的、経済的あるいは社会的に生活能力が劣っている者や、現に疾病に罹患しているため他の一般国民には見られない特別の支出を余儀なくされている者等、特別の状態に置かれている者が数多く見られる」というふうにございます。 このことは被爆ということと、それから被爆者の方の今日置かれている特別の状況ということの中に、離すことのできない関係があるということを認めたものであるというふうに考えます。そうして私は、私の経験からいたしましてもこの認識は正しいのではないかというふうに思っております。 しかし問題は、そういうふうな関連、被爆ということと今日の特別の状態との間の結びつきが、はたして特別措置法の対象になっている被爆者に限って見られることであろうかどうかということであります。すなわちその他の被爆者については、そういう関係が成立しているということは認められないことであろうかどうかということであります。これは事実の問題ではありましても、決して単に考え方の問題ではないというふうに考えております。それでは他の被爆者には、このような関連が成立していないということが事実によって確かめられたものであるかどうかということについては、私の知らないところであります。 一般に被爆者は、自分らの多くの現在の苦悩、苦しみが、原爆のせいであって自分のせいではないんだというふうに考えておられます。そして、そういうことが公に認められるということを求めておられるというふうに考えます。被爆者対策の基底が国家補償の原理に置かれるべきだというような主張は、ここから生まれてきておるというふうに思います。 しかるに特別措置法は、いわゆる所得制限の条項を設けることによりまして、せっかく提案理由に述べられておりますようなこの原爆のせいという点を不明確にしておるのではないかというふうに考えられます。すなわち特別措置法による各種手当の受給資格を、一定の所得以下の者にしぼるということによって、救済原理を導入するということになっておると考えます。このことは、原爆被害による労働能力の喪失、減退ということなどによって、今日全く生活に困窮しておられる被爆者について考えてみれば、さらに明瞭になるのではないかというふうに思います。このような被爆者の方は生活保護法による保護を受けるしかほかに方法はないわけでございますが、それはそのような状態におちいった原因が原爆被害によるからではなくて、その人が現に貧困にあるというふうになる。これではこの原爆のせいということを認めたことにはならないのではないかというふうに思います。私は、被爆者の方がほんとうに求めておられ、そして認めてほしいと考えておられるのは、単にいま貧乏しているということだけではなくて、それが原爆のせいだということではなかろうか、原爆のせいでこういうふうに苦しんでいるのだということを認めてほしいというのがほんとうの気持ちではないだろうかというふうに思うわけであります。したがって、この原爆のせいということを認めるというこの特別措置法のせっかくの立場というものが、決して制度化されてはいない。それは確かに提案理由の中にはそのことが述べてありますが、現在の被爆者対策を全体としてながめてみます場合に、そのせっかくの見地が一つの制度にされておるということは言えないように考えるわけであります。しかるに被爆者対策として、ある一つの対策が完結しますためには、こういう原爆のせいを認めるという立場を制度化することが必要ではなかろうかというふうに考えるわけであります。 私どもが調査にまいりまして感ずる一つのことに、この被爆者の中には自分の被爆体験について語ることをためらう方がいらっしゃいます。そういう方は、ちもろんそんなに数は多くございませんが、ある統計調査によりますと、大体一〇%ということがあげられております。多くはございませんけれども、しかしこういうことは、一般戦災者には決して見られないことであるわけであります。これは一体なぜなのだろうか、そのことがわからなくては、被爆者について理解をしたということにはならないのではないだろうかというふうに、社会調査家としての立場からは考えられるわけでございます。 私は、長崎市の被爆者の方に多くお目にかかることをしてきておりますが、試みに八月九日――八月九日というのは長崎に原爆が投下された日でございますが、八月九日というのはあなたにとってどういう日ですかということを尋ねてみました。それについて返ってきた回答に、二つのタイプがあることに気がつきました。 ある人は、この方は娘時代にたんぼに出ていて、原爆が投下されたときにそこへ伏せて、背から足のほうにかけてけがをされ、かかとが溶けてなくなったというようなけがをされた方ですが、その方にお目にかかって聞きましたときに、八月九日いうのは、私は花をいけて一人で静かに花に見入っていたい日です、その日は私はだれにも会いたくない日ですというふうに答えていました。 ところが、いま一人の女の人、この人は女学生時代にけがをされ、私に見せていただきましたが、片方の耳が溶けてなくなっている方でございます。この方は、八月九日というのは、私が一年じゅうで一番胸を張って歩ける日ですというふうに答えられました。この人はプラカードを掲げてデモに出ますというふうに言っておられたわけです。 これらはいずれもこの日に、自分が被爆者であるということを、あらためて強く意識するということには違いありませんが、自分が被爆者であるという事実を受けとめる姿勢が全く異なっております。そして先ほど申しました被爆体験について語ることをためらうというのは、前者の型に属する人々であるわけです。私は、この二つの型のうちの前者のほうを漂流型、後者を抵抗型というふうに名づけております。社会科学者の努力の一つは、被爆者の苦悩、苦しみというものを全体としてとらえようとすることであります。これらの苦悩がどういう要因、連関のもとに相互に結びつけられて、ついには被爆者をどのような人間類型につくり上げていくか、その過程を析出することによって被爆の、あるいは原爆の人間的な意味を突きとめようというのでありますが、そういう努力の中で、原爆被害というものが、ついに被爆者の精神的な荒廃につながっていくという人間破壊の過程があるということが突きとめられております。 たとえば調査に尋ねていきまして、近所の方に問いますと、さあ、その方が会われるかどうかということなんです。その意味はわからなかったんですが、そのお宅を尋ねていってみますと、小さな六畳の間一つくらいのお宅でございましたが、戸を全部締め切ってしまって、日中でもほとんどあかりも入らないような部屋の中で、壁のほうへ向かってすわっておられる。私が入っていきましても、こちらに向いて話をしていただくことができないというような、言ってみれば人間ぎらい、あるいは私どものことばで言えば、人間不信というものの一つの極限を見たような経験がありますが、そしてまた、そういう方たちは、あなた方非被爆者に話をしてみても、どうせわかってはもらえないんだという態度をとられるわけでございます。そういうふうに、人との結びつきをみずから拒否していくというような精神的な荒廃というものがあるわけでございますが、一人の被爆者においてそういう精神的荒廃が現出するとしますというと、それはその人が荒廃への過程に身をゆだね、漂流するからでなければならないし、そうであるからこそ、その人に荒廃の論理が貫徹するということになるわけでございまして、そのような方を私は漂流型というふうに呼んでおるわけであります。 これに対しまして抵抗型といいますのは、この荒廃の論理の貫徹を許すまいとする人たちであります。そういうような人間の精神的な荒廃の過程を探求します中で、私は、ことばは必ずしも適当でないかもしれませんが、いわば原爆差別、そういうふうにも言えるようなものが形成されておるのではないかということに気がついたわけでございます。先ほど伊東参考人のほうからもお話がございましたが、被爆者の方の苦悩、苦しみとして、まず取り上げなければならないのは、言うまでもなく原爆症であります。そしてその原爆症の解明というものが、まだ必ずしも十分に行なわれているとは言えないだけに、それが発病の場合の生活保障がないということと相まちまして、被爆者の方にまことに言い知れない不安を与えておるわけであります。私は、先ほど申しました原爆差別というようなもののよってきたるところは、この不安にあるのではないだろうかというふうに思います。もちろん現実に、就職、結婚等において差別を受けた経験を持っておられる方は少ないわけでございますけれども、そういうふうな経験は、自分は決してすることはないというふうに確信できる人はまだいないというところにこの問題があろうかと思うわけでございます。 そういう不安というものが、これは差別する人のほうにも、差別される人のほうにもそれがあるわけでございまして、それだけに、そういう差別が被爆者によってすぐそれが内面化されてしまう。自分の気持ちの中に取り入れられてしまうということがあるわけでございます。それだけに、根拠がないとは言えないだけに、この問題は差別する人あるいは差別される人の心がまえの問題というふうには言えないわけです。こういう差別は、戦後二十数年の間に社会的に形成され、それが一つの社会制度化されてきているのではないだろうかというふうに見受けるわけでございます。こういう差別の制度をこわしていく、それにはこの制度を形成しております原因となっているものを、政策によってこわしていくよりほかに方法はあるまいかというふうに思います。 考えられますことは、一方においてはもちろん医療あるいは医学の充実、原爆症が出ても決して必配はない、必ずなおるというほどに原爆症に関する医学が発展していく、そういうふうなことが保障されていくということが一つ必要ではないだろうかというふうに思います。 他方においては、生活保障ということが問題になろうかと思いますが、それはいままで申し上げましたところからも言えますように、貧困になってから救済するというんではなくて、貧困にならないで済む。たとえ原爆症が出ても、そのために生活に困るようなことはないというようにすることが肝要ではなかろうかというふうに思うわけでございます。 こういうような原爆差別というようなものを、なくするということができるかできないか、あるいはできたかいなかということが、およそ原爆被爆者、被害者に対する対策の、効果測定の基準にならなければならないものではないだろうかというふうに考えるわけでございます。 また所得制限条項によりますと、これは配偶者または扶養義務者の所得というものが当然の前提になっておりますが、そのことが被爆者の方を、一家のやっかい者にするということもあるわけでございます。およそ家族がやっかいな者になるということは、それだけその家族内における人間関係が、破壊されていっているということの証左ではないだろうかというふうに思います。救済原理を入れていく、あるいは救貧原理を入れていくということが、原爆差別をなくすることに貢献しないというだけではなくて、それがまたいま言いましたような人間関係をこわしていくというような役割りを果たしていはしないかどうかということは、これはやはり事実によって、調査によって確かめて、この問題に決着をつけるというのが筋道ではないだろうかというふうに考えます。 また、これも先ほど伊東参考人のほうから出ましたが、各種手当の金額についても、やはり事実でもって決着をつけるよりほかに方法はあるまいと思います。たとえば言明されておりますところの政策目的、すなわち、特別ニードの充足というような政策目的が、はたして果たされているかどうかということ、これは常にその点検が行なわれているということが必要だというふうに思いますが、私どもはこのことにつきましては、次のような仮説を立てることが可能ではないだろうかというふうに考えております。それはすなわち、被爆者の方の生活構造というものを見て、その生活構造から見ますると、せっかく保健薬なりあるいは栄養に回しなさいとされるこの手当というものが、実はそれが一般の生活費、あるいは家族の生活費に回されてしまっているということがないだろうかということ、何か特別のニードを充足をするということでありますから、そういうことにはたして役立ち得るように、そのためにはそれだけの生活構造に関する分析の上に立って金額が定められているのかどうか、あるいはこのことは、単に特別措置法の範囲内では解決がつかない問題であろうかとも思いますけれども、そういうような問題についての考慮が必要ではないだろうかというふうに考えるわけでございます。 要するに、原爆被害者の方たちの立場を十分に認めた上でありませんと、いろいろな今日起きておりますような争点は、いつまでも争点として残らざるを得ないのじゃないだろうか。いろいろな努力が行なわれましても、絶えずこの争いのポイントというものが残らざるを得ないのではないだろうかというふうに考えておるわけでございます。社会調査家としての立場から見ますと、こういう面での調査資料不足というものを痛感せざるを得ないわけでございまして、このような面での調査研究には、もっと公の力が投入されてしかべきではないだろうかというのが私の偽らざる実感でございます。(拍手)
○森田委員長 質疑を続けます。山田耻目君。
○山田(耻)委員 この道の権威でございますし、平素からたいへん深い御研さんをいただいておりますお三方のお話を伺いまして、非常に大きく得るところがございました。ありがとうございました。 特に、本委員会としては、与党の皆さんによくお願いをするわけでありますが、いまお三方がおっしゃっておりました事柄は、私たちがいつもこの委員会で政府に対して要請をしておる趣旨と、全く同様といえるような事柄でありまして、私たちがことさらこの問題をゆがめて取り上げておるというふうには――いまの客観的な御判断からの御意見をお聞きいただきまして、よく私たちの立場も御了解いただけたものだと思っております。 そこで、時間もございませんので、また多くの方が質問をなさるようでございますから、二、三点お伺いをいたしたいと思います。 まず、石田忠先生と伊東壯先生のほうにお伺いするわけでございますが、両先生ともいろいろと述べられる立場は違っておりましたようですが、おっしゃっていることは、要するに原爆被爆者というものが被爆当時から、家族が粉々に破壊をされ、それによって生活を維持すべき労働力も著しく失われてしまった。そういう面から見るいわゆる社会的な後遺症的な性格、それと同時に、身体の傷害による幾つかの罹病、こういうものから押しひっくるめて、やはり過去と未来を一本にして救済を続けていく立場がきわめて必要だ。それを現行法律に照らし合わしてみたならば、現在の医療法にいたしましても、特別措置法にいたしましても、いわゆる認定患者の限界、あるいは発病して認定されなければ救済が得られないし、健康管理手当にしても、発病して、しかもそれが認定され、六十五歳以上でなければならない、こういうふうな制限がある立場から見て、いわゆる救貧の原理に基づいた救済の域を出ていない、こういうふうに述べられたと私も理解いたします。 そこで、これからの原爆被爆者救済の対策というものはどうあるべきなのか、やはりこのことについて実はお答えいただきたいのであります。私が理解しますのは、そうしたただ単なる救貧の原理でなくて、国が総合的に原爆被爆者というものを救済していく、その立場に立った立法措置が行なわれなければ、ほんとうの意味での世界ただ一つの被爆国として、被爆者に対する救済にはならない、こういうふうに私はいつも考えておるのでございますが、そうした点に関して、両先生の御意見はいかがでございましょうか。
○伊東参考人 いまの山田先生の御意見に私は実は全く賛成でございまして、実はこういうふうになって、原爆被害者が先ほど申し上げたように三点にわたる被害を現実に持ち続けて、しかも将来において、現在的にはそのうちの一つくらいはあるかもしれない、あとは欠けているかもしれないけれども、将来それは起きないという保証はない。過去においては、かりに昭和二十一年くらいの段階を見ますと、全部の被爆者が何らかの身体障害を持ち、何らかの家族崩壊を持ち、何らかの心理的なダメージをこうむったというふうな問題をつなげてどう考えていけばいいのかというところが、実は私はたいへん重大な問題ではないかと思っております。これにつきましては、やはりそういうふうな事態になったということは、第一番目には何と申しましても、すでにこの委員会でも御議論があったと思いますが、国際法違反兵器による原子爆弾というものによって被害が惹起されたわけでございますし、その被害の特殊性については、すでに一つは身体上の放射能障害という特殊的な害とともに、もう一つはやはり全体的に、社会的にも経済的にも心理的にも他の空襲の被害と比べますと、より総合的な被害をこうむっているというところに実は大きな問題があろうかと思っております。そういう意味ではそれが原因になり、さらにそういう総合的な被害を巻き起こしたという原爆被害の特殊性にかんがみて、どうしても国が責任を持ってその過去を償い、かつ未来に対してもうだいじょうぶなんだという保証をおやりになるような援護法体系というものをおつくりくださることが必要ではないかと思っております。かつていろいろ議論がございまして、御存じのように、国家と直接身分関係にあった者に対しては援護をやるけれども、真接身分関係にない者に対してはやらないというふうなお話もあったようにお聞きしているわけでございますが、すでに私は引き揚げ者問題等についてはその原則もくずれ果てたのではないかと思っております。そういう意味においては、ぜひとも原爆被害者についても、私が先ほど申し上げましたように、死んでいった私たちの友人や家族を考えてみましても、何か天災を受けて死んでいったのではなくて、死ぬ直前まで実は自分は国のために戦っているのだという意識を持ちながら死んでいったという事実、そのことは、死んでいった者だけではなくて、生きている人間も、それはその当時の国策に沿ってがんばってまいったのだというところから生じた被害だという、それだけが実は慰めになっているという問題を持っているわけでございますので、ぜひとも片一方においては国がそれに対して適当な処置を、補償というかっこうでもっておとりくださることが望ましいのではないかと思っております。
○石田(忠)参考人 私が先ほど紹介しました被爆者の方のことばですが、自分の今日の状況は原爆のせいであって、自分のせいではないんだと言われるそのことばを認めるという立場からしますと、たとえば何らかの特別手当というようなものを出す、生活保障をするという場合に、その入が貧困だからというのでするのではなくて、その人が被爆者だから、被爆によって、たとえば労働能力の喪失、減退というようなことを来たしておるからするんだ。社会保険などにおきましては、たとえば失業保険の給付を受ける場合、これは失業しているから保険金を受ける、貧困であるから保険金を受けるわけじゃない。条件は失業しているかどうかということです。したがって、被爆者に対して、いま言いましたような原爆のせいを認めるという立場からしますと、それは貧困だから何かをするというのではなくて、被爆者だから何かをするという立場に立つということでございす。 それから、いま一つ私が重大に感じますことは、これも先ほど伊東参考人から言われたことですが、被爆者の方に会って聞きます場合に、私は何もほしくないんだ、もとのからだにしてくれといいうふうに言われる。これはもうどうにもならないことですが、そういう心理的なあとを消すことがもしできるとすれば、被爆者の方のなめられた苦悩、苦しみに何らかの意味があったということを、被爆者の方が感ずることができるようにすること、それ以外にはリフトンが分析しておりますような、そういう心理的な痕跡というものを消すことは私はできないんじゃないか。自分らの被爆体験が何か大きな目的、たとえばその一つとしてあげられるのに、原水爆の禁止というようなことなどもあるわけですが、何かそういうものに結びついている、自分の被爆体験に何らかの意味がある、生まれてきて死ぬまでの自分の生涯を、何か意味ずけることができるようなことがなければ、被爆者の心に残った傷は消えないんじゃないだろうかと私は考えるわけです。そういうような状態に被爆者の方を置いておいてわれわれは平気でいていいだろうかということを、そういう方に会って話を聞くたびに感ずる次第であります。おそらく国家補償の原理というようなことは、そういうような問題に結びついて出てくる事柄であるというふうに考えられますだけに、いわゆる救貧原理から一歩踏み出すということが、将来における被爆者対策の目標にならなければならないことではあるまいかというふうに考えております。
○山田(耻)委員 私たち全議員が、これから援護法の制定に向かって一歩踏み出していくということに関しまして、たいへん貴重な御意見を伺ったわけでありまして、ありがとうございました。 それから原爆病院の石田さんに一言お伺いするのでありますが、私は医学のほうは何も知りませんけれども、いただきましたこの表を見てみますと、ちょっと奇異に感ずるのでありますが、いまの認定患者には胃ガンが入っておりませんですね。直接放射を受けても胃ガンは入らない。ところが、この表を見ますと、〇キロから〇・九キロ、一キロ未満を見ますと胃ガンは七名ですが、一キロから三キロの間には百八十名胃ガンがいるわけです。また、二次放射能を受けたのを見ますと、三日以内に被爆地に入った者は三十八名胃ガンがいるし、四日以後は十名しかいない、こういうように見ますと、私たちしろうと目では、この放射能を集中して受けておる一キロから三キロ、ここらあたりの胃ガンの発生率が非常に多いわけですけれども、これはいかがでございましょう、原爆の放射能とは関係がないのでしょうか。私、これを見ますと、肺ガンよりか非常に数字的には胃ガンのほうの傾向が強いというふうな気がしてならないのですけれども、いかがでしょうか。
○石田(定)参考人 山田先生にお答えいたします。 原爆の認定疾患の場合は、原爆の放射線の影響を受けて生じた疾患というふうに医療法に書いてございますが、原爆の放射線によって起こった病気であるかどうかというのは三つの手段によってきめてあるわけでございます。第一に、動物実験におきまして、動物に放射線をかけまして、その病気ができるかどうか、第二に、いままで放射線治療を受けた患者にその病気がたくさん出ているかどうか、第三に、被爆者の中に、被爆者でない者と比較してその病気がたくさん出ているか、この三つの条件がそろいましたときに、原爆の放射線によって起こった病気と学界で承認されるわけでございます。現在のところ白血病その他二、三の病気が、その三つがそろっているだけでございまして、胃ガンは三つともまだその証拠がそろっておりません。原爆の被爆者に被爆していない人に比べて、胃ガンが多いかどうかという最終的な統計がとられておりませんので、現在統計をとりつつある、かっ研究中であるとお答え申し上げておきます。
○山田(耻)委員 ほかに四、五名質問者がいらっしゃいますので、私はこれで終わります。どうもたいへんありがとうございました。
○森田委員長 大原亨君。
○大原委員 一橋の石田先生、先生は現在医療審議会に関係していらっしゃるわけですね。医療審議会のあり方の問題についてわれわれいろいろ議論するわけですが、きょう午前中も現在の医療審議会は言うなれば、簡単に言えば硬直してないか、こういう議論をいたしました。これは審議会のメンバーは第一線の臨床医師あるいは学者等で、実際に被爆者にたくさん接触されているそういう専門家を、より多く入れるべきではないか、あるいは審議会のあり方として、やはり全人間的な側面から対策を立てる、こういう意味で医療と密接な関係において生活援護の問題、つまり救貧的なものから予防的なもの、こういうような議論をいたしておるわけであります。前の園田厚生大臣はちょっと人柄も調子がよかったわけですが、積極的な答弁を彼はしておられました。斎藤さんはなかなかああいう人柄でございまして、消極的なというか、悪くいえばいろいろ言うことばはあるのですが、それは別にいたしまして、まあ長短あるわけです。それはともかくとして、この審議会のあり方を少しやはり再検討しようじゃないか、こういうことではいまの厚生大臣もそれは考えておる、こういう御意見でございます。先生は長いことではないというように私も記憶しておるのですが、そういうことに関係をされておる社会科学者として、審議会のあり方について何か御意見があれば、ひとつこの際お聞かせ願いたいと思います。
○石田(忠)参考人 お話しのように、私いま委員を仰せつかっておりますが、これはやがて任期が来ますのでおそらく縁が切れるのだろうというふうに思っておりますけれども、その審議会のあり方について何かお役に立てるほどの経験もあまり実はない点がございまして、特にまた、それが認定というような業務が多い中で、私ども必ずしもそれに積極的に参加していくということはできておりません。ただもしいま仰せのように、その審議会が被爆者の対策というようなことに取っ組んでいって、そしてそれについての議論を積極的にやっていくということが必要になるとしますれば、あるいはもう少し適当な法制を考えていくということが必要になるのではなかろうかという感じはいたしております。現に委員でございまして、それについて無責任な発言はできにくい立場にありますので、まことに申しわけのないような答弁しかできないわけでございますが、いま大原議員の言われましたような方向で再検討していくということは、これは十分意義のあることではなかろうかというふうに感じております。
○大原委員 原爆病院の石田定先生にお尋ねいたしますが、動物実験その他三つの方法で、放射能に起因するこういう問題についていろいろデータを出して、それで結論を出すというお話でございました。きわめて専門的にはむずかしい問題なんです、私ども考えてみまして。科学技術庁に放医研がございますが、これも十数年来の歴史を持っております。これは原爆症を含めて研究することになっておりますが、これは稲毛にございますから、患者その他に接触しない、こういうことで、実際上はビキニの水爆被爆者の久保山さんたちの問題を取り上げた熊取博士がおられます。それからもう一つは、広大や長崎大学に原医研が御承知のようにございます。これらも最近整備されたわけですが、二十数年たちまして放射能の影響が人体に直接間接にどういうふうにあるかということについて、なかなかわれわれしろうとが議論いたします際に、はっきりした基準が出ない、ここに政策上の問題が一つございます。 そこで、起因する疾病、認定患者の問題、関連疾病の問題で、特別被爆者の問題等も午前中議論いたしたのでございますが、基本的に私どもが言えることは、疑わしい場合は認定する、こういうふうな考え方で放射能という未開拓の分野における人体の健康に関する影響については、政策上の対象とする、つまり認定を、起因しようが、関連しようが、これは思い切って幅を広げていく。刑法上の、疑わしきは罰せずということとは逆に、疑わしい場合には認定する、こういうふうな観点でやるべきではないかということの議論も午前中にいたしました。厚生大臣は慎重な方ですが、これは前向きでやろうということでございました。この点について、第一線で活動しておられる先生の御意見をひとつお聞かせ願いたいと思います。
○石田(定)参考人 大原先生にお答えいたします。 疑わしい場合は認定をするというお考え、私も賛成でございます。まずいろいろな疾患の場合、いま申し上げました三つがそろわなければいけないということ、これはあくまでも原爆の放射線によって起こった病気であると学界に認められるという要件でございまして、認定疾患に関する要件ではないと私は考えております。ただ医療審議会のほうの問題は、私は委員でございませんのでよくわかりませんけれども、われわれの指定医療機関の立場からは、いかなる病気がいかなる状態になった場合に認定されるかということは、厚生省並びに医療審議会のほうから明らかにされますと、われわれとしては認定申請がやりやすいのじゃないかと考えておりますし、地方の指定医療機関の研修会に参りましても、いろいろそういう指定医療機関の医師からの要望がございます。そして胃ガンにつきましては研究も二、三ございまして、胃ガンが多いのじゃないかという研究もございますが、その研究結果は、確かに胃ガンが多いのだという正確なデータ、資料がまだ不足であるという結論でございます。
○大原委員 先生にもう一問ですが、こんなに貴重な資料を調査されておるわけですが、こういう調査費用というのは自己負担なんですか、それともどこから調査費用が出るのですか。 それから、これは厚生省が主催いたしておるかと思うのですけれども、後遺症研究会というのを広島、長崎でやっておりますね。第一線のお医者さんが、臨床者あるいは学者の人々が後遺症について研究した結果を発表し交流されておる。この形式について、民間臨床医師のそういう経験というものを吸い上げているのだ、吸収しているのだというのが厚生省の政府委員の答弁であります。しかし私は、これがそう政策に反映するということはないのではないか、実際効果があるのか。申し上げたように、科学技術庁の放医研あるいは広大や長崎大学の原医研、そういうものがございますが、もう少し民間のそういう日赤や、あるいは民間の熱意を持って研究をしておられる臨床の医者や専門家の、いままでの臨床的なそういう経験や研究の結果というものを、よりよく集約する方法があるかないか、これについて政府が予算を出して、研究会で発表するということだけでなしに、もう少し組織的な方法はないものだろうか。こういう調査は、篤志家が非常に熱意を持って多くの犠牲を払ってやられるのかという、最初の問題とあとのと、一緒にひとつお考えと事実をお聞かせいただきたい。
○石田(定)参考人 大原先生にお答えします。 調査資料の費用の件でございますが、当原爆病院におきましては、調査資料の費用は、病理解剖をした費用の一部を文部省科学研究班よりいただいております。それ以外は、こういう統計に関しましては、調査費用はいただいておりません。 それから、原爆後障害研究会につきましては、五回か六回までと思いますが、一般に演題を募集いたしまして、病院からの報告を「原爆後障害研究会」という雑誌に載せております。しかしながら、一昨年の前の年ですか、それと一昨年はございませんでしたが、昨年は原爆後障害研究会がいただいております。
○大原委員 もう少し積極的な、ほかの方法はございませんか。
○石田(定)参考人 その点につきましては、原爆被爆者の検診あるいは診療に当たっている機関が集まって、後障害研究会を開いており、さらにその研究機関に少し調査研究費用を分けていただければ幸いと思います。 それから申しおくれましたが、原爆対策協議会、原対協のほうでは調査研究費用をいただいております。 〔「定数不足だ」と呼び、その他発言する者あり〕
○森田委員長 参考人の方においでを願って議事を進めていたのですが、定足数が問題になりまして、この間、進行を中止するに至ったことは、委員長としてたいへん遺憾に存ずるものであります。将来こういうことのないよう十分留意すべきだと思います。 大原亨君。
○大原委員 できるだけ協力いたしまして、簡潔にということで質問を進めておりまして、中断いたしましたが、最後に原爆病院の石田先生と、それから伊東参考人にお伺いするのですが、お話がございましたように、やはりいまの特別措置法については、被爆者の方々は、たくさん意見や要求があるわけでありますが、その中で、いろいろ被爆者に接触されたそういう体験を通じてお話になったそういうことの中で、たとえば、原爆ノイローゼとか、あるいは原爆ブラブラ病、無力症候群というんですか、そういうふうなことや、あるいはこの原爆症に対して、行政当局や、あるいはたとえば病院の場合でも、指定病院の場合もそうですが、そういう非常に理解が足りないという不満や意見が多いわけであります。 そこで、一つは石田先生にお伺いするわけですが、現在日赤病院、あるいは原爆病院で中心的な役割りを果たしておられるわけですが、そういう治療活動を通じまして、現在の一般の指定医療機関の制度に対して、患者の人々がどういう意見を一体持っているか、あるいはたくさん被爆者を扱う地域の指定医療機関、お医者さん等は、理解があるわけですが、そうでない地域に対するいろいろな不満や意見が聞かれるわけでございます。たとえば、他の兵庫県や大阪等でしたら、広島の原爆病院や、あるいは専門医にみてもらいたい、こういう希望があるわけですが、そういう被爆者の治療面における要求というものを改善することについて、何か御意見があるかないか、御意見があればどういう御意見をお持ちになっておるか、こういう点です。一般指定医療機関のあり方についての専門家としていろいろと御意見があればひとつお聞かせをいただきたい。 それから、伊東参考人に対しましては、ブラブラ病とか、ノイローゼとかいうことで一がいに片づけられない、そういう問題に対する処理のしかたについて、具体的な御意見や提案があればひとつお聞かせをいただきたい、この点を最後に質問いたします。
○石田(定)参考人 大原先生にお答えいたします。 被爆者の不満や要求につきまして、指定医療機関に対する不満や要求も多々あると存じますが、まず第一に原爆医療法についての理解が指定医療機関に少ないのではないかと思われる節もございます。広島、長崎のように被爆者の多い地方におきましては、指定医療機関の医師は、原爆医療法についてある程度よく知っておりますが、被爆者の少ない地方におきましては、指定医療機関の医師を訪れる被爆者の数も少ないものですから、自然原爆医療法、ことに認定疾患がどんなものであるかということを御存じない方が多い。そのために被爆者の方の中には、指定医療機関の医師が原爆症を知らないというふうに不満を述べられるのは当然だと思います。そのためには、私も過去におきまして北海道あるいは前の部長が愛知県、それから私も兵庫県に行きましたし、原医研の先生は長野県に行っておりますが、そこで研修会を開きまして、指定医療機関の先生方に原爆医療法について説明申し上げたのでございますが、中に活発な質問がございまして、原爆認定疾患とはどんなものか、どういうふうにしたらいいかと、なかなか活発な質問がありました。この点につきまして、そういう研修会を、事情が許せば各都道府県においてやっていただけば幸いだと思います。 それから、指定医療機関の数の問題でございますが、広島、長崎地方では、指定医療機関がたくさんございますけれども、まだ不十分な点がございます。端的に申しますと、ある被爆者について、ある指定医療機関の医師が気に食わない、それでほかの、指定医療機関でない医療機関にかわりたいと希望する者もたくさんございます。患者は医師を選択する権利を有しておりますので、それはもっともな話でございまして、被爆者が要求する医療機関を、指定医療機関にしていただいたほうが、被爆者のために便宜がはかれるのではないかと思います。
○伊東参考人 先ほど一橋の石田参考人からも述べられたわけですけれども、被爆者のこうむっている心理的な問題というのもかなりあるわけでございますけれども、これ自身の研究が日本では非常におくれておったわけであります。昭和三十五年に私が「思想」に書きました論文が最初だと思うのでございますけれども、それ以降あまり手がつけられないままに、実は最近になりまして、アメリカ人の心理学者が、約三年間にわたって広島に滞在をしながらまとめ上げたものが、このほど、「生きながらの死」という題でもって出版をされたわけです。この本はアメリカの中でもって出版文化賞を受けまして、アメリカの中でたいへん高く評価されている本であります。その中で一体どのように原爆の被害者の心理状況を扱っているかと申しますと、こういうふうに彼は言っているわけです。 まず第一に、被爆者は生き残ったことでもってよかったとは思っていないというのです。生き残ったこと自身が、私は悪いことをしているのではないかという罪の意識にさいなまれ続けて生きているのである、こういうふうに申します。そうしてそういうことが高じ、かつ身のまわりでばたばたと放射能害で死んでいく人間を目の前にすると、だんだん、自分はいろいろなことを感じ取ってもそれを感情的に表現する能力を失ってしまうのだ、さらにそれが高じていきますと、一種の心理的な麻痺症とでも申しましょうか、フィジックナミングという名前で呼んでおるわけでございますれけども、そういう状況に立ち至ってしまって、――これはさらに戦後のアメリカ軍が、原爆の使用や原爆のことを話すことを禁じたというふうなこととか、あるいは十数年間にわたって、実は日本政府自身もこの問題に対して放置をしていたというふうなこととも関連をして、かつ広島市自身なんかでも、かなりたくさん非被爆者が入って、被爆者が逆に少数になっていくというような状況の中でもって、次第次第にあきらめの境地に立ち至って、もうどうでもいいやという気持ちになってしまっている。この被爆者の心境を救わない限り、日本の被爆者の問題を救うことはできないのだと実はアメリカ人が申しているわけであります。 さらに私たちが、この問題をどういうふうに考えたらいいかと申しますと、実は臨床医の方にちょっと見てもらっても、ああ、あなた心配することないよ、ノイローゼだといって片づける。それは臨床医だけではなくて、厚生省も、前の厚生省調査の結語にどのようにお書きになっているかというと、実は同じような扱い方をしている部分があるわけであります。こういう、ノイローゼであるならば、ノイローゼという点を深く心理的に突っ込んで研究をしないで、ノイローゼというレッテルを張りつけて片づけてしまうような態度がわれわれの中にある限りにおいて、被爆者がいつまでもノイローゼといいながら、実は原因不明のそういうレッテルのもとに葬り去られていくという問題がたくさんあるということは、否定できないのではないかと思っております。 さらに、この問題の陰におきましては、先ほどから申し上げておりますように、将来に対する不安という問題が、ノイローゼの基底を大きくささえていることも疑い得ないことだと思います。こういう意味においては、何らかの将来に対する生活の保障というものが法律的に確定しない限りにおいては、ノイローゼを除く一端の方策も見出せないのではないかというふうに考えております。
○森田委員長 本島百合子君。
○本島委員 参考人の方々にたいへん時間を空費させまして、委員会としてもほんとうに、委員長はおわびされましたけれども、私どもも実は質問時間が非常に少ないところでございますので、もうはらはらしておったのです。実は先生方の御答弁を含めて大体十五分、こういうことでございますので、私も簡潔にお聞きいたしますので、簡単に御答弁願いたいと思います。 まず第一番に、山梨大学の助教授の伊東先生にお尋ねいたしますが、先ほど一橋大学の石田先生に医療審議会の委員であるという立場で御質問がありましたが、医療審議会のあり方というものについて、はっきりした御答弁がなかったのです。 そこで伊東先生にお尋ねしたいのは、御発言の中にこの医療審議会の認定が非常にきびしいというふうに受け取れるようなおことばがあったと思います。そういう意味で、私どももその点は非常に感じておりますので、やはり一応この医療審議会の改革が必要ではないかと、きょう午前中の委員会では援護法を設けたほうがいいという御意見も強く出ておりましたが、それは現在ないものですから、この医療審議会に対して率直な御意見を聞かしていただきたい。 それからもう一つは、社会保障的な法律ではなくて、これはやはり国家補償的な法律のほうがいいと思うというようなお考えをお漏らしいただいたと思いますが、どういう点で国家補償のほうがいいかという利点を二、三あげてみていただきたいと思うわけでございます。
○伊東参考人 本島先生の医療審議会についての御質問でございますけれども、私はまず第一番目に医療審議会という審議会が扱う業務と申しますか、その範囲自身が、実は特別措置法の成立によって、やはりかなり変更をしなくてはならない側面が出てきているのではないかというふうに考えております。実は従来の医療審議会自身は、認定を非常に中心の業務としてやってきたわけでございますけれども、実は認定それ自身の問題も、先ほど原爆病院の石田先生からのお話もございましたけれども、私は範囲が非常に狭いと思っておりますし、それからよく聞いてまいりますと、認定疾病自身が、厚生省自身としては別にきめているわけではない。その場その場でケース・バイ・ケースできめていくのだというお話もございますわけです。そういうようにやってまいりますと、まあケース・バイ・ケースでそれはけっこうなわけですけれども、しかし片一方で申しますと、そうはいっても七つの病気みたいな、一つのワクみたいなものがあるような気もいたしますし、その辺のところはどうなっているのか、実は私自身もよくわかっておらないのでございますけれども、そういう意味では国会でははっきりさしておいていただきたいと思いますのは、医療審議会はどんな病気も受けつけて、そうしてやはり非常に丹念に調査をしているのだという点と、それからそういう意味においては疑わしいものもやはり考えていくという態度をもっと強く持っていただきたいという要望を持っております。と同時に、今後医療の問題のみならず特別措置法等ができてまいりますし、さらに今日は葬祭料の問題という、たいへん私どもにとってはありがたい問題の審議もなされておるわけでありますから、そういうふうな問題がずっと出てまいりますと、医療審議会もやはりそういう性格の問題全体を扱えるような審議会に、かつ前に進めるようなものをつくっていただければ、たいへんよろしいのではないかと思います。 同時に、構成メンバーの問題でございますけれども、構成メンバーといたしましては、できればやはり認定の問題に対しましては現場の実際に診療しておられたり、実際に原爆患者を扱っておられる指定医療機関の先生たち、さらには社会調査等で実は石田先生がお入りなっているわけですけれども、かなり社会科学的な観点からも最近の調査や研究が進んでまいりましたので、そういう方々を入れていただくことと、同時にできれば被爆者なども、利益代表としてお入れいただければたいへんありがたいのではないか、医療審議会についてはこのように思っております。 それから国家補償についての利点でございますが、私は先ほども申し上げたのですけれども、実際問題としては別途特別措置法で、たとえば特別手当一万円という額や、また性格が広範囲になっていけば、それでもいいのではないかと思いますが、先ほど一橋の石田先生もおっしゃったように、具体的に聞いてみると、私は何にも要らないけれども、たった一枚の紙でいいから、実は国のために自分がけがをしたということのあれがもらいたいという人がたくさんいるわけでございます。たとえばいまから二世、三世の問題が出てまいります。二世、三世になりますと、自分が被爆したこともわかりませんわけですから、せめてそうした意味において、やはり国のためにその当時はやって、そうしてこうなったのだということは何らかの意味で立証されなくてはならないし、一方において、その立証したのは、法的な援護の措置を伴うことによって初めてそのことを国が認めたことが明らかになるのではないか、こういうようにいま思っているわけであります。
○本島委員 広島原爆病院の石田先生にお尋ねいたしますが、政府は昨年もことしも研究費としては三百万円しか出しておりませんね。大体どういう場合でも、何か特殊な病気が出た場合に出される費用というのは、大体三百万円程度、こんなものでは特殊な病気に対する研究はできないと私ども思っておるのですが、この三百万円が広島原爆病院だけではなくて、ほかにも渡されるだろうと思います。わずかの費用の中で、どの程度の研究ができるのかという私ども常日ごろ疑問を持っておるのですから、そういう点、率直に意見をお聞かせ願いたいと思います。 それから、もう一つは健康管理手当の場合、いまの被爆者たちが老齢化してきている。また被爆の状況が、いろいろと複雑な疾病に変わってきているというようなお話もなさいましたが、そういう場合、大体六十五歳というきめ方が、ほかの年金その他からすれば、六十五歳が妥当だという答弁を厚生省がしておるのですけれども、やっぱりこれは引き下げるべきではないか。引き下げるとするならば、いまの被爆者の実情からして、どのくらい下げれば治療をなさる立場として、また健康管理の上から、いいものであるか。その年齢の引き下げについて、どういう御意見をお持ちでございますか、お聞かせ願いたいと思います。
○石田(定)参考人 本島先生にお答えいたします。 原爆調査研究費でございますが、原爆症調査研究委託として、このパンフレットにも載っておりますが、三百万円本年度要求しておりますが、これは原爆対策協議会のほうへ委託費として出ているわけであります。原爆病院は一文もいただいておりません。 それからどれだけ費用が要るのだろうか、私はその点よくわかりません。相当要るのではないか、三百万円ぐらいではとてもじゃないがたいした研究はできないだろうと思います。私たちの病院に、まずほしいのは電子計算機がほしい。それがあれば病院を訪れました外来の被爆者の病気の分類ができるのではないかと思っております。きょう御報告申しましたのは、入院患者だけの問題で、外来患者の問題は相当の数、五万何ぼにのぼりますので、ぜひとも電子計算機があればいいのではないかと思います。 次に被爆者の老齢化の問題ですが、老齢化が進んでおりまして、健康管理手当におきまして六十五歳という制限が設けられておりますが、六十五歳は年金などによってきめられたということでございますが、われわれ医学の立場から申しますと四十歳、五十歳、六十歳という十進法でいくのでなくて六十五歳というのはふに落ちないのでありまして、初老期を含めまして四十歳ぐらいが適当ではないかと私は考えております。
○本島委員 いまの、四十歳ということをおっしゃいますと、大体二十四年ぐらい前ですからその時分の被爆者たちはそのぐらいの年齢前後ということになりますね。一番働き盛りにこうした放射能を受けたということによって今日貧困化していっているというようなお話、また先ほどのお話しのように、そういうふうに貧困化しているのが被爆の原因によるというようなことが明確になった。またそれに対する救助を国家としてはなさなければいけない、こういうようなことがほかの先生方からも申されておりますが、いまの体制で四十歳に下げるということは、なかなかむずかしいだろうと思うのです。まず、五歳下げてもこれはたいへんなことだけれども、そういう点で、私ども努力してみますけれども、先生の御期待に沿えないような気がいたします。 最後に、一橋大学の石田先生にお尋ねいたしますが、被爆者の中で特に婦人の場合、結婚をしていないという方が非常に多い。それは生まれ出る子供が奇形児でなかろうかという不安、そういうことから非常に多いといわれておりますが、先生の調査研究の上からでもそのようにお思いになりますか。またそういうような方々に対して、やはり結婚ということは人生にとって大切なことですから、何らかの方法で、この人たちが結婚できるような方法を考えていただけないだろうかと、先ほどからお話を承りながら考えたわけでございます。 もう一つは、就職等に対しまして被爆しているということが判明した場合に、就職がうまくいかないとか、賃金の差別を受けるとか、あるいは長続きしないでやめていくとか、こういうような現象があるということでございますけれども、こうした点、先生のいままでの御調査の上から見てどんなものでございましょうか。かりにそういうことがあるとするならば、これはもう政府が雇用促進の形で、強制的にでも雇用促進をさして、割り当てでもするということにしていかなければならぬのではないか、こう思うものですから、こうした点についての御見解をお聞かせ願いたいと思います。
○石田(忠)参考人 お答えいたします。 被爆された女性の方で、結婚できない人が多いのではないか。これは厚生省調査によりましても、統計的にもそういう結果が出ております。われわれも結婚できないできた方に会うことは少なくありません。結婚した場合に、生まれる子供に対する不安、これも当然聞くことでございますが、結婚をためらうという場合に、子供に対するそういうこともございますけれども、もう一つは被爆者本人よりは、配偶者になられる男性のほうに、やはりちゅうちょがあるということがあるわけであります。そこで何とか結婚できる方法がないのかということですが、これについては、私どうにも、すぐ答えることができないだけに、それが悲劇だと思うのです。すぐそれが言えるならばまだいいので、その方法がすぐには浮かばないというところに、その人たちの悲劇があるというふうに見ております。 それから就職の場合などの差別のことですが、これはそのことを表にすぐ出して、あなたは被爆者だから雇えないというふうにいわれる例は私は聞いたことがないのです。ただ、そうではないが、たとえば私たちなどが見ましても、相当なれたつもりでいきましても、目をそむけたくなるようなケロイドというものがあるわけでございます。そのことをはっきりと言って就職を断わるというようなことはないわけですけれども、被爆者の方からそういうことがあったということは聞きませんけれども、むしろいつ病気になられるかわからない、そのときに困るというようなことで雇わなかったらしいというような話はよく聞くことです。それははなはだしい障害の残っているような場合は、特にそういうふうな感じを被爆者本人が持たれるということですね。何かそういう疑いを持ちたくなるといいますか、そういう気持ちを持つようになるというところにやはり一つの悲劇があるというふうに考えております。
○本島委員 最後に、医学的な立場で、もの一度広島原爆病院の先生にお尋ねいたします。 長い年月ずっと研究されてこられて、いまの段階で、これは大体なおすことができるのだというような治療方法があるのかないのか。 それからもう一つは、ケロイドの娘さんたちが整形手術を受けるためにアメリカまで行かれたことがずっと前にあった。あのときにも、私はずいぶんふがいない、日本の医学でそんなことができないのかと思って憤慨したことがあるのですが、そういう点など、医学的にも相当治療方法が進んできたのではないだろうかと思うのですが、どんなものでございましょうか。 また、そういうことを進めるためには電子計算機がほしいなどというような先ほどのお話、ほんとうにこういうさびしい思いを聞こうとは夢にも思わずに質問したことですが、やはり根本的にこの治療の面で保証があるかないか、そしてそういうものを今後また続けていかれる上にとっては、政府に対して予算的にも相当の援助を受けてでもこれの解決をする、治療のめどをつける、こういうことが私はぜひともほしいと思っておるわけでございます。その一点お聞かせ願いたいと思います。
○石田(定)参考人 本島先生にお答えいたします。 原爆症個々の疾患につきましては、治療方法がいろいろ違うものですから、いろいろありますが、できるだけ医学の勉強をいたしまして、新しい医学を吸収して、できるだけ命を長らえるという方針でやっております。幸いにして昨年度原爆病院整備費としましてベータトロンを購入していただきましたけれども、表面上のガン、いわゆる皮膚ガンあるいは甲状腺ガン等については、そのベータトロンを使っております。そのほか、できるだけ最新の医学知識を導入しまして、少しでも命を長らえていくという方向に持っていくように努力していきたいと思います。
○森田委員長 大橋敏雄君。
○大橋(敏)委員 それでは原爆病院の部長さんに先にお尋ねいたします。 先ほどのお話の中で、認定患者の手続が非常に繁雑である、こういうことで、お話の印象からいきますと、認定患者は廃止すべきではないかというふうに取け取ったわけでございますが、私はいろいろお話を承った上で、しかも何らかのけじめをつける意味においては、やはり認定制度というのは必要ではないか。しかし、現在の認定条件の内容が問題じゃないのか、これを改善すればいいのではないかというような感じを受けたのですが、その点をひとつお聞かせ願いたいと思います。 それから被爆後遺症の中で、いまだ解明されていないブラブラ病というのがあるそうですが、この実態を簡単でよろしいですが教えていただきたいと思います。 それから被爆者の健康管理のために、全被爆者対象に年間定期検診が二回、それから本人が希望した場合はさらに二回、計四回健康診断が実施されているわけでございますが、この四回ということが適当だと思われるかどうかという点ですね。 それから特に医師が必要と認めるものについては、精密検査が実施されている。この精密検査について、たとえば人間ドック方式といいますか、それの適用拡大が必要じゃないかという強い声を聞いているのですが、この点について御意見を承りたいと思います。
○石田(定)参考人 大橋先生にお答えいたします。 認定患者の手続が複雑、繁雑とさっき申し上げましたのは、認定申請の手続が繁雑であると申し上げたのでございまして、この件につきましては、県市連絡会議を開きまして、新しい案を厚生省に提出するわけであります。なるべくなら簡単にしていただきたいと思います。 それから認定制度の廃止というものは、これは何とも申し上げかねるのでありますが、ある程度は残したほうがいい。先生がおっしゃったような意見に賛成いたします。 それからブラブラ病につきましては、なかなかむずかしい問題でございまして、原爆ブラブラ病がどういう病気であるか、あるいは病気でなくても症状の集まり、症候群であるかということがはっきりたしません。自律神経の障害、あるいは一部では間脳症候群、いわゆる大脳のまん中にある間脳症候群などじゃないかと精神医学的にはいわれておりますが、まずこの症状の把握、どういう症状があればブラブラ病であるか、それがどうもはっきりいたしません。しかしながら、広大精神科の小沼教授なんかも、ブラブラ病というのはおかしいけれども、間脳症候群というのはあるのじゃなかろうかということを言っておられますし、それに対しましてはさらに脳波その他いろいろな検査、ある程度の客観的な検査も必要じゃないかと思っております。ですが、第一われわれが十二年間診療して感じますことは、確かに被爆者の方々の中には、ほかの病気もございますが、それにプラスして何らかの感情障害あるいは不安感、そういうものがあるのじゃないかというふうに感じております。 それから第三番目の、健康管理が年二回、かつ希望が二回、それで十分かという御質問でございますが、私もこのくらいでいいのじゃないのかと実は思っておる次第でございます。なぜかと申しますと、よく検査される方は年四回、五回、六回、何べんも来られますし、また全然検査されない方は年二回の定期検診でさえもあまりお受けにならないという状態でございまして、年二回プラスもう二回くらいでちょうどいいのじゃないか。もしその間にからだに異状があれば、特別被爆者の方はいわゆる健康保険というものが一緒にありますから、一般医療がございます。その一般医療病院にまっすぐかけ込まれればいいと思っております。検診の期日を待っていては、病気のほうは待ってくれませんから、まっすぐかけ込まれたほうがいいのじゃないかと思います。症状のない方は年二回、希望二回でまあ適当じゃないかと思っております。 それから精密検査でございますが、人間ドック方式、いわゆる原爆ドックといわれるものだろうと思いますが、いま広島市舟入被爆者健康管理所におきまして、二日間ないし三日間の収容検査を行なっております。それに対して厚生省より費用が出ております。そのほかの病院におきましては、まだ原爆ドック方式はとっておりませんが、われわれの病院におきましても、医師が十分充足できれば、さっそくに始めたいと思っております。 以上でございます。
○森田委員長 谷口善太郎君。
○谷口委員 おそれ入りますが、先生に伺いたいことがあったのです。すでに病気になった人に対する対策、これは大事なことだし、いままでのやり方では足りないと思っておりますが、原爆被爆者に、原爆に起因する、あるいは被爆の影響によって悪質な病気が出てくるということですね。これに対して何かあらかじめ防止する、そういう手段があるかどうか、あるいはそれに対して政府としてどういう施策をとらすべきかという何か適当な問題があれば、たとえばそういう人たちに栄養と休息を与えるとか、あるいは国費でそれらの人々に対する医学上のいろいろな専門機関をつくってやるべきだとか、何かそういう御意見がございましたら、具体的におっしゃってください。
○石田(定)参考人 谷口先生にお答えいたします。 発病防止策でございますが、いまおっしゃいましたように、栄養と休息が第一でございます。第二に、絶えず健康管理を行なう。その健康管理も通り一ぺんの、一般検査で異状なかったら異状なしでマルをつけるのではなくて、被爆者の方のおっしゃる症状をよく聞きまして、それについて丁寧に見るということがいわゆる早期発見の道であると思います。
○森田委員長 石田さん、どうもごくろうさまでございました。 大橋敏雄君。
○大橋(敏)委員 あと伊東先生、石田先生、たいへん長い時間ごくろうさまでございますが、もうしばらくお願いいたします。 きょうはたいへん貴重な意見、あるいは御指導をいただきまして、ほんとうにありがたいと思っております。 まっ先にお尋ねしますが、伊東先生にお尋ねいたしますけれども、先生が先ほどおっしゃっておりました原爆被害の苛烈な状況を見て感じているいまの議員さんが、とにかく根本的な援護措置を講じてもらいたい、これはもう生命の底に焼きついたことばでございます。そういう立場からひとつ聞いているわけでございますが、現在の特別措置法は、公衆衛生局の所管で仕事が進められているわけでございます。被爆者問題と直接の関係といえばないのではないかと思われるほどの衛生局の所管になっておるわけですが、これを援護局あたりでもっと本格的にやれと、こうおっしゃったのか。たとえば国家が国家責任で行なった戦争で特にひどい被害を受けた国民に対して、それ損害を補てんしているという措置として、戦傷病者特別援護法、戦傷病者戦没者遺族等援護法、未帰還者留守家族等援護法等がもうすでに実施されておりますが、これと並んで被爆者対策を行なえ、こうおっしゃったのかどうかという点を、的確に御意見をお願いしたいと思います。 それから先ほど介護手当のお話が具体的にございましたけれども、現状の三百円では実情に即さないのではないか、これは改善すべきであるという御意見であったわけですが、言いにくいことであろうと思いますけれども、最低どのくらい必要とお考えになるのか、差しつかえなければ言っていただきたいと思います。 それからもう一つの問題は、所得制限があるために、健康管理手帳の申請をしなかったということを実例を引いてお話しになったわけでございますが、この所得制限は撤廃せよというお気持ちなのかどうかという点、これをお尋ねいたします。 それから石田先生にお尋ねいたしますが、いろいろと実例を引いてお話を聞いているうちに、私もほんとうに胸迫る思いをしたわけでございますが、原爆問題は、私も先ほどのお話からいけば、個人的な心境からいけば漂流型ですか、そういう気持ちでございます。ほんとうに胸一ぱいになる思いでございます。しかし、国会議員の使命という立場から考えると、抵抗型にならざるを得ない、こういう立場から先ほどのお話を伺っていたわけでございますが、被爆者対策は救貧原理によって現在まで処理されてきている、これはよくない、補償原理こそが被爆者対策の根本でなければならぬ、それを基調としなければならないというような御意見であったかに承りました。また、そのことを解決するためには、事実調査、事実をいかに把握するか、これ以外に解決する方法はない、こういうふうに仰せになったわけでございますが、ここで一つ疑問が起こったのは、四十年の秋に厚生省が実態調査をやっているはずでございます。この実態調査では、先生がおっしゃったような事実把握には至らなかったのかどうかという問題ですね。 それからさらにお尋ねいたしますが、原爆のせいであって自分のせいではないのだ、このことはあくまでも事実を掌握することによってのみ解消されるという重ねてのお話がありましたので、この点をもう一歩深く掘り下げてお話を承りたいと思います。 それから制度化が必要だというお話がございましたね。この点、ちょっと理解しにくかったので、もう一度具体的に教えていただきたいと思いもす。 それから最後に、厚生省の実態調査でも、被爆者と一般国民の健康格差は特に老年層で顕著である。これは若いうちからの健康管理の不十分さに基づくと思う。青壮年期からの予防的な健康管理の目的に現行の健康管理手当は沿っているのかどうか、こういう疑問があるわけでございますが、この点についてお答え願いたいと思います。
○伊東参考人 大橋先生の御質問でございますけれども、まず第一番目に援護局を中心にして、新たにやはり他の援護法と同じような方式でもって援護法をつくっていけということを私が考えているかということでございますけれども、そのとおりでございます。私自身のみならず、実は御存じかと思いますけれども、去年の八月の「世界」で、これもやはり厚生省の医療審議会の委員でございました東大の隅谷三喜男教授が、実は冒頭にそのことを述べておられるわけであります。すなわち、政府が公衆衛生局の管轄の中でもって原爆問題を扱おうとすることこそが実は問題なのである。これは隅谷先生のおことばでございますけれども、実は私もこの論文を読みまして、全くそのとおりだと思っておりますので、いまの大橋先生の御質問に対しては、そのとおりだというお答えをすることになります。 第二番目には、介護手当の問題でございますけれども、介護手当は、私どもが最近経験をいたしましたことによりますと、どんな安くても、一日大体二千五百円から三千円出さないととてもやっていけないという状況があるようでございます。そういたしますと、現在のように三百円掛ける三十日の九千円でもって一カ月ということになりますと、一カ月全部もらったとしても、実は三日間の付き添いしかつけられないという状況がございます。そういう点から申しますと、約十倍の金額が必要な現状を――これは方々でいろいろな調査もあると思いますので、ぜひ厚生省あたりでも調査してくださって、適当な金額を、すなわち現実にそれが施行して意味がある金額をぜひ支給願えたらと思っております。 第三番目の所得制限の撤廃問題についてでございますけれども、これは最初申し上げたように、援護と申しますか、少なくとも全被爆者に対して、過去の損失を償い、かつ未来への不安をなくすという観点からいたしますと、やはり全部の被爆者に、所得制限等をなくして与えられることが必要ではないかと思うわけであります。 ついで申しますと、現在御存じのとおりに、健康管理手当そのものを取り上げましても、実は趣旨は滋養や栄養剤をとるためにということになつておるわけでございますけれども、それは単に現在貧困におちいり、かつ病気になったという二つの悪条件が重なっている。そういう二つの悪条件が重ならなければもらえないということでなくて、貧乏ではなくても、実際問題として、自分の寿命が原爆のためにたとえば多少縮まったということになりますと、それだけのことは、これはお金では実は解決できない問題でございますので、国としては、これは若干補償のほうに足が踏み入れられるかもしれませんけれども、せめてこれだけの金で栄養をとり、かつ栄養剤をとって、少しはからだの心配もしなさいというあたたかい配慮が必要ではないか。それが実は先ほどから申している、ノイローゼの一つの原因である将来への不安を消していく、完全に消せるとは申しませんけれども、消していく政府としての一つのやり方ではないかとも思っておるわけでございます。 以上でございます。
○石田(忠)参考人 私が、救貧原理を導入することによってはかえってうまくないというふうに言いましたその説明の場合に、私はいわゆる原爆差別ということを言ったわけです。戦後二十数年の間にそれが社会的につくられてきておるわけですが、それには、先ほども言ったような理由があるわけでございます。そういう差別の中に被爆者が置かれている。そのためにいわゆる漂流型の被爆者の方々の中には、精神的な荒廃といいますか、そういうふうな状況があらわれてきておるということを言ったわけです。そういう被爆者の方たち、そういう精神的な荒廃の状態にある被爆者の方たちをなくするということが、それが被爆者施策の基本にならなければならぬのじゃないだろうか。それがなくなるという状態が生まれて、初めて被爆者対策は完結したというふうに言えるのではないのか。ところが、この救貧原理を入れるということによって、これは御質問の二番目にも関連してくるわけですが、せっかく特別措置法による諸手当の支給要件というものを、原爆のせいということで認めた立場に立っているわけですが、それが不明確になってしまう、あいまいになってしまうということです。たとえば所得向上を入れていくということは、ある一定の生活水準以下の人たちを何とかするということなんですね。それではなくて、先ほども言いましたように、被爆者であるからという見地に立つような制度の場合は、これは原爆のせいということを一つの制度に移したということが言えるわけなんです。その点が、せっかくの立場があいまいになってきておるという点が残念だということでございます。 それで、いろいろと事実調査が必要だというようなことを言ったのだけれども、四十年の厚生省の実態調査では不足であったのかどうかという御質問がございました。厚生省の調査につきましては、これは実は私もそれに参画したということもございまして、そのことには責任を感じないわけにはいかないのですけれども、いろいろと批判を受けてきておるということ。たとえば被爆者の人たちは、この二十年間放置されてきたということを、不当だというふうに考えられる方が多いわけです。それは、繰り返すようですが、原爆のせいなんだからということです。そうすれば、はたしてそれは原爆のせいだということが言えるのかどうかという、そういうところに調査の起点というようなものが置かれければならなかったのじゃないだろうかというふうにも思うわけです。先ほども年齢というような問題が出ましたけれども、被爆者の場合ですと、老齢化の進行ぐあいには個人差があるわけです。その個人差がある場合に、ある一定の線で引いてしまうという場合には、同じ原爆のせいで老齢化が進んでいても、漏れるという人が出てくるわけです。ある年齢の線以下の場合は漏れるとかというように、漏れるというようなことがあります。それは被爆者ということとは本質的には関係のない偶然的な年齢の線というようなことで切られてしまう、そういうふうな政策でいいのかどうかという問題があるわけですね。たとえばほかの年金制度等の場合の年齢の線の引き方といいますか、年齢の線を同じように使用するということでいいのかどうか。いま言ったような不平等なり、不公平というものが生まれてこないか。そういう点は、私が主張したいのは、これは考え方の問題ではなくて、事実を調べて、それで事実がどうかということで決着をつければいい問題ではないだろうかというふうに思うわけなんです。 予防的な健康管理云々ということもございましたけれども、これはやはりいろいろな条件のもとでいろいろな個人差が生まれてきておるという原因にもなっておるというふうに考えております。
○大橋(敏)委員 制度化の問題と、最後にもう一つありました厚生省の実態調査、被爆者と一般国民の健康格差が、特に老齢層で顕著である。これは若いうちの健康管理の不十分さに基づくものと思う。青壮年期からの予防的な健康管理の目的、二つの問題・・・。
○石田(忠)参考人 原爆のせいの制度化が必要だということを言いました。これは先ほども言いましたように、たとえば支給要件というのが、原爆被爆したある一定の状況ということだけに限られて、たとえば所得向上というものがなくなるとか、そしてそれに対する生活保障というものがあって、生活保護は受けなくても済むようになるとかいうふうになりました場合には、その制度は原爆のせいだから行なうものだということが非常にはっきりしてくるわけですね。だから、ほかのことばでいいますと、国家補償という立場に立ったような制度であれば、原爆のせいというのを制度的に公に認めたものとして首尾一貫するという意味で、制度化ということを申し上げたわけでございます。 それから若いときの健康管理が云々というような調査になりますると、これは各ケースについてのライフヒストリーをとっていくというような調査でないと、はっきりとしたことが言えないわけでございます。ある時点調査、何年何月何日というある一時点についてだけの調査では、つかみ得ないことじゃないかと思います。そういうためには、やはりこのライフヒストリーをとっていくということが必要だろうと思いますので、そういう調査研究というのは、これはその調査が非常に手間をとり、むずかしいということもありますけれども、いままで十分なされてきているというふうにはとうてい言えないというふうに考えております。
○大橋(敏)委員 もう一点、壮年期からの予防的な健康管理の目的に、現行の健康管理手当は沿っているのかどうかということです。
○石田(忠)参考人 私は、いま申しましたのは、年齢制限等の問題がございまして、そうだというふうにはとうてい言えないというふうに思います。
○大橋(敏)委員 では終わります。
○森田委員長 谷口善太郎君。
○谷口委員 たいへんおそくまで恐縮です。 これはもうすでに先生方のお話の中にもあったし、皆さんの御質問の中にも出てきて、これは全部さっきからのあれでは意見が一致しているところでありますけれども、この原爆被爆者の援護という問題の日本の政治における位置づけといいますか、どういうふうに位置づけるかという点ですね。原則の問題、十分話がされておるわけなんですけれども、私どもは、結論からいいますと、これはやはり一般の戦争犠牲者とか、あるいは心身障害対策とかいうような、社会保障的なそういう対象じゃなかろう。そうではなくて、さっきからもお話が出ているように、国の誤った施策によって、こういう人類初めての大量殺数兵器の犠牲になるというようなことになった人々であります。しかもそれがずっと後にまで、二世、三世まで及ぶというような問題でありますから、強いことばでいえば国家賠償の対象になる、そういう案件だ、そういう立場をとるべきだ、こういうふうに考えているわけなんです。これは先生方と、ことばの強さ弱さは別といたしまして、一致するんじゃないかと思うんですが、その点から現行のやり方をやはり抜本的に改正する必要があると思うのですが、そういうことについて両先生、お考え持っていらっしゃったらお示し願いたい、こういうふうに思います。
○石田(忠)参考人 現在の社会保障体系の中に、被爆者の援護対策というものを含ましめるということは問題ではないかというお考えには、私も何かそういうふうな感じを持っております。といいますのは、これはかつて一九〇五-九年にイギリスに設けられました救貧法委員会というのがあり、そのときの少数派でありましたウエッブ夫妻の主張したのは、プァ・ロー、救貧法の解体ということを主張したということがございます。それは貧困という資格において補償をするのではなくて、その以前において、たとえば児童の問題でありますれば教育の場において、あるいはその他失業ということになりますれば、その失業というところにおいて補償をしていくべきであって、それをそのことで貧困になってしまってから対策を講ずるということではなるまいということであったわけですね。先ほど私が申し上げました、何らかの対策を講ずるときに、貧困だからというのじゃなくて、被爆されたからというような考えに立って対策を講ずるとすれば、いま言ったウエッブ夫妻の主張したようなことと通じてくるということだろうと思うのです。それがむしろ現在の生活保護制度というものが、そういうものは全く例外的な措置にされている。そうでないところで救済されていく、補償されていくということが必要ではないだろうかというふうに思うわけなんですが、現在の場合そのことが不可能な状態になっているということで、先ほど来申し上げましたような問題が起きてきておるというふうに考えます。 それをさらに進めて考えていかなければならぬ理由として、これも先ほど申し上げましたけれども、たとえば被爆者の持っておられる心理的な問題の解決ということになりますと、これはもはや社会保障の体系の中に含ましめることによっては解決つかないような問題が出てきているのじゃないのかというふうに考えるわけです。むしろ自分らの被爆したということを、何か意味づけていく。自分の生涯を何らか意味づけていく。それに関連して伊東参考人のほうからもお話がございました。そういうふうな施策も含ましめていくということが必要になってくるといたしますると、これはもうとうてい現在の社会保障体系の中におさめ切れるということではなくなるのではないかというふうに思います。
○伊東参考人 いまの谷口先生の御意見でございますけれども、私どもも実は外国においても例がないことではないと思っているわけであります。西ドイツにおきましては、ナチス犠牲者補償法とか、あるいは負担均衡法というような法律がすでにできておりまして、一般戦災市民あるいはナチスの犠牲者に対する補償を国家がやっていくということを、実は西ドイツでやっているわけでございます。そういう状況を考えてみますと、戦争が終わりましてしばらくたちまして法律ができました西ドイツの国民所得の水準と、今日のわが国の国民所得の水準を比べてみますと、はるかに今日のわが国の国民所得の水準のほうが高くなっていることは言うまでもありません。その意味において、私どもは決して現在の日本の経済水準において、あるいは政府の財政負担の水準において、ああいうことができないはずはないのではないかというふうに考えております。 第二番目には、これは従来の援護法自身が身分関係という問題に縛られてまいったわけでございますけれども、私は憲法九条の精神にのっとってもしも援護法がつくられるならば、たとえば一般市民が最も典型的に被害を受けるような戦争被害、すなわち原爆のような被害を、どういうふうに新しい憲法をつくった日本の国が扱うかという問題が、きわめて重大な援護法の根本になるのではないかという考えを持っております。 以上の二点から申しまして、被爆者に対する援護法というものは、かなり重要な意味を現行の憲法においては持つのではないかということを考えております。
○谷口委員 この問題は根本問題ですから、実はこの委員会で被爆者問題では、この問題で常に政府当局とわれわれの側との意見が対立しているわけです。けさもおいでの厚生大臣は、やはり社会保障の一環としてやるべきで、国家賠償とか国家補償というような立場に立てないというふうな立場を持っておるわけです。しかし、これはずいぶん長く論じられてきたし、今後も長く論じられる問題だと思いますが、そういう根本的な立場に立ちませんと、問題は結局は救貧対策だとか、あるいは社会保障とかいうことになる。それじゃ根本的なものは解決しない。ましてこれは、当面している人に対してだけではなく、二世、三世に及ぶ重大な内容を持っておりますから、私どもはそういう立場を堅持したいと思います。そういう見地からいきますと、いまの二つの法律でやっております対策では、これはどうも非常に不十分で、やっぱり根本的に制度の改正をやる必要があるというふうに私どもは考えているのですが、その場合に、私どもの考えでは、やはり全被爆者を対象にした対策がまず基本だ。それから、この人たちが生活なり健康なりを守っていくための必要なすべての施策、経費、こういうものを国家が補償するという、まあ簡単な言い方をすれば――御論議もいろいろあると思いますが、制度として、いまの法律用語を使ってやればいろいろありますけれども、そこらに問題の基本があるのじゃなかろうかということを考えております。 それから、もう資料によりまして、これは先生方にお尋ねするよりも、あすでも政府に質問するつもりでありますが、だんだんやはり被爆者として登録された人たちがふえていくのですね。毎年死んでいって、ことしも葬祭料が三千万かの予算を組んでいる。これだけ死ぬということを、いままでの経験上一応出しておられますね。にもかかわらず毎年ふえているという状況を見ますと、特別被爆者とか、あるいは認定患者とかいうもの以上に、まだ健康ではあるけれども、まだ社会で生活できる状態であるけれども、被爆者であるということに変わりない人で、申請してない、届けてない人は、まだかなり残っているだろうというふうに考えますので、こういう人を掘り起こして、全体を対象とした援護の制度が必要じゃないか、こういうふうに考えております。こういう点について先生方は、それぞれ学問的にもまた実践的にも、いろいろこの問題については御奔走いただいている方々なんですが、具体的にこうすべきだというあれがございませんか。ちょっと言いにくいですか。 これはつけ加えますけれども、自民党の諸君はおりますが、政府諸公がいないのは残念ですが、政府諸公にもぜひ聞いてもらいたいと思っているわけであります。
○伊東参考人 いまの谷口先生の御質問でございますけれども、東京の例をあげますと、私ども同窓会名簿や、それからその当時広島、長崎に住んでいた同級生で東京に来ている人たちで、一体何人手帳を申請しているかという実態を調べてみますと、私どもはやはり、七千五百の東京に住んでおる被爆者のほかに約三倍くらいいるのではないかという予測を立てておるわけであります。 なぜ一体、そのような事態が出てくるかと申しますと、一つは先ほども申し上げましたように、なるべく原爆であることを隠したいわけなんですね。原爆であることが明らかになって得をすることは何もないわけであります。そんなことを言ったって、手帳がもらえていいじゃないかというような話もありますけれども、特別措置法ができまして、たいへん私どもそういう点においては被爆者は恵まれつつあると思いますが、特別措置法ができるまでは、まあ病院へ行っても、年に二回くらいの検診で、あなたからだが悪い、ノイローゼですよと逆におどかされて帰ってくる、そんな状態では、手帳の効用もない。それから、みずから被爆者を名乗り出ても差別の問題はあるし、そういう点で名乗り出たくないというので名乗り出なかった人たちに、政府が何らかの具体的な手を打っていってくれますと、それに応じてやはり特別措置法ができればそれだけ恵みがあるわけでございますから、当然自分としても申請したいという気持ちになってくるわけであります。そういう点は、私はだから今後も政府の施策が進行すれば進行するだけ、新しい被爆者はそれにつれて出てくるであろうというふうに思っております。 第二番目は、これは昭和二十五年に行なわれました国勢調査が、ただ一回の国勢調査ではございましたけれども、そういう意味でのほんとうに秘密を守った調査が、何らかのかっこうでもって行なわれる必要があるんじゃないかというふうに思っております。
○石田(忠)参考人 私も、大体伊東参考人から述べられたことと同じことを考えておったわけでございますが、たとえば先ほどの広島原爆病院の石田先生からいただきました資料の三ページをごらんになりますと、四十二年度から四十三年度にかけて外来患者総数がふえておる。これはどうしてだろうかということを聞いてみたわけですが、これは今度の特別措置法の制定でこういうふうにふえてきたんだ。だからいま伊東参考人から言われましたように、政府の施策が進んでいきますれば、この被爆者の方もまた表に浮かんで出てこられるのではなかろうか。おそらくそれが基本であって、それをもしさがすとしますと、よくいわれていることですが、これは国勢調査のときなどにそういう調査をやったらどうかということもいわれておりますけれども、それは国勢調査の場合でも、隠しておきたい方はおそらく隠されるだろうというふうに思っております。だから被爆者であるということが、それが何か心のひっかかりにならないというような状況というのが、やはり基本的な条件ではなかろうか、そういうふうに考えております。
○谷口委員 実は私、もっと先生方に聞きたいことがあって、非常に具体的なことがあって用意して、きたんですけれども、どうもお答えにならぬだろうと思いましたので、ここでは遠慮することにしますが、いずれにしましても先ほど申しました点が、また先生方も強調されている点が、この社会労働委員会での論議の基本の中心になっております。これがやはりひっかかっております。ことしは若干でもよくなっているという点は、それはわれわれ認めますけれども、ああいうここでは、実はよくなったということで問題の事の本質が隠蔽されてくるおそれがむしろあるんじゃないかというようにすら考えるわけですね。ですから私ども、これは私どもの責任になるわけですから、基本的にやはり国家補償というこの原則を貫くということで今後やっていきたいと思いますが、いろいろまた御援助願いたいと思います。どうもありがとうございました。
○森田委員長 参考人各位には御多用中御出席いただき、まことにありがとうございました。厚くお礼申し上げます。 次回は明八日午前十時理事会、十時三十分委員会を開会することとし、本日はこれにて散会いたします。 午後五時十九分散会