社会労働委員会 第10号
- 発言数
- 111 件
- 登壇者
- 10 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1969/04/17
会議録
○森田委員長 これより会議を開きます。 厚生関係の基本施策に関する件について調査を進めます。 質疑の申し出がありますので、これを許します。八木一男君。
○八木(一)委員 私は、厚生大臣並びに政府委員に対し、厚生行政一般の質問をいたしたいと存じますが、その中で特に生活保護法に関連の問題について、御質問申し上げたいと思うわけでございます。 生活保護法ができましてから、二、三の補完的な改正は行なわれましたけれども、本格的な改正が長い期間行なわれていないわけでございます。非常に大事なこの法律についても、これだけの長い期間があったわけでございますから、この趣旨をもっと徹底させるために、ほんとうの意味の適用ができるように、この問題の改正についても検討し、考慮をしてよい時期になっているんではないかと思います。そういうことについていま御検討になっておられるか、将来御検討になるか、厚生大臣のお考えを伺っておきたいと思います。
○斎藤国務大臣 おっしゃいますように、生活保護法ができまして相当年月がたつわけでございますが、その間、社会福祉審議会の専門部会において絶えず御検討を願っているわけでございます。いま差しあたって生活保護法を改正しなければならぬというようには考えていないのでございますけれども、また御意見を伺いまして検討を加えてまいりたいと思います。
○八木(一)委員 生活保護法は、この法律の第一条にございますように、憲法二十五条の規定する理念に基づいてできているわけでございまして、いわゆる社会保障の基盤になる、底辺になる一番基礎的な法律であろうと思います。そこの第三条にございますように、「健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない。」という規定があるわけでございますが、こういう状態とはほど遠い状態であろうと思います。日本国憲法で規定されているものの、最低のものが実際にその理念にほど遠いものであっては、ほんとうに社会保障を推進している政治、行政とは言えないと思いますし、また、憲法をほんとうに尊重した政治が行なわれているということは言えないと思うわけでございます。いま、生活保護法の基準が大づかみで少しずつ引き上げられておりますけれども、しかし、健康で文化的な最低生活ということは、ある一定の時点、一定の地域においては、客観的なものがなければならないと思うわけです。それをただ、つかみで予算の折衝が行なわれ、その決定がされているとなれば、そのときの財政事情というようなことで健康で文化的な最低の生活が左右されるということになると思います。これでは財政が憲法で規定した国民の基本的人権を左右することになる。これではならないと思うわけであります。ことに社会保障の一番最低の基準のところでございますから、これは絶対にそのようなもので支配されてはならないと思うわけでございますが、いつも生活保護の予算について、厚生省がことしはこういう程度でなければならないという要求を出され、そしてそれについて大蔵省と折衝されてきめられる。三文文士的にいえば、最終的にきめられたものが政府の決定であるということを言う方がよくあります。これを所掌している厚生省が、これが必要であるというものが財政事情で左右されているということは、ほかの問題であればとにかくとして、この客観的にきめられるべき健康で文化的な最低生活を、このようなもので左右されてはならないと思います。そのことについて厚生大臣と社会局長の御意見を伺いたいと思います。
○斎藤国務大臣 私はお説はごもっともだと思います。財政事情に左右をされて生活の最低限度の保障を上下さすという考え方は、これは私はとるべきではないと思います。しかし財政と全然無関係かというと、またこれ必ずしもそうではない。やはり国の税金でまかなうわけでありますから、したがって財政ということも無関係とは言えません。しかし、このために国の財政がひっくり返ってしまうとかなんとかいうような日本の財政ではありませんから、考え方といたしましては、財政に左右されるというよりは、国の全体の国民の生活水準からながめて、生活保護をどの程度からやるかということは決定すべきではないかと思います。
○今村(譲)政府委員 お答えします。 いま先生おっしゃいましたように、一定地域の一定時点におきます最低生活というふうなものをどう確保するかということにつきましては、私ども予算で一番腐心いたしておりますのは、二十五、六年あるいは三十五年くらいまではいわゆる積み上げ方式で、これこれのマーケットバスケットがなければ困るという方式でやってきておりました。ところが、三十二、三年ころから非常に国民生活が急上昇する。それで、いわゆる積み上げの場合の内容改善だけではどうにもならぬ。したがって、国民生活全体のいわゆる水準向上との見合いをどうするかというマクロ方式の考え方、この二つをかみ合わせて、毎年私どものほうの内部でも議論し、いま大臣も仰せられましたように、財政当局ともその辺の理論的な詰めを行なって、最終的には予算としてきまる、こういうことでございますが、少なくとも私どもの気持ちといたしましては、昭和三十五年に三八%まで下がって、それで社会保障制度審議会からああいう勧告をいただいて、少なくとも私どもは、それが五〇%なのか、あるいは何%までいくのか、外国流に六〇とか五八とかいうふうにいけるのかどうか、その辺も問題はありますけれども、少なくともバランスが三八や四〇ではどうにもならぬということで、マクロ的な見方でとにかく格差を縮めていくという方式でできるだけ努力はしてきた、こういうふうに思っています。
○八木(一)委員 厚生大臣と社会局長からもう一回伺っておきたいと思いますが、一定の時点で、一定の地域で客観的な健康で文化的な最低生活というものがあるべきものだというのが、この問題をほんとうによく研究しておられる学者の方々や関係者の方々の定説になっていると思います。私もそのように確信をしているわけでございますが、それについて、厚生大臣か社会局長かどちらかから、ひとつ御答弁願いたいと思います。
○今村(譲)政府委員 お答え申し上げます。 おっしゃいますように、私どもも観念としては、一定時点、一定地域における生活水準から見て最低の健康にして文化的なというのはあるべきはずである、そういうふうに思います。しかしこれは、学者の方々集まっていただきましていろいろ研究いたしておりますが、日本国全体、東京からいなかのほうまでというふうなものに引き伸ばしてそれを評価する場合、あるいはFIESから演繹してくる場合に、どういうふうなものが最終的にいまおっしゃるような線か、この幅は私どもも技術的には非常にきめにくい、むずかしい問題でありますので、たとえばこれは非常に現実的でありますが、前年度あるいは現在がこうである、それをどのくらいまで伸ばしていって、その差を——制度審議会がおっしゃるように、十年間三倍というふうなかっこうまでに実はなかなかまいりませんけれども、その差を縮めていって穴を埋めて段階をつけていくのだ、こういう現実におちいらざるを得ない。計数的にはっきり示せということは、いろいろ議論がありまして私どもいまもって悩んでおる、こういうふうな現状であります。
○八木(一)委員 そこで、一定時点、一定地域における客観的なものがあるべきであるというのは、これは社会局長も認めておられると思うのです。厚生大臣も、お考えが違えばいまひとつ御発言を願いたいと思いますが、同じようなお考えだと思います。そこで、それを幾らときめることについては非常にむずかしい問題がございますが、そのような客観的なものをきめるときに、時の財政で支配されるということは、これは誤っていると思います。財政というのは幾らでもやりくりができるわけです。それが必要だ、それをしなければならないと思えば、ほかに抵抗があるかもしれませんけれども、財政とは歳出と歳入からなっておりますから、ほかの歳出を削ってそれを確保するなり、それができなかったら歳入の増大をはかるということは、しようと思ったら幾らでもできるわけです。増税をしてもいいわけです。ほんとうに健康で文化的な最低生活ということを基準でやればできるわけです。それを、そうじゃないほうの財政的要素で、ほんとうの憲法二十五条できまった理念の問題が制約をされるということは、憲法無視の政治になる。そこで、厚生省がこの問題を主管しておられるのですから、いまの状態ではこれであるべきだという厚生省の要求は、ほかのものに関してはとにかくとして、生活保護の要求については、大蔵省がこれを財政という立場から制約することは許されないと思う。それについて厚生大臣の御所見を伺っておきたいと思う。
○斎藤国務大臣 先ほども申し上げますように、やはり憲法で保障された最低生活を保障するということが優先でなければならぬと思います。しかし、財政と無関係というわけではありませんけれども、おっしゃるように、いまの財政においてはやりくりのできないわけじゃございませんし、とてつもないものを出すわけじゃございませんから、したがって、政府全体としてその考えに立ってきめていくべきものだと考えます。
○八木(一)委員 そこで、完ぺきに行なわれていればそれほど問題はありませんが、すでに生活保護の予算については、厚生大臣が大蔵大臣との折衝において、また厚生当局が大蔵当局との折衝において非常に苦労をしておられます。大事な責任のある地位にあるから、苦労されるのはちっとも差しつかえありませんけれども、苦労してそれが通らないのでは、これは国民の基本的人権が守られないということになる。今後、生活保護の基準に関しては、厚生省の主張が苦労なしに一切ぱちっと通るというような行政の状態がつくられなければならないと思う。それ以上に、そのようなことを避けるために、ほんとうに権威のあるこの問題の専門家が集まって、そのような審議会なり——行政委員会まで持っていってもいいのですけれども、中立的な非常に権限の強いところがこの問題を審査して、その決定については一切ほかのブレーキは許さない、そのとおりに生活保護の費用というものは決定されるというふうになるような基盤を、いまの状態でつくっておかれる必要があろうかと思う。そういう点について、法の改正がまず第一の問題点として出てこようかと思うわけです。そういうことについて前向きに御検討になるかどうか。また、それができるまでの問において、主管官庁である厚生省が、これがしかるべきであると思うことを、一切大蔵省のブレーキをかけさせない、そういう内閣の方針にされる決意があるのかどうか、そういうことについて伺っておきたいと思います。
○斎藤国務大臣 それは、一応法律上責任を持っている厚生大臣の考え方、権限だと私は思います。いまおっしゃいますように、第三者の審議会の意見を聞くのはけっこうであり、厚生大臣はその意見を尊重してやることはけっこうでありますけれども、その審議会の決定によって決定をされる、厚生大臣といえどもその決定に従わなければならぬということは、やはり政治の筋を誤るものだと私は思いますから、審議会の学識経験者の意見を、今後さらにその審議会において検討をしていただくようにしたいと思います。従前もいたしておりますけれども。しかしそれは、やはり意見を聞くという形でなければならぬと思います。財政当局との折衝も、厚生大臣はその腹をもって財政当局と話し合う。財政当局もまた、生活保護法の一条ですか二条に書かれてあるこれをもとにして、大蔵省としては最低の生活基準はここだ、こう思うという意見を出されることも、私は当然だと思いますが、それを聞いて厚生大臣は、どこが適当だろうということできめるべきだと思います。
○八木(一)委員 きょうは問題提起ですから、あまりとことんまで追及はいたしませんが、一つは行政委員会でそれを決定するという方法があります。一つは、それに準ずるくらいの強力な審議会でやって、それに第一義的に従う。しかし、厚生省としてどうしてもそれに異議があるときには再審査をしてもらうというような、厚生省の恣意をできるだけ狭めた、そういう審議会の権限を非常に強大にした、そういうものを置くという方法もあろう。こういうことについては積極的に御検討をいただくべきだと思います。それから、いまそれがない時代においては、事生活保護費の問題に関する限り、主管官庁である厚生省がこうあるべきだときめたことについて——これは理念の問題であります。びた一文も大蔵省に削らせないという態度でなければならぬと思います。そうでなければ、この憲法に保障された人権がほんとうに保障されることにならないと思います。といいますのは、ことしの生活保護費の折衝では大臣は相当奮闘されたやに伺います。奮闘されたやに伺いますけれども、奮闘しなければそれが確保されないということであってはならないと思います。大蔵省の辻君が見えておりますけれども、大蔵省にいますぐ質問はいたしませんけれども、大蔵省としてはよく聞いておいていただきたいと思います。財政というのは、いまは金でものが動く時代ですから、ばかに大きな問題とされておりますけれども、財政、財政で事を支配するのは間違いであります。憲法がまず第一。憲法のとおりにやらなければならぬ。基本的人権というものは守られなければならない。財政の中にもいろいろな意味がありますけれども、財政上あれだからということで、当然なされるべき国民の正当な要求がブレーキをかけられるということが非常に多い。特に社会保障の部面についてはそういうことが非常に多い。 そこで、辻君にここからちょっと伺っておきたいと思うが、憲法第二十五条第二項の「社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」という国の責任規定がある。このような責任規定は、日本国憲法にはほかにはないわけであります。「義務教育は、これを無償とする」という規定があるだけであります。義務教育を無償とするということも、ほんとうに実際やられておらないから、義務教育を実際に無償にする国民の運動が起こって、そのような政府の行政がまずいために非常に国民に迷惑をかけているわけです。この問題も解決をされなければならないけれども、しかし、この無償とするという問題は、それで固定的にぱちっときまっているわけです。社会保障というのは不断に増進改善をされなければならないことになっている。日本国憲法のどこをさがしても、具体的政策についてこのように規定されているところはありません。平和主義や民主主義や基本的人権について、全国民がこれを尊重し、確立をしていかなければならないような、そういう規定はございますが、具体的政策を規定した規定は、これ以外にはないわけです。その増進を規定した規定も、これ以外にはないわけです。これは厚生大臣、生活保護だけの問題ではありませんので、よくひとつ御理解をいただきたいと思います。ですから、こういう社会保障の問題について、厚生省が当然必要と思って確信を持ったことについて、もし大蔵省が、財政硬直があるからこれはできませんというようなことを言ったならば、大蔵省の側が、大蔵大臣であろうとも、主計局長であろうとも、主計官であろうとも、これは憲法違反を犯しているわけだ。具体的政策は、社会保障、社会福祉、公衆衛生について増進改善がきまっておる。それをほかの理由でブレーキをかけるような発言は、これは憲法違反であります。そのような点で、確信を持っていろいろな予算の問題について進めていただかなければなりませんし、大蔵省の大事な仕事をしておられる方も、憲法違反を犯すようなことをなさらないように。財政を担当しておられる方は、財政だけ頭に来ておるけれども、日本国の政治の基本は憲法である、その憲法を、財政というような二義的、三義的なもので曲げるようなことを言ってはならないということを、大蔵省は銘記をしておいていただかなければならない。 そういう点でございますが、残念ながら、そういうことについて実際にしっかり行なわれておりませんので、生活保護の水準については、昭和三十六年の水準を昭和四十五年までに少なくとも実質三倍になるようにしなければならないということが、社会保障制度審議会の三十七年の答申、勧告で出されているわけであります。これは非常に遠慮をした内容であります。社会保障制度審議会は、各省の次官もメンバーでありますし、あるいは各団体のメンバーがたくさんおります。自民党の国会議員もたくさんその中のメンバーであります。したがって、社会党に所属をしておる私ほど急進的な方ばかりではないのです。そこでさんざん論議をされた結果、遠慮に遠慮を重ねて、三十六年という、いまから十年近く前のヨーロッパの水準の社会保障に追いつくために、十年おくれたことを是認して、やらなければならないということを示した中の一番重要なポイントとして、生活保護費は実質三倍にならなければならないということを規定しておりますのに、いまの生活保護費の状態は、そこまで到達するにははるかにおそい。到達年度である昭和四十五年度はすぐ目前に控えておりまするけれども、まだそこまでに至っていないわけであります。そういうことについて、厚生大臣は強く決意を固められなければなりませんし、大蔵省には猛烈な反省をしてもらわなければならない。 そこで社会局長に、三十六年度起点による現在の生活保護費の水準と、普通の水準と物価の問題を調整した数字を、いまここでちょっと発表をしていただきいたと思います。
○今村(譲)政府委員 お答え申し上げます。 生活保護基準だけを最初に申し上げます。三十六年度の四人世帯一級地というもを中心といたしまして、三十六年度が一級地四人ということで一万三百四十四円、それが四十四年、今年度の基準にしまして二万九千九百四十五円、こういうことでありますので、三十六年度を一〇〇といたしますと、四十四年度の係数は名目で二八九・五、三倍にはちょっと切れるということでございます。それから実質は、三十六年度を一〇〇といたしまして、物価を引きましたもので一九二・六、こういう状況でございます。
○八木(一)委員 厚生大臣も数字を御検討だと思いますが、いま社会局長の答弁がありましたように、制度審議会の答申は実質三倍ということであります。ここで実質で九割二分ふえただけ。ですから来年、このベースでいくと、二倍をちょっとこえるということになるわけです。社会保障制度審議会では、ほんとうにそういうような構成メンバーで、それからいまの政府の政治の進め方が非常に遅々とした状態で、それに本来あるべき姿のはっぱをかけても、なかなかそこまで行かないだろうということも余分過ぎるほど勘案に入れて、そこで少なくともここまでいかなければならないという勧告をしたのが、あの実質三倍の数字であります。それが昭和四十五年度を目前に控えてまだ九割二分増し、一九二・六ということ。来年この調子でいけば、三倍というところが、二倍にやっとなるということになります。こういうことであってはならないと思いますが、厚生大臣の率直な御所見をひとつ伺っておきます。
○斎藤国務大臣 率直に申し上げまして、四十五年、来年に三倍までということは非常にむずかしいと思います。それは財政の理由だけでなしに、やはり一般の国民感情といたしましても、これを来年に一躍三倍にまで引き上げなければならないということになりますと、これは国民感情からも、必ずしも全体の同意が得られにくいのじゃないかと思いますが、若干日時は要しますけれども、それを目途にできるだけ進んでまいりたい、かように思います。
○八木(一)委員 いまの政治のベースで、これまでなまけてきたことを、来年一ぺんに三倍までにするということは、これはしなければならないでしょう。それだけ気持ちを総理大臣はじめ各大臣が入れかえて、厚生省も弱腰を入れかえて、大蔵省も財政偏重のお気持ちを入れかえてやればできることです。しなければいかぬと思うけれども、斎藤さんは非常にまじめな大臣ですから、来年三倍にやります。ということをぴちっと言われるような、はったりを言う大臣ではありませんけれども、そのような気持ちでやっていただかないと——ほんとうは三倍にならなければいかぬのです。三倍にならなければいかぬのだったら、いままでの惰性で九年間かかって二倍近くまで来たところを、あと一年でそれと同じものをやれと言ったら、やらなければならないわけですけれども、それはなかなか困難だということはわかりますけれども、やらなければいかぬという気持ちを持たれて、少なくとも、来年できなかったら昭和四十七年度には、実質三倍をこえる、三・二倍ぐらいになるような勢いでやらなければならないと思います。 ところで、国民感情ということを言われたのですが、これは厚生大臣はそういう考え方を改めて、考え直していただきたいと思います。国民感情とは一体何か。生活保護を受ける人は非常に不幸な人です。不運な人です。その不運な人の立場を知らないで、自分たちが税金を払って、ただでそっちに生活費が行くのはたまらないというようなことを言う人がおるならば、ほんとうに生活保護を受けた人の不幸な実態を知らないで言う人がおるならば、そんなものは国民感情でなしに、ほんとうに不当な、世の中を知らない、ふしあわせな人の不幸を知らないで、自分だけのかってなことを考えている声です。そんな声は無視しなければいけない。無視するか、そういう声は圧殺しなければいけない。そういう声なんか一般にはありません。生活保護の家庭がもう少し生活が楽になることを、そんなことをしたらおれが損するということを言う国民はほとんどありません。それを言うのは、権力を持った連中、金を持っている連中が言っておるわけです。国家財政でそれだけ生活保護費がふえれば、いままでもさんざん国のほうの援助を受けたような大企業や何かが、自分のほうに回してもらう金が少なくなる。あるいは租税特別措置法などというようなことで、大資本の得をしている部分がまた少し減らされるというようなところから声が起こってくるわけです。生活保護についての国民の声というものは、あるいは社会保障についての国民の声というものは、それを圧殺しようとする、いま社会保障を必要としないような、財産をたくさん持っておる、非常な権力を持っている連中の声です。そんなものは国民の声ではない。国民のほんとうの権利を圧殺する声です。ですから、そういうような国民の声というような、ばく然とした——ほかでも方々で言いますよ。学者の中でも、三文学者でそういうことを言う人もおりますけれども、そのような権力を持った者に盲従するような声は、ほんとうの国民の声ではないというような考え方に立たれて、厚生大臣はこの問題を早くこの制度審議会の答申どおり実現されるように、確信をもって問題を進めていただきたいと思います。その厚生大臣の気持ち、決意のほどを伺っておきたい。
○斎藤国務大臣 私は、できるだけ早く三〇〇にまで到達をしたいと思います。私は先ほど申しましたのは、いま二〇〇になっていないやつを来年三〇〇にするということになるのは、ちょっといかがであろうかということを意見として申し上げたわけでありまして、お気持ちと同じような気持ちでやってまいります。
○八木(一)委員 実際の数字、私も調べておりますけれども、ちょっとそちらからお答えをいただきたいと思います。 生活保護費の中の生活扶助の費用、その中の飲食料費という項目があります。飲食料費について、これは全般の平均もおっしゃっていただいたらいいと思いますが、一番少ないところ、四級地で、それから五十くらいの女の人、それの一日分の単位でけっこうですが、飲食料費を教えていただきたいと思います。
○今村(譲)政府委員 どの辺を申し上げますか、四級地が一番低いのですが、四級地でたとえば十歳の男の子と女の子が、若干端数はつきますが、一日百二十円。三十歳の男が百二十九円四十四銭、三十歳の女が百七円二十四銭。それから五十歳の女子が百一円十五銭。それからこれは老齢者でありますが、七十歳の男子が百十七円二十七銭、女子が九十七円五十三銭、こういう基準になっております。これは運用でございます。
○八木(一)委員 厚生大臣は、この数字、御承知ないと思います、これほどたくさんのことを。いま一番少ないところを聞きましたら、これは一日分が九十七円というところがあるのです。飲食料費九十七円。五十くらいの女の人で百一円というところがあります。これは一食分で平均をしますと、九十七円のところは三十二円余ということになります。百一円のところは三十四円ぐらいになりますね。三十四円弱。この百七円のところの三十の女の人で三十六円になります。三十の女の人の例でいいますと、三十六円という食事でやっている。三十の女の人であれば、まだこれからどんどん子供を分べんするという年齢になる。そういうような生活で健康な生活はできないということは歴然としてわかる。こういうおかあさんが子供さんを産んだときに、おかあさんはそれでからだが非常に悪くなります。子供さんも、そういう栄養状態のおかあさんのもとで生まれたら非常に虚弱児ができるし、あるいはまた、そういうことでいま問題になっている、おなかの中にいるときに栄養不足のためにいろいろな障害が起こることもある。健康で文化的な最低生活を維持するということになっている生活保護法。その生活保護法の第一条、第二条、第三条は非常にりっぱな文章です。それなのに実態はこういうことなんです。これは辻さんは御承知でしょうけれども、かみしめていただきたい。 五、六年前、埼玉県か何かの裁判ですが、犬を預けて、預かり料はあとで払うからということで預かってもらった人が、犬を取り返してきたら何も払わないので、その間に犬にめしを食わせたということで裁判になった。その裁判の判決は、何を食わしたかよくわからぬけれども、少なくとも犬の一食分五十円として算定して、払えという判決が出た。裁判では犬の一食は五十円という規定をしておるわけです。ところが、ほんとうに人権を尊重されるべき同法のこういう人たちの場合には三十六円。国が、これだけのりっぱな規定で、健康で文化的な最低生活を保障するという法律のもとに支給しているものが一食三十六円。これはそんなに年とった人じゃないですよ。三十の女の人です。家庭を治め、子供を育て、また子供を産んでいかなければならない。こんなもので健康で文化的な生活とは言えないはずです。厚生大臣は率直に思われて、これは法の運営の欠陥であるということをお感じになると思いますが、ひとつ率直なお考えを伺いたいと思う。
○斎藤国務大臣 一食三十六円という数字は、いかにいなかでも低過ぎると思います。
○八木(一)委員 ほんとうにこのような生活では、たとえば三十の女の人であれば、すぐ死ぬことはありません。しかし、その人は四十か四十五になったら、何かちょっとした病気になれば、このような栄養状態ではころりと死んでしまう。ですから命を詰めての生活基準です。健康で文化的な——文化的は抜いて、健康な生活とは言えない状態です。そういうことですから、こういうことを考えたら、大蔵省のほうは、厚生省がこのくらいのところで——ことしは一三%ですか、要求したら、なぜそんなことをしているのか、これじゃ憲法どおりの政治にならないじゃないか。大蔵省のほうが、いろんな政治について大蔵省として考え抜いたことを、意見を申されるそうでありますから、こんな要求じゃ困るじゃないかということを大蔵省が言ってしかるべきだ。それをなんとかかんとか言って、財政のバランスとかなんとか言ってブレーキをかけるということは、とんでもないことです。これは辻君に、今後このような憲法違反の考え方を改めて、生活保護費について、厚生省の御要望に対して一切ブレーキをかけないということをやらなければならないと思いますという御答弁をいただいて、あなたは、大蔵大臣とか主計局長の言う前には言いにくいかもしれないけれども、大蔵大臣にも主計局長にもそうさせるようにがんばります、そういう答弁を、かやくを入れないでずばりと答えていただきたい。
○辻説明員 生活保護基準につきましては、先ほど来御指摘のございますように、財政上の観点のみで決定されるべきものでないことはもちろんでございます。ただ、先ほど来厚生大臣も申し上げておりますように、国の財政事情と全く無縁に決定できるものでもないと思います。そこで、国民の消費水準でございますとか、消費者物価、労働者の賃金、国民経済全般の動向等々をあわせまして、国政全体の立場から決定すべきものである、かように考えております。そういう立場に立ちまして、従来から私どもといたしましても、保護基準の充実に配慮してまいったところでございまして、今後ともそういう立場に立ちまして引き続き努力し検討してまいりたい、かように考えております。
○八木(一)委員 福田君じゃないから、辻君にそんなに意地悪を言ってもしょうがないから、それだけにしておきますけれども、ほんとうにこれは福田赳夫君の答弁であれば、私は承知をしません。そういうことについての生活保護の客観的水準については、厚生省、主管官庁が考えて要求をされる、それを一銭でも、びた一文でも減ずるということは、これは、財政事情という第三義的な問題で国民の基本的人権を縛り、憲法に違反することをきめるということになります。この問題に関する限り、ほかの問題は少しは討議をされてもいいと思いますが、この最低の生活保護の基準については、びた一文も削ることは許されないということを銘記をしていただきたいと思う。 次に、生活保護法の運用と、保護法にいろいろ欠点がございます。生活保護法の第一条、第二条、第三条は非常にいい規定でございますが、第四条があるために、これがほんとうは骨抜きになってしまっている。骨抜きだけではなしに、鬼かジャかというぐらい、非常にきびしい規定で生活保護法がだめになってしまうというような実態にございます。第四条は、ここに書いてございますように、「保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。」という文言であります。これは、この文言どおりでは、非常に固く縛ってあります。このとおりやったら、生活保護法はほんとうに動けない。実際に第一条、第二条、第三条の規定を全部つぶしてしまうわけです。ですから厚生省は行政運用で、その鬼のごとき、毒ジャのごとき条文を、幾分セーブしてやっておられます。これは厚生省のりっぱな勇気であり、りっぱに責任を果たしておられるところだと思いますが、この妙な法律があるために、厚生省自体もさんざん苦労しておられる。厚生省の苦労だけではなしに、対象者はこのために、生活保護の適用を受けて健康で文化的な最低生活をほんとうに維持しなければならないのに、それができないで苦しんでいる。この文言を改めることを今後至急に検討していただく必要があろう。 まず例をあげますと、これは鬼みたいな法律ですから、厚生省は鬼の人もいるかもしれないけれども、仏さまもいますから、この文言どおりにはやっていませんけれども、このとおりにやりますと——斎藤大臣によく理念的に聞いておいていただきたいと思いますが、このとおりにほんとうにやるとすれば、たたき売ったらちょっとの値段にしかならない結婚の指輪がありますが、だんなさんが死んで、奥さんや子供さんが生活保護法を受けるときに、三文にもならないような、しかしその人にとっては生涯の思い出で、墓にまで一緒に持っていきたいものでも、これは古道具屋に売って、それで食ってから後でなければ生活保護法の適用を受けられないという条文になると思います。それでやられていません。あまり鬼みたいな法律で、そのとおりやられていません。それから、これも改善されておりますけれども、ずっと昔の、十数年前だったら、年とった人が病気でもう回復の見込みがほとんどない、寝たきりの生活をしている老人の、生涯のたった一つの楽しみは古いラジオである。いまラジオの時代はもう過ぎましたけれども。それもがあがあ響きの入るようなもので、そんなものは古道具屋に行っても引き取ってもくれない、五十円くらいにしかとってくれないというようなラジオだけが楽しみで生涯を送っている人でも、生活保護法を受けるときは、そのもとの値段は高かったかもしれないけれども、その時代において古いものとして売れば、五十円か百円にしかならないものを売って、それでイモでも食って一日半ほど暮らしてからでなければ、生活保護法の適用は受けられないという規定になるのです、このとおりやれば。こんな時代錯誤の間違った法律があるために——いま厚生省の運用はこんな鬼みたいな運用はしていません。ラジオなんかは問題にしていませんし、テレビももちろん前からあったし、これは持っておっても生活保護の適用を受けられるようになっている。だんだん進歩はしてきております。しかし条文がそうですから、厚生省が実態に合うようにしようとされても、これに遠慮をし、苦しい解釈をしながらやらなければならないという状態です。実際に役に立たないだけでなしに、実際にじゃまになっている法律条文を変えるということは、当然なされなければならない。変え方にはいろいろあります。これを全面撤去することは、いろいろな点で問題がありましょう。しかし、たとえば社会生活上必要なもの、あるいは自立助長のため必要なもの、そういうものは、特に切らなくても、そういうふうにやらなくても生活保護を受けられるというような規定に変えられてしかるべきだし、変えられるほうが実態に合うわけです。そういうことを検討し、推進していかれる大臣のお考えがあるかどうか、伺っておきたい。
○斎藤国務大臣 ただいまおっしゃいますように、厚生省の運用は、できるだけ広く解釈するようにいたしてやっております。この条文を改正しなければならないかどうか、私はまだ十分検討しておりませんが、この条文は「補足性」という見出しになっていますが、まあ一種の大きな精神を言うているのであって、この規定はそういう精神だということであって、これを実際に当てはめてどう解釈してやっていくか、これはこの文句どおりやるというのでなくて、ただこういう精神で生活保護というものはやるのだという文句だと、こういうように思って運用しておるわけでありますが、さてどういうように改正をしたらいいか、この条文を改正をするかしないかという点については、まだ私十分検討を積んでおりませんが、実際の運用の面にあたって、いろいろの意見も聞きまして善処をいたしたいと思います。
○八木(一)委員 この生活保護法について斎藤大臣に伺うのは初めてですから、いきなりいま言っていまお答えを求めることは無理であろうと思います。ですから、そういうことについて強く追及はいたしませんけれども、警戒をなさらないで聞いていただきたいのですが、これがほんとうに無理な条文であり、ほんとうに鬼のようなジャのような条文であるということは、感じでおわかりだと思う。このためにみんな迷惑をしている。国民は一番それでたいへんです。それから、あなたの指揮、指導をしておられる厚生省の方々が、現場で苦労しているわけです。またその計画をするほうも苦労をしておられる。こんなことじゃ行政にならない。こうしてやりたいけれども、このような条文があるから、その条文を何とか切り抜けてこういう解釈でというふうな補足をしている。要らざる苦労を厚生省がしている。厚生省はかってに苦労されているのだからしかたない。もっとできるけれども、改正されればいいのだけれども、その勇気がないからまああれだけれども、大臣や局長が踏み切られないと、各地方でしている人が苦労するのですから、気の毒ですよね。その気の毒は二義的、三義的です。このために早く適用が受けられない。国民は最低の生活ですから、とんでもないことになる。この条文は変えるべきだ。そんな遠い昔のそのときのものごとの尺度で考えた法律を、いまの時代で実際にそのとおり行なっていないものを、なぜ順守をしていかなければならないか。そんなことはないと思う。ぜひ至急その改正について検討をしていただきたい。 実際の運用は、改正まで時間がかかるでしょうから、ほんとうにあたたかく弾力的にやっていただかなければならない。昔の例を申し上げましたから、いまの例だったら、ずいぶんよくなっているじゃないかと厚生大臣お思いになる。時代がずいぶん変わっていますからね。いまはもちろん、テレビがあっても取り上げられるというようなことはあってはなりません。またいたしておりません。おりませんけれども、この法律を知っている人は、行政の運用をしている中で、ほんとうにカタパンでカタパンで、その運用をほんとうに弾力的にあたたかくやれない人もいるわけです。そういう人に当たったら、保護を要求している人は非常に不幸な目にあうわけです。ですから、最大限度に弾力的に、あたたかく運用を極力指導していただきたいと思う。もうラジオは昔話です。テレビもいまもうすでによくなっている。しかし、それをもっとゆるくしてくれないと、末端の人で紋切り型の人であれば、その対象者は困りますから、テレビなどは一切文句なしに、あっても生活保護は適用できるというようにしていただきたいと思う。 それからもう一つ、テレビとか、たとえば結婚の記念品でもし金の指輪を持っておっても、あるいはまた生涯いろいろなことをやっておって、かなり高価なものであっても、その人が一生涯かけたところの記念のトロフィーであるとか、記念品であるとか、そういうものは問題にしないで、持ったまま生活保護は受けられるということに当然ならなければなりませんが、それ以上に大事なことは自立助長ということであります。生活保護法第一条には自立の助長が明らかに書いてあるわけであります。大臣御承知であろうと思いますが、第一条の最後に書いてあるわけであります。「その自立を助長することを目的とする。」と書いてございますけれども、その自立助長が生業扶助のところに少し具体的な問題としては出ておりますが、あとの点では全部自立助長をだめにしてしまうようなことばかりなんです。特に第四条がその最たるもの。たとえば、第四条の規定によって収入認定というものをやって、ある程度収入があったら、収入分は、あるのだからということで生活保護の支給額から差し引くということが行なわれているわけですね。そこで、これも古い例になりますが、いまはそういう状態じゃありませんけれども、たとえば、おとうさん、おかあさんが病気で寝ている、御主人が死んでしまって、未亡人が子供をかかえて生活をしているという場合、子供も小さいし、おとうさん、おかあさんも寝ている、そういった場合に、未亡人が外に出ていって働いて、それで収入を得てきますと、もしこの法律の条文だけでいえば、収入認定をされて、その生活保護費の中からそれだけ差っ引かれるわけです。収入と差っ引いた生活保護費を合わせれば、何にも働いていないときと同じ金額しか生活費に充てられないわけです。そうなると、その人にしてみれば、くたびれて働いても生活費は同じなんです。そばにいておとうさん、おかあさんの看護もしてあげたい。子供にもおいしいものも食べさせられないし、遊園地に遊びにも連れていけない。せめて子供に子守歌でも歌って、絵本がなくてもおとぎ話でもして子供を楽しませてやりたい。おとうさんやおかあさんの腰をさすって、十二分な医療はできなくても、そういう点で家庭の慰めをつくっていきたいということをやると、それをして働きに行っている人の費用から差っ引かれるということだったら、働きに行くより、うちにいてそういうことをやりたいということになりますね。働きに行く気になれない。こういう規定がありますと、自立助長じゃなくなるわけです。働きに行ったら、生活保護費からまるまる引かれるのじゃなしに、それだけ生活費が多くなる、病人にもおいしいものを食べさせられる、子供にも絵本の一つも買ってやれるということになれば、励みになって働きに行けるわけです。それを、鬼のような条文があるために、自立助長が阻害をされておる。このことについて厚生省も、あんまりひどい法律ですから、これはいろいろな点で少しは配慮をしておられます。たとえば失対事業に出られる方に勤労控除という制度が——その中に二つ三つまた制度が分かれておりますが、そういう制度があります。ありますけれども、そういうことをしておられますけれども、それは苦しい理屈からやっておられるわけです。この条文があるために、たとえば外に出て働けば、げたが減るであろう、ゴムぐつが減るであろう、汗をかくからタオルが要るだろうと、必要経費控除という理屈を考え出して、だからその部分は収入認定からはずすんだと、苦しい理屈を一生懸命考えられてそういう勤労控除というのができたわけです。これはりっぱな行政だったと思います。この点、社会局や保護課の人たちの行政面の努力はよかったと思いますけれども、なぜ行政はそういう苦労をしなければならないか。こんな条文に、たとえば自立助長の問題、あるいは一定範囲の収入については収入認定をしないということを入れておけば、そんな無理をしないでも、一生懸命働いて自立をしたい人の意欲をそぐということもしないでできると思う。そういうことをこういう鬼のような法律でブレーキをかけておりますので、そういう点からこれをひとつ改正することを進めていただきたいと思います。厚生大臣のこの点についてのお考えをひとつ伺っておきたいと思います。
○斎藤国務大臣 よく検討いたしてまいりたいと思います。
○八木(一)委員 いま私どもはこういうことで、まず社会生活上必要なもの、たとえば、いま言ったような普通の夫婦の記念品であるとか、生涯の思い出となるような品物であるとか、あるいはほんとうに最低のタンスだとか、そういうのはもちろんですが、そういうようなものは取っ払わないでやる。これは実際やられておりますけれども、それを法律的に、社会通念上必要なものは活用しなくてもいい——あらゆるものと書いてありますから、そういう除外規定を入れる。自立助長のために必要なものは、それを活用しないで適用を受けられる。これはたとえば、屋台店を持って生活をしておられる人が病気して生活保護を受けたというときには、屋台店を売り払っても受けられる。元気になればまた仕事ができるということはもちろん含むわけですがもう少しそれを拡大して考えたときに、店を持っておる人が店を処分してしまうと自立することはできません。たとえば、農地を持っている人が農地を処分してしまうと、零細農としても立っていけなくなるわけです。そういうような、店とか家とか農地とか、将来再起するに必要なものを処分しなくても生活保護を受けられるようにする。 それから、さっき申し上げましたように、一生懸命働いている人の収入については、全部と言いませんけれども、少ない金額のときは全部、その上のときにはその何割——それから上になれば自分で自立できるでしょうから、弾力的に、ある程度の収入については、これは認定事項ですから、厚生大臣が認定するということにしておけば、あと幾らでも実態に合わせることができる。そういうものについては収入認定をしない。この法律では、それを除くということが書いてある。あらゆる収入とかあるいは財産の活用から、そういうものを入れた改正をしていただきたい。それをぜひ検討していただきたいということであります。それがまだできてないときに、いまの勤労控除についても——勤労控除は、必要経費控除以外の理念を入れた点もやっておられます。必要経費控除ではブレーキがありますから、それ以外の理念を入れた部分を広めて、それで、働いたらそれだけ生活がよくなる、働いてしっかりやっていこう、その労働になれ、その商売になれていくことによって、将来は生活保護を受けなくても自立できる、そういうようなことをすすめるようなあたたかい配慮を、さらにいまの時点では行政的に拡大をし、推進をしていただきたいと思います。それについての一つの御決意をひとつ伺っておきたいと思います。
○斎藤国務大臣 私も、いまおっしゃるような事柄について、しばしば耳にし陳情を受けております。事務当局にも、この点はこうならぬか、あの点はああならぬかといって、ときどき相談をいたしておりますので、さらにいまおっしゃいますような方針で、事実、運営の面でできるだけ差しつかえのないようにやってまいります。要すれば法律の改正についても考えてみたいと思います。
○八木(一)委員 それからもう一つ、今度は基本的な問題に移りたいと思いますが、この生活保護の適用がいま世帯単位で行なわれておるわけであります。これについては個人単位にすべしという、学者はじめそういう議論が多いわけであります。これについてもひとつ前向きで御検討をいただきたいと思います。私もまだ一生懸命考えてはおりますけれども、ほかの方々のお考えも伺って自分の考え方を間違いなく進めていかなければならないと思っておりますが、夫婦とほんとうの未成年の子供、そういう場合には一体として世帯単位みたいに——個人単位が原則ですが、そこで引き受けて適用されてけっこうだと思いますが、同じ家に住んでおっても、成年というのではなしに、もうすでに義務教育を済んで働く子供については、別な単位として考えていかないと、これは間違いが起こると思います。その間違いが起こると非常にぐあいが悪いことが起こる。たとえば、おとうさん、おかあさんが病気だ、小さな弟妹がいる。子供が中学校を出てどこかの工場で一生懸命働いて、ほんとうに根限り働いて、昇給もできる、賞与も得るということになっても、義務教育を済んだ子供一人の生活費というものは、若い人の賃金は高くなっておりますけれども、生活保護費全体、弟と妹が二人おって、おとうさん、おかあさん五人世帯のものをこえない場合もずいぶんある。そうなると、その子の働きは実際に一つも役に立たないということであります。その生活保護の五人世帯なり六人世帯なりの分をこえるまでの間は、幾ら精を出して働いても、昇給も何も、実際金がないその一家の生活には変わりがないということであります。その子供が自立するのに一生懸命働いて、昇給があったら自分がそれだけの金を得る、それから親孝行もしたい、弟妹もかわいがりたいということがほんとうにできるのでなければ、これは意欲にならないと思う。その子供はほんとうに働く意欲が出てこないと思う。そういう点で、ほんとうに働くことができる者は、これはすみやかに離して、個人単位で生活保護の適用を受ける。ただ夫婦というものは一体なものですから、夫婦とほんとうに義務教育終了前の子供、これは一世帯のような扱いをするというふうに踏み切っていきませんと、若い人権を非常に圧迫することになりますし、その子供の親孝行なり弟妹をかわいがりたいというやさしい気持ちも、実際上に一つも生きてこないということになろうと思う。こういうことについても、個人単位の原則のほうに進むように、ひとつ御検討を進めていただきたいと思う。厚生大臣及び社会局長のお考えを伺いたい。
○斎藤国務大臣 おっしゃいますように、事実上子供が学校を出て働きに出た、そして収入がある、そうすると世帯の収入認定をされる、これは実際問題として気の毒にも思いますし、それを避けるために世帯を分けるということになっていく。同時に、やはり法律の四条の「民法に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべてこの法律による保護に優先して行なわれるものとする。」この民法の原則でやっていく。やはり世帯を同じくしておる者はお互いに助け合っていく。この法律のために世帯を分けていくというようなことがないほうが私はいいのじゃないのか。今日家族の核分裂がいわれておりますけれども、こういうこともあまり好ましいことではないと私は思うのです。子供は親を扶養するというか、親が年をとったら子供が扶養するのがあたりまえだというような考えでなくて、そんなものは社会で扶養してもらうので、子供は親を扶養する義務なんかないのだというような考え方は、やはり日本の実情に沿わないし、あまりいいことじゃないと思うのです。そこで、いまおっしゃいますように、扶助の世帯単位というものを改めるか、扶助は世帯単位でやるけれどもそういうものの収入は考えないとかなんとか、世帯を維持しながら、現実にいま言うようなことのないようにする方法はないものだろうか、どちらがいいのだろうかと、いま私も考えているわけでございます。実質はいまおっしゃいますのと同じ、手段をどちらにしたらいいか、かように考えております。
○今村(譲)政府委員 十条に「世帯単位」ということが書いてございますが、ただし事情により個人単位でという安全弁がつけてございます。実際の運営上としまして一番端的なのは、要するに世帯単位でなくても生活が営まれているという実態に着目した規定なのでありますが、現実には、たとえば長期入院の場合に世帯分離とか、あるいは子供がたとえば大阪に出ていってしまってそこで就職をする。そうすると仕送りは、低賃金とかなんとかで、若いですから実際はできない。ああそうかというような事情を調べました上で、実際は保護法まるまる世帯にかかるというふうないろいろな運用をやっております。しかも実態は、これは昭和四十年度の国勢調査でありますが、夫婦とその子供の世帯、それから単身世帯を合わせまして大体七〇%というのが——いわゆるいろいろな混合家庭のようなものが相当くずれてきまして、いま大臣が言われたように、核家族という問題に、純粋というか、そういうかっこうになってきている。そういう場合においても、いまお話しのような長男が働いてというのは、勤労控除というような問題の改善。それからもう一つは、未成年者就労控除とかいうので、勤労控除のほかに、若い人が働いて家族を養っているというので、そういうものについてのプラスアルファを別個に収入から除外するという制度をつくっていますが、こういうふうなものの改善ということもできるだけの努力をいたしておりますので、いまおっしゃるような問題が相当緩和されてきているのではないか、こういうふうに思います。今後ともいろいろ努力をいたしたいと思います。
○八木(一)委員 大臣のお気持ちを披瀝していただきまして、そういうお気持ちで進めていただきたいと思います。しかし私は、行政運用には限りがありますから、やはりこれは個人単位を原則とするということで法改正をしていただいて、それでやっていただくのがいいのではないかと思います。大臣の言われるように、核家族といって、親と子供が別に住むことも、つとめの関係でどうしてもしようがないときは、しようがありませんけれども、そういうことを奨励すべきではないと私は思います。また、実際に一緒に住んでいるのに、何か表面上世帯を分けるというようなことをしなければならないということも、好ましいことじゃありませんし、いま行政運用上それが必要であればそれをやってもいいけれども、法律的に個人単位でやるということで書きかえることによって、そのことが具体的によく対処できるというふうに進めていくのがよいのではないかと思います。ぜひひとついまのお気持ちのような点で御検討を進めていただきたいと思います。 次に、もう時間もありませんし、簡単に申し上げますが、いまの生活保護ではかなり地域差が多うございます。東京、一級地と宮崎県あたりのところと比べると、一〇〇対七二というような水準です。健康で文化的な最低生活でありますから、物価の問題があるとしても、実態はそんなに差はない。でございますから、そういう点で地域差を詰めるということは、一級地を下げるとか停とんさせるという意味では絶対にありません。全部が少ないのですから上げなければならないけれども、四級地なり三級地なり、そういうところの率をもっと上げていくことをやられるべきだ。その点について大臣か局長から、どちらでもけっこうですが……。
○斎藤国務大臣 私も、少し地域格差があり過ぎるのじゃないかと、これは常識的に考えるわけであります。そこで、数字的に見まして、できるだけ実情に合うようにいたしてまいりたいと思います。 〔発言する者あり〕
○八木(一)委員 どうも不規則発言が多いようですが、前から常習犯の人ですから、厳重にひとつ注意を願いたい。そういうことをしばしば繰り返すようでしたら、退場を命じていただきたい。個人名は指摘をいたしませんが、前々から常習犯ですから。 それでは、時間がありませんから、また何回も機会があると思いますからこの程度にしておきますが、いま申し上げたことだけでも、ずいぶんたくさんの問題があろうと思うのです。客観的に生活保護の基準をきめて、それで財政の恣意を許さないで生活保護基準を高めていくために、たとえば行政委員会を置くとか、あるいは厚生大臣も考えられたように、その問題についての、行政委員会ほどではなくても審議会を置くとか、そういう問題も一つ提起をいたしておきます。 それからもう一つ、生活保護法の第四条について、社会通念上必要なものを、あらゆる資産、能力を活用するものから省く。あるいは自立助長に必要なものを省く。あるいはまた、ある程度の収入について、収入認定からはずしていくという問題。あるいはもう一つ、世帯単位の原則から個人単位の原則に移ってしかるべきだという問題。そういうような大きな問題がございます。まだ不服処理の問題なりいろいろな問題があると思いますが、この非常に大事な法律で長い間法改正が行なわれておりませんでしたので、こういう意味で、前向きな意味で改正をひとつ検討していただくべき時期ではないか、ぜひいい意味で前向きになるべく早く検討していただくように要請をしておきたいと思います。 では、生活保護の問題はこれだけにいたしまして、あとごく簡単にほかの問題について御質問を申し上げたいと思います。 医務局に伺いたいのですが、ガン対策についての研究費はどのくらいであるか、最近の伸び率はどのくらいであるか、数字がございましたらひとつ教えていただきたいと思います。
○松尾政府委員 厚生省のがん研究助成金は、三十八年からスタートいたしまして、当時は二千万円でございます。だんだん増額をいたしまして、四十四年度におきましては二億七千六百五十六万六千円、約十四倍近くになっております。
○八木(一)委員 もう少し詳しく言っていただきたいのです、四十年、四十一年、四十二年、四十三年、四十四年、最近数年間の延び率を。
○松尾政府委員 三十八年二千万円、三十九年二千万円、四十年に一億二千万円、四十一年が二億円、四十二年が二億四千万円、四十三年が二億五千六百八万円、四十四年は先ほど申し上げました二億七千六百五十六万六千円でございます。
○八木(一)委員 最近の伸び率というと何%になりますか。八%か九%ですか、去年とことしの。
○松尾政府委員 古いほうから申し上げますと、三十八年二千万円、三十九年二千万円で、これは伸び率なしでございます。四十年は前年に対して六倍、四十一年が前年の六六・七%増、四十二年が二〇%増、四十三年は六・七%、四十四年が八%増に対前年がそれぞれなっております。
○八木(一)委員 厚生大臣も大蔵省の方も、この数字でおわかりになるように、ここ二、三年伸び率が非常に停とんいたしております。このくらいの伸び率だと、研究の材料費その他でほとんど停とんをしているということが言えると思います。 ガンの問題は、私が申し上げるまでもなく非常にたいへんな問題でありまして、研究を進めてガンがなおるということになることを、これは日本国民だけじゃなくて、全世界の人類が、問題を知っておる人は切望しておる問題だと思うのです。ところで、日本の科学水準というものは、世界じゅうをリードするに足る、そういう相当の力を持っていると思います。その文明というか、文化というか、そういう力を持っている国、そういう技術や科学を持っている国は、人類の敵であるガンというものに対応することにおいて、大きな責任を持っていると思うのです。また世界じゅうと言わなくても、日本の国民に対しても大きな責任を持っていると思うのですが、こんな二億七千六百万円、もう問題にならない数字でございますし、この問題にならない数字の伸び率がまた問題にならないということでは、ほんとうに残念であります。それについて厚生大臣の考えを伺っておきたいと思います。
○斎藤国務大臣 最近のガン対策の重要性にかんがみまして、四十一年度から、いままでに比べると相当奮発した予算でございます。御承知のように、基礎研究として文部省のほうでも厚生省を上回る予算をとって、今年は三億あまりであったと思いますが、両方で六億。それでも、六億、七億という数字は、そう過大な数字とは思いません。むしろまだまだ数字を伸ばしてもらいたいと思いますが、現実にガンの研究、それから基礎研究、臨床研究等にさらにどのくらいあったらいいかという点を検討いたしまして、要すればもっともっとふやしてもらうように努力したいと思います。
○八木(一)委員 ガンの治療を中心とした、ガン全体についての研究費の申請はどのくらいあって、それを受け入れたのはどのくらいございますか。
○松尾政府委員 四十三年度におきましては、申請件数が四十三件、そのうち採用いたしました課題が二十四件。それから四十二年度も申請件数が五十件、採用決定が二十四件。各年とも、年によって多少違いますが、採用いたしましたときの大体倍近くの課題が申請されております。
○八木(一)委員 この申請を、四十三年では四割ほど、片方は六割ほど却下されているわけですが、それはどういう基準で却下されたのか。財政的な理由で却下されたのか、それともその他の事由で却下されたのか、ちょっと伺っておきたいと思います。
○松尾政府委員 がんセンターを中心といたしまして、がん研究助成金運営打合せ会というものをつくっております。ここに約十八名の委員をもちまして、全国のガンの研究のトップレベルという方々が集まりまして、そして申請について、申請書の内容、あるいはそういう方々の従来の研究実績といったようなもの、あるいはその方法、内容等についてこまかく検討いたしまして、それと費用との関係というものをにらみ合わせまして決定いたしておるわけでございます。
○八木(一)委員 大臣に申し上げておきたいと思いますが、局長の御答弁にあったように、財政の関係もにらみ合わしてということがあると思います。この申請の中で、権威者から見られて問題にならないというものはないんじゃないかと私は思う。みんな研究を進めていいと思われるものが大部分ではないかと思うけれども、財政上の事由があってワクにおさめなければならないから、その中で順番をつくって、それでそういうふうに約半数の者に研究費が出て研究が続けられるということになったのではないか。こんなことはほんとうに残念なことだと思います。 そこで、研究に値しないという問題が一件か二件、権威者から見てあったとすれば、これは省かれてもしかたがないようにも思いますけれども、ガンという問題は非常に複雑であって、いま考えられていることが最上のものであるか、それだけであるかどうかわからない種類のものであります。ですから、いままでの権威者が考えて、これが問題にならないと思っても、その研究がもし成果を得たならば、一つのガンの治療、ガン対策として飛躍的な前進のもとになるものも出てくる可能性もあるわけです。ですから、こういう種類のものについては、これはほんとうにありとあらゆる点から——問題にならないものは省かれてもしかたがないと思いますけれども、ただ、いままでのそういう研究体系からして、これはどうあろうかということで省かれるということ自体が一つ問題だろうと思います。しかし、そういうことはあまりないのであって、財政的の理由から省かれたものが大部分ではないかと私は想像いたします。財政上の理由でそういうものを省かれたとすれば、これはほんとうに悲しむべきであります。このような問題については、申請が全部入って研究が続けられる。そのことでさらに、いままではなかなか出ないからあきらめて、こうやったらこういう治療方法が発見されるのではないかと思うけれども、材料費とかいろんな研究費が自分個人の財政能力ではできない、そういう気持ちをその人に起こさせないで、有効な研究をやらせてもらいたいといえば希望が通るのだ、研究ができるのだという体制をつくって、むしろそういう研究をどんどんするように政府が採用されなければならない。それが、申請の半分まで削らなければならぬというような予算というようなことであれば、予算のために国民の大部分のほんとうの願望が、また人類の願望が制約されることになろうと思う。いまいろいろなところで十分な金が使われておる。それはおのおのの理由があると思いますけれども、この二億七千万円という研究費が、台を二つ変えて二百七十億になろうとも、また成果があって二千七百億円になろうとも、ほんとうに成果があれば二兆七千億になろうとも、少しも惜しくない費用だろうと思う。そのような考え方で、これについては、少なくとも研究の申請が全部入るような要求をなさる。そのようなことを大蔵省がとめるはずはないけれども、とめようということがあったら、これはとにかく徹底的に論破をして、それを絶対にそのまま通すということをやられなければならないと思います。文部省関係にも研究費があるようでございますが、厚生省関係の研究費もどんどん進めていかなければならないけれども、そういうことについて、ほんとうにほぞを固めて、この研究がほんとうに推進されて、ガンというものがなおるようになる。いま苦しんでいる患者が、その家族が、また将来ガンになることをおそれている国民が、ほんとうに安心ができるような、そういう体制をつくるようにやっていただきたいと思います。日本の科学水準でそれができないはずはない。金がブレーキをかけていると思います。アメリカやヨーロッパもそういう点でずいぶん進歩をしていると思いますが、彼らは、間違った軍備や、あるいはまた、すぐには役に立たないと思われるような宇宙開発、そういうところに非常な金をかけておるようでございますが、平和憲法を持っている日本の国では、そのような大切な研究費は、ガンの治療とか根絶とか、またそれに類したものに徹底的にそのような金をつぎ込んで、人類のほんとうの苦しみを、悲しみを、おそれを取り去るということをやるのが、日本の国家なり日本の民族なり日本の科学なりの責任ではないかと思うわけです。それを、このような財政上という理由、しかも二億七千万円というようなとんでもない予算でブレーキをかけるということがあってはならないと思う。どうか決心を強く固められまして、このような研究費を大幅に急速に増大をする、それについては大蔵省も全面的に協力をされるという体制を、ぜひつくっていただきたいと思います。ぜひ来年度の予算では、少なくともこれの十倍以上の、できれば百倍以上の要求をなさる。文部省とも同じように連携されて、文部省もそのようにされるという決意をひとつしていただきたいと思います。
○斎藤国務大臣 ガン対策は、日本の政策の中で最重要の政策の一つでございますから、財政のために研究が阻害をされたりすることのないように、むしろこれをますます推進をしていくように努力をしてまいりたいと思います。 ————◇—————
○森田委員長 内閣提出の戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案を議題として、審査を進めます。 質疑の申し出がありますので、これを許します。後藤俊男君。
○後藤委員 最初に、援護法の遺族にも関係のある問題でございますが、 スウェーデンの国でつくっておりますパラゾピリンという薬でございますけれども、これを遺族の中でも、お医者さんに新薬臨床試験用ということで京都の病院で使ってもらった。非常に効果があるそうでございます。ところが、これを扱っておるミドリ十字社におきましては、その患者に対しまして非常によくきく薬でございますけれども、全然薬がなくなった。なくなった原因というのはスウェーデンから入らぬからなくなったわけでございますが、厚生省として輸入販売の許可が出ておらない。それで、ミドリ十字社のほうも全然薬がないのだが、患者あるいはお医者さんは非常に待望をしておる、こういうふうな情勢で、今日パラゾピリンという薬が非常に待望されておるようなわけでございます。厚生省としてこの薬は今日どういうふうな扱いになっておるのだろうか、もうしばらく待てばこれが入るのかどうか、現在一体どういう情勢になっておるのだろう。たくさんな患者が待っておられる情勢からいって、これをひとつ早急に何とか解決してもらわぬことにはいけない問題ではないかと思いますので、冒頭にこれをお尋ねいたします。
○坂元政府委員 いまお尋ねのパラゾピリン錠の輸入の許可の問題でございます。この薬は、いまおっしゃいましたように、スウェーデンの会社から日本のメーカーが輸入して国内で販売したい、こういうようなことで、昨年の二月に厚生省のほうに輸入承認の申請手続がなされてきたわけでございます。そこで厚生省としましては、いろいろなデータの不足な点がたくさんございましたので、そういう点を整備してもらうと同時に、昨年の十一月に薬事審議会に諮問いたしまして、薬事審議会の調査会で十一月に検討してもらった。ところが、いろいろな点において指摘事項がたくさん出てまいりまして、資料の整備、研究の不十分という点がございましたので、そういう点を再整備いたしまして、本年の二月にさらに第二回の調査会を開催いたしましたところ、この調査会におきまして、この製剤が原末の点について非常に問題がある。つまり原末の純度というものが非常に低い。もう少し原末の純度を高純度のものにする必要があるという点が第一点。それから第二点としましては、かりに純度を高めることが技術的に不可能だとしますならば、この製剤の中に五%の不明の成分というものが含まれておりますが、その五%の不明な成分というものを明確にする必要がある。こういうような指摘事項を調査会から受けまして、現在会社のほうにそういう点の検討を命じている、こういう事情に相なっているわけでございます。 この薬は、御存じのように、かいよう性の大腸炎というようなものに、外国等においては、非常に顕著な治療効果を持っているというふうにいわれているわけでございます。確かに、仰せのように、かいよう性の大腸炎というような疾病について、現在日本においては、いわばそのものずばりの特効薬というものがまだ見当たらない状況になっておりますので、このかいよう性大腸炎にきくパラゾピリン錠が国内でも販売されるということが患者方面から非常に待望されることは、われわれも承知しております。したがいまして、できる限り資料を整備し、検討なり研究を進めていただいて、早く輸入承認の許可ができますようにと、われわれもそういう方向でいま検討を進めているわけでございます。現状は大体かようになっているわけでございます。
○後藤委員 そうしますと、いまお聞きしましたように、かいよう性大腸炎用の薬というのは日本にも特効薬がない。それでいま話になっております。パラゾピリンでございますか、これにつきましては、患者ももちろんでございますが、お医者さんも早く輸入してもらいたい、こういう希望はたくさんあると思うのです。ところが、いま局長さんが言われました話を聞いておりますと、成分その他について二つくらいの問題点がある、これをきっちりせぬことには輸入許可が出ないのだ。その辺の話を聞いておりますと、何かこれから半年くらいかかるような気がするわけなんです。さらに長引けば一年くらいかかるのではないか、こういうふうな想像もできるわけでございますけれども、特に全国の患者の中には、一刻一秒を争ってこの薬を早く何とかしてもらえないか、これは強い要望のある薬でございます。いまおっしゃったような方法でいきますと、半年くらい待たなければいかぬ。ようやく臨床試験用ということで使ってもらって非常にからだの調子がいいが、薬がなくなったからこれでまた薬が来るまで待たなければいかぬ、こういうようなことは許されないような気がするわけなんです。だから私、しろうと考えとして考えられますことは、正式に輸入販売というルートを通る承認につきましてはあとになるかもわかりませんけれども、臨床治療用でございますか、あるいは臨床試験用というのでございますか、そういうようなルートで、現在ほんとうに渇望している患者、お医者さんに対して、早急にひとつ厚生省としても、人の命を助けるという純真な立場に立って考えられないものだろうかと思うわけでございますが、これは一体そういうふうな考え方でやれるものかどうか、お聞かせ願いたいと思います。
○坂元政府委員 すでに御承知のように、製薬の許可、これは輸入の許可を含めてでございますが、新しい医薬品の許可というものは、われわれあくまでも厳正に慎重にやらざるを得ないわけでございます。したがいまして、若干の疑点が学問的にもある、それから臨床面においてもいろいろな副作用等があるというような場合には、とことんまで追及して、あくまでも、専門家の間においてだいじょうぶだという確信が得られるまでは、われわれ軽率に製薬の許可をいたさないという方向で現在まで進んできております。また今後の方向としても、製薬許可についてはあくまでも厳正でなければならぬわけでございますが、ただ本件の場合、ただいまお述べになりましたように、かいよう性の大腸炎というようなものについて、いわば特効薬みたいなものが非常に少ないというわが国の現状でございます。患者さんのほうの立場もまたそういうふうに非常に強い要望があるということも聞き及んでおりますので、輸入承認の許可以前において、患者の人命を救うというような立場からしましてどうしたらいいかという点は、実際問題としてなかなかむずかしいわけでございますが、本件の場合ミドリ十字という会社が輸入をしたいという申請者になっておりますので、会社その他学会、大学機関等を含めまして一応御相談をしてみたい、かように思っているわけでございます。
○後藤委員 いま言われましたように、薬の審査につきましては非常に厳格にやっていただく、これは当然なことだと思いますが、いままで説明しましたような情勢でございますので、ぜひひとつ、いま言われました線で早急に御相談なさって、この薬の来るのを一刻も早くということで待ち焦がれておる患者に対しまして光を与えると申しましょうか、そういう方向で御尽力を願いたいと思います。特に厚生大臣、この問題をひとつよろしくお願いいたします。
○斎藤国務大臣 臨床試験用としてできるだけのことはいたしたい、かように考えております。
○後藤委員 次に援護法でございますが、まず第一番に、今度の援護法の改善につきましては、恩給法の一部を改正する法律案、これに基づいてというと語弊があるかもわかりませんが、同一歩調のようなかっこうで改正が行なわれる、これはもちろんだろうと思うわけです。そこで、この恩給法が、私の記憶でございますと、過去五年、六年の間でございますか、七十歳以上であるとか、あるいは六十五歳以上であるとか、あるいは六十五歳以下であるとか、年齢によって毎年毎年の引き上げ率が変わっておったと思うわけです。ところが、ことしになりまして、まだ最終決定はいたしておらぬと思いますけれども、国会に提出される案は全部一律になっておる。そこへそれと右へならえいたしまして、公務員関係の共済組合の年金なり、あるいは恩給等についても、この軍人恩給のこれらの改正案を基礎にして毎年毎年これは改定が行なわれておるわけです。それらを考えてみますと、たとえば七十歳以上の人は古い人でございまして、退職したときにはかなり何十年昔になるわけです。計算をする場合にも、基礎計算というのは非常に少ないわけなんです。そういうことも考えて、今日までは毎年毎年いわば額の低い人には率を多くし、額の多い者には率を少なくするというような考え方で恩給法の改正も行なわれてきたし、いま申し上げましたような年金その他の関係についても行なわれてきた。一口にいって私そう考えておるわけです。 ところが、ことしになりまして、七十歳以上であろうと、六十五歳以上であろうと、六十五歳以下であろうと、全部一律になってしまうのだ、その気持ちが今度の援護法の中にも持ち込まれてきておると私は思うわけですけれども、そうなってまいりますと、年配の人、いわゆる御老人ですね、七十歳以上の人、こういう人に対しましては、表現のしかたはおかしいかもわかりませんが、ちょっと不公平なような気がするわけなんです。しかも生活基準の実態を考えていきますと、どうしてことしからこういうふうな一律に持っていくような方向に——もちろん審議会の審議もあったことは当然でございますけれども、まず、いま申し上げました点をひとつ御解明いただいて、これは援護法のいわゆる根本になっておりますので、冒頭ひとつ御説明いただきたいと思うわけです。
○実本政府委員 今回の援護法の改正、特にその中で遺族年金あるいは障害年金につきます増額の措置につきましては、先生御指摘のごとく、恩給法におきます公務扶助料、ないしは傷病恩給の上げ方にならいまして増額措置をとる、こういうことになっております。 しからば、この恩給法は従来、と申しましても四十二年の改正で、御指摘のごとく公務扶助料なり傷病恩給の対象者につきましては、年齢によりまして、そのベースアップのやり方を、率を差をつける、高年齢者によけいの額のベースアップをする、こういうふうな方針を採用いたしまして、六十五歳未満の者、六十五歳から七十歳、七十歳から以上の者、こういうふうな三段階の処遇の差をつけてまいりまして今日に至っておる。これをどうして今回単一の額にしてベースアップするのか、こういうお尋ねでございますが、これは端的には、直接的には、先生先ほど申されましたように、恩給審議会の答申が、そういう三本立ての給付のしかたを改めて一本立てにしなさい、ただし、そういう三本立ての恩恵を受けていた老齢者等につきましては、別途、そういった優遇措置にかわる特別の措置を考慮してやりなさい。こういうふうな答申が出まして、それを受けて、その前半の答申である給付の額を一本立てにするというところだけを採用いたしまして、その結果出てまいります高齢者の、従来とってまいりました優遇措置にかわるべき特別の措置というものを同時に出さずに、恩給法の改正を行なっておる、こういうことでございまして、四十四年度の改正におきましては、とりあえずその恩給審議会の答申におきます、三本立ての給付の体系を一本立てにすることだけをやりまして、あとのそれに伴います特別措置というものは今後の課題として考えるというふうな態度で改正を行なったわけでございます。 私のほうの援護法におきましても、その態度をそのまま踏襲して、従来の三本立てを一本立てにして改正いたしておるところでございます。
○後藤委員 そうしますと、いま御説明のありましたように、昭和四十年、四十一年、四十二年、四十三年につきましては、年齢で段階を設けて三本立ての改正が行なわれてきた。ことしになりまして、これが一本になった。ただし、老齢者の人に対しては、別途の措置を考えなさい。これは審議会でも入っておると思うのです。そうしますと、その一律のほうだけは決定をして、別途高齢者に対して考えなさいということについては今後の課題としますと言うのは、何か半分だけは実行するが、大事な半分はあとに残すのだ。これはそういうふうな感じを受けるわけです。それと同時に、この援護法もそれと同じような考え方で行なわれておる。どうせ一律にするなら、別途高齢者に対する待遇も一緒に提案すべきではないかというふうに私は考えるわけですけれども、当然提案しなければいけないと、私は考えるわけです。この点、いかがでしょうか。
○実本政府委員 全くお説のとおりでございまして、ベースアップの問題といたしましては、従来とってきた老齢者等の優遇措置というものを、延ばしていく形でこのベースアップをするというのが本筋でございまして、御指摘のとおりでございます。 ただ問題といたしましては、一応その増額措置の本筋といたしましては、特にその恩給制度の中では、やはり本来恩給というものは、先生御承知のように、古い時代の国家公務員の退職年金の制度でございます。それは掛け金を取り、それからミーンズテストも行なわないで給付する、掛金に応じた額に応じて給付額をきめていく、そういったたてまえの制度でございますので、その中で、老齢者だけを優遇するといういままでとってきておりました措置を、そのままのかっこうで続けていくということにつきまして、やはり制度上の原則を貫くためには、別途、ほかの検討を要する措置ではございますが、そういった制度の外で考えて研究してやれ、こういうことになっておりますので、いわばそれが宿題になった形で恩給法の今回の改正が行なわれているということでございますので、これは何らかの形で、恩給法の中で、どうしても従来とってきたそういう老齢者等の優遇措置が、とれないということであれば、また何か、たとえば援護法のようなものをつくって、そういう老齢者だけの、特に公務扶助料の対象になるような人たちだけの優遇措置を継承して考えるか、あるいは何かやはりそういう恩給法の体系の中ででも開いていくようなことを考えていくかというようなことについては、実は検討してやることになっているわけでございます。決してそのままのかっこうで、切り捨てたまま先へ進んでいくというふうな態度を、恩給局もとっているものではないというふうに了解いたしております。その了解のもとに、わがほうの援護法も増額措置をとっている、こういうふうに了解願いたいと思います。
○後藤委員 いま説明がございましたけれども、今度の遺族年金で十三万五千円に増額になるわけです。そうしますと、七十歳以上の人は七%ですか、七、八%ですね。それから七十歳未満の人につきましては一二%ですか、六十五歳未満の人は二〇%というようなことで、いままでとは逆の率になってくるわけです。いままでは七十歳以上の人が高率で改定された。これは四カ年間続いた。今度は逆に、若い者ほど率が引き上がってくるという改正なんです。 ところが、こういう改正案を審議会で決定する際においても、やはり高齢者に対して、何らか考えなければいけないという審議が十分行なわれたものと私は考えておりますけれども、改正のほうだけ、いま言ったようにこういうふうにやっておいて、あとの、高齢者に対しては特別に何か考えねばいかぬぞというほうだけは、これからの課題でござんすというふうに、あとに残してしまう。これではいわゆる高年齢者の人は気の毒だと言おうか、不公平と言おうか、これは間違いなくそういうふうになっていくわけでございますけれども、恩給法がそうなっているから、援護法もやはり恩給法に右へならえしまして、いま言ったような扱いにするのだ。ところが、私に言わせれば、恩給法もそういう条件つきのようなことで今度改正が行なわれる。そうすれば援護法についても、高年齢者については特にこういう別途方法を考えるのだ、しかし、何も恩給法の改正がなくても、これはやれるものではないかと思うのです。恩給法の改正があってから、それに右へならえして改正するというようなことではなしに、一歩先んじてやっても、これは喜びこそすれ、おこる者はだれもおらぬと思うのです。しかも、審議会の考え方、意向というものは、そういう方向にございますから、当然そうあるべきではないか。今回はそれが提案されておりませんけれども、それなら一体来年なり再来年なり、あるいは早急に——いま言った点については厚生省として一体どう考えておられるのか。その点の御説明をいただきたいと思います。
○実本政府委員 従来、援護法におきます年金額の増額措置というものは、すべて恩給法におきます公務扶助料なり、傷病恩給の増額の措置に、全く合わせまして増額してまいったという経過があるわけでございますが、今回の四十四年度におきます増額の問題につきましても、やはり従来のそういう方針を踏襲したわけでございます。ただ、先ほどちょっと私が申しましたように、先生の御指摘のような老齢者に対します措置といたしましては、別途、いま恩給局のほうでも、来年度の課題として、それをどういうふうに従来の恩給法の体系の中で取り上げていくか、あるいはもうどうしてもそういう体系の中で取り上げることができないというふうな結論が、もしかりに出た場合には、援護法というような法律のほうで、そういう問題を考えてもらうというふうなことも含んでの態度を持っておりますので、そういう意味におきまして、今回の改正は、全く従来どおり恩給法と形をそろえまして提出したような次第でございます。 なお、その年金の対象としての戦傷病者の御遺族、あるいは戦傷病者の方に対します援護の問題と切り離しまして、戦争犠牲者たる御遺族、あるいは戦傷病者に対しての、そういう特別の援護を行ないます立場に立っております援護局といたしましては、そういう年金の給付の対象者としてのとらえ方以外に、たとえばちょうどいま戦傷病者の特別の援護法で、援護局が傷病恩給とは別に、あるいは障害年金とは別に、いろいろな戦傷病者の持つ特別のニードを満たしております法体系がございますが、そういうものを特に老齢の方々の御遺族について、あるいは老齢の戦傷病者について考えていくというふうなことは、これは考えなければならないというふうに存じておる次第でございますが、やはり本来の年金の方向がどうなるかということをよく見定めまして、それと並行しまして、そういう特別のニードを補足して援護の完ぺきを期してまいりたい、こういうふうに考えておる次第でございます。
○後藤委員 そうしますと、遺族年金が今度改定されて、増額されて十三万五千円になるわけです。それから遺族給与金のほうは、改定されて九万四千五百円ですかになるわけでございます。いまの説明を聞いて私感ずるところは、恩給なり、さらには恩給に右へならえしてやっている公務員、あるいは公共企業体関係の年金等については、かなり年金額が多いと思うのです。ところが、遺族年金につきましては、一律に十三万五千円、給与金九万四千五百円、これは一年間でございますから、十二で割ると大体一万何ぼでございますか、金額としては非常に少ないわけです。ほかの恩給に比べると金額が非常に少額でございますから、それならば高齢者に対しては、よけい配慮する必要があるのではないかと思うわけです。言い方としては不適当かもわかりませんが、たとえば年間に五十万、六十万、七十万という方が、ほかの恩給その他においてはおられると思うのです。ところが、遺族年金については十三万五千円、あるいは給与金につきましては九万四千五百円、この九万四千五百円を十二で割ると一万円にもならぬわけでございます。そういった金額の少ないような点から考えると、なおさら高齢者に対しては、援護法の趣旨からいいましても、こういうふうに一律にしてしまった以上は、何らかこれと並行して考えるべきではないか。特に私は、金額の面から考えまして、いま申し上げましたような点を痛切に感ずるわけでございますけれども、この点はどうお考えになるでしょうか。
○実本政府委員 現在そういった老齢遺族の生活実態が、どういうふうになっているかということの的確な調査をいたしておりませんので、そこにおきますそういう遺族の持っているニードというものが、はっきり剔抉できませんのですが、現在公務扶助料なり、遺族年金なりの受給者百四十万人の総数のうち、七十歳以上の方々が七十二万人、約五一%の方々が、七十歳以上であるというふうなことはつかめているわけでございます。戦後二十数年たちまして、遺族の方々の年齢が、そういうふうに非常に老齢化してまいっているというふうな現状からいたしまして、今後そういった意味での援護の焦点を、そこへ向けていかなければならぬということを考えております。実はいま、老齢遺族の実態調査を行なっているところでございます。こういうふうなものの調査の結果も踏まえまして、また来年の恩給なり、援護法の増額措置の方向ともにらみ合わせまして、適宜適切なる措置をとっていくべきである、こういうふうに考えております。
○後藤委員 いま高年齢者については調査中でもある、こういうことでございますので、これはいま申し上げました趣旨に沿って、ぜひひとつ高年齢の遺族の皆さんに対する——審議会でも指摘をしております。別途の考え方を、少なくとも次の機会には考えていただく、こういうことで強く進めていただきたいと思います。 それからその次には、現在扶養家族があるなしにかかわらず、七千円ずつ支給されておったわけです。それが今回は一万二千円なり、あるいは四千八百円ですか、あるいは準軍属につきましては、これに応じて引き上げるというふうな方向で改正が行なわれるわけでございますけれども、今度のこの改正によって、——いままで私の聞く範囲内におきましては、扶養家族があるなしにかかわらず、この七千円の支給は行なわれておった。ところが今回の改正では、家族がなければもうびた一銭支給がないんだ。あればもちろん増額になりますけれども、ない場合には、いままで七千円もらっておったものも、全然もらえなくなってしまう、こういうふうな改正の内容のように私思っておるわけでございますが、この点、今度の改正でどういうようなことになりますのか、お尋ねいたします。
○実本政府委員 いまお尋ねの障害年金の加給制度の今回の改正によりまして、従来は第一款症の方々までの障害者は、その扶養家族のあるなしにかかわらず、三人、五人というふうな数の多寡にかかわらず、全部一律に七千円の加給をいたしてまいっておりました定額加給制度を、今度は扶養家族数の多寡に応じて、扶養加給をつけていくというふうに改める措置でございますが、これは最初この法律をつくりましたときの障害者の扶養家族数というものは、平均しまして大体一・五人というふうな概数であったわけでございますが、相当な年数がたちまして、最近の扶養家族の実数調査をやってみますと、大体三・五人から四人近くにふえてまいっております。そういうことにかんがみまして、そういう加給の実態に即して、より適切にこの加給をつけてまいるということが必要であると考えまして、先生御指摘のように、扶養親族のない者には支給がないということになりますが、この改正によって支給されます障害年金の額は、改正前よりは増額されるように措置してございますので、その辺の考慮も払いながら、しかしながら、実際に扶養家族を三人、四人とよけいかかえておられる方々については、相当な増額になるということに相なりますので、あえてこういうふうな制度の改正を行なった次第でございます。
○後藤委員 そうしますと、いま御説明があったように、たとえば配偶者のある場合には一万二千円になり、さらに扶養家族がある場合には一人につき四千八百円ということになって、原則としてはいままで以上に増額されるということはわかります。ただし、単位単位で考えると、これは遺族の中には、遺族の家族全部が一緒に生活しておるなら話は別でございますけれども、みんなが各家庭を持って、独立の生計を営んでおるんです。それがいままで七千円もらっておったものが、今度の改定で七千円もらえなくなってしまう。減額になるのはこれくらいじゃないかと私思うのです、今度の改正で。ほかの率のほうはよくなると思いますけれども、加給額のみを考えると、いままでもらった七千円が改定によってなくなるというようなことは、これは趣旨にも反すると私は思うのです。これはもう当然いままでどおり、家族のない場合といえども七千円——金額においてはどうかわかりませんが、その趣旨を生かすべきではないか。さらに審議会におきましても、いままでの既得権というとおかしいんですが、それを侵さないようにやれということは書いてあると思うのです。答申というか、あの中にも書いてあると思うのです。そうすれば、なおさらいままで七千円もらっておったのが、ほかのほうで一万二千円になった、四千八百円になった、家族の制限なしに加給がもらえる、増額したから、おまえのところはしんぼうしておけということにはならぬように私思うのですけれども、これは当然いままでの既得権というと語弊があるかもわかりませんが、いま申し上げましたように、家族があるなしにかかわらず七千円支給した、これはその方向に改めるべきだというふうに私は考えるわけでございますけれども、いかがでございましょうか。
○実本政府委員 今回の加給制度の改正は、障害年金をもらっている方々の、つまりいま現存してハンディキャップを持っておられる方々に扶養される奥さんとか、子供さんとかのおられる方に、家族の数に応じて加算をつけよう、こういう趣旨でございまして、いわゆるなくなった方の御遺族、戦没者の御遺族の加給のつけ方は全然別のことでございまして、障害年金を受け取っておられます第一款症以上の、重度の障害者の足手まといになる方々がおられますれば、その数に応じて差し上げる、こういうふうになるものでございますので、おられなかった方のいままでの七千円という定額加給がなくなるということで、その部分だけがベースアップのしかたが少なくなるというふうに、そこにしわが寄るわけでございますが、しかし、この今回の改正によりまして、どの障害年金を受け取られる方も相当な額増額されますので、いままでもらっていました額の部分から七千円欠損するということにはなりませんので、受け取られる障害者の年金額というものは、計算の基礎としての年金額、あるいは家族加給分何人分幾らということで、内訳にはなりますが、その人に渡ります年金そのものの額というものは少なくなるというものは一つもないので、みんな増額が行なわれるということになりますので、その辺は、制度の改正によります年金額の実質手取り額が減ってしまうというふうなことは、どのケースにもないような配慮をいたしまして措置したわけでございます。
○後藤委員 一応計算上は、この七千円がなくなろうとなくなるまいと増額されますから、少なくなるようなことはない、それはそのとおりだと思うのです。ところが、いままでは加給制度というのがあったと思うのです。一律七千円でございますが、これが家族があるなしにかかわらず支給されておったものが、今回家族のないものはすぱっと切り捨ててしまう。家族のある者は大幅に——大幅にというとおかしいが、増額をする。こういうことになってまいりますと、計算の結果は、それは増額には間違いございませんけれども、そのこととこのこととは意味が違うと思うのです。その点を私指摘しておるようなわけです。ただ、あなたの言われるように、七千円はなくなりましたけれども、増額しましたから、おもらいになるお金は増額しますよ、こういう御説明ですけれども、いままで家族のあるなしにかかわらず、七千円は支給しておったのに、今度は家族がない者は、いままで七千円支給しておったものがなくなってしまう。一方においては、家族は無制限で加給が出ると思うのです。そうじゃないですか。そうすると、その差というのは非常に私は大きいと思うのです。たとえば配偶者が一万二千円になる、それ以外は四千八百円ですか、これは何人おろうとそれだけどんどん支給される。片方、家族のない人は、いままで七千円もらっておったけれども、これはちょんでおしまいでございます、ほかのほうで計算をいたしますと、改定をいたしましたのでもらうお金はふえますよ、だからあんたが文句言う筋合いじゃありませんというあなたの御説明のようですが、中身としてきっちりと整理する場合には、家族の多い人に対しましては非常に考えてありますが、家族のない人から、いままでより七千円を剥奪してしまうということですから、そこに問題があるような気がする。もう一度いま申し上げました点をひとつお答え願いたいと思います。
○実本政府委員 おっしゃられるように、加給そのものが一つの年金の権利として、本来の障害年金、たとえば年間十五万円のほかに、定額加給として別途七千円というふうな法律上の立て方になっておりませんので、たとえば十五万七千円という額をいままで差し上げておった。それはその内訳の計算が、今度は実態に即して、家族の数で、実際上それだけ家族をかかえておられる障害者という方々は、七千円の額じゃとてもそれは実態に合わないということで、そちらのほうは非常に改正されるわけで、先生がおっしゃられるように、家族のない者で七千円もらっていた者は、それだけちびられるじゃないか。だから、その部分だけに目をつけて、そういうつけ増しのしかたがなくなるんだというふうにおっしゃられれば、まさしくそのとおりでございます。しかし、年金の差し上げ方としては、その内訳の加給分が、別の一つの確立した権利に伴う年金額として差し上げているものでございませんので、本来の障害年金十五万円につけ加えて、十五万七千円というふうにして差し上げておるものでございますから、それが今度の改正では、少なくとも従来もらっていたものよりはよけいになるということで、確かに七千円分だけは上がり方は少なくはなるわけでございますが、しかし、とにかく上がるということで、そのかわり、実態に応じて、たくさんかかえておられる、扶養家族の生活を見ていかなければならぬ障害者には、それだけの数をつけていくということで制度の改正を行なうわけでございますので、この辺、若干法制局にも問題があったわけでございますが、受け取る絶対額が下がらないということであれば、いわゆる既得権の侵害ということにはならぬというふうなことで、一応そういう議論もいたしたわけであります。 それから、これはちょうど先生が御指摘になられましたように、従来老齢者の御遺族の方々が、よけいもらっておられました部分が、上がり方が少なくなるというふうなものとよく似た措置でございますが、いずれもこれはそういう意味での既得権の侵害にはならない。ただ、ベースアップの上がり方が少ないということになる点だけは、これはわれわれとしても、若干気になる点でございます。 まあ、そういうことをあえて——扶養家族をたくさんかかえておられる方のことを考えまして、これは始めましたときには平均的にいって一・五というような扶養家族数であったのが、三・五から四になっておるという実態を考えまして、あえてこういうふうな改正を行なったわけでございます。
○後藤委員 そうしますと、話は少しさかのぼりまして、一律に、家族のあるなしにかかわらず、いままで七千円支給しておったという根拠は、どこにあるのですか。
○実本政府委員 これは、この法律を始めました昭和二十七年の現在におきまして、大体障害年金の対象になる方の家族の数が、平均して一・五であった。で、恩給法におきましては、大体一人について四千八百円の加給をいたしておりますので、それを見習いまして、援護法といたしましては、一・五ということであったものですから、四千八百円の一・五倍ということで、まるめまして七千円の加給、こういうふうなことで出発をいたしたわけでございます。
○後藤委員 そこまではわかるのですが、それでいま言われた四千八百円かける一・五を、家族のあるなしにかかわらず支給をする根拠は、どこにあるかということです。
○実本政府委員 これは、障害者で扶養加給を出します対象というのは、第一款症以上の者に出すわけでございまして、そういうハンディキャップの重い方の足手まといになることがあるので、これはやはり加給をつけて差し上げたほうがいいだろう。それの平均的な人数が一・五人になるから、ちょうど恩給法で一人分が四千八百円であるというので、そういうふうな割り切り方をいたしまして、——その場合に、実を言いますと、ない者には出さぬでもいいのじゃないかというような議論も出てまいるわけでございますが、そこはやはり障害者の特殊な事情を考えまして、特に、第一款症以上というふうに限って出したわけでございますから、そこはある程度の、家族がいなくても介護を要する場合もあるだろうというようなことを考えまして、特に第一款症以上ということを限りましての加給ということにいたしたわけでございます。
○後藤委員 そうしますと、いま言われましたように、第一款症以上については、非常に生活も苦しいしというようなことも考えて、家族のあるなしにかかわらず支給をすることにしていたのだという説明だと思うのです。ところが、今回にしたって一緒だと思うのです。ただ、金額がふえた、金額がふえたと言われますけれども、金額がふえて生活が楽になったかというと、そうじゃないと思うのです。やはり物価の高騰なり、経済状態を考えて、去年の金額をことしに引っかえるとこういうふうになってくる、ことしをまた基礎にして、来年はこういうふうになるのだということで——生活の内容そのものが、物価の変動もなし、基礎が一切変わらないのだという時点に立ってこういうふうな改正が行なわれるというのならば、私は話がわからぬことはないと思うのです。ところが、そうではなしに、恩給法なりその他の関係におきましても、価格変動、物価の変動等を考えて維持していくためには、増額せざるを得ぬ。だから、金額がふえたからといったところで、生活の基礎も変わっておりますから、当然これはふえてあたりまえだと思うのです。 そういう立場に立つならば、いま局長の説明されましたように、昭和二十何年からでございますか、一律に七千円ずつ家族のない者にも支給してきた。これはまことに苦しかろうから、そういう差別をせずにおこう、問題はあったけれども、というような気持ちのもとに支給されてきたものが、今回は、家族の多い人は増額されますものですから、いま言った七千円もらってきた家族のない人のものを剥奪してしまう。予算でいえば、ある人にいままで七千円支給してきたものを取って、ほかのほうへ回すという言い方もできると思うのです。そうしますと、いままでやってこられた考え方と、今回やろうとされておる考え方と——総計すると金額が多くなったから心配ないのだと言われるけれども、金額が多くなったのは、当然、先ほどから何べんも言いますような情勢の変化によって増額されていくんですから、これは別に大きなプラスだとは私は考えませんけれども、そういう立場に立つならば、いままでもそれはかわいそうだ、気の毒だというような援護法の趣旨に沿って、家族のない人にも支給してきたのなら、当然今後も、それらの人にも支給をする。さらに、配偶者については一万二千円、その他についてはこうというふうな改正を行なうというなら、りっぱに筋の通った話だと聞けるわけなんですが、せっかくこういう改正案を出しながら、いままで支給しておったものをはずしてしまう。ところが、こっちははずしますけれども、こっちではふやしますから、まあはずされた方はごしんぼうください。さらに総額においては、もらえるお金はふえますから。——これはふえるのは、ふえてあたりまえの話で、物価の変動、経済の変動からすると当然のことだと思うのです。そういうふうに私は思えてならぬわけですけれども、その点いかがでしょうか。これが妥当な処置であるかどうか、これが公平なる正しいやり方であるかどうかという点をお聞かせ願いたいと思うわけです。
○実本政府委員 いまの加給のつけ方の問題でございますが、制度を始めましたときには、非常に大きな意味を持っておりました。というのは、もとの年金額が、非常に少なかったわけでございます。ところが最近、四十二年以降、毎年毎年ベースアップが行なわれまして、もとの金額が相当大きくなったということを勘案したことが一番大きな理由でございますが、特に扶養家族のふえてきた人のケースが、障害年金を受け取っておられる方々には非常に多いものでございますから、そういう意味で、多い者はふやすのはけっこうだけれども、いままでの一種の既得権的なかっこうで与えていたものを、与えなくするのはけしからぬじゃないかというふうな御指摘、これはそういう態度で御主張になられれば、その点は従来のものを考えたらいいじゃないかというふうな考え方もあるわけでございます。そこは、先ほどから私のほうで申し上げておりますように、全体の受け取る額はずっとふえていくということと、それから、平均の家族数がやっぱり相当な数になってきておりますので、その実態を考えますと、ニードの厚いものを高くつけようというふうな考え方で割り切ったわけでございますので、そこら辺、全体の趨勢に焦点を合わせて改正をいたしたわけでございます。ただし、くれぐれも申し上げますように、扶養家族のない方々も、決してその方々の手取りが減るというふうなことにはなっておりませんので、そこは少なくとも、一番上り方の低いケースをとってみましても、軍人軍属の場合八千円上がるわけでございます。そういう意味におきましては、従来よりもプラス八千円。本来ならば、そのままにしておけば一万五千円ということになるわけでございますが、そこは、先ほどの老齢措置の場合のように、ベースアップのしかたが少なかったというふうに割り切ってもらって、そういう大幅な改正を行ないますときにこういう措置をいたしたいと考えた次第でございます。
○後藤委員 そうしますと、いまあなたが言われた一番少ないものでも八千円上がる。普通でいままでどおりやっていかれると、一万五千円上がるところですね。一万五千円上がるところが、いままでやっておった七千円がなくなるのだから、八千円に減額されるわけなんですよ。減額というとおかしいですが、額が減るわけなんです。確かにこれは間違いないと思うのです。それだけの額を減らしても、いままでよりは多くなるから、あなたしんぼうしなさい、こういう言い方だと思うのです。そのかわり扶養家族の多い人は、金額をたくさんふやしてもらわれますから、あなたしんぼうしなさい、こういうやり方が、このやり方のような気がするのです。それは生活を一緒にしておられるなら、もらってくる額を全部プールしてやれば、総額においてはふえるかもしれませんが、傷病者そのものは、別々の生活をしておるわけですね。各家庭を持ってやっておられるわけですね。
○実本政府委員 大体妻子一緒にしますから。
○後藤委員 それがいままで扶養者があろうとなかろうと、七千円現実に支給しておったのです。それを今度なくしてしまうというのでしょう。しかも、いまあなたのお答えを聞いておると、扶養家族のないような人は、数が非常に少ないというじゃないですか。少なければなおのこと、そんな水くさい扱いをする必要はないと思うのですよ。いままででさえもやっておったものを、今度は条件をよくするための改正なら、条件をよくしなければいけないわけなんです。ほかの率は改定されまして増額になりますけれども、これは全部がそうなるのですから一般並みですね。ところが、加給については、いままでよりは七千円剥奪してしまうのですよ。いままで差し上げておったわけなんです。だけれども、何べんもあなたが言われるように、差し引き勘定しますと、いままでよりふえますから心配ないと言われますけれども、そんなものじゃないような気がしますよ。当然、家族のない人にも、苦しかろう、そうだろうということで支給されておったものなら、これを前向きの改正の提案とするのなら、いままで支給されておったものも当然支給されまして、その上に立って扶養家族の多い人には、こうだ、こうだという改正をやるならりっぱな筋だと私は思うのです。いままでの分を取ってしまって、——扶養加給のほうを、奥さんはどうだ、これはどうだということで増額される、これはけっこうなことです。これはだれしも反対する者はおりません。ところが、いままで支給されたものを取ってしまうというところに——よくなるほうへの改正案なら、よくなるほうへの改正案らしいもの、どこを見ましても、そういうふうになっておるものを提案してもらわぬことには困るということなんです。いかがですか。
○実本政府委員 今度の改正の趣旨が、扶養親族のあるなしによって扶養加給をつけていくのが本筋でございますから、そういう意味で筋を通しまして、扶養家族を持っておられない、つまりそういうニードのない方には、一応その制度の趣旨からいいますと、そういうものを差し上げないということに制度の筋を通せばなるわけですが、別途、そういう意味で何か——しかし、そうはいったって何かニードがあるのだ。第一款症以上の障害者で独身の人でも、やはり扶養家族がなくても、ニードがあるのだということであれば、本来の障害年金の額でもっていくか、あるいは別途、そういう扶養家族があることから出てくる加給制度の対象でなくて、別の考え方でニードを考えていくか。あたかも先ほど先生最初に御指摘になられた、いままで老齢者の扱いで非常に高いベースアップをしておったのに、今度は少ないじゃないか。それは何か別途考えるのだというふうな答申案が出ておりまするので、そういうふうに考えるというのとよく似ておりまして、そういう方々にはまた別途その人のニードを考えながら、加給の対象ということでなくて、そこにそういう特別のニードが残るということであれば、それを考えていくという筋で、何か考えてみるということが、残る問題として出てくるわけでございまして、その加給の中での考え方といたしましては、先ほどから申し上げておるような趣旨で改正いたしたわけでございます。
○後藤委員 そうしますと、第一款症以上でございますけれども、戦傷病者で扶養家族のない場合、これは非常に障害程度のひどいお方もおいでになるわけです。足もない、手もない、こういう人の生活の実態というのを頭の中に描いてみますと、おそらくめんどうを見る人が一人もなしでは生活できぬと私は思うのですよ。扶養家族があればこれは別です。その人方がめんどうを見られると思うのです、朝から晩まで。そういうような、扶養家族もない、身内もない、たとえば独身生活をしておるというような人にこそ、援護法の趣旨からいくと、考えてやるべきだと私は思うわけなんです。そういう人には、少なくとも扶養家族が一人ある、そういうふうな前提のもとに考えてやってもやり過ぎではないと私は思うわけなんです。そういうことも考えられまして——今日までは、家族あるなしにかかわらず、第一款症以上のひどい人は、これは当然七千円を支給すべきであるということになったと思うのですけれども、今度のこれを見ますと、いま制度がどうこうということを言われましたけれども、扶養家族もない、何もない、ただ、だるまさんのような障害者もおられると思うのですが、こういう人の生活実態を考えると、いままで与えておった——たとえば扶養家族はないけれども、一人あるということでそばにおっていただくとか、めんどうを見ていただく人がないことには、その人は生活できぬと思うのです。そういう点を考えるなら当然私は——ただ、戸籍上の問題でこういう人には支給するが、戸籍上ないからこれは剥奪だ、こういうふうにやられることは、まことに私はむごいやり方だと思うのです、戦傷病者に対する扱いとして。かえって扶養家族のお方がおいでになる人は、二人なり、三人なり、四人なりおられる人は、かわるがわる、十分めんどうを見られると思いますけれども、めんどうを見られない、ただ独身生活をしているという人もおられると思うのですが、その人の分まで、いままで支給しておったものを剥奪してしまう。戸籍上はないけれども、最低少なくとも一人は雇わぬことには生活ができぬ、こういう趣旨に立つならば、この点については、援護局として再検討していただく必要があるんじゃないか、こう思うのですが、いかがですか。
○実本政府委員 いまおっしゃられましたような、非常に重度のだるまさんのような方々につきましては、先生御承知のように、戦傷病者特別援護法というような、年金以外の、そういうニードを満たすための立法措置がございまして、たとえば無料で国立保養所へ収容して、全部国費で生活を世話するというようなしかけもございますし、それから別途二項症以上の方々には、年間三万六千円というものが介護料としてついてございますし、その辺の配慮は、従来の体制からもできておると思いますが、ただ私が先ほど申し上げましたように、やはり第一款症の人でも、特殊のニードがあるんだということになりますれば、家族加給以外の、やはり特援法のような法体系の中でそういうものを考えていくというふうに、割り切っていくべきじゃないだろうかと思うのです。したがいまして、先生の御指摘のように、やはりそういった影響があるかないかを、第一款症の独身の受給者についてよく調査をいたしまして、特別のニードがやはりそこにあるのだということになりますれば、特援法の系統で何かを考えていくというふうにいたしたいと思っております。
○後藤委員 この問題だけで時間を費やしておりましてもいけませんので、いま局長が言われましたように、何べんも繰り返しませんけれども、ぜひひとついま言われた方向で、真剣なる御検討をお願いする。できるだけ早く、老齢者に対する扱いと一緒になるかもわかりませんが、別途何らかの方法で考えていただくということでお願いしたいと思います。 それから、その次は十三万五千円の問題ですけれども、この前の第五十八通常国会におきまして、今日の経済の実情にかんがみて援護の最低基準を引き上げなさいという附帯決議があるわけですね。この生活基準の関係と、先ほど八木先生もだいぶやっておられましたが、さらにこの十三万五千円なり、九万四千五百円との関係は、どういうふうな関係になってくるのか。しかも、附帯決議に沿って、生活基準の引き上げについては、具体的にどのように考えられたのか、その点の御説明をいただきたいと思います。
○実本政府委員 援護法におきます遺族年金の額のきめ方と申しますか、めどというものは、どこにあるのかということでございますが、これは御承知のように、先ほどから申し上げておりますように、恩給法の公務扶助料というものと全く同一に考えてまいっておるわけでございます。 恩給法の公務扶助料は、御承知のように死没されましたときの階級別に、将官の場合の御遺族は幾ら、あるいは尉官の場合の御遺族の公務扶助料は幾らというふうなきめ方をしております。 援護法の場合には、そのうちの軍属、準軍属の方が大部分でございますので、恩給法におきます兵の公務扶助料の額とほぼ同額に合わせて、それを年金額にいたしておる、こういうことでございまして、それが、先ほど先生が申されましたように四十二年十月の改正のときに七十歳以上の御遺族が、兵の公務扶助料が十二万九十六円というふうなことで、大体月額一万円の線が出ておりますが、それにならいまして援護法も大体月額一万円、その時点におきましては国民年金も夫婦合わせて一万円、あるいは厚生年金も夫婦合わせまして一万円というような、これは制度としては比べるのが無理かもしれませんが、一般的な、そういう社会保険の中の年金制度の基準と申しますか、水準ともにらみ合わせまして、いまのような大体月額一万円ということが四十二年の十月の改正でできまして、それ以降、その線に沿いまして、徐々にベースアップをしてまいっておる、こういう推移でございます。
○後藤委員 これは、増額の率その他につきましては、恩給法にならってやるのだということだろうと思うのです。そこで、この金額等につきましては、いろいろ問題があるにいたしましても、恩給法そのものが、そういう改定案がある以上は、いまここでどうこう言うてみても、なかなかむずかしい問題だと私は考えておるわけでございます。 ついででございますからお尋ねするわけでございますけれども、話はちょっと変わって恐縮ですが、五十八通常国会のときに、特に前の厚生大臣のときの話でございますが、満鉄職員に対する扱いの問題でございます。これはこの前の五十八国会におきましても、かなり詳細なる資料のもとに、時間も十分かけていただいて、前の大臣から、よしわかった、まかしておけ、前向きでひとつやろう、こういうふうな回答をいただいたわけですけれども、その後ずっと見ておりますと、失礼な話でございますが、言うただけでありまして、実際は何も前進しておらぬ。相変わらず、申請をすれば却下される。こういうふうな経過をたどって今日になっておるわけですが、御承知のように満鉄職員につきましては、装甲列車、あるいは先駆列車、さらにはハルビンの調査室ですか、四つの条件のもとにある人は援護法の適用を受けるということになっておるのだと今日思っておるわけなんです。ところがそれ以外にも、軍隊輸送列車でけがをする、あるいは軍隊列車の入れかえで手を切られる、足を切られる、あるいは内部疾患等で病気になられるというような人が、その実態はどれだけかわかりませんが、現在、援護法の適用に何とかならぬものだろうかと、全国から出ておりますのが、七、八十名あると思うのです。これが援護法の適用が行なわれるということになれば、まだまだ満鉄で戦争のために、軍隊列車輸送のために、けがをしたり、いわゆる障害を受けた人がたくさんおられるのではないかと私は思うわけでございますけれども、この問題に対して、この前の国会の附帯決議以降、厚生省としてもちろん検討していただいたと思うわけですけれども、現在どういうふうなお考えでおられるのだろうか、どうこの問題を解決していこうと考えておられるのだろうか、これは大臣にお尋ねするのが一番いいとは思いますけれども、御存じでしたら大臣にお尋ねしたいわけですが、お願いします。
○斎藤国務大臣 この問題は、私は非常にうかつでございましたが、きょうこれを御質問になるということで、きのう局長から説明を受けた程度でございまして、したがいまして、実際扱ってまいりました局長から、いままでの経過を御説明いたさせます。
○実本政府委員 満鉄職員の方々のうちで、軍事輸送に従事しておられ、その輸送業務に携わっておられる間に、事故によって障害を受け、あるいはそのままなくなられたという方々の処遇が、いま御指摘になられましたような幾つかのケースとして申請されておるわけでございますが、そのうち援護法で処遇の対象として考えておりますものは、もとの陸海軍の指揮のもとに、軍人軍属と同様の業務にもっぱら従事しておられた元満鉄職員で、いまのように業務上いろいろ障害にかかり、あるいはなくなられた方々がその対象になっておるわけでございます。ただ、従来われわれのほうで審査いたしておりますケースの中で、やはり在職期間中の公務上の傷病であるということについて、なかなか確証が得られないというケースが多いものでございます。満鉄職員の在職期間は、援護法上では御承知のように昭和十二年七月七日以後期間を定めないで、または一カ月以上の期間を定めて、事変地または戦地において、陸海軍の指揮下において軍関係の業務に従事することを命ぜられた日から勤務が解かれた日までの期間ということになっておるわけでございますが、その在職期間の関係で、一カ月以上の期間を定めて軍との雇用関係にあったということの立証できるものが、非常に少ない。端的にいいますと、無給嘱託のような辞令が出ているというふうなケースは、これは一番はっきりして、在職期間内のそういう身分にあった人のケースだということで、処遇がすでにされた者もございますが、それがはっきりしない場合、現実には軍隊輸送に満鉄の職員として従事された、しかし、そういうはっきりした軍との雇用関係がなかった——もちろん、この給与は満鉄のほうから出ておったわけですが、形式的に無給嘱託の辞令を出していたケースが非常に少ない、こういうことで、そこを形式的な辞令がなくても、大体軍の実際上の指揮のもとに、そういう事故にあわれたというようなことが、確証が得られれば、そういうケースを採用していくということになるわけでございますが、実は、この在職期間中の問題であるかどうかということについての事実上の認定の問題が、若干まだそういう確証に至ってないものが多うございますので、先生御指摘のように、昨年社会労働委員会で援護法改正の際に附帯決議をつけられました趣旨に沿っては努力しておるわけでございますが、いま一歩努力させていただきますように検討中でございますので、そういう意味で御了承願いたいと思います。
○後藤委員 いま局長が言いました、期間を定め、あるいは定めないで、それは援護法の第三条第四項でございますか、あるわけでございますが、この満鉄関係の援護法適用の問題については、昭和三十八年、御承知のように満鉄会というのがありまして、両足ちぎられた、両手ない、こういう人が何とかひとつ援護法の適用を受けたいということで、会を組織して、強く陳情を行なわれましたのが昭和三十八年です。そのときの援護局長が山本援護局長です。それから参議院のほうでも、これはかなり問題になりました。徳永参議院議員あたりが、かなりこの問題については関心を持ち、これは当然解決すべきであるということで努力されたわけでございますが、そのときの陳情の内容は、局長さんなり、あるいは国会において問題になりましたところは、先ほど私が言いましたように、軍隊輸送の問題についてはこれは時間を定め、定めないで、いわゆる「定めないで、」というような法文にしておいて、いま申し上げましたところの軍隊輸送についても含めましょう、こういう趣旨のもとにこの第三条の四項ですか、まことに解釈に苦しむような、期間を定め、あるいは定めないで、と、こういうふうな表現になった。これは過去の歴史と申しまするか、満鉄会が強く陳情を行なわれたときに、援護局としては、そういう趣旨のもとにこういうふうな書かれ方が、改正が行なわれたと思うのです。これはもう間違いございません。私も聞いてみました。そうなってまいりますと、この第三条の四項そのものに、たとえば正面切って該当するかせぬかといえば、該当すると考えても私は間違いないんじゃなかろうかと思うのです。いま言ったような趣旨のもとにこの法律ができておるとするならば、これに該当する、当然援護法を適用すべきであるというふうに私は考えるわけでございますけれども、その点いかがでしょうか。
○実本政府委員 三条の第四号の「一箇月以上の期間を定めて」また「定めないで、」という解釈の問題でございますが、これは、「定めないで、」というのは、一般の辞令のように、普通の場合はいつ幾日からいつ幾日までというふうなスタイルの辞令は出しておりませんので、そういうものを考えたんだというふうに、われわれのほうではそういうふうな解釈で来ております。それで、「一箇月以上」ということは、これははっきりと、書いてあるとおり以外には取りようのない条文でございますが、「定めないで、」というところは、そういうふうに、普通の辞令の場合のように、終身雇用とはいいませんが、終期を定めないで出しておる普通の辞令だというふうに解釈いたしております。 その解釈は別といたしまして、現実に出てまいっております満鉄職員の方々のケースを見ますと、また現実に聞いてみますと、そういう軍事輸送に従事された実際の鉄道員の勤務のしかたが、大体二週間とか三週間交代で、そういうものに当たる当たらぬというふうにきめておられたというふうな実態もございますので、ここを形式的に「一箇月」というふうにあまり考え過ぎますと、ほとんどの者がかかってこないというふうなことにもなりますので、そこを現実に、またその辞令がはっきり出ている者ばかりだったら、これはまた一つの勝負のしかたもあると思いますが、現実にはそういう辞令の出ている者は相当数が少ないということでありますれば、そのときの勤務実態なり、ケースの実情から考えて、そういうふうな「一箇月以上」というふうなところを、どういうふうに運用上弾力性を持たしていくかということも実は考えておるところでございます。そういう意味で、形式的な解釈は先生申されたようなふうにも解釈できますが、われわれの解釈としてはそういうふうな解釈で来ております。ただし、その解釈いかんにかかわらず、現実のケースを、ほんとうにもっぱら軍の指揮監督のもとに、もっぱらそういう軍人軍属のやるような仕事に従事しておったということであるんなら、それはあまり形式的な期間に、形にとらわれずに考えていこうというふうなことをいま考えておるわけでございます。
○後藤委員 そうしますと、いま局長が言われましたように、この第三条の四項につきましては、私が申し上げましたような考え方のもとに立法の精神としてはなっておる、ただし厚生省のほうとしては、一カ月云々、しかも「期間を定めないで、」というのは、私が言ったことではなしに、たとえばいつまでということを期限を切らずに、もっぱらその仕事に、いわゆる軍隊の仕事に従事する、そういうふうに解釈しておられるという説明でございますけれども、あながち第三条四項をそういうふうなただ法文だけにとらわれずに、ほんとうに満鉄で軍隊輸送のために障害を受けられた、あるいは軍隊列車の入れかえ中に足を切られた、手を切られた、あるいは病気になった、こういうふうな人に対しては、援護法を適用する方向で、厚生省としても極力ひとつ早急に検討してみたい、こう局長としてはいまお答えになったと私は聞いたわけでございますけれども、そういう方向で、ひとつ前向きで、具体的問題も出ておりましょうし、あるいは具体的問題が出ておらぬ場合におきましても、満鉄関係で、こういう場合には、こういうふうに厚生省としても検討します、そういうふうな方向で、ひとつきちっと、はっきりした考え方を、もう一ぺんお聞かせ願いたいと思います。
○実本政府委員 いまの、もっぱら軍の指揮監督のもとに、もっぱらそういう軍人軍属がやるような業務に従事していたというものでありますれば、それが形式的に、一カ月以上の辞令が出ていた者だけにしか適用しないのだということはいたしませんで、その実態によって措置をしてまいりたい、かように考えております。 いまのところ、もう、満鉄のダイヤとか、それから軍の指揮に基づく軍隊の輸送とか、装甲列車だとかいうふうなものを考えるような余地のない、たとえばソ連が参戦いたしました八月九日以降の満鉄の実態を見ますと、もうそういった軍とか、満鉄とかいうものがなくなってしまっているというふうなものについては、これはもうこの問題は、はっきりと先生のおっしゃるような方向で踏み切りたい。それ以前のものを、どの程度見ていくかということにつきましては、これは実態実態に応じて、もう少し実態的に審査をしてまいりたい、こう考えております。
○森田委員長 関連質問の申し出がありますので、これを許します。和田耕作君。
○和田委員 それでは二、三分の時間をいただきまして、この問題に関連して御質問いたします。 実は私は、いまの後藤さんと実本局長さんの御意見を聞いておって、当時昭和九年から十三年まで満鉄におったことがあります。列車の乗務員として軍属になったことはないのですけれども、資源調査員というかっこうで三月ほどの軍属になって、満州とか、北シナの奥地を資源調査に歩いたことがある。当時、軍用列車の同僚諸君とよくあれしたのですが、おっしゃるとおり、軍用列車の乗務員というのは、一月ぶっ通しにやるというのではないのです。一週間あるいは二週間、これを続けていく。私のおりました昭和九年から十三年という年は、満州事変の直後であって、ほとんどあすこは、他の会社があれば別ですが、日本の国鉄と同じ状態なんですね。その乗務員ということを全体の状況から考えて、かりに臨時の軍属であっても、それがそれっきりというわけではないのです。継続していくわけです。したがって、いま局長がお答えになったような意味の解釈というものを、当然この満州事変以後の満鉄の輸送に対しては考えるべきだと私は思うのです。いまの、ソ連が入った以後というふうなこまかい勘定でなくて、もっと、少なくとも満州事変以後の満鉄の乗務員の軍事輸送に携わった者の事故については、軍人軍属と同じような待遇を与えるべきだ。また与えていろいろな不公正なこともなければ、他に差しさわりのあることはないと思うのですね。数にしても、数千人ということであれば、問題もございましょう。しかし、非常に困っておられる方々が、せいぜい百人か二百人足らずのものではないですか。そういうことですから、いま後藤委員が主張されておるように、ぜひお取り計らいをいただきたい、こういうように思うのです。
○実本政府委員 満州事変は、ちょっと援護法といたしましては、そこまでこの問題についてのみさかのぼると——シナ事変以降ということになりますが、本来的には、満鉄時代の災害補償規程みたいなものがありますものは、そちらのほうで適用していただくということで、全く軍との関係ががっちりした、指揮監督のもとにもつばら働いてもらったというケースだけに、そういうふうな、先生がおっしゃるような方向で見てまいりたい、かように考えます。
○和田委員 もう一言。大臣、ひとついまの問題をお聞きになって、それはシナ事変以降ということでもあれだと思いますけれども、どういうふうにお考えになりますか。
○斎藤国務大臣 後藤さん、和田さんの御意見、御質問を伺い、また局長の答弁を聞いておりまして、なるほどごもっともな点が多々ある、かように考えますので、前向きにさらに検討してまいりたいと思います。
○和田委員 ありがとうございました。
○後藤委員 そうしますと、いま大臣言われましたように、前向きでやります、と、この前の厚生大臣も、これはおっしゃったのです。別に斎藤大臣にどうこう申し上げるあれはないのですけれども、先ほどから局長も言われましたように、去年から引き続いての問題になっておりますし、だから、かなり厚生省のほうへも、具体的問題として上がってきておる点もあろうと思うのです。だから第三条の第四項ですか、四条の第三項ですか、これは逆かもわかりませんが、そういうふうな文章だけでとやかく言うのではなしに、援護法の趣旨に沿って、しかも、満鉄自体がいわば国営のようなかっこうです。後宮大将あたりが満鉄の顧問——大将が顧問になって、命令一下、もう軍隊のように動かしておったのが当時の満鉄だったと思うのです。さらに、ソ連が侵入以後は、これまた激しくなっておると思いますけれども、そこを境にするとかせぬとかではなしに、ぜひひとつ、くどいことは言いませんけれども、ぜひ援護法の適用という点について、具体的問題なり、あるいは満鉄関係の、いま出ておらぬ問題もあるかもわかりませんけれども、早急にひとつ、厚生省としても援護法が適用できるような方向で強く検討していただく。そうして手のない人、足のない人、非常に苦労をされておられる人が、先ほども話が出ましたように、今日出ておるだけでも百名前後あるわけなんです。こういう人のためにも、ぜひ、前向きというのはおかしいけれども、援護法の適用ができるような方向でやるということを、ここでひとつお約束をいただきたいと思います。
○斎藤国務大臣 私も、まだ十分実態をよくつかんでいないのでありますが、百名か二百名ぐらいということであれば、実態も相当わかっていると思うのであります。先ほどおっしゃいました満鉄会、そこらでも相当実態がわかっているのではないかと思いますが、実態をなにしていただいて、いままで出てきているのが百名、そういうことがあるならというので出てきた、何人あるかわからぬということでは困る。資料がございますから、ひとつそういった資料も私のほうでも調査をいたしますが、御協力をいただきまして、そうしてできるだけ御意見に沿うようにいたしたいと思います。
○後藤委員 では、ぜひひとつよろしくお願いいたします。 次は、ほかのほうの問題になりますけれども、まだ十二、三問題があるわけですが、まず第一番には、日華事変中に職務に関連してけがをした、あるいは病気にかかった、そのために死んだ軍人、準軍属の遺族に対しまして遺族年金が支給されておらないわけです、本邦関係については。そうじゃないですか。戦地なり、事変地で戦死なりけがをされた人は適用されますけれども、たとえば本邦におってけがをした、あるいは死んだ、こういうふうな人には、今日援護法の適用がされておらないと思うわけなんです。この点お尋ねします。
○実本政府委員 いまお話しの点は、内地の勤務関連のケースでございますが、これは援護法、恩給法とも、別の体系で特例法をつくりまして、そこで見ているわけでございますが、それは大東亜戦争以降の内地関連の死亡者の御遺族に対する処遇をいたしております。
○後藤委員 そうすれば、いま局長が言われましたように、大東亜戦争以降については、特例法でございますか、それの適用である。ただし日華事変とか、そういう分につきましては、適用されておらないと思うのです。これはしかし、当然適用すべきではないかと考えるわけでございますけれども、なぜ一体これは適用されないのでしょう。
○実本政府委員 特例遺族年金は、兵の召集基準の低下等の今次大戦の特殊事情を考慮いたしまして、特に大東亜戦争以降の者についての適用をやっているわけでございます。 なお、この軍人の——これは軍人だけに限るものでございますから、軍人のこういった処遇につきましては、大部分は恩給局の所管の問題となりまして、恩給局のほうに対しまして、例の恩給審議会から、こういうシナ事変中の者は適用するに及ばないというふうな答申も出ているような状態であります。そういうふうな意味におきまして、援護法系統の特例年金も、そういう方向に従っているというのが現状でございます。
○後藤委員 そうしますと、日華事変時代に、外地なり事変地で、なくなった、けがしたという人は、何にもいま心配ないのですが、本邦——内地というと語弊がありますが、本邦内におけるいま申し上げましたような該当者については、たとえば特例を設けて遺族年金を支給する、当然その方向で考えるべきだと私は思うわけです。これをお尋ねしているわけなんです。
○実本政府委員 恩給のほうで考えないというふうなことであっても、援護法の系統で考えたらどうかというふうなお話でございますが、われわれのほうとしても、そういう意味でも検討はいたしてみたいというふうに考えております。
○後藤委員 いま言われた恩給というのは、軍人のことだと思うのですが、私の言っておりますのは、軍属もあるわけなんです。軍属も含めての話をやっているわけでございますが、これは厚生省としてさらに検討をする、そういうお考えですか。
○実本政府委員 いまあります特例法の、シナ事変までさかのぼるという問題でございますが、軍人だけのケースを考えているわけでございます。
○後藤委員 それじゃその次は、満州開拓青年義勇隊の話ですが、これが昭和二十年八月八日以前に死亡した者に対する遺族の弔慰金及び遺族給与金というのは支給されておらないわけですね。そうじゃないですか。これは当然支給すべきだと思うのですが、これはどういうわけでこういうふうに支給しないということになっておるのでしょう。
○実本政府委員 満州開拓青年義勇隊の場合には、ソ連参戦以降の場合をとって考えたわけでございますので、ソ連参戦以前の場合については、本委員会の附帯決議もございまして、目下どういうふうに処遇するかを検討いたしておるところでございます。ただし、それも大東亜戦争以降というふうな線で考えておるところでございますが、まだこれにつきましては検討中でございます。
○後藤委員 途中ですけれども、これで打ち切られせていただきます。
○森田委員長 次回は来たる二十二日午前十時委員会を開会することとし、本日はこれにて散会いたします。 午後一時三十二分散会