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59回国会参議院1968/08/06

運輸委員会 第2号

発言数
36
登壇者
6
会派数
2
開催日
1968/08/06

会議録

谷口慶吉自由民主党

○委員長(谷口慶吉君) ただいまから運輸委員会を開会いたします。  運輸事情等に関する調査を議題とし、質疑を行ないます。  質疑のある方は、順次御発言を願います。

吉田忠三郎日本社会党

○吉田忠三郎君 その前に、ちょっと速記をとめてもらって……。

谷口慶吉自由民主党

○委員長(谷口慶吉君) ちょっと速記をとめて。   〔速記中止〕

谷口慶吉自由民主党

○委員長(谷口慶吉君) 速記をつけて。

吉田忠三郎日本社会党

○吉田忠三郎君 せっかく大臣がしばらくぶりに開かれました当委員会に出席を願いましたから、この際、限られた時間でありますが、若干質問いたしたいと思います。  その一つは、最近非常に国鉄、民鉄あるいは路面交通、さらには海の関係等々、非常に事故が頻発いたして、大臣みずからも、何か先般の新聞を見ますると、早朝から運転事情の視察をいたす、こういうことと伺います。これはその衝に当たっております運輸大臣はもとより、国民も格別なる関心を持っておると思うのであります。そこで、とりあえず国鉄といたしましても、何か聞くところによりますと、この事故の防止をいたす対策委員会が開かれるということですが、私は、従前国鉄で行なわれております事故の対策委員会等は、端的に申し上げますと、そのつど会議が持たれますけれども、いわば官製的な会議に終わっておるんじゃないか、こういう感じをいたすわけなんです。せっかくかような機関があるのですから、この際はいろいろの設備の問題であるとか、あるいは安全全般にわたる諸問題であるとか、あるいはときにはこれは人の問題等についても議論をしておるんじゃないか、その上に立った対策をしておるんじゃないかと思いますけれども、要は私は、人の関係等についても十分、相手方たる者がおるわけですから、そういう機関にそういう人々も含めて、これがいい対策樹立のための会議としたらいいじゃないか、こう常々考えておりますので、大臣は今日的な時点でどうお考えになられるか所見を聞きたい、こう思うのであります。これが一つです。

中曽根康弘自由民主党運輸大臣

○国務大臣(中曽根康弘君) 先般来、国鉄並びに私鉄の事故が続きまして、国民の皆さま方にまことに申しわけない次第であると思っております。最近の事故の趨勢を見ますと、多分に運転員の不注意とか過失によると思われるものが多いわけです。国鉄でも正月以来、六件ばかりのかなりの事故がございますが、たいてい運転員が見込み運転をしたとか、あるいはポイントの切りかえを間違ったとか、そういうような疑いのものが非常に多いのであります。これが一回や二回なら考える余地もそうないかもしれませんが、これだけ多く出てくると、国鉄なら国鉄全般について何かのレベルの低下があると思わざるを得ないわけです。これが一個所だけに集中したというならまた考えは別ですが、全国的にこれが及んでおるということは、全国的に何かのレベルが落ちておるか欠陥があると考えざるを得ない事態にありまして、先般私鉄の事故がありましたときに、まあ八、九、十、適当な時間、三カ月ぐらい特別の要員訓練月間として特別の研修を行なうように、そういうことを私鉄に注意いたしましたが、今度は国鉄がそういう事故が出てまいりましたので、国鉄当局を呼びまして、総裁、副総裁以下が陣頭に立って全国を回って、末端に至るまでよく注意を与え引き締めてやるように、そういうことを指示いたしました。国鉄当局はそれに基づいていろいろな対策を講じているようであります。で、一番の根本的なことはどこにあるかというと、私は機械が幾ら発達しても結局最後は人間の責任感とか注意力によると思うのです。そういう点からATSその他については改良の余地もあり、また改良もしておりますけれども、それ以上に人間が引き締まるということが一番大事である、そういう考えを持って、公共団体の場合には、公共奉仕は労使の紛争に優先する、そういう精神をもって労使共通の国民に対する責任であり課題であるとして解決してもらいたい、そういう考えに立脚いたしまして国鉄当局にも要望したわけであります。具体的にこの欠陥を点検してどうするかということは国鉄当局にまかしてあることでありまして、総裁以下がいろいろ検討してやってくれることをわれわれはよく監視して見ていこうと思っております。もちろん、その中には最近の社会情勢の変化にかんがみまして、労働科学であるとかそういう新しい要素も含めた検討も必要であると思います。国鉄もそういう点についてはいろいろ配慮もしているようでございますが、一応は国鉄のやることを監視、監督するという立場で見ていきたい、こう考えておるわけでございます。

吉田忠三郎日本社会党

○吉田忠三郎君 大臣からのまあ私鉄についてのいろいろな注意であるとか勧告、さらには国鉄については多少こらえながらも国鉄の経営者におまかせをしておる、こういうお話でございました。それと、いろいろな欠陥がなければ事故が起きるはずがないのですから、原因等を考えてみると、機械あるいは設備等々、最後に人の問題、その点は私はまさにそうだと思うのであります。そこで大臣から責任感、それから注意力、こういうお話がございましたが、私は国鉄の職員は総裁以下責任感を持っていない人はないと思うのです。ただ、その度合いの問題ですがね。ない人は私はないと確信をするのです。それから注意力の点になりますと、これは大臣ね、人間の注意力というのは限界があると思うのです。その限界を越えればいかに中曽根大臣といえどもやはりその注意力というのは緩慢になると思うのです。限界があると思うのです。その一体限界は何かということなんです。すべてが私はそうだということは申しませんけれども。今日やはり国鉄は非常に経営上、財政上たいへんな事態になっているので、内部におきまして当然これは社会の要請に伴う近代化、けっこうですがね。そうしたこととか合理化であるとか、あるいは収益をよりあげなければならぬということで、間もなく十月のダイヤの改正などの準備をいたしておるようですけれども、ダイヤ改正をやるたびに大臣非常に過密ダイヤになっていますね。過密ダイヤになっている。ですから、一人のたとえば運転を担当いたすものは、つまりこの労働基準法に示される実際のハンドルをつかむ時間には変わりはないかもしれませんけれども、その人のつまり注意力をより阻害をしていくというような勤務をしなければならぬというダイヤになっているところにやはり目を一回注いでみる必要があるのじゃないかと私は思うのです。私は、若干最近都内におけるダイヤ、乗務員の勤務の交番等々を見ますると、一週間に五日間連続ハンドルを持たねばならぬ、こういう状態が随所に出ています、随所に。この間大臣は何か三十分くらい乗務したと思うのですがね。三十分くらいではそれはよほど健康状態がどうかしていない限りは注意力が緩慢になるということはないと思うのですがね。五日間ぶつ通しですよ。それぞれきめられた列車の、しかも同じ区間じゃありませんから、ある一定の区間を運転してきてまた別な線区に乗る、また別な線区に乗るので全部条件が違います。構内の条件も違うし、信号のとらえ方についても違いますからね。そういったことをやっておったら、いま大臣が言った注意力というものの限界にあるかどうかということです。私は限界を越えているんじゃないか、こう思うので、こういう点をやはり私は大臣としても一回とらえてみていただきたいと思うことが一つであります。  それからもう一つは、大臣、労働科学とかあるいは労働医学の面もとらえていると言いましたが、私どもがある程度調査をいたしているものを、乗務員の家族、乗務員を含めましておしなべて国鉄の——いま国鉄の問題を言っていますから私は国鉄だけにしておきますが、国鉄の全体の職員からいいますと、大体二年ないし二年三カ月ぐらい平均寿命が短いのであります。これは家族も含めてですよ。この辺は、私は科学者でもなければ医者でもありませんから、そうした要因というものはどこからくるのかということをしさいに勉強しておりませんけれども、やはりここらあたりにもかなりいま大臣が言った注意力が阻害されるようなものがひそんでいるんじゃないか、いないであろうか、こういうようなことも考えるんですがね。これは大臣は博学ですからそういった点は勉強しているんじゃないかと思いますがね。現実の問題なんですね。ですからこういう点をひとつとらえてみていただきたいということと、それから、冒頭に申し上げたことは、せっかく国鉄の総裁以下事故防止の対策委員会というものをやっているんだけれども、これはあくまでも管理体制と称される中で、今度は何か初めての試みだそうだけれども、それぞれの地方の局長も招集しておやりになったようでありますが、私はそれだけでは問題の解決にならないような気がするんです。大臣もおっしゃったように、人だというなら、その人をやはり大臣が申されたような方向にしてまいらなければならぬのですから、そういう関係の者を一緒に含めて、より深く高めて広めるという事故防止の対策委員会に運用したらどうなんだろうか、こう思うのです。そうでなければあくまでも、これは新聞紙上ですからほんとうかどうかわかりませんけれども、きのうか何かの会議をやって、総裁が、たるんでいるというようなことばは使っていませんけれども、それらしき、今度の事故等々考えまして、設備施設よりも人のほうがより事故の原因になっているようだから、具体的にこうした問題について把握をしたり、あるいは、ここでは非常に指導などというきれいなおことばになっていますけれども、そうした機械なり、あるいは管理体制を強めている中からやりなさいという意味のことだと思うのですが、私はそういうことだけでは大臣の言った注意力の問題は解決しないような気がするんですが、この点はいかがですか。

中曽根康弘自由民主党運輸大臣

○国務大臣(中曽根康弘君) 過密ダイヤというおことばがありましたが、私は自分で乗った印象、経験では、過密ダイヤではない、そういう自分の判定を得たのです。過密じゃないけれども稠密である、そういう考え方です。過密というと、何か非常に過ぎたことをやっていて危険性が非常に包蔵されているという印象を国民に与えますが、いま国鉄が組んでいるダイヤはばか正直に規則を守ってやれば決して危険ではない、そういう危険を包蔵していないのだ、そういう意味で過密というと国民に不安を与えて、国鉄が何かいけないことをしているというような印象を私与えるおそれがあると思うので、あれは稠密ダイヤである、そういったほうが正しいと思うのです。それで注意力の問題でありますが、注意力というようなものは、お説のとおり勤務時間、あるいは環境、そういうものに非常に影響されると思いますが、あの事故を起こした運転士諸君の、その前後の日の行状を調べてみますと、そんなに労働過重ではないのです。お茶の水の駅の場合でも同様です。で、中には新聞にも書かれましたが、マージャンをやって、徹夜をやって、眠くなって眠っちゃったという要素もありますし、大体そういう不注意が多いようです。これはやはり規律訓練が足りないのだ、責任感が足りないのだ、そういうように私思うのです。その乗務員のその前後の乗務歴というものを見ると、それを見て、ああなるほど決してそうオーバーな乗務をやらされているんじゃないということを私見まして、その点は問題はないと思うのです。しかし、問題はどこにあるかということを考えてみますと、私はやはり現場の第一線における雰囲気というか、そういうものが問題だと思うのです。で、日航の松尾社長にあるとき聞いたことがありましたが、カナダ航空が羽田でぶつかった日があります。霧が非常に濃かったようです。あのとき、日本航空の外国から帰ってきたものが、一足前に帰ってきて、霧が濃いというので板付に降りた。ところが、そのパイロットは、実はきょうは非常にくたびれているので、これから羽田に持っていくのだが、乗員を交代させてくれ、そう申し出たそうです。それで乗員を交代させて羽田に安着させた。私はその話を聞きまして、申し出るパイロットもえらいし、かえさせる社もえらいし、そういう雰囲気をつくった会社がえらい、そう思うのです。ですから、国鉄の場合でも、私鉄の場合でも、運転員が、実は悪いけどゆうべマージャンをおそくまでやっちゃって、ちょっと眠いので、万一お客に迷惑をかけるといけないから、区長さんかわらしてください。あるいはゆうべ子供が病気で、徹夜で看病したのでどうもからだがくたびれて、万一があるといけないから交代さしてください。そういうことを区長なり、上司に安易に言っていける環境をつくるということが非常に大事だと思うのです。国鉄は元来、いわゆる国鉄一家と称して、そういういい環境があり、使命感に燃えておったと思うのですけれども、それがやや私鉄並みに最近変わってきたのじゃないか、そういう気がします。私は南海電鉄やその他の事故が起きたときに、国鉄を見ならえということを繰り返し言ってきた。しかし、その国鉄がこういうふうに半年に六回も事故を起こすようじゃ国鉄を見ならえとは言えなくなってしまって、非常に残念に思うのです。国鉄の非常にまじめにやっている運転者の諸君なり、従業員の諸君も残念に思うし、先輩も非常に遺憾に思うだろうと思うのです。そういう面から、おそらくそれは職場の第一線におけるそういう家族的雰囲気というものがなくなってきて、何かとげとげしいものがあるのじゃないか、それを実は一番おそれているのです。きのうの会議の模様を新聞で読んでみるというと、上からきた示達を現場長が下へ徹底していないというようなことが多分にあるように出ていました。あるいは労働組合の圧力に押されて、そういうことをやるというとサボタージュくらって、現場長がほかへ転勤させられてしまう。協力されない。そういうことをおっかながってますます示達を徹底しないということがあるというようなことが新聞に書いてありました。まあそんなこともないと思いますけれども、万一そういうようなことがあるとすれば、これは管理上、規律上の問題と労働組合運動とを混淆している。間違いである。私はそう思うのです。ですから最初に申し上げましたように、公共企業体にあっては、公共奉仕は労使の紛争に優先する。この大原則を労使ともに確認して、そうして、とげとげしい雰囲気をなくして、もっと家族的な融合した雰囲気で、お互いに何でも言える環境をつくってやるということが一番大事じゃないかと私は思います。これを権力的にものを解決しようといったって、人間の心は権力で動くものではありませんから、そういう環境をどうしてつくるかということを労使双方ともに考えてやっていってもらいたい。そうして昔の国鉄のいいところをぜひとも確保していただきたいということをお願い申し上げたいと思うのです。

吉田忠三郎日本社会党

○吉田忠三郎君 後段のほうの大臣のおことば、これは私もっともだと思うのです。前段で過密でなくて稠密だ。しかし、これは人の見方ですから、ここで私はあなたと議論しようなんという気はないのです。過密であるという、過密ということばは私どもが当初使ったことばじゃないのです。これは過去の運輸委員会の記録なり、あるいは参議院の本会議等々で歴代の総理大臣なり、あるいは運輸大臣が答えられた、あるいはいろいろな意見の中に出されたことばの中に、やはり都市交通については、つまり国鉄だけではなくて、すべての交通運輸含めまして過密であるということがいわれたのであります。だからこの点では私どもが、これは中曽根運輸大臣は稠密だ、こう見ることは差しつかえないのですが、過密であることはこれは大臣間違いないと私は思うのです。  それから最近の事故を見ると、大体事故を起こした運転者の実態をある程度御調査なされたと思います。その結果大臣が言っているわけですから、それは否定しませんよ。マージャンをやったり、前日、翌日の勤務時間というものははっきりダイヤ、交番できまっておりますから、そのことを忘れて深酒をやったり何かしてそうして疲れを伴ってきて事故が起きた、これは大臣のおっしゃるとおり、そのことは正しいなんて考えている人はだれもいないと思うのです。しかし、たまたま私は今度のそうした事故だけではなくして、国鉄の全体のものを見てまいりますと、大臣はこの間試乗してみて、これは危険でない、だから過密じゃないのだ、こうおっしゃるような内容のものではないだけに私は申し上げているのです。確かに国鉄は九十七年間の歴史の中で、国鉄というのは安全なんだということで、確かに安全運転、非常に他の同じような産業の中から見れば私はそういうことはいえるのじゃないかと思います。今日でもいえるのじゃないかと思います。しかし、もはやその限度は限界にきているのじゃないか、こう思うがゆえに申し上げているのですが、大臣これはこまかなことは御存じないから過密ではない、稠密だといっておりますけれども、いまのようなダイヤ改正ごとに、つまり急行あるいは特急、準急というような優等列車をどんどん一定区間に詰め込んでいくということになると、結果的には国鉄側は何をやるかというと、これは閉塞区間を改定していくのです。御承知のように閉塞区間というのは、一定の区間に二列車を入れることはできないというのが原則です。したがって、従来のつまり上り下りの信号区間というものの中間に置く、これがいまゼロ号ということになっております。国鉄の幹部そこにおりますが……。そうしますと、信号区間が短くなることになりますから、構内の中においてもこれが現実に東京あるいは大阪、名古屋という大都市に行なわれている実態なんです。ですから今度の場合だって、幾つかそういう問題で、幸い大事に至らなかったから事故だということになっていないわけですけれども、国鉄の中にはほんとうに事故がなかったから表面には出ないのだけれども、そうしたきわめて危険な状態というのは東京駅にしたって品川駅にしたってざらにあるのですよ、これが。存在しているのですよ大臣、これは。しかも通勤、通学にしても、御案内のとおり、おしりを押すような職員まで要員化されて入って、押してやらなければ輸送力が保たれない、こういう実態ですね。これは何と言ったってやはり大臣過密です、これは。過密です。それくらいやはり運転者の人々の側から見まするとたいへんな注意力を必要とする職務内容に質的に変わってきていることは変わりがないと私は思うわけです。だからといって、注意が緩慢であっていいということを私は言っているのじゃないのですが、しかも国鉄の場合はだんだん機械がふえてきたから、したがって人間は一人でいいとか、あるいは要員をどんどん切り詰めてまいりますから、大臣も後段に言ったように、ぐあいが悪いからといって区長なり助役に申し出て、そうかということで直ちに交代するという形の配置になっていないのですよ。ですから、これはその意味ではいいか悪いかわかりませんけれども、やはり自分では責任感があればこそ出ていく者も中にあると私は思います。そこまでやはり要員事情というのは切り詰められてきております。予備率という率がありますけれども、私ども国鉄へ当時入った時期から見ますときわめて少ない、この予備率は。それが証拠には、今日、国鉄は労働基準法に示されておりまするいわゆる公休、基準法の休暇、これはすべてが消化されているかというと、ほとんど消化されていないこの実態です。消化できないような勤務の状態になっているのです。だから、大臣が平面的におっしゃるような勤務の内容、それから構内の、たとえば閉塞区間の問題を一つ取り上げてみましたけれども、そういう、大臣、安心するような状態になっていないので、この点はまあ国鉄の常務理事の方々もおいでですから、大臣でなくてもいいが、もうちょっとそこらあたり内容を明らかにして、私が言っているほうがでたらめにものを言っているか、これはひとつ答えてもらいたいと思うのですが、大臣は過密じゃなくて稠密だ、そこのところはものの言い方ですから、稠密であるか過密であるかわかりませんが、そういう実態であるということを大臣によく知ってもらわなければならない。担当の理事がきっといらっしゃると思いますから、運転区間の理事でもけっこうですがね。

中曽根康弘自由民主党運輸大臣

○国務大臣(中曽根康弘君) 国鉄の大先輩の吉田さんのお話、私も拝聴いたしますが、私が乗った感じでは、たとえば事故が起きた時間を見ると、二分間の稠密時間帯には起きていないのです。五分間のときに起きている。だから、稠密性からいったらそんなに自分の精神が気ぜわしくなっているときではない。かえってそうだからまた眠ってしまうのです。やはり運転士の場合は、私らも自動車を運転して経験がありますが、一つのリズムで動いている。規則的なある一つのリズムを伴いながら動いているのです。そのリズムがとぎれたりすると眠ってしまう。そういう要素が労働科学の面からもあると思うのです。ですから、かえってその二分間の稠密時間帯の緊張がずっと続いていれば安全性があるのかもしれません。私はしろうとでよくわかりませんが、労働科学の面からみるとそういうことが言えると思う。たとえば順法闘争を国鉄の人はおやりになる。そうすると非常にダイヤが乱れます。あのときくらい疲れることはないと聞いたことがある。リズムが乱れるものだから、年じゅう注意をしていなければならぬ、疲労が多くなる。ところが運行が正常にいってるときには、たとえ時間間隔が短くても、正常ですからリズムが安定しているから疲労度は少ない、そういうようなこともあるんじゃないかと私は思うんです。それで二分間の稠密時間帯のことを考えてみましても、あれはツー・セクション閉塞していますね、距離からいえば八百メートルぐらいは最低あると思う。そうすると、タクシーの運転手と比べてみますと、これは多少標準は違いますけれども、タクシーの運転手は東京都内では、どっちから車が来るかもわからない。車間距離は五メートルもないでしょう、それでかなりのスピードでやっておる。しかし国鉄の場合は一本道だから外から飛んでくるものはない。ですから赤とか青とか黄色の信号を正確に守っていきさえすれば八百メートルの距離は常に保てるということになる。それさえばか正直に守っていれば、タクシーの運転手ほどの、何といいますか、不測のものが出てくるということはないんですね。  それから、朝晩のラッシュ・アワーに運転している人に聞いてみましたら、一回運転しましたら、二回はもうやらないそうです。そういうふうにして休養をとらしているということも聞きました。そういう状態がほんとうにそうであるならば、私は危険性もないし、とにかく八百メートルも間を置いて動いているという状態にあるなら、ツー・セクション車がないという原則を守って、あのATSが動いている限りは危険性はない、そう私は思うんです。  これは国鉄の大先輩の吉田さんは御自分でいろいろ御経験なさって、われわれのわからない世界があるから、そうおっしゃるのかもしれませんが、私が見た感じでは、そういう感じがしているんです。  それで、いまの予備員の問題やその他いろいろあると思いますが、要は機械にたよったらいかぬ、機械は補助者としての役目を果たすんであって、やはり人間が責任を負うべきものなんだ。たとえば喚呼の場合なんかでもあまりやってないという疑いがありますね。喚呼はやれといわれている。添乗すればやるけれども、しかし一人でやる場合には喚呼をしない、そういうくせがあるんじゃないか。それでもやはり言われたことはばか正直にやっていれば、万一の事故は防げるという気がするんです。やはりあの喚呼にしても何にしても長い間の国鉄の経験からしてこれがいいということで先輩が残していってくれた規律なんであって、そういう点はやはりばか正直に守るべきである。昔国鉄にあったような、そういうばか正直さというものが人知の発達につれてだんだん薄れてきて、何か要領でものをやっていくというようになって、機械にだん、だんなすりつけていく、そういうふうに、人間ですから、そうなりやすいんですけれども、そういう危険性があるんではないか。だから、国鉄の管理にしましても、いまのこういう事故が出てきたら全くもう一回白紙の立場で、虚心たんかいにいままでやっておることを再検討してもらって、国鉄当局側で改めるべきこと、従業員側で戒慎しなければならぬこと、おのおのがよく解析して自分の責任の分担を明確に、かつ十分行なうようにしてもらうべきだと私は思います。

吉田忠三郎日本社会党

○吉田忠三郎君 これはここで大臣と議論するんではなくて、やはり基本はどうしたならば事故というものが未然に防げるかという、そういう立場でお話をするんですがね。大臣は運輸大臣になる前も大臣をしておりましたから、学問上あるいはその他実態も経験していると思いますが、ぼくは大臣よりも国鉄の構内を歩いていますよ、いまでもね。たとえば喚呼の一つお話がいま大臣から出ましたが、私どもが二十数年前から鉄道に入って、やはり二十何年間末端で働いてみましたんですが、それとずっと比較してみますと、よく守っていますよ、守っています。同時に指先の確認なんということは厳格にやっていますね、厳格に。とりわけこの点は国鉄のそうした指導体制とか、あるいは再教育の機関が充実されてきて、よりそういう面で、私は厳格になされているのではないかということで敬意を表しています。運転者については、非常にきびしいことが当然なんですから、あたりまえのことでありますけれども、私どもが見て、私どもが経験したときより以上に厳格ときびしさを持った指導をなされているのです。たまたま今度の場合、大臣、指摘されたような面でまことに残念な状態でありますけれども、それは数の中ですから、たくさんいるわけですから、そういう人もおったかもわかりませんが、おおむねそういう点では、私ら国鉄内の細則とか準則とか運転規程とか、そういうものをほんとうに大臣の言うようにばか正直に守ってやっていると思うのです。われわれよく構内を歩いて見ているわけですが、そういう点では、非常にいい傾向じゃないかと私は思うんです。今度の事故、六つほど大臣指摘されるようにございましたが、類似する点が一つあるんです。それは何かというと、大体勤務交番の勤務がもうそろそろ終了いたそうとしているときに、共通して事故が起きている感じがするんです。感じというより、事実そうです。そこで私思うに、大臣がこの間乗ったようなものではないわけですから、ある一線区を乗って帰ってきて、また別な線区に乗り、さらにもう一つの線区を乗ってきて大体終了交番に入っていく、こういうことですから、まあおそらく、そろそろもうあと五分か十分で勤務は明けるんだなというような一種の解放感というか、そうしたものとか、あるいは三交番なら三交番勤務してきて、その勤務の疲労が積み重なってきて、それとあわせていま言ったような解放感といいますか、そういうものと重なり合って起きているんじゃないかと、こう思うんです。それは私、実態調査したわけじゃないんですが、これは全く感じ方です。そういう感じ方さえしているんですが、それはそれとして、大臣は機械にたよっちゃいかぬと言うんですが、まきに私そうだと思います。どんなにりっぱな機械ができてきたって、やはり人間の頭脳で指示を与えてやらなければ機械というものは動かないわけですから、効力を発揮しないわけです。ですから、そのことは最も大切だと思うので、そのことは私は否定しません、しませんが、しかし、だからといって人だけに、また、先ほど言ったように当然注意しなければならぬわけですけれども、その注意もここまでくれば、限界を越えるものについてはやはり設備の改善であるとか、あるいはまた機械にしても、たとえば一つ例をとってみますけれども、このATSですか、あの機械にしてみても、先ほどちょっと閉塞区間の問題を取り上げましたが、従前からみると、信号距離間というものは狭まってきているわけです。それは車両というのはだんだん軽車両になってきて、より収益をあげなければならぬですから、優等列車を走らす。それに伴ってスピードが出てくるわけですから、そうすると、信号区間が非常に時間的に見ますと近寄ってくるわけです。ですから、常時、スタートしたならば、極端な例でありますけれども、終着までブザーが鳴り続いている。そうすると、そこのところは、いけないといえぱいけないのだけれども、まあうるさいから結局ブザーをとめる。あとは自分の力で、自分の能力にたよるというようなことです。ですから、こういう問題についても、ブザーで注意力を与えるということはいいわけですから、いいのであれば、ここのところは、できるかどうか別として、ちょっとくふうをこらしたならば、あるいはイヤホーンならイヤホーンでやるとか、何かの、高い、常時かなりの音をきせなくてはいけないというような問題もあるのです。こういう点がやっぱり改善であって、これは並行してやらなければいけない問題じゃないか、こう私は思うのです。実際国鉄側としてそれは採用しているわけですか。

湯川龍二日本国有鉄道常務理事

○説明員(湯川龍二君) いま吉田先生の非常にるるとお話でございまして、ATSの扱い等についての御注意がございましたが、ATSは御存じのように、まあ運転士も人間でありますから、万が一の間違いがあってはいけない。そういうときにATSが働きまして、御承知のように自動的に非常ベルが鳴るということにしたわけですが、運転士は従来から信号機を見て確実に運転するということがたてまえでありまして、万が一の信号機の見落としとかあるいは失神とか、そういった緊急な事態に対して働きかけるという設備でありますので、信号機を確認して確実に運転してまいりまするときには、ボタンを押しまして、警報が鳴った場合に、これは、赤信号のところに入って鳴るわけでありますから、そのときに確実にこれを確認をいたしまして、ボタンを押して制動をかけるという御承知のようなたてまえであります。そこで、いま御指摘のように警報が鳴りまして、そのまま放置いたしておりますと、五秒間で非常ベルがかかるわけでありますが、いまのように、正常な運転をする人が確認ボタンを押しまして、その後は運転士は当然ふだんのとおりの制動をかける状態でありますので、その後におきましては、ATSが作動するということでありますから、この間にまた何らかの間違いが起こるというようなことで、御指摘のように警報を、さらにそういった扱いをした後においても持続しておいたらどうだろうかということについては、実は研究をしておりまして、実は警報でございますので、現在は大きな音である。このまま持続いたすということは運転士に非常に刺激が強いということもありまして、持続するのであれば、これは持続して注意を喚起しつつ、しかもこれが不快感あるいは疲労をもたらすような刺激にならないような音にするということでいろいろと研究をいたしておるところでございます。いままでの調査研究によりますと、ブザーの方式よりもチャイムがよろしいということで、チャイムもこれをどの程度の頻度で鳴らすのがいいとか、いろいろございましたわけですが、これを先ほどのおことばによりますと、労働心理学的といいますか、人間工学的といいますか、そういう形で労働科学研究所が取り上げまして、目下研究をしているわけです。一部、山手線の一部とそれから四国におきまして、これらの実験をいたしまして、実際の運転士のこれに対する受け入れの心理的な状態等についてもアンケートその他をとりまして、いま調査をしているわけでありまして、お話のようなことにつきましても、目下そういう方向で進めたいということで検討いたしておるところでございます。

吉田忠三郎日本社会党

○吉田忠三郎君 目下検討をしているということですから、大いに検討してもらいたいと思います。大臣先ほど自分で乗った御経験の中で、信号と信号の間が八百メートルあるからまあまあじゃないか、こういうお話がございました。そこで私どもが経験しておったころは、これは一キロなんですよ、閉塞区間というのは。それが八百メートルに詰まってきている。それは先ほど言ったように、その一つの線路に列車をより多く詰めて収益を上げなければならぬ、いろいろなことがありますが、それをやっているからだんだん距離が狭まってきているというわけでしょう。  それからもう一つは、先ほど言ったように、いまは中間にゼロ号の信号を設けて、前の電車がゼロ号をスタートしたら後続列車は、つまり閉塞区間に入ってよろしい、こう変わっているでしょう。そうすると、八百メートルということにならないのです。こういう点から、先ほど言った稠密、過密というようなお話になったのですが、それはそれとして、実態はそういうふうにしてちょっと見失ったり、それこそ注意が欠けたら、たいへんなやっぱり危険な要素というものがあるのです。ですから、こういう点はやはり申すに及ばず、皆さんそれぞれ教習所なり、運転士の諸君は特にそうだと思いますが、再教育等でやっているんだと思うけれども、どうなんだろう。これはただ単に注意力だけにたよっていいかどうかという問題です。注意力の限界というものから見て、注意力の限界をこえたような状態のものがあるのじゃないかというような気がしますが、どうですか。

湯川龍二日本国有鉄道常務理事

○説明員(湯川龍二君) 先生の多年のいろいろな御観察なりあるいは御経験等によりましていろいろお話がございますが、いまゼロ信号というのはございませんですが、場内信号機がございますが、構内に入る手前にポイントがあったとしますと、まず第一の場内に入りまして、構内の直前に第二場内信号がある。さらに、お茶ノ水の例でございますと、ホームの中間に、第三場内がございますのですが、これらの信号機の間隔は、先生御存じのように、列車の速度によりましておのおの必要十分な間隔をとる。必要十分な間隔をとるということは、運転規則に基づいた運転のあり方と申しますか、制動距離がとれるような運転曲線に沿いまして、これは確実にとっているわけでございまして、したがいまして、構内の場合でございますと、これは非常に速度が落ちておるというのが前提でございまして、当然注意信号が前にありまして、それから入るということでありますから、四十五キロ以下でも進みますし、さらに構内に接近いたします場合には警戒信号も置いてございまして、そういう形の速度の前提で信号機の間隔が設定されておる。駅と駅の中間では、そこの中間で走る速度に応じた閉塞区間になっておりますから、これは場所によりまして一キロ以上のところもありますし、あるいはまた八百メートルのところもあるわけですが、これらはすべてそれぞれの区間に設定されました速度計画によりましてできているということでございますので、その点につきましては、一様に信号機の間隔があるのじゃないということは、先生御承知のとおりでございます。蛇足で恐縮でございますが、そういうことでございます。  それから注意を十分にでき得ないような状態についてということでございますが、これはいま言ったような信号区間が、その速度に応じてできておりますので、信号機を確実に確認をいたしまして制動機をとるならば、十分に余裕距離を持ちましてとまれるようにもちろんなっているわけでございます。  それから、それにしましてもATSを設置いたしましたのは、繰り返しになりますが、人間でございますので、そういった注意をしている運転士でありましても、万が一の錯覚とかあるいは万が一の体の状態とか、そういうことで信号確認ができないような状態が起こった場合にこれを防止しよう、こういうことで先生のおっしゃるような一旦緩急の場合の危機を救おうというためにATSも設置したということでございます。

井上邦之日本国有鉄道常務理事

○説明員(井上邦之君) 先ほど来吉田先生の御経験によりますところの御説でございますが、人間の注意力には限界があるはずだ、こういうことをおっしゃいました。確かにそのとおりだと思いますが、しからば現在の国鉄の動力車の乗務員の勤務が人間の注意力をこえたものであるかどうかということになりますと、これの判定は非常にむずかしいと思いますが、常識的に考えて、決して無理な勤務ではないと、私ども確信を持っておるのであります。先生の現役で御活躍の当時と比べまして、現在の動力車乗務員の勤務というものは非常に楽になっております。先ほど先生が例に出されました五日間連続ハンドルをとっておるような交番があるとおっしゃいました。これは確かに先生おっしゃられるんですから、そういう事例もあると思いますが、そのあとに必ず年休、公休あるいは非番そういったものを含めまして、四、五日休んでおるはずでございます。といいますことは、そういう交番の組み合わせを乗務員自体が好む、この点に私は逆に問題がありやせぬか。乗務員の好むような交番というものは、ある程度勤務を詰めてやりまして、あと一週間なり幅広い休暇をとりたい、こういう気持ちが非常にあります。それがかえって乗務員の健康状態に悪い影響を与える場合がある。その場合でも、管理者が非常に強い意思とほんとうの愛情をもって、そういう勤務はおまえのためにほんとうはためにならないんだぞということで説得をして、平均した交番勤務を組みさえすれば、そういう問題はないと思いますけれども、まま誤った愛情で乗務員の好むまま、欲するままの交番をつくったというようなことで、かえって大きな面でいえば、あるいは長い目でいえば害を生ずる、こういうような事例もあろうかと思います。五日連続してハンドルを握っておる事例があるという御指摘でございましたが、実際の一日のハンドル時間というものは大体四時間でございます。

吉田忠三郎日本社会党

○吉田忠三郎君 四時間か五時間かな。

井上邦之日本国有鉄道常務理事

○説明員(井上邦之君) 五時間というハンドル時間はございません。四時間でございます。大体キロにいたしましても百キロ以内、これが一日の平均勤務時間、五日間ぶっ通しにハンドルを握っておるわけではもちろんございません。そういうことで、決して現在の乗務員の勤務というものは過酷なものであるとは私は申し得ない、むしろ先生御活躍のころよりも楽になっておると思います。  それから先ほど御指摘のありました年休消化状態も非常に不十分であるというお説もございましたが、乗務員の年休の消化状況は、一般職員に比べてむしろいいのでありますが、一年に御承知のとおり二十日間の年休を与えられておりますが、その消化は平均して十七日でございます。十七日の平均消化といいますと、三日間確かに消化不足はございますけれども、これはむしろ本人たちが不時の災いあるいは自分がいつ病気にならぬとも限らぬ、こういうようなことも考えまして、むしろ三日間くらいは自分でとらない、こういう十七日の消化というものはむしろ一〇〇%に近い、それでそういう不消化の分が累積しますれば、これは退職の場合に金銭でもって買い上げるという措置、そういう措置をとっておりますので、決して本人に不利益になることではございません。むしろ年休消化状態というものは実質的には一〇〇%に近い、こういうような状態でございますので、現在の動力車乗務員の勤務状態はかつて先生の御活躍のころに比べれば楽であるということだけは申し添えさしていただきたいと思います。

吉田忠三郎日本社会党

○吉田忠三郎君 それは井上常務は人事担当しているから、人事担当している面から見れば、そういうことが言えると思うが、だけれども、実際問題として、おしなべて、では常務の言っているようなことになっているかというと、そうなっていない部面が非常に多いということです。で、たとえばハンドル時間にしても、確かにだんだんだんだんハンドル時間は短縮されてきていることは事実です。だけれども、その反面、今度はスピードというものが高まってきています。運転区間、運転キロについては、それはそういうことが言えますけれども、早いわけですから、ピストン乗務しなければならぬ場面がたくさんあるわけでしょう。しかも、運転しながら多少なりとも休養をとるなんというそんなことはないわけですけれども、それにしても、これは労働医学とかあるいは労働科学とか何とかいろんなもののデータを見ると、やっぱりスピード感による人間の脳神経の消費といいますか、それに伴う過労といいますか、たいへんだというんです。そういうことといろんな総合的に関連して見ると、必ずしもハンドル時間が短縮されたからといって、従前から見て勤務はあなたのおっしゃるように大幅に楽になったんだということには私はならぬと思うんです。それはここであなたと議論するというものでもないし、ですから要は、この問題をとらえたのは、とにかく国鉄というのは絶対安全なんだ、国民のせっかくの生命、財産を守る唯一の安全な輸送機関である、こういうことでずっときたわけでしょう、さっき大臣もちょっと申されましたが。それがどうも最近は国鉄を見習いなきいなどと言えなくなってきたと大臣がおっしゃっている。したがって、私はそうした国民から失われつつある信頼性を回復する、挽回する、汚名をこの際挽回する、こういう立場で申し上げているわけですから、せっかく、先ほど冒頭に言ったように、あなた方いろいろ事故対策についての委員会等があるわけですから、ぜひそういう人々の意見も十分聞きながら、事故を未然に防いでいくというような方向に私は努力をしていただきたいという立場で申し上げているわけですから、そういう点でひとつ御努力をさらに願いたいと思うんです。  それから、大臣先ほど四時ごろということでありましたが、これはひとつ大きな問題ですから、それできょう実は大蔵大臣も来ていただきたいということでしたが、外人と何か話し合いか何かしているらしいので来ません。政務次官おいでですから申し上げるんですが、この場所で私は憲法論を振り回したり、それから清掃法を振り回したり、あるいは衛生法を振り回したりということはさらさらないんだけれども、最近やや社会的な問題になりつつあります公害——黄色い害なんですが、これはたいへんなものです。こういう席できたないお話になるわけですが、きたないといったってみんな人間が排出したものですから、きたないとも言えないと思うんです。例のふん尿のたれ流しの問題です。これは被害者は一億国民だと思うんです。で、加害者は経営している国鉄だと思うんです。そこで、被害者、加害者の点ははっきりするんだけれども、ただ単にこれは加害者国鉄とか何かでながめていいものかどうかということを私はいろいろ考えてみると、ここらあたりで、やっぱり運輸大臣、抜本的にこれが解決のためにどうしたらいいかということを考えないと、片や世界に誇る新幹線が走っている、片や依然としてふん尿のたれ流しをやって、沿線の住民はもとより、沿線における農産物とか、あるいは北海道の函館などというところは、あそこはするめの産地でありますけれども、鉄道沿線ずうっとするめの乾燥場にかかっています。あんなのは全部ふん尿のたれ流しの被害を受けているんです。乾燥してしまえばそんなものは大したことはない、多分に塩分が含まれておいしいんだなんということは言っていられない。この問題は大臣どうお考えになりますか。

中曽根康弘自由民主党運輸大臣

○国務大臣(中曽根康弘君) きのうも国鉄労組代表の方々からその点に関する要望も受け取りまして、話も聞きましたが、私も同感に思うのです。私もことしの正月八日に、ことしは明治百年だから国土をきれいにしよう、きれいにする一つは、国鉄が公衆便所をきれいにすることがまず最初だ。一番大衆が利用する便所を国鉄がぺンキを塗るとか、もっと消毒液をまくとか、そういうふうにして国民に気持ちのいい便所にしてやることが一番大事だ、そういうことを言ったのです。国鉄のほうにも、それを至急やるようにと私局長を通じて指示もいたしました。それから今度便所の問題が出てまいりまして、私の衆議院の同士で赤羽から東京駅まで選挙区を持っている代議士がいまして、その人が沿線の住民の方を連れてきてやはりそういう話を持ってきた。私はなるほどまことに御迷惑さまだ、国鉄当局としても、国としてもこれは至急に手当てをしなければいかぬ、そういうふうに感じたのです。それでいろいろ調べてもらったりいたしましたら、国鉄の組合のほうからそういう話がありまして、期せずして考え方が一致したのです。やっぱりこれをこのまま放置しておいたらよろしくない。しかし国鉄のほうもいろいろ財政的理由がありまして、何しろ赤字に悩んでいる。この間はかなりのベースアップもやって、ことしの国鉄の予算運用すらなかなか苦しいという情勢である。したがって、いま直ちに手をつけるということはむずかしいだろうけれども、来年度以降、年次割りぐらいにして、ある程度の年次計画を立てて、そうして緊急度の強いものからこれを解決していくようにしたらどうか、実はそう思っているのです。それでいま鉄道監督局にその研究を命じております。いずれ研究ができ上がりましたら、国鉄総裁とも話し合ってみようと思います。国鉄のほうも昭和三十七年ですか、これが問題になって、清掃法、その他の関係で、その住宅市街地、その他ですか、そういう地区においてはきれいにするようにつとめなければならないというような法律上の文章もあるので、つとめる意思はあるらしいのですけれども、何せ第三次長期計画等に追われて赤字が多いものですから、なかなか手が出なかったらしいのです。しかし日本がこれだけの経済成長をして文化的にも経済的にも充実した今日、あの問題を放置する段階ではないと思いますので、組合からの要望もありますから、これを誠実に取り上げてみたいと、こういう考え方であります。

吉田忠三郎日本社会党

○吉田忠三郎君 大臣はまじめにたいへんな問題だから取り上げたい、研究もする、検討もしたいということですから、けっこうなことですが、私は法律をたてにとるわけではないけれども、大臣も申されたように清掃法の五条にちゃんと書いてある、車両のふん尿の取り扱いについて。しかしそうは言っても、いろいろ一兆五千億も借金をしょって利子金だけで四苦八苦していることですから、なかなか一挙にやるわけにはいかぬということはいま申されたのですが、一億国民が全部被害者ですよ。ですから、そういう観点からやはり大蔵省なども、その他の産業とか企業にはかなりの抜本策の財政等の措置を講ずるわけですから、ここまできた限りにおいては、やはり積極的にこういう問題を国民の側に立って解決することを財政的な面としても考える必要があるのではないかと実は思うんです。  それからもう一つは、せっかくの運輸大臣のそういう積極論があるとすれば、私はこれはこれだけでも特別立法といいますか、あるいは議員立法でもけっこうでしょう、国民の大多数が被害者でありますから。やはりそういうことを具体的に解決をしていくというような法律的な措置が必要ではないか、こう思うんです。いまある法律は、憲法の二十五条、これはどうこうということは言わないにしても、清掃法のほかに、これに関係する法律は五つほどありますよ。これはすべてそれを規制するような法律だけれども、いまのところこれは実際なされていないということですから、ですからこの問題を解決する前向きの積極論の上に立った法律というものが私は必要じゃないか、こう思うんですが、この辺は大臣どうでしょうか。

中曽根康弘自由民主党運輸大臣

○国務大臣(中曽根康弘君) 法律を必要としないでも国鉄内部で財政のやりくりをしてやれることだと思うんです。やろうと考えればやり得ると私は思うんです。ただ、台所との関係があるので、ここで私はいつからどうやるというようなことはもちろんはっきり申し上げられませんが、前向きにこの問題は誠実に取り上げていくべき問題である、そう思うわけです。これはまさに吉田先生御指摘のとおり、運輸省や国鉄だけで解決するのはむずかしいから、大蔵省とか国全体でやっぱり協力していただかないとできないと思います。そういう点はここに政務次官がおいでですからぜひとも協力をお願いしたいと思います。  それから、一方においては一ペんに全部やれといっても、あれは客車についてオーバーホールするときに、あいているときに取りつけるとか改造するという問題になりますので、オーバーホールする時期がいつになるか、やっぱりある程度の年次計画で、ぐるぐる回しながらやっていくという、そういうことになると思います。そういう意味でやっぱりある程度の時間をかしてもらってやる。まあ憲法をたてにとれば、それじゃいなかも全部水洗便所にしなければならない、それに国家が補助金をやれというような議論にも伸びるかもしれませんが、やっぱりそれは経済力や文化の水準とほどほどに総体的に考えていくべきものだ。国鉄の資料によると、欧米ではそのようなたれ流しが非常に多いようです。特にヨーロッパではほとんど全部がたれ流しという資料をもらっておりますけれども、もし、そうであるならば日本も計画的に、年次的にやってもかんべんしてもらえるだろう、そういうように私は思う次第であります。

二木謙吾自由民主党大蔵政務次官

○政府委員(二木謙吾君) ただいま中曽根運輸大臣が申されましたとおり、この問題はひとり国鉄のみの問題でもなかろうかと私も考えておるので、国全体としてもやはり考えなければいけない。そういうことになれば大蔵省といたしましても、よく運輸省その他と相談をして前向きに検討したい、かように考えるわけであります。

吉田忠三郎日本社会党

○吉田忠三郎君 運輸大臣と、それから大蔵の政務次官から、国全体の問題として前向きに考えたい、こういうことですから、きょうは私一人でものを言っておっても何ですから、大臣に対する私の質問は終わります。  そこで、今度は国鉄の御当局もたくさんおいでですから伺っておきますが、先ほどの事項とは多少関連するわけでございますが、国鉄も九十七年ですから、明治百年とか言われますが、人間にしてみるとかなりのおじいちゃんになったんですね、女であるか、男であるかわかりませんが、おじいちゃんかおばあちゃんか、かなり老朽化してきていますね。それは東海道の新幹線であるとか線増をやったところ、あるいはこれからやらんとする山陽新幹線等々はそういうことはないけれども、全国的に見ると、かなり——線増、改良は三次長期計画の中ではやっておりますけれども、ローカルに参りますとほとんどもう手がついていない。またつけられないでいるんだと思うんですよ、財政事情からいって。だからその点は復元されていないと見ていいんじゃないかと思うんですが、そうしたやさきに、聞くところによりますと何か全国で三十ないし五十ぐらいの保線区をなくしてしまうという話をちらほら私どもは聞いているんです。しかもその基準は、一区一地区とかあるいは一区二地区ですね、そこらあたりのものは整理統合、廃止、こういうようなことをやるということを私ども聞き及んでいるんですが、もしかりにそれが画一的にやられるとすれば、私は先ほども言った事故の問題ともからめてたいへんな問題だと思うんですよ、たいへんな問題が起きてくると思うんですよ。ですからそういうお考えがどの辺まで進められているのか、関係の常務理事から私は伺っておきたいと思う。

谷口慶吉自由民主党

○委員長(谷口慶吉君) 速記をとめて。   〔速記中止〕

谷口慶吉自由民主党

○委員長(谷口慶吉君) 速記をつけて。

井上邦之日本国有鉄道常務理事

○説明員(井上邦之君) ちょっと聞き漏らしましたけれども、保線区の統合でございますか。

吉田忠三郎日本社会党

○吉田忠三郎君 そうです。

井上邦之日本国有鉄道常務理事

○説明員(井上邦之君) これは確かにそういう計画はございます。と申しますことは、昨年来国鉄はいわゆる近代化計画を進めておるのでございますが、この近代化計画というものは広範にわたっておりまして、項目だけでも、昨年提案した分だけでも十五項目ほどございます。その中で大体十四項目は話がつきまして、残る一項目、電気機関車、ディーゼル機関車の一人乗務の問題、これが残っておるわけでございますが、その中の一つの問題として保線区の統合という問題が実はございます。この問題につきましては、原則的には組合側も、これは表面上は申しませんけれども、方針的には大筋了解、こういうことで、いま事務的な話を進めておるところでございますが、単に保線区を従前の仕事のままで統合なり、あるいは廃止するということではございませんので、最近の保線作業自体が昔に比べて、たとえば端的に申しますと、昔のつるはし作業、ああいった作業ではございません。タイタンパーを使い、あるいは大型になりますればマルチプルタイタンパーを使いますし、そういう作業自体が機械化されてきておる。またその作業のやり方も、従前は随時修繕方式をとっておりましたけれども、最近ではグループごとのギャング組織といっておりますが、そういうギャングを組織いたしまして、そのギャングが機動的に見て回り、そうして定期的に機動的に修繕していく。いわば機動的な作業方式に変わっております。いままでのような短い区間ごとの区の必要性というものは必然的になくなってきておる。それから区の受け持つ範囲というものが広がってきておる。そういうことで区の統廃合をいまやろうとしておるわけでございます。仕事の中身が変わっているということをひとつ御了解いただきたいと思います。

谷口慶吉自由民主党

○委員長(谷口慶吉君) 速記をとめて。   〔速記中止〕

谷口慶吉自由民主党

○委員長(谷口慶吉君) 速記を始めて。

吉田忠三郎日本社会党

○吉田忠三郎君 もう時間もかなりきていますから、あと二つ、三つ聞いて、この次の委員会にしたいと思いますが、井上さんね、あなたのさっきの保線の近代化、それから作業の内容が変わっているということね、御認識おき願いたいと思うのですが、それは申されるまでもなく、ぼくはもう十分承知しているのですよ、このことは。しかし、それは常務ね、おもに線路班作業の状態であって、ぼくが先ほど聞いたのは保線区だ。保線区が現場に出て、タンパーを使ったり何かして作業しておるわけじゃない。ですから、線路班の統廃合のことを聞いたのじゃなくて、保線区の統廃合のことを聞いたのですよ。だから、この点は答えが的をはずれていると私は思うのですね。で、保線区の場合は、あなたの答えられたような作業内容をするわけじゃなくて、おもな仕事は各線路班の、つまり管理であるとか、あるいは指導であるとか、あるいは計画の樹立であるとか、等々の中枢的な仕事をするわけでしょう。だから、それがつまりAならAの地点からBならBの地点に移ってみたところで、そのことの作業の内容というものは私は変わらないと思うのです。変わらない、作業の面ではね。だから、常務の言っている機械化、近代化されたのだから、こう言っているのは作業班ですよ、線路班ね。だから、そのことを私は聞いているのじゃないのでね。その点、的をはずさず答えてもらいたい、これが一つ。  それからもう一つは、かりに、おそらくいまあなたがこれから答えられようとするものは、そういうものを統廃合しても、別な形の、たとえば一区一支区であるなら、支区を残すからとか、あるいは一区二支区の場合も二つの支区を残すからというようなことをきっと言うと思う。そうしますれば、その区だけ統廃合して、どれだけの一体いまあなた方が考えられている近代化なり、合理化なりに貢献するかということが非常にあいまいになってしまってくる気がする。答えない前に私が推測して申し上げることはどうかと思うけれどもね。  それからもう一つは、国鉄の各市町村別に存在をしている所在機関ですよ、機関の歴史的なことをやはり見なくちゃならぬと思いますよ。まあ九十何年もたっていますからな。井上さんだって、いつ国鉄にぼくは入ったか知りませんけれどもね。これは九十何年も前のことをずっと知らないと思う。それから住民感情、地方住民の感情です。それと、いまもこのことではなかったけれども、運輸大臣も言っておりましたが、公共性、地域の格差の是正、地域経済の面から見て、やはり物事をながめなければならない点がないだろうか。もう一つは所在機関を設置する場合に、地方住民が土地を寄付するとか、あるいはいろいろのことをやってきてもおりますよ。そうしたやはり住民なり、国民の協力によって国鉄というのは今日育ってきている、このことをやはり没却したり何かして、つまりいま財政事情が非常に困難な状態になってきたからといって、画一的に三十ないし五十の保線区を、そういう計画は近代化計画の中にありますということだけでは私は済まされないのではないかと思うのですね。これはどうなんでしょうか。

井上邦之日本国有鉄道常務理事

○説明員(井上邦之君) 先ほど私が申し上げましたのは、単なる作業の合理化ではないかというお話でございましたが、それは確かにそうでございますけれども、実はその作業内容が変わることによっておのずから組織も変わってまいるのでございまして、いままで本区があって、あるいはまた大きな本区でございますれば支区がある、その下に分区があって線路班がある、こういう組織でございますが、今度の——今度のといいますか、すでに一部ではやっておるのでございますけれども、仕事のやり方自体が非常に機動性を持ってまいりましたために、いままでの分区というものは要らなくなるということで、線路班がやっておりました仕事も、従来のように見回ることもあるいは修繕をやることも両方やるということはなくて、検査班とそれから修理班、そういうふうに分けて機動的に使う、こういうふうに作業全体が変わってくる、仕事全体が変わってくるということで、組織自体も、いままで申し上げましたように、分区は要らなくなるというように組織も変わってくる。機動性を持ってまいりますために、いままで大きな範囲を持つことは不可能であったのに比べて大きな範囲を持つことも可能になってくるということで、区が必要でなくなってくる、こういう意味でございまして、決してわざと的をはずしたお答えをいたしたつもりはございません。   それからもう一つ、確かに、国鉄は合理化合理化ということにきゅうきゅうたるあまり、地方の住民感情なり、あるいはそれまでの地方の協力、こういったものを無視してはいかぬと、お説のとおりでございまして、私どもも十分それは承知いたしておりますし、できるだけ地方の御熱意なり御協力にこたえてまいりたいと思うのでございますけれども、しかし、いま置かれております国鉄の状態というものは、やはり近代化、合理化ということを極力押し進めていかなければ国鉄の存立自体があぶないという事態になっておるのであります。国鉄の経営がもし危殆に瀕しますれば、結局は地方の皆さま、地元の皆さまに対して御不便を与える。大きな目で見ればそのほうがマイナスは大きいのでございます。いままでの御協力に対するこたえ方というものはそれはまた別なこたえ方がいろいろあると思うのでございます。近代化、合理化というものが、大きく地方の便益に寄与するためには、現在の国鉄としてはやはり進むべき道であるということをひとつ御理解願わなくちゃならぬと私は思います。お説のとおり、地方のいままでのあたたかいお気持ちに対しては、十分何らかの方法でこたえてまいりたい、その気持ちを決して私ども忘れておるものではございません。

吉田忠三郎日本社会党

○吉田忠三郎君 常務、あなたのその国鉄の経営の危機感といいますか、そのことは私どもこういう仕事をしておればよくわかるのですよ。だからたいへんだと思うわけです。ですからその問題はひとり国鉄経営者の責任じゃないと私は思う。先ほど来お話があったように、国家的な見地からそういう問題を解決しなきゃならぬわけですよ。法律のみをたてにとって私はどうこうというわけじゃないけれども、先ほど来ちょっと森中さんのお話にもありましたが、局点だけとらえて国鉄全体の経営の問題、経営の方向、経営の基本ということは論ぜられませんから、総合的にやらなければならない。ですから私はいつかの機会に、予算編成期にもなっているわけですから、去年、ことしあるいは一昨年、昨年というようにやはり経過があるのですから、そういう経過の上に立って私は議論するつもりになっているわけですから、ですからきょうはあえてしなかったわけですけれども、いずれにいたしましても、鉄道敷設法という法律によって鉄道ができておるわけです。かってにできたものではないのですよ。ですからそれなりに歴史がありますよ。だから私はあなた方の考えておることすべてがいけないということを言うわけではないけれども、何か国鉄の経営陣は消極的になっている。一兆五千九百億という借金のみ頭にきているものですから、消極的になって、その努力も必要であるけれども、もっともっと視野の高い大所高所からながめて、私は国鉄の抜本的な財政の再建というものをはかってまいらなければならぬのじゃないかと思うのです、思うがゆえに言うのです。しかもあなた方釈迦に説法ですけれども、保線区の所在地というのは、大体、おおむね全国的にいってジャンクションですよ。ですから私はそれなりに保線区の存在価値というものがあって設置したものだと思う。それが九十何年かの歴史の中で、これは都市構造の変化に伴ったり、あるいは経済構造の変化に伴ってすべてが私は必要でないとは言いません、言いませんけれども、そんなにいま三十区なり五十区を一挙に近代化計画の中に置いて、いわゆる整理統合、廃止、こういうことをやらなければならぬような私はものがないと言うのですよ。そのことよりも、総裁以下、もっともっと積極的に今日置かれている国鉄の現状、特に私は財政事情等々を前向きで訴えていくすべがあるのじゃないか、たとえば市町村の納付金においてしかりですよ、あるいはわれわれ社会党が従来主張しておりました公共負担の国の負担だってしかりですよ、あるいは都市における通勤輸送、あるいは通学輸送等々、国鉄の先ほど来言った性格上にある独算制の面からみて、これは一体採算ベースに合うかどうかということになるとおのずから答えが出ると思う。こういう面の輸送力の増強、あるいは建設等々のことがひとり国鉄の企業のワクで始末するのでなくして、国家的な見地からやっていくという方向にやはりあなた方が努力しなければ私はならないと思う。そのための私は重役だと思うのですよ、そういう点でやはり私はもっともっとそういう角度からとらえて……。それからもう一つのほうは、さいぜんから何回も言うけれども、すべてでないと言っている意味は、画一的にいったらいかぬというのですよ、私はこういうことは。こういう点で、十分、計画は必ずしもそれはすべてが実行しなければならぬというものではないわけですから、十分計画に出されていることはよくわかりましたが、慎重に検討されて、いやしくも地域住民なり、あるいは地域経済なり、あるいは地域の産業等々に、いわゆる公共性のより高い国鉄がそんな支障を来たすようなことをやっていただきたくないというのが私の考え方なんです。

井上邦之日本国有鉄道常務理事

○説明員(井上邦之君) 決して先生のお説にさからっているものではございませんけれども、お説のとおり国鉄の財政再建というものは国鉄の努力でできるものではございません。先ほど来お話ありますとおり、大きくは政府の力を借り、あるいは世論の力も借り、あるいは大きな言い方をすれば国全体の力を借りてやってまいらなければならぬ問題がある、かように考えます。ただ、その際に、国鉄みずからが経営合理化の努力というものをもうこれ以上できないのだということを経営のほうでやらなければ私どもの訴えることはやはりそれだけ迫力がないのでございます。その意味でできるだけの合理化をやっていかなければならぬ、かように考えます。ただ、その際にも、先生御指摘のとおり、すべて何か方針なりプランを立てながら画一的に何もかもやっていくという考えは私ども毛頭持っておりません。昨年来経営合理化の点で組合との団体交渉をやりまして、先ほど申しましたように、十五項目のうち十四項目は話し合いがつきましたけれども、そのつけ方にいたしましても、やはり組合のできるだけ納得を得た上でやっているわけでございます。決して当方の所期の計画どおり押しつけるというような、そういう押しつけがましい、あるいは画一的なやり方でやってまいっておらないのでございます。今後もそういうことに変わりないことを申し上げておきます。

吉田忠三郎日本社会党

○吉田忠三郎君 おおむね、その答えでけっこうですがね。あなた方の経営内における、つまり限度のある、限界を越えない、私はやはり近代化なり、合理化というものは否定しないのですよ。ですけれどもね、すべて国鉄の一つの企業の中に持ち込んじゃって、そこで限度を越えた合理化であるとか、人を減らすとかいうことで、えらい苦悶をしているわけですよ、私どもから見れば。こうした大きな借金の中からどう抜け出すかということで、あなた方いま模索をしていると思うのですよ。そのことを何も国鉄の経営者の総裁以下、あなた方の責任じゃないですよ。全く責任ないとは言えないけれども、すべてがあなた方の責任じゃないと思います。国家の責任であり、国家をとりあえず維持している為政者の、内閣の責任であり、国会の責任だと私ども思っているのですよ。ですからそういう視野を広めた高い立場、そうした点でやはり考えながら、あなた方の努力される合理化の中においても、近代化の中においても、限度を越えないように十分私は注意をしてやっていただきたいというのが私の趣旨でありますから、この点は誤解のないようにして、われわれも微力でありますけれども、その点についてはお手伝いをいたすことはやぶさかでございません。ですからこのことを申し添えまして、きょうの私の質問は終わりたいと思います。

谷口慶吉自由民主党

○委員長(谷口慶吉君) 本日はこれにて散会いたします。    午後四時十二分散会

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