予算委員会第一分科会 第3号
- 発言数
- 178 件
- 登壇者
- 12 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1968/04/12
会議録
○主査(内藤誉三郎君) ただいまから予算委員会第一分科会を開会いたします。 分科担当委員の異動について御報告いたします。 本日、山本伊三郎君が委員を辞任され、その補欠として瀬谷英行君が選任されました。 —————————————
○主査(内藤誉三郎君) 昭和四十三年度総予算中、法務省所管を議題といたします。 慣例では、まず、説明を求める順序でありますが、説明はこれを省略し、お手元に配付してある資料をごらん願うことといたしまして、直ちに質疑に入ることとし、その説明資料は、本日の会議録の末尾に掲載することといたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○主査(内藤誉三郎君) 御異議ないと認め、さように取り計らいます。 それではこれより質疑に入ります。質疑のおありの方は順次御発言を願います。
○岡田宗司君 けさの新聞を見ておりますというと、三派全学連等に対して、今回、破防法適用を見送るということがきまったように出ているんですが、羽田事件以来、自民党の内部において、あるいは公安調査庁方面において、さらには政府の内部においても、これらの団体に破防法を適用するということが盛んに言われておりました。そして、すでに破防法適用についての準備が整って、それだけの資料も整っておるというようなことも言われておったんですが、なぜこの破防法適用が見送りになったのか。私らはもちろん破防法適用には反対なんですが、それを適用しないということの理由だってやはり明らかにしてもらわなければならない。ひとつ赤間法務大臣からその点詳しく、なぜ見送ったかという理由をお聞かせ願いたい。
○国務大臣(赤間文三君) 岡田委員から破防法適用をなぜ見送ったかという御質問でございますが、まだ、これは見送ったというところまできていないのであります。あらゆる事実問題、法律問題、証拠の問題、あらゆる面から適用をめどに研究しておるという段階でございます。新聞に見送ったと書いてあるのは私らと相当違う。むしろ準備を進めておるということで、いまだかつて見送ったとかいうことを言ったことは一度もないのであります。その点ひとつ御了承願いたいと思います。
○岡田宗司君 赤間さん、まあどの新聞を見ても見送ったと書いてある、これは単なる新聞社がそういうふうに主観的に判断をしてそうしたのか、あるいはまたやっぱりそう判断をすべきだけのものがあったからなのか。あなたのほうではいままだ研究中である、準備中であると、こういうことですが、それならば、研究中、準備中ということは、適用するということを前提としているわけですが。
○国務大臣(赤間文三君) やはり必要によったら適用するというたてまえのもとに検討を重ねておるというのが実情です。
○岡田宗司君 いままでの公安調査庁のほう、あなたのほらのどこかの機関での発表でも、準備は整っている、証拠は整っている、こう言っているんです。それをいまになって、まだ準備中でございますというのは一体何でしょう。整っているならやったらいいじゃないですか。それをやらないで準備中という以上は、何らかのある政治判断でもって、もうちょっと延ばしたほうがいいと、こういうこともあろうかと思うし、あるいは新聞に伝えられるように、適用しても効果があまりないんじゃないか、かえってうるさい問題が起こるんじゃないかというような、そういう考慮からそれに対する対策の準備ということで延ばしているんですか。
○国務大臣(赤間文三君) この準備が完了したということは、私はまだ申し上げたことがあまりないのでありまして、ただ、三派全学連と申しますか、それと東京と京都の支部、そういう連合会系統については一応の準備が完了していることは事実でございます。しかしながら、やはり単個の構成をしておる、たとえば中核派とか、あるいは社学同派とか、あるいは解放派とかいう単個の組合と申しますか、派閥の調査というものは、非常な努力でいま進めておるというのが、これが実情でございまして、完全に準備が整ってじっと政治情勢を見比べるというような、そういう状態までいっていない、こういうふうに御了承願うとはっきりするんじゃないか、かように考えております。
○岡田宗司君 私は了承はしないんですが、まあ赤間さんね、もう少しこういう問題はざっくばらんにあなたの話をしてくださいよ。いま三派全学連について、あるいは東京とか京都については準備が完了しておる。そういう準備が完了しておるのになぜやらないかというのには、やっぱり理由があるんでしょう。それは中核とか何とかいう単個の団体についてそれができていない。それならば三派全学連等について準備ができているのにやらないというのは、何らかのそこに判断があってやらないんでしょう。それは何ですか。まあそこらは少し何だね、あまりかたくならないで教えてくださいよ。
○国務大臣(赤間文三君) いや、岡田さんだからかたくもやわらかくも別になりませんが、真相がいま言いましたように、要するに連合会は準備が大体一とおり完了しておるが、それを構成しておる、さきに言いましたような単個の組合の調査をいま盛んにやっております。それと、そういう破防法とか何とかというものを適用するのはやはり適当な時期ということも、これは政治的な意味じゃなくて、私はやっぱり適用には適当な時期も一つの考えるべき点でもあると思います。まあいろいろな点をあらゆる面から総合して、現在は適用をめどに諸般の準備を整えておるというのが、これが実際のありのままのことを申し上げたのでございます。その点ひとつ御了承をいただきたいと思います。
○岡田宗司君 適当な時期が熟したということだろうけれども、それはやっぱりこういうときには適当な時期だということがあるでしょう。その条件の熟したときというのはどういうときなんですか。どういうときになったら適当な時期なのか。どういうときになったらその適用の条件が熟するのか。そこら辺のところは法務大臣だって言えると思うのだ。それをちょっと聞かしていただきたいな。
○国務大臣(赤間文三君) その点はなかなかむずかしい御質問であって、相手の活動の状況、相手のやり方、それから社会のこれに対する見方、いろいろこれは私は研究して見ないと、こういう場合が熟したとか、こういう場合が熟してないということを抽象的にはわりあい申し上げにくい事柄であると考えております。
○岡田宗司君 いまの列挙されたようなことがあるとすれば、これはやっぱり政治的判断というべきものでしょうな。そうでしょう。つまり三派全学連に対してこの適用をするかしないかということは、いまあなたの言われたようなことをもとにして判断をするとすれば、これはあなたの政治的判断、こういうことになる。どうですか。それをも政治的判断ではございませんと、こう言いきれますか。
○国務大臣(赤間文三君) 政治的というと何か私ぴんとこない。治安対策全体から見て破防法を適用することが一番適当なときにやる、そういうことは私は考えられると、こう思うのであります。ただ、政治的ということは、ちょっと私の気持ちにぴんとこない。むしろ、治安対策の上から見て適当な治安の維持のために、適切なときにはいつでもあれをするというような準備態勢をいつも整えておくということも一つの要件だと考えております。
○岡田宗司君 政治的ということばはなかなか解釈むずかしい問題ですがね。治安対策というのは政治の一つのアイテムですね、治安維持ということは。そして、それにそういうきわめて政治的な活動についてのそれを防止するとか何とかということの法を適用するということも、これは政治上の問題だ。そこに持ってきて、その適用についていまあなたの言われたように、社会状況も考慮しなきゃならぬ、相手の出方も考慮しなきゃならぬ、こうなるとこれも政治じゃないですか。だから、あなたが何と言おうと、これは政治上の適用ということにならざるを得ない。まああなたが否認しても、これは世間はやっぱりそう認めざるを得ないだろうから、別にあなたから政治的でございますというお答えを私がいまここでいただこうとは思わぬが、あなたのいままでのお話から見て、私はそう判断します。そこで、次にお伺いしたいのは、私はどうも法律のことはしろうとで一向何にも知らないんですが、破防法を適用するという手続ですね。これはなかなかむずかしいいろいろな手続があると思います。私もあの法律ができたころ国会におりましたから、あのときは多少調べてみたけれども、いますっかり忘れてしまったので、ひとつ法務大臣から、あれをちゃんと適用して施行するに至るまでの手続を私にわかるように、しろうとにわかるように説明していただきたいのですがね。
○国務大臣(赤間文三君) お説のように手続がなかなかきまったのはありませんが、要は、御承知のように、公安審査委員会に提訴するという、これはだれが提訴するかというと公安調査庁の長官が提訴するたてまえになっております。提訴する前に、相手方の弁明と申しますか、そういう弁明も十二分に聞く。それから、すでにこちらが集めておる資料も十二分に相手方に見せる。とにかくこちらの資料なり、考えなり、証拠なりを全部相手方に見せて、弁明の手続が、十分弁明ができる機会を十二分に与えるということが、まあ簡単に言いますと大きな骨子になっております。そうすると、それが済んでから、公安審査委員会にこういうこちらの申し込み、これに対する弁明はこういう弁明があったと、それをそろえて公安審査委員会に提訴をいたす。公安審査委員会は、提訴いたしましたこちらの公安調査庁の長官の出した書類並びに証拠、並びに先方からきた弁明書、並びにその弁明に必要なる証拠、そういうものを調査をいたしまして裁定をやる。そしてその団体の規制について、あるいは解散の裁決をやるとか、あるいはまた六カ月ぐらいのその団体の活動の停止の規制の裁定をやるとかというような問題がそこで裁決をせられる、そういうふうなことになるのがこの手続の概要だと考えておるわけでございます。
○岡田宗司君 まあ手続を非常にそういうふうにこまかく規定し、いろいろむずかしくしてあるというのは、政府がかってに、いわゆる政府側から見た破壊活動をやっているという団体を解散することをむずかしくしている、そういうことだろうと思うのです。これは民主主義の社会におきまして、政治団体が存在を許され、しかも、その活動が最大限に自由にされているというようなところにおいては、それでなくちゃならぬと思うのです。ところで、そのそういう手続を経るとすると、これはやはり公安審査会が最後の、何というのですか、裁定を下すまでには相当長い時間がかかるのじゃないかと思うのですが、法務大臣は、それは長い時間がかかるものかどうか、その点法務大臣の御見解はどうなんですか。
○国務大臣(赤間文三君) これはやはり相手の弁明書とか、材料とか、そういうものの出てくる早いおそい等にも影響がありますが、それはやってみないと、なかなか何カ月というわけには測定はできないと思いますが、やはり数カ月かけるということになるだろうと、私は考えております。
○岡田宗司君 まあなんですね、公安調査庁で調べたほうのいろいろな証拠といいますか、そういうものも相手方に示すわけですね。それの検討もしなければならぬし、それに対する弁駁もやらなければならぬだろうし、単なる片方が出した、片方が出した、それだけで済むものではない。はたして数カ月で済むものか、おそらく口頭弁論も行なわれることにもなるだろうし、これはなかなか審査会はこの両方呼び出して、そこでもって、お互いにしゃべらせる、こういうことになると、書面審理だけじゃないのでしょう。
○国務大臣(赤間文三君) それは公安審査委員会は原則が書面審理ということになっております。
○岡田宗司君 で、書面審理以外のことはやらないのか。たとえばその代表を出頭さして、その弁明を聞くというようなことはないのですか、また、それはあり得るのですか。
○国務大臣(赤間文三君) 原則は、いま言いましたように書面審査でありますが、特に必要と認めたときは、呼び出していろいろのことを実際に聞くということもあり得るものと思っております。
○岡田宗司君 そうでしょう、そういう道は残されているのでしょう。もし審査を公平にやろうとすれば、つまりねらわれている、ねらわれているというのもおかしいかもしれませんけれども、解散をさせようとしている団体のほうから、この審査の公平を期するためにひとつ出て、われわれのほうの意見も十分述べさしてくれと言われた場合には、あるいはこれはやらざるを得ないということも起こるでしょうな。
○国務大臣(赤間文三君) そういうことは審査委員会の判断にまかしてあります。しかし、たてまえはあくまでそこに書類を提出するときに、先方の言い分も十二分に聞き、こちらの言い分も十分し、証拠もお互いの証拠をそろえて、そうして審査委員会に出すということでございます。たてまえは書面、審理、しかし、向こうが必要があれば、いろいろといま岡田委員のおっしゃったようなことが行なわれ得る、さように考えております。
○岡田宗司君 まああなたのほうで、たとえばこの団体は解散さしたい、こういう証拠がそろっておると、まあ相手方にも示すわけですが、それはつまり公表されるのでしょうな。秘密に見せるわけじゃないのでしょう。
○国務大臣(赤間文三君) それは公表はいたす考えを持っておりませんが、相手方には十分その証拠を示すということに考えております、相手方に。
○岡田宗司君 相手方がそれに対して弁駁をすると、そういう文書がやはり公表されることは、これはあり得ることでしょうね。公表していけないということじゃないのでしょうな。
○国務大臣(赤間文三君) それは公表されることはあり得ると、私は考えております。
○岡田宗司君 そういたしますと、とにかくこれはまあ秘密に行なわれる裁判じゃないのですから、証拠も公開されるだろうし、それから弁駁のほうも公開されるだろうし、それからあとで委員会で行なわれる審査も公開されるのでなければ、私は民主的でないと思うのですが、たてまえはそういう公開ということが貫かれておるのですか。
○国務大臣(赤間文三君) 審査委員会は公開の制度にはなっておりません、現在の制度では。
○岡田宗司君 審査委員会は公開の制度にはなっておらない。しかし、たとえば、さっき言った必要があって、そして解散さるべき団体の代表なり何なりが呼ばれて、いわゆる求められる、そのときの審査内容が発表されるということになると、これをこっち側で発表するということになると、それは処罰されるのですか、そういう規定があるのですか。
○国務大臣(赤間文三君) 別に処罰規定は私はないように考えております。
○岡田宗司君 ああ、そうですが。そうするとなんですな、半公開というようなものですな。
○国務大臣(赤間文三君) まあ審査会の人のやり方ですな、大体から言って。
○岡田宗司君 そう厳重に秘密のうちにやるということじゃないのですね。
○国務大臣(赤間文三君) 審査自体は非公開というたてまえをとっております。
○岡田宗司君 非公開ではあっても、厳重に秘密だと、私がいま言ったように、一部片側から公開されても、法律的に処罰されるというようなものではないと、こういうことですか。
○国務大臣(赤間文三君) さようでございます。
○岡田宗司君 そこで今度お伺いしたいのですが、この最後の何というのですか、裁定というのか何というのか知らぬが、それが出るまでの間、解散してしまえという、この団体ですね、こいつはそのまま存続していいわけなんですね。活動していいわけなんですね。
○国務大臣(赤間文三君) 裁定が出るまでは活動していい。
○岡田宗司君 合法的な存在なわけですか。
○国務大臣(赤間文三君) そうです。
○岡田宗司君 裁定が出て、その裁定が不服の場合には、解散さした団体として、争う道があるわけですか。
○国務大臣(赤間文三君) 行政訴訟の、まあいまはもう行政訴訟ということばがなくなっておりますが、いわゆる昔の行政訴訟、いまは民事訴訟で、普通裁判所に出訴するという形がとられるように考えております。
○岡田宗司君 そうすると、今度はその場合にたとえば裁定が出た、今度それに不服であるから裁判を起こす、その裁定が出て、裁判を起こして、最高裁判所で最終の判決が出るまで、この団体はやっぱり合法的に存在していいわけですね。禁止するわけにいかないんですね。
○国務大臣(赤間文三君) その公安審査会がたとえば解散ということを決定をすれば、効果を出す、解散になる、かように解釈しております。
○岡田宗司君 そこで解散になってしまう、そうなったら、そのあとで不服を唱えてそれで裁判にかける、おかしな話じゃないですか。最終の決定があって初めてそうなるので、もしそうでないとすれば、その不服だということに対して裁判で争うことは意義がなくなっちゃうじゃないですか、どうですか、そこは。
○国務大臣(赤間文三君) とにかく法律で裁判で争うという道は講じてありますから、私は、その公安審査会の決定が不服であれば裁判所に出訴する、これはできると考えております。
○岡田宗司君 裁判に持ち出す——つまり、公安審査会の決定があって、それで裁判に持ち出して争う道があるということは、最終的に解散されたという状態じゃないんじゃないですか、そこはどうなんです。もう最終的にそれでもって解散したんだ、それ以上救う道がないというなら、それはもう何でしょう、裁判で争う道なんて事実上ないということでしょう。
○政府委員(長谷多郎君) 事がこまかいようでございますから、かわってお答え申し上げます。 ただいまのお尋ねの、公安審査委員会が決定を出しました後は、当該団体の役職員、構成員はその団体のためにする活動を禁止されるということが、その効果となって直ちに発生する。ただし、この破防法の八条によりまして、「その処分の効力に関する訴訟又は当該団体の財産若しくは事務の整理に通常必要とされる行為」というものはやってよろしいという法律の明文がございますので、その限度でやはり働けるわけでございます。
○岡田宗司君 そうすると、その団体はとにかくそういう範囲では存続すると、こういうことですね。
○政府委員(長谷多郎君) おことばのようでございます。その意味で存続するということは言えると思います。たいへん限られた制限的な行為の範囲内だけで。
○岡田宗司君 そうして、たとえば最高裁判所で最終の判決で解散すべしということが決定したときには、今度はこの団体は全部消滅する、こういうことになるのですか。
○政府委員(長谷多郎君) さようでございまして、最終の裁判が決定した後は、その財産整理もそのときに行なう、これでおしまいになるのだという一応のたてまえでございます。
○岡田宗司君 たとえば、それじゃあ、破防法の適用を受けて、そういう審査会の判定を受けて、その役員等の活動が制限されたという場合には、この役員がほかの団体に加入をすることは許されるのですか。
○政府委員(長谷多郎君) これは抽象的な仮定ではいろいろ申しにくい関係でございまして、要は、その行為が当該団体のためにする活動であるか、あるいは形の上ではそうではないけれどもその脱法行為であるかというような場合には、これはいずれも破防法によって罰則をもって禁止されておるのでございまして、全然その要件と関係がない、団体のためにする行為では全くないということに相なりますと、どのような行為でも自由なわけでございます。したがって、ただ形だけをとらえまして、これは違反になるかならないかとちょっと即答することは、すべての場合むずかしかろうかと思います。
○岡田宗司君 たとえばですね、そういう場合に、本人はいままでと同じような破壊活動防止法にひっかかる行為は新しい団体においては別にしていない、そういうふうに考えても、今度は公安調査庁のほうなんかでは、そういうふうにしているのだと認定して、防止法に基づいてたとえば禁止する、あるいはそのために逮捕をするというようなことも起こると思うのです。そういうときの争いは一体どういうふうなんですか。
○政府委員(長谷多郎君) 解散指定になりました後の役職員の違反となる再建活動に例をとりますと、その場合は普通の犯罪として今度は処理されるわけでございます。したがいまして、一般の犯罪の例のように、自分は人を殺すことはいいと思って殺したらどうだというような関係に相なりまして、要は、犯罪として処罰するに足る主観的条件、客観的な条件があるかどうかということを、刑事手続でこれをはっきりさせまして、裁判でその結果が出てまいる、かようなことに相なると思います。
○岡田宗司君 いまのお話を聞いていますと、じゃ、破壊活動防止法でもって解散された団体の役員がたとえば他の団体に入って活動する、そうしてその活動が普通の刑法に触れなければ問題じゃない、こういうことですか。
○政府委員(長谷多郎君) さようではございませんで、この再建活動といたしましては破防法に違反になるわけでございます。破防法で、団体のための活動をその後はしてはならないという審査委員会の決定の効果の拘束を受けるわけでございますから、それに対する違反ということでそれ自体が犯罪になる、かような関係でございまして、刑法の犯罪にそれがなるというわけじゃございません。
○岡田宗司君 いや、私の聞いているのは、つまり、別な団体に入っていて、前の解散された団体の継続としての活動ではなくて、新しい団体の一員として活動をしている場合に、前の団体の目的でやっているのではなくて、その団体の活動をやっている場合に、公安調査庁のほうで、これは継続だ、片方は、そうじゃない、新しい団体のために、全然前のとは別個に活動しているのだ、こういうふうなことでやっているのに、公安調査庁のほうでは、あれは前の継続だ、こういうことでもってひっかけられ得るとすれば、これはどうもおかしな話じゃないかと思うのでお聞きしたのです。
○政府委員(長谷多郎君) お尋ねのような事例は起こらないかと思いますが、別個の団体に、全くいまの解散指定を受けた団体のためにする行為じゃなくて入る、こういうようなことであれば、違反にならないことは確かでございますから、調査庁では決してそのような者を違反だといって騒ぎたてることはございません。のみならず、それらの違反は、別に刑事手続で、刑事裁判でそれが取り締まられることになるわけでございますので、さような御心配はないと、かように考えます。
○岡田宗司君 どうも私はあまり公安調査庁というところを信用できないので、そういうことはございませんという紋切り型の答弁じゃ、これは満足できないと思うんですよ。しかし、まあ、それはそれとして、大体そこらのけじめははっきりしておかないというと、やっぱり破防法を適用された場合に、その個人の行動を、その解散された団体以外の活動にまでずうっと尾を引いて制限するということになれば、これは私はやはり個人の人権を著しく侵害することになると思うのですよ。ですから、これは重大な問題になると思うのでお伺いをしたわけなんです。 ところで、前に戻りまして、そうして見ると、破防法の適用ということは相当時間がかかる。そうしてなかなか実効をあげ得ない。それから、たとえば三派全学連のような、会員が常に流動をする団体、しかもリーダーもしょっちゅう変わるというような団体、こういうものに適用すると効果があまりあがらないというので、その適用について足踏みをしているということも聞いているんですが、そういうことですか。
○政府委員(長谷多郎君) お説のような理由がいろいろ新聞等であらわれておるようでございますが、その実態は、調査成果に基づいてほんとうにどんなものであろうかということをきめた上で判断すべきものだと考えておるのでございまして、現在、調査庁ではこれらの調査を、先ほど大臣お答えのとおり、進めておる最中でございまして、その内容の具体的な御説明を現在申し上げるべき段階にございませんので、どうぞその点の詳細な説明はしばらく御猶予願いたいと思います。
○岡田宗司君 まあ、しないと言うんなら、しないでもしようがないのですけれどもね。なんですか、いま三派全学連が大いに活動していますね。これからまた新島の問題や何かあって、おそらくさらに活動が活発になるだろうと思うんですよ。あなたのほうじゃ、早く何とかしたいと思っているんでしょう。早く片づけなければ、あなたのほうの党の中でもやいやい言っておる者があるだろうし、法務省の中にもあるだろうし、公安調査庁でもそうらしいが、一体いつごろをめどにやるつもりなんですか。大臣。これは大臣にお伺いします。いつごろをめどに、ひとつそれを片づけようというのか。
○国務大臣(赤間文三君) いつごろ適用するかということはいまあらかじめ申し上げるわけにはいかない。なお、まあ、端的に申し上げますと、いつでも必要と考えたときには適用のできるような準備に置こうということは、もう常に努力はいたしておりまするが、いつごろこれを適用するかということはあらかじめ言うわけにはいかない。それはなぜかというと、相手方の出方、その他社会情勢、いろいろなものを見てやりたい、思案の上、全体の点から見ての観察から。そういうふうな考え方でございます。
○岡田宗司君 まあ、それが政治判断というやつですね。
○国務大臣(赤間文三君) いや、治安上。政治じゃない。
○岡田宗司君 だめだめ、そんなことを言っても。そんなことを言ったって通りませんよ。それはいいがね、さっき、三派全学連については準備ができておるということ。あしたでも、やろうと思えばできるというわけですな。技術的にはあしたでもできるというわけですか、手続をとれるというわけですか。
○国務大臣(赤間文三君) いつでも手続のとれるような準備を整えておるということが言えると考えております。
○岡田宗司君 そうすると、もう法律的、技術的には適用を、あしたでもできるだけの準備はできておると。しかし、先ほど言われたような、ぼくに言わせれば政治的、あなたに言わせれば、諸般の事情……
○国務大臣(赤間文三君) 違う、それは。
○岡田宗司君 それでもって時期を見ておるんだと。これはすごみなんですか。これは相手に対してすごみをきかしているつもりなのか。それとも、あなたのほうで、どうも適用してもうまくいかないんじゃないかというためらいなのか、世間に対する。初めて適用するのだから、あんまりちゃかちゃかとやっちまって非難をこうむるといけない。こういうことでためらっているのか。どういうことなんです。
○国務大臣(赤間文三君) 別にすごみを見せたり、ためらったりは一切やっていないのでございます。ただ、岡田委員がおっしゃるとおりに、破防法というのは非常に慎重に取り扱うべきもの、法律自体がそういうものになっておるということが一つの問題でございます。この法律は慎重に取り扱うということが、私はこの法律の取り扱いの一つのあれであると思う。それから、やはり治安全体の問題をやっぱりよく見なければいかぬのじゃないかというような考え方も合わせて、たとえば、これは御承知のとおり、学生ですから年次が来れば卒業していくというようなこと、また幹部もかわっていくというような事柄もあります。効果という点も見なければならぬ。この効果についても、相当の効果があるという見方も一方においてありますが、また、比較的効果が薄いのじゃないかという見方もある。これはやっぱり人によって効果なども違う場合がありますが、まあ、やれば相当の効果があることは私は事実であろうと、かように考えます。また、法律が慎重に取り扱えというたてまえでこれができたようにも聞いておりますので、あくまで慎重に取り扱うべき法律を、私はやっぱり慎重に、法律ができた経緯から、あらゆる面を十分審査をして、相手が学生であるということもやっぱり一つの考え方に入れる。それから、その他のそういうものの取り締まりの法律が何と何と何が適用されるかどうか、私は専門じゃないのですけれども、やっぱりこれも参考にわれわれとしては十分考えてみなければならぬ。いろいろな治安全般に及ぼす影響というものも慎重にやっていく。ただ、申し上げておきたいことは、たとえ学生であろうと何であろうと、法治国家で、法律を無視して暴行をやるというような者は私は民主国家においてはこれはもう許されないものだ、そういう頭は相当強い。まあ私の職掌柄から言うと、日本のすべての国民は、日本の法律秩序を守るという私は義務があるという頭もあります。まあいろいろな点を総合をして、治安全体とにらみ合わせて、これが運用についてはひとつ慎重に、しかもやるときは効果的にやるし、万般の準備は常に整えておいて適切なときにはやるという、そういう考えで現在臨んでおる。これが現在の状況なのでございます。
○岡田宗司君 ただいま赤間法務大臣から、たいへん懇切丁寧なレクチュアをお伺いいたしました。ところが、私ども頭がよくないもので、そのレクチュアをあまりのみ込めないのですが、ただ一つ、あなたがまあ慎重慎重と言うので、どうも慎重というのはけっこうだと思うのですが、もちろん、この破防法の適用という問題は治安上の問題と関連があるわけです。それと同時に、これはいままで適用された例はありませんね。あるのですか。——ないでしょう。とすると、先例になる。こういう政治的に大きな意義を持っておるこの法律が、しかも、これは憲法に保障された人権とも関連がある。これが最初に適用されるということは、相当大きな政治的、社会的波紋を描く。単に治安上の問題からだけじゃなくて、そういうような意味からも、ひとつ十分慎重に御考慮を願いたい、こういうふうに思いますが、これ以上どうもレクチュアを聞いても、私から意見を申し上げてもしようがないと思うから、この問題はこれで打ち切ります。 もう一つ、ついでにお伺いしたいのは、この間の台湾人の留学生が何か送還された事件がありましたね。空港で大騒ぎをして、やっとみんなでもって、入国管理局の連中が出て、手取り足取りして飛行機に乗せて台湾へ追っ返しましたね。ぼくは台湾人の学生側のほうからはいろいろ聞いているのですけれども、ああいうことをやったことについて、法務省側のほうはどういう理由で、どういう状況のもとに、ああいうことをやったのか、ちょっと聞かしていただきたいと思うのですがね。
○国務大臣(赤間文三君) 大体の方針としましては、日本に滞在する理由がなくなる。たとえて申しますと、学校を卒業して、もう滞在の理由がなくなって、日本におることが不法滞在というような場合におきましては、原則として、なるべく早く送り返す、こういう方針を法務省はとっております。ただ、そのときに、その人間を送り返すときに、送り先で生命の危害を及ぼすようなことがあれば、これはそういう処置はとらなくて、むしろ、そういうところよりももっと安全なところへ行きたいと言えば、なるべく本人の希望に沿うように、生命の危険のある地には送らず、そう他の希望の地があれば、それに送り出す。それで、私いろいろケース・バイ・ケースに話を聞いてみますと、どうもやはり日本はなかなか住みごこちがよくて、やはり文化も高いし、これは非常にぐあいがいいというようなことで、日本におりたいという希望者が非常に多いようでございます。しかし、これはわれわれは密入国とか、そういうようなものは原則としてなるべく早くひとつつかまえて返すということが、私らの道でございます。
○岡田宗司君 いや、そのレクチュアも私はよくわかっているので、さっきのケースについて、どういう特別の理由でもってああいう措置をとったかということをお伺いしているのです。
○国務大臣(赤間文三君) あれはもう日本に滞在するという理由がなくなりまして、不法滞在ということになりましたので、なるべく早く送り返すと、こういうことの処置をとったように承知をいたしております。
○岡田宗司君 ところがね、先ほどあなたがレクチュアの最初に言われましたね、本国に帰ると生命があぶないとかなんとかいうような問題とあれはだいぶ関連があると思うのですよ。あの学生はこっちでは御承知のように、独立運動をやっていた。台湾というところはなかなかきびしいところですよ。特務機関が発達していますね。これは御承知だろうと思うのですよ。で、返されるとどうなるかということを考えたでしょうか。単なる手続だけでやったのか。あなた方のさっき言っているように、日本では政治亡命制度がないから、政治亡命ということが許されてないから、あるいはそういう態度をとられるのかもしれない。しかし、政治亡命というようなことが日本で行なわれないにしても、やはりあなた方がそういう退去を命ずる場合に、その人が外国で、送還先でどういう処置をとられるかということはやはり考えて処置をとられるのが、先ほどのあなたのレクチュアからいうと当然じゃないか。あの学生は返されてどうなりましたか。
○国務大臣(赤間文三君) その点はお説のとおりでございまして、独立運動をやっておる青年でありますので、十分配意をいたしました。これは外交機関とも話し合いをしまして、独立運動をやっておる者を台湾に返したときに、貴国においてはこれを処罰したりいろいろなことをやるかやらぬかということを確かめましたところが、独立運動をやったからといって、帰った者には、特別それが困るような扱いは一切しない。しかし、ただ口先だけで外交機関がそういうことを言われてもあれだから、文書でひとつ、そういうことがないように、いただきたい——出先機関から文書もいただいた。それから昨年の十二月に、やはり独立運動をやっておった青年を台湾に返しましたら、手紙が先般参りまして、家族と一緒に幸福に暮らしておる、日本におる間は何かとお世話になりましたという感謝の手紙も来ておるのが、やはり独立運動をやった者であります。そういう点から見まして、生命の危険とか、そういうものもなくて、日本に滞在する目的を終わったから、なるべく早くひとつ早い便でお返しをすると、こういうような措置をとったように報告を受けております。
○岡田宗司君 この間の人はどういうことになりました。とにかく、この間の人は、出ていくときのあの騒ぎからいくと、相当危険性があるのじゃないですか。それについて、ちゃんとトレースしましたか。
○政府委員(中川進君) お答えいたしますが、まず、この柳文卿の退去強制でございますが、これは先ほどから大臣が述べられましたような事情及び理由によって退去することになったものでございます。本人が台北へ着きましたのが、三月二十七日の午後でございますが、ただいま岡田先生がおっしゃいましたような、羽田における騒動がございました。そこで、そういう関連もありまして、台湾に着きましたあとで、一両日、取り調べのために留置と申しますか、取り調べられたそうではございますが、二十九日に家族のところへ帰りまして、現在は家族と一緒に無事に住んでいるはずでございます。
○岡田宗司君 しかし、あの事件はいずれにせよ、非常なセンセーション——特に台湾から日本に来ている留学生の間に、日本政府に対する不信感が非常に強くなった。同時に、彼らの間には、ある種の絶望感を与えた、こういう状況である。また、日本と台湾政府との間に、かねて蒋経国氏がこちらに来てからあと、そういう問題について了解が行なわれたのじゃないかというような疑いも起こっている。これはやはり私ども、政治的に見るとおかしいと考えざるを得ないものがあるのですね。それと同時に、もう一つ、これは韓国との関係においても、今後生じ得べき問題として考えられたのですね、前にね。いまじゃありませんよ。前にやはりこんなような問題があって、韓国に帰って処刑された、あるいは行くえ不明になってしまった例も幾らもあるのですね。それらを考えてみますと、やはりこの問題はもっと慎重に取り扱ってもらわなければならない。もちろん、不法入国というようなこともありましょう。滞留期限が切れたのに、それをそのままとどまっておるというようなことで、再三警告もし、そのために、いろいろ行なわれたこともある。しかし、一方において、前に南ベトナムの学生に対して異例な措置をとられたことも事実なんですね。だから私は、法務省としては、それはまあ佐藤内閣の閣僚はケース・バイ・ケースが大好きだから、あなたもケース・バイ・ケースでやろうというのかもしれぬけれども、しかし、人道上の問題ということをやはり考えなきゃならぬと思うのです。それから、いま言った政治運動という観点から行なわれていたものについては、これはやはり、たとえ日本では政治亡命ということを許さないにしても、これはそういうなにはとられるにしても、考えてやらなきゃならぬ問題があるのじゃないですか。これはやはり日本と台湾なり、日本と韓国と、それは現在では、そのためにある種のトラブルがあるかもしれないけれども、政治というものは将来変化していくので、それらの運動をしていた人々が、将来りっぱな政治家としてあるいは成長した場合におけることを考えなければならぬ。まあ、ひとつ、賢明なる赤間法務大臣、そういう点については、よくお考えを願いまして、善処をしていただきたい。善処というのは何のことかよくわからぬけれども、皆さん方よくお使いになるから、その意味がよくわかっていると思うので、善処をしていただきたいと思います。これで私の質問を終わります。
○国務大臣(赤間文三君) 岡田委員のお話はよくひとつ留意して、御趣旨に沿うように、特にあぶないところとか生命に危険の感ずるような送還は絶対にやらない、ということとあわせて、やはり国と国との友好関係というようなことも考慮に入れて、日本の国の利益に万事なるように措置をしていきたい、かように考えます。
○主査(内藤誉三郎君) 午前中の質疑はこの程度とし、午後一時三十分まで休憩いたします。 午後零時三十二分休憩 —————・————— 午後一時四十二分開会
○主査(内藤誉三郎君) ただいまから予算委員会第一分科会を再開いたします。 休憩前に引き続き、法務省所管に関する質疑を行ないます。
○瀬谷英行君 少年法の関係についてちょっと質問したいと思うのですけれども、先ごろ、ひき逃げをして、その被害者をさらにどこかへ連れていって殺したという事件がありました。ずいぶんこれは、たちの悪い例だと思うのですけれども、ところが、ひき逃げをした犯人は、つかまってみたら、名前は明らかに新聞になっていないわけなんです。十九歳の少年と、こんなふうになっておるわけなんですけれども、少年法のこの最初のねらいというのは、一体どこにねらいがあったのかということを考えてみますと、よもや、こういう悪質犯を甘やかすためではないのじゃないかという気がするのです。殺人、強盗、強姦といったようなこの種の悪質犯に対しては、よけいな保護をすれば、この法律がかえって犯行を助長するような影響力を持つというようなおそれはないかという気がするのでありますけれども、それらの点について、はたして心配はないとお考えになっておられるのか。あるいはまた、あるとするならば、どのような対策をお考えになっておられるのか。法務大臣の見解を承りたいと思います。
○国務大臣(赤間文三君) 少年の凶悪犯、お述べになりましたように、殺人とか、あるいは強盗、強姦、放火というような、こういう悪質犯の発生状況を調べてみますと、三十一年が四千七百三十一という、たいへんな数にのぼっておるわけでございます。四十二年には、もうこれが六千六十九というふうに、これまたたいへんな増加をいたしております。それで、この少年の凶悪犯の約半数は、大体十八歳か、あるいは十九歳というような年の者が多い。しかるに、現行の少年法は、およそ少年の犯罪について、年齢にかかわらず原則として保護処分に科する、できるだけその行為の刑事責任を問わない、というような基本理念になっておるのでございます。少年によるこの種の悪質事犯を防止するために、これは非常に考うべき事柄であります。特に、心身ともに成熟して社会的にも成人と同じように取り扱われておる年長少年については、みずからの行為についてはもう当然社会的責任を負うという自覚を促す必要があると私は考えておるのであります。そういう見地からいたしまして、法務省では、心身の成熟状況の面、あるいは犯罪現象の面、また国民感情と、また、諸外国のいろいろな法制なども取り調べまして、十八歳未満を少年にする、いままで二十歳未満が少年であったのを下げて十八歳未満を少年とするということにし、そうして十八歳未満と成年との間のちょうど中間に青年層というものを一つ新たに設けて、年齢層に応じたきめのこまかい刑事政策を遂行することが今日の時勢に合うというような、昭和四十年五月に青少年法の構想というものを発表をいたしました。この発表に基づいて目下関係機関が具体的にどうするかということを検討中でございます。
○瀬谷英行君 現在の法律では、少年とは二十歳に満たない者をいって、二十歳を越せば成人ということになっている。そこで成人式なんて変な儀式が戦後はできたわけなんでありますけれども、しかし、十八か九になれば大学へ入れるわけでしょう。大学生の少年なんというのは考えてみればおかしなことばだと思う。で、昔は十五、六歳でもって元服をして一人前になったわけですね。まあ、昔の例をあげれば、会津の白虎隊だって、これは成年を過ぎていた者はないと思う。たいがい十五、六、少ない者は十三、四でもって、まああすこで自刃をしている。四十七士の中にも、いまでいうと少年法に該当する者がいるわけです。やることは一人前なことをもう昔からやっているわけです。ところが、今日は、強盗だの、強姦だの、殺人だの、ひき逃げだの、こういうことをやる者に、俗にいう少年というのがかなりいるわけだし、それが少年法によって自分たちは保護をされるという意識を持っている者もかなりあるんじゃないかと思うんですね。そんなもの全然知らないと、知らないで罪を犯しているというなら別だけれども、ある程度、自分はまだ未成年だから同じことをやっても幾らか割りがいいんじゃないか、こんなようなことを承知の上で罪を犯すという者が出てくるということになると、少年法についても多分に検討を必要とする面が出てくるんじゃないか。特に運転免許なんかの場合は、先ごろのひき逃げ犯でありますけれども、運転免許を持っていたので、それで車を運転していたんじゃないかと思うんですが、この場合の例は運転免許等についてはどうなっておりますか。
○政府委員(川井英良君) 運転免許につきましては、今日一般の免許は十八歳で免許を与えるということに相なっております。したがいまして、私どもも、ただいまの御指摘に全く同感でございまして、数年にわたりまして法務省部内で検討いたしました結果の結論といたしまして、今日、青少年の肉体の成熟の状況、またあるいは精神的な発達の状況というようなものから考えましても、また、各国の法制のあり方からいきましても、二十歳というのはいかがなものだろうか、十八歳というところを少年の限度とするということが適当ではなかろうかという一応の結論を得まして、ただいま大臣から申し上げましたような改正構想を世に問うて検討中、こういうことでございます。
○瀬谷英行君 運転免許は持っておるけれども少年である、こういうようなことは、やはり法のたてまえからいっても、まことに変則な感じがするわけであります。少年の健全な育成を期する、非行少年に対しては性格の矯正並びに環境の調整に関する保護処分を行なう、こういう立法の目的は私は別に悪いとは思わない。しかし、法の当初のねらいと運用の面で食い違いが生じたという場合には、その食い違いに対して、なるべくすみやかに現状に合うような方策を講ずるのが妥当ではないかと思う。しかし、これは単に年齢を引き下げればいいというような問題でもないような気がするんですね。少年法によって保護されているから、多少罪を犯しても、まけてもらえるというふうな認識を与えるということは、かえって少年法そのものが少年の健全な育成を期するという所期の目的とは逆行することになりはしないか。だから、そういう面の犯罪防止上の対策とか考慮というものはどのようになされておるかという点も、この際お伺いしたいと思うのです。
○政府委員(川井英良君) 少年非行の問題は、申し上げるまでもなく、世界的な問題として非常に各国ともにその取り扱いに苦慮しておるところでございます。わが国もその例外ではありませんで、終戦後から今日まで、非常に波はありますけれども、量の上でも質の上でも、青少年の非行というものが非常に重大な問題になってきております。そこで、法務省というような一省だけの立場では、もちろん、この問題の効果的な処理はできませんので、御承知のように、総理府の中に先般青少年局ができまして、総合的な対策を取り扱っておりますが、私どもといたしましては、個人的な非行青少年の取り扱いというふうな面では、検察庁が、まず警察がその事件を受理する、その際に、現在の法制でも、非常に凶悪な犯罪につきましては、御承知のように、家庭裁判所に一たんは送りますけれども、これは刑事処分にしたほうがいいというふうに検察官が思いますれば、そういう意見をつけて家庭裁判所に回しております。家庭裁判所でそれを審理いたしまして、そのうちの平均して大体二割程度が検事の手元にもう一回戻ってまいりますので、それにつきましては、検察官が一般の裁判所に起訴いたしまして、今日でも個人的な刑事責任を追及いたしております。その他、少年鑑別所でありますとか、少年院でありますとか、あるいは保護観察というふうな面におきまして、法務省全体として少年非行についての真剣な取り組みを現行法のたてまえの中におきまして鋭意努力いたしております。 それから、個人的な面ではございませんで、一般社会的な面で、非常に社会の環境に影響されるということの少年の場合には、その動機、原因から見まして重大でございますので、環境を浄化するというふうな面で、たとえば暴力的な環境を刑事罰の面で追及をするとか、あるいは青少年の非行の直接の原因になったと考えられるような出版物というようなものなんかにつきましても、いかがわしいものが町にあらわれておりますので、そのようなものにつきましては、民主的な規制のほかに、逸脱したものにつきましては刑法を適用してこれを取り締まるというふうな面も非常に強化しているところであります。そのほか、先ほどから問題になりましたように、少年法の改正というふうな面につきましても、この抜本的な措置について真剣に取り組んでおる、こういう状況でございます。
○瀬谷英行君 最近、われわれが心配しておりますのは、未成年者の悪質犯というものが少なくないということです。だから、単に年齢を二十歳を十八歳に引き下げるといったようなことだけでは問題は解決しないのじゃないか。むしろ、少年法全体についてどうしたらいいかということを考える必要が出てくるのじゃないか。少年鑑別所とか少年院といったようなものがあるけれども、はたしてそういうところに収容することによって、まともな人間に生まれかわってくるという効果があがっているかどうか、もしあがっていないとすれば、この制度自体についても相当検討を要するものがあるのではないかという気もするわけです。だから、トータルを見れば、犯罪というものの件数というものはかなりふえているということも明らかになるでありましょうけれども、その統計的な犯罪件数の増加とあわせて、現在の少年法の年齢的な問題だけではなく、他の補導なり矯正なりという部門において、現行法で、はたして万全であるというふうに言えるのかどうか、もしそうでないとすれば、いかなるところに欠陥なり弱点があるか、こういう点もこの際お伺いしておきたいと思います。
○政府委員(川井英良君) 一昨年、法務省の少年法改正構想というものを発表いたしました。これにつきまして非常に強い社会の反響を呼びまして、最高裁判所、日弁連はもとよりのこと、あらゆる機関あるいは民間の諸団体というふうなものから、非常にたくさんの意見が私どもの手元に寄せられました。いまそれを鋭意検討いたしまして——反対意見の強いものもございますし、また、熱烈な賛成意見もございます。そういうふうなものを整理いたしまして、順次意見の調整をはかっている段階でございまするが、私どもの打ち出しました構想は、大きく分けまして三点ございます。第一点は、二十というところで少年と成年に分けまして、二十未満の者につきましては保護処分を主とするところの措置を講ずる、それから、二十をこしますと、とたんに成人として刑事処分を原則とするというふうな簡単な行き方でもって今日の少年非行に対処できるかどうかという点もいろいろ検討いたしまして、十八歳を限度といたしまして、十八歳と二十の間、あるいは、二十ではちょっとまた低過ぎるということで二十三歳未満——ですから、十八歳以上二十三歳未満というようなところに青年層という一つの層をつくりまして、十八歳未満はこれは少年として保護処分を原則として、それから刑事処分は例外的とする、それから成年と青年につきましては、成年につきましては、もちろんこれは、純然たる刑事処分だけを原則にする、刑事処分をもって当たる、新しく設けるところの青年層につきましては、場合によって保護処分、また場合によっては刑事処分ということで、その問題となった少年の資質を十分に鑑別いたしまして、その少年に最も沿うような措置を講ずる。そこが、先ほど大臣が最初に述べられました、きめのこまかい刑事政策をやっていかないというと、うまくいかないのじゃないかということに対する一つの方策でございます。これが第一点でございます。 それから第二点は、いままで家庭裁判所で少年の審判をいたしておりますけれども、これが家庭裁判所の裁判官だけが独自の立場で審判をしておられるというふうな状況になっておりまして、検察官というふうなものが立ち会っておりませんし、また、ほかの十分な立ち会いも認められていないということで、この手続は今日の刑事訴訟の手続のような合理的な当事者主義的なたてまえをとっておりませんので、こういうふうな手続につきましても何らかの合理的な措置が必要ではないかということで、家庭裁判所の少年審判の手続の合理化と申しましょうか、それについて研究が必要だということで、若干の改正意見を主張いたしております。 第三点は、家庭裁判所の裁判官が審判をいたしました結果、保護処分にする場合に、今日一番悪いのは少年院へ送る、その次は教護院または養護施設へ送る、それからその次には保護観察に付するというような、大体三つのいま保護処分しかございませんけれども、これでは少しラフではないか。もう少し保護処分の内容を多様化して、そしてほんとうにその少年に沿うような保護処分をしたらどうかということで、その点について十数種類の保護処分の多様化ということを主張いたしております。 これが改正構想のおもなる要綱でございます。
○瀬谷英行君 先般、八王子の刑務所で脱走犯人が出たということでありますけれども、この刑務所から脱走するというようなことは、ちょっとわれわれの常識では考えられないことなんですけれども、この構造上の問題に大きな原因があるのか、あるいはまた要員なり看守といったような人間の面で不十分な点があるのか、この八王子の件はどういうところに基因をしておるのか、その点、この機会にお伺いしたいと思います。
○政府委員(勝尾鐐三君) 人口の密集地帯でこのような脱走事故が起きまして、一般の住民に不安の念を与えましたことについて、まことに遺憾で、申しわけなく存じております。 事案の概要については、すでに御案内のことかと存じますが、去る四月の八日の未明に、八王子拘置支所の五階の居房に収監されておりました強盗殺人、死体遺棄の被告人笹沼充男という者が逃走したのでございますが、事案の内容を調査してみますと、逃走に使用されたと思われます金切りのこが三月の八日に面会に来た弟との間に通謀がなされて差し入れをされております。といたしますと、三月の八日から四月の八日まで、約一カ月の間、その金切りのこぎりを発見できなかったという点に問題点が一つあるわけでございます。で、さらに四月の八日の逃走した時刻でございますが、当日の午前零時五十五分に、本人が担当の看守にアスピリンをくれという声をかけているわけでございます。といたしますと、午前一時以後の逃走と推定されるのでございますが、その逃走を職員が発見したのが午前六時半でございます。といたしますと、午前一時以降午前六時半の間にその逃走事故を発見できなかったという点に問題があろうと思うのでございます。 〔主査退席、副主査着席〕 したがいまして、三月八日から約一カ月の間に金切りのこぎりを発見できなかったということは、やはり職員の捜検、捜検の方法において手落ちがあったのではないかと、このように考えられるわけでございます。本人は、自分の使用しております麻裏ぞうりの裏に金切りのこを差し込んでいたのでございますが、したがいまして、舎房の中を幾ら探しても発見できなかったということでございますが、本人の所持しております物について当然捜検の対象になるわけでございますので、その使用している麻裏ぞうりについても捜検をすべきのが本来でございます。といたしますと、その捜検方法について欠陥があったと、この点については、職員の研修その他の充実をはかって、二度とこのような事態を起こさないようにすべきであると考えております。 次の、午前一時以降六時半まで発見できなかったという問題でございますが、この点について、現在までの調査の過程におきまして問題になりましたのは、やはり職員の勤務体制の問題というのが根本にあろうかと思うのであります。八王子の拘置支所の職員は全体で三十二名でございますが、いろいろな事務、出廷その他の仕事に従事する職員を除きまして、舎房の夜勤に従事する職員というのが九名でございます。で、九名のうち、収容者のいる居房が四階と五階にございますが、各階に一名ずつ二時間交代で勤務させておりますので、要員が四名必要となるわけでございます。そのほかに、庁舎の内外を警らする巡警が一名、さらに監督の部長が二名、さらに雑務の看守が一名、当直と、九名あるわけでございますが、そのうち、巡警については一名の配置でございますが、その巡警は翌日非番ではなしに通常の勤務に服させるという都合上、午前零時から五時まで仮眠をさせているのでございます。さらに、雑務の看守は翌朝五時に炊場のほうの仕事に回る関係で、これもやはり午前零時から午前五時まで仮眠をさせている。監督の部長は二名おりますが、これは前半、後半で交代に勤務をいたしておる。といたしますと、結論といたしまして、真夜中において現実に警備に当たっておりますのは、舎房の担当の二名と、それから保安事務室に起きております監督部長。結局、巡警等が事実上午前零時から五時までの間に行なわれなかったという勤務体制に問題があったと、このように思うのでございます。なお、物的な面につきましては、舎房の窓並びに巡警路にさらに鉄柵と、二重の鉄柵をしてあったのでございますが、これを金切りのこぎりでひかれているという点になりまして、この窓の鉄格子の装備についてくふうをする必要がある。 大体現在まで判明いたしました事情の中からうかがわれます原因と思われるものは以上でございます。
○瀬谷英行君 要員の面において最近不足しているとか、あるいはなかなか人が求められないとか、そういうような点はなかったのかどうか、その点をお伺いしたい。
○政府委員(勝尾鐐三君) 看守の採用につきましては、人事院の試験によって、合格者の中から採用いたしておるわけでございますが、最近の傾向といたしましては、志願者並びに試験に合格した者の中でも、さらに現実に採用に応ずるという人員については減少の傾向にあるというのが事実でございます。 それからなお、全体として要員が足りるか足りないかという問題になりますと、施設の構造あるいは収容者の質、あるいは職員の能力といった点が千差万別でありまして、にわかにその数字を明確に、はじくということについては、いろいろ問題がございます。さらに、矯正施設全般につきまして、いわゆる機械化と申しますか、科学的な警備機械というものの導入について、なお慎重に研究をする必要があると、このように考えております。
○瀬谷英行君 入るほうが多くなって、守るほうは減るというのは、これはなかなかたいへんなことだと思うのですけれども、やはり、待遇なり、そういったような面で、要員の面で手抜かりがあったのでは、とんだことになると思います。その点は十分今後も留意をしていただきたいということを希望しておきたいと思います。 それから次に、先ほど岡田さんが少し触れましたけれども、台湾人の独立連盟に所属している人が強制的に退去させられたという問題であります。要は、政治亡命者の人権をどこまで尊重するかということになると思います。台湾の人が、現在の体判にあきたらず、独立運動をするといったようなことは、これは、現在の政治体制に不満があれば、当然考えられることである。それに対して、日本が血も涙もないような仕打ちをするということは、国際法上の慣行からいっても妥当ではないという気がするわけであります。先ほどの御答弁によりますと、十分に配慮をして独立運動をした者を送還をした場合でも、その処置を問い合わせをした文書を受諾をしたと、こういうことなんでありますけれども、そういう打ち合わせができるくらいならば、なぜ、本人が拒否をし、裁判所のほうの処置ということが考えられる時点において無理な送還をしなければならなかったか、この辺、どうもふに落ちないわけです。だから、こういう場合には、もっと慎重を期することができないものか、この点を法務大臣にお伺いしたいと思います。
○国務大臣(赤間文三君) この台湾人送還の問題ですが、大体、日本に滞在するという理由がなくなって、不法滞在ということになっておりましたので、そういう不法滞在者についてはできるだけすみやかに適当なところに送り帰す、こういう方針をとってきておるのであります。それで、先般の柳文卿も、もう日本に滞在する理由がなくなりましたので、法務省としてはこれを送り帰したのでございます。 それで、その台湾の独立運動関係者でございますが、これが向こうに送り帰されて迫害を受けるというようなことがあると、これはまた人道上非常に好ましくないのでございますが、この点は十分中国側とも打ち合わせをして、帰国後に、そのゆえをもっては一切処分はしないという確約をいたしております。文書をもって確認をしておるというふうな状態。それで、送り帰しましても生命に危険が及ぶものとは考えられないので、人権上の問題はないのではないか、こういうふうな考え方で送ったのであります。昨年の十二月にも、やはり独立運動をした者を向こうに送りましたが、現在家族と一緒に住んでおって、日本に滞在中はいろいろお世話さまになりましたというお礼の手紙を法務省によこしておりましたような例もありまするので、身体生命の危害がないということを確かめて送還をしたような次第でございます。
○瀬谷英行君 そういうことが信用できるくらいならば、本人が舌をかんでも拒否するといったようなことはないのじゃないかというふうに考えるのが私は常識じゃないかと思うのですね。でおそらくこれは、台湾政府とすれば、独立運動なんかをやる者は好ましくないと思うでしょう。しかし、それを日本に置いておったのでは処分のしようがないから、帰してよこせと言うに違いない。その場合に、帰してよこせば私のほうでは死刑にしますからどうぞ帰してよこせと、こうは言えないのがあたりまえなんですね。そうなれば、当然、政府のほうから、送還をした場合の安全等についてだいじょうぶかというふうに念を押した場合には、機械的に、だいじょうぶだという返事が出てくるというのも、これは考えられるわけだ。だから、要は本人の意思というものをどこまで尊重するかということになってくると思うのですけれども、台湾人にしてみれば、現在の台湾政府というものは、自分たちが選んだ政権、あるいは支持している政権とは言えないのじゃないかという気がするのですよ。どちらかというと、これはまあきわめて政治的な問題になってくるけれども、台湾人の見方からするならば、これは居そうろうだ、アメリカの武力が背景にあるからこそ大きなつらをして自分たちの上にあぐらをかいているのだ、政権にあぐらをかいているのだ、こういう見方をするでしょう。そうなれば、独立運動ということも出てくるのは私はやむを得ないだろうと思う。ただ、台湾人が独立をはかろうと考えても、あるいはまた北京政府の傘下に入りたいというふうに考えても、あるいはまた別に、日本と一緒になりたいと考えても、それはもう台湾人の自由であって、日本人がとやかく指図をする必要のないことだろうと思うから、そういう運動をやっている、つまり、現状にあきたらずに、教育を受けた日本でもって、本国に帰らずに独立運動をやっておるということであれば、これは一種の政治亡命を希望している、こういうように見なして、そういう人の人権というものは国際慣行上別に指摘をされない範囲でもって保護するというのが、やはり先進国としての役割りではないかという気がするわけであります。その点はどうなんでしょうか。
○国務大臣(赤間文三君) 一応ごもっともに考えますが、先進国の役割りはなかなかむずかしゅうございまして、低開発国等からは、先進国にまず来たい、来ればいろいろな理由で長くおりたいというのが多い。御承知のような例が多い。で、私どものほうとしましては、滞在の理由があるかないかということを第一に調べるのであります。たとえば、学校に入って、学校を卒業するまでおるということになれば、卒業すれば、日本滞在の目的を達したということになりますれば、それを送り帰すというような、要するにもう滞在の目的を達すれば帰らせる。それで帰ったときに、いまお述べになったような身体上の傷害、生命に危害があるかどうかということを調べてみるのであります。それで、その危険があれば、そのところには送らぬという方針をとっておりますが、調べてみて、生命身体に危害の及ぶおそれがないとなれば、もうなるべくすみやかに送り帰すというような方針をとっておるのであります。御承知のように、やはり日本におりたいという人が非常にたくさんおりますので、まあ骨は折れますが、もう目的を達した者には、これを早く帰らせるというような措置をとっておるのが現状でございます。今度の人も、前に台湾に帰らせた人が家族と一緒に住んで非常にお世話になってありがとうという手紙やらをくれているから、身体の危害を受けることはないのじゃないか。それと、もう一つは、そのゆえをもって危害の及ぶようなことはないということを中国側の外交機関が文書で確認してくれておりますので、われわれといたしましては、危害が及ばない、かように確信して送還した、こういうような事情でございます。
○瀬谷英行君 それはきわめて機械的であって、蒋介石政権の言い分は信用するけれども台湾人の言い分は信用しないということでしょう、いまの大臣のお答えは、結果的には。私らも非常にあと味の悪い気分でもってあの新聞を読んだのでありますけれども、舌をかんで死のうとしたりする者を、無理やりに、手取り足取りで飛行機の中に引きずり込んで向こうに連れていってしまうというようなことは、きわめて私は残酷なやり方だと思うのです。しかも、四月四日の予算委員会の稲葉議員の質問のその議事録を読んでみますと、政府委員の答弁は、裁判所が本件に介入するとかしないとかいうことは全然考えずにこの処置をきめたのだ、しかし、飛行機がそんなに朝早く立つということは、はなはだ怠慢で申しわけない次第でありますが、承知いたしませんで判こを押したので、結果的にそうなったということは申しわけない、こういう答弁ですよ。これはまことにことばの上からは丁寧なようでありますけれども、あとでもってどんなに申しわけないと思ったところで、持っていかれてしまえばそれきりなんですよ。はたして、連れていかれた人が向こうで幸福な人生が待ち受けておるかどうか。これは保証の限りでないわけでありますよ。いまのところは殺されていないとしても、非常に不安があるであろうということは、だれが考えたって想像がつくわけであります。だから、こういう飛行機がそんなに朝早く立つとは思わなかったといったような弁解めいたことを言われるくらいならば、やはりもう少し慎重に配慮をするというのが私は大事なことじゃないかと思うのです。これは、先進国と後進国の例を引き合いに出されて、後進国の人たちは日本にいたがる者が多いという意味のことをいま大臣は言われましたけれども、それはまことに後進国と言うと失礼な言い方なんですけれども、台湾の場合に焦点を当てはめてみますと、台湾にはいたくない、蒋介石政権の支配のもとにいたくないというのが私は本音だろうと思うのです。そういう場合の政治亡命というものを認めてやるということはできないのかどうか。認めてやらないということは、台湾政府に対して義理を立てるということから政治亡命を認めないということになってくるのじゃないかと思うのでありますけれども、そこまで日本が台湾政府に義理立てをしなければならないという理由はなかろうという気持ちがするのでありますし、まずその点が疑念のわくところなんでありますけれども、もっと政治亡命を希望している者に対する人権を尊重するという立場に立って、この種の、これからも起こるかもしれないところの事案に対処するということはできないものかどうか、お伺いしたいと思います。
○国務大臣(赤間文三君) 人権尊重の点は全く瀬谷さんと私同感でございまして、いままでもそうでもありまするが、送り帰して身体の危害があると認めるようなところには、今後におきましても送り帰すということはなるべくやらない、こういうふうにしたいと考えております。いまの台湾の場合におきましても、たとえば、台湾以外のどこそこへ行きたいというような希望があれば、おそらくその希望に沿うてやったかもしれない。なるべく希望に沿うという方角はとっておるのであります。ただ、日本におりたいというだけですと、もう大体さきにたびたび申し上げましたように、もう日本におる理由が解消すれば、なるべく早く送り帰すというような方針は、これは今後も続けていきたいと考えます。それと、そこが瀬谷議員と幾ぶん違うのは、前の、前例もあって非常に喜んでお礼やらくれた男が独立運動した者であるし、外交機関のほうで、そのために危害を及ぼすようなことはないという一札まで入れてくれておるものだから心配はない、こういうふうに法務省としては判断をいたしたような次第でございます。しかし、お話のような、やはり亡命というようなものを送り帰すときは、なるべくやはり人権尊重ということと、なおあわせて希望の地があればなるべく希望の地にやるというような方針は今後もとっていきたい、かように考えております。
○瀬谷英行君 前の議事録によると、稲葉委員の質問に対して、飛行機がそんなに朝早く立つということは承知しなかったので、結果的にはそうなったということはまことに申しわけないという意味の答弁をしているのですから、先般の事件は確かに軽率で申しわけなかったのだというふうに考えておられるというふうにわれわれは理解する。だから、そのように理解をするならば、今後ああいう無理無体なやり方でもって本人の希望を無視して強引に退去させる、送還をするということは、もはや、もうしないという意味に解釈をしてよろしいのかどうかということがまず一つ。 その次に、帰っても危害が加えられるという心配はないんだと、そういう点を確約をしたから帰したと、こういう話なんでありますけれども、それならば、先般送還をされた人間の今後の身の振り方等についてやはり日本政府としても責任を持ってこの観察をしておく必要があると思うのですね。どうも、忘れたころになって殺されてしまったというようなことになると、まことに政府としても罪なことをやったことになるわけです。だから、ほんとうに、人権については、本人が台湾に帰ったあとでも尊重をされておるのかどうか、そういう点はこれからも十分に見届ける必要があると思うのです。本人の礼状があったというのも、日本滞在中の礼状なんというのはこれは儀礼的なものであって、向こうへ行ってからが問題なんですからね。はたして本人が十分に保護されて生活に支障のない状態にあるのかどうかということを確かめる必要があろうと思うのでありますが、それを確かめていくという責任もまたあると思うのですが、それをやられるのかどうか。もしも、台湾はだいじょうぶだからというので帰したというのであれば、韓国の場合はどうするか。これが、まあこういう例があるかどうかしりませんけれども、これからですよ——過去においては、浦里号事件であるとか、張景根事件であるとか、平新艇事件であるとか、いろんな事件があるようですけれども、韓国の場合は、帰したために処刑をされたという例もあります。そうすると、韓国はだいじょうぶじゃない、過去の実績から言うとだいじょうぶじゃないということになるのですね。だから、いまの大臣の答弁から言うならば、もしこの強制送還の対象になる人が韓国人であった場合には、これは帰さないんだと、このように理解をしてもよろしいのかどうか。その点もあわせてお伺いをしておきたいと思います。
○国務大臣(赤間文三君) そのまず第一点の、無理無体に送り帰すというようなことは考えておりません。本人も十分納得して喜んで帰るような、ひとつ骨は折れても、ぜひそういうふうな計らいをしてやっていきたいと考えております。それから向こうに帰ってから後の問題は、注意はしておきたいと考えておりますが、もう帰ってしまいますと、御承知のように、なかなかこちらの手も届かないところにいて、ただ、帰ったその人間が、外交機関のわれわれと約束をした、文書で説明をした、そのために身体に害はないという約束を破っておるようなことがわかるならば、これは厳重に外交機関に交渉する、これは当然に、まあ帰った者はなるべくそこでまた幸福な生活ができるように希望しておくということであります。 それから、韓国の場合、亡命者というものにつきましては、これはもう私は、亡命をして来た人間は、第一に人権擁護の上から、その者が殺されるようなところ、危険なところには送り帰さない。これはもうはっきり私はそういう方針をとっていきたい。それから第二には、この亡命者については、それが日本の国にどういう関係を及ぼすか、なお言いかえるならば、日本の治安等にもどういう関係を及ぼすかというようなことも考慮に入れ、それから、できるだけまた本人の希望なんかもいれられるものはいれて、ケース・バイ・ケースにこの処理をしていきたい、こういうふうな方針でいきたいと考えておるのであります。
○瀬谷英行君 ケース・バイ・ケースということばは、ずっとこれ、よく好んで使っておるようですけれどもね。予算委員会で問題にしているのは、台湾の問題であり、あるいはまた引き合いに出しているのは韓国の問題なんです。だから、あんまりばく然とした答えになると、ちょっと信用ができなくなってしまうわけでありますけれども、それじゃ、無理無体なことをして送還をさせるというようなことはないというようにいま大臣はおっしゃった。先般の予算委員会の議事録によると、飛行機が朝早く出るとは思わなかったもんだから申しわけのないことをしたと言ってあやまっているわけですよね、中川政府委員がね。そうすると、先般の台湾人の強制送還というものは、無理無体なことをして申しわけなかったということを認めた上で、これからはああいう無理無体なことはしませんと、こういうふうにおっしゃっておるものと理解をしてよろしいのかどうか。それから、こういう例はあるかどうかわからぬけれども、相手が韓国であろうとですよ、どこの国であろうと、社会主義国であろうと資本主義国であろうと、いかなる国であろうと、自分の国に、思想的な点で、もう帰りたくない、とにかく圧迫を受けるおそれもあるし、生命なり生活の不安があるから帰りたくないと言うものは、いわば政治亡命なんでありますから、そういう人たちの人権ということはあとう限り尊重するのだと、このようなことを大臣としてお約束をしていただけるものと理解をしてよろしいのかどうか。まとめてお伺いしたいと思います。
○国務大臣(赤間文三君) 私は、原則として、何も無理なことせんでも、本人に言い含めて、もうあんたの日本に滞在の理由はなくなったから帰ってもらいたいということを懇切丁寧によく納得づくで処理するという方針をとっていこうという考え方を持っております。ただ、前に無理無体に帰したということについては、どんな無理をしたのか私はまだそこのところはあまり聞いておりません。ただ、飛行機が早くなったために急いで帰らせたという報告は受けておりまするが、その、どういうことを、どんな無理をやったかということは、まだ詳細には承ってないのであります。とにかく、あまり無理無体なことをやるということは非文化的でございまするので、将来あらゆることにそんな無理無体なことは法務省としてはやらぬで、あくまで合理的で納得づくで仕事をやっていくということをしたいと考えております。 それから、本人がまだいたい、帰ればあぶないと言うたらそれは置く、なるべく置くようにやるかという、そういう御趣旨の……。これは、一がいにその趣旨に沿うかどうかはわからない。これは私のほうで調べてみて、本人は帰るとあぶないと言いましても、こちらで調べてみて何も身体のあれはないということが確認ができれば、私は、本人が帰ることがあぶないと言うても、それにのみよるということのできない場合があり得るのじゃなかろうか。これは徹底的に、本人の言い分が正しいのかどうか、また客観的にそういうことをやればということを、これは十分、大事なことでございまするから、調査をして、そして本人の言うことが正しければ、われわれの原則である、あぶないところ、身体のあれというようなところには、これはもう……。ただし、本人がいたいために、どうも自分はというわけで、母国へ帰るとあぶないというようなことを言う場合は、私は、それを一がいに信用してやるという……。十分な客観的な情勢を知って、だれももっともだという理屈のつく仕事をやっていきたい。なぜそういうことを言うかといいますると、やっぱり、おりたいためにいろいろとそう言う場合がありゃせぬかというような考えも起こりますので、十分客観的な仕事をしていく。原則としては、お述べになりましたように、本人が迫害を受けるというようなところにはお帰しをしないという方針は、これはもう堅持していきたい、かように考えております。
○瀬谷英行君 私、いまの質問で終わるつもりでいたんですけれども、大臣の最後の答えがまことにあいまいなんで、これでやめるつもりだったけれども、もう一回これは言いたくなるんですが、何が無理無体かということを言われておるけれども、先般の台湾人の送還というものは、本人が舌をかんで抵抗するものを、手取り足取り飛行機の中に引っ張り上げて、そして運んでいっちゃったんでしょう。そういうふうに新聞にも出ています。ああいうのが事実じゃないと、こうおっしゃるわけですか。決してあれは無理しているんじゃないんだ、本人が話し合いで納得をしていったと、舌をかんでまで抵抗したなんて事実はないんだと、このようにおっしゃるんですか。この点どうでしょう。
○政府委員(中川進君) こまかい点でございますから、お答えさせていただきます。 まず最初に、先ほど稲葉委員の質問に対する私の答弁を引用されまして——私、そのとおりでございます。それを訂正する考えはございませんが、なぜそういうふうになったかということを一言説明させていただきますというと、先ほど大臣が申し上げましたように、昨年の十二月に郭錫麟という人を送還いたしました。これは、私どもから見ますと、いわゆる台湾独立運動の少なくとも中心人物の一人であろうと考えておったのでございます。 〔副主査退席、主査着席〕 この人に対して出頭命令を出しましたのが昨年の十二月二日でございまして、そうして、これは予算委員会で稲葉委員に申し上げましたように、朝十一時ごろに出てまいりまして、そこで退去命令を出しまして、翌日の朝の飛行機で帰したのでございます。今回と全く同様なことになったのでありまして、ただ、本人のあの時間が、前者は午前で今度は午後であったという差がございましたが、まず同じようなケースでございまして、このときも、本人は裁判に持ち込むとか何とかいうことは何もありませんでした。まあ、何と申しますか、執行はスムーズに行なわれたのでございます。そういうことがございましたので、私どもの警備の担当者が、私に対して細部まで、何と申しますか、報告しないで、飛行機の時間とかはこの前のとおりという含みでやったのでございます。私もまた、何時何分に呼びつけて何時何分にというところまで調べなかったのが手落ちであったと思います。ところで、私が申しわけないと申しましたのは、それは朝早く飛行機が立ったということよりも、その結果、本人が裁判所に訴えたかったのが、訴える機会を失ったというふうに説明がございましたので、その点が申しわけなかったということを申し上げておるのでございまして、これは私が、この前の郭錫麟の例によりまして、そういう問題は起こらないということを過小に考えました点におきまして手落ちがあったということでございます。 それから第二に、ただいま先生の御質問の、羽田におきまして無理無体にいやがるものを引っ張り込んだという点でございますが、これは、無理無体にと言ったのは実はこちら側ではございませんで、御承知のとおり、あの日台湾独立運動に携わると称する中国青年十名、正確には一名日本人が入っておりますが——の人々が、この送還を実力で阻止しようとして、このいまの柳という人にしがみついたというために、結果的に無理無体なような状態を呈したのでございます。で、舌をかみ切ってどうこうということが新聞に伝えられておりますが、私どもの調査によりますと、本人が舌をかみ切ったという事実はございません。ただ、血が流れたということはあったのでございますが、これは、私どもの調査によりますと、その十人の青年がこの柳という人を取り返そうとして、わがほうの警備官、それから応援にかけつけた警察官というものと格闘といいますか、乱闘といいますか、トラブルを起こしたのでありまして、その結果、そのとばっちりを受けまして、この柳という人が上くちびるに傷を受けて血が流れた、かように私は聞いております。
○瀬谷英行君 まことに白々しく聞こえますよ、そういうことを言いますと。私は先ほど質問をやめようと思ったのですが、無理無体に送り帰したことはないのだと言うが、じゃあれは無理無体じゃないと言うのか。台湾独立運動の青年の人たちが来て取り返そうとしたから無理無体になったのだ、本人も行きたくなかったからそれをやったのでしょう。無理無体に乗っけたわけでしょう。台湾の人が乗せまいとするのを乗っけて行ったわけでしょう。乗りたくなかった、また残したかったということでトラブルが起こったわけでしょう。それを押し切って乗せたということになると、それは結果的には無理無体に送還してしまったということと同じことでしょう。舌をかんだことはない、くちびるを切っただけだと言うけれども、血が流れたということは、何にもしないで血が流れるはずがない。血が流れたということは、トラブルがあり、いざこざがあり、腕力で取り返そうとするとか、あるいは押し込もうとするところがあったから、正確にはどこが切れたかわかりませんが、要するに血を流したということですね。くちびるとか舌とかいうことは、本人が向こうに行っているのですから、調べようと思っても調べようがないでしょう。その調べようのないものを、それをあたかも新聞の誇張のように言うのはいけないと思います。だれが見ても、あれは日本政府が無理やりこの台湾独立運動をやった人間を台湾に送り帰したということにしかならぬ。大臣がそんなことを知らぬと言うのもおかしい。あなたが新聞を読んでいないわけがない。特に所管の大臣だから。そうすると、議事録に載っているのは、時間的にどうとかこうとかという経緯が載っておりますが、こういうのはあとの弁解にすぎない。結果的に無理やり送り帰したということは間違いないでしょう。そういう事実を否定しちゃいかぬと思います。事実は事実として認めた上に立って、決して今後は無理はしないということを約束するならいいが、裁判所に申し立てを行なおうとしたけれども、できなかったから申しわけなかったということを政府委員が言っているじゃありませんか。これは、向こうに行ってしまってからじゃ間に合わないのですから、間違いなく。こういうことは申しわけないじゃ済まないのです、ほんとうは。だから、こんな無理なことを現にやっているのですから、本人がいやがるものを帰すようなことはいたしませんと言うなら、そのとおり今後もやらなくちゃいけないと思う。何か、私の質問に対して、本人がずるくて、日本が住み心地がよくて、日本にいたがるから帰すなと言っているような受け取り方をしているように聞こえるのですが、そういうことを言っておるのじゃないのですから、そういう別の面を想定した問答は意味がないと思うのです。これは、本人がずるをきめ込んで日本にいたいというのじゃなくて、独立運動をやったので台湾に帰るとどうなるかわからない。これは、われわれ第三者が考えてもわかる。それを無理やり帰すということは、これは今度は、台湾政府との間におかしな取り引きがあってこれはやったことじゃないかと見られてもしかたがないのじゃないか。そういうこそくなことはやるべきじゃないと言うのですよ。あくまでも亡命者の人権というのは尊重するというたてまえをとるべきだと言うのです。これは、台湾であっても、韓国であっても、どこの国であっても、私は同じことだと思うのです。国益に反するということをしきりに強調されておりますが、台湾政府の言うことを聞くのが国益に合う、韓国政府の言うことを聞くのが国益に合うということにはならないと思う。国際法上の一種の慣行として、亡命者の人権は尊重すべきだという原則に立って私は言っておるのですから、そういう原則は今後も守るということを、日本の法務大臣としては私は約束すべきだと思うから、再度申し上げるわけです。大臣の再度の御答弁を願いたい。
○国務大臣(赤間文三君) 今後におきましては、お話のように、人権は、朝鮮であろうと、韓国であろうと、あるいは台湾であろうと、十分尊重するということでやっていきたいと考えております。
○原田立君 刑務所の移転問題について若干お聞きしたいと思うのです。 昔つくったその場所が、当時つくられたときには郊外等であったのが、都市の発展によって中心部になってきて、移転しなければならないというような性格のものが、日本全国内に各所おありだろうと思うのでありますが、そういうようなのは、どのくらい、いまおありなんですか。
○国務大臣(赤間文三君) お尋ねの、現在都市に存在する拘置所とか、あるいは刑務所で、その所在地が市の発展に伴ってだんだん中心部に近づいてきた理由で、地元から、ひとつ都心から移してもらいたいという要請があるものは、たしか三十ヵ所ばかりあるように思います。拘置所が一ヵ所と、刑務所が二十二ヵ所、少年刑務所が三ヵ所、拘置支所が三ヵ所、刑務支所が三ヵ所で、これで大体三十二ヵ所でございます。これらのすべての移転のためには、大体二百数十億の経費が必要となるので、一時にこれを実現するということは、国家財政の上からは非常に困難なことになっております。
○原田立君 三十二ヵ所ということでございますが、それをすでに計画に乗せて進めているというのは、現在どのくらいおありなんですか。
○国務大臣(赤間文三君) そこで、これらのうちで特に急を要するものがありますので、急を要するものからこれを実施に移していこう、こういう方針を立てております。主として、昭和三十五年度から、国庫債務負担行為という形式による地元地方公共団体とのやり方は、建築交換方式をとりまして、これを行なってきておるのであります。現在までに、この建築交換方式というやつで、名古屋、福岡、滋賀、松江、静岡の五つの刑務所の移転が大体完了したというふうな結果になっております。
○原田立君 それでは、現在五カ所はできておる、完成しておるというようなことですが、三十二カ所中五カ所はできた。あと二十七カ所残っているわけですが、現在二十七ヵ所のうち、どれを手がけておいでになるのですか。どのくらい。
○政府委員(辻辰三郎君) 現在、かような建築交換の方式で移転を手がけておりますのは四つでございます。そのうち三つは現に動いておりますが、一つにつきましては、目下きわめて近い時期にやろうということで計画中のものでございます。
○原田立君 名称をちゃんと言ってください。
○政府委員(辻辰三郎君) 現在手がけておりますのは、旭川刑務所、岡山刑務所、川越少年刑務所でございまして、なお、その他近くやると申しましたのは、東京拘置所でございます。
○原田立君 私ども簡単に聞いているのですから、答弁はこま切れに答えないで、ある程度続けて答えてもらいたい。そうでないと混乱してしまいますから。 そうすると、旭川、岡山、川越の三カ所については、現在予定どおり進行をしておって何らトラブルはない、そういうふうに理解していいですか。
○政府委員(辻辰三郎君) さようでございます。
○原田立君 そうしますと、その例の、最後にお話のあった東京拘置所が青梅のほうに移る件について、去年来いろいろと委員会においても議論されておるわけでありますが、この経緯等については、もうすでに当事者である大臣もよく御承知であろうと思うのでありますが、こういうような、いろいろと地元が反対しているような、そういう状況でありながらも、なおかつ強行しておつくりになるという、そういう既定方針なのかどうか。その点、大臣、いかがですか。
○国務大臣(赤間文三君) 地元の反対も聞き及んでおりまするが、一たんきめたことだから、できるだけ骨折って、ひとつそこにできるように最善の努力をやろうということで、努力を一生懸命にいまやっておる最中でございます。しかし、これは時間の問題がありますもので、われわれが幾ら努力をして、もう時間ぎりぎりまで働いても目的を達せぬというような最悪の場合になれば、何とかまたそこへ知恵を出して、また計画をどういうふうにするかを考えなければならぬ。いまじゃ地元の反対はあるが、何とかひとつ、せっかくきめた計画でもあるし、これが実現をするように全力を尽くしておる、こういうふうな状態であります。
○原田立君 青梅の地元の市議会でも反対の決議をしておるし、あるいはまた市長さんも反対であるし、あるいはまた、反対期成同盟等をつくって、その趣旨を述べております。こういうような、非常に地元としては弱硬に反対する、そういう姿勢を示しております。それでも、いまの大臣のお話ですと、最後の努力をしてみたいというようなことでありますけれども、こういうような計画は無理押しで押してしまうと、あとに非常に大きいしこりが残るのじゃないでしょうか。そういう意味におきまして、反対のこの問題の発端がだいぶ以前からのことでありまして、三十六年ころから始まっておることでありますし、もうすぐ十年にもならんとしておる。こういうような長引いて最後までねばり強くやるというのは——ねばり強いのはたいへんけっこうなことなんだけれども、地元の意見が一貫して反対だというようなところでそれをしもやるというのは、何か無理押しのような感じがしてならないのですけれども、そういうふうに無理押ししてでもおやりなさるというお考えですか。
○国務大臣(赤間文三君) そのお話の、無理に無理押しということは考えてないのでございます。無理に押しても、なかなかこれは押せないかもしれぬ、何とかひとつ、反対がいまお述べになりましたようにあるが、これの理解を得て、何とかやれぬものであろうかということで脳みそをしぼって、ひとつ円滑に何とかいきゃせぬかと、それで努力をいたしておる、こういう状態なんです。無理でも何でもというような考えは持っておりません。何とかうまく——露骨なことを言うと、うまく何とか、せっかくきめて長くかかって計画し、いろいろやっているんだから、何とかひとつうまくいく方法はないだろうかと、こういうことで最後の努力をするというような考えでございます。
○原田立君 ちょっとことばがえげつなくなってたいへん恐縮なんですけれども、法務省として一たんきめたから、きめたものはどうしてもやるんだと、メンツにこだわっておやりになるというように私思える。それでは、まあ大臣は何とか努力と、こう言いますけれども、もう地元のほうはいやだいやだと言ってるんですから、そこを何とか努力というのは、とりようによってはこれは無理押しということになるわけです。だから、大臣は決して無理押しなんかしない、何とか努力と、こういうふうにことばで仰せになるけれども、これは結果論的には無理押しになっているわけです。もうここいら辺で方向を転換なさるお気分はないですか。
○国務大臣(赤間文三君) その無理押しはやらないが、何とかひとつこれを成就する方法はなかろうかということで、もう少しひとつ最後の大奮発を円滑にやってみようと、そういう考えでございます。
○原田立君 そうすると、最後の大奮発をやって、なおかつだめならば、もうあきらめるということですか。
○国務大臣(赤間文三君) もうそれは最後の最大の努力をやってできなければ、そのときになって、またひとつこれは考え直すよりほかには方法はないのじゃないか、こういうふうな考え方。で、それまでは、最後になるまではとにかく全力を尽くしてひとつ円満にいくように、こういう考え方なんです。
○原田立君 だいぶん時間もかかるんでしょうけれども、その見通しはどうですか。
○政府委員(辻辰三郎君) 問題の見通しでございますが、御承知のようにこの計画は昭和四十一年の予算におきまして国庫債務負担行為予算を認められておるわけでございます。この国庫債務負担行為は昭和四十五年度までにと、こうなっておるわけでございますので、最終期限がこの一連の刑務所移転は四十六年の三月ということになるわけでございます。さような終期を前提にいたしまして、この青梅に刑務所ができました後に、現在の小菅刑務所に巣鴨の拘置所を移していくということになるわけでございますので、段階があるわけでございます。かような点からまいりますと、時期的にはやはり本年の上半期中には何とか青梅のほうの御理解を得なきゃならぬということになっておりますので、先ほど来大臣が御答弁なさっていますように、現在われわれ鋭意努力中のところでございます。
○原田立君 そうすると、その上半期が法務省の計画どおりにいかなくて、ずっとそれを過ぎるような情勢になったという場合には、もうこの問題は白紙に戻して考えるという、そういうことですか。
○政府委員(辻辰三郎君) ただいま申しましたのは、四十一年の国会で議決いただきました国庫債務負担行為との関係におきましてはさような関係になっているということでございます。
○原田立君 さっきも要望したように、中途で切らないで答えてもらいたいと思うんです。 だから、結局もしその上半期にできなくて、ずっとずれるようになったらばどうなさるのかと。青梅のほうの移転は断念なさるのか、それともまた、それでもあえていま大臣が仰せになるように最大の努力というのをやって、私から見れば無理押しなんですが、なさるのか、そこを聞いているんです。
○政府委員(辻辰三郎君) 現在の法務省当局の方針といたしましては、大臣の御答弁のとおり、鋭意目下青梅について努力をいたしておるわけでございます。先ほど申し上げました本年の上半期ということは、国庫債務負担行為との関係においての一応の最終の時期であろうということでございますので、ただいま御指摘のように、その場合にできなければどうなるのだということになると、その段階で考えなければいかぬ問題でございます。理論的な問題といたしましては、この国庫債務負担行為の改定というようなことも理論的には考える余地があるわけでございまして、それはその場の問題としていろいろとまた考えていかなければならぬというふうに考えておるわけでございます。
○原田立君 そうすると、国庫債務会計の改定を行なって、なおかつ青梅にはずっと続けていくと、こういう考えですか。
○政府委員(辻辰三郎君) これは理屈の問題として申し上げたわけでございまして、一応上半期が過ぎました段階において、具体的になお青梅のほうにお願いするかということは、その段階において検討さるべき問題だということを申し上げたわけでございます。
○原田立君 まあ、これからのことですから、こちらの手のうちを見せて交渉するばかはないでしょう。ですから、それはまあけっこうとして、大臣、先ほど最大の努力というふうに表現なさって仰せになっているけれども、地元ではとにかく市議会も反対、市長さんも反対、反対期成同盟をつくってその関係者の方も反対、こういういわゆる民の声ですよ。それを国という権力で圧殺をして、そして何でもかんでもやるのだということは、これははなはだ非民主的な考えではないかと私は思うのですが、そういうことがあっては相ならない、こう思うのですが、どうでしょう。
○国務大臣(赤間文三君) 私は、もう民主主義的な男で、万事民主主義で、お互いの話し合いで何でもいこうという主義の男でございます。最大と申し上げたのは、あなたから承るとなかなか反対の気勢が多いという。市議会も反対だ。これはよほどの努力を民主的にやっていかないと容易でないと考えて、最大の努力という意味のことを申し上げたのですけれども、決して国が力で……。これは国の力は及びません、やろうと思いましても。これはやっぱり話し合いでないと、とても国の力でなんて言ってみたっていくものではない。あくまで徹底的に話し合いで円満にいって何とかこれが、うまくできやせぬか、そういう考え方で、国の力で押そうかというような大それた考えは全然持っておりません。その点は御了承願いたいと思います。そこまでまだ時間がありますから、そのときにきて、まだできないときにはどうするかというお話にも、ほんとうに答えたくてしょうがないのですが、それを言うと最大の努力と引っかかって、ちょっと調子がくずれるといかぬ。とにかく時期のくるまでは民主的な方法で、全力をひとつ傾倒していこう、こういうふうな考え方であります。御了承願います。
○原田立君 まあ大臣はたいへん民主的なお方だと、自負なさって仰せであります。その点はひとつ信用して、それじゃあ非民主的なことにならないようにぜひともしてもらいたいと思います。 それで、この土地は西武鉄道が買収したのが三十六年七月、それから刑務所をこっちのほうに持っていこうというように決定したのが三十三年二月、それから西武鉄道から新都市開発センターに移ったのが四十一年十二月、一連の動きがずっとあるわけです。最初、西武でこの土地を買ったのが三十六年七月であります。先ほど来申し上げているように、ことしは四十三年ですから、七年ですね、七年間かかっている。たいへん長い間こういうふうに粘り強い反対があるわけですね、現地としては。なぜ現地がそういう反対をなさったのか、その理由は御承知でしょうか。
○政府委員(辻辰三郎君) 先ほど原田先生のおことばの中に、法務省が青梅を三十三年にきめたというおことばがございましたけれども、これは三十三年には閣議了解で現在巣鴨にあります東京拘置所を立ちのくようにということにきまったわけでございます。この三十三年の閣議了解以後、法務省といたしましてはこの池袋の東京拘置所にかわるべき土地をいろいろと東京郡、首都圏整備委員会その他の努力を得まして探してまいったわけでございます。そうしてこの青梅の問題の土地につきましては、昭和三十九年に新都市開発センターの発起人から一つの候補地として提示があったという経緯になっておるのでございまして、青梅に関する限りは三十九年以来の問題でございます。 それから次に、青梅の地元の反対がどういうところにあるかという点でございますが、これはいろいろと地元の方々その他とお話し合いをいたしますと、まず、ばく然といたしまして、やはり刑務所がくるということは気分的に好ましくないという気持が背景に一応強くあるわけでございます。それと、そういう背景のもとにおきまして、具体的には三十六年に西武鉄道がこの土地を地主から買いますときに、売買の世話をしたというか、地元の代表の方々との間に、この土地を買収するのは、将来そこに観光施設をつくるんだという、覚書という形のお約束があるわけでございます。この西武鉄道と地元の代表者の方々との間の観光地をつくるというお約束——一応のお約束だと思いますが、これがあるのに、西武鉄道が新都市開発センターを通じて三十九年にここに行刑施設を持ってくるということは、西武鉄道が自分らの土地を買うときの約束と違う、約束違反だ、信義違反だというので、強く反対の声が上がっているということでございます。現に、先ほど御指摘の青梅市議会の反対決議、これは昨年の六月三十日に行なわれておると私は記憶いたしておりますが、この市議会の決議文におきましても西武鉄道が観光地ということで一応約束しながら、この行刑施設に提供するということは信義違反であるということを指摘されておる。理由はそれのみになっております。大ざっぱに言いまして、この地元の反対は二つのことに帰着するんじゃなかろうかと考えております。
○原田立君 大臣、了解しているんですか、部長の答えを。そういういきさつは御了解ですか。
○国務大臣(赤間文三君) ただいま政府委員から答弁したように承っております。
○原田立君 大臣にお伺いしますが、最初、土地を売るときに観光施設ということで町の発展も考え、そして賛成して売った。だから売った人たちの当然の考え方は、もっともっとあの山深い青梅あたりを住みよい楽しい土地にしたいという気持ちであったろうと思うのです。純朴そのものの考え方だと思うのですね。ところが、だんだん時日がたってくるにしたがって、西武から新都市開発センターですか、そちらのほうに権利が移ったと、また最初は観光施設がくるんだと思っていたらば、だんだんとふたをあけてみたらば刑務所がくるようになった。これじゃあ土地の人たちがあ然として反対するわけじゃないですか。それはどうですか。部長じゃなくて大臣に聞いているんだから大臣からお聞きしたい。
○国務大臣(赤間文三君) 私はその詳しいいきさつは知りませんが、私の承知しておるところでは、青梅に適当な土地が刑務所の用地として得られるという、そういう目途のもとに、ずいぶん運動をずっと続けてきておるように聞いておるのです。それがいま、もともと土地の発展のために観光施設等をやるというのが、だんだんこう回って刑務所になるというのは好ましくないというために反対が起こっておると、いま承っておるのであります。いろいろ土地の問題は、だんだん値上がりやら、いろいろな問題もあるでしょうが、ひとつ刑務所という大事なものだから、観光施設も大事じゃろうが、せっかく前から思い詰めてここが適当だと思っておるんじゃから、できればひとつもう売った人も刑務所ということに了解してもらえると、どうも非常にぐあいがいいがという私の考え方を持っておるんです。そのかわり、刑務所もそこの土地に、あんまりきたないものでなくて、何とかスマートなといいますか、あまり土地の風致を害さぬような、ひとつ新しい建物を建てて、土地の妨げにならぬようにやっていったらよくないか、こういうように考えております。しかし普通、俗に考えますと、やっぱり刑務所がきても繁栄はなかなかしない。観光地になれば土地が繁栄をするからというような考えが一方においてはまことに強いのじゃなかろうか、そういうことをいろいろと考えます。私としては、さっきから申し上げましたように、ひとつ民主的な方法で何とか御理解を得て、刑務所をせっかくそこへ思い込んでつくろうという計画であれば、最後までひとつ無理をせんでできるものならやっていきたい、こういうふうな考え方を持っておるのでございます。
○原田立君 私に言わせれば、まことにそらぞらしい開き直った言い分だと、こう私は思わざるを得ません。大臣も、もとは大阪の府知事をおやりになって、地方のことはよく御承知のはずなんです。こういうような場合に、もとの赤間大阪府知事であったなら、やっぱり断固として反対なさるだろうと思うんです。いま、たまたま参議院のほうへおいでになって、大臣のほうをやっておられるから、そちらのほうの形になっているんだろうと思うんですが、私はどうもあんまりそう白々しく言われると、それこそ口では民主的で、あるいは最大の努力を払いながらと仰せになりながら、非民主的な押しつけでこの計画を進めていく、それがほんとうの大臣の腹なんだと、こう思わざるを得ないんですよ。そういうことを私は思いたくない、どうですか。
○国務大臣(赤間文三君) 全くそういうふうに思うていただかぬように、押しつけるとか何とかという考えは毛頭みじんもありません。
○原田立君 ここに覚書の写しがあるのですが、そのうちの「第一条 甲はその所有者の委任を受けて共同で管理している青梅市大字友田地区山林約四拾町歩の土地を乙が観光開発の目的で買収を完了するため、甲は責任を以ってこれを斡旋し、乙に協力するものとする」、大臣、はっきりしております。甲というのは友田地区自治会会長久下条吉他十九名、乙というのは西武鉄道株式会社、こうなっております。「観光開発の目的で買収を完了するため、甲は責任をもってこれを斡旋する」、こうなっているのです。この日付は三十六年七月十八日です。 それから、西武鉄道株式会社不動産課長沢田與一さん、それから立ち会い人が一人、吉岡さんですか、立っておりますが、「覚」として「青梅市友田町共有林所有の山林約四十町歩の土地を現況有姿の儘反当り一金拾八万円也を以って売渡の話し合ができました。追って本契約は」——ちょっと切れておりますが、「契約金を取替しの上本契約を決定することを約束する。尚附策として観光施設することを条件とする」、こうなっております。先ほど大臣は、ちょっとそういういろいろないきさつは、ようわしは最初のほうは知らぬという仰せだったのだけれども、はっきりしているわけですね、西武に土地が売られるときの考え方ですから。こういうようにはっきりしているのを会社が変わったから、あるいは年数がたってきたから、もうここら辺で、あまり好きではないだろうけれども、刑務所がいってもそれを納得してくれよと言っても、それは無理ではないでしょうか。どうですか。
○政府委員(辻辰三郎君) ただいまお示しの地主の代表と西武鉄道との間に本件土地の買い上げに際しての覚書のあることも事実でございます。しかしながら、三十九年に新都市開発センターが刑務所の候補地として本件土地を提示いたしましたとき以来、それからずっと昭和四十一年の暮れごろまでの間は、大体西武鉄道や新都市開発センターにおきまして地主さんとお話し合いをずっと続けてまいりまして、観光地ということで買い上げたけれども、国の立場に協力するという意味で刑務所にしたいということは十分話し合いをしてまいったわけでございます。で、昭和四十一年の暮れごろには大体地主さんの御納得も間近いというところまでこぎつけたわけでございますけれども、その後またいろいろな情勢の変化がございまして、また、もとの覚書のほうに戻りまして、本来のいきさつ論に入ってきておる、さようなのが大体のこの問題の大きな経緯じゃないかと考えておるわけでございます。
○原田立君 大臣、これをごらんになったことがありますか。ちょっと参考にぜひ見ておいてください。 それでは、質問を進めますが、私はここで新都市開発センターですか、その会社の性格がどうだとかこうだとか、あるいは堤のほうから——西武鉄道のほうからどういうように移ったとか、私はそういうことは議論したくはありません。それはもう現に、去年の参議院決算委員会で、社会党の大森委員がお聞きしておるその議事録を拝見しておって、政府の考え方がいかにずさんであったかということがはっきりしておる。私、そこのところをどうのこうのと言いたくない。きょうここでこの問題をあえて取り上げたことは、要するに地元の市議会も反対している、市民も反対している。いやだと言っている、市長さんも反対している、そういう段階になって、押し詰まってきているものを、計画をきめたのだから、いままでも努力してきたのだから、最後の努力をするのだという、そういう無理押しはもうここら辺でおやめになったほうがいいでしょう。要するに、民の声を聞くならば、民の声を聞くような施策をすべきじゃないか。これが私、きょうここで取り上げたい最も基本的な問題なんです。ですから、当時のいきさつの御説明もいただかなければなりませんけれども、もう大詰めにきたように私は思うのです。その結論的なことを先ほどから単刀直入に何度もお伺いしておるわけです。大臣、それをごらんになってどうお考えですか。最初そういうふうな気持ちでおったものを、年が変わるに従ってとうとう刑務所になった。それはいやがられますよ。現に私もちょっと取り上げたいと思っておりましたが、瀬谷委員のほうでもうお聞きになったというので、ほかの質問はやめますけれども、例の八王子の支所ですね、ついこの間一人脱走した。それから、その前にも三人組が脱走したことがある。そういうようなこと、あるいは九州の福岡の刑務所で去年——一昨年あたりでしたか、三人くらいの収容者が立て続けに二回これまた脱走して、たいへん大騒ぎになりたことがありました。あるいは福岡の、いまはもうすでに古賀のほうに移りましたけれども、藤崎にあった刑務所、そこからも一人脱走して、その当時たいへん町全体がものものしい警戒、非常に緊張した面持ちであったこと、これは事実です。私も当時そこにおりました。そういうようなことがあるので、非常に刑務所のくることをきらうというその気持ちはわからないことはないと思う。ですからそれがただ一個人とか、あるいはほんのわずかの人たちが反対しているならそれはいいでしょう、そのくらいのことは圧殺しても。だけれども、現に青梅の市議会自体でも四十二年一月十日に、法務省の不信行為に対しての決議書、こういうようなものもつくって盛んに反対なさっておる、こういうようなことが重なり重なってきているときに、あえてまだ最後の努力を払うのだというようなことは、私どうも合点がいかないところなんです。
○政府委員(辻辰三郎君) 先ほど来、青梅市議会の反対決議、それから地元の、これは反対期成同盟という名前で活動なさっておりますが、これは必ずしも地元の地主さんだけではございませんで、いろいろな方がおられるわけでございます。そういう方たちの反対のお考え、これは明らかでございますけれども、青梅市長自身が公的に反対ということには、私どもは現在のところ承知していないわけでございます。で、本年に入りましてから、先ほど来、大臣のおことばにもございますように、最後の努力ということで現在私ども尽力いたしておるわけでございまして、青梅市議長のほうにはいろいろと地元の方々の御納得をいただくような考え方を提示いたしまして、何とか最後の努力を願いたいということを申し入れていると、こういう段階でございます。
○原田立君 四十年の四月九日に、巣鴨拘置所の移転について市長より市議会協議会に報告される。市長として移転反対の態度を表明すと、どうですか。
○政府委員(辻辰三郎君) それは四十一年でございますか、四十二年でございますか、私、ちょっと……。
○原田立君 四十年四月九日。
○政府委員(辻辰三郎君) これは、すでに御承知のように、四十二年に市長が改選されて四十二年からまた市長がかわっておるわけでございます。いろいろ経過がございますが、現市長につきましてはただいま申し上げたとおりでございます。
○原田立君 市長がかわれば、前のこういう市町村の考え方は継続されていないのだから前は前、今は今だと、こういうようなお考えのように私は思うけれども、そういうようなことを言っては、何もかもみんなぶちこわしじゃないですか。そういうのは、いまここで議論の対象になりませんよ、あなた。
○政府委員(辻辰三郎君) 先ほどの四十年のことは、私、はっきり存じませんのでございますが、おそらく市長が市議会においてお話しになったのではないかと、かように推察するわけでございますけれども、法務省といたしましては、青梅市長から正式に反対であると——反対的ないろいろな御質問とかお考えは非公式にはしばしば承っておりますけれども、正式な御回答はまだ受けていない状況であると、かようなことを申し上げた次第でございます。
○原田立君 そんなところに言ってきたとか言ってこないとか、そんなことを言っているのではないのですよ。地元の人たちがそういうふうに反対している。その空気が非常に強いのだ、その例としていまいろいろなことを言っているのです。だから、そういう段階において、もうあえて無理押しなどすべきではないのではないか、こういうことを言っているのです。いまここで言ったって結論は出ないでしょうが、まあ大臣、私は非民主的な男ではないとさっき仰せられましたが、それはまあひとつ信用しましょう。あとのことを見るという以外にないと思うのです。ところで、これはまた別の研究の問題として青梅市以外に——こんなふうに反対がひどい、じゃ、ほかに移転せしめようと、青梅市以外にその候補地を検討なさったことがおありなんですか。
○国務大臣(赤間文三君) まだ私、ほかのところをさがしたということは記憶にありません。
○原田立君 まあ全然考えていないし、やったこともないというのだったら、それをなさったらどうでしょうか。
○国務大臣(赤間文三君) たびたび申し上げましたように、まあひとつ最後の努力を民主的にさせてもらいたいと考えております。ほかのところをさがすとか何とかいうことの前に、ひとつ国の力とかそういうようなことではなくて、ほんとうに民主的にできればやるということで進みたい、かように考えております。
○原田立君 それでは、もういくら言っても押し問答みたいな形ですから、もうこの問題はやめにしたいと思うのですが、先ほども何度も申し上げました地元の市長さんは反対である。市議会も反対である。反対期成同盟をつくって、そういう方々も反対である。市全体の人たちも好ましくないという気持ちで反対している。そういうときに、これを今後努力するということばの陰に隠れて、あえて無理じい、無理押し等、これは断じてしてもらっては困るし、また、そうあってはならないと思う。その点を強く要望して質問を終わりたいと思うのですが、御所見いかがですか。
○国務大臣(赤間文三君) 無理押しをしてやるというようなことはいたしませんから、その点は御了承願いたいと思います。
○主査(内藤誉三郎君) 以上で、法務省所管に関する質疑は終了したものと認めます。 ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○主査(内藤誉三郎君) 速記を起こして。 —————————————
○主査(内藤誉三郎君) 昭和四十三年度総予算中、裁判所所管を議題といたします。 慣例では、まず説明書を読む順序でありますが、説明はこれを省略し、お手元に配付してある資料をごらん願うことといたしまして、直ちに質疑に入ることとし、その説明資料は本日の会議録の末尾に掲載することといたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○主査(内藤誉三郎君) 御異議ないと認め、さよう取り計らいます。 それでは、これより質疑に入ります。 質疑のおありの方は順次御発言願います。
○瀬谷英行君 浦和裁判所で大島判事が過労でなくなったというようなことを聞いたのでありますけれども、過労でなくなったということは、考えようによりますと、それだけ人手が不足をしておった、業務量が多かった、故人の仕事がきつかったということになるのではないかというふうに推察されるのでありますけれども、一体その点の経緯はどのようなものか、この機会にお伺いしたいと思います。
○最高裁判所長官代理者(寺田治郎君) ただいま瀬谷委員からお話のございましたとおり、浦和地裁の大島裁判官が先日法廷でおなくなりになりました。かようなことは、裁判所としても非常に例の少ないことでございまして、まことに痛ましいことと考えておる次第でございます。大島判事は、御承知と存じますが六十四歳、裁判官の定年は六十五でございますが、定年の直前のお方でございます。前々から血圧が少し高く、また動脈硬化症ということで、二年はかり前から——いまからいいますと三年前近くなりますか、昭和四十年の初めごろから通院治療をしておられたそうでございます。ただ最近では血圧も大体百五十以下くらいになって、一応落ちついている状態にあられたというふうに聞いております。当日窃盗の事件がございまして、初めに十時ごろから簡単な事件、書証の取り調べ程度の事件二件ばかりをお済ませになって、一たん裁判官室にお引きあげになりまして、それから次いで少しめんどうな窃盗の事件、中身はそれほどでもないように聞いておりますが、被告人が十五人になっておりまして、起訴状が四十通に達しておったようであります。その起訴状を検察官が朗読いたしております途中、ちょうど三十数通朗読いたしました時点、十二時四十五分ごろということでございますが、急にうめき声を出して倒れられた。そしてそこで安静にして看護婦等が直ちに注射し、また医者が三名ほどまいりまして診断治療をいたしたようでございますが、一時間ばかりでなくなられたというのが、大体の経過でございます。そこでまあ、これはもともと血圧のお高い方ではございますけれども、しかしやはり仕事に御熱心な方で、まあこの事件の場合にもそうでございますが、昼過ぎまで法廷でお仕事をしておられたというような状態であったわけでございます。 いま瀬谷委員からお話のございました事件の状況でございますが、これは全国的に見ますと、民事事件は漸増、刑事事件は漸減というような形にあるわけでございますが、浦和地方裁判所の場合におきましても、大きな意味ではそれとそう違いございませんが、民事事件がやはり漸増、刑事事件が大体横ばいというような状況にここ数年なっておるわけでございます。家事、少年のほうは、これはやや減っておるような数字が出ておるわけでございます。で、浦和というところは東京の衛星都市でございまして、人口等を見ますと飛躍的にふえておるわけでございます。しかしながら、これがどういう原因か必ずしもはっきりはいたしませんけれども、人口がふえておりますわりには、事件のほうはそれほどにはふえておらない。むしろ家事、少年関係は減っておるような面もあるわけでございます。ただしかしながら、先ほど申し上げましたように、民事事件がふえておる関係にございますので、そういう点から、昨年の四月にも裁判官を一名増員いたしまして、またそれに伴いまして、書記官その他の職員も数名増員いたしたような次第でございます。で、ただまあ実際問題として、その裁判官は民事のほうに増強されたことになるかと存じますので、いま問題になっております大島裁判官の刑事部のほうの負担にはそれほど関係はなかったかと思いますが、まあ一応最高裁としては増員の手配はいたしたわけでございます。そうしてこういう事故が起りましたので、御担当の部のほうの件数等を調べてみたわけでございます。四十一年、四十二年、大体横ばいでございますが、合議事件を約六十件、単独事件を百二、三十件担当しておられたようでございまして、まあ私どもの感覚からいたしますと、特にほかに比べて負担過重という状況にも件数の上では見えないわけでございます。ただ裁判の問題は件数だけでもいかない場合が多々ございまして、刑事事件にはいろいろむずかしいのがございますので、非常に御心労になっておったということもいろいろ関係しておるのではないかと、かように考えておるような次第でございます。
○瀬谷英行君 裁判官の過労という問題は、これは浦和だけの問題ではないのじゃないかということが当然考えられる。全国的に裁判官の数が足りないということになると、一人の裁判官にかかってくる仕事の量がふえる、それが過労の原因になる。裁判の能率に影響する。こういったような悪循環を来たすというふうに心配されるのでありますけれども、これから人口がふえるに従って、裁判所で扱う件数も多くなる。自然を相手にする仕事じゃありません、人を相手にするわけですから、人口が多くなれば仕事もふえるだろうということは当然想像されるわけです。それに適応するような人員の配置を行なわなければならぬ。これは裁判官に限らず、裁判所職員にしても同じじゃないかと思う。そういう人間の充足という点で遺憾はないのかどうか。そのために、いろいろ非能率的な問題が出てくるというおそれはないのかどうかという点についてお伺いしたいと思うのであります。
○最高裁判所長官代理者(寺田治郎君) まことにごもっともなお尋ねでございまして、確かに人口がふえるに伴いまして一般的には事件がふえるという傾向にあると言って差しつかえないと思います。特に民事事件におきましてはさような傾向が強いわけでございます。ただ、刑事事件のほうは若干面を異にする点もございまして、やはり終戦直後の非常に治安の乱れておった時期と比較いたしますと、治安がわりあい落ち着いてきて、そういう関係で事件がわりあい少なくなると申しますか、あるいは横ばいと申しますか、そういう状態の場合もしばしば見受けるような状態になっておるわけでございます。そういうことでございますけれども、しかし非常に大きな意味では、裁判所の事件がふえる傾向にありますことは申し上げるまでもないわけでございます。そこで、私どもといたしましては、つとに裁判官その他の職員の増員ということをはかってまいっておるわけでございまして、たとえば裁判官について申し上げますと、最近五ヵ年間で約百人、十年間で約二百人の増員をはかったわけでございます。現在の裁判官の総定員が二千五百人余りでございますから、それと比較いたしまして二百人という数字は一割というようなことになるわけでございます。それからまた、一般の職員につきましても、最近五ヵ年間で約五百人、十年間で約千人というような増員をはかっておるような次第でございます。 それからなお、特にここで一言つけ加えさせていただきたいと思いますのは、本年の場合におきましては、御承知のとおり、いわゆる財政硬直化というような問題もございまして、一般的には定員の抑制措置あるいは欠員の不補充の措置というようなことが閣議決定その他でなされたやに伺っておるわけでございますが、ただ裁判所につきましては、これは従来から非常に人手が不足であるということにつきまして、たびたび国会からも御支援をいただいておりますし、内閣のほうにも十分御認識いただいておりまして、その閣議決定の中には裁判所は含まれていないというような経過になっておるわけでございます。しかしもとより、私どもとしても合理化のできます面におきましては十分合理化をいたしまして、増員のみによってすべてをまかなうというような方法をとらないで、事件を円滑に処理するということに心がけておるような次第でございまして、その点につきましては過般内閣に設けられました臨時司法制度調査会の意見でも、いろいろうたわれておるところでございます。 本年、裁判官その他を含めまして二十五人の増員が実現いたしたわけでございますが、御承知のとおり、七月一日からいわゆる反則金制度というものが設けられまして、簡単な交通違反の事件につきましては警察限りで処理される。現在はすべて簡易裁判所へ参っておるわけでございますが、それが警察限りで処理されることになって、その面では裁判官の負担が減ると申しますか、事件が減る関係になっておるわけでございます。大体四百万件ありますうちの六割ないし七割の事件が裁判所へ来ないで処理されると、つまり裁判所の事件がそれだけ減ると、こういうことになるわけでございまして、その事務量が裁判官その他の職員の何名分くらいに当たるかということは、なかなか計算のむずかしい問題でございますが、その事件減を中心といたしまして、その他いろいろな合理化措置を十分講ずるということによりまして、八十名程度の定員減の要素を見得るのではないか。そういうふうになりますと二十五人の増員をもって百数十名の増員の実をあげられる、かような関係になるわけでございます。実質的に申しますと、四十三年度百人余りの増員が実現するという関係になりまして、これで何とかやってまいれる、かような結論になっておるような次第でございます。
○瀬谷英行君 経費要求額の説明によると、営繕費等においては一億三百二十三万八千円減少、そうなるというふうに述べられておりますけれども、たとえば浦和の裁判所なんかは、裁判所と検察庁と同居をしておる。しかも木造でもって非常に古めかしい建物です。ちょっと最近では見当たらないような古めかしい建物でありまして、ことしは明治百年を記念するということですが、明治百年を記念するにふさわしい建物で、ああいうようなものは明治村かなにかへ持っていって保存をしておくことにして、ああいう古めかしい建物はやはり近代化をするということのほうがいいんではないかという気がする。ほんとうは裁判所というものはひまなほうが一番いいのでありますが、世の中はそのようにうまくいっておりませんので、やむを得ないところです。だから、もう火災なり、あるいは地震等において、いささかあぶなくなってきているというふうな建物は全国的にかなり多いのではないかという気がいたしますが、そういうものは改めていくということが迅速にできないものかどうか。この点についてお伺いしたいと思うんです。
○最高裁判所長官代理者(岩野徹君) 御指摘のとおり、ただいま、全国の裁判所、特に地方裁判所クラスと申しますか、高等裁判所を含めまして、地方裁判所以上で木造で残っておりますのが、前橋と浦和、大津の三ヵ庁ございまして、あとは全部完成いたしましたか、ないしは現在建築中ということになっております。その中で、前橋は明治二十五年の建物でございまして、浦和が明治二十六年、大津が明治三十七年、かようになっております。ところで、建物といたしましては、前橋の建物がまだ比較的よくて、その次が大津、それから浦和という順序になっておりまして、建物の汚損度、棄損度と申しますか、これは、ただいまのところ、浦和が最も極端な状況になっているわけでございます。従前から、この三庁を早く新営いたしたいと考えておったわけでございますが、浦和につきましては、現在の場所に新営するのが相当か、あるいはほかの場所のほうがいいのではないかということを従来から検討を続けてまいっておりまして、さらに、家庭裁判所をどうするか。大きな裁判所では、家庭裁判所を独立の建物としまして別個に建てるということもやっております。そのような関係から、浦和ではやはりこれは別個に建てるほうが適当ではないだろうかという考え方を現在固めつつある状況でございます。そうしますと、はたしていまの建物の敷地が裁判所の敷地として相当かどうかということもございますし、家庭裁判所の敷地を別に求めざるを得ないのではないかというようなことで、主として土地問題の関係でおくれてまいった状況でございます。しかし、これももうできるだけ早期に、御指摘のとおり、不燃の現代的な快適な建物に建てかえたいと、かように考えておる状況でございます。 なお、つけ加えますならば、木造庁舎で、地方裁判所の支部に至りますと、古いものは明治十九年から残っておりますが、ただいまの私どもの計画は、昭和四十三年度以後六カ年間に昭和二十二年までの木造家屋ないしは戦後のバラック建造物、借り上げ庁舎等を改築いたしたい、そのできる用意をもって、十年計画のうち残り六年になっておりますが、あと六年たてば、先ほど申し上げた第一期の計画が終わります。その予定で予算も組み、あるいは実際の建築もやってまいった次第でございます。
○瀬谷英行君 人間ももちろん大事でありますけれども、入れもののほうも相当気をつけなければならぬことで、大体、明治は遠くなりにけりなどといいますけれども、明治時代の建物がいままで残っておって、それをまだ使っておるということは、ちょっと常識で考えられない。まあ、明治というよりも、戦前の建物はもうみんな建て直しをしなければならぬ段階にあろうと思うのですけれども、戦前はおろか、明治の建物が今日そのまま使われておる、こういうようなことでは、ちょっとこれは時代の流れにおくれ過ぎておるような気がいたしますので、こういうところからすみやかに改善をされることを要望して、私の質問を終わりたいと思います。
○主査(内藤誉三郎君) 他に御発言もなければ、裁判所所管に関する質疑は終了したものと認めます。 以上をもちまして、本分科会の担当事項であります昭和四十三年度一般会計予算、同特別会計予算、同政府関係機関予算中、皇室費、国会、裁判所、会計検査院、内閣、総理府のうち防衛庁、経済企画庁、科学技術庁を除く部分及び法務省所管並びに他分科会の所管外事項に対する質疑は終了いたしました。 これをもって本分科会の審査を終了いたします。 なお、審査報告書の作成につきましては、これを主査に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○主査(内藤誉三郎君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 これにて散会いたします。 午後三時五十六分散会 —————・—————