外務委員会 第5号
- 発言数
- 33 件
- 登壇者
- 6 名
- 会派数
- 1
- 開催日
- 1968/03/14
会議録
○委員長(三木與吉郎君) ただいまから外務委員会を開会いたします。 所得に対する租税に関する二重課税の回避のための日本国とデンマーク王国との間の条約の締結について承認を求めるの件を議題といたします。 まず、政府から提案理由の説明を聴取いたします。三木外務大臣
○国務大臣(三木武夫君) ただいま議題となりました、所得に対する租税に関する二重課税の回避のための日本国とデンマーク王国との間の条約の締結について承認を求めるの件につきまして、提案理由を御説明いたします。 政府は、昭和三十四年三月十日に署名され、同年四月二十四日に発効したデンマークとの間の所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための条約を全面的に改正する新条約の締結について、昭和四十二年七月以来デンマーク政府との間で交渉を行ないました結果最終的合意に達し、昭和四十三年二月三日に東京において三木外務大臣とデンマーク側シュトフェンアデラー駐日大使との間でこの条約に署名を行なった次第であります。 この条約は、本文三十ヵ条及び附属議定書から成っております。その内容は、現行条約の規定の全般にわたって、OECDのモデル条約案の規定をできるだけ採用しつつ改正を加えたものであります。条約の内容及び現行条約との相違点のおもなものは、次のとおりであります。すなわち、現行条約では、相手国に支店等恒久的施設を有する法人の利得に対する課税は相手国が自国に源泉のあるその法人のすべての利得に対して課税するという方式によることとされているのに対し、新条約は、その恒久的施設に帰属する利得に対してのみ課税するという方式によることとしております。船舶及び航空機による国際運輸業所得につきましては、現行条約では、一定の登録要件を満たすものにつき、相手国における租税を全額免除していますが、新条約は、そのような要件なしに全額免除としております。また、配当、利子及び使用料に対する源泉地国における税率は、現行条約では、配当、利子、使用料とも一五%の税率とされているのに対し、新条約は、親子会社間の配当については一〇%、その他の一般の配当については一五%、利子及び使用料については、親子関係の有無にかかわらず、それぞれ一〇%と軽減しております。さらに、政府職員、百八十三日以内の短期滞在者、二年以内の短期滞在の教授及び教員並びに学生及び事業修習者の受け取る報酬や手当等につきましては、現行条約と同様に、滞在地国で課税されないこととしております。また、二重課税の排除の方法は、現行条約と同様、両国とも外国税額控除方式によることとしております。 現在両国間の経済関係は緊密になりつつありますが、新しい条約の締結によって、両国間の経済交流は一そう促進されるものと期待されます。 よって、ここに、この条約の締結について御承認を求める次第であります。何とぞ御審議の上すみやかに御承認あられんことを希望いたします。
○委員長(三木與吉郎君) 次に、補足説明を聴取いたします。高島外務参事官。
○説明員(高島益郎君) 簡単に補足説明申し上げます。 現在政府は、租税条約の締結につきましては、昭和三十八年にできましたOECDのモデル条約にならいまして、できるだけこのモデルに近いような条約の締結をいたしております。特に先進国との関係におきましては、そういう趣旨で締結いたしております。 このデンマークとの租税条約は、その前の三十四年に締結されましたので、OECDのモデルに比べましてかなり違った点がございます。そういう点を主として改正したものでございます。趣旨は、源泉地国におきます課税権をさらに一そう制限するということでございます。特に顕著なのは、投資取得でございます配当、利子及び使用料につきまして従来の一五%から一〇%に制限税率を減らしたというのが主要な点であります。 デンマークと日本との関係におきましては、日本がデンマークの技術をかなり多く入れておりまして、昭和四十一年の計算では約百九十万ドルほどデンマークに支払っております。これに対します従来の日本におきます税率は一五%だったのが今度一〇%になるわけでございますので、そういう意味で、日本の税収が五%分だけ短期的には減ることになります。しかし、全般的に、租税条約締結の目的は双方の国の経済交流を一そう活発にするということでございますので、この条約により、長期的には日本の企業進出その他一般的な経済交流が盛んになるものと期待されるわけであります。 簡単でございますが、御説明申し上げます。
○委員長(三木與吉郎君) 以上をもって趣旨説明は終了いたしました。 本件に対する質疑は後日に譲ることにいたします。 —————————————
○委員長(三木與吉郎君) 次に、国際情勢等に関する調査を議題にいたします。 本日は、三木外務大臣、安藤中南米・移住局長、廣岡海外移住事業団理事長及び太田海外移住事業団理事が出席されております。 海外移住問題について御質疑がおありの方は、順次御発言を願います。
○近藤英一郎君 私は、政府の移住政策についての基本的な考え方、それから、実は三十五年と昨年と二回ばかり、おもに中南米でありますが、中南米の移住の状況等を視察してまいりまして、その間においていろいろと現地における移住者の声、それから、海外移住事業団ができてからの事業団に対するいろいろの要望とか批判とかございますし、そういう点を率直に私も承ってまいりまして、これをぜひひとつ政府あるいは関係機関にその点についていろいろとただしていただきたいというような要望等もいただいてまいりましたので、きょうはそれについて随時御質問をしていってみたいと思います。 移住については、私が申し上げるまでもなく、事実、戦前の移民と戦後の移民との二つに分けられると思うのですが、戦前行かれた移民の方々の状況は、中には非常に成功されている方もあり、あるいは非常に苦しい生活をされておる方もありますが、概して、南米のブラジル、パラグアイを中心として相当実績をあげておると思うのであります。ところが、戦後行かれた方の移住地を回って見まして、政府が計画した計画移住地でたいへん不振の状況の移住地が幾つかあるわけでありますが、あとで具体的にしぼってひとつ御質問をしたいと思います。 そこで、まず第一に最初にお聞きしたいと思いますのは、外務大臣に、政府の移住政策の基本的な考え方につきましてお伺いをいたしたいと思います。と同時に、いまの現状でいいのかどうかという点についてもお尋ねしたいと思います。と申し上げますのは、戦後移住が二十七年に再開されて、昨年の四十一年度末日で、主としてブラジル、パラグアイ、アルゼンチン等でありますけれども、戦後の移住者が合計五万八千五百九十四人出ておるといわれております。今年度はどうかというと、今年度は、もうすでに最終移住船が出てしまったのですから、それを加えると大体予定は八百八十六人程度のようですから、全部で六万には達しないわけであります。それで、三十二年、それから三十三年あたりが一年間に七千五百九十四名、三十四年が七千四百三十三人、三十五年が移住者一番多い年でありましたが、八千三百十六人送出されておる。ところが、経済の高度成長という面のこともありましょうが、三十七年には急激に減って、二千百九十三人に落ちたわけであります。四十一年には千五十九名に落ちてきた。ことしは、四十二年度は大体八百八十六名だといわれておるのですが、そういう点から考えて、予算の面と関連して考えてみますと、たとえば移住振興に必要とする経費として四十二年度では十七億八百四十三万、四十三年度で十七億八千五百万、前年度に比較して七千六百万ばかりふえておるのですが、その中で、海外移住事業団交付金として四十二年度で十四億三千百七十二万、四十三年度の予算の原案が十五億一千七百三十九万でありますが、前年に比して八千五百万ばかり増額されております。これはもちろん移住者渡航費交付金というのは別でありますから、移住者渡航費交付金は四十二年度で一億四千二百二十三万、四十三年度で一億三千七百二十三万、来年度は五百万ばかりの減で予算に計上されております。 そこで、事業団ができたのは三十八年でありますが、結局、人件費なんかを考えてみたりいたしますと、三十八年に事業団ができたのでありますけれども、事業団の職員の関係を考えてみますと、役員が七名、職員が四百九十一名、合計四百九十八名。それで移住者の送出数は八百八十六で、十五億の海外移住事業団交付金を使っておるわけでありますが、これはもちろん極端な言い分でありますが、十五億何千万というものが、海外移住事業団に交付されて、それを送出数で割ってみると、八百八十六だから、これはごくわずかな数字じゃないか。あるいは極論かもしれませんが、事業団の職員が四百九十八名で人件費は約七億。それでいま申し上げたような数字しか送出の実績がないわけであります。こういうことで、いわゆる貴重な税金を使って、移住振興に対する経費として十七億八千五百万円計上されておるのでありますが、外務大臣にひとつ御質問したいと思いますのは、そういう事情をずっと考えていただいて最終的に外務大臣の御見解をいただきたいのは、海外移住政策についての政府の基本的な考え方、それから実務機関として特殊法人としてつくられた海外移住事業団のあり方等についてどういうような御見解を持っておられますか、まずそれをお伺いしたいと思ます。
○国務大臣(三木武夫君) 政府の移住に関する基本的な方針はどういうふうに考えておるかという御質問ですが、有能な日本人が生活の舞台を世界に求めて、みずからの生活も安定し、その社会に対して寄与していくということは非常に好ましいことだ、これは日本政府としてもそういう希望者に対してはこれを奨励していこう、こういう立場でございます。しかしながら、いま御指摘になりましたように、移住に対する日本の情勢も非常に変化があります。まあ、二つの時代に分けられる。やはり日本の労働力が非常に過剰といいますか、国内においても労働力があり余っているような時代、こういうときには、どうしても肉体労働といいますか、農業開拓などを中心にして海外に出ていこうという人が非常にあったし、社会的な圧力もあったわけであります。したがって、一つは、移住者の人たちは僻地に農業開発をやるというようなことが中心になって、要求されたのは労働力であった。ところが、日本の事情も変わってきて、労働不足の今日になってきますと、なかなか日本の国内においても労働力が不足するというのですから、単に筋肉労働というようなことで海外に出ていくということは、受け入れ国も歓迎しない、また、そういう社会的な圧力も減ってきたということで、これからは、ある程度の技能を持ち、資本を持ち、ある程度の経営能力を持っておる移住者でないと受け入れ国もあまり歓迎しないというような状態になってきておる。また、移住する者にしても、それだけのものがないとなかなか成功しないという、いろいろ日本の事情と受け入れ国の事情の変化というものが、今後の移住政策の上においてこれに即応したことを考えていかざるを得ないというような変化が起きてきておると思います。そこで、政府の移住政策というものは、前に農業開拓を中心にして僻地に行かれた人、これがあるわけでありますから、そういう人たちの環境、経済面においてこれを改善するために指導援助というものをやっていかなければならない、いままで行った人に。これからは受け入れ国の要請が変わってきましたから、そういう、一つの技能を持ったり、ある程度の経営能力を持っている人の移住、この指導あっせん、あるいはまた、援助というようなことに重点を置いてこざるを得ない。しかし、方針としては、海外に行って生活の根拠を求めようという人たちは、これはそういう希望者は政府ができるだけ援助していこうという態度は変わりませんけれども、日本の事情と受け入れ国の事情によって移住政策には大きな変化が来たということであります。ここで移住事業団のお話があって、予算の内容について人件費も大きいことは事実で、こういう点は、やはりそれは移住事業というものは、とにかくわれわれの同胞が行くんですから、いろいろな指導というものもこまかくなって、普通の事業経営のようなわけにはいかないんですね。ですから、そういう仕事に従事するような職員も多くならざるを得ないわけですが、これは改革を要するという点も、御指摘のように、いろいろあろうと思います。これは今後も検討いたさなければならぬ点があると考えております。
○近藤英一郎君 大臣の言われることもわかるんですが、御承知のように、移住は再開されて、さっき申し上げたように六万人程度、ところが、戦前からるれわれの先輩がブラジルに渡ってからもう六十年になる、ペルーに渡って六十八年になるそうですが、約六十万の日系人が南米の大陸で活躍されておるわけですね。しかも、二世の日系人で四人ばかり国会議員も出ておられるし、あるいは州のいわゆる議員とか、あるいは経済面、また教育面、判検事とか、そういうような非常に高いレベルについてわれわれの同胞が活躍しておる実態も私は見てきた。そういう点を考えると、いろいろお考えが違う点もあると思いますけれども、せっかくあれだけ、南米に対して日系人が、先輩を入れて六十万も行っておって、そして農耕地の面積なんかも、ブラジルだけでも日本の耕地面積より以上の面積を権益として確保されておる。これは経済発展の面から考えたら、日本としてこういうような狭い国で、四つの島に一億以上の人口がいるところであるということを考えると、また、将来を考えても、高度の政治的な考え方から見れば、海外に雄飛して海外で大きく農業にあるいは技術面で活躍していこうという青年あるいは壮年があれば、これは積極的に、私はそれに対して事業団の実務機関が手を差し伸べてめんどう見てやるべきだと思う。そういう点から考えて、先ほど予算に関連して送出実績を申し上げたんですが、事業団のあり方をもう少し再検討したらどうかというような意見が実は現地においてあるわけです。というのは、私が昨年参りましたら、全国の各府県の県人会というものがブラジルだけに組織されておりまして、その県人会の会長が全部集まりまして、そうして私に会談を申し込んでまいりました。そこでいろいろと移住について、また、われわれの母国日本に対して、長く国を離れておるがもう少しあたたかい手を差し伸べてくれてもいいじゃないかということと、また、海外に行ってある程度まで相当の地位についている方々を利用するということは失礼かもしれませんけれども、連絡をとりながらやはり移住振興をはかるのが大きな実績をあげるもとになると思うと、それで私は、そういう点についていろいろ懇談を受けてそのときに感じてきたことは、どうもさっき申し上げた四百九十八人の海外移住事業団のうちで、百八十人は海外に行っているわけですね。海外の派遣職員として採用されている。現地から行っている人もある。それで、もちろんブラジルが大部分で、あとはパラグアイとかボリビアとかアルゼンチンがあると思いますが、その方々が言うのは、現地採用の職員とそれから本部から派遣する職員との給与関係なんかをもう少しめんどうを見てくれたらどうか、非常に給与の差が大きい。それでどっちが仕事をするかというと、本部派遣職員というのは、短期間来ておってまた本部へ召還されるような形になるのでしょうけれども、現地で採用した職員というのは、大体日系人が多いようですが、言語に通じておる、それから現地の事情をよく知っておるということで、だから、行って苦労しておる方々に対して、いわゆるかゆいところに手が届くような指導ができると、こう言うのです。そういう点を考えると、あとで理事長にも御質問したいと思うのですが、事業団の体質改善というか、運営面でも、外務省は指導監督の立場にある一つの特殊法人である事業団に対して、大臣が実情を知っておるかどうかは知らぬけれども、これに対してどういうようなお考えを持っておられるか。啓発、啓蒙宣伝、送出、これはもちろん事業団の実務業務でありますが、戦前戦後行っておる移民の方々で非常に苦しい現況にある方々を救うための努力はこれは一そう払ってやらなくちゃならぬと思うのですが、何か足りない面が、欠けている面があるような気がするのです。それに対して何か大臣は報告を受けた点があるかと思いますがこの点まずお伺いして、それからあと追加していきたいと思います。
○国務大臣(三木武夫君) 私も、だいぶ前ですけれどもブラジルにも参りまして、移住者の話を聞いたことがあるのです。いま御指摘のようないろんな不満を現地の人が持っておられることも事実ですし、こういう事業団も、これは移民行政をやっておるわけではないので、現業ですから、いろいろ千差万別といいますか、いろいろな条件が違う中でいろいろお世話をしておるわけです。人間が多いということもそういうところから来るわけです。そこで、融資などに対しても、十分とは言えませんけれども、相当拡大していっておる方向にある。これは必要なことだと思うのです。日本は貧乏ですからね。移住者から送金、送金ということで、大体資本を蓄積することがよその国の移住者に比べて少ないですね。イタリアなんかは、いまのアメリカ・バンクなんかの前に、イタリア銀行なんかをつくって、送金というか、融資なんかの金融機関もあったりして、そういう点で基礎を築くことができた。どうしてもやはり資本力というものが要るですからね。ですから、いろいろ状況が違うでしょうけれども、融資の拡大、いろんな指導、結局は資本力というものが問題になってくるでしょうから、そういう点で今後とも親切な指導あっせんとともに、やはり融資の拡大というようなことは非常に必要な方向でないかというふうに考えておるわけです。 政府委員のほうからもっとこまかい御答弁ができるだろうと思います。
○政府委員(安藤龍一君) お答え申し上げます。 ただいま御質問のありました、移住者の数が減ってきているのに対して事業団の職員の数がほとんど同じであるという点につきまして若干御説明いたしたいと思いますが、移住者の数は数字の上では減ってまいりましたが、これは先ほど大臣から御答弁ありましたように、わが国のほうの事情と、それから受け入れ国の事情と両方あると思うのであります。しかし、内容を見ますると、単身の移住者が五五%になっており、かつては五人以上の家族構成で入った時代、そういう時代が非常に多かったわけでありますが、最近は単身で行く人が半分以上になった。そういうことから申しますると、戸数といたしましてはさほどに減っていない、そういうようなことが一点言えると思います。それから、そういう単身の移住者がふえたということの原因といたしましては、一つは、若い人が農業のほうでも移住する意欲が出てきた。それからもう一つは、技術移住者がふえてきたということがございます。技術移住者の比例は、つかみで申しますと、大体最近は二割五分になっております。この傾向はだんだんと高まるものと見られておりますし、中南米以外の、たとえばカナダの移住者にいたしますると、これがほとんど全部が技術移住者でございます。そういうように移住する層が変わってきた。それから、移住で入る先の形が変わってきた。そういうことが言えると思います。したがいまして、これから必要なことといたしましては、そういった単身で移住した者がなるべく早く経済的に自立し、そして安定した生活ができるようにすること、そういうことと同時に、いままで入りました約六万の移住者の方々のうち、なお年間の収入が十分でないという移住者の方々につきましては、さらにこれをいろいろの面で援護指導していくべきである、そういうふうに考えておる次第でございます。先ほど大臣から答弁ありましたように、その中でやはり大きな比重を占める融資につきまして、さらに一そうの拡大をはかりたいということでございます。そのほか適正なる作物の指導、それから市場開拓のためにいろいろと調査する、そういうような点につきましても、事業団といたしましては、現地の機関として大いにこれからつとめなければならないものだと考えておる次第でございます。そういう点から申しますると、融資業務と申しまするのは、これは言うならば銀行のごときものでございますので、この業務に当たりましては、そういった特に金銭を扱うことでもあり、やはりある程度の人間を確保し融資の適正を期するということが重要ではないかと考えられておりますので、ただいま御質問にありましたように、事業団の職員の配置その他につきましては、今後十分検討改善の余地があると存ずる次第でございまするが、移住者との比重において非常に多過ぎるという点につきましては、そういうただいま私が申し上げましたような点から、これは急速に削減するというために、既移住者、それから新規の移住者というものに相当の迷惑がかかるということも考えられると思う次第でございます。昨年行ないました成年者に対するアンケートによりましても、わが国の成年男子のうち六%以上の者が、機会があれば海外に移住したいという答えを出しております。これは数年前に比べますと、三倍以上になっておる次第でございまするが、こういった六%以上と申しますると、成年に達した日本人のうち、十五人に一人は海外に移住したいと思っておる。そういうことを物語っておるわけでございます。それでは、なぜそれだけそういう希望者が多いのに現実に出ないかと申しますると、やはりいろいろな条件が折り合わないということだと思うのでございますが、その点につきましては、今後とも事業団の移住に関する相談とかあっせんとか、そういうものをさらに強化して、出たい人はできるだけ出るチャンスをつかんでもらうということを考えておる次第でありますが、四十三年度の予算におきまして要求いたしておりますし、これが予算が成立いたしますると、四十三年度において初めて大型移住ということの試みが行なわれるということになるわけでございますが、この大型移住と申しますのは、わが国においてある程度の資金を持った人が移住すると、それを事業団があっせんするという形でございます。こういったことも試みとして四十三年度から行なってみたい。その結果がよければ、大型移住というのをさらに拡充していきたい、そういうように考える次第でございますが、これにつきましても、やはり自己資金プラス融資という形でいくというのが公正でございますので、こういった点におきましても、今後事業団の重要性が減るというふうに考えておらない次第でございます。
○近藤英一郎君 大臣に、事業団の理事長に御質問する前に続けてお願いしたいと思いまするが、外地の計画移住地には不振の移住地があるわけですね。そこで、地元で非常に問題にしているのは、地権が渡らない。金を払い込んでも地権が渡らない。そうすると、地権が渡らないということは、結局、お金を、たとえば伯銀なりあるいは市中銀行で借りようと思っても、担保物件がない。金は払い込んだけれども、地権が渡らない。これはいろいろ内容を聞いてみますると、ブラジルの国内だけでも、たとえば州によってもいろいろ法律の解釈が違ったり、何か見解が違うとかなんとか、なかなか地権を渡してくれないという状況があるそうです。こいつは、こちらから、とにかく財産を売り払って、家族を引き連れてあちらへ行って、そしてブラジルの計画移住地に入って農業経営をやりながら伸びていこうといった人が、金は払い込んでも地権が渡らないということは、あとのいわゆる経営資金が借りられないということになるわけです。そういう面から考えて、早く政府を通じて地権が渡るように努力してくれと、こういう要望が非常に多いわけであります。これについて大臣は、その地権の交付されないという面についてどうお考えになっておるのか、お聞きしたいと思います。
○国務大臣(三木武夫君) これは非常にその人からすれば不安定でしょうから、これは事情をよく調べて努力いたさなければなりませんが、移住局長のほうが事情を知っておると思いますので、お答えをいたさせます。
○政府委員(安藤龍一君) 地権の交付がおくれておりますのは、移住先の地区によりまして原因ないし理由がそれぞれ違っております。私どもといたしましても、かねがねこれの改善策を講じてきておりますのでありますが、まだ満足した状況に達しておりませんので、今後ともこの点についてはなるべく早く地権が渡るよう混合委員会等を通じまして努力をいたすつもりでございますが、最近若干の部面におきましては改善のきざしが見えてまいっております。
○近藤英一郎君 だんだん努力するというのはいいんだけれども、現地へ行っている人は容易じゃないですね。地権が渡らないということは非常に不利だと思う。だから、借地でもなければ自分の土地でもない変なかっこうに置かれて、銀行に行って融資を申し込んでも借りられない。たとえ借りられても、非常に短期間で高利で不利な金を借りなければならない。そうすると経営が中途はんぱになってしまう。これは政府でもそういう面を調べて地権が交付されるように努力してもらいたい。そうじゃないと、これはだまされて来たんだ、地権が渡らないのだから帰ろうじゃないかという考え方を持っている人も何人かあるようですが、この点は至急努力してやっていただきたい。 それからもう一つ大臣に伺いたいのは、昨年ブラジルから第一回の、「かさど丸」で——七百八十一人ですか、一九〇八年にブラジルに渡ったわけです、第一回の移住の人が。そのうちで九人ばかり去年日本へ呼ばれて訪日して、その九人だけは叙勲されたわけです。七百八十何人渡った第一回の移民のうちから日本を訪問してきた方には政府から叙勲があったわけなんです。ところが、現地では非常に不合理だと言うんです。第一回で来た者に対して、それはずいぶん苦労もされているけれども、差をつけるということはないじゃないか。帰りたくも金がなくて日本を訪問できない八十何歳の人がいるのだ。ところが、日本に行った九人のうちには、その当時渡るときに家長として渡った者、それから二つか三つぐらいの子供でこちらに二人ばかり一緒について来た者も叙勲されている。だから、第一回で渡ったブラジル移民に対しては一応九人に対して叙勲したのだから、全部ひとつしてもらいたい、こういう要望があるわけであります。私がいろいろの会合に出ましても、中には、いわゆる家長として向こうへ渡った者はいいけれども、一つか二つの子供で渡った者にも叙勲するというのはおかしいじゃないかという意見もありましたけれども、もうすでに九人のうち二人はそういう子供でその当時渡った者に対しても叙勲されているのだから、当然全部に叙勲されるように努力していただきたいという強い要望がありましたのですが、その後、海外移住家族会連合会でも調査した結果を外務省を通じていろいろと御連絡をしておりますが、これについて外務大臣ぜひひとつ御尽力いただいて、せっかく第一回のうちの何名かが叙勲されたのだから、叙勲していただきたいと思うんですが、その点についてのお考えはいかがでしょうか。
○国務大臣(三木武夫君) 近藤さんの御指摘になった点、非常にごもっともで、われわれも、たまたま日本へ来た人だけを叙勲してそうしてほかの人たちと区別するというのは均衡を得ませんから、全部の人に六月二十日付で叙勲をいたすことに、叙勲ができるように手続をとりたいと考えております。
○近藤英一郎君 たいへんいまのお答えは、現地で聞かれたらおそらく非常に喜ばれると思いますが、どうかよろしくお願いいたします。 そこで事業団の理事長にお伺いしたいと思いますが、不振移住地の問題についてお伺いしたいのですが、幾つかの計画移住地の中で不振移住地があるんですが、時間もあまりありませんので、一つだけ取り上げて不振移住地の問題について御質問をしたいと思います。 これはブラジルのサンパウロから約千三百キロばかり離れているところにバルゼア・アレグレという移住地がある。サンパウロから約千三百キロばかり離れております。これは海外移住事業団ができる前の旧日本海外住移振興株式会社が購入して、そうしてその土地は大体総面積で三万八千四百七十二ヘクタールを計画移住地として予定して、そこへとりあえず千ヘクタールを選んで第一次の入植者を五十四家族ばかり入れることになったのでありますが、ところが現状は、五十四家族入ったうち三十二家族しかいない。あとは脱耕して、とてもここにいられないと言って出てしまった。これはもちろん、海外移住事業団が三十八年にできたのだから、旧移住振興株式会社の時代に買った土地である。ところが、これに対してたいへんな——地元の方々の御意見を聞いてみると、移住者はだまされたと、こう言っているのですね。だまされたというのは、二十年くらいは無肥料で作物がとれるのだというようなことで移住して、一ロッテ二十五ヘクタール、六十五万円という契約で日本円で買うことにして、そうしてそこに入植したわけなんですが、入ってみたら全然土地がだめだ、こう言うのです。そうして、もちろん干害にもあったのでしょうけれども、農作物のできが非常に悪くて、これはもう食うか食われるかわからないような状況で、とてもどうしようもないということで、その後養鶏に切りかえたそうです。ところが、養鶏に切りかえたのだけれども、ある程度養鶏で立ち直ったような状況にはなったけれども、やはりなかなかうまくいかないので、海外移住事業団ができてからも、どうしてもこの土地はよくないのだ、よくないのだから土地の調査をしてくれないかということで、調査の依頼を本省のほうへ出されて、そうしてその調査に行かれた結果が出ているわけですが、それが御承知ではありましょうが、土地の評価委員というか、黒沢満さんという教授が団長で南米の計画移住地の土地の評価に行かれたそうですが、バルゼア・アレグレの移住地にも行かれたそうです。ところがその結果は、バルゼア・アレグレの土地はゼロにひとしいと、こういう回答を出していると、移住地の人はこう言っている。私が率直に聞いてきたことばなんですから、地元の人は、そういう評価委員すらこの土地はゼロにひとしい土地だと言っている、しかも、現地のいわゆる四十年、五十年行っている先輩の方々が見た場合に、きわめて時価よりも三倍も四倍も高い土地を、そんな悪い土地をなぜ買ったのかという非常に強い批判がある。それはそれとして、私がちょうどサンパウロに着きましたら、千三百キロも離れているところがらバルゼア・アレグレ産業組合の理事長の小倉さんという方をはじめ幹部が私を空港に待ちかまえて、そうして、ぜひ日本へ帰ったらこの不振の移住地を救ってくれるように外務省に、あるいは海外移住事業団に対してもひとつ努力をしてくれ、こういうことを私は頼まれてきたわけです。ところが、事業団のほうでは、海外移住事業団の現地職員の一般代表理事、丸山理事をリオデジャネイロに駐在さしているわけなんです。ところが、このバルゼア・アレグレの移住地の幹部が何回も代表理事である丸山理事を通じて、われわれの土地をぜひ見てくれ、こんなことをやっておったら食っていけない、われわれはほんとうに食うか食わないかというような状態で、どなたか言ったことばを引用すれば、これじゃサルになってしまう、そんなような状況にあるのだから、何とか融資の面で、あるいは助成の面で救ってくれないかということを再三訴えたそうですが、遂に、私がまだ帰ってくるまでには、丸山理事がその現地に行かなかったようであります。そうして、非常に冷淡な態度である。ところが、私が帰って二ヵ月くらいたちましたら、現地の新聞を送ってきて、丸山理事がやっと訪問してくれたということが新聞に載っておりましたけれども、何か移住事業団のやり方が、官僚的な、冷たい、また移住者を棄民的な立場で見ておるような気がしてならないような報告を現地の人から私が聞いたのを率直にいま申し上げるのですが、そこで現地ではこう言っておるのです。三万八千町歩のうち一千町歩、まあ、一千ヘクタールを入植したのです。ところが、養鶏である程度資金を確保して、養鶏で伸びておるのだけれども、このままでは将来伸びられない。ところが、まだ大部分の土地があいておるわけなんすで。だから、これを何とかしていま入植しておる農家に対して、移住者に対して譲ってくれないか、こういう交渉を事業団に出しておる。だから、それに対する融資を受けたいということです。それから現地の連中は、いろいろ研究した結果、これは農作物はだめなんだが、同じバルゼア・アレグレの三万八千ヘクタールのうちで、いま入っておる土地以外のあいておる土地は、これは牧畜を経営すれば必ず立ち直れる、立ら上がれるということがわかっておるのだ、だから、これは何とかしてわれわれに貸してくれるなり、払い下げてくれるない、譲与してくれるなりしてくれないかということをさっきも申し上げた代表理事を通じて言っておるのだが、これについて廣岡理事長はそういう報告を受けておるかどうか。これについてまず伺いたい。
○参考人(廣岡謙二君) ただいまバルゼア・アレグレの問題につきまして御質問がございました。いまお話しになりましたように、その土地の総面積は三万八千ヘクタールでございますが、全部が全部非常に悪い土地だというものではございませんで、その中央に鉄道が横断いたしておりますが、その北部の地区、約二万ヘクタールくらいの地区が必ずしもいい地域じゃない、したがって、こういうところは私どももできるだけ整理すべきだという方針のもとにこの検討をいたしておるのでありますが、確かにただいまお話しになりましたように、その土地の移住者の団体から、随契でもってわれわれに払い下げしてもらいたいという要請があったことも事実でございます。しかしながら、私ども全般の移住地を見ておりまする関係上、随意契約でもって特定の人だけにこれを、しかも安く——安く安くというような要請があるようでございまするけれども、そういうような腹でもって話し合うということは、ほかの移住地との関係もありまして、必ずしもそれは適切じゃない。払い下げる以上は、やはり競売というような方式をもって、しかも、その土地の権威ある評価機関に委託いたしまして、それでもって適正なる価格でもってならばこれを払い下げるということにいたしてもいいというような考えを持っておるわけであります。この趣旨を移住者の諸君にも十分申し述べておるわけであります。また、丸山代表が最近その土地をたずねましてそのような話も受けまして、丸山代表からもそういう趣旨を十分にお話ししたと思うのであります。したがって、ただいま申しましたような方法でもって、相当の資金を用意し、競売というようなことに参加して、ほかの人と一緒にやってもらうということならば、何ら私ども話し合いをいたすことにやぶさかでないのでありますが、現在はそういう事情になっております。ただいまお話しがありましたように、バルゼア・アレグレの問題を差別的に、冷淡に扱っておるというものでは決してございませんで、新しい支部長が赴任する際にも、私からその点を十分に指示いたしまして、バルゼアの根本的な再建対策というものを立てろということを申しておったのでありますが、ただいまその線に沿いましてサンパウロ市におきましては十分なる再建対策を検討しておる、そうして、より早くその土地が安定するように、さらに発展するような方策を鋭意検討いたさしておるような現状でございます。
○近藤英一郎君 現地の人は、その近くにガタパラという移住地がある、これに対して国が四億円近い補助金を出して助成しておると言うのです。ところが、すぐそば——すぐそばと言っても、ああいう大きい国ですから離れてはおりますけれども、しかも政府が計画移住地としてブラジルで最大な予定をした、三万八千ヘクタールもの計画をして、そして千ヘクタールしか使えないで、あと余っている土地を何か牧畜経営に使いたい、使えば必ずうまくいくんだという見通しを持っておって、それに対する融資と助成を望んでいるのだけれども、ちっともそれに対して考えてくれないと、こう言うのです。じゃ、ガタパラはどうかというと、ガタパラ移住地は四億円もの補助金をなされておる。そういう点を考えれば、計画移住地の不振なんだから、これはもちろん移住振興会社の時代に買ったのだから、移住振興会社の当時の責任もあるけれども、それを引き継いでいる移住機関である海外移住事業団としては、これはもっと積極的にあたたかい手を差し伸べるという必要が私はあると思うのですが、いま何か理事長の答弁では、丸山理事長も行かれて、それに取っ組んでいるというような報告も受けているという答弁がありましたけれども、事務的な、形式的な、あるいは差別的な感情が何かあるような気がするのですけれども、そういうことは私はないと思いますけれども、現地に対する代表理事ですから、ある程度まで、事業団の理事長とすれば代表理事に権限を与えて、この問題がすみやかにひとつ解決ができるような方向に持っていってもらいたいと思いますが、その点はどうですか。
○参考人(廣岡謙二君) 先ほど申しましたように、バルゼア・アレグレの再建につきましては、鋭意努力いたしておりますので、ただいま御指摘のありました点につきましても、十分に今後督励をいたしまして、これから立ち直り、再建という面に積極的に努力をしてまいりたいと、こう考えております。
○近藤英一郎君 それから理事長、これはアルゼンチンのガルアッペの移住地の問題ですが、あそこに実は私の県からも行っておる方がおりますし、私も現地に三十五年の年に行ったのです。そしてアルゼンチンのガルアッペの移住地に八十三家族だか入る計画で入って、そして金は全部払ってしまったのだが、やはり地権が渡らない。ところが、いろいろ聞いてみると、何かアルゼンチンの国防上の問題とかなんとかいろいろ言っているそうですけれども、入るところには金を払い込めばもちろん地権が渡る、またそれが当然のことなんですが、そういうことで入植しておるのですけれども、その問題もまだ未解決のようでありますが、これについては、これは事業団のほうにあるいは報告が来ておるかと思うのですが、その点についてはどうなっておりますか。
○参考人(廣岡謙二君) これは報告参っております。実情をお話しいたしますと、アルゼンチンにおきましては、振興会社から事業団への名義変更で、公証人が単なる名義変更と認めないで、税金を払わなければならぬというようなことを申しまして、こういったトラブルがございました。そういうことで若干おくれたのでありますが、最近ようやくこの問題も解決いたしまして手続を進めておるのでありまするが、ただいまちょっとお触れになりましたように、あれがパラグアイとの国境地帯になっておりますので、アルゼンチンの国境保安委員会の承認が必要であるということで、ただいまそちらのほうに書類を提出いたしておるわけでありますが、近くこれが承認されるものと思いますので、それができましたならば、すぐにでも地権の発行ができるという実情になっておるようであります。
○近藤英一郎君 それでは、ガルアッペの移住地の地権の問題はごく近い機会に解決すると、こういうように伺ってよろしゅうございますか。
○参考人(廣岡謙二君) はい。
○近藤英一郎君 それから移住地の教育問題なんですが、奥地の開拓移住地の教育問題は非常にひどいものがあるのです。それで、これは農業技術指導だけでなく、教育の指導もできるような職員配置が私は必要と思うのですが、この点について事業団はどう考えておられるか。というのは、移住地は御承知のように非常に奥地が多いわけです。奥地が多いし、密林地帯を開拓してそして自分でうちをつくって、そうして自分で密林を切り倒して焼き払って、そうしてその間にいわゆる間植をして、それによって収益を上げながら、だんだんだんだん開拓を進めていくわけなんですが、なかなか、うちの構造からいっても、電気を引くということもすぐにはできないし、非常に環境が悪いわけであります。だから、いろいろ風紀上の問題なんかも問題を起こしておりますし、それから教育がやっぱり行き届かないという面から考えて、非常に悪い結果ができておる。いままで日本民族というものは、外地へ出ると、さっき申し上げたような、非常に商い地位でいろいろと活躍をされており、日本民旅の優秀性というものを各国人が認めておるのだけれども、いまのまんまでおくと、奥地へ行っておる日本の移住者の子供というものは非常に教育程度の低いものができていくような結果になると思う。そういう点を考えて、これはゆるがせにできない大事な問題でありますが、事業団も営農指導だけでなく、教育指導、社会教育を含めた教育指導もできるような職員を移住地に配置することを私は考えるべきだと思うのですが、この点についてはどうですか。
○参考人(廣岡謙二君) 多数の移住地の中には、ただいまお話しになられましたような環境のきわめて不十分であるというような点がございます。私ども、移住地をできるだけ明るく、しかも安定的な方向に持っていきたいというようなことでいろいろ努力をいたしておるのでありますが、その中でも、環境を整備する、たとえば、できる限り電気をつけるということが必要でございますので、昨年度、電化をするという目的のもとに電化の調査団を向こうへ派遣いたしまして実情を調査いたしました。そして、一ぺんにできるわけではございませんが、順を追って、できるだけそういう明かるい環境づくりに努力したい。また、医療の問題にしろ、あるいは文化的な生活指導、あるいはただいまお話しになりました教育の問題、あらゆる面で努力をいたしておるのでありまして、これも全面的に一ぺんにはまいりませんので御了承を得たいと思いまするけれども、教育の問題につきましても、先生も派遣し、大体教育という問題はその国がやってもらうことがたてまえになっておりまするけれども、ああいう国では十分にそういうことが行なわれていない。したがって、やむを得ず私どもの手でもって補完的に教育施設なり、教材の整備なり、教師の問題なり、これをお世話いたしておるのでありまして、決して教育の問題を等閑に付しておるということではございません。今後もできるだけその面で努力してまいりたい、こう考えておるわけであります。
○近藤英一郎君 その教育問題、非常に大事でありますし、せっかく日本は、教育の面から考えれば、文盲者が一番少ないといわれている日本人が、今度は、向こうへ行ってそういうようなひどいところに入っておって教育を受けられないということになると、これは非常に教育程度の低い国民があとを引き継ぐという形になりまして、その点は特に、まあ理事長のほうでいま御答弁がありましたが、教育問題を含めて指導できるような職員の配置を考えてもらいたい。そういうふうにひとつお願いをしたいと思います。 それから移住事業団の現地職員の服務の問題ですが、これは私は非常に小さな問題だけれども、大事なことだと思うんです。それは私も、まあ、何人かにぶつかったんですが、概して国会議員に対しては、私が申し上げちゃあれですが、わりあいに外地におる職員が態度がいんぎん丁重なんです。だけれども、移民に対しては何か高圧的な、やっぱりおれは役人だというような意識があるのかどうか知りませんけれども、きわめて冷淡な、親切心が足りないという事例が幾つかあるわけでであります。これは、まあ人の名前をあげると当たりさわりができるんですが、理事長も聞かれたかどうか知りませんが、全国の家族会連合会へ毎年外務省から十万円、それから県から十万円補助金が出て、家族が移住地の家族慰問をやる制度ができたわけです。ところが、その、行ってきた人の報告によりますと、これは非常に、一つの事例ではありますが、たとえば移住地へ入ってわずか一年か一年半ぐらいかたたない若夫婦で、そこへ、移住地へ入りまして、そして移住地は御承知のように奥地ですから、なかなか農機具がいたんだといって簡単に直せない。そういう面でたよっていくのはやっぱり移住事業団の支所であり出張所だと思うんです。そこへ行ってその問題に対して、たとえば農機具がいたんだから直してくれないかと言うと、移住事業団というのは移住者の工場じゃないというあいさつをしたり、それから、電気がないし、ろうそくも足りない、だからぜひろうそくを一本融通してくれと言ったら、移住事業団は移住者のろうそくなんか持ってないというように、非常に冷たく突っぱねたということなんです。これは非常に小さなことなんですが、日本を三万キロも離れて向こうへ行って、そして見ず知らずの奥地に入っている移住者としては、この、実務機関の移住事業団の職員の言動としては許せない。そうかといって、たてをつけば意地悪される。弱ければいばられる。これじゃ立つ瀬がないじゃないかということを言われておるように、帰ってきた報告を私も聞いております。これは非常に大事なことなんですが、理事長が海外へ事業団職員を派遣する場合には、特に実務機関である事業団の職員だということ、それから、海外へ行ってやっぱり一番たよるのは事業団の職員であり外務省以外にないんだというところを深く理解されて、そうした職員の服務規律に対しての態度、それから基本的な姿勢、これを私は再教育——たいへん失礼なんですか——する必要があるんじゃないか、こういう点をまあ直感してきたんですが、その点について理車長どうお考えですか。
○参考人(廣岡謙二君) おっしゃるとおりだと思います。私どもも、移住の仕事というものは移住者という人間を相手にしておる仕事でありまして、しかも、その移住者の将来の運命にかかわる大事な仕事をやっておるという自覚は常に忘れてはならぬというように私ども考えておりまするし、機会があるたびにそのことを申しております。多数の中に、いまおっしゃったような者がないとは言えませんけれども、要するに、移住しようとする人、あるいは移住者に対しましては親切に、しかもその相手側の身になって考えてあげる。もちろん、移住者の中にはいろいろさまざまな人もおります。しかしながら、あくまでも誠意を持って勉強をして、そういう人に納得のいくようなやり方でもって接しなければならぬということは、おっしゃるまでもないと思います。したがって、そういうこともないではないと思いまするけれども、しかし、私どもも向こうへ参いりまして、移住者の諸君から面接、ちょいちょい聞くのでありますけれども、非常によくやってくださる、その人がいなければ私ども今日まで来なかったのだ、事業団の職員に感謝しておるのだということを私に直接申された移住者の家庭も幾つかあったわけです。したがって、よくやっておる人もおりますが、中には、あるいはそういうような不親切のような行ないがあった人もないでもないと思います。私もそう思っております。近藤さんのいまのお話もごもっともな点があるかと思いますので、今後はよく関心を深めまして、注意をしてまいりたい、こういうふうに考えております。
○近藤英一郎君 移住事業団の職員の服務関係については理事長もいろいろと御理解されているようですから、そういうような、当然、指示というか、外地の職員に対してはいろいろと手を打たれると思いますが、そこで私は、海外移住事業団がいま行なっておるのは、さっき申し上げたような、もちろん、それは渡航費をもらってラテン・アメリカのほうへ行く移住者とは別に、カナダの技術移住関係もいろいろと世話をしているわけでありますけれども、特にラテン・アメリカを中心としての移住者の送出の啓蒙宣伝、送出こういう点についても成績を上げるというか、それから、もっとかゆいところに手が届くような仕事をするために民間団体の活用が必要だと私は思うのです。それは一番、血族的なつながりを持っておる家族会連合会というものがあり、各府県にその連合会の支部があるわけであります。そのほかに地方海外協会というような、中央海外協会の地協も実は残っているところもありますが、そういう面から考えて、何か役所的な——事業団に言わせれば、決して役所的な仕事ではなく、ほんとうに実質的なことについて移住啓蒙宣伝等をやっているのだということを言うのですが、大きな成果をあげるには、そうした民間団体との連絡協調、それから、そういうような協力が必要だと思うのですが、そのほうが成果もあがり、実質もよくわかったりそれから、肉身のつながりである家族会等のメンバーは、移住してもいわゆるつながりがあるわけでありますから、これを総合的に活用されるほうがいいと思うのですが、こういう点についてのお考えはお持ちであるかどうか、理事長、ひとつお答えいただきたいと思います。
○参考人(廣岡謙二君) 限られた人員と限られた予算の中で事業団の都道府県地方事務所が活動するということにつきましては、おのずから限界があるわけであります。したがって、どうしても県、市町村の自治体あるいは農協、家族会というような協力団体とは密接な連係をとり、しかも、これらの方々の協力関係というものがなくては、当然その成果をあげることができないことは、おっしゃるとおりだと思います。したがって、私も、ただいまも地方事務所長を招集いたしまして会議をやっておるのでありますが、昨日もその点に触れまして、十分今後その点には努力するということを指示をいたした次第でございまして、ただいま近藤先生のおっしゃるとおり、全く私も意見を同じくしておりますので、この点につきましても今後一そう緊密な御協力を願うように、理事長といたしましては十分に関心を深めてまいらなければならない、こう考えております。
○近藤英一郎君 もう時間がありませんから、外務大臣に最後に……。外務大臣、先ほどいろいろ、事業団が、不振移住地に対する積極的な対策をやっておるとか、早く解決するために地権の問題も努力しょう、こういうお答えがありましたのですが、先ほど、当初に申し上げたように、移住振興費として十七億八千万円組んでおって、八百八十六人しか今年度はいわゆる渡航費をもらって出かける移住者の数としてはないわけですね。これはその予算の総額を数で割れば、一人百万円かかるか、百五十万かかるか、二百万かかるか、すぐ出るわけですが、そういうことは別として、やはり移住振興に対する基本的な考え方を伺ったのですが、私にやっぱりこの際日本の立場も考える。それから、外地へ行っておるいわゆる戦前に行った、あるいは戦後に行ったそういう方々を、よりよい生活ができるように、やはり不振移住地に対してはめんどうを見てやるべきだ、こういう点について一段とひとつ力を入れていただいて、実績をあげるなら予算がもっとふえようともわれわれが別に文句をつける筋はないわけですけれども、何かこう、八千人も出たのがわずかに八百人になっても予算はぐんぐんふえていく。逆の形勢があるわけですが、極端な言い分で当たらないかもしれませんが、客観的に見るとそういう印象が強いわけであります。そういう点を、予算の編成面においても、また予算の執行面から考えても、特殊法人の事業団の監督の立場にある外務省として、もう一考を要する点があるんじゃないか、こう考えるんですが、その点について外務大臣はどうお考えですか。
○国務大臣(三木武夫君) 近藤さん御指摘のように、地球の裏側というような、われわれからすれば、そういうところまで日本人の移住者が行って、非常に生活にも困るということは、これは捨ておけないことですから、今年度の予算も十分ではないけれども、困窮者の援護というものはやはり予算の重点にはなっておるんですが、十分ではないが、そういう、すがに行っておる人たちの生活の援護に一そう今後気をつけてまいりましょうし、また、最初に申しましたように、受け入れ国の移住に対する考え方が違ってきておるんですから、今後そういうふうな、何らかの技能を持った人の移住というもの、これはやはり奨励していきたい。いま局長も述べたように、カナダなどは、向こうもやはり積極的に日本人を受け入れようということでやっております。そうして、数は多くないけれども、なかなかやはりカナダの社会に貢献をしているようなところがある。カナダに限らず、時代の要請に合うたような移住者、これをやはり奨励していくために力を入れてまいりたいと考えております。
○近藤英一郎君 最後に、事業団に対しましての要望としては、先ほどいろいろ不振移住地一つを取り上げて申し上げたのですが、数をあげればまだたくさんあるんです。あるんですが、事業団が答弁されることと、私が現地で耳新しく、はだに感じてきたこととは非常に大きな差があるんです。私が信じたいと思うのは、地球の裏側へ行って、そうして夜、夜中、千三百キロも離れた飛行場まで来てわれわれに訴えるその移住者の心情は、私は疑いたくはない。ところが、事業団の言うのは、われわれも努力して一生懸命やっているのだと言うけれども、そこに非常に大きな食い違いがあるわけですが、これはやはり事業団と移住者の間に血のつながりがないと思う。何かそこに割り切れないみぞがあるような気がするんですが、そういう点は、特に事業団の運営面の最高責任者である理事長は、今後事業団の職員が、いわゆる実務機関としての使命の達成のために一そう親切な気持ち、心を持って、あたたかい思いやりのある援護政策を、融資の面にしても、地権の問題にしても、また営農指導にしても、教育指導にしてもやるように努力していただきたい、こういう点を強く要望申し上げて私の質問を終わりたいと思います。委員長(三木與吉郎君) 他に御発言もなければ、本件に対する質疑は、本日はこの程度にとどめることといたします。 本日はこれにて散会いたします。 午前十一時四十五分散会