法務委員会 第23号
- 発言数
- 25 件
- 登壇者
- 6 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1968/04/19
会議録
○永田委員長 これより会議を開きます。 法務行政に関する件、検察行政に関する件、人権擁護に関する件、及び裁判所の司法行政に関する件について調査を進めます。 質疑の申し出がありますので、これを許します。猪俣浩三君。
○猪俣委員 先般一応質問をしたのでありますが、意を尽くさぬところがありまして、もう一ぺんお尋ねしたいと思うわけであります。それは台湾人の柳文郷の強制送還に関する問題であります。この前の質問のときには、柳文郷に対しては、台湾側がその生命の安全を保障したから帰したのであるという御答弁でありました。そこで、どういう形で柳の身分の安全を保障したのであるか、その詳細を御説明願いたいと思います。
○中川(進)政府委員 お答えいたします。本件に関しましては、私どもといたしましてもオーバーステイとなっている者を帰さなければいけないという要請がある一方、人道上の見地から、万一本人が帰りました上で生命、身体の自由を侵されるというおそれがあってはいけないということで、当地にあります中国大使館に、もしこういう者を帰した場合におまえのほうはどうするかということをかねがね聞いておったわけでございますが、先方は、帰っても生命、身体の自由は守られるはずであるということを申しておったのでございます。しかし、単なる係官の口約束程度では不安でございましたので、何か書きものを入れてくれと申しましたところが、ことしの二月七日に、この大使館から法務省に対しまして、ただいま申しましたような趣旨の、すなわち日本で台湾独立運動というようなことをかりにやっておったとしても、帰ってから生命、身体の自由を奪われることはないんだという趣旨の書きものが入っておりました。それから、それだけではまだ若干不安な点がありましたので、さらに確かめるために、三月の五日の日に陳大使を呼びまして——これは呼んだというか、むしろ向こうから、例のこの前申し上げました日本におります台湾人の法的地位に関しまして、私にいろいろ陳情がある、話をしたいということで参ったのでございます。そういう機会をとらえまして、もう一度この点を確認したのでございますが、陳大使は、それはその書きものにあるとおりであって、本人を万が一台湾に送り返してこられても、私、すなわち中国国民政府のほうとしては、これをとがめだてするつもりはない、こう申しておるものでございます。
○猪俣委員 これは日本駐在の中国大使から入管にあてた覚え書きですか。そうだとすれば、これは一体どういう法律上の性質があるのですか。外交文書であるか、協定であるか、条約であるか、一体どういう性格のものですか。まず第一に、中国のいかなる外交機関が、日本のいかなる役所に対しての、どういう内容の文書なんですか。それを明らかにしてください。
○中川(進)政府委員 もちろん厳密な意味におきまして外交文書とは必ずしも言えないと存じますが、この文書は、ただいま申し上げましたように、中国大使館から法務省の入国管理局にあてまして参ったものでございます。
○猪俣委員 これは柳文郷に関してのものですか、一般的のものなんですか。
○中川(進)政府委員 柳文郷云々ということは、本件に関しましては、初めから何ら出ておりません。一般的なものでございます。
○猪俣委員 そうすると、一体そういうふうな覚え書きを急にとるようになった動機は、どこにあるのですか。もうすでに、いわゆる台湾独立青年同盟の人間をぼつぼつ帰そうという下心があったので、台湾政府とそういう話し合いをやったのじゃないか。どういうわけで、急にそういう抽象的な一般論みたいな覚え書きをとられたのですか。
○中川(進)政府委員 前回御説明申し上げたと思いますが、御承知のごとく、昨年の十二月の初旬に郭錫麟と申します、台湾独立運動をしたと称する人をやはり同じ理由で、すなわち不法滞在のかどによりまして強制退去を命じたのでございます。そしてこの人が台湾へ帰りましたあとでいかなる処遇を受けるかということを、私どもは注意して見守っておったのでございます。しかしながら、何ぶん外国のことでございまして、必ずしも詳細な様子はわからなかったのでありますが、ある情報によりますと、この人の行くえがわからなくなったということがございました。それが、帰りましてからしばらくたった一月ごろの情勢でございます。そこで、こういうことでは、台湾独立運動というものをやった人を不法滞在のゆえをもって台湾へ送り返すということには、われわれのほうはちゅうちょせざるを得ないという気になりまして、いかがなものかと考えたのでございます。しかし、一方におきまして、やはり不法滞在者というものは、これはいつまでもほっておくわけにはまいりませんので、何とかその不法滞在の状態を排除して、強制送還というところへ持っていかざるを得ない。そこで、これ以上強制送還をやるのであるならば、やはり本人が万が一帰ったあとでひどい目にあうということでは、これをやれないので、そこのところの判断をする基準を求めておったのでございます。ところが、最初に帰しましたその郭錫麟という人が、行くえが知れないのだという情報が入りましたので、こんなことではたいへんだということで、中国側に何べんも念を押しておったのでございますが、その結果、ただいま申し上げましたように、中国側から、そんなことはないのだということで、郭錫麟という人も、現に——一時取り調べなどでどこかへ身柄を拘束したようなことがあったが、とにかくもう元気に出てきているはずだというのが二月の初めごろの話でございまして、そのころに実際また私どものほうへも、この前大臣が申されましたように、手紙が来たり、それからまたその他の情報からも、郭錫麟はいま元気にやっておるということが参りました。しかし、そういう郭錫麟一人のケースで、その人自体が無事であったからといったって、それのみでは、これからまた帰すべきたくさんの人の運命がどうなるか必ずしも十分な自信が得られなかったものでございますから、その点について何か保障をしてもらいたいということで交渉しておったのでございますが、それが、先ほども申しましたように、書きものとなって、そういう御心配は要らないという保障が入ったわけでございます。
○猪俣委員 いま承れば、大使館から入管にあてての覚え書き、これは協定でもないし、何ら法律的効果がないわけなんです。そうすると、こういう覚え書きに違反したって、日本政府としては、台湾政府に何ら抗議を言う余地もないわけであります。これは、あなた方はどうもほんとうのことを言わぬのじゃないかと思うんだが、ここにいらっしゃる田中さんが法務大臣時分に、あなたと一緒に台湾へ渡って、台湾政府と何か相談してきた。それは、どうも日本に台湾人でアヘン密輸をやるような人間が相当たくさんつかまって大村収容所に入れられているが、台湾政府はこれを引き取らぬ。そこで、それを引き取るという交換条件で、そのかわり台湾独立運動なんかやっている人間は帰そうじゃないかという、何か話をして帰ってきた。それから、また国内で人道上わいわい言われると困るから、じゃ身分を保障するような一札を入れるというような話からこうなったというのが、真相のようなんです。それはどうなんです。
○中川(進)政府委員 お答えいたします。まず、確かにいまおっしゃいましたように、私、当時の法務大臣をしておられました田中伊三次先生のお供をいたしまして台湾へ参りました。これは事実でございます。台湾へ参りましたときの話の要点は、この前も、本席でございますか、何か申し上げたかと思いますが、とにかく向こう側から、日本におりますところの台湾人の法的地位というものを改善してくれという要求があったのであります。しばしば申し上げますように、韓国人に対しましては、日本側は協定永住というものを与えておりまして、一般外国人とは飛び離れた特恵的な待遇を与えておる。しかるに、台湾の人は、その点において、日本が統治していた時代の朝鮮人と同じであって、すなわち終戦までは日本人であったのにかかわらず、いまは朝鮮人と非常に異なる待遇を受けておるのは不合理である、道理に反するということで、何とかひとつ台湾人の法的地位の改善について考慮してもらいたいという要求がなされました。その点について話をしたことは、事実でございます。そのときにおきまして、私どもといたしましては、まあ交換条件というわけではございませんが、とにかく台湾人の法的地位の改善ということについて、もちろんわれわれとしては検討はしてみたいが、結論としてははなはだむずかしいと思われる。しかし、とにかく誠意を示す意味で、私どものほうから、オーバーステイになっている中国人がたくさんおるから、台湾に引き取っていただきたい、ぜひこの引き取りについて考えてもらいたいということを申したことはございます。しかし、ただいま御指摘のごとく、台湾の独立運動をやっておる者を帰す——先ほど交換ということをたしか先生おっしゃったかと思いますが、そういうような約束をした覚えは全然ございません。その点は、たとえば昨年の八月に——時の田中法務大臣と私が台湾へ参りましたのは秋でございますが、それよりもずっと前の八月に、すでに、猪俣先生御記憶だと思いますが、張と林というやはり台湾独立運動をやっておった二人に退去命令を出しまして、そして台湾独立運動の青年同盟という連中が、東京の入国管理事務所の前でハンストをやりました。こういうことがありましたことからも御記憶だと思いますが、私どもといたしましては、台湾独立運動をやっておるがゆえに特に日本にいつまでもかくまっておくとか、あるいは逆に台湾独立運動をやっておりますがゆえに特に優先的に外国に追い返すというようなことはございませんで、あくまで入管令のたてまえに基づきまして不法滞在者というものの排除ということにつとめておるわけでございます。
○猪俣委員 大使館から入管に出した覚え書きなるものの写しは私はここに持っておるが、歯の浮くようなことばかり書いてある。台湾政府は徹底的な民主的な国で、過去において政府にそむいたことをやろうとも、われわれはこれをみんな許して寛大にするのだ。これはまことに徹底的人道主義の抽象論を述べている、どれ一つつかまえても。これは台湾政府の方針だ、こういうようなことだけれども、具体的に一体この覚え書きに基づいて抗議しようもないような文章で、長たらしいからきょうは時間がないから私は言いませんけれども、台湾政府を謳歌した抽象的論文じゃありませんか。ところが、その台湾政府はどうかといえば、憲法は総統の三選を禁止している規定になっている。しかし、いまの蒋介石は四選か五選やっているじゃありませんか。国会議員は十八年間選挙がない。独裁政権ですよ。こういうことをあなた方わかっていなければならぬ。こういう独裁政権に対して台湾独立運動なんというのをやっている者に対しては、彼らは死刑をもって臨む刑法を持っているのだ。しからば、いわゆる外交機関がこういう約束をしたとしても、これは一体台湾政府の司法機関を縛るものですか、どうですか。これは法務大臣答弁してください。日本の台湾大使館が入管に入れたような覚え書きが、台湾政府の司法権を持っておるもの、あるいは警察権を持っておるものまでを一体拘束するのかどうか。それを御説明ください。
○赤間国務大臣 日本と台湾政府とは友好関係でおるのであります。中国側の外交関係の機関が日本の役所に対しまして、こういうことは絶対にやらないという文書の約束をしておるならば、それは信用をしていいのじゃないか、かように私は考えております。これはなぜかと言いますと、国内よりも国際的な関係というものは非常に重要な関係があるのであって、日本の信義を裏切るというようなことは台湾はやらぬであろう、かような私は考え方を——もしその信義を裏切ってやるならば、それに対して日本の側もまたいろいろなことが考えられますので、おそらく約束をし、しかも文書で書いてよこした、これはその性質が何であるかを問わず、十分履行せられるものと私は信じておる次第でございます。
○猪俣委員 条約であっても協定であっても破りがちという今日、こういう覚え書きなんというものを非常に信用なさる。しかも向こうの司法権までもこれで縛られる、ぼくらはそう考えられない。ここに実例が一つある。陳玉璽、二十九歳、これはハワイ大学の経済学部の助手をやっておったマスターオブアーツの位を持っておる人、これが観光ビザで入国したが、三月まで滞在を許されておったにかかわらず、二月八日の午後一時に入管へ呼び出され、そのまま収容された。交渉に行ったら、いやこれは家族にちゃんと返すから心配ないと入管では言っておったにかかわらず、今日に至るまで所在不明なんです。この親から、この人を泊めておりました東京の渋谷区千駄ケ谷町二の二一四、川田泰代という人のところへ電報が来る、手紙が来る。いまだに姿をあらわさないが、どこへ行ったんだろう、何とかさがしてくれぬかという手紙が現在来ている。そこで、この婦人が私をたずねてきて、何とかならぬかといって訴えてきている手紙がここにあるのです。あなた方の言うことは、都合のいいことだけは言って、実際はそうじゃないのじゃないか。たとえば柳文郷が帰された。飛行場へみな家族が出迎える写真なんかを見せておる。いま調査しておりますが、はたして彼がうちにちゃんと安住しているのかどうか。日本にこういう一札を出した手前、そういう芝居をやったのかもしれぬ。一体日本政府は、この柳文郷がはたして無事に、司法権の発動なんかを受けないで、彼らが約束したとおり平穏に台湾で暮らせるかどうかということを、どうして調査することができるのですか。それは断言できますか。法務大臣、どうなんです。いまあなたは大丈夫だなんということを言うが、大丈夫でないのがある。
○中川(進)政府委員 お答えいたします。ただいまの陳玉璽の件は、実はただいま先生から初めて伺って、全然存じませんので、さっそく調査させていただきたいと思います。 それから、向こうへ行きましたあとの、いまの柳文郷の話でございます。実は私、ある会合で昨年中国の陳大使と四、五分会談する機会がございまして、そのときさっそくこの柳文郷はどうだと申しましたら、彼は、現在高雄だそうでございますが、もう両親のもとに帰って平和に暮らしておる。もし日本側で少しでも御疑念があるなら、新聞記者であろうと、いかなる学者の方であろうと、いかなる日本人の方であろうと、もちろん大使館の役人はじめおよそ関心を持たれる方は、いつでも出かけていって本人に会ってよく話してくれ、と申しております。そのことを疑えば切りがないかと思いますが、しかし、一国の大使がそう申すわけでございますから、まさか本人がただいま非常に危難にあっておるとは考えられないのでございます。
○猪俣委員 私がこう執拗に質問をいたしますのは、まだ柳と同じ運命にある人間がたくさんいるわけだ、あなた御存じのように。それがみんなこういうふうに帰されるということに対して、非常に戦々恐々としておるわけですよ。私は、外国人が日本を安住の地として日本を慕っておるということは、日本のためにはいいことだと思うのです。いい国だから来るという、われわれは大国意識はそういうところになければならぬと思う。それがいつなんどき帰されるかわからぬような形——柳が帰るときに、彼は舌をかみ切って惨たんたる光景で連れ込まれた。そのときに、柳の友だちがこれを奪還しようとして羽田で惨劇を演じたことは、とにかく新聞が伝えるところですが、これらはどうなっていますか。入管は御存じだったら、説明してください。
○中川(進)政府委員 御承知のごとく、あの日柳の奪還、少なくとも強制送還の阻止ということで実力に訴えた人が十人ある。日本人は一人、それから中国人が九名と、かように承知しておりますが、この十名は、ただいま身柄は釈放されまして、おのおの自分のうちにおると、かように承知しております。
○猪俣委員 時間がありませんので先を急ぎますが、外務省にお聞きしたいのです。 私は、昭和三十七年当法務委員会で、なぜ日本は難民救済に関する条約に加盟しないのであるかを質問したのに対し、難民の定義が明らかでないような、それだから入らぬようなことを言っておる。これはわからない。この前も説明したのはやはりそんな説明だと思うのですが、一体どこがわからぬのです。難民の定義のどこがどうわからぬか。これはもうすでに一九四六年の十二月十五日には、国連総会でIROという規約ができた。これには難民の規定が詳しく書いてあります。私はここに持っておる。それから一九五〇年の十二月十四日、高等弁務官規約というものが国連総会でできた。これにも難民の定義が詳しく書いてある。それから最後は、いま言った難民の地位に関する条約、これは一九五一年七月にジュネーブでできたのです。二十六カ国で発足して、今日では五十四カ国が加盟しておる。これにも難民の定義が実に詳しく明白に書いてある。これを私は持っておる。のみならず、一九五七年十一月二十六日及び一九六一年十二月十八日、いずれも国連総会で、難民の定義をきわめて広範囲にしようじゃないかという国連総会の決議があるじゃないか。そういうことを総合するならば、難民の定義がはっきりしないから入らぬなんというのは、弁解にならぬと思うのだ。朝日新聞の伝うるところによれば、どうもほんとうのところは、日本は人口が多いし、ほかの国の人があまり入ってこられては困るというようなことがほんとうのところだというふうに書いてある。難民の定義がわからぬというのがほんとうなのか、あまり外国人が入ってこられては困るというのがほんとうなのか、どっちなんです、外務省国連局長。
○重光政府委員 この問題で猪俣先生から御質問が前からあり、外務省としてはこの条約の趣旨には大賛成でございますが、入るについて疑義があるというふうに申し上げてあるわけでございます。そこで、先生のただいまの御質問も同じ趣旨でございますが、いままで疑義があるということを申しておったことをおわかり願うために、少し詳しく御説明することをお許し願いたいのでございます。 この問題は、元来ヨーロッパの戦争が終わりました瞬間から起こった問題でございます。ヨーロッパの戦争によって、主としてドイツ軍でございますが、ドイツ軍が各国からほかの国へ連れていった人間、あるいはドイツ軍と一緒に協力してみずからほかの国に行った人間、こういう人々が、ヨーロッパの各国に非常に多かったわけでございます。その相当部分は、戦後おのおのの自分の国に帰ったのでございますが、帰らずに各国に難民あるいは無国籍人として残った人数が、相当の数にのぼったわけでございます。実際問題として申しますと、これらの人は、もとの国が東ヨーロッパの国の人が大部分だったのでございます。しかし、これらの難民または無国籍の人々を人道的見地から保護しなければならぬという論議がヨーロッパに起こり、国連にも起こり、それが実はこの条約のもとなのでございます。したがいまして、この条約がジューネーブの会議で五十一年七月に採択され、そして現実に条約として五四年に発効したわけでございますが、その条約として発効いたしましたときのこの条約の内容が問題で、その内容に疑義があると申しましたのは、意味がわからないという意味ではございませんで、はたして日本に関係があることかないことか、そこに疑義があるというふうに実は御説明したつもりなんでございます。それは何かと申しますと、この条約の第一条で、難民とは何かということははっきり書いてあります。非常に重要な問題が二点ございます。この条約の第一条には、この条約で難民と申しますのは、一九五一年一月一日以前に起こった理由によって難民になった者をいう。すなわち、その後に起こった理由によって難民となった者はこの条約に入らないということが、この第一条にはっきり書いてあるわけでございます。それからもう一つの問題は、同じ第一条でございますが、締約国はこの条約をどの地域で適用させるかということについての自由裁量権がございます。すなわち、ある締約国がヨーロッパだけに限るということができますし、それからほかの締約国は世界じゅうについてこの条約を適用するという方法をとることもできます。すなわち、ヨーロッパだけに限るのかどうかという問題と、それから条約でいう難民と申しますのは、要するに第二次世界大戦、まあヨーロッパの戦争でございますが、これによって起こった難民だけをいうのか、その後に起こっておる問題について適用があるのかどうかという点でございます。そうしてその後に起こったことに適用があると解釈することは、これはとうていできないので、この条約のオリジナルなもとの条約のままでは、五一年一月一日前の理由によって難民になった者だけでございます。 そこで、猪俣先生申されましたように、かりにことしの一月の末をとってみますと、なるほど五十四カ国加入しておるのでございます。五十四カ国の内訳を申しますと、約二十数カ国がヨーロッパの国でございます。それからヨーロッパでも、先ほど申しましたこの問題の起こりから申しまして、ユーゴスラビアを除いて、東ヨーロッパの国は一国も加入しておりません。これは、おそらくこの問題が起こったいきさつからきているのだろうと、私どもは解釈しております。ところで、ヨーロッパのいわゆる先進国がほとんど入っておるのでございますが、これらの先進国は、ほとんどすべてこの条約をヨーロッパだけに限るという選択をしたのでございます。そうしてもちろん条約は五一年一月一日以前の難民に適用するものでございますから、すなわち、これらのヨーロッパ諸国は問題をヨーロッパに限る、そうして難民は戦争中のごたごたによって起こった難民だけである、こういう態度を維持しておるのでございます。そこで、戦後処理の問題だけである。そうして主要な文明国は、これはヨーロッパだけのことを問題にしておって、世界の全体についてこれを適用することを拒否しておるというのが、現状でございます。 そこで、先生も申されましたように、六六年の十二月でございますか、国連総会で、プロトコルとわれわれ称しておりますが、要するに総会の決議が出まして、いま申しましたこの条約に関する問題で、二点について少しおかしいから、この条約をそういう特殊なものではなくて、世界一般、それから戦後処理だけではなくて、今日あるいは将来に対して一般的な難民保護のための条約にしようという議が起こったのでございます。そうして結局その決議の内容というのは、五一年一月一日以後に起こった難民にもこれを適用しようではないかということの改正点でございます。そしてヨーロッパに限るかあるいは世界全体に及ぼすかということは、この改正によってもいままでどおりで、ヨーロッパ諸国は、ヨーロッパだけに限るという態度を保持しておるのでございます。そしてこのパロトコル、すなわち五一年一月一日以後の難民にも及ぼそうということに賛成した国が、いままで十カ国あるわけでございます。十カ国のうち、ヨーロッパの国はデンマーク一カ国でございます。 そこで、私どもの申した疑問といいますのは、要するにこの条約はヨーロッパの戦後処理の条約ではないか、それが条約の内容ではないかという点については、五一年以後の難民もこの条約によってカバーするようにしよう、そういうふうに読みかえようという意味でございますが、とにかくそういう決議ができた。その決議をどういうふうに日本がやっていくかということは、実を申しますと検討中でございます。検討中というのは、ヨーロッパの国はヨーロッパの問題だけに限ってほかの世界一般の国にこの問題を及ぼそうという態度を拒否しておるということは、いままでと変わらないわけでございます。それから五一年以後に及ぼそうという国は、十カ国しかいまのところないわけでございます。ヨーロッパは一カ国でございます。そこで、私どもはまだこのプロトコルに対して最終的な態度をきめたわけではございませんが、しかし、基本的にはこれは世界的な難民のための条約ではなくて、実質的に見れば、ヨーロッパの救済ということではないかという疑問は、まだ消えていないのでございます。そういうような状態になっております。
○猪俣委員 日本は国連に非常に忠実であることを内外に誇称しておる。なぜそれをヨーロッパに限るなんということに対して、これが政府の答弁のごとくまことにりっぱな人道的な態度で賛成であるならば、積極的に働きかけて世界全体に及ぼすようにしないか。これは国際連合の使命でしょう。ことに一九五九年六月には、日本はわざわざ藤田たき女史を国連に送って、国連難民年というものを催そうというイギリスの主張に賛成して経費まで出しているじゃないか。そういうことといまのあなたの説明は矛盾している。しかし、きょうは時間がない、ほかの問題にも移らなければならぬから、これはもう少しあとに残して議論しましょう。あなたの議論には賛成しかねる。事実と言うこととは違っておる。おそらくアメリカが入らぬので、そのまねをしているんじゃないかと思うのだ。アメリカといったってけしからぬ。最初二十六カ国の中に自分が主唱してつくっておきながら、今日どういうわけか脱退してしまった。日本はこのまねをしているんじゃないかと思うが、これはあとにしましょう。 次に、私は検察審査会の問題をお聞きしなければならぬ。検察審査会の改正案というものはしょっちゅう私考えており、国会に出そうと思っているんですが、ただ具体的な実例をあげてお尋ねしたいことは、数年前、新潟県のみならず、ほとんど全国に喧伝せられましたる当時の新潟県知事塚田十一郎君の二十万円供与事件、これは金をもろうた連中以外の新潟県民は、全部これを疑惑の目をもって見ておった。世論はごうごうとしておった。ここに新潟地検がメスを入れまして徹底的な捜査を開始したために、県民は快哉を叫んでおった。これは自民党の中にも、塚田のやり方に対して不満の人が相当あったはずです。何となれば、二十万円を暴露したのは自民党の金をもらった県会議員自身なんだ。しかるに、これが不起訴処分になってしまった。新聞記者が時の検事正に、一体この塚田の事件をあなたは白と思うのか、黒と思うのか。白だと思うということになれば、検事正は気がとがめる。黒だということになると、なぜ起訴しなかったかと言われるので、検事正は困って、苦渋の面をしながら、灰色だと答えている。これは当時有名な話だ。 そこで法務大臣に聞くのだが、この灰色というのはどういう意味なんだ。あなたの解釈ではどういうことになるか。白でもない、黒でもない、灰色だと、当の責任者である検事正がそう言うのだが、どういう意味だと思うか。
○赤間国務大臣 私は、これが不起訴処分になったのは、白とか黒とか灰とか、そういうようなのはよくわかりませんが、私の考えでは、これは公判を維持するに足るだけの証拠がない、こういう結論に検察当局が達したから不起訴にしたものと私は考えます。
○猪俣委員 不起訴にする以上、そう言うほかしかたがないでしょう。そんなことは子供だましの答弁で、問題にならない。証拠がそろっているのに不起訴にしたことが問題なんです。なぜならば、ここで検察審査会が出るのだが、検察審査会は慎重審議した結果、「被疑者の情状」でこういっているんだ。「被疑者は本件の知事選挙に当選した新潟県知事の職を僅か四か月余で、本件のために政治的、道義的責任を感じたとして辞任したものであるが、」——大体あなたの答弁のように白であるなら、辞任する必要はないんだ。「被疑者は昭和四〇年に施行された参議院選において、公選法違反で起訴猶予になりそれに引き続き本件を惹起したもので、情状は必ずしも良好とは認められない。」起訴相当という線を出した。これは当時の検事正及び次席検事が徹底的にやった。彼らの心境はよくわかる。しかも自民党の新潟県連の幹事長をはじめ、県会議員数名を逮捕、収容したじゃありませんか。自信がなくてできるはずはないのです。検察当局は、いやしくも県会議員あるいは自民党の幹事長で県会議員を兼ねておるような、新潟県下におけるそうそうたる人物を収容するという決意を固めたのについては、十二分なる証拠があり、確信があったに違いない。しかるに、私が知っているだけでも五回、検事正、次席が上京して、高検や最高検と打ち合わせした。そのたびにあそこがどうだ、ここがどうだと言うて戻されて、とどのつまりは不起訴ということに指示されてしまった。間もなく検事正も次席検事もみんな他に転勤しました。だから、新潟県民は実に不明朗なる感じを持っている。この検察審査会は、新潟県民の世論を代表した線を出しておる。全く民主的な意義の深いものだと私は考える。しかるに、いまの検察審査会法のやり方というものが、たとえ起訴相当の線を出しても——起訴相当の線を出すには、十一人のうち八人の賛成がなければならぬことは、検察審査会法の規定するところだから、絶対過半数ですよ。それによってその線を出しておるのにかかわらず、これを不起訴にしてしまう。起訴猶予でもない。少なくとも起訴猶予くらいのことにならなければならぬと思うのです。それができなかった。検事正が灰色と言ったのは起訴猶予の意味でしょうが、それもできなかったのは、その数カ月前に参議院選で彼は起訴猶予になっている。重ねてまた起訴猶予はできないから、不起訴にしてしまった。これは私は人名は言いませんけれども、当時の閣僚の一人で、塚田君が今度参議院選に出ていることに対して、彼を助けるために相当無理をして不起訴にしたのだ。その恩義も忘れてまた参議院選に出るとは何事だといって憤慨した閣僚がある。名前は言いません。その閣僚がある人に話をし、それから私の耳に入った。当時は、いまの議長の石井さんが法務大臣だ。塚田君は石井系だと言われておる。だから、どうも内部における指揮権発動ということで当時の新潟県民はみんな考えておった。それを救ったのは検察審査会なんですが、これも不起訴にしてしまった。そこで私どもはここにははなはだ割り切れないものがある。検察権の発動に対して非常に疑問を感ずるものがある。私がいまこれを問題にいたしますのは、このため新潟県の政界が非常に混濁してしまっておる。検察庁が妙な態度をとったために、塚田君は参議院選挙に出るといって出て、自民党の公認候補がきまっているにもかかわらず、塚田君に恩恵をこうむっているような県の総務会あたりの連中が、県連推薦なんという線を出しておる。これは人の党のことだからどうでもいいようなことだけれども、政界をすっきりさせる意味において、実に不可解なんだ。これは、検察庁が妙な態度をとったためにここにきたんだ。あの当時起訴しておれば、こういう混乱は起こさなかっただろうと思う。 そこで私は、この検察審査会のあり方というものに対して、まず法そのものを改正しておかなければならぬのであるが、検察審査会は裁判所の管轄だと称しますが、検察審査会の側から法の改正について過去においてしばしば当局に陳情があったと聞いているのだが、いまだにそれが実現しない。そこで、検察審査会法のどういう点を改正すべきか、意見があったら聞かしていただきたいと思う。
○佐藤最高裁判所長官代理者 お答えを申し上げます。検察審査会制度につきましての改正で従前から言われておりますおもな問題をまず申し上げますと、先ほど来のお話に直接関連するものといたしまして、これは一番大きい問題かと思いまするが、検察審査会が起訴相当の議決をいたしました場合に、その議決に拘束力を持たせてはどうかということが、この制度の本質につながる一番大きな問題として出てきておるわけでございます。そのほかは、検察審査員の資格及び年齢の引き上げ、現在は年齢二十歳ということで資格を生ずることになっておるわけでございまするが、つまり選挙権と合わせておるわけでございまするが、その年齢を二十五歳くらいに引き上げてはどうかというような問題、あるいは検察審査員の任期が現在は六カ月ということになっておりまするが、その任期を一年くらいにしたらどうか、こういうような問題が出ておるわけでございます。 そこで、このような意見は、全国二百四カ所にございまする検察審査会の事務局、その事務局の事務局長の会同等の際にも従前出る意見でございます。それから先ほどお話のございましたように、検察審査員として六カ月の任期を終えられた方が、この制度のよい点を御認識くださいまして、この制度の普及のために手弁当で広報活動に従事してくださっておられる方がおるのでございまするが、それらの方の組織いたしまする協力会というのがありまして、そのような協力会におきましても、以上申し上げましたような問題が論議されているのでございます。ただ、事務局長の全員がこのような意見を持っているということではないのでございまするが、従前こういう意見が出ておる。これは検察審査会といたしましても、先ほど御指摘のような事件がありまして、検察官に再考を求めたところが、やはり同じ不起訴の結果になったということに対する失望の気持ちということがあることは、率直に言ってそのとおりだろうと思うのでございます。そこで、この起訴相当の議決に対して拘束力を認めたらどうかというような意見が、自然に出てくるわけでございます。そこで、この問題につきましては、従前、私どもといたしましてもっとに検討をしてきておるわけでございます。簡単に申し上げまするが、この制度というものをどう見るかということが、まず根本にある大きな考え方でございます。検察審査会設置の趣旨は「公訴権の実行に関し民意を反映せしめてその適正を図る」かようにありますので、法のねらいといたしますところは、検察官の足らざるところを補う、そこにある。市民的感覚から見ますと、この検察官が不起訴にしたのはどうもおかしい、そういう感覚から検察官に再考を促す、そういう意味において検察権の行使を補充するものである、そのように根本的に理解をするのでございます。したがいまして、検察審査員は、市民的感覚において、その目から事案をながめてみて意見を述べるということでありまして、検察官と同じ平面上にいてそのことを処理するということではないと思われるのでございます。そのような検察官の公訴権の行使というものの適正を期する機能であるというふうに理解いたしますと、これに直ちに拘束力を付与していいかどうかということが問題になる。つまり市民といたしまして自由な気持ちをもって意思を表明するという雰囲気、それが非常に大事なことになると思うのでございますが、拘束力を持つということになりますと、機能的には検察の主体のような立場にも置かれてくるということも考えなければならぬ。そうなりますと、自由な立場で市民の気持ちを反映させるということからいたしまして、やや責任が重過ぎてそのよさが失われてくるのじゃないか、そういうこともあります。現在、私どもは、これは結局まずその議決の再考を促した場合の検察権の運用の問題である、かように考えます。
○猪俣委員 終わります。
○永田委員長 次回は、来たる二十三日午前十時より理事会、理事会散会後委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午前十一時六分散会