文教委員会 第6号
- 発言数
- 156 件
- 登壇者
- 11 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1968/03/28
会議録
○高見委員長 これより会議を開きます。 文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。 この際、参考人出頭要求に関する件についておはかりいたします。 学校安全に関する問題について、本日、日本学校安全会理事長西田剛君を参考人としてその意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○高見委員長 御異議なしと認め、さよう決しました。 ―――――――――――――
○高見委員長 参考人はお忙しいところを御出席いただき、たいへんありがとう存じます。 なお、参考人の御意見は、委員からの質疑に対するお答でお述べいただくようにいたしたいと存じますので、さよう御了承いただきます。 質疑の通告がありますのでこれを許します。斉藤正男君。
○斉藤(正)委員 私は、日本学校安全会の運営につきまして若干の質問をいたしたいと思うのであります。 日本学校安全会法の第十六条によりますと、「安全会に、運営審議会を置く。」「運営審議会は、二十人以内の委員で組織する。」「次に掲げる事項については、理事長において、あらかじめ、運営審議会の意見を聞かなければならない。」というようなことがずっと書いてありますけれども、現状、安全会はこの運営審議会の委員を二十名任命されているのかどうか。そしてまた、審議会は最近一カ年どの程度に招集をされ、どのような審議を続けられてきたか。審議会委員のメンバーまでは必要ありませんけれども、人数と、ここ一年間の審議会の開催状況等について伺いたい。
○西田参考人 お答えいたします。 運営審議会の委員は現在二十名任命をされております。大体学校関係の方、それから設置者関係の方あるいは医療関係の方、それに学識経験者、大体四名ずつぐらいで四分野から選出をお願いいたしておるような次第でございます。 なお、運営審議会は、規定によりまして予算及び決算の審議を主としてお願いすることになっておりますので、これは定例で六月と二月に行なっております。なお、掛け金の値上げその他問題もございますので、ことしの例ですと、三回実施をいたしておるような状況でございます。
○斉藤(正)委員 昨年の四月三日午前四時ごろ千葉県国府台高等学校の先生と生徒二人が浅間山で不幸にして遭難をされました。この先生と生徒の遭難事故に対しましては、いろいろな角度からいろいろな分析がされておることを承知をしておりますけれども、少なくも当日先生付き添いのもとに教材採集なりあるいは実地調査なりという名目で旅行をした。当時の国府台高校一年一組の石井大介君、一年五組の柳沢隆君、この二人の遭難に対しまして、当該高等学校長から学校安全会に対して給付の申請があったと思いますけれども、これは該当しないということで却下されたように聞いておりますが、いかなる理由で日本学校安全会法の適用を受けないと判定をされたのか、その根拠について伺いたい。
○西田参考人 安全会の事故に対する救済措置といたしましては、負傷、疾病、それから廃疾、死亡、この四つの態様の事故に対して給付を行なうことになっておりますが、法のたてまえが学校の管理下で起きた事故を救済するというふうになっておりまして、しからば学校の管理下という範囲はいかようなものかという点につきましては、同施行令にこまかい規定がございまして、これを申し上げますと、一つは学校が編成した教育課程によって行なわれている場合。よりわかりやすく申し上げますと、たとえば各教科、体育とかその他の時間中の事故。それから特活、特別教育活動で、クラブ活動などを行なっている場合も入ります。それから学校行事等で遠足その他を行なっている場合も入りますが、いずれにいたしましても、学校の編成した教育課程に基づいて行なった活動であって事故が起きた場合、これが一つのポイントでございます。 第二は、学校が計画した計画的な活動である場合には、課外指導の場合も救ってよろしいというようなことで、たとえば林間学校とかキャンプとかあるいは夏の水泳とか、こういうものも救われる、こういうふうになっております。 それから三番目には、休憩時間中も同じように扱いましょう。 それから四番目に、学校に通学する途次の事故も同じように管理下として扱いましょう。 こういうふうになっておりまして、なおそのほかに、文部大臣が以上の四項目に準ずるものとして定めるという事項がございますが、これは特殊学校の寄宿舎は対象にいたします。こういうふうにきめられておる現状でございます。 そこで、いま斉藤先生からお尋ねのありました千葉県国府台の高校一年生二人の子供の事故につきまして、先生が同行されておるわけですけれども、これがそれらの項のいずれにも遺憾ながら該当しないというわけでして、一つのポイントは、第一に当たります学校の編成した教育課程、その中で一番ひっかかりがあるとすれば、教育課程として特別教育活動の活動として行なわれたかどらか、こういうことになるわけでございますけれども、これは御案内のように、やはり学校のほうで特活の時間というものをきめまして、大体その時間に行なわれるものが救われます。それには該当いたしかねるというような事情でございます。 なお、第二項の学校の計画した課外指導、これも実はこまごまいたしました範囲を定めておりまして、それに該当するところがございませんので、私どものほうでも事情はお気の毒と思って何とかならぬかという考えがございましたけれども、現行の規定、取り扱いにおきましては、遺憾ながら救済いたしかねるというようなことで、回答といたしましては、該当する事項がないので、残念ですが救済の対象にはなりませんという御回答を申し上げたような次第でございます。
○斉藤(正)委員 実情そのようになっておることを承知いたしておるわけでありますけれども、「災害共済給付の基準について」という冊子によりますと、「教育計画は、必ずしも年間、月間、あるいは週間と予め定められたものとは限らない。必要に応じて学校が計画したものを含む。」こういうことになっております。したがって、学校の管理下における計画のもとに起きた事件でなければ適用はできないということはわかるわけでありますけれども、ここにいう「必要に応じて学校が計画したものを含む。」ということを考えてまいりますと、ここでひっかかるのは、はたして城谷先生と二人の生徒の行動が学校が計画をしたものであるかどうかという点に若干ひっかかりを私も感じます。同時に、城谷先生が校外勤務届けなり出張届けなり正式な書類を出していないことも承知をしておるわけでありますけれども、ここにいう「必ずしも年間、月間、あるいは週間と予め定められたものとは限らない。必要に応じて学校が計画したものを含む。」ということになってまいりますと、当時この浅間旅行につきましては、城谷先生が授業中に、こういう計画があって行くので希望者は参加しないかということで、授業中に同行の生徒を募集したことになっておるわけであります。同時にまた、二人の生徒は学校に対しまして届けを出しておるわけであります。それは生徒が旅行する場合には旅行計画書を出すことになっている規定から、その規定に準じて詳細な旅行計画を立案をし、提出をいたしております。この旅行計画書によりますれば、代表者は柳沢隆君であり、同行の教師は城谷正紀先生であり、なお一年一組の石井大介君も行くということになっております。この旅行計画書は生活指導部長の検印がとられておりますし、山岳部顧問の認め印もとられておるわけでありますが、詳細にこの届けの提出を調査いたしてみますと、当時教頭は修学旅行に同伴をしておって留守であって、生活指導部長にもちろん出したわけでありますが、教務主任は教頭の職務を代行するような立場にあって、正式に受け取り、しかも城谷君、校外旅行届けなりあるいは校外勤務届けを出して行きなさいよということも言っておるわけであります。にもかかわらず、城谷先生が出さなかったという点については問題があると思いますけれども、少なくも柳沢君、石井君は旅行届けを正式に出し、生活指導部長も山岳部顧問もこれを承知をし、認め印を捺印をいたしておるわけでございますので、このことが学校で計画したものということにどういう関連を持ってくるのかということになりますと、きわめて微妙だと思うわけでありますが、一体これだけの手続をとったにもかかわらず、学校が計画する行事でないのか、あるいは学校の管理下になかったと判定をするのが妥当なのか、私は疑問に思うわけでありますけれども、その辺は安全会としてはどのように解釈をされ、却下の判断をされたのか伺いたい。
○西田参考人 ただいま斉藤委員からもたいへん詳細なお話がございましたが、お話しのとおり、当該計画につきましては、旅行の計画書が詳細なものが出ております。二泊三日で軽井沢のユースホステルを根拠地といたしまして、浅間山に二日にわたって植物採集を兼ねた旅行をするという趣旨のものでございます。そしてその計画書につきましては、ただいまお話のありましたように、生活指導部長さん及び山岳部の主任さんがその計画に印を押しております。これは私ども承知しておる範囲では、いろいろな子供の活動が行なわれる場合に、おおよそその計画に無理がないかどうかというような点で生活指導部の先生がそれをチェックされるわけです。その段階は一応経ておるわけです。その計画が無理なくていいでしょうということになれば、その上で正式に、先生は先生としての県外への出張、出かけることの許可を得る手続をとりますし、また子供につきましても、学校側は、県外に旅行に出る場合にはさような許可を求めるような手続になっておりますものですが、遺憾ながら、本件につきましては、保護者の方はその願いも保護者の判を押してお届けしたということになっておるのでございますけれども、学校側にはそれが届いておらないし、また、したがいまして許可もおりておらないというような実情ではなかろうかと存じます。 そこで、いまお話のありましたようなケースの場合、これを教育計画に基づくものかどうかという認定の問題ですけれども、いろいろ千差万様の態様がありまして、私どもといたしましては、一応いま申し上げましたように、計画に無理があるかないかということを生活指導部がチェックするのですが、われわれのけじめといたしましては、一応学校でそのことを正式に、先生は先生として出かけることをお認めし、あるいは生徒が出かけることをお認めするということが行なわれて初めて計画といえるのじゃないか、こういうふうに取り扱っておるのが実情でございます。いささか厳に失するのじゃないかという感触は私どもも持っておりますが、非常に似たようなケースもたくさん出てまいりますので、今後もう少しその辺を分析して、いまのようなケース――いろいろ調べてみますと、先生が教育に対する熱意に基づいて子供を連れていっている。人数は少ないけれども連れていっている。それから残りました遺品その他から見ましても、たいへんいい植物、岩石の採集の学習活動といいますか、研修的な内容を持っておられるというようなことで、いわば私どもの見解としては、やはり私的な研修旅行といいますか、研修旅行といいますか、それに入っているので、非常にいい活動ではあるけれども、いまのものさしにはちょっと当てはまりかねる、こういうように考えているような次第でございます。
○斉藤(正)委員 そうしますと、この二人の生徒は計画書を出し、担当の教師の許可をいただき、一さらに旅行許可願いを出し、城谷先生また出張願いなり、あるいは校外勤務願いなり、あるいは特別勤務願いなりを出していっておりさえすれば該当をする、その手続が一枚欠けておった、その手続の一部が欠けておったるがゆえに該当しないと判断してよろしいか。
○西田参考人 これはやはり学校の方針で、一応その子供の安全とか経費の面とか、いろいろな面を考え合わせて、同行者とかそういうものを考え合わせて、子供が県外に出る活動として認めるにふさわしいかどうかという認定でございまして、ほかに、その子供を県外に具体的に出す出さぬのことは、また当該学校の方針なり、そういうものもあろうかと思いますので、けじめとしては私どもはやはりそこに置くことがよろしいのじゃなかろうか、こう思います。ただいま先生のお話の中にありましたように、私もここでお伺いしたのですけれども、教頭の代理をしていた方が、けっこうなことだから手続をとれよとおっしゃったというような中身もございますので、実質的には私は問題のない性質のものではないかと思いますけれども、ただ単に手続をとらなかったがゆえにアウトなのかということについては、そういう面もございますけれども、それのみで割り切るのも少し無理があるのじゃないか、こういうふうには考えます。
○斉藤(正)委員 たいへん微妙な問題だと思うのです。明らかに、当時教頭が修学旅行についていって留守の間、教務主任に会っておるわけでありますけれども、これは教務主任自体も、届けを出していったほうがいいよ、届けを出しなさいよ、こう言っていることは事実であります。同時に、私が伺いたい点は、城谷先生の場合は別といたしまして、学校安全会法を適用する柳沢、石井両君の場合を考えたときに、旅行計画書は出して指導教員の認め印をもらっている、こういう綿密な計画ならいいだろうということで。そしてもう一つは旅行許可願いの提出の問題があるわけですけれども、この綿密な計画のもとに許可をされ、旅行認可の許可をとっていてこういう不幸な場合になったなら該当するのかどうか、学校安全会法の適用を受けるのかどうか。それだけなのか、ほかにもまだあるような口ぶりでありますけれども、この上ともさらに旅行許可願いが学校に出され、それも学校で認可をされていれば申し分なかったのか、それでもこういう場合は安全会法の適用を受けないのか、その辺は明確だと思うんですがね。
○西田参考人 お話のように、もしたとえば県外に子供が出かけることの許可願いが出て、そしてそれが学校側からオーケーされておったとするならば問題ないと思うがどうか、こういうふうなお尋ねのようでございますけれども、やはりそれぞれのケースによって私ども考えますので、たとえば人数の点とかいろいろな点も考えます。ただ、私どもはあまり狭くは解釈しないように考えておりますけれども、ただいまのようなケースですと、いままでのケースからはそこまではちょっとおりてこないんじゃないかというような微妙な点がございます。たとえばクラブ活動などで申しますと、一応それぞれの学校でもそういうふうに考えておるようですけれども、私どものほうで見ますと、ある先生がクラブ活動としてクラブ活動の行動をした場合でも、たとえば五、六人以上とか、そういうふうな一応のけじめを引いておりまして、たとえば二人ぐらいでどこかクラブ活動だろうけれども植物採集で川に行ってけがしたとか、そういうふうな場合には、学校自体としても、通常そういうふうな小人数に区分けしてのやり方は、安全その他の指導上もあまり望ましい形でございませんので、そういう点も勘案してきめてまいります。したがいまして、ただ手続が―本来ならば手続さえスムーズにいっておれば、たとえば教頭先生も御出張でないし、校長先生もいられて、スムーズにいっておればそれは必ず救えるかという御質問につきましては、他の要素もさような点で若干あるように私は考えております。
○斉藤(正)委員 どうもちょっとわからないんですけれどもね。この基準についてこまかい規定がいろいろありますし、改正もたびたび行なわれておるわけでありますけれども、「施行令第三条第二項第四号「通学するとき」の説明欄中4の(4)の次に次の二号を加える。」ということがありまして、(5)として「通学中そろばん塾、ピアノ教室等へ行った場合」これは学校の帰りにピアノ教室やそろばん塾や習字塾へ寄ったために災害にあったというような場合は、給付の対象になるというように解釈をしてよろしいか。
○西田参考人 お話しのとおりでございまして、この点も、当初はそういうものは認めない方針でございましたけれども、実情にそぐわない点がございますので、そろばん塾の中でのけがはちょっとアウトにいたしますけれども、そろばん塾に寄り、そろばん塾からさらにうちに帰るまでの間の事故は、普通の道を通っておれば救済するという弾力的な規定にいたしておりますのが現状でございます。
○斉藤(正)委員 そうすると、当該生徒が一たんうちへ帰って、ランドセルをうちへ置いて、そろばん塾や音楽塾や習字塾へ行った場合はどうなりますか。
○西田参考人 それはひとしくそろばん塾に通うものでございますけれども、一応帰宅して後の行動でございますから、全く対象とは考えておりません。
○斉藤(正)委員 当然だと思うんですけれども、しかし、通学途上そろばん塾なりピアノ教室等へ行った場合は適用されて、授業中に採集計画を披露し、ぼくも行くから行く者はないかといって募集をして、担任の先生はなるほど届けば出してなかったけれども、生徒は計画書を出し、責任者の承認印までもらっていて不幸にあったのに全く該当しないという判断はどうも納得できないのです。この生徒は、なるほどクラスも違っています、クラスが違っているということは、この城谷先生が一組へ行っても言った、五組へ行っても言ったということになると思うのですよ。これは授業中のことなんです。そうしてみますと、学校の管理下という範疇、さらに教育計画という範疇といったようなものから完全にはみ出ているものかどうかという点になりますと、先ほども触れましたけれども、学校の通学途上にそろばん塾やピアノ教室へ寄って帰った場合には適用されるが、一体そろばん塾へ生徒が行くこと、これは学校の意思じゃないわけです。本人並びに主として家庭の意思で行くと思うのですけれども、これが学校の管理下あるいは教育計画の中へ入るのですか。生徒、児童がそろばん塾へ行ったり、あるいはピアノの塾へ行くのが、これは学校の管理下か、あるいは教育計画に入るのですか、この点どうなんですか。
○西田参考人 ただいまの通学の途中の事故の取り扱いにつきましては、別個の観点から救済するのが実情に合うのではないかという観点に立っているので、これは学校の計画とか、教育活動とか、そういう観点でとらえているものではございません。その点が一つでございます。 なお、ただいまお話がありましたように、城谷教諭がおそらく一つのクラスでなしに、ほかのクラスに行っても、まあ、こういうことなんだけれども、だれか行かぬかというお話をしたように思えるけれども、その辺は授業中に先生が話しておるのだし、まさに正式のものと考えていいのでないか、教育計画の一つと考えていいのじゃないかというお話でございますけれども、私どものいろいろなケースを取り扱っておる者の立場から見ますると、およそ先生が子供を連れて、しかも各教室でもしそういうふうなお話をされるとするならば、さような計画については週間の計画にのっとるとか、あるいは月間の計画にタイトルがちゃんと載っておるとかというようなことは別といたしましても、やはり職員会議なりなんかに話が出て、そうして、まあ、そういうことはいいことだからやったらどうかというようなことが前提に立って、そういうふうな活動が行なわれるのが通常でございますし、私どもとしましては、やはりせめてそのくらいの学校側との連絡はあってほしい。単に校長の判があるとかないとかという問題とは別に、そういうふうな考え方をいたしております。 そういうふうなものの見方から考えますと、いまのケースの場合、お話のように城谷先生は子供に呼びかけた、教室で呼びかけた、授業中に呼びかけた、かりにそういたしましたとしても、もしそういうふうな計画があるならば、そして子供に呼びかけるならば、まあそれは急にきょうきめてあしたやることでもないのでしょうから、やはり教員会議なりなんかに少なくとも御相談して、もしおやりになるような手だてをとっておられれば、もっと大ぜいの参加者もおられたでありましょうし、というような気もいたす次第でございます。これはさように私は考えておりますけれども、実際は、いろいろとお聞きしますと、城谷先生というのは非常に御熱心な方で、ほとんど休みの日には自分自身、あるいは子供を連れたりして地質調査等においでになっているわけでして、そのつど一々手続をとったりするというのも少し煩な点もあろうか、あるいは酷な点もあろうかと思いますけれども、大ぜいの子供の災害について一応けじめをつけていく、教育計画としての範疇に一応取り上げていくということになりますと、少し残念ながらなじまないというふうに私どもは考えておる次第でございます。
○斉藤(正)委員 当該学校長から出された災害報告書は、最も必要と思われる「災害発生の場合」という欄の1、2、3、4、5、6とありますけれども、このいずれの項もマルで囲んでいない。付せんがつけられてあって、御高配を願いたいという程度のことであって、校長も判断に苦しんで、「1教育課程に基づく授業を受けているとき」「2学校の教育計画に基づいて行なわれる課外指導を受けているとき」、3、4、5、6、それぞれあるわけでありますけれども、いずれも該当しないと見たらしい。したがって、ぴったり紙を張って御高配を願いたいというような申請であったように聞いておりますけれども、その申請書を校長が出すまでの国府台高校の職員会議なりPTAの会合なり、その他関連を持った団体の討論の内容なり、安全会は承知をしておりますか。
○西田参考人 お話のように、給付の申請にあたりましては災害報告書をつけて出していただくことになります。その場合には、ただいまお話しのようにどの事項に該当するということをマルで囲むのでございますけれども、いまの事例の場合、それらに該当しかねるということで、当該学校長はマルをつけずに付せんをつけてまいっております。もとより校長先生は、自分の部下のこと、あるいは預かっている子供たちのことですから非常に御心配なさいまして、それらのことにつきましては、県に私どもの支部がございますが、支部のほうにいろいろ御相談もしたようでございます。 それから、この手続の点でございますけれども、一応申請書が出ますと、支部に審査会というのがございまして、ここにはお医者さん方、あるいは学校の先生方、関係者がおいでになっておるわけですけれども、そこで審議されるわけでございますが、それらの席でいろいろといま先生のお尋ねのようなことも御披露されての上で、いろいろ審議が行なわれておるように聞いております。直接には私どもは詳細には聞いておりません。ただ、私どものところに参っております資料によりますれば、遺憾ながら安全会の規定が現行規定ではきびし過ぎるのか、該当事項は遺憾ながらない。しかし、実情を考えると、内容のいい研修の旅行なので、一応私的な旅行と考えなければならぬかもしれぬけれども、何とか子供だけでも救ってもらえぬかという校長先生の強い御希望も出ておりますし、また、支部の審査会での意見の中にも、安全会でいっておるこまごました規定での基準には遺憾ながら当てはまらぬだろう、しかし、何とか救う方法があったら救ってもらえぬか、こういうふうな強い希望が付せられて私のほうに参っておるわけでありますけれども、遺憾ながら、一応ものさしで仕事をしております私どもとしては、これを救済いたしかねておるような実情でございます。
○斉藤(正)委員 そうしますと、生徒が二人であったということも適用されない条件の一つになるのかどうか。たとえばこれが十人、二十人、三十人というような団体であって、その全員が遭難をされた、あるいはそのうちの大部分が遭難されたというような場合であっても、こういう手続上のものは該当しないというように判断をされるのか。わずかに二人であったからだめだとおっしゃるのか、その辺の見解はどうですか。
○西田参考人 いろいろな要件が重なって総合的に私ども判断いたすわけでございまして、私の説明が十分でないかもしれませんけれども、いろいろな要素を考え合わせますと、やはり学校の計画に基づいた活動とはちょっといえないのではないか。およそ計画に基づいて、教員会議その他でこういうことをやろうということで、かりに参加者が少なくても、それがそういう軌道に乗っておって行なわれるならば、人数にそうこだわる性格のものではないというふうに私どもは考えております。ですから、いろいろな行動が行なわれますけれども、たとえば学校行事のように――先般も長野で深志高校ですか大ぜいの遭難がありましたけれども、これなんかは学校の計画はきっちりしているわけですから問題は全然ないので、私どものほうから連絡をしまして学校葬に間に合うようにきちっと処理してまいっておるわけですけれども、いまの国府台のようなケースは、いかにもちょっと拾いにくいケースで、遺憾ながら救えなかった次第であります。ですから私の申し上げたいことは、必ずしも何人以上になったらそれじゃ、学校の計画的な範疇に入るのだというふうには一がいにはいえないと思いますけれども、まあ学校が計画して取り上げるような場合には通常相当の人数が参加されるのが常識であろう、こういうふうに私どもは理解をしているわけでございます。
○斉藤(正)委員 そうしますと、引率の城谷先生の正式な出張願いなり校外勤務願いが出ていなかったというところが決定的な一つの条件、もう一つは、旅行計画書は出ているけれども旅行願いが出てなかったことが一つの条件、もう一つは、さらに言うならば職員会議その他でこういう行事をやりますということがなされていなかった、これが一つの条件、その辺の三つの理由でこれは該当しないというように判断をしてよろしいか。
○西田参考人 その三つの理由というふうに割り切るのに私は無理だと思っているわけです。たとえば校長さんが、この一緒に同行された城谷先生が県外に出られることについての手続をとり、許可をしておったかどうかというようなことは、先生の服務の関係でして、子供の事故を給付対象とするかどうかという点では、あまり関連して見ておらないわけでございます。ただ、中身の実態そのものが、城谷先生が授業中に子供に呼びかけて、どうだ一緒に行かぬかというお話をされたとしても、これはもう少し職員会議なり何かで相談するなり、何かそういうふうな手だてのもとに行なわれておるのならば、もっと大ぜいの参加者もあったであろうし、そういう点について、いかにも学校の計画的な教育活動としての取り上げ方にしては無理ではないか、こういうふうに考えているのがポイントでございます。
○斉藤(正)委員 ですから、適用するにはやはり適用の条文がありものさしがあるわけですね。そのものさじに合わせてみて、ものさしに合っていない、だから不適用だ、こういうわけです。そのものさしに合っていないという部分はどこかということを聞いているわけなんで、城谷先生が校外勤務なりあるいは県外旅行の届け出を出していなかったということも一つあると思うのです。それから旅行計画書は出してその承認は得ているけれども、今度は校外の旅行届けなり、生徒としての県外旅行届けなりが出ていない、これも一つの条件だと思うのです。それからもう一つは、職員会議等においてやはり議題になっていない、こういうことも一つの条件だと思うのですけれども、先ほど申し上げましたようなこと以外に、適用できないというのは、ぼくはちょっとわからないのですけれども、どういうことですか。
○西田参考人 要するに、学校の計画的なものとしては、たとえば職員会議にかかっておらぬとかなんとかいろいろな要素があるわけでして、通常の場合、われわれはやはりこれは例外的に救うことにしているわけです。けじめがなかなかむずかしいところですから、それは必要に応じて、たとえば年間の計画とか、月間の計画みたいにして、いつ何人がどういうふうにするという、教員室に張られておる学校の正式のスケジュールに載っておらないからアウトだというような言い方を私どもはしないので、原則的にはそういうふうな考え方を持っておりますけれども、しかし、この教員室に張られておる月間計画なら月間計画、週間計画なら週間計画というものにかりに載っておらないようなものであっても、実態がそれに近いような内容のものであれば、なるべく救いたいという程度のラインでございます。そういうラインから見ますと、まさに先生が御熱心なんで、お呼びかけになって、生徒さんがついて行かれた。保護者の立場からすれば、確かに先生からのお話もあって、それから学校まで届いたかどうかわかりませんけれども、一応保護者としては先生について行っていただくという前提のもとに出しておられるので、手続はとっておられるわけですから、非常にお気の毒には存じますけれども、人数の点あるいは手続の点、総合的に考えまして、やはり学校における計画的な活動としてはちょっとなじまないのじゃないかというふうに考えております。したがいまして、たとえば先生の県外に出られる許可を得ておったかどうかというようなことは、一つの要素ではございますけれども、並列に並ぶような要素とは私どもは考えておりません。
○斉藤(正)委員 時間がありませんので、もう少し伺いたい点があるのですが、本会議終了後なお続けてやらせていただけませんか。
○高見委員長 ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○高見委員長 速記を始めて。 本会議散会後再開することとし、暫時休憩いたします。 午後一時五十三分休憩 ――――――――――――― 午後二時四十分開議
○高見委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 文教行政の基本施策に関する件について質疑を続行いたします。斉藤正男君。
○斉藤(正)委員 簡単に最後に締めくくりをしたいと思います。 当事件が発生をいたしました直後に、学校でもいろいろな対策をとったわけでありますけれども、まずその第一といたしまして、捜索活動展開中の四月五日、校長不在のため教頭が主宰し、部課長会議及び職員会議において、教頭より、公務扱いとしたい旨発言があり、翌六日、遺体発見に伴って帰校した校長よりも、臨時職員会議の席上重ねて同様な発言がなされ、全職員は、当然校長から県教委に対し必要な手続、報告がなされるものと理解した。こういうようなことが経過措置としてはあるわけであります。これはもちろん城谷先生のことを主としてさしているものでありますけれども、城谷先生が公務の災害であるということを、教頭の主宰した職員会議でもほぼ話し合いがなされたというような事実もありますし、また「災害共済給付の基準について」の第二号によりましても、先ほども申し上げましたが、「学校の教育計画に基づいて行なわれる課外指導を受けているとき」というところの説明に、「「課外指導を受けているとき」については「授業を受けているとき」と同様に考える。」こういうように書いてあるわけでございまして、なるほど手続上の不備はありますけれども、私は、この遭難された二人の生徒の学校安全会法給付の適用をしてあげることは当然であろうというように思うわけであります。なるほど答弁を伺いますと、非常に不明な点もあるし、困難な点も多々あると思うわけでありますけれども、このお二人を該当にすることによって、全学童、生徒に与える影響というのは、これはいいことはありましても悪い影響はない。申しわけない言い方でありますけれども、たかが十万円の死亡給付であります。このことによって、また学校安全会の内容がどうこうというわけでもないだろう、こういうように思うわけでありますけれども、いろいろな悪条件が重なって給付の対象にしなかったという言い方も理解できないではありません。しかし、学校往復途上の子供がそろばん塾に寄っていった場合あるいは音楽の塾に寄っていった場合、これもみなされるというようなこともあることを考えますと、やはりそれは通学途上に発生した事案だということで、明瞭な判定が下されるといえばそれまででありますけれども、初めは学校も当然なくなられた城谷先生は公務だというように解釈をされていた点から考えましても、両君に対する学校安全会法の適用は当然ではないかというように思うわけであります。したがって、再検討の余地は全然ないとおっしゃるのか、あるいは関係支部がさらに詳細な調査を行ない、上申してくることによってもう一度日本学校安全会としても検討をする余地があるのか。全然ないということになりますと、今後も、これは父兄の立場に立ってみますれば、先生が連れていってくださるのだから間違いないだろう、先生の引率下になるのだからおまかせして間違いないだろうということは、子供を学校に預けた父兄の立場からすれば当然だと思うわけです。こういう点から考え、なくなられた両君の冥福を祈る意味でも、また学校と父兄あるいは教師と父兄といったような立場を大所高所から考える意味からも、私は再検討に値する事案だというように考えておるわけでありますけれども、もう一度見解を伺っておきたい。
○西田参考人 けさほども申し上げましたように、一応安全会のものさしといたしましては、先ほど斉藤先生からお話のありましたように、二号の取り扱いについても詳細な通達が出ておるわけでして、その趣旨は、一応学校の授業における時間を主体にしておるのだけれども、課外指導についてもこれを救済の対象にしようと、たとえば林間学校とか、夏の水泳講習会とか、キャンプとか、そういうものを例示いたしまして、そういうものは少なくとも拾ってやろうじゃないか、これは教育課程には入らない活動なんだけれども救ってやろうという趣旨で、この項が起きたわけでございます。言いかえますと、ここで課外指導の分野を救おうという趣旨は、課外活動で典型的なものは少なくともこれを救ってやりたいという趣旨でこの項ができております。したがいまして、その例示といたしましては、たとえば夏季休暇中の水泳指導とかキャンプ、あるいはハイキング、あるいは林間学校、臨海学校、あるいは子供の日などの写生の大会とか、あるいは健康診断とか、あるいはマラソンの大会とか、こういうふうな課外指導ではあるけれども学校の子供が多数参加するようなこと、そしてそれだけに教育の利用性もあるようなこと、これはぜひ救ってやろうという範囲にとどまっておるわけでして、その多少弾力性のある取り扱いとして、たとえそれが学校の印刷される計画表、一週間に何をしますというようなことが書かれるものに載っておらなくても、たとえば敬老会があるから出てくれぬかといった場合に、校長から、学校側が一応これに参加させるというような場合には、日曜日に参加さしてもこれを対象にするというような範囲でものを考えておるわけでございます。したがいまして、そういうふうないわばやや固った範囲のものに制限しておる。この制限のしかたがいいか悪いかは一つの問題点だと私は思います。もともと安全会法の趣旨は、できるだけ多くの児童の災害を救済しよう、なお学校の教育の円滑な実施に資するようにというような趣旨から見れば、いま問題になっておるようなケースも救えるような方向に今後は持っていくべき性質のものではなかろうか、こういうふうに私は考えますけれども、現在の取り扱いとしては、先ほど来お話のあります、学校が教育計画として取り上げておるものに限るというその範囲は、どちらかといえば典型的なものを主体に拾って、そして臨時的に、先ほど申し上げましたようなものでも多くの子供が参加するような場合を救うというような一応のものさしになっておるわけでして、そういった観点から見ますと、遺憾ながら現行規定ではちょっと救いがたい事情にあるということでございます。ひとつ御了承願いたいと思います。
○斉藤(正)委員 その多くというのに私はやはり引っかかるのですがね。先ほども、二人であったからだめだったのか、これが十人、二十人で、大部分が遭難をされた、あるいはそのうちの半数なり三分の一が遭難をされたという場合なら適用をされるのかと聞きましたところが、いや、それもだめのような、いいような、どうもわけのわからない答弁であったわけですけれども、ここにも書いてありますように、ずっと項をあげて、最後に「等」という字がある。だからこれだけに限ったものではない。解釈の拡大解釈はできる。しかもこの拡大解釈の場合は、よく解釈する分は教育的であり良心的であると私は思う。何ら安全会設置の趣旨には反しないものだというふうに思うわけです。なるほど、ここに具体的にずっと書いてありますけれども、これだけだぞといっているわけではない。「等」という字がぽつんと一つあるわけです。したがって、この例はその「等」ということの該当にならないという根拠が歴然とあるならばとにかく、私はやはり「等」という文字の中にこの問題は入ってしかるべきだ、こういうように思っておるわけですけれども、どうでありましょうか。
○西田参考人 お話のとおりでございますが、一応例示を十ばかりあげておるわけでして、「等」という救い道があるわけですけれども、その「等」は、やはり典型的な形に近い態様のものを私どもは考えておるというのが実情でございます。ここにあがっているような事例は、すべて年間計画もしくは少なくとも月間計画にはぴしっと乗るような性質のものでございます。それで中途に、たとえば先ほども申し上げましたように、敬老会がある、地域の行事がある、それで学校に、出てくれぬかというようなお話があった場合には、かりにその月間の計画に載っておらなかったとしても、そういうものは救います、こういうふうな程度に現在の取り扱いがなっておるわけでして、これが十分だとは私どもは思っておりません。ですから、掛け金とのにらみ合わせを考慮して、将来の問題としては、私どもはできるだけ拡張解釈をするように文部省のほうにもお願いしてまいりたいと思いますけれども、現在のこの規定の趣旨から、私どもが文部省さんのほうとも相談しまして取り扱っておる現在の取り扱いとしては、遺憾ながらその範囲にとどまっておるという実情でございます。
○斉藤(正)委員 きわめて残念ですけれども、この学校安全会法施行令によりますと、第二条第二項「法第十八条第一項第二号に掲げる災害共済給付」云々ということで、「支給開始後二年を経過した時以後は、行なわないものとする。」という規定がありますけれども、これはやや私の質問の内容とは違ってくる問題でありますけれども、事件が発生して何年経過したら申請する権利は消滅するのですか。
○西田参考人 法律の三十八条で時効は二年ということになっております。
○斉藤(正)委員 他の共済給付関係の年限というのはほとんど三年でございます。また給付の年限もそういうように規定をされておるというように記憶をいたしておりますけれども、そうしますと、もうすでに一年過ぎようとしておるわけでございます。しかし、親の気持ちは今日なお釈然としないものがある。学校でもやはり同じような気持ちが残っていて、釈然としていないということも聞いているわけであります。同時に、この国府台高校の職員の勤務につきまして、きわめて多様な勤務の解釈がなされておりまして、たとえば出張命令による出張旅費の支給につきましても、校費で行なうもの、PTA会費で行なうもの、あるいはクラブの会費で行なわれるもの、さらに出張施費を受けずに自費で出かけるけれども校長はそれを出張だと称しているというようなもの、いろいろあるわけでございます。 したがって、もう一度伺いますけれども、城谷先生が出張願いを正式に出し、職員会議でもこの採集調査旅行を承認し、そして計画書はもちろん承認されていますから、生徒の県外旅行届けも承認をされるという場合に、遭難された場合には本法が適用になりましたかどうか。
○西田参考人 先ほど来申し上げておりますように、その実態から見て教育計画に基づく活動という実態にはやや乏しいのじゃないか、いままで取り扱っておる例から判断いたしましてこのように考えております。したがいまして、いまの先生の出張命令の手続、子供の県外に出かけることの手続がとられておったとしても、私どものほうとしては、これを学校としての教育計画として取り上げるのは無理な実態じゃなかろうか、こういうふうに考えますが、一応その辺のけじめにつきましては、校長が学校の教育計画と認めるかどうか、これがまず一つの問題になります。それにはそれなりに県の指導方針もあり、それぞれの地域の実情にあった判定を私どもはいたすわけでございますけれども、一応いままでの事例から見ますと、やはり教育計画に基づく活動とはちょっととりかねる実態である、こういうふうに考えております。
○斉藤(正)委員 お年も古いせいか、頭もかたいように思うのですが、この二号の解釈を見ると「教育計画は、必ずしも年間、月間、あるいは週間と予め定められたものとは限らない。必要に応じて学校が計画したものを含む。」と書いてあって、三番目に「「課外指導を受けているとき」については「授業を受けているとき」と同様に考える。」四番目に「負傷・疾病の療養のため登校後、教師の許可を受けて病院、医院等へ行った場合は、課外指導と考える。」というようなことまできちんと書いてあるのです。教師が授業中に説明をし、希望者を募って引率して出かけていって遭難をしたというのが、なぜ一体教育計画のもとになかったのか、あるいは学校が計画をしたものと見ないのかということになりますと、どうも私は理解できない。あまりにもかたくなに考え過ぎていると思うのですが、もう少し弾力的な解釈はできないのですか。これは学校安全会法なんですからね。
○西田参考人 御趣旨には全く賛成なんでございますが、現在の取り扱いはそうなっておるので、できるだけ早い機会にこういう点を検討する方向でまいりたい。いままでこの種の取り扱いにつきましては、たんねんに府県の支部及び学校までおりておるわけでして、確かにいまの判定の基準が辛過ぎて安全会法の趣旨からいえばいささか狭きに失する、こういうふうには私ども考えますけれども、現在の取り扱いは遺憾ながらそうなっておるので、私どもも御趣旨には賛成ですから、前向きで検討していきたいと思いますが、もとよりこういう問題は、支部の主任及び部長がみな集まりまして、全国会議なんかやりましたときに、どの辺までやるかということがこまかい議論になるわけでして、そういう議論の経過を経まして現在落ちついているラインがこれでございます。したがいまして、私どもは政令の解釈として、こういうふうなものさしで処理さしていただいておる、こういう事情であります。
○斉藤(正)委員 体育局長にちょっと伺いたいのですけれども、先ほどから陪席いただいて、私と学校安全会とのやりとりについてはお聞きのとおりであります。なるほど無制限に拡大をし、解釈をし、適用を進めていくということについては問題があることは私もわけるわけでありますけれども、「等」というようなことばはきわめて不明確であります。しかし、先ほどから二、三の具体的な事例を申し上げましたけれども、やはり国府台高校の生徒の遭難のようなものは「等」の中へ入れても何ら差しつかえない問題だ、事務局もまた御趣旨には賛成だ、しかしいままでの例がないというようなことで拒まれておられますけれども、これが指導監督の立場にある体育局の考え方は一体どうなのか、ひとつ御所見を承りたい。
○赤石政府委員 西田安全会理事長が申されているのは、現在の安全会法の法規の忠実な執行者、特殊法人の責任者として、政令、省令また解釈通達、あるいは数年来の前例等に徴しまして、御趣旨はよくわかるけれども、残念ながらこれは入りにくいということを申し上げていることだと考えます。 ただ、今度私ども文部省の立場になりますと、いろいろ伺ってまいりますと、西田理事長の申されたのはそのとおりでございますが、確かに父兄の気持ち、周囲の客観情勢その他からいたしまして何ら問題はないのであろうか、やはり将来にわたってこの点は検討に値する事項ではなかろうか、こういうような感じがいたします。ただ、その検討に値する事項とはどう解釈すべきか、政令、省令を改正してやるか、あるいは現行法上の解釈上直ちに拡張してやれるかといったようないろいろな関連する問題があるように感ぜられます。はなはだ急でございますし、まだそこまで私としても急に――どうすべきものであるかにつきまして、いろいろ部内におきましても、また大臣の御指導を得なければなりませんが、今日若干の時日をお与えいただきまして検討さしていただく必要があろう、こういうふうに考えております。
○斉藤(正)委員 一年をまさに経過しようとしておりますけれども、なお一年の猶予期間があるわけであります。したがって、ぜひ前向きの姿勢で文部省としてもお考えいただき、学校安全会としても、余地は全くないという踏み切り方でなくて、ひとつ再度慎重な御検討をいただきたい。自民党の皆さん方もうしろでぶつぶつ言っておられますけれども、いずれもおまえの言うことはもっともだというような激励のようでございます。どうかひとつ御理解をいただいて前向きで御検討をいただきますようにお願いをいたすわけであります。 学校安全会については以上で終わります。
○高見委員長 この際、西田参考人に対する御質疑、ほかにはございませんか。 参考人には長時間御出席いただきましてまことにありがとう存じました。厚くお礼を申し上げます。 斉藤君、どうぞ進めてください。
○斉藤(正)委員 次に、文部省関係の各種審議会の実情とあり方について、主として大臣に伺っていきたいと思うわけでありますけれども、たくさんの審議会がございます。たまたま三月二十六日木村行政管理庁長官は、審議会があまりにも多過ぎる、半数くらいに減らしたいというような発言をされたことは、大臣もよく御承知だと思うわけでありますが、この審議会なるものの制度は、解釈のしようによりますと、一つの行政の責任を審議会に分担をしてもらうといういわば隠れみの的な性格を持っているということは、多くの識者の定説であります。私どももまた、審議会の必要性もある面では認めますけれども、今日のように審議会が乱立をしていることにつきましては、行政責任をだれがどうとるのかという観点からいたしますれば、やはり隠れみの的な存在になってきていることもいなめない事実だというように考えるわけであります。特に、国の文教行政を確立をし推進するにあたって多くの審議会がございますけれども、木村行管長官の発言を機会に、大臣は一体文部省関係の審議会の実態をどのようにお考えになっておられるのか、そしてまた、木村長官は半数くらいに減らしてもいいと言われておりますけれども、その発言に対してどういうお考えを持っておられるのか、総括的に伺っておきたい。
○灘尾国務大臣 私は、文部省にはずいぶん審議会、調査会の数が多いように思っております。また、文部省関係の審議会、調査会は、私の見るところではかなり勉強していただいておる審議会のように思うのでございます。隠れみのというおことばございましたが、いろいろな審議会について批判をいたす立場から考えますと、そう言いたくなるようなものも全然ないとはいえないと思いますけれども、文部省の関係する審議会については、そういうふうな責任を他に転嫁するとか分担してもらうとかいうような意味よりも、むしろ事柄の性質が、文部省の事務当局だけでは処理しにくいきわめて専門的な知識、経験を有する人たちによって公正に検討してもらわなければならないそういう性質の仕事が多いと私は思います。したがって、必ずしも責任を分担してもらうというふうなことでなくて、行政の性格からいたしましても、必要の上から申しましても、やはり各審議会を置いて大いに御検討願わなければならぬというふうに考えますので、一がいにこれを責任の分担だとか無用の長物だとかいうふうには考えておりません。 木村行管長官の、現在の審議会を半分ぐらいに減らしたらどうかというお話は、一般論としましては、私はその趣旨に反対する理由もないと思います。無用なものはやめたらよろしい。また、いたずらに責任を他に転嫁してそれでよかろうというふうなものでもないと思います。しかし、やはりそれぞれの審議会について、はたしてそれを設置した目的に沿うだけの活動をしておるかどうか、またそれだけの力があるかどうかということについて十分検討の上で、廃止すべきものは廃止する、存続するものは存続する、こういう考え方でないと、実際行政に忠実だとはいえないと思う。したがって、やはりそれぞれの審議会について十分検討を加えた上で、無用なものはやめていこうという考え方のもとに行管長官の提案に対して対処していきたい、かように考えておる次第でございます。私も実は役所へ参りますと、何かの審議会なり調査会のあれがかかってない日はほとんどないと申し上げてもよろしいほど働いていただいていると思うのでありますが、それが真にわれわれが期待するようなことになっているのかどうかというふうな問題につきましては、率直に申し上げますと、なかなか実態をきわめるというところまでいかないうちにやめてしまうというふうなこともありますので、必ずしも私のお答えが適正であるかどうかについても私も自信はございませんけれども、しかし、行政の性質から申しますと、やはり有能な審議会の協力を求めるということが一番よろしいのじゃないか、このようにも思っておりますので、行管長官の御提案についてもそういう趣旨で検討してみたいと思っております。
○斉藤(正)委員 過日の本院の予算委員会で、米価審議会委員の任命をめぐりわが党の角屋委員から質問があったわけでありますけれども、このときの質問の内容は、実は昭和三十八年九月二十日の閣議了解事項を持ち出しての質問であったわけであります。大臣も御承知かと思いますけれども、この三十八年九月二十日の閣議了解事項というのは、第一に清新な人材を起用をする。第二に兼職の数は四つとする。五つも六つも政府審議会委員を兼ねるようなことは遠慮してもらおう、四つが限度だ。三番目に長期留任はこれを排除する。たとえば三年制の任期のものは三期九年まで、四年ないし五年の任期のものは二期すなわち八年ないし十年でやめてもらうんだ、いつまでも一つの審議会に委員として出席をすることは水がよどむ、こういう意味であります。さらに四番目として、省庁出身者は原則として任命しない、特に退官間もない者、省庁の顧問等は絶対に避ける。こういう四項目が閣議の了解事項であります。これは予算委員会における角屋委員の質問で明らかにされたことであるし、当時の閣議了解事項はまさにこのとおりであると思うわけであります。 そこで文部省に数多くの審議会がありますけれども、この三十八年九月二十日の閣議了解事項を基礎に考えてまいりますと、一番多く審議会の委員をやっておられる方は九つ担任をされている方が入っておられます。日本商工会議所会頭足立正氏は保健体育審議会の委員でありますけれども、そのほか八つをやっておるわけであります。また、八つやっている人が元東京大学教授の石井照久氏でありまして、日本ユネスコ国内委員会の委員をはじめ、七つの政府審議会委員をやっておるわけであります。そのほか、七つやっている方が二人ありますし、六つやっている方が三人、五つやっている方が四人というように、文部省がお願いをしている各種審議会委員のうちで、閣議了解事項、四つまでの兼職という範囲をはるかにオーバーしておる方が十数人あるわけであります。なるほど個々のメンバーとしてはそれぞれりっぱな方であろうというように思うわけでありますけれども、閣議了解事項からいきますれば、幾ら才能のある人でも、本職を別に持っていて、なお九つの委員に就任をされるというようなことは異常なことであろうというように思うわけでありますけれども、この閣議了解事項と、文部省がお願いしている各種審議会委員の多数の兼職につき大臣は一体どのようにお考えでありましょうか。
○灘尾国務大臣 御指摘のとおりに昭和三十八年の九月、閣議了解事項がございまして、それによりまして各種審議会の委員の兼職関係についての制限があるわけでございます。これが出まして以来、まあ政府全体として見ますと、三十八年の当時に比べますとよほどこの事態は改善せられておるということは申し上げることができようかと思いますけれども、しかし一〇〇%それじゃそのとおりいっているかと申しますと、そのとおりにいっていないことも事実でございます。これは審議会の性格とか目的というふうなところから、やむを得ない事情等によりまして、そのようなものが例外として残っておると思うのであります。文部省としましても、この閣議了解の方針にのっとりまして、委員の任命にあたりましては兼職の多い人はなるべく避けるようにやってきておると思うのでございますけれども、いろいろな事情からどうしてもその人をお願いせざるを得ないというような場合もございまして、今日なお四つという原則から申しますとまだその範囲を越えておる事例が残っておるということは認めざるを得ないわけでございます。これはやむを得ない事情によってそうなっておるわけであります。例外的措置としてそうなったというふうに御了解をいただきたいと思いますけれども、できるだけこの閣議了解の線に沿って今後ともに善処してまいりたいと思います。
○斉藤(正)委員 閣議了解事項以後改善の余地はあった、改善はされた、こういうのでありますけれども、いま私が申し上げました五つ以上兼任をされている方がなお十六人あるわけなんです。一番多いのは九つ兼任をされておるわけでございまして、これは閣議了解事項なり閣議決定事項の権威に関しましても、特に文部省という省の性格からいきましても、事教育の基本政策を審議をしていただく審議会だということになりますれば、やはりこの道のべテランであり、有能な方であれば、こういうことになると思いますけれども、それにしても十六人も五つ以上を兼職されているし、九つも兼職されているというこの事態は私はやはり納得できない。ぜひひとつ早急に御検討をいただいて、次期の任命の際は絶対に排除していただきたいと思うわけであります。 そこで中央教育審議会の問題について触れてみたいと思うのでありますけれども、この中央教育審議会のメンバー二十人であります。定員は二十人でありますけれども、現在十九人だということを聞いておるわけでありますが、その出席状況を実は見たわけでありますけれども、総会が三回行なわれておりますけれども、三回とも一ぺんも出ていない人が二人ある。これは一体だれだということを聞きたいわけであります。そこまでの準備はないかもわかりませんけれども、なかったらあとの質問を続けておりますから、その間に調べてもらいたい。少なくも中央教育審議会の総会を三回やったのに三回とも欠席をしている。これは中教審の職責が重大であればあるだけに責任を果たしていない。また考えようによってはそんな者をなぜ文部省が任命したのか、なぜそんな人にお願いしたのかということにもなると思うのでありますけれども、これは一体どういうことなのか、だれが一体三回とも欠席したのか、この席で明らかにしていただきたい。 なお教育課程審議会があります。この教育課程審議会委員は総数六十名でありますけれども、現在員は四十六名になっております。この教育課程審議会の総会もやはり四回行なわれておりますけれども、一回も出席していない人が五人あります。一回も出席していない、オール欠席というのが五人ある。これはだれだ、これをひとつ氏名を明らかにしてもらいたい。 特にこの教育課程審議会のうちで初等分科会、これは十一回行なわれておりますが、一回も出席していないのが三人あるわけであります。十一回の初等分科会で一回も出席していないなんというのは、これはおかしいですよ。これも氏名を本席上明らかにしてほしい。 中等分科会も前後十四回開かれておりますけれども、一回も出席していない人が一人あります。これはもう病気か何かで出席できない人ではないかと良心的に考えるわけですけれども、そうでなくて出席しないとなると、またこれおかしいと思うわけであります。 大学設置審議会の大学基準分科会というのがありますけれども、これも大学基準分科会二回行なわれておりますが、一回も出席していない人が三名ある。一体大学基準を、新設しようと思って申請をしたりする、これは申請者側なり要望者側なりというのは非常に重要な問題です。それにせっかく任命されているのに、やはり一回も出席していないのが三人もあるということなどは、私は、木村行管長官の、審議会が多過ぎるのだ、半減してもいいのだというようなことにも連なると思うのでありますけれども、一体いま申し上げました中教審の総会に三回とも欠席をした二人はだれとだれだ、それから教育課程審議会の総会に四回とも欠席した五人はだれとだれだ、同じく初等分科会に十一回欠席した三人はだれだ、中等分科会が十四回、一回も出なかった御仁はだれか、ひとつ明確に答えてほしい。
○灘尾国務大臣 だれとだれかというお尋ねでございますが、ただいま手元に私資料を持っておりませんので、人の名前を申し上げるわけにはまいりませんが、これは調べればすぐわかることでございます。いま御指摘になりましたような事例を見ますと、私どももいかにも遺憾だという心持ちがいたしております。それぞれ事情があることだと思いますけれども、よく調べてみたいと思いますが、出席不能のような人をお願いしたということは、あるいは私どものほうの調査が十分でなかったということもございましょうし、あるいはまた、特別な事情によって出られなかったという人もあるかもしれないと思いますが、今後の任命にあたりましては、その実績というものを十分勘案いたしまして善処いたしたいと考えておりますので、御了承いただきたいと思います。
○斉藤(正)委員 私のほうから申し上げてもいいんですが、調査がきわめて雑でございますし、失礼にあたりますから、とにかく当局の資料が来るまでこの質問は留保をいたしておきます。 なお、いま大臣から答弁がございましたけれども、やはりこの審議会のメンバーをいろいろ見てみますと、先ほど言いましたように、関係省の出身者は好ましくない、あるいは関係省の退任者は、直後にあっては就任は好ましくないというようないろいろなことが出ておりますけれども、やはりどうも一覧表を見てみますと、文部省に都合のいいような方が多く任命をされる、文部省に都合のいいということは、いまの文部省ですよ。どうもいまの文部行政推進上都合のいい方が多く任命されている。それは当然文部省が任命するのですから、都合の悪い人を任命するわけはないのでわかるわけでありますけれども、いささか片寄った任命ではなかろうか。そういうところに、やはり案内が来ても出席をしない。私どもお互いに責任のある立場として、休む場合は休む、長期出張の場合は長期出張だというような手続をとって休むのが常識になっているわけだ。一体この休まれた人たちはどういう手続をとって休まれているのか。毎回、十何回も来ないなんということは、これは常識としては考えられない。文部省からお墨つきをいただいているんだから、早目に行ってというような気持ちの人があるいは多いんじゃないかと思うのですけれども、一切かまわず、とにかく十数回も欠席をしている。その人の気持ちがわからないわけでありますけれども、もしそういうことを承知で任命をしたということになりますれば、これは重要な文部省の手落ちにもなるというように思うわけであります。もう一度大臣にその辺の御見解を承りたい。
○灘尾国務大臣 先ほども申しましたように、お願いするにあたりまして文部省の調査が十分でなかったというふうなことが結果としてはいえるかと思うのであります。もちろん出席が期待されない人をお願いするはずもないわけであります。出席していただけるものとしてお願いをしているわけでありますけれども、そこにそういう結果が生じておるとすれば、われわれのほうのお願いのしかたも反省をしなければならぬところもあろうかと思いますが、今後の任命にあたりましては、従来の実績等も十分考えました上で間違いないようにいたしたいと思います。
○斉藤(正)委員 後ほど資料が参ると思いますから、私のほうの調査と照合をし、なお追及をしてまいりたいと思いますので、文部省関係の審議会のあり方等につきましては、また後刻質問を継続することにいたします。 次の質問に入りたいと思うわけでありますが、ユネスコ、ILOの教師の地位に関する勧告なるものがなされていることは、大臣は十分御承知だと思うわけであります。しかし、このユネスコ、ILOの教師の地位に関する勧告の受けとめ方あるいはこれが実施への態度等々、私どもが外から見ておりますと、文部省の態度はきわめて冷淡であって、真剣にこれと取り組んでいるような態度とは見えない。前大臣の剱木さんにも私は伺ったところでありますけれども、一体灘尾文相はこのILO、ユネスコの教師の地位に関する勧告をどのように受けとめられ、そしてまたどのようにこれを解釈をされ、そしてどのように対処をしていこうとされているのか、ひとつ基本的な態度を承りたい。
○灘尾国務大臣 ILO、ユネスコの教員の地位に関する勧告でございますが、これは世界にたくさん国もあるわけでございますが、そのすべての国を対象とし、また特に世界的な教員の不足というような事情をとらえまして、近代社会の発展に貢献すべき教員の地位を確立する、あるいは高めるということを目的として採択されたものと思うのであります。すなわち、いま申しましたようにたくさんの国が教育と取り組んでおるわけでございますが、それぞれの国というものはいろいろ事情が違っておると思うのであります。まあいわば、普通にいわれるように、開発の進んだ国と開発のおくれておる国というところで大いに事情の異なっているものもあろうと思います。進んでおる国には、またそれぞれの長い歴史に基づいての事情というものがあると思うのでございます。一様な姿ではないと存じております。そういう関係から大体この勧告の主たるねらいは、どちらかといえば開発のおくれておる国々の教育水準を引き上げていく、あるいは教員の確保をはかっていくというところに大きくウエートがかかっておるんじゃないか、これは私の解釈でございます。そういうふうに思うのでございますけれども、いずれにしましてもいろいろ事情が違っておる、制度の沿革も違っておる、こういうふうなことでありますので、この勧告という姿で採択をせられたものと思うのであります。言いかえまするならば、一つの拘束力を持ってこれを実施するというようなことは実情に合わないというところから、法律的ないわば拘束力のない勧告という形式をもって採択せられたものと、そのように了解をいたしておるわけでございます。日本といたしましては、教育というものの重要性は前々からきわめて重視せられておるところであります。教員の地位の向上につきましても、及ばずながら今日まで努力してきておると思うのであります。したがって、この勧告につきましても、日本の種々の事情を考慮しながら、日本の立場に立ちまして教員の処遇の改善とかあるいは地位の向上、こういうことをはかってまいりたいと思いますが、形の上におきましてはあるいは勧告と違った面も出るかと思いますけれども、勧告のねらいとするところにつきましては、私どもやはりその精神をくんで今後の努力をしてまいらなければならぬと思います。
○斉藤(正)委員 大臣も御承知のように、この勧告の前文には「異なった国々における教育のパターンおよび編成を決定する法令および慣習が非常に多岐に亘っている事を考慮し、かつ、それぞれの国で教育職員に適用されるアレンジメント(とりきめ)が、特に公務員規定が教員にも適用されるかどうかによって、非常に異なった種類のものが多く存在することを考慮に入れ、これらの相違にも拘らず教員の地位に関してすべての国々で同じような問題が起っており、かつ、これらの問題が、今回の勧告の作成の目的であるところの、一連の共通基準および措置の適用を必要としていることを確信し、」云々ということが書いてあるわけであります。したがって、先進国、後進国という解釈にも問題はあると思いますけれども、それらのことは十分承知をした上で、最低限度のものをここに世界各国が申し合わせ、勧告をするのだという意味に私どもは解釈をしておるわけであります。したがって、形は違っても精神はその方向でというような答弁もございましたけれども、私は、やはり教育全般にわたって広範な最低限度のものをユネスコ、ILOがここに勧告をしたものだというように解釈をしておるわけでありますけれども、私のその見解と大臣の見解は違うのでありましょうか。もう一度ひとつ御答弁をいただきたい。
○灘尾国務大臣 私は、先ほど申しましたように、長い間の歴史と伝統を持っておりますそれぞれの国の教育制度というものを考えました場合に、一律一体にこの勧告の線に沿ってやるということは必ずしも実情に合わないと思うのでございます。そういう意味におきまして、これがもし拘束力を持つものでありますればにわかに賛成もできない、このようにも思われるわけでございます。広い数の多い世界の国々を対象としての勧告でございますので、日本といたしましてもこれを採択することには賛成をいたしましたが、しかし、どこまでも日本の教育制度、日本の教員の地位というものを本位といたしまして、問題は考えていくのが適当じゃないか、かように考えております。
○斉藤(正)委員 ニュアンスがだいぶ違いますので、私が考えていることと、大臣のお考えになっていることにある程度の距離が感ぜられます。それは別といたしまして、二、三の具体的な問題について伺っておきたいと思うわけであります。 勧告の二項のどういう範囲の皆さん方にこれを適用するかという条項があるわけであります。「本勧告は、公立・私立共に中等教育終了段階までの学校、すなわち、技術教育、職業教育および芸術教育を行なうものを含めて、保育園・幼稚園・初等および中間または中等学校のすべての教員に適用される。」ものだ、こういうことでその範囲が規定をされ、常識的にいえば大学は除く、これから除かれるものは大学だけだということであります。ところが、日本政府の代表は、この範囲の採決にあたって私立学校にのみ適用をすべきだという修正案を出して否決をされたという実は事実があるやに聞いておるわけであります。日本政府の代表は、この範囲をやはり公立小中高の先生には適用すべきでないんだ、日本の教師はやはりこういう勧告を受けるべきものでないというような立場で修正案を出したというように聞いておりますけれども、担当者からでけっこうであります。そのような経過があったのかどうなのか、ひとつ明らかにしてもらいたい。
○天城政府委員 中間の審議の過程のお話でございますけれども、私たち現在の段階でこの審議の過程を承知しておる限りにおきまして、そういう提案をしたというふうには承知いたしておりません。
○斉藤(正)委員 提案をしたというように承知していない……。いないのですか。
○天城政府委員 それは私の不十分な知識かもしれませんけれども、私は承知しておらないのでございますけれども……。
○斉藤(正)委員 それでは教えてあげますけれども、日本政府代表は私立学校にのみ適用の修正案を出したが、圧倒的多数で否決されたというのが実情であります。ここら辺にこの本勧告に対する日本政府の姿勢というものがまず第一にうかがわれて、きわめて遺憾であります。先ほど大臣が言われましたように、後進国をねらって勧告をされたものだというように解釈をします、日本は先進国だからこんな勧告はとんでもない、もし適用するにしても私立だけであって、公立に適用なんということはとんでもない話だ、こういうことになるわけでありますけれども、事実は適用範囲を私立にのみ限定をしたいという修正案を出して、圧倒的に、ばか言うのじゃない、世界の大勢はそんなものじゃないのだということで否決をされておることをひとつここで覚えておいてもらいたい。 そこで、第九に「教員団体は、教育の進歩に大いに寄与しうるものであり、したがって教育政策の決定に関与すべき勢力として認められなければならない。」こういうことが書いてあるわけでありますけれども、ここにいう教員団体とは、日本においてはどういうものがありましょうか。大臣ひとつお答えください。
○天城政府委員 ここにいっております教員団体は非常に広い意味の一般的な表現だと思っておりますので、日本には職能の団体とかあるいは職員団体、法律に基づく職員団体いろいろございますので、それらが対象になるのではないか、かように考えております。
○斉藤(正)委員 代表的なものを五つほど、職能団体ではこういうもの、職員団体ではこういうもの、五つほどあげてください。
○天城政府委員 順番とか何か間違えるかもしれませんが、職能団体にはずいぶんたくさんございまして、教科別に国語教育とかあるいは数字教育、あるいは小学校長、中学校長、高等学校長というような学校長の団体、いろいろございます。それから職員団体といたしましては、法令上の根拠を持っている職員団体としては、私も全部覚えておりませんが、いわゆる日教組、それから高教組といっておりますのが二つございます。それから義務教育関係でも、名前を正確に覚えておりませんので、申し上げると間違えるかもしれませんが、あと三つ、四つあると承知しております。
○斉藤(正)委員 どうも歯切れの悪い答弁なんですが、私は職能団体として五つ、職員団体として五つ、こう言ったのですけれども、職能団体はお説のようにたくさんありますよ、教科別研究会まで職能団体といえば。しかし、職員団体というのはそんなに無数にあるわけじゃない。まあしかし、いいです。日教組、日高教の左派と右派、それから教員連合、教師会、そんなものがあるようでありますけれども、要するに「教員団体は、教育の進歩に大いに寄与しうるものであり、したがって教育政策の決定に関与すべき勢力として認められなければならない。」こう書いてあるのですね。(「かってなことを言っている」と呼ぶ者あり)かってじゃないですよ。これは政府代表も行って採択してきたんだから。したがって、いま言いましたような、たとえば「教員団体は、教育の進歩に大いに寄与しうるものであり、したがって教育政策の決定に関与すべき勢力として認められなければならない。」こう書いてあるわけですけれども、いまあげました職員団体は、教育政策の決定に関与すべき勢力として認めておられますか、おられませんか。
○天城政府委員 この九にございますように、「教員団体は、教育の発展に大いに貢献できる一つの力であり、したがって、教育政策の策定に参加させられるべきものとして認められるものとする。」という規定がございます。それから先のほうでございますが、七十二項というのに、「教員及び教員団体は、生徒、教育活動及び社会一般の利益のために当局と十分に協力するよう努めるものとする。」という両方の規定があるわけでございまして、私たち、教員団体に対しまして教育政策あるいは教育の現状について、いろいろ聞くべきものについては十分その意見を聞くべきであるという基本前提は持っております。また同時に、これらの団体も、教育活動から社会一般の利益のために、当局と十分に協力するようにつとめていただくということも期待しているわけでございます。
○斉藤(正)委員 なるほど七十二項も別途明記をされておりますので、それはまた後ほど触れるといたしまして、項目別にいきますならば、いま私が申し上げましたこの九項につきましては、教育政策の決定に関与すべき勢力として認めている、こういう答弁と解釈をいたします。 そこで順次伺いたいと思うわけでありますけれども、第八の「教師の権利と責任」こういう項目があるわけであります。そうしてそれは職業上の自由をうたっております。六十一項であります。「教職者は職業上の任務の遂行にあたって学問上の自由を亨受すべきである。教員は生徒に最も適した教材および方法を判断するため格別に資格を与えられたものであるから、承認された課程の大綱の範囲で教育当局の援助のもとで教材の選択と採用、教科書の選択、教育方法の採用などについて主要な役割を与えられるべきである。」こういうことが書いてございます。さらに六十二項では、「教員と教員団体は、新しい課程、新しい教科書、新しい教具の開発に参加」なければならない。」六十三項は、「一切の視学、あるいは監督制度は、教員がその職業上の任務を果すのを励まし、援助するようなものでなければならず、教員の固有な自由、創造性、責任感を損うようなものであってはならない。」こういうように書いてあるわけであります。特にこのうちで「承認された課程の大綱の範囲で教育当局の援助のもとで教材の選択と採用、教科書の選択、教育方法の採用などについて主要な役割を与えられるべきである。」という六十一項目があります。この問題に対し、日本政府代表とソ連政府代表が全面削除を提案した。これに対し、イランだけが賛成したのみであって、これまた圧倒的多数で否決をされたわけであります。ソ連がどういう意味で全面削除を要求したか、私にも不可解でわかりません。おそらく日本政府の代表と同じ考えであったのか、それとも違った考えであったのか知るべくもありません。しかし、日本政府代表がやはり全面削除を要求した点については間違いないと思うわけでありますけれども、こういう事実を御承知でありましょうか。
○天城政府委員 記録を持っておりませんで、あいまいになると恐縮でございますが、そういう主張をした、これは私は聞いております。
○斉藤(正)委員 その辺にもやはり日本政府のユネスコ、ILOの教員の地位に関する勧告と取っ組む態度といったようなものもわかるような気がするわけであります。それは私の憶測だといえばそれまでであります。しかし、イランだけが賛成をして圧倒的に否決をされたなんていう事実は、まことに日本政府代表もつらかったでありましょうし、その代表のねらいもまた那辺にあったか、私はわかるような気もするわけであります。ソ連がまたなぜこんなことに、日本の提案と同じような提案をしたのか、これまたきわめて不可解で私にはわかりません。しかし、やはりそういう事実であったということを伺って、後ほどの質問の材料に実はしたいと思うわけであります。 さらにこの六十四項に「教員の仕事を直接評価することが必要な場合には、その評価は客観的でなければならず、また、その評価は教員に知らされなければならない。」「教員は、不当と思われる評価がなされたばあいに、それに対して異議を申立てる権利をもたなければならない。」こういうことも勧告されております。このことは、かの有名な教師の勤務評定等に関連をして、今日なおいろいろな余音を残しているところでありますけれども、こういう勧告がなされておって、やるならば客観的な評価をしなければいかぬ、しかも教員は不当と思われる評価がなされた場合に異議を申し立てる権利を持たなければならぬ。こういうことも書かれておるわけでありますけれども、この六十四項の勧告に対し、いま行なわれています勤務評定の実情と対比をして、この勧告との関係をどのようにお考えになっておられますか、伺いたい。
○天城政府委員 この勧告全体の受け方でございますけれども、先ほど大臣も基本的にお答え申し上げておりますように、それぞれの国の事情というものがございますし、個々の条文がそのままそのとおりどんぴしゃり実施されなければならぬということでございましたら、私たちもこれは受けられなかったものであったと思います。そこで、いろいろ事情の違う国についての共通的な勧告という形にされたわけでございますので、その点につきましては個々の条項について、その規定どおり実施でき得ない事情のものも、もちろん日本にはたくさんございます。特に日本の場合に、公務員制度をとっておりますために、この勧告が公私一般の問題を共通に取り扱っている点がございますし、また国の事情によるところを捨象しておりますために、そのままでは受け入れられない点がいろいろございます。勤評の問題につきましても、現在の公務員制度の上から申しますと、このとおり実施されるわけにはいかないわけでございます。しかし、教員の勤務条件につきましては、御存じのとおり公務員法上いろいろな救済の、あるいは意見を述べる道も立てているわけでございまして、できる限りその勧告の趣旨に載っております教職員の地位の向上ということについては努力はいたしたい、かように考えておりますが、そのまま直ちに実施できないいろいろな事情があるわけでございます。
○斉藤(正)委員 それでは次を伺いましょう。 七十五項、「教員と教育事業全体との関係」「教員がその責任を果すことができるようにするため、当局は教育政策、学校機構、および教育活動の新しい発展等の問題について教員団体との間に確認された協議手段を確立し、かつ、定期的にこれを運用しなければならない。」こういうことが書いてあるわけであります。「教員団体との間に確認された協議手段を確立し、かつ、定期的にこれを運用しなければならない。」これは、いいですか、ユネスコ、ILOが、教員団体との間の団体交渉をする手段を確立し、かつこれを定期的に運用して、教育政策なり学校機構なり教育活動の新しい発展の問題について協議をしなさい、こういうことだと思うのであります。 日教組と団体交渉の問題がよく取り上げられますけれども、一体こういう七十五項の勧告の条文からいい、あるいは精神からいって――団体交渉を相変わらず拒否されておるわけでありますけれども、このときの日本政府の代表の発言がきわめておかしいのであります。日本政府の代表は、日教組の代表が専門家の代表として正式に参加をしているにもかかわりませず、いわゆる日教組は教員団体のイメージに合わないといって、この「教員団体」という字句の削除を要求をした。これもまた、もののみごとに否決をされておるわけでありますけれども、そういう事実を御存知ですか、政府代表が削除を要求したが、圧倒的に否決をされたという事実。
○天城政府委員 私、宙で覚えておりませんけれども、おそらく教員といわゆる当局とのいろいろな話し合いについて、教育運営上の問題について、いわゆる労働組合法上の団体交渉というような考え方は、日本の公務員制度の上でとりがたいという前提があって、いろいろやった、あるいは反対を述べたケースはいろいろあると思いますが、ただこの条項のここだけを反対したとかというのではなくて、そういう前提でいろいろ発言していると思います。したがいまして、この条項について、私もはっきり覚えておりませんが、そういう前提での意見はおそらく述べたことはあるんじゃないか、かように思っております。
○斉藤(正)委員 ユネスコ、ILOが、日本教職員組合の代表を専門家の代表として正式に呼んでいる会合ですよ。ユネスコもILOも日教組を正式な教員団体だと認めた席上なんだ。その席上で、イメージに合わない団体だということで、削除を要求したということですね。これ、局長は聞いておりませんか。
○天城政府委員 ここで述べております教員団体は、先ほども申し上げましたように、かなり広い範囲で、特定の団体だけをさしているわけではないわけでございます。したがいまして、いろいろの種類の団体というのが想定されて、先ほども二、三例を申し上げたような実態でございます。ただ、組合と当局との交渉という形でこの問題がすべて決定されなければならぬというような考え方でいきますと、日本の場合には基本的に違う点がございますので適さないという前提で、政府代表がいろいろな点で発言したということは聞いております。
○斉藤(正)委員 私も団体交渉ということばにはとらわれたくないのでありますけれども、いずれにいたしましても「教員団体との間に確認された協議手段を確立し、かつ、定期的にこれを運用しなければならない。」こううたわれておるわけでありまして、その協議手段が、あるいは定期的な会合が、団体交渉であれ、団体協議会であれ、話し合いであれ、懇談会であれ、これはさしつかえないと思うわけであります。ところが、教員団体というその範囲の中に、日教組の代表が専門家代表として正式な招請をされているユネスコ、ILOの席上で、日教組を、教員団体としてはイメージに合わないといって削除を要求したという事実は、これはきわめて非常識であり、遺憾だと思うわけでありますけれども、当時の日本政府代表がそういう態度をとったことは間違いないわけであります。ですから、団体交渉ということばに私はこだわりませんが、やはりこの精神、こういうことから考えていきますと、どうも合点がいかないというように思うわけであります。後刻また日本政府の代表、あるいは専門家代表として出席をした日教組の代表等も参考人として呼んで、これらの経過についてはつまびらかにしたいというように思っております。 時間がありませんので若干飛びますけれども、八十四項があります。「雇用協約および雇用条件から生じる教員と雇用主のあいだの紛争解決に当るため、適切な合同の機関が設置されなければならない。もしこの目的のために設けられた手段と手続が使い尽され、あるいは当事者間の交渉が行きづまった場合、教員団体は、他の団体がその正当な利益を保護するため普通もっているような他の手段をとる権利を持たなければならない。」こういうことが書いてあるわけであります。おわかりでしょうか。日教組その他のことをお考えにならずに、オーソドックスにこの八十四項を解釈した場合、日本の関連法規、国内法規とは別にして、一体このことはどういうことを言っておるのか。日教組や国内法をあまり頭に置かないで、局長ひとつ答弁してください。だめですよ、架空なものやいろんなことを考えては。条文の解釈です。
○天城政府委員 これは一般論と申しますか、基本的な考え方としては、勤務条件に原因を発した教員とその使用者との間の紛争を処理するための原則を言っておると思うのでございまして、ここで抽象的に一般論として言っております限りは、ここに書かれておるとおりでございまして、教員団体の正当な利益を守るための手段ということを最終的に書いてある規定だ、このように理解しております。
○斉藤(正)委員 ちょっとわからぬですがね。もう少しじょうずに……。これは雇用契約及び雇用条件から生じる教員と雇用主の間の紛争の解決ですよ。要するに任命権者と任命されている教員との間の紛争解決に当たるため、「適切な合同の機関が設置されなければならない。」「適切な合同の機関」とは一体どういうものをいうのでしょうか。こんなことは検討したこともないでしょう。
○天城政府委員 これは、それぞれの国の制度の中でどういうふうにこの趣旨を生かすかということだろうと思うのでございますが、われわれの場合には、日本の場合には、先ほどから申しておりますように公務員制度を前提にいたしておりますので、この公務員制度の中でこの趣旨が十分に生かされるようにこの勧告の趣旨を受け取っているわけであります。勤務条件につきましては、御存じのとおり教員からそれに対して意見を述べる制度も現在できておりますし、ただ最終の「他の手段を執る権利」云々というところで、いわばストライキ権というような問題がおそらく議論の中に入っておるのじゃないかと思いますが、これにつきましては、現在われわれの公務員制度におきましては、公務員にスト権を認めてないわけでございますので、その範囲の中で、公務員の制度の中で生かされている最大の方法をとっていく、このように考えているわけであります。 なお、これは御案内のことでございますけれども、公務員のいわゆる労働基本権に関する事項というのは、公務員制度審議会において調査審議されておるところでございますので、新しく今後の問題としてどういうことが考えられるかということにつきましては、審議会の調査審議の決定を待たなければならぬわけでございますが、現状は、いま申し上げたような中でこの八十四項を生かしていきたい、このように考えているわけであります。
○斉藤(正)委員 どうもやはりはっきりしないのですけれども、この八十四項の解釈は、一つには、教員団体はILO八十七号、九十八号の適用を受ける団体であるということ。第二には、日本政府は専門家会議で修正案を出したが否決されたということ。 〔委員長退席、坂田(道)委員長代理着席〕 三番目に、ハリの政府間会議で、「他の団体がその正当な利益」というその「他の団体」のところを、「類似の団体」という「類似」という二語を挿入したが、二十八対八で否決されたということ。一般の労働者にスト権があれば、それと同じようにすべきだということを、これは言っておることは間違いないですね。ですから私は先ほど、日教組だとか国内法だとかいうことに関連をせずに、オーソドックスにずばりそのもの八十四項を解釈してほしいということを申し上げたのでありますけれども、いま申し上げましたような政府代表の修正案、あるいはその否決のされ方等々から考えましたときに、やはりこの八十四項というのは非常に重要な意義を持っているというふうに考えるわけでありますけれども、ただいま別の機関で検討中なのでその結論を得て善処をしたいとか、あるいは国内法で縛られているからどうだとかこうだとかいうことを私は聞いておるのではない。このユネスコ、ILO八十四項の勧告の本来の趣旨というようなものはこういうものですよということを、私も言っているし、あなたもまたそれを認めたらどうかということを言っているのだけれども、言を左右にしておるわけだが、それはどうなんですか。
○天城政府委員 この八十四項の後段の規定に、御指摘の争議権が含まれるかどうかということにつきましては、これはかなり議論が行なわれたということを私も承知いたしております。草案の段階におきましても、また最終の政府間会議におきましても、その点の議論が行なわれたようでございましたけれども、ついに明らかにされずに終わっております。わが国としては、先ほど申し上げましたような公務員制度の立場でございますので、本項が国公立の教員のスト権を認めることを要求するものでないことと、もし本項が教員にスト権を認めたものであったならば、日本国としては反対の態度をとったであろうという趣旨のことを議事録にとどめることを求めまして、それが認められておるわけでございます。ILO自身としては、最終的にこの権利が何であるかということは会議そのものからは明らかになっておりませんし、日本政府もその点については留保いたしてきておることは、これは議事録の上で明らかでございます。
○斉藤(正)委員 留保をしたとか、会議録にとどめてあるとかいって、それはなるほど言ったことですから特に要求をして会議録にとどめたかもしれませんけれども、八十四項そのものずばりは私が言ったことに間違いないわけなのですよ。そういう政府の代表があれこれ言ったとか、あるいは会議録にとどめてあるとか、あるいはストライキについては云々だとかいうようなことは、なるほど政府代表は言ったりやったりしたかもしれません。しかし、八十四項の勧告の精神というものはやはり間違えずに理解をしておいていただきたい、こういうように思うわけであります。 八十九項をごらんなさい。「教員が一日あたり、また一週あたり労働することを要求される時間は、教員団体と協議して定められなければならない。」こういうように規定をされております。 さらに教師の給与につきましても、百十六項を見ますれば、「教員は、教員団体との合意によって定められた給与表にもとづいて給与を支払われなければならない。いかなる場合にも、有資格の教員には、その試用期間中あるいは臨時採用中に正式に雇用された教員を対象として規定されたものより低い給与表によって給与を支払ってはならない。」あるいは百十八項は、「最高授業時数が定められているばあい、正規の時間表が通常最高限を超える教員は承認、された給与表にもとづいて追加の報酬を受けなければならない。」よろしいですか。 さらに百二十四項には、「給与決定を目的としたいかなる勤務評定制度も、関係教員団体との事前協議およびその承認なしに導入し、あるいは適用されてはならない。」これは常識になっているのですよ。 ここらの百十六項、百十八項あるいは百二十四項、まさに当然なことを言っているのです。世界共通普遍的なことを言っているのです。日本の現状と照らし合わせてみて、私は事教育行政に関してはいかに日本が後進国であるかということをしみじみと感ぜざるを得ない。後進国のためにつくったというならば、まさに日本がこれの適用を受けてまともな教育行政をやるべきじゃないですか。局長どうお考えですか。
○天城政府委員 いろいろの点仰せになりましたけれども、実は勧告の解釈について、いまの御意見とは若干われわれ解釈を異にしている点もございますので、そのとおり実施されていないという場合もあるわけであります。 勤務条件につきましては、御案内のとおり、これは関係ある当局との交渉事項になっておりまして、ここに出ております趣旨というのは現行法においても基本的には生かされている。 それからあと二、三、たとえば百十八項の「教員は、授業時間の最大限が定められている場合において」と出ておりますが、御案内のとおり、日本ではこの制度をとっておりません。われわれのほうは勤務時間制度をとっておりまして、授業時間数で俸給表をつくっておりませんので、これも日本の場合にはこのまま適用できないわけでございまして、この「承認された算定表に基づく追加報酬」というのは日本でいう超勤ではないわけでございます。日本の場合の超勤には当たらない、かように解釈しております。授業時間の最大限の定めという形は、日本では給与の場合とっておらないわけでございます。 それから百二十四項につきましても、これも能率評定制度ということでございまして、われわれのいま行なわれております勤評とは若干違うわけでございます。要するに、給与に関していわゆるメリットレーティング・システムをとるということでございますので、日本ではこういう給与制度をとっておりませんので、いまやっておる勤評とは違うわけであります。 そういう意味で、これの解釈について、いま先生の御質問と若干われわれの理解は異なりますので、御質問のような形での実施が行なわれていないという点はひとつ御理解いただきたいと思います。
○斉藤(正)委員 字句の解釈とか制度の違いとかいうことで本勧告の精神をじゅうりんすることはできない、精神はあくまでも尊重しなければならぬと思うわけであります。そういう観点からいきますれば、わが国の教員の勤務なり、あるいは待遇なり、あるいはその社会的地位なりというような問題について、本勧告の精神は十分尊重し、そして制度として採用しなければならない問題も数多くあるというように思うわけであります。 今日、大学は狭い門であります。しかし、教育学部に受験をする高校卒業生の実態がどのようなものであるか、そしてまた、男の生徒がどのように教員養成機関へ受験をしているかというようなことを考えますと、私は、やはり優秀な人材を教壇に迎えるためには、抜本的に日本の教師の経済的な、政治的な、社会的な立場を高めていくためには、本勧告はまさに亀鑑とすべきだ、こういうように考えておりますけれども、制度が違う、解釈が違う、イメージに合わぬ、そのようには考えていませんというように、全く本勧告を無視しているような態度あるいは軽視をしているような文部省の態度には、断固として承服するわけにはまいらぬわけでありますけれども、最後に、もう一度大臣に伺いたいのであります。 〔坂田(道)委員長代理退席、委員長着席〕 なるほど制度も国情も違うでありましょう。しかし、この貴重な、世界の関係者が相つどって、しかも慎重審議の上成案を得て勧告したところのユネスコ、ILOの教師の地位に関する勧告全文について、一体どのように対処されようとしているか、大臣から御見解をあらためて伺いたいと思います。
○灘尾国務大臣 この勧告は、どういうふうに表現をしたらよろしいかわかりませんが、非常にこまかくというと語弊があるが、きわめて細部にわたって教員に関する地位の問題について書いておるわけであります。こまかく、ことばは悪いかもしれませんが細部にわたって書いておるだけに、それぞれの国の立場から申しますと、問題になる事項が多くなってきておると私は思うのであります。 先ほども申しましたように、日本の教育制度につきましても、相当なる制度を持ち、また日本の状況に応じての制度になっておるわけでございます。勧告に書いておりますことがそのまますぐに日本の制度に移しかえられるかというと、そう簡単には私はいかないと思います。やはりこの勧告の、教員の地位を確立するとかあるいは教員の地位を向上させるとかいうふうな意味、その精神については別に異存はございませんけれども、具体的な制度として日本が採用していいか悪いかというような問題は、日本の現状というものも考えてまいらなければなりませんし、また、そう抜本的にいまの制度を改めるというふうなことも、政府としても容易なことではないと思うのであります。 私は、この種の勧告につきましては、あるいは皆さんとは多少考え方が違うかも存じませんけれども、やはり日本は日本として主体性を持ってこれに対処しなければならぬ。ですから、勧告にこうあるからそれに従わなくちゃならぬというふうな考え方であるよりも、日本の主体性を持って、しかもとるべきものはとっていくというような心持ちでもっていかなくちゃいかぬのではないか。したがって、偏狭なものの考え方でもって現状をとにかく固守していくというふうな、そういう考え方はいたしませんけれども、同時に、日本の国情、日本の現状というものに立脚いたしまして、日本の教員の地位を高めていくとか、給与をりっぱなものにしていくということのために、とるべきものとはとっていくというふうな考え方でもって対処するのがよろしいのじゃないか、そういうふうな考え方をいたしております。精神的に別にこれを否定するとかなんとかいうふうな大ざっぱな気持ちでもございません。同時にまた、偏狭な心持ちを持っているということでもございません。勧告は勧告でございます。したがって、その勧告の中にあるものをわれわれがとることが日本の利益であるということであれば、これはとっていくというような考え方をいたしております。
○斉藤(正)委員 大臣、そつのない答弁をやっているつもりでしょうけれども、勧告というのは、世界各国の関係者が集まって最小限この程度のことは教員なり教員団体にやろう、やらせようということで行なわれたものでありまして、無視はしないけれども勧告は勧告だ、したがって都合の悪いものはどうでもいいのだということではない。都合がよくとも悪くとも、とにかくこのレベルまではやろうじゃないかという話し合いをして、責任ある政府代表なり団体代表が集まってきめたことなんです。したがって、なるほどある意味での文化水準、ある意味での教育水準、ある意味での経済力といったようなものは日本は先進国であろうと思います。決して後進国だとは私も思っておりません。しかし、教育制度なり、教員団体の扱いあるいは文教行政としてのあり方といったものにつきましては、本勧告を取り入れて、すなおに是正していかなければならぬ点が多々あるというように私は思うわけであります。そういう意味からいきますれば、精神的には日本は教育後進国だといわれてもしかたがないというように思うわけであります。大臣がそういう考え方を内外に表明すれば、ますます日本の教育の精神的後進性というものは世界的に評価されてしまう。まことにお粗末だというしか私は言いようがないわけでありますけれども、見解の相違ということだけで簡単にこの問題は片づけるわけにはいけないというように思っております。後刻また関係者から質問もあると思いますが、私はどなたからも一つとして満足した答弁を得たとは思っておりません。全く違った見解であるということで不満であります。
○長谷川(正)委員 ちょっと議事進行……。この席を見ますと、野党が非常に熱心に審議に参加し、また協力もし、また委員長の御方針にも極力合わせてやっておりますけれども、肝心の与党の諸君がこういう不熱心な状態では、文教委員会の権威にかけてこのまま進めるべきでないと思いますから、至急休憩を宣して整えていただきたいと思います。
○高見委員長 このままで休憩いたします。暫時お待ちいただきます。 午後四時二十一分休憩 ――――◇――――― 午後四時二十二分開議
○高見委員長 休憩前に引き続いて質疑を続行いたします。斉藤君。
○斉藤(正)委員 先ほど要求をいたしました各種審議会への出席の状況の資料が整ったはずでありますから、ちょうだいいたしたいと思います。
○高見委員長 斉藤委員に申し上げますが、まだ資料はできてないようでありますので、後刻別な機会に理事会等で……。 ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○高見委員長 速記を始めて。
○斉藤(正)委員 先ほど私が要望いたしましたが、各種委員会へ一回も出ていない委員がたくさんあるわけなんで、その氏名の公表を求めたわけでありますけれども、資料として間に合わないということだそうであります。したがって、私も用意してありますけれども、個人の名前にも関係しますので、ややちゅうちょをいたしたわけでありますが、私のほうも良識的に考えます。 そこでこの問題は次期委員会、適当な時期になお質問を続行さしていただくということで、留保をして次の質問に入ります。 文部省が数多くの出版物を出しております。この中で私どものところへ定期的に配付されるものが、教育委員会月報と文部時報であります。一体、この教育委員会月報というのは発行者、著作権者は文部省、印刷者は大日本法令印刷株式会社ということになっておりますけれども、一体何部刷られて、どこへどのように配付をされているのか伺いたい。
○天城政府委員 御指摘のように、教育委員会月報は、文部省と大日本法令印刷株式会社との契約で印刷しておりますが、現在六千部を印刷いたしまして、これは教育委員会、国立学校、関係官庁、関係団体、報道機関、国会等に配付いたしております。
○斉藤(正)委員 最新の資料がないからわからないのでありますけれども、昭和四十二年三月に発行された文部省刊行物目録なるものがございます。これによりますと、教育委員会月報は第一法規出版が発行者であり、編集した局課は初等中等教育局地方課であります。ところが、現物の教育委員会月報の著作権発行者は文部省になっておりますけれども、印刷者が大日本法令印刷株式会社になっておるわけでありますけれども、一体どっちがほんとうで、どっちがうそなのか、あるいはこちらの白いほうは昭和四十二年三月現在であって、私が持っている教育委員会月報は昭和四十三年二月号ですから、違ってきたのですということなのか、どっちがうそなのか、その点どうですか。
○天城政府委員 先ほど申し上げましたように、六千部につきましては、大日本法令印刷株式会社との契約で印刷いたしまして、先ほど申したような方面に配付いたしております。なお、いま第一法規のお話が出ましたけれども、私たちのほうで予算でやっております六千部以外につきまして、第一法規と契約を結びまして、出版権を設定いたしまして、これは市販をいたしておるわけでございます。その限りにおきまして、著作権は文部省がもちろん持っておりますが、出版が、この刊行物目録にございますように、発行者が第一法規ということになっておるわけでございまして、これは私たちの予算でやっているもの以外のものについての契約分でございます。
○斉藤(正)委員 そうすると、六千部については、文部省の予算で第一法規につくらせて納入をさせている、それ以外の分については、第一法規と文部省との間に出版権を設定して、第一法規が有料配付をしている、こういうように解釈してよろしいのですか。
○天城政府委員 筋はそうでございますが、いま先生のおことばは、おそらく言い間違われたのじゃないかと思います。六千部につきましては、大日本法令印刷株式会社でございます。市販の分について第一法規と契約いたしておるわけでございます。そういうことでございます。
○斉藤(正)委員 わかりました。その第一法規が文部省との間に出版権の設定をやっている。そうすると、第一法規が売った分については、幾らか版権料が文部省に入っている、こういうことですか。
○天城政府委員 結論的にはそうでございまして、前のは単なる印刷でございます。あとの分がいわゆる発行ということになりますので、定価をつけて第一法規が販売いたしておりますから、それは出版権によりまして、一定の金額を国庫に納入いたしております。
○斉藤(正)委員 その第一法規が一般に市販をしている価格が五十五円だ、こういうことでその部数はどのくらい出ているのですか。
○天城政府委員 一万六千部でございます。
○斉藤(正)委員 そうしますと、文部省が買い上げるというか、文部省予算でやっているものは、都道府県、市町村教育委員会、国立学校あるいは教育関係団体、われわれのところというようなものであって、第一法規が五十五円で別売をしているのは、どういう対象になっていますか。
○天城政府委員 これは一般に市販しているわけでございますので、どこというふうに私もよくわかりませんが、とにかく個人で買われている方が非常に多いから一万六千部も出ているというふうに聞いておるわけでございます。
○斉藤(正)委員 そこで、ちょっと伺いたいことがあるわけでありますけれども、「教職特別手当の支給について」というパンフが出ているわけであります。このパンフの表紙に「この資料は、昭和四十三年度予算案に計上されている教職特別手当について解説したものであり、教育委員会月報三月号から抜刷りした。文部省初等中等教育局地方課」こういうことになっておりますけれども、教育委員会月報三月号というのはもう出ているのですか。
○天城政府委員 まだ発行しておりません。いま印刷、製本の過程でございまして、若干おくれております。
○斉藤(正)委員 そうすると「この資料は、昭和四十三年度予算案に計上されている教職特別手当について解説したものであり、教育委員会月報三月号から抜刷りした。」というのは、これはうそですね。教育委員会月報三月号というのはまだないのでしょう。
○天城政府委員 これは、たいへん奇異な感じをお受けになるのも無理からぬことでありますが、委員会月報が印刷に回りまして、もう進んでいたわけでございますけれども、この法令の趣旨を皆さんにお伝えするために発行日がおくれておりますので、その分からこれは事実上抜き刷りしたという意味で、委員会月報三月号が出ますれば、この記事が委員会月報に入っているということで、別に書いた原稿ではなしに、月報の記事をそのまま使っている、こういう意味で委員会月報に入っているわけでございます。
○斉藤(正)委員 それなら正確にいえば、教育委員会月報三月号の予定原稿であるというならわかるのですが、抜き刷りしたというのは、三月号が出ていて、あるいはその中から抜いて刷ったものだということで、こんなうそを書いてはいけませんね。そうすると、この抜き刷りというのはうそですね。
○天城政府委員 いま先生のおっしゃり方であれば、三月の予定原稿から委員会月報に抜き刷りしたものであるというのが正しいと思います。
○斉藤(正)委員 それがわかって本論に入るわけでありますが、私は何も教職特別手当についてどうこう言うつもりできょう質問に立っているわけではありません。この抜き刷りの中に文部省の広報活動といいますか、PR活動といいますか、支離滅裂、脈絡一貫していない、まことに乱雑なものがあるわけであります。と申しますのは、「学級経営」という雑誌が出ております。これは文部省の関係するところではありません。これは明治図書が発行している学校向けの雑誌であります。この「学級経営」という雑誌に初等中等教育局地方課野崎弘という人が寄稿いたしておりますけれども、この野崎弘なる仁は、初等中等教育局地方課にいらっしゃいますか。
○天城政府委員 おります。
○斉藤(正)委員 彼の論文によりますと、やはり「教員の超過勤務に対する給与上の措置」ということで、こういうことが書いてあるのであります。「超過勤務手当のごときはその中に包含させるべきだという意見がある。」その中というのは後ほどすぐわかると思いますけれども、「しかも、この意見は、教職を聖職とする精神的、道義的な考え方に合致するせいか、多数の支持をえているようである。」ということばが実は出ております。さらに「教職の特殊性という観点からすれば、公立学校教員だけ労働基準法の関係規定を適用除外する理由がない。公私立学校教員共通に労働基準法の適用除外が必要となろう。」こういうことも書いてあります。さらに「教員について労働基準法の労働時間、休憩、休日に関する規定を適用除外すべきだといっても、二十年にわたって教員に適用されてきた法律の規定を適用除外することは、いうほど簡単なものではない。」さらに「労働基準法の労働時間に関する規定を適用除外することにより、教員には二四時間勤務を命ずることも可能となる。」「つまり、勤務時間の意味は、最小限勤務すべき時間ということになるわけである。」さらに「教育効果等を考慮すれば、二十四時間教員に勤務を命ずることは実際上ありえないにしても、二十四時間勤務がありえない法律上の保障はないことになる。」と断定しております。さらに「私立学校教員については、いかなる方法を講ずべきか検討する必要があろう。」さらに「労働基準法の施行および改正に関する事項を審議するための、労働省および都道府県労働基準局に労働基準審議会が置かれている(労働基準法第九八条)が、こうした適用除外の問題は、当然、労働基準審議会の審議事項になるものであり、その、審議の際、適用除外そのものの問題のほか、適用除外に伴う見かえりの措置も中心問題とならざるをえないであろう。」こういうことが野崎先生の論文で「学級経営」という雑誌に載っておる。 片や、この教育委員会月報から抜き刷りしたという、この論文は今村武俊という方のものですが、こういう方が文部省にいらっしゃいますか。
○天城政府委員 おります。
○斉藤(正)委員 いらっしゃる。――それでは、これも文部省の役人である点は間違いないわけでありますけれども、これまたちょっとたいへんなことを書かれてしまっておるわけであります。
○川村委員 いま斉藤委員が読み上げようとしておる資料は、おそらく皆さんお持ちでないと思うので配らしてください。
○高見委員長 どうぞ。
○斉藤(正)委員 その問題は最後のほうでございますが、「泰山鳴動ねずみ一匹の結論」こういうことが書いてございます。「以上のような経緯により教職特別手当が支給されることとなるのであるが、これを一言で評すれば、泰山鳴動ねずみ一匹の結論となったということができよう。ここで「泰山鳴動」というのは、この際教員を労働者ではなく聖職者にすべきであるから労働基準法の全面適用除外をはかるべきであるとか、教員俸給を裁判官なみに引き上げて特別職にすべきであるとか、教員の勤務は二十四時間勤務であるべきであるとか、百家争鳴の議論が行なわれたからである。もちろん、これに対する反論も活発であり、教師観の基本について両極端の論議がはなやかに展開された。「ねずみ一匹」というのは、本稿の冒頭に述べたとおり、法律上の「超過勤務手当」にかえて、常識用語の超過勤務手当が支給されることとなり、そのために最小必要限度の法律の手直しがされるに止まることになったからである。とはいうものの、わたくしには、泰山鳴動がまったく無意味であったなどと軽蔑する気はさらさらない。多くの論議を経て、教員給与の実情、あり方、問題点が多数の関係者に理解された。教員給与改善の方式が国会でとり上げられさえした。そして教員給与改善のために一千万円の調査費も国の予算に計上された。泰山鳴動は、次の課題を予告する地鳴りであったとさえ思われるのである。」として、なかなか名文であります。これはうそを書いているのですね。「そして教員給与改善のために一千万円の調査費も国の予算に計上された。」と書いてあるが、こんなものは何も一千万円じゃありません。九百六十九万五千円です。うそですよ。同時に、この教員給与改善のために調査費が計上されて、どのような教員給与の実態調査が行なわれるのか。おそるべき調査が行なわれるわけであります。今村審議官はその事実を知っていてこういうことを書かれたのかどうか、きわめて疑問であります。大蔵省の見解は明らかであります。その一つは、二分の一の給与補助をやめ、教員一人当たり一定額だけ国庫負担とする定員定額ですよ。二番目に、一定額は、経済社会情勢を見て増額するが、その増加額は国家公務員のベースアップを基準とする。三番目に、教員の経験年数、学歴などに応じて一定額に段階をつける。四番目に、教員数が必要以上にふえることを防ぐため定員制度をとる。それ以上増員する場合は地方自治が給与を負担する。この四つの条件を出して、九百六十九万五千円を、大蔵省は教員実態調査ということで組んでいる。一千万円のこの数字が九百六十九万五千円であろうと、それはよろしい。ここで教員給与の実態を調べるなんていって、そうじゃないのだ。定員定額を完全に実施する、そして大蔵省が算定をする、定員以上の場合はいわゆる二分の一補助はしないということをがっちり基礎固めをするために計上されているのであって、まさにここでいう実態調査とはほど遠いものなんだ。今村さん御自身はこういううそを白々しく天下に公表しておるのであります。 さらに、問題はその次であります。「ところで、当面の重要課題は、目前の「ねずみ一匹」をどう処理するかである。たしかに、現在は、ねずみの形をしているが、まもなく恐竜に化けるのではないかと心配している人々もある。泰山の鳴動を無気味な地鳴りとしてとらえる人々には、そうも感じられるものだろうか。政府のこの措置を聖職教師づくりを狙うものであり、労基法の一部適用を除外することが暴挙であるといって反対する人々がいる。そして、今後は教師に無定量の労働が強制されることになり、教師たちはふたたび聖職教師の椅子にしばりつけようとされている、などといいふらしている。これは、眼前のねずみを恐竜ではあるまいかとおそれ、枯尾花を見て幽霊だと信じこんで震え上がっている図である。こういう虚構をふれまわる人は、今国会に提案された教育公務員特例法の一部改正法案の内容を読んでいないと思われる。もし、読んでいてそのような虚構をふれまわることができるとすれば、当人は天性のウソつきか、通常の読解力を欠く人だと断言できるからである。」私は念のために国語辞典を引きました。虚構とは、つくること、そらごとだということであります。天性とは、生まれつきということであります。断言とは、はっきり言い切ることと書いてあります。「枯尾花を見て幽霊だと信じこんで震え上がっている図である。こういう虚構をふれまわる人は、今国会に提案された教育公務員特例法の一部改正法案の内容を読んでいないと思われる。もし、読んでいてそのような虚構をふれまわることができるとすれば、当人は天性のウソつきか、通常の読解力を欠く人だと断言できる」――今村さん、いらっしゃいますか。御当人でなければ答弁できない。――局長、あなたでもいいです。 私は読まないうちからこのように解釈をしておりました。この論法からいきますと、私は天性の、うそつきか、通常の読解力を欠く人ということになりますが、そうですか。――答弁ができなければその次に進みますけれども、よくその前の段を考えておいてください。「改正法案を読んだ後に、この法案が「教師に無定量な労働を強制するもの」だとか、「聖職教師の椅子に再びしばりつけるもの」だとかの感想をもつ方がおられたら、理由を添えて申し出ていただきたいものである。わたくしは、なっとくがいくまで解説してさしあげたいと思う。それでもなっとくができない人は、精神鑑定医に回すに足りるじゅうぶんな資格を備えている。」と書いてある。私はまさにこういう考え方でありますけれども、今村君は、私を天性のうそつきと断定し、精神鑑定医に回すに足りる十分な資格のある者だとお思いになっているのか。これじゃとてもじゃないが、本委員会の審議などできるものじゃない。私は気違いなんですよ。天性のうそつきなんですよ。これはどういうことですか。
○川村委員 関連。局長、いまの冊子は何部出しましたか。どこにこの抜き刷りをばらまいたか。
○天城政府委員 これは二万部出ております。
○川村委員 どことどこにばらまいたのか。
○天城政府委員 教育委員会関係、教育長協議会、その他行政関係の団体、それから教職員の職員団体等に配っております。
○川村委員 このことはきょうだけで結末のつく問題ではない。実に重要なことであります。私は、この際ちょっとお尋ねしておきますが、この委員会月報は、文部省の何の予算から六千部無料でつくっていますか。
○天城政府委員 印刷費、原稿謝金、通信運搬費を含めて百五十八万八千円を文教施策の普及指導費という項目の中で計上いたしております。
○川村委員 この発行者、著作者は文部省となっておるが、文部省設置法の職務権限からして、あなたのほうの地方課でこれを出す権能がありますか。
○天城政府委員 文部省設置法の文部省の権限の中に、「教育、学術及び文化に関する専門的、技術的な資料を作成し、及び刊行頒布すること。」ということを規定いたしております。
○川村委員 こじつけてはいけませんよ。文部省のほかの出版物はみな官房になっている。官房の所掌事務を見てごらんなさい。「広報に関すること。」「文部省の所掌事務に関する年次報告、要覧、時報等を編集し、及び領布すること。」これは官房だけが所管なんです。初中局地方課にはそういうような項目はないじゃないですか。
○天城政府委員 ほかの官房以外の局課におきましても、必要な専門的、技術的な資料を作成して、刊行頒布することということがあります。官房には官房の広報活動というのがございます。
○川村委員 文部省の発行責任と著作権があるのは官房でなければならぬはずです。あなたのほうの地方課でかってにこういうことをやるものだから、いまのようなおそるべきことをやってのける。これはたいへんなことですよ。なぜそれを官房でやらないか。委員会月報を発行することはよろしいが、なぜ官房でやらないか。
○天城政府委員 お話ではございますけれども、各局課におきまして、それぞれ所管の行政事務につきまして、ただいま申し上げましたような資料を作成し、刊行頒布することはいたしておるわけでございます。
○川村委員 斉藤さんがいまの問題をさらに進めます。
○斉藤(正)委員 天性のうそつきであり、私が精神鑑定医の鑑定が必要なものだという答弁をしてください。書いてあるじゃないですか。その答弁を得て、次の行動に移ります。
○高橋(英)委員 関連。これは重大な問題ですから私にも関連質問をさせていただきたいのですが、まさか国会議員の方にこういう意見を持っている方はないと思って、今村君はこういうことを書いたのじゃないかと思いまするが、国会議員のうちにこういう意見を持っておられる方があるとなれば、また意見を変えられるかもしれません。そういう点について、慎重にひとつ今村君と御協議の上に、もう一回御答弁願うようにお願いしたいのですが……。
○天城政府委員 教職特別手当の問題につきましては、率直に申しまして、オープンで長い議論が行なわれておりました。新聞紙上でも、かなりそのときどきのいろいろな考え方が出ておったわけでございますが、政府といたしまして、最終の意見を決定することがかなりおくれたわけでございます。閣議決定もたしか三月一日だったと思います。その間にいろいろな意見が出て、それがそのまま新しい制度の趣旨であるように理解された方が非常に多かったものですから、できるだけ早く新しい制度の趣旨を理解していただきたいという意味で、委員会月報の抜き刷りという形でこの趣旨を出したわけでございます。
○斉藤(正)委員 私の質問に対して答弁がないわけです。困っちゃうのです。天性のうそつきだということを言ってくださいよ。あるいは精神鑑定医の鑑定を受けるに足りる人物だと言ってください。
○天城政府委員 これは署名入りで書いてございますし、本人のいろいろな意向があるかと思うのでございますが、いまの斉藤先生のような前提で礼を失するところがあれば、それは私もおそらく本人の書いた趣旨ではなかったのだろうと思うわけでございます。
○高見委員長 ちょっと速記をとめてください。 〔速記中止〕
○高見委員長 速記を始めて。 それでは、この際、文部大臣から所見を述べていただきます。
○灘尾国務大臣 今回御審議を願うことになっております教職特別手当につきましては、すでに皆さまも御承知のように、いろいろ経緯がある問題でございます。法案として決定いたしますまでの間に、かなり議論の多かったものでございます。私、ざっくばらんに申し上げますと、文部省の一つの空気と申しますか、そういうふうなものと、最終的に政府が決定しました案との間には、かなり変化があるというふうな印象を受けられてもやむを得ない事情があろうかと思うのであります。そういうふうなことでありますし、同時に、この教職手当の問題につきましてはいろいろな批判が行なわれておるわけでございますが、その批判に対しては、もう少しよくこちらの考え方というふうなものも御理解を願う必要があるのじゃないか。正しい理解のもとに批判を受けるということは、これはやむを得ないことでありますけれども、もし誤解でもあって、そういうことで批判を受けるということがあってはいかにも残念だ、こういうふうなことで、実は私はこの法案についてはよくひとつ趣旨を皆さんにお知りを願うという意味の努力をするようにということは指図をしたのであります。しかし、いまお示しになりましたものについては、はなはだうかつでごいますけれども、私、見たことも聞いたこともないことでございます。だんだんお話を伺っておりますと、いかにも考えが足りないと申しますか、まさか諸先生を侮辱するとかなんとかいうようなつもりで書くはずもないし、そういうつもりはもちろんないことと思いますけれども、かなりまた問題を起こすような言辞を弄しておるというふうな印象を私も受けました。そこで、この問題につきましては、いろいろ御意見もあろうかと思いますが、いま申し上げましたようなことでございますので、私にもう一ぺんひとつ調べさしていただきたいと思います。その上で、あらためて私として皆さま方に所見を述べさしていただきたいと、こういうふうにお願いしたいと思いますけれども、いかがなものでございましょうか。
○斉藤(正)委員 食言とか放言とかいうのならまた別ですよ。明らかに活字にし、冊子にし、しかも二万部という部数を、特に抜き刷りしたなんてうそを言って、出てもないものから抜粋して、しかも天性のうそつきだ、精神鑑定医の鑑定を要する、何たることですか。だから、ただもう一ぺん調べてみてなんという大臣の答弁だけでは、私はもう絶対に承服できない。 局長、この文書を御存じでしたか。
○天城政府委員 私は原稿でこの文書を見る処置をいたしておりませんでした。
○斉藤(正)委員 しかもこの文書は、過日行なわれた三月十一日の全国教育委員長臨時総会ですか、それにもばらまかれておるわけです。おそらく二万部はそういう方向へばらまいて、われわれを天性のうそつきと言い、気違いだと言って宣伝しているに違いない。これほどおそろしい宣伝はないです。しかも、これが文部省初等中等局地方課が出している教育委員会月報の中に載せられる原稿であるということになりますれば、これによって受けるわれわれの屈辱、被害を、一体何と御理解なさるか。ばかと言ったとかあほうと言ったとかいうのは名誉棄損にならないものだと私は調べています。気違いだと言った場合には明らかに名誉棄損になるということも調べているのだ。どういうことなんです、これは一体。ただ調べてみるだけでは、とても承服できません。
○唐橋委員 この件について関連して。先ほど二万部ということが出ましたが、この二万部の配付は、この前文部省が関係教育五団体をお集めになりましたね。その席上で、しかも厚い紙のりっぱな表紙のがそっくり説明資料として渡されてあるということ、これはお認めになりますね。ただし、行かなかった団体は一つあります。説明だけ聞いて戻った団体はあります。しかし、少なくとも全国の教育委員会、校長会、そういうようなあらゆる総合的な機関を全国的に集めた席上で、しかもりっぱな冊子として、いま持っておりませんけれども、私の手元に一部あります。それ、そうですよ、その冊子ですよ。その冊子を説明資料としてはっきり渡し、そしてこれによって説明されているという事実はお認めになりますね。
○天城政府委員 前段の、いま手元に私も持っておりますが、これを配ったことは事実でございます。それから、説明は私がいたしまして、別にこれにのっとって申し上げたわけではございませんで、主として法律案に即して説明したわけでございます。
○唐橋委員 なお重大ですね。あなたがおいでになった際の、責任者がおいでになった目の前で資料を渡されたのですね。それは読んだ、読まない、そういう問題でないのですよ。はっきりとこの「教職特別手当の支給について」といって、注釈を入れて、これが説明資料でございますということで、全国の教育界の責任者を集めて、あなたが出て、あなたの目の前で渡された資料ですね、中身の言い分はどうでもあれ。中身を知らないというのはおかしいですよ。別な資料を渡したのじゃないでしょう。同じ資料でしょう。 それではなお聞きますよ。いまのように「精神鑑定医に回すに足りるじゅうぶんな資格」というような、これではありませんと説明したのですか、何と説明したのですか。
○天城政府委員 御指摘のように、いろいろな教育関係の団体の方に来ていただきまして、先ほど申し上げたような新しい制度の趣旨について御説明は私いたしました。その席でこれが配られたことも事実でございます。ただ、説明にあたりましては、法律案を中心に経緯を説明申し上げたわけでございまして、これをテキストに私が一々説明したという事実はございません。 それから先ほど、これは事前に私が原稿を見てないということを申し上げたわけでございますけれども、一応委員会月報という形で出るという前提でございますので、この編集上の立場は、役所としては私が責任者でございます。
○唐橋委員 なお関連してお聞きしますが、いろいろな方面と言われたのですが、先ほど私があげた五団体は、あなたたちのほうでは、先ほどユネスコ、ILOのあの条文をあげましたが、必ずその団体を集めれば教育界全員であるという、こういう意味合いの団体なんでしょう。教育界全員の代表者であるという意味合いにおいて――相手方が出席する、出席しないは別ですよ。あのILOの精神にのっとって、給与改定をする場合には教育界の団体と協議してやらなければならないというあの条文にのっとって集められた。これ以外の団体はないのですよ。日本国じゅう一切を含む団体の代表であることだけはお認めになりますね。
○天城政府委員 そのお集まりいただいた方々のことについてでございますが、職員団体につきましては、いま存在しておりますすべての団体の方をお願いいたしましたし、また、その他校長会その他の団体の方々もお集まり願ったわけでございます。
○唐橋委員 私が聞いているのは、あのILOの精神の中で、ああいう経過の中で、先ほど斉藤委員が質問された中にも出てきました、給与に関しては教育団体と協議するというあの条項、そういう意味合いでお集めになったという、こういう趣旨に従って、私の言うのは、あなたたちがいわば使用者側の立場であり、他方はいわば使われるという立場における全員という意味でお集めになったと思うのですが、その他の団体はまだあるのですか。
○天城政府委員 これは一部の団体から、説明会なら行かないといっておいでにならなかったところもあるわけでございますけれども、交渉するとかという意味でなくて、制度が、いろいろいきさつがあって、固まるのにたいへん時間がかかりまして、やっときまったという段階で、内容を御説明したい、説明会という意味で考えたわけでございまして、職員団体以外にも、校長会その他いろいろな教職員関係の団体もございますので、先ほどお話しのような、特に職員団体の方々とお話しするという意味では毛頭ございませんで、教育関係者にという意味で他の団体の方にもお集まりを願ったわけでございます。
○唐橋委員 ずばり答えていただきたいんですよ。お集めになった趣旨は、いわばそういう団体の代表ということで、一応私からいえば全部と言いたいんですよ。あなたたちは、一応日本の教育団体を全部含んでいる、あとその他いろいろ研究団体やら何団体やらある。しかし、一応考え方としては、ILOの精神に立った場合には、そういう意味に解されるという立場で直接考えられたかどうかですね。いま私がこういう提案をすれば、なるほどそういう意味合いにもなります、こういうふうにもなると思うのですが、そういう意味で、いわば全教育界という意味にとっていいかどうかということを聞いているのです。それが一つ。 それからもう一つは――関連質問はこれだけで終わりますが、もう一つは、このことが教育新聞にも出ているということはわかってますね。私もその教育新聞――あなたもしあれだったらお持ちしますが、教育新聞にも出て、全国に、精神鑑定に回しなさい、「ねずみ一匹」も、全部教育新聞にも出ているということを、あなた知ってますか。
○天城政府委員 二つの御質問でございますが、要するに教育界の方々にこの法律の趣旨を理解していただきたいという意味で関係者を広くお招きしたということは事実でございます。 それから第二点の、教育新聞に教職手当の記事が載っていることも承知いたしております。
○高見委員長 この際、暫時休憩いたします。 午後五時二十分休憩 ――――◇――――― 午後五時二十一分開議
○高見委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 小林君。
○小林委員 これは私は委員長に提案をする。それほどやはり大きな問題だと思うのですよ。文部省は、去年私が剱木文部大臣に文部広報の問題を取り上げて質問したことがあるのです。御存じですか。こういうふうにすべてを曲解するような文部省は、われわれのまじめなことばも受けないのだな。だから、こういう常に過失をおかすのだ、過失じゃない、これがあるいは文部省の態度であるかもしらぬ。文部広報に、全国の教育委員、教育委員長、教育長、これらを集めて文部大臣が何か訓話をやったわけです。それがずっと出ておる。その出ておることが、それは文部省としては集めた人たちを対象にするからこれは目的かと思うけれども、見る人はさまざまあるわけです。われわれもそれをもらって見たわけです。ところが、その内容たるや、おととしの一〇・二一の教員組合の諸君の行動に対してきわめてきびしい批判をして、これに対して教育委員長や教育長が適切な処置をとったことはまことに感謝にたえないということを言っているのです。私は、それもいい。それもいいけれども、教職員の諸君がいまの物価高の中で十分な給与も受けられないという気持ちもわかるくらいのことばを一つくらい入れたらどうか。そうすればこれはほんとうの文部広報になるけれども、これは明らかに一方を敵視し、挑戦をするような文部広報ではないか。こういうものを政府機関が出して、しかもわれわれ議員もこういうものを読まされて黙っていることができるかという話をしたことがあります。これは委員会の席上ですよ、しかも第一委員室でやったことを覚えている。大臣は、これに対して一応弁解はしました。そうしてその中に、教育委員長や教育長を非常に喜ばせる条項というものがずっと並べてある。これが剱木文相のこれからの抱負でありますという中でもって、超過勤務手当はすぐに出しますということが書いてあるのですよ。そういう広報を出しておるのです。そのほか、だいぶ最近は日教組の諸君も文部省と提携するようになって云々とあったから、非常にいい考え方だ、あなたもっと接触しなさいという話を私もしたことがあるのです。そうしたら文部大臣は、ざっくばらんに申しますよ、大臣が私たち委員を招待した席で、私の前へ来て、「小林さん、私は任期中に日教組と必ず会います」、こういうところまでうまく運び込んだわけなんですよ。そういう話もあって、文部広報に対して、全く一方的な見解というものは私どもは今後慎みますというような意見まで言って、そうしてその中に、超過勤務手当は必ず出しますということを約束しているのです。それが豹変してこういうふうなものを出して、しかもこれに対して、まだ審議がどういうふうに行なわれるかわからぬけれども、大体これに対して反対の人たちはわかっているわけですよ。そういうことを十分承知しながら、こういうものを出したということは、今村審議官だけでない、初中局長も、残念ながら文部大臣も含めて、法案を国会で審議をしてください、慎重審議の上すみやかに可決されたい、ああいうそらぞらしい法案の提案説明をするのでなくて、腹の中は明らかにもう反対勢力あるいは批判勢力に対して挑戦をしている。しかもその挑戦をする人たちが、超過勤務手当は必ず出しますと、つい昨年の暮れまでそういう態度を文部省がとつてきた。とってきた文部省が、どういう力が作用をしたか知らぬけれども、豹変をして、そして今度のような法案を出さなければならぬようになった。そのことこそ、文部大臣は、文部省は、国民の前に陳謝しなければならぬ。教育行政をつかさどる者が、自分たちの真意を曲げて法案をつくらなければならぬなんということは、まことに申しわけないことである、しかしいまの情勢ではしかたがないというふうな、そういう陳謝文を出すならば私は国民に対して誠意があると思う。こんな文書を出して挑戦をする。すでに国会の審議は不必要であるという態度で文部省が出てこられておると私は解釈しても差しつかえないと思う。私どもはそういう見解なんです。 そういう見解に対して、あなた方が、これを是として、正しいものあるいは軽率な問題だぐらいで私どもを納得させるなら納得さしてください。納得すれば私どもも審議を続けます。しかし、そうでない以上は、配付したこの文書を全部全国から撤収するか、ああいう不届きな文書を出してまことに申しわけない、真意は私ども文部省が悪いのだ、文部省の非を国民の前に明らかにするような文書を全国的に配付をするか、そういう納得できる措置をしなければ、私どもは今後審議をすることができない。審議をしては、私はこの事実を知る国民に対して申しわけないと思うのです。したがって、私は、文部省に言わない、委員長が同じ扱いを文部省に受けたと言ってもいいと思う。したがって、委員長は、これに対してどういうふうに善処するか。そのためにきょうの審議を打ち切って何らかの会議を開くなりすることは私は賛成いたしますが、そういう事実があるのです。文部省は、超過勤務手当を出しますといって国民全体に約束しているのです。そうして、もうこういう広報は出さない、気をつけますということを、昨年も、五十五国会で私に言っているのだ。にもかかわらず、こういうふうなものをあえてやる。少しも文部省として反省がない。そういう省が文教行政をつかさどる、人間像を云々する、私はもう文部省の資格がないと思う。しかも歴然として議会に挑戦をするような、あるいはこれに対して批判を加える者に対して気違い扱いするようなことばを聞いて、われわれは単に自分たちがばかにされたということじゃない、一体文部省はどこまでのし上がっているのだ、こう私は考えて、この際議院の立場でこの問題に対してその態度を協議していただきたい、こういうふうに提案いたします。
○高見委員長 暫時休憩いたします。 午後五時二十九分休憩 ――――◇――――― 〔休憩後は会議を開くに至らなかった〕