農林水産委員会 第25号
- 発言数
- 175 件
- 登壇者
- 15 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1968/07/19
会議録
○鹿野委員長代理 これより会議を開きます。 農林水産業の振興に関する件について調査を進めます。 本日は、特に米価問題について、参考人から意見を聴取することにいたします。 本日御出席の参考人は、全国農業会議所専務理事池田斉君、全日本農民組合連合会中央常任委員中原嘉之吉君及び全国農業協同組合中央会常務理事安井七次君でございます。 参考人の方々には、御多用中にもかかわらず本委員会に御出席くださいまして、まことにありがとうございます。ただいま本委員会におきましては、米価問題について調査いたしておりますが、本問題につきまして、参考人の方々の忌憚のない御意見をお聞かせいただきたいと存じます。 なお、はなはだかってではございますが、参考人各位からの御意見の開陳は、お一人おおむね二十分程度にお願いすることにいたし、その後に各委員からの質疑があれば、これにお答えいただくことにいたしたいと存じます。 御意見の開陳は、安井参考人、池田参考人、中原参考人の順序でお願いいたします。まず、安井参考人にお願いいたします。安井参考人。
○安井参考人 安井でございます。参考人といたしまして米価に関します意見を申し上げたいと存じます。話を進めますために多少の資料をお配り申してございますが、それらに触れながらお話を申し上げたいと存じます。 二十分の持ち時間でございますので、私は最初に、われわれの要求米価の内容と算定方式について申し上げたいと存じます。次に、米価をめぐりますいろいろの問題がございます。これについてわれわれは重大なる意見を持っておりますので、この点について申し上げたいと存じます。次に、米価を中心にいたしまして、農政の確立を強く今日までわれわれ申しておりますけれども、この農政の確立とあわせて、農民の信頼を裏切らない政治をやってもらいたい、そのことを第三番目に申し上げたいと存じます。 最初に、要求米価につきましては、すでにわれわれのほうからいろいろお願いを申し上げておりますとおりに、六十キロ当たり九千二百四十四円を要請申し上げております。この内容につきましては、お手元に算定要領等を備えまして御配付申し上げておりますので、ごらんをいただきたいと思います。時間もございませんので、内容の詳細に触れることははずさせていただきたいと思います。この方式は、生産費及び所得補償方式の中でいわゆる積み上げ方式といわれるものであって、さらに、農業団体が従前からいっております勤労者世帯との年間所得均衡の方式をとっております。 御承知のように、農林省の決定米価の方式は、三年前の四十年及び一昨年の四十一年は指数化方式でございます。この指数化方式を簡単に申し上げれば、御承知のとおり、いわゆるパリティ方式と考えても私はよいのではないかと思う。再生産の確保、所得の補償はこの方式ではできません。そのほかいろいろ矛盾を持っております。したがいまして、四十一年には三百九十数円をこの方式のほかに加算をいたしまして決定米価にいたしたという矛盾露呈の内容を持っております。 そこで昨年は、それらにかんがみまして、農林省の決定米価は、いろいろ議論がございましたが、いわゆる生産費及び所得補償方式の中の積み上げ方式で決定がきれております。ところが、この積み上げ方式の中にも、御承知のとおりにいろいろ問題がございまして、特に問題になりますのは労働時間のとり方、特に不就労時間のとり方に非常に問題があります。これをいろいろくふうをいたしましても、問題の解決には今日至っておりません。第二は、時間当たりの労賃のとり方にも非常に問題を持っております。農林省の方式は五人以上の製造工業規模をとっております。これが三十人以上、五十人以上でなぜ悪いのか、とのところにも非常に問題を持っております。それから本年も問題になると思いますのは、農林省の方式の中で固定資本に対する利子のとり方の低さ、それから特に本年問題になりますのは、自作地に対します地代の計算が、昨年農林省は小作料の引き上げを行ないました関係で当然上がってくるので、これが今年度の問題になろうと思います。 われわれはこれらの問題を考えながら、やはり究極するところ米価というものは、基本法にきめられております所得格差の解消というところが中心で、次に再生産の確保でありますから、御承知のように米価の六割は労賃でございますから、この労賃のところを、五万人以上の都市勤労者世帯と均衡を保たしめるという方法で、われわれのいわゆる年間所得均衡方式を採用いたしておるのでございます。 ここで私は特に申し上げたいのは、本年度は農林省はいかなる方式で諮問をいたし、決定するかはこれからの問題だろうと思いますが、巷間伝えられますのは、この算定方式に需給の実勢を入れて米価を管定するということを申しております。いわゆる四十二年の過剰の傾向を米価の要素に入れて低く押えるということをいっておりますが、さて、この関係をわれわれはまことに遺憾なことであると思います。理論上の問題はともかくとして、戦前戦後今日まで、御承知のように、あとで触れたいと思いますが、食糧は常に足らない足らないで今日まできており、そのときには、足らないから需給実勢には触れないで農民に犠牲をしいながら、多少の、四十二年という特異な豊作の年をつかまえて農民感情を刺激する、この問題のあるところをはなはだ遺憾に考えております。よろしく国会等で御審議をいただいて、われわれの意のあるところで方式をおきめいただきたいと考えます。 次に、米価をめぐりますいろいろの問題が生じております。まず私は、一番大きくいわれておりますのは米の過剰論であると思います。戦前戦後を通じまして、私が先ほど申しましとおりに米は足りませんでした。戦後を通じて米の余りましたのは、四十二年の千四百五十万トンに近いというこの一年でございます。私はおわかりやすくするために、最近五カ年、特に豊作である四十二年を除きまして、米の国の操作を見ますると、大体千二百七十二万トンの生産があるようでございます。そうして大体五十五万トンから五十六万トンの輸入をいたしております。これは不足ということでございます。そうして合計千三百二十七万トンで国民の食糧を操作いたしております。おそらく今後もこういう状態が続きましょうが、人口増によって、私はやはり消費はふえていくものと考えております。千三百二十万トンの作柄を持続することは非常にむずかしいことでありまして、私は、四十二年一年をとって、豊作であるから米価を下げろの、生産制限をしろのと言うのは、無定見もはなはだしいものであると考えます。特にわれわれの考慮しなければなりませんことは、主食糧として大きなものは米と同時に麦類でございます。御承知のように、麦は政府の間接統制に移しました二十七年以降非常な減反でございます。今日三百万トンないし三百二十万トンを輸入をいたして——これは主食であります。このほかにえさ用がございます。われわれがこの際問題にするのは主食用でございますが、三百二十万トンを年々輸入をいたしております。したがって。これをわかりやすく申しますれば、日本の主食というものは、千三百二十七万トンの米と三百二十万トンの輸入の小麦と、麦類で二百万トン国内生産をいたしております。これを消費いたしますから、千八百四十七万トンで主食糧が操作をされておるということであります。この操作をされております全体主食糧の中で、輸入をされておりますのは、先ほど申しました米の五十五万トン、麦の三百二十万トンでありますから、三百七十五万トンの外国依存の食糧政策を続けておる、いわゆる食糧自給度八〇%を切るというのが日本の食糧の事情であって、このことを考えないで、千四百四十五万トンの四十二年の豊作をもって米余れりというのは、あまりにも食糧政策を見る目のないやり方であり、考え方であり、農林大臣がこれを言うに至っては、一体わが国の食糧をどう考えておるのかを私は強く申し上げたいと考えます。 私は、おそらくいまのような政策を頭に置いて政府がものを言う限りにおいては、米は減産すると思います。食糧の自給のとれない、不足をする国に国の繁栄はございません。最もよき例は、私は常に申し上げますが、イギリスの例でありましょう。農業国から工業立国に切りかわり、怠惰な国民ができ、その国民が農業を営む現況が、今日の自給度五〇%そこそこになり、昔日のイギリスの経済発展はありません。ここをよくかみ分けませんと、日本の将来も、いまから百年前のイギリスの農業政策の切りかえ、今日の悲運、それとよく似たものが出ると私は考えております。 私は、次に物価問題に触れたいと考えます。巷間米価は物価引き上げの原因だ、こういっております。これはまさに反対であります。物価が、賃金が上昇いたしますために米価も上がらざるを得ないというのが現況であり、私はその例を申し上げますれば、消費者米価と物価の関係を見ますると、三十三年から三十四年、五年、六年と消費者米価は十キロ当たり八百五十円で据え置きであります。この間消費者米価はいかなることになっておるかと申しますと、三十四年では一%上がっております。三十五年、消費者米価は据え置きであるにもかかわらず、三・六%消費者物価は上がっております。三十六年は据え置きであるにもかかわらず五・三%。このあたりから、日本の倍増計画の急速なる高度経済成長の余波を食らって消費者物価は上がっております。三十七年の十二月に消費者米価は百五円上げました。九百五十五円になっております。消費者物価は六・八%上がっております。三十八年、九年と消費者米価は据え置いております。しかるに消費者物価は三十八年は七・六、三十九年は三・八と上がっております。消費者米価を上げなくても物価が先導して非常に上がっておることは、この例でごらんをいただきたいと思います。 そこで、私考えまするに、これはかっての三十九年の景気調整期のときに問題になりましたごとく、日本の三十年代の急速なる経済発展、年率実質一〇%ずつ上がったというあの影響がこの問題を提起いたしておるのであって、いわゆる設備投資を基軸として経済成長をはかってきました。このために企業は自己資本の造成を急がねばなりません。御承知のとおりに、日本の企業は借り入れ金でまかなっております。銀行です。銀行は日銀券の発行につながっております。日本の企業の自己資本造成不足から来る、経済成長を急ぐのあまり日銀の兌換券によりました結果が高度経済成長であり、物価の上昇であり、二面考えますれば、あれくらいな高度の経済成長をして消費者物価をあの程度に逆に押えたのは、むしろよくやったほうであって、われわれ国民はそのもとをよくただして見なければならぬのではないかと思います。 その例を申し上げますれば、日本銀行券の増発は、三十年を一〇〇といたしますと、四十二年は指数で、指数といいますか倍率で四七三%になっております。四・七倍、五倍に近い兌換券の発行をいたしております。さらにまた、預金通貨を担保に小切手の流通、これも紙幣の増発と変わりありません。これは三十年を一〇〇といたしますと六二八であります。三十年を一〇〇としていかに四十二年の増発が多いか。これを両方平均いたしますと、三十年を一〇〇として五九〇・七%、約六倍近い紙幣の乱発を行なっております。そしてこれにかわる物の生産が伴いますれば、私はさほど問題はないと思いますが、この物の生産を、われわれは日本の生産力の発展の関係で見るのが一番よいと思いますので、国民総生産を代表させます。国民総生産を三十年を基準といたして四十一年を見ますると、——四十二年は私、残念ながら持っておりませんが、四十一年は二七九・二%でございます。約二・七倍の国民総生産をあげております。このことを申し上げるのは、紙幣の発行は六倍近いが物の生産は三倍に満たないというアンバラのところに、日本の消費者物価の高騰がからあります。米は元凶ではないのです。なぜかと申しますと、戦前あるいは終戦直後は、家計支出の中の一割二分は米の支出でありますから、ある経済めどになったでしょう。現在は五・五%というきわめて家計支出の中における割合も少額なものであって、これが消費者物価を誘導する、そういうことはなくて、財界がこれらにかぶせて事をいたしておるところに、国民がごまかされておるということを私は申し上げなければならぬのだろうと思います。 次にもう一つ、労賃と米価の関係を申し上げますと、製造業の常用労働者の賃金は、三十年を一〇〇として四十二年の指数は二七二になっております。生産者米価は三十年を一〇〇として四十二年は一九二・一%になっております。生産者米価は指数がいかに低いかということがおわかりをいただけます。 持ち時間が迫りましたので、私は食管制度の問題を申し上げますが、食管制度は堅持をされなければなりません。戦後、今日まで一割ないし二割の食糧不足を続けておる。食糧の不足を続けながら国民生活に不安がなかった、日本の経済が安定成長を遂げてきたというのは、食管制度のおかげであります。一年の豊作のために食管制度を議論するのは、一体それは生産者のためになるから食管制度を議論するのか、消費者のためになるから食管制度を議論するのか、あるいはまた、財政負担が軽減されると思って食管制度を変えようというのか。時間がございませんが、消費者の立場、生産者の立場、また財政負担が軽くなるとはさらさら考えられません。間接統制がいかに金を食うかは、アメリカのCCCが買い入れをやっておる余剰小麦対策、買い入れ制度、農務省の予算の三割を占めている例を見ましても、決して財政の軽減にはなりません。生産者から申しますれば、二十七年に小麦を間接統制いたしましたときには、米価の六割五分です。間接統制に移しましたその後から小麦の減産が始まっております。面積においても、生産においても半分になっております。価格は米の四割に下落をいたしておるところに、この間接統制が、再生産を確保しない価格をきめておるということがいえると思います。 私は最後に、この米価を論ずるときに、やはり何といっても農業政策の基本をどこに置くのかをきめない限り、単なる値上げ論だの据え置き論だの、そのところの愚にもつかない議論が横行するのであって、自給度向上が農業政策の基本であり、国民経済的視野からもそう見るならば、私は米価問題の高安よりも農民の気分として解決する血も非常に多いと思います。輸入米は将来安いとは限らない。外貨から見て、最終消費の米をどんどん消費することには限界が私はあると思う。日本の貿易じりは相当よくないし、経済力もさほどよくない。付加価値の生まない最終消費の米をどんどん入れて、日本の経済は一体立っていけのかどうか。食糧の自給のないところに繁栄はありません。農業政策の確立をこのところにおいてされなければならぬと思います。 しかるに、私、最近非常に不愉快なのは、農林大臣、食糧庁当局が、新聞ではありますけれども、食管制度を変えたいと言い、買い入れの制限をいたしたいと称し、いろいろ言っております。しかも最近、総合農政を推進するという名のもとに新味のないことを言って、われわれが希望する農業政策の確立には触れないで、食管制度を変えることのみを強調いたしておる。この農林省がある限り、農民は農林省を信用しないでしょう。同時に私は、選挙前とは言いませんが、ある時期においては食管制度を堅持する、あるときにおいては米価は確保する、ところがある時期にくると、さてこの公約が一体いかなることになっておるのか、われわれは疑問を持たざるを得ません。おそらく日本の農民は、政治とはかようなるものであろうかという不信が充満をいたしており、これが農業政策の確立を阻害するものであると私は考えます。 農民の信頼する政治、そのもとにおける米価、これをおきめいただくことをよろしくお願い申し上げまして、私の意見を終わりたいと思います。(拍手)
○鹿野委員長代理 次に、池田参考人にお願いをいたします。池田参考人。
○池田参考人 全国農業会議所の池田でございます。 本日は、特に本委員会におきまして参考人として、当面した米価問題につきまして意見を開陳する機会を与えていただきましたことを、厚く御礼を申し上げたいと存じます。 お手元にきわめて簡単なものでございますけれども、「米価問題についての見解」という資料を差し上げてございます。これに基づきまして、ただいま安井参考人から言われましたような問題で、重複しておるような問題等は一応省きまして、率直にわれわれの見解を補足するような意味で申し上げてみたいと思います。 特に、この「米価問題についての見解」の前段にございますように、米価問題は単なる価格政策と、こういうワクの中で論ずること自体に実は問題があるわけでございまして、長い日本の歴史の過程の中におきまして米価問題が、特に米という問題が、国民経済なり農民の生活環境の中でどう位置づけられておるか、こういう歴史的な視点を含めまして、より高い次元で、単に価格問題ということを離れましてこの問題を扱わないと、これは日本の国民経済全体の上からも、また、農民の経済の中からも非常にゆゆしい問題である、こういう視点をまず前提といたしまして申し上げたいと思うわけでございます。 第一の問題は、そこにありますけれども、これは先ほど安井参考人から述べられておりますので、われわれ農業会議所といたしましても、同じ算定方式に基づく要求米価を提示をいたして、皆さま方に御協力を願っておる関係もございまして、この問題につきましては深く触れません。ただ、先ほども若干触れましたように、われわれの米価の要求というものは、やはり科学的な一つの資料に基づかなければならないというような前提に立ちますので、資料の関係上一年前の数字を基礎として、一年あとの農家の生活の基礎である米に基づく所程をお願いする、こういうような非常に謙虚な形でこの問題を提示しておる。少なくとも本年の春闘におきまして五千円の賃金アップが行なわれておることは、御案内のとおりでございますけれども、そういうものは考慮に入れられない、こういうようなことで一年あとを追っておる。こういう問題を含めまして十分御認識を得ると同時に、そういう環境の中での要求米価であるということを、一言つけ加えておきたいと思います。 なお、私は、ここにありますような幾つかの問題は、昨今本年度の米価問題を背景としていろいろ議論が行なわれておりますけれども、それらの議論の中で非常に問題がゆがめられておるというような問題点を若干あげながら、今後の米価問題の御審議の参考にいたしたいというふうに考えておるわけでございます。 二ページの第二にございます問題は、先ごろの政府の、農業者の所得が都市の勤労者の所得を上回った、したがって、農業所得の中で大宗を占める米価については、これ以上もう上げる必要はないのではないか、農業基本法でいうところの所得均衡というものは、農家の所得という姿においては、平均的な数字ですでに勤労者を若干でもオーバーした、大体目的を達した、こういう議論が行なわれ、そういう基礎の中で抑制米価の一つの議論が背景として行なわれておることは御案内のとおりでございます。これはきわめて皮相な見解であるというふうに考えるわけでございまして、なるほど農家の所得というものそれ自体を見ますと、そういう状況に数字的にはなりますけれども、その中身を少し洗ってみますと、いまのような見解は当たらないということが明らかであると思いまして、若干の資料をそこにつけまして、その点の理由を明確にいたしたような次第でございます。 御承知のように、農家の所得は農業所得よりも農外所得の増において農家の所得の増大が行なわれている。三ページの上にその資料がございますけれども、すでに昭和三十八年を転機として農業所得と農外所得は逆転をいたしておるわけでございます。百二万という農家の所得が四十二年に達せられておるけれども、その中で農業所得は、そこにありますように農外所得を下回っておる。こういう姿の中で問題が行なわれておるという点が第一の問題であり、なお、これを勤労者の所得と比較する場合に、農業従事者一人当たりが一体どうであるか、勤労者一人当たりがどうであるか、農業は一人でやっておるわけではないことは御承知のとおりでございますので、その辺の問題をさらに分析をいたしますと、三ページの第二表のような問題になるわけでございまして、農業所得だけを取り上げてみますと、一人当たりの金額というものは、昭和四十二年の数字がございませんので四十一年でとりますと、製造業の一人当たりの所得で見ますと、いまだまだ半分である。農家全体の働き手を総合して、兼業所得に依存をしながら、農家の所得というものがやっと都市並みになってきた、こういうところに問題の本質があるわけでございまして、まだまだ農業所得をこれから向上をするという政策的な手段が大きく残されておるのだ、こういうことを申し上げておきたいと思うわけでございます。 第三番目に、三ページの終わりのほうに触れておりますが、これは先ほど安井参考人から触れられた問題に関連をいたしますけれども、特に昨年の大豊作というものが、いわゆる専門家の意見によりますと、天候要因が七割である、七割を少し割った数字になっておりますけれども、一応七割である、技術の向上による要因は三割である、こういう異常な良好な気象条件のもとに昨年の大豊作がもたらされておる。このことをひとつ十分前提として、今後の需給問題を考えなければならないのではないかという考え方を、実はここで強く示しておるわけでございます。したがいまして、米の需給問題は天候七割に支配される、こういう状況の中で長期的な、国民の主食である米の確保について、一年あるいは二年程度のそういう問題で、今後千三百万トンは十分定着をするというあの食糧庁方面から出されておる見解につきましては、ひとつ十分吟味をしなければ、七割の天候に支配される稲作というものが、一体はたしてああいうような機械的な考え方におきまして長期安定ができるかどうか。この辺はもう少し長い目でものを見なければならないし、また、先ほども触れましたように、国内の食糧の総合合的な自給度という視点から政策判断をしなければならない。軽々に余っているとか足りないとかいうような問題を取り上げることは、非常に間違っておるということを考えざるを得ないわけでございます。 もう一つ第四番目に、そこにありますように、これは大蔵省方面で非常に強く出され、本日の新聞には、農林省もそういう考え方を入れるであろうというような、いわゆる米が余っておるという問題を背景とした需給の緩和、これを米価の算定方式の中に加味する、こういう問題が巷間伝えられております。この点は先ほども触れられましたけれども、いわゆる今日の食管法の中におきますところの米価の趣旨、また、現実に長い間米価をきめてまいりました実態というものは、少なくとも国民生活を安定をさせるという意味におきまして、米の過不足からの価格変動を遮断してきた、これが私は食管法の基本の趣旨であると思います。したがいまして、食管法の生産者米価をきめる条項の中に、なるほど経済事情ということが書いてありますけれども、いままでかつて米の需給という条件をあの解釈の中に入れるということは、少なくとも今日までとってきていない、こういう厳粛な歴史的な過程を前提として、この問題には対処すべきであるという強い考え方を持っておるわけでございます。 この辺の問題と関連をいたしまして、われわれの要求する米価の算定方式、昨年政府が与党との調整におきまして最終段階に確定をいたしましたいわゆる積み上げ計算新方式と申しますか、こういうものについては一応考慮の外に置いて、指数化で押し切り、また指数化の中で、いま申し上げましたような需給事情を反映するようなマイナスのファクターを入れる、こういう形で米価を算定しようというような考え方が、一応新聞紙上を通して出ておるということはきわめて遺憾でございましてわれわれは、長い間米価をきめてまいりましたところの、需給を遮断して米価を決定したこの経過は、本年もぜひともひとつ守っていただきたいというふうに考えるわけでございます。 四ページの終わりのほうですが、外国の農産物との比較において、特に米は二倍である、こういうことが、やはり貿易の自由化の問題を含めまして、米価を抑制するという問題にいろいろ利用されております。この点につきましては、第五番目に理由として二つほどあげておりますが、当然これはこれをお読み願いましたらおわかりのとおりでございまして、アメリカの米あるいは東南アジアの米というようなものは、全然その生産の条件が異なるという姿の中において、非常に低賃金を基礎とした東南アジアの米の生産費は安い、アメリカは日本の何十倍というような大農方式において安いというように、その国の農業生産の社会的、経済的条件の中で、同じ安いにいたしましても問題が異なっておるわけでございます。 したがいまして、わが国の農業というものは、特に米につきましては、今日の国民経済の中におきますところの農業、農村は進展しつつありますけれども、そういう零細農耕の中で技術水準をできるだけ上昇する、そういう姿の中におきましてこの問題がきめられるわけでございまして、貿易の自由化という前提に立って、いろいろなものを完全に自由化するという場合は別でございましょうけれども、そうでない、その国の歴史的な社会経済的な条件の中でそれぞれ生産が行なわれ、その価格がきめられておる、こういう問題であって、国際比価に対するいろいろな議論というものは当たらないということを、われわれは強調をしておきたいと思います。 特に、この問題を解決していくということは、今後の農政が、いわゆるアメリカ水準までいかなくても、規模拡大なりあるいは生産性を上げるという、そういう本格的な構造政策の展開、そういうもので少しでも近づけていくということは望ましいと思いますけれども、今日の状態において国際比価との関係で、わが国の生産者米価を抑制する、そういう議論は当たらないということを申し上げておきたいと思うわけでございます。 それから五ページに、いわゆる現在の生産者米価が開田ブームを呼び起こして、基本法に基づく選択的拡大を阻害しておる、こういう問題がございます。そして、この問題をできるだけコントロールするのに、米価を抑制し、価格政策によって、特に米の価格政策によってコントロールしよう、こういう考え方が政府の中にあることは御案内のとおりでございます。この点は、基本的に日本の農業の本質を前提としない、いわゆる均衡経済学者の価格論に支配をされるような政策の態度であると私は思います。少なくとも選択的拡大部門を含めまして、日本の総合食糧自給度を向上していく、こういう前提の農政に立つならば、米以外の必要なる農畜産物に対する価格政策を米に準じた方向に充実をしていく、こういうことが価格政策においては大事であり、また、これらを実現するための、いわゆる構造政策というものを本格的に取り上げる、こういうような方向でこそ現実的な政策でございまして、米価を抑制して選択的拡大部門のコントロールをしようという問題は、基本的に政策態度としては誤りであるということを申し上げておきたいと思います。 時間がだんだんとなくなりましたが、六ページには、これはもうすでに皆さん御案内のように、現在、いわゆる各農産物を品目別に見ますと、ミカンと米程度のものがやっと経営条件を満足する価格であり、それ以外は非常にこれからかけ離れているというような問題の資料を提示いたしたわけでございます。 七番目に、非常にこれは重要な問題で、当面した米価問題をきめる一つの問題点になると思いますけれども、いわゆる総合予算主義の問題でございます。私どもは本年の予算の中におきまして、なるほど補正を組まないという形での総合予算が組まれておることも承知をいたしております。しかしながら、総合予算を組む前のたてまえといたしまして、年度途中の補正の一番中心になるいわゆる食管法に基づく米価をどうするか、もう一つは公務員の給与問題でございます。千二百億の予備費の中には、あまりはっきりした形では承知いたしておりませんけれども、従来の七百億の予備費のワクのほかに、公務員のベースアップの財源というものを五百億組んであるということを聞いております。そうなりますと、あの総合予算の中におきましては、食管法を前提として米価をきめるという場合には、いわゆる二千四百億程度の食管会計の赤字部門というものは、当然これは動かなければならない問題で、われわれの見解では、補正は公務員のベアにはこれは計上しないかもしれないけれども、米価には当然補正をやるという前提での総合予算主義であるならば理解できますけれども、そうでないということに相なりますと、非常にこれは理屈が合わない。生産者米価を抑制し、消費者米価をできるだけ上げないという形の問題が、すでに予算編成の段階においてきめられておる、こういうことを前提といたしまして問題が煮詰められるということになりますと、これは非常に遺憾な事態になるわけでございまして、この辺の問題をもう少しほぐした形で、本年の米価問題に対しましては対処していただきたいというふうに考えざるを得ないわけでございます。 もし、かりにどうしても総合予算主義を堅持するということになりますと、現在巷間伝えられておりますところでは、消費者米価は一〇%上げるのが限界であるというような一つの問題を前提として、逆に生産者米価を一体幾ら上げられるか、こういうようなきわめて機械的な問題になり、そのことが関連をいたしまして、指数化方式をさらに抑制をするような、需給事情を勘案するというようなマイナスの算定方式を取り上げようというような動きにもなるわけでございまして、私ども二、三日前の生産費調査の政府の発表に基づきまして、かりに昨年の政府決定米価と同じ算定を、そのまま置きかえて試算をいたしますと、約二万一千円という数字が出てまいります。われわれの要求とはそこに二千円ほどの、もちろん幅はあるわけでございますけれども、そういう問題を基礎としてことしの米価を、農業団体の要求との関連で解決をしていくという、そういう姿勢というものが、現在政府方面には全然ないというような感じがいたしておるわけでございまして、その点につきましては、何かこの総合予算主義という問題を前提としてものを論じ過ぎておる。しかも総合予算主義の中には、公務員のベアは予備費に計上されておるけれども、米価に対する予備費的なものはどうも一銭も計上されていない、こういうような問題をひとつえぐってこの辺の問題を整理していただきたい。 最後に、食管法の問題でございますけれども、これはわれわれも同様に、公約違反という姿におきまして今日いろいろ無責任な形で流布されておることはきわめて遺憾であり、八ページの終わりに書いてありますように、食管法が長い間、わが国の農業はもとより、国民経済全体の中で、安定的な経済の基礎をつくってきたこの点に着目をして、むしろ食管制度を守っていく、そのための具体的な前向きの手を政策的に打つべきではないか、こういうことを私は考えておるわけでございます。 特に、米がある程度余裕があるということは非常にけっこうな話でありまして、消費者が古米はまずいというような問題は防いでやる。そのためには、すでにもみの貯蔵でありますとか、あるいは冷蔵貯蔵で、一年や二年米の品質を落とさないという技術は確立しておるはずであります。むしろそういう倉庫問題にこそこの際力を入れて、半年分くらいの余裕米というものは十分安定して保管をしていくのだ、こういう前向きの政策こそが必要ではないか。 これにつきましてはいろいろ異論があるようでございますが、何か日本の食糧というものが、米はだんだん減っていくのだ。パン食に移行するのだ。その辺の問題につきまして、そのままイージーに流しておくということが、はたしてどうであるかという疑問も持つわけでございます。われわれは国民の消費生活の動向につきましても、わが国に最も適応した米を中心として食生活の体系というものをつくり上げるというような視点に立ちますならば、この際、米を学童給食に回すというような問題等につきましても、十分検討されていいような状況ではないかというふうに考えるわけでございます。アメリカの膨大な麦の輸入に依存をしながら学童給食をやるというようなことが、はたして必要であるかどうか。私どもの調査に基づきましても、名前は忘れましたけれども、ある町村におきましては、米を学童給食に回してやっておる事例がございます。学童はこれに対して非常に喜んでおる。特に高学年の生徒というものは、ハンだけではどうしてもおなかがすく、したがって、二時か三時ごろ学校から帰れば、そこで何かもう一ぺん食べなければならぬ。米に変わったために非常に満腹感があって、その辺を非常に喜ばれておるというような実例も実はございます。その辺の問題も、ひとつ考えていただきたいということをお願いいたしたいと思います。 結局、いま申し上げましたような問題がまだいろいろあると思いますけれども、今日、米価問題をめぐりましていろいろ世間に流布されておりますので、われわれ生産者団体としての見解を率直に申し上げまして、皆さま方の御参考にしていただきたいと思うわけでございます。 ありがとうございました。(拍手)
○鹿野委員長代理 次に中原参考人にお願いいたします。中原参考人。
○中原参考人 全日農の中原でございます。私ども全日農といたしましては、すでに書面で御案内申し上げてありますように、要求米価におきまして、石当たり二万八千五百円を要望いたしておるのでございます。この算定方式につきましては、詳細申し上げることを省略をさしていただきますが、ごらんをいただきたいと思うわけであります。 主として私どもの考える点は、米価の中におきましては、大きく二つに分けて労働費と物財費がございます。昨年の政府決定の米価の内訳は、大まかに六五%が労働費、三五%が物財費になっております。そういたしますと、食管法を前提とし、また食糧管理法を正しく理解するという立場において、生産農民が再生産を償う、そしてまたその所得が補償をされていく、こういう大前提のもとで考える米価というものは、まず再生産の部分においては、物財費というものが完全に回収をされなければならぬ、これは当然だろうと思います。そしてまたさらに、特に大部分を占める自家労働賃金、これは今日の日本における労働市場の、その労賃を当然農民も受ける権利がある。また、それなくしては今日の通常の社会文化生活を農民が享受していくととはできない、こういう立場から、いま申し上げましたような米価の要求をいたしておるわけでございます。 さて、要求米価の内容は、以上簡単に申し上げたわけでございますが、いま米価を取り巻く、あるいは米の生産を取り巻く問題等について若干申し上げ、本委員会の先生方におきまして、ひとつ十分意を解し、取り上げていただき、政府当局に強く要望をしていただきたい、かように考えるのであります。 まず、食糧全体の供給と需要の関係でございます。 昨年、幸いにいたしまして米においては、いままでにない大豊作だといわれております。米が余るとか、古米を食わなければならないとか、いろいろな論議がされておりますが、振り返ってみますと、この何年かの間に、米が豊作で需要に対しての供給がようやく上回ったということは、昨年の産米だけでございます。一年くらいの米が多少余ったからといって、直ちに米の価値評価を低くしていくということは、これは日本の食糧政策の上においても、また同時に農業政策の上においても、いかにもつくりごとであるというふうに私はとらざるを得ないと思うのであります。幸いにして米だけは需要供給のバランスが整えられておりますが、昨年、昭和四十二年現在における調査によりますと、国内需要を満たす農畜産物では、鶏の卵だけが一〇〇%で、あとはみんな輸入に仰いで、日本の食糧需要に対する供給源になっております。特にめん類あるいはパン類の小麦におきましては、その八〇%を輸入に仰いでおるという実態であります。さらにまた乳製品あるいは肉類等、これら畜産物においても、年によって違いますが、二〇%ないし三〇%の輸入であり、そして重要なことは、日本の国の中で生産する畜産の飼料は六〇%を輸入に仰いでいる。これをトータルすると、七、八〇%をまるまる輸入によって日本の畜産というものが成り立っておるのだ、そういうことになるだろうと思います。 こう考えてみますと、食糧全体の需要供給のバランスというものは、まだまだ大きく供給面において要望されなければならぬ。つまり、増産されてこそ自給体制の確立ということがいえるだろうと思います。日本の国は工業国である、だから食糧は、安い食糧を外国から輸入してもいいんだという意見が一部にはありますが、しかし、世界の先進国といわれる中では、ほとんどが食糧問題については相当な力を入れておる。むしろ先進国ほど輸出に向けて体制が整えられておる。こういう現況を考えますと、もし日本が文化国家であり先進国であるのだというならば、農業におけるところのこれらの諸対策というものが、先進国並みの対策に並行されなければうそだと思う。これでこそ日本は名誉ある独立国であると考えられると私は思うのであります。また、昨年における米が幸い豊作だといいながらも、先ほども申されましたように、あくまでもこれは天候条件によって大きくそのウエートが確立されておるのでありまして、米は、いま余っておるからといって、来年、再来年、ずっと将来にわたって災害なりあるいは凶作がないという保証というものは、これはだれもできないと思うのであります。 こうした立場から考えましても、米に対する対策というものは、もっと将来に向けて、重要な立場で、重要な問題点としてこれをとらえて、軽々に食管法をなくしていくとか、あるいは生産を減退させるような米価を決定されていくということは、非常に危険だといわざるを得ないと思います。もしこれを軽視するならば、そこにはもはや日本の農政というものはあり得ないんだというのが、大かた生産農民の現実の姿であり、また、もの言わぬ農民といえども、非常に大きな不満、不安を持っておると申し上げても差しつかえないのであります。 次に、物価と米価との関連に対して、若干申し上げたいと思うのであります。 せんだって私が、新聞紙上でございますので、その真意のほどはわかりませんが、拝見いたしますと、最近開かれた米価審議会——私どもはこれを御用米審と言っておりますが、米価審議会の意見一致といたしまして、消費者米価は上がっても物価には関係ないが、生産者米価を上げるということは農村にインフレーションを巻き起こす、こういうことが統一見解として出されております。これが今日ほんとうであるとするならば、学識経験者、りっぱな肩書きを持つ学者といわれる人たちが、まともにこういうことを統一見解として出されているとするならば、白昼堂々と、しかも何のおそれるところもなくこういう理論が通るのだとするならば、もはや何をかいわんやといわざるを得ないのであります。 ちなみに、明治六年におけるところの国家予算に対する決算、この決算に対しての米の総生産額の比率を見ますと、国家の決算に対して米の総生産額は約二百八十倍でございます。昭和四十一年度におけるところの国家決算に対する米の総生産額は、わずか四〇%ほどでございます。これは何を物語っておるかといえば、確かに、徳川時代あるいは明治初期におけるところの一世紀前の時代においては、第一次産業だけがすべての生産手段であり、同時にまた、そのことによって社会あるいはまた権力まで左右された。徳川幕府何万石、どこどこ藩何万石といわれたのは、まさにそのとおりだろうと思います。その時代においては、米が占めるところの社会的、経済的あるいは権力的な影響力というものは偉大であったでしょう。しかしながら、いまも数字で申し上げましたように、第二次産業の発展、したがって第三次産業の発展というふうに、国家全体の経済、文化すべてが大きく変わってきておる今日、昭和四十一年度においては、米の生産額は国家決算に対してわずか四〇%のウエートしか占めていない。この大きな違いというものが、わずかこれだけしか影響を持たない米の値段というものが、国全体のインフレーションを巻き起こす要因であるかどうか。これは私は、常識から考えても、そんなことはまともには受けとめることはできない問題だろうというふうに考えるのであります。 また、物価が上昇をする要因は、何か生産者米価の責任であるかのようなこともいわれますが、しかし、ここに若干計算をいたしてみますと、本年春における本年度の労働賃金上昇率がおおむね一〇%だといたします。そうしてまた、物価上昇がこの一年間におおむね五%だといたしますと、昨年決定された政府米価は一万九千五百二十一円でありますから、これに労働費、物財費の割合でそれぞれかけて算出をいたしますと、本年の米価は二万一千七百円程度でございます。これはつまり、二万一千七百円程度に本年度米価を値上げしても、農家経営というものはまだ一向によくならないんだ、やはり農民生活というものは、最低の立場に置かされておるんだということを雄弁に物語るものだろう、かように思うわけであります。 次に、食管法について、きわめて重要な問題でございますので、この際、米価と関連して意見を申し上げさせていただきたいと思うわけです。 食糧管理法は、確かに生産者の再生産を守る、そうしてまた消費者の家計安定の立場で消費者米価を決定する、こういう二重価格制になっております。これは、消費者と生産者だけが直接米を売ったり買ったりするだけの問題でなくて、昭和十七年に食管法が発足されて以来二十五年にわたる長い歴史というものは、簡単に生産者、消費者だけのストレートの問題では、もはや今日なくなっておるのであります。 いま過密問題、過疎問題といわれますが、つまり大都会以外の地域社会においては、この食糧管理法によって、不満足ではあるが、農家の収入の一つの柱になっており、生活の柱になっておることは言うまでもありません。ここに農家における労働力の安定性を求めつつ、一方においては、地域社会の中小企業の安定、定着性をこの労働力によって確保してきたのだ。同時にまた、地域社会における労働者は、下請企業で泣きながら、低賃金ではあるが、しかし農業に依存する。つまり食管法によって補償されておる米価のその所得によってコントロールしながら、今日農村地域社会が確立され、守られてきておる。この占められる食管法の位置づけというものは、社会の構造の中に深く根をおろしておるのだ、こういうことをわれわれは真剣に考えておるわけであります。したがって、食糧管理法というものが簡単にいじられるということはきわめて大きな社会問題である、こういわざるを得ないのであります。 このたびの参議院の選挙中に、佐藤総理は秋田において、食管法を守ると公約いたしました。それはわれわれも期待をいたしたわけであります。ただし、下のほうに時期尚早と書いてあった。この時期尚早というのは、ことによると、きょうはまだ時期が来ないが、あしたになれば時期が来たということにすりかえられるのではないかという、一まつの不安もなきにしもあらずであったわけでございますが、選挙が終わったとたんに食管法改正問題が堂々とまかり通るということは、われわれ農民としては、その政治に対してどうしても信頼を置くことができない。私は、こういう責任ある政府、政権を担当しておる最高機関の公約が一夜にして破壊されるということでは、一体われわれはどこに依拠してそれぞれの生産に励み、それぞれの立場で努力をしていくのかということに、大きな疑問を持つものであります。このような立場におきましても、食管法というものを軽々に改正したり、これをなしくずしにしたりということは、とうてい許されないものであるだろうというふうに考えます。 次に、農家の崩壊でございます。農業所得は、先般農林省発表によると百万以上になった、これは勤労者所得より上回ったといわれておりますが、その内容は、御案内のように五〇%以上が農外収入によってまかなわれておる。このことは、言いかえるならば、半分は農民は失業になったのだと置きかえても、まさに間違いはなかろうかと思います。農家の経営が農業収入によって百万にされなければ、ほんとうの意味の農家経営なり生活の安定を来たしたのだということにはならないだろうと思います。この農家所得の割合だけからいいますならば、今日の米を含む農畜産物価格が倍にならなければ、農業経営が安定をされたとは実はいえないだろうと思います。こういう立場から考えるならば、今日私どもが要望しておる石当たり二万八千五百円の要求米価というものは、きわめて控え目な米価である、こういうことがいわれると思うのであります。もとより、私どもは農民であり、非常に遠慮深いのでございまして、常に控え目のことを申し上げておるわけでございますが、この点ぜひひとつ大きくお取り上げをいただきたいというふうに思うわけであります。 次に、最後に、農業は企業として発展をされるのだ、したがって米価というものは、生産性を高めつつ、あるいは経営規模を拡大していけば、米の価格を安くさしていくことができるのだという意味をも含めて、農業総合政策論が農林大臣から出されております。これは私は非常に問題があるというふうに思います。なぜならば、農業が企業としてはたして成立するかどうか。確かに第二次.産業、鉱工業生産においては企業として成り立つでしょう。きょう一つつくるテレビは、合理化なりオートメ化することによって、その生産は三倍にも四倍にも可能であります。生産を高めることができる。だがしかし、農業ばかりは、天然自然条件を相手にする性格を持つだけあって、そのようなことはできない。ことしは十アール当たり米が三石とれたが、来年からはひとつ所得倍増論によって、一年に米を三回とって四倍でも五倍でも米をとろうではないかというわけには、これはまいらないのであります。あるいはまた、去年は十カ月かかって一頭の親牛が一頭の子牛を産んだが、本年からは生産性向上、企業性をもって、一頭の親牛から十頭の子牛を産ませようではないか、こういうことは不可能であります。そういうように、農業というものが自然条件というものに拘束されておる限りにおいては、農業自体が企業として拡大強化していくなんということは、おそらく考えられないのであります。 とするならば、農業を発展させるということはどういう立場からやるか。これはやはり私は、日本の総生産所得というものを、農業という位置づけを踏まえながら、そこに均てん的な配分という立場において、農政というものを確立する以外には道がないだろう。あるいはまた、経営規模を拡大すればいいのかといえば、そうばかりはいえない。御案内のように、たとえば稲作におきましても、その作付農作業過程において、人手がないから、本年一月から田植えを始めて十二月まで田植えをしておれば、一年じゅう仕事があっていいというわけにはまいらないのであります。あるいは苗しろにおいても、あるいはまた田植えにおいても、収穫期においても、限られた季節間においてそれだけの仕事をしなければ、自然に対応する、天候に対応する稲作というものを確立していくわけにはまいらない。そういたしますと、求人難の今日、限られた中に多量の人手を使って企業的な経営を拡大していく、こういうことは不可能であります。この立場におきましても、あくまでも自作農というもの、あるいは家族労働というものを安定させるという基準の上に、農民みずからの自主的なくふう、創造意欲を持たせて、協業なり共同化の方向へ移行さしていくことが、本来農政の安定と確立でなければならない、かように考えます。とするならば、米価の決定にあたっては、あくまでも零細農も一定の生活安定ができ得るという、時間労働農業が確立し得るというその立場においての労働賃金評価というものが、所得の補償、農業、農民生活の保障の立場で確立をされていくという米価の算定というものがなされていかなければならない、かように考えております。 さらに、米を安くするということをよくいわれます。米を安くするには、たとえば日本の米は輸入米の倍である、非常に高いといわれておりますが、米を安くする方法は一つございます。それは日本の農民を一つのワクの中に入れて、農民だけには徳川時代の生活をさしておく。テレビも何も見せない。ふんどし一つにはち巻きだけで農作業をやらしておけば、米の価格は四分の一、三分の一の価格でつくれるはずでございます。もし憲法に保障されるように、農民も人間としての今日的時点の上に立つ文化生活を保障するという立場をとるならば、これはあくまでも今日の文化が平等、均てん的に受け得るのだという保障を価格の面で決定する以外にはないではないか。これが文化国家における農業の基本思想でなければならないし、またそのことによってのみ日本の農業を発展させ、国の総体的経済を発展させる大きな基盤としなければならない、かように考えます。 以上、概略申し上げたわけでございますが、私どもはこの立場においての要望を申し上げております。意のあるところを十分おくみ取りいただきまして、ひとつ皆さん方の偉大なる刀を発揮いたしまして、全国における生産農民の期待にこたえ得るような御検討、御配慮をいただくことを要望いたしまして、私の意見にかえさせていただきます。(拍手)
○鹿野委員長代理 以上で参考人の御意見の開陳は一応終わりました。
○鹿野委員長代理 つきましては、参考人各位に対して質疑の申し出がありますので、順次これを許します。田澤吉郎君。
○田澤委員 米の問題に関しましては、毎年非常な大きい問題を起こして今日まできているわけでありますが、生産者の皆さん方の要求する米価は、これまでも実現されないまま今日まできているわけでございます。それにしても、毎年政府並びに各関係者は、生産者の気持ちというものは相当高くくんで今日まできたのでありますが、今回はどうも生産者農民の気持ちというものを、最初から何か踏みにじって今日まできているような気がしてならないわけであります。私も自由民主党ですので、政府をあんまり攻撃する立場にはないのでありますが、それにしてもどうもそういう気がしてならない。 というのは、最初に生産者を除外したいわゆる中立米審というものをつくり上げて、そしてまず農民の声というものを聞く一つのチャンスをなくしたということ、それから米が非常に余っているので、食管制度を考えなければならないという問題を起こし、総合予算主義で予算を通してあるのであるから、結局米価というものは消費者米価とスライドでなければ結論が出ないし、そうでなければ据え置きでいかなければならないというのが、大体いまたどっている米価に対する現況でございます。 そこで、私たちはこれを排除していくためには、やはりひとつ農業団体の皆さん方の強い考え方、ただいまいろいろ御意見を承りまして非常に力強いのでありますが、さらに一そうの御奮闘をお願い申し上げる次第であります。 そこで、私はいま二点についてお尋ねいたしますが、その第一は、先ほど各参考人からもお話がありましたように、この間経済企画庁で発表しているいろいろな農業所得のあれによりますと、最近農家所得、特に農業所得が著しく上昇している。三十九年以降の都市勤労者世帯の実所得を上回っていることは統計の示すところであるというようなことをいいながら、こういう統計を出しているわけであります。それで一日当たりの家族労働報酬または賃金というのを四十一年度の表で出しているわけでありますが、これで見ますと、米は二千三百一円、ミカンが二千八百六十一円、五人以上の製造業者の賃金は平均で千六百四十六円、こういう比較表を出しているわけであります。先ほど池田参考人のお話にもありましたように、これはやはり直接労働力だけをおもに扱っているために、こういう誤解が出たのではないか。あるいはまた年間を通じての労働というものをどういうように考えたかという点、あるいは男女別の労働力というものをどういうように評価したかという点、私はこの表と、ただいま池田さん並びに皆さん方のお話にあった所得との差が、こういう点にあるのではないかと思うのでありますが、このいわゆる経済企画庁が出している農業所得というものと、皆さん方がお考えになっておる農業所得との開きというものが、一体どういう点にあるのかということをお知らせ願えれば非常に幸いだと思うのであります。
○池田参考人 この点は、先ほど申し上げましたように、私が差し上げました資料の三ページに一応その辺の分析をいたしておるわけでございまして、結局、一日当たりというところに少し問題のごまかしがあるわけで、一日当たりということで米が二千三百一円、ミカンが二千八百六十一円、それから製造業は千六百四十六円となっている。これはわれわれの算定方式の問題にもつながるわけですが、米に従事しておる者が一日当たりということで、製造業は三百六十五日ですが、米はそうはまいらない。しかし生活は、先ほどの資料にありますように、稲作農家では、一人ではなくて何人かが一日当たりのこの賃金を加えて、そして一年間を生活しておる、こういう問題。したがって、これはとんでもない少ない内容になるので、したがって農外所得をうんと取らないと生活ができない。労働者の場合は、五人以上の場合に千六百四十六円というものは、これは世帯員は若干は減りますけれども、三百六十五日を含めましてその生活をまかなうわけで、こういうところに、非常に経済企画庁のごまかしが内包されているというふうにいわざるを得ないと思います。
○安井参考人 一時間当たりのところは、われわれの米価算定でも、労働時間のとり方というのは非常にこまかいところまで議論をするわけです、管理労働時間を昨年は二・六時間入れてもらったとか。しかし、おそらくいまの賃金の支給に、労働者に一時間当たりで賃金を払ってどうだということは、私はあり得ないと思います、そういう賃金の支払いは。そういう意味で、最近国民生活白書が出ましたが、これによりますと、つとめ人世帯一人当たりの所得と農家所得との関係を明らかにいたしております。非常に四十二年は豊作ではあったけれども、つとめ人世帯一人当たりと農家世帯一人当たりの年間所得の差は九二%で、なお八%の所得格差がある。昨年は一五%の所得格差がございました。そういう見方のほうが、一時間当たりの見方よりも議論が少ないのではなかろうか、こう私は思っております。
○田澤委員 次に、食糧管理制度の問題でございますが、先ほど来いろいろ食糧管理制度に対するお考え方を承ったわけでございまして、まことに私たちも同感でございます。 ところが、また経済企画庁の考え方をお話し申し上げますが、どうも先ほど来参考人の方々からお話がありましたように、持ち越し米が非常にだぶついているという原因、あるいはまた物価に大きな影響を与えているというようなこと、それから財政負担が巨額であるというこの三つの点をあげているわけでございますが、私は食管制度というものが戦後——戦前はもちろんでございますが、戦後昭和二十八年から三十五年というこのあたりは、農業にとっては非常に苦しい時代であったわけでございますが、三十六年に農業基本法ができて、それから米価というものが、いろいろ国会でもあるいはまた国全体も議論するようになりまして、それがだんだん米価を上げてきて、そういうことによって、日本の農業の近代化というものに対する意欲が非常にわいてきたのではなかろうかと思うわけでございます。もしも、一年かそこそこの豊作あるいはまた外米の関係等によりまして、簡単にこの制度を廃止して、そしてやったとするならば、農業全体の近代化に対する意欲が全くなくなっちゃうのではないか。 ただいま、米が高いから単に開田をやっておるといいますけれども、開田事業そのものは、私は、高度経済成長の中で農業をどういうような形態にしていくべきかということで、たとえば東北でいいますと、米を主産にした農業構造というものをつくり上げるための一つの足踏みなんです。段階なんです。こういうような意欲的な農業というものを進めていくためには、やはり私たちは食管制度というものによっていま少し保護をしていかなければならないと思う。もちろん、政府は総合農政というものをつくり上げようとして、構造改善にもっと力を入れればいいじゃないかといいますが、これには時間がかかります。五年なり十年なりという時間がかかるものでございますので、私たちは、この食管制度そのものとしてはいろいろな難点もあるでしょう。しかし、あくまでも私は近代農業への意欲を燃やしていくビジョンをつくり上げるための一つの土台は、いまの段階ではやはり食管制度よりない、こう思いますが、各参考人の意見に重複するようでありますが、さらに参考人から、この食管制度のあり方について御意見を承りたいと思うのであります。
○安井参考人 私は、食管制度は、これを変えるという場合に、一体これは消費者が好むからとかどうとかでなくて、いいから変えようと考えるのか、生産者もそれがいいから考えようとするのか、あるいは問題の財政負担上それを変えることがいいのだと考えるか、さらにまた、国の高度成長のためにそれがいいと考えるのか、そういうぐあいに考えるわけです。そのほかにもう一つ意見のありますのは、御承知のように、他の企業は管理価格をしき得る。生産したものを自分らで価格を守り得る。ところが三百数十万の生産者農家は、自分の米を売る価格を自分で守り得るものではないのではないだろうか。やはり零細農の日本の状況からいって、これらの価格を守ってやるために、安定してやるためにこの制度が必要ではないのかという一つの見方があって、これが農政であろう、こう考えます。 そこで生産者は、もう理屈を言うまでもなく、この制度では価格が安定をする。先ほど申しましたように、間接統制へ移してから麦はもう半減した。なぜかというと、値段が下がったからです。食管制度をやめる、間接統制に移すということは、もう米が要りませんということの表示になる。だから価格は下げる。下げるから減産をする。生産は落ちる。しかし、消費は私は伸びると思う。これをどう考えるか。 それから消費者の方は、生産者米価が上がると二つ問題があります。物価が上がって自分の生活がいかにも苦しくなるという感じと、他の物価の高騰を誘導するという考えの二つがあります。私は、米が他の物価を誘導するのでなく、先ほど申し上げましたとおり、問題は別であろうと思います。 さて、消費者は、生産者米価が上がったから消費者米価が上がって不利だという考え方には、私は二つの間違いがあると思う。われわれが言っておるのは、食管制度は、根幹の問題になりますけれども、全面管理と二重価格制度、この二つが根幹であろうと思う。したがって消費者米価を上げる必要はないと私は思う。上げるにしても、最大限の配慮をして消費者米価をお上げになることがいいのではないのか。また、そのほうが日本の経済安定にいいのではないか、こう考えております。 もう一つは、間接統制へこれを移してごらんなさい。私は今日、全中におりますが、これまでは自由時代を通じて全販連で米をずいぶん長くやりました。戦前の米の自由時代の中間経費の追跡調査があります。新潟から東京の小売り、消費者に渡る問二七%の中間経費を要しております。現在は、食管制度の中で買い入れの経費、配給の経費を入れて大体一八%と思っております。それだけ中間経費が減って消費者は買っておられます。 そこで、かりにこれが間接統制へ移っても、いまの日本の流通の合理化ができないところから見て、またおくれたるとの配給業者の——おくれたるというのは、規模のおくれたという意味でございますが、近代化できないいまのおくれたる状態から見て、戦前の二七%の中間経費ではおさまらない、私はこう思っております。なぜかというと、もう非常に違っている。中間経費はどんどん上がっている。労賃の関係でそういうことになっております。そうすると、消費者は非常な高いマージンで買わされて、さて、自分の考えておることとはずいぶん違うのではないかということになる。同時に生産が停滞をする。食管制度があったからやみ米がありましたけれども、制度がなければ、消費者米価はいやおうなしに、ときどきの需給によって高騰、低落をする。一体、これは生産者のためになるのか、消費者のためになるのか。 次に財政負担。これは直ちに自由に移すというものではないだろうと思います。間接統制の段階を経てやりたいということではないのか。その場合に、間接統制に要する経費の膨大であることは、米穀統制法、買いかえをおやりになった時代、いかにこの経費が——いまの古米の問題と同様なることを言うわけです。買いかえをしなければいかぬ。準備をしておかなければいかぬ。なぜかというと、管理制度だから、先ほど申し上げましたように全体として一割、小麦を入れれば、主食を入れれば二割足らぬけれども、台所は埋まっておる。ところが、これがそうでないことになれば、いやおうなしに、二月分の手持ち米を持って準備をしておかなければ国民生活の安定はできない。経済安定はできません。これはわれわれ長い経験済みです。 そうすると、古米、古米と言いつつ、古米を滞留しなければならぬ間接統制をどうして目ざして話をしておるのか。論理の矛盾か、実態を知らざるもはなはだしいのか、ただそう言うことによって、当面の経済政策なり物価問題をごまかそうと考えておるのか、私は長い関係をしておりました経験から言いますと、一体何を目当てにして食管制度を変えようというのか、その真髄が私にはわかりません。まして宮澤経済企画庁長官の言うことはさっぱりわかりませんが、これらは一体何をうしろに控えて言っておるのかということを十分われわれは聞きたい、こう思っております。
○池田参考人 私は食管制度が、現在稲作を中心として、言うならば全体としての農家の経済に強く結びついておる、この現実を前提にして、一体、食管という問題を、こういうときに軽々に口に出すということは非常に問題であると思います。私は、先ほどのお話のように、農業の近代化意識が、この食管と結びついて農家の意欲の振興になっておることは、現段階においてはそのように考えます。 ただ、米以外の農畜産物が、長期の需要が必ずしもはっきりいたしておりませんが、少なくとも、それとの対応で不足をして輸入をしなければならない。畜産物等につきましても、製品はともかくとして、えさは膨大に輸入しなければならぬ。こういうような総体としての食糧の需給というものが、重要なわが国の消費経済をささえる中心の各作目について一体どうか、こういう問題になりますと、ここで先ほどお話がありましたように、農家経済に強く結びつき、定着をしておるこの食管制度を守りながら、一方においては畜産物その他の需要に見合う生産をわが国でどう振興するか、こういう面に対する価格制度の積極的な改善なり、あるいは全体を通じてできるだけ生産性のあがる経営を確立をするという、構造政策なり、そういうものを、食管を守りながらやっていくというのが農政の本体ではないかというふうに考えざるを得ないのであります。 したがいまして、今日食管が、財政なりあるいは米ができ過ぎるというような短期的な一つの問題を基礎として議論をされているということについては、非常に残念に思うわけでございますが、むしろその辺の問題は、全体のわが国の経済の規模の中で解決し得る問題であるので、この大事な食管制度をもう少しいろんな条件を整備をして守っていく、こういうことを先ほど申し上げたわけでございまして、かりに半年分くらいの米が保有をされるということは、国民経済から見て最も安定した姿である。 ここにもちょっと書いてありますが、私もしろうとでよくわかりませんが、石油はわが国の経済のやはり基礎をなしております。これは、話によりますと、少し間違っておるかもしれませんけれども、何か三十八日か四十日分しかないのだ。これでは、わが国の石油を中心とした経済はきわめて底が浅い。したがって、もしかりに何か海運上の問題がスムーズにいかないというほかの国の事態が起きた場合にどうするか、この辺を前提にして、日石等におきましては、二百万トンを貯蔵する原油の貯蔵庫をすでにスタートをしてつくっております。石油についても少なくとも半年分くらいは、かりに船がとだえても、わが国の経済をささえるために必要ではないか、こういう認識が企業の中でも出てきている。これは企業自体の採算ベースに合うようでございますから、企業のほうで、できるだけ政府が誘導してそういう問題をやれば、できると思いますけれども、米につきましては、これは政府の責任で半年分くらいのものについては常に保有できる。しかも、古米はまずいと消費者がきらうというようなことをいろいろ言っておられますけれども、しかし、現在はそういうことは技術的に解決をしておるので、むしろこの際倉庫等に政府が相当大幅な援助を与えて、それくらいの米は常に保有できる。こういうことで、その面からくる食管を云々という議論は、むしろそういう形で食管を守るための前向きの手を打つべきではないか。 もう一つは、先ほど申しましたように、何か米が自然に減ってくるのだ。食生活が西欧化するからだんだん減るのだ。なるほど統計上はそうなっております。そういうものは国民の体位の問題もあると思いますけれども、学童給食等でパンと牛乳という一つの結びつきはあるかもしれませんが、米と牛乳という問題も私は両立しないとはいえないと思うのです。これだけわが国の農業に最も基礎的な米の消費が、西欧化の食生活下において逐次減るというような問題については、もう少し学童給食等につきましても手心を加える。私も若干試算をいたしましたけれども、学童給食にかりに回しましても、一日おきというようなことで米を食べさせますと、二、三十万トンぐらいしかそれには乗りません。しかし、そういうような問題等もいまや含めて考える必要がある。あるいは、いわゆる低開発国の援助というような問題等についても、将来は米を考えるというようなことを含めながら、少なくとも半年やそこらのものは国内で安定して持っている、こういうことこそ必要ではないか。 いま一つは財政の問題でございますが、これは先ほど申しましたように、私は総合予算主義の中では、賃金の問題はなるほど総合予算になっておるけれども、米については、これは補正を前提とした予算であるというふうにあれは理解をいたしております。
○中原参考人 簡単に申し上げます。 先ほど申し上げましたように 食管制度は非常に重要な制度であるわけですが、空気のありがたさはわからないようなもので、長い間やっておると食管制度のありがたさが薄れてきております。しかし、考えてみれば、いま消費生活も家計簿中心の計画家計をやっておる。その場合における米の位置づけというものは、消費生活の中で非常に重要だ。これが財政の関係で左右されるということになると、家計に与える影響というものは非常に大きな問題になってくる。これが第一点。 それから生産農民の場合になると、御案内のように昭和初期、満州事変を中心とする時代のあの不況時代を考えてみましても、米が一俵五、六円という時代があったわけですが、この時代では、肥料代あるいは当時の年貢等を納めると、ほとんど生産農家自体が保有米がない。当時は地主へ行って借りてようやくしつけ米といいますか、田植え時期、農繁期を乗り越えたという例、これは御案内のとおりであります。そういうことを考えますと、いまの食管制度による農民生活自体の問題、ひいては農業政策全体の問題に重要な位置づけが占められておる。消費者、生産者それぞれ全体の問題からも、食管制度は軽々に変えられるべき問題ではなかろうというふうに考えます。
○田澤委員 終わります。
○鹿野委員長代理 次は兒玉末男君。
○兒玉委員 政府のほうに所信をただすのが本筋でございますけれども、ただいまの三人の参考人の方から貴重な御意見を聞きましたので、この際問題をしぼって御質問いたします。 安井さんにお伺いしたいのでございますけれども、先ほどのお話の中で聞かれなかったのですが、四十二米穀年度におきまして、大体政府買い入れ量が予想されるのは九百二十三万トン程度といわれておりますが、買い入れに伴うところの予算については八百五万トン分しか予算化されてない。こういう点等から考えます場合に、少なくとも百二十万トン近くの予算上のマイナスが考慮される。これに対する主張がなかったように思うわけでございますが、この点どうお考えになっているのか。 それからもう一つは、特に食管会計の赤字に伴う二千四百六十億、それに二百二十五万トンの古米の持ち越しが非常に日本の財政を圧迫しておるような印象を宣伝されているわけです。しかし、私は本年度の国の財政規模、財政投資を含めて八兆二千億円の中に占める二千四百六十億というのは、微々たるものじゃないかと思う。大資本等に対する財政特別措置等から考えますならば、租税特別措置法等を改正するだけでもこの程度の赤字補てんはできるのじゃないか。こういうような問題に対する中央農協等のもう少しきびしい主張があってもいいのではないか。これに関してどういうような御所見をお持ちか、お伺いしたいのです。
○安井参考人 最初の、買い入れ量がふえましたからという予算措置は、一般の予算措置でなくて、食管特別会計の借り入れのワクなりでそれを増大すればよい措置であろうと思います。これは、問題なく九百何十万トンも買い入れをしておるだろうと思います。問題は、そのために生ずる赤字の場合に、これがどういう措置をとるか。それをいまのところ、二千四百十五億の中へ織り込んで前年度の分は処置をしておるのだろうと思います。 そこで、御指摘の点で問題になりますのは、今年度の生産者米価を上げたらその赤字の措置をどうするか。消費者に転嫁すると、こう言っているわけです。このところはわれわれは反対です。同時に、赤字をふやさぬために生産者米価を据え置けなんという暴論まで出てきておるということで、これは断固反対をするということに相なると思います。
○兒玉委員 続いて安井さんにさらにお伺いしたいのですが、昨年の十月、全国農協中央会が「日本農業の課題と対応」というタイトルのもとに、長期展望を発表されておるようでございます。その中で、特に農産物の近代的流通体系の確立という項目の中におきまして、食管制度の問題を含めた方策が書いてあります。しかし、私はこの表現は、あくまでも食管制度を確立するというきびしい意思表示が薄らいでいるような感じがするわけであります。政府のとっている貿易の自由化がもたらすいわゆる食糧の輸入という問題を含めて、もう少し積極的な農協の食管制度に対する取り組みということが必要じゃないか。この点に対する御所見。 さらに、今度の参議院選におきまして、先ほど田澤氏からも質問があったようでございますけれども、佐藤総理があくまでも食管制度の根幹を守るということを言いながら、終了後直ちに食管制度の改変ということがあらゆるところから報道されている。これに対して、全国中央農協はもう少し激しい態度で政府にその責任を追及してしかるべきじゃないか。その激しさが、私たちはもう一つ足りないように感ずるわけでございますが、先ほどただしました「日本農業の課題と対応」と関連する問題を含めて御所見をお聞きしたい。
○安井参考人 御指摘のように、基本構想の中にはうたっております。そこで問題は、未来永劫農協は食管制度堅持と言うか言わないかのところは残っております。ただ、あくまでも生産者のために、国民経済のために、そういう状態に至っていないときに食管制度改変を唱える場合には、断固戦うということに考えております。 そこで、今後どうするのだ。私は、ことしの米価問題は、米価よりも食管制度へ問題は移って、米価も大事、さらに食管制度を堅持をすることが大事というように農民の気持ちが変わっております。かりに、今度米価を上げるから食管制度はまた考えようやというようなただし書きをつける米価決定には、断固反対をいたしております。農民の気持ちは、食管制度堅持に変わりつつあります。 そこで、私の判断では、今度の米価問題の間はいやがらせのやりったけをやるだろう、こう思います、食管制度を変える変えると言って、そうして事実は、私は手がつかないだろうと思います。配給面の一部改正を行なうとか、そういうことで、ただ戦線を次の時期に延ばすということを考えるのだろうと思います。われわれはそれを予想して、この米価決定の条件に食管制度改悪は絶対つけさせない。もし不幸にして農民心理を考えなくてそういう措置を国がおとりになるならば、われわれの政府との闘争は非常に強固に長引く、こういうことを考えております。
○兒玉委員 さらにお伺いしたいのでございますけれども、先ほどの御意見の中において、準内地米を含めて三百万トン程度の持ち越しがあったにしましても、過去十年間の需給事情から見るならば、決してこれは過剰なものじゃないという御説明がありましたが、少なくとも今後世界の食糧事情というものが、現状のように輸入に相当数を依存する状態がはたして可能なのかどうか。むしろ私は、国内における供給体制というものを強化することが、一億の人口を養うこの食糧政策として最も貴重な点ではないかと考えるわけですが、特に中央農協としてこの将来の展望と、それから供給体制の強化、この二点についてどういうふうな御所見をお持ちなのか、お伺いしたいのです。
○安井参考人 私のほうの御配付申し上げております資料にもございますが、まず世界の食糧は不足をする、こう判断いたしております。さらに東南アジア等われわれの身辺を見ますると、一九七〇年、このところで東南アジアだけで五百万トンないし七百万トンの不足を来たすであろう、こう考えております。 そこで東南アジアのほうは、近代化ができて生産が進んでも消費がふえます。御承知のように、東南アジアの人口は三%ずつふえている。にもかかわらず食糧は一%ずつしかふえない。非常なるアンバラを示しております。それがインドの食糧飢饉であり、東南アジアの貧困であります。そこで、おそらく日本は、ここかなりの問自給体制をとらない限り、健全なる経済発展は私はないと思っております。現在はどうか、決して余っておりません。先ほど申し上げましたとおりに、麦を考えれば約四百万トン近い不足をして、それを輸入に相まっております。 そこで、私はこの際ひとつ触れておきたいと思いますが、持ち越し米、古米が多い多いという議論です。それで私は実におもしろいことを思い出すのですが、河野構想をお出しになった三十六年には豊作でした。あり余っておりました。ところが、三十七年には不足になっております。三十八年、九年と非常に不足になっている。四十年は九十万トンを、四十一年も九十万トンを輸入いたしております。そのときに国が考えることは、食糧の集荷に関係する者は、不足であるということを言わないでほしい。われわれがそれを守って、いわゆる国民に不安を生じさせないように、いかに言ったらいいものか思案したことをいま思い出すわけです。なぜか。ほかのものならいいでしょう。食糧が一カ月分あるいは二カ月分足らないと表へ出たら、それは収拾の方法はありませんよ。 近辺の問題としていま豚肉が上がっています。基準価格三百二十円、市価は七百円から七百五十円。これはこま切れですから、簡単に枝肉の倍というわけには判断できませんけれども、おそらく六割は高いでしょう。それで国はそういうものは直ちに手当てするということで、緊急に四千トンの輸入をやっておりますが、入りません。なぜか。そう簡単なもんじゃない。しかも入れる場合、私の判断ではいま二千トンしか入りますまい。非常に鮮度の落ちたもの、長く凍結をしたもので、アルゼンチンから来ますから。そういう悪いものが、現在の日本の豚の価格の八〇%。消費者は高いものでも、ないとたまらぬから輸入を輸入をと言うが、入りません。事業団買い入れ百万頭になったとき、事業団会計がつぶれるからこういうことをやめろ。しかし、あの百万頭の買い入れがあって、三十億近い赤字を出しましたけれども、あの施策があったから消費者は今日まで豚の暴騰を受けないできておるわけです。いま事業団の手持ち一頭もなし。緊急輸入もできない。入ってきたら悪いもの、高いもの。私は、端的にこういうのを国民はやはりよく見る必要があるじゃないか。いささか最近の消費者層というものは近視眼的で、よくごらんにならないで、また報道機関はそれをえたりおうと書くところに、私はどうも食糧に関する短見的この取り扱い方は、やがて食糧問題でわが国に災いを残すだろう、こう考えております。 そういうわけで、先ほど申しましたように千三百万トン余りの操作をしなければ日本の米は成り立っていきませんが、少なくとも二カ月分の米を政府が持っておりませんと操作ができないのですよ。直ちに米が要るといったって入るもんじゃない。新潟で集荷をして搬送して、東京で精米をして小売りへ持っていくのに、少なくとも通常一カ月かかります。そこで、米がないといって直ちに配給するには一カ月かかるから、私の判断では、二カ月の配給米を常に持っておらなければいかぬのです。現在、二カ月の操作米といいますと百三十万トン必要でしょう。これだけのものは、常時端境期に持っておらないと食糧操作はできない。できないから、さき申しましたように、ここ三十九年、四十年、四十一年と百万トン近い食糧輸入をやって端境期切り抜けをやっておった。 それが、たまたま四十二年の豊作と出くわして、当然操作用に持っておった多量の輸入米と競合して、いまその中の内地米の古米が余っておることだけを喧伝をいたしておる。こういう実態そのものを、特に農民に言ったら非常におこるでしょう。まさに二カ月の米がなければ、毎年食っていけないのですよ。それは常に古米であるのですよ。それは何かというと、外米をどんどん入れてそれに備えておいて、昨年の豊作があったために、いかにも内地米がどんと、二百五、六十万トン余ったとか古米になるんだという喧伝は、まことに食糧行政をあずかる者の実態を知らないものの言い方で、私は、こういうときに農林省はその点を明らかにされる必要があると思うが、これまた言わない。一体これはどういうことかと私は考えております。
○兒玉委員 それでは最後に一問だけ、中原さんにお伺いしたいと思いますが、林野庁もこの災害に備えまして、約三万立米の備蓄材を置いておるわけでございますが、特にいまの安井さんのお話にもございますとおりに、昨年のような豊作ということがいつも続くわけじゃない。そこで、冷害なり台風なり災害に備え、私は、備蓄米対策ということを含めて考えなければいけないと思う。 同時にまた、今回のこの食管制の堅持と米価の闘争というものは、単に農協団体だけの運動ではなかなか成功はでき得ない。やはり生産農民を直接代表する全日農等の強力なバックアップがあって、この食管堅持が達成できると思うのでございますが、この二点について中原さんの御所見をお伺いしたいと思います。
○中原参考人 第一点として、いまの備蓄米の問題がございました。そのとおりだと思います。いま食管法というものがあり、いわゆる管理統制にあるから、いま米というものが一定の価格で消費者に届く、食生活の安定の中心的な役割りを果たしておる。こういうことがいえるわけですが、これがもし、食管法というものが空洞化されるあるいはなくなる、その上で、一体米がどれほど確保されていくのか、あるいは備蓄米としてあるいは貯蓄米として確保されていくかということになると、これは食管法がなくなればそういうこともできない。資本の力によって左右される。 それから、食管法と備蓄米というものは、もとよりうらはらの関係にあるだろうと思いますが、少なくともいまの食糧事情、先ほども申し上げましたように、米だけでは確かに若干の余裕が出ておるといわれておりますが、食糧全体からいくと、大きく輸入に仰いでおるというのがまだまだ現実の実態でございます。したがいまして、米をさらに確保するという柱の中でもしコンロトールするならば、むしろ逆に、あるいは肉用畜産物あるいはまた酪農等、これらの主要農畜産物自体も価格保障なり、むしろ食管という意味の中へ逆に織り込む中で、総体的な食糧の確保、あるいは自給体制というものをもっと強化していくべきである、こういうふうに考えます。 〔鹿野委員長代理退席、坂村委員長代理着席〕 それから、第二点の災害に対しましては、これはもう御案内のように、災害はわれわれが予測できないのであって、いままでの歴史の過程を見ましても、たとえば昭和の八、九年における食糧難、それから引き続いてある程度豊作が来た、こういうような状態、あるいはまた昭和二十七、八年におけるところの米の不足、それから引き続いて豊作が来た。こういうように災害は忘れたころにやってくるとよくいわれますが、こういう不測の事態に対処する、そのためにも相当量の米の確保をしておく必要がある。 それからもう一つは、これは相当の米を確保するという立場から考えれば、米の確保ということが資本の力によって左右されてしまえば、これは流通過程の中で米というものの備蓄、貯蓄意義というものが薄らいでくる。なぜならば、もしその資本の力によって米の値段が極端に引き下げられる、これでは増産意欲を持たない。これは人口災害だろうと思います。こういう一つの人工災害ということも考えるならば、もし今日の米というものがあらゆる時点に対処して考えていくということになれば、いまの五カ月なりあるいは六カ月米が余っておる——これは米穀年度の、あるいは早出し米等の関係で確かな数字はわからないと思いますが、これらの余裕米というものはあくまでも持って臨むべきだ。これが、一面においては農業の発展ということと農民生活の安定ということ、それから一面においては、日本の全体の食糧政策というものの基本をなすものであるし、日本の経済全体の安定をもたらすものであるというふうに考えます。 それから全日農の運動としては、この立場に立っても、先ほどの生産農民自体の実生活の中から起きてくる要求に対しても、あくまでも食管を守り、そしていまの食生活を確立していく、あるいは農業政策というものをより農民的な立場で確立していく。これをもって徹底的に、まず米価という一つの柱をさらにさらに強化していくという立場で戦っていかなければならぬというように思います。 全日農が農協との関連でどうかという御指摘がございましたが、私は、少なくともいまここで農協の要求米価をとやかく言う必要はございませんが、端的に言うと、農協の要求米価が、あるいは出かせぎなりあるいはまた農業以外の収入をもって農家生活が全うできるならば、米の値段は安くてもいいのではないかという算定内容を持っておる、極端に言うと。こういうことでは相ならぬ。したがって、農民生活というものは農業経営の中で守られていく、そしてそこにはやはり正しく農民の所得というものが補償されなければならぬ。労賃換算においても、われわれは都市製造工業の百名以上の企業の男子労賃をもって算出しておりますが、少なくとも国家公務員なりあるいは三公社五現業というような、こういう労働者の諸君が時間当たり、本年の春において三百三十一円をとっておるのに、なぜ農民がわずか二百八十円程度でがまんしなければならないのか、こういう矛盾というものは農民自体としても非常に痛切に感じておるわけです。したがって、その立場においても、徹底的に今日の農政の弱体、そして農民生活を守る、こういう立場で、米価要求ということを一つの軸として、これに対して要求運動を徹底的にやっていかなければならぬ、かように考えております。 もとよりその時点時点において、農協さんのほうは事業団体であるから、多少控え目なところもあると思います。言うことも言えぬし、やることもあまりやってはまずいじゃないか、あと倉庫保管料の関係やいろいろあるというような問題があろうかと思いますから。しかし、生産農民という立場でもっと正しく農民的な姿勢、生産者共同体という基本姿勢の上に立って、われわれと同じようにひとつ要求をしていく、こういう姿勢をぜひとも要望してまいりたいというふうに思っております。
○兒玉委員 終わります。
○坂村委員長代理 神田大作君。
○神田(大)委員 だいぶ時間が立っておりますから、要点だけを御質問申し上げたいと思います。 本日は、参考人の皆さんの非常に有意義なお話がありまして、われわれといたしましても非常に参考になったわけでありますが、まず第一に私がお尋ねしたいのは、安井さんにお尋ねしますが、食糧行政の責任者である食糧庁の長官が、買い入れの制限あるいは自由販売をほのめかして、そういうことをしても食管制度の根幹には変わりはないということ、これは非常にこれは重大な問題だと私は思うのです。われわれは、今日この食管制度があって初めて日本の農業が守られておると思う。食管制度以外の農業は、先ほども陳述されましたとおり、輸入が増大いたしまして日本の生産というものはだんだんと減っていく。畜産にいたしましても、あるいは飼料にいたしましても、こういう食管制度というような法律で守られていないものは、だんだんと衰微して日本の農業がくずれておるのを、食管制度によって、米麦を中心として日本の農業は守られているのですから、この根幹がくずれるということになるとたいへんなことになると思うが、自由販売をやっても、買い入れ制限をやっても根幹がくずれないという、こういう見解に対しまして、中央会ではどのような考えを持っておるか、お尋ね申し上げます。
○安井参考人 私は新聞で見て、食糧庁長官の言っておる買い入れ制限、これは食管法の根幹をくずすものであると考えております。第三条で生産者は——施行令の五条でこまかくうたっておりますが、要は、全面管理のもとにおいて、生産者は全部政府に売らなければならぬという規定になっております。ところが新聞で見ますると、長官は、買い入れの制限をする、ただし農民が売りたいと言ったら拒否をしない、その限りにおいて食管法違反でないと言っているが、とかくの議論よりも、売ると言ったら買わなければならないものを、一体どうして制限をするのか。それはことばのやりとりであって、やはり全面管理、全面買い入れの根幹に触れるものと、こう思っております。
○神田(大)委員 われわれもこのような食糧庁長官の言動は、このような農民の食管制度を守ろうとする気持ちを非常に惑わすものであって、はなはだもってけしからぬ言動であると考えております。今度の米審等におきましても、私は相当この議論がされると思いますが、われわれが要求しておったように、生産者並びに消費者代表を入れるという米審に対しまして、農業団体の皆さんも、もちろんこれは生産者、消費者を入れて生産者のつくった米の価格をきめる。それが、生産者にタッチさせないできめるというような、そういうべらぼうな話は常識的にもないわけです。工業生産品が、たとえばラジオにいたしましても、テレビにいたしましても、つくった会社のいわゆる価格というものを無視して第三者がきめて、ああそうですがと返事するものはないわけですから、こういうばかげたことをやっておる米審の選任、任命に対しまして、われわれはこれを認めるわけにはいかないのでありますが、今回任命されておる米審に対しまして、中央会並びに農業会議所はいかなる態度をもって臨まれるか、お尋ねしたいと思います。
○安井参考人 非常に長い、一言で言えば、今日まで反対を続けておる問題です。農協の態度は、あくまで新米審反対、戦術としては、無視をする、こういう考えでおります。 この根底に流れますのは、形式的な問題でなくて、少なくとも農家に最も大きい影響のある米価を相談をするのに、農民の代表や農民は入っちゃいかぬ、そういうところに一体農政というものはあるのかどうか。やはり重要な問題は、反対であるから反対と、そういう審議の場へ出して言わして、そうしてどうするかをきめるのが、私は農政といわず、政治一切がそうであるべきだ。反対をするから、あるいは入ると米価を上げろと言うからおまえらはこちらへおれよ、そうして賛成をする御用どもを集めてやるというのは、これは児戯に類することです。しかし、私はそういう形式は言わぬ。少なくとも農業政策に、農家に重要なる関係あるものは、やっぱりお互いに入って相談しようじゃないか。そのとき入れば、われわれだって反対は反対、やることはやる、それでもいいんじゃありませんか。 戦前は、農政というものはあるいはなかったかもしれません。国が政治を行なう圧制時代。戦後ようやく農村の民主化、国民の民主化ができて、農政というものができてきた。そして今日の農村には農政が活発になった。その農政が活発になったときに、農政に参加をしてはいかぬということは、まさに農政の危機だ、こう思います。農民はこれを十分わきまえなければならぬ。ああいう米審に入るんだ、入らぬというような、どなたかおっしゃったようなちっぽけな問題ではなくて、基本の問題だ。農民はそれを十分に意識し、今後対処しなければならぬと思います。 そこで、ではあるが、われわれ農協は、実力行使で今日まで開かさなかった、そういうことはしません。あくまで開くべきではないぞということで開かさなかった。しかし、開くことも予想いたし、開く段階で実力行使ということは考えておりません。あくまでも無視、そういう態度で、さらに中立米審を改組せしめるという方向で今後われわれの闘争は続く。われわれ組合員の間でも、それではなまぬるいという意見があるが、私は実力行使はやらない、合法的なる範囲内における無視、これ以外はないぞ、長く続く、こう言っておるわけであります。
○池田参考人 米審の問題は、全く農協中央会と同じ態度をとっておりますし。たがいまして、米審はわれわれも当然これを無視していく。 ただ、米審からどんなことが出されましても、政府はある程度これを参考にするというような空気もございますので、これはひとつ政治の舞台において われわれはどんな答申が出ましても、そんなことはわれわれに関係のないことだ、こういう態度をとっておりますので、十分ひとつその辺は政治の舞台において、われわれの考え方を御支持願いたいというふうに考えます。
○神田(大)委員 それでは最後に一言、池田参考人にお尋ね申し上げますが、米が余ったという宣伝もされ、実際余ったかどうか、われわれまだ確かめてはおりませんが、このようなときに、半年やその程度の米が余っても何ら差しつかえないし、また、そのぐらいの余裕がなければならぬと私は考えておりますが、この場合に、倉庫がないとか、あるいは輸送が非常に困難であるというようなことを言っておられますが、もみ貯蔵の問題、それから産地精米、つまり玄米で送って、都会のきついところで精白をして、またぬかを産地へ逆送するというようなばかなことはやめて、そういう問題で前向きな検討をして、いわゆる管理制度に対します方法を検討すれば、改善される道があると思うのです。少しぐらいの、半年ぐらいの米は当然あるべきなんで、そういう点について池田さんからも意見があったようでありますが、この点について、われわれでもそういうことを考えておりますが、池田さんとしては産地精米、もみ貯蔵についてどのようにお考えになっておりますか、お尋ね申し上げます。
○池田参考人 先ほども申し上げましたように、いま先生の言われる同じ考え方を持っておるわけで、特に品質を落とさないで貯蔵し、言うなれば消費者にまずいという印象を与えない、そういうことのためにもみ貯蔵をし、産地精米を集中的にやっていく、こういう問題を含めまして、こういうことこそ国の責任で半年分ぐらいの米をささえることをやることが大事であって、そういうことで、食管を維持するための前向きの政策を、この際出すべきではないかというのが私の主張でございます。
○神田(大)委員 安井さんにひとつお尋ねいたします。
○安井参考人 私はこう考えているのです。いままでの日本の食糧政策というのは不足対策です。1不足をどう乗り切るかということだけに専念をしている。たまたま過剰事態になりますと、当然保有をすべきその対策が不足をしております。じゃどうするか。私は、やはり消費者にいい米を常時お上げする以外にはないので、御承知のように、四年前から全販連のほうで、いまのカントリーエレベーター、あの設計をいたしたのです。私が当時の参事でございまして、現在十数カ所できております。しかし、過剰対策が必要でなかったから、国はそれを重視しておりません。 私は非常に愉快だったのは、この間石川県の吉田村に行さましたときには、サイロが当時四本でしたが、今度はまた四本建てております。八本のサイロで大量のもみ貯蔵を行なっている。そうしていまずり米で出てきます。品質は落ちません。これは具体的な問題ですが、こうしたもみ貯蔵には、どんどん国が援助をされるほうがいいのではないか。 ただ、ここで一番問題は、国が、不足対策でありますから、もみの買い入れをきらうという忌避価格をつくっている。非常に安い価格。だから農民はそれがよいと思っても、もみで買い入れると損だからそれが進まないという問題がありますが、便宜的な方法で、私も当時参画して解決をいたしております。この際やはり良質、過剰対策、そういうことを含めて、これは真剣にわれわれも考え、国も考えるほうが一番問題を生まないのではないか。このところで一番問題は、ある程度の余剰米を持つことはみんな反対はありません。米が悪くなるらかどうかというところに力を入れるからでして、根本を失っているようです。しかしこれも重要な問題だから、もみ貯蔵とカントリーエレベーターの増設とあるいは買い入れ制度の改善と、これらは十分考える必要があると思います。
○神田(大)委員 ありがとうございました。
○坂村委員長代理 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。 参考人の方々には、御多用中のところ長時間にわたり御出席いただきましてまことにありがとうございました。委員会を代表して厚くお礼を申し上げます。 午後三時三十分に再開することとし、これにて休憩いたします。 午後一時十三分休憩 ————◇————— 午後三時三十五分開議
○鹿野委員長代理 休憩前に引き続き会議を開きます。 農林水産業の振興に関する件について調査を進めたいと思います。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。まず石田宥全君。
○石田(宥)委員 いよいよ四十三年度の生産者米価決定の時期が参りましたが、最近、大蔵省をはじめ経済企画庁等がそれぞれ、米が過剰であるから、経済企画庁は、生産者米価も消費者米価も据え置きをすべきであるという意見を明らかにしております。また大蔵省は、間接統制に移行すべきである、あるいは総合予算主義は貫かなければならない、こういうような意見を発表しておられますが、その前提となるものは、米が過剰であるということを前提としておるわけですね。はたしてことしの米が過剰であるのかどうか、これはひとつ両大臣から伺いたいと思います。
○水田国務大臣 最初にお答えしておきますが、いま新聞紙上に、いろいろ大蔵省の意見とか何とか出ているということでございましたが、実は、まだ今年度の米価についての意見を述べたことはございません。いま、どうするかということについて、部内で私どもは熱心に検討しておりますが、まだ自分たちの意見は申しておりません。むしろ意見が早く出ないということで、言論界からもおこられておるくらいで、極力急いで、いま部内の意見をまとめようとしておるときでございますので、いままで出ているのは、利に私どもの意見ではございません。 お尋ねがございましたので、まず米は過剰かどうかということについての考え方を申しますと、これはいま、御承知のように米の需給は供給過多になっておる。昭和三十五年から需要というものは少しずつ減ってきておるにかかわらず、生産というものはだんだんにふえてきておりますので、供給は過多という傾向をとっております。そうして今年度の様子を見ますと、この十月ごろにはやはり古米の持ち込みが二百三十万トンをこすという趨勢でございますので、こういう点では、需給の関係は供給過剰になっておるということが言えると思います。
○宮澤国務大臣 需給の関係につきましては、ただいま大蔵大臣がお答えなさいましたように私も考えております。
○石田(宥)委員 四十三米穀年度末においては、農林省は二百六十五万トンほど過剰になる、古米が残る、こう言っておりますね。大蔵大臣は二百三十何万トンと言われておりますけれども、これは農林省の数字が正しいと思うのであります。 そこで、二百六十五万トンほどの古米が残存するという理由、なぜ一体そういう状態になったのか、それほど生産がふえてきたのかどうか、その理由をひとつ簡単に答弁してください。
○宮澤国務大臣 これは農林省からお答えすべきことかと思いますけれども、やはり国内における米が増産されたということが主たる原因であると思います。
○石田(宥)委員 農林省から答弁すべきだと言われますが、これは農林省からとった資料であります。ごらん願いたいと思うのでありますが、三十九年に五十二万四千トン、四十年に百七万二千トン、四十一年に七十万八千トン、四十二年に三十五万トン、ちょうど農林省のいっておるところの二百六十五万トン程度、この四年間で輸入をしておるわけですね。だから、昨年の増産というものも一つの要因であろうと思いますけれども、これだけの余剰米ができたということは輸入によるものである、この認識が私ははっきりしていないと思うのです。これは宮澤長官、どうですか。
○宮澤国務大臣 工業用の米などを、通商上の理由もあって多少ずつ輸入をいたしておりますけれども、しかし、それは昨今に始まったことではないわけでありまして、輸入量は、どちらかといえば最近少なくなっておる。やはり国内の生産量の増加が、その原因の大きな部分であると思います。
○石田(宥)委員 企画庁長官に伺いますが、非常備蓄用というものが各国で論議をされ、イギリスではもうすでに実施に移されておる。ウ・タント事務総長は、これは国連としても非常備蓄用が必要であるということを提案しております。そういう状況の中で、いま長官の答弁によれば、米はいろいろフレがあってずっと輸入をしておる、こういうことを言われますが、備蓄米というものは、日本では一体どの程度に必要だとお考えになって経済政策をお考えになりますか。
○宮澤国務大臣 先ほど石田委員の御指摘のとおりの、かりに二百六十万トン余りの持ち越しといたしますと、これは配給分にいたしまして四カ月をこえるものでございます。備蓄というものは多ければ多いほど、その観点からはよろしいでございましょうけれども、財政負担、倉庫施設等々、また米自身の持っております、どれだけ保存に耐えるかといったようなこともいろいろ考えますと、この程度の古米を持ち越すということは、最小限度の操作上の必要を、私は越えておるというふうに考えます。
○石田(宥)委員 そこで、農林省から出した資料の二ページをごらん願いたいと思うのでありますが、三十八年度の年度末における古米の在庫は一万五千トン、三十九年度は一万三千トン、こういう状態があった。このときに政府の在庫というものは底をついておったわけです。東京における配給の在庫量は、都民の配給量の二日分だといわれておった。農業団体やその他われわれのところにまで、その実態を明らかにしないでもらいたいという要請があったわけです。それほど危険な状態であって、もし東京都内に二日分しか配給の米がないというような事態が明らかになったならば、これは米騒動必至という状態であったわけです。こういう危険な状態をもたらしたのは、一体どこに原因があるとお考えになりますか。これは経済政策全体の上において重要な問題でありますので、お答えを願いたい。
○宮澤国務大臣 それは、少し詳しい御説明が要るのかもしれませんので、全部私のほうから申し上げられませんけれども、三十八年−四十年というあたりで、米の従来の趨勢からいいますと、やや増産の勢いが鈍った、米の生産量が少なかったという時点があったことは確かでございます。その後今日まで見ておりまして、せんだって農林大臣が、いまの需給状態はやや供給超過である、そして、この傾向は一時的な傾向ではないと思う、こういう御判断をされたように私、承知しております。私どももそれに従って、そう考えるわけでございます。御指摘のように、三十八年−四十年というあたりで一ぺん米の伸びが鈍った、生産量が鈍ったということがありましたことは、いま御指摘のとおりだと思います。
○石田(宥)委員 これは長官、あなたはそういう答弁をなさるけれども、当時担当しておられたかどうか私はっきり記憶しておりませんが、私はこの当時米の議論をしておった。国会で議論をしておった。それは、なぜこういう危険な状態が起こったかということについては、三十五年、三十六年は四十万トンないし四十五万トンという持ち越し量があったわけです。その二、三年の需給の状況を見て、いわゆる御用学者といわれて今日、米価審議会委員に委嘱されておるような学者諸君、あるいは農林省の諸君が、この趨勢をもってするならば米は過剰になる、こういうことを力説した。故人の名前をあげて悪いけれども、河野一郎さんが農林大臣をやっておったときに、米の生産は過剰になる、したがって、米の生産を抑制すべきだという議論をされた。私は、池田総理大臣と河野農林大臣をここに呼んで、そして二人の意見をただした。そういう余剰をつくるべきではないから、生産費の非常に高い地帯においては、米の作付は制限するのもやむを得ないという議論をされた。私、顧みて今日のこの皆さんの議論、大蔵省の——大臣は言っていないと言われるけれども、大蔵省としてちゃんと新聞で発表されております。経済企画庁はきのう文書をもって発表しておる。これは過剰であるから、したがって、両米価は据え置きにすべきである、こういうことを文書をもって発表しておる。あるいは大蔵省では、四十三年米価は現在の需給関係を反映させる、食管制度の根本的改革に踏み出すべし、限界生産農家を平均農家とするという、こういう重要な点三点をあげております。これは文書を出しておるのです。大臣だけが知らないでおるのですよ。 そういう状況ですから、いま短期間に供給過剰の状態だからといって、ここで値段を据え置くというようなことがあるならば、これは日本の米作というものばかりではなくて、日本の農業自体が危機に瀕するであろうということは、常識判断でできると思うのです。官澤長官、よく聞いておいてくださいよ。ここで経企庁が出したような両米価据え置き論というようなものがはたして妥当であるかどうか、どうお考えになりますか。 しかも、もう一つつけ加えておきましょう。四十二年の米の生産費は二五・五%上がっているのですよ。生産費が二五・五%上がっておるのに米価は据え置きだということになれば、どうして一体、日本の農業の発展どころか維持ができますか。それを含めてひとつ御答弁を願いたい。
○宮澤国務大臣 ただいま御指摘になりました両米価据え置き云々といいますのは、実はただいまの段階で、各党とも米の問題についていろいろ御審議をしておられますが、自由民主党でもそういう内部の研究がございまして、緊急のいまの段階で経済企画庁はどういうことを考えておるか、こういうことで、いまの段階における一つのこういう考え方があるということを実は説明いたしました。それが新聞に紹介をされたわけでございます。 私ども経済企画庁といたしましては、先ほどから御紹介いたしておりますように、主管省であります農林省の農林大臣が、現在の需給関係は供給が超過であって、しかも今後その趨勢というものは一時的なものではない、こういう判断を示されました。そのことに基づきまして、従来ずっと続けてまいりました 米は少しでも増産をすることのほうが望ましい、したがってその生産費としては、いわゆる限界生産費に近いものを政府の買い上げ価格にすべきである、生産者米価にすべきである、こういうことで従来きたわけでございます。それによって限界生産を奨励してきたわけでございますけれども、農林大臣の言われるように、この超過の状態が今後趨勢としては続くということ、及び量よりは質の改善ということにもう少し重点を置くべきであるということであるとすれば、従来限界生産費をほとんどすべてカバーできるような生産者米価をやってまいりましたけれども、今後は、そこのところも多少考え方を変える必要があるのではないだろうか、すなわち、限界のほうから少しずつ平均生産費のほうへ近づけてくる、このことが、農林大臣の言われるその認識の上に立って新しく考えられてよいのではないか、こういうことを申したわけでございます。 そこで、そういたしますと、完全に平均反収まで持ってきまして計算をいたしますれば、現在の生産者米価でもなお少し高いということになるわけでございますが、それはあまりに急激な考え方でございましょうから、徐々に、何段階かに分けて平均生産費のほうに生産者の価格を近づけてくる、こういうことを考えたらどうであろうか。もしそういうことが可能であるとすれば、消費者米価もまたそれに従って低く押えることができる、こういう一つの考え方が新しい米をめぐっての、そういう農林大臣の御判断のもとでできるのではないだろうか、そういう一つの考え方を述べたわけでございます。
○石田(宥)委員 経済企画庁長官に伺いますが、あなたのほうで、なるほど正式な経済企画庁の案ではないようであります。しかし、自民党に出されたところの案であることは間違いがない。その考え方の根底をなすものは、生産者米価を上げれば物価が上がるから、したがって、生産者米価を上げるべきではないということが根幹をなしておるようであります。 ここで、この表の四ページをごらん願いたいのでありますが、生産者米価は、昭和二十八年に一万六百八十二円で、三十五年までは一銭も上がっておらない。三十六年になって一万一千二十四円五十銭になって、七年間一銭も上がっておらないですね。この表は農林省が出したのだから信用できないとおっしゃいますか、どうです。これは、われわれも実はいろいろな資料を持っているのですが、そうしますと経済企画庁がいっておられるように、米の値段を上げれば物価が上がるということは理屈が合わないじゃないか。 そこで、まず次の表をごらん願いたいのです。五ページの消費者物価指数の上昇ですが、二十八年から三十六年まで幾らになっております。これはひとつ長官、答弁してください。
○宮澤国務大臣 それはもう申すまでもないことですが、大体昭和三十五年ぐらいまでは、消費者物価の上昇というのは毎年一ポイントくらいでございます。二十八年から三十六年までの間とすれば一九・七%の上昇をしたということでございます。
○石田(宥)委員 それですから私が言いたいのは、生産者米価は七年間も一銭も上がらなかったが、ここでは約二〇%も物価が上昇しておるじゃないか。だから、米を上げるから物価が上がるのじゃなくて、物価が上がるから米を上げざるを得ないのではないか。これを逆に考えられちゃ困るのですね。それは、あなた専門家だから、その点はっきりしてくださいよ。
○宮澤国務大臣 消費者物価は二〇%上がったのではありませんで、これによりますと、三十年の指数が六八・六であります。三十五年の指数が七四でありますので、ほぼ六ポイントということでございます。 そこで、いまのお尋ねの点は、多少御説明を必要とすると思うのでありますけれども、大体昭和三十五年以降消費者物価の急な上昇が始まりましたのは、わが国の労働の需給関係にかなり関係があるのではないかと見ておるわけでございます。賃金そのものはずっとそれ以前から上昇しておりましたけれども、労働の供給側に余裕がありました。三十五年ごろからだんだんそれが窮屈になってきた。そういう要素がもう一つ別にございますので、したがって、そのころの時点で、この消費者米価と物価との関係をじかに結びつけて議論するのは、確かにいまとは状況が違ったように思います。
○石田(宥)委員 時間がありませんからその点あまりやっておれませんが、とにかく米価を上げるから物価が上がるという議論は、直接は成り立たないのではないか。まあ答弁も大体そういう御答弁ですから……。 そこで、ことしの米の輸入はどの程度にお考えになっておりますか。中国米二十万トンはすでに契約済みのようでありますが、韓国、台湾その他でどの程度予定になっておりますか。——これは予定の持ち時間の都合もありまして、あんまり時間をとりたくないのでありますが、少なくともわれわれの聞くところでは、中国米の二十万トンと、それから韓国、台湾で十五万トンないし二十万トン、こう聞いておるわけです。 そこで、農林省が発表しておりますのは、年度末に二百六十五万トンの持ち越し量が出る、こういわれておりますが、先ほど宮澤長官の答弁で、やはりそれは過剰だ、こう言われる。過剰の上にさらに三十五万トンも四十万トンも輸入をするということは一体どういうことか、この理由をひとつ明らかにしてもらいたい。
○宮澤国務大臣 私の理解いたしておりますところでは、まず通商関係という問題が一つございます。しかしそれも、全く要らないものを買うという意味では必ずしもありません。工業米とか砕米とか必要なものがあるのでありますから、そんなにいい質の米でない用途があるわけでございますから、まあ四、五十万トンの輸入があるということは、これは別に悪いことではないと思います。
○石田(宥)委員 そうすると、やはり余っておってもなお輸入をする、こういうふうに理解してよろしいわけですね。 そこで、やはり需給の関係では米だけで議論ができませんね。一体四十二年の小麦の輸入量は幾らだとお考えになりますか。
○宮澤国務大臣 えさにする分を入れまして、四百六十万トンぐらいでございますか。
○石田(宥)委員 小麦四百六十万トンというものは、米に換算するとどれぐらいになりますか。米換算では幾らになりますか。——それがわからないで、食糧の需給が緩和したから値段を押えるなどということはもってのほかですよ。二百六十五万トン余ると食糧庁は発表しておるけれども、四年間の輸入量が二百六十五万トンで、さらに昨年四百六十万トンの小麦を輸入したが、米換算では三百万トン以上になるのです。そうすると、輸入というものを抑制すれば、これは一粒も残らないということになる。実態はわかりますか。この数字はわかりますか。宮澤長官は頭がいいからおわかりだと思うのですけれども、どうですか。
○宮澤国務大臣 数字はわかりますけれども、それでどういう御主張であるのか、それを承りましてからお答えいたします。
○石田(宥)委員 時間がないんだけれども、これは非常に重要な問題です。これは大蔵大臣もこの点をよく聞いておいていただきたい。余る余るとあなたの部下は言っておるのですよ。ところが実態は、輸入をとめれば一粒も残らないという勘定ですね。これははっきりしておるのですよ。そのほかに飼料が幾ら入っておりますか。家畜の飼料が一千万トン入っておるのですよ。いいですか、そういうことが頭になくては米価を議論する資格はないと私は言わなければならないと思うのです。大蔵大臣も宮澤長官も米価を論議する資格がない。しかも、大蔵大臣も宮澤長官もどういうことを言っておるかというと、来年から食管法に手をつける、食管法の改正をするという言質を得られなければ米価の決定を承認することはできない、明年度、食管制度の改正案を提出する確約がなければ米価決定に応じない、こういうことを大蔵大臣も宮澤経済企画庁長官も言っておるといわれておる。どうですか真意を伺いたい。
○水田国務大臣 さっき申しましたように、これから政府は審議会に諮問をする、諮問して答申を得たら、これを受けて政府の考え方をはっきりきめなければいけませんので、いまその勉強をしておるときでございます。私のほうからいろいろなことをいま述べてはおりませんので、さっき知らないのは大臣だけだと言っておりましたが、そういう文書なんかは外に出たこともありませんし、また、われわれ記者会見でそういう意見を述べたこともございません。これは御承知願います。 それから、いま外国から輸入しなければ日本の食糧は余ったとは言えないじゃないかというお話がございましたが、日本人はパンを食べちゃならぬ、全部米を食えということでしたら計算は合うかもしれませんが、現実に米についての需要が三十五年からだんだん減っておって、麦についての需要がふえておるというのがいまの日本人の食生活の現状でございますので、これを無視して、全部輸入を禁止すれば合うじゃないかという議論は、どうも現実的な議論ではないという感じがいたします。
○宮澤国務大臣 後段の点は大蔵大臣の言われたとおりと思いますし、それから米の輸入でございますけれども一、これは工業米であったり砕米であったりする場合がございますから、それは用途がないというわけではありませんし、御承知のように、たとえば対中国本土との貿易などでは、わが国が米を買うことが、両方の通商関係から望ましいというふうなことが現実にあるわけでございますから、決してむだな金をそういう点で使っているというふうには私ども考えません。
○石田(宥)委員 そういたしますと、産業資本擁護のためには農民を犠牲にする、これははっきりしておるわけですね。これは初めからそうですね。それはひとつはっきりしていただきたい。
○宮澤国務大臣 そのお尋ねはどういう意味でございますか。
○石田(宥)委員 それは、必要のないものをも輸入しなければならない。たとえば中国の米を、いま処分に困るというほど余っておるのに、また二十万トン入れる。それは輸出入貿易の関係で、産業資本が肥料なり農薬なりを輸出するために輸入せざるを得ないのだという意味のことをさっきあなたは言われたでしょう。輸入というものはほとんどそういう状態じゃないかということ、それはお認めになりますね。
○宮澤国務大臣 中国との貿易を活発にすることは、産業資本擁護であるというふうには私ども考えておりません。
○石田(宥)委員 これ以上議論いたしませんけれども、結果においてはそういうことになる。それから、大蔵大臣にはっきり申し上げておきたいのでありますが、米の需要よりもパンの需要を押えることはできない、こうおっしゃるけれども、実は農村における学校給食では、下級生はパンを配給されてもみな捨てちゃうのです。粉ミルクはみな排水へ流して、排水がまっ白くなって流れるパンはみな捨ててしまう。それで家に来て米の御飯をたくさん食べる、こういう現実をあなたは知っておられないようだ。これは学校給食を米にかえれば簡単に片づく問題です。これはいやがるものを食わせることによって、また成長してからも、まあまあパンでもひとつがまんをしようかということになっているのが実情なんです。きょうはそんな議論をする時間がございませんから申し上げませんけれども、大蔵大臣ははなはだ認識不足のようですから、一言申し上げておきます。 最後に、総合予算主義は貫くということをしばしば各方面から意見が出ておるわけでありますが、総合予算主義を貫くということになりますと、公務員の賃金については一定の予算額が計上されております。しかし、食管赤字に充当する予算というものは組まれておりません。そういたしますと、生産者米価を上げて消費者米価を据え置きにするとした場合に、これはどうしても補正予算を組まなければならないということになるのではないか。 そこで、きのうの経済企画庁の出された案であるとか、あるいは大蔵省のだれが上げたか知らないけれども、新聞にでかでかと出ておるアドバルーンというようなものが出てくると思うのでありますが、そういう場合に、生産者米価と消費者米価は食管法に基づいて別立てだ、こういうことで処理されれば、さっき申し上げたように、昨年は生産費が二五・五%も上がっているのですから、幾らがめつい自民党あるいは大蔵省でも上げざるを得ないでしょう。そうすると、その分はやはり補正予算を組まないで押えるつもりなのか、その場合は補正予算を組むのか、一体どういうのか、これだけをひとつ最後に承っておきたいと思います。
○水田国務大臣 総合予算主義というのは、御承知のように、この年度の初めにあらゆる経費を並べてみて、その優先度をきめ、その必要度の比較勘案をして、そして均衡をとった予算の経費の配分をするということでございます。これは、もともと予算編成というものはそういうことをすべきものでございますが、ただ過去の例を見ますと、一つ二つは補正要因として残しておく。それぞれそのとき自然増収が出たら、それによって別個に補正予算を組む、恒例的にそう扱ったような補正予算というものは、今後やはり直さなければいけない。特に、年度中途で自然増が多く出ることを期待された時代ならいざ知らず、いまはそうでございませんので、年度途中で補正する財源というものが見込まれないということですから、予算の編成のしかたで、従来の恒例的な補正予算というものを廃して、新たに総合予算主義というものをとったわけでございますので、本年度はそれによるという方針で今年度の予算は編成しております。 給与の問題につきましては、一定の予備費を準備してございますし、また食管についても、二千四百十五億という、いままで政府で食糧を買った一番最高のときの食管に必要だった金を限度としてあらかじめこれを予定しておくという措置をとったのでございますので、私どもは、補正予算なしでこの事態に対処したいというのが最初からの考え方でございます。
○石田(宥)委員 最近の経済情勢のもとでは、相当税収が多額に見込めるということを承っておるわけでありますが、増収が見込まれるとすれば、補正予算を組むこともあるというふうに理解してよろしいですか。
○水田国務大臣 税収の見込みはまだ立ちませんが、昨年は見込みよりも税の収入が少なかったという実績が出ておりますので、本年も、最初のときに相当目一ぱい見ておりますので、足らなくならね、ように心配しながら見ておりますが、いままだ何とも言えません。
○鹿野委員長代理 次は角屋堅次郎君。
○角屋委員 大蔵大臣、経済企画庁の長官の出席を得まして、重大な米価をきめなければならぬ本年度の時期において、先日来大蔵大臣見解であるとかあるいは経済企画庁見解であるとかいう形において、いろいろ食管、米価問題で報道がされてきた。さらにまた、大蔵大臣の諮問機関かもしれませんけれども、財政制度審議会、ここでも米価、食管問題を議論しておるのだが、本委員会で財政制度審議会から参考人として呼ぼうと思ったら、だれ一人出てこない。部会長は入院中ということはございますけれども、会長代理どうだと言ったら、米価のことはようわからぬということです。いま会長あるいは会長代理のところへ、ぜひ出席せよと折衝中なんだけれども。経済同友会は、これは農政の問題、米価問題で、財界ではあるけれどもいろいろ意見を言っておる。ここどうだと言ったら、あすの出席予定が、出られぬと言ってきておる。外様ではいろいろ言って新聞で大々的に発表してもらっているのだが、国権の最高機関の国会で意見を述べてもらおうとすれば、おっかなびっくりで出てこない。大体、ここで堂々と議論するという自信がないのだろうと思う。そういう状況の中で、いわゆるベトコン部隊まで出て、盛んに一定の方向に持っていこうとする。 私は、この機会に大蔵大臣並びに経済企画庁の長官に伺いますが、佐藤総理は、食管制度の根幹を守るということを国会でも答弁しており、選挙中にも言っておる。また六月十日の全国の米価大会のときには、福田幹事長も、食管制度は堅持する、こう言っておる。まず冒頭にお伺いしたいのだが、水田大蔵大臣並びに経済企画庁の長官は、佐藤内閣のメンバーとして、食糧管理制度は、この根幹をあくまでも堅持していくのだ、こういうふうにお考えか、そうは言っているけれども、大蔵大臣自身、経済企画庁長官自身としては、いや、なるべく早い機会に、そうはいかぬのだと考えるか、ざっくばらんにまずその点をお伺いしたい。
○水田国務大臣 御承知と思いますが、昨年米価を決定したときに、いろいろ食管制度の問題にも議論が触れました。そこで、本年度は一応こういうふうに米価を決定するが、来年度からはやはり食管制度のあり方について十分の検討をしたいということで、閣議でも総理の指示があってそういうことをきめておりますし、したがって大蔵省でも、財政審議会にもそういうものを、財政に関する重要問題でございますから、いろいろ御審議を願うというようなことをしております。この食管制度についてのいろいろな検討をするということは、昨年以来からの私どもの方針でございました。 ただ、今度の選挙前に、この問題について農林大臣とか総理から、食管制度の根幹は維持するということを言ったということでございますが、これは、いまの管理制度の根幹をやはり守るということでございまして、この運営の上において、この根幹に触れない範囲における改善すべき事項というものは、いままでもたくさん研究されておりますし、いま私どもも研究しておりますが、幾多の問題がございますので、そういう問題の改善ということと食管制度を守るということは、別に抵触する問題じゃないというふうに私どもは考えています。しかし、制度自身の問題について改善すべき問題があるから、これは検討しなければならないということは、昨年来の方針で、いまその検討をやっておるところでございます。
○角屋委員 大蔵大臣に条文的に聞くのだが、食管の根幹は、食糧管理法の第一条、第三条、第四条、これがやはり大きな骨組みになっておる、こう私どもは理解しておるわけですが、大蔵大臣も、根幹はそこで端的にあらわされておる、こういう理解ですか。
○水田国務大臣 大体根幹はいまおっしゃられたような……(角屋委員「大体じゃない。」と呼ぶ)国民食糧の確保、国民経済の安定というものをはかるために食糧の需給、価格の調整を行なう上で必要不可欠の管理のあり方というものが食管制度の根幹だということでございまして、具体的に言いますと、米穀について申し上げれば、国民食糧の確保と国民経済の安定をはかる見地から、必要な米穀を政府が管理して、その再生産の確保と、それから消費者の家計の安定をはかるということが、いまの食管制度の根幹だと思いますので、その線に沿った改善であるというなら、この根幹をくずしたということにはならぬ、かように考えています。
○角屋委員 ことしの二千四百十五億を一般会計から食管に繰り入れたときの前提は、買い入れ量は八百五万トン、生産者米価、消費者米価は前年度価格、そういうものを前提にして二千四百十五億が組まれておる。したがって、この前提条件に変化が来れば、食管特別会計の中では財政上変化が起こる、これは常識なんですね。 そこで大蔵大臣に聞きたいんだが、先ほど石田委員からも総合予算主義の問題が出ましたが、ことしは生産者米価の問題については当然上がってくる、こういうふうにお認めになっておるわけですね。
○水田国務大臣 いまその問題を私どもは検討中であり、これから審議会に諮問をするということでございますので、当然上がるというふうの結論は、いまのところまだ出ておりません。
○角屋委員 実際はもう検討は煮詰まておるわけでしょう。大蔵、農林、経済企画あるいは自民党の米調、こういうところでいろいろ相談をしておる。そして、大蔵大臣も一、二年の経験じゃないんだし、大臣もやられ、政調もやられている。生産者米価は当然上がるわけでしょう、上げ幅の問題は別として。名古屋にあなたが行かれたときの新聞記者会見で、そういう意味のことを私は聞いたんだが……。
○水田国務大臣 さっき企画庁長官から言われましたように、こういう考え方もできるという企画庁の考え方がいま出てきて、それを中心に党で研究を願っており、また、私どもも農林省もいまそれぞれやっておりますが、これから私どもの考え方をまとめて、各省間の話し合いに入ろうというときでございまして、まだその生産者米価についての政府の統一した意見というものは、いまのところできておりません。
○角屋委員 まだできていないということは私も承知しております。しかし生産者米価は上がる、これはもう生産費及び所得補償方式の一定の方式によって計算をすれば、労賃の上昇部分、あるいはその他の生産費に該当する部分、そういういろいろなことから考えれば当然上がってくる。これはわれわれ専門だからよくわかる。 そこで、経済企画庁の宮澤長官にお聞きしたいんだが、一体きょうの新聞に出ておる生産者米価、消費者米価のストップ論、これは前にも宮澤さん言ったととがあるんだが、このストップ論は、これは物価政策上の見地からなのか、財政政策上の見地なのか、あるいは価格政策的な問題が入るのか、この辺はどういう基盤においてストップ論を言っておるのか、明らかにしてもらいたい。
○宮澤国務大臣 けさ新聞に紹介された文書の性格は、先ほど申し上げましたので繰り返しません。 そこで、私ども総合官庁でございますから、総合的な観点から一応こういう考え方をこの際一ぺんとってみてはどうかというつもりで、私どもの党のほうに提示したものでございますけれども、これは申し上げるまでもなく、現在御承知のとおり、平均反収が大体四百五十五キロくらいでございますが、米価算定の基礎になっております反収は三百七十七キロでございましたかでございます。そこで、これは限界生産費を補償しようという考え方、従来増産の考え方できておるわけでございますから、したがって、全米穀生産量の九八%程度をカバーし得る生産者価格にいまなっておるわけでございます。それは、生産をふやそうとすれば当然政府がそういう努力をしたということはよくわかるわけでございます。 そこで、農林大臣が言われますように、今後量をふやすという必要はない、現在の供給過剰の状態は一時的な現象ではない、むしろ質をよくすることが問題だということであるとすれば、もしそういう状況が今後の状況であるというふうに考えましたならば、限界生産費を償うような生産者価格を常に考えなければならないということはない、だんだん平均生産費のほうに動いてきてもいいはずである、こういうふうに、一応ものの考え方として思ったわけでございます。 ただしかし、この四百五十五キロという平均生産費でいきなり米価を割り出しますと、これでは本年度の米価がすでにやや高いということになってまいりますから……(「四十二年産じゃないか」と呼ぶ者あり)四十二年産でございます。四十二年産の米価がすでに割り高であるという結論になりますので、それを、何も下げるというようなことを私ども考えておるわけではない。また、急激にそういうことをしようと言っておるわけでもない。やや時間をかけて平均生産費のほうへ戻してくるということは、これは一つ理屈のある考え方ではあるまいか。もしそういうことが可能であるとするならば、財政負担もそれだけ軽減されるはずでございますし、消費者物価、消費者米価の上昇のほうもそれだけ低く押えられるはずである、こういう一つの考え方を申したわけでございます。
○角屋委員 私は、時間の関係上、理論的に限界反収あるいは平均反収、米価算定の一つの方式として、それの利害得失とかあるいは是非とかいうことを論ずるいとまはない。具体的にいま九八%と言ったが、実際限界反収をとったときの生産量のシェア問題あるいはカバー率の問題というのは、これは、いまのような数字じゃないと私は思う。私はここに鹿児島大学の梶井さんのデータを持っておるけれども、これによると、三十九年ないし四十一年の段階でのカバー率は約六〇%になる、生産量のシェアは六七%に落ち込む、こういうふうなことが出ておるのだが、こういう問題でこまかく議論をしようという気持ちはない。しかし、いま言った限界反収、平均反収の問題は、食糧自給体制の問題との関連をどうするのかとか、あるいはこれからのいわゆる農業政策上の価格体系としてどういう考え方を持つのかとか、一連の問題がみな関係をしてくる。 ただそれは別として、私は宮澤長官のストップ論で、あなたが昨年の米価審議会でわれわれの質問に答えたことと相当違った見解をいまだにやはり固執しておられるということに重大な問題がある、こういうことを指摘したいと思う。それは七月十二日の時点で、米価審議会において御承知のようにあなたを呼んで私も質問した。その他の諸君も質問した。そのときに、生産者米価の問題であなたは自分の見解を述べられた。 そこで、長い答弁だからそれをずっと言うことは避けて、問題の点をちょっと読んでみますと、「物的生産性の向上が非常に困難であるということから考えて、ある程度生産者米価というものは漸増をしていくということは、まず第一に避けられないのではないかと考えます。第二に、程度にもよることではありますけれども、それは国民経済全体に好ましい影響を与えることだというふうに考えておるわけであります。」こう言っておる。そしていろいろな答弁の中で、もう一つの点では、「もし農村というセクターが、国民経済全体から切りはなされないで、ある程度歩調を同じくしていくためには、物的生産性の向上に限度のあるかぎりは、やはり価格面では凍結でも、漸減でもない、漸増というふうに考えるしか方法がない。それでいいのではないかという意味で申し上げました。」こういうふうに言っておるのですね。あなたは米価審議会の中では、国民経済全体の方向からいっても生産者米価の漸増は好ましい、またそういうふうにすべきであると言っておりながら、いま総合予算主義だ、スライド制だ、食管問題だということになってきたら、ブレーキをかける役割りとして、この重大な段階においてなぜ両米価のストップ論を言おうとするのか。政治家として終始一貫をしないのではないか。このときにも、経済企画庁の長官としてあなたは答弁しておられる。同時に経済企画庁の見解として、自民党に両米価ストップ論が出ておる。一体これをどういうふうに考えていいのか。明らかに態度豹変ではないのかと私は言いたい。
○宮澤国務大臣 昨年米価審議会で申し上げましたことは、まさにただいま御紹介のとおりであります。私、ただいまもそういうふうに考えております。 そこで、そのことと今回言っておりますこととの関連は、つまり、限界反収まで米を政府が買い上げるということは、今後ともさらにその限界生産費の高い米の生産を奨励するということになるはずであります。御指摘のように、問題は農業政策全体を総合して考えるべき問題であって、これは農林大臣も御指摘のとおりだと思いますが、そういうふうに非常に限界生産費の高い米の生産を奨励していくことになりますと、その他の農業への転換を阻害する結果に現実になるであろう。たとえば、酪農が可能である場合においても、なお米をつくっておくことのほうが安全有利であるといったような動機は当然働くと思いますので、したがって、農業の総合的な選択的拡大をやや阻害する事態に立ち至っておるのではないだろうか。農業の面においてはそういうことが言えると思います。 また財政の面においては、国民の負担において政府が処分し得ないような、それもかなりコストの高い品質のあまりよくない米を、入り用であればいたし方ございませんが、当面処分し得ないようなものを抱くことになるわけでありますから、両面から考えて増産ということには限度がある、こう思っておるのであります。
○角屋委員 これは時間の関係もあって、長官と議論しようと思わないのだけれども、農業基本法ができたときに、果樹が成長財である、畜産が成長財であるといわれた。しかし、乳価問題一つ見たって、政府は積極的な方針を出したり充実した政策をやらぬじゃないですか。これは米価問題とは別個の酪農政策の問題です。あなたはそういうこととすりかえておられる。これは酪農問題だって果樹問題だってそうです。酪農畜産問題については、こういう政策をやっておるという自信のある対策がありますか。これは別個の問題で議論しなければならないけれども、すりかえてあなたは答弁しておられる。 同時に、あなたは去年ケネディラウンド問題で行かれたのだが、いわゆる食糧の援助問題、そういうことであなたは、東南アジア等の状況から見て、食糧は二十二・五万トンですか、全体の約五%援助というふうな問題について、米を含めて相手側の望むものを援助することはいいだろう、こういうふうに考えておるということは、米審の段階でも肥川君の質問に対して答えていますね。これは大蔵大臣にも関連することだけれども、農政上の基本的な問題だから農林大臣直接なんだが、あなたは、日本の場合に外国の米を買って外国に食糧援助するということのケースもある、しかし、日本の米を経済援助の中に活用する、こういうことも含めて、どういうふうにケネディラウンドの今後の問題を考えておられるか、この点の見解を聞いておきたい。
○宮澤国務大臣 御承知のように、わが国の米は価格的には非常に高いわけでございますから、これを外国に売るということになれば、非常に高いものを売るということになると思います。そうでなければ、食管会計に損失を生ずるということであります。また、品質的に相手が好むか好まないかということもいろいろ問題があろうと思います。ですからそういう可能性と、よそから買って渡すということ、それからただでそのまま渡すということ、いろいろな方法があるであろう。これは、しかしやはり農林大臣の御選択にまかせるのがいいのではないか、相手の希望もございますから。そう思っています。
○角屋委員 あとの野党の質問の関係もございますので、この程度で終わりますが、要するに、これは農林大臣自身もぐらついてきているのだが、米価問題、食管問題について必要以上に大蔵大臣や経済企画庁の長官や、あるいは大蔵省や経済企画庁、あるいはバックになる財政制度審議会とか、あるいは経団連とか経済同友会とかそういうことを背景にして、日本の農政を誤ることのないように強く要請をして、私の質問を終わります。
○鹿野委員長代理 次は神田大作君。
○神田(大)委員 私は、まず大蔵大臣にお尋ね申し上げますが、食糧管理法の根幹を守るというようなことをよく言われております。それでは食糧管理法の根幹とは何かということですが、大蔵当局の言明等を見ますと、あなたは食糧管理法を守っておらない、これを無視しようとしておるようにわれわれには聞こえるのであるが、この点について大臣の考えをまずお尋ね申し上げます。
○水田国務大臣 私は、無視していないと思っています。
○神田(大)委員 それでは、過般の朝日新聞において大蔵省当局の検討の内容として報道されました食糧の自由販売の意向とか、あるいはその他もろもろの大蔵当局の考え方を発表しておるようでありますが、あれはどういう意味ですか。
○水田国務大臣 いろいろの考え方についてのお尋ねにはお答えしますが、さっき申しましたように、大蔵省はきょうまでまだ何らの発表も発言もしていないということを御承知願います。
○神田(大)委員 しかし、少なくとも天下の朝日が第一面の大見出しで、「大蔵省は四十三年産米価格決定の際、これに食糧管理制度の根本的改善策を織込む方針で検討を進めてきたが、十一日、生産者米価と消費者米価を同時に決める、消費者米価は生産者米価の値上げ率に約四%上乗せして値上げし、生産者が自分の食べる米も売って、配給米を買った方が得をするような“末端逆ザヤ”を解消する、末端逆ザヤの解消を踏台にして四十四年度からヤミ米を公認し、」これが問題なところです。「ヤミ米を公認し、米の自由販売を促す」ということをはっきりいっておるじゃありませんか。大新聞にこのように大見出しで書いたことを大臣が知らぬということはないでしょう。これはどうです。
○水田国務大臣 ですから、さっきから申しましたように、いろいろ御質問にはお答えしますが、大蔵省も、これは大きい問題でございますから、きょうまでいろいろ検討して、こういう問題はどう、こういう問題はどうと勉強はしているかもしれませんが、こういう考え方にきまったとか、こういう考え方であるというようなものを、まとめて発表したこともございませんし、記者会見をやったこともないというのがいままでの実情でございますので、いろいろこういうことも勉強しているようだというところから、あるいは新聞記事になっておる問題もあるかもしれませんが、まだ私どものほうの考え方をきめて発表したことはございません。
○神田(大)委員 それでは、このように大見出しで書かれた大蔵省の考え方は、発表しないのにこれを出したということであれば、あなたは朝日新聞へ抗議を申し込みますか。
○水田国務大臣 抗議を申し込むことじゃございませんが、この間記者会見しまして、ぼくの知らない意見が写真入りなり何なりでにぎやかに出てきたが、いまのところ勉強中なので、話すときには自分の見解を言うから、それまであまりかってに、まあ適当に作文するのをかんにんしてくれと冗談で申し入れていることはございますが、省はこう考えているようだということを、新聞でどこからか取材していろいろ書かれるということは、別に抗議することじゃないと私は思っております。
○神田(大)委員 それは時期が、生産者米価を決定しようという直前の非常に大事な時期なんです。普通のときにこういう問題が研究課題として発表されることについては、これはわれわれは文句を言わない、しかしながら、二十二日に米審を開いて生産者米価を決定しようという直前に、こういうことを大蔵省の考え方として堂々と発表されたり——したのかどうか知らぬが、あなたは知らぬと言っておるが、知らぬでは通らないです。これはやはり生産者米価を少しでも抑圧しようという考えがあるからこういうことがあるのだし、また、食管制度を変えようとする考えがあるからこういうことが発表されるのじゃないですか。これは非常に重大な時期にこういうことを発表した。そのことについて大蔵省当局は、農林省を押えるあるいは生産者の要求を押えようとするアドバルーンを上げた、そう思われるのですが、そう思いませんか、お尋ねします。
○水田国務大臣 そうではございません。普通なら、いまこう考えているとかいろいろ言えば、新聞記事も統一されると思いますが、いまは、おっしゃられるとおり重大なときでございますので、財政官庁、これは受けて立つ立場でございますから、それが先走ってあまりこうだああだということを避けて、答申が出たときにわれわれの意見もまとめて述べて政府の最後の案を決定したい、こういう考えから、私どもは慎重にいま検討しておるわけでございますので、したがって、私どものほうからかってにいろいろ発表したり、あるいはアドバルーンを上げるということは、実際にはやっておりません。
○稲富委員 ちょっと関連して。ただいまの神田委員の質問に関連いたしまして、大蔵大臣に質問したいと思います。 政府はしばしばいろいろな会合で、あるいは新聞紙等を通じまして、現在の食管法に反するような言辞を弄される。一方には食管制度の根幹を守るとおっしゃる。少なくとも現段階において、食管制度の根幹を守るということは食管法を守るということでなくちゃいけない、かように考えます。この点はどうお考えになっておりますか。食管法を守ることが現段階においては食管制度の根幹を守るということでなくちゃならない、かように考えますが、これは当然法律を守ることは政府の義務である。その点どうお考えになりますか。
○水田国務大臣 それはそのとおりだと思います。およそ制度というものは、一ぺんできたらこれを絶対に変えてはならぬものではなくて、日々新たにして、実情に応じてこれをどんどん改善していくことが望ましいことだと私どもは考えています。したがって、一つの制度ができても、これの運営を改善できるところはどんどん改善していく。それでもなおかつ行き詰まったときには、制度の根幹に触れる問題の改革もしなければならぬということになると思いますが、いま私どもは、現行制度においても、この運用を改善することによって非常に事態をよくできるというふうにまだ考えておりますので、したがって運用の改善をしたい、根幹を維持する、これをくずさない形でやりたいというのが私どもの考え方でございます。
○稲富委員 私は経済状態の変化、社会情勢の変化、そういうのがありましても法の解釈を変更することはできない、かように考えます。それでただいまも大臣言われますように、食管法という法律があれば、食管法を守ることは行政を担当する者の当然の任務でなくちゃいけない、かように考えます。それで食管の制度の根幹を守るということばで何とか食管法そのものを守るようなことにごまかされておるけれども、食管制度の根幹を守るということは食管法を守ることである、食管法という法律がある以上は、食管法によって米価というものは決定すべきものである、こういう判然たることでなければならない、かように考えます。この点は決してごまかしがあってはいけないと思うのであります。この点に対して、どうも政府のいわれることは、食管制度の根幹を守るのだと言いながら、現行食管法というものを何らか曲げて解釈されるという点が、私は非常にあいまいであると思うのですが、この点はどうでございますか。この点だけ厳密にひとつはっきりしておいていただきたい。
○水田国務大臣 現実の法律が現実の事態に合わないというときには、法律自体を改正するということはあり得ると思いますが、私どもがいま言った根幹を守るということは、大体食管制度の必要性を認めてそのための法律でございますので、これを守りながら、運用において改善できることはこの際改善しようという立場で、いま臨んでいるということでございます。
○神田(大)委員 いまの問題私、いま少し突っ込んで申しますと、食管法を守ると言いながら——これは大蔵大臣は言わぬといっても、あなたの部下が言っているわけです。あるいは経済企画庁あたりでこれを言っておるわけですが、いわゆるやみ米を認めるとかあるいは自由販売を認めるとかいうようなことは、これは食管法を守ることになりますかどうか、お尋ねします。
○水田国務大臣 いまの政令では、たとえば政府以外に生産者は米を売ることができないという禁止がある。これは、最初のこれができたときの事情から見てそういうことになったと思いますが、以後だんだんに変わってきまして、たとえば、いまのように需給関係がこういうふうになったというときには、一粒の米も政府以外に売ってはならぬという制限をどうしても置かなければならぬか、この制限の緩和というものは考えられないかというようなものも、制度の達営とか改善という上で当然議題になってしかるべきものであると私どもは考えています。そういう点について、これが根幹に触れるか触れないか、いろいろな問題ございますので、いま私どもは十分検討しております。 ただし、現状のあれから見て、米は全部統制をやめて自由販売にするというような措置をかりにとろうということでございましたら、これはもう根幹に触れる問題であることははっきりしてしておりますので、そこまでの考えを、いましていないということでございます。
○神田(大)委員 大蔵大臣のいまの言明は、非常に大事なことを言いましたね。それは、食糧管理法の第三条を読んでみますと、第三条に、「米穀ノ生産者ハ命令ノ定ムル所二依リ其ノ生産シタル米穀ニシテ命令ヲ以テ定ムルモノヲ政府二売渡スベシ」とある。これは、やみの米を売ったりあるいは自由販売をしたりということに対して、厳にこの法律では禁止しておるわけです。それをあなたのほうの高級官僚が平然として、やみ米を売るのであるとか、あるいは自由販売に移行するということを放言しておるようでありますが、これは法律で、この国会でもって、大臣も経済企画庁長官も中に入って皆さんがきめたわけでしょう。そのきめたものを、みずからきめたものを自分で犯すというようなことになるんじゃないですか。こういうことは食糧管理法の第一条、第二条、第三条に厳然として、もうつくった米は政府に売る、政府はそれを買い上げて配給するということがはっきりしているじゃないですか。これをどうしてあななは、根幹は守るから、こういう自由販売をやってもいいんじゃないかというような見解を発表するのですか。それをお尋ねします。
○水田国務大臣 たとえば、予約米の問題にしましても、この予約の申し出が少ないときには、もっと出せという強制的なあれができるというような規定もございますが、これはやはりいまの事態から見ますと、そういう古い規定を、やはりそのまま置かなければならないというようなこともないんで、こういう事情も変わってきています。それと同じように、事情がずいぶん変わってきておりますので、そういう点において改善の余地があるかないかというようなことを、何項目もたくさん問題がございますので、一つ一つあげていま検討している段階でございますので、こうきめたからどうというのでないということを、先ほどから申しておるとおりでございまして、何十項目というこの運営について、食管制度をかりにこういうふうにすれば、将来も維持できるじゃないかとか、何らの改善をしなかったら、この制度はつぶれるじゃないかというような立場からでさえ検討すべき問題はたくさんございますので、これを、いまずっと私どもはシラミつぶしにいろいろ勉強しているということでございます。
○神田(大)委員 それでは、大臣は食管法の根幹を守るなどと言わないことですよ。こういうことを言わないで、食糧管理制度は改善しなければならぬ、そういう意味合いにおいて、いろいろ自由販売の問題とかやみ米の問題とか、そういう問題は検討しておる、こう言えばいい。一方において農民の関心を買うために、食管法を守る、皆さんの要求米価は尊重する、こういうことを言いながら、政府は内面においてはこれをくずすようなことをやっておる。あなた方そういうことを考えているなら、食管法はこうこういうふうに、こういう点を改善しなければならぬということを堂々と言ったらいいじゃないですか。これはちょっと卑怯じゃないですか。どうですか、これは。
○水田国務大臣 私どもは、特に卑怯の立場をとっているわけじゃなくて、この制度は、もう御承知のとおりなかなか大きい問題でございまして、各審議会でもみな研究をしておるときでございますから、ここはこうすべきである、こういう点は改善すべきだという点は、これはもう私どもは検討の結果堂々と言うつもりでおりますので、決してこれを隠したりどうこうする意図は持っておりません。これは、もうここで真剣に研究すべき問題だと私どもは思っております。
○神田(大)委員 だからぼくは言うんだよ。自由販売をするとか、やみ米を認めるというようなことを——これは根幹を守るのじゃないんだよ。これは食糧管理法を根本的に改正することなんだ。これで食糧管理法というものはくずれていくんだ。それを、食管法の根幹は守ると言って農民をかどわかして、そうして内面においてこれをくずそうというような、それは卑怯じゃないかとぼくは言うんですよ。それは卑怯じゃないか。だから、食管法をくずすならくずすと堂々と言ったらいいじゃないですか。それに対して国民が堂々と批判をする。国会においてもこれを論議をする。
○水田国務大臣 ですから、これから堂々と私どもは言おうと思って勉強しているときで、いまあなたがおっしゃられるようにやみ米をいいとか何とか、まだそんなことを言った覚えも全然ございませんので、それをつかまえてどうこうと言われても、どうにも答えようがありません。
○神田(大)委員 言った覚えはないというけれども、毎日毎日の新聞には、日本国じゅうの新聞には、大きい見出しで第一面に出ているんだ。幾ら大臣や経済企画庁長官がこんなことを言わないといったって、そんなたわけたことを言っても困る。ちゃんと出ている。そういうところにおいて、政府は政府なりのもっと毅然たる態度をもって臨んだらいいでしょう。毅然たる態度をもって、国家百年の計としてこうす。へきであるということで、堂々とやったらいいじゃないか。選挙中はぺこぺこ頭を下げて、食管制度は守りますなんということを言って、選挙を終えるとこういうことを言って農民を騒がせておるということは、私はこれは卑怯だと思うのです。 時間もありませんから、大蔵大臣ばかりやるわけにもいかぬから、今度は経済企画庁長官にお尋ねしますが、宮澤構想というようなものでもって、生産者米価と消費者米価を据え置きにするとか、あるいはスライド制にするとか、いろいろ言っておられるようでありますが、これについても、現在の物価上昇のときに、あなたは限界生産費とか限界反収の問題をだいぶ言われております。しかしながら賃金の上昇は、これはもう非常な上昇でありますよ。こういうような賃金の上昇の中にあって、あるいは生産費というものが上昇している段階において、限界生産性を、いま生産費所得補償方式を要求して米価の決定をしてもらおうと言っているやさきにこういうことを申すことは、これはどういう考えで申しておるのか、その点をお尋ね申し上げます。
○宮澤国務大臣 それは、私どもの党内でもいろいろ研究をしておるのでございますので、こういう考え方も一つないかということで考えを提示したわけでございます。
○神田(大)委員 そのようなことを申すことは、それではさっき私が申したとおり、現在厳として生きておるところのこの食糧管理法に違反しておらないか、反していないかどうかお尋ねします。
○宮澤国務大臣 反しておらないと思います。
○神田(大)委員 これはたいへんなことなんです。これは経済企画庁長官の言明しておることと、「本法ハ国民食糧ノ確保及国民経済ノ安定ヲ図ル為食糧ヲ管理シ其ノ需給及価格ノ調整並ニ配給ノ統制ヲ行フコト」というのが第一条で、第三条ニ項に、「前項ノ場合ニ於ケル政府ノ買入ノ価格ハ政令ノ定ムル所ニ依リ生産費及物価其ノ他ノ経済事情ヲ参酌シ米穀ノ再生産ヲ確保スルコトヲ旨トシ」という条文があるのですよ。これにあなたの言うことは反していないのですか。
○宮澤国務大臣 反しておらないと思います。
○神田(大)委員 それでは「生産費及物価其ノ他ノ経済事情ヲ参酌シ」ということがありますが、これについて、あなたの言うことはこの法文と違反していると私は思うのですが、違反していない理由をもっとはっきりと、こまかに申してください。
○宮澤国務大臣 違反しておるとお考えになる理由を、では御提示願います。 〔「質問に答えたらいいじゃないか」「そんな不遜な態度があるか」と呼び、その他発言する者あり〕
○神田(大)委員 経済企画庁長官、そんな態度はないよ。私の質問に対してあなた答えたらいいじゃないですか。私は違反しておると思うのです。
○宮澤国務大臣 違反しておるとお考えであれば、どの点が違反であるかを御指摘願いますれば、その点についてお答えをいたします、こういうことでございます。
○神田(大)委員 違反してないというならば、その理由をこまかく説明してくれとぼくは言っているんですよ。
○宮澤国務大臣 それでございますので、この点は違反ではないかという、それを御指摘いただければ、それについてお答え申し上げる、こう申しておるわけでございます。
○神田(大)委員 だから、「生産費及物価其ノ他ノ経済事情ヲ参酌シ」ということになっておるのを、あなたは現在の米価を据え置くべきだということは、物価その他の経済事情をしんしゃくしておらないと私は思うのですが、どうですか。
○宮澤国務大臣 それでは分けてお答えいたしますが、そんたくいたしますと、まず生産費の点で、米穀の再生産を確保するかどうかという点が一点であります。この場合の生産費並びに米穀の再生産ということについては、数量についてどれだけの米穀であるかということについては、本条はいっていないわけであります。したがいまして、極端に申しますと、いかなる生産費も確保する、補償するということはいっていないわけだと思います。 次に、物価その他の経済事情の中には明らかに需給関係も含む、その他の経済事情に入る、こう私は考えております。
○神田(大)委員 これは、生産費というものはいかなる生産費も補償しない、もちろんそうですよ。いかなる生産費も補償しないでしょう。しかしながら、少なくとも現在、昭和四十一年度、四十二年度において農民に補償した生産費というものは補償すべきじゃないですか。これは当然じゃないですか。どう思っているんですか。
○宮澤国務大臣 その点は法律問題を離れまして、私どもといえども、過去における生産者価格を下回る価格を、この際出すことが適当であると言ったことはないのでございます。
○神田(大)委員 しかし、二五%とにかく生産費が上がっておるということは、これはもう農林省がはっきり言っておるわけですね。だから去年それを補償した、おととしもそれを補償しているのです、ずっと。それをことしも補償するということになれば、据え置きということはあり得ないでしょう。あなた据え置きということはあり得ないでしょう。そういうととは食管法に違反するような発言ではないかとわれわれは言うのですよ。どうして据え置きということができますか。
○宮澤国務大臣 実は、それを御説明申し上げるために、先ほど長々と限界生産費、平均生産費ということを申し上げておったわけでございますが、この際の再生産を確保するための費用というものが、限界生産費と書いてあるわけでもございません。平均生産費と書いてあるわけでもございません。したがって、この点は法律に違反するしないという問題ではなくて、どの生産費が食糧管理制度の根幹を維持するのに適当であるかという判断に落ちつくというふうに私は考えておるわけでございます。
○神田(大)委員 私は時間の関係もあるから、もう時間がだいぶ過ぎておるから、あなたのそのような議論に対しては、あとで機会を見て申し上げますが、それではその下の、「物価其ノ他ノ経済事情ヲ参酌シ」というのをどう解釈しますか。
○宮澤国務大臣 これは、私に有権的に解釈できるわけではございませんけれども、文字どおり物価その他の経済事情で、ちなみにこの文句は、四条にももう一度同じく「其ノ他ノ経済事情」が出てくるわけでございますが、需給関係などは、やはりこの食管制度の基本からいって、「其ノ他ノ経済事情」に入るのではないか、私はそう思っております。
○神田(大)委員 物価はどうです。物価に対してどう考えます。
○宮澤国務大臣 この際三条の二項及び四条の二項に同じ表現がございます。おそらく卸売り物価、消費者物価等々の物価をいうものと思っております。
○神田(大)委員 いずれにしても、この第三条の二項における「生産費及物価其ノ他ノ経済事情ヲ参酌シ米穀ノ再生産ヲ確保スル」という中の「再生産ヲ確保スル」ということは、あなたの言うように生産者米価を据え置きして、そして再生産が確保されるものであるとは私は考えない。据え置きにしてこれで再生産が確保されると思いますか。これは重大な問題だと私は思うのだが、あなたがその考えを直さない限り——もう時間がありませんが、どうですか、この点について再生産を確保できると思いますか。
○宮澤国務大臣 そこが問題でございまして、その場合の再生産とは、どれだけの数量の米穀の再生産であるかということが問題なのではないか、こう思うのでございます。
○神田(大)委員 経済企画庁長官、米をつくることやあるいは畜産物の生産というようなものは、鉱工業の生産のようなものじゃないんだ。たとえば鉄鋼を幾らつくる、それに対して資金を幾ら流して、労働者を幾ら連れてきて、そして原料を幾らやればこれだけできるというように、そういう計算でもって米の生産というものはできない。米の生産は天候のかげんにもよりますし、またいろいろの病虫害の問題もあります。あるいはその他手不足やいろいろの問題があって、管理が不行き届きになった場合においては生産は予想どおりにできない。そこに私は問題があると思う。経済企画庁長官は、何か鉱工業製品でもつくるようなつもりで米や乳の生産を考えているのではないですか。これでもって据え置きにしてあなたは再生産ができるというなら、私は腹を切ってみせますよ。どうですか。理屈ではそういうことはあなた言えるでしょう。しかし、実際問題として米価をこのまま据え置いて再生産できますか。そういうことを堂々とあなたが言明しておる限りにおいて、われわれはこれは絶対承服できない。これはどうですか、いま一ぺん答弁してください。
○宮澤国務大臣 それはその点をずっと御追及になりまして、話が深みに落ちていったわけですが、冒頭に申し上げましたように、私どもは私どもの党の内部でこの問題についていろいろ研究をしておりますので、私どものこういう案も一つの考え方ではないかというふうに提示をしたのでございまして、政府として、この際据え置くがいいといったようなことを申しておるわけではないのでございます。
○神田(大)委員 これは時間の関係もありますから、私は、あなたが必ずしも生産者米価を据え置くと言ったわけではないという、そのことを確認いたしまして、後の機会においてこの問題については徹底的に御質問申し上げたいと思います。
○鹿野委員長代理 樋上新一君。
○樋上委員 宮澤長官に対する質問は、先ほどからいろいろな角度からなされておりまして、もうそれで尽きていると私は思うのでございます。 重複を避けたいと思うのですが、現在の食管制度が制定されて以来今日まで、食糧を消費する国民が最低必要量を一定の価格で安心して買うことができたのはこの法律のおかげであった。また、この制度が米作農民の米作安定や、所得の水準の向上に果たしてきた役割りは非常に大きい。しかるに政府は、みずからの失政の責任を生産者、消費者に転嫁をはかろうとしている。需給事情を価格に反映させないための統制価格を破壊しようとしているのは、農政無視の最たるものであると私は考えるのでございます。先ほど来から話がありましたように、長官は食管制度を解消すべきであると思うか、また堅持すべきであると思うか、根本的なあなたのお考えを承りたいと思います。
○宮澤国務大臣 その点は、私ども一致して食管制度の根幹は維持すべきものであるというふうに考えております。法律そのものをどうするかといったようなことは、現在のところ研究をいたしておりません。したがって、現行法が厳存しておるのでありますから、これに違反をするようなことは許されない、こう考えております。
○樋上委員 企画庁として生産者米価の値上げには反対であるというようなこと、据え置きであるというようなことが新聞に出ておりましたが、そうであるなら、いかなる理由で生産者米価を据え置きにしておくか、その点具体的にお伺いしたい。
○宮澤国務大臣 それは何度も申し上げておりますとおり、一つの考え方として私どもの党で検討してほしいと申しましたので、政府として据え置きが適当であるということを申したわけではないわけでございます。なぜ据え置きというようなことが考えられるかという根拠につきましては、先ほど申し上げましたように、限界反収と平均反収の問題がありはしないかということを指摘したにとどまるのでございます。
○樋上委員 その点、先ほど神田委員が質問されましたように、あなたは農民がつくった米に対して値上げをしないというのは——いろいろな経済事情で圧迫を受けている農民が、何としても最低生活を守らねばならない、これが最低の要求であるということは毎年でございますけれども、そういった問題の出たときに、その前提において、その値上げは認めないような話が出てくるということは、食管制度に対して違反ではないとあなたはおっしゃったのですが、重ねてお聞きいたします。そうでないとおっしゃいますか。
○宮澤国務大臣 その点は、先ほど申し上げましたように、生産者価格をずっと上げてまいりますと、それに従って限界生産費は上がっていくはずでございます。つまり、高い限界生産費でもなお生産者価格のうちになっていくわけでございます。そうなりますと、米の生産量はふえていく、政府の買い入れ量もふえていくということになるわけだと思いますが、食管制度自身は、政府が買い入れる米が多ければ多いほどいいということは、別段制度そのものとしては考えていないはずでございます。したがって、限界生産費はいかに高くなってもそれが望ましいということではなかろう、こう思っておるのでございます。
○樋上委員 一般諸物価の値上がり、また勤労所得の上昇は毎年見られるが、農民の米だけはストップをしておく。その算定基準についてあなたは矛盾を感じられないのですか。それとも、諸物価と比較して生産者米価をとめておくということは、どういうところにあなたの意思があるのか、もう一ぺんお伺いしたいと思います。
○宮澤国務大臣 その点は、少し迂遠な問題になるようでございますけれども、やはり価格、賃金、ことに価格の中で米価でございますけれども、その間にはお互いに相関関係があるように思っております。でありますから、やはり両方から上昇をできるだけ、ことに消費者物価はそうでございますけれども、徐々に詰めていくような方法をやはり考えるべきではないだろうか。確かに一つの時点をとって考えます限り、今年の消費者物価なり卸売り物価なりはある程度上昇してきた。それとの見合いにおいて今年の生産者米価を考えるということは、それはそれ自身論理としては一貫しておりますけれども、それがもう一ぺん物価に循環していくということは、このごろでは現実にはやはりございますので、一ぺんにそれを切ることはもちろんできないとしましても、ある程度循環を緩和していく方法はないだろうかということは考えております。
○樋上委員 経済企画庁長官は、経済の安定を願われるのは当然と思われるのです。けれども、いま生産者の苦労を考えた場合に、都市の勤労者との差があまりにもはなはだしい。ですから生産意欲をなくしてしまう。昨年度の未曾有の大豊作、毎年その調子で上がってくるだろう、そういう前提のもとに立たれているのだと思いますが、これは先ほどもお話がありましたように、予定どおりはたしてその量産ができていくだろうか。また不時の災害によってそれが減収になったとき、農村のみそういう封建的な徳川時代のように束縛した、そしてしりをたたいて農村の生産意欲を減退させるようなことをして、はたして今後何年か向こうに食糧事情が窮迫しないだろうか。そういうことを考えましたときにことしほど重大な年はない、私はこう思うのでございます。 にもかかわらず、最近の新聞をにぎわしておりますことが、生産者に対していろいろ不安な気持をかもしておる。もし間接統制なりそうしたことになれば、これは非常な減産になり、再び農民の生産意欲を減退させるものである、こういう不安を持つのでございますが、この点、いかがでございましょう。
○宮澤国務大臣 その点につきましての基本は、先ほど角屋委員が、昨年の米価審議会において私の申し上げましたことを御紹介くださいましたが、基本的には私はあのとおりいまでも考えております。 そこで問題は、あまり限界生産費が高くなっていった場合に、農業の総合策政全般の見地から見て、米に非常に過度に生産もまた施策も片寄るという結果になることがあるのではないだろうか。現在の段階では、農家の家計は、一世常当たりで申しますと、都会の勤労者の家計をやや上回っております。この状態は二年ほど続いておりますが、しかしこれがこのまま永続するということは、御指摘のように確かに申せません。しかし、米の限界生産費を上げていくことのみがこれに対する対策であるかといえば、やはりそうではなくて、総合農政の立場からほかのことも考えるべきではないだろうか、こういう気持ちでございます。
○樋上委員 最後に、長官に一言お伺いいたしまして終わりたいと思いますが、輸入米についてはどのようにお考えになっていますか。また、今後の輸入米についてのお考えをお聞かせ願いたいのです。
○宮澤国務大臣 私ども、経済社会発展計画でも、あるいは近くごらんに入れようと思っております新全国総合開発計画でも、米についてはわが国は自給をすべきだ、そうあるべきだというふうに考えております。したがって、基本的には、国内の需要を相当量の輸入によってまかなおうという考えは持っておりません。
○樋上委員 時間ですから、あなたに質問するのはこれで終わります。 それでは、大蔵大臣にお伺いいたしまするが、何度もこれは重複してお伺いするのですが、私も一言大蔵大臣におき聞します。 大臣としては、食管制度は改正すべきと思うか、また、堅持すべきと思うか。
○水田国務大臣 私は、いまの食管制度は、改善の余地が十分あるというふうに考えております。
○樋上委員 あなたは先ほど、食管制度の根幹を維持する、こう言われましたね。根幹を維持すると言われたが、この根幹とは何をさすのか、また、どこまでの範囲をさすのか、それを具体的にお答え願いたいと思います。
○水田国務大臣 さっき申しましたように、いま米穀について申しますと、国民食糧の確保、それから国民経済の安定、これをはかる見地から必要な米穀を政府が管理して、その再生産の確保をはかり、また消費者の生活安定、家計の安定をはかるというのが食管制度の目的でございますので、必要な米穀を政府が管理するというこの根幹ははずさなくてもいい。 しかし、いままでの食管制度の運営のあり方を見てきますと、その必要な食糧の確保ができないために、いろいろ食管制度の運営において、食糧を出させるためのいろんな措置をとっておりますし、また今度は一方、逆に需給の関係が違ってきたというような場合には、またそれに対応するいろいろ運営のしかたを考えてもいいんで、一ぺんきめたものをいつまでも全部同じにするというような運営をやったら、食管制度はただいまのようないろんな問題を起こしてきますので、私は、この運営を非常に弾力的に、そのときの実情によって、根幹に触れないでやっていく改善方法はたくさんあるというふうに思っておりますので、今度の場合も、できるだけそういうことを考えたいというふうに考えております。
○鹿野委員長代理 この際、赤路友藏君より関連質問の申し出がありますので、これを許します。
○赤路委員 宮澤さんにちょっと、時間の都合があるそうですから一問だけひとつお答えを願いたい。ごちゃごちゃ要らぬことは言っていただかなくてもけっこうです。ずばりお答えを願いたいのです。 先ほどのお話を聞いておりますと、国内米は余っておる、しかしながら日本経済といいますか、国民経済発展のためには外米輸入もしなければならぬ、そういうふうに私は聞いたんだが、そういうふうに確認していいですか。
○宮澤国務大臣 そうではございませんで、経済社会発展計画及びいま私どもが策定をしようとしております新全国総合開発計画では、将来にわたり米は国内で自給をする、こういうたてまえをとっております。したがってそういう面では、輸入によって国内の需給を補うということは予定しておりません、こう申し上げたのであります。
○赤路委員 ちょっと私の尋ねておるのと違うのです。いま問題になっておるのは、先ほど来から言っておりますように、二百六十万トン古米が滞貨してくる、こういうことですね。米はあり余る、こういう状態ですね。そういう状態の中で外米輸入がある。それは国民経済発展のためにやむを得ないんだ。たくさん米が余っておるのに、何のために外米輸入をする、それは国民経済を発展さすためにはやむを得ない。それでなかったら理由はないでしょう。そこだけなんです。
○宮澤国務大臣 その点の先ほどのお尋ねは、それならなぜいま数十万トンも外米を輸入しておるのか、それは産業資本擁護のためであるかというようなお尋ねでございましたので、御承知のように、ただいま輸入しておりますのは、中国でありますとかその他の国の通商関係の立場から輸入しておるのであって、それらのものは工業用その他要らないものではございませんから、浪費をしておるというふうに私どもは考えていない、こう申し上げたのであります。
○赤路委員 あんた私の言うのを誤解していませんか。私が言っておるのは、国内米はあり余っておる。そうでしょう。先ほどからの論議の中で出てくるのは、古米が二百六十万トンとかあり余っておる。そうした中で外米輸入をするんでしょう。いま長官が言われたように、中国から取ろうとどこから取ろうと、外米輸入をすることは間違いない。あり余っておるのに外米を輸入するということは、これは米としての問題でなく、むしろ日本の経済を発展さす一つの方向としてやむを得ない、こうおっしゃるのでしょうが、私はどこそこの工業がどう、どこの産業がどうだと言っておるのじゃない。現実に米が余っておると言っておる。その中で外米を輸入する。それは国民経済発展のために輸入せざるを得ないのか、こう私は言っておる。そうでしょう。それを変なことを言うからややこしくなる。
○宮澤国務大臣 数量及び価格によりますけれども、国益に合致するから輸入するんだ、こう思っておるのでございます。 それから、先ほどおまえの言っておることは法律違反でないかというお尋ねに対しまして、もし違反であればどの点が違反でございますか、御指摘があればお答え申し上げたいというつもりで申し上げましたが、多少表現が端的でございましたので、お気持ちを害したかと思います。その点おわびいたします。
○赤路委員 それでは、あとなんぼ答弁を求めても同じことになりますから、もう答弁を求めませんが、私はいままでのあなたの説明を聞いて、経済企画庁長官として、日本の経済の発展全体をお考えになっておる、中国から十万トンの米を入れるということ、そのことも日本経済の発展のためにやむを得ない、こういうことでしょう。米はあり余っておっても入れるということは、日本経済を発展さすためにはやむを得ない処置だ、このことを私は確認したのです。あなたごちゃごちゃ言うからよけいややこしくなってしまう。いままでのあなたの答弁でいけばそういうことなんです。そういうふうに私は考えます。もう返事はいい。
○樋上委員 大蔵大臣、あなたは米の自由販売を考えておられるのですか。それともどうお考えなんですか。
○水田国務大臣 先ほどちょっと申しましたが、政府以外には米を売れないということは、必要な米の確保というための一手段であったことは確かでございますし、こういうふうに需給の調節というようなことから見て、これを一〇〇%そうしなければならぬのか、若干の緩和というものはできないのかということを研究していると言いましたが、かりにそういう問題が結論を得ましても、これは約束に基づいて農村が作付をして米をつくっておるときでございますから、今年度それをどうしろというようなことは、これはやはりできない問題でございますので、私は、毎年米価をきめるときに、食管制度についていろいろな問題が出ますから、改善できる点は、来年はここはこういうふうにしたいというようなことがあらかじめきまって、来年度になったら、去年からそのつもりでやってきたから、これはこうというふうにいけば、円満にいろいろな改善ができると思いますので、いろいろな研究はしておりますが、結局、ことし突然どうこうということは無理だと思いますので、次年度においてはこういうこともやってみたいというような考え方を、ことし米価の決定のときに出したいという考えで、いま勉強を急いでおるところであります。
○樋上委員 それは、食管制度の改正をねらうものであると私は解しておるのですが、その点どうですか。
○水田国務大臣 いまのところ、私は運営の改善だというふうに思っております。
○樋上委員 今年度の予算は、総合予算主義をたてまえとして組まれていますが、補正予算は組まないとおっしゃるのですか、どうなんですか。
○水田国務大臣 先ほど申しましたように、ことしの予算編成方針でもございますので、補正予算なしに済むことをいま期待しております。したがって、そういうような方式がうまく答申されるかどうか、審議会にこれから諮問して、いろいろ御研究を願いたいといま思っております。
○樋上委員 私は、補正予算が組まれないときには、生産者米価は上げなければならないので、その上に立った分はどうするか。このように消費者米価をスライドさせることは、食管法にうたわれている二重価格制に違反しているのではないか、こう思うのですが、いかがでしょうか。
○水田国務大臣 私は、別に違反するとは思いません。食管制度の最初からの改正に、私どもは終戦後からほとんどこの問題にかかっておりますから、いきさつは存じておりますが、当初は別に、もし生活に困る人の救済というようなことでしたら、別個の社会保障制度でやるべきでございますが、そうじゃなくて、足らない食糧を確保して国民生活を安定させようという目的からできた食管制度の最初から、いろいろ幾変転を現在までしておりまして、当初は、これは社会保障制度ではないんだから、ここで、政府が買った値段は全部そのコストを消費者に負担してもらうということで、この会計の中から赤字は出さぬというような考えで出発した制度でございましたが、後にだんだんに落ちついてきましたし、財政の余裕も出てきましたので、やはり両米価のきめ方というものをここではっきりする。二木立てになったのですから、これは二重米価だというふうにいわれておりますが、しかし、そういう形で消費者の安定と生産者の安定というものをはかるために、算定のしかたにこういう基準を赴いたということはございますが、しかし、この会計の内においてこれがばらばらに運営されて、この会計の中でいろんな社会保障制度を実行するというようなことから改正されたいまの法律ではございませんので、この点においては、やはり算定のしかたは違っても、制度の中において、制度を維持するために、両米価の価格の正常な関係というようなものは、やはり保たれるのが本来の筋だというふうに私は考えております。
○樋上委員 それじゃ食管法第三条第二項、第四条第二項は、食管法のある限りはあくまでも厳守していかなければならぬ。それはそうなんですね。確認されますね。
○水田国務大臣 そういう算定の趣旨から、そういうふうに算定されることがいいのでございますが、そうかといって、いま申しましたようにそれが全く両方に離れて、かってにきめていいというものでは最初からございません。この改正をやるときから私どもは関係しておりますが、そういう意味ではございませんでした。
○鹿野委員長代理 次回は明二十日開会することとし、本日はこれにて散会いたします。 午後五時二十六分散会