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58回国会衆議院1968/05/15

農林水産委員会 第21号

発言数
93
登壇者
5
会派数
1
開催日
1968/05/15

会議録

足立篤郎自由民主党

○足立委員長 これより会議を開きます。  農林水産業の振興に関する件について調査を進めます。  この際、おはかりいたします。  家畜衛生対策の充実に関する件について決議をいたしたいと存じます。  すなわち、本件につきましては、先般来より各党間において御協議をお願いいたしておりましたが、先刻の理事会におきまして各党問の協議がととのい、お手元に配付いたしてありますとおり案文がまとまりました。  案文を朗読いたします。    家畜衛生対策の充実に関する件(案)   政府は、わが国畜産のより一層の振興を図るため、家畜衛生対策に関し、左記事項につき早急に検討を加えその実現に努めるべきである。      記  一、家畜伝染病の予防に万全を期するため自衛防疫体制の整備強化について必要な財政上の援助等を行なうとともに、豚コレラ、ニューカッスル等広汎な予防措置を必要とするものについては、国の責任を明かにして積極的な施策を講ずること。  二、最近における多頭羽飼養の進展に件い複雑化しつつある各種の家畜伝染病に関して、国を初め都道府県その他における試験研究の拡充を図り、最近の家畜飼養の実態に即応する技術体系を確立すること。  三、殺処分手当の交付に関しては、処分をうける農家の実情を充分配慮し、最近の家畜価格の動向に即して、評価額の適正化を図るとともに、交付手続きの迅速化に努めること。  四、病畜発生農家の経営再建を図るため、制度金融等による所要資金の確保を図ること。  五、肉豚および鶏に関する共済制度について、速やかに調査を完了し、制度の確立を期すること。   右決議する。 以上であります。  ただいま朗読いたしました案文を、本委員会の決議とするに御異議ありませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

足立篤郎自由民主党

○足立委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。  この際、ただいまの決議について、政府の所信を求めます。安倍農林政務次官。

安倍晋太郎自由民主党農林政務次官

○安倍政府委員 ただいま御決議になりました家畜衛生に関する事項については、十分検討を加え、御趣旨に沿うよう努力いたす所存であります。

足立篤郎自由民主党

○足立委員長 なお、ただいまの決議の関係当局への参考送付の手続等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

足立篤郎自由民主党

○足立委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。      ————◇—————

足立篤郎自由民主党

○足立委員長 国有林野の活用に関する法律案を議題といたします。  質疑の申し出がありますので、これを許します。森田重次郎君。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 国有林の活用の要求というものが、国民の間から非常に強く出ておるわけでありますが、それに対しまして農林省のほうで、これにこたうる意味において今度の法案が提案されたわけであります。そこで、大臣が御出席になれば、最初に原則的なことをお伺いしたいと思っておったのでありますが、大臣の出席が少しおくれるそうでございますから、最初に事実関係について御質問申し上げたいと思います。  まず、第一にお尋ねいたしたいことは、国有林が日本の国において非常に偏在しているということは、これはもう公知の事実なのであります。ただ、どの程度に偏在しているのかということは、必ずしも国民の一般認識の中に入っていないようにも思われる。そこで、ひとつ最初に、この偏在している実情を数字であらわしてもらいたいと思うのであります。国有林の最も多い県から最も少ない県へ、御調査になっているものの御発表を順次願いたいと思います。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 それでは、府県別の林野の中に占める国有林の率を申し上げます。  北海道が五五%、青森が六二%、岩手が三六%、宮城が二九%、秋田が五〇%、山形が五三%、福島が四二%、茨城が二一%、栃木が三三%、群馬が四七%、埼玉が九%、千葉が四%、東京が二%、神奈川が九%、新潟が三四%、富山が三五%、石川が一一%、福井が一一%、山梨が一%、長野が三五%、岐阜が一九%、静岡が一七%、愛知が五%、三重が五%、滋賀が六%、京都が一%、大阪が一%、兵庫が四%、奈良が四%、和歌山が四%、鳥取が一二%、島根が四%、岡山が六%、広島が七%、山口が二%、徳島が五%、香川が九%、愛媛が九%、高知が二一%、福岡が一〇%、佐賀が一四%、長崎が九%、熊本が一三%、大分が一〇%、宮崎が三一%、鹿児島が二七%、全国計で三〇%、以上でございます。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 ただいま読み上げていただいたのでありますが、簡単に、どういうものになっているかというのは必ずしもすぐ直覚的にはわかりにくいようでありますが、地方別にいたしまして、東北地方に非常に偏在しておる。それからもう一つは鹿児島と宮崎、これに非常な片寄りになっている、こう見ていいと思うのでありますが、いかがでございますか。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 大体そのようでございますが、関東地方におきまして、群馬、栃木が、四七、三三と大きくなっております。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 いまのは現在のあれでありますが、そこで、明治二十六年の十二月三十一日現在の調査で、これは私の調べたところによりますと、青森県は八八・三%、秋田県が八七・七%、こういうふうになっておりまして、以下これに準ずるような形で片寄りがあったのだというふうに調べてあるのですが、当局のほうではどう考えておりますか。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 一県一県のその数字は、いま手元にございませんが、総体として申し上げますと、先生おっしゃった明治二十六年におきまするいわゆる国有林といわれるものが、二千百四十四万町歩と一応なっております。これは、実測その他でございませんでしょうから、正確な数字かどうかわかりませんが、記録によりますと、二千百四十四万町歩、このようになっております。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 いまパーセントで御確認を願ったわけでありますが、次に、営林局の管轄県を全国あげてほしい。——それでは大阪と青森、秋田だけでいいです。それをあげてください。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 それでは、概括申し上げますが、営林局は十四ございます。北海道に五局、内地に九局でございます。それで内地の九局のうち、先生のおっしゃいました青森営林局につきましては、青森、岩手、宮城の三県でございます。それから秋田営林局につきましては、秋田県、山形県、この二県でございます。それから大阪営林局につきましては、県別を申し上げますと、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県、三重県、鳥取県、島根県、岡山県、広島県、山口県、以上が大阪営林局の管轄県でございます。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 福井、石川も大阪に入っていませんか。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 間違いました。福井、石川も入っております。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 そこで、いまのは各県の管轄をお答えいただいたのですが、これによって見ても大阪が十県以上でしょう。青森、秋田のごときは二県もしくは三県です。これでも、いかに片寄ったあり方かということがわかるという意味で、私はこれをおあげ願ったわけです。  いまのは、県を中心したあげ方をお願いしたのでありますが、ここで私の県の実例を申し上げてみたい。これはあなたのほうで調査できておりますか。青森県の八〇%以上国有林の所在している町村がわかりますか。わからなければ私のほうであげてもいい。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 青森県におきましては、八〇%以上の国有林野率を持っておりますのは、新市町村で十八カ町村、旧市町村で二十六カ町村、以上でございます。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 いまのは抽象的にお話しになりましたが、具体的に私はこれを記録しておきたいと思うので、私のほうから申し上げます。  三厩村は九八%、佐井村は九六%、小泊村は九六%、大畑町が九五%、岩崎村が九一%、蟹田町が八九%、脇野沢村が八九%、西目屋村が八九%、今別町が八八%、中里町が八六%、大間町が八五%、深浦町が八四%、川内町が八四%、蓬田村が八三%、市浦村が八三%、碇ケ関村が八三%、金木町が八二%、風間浦村が八一%、平館村が八〇%、天間林村が八〇%、こうなっております。これで非常に偏在しているということは、林野当局でもよくわかると思うのです。  それに関連して、下北郡という郡がございます。これが驚くべき偏在で、ほとんど郡全体が国有林といっていいじゃないかと思われるほど偏在している。ここに営林署が幾つあって、それはどういうところにあるかということもひとつお答え願って、記録しておきたいと思います。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 実は、全国で三百五十の営林署があるわけでございますが、県の個所ごとのものがいま手元にございませんので、至急調べましてお届けいたしたいと思います。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 それじゃ、これは佐井、大間、大畑、むつ、川内、脇野沢、わずか一郡に……(「ちゃんと知っているんだ」と呼ぶ者あり)やっぱり相手方から答えさせたほうがいい。そういうようなことで、一つの郡の中にそれだけの営林署があるということは、先ほどの県の管轄と同じような意味において、偏在の状況がうかがわれる一つの徴表だ、こう思うのでお尋ねしたわけであります。  そこで、その次に入りたいことは、こういうふうに偏在している山村の生活状況でございます。一体どんな生活条件になっているのかということ、やはりこれを明らかにしておかないと、どうしてこの国有林活用の要望が出るかということの理由がわからない、こう思うのでお尋ねするのです。どうですか、佐井村の営林状況がおわかりになりますか。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 詳しく調べておりませんので……。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 これも、ひとつ私のほうから申し上げまして、このとおりであるということの御確認を願いたいと思うのです。  佐井村は戸数が千戸で、漁業による収入が一億八千万、これは四十一年度のあれであります。農産物が一億、出かせぎの収入が八千万、その他約一億というのであります。一戸当たりの収入が四十万円ということになっております。青森県では、これは平均五十万円になりますから、それより十万円少ないという結果が出ているわけであります。  ところが、ここに国有林が一万一千七百ヘクタールある。これからの収入が一億一千二百万円になっております。民間の林が幾らあるかといいますと、わずかに三百五十ヘクタールしかない。これからの収入が百万円なんです。ただここで、貸し付けを受けてやっている土地が五十二ヘクタールございます。耕地が二十三ヘクタールしかございません。宅地が三十ヘクタール、これが佐井村の実情なんですよ。  そこで、もう一つ実例をあげて御認識を改めていただきたいという意味で申し上げるのでありますが、部分林の設定が行なわれております。そこで、この間私のほうで調査いたしてみましたところが、いままであるものを入れて六百七十ヘクタール、これがA部分林の設定になっております。そこで、かりにA部落としておきましょう。A部落では、四十一年に三十ヘクタールの部分林を伐採いたしまして、千八百万円金が入ったわけであります。ところが、営林署はこれでどれだけ分け前をとっておるかというと、千八百万円のうちから五百万円とっているわけです。三割とられているということになるわけであります。その上に、山へ入るにも許可の条件がめんどうだ、物を売るということになりましても、営林署のほうで一方的にやるのでありまして、利害関係者としての村民が何らこれに参画することができない、こういうのであります。特に、道路が通っていないというので二百万円たたかれた、安く買われた、こう言っておる。ところが、実際業者のほうでは、道路を通すに五十万円しかからない。百五十万円だけ別にもうかっているような勘定になっているという調査ができ上がっているのであります。もう一ぺん申し上げますと、この評価が営林署と業者との間にやられて、部落民は何らこれ関与することができない、こういうことでありますから、二公八民だとか三公七民だとかいろいろあるようでありまするが、実際は、結局五公五民ぐらいにしかならないんだ、こういうようなのが、この村を通しての実情なのであります。  そこで、こういうような認識のもとにわれわれは国有林を開放してもらいたい、活用してもらいたい、こう言っているのでありますが、こういうような実情をあなた方のほうでは一体よく御調査になって、これは何とかしてあげなければならないという気持ちになっているのかどうか、これをひとつお伺いしておきたいのであります。  ついでですから、もう一つ東津軽郡の三厩村の状況も申し上げてみると、これも出かせぎが非常に多いし、軒先まで国有林だし、宅地、墓地なども国有林の中に借りざるを得ないというようなかっこうになっております。ところで、この土地から営林署はどれだけ収益をあげておるかというと、ここから一億二千万円収入があがっているのであります。そして、村では課税するわけにはいさません。ただ指をくわえてこれを見ているよりほかにしかたがない。明治維新以来の百年間こういう姿で、封建時代と同じようなかっこうの生活をしている、これが実情なんです。こういうような生活の実情等を、林野庁のほうではお調べになっておいでになって、資料でも整うておいでになるのかどうか、この点をひとつお伺いしておきたい。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 先生のおっしゃいましたその村につきましては、実は、私どものほうで現在わかりませんけれども、総体としての考え方としまして御説明申し上げます。  まず、第一点の部分林につきまして、実質は五〇、五〇じゃないかというような御指摘のようでありますが、部分林は、御承知のように民間と官とが契約をいたしまして、この場合は、おそらく七〇、三〇という契約をやっておるわけでございます。それから伐期につきましても、大体協議の上契約をしておるのが実態でございます。ただ、その当時の契約でございますと、おおむね伐期は高くきめるのが通例でございます。しかし、木材の利用その他が非常に変わりまして、細いものでも十分利用できるということから、伐期を引き下げた形で切るという傾向が最近出ております。この場合も、おそらくそのケースだろうと思います。そういうことで、伐期を下げた形で切る場合でも、これは契約者と相談の上やっておるわけでございまして、一方的ということは、一般論としてあり得ないわけでございます。ただ、入札その他で売り払う場合に、やはり官の責任において売り払っておるという現況でございます。しかし、先生のおことばの中の、官が予定価格を立てるときに、業者との話し合いでやるということは絶対にございません。これは、官自身が妥当な予定価格を一応立てて、それによって処分しておるというのが実態でございます。したがいまして、先生のおっしゃった、業界との話の中できめるということはございませんので、この点、御了解いただきたいと思います。  それからもう一点、先ほどの一億二千万も三厩村であがっているじゃないか、それに対して何にもしておらないじゃないかというお話でございますが、これは、制度といたしましては、その土地につきましては交付金というのがございます。これは、御承知のように、いろいろ先生方の御指示もございまして、現在におきましては、いわゆる固定資産税相当額の一・四%というものが、おおむね交付されるわけでございます。それは土地でございますが、それから、その売り払った材木につきましては、これはいろいろ御議論はございますが、木引税という中で、これまた当該市町村に交付しておるというのが実態でございます。  以上でございます。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 いま私の申し上げた部分林の分け前が、五対五ぐらいになるんだということは、これはなるほど契約面の上から見たり、また、実際役人の立場から見れば、そういうことはないということは、答弁として当然のことだろうと思う。しかし、部分林でいいじゃないかということを、われわれもずいぶん地元の人に相談してみたり何かした。ところが、部分林ではだめなんだ、こう言うのです。その理由は何かというと、いま申し上げたようなことで、結局、やはり役人に左右されて、われわれならばもっと高く売れると思うものも安く売るということになる。それから、ああだこうだといろいろの費用とかなんとかいうようなことで、結局、われわれは五対五ぐらいしかもらえないようなのがいままでの実際だ、こういうことが地元の人の体験から出てきている。これだから部分林というものは、幾ら二公八民、三公七民といっても、具体的な場合はそうなるのだということで、この部分林に対して、期待を持てないというのがいまの実情でございます。  したがいまして、これはなるべくそういう弊害のないように御努力なさっておいでとは思いますが、今後ともこれを幾ら活用してやられるにしても、この部分林だけは今後さらに広まっていくだろう、こうわれわれも考えておりますから、この点は、十分地方の人々もその処分に参画して、公平妥当だというような方法できめてもらわないと、今後の活用に対しても期待が持てないような実情です。この点について、農林省はその後幾らか考えが変わられたようにも聞いておりますから、今後の方針について、ひとつお伺いしておきたいと思います。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 ただいまの部分林の問題について、念のためちょっと説明をつけ加えさせていただきたいと思いますが、部分林を売り払う場合にいろいろ費用がかかる、そういう費用は収入から差し引くということはいたしませんで、部分林を売ったそのものの価格の七、三ということで分けるわけでございます。費用は差し引いておりませんことを、ちょっと御説明申し上げます。  それから、部分林の今後のあり方につきましては、先生御指摘のとおり、従来はややもすると官が経営するという意識が非常に強かったことは、私、認めざるを得ないと思いますが、現行におきましては、部分林権者の意思を十分尊重いたしまして、その趣旨に基づいて官も対処してまいるという態度でございますことを表明しておきます。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 それでは次の問題に入りますが、先ほどあなたがお話になられたように、鹿児島県、宮崎県あるいは群馬県、それからほとんどの東北地方、北海道は所有権取得の形態がほかのほうと違いますから別として、いま申し上げた各県の藩政時代からのことだけに限って御答弁を願いたいのでありますが、こういうふうな片寄りを持つことになったその原因を、どんなふうに一体林野庁では見ているのですか。その理由、原因をひとつお知らせ願いたいと思います。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 国有林が成立をし、かつ、その国有林が非常に片寄った形で成立したのはどういうわけだろう、こういう御質問だと思います。  先生御承知のように、国有林の成立は明治二年の藩籍奉還、それから明治三年の社寺土地ということを一つの契機として国有林になったわけでございますが、具体的に申し上げますと、その後明治六年に地所名称区別が公布されました。翌年の同七年に地所官民有区分が始まったわけでございます。それに伴いまして、明治九年に山林原野等官民有区分処分派出官心得書というのができまして、それによって、これは官であるものか、民であるものかということの基準がきまったわけでございます。御承知のように、官であるというものにつきましては、幕藩有林野でございますし、民有林野であるというものにつきましては、村持ち山、私有林野というものが民有林野になったわけでございますが、ただ、問題点は、幕藩有林野というものの中に、いわゆる領主的支配によるもの、あるいは集団的支配によるもの、そういうものが、いわゆる込みの形で藩有林野の国有化ということが行なわれたわけでございます。したがいまして、そういう集団的支配というようなものについて、先ほど申しました一つの基準がきめられまして、それによって官民有の区分がきめられてきた。そういうことで整理されたものが、大体明治十四年ころに一応の完了はしたわけでございます。しかし、先生御承知のように、その後、いろいろそれに対する不服と申しますか、当を得ないという声が非常に出ました。また申請その他も出るということから、下戻法が公布されまして、それによりまして一つの整理が行なわれたわけでございます。それが国有林のおい立ちだと思います。  そこで、なぜ青森なり、あるいは宮崎なり、鹿児島なりが多いのか、こういうことでございます。これは百年も前のことでございますので、詳細な理由というものは明確にはつかめないのでございますけれども、われわれ判断いたしますのには、その当時のそれらの山林が非常に奥地である、非常に未開発の地帯である、それから、たまたまそういう藩有林としての森林の管理が相当行なわれておったというようなことから、あるいは社会、経済的にもなかなか開発されていないというようなことから、そういう国有林になり得る素地がそこにあったというふうにわれわれは理解しておるわけでございます。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 あなたの御答弁は、ただこういうような法律があって、こうやったらこうなったということのお話なんです。しかし、それならそんな不公平な偏在がここに起こるわけがないのです。そういう法律はつくったんだが、その法律の運用の上で何か別な理由があって、今日のような結果を招来したものだろう、私たちはこう考える。この点については、どう御観察になっておいでですか。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 これは、先ほど申し上げました山林原野等官民有区分の基準というものが一応のものさしとして、そうしてそれぞれ現地において検討されたわけでございますので、われわれといたしましては、その基準の中で、たまたま非常に開発されている関西地方におきましては、いわゆる民有化が非常にあった。しかし、開発されていない奥地を非常に多く控えたところにおきましては、やはり国有化される姿になってきたというふうに理解しております。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 もう少し率直にお答えできませんか。それじゃあたりまえのことを、ただこういう法律でこうやったらこうなったんだということです。ところが、ほかにも理由があったと私は思うのです。どうですか。——これ以上答えられなければ、私のほうから申し上げます。  衆議院農林水産委員会調査室の調べ書です。これはなかなかよく調べてありまして、感心して見ているのです。これによりますと、こうなっているんですよ。「また東北地方は、商品経済の発達がおくれ、住民の権利意識が希薄であったのに加え、維新当時の官軍に抵抗した歴史的事情までが加味されて、今日まで尾を引く膨大な国有林野の編入を見た。」これが調査の結果出ております。もう一つ、「また、宮崎、鹿児島の両県は、西南戦役後、再度、官民有区分の厳格な実施を受け、一たん民有地に編入されたものが、強制的に続々と官有林に引きあげられたといわれている。」こういうことです。これは、われわれは政治的に非常に考えなければならない重点だと思うのでいま申し上げたのですが、これを肯定しますか。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 そういう調査をした中で、こういう表現をとっている学者のあることは、私も存じております。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 それは学者の説ですか。それとも、いまじゃもう通説になって、そういうことがあったんだということは、社会的にも顕著な事実になっていると私らは考えるのですが、いかがですか。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 一つの説としてはわかるわけでございますが、私が先ほど御答弁いたしました森林の実態からして、非常に開発されておる関西地方と、やはりいまでも青森あたりは開発されていない。そういう姿の、当時は百年も前のことでありますから、やはり未開発という中でそういう国有化という、いわゆる部落の人があまり利用されない奥地にあったというように解釈することも、これまた一つの説でございまして、まあ妥当ではないかというふうに考えております。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 いまのは、大きい国の政策の結果そうなったのだということですが、もう一つ、当時の役人の心のかまえというものが、一体どうだったろうかということを調べてみた。そうしますと、これも調査書の中に出ていますが、実におもしろいことなんです。これは長野県の木曾谷において起こったことだとここに出ております。これは私の所有地なんだ、しかも森林ではなく耕地なんだ、こういう主張を権利者がした。それに対して役人は何と答えたか。木が二本あれば林じゃないか、こう言った。おもしろいことを書いてありますよ。なるほど木二つ並べれば林になる。木二本あれば林じゃないか、三本になれば森なんだ、こう言うた。これですよ。これが非常に問題なんです。いまここに出ているあれを見ますと、なかなか言うことを聞かず、いまのように、「三株存スルモノハ森ナリ此畑ハ森林ニ属スヘキモノナリト叱怒シテ去リシカ」こう出ているのです。この当時の役人の心のかまえというものが、私は偏在した一つの大きい原因になったのだ、こう見るのです。だからこの点は、決してそういう説もあるというようなことではこれは否定できないのですよ。だからこの辺も、あなた方実際今後森林行政を取り扱う上に十分考えてもらわなければならない、こう思います。  それから、もう一つ申し上げたい。藩政時代にはそれは藩の林であった。それは私もそのとおりだったと思う。いま青森県の例を引きますならば、いまの津軽と称するところは津軽藩それからわれわれの南部地方、下北を含んでこれは南部藩、それだから津軽藩の林、南部藩の林、こうなっておったことはそのとおりです。しかし、その当時の人々が、藩有林に対してどういう利用の参加をしておったかというと、やはり林全体を、針葉樹のようなものは藩のほうへ協力するけれども、薪炭林その他の利用については、部落として相当自由な権利を認められておったということがあったわけです。つまり、むずかしい法律論でいくと、ゲルマン法的なそういう関係で、藩と民が一体となって、民のほうに藩の林に助力させるという体制をとると同時に、人民の生活も藩のほうで保障してやるという、ある程度共同に利用するという権利が当時あったことは、日本共通の現象であったとわれわれは調査の結果見ているのですが、この点はいかがですか。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 先ほども私ちょっと触れましたけれども、藩有林野の中には、集団的支配として、先生おっしゃるような形で利用されておったというふうに考えるわけであります。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 ところが、国有林に編入されてしまった。率直に地方の人の感情を申し上げましょう。お上は自分のものだと言うておるけれども、山はどこへも持っていけるものじゃないのだ、こう言うのです。山は持っていけるものじゃないのだから、結局、われわれの力で協力させるような体制になるんだから、お上のものだと言っていてもいいじゃないかという当時の心境だった。それはなぜか。この山を自分のものだとして民間に持たせると、高い税金を課すぞということが当時の官憲の一つの圧力だったのです。高い税金を課せられると、山を持つと身上をひっくり返すようなことになってしまう。そこで、私の村で起こったことで、これは過去のことでございますけれども、自分の名義にしておくといけないからというので、酒を一升持っていって分家の者の名にしたという事実まであるのです。これが当時の、官に編入されたときの実情なんです。税金でおどかされる。おそらくは今度官のものになっても、もとのとおり利用さしてもらえるだろう、これが当時の人民の考え方であった。それだから編入を認めざるを得ないようなかっこうであった。  ところが、いままでのゲルマン法的なそういう利用の制度が、が然個人主義のローマ法に切りかえられた。したがって、これは個人の権利として非常に強い主張をなすことになった。そして、国家もまた個人としての権利を強く主張して、ほかの者の利用などということを全部排斥した。これが非常に大きな問題になって、今日まで尾を引いているということだ、私は法律的にこう解釈しておるし、また私のこの説は、決して私個人の説ではなくて、日本の学者の間に共通な説になっているはずでございますが、林野庁の見解もまたこれを認めるのでございましょうか。その点をひとつ……。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 いまの官民有区分のやり方の基準にも一つの問題がありますが、一応その考え方といたしまして、あらためてここで御説明する必要もないかもしれませんが、一言触れたいと思います。  官民有の官に相当すると見られたものと、民というふうな分け方につきまして、民につきましては、先生御承知のように、村持ちというのは、これは当然民であります。それから樹木や草を自由に利用処分していた事実があるという場合にも、これは民である。それから村持ちとして民村等で領知しておるというような場合も、これは民と認める。それから樹木の植えつけや焼き払い等の手入れを加えてきたという事実がある場合にも、これも民といたしました。しかし、自然の草木、単にしばとかそういうものをとっておったというようなもの、いわゆる自然のものをそのままとっておったようなものは官にいたすというような一つの基準の中で、これは整理されていったという実態でございます。したがいまして、そのような形の中で官民有という区分は行なわれたわけでございますが、さらに、その中でまだ明確じゃないというようなものにつきましては、下戻法ができましてそれによって申請をし、いわゆる訴訟もできる形になりまして、その中で解決していったというのが実態ということになっておるわけであります。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 どうですか。ゲルマン法的に行なわれていたことが、明治維新のいまの所有権の問題でローマ法的なものになって、非常に厳重な所有権というもので、民で利用できないような形にしたということはお認めになるでしょうね。それをちょっとはっきりしておきたい。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 御指摘のゲルマン法からローマ法的なものになってきたということは、そのとおりでございます。したがいまして、個人の所有権というものが浮かび上がってきたということも事実だと思います。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 そこで、もう一つあなたに申し上げておきたいことがある。それは、いままでお上のものでも利用ができたのだ、われわれにも権利があるのだ、これは、法律改正をしたからといったって、なかなか民間側では納得できないことです。すぐ即応できないのですから……。そこで、非常に厳重な取り締まりをした。そうして、とうとう営林署の役人に森林盗伐に関する警察権を持たせたという事実はいかがですか。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 森林を管理する職員に司法権を持たせたというのは、そのとおりでございます。現在もその制度は残っております。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 そこで、これはお認めになるかどうか。少し無理かもしれませんが、実情を申し上げてみます。  いままで利用ができた、それが法律が変わったとか何だとかいうことは、人民のほうではわからない。だから、いままでどおり山の中に入っていって、いままでどおり切られる場所は木を切ったのです。それは全部森林窃盗ということで、刑事問題として処罰されるようなことになった。この事実はお認めになりますか。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 先生のおっしゃった問題は、いわゆる収益権があるという場合においてはこれは問題ないのでございますが、そうじゃない場合にそういう問題が起きるわけでございます。ただ、そういう問題が起きないようにするための実態の調査、実態認定ということが行なわれて、現在に至っているというふうに解釈しております。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 そうむずかしいことを聞いているんじゃないですよ。つまり、ゲルマン法的な利用権があると考えて、新しいローマ法に切りかえられたんだけれども、人民のほうではそんなことはわかりはしない。藩政時代からの慣行としてやっているのだから、入ってもいいのだというので木を切った者は、全部森林窃盗で処罰されて、日本全国に、いわゆる盗伐が非常に行なわれたという事実を認めるかということを聞いておる。事実を聞いておるのですから、それに対する答弁をしてください。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 確かに、そういうようないろいろな盗伐等があったことは知っております。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 たいへんなことなのです。部落の生活の基本を脅威するのですからね。そこで、正当防衛的な意味において、部落の中では団体を組んで盗伐をしたのです。そうすると、森林窃盗で起訴される。たいへんなことなんだが、しかし、生きるためにはやむを得ない。そうして、起訴されるときにだれが起訴されるかというと、部落の戸主がみんなくじ引きして、くじに当たった者が処罰された。このことも、あなたのほうではおそらく調査しておわかりになっておいでになるだろうと思うが、お認めになりますか。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 先生のいまのような御指摘は、私も本で読んでおります。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 そこまでわかっておいでになるなら、もう少し情けある政治をおやりください、私はいまこういうふうに申し上げているわけなんです。これはお考え願いたいことなんです。そういう政治だったのです。  そこで、今度話の方向を転換いたしますが、これは決して青森県なら青森県など一ところで起こったことではないのです。日本全国共通の現象だったものですから、こんな国民をいじめるようなローマ法的なものを徹底的にやられたのでは、とてもがまんできないというので、全国的に、この国有林をわれわれの手に戻してもらいたいという要求がきゅう然として起こった。この事実はお認めになりますか。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 そのようなことを背景としてと思いますが、下戻法の中におきましては、約二万件程度、約二百万町歩だと思いますが、そういう申請が出てきておるのは、その裏づけだと思っております。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 全国的にそういうような形勢が出てきたので、ある場所では暴動が起こったという事実があったはずでございますが、その点は御調査方願っておいたはずですから、それをひとつ御説明願いたいと思います。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 暴動等の起こったということも聞いておりますが、具体的な調査資料といたしましては、四件ほど「日本林業発達史」の中で調査いたしております。四件の内容を要点だけ御説明申し上げますと……。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 お調べになっているのなら全部読んでください。それを記録にとっておきたい。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 明治十二年の新潟県の事件でございますが、新発田町在住の住民が、入り会い地に部分木仕付け方を願い出ていたわけでございます。これを払い下げの申請と誤認いたしまして騒擾が起こり、警察分署を破壊する等の暴動が発生したというのが一つの事実でございます。  それから、同じく明治十三年の群馬県の事件でございます。これは村内の官有地を部分木地として拝借願いを出しまして県の許可を得たので、他村の立ち入りを禁止したところ、他村の関係部落民が騒擾を起こしたという事件でございます。  それから三番目は、明治十六年の神奈川県の事件でございます。これは神奈川県の大住郡堀山下村の豪農山口某という者が、官林を独占的に買い受けたことにより紛争を生じ、村民は竹やりまでを用意したという事実でございます。  第四番目のものは、同年の同じく神奈川県の事件でございますが、同県の南多摩郡木曾村の豪農三沢某が、住民の意向を無視して官林の払い下げを受け、開墾を始めた。それによりまして農民が開墾地へ押しかけて、家屋を打ちこわしたという騒動が起きております。  以上四件が、その「日本林業発達史」の中で一応調査されております。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 ありがとうございました。あなたのほうの御調査でそう出ているのですが、もう少し明らかにしておきたいのです。  この委員会の調査室で調べたものによりますと、こう出ておるのです。「其完全ノ証拠ヲ以テ請願シ願書ヲ受理セラレタルモノ亦全国二一万名近ク」「主務省ノ階上卓机ニハ明治一三年以来ニ於ケル無数ノ請願書ハ岳ノ如ク山ノ如ク堆積並列」した、こう辻瀬州という人の「森林制度革新論」の中に出ておる、こういうのであります。  さらにもう一つ、「官山に対する放火や、火災が起きても消しに行かずに傍観するという消極的抵抗も示された。」こういうふうになっておりまして、あなたの言われた群馬県では、「八十二カ村の集団闘争、暴動まで起こった。明治二十年の官林被害は、山林局調査書によると放火によるものが百七十一万本余、盗伐九万二千本余となっておる。」こういうのであります。これはお認めをしていただけると思うのであります。  それはそれとしていいのですが、そこで、こういうふうな政治情勢が起これば、これに対して政府は、何らかのこたえ方をせなければならない。どんなこたえ方をしましたか、それをお尋ねいたします。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 明治十四年に一応官民有区分が終わりました以降、先生のおっしゃるような、そういういろいろな事態が出たことは承知いたしております。そこで官としましては、官有になったといいながらもそれに対する施策と申しますか、計画と申しますか、そういうものは全然でき得ない状態であったということも認めるわけでございます。したがいまして、その中で官といたしまして、先ほどちょっと触れましたように、明治三十二年に国有土地森林下戻法というのが出て、そうしてその中でそれらの問題を解決していこうという態度になった、こういうふうに存じております。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 その下戻法という法律は、非常に短い時限立法であったはずですが、何年間でございましたか。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 その下戻法は、明治三十二年四月十七日に施行になったわけでございますが、その有効期限は明治三十三年六月三十日までというふうになっておりますから、ちょうど一年余でございます。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 そこでお伺いしたいのは、こういう全国的な大きな政治問題を、せっかく下戻法という法律をつくっておいて、わずか一年ちょっとの時限立法にしたという当時の官の心のかまえというものは、一体どういうことなんでしょう。私らには実にふしぎでたまらないような感がするが、これをあなたのほうではどう解釈するのですか。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 これはだいぶ前の話になっておりますが、明治三十年の農商務大臣は榎本武揚という方が当時の大臣であった。その榎本武揚大臣のお話によりますと、その以前から、具体的に申しますと、明治二十三年の農商務省訓令が出まして、そして民有下げ戻しの申請というものがなされたわけでございますので、そのころから続々とその申請が出ておったわけでございます。これは全国津々浦々から出ておるわけでございます。したがいまして、ただいま申しました下戻法ができたときにおいては、確かに一年余の期限だけでございましたが、その以前、十何年という中においてそういう申請が出てきたわけでございますので、期間としては、それを受理するだけの期間でございますから、別に短い期間とは考えられないということと、国としましても、計画がなかなか立たないという中において、これをすみやかに立てていきたいということで、この法律の提案ということになったと御答弁されておるのを拝見しておるわけでございます。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 まああなたの答弁としては、それ以上出ないだろうと思いますが、いかに当時の官憲というものが、非常な国家権力の上に立って、下々のほうの言うことをいれなかったかという顕著な現象の一つだ、こう私は解釈する。  それはしばらくおくとして、ところで、一つ大きな問題がここにあったのです。いままでは官民有区分というものは、民有たるの証拠は書類だけでなくてもいい。書類があればむろんいいが、書類のほかにも、隣近所の村で、これはこの人のものだというようなことを証言すれば、民間側にやるのだとされておったはずです。ところが、この法律ができたとたんに、その書類以外のもの、近隣郡村の確証があっても、下戻法では、それは証拠として取り上げられないということにしたと調査室の書類に出ているのですが、これはお認めになりますか。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 それは、先生の御指摘のとおりだと思います。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 そうですね。だからこれを考えてみてください。これだけの大法律をわずか一年そこそこでぶっ切る。いままでは書類以外のものでも、隣近所の者がこの人のものだという証拠をあげるならば、その人のものに認めた。それをやめて書類だけだ、こうした。ここに、当時の官憲がいかにけんもほろろな取り扱い方をしたかということが、うかがわれると私は思うのです。いまあなたを責めてみたところでどうにもならぬのでありますから、これ以上のことは申し上げませんが、当時のこの心のかまえ、官憲のかまえから、今日まで尾を引いておるのです。もう少し国民に情けある態度で考えてもらわなければならない。いまごろになって、百年もたって、私らがこんなことをやらなければならない。この気持ちを、ひとつよくあなたにお察し願いたい。  それはまあいいとして、その次の問題ですが、一体これはどれだけの件数出願して、どれだけいれられましたか。そうしていれられた面積、もしそれが各県別にかわるのでしたら、それをひとつお知らせ願いたい。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 最初に概括的に申し上げますと、申請のあった件数は二万六百七十五件というふうになっております。その中で下げ戻しとなったものは、千七百三十二件となっております。したがって、却下になったものが一万八千九百二十件、未決というものが二十三件、こういうふうに承知しております。  そこで、下げ戻しとなったものの中で、いわゆる行政処分としてきまったものが千三百三十五件、それから訴訟の結果によって、いわゆる国が敗訴となったことによって下げ戻しとなったものというのが三百九十七件であります。それを合計しまして千七百三十二件、こう承知しております。  それから県別になりますと、これは全県にまたがるわけでございますが、お読みいたしましょうか。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 おもなるところを言ってください。たとえば鹿児島県、宮崎県、青森県、秋田県、山形県あるいは群馬県、そういうおもだったところを言ってください。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 それでは、大きいところを調査した中で申し上げますと、青森県が下げ戻しの申請が二千九百十件あったわけでございます。面積としまして、ラウンドナンバーで申し上げますが、十六万三千町歩でございます。それに対しまして下げ戻しになりましたのは、七十九件で千百六十八町歩でございます。それから行政訴訟を提起いたしましたのが九十二件でございまして、その面積が四万九千九百四十六町歩でございます。そして行政訴訟の結果、国が敗訴となったものが十九件ございまして、一万七千七百八十八町歩ということになっております。したがいまして、合計いたしますと、二千九百十件のうち下げ戻しになったのが九十八件で、その面積が一万八千九百五十六町歩、これが青森県の実態でございます。  それから群馬県でございますが、群馬県は下げ戻しの申請が二千百十一件ございまして、面積が十八万九千六百七十八町歩でございます。その中で下げ戻しになったものが二十四件、四万一千五百二十三町歩でございます。それ以外に、行政訴訟を提起いたしましたのが五十七件ございまして、十一万二千四百八十三町歩でございます。そのうちで国が敗訴になりましたのが八件、四百五十四町歩でございます。したがいましして、合計いたしますと、下げ戻しが三十二件の四万一千九百七十七町歩ということが群馬県の実態でございます。  それから鹿児島県でございますが、鹿児島県は下げ戻しの申請が二百八十八件でございます。面積で五万三千八百三十二町歩でございます。下げ戻しが三十九件の、二千三百六十一町歩でございます。行政訴訟をいたしましたのが十五件、面積で四万六千六十二町歩でございまして、国が負けましたのが四件、千四百三十一町歩でございます。したがいまして、下げ戻しが全部決定いたしましたのが四十三件の三千七百九十二町歩でございます。  以上が、おもだったところであります。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 いまのあなたのお読みになったのは、大体行政訴訟になったものをも包括してのお答えでございますね。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 分けて、最初のものは行政処分でやったもので、それ以外の行政訴訟のものが、あとで申し上げたものでございます。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 そこで、行政訴訟の総件数と勝訴になった件数を、先にちょっとお話しになったようですけれども聞き落としたのでもう一ぺん……。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 行政訴訟になりました総件数は千九百二十七件ございます。そのうちで国が敗訴いたしましたのが三百九十七件、国が勝訴いたしましたのが千五百三十件、以上でございます。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 私も弁護士なものですから、営林局を相手どって何件か訴訟したのでございますが、行政裁判所というものは、弁護士会では原告敗訴裁判所というあだ名をとった裁判所です。訴え出ても敗けるのだという裁判所です。その基本をなしたものは何かというと、下戻法の中で証拠のあげ方が、先ほど申したように書類に限定して、近隣郡村のあれではだめなんだという厳格なことをやったためなんです。こういうようなことでありますから、行政訴訟に非常に費用もかかるし、結果もうまくないというので、訴訟を起こさないで泣き寝入りしている者がたくさんある。結局、いまあなたがおっしゃったようなたくさんの申請があったのに対して、幾らも下がっていないという結論になったわけです。それが、私は今日の問題になっているんだと考えるのです。  そこで、国有林野法という法律がございますね。あの法律の中に、以後払い下げするには営林当局で、これは不要存置なんだという決定を与えない限りは絶対に払い下げしない、こういう関所をあなたのほうで設けたはずでございますが、これを制定した一つの目的をお答え願いたい。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 先生御承知のように、国の財産につきましては国有財産法、それから国有林野につきましては、その特別法としての国有林野法があるわけでありますが、国といたしましての仕事を進める場合に、いわゆる企業用財産と普通財産というふうに二つに分けることになっております。したがいまして、確かに企業用財産として国が管理、運営すべきものにつきましては、国有林野の目的から見て除外し得ないものでありまして、普通財産というものが一般的に払い下げをするということになっておるわけであります。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 ここで法律の解釈を聞くのもちょっとどうかとは思いますけれども、一体林野庁のほうで不要存置、不要ということばを特に代表的な名称として取り上げた理由ですが、一体不要とは何であるか。営林当局に用がないという意味なんですか。用がなくなったつまらぬものなら、下げてやってもいいという意味のようにしか聞こえない。そういう意味であなたのほうではこれをどう解釈しておるのか、それをお聞きしたい。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 林野庁としての不要存置の考え方としましては、先ほど申しました企業用財産としてこれを維持、管理する必要がないものということであります。たとえて申しますと、非常に民有、国有が錯綜しておりまして、管理上必ずしもこれはよくないというようなものとか、あるいは飛び離れた団地であるとか、そういうものが国有林を管理する上に、必ずしも適当じゃないというものを対象にしておるわけでございまして、その土地が非常にまずい土地であるとかいう意味ではなしに、管理上、経営上そういうものが森林として不要であろうというものを、不要存置林野と銘を打ってあるわけでございます。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 それは、あなたそういうふうに弁解なさるが、実際はこれが関所なんですよ。われわれは頼まれて、こういう証拠があるからこれはわれわれのものなんだし、縁故があるからぜひ下げてもらいたいと言っていっても、これは不要存置の決定をしていないから下げるわけにはいかないんだと言って全部はねられるのですね。箱根の関所ですよ。ですから、結局人民のほうの希望というものはいられない。あかずの間みたいなかたさを持ったものです。一体、いままで不要存置に決定して下げられたものがございますか。もしあるとすれば、その件数と総面積、どれくらい下げているかちょっと御説明してください。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 大きく不要存置として対処いたしましたのは、先生御承知のように林野整備法でございます。それによりまして、国有林としての不要存置に相当するものを払い下げてやったという経緯がございます。その面積につきましては、林野整備におきましては十三万七千五百十四ヘクタール、これが林野整備で国有林外に出したものでございます。そのほかに、国有財産法といたしまして出しましたのが二万三千百三十四ヘクタール、このような形で整備をいたしたわけでございます。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 そういうふうなことでございますから、いまのあなたのお答えから見ましても、まるでスズメの涙ほどのものであって、人民のお願いというものは全く聞き入れられなかったと見ていい。それを拒否している。私はずっと明治の初年から、国有林に編入された当時から、その無理な入れ方、役人のとっている態度、そういうような点等から見ても、いかにもローマ法の最も悪い点を固執した——国家というものはそういうものでないんだと私らは考えている。国家は、権利義務の関係というよりも、国民のためになるようないい政治をやるということで臨むべきであると思うのでありますけれども、先ほどからずっと質問してきましても、明治の初年からとっている態度というものは実におかしい、私はこう思うのです。  そこで、次の問題に入ります。これはお調べになっているかどうかわかりませんが、山口県という県がございますね。その県で、いま国有林のある。パーセントは、さっきあなたが読んだのを見ると二%ですよ。ところが、明治の初年には幾ら国有林があって、パーセントにしてどれくらいあったかというそのお調べがついておりますなら、ひとつお知らせ願いたい。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 これは山林局の統計年報からとっているわけでございますが、明治二十六年十二月三十一日現在ということでとりますと、官有林が八万七千七十一町歩ございまして、民有林が十六万二千五百九十四町歩でございますから、民有林の約半分くらいが官有林だったというふうに思われます。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 そうすると、パーセントにするとどうなりますか。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 三〇%くらいになります。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 ところが、いまのように八万幾らあった国有林が今日二%だという。どういうわけなんですか。いつ、どういう経過で二%に減ったのですか。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 具体的にこれがどうして二%になったかという実態は、実はわかりませんが、先ほど私が御説明いたしました下戻法その他いろいろな経過を経て、こういうふうになったというふうに解釈する以外にないと思います。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 あなたの手元にないというなら、私のほうで調べたのをひとつ読んでみますが、明治初年は八万幾らでしょう、あなたのいまの御答弁では。ところが、一ぺん官山に編入されたものが、明治三十二年の下戻法で七万二千町歩地元へ下げているのです。その後また続々と下げておる。これは正確ですか、どうですか、長官。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 具体的な数字は私、手元にありませんが、そのようなことであろうと思います。それは先ほど申し上げました下戻法の中においてのいろいろな議論の中で、そういうふうに決定されてきたものというふうに解釈しております。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 下戻法の中で、合法的に証拠をあげて、下げ戻しをする理由があったから下げ戻されたのだ、こういう御答弁だとうなずかれます。ところが、あなたのお話のように、私の手元にあるところによると、その下戻法だけで下げたものは、宮崎県では九百五町歩ですよ。鹿児島は三百八十七町しか下がっていない。どうもこういう点を見ると、何か別な理由があったのではないだろうか。下げないところはまるきりしみったれた下げ方をしている。片方は七万幾らも一ぺんに下げるというような形がある。これはどう考えても納得できない。形式的には合法かもしれぬけれども、別な何ものかがあったものだとしか私は考えられない。この点に対しては、どんなふうに御理解になっていますか。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 先ほどの答弁を繰り返すようになりますけれども、森林の実態とその取り扱いがそうであったからそうなったのか、あるいは先生御指摘のように、実は私も本を読んでおりますが、当時の政治情勢がそうさしたのか、われわれにはちょっと判断がつきませんが、私は、やはり山の実態がそうであったのじゃなかろうかというふうに解釈しておるわけであります。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 そこでもう一点、いまの問題に関連して聞きたい。  この払い下げになったものの大部分が、市町村有林として払い下げになっている。そして、各市町村の基本財産になっているのだという事実はどうですか。お調べになっている点がありましたら、ひとつお知らせ願いたい。

片山正英林野庁長官

○片山(正)政府委員 具体的に私は調べておりませんが、ただ、当時の山林の利用形態から想像いたしますと、一人の人が一つの山をやっておるという形態は非常にまれで、やはり総合した中でそれが利用されておったというのが実態ではなかろうか。したがいまして、その払い下げに対して、市町村というような形になって払い下げられたというように考えられるわけでございます。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 どうですか。もし政治というものが公平にやらなければならないものなら、鹿児島県でも宮崎県でも、もう少し……。  大臣がお見えになりましたが、大臣がお見えになる前に、こういうふうに聞きました。いま国有林というものは非常に偏在しているんだ、その偏在している土地は、北海道をしばらくおくとして、内地のほうとしては、東北の諸県、それから群馬県、宮崎県、鹿児島県、こういうふうなところが非常に偏在しているということになっておるようであります。それから大阪営林局管内は、石川、福井、滋賀、三重、奈良、和歌山、大阪、京都、鳥取、島根、山口、広島、岡山、兵庫と、これだけ管轄しておるのでありまして、国有林のごときは、ほかの民有林との対比において一%しかない、そういうような実情になっておる。いま申し上げた大阪のごときは、非常な富裕な土地であって、そして一局で十何県も管轄しておって、ここでも、やはり治山治水で植林などやっておるのでしょう。これはまだ聞きませんけれども、ほかのもうけたほうの営林局のお金を持っていって、独立採算制度でありますから、そういう方面で埋め合わせをするよりしかたがないような形になっておる。非常に不公平じゃないかというようなことを聞いたわけでございますが、私らの資料に基づいてのお尋ねに対しては、林野庁当局も、大体事実としてはそのとおりだということを納得されたわけであります。  そこで、それならばそのへんぱになった理由はどこにあるんだ、こう聞いたわけでございます。それに対しては、明治初年の政治の情勢から来ているということ、特に東北地方、これは明治維新の際の幕府方だというようなこと、それから宮崎、鹿児島のごときは、西南戦争のあおりを食った結果だというようなことが、大体において一般の学説にもなっておるし、学者の問の通説にもなっておる。これも大体お認め願えた、こういうことなんです。偏在している。そしてその偏在の理由は、明治維新の革命の際の政治上の特殊な事情から起こった結果だ、こうわれわれ考えておることは、もう学者の間でも共通の理解でありますし、林野当局においても、大体においてこれを納得しておる。  そこで、最後の問題としてなにしましたのは、そういうようなへんぱな措置をしたものですから、全国的なわれらに山を返せという運動が起こり、暴動の起こることもあったというので、下戻法という法律でこれを救済しようとしたが、これもまた結論としては微々たるものでありまして、国民の要請にははるかに遠いものがあったということがいえるわけなのであります。訴訟などを起こしたために、行政裁判所をわざわざ設けたのですが、これが原告敗訴裁判所といわれるほどつまらない裁判所であったということを、私も弁護士として数度体験させられているわけであります。つまり、そういう歪曲された偏在の情勢というものは、今日まで是正されていなかった。そこで、これを何とかそうでなくしてもらいたいというのでいろいろの運動が起こっていたということは、これは大臣もおわかりのことだと思うのであります。  そこで先ほど結論として一つの事例を申し上げたのはこういうことなんです。明治の初年に山口県には八万余町歩の国有林があった。それが今日わずか二%しかないのです。一体どういう経緯でそうなったのかと聞いてみましたが、結論は、明治三十二年にこの下戻法で七万二千町歩地元へ下げている、こういう事例があるのです。まあこれ以上申し上げなくとも大臣は十分御洞察願える、こう思うのでありますが、こういうようなことはそう簡単に、法律にあったから下げたのだという一それは表面上そうでごさいましょう。けれども、どうもこれを拒否してきたという事態が、いままでの議論の中にそれぞれ明らかになってきているわけであります。  そこで、大臣の認識を改めるためにもう一ぺん申し上げますと、木曾谷で起こった事件、それは私の畑でありますと言ったところ、そうじやない、ここに木がはえているじゃないか、木が二本あれば林なんだ、三本あれば森なんだ、こういうことで強引にそれを官山に編入したという実態がある。当時の官憲の実情、こういう点。それからもう一つは、藩政時代の藩林には、当時の人民が入り会ってこれをいろいろ−藩の目的は、大体針葉樹を育てるということにあるのですが、その−ほかの雑木やそういうものは、ほとんど部落の人に入り会って利用させる。そのかわり藩の政治には協力しろということが、暗黙じゃなく一つの制度、慣習として認められておった、それを明治の廃藩の際に−私は先ほど長官にはこう申し上げました。藩政時代の人民が入り会って利用できたということは、ゲルマン法的な観念であった。ところが、それを明治になって、ローマ法的な権利義務の関係にはっきりと切りかえたので、救済することのできないような法律上の現象が起こったのだ、こういうふうに先ほどから議論しているわけなんです。  そうなりますれば、明敏なる大臣、もっと国民全体の立場などお考え願いたい。明治以来百年にもなりますが、争戦に負けて新しい維新がいま開かれようという時代でありますから、この偏在している国有林の所在を、もっと公平にできないものでしょうかということなんです。政治というものは、申し上げるまでもなく、国民の間に格差が非常にある場合は、できるだけそれを是正して、国民に機会均等、平等の立場を与えるというのが私は政治の要諦ではないか、こう考える。それを百年放置して、いまこういう運動が起こるということは、どうしてもいまでなければ是正できないような気持ちが私はするのであります。  われわれは戦争に敗れて農地改革をやりました。その反動として、御存じのとおり、その地主から取り上げたものに対しても涙金をやるということをおやりになった。外地から引き揚げてきた人たちに対してもそれぞれ道を講じて、国民を慰めるところは慰めるという政治をとった。私はこれは善政だ、こう思います、いろいろの御議論もあるようでありますけれども。ところが、どういうものか百年たった今日、国有林の問題は国民のほうがもう忘れてしまっているのですよ。当時のうつぼつたる不平不満は今日なくなって、自分が生まれたときからもうこういう状態だったのだということで、ほんとうにそう考えているようであります。議論するわけではありませんけれども、われわれの県の人たちは、大体もう観念してしまっている。運命的なものだと考えている。こういうことでありますけれども、しかし、われわれ政治家の立場からは、これを放任するわけにはまいりません。何としてもこれはやはりほかの県並みに、地元に利用してもらうということをやってもらうのでなければ、ほんとうの善政だとはいえないのではないか、こういうふうに考えているわけであります。  たいへん長く申し上げましたけれども、なぜこう申し上げたかというと、大臣が、何かほかのほうの委員会の都合があってここにそう長くおられない、こう聞きましたので、そこで一通り、いままで質疑した経過をお話し申し上げて、これに対して、大臣のあたたかい国民愛の立場から、国有林をもっと地元に活用させるような、思い切った措置をとっていただけないものだろうかというのが、私の大臣に対する、陳情みたいになりましたけれども、どうか簡単なお答えでなく、大臣もいろいろの経過はよく御存じなはずでございますから、この問題に対する、根本的な大臣のお考えをお聞かせくださるようお願いいたしたいと思います。

西村直己自由民主党農林大臣

○西村国務大臣 森田先生が政治家としてこの問題に政治生命をかけて、非常に長い問研究されている、またそれに対する一つの御見識をお持ちになっていることは、私も十分存じております。国有林野が東北とか南九州とかに多く存在している、これは事実でございます。これの理由につきまして、いろいろお話もありました。また、平素も承っておるわけであります。  そこで、これに対して、明治百年の歴史的な経過をした今日、いろいろな考え方があると思います。また、その事実をどういうふうに見るか、あるいはその事実そのものをいろいろな考察のしかたはあろうと思いますけれども、一つの考察としては、そういう御考察もあり得るし、また、他のいろいろなデータをお持ちの方もあるかもしれませんが、何しろ百年という時日を経過した中でお説をどう扱うか。東北あるいは南九州という現実に国民所得の低い、経済開発のおくれやすい、あるいは現実に格差のつきやすい状態に対して、率直に申せば、国有林が十分な活用を受けていない状況に対して、住民福祉をどうするか、こういうようなお説だと思うのであります。  そこで一つは、今日これはあまりにも大きな問題でありまして、国土全体の中における大きな一つの資源のあり方の問題、そして資源をいかに国民全体のために生かしてまいるか、またその地域に生かしてまいるかという問題でもあろうかと思います。あまりにも大きな問題でもあり、むずかしい問題でもあります。それだけに、私が軽々にここで最終的な意見を立てるということは、ちょっと困難を感じますが、いずれにしましても、こういう点はひとつ考えなければならぬと思います。  一つは、私どもこういう農政の担当者として、国有林野を国民の林産資源であるという面から、これを維持し、培養し、活用してまいるという面、いま一つは、国土の保全という面も考えてまいらなければならぬと思います。これはその地域住民の、間接的ではありますけれども、当然利益にもなってまいる。それから今度は、さらにその地域の住民に直接つながるようないろいろな、農政その他を通しての利益の活用というような方法も考えなければならない。  そこで、今回それらの諸般の状況を考えまして、とにかく私どもとして、従来林野庁で行政措置としてやっておりました事柄もありますが、国有林の活用を何か具体化し、制度化する方法はないかという研究の結果、今日国会に国有林活用法案を御審議願っており、その中から将来の方向を十分定めてまいりたい、こういうふうに考えておるところでございます。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 大臣の時間の関係もありますし、社会党の方々からも時間についての御注意もあったことは存じ上げておるので、あと一つだけ伺いますが、国土保全ということは、私らも全然同感なんです。ただしかし、国土保全のために、開放というか、下げるということに対して、いろいろ問題があるようであります。これは二点から考えるべきじゃないでしょうか。国土保全という観点、これは全国的な問題でございますから、何も偏在しているものだけが国土保全に必要なのではなくて、どこだって必要なんですから、国有林のないところでも、山を買い上げてそして林野庁でやる。国土保全というので、一つの国家的公共事業になりますから、これはそれでやったらいい。もっと民間から土地を買い上げて、そして金もうけのほうは林野庁にやらないようにしてもらって、国土保全ということを中心にした行政をやらせるのが林野庁本来の面目じゃないかと、実は私は考えておる。だからその方向からいって、国土全体の計画を立てる必要があるという大臣のお考えに私は賛成でございます。  そしてこれがもう一つの役割りを果たす。というのは、国有林を開放するということについて、ある方面から反対論が出ている。どういう反対論が出ているかというと、国有林を開放されると国有林経営の面積が減るんだ、面積が減るというと、いままで行政に携わっている方々の地位が非常にあぶなくなるじゃないかという議論が一つあるようであります。われわれはそんなけちなことをほんとうは考えているのじゃないのです。これは、委員長もこれに対しては特別なお考えをお持ちになって、山を買ったらいいじゃないか、いま下げるほうは下げて、金が入るんだから、その金を使わないでおいて、そしていま私の申し上げたほかの方面にも、国土保全のためにはどうしても国の手に入れなければならないという土地があるならば、これを買い上げていく方向でやるとなると、面積が減るなどということがないのでありますから、その方面へ配置転換すると、役人の問題なんていうようなものは一挙に片づくものだという案を、委員長はお持ちのようであります。私もこれは実に名案だと考えているのでありまして、そういう方面に対しましても、私ら将来議論を進めてみたいと思っております。  しかしきょうは、大臣、私まだもう二時間くらい質問する材料をいまここに持っているんですけれども、大臣の時間もあり、またここに社会党のお方もおいでになりますし、約束の時間が来ましたから、私はこの辺できょうはほこをおさめますが、しかし、これは留保しておきまして、またいずれ適当なる機会において、もう一ぺん大臣に対して私の見解を総合的に申し上げてみたいと思うのであります。この点で、いまの大臣の御感想をお伺いして、私の質問をおさめたいと思います。

西村直己自由民主党農林大臣

○西村国務大臣 先ほどの答弁の繰り返しのようになりますが、国有林につきまして、これのあり方あるいは経営のしかたについては、実にいろいろな論議が起こっている。これは国の大事な資源であると同時に、地域住民にとっても大きな関心事である。私は、今回提案されました国有林活用法案の御論議を通じて、今後の方向というものを十分しっかりつかんでみたい、こう考えております。

足立篤郎自由民主党

○足立委員長 次回は公報をもってお知らせすることとし、本日はこれにて散会いたします。    午後四時四分散会

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