地方行政委員会 第30号
- 発言数
- 48 件
- 登壇者
- 5 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1968/05/17
会議録
○吉川委員長 これより会議を開きます。 第五十五回国会内閣提出にかかる都道府県合併特例法案を議題とし、質疑を行ないます。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。河上民雄君。
○河上委員 都道府県合併特例法案につきまして若干質問したいと思いますが、もうすでにこれまでの非常に熱心な質疑の過程で、この法案に非常に問題点があるということが順次明らかになってきているように思うのでありますが、そういう中で、私次第に疑問を深めております問題が一つございます。それは、府県合併を推進するというお話の中で、一体この府県というものの本質がどう考えられているのか、府県の本来の性格というものがどういうように理解されているのかということが、伺っているうちにますますわからなくなるのでございます。一体政府においては、府県の本来の性格というものをどういうふうに理解しておられるか、これを初めに伺ってみたいと思います。自治省の御見解はいかがでしょう。
○長野政府委員 府県は、地方自治法に規定しておりますように、広域的左地方団体でございまして、市町村の区域を包括しておる。府県の任務は、地方自治法の中に規定しておりますように、市町村を越える広域にわたる行政を行なう。統一的左処理を要する行政の確保のための統一的な行政を行なう。もう一つは、国と市町村との間にありますので、市町村に対する連絡、調整の機能を行なう。それから市町村の能力を補完すると申しますか、補充するような、そういう作用を行なう。広域、統一、調整、補完というような任務を持つのが、地方公共団体としての府県の任務であり、府県の性格である、こういうことに規定をされておりますことは御案内のとおりでありますが、その点は、私ども府県合併ということを考えます場合にも、その本質を決して失うものでは互い、ますますその広域的左作用を強めるものだというふうに考えております。
○河上委員 御承知のとおり、明治以来府県制度は長い経過を経ているわけですけれども、その間、郡制度が廃止されたり、あるいは戦後大きく性格が変わったりしておるわけでございます。したがって、こういう問題を、府県合併というようなことを考える場合に、当然府県制度の歴史的な変遷といいますか、そういうものを顧みる必要があろうかと思うのでございます。一体府県というものは、いままでどういうものであったか、またいまどういうものであるか。そしてまた、府県合併によりまして、いままでの府県制度と一体性格が変わってくるのか、変わってこないのか、主観的に変えようとしているか、していないかという問題もございますし、また、そういう府県合併によって客観的に変わらざるを得なくなってくるというような面もあろうかと思うのであります。一体この府県制度というものを、そういう角度からどういうように考えておるか。従来、戦前でございますと、国の総合的な出先機関、単なる行政区域というような役割りを持っておりましたし、戦後は、地域住民の自治共同体的な性格、それに市町村の行政の補完、調整というような役割りを負ったものとしてきているわけでございますが、こういうような内容が今後どういうようになっていくかという問題も、この際深く考え直さなければならないと思うのであります。そういうような観点から、自治大臣が府県というものについてどう考えておられるか、御所見を承りたいと思います。
○赤澤国務大臣 府県その他地方公共団体の学問的な定義は、学者が一ぱいおりますので、そのほうでお聞き取りを願いたいと思いますが、ただいま行政局長が申しましたとおりに、何も市町村の上にこういう中間的な公共団体があるわけではございませんので、言う人によっては、都道府県なんか全廃して市町村と国とを直結したらいいじゃないかという人もあるし、でなくて、ブロックみたいなものをつくったほうが賢明であるという、道州制を主張する人もあるし、いろいろでございます。しかし、いま都道府県というものの果たしております役割りと申しますものは、ただいま行政局長が申しましたとおりに、国と市町村じかではやはりいろいろまずい、行き届かない面もございますので、その中間的な団体として都道府県が国と市町村との間に立ち、いろいろな連絡、調整、市町村間のいろいろな調整を要することあるいは統一的に処理をしなければならぬ問題等をここで扱っておるわけでございます。都道府県の間には、面積から申しましても、また財政的な力から申しましても、大きな差異があるのは現実でございます。しかし、かりに都道府県がさらに大きいスケールになりましても、また小さいものがさらに小さくなりましても、やはりそういう統一補完的な役割りを果たしておる、こういう中間的な公共団体というものは、いま必要であるという観点に立っておるわけでございます。ですから、都道府県はいかなる姿にあるべきかなどにつきましては、個々行政の運営、その地域の実態等に即して考えていけばいい、やはりこれを画一的に同じスケールのもので置いておく必要もない、かように考えておるわけでございます。
○河上委員 そういたしますと、自治省では、府県合併を推進するといいながら、府県の性格というものについては変わらないという前提で進んでおられるように思うのでありますが、府県の性格といいますか、機能として先ほど行政局長も指摘されたように、地方自治法で規定されたおおむね四つの性格、広域行政、統一的な行政、補完行政あるいは連絡調整というような四つの機能があるというふうに考えられるわけですけれども、こういうものは、一体合併していった場合、合併の理由としては広域行政の必要がいま社会経済的な変動に伴って特に要請されておる、こういうふうなことでございますので、あるいはこの広域行政という面では合併によって機能が充実するという面があるかもしれませんが、しかし、いまあげた四つの機能というものがそれぞれひとしくそれによって充実するというものではなくて、むしろ合併によって一方は充実するとしても、他方がかえって低下するというような問題があろうと思うのであります。自治省におきましては、こういう四つの機能の中で、どれを一番重視しておるか。また合併によってどういうものが充実するというふうに見ておるか。他方どういう面が今後合併する場合にはかえって機能が落ちるというふうな予測を持っておるのか、そういう点について自治省の御見解を承りたいと思います。
○長野政府委員 前段のお尋ねの中で、要するに府県というものが合併をしても府県の性格が変わらない、そういう点について、はたしてそうかというようなお話でございます。これは二十六年以来お出ししておりますところの資料にも、いろいろと府県合併についての議論というものはその当時から行なわれておりますが、おおむね一貫した考え方としては、三、四府県の合併というような考え方が一つあるわけでございますが、そういう程度の府県の合併ということで考える場合に、現在の府県の性格が直ちにそのところでは変わっていくというふうには必ずしも考えていない、私どももそういう意味でそういうふうに思っております。 府県の機能の中で、合併してどういう機能が強化され、どういう機能がそうでないようになるかというお話でございます。申すまでもなく、広域的な機能というものは強化されるに違いない。統一的に行政の水準の維持をはかるということも、府県間の合一によって行政水準が同じように並んでいくということが当然考えられるわけでございますから、そういう意味でも統一的な行政というものも推進をされるといいますか、強化されるということも、当然でございます。連絡調整とか市町村の補完という問題がございます。連絡調整というのは、距離が近ければ近いほど連絡がよくできる、距離が遠く在れば連絡が不十分では左いかという憂いがあるという点は、確かにあろうと思います。しかしながら、最近のように交通通信網の非常な広域面の発達ということから考えますと、明治のころに、私ども聞きますところでは、府県の区域を定めるにあたりまして、県庁所在地から馬で一日で走っていって到達するくらいの距離というものを考えたということが伝えられておりますけれども、そういう時代と比較いたしますと、現在の交通通信網の発達というもの、マスコミュニケーションの発達というものは、何も明治のころと比較しないでも、ここ最近の数年間でも非常な発達を遂げておるわけでございますので、府県が現在で三県合併したからといって、その機能が非常に弱体化するということには相ならないというふうに思います。それから府県の機能の中で、市町村の能力を補完するという作用があるわけでございます。その点につきましては、府県の財政、行政能力の強化という点からは、補完作用というものも落ちることはなくて、むしろ強化されるということにも相なるだろうと私は思います。 しかしながら、そういう意味で、府県が合併をしますから、総体的にいいますと、広域行政とか、統一的な機能、補完的な機能というものは強くなり得るということはいえますが、連絡調整というものは、距離が遠くなるだけ違ってくるではないかというお話があれば、そういうことはある程度考えられる。しかし、それも現在のようなそういう交通通信網の発達ということから考えれば、それほど低下を考えないで済むのではないかというふうに思っております。
○河上委員 ただいまのお話を伺って一つ伺いたいことは、自治省では府県というものを国の出先機関の行政区域と、総合的な出先機関と、単なる行政区域といった戦前の府県に対する観念というものを、どの程度捨てておるのか、何か疑わしいような感じがいたすのであります。御承知のとおり、戦後の府県制度は、地域住民の自治共同体という性格を持つようになったと思うのです。そういう意味からいいまして、この自治体として府県が成立するためのいろいろな条件があろうと思うのでありますが、そういうことに対する配慮というものは、非常に薄いような御答弁だと承ったわけでございます。自治省では、一体自治体として成立するために一つのコミュニティーがどういう条件を具備してなければならないと考えておられるか、自治体としての適正規模はどのくらいか、基準というものはどういうものであるかというふうに考えておられるのか、その点をお伺いしたいと思います。
○長野政府委員 先ほどお答えをいたしましたときに、非常に技術的主面での御質問のように承りましたので、技術的左観点からお話を申し上げたのでございます。 私どもは、合併をするということの行政的な効果といいますか、それと、県の団体としての機能がそこなわれるか、そこなわれ左いかということを技術的に申し上げたわけでありますが、そういうことが、いかにも地方公共団体としての府県を機械的に組み立てたり取りはずしたりするような考え方を持っておるというふうなわけではもちろんございません。要するに、府県合併というものは、この法律でも規定をしておりますように、地域的にも、自然的にも、経済的にも一体であるということの結果、府県の住民がその統一というものを希望するといいますか、そういうふう左機構に成熟してきましたところが合併をするということでございますから、その基礎にはやはり同一の地域、共同社会として統一されることについて一体感と申しますか、ある程度の帰属意識と申しますか、それは別なことばでいえば地域意識ということになるかもしれませんが、そういう一つの一緒になってやっていける、また一緒になってやっていくべきだという意味での帰属意識と申しますか、共同体意識というものがもちろん根っこになければ、自治体というものの実質になるわけにいかない。この点は、特に基礎的な地方団体でありますところの市町村については、特にそのことがいえるだろうと思います。府県のような広域的な団体になりますと、その点はいろいろな社会的な条件が、その地域社会という一つの県の中でもそれぞれの立地条件、あるいは産業構造、それぞれ異なっておるものを包括しておりますから、全くその密度において、非常に密度の高い自治意識とといいますか、共同意識というものは、市町村ほどではないと思います。けれども、やはりその地域ブロックとしての一つの同一共同意識というものを基礎にしなければ、自治体としての府県というものは成り立たない、また自治体としての経営が十分にやっていけないということは、それは当然だと思います。そういう意味で府県合併というもののその中には、単に自然的なそういう住民感情というものだけでなくて、歴史的あるいは沿革的にいろいろな要件がまじり合ってそういう帰属意識というものはできてきたと思いますが、そういう意味で、そういう点を全く軽視して技術的な側面だけからものを考えるわけにもいかない。また同時に、そのことは直ちに府県合併というものが無際限な規模で行ない得るのだということではなくて、やはり一定の限界があるということを示しておることも間違いないところだろうと思います。旧来からのものの考え方としては、三、四府県程度の合併ということであれば、それはやはりこれだけの住民の自治と生活圏あるいは経済圏というものの拡大した今日においては、やはり府県の性格というものがそこなわれないで維持していける、またそういう規模の合理化というものは考えられるというのが、これが府県合併に関してとられております大かたの考え方であろう、そういうふうに思っております。
○河上委員 いま局長から府県というものの自治体としての適正規模というようなものについて、私の質問に対して非常に抽象的なことでございましたがお返事があったわけですが、大臣、いかがでございましょうか、自治機能との関連において、府県というものは大体この程度なら自治機能をそこなわないで済むのでは雇いかというような限界について、ただいま人口とか、あるいは面積とか、あるいは交通、通信の便宜とか、いろいろそういうようなものを加味いたしてでありますけれども、一応何かめどのようなものを大臣としてお考えになっておられるかどうか。こういう問題を、府県合併というような非常に大きな変革をもし推進せられるとするならば、やはりだれにでもわかるめどみたい左ものを示される必要があろうと思いますので、ひとつ伺いたいと思います。
○赤澤国務大臣 これはめどと申しましても、しゃくし定木にきめるわけにはまいりません。御案内のとおり、さっき河上さんからもおっしゃったとおりに、やはり市町村という一つの行政区域がある、その共同体的な形での都道府県があるわけなんです。ですから、これはどこまでが都道府県の区域として適切かということになりますと、抽象的に言えば、面積、人口その他経済力等のこともありますけれども、とにかく広域行政を扱う面においても、また住民福祉の向上をはかる面におきましても、全般に目が届く、始終そういったところを走っていけばすぐ状況がわかる、とにかく大体掌握が可能であるという、ここに私は限界があると思う。それをはずれますと、都道府県の意味がないということになると思うのです。日本の地方行政組織は、明らかに二重行政——二重行政はむだがあると考えられる面もあるけれども、二重行政のためにスムーズにいっている面があることは、御承知のとおりでございます。画一的に面積はどうとか、三県四県くらいの合併が適当であろうということはきめられません。やっぱりその地域の実情に即し、直接住民を掌握するに可能左地域ということを申し上げるよりほかはないと思います。
○河上委員 御承知のとおり、自治機能というものとの関連において人口とか面積というようなものを具体的に考えるのは、ギリシャのポリスのポリス観以来のことでございまして、現代のような近代社会では、お互いがみんな互いに名前と顔を知っているというような共同体だけを唯一の社会のコミュニティーとして規定することは、困難とは思います。また一面、通信機関、交通機関の発達に伴って、大きな人口の中でも、意思の疎通、いわゆる美濃部さんの言う対話というようなことが、かなり可能にはなっていると思います。しかし、それにしてもやはりある一つの限界というものはあると思うのです。そういう点から見まして、よその国々、たとえばアメリカとかヨーロッパ諸国の府県といいますか、自治体の数というようなものをいろいろ聞いてみますと、人口との割合で考えてみますと、日本のように、人口がふえてきた、あるいは社会経済の要請に基づいて広域行政が必要になったということで直ちに自治体の数を統合によって減らしていくというか、そういうような措置を決してとっておらないように思うのであります。 たとえばアメリカなどは、御承知のとおり、先般参考人の方が触れられたように、人口では日本の二倍でありますけれども、自治体の数は実に三十倍である。もちろんアメリカはそれぞれの州によって伝統がありまして一がいには言えませんけれども、日本から比べますと、かなり自治体の数が多いわけでございます。というのは、やはり単に広域行政の適正規模というものだけでこういう問題を取り扱わずに、自治機能との関連においてこういう問題を取り扱っている証拠だろうと思うのであります。行政局長はそちらの御専門と思いますので、ここで伺っておきたいのでありますが、たとえばイタリアの場合、こういう問題をどう処理しており、またどういう問題点があるのか。イタリアは、御承知のとおり、北と中部と南でかなり経済的、社会的に格差の多い国として知られているわけでございますが、そういう中でこういう問題をどう取り扱っているか。あるいはフランスはどうであるか。ドイツの州と申しますか、これもまた日本とはかなり歴史的な由来は違うと思いますけれども、こういうような古い州という観念が現代の社会の発展の中でどういうように対応しているかというようなことについて、少し技術的なことかもしれませんが、われわれの参考までに伺っておきたいと思います。
○長野政府委員 外国でどうしておるかというお話でございまして、お触れになりましたアメリカ等におきましては、そういう自治体の再編成というようなことが容易に行なわれていないというお話でございます。私もそのように伺っております。ただその点が、アメリカはやはり地方行政の面では、ある面先生御指摘のようにプラスの面があるかもしれませんが、たいへんなマイナスの面もございまして、たとえばニューヨーク州一つとった場合でも、ニューヨークの大都市圏域というものは三つの州を越えてまたがっております。その大都市圏域の中にある地方公共団体といわれるものが、どうも学者によって数がそれぞれ違いますが、三千以上ある。しかも市町村という包括的な自治体だけでなしに、アメリカの特徴は、学校については教育区でありますとか、いろんないわゆるアドホックオーソリティーと申しますか、特別な行政機関をたくさんつくっております。そこで、いまやアメリカの地方行政というものは、その点では非常に混乱をしておるという面が強く指摘されておるのでありまして、行政法学者等の関心は、もっぱらその非常に入り組んだ複雑な行政組織をどのようにして統合するか、統合すべきだということを声をからして叫んでおるように伺っております。ロサンゼルスなんかの大都市圏域におけるシティーとカウンティの複雑な共同処理方法は、とうてい住民には理解できないというような現状にまで込み入っている。行政の一つの迷路だということも一面でいわれておるようでございます。 イタリアのことは、私不敏にして知らぬのでございますからお教えを受けたいと思いますが、イギリスにおきましても、最近そういうコミッションといいますか、ができまして、地方団体の再編成について近々にレポートを提出するということが出ておるようでありますし、西独におきましても、市町村の再編成はかなり行なわれましたし、また御指摘のような州についても、いろいろ戦後に努力が重ねられておるように聞いております。 フランスは、最近リヨンとか、ボルドーとか、ああいう大きな都市におけるところの広域的な処理体制、都市を中心にした都市連合組織というものが、これはドゴール政府では非常に統一的にやるというのでしょうか、強力に進めているというか、やっているようでありますし、パリにつきましても、御指摘のこの間の参考人の御意見では、パリは県を分けたということだけをお話しになりましたが、あの上にパリは首都圏の国の行政機構というものを乗せて、一つのメトロポリタンエリアについての広域行政というものをはかろうとしておるようでございます。 そういうふうにいたしまして、世界じゅう、そういう意味では現在の都市化の現象、人口及び産業の都市への過度集中に対応してどのように行政の刷新、再編成を行なっていくか——もちろんその反面、いわゆる地方自治あるいは民主的な事務処理というものとのどういう調和をはかるかということも、たいへん苦慮いたしておるところだというふうに聞いておりますが、これは世界共通の一つの現在における悩みであるというふうに考えられるわけであります。むしろその点では、地方行政組織としてはわが国のほうがいかにもすっきりし過ぎておって、むしろそういう意味では、共同処理機関としての、いわゆる特別行政機関と申しますか、アドホックオーソリティーをたくさんつくったらいいじゃないかというような議論もございます。先年、国連から参りましたワイズマン氏を中心にする調査団が阪神都市圏域についての報告を出しておりますが、そういうものでは、そういう意見もあるわけでございます。ただし、そのワイズマン氏のレポートにおきましても、非常な限定をつけておりまして、やはり地方自治との関連があるから、恒久的なそういう特別機関はいかぬ、総合的な一つの広域体制を整える方向でものを考えろというようなことも言っておるように記憶しておりますが、そういうことでございまして、それぞれの国には、それぞれの伝統なり、歴史なり、やり方なり、いろいろあるようでございます。わが国の場合では、やはり広域行政体制というものを考えていきます場合に、依然として強く国の側面からそういうものを考えていくのか、たとえば臨時行政調査会のうちの中の仮説として出しました、いわゆる地方庁構想というようなもので、国の総合出先機関、普通地方行政官庁としての府県と反対の性格を持ったようなものを再現するという考え方、そういうものでいくのか、あるいは自治体としての府県というものを、規模の拡大ということで、自治体のほうから広域行政体制を整えていくのか、こういう問題が、いま大体としては提起されておるんだろうと思うわけでありますが、その場合に、これは自治体の側からの広域行政の体制を整えていこうという考え方、しかも、それはわが国としては可能ではないか、そういうことで取りざたされておるというように考えられるわけでございます。各国、いろんな状況がありましてあれでございまして、もし何でございましたら、資料も提出さしていただくほうがいいかと思いますが、イタリアにつきましては、私は、あまり詳しくは存じておりません。
○河上委員 いま長野局長から、専門的立場からするうんちくを傾けられたわけでございますが、そのお話を承っておりましても、アメリカやヨーロッパでは、現代のいろいろの社会、経済的な変動というものに対応する中で、いかにして地方自治団体の自治機能というものを自治体としての本来の性格を失わないようにしていくかということで苦慮しているというふうな印象を受けるわけでございます。それに反しまして、わが国のほうは、どちらかといいますと、諸外国に比して能率の面ではむしろ進んでいるんだというような、自負みたいなものがおことばの端々に見えるような気がするのですけれども、しかし、それこそ実は、わが国の地方行政の歴史の中で一番大きな問題点だったんではないかと思うのです。むしろわれわれとしては、いかにして自治体としての機能を充実していくか、府県というものの自治体としての側面をいかに強化していくかということこそ、いま考えるべき問題では左いかという感じがするのでございます。むしろ苦慮すべき点は、アメリカやヨーロッパと違って、そういう反対の側のほうにむしろ力点を置くべきではないかと考えます。このたび提出されました法律案を拝見いたしました範囲では、どうも広域行政の適正規模というものを考えまして、それに合わせていくという感じが非常に強くて、そこに自治機能といいますか、自治体としての府県というものの性格を強めていくんだ、いや、むしろ、それが危機に瀕しているんだという、危機感というものは、全く影が薄いように思うのでございます。 少しそこで問題を変えていきますが、現在話題になっております阪奈和及び東海三県の合併というものがかりに実現いたしましたとすると、人口は、ただ足し算するだけでございますが、東海三県の場合は八百一万ぐらいになるようでございます。阪奈和の場合は八百五十二万人。そういたしますと、北海道の五百十七万をはるかにこえるかっこうになるわけでございます。東京都のような大きな一つの県ですでに人口は多いということはかなり大きな負担になっておるという前例があるわけでございますが、こういうような一つの大きな人口をかかえた県がここに相次いでできるということが、一体どういうことを意味するのか。北海道の実例あるいは東京都の実例から見ましても、これは非常に大きな問題ではないかという気がするのでございます。これはまた、広域行政の適正規模という問題と自治体としての適正規模という問題と二つの側面があろうと思うのですが、阪奈和あるいは東海三県の人口配置につきまして、こういうものが望ましいと考えておられるのか、やはり非常左問題が予想されるというふうに考えておられるのか、その点を自治省のお考えを伺いたいと思うのです。
○長野政府委員 お話しのとおり、阪奈和の場合でございますと、八百五十万でございますか、東海三県の場合に八百万ぐらいの人口に相なります。それで、そういう大きな人口の自治体というものは、自治体として非常に適当な人口規模と言えるかどうかということの御指摘でございますが、現在の阪奈和地域におけるところの一体化の状況、東海三県におけるところのそういう状況から考えました場合には、大きな人口ではありますが、やはり自治体として経営していくことは可能ではないか。東京都の例もお出しになりましたが、東京ほど過密という状況になっておるわけでもないし、また、面積的に見ましても、それが一つの団体としての経営管理をするのに非常に広大過ぎて管理することが非常に困難だということにもならぬのではないだろうか。その程度のところであれば、それは十分経営可能な範囲、掌握可能な範囲ということになるのではないだろうかというふうに考えております。
○河上委員 これはたまたまいまこういうことが一つの話題になっているわけでございますが、もしこの阪奈和に京都あるいは滋賀が一緒に在りたい。たとえば府県合併に対する要請というものの中には、広域行政の要請というものは非常に強いわけですが、広域行政の中でも一番大きな問題は、水の問題だろうと思うのです。そうなってまいりますと、阪和奈には本来むしろ京都、滋賀が入るべきだという議論が必ず出てくると思うのでありまして、そうなってまいりますと、阪和奈京賀というようなことになりました場合に、一体どのくらいの人口になりますか。そういうことになってまいりました場合に、一体そういう限度というものはどこら辺までならば許されるというふうにお考えになっておりますか。
○長野政府委員 先ほどもちょっとそういうお話が出ましたが、やはり自治体というものの規模といいますものは、いろいろな条件を背景にいたしまして、やはり一つの強弱はあろうと思いますけれども、ある一体的な共同意識というものにささえられておるというのが、自治体としての本来のあり方だということがいわれております。したがいまして、その大きさに一定の限界がどこかであるはずだということに、もちろん相なるわけでございます。私ども個人的にいろいろ議論をいたします際には、私どもの伺っておりますところでは両論ございまして、端的に申しまして、現在のいろいろな意味でブロックといわれる地方ブロック的な広さというようなものを考えた場合に、一体そういうもので一つの自治体というものが形成可能かどうか、これはブロックの場所にもよると思いますが、そういう議論は常に両論ある。そこくらいが限界だという議論と、いや、それはもう広過ぎる、自治体の範囲を越えると現状においては少なくとも考えるべきじゃないかという議論とがあるように私ども伺っております。したがいまして、いま御指摘のようなところがどうなるかということになりますならば、その辺が一つの限界線と考えるべきではないだろうかという気がいたします。これは個人的にどうこうというようなことではいけませんが、どこまでが限界かということは、常にそのときの社会、経済的な一体性というものと、そういう自治体として共同処理、統一処理が可能かという一つの見通しというものとで、その状況において考えられていくものだという気がいたします。そこで、現在のところで考えました場合には、たとえば近畿は一つであるなんという議論があるから、近畿一つで可能かということになれば、私個人としては、そういう規模になれば、少し規模としては大き過ぎるという感じを持っております。
○河上委員 いまのお話でございますと、阪和奈程度ならいいけれども、それに京都、滋賀、あるいは電話などはたとえば兵庫県の尼崎なんかは大阪の局番になっておりますので、もし兵庫も入るというようなことになりますると、これはちょっと困るというような御意見のようでございますが、もしかりに阪和奈以外の県が阪和奈とどうしても一緒になりたいというような希望が出てきた場合に、自治省としてはそれをストップするようなことになるのですか。それとも、条文などを拝見した限りでは、良縁があればそれは媒酌の労はいとわないというようなお話でございますので、そうなりますと、もし適正規模を越えるというふうに御判断なすったものが自主的に一緒になりたいというような場合は、自治省としてはストップをかけるのかどうか。
○長野政府委員 具体の問題としてそういういろいろ合併の動きが出てまいりまして、そして、そういう中から一体として経営可能だというような見通しがつくような合併が行なわれるということであれば、私どもはそれに従って処理をすればいいというふうに考えております。ただ抽象的に議論をするだけでは、議論としては左か左か出てまいりませんが、いろいろ左条件とのかね合いにおきまして、合併の範囲とか、合併後の計画とか、合併後の経営のしかたとかいうものによっても全体の規模というものはおのずからきまってくる。そういうことの中で合併の範囲というものはきまってくるだろう。それはそう無鉄砲な合併ということにならないで、何人も納得のできるようなものが合併の具体的な案なり計画案として出てくるであろう、私どもはそのように考えておりますので、地元の意思と、これを扱いますときの担当する者の意思とがそれほど異なるということはあるまいと思っております。
○河上委員 法律というものは、一たんできてしまいますと、立法者の意思のいかんにかかわらず、ひとり歩きしていくという面もあるわけでございまして、なかなか長野局長が期待するような範囲でうまくおさまってくれるとは限らないと思うのでございます。たとえば東京都を含めて一都七県ですか、関東地方全部が合併したいというような希望が出てまいりました場合に、これは非常に具体的左例でございますけれども、自治省としては、これは好ましい、あるいは好ましくなくても、法律上やむを得ないから認めるというようなお考えであるのかどうか。もしこれを好ましくないと考えられる場合は、その理由はどこにあるのか。府県の性格というものが変わってくる、府県の性格に変更がもたらされるおそれがあるというふうに考えられるためであるか。そういう点について、大臣はいかがでございましょうか。
○赤澤国務大臣 都道府県につきましては、厳密にはいま行政局長が述べましたけれども、私が申しましたことは、要するにこの法案の二条にも示しておりまするとおりに、自然的、社会的、経済的に一体性のある区域、または将来一体性のある区域として発展する可能性のある区域ということに書いておるわけです。しかし、一方、これは住民の意思によってきめることでございますので、極端な例を申せば、私は鳥取ですけれども、岡山とも島根とも合併する意思はない。合併なら大阪にしてほしい。ということは、交通機関がそもそも山陰線という幹線によってみな大阪、京阪神地区に直結しておる。途中に兵庫県があれば、兵庫県を飛び越えても大阪と一緒になれぬかなどという人も中にはあるわけでありまして、それじゃ鳥取県が兵庫を飛び越えて大阪と一緒になることが、将来一体性だとかあるいは社会的、自然的条件にかなっているかというと、私はかなっていないと思う。ですから、こういうことを住民はおきめにはならないでしょうけれども、かりにそういうことを言われる方があっても、これはいまの日本の自治全体から考えて、そういうとっぴなことは結局地元民の不利になるだけだからおよしなさいと言わざるを得ぬわけなんです。しかし、かりに、じゃ阪奈和地区にさらに水の関係があるから京都も滋賀も呼びかけたらどうか。もし全県で大阪にくっつきたいという希望があったらどうするかということですが、私はそういうことはないと思います。ないと思うけれども、住民がぜひそうしたいとおっしゃるならあえて私は拒む必要もないのじゃないかという気も一方ではしますけれども、これは、ただいま申しましたように、二条にきめております条件から言いますと、私は全般から見て非常に疑問があると思う。やはり幾ら大きくなりましても、県知事あるいは県の行政当局が全体に一応地域住民を掌握する、目が届くというところが私は限界であると思う。ただ、目が届くと申しましても、かように通信あるいは交通の手段が発達してまいりますと、そこで日本全国を日本県にして、自治省を県庁にしたらどらかというお話も周囲にございますけれども、それは極端なことである。ただ、面積、人口等から申しますならば、日本よりはるかに面積の広い一つの県も外国にはたくさんあるわけですけれども、それが適切かどうかということになってまいりますと、私は個々の実情によると思います。ですから、いま都道府県の範囲あるいは性格その他について厳密左いろいろな御質問がございますけれども、私はもう少しゆとりを持って考えてもいいという考え方に立っておるわけでございます。
○河上委員 いま大臣から少し私の質問はこまか過ぎるじゃないかというようなお話がちょっと最後に出てきたのですが、これは非常に大事なことなんですから、お尋ねしておるわけです。 私が先ほどからいろいろ適正規模ということを伺ったところ、なかなか明瞭なお答えを得られなかったので、逆に私のほうから具体的左例を出して、それに対するお答えを通じて一つのイメージを得たいと考えたので、いろいろ申し上げたようなわけでございます。 鳥取とか島根が大阪へ飛び石で結びつくのは不適当だ、こういうような非常に極端准例を出されましたが、実は先ほど私が言いました一都七県の場合、関東地方の場合は、そういうことが住民の意思であるかどうかは別といたしまして、いわゆる可能性、そういうことは起こり得るという蓋然性から言いますと、むしろそっちのほうがか在り近いと思うのであります。一体、一都七県というようなものが一つになるということは好ましいとお考えになっておるのか。もし好ましくないとお考えになるならば、その理由はどこにあるか。
○赤澤国務大臣 ただいまも申しましたように、一つの行政区域として、少なくとも都道府県の場合は、全部が掌握できるといったような、抽象的なことばですけれども、そこに一応限界があると思います。ですから、私は、東京都を中心に周辺の各県が一つの県になったらどうかということは適当ではない、適当であるとは簡単には申し上げかねるわけでありまして、人口の点から申しましてもいまの東京都自体が一千万人をこえる人口である。さらにその上に一千万人を加えて一つの府にするということは、行政区画の点から申しまして必ずしも適当ではない、私はかように考えておる次第でございます。
○河上委員 いま大臣が言われたお答えの中で、適正規模の基準らしきものとして、数字的には一千万というものが許容の限度だということと、もう一つは知事が全体を掌握できる、こういうようなお話があったわけでございます。しかし、地方自治という観点から申しますならば、知事が全体を掌握できるということも一つでありましょうけれども、逆に住民の地方自治体の理事者に対する、あるいは議会に対する監視の目が行き届くかどうかという側面こそ実は重要な問題であって、いまそういうことについて全く自治大臣はお触れにならなかったのでございますけれども、実は、こういう問題の取り扱いの角度こそ府県合併法の本質に触れるような感じを私は受けたのでございます。 そこで、少し観点を変えまして、住民自治という側面から、府県合併後に生ずるいろいろな問題について話を移してまいりたいと思います。 まず初めに、合併に伴って府県議会議員の定数というものがどうなってくるか、それについて長野局長に承りたい。阪和奈、そして東海三県という具体的な例がございますので、それでけっこうでございますから……。
○長野政府委員 阪奈和でございますと、先ほどお話のございましたように、人口が八百万をこえるようになってまいりますれば、議員の数は現在地方自治法で規定しておりますように百二十人でいわゆる頭打ちと申しますか、上限が切ってございますので、東京都議会が、まあ一千万近いところでございますので百二十人定員。新しく阪奈和ができましても、愛知、岐阜、三重にしても、これはいずれも百二十人で議員の定数は打ち切る、こういうことでございます。
○河上委員 そういう場合に、今度は大阪、奈良、和歌山、この三県で現行の定数と合併後の定数との間に違いが出てくると思うのでございます。つまり、大阪は非常に人口が多いわけでございますし、奈良、和歌山というのはそれに比して非常に人口が少ないわけでございます。そうなってまいりますと、大阪の府会は定数の減が比較的少なくて済むと思いますが、奈良県、和歌山県の県会の定数は激減するということが予想されるのでございます。この問題につきまして局長はどういうように予想されておりますか。
○長野政府委員 この合併特例法におきまして、県議会についての特例を、二方式をこしらえております。そうして、一つは、合併に伴いまして全部一般選挙をやり直すという方式と、もう一つは、協議によりまして、二年以内でございますけれども、任期を延長するという方式と、それから残任期間のうちで最も長いものにそろえるという方式とございます。残任期間の関係は、東京都の場合でございますと都会議員の選挙とほかの府県の議会の議員の選挙が食い違いましたからそういうことが起こりますが、ほかの場合には現状においてはそういうことが起こりませんから、二年延ばすという方式になりますか、あるいは新しく選挙をやります場合に、現在の議員数の合計数をもって一任期間議会を行なうという方式、これで暫定的な経過的な時期を過ぎていってもらおうというのが法律の考え方でございます。その後におきましては百二十人という定員に、本来のもとに返していくということを考えておるわけでございます。したがいまして、たとえば奈良県のような場合におきましては、現在は四十二人ぐらいの定員だと思っておりますが、それが今後、人口の移動は別にしまして考えますと、奈良県だけの区域で言えば、大体十二人くらいのところへ減少する。和歌山で申しましても、同じように四十六人くらいの定員が十四、五人のものに減っていく、和歌山県を単位として考えればそういうことに相なると思います。
○河上委員 経過措置はともかくといたしまして、その期間が過ぎ去ったあとこういう問題が起こるわけでございますが、実はそういうことで奈良県会あるいは和歌山県会、あるいはその背後にある奈良県人、和歌山県人がこういうことをすなおに受け入れていくかどうか。こういう場合、和歌山県、奈良県は新しい阪和奈の県会において初めから少数者として宿命づけられてしまうわけです。そうなってまいりますと、少数者のあせりというものが逆にセクショナリズムを促進するんではないかという気が私にはするのでございます。それは阪和奈一体化というものをかえっておくらしていくということも考えられると思うのでございます。こういうような問題につきまして自治大臣はどういうようにお考えになっておりますか。これは阪和奈だけではなくて、府県合併は、必ずや経済的にも人口的にも非常に強い府県を中心として、幾つかの県が合併するというケースが最も予想されておるわけです。ですから阪和奈の例は、どこの府県合併にも起こり得るというふうに見なければならないと思うのですが、そういう場合、いま私が申し上げたようなことは単に阪和奈だけの特殊事情ではなくて、むしろ一般的左府県合併に伴う問題としていまから重視しておくべきではないか、こういうふうに思うのですが、自治大臣のお考えを承りたいと思います。
○赤澤国務大臣 それは根本的な問題でございまして、選挙制度審議会でも議論されたことの一つです。国会議員の定数だって、単純人口割りにせいとおっしゃる政党もございます。そうすると、東京なんかべらぼうな数になるわけで、そういう人口割りにいたしますと、また鳥取県を出して恐縮ですが、四人区は三人区になる。兵庫県のさっきの伊賀さんのところ、これは二人区になってしまうわけです。これはやはり地域全般を見て、単純な人口割りはよくないということで、現在地域的に三人区であるところはまずそれを残そうじゃないかという考え方もありまして、ですからかなり数的な許容の幅を持たしておることは御存じのとおりでございます。しかしながら、ただいま御心配のことは私も考えられると思う。人口集中しておるところが代表者がうんと出る、少ないところはなかなか出しにくい、そこの調節はしなければなりませんけれども、やはり、たてまえとしては人口割りということになりまするので、そこの許容の幅というものをかなりつくりまして、できるだけ人口の希薄なところからも代表者が出せるような方法を、法律の許す範囲内で考えていく、これしかないわけでございます。これはとにかく御心配のことは私も同じ心配を持っておりまするので、その点もよく考えておきたいと思います。
○河上委員 いまのお話は、自治大臣、かなり政治的責任を持っておっしゃったことと承ってよろしいのでしょうか。
○赤澤国務大臣 そのとおりであります。
○河上委員 もう一つの側面といたしまして、県会議員の数が当然百二十名という頭打ちがあるわけですので、府県合併のあとは減少するわけでございますが、阪和奈で百二十名といたしました場合、おそらく百二十名となると思いますが、その場合に、県会議員一人当たりの有権者数、あるいは人口数でもけっこうですが、大体どのくらいになるというふうにお考えになっておりますか。
○長野政府委員 単純に八百五十万ということで、百二十人ということでございますと、人口七万から八万の間に一人ということになりますが、現在の定数は郡市の区域において選挙区を設けまして、郡市の区域を単位にして定数の決定を行なうということになっておりまして、その点での許容率というものが多少認められております。しかし、いずれにしましても、それほど大きな幅での許容ということは限界がございますので、大体七万から八万、ちょっとこれは具体の場所に当ててやってみないと何とも申し上げられませんが、そこで十万なり、五、六万なりというような程度の範囲の中にはまっていくのではないかというふうに考えます。
○河上委員 局長、先ほど大臣が言われたようなことは、技術的にどうなるのか、また法律的にどういう裏づけで可能になるのか、確認の意味でちょっと伺っておきます。
○長野政府委員 現在都道府県議会の議員の選挙区につきましては、公職選挙法に御承知のように規定がございまして、府県の議会の議員の選挙区は、郡市の区域によるということを原則にしております。ただし、その場合に、その区域の人口が、府県の人口を定数で割りました数、すなわち議員一人当たり人口の半分に満たないときには、他の区域と合わせまして選挙区を設けるというのがたてまえになっております。したがいまして、ぎりぎりのところ、平均人口の半分近いところまでで一人出し得るということがあるわけでございます。 そこで、先ほど申し上げましたように、上下考えますと、大体二倍程度のところまでの許容率というものは、具体的のところにはめてみないとはっきりは出ませんが、大体はそのくらいのところまで該当が考えられるということを申し上げたわけでございます。
○吉川委員長 細谷君の関連質問を許します。細谷君。
○細谷委員 ちょっといまの関連。 人口割りというのが大原則でしょう。郡市単位というのが大原則でしょう。その場合に、平均の半分以下の場合は合併選挙をするということになるでしょう。全国に八つばかり例があるというのでおととし法律をつくったでしょう。私もそれにちょっと関連したことがあるのです。県の条例はそういうふうにならないのだ、その法律は拘束力がないのだから。ですから、全国で、せっかくそういう法律ができたけれども、みんな人口割りを基礎にして市と郡が合わせて選挙をやったりなんかしているんですよ。ですから大臣、保証すると言ったって、配分を条例できめるわけですから保証できないんですよ。いまの例ですと、たとえば平均が八万か九万になるでしょう。そうすると四万か四万五千割ったらだめなんだ。よそのほうでは二万ぐらいのところで一人出てくるわけですよ。おかしいじゃないですか。それで住民の意向をくむなんということはできっこありませんよ。条例できめるんだから保証できっこないんだ。
○長野政府委員 原則といいますか、法律的にはただいま私が申し上げたことでいいわけでございます。ただ、御指摘のような場合、どうしてそういうことが起きたかという議論、これは私も、先生から前にそういうお話を伺っていろいろ考えましたが、それは、実は定数の配当というものはきちっと平均人口で配当するわけでございませんので、いろいろなところに人口がふえたり減ったりするいろいろな要因がほかにあるわけでございます。そこの選挙区だけを考えた場合には、幾らということはあり得ますが、ほかの影響がここに及んでまいりまして、それぞれの選挙区で人口がきちっと同じような割合で伸びていくとか減っていくとかいうことをいたしませんものですから、ほかとの奪い合いで〇コンマ以下小数値のちょっと多いほうに一人とられてしまう。一人を〇コンマ幾らに分けるわけにいきませんから、そういうことで配当すべきところが先に向こうに行ってしまうというようなことがありまして、特定の選挙区についてその割合での保証がなかなかできにくいという例が起こってくるわけでございます。したがいまして、先ほど申し上げましたように、具体のケースについてはめてみないと、原則はこうだけれども必ずこのとおりということには左かなかいかないということを補足的に申し上げた次第であります。
○細谷委員 ですから保証するということはできっこないんです。法律でそういうことができるという糸口をあけただけであって、門戸を開いただけであって、決定的な配分というのはそういうような府県の条例できめるわけです。条例できめるわけですから、そこの議員の構成によってきまってくるわけです。ですから、あなたも御存じのように、この前の選挙の際にもそういう問題が起こったわけですけれども、あなたの期待のように、私どもの期待のように、人口割りというものと市郡単位という二つの原則というものはくずれてしまった。ですから保証するといっても無理ですよ。大臣が保証すると言ってもできっこない。百二十名という定数でかりに三県合併したとしたら、市郡単位でやったらそれはできっこない、必ず合併になってくる。
○赤澤国務大臣 保証すると言ったかもしれませんけれども、それは何も法律外のことを保証すると言ったわけではありませんので、国会議員の場合も同じだが、やはり地域性というものを加味しないと単純人口割りではぐあいが悪い。もちろん都道府県会議員の場合は、条例に従って——最近人口の移動が激しいから郡によっては毎回減っていくし、また市によってはふえていくというところが私の県でもございます。ございますけれども、一方には郡市単位ということもあるが、その地域の総体を考えて、やはりまんべんなく議員がおるという形が一番望ましいわけだから、許容の範囲内でそういうふう左措置は条例でも当然とれるというふうに考えておるし、私どももすべきである、かように考えるわけであります。
○河上委員 いまの細谷委員の関連質問でも明らかなように、非常に問題があいまいのうちに残されて、ただ府県合併が必要だ、必要だということだけが一言われておるような気がするのであります。 もう一つちょっと伺いますが、先ほど阪奈和三県合併後の県会議員一人当たりの人口割りが大体七万前後であるというお話でございましたが、大阪、奈良、和歌山三県の国会議員一人当たりの人口割りは大体どうなりますか。
○長野政府委員 いま計算したものはございませんので、計算をいたしまして後ほどまたお答えさせていただきます。
○河上委員 それはいますぐ簡単にできると思うのでありますが、局長の口から伺っておきたいと思います。——たいへん計算に時間をとっておられるようですが、私どもは、平均して国会議員一人当たり十八万くらいだと思っておりますが、いかがですか。
○長野政府委員 国会議員一人当たりの平均人口が二十五万くらいになる予定でございます。
○河上委員 平均は大体十八万くらいかと思いますけれども、日本全国全体では。まあ大阪三県の場合大体そのくらいだといたしますと——ただこの場合、奈良、和歌山と大阪とはだいぶ違うように思うのですが、非常に人口の小さな県の場合、へたをいたしますと、県会議員と国会議員とは同じくらいの人口単位を対象とすることになるんじゃないか。ことに先ほど一つの例を出しましたけれども、もし一都七県という合併ができた場合、県会議員のほうが一人当たりの人口が多くなるような可能性も出てくると思うのです。そういう問題をいろいろ考えてみますと、やはりこの百二十名という頭打ちがかなり問題になると思うのですが、その点、局長はどういうようにお考えになりますか。
○長野政府委員 まあいまの阪奈和を例におとりになりましてのお話でございますが、先ほど申し上げましたように、個々の選挙区と人口との関係は必ずしも一がいには申し上げられませんけれども、まあ奈良県という昔の——合併しました場合ですから、奈良県の区域というものから想定される県会議員の数が十二人程度、和歌山県の場合は十四人か十五人程度ということでございますので、総体として国会議員の数との関係から考えますると、府県会議員の数のほうがはるかに多いわけであります。そういう意味で一人当たりの人口数が国会議員のほうが少なくなるということにはまだならないというふうに思っております。
○河上委員 いろいろ問題はあると思いますが、時間のようでございますので、ここで一応私の質問を中断いたします。
○吉川委員長 本会議散会後再開することとし、この際、暫時休憩いたします。 午後零時十三分休憩 ————◇————— 〔休憩後は会議を開くに至らなかった〕