地方行政委員会 第28号
- 発言数
- 85 件
- 登壇者
- 16 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1968/05/14
会議録
○吉川委員長 これより会議を開きます。 内閣提出にかかる地方公務員法の一部を改正する法律案を議題とし、政府から提案理由の説明を聴取いたします。赤澤自治大臣。
○赤澤国務大臣 ただいま議題になりました地方公務員法の一部を改正する法律案につきまして、その提案の理由及び内容の概略を御説明申し上げます。第一は、職員の離職に関する規定を整備するものであります。職員の身分変動の最も重要な態様である離職につきましては、従来地方公務員法の中に統一的な規定がなく、その運用に関しての疑義もありましたので、今回その整備をはかったものであります。すなわち、職員は、分限免職、懲戒免職、失職、定年退職、任期満了退職及び辞職によって離職するものとし、離職の態様を明らかにするとともに、この離職の事由、手続及び効果については、その重要性にかんがみ、法律に特別の定めがある場合を除き、条例で定めるものとすることであります。この結果、定年退職は、分限免職とは別の離職の態様であることが明らかになり、地方公共団体は、条例で定年退職の制度を採用することができるようになるものであります。 昭和二十五年に地方公務員法が制定される以前には、相当数の地方公共団体が定年制を設けていたのでありますが、同法施行後におきましては、定年制を設けることは解釈上疑義があり、定年制を廃止せざるを得なくなり、その結果、地方公共団体の中には職員の年齢構成が高齢化し、人事の停滞に悩んでいるものが相当多数存在しているのであります。 民間企業におきましては、職員の新陳代謝を円滑にし、能率を維持向上するため定年制は広く採用されているものであります。また、地方制度調査会、公務員制度調査会等政府関係の各調査会はつとにその答申において定年制の必要を認め、地方公共団体からも定年制実施の要望が繰り返されているのであります。 この法律案は、地方公共団体が定年制を採用することが地方公務員法のもとで可能であることを明らかにし、地方公共団体が人事管理の適正化のため、定年制を設けることができる道を開いたものであります。 第二は、定年退職後の再雇用者を特別職としたことであります。定年退職者の退職後の生活保障及び高年労働力活用の見地から、これらの者を地方公共団体が特定の業務に期間を定めて再雇用する場合には、これらの者を特別職の職員として弾力的に活用できるようにするものであります。また、定年退職後の再雇用者は、地方公務員共済組合の組合員でないこととし、退職年金等を受けつつ勤務することができることといたしました。なお、県費負担教職員につきましては、その身分及び任用の特殊性を考慮し、これを再雇用すべき地方公共団体を都道府県内のすべての市町村としたのであります。 以上が本改正案提出の理由及び内容の概略でございますが、何とぞよろしく御審議の上、すみやかに御可決あらんことをお願い申し上げます。
○吉川委員長 これにて本案に対する提案理由の説明は終わりました。 ————◇—————
○吉川委員長 第五十五国会内閣提出にかかる都道府県合併特例法案を議題とし、質疑を行ないます。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。細谷治嘉君。
○細谷委員 私は、前回の質問におきまして、今回政府提案の都道府県合併特例法案の、たとえば第五条の規定は、憲法九十二条の地方自治の本旨、あるいはそれに基づいてできております地方自治法第六条に基づく都道府県の廃置分合、こういう点からいって、憲法違反ではないか、少なくとも憲法上疑義があるのではないか、こういうことを指摘いたしたのでありますけれども、大臣の答弁は、そうではない、しかし、私の意見もそれとして筋があるので、これは今後の問題として検討をすることにして審議を進めていただきたい、こういう話がございました。 そこで、私は、この問題についてさらに深く大臣と論争するつもりはないのでありますけれども、たとえばこういう問題につきまして、中部経済連合会の委嘱によりまして、当時東大の教授でありました田中二郎教授らの書きました「東海三県統合構想」というものがございます。その中に、都道府県合併を進めるにあたっての立法措置ということが具体的に書かれてございます。これはたいへん重要な文献であるといわれておりますから、参考のために読んでおきたいと思います。「東海三県の統合のためには、国の法律の形式によらなければならない。しかも、その法律は、さきに述べたように、地方自治特別法として三県の住民の住民投票により、各県ごとの住民(選挙権者)の過半数の同意が必要である。しかし、このような手続は、それ自体としては、別に困難ではない。地元の三県および三県の住民がこれを要望する場合には、国としてこれを反対する理由は毛頭ないからである。法律案は、恐らく政府提案の形をとることになるであろうが、議員提案の形をとることも妨げない。また、住民投票による過半数の同意が必要であるが、住民に対するPRが徹底し、住民の理解が深められてさえおれば、各県ごとの住民の過半数の同意をうることも、決して至難ではないはずである。」こう言っております。私は、この精神は、やはり地方自治の本旨、それが住民が主人公である、ですから、いろいろ学説はありますけれども、地方自治の本旨というのは住民自治という面が非常に強くなければならぬ、これを無視したやり方というのはもはや地方自治の本旨ではないんだ、こういうふうに申さなければならないと思うのであります。こういう憲法九十二条の規定の地方自治の本旨からいっても、しかも住民ということがこれほど重要であるわけでありますから、私は五条の規定の議会が三分の二以上の議決さえすれば住民投票を省略していいんだ、こういうことは地方自治の本旨という点からいっても問題があるということを田中二郎さんは指摘していると思うのです。 さらに「地方行政体制論」というのがございますが、この中に、やはり学者として知られております鵜飼という人が言っておることでありますけれども、こう言っております。「普通いわれている府県の国家的性格を強化しようという考え方が一般的といっていいかどうかわからないけれども、その点はっきりしておかないと、都合でそこだけ自治体にするというようなことでは、おかしいですね。」こういうふうに、前後を読みませんとわかりませんけれども、いわゆる都道府県合併ということは、都合のいいところだけ自治だといって、事実は中央集権をねらってやっておる、こういうようなことではいかぬのだという疑問もこれは投げかけておるわけです。こういう点を幾多あげますと、私は今回の特例法は明らかに憲法上問題がある、こう言っておりますが、九十二条の地方自治の本旨という点から照らし、あるいは今日の地方自治法六条の規定からいっても、この五条の規定は、少なくとも法律とするからには、すべての場合に最終の結論は住民投票によるべきだ、こう私は思うのでありますけれども、この点について重ねてひとつ大臣のお考えをただしておきたいと思うのであります。
○赤澤国務大臣 民意の反映ということについてですが、私どももこの法律を提案いたしますにつきましては、言うまでもなく、憲法の地方自治の本旨という筋にもとるかどうかなどということにつきましては、根本の問題でございますから、当然十分検討いたしました。ですから、土台はやはり二分の一以上の賛成ということに根底は置いておりますけれども、直接選挙によって出た議員の三分の二以上の同意が得られます場合においては、これはやはり地方自治の本旨にもとるものではないという考え方に立った。それが欠けます場合においては、御案内のとおりに、住民直接投票の道を残しておるわけでございまするので、私どもはそれで民意は十分反映されるという判断を持っておりますし、そのこと自体が住民自治の本旨にもとるものではないという見解に立っております。しかし、こういうことばを使います際には、諸家のいろいろな議論があるわけでございまして、私は、細谷さんのそういうお考えに対して、あえて間違いであるとは申しません。ですから、そのことを申し上げただけであって、ただ、このことは、議論をいたしまして平行線でありましては事が進みませんから、これは後日に預けていただく。もちろん、この前、坊主になるとかなんとかいう話も出ましたけれども、これは最終憲法違反であるという判断でもしかるべき機関からありましたときには、それは提案者としては、坊主になっても追っつかぬくらいのことでございまするけれども、私どもといたしましては十分研究いたしました。地方自治の本旨にもとるものではないという判断に立っておるわけでございまするので、そこはひとつわれわれの研究というものも、また、その結果得ました結論というものも認めていただくようにお願いしておるわけでございます。
○細谷委員 もうこの点では深くは質問しませんけれども、それでは大臣、あくまでもそうおっしゃっているのならば、いままで国会において立法措置を講じて、憲法九十五条の規定の問題として議論された幾つかの立法措置が行なわれております。例をあげますと、昭和三十七年には市の合併の特例に関する法律、これは北九州市の五市合併の際にできた法律です。この際もやはり住民投票をすべきだという議論がなされたことは、大臣も御記憶あると思う。さらには昭和三十九年に大規模な公有水面の埋立てに伴う村の設置に係る地方自治法等の特例に関する法律、これは秋田県の八郎潟の、現在の大潟村のときにできた法律であります。これも一つの地方公共団体でありましょう。昭和四十年にできました地方公共団体の議会の解散に関する特例法、これは東京都の汚職問題の際につくられた法律でありまして、その際にもこの委員会でたいへんな議論がありまして、この一条というものが憲法九十五条との関係においてずいぶん議論されたことは御記憶にあろうと思うのであります。私はこういうようなことを考えますと、本来ならば一つの公共団体だけのものであるのを一般法——本質が特例的なものを一般的なものにすりかえて、そして憲法九十五条の規定、言ってみますと、日本国憲法を空洞化する非常にずるい官僚的なやり方だと申さなければならない。無限の可能性を期待してこういう立法措置をすることは、これはけしからぬことだと私は思うのです。この点についての大臣のお考えをひとつ承っておきたいと思う。
○長野政府委員 先ほどおあげになりました市の合併の特例に関する法律あるいは大規模な公有水面の埋立に伴う村の設置に関する法律、議会の解散に関する特別な法律というようなものは、これはそれらの法律にかかわりませず、法律全般の規定のしかたでございますけれども、特定の地方公共団体にのみこれらの法律を適用するという形で考えられますならば、お話しのような特別法ということに相なるかと思います。しかし、これらの法律は、いずれも一般法として規定されておりまして、そして一般法としてのそれらの要件を規定しておりますところの具体的な要件に該当いたしますならば、いずれの地方団体においても合併の特例の適用があり、村の設置に関する問題の適用があり、議会の解散に関する適用があるわけでございますので、そういう意味で、具体の問題の背景とかいろいろな問題はあったかもしれませんが、法律の適用ということで考えました場合には、これらはすべて一般法でございまして、そういう意味で特別法としての取り扱いには相ならなかったわけでございます。 ことさらに、それは一般法にするか特別法にするかということになりますと、立法のやり方でいろいろ差異が出てくるということがあるわけでございます。しかし憲法が、特別法であれば住民投票に付さなければならないということを考えておりますことは、やはり特別法という特定の地方団体にのみある任務を課しましたり、ある特定の地位を与えたりするということが、地方自治の上からいって、そういうことを国会の立法でかってにやることはよろしくない、一般的な地方自治制度全般として考えることはともかくとしてということでございますので、むしろ特別法的に立法することについての一つの制約というふうにも考えられる面があるわけでございます。したがいまして、相なるべくは、地方自治に関するものは、特定の地方団体にのみ適用されるということで、地方団体相互間における不平等扱いにならないように一般的に扱うということが要請されている面も考えられるわけでございます。したがいまして、これらの御指摘になりましたような法律を、ことさらに一般法としてつくりあげるということよりも、むしろそういう面から考えましても、また一般的に適用があることはもちろんふさわしいわけでありますので、そういう立法がなされ国会の御議決を得た、こういうかっこうであるというふうに考えております。
○細谷委員 私の質問に対する答弁にならないわけですよ。私が言うのは、たとえば東京都の問題、北九州市等の問題、これは明らかに特別な場合でしょう。そういうものを一般的な場合だということでその可能性を求めて無限に拡張していくのならば、憲法九十五条というものは要らぬじゃないか。ことばをかえて言いますれば、憲法の空洞化じゃないか。憲法九十五条というのは、日本国憲法の重要な柱である地方自治の重要な土台をなしている規定なんですね。それを、いまのような形で特別なものを何でもかんでもひっくるめて一般法だということに問題がある。特に今回のこの法律は自主合併だ。自主合併というと、下から盛り上がるということであるが、下から盛り上がるというのは何かというと、主人公である住民の盛り上がりということであります。それならば、田中二郎教授も言っておるように、あえて住民投票を避けるということはおかしいじゃないですか。確信を持って住民投票に付していく。そして下からの盛り上がりを実現する。それが自主合併の筋でしょう。ことばでは自主合併と言いながら、そういうことを進めるのだと言いながら、住民投票は避けよう、避けようとする、ここに問題があるのだ、こういうことを私は申し上げておる。 私は結論として言うならば、こういう法律をつくる必要はない。しかし百歩譲って、現在は発議権は国会にありますから、地方議会にも持たせるという意味において今回の法律を考えるならば、その場合でもやはり住民投票というのは絶対欠くべからざる要件だ。しかも自主合併だとうたっている以上は絶対の要件だ。五条は直されなければならない、こう私は思うのであります。これについて大臣どうですか、筋が一貫してないですよ。
○赤澤国務大臣 いろいろことばは費やされておりますけれども、私は地方自治の本旨ということは民意が十分反映されておるかどうかということが重点であると思うわけでございます。それが、地方自治の本旨ということを分析してみれば、すべてこういったことについては、最終、住民投票によらなければならぬのだという考え方を持っておられるようですけれでも、私どもといたしましては、少なくとも関係各団体の直接選挙された議員によって三分の二以上の同意が得られた場合には、やはりそのものは民意を反映しておるのだという考え方に立っておるわけでございます。それはそうじゃないのだ、やはり直接投票で住民投票すれば別の結論が出るよというお考えになっておられるのかもしれませんけれども、私どもとしましては、ただいま申しましたように、このやり方で決して憲法の地方自治の本旨にもとるということは考えておらぬわけでございます。同じことを繰り返して恐縮ですが、そういう判断に立っております。
○細谷委員 三分の二ならもう住民投票は要らぬ、民意が反映しているのだなんて言うから、この前のような選挙に対する自治省の姿勢を追及せざるを得なくなったわけなんですよ。地方自治の柱なんですから。しかし、これは、それ以上言いません。 そこで、この特例法の一条の目的を見ますと、「都道府県の合併が広域にわたる行政のより合理的かつ効果的な処理と広域の地方公共団体としての都道府県の能力の充実強化とに資する」、たいへんことばはいいのでありますが、これは一体どういうことなんですか。いまの大臣の答弁も一向わからない、筋が通らないと思っておるのですが、これをひとつ、具体的に入りますから……。これは一体どういうことになるのです、広くなれば都道府県の能力の充実強化が期待されるのですか、お答え願います。
○赤澤国務大臣 いまお読みになりましたとおりに私どもは考えております。
○細谷委員 それじゃ答弁にならないですよ。 少し例を申し上げましょう。私が言うと、細谷のやつ少し先入観があるのじゃないか、こう思いますから、ちょっと申し上げましょう。大臣、たいへんいい例があるのです。かつて自治省の事務次官をやられた方であります。その方が言っているのですが、「非常に悪例をあげていけないのですが、例えば兵庫県をとってみると、あそこは瀬戸内海から日本海にまでわたってますが、今はそうじゃないかもしれないけれども、私はかって悪口を言ったことがあるのです。兵庫県は、一皮だけである、瀬戸内海沿岸の一皮をむいたら、あとはわびしい限りです。露骨にいうと、鳥取と兵庫の北側と京都の奥と、三県を比べると、どこが行政レベルが一番低いかといったら、兵庫県ではないかと思います。おそらくは鳥取が一番よく、その次が京都でしょう。」——あなたのお里が一番いい、こうほめているのですよ。こう書いてありますよ。広いばかりが能じゃないと書いてある。これはかつて事務次官をされておった方ですよ。こういう問題にも真剣に取り組んで、現在も取り組まれておる方ですよ。広いばかりが能じゃない、充実強化されておらぬ、こうはっきり証拠として認めているじゃないですか。ですから私は、広くなりましたら、合併が進んだら、都道府県の能力の充実強化ができますなんということだけ言われても、そういう抽象的なことばじゃ納得できませんよ。あなたのかつての部下ではありませんけれども、自治省の事務次官であった専門的な人が言っているのですよ。
○長野政府委員 御指摘の問題については、いろんな面から考えられるという一つの例としておあげになったのだろうと思うのでございまして、兵庫県の北のほうが鳥取県なり京都府なりの行政水準より下がっているという意味は、一体、兵庫県の中に日本海側が入っておるがゆえに、必然的にそういうことになるという見方が多少強調されておる面があり過ぎるように私は思うのでございます。むしろある面では、そういう兵庫県と申しますと、瀬戸内海、表日本から裏日本に突き抜けた、わが国で唯一のいろんな多様な社会状態を基盤にした非常に特色のある県でございます。この府県政の進め方についてはいろいろな見方、考え方ができるのだろうと思います。 そういう意味で兵庫県政というものがどちらに多く問題を持ち、どちらに重点を指向しているかということについては、見方としてはいろいろ出てくると思いますけれども、それは全般の問題として、さらに兵庫県と鳥取県がかりに大きな広域的な規模でものを考えていきました場合には、むしろ徹底して陰陽と申しますか、表日本と裏日本の交流、交通が開け、そして全体としての地域水準も合理的に上げていくことができる、こういう体制をまだ十分とり得ないという結果であるという指摘もまた一面できるかもしれません。そういう意味で、また県政そのものの動かし方の問題その他からの指摘ということも考えられるわけでございます。 私どもがいま兵庫県を考えます場合に、兵庫県というものはそういう意味で非常に多様な社会的構造を含んでおりまして、いわばわが国全体を兵庫県の中へ集めてきたような、非常に特色のあると申しますか、代表的な一つの府県行政を展開するについては、非常に興味のある場所だというふうにも考えておるくらいでございますが、さらに広域的にすることによって、そういう広域化による効果的な処理、あるいは能率的な処理、また行財政全般の能力の充実強化ということによる発展ということもし得るという考え方も私どもはとれると考えております。
○細谷委員 これはまた答弁にならない。逆のことを指導しておりながら——あとで質問しますが、一体、高度経済成長政策というのがどういう投資をしたのか。そういうことからいって、全くおざなりの答弁にすぎない。もうちょっと読んでみますよ、あなたのかつての上司が書いたものですから。「東京都でも、伊豆七島——最近はだいぶよくなったかもしれませんが、伊豆七島に接岸港があるのは、伊豆大島だけです。八丈島にはまだできていないはずです。八丈島に接岸港一つもないということは、どう考えても考えられないことです。」こう言っていますよ。東京都は広いですが、広いからよくなったかといいますと、こういうところは残されておるでしょう。ですから、このかつての事務次官はこう言っております。「行政のやり方が、一つの府県内においても、必ずしも辺境地帯まで、十分に行き届いておらないのですね。残念ながら、そういう事実の方が多いものだから、」——多いどころじゃない、全部ですよ。「府県合併をしてもっと広くすると、周辺地帯がおいてきぼりになるだろうという認識を持つのも無理ではない。もっと露骨な話をいえば、かりに北海道が三県だったら、いまよりも開発が進んでいるのではないかと思うのです。」こう言っております。さらに読みますよ。「大阪は、私も、合併したほうがよいと思います。ただし、時期の問題があります。今は大阪府は、幹線道路をつくれ、幹線下水路をつくれ、地盤沈下対策を含めて港の対策をやれ、その三つに主力を尽くして仕事を集中すべし。それができ上がるのは何年後か知らないが、そのときに和歌山、奈良と合併すべきだ。」この間私は朗読しましたが、大阪の府議会もそういう主張をいたしておりますね。自治省のかつての事務次官も、やはりそういう合併にはまだまだ早い、条件があるのだ、前提条件をやってからでいいのだ——「日本中で一番金持ちの地方自治体は、何といっても大阪府です。しかし、それならいますぐにそうやったらよいといわれても大阪府だって、そういう基本的な大きな問題をかかえて、現にほったらかしになっているのです。」日本一の金持ちの大阪府だってほったらかしになっていると言うのだ。まあ読んでいくと切りがないわけでありますが、そこで受け入れの態勢が全然なくて、予想されるように、たとえば阪奈和というのは、「受け入れの態勢が全然なくて、たなざらしになるような法律をかりにつくって、果してよいのか悪いのか、そのタイミングを一体どう考えたらよいか、そこが私としては非常に迷っているのです。府県合併促進の法律をつくって、ある程度機運も熟しておって、一件ぐらいはすぐに事が進むというのなら、それは大きな意味がある。しかしながら、現在の状態なら、すぐには、右から左と事は動かないでしょう。」と言っている。これを見ますと、自治省の中心であった人ですらも、たいへんな問題を投げかけているのですよ。これは、もし法律をつくるならもっと条件が熟してからなら話があるかもしれない、たなざらしの法律ならつくる必要がないと、はっきり言っていますよ。私が言うと細谷の意見だと言うけれども、これは自治省のかつて事務次官が言ったことですよ。どうなんです。あなたの答弁では、これだけでは納得できないでしょう。論破できないでしょう。
○長野政府委員 府県合併特例法はいろいろ御意見があることと思います。したがって、私どもとしてはこの全国の府県を何ぼかに分けまして再編成をするというたてまえには立っておりません。いま申し上げました時期と方法とその成熟度というものが常に問題になるわけでございますが、おしかりを受けますのは兵庫県と鳥取県が合併したらいいだろうということは、そういう時期がくるだろうというふうにお受けとめ願いたいと思います。 現状のままにおいて八丈島がうまくいかぬ。それは東京都に入っておるから無理だとかりにおっしゃるとすれば、それは世間が納得しはしない。それは東京都から八丈島を切り離したらよくなるか、これはだれが考えてもよくならないわけです。あるいは神奈川県と合併したら、静岡県と合併したら、八丈島はもっと港をつくるようになる。これはナンセンスな議論だろうと私は思います。しかし、また北海道をある時期に限って考えた場合に、北海道をむしろ三つにしたほうが、北海道にそれぞれ三つの拠点ができて、地域的な小範囲におけるところの開発なり行政水準が上がるだろうという考え方も一つの別な見方としてはあるだろうと思います。しかし、御指摘になりましたように、その中でも、ある時期がくれば、府県合併というものは推進されていくだろうということも確かに述べられておるようでございます。 先生は公平にこれをお読みになりましたから、その点はわかります。そこで、その時期をどのように見るか。大阪というものは大阪だけのことをもっと整備して、大阪でやりたいことは全部片づけてから、おくれているところといいますか、奈良、和歌山を入れまして、もう少しそれもよくしてやる、こういう見方もあるではないか。それはそういう見方もあるかもしれません。しかしながら、また、その逆に、あるいは奈良や和歌山で合併についていろいろ心配をしておる向きは、奈良や和歌山というものは、むしろ辺地に転落をしやしないか。奈良や和歌山というものにも、いま奈良県、和歌山県があることによってそれぞれ拠点的な力をふるうことができる。奈良県や和歌山県は、県としては一つの対等の発言力を持っている。それがなくなりはしないだろうかという心配を、逆に奈良や和歌山が持っている面も確かにございます。 しかし、府県合併の効果というものは、いま御指摘になりましたような問題が言われましたころから比べますと、今日たいへんな勢いで社会、経済の発展というものが日に日に進んでおる状況から考えます場合には、短期的に考えていろんな問題が出てくる。これも当然だろうと思いますが、合併というのは、やはりある面、長期的にものを考えていくということが当然必要になってくるだろうと思います。そこで長期的にものを考えまして、そういう社会的な基盤、経済的な基盤が一体となるようなところ、つまり、それは主としては府県の区域を越えて大都市化、大都市圏域というものがだんだん拡張していっているようなところが中心になるかもしれませんけれども、そういうようなところの、悪いことばで言えば過密地帯あるいは大都市周辺においてスプロール現象というふうなものが非常な勢いで現在進んでおることは、これは御承知のとおりでございます。そういう状況の中で、府県の区域を越えてそういう大都市の勢いというものが発展しておるものを、広域的に一つの体制の中で合理的にそういう都市化というものを正常づけていくということをする上で、府県合併というものを地方自治というサイドから考えていく、それを促進していく方法をどう考えるかという問題だろうと思うのでございます。したがって、短期的に大阪府という府県エゴイズムとも申しませんけれども、そういうことだけでものを考えていく、そういう大都市圏域というものを中心にして大きくものを考えていって、そういう合理的な計画なり整備なりというものを考えていく。これは短期的に見るか、長期的に見るかという違いも出てくるかと思いますけれども、私どもはそういう意味で府県合併の特例というのは、いま直ちに条件の不整備というようなところまで持っていけということを申しておるわけでもございませんし、条件の整備されているところを——そういうことで整備していく方法の一つの方式を、そしてまた、合併しやすくなるような方法を、特例の道をいろいろな問題について開いていくということは、今日ただいまもうすでに必要と考えていいのではないか。むしろ、多年いわゆるたなざらしになっておること自体のほうがおかしい。むしろ、いろいろと御論議をいただいていくほうが、将来の広域行政がいかにあるべきかという問題として受け取っていただくほうが将来の広域行政がいかにあるべきかという問題として受け取っていただくほうがいいのではないか、このように考えておるわけであります。
○吉川委員長 三木喜夫君の関連質問を許します。
○三木(喜)委員 いま兵庫県の話が出たのですが、私も兵庫県の住人として、あなたの見ておられるような見方ならちょっと文句があるわけです。 そこで、あなたのおっしゃる府県合併というものに対するところの思想をはっきりと聞かしてもらいたいと思うのです。私たちも条件のそろったところをやらないというような棒をのんだような考え方は持たないわけです。しかしながら、兵庫県というのは、いまあなたのおっしゃるように、全国でもまれな広範囲な、しかも日本海から瀬戸内海、島あり山あり、いろいろバラエティーに富んだ県です。その県において実態はどうなっておるかというと、北のほうに行政の光が当たらないということで、歴代の知事は非常に苦心しておるわけです。言うならば、広域にわたる、むしろ小さい県を合併したようなサンプル的な県の——私の選挙区の宍粟郡というと、鳥取県くらいの大きさがあるわけなんですね。だから、そういうところをみな包含したいところが現状どうなっているかというと、北と南のアンバランスがひどくなってきた。そこで、あなたの考え方では、繁華なところは繁華なところばかり合併したらいいじゃないか。だから鳥取県、兵庫県、それから京都府の非常に日の当たらぬところばかり一緒になったらいいじゃないか、こういうような考えなんですか。でき合いでやっていくという考えなんですか。たとえば南のほうの神戸、尼崎、大阪、こういうところは一つになったらいいじゃないですか。これはもう県がずっと広がって、境界を離れて発展をしていっているから、これは一つにすべきなんだ、こういう思想なんですか。私は、いま細谷さんの話を聞いておって、どうもわからない。兵庫県の中にそうした過疎地帯と過密地帯とのアンバランスが出てきておる。これは非常に苦労をしておる。このことを聞いておいて、あとでもう一つ聞きたいと思うのですが、あなたの推進される思想というものは、どんなところに思想を置いてやられますか。いま話を聞いておると、わけがわからなくなってくる。
○長野政府委員 私のことばが足りませんので申しわけございませんが、府県合併というものの考え方の中で多少前からの問題、いろいろありますが整理して二、三申し上げますと、一つは、現在の府県を分割したりいろいろして、府県合併を考えるというものではない。要するに、この法律でも府県を境界変更などいたしまして、そうしていいところ取りのような合併、こういうようなものは考えておりません。すべての府県は対等にある府県単位で合併をする。そして地方制度調査会の答申にもありますように、なるべくその際に、いわゆる地域格差が是正できるように——と申しますのは、結局、大都市地域とそうでない地域というようなものがなるべく組み合わせができて、そして将来の発展を描くという面が出てくるわけでございましょうが、そういうものができて府県間の地域格差が是正されるに役立つような形での合併ということが望ましいということを言っております。そういうことで、むしろ進めていくということのほうが望ましいというふうに考えられるわけでございます。 先ほど申し上げましたのは、日本海地域だけを集めたらよいということを申し上げたわけではございませんで、私が申し上げたのは、ある時期がきた場合に、日本海側へ突き抜けておる兵庫県というものが、さらに広域化していくということを考えます場合には、鳥取県とか、そういうものとの関係も出てくるだろうし、そういうことで、日本海側と南側というものをうまく結ぶような、そういう大きな計画、構想というものも立つのではなかろうかということを申し上げたかったのでございまして、京都、兵庫、鳥取の日本海側だけを集めて合併するということを申し上げたのではございません。 それから、現在いわれております阪奈和合併という問題につきましても、大都市地域というものが合併を推進する一つの材料になることは当然でございますけれども、阪奈和合併と世間でいわれておりますものは、御承知のように、大阪と奈良と和歌山ということを考えておるわけであります。都市地域ということでこれを考えれば、少なくとも兵庫県の西宮とか尼崎、神戸というものはいわゆる阪神地域ということで、大阪と一体でございますから、むしろ、そういうことを中心にして考えるということであれば、兵庫、大阪、和歌山、こういうふうな考え方のほうが考え方としてはあり得るということにもなるわけでございます。 しかし、そういう議論もありましょうけれども、現在の阪奈和と申しておりますものは、いわゆる地域格差の是正ということも考えながら、阪神地域というものを二つの核のように取り扱うという考え方も基礎にあるんではなかろうかと思います。それは何かというと、大きなところだけが集まるということは、かえって府県間のアンバランスを激成するといいますか、あるいは、府県合併の効果というもので、府県間の格差の是正に役立たしめるという考え方にも沿わないという考え方から出ておるというふうに考えております。
○三木(喜)委員 あなたの考え方はそれでわかりました。繁華なところとへんぴなところを一緒にすれば、へんぴなところも勢い繁華なところの恩恵を受けて水増し平均ができてくる、こういうような思想のようですね。そうすると、兵庫県で但馬の地区、いわゆる日本海側は今日こういう事態になるはずがない。南のほうにますます偏重していってしまって、にっちもさっちもいかなくなるわけですね。そこで、神戸市は、北のほうとおつき合いしているのはかなわぬ、いろいろなことを持ち出してうちのほうはやってもらわれぬということから、特別市にしてくれ、こういうことを言い出したわけであります。そこで、そういう思想をあなた方が認めて、いいところは独立させる、こういうことになってきておるのではないですか。実質的に、そういうようなことを一方では推進しておきながら、一方では平均化するような考え方を持っておるんだというなら、兵庫県がそのいい例ですよ。 そこで、あなたの考えで、へんぴなところばかりを寄せてやるなら、そこへ補助金なり、あるいは助成金なりをつぎ込んで、そこの発展のためにやるというのならわかります。気の毒なところばかり寄せるというならわかりますけれども、そうでもないようだ。そうすると、だんだん大きくして、へんぴなところとへんぴでない非常に繁華なところをそこへまた結集しますよ。結集さして、どうもかなわぬというようなことをまた言い出す。現在やっと落ちついて寝ておる子をまた起こしてしまうかっこうになる。そうすると、持ちもおろしもならぬ。ただ、いいところは、府県合併であなた方が中央から支配するのにぐあいがいい。これだけの図上作戦で、これだけのことを法律で軽々に持ってくるから、わけのわからぬことになってしまうのです。兵庫県の話が出ましたから、私はそういう点を痛切に感じております。 淡路島という島がありますが、歴代の知事や副知事が、淡路島なんてほんとうに困ってしまうんだ、ただ、あそこから大きな政治家が出ておるから、原健さんとか永田さんとかが出ておるから、何とかかんとかそこに日が当たるようにできるんだけれども、こういうようなことを暗々裏に聞くわけです。しかしながら、県はどういうことを言って、神戸市や尼崎市や明石市をなだめておるかといいますと、あの淡路島があればこそ台風を避けることができるんだ、だから、淡路島には土木費をうんとつぎ込んだり、災害復旧費をつぎ込んだりすることは、それを守るための一つの犠牲になっているのだからというような宣伝をしながら、淡路島に政治の光を与え、いろいろな財政を投下しているわけですよ。そういうことを言わなければならぬほど、事ほどさようにアンバランスな状況にある過密、過疎地帯をかかえている兵庫県は非常に苦労しているわけです。そういう実態を、あなたも自治省におられて、その筋の責任者ですから、よく見きわめた上でやってもらいたいと思います。 私は、兵庫県のことで痛切にそう感じますから、あえてきょうは関連で細谷さんの質問についてお聞きしたわけです。
○長野政府委員 ちょっと補足してお答えを申し上げておきます。 先ほどのお話の中に、神戸市とか、そういう大都市が、山陰というか、日本海側というものと切り離して経済的に独立したい、むしろこれらが荷物だから、というような御指摘のようなお話がございました。そして、自治省も特別市的なものを認めようとしているというおことばでございましたが、自治省はいまだかつて、そういう意味で、神戸市だけを兵庫県の中から取り出していくというような特別市というものを認めようとしたことは全くございません。(三木(喜)委員「そういう動きがある」と呼ぶ)動きがあろうが、なかろうが、そういうことにはなりようがないと私どもは思っております。と申しますのは、府県でも国でも、大きく言えば国もやはり同じでございますが、結局、国家なり府県行政なりというものの理想は、府県の区域内においてはなるべく均一な行政水準をとっていくということが府県行政の大きな目標だろうと私は思いますが、そういうときの経済的な分担なり何なりというものは、どうしても有力なところから出た財源を足らないところへ回していくという作用がなければ運営していくということはできないわけでありますから、そういう意味で、神戸市と兵庫県というものが関連を全く断つということで、兵庫県というもののあり方をまつ二つにしてしまうというようなことはとうてい考えられないことでございますし、また、そういうことがあってはならぬと思います。また、府県行政の任務というものは、そういう意味で、能力のある地域については、府県というものはむしろ力をそこへ注ぐべきではなくて、それは市にやらすべきで、そして、能力のない市町村についての行政水準を確保するために、府県が市町村にかわり、あるいは市町村に力を与え、力づけるというのが府県行政の一つの任務であろうと思います。そういう意味で、兵庫県と淡路島というような関係は、そういう苦労があると思いますけれども、やはりそれは、兵庫県自体が行政水準を維持するということに努力をするということが、兵庫県にとって一つの任務である、こういうことであろうと思います。 今度は、府県合併というもののその区域を拡大していくという面になりますと、具体の適用がどこから始まるかということになりますと、いろいろ議論がございますけれども、やはりいまのような考え方をさらに広げて進めていくということでございまして、いわゆる後進地域というものを切り離していこうというような考え方ではもちろんないわけでございます。むしろその逆でございます。これはぜひ御了承願いたいと思います。
○細谷委員 私がこれから聞かんとする問題点を、あなた方はちょっと理解していないようです。私は、広域になったら能力が充実強化するのだ、あるいは第二条に書いてある格差が是正されるのだというのは、今日の現状、いわゆる高度経済成長政策から現在の社会開発の時代になって、それとは全く逆のほうにいっている。ただ、ことばだけこう言っている。こういうことでありますから、端的に言いますと、こんな都道府県の合併なんてどこで起こったかというと、大都市周辺で起こっているのですよ。問題は明らかでしょう。国の財政ばかりじゃなくて地方自治体の財政をも、経済界の要望による産業基盤の強化のために動員しようという意図でしょう。そういうふうに思うから、私はそういう観点から具体的に例をあげながら質問をしていきますから、その辺で論争しましょう。 そこで、充実強化ということについてはいろいろあるわけですけれども、その充実強化、格差の問題、そういう前提は一条にいみじくもきちんと書いてある。「効率的な行政の確保及び住民の福祉の増進」と、ことばだけはうまいですよ。住民の福祉の不増進というふうに書いたほうがいいと思っておるのですが……。 そこで、ある学者はこう言っているのですよ。これはジュリストのことしの一月号に出たある学者の案ですが、「合併すれば基礎が強化されるという神話は、」神話だと言うのですよ。「しょせん幻想にすぎない。」なかなかうまいことを言っている。学者の名前を申し上げておきましょう。佐藤竺という成蹊大学の教授です。「区域さえ拡大されれば自治能力が強化され、国からのより多くの事務移譲が期待できるというのなら、北海道や東北各県、あるいは長野県、新潟県などは区域のはるかに狭い東京、大阪、神奈川あたりより自治能力があるということになる。」ちょっと平面的な議論でありますけれども、一面の真理でしょう。「また、ふところがひとつになって能力が強化されたというのなら、どんなに大きな県をつくってみたところで東京都にかなうところはあるはずがない。さらに、三県の統合は、愛知県の財政力を住民との関係において相対的には弱めることになろう。とにかく、区域の合併をいくらやってみたところで、現在のままの府県自治をそのままのこすかぎり大したことはないのであって、本当に自治能力の強化をのぞむのなら、……合併の前に片づけておくべきことがたくさんあるといえよう。」小林元事務次官とこれは同じ議論です。 そこで、ひとつ質問をいたしたいのでありますが、政務次官、「能力の充実強化」というのは具体的にどういうことですか。広くなったら、府県が合併したら、能力が充実強化されて、効率的な行政の確保ができて、住民の福祉の増進ができるというのは一体どういうことですか。そして、第二条では、都道府県間の格差の是正ができるというのは、これはどういうことなんですか。私は全く逆に動いている、こう申し上げているのですが、これは納得いくように具体的に説明していただきたいと思います。
○細田政府委員 先ほど御指摘になりました佐藤先生の御説ですか、そういう見方もあると思います。私は率直に言わせていただけば、東京都は狭い、あるいは新潟県や岩手県や北海道は広い、だからといってそれを比較されるということは、私はいかがかと思うのです。そのおっしゃっておる限りではそのとおりかもしれませんけれども、私たちが考えておるのは、何も東京都よりもこれが充実するとかなんとかということを言っているわけではございませんので、少し話がそれておるのではなかろうか、少なくともわれわれの考えておることと違った面での御説ではなかろうか、こういうふうに感じます。 そこで、いまお話がございましたが、もちろん、ただ合併すればいい、ただ広くなればいいということは私は間違いだと思います。しかしながら、この目的に書いてございますように、能力が充実強化するということは、小さい一つのものがあるよりは、少なくとも二つのものが一緒になれば、これは強化するということが私は言えると思います。だから、これはほかのところと比べてどうだ、こういう議論は当たらないのではないか。それからまた、合併のしかたによりまして、何でもかんでもただ合併さえすればいいのだということではないと私は思うわけでございまして、これは充実強化するのだ、あるいは機構が簡素化するのだ、そういう合併を私たちはねらうべきである、こういうふうに実は考えているわけでございますから、これは目的でありますと同時に、そういうふうな合併をしなければならぬし、また住民の自発的意思によってやろうということは、もちろんそういうことがなければやるはずがない、こういうふうに思うわけでございます。ですから、早い話が、これは合併のしかた、組み合わせによりましてこの目的が達成できないということになる可能性は非常にあると思います。しかし、この目的が達成できるような合併のしかたということは十分にあり得る、こういうように私ども考えているわけでございます。
○細谷委員 どこにあり得るのですか。この合併に伴う、あとのほうの法律がありますよ。十二条は「地方交付税の額の算定の特例」これも言ってみればいままでどおり。いままでよりちょっと少なくなるかもしれぬ。少なくなった場合には一定の期間だけはいままでどおり保障しようといっている。十三条の「地方道路譲与税の額の算定の特例」これもいままでどおり当該合算額が限度です。十四条の「義務教育費の国庫負担額の算定の特例」これも当該合算額が限度ですよ。十五条の「公共事業費等に係る国の財政措置の特例」これもいままでよりも何も上がるものはないわけです。十六条の「補助金の交付等についての配慮」「特別の配慮」といってもこれも具体的には何もない。十七条の「地方債についての配慮」「適切な配慮」といっております。十八条の「公共企業体等の協力」も「事情の許す限り、協力しなければならない。」何もないでしょう。いままでどおり加わった合算額、それが最高限度でありますよ。それはなるほど五百億円が千五百億円になるわけですから、金額はふくれるでありましょう。ふくれるから知事は使いやすい。自治省も使い方が指示しやすい。その使い方はどこかというと、産業基盤の整備に重点的に投入するにすぎないじゃありませんか。私はいまの法案を見て、それからたいへん有名な学者の、先ほど引用いたしました「東海三県統合構想」これも読んであきれたのです。ちょっと読んでみます。「狭隘な県の区域内だけでは、総合的かつ合理的な計画の樹立さえもむずかしい。しかし、一旦、三県の統合が実現した暁は、」東海三県が合併した暁はですよ、「全地域が総合的な開発計画のもとに、適当に位置づけられ、それぞれの地区の実態に即応した具体的な対策が、いよいよ充実してくる財政力に支えられて、強力に実施されることとなる。」合併したらいよいよ充実してくる財政だというのですよ。幻想じゃないですかこれは。東海三県が合併したら広域行政、計画は位置づけられるかもしれません。いよいよ充実してくる財政力にささえられて、それぞれの地区の実態に即応した具体的な対策ができる、強力に実施されるというのでありますが、この法律に何も書いてないでしょう。いよいよ充実してくる、どこから金がくるのですか。どこの条項を見ても、いままでよりプラスになるところは一つもないじゃありませんか。田中二郎さんのこの論文も、合併すればいよいよ財政力が充実するのだ、学者らしくない夢のような話が書いてある。それがムードだというのです。ムードで財政力が上がるんならけっこうな話だ。そんなばかなことはありませんよ。大臣、どうなんですか。これは、合併すればいよいよ財政力は強化されるんですか。この法律でも期待されるんですか。お答え願いたい。
○長野政府委員 田中先生のお書きになりました東海三県統合構想というものは、私ども拝読したことがございますが、結局、愛知、岐阜、三重三県につきまして、広域的に行政区域が広がった上で、広域的な行政計画に従って重点的、効率的な行政施策を推進していくということを通じて、地域社会の合理的な発展を実現することができるという考え方が一つ田中先生の考え方の根底にあると私は思います。それと同時に、そういう府県合併で広域的な行政体制が次第に整うのに従いまして、それにふさわしい行政事務の配分なり、ふさわしい財源配分なりというものも当然に並行して考えていく必要があるというような一つの考え方を、先生としてはそこのところは非常に省略的に書かれておりますけれども、その論文の中のいろいろなところで指摘をされておるというふうに私どもは記憶をいたしております。 そういう意味で、今日合併が促進さるべきだとされる地域につきましては、現在府県の単位においての行政では解決し得ない問題をたくさんかかえておることが一つ。それを広域化によって解決しやすい方向がとれるようなところへ持っていきたいということが最大の一つのねらいになると考えます。そういうことを通じまして施設の合理的な配置、あるいは社会生活基盤、あるいは産業基盤というものの合理的な推進というものがよりやりやすくなってまいる。お話しのように、合併をしたとたんに行財政能力が充実するということではもちろんございません。しかしながら、そういうことをきっかけにいたしまして合理化というか、効率化というものが進めやすくなるということは確かでございます。合併というものは長期的にものを見なければならないわけでありますから、長期的な見方からいけば、そういうことによって行財政能力の充実ということは当然に期待できるということが考えられると思います。
○細谷委員 私は、申し上げたいことは、この法律案では、どの条項を見ても、田中二郎さんの東海三県合併の構想というものも少し飛躍して、合併しさえすればいよいよ財政が充実するというのも学者らしくない飛躍した議論だ。しかし、田中教授は、いまの最高裁の判事だが、おそらくこういう法律ができるんなら、何らかの特別な財政措置が講じられることを期待しておったかもしれぬが、この法律はその期待にもこたえてないではないか。そうしますと、あなたの言うのは、合併すれば合理化もしやすくなる、効率的な行政も確保できるというのはどういうことですか。三県合併すると知事は一人になる。せんだって太田委員から指摘がありました、県会議員の数も少なくなる、たいへんな歳費も浮くだろう。合理化というものは——この間「政府の窓」という雑誌を読みました。たいへん問題がある北九州市の首切り、勇敢によくもやったものだということを感嘆これ久しゅうした記事を載せているじゃありませんか、「政府の窓」に。自治省が書いたんでしょうあれは。だれが書いたんですか。北九州の病院を下請させて二百五十七名が一ぺんに首切られた。水道のほうは検針とか集金を委託業務にした。厚生省の原則的な方針に反してやった。その合理化はたいへんえらいものだと、感嘆これ久しゅうした記事を書いているじゃありませんか。だれが書いたんですか。名前を言ってくださいよ。そんなような姿勢なんだ。合理化というものはおおよそわかるでしょう。この法律を見ると、財源というものは、一つの箱の中はきまっているんでしょう、何もないのだから、限度はきまっているんですよ。その中から重点的にというのは何ですか。重点的にといったらますます過疎、過密を激しくするような、格差を拡大するような方向で重点的に使うということでしょう。まず聞きましょう。あの「政府の窓」の記事はだれが書いたんですか。
○長野政府委員 「政府の窓」について書いたのは、私どもはあずかり知りません。「政府の窓」の編集をするところで、お取りまとめがあったのだろうと思います。 現在の府県合併につきまして、府県合併をすることによって、この法律で直ちにいろいろな財政措置とか事務配分とかいうものを考えていないのじゃないかというお話は、御指摘のとおりでございます。したがって、そういう意味で府県合併というのは広域行政体制を整える、その整えることによって、いままで府県の区域にさえぎられていた水の問題あるいは住宅配置の問題、交通網の整備の問題、あるいはいろいろな施設なり機能なりというものが強化し充実するということがさえぎられたような問題を取り払いまして、そうして、それを一つの一貫した考え方のもとに体系的に組み上げて推進をしていく、こういうことが可能になる。そういうことが可能になる結果として、行財政能力というものを充実し、ひいて住民福祉の向上に資することができる。今日ある面で、世間では現在の府県というものが狭隘に過ぎるということは、これは一つの常識になっておると思います。そういうことからいたしまして、広域行政の体制を整えることは、そういうことの切実な地域とそれほどでない地域とございますが、かりに切実な地域について考えれば、府県というものがあるから水資源の効果的利用とか、地域総合開発計画とか、港湾の一体的な開発利用ということが妨げられているということが、あまりにも一般的、常識的な議論として一面では行なわれておることも御承知のとおりだろうと思います。そういうものを整えていくということは、合併ということがすべての方式だとは私ども思いません。しかしながら、そういう狭隘な区域の垣根を取り払うことによって、合理化を推進していくことができるということは確かに言えるだろうと思うのでございます。そういうことからして、また住民の福祉の向上につながるし、また、それが府県の行財政能力を充実していくということにもなってくる。これも当然出てくることであろうと思うのでございます。 そういう意味で、それをいつまでもほっておきますことが一体許されるのかどうかといえば、世間がほっておかないということになれば、これは府県のほうの側からの広域化ということが不可能であるということであれば、別の面から広域化を考えていくというような問題がどうしてもある面で出てくることは避けられないということになろうかということも、一面危惧をいたすわけでございます。そういう意味で、府県合併というものがだんだんと進められてきました場合、かりにそういう府県合併が行なわれた暁においては、まだまだいろいろな措置を講じなければならない点はたくさん残っておるだろうと思います。私どもは、この特例法は最も基礎的なもの、最も基礎的な合併の方式というものだけのところでこういうことを考えた。しかしながら、今後これについていろいろなそういう体制を整えるためには、いろいろな措置が出てくるかもしれないと思っておるわけでございますが、現在のところは、御指摘のとおり、この府県の合併というものを行なうための直接の障害になるようなものを取り払ったというにすぎない形をとっておることは、そのとおりでございます。これは全国再編成をするというかっこうでものを考えておりませんので、ほかの府県との関係とか、権衡の問題もございますし、特例法案としては、さしあたりこの程度以上の規定をなし得なかったということであるわけでございます。
○細谷委員 大臣、いまのことばはたいへん甘い夢を約束しようとしておるわけです。私が質問したのは、この法律のどの条項を読んでも、いままでの三県の合算額以上を出ないわけですから、一つのコップの中の問題じゃないか。それを重点的に効果的にやるということになれば一体どういうことになるかといいますと、これは職員の首切り——十条には、「職員のすべてに通じて公正に処理しなければならない。」その公正というのは、自治省のお考えは、「政府の窓」に書いてあるように、首切りをやることが、これが公正なんだ、こういうことになるんではないか。それ以外に金の出どころはないわけだ。それからもう一つ、長野行政局長は、これは合併のスタートであるから、じゃまものだけを取り除く意味だ、将来はもっとプラスになるように、いよいよ財政力が充実するようなことも考えなければなりませんと、こういうような甘い夢のような幻想を振りまいているわけですよ。 大臣、この法律では、私は何べんも聞きますけれども、何もいいことはないのですよ。それを法律に書いてあるように効果的に重点的にやって、そして都道府県の能力の充実強化をはかって、格差の是正に寄与すると、たいへんうまいことを書いてあるのですよ。具体的に、何でどういうふうに格差の是正をはかるのか、重点的、効果的な行政の確保をしようとするのか、一つも具体的な答弁になっていないのですよ。これは大臣からひとつ答えていただきませんと、どうにもならないと思うのです。
○赤澤国務大臣 なかなかいろんな角度から議論が出ておりますが、私どもがこの法案を提案いたしましたと申しますより、継続審議でここまできておるわけでございまして、先ほどから御指摘のとおりに、私も鳥取県であって、鳥取県が、じゃ岡山県と合併するかといえば、なかなかそうはまいらぬ。隣の県が、ただいま三木さん御指摘のとおりの兵庫県です。兵庫県は御案内のとおりでございまして、とにかく日本海寄りと瀬戸内海寄りではたいへんな違いができておる。それがいま急に格差が是正されていくような状態でもありませんし、確かになかなか問題はあります。が、やはり今日、町村合併にせよ、行政ができるだけ広域的に行なわれなければならぬ時代に入っておると思うのです。都道府県だって同じことだと思うのです。たとえば東京市が東京都になり、さらにそれでも不十分であって、いまの首都圏区域というものができておる。また、近畿だって近畿圏という大きな区域というものを一つの行政単位と考えるような時代に入ってきておるわけでございます。先ほどから御指摘になりまするとおりに、じゃ府県合併をやりたいというところはやらした場合に、非常に有力な実力のある一つの行政単位もできれば、また相も変わらず日の当たらぬ貧乏なところが残っておる、そんなアンバランスな状態でおいてもいいのかということは、私ども最初から、このことについてはいろいろ頭の中で考えてみたわけでございます。しかし、そういうこともありまするけれども、やはりさっき北九州市の行政整理の状態が「政府の窓」に出た、そのことにお触れになりましたが、私は読んでおりません。だれが書いたか存じませんけれども、しかし、やはり地域住民のために、行政というものが簡素化されて、そうして合理的に行なわれるということは、地域住民全部の希望であるはずだ。ただ、それが首切りにつながるとかなんとかいったって、先ほども言われまするとおりに、主人は地域住民ですからね、地域住民がそういう方向を希望されるのなら、首切りになりましても、それはやむを得ない、公務員の場合は。ですから、私どもとしては、やはり単に府県合併するから知事の頭数が検約できるとか、あるいは地方議員の数が減るからいいんだとか、行政の整理、簡素化になる、そういったことで言っておるわけじゃありません。もちろん、すべてそういった面につきましても、地域住民のお考えもあるでしょうけれども、しかし私どもは、行政というものはできるだけ簡素化、合理化していくということは、地域住民全体の希望である。しかもこういう交通機関の発達した時代ですから、狭い区域内でものを考えていってもいろいろ支障も出てくる。いつかも例を申しましたけれども、とにかく東京だってからになってしまう。夜分は全部周辺のドーナツ地域に東京で働く人はおるという状態になってきておる。さらにそれが、そういう勢いがだんだん強くなってまいる時代でございますので、地域住民の要請があれば、そういう府県合併をし得る道を開くということは、あながち私、住民の考え方に反するものではないという判断に立って、これを提案しておるわけでございます。 ですから、細谷さんみたいにいろいろつっつけば、これは三県合併したって、それで財政力が急に強くなるとは考えられません。特に、国のほうで別にそこに措置をするわけでもありませんし、同じことじゃないかということも、私は十分うなづけると思う。しかし、そういった包括された地域内における行政、また、いろいろな産業その他の計画等も、もっと合理的にやる面が出てくる。これが時代の要請であるという考え方に立ってこれを提案しておるわけでございます。
○細谷委員 いまの大臣のことばには重大な意味がある。地域住民の意向をくめば何をやってもいいんだ。地域住民が主人公でありますから、その理論は私はわかります。しかし、おれは地域住民の多数のあれで選ばれた市長だから、首切りやろうが、何やろうが、おれの任期中はかってだ、こういうことは許されませんよ。少数者の意見というものを尊重するのが民主主義です。いまのそういう思想につながるわけですから、これはたいへんな問題がある。しかも、大臣のことばで、はっきりしたプラスになるものは何もない、法律もそのとおりであります。そうしますと、重点的あるいは効果的な行政というのは、「政府の窓」あるいはいままで自治省がやってきた、他省に対しては地方自治を唱えるけれども、みずからは三千数百の地方自治体を、中央権力によって押えつけようとする新しい中央集権的な行き方というのが、如実に頭の中に描かれているということですよ。そこで、この議論はちょっと置いておきます、たいへんな問題を含んでいますから。 そこで私は、経済企画庁見えていらっしゃいますから、お聞きするのでありますけれども、格差是正とかなんとかいうこと、あるいは地域開発とかなんとかいうことで、昭和二十七年末期ぐらいから三十年にかけて今日までずっとやってまいりました。ところが四月三十日の日に、「新全国総合開発計画の策定について」というたたき台になるものを発表いたしました。新しく全国総合開発計画を策定するのは、いままでの開発計画というのは失敗だった、こういう認識に立っていらっしゃるのか。私はそういう認識だろうと思っておるのですが、いわゆるひずみの是正という形で、この総合開発計画の策定をしようとなさっておるのか、その辺からひとつ格差是正なり何かの問題を解明していただきたいと思うのです。これは一体どういうことですか。何かことしの十月ぐらいまでにはできるらしいのですから、この発想の根拠は何ですか。
○宮崎(仁)政府委員 御指摘のとおり、昭和二十五年に国土総合開発法が制定されまして以来、地域開発関係の各種の計画なりいろいろな施策がとられつつあるわけでありますが、特に昭和三十七年に全国総合開発計画、現行のものが策定をせられました。この計画は、御承知のとおり所得倍増計画に従いまして、昭和四十五年度までの全国的な国土の開発、利用、保全の構想を示すということで、具体的には拠点開発方式ということで内容をつくったわけでございます。 法律的な措置といたしましては、新産都市の建設であるとか、あるいは工業整備特別地域の建設というようなことでやってまいったわけでありますが、御承知のとおり、その後の日本経済の成長が、全国計画の基礎といたしました所得倍増計画の想定よりははるかに高い発展を示しました。経済の規模で見ますと、昭和四十一年にすでにこの計画の目標の数値を突破するというような状況になっております。また、この計画で考えました地域的な人口、産業の配置というような面でまいりますと、このような非常に早い経済成長の結果といたしまして、大都市に対する人口、産業の集中ということが想定以上に進みまして、特に関東地域に対する集中が非常に進んでまいったわけであります。 そういう点から見まして、この三十七年の全国総合開発計画が、国全体の経済の動きあるいは地域経済の状況に照らしまして実情に合わなくなってきておるということから、昭和四十一年に国土総合開発審議会におきまして、この計画を早急に改めるべきであるというような御報告が行なわれたわけでございます。で、経済企画庁といたしましては、このような審議会の報告に基づきまして、それではどういうようなことで新しい計画をつくるべきかということでいろいろと内部的な作業をやってまいったわけでございますが、大体事務的な基礎も出てまいりましたので、この四月三十日に国土総合開発審議会を開きまして、そこにこれからつくろうとする計画の考え方について、ただいま御指摘の考え方、試案なるものを出しまして、委員の方々の御意見を伺いながら、これからひとつ何回か審議会を開いていただいて、できればこの秋ごろには決定をするように持っていきたい、こういうことに考えておるわけでございます。 ただいまの経過でやるようなことでございますので、現在あります三十七年の全国総合開発計画というのが失敗か成功かというような御議論でございましたが、一つの評価といたしましては、人口、産業の集中というようなものに対する見方について見まするならば、これは拠点開発構想そのものもそうでございますが、いわゆる地方分散的な考え方をかなり強く出したものでございまして、そういう面から見ますと、その後の実際の動きということと照らし合わせてみた場合には、そのような計画で想定したことにはならなかったということにはなるわけでございます。 しかしながら、他方からまいりますと、このように経済の規模が計画の想定よりも上回ったということによりまして、東京の中枢管理機能が非常に強化をされた、これが地方の末端に至るまでの開発に対して好条件を与える余地が出てきたというふうにも考えております。また、経済の規模が大きくなるということそのものによりまして、いろいろの公共投資なりあるいは民間投資そのものも相当大規模なものが行ない得るような状況になってきた。こういう状況に照らしまして、私どもは四十年度を基準年度として昭和六十年度までという計画期間を一応想定いたしまして、これからの国土の開発、利用、保全についての基本的な計画をきめてまいりたいと考えておる次第でございます。
○細谷委員 いま新しい全国総合開発計画について、今日まで百をこえるような開発関連法規があってばらばらだ、そういうものをひとつ整理統合しよう、あるいは所得倍増計画あるいは社会開発計画、そういうものが予定以上に進んでしまった——予定以上に何が進んでしまったか、この辺はあとで議論をいたしたいと思うのでありますけれども、だから手直しをしなければならぬのだ、こういうことなんでありますが、この新全国総合開発計画については大体三つの柱があるといわれております。その一つは、府県制や土地制度にメスを加えて広域的な開発を推進しなければならぬ、これが一つの柱だといわれております。佐藤総理が、明治百年記念に府県合併を推進するのだ、こういうことを言ったわけでありますが、自治大臣は、いや、百年記念なんてことじゃない、こうおっしゃっておるわけですけれども、企画庁の府県制や土地制度にメスを加えて広域開発を推進するという、この場合の府県制とか広域行政というのは一体どういう御構想なんですか。
○宮崎(仁)政府委員 この計画で、私どもが一応開発方式としてこのような考えをとったらどうかということを述べておるわけでございますが、それは現時点に立って今後二十年ということで考えてみますと、現在でもすでに一部整備が始まっております高速道路とか、あるいは新幹線のような高速鉄道、あるいは大規模な国際港湾であるとか空港であるとかいうようなもの、あるいは通信関係、要するに交通、通信の関係が新しい施設で非常に高速化された、高能率なものが全国的に整備できるであろうというようなことを考えております。これを私どもは新しいネットワークというようなことばで言っておりますが、そのような整備をやるということが一つと、それからもう一つは、大規模なプロジェクトをしようというようなことを考えております。 このように国全体の経済規模が非常に大きくなり、また交通、通信が非常に便利になりまして、時間距離が現在の三分の一から四分の一ぐらいに短縮されるというような状況にかんがみまして、地方行政の形においても、こういった事態に対応する広域行政の体制が必要ではないかということを、計画実現のための手段としての問題点として出しておるわけでございます。それが具体的にどのような内容であるべきかということは、むしろこれから議論をしていただくわけでございまして、また、実際の実施ということになれば、当然自治省にお願いして法制化していただくつもりでございます。いま、その方式のどれがいいかということについて、私どもとしてこの案であるというようなものを持っておるわけではございません。
○細谷委員 そういたしますと、広域行政、府県制、広域開発行政の推進体制を確立するということでありますが、そういう広域行政というのは少なくもまだ結論は出てないわけですね。十月三十日にならなければ出ないわけでしょう。
○宮崎(仁)政府委員 秋の正式決定までに何とか方向を出したいと思っております。
○細谷委員 大臣、この点だけでもまだたいへんな議論があるのですが、十月三十日にならぬと、全国的な開発計画をやるための広域行政はどうあるべきかという青写真ができないというのですよ。それなのにいまこんな法律をやるのはおかしいじゃないですか。企画庁との間の広域行政はどうあるべきか、こういうような問題もきまっておらぬのに、こんなまぼろしのような法律だけ先につくる。かつての事務次官が言ったように、ナンセンスじゃないですか。何だって自治省だけ独走するのですか。
○赤澤国務大臣 決してナンセンスだとは考えておりません。府県合併というとすぐ東海三県また阪奈和が念頭に浮かぶようでございますけれども、私が申しますことはそういうことでなくて、広域行政が強く要請される時代になってまいりましたので、将来ともこういうことが起こり得る個所につきましては、十分民意を反映させるという形で一つの道を開くだけの措置はしておきたい、こう考えておるわけでございます。
○細谷委員 そうしますと、企画庁の意見では、今日までの開発行政というのは進み過ぎたから手直しだ、こう言っております。私は手元の昭和三十三年から三十七年までの地域開発に関する行政投資、そういうものを見てみましても、たとえば大拠点開発主義をとっておる千葉、木更津開発、あるいは中拠点開発主義だといわれておる富山、高岡開発、あるいは小拠点だといわれておる金沢、小松、これだけ比較をしてみても、たいへんな格差があるのですよ。たとえば大拠点だといわれておる千葉、木更津あたりでは、産業基盤の整備に全体の六九%も行政投資をしているのですね。一番地場資本でやっておるといわれる金沢、小松開発あたりですと、産業基盤は二〇%ですよ。そして注目すべきことは、生活基盤の整備ということになってまいりますと、地場的な開発方式のほうがこういうところに重点が置かれておる、こういうことが今日の格差を拡大したたいへん大きな理由ですよ。公害を呼んだ大きな理由ですよ。さらには、過疎、過密問題というのを激成した最大の犯人だ、こう申さなければならぬのですよ。こういうやり方について反省し直さないで、明治百年でございますという形でこんな計画をつくったって意味ないでしょう。しかも十月ということになりますと、いまもう五月ですよ。あと数カ月、一体、広域行政のあるべき姿という青写真の、鮮明なものでなくても、ある程度の絵も描いておらぬでこんなことを新聞に毎日のように発表するのはたいへん問題がある。けさも出ておりましたよ。日本経済新聞に相当のスペースを使って新しい計画が解説されておりましたよ。おかしいじゃないですか。どうですか、企画庁。
○宮崎(仁)政府委員 三十七年の計画の推移を申し上げましたが、計画に予定した以上に公共投資が進んだというような意味を申し上げたわけではございませんで、経済の発展そのものが、計画の想定を上回った、人口、産業の集中が計画の想定を上回ったということを申し上げたわけでございます。それが一方においては過密、過疎という問題になってあらわれてくることは御指摘のようなことであろうと思います。私どもは過密、過疎、地域格差についてどのような基本的姿勢で対処するかということも簡単にここに書いてあるわけでございますが、お読みのようでございますから、繰り返しませんけれども、私どもはこの計画というものを全国土的にやっていくことによって過密、過疎の問題に対しての基本的な解決方法も出てくる、このように考えておるわけでございます。 広域行政についての御指摘もございましたが、私どものつくる基本計画の本体としては、結局国土の開発利用のいわば具体的な計画であります。その実現のための手段については、できるだけこの計画の中で方向は示したいと思っておりますけれども、それが全部きめられるかどうか、また、きめられなければこの計画はナンセンスであるかということになりますと、そのようには考えておりません。ものによりましては引き続きまた制度的な検討をしていただいてもいいのじゃないかと思っております。
○細谷委員 基本というイメージも持たないで、そうしてこんなようなものをやったって私はいかぬと思う。私がさっき指摘したように、何のことはない、地域開発というのは産業基盤の造成、言ってみますと、千葉、木更津あたりというのは産業基盤に六九%使っておりますけれども、そのうちの五三%というのは工場用地の埋め立てに使っているじゃないですか。生活基盤なんて、たった一一%しか使っていないのですよ。文教施設に至っては七%だ。だからこの間、この委員会でも問題になった埼玉県の福岡のように、人口が急増しても学校が建てられない、こういう問題が起こっている。そうでしょう。あなたのほうの計画がずさんで、イメージも何もないものだから、夢も何もないものだから、理想も何もないものだから、こんな混乱が起こっているじゃないですか。今度の国土総合開発計画だって、一体過疎、過密というのはどういう形で解決するか、基本でさえあいまいじゃないですか、過疎、過密をどう調整するのか、こんなことだってあいまいですよ。私もあいまいだと思っておった。新聞だってあいまいだと書いている。そうして過密は自然のままにまかせるのか、過疎は自然のままにまかせるのか、これについては各省の意見はばらばらじゃないですか。あなたのほうの意見だって、きょうの新聞によると建設省はじめ各省は反対だ、こう書いてある。そうでしょう。基本がはっきりしていないのですから、反対のはずですよ。意見があるはずですよ。そんなようなことをやるからだめであって、言ってみますと、私がこの質問にあたって、一体そういう地域開発とか社会開発なんというのは、国の財政ばかりではなくて、地方財政をも産業基盤の整備のために動員するためのことばにすぎない、こういうふうに申し上げなければならぬじゃないですか。お答え願います。
○宮崎(仁)政府委員 過密と過疎にどのように対処するかということがきまっていないというようなお話でございましたが、ただいまお持ちのプリントの六ページのところに、私どもとしてはそこに基本的な姿勢として書いたつもりでございます。まず過密問題については、いままでの主としてこの問題に対する取り上げ方が、大都市に対する人口、産業の集中に対して公共施設等の整備がおくれている、追いつかなかったということから生じている問題が非常に多いので、これを整備しなければならぬというような面が、非常に強く出されているわけでございますけれども、それを長期にわたって考えてみた場合に、そのような追いつき投資をやっていくという形ではなかなか解消できないのではないか、やはり大都市の機能というものに着目いたしまして、最近では大都市地域にありますところの工場で地方に分散するというような傾向が次第に強くなっております。そういった面にも注目をいたしまして、大都市機能の純化をやっていったらどうか、そうして大都市に立地することが不適当なもの、あるいは将来にわたって経済的に不利と思われるようなもの、こういうものについては徹底的に分散をするということによって大都市機能の純化をはかりたい、これが一つの考え方でございます。また、さらに大都市については、いわゆる都市構造というようなことも必要でございましょうし、安全で機能的な都市構造の組み立てをそういったことによってやっていかなければならない、こういうものを具体的に取り上げてみたい。また、そのための制度的な面といたしましては、土地の利用規制の問題であるとか、交通規制の問題であるとかというものの強化のほかに、大都市における応益的な負担の強化というようなことを考えていったらどうであろうかというようなことも考えているわけでございます。このようなことによって過密問題に対処していってはどうか。公共地域につきましては、従来私どもも実はやっているわけでございますが、産業の振興とか離島振興というような形でいろいろ施策がとられております。これは主として産業振興のための公共投資をやるというようなことで実施いたしておりますけれども、今度の計画で、むしろ効率的な産業開発や観光開発を大規模に進めようというような地域も相当あると思います。こういったものにつきましては、大規模投資を実施することによって地域の構造的な変革をはかっていくということもやっていくべきでしょうし、また、いまやっておるような公共投資中心の施策でその地域の振興がはかれるというものもあろうと思います。しかし、そのようなことでは対処できないというような地域も相当出てくるのではなかろうか。そういった地域については集落の再編成であるとか、あるいは社会保障とかその他の広範な施策を講じていくべきではなかろうか。こういったようなことで過疎問題にも対処していってはどうかというような考え方を出しておるわけでございます。もちろん、これから具体的な計画の内容をつくってまいるわけでございますから、その過程においていろいろの御意見もあるでしょうし、内容的にはまたさらにこまかく作業をしてまいらなければならぬわけでございますから、決して何もなしでやっておるというようなことではございません。
○細谷委員 私は、この新総合開発計画というものがまだあいまいもことしておる。こういう段階で、これは十月にできるというのであります。片や行管庁あるいは自治省自体も行政機構の問題については検討しておる。広域行政をどう推進すべきかという新しい方式については、ここ一、二年のうちに自治体の意見も聞いて自治省は固めると言っております。こういう段階でこういう法律を審議しているというのは、いろいろな問題があると思う。しかし出ているのでありますから取り組みましょう。しかし、委員長にお願いしますが、やはりどうしてもこの開発計画の基本的な姿勢は企画庁長官でなければならぬ。ですから、次回にはひとつ長官にこの席へおいでいただいて、あるいは私は行政機構の問題にも触れなければなりませんから、そのあとで行管庁長官の御出席もいただいて議論をし、はっきりいたしたいと思いますから、そういう配慮をお願いしたい。 ちょうど時間がきましたし、関連質問もあるそうでありますから、私は、きょうはここで終わっておきます。
○吉川委員長 太田一夫君の関連質問を許します。
○太田委員 時間があまりないようでありますから、なるべく簡潔にお尋ねをいたしておきたいと思いますが、いま聞いておりまして、ずいぶんふしぎなことが考えられておると思うのでありますが、たとえば三県合併をいたしますと——長野局長にお答えいただいてけっこうでありますが、警察本部というのは一つになるわけでございますね。そういうことでございますか。
○長野政府委員 合併をいたしますと、府県の行政組織というもので統合されるものは統合されてまいります。先ほどもお話のありました知事が三人おるわけにもいきませんので、三つが合併すれば知事は一人になる。そういう意味では警察本部長というものが三人おるわけにいきませんから一人になる。そういうことで、それ以外にも教育委員会でありますとか、いろいろな府県の組織が一つに統合される。こういうことは起こってくるわけでございます。
○太田委員 そうすると、北海道は広域であるから方面本部をつくっておりますね。方面本部が設置されておりますが、今度三県なり四県なりが合併いたしまして広域になれば、方面本部をつくるということに相なるのか、それはつくられないのか。
○長野政府委員 その辺の点については、まだ私どもは警察当局なりその他の意見も伺ってはおりませんので、そういう問題をどうするかは今後検討しなければならないことだと思っております。
○太田委員 なるほど、そうすると北海道に似たような広域になれば、北海道の組織から見れば方面本部が要するのだ、本土と言っては何ですが、こちらのほうにおいては何県合併しても、そのことについてはまだ結論を得ておらない。したがって、かりにこれをきめるとしても、警察組織はどうするかということはまた別にどこかでおきめになって、改正される法律があるとするなら警察法その他の改正ということになるわけですね。 そこで、その問題は大体わかりましたから、それ以上の話はあとにいたしまして、特にきょうお聞きしたいことは、とにかく地方の警察本部というのは不偏不党であるはずでありますし、公平中正という心がまえのもとにそれぞれ任務を遂行されておられるわけです。実は、先月の終わりごろに、先ほどから話になっております鳥取県におきまして妙なものができておる。これはある政党の計画によりまして、鳥取県にも交通安全対策本部というものがこの春四月にでき上がりまして、そうして最近交通安全対策の総点検運動というものを始めたわけです。別にそのことが悪いわけじゃありませんけれども、どうも、貸し切りバスを連ね、自家用車を連ねて、そうしてその責任者というのが現在の参議院議員であり、次の改選にも立つ予定の方が責任者、本部長であるそうでありますが、その人を乗せ、先頭に立てて地元の県会議員や町村の代表者等を分乗させ、そして総点検運動をしておる。そういう中に警察の協力を求めるというのが大体の中心でありますために、警察本部の協力を求めるという申し入れがあったらしい。そのために警察本部長は、交通安全対策の総点検ならば急がなければならぬし、まあいろいろ必要なことだというので、地元の警察の署長が出て資料を提供したり、あるいは交通係長、主任が出て事情説明などに協力するということを当然のこととしてやっていらっしゃるという、こういう新聞記事があるわけなんです。これは朝日、毎日、ともに報道されておるわけであります。警察の組織というものは、そういう意味におきまして、もう少し公明正大でなくてはならぬと思うのでありますが、どうも鳥取県というような裏日本のほうへくると、何か山の陰に隠れて見えないとでもお考えになるのか、すっきりした行動がとられない。新聞報道において非常に非難されているのでありますが、これに対してどういう見解をお持ちになっていらっしゃるか、選挙局長並びに警察庁のほうの関係者の方から御答弁いただきたいと思うわけです。
○林説明員 刑事局長があいにく東京を離れておりますので、私がかわりまして御説明申し上げたいと思います。 ただいま御指摘の鳥取の問題につきましては、実は鳥取県に限りませず、この種の運動は政党の差はございましょうけれども、全国的に展開されておるやに聞いております。 それからまた、新聞にはどういうふうに書いてあったかは別といたしまして、選挙違反取り締まりの立場からだけ申し上げますならば、私どもはこの種の運動がございましょうとも、あるいはその他の政治活動、文化活動でございましょうとも、それに事前運動的言動があります場合には、当然これは取り締まりの対象にするという方針でいっております。 特に鳥取県が問題になりましたので、続けて説明いたしますと、鳥取の県本部におきましては、この種の運動に対しまして、特に時期が時期でございますし、御指摘のようなこともございましたので、絶対に選挙運動にわたることのないように特に注意してもらいたいということを関係者に申し上げますとともに、警察部内におきましては、交通事故防止の立場から、いろいろ交通警察の立場から御協力申し上げることはこれは別といたしまして、もしも本運動の期間中に、あるいはそれに便乗されての事前運動的言辞がありました場合には、直ちに警告し、あるいは必要な場合所要の取り締まり措置を講ずるということを厳重に申しておるはずでございます。いままでのところ全国的にこの種の運動に対しての事前運動的言動があったという報告には接してございません。 以上でございます。
○降矢政府委員 私、詳細は承知しておりませんけれども、要するに事前運動にわたるようなこと、それは当然禁止されておるわけでございまして、いまお話承りまして、ある政党の企画によって行なわれているようでございますが、政治活動である場合には、政党活動の一環としての政治活動である場合には、もとより何ら制限措置はございませんので、その点は、先ほど警察のほうから申されたように、事前運動であれば当然警告なり何なりしなければならぬ、こういうふうな見解を持っております。
○太田委員 いまのことはこういうことですね。事前運動でなければ、かつまたそういう行き過ぎたものでなければいいということだろうと思うのですが、また、たとえば地盤培養運動というものがあるわけですね。地盤の培養行為というのは、元来公職選挙法等で認められているわけでございますけれども、選挙の時期が切迫しておるときにはそういうことはやるべきじゃない、こういう取り締まりの方針が警察庁にはあるはずなんです。地盤培養行為であろうと、そういう範疇に属するものであろうと、後援会等であれ、著書の顔写真入りポスターであれ、あるいはトラック等の車の横にいろいろな大きな名前を書いて走るなどということは、ともに取り締まりの対象になることです。今度の場合、これが四月の下旬に大々的に新聞に取り上げられて、事前運動だ事前運動だと騒がれておるときに、警察庁のほうは、きびしく言っておるとか、また選挙局のほうでは、政党活動なら自由だとか、いささかどうも片棒をかついだような言い方ではいけないと思うのですが、その点いかがですか、警察庁のほうから……。
○林説明員 かわりまして御説明申し上げますが、現行法のもとで事前運動を禁止されております趣旨につきましては、私から御説明するまでもなく、この時期に及んでまぎらわしい行為が多いということは、啓蒙、指導あるいは取り締まりの立場から、どうも好ましいことではないと存じます。ただ、まあこれは御存じのように、政治活動あるいは文化活動、そういうものと選挙運動の区別はまことにデリケートな点がございますので、取り締まる側もまことに苦労しておるところで、選挙運動を担当なさる方もいろいろ苦労されておることと存じますが、ただいまのような行為自身が、一般的に申しまして——個々の問題につきましてはいろいろまた検討しなければならぬ点があると思いますけれども、一般的に社会活動なり政治活動なり文化活動それ自体を私どもは取り締まるという方針は立ててはございません。また、このいま問題になっております件につきまして、警察が特に協力しておるということを問題にされておるかと思いますけれども、そういういまおっしゃった地盤培養行為なんかに協力しておるのでは毛頭ございませんで、交通安全のために、その角度から持ち分に応じまして資料の提供なり便宜の供与をはかっておる、これは一鳥取県だけの問題ではございません。
○太田委員 通学路の安全確保に対する新しい法律ができて、そして数百億の予算がつけられて、昨年の秋までに各学校を中心とする学童の通学路の危険なところはどこだ、それをどうするかということは、全部今日総理府に集まって点検済みなんですね。一般のものも、それに伴いまして今後反則金が地方に支給されることに基づいて、どこがまずもって不安全であるのか、危険であるのか、危険なところはどこかということはほとんど調べられておるはずです。いまさらやり直すということは手おくれです。そんなことをいまさら急がなければならぬということはとんでもない怠慢だ。きょうの新聞に出ておりますけれども、東京都の選管というのは、これは降矢局長聞いておってください。あなたは知っているか知らないか私は知らぬが、あなたの関係する東京都の選管などまことに積極的にやっている。激しい事前運動というようなものに対して、各党に防止要請があって、警告は二百件をこしておるが、明るい選挙実現のためには、とにかくまぎらわしいことをするな、こういうやかましいことを、きつい警告を発し、協力を要請している。この態度は私は正しいと思う。事前運動とまぎらわしいが、大体事前運動というのは一切禁止でしょう。事前運動はあり得ない。事前運動というのは公職選挙法では一切禁止なんだ。鳥取県の何々党の何々さんという人が、わかり切っておるのだ、そのわかり切っておる人が、警察署長、交通係長なんかを従えて、地元住民の前で、こうしたらどうか、ああだこうだと顔を持っていって、背後に権力組織を並べて顔を持っていくということは、ポスターを張るより悪質ではありませんか。選挙局長、どうです。あなたでもいいし大臣でもいい。ポスターを張るより、顔を持っていって、権力者を連れていって、選挙民の前でああだこうだ言うことは、これはポスターを張るより悪質ではありませんか。ものを言うのですよ、これは。いかがです。これは治外法権だ。
○降矢政府委員 先ほど警察のほうから答弁がありましたとおり、事前運動と政治活動の区別というものは非常にデリケートでございまして、われわれとしては、政治活動に対しては全く自由でありまして、これに対してとやかく言うということは根拠がありませんし、また、そういう考えは持っておりません。したがいまして、個々具体の場合に、このようなものが事前運動になるかという判断が非常にむずかしいわけでございます。先般、従来から実例としてあるいは判例上事前運動として認められているものはこういうものであるというような実例を、ある程度都道府県に流しまして、そして事前運動にまぎらわしい行為がないようにということで通達を出したわけでございます。また、いま東京都のお話がございましたが、われわれとしても、すでにことしの初めに警察、法務省、その他関係方面と打ち合わせをしまして、そのような事前運動にまぎらわしいことの警告といいますか、内容ということで、一般的な通達は出しておるわけでございます。したがいまして、問題は、個々具体の問題として考えなければいけませんので、基本はやはり政治活動と事前運動の区別のデリケートさということが非常にむずかしい問題であります。したがって、個々の区別は、理論的にはある程度わかりますし、また、政治活動について全く自由だという立場で個々具体の問題は考えていく以外にないと考えておるところでございます。
○太田委員 警察庁の捜査二課長にお尋ねいたしますが、これはともかく、竹岡という、同県警察本部長のことばが新聞に載っておる。これはほんとうかうそかわかりませんけれども、総点検は急がなければならない。何々党の本部がそういうことを始めたので、交通事情に明るい地元の警察署が資料を提供、事情説明などで協力するのは当然のことだ、と言っておる。ここのところが行き過ぎであり、間違いであり、はなはだ一党一派の政治活動におもねったというような感じを与えて、現下の事情、条件下においては、はなはだ不適当だと思う。不適当でありませんか。
○林説明員 御説明いたします。 選挙違反取り締まり主務課長としては、説明の範囲をあるいは逸脱するかと思いますので御遠慮申し上げておりましたが、特に説明せよということでございましたので御説明申し上げますが、交通安全の立場からいろいろのことをやりますその時期の問題については、これはいろいろあるのだろうと私は思います。これは私のよく説明のできる範囲をこえておると思います。ただ選挙違反取り締まりの立場から申しますならば、この時期におきましては、私どもは各種の運動につきまして、どの党派でございましょうとも、どの地域でございましょうとも、その点については公正に平等に公平に視察をし、注意を申し上げておるわけでございます。したがいまして、先ほどお話のありましたポスターとか何かの問題につきましても、いま自治省選挙局長からお話がありましたように、いろいろその限界も考えて、単純にポスターだけということでなくて、それが事前運動と認められる場合においてやっておるわけでございますので、選挙違反取り締まりの立場から申すならば、どの党派あるいはどの地域、こういうことにかかわらず、私どもは、その限界線に苦労しながら、警告もし、必要な取り締まりもやっておる状況でございます。
○赤澤国務大臣 私の選挙区のことでもございますので、あえていろいろ申し上げることは差し控えておったわけでございますけれども、大体私が承知する範囲では、国民運動の一環として交通安全の総点検運動をやるという自由民主党のふれ込みであったわけでございまして、時期といたしましては、私は、いい時期と考えておりません。しかし、何せ年間六十万をこえるような死傷者が出て、しかも交通安全をどう確保していくかということは、国民全般にとって喫緊の大問題でございますので、こういう国民運動を展開するというのは、これは自民党であれ、その他の政党団体であれ、非常にけっこうなことでございますが、ただ、時期が時期ですから、選挙運動などの取り締まり当局、これは警察になるわけです。しかも一方、交通安全を中心になっていろいろ処理しておりますものも警察になるわけです。これについては、非常に限界がむずかしいものですから、われわれたいへん注意をいたしまして、いやしくも事前運動に協力したなどという立場になりますとたいへんですから、ずいぶん慎重に指示をいたしました。ただ、事故発生の個所を知らせとか、あるいはそういったところへ、何と申しますか、いろんな事故の整理ができておりますので、出せとおっしゃれば出すし、また、そういった現場あたりと連絡をいたしましたり、そういうことにとどめて、いやしくも自由民主党が行ないますそういう運動が、ちょうど選挙の時期とかち合っておりますので、誤解を受けないようにという注意は十分いたしておる。これは鳥取県だけではございませんで、全国的に展開をされておるのは事実でございます。しかし、私どもも、別の委員会で、公職選挙法その他いろいろ御審議願うわけでございますが、長い間、選挙制度審議会に出ておりましても、選挙運動についてどこまでが違反であって、どこまでが合法であるかということは非常にむずかしい、微妙なものになっておることは、選挙をなさる皆さま方よく御承知のとおりでありまして、俗に、とにかく違法すれすれのところまで戦わなければ当選しないなんというような、つまらないことを言っている者も間々あるわけでございますが、選挙事前であれ、選挙中であれ、それぞれ死力を尽くして、すれすれの線で運動をしておられることは、これはおおうべくもない事実でございます。ですから、少なくとも取り締まり当局にある警察が、多少でも国民の誤解を招くということであってはたいへんですから、十分戒心もいたしておりますし、また、これは自民党の専売特許でもありませんので、少なくとも交通安全ということについて、ぜひこういった運動を展開したいとおっしゃる団体なりあるいは政党なりがありますれば、警察当局といたしましては、今回自由民主党に提供いたしております便宜程度のことは、どの方面だっていたすつもりでございますので、決して自民党などのために警察が動いておるわけではないということは、ひとつ御理解をいただきたいと思います。
○太田委員 最後に一言。時間がありませんから、私、これでやめます。やめますけれども、ちょっと私にはその答弁、ともかく不満であります。したがって、政府、特に国家公安委員長としての、赤澤さんのもとにおいて、ひとつ統一的な見解を明らかにしてください。これは私は、事前運動とまぎらわしいことが多いために、東京都の選管は非常にきびしく、それをいろいろなことをやるなと言うた。ところが、ある県において、その候補者たらんとする者、世にうわさされている人が、強力な政治的なバックを持っておる、与党をバックにすれば何でもできるし、その人のごきげんを損じちゃあ都合が悪いだろうというので、警察署長が身の保全とばかりそこにのこのこ出かけていって、説明をしたり、大衆の前で片棒をかつぐようなゼスチュアを示しておると思うのです。ぼくは、その卑劣な行動というものは、いかに理屈をつけてもやるべきことじゃない。昔から李下に冠を正さず、それはお互いに、特に一国の最高の立法機関にある国会人としては考うべきことでありますし、各党とも考えるべき考え方、思想だと思うのですよね。それで、昔から、一利を興すは一害を除くにしかず、そういうことを格言として伝えられておる。公明選挙をやろう、やろうというよりは、まぎらわしいことをやめさせるほうがいいんだ、その辺のことを私ははっきりしてもらいたいと思う。一度これは国家公安委員長、そういうようなことに対してあなたは盛んに奨励せられるがごとき言辞をいまなさいましたけれども、私どもは納得できません。あらためてこの点についてもう少し警察庁と選挙局との両方の見解をお聞きしまして、あらためて議論をさせていただきたいと存じます。
○赤澤国務大臣 決して奨励しているわけではございません。と申しますのは、平時であれば、これは十分皆さんが関心を持っていることですから、やっていただくことはこっちとしてもお願いしたいぐらいですが、時期が時期だから、私どもとしては、たいへん戒心しなければならないということを申し上げたわけでございまして、少なくともそういう誤解を起こさないように十分の配慮をいたしたいと考えておりまするので、その点はひとつ御理解をいただきたいと思います。
○吉川委員長 午後一時三十分再開することとし、この際、暫時休憩いたします。 午後零時五十六分休憩 ————◇————— 午後一時三十八分開議
○大石(八)委員長代理 休憩前に引き続き会議を開きます。 委員長所用のため、委員会の出席がおくれますので、委員長の指名によりまして、理事の私が委員長の職務を行ないます。 都道府県合併特例法案を議題とし、参考人から意見を聴取することといたします。 参考人は、学習院大学法学部教授山内一夫君、中央大学法学部教授大原光憲君、自治労大阪府本部委員長西村清馬君、以上三名の方々であります。 この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。 参考人各位には、御多用中のところ当委員会に御出席をいただきましてまことにありがとうございました。本法律案につきましては、それぞれの立場から何とぞ忌憚のない御意見をお述べ願いたいと存じます。 なお、議事の順序でありますが、初めに御意見をそれぞれ約十五分程度に取りまとめてお述べをいただき、次に委員諸君からの質疑に対してお答えをお願いいたしたいと存じます。 それから御意見の開陳の順序は、山内参考人、大原参考人、西村参考人の順序でお願いをいたします。 それでは山内参考人にお願いをいたします。
○山内参考人 私の意見をこれから申し上げますが、もうよく御案内で、御審議もお進めのことと存じます。十五分の時間をいただいたわけでございますけれども、十五分足らずで私の意見というのはおそらくおしまいになるだろうと存じます。 私、この都道府県合併特例法案に対して結論として意見を申し上げれば賛成でございます。理由は二つあるわけでございまするが、現在の経済、社会の情勢からいきまして、都道府県の区域をもう少し大きくしなければいけないというのは、もう大体世論になっているのじゃないかと思うのでございます。提案理由を拝見いたしましたところが、こういうふうに書いてあるように承っております。「最近における社会、経済の発展に伴って、都道府県の区域を越える広域にわたる行政の合理的かつ効果的な処理と広域の地方公共団体としての都道府県の能力の充実強化の必要性は、ますます増大しつつあります。政府は、このような情勢に対処するため、さきに地方制度調査会に対し府県の合併に関し諮問し、その答申を得たのであります。この法案は、この答申の趣旨に従い、都道府県の自主的な合併が容易に行なわれ得るようにするため、所要の特例措置を定めようとするものであります。」とこういうふうに承っておりまするが、私もこのとおりじゃないかと思っておるのでございます。私は、まあどっちかといいますと法律のほうの専門家の部類に入りますので、この地方行政を実態的にどうするかということは、そう専門でもございませんし、私のそういった意味でのしろうとの意見としまして、このとおりだと思っておるわけでございます。 この特例法案は、関係都道府県の自主的な意思決定による合併ということを規定してあると思いますが、こういう自主的意思に基づく合併というのはどうしても必要なんだろうと思うわけでございます。いままでの地方自治法におきますると、合併は地方自治法の六条一項によりまして、法律で定めるということになっております。これは、法律は国会のほうで制定されるわけでございまして、いわば国家がイニシアチブをとって合併をしていくということになっておるわけでございます。この法律は憲法九十五条の特別法に該当するという意見と該当しないという意見とあるようでございます。どちらかというと、特別法に該当するのだ、したがいまして、住民の投票を必要とするのだという考え方のほうが多数説のように見受けておりますし、自治省当局もそういう考え方でいままでいられたのではないかと思うのでございます。憲法論といたしましては、私も特別法に該当するのだというふうに考えております。法律を国家がつくって——国家と申しますか、国会がつくるわけでございますけれども、特別法に該当します限りにおいては住民の投票を要するということになっておるわけでございます。しかし、住民の投票は要するにいたしましても、国家のほうからこの法律をつくっていくという制度になっている。それがいま唯一の制度でございます。ところが、九十二条の考え方から言えば、関係都道府県の自主的意思決定に基づいて合併をしていくというそういう制度は、いままでも当然あってしかるべき制度ではなかったかと思います。そういう道を開くこと自身が憲法九十二条の要請に適合するというふうに私考えまするから、むしろこの自主的意思に基づく合併という制度は、この法案でできましたことを喜ぶべきことでありまするとともに、むしろおそきに失したぐらいのものではないかと、かように考えておるわけでございます。 当委員会のいままでの御議論では、地方自治法六条一項による法律が特別法に該当するのだということで住民の投票を要する。そういう前提で考えてまいりますると、この法案では、関係都道府県の議会が三分の二をとったときには住民投票は要らない、それから、過半数はとったけれども三分の二に満たないときは住民投票が要るのだということになっておるわけでございます。そういたしますと、三分の二をとったときに住民投票が要らないということ、そういう制度をつくることが、いままでより非民主的になったのではないかという意見がおありのようでございまして、それについて討議があったように承っております。そこは憲法問題として一つ残るわけでございまするが、自主的意思決定に基づく合併というのは、それは結局憲法九十二条の地方自治の本旨という精神からきめればいいことでありまして、その点から言いますと、三分の二の特別多数が得られたときには住民投票は要らないのだというふうに考えて、憲法違反ではないだろうというふうに思うわけでございます。 地方自治法六条一項の法律でこれをきめまする場合には、何といっても国家のほうが一方的にきめまして、その合併の結果というのはその法律によってずっとその法律を廃止しない限りは拘束しますから、これは特別法になるという意味で住民投票は要ると思いますけれども、自主的合併のほうは関係都道府県のイニシアチブでいくわけでございますから、これは地方自治の本旨というそのワク内でものを考えればいいと思うのでございます。地方自治の本旨というワクでこの手続を考えます場合に、必ずしも単一の制度が頭に浮かぶわけじゃなくて、極端に言えば議会の過半数だけでもいいという考え方も私成り立つのじゃないかと思いますが、それでもあえて憲法違反と言わないでもいいのじゃないかと思いますが、この法案はもう一つ慎重に配慮してありまして、住民投票が要らないのは、単に過半数でなくて三分の二以上要るというふうに、三分の二の特別多数があるときにだけ住民投票は要らないのだ、こういう制度になって、そこを慎重に考えているし、三分の二とらなければ住民投票が要るのだ、こういう二段がまえで手段を考えておりまするから、その点からいって憲法九十二条の精神には毛頭違反するものではないだろうというふうに思っておるわけでございます。 自主的にこの法案が現在の社会、経済情勢に適合するものであるということと、それからいま申しました違憲の問題は起こらないというこの二点から、この法案に賛成であるわけでございます。 私の意見は以上であります。
○大石(八)委員長代理 次に、大原参考人にお願いをいたします。
○大原参考人 都道府県合併特例法に対しまして、私政治学を専門に専攻しております立場から意見を述べたいと思います。 まず最初に、結論としましては、今日の段階でこの法案はまだ時期尚早でもあり、反対である、こういう結論を持っております。しかも、この法案自体、先ほど山内先生もおっしゃいましたように、提出の理由としまして、「広域行政の合理的かつ効果的な処理及び都道府県の能力の充実強化に資する」ということがうたわれています。しかもこういう問題が今日都道府県の合併という形で提起されてきたこれまでの過程をひとつ考えてみたいと考えます。 こういった法案のアイデアがどこから生まれてきたのかという点をまず考えますと、これは広域行政自体がそうでございますように、所得倍増政策のもとでの地域開発の政策をより貫徹するという形で広域行政が問題になってきているというように考えていいのではないか。したがいまして、たとえば今日問題になっております東京五十キロ圏、名古屋五十キロ圏あるいは大阪五十キロ圏の開発計画といいますか、そういう中でこの地域開発を日本の首都圏、中部圏、近畿圏で最も強力に進めてこられた財界自体が強力にこの合併の問題を推進していらっしゃるという実態がある。しかも、そういう法律自体を最も要求される方々はまたそこに求めることができるのではないか、こう考えます。すでに昭和三十五年の所得倍増政策が出されます時期に、この地域開発を促進していく段階で最大の障害となるのはこの行政制度である。つまり政府支出を担当する行政機関が割拠している、しかも細分化された行政機関は地域開発を進める上で害になるのだという発言が経済同友会から出されております。同じような問題は関西経済同友会からも問題として、これは強力に首都圏以上に近畿圏あるいは中部圏の広域行政の問題、要求というものは強く出されているように考えます。 そこで、関西経済同友会が出されました「近畿圏整備開発への提言」の中でも、広域行政の方向としては現行府県制度を改めるべきだ。しかも近畿圏全域を一体とした行政単位が望ましい。近畿圏全体の整備、開発を総合的に行ない得る広域行政機構に改組することを目標とすべきだということが第一にうたわれています。しかも、この広域行政を改組するという実現への段階として、まず阪奈和の合併あるいは兵庫、京都、滋賀というようにこの合併を拡大していくべきだ。しかも最終的には近畿圏は一つであるという。これは近畿のいろいろな新聞を読みましても、特に昭和三十五年以降四十年前後になりますと、強力にそういう呼びかけがなされたことが明白になっております。しかも三十六年の段階で政府が全国総合開発計画の政府案をつくりました際に、この原案は内陸と臨海工業地帯とを二分して、ブロックは異なったブロックに入るような原案があったわけですが、こういう原案に対しまして関西経済の五つの財界の団体が意見書を出しております。そこではこの京阪神を中心として近畿は一つでなければならない。しかも琵琶湖の開発を除外しては現在造成中の臨海工業地帯に対する工業用水の供給ができなくなってしまう。そういう意味では内陸と臨海を分けて考えてはいけないのだという意見書が出ております。もちろん三十七年十月に閣議決定を見ました全国総合開発計画では、近畿は一つという結論が出ておるようでございます。 こういったいま述べてきたような動きが三十年以降非常に強力に出てまいりまして、そういう中で基本的に考えますと、地域開発を行なっていく際に、たとえば非常に問題になりますのは水の問題であり土地の問題である。しかもこの水の問題は、具体的事例をあげるまでもなしに、利根川の水をどうするかという場合には群馬県は反対である、あるいは淀川の水をどうするかという場合には滋賀県は反対であるというような結果がこれまでもずいぶん出ております。そういう事態の中で、府県の立場あるいは利害を離れた広域的の単一性が必要になってきている。しかも、現在の府県制割拠の体制と財源問題が広域開発に対する隘路になっているのだ、こういう考え方が開発行政を進めていく中に非常に大きな障害となって出てきているように見受けられます。 その際にまた問題になりますのは、現在の府県の財源をプールしていく、その財源をプールするためにはより広域、多くの自治体が一緒になったほうがいいわけですから、そういう財源をプールした上で思い切った重点投資が必要であるというようなことばも、これは随時聞かれるわけです。しかも、その思い切った重点投資ということは、実は慢性的に社会資本が不足している、そういう意味ではこの開発行政を進めていく中で社会資本をそこで重点的に投資できるような形態をつくるべきだという非常に強い要望があるわけです。 しかも東京湾を中心にした今日の開発の計画と、大阪湾あるいは伊勢湾を中心にした今日の開発の計画を見てまいりますと、ほとんど同じような形態をとっております。そういう中で、たとえば関西の一例をあげますと、財源の重点的な公共投資という問題の中で最近あがっていますのは、阪神のポートオーソリティー構想、国際空港、琵琶湖の総合開発の推進、情報産業の育成あるいは一大流通センターの建設というような重要項目があがっているわけです。しかもこういった要望が開発行政の政策といたしまして、特に昭和三十五年以降太平洋沿岸のベルト地帯においては、産業基盤の整備という形で急激に進行してきた。しかもなお、政府の、府県の財源をプールして、それを重点的に使っていきたいというこの問題を考えてまいりますと、またここで産業基盤傾斜という問題が出てくるであろう、こういうふうに一つ考えます。 いまこういった法案のアイデアがどこから出たかというような問題を一つ考えまして、そういう中で開発行政から広域行政、この広域行政から府県合併という形態をたどって今日のこの法案が一連の関連の中で出されてきているように考えます。その際に、地域開発の問題一つを考えてみましても、開発行政が進行していく過程で府県あるいは市町村の自治体行政がどのように変貌してきたかということをひとつ十分に検討する必要があるのじゃないか。たとえば県のいろいろな開発計画を見ますと、その際に、県段階が開発行政を進める段階でどれだけ主体的に自発性を持った政策を県民のために実現できたかということが一つございます。しかも開発に県行政が大きく傾斜していくというこの事態の中で、もちろん公団あるいはいろいろな公社というようなものがつくられてまいります。われわれ各県、地方を歩いておりまして議員さんにいろいろなことを聞いてみるわけですが、まさに議会はつんぼさじきに置かれてしまっているという印象を受けます。議会の権限のワク外にそういう問題がみんなはずれてしまって、そこで開発行政というものが強力に進行してきているということがこの開発行政の中では目立った現象として考えられるのではないか。そういう場合に、議会自体が十分コントロールできないような方向を非常に強い形態としてあらわしてきている。 広域行政の問題一つ考えてみましても、たとえば道路の問題で外郭環状線の問題、あるいは鉄道の問題で、東京外環状線の問題、こういう場合に、予算がないという形で、しかもその路線はどんどん進行していく。山手線外回り線の外環状線の場合でも、予算がないという説明の中で、自治体や該当する市民が非常に犠牲をこうむってしまっている。しかもそこで、いまつくられた場合には貨物が通る。人間がいわゆる通勤に使うのは五年後であるというような、こういうアンバランスが開発政策の中で事態が進行していくことを考えますと、予算がないというのではなしに、五年間この計画を延ばしても、住民の犠牲なしの開発を考えるべきではないのかという問題がこの広域行政の場合一例として考えられます。 いまそういう形で進んでまいりますと、ここで企業が要求する合理性といいますか、そういうものはこの府県合併を通じてまさに貫徹されるであろう。しかし、一体、県民あるいは市民というものが、自治体が広域化することによってほんとうに地方自治を確立し、そういった意味でのその地域のいわゆる民主的にそういう問題に参画していくという問題は保障されるのかどうかという関心を持つわけであります。しかも、いま申し述べましたように、住民が十分にそういう問題について参加でき得ないという危険性が今日非常に拡大してきている。そういう中で、いまこの法案が通りますと、府県の規模をどうするかという問題、あるいは府県の能力という問題をもっともっとわれわれは検討してみる必要があるのではないのか。あるいは県内のこまかい行政を一体どうやってこの広域化した場合に解決するか。あるいは開発行政の中でもうたわれた格差是正の問題は、一体この法案で解決できるのかどうか。あるいはこの大都市問題というような問題について、単なる広がり、広域だけでこの大都市の問題、過密化の問題が解決できるかどうかというような点を心配いたしますと、この法案をいまここで取り上げるということは、時期尚早でもありますし、もっともっと検討する必要があるのではないのか、そう考えまして反対をする次第であります。
○大石(八)委員長代理 次に、西村参考人にお願いいたします。
○西村参考人 私は自治労大阪府本部の執行委員長であり、かつ大阪総評の常任幹事であります。したがって、私は大阪府下の自治体労働者六万人の意思を代表し、さらには大阪総評に結集する四十万労働者の意向を代表して、反対の立場から意見を申し上げます。 四十一年の通常国会で都道府県合併特例法が提案されて以来、近畿でこの法案を推進しているのは関経連と同友会くらいしか見当たりません。それに反しまして、大阪府会が四十一年の五月府会で反対の決議をしましたが、今日では一そうその反対の勢力が強まっております。奈良の奥田知事が一貫して合併に反対していることはこれは世間周知の事実であります。和歌山県においては、唯一の賛成者であった前小野知事が退陣して、これまた推進陣営から落後しております。いまやこの特例法に賛成しているのは、財界の要求にこたえる政府と、これに奉仕する自治省の一部官僚だけであります。住民の利害に最も関係の深い合併特例法がまさに住民不在の法律になろうとしております。 自治省は、府県の統合によって行政の効率的な運用と自治能力の向上を期待しているようでありますが、自治体の地域が広くなればなるほど、自治意識が薄れ、行政の効率的運用を期しがたいことは明らかであります。明らかなことは、戦前の府県のように官僚支配が強まり、官治的な傾向が強まることだけであります。 地方制度や府県連合案がつぶれた自治省は、いまや本案を固守しているようでありまするが、財界の要求と行きがかり上やっているのではないかと思われます。いま自治省は地方制度について抜本的な改革を企図していると聞いておりまするが、それが本法案とどう関連があるのかないのか、それらの点も明らかにされておりません。地方制度をそうたびたび変えられては、住民もわれわれ自治体労働者もたまったものではありません。 明治以来六十年間、府県の境界は変わっていませんが、内容的に見れば、あるいは制度上に見れば大きな変化がありました。大正年間の郡制度の廃止、あるいは戦後府県が自治体になったことであります。 自治省の官僚は、自治法をつくりながら、一方では失地回復をその時点からすでにはかっていると思われます。地方制度調査会の第一回の答申がすでに二十八年に出されたことでも明らかであります。これは自治法が二十四年に出されて、そうして二十八年にこういう結論をすでに着手しておるわけです。 府県の不均等発展を是正するために広域行政が必要だと理由の一つにあげておりまするが、不均等発展を促進しているのは、政府の高度成長政策であり農業政策ではありませんか。もし府県が自治体でなければ、地域の広狭はあまり問題にならなかったのではないかというふうに私には思われるのです。その一例として、北海道は広域行政の標本でありまするが、道庁の権限を縮小し、さきにわざわざ国の出先機関であるところの北海道開発庁を設置しております。この例から考えてみても、地方に自治省の出先機関をつくりたいというのが自治省のほんとうの腹ではないかと思われるのです。 答申案に対して具体的に意見を申し上げまするが、第一に、府県合併に関する答申は、地方制度調査会において慎重審議もされずに、また、少数意見も全く無視するという行き過ぎた運営によって出されたことはきわめて問題があると考えます。その理由は、通常、他の調査会でも、従来の地方制度調査会でも、少数意見を答申に付記するのが慣例となっていたにもかかわらず、二〇%の委員の要望があったにもかかわらず、無視し強行したことは、運営の行き過ぎと非難されてもしかたがないからであります。 次に、この答申の中で、合併の効果について、一つ、府県区域をこえる広域行政のより合理的な処理を可能ならしめる。二つ、府県の自治能力を充実するために効果があると述べられておりますが、具体的にどの行政がどのように行き詰まっているのか全く不明であり、共同処理方式、協議会方式をどうするのかの点も明らかにされていないのです。また、自治体としての府県が強化されるのは、府県民の自治意識と政治的統合の運動でありまして、人口や面積が拡大されることによって逆に弱体化することもあります。私があえて強調するとすれば、府県の強化は、何をおいても自治体の財源を強化することが先決であり、三分の二の自主財源を持つことが最も必要なことではないかというふうに考えます。 第二に、自治体の政治能力が合併によって後退すると思われる点であります。諸外国の例を見ても、先進国欧米における自治体について言えば、アメリカは人口において日本の二倍でありまするが、自治体数では三十倍にものぼっております。州によって県、市町村のつくり方には違いがありまするが、九万余りもあります。イギリスでは、人口は日本の二分の一でありまするが、市町村は千五百余あります。農村部には一万一千余の教区という自治体があり、自治体の規模を拡大しないほうが地方自治の確立がなされることを事実をもって証明してくれております。東ドイツでは州制度を廃止し、パリ県では分割さえ行なわれております。現在審議されておるところの都道府県合併特例法は、先進諸国の教訓とは全く逆に、住民自治が一そう脅かされようとする危険があると言わざるを得ません。府県民のあらゆる生活問題が府県の政治に反映、吸収するためには、府県民が府県民意識を持つことが必要であります。府県民の意思を全く無視して合併を強行することは不見識きわまりないことであります。このことは憲法第九十二条、第九十五条でも明らかなように、十二分に民意を尊重する立場から一つの地方公共団体のみに適用される特別法制定のときは、住民投票によることが規定されております。そしてこれがむしろ先行しておるのであります。住民投票なしで合併ができると判断を下したり、合併を強行することは、憲法違反であるというふうに私は考えます。 第三に、現行の府県の行政機能と政府の人口配置政策の点から言えば、府県の行政機能の中心は、地方自治法第二条三項及び五項で明らかにされているように、公共事業、教育、警察など社会秩序維持、市町村指導、補完行政となっておりますが、合併によってこれらがどう実質的に変化するかが明らかになっておりません。また、府県の人口配置が鳥取県の五十八万人から大阪府の七百万人まであり、府県の行政格差を解消しなければならない時期に、またもや阪奈和合併を行なえば八百五十万人をこえる人口配置となり、より行政格差を生じる結果となり、府県制にまたまた矛盾を生じさせることになると考えます。私は、今日の段階では、合併とは逆に府県を分割して是正することこそ検討されるべきではないかと考えております。 政府は、行政の地域的総合性を確保し、地域開発が各県ばらばらに行なわれることを防ぐため合併による広域化が必要だと力説されておりますが、これが地域総合開発は、府県の区域と直接関係なく、むしろ国の姿勢、行政の内容に問題があります。現行制度でもきちんと確保し得ることをここで指摘しておきたいと思います。 その理由は、国土総合開発法によって二県以上にまたがる総合開発は、協議で地方総合開発計画を作成することになっておりますし、内閣総理大臣は、開発区域等について助言も勧告もできますし、さらに経済企画庁長官が調整する権限も持っているからであります。 次に、教育行政について言えば、現行教育制度は、府県と市町村がそれぞれ教育委員会を設置し、行政事務の分担を行なっておりますが、府県が教員の任命、市町村が教育条件整備を行なっています。広域化することにより府県の教育委員会が扱う学校数は膨大なものになり、たとえば東海三県のように、小中高校で二千八百九十八校、阪奈和の二千二百六十八校と、東京都よりはるかに膨大なものになります。教育の地方分権及び地域社会の条件に合致した遂行がより困難化し、画一的な教育行政におちいることは明らかであります。また、現行府県を支庁として、支庁ごとに教育委員会を置くのかどうかも不明であり、教育の中央集権化が一そう進み、地域住民の教育要求に応じた教育行政の確立がますます危ぶまれることを指摘せざるを得ません。 次に、府県は農村部に対して特に補完行政があります。いわゆるきめのこまかな行政が要求されております。その多くは、市町村に移譲することが困難なものが多いとすれば、区域の拡大は、これら行政の後退は必至であると考えます。たとえば和歌山県熊野川町は、県庁所在地より片道六時間、三重県紀和町は、県庁より片道六時間、岐阜県白川村に至っては、県庁より片道十時間かかるという地域もあり、各県とも、県区域が広域であるためにブロックをつくり、それに地方事務所ないし出先機関を設けているが、ブロックごとの総合的行政が事実上困難になっております。ましてや合併後に旧府県がブロックにでもなったならば、一そう総合行政は後退することは明白であります。 そしてまた、国と市町村との連絡調整及び市町村指導は府県の重要な仕事でありますが、ところが、阪奈和三府県は百四十二の市町村、東海三県は二百六十の市町村を県の地方課がかかえ込むことになります。北海道でさえ二百十七市町村をかかえて今日非常に苦しんでいる実情であります。これではコントロールができないために、あらためて市町村合併が強要される可能性が生まれ、その結果、私ども公務員労働者の人員削減、あるいは首切りだとか、機構の改革、縮小、そういうようなことがあらわれてくることにも心配があります。これを保障してくれる何ものも示されていないことも指摘しておきたいと思います。 最後に、私たち労働組合として職員の最も心配している点について述べておきたいと思います。 一つは、賃金労働条件の問題でありまするが、給与水準あるいは初任給などの現行の格差をどう処理するのかが不明であり、従来の市町村合併時における処置状況から見ますと、低いところにそろえることがたびたびであったことからも適切な措置が講じられる見通しが不可能であります。転勤の問題にいたしましても転勤範囲が拡大され、それに伴うところの住宅問題、通勤問題がどう処理されるのか不明であります。ポストが大幅に減少し、降格が必至であり、職員の配置にしても、本庁に帰属する職員と支庁に残る者、出先に残る者と三段階になり、この配置を通じて職員間の対立が予想され、このように職員の労働条件全般にわたって低下することが明らかでもありますし、行政の能率向上など決して期待できないと考えます。 以上の諸点からして、国として府県合併を促進する政策を立てられることは、現行憲法に違反し、住民自治を後退させるものであることを主張して、反対意見にかえたいと思います。
○大石(八)委員長代理 以上で参考人の方々からの御意見の開陳は終わりました。 —————————————
○大石(八)委員長代理 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。 なお、質疑の際は参考人の御氏名をまずお示し願います。奥野誠亮君。
○奥野委員 時間を節約するために、私のお尋ねしてみたいことを全部申し上げてまいりたいと思います。 最初に、山内さんから伺いたいのですが、いまお話を伺っていますと、このような合併の道を開くことがむしろおそきに失するとも言えるのじゃないかというお話を伺いましたので、私の考え方と変わりはないと思うのであります。ただ、当委員会におきまして、この制度を設けることが憲法違反ではないかとかなり強くおっしゃる方がおるものですから、あえて重ねてお尋ねしておきたいのであります。 憲法には「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。」と書いてあるのであります。地方自治の本旨に基づいてきめるのであれば、やはり府県合併という問題も府県住民の希望によって進め得る道を開いておくべきじゃないか、開いていないことはむしろ憲法違反だ、こう言えるじゃないか。府県という自治団体を設けておきながら、府県というものを戦前の国の出先機関と同じように扱っておるじゃないか、ほっておくことが私は憲法違反じゃないか、こう考えておるわけでございます。そのことがまた山内さんがおそきに失するじゃないかと、こうおっしゃったことと相通じているのじゃないかと思うのです。私のそういうような疑問につきましてお答えをいただければしあわせだと思います。 大原さんにお伺いしたいのでありますが、いろいろ伺っておりますと、率直に申し上げて所得倍増政策、財界の要請からこういう問題が起こっているのじゃないかというふうにきめつけていらっしゃるところが、私はちょっと学者の意見としては受け取りにくいのであります。その点もうちょっと幅広くお考えいただけぬものだろうか。もし財界と一部官僚だけの議論でありますならば、各新聞が論説であの法案を成立させるべきだと書いていることが、あるいはまた、財界から金でももらって書いているのじゃないかということになるわけでして、ちょっと学者の意見としては受け取りにくいものですからお教えをいただいておきたいと思うのでございます。そういう疑問もございますので伺っておきたいのですが、昭和二十八年に御承知のように町村合併促進法が制定されて町村合併が強力に進められました。このことは私成功だと思っているのですけれども、これをどう評価しておられるか。私たちは、いまの市町村の規模でもなおさらにこれを拡大する方向に持っていったほうがよい町村が相当ある、こう思っておるのであります。この点についてのお考えをただしておきたいと思います。 第二に、お話の中にもございましたが、三十二年に地方制度調査会の答申が出ておるわけでございまして、答申は、府県を廃止してブロック単位に「地方」という地方団体を設けろ、こうなっておるのであります。少数意見として三、四府県の統合論が出ておるわけであります。御承知だと思うのですけれども、全国市長会も全国町村会も府県を廃止して広域的な地方団体をつくれという意見に賛成したわけであります。同時にまた、全国知事会も、三、四府県統合論に賛成したわけであります。当時は、地方団体こぞって府県の区域を広げるという点においては完全に一致しておったわけでございまして、この点においても財界の意見だけではないことをもう一ぺん御記憶を思い起こしていただきたいとお願いを申し上げたいのであります。 そこで、いま申し上げました考え方について御意見がございましたならば、簡単でけっこうですから——やはり府県の区域を広げるという点においては一致しているわけであります。十一年前でございます。触れていただければしあわせだ、かように考えるわけでございます。 第三にお尋ねしたい問題は、現状のままで府県の区域を置いておきますと、やはり社会、文化、経済がどんどん発展していくものですから、一府県の立場じゃなしに、数府県の立場で考えて計画を立て、推進していかなければならない問題がだんだん多くなると私は思うのであります。そのことが、これも御承知だと思うのでありますが、道路法が改正されたり、河川法が改正されたりしまして、府県の仕事がより広域的な団体である国に移されたわけであります。府県は改革をしない、そのかわり、より広域的な団体ということになりますと国しかないわけでありますから、国に移されまして、同時に、国の出先機関がどんどんつくられ、その権限が充実されてまいったわけでございます。私たちはこの行き方に疑問を感じているわけであります。疑問を感じているのですけれども、府県の区域が小さい。住民あるいは国民と呼んだほうがいいかもしれませんが、その立場に即した運営が行なわれがたいから、やむを得ずこうなってきているのだ、どこかで早く調整をしなければならないという気持ちを持っているわけであります。私は、基本的に総合行政というものを重視している人間でございまして、国の立場に移してしまいますとそのことが困難になってしまいまして、どうしても縦割り行政になってくるわけであります。そういう点について疑問を持っているのですが、それでよいと考えておられるのか、あるいはいまのままでもそんな必要はないのだ、こうおっしゃっているのか、その辺がちょっとわかりにくいものですからお尋ねを申し上げておきたいと考えるわけでございます。 それから第四に、府県にはこまかいいろいろな行政があって、合併したところで格差是正とか財政費問題が片づかないのだから時期尚早だ、こうおっしゃったわけでございます。私たちから言いますと、市町村がどんどん大きくなってきましたし、さらにまた、これの規模を拡大すべきだ、それによって府県の仕事をもっと下へおろすべきだ、たとえば保健所一つにしましても、もっと市町村におろすべきだ、そうして民主的な処理、住民の身辺において、住民の意向がもっと強く反映するような仕組みに運営を切りかえていくべきだ、こう熱願し努力をしているわけであります。こまかい行政にいつまでも府県がとらわれておる。そのことが府県の本来の役割りを果たし得なくなっておって、果たすべき仕事が国へ持っていかれる結果になっておるのじゃないか、こう考えているわけでありますが、この点ちょっと認識に相違があるように思われるわけでございます。 同時にまた、いまの府県ができましてから社会経済圏というものが非常に拡大しているわけであります。東京周辺をとりましても、大阪周辺をとりましても、東京都の区域からはみ出る、大阪の区域からはみ出る、同時に、そのことが、住んでいるところと働いているところとが地方公共団体を異にしている。その結果いろいろ不都合があるということがいわれているわけでございますけれども、府県の区域が広くなることによって格差が縮まるということは、東京と東北地方、あるいは関西と九州と格差が縮まるということではなくて、大都市、その周辺が団体を異にしているために相当な格差がある。これが一つになった場合には、土地の利用計画も全体をにらんで行なうことができるわけでありますから、格差が縮まるんじゃないか、大都市問題につきましても、解決がしやすくなるのじゃないか、こう考えているわけでございまして、時期尚早というのは、私たちから見ますと全く逆じゃなかろうか、こう思うわけでございます。 九十年という年月は無意味に流れたのじゃないのだ、こう私たちは考えているわけでございまして、日本にはやはり九十年の間に相当の大きな変化があった、また大きな発展を遂げつつある。それに即応し得るように行政処理体制というものも変えていかなければならない、こう考えているわけですけれども、時期尚早論がちょっと私にはわかりにくく思いますので、お尋ねを申し上げておきたい、かように考えるわけでございます。 西村さんに伺いたいのですが、ちょっと私、お話を伺っておりまして、反対を強調するために特にそうおっしゃったのじゃなかろうか、こう疑問に思うのですけれども、一、二だけお尋ねを申し上げておきたいと思います。 西村さんも、合併論というものは財界と一部官僚が言っておって、行きがかりにとらわれているのだ、こうおっしゃったわけですけれども、これはちょっと国民を侮辱し過ぎているんじゃないかなという感じがするのであります。私の知っている住民の中にも、合併を希望している人たちがおるのでございます。たくさんおるのでございます。もちろん合併に反対している人たちも相当数おられるでしょう。ただ、合併論というのは財界と一部官僚だけが言っているんじゃないかという言い方はちょっと過ぎているんじゃないか。府県の区域を広げろというのは、山内さんのおっしゃったように、多くの人たちがそれを主張している。その点に関する限りは、やはり相当世論がある、こう判断していいと私は思うのであります。地方団体につきましては、先ほど申し上げましたように、全国市長会、全国町村会がそれを強く言っておることでもございますので、この点は御理解いただきたいと思うのであります。 同時にまた、合併を言っている県は一つもないじゃないか、反対ばかり言っているじゃないか、こうおっしゃったのですけれども、いまは府県に権限を与えられていないから、言うたところで府県のほうで進められないのですよ。与えてもらわなければならない。やはり自分で考え得るような体制に持っていかなければならないというのが今度の法律改正案のねらいだと思うので、そこらも御理解いただきたいと思うのです。 それにしても、先年滋賀県の知事が京都と一体になるべきだということを公に言うたこともございました。いまはまた、いろいろ考え方は違うかもしれませんけれども、何も私たちは阪奈和をとったり、あるいは愛知、岐阜、三重、いわゆる中京圏をとったりしてものを考えているわけではございませんで、府県に合併を推進していく権限を与えないことがむしろ地方自治の本旨にはずれている、民主的な運営にはずれているというふうな考え方を持っているわけでございますので、その点について、ちょっとしつこくお尋ねし過ぎたかもしれませんが、お話が反対を強調するためにおっしゃったんじゃないかと思うのですけれども、ちょっと申し添えさせていただいたようなわけでございます。 さらに、地方制度がたびたび変えられては困るとおっしゃったのですけれども、今度の法律案は、制度を変えようということではなくて、区域拡大、そのことがその地域の発展につながると住民が考えるならば、それを推進し得る道を開いてあげようということでございますので、これも誤解のないようにしていただきたいと思うのでございます。 世の中には府県廃止論とか、あるいは地方制に切りかえろとか、いろいろな意見があるわけでございますけれども、今回の法案はそういうことではございません。区域の問題でございます。府県の区域はいじってはいけない、市町村の区域はいじってもいいんだというようなお考えでもないように思うのですが、ちょっとその点疑問がございますのでただしておきたい、かように思うわけでございます。 それからもう一つ、こんなことをせぬでも財源を強化すればよろしいのじゃないか、こういう意味のお話もございました。自主財源を三分の二にすれば片づくようにもお話がございました。たしか国民の出しました税金のうちで六四%くらいは市町村、府県で使っているように思うのです。残りを国が使っていると思うのです。ですから税金の形を、どう使うような方向に変えるか。考え方はいろいろあろうかと思うのですけれども、さらに財源をふやすということは国民の税金をふやせということなのか、市町村とか国とかいうところに余っているというお考えでおっしゃっているのか、これはいろいろお考え方もあろうかと思うのですけれども、それよりも、やはり府県自身がお金を有効に使う道をくふうすることが私は先決だと思うのですよ。税金を出してもらう国民にこたえる道は、出してもらった金を有効に使う。電話ができる、自動車が発達する、そうなるんなら、二カ所に事務所を置かぬでも一カ所でいいじゃないか。まあ試験所とか指導所とかいろいろあると思うのですよ。また、それによって内容も整えられると思うのです。そういうことも頭に置いていることについての御理解を得ておきたい。これはお願いでございます。税金をふやすだけがわれわれのとるべき道でもない、こう思っているものですから、また、お気持ちもそういうことではないと思うのですが、まあ私どものお願いをそういう形において表明させていただきたいのでございます。 なお、職員の立場から考えていろいろな不安があるのだというお話がございました。これはいろいろ御心配があろうと思うのです。また、御心配の点は、いまも若干御指摘いただきましたが、なお教えていただけたら、できる限り御心配のないように、また公務員が、いかように制度が変わろうと、最大限に能率を発揮して、住民全体に対する奉仕を安心して貫いていただけるような仕組みを考えていかなければならぬと思うのです。こういう点につきましては、いまもお教えいただきましたが、今後とも積極的にいろいろお教えをいただいて、そういうおそれを少しでも少なくするような努力をしていきたいと思います。 ただ、ちょっと気にかかるのは、自分たちは合併よりもむしろ府県の分割のほうがいいと思っているのだ、こういうお話があったので驚いたのですけれども、これはどういうことなんだろうか。私たちはやはりできる限り機構を統合して、そしてお金の使い方を充実したものにしていかなければならないし、同時にまた、土地の利用計画も広くにらんで、住民の快適な環境というものを後世に恥じない姿において残していかなければならない、こういう心配をしているので、分割をしたのじゃとてもそれができなくなるわけですが、その意味がちょっとわかりにくかったのです。分割したほうがいいじゃないかというお話、ちょっとわかりにくかったので、ちょっと私たちの考えていることと正反対なものだから一そう理解しにくかったのですけれども、ちょっと触れていただければしあわせだと思います。
○山内参考人 自主的意思に基づく合併の道を開くのはおそきに失するように私は思うと申し上げましたその点でございまするが、地方自治法六条一項の規定は、前の府県制に、「府県ノ廃置分合又ハ境界変更ヲ要スルトキハ法律ヲ以テ之ヲ定ム」これを受けたのだと私は思っておるのでございますが、旧憲法下、明治憲法下の府県というのは本来的な地方公共団体ではないのじゃないかという有力な学説もございますし、地方自治法が制定された当時、その点の考え方が微妙だった点もありまして、おそらくこの「府県ノ廃置分合又ハ境界変更ヲ要スルトキハ法律ヲ以テ之ヲ定ム」という旧府県制の規定をそのまま地方自治法に承継して、自主的合併の道を開かなかったのだろうというふうに私立法の経過としては考えておるわけでございます。ところが、府県といいますか、当時の府県、現在の都道府県というものも、やはり私は憲法にいう地方公共団体、いわゆる本源的な地方公共団体だと思います。ですから、それをどういう規模で広域の自治行政をやるかというのも、やはり地方公共団体の住民の意思でやる道を開くという制度が本来なければならないのだという気持ちでございます。ですから、いまから考えれば、確かに地方自治法制定当時からそういう規定があったほうがよかったんじゃないかと思うのですが、いままでなかったというのは、なかなかそういう府県制の性格論もありましたし、いままで自主的合併という道がなかったこともある程度うなずけないわけではないのですけれども、理屈から言うとやはりそういうふうにしたほうが憲法の趣旨に適合するのだ、それだから初めからあったほうがよかったのだという意味で、おそきに失するというのは少し言い方はきついかもしれませんけれども、そういうふうに考えておるわけであります。
○大原参考人 いま四点ほどお話がございましたので、順を追ってお答えしたいと思います。 最初、第一にあげられました、あえて財界だけではなしに、新聞論調でもそういう府県合併の問題について望ましいのではないかという意見があるというお話ですが、私、専門といたしまして、たとえば地域開発の段階でもこれは日本の政治学会で実は三、四人で究明しました際に、学会報告の中でも、地域格差は是正されないで拡大しているのだというような答えが出ております。しかも民主主義という問題を基底に踏んまえまして、住民自治という観点を考えた場合に、あまりにも企業の合理性が前面に出過ぎてしまっているのではないか、この対応関係を考える必要があるのじゃないかというような回答も当時出ております。そういう観点から言いまして、新聞で書かれているとおっしゃるわけですが、それはまたそういう意見があってもやむを得ないだろう、このように第一の問題としては考えます。 それから、第二におっしゃいました、すでに十年前からこういう合併あるいは広域化の意見があったのだ、あるいは府県廃止の意見も出ているというようなお話が第二にありますが、これはその当時と時代が変わってきているのじゃないか。ということは、特に昭和三十四、五年以降急激にこういう問題をだれが一体展開されたかという事態を考えますと、その以前に問題になった時期では、府県、市町村の事務配分の問題などが議論になったと考えますが、三十四、五年以降になりますと時代が変わりまして、そういう意味での開発行政というものが一本きちっと中に入って広域行政の要望が出てまいりました。その上で府県合併という関連が脈絡を持ってつながってきておるのじゃないのか、こういうふうに第二の問題については考えます。 それから、第三でございますが、まさに数府県で、東京にいたしましても、大阪にいたしましても、いろいろな意味での広がりが現象的に起こってきております。しかも、そういう問題にあたりましていろいろな総合調整の法案もこれまで幾らかつくられておりますし、たとえば地方協議会方式やあるいは首都圏整備法、近畿圏あるいは中部圏整備法というような法案も実はつくられているわけです。広域行政という点ではそういった法案がすでに存在しますので、それはそのままにしておきまして、しかも大事なことは、住民自治あるいは民主化をどういう形で住民がほんとうに自治体に信頼感を寄せ、しかも自治体が、そういう住民に対してかゆいところに手が届くまでの政策を行ない得るかということと、広域行政として基盤整備を考える問題とはやはり分けて考えるべきではないのかというように考えております。 それから、最後に、府県の仕事を下におろすのだという中で、そういう市町村に下げてやることによってより住民のことを考えるのだ、こういったお考えはこれは非常にいいことだと考えますが、実はいま、たとえば地域開発の関係法案もいろいろつくられましたが、あるいは都市問題につきましても、地域格差は前面にうたわれているようでございます。しかし、実際具体的に何が重点的に行なわれてきたかという実態を見てまいりますと、やはりたとえば千葉県のあれだけの大きな工業地帯をとりましても、この格差はますます開いてきておる、いわゆる臨海工業地域と農村部との所得格差もどんどん開いておる、こういう問題が事実上解決されないでうたい文句に終わってしまっているという点を考えますと、やはり法案が通りまして、しかもそれを最も強力に推進される核があるわけでございますから、そういう意味では、そう簡単に願望とおっしゃられるものが実現されるかどうかという、これまでの経過から一つの疑問を持っております。 以上、四点についてお答えいたします。
○西村参考人 それでは、四点にわたって御質問がございましたので、お答えいたします。 財界と官僚だけが推進しているのではないかということですが、その他にも市長会や町村会等もこれに賛成しておると言っておりますが、市長会や町村会が府県の廃止というような問題を確かに主張したこともありますが、それは府県のみで、現在の地方行政が府県に陳情しただけではなかなかできない。やはり中央まで行って陳情しなければいかぬ、こういうふうなことになって、単に中間機関として、十分市町村のめんどうを府県が見切れないというような、そういう一面から私は出ているのではないかというふうに思います。したがって、府県の権限というものが相当に強化されるならば、そういうような問題もおそらく解消するんではないかというふうに思います。事実北海道なんかは、どの地方制度や道州制度の案を見ても、一つのブロックとして北海道をとらえているわけです。だから、自治省のいうところの理想的な広域行政を北海道はやっていたわけなんです。それにもかかわらず、何らそれに対する具体的な権限の強化というものもなくて、むしろ権限を縮小して、北海道開発庁というものをつくったということは、奥野さんは前の財政局長であられた、そういうような点から、どうもわれわれの納得のいかないところです。 それから、今度の場合は地方制度の改革ではなくて、区域の問題にすぎないということを申しておりますけれども、これが単に区域の問題のみに限定されるものであるかどうかということは、いま自治省の、巷間伝えられておるところの地方制度の改革案とあわせて考えてみると、私どもはなかなか納得のしにくいところです。つまり、一つのステップ、段階として、いわゆる二府県なり三府県を統合して近畿圏というものをつくり上げよう、こういう一つの道州制なり地方制度、そういうものが根底にあるということを私どもは見のがすわけにはまいりません。 それから、私は別に現在の税金を上げろというようなことを言っているわけではありませんので、税金はできるだけ効率的に使用するということが国民の立場から考えてみても望ましいわけです。ただ、現在のように、国がすべての財源を吸い上げて、そうして交付税で渡す、何だか恩恵的に地方に財源を与えてやる、そうすると地方は、少しでも財源をもらおうと思って中央へ陳情をやる、こういうような状況があったのでは、いわゆる自主的な地方自治というものは確立できないのじゃないか。だから、少なくとも自主財源として地方が三分の二程度は持つべきである。これはイギリスのロブソン教授がこの間来てそういうことを言っている。国から二分の一以上の補助をもらうというような自治体であってはいかぬというようなことも言っておりますが、私らも全くその意見に賛成するものです。 それから、私は一つのことばのあやとして、むしろ府県を分割したほうがいいんではないかということは、いわゆるきめのこまかい行政を行なおうとすれば、住民の立場からすれば、むしろ行政区域というものはこまかいほうがほんとうにかゆいところに手の届くような行政ができるという、一つの比喩としてあげたわけです。ただ、パリあたりでも、日本の東京都や大阪のように膨大になっておるわけですね。かえってそれでは非常に不十分だというので、三県ですかに分割していっておりますね。そういうふうに考えてみますと、必ずしも拡大をするからこれによって地方自治が強化されるのだ、こういうような考え方には私どもは無条件で賛成できない、こういう立場でございます。
○奥野委員 論戦にわたるようなことは避けたいと思うのですが、大原さんにもう一回だけお尋ねしてみたいと思います。 お話を伺ってみますと、市町村合併がなお進められていることについてはさほど反対でないようにお聞きしたわけであります。私たちも、府県と市町村という二重構造、これはそのまま持続していきたい、こう考えているわけであります。市町村が大きくなっていきますと、市町村を包括する、より広域の地方自治団体としての府県の機能、これがやっぱり営みがたくなるのではないかと思うのですよ。その機能を発揮しがたくなると思うのですよ。自然、二重構造を是認していく場合においても、その場合には、府県の規模について考え直していかなければならぬという姿になるんじゃないかと思うのです。町村合併は二十八年から始まっていますから、もうずいぶん昔です。そうなってきますと、時期尚早というような考え方をとるにはあまりにも大きな変化が、すでに府県の内部においても起こってきているのではないか、これをどうお考えになるか、ちょっと伺いたいのであります。 もう一つ、千葉の例をおあげになって、格差が開いているというお話がございました。私は、非常に急激な発展が起こっていきますときに、発展している地域とそうでない地域との間の格差、これは当然開いていくと思うのですよ。そういつまでも急激な発展を遂げていけるものではありませんから、やがてある程度ダウンしてくるでしょう。その機会に、おくれているところがだんだんまた発展していって、今度はまた逆に格差が縮まっていくという傾向になると思うのです。おっしゃっている格差が開いているということは、合併した場合に、悪いところがさらに悪くなるから格差が開くという趣旨じゃないだろうと思うのですよ。悪いところのよくなり方が少ない。反面、非常によくなるところがあるものだから格差が開く、こういう趣旨じゃなかろうかと思うのですよ。もしそうであるならけしからぬという意味の格差拡大じゃないんじゃないか、やがて是正されるのではないか、また、発展のテンポがそれほど大きくないところもよくなっていくには違いないんだから、好ましいとも言えるんじゃないだろうか、こういうような感じもするものですから、その点もただしたいと思います。 なお、私は重ねて大原さんや西村さんに特に断わっておきたいのは、私たちは、府県がその地方の発展をはかっていくために規模の拡大がいいんだ、こう考えても、何らこれを推進する権限がいまの地方自治法では与えられていないのですよ。やっぱり与えるべきじゃないか、そう考えているのであって、その道を開きたい、これが、府県というものを完全な地方自治体とした以上は当然の道じゃなかろうか、こう思っているわけであります。人それぞれには、合併をもっと急速度に進めたいという考え方もあるだろうし、あんまり無理をしないで、できるところがあるかないかわからぬ、それでもいいじゃないかという考え方の方もいるだろうと思うのですよ。府県廃止論とか、府県の一つの地図をつくって、大規模に強圧的に変えていこうというようなことは、法案の中にも一切ないものですから、そこだけ御理解願っておきたいと思う。わかっておっしゃっておられるのだと思うのですけれども、そこだけは御理解願っておきたいと思います。
○大原参考人 いま二つ問題が出されましたが、市町村合併も三十年前後に行なわれた合併と、それから三十七、八年の段階から開発行政が進んでくる中でまた合併が進行するという形態が二段がまえで出てきていたように考えます。しかもそういう中で、なおこの合併を強力に推進された人たちがどなたであったかというような点を考えてみますと、やはりそこでもアイデアがいわゆる企業から全面的に強力に出ていた。たとえば五井町、市原町から市原市が誕生する段階でも、最初の段階、三十年の段階では、合併が各議員さんの票田に変化が起こるということで、なかなか促進できなかったわけです。それが三十八年の五月だったと思いますが、その段階では財界のほうからの強力な申し入れがありまして、そういう中で合併を遂げていったように考えています。そういう意味では、市町村の合併、しかもそれがあまりにも広域化されることによって、周辺の従来の村であった地域が、そのまま村であれば学校もつくれたであろう、橋もつくれたであろう、ところがそれが合併することによって中心部に大きな財源を持っていかれてしまったというような現象を、われわれはやはり認めなければならないんじゃないかという気がいたします。 それから、府県の機能を発揮するためには規模を大きくしなければならないということを、それに関連しておっしゃるわけですが、この規模を大きくする際に、地方自治という問題を考えますと、やはり基本的にもう少し時間をかけてこの問題は考えてみていいのではないかという気がするわけです。 それから、格差の問題ですが、まさに京葉という場所を一例にとりましても、この京葉で臨海部は非常に所得が上がった。農村部はそれに比較してそう上がってない。その差は開いた。しかも、悪いところのよくなり方が少ないという意味で開いたということが言えるだろうと思いますが、それを千葉県というワクの中で考えますと、そういう意味では、悪いながら、しかもよくなり方が少ないので開いたということが言えるだろう。しかも、それを日本全般の問題として拡大してまいりますと、一がいに県内部の臨海と農村にあらわれた格差が日本全般の形態であるかどうか、東北農村は一体どうなっているかというような問題も加味して考えなければならないのではないかというふうに考えます。 それから、やがてよくなるんだというお話ですが、よくなるんだとおっしゃる論理が、常に開発行政——すでに都道府県の合併という問題以前に進行した開発行政の中でも、それは使われてきた問題なのです。ところが、開発行政自体の中で、ことに全国的な規模でのいろいろな市民の側からの不平、不満あるいは反対運動が起こりましたように、そういう意味では、ある場合には住民の意思を相当犠牲にするような形での政策転換が事実上行なわれてきた。しかも、それがやがてということばの中で進んできているという事態を考えますと、府県が合併され、しかも産業基盤の整備の要請というものは現実に存在するわけですので、やがてという問題、しかもいま、特に産業基盤の整備の中で、住民が相当の犠牲に耐えていかなければならないという問題はやはりなくならないのではないのか、このように私は考えております。
○大石(八)委員長代理 細谷治嘉君。
○細谷委員 まとめて若干質問を申し上げたいと思います。 先ほどの質問者から、いまの三人の参考人の発言は意識的な発言じゃないか、こういうようなことばもありましたけれども、私はまじめな意見として拝聴をいたしたわけであります。 私は第一番に、一つの問題点として大原先生に承りたい。 この都道府県合併特例法という法律は、その本質において地方自治の問題、民主政治の問題、あるいはおっしゃったように、これは地域開発と表裏一体のものを持っておるわけでありますが、私は、いま進められておる地域開発というのは産業資本家のためのものである、あるいは資本主義の矛盾を隠蔽するための政策だ、言ってみますと、階級的な問題なんだ、こういうふうにとらえなければならない、こういうふうな前提意識を持っております。これについて、一つ大きな問題として大原先生に承っておきたいと思うのであります。 山内先生のほうにお尋ねいたしたい点は、社会経済情勢の激変、こういうことから都道府県の地域をもっと広げるべきである。そういう意味においては、今日の地方自治法六条一項は一方交通なので、むしろ自主的な形のものを織り込むべきであった、こういう御意見であります。 そこで、お尋ねいたしたい点は、社会経済情勢の激変というのは、言ってみますと過疎、過密、格差の拡大、こういうようなところに集中されておると思うのであります。ところで、この府県合併、広域行政というのは一体どこで起こっておるかといいますと、東京湾、伊勢湾、大阪湾を中心として起こっておるのであります。いわゆる過密地帯に起こっておるのであります。ばく大な産業基盤整備のための投資が行なわれたところに起こっておるのでありまして、東北地方や山陰地方で起こっておる問題じゃないのであります。そういうことからいきますと、社会経済情勢の必要からということで都道府県の区域を大きくすればいいんだという形は、これは議論としては一方交通ではないか。全国総合開発計画という立場において問題は位置づけられなければならないのではないか、こう私は思うのでありますが、この点。 もう一つは、確かにいまの自治法六条一項は一方交通であります。国会が議決をいたしまして、憲法九十五条の住民投票を必要とするというのが、これは多数の意見というよりもむしろ決定的な解釈でございますから、そういう意味において、地方団体が自主的に議会の議決を経て、そうして——何といっても九十二条は野方図ではなくて、自治法が何で制定されたかといいますと、地方自治の本旨に基づいてという大きなワクがかかっております。この地方自治の本旨というものについてはいろいろな学説があるのでありますけれども、どういう学者であっても、地方自治というものはやはり住民が主人公なんだ、住民を無視しては地方自治の本旨というものはもはや存在しないんだ、これはいなめないんじゃないかと思うのであります。そういう意味で、先生は三分の二、それを割った場合には住民投票というのはきわめて慎重だ、こういうことでありますけれども、いずれの場合といえども、地方自治の本旨に基づいた、憲法九十二条に基づいて自主的という以上は、盛り上がるものがあるわけなんですから、おめず憶せずに住民投票にかけて、打って一丸となってそういう自主的合併を進めるのが、これはやはり政治の姿として、また法律の姿としても正しいのではないか、私はこう考えるのであります。この点について、ひとつ先生からお答えをいただきたい。 それから、大原先生にお尋ねいたしたい点は、先ほど大前提として先生の御意見を聞いたわけでありますが、私は先生の御意見について、少し学者らしく、もっと考えを広く持てとこう言いましたけれども、広いので無原則な学者なんて、これほど意味のないものはないわけであります。よく聞くのでありますが、学者というものは官僚に弱い、こういうふうにいわれるわけですね。しかし、いまきちんと自分の学説、考えを述べられたことに対して、私は両先生に敬意を表しているわけですが、おっしゃるように、格差というものは広がるばかしなんですね。地域開発というのは、もともと昭和二十年代の後半から三十年代の所得倍増計画を経て、今日、佐藤総理のもとにおいて、社会開発というものに名前は変えられてきておりますけれども、その実態というものは一つも変わらない。そうして、その所得倍増政策から今日どうなったかといいますと、格差は広がるばかし、これは間違いないのであります。瞬間的に広がれば、あとでそれが波及効果を持っていけばいいじゃないかということでありますけれども、そういう傾向は一つもないわけですね。格差は広がるばかしであります。過密、過疎の問題というのも、これも広がるばかしであります。大都市問題というのは一そう深刻な問題になってまいっておるのであります。そういう条件からいって、私は今日までの政府がやっておる開発計画では、この問題を解決することはできない、もっと根本的に姿勢を変えない限りは解決できないのではないか、こう思うのであります。 そこで、先生は、この都道府県合併については、時期尚早ということで反対ということでありますけれども、先生のおっしゃったその時期というのは、そういう開発計画が、ほんとうにTVAでアメリカがニューディールの際にやったような草の根民主主義という形、住民自治あるいは地方自治の本旨に基づいた形において進められる限りにおいては私はいいと思いますけれども、いまのような産業界の推進によって、産業界の期待にこたえての産業基盤の整備を中心としたそういう開発計画では、これはもう問題が解決できないと私は思うのでありますが、これについて先生のお考えをお聞きしたい。 同時に、私は広域的に問題を処理していくということをまっこうから否定するものじゃありません。しかし、遺憾ながら、今日の日本の民主政治はまだまだそこまで根がはえておらぬということについては多大の懸念を持っております。これはお互いに民主政治の根を増強していかなければならぬのでございますけれども、そういう開発計画の根本的な改定と同時に、言ってみますと、画一的な府県の区域問題、広域問題という問題ではなくて、もっとやはり、たとえばロブソンが、あるいは大ロンドン構想、あるいはフランスのパリ等でとられたかなり多角的な自治、そういうものが行なわれて、国の大幅な権限がそういう自治体に移譲されていくという形において、国は国、そういう団体は団体、市町村は市町村というような形で総合的に動かない限りはできない。いまのような日本で無計画、しかもさか立ちした無計画、しかもそれは住民のことを考えない計画、しかも縦割り行政だ、府県や市町村は、自治体というけれども権限も財源も与えない、こういう姿では、これは全く意味がなくて、いまのような悪い点ばかりがどんどん育っていくのじゃないかという懸念を私は持っております。そういう機構上の問題、行政組織等の問題について、あるべき姿についての御構想がおありでしたらお教えいただきたい、こう思っております。 それから、西村さんに最後にお尋ねしたいのでありますが、今度の政府案の十条に職員の身分のことが書かれております。この文章を読みますと、いや心配要らぬということでありますが、私もあなたと同じように心配する点が多々ございます。そこで、合併をしますと、その重要なねらいというのは、表面に出ませんけれども、職員の合理化、首切りというのが、これはどこでも起こってきた例なんであります。あなたもそれをおそれているのじゃないかと思う。あるいは労働条件の切り下げというのも、いままでの市町村の合併等でも多々あらわれた問題でありますから、あなたもおそれておるのじゃないかと思う。この点についてどういう解決方法をあなたはお持ちなのかということ。 もう一つ、市町村合併等の際に、あなたが言われた下のほうに右へならえされた、こういう例が多々あることを知っておりますが、あなたの御存じの具体的な例等ありましたら、後ほどこの委員会に資料として御提出をいただけば幸いだ、こう思っております。 以上です。
○大原参考人 いま三点ほど質問がございましたので、私の考えを述べたいと思います。 まず最初に、地域開発についての開発のあり方が本質的に資本主義という現段階でどうであったかというお話ですので、それにつきましてこういった事例をあげてみたいと考えます。 昭和三十年代の地方自治体は、まさに財源を豊かにするために議会で企業誘致をしたいというような非常に強力な意向を持っていました。県の議事録などを見てまいりますと、県会議員の皆さんのそういう形での発言が非常に強かったように読み取れます。ところが、実際上企業が入ってまいりまして、法律は非常に普遍的、一般的にできておりますが、具体的に事態がどう展開したかということが実は問題になるわけです。今日見られますように、そのあと新産都市の法令もできましたが、事態はまさに太平洋沿岸のいわゆるベルト地帯、特に東京湾あるいは伊勢湾、大阪湾を中心にした開発という結果が前面に出てきた。しかも、そういうものを推進してきた勢力といたしまして、一例をあげますと、千葉県が初めて県の開発政策を立てた段階と、それから実際あそこに巨大な企業が入ったあととの違いを見ますと、大きな企業が入りますと、すでに昭和三十四年の段階ですが、そこでの開発センターの設立趣意書の中では、これはあえて一千葉県の問題ではない、東京湾全体の総合開発の問題である、もう一つは、東京湾を中心にした首都圏全般の問題である、こういう非常に大きなスケールの問題が展開されてきたわけです。そうしますと、千葉県レベルで、かつての農業県レベルで考えていたこの開発というような問題は、一気にして吹っ飛んでしまいまして、三十年前後に県議会で議論されていたような問題とは違ったところに問題が移ってしまった。しかも、そこで見られる形態が、大阪あるいは中部圏を中心にして強力に推進されてきているというのが今日の現状であろう。そういう意味では、三十年以降石炭から原料が石油にかわった段階が、日本の資本主義自体が非常に大きく転換してきた一つの時点であったように考えられます。いまこの開発行政はそういう方向に——いろいろな法律が制定されたわけですが、実際上強力に推し進められたのはそういう時点で実現されてきたというように私は考えています。 それから、第二の問題ですが、時期尚早ということばを使いましたのは、時まさに今日の時点で、たとえばいわゆる東京を中心とした市民像と、それから名古屋を中心にした市民像と、大阪を中心にした市民像といいますか、そこでの市民の権利意識の成長の度合いを考えてみましても、これは当然それぞれのニュアンスがございます。と同時に、これを東北地帯に目を移しますと、そこでもまた市民のいろいろな意味での権利意識といいますか、政治意識といいますか、そういうものに大きな差異があるだろうと考えます。そういう中で、市民がそういった問題でデータを示されれば、それに自由にいろいろな自分の見解を反応し得るように開かれた、いわゆる都市市民といいますか、そういう実態が生まれてくる。しかもそういう中で堂々と自分の意見を述べ得るような地域が望ましい、それが全く基本的な意味での地域のデモクラシーの問題でもあるだろう。そういう点を考えた際に、いまのままでこの府県合併という問題が進んでまいりますと、それにこたえ得る地域も今日ではぼつぼつ生まれてきているだろうと考えますが、全般的に考えますと、とにかく、かつての農業県が急激に伸展していまのような高度な工業を開いてきたわけですから、そういう意味では、住民自治という観点は、もうどういう場合でも強力に主張していかない限り、どうしても住民が泣き寝入りしてしまうし、あるいは、これは一例で、中日新聞だったと思いますが、中部の合併につきまして住民のアンケートをとったのを見たことがございます。ほとんど五〇%がドントノーです。まさにドントノーという答えが、今日の特に中部圏に見られる市民の場合にはその程度ではないのかという印象を持つわけです。非常に広域にしかも大きな問題を、自分の非常に離れた場所から問題が出されてくるわけですから、それを自分の問題として意見を述べる、賛成である、反対であるというような自分なりの問題整理をするところまできてない場合には、市民はわかりませんと答える以外に方法がないのじゃないだろうか。そういう意味では、この市民自体の中にしっかりと住民自治という問題が成長しまして、そして、そういう市民にささえられた形で、いろんな府県合併の問題にしても、そういう問題が議論される段階を待ちたい、それまでは時間尚早である。企業の合理性もよくわかるわけですが、しかもそれをあせることによって、まさに県民なり市民なりのそういった自治性といいますか、成長してくるものを殺してしまうことは、これは賛成できない。もう少し時間をかけていただきたい。そういう意味での時期尚早という意見を吐いたわけです。 それから、第三の問題ですが、画一的ではなしに、多角的な形で、しかも自治の権限を大幅に府県あるいは市町村に移譲すべきだ、こういうお話でありますが、それもどうすればよくなるかという点で考えまして、これはいま考えられ得る限りでは、府県の段階で一応——府県の段階になりますと、自分の行政区域内部における開発の政策立案の能力は、ちょっと訓練すればできるだろう。市町村は市町村なりにそういう問題に取り組んでいけばいいだろう。これをいま、より広域的に迫られているという問題がある場合がたとえあったにいたしましても、それは府県がお互いに話し合う中で、そういう意味では住民の権利を十分守りながらそういう問題について取り組んでいけば、問題の解決はつくのではないか。そういう意味では、住民の権利を守っていくということがここ特に三十五年以降、全般的に見て非常にないがしろにされてきている傾向が強まっておるのじゃないか、こういうように考えますので、府県の段階でもっと権限を強化し、しかも財政的な規模、財政的なささえも持って、その辺でこの開発問題についての政策立案をすることができるのじゃないか、このように考えます。
○山内参考人 私に対する御質問は、社会経済の激変というような事実から私は都道府県の合併に賛成している。その点に対しては、実は合併を要求しているのはいわゆる過密のところ、つまり大阪とか阪奈和でございますか、それから愛知県を中心とする部分、それから東京都、京葉、京浜というようなところ、その辺だけじゃないかということでありますね。私、結局、合併を必要とするかどうかというのは住民が考えることですから、実際過疎地帯が合併を要求しているのかどうか、その点はよく存じません。一方において、先生おっしゃるように、いまの三地方あたりで合併の機運があるといいますか、そういうことはいろいろ議論になっておるということを承知しておりますから、傾向として過密のほうにあるということには相なるのではないかと思いますが、やりたいところがあるのにやらせない、自主的にやりたいところがあるのに、その自主的合併の道を開くのは当然で、それを封殺する理由はないのではないか。かりにその三地方だけとしても、それはそういう道を開かれてもいいのではないかという気が私はいたすわけであります。 それから、先ほど奥野先生も言っておられましたけれども、やはり自主的合併の道がないからその問題を住民自身がほんとうに考えてみていないのではないかというふうに思うのです。ですから、こういう制度が出ればあるいは過疎地帯でも、やはりもう少し財政能力を高めるとか、そういうような意味で合併を欲するところも出てくるのではないかと思うのです。ですから、現在どこでそういうことが議論になっておるか、どの地方で議論になっておるかだけで、いま合併を欲しておる地域を限定して考えることも無理ではなかろうかと思います。 私、こういう問題は、何かのときに研究会をやりますが、その研究会の中でも、合併をすべきだと言う人が事実多い。これは学者の傾向の人ですけれども、そういう人が多いように私は見ておるので、これはやはり経済が発達しまして、各地方の相互依存関係というものがずいぶん拡大したので、傾向的には合併をしていくという方向に日本の各地方の考え方は進んでおるのではないかと思うのです。しかし、その見方自身は、主観でありますから、決定的にそういう傾向があるかどうかということになりますと、議論にわたりますけれども、とにかくそういう道が開かれてはなぜ悪いのかといいますと、それを悪いのだという論拠はどうも私自身にはないのではないかと思うのです。 それから、第二点のほうの住民自治ということは、結局においては住民の意思できまることだから、その意思決定は住民投票によるのだというたてまえから、この合併もまた住民投票によるべきではないだろうかという点でございますね。この六条一項の合併を定める法律、これが特別法に該当するかどうか、これは特別法に該当するという方向で決定的だとおっしゃいますが、しかし、これにはかなり有力な憲法学者の反対がございますので、全体として決定的であるというふうに必ずしもいえないと思います。しかし、私、個人的な憲法解釈としては、やはりこれは特別法に該当するとは思いますけれども、そこで自主的合併はことばのとおり自主なんですから、地方公共団体の意思決定が必要なわけですが、それが住民投票に必ずつながらなければいけないかというと、私は必ずしもそうは思わないのでございます。憲法自身、議会というものを認めておりまして、間接民主制ということをむしろ原則にしておりまして、いまの地方自治法でも、これは特別法の場合は別として、一般の住民投票を要することは非常に少ないわけです。議会の議員という方は、国会の議員の方も同じでしょうけれども、これは結局住民の代表者の立場でものをおきめになるわけですから、議会できめることはやはり一応は即住民がきめることだというふうに私理解しておりますから、議会できめても地方自治の本旨ということの要請は十分に満たされる、どの程度の手続でやるかというのは立法政策だとは思いますけれども、三分の二の特別議決が要るときには住民投票は要らないのだ、過半数はあったけれども、三分の二に満たないときには住民投票は要るのだという、この法案の制度自身が地方自治の本旨から逸脱するというふうに考えなければならない論拠は、私どうも発見しがたいのではないか、こう思っておるのでございます。
○西村参考人 先ほど資料の提出を求められておりますので、後ほど提出したいと思います。
○大石(八)委員長代理 依田圭五君。
○依田委員 先輩の各位も相当詳しくやっておられますので、簡単に御質問申し上げます。 まず、最初に山内先生に御質問申し上げますが、憲法九十五条の要するに違憲ではないと言うが、同じような立場で、実は同じ質問を、違憲である、違憲に近い理解をするという大原先生にも同時に御質問申し上げたいと思うのですが、私はこう考えるのです。 それは先輩が言われましたように、本来民主主義というものは住民自治が原則であって、直接住民が、まず部落があり、人があり、そこに集団がありまして、そこからやはりボートしまして、そこで自分たちのキャップをつくって、それにいろいろなものをきめさせる。それからだんだん世帯が大きくなり、村になり町になり県になる。そこに議会をつくって、議会制民主主義と議会代表制という制度ができて、いまそういう方法が行なわれておるが、あくまでも重要な問題については、やはり直接選挙をして、直接住民の一人一人にボートさせるべきである、これが民主主義の大原則である、こういうふうに理解するわけですが、その立場が憲法九十五条で、都道府県の廃置分合のような重要な問題については、これは住民投票にしなさい、そのほかの簡単なことは、日常茶飯のことは、これは県会議員なりなんなりを選んで、いわゆる議会代表制でもって条例なりなんなりでやってらっしゃい、こういうようになっておると思うのです。 今回自治省がつくられました制度というものは、これは新しい方法をあみ出したので、その方法というのは、国会が議決をして総理大臣が処分をする、だから憲法九十五条並びに地方自治法の六条、七条に関係ないじゃないか、こういうような見解なのです。それも先生の場合は、憲法違反ではない、こういうようにおっしゃっておるわけです。私は、国会の審議というものは、やはり国全体の立場から、国の利益の立場から、その選出母体は小さな選挙区でありましょうとも、国全体の立場からやるべきだ。ですから、国益優先といいますか、国全体の立場が優先になって、個々のローカルの問題はあとになる。総理大臣は、これは行政権の時の多数党の長ですから、なお政党の利益がそれにプラスされてくる。ますますもって地方住民の個々のローカル的な利害からは遠くなってくる。まあ、府県会は、これは率直に言いまして昨年の四月ですか、県会議員の選挙をやりました。しかし、そのときには岐阜県が——もしかりにこの法律が通ったと仮定しましょう、自分の県が大阪府と一緒になるとかなんとかいうそんな重大な問題は、選挙の公約の争点としては出ておらぬわけですよ。どの候補者も、そんなことを岐阜県民なり大阪府民に訴えて、それを政策綱領として戦ったわけではないのです。また、この法律がもし成立が少しおくれまして、ずっと四年先ということで、あしたが県会議員の改選だということになれば、はるかに四年も昔のもう古色蒼然たるときに選出されました議員が、自分たちのよってもって立つ一番基本組織である県の廃置分合というような、憲法に比すべきような重大な問題を議決してやるということにもなるのです。山内先生は、二分の一はいけないが、三分の二ならよかろうと言われるが、私は量の問題ではないと思う。質の問題であると思うのです。デモクラシーの本質とは一体何か、それに基づく制度とは一体何かということなんです。それならば現実にその問題が不可能かというと、山梨県は六十万くらいの県民、三重県も同じじゃないかと思うのです。東京でさえ一千万をこえたといっても有権者は六、七百万です。四年ごとに都知事なり県知事の選挙をどんどんやっておるわけです。ひどいときには、死ねば補欠選挙を一年か二年ごとにやっているわけです。決してむずかしい選挙ではないわけです。選挙管理委員会も絶えずあるわけですから。有権者名簿はそろって、しかも永久選挙人名簿なのですから、おそらく選管がかりに予算の百万もよけい出してやれば、山梨県でも三重県でも、住民投票はきょうといえばきょうでもできるわけです。なぜそのことをやらずに、新しく発明した新方法を自治省がやったか。これは山内先生はおそらくこの審議会の速記録お読みになって研究なさっておると思いますが、この憲法九十五条に対してこの府県合併法が違憲であるという点をたくさんの学者が——きょうはおいでになりませんが、たとえば成蹊大の佐藤教授にしましても、その他田中二郎先生にしましても激論をしておるのです。学者ごとに激論をしておる。そして、ようやく苦心惨たんをしてまあまあというので、政府は、一応自治省がこれを長野さんの手でもってまとめて出したといういきさつがあるのですよ。この点につきまして、細谷先輩からもう何時間も質疑が繰り返されて、いまだに結論が出てこない。これもはっきり賛成の側、反対の側の、合憲であるという山内先生と、また違憲であるという見解の中央大学の大原先生にこの点を聞きたいのが一点。 それから、簡単に申し上げますが、これは自主合併と称しましても決して自主合併ではないと思う。内閣の議を経て知事が処分するのですから、住民の意見はほとんど眠っているわけです。しかし、言うとおりに自主的な合併だとしましょう。ともかく三千万をこします大きな県ができてきて、たとえば東海三県が合併すればたいへんな人口になる。その隣の静岡、神奈川は一体どうするか、山梨はどうするか。山梨なんかは行くところがなくなるわけですね。小さな県と非常に大きな県とがそこに併存するのですから、格差是正にも何にもならぬと私は思うのですが、その点からどういうふうにお考えになっておりますか、山内先生に聞きたいと思います。 次に、大原先生に質問します。 最初の第一点、これは違憲であるという点をまず御答弁いただきまして、その次にこの法律が社会経済圏というものを基本的に考えまして、そういうものを統一のアイデア、理念にしまして、合併を自主的にやらせるのだということをうたっておるわけです。しかし、社会経済圏といいましても、通勤圏もあれば流通圏もあり、また生産をいたします生産単位のいわゆるエリアもあるわけですね。あるいは社会生活、住民のベッドタウンという角度からする範囲もある、カテゴリーもあるのですね。そういうわけで、たとえば、私は具体的に申しますが、福島県というのは一体東京の首都圏にくっつくのか、あるいは従来常識的にいわれておる東北六県、仙台圏、東北圏にくっつくのか。生産経済圏といえば仙台とくっつきましょうが、しかし、いまの高速鉄道の時代、ベッドタウンだという流通圏あるいは通勤圏から考えますと、これはもう東京にくっつかざるを得ない。こういうようなわけで、社会経済圏と一口に言いますけれども、それを分析するとたくさんの項目が出てくる、その項目ごとに矛盾をいたすわけですね。矛盾をしながら、なおそれを統一して止揚していくような府県合併というものが現実にあるだろうかということを私はお聞きしたいわけです。たとえば、岡山は一体どこにくっつくか、広島は岡山とくっつきたい、あるいは島根とくっつきたい。あるいは新潟と富山が一緒になるというのにはどういう経済的な条件があってやるのか、この点をお聞きしたいと思います。 いろいろ申し上げても時間がかかりますから、あと一点は、出先機関の整理は一体可能かどうか、大原先生に学者の立場からお聞きしたいと思います。 農政局や建設局や、いろいろ政府の出先機関ができております。それを今回の合併法ができれば全部整理して府県単位におろすのだとか、権限の移譲をするのだとかいうようなきれいなことがこの法律にうたわれておりますが、私は、従来の長い歴史の中からは不可能ではないか、とても一朝一夕にはでき上がらない、こういうように考えるのですが、その点につきまして、縦割り行政が整備できるのかどうか、学者の立場からお聞きしたいと思います。 もう一つは、大都市行政が眠っております。この大都市行政をセパレートして府県合併問題を討議することが正しいかどうかを、ひとつ学者の立場からお聞きしたいと思います。 もう一つは、道州制の問題をこれははるかに展望しておるわけです。この前の第四次制度調査会の答申の少数意見のいわゆる三、四府県合併の問題、地方制の問題、あれを底に置きながらこの法律がつくられたと私は感ずるのですが、大原先生の学者の立場からの御見解をお聞きしたいと思います。 最後に、労働組合の代表の府本部委員長にお聞きします。 まず一点は、大体、この合併法が現在提案されましたのは、広域行政だというのですが、いま広域行政なるものは水をおいてほかに何があるかと私は聞きたいのです。水は、せいぜい淀川と利根川と、あと木曽川くらいのものであって、それもほとんど府県間の連絡でもって——東京の場合はほとんど解決しております。一〇〇%といってもいいと思います。河野一郎さんが大臣のころ騒ぎましたが、小河内の水はもう余り過ぎるくらい余っておるわけであります。こういう状態の中で、一体、水にしても、あるいはそのほかにしても、職員の立場でお働きになって、実務に携わりまして、どうしても合併しなければならないものがあるとお考えになるかという点をお聞かせ願いたいと思います。 もう一つは、長いこと藩閥政治といいますか、廃藩置県で——ちょっといま聞きましたのですが、これは千葉県なども佐貫だとか、一ノ宮だとか、館山だとか、昔の徳川時代の藩であります。あるいは、山形も、米沢であるとか、天童であるとか、新庄であるとか、長いこと藩閥の中にあって県内の統一行政ができなかった。セクトにあいましてできなかった。これがようやく六、七十年の歴史、ほんとうの歴史は二十年くらいだと思います。戦前は官治府県制度でありましたから、ほんとうの自治の府県制度になりましたのは終戦後だと思うのですが、ようやく最近廃藩置県時代の藩閥の藩の範囲を単位とします県内の割拠主義というものが克服されまして、ようやく新産都市その他の新しい開発方式に県民が協力をしようということになってきた。要するに、何十年かたちまして、五、六十年の歴史を通しまして府県制度が定着し始めた。東京の場合は、三多摩と一緒になりまして、三多摩と二十三区の格差是正、あるいは三多摩と二十三区の融合、これががんになっておるわけであります。 〔大石(八)委員長代理退席、委員長着席〕 三多摩と二十三区がどうしたら融合するか。実際問題といたしまして、何十年もこれはかかると思います。あるいは、私の区は文京区でありますが、小石川と本郷が合併いたしました。やれ区長は小石川の出身でなければならぬとか、いや、そのかわりに助役は本郷の出身でなければならぬとか、この二つが矛盾をいたしまして、本郷、小石川のセクトを克服するのに時間がかかっております。ようやく藩閥時代の問題を克服した現時点におきまして、今回新たに岐阜や愛知、大阪が、それほどの必然性もないのに、時期尚早に一緒になりまして、県ごとのセクトを克服できるかどうか。これは理屈じゃありません、われわれ選挙する者も、それぞれ何々県の各県人会だとかなんとかへ行って、一生懸命その本部に実際に行きまして選挙もやってきておる実情であります。言うはやすく、なかなか簡単にはできないのでありまして、この問題を、現実に働いておる大阪府あるいは関係府県の職員の立場に立ちまして、これが克服できるのには何年くらいかかるかということ。 それからもう一つ聞きたいのは、たとえば阪奈和が一緒になって、二千万人くらいの人口になった、すぐ隣の滋賀県が置いてけぼりを食った、いろいろ相談したら、滋賀県もやはり阪奈和にくっつけたほうがいいというんで、あとから、五年か十年たってから、滋賀県もまたくっついてくる、そういうことになりましたら、そういう問題を含めて、この県ごとのセクトを現実には一体どうするかという点が一点。 それから、財政的に楽になるという意見があるのですが、県会のささやかな議論というものはデモクラシーの基本につながるのだから、デモクラシーというものは金がかかり、時間がかかるのですから、これはもう問題にならぬ。あとは、県庁が減るから、あるいは県の建物が一つくらいになるから、幾らか財政に寄与するのではないかという議論があるわけなんですが、実際にやってみると、各統合府県ごとに事情も、風俗も、歴史も、習慣も違うわけですから、そこに出張所なりあるいは行政組織を置かざるを得ないことになると、実務に携わる者の立場からは、必ずしも行政組織は簡単にならぬという点を心配するのですが、その点、労働組合の委員長としての御経験から具体的なお話を、一人一人の職員の気持ちをひとつ聞かせてもらいたい。そして、ひいてそれが行政能力にどのような影響を与えるかをお聞きしたいと思います。
○山内参考人 合併について住民投票が要るかどうかという問題が最初の問題だと思いますが、自主的合併について住民投票がなければ違憲だという説は、いまの学界でもほとんど——私は、実は、そういうふうなことを言っていらっしゃる学説というか、そういうものを承知しないのでございますが、いまの市町村の合併の特例に関する法律でも、その点は、住民投票なしでやっているんじゃございませんでしょうか。 もう一つの議論として、市町村のほうはいいけれども、都道府県のほうは住民投票を要するのだという一つの理屈というか、考え方があるわけですけれども、それをはずせば憲法違反だと言われる方はちょっとないのじゃないかと思うのです。だから、結局、どういう手続をとるかということは、地方自治の本旨の適合するような範囲において立法措置できめるということになると思うのです。ですから、おっしゃるように、三分の二がとれたといっても、四年前に選挙した古色蒼然とした議員さんがやるということは考えられます。そういう危険は確かにあると思いますが、三分の二というのはかなり厳重な要件でございますし、そうすると、やはり住民が選挙したときの議員さんの良識の問題ですね、そういう危険は確かにございますけれども、だからといって、その危険ばかり考えまして、三分の二でもそれは憲法違反だという議論にまではならないのではないかというふうに私は考えているのでございます。ですから、この法案の手続で十分なんじゃないかと思います。 憲法の要請といたしましては、特別法になったときに住民投票をするということが明記してありますから、特別法と観念される限りにおいては住民投票は要るのであろうと思うのであります。別に法律が要るわけではありませんから、住民投票がなくても憲法違反とは言いがたいのではないかと思います。
○大原参考人 五点ほどの問題が出ておりますが、まず最初に、第一点は、憲法九十五条に違反するのではないかというお話ですが、私は専門の憲法学者でございませんので、政治学を自分の専攻としている時点でこういう問題を考えますと、とにかく、デモクラシーという原則は、できる限り、絶えず住民に問題を尋ねていく必要があるだろう、しかも、今日のように急激に社会が変貌していく段階ですから、そういう意味では、なるべく多くそういう意味での問題を住民に投げ返していくということが望ましいのではないか、これは、政治学をやっている中で、違憲であるかどうかという問題についての回答は避けまして、基本的にはそういうふうにこの問題を考えます。 それから、第二の問題ですが、社会経済圏という形で、社会経済圏が統一的に把握できるような府県の合併というような問題を追求してまいりますと、私の考えでは、今日の段階では——これは財界でも問題にしておりますが、いま東京湾を中心にした首都圏を考える場合に、今後の開発の方向は、鹿島、日立の臨海部であるというような意見も出ているようでございます。これは東京都の首都整備局の原案の中にもそういうことがうたってあります。こういうことを考えますと、やはり太平洋沿岸のベルト地帯にずっと一連の工業地帯ができ上がるだろう。そういう場合に、東北は、今日でもいろんな、いわゆる過疎問題をかかえておりますが、データによりますと、二十年後には、七〇%までの人口が太平洋沿岸に集まってしまうだろうというようなデータもあるようでございます。そういう中で考えますと、社会経済圏を統一的に考えて、しかもその中に通勤、流通、生産あるいはベッドタウンというものがうまく配置されるという、そういう範囲が日本でどういうふうに確立されるかというよりは、逆に、太平洋沿岸を主体にした過密はますます顕在化するだろう、過疎の問題もこのままではますますはなはだしくなっていくだろう、こういう考えを持っております。 それから、第三に、出先機関の調整の問題ですが、これは、これまで見ておりますと、たとえば近畿圏整備法がつくられた段階でも、これは財界のほうから、こういう形で出先機関がばらばらであっては困るという声が出ております。しかも住民の側からもまた、そういう問題について統一的にこれでは開発といいますか、統一的な行政を行なうことができないだろうというような意見もあるわけですが、これは日本の非常に歴史的な問題として考えます際に、官僚機構の持っている重さといいますか、そういうものを考えて、非常に困難だろうというような気がいたします。部分的には可能だと思いますが、最終的には非常に困難ではないか、こう考えております。 それから、大都市の問題と府県合併の問題を分離していいのかという御質問ですが、これは最初の段階では、大都市に人口が集中することを排除するというような意図が政府の見解の中にもはっきりうたってあったと思います。ところが、最近といいますか、特に昭和三十七、八年以降になりまして、工業が発達すれば人口がどんどん集中してくるのはあたりまえだというような論理に改められてきている。そういう中で、この大都市問題は、こういった行政区画を拡大するという中で解決するような印象を与える方向を最近たどっているのではないかというふうに考えます。しかし、大都市問題自体は、これはいろんな学説もございますが、われわれ研究者の中でいろんな問題として出されている中では、まだこの過密化の問題は、中心部を再開発するという形が可能でないのか、通勤距離を拡大するだけが能ではない、しかも、そういう再開発を通じての大都市問題の開発にもう少し本腰を入れるべきではないのかというような意見が、一方では非常に強く出ているように考えます。そういう場合に、府県合併で大都市問題が解決できるかという問題には、これはちょっといまのままでは困難ではないかというように考えます。 それから、最後に、この府県合併特例法が道州制をねらっているのではないかという御意見でございますが、これは地方制度調査会の答申にかつて入れられたこともありますし、あるいは、臨調の二部の答申書の中にもちょっとそういうことが盛られたことがございますし、しかも関西の財界などで強力に打ち出している問題も、近畿は一つであるというような方向が強く出ております。そういう意味では、現在の府県合併特例法を推される方々の主観的な意図とは別個に、やはりこれまで歩んできました地域開発、それから広域行政、府県合併というこの一連の動きは、道州制という方向に向かっていく可能性を十分に持っているし、しかも相当の力を持ったものとして考えていいのではないかというふうに考えます。
○西村参考人 広域行政で現在もう差し迫った問題としては、水の問題だけではないかという点ですが、私もそう思います。先ほど奥野先生からもお話があったように、河川、道路の問題についてはすでに法改正がされて、広域行政をし得るような基礎ができ上がっております。したがって、現在水だけの問題だと思いますし、主要な問題だと思いまするけれども、たとえば阪奈和合併が実現したとしても、水の問題は私は解決できる問題ではないと思いますし。やはり大阪にとって一番問題なのは琵琶湖の水です。したがって、私が先ほど、一つの段階として阪奈和合併というものが促進されているんじゃないか、考えられているんじゃないか、こういうことを申し上げたわけです。したがって、根本的には滋賀との問題を解決することなくして、大阪の財界が現在最も要望しておるところの水の問題は、私は、根本的には解決できない問題だろうというふうに思います。したがって、そういう点から見れば、先ほど奥野先生から言われたように、これはやはり明らかに道州制に移行する前提として考えられておるというふうに言わざるを得ないと思います。 それから、廃藩置県以来の府県の統合の問題がいろいろありました現在の大阪府が誕生するまでには、中部の小さな現在の大阪の北半分と堺県が合併してできておるわけですけれども、その堺県の中には奈良が実は包含されていたわけです。しかし、包含をして一応設置をしてみたものの、なかなかセクト主義といいますか、郷土意識といいますか、そういうものがやはり実際においては解決できなくて、奈良を明治二十年に分離をして設置をした、こういういきさつがあるわけです。そういうような点から見て、先ほど先生の言われたように、県民意識というものも、六十年あるいは八十年のこの歴史を経てようやく私はつちかわれてきた、こういうふうに思うわけです。したがって、いま直ちにこれが合併をしたからといって、私はうまくいくというふうにはなかなか考えられないところです。具体的に最近においてはこの府県の合併というものは、明治二十年以降やられてないのですから——東京都は別といたしましてありませんから、適当なこういう府県合併についての例を申し上げるわけにはまいりませんけれども、たとえば大阪府の中におけるところの東大阪市というのが、御承知のように、最近、布施、枚岡、河内という三市が合併して、いわゆる東大阪市ができ上がったわけです。こういう同じ県内におけるところの三つの市の統合でさえなかなか困難な問題に現在逢着しておるわけです。したがって、ましてこれは県の境界というものを越えて一つの自治体をつくることは非常に問題があると思います。かりにこれが実現したといたしましても、二年間は現議員でもって運営するということになりますると、その間におけるところの、第一もう議会の議場にさえ困る。一体、二年間どこで議会を開くかという問題もありますし、さらにまた、百二十名という一つのワクがありまするから、そういうことに二年後になると思いますが、そうなった場合には、おそらく現在の大阪府と奈良県、和歌山県の県民の人口比率から見ると、二対七あるいは二対八ぐらいになると思うのです。そうなると奈良、和歌山のいわゆる県民の意思が十分この新しい阪奈和、この合併したところの府県の中に反映できるかどうかというような問題も、これは非常に地方自治としては問題があるのではないかというふうに考えられます。したがって、財政的に楽になるのじゃないかというような一説もあるけれども、私はそう単純にはまいらないと思うのです。 今度の法律を見ても、交付税について現在より下回ったときには保障するということになっておるわけですね。さらにまた、起債のワクなんかでも十分配慮するというようなことをいってはおりますけれども、これは新産都市や何かの例を引き合いに出すまでもなく、こういうような約束というものはあまり当てにならぬわけです。したがって私どもとしては、新しく三県が合併して一つの府県が、もしかりにですよ、この法にうたわれているように優遇されるというようなことがあれば、それは他の府県の犠牲においてそういうことになるのであって、日本全体の地方行政という問題から見たら、むしろマイナスの点が出てくるのではないか、こういうふうにも考えられます。したがって、現在の府県の現実のいわゆる地方財政のワクを拡大をすることでなくて、単にそのワク内におけるところの操作のみにすぎないというふうに考えられます。 それから、行政は、それぞれ八十年間にできたところの県民意識というものは、そう一朝一夕に解消できる性格のものでないというふうに、東京の例等から考えてみても申し上げられると思います。したがって、これは非常に便宜的な考え方に出発しているのではないか、あまりにも地方自治をもてあそび過ぎているのではないか、こういうような気持ちが率直にするわけです。
○吉川委員長 参考人の方々には、長時間にわたりまして貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。 次回は、明後十六日木曜日午前十時から理事会、十時三十分から委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後三時五十二分散会