決算委員会 第15号
- 発言数
- 64 件
- 登壇者
- 13 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1968/05/09
会議録
○大石委員長 これより会議を開きます。 昭和四十一年度一般会計予備費使用総調書(その2)、昭和四十一年度特別会計予備費使用総調書(その2)、昭和四十一年度特別会計予算総則第十条に基づく使用総調書、昭和四十一年度特別会計予算総則第十一条に基づく使用総調書(その2)、以上四件の承諾を求めるの件、及び昭和四十二年度一般会計予備費使用総調書(その1)、昭和四十二年度特別会計予備費使用総調書(その1)、昭和四十二年度特別会計予算総則第十一条に基づく使用総調書(その1)、以上三件の承諾を求めるの件を一括して議題といたします。 質疑の通告がありますので、これを許します。田中武夫君。
○田中(武)委員 実は十三日に総理の出席を求めて総括をやる場合に、予備費の承認もあわせやる、こういうことであったのですが、都合で予備費の承認だけ先に本日行なうということなので、予備費に関しまして一、二点お伺いいたしたいと思います。 まず総務長官にお伺いいたしますが、昨年度予備費の中で、故吉田茂さんの国葬儀に必要な経費として千八百九万六千円が出ております。そこで、昔は、国葬のことにおきましては大正十五年十月二十一日の勅令第三百二十四号で国葬令というのがありました。ところが、今日ではこの勅令は消えておると思うのですが、生きておるのですか、死んでおるのですか、まずお伺いします。
○田中国務大臣 ただいま御質問の旧憲法時代の国葬令、これは今日なくなっております。
○田中(武)委員 勅令第三百二十四号は、現在生きておるのですね。
○田中国務大臣 いや、なくなっております。
○田中(武)委員 なくなっておるのですね。——そういたしますと、国葬を行なう場合、吉田茂さんは長らく総理をしておられたのでいろいろやっておるだろうと思います。しかし、その功罪につきましては見る人、立場によっていろいろ観点が変わると思います。あえて私は故人に対しましてとやかくは申し上げることを避けますが、ただ単に国家に偉勲のあった——前の勅令を引用するならばそういうことばになるのですが、そういうことで内閣が国葬にしようときめれば、いつでも国葬をだれにでも行なう、そういうことであっては私はならないと思うのです。したがって、少なくとも今日勅令が死んでおるならば、そういう法律なり何らかの寄りどころというものをつくる必要があると思うのですが、そういうような点についてはどうです。
○田中国務大臣 ただいま御指摘のように、今後これに対する何らかの根拠法的なものはつくらないかという御趣旨でありますが、これは行政措置といたしまして、従来ありましたような国民全体が喪に服するといったようなものはむしろつくるべきではないので、国民全体が納得するような姿において、ほんとうに国家に対して偉勲を立てた方々に対する国民全体の盛り上がるその気持ちをくみまして、そのときに行政措置として国葬儀を行なうということが私は適当ではないかと存じます。 なお、御意見といたしまして、基準を定めるべきであるという御意見は承っておきます。
○田中(武)委員 もちろん予備費は憲法の八十七条によって内閣がかってに使える、あとで承認を求めたらいい、大蔵大臣はそういう読み方をしておられるようですが、私はそうではなくて、内閣の責任において支出するといっても、それは何らかの根拠がなくちゃいけないんだ、でたらめをやられたら困るんだということをこの前も言っておるのです。 そこで、国葬というような問題についても、内閣だけの判断できめられるということにつきましては、私はどうかと思います。先ほど申しましたように、故人のことは申しませんが、見る人によって観点が違うのです。言うならば、私はあるいは自民党葬であったと思う。あのときにたくさんの人が参列したとかあるいは焼香に行ったとか、こういうことですが、これは久しぶりといいますか、国葬というのを知らない、どういうことであろうかという見物人も多かったと思う。それに一千八百万円という国費が使われておるわけです。もう少し何らかの基準を設け、そして国民全体が、あるいは国会がそれに対してなるほどこの人ならばやるべきである、こう思う人にやるべきであって、吉田さんはしてしまったからいいか悪いかをいまさら申し上げませんが、そういうような基準がなく、言うならば、そのときの内閣の思いつきによってやられるということには賛成しかねるわけなんです。だから、今後はやはり一つの基準を設けるべきである、そのように思います。 さらに、この一千八百万円の大まかな内訳はどうなんです。一千八百万円という国葬費はどのような金が出たか、簡単でいいですから、大まかなところだけ……。
○田中国務大臣 担当のほうからお答えさせます。
○武藤説明員 一千八百万の内訳を申し上げますと、諸謝金八万七千円、あとは庁費でございます。 この大まかな内訳といたしましては、準備に必要な経費、それから日本武道館の借り上げに必要な経費、あとは飾りつけに必要な経費、こういうように小分けされます。
○田中(武)委員 飾りつけとか何かで、一千八百万円というのは相当な金ですよ、そんなに要るのですか。
○相沢政府委員 総額千八百九万六千円のうち、国葬儀準備等に必要な経費が四百五十九万八千円。その内訳を申しますと、これは送迎用のバス等の借り上げ費が百九十四万円、案内状等の印刷及び送料等通信費が百三十八万五千円、準備会議費、救護班謝礼その他が百二十七万三千円。次に武道館の借り上げに必要な経費が三百九十四万二千円。それから第三番目に、国葬儀場飾りつけ等に必要な経費として九百五十五万六千円でございますが、そのうちおもなものは、生花の飾り二百七十万円、献花百五十万円等でございます。
○田中(武)委員 そうして読まれても私はぴんとこないのですが、たとえば花代がなぜそんなにたくさん要るのかというような疑問もあります。しかしこれはいまさらこまかく申しませんが、あとで詳細な資料を要求します。いま読まれた程度あるいはそれよりも少しこまかく分けられるなら、それをひとつ出していただきたい。
○相沢政府委員 提出いたします。
○田中(武)委員 そこで、この問題は終わりたいと思いますが、先ほど来言っておりますように、あくまで、政府が思いつきでやられることに対してはこれは承服できません。したがって、何らかの基準あるいはそのことによって国民の合意といいますか、そういったようなものが成り立つような人に対してやっていただきたい。そのためにはやはり基準が必要である、そういうことだけを申し上げておきます。 そこで、これに関連してでありますけれども、大蔵大臣にちょっとお伺いしますが、たとえば何々局長が死んだ、病気で死ぬ場合もあるし、自殺した場合もあります。これは殉職とは言いがたいと思うのですね。そういうような場合でも、何々省葬、何々庁葬を行なっていますね。こういうようなものについては、その役所なりが省議か何かできめるのだろうが、それによって簡単にそういうことをやるのですか。それと同時に、そのことによって省葬とか庁葬とかいうことであるならば、その費用はその省が持つと思うのです。その費用はどういうところから出てくるのか。あるいは役所によっては関係の業者等にたくさんの寄付と申しますか、弔慰金と申しますか、そういうようなものを半強制的に要求する、そういう事実もあります。いまだれか死んだ場合に何々省がこうであったとは申しません。しかしそういうようなことについての大体の基準、あるいはそのことについて国会なりあるいは国民が納得するような基準を発表せられる必要があると思いますが、いかがですか。
○水田国務大臣 国葬儀につきましては、御承知のように法令の根拠はございません。だから、いまその基準をつくったらいいかどうかということについて長官からお答えがございましたが、私はやはり何らかの基準というものをつくっておく必要があると考えています。幸いに、法令の根拠はございませんが、貞明皇后の例がございますし、今回の吉田元総理の例もございますので、もう前例が幾つかここに重なっておりますから、基準をつくるということでしたら簡単に基準らしいものが私はつくれるというふうに考えています。そうすれば、この予備費の支出もこれは問題がなくなることになりますので、私はやはり将来としてはそういうことは望ましいというふうに考えています。 省の葬儀、庁の葬儀というようなものについては、ただ各省がかってにいまきめているわけではございませんで、政府部内においては次官会議において一応の基準をきめているということでございます。これをもっと明確な形で一つの基準をはっきりさせるという必要があれば、これもやはり私は望ましい方向だというふうに考えています。
○田中(武)委員 殉職のときは別ですがね。その死に方に同情すべき点があるとかいろいろのことで、庁葬とか省葬を、はっきり言うと自殺のような場合までやっておられるわけです。そういうことについて、やはり私ははっきりしておかなければいけないと思うのです。その費用もそれぞれの役所の予備費があるのか、何とか費があるのか知りませんが、そういうのはどうして出すのかというようなこと、あるいはそのことについての費用についてもどの程度、限度はどれだ、こういうようなことを私は定める必要があると思います。まあそれは終わりたいと思いますが、今後国葬にしろ、省、庁葬にしろ、はっきりした基準——さらにいま水田大臣は前例もあるとおっしゃったが、その前例を、たとえば吉田さんの場合、それを前例としていいか悪いかは別な観点からも言えると思いますので、一つの前例ではあるけれども、それがすべてではない、そういうことだけを申し上げておきたいと思います。 それから総務長官にお伺いいたしますが、ことしは明治百年だ、こういうことで、十月の二十三日ですかに全国的ないろいろな行事をやる、こういうことでありますけれども、まず明治百年の起点をごとにするかについては、大政奉還だとか、改元のときだとか、いろいろ五つ、六つの議論があったと思います。これは改元の日をもって起点とせられたようでありますが、その五つ、六つの中から、なぜそれを起点の日に選んだのか。さらに十月二十三日にいろいろの祝賀会をやるというが、それはどういうことを考えているのか。その費用は予算上どうなっておるのか。また予備費から支出ということで、一年後に同じことを繰り返すことがあるだろうと思います。 そういう点と、もう時間がないからまとめて申します。もう一つは、明治百年といっても、ちょうどそのときに改元だったといっても、そのときはまだ、たとえば会津においては官軍と戦争していたんですね。そして、白虎隊が死んだというか、鶴ケ城が落ちたのは十一月六日ですね。だから会津というか福島県では白虎隊百年祭なんかも考えているようですが、この改元に起点を置いたということなら、もうちゃんとしたということでなくちゃいかぬです。それから函館ではまだ戦争があって、これは明治二年まで続いていますね。そういうのを見た場合に、どうして改元の日を選んだかということ、それから百年祭の意義は何なのか、ずばり言いますと、あなたは長州の出身だからね、まあまあめでたいかもしらぬけれども、あれは薩長藩閥政治の起点なんです。その陰には作人、労働者がどんなに泣かされたか。明治から大正にかけての女工哀史もその中にあるのです。そして百年を見た場合に、いわゆる旧憲法下の時代と新憲法下は違うと思います。むしろ私は新憲法になってからのことをもっと考えるべきである。もっと言うならば、憲法発布に対する憲法記念日、先日の五月三日には政府は何もやらない。そうしておいて明治百年だけを取り上げてどんちゃん騒ぎをするのはどういうことです。薩長出身者はともかくとして、われわれとしては納得がいきません。
○田中国務大臣 まずなぜこの十月の二十三日を選んだか、改元の日を選んだかという問題でございますが、これにつきましては、各界の代表、民間学識経験者の方々から成ります明治百年記念準備会議というものを持ちまして、そうしてこの各界各層の方々の御意見を徴した次第でございます。そのときに問題になりましたケースといたしましては、明治天皇の践祚のときをもってやったらいいとか、あるいは大政奉還勅許のときがよかろうとか、あるいは王政復古の大号令とか、五カ条の御誓文のときがよかろう、あるいは天皇の御即位のときがいいとか、いろいろ議論があったわけでございますが、常識的に見まして、最も無理のないというようなところで、この改元のときをもって今度の百年祭の日といたしたのでございます。それはちょうど明治元年の九月八日でありましたが、新暦に換算をいたしますと十月二十三日になります。かような次第でございます。 なお、この祝典に要する経費でございますが、予算計上額のうちで明治百年記念式典の開催に必要な経費は一千八百七十一万七千円でございます。 さらに、一体なぜ明治百年を祝うんだという点にあたりましては、いろいろと御意見もあるやに拝察するのでありますが、まあ、これが特定の人物をどうこうとか、あるいは特定の事件をどうこうというようなことではなく、明治百年を祝ったらいいということは、政府のほうから申したというよりも、むしろ各方面からほうはいとして起こった明治百年を祝おうじゃないかという国民の声にこたえまして、やるということに相なったのでございまして、ではしからばこれは一体何のお祝いなんだろうということになりますと、明治元年以来の百年間に、日本といたしましてはずいぶん変化もいたしました。敗戦もございました。しかし、そういう中にありましても、あの百年前の日本と今日の日本とを比べてみれば、たいへんなすばらしい発展をいたしたわけでございまして、その発展の姿を心から国民として喜び祝うというのがこの百年の意義でございます。決してひとつの理念に立った、あるいはまた特定の業績を顕彰するとかなんとかいうのとは全く違ったものでございまして、ほんとうに国民の声にこたえ、しかもそれはこの百年の歩みをみんなが喜び、お祝いし、さらに来たるべき百年に対して思いを新たにして大いにがんばっていこうという、覚悟を新たにする一つの行事である、かように存ずる次第でございます。よろしくどうぞ。
○田中(武)委員 まずことしは憲法発布二十年ですね。憲法発布二十年記念を政府として何もやらずに、明治百年を麗々しくやる。各方面からの要望がほうふつとして起こったといいますから、それはどういう方面から出てきたのか、たとえば印刷出版方面では明治百年何とか史というようなものがたくさん出て、ひとつのブームを起こしています。これは自分のところの商売に利用しておるということです。したがってそういうほうふつとして起こったという、その各方面というのは一体どの方面か。それから千八百万円以上の金を使ってどのような行事を具体的にやろうとしておるのか、その点。それからもう一つは、明治元年から百年の間に日本は経済的にもいろいろの点において大きな発展をした。なるほど発展をいたしました。いわゆる封建的な、前近代的な社会から、近代的な資本主義社会として発展してきた、確かにそうです。しかし、その陰には、さきにも申しましたような女工哀史がある、小作人への搾取がある、労働者に対する搾取がある。言いかえるならばことしは米騒動五十年記念です。明治百年と同時に、米騒動がなぜ起こったのか、米騒動の五十年記念をどのように考えるのか、そういうことこそ私は必要ではないか、このように思うわけなんですが、御答弁願います。
○田中国務大臣 百年の歩みの中にはいろいろなことがございましたが、その女工哀史にいたしましても、あるいはまた米騒動にいたしましても、そのほかいろいろな社会的な問題にいたしましても、その後まことにそれが調整されてまいりまして、福祉国家に相なってまいっておりますことは、やはり私は大きな発展であろうと存ずるのであります。しかも、ほうはいとして起こったこのムードというものの中には、だれがどうこうと、出版業界がもうけるとかあるいはまたどうのこうのということはあるかもしれませんが、しかしほうはいという、国民全体の百年を祝おうじゃないかという気持ちは、どこにどうというて取り立てて申し上げられないところがほうはいということでございまして、その辺はどうぞひとつよく御了承のほどをいただきます。 それから千八百万円のこの金の使途でございますが、担当のほうから詳細に計画を申し述べます。
○田中(武)委員 それと、憲法記念日をやらないということは……。
○田中国務大臣 憲法の問題は、これはこれといたしまして、またわれわれもその問題につきましては十分検討させていただきます。
○田中(武)委員 検討じゃなしに、ことしは二十年を終わったんですよ、去る五月三日に。政府としては何もやらない。そうしておいて明治百年だけをどんちゃん騒ぎやろうということは、きわめて政治的な意図がある。しかし、もう要求が出ておりますので、詳細のことはあとで伺うとして、最後に一点だけあなたにお伺いして参議院のほうに行ってもらいます。 それは、十月ごろから政府がPRのための週刊新聞を発行するということです。最初は週刊誌的なものを考えておったが、大蔵省から予算を削られたので——大体二億円程度だそうですね。そうもいかぬので、ともかく週刊紙を三十万部ぐらい発行していく、そうして年々この部数をふやし、そのためには予算をふやしていく、こう言っている。私が考えますのに、やはりいわゆる政治の姿勢とか政府のやり方に対するジャーナリストといいますか、そういう方面の批判というものが政府は痛いんだ、そこで政府みずからの新聞をつくって、政府のかってなお手盛りのPRをしようとしておるんじゃないか、そのようにも考えられます。さらにその配布先を見てみますと、官庁や市町村とかあるいは公民館、学校、これらのところに配る、こういうようなことです。言うならば手にするのはほとんど公務員じゃないか、公務員の教育のためにやるのではないか、いろいろと勘ぐれば出てくるわけです。しかも日本の総理は大体新聞ぎらいのようです。吉田さんは日本の新聞は見ない、こういうことを言っています。岸さんはスポーツ欄だけしか見ない。佐藤さんはどこを見ているのか私は知りませんが、そういうことで一般の新聞の批判がこわい。そういうことで政府みずからのPRをやる。お手盛りのPRを、しかも親方日の丸でやっていこうという。言うならばこれは政府というかむしろ自民党の広告ではなかろうか。それを国民の血税からやるのではないか、こういうようなことも思うわけなんです。しかしもう時間がありませんからあらためてこれは議論するとして、いま私の言ったようなこと、さらに七〇年問題に対する一つの布石ではなかろうか。いろいろ勘ぐれば出てくるわけなんです。それに対して、ひとつ含めて答弁をしていただきたいのと同時に、一体この政府の出す週刊新聞というのはどういう目的で、どういうところを対象に何をやろうとしておるのか。それを明確にしてください。
○田中国務大臣 まず第一点に政府が発刊をするというような御意見でございますが、そういうことではございません。御案内のとおりに、四十一年に設立になりました広報センターが中心になりまして、行政のいろいろな、新しい立法でございますとか、あるいはまた行政措置でございますとか、こういうふうないわゆる行政の内容を末端まで周知徹底させるということは、これはもう当然行政責任を負う者といたしましては政府の重大な責任でございます。ところが官報とかなんとかとなりますと、なかなかこれはもう無味乾燥でございまして、ほんとうにお役所の法令集みたいなもの、これでは読まないのです。そういう点で、今度はこういう法律ができたとか、あるいはまたこういうふうな行政措置がとられておるというふうなことを国民各層の末端まで周知させる。ここにおいて初めて行政効率もあがるわけでございます。さような意味におきまして、民間においてつくっていただきましたものを政府が買い上げてまいる。 一応初年度といたしましては三十万円ほどのものを予定いたしておりますが、これはだんだんと当然減っていくべきじゃないか。いまの解説週報的な政府のそういうものが国民大衆の方々がみんな喜んで、あれはぜひ読んでおこうというようなことでお読みになるようになりますと、これはだんだんと街頭で立ち売りとかあるいはまた本屋などの店頭にどんどん出てくるようになりますから、それがまた売れるようにするところに今度の週報のねらいがございます。そこでだんだん買い上げ部数も減らしてまいりたい。当初はたいしたことはございませんが、おもしろく、ひとつ楽しく行政の内容を国民大衆に周知徹底させるのが今回の措置でございまして、どうぞ御協力のほどをひとえにお願いいたします。
○森本委員 関連。 総務長官はもう時間がないようでありますので、いま出ました広報センターについて四十一年、四十二年、四十三年、総理府から幾ら金が出ておるか。それから広報センターのいわゆる週刊誌、それから雑誌、その種類、その発行部数、それからさらにテレビ、ラジオ、こういうものに対して広報センターがどの程度スポンサーになって出しておるか、こういうふうな、この広報センターに対する総合的な資料をひとつ当委員会にお出しを願います。 なおこの点についてはいまの新聞の問題についてはまだしも、場合によってはラジオ、テレビに対するところの問題は広報センターがやっておるから違反にはならぬというものの、その広報センターの財源がほとんどいわゆる内閣から出ておるということになりますと、放送法によるところの中立性の維持という点についても関連が出てくるわけでありますので、いわゆる広報センターのすべてに対する資料をひとつ当委員会に御提出を願いたい、こう思うわけです。
○田中国務大臣 御趣旨の点は資料として御提出いたします。
○岩倉政府委員 賞勲局長の岩倉でございます。実は賞勲局の所掌事務ではないわけでございますが、私臨時官房付を命ぜられまして、官房付の立場でこの仕事を特命を受けておりますので、私からお答え申し上げます。 実は先ほど総務長官が申し上げましたように、明治百年記念準備会議というのが三年前の四十一年の春に設けられまして、そこで式典部会とか行事、事業、広報、四つの部会を設けまして、式典につきましては式典部会において十分御審議を受けたわけでございます。その結果、かつて昭和十五年ごろでございましたか、紀元二千六百年ということで全国から東京へお集まりになりまして、何万人という方が大式典をおやりになったことがありましたけれども、ああいうようなことを二度繰り返すのではない。したがいまして一応ただいまのところは、屋内の式場でございますので、武道館を予定しておりますけれども、そこに集まれる人数と申しますと一万人以内ということに相なります。そうなりますとちょうど去年の吉田元総理の国葬と同じような規模でございますので、予算の範囲も千八百万円、大体国葬のときの金額と同様の金額をお認めいただきまして、これにいかなる儀式をやるかということは、これは悲しみの儀式と喜びの儀式でございますから、内容はひとつこれから検討いたしまして、その範囲内でやっていこう、そのように考えておるわけでございます。
○田中(武)委員 ただいま皇紀二千六百年記念というのが出ましたが、いま言ったようにそれはそういうものであってはならぬ。こういうことであるが、いわゆる形式だけでなくて、皇紀二千六百年とは違う。皇紀二千六百年をぎょうぎょうしくやった裏には、やはり軍国主義当時の、昭和十五年ごろだったと思いますが、その世相というかそういうものを反映しておった。ところがその当時といまとは違っておるわけです。国会だって帝国議会からいわゆる国会になった。内閣だって違っておるはずだ。そういう考え方に問題があると思う。もう一つ、それは同じような人を集めて同じようなところでやるからということではあるが、国葬に千八百万円かかったから大体千八百万円の予算を計上したらそれでいいんだ、そういうことでは納得できかねるわけです。一体具体的にどんなことをやるのか。人が寄って式をするというだけだったら、たとえば先ほど吉田さんのときのことを聞いたように、シキビ代が幾らとか花代が幾らとか、こういうことになったわけです。その式場の借り上げとかそういう点については共通したものがあると思いますが、しかしお葬式とは全然違うわけなんです。やはりそれだけの花代を使うとかシキビ代を使うとか棺おけ使うのか、そういうことになるわけですよ。したがって千八百万円で一体具体的に何を考えておるのか。その積算の根拠がないといかぬと思うのです。どうなんでしょう。
○岩倉政府委員 ただいまの御指摘のとおり、式場の借り上げ費等、これは四百四十二万円でございます。それから会場の飾りつけ、これも光りというようなもの、あるいは音楽、そういったものを考えまして、交響楽団でありますとか、そういう効果をあげるための飾りつけばかりだけじゃなくて、音楽とか光とか、そういうものも考えております。 それから、集まります方々につきましては、単に老人が懐古趣味で集まるというようなことでは決してございませんで、その式典部会でもお話が出ましたけれども、外国からの留学生の方とかあるいは明治、大正、昭和の三代にわたる方々の代表にも出席していただくというようなことで、若々しい力、二十一世紀につながるそういう決意を新たにしていきたい。国家的な式典につきましては、戦後、先ほどございました憲法の式典でございますとか、講和条約発効のときの式典とか、そういうような式典がございます。そういう場合には両陛下が行幸せられまして、あるいは衆参両院議長、総理大臣、最高裁判所長官というような方々が式辞をお述べになったり、あるいは各界の代表が祝辞を述べたり、そういうような一種の式典でございますので、そう長時間を要するものではないのでございます。
○田中(武)委員 どうも、総理とか衆参の議長とかが式辞を述べるとか、各界代表が祝辞を述べるとか、一体これは何になるだろうと思うんですね。何を主体としてそういう式をやるのか。ただたくさん人が寄って、光とか音楽とか、その中で適当に演説をぶつ、それだけのことなんですか。たとえば、具体的に、まあ天皇陛下なら天皇陛下にその式場に来てもらうというようなことを考えておるのか。それからその式の中心というのは一体何なのか、ただ、お互いにおめでとうございますというようなことで式辞を述べて、それで終わる、それで一千八百万円の金を使うのか。 それから、これはまあ総理に伺いたいところですが、官房長官に伺います。私は、そういうことで結局は恩赦をやるとか、何かそういうようなことの一つのきっかけにしよう、そういうようなことを考えておるんじゃないかと思う。これは総理とか法務大臣に聞くべきことですが、恩赦をやるのかやらないのか、ことに選挙違反に対してやるのかやらないのか。 それから水田大臣には、記念メダルとか、何か普通の商業ベースで出すものがあるだろうと思いますが、オリンピックのときのような記念貨幣とか、ああいうようなものを出すことを考えておるのかいないのか。郵政大臣いないけれども、おそらく記念切手なんかも出すんだろうと思いますけれども、そういうようなことをお伺いします。 まず、恩赦をやるのかやらないのか。
○木村(俊)国務大臣 政府として現在恩赦は考えておりません。
○田中(武)委員 考えていない。 大蔵大臣、記念貨幣とかそういうようなことは……。
○水田国務大臣 いまのところ、まだ私どもは考えておりません。
○田中(武)委員 いまのところ——官房長官もおそらくいまのところというのが上につくだろうと思いますが、(木村(俊)国務大臣「現在です」と呼ぶ)現在のところでしょう。したがって、そのときになったらわからないと思うのです。しかし、これは総理なりがおらないと、いま官房長官に絶対やりませんと明言をせよと言ってもちょっと無理であると思いますけれども、そういうことで、ただ単に何か知らぬが寄って、各界の名士を集めて総理が一席ぶった。そうして音楽と光がどういうことなのか知らぬが、やって、そういうことで終わるということは私は困ると思う。そうしてそのために選挙違反の人が恩赦になるとか特赦になるとか、そういうようなことだけに利用せられるということになっても困ると思います。その点だけをはっきりと言っておきます。 それから、記念貨幣とかそういうことについてはまだいまのところ考えていないということなんですが、どうせ出すんでしょう。出すんだが、金のメダルはともかくとして、いわゆるオリンピックのときの銀を出すといっても、銀がいまないでしょう。去年から金と銀を買いなさいとぼくは言っておったんです。ところが買っていないですね。出そうとしてもそれはつくれないでしょう。ことに私の文書質問によって追い詰められて、産金会社から五%の金買い上げをやめたでしょう。そのことについては、場所が違うからまたあらためてお聞きしますが、どうなんです。
○水田国務大臣 いまのところまだ検討の議題にもなっておりません。
○田中(武)委員 それじゃこの点についてはまたあらためて伺うことにして、次にいきたいと思います。 官房長官にお伺いしますけれども、昨年総理が大洋州を含めて東南アジアに二回、それからアメリカへ一回、台湾にも行っておりますね。その費用が一億七千四百五十四万六千円、一億七千万以上の金が出ておるわけです。国民は、総理が各国を訪問せられたことは知っておっても、こんなに金を使うたとは思っていないと思うのです。予備費の支出を見てみますと、最初の東南アジアの場合が四千六百八十二万八千円、それから二回目のときが六千八百九十二万一千円、そしてアメリカが四千七百二十八万八千円、それから台湾のときが一千百五十万九千円、こういうように出ておるのですね。これは一体大まかにいってどういう費用なのか、この内訳をまずお伺いいたします。
○相沢政府委員 中華民国一千百五十万九千円の内訳は、航空機の借り上げ料が七百六十九万二千円、報償費が二百八十四万円、外国旅費が六十九万八千円、その他二十七万九千円、これは自動車の借り上げ料等でございます。 それから東南アジアでございますが、四千六百八十二万八千円、これはビルマ、マレーシア等の分でございますが、そのうち航空機の借り上げ料が二千九百六十九万五千円、報償費が一千二百九十六万五千円、外国旅費が二百十六万七千円、その他自動車の借り上げ料等が二百万一千円でございます。 それから次の東南アジア、大洋州、これはインドネシア、フィリッピン等に参りました分が六千八百九十二万一千円で、そのうち航空機の借り上げ料が五千百七万八千円、報償費が一千百八十七万八千円、外国旅費が三百六十万八千円、その他自動車の借り上げ料等が二百三十五万七千円でございます。 それからアメリカに参りました分が四千七百二十八万八千円で、そのうち航空機の借り上げ料が三千三百十五万二千円、報償費が千三十六万六千円、外国旅費が百万二千円、その他自動車の借り上げ料等が二百八十二万八千円でございます。締めて一億七千四百五十四万六千円、したがいまして、この経費の大部分が航空機の借り上げ料及び外国旅費でございます。
○田中(武)委員 いまこうして伺っておりますと、これは一国の総理が行くのですから、ある程度体面も必要だということはわかります。しかし予備費から一億七千万円以上の金が出ておるということ——国民は総理がそれぞれの国を訪問したということは新聞等で承知しておると思います。しかし、これだけ金が要ったということは、あまり知っていないと思います。一億七千万円もの金が自分たちの税金の中から総理の旅行に使われるということなら、少し考えるのじゃないか。これだけの金を使ってどういう効果があったのか。総理が訪問したからといって直ちにこれだけのおみやげがあったということは具体的に出ないとしても、何かの成果があったのかということは疑問だと思います。したがって、これら一連の海外訪問の目的及びその成果をどのように把握しておられますか。
○木村(俊)国務大臣 主として東南アジア、大洋州のオーストラリア、ニュージーランドを含めまして十一カ国であります。先般の外遊の目的と申しますのは、もちろん日本の総理大臣として各国の最高首脳と直接触れ合って、アジアの平和についての率直な意見を交換するということ、それから総理といたしましても、アジアにおける平和と繁栄、特に日本がこれから果たさなければならない役割りと申しますか、やはり経済協力の面におきましても実施に見聞いたしまして、その国の首脳と意見を交換し合うということがどうしても欠くことのできないことでございます。また、たとえばオーストラリア、ニュージーランドへ参りますと、二国間の問題がいろいろございます。オーストラリアにつきましては二重課税防止の問題、ニュージーランドにおきましては漁業問題、そういうような二国間の長年の懸案が、総理がこの両国を訪問することによりまして解決を見たということもございます。ただそういうような具体的に目に見えた成果のみならず、これは金額で換算のできない大きな効果があったと考えております。
○田中(武)委員 私の感ずるのは、せっかくそれだけの費用を使って総理が各国を訪問した、しかし成果は、むしろ今後の日本に対して大きな重荷になるものをたくさん持って帰った。それを一々ここでは申しませんが、たとえば東南アジア各国を回ったときに、それぞれの国で共同声明なるものを発表しました。その文章は大体似たり寄ったりです。ところが、インドネシアだけが文章が違うのですね。特にインドネシアだけに違った文章が用いられたということにはそれだけの理由が私はあると思います。それは官房長官に聞くのが適当でなければ、総理にまたお伺いしますけれども、同時に総理は、インドネシアでかっこうのいいことを言って帰ってきた。インドネシアの海外援助の少なくとも三分の一くらいはというような発言をしておるわけですね。そして昨年は、何回も問題にしましたが、いわゆる六千万ドルのうち五千万ドルが借款、一千万ドルが贈与でしょう。そしてことしは、インドネシアは海外援助の予算として三億二千あるいは三千万ドルに近い金を組んでおるわけです。その三分の一はというようなかっこういい発言をしておるから、現地ではもう一億ドル以上ことしは援助をもらえるものだと期待をしておるわけです。それを確かめにきたのが先日のスハルトの訪日であったと思うのです。ところが、予算では六千万ドルしか上がっていない。しかも、去年はあの手この手でいろいろ考えてやった。しかしそれが今度はうまくできにくいといいますか、そういうことでこの前の委員会でも論議をいたしましたが、海外経済協力基金法まで改正をして、いままで輸銀ベースで出しておったのを今度は基金ベースで出すというような改正までして、そういう苦労をしておられる。もちろん私は発展途上国に対する経済援助が悪いとは申しません。しかし、あまりにもかっこういいことを言ってきて、あとで困るようなことがあるのではないか。いま現にそうじゃなかろうかと思うのです。したがって、ロッテルダムにおけるインドネシアの債権国会議のときでも、何だか八千万ドルというものが話題になったとか、きまったとかいうことが伝えられておるわけです。そうなりますと、少なくとも予算で六千万ドルというものを組んで、それ以上になることは確実なんです。そうなれば、また予備費使用ということになって、一年後にこうして議論しなければならぬ。なるほど、そういうことも含めて成果だと言えばそうなんでしょうが、むしろ私は重荷を持って帰ったと思う。 アメリカへ行って帰ってきた、一体どうなったのか。あのときの日米のいわゆる佐藤・ジョンソン共同声明は、六七年のものは、六四年ですか、前のものと比べて項目は同じようなことが書いてある。ところが、それぞれ締めつけた、もっと強くなったことを書いてある。そこで、あのときに、ワシントン等ではいわゆるギブ・アンド・テークだといわれるが、一体何をもらったんだ、押しつけられただけじゃないか、こういうような外国人記者の批評もあったようです。これだけの金を使って行って、むしろ重荷を負うて帰った、このように受け取っておるのです。それは沖縄について両三年のうちに云々、こういうことや小笠原が返りましたと、こういうことを言うだろうと思いますが、そういうことでなくて、私はもっと総理が行ったら行ったらしいことをやってもらいたかったのです。その成果についてどうなんです。まず東南アジアについてどうです。インドネシアについてどうです。
○木村(俊)国務大臣 東南アジアへ参りまして共同声明には、もちろん経済協力を約束しておる部分もございます。これは日本の財政にとっては確かに重荷かもしれませんが、しかし、日本が大きな観点から東南アジアで今後果たさなければならぬ役割り、特にアジアの平和と安定の中に日本の平和と安定があるという立場に立ちますと、私は必ずしもこれは重荷とは考えたくないと思います。財政的な負担、これは当然考えなければなりませんけれども、そういう意味におきまして、新しいアジアにおける日本の役割りという面で国際的責任を日本がしょってきたということは、これはおっしゃるとおりでございます。日本の役割りとしては、当然果たすべき役割りを堂々と声明の中にうたってきた、こういう考えでございます。 インドネシアの問題が出ましたが、これは未解決の問題で、この国会で経済協力基金法案を御審議願っておりますができるだけ早く御審議のもとに成立さしていただきたい、その上に立って政府としてもいろいろ努力をしたい、こう考えております。 最後に、日米会談の成果でございますが、これは私もう国民が正しく評価していただいておるところだと思います。確かに各項目にわたっていろいろ触れております。中共問題にいたしましても何にいたしましても、これを御精読願えれば決して新しいコミットメントを受けてきたものではないというような感触でございます。特に小笠原はもう近く返還のめどもつきましょうし、また沖縄問題も両三年内にめどをつける、大きな成果をあげたことと私どもは確信しております。
○田中(武)委員 それは観点の違いとでも申しますか、いま声明書を持っておりませんが、六四年と六七年を比べてあとで総理とあらためて議論することといたします。 しかし、たとえばインドネシアでかっこういいことを言っておるから、いまその結果がきておるわけです。そして海外経済協力基金法の改正を出しておる。これはインドネシアに対して基金で商品援助ができるように、こういうことで出しておるわけです。しかも、それが今日のこの状態であるのに通るか通らぬかわからぬ。そこで、これは商工委員会の問題ですが、たとえば砂利の採取、災害によってこれは早くやらなくちゃいけないという国民生活に直結した問題なんです。ところが、その砂利採取の改正法をあと回しにして海外経済協力基金法をやろうじゃないか、それをやらなければ国民の公害に直接関係のあるような法案でもつぶすぞ、それをあと回しにするぞというような交渉が現に行なわれておるのですよ。それは結局は佐藤さんが行ってかっこういいことを言って帰ってきた結果なんですよ。そうじゃないですか。その点が一点。 さらに、佐藤さんがアメリカから帰ったのはいつです。それからしばらくの間たって、そんなに長い期間じゃなしに、ほんとうに短期間の後に——短時間と言いましょう、短時間の後にポンドの切り下げが行なわれました、十一月十八日、そして一連のドル防衛政策が出てまいりました。そうしてあわてて輸入制限やら課徴金に対して総理の親書を持って福田一さんを特使として、まあ嘆願というのかあるいは要請というのか、行くというようなことが行なわれたわけです。それだけの金を使ってアメリカへ行ったなら、そのときにそのような情勢、ドル防衛というようなこと、ドルの危機というようなことはわかっておったはずです。したがって、それの一連の流れとして、日本の綿製品その他の輸入制限のことは、いわゆるミルズ法案というのは夏から出ておったわけです。あるいは増税ないし国境税、課徴金にしぼられましたが、そういうようなものはすでにわかっておったのです。そういうようなことに対して何らの成果をあげていないじゃないですか。しかも帰ってきて、特使でもって、要請といえばいいですが、結局は哀訴嘆願に行ったじゃないですか。そういうことがわからなかったのか。あのときは日本におったってそのくらいのことはわかっておったでしょう。なぜそのようなことにもっと突き進んだ話をしなかったのか。もししておったら、やれ輸入制限法案は通ったらたいへんだ、やれ輸入課徴金がどうだとか、そんなことであわてる必要はない。そんなことは一つも話をしていないでしょう。それをもってして、一億七千万円以上の金を使って外遊してきたところの成果があがっていると言えますか。あらためて総理とも議論をいたしたいと思っていますが、官房長官、いかがです。
○木村(俊)国務大臣 アメリカの輸入制限、ことに課徴金を中心といたします動きは、もう田中委員が御指摘のとおり、これはもちろん前から予測しておりました。日米会談で、総理が、もちろんこれは沖縄が主題でございましたけれども、すでにそのころ上院を中心として動いておりますそういう動きに対して、ジョンソン大統領にも強く要請をいたしました。これはもちろんアメリカの国内問題でございますので、共同声明の中には触れておりませんが、強い要請をいたしました。のみならず、当時ドルの危機というものはもちろんございませんが、ポンドの危機については十分予知された時期でございます。ポンドの危機、それに伴ういろいろ国際通貨危機に伴う話し合いというものは、もうすでにそのときにいたしております。福田一代議士が参りましたのは、党のほうから特にアメリカの上院、下院議員と懇談をいたしまして、そういう誤ったことをしないようにという措置でございました。したがって哀訴嘆願ではございません。それの際に、確かに総理の親書は持っていただいておりますけれども、これはあくまで党側の特使としての立場でございます。
○田中(武)委員 インドネシアはどうです。いまさら、行ってかっこういいことを言っているから、そのしわ寄せが商工委員会に来ているのですよ。
○木村(俊)国務大臣 どうも経済協力基金法案は政府の立場としてぜひひとつ通過させていただきたい。ただ、国会の審議の段階でございますので、私のほうからとやかくは申し上げません。砂利ともども、ひとつ成立させていただきたいと思います。
○田中(武)委員 約束の時間がそろそろ来たようですから、これ以上申し上げないと思っておりますが、どうも官房長官の話を聞いておっても私はぴんとこないのです。もうすでにドル危機ということは前からわかっておる。それに対する一連の措置は、わかっておったらもっと打つべき手があったのじゃないか。それから自民党として哀訴嘆願じゃないと言うが、あのときの文書が新聞に出ておりましたが、総理の親書と間違うてちょっと問題になったが、あの文書は何です。党からやったと言うが、あの文書はやはり哀訴嘆願です。それはいいとしましょう。しかも大砲もバターも、すなわちベトナムもドル防衛もということはとうていできないんだ。やがてジョンソンは進退きわまるときがあるということはわれわれ前から言うておった。三月三十一日、日本では四月一日、あのジョンソン声明によって一番あわてたのは日本の外務省じゃないですか。おそらく日本じゃなかったか。それが佐藤さんがこれだけの国費を使ってアメリカへ行って、ジョンソンとひざをまじえて語って帰ってきてからまだ半年もたたぬときに、ジョンソンがあのような決意を表明しなければならぬということがわからなかったのか。それであるなら一億七千万円以上の国費のむだ使いであったと私は断定します。もし答弁があるなら伺いましょう。むだ使いだということを断定します。
○木村(俊)国務大臣 いろいろ評価は自由でございますけれども、政府といたしましては、大いなる成果があったと確信しております。
○田中(武)委員 もうおきますが、こういう問答をやってもしようがないですが、国費を使う以上——ことに大蔵大臣、この前からも申し上げておりますが、これで一応四十一年度の後期と四十二年度についての予備費の質問は終わるわけです。ところが先日来言っておるように、予備費は一たん予算として与えられたんだから何に使ってもいいんだというような感覚だけはひとつのけてください。少なくともそれを使うには、なるほど憲法では内閣の責任においてということになっておるけれども、それは何らかの基準がなくちゃいけない。それは国葬にしてもそうです、あるいはインドネシアに対する無償贈与の点についてもそうですけれども、そうでなかったら、やはり国会の承認を得るなり、報告する義務があるものと私は考えます。今後予備費の問題について十分考えてもらうということを要望いたしまして、一応質問を終わります。
○大石委員長 これにて質疑は終了いたしました。 —————————————
○大石委員長 これより討論を行ないます。 討論の通告がありますので、順次これを許します。小山省二君。
○小山(省)委員 ただいま議題となりました。昭和四十一年度一般会計予備費使用総調書(その2)、昭和四十一年度特別会計予備費使用総調書(その2)、昭和四十一年度特別会計予算総則第十条に基づく使用総調書、昭和四十一年度特別会計予算総則第十一条に基づく使用総調書(その2)以上四件の承諾を求めるの件及び昭和四十二年度一般会計予備費使用総調書(その1)、昭和四十二年度特別会計予備費使用総調書(その1)、昭和四十二年度特別会計予算総則第十一条に基づく使用総調書(その1)、以上三件の承諾を求めるの件について、自由民主党を代表して賛成の討論を行なわんとするものであります。 そもそも予備費の使用については、予算審議の際、必要にして緊急やむを得ないものについて、その使用を認めることを条件として、国会の議決を経たものであり、その使用にあたっては、閣議の決定を経て、大蔵大臣の権限に委任しているものであります。 さらに、大蔵大臣は、財政法第三十五条第三項ただし書きの規定に基づいて、具体的経費の指定をなし、あらかじめ閣議の決定を得ている事項の経費については、大蔵大臣限りの使用を行なうこととしているのであります。 今回の予備費審議の経過から見て、予備費の使用について時も場合に依り国会の審議に付す件に慎重を欠く事例が見受けられた、たとえば海外経済援助に要する経費のごときは極力、国会の審議に付し、しかる後必要の場合予備費をもって支弁するもやむ得ないものと考えられますが、現状はやや一貫性に欠け、必ずしも万全が期せられているとは申しにくいのであります。またこれは昭和四十年度の予備費の中ではありましたが、せっかく予備費の使用決定をしても、これが十分な効果的使用に至らないで未使用となっているものがあったこと等にかんがみて、前述のごとき、予備費使用のきびしい条件に照らし、今後とも、その取り扱いについて基準を一そう明確にしてその使用に万全を期すべきであると考えます。 しかしながら、一般的に今回の予備費使用は、その大半が災害復旧の事業や、国の事務的経費の不足を補うものに充てられていることでもあり、特に、反対の意思を表明するべきものはないと考えますので、自由民主党を代表して以上の各件につき賛成の意を表明し、討論を終わる次第であります。
○大石委員長 華山親義君。
○華山委員 ただいま討論に付せられました予備費使用等の承諾を求むる件に関して、日本社会党を代表し、次の諸事項については承諾し得ないことを申し述べます。 第一は、オーストリア請求権の処理費及びインドネシア経済協力費の支出についてであります。憲法八十七条の予備費の規定は、「豫見し難い豫算の不足に充てるため、」とはいえ、政府に対し無拘束な、無制限な使用の権限を与えたものではありません。予算は法にあらずということばもあります。予備費といえども予算の一部である以上、法を乗り越えることは許されないのであります。当然憲法八十五条に基づき、国会の議決に準拠をしなければならないのであります。そして外国との文書による合意については、憲法第七十三条三項ただし書きの規定により、事前または事後に国会の承認を得ることを必要とするものであります。しかるに本件支出の前提である両国の合意は、この国会の承認を得ておらないものであって、本件予備費の支出は憲法に違反するものと言わざるを得ず、承諾し得ないものであります。 第二は、インドネシア経済協力費の支出についてであります。インドネシアに対する経済協力は従来乱雑きわまるものであり、返還の確実性を欠き、その効果についても多くの疑惑を持たれてきたのでありますが、政府はこれらの問題につき是正することもなく、漫然無償贈与を決定したことには反対せざるを得ないのであります。いわんや一方において輸出入銀行から五千万ドルを貸与し、一方において政府財政から一千万ドルを贈与することは、輸出入銀行の実質的金利の低下を意図するものであることは明白であって、国費のあまりにも安易な使用と言わざるを得ないのであります。政府責任当局が、過日本委員会においてわが党議員の質問に対し、この国会に提出の海外経済協力基金法の一部改正が行なわれるならばこのような贈与は必要はなくなる、と言うがごときに至っては、この支出は脱法的便法とも言う得るものなのであります。本件については、前述の憲法違反の理由とともに、その実質についても反対せざるを得ないのであります。 第三に、吉田茂元総理の国葬儀の経費の支出についてであります。新憲法制定とともに多くの法令がそのまま継続された中において、旧憲法下の国葬に関する勅令は廃止されたのであります。そして皇室典範第二十五条に「天皇が崩じたときは、大喪の礼を行う。」とあって、これが国葬に関する唯一の規定であります。これを総合するに、新憲法下においては、天皇崩御の場合以外は国葬は行なわれないものと解すべきであって、吉田元総理が皇太后のなくなられたときに際し、国葬を行なわなかったのは、この理由に基づくものと私は承っております。吉田元総理の功績の評価は別個の問題として、法のたてまえとして、本件の支出には反対せざるを得ません。 最後に、佐藤総理大臣の数次にわたる諸外国訪問所要経費についてであります。この一連の諸外国訪問に際して、特に南ベトナム訪問は、ベトナム戦争の平和への世界の願望を阻害するものとして、わが党は強く反対したところであり、また台湾訪問も、日本、中共間のわだかまりを深めるものであることを主張したのであるが、佐藤総理はこれをあえて行なったのであります。アメリカ訪問の所産、ジョンソン大統領との共同コミュニケは、アメリカに追随する日本外交の姿を浮き彫りにしたものであり、その中における中共の脅威というがごときことは、内心いかに思うとも、一国の首相として公然相手国にこのようなことを言い放つことは、外交の何たるかを知らず、ただアメリカの独善的、支配的外交に追随したものであります。かくして総理大臣の帰朝第一声は、みずから国を守る気概を国民に求めたものであって、佐藤総理大臣のアメリカ訪問によって得たところは、軍備拡大のことではなかったのか。さらに一つの総理大臣のみやげとして誇示する、沖縄返還のめどなるものについても、ばく然としたものであり、返還後のアメリカ軍事基地としてのあり方についても、ただ白紙というだけであって、核つき返還の危険を包蔵し、ひいて憲法第九条の平和の原則をも脅かすおそれがあります。総理大臣の諸外国訪問後半年を過ぎた今日、ドルの暴落、ドルの危機、ベトナム戦争の平和へのきざし、アメリカの世界外交の転換を見て、総理大臣外国訪問の有害無益であったことを一そう痛感いたします。 これらの所見に立ち、本件支出を承諾することは断じてできません。 以上、終わります。
○大石委員長 吉田賢一君。
○吉田(賢)委員 私は民主社会党を代表いたしまして、昭和四十一年度一般会計予備費使用総調書その2、その他各付託案件につきまして、強く改善要求の意見を付しまして、これを承諾する討論を行ないたいと存じます。 まず第一に、私は比較的できるだけ純粋な、財政運用の見地から議論を進めてみたいと思うのであります。 第一は、ただいま上程になっております予備費の承諾を求める案件につきましては、四十一年度は一般会計におきまして百六十億余円、特別会計におきまして、弾力条項その他郵政省所管の特別の業績、賞与に関する経費を合算いたしますると、三千三十三億余円になり、四十二年度におきましては、一般会計の分は二百八十八億円余、特別会計の分は合わせて二千五百十七億円余、こういう膨大な数額になります。そこでこの案件全体を精読いたしまして、全部について一々論議するわけにもまいりませんので、最も重要な特質を二つに区分して指摘したいのでございます。 それは四十一、二年度を通じまして、一般会計の予備費使用の状況のうち、重要な特徴は、これは農林、運輸、建設、厚生、文部等各省にわたりまして、台風、豪雨、風浪、冷害などの天災被害の復旧などの公共事業費の補助経費が主要な分であります。第二点は、これは四十一、二年度の特別会計の予備費でございまして、農林省所管に属する食管会計の諸経費、これが重要でございます。そこで、私はこの二つのグループに属する重要事項につきまして、批判、解剖し、少し意見を申し述べたいと思います。 過般の大蔵大臣に対する質疑にも若干触れておきましたが、いま指摘いたしました第一グループの一般会計に属する災害予備費は、これは毎年繰り返しておりまして、災害は、過般の説明によっても、多い年には四千三十億円の主要設備の被害を生じております。過去六カ年間を総計いたしますと、二兆円をこえるのであります。ただし個人被害あるいは宅地の損壊、土地の被害等はほとんど含まれず、また人的損害にいたしましても、自然災害の多い四十年度には一千百六十八名の死者、行くえ不明を出しております。こういうふうに、六年間を通計してみますると、人の死亡、行くえ不明だけでも最も少ない年で三百六十二名であります。これはまことに悲歎のきわみであります。しかし、古来日本は災害の国として、すでに先祖以来の深い体験がございます。災害基本法に指摘する幾多の原因等は、もうすでに何千年来の日本人の体験の災害であります。そこで、この災害につきましては、毎年、以上述べましたようなばく大な損害と膨大な予備費の使用を年々繰り返してまいっておりますることは申し上げるまでもございません。この機会に、この繰り返される自然災害は、自然現象を正確につかむ、これを資料一といたしまして、近代の科学、行政を通じまして、これに対する予知、予防ないしは回復につきまして遺憾なきを期するというような抜本対策、こういうような面から問題の解決に取り組んでいくのでないと、年々繰り返される予備費は、いたずらに過去のこのような被害の実績と、そして予備費の諸内容の論及をするということの繰り返しであります。実に遺憾しごくであります。でありまするから、国の財政の改善の見地から考えてみましても、また自然の災害をより少なくして、そして国民の幸福を増進するという見地からいたしましても、ないしは日本のこの種の被害に対する行政業務の面から考えてみましても、この際相当思い切った対策を立てて、そして予備費使用の問題につきましても検討を行なっていかねばならぬのではないか、こう思われるのであります。 ことに予備費は申し上げるまでもなく純粋の予算ではございません。事前に国会の審議を終了し、議決を経たものではございません。でありますから一たん使ったものは、これを承認しなくても法律上の効果が生じません。政治責任のみであります。したがいましてはく大な予備費、いうならば国民の血税を使うのでございますから、厳格にこれは当該年度内に使われなければならぬ。きょうは審議の日程にはあがっておらぬけれども、たとえば四十一年度の農林その他の災害復旧についての予備費使用の状況を、他の角度で調べてみましても、年度末の三月二十八日に至って使用決定がされる実例もございます。そのような場合には四月にならなければ使用できないのではないだろうか。これらはよほど厳格に考えていかなければ、予備費の制度をくずすことになることは申すまでもありません。したがいまして横に流用することは原則としてできないのでありますから、そのようなことも考えながら厳に翌年に繰り越されることのないようワクを立てなければならぬ。この点は特に災害のみならず、他の予備費使用につきましても随所にそのような事例がありますので、特に御注意を申し上げねばならぬのであります。 そこで私は前回の委員会で大蔵大臣にも申し上げておきましたのですが、この際思い切って、やはり自然災害を抜本的に食いとめることができなければ、予知をして、予防をして、対策を適切に正確に行なって、浪費を少なくして、予算を効率的に使う、行政は円滑にかつ的確に不断にこれを行なっていく。そして中央も地方もあわせまして、行政の機構も運営も最も合理的に迅速に行ない得るように、改善の意図をもって臨むということが、予備費使用のあと始末といたしましても、非常に重要なことでないかと考えられます。この点は諸般の事項の改善と今後の対策を強く御要望申し上げたい。一口で言うならば、幾つかの案を立てまして、所与の予備費をもちまして最大の効果をあげなさい。所与の目的に対しましては最少の予備費をもって目的の達成を検討しなさい。この責任はかかって大蔵大臣にあります。また各省の長の責任もあることは申すまでもないのであります。これは改善の要求として強く申し上げたいのであります。 第二はいま特別会計のグループとして指摘いたしました食管会計の問題であります。重要な基本問題である食管会計の米価問題ないしは直接統制か間接統制かの論というような問題は、きょうは触れません。しかし特別会計の予備費の大部分は年々食管会計であること申すまでもない。四十一年度の赤字は二千百億円、四十二年度の赤字は二千四百六十九億円、四十三年度の赤字二千四百十五億円と見込まれております。ことに食管運営費の借り入れ金は、平均いたしますると年間八千億円、少ないときで三千億円。一兆円にも達するような借り入れ金を操作いたしております。金利負担も四十三年度は四百四十七億円。国内米勘定におきましてもトン当たりの金利が四千百七十九円かかっております。何らか改善の財政措置を講ずるのでなければ、食管会計自体が破壊されてしまうのではないでしょうか。私は生産者の立場、消費者の立場、また国の財政、こういうようなあらゆる面から総合検討いたしまして、食管財政の改善、改革が焦眉の急であると考えております。繰り返されております予備費使用につきましても、このような財政的見地から財政の所管省である大蔵省を中心に、各省この問題は早急に解決すべく努力しなければならぬものと考えるのであります。これらの点につきましては、私は、意見も述べ、提案のような趣旨になりましたので、できれば次の機会に、たとえば来国会におきましてやがて予備費の承諾を求むるの案件が付託されましょうから、その際にでも、もしくはそれ以前にでも、これらの諸問題について、重要国策の一環として、当委員会に政府からその後の施策等について御回答を願いたいと強く御要請を申し上げたいのであります。 そこで、私は、このような次第でありまするので、結びといたしましては、やはり年々膨大な予備費を使っておりまするその内容、その効果等々から、深くお互いに反省をしていきたいと思います。基本的にはやはり政治、行政、財政の全般にわたりまして、国の省庁から地方の公共団体に至るまで、やはり政治、行政の姿勢を正すということが根本でないかと考えております。政治におきましては、たとえば国会におきましても、国会は審議するときは辛らつなことばも出ますけれども、しかし、予備費の獲得等につきましても、国会は相当責任なしとは言えない。したがって、私は、党と言わず、議員と言わず、およそ国の財政の監督の地位を構成する国会といたしましては、やはり予備費は予備費官庁にできるだけまかして、ただし、その使用につきましては、われわれは厳に監督の見地から検討していく、こういうような本然の体制にあることが望ましいと思うのであります。 また行政府といたしましては、財政の実施官庁でありますので、厳に綱紀の粛正をして、そうして能率もあげて、予備費要求の計画とその実施につきましては、たとえ千円たりとも国民の血税でありますことを自覚して、目的は適切に、計画は正確に、その経費に対する効果、効率等は厳密に、これを検討いたしまして、所要の経費をもって最大の行政効果を期待すべき責任があります。しかし、現実の問題としましては、会計検査院の年々指摘する不当事項の中には、やはり補助費が費目としては実に多いのであります。補助費の内容は予備費が相当に含まれておることは申すまでもございません。あるいは見積もりの過大であるとか、あるいは復旧が改良になったり、あれこれと取り違えをしたり等々、幾多の錯誤、食い違いもあるようでありますけれども、いずれにしても、予備費要求の際、使用決定の際に、厳に、以上申しましたような大切な税を守るという見地からいたしまして、決定をされることを強く御要望したい。 また財政の見地からいたしましても、予備費は事前に国会の審議を経ていないことは申すまでもありません。そういう経費でありますから、さきに一言しましたように、流用は許されません。次年度への繰り越しはできないはずであります。これは憲法、財政法にも明記しております。国会並びに裁判所が特別に予備金を持っておりまするが、何かあれに似たような一つの感覚のズレでもあるのではないだろうかということが私ども指摘されるのであります。しかし、いまの委員会審査の段階におきましては、予備費使用につきまして違法は発見されておりません。したがいまして、私は、以上述べましたような各般にわたる批判もし、かつまた意見も述べまして、これらの趣旨を政府は十分に勘案せられ、次の機会に少しでも改善前進しておるという事実を当委員会に御報告せられるように強く御期待を申し上げまして、私は、この承諾案件に賛成するものであります。以上。
○大石委員長 鈴切康雄君。
○鈴切委員 私は、公明党を代表いたしまして、昭和四十一年度一般会計予備費使用総調書外三件、昭和四十二年度一般会計予備費使用総調書外三件について、いずれも承諾できないことを申し述べたいと存じます。 十三日予定されている総理の出席のとき明らかにしておきたいと思っておりましたが、予定が変更されましたので、討論の中に織り込んでその反対の理由にもいたします。 その理由といたしましては、まず第一に、予備費の使用なるものは緊急やむを得ないものに限られるべきでありまして、それ以外のものは既定経費として計上すべきものであります。 申すまでもなく、予算は、国会の議決を得て使用されるべきものでありまして、これは憲法の大原則でもあります。そこでは便乗的なもの、あるいは理由の明確でないものはその使用が一切許されないのであります。今回の予備費の支出は非常にあいまいな点があり、たとえば内閣所管の佐藤内閣総理大臣の中華民国訪問及び東南アジア、大洋州、さらにアメリカ合衆国訪問に支出された経費は一億七千万円の多額に及んでいるのでありますが、元来一国の総理が外国を訪問するということは、決して突発的なことではなく、当然前もって相手国との打ち合わせもあるであろうし、その準備も必要なのであります。でありますから、外国訪問の費用は、当然年度予算に計上すべきでありまして、もしそれが不可能な場合は、補正予算という方法もあるのであります。国会審議の風当たりを少なくするために予備費を使ったと勘ぐられてもしかたがないと思う政府の姿勢に問題があります。 第二に、低開発国に対する援助は、アジアの平和ひいては世界の平和にきわめて重要なことであり、人道的見地から見ましても必要なことであります。ところが、インドネシア共和国に対する今回の緊急支出は、いわば借款の利息に該当する部分を贈与に切りかえたとも思われるものでありまして、賛成できないのであります。 第三は、予備費の支出の根本問題に触れるものであります。毎年予備費支出は、災害復旧に対するものがその中心をなしておりますが、会計検査院の報告を見て驚いたことでありますが、災害復旧事業に対する不当事項の指摘が余りにも多いことであります。たとえば建設省の災害復旧事業工事費として八百六十二億七千九百七十六万二千円が予備費から支出され、そのうち一億二十二万一千円が不当として指摘されているのであります。災害復旧工事にあたり予備費から支出された国庫補助金がこのように不当に使用されているということは、ゆゆしい問題でありまして、通り一ぺんのこととして看過できないものであります。北東北てん菜生産者に対する特別交付補助に対する経費についても多くの疑義を持つものであります。 主として以上の理由によりまして、ただいま提案されました案件に対し、不承諾の意を表明するものであります。
○大石委員長 これにて討論は終局いたしました。 これより採決いたします。 まず、昭和四十一年度特別会計予備費使用総調書(その2)について採決いたします。 本件は承諾を与うべきものと決するに賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○大石委員長 起立多数。よって、本件は承諾を与うべきものと決しました。 次に、昭和四十一年度一般会計予備費使用総調書(その2)、昭和四十一年度特別会計予算総則第十条に基づく使用総調書、昭和四十一年度特別会計予算総則第十一条に基づく使用総調書(その2)、以上三件について採決いたします。 三件はそれぞれ承諾を与うべきものと決するに賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○大石委員長 起立多数。よって、三件は承諾を与うべきものと決しました。 次に、昭和四十二年度一般会計予備費使用総調書(その1)について採決いたします。 本件は承諾を与うべきものと決するに賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○大石委員長 起立多数。よって、本件は承諾を与うべきものと決しました。 次に、昭和四十二年度特別会計予備費使用総調書(その1)、昭和四十二年度特別会計予算総則第十一条に基づく使用総調書(その1)、以上両件について採決いたします。 両件はいずれも承諾を与うべきものと決するに賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○大石委員長 起立多数。よって、両件は承諾を与うべきものと決しました。 なお、ただいま承諾を与うべきものと決しました各件の委員会報告書の作成につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○大石委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 ————————————— 〔報告書は附録に掲載〕 —————————————
○大石委員長 次回は公報をもってお知らせすることとし、本日はこれにて散会いたします。 午後零時二分散会