産業公害及び交通対策特別委員会 第2号
- 発言数
- 82 件
- 登壇者
- 13 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1967/12/15
会議録
○委員長(松澤兼人君) ただいまから産業公害及び交通対策特別委員会を開会いたします。 まず、委員の異動について報告いたします。 去る五日、野上元君が委員を辞任され、その補欠として藤田藤太郎君が選任されました。 また、本日、小平芳平君が委員を辞任され、その補欠として矢追秀彦君が選任されました。 —————————————
○委員長(松澤兼人君) 産業公害及び交通対策樹立に関する調査を議題とし、神通川流域のイタイイタイ病対策に関する件の調査を進めます。 本件につきまして、本日は四名の参考人の方々から御意見をお伺いいたします。 参考人の方々に一言ごあいさつ申し上げます。 本日は、御多忙中にもかかわりませず、本特別委員会に御出席くださいましてまことにありがとうございます。本件につきましては、二回ほど当委員会におきまして調査を行ないましたが、直接この問題を究明しておられます各位からその実情をお伺いいたしまして、調査の参考に資したいと存じておりますので、よろしく御意見を御発表いただきたいと存じます。 次に、本日の議事の進め方でございますが、順次御意見をお述べいただくことにつきまして、まことに恐縮でございますが、時間の関係もございますので、大体お一人十五分程度におまとめ願いたいと存じます。次いで各委員から質疑がございますので、これに対してお答えをいただきたいと存じます。では、どうぞよろしくお願いいたします。 これより順次、参考人の方から御意見を聴取いたします。 まず、石崎参考人にお願いいたします。
○参考人(石崎有信君) 金沢大学の石崎でございます。 イタイイタイ病の歴史的な経緯といったことについては、むしろ、地元においでになる萩野博士のほうが詳しいと思いますので、萩野博士のお話にまかせることにいたしまして、私は、主として私どもの大学を中心にして研究を進めてきた事柄について申し述べたいと思います。 昭和三十七年に富山県が特殊病対策委員会というものを編成いたしまして、私ども数名が金沢大学から参加いたしました。公の組織的な研究が始まったのはそれが最初かと思います。で、三十八年になりまして、文部省及び厚生省の研究費が支出されまして、金沢大学の研究者を中心にして研究班を組織いたしまして研究を進めた次第でございます。その結果得られました結論を簡単に申し上げますと、この病気は非常に地域的な限局性がある。神通川の流域に限られておりまして、他の水域を調査いたしましても、同じような手段で調査したのでありまするが、一例もそれに当てはまるものは見つからないということであります。それから年齢的な限局性がある。四十歳以上の女子がほとんど全部である。ただし、男子にも七十歳をこした人にはごくまれに発生しているということがわかりました。疫学的調査ではそのほかにいろいろな所見を見ておりますが、それは、そのころ主としておやりになりました重松博士のほうが詳しいと思いますので省略いたします。私が主として担当いたしました研究の方面を申し述べます。 で、前々から、小林教授などを中心にしまして、本病が、重金属、ことにカドミウムに関連が深いという説が唱えられておりましたので、その点を明らかにする一つとしまして、患者及び容疑者につきまして、尿中の重金属排せつ量を検査いたしました。その結果は、明らかに患者においてカドミウムの排せつ量が高い。尿中に排せつされる量が高い。その現象は、同地区に住んでおります健康な、まだ症状のあらわれていない方にもかなり高い、他の地区に比べてですね、かなり高いというデータを得ました。それから、同病の発生地区の農産物の代表的なものといたしまして米及び豆を持ってまいりまして分析いたしてみたのでありますが、他の、神通川水系以外の土地にできますものに比べて、明らかにカドミウムが高い。鉛、亜鉛につきましても少し差はありますけれども、著しいものではありません。特徴的なものがカドミウムであるということを見ました。要するに、その調査から得ました結論は、同地区が著しくカドミウムによって汚染されていて、それが農産物及び人体に侵入しているということでありました。 そのころ、外国の文献に次第にカドミウム中毒の研究が進んできまして、カドミウムの慢性中毒が存在するということが明らかにされて、それがまたイタイイタイ病に近い骨の病気を起こし得るだろうということもわかってきておりましたのですが、動物実験でそういうものをはたしてつくり得るかどうか、医学的に見てそれと同じようなものをつくり得るかどうかということはまだだれも行なっておりませんでした。私の教室でやりました実験は、動物にカドミウムを与えた場合に、えさが非常に良好なえさを与えておりますと、なかなか骨の症状などは起こさない。しかし、カルシウムの乏しいえさを与えておりますと、カドミウムを与えることによって、比較的短い期間に——比較的短いと言いましても半年ほどなんですが、半年ほどたちますと、明らかに骨軟化症と言える動物ができてきた。これは医学的に見てイタイイタイ病と同意義のものと解釈できるのであります。 で、私どもはイタイイタイ病の原因をカドミウムがおもな原因であるということに結論したわけでございまして、ただし、カドミウムが体内へ入ったということだけではイタイイタイ病のようなものは起こらない。しかも、御存じのように、このイタイイタイ病は骨の病気なんでありますが、すぐカドミウムが骨をいためるのではない。その間に腎臓障害という一つの経路を経て初めて骨にいく。で、カドミウムが人間の体内に多量に蓄積されてきますと起こってきます障害は、腎臓の障害なのであります。これは相当多数に起こる。カドミウムを飲むと全部の人がそれを起こすというわけではありませんが、相当高い率に。本年、富山県がこの地帯の住民についてかなり徹底した検診を行ないました。三十歳以上の男女七千名について尿の検査をいたしました。その中で尿に異常所見の見られる者が約千名ほど見つかっております。その人たちはやはりカドミウムによって腎臓に異変を起こしている、異常を起こしているということが言えるんであります。で、私のごくがさつな、まだはっきりした数字をつかんでおりませんが、まず、濃厚に汚染された地帯では五割ぐらいの人に腎臓の異常を認める。軽く汚染された地帯の人では二割五分、四分の一ぐらいの人が腎臓に異常を呈していると推算いたしております。近くそのはっきりした数字は集計できると思っておりますが。で、その多数に存在する、千名余りある腎臓障害のある人に何らかの原因によってカルシウムの代謝に負担がかかると言いますか、都合の悪い条件ができると言いますか、そういうことによって初めて骨がいたんでいくのであります。で、そのカルシウム代謝の乱れていく要因として一番大きいものは、私は栄養的な要素と考えております。カルシウムが食べものの中に欠乏している。これが一番大きな要素。それからその次は、まあこれは体質的なものと言えますが、ホルモンの関係。女性が弱いんです。男性ホルモンは骨を強くする性質がありますために女性がおかされやすい。それから女性のうちでも、カルシウム代謝に関して非常に大きな負担がかかり、いわば大きな仕事をしなければならない妊産婦、授乳婦、そういう方が起こりやすい。要するに、だから、いままで観察されているイタイイタイの方でも、たいていほとんど全部が四人以上の子供を産んだ方であります。それからもう一つ老齢。老齢になりますと次第にカルシウム代謝が乱れてまいる。そのことが加わりますとイタイイタイ病にかかるということなんです。私ども金沢大学のこの委員会に参加しておりますものは、本病がカドミウムを最もおもな原因とする中毒性の腎症、腎臓病とも言っていいのですが、ネフロパチィ、腎症に基づく骨硬化症である。医学的にはファンコニー症候群と記載されているものに一致するというふうに解釈いたしております。 で、次に、しからばそのカドミウムがどこから来たものかという問題点でございます。この点につきましては、私どもの調査した範囲では、本年、この地区の水田の土を、サンプルの数にして六百ばかり集めてまいりまして、重金属の分析をいたしました。その結論として得られたものは、これは神通川の水によって運ばれてきたものである、その土地に昔からあったものではないということを明らかにいたしました。カドミウムが——亜鉛も鉛も多いのですが、カドミウムが特に他の地域に比較して高い。それは水によって運ばれてきたものであるというふうに結論づけられました。で、その神通川の汚染源が何かということなんですが、この点に関しては、神通川の上流にある神岡鉱山、そこが一番可能性が強いと考えられます。しかし、現在のところ、この病気が問題になりまして調査が進められました過去昭和三十年ころからずっと続いて同鉱山から神通川に排出されておりますカドミウム量はきわめて少ないものでありまして、このくらいの量ならば決して下流の住民に直接害を与えるような量ではございません。そうなりますと、あのような大量な害があらわれたのは、私どもの動物実験のデータから推測いたしましても、また外国の文献から見ましても、かなり多量なカドミウムが流れてこないと——現在の量の何倍になりますか、ちょっと推算できませんが、ずいぶん大きい、一万倍くらいになるのじゃないかと思います。そのくらいの量が流れてこないことには、あのような害は起こらないものと推測されます。 で、そうなると、ここのところ、問題点はまだ存在するわけです。で、これからあとは私の推測でございますが、同鉱山から流れてきた可能性は十分考え得ると思っております。しかし、その証拠はございません。で、私ども研究者の立場からの問題の一つは、この可能性をはっきり証拠づけるということです。それは今後やってやれない……なかなかむずかしい問題でございます。私の推算では、二十数年前ですか、そのときのことを証拠立てることは非常に困難であろうが、可能である、可能性は十分ある。いろいろやってみたいと思っていることがございます。 時間がございませんので、これで一応終わります。
○委員長(松澤兼人君) ありがとうございました。 次に、小林参考人にお願いいたします。
○参考人(小林純君) 私は現在岡山大学につとめております。ところが、私は昭和九年に大学を出ましてからすぐ、農林省の農事試験場、現在農業技術研究所といわれております、そこへ入っておりまして終戦までおったのですが、特に昭和十六年から終戦までにかけましては、農林省の水質汚濁によりまする公害の専任の担当官としましてつとめてきたのであります。で、たまたま昭和十八年に、富山県知事から農林大臣あてに、神通川流域で神岡鉱山によりまする非常な大被害が発生して困っておる、だからその農業上の被害の原因、対策、そういったものを調べてほしい、非常に農家から苦情が出ておる、ということでありまして、富山県知事の要請によりまして、私どもは石丸小作官補——当時の農林省の農政局におった人ですが、石丸という人と私と二人で、ちょうど富山がまだ焼けます前ですが、参りまして、神岡鉱山の内部を全部見せていただきましたし、また、その被害地を詳しく調査してみたのであります。その当時の調査報告書はすでに公明党のほうから出されておると思いますが、ここに四部だけ、たまたま抜粋したコピーがございますので、ちょっとお回しいただければと思います。 このコピーを見ますと、復命書としまして、「小官等今般岐阜県神岡鉱業所ニ因ル富山県神通川沿岸地域ニ於ケル農業被害ニ関シ調査候処別冊ノ通ニ有之候條此段及復命候也」としまして、昭和十八年七月に石丸さんと私の連名で、当時の農林省農政局長の石井英之助殿としまして報告書が出ております。私はその農事試験場の控えを現に持っておるわけでありまして、その中に、被害問題の経過とか、鉱山の操業の概要、それから鉱山の所在地、それから選鉱方法、除害方法、それから被害地の状況、それから被害の原因、それから対策、そういった内容について報告してあります。ここにお配りしましたものは、その本文がだいぶ省かれておりますが、そのしまいのほうに「神岡鉱業所ヨリ排出セラルル汚毒水ノ農業被害状況」という書類が添付してございまして、その当時、昭和十五年の被害面積が新保村、大久保町、大澤野、それから熊野ですか、現在市町村合併で名前が変わっておりますが、そういったところで合わせまして四千町歩ほどの水田の被害が出ておるということでありまして、当時富山県としましては、小型の沈でん池を各水田ごとに設けさせまして、そこは稲を植えないで堀を掘りまして、一メートル以上の深さに掘って、そこに鉱山から流れ下る堆積物を沈でんさせまして、鉱山が当然行なうべき沈でん処理の方法を各水田の水口でさせた。そうして、その当時富山県は、一カ所について当時の金で二円ずつの助成金を払っておりまして、そういった沈でん池が、昭和十八年私どもが参りましたときの話で約六百カ所できておったのでありまして、それに千二百円の金を払っております。現在、千倍といたしますと百二十万円ですが、そういった富山県の助成金が出ておるということであります。 それからその次をはぐっていただきますと、その当時の被害地のどろを分析した成績がありまして、神岡鉱山自身が分析した値もありますし、それから富山県の農業試験場が——農事試験場という名前でしたが、その農事試験場が分析した成績もございます。その成績を見ますと、亜鉛の含有量なんかは、当時の被害水田におきましては〇・四%ぐらいありまして、現在はその十分の一ぐらいに減っておりますから、現在と当時とは重金属の含有量が水田の中において非常に違っておったということがわかります。 それからそのあとは、昭和十七年度の被害が町村別に詳しく出ております。特に被害が何割以上のところが何町何反、何割以上は何町何反というふうに詳しく出ております。まだ、これは省いておりますが、昭和十六年の被害調査もあります。 それから最後に、さっき申し上げました害山県農事試験場の分析成績、被害水田の成績が出ております。 このようにしまして、ここに非常に大きな鉱毒事件が戦前から発生いたしておりまして、それを私どもは昭和十八年に富山県知事の依頼によって調査に参ったのでありまして、非常に大きな被害があったからこそ農林大臣にそういう申請がなされたのでありますし、また、私どもが現にその当時の被害状況を思い出してみますと、現在のような被害が皆無に近い状態とは打って変わりまして、猛烈な被害が各水田の水口に発生しておりまして、収穫が全然できない、穂が全然実らないという、水口至るところ非常に広大な面積にわたっておったのであります。ところが、私はその当時は、イタイイタイ病がその地区に発生しておるということは全く知らなかったのであります。 で、イタイイタイ病が見つかりましたのは、終戦後に萩野博士が、ちょうど鉱毒の地区の中心に当たりますところで病院を開業なさいまして、初めてこの異常な奇病が発生しておるということが見つけられたのであります。昭和三十二、三年ごろになりますとイタイイタイ病に関しまするたくさんの医学的な研究報告が発表されております。ところが、原因は全く不明である、ただ臨床的に腎臓がおかされておる、たん白尿や糖尿病が出る、あるいは血液中に燐が結合しておる、そのような臨床的な報告ばかりありまして、根本的な原因に触れないで、ほとんどの報告は原因は全く不明であるというふうに報告されております。しかしながら、三十二年前後から、萩野博士は、これは患者が稲が枯れるほど猛烈な毒を持った神通川の水を有毒であると知らないで農家の人たちが台所へそれを引き込みまして、井戸や水道を持たないのでその水を長年飲んできておる、だから鉱毒である、イタイイタイ病の患者は鉱毒によって発生した、ということを唱えられ始めたのであります。それで萩野博士の鉱毒説というものが初めて世間に紹介されたのでありますが、その後どのお医者さんも報告書において鉱毒説を排斥しまして、原因は全く不明であって、鉱毒説を唱える学者なんかおるがとんでもないというような意味の医学報告がなされております。 ところが私は、昭和三十五年に、スペクトルを使いまして人体の中の重金属を分析してみたいと考えまして、当時日本ではそういうことが不可能であったのでありますから、当時の世界の第一人者でありますところのテネシー大学のティプトンという教授のところへ参りまして、重金属の分析方法を習ってまいりました。それが昭和三十五年の夏でありまして、この当時にカドミウムの医学的な研究で非常に熱心であったシュレーダーというアメリカの学者にも会いまして、その人の家へも泊めてもらいまして、そうして三十五年の八月に帰ってきたのであります。そうして人体の重金属の分析のサンプルとしまして最初に手がけましたのがたまたまイタイイタイ病の患者でありまして、萩野博士のところに保管されておりました標本、解剖しました標本、二人分の標本をいただきまして、ティプトンのところでやっておりましたと全く同様な方法によりまして重金属の分析を試みたのであります。その結果、この二人の患者の中には、骨といわず、内臓——肝臓、腎臓、胃あるいは肺臓とか、あるいは脳髄に至りますまで、全身にカドミウムが大量に集積しておりまして、とてもアメリカのティプトンなんかの分析している成績とは、けたはずれにカドミウムが多いということがわかりました。そうしましてまた、カドミウムだけでなくて、亜鉛や鉛もべらぼうにたくさん含まれておるということがわかったのであります。したがいまして、以前に神岡鉱山による鉱毒池を調査しました時分の経験からしまして、当然イタイイタイ病がこの稲の鉱毒と同じ原因、同じ重金属によって発生したものであろうということを直感したわけであります。 そこで、イタイイタイ病がはたして鉱毒によるものであるかどうかということを実証しますために、昭和三十六年にアメリカの政府に研究の助成金を申請しましたところ、向こうでこれは非常に興味ある研究である、特にこれは腎臓によって発生した骨軟化症であって、そういう例はすでにフランスでもあるという返事と一緒に助成金が届いたのでありまして、この助成金によりまして、私と萩野博士と二人で研究を続けたのであります。 で、その研究の内容といたしましては、稲の鉱毒の原因とイタイイタイ病の原因が全く同じであるということになりますれば、当然被害の場所は完全に一致しなければならないということであります。それから第二のこの証明といたしましては、動物実験によりまして、カドミウムを与えることによりまして動物が慢性中毒を起こす、そのときに骨がどのくらい溶け出してイタイイタイ病と同じような骨軟化症を呈するかという動物実験であります。それから第三番目には、同じような患者がほかの同種類の鉱山の所在地において発生しておるのではないか、その患者を見つけ出せば、これも証明になる、こういうことで三つの証明を試みたのであります。 それで、この稲の被害状況とイタイイタイ病とが完全に場所が一致するかどうかということは、萩野先生と私とが共同しまして調べたのでありますが、患者の分布は萩野博士が調べ、そして稲の鉱毒の被害地は私がよく知っておりましたので、二つのこの被害の場所を調べましたところ、完全に一致しておったということがわかりまして、一人の患者としてこの稲の鉱毒被害の起きなかった場所から発生したような患者はなかったのであります。そしてまた、この神通川本流からどんな遠い患者でも、三キロ以上離れたところからは患者が発生しておらなかった。それからまた、一番患者がたくさん発生した場所は、神通川と、牛が首用水という非常に大きなかんがい用水路がありまして、神通川の水の半分ぐらいを取り込んでおる用水ですが、その本流とその用水に挾まれました三角形のとんがった地帯、つまりこの地区はいわば川中島のとんがった地区に当たるわけでありまして、この地区では稲の被害が神通川の鉱毒を直接に受けました関係で最もひどかった地域でありますが、患者の発生もこの地区が一番ひどかったのであります。 そのようにしまして、この稲の鉱毒と患者の発生状況とは全く同じである。そしてまた、鉱山が昭和三十年ごろにりっぱなダムをつくりまして、すべての排水を、重金属を含みましたものをすべてこの沈でんダムの中で沈でんさせるという、非常にりっぱな、これはおそらく日本で最大級のダムでありまして、鉱山の除毒方法としまして私は非常にりっぱなものであると現在思っておりますが、このダムが昭和三十年ごろに完成いたしました。ところが、そうして鉱山の排水が非常によくなりましてから後は、稲の鉱毒は目立って減ってまいりまして、現在では、ちょっと歩いて見た程度では被害が全くないという感じがいたします。それからまた患者も、そのときと同じ時期を境としまして急激に減少しておりまして、昭和三十年以前に起きましたような、重症患者が多発するというような状態は現在は見られない。つまり現在は、この鉱毒の被害は、両方の面に「おいて非常に軽くなってきておる。ということは、鉱山がダムをつくったからであると思います。しかしながら、当時流れ込みましたこの重金属は、いまだにたんぼの水口に残存しておりまして、完全に抜け切ってはいないのであります。したがいまして、まだまだこの地区の人たちがカドミウムを完全に摂取していないということは言えないのであります。 それからまた、私は人体にカドミウムが非常に集積しておる原因としまして、患者が、先ほど申しましたようにこの神通川の鉱毒の水を直接飲んだほかに、この被害地のお米を保有米として食べた。特にこの水口の被害のひどいところでは供出できないほど外観の悪い米が取れました。ところが、その米はあいにくカドミムウをたくさん含んでおったのでありますが、供出できないのでそれを保有米として農民が食べた。この二つの原因によりまして口からカドミウムが入っていったわけでありまして、したがいまして、農家としましては、外では水田の被害があり、内では患者が発生するという二重の苦しみを受けてきたわけであります。 で、戦後、鉱山は毎年数百万円ずつの鉱毒の賠償金を払ってきております。そうしてそれは現在まで及んできておると聞いておりますが、この賠償金は農業の被害に対する賠償金でありまして、こういった病気の被害に対しては含まれておらないというわけであります。 それから、この証明の第二の段階といたしまして、ネズミを使いまして動物実験を行ないました。私のほうは、二百二十五匹のネズミを使いまして、一匹ずつそれを特殊のおり——ケージと申しますが、特殊のケージの中に入れまして、このカルシウムの代謝出納実験——出納と書きます代謝出納実験を行なったのであります。ネズミの半分にはカドミウムを微量ずつ与えまして慢性中毒を起こさせる、それからあとの半分には対照として何も与えないというふうにしまして、食べたえさから毎週カルシウムがどれだけずつネズミの体内に入っていくか、また、このふん尿としましてカルシウムがどれだけネズミの一匹から出されていくか、それを各一匹ごとに、一週間ごとにふん尿を採取して化学分析をいたしまして、カルシウムの出入り——出納を非常に詳しく調べてみたのであります。その結果、カドミウムを与えないネズミの分におきましては、骨はだんだんと成長いたしますからカルシウムの代謝はプラスであります。ところが、カドミウムを少量だけ与えてまいりますとネズミは途中からカルシウムをだんだんと排せつするようになりまして、食べた以上のカルシウムがからだから抜け出していきます。つまり骨のカルシウムがだんだんと溶け出してくることが証明されたのでありまして、そのことは、単にカドミウムを単独に与えた場合も起きますし、それからそれに亜鉛や鉛をこのカドミウムの上に添加いたして与えますと、さらにそのカルシウムが抜け出す量がふえてまいります。そのようにいたしまして、大体カドミウムを一年余り食べ続けさせますと、骨の三割程度は抜け出してなくなってしまうということが、この実験の結果から定量的にはっきりと出てきたのであります。そしてまた、カルシウムの欠乏した食物を与えた場合は特にそうであります。しかし、カルシウムの豊富な市販のネズミのえさを与えました場合におきましても骨にはやはり異状がありまして、骨のたとえば大腿骨や上膊骨を取り出しまして骨の水分をはかってみますと、カドミウムをやりました場合には水分が多い、また、この骨から取れます灰の量も減っておりまして、したがいまして、かりにえさがよくても骨に異状は起きるということを確かめたのであります。 それから第三の、ほかの鉱山地区におきまする患者の発生があるかどうかということを調べますために、まず、現在は長崎県の対馬——朝鮮海峡にあります対馬に、東邦亜鉛の鉛、亜鉛の大鉱山があります。これは戦後盛んに掘り出した会社でありまして、戦前の経営者とは違っておりまして、戦時中はあまり掘っておらなかったようであります。それで、その東邦亜鉛のいま選鉱場があります小さな山の裏手に、昔の経営者が手選鉱で、おそらくだいぶ昔——幕府時代かもしれませんが、手選鉱で掘りました鉱石を捨てました堆積場があります。そこにいま厳原町の樫根という部落ができ上がっておりまして、二十戸余りの家が古くからそこにあるようであります。最近は、新しく移住した人もふえて四十戸余りになっておりますが、二十年以上昔から住んでいる人は二十戸ぐらいだったと思いますが、その近くに参りますと、農作物や、飲んでいた水——現在は鉱山が水道をつくってやっておりますが、その当時井戸水を飲んでおった、そういうところの水にも非常にたくさんの重金属が発見されまして、それで萩野博士をお連れしましてこの対馬に二度目にまた参ったわけであります。そうして、神経痛やあるいはリューマチのような患者には全部無料診断を行なうからということで、二百人前後の人たちを厳原町で集めまして、そうして数日間にわたりまして患者の発生状態を調べたのであります。ところが、私があらかじめ樫根部落が、ここが一番重金属が多いと目星をつけておった所から三名のイタイイタイ病患者が発生していたことが、萩野博士によって確認されたのであります。そうして、すでに二人は死んでおりましたが、その死んだうちの一人のレントゲンの写真が病院に残っておりましたし、また、もう一人の人も、看護しました遺族から聞きますと、ものすごいイタイイタイ病で、掛けぶとんの重荷に耐えられなくて、非常な痛い痛いを毎日連発しまして、たとえば尿を取るときにちょっと横を向くことすらも、二人かしらんの人が付き添って、非常に長時間かけて横へ向けなければ、ものすごく痛んだというようなことから、イタイイタイ病であるというふうに考えられるのであります。これは三年も前に調べたことですが、その当時の一連の患者はまだ現存しておりまして、それも萩野博士が現在の東邦亜鉛の鉱山に行きましてレントゲン写真をとりまして、これもイタイイタイ病であるという確認をいたしまして帰ってきたわけであります。 このようにしまして、私どもは、科学的にこのイタイイタイ病が稲の鉱毒と全く同じの重金属によりまして発生したものであるということを確認してきたのであります。 で、先ほどのお話で、推積物を多量に鉱山が流したことは、いまからではなかなか追及できないかもしれないというお話がありましたが、私はこれは追及できると考えております。と申しますのは、現在同鉱山が昭和三十年以降使っておりまするりっぱな堆積場には、約六百万立米の堆積物が、すでに重金属を含めました堆積物がたまっております。ところが、昭和三十年以前の堆積物は、鉱山創業以来全部合わせまして、この間鉱山で聞きました話では、約五百万立米であるということでありまして、それも昭和六年から堆積を始めたので、それ以前は堆積しなかった、流していた、昭和六年以降堆積物を堆積するようになった、それがわずかに五百万立米であるというお話であります。ところが、戦時中のピークの場合におきましては、軍の命令で金属の大増産をいたしまして、現在とほぼ同じくらいの鉱石を掘り出しております。そうしますと、昔の鹿間の堆積場、第一、第二、第三の堆積場にたまっております堆積物は、数字的に非常に不足であります。少くとも数百万立米の堆積物が雨のたびに神通川に流出したに違いないということが計算の上に立って言えるのであります。そうして、特に古い堆積場では、目のこまかい推積物はほとんど流れ去っておりまして、目の荒いものしか残っていないように思われます。それから古い鹿間の堆積場は非常な急斜面につくられておりまして、まるで木もはえていない、はげ山のものすごい急斜面でありまして、ここへ堆積物を置いておけば雨で流れ去ってしまうということはもう明らかなのでありまして、それが流れなかったということはとても信じられないことであります。これは、しろうとでも行ってみればわかることであります。そのようにしまして、戦時中は特に降雨のたびに神通川に剥落いたしまして、重金属を含みました堆積物、これは非常に選鉱でこまかく砕きました粒子のこまかい堆積物でありまして、その中へカドミウムその他の金属を含んでおったのでありますが、こういった粒子のこまかい堆積物が水田にかんがい水路を通じて流れ込みまして、水田の水口で水の動きがとまりましたとたんにそこへ沈降した、沈澱して、そこでこの被害が起きたわけであります。そうして患者たちは、そのかんがい水路の途中におきまして水を家に導いて飲んできた、こういうわけであります。 このようにしまして、私どもはすでに七年も前にこの原因が鉱毒であるということを知っておったのでありますが、ようやく最近に至りまして政府でこういったことが取り上げられてまいりましたし、また、二年前に厚生省の公害課に参りましてそのお話を申し上げまして、公害課も二年前から調査には着手しておったのでありますが、なかなか相手が大きな鉱山である関係で、また、大きな賠償金を伴います関係で、厚生省としても正面切ってイタイイタイ病の調査には昨年までは手をお出しにならなかった。それがことしからほんとうに前向きになって調査を開始なさいまして、私もそのほうの調査委員の一人に加えられておるのでありますが、だんだんとこういったことが明らかになってきましたことを私は非常に喜んでおる次第であります。
○委員長(松澤兼人君) ありがとうございました。 次に、重松参考人にお願いいたします。
○参考人(重松逸造君) 重松でございます。 私は、本日は、財団法人日本公衆衛生協会が昭和四十二年度厚生省公害調査研究費の委託を受けまして実施いたしておりますイタイイタイ病の原因究明に関する研究班の班長として出席させていただいたわけでありますが、四十年と四十一年、昨年及び一昨年、同じ研究費によりまして、やはりこの日本公衆衛生協会が、鉱山廃液中の微量重金属の人体影響に関する研究というのを実施いたしておりますが、その研究班の班長を二年間いたしておりました。さらにその以前は、先ほど石崎教授が言われました昭和三十八年度に発足いたしました文部省並びに厚生省研究班の班員の一人といたしまして、当時私、金沢大学医学部の公衆衛生学教授として在職いたしておりましたので、その私の専門といたします疫学の立場から本問題を研究してきたわけであります。そういうことで、本日は、私のその過去における研究の経験を加えまして、本年度私が班長として実施いたしております研究の経過を申し上げてみたいと思います。 ある物質が一つの病気の原因であるということをきめるには科学的なルールがあるわけであります。そのルールを無視して結論を下しますと、しばしば誤謬に陥ったり、あるいは事実を曲げ、あるいは速断に陥りすぎるということがあるわけであります。その意味で、私、先ほど来申し上げましたこの昭和三十八年度研究班が発足しました当初から、やはり科学的なルールに従って正しく問題を追及していくべきではなかろうかということを主張してきたわけでありますが、そういう意味から、このイタイイタイ病の研究は、それ以前、萩野博士あるいは小林教授などが手がけておられましたその事実を踏まえまして、そうして共同研究という形で科学的なルールにのっとったやり方を進めてきたわけであります。たとえて申し上げますと、まず当初にいたしましたことは、一体このイタイイタイ病という病気がほんとうに医学的にみてほんとうに独立した病気かどうかという点。それからこのイタイイタイ病と一口に言っておりますが、一体いろいろな研究者の方々が見ているこの病気がほんとうに同じものを見ているのかどうかという点。さらに、すでに萩野博士らの御調査によってその示されている患者発生地区というのがほんとうにそこだけなのかどうか、それ以外の地区には出ないのかどうか。それからまた、いままで患者は主として経産婦に限られていると言われておりましたが、ほんとうにそうなのかどうか。男の人はどうだ、子供はどうだという点。そういう点を順序立てて疫学的な観点から分析してきたわけであります。それで、その結論は先ほど石崎教授が言われたとおりでございまして、結果的には、萩野博士、小林教授らの言われている点とほぼ一致したということが確認されたわけであります。ただ、私が先ほど申し上げましたのは、やはりそういう手順を抜きでこの結論を下すのは、しばしば危険なことがあるということで申し上げたわけでございます。 そういうことで、実は同じ考え方で今日までこの病気の研究を皆さんとともに続けてきているわけでありますが、先ほどの石崎教授が言われた点で一、二追加いたしますが、三十八年度から発足いたしました文部省並びに厚生省、さらに富山県の研究委員会、この三者合同の委員会の一応最終的な結論というのは昭和四十一年九月三十日の最後の会議で出されているわけであります。それを先ほど石崎教授が紹介されたわけでありますが、その最後の会議の座長を私がいたしておりまして、皆さん方の御意見を取りまとめた責任者でございますが、そのとぎの結論は、先ほどお話しのように、やはりカドミウムというものがこのイタイイタイ病に重要な関係を持っている、これは全員一致して確認したわけでありますが、ただ、このカドミウムがそれではほんとうに決定的な役割り、たとえて言いますれば、単独犯行か、あるいは共犯か、そうして共犯の場合も、一体主役のほうか、脇役のほうかという幾つかの問題点があったわけでありますが、それもその時点の結論といたしましては、出席委員十二名の中で、カドミウムは共犯の一人ではあるけれども脇役だという人が一人、それからカドミウムと、それからそのほかの要因とがほぼ同じ程度の役割りを果たしているであろうという、何と申しますか、ほぼ平等なる共犯説というのが五名、それからやはりカドミウムが主役で、アルファ因子は脇役であるとする方が五名、それからカドミウム単独犯行説の方が一人、こういうことで一応いまの委員会の最終結論になっているわけであります。 そこで、その後私が班長をいたしました四十年度と四十一年度の鉱山廃液に関する研究班は、先ほど小林教授がちょっと触れました長崎の対馬におけるやはりカドミウムに関係のある鉱山地区、並びに宮城県にございます同様の系統の鉱山地区の住民につきまして、イタイイタイ病と同じような病気がはたして存在するかどうかという調査を数名の委員と一緒に研究をしたわけでありますが、その結果は、イタイイタイ病のような典型的な患者は見出されていないわけであります。ただ、その対馬のほうの地区には、イタイイタイ病の潜在的な症状を示しているという患者が二、三見つかっているというのがこの研究班としての結論であります。まあこの点、先ほど小林教授は、ここに明らかなイタイイタイ病患者がいるように言われましたけれども、これは研究班としては、私がいま申し上げましたような程度の容疑者が存在するということになっております。 そこで、本年度の私が班長をいたしております研究班といたしましては、一応、このカドミウムというものが神通川を中心にどんな分布をしているか、それからさらにこのカドミウムが一体どこから流れてきたものであるか、またさらに、このカドミウムがイタイイタイ病地区の住民の人たちにどういう方法で侵入していったかという、この三点を研究するのが本研究班の目的でございます。まあ、いまの時点で御報告申し上げられますのは、このカドミウムの分布ということがある程度いま判明してきたということでございます。ただ、本日の時点では最終的な結論を申し上げるわけにはまいりません。と申しますのは、各委員で分担してやっていただいておりますたくさんの資料の分析結果がまだ全部出そろっておりません。したがいまして、本日はその意味の中間報告というぐあいに御理解願えれば幸いだと思います。 そこで、この本年度の研究班がいたしましたのは、神通川の川の水をほとんどその最上流、水源に近い穴毛谷というところから、ずっと下流のほうの成子橋という地点までの間、約二十カ所の川の水を採取いたしております。さらにまた、同じ地点の川のどろについてもこれを分析の資料といたしております。それから婦中町のその患者発生地区の井戸の水、これを十カ所、それから婦中町の約五十部落、六百カ所のたんぼのどろ、これは先ほど石崎教授が言われたものと同じ資料でございます。これだけにつきまして現在分析を進めておるわけであります。それからもう一つ、申し忘れましたが、この秋に、やはりその婦中町のたんぼから採取いたしましたお米、これは約十カ所の地点の米でございます。これだけの資料について分析いたしておりますが、先ほど申し上げましたように、最終的なことは本日申し上げるわけにはまいりませんが、一応各委員のデータを持ち寄りました結果でいまの時点で申し上げられますことは、神岡鉱山より上流地区には特に著しいカドミウムの量は発見されていない、ほとんどまあないと言っていいと思います。それから神岡鉱山より下流地区も、現在はほとんどカドミウムが発見されていない。ただ神岡鉱山の排水中あるいはその排水が落ちて流れ込んでいく川の水につきましては微量のカドミウムが発見されております。ただ、このカドミウムの絶対量は、これも先ほど石崎教授が言われましたが、人体に直接影響するほどの量ではないということであります。それからたんぼのどろにつきましては、先ほど石崎教授の言われたように、かなりカドミウムあるいは鉛、亜鉛類がたまっている。それからこの川のどろにつきましても、上流あるいは下流はきわめて微量でございますが、鉱山の排水が落ちている地点ではかなりの量があるということであります。もしこれからの具体的な数字が必要でございましたらお答え申し上げますが、先ほど申し上げましたように、まだ最終的な分析結果ではございません。 それで、この研究班といたしましては、いまの現状はほぼわかりつつあるわけでありますが、何といいましても、過去の状況はどうであるか、特にこの下流の患者発生地区に堆積しているカドミウムあるいは鉛、亜鉛の量を理解するためには、過去にもっと大量に流れた時期があったのではなかろうかということで、ことしの十月及び十一月に、鉱山がかねてより堆積物を捨てております堆積場の土、あるいはどろというものを四地点で採取いたしました。これは鉱山側に自主的にとっていただき、われわれの研究班が採取の際に立ち会わしていただきまして、鉱山のほうから提出していただいた資料でございます。これにつきまして現在分析を進めております。この土は、先ほど話が出ました鹿間の堆積場という昭和六年から三十年まで使用しておった堆積場と、それから三十年以降鉱山が現在まで使用しております和佐保の堆積場という両堆積場でありますが、そのどろをボーリングをしてとりました。その結果、一応これは推算でございますけれども、ポーリングの一番深いところ、約二十メートルのところまで掘ってありますが、そういう地点では昭和七、八年くらいの堆積物も採取されているはずであります。それから昭和十年以降戦時中の堆積物も、今度われわれの手に入れました資料の中には入っております。それから戦後の昭和三十年、あるいは最近の資料も入っておりまして、資料の点数といたしましては二十点でございます。四地区で二十点ということでございます。この結果が、いま分析中でございますが、来年の三月くらいまでには全部出そろいますので、そうしますれば、本年度の研究計画の一部でございますカドミウムの由来ということについてもかなりの推定が可能になってくるであろう。 それからカドミウムの分布につきましても、先ほど申し上げましたようにまだ分析が全部終了していない数字がございます。特にこの本年度の私どもの研究班としまして力を注いでおりますこういうカドミウムの微量分析といいますのは、もともとこの分析研究上非常にむずかしいものとされておりまして、研究者によってかなり食い違いがあるわけでございます。そういうことで、同じ資料を各委員——本日ここにおられます小林教授、石崎教授、それから金沢大学理学部の木羽教授、それか富山県衛生研究所という、この四カ所で別々に分析しまして、その数字を合わしてみて、各研究所の分析値の相互比較をやるということを試みておりますが、そういう点で、このカドミウムの分布の正確な結論が出るのが、やはりいま申し上げました来年の三月くらいになるのではなかろうかと考えております。 本日、私、本年度のこの研究班の班長といたしまして、主として現在の研究の進行状況を御報告申し上げたわけであります。
○委員長(松澤兼人君) ありがとうございました。 次に、萩野参考人にお願いいたします。
○参考人(萩野昇君) 萩野でございます。私は、現地に昭和二十一年の三月に復員してまいりまして、家業の萩野病院を継いだのでございますが、診療に従事してみますと、患者さんの中に、いままでわれわれが大学で習わなかったような、また書物で読まなかったような一種ふかしぎな神経痛様疾患が非常にたくさんあるのを発見いたしました。そこで何とかこの悲惨な病気をなおしてあげたいという気持ちで今日まできたのごでざいます。 このイタイイタイ病の研究に実は半生をささげたのでございますが、これは決して別に他意がないのでございまして、痛い痛いと泣きうめき、家族にまで見捨てられて死んでいく、かわいそうな患者を何とかなおしてやりたい、これが私たち第一線の医師に課せられた宿命じゃないかというような気持ちで生きがいを感じたのでございます。それで原因の探求に努力したのでございますが、このイタイイタイ病の原因はカドミウムであるということを、これから申し上げたいのでございます。 これを突きとめまして孤独な叫びを叫び続けたのでございますが、なかなか日本の学界では受け入れてもらえない。それで小林教授とおはかりして海外の学界にこれを報じたのでございます。反響がすぐまいったのでございますが、依然として日本の学界には何か冷たいものが流れた。何かそこに暗い霧があるんじゃないかという感じがするのであります。そういうことは学者の立場として省きまして、これから御説明申し上げたいと思います。 ただ、二十数年間にわたりまして研究しましたデータを十五分でお話し申し上げるということは、これはとても無理なことでございまして、非常に簡略にさしていただきます。それで舌足らずの点が多くなるんじゃないか、また一部、最後の参考人でございますのでダブる点もございます。これは御説明の必要上お許しいただきたいと思います。データの細部はあとで小林教授からスライドでもって御説明いただきたいと思います。 そこで、イタイイタイ病とは一体何かということでございます。これは字のごとく痛い病気でございます。からだじゅうが痛い、腰が痛い、背中が痛い、手足が痛い、関節が痛い、もう痛い痛いと言って泣きうめいております。そんなことうそだろうと、おっしゃいますが、うそじゃございません。もうほんとうにお目にかけたいくらいな現象でございます。この痛い痛いと言っております間にだんだん歩き方が変わってくる。これをわれわれはワッチェルガングといっておりますが、日本語に訳しますとアヒルが歩くような歩き方。おしりを振ってよちよちと歩く。このようにしておりますと、そのうち、ちょっとつまずく、お便所に行くときに畳のへりにつまずく、それで足が折れるのでございます。そういうことはほかの病気にはございません。まずイタイイタイ病だけです。一度折れますとこれはたいへんでございます。寝込んでしまいまして症状は急速に変化してきます。そこで重症となりますと息をするのにも痛い、せきをするのにも痛い、肋骨が二十八カ所も折れる。どうして肋骨が折れるのかと申しますと、せきをするそのせきのために折れるのでございます。全身七十二カ所骨折がございます。一カ所が折れても痛いのに七十二カ所折れるのですから、これこそ痛い痛いの連発でございます。そこで脊椎が圧迫骨折いたしまして身長が三十センチも縮まる。うそだろうとおっしゃいますが、現に、この間厚生大臣に陳情に参りました小松みよ子さんはじめ皆さんは三十センチ縮んでいる。当初、私がみたときは畳に乗せられて診察に来たのであります。私これをいま歩かせております。もう一度申し上げますと、治療法が発見できたわけです。何とか見つけて曲がりなりに治療してなおしてやっている。だから現在重いのがいない。現在のイタイイタイ病をイタイイタイ病と思っていただくと大きな間違いです。あれはほぼ治癒に近い患者さんです。昔は骨が七十二カ所も折れて痛い痛いと泣きうめいていたのでございます。 その次に、一体患者さんは何人いるんだという御質問が出ると思いますが、私は、二十一年三月に召集から帰りまして今日まで、二百五名をみております。これは一開業医がみた数でございます。オールマイティーではございませんから、少なくとも二百四、五十名いるんじゃないかと思っております。私の見た数は二百五名、そのうち四名は男性、二百一名は女性、百十七名はなくなっております。 じゃあ、いつごろからこの病気は出たのかと、こう申し上げますと、私は萩野病院で四代目であります。先代の三代目がこれを見つけております。それは、診察したけれどもわからないので、富山市内の——私のほうの病院はいなかの病院でございますので、大病院のほうへ患者を送っていたようでありますが、これはわからない、治療法もないということで放置されていたようでございます。二代目は私の祖父でございますが、この時代にはなかったようであります。ですから、私は大正の初期じゃないかと推測しております。これは推測でございます。私が二十一年に、先ほど申し上げましたようにこの病気を見つけたのでございますが、やはり私もいろいろなおしてみましたが、なおらなかったのであります。そこで型のごとく、大きい設備のいい病院へ行ってみられたらどうですかというので、富山市内の大病院へ送ったのであります。この病院では、入院さしていただいて、わからないというので、これは帰って来ております。もちろん私もわかりません。それで、しようがないので、私の母校でございます金沢大学の第一病理学教室の、いまはなくなられましたけれども、宮田栄教授のところへこれを報告したのであります。宮田教授は私と一緒に中村八太郎教授の弟子でございまして、私が教室におりましたときの助教授でございます。心やすく来ていただきまして、みようじゃないかということで、この患者をみていただいたのでありますが、これは骨軟化症じゃないか、ひとつ骨軟化症の治療をしてみようじゃないかということで骨軟化症の治療を始めたのであります。大量のビタミンDを使ったのであります。終戦直後でございますので良質の薬剤が手に入らなかったのでございます。大量のビタミンDを与えますと、副作用が出まして、下痢を起こし、吐き気がして服薬困難でございます。小量ずつ続けたのでございますけれども、いまのような良質の薬剤じゃございませんので、どうもうまくないという結果になった。それでは、このイタイイタイ病自身が全身病の様相を呈しておりますので、ウイルス性疾患じゃないだろうかということで、宮田教授の御指導によりまして、動物を飼いまして、患者さんの血液を取り、大小便を取りまして動物実験を続けたのでございますけれども、あとで申し上げますように、カドミウムでございますからこの実験は不成功に終わったのであります。そこでいろいろと研究を続けたのでございますが、そのうちに宮田教授が病に倒れられまして、おいでいただくことができなくなりました。そこで、私も開業の片手間でございます。財産税を取られ、相続税を取られましてかせがないことには食えないのでございます。非常に研究にも困ったのでございますが、何とか続けておるうちに、三十年になって、ちょうど、皆さまよく御存じのトリコマイシンの発見者である東大の名誉教授、細菌学の大家である細谷省吾教授と、現在、北品川に病院をつくっておられます河野稔博士がリューマチの研究のために富山へおいでになった。私の研究しておりますこのイタイイタイ病をごらんくださいまして、細谷教授が、日本にない奇病だ、こう一言おっしゃったのが大きくジャーナリズムの波に乗ったのであります。それまではわれわれは、ただいなかの片すみで黙々と研究したのでございますが、一躍細谷教授の御名声によってこれが日本の津々浦々まで響いたのであります。このころから富山県下の各病院からも、私のほうへ、おまえおかしいじゃないか、どうして東京の医者と共同研究しなければならないのか、ぼくとしようじゃないかというような話が集まりまして、中央病院とも共同研究いたしますし、高岡の産業組合病院もおいでになったのでございますが、それ以前に、いま申し上げましたように河野博士とは萩野・河野という共同研究体制ができ上がったのであります。ただ、結論でございますが、それが、ある者は骨軟化症である、何でもない病気だとおっしゃいますし、ある学者は骨軟化症とは若干所見が違う、新しい骨系統の疾患である。しかし原因は栄養不良と過労だという結論を出された。私も不本意でございましたけれども、共同研究の関係上——反対はしたんでございますが、一応報告したんでございます。しかしどう考えてみても、そんなことがあり得ないんです。栄養不良と過労であれば、なぜ富山県の一定地区だけに出るんだ、北海道の開拓団地、米がとれないで前進基地を撤収してきているあの寒冷土地になぜイタイイタイ病が出ないんだ、東北地方になぜ出ないんだ、それでもってイタイイタイ病を解明したということは私は納得できないというので、すべての共同研究を私のほうから退きまして、私独自の研究を始めたんでございます。 それはどういうことかといいますと、まず患者の追跡でございます。地図を広げまして、一件一件患者を拾った。地図に一件一件赤のスポッティングをした。そうしますと、発生の分布が神通川の一定地区のみに出ている。その次に、私の力で私の友だちに、痛い病気があったら私に見せてくれないかと頼んだのであります。そのころ私は、富山県医師会の役員をしておりましたので、特に学術担当の県医師会の理事をしておりました。それで私の言うことをみんな聞いてくれたのであります。集まった患者はどこにもいない。その地区だけなんです。そうすれば川の水に関係があるんじゃないか。じゃ、その地区とはどういう地区かと申しますと、富山平野のまん中を貫通している神通川の上流でもなければ下流でもない、中流の一定地区なんです。それが平糊地なんです。山でもなければ海でもない平潤地。この平糊地に二本の小川が入っています。神通川に注ぐ小川——西は井田川、東は熊野川、その川の向こうには出ていない。その川を神通川の間だけに——その地区をかんがいしている用水、今度は逆に神通川から取り出したかんがい用水、神通川の水そのもののかんがい用水——西には四万石用水、東は新保用水、この三角の間にのみ出ている。どう考えても、基礎的疫学的研究によって、患者発生分布によって神通川の川水に関係があるということがわかってきた。それでそれなら、なぜ上流、下流に出ないんだということを調べてみますと、御存じのように、あそこには立山がある、剣がある、白山がある。富士山は単発山とすれば日本で最高ですが、これを除きますと、三千メートル級の山があるのは、あの北アルプスの連山。この連山が海に入るところが親不知なんです。親不知になる前に、連山が平野に移るところが越中平野——これは本願寺の大事な米倉です。この越中平野の先が日本海になる。非常に険峻な山であって、御存じのとおり日本の地殻は狭いですから、険峻な坂をなしておるところから、この坂をどろどろと土砂が流れてくる、ふもとにおいてたまる、このたまった土砂が、平潤な越中平野ですから、ここに土砂を置いて、上澄みだけが流れ去る。富山市においては川底が低いんです。もう一つ富山市は常願寺水系の上水道——これは富山市の昔の市長がえらかった。もし神通水系の上水道をつくっていたら、富山市も全滅していたんじゃないかと思います。これは常願寺水系の水を使っていた。上流にはない。急激な傾斜を下り落ちるところですから、だれもこの水を飲んでいない。某鉱山の工場廃水は下水なんです。鉱山の職工には下水を飲むばかはいない。たまたまその地形の関係で、それが上水になって飲料水になった。もう一つ、このたまった砂の中にはカドミウムが入っていた。堤防が切れた。堤防が切れても川底が低ければ川底の砂が田畑にはいかない、汚水だけがいく、汚水がひけばあと大小便が残るくらいで、田畑にはいかない。川底が高かったものですから、高い川底の土砂が堤防の決壊によってその付近の田のみにいって、井田川を越え、熊野川を越えて向こうまではいかなかった。この堤防の決壊によって川底の砂が田畑に入ったところが温床になった。言いかえると、その地区のみに人間公害があり、植物公害——稲作公害があった。小林教授のおっしゃる農業公害と、私の申し上げるイタイイタイ病という人間公害の発生があった。その川の堤防が切れて、高い川の土砂が入り込んだその温床に限局されている。そこに一定しているわけです。そこで、さらに上流からカドミウムが流れてきて毒物を上積みしたという事実がわかってきたのです。そうすれば、この地区では稲が枯れ、イタイイタイ病が出るのは当然じゃないかということで、また次の研究を始めたのです。 そこは気候はどうかと申しますと、この地区は北陸特有の日光の足らない陰惨な気候でございますが、どうぞお考えください。ネコの額のような神通川の一定地だけお天とうさまが照らないということはあり得ない。その地区の天候と富山県全体の天候も大体一定している。天候上の問題はない。 しからば栄養はどうかと申しますと、これまた問題がないのでございます。この地区は富山県でも非常に裕福な模範農村でございまして、過去三回にわたりましていろんな表彰を受けています。農業会関係の表彰等、いろんな表彰を受けております。そうして農家経済は非常に安定しております。この土地は富山市の隣接地でございまして、近く、来年度あたりに富山市に合併される地でございます。越中平野の文化の花と申す非常に富める地区でございます。また、そういうことのみじゃなくて、栄養調査をしてみますと、私たちの調査も県の調査もすべて全国平均に近い、あるいはそれを上回っている。総カロリーにおいては上回っている。ただビタミンDの関係が若干足らないのじゃないかということはありますが、栄養調査の結果、全国平均と同一でありました。栄養状態が特に悪いとは思えないのでございます。 その次に、生活環境はどうであるかと申しますと、多産者に比較的多く発生している。これが女に多いということは、お産に関係があるということなんでございます。貧富の差がなく、農家経済も安定しておりますが、農家にも非農家にも発生しております。それから労働しない者にも発生している。一家族内においても嫁としゅうとに発生しているので、血族関係は認められないのでございます。 これらの調査から、私は、このイタイイタイ病の原因は神通川の川水に原因しているということを突きとめまして、昭和三十二年の学会にこれを発表したのでございます。その後、この神通川の水を各大学へ送って水の検査を依頼したのでございますが、これが医者のはかなさでございまして、医科大学へ送ったのでございますが、この返事はすべて白と書いてある、飲料に適する、特に飲料に不適とは思えないという成績がきたのでございます。この通知は、河野先生が「鉱毒説を唱えている者がいるが、これは何ら根拠のないことであって」と、学会で発表されたもとになったのでございます。白でございます。しかし、その中で京都大学のムンドヒルルギー、口腔外科でございますが、ここからのみは弗素が高い、しかし、異常に高いとは考えられないという返事がまいりましたが、それ以外は全部白なんでございます。たまたまそうなりますと、私の研究は孤独におちいるのでございます。どなたからも認めてもらえない、まことに悲惨な状態になったのでございますが、しかし白紙の立場で医者としてただつつましやかに研究してまいりますと、どうしてもこの見解を捨てることができませんので、たまたまここにおられます岡山大学の小林教授にお願いしましたのでございます。御存じのとおり、小林教授は理学博士、水の博士でございます。小林教授の教室からの御返事では神通川の川の水はもちろん、伏流水の井戸水からもカドミウムが出る、亜鉛も鉛も大量にある。小林教授の御教室の検討から言うと、最も疑わしいのはカドミウムであるという御返事をいただきまして、そこで私カドミウムという文献を調べたのでございますが、日本の国にはカドミウムの文献が一つもございません。非常に残念に思いまして海外の文献を調べてみますと、ございました。フランスのカドミウムの工場からリューマチ状の痛みを伴う女の患者が出たとございました。しかし、この文献には骨が折れるということは出ておりませんでした。そのほかに、ドイツのほうの文献に慢性カドミウム中毒という項に、第三期——疾痛期として、トリッテスタジウム・イコール・シュメルツスタジウム、体が痛くて、そうしてオステオマラーゼ(骨軟化症)の症状を呈するということが出てきました。第四期として骨格変形期(スケレットフェルエンデルング)、骨格が変わってくるんだ、そうして骨にひびが入ってきて、体じゅう痛いといって、体が動けなくなるという文献が出てきたのでございます。 そこで私は、非常に意を強うしまして、小林教授との共同研究を始めたのでございますが、まず第一に、これはダブってまいりますが、御説明の都合上少し時間をいただきますが、カドミウムが骨から非常にたくさん出たのでございます。事故でなくなった方の六PPMに対しまして最高三八〇〇PPM、実におそるべき数なんでございます。それで勇気を得まして食道、胃、小腸、肺、気管、肝臓、すい臓、ひ臓、腎臓、副腎、甲状線、皮膚、舌、大脳、大動脈、子宮、輸卵管、心臓——人間の体の各部、各臓器すべてをとりましてお送りしたのでございますが、これまた、あとでスライドでお目にかけますが、実に大量のカドミウムが出たのでございます。それからさらに頭髪、つめ、これからもカドミウムが出てきたのでございます。そこで、死んだ人のお墓の骨はどうかと思いまして、患者さんのお墓へ行って墓の中から骨をいただきまして、これを小林教授に送ったのでございます。また重症患者さんの血液も、これを小林教授に送ったのでございますが、ただ御存じのように、こういう重金属は五百度以上になりますと昇華して気散しますので、お墓に入った骨の中のカドミウムの成績は区々でございます。しかし、まだ出ております。それから血液からももちろん出ております。こういうことから私たちは、カドミウムが原因であるということを突きとめたのでございます。 しからば、これらのカドミウムはどういう経路でわれわれの人体の中に入ってくるのだろうかという検索を進めたのでございます。白米を検査していただきますと、これもいまじゃございません、昭和三十六年の北海道の整形外科学会に発表いたしましたときの成績でございます。いまは若干減っておりますが、このときの成績では最高カドミウムが三五〇PPM、非常に大きい数でございます。小林教授からいただいた私のレポートの中に入っております。鉛が八八PPM、亜鉛が六四〇〇PPMでございます。それに勇気を得ましてモチ、御存じのカキモチ——切ってつるしてあるモチ、ああいうものをお送りしますと、これまた大量のカドミウムが出てきた。それから大豆、大豆の葉、みそしるのみそ、こういうものをお送りしたのでございますが、これまた大量のカドミウム、鉛、亜鉛が出てまいりました。それから水稲の根——稲はどうかと思いまして、稲の根を送ってみますと、何と驚くなかれ、三五〇〇PPM出ておる。大きい稲の根なんです。そこで、それなら土壌はどうかと思いまして、どろを送ってみますと、これがその当時、いまじゃございません、三十年から三十五年までの間でございますが、最高六八PPM。そうすると土壌の中に六八、稲の根に三五〇〇、白米に三五〇という成績が出るということは、これは私の説明ではございません、農学博士吉岡金市先生の御説明によりますと、稲の根というものはカドミウムを選択吸収する。養分を吸うときに一緒にカドミウムを集めている。そうしてこれを濃縮してケルネルに送る——白米に送る。だから種に少なくて根に多い。だから根を取ってしまわなければ田の中のカドミウムは減りはしない。もう一つ、土壌は、先ほどのお話のように、水口が水尻より多いということは、堤防の決壊によって温床の下地をつくったけれども、さらにその上に水がカドミウムを運んできて上乗せしたということを証明している。それなら川の魚はどうかと申しますと、フナ、ウグイ、コイ、ドジョウ、アユ——アユが名産でアユずしがございます、これがおいしいのでございますが、カドミウムがあっておいしいのかもしれません。(笑声)アユの中の骨にはもちろん、頭にも内臓にも身にもカドミウムが出てきた。言いかえますと、神通川の水と関係のあるすべてのものにカドミウムが出てくる。井田川水系、熊野川水系からは出ない。もっと具体的な例としては、同じ年に同じ魚を井田川の水と神通川の水で飼ってみた。三年過ぎたら井田川の水で飼ったものは倍になった。私たちはこういう事実を突きとめた。そこで、これらのカドミウムは一体どこから流れてきたかということがわかりました。川底にあったものが、堤防の決壊によって、川底が高いからそれが低い田に落ちて、田に流れてきたところが温床になった。ここまではつかんだのですが、一体これはどこから流れてきたかという研究を始めまして、私たちはサンプリングしながら神通川をさかのぼったのでございます。県境のところで高山から流れてくる宮川、神岡鉱山の下から流れてくる高原川、この二つに分かれておりますので、これをそれぞれ取りまして小林教授にお送りしましたところが、小林教授からの御返事は、宮川のものはカドミウムも亜鉛も鉛もない。高原川からはカドミウム、亜鉛、鉛が流れてくる。さらに高原川をのぼってまいりますと、工場排水が高原川に入っているところにおいて最高になる。その工場排水の中には実にたくさんのカドミウムが入っているわけでございます。現在、先ほどからのお話を私承っておりますと、すべての工場排水はダムによってとめられているような印象を受けておりますが、現実はそうではございません。工場の中から正門の下を通りまして——うなぎ長屋のような長屋があの正門の前にございますが、その下を流れておる土管の中から現在も落ちております。私、はっきり申し上げますが、東大の吉田博士のかばん持ちになりまして、変装して入ったことがございます。私は名前も出しませんでした。ひげをはやしまして、みすぼらしいかっこうをして、かばんを持ってまいりました。東大の吉田博士だから見せていただいたのだと思いますが、つぶさに拝見してまいりました。すべてを見てまいりました。はっきり申し上げます。現在も流れております。なぜ婦中町の地区で、おえらい先生の分析で出ないかと申しますと、神通川には三つの水力ダムが完成されたのでございます、第一、第二、第三ダム。川底に現在カドミウムが比重の関係でたまっておりますが、いつの日か、これがフル・オーバーしてふたたび流れてくることがあると、私は確信しております。これらの成績に続きまして、先ほどもおっしゃいましたようにカドミウムを見つけた。これでは医学会では認めていただけないのでございます。逆も真なり。そのカドミウムを動物に与えて、動物が人間のイタイイタイ病と同じ症状を起こさなければ、これはイタイイタイ病の原因はカドミウムであると言い切れないのでございますが、先ほどの石崎教授のとうとい御経験、それからまた、小林教授のごりっぱな御成績にもよりまして、カドミウムによって動物がイタイイタイ病を起こしているのです。私は、これでわれわれの任務が終了したのじゃないか。どうして日本の学会においてのみ、このはっきりとした事実に反論が行なわれるのだろうか。 もう一つ申し上げたいのは、私は、いなかの一開業医でございます、実力もございません。ただ、神岡さんのように日本産業の基幹産業であり、大事な産業である神岡さんに、私は決して立ち向かおうという気持ちはみじんもございません。また、けんかしたら負けるのでございます。ただ一医師といたしまして白紙の立場から、何にも考えないで、患者がかわいそうなばっかりに研究を進めたのでございますが、その結果、私の立場の研究がこうなったのです。私は患者がかわいそうだと思うのです。ただ、この事実だけを、私は皆さんよく認めてやってほしいと思う。私は売名でもなければ、金もうけ主義でもございません。ただ患者を助けるのを医師の宿命として、白紙の立場で、謙虚な気持ちで研究の積み重ねをやってきたのでございます。なぜ私たちだけがいじめられなければならぬのでしょうか。海外発表すれば受け入れてもらえる。日本の学会ではなぜこれが反対されるのでしょうか。私は非常にさみしく思います。 非常に見苦しい点もございましたけれども、私の証言はこれで終わらしていただきます。ありがとうございました。
○委員長(松澤兼人君) ありがとうございました。 以上で、参考人の方々の御意見の御開陳は終わりました。 これより質疑に入ります。参考人及び政府側に対して御質疑のおありの方は、順次御発言を願います。矢追君。
○矢追秀彦君 藤田委員のほうから、時間の関係で先にやらしていただきたいというお話がございましたが、まあいろいろお話をいたしまして、私のほうが先に簡単に二、三点質問いたしまして、あと藤田委員に譲りまして、藤田委員の終了後、また私のほうから質問さしていただきます。 本日は、参考人の方にはお忙しいところを来ていただきまして——このイタイイタイ病につきましては、私が、この産業公害特別委員会におきまして過去二回質問をいたしまして、初めて国会で取り上げるようになりまして、ようやく最近になりましてこの問題が世間からも注目されるようになりました。もしこの国会に取り上げられなければ、おそらくは、ただ学問上の論争として終わっておったのではないかと、私も非常にこの点については憂えておる次第でございますけれども、きょう四人の方からいろいろお話をお聞きいたしまして、きょう御出席された方もおわかりと思いますけれども、この病気がカドミウムに原因をしておるということは、これはもう明らかでございます。したがいまして、私もいままで質問してまいりましたけれども、その回答というものは、非常に無責任な答弁、あるいは調査中である等で逃げられてまいりましたけれども、きょうあらためて厚生省及び通産省の方にお伺いをするのでありますけれども、いまのお話のように学問的にもカドミウムが原因であるということははっきりとされております。なお、小林教授は本年の三月の公衆衛生学会におきましても、この研究について発表されまして、いままで反論をされておった学者も反論を引っ込められまして、イタイイタイ病の原因はカドミウムが一つの原因であると、しかもこのカドミウムは鉱毒であると、この説は学問の上において立証されておるわけであります。したがいまして私は、厚生省はすみやかにこれを公害、鉱毒であると、あくまでも神岡鉱業所より流れてきたところのカドミウム、これが原因であると、このように認定をすべきであると思いますが、その前に一つ御質問することは、この病気がカドミウムが原因であるということを厚生省は認められますか、まずそれを第一番にお伺いしたい。
○政府委員(松尾正雄君) 私ども厚生省といたしましても、いままでの委託をいたしました研究の結果から判明いたしました実態におきましても、カドミウムが原因であるということについては、もう異論がないところでございます。
○矢追秀彦君 しからば、このカドミウムがどこからきたかという経路、これにつきましても二、三の異論はございましょうけれども、神岡鉱業所よりきたものであるということが非常に可能性も強いし、学者によってはこれは間違いないと断定をされておりますが、その点についていかがですか。
○政府委員(松尾正雄君) ただいま重松先生からもお話がございましたように、いま最後のいわばきめ手とでも申しますか、そういう貴重な資料の結果を研究班で分析されております。その結果が出ますれば、かなり明確にそういう推論が過去のことについても明瞭になるんじゃないか。私どもは、その研究成績を一刻も早くいただきたいと考えております。
○矢追秀彦君 さきに小林教授の発言の中にありました、昭和十八年の農林省の調査によります復命書、この中にはカドミウムということばは出てまいりませんけれども、明らかに鉱山から流れた廃液の中の重金属等によって稲がやられたと、これはもうはっきりした事実でありますけれども、この当時はカドミウムに対する分析法は日本においてまだ発見されておらなかった。したがって、この中にカドミウムということばは出てきませんけれども、明らかにあの地域一帯の稲に対する損害はあくまでも神岡鉱業所の廃液によると、この点ははっきり認められるかどうか、その点をお伺いしたい。
○政府委員(松尾正雄君) 私どもは、先ほど来のお話にございましたように、過去におけるそういう状態というものが今日の現存している患者を発生せしめたという点、それをやはり多角的な立場で判断を下さなきゃならぬ。そういうためには、先ほど来先生のお話もございましたが、現在の分析されておる結果というものと同時に、過去における、このようないろいろな事実というものを、総合いたしまして判断をする必要があると考えておりまして、その意味で稲の被害といったようなものについてのいろいろの調査の結果というものは非常に貴重な材料であると、私は考えております。
○矢追秀彦君 貴重な材料だと言われますけれども、先ほど農林省への復命書が回されましたけれども、これは認められますか、その点どうですか。
○政府委員(松尾正雄君) その結果は認めております。
○矢追秀彦君 そうしますと、先ほどのお話にもありましたように、稲の被害の起こっておる地帯と、このイタイイタイ病の発生地区が全く一致しておると、こういうはっきりした結果が出ておるわけです。したがいまして、ここに神岡鉱山との因果関係は非常に単純なものです。こんなはっきりしたものはないわけです。たとえ病気の原因がカドミウム・オンリーでなくて栄養障害か何かあったにせよ、カドミウムがなければこの病気が発生しないとなれば、公害基本法にもありますように、「この法律において「公害」とは事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる大気の汚染、水質の汚濁、騒音、振動、地盤の沈下及び悪臭によって、人の健康又は生活環境に係る被害が生ずることをいう。」と公害対策基本法に制定されております。したがいまして、このイタイイタイ病が公害である、鉱毒であると断定すべきであると私は思うんですが、その点はいかがですか。
○政府委員(松尾正雄君) 私ども、その基本法に掲げますところの「公害」というものによる被害というふうに考えていきたいと考えております。
○矢追秀彦君 いきたいではなくて、いままでのいろいろなデータは日本の学界でも認められているわけです。ただ先ほど石崎先生は、汚染源については神岡鉱業所が可能性は強いが確証はない、今後の研究に待つ。こういうことを言われましたが、いままでのいろいろな研究があるわけです。それを認定するかしないかが私は問題だと思うのです。だから、ものごとを素直に——見ていきたいと言わないで、この際もう認めたら私はいいと思うのです。何もそれにちゅうちょするものは何もない。いろいろな公害がこれから起こってきますけれども、いろいろな因果関係等はありましょうけれども、こんなはっきりしたものはないわけです。もし、これを公害、鉱毒でないと、あくまでもいままでと同じ状態で放置されるとしたら、今後の日本の政府または日本の企業は、今後の公害問題に対しては、ほんとうにいいかげんにやっていく、あくまでも国民の健康、国民の福祉、住民の福祉を無視して、あくまでも企業さえ繁栄すればいい、こういうことになってしまう。私は、そういう点を憂えて、このイタイイタイ病をこの前から小林先生あるいは萩野先生の助言等をいただきまして、この国会に持ち込んだわけであります。ただこの問題を片づけて もちろん困った人に対する補償も必要でありますけれども、それにプラス今後の日本の公害問題に対する姿勢を、この際はっきりしていかなければならぬ。あなたは公害として認めていきたい、そこまで言わずに公害と言ったらどうですか、はなはだ残念に思います。この点どうですか。
○政府委員(谷垣專一君) 公害につきましては、環境の汚染が相当広範囲でありました場合には、必ずしも被害の程度が大であるか少ないかということを問わず、これは対策を講じていかなければならぬと思いますが、現在の公害基本法におきましては、事業活動その他の人の活動を原因とする、先ほど言われましたようなことが書かれております。もちろん今日のこの案件に関しましては、私たちは公害であるという非常な嫌疑を持っております。そのために、先般来のはっきりした調査をお願いいたして、現在やっておる状況でございます。この調査の結果はおそらく来年の三月末までにははっきりして、私たちのところへ報告がいただけると考えております。その際に、このことははっきりできるものと思っております。 ただ、いろいろ公害の問題につきましては、これが事業活動あるいは人の活動による公害であるかどうかということを除きましても、これほどの問題についての対策は、その結論を待たずともやらなければならぬ問題があると思います。たとえば下水道問題にいたしましても、その他患者の方々に対します対策にいたしましても考えていかなければならぬ、そういう態度で現在はやっているので、一日も早く私たちの委託いたしました調査の結果が判明いたしまして、ただいま御質問のところもはっきりさせるような状態にいたしたい、かように考えておる次第であります。
○藤田藤太郎君 参考人の皆さん御苦労さんでございます。せっかくいろいろな角度から御研さんをいただいているわけですが、私ちょっと二、三お聞きしておきたいと思います。 小林先生のお話の中に、それから萩野先生の中にも出てきたわけですが、カドミウム、亜鉛、鉛が入っている、水の中に。そういうものがどろ土の中にあって、一緒に流れている。いま摘出されているのはカドミウムでありますけれども、これが人体に及ぼす影響、いまのイタイイタイ病に及ぼす影響というものを御研究なさっておったら、時間がありませんから書類でひとつお知らせをいただきたい、こう思うわけであります。 それから、この種の公害というものは、いま萩野先生がおっしゃいましたように、なかなか結論が出ないわけです。その結論が出ないままでずるずると延びている、これが私は国民の一番不安なところだと思う。ですから私は、厚生省としてもそういう疑いがあり、実際に人害を受けている場合には先行して処置をする。人命を尊重するという立場からせなければなりませんし、通産省はそういうものに対してほんとうに研究されているのかどうか疑わしいような状態で、生産第一で行なわれているということになってまいりますと、たいへんだと思うのです。たとえば先生方御存じのとおり、水俣病しかりであります。私も現地に行って、水俣病の関係についてはいろいろと聞いてまいりました。たくさんの数式があげられて、これでいけば絶無とはいわないが、たとえば有機水銀の場合は〇・〇〇〇〇と、〇が十くらいついて一くらいの数字であると、これまで人体に影響があるかどうかということになってくると、なかなかその発言ができないような状態、しかし、たとえば湾内の魚が死ぬ、現実の問題でそういう問題が起きている。水俣病に関しては人間の生命を断っている。なかなかこの結論が出ない。何年かかっても結論が出ない。いままで起きたものに多少の補償をしただけで事が済んでおる、こういうことなんであります。ですから私は、このカドミウムによって——萩野先生が二十一年から今日までじかに足を運んで、小林先生と共同して、そして今日までこういうぐあいに摘出をされてきた事実というもの、そして痛い痛いといって骨が折れ、先ほどのお話のように生命が断たれていく。何らの処置のほどこしようもなく、いまの手当てだけではどうも十分でないということも私は聞いている。ではどうすればいいか。根元を押えなければどうにもならぬということになってくると思う。単なる個人の責任でできた病気でも被害でも何でもない。私は、これはやはり公害だと思う。だから、そういう点で一日も早く処理をする。処理をするということは、その病源を根元から断っていくという努力を、私は皆さん方に御協力をお願いしたいと思う。通産省も、そういう事態が動いているとき、どんな関心を持ってきたか、共同研究をして厚生省は人命尊重の立場から動くわけであります。では、その根元は、私がいまお話を聞いて、ほとんどカドミウムというものがこの病源体であるということは、もうだれが聞いてもそうじゃないかというところまで話ができているのに、それじゃ、その根元の処理はどういうぐあいにされてきたのかということが疑問になってくるわけです。これが公害対策の私は基本だと思う。そういう意味においてひとつ小林先生から御意見を承りたい。
○参考人(小林純君) カドミウムが非常に有毒な金属であるということは、前から知られております。ある動物に対しましては水銀よりもむしろカドミウムのほうが猛毒であるというふうになっておりまして、人体の場合にどちらがより有毒であるということはちょっとわかりません。それからこのイタイイタイ病の場合には、これが慢性的な病気でありまして、そこに何十年と住んできた人たちに初めて発生しております。それから水俣病のような病気は比較的急性でありまして、数年のうちに結果が出てしまっております。ですから、そこでこのイタイイタイ病がなかなかベールにかくれてわからなかったということは、病気自体が非常に慢性病であるということにあった。つまりカドミウムの摂取量がもっとたくさんであれば、もっと早くわかったでしょうが、非常に微量であったということがこの発見がおくれた原因である。しかし、鉱山の排水がすでによくなりまして、患者の発生がほとんどとまりまして、まさにこの病気の原因が迷宮入りしようとしていたこの瞬間に、私どものほうでこうしてカドミウムを検出した。ここに原因のきめ手が出てきたわけであります。ともかく迷宮入りはしないで済んだ、こういうふうに考えております。 それからカドミウムの毒性につきましては、第一次大戦のころにフランスのあるカドミウムの蓄電池をつくります工場におきまして労働者が、初め女の人と男の人と一緒におったそうですが、まず金髪の女性はまっ先にカドミウムに対する感受性が強いために脱落してしまった。それから今度は金髪でない女性も次いで脱落した。それで最後には男の労働者だけを使っておった。ところが、やはり四、五年たちますと、その労働者の中からイタイイタイ病と同じような骨の病気が発生した。こういう記録がその工場のお医者さんによって医学会誌に発表されております。この点は私、非常に感心に思うのでありまして、外国ではその加害工場がみずから進んでこういった被害を究明して発表しているわけです。ところが日本では、被害者のほうがこれを進んで究明しなければ、とてもそれはわかってこない。加害者はいつももみ消し運動の側に立つ、こういう状態にあります。いまのフランスの場合は、カドミウムを加熱しまして蓄電池の電極をつくる工場でありますから、鼻からカドミウムの蒸気なりあるいはガスを吸ったわけです。今度の富山のイタイイタイ病の場合は、口から水や米を通しまして入ったわけでありまして経路が違っておりますが、しかし同じような骨の病気が発生したということは、これは医学的には非常に興味あることだと、こう考えております。私、いま歯の治療中でして、ことばに非常に不明瞭な点がありまして申しわけございません。
○藤田藤太郎君 私、お尋ねしたいのは、あとで書類でお願いした部分を除きますと、通産省としては——萩野先生等が御存じの人だけでも、二百何人の患者で半分以上の人がだんだん浮き彫りされてきた経過——小林先生、萩野先生の努力の経過があるわけですが、それもまた昭和三十五年ころから、いまのようなことが浮き彫りされてきておるわけです。いま厚生省の皆さんもおっしゃったように、現実にカドミウムがこの病気の根源だというところまできている。その間、通産省はどういう対策をそれじゃとってこられたのか。生産をあげたらいいというばかりが通産省の任務じゃないと思う。主権在民国家における人命尊重ということ、主権者国民という国家体制の中では、この根元に対するどういう処置をとってこられたか、ちょっとお聞きしたい。
○説明員(西家正起君) ただいま参考人の先生方からいろいろお話を伺いまして、まことに患者の方々は痛ましい状態にあると感じておる次第であります。心から御同情申し上げております。また萩野先生ほかにはいろいろこの問題、治療等につきまして御熱心にやっておられまして、まことに心から敬意を表するものであります。 通産省といたしましては、私のほうは実は医学的な問題には全くしろうとでございますので、厚生省あるいはその他の方々から教えていただいたわけでございます。この問題につきまして、私どもカドミウムが疑わしいのじゃないかと言われ出しましたころ——承知いたしましたのが昭和三十六年ごろでございます。カドミウムそのものが有害でございますが、微量のカドミウムが疑わしいのじゃないかというふうに聞き出したのが、そのころでございます。それから、とにかく現在流している水によって、もし万一にでも健康に異常がございましたら、これは非常な大きな問題でございますので、とりあえず昭和三十八年から鉱山の排出口から水系に沿いまして、前後三回にわたりまして、水系の水の調査を行なったわけでございます。で、その結果、一番最後にやりましたのは昭和四十二年度でございます。三回とも鉱山の施設の排出物におきましてはカドミウムが、先ほど重松先生からも御報告ございましたように検出されるわけでございますが、これが川に入りまして薄まりまして、宮川という川と合流いたします直前におきまして、私どもの調査では現在もう分析に乗ってこない。すなわち専門用語で申しますと〇・〇〇一PPM未満である。こういうような状態を承知したわけでございます。したがいまして、これは微量のカドミウムは、どのくらいのものから人体に影響があるかという問題が非常にむずかしい問題でございまして、日本でもまだ基準がないのでございますけれども、大体、世界保健機構等の水道の望ましい基準というものは〇・〇一PPM以下と、こういうような数字もございましたので、それでは一けた少ないところにまでは乗ってこないという状態でございますので、これはまず現在の水につきましては少なくともだいじょうぶじゃないかと、こういうことに到達しておりまして、現在なお廃水あるいは排出物の管理につきましては厳重に監督しておるわけでございます。ただし、先ほどお話にありました過去の流出問題でございますが、私どものほうは古くから鉱山の堆積場並びに坑廃水につきまして監督をしてまいっております。従来、戦時中並びに戦後しばらくの間は微量の重金属というものを対象にして調査をいたしております。その点が非常に詳しくはわからないわけでございます。現在、過去にどういうものが流れたのかということにつきましては、厚生省の調査班とも十分連絡をとりまして、私どものほうも調査をいたしまして、この因果関係につきまして突きとめたい。これはまた非常にむずかしい問題かと思うのでございますが、現在そういう段階でございまして、根本的には、これは先生御指摘のとおり鉱山保安法にも人に対する危害の防止、また公害基本法にもございますように、人命尊重という点をもちろん第一に考えまして、その上で産業の発展につきまして努力をしているような次第でございます。
○藤田藤太郎君 人命尊重の問題を、あなた口からおっしゃいましたけれども、過去の鉱山保安についてもこのような廃液からの人命保護についても、たかなか納得できぬような歴史があって、また今度カドミウムの問題もぼちぼち結論が出たらそれと一緒に研究したいということで日本の通産行政をやってもらいたくない。もっと人命を尊重してもらいたい。きょうは私は議論はいたしませんが、あらためてこの問題は明らかに私はしたいと思う。昭和二十一年から二百名をこえる人がイタイイタイで苦しんでおられたり、なくなられた人があるという現実というものを——昭和三十六年ごろから、わからなかったものが、ようやくカドミウムの公害だという結論が浮き彫りされてきているのに、たとえば小林先生の御報告によると五百万立米の鉱石の堆積があって、それが雨にさらされて下へ流れていっているということ、萩野先生が構内に入ってみたけれど廃水はどんどん出ているという現実である。要するに、こういう監督行政というものはどうされているのか、無関心であるのかどうか。それから、たとえば稲とか魚とかと人命についていろいろと研究発表がありましたけれども、こういうこともお聞きだと思うのです。また聞かなくても、どういう被害を起こしているかぐらいのことは調べて——通産省は、生産は上げなければいけませんけれども、生産を上げると同時に、人体の許容量をこえて、人体を損傷するというようなことなら、単に生産だけをいっておられないじゃないか。そのために今日、公害基本法というものができたのですよ。公害基本法ができても、そういうものがほったらかされておっては、私はどうにもならなぬと思う。だから私は、重松先生にお聞きしたいのでありますけれども、昭和三十八年から厚生省が調査に入って、皆さん方に、今度は調査研究の結論を出すために御努力をいただいているわけでありますけれども、この昭和の初めや大正の初めから起きた病気が問題になって浮き彫りされてきたのが三十六年ですね。それでまた、いまこの場になって時間的なレールの中で来年三月だとおっしゃるわけでありますけれども、私は、まあ法制的に公害の処置をとらなければいけないほど深刻な問題だと思っているわけであります。ですから、それについて私は、もう遠慮会釈なしに問題の結論を出してもらいたいということをお願いしたいのです。先ほどの御意見を聞くと、主となるものが五人、共犯となるものが五人、わき役になるものが一人、主役が一人、それで十二人なるというような経過も御発表になりました。実際に二十一年間やってこられた萩野先生等の、実際のいろいろのデータというものも、それは学界においてのルールがあるでしょうから、学界のルールまで私は批判をいたしませんけれども、この人命尊重を、人間の生命を守ることを託された委員会だと私は思う。だから一日も早く、だれにも遠慮なしに、どこにも遠慮なしに、ひとつ結論を出していただきたいということを、お願いをしておきたいわけであります。 それから厚生省に、私は、お尋ねをしたいのであります。厚生省は、いずれあらためてこの委員会で、このイタイイタイ病の根源になるものは公害であるという、新たな処置をとらなければいかぬ。厚生省は公害対策会議の事務局を担当しておいでになるわけですから、厚生省がしっかり腰を落ち着けて、どこにも遠慮なしに、ひとつやってもらいたい。あの公害基本法論議のときに、経済の調和が必要だということが出て、経済の調和で公害対策が消えてしまうという議論まで出たわけであります。ですから、そういうことのないように、厚生省は公害は公害だ——これだけ長い歴史の間、人命が軽視され、そして人命が損傷されている、それがカドミウムによるということが、大方いま環境衛生局長がお答えになったように、そういう事態にきているということでありますから、できるだけ早くこのイタイイタイ病の問題については、これはやはりせっかくできた公害基本法の大精神に沿って、人間の生命の尊重、健康の保持、これが国家体制としていま一日も早く守られなければならぬという結論を早く出してもらいたい。そのことを私はお願いしたいのです。だから厚生省は、これは公害としていまの公害基本法に沿って認定をして、一日も早く対策を講ずる。むろんそこで、被害を受けられた方々に対しての処置をしなければならぬことは、もう当然であります。しかし、この根源を突かなければ——いまの出た人の対策はできたが、完全な治療方法がないなら、いつまでたったって、どれだけ出るかわからない状態をこれから続けるわけですから、その根源を断つために、公害対策会議で厚生省が強くいわれて——それは産業のことはあるでしょうが、生産よりまず人間の生命が大事なんだ。このことを明らかにして私は処置してもらいたい。このことをお願いしたいわけでありますが、もう一度、ひとつ明らかな見解を述べていただきたい。
○政府委員(谷垣專一君) 厚生省といたしましては、もちろん公害対策の幹事役といたしまして、この問題には深甚な注意を払っておりまするから、公害対策基本法が出ます以前から、この問題に対してのそれぞれの調査等を進めてまいっておるわけでございます。いま問題になっておりますのは、公害対策基本法の中のこの原因がどこに由来しておるかということ、つまりこれは人の活動あるいは事業活動としての原因が、どういう由来でどこへ結びつくかということ、まあこのことの究明の段階に入っておるわけでございまして、これはほかのいろんなことに束縛されないで、最も科学的な究明をいたさなければいけないと考えております。それが、先般来、委託調査をお願いいたしておりまする私たちの考え方でございます。 もちろん、この公害対策基本法に基づきまする問題を越えまして、人の生命に関しまする対策を十分にやっていかなければならぬのは、厚生省のこれは本来のたてまえでございます。その点につきましての努力をあわせて行ないますとともに、こういう公害の基本的な対策についての推進は、厚生省といたしましては、このことを推進していく決心でございますので、そのことを申し上げておきたいと思います。
○藤田藤太郎君 ちょっと。厚生省ですね、たくさんの人がなくなられているのに、残念ながら、いま先生のお話にあったように、日本の学会では認めてくれないという歴史を続けてきているのです。それでたくさんの人が死んできているのです。こういうことを腹に入れて、私はやっぱりその対策を立ててもらわなければ、それは学会が聞かぬからということだけでは、どうにもならぬのですよ。そのことを生命を守る厚生省に行政の第一としてやってもらいたいということが言いたい。よろしゅうございますね。
○政府委員(谷垣專一君) 藤田委員の御意見と全く同感でございます。その方向で努力をいたしたいと存じます。
○委員長(松澤兼人君) ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(松澤兼人君) じゃ、速記を始めてください。
○矢追秀彦君 では、まず参考人の重松先生にお伺いいたしますが、いままでずっとこの問題について研究班としてやって来られまして、私は非常に不可解に思いますことは、去年の十月に、いままで県にございましたこの富山地方特殊病対策委員会というものが解散をしてしまった。で、この中には、かなり、今後、究明しなければならない問題点が残っておるにもかかわらず、解散をして、そのまま放置をされておった。この点の事情について、もし御存じでありましたらお教え願いたいと思います。
○参考人(重松逸造君) 私たち研究者といたしましても、昨年の段階で富山県の委員会が解散されたことは、まことに遺憾でございます。ただ、先ほど私からも御紹介申し上げましたが、すでに昨年の段階では、厚生省が公害調査研究費による委員会を組織しておりまして、従来の冨山県の委員会に所属しておりました委員の方々の多くの人たちが、その中に入って同一の研究態勢を続けておりましたので、その点で了解しただけでございます。まあ個人的な意見といたしましては、もちろん、この同じ委員会を続けてほしかったという気持ちであります。
○矢追秀彦君 で、気持ちはお持ちだったでしょうが、今後とも続けてもらいたいということの要請を当時されたかどうか、お伺いいたします。
○参考人(重松逸造君) 先ほど申し上げましたように、私ども研究者といたしましては、三十七年以来、全く同じペースと申しますか、一刻も早くこの真実を明らかにしたいということで努力してまいったわけでございます。その意味で、もちろん、この県の委員会に対しましてもいろいろな要望をいたしたわけでございますが、向こうの御都合でそうしたいとおっしゃるものでございますから、まあわれわれとしては、ともかくこの研究を続けて、そして真実を明らかにすることが第一目的でございますので、その点に対する協力は富山県もわれわれに対して誓っていただきましたので、了承した次第であります。
○矢追秀彦君 まあ私が申し上げたいことは、私はこの前、富山県に行きましてこれが解散されていることを知りまして、非常にびっくりしたわけです。いま言われたように、県に問題があると思いますが、こういう問題が、結論の出ないまま解散をされて厚生省のほうでやられたと、結局、これに対する姿勢というものが私は弱くなったと、こう見たわけです。したがいまして、この委員会に持ち込みまして、厚生大臣にいろいろと質問をし、要求も申し上げました。その結果、研究班ができたと私は考えておりますけれども、その点について、やはり県の姿勢というものは弱くなった、こう考えてよろしゅうございますか、まあお答えにくいかもわかりませんけれども……。
○参考人(重松逸造君) いまの御質問に対しては、どうも私たち研究者がお答えすべき問題ではないと思うのでございますが、ただ先ほど申し上げましたように、四十年から厚生省が一応富山県の問題を含めて宮城県並びに長崎県の研究ということで、かなり全国的な規模での研究をやり出しておりましたので、まあわれわれ研究者の立場としましては、富山県のイタイイタイ病問題に対する研究のペース、あるいはそれに対する努力というものが、この富山県のいまの委員会が廃止されたことによって影響されたとは思っておりません。
○矢追秀彦君 で、まあこの県に対する報告書の中にもカドミウムが原因であるということは、もうかなり明らかにされているわけです。由来については、はっきり書かれておりませんけれども。ところが、きのうの富山県会における知事の発言でありますと、カドミウムがイタイイタイ病の原因であるかどうかはわからない、こういうことをいまだに県知事が言っておるわけです。この点について一応県に報告書をされた。これは一応富山県として出ておるのですが、カドミウムが原因であると——一部の原因であると。要するに、カドミウムがからんでいるということは、この報告書にも明らかに出ております。それをまだ県知事がこういうことを言う点、非常に私はけしからぬ発言だと、こう思うのですけれども、この報告書というのは一応県で出されておるのですから、県知事も承認をしたものだと思うのですが、その点はいかがでしょうか。
○参考人(重松逸造君) もちろん、矢追委員のおっしゃいますように、それは富山県が出している報告書でございますので、知事が序文まで書いておられますから、その全文につきまして知事は了承しておられると思います。
○矢追秀彦君 また、政府委員で申しわけないのですけれども、こういう状態を厚生省はどう考えられますか。要するに、この報告書にはちゃんとカドミウムと書いてあるのです。きのうの県会でイタイイタイ病の原因であるかどうかわからぬ、こういうむちゃくちゃなことを言っているのですけれども、こういうことは許されるのかどうか、一言……。
○政府委員(谷垣專一君) まあ、知事が県会でそういうことを答えるのを、厚生省がどう思うかという、ちょっと答えにくい御質問のようでございますが、報告書がはっきり出てきておるのですから、そのことは知事の発言でどうこうというふうに、私たちのものの考えが影響されるとは考えておりませんですがね。
○矢追秀彦君 もう一つ、申しわけないですけれども、知事がこういうことを言っておるということは、知事の考え方はこのイタイイタイ病に対する姿勢が逃げの一手であると——先ほど環境衛生局長さんですか、鉱毒として扱っていきたい、そういう方向でいきたいと、こういうことを言われた。県知事はそうでない方向にしていこうとしている。こういう食い違いがあった場合、それに対しては何もわれわれできないと、そういうようにおっしゃるのですか。まあ、あくまで県は県で自由だと、もちろん地方自治というものはありますけれども、その点どうですか。
○政府委員(谷垣專一君) 私たちは、公害対策基本法その他の法律に基づいての措置をしていかなければならぬ立場におりますので、まあ関係しておられる知事さんは、いろいろ御発言があるだろうと思いますけれども、私たちは私たちの考え方でやっていく、こういう考えでございます。
○矢追秀彦君 その問題はまた後に譲りまして、小林先生にお伺いしたいのですが、先ほど通産省の鉱山保安局長さんが、〇・〇〇一PPMということを言われました。現在の水はどうもない。もちろんそうであるかもしれません。ところが、この間、新聞のデータですが、〇・〇六PPMの検出があったと出ておりました。そのデータについては、厚生省のほうではちゃんと見た、承知しておりますと、このように言われたわけです。この食い違いについてこの間も質問したのですが、あまりはっきりした回答を得られなかったのですが、現在の状態——現在カドミウムが流れておる、それはたとえ微量であるにせよ、神岡鉱山の中から流れているということがはっきりしているかどうか、この一点と、いまの〇・〇〇一PPMである、はかった場所というのは、この厚生省のはかったところと、おそらく違うと思うのですが、この調査班としてそういう厚生省のデータと通産省のデータというものを、やはり今後引き合わせてやらなければいけないと思いますけれども、その点についてお伺いしたいと思います。
○参考人(小林純君) これは、最初に厚生省の調査班の重松班長からお話がありましたように、現在の鉱山の坑内からどこかの排水路を通じましてカドミウムが流れ出しております。それは、量は非常にわずかではありますが、流れております。 それから、この調査班としまして、重松委員長外数名の方が、この神通川をさかのぼりまして、鉱山よりはるかに上流の、つまり高原川と申しますか、その川のはるかに上流から、鉱山の地帯、それからその下流、そして昔鉱毒のあった、現在イタイイタイ病の発生しているその地区までの水と土を分析しまして、その資料は、私のところと、それから金沢大学と、それから富山の衛研へ配られまして、そしてこの四カ所で——金沢大学は二カ所ですから合計四カ所で分析しまして、そしてこの間、今月の七日に富山へ持ち寄りまして、その結果を重松委員長から発表されたわけでありまして、〇・〇六PPMというのは間違いない数字であります。これはしかし、いろいろな場所でサンプルがしてあります。そして、水の中にはそういう〇・〇六というのもありましたし、まだ高い値を示したところもあります。鉱山排水で一あるいはそれ以上の値を示した排水もあります。 それからまた、私個人としましても、六月に研究室の人を伴いまして、また萩野博士の関係の方も御一緒で鉱山地区を調査いたしまして、そのときにも鉱山を中心とした水とどろを集めております。そして、たまたま厚生省の調査班と同じ場所を別の時期に調べたことになりましたのですが、その結果を見ましても、鉱山地区から現在カドミウムが流れ出しております。そして、水にありますだけではなくて、特に先ほど申しました鹿間の堆積場——現在のりっぱな堆積場ができます前に、戦時中に使われておりました鹿間の堆積場から高原川に流れ込みます渓流の下にたまっております土砂、岩石の間に土砂がたまっておりまして、この土砂を分析しましたところ、非常に多量のカドミウム、亜鉛、鉛が検出されております。したがいまして現在も、鹿間のダムから少しずつはそういう堆積物が流れ出しているということも言えると思います。これはもちろん雨なんかの際に流れ出すわけでありまして、鹿間の堆積場が不完全であったということを示しております。戦時中に大量に流れ出したということは、先ほど申し上げましたとおりであります。 〔委員長退席、理事柳岡秋夫君着席〕
○矢追秀彦君 私は、現在やはり神岡からはっきりと、たとえこれは人体に影響がない状態の、微量のカドミウムであったとしても流れているという事実、このことは神岡鉱山以外のところからは流れてこない、すなわちイタイイタイ病の原因はカドミウムと、はっきりしたわけです。 〔理事柳岡秋夫君退席、委員長着席〕 したがって、どこからきたか、三つ私は考えられると思うのです。一つは神岡鉱業所から流した。それと自然に雨が降って山の辺にカドミウムがたくさんあるから、長い年月の間に流れてきた、これはしろうと考えでありますけれども、あるいは神通川のあたりに昔から、カドミウムが流れてきたのでなくて、その土の中にあった。この三つが考えられる。まあ、しろうとでありますけれども考えられるわけであります。そのうち、どれにあたるか、現在やはり鉱山からカドミウムが流れている。そのほかの、もともとあった、あるいはその他のところから流れてきたということは絶対にないということを、学問的に立証できるかどうか、その点重松先生にお伺いしたい。
○参考人(重松逸造君) ただいまの御指摘の点につきまして、現在いま研究を進めているわけであります。過去の状態につきまして、いまきわめて的確に万人を納得させる方法で証明をしたいという考えでやっておるわけでありますが、何しろ過去の状態でありますので、ある程度の限界はやむを得ないのではないかと考えております。先ほど申し上げましたように過去の状態につきましては、昔からの堆積場のサンプルをとって分析をしているということ、それから、いま矢追委員が言われました神岡鉱山以外のカドミウムの源につきましては、鉱山寄りの上流の地点、これをやはり何カ所か水、どろを採取しまして現在の状態を調査しているのですが、上流地点の過去の状態というものにつきましては、かなりむずかしい問題点が残っておりますが、これもできればそういうサンプルのとり方も今後試みてみたいと考えております。 それから、問題の患者発生地区における重金属が、一体昔からそこにあったのではないかという矢追委員の第三点でございますが、この問題につきましては、やはりもうすでに本年度の研究で、婦中町地区の水田のどろ約数百サンプルを分析いたしておるわけであります。石崎教授が担当しておられますが。その結果では、水田の上層、中層、下層という三点につきまして、それから、さらにまた水田の水口、水じり、中央部という三カ所につきまして、そういう縦と横という広がりについて検討しておりますが、いまの段階ではどうも昔から特にカドミウムがその地点にあったということは、おそらく否定されるであろうデータになっております。まあ、これも最初にお答え申し上げましたように、最終的な結論は来年の三月まで待っていただきたいと思いますが、いままでの集まった数字ではそういう傾向が認められております。
○参考人(小林純君) 鉱山が流した以外にカドミウムが大量に流れた原因はないと、こう考えます。先ほど申しました鹿間の堆積場の下の高原川に合流しますすぐ上で谷底のどろを分析しましたところ、カドミウムは一一〇PPMありました。鉛が一八〇〇PPM、それから亜鉛が二三〇〇〇PPM、こういう非常に驚くべきたくさんの重金属を持っております。それからまた、神岡鉱山の茂住の鉱業所のところに、茂住谷といいますか、とにかくやはり高原川に合流する直前の茂住の堆積場の下で調べましたどろは、カドミウムが二七〇PPM、鉛が六五〇〇PPM、亜鉛が四四〇〇〇PPMであります。ところが、鉱山のいまできております和佐保の堆積場、これはりっぱなダムでして、鉱山の上流になりますが、その和佐保の堆積場から高原川に川が流れておりますが、それよりちょっと上流の高原川の底のどろ、これはつまり鉱山からすぐ上の、鉱山と無関係の川のどろになりますが、それはカドミウムがわずかに一・七PPM、それから鉛は一八PPM、それから亜鉛が四一PPM、これが鉱山からすぐ上の高原川の川底のどろであります。したがいまして、このように鉱山の周辺では、たとえば鉱山の上流にそういう原因があるとしますれば、高原川の川底にまだたくさんの重金属があってしかるべきであります。ところが、鉱山の堆積場の下の谷に限ってこういうぐあいに驚くべき大量の重金属があるというわけでして、これは当然鉱山が原因である。こう考えます。
○矢追秀彦君 ではまあ、大体、最終的な結論はまたとしても、もともと婦中町村付近にあったものではないということがかりに事実だとしまして、その点を除きますと、鉱山が流したか、あるいはいま高原川のところから一・七PPMが流れてきている。したがいまして、それが非常にまあわずかな量であるけれども流れてきておる、それが原因ではないかと、こういうふうなことに、まあ逃げるほうの側からいいますと考えられる。萩野先生にお伺いしたいのですが、一・七PPMという現在の高原川から流れているだけのカドミウムの量だけでは、たとえ二十年、三十年の長きにわたって水を飲んでも、ああいう病気は発生しないと思いますか、その点はいかがですか。
○参考人(萩野昇君) 先ほど私が証言いたしましたように、土壊の中から稲の根がこれを選択吸収して三五〇〇PPM、白米の中に三五〇PPM入っている。この事実からいいましても、たとえ少なくても現在あるのですから、それを選択吸収する、それを食べれば私は起こり得ると思う。ということは、私が終戦直後あの地へ帰ってまいりましたときのあの悲惨な状態と、三十年以降現在の状態とは一変しているのだと——そんならいま出ないかという問題、これは私は現在なおぼつぼつ出ていると叫び続けているのですが、一部これを非常に否定されたのでございますけれども、ことしの研究において、石崎教授もここにおいでになりますが、第一次、第二次——三十七年、三十九年の県の検査において陰性だった女性の患者さん、県の検査においてフィルターにかからなかったのです。それが今度の検査でイタイイタイ病になっているんじゃないですか。この事実をどうみるか、私が言っているのなら、いなかの医者が言っていることだから当てにならない。けっこうです。県のおやりになった検査で三十七年、三十九年とその患者が検査を受けてイタイイタイ病じゃなかった。今度の検査でイタイイタイ病になっているということは、やはり微量であっても、その微量ということだけをお考えになるから、問題が薄らぐのであって、濃縮されて米につく、根が選択吸収している、しかも白米に選択吸収されている。根がそれを吸い上げている。カドミウムが微量であってもやはりうっせきする。現に三十年に完全なダムがつくられていると、鉱山監督局は——私、参議院のあの記録を拝見さしていただくと、日本で一番いい。それにもかかわらず現在出ているのが事実なんです。この事実をどうするかということ。私ははっきり証言いたします、出ます、今後も出るでしょう。
○参考人(小林純君) ちょっと私から申させていただきます。全国の土や水田のどろの中に、大体一から二PPMくらいのカドミウムが存在しております。ですから、この高原川の鉱山のすぐ上流の川底のどろが一・七PPMであるということは、これは非常に自然な含有量であります。ですからこの高原川は、何ら汚染の影響を鉱山の上流においては受けていない。あとでスライドでお目にかけますが、一・七PPMくらいは、いま申しましたように、どこの水田でも持っております。そのために米の中にカドミウムが少量ながら吸い上げられます。しかしイタイイタイ病地区の水田の中には大体五−六PPMくらいのカドミウムを持っておりますから、その地区のお米のカドミウム含有量は、よそよりいまでも高い。それから、戦時中に流れました当時は、これは非常に高い値であった。たとえば亜鉛だけの含有量を見ましても、現在は四〇〇PPMくらいしか被害地の水田中にないわけでありますが、戦時中の被害水田土壌には、さっき申しましたように四〇〇〇PPM、〇・四%以上持っておりましたから、戦時中にはきわめて濃厚であった、カドミウムも濃厚であったというふうに考えられます。
○委員長(松澤兼人君) 時間もあれですから。
○矢追秀彦君 大事な問題でありますから、制限しないで下さい。
○委員長(松澤兼人君) 質問があまり長くなると、まだあともあるので、困りますから……。
○矢追秀彦君 では簡単にいたします。 この問題は、私は二つに分けてやらないといけないと思うわけです。一つは、現在の状況下において、萩野先生は病気が起こると、こういうふうにおっしゃっておられますけれども、それは過去に非常に多くカドミウムを含んだ水を飲んだのが、長年たって出てきた。さらに現在、少しばかりでもカドミウムが流れておるのが加わって病気が起こっているのかどうか。その点をひとつお伺いしたいのですが。
○参考人(萩野昇君) お答えいたします。 私の説明が若干足らなかったことをおわびいたします。これは、あの土地で生まれて、あの土地に住んでいる人は三十数歳、十六ないし二十歳であの土地に嫁して来た人は五十数歳で発病するという私の臨床経験の統計から言いますと、まず三十年間カドミウムを食べなければ発病しないのじゃないかと思っております。そうしますと、その期間において濃厚なカドミウムが流れて来た時期がございまして、そのときに一時にどっと入っていると考えられます。カドミウムという物質は体内に入りますと、なかなか排出しない。たとえばEDTAを使いましても鉛ほどは体外に排出しない、さらに腎臓炎が悪化してまいります。だから使用不能になってまいります。非常にきつく、体内の骨とかその他の臓器と結合しますので、入りましたら出にくいですから、いまの御質問にお答えいたしますと、小林教授が言われたとおり、いまの量でございますと発病しにくい。ただし神経痛が起こりやすいのじゃないか、イタイイタイ病にはなりにくいのじゃないか。過去において大量吸収した事実があって、その上に上乗せしているということから発病すると、私は申し上げます。 もう一度結論を申し上げますと、いまのままの状態では、初めてあの地区にとついで来た人には起こらないんじゃないだろうか、過去に濃厚感染を受けている人は、あの状態のカドミウムをさらに吸収することによって発病するんじゃないか、こういうふうに考えます。
○矢追秀彦君 では、小林先生にもう一度お伺いいたしますが、結局、神岡鉱山より上は、どこの水田にもあるようなカドミウムの正常値である。そうなりますと、カドミウムが出たのは、結局この神岡以外にないと、こういうことはあからさまでありますけれども、いまなお、それがはっきり言えない状態です。それに対して、いわゆる科学的に、絶対これは神岡以外から流れたものではない。しかも多量に流れた。その証拠として、戦争中のカドミウムの生産量と、それから、それによってどれくらい堆積されておったか。現在それがどの程度に減ってきておるか。だからこのくらいは流れた。さっき先生がお示したなった農林省のデータ、そういう点と比べて、明らかにこれは、間違いなく神岡が流したという確証ですね、これがありますかどうか、お伺いしたい。
○参考人(小林純君) これは間違いございません。当時の鹿間の堆積場の昭和十八年当時の写真を、現在持っておると思います。非常な貧弱な、そしてネコのひたいのような非常な急斜面につくられました、ごく小さな堆積場でありまして、これは変色しておりますが、この鉱山の煙が出ております、すぐわきに平たいところがありまして、これがその当時の堆積場でありまして、ところどころ、いまと同じくらい戦時中に採掘しておったとしましたら、あんなちっぽけな狭いところへ堆積しておりましても、上から大雨が降って、この急斜面を流れ落ちてまいりますと、堆積物は全部一緒に流れ去ってしまうということは確実であります。したがいまして、そのために、ああいう稲の大被害が発生したわけでありまして、ほかに稲の被害の発生する原因は全然なかったわけであります。ですから、いまそれがないからといいましても、それは昭和三十年にあれだけりっぱなダムができたから、それがないだけでありまして、もし和佐保谷のダムができておらなければ、いまものすごい鉱毒が続いておるはずであります。
○矢追秀彦君 最後に、いままでの、ずっとお話をお聞きになられまして、通産省、厚生省ははっきりと、これはもう神岡から流れた以外考えられないということは十分おわかりだと思います。何も萩野先生と小林先生が、一部の偏見を持ってやられたのではなくして、明らかに学問的な立場の上から、十分そうでない可能性も考慮しつつ、現在の結論にまで到達をしたと思うのです。これを、もし国が認めないとすれば、これは政府のほうがよっぽど非科学的な人間ばかりで組織されておると言いたくなるんでありますけれども、この点について通産省と厚生省は、この神岡鉱山の廃液によるカドミウムが根本原因であると、あと病気に至る原因のいろんな主要でない点——そうでない点はあるかもしれませんけれども、とにかくカドミウムが一つの原因。そうしてこれの経路はあくまでも神岡鉱山であると、こういう断定を私はすべきである、早急にすべきであると思う。そうして被害者に対する——あのかわいそうな人たちに対する補償を、責任を持ってやるべきであると、このように思うのであります。その点に対する明確な答弁をお伺いいたしまして、非常に長時間申しわけありませんでしたが、質問を終わらしていただきたいと思います。
○政府委員(谷垣專一君) 繰り返し申すようでございますが、厚生省といたしましてはいろいろの問題がございますので、この広範な問題を追及しつつ、さてその由来がどこにあるか、こういう段階の委託調査をお願いいたしておるわけでございます。この結果が来春三月一ぱいに出てくるものと私たちは期待をいたしております。そういう状況でございまするので、その結果を待ちまして、厚生省としては判断を下してまいりたい、かように考えております。
○政府委員(熊谷太三郎君) 先日もお答えをしたとおりでございますが、決して通産省といたしましては逃げるという筋合いではなしに、よく厚生省とも連絡いたしまして、御趣旨に沿うようにつとめてまいりたいと考えております。
○宮崎正雄君 本日は、各参考人から非常に有益な御意見を承わりまして、たいへんに勉強になったのでございますが、何さま、われわれは医学に関しましてはしろうとでございますから、きょう承わりましたことの是非を私自身がいまそれをどういうふうに判断するかということを申し上げるのは潜越でありますから、それは差し控えさしていただきたいと思います。また、現地も私見ておりませんので、そういう点からも、はっきりと私自身の意見を申し上げることはできませんが、ただ、一、二参考人にお伺いいたしたいと思います。 重松先生にちょっとお伺いしたいのですが、三・月には大体共同研究の結論が出るというようなお話でございましたけれども、その三月の結論は、それで確定的な、決定的な結論が出るのですか。それとも、なお研究の結果によっては、さらに新しく研究を進めなくちゃならぬというような問題が出てくることも考えられますが、その辺を重松先生にお伺いいたしたいと思います。 それから石崎先生にお伺いいたしたいのでございますが、厚生省から委託されまして研究をしておられますところの研究班は、私は特殊な目的を持って行なわれておる研究であると思います。特に産業公害という観点からの御研究であると思いますが、先ほど萩野先生から伺いますと、患者の実態は非常にお気の毒な状態でございます。そうした産業公害はだれがそういう原因を起こしたか、何が原因であるかということを離れて、純医学的な立場からこれは検討されるべき重要な一つの疾病である、こういうふうに思うのでありますが、医学界におきましては、研究班に加わっていらっしゃる方々以外に、純医学的な立場でこの問題の研究が行なわれているかどうか、これをお伺いしたいと思います。 それから小林先生にお伺いしたいのですが、先ほどの御説明で、動物実験をやって非常に確信を得たと、こういうお話がございましたが、これは、くわしいことは何か文献でもありますでしょうか。あれば教えていただきたい、こういうふうに思うわけであります。 それから萩野先生にお伺いいたしたいのですが、私が聞き漏らしたのかもしれませんが、過去の数字は承りましたが、現在の患者は何名ぐらいあるかどうか。それから、われわれしろうとから考えまして、聞いた印象から言いますと、何か非常に個人差があるような感じがいたします。性あるいは年齢あるいは職業、あるいは家庭環境等によって相当の個人差があるように思うわけでございます。したがいまして、同じ量のカドミウムを体内に入れたとしましても、それによって発病する人としない人、軽い人と重い人と、こういうようなことがあらわれてくると思うのですが、大体どの程度のものが体内に入りまして発病するのであるか。絶対に入っていないということはないと思うのですが、その量等について何か御研究のものがあるかどうか。先ほど、外国の例で、一つの許容量といいますか、そういうような数字はわかりましたが、そうした実際の患者さん等について、何か一つの目安になるようなものがあるかどうか。以上の点をお伺いいたしたいと思います。
○参考人(重松逸造君) このイタイイタイ病とカドミウムの関連に関しましては、純学問的な見地から申し上げまして、やるべき課題がまだまだたくさんございます。 二、三、例をあげて申し上げてみますと、まず、日本人の体内保有重金属正常値、これが一つ、今度のイタイイタイ病の研究につきましても一番問題になったところでございます。特にカドミウムというものが日本人一般にどの程度の値が正常であるかということでございます。結局、ほんとうに婦中町地区あるいは神通川流域の人たちが異常に高いのかどうかという問題でございます。これは、あえて重金属と申し上げましたのは、カドミウムだけではなしに、鉛、亜鉛あるいは水銀、いろいろな重金属——もともと日本は火山国で、こういう重金属類は外国に比べて多いわけでありますが、こういうものの正常値が一体どうなっておるかということ、これは基本的な調査としてぜひ必要なことだと思います。この数字がないものですから、水銀中毒のときにも同じようなことが問題になったわけであります。 それから二番目の例といたしましては、重金属測定方法の標準化と測定値の一致度の検討でございます。これもいま私どもの研究班がやっていることでございますが、こういうカドミウム、鉛、亜鉛、あるいは水銀といった重金属類の測定方法というものが、まだ学問的にも必ずしも標準化されていない、特にこのカドミウムというものは、先ほど私が申し上げましたが、非常に科学的に測定困難な原子の一つでございます。そういう点についての検討も進めなくちゃいかぬ。これはある程度いままでやってきておるわけでございます。 それから、実際にイタイイタイ病発生地区につきましては、特に患者の発生ということにつきましては、これも先ほど来話がありました、まず新患者の問題、新患者が一体はたして出ておるかどうか、出ておるとすれば、どういう人が出ておるかという調査、これは今年ある程度その調査が行なわれたわけであります。 それから、同じ新患者の中でも、男子あるいは子供、こういう人たちの間にほんとうに出ないのかどうか、純粋の重金属中毒とすれば、水銀中毒における水俣病のごとく、当然子供なんかが発病しやすくてもいいんじゃないか、もちろん、いわゆるカドミウムの体内蓄積期間というものが問題になってくるわけでありますが、それだけで説明できるかどうかという問題もあるわけでございます。 それからさらに日本には、神岡鉱山だけではなしに、類似の鉱山が何カ所かあるわけでございますが、ほんとうにその地区の人たちにはこういうイタイイタイ病的なものがないかどうか、先ほどこれも対馬における例、宮城県における例を申し上げましたが、まだ二、三ほかの地区についても調査をすべきところが残されておるわけでございます。これは一例でございますが、こういうテーマが幾つも残されているわけでありますが、私どもの研究班としましては、ともかく来年三月までには一応本年度の研究テーマでありますカドミウムの分布、それからカドミウムの由来という点については、かなり決定的な数字が出し得るのではないかと推定しておるわけであります。
○参考人(小林純君) 先ほど動物実験の詳しい成績を知りたい、こういうお話でありましたのですが、これはあとでスライドでお目にかけます。大体私が使いましたえさでネズミの骨が一匹当たり四グラムから五グラム程度の骨が取れます。これは、ネズミを飼いまして、しまいに死にますから、その死にましたネズミを、パンクレアチンという消化酵素を使いまして、ネズミの蛋白質、つまり肉を完全に溶かし去りますと、つめとか全体の骨格がすべて完全に残ります。その残りました骨格をガーゼでよく濾過いたしまして骨格を集めまして、そして乾燥した重さをはかりますと、大体先ほど申しましたように四グラムから五グラムの間くらいになっておるのであります。ところが、先ほど申しましたように、カルシウムの代謝出納実験をやりますと、大体〇・五グラムくらいのカルシウムが失われる。体外へ失われることがわかります。〇・五グラムのカルシウムが失われるということは、骨の中には大体三〇%くらいのカルシウムがあるわけでございますから、結局一・五グラムの骨に相当いたします。ですから、そのようにしまして逆算しますと、およそ三割程度の骨が溶けて脱灰した、こういう結果になるわけであります。 それから私先ほど、ちょっと話が戻りますが、堆積物が流出したということを断言したのでありますが、私は、昭和十六年以来こういった鉱山の鉱毒問題に全面的にタッチしてきましたそちらのほうの専門家であります。農林省以来ずっと何十の鉱山の鉱毒値を調査しまして、被害の原因、対策、そういったものに当ってきております。したがいまして、私は、こういったことでは、堆積物が流れたかどうかというようなことにつきましては、いまだかつて間違いを起こしたことがないのでありまして、これは私の経験上十分に断言できるところであります。
○参考人(萩野昇君) 一部重復いたしますが、私の見た患者二百五名のうち百十七名がなくなっておりまして、八十八名が現在患者でございます。ただし、申し上げますことは、この中にここ一年ほど見ない人がおりますので、その間に現在死亡しているかもしれません。それは保証いたしません。私の手元には現在数八十八名の患者がおるのでございます。 なお、御参考に申し上げますと、これは御存じのように、県の検査では重症——すべての症状のそろっている者、これが四十五名でございます。症状はおおむねそろっているのだけれども一、二不明の者が十八名、やや症状がそろっている者が三十四名、計九十七名ほどあるのでございます。なお、県の検査に出てない患者が私の手元にも五、六名おります。県の御発表では相当数おるようでございますが、実際の数は判定できませんが、これよりうんと上回ると思っております。 その次の許容量の問題でございますが、われわれは、現在の医学において人体実験は禁じられております。まことに残念でございますが、この許容量はわからないのでございます。ただわかっているのは、なくなった方の遺体をいただいて、そうしてこれを小林教授のほうへ送って検査しているのでございます。現在生きている方の骨をとらしていただくこともできませんし、肝臓をいただくこともできませんので、残念ながらこれはお答えできないのでございます。何とか私たちも、どの程度のカドミウムが入ればイタイイタイ病になるのか、一番医学的に興味を持っております。また、これをつかみたいと思っておりますが、残念でございますが、お答えできません。
○参考人(石崎有信君) 医学的研究がなされているかという御質問でございますが、昭和三十八年に文部省の機関研究で金沢大学医学部でやりました研究は三十八年から三年間ですが、それは産業公害というものを離れまして、全くイタイイタイ病の本態というもの、状態というものを医学的に研究する仕事をやってきたわけでございます。で、その三年間の成果といたしまして、先ほど申し上げましたように、カドミウム中毒性の腎性骨軟化症という結論に到達した。診断方法及び治療方法について一応の実用的な結論は得ております。非常に興味のある疾患でございます。なお、基礎医学的、臨床医学的に十分これは研究する対象になるのですが、一応臨床的な実用的な結論は得ておりますので、案外皆さん興味をお持ちにならぬで、その後これを研究しておられる方というのは非常に数は少のうございます。 ついでにちょっとつけ加えておきますが、先ほど萩野先生が、患者が新しく出る出ないという問題についていろいろお話しになりましたが、私の見解では、よしんばカドミウムが全然今後口に入らなくても、まだ新しく患者は発生する。その患者予備軍が、先ほど申し上げましたように千人くらい現在ある。腎臓にある程度の変化を来たした人がある。その人が何らかの悪い条件にぶつかれば、また新しい患者になり得る。で、今後何年間か、年に数名ずつ新患は発生してくるものだと推測しております。
○宮崎正雄君 萩野先生に、もう一度お伺いしますが、その現在の八十八名という患者の発病したのはいつごろ……。最近でございますか。それとも、以前の患者が現在まだ残っておると、こういう意味でしょうか。この点をひとつ。 それからついでに、石崎先生にですね、いま予備軍は千名ほど考えられるとおっしゃいましたが、その予備軍の大体年齢、性、やはり発病したような方と同じ型の予備軍ですか。それとも、新しい何か特徴がございますかどうか。
○委員長(松澤兼人君) じゃ、まず萩野さんから……。
○参考人(萩野昇君) お答えいたします。 二百五名のうちの大半は、昭和二十一年に私戦地から帰りましたときに見つけているのでございます。つまり、全身数十カ所折れて、痛い痛いと言って……。まあ手足が数十カ所折れるのでございますから、これはものの役に立つべきものではない。ちょうどタコのように寝床の上でアクロバットダンスをしておりまして、折れない骨はと申しますと首から上の骨だけであります。首から下の骨はすべて折れる。脊椎も折れれば、手足も折れる、こういう状態でございますから、どなたがごらんになっても、これはイタイイタイ病であるということが一見してわかります。その時期にたくさん見たのでございまして、その後、これはイタイイタイ病じゃないかなあと思って見ているのですが、どうも医学的良心でイタイイタイ病には入れられない。しかし、いま石崎教授のおっしゃいましたように、イタイイタイの予備軍であると思って診察しておるのでございます。そのうちにイタイイタイ病になってくる。つまり、条件がそろってまいります。そういうのを、条件がそろって私がイタイイタイ病であると決定した年——年度でございますが、年度でお答えいたします。昭和四十二年に六名決定しております。しかし、この患者は三十八、九年のころから私の追跡患者であったのです。見当をつけていた。しかし、骨に一定の症状、一定の条件、つまり最も早くあらわれるのは小便の中の糖——腎臓なんでございます。これだけじゃもちろんきめられません。血液のアルカリフォスファターゼとか、Pとか、いろいろなものの検査を私の病院でやりまして、諸種の条件その他が整ってまいりまして病名決定、これが六名でございます。四十一年度七名でございます。それから四十年度は少なくて四名でございます。三十九年度は七名でございます。 ただ、おもしろい例をいまお答えいたしますと、三十九年のとぎに、永井某という、明治二十六年生まれの男性でございます。これが約一週間ほど私のほうの外来へ参りまして、見ていて、私はこれを一応イタイイタイ病と決定したのでございます。しかし、それきり来ないのでございます。で、私たちは保健婦じゃございませんので、患家訪問はしにくうございます。これをいたしますと、あの医者は押し売りをする、こういうふうに非難を受けますので、非常に興味は持っておりますけれども、残念なことに行くことができない。で、非常に注意をしてこれを観察しておりました。ところが、本年の七月の一日に、再び私のほうへ訪れて来ました。で、三十九年の六月の二十四日に受診いたしましたときに私はこれをイタイイタイ病と一ぺんきめたのでございますが、その後来ませんので、さてはあれはイタイイタイ病じゃなかったな、もしほんとうにイタイイタイ病なら来ないはずがないのにと思っておりまして、これをノートから、私のメモから削ったのでございます。それを、ことしの四十二年の七月一日に来たときには、驚くなかれ、全身数十カ所の骨折で歩けやしない。担架に乗せてまいりました。それで、入院しろとすすめたのでございますけれども、家庭経済上どうしても入院できない。金がない。そんなら何とかしてやろうじゃないか、特別に考えようと言いましたけれども、それじゃ病院にお気の毒ですからというので連れ帰ったのが、ごく最近死亡いたしました。この患者は、もし三十九年に治療しておれば、なおっているのです。私はささやかないなかの病院長でございますが、治療法は確立しているのでございます。まず何とか働けるようには持ってこれる。それが、ここで金がないために自廃いたしまして通ってこない。私のイタイイタイ病のノートから削りまして、それが再び四十二年の新患として四十二年七月一日に出てきたのでございますが、もうすでに手おくれ。あまり来てくれと言わないのにどんどん行くわけにもまいりません。現在われわれは、来てくれというときのみにたずねております。これは死亡いたしました。ここへ参りますごく前でございます。もっとも、私も最近忙しゅうございまして、この患者のところをたずねなかったのは責任がありますが、こういうようなことでやはり数名出ております。 結論を申し上げます。毎年数名ずつ出ております。しかし、二百五名の大半は、私が二十一年に帰りましたときに病名決定をしております。この中には——つけ加えますが、当初でございますので、宮田教授との共同研究、あるいは河野博士との共同研究等で、十分なデータのそろっておらないのもございます。ただ、手足が折れて動かないで、痛い痛いといって死んでいく、いわゆる私がイタイイタイ病と名づけたすべての条件を備えたイタイイタイ病が入っております。ただ、いまその写真を出せ、成績を出せとおっしゃいましても、あまりにも終戦直後の荒廃した時代でございまして、そういう検査ができないで、証拠書類がそろっておらないといううらみはございますが、私は医師の良心といたしまして、これだけの人はみんなイタイイタイ病だったと確信を持っております。二百五名でございます。
○参考人(石崎有信君) 予備軍と申しましたのは、尿を検査いたしますと、たん白が証明され、同時に糖が証明される。で、それがどちらも低い程度のものなんです。で、そういうものが出てくる他の疾患が証明されない、そういう場合には、十分イタイイタイ病のもとになる腎症を持っているものと言えるものであります。そういう人たちがどういう年齢層かといいますと、ことしの検診でイタイイタイ病と判定されました最も若い年齢が四十八歳でございます。で、四十八歳以上の人と見てよろしゅうございます。その中から、ごくわずかの数ずつ、特に条件が悪くなると骨もやられてくるというふうに考えております。
○宮崎正雄君 石崎先生、その年齢はわかったのですが、男女別はどうなんですか。
○参考人(石崎有信君) はっきりした統計の数字を得ておりませんが、やはり女のほうが少し高いようです。前の検診の結果のあれでも、女が、五十歳以上の女が四〇%、尿に変化がある男が二七%。何かちょっと男のほうが少し低い。腎臓をおかされる点では男もあまり違わないようでございます。
○原田立君 たいへん長時間御苦労さまでございます。 当初のお話のありました中で、二、三、お伺いしたいと思うのですが、石崎先生よろしくお願いします。 先ほどのお話の中に、最後の結論的なところで、二十数年前の証拠検出はできる可能性がある、それからなお、鉱山から出たことは十分考えられるが証拠はない、というようなお話でございましたが、そのお考えは、この今回のような病気の原因は多分に鉱山側から出たカドミウムにあるというようなふうに近いお考えなのか、どうなのか、その点をまず一つお伺いしたいと思います。 一緒に続けてやりますから……。それから、重松先生にちょっとお伺いしたいのですが、四十一年の九月三十日の会議で、三者合同会議で、結論として、カドミウムが重要原因と確認したというようなお話でございますけれども、そうなると、あすこら辺にあるカドミウムの工場というのは神岡鉱業所しかございませんので、そこら辺から流れ出てくるカドミウムが最大の原因である。そのほうにずっと近いとお考えなのかどうか。 それから最後に、萩野先生に……。たいへん御研究御苦労さまでございますが、こういう悲惨な病気をなおしていかれる、それについてたいへん御努力なさっておられると思いますが、現在及び今後について、実際に臨床医学的に言ってどういう点が障壁になっているか、どういうような希望がおありになるか、そういう点をあわせお答え願いたいと思うのですが……。
○参考人(石崎有信君) 私の個人的な見解としては、やはり神岡鉱業所が一番確率が高いと思っております。で、その神岡鉱業所から流れ出た時期について十分推測できる時期がございます。昭和十八年ですね。その後に特に流れ出たということを証明する可能性は十分考えておるわけでございます。困難であろうが、手はあるだろうと思います。
○参考人(重松逸造君) 昨年九月三十日の現地における三者合同委員会の結論は、ただいま御指摘のように、カドミウムが最もその容疑が濃いとしているわけであります。正確を期するために、このときの報告書の最後の結論のところだけを、数行でございますが、読んでみますと、「原因物質として重金属、ことにカドミウムの容疑が濃いが、カドミウムの単独原因説には無理があり、低蛋白、低カルシウムなどの栄養上の障害も原因の一つと考えられた。各研究者の意見も、カドミウムがなんらかの形で要因の一つとなっていることは否定できないが、これに他の要因が働いてイタイイタイ病が発生するとの考え方が大勢を占めており、カドミウムの影響はわずかで栄養障害が主要な要因であるとする意見やカドミウムのみが原因であるとする意見は少数であった。」、これを先ほど私、具体的な数字で申し上げたわけであります。 それからもう一つ重要なそのときの結論があるわけでございますが、「原因物資と考えられるカドミウムの由来についてはほとんど触れていないが、この点は現在慎重に検討中であって、例えば黒部川流域で発見された本病類似患者とその家族の場合のごとく、本人の経歴、周囲の環境には特にカドミウムとの関係が見出せないのに、尿中のカドミウムの排泄量が高値を示す例もあり、今後はいわゆる対照者についてのカドミウムを正常値の検討とともに、神通川およびその流域、特に上流の神岡鉱山を中心に環境中のカドミウム調査をさらに詳細に実施する必要があろう。」、この結論に基づきまして、現在神岡鉱山を中心に、カドミウム分布というものを見ているわけでございます。 ただ、御指摘のように、ともかく神岡鉱山というものがあそこにあるわけでありますから、その可能性が一番高いことは常識でございます。たとえば、われわれの研究者の立場としては、あまりいいたとえではありませんが、そこに人殺しがおって、死体がある、そばに凶器らしきものが落ちている、だからこれで殺したのだとすぐ即断しないで、ほんとうにこの凶器でこれをやったかどうかということを、やはり科学的に立証した上で結論を下そうという考え方で現在研究を進めているということでございます。
○参考人(萩野昇君) お答えいたします。 研究の障害で、先ほどの御質問は、医学的というお話でございましたが、医学的、臨床的条件、それ以外の条件は入らないですね。
○原田立君 一般的でけっこうでございます。
○参考人(萩野昇君) 医学的と申しますと、一番困るのは死体解剖をさしていただけないことであります。これは、あの土地が宗教——浄土真宗と申しますか、お西・お東・本願寺の米倉でございまして、お坊さんの言うことは何でも聞かれるというような地帯でございます。それが最近は非常に変わってきたのでございますが、なお死体にメスを入れるということをきらいまして、私たちの剖検例も非常に少ないのでございまして、わずか四例でございます。これが私たち一番隘路だと思っております。 次に、希望であります。やはり、まことに言いにくいことなんでございますが、あの土地に住んでおります私でさえも研究費が足りませんで、思うように十分研究できないのでございます。つまり、言いかえますと、水揚げをしながらその純益を入れて——小さい病院と申しましても三十数名の使用人がおりますから、それぞれ諸経費がかかります。そういう意味におきまして、自分の自己資金で研究するということは非常につらい。あの地区に私だけかと申しますと、たくさんの開業医の方もおいでになりますが、どなたもお手をおつけにならない。おそらく、そういう理由が主体じゃないかと思っております。もちろん、医学的良心もあって研究を進めるのでありますが、まず研究費が非常に不足しております。アメリカからいただきました研究費も、とっくの昔になくなっております。 その次には、これは私のほうで何とかいたします——小さいながらも、ほかにも医者もおりますし、私があけましても患者を見てくれますから、何とか研究が続けられるのでございますが、患者さんのほうが今度は私どものほうの臨床研究の対象になってくれない。一例を申し上げますと、私たちは、患者さんを私の病院に三食食べさしによこしなさい、食費もただにしよう、治療費も一切かからないのだ、だから研究対象になってくれというて、今日までやっとたどり着いたのであります。もし、潤沢な治療費が患者のほうに行きわたれば、もっとかわいそうな患者——先ほどありましたように、四十八歳と石崎さんがおっしゃいましたけれども、私の例では、あの土地に生まれてあの土地に住んでおられるもの、これが非常に少ないのであります。こういう人では三十二、三歳で発病しております。あの土地によそからとついだ人は五十歳前後で発病しております。そういたしますと、言いかえますと、すでに稼働能力の範囲を脱しつつある人であります早婚でございますから、むすこが一人前になって、十分な治療費も出してもらえない。それで、イタイイタイ病だといって部屋の片隅で小さくなって遠慮しつつ死んでいく。何かここにあたたかい政治的なお手当が出ないものか。わずかでもけっこうでございます。この際に、皆さんのお力で、わずかでもけっこうでございます、治療費をやっていただくと、われわれの研究はもっともっと進むのじゃないか。あるいはそれによってもっと患者が研究に協力してくれるのじゃないか。まだまだ突き詰めたい点がございます。 最近、カルシウムを入れたのが国内生産化されまして、それまではアメリカ製のEDTAを使っておりました。最近は、カルシウムを入れたのがつくられております。鉛のほうに非常に効果があるということで私のほうにも送ってまいりましたが、なかなか高うございまして、現在のところ健康保険の使用許可になっておりません。そうすると、患者さんから取れないのでありますから、その治療費のもとはどこから出すかというと、おのずからはっきりされると思う。こういうような点をもっと皆さまのお力でこの機会に何とかしていただけますと、私たち臨床面、治療面において画期的な進歩ができるのじゃないか、私自身はそう思っております。 まことに私にとってはありがたい御質問でございますが、どうぞひとつ、私どもの答えましたことをおくみ取りいただきまして、政治に反映さしていただければ、幸いこれに過ぐるものはないと思っております。ありがとうございました。
○参考人(小林純君) ちょっと申し忘れましたことがありますので、つけ加えさしていただきます。 先ほど、最近できました和佐保のダムは非常に完全であって鉱害を食いとめておるということを申しました。そうして、その以前にありました鹿間の堆積場、これが不完全なために大量の堆積物が流れ出したということを申し上げたのであります。ところが、せんだってそこを現場を見ましたところ、この広い急傾斜に沿いまして、張りつけるように、ずっと堆積してあります堆積物の表面に石畳を張りまして、ずっと石を広く張りまして、堆積物が流れ出ないようにしてあります。鉱山で聞きましたところ、それはごく最近にそういう石畳を敷いて堆積物の上にカバーしたんだ、こういう話であります。これは、非常な急傾斜をしたところに堆積物がずっとあるわけですから、雨が降れば当然流れ出す。それを防ぐためにこそそういうものを敷いたのでありまして、戦時中に私が行きました当時は、そういう石畳は全然なくて、だからそれが流れ出したわけでありまして、現在でも、この石畳を取って大雨にあわせましたならば、必ずや大量が流れ出すという実験ができると、かように考えております。それで、先ほど申し上げましたように、ダムの下側の高原川に入りますすぐ上で、そういうぐあいに鉛や亜鉛が大量に含まれた土砂がそこに堆積しているということを申し上げたわけであります。
○委員長(松澤兼人君) 他に御発言もなければ、本件に関する質疑は、本日はこの程度にとどめておきます。 参考人の方々に申し上げますが、本日は長時間にわたり貴重な御意見を開陳していただきまして、まことにありがとうございました。皆さま方の御意見を参考といたしまして、今後十分に検討をいたしたいと存じております。 ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(松澤兼人君) 速記を始めて。 本日はどうもありがとうございました。 これにて散会をいたします。 午後一時四十一分散会