科学技術振興対策特別委員会 第2号
- 発言数
- 75 件
- 登壇者
- 7 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1967/12/13
会議録
○沖本委員長 これより会議を開きます。 科学技術振興対策に関する件について調査を進めます。 まず最初に、参考人出頭要求に関する件についておはかりいたします。 宇宙開発に関する問題調査のため、本日、宇宙開発審議会会長山県昌夫君を参考人として意見を聴取いたしたいと存じますが、これに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○沖本委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決定いたしました。 —————————————
○沖本委員長 この際、山県参考人に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用のところ、本委員会に御出席くださいまして、まことにありがとうございます。どうか忌憚のない御意見をお述べくださるようお願い申し上げます。 なお、御意見の聴取は、質疑応答の形式で行ないますので、さよう御了承願います。 質疑の申し出がありますので、これを許します。三木喜夫君。
○三木(喜)委員 社会党の三木喜夫でございます。 山県先生には、お忙しいところ、ありがとうございます。きょうは、私の質問によって先生のお考えをひとつ述べていただきたいと思います。 私、ここに読売新聞を持っておるわけなんですが、十月の十二日には、わが国の宇宙開発に関する特集を出しておられます。非常によくまとめておられると思うのです。それから十二月の五日、「国産衛星」という表題で、同じく読売新聞が記事を出されておりますし、それに続きまして、宇宙開発審議会の長期計画の報告書も出ておるわけでございます。これらを通して見まして、いま、マスコミにおきましても非常に問題にしておることは、わが国の宇宙開発が、これにも書いてありますが、「宙に迷う」、こういうことを非常に心配しておられるように思うわけです。私も同じようにこの問題について心配しておりますし、おそらく宇宙開発審議会の会長をなさっておられます山県先生におかれても、同じく非常に御心配になっておると思うわけです。この問題に関しましては、前から当委員会でも非常に問題になりまして、昭和三十七年の九月四日の衆議院の科学技術対策特別委員会で決議がなされております。その決議の要点は、要するに、いままでのようにばらばらの研究体制でなくて、一元化することによって効率的な国費の使用をはかって、そうして技術を向上させる、こういうようなねらいにあったように思いますし、さらに昨年の五月の十一日、宇宙開発小委員会が当委員会に設けられまして、俗に中曽根委員会といわれておるわけですが、この委員会においても、同じく一元化の方向を指向して、打って一丸の体制を望んだわけであります。私たち社会党にいたしましても、この春から夏へかけての国会論議を通しまして、一元化の方向を、なるべく東大、科学技術庁の間に歩み寄りをしていただいて、そうして意欲を持ってこの問題に取り組んでもらいたいということを主体にして御質問を申し上げたのです。自由民主党におかれても、この七月に、この問題を重視されまして、党内に宇宙開発特別委員会を設置されて、そうして一元化の方向を指向してやっておられる。こういうことはもう山県先生とくに御案内のとおりだろうと思います。 したがいまして、きょうは端的にお伺いいたしたいのですが、この宙に迷う宇宙開発の現状を、いま宇宙開発審議会で種々御心配になって、どうして一元化しようか、どういうぐあいにして強力に宇宙開発の研究が進められるかを御腐心になっておると思うのです。そういう点につきまして、端的に先生の御意向を最初にお伺いしたいと思うのです。
○山県参考人 お呼び出しを受けましたのは、宇宙開発審議会の会長ということであると思います。ただいまお話がございましたように、宇宙開発審議会に関しまして、いままでの経過を簡単にまず申し上げます。 十月の九日に新しい委員で構成されました宇宙開発審議会第一回、これは通算いたしますと第三十五回でございますが、これが十月九日にございまして、総理より諮問第四号、御案内のとおりに宇宙開発の長期計画と、それから体制の大綱についてという御諮問がございました。そこでこの審議会といたしましては、前段の長期計画につきましては計画部会、それから体制につきましては総会と申しますか、委員全体の会合でこれをまとめていこう、こういうことになりました。 第一回の総会におきましては、総理からの御諮問につきまして詳しい御説明を伺いまして、いろいろ御質問もございました。それで終わりました。その後、第二回、すなわち三十六回になりますか、これが十月三十日に開かれました。この前前日に文部省からの統一の御意見が出ております。こういったものにつきまして一般的のフリートーキングを行ないました。それから引き続きまして、十一月九日に第三十七回の総会を開きまして、いわば項目ごとにフリートーキングをやった、こういう状況でございます。 一方、計画部会のほうにおきましては、人工衛星、それからロケット、この二つの分科会をつくりまして、問題を技術的にいろいろと御検討になっておったわけでございます。 そこで、いま申し上げました十一月九日の項目別のフリートーキーグ、これによりまして、私、大体皆さんの御意向がわかりまして、大筋におきましては、一、二の例外はございますが、大体同じような御趣旨の御発言が多かったわけであります。むろん、この具体的の細部にわたりましてはいろいろ相反する御意見もございましたけれども、大筋におきましては、一応筋として通ったのではないか、こう思いまして、実はフリートーキングばかり続けておりましてもなかなか進みませんし、一方、お役所のほうにおきましては、十一月末ごろまでにできるだけ答申をしていただきたい、あるいは、やむを得なければ中間的の答申でもよろしい、こういうお話があったわけです。したがいまして、私といたしまして、この三十七回の、すなわち十一月九日のフリートーキングに従いまして、ひとつ何か私自身の案をつくりまして、その案によりまして数人の委員の方といろいろ御相談して、だんだんまとめる方向に進みたい、こう思っておったわけでございます。 ところが一方、ただいま申し上げました計画部会のほうが技術的に非常にこまかくいろいろ議論されまして、予定どおりに進みませんので、だんだんおくれてまいりまして、十一月二十九日の計画部会で一応の総会に対する御報告をお取りまとめになった、こういう状況がございます。 一方、いろいろな外的の条件もございまして、私、お役所のほうにいろいろ御意向を承りましたところ、十一月末が少しおくれてもよろしい、こういうようなお話もございましたので、いろいろ皆さまの御意見をさらにお伺いし、そこで私まとめたい、こう思いまして、十二月の二日には大蔵、文部、科学技術の方においでを願いまして、いろいろお話し合いをいたしました。そういったような事情でございますので、十二月五日に第三十八回の総会を開きまして、計画部会の御報告を総会で御承認を得たわけでございますが、その十二月五日にはまだ私の試案と申しますかをまとめる段階にまいっておりませんので、この五日には体制に関する私の試案と申しますか、そういったものを御提出するまでに至らなかったわけでございます。 その後、私といたしましては早く答申をまとめたい、こう思いまして、先週の終わりから私自身の試案を一応取りまとめまして、この月曜日、十二月十一日でございますが、まずその試案を科学技術庁と文部省に御提示申し上げました。それからその際に科学技術庁にお願いいたしまして、各省にも私の書きましたものをお回し願っていろいろ御意見を承りたい、そういうことを申し上げまして、おそらく科学技術庁におかれてそういう段取りを進めつつあると思います。さらに、先ほど申し上げました審議会の委員の数名の方に近日お集まりを願いまして、私がまとめましたものの御批判をいただきまして、そこで私といたしましてのいわば最終的の案をまとめまして、できるならば来週中に総会を開きまして、これを正式に審議会で御議論願って、できるだけ早い機会に御決定を願いたい、こう思っております。 ただいまの御質問でございますが、私自身といたしましては、審議会の空気から判断いたしまして、この一元化ということがまとまらない——これは具体的になりますと、いろいろ問題がございますけれども、方向といたしましては、先ほど申し上げましたように、ほとんどすべての方がこういう一元化の方向に御賛同になっておられますので、最終的にはそういう方向でまとまる、こう考えております。
○三木(喜)委員 これはあと先になるわけですけれども、佐藤総理の「宇宙開発に関する長期的計画および体制の大綱について」という諮問を受けまして、私はこれには一元化ということが大きな命題になっておるのではないかと思うのです。したがって、この審議会を皆さんが進められるその方向というものを、何をこの審議会がやるかという、こういう役目柄というのですか、そういうものを最初にお聞きしておきたかったのですが、どういう方向づけをもっていこう、こういうふうにお考えになっておるのか、諮問を受けての審議会の方向があろうと思うので、その方向をお聞かせいただきたいと思います。
○山県参考人 方向ということははっきり私頭に入らないのでございますが、要は、宇宙開発というものを、まずどの範囲に限定するかということが一つあると思います。いろいろな観測ロケット、こういうこまかいものまですべて網をかぶせるのやら、また、人工衛星というようなものだけに限定するのか、こういう問題が一つあると思います。 それから一元化と申しますと、二つの面があると思います。一つは行政機構の問題だと思います。一つは実施体制の問題だと思います。この二つにつきまして結論を得たい、こういうふうに私は考えております。
○三木(喜)委員 聞くところによりますと、これは内面にわたって非常に恐縮なんですが、山県先生の試案を二十四日の総会に出される予定であったのが、ついに出されずなっただけでなくして、会が流会になった、こういうように聞くのですが、そういう事実はなかったのですか。
○山県参考人 ただいまの御質問でございますが、十一月二十四日に総会を開きまして私は試案を出したい、こう思っておりました。ところが、先ほど申し上げましたように、計画部会の審議がたいへんおくれておりまして、二十九日に計画部会の報告が部会において決議された、こういうような事情になっておりまして、したがいまして、二十四日に体制に関します私の試案というものを御披露するということ、これは実は、体制はいわゆる長期計画にも関係がございますので、長期計画関係の計画部会の御決定がおくれた、それを待つ、こういう意味が一つ。それともう一つは、先ほど申し上げましたように、お役所のほうで十一月一ぱいということをいわれましたが、その後いろいろな情勢の変化がございましたもので、それが少しおくれてもいい、こういうお話がございましたので、委員各位におかれましても、十分慎重審議すべきであるという御意見もずいぶんございましたので、試案を二十四日に出すということを差し控えたというのが実情でございます。
○三木(喜)委員 よくわかりました。 いま非常に心強い審議会の全体の意向を聞いたわけなんですが、私たちはやはり予算の効率的な使い方をしなければならぬ。米国のように、宇宙開発に一兆円も金をかけるというような国と、わが国のように、いま数百億というところにまだ届かない国と比較いたしまして、どうしても予算的に貧弱なんですから、私たちはこの際効率的な予算の使い方をしなければならぬ、こういうように思うわけであります。そういう意味におきまして、従来からずっと一貫して、与野党を通じて一元化ということを打ち出しておるわけであります。 それからもう一つの理由といたしましては、この十月でしたか、ソ連の金星四号が金星に軟着陸したというような時点を見まして、宇宙開発の十年の間に、日本は非常に科学者が努力をしてくれております。それぞれのロケットを打ち上げるところまでいっておりますけれども、まだ人工衛星が打ち上がらない、こういうような状況では、時期的には、あせってはいけませんし、われわれは失敗をとがめるばかりが能ではありませんけれども、何とか成功してもらいたい、人工衛星を打ち上げてもらいたい、こういうような念願を持っておるわけであります。 それから三番目には、端的に申し上げまして、東大と科学技術庁がぜひ歩み寄ってもらいたい、こういうような念願を持つわけでありますが、そういう念願を持つ背景には、四十三年度の予算との関係があると私は思うのです。いま先生のお話では、お役所のほうから早く結論を出してくれ、十一月末に結論を出してくれと要請を受けられた意味も、私はそこにあると思うのですが、四十三年度予算がまた各省ばらばらにこの要求をするというようなことになれば、効率的な予算の使い方にはならぬと思うのです。すでに、予算の要求状況を見ますと、各省庁の要求が相当多岐にわたっております。科学技術庁の要求しておりますのは六十九億五千六百二十四万円ですか、それから東大、通産省、工業技術院、運輸省、郵政省、電波研究所、建設省、国土地理院、こういうようになっていきますと、これらの文部省、それからいわゆる東大の宇宙航空研、科学技術庁の研究は別にいたしまして、他の省庁がねらっておるものは人工衛星ですね。何か目的を持ったところの衛星ですからして、これは一カ所で研究すれば私は足りるのではないかと思うのです。ちょうど先生の審議会に所属しておられるのは、やはり総理が念願されております各省庁が一本になってやるというたてまえから、この委員のメンバーを見てみましても、各省庁から次官が出ておられるわけです。結局、官庁関係からは、こう見てみますと、十の部署に分かれております。科学技術庁、外務、大蔵、文部、通産、運輸、郵政、建設、そして気象庁の長官、科学技術庁の航空宇宙技術研究所長、こういうことになっておりますことは、やはり効率的な予算の使い方ということが大きな命題になっておるからではないかと思うのです。したがって、いま先生のお話を聞きますと、今度の審議会の目的は、一つには行政の持ち分といいますか、そういう行政と実施研究の問題、それから宇宙開発審議会の審議する範囲、こういうようなものとあわせて、私は、予算というような面、国費というものをどのように効率的に配分し、計画的に使っていったらいいかということも副次的に目標としてあがってくるのではないかと思うのですが、その点はどういうことになるでしょうか。それはもう審議会の範囲外だ、ただ一元化の体制を打ち出し、長期計画を打ち立てたらそれでいいのだ、こういうたてまえでしょうか。先がた申し上げましたように、目的趣旨というものの中で質問を申し上げるのがあとになって申しわけないのですが。
○山県参考人 現在の審議会はいわゆる諮問機関でございまして、したがいまして、お話しのような予算の調整とか、そういったことをやる権能はないわけでございます。私どもといたしましては、審議会におきまして体制をはっきりいたしまして、これを四十三年度において実施していただきたいと考えております。それで、その体制の中の最高機関と申しますか、中枢機関と申しますか、そういった機関をつくっていただきまして、そこが長期計画を立て、その長期計画に立って予算計画をしていただきたい。ただいまお話がございましたように、経済的あるいは人材的にこれを最も効率よく使いまして宇宙開発を急速にやっていただきたい、こういう趣旨でございまして、現在の審議会におきまして四十三年度の予算をどうするかということは、現在のところ全然審議しておりません。
○三木(喜)委員 もちろん、権能はないだろうと思うのです。しかしながら、副次的に、長期計画を立てられるとこのくらいの金が要るじゃないか、それには当然一元化しなければ予算の効率的か使い方にならぬじゃないかという目的意識からそういうものが出てくるのではないだろうかと思うのです。そういう審議をされるというようなことは、権能ではありませんけれども、そういうような方法もひとつ見定めたいという最初委員各位の意向が出たか出なかったか、こういうことなんです。結局、私たちは、お金がたくさんある国なら、自由、自主的な開発と創意を生かして、どこからでもいいものをつかんでくればいいのです。しかし、そういかないでしょう、日本の国は。そこに審議会をつくって先生方に御苦労を願う目的があるのじゃないかと私は思うのです。特に財政が硬直化したとかなんとかいって、こういう大きな科学に対する予算の支出がこれから非常に渋くなってくると思うのです。そういうときには、やはり審議会で、これだけのお金は要るだろうというような見通しもひとつ立てていただいたら——これは希望なんです。苦言を申し上げたり意見がましいことを申し上げておるわけじゃございませんが、そういう意味合いでお聞きしたいわけであります。
○山県参考人 ただいま御親切なるお話を承ったのでございますが、私どもといたしましては、いまのような審議会の機構におきまして、しかも短時日に、四十八年なら四十八年までの長期計画を具体的にきめるということは、ほとんど不可能なことでございまして、さしあたり私考えておりますのは、四十三年あるいは四十四年、しかし宇宙の研究開発というのはずっとつながってまいりますから、したがって、一応は四十八年までの計画をいろいろ議論いたしましたが、私どもといたしましては、答申の形におきましてはそういういわゆる具体的な答申というものはやるべきではない、むしろこれは今後つくっていただきたい最高機関と申しますか、かりに委員会と申しますか、委員会におきまして長期計画というものは十分お練りくださらなければいけないだろう。したがって、いまここで短時日に、手足もない審議会が将来の計画をたてて具体的に御答申申し上げるということはむしろ差し控えるべきだろう。極端なことを申し上げますれば、委員会をある程度拘束するようなことがあってはいかぬ、こう考えております。したがいまして、私自身の気持ちといたしましては、たとえばどういう衛星を何年に幾つ上げるとかいったようなことまでは——部会におきまして十分御議論はけっこうでございますけれども、最終的には、何年度というような数字は入ると思いますけれども、幾つというような数字は入れるべきでない、こう考えております。したがいまして、さしあたり一番ねらっておりますのは、四十三年度の予算におきましてこういう体制を整備していただいて、そこで十分御審議願いたい、こういう気持ちでおります。
○三木(喜)委員 よくわかりました。私もそういう意味合いで申し上げたのではなかったのですけれども、朝永先生がサイクロトロンをつくるということでいろいろ御審議になって、これは最終段階までには何百億、何千億要るというように全体の見取り図を考えられて、そしてサイクロトロンの予算を要求されて、非常に健闘されたのを私は覚えておるわけなんです。したがいまして、審議会の内部の皆さんの考えの中で御検討があったんじゃないか。宇宙開発に熱意を持とうとすればこれだけ要るのじゃないか、おれたちに審議をやれと言われるのなら、政府はそれくらいの腹を持っておるのかというぐらいな気魄を持ってやっていただきたいという願望を込めて質問申し上げたので、何基打ち上げて、何年度からミューからNにどう変わってどうするのだ、それで何ぼ金が要るのだというようなのは、将来の機関の中でこまかくは出すのだろうと思います。 そこでもう一つだけ先生にお聞きしておきたいのですが、この新聞によりますと、これは読売新聞を見せてもらったのですが、具体的には静止衛星を四十八年度をめどにしてやっていって、そうして四十三年度には科学衛星の第一号を打ち上げる、こういうことなんですね。そうして、いろいろな計画が審議会の部会から長期計画として報告書が出されておるわけです。しかし一方、体制のほうは、先生のおっしゃるように、いろいろな理由でまだ総会にかけて決定はしてない。近くこの体制についても先生の試案を出されて御決定になろうとしておるわけですけれども、これを受けてこういう長期計画がちゃんと出ておるのに——現在のこの体制では意見としてまとめられることは簡単でしょうけれども、先生のお考えとしては、この計画ができると思われるでしょうか。長期計画があがってますね。それとのアンバランスが現在あればたいへんなことだと思うのです。先生は審議会をまとめられる役目であられますから、審議会がどういうような考え方をするか、全体の考えがどうまとまるかは別問題としまして、先生のお考えでは——これをたくさん読みたいのですけれども、時間がないですから簡単にしますが、静止衛星は四十八年度をめどにする、そうして四十三年度にはさしあたり科学衛星を打ち上げる、こういうことがいまの体制でできるとお思いになるでしょうか。これは想像の問題で申しわけないのですけれども……。
○山県参考人 ただいまの御質問、たいへんむずかしい問題と思いますが、審議会といたしましては、計画部会が二つの分科会を設けまして、十分技術的に御審議になりまして結論が得られたわけであります。 私は、これから先は個人の見解になると思いますけれども、この人工衛星関係はなかなかたいへんな事業だと思います。したがいまして、今後委員会が発足いたすということになりますれば、委員会において十分御検討願いまして、一年一年いろいろ事情は変わってまいりますので、それに応じましていろいろな手をお打ちくださいまして、ただいまお話がございましたように、四十八年度までに実験静止衛星を打ち上げるということはぜひ完遂させなければならぬことだと思います。また、そういうふうに適当ないろいろな施策をいたしますればできるものと私は信じております。
○三木(喜)委員 どうもありがとうございました。 文部省にお聞きしたいと思います。大体二時半ぐらいに終えたいと思いますので、文部省と科学技術庁にお聞きするわけですが、きょうはほんの問題の焦点だけをお聞きしておきたいと思います。十四日にまた大臣がここにおいでになりますから、そこで大臣のお考えも聞きたいと思います。それをあわせまして将来またおいでいただいて検討願いたいと思うのです。 端的に言いまして、今度の審議会が行き悩んだ大きな原因は、文部省のほうから非常に強力な意見書が出たということと、それから審議会の中において、いまのミューについては開発は一、二年かかるであろう。高木さんの言だと思うのですけれども、文部省の意向としておきましょう。あるいは東大宇宙研のほうからそういう強い要請が出た。もともと東大はこういう持論を持っておられるのです。ミューまではぜひやる、こういうことなのですが、それは私、どうにも国の体制ができないで、一元化の体制の中ではそれが無理だということになれば、やはり東大でやってもらわなければならぬと思うのです。しかしながら、一元化の体制の中で研究を進めていく道もないのだろうかと思うのですね。かたくなにラムダ4Sからミューへ、ミューから今度は科学技術庁のほうはQだとかNだとかいうことをいっておられますけれども、いずれミューまではしっかりやってもらう。しかしながら、いろいろなことを聞いておりますと、一、二年はかかるだろう。高木さんの発言を聞いておりますと三、四年はかかるかもしれぬ、こういうようなことをおっしゃると、山県先生なんかが中心になってまとめようとされる体制は、十一月はおろか、一年も二年も後でなかったらできないということになるのですか。ミューができないということになると、信用される段階に至らなかったら出さない、こういうお考えなのですか、その辺を——ぼくは端的にたくさんのことを聞きたいのです。意見書のことも聞きたいのですけれども、これを言うと、文部省に対していやみを言っておるようになって悪いと思いますから、大同団結するためには、いまのようなことがやはり障害になるのですか。その辺ひとつお聞かせ願いたいと思います。
○渋谷説明員 ただいま宇宙開発審議会で御審議いただいております問題に関しまして、私どもの基本的な考え方を最初にごく簡単に申し上げさしていただきたいと思います。 宇宙開発問題は、科学の面と実用、利用の面と二つあるかと思います。これを実現する、その遂行には相当の長い期間と多額の経費を必要とするわけでございます。国全体といたしまして、統一された構想のもとに、総合的に推進していく必要があるということは、私どもとしても十分そういうことであるべきである、こう考えております。 それから一元化問題でございますが、一元化という意味、中身にもいろいろあろうかと思いますが、東大がいまやっておりますロケットの開発は、東大としてはむしろ科学観測というための手段といいますか、もちろん、東大の研究目的には観測用ロケットあるいは科学衛星についての宇宙工学的な基礎研究、それを利用しての宇宙空間の物理的な諸現象の研究、こういうことがあるかと思いますが、いずれにしても、ロケットの部分はむしろ科学観測の手段に近いものと思いますので、東大がいつまでもそういう手段をやっておるという必要は私どももないと思っております。しかし日本の宇宙開発が、とにかく国産でも、あるいは自力で将来人工衛星を打ち上げられるであろうというところまできましたのは、やはり何と申しましても、従来やってまいりましたのは東大でございまして、東大が、諸外国に比べますれば比較的少ない経費でここまでとにかくきたということで、その実績、効果に対してはやはり十分考えて認めてしかるべきだと思うわけであります。 そこで、せっかく、そういうわけで既定計画に従いましていま開発いたしておりますミューまでは東大に引き続きやらせることが適当である、こう考えておるわけでございます。 信頼性を得るまでという問題でございますが、これはたとえは悪いのでございますが、たとえば大学の入学試験でも、自分のむすこが大学を受ける場合に、やはりむすこの実力というものを客観的に考えなければいかぬと思います。大体あの大学なら努力すれば受かるだろうというときは、やはり信頼して応援するということかと思います。しかし、最近はよく教育ママの一部に期待過剰ということで、かえってぐあいが悪い場合がございますが、東大は、とにかくミューを上げることにつきまして、その後もいろいろ研究を重ねまして、相当自信を持ちつつあるようでございますので、ぜひ既定計画のミューまではやらせたい。しかしながら、そのことが、今後何回もやりまして、私どもの期待過剰であるという結果にもしなりますれば、それは十分考えなければいけないと思うわけでございますが、現在のところ、せっかく既定計画によりまして進行中のミューまでは、とにかく東大にやらせたい。しかし何回やってもとても成功のめどはないじゃないかというようなことを、いつまでもやっているべきではない、こう思いますが、その後もいろいろ研究開発にくふうを重ねているようでございまして、せっかくいままできておりますので、ミューまでは既定計画に従ってやらせてまいりたい、こう考えておるわけでございます。
○三木(喜)委員 そうしますと、一元化ということと、ミューが大学に受かるところの実力ができるまでということと、どういう関係になりますか。一元化の時期ですね。いままでは四十三年度までというのが全部の気持ちだったのです。しかしながら、あなた方のお考えでは、ミューは期待過剰になってもらっては困る。まだ大学にはいれる実力があるかないかわからないので、それをつけるまでということですね。それで高木さんは、この実力がつくのが一年か二年の後、ことによったら三、四年後かもわからぬ、こうおっしゃっておるわけですね。そうすると、国の財政としては、科学技術振興対策特別委員会でも、わが党におきましても、それから自民党の特別委員会におきましても、四十三年を一つのめどとして総知を集めて打って一丸となって研究したほうがいいじゃないか、こういうことなんですね。そういう方向を指向しておる。四十三年といえば、来年で、もうすぐです。それと、いまの大学に入る実力ができるまでというのと、どういう関係になるのでしょうか、これはひとつお考えをいただきたいと思うのです。 それから、大学に入る子供をあなた方は育てておられる。大学に入る力を持つ、そう信用されるまで、ミューという子供を現在育てておられるわけですが、その育てておるのを、一元化して体制の中でも、東大の宇宙航空研究所というものが、消滅するのではないと私は思うのです。だから、なお続けてその中で私はやれるのじゃないかと思うのです。それを、もう卒業したら、そっちへお渡ししたら、もう嫁にやったんだからわしらは全然知らぬぞ、こういうわけではないでしょう。いまのお話を聞いておると、かわいい子ですから私が育てよう、これはわかります。けれども、体制の中で、ミューを育てることはできないのですかと私は思うのですね。この二つが疑問になるのです。渋谷さんもこの審議会のほうに出ておれまして、そうして、そういう論議に参加して、いまのような持論を出しておられるようでありますが、私はこの二つの疑問を持つのですが、いかがなものでしょう。
○渋谷説明員 いま問題になっております問題は、科学観測のために科学衛星を上げたい、そのロケットの開発という面と、それから科学技術庁あるいは郵政、運輸各省が考えられております実用衛星を上げたい、そのためのロケットの開発、こういうことがあるかと思うわけでございます。私どもも専門的なことはあまりよくわからないわけでございますが、現在それぞれ考えられておりますのは、その目的に応じましてその機種なり何なりがそれぞれ異なっておるように聞いておるわけでございます。そこで、東大の目的といたしております科学観測衛星を上げるためのロケットというものにつきましては、既定計画のミューまではとにかく東大にやらせることが適当であると考えておるわけでございます。 それとこの一元化の問題でございますが、かりにそういうロケットの開発なりあるいは打ち上げなり追跡、そういったような問題につきまして一元的なところでやるという場合でございますが、その場合も、東大としては、先ほど申し上げましたような観測用ロケットあるいは科学衛星についての宇宙工学的な基礎研究、それから、これを利用しましての宇宙空間の物理的諸現象の研究という問題がございますから、東大は東大としての目的があるわけでございますが、そういう一元的な支援実施機構ができます場合には、東大としても可能な範囲での協力といいますか、それはやぶさかでないと思っております。 それから、お互いに研究開発の成果というものを持ち寄りまして、それを評価してやっていくという官学民一体になりましての反省、評価、技術の改善ということについても、東大としても十分その意思があるわけでございます。 大体そういうふうに考えております。
○三木(喜)委員 まどろっこしい、回りくどいことを言わぬで端的にひとつ答えてください。私たちは東大の学術研究まで否定するわけじゃないのです。ただ、あなた方が開発されたところの——これは科学技術庁も同じことだと思いますし、宇宙審議会も一緒だろうと思うのです。開発されたロケットの技術をひとついただきたい、継がしてくれ、こう言うておるのですよ。そして、それはいわゆる実用衛星に持っていく過程においては非常に重大な要素ですから、それをこちらへ回していただきたい。しかしながら、学術研究は研究でなさっていいわけなんですよ。その中でできないのかということを言うておる。これをどうしても渡せないのかということを言うておるのです。あなた方はそのままついてこられて、一元化の中へ入ってこられていいじゃないかと思うのですね。それはどうにもしかたがない、そういうところでは研究できないというなら、また別問題ですけれども、私の質問はそうですよ。かわいい子供はいまおっしゃるように大学に受かる実力がまだないから私どもがやるのだ。やってもらっていいわけなんです。やってもらってもいいのですから、それをやってもらうのを、一元化の体制の中ではやれないのかということを言うておる。協力しますといったって、いや私たちは持っておる。高木さんの言われるように、私たちは持っておる。それが一人前の大学へはいれるむすこになるためには一年か二年、都合によったら三年か四年かということをおっしゃっておるわけなんですね。これなら、渡さぬというのと一緒なんですね。それでは一元化の体制に協力されておるとは私は思えないわけです。そういうことを聞いたわけなんです。時間がありませんから端的にひとつ答えてください。
○渋谷説明員 今度審議会の計画部会でいろいろ御審議いただいた先般の報告によりましても、結局東大の成果というものは実用衛星のためのロケットのほうに十分使うという趣旨でつくられていると思います。そういうわけでございますから、東大の成果というものはそちらのほうのものに十分使っていただきたいし、また、そうあるべきだと思っております。ただ、いま三木委員のおっしゃる意味は、東大のいま従事している人間をそのままそういう一元的なところへ持っていくべきではないか、こういう御質問でございます。
○三木(喜)委員 いやいや、そうじゃない。体制の中でできないかと言うのです。東大におられていいですよ。おられていいですが、宇宙開発機構の一元化した中の一つとしてそのミューを研究していただきたいということもあるのではないかということなんです。
○渋谷説明員 それはあるいは専任でそういうところに行ってやろうという方もあるかもしれません。あるいは併任でそういうところに参加して大いにやろうという方も十分考えられる。こう思っております。
○三木(喜)委員 ちょっと私の質問が悪いのか確実な御答弁をいただけないのですが、また論議をずっと続けていきましょう。 それから科学技術庁にお聞きしたいのですが、結局、東大のおっしゃるいままでの主張は、端的に言うならば、科学技術庁は東大の技術を出してくれ、しかしながら、Qといってもゼロじゃないか。われわれミューはラムダからどんどん発達してきたわけです。われわれの技術とゼロと一つにできるかい、こういう考え方があるわけなんです。なるほど、これを読んでみますと、これは読売をまた利用して悪いのですが、特集の中に科学技術庁の航空宇宙技術研究所のことが書いてあるわけです。「技術及ばず多難」ということが書いてある。さらにまた、誘導技術、これは東大にも大きな欠点があると思うのです。これは誘導技術の能代の実験なんかも聞きたいと思いましたけれども、きょうは時間もありませんからこれは別にいたしまして、誘導技術というものもやはり人工衛星には大きな生命線だと思うのですね。ここに私は問題点があると思いますが、その論議はまあ別にいたしまして、科学技術庁の航空宇宙技術研究所では、誘導技術においてはほんとうにむずかしい、どうしていいか——これはここのことばを借りまして恐縮なんですが、実はとまどっておる、こういう表現がしてあるのです。「わが国の場合、ロケットの誘導制御をどうするか全くわかっていない。」こういう状況の中で「六年後に静止衛星を打ち上げるといっても、いまの技術レベルでは、全くの当てずっぽうだという感じがした。」これは読売の感想であろうと思いますけれども、そういう状況で東大との一元化ということは、東大のほうにも難色があるように思うのです。科学技術庁のほうとしては、どう対処されるか。私はやはり科学技術庁の考えも聞いておきたいと思います。あす大臣がおいでになりますから、大臣におもなことは聞きますけれども、端的なことをお聞きして恐縮なんですが、その点をお答えいただきたいと思います。
○梅澤政府委員 先ほど来の問題でございますが、私たちのほうも四十八年度を目標にして上げる、これについては絶対守って進めていきたいという考え方でございます。その間に、もちろんこの技術はたいへんな問題があると思います。しかし産官学が一致協力いたしたということがいままでございません。しかし、いまの技術屋同士のお話し方その他で、一致協力すればできるのじゃないかという可能性が出ております。その関係でどうしてもこれを持っていきたいということで進めていかせていただきたい、こう思っております。
○三木(喜)委員 約束の時間が来ましたからこれでおきますが、残余はまた別の機会にやらしていただきたいと思います。 終わります。
○沖本委員長 山県参考人には、長時間にわたり貴重な御意見を述べていただき、本問題調査のためたいへん参考になりました。委員会を代表いたしまして厚くお礼を申し上げます。 —————————————
○沖本委員長 次に、有機水銀の残留毒性に関する問題について質疑の申し出がありますので、これを許します。石田宥全君。
○石田(宥)委員 ただいま議題となりました阿賀野川水銀中毒事件につきまして御質疑を申し上げたいと思いますが、本問題は、御案内のように昭和四十年以来の問題でございまして、すでに厚生省は、これに対して意見を決定して、これを科学技術庁に送付してある段階でございます。しかるに、この問題について、九月十一日の産業公害対策特別委員会並びに十月十一日の科学技術特別委員会、十一月十日の科学技術特別委員会におきましては、またこれがあと戻りしたような議論が行なわれて混迷をいたしておるかの感を持たざるを得ないのであります。私は、そういう事情のもとにおいて、今日なお多くの患者がおり、あるいはすでに死亡者は死亡者としてあるわけでございますので、すみやかに政府の結論を急ぐべきであるという見地に立ちまして、先ほど指摘いたしました三回の委員会における、いささか混迷を続けておると私が表現をいたしました問題について、本日これを一わたり整理をいたしまして、科学技術庁が結論を出すに便ならしめようと実は考える次第でございます。 そこで最初にお伺いをいたしたいことは、阿賀野川の水銀中毒事件に関して厚生省は臨床班、試験班、疫学班の三班の編成をして今日に至っておるわけであります。今日に至っておるというか、この研究班の報告を待って厚生省の結論としたわけでございます。お伺いしたいことは、まずここにおける、臨床班、試験班が中心であろうと思いますけれども、さらに疫学班をも加えた本問題の討議の結果、阿賀野川水銀中毒事件なるものは水俣病であるという断定をしておるかどうか。これは環境衛生局長並びに研究調整局長にお伺いしたいと思います。
○松尾政府委員 研究班の報告、さらにそれを食品衛生調査会にかけまして、そこでさらに検討を加えられました結果といたしましては、この阿賀野川の中毒患者はいわゆる水俣病であるという結論を下しております。
○梅澤政府委員 水俣病の定義もございましょうが、いわゆるメチル水銀の中毒症であるということについては、われわれも承知いたしております。
○石田(宥)委員 環衛局長は水俣病である、こういうふうに言われておる。科学技術庁では水俣病であるとは断定されないですか。もし断定されないとすれば、どういう根拠があるのですか。
○梅澤政府委員 いま環境衛生局長のおっしゃっているとおり、いわゆる水俣病としてのものとしては承知いたしております。
○石田(宥)委員 いわゆる水俣病であると断定される限りにおきましては、水俣病には水俣病の特性がございます。すなわち、これは水が汚染され、それから魚介類に吸収蓄積され、それが濃縮されて、その相乗的な作用によって発症するものであり、かつ長期汚染によるものとされておるものと思いますが、これについては環衛局長、どう御判断になっておりますか。
○松尾政府委員 御指摘のとおり、水を介しまして、それが魚介類に蓄積をいたしまして、それをまた、その魚介類を反覆して多量に長期にわたって摂取をするということによって、脳神経系統に起こってくるメチル水銀の中毒である、こういうことでございます。
○石田(宥)委員 そのとおりだと思うのでありますが、昭電側では、これに対してきわめて積極的な反論をいたしておるのであります。きょうは持ってまいりませんでしたが、かなり分厚なものでもって三回にわたって反論を展開し、さらに最近においてこの種の印刷物を各方面に配付をいたしておるのであります。私はその問題を若干取り上げながら、反論的な立場でこれを整理いたしたいと思うのでありますが、ここにも書いておりますように、昭電側では過去二十八年間アセトアルデヒドの製造をやっておるにもかかわらず、昭和四十年ごろまで患者が発生しなかったではないか、こういうことを指摘しております。その以前、三回にわたる大きな出版物にもそのことを指摘し、安西社長は、新聞、雑誌の記者などにも明確にこれを主張いたしておるのであります。 そこで、三十九年に発生をしておるわけでありますが、これはあとでまたもう少し詳しくお聞きをいたしますけれども、三十年近くの間、全然患者が発生しておらないじゃないか、こういっております。しかし、私は、阿賀野川の水を飲んで育ち、阿賀野川のほとりに住んでおるものでありますから、私の記憶するところでは、昭和二十七年以来三回にわたってアユが全滅をいたしました。私はそのアユを食べた一人です。そしてまた三十四年の七月三日の集中豪雨では、これは阿賀野川の魚族が全滅いたしました。そこで、前の三回も、昭和電工はこれにそれぞれ見舞い金というような名目で補償をしております。昭和三十四年の被害はあまりにも激しいので、あの七十キロの阿賀野川の魚族は全滅したのです。これは国会の農林水産委員会でも問題になりまして、当時の金で昭和電工は二千四百万円の補償をいたしておるのです。こういう事実にかんがみまして、過去三十年間もこのアセトアルデヒドの製造をやってきたけれども、かつて一ぺんも被害を出しておらないではないかという主張は全く成り立たないものであろうと思うのでありますが、これは環衛局長だいぶ御調査になっておるようでありますから、そういう事実は、県の印刷物にも出ておりますので、御承知であろうと思いますが、どうでしょうか。
○松尾政府委員 そういう魚が浮上したりしたような事実があったということは、私ども聞いております。
○石田(宥)委員 次に第二点でありますけれども、やはりこの昭電の主張に書いてあるわけでありますが、排水口下流で社宅の上水道があるし、新津市などでも上水道に使用しておるが、患者は出ていないということを主張しております。先ほど私が確認をいたしましたように、水が汚染され、それを吸収蓄積し、濃縮されて、その相乗的作用によって発症するものであるということであるならば、そのきわめて希薄な汚染された水を上水道として飲用に供して発症するとは考えられない。私はおよそナンセンスではなかろうかと考えるのであります。これは環衛局長、専門でありますが、直接人が飲んで、しかも非常に希薄なもので発症するとは考えられない。この点の所見を伺いたい。
○松尾政府委員 最初に水俣病というものについての本質論を申し述べましたように、いわゆる魚介類、そういうものに水銀が蓄積をいたしまして、その魚介類を長期にわたって食べる、こういうことから起こってくるものが水俣病でございます。したがいまして、単純な水だけで起こったものは水俣病とはいままで考えられていないということでございます。
○石田(宥)委員 科学技術庁の研究調整局長、ひとつ所見を承りたいと思います。
○梅澤政府委員 ただいまのお話も十分聞いておりますが、私たちも、通産省の御意見というものもいただいて総括的に技術見解を早急にまとめたいという考え方でございますので、その関係から、現在私のほうでそれを少し待たさせていただきたい、こう思っております。
○石田(宥)委員 実は、先ほどちょっと触れましたように、すでに厚生省の手を離れておるわけです。科学技術庁で——最近おかわりになったばかりですから、私、無理はないと思いますけれども、何ぶんにも八月三十日にすでにもう厚生省で結論を出した問題でありますから、本来ならば科学技術庁がもっと促進しなければならないにもかかわらず、今日の状態になっておりますので、特にきょうは一通り勉強をして出てもらうように要望申し上げておったわけでございますが、それでは時間の関係等もございますから、あとに譲るといたしまして、特にあすは長官が出席されまするし、長官にも予備知識を与えておいていただかないと困る問題でございますので、そういうお含みの上で、なるべく研究調整局長に対する質問は避けておきたいと思いますから、そのように御承知おきを願いたいと思います。 そこで次に、やはりこの問題でありますが、上流には患者は出ていない、なぜ河口から七キロの地点に集中的に発生したか、こういうことがいつでも問題になる。前の記録を読んでみますと、ずいぶんいろいろな議論が出ておる。阿賀野川の今度の問題というものについて、なぜ下流にだけ出たか、水の汚染されるのは上流が多いではないか、ところが上流に患者が出ていない、だからこれは電工の廃液ではないという議論がだいぶ行なわれておる。しかし、一体実態を知っている人がありますか。小澤委員もこれは電工の関係の人ですから、いろいろ議論を展開されておりますけれども、実態は御承知ないと思うのです。最近ごらんになったかもしれないけれども、最近の漁獲を禁止しておる中でごらんになったってもわかりはしない。そこで、なぜ一体下流にだけ出たかということを、私は阿賀野川のほとりに住んでおって、しょっちゅう見ておるから、これはひとつ認識をしていただきたいと思うのですが、阿賀野川七十キロの中で、網で漁獲をして大量にとって、売って、生計を立てておる漁家、漁民というものは、下流以外にはありません。網でとっておるのは、下流の、河口から七キロぐらいの地点だけです。最近一部の魚は漁獲規制が解除されましたから、せんだって私ども衆議院の農林水産常任委員会が調査に参りました。舟が一ぱい出ておるのです。以前には、この問題が起こる前には、舟を出しても舟を動かすことができないほど、舟がいわゆるふたになっておるとわれわれは言っておった。そういう状態は、河口から七キロ上流以外には全然ない。網をもって漁獲するのは、その河口から七キロの地点と、上流十五キロぐらいの横越村の横雲橋の付近で若干網でとっておる。そして多少はこれを売っておる。こういう状態でありまして、上流に出ていないのは、これはあたりまえの話です。上流にいつでも行ってごらんなさい。われわれはしょっちゅう通っておるけれども、釣り人の姿もめったに見えないのです。そういう実情が、本委員会ではどうも明らかになっておらない。ここに私は、本問題を理解するに非常な障害があるのではないか、こう思うのです。現地を見ればきわめて明瞭なんです。ここに私は問題が一つあろうと思うのであります。 科学技術庁の井上事務次官が、なぜあの後患者が出ないのか疑問だと言っていたが、驚くべき無知無能を表明したものと言わざるを得ないのであります。その一つは、昭和電工がアセトアルデヒドの製造を停止したではありませんか。もう一つは、漁民に一切阿賀野川流域の魚を喫食することを禁止したではないですか。全く科学技術庁というところの諸君は無知無能そのものだと言わざるを得ないのです。研究調整局長よく聞いておいてください。こういう無能ぶりを発揮しておる。私はこれには別に答弁を求めようといたしません。あまりにも無能ぶりを発揮するものだから言わざるを得ないのであります。 次に、やはり前の記録を精細に私は読んだわけでありますが、長野県の佐久病院の若月院長が農薬の被害の問題を取り上げておられる。農薬の被害というものは、あるいははだにこれを受け、あるいは呼吸をし、そこで起こるところの障害であって、一体これと水俣病とはどういう関係にあるか、環衛局長ひとつ答弁してください。
○松尾政府委員 農薬の直接触れました中毒というのは、これは陸上で起こる中毒だと存じますが、かりに農薬が川の中へ流れまして、そしてこの種の中毒が起こるといたしますならば、これが阿賀野川だけに限定して起こるということは考えられないわけでございまして、日本じゅう至るところ、信濃川のほうでも、方々で農薬はたくさん使っております。そういった点から、ここだけに限定されるということの説明は全くつかないのじゃないか。 それから、これはすでに研究班の報告等にもございますように、今回調べましたものの中では、実はメチル以外の水銀というものが発見できなかった。しかしながら、農薬の中にメチル水銀だけの農薬というのは売られていないというような事実もございます。また、メチル以外のアルキル水銀の化合物というものも見られなかった。それからまた、先ほどの水俣病の本態的のものでありますけれども、臨床的にあるいは病理学的にも、低級アルキルの水銀中毒であるということは明確でございます。それからさらに、熊本大学や国立衛生試験所というもので行ないました研究というものが、動物の体内に入りました水銀化合物は、その体内でその種類を変えるということはない、そのまま検出できるというようなことが一つの基礎になりまして、したがいまして、患者やその他の毛髪の中からもメチル以外の水銀が出てこない、こういうような問題とあわせまして、農薬散布による汚染ということは一応考えられない、こういうことになっておるわけでございます。
○石田(宥)委員 環衛局長いろいろお調べのようでありますから、メチル水銀は非常に水に溶解しやすい、しかしエチル水銀は土壌に対する吸着性が強い、これは学者の定説のようでありますが、どうでしょうか。
○松尾政府委員 実はその溶解度につきましては、水銀の種類によりましていろいろのようでございまして、必ずしも一方が溶けやすくて一方が溶けにくいだけだということはどうもないというのが——その後、私どもが各溶解度を調べましたところでは、そういう結果でございました。ただ農薬の中に入っておるといわれておりますところのメチル沃化水銀についてと、それからエチル燐酸水銀、この二つを比べれば、これはエチルのほうが非常に溶けやすい、メチルは溶けにくい、こういう結果は出ておりますけれども、そのほかの水銀で比較いたしますと、必ずしもその両者の関係はそうだとはいっていないというような事実はございます。
○石田(宥)委員 質問がちょっと大まかでしたけれども、水銀と申しましても、水銀製剤というものは数百、数千あるわけでありますから、そういう専門的なことを私は聞こうとは存じませんが、ただ、大別して比較論ということで実はお伺いしたわけですが、私もそのように理解をいたしておりますので、これはひとつ科学技術庁でよくお聞きおきを願いたいと思うのです。 次に、先ほどもちょっと触れましたように、下流にだけ発生したことについて、一部から、下流にだけしか発生しないということならば、サイホンのようなもので水を流すか、あるいはトビウオのように飛んでいってそこで発症したかということがこの記録で二回も出てくるのです。一体これは、環境衛生局長、もうお調べになったと思いますけれども、阿賀野川というものの実態を御承知でしょうか。大体でいいのですが——私のほうから申し上げて意見を聞いてもいいのですが、阿賀野川というのは、電工のこのパンフレットにも書いておるし、あるい建設省所管の印刷物などに本ありますが、平均大体三百トン、こう言われておるのです。しかし夏の七、八月ごろには、馬下の地点で八年間に三年も百十トン以下になっておるのです。そういう川です。洪水は別です。そこで阿賀野川という一本の川の中に常滑川という川と新谷川という川の細流がございます。常滑川はやはり夏になると渇水してしまって、全然、一滴も流れないことが相当期間続きます。それから、早出川というのは名前のとおり早い出で、雨が降ればどっと出てくるけれども、しばらく雨が降らないととまってしまう。さっき言ったように二カ月くらいは渇水してしまうのです。そうすると、阿賀野川という川はサイホンで流したと同じではないか、私はさように理解をいたしておるわけであります。そういう実情が、大体は建設省その他の印刷物にも出ておりますからおわかり願えると思うのでありますが、なおここで私は確認をしておく必要があると思います。お調べになっておりましょうか、どうでしょうか。
○松尾政府委員 私自身まだ川を見たことはございませんけれども、そういう流量等については研究班の報告書にもそれぞれ出ております。年次的な数字等もあったと記憶しておるわけでございます。なお、その支流の水の量の話がございましたけれども、それがこの問題にどういうふうに作用してまいりますかという点は、私もちょっと理解しにくい点もございますけれども、とにかく支流の存在ということは、この調査班の中でもいろいろと調べるときの対象にはなっておるということでございます。
○石田(宥)委員 次に伺いたいことは、日本ガス化学というのがちょうど一日市の近く、患者が発生した近くにあるわけです。これも問題になりまして、一部には、浄化装置などは全く無意味だ、こういう議論、もう一つは、土砂の中に流入した場合にはクイックサンドの現象となって阿賀野川に出た可能性があるのではないか、新潟地震の際に至るところにクイックサンドの現象が起こった、こういう意見が前に出ておるわけです。私は、実はこのクイックサンドの問題は新潟地震が三十九年の六月十六日でありますが、十九日の災害対策特別委員会に防災センター所長の和達清夫先生に御出席を願って、このクイックサンドの問題を議論いたしました。これについては政府部内で建設省所管でかなり詳しい調査が行なわれております。次いで三十九年の十月に金沢で土木工学の学会がございました。この学会でクイックサンドの問題について研究報告が行なわれておるわけでありますが、おわかりでありましたならば、ひとつここで明らかにしていただきたい。
○松尾政府委員 クイックサンドということは、私どもこの問題を取り扱うようになって初めて聞いた珍しい現象でございました。先ほど御指摘の化学工場といったようなものについて、調査班自身がクイックサンドを目当てとして調べたということについては必ずしも私も確信はございませんけれども、ただ工場がそういうふうな水によって特別の被害を受けたかどうかということは調べられておりまして、そのときは、そういうものはないということでございます。 それから、そのクイックサンドの現象というものについてのいまの学会のものでございますけれども、これは地下水の水位の非常に低い、いわばゼロメートル地帯あるいは埋め立て地というようなところで、沖積層と申しますか、そういうところで起こるものだという発表があったことは私どもも聞いております。
○石田(宥)委員 このクイックサンドの問題は、やはりこの問題とかなり密接な関係があると思われますので、科学技術庁の諸君によく聞いてもらわなければならぬ問題でありますが、新潟地震は、新潟市全体がやはり同じ震度で見舞われたことはこれは議論の余地がございません。ところが、いま環境衛生局長が言われたように、このゼロメートル地帯が非常な被害を起こしたということが一つ。もう一つは、昭和十年ごろから以降土地を造成された特殊の地域、それがこのクイックサンドの現象を起こしておるのです。たとえば岩船郡神林村の塩谷という部落がございますが、その部落のまん中が非常な被害を受けて、住家が全壊をして悲惨な状態になっておる。これはやはり昭和十年ごろに土地を造成されたところで、川のあとなんです。そういうところ以外は、たとえば新潟県庁にいたしましても、あるいは大きなデパートがありますが、あるいはその付近の昔の税関のあとなどは、全然クイックサンドの現象というものが起こらないし、また地震の被害もきわめて軽微だということ。そういたしますと、日本ガス化学や北興化学というものが、クイックサンドの現象で云々というような議論がだいぶ行なわれたようでありますけれども、これはクイックサンドというものに対する無知であるか、あるいはまた、新潟地震というものに対する認識の欠除によるものではないかと私は考えているのです。この点は、いま、一応の御答弁がありましたから、別に答弁を求めようとは存じませんけれども、やはり明らかにしておかなければならない事項でございます。私はこれは専門で、ずいぶんこれを勉強した問題ですから申し上げておきます。 それから次に、日本ガス化学の廃液汚染というものが問題になっておるようでありますが、日本ガス化学の廃液汚染がもし強いとすれば、これは日本海の魚が相当汚染されていなければならないはずです。ところが、日本海の魚は汚染されておらないし、日本海の魚をとっておる漁民の中には患者が出ておらない。これは厚生省でお調べになったと思いますが、どうでしょう。
○松尾政府委員 海のほうの魚には、こういう水銀の含有が発見されておりませんし、また、ここ以外の患者も発見されていないというのは事実でございます。
○石田(宥)委員 そのとおりなんでありまして、よく調べたはずです。 なお、これに関連いたしまして、一部の委員の中から、浄化装置などの処理が一体何になるかといって、だいぶたんかを切っておられたようでありますが、これについては、熊本はどうでしょうか。熊本における水俣病事件の際には、八代海で最初は百間港のほうに出しておって、百間港に非常にたくさんの患者や死者を出した。それを今度水俣川に放流するようになったら、百間港のほうは穏やかになって、患者が出なくなったが、水俣川のほうにまた新しい患者が発見されている。この点はあとで問題になりまして、当時日本窒素、いまはチッソといっているわけですが、チッソの会社が、自分のほうのアセトアルデヒド製造工程から起こる廃液によるものではないという主張を繰り返しておったけれども、そうした事実から、ついに三十四年の八月五日に有機水銀説に対する反論がくずれて、そうして浄化装置その他の措置をするに至ったわけです。新しい施設を講じまして以来は患者が発生しておらないじゃないか。そうすると、ただ浄化装置や廃水に対する何か処理をしたって、そんなものはナンセンスだという議論がこの委員会で行なわれたようでありますが、そういう事実にかんがみて、一体浄化装置などはナンセンスだと言い切れるものではないのではないか。これはいまの説明で研究調整局長もおわかりだと思いますが、両局長の答弁を求めたいと思います。
○松尾政府委員 御指摘の日本ガス化学工場の排水については、一応精留ドレン排水について中和沈でんを行なったということは調査班でも研究してございまして、確認しているわけでございます。 それから熊本で水俣病が騒がれましたあと、そういう汚水の処理を企業側がいたしましたあと、最近まで患者が出ていないということも事実でございます。 ただ、この点につきましては、また後ほど御質問があるのかも存じませんけれども、全くゼロであるかどうかということにつきましては、必ずしもそうであるかどうかというのは、私どもまだ完全に確信を持つ段階ではないと思います。非常に減るということだけは確かだろうと存じますけれども、全く出ないといえるかどうかについては、必ずしも完全だとは考えられていないと思います。
○石田(宥)委員 全く出ないかどうかということ、これは一つの議論でしょう。しかし食品衛生調査会の委員長である小林さんは、産業公害特別委員会に出席されまして、問題は量の問題である、こういうことを言っているのです。その量の問題になりますと、これまた、どっちの局長も聞いておいてもらいたいと思うのですが、昔から海の魚の中には若干のメチル水銀が含まれている。これは否定できない。ところが戦争中あるいは戦争前から漁村の青年の体格が非常にすぐれておった。海の魚をしょっちゅう食べている青年の体位が非常にすぐれておったということが記録に残っておるわけですね。それからもう一つは、私ここに記録を持ってきておりますが、時間の関係で披露いたしませんけれども、都市のばい煙の中にも相当のメチル水銀が含有されておるという調査の発表もあるわけです。ただ問題は、患者や死者が出たか出ないかということを私は聞いておるのです。あなたは全然出ていないとは言えないと、こうおっしゃるけれども、私もその点について確信を持ってものを言える専門家ではございません。しかし、いま申し上げたように、海の魚には昔からメチルが若干入っておる。それから、いまは都市のばい煙の中に相当量のメチルがある。人間の毛髪の中にもそれが影響を及ぼしておるという実験データもあるのです。ただ問題は、患者や死者が出ておらないということを私はポイントにしてお尋ねをしておるのですから、そうむずかしくお考えにならなくてひとつ端的に答弁を願いたいと思うのです。
○松尾政府委員 熊本の日本窒素でございますか、そこにおいては、その後、廃水処理をいたしましたあとにおいては患者は出ていないというのは事実でございます。
○梅澤政府委員 ただいま熊本におきましても確かに患者がその後出ておりませんいということは、私たちも知っております。
○石田(宥)委員 大体明らかになってきたと思うのでありますが、次に、チッソの場合と昭和電工の場合とでは、その製造のプロセスが違っておるという議論がここで出ておるわけです。しかし、これはまた安全工学その他の学問的な問題ではあろうかと思うのですけれども、私は、これについて、患者が多発いたしました当時の熊本のチッソの工場長をやっておりました昆吉郎という人の話を伺っておる。この人の話によると、その製造のプロセスというものは同じだ、一貫しておると言明しております。ただ、熱処理の部分が若干違っておる、こういうことを言明しておるわけです。そこで、私はこの問題は重要だと思いまして、疫学の専門の学者、安全工学の専門の学者の意見を伺いました。ところが、その数名の学者の意見では、その熱処理の部分を変えたということによって多少のプラスの面とマイナスの面があるが、メチルの排出は全く同一だとは言い切れないまでも、ほとんど同一であるという結論を得たのです。これは別の次元のようでありますが、しかし、本委員会で論議された問題といたしまして、私はあえて触れざるを得ない問題です。おわかりになりましたならば、どちらの局長でもけっこうですから、所見を伺いたい。
○松尾政府委員 そういう製造の方法が両者の間でどう違っておったか、あるいはそういう装置のプロセスの違いによってメチル水銀がどの程度の差で出るか出ないかというようなことにつきましては、私ども全く知識を持っておりません。
○梅澤政府委員 その点につきましては十分検討さしていただきたいと思います。
○石田(宥)委員 これはあす長官が見えられますから、もう一度この問題にちょっと触れまして、そして、私は、本来ならば、水俣病のような有機水銀中毒事件というようなものは、国内でもトップレベルの学者の論争の中で出てくる問題であり、やはり国際的な学界の問題でございますから、行政官がこのような議論をすることにはいささか疑問を持つ者の一人なのです。したがって、おわかりにならないところはおわかりにならないでけっこうなんです。そうして、それがネックになって結論が出せないというならば、そういう専門の学者を呼んで、ここで意見を聞くというふうにして処理をするのが適当であろうかと思いますので、これは研究調整局長、ひとつお含みおきを願いたいのです。 次に伺いたいのは、農薬の問題でありますが、やはりこの記録を読んでみまして、飛行場でほじくったり捨てたり、交通が一ぱいで川の中へ捨てたり云々ということが議論されておる。この問題は、産業公害委員会でも予算委員会でも取り上げられたのであります。最初、電工では、鹿瀬の工場長が私のところにカラーの写真を持ってきて、これが現場だといって提示いたしました。ところが、当時諸説ふんぷんで、それは電工の会社の諸君が海岸かどこかへ持っていって半分くらい埋めて、半分くらいちょっと出したりしておいて、そうしてそれを写真にとって持ってきたのじゃないかと私は実は受け取っておったわけです。何か電工の手先みたいなのが海岸ばたをうろついておったから、どうもその農薬を捨てに来て、それを写真にとっていたのじゃないかということもうわさされておる。これはかなり広くうわさをされておったわけです。ところが、この海岸の倉庫から工場に運送の途中、泰平橋の下流で投棄したということがまことしやかに伝えられたのでありますが、私も関心を持って現場も見、関係者の意見も聞いたところが、その運送の当時、地震の直後でありますから、マル緊というなにを張らなければ車は通さない。ところが、この農薬は劇毒物でありまするから、トラックのところに大きなまん幕のようなもので劇毒物輸送車という幕を張って自衛隊がこれに当たっておったわけです。ですから、泰平橋の下流で交通が麻痺しておって、下流の堤防へ行ってこれを捨てたという説がだいぶ流されましたけれども、自衛隊がかんかんになっておこってしまった。われわれが責任を持って輸送したのに、投棄したとは何事だということになって、私はこの話も直接聞きました。これは厚生省には写真が出ておるはずであります。あれくらい交通麻痺するような状態の中で、劇毒物輸送車という幕を張った車で、あれくらいの人の見ておる前で農薬などをそこへ捨てたりするような作業ができるかどうか。これは常識の問題でもあるわけですが、しかし、これは後に新潟県警の捜査するところとなりまして、新潟県警は、相当な日時をかけましてこれを捜査いたしました。それが本年の六月、県議会で本部長から長期にわたる捜査の結果の発表がございました。なるほど、あの川の川岸に若干のものがその当時あった、これは地震の直後から捜査をやっておったものですという報告です。そこで、その県議会になされた報告によれば、その付近の農家の二戸が地震の災害のあと、農舎などの掃除をやって、ごみとともに農薬のあきびんなどをそこに投棄した。その中には幾らかまだ残っておったものもあって密封されておる。その残っておった農薬を試験場で分析をした。その結果、メチルの含有はなかった、こういうことが県警本部長によって報告をされておるわけです。これはあるいは厚生省には報告があったのではないかと思うのでありますが、いかがでございましょう。
○松尾政府委員 ただいま御指摘のような、県警がそういう調査をいたしまして県会に報告されたということについては、私どもには何も報告が参っておりません。
○石田(宥)委員 できれば、これはもう厚生省の手を離れた問題でありますから、研究調整局長のほうで報告を求められて、そうして今後本問題に結論をつける参考資料にしていただければ幸いだと思います。 さて次に、やはりこの記録に戻るわけでありますが、四十年の六月十二日にいわゆる水俣病であるという発表が行なわれたわけです。四十年の六月十二日に発表して、四、五日後に県の衛生部長が、これは農薬によるものではないという意思表示をしたということがだいぶ糾弾されておるようです。あるいは一般の方にはこの点も疑問に思われるかもしれない。しかしこれはひとつ日誌を、環衛局長見ていただければおわかりだと思うのでありますが、大体水銀中毒患者が発生して、新潟大学付属病院で、第一号といわれる患者の南宇助さんという人が、後に死亡いたしましたけれども、水銀中毒患者であると発表されたのは、これはいつごろですか。
○松尾政府委員 四十年の五月末に、新潟大学から県に対しまして、水俣病類似患者散発しているという旨の連絡が出ております。
○石田(宥)委員 あなた、間違っておるのです。メモが間違っておるのです。これはもう三十九年の八月下旬に、いわゆる患者第一号というのが、新潟市下山の南宇助さんという人が、これは有機水銀中毒患者であるという診断をされて、十月二十九日に死亡しております。それから四十年に入って一月に同じく下山の今井一雄さんという人が水銀中毒の疑いがあるということで椿教授が診断をいたしております。三月二日には大野岩次さん、その後ずっと有機水銀中毒患者であるということが発表をされておるのであって、六月十二日に水俣病としての発表が行なわれて、四、五日たって県の衛生部長が、これは農薬水銀中毒ではない、有機水銀、メチル水銀の中毒患者なんだという発表をしたことに対して、これはかなり突っ込んだ質問が行なわれておる。しかし、この経過を見れば、前年からすでに有機水銀の患者が出ており、死亡者も出ておる。だから、正式に発表したのは、これは本来ならば県の衛生部とそれから厚生省の責任だと私は思うのです。なぜ一体、一月から患者も出、死亡者も出ておるのに、六月十二日まで発表しなかったかという責任を、本来ならば追及したいと私は思うのですが、いまさらここで繰り返してもしかたございませんけれども、この経過をもう少しつまびらかにすることによって事情を明らかにしたいと思う。 それは六月十二日に実は共産党の諸君が、赤旗の記者が新大病院に参りまして、どうもおかしいじゃないかといって椿教授に会った。そこで、あたふたとその日のうちに県の衛生部と相談をし、あるいは厚生省と相談をして、これは有機水銀中毒によるところの水俣病であるということを発表したのであって、十二日に突如として発表して、そして四、五日たってすぐ、これは水俣病であって、メチル水銀の中毒であって、農薬というものは大部分がエチル水銀であるからして、無機水銀が多いのであって、メチル水銀というものはあっても、ほんのわずかなものであるから、問題ではない。そういう経過から見ないと、これは理解できないと思うのです。だから、ああいう発言があるのですね。四日か五日たって、すぐ今度意見を発表するということは不届き千万だという発言があるわけです。そうでしょう。もう少し詳しいデータがあなたのところにあるはずなんです。おわかりならもう少し詳しく発表してください。
○松尾政府委員 この初発患者がいつから出たかということは、個々の患者につきまして少し前から出ておるというようなことは、あとでもわかってまいっておりますけれども、私が先ほど申し上げましたのは、そういう水俣類似患者が出ていますという報告を大学が県に入れたというのが五月でございましたと、こう申し上げたわけでございます。そして六月に県から厚生省に報告が来ておりまして、これはたいへん大事な、たいへん重要な問題だということで、直ちに現地に実地調査を派遣する、こういう段取りになったわけでございますから、そのとききめた問題という意味で私が言っておるわけではございません。大学のほうではいろいろと臨床的に研究をやっておられて、そしてこれはやはり水俣類似患者、それも散発がある、こういう結果から、そういう結論的な——結論的といいますか、そういう臨床症状上の診断としてのほぼ確定した情報を県に送ってきたというわけでございます。そのときから、この原因がどういう病気であるかということをさがし始めたというのではない、そういうふうに御理解いただきたいと思います。
○石田(宥)委員 そのとおりだと思うのです。これは誤解のないように科学技術庁の関係当局もお聞きを願いたい。 次に、もう一つ問題点といたしまして、水俣におきましては、大体いつごろから、どの程度の期間をおいて発病しておるか。メチル水銀が魚介類の中にたくさんたまって、その魚を食べてどれくらいの期間たったならばその症状を呈し、そして患者といわれる病状を呈したか、これをひとつお聞かせ願いたい。
○松尾政府委員 はなはだ残念でございますけれども、熊本におけるその発生がどれくらいの間隔であったか、ただいまここですぐ即答できるような資料を持ってまいっておりません。
○石田(宥)委員 これは参考までに申し上げておきますが、水俣の場合には、いまここへ実は私も文書を持ってきておりませんが、文書はあります。出かせぎで長い間名古屋に住んでおって、それから水俣に帰って、そしてその魚をたくさん食べるようになってから九カ月くらいたって症状を呈している。さらにその後一、二カ月たって病状を呈した、いわゆる患者といわれる状態になったという記録がございますから、そういう点と、もう一つは、昭和三十八年中にネコの死ぬ状態が、その後実験によってネコが水俣病で死ぬ状態と完全に同一であったということを新潟大学では明らかにいたしておるようでありますが、これに御存じでありましょうか。あるいはまた、人間も、昭和三十九年に死亡したものも、これは症状から見て水俣病と断定することができる、こう新大の担当の教授は発言をしておりますが、この点はおわかりでしょうか。
○松尾政府委員 この種の調査の場合に、魚を食べるネコでございますので、ネコの病状は、熊本の例から見ましても非常に重要な手がかりの疫学上の問題でございます。調査班におきましても、そのネコの状態についてはつぶさにいろいろ追及いたしまして、三十八年九月にネコがやはり狂い死にをしているということは、報告書の中にも記載してございます。 それから患者につきましても、そういう疫学班等の調査によりまして、三十九年八月に患者が発生しておるということも報告されております。
○石田(宥)委員 それから次に、やはり農薬の問題でありますが、農薬につきまして、これは常に北川教授並びに昭和電工の印刷物が数回にわたって出ておりますが、その中に指摘をしておるのでありますが、県の衛生計長が日本海湾岸の名作町村あるいはその他の団体に対して、「農薬の空容器等の漂流による危害防止について」あるいは「農薬の保管管理の徹底による危害防止について」という通牒を発しておるわけですね。私は、新潟地震のような激甚な被害の直後に農薬が流れ出たという疑いがあるとするならば、やはり関係市町村やその他の関係機関に対して、予防のために警告を発することは、これは予防医学の立場から見ても、環境衛生の立場から見てもけだし当然であって、もしそれをしなかったとすれば、その怠慢が責められなければならないと思うものであります。しかるに、昭和電工はその問題を何か鬼の首でも取ったように、そういう通牒を出したのは農薬が多量に流れ出た証拠であると、その主張をあらゆる機会に繰り返しておるわけです。環境衛生局長の所見を承りたい。
○松尾政府委員 あれほどの大災害のありましたときに、どういう措置をとるかということは、特に県の衛生部長のような立場にあるときに、非常に苦慮される立場であろうと私どもは経験から考えるところでございます。あまり誇大に申し上げれば一そう社会不安を増すということもございましょうし、かといって、可能性がある、それを十分調べ尽くした上でやれるような状態でもないというときに放置しておくということの危険性ということ、彼我両方考えてたぶん苦心をされ、いろいろ相談をされて警告を出されたと思うわけでありまして、私どもは、やはりそういう地震のときに、一応警告的に注意を発するということは当然あってしかるべきことだと考えているわけであります。 また、その後、県の調査でも、現実にあきびんが漂着をしておったということも、本数等も確認しております。そのうち、どれだけがあきびんであったか、また、その中に農薬が入っているものが何本あったか、それにはしかし水銀農薬はなかったというようなことまで、あとでは調べられておるというような事実から見まして、そういう警告を出すということは決して行き過ぎたやり方であったとは、私判断されないわけでございます。
○石田(宥)委員 その点はそのとおりだと思うのでありますが、なおこの農薬の保管の数量についてかなり疑いが持たれ、論議の対象になっておるようでありまして、これには私は県当局に本責任なしとはしないと考えております。しかしながら、県とその農薬を管理する倉庫業者あるいは農協の経済連合会等が、最初には多少そのあやまちをおかしたこともあったが、これが非常な大きな影響を及ぼす問題点であるということで、再三再四にわたって検討を加え、その結果間違いがないという数字が出されたわけであります。これはやはりああいう混乱時でありますから、非常事態の中でありますから、私は責める気持ちもないけれども、県の衛生部の発表のしかたにやはり手落ちがあったことは、これは否定できないと思うのです。けれども、最終的に決定されてこれだけだという数字というものは、私は信頼に値するものであろうと思うのでありますが、これは厚生省ではどのように御判断になっておるか、お伺いをしたいと思います。
○松尾政府委員 こういう倉庫の農薬の保管状態といったものにつきまして多少混乱が起こりましたことは、私どもまことに遺憾だと存じているわけでございます。県の衛生部が当時、最初に取りまとめたものは、緊急に被災状況を知りたいというので、電話等で連絡をいたしまして、それをいわばうのみにして最初の数字をつくっておったというような事情がございます。この研究班が、疫学班では特に帳簿記録を一々しさいに点検をしてまいりまして、突き合わせをいたしました結果が、最終的に報告された数字になっておるわけでございます。
○石田(宥)委員 さらにもう少し詳しく御質問を申し上げる予定でございましたが、本日は科学技術庁長官も出席できないということでございまするし、また、研究調整局長のほうもまだ御就任になってからあまり日もたっておらないということでございますので、残余の質問は明日に譲らしていただきまして、本日はこの程度にとどめておきたい、かように考えますので、よろしく。
○沖本委員長 次回は明十四日木曜日午前十時より理事会、十時三十分より委員会を開くこととし、本日はこれにて散会いたします。 午後三時三十九分散会