産業公害対策特別委員会 第3号
- 発言数
- 155 件
- 登壇者
- 11 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1967/09/11
会議録
○八木委員長 これより会議を開きます。 この際、参考人出頭要求の件についておはかりいたします。 産業公害対策に関する件について、本日、参考人として東京大学名誉教授、食品衛生調査会委員長小林芳人君から意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○八木委員長 御異議なしと認め、さよう決しました。 ————◇—————
○八木委員長 産業公害対策に関する件について調査を進めます。 参考人に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用のところ本委員会に御出席をいただき、まことにありがとうございました。 阿賀野川水銀中毒事件に関して、参考人のお立場から、忌憚のない御意見をお述べくださるようお願いを申し上げます。 なお、参考人の御意見は、委員からの質疑に対する応答の形でお述べをいただきますので、さよう御了承をいただきたいと存じます。 質疑の申し出がありますので、これを許します。石田宥全君。
○石田(宥)委員 去る八月三十日に、かねて問題になっておりました阿賀野川における水俣病事件に対する食品衛生調査会の答申が出され、またその後、この答申は厚生省の意見として科学技術庁に送付されたようでありますが、この問題並びに九州における水俣病事件に関して、本日質疑を行ないたいと考えるのであります。 まず、参考人にわざわざ御足労を願っておりますし、時間の節約を考えまして、当初に、阿賀野川の水俣病事件に対する厚生省の意見に関して、舘林局長からその意見の概要をお伺いいたしまして、そのあとで、小林参考人から、内部のこまかな問題についてお尋ねをいたしたいと思います。
○舘林説明員 阿賀野川の水銀中毒事件に関しましては、このことが食品を介しての食中毒の発生にきわめて至大な影響があるということから、食品衛生調査会に対しまして、本年四月二十日付で、この阿賀野川下流地域におきます水銀中毒事件の原因究明並びに河川の水を介しての中毒の発生防止というような広範な対策を含めまして、厚生大臣から諮問をいたしたわけでございます。その結果、八月三十日、この阿賀野川の水銀中毒事件の原因究明に関する部分に関しまして、食品衛生調査会から御答申をいただいたわけでございます。その御答申の内容は適当なものと思われ、厚生省として特にこれにつけ加えるべき意見もございませんので、これを添えて、科学技術庁に厚生省が先般進達いたしたわけでございます。 したがいまして、私どもが適当と思われ、厚生省としてそれ以上加えるべき考えがないといたしました、この答申書の内容についての概略を御説明申し上げますと、この答申書の最初の第一項に、阿賀野川上流の昭和電工鹿瀬工場の排水中にメチル水銀を含む水銀化合物が出てまいりました。これが川魚に入り、その川魚を食べた人に非常に異常な体内水銀保有量が高められたという現象があった。第一は、そのような状態があったという項目がございます。したがいまして、この第一は、別に因果関係を特に述べておるものではなくて、このような状態があったということでございます。 第二は、この食中毒の発生に関する原因関係を述べたものでございまして、この原因といいますか、その体内の水銀量を異常に高める原因となった昭和電工の排水によるメチル水銀の影響によりまして、かなりな量、水銀が体内に蓄積されまして、それによって中毒患者が発生される可能性のある状態までなっておった、こういうことであります。 ところがそのような状況になっておったところで、突如として、昭和三十九年八月から翌年の七月にかけての一年間、急激に多数の患者が集中的に発生したという現象が起こったが、この集中的に突然多数の患者が発生したことの原因は、この昭和電工からメチル水銀が排出され、長年にわたって蓄積されておったということだけでは説明できなくて、そのほかに何らかの別の要素が加わったと思われる。これを、先般厚生省が委嘱をして調査をいたした疫学班は、魚を特にたくさん食べたことによるという説明をしておるが、魚を特にたくさん食べたという説明だけでは、この異常な発生は説明し切れない、それだけでは説明し切れない、そのほかにも原因があるように思われる、ということでありまして、そのほか、この時期に突発的に起こった内容といたしましては、新潟地震あるいはそれに引き続いて起こりました集中豪雨、あるいは昭和三十九年末、昭和電工鹿瀬工場がアセトアルデヒド製造の操業を停止いたしましたので、その前後における何らかの予測しなかったことが影響しておるかもしれない。この時期に、突発的に起こったとする事象としてはこれらのものが考えられる。これらのもののうちで、新潟地震の際に、新潟港の埠頭倉庫の中にありました農薬が、何らかの原因によって阿賀野川に入ってきて、阿賀野川の魚に蓄積されたということに関しましては、そのことについていろいろ説がなされ、各方面からの意見が出されておるが、それらのいずれも、明確にそれを裏打ちするような、内容としてはそういうようなものは見られない。それだけではなくて、農薬から出てきた有機水銀が患者の中毒を起こすに至ったとしては、むしろそれを否定するような積極的な材料さえある。そういう農薬から出てきた水銀ではないと積極的に言い得るといいますか、農薬から出てきた水銀では起こり得ないと思われるような……(「ではないということだろう」と呼ぶ者あり)資料もあるということであります。 そこで、他の二つの、新潟地震のあとに大雨があって、その大雨によって何らかの突発的な事故が起こったとか、会社のアセトアルデヒド製造の操業の停止ということに伴って何らかのことが起こったかどうかという点については、何ら確たるその証拠となるような調査資料は得られない、現時点ではそれを裏づける証拠資料を得ることは因難である。 以上のようなことでございます。
○石田(宥)委員 食品衛生調査会の答申を、そのまま厚生省案とされたということでございますので、小林参考人にお伺いをしたいと思うのでありますが、この答申を拝見いたしますと、ただいま局長が説明をされましたように、一、二、三、と三つの項目に分かれております。しかし、大体答申の中心は第一項が主文で、二項、三項はこれに説明を加えたにすぎないように考えられるのでありますが、食品衛生調査会のお取りまとめにあたっては、そういうことではなかったかと思いますが、どうでしょうか。
○小林参考人 実は私どもがこういう報告書を出します場合に、全く学界人として、いつもの論文を書くような気持ちが抜け切らない。事実のはっきりしたことははっきりしておる、これは実験のデータによる結論である。それからわからない点はわからない——わからないにしましても、かなりの信頼性のある推定はできます。ただしこれは一〇〇%ではありませんということをはっきり出そうというのが、われわれのこういう報告書を出すときの方針でございます。結局、先ほど局長の言われましたように、これはメチル水銀による中毒である、これをやはりはっきり出す必要がある。これはそのためにいわゆる水銀中毒症を起こしたものである。これが第一章に書いてあるわけです。これはわかり切ったようなことでございますが、やはり報告としては出さなければなりませんでしたから、これを出しました。ただそれだけでよろしいなら、私どもは非常に簡単に、九州における第一次の水俣病と申すべきあのときから、今度の阿賀野川の中毒もメチル水銀中毒であるということは、これは専門家、われわれ仲間ではすぐわかった。見なくても症状のいろいろな記載で大体見当がつくのでございますから、これを調査しろと言われたって、もう何もやることはない。これはただ確かめればよろしいのですが、それでは問題は実は解決いたしませんで、一体公衆衛生としてはこの原因を突きとめなければならない。原因を突きとめたら、あとこれをどうやって防止するとか、われわれ医学の立場の者として心配いたしますのは、第三、第四の水俣病が起こるかどうかという心配です。このまま放置しておれば、また第三の水俣病が起こるのではないかという不安を大きく持つわけでございます。それにはどうしてもできるだけここで原因を追及することが第一で——病気の原因でございます。そして次は、それの防止、治療ということになりますが、この場合は治療よりも防止が大きな問題になります。 そこで第二、第三は、いわゆる原因の明確になった点と原因の不明確な点と、ある程度の推定、これを二つの項目に分けて書いたわけでございます。それにさらに今後どうやったらこれを防止できるかということは、一切私どもの諮問の項目に入っておりませんから、それにとどめたわけでございます。それだけお返事いたします。
○石田(宥)委員 大体わかりました。そこで、第一項では「昭和電工鹿瀬工場においてアセトアルデヒド生産高が増加するにつれてメチル水銀を含む水銀化合物の生成が漸増し、」云々と、こういうことになっておりますから、この点では原因がきわめて明瞭であります。そうしていまの局長の答弁でも、その状態を是認するものである、かようにお答えになっておりますから、したがって、私が先ほど指摘いたしましたように、一項が答申の主文であって、二項、三項はこれに対する若干の補足と説明とをあわせたようなものではないか、私どもはあまり文学のことはわかりませんけれども、大体そう理解していいのではないか、こう考えておるので、一項、二項、三項は並列さるべきものでないことは明らかだと思いますが、どうですか。
○小林参考人 そうお読みくださるのは御随意と思いますけれども、私どもこれをまとめました真意を申し上げますと、この項目に軽重はない、みな重要で、これをまとめて一つの答申とお考えいただきたいのであります。どれにも非常に時間をかけまして入念に書いたつもりであります。と申しますのは、第一項が原則を申しておりますが、昭和電工の排水だけであの水俣病が起こったということを断定しておらない。断定するような資料がないのです。最初にこれを申すべきだったと思いますが、とにかく今度の事件が、病気が出ましてから一年くらいたってから、やっとスタートいたしております。そうして、われわれがしばしば経験するのですが、川とか、海とか、こういう水に関する中毒、したがって魚でございますが、調査を始めた時分には真犯人はほとんどつかまらない幾つかの実例がございます。みんななくなってしまうのでございます。われわれは、しかもその三つの調査班がまとめましたその報告書に基づきまして、これによって最後の結論を出すことにいたしたわけであります。いまから調査いたしましても、もう何年かたったものを調べましても、全く当時と条件が変わってしまっておる、参考にもならないというような時代でございます。そういう時代で、われわれが見得る、使い得る資料だけで判定いたしますと、「基盤をなしている」という、非常に苦心してこんな文句を書きましたのですが、これはいろいろの解釈がございます。われわれ学者としましては、一〇〇%わかるのでなければ、そうだとは、これは学者の良心としては言わないのがほんとうなのでございます。少しでも疑問の点があり、不明な点があれば、不明であるということをちゃんと表現するのが良心なわけでございます。そういう立場で今度の事件を見ますると、この一の言っております意味は、この三十年にわたって阿賀野川に昭和電工が流しておりました水銀というものは、少ない量でございますが、これだけでこのたびの二十六人というものが、あの河口に、一年間という限られた期間に、ばっと発生したことを説明するには非常に不十分です。しかもずっと会社から出ました水が、六十キロという長い道程を経まして海へ流れておるのですが、この病人の出ました場所は、もう海に近い、河口から七キロのところに限られている。それから上流の間には何も患者は出ておらない。しかも、出方が、ばっと出まして、ばっととまっているという、普通の中毒とはよほど変わった形で、しかも出ている場所が非常に離れておるということでございます。 それで、もうちょっと詳しく申しますと、この両方の沿岸をずっと上流までたんねんに調べたのでございますが、病人は一人も、いわゆる河口の七キロの範囲以外には水俣病なるものは出ておらない。ここにしろうとの方のいろいろ問題がございまして、水俣病であろうといって、手がしびれるとか、目が見えにくくなったというような訴えがあって、考えようによっては、これは水俣病の初期ではないか、軽度のものではないかという判断をせられた方もあるかもしれませんが、これは水俣病というのは内科の病気としても非常にむずかしい病気で、特殊の病気でございまして、脳神経専門の人でないと正確な判断はつかないのでございます。したがって今度の調査班にも、新潟大学の教授で脳神経内科の専門家が責任者になっております。それに熊本のときの経験者も加わっております。その人によってはっきりと水俣病であると判定したものでなければ、われわれ資料にしないことにしております。ということは、こういう病気が起こりますと、多数の水俣病ノイローゼが出るのでございます。ノイローゼはみんな手がしびれたり、目が見えなくなったりいたします。もしこういうものを病気の中へ入れましたら、たいへんな誤りを最後の判定に来たします。そういう点で非帯に厳密にいたしましたが、非常に参考になるのは、毛髪の中の水銀の量なんでございます。毛髪の中の水銀量というものは、これは本来ゼロだ。不幸にしてわれわれ農薬をこういうふうに使うようになりましてから、何がしかの水銀が認められるようになっておる。この量はわずかの量でありまして、農村はやや多い、都会は少ない、その数量もはっきりわかっております。これは正常の人の持っておる水銀量はどのくらいであるかということははっきりわかっております。ところが、この会社からずっと流れています……。
○石田(宥)委員 委員長、発言中ですけれども、伺ったことだけに、端的にひとつ……。
○小林参考人 では、いまの説明は少し長くなりましたが、先ほど申しましたようなことでございますから、それで私の御返事になりますかどうか、一応お答えいたします。
○石田(宥)委員 あまり時間をとりたくないと思いますので、端的に答弁を願いたいと思うのですが、文章のとり方はごかってであるという御答弁ですから、そのようにも考えられる節はある。 そこで、具体的にいま御発言のありました問題の中で、たとえばこれは昭和電工の鹿瀬工場の廃液だとしておるものではないようにおっしゃったわけです。そうでないとするならば、阿賀野川水域、あの海までの間に、何かほかに工場でもあると考えるか、あるいは天然にメチル水銀が発生するような発生源でもあるのかというと、これはいろいろな機関が調査をしたけれども、それは全然認められておらない。そうすると、やはり鹿瀬工場の廃液以外にはないのではないかということが一つ、それからもう一つは、三十年間アセトアルデヒドの製造をやっておるけれども、今日までその病人が出ておらないじゃないか——これは電工の社長以下があらゆる雑誌やその他に発表しておるところであります。これは会社の資料あるいは通産省の資料でもおわかりのように、昭和三十五年ごろまでは大体五、六千トンの生産であったのですが、そのころから一万トン以上になって、三十九年には一万九千四百七十トンという、二万トン近い生産が行なわれておるのです。ですから、三十年間もやっておったけれども患者が出ないじゃないかときめつけることは、これは私は何人もこの生産の量をずっとお考え願えればきわめて明瞭ではないかと考えるのです。そういう点で、いまの御答弁ではどうもはっきりしないのではないかと考えるのです。これはしかし意見の相違ということもありますから、もっと具体的にお尋ねをしたいと思いますが、第二項で「比較的急激かつ多量に患者の体内に蓄積されたことによるものであると考えられる。これらは魚の多食ということの他に魚体内のメチル水銀蓄積量が高められたということが重って発生したものと推定される。」こう言っておる。しかし、先ほど申し上げた電工の廃液以外には考えられないじゃないかと言っておったが、地震の際に農薬が流れ出たということを——国立横浜大学の北川教授は、他の委員会で写真などを持ち出されて、かくのごとく農薬が海へ出て、そして阿賀野川を遡上した、こう主張された。ところがその写真、空中写真ですが、その写真をとった人が、いやそれは昭和石油の石油ですよ、カラー写真で見れば、このとおり色彩がはっきりしておるじゃないですか、こう否定しておるし、そしてあなた方の委員会もまた、そのことをちゃんと否定されておる。「新潟港埠頭倉庫に保管中の農薬の阿賀野川への投棄あるいは流出農薬の塩水模による阿賀野川への湖上をその原因とする説があるが各種の資料はこれを裏付ていないのみならずこれを否定している資料もある。」このくらい明確に否定しておる。それでは、そのほかにどこに何があるとお考えになるのですか。
○小林参考人 私が学者の立場を離れまして、しろうとの立場に立ちますと、常識的にはいま伺いました御発言のとおりだと考えます。ところが学者の立場では、私まだ割り切れないものが残してあるのです。今後の現実問題として、ものがこういうぐあいに常識的には非常にはっきりしておるように見えながら、いろいろの情報を集めますと、どうしても一つ足りないものがある。そこまではっきり断定できないものがある。たとえば九〇%できて、あと一〇%のものをもう一歩突っ込まないと一〇〇%にならないという場合がある。これを見つけるのが学者のわれわれの非常に大きな責任でもある。その一〇%を非常に大事に今後突っつく、そういう場合に、その一〇%が非常に大きな意味を持つことはしばしばわれわれは経験しておりますから、そこでその一〇%は非常に大事にするというのが学者の良識なんです。それがあらわれておるのがこの表現でございます。だからこの表現をただちょっとごらんになりますと、何もこんなぼんやりしたことを言わずに、はっきりこうだと書いてしまったらよかろうとお考えになる方が多いと思います。これはわれわれ長年こういう自然科学の、ことに私は医学でございますが、動物を相手にいたしましていろいろな苦労をいたしておりますと、その経験から、どうしてもそこに割り切れないものがある場合がある。これは行政的にあるいは政治的にそうだと割り切ってお取り扱いになることには、私は少しも反対いたしません。ただ、これは学問の報告として、私は出しました。これは厚生省に対して、この調査会は学者の集まりでございまして、その表現についてずいぶん苦労いたしまして、これは原因の基本であるというように書こうかどうかということで疑問がございましたが、これは現象論だけにしょう、そして第二項の最初に「一つの状態のみでもメチル水銀中毒患者発生の可能性がある」と書こうということになった。この可能性は非常に大きい。鹿瀬の公算大である。しかも、先ほど私はこれの意味の説明をするつもりで、少し長く発言をいたしましたが、水俣病は残っておらないのですけれども、昭和電工のあの会社のあるところからずっと河口に至るその沿岸、上流のほうの水銀量をずっと調べますと、これはノーマルの水銀量よりもみんな多いのです。非常に多いのもございます。それではこれを水俣病というふうに言えるかというと、これは医学的には水俣病とは蓄えない。それでは何か、健康かというと健康じゃない。潜在性水俣病というようなことも言える。もう少しで水俣病が起こる。あるいは、近ごろ前ガン状態というようなことばを言いますが、前ガン状態というふうにお考えになってもいいかもしれません。ガンは出ておらない。ガンは河口のところにかたまってある。それの原因を突きとめるのがわれわれは非常に重要であると思いましたので、それが第二項にあるわけでございます。どうぞ御了承を願いたいと思います。
○石田(宥)委員 これは二段がまえになっておりますけれども、一項、二項、三項のしまいのほうに、要するに地震農薬説は、「各種の資料はこれを裏付ていないのみならずこれを否定している資料もある。」と書いてある。この資料とは一体どういう資料か、これを端的にお答えください。
○小林参考人 黒板でもありませんと、これは非常に学問的なこまかい問題になります。化学分析の水銀の専門家が非常に苦労して、非常に微量な水銀の種類を分けました。それからもう一つは、発生いたしました患者のうち二人死亡しておる。その二人死亡した患者の非常にたんねんな解剖例が発表されております。それから、死亡しないで後遺症が残っているのもおりますけれども、比較的軽いのは、幾らかずつ回復している。それの症状もたんねんに発表されております。そういうものを両方判定いたしますと、農薬というものの組成は、メチル、エチル、フェニルというのがその部分でございます。大体使っておる量は、日本でもフェニルが大部分。そのうちの数分の一がエチル、メチル。それは、貯蔵されておったこの倉庫の記載も、新潟県からの報告はそのとおりになっておる。したがって、農薬であるとするならばフェニル、エチル、メチル一緒に出てくるはずです。しかも大部分がフェニル。それを、化学分析と臨床上の症状及び解剖例なんかを見ますると、メチル水銀中毒だけしか出てこない。その他の水銀の徴候が、あるいは検出が全然できない。これはメチルだけが汚染源であるという一つの証拠です。
○石田(宥)委員 小林参考人は、行政的にははっきり割り切ることができるであろうが、学者的良心では割り切ることができないとおっしゃったのですが、私はどうも逆なように受け取っておるのです。行政的にこんなわけのわからないような答申ができるはずはないと思っておるのですが、これは見解の相違ならしかたがない。どうも小林参考人の答弁が非常に長くなるが、実は私どもも熊本大学のこの論文集も読んでおりますし、それから阿賀野川のなにも全部見ておるのですから、いま小林参考人がお述べになったようなことは、何回も繰り返し読んでおるのです。ですから、あなたのいまのようなそういう説明を聞く必要はないのです。 そこで、これは舘林局長に伺いますが、この二項目の、いま申し上げた「否定している資料もある」、こういうことは、横浜国立大学の北川徹三教授が、阿賀野川と信濃川の泥の中の水銀量を調べられた。ところが、阿賀野川の患者の発生している地帯よりもむしろ信濃川のほうで、魚にもその含有量はないし、患者も出ていないが、メチルの量が倍くらいあるという資料が出ておるのです。そういうものをさすのじゃないですか、もっと別なものがあるのですか。
○舘林説明員 ただいま小林先生からお話がありましたように、今回の患者の症状は、その患者の髪の毛を調べた結果からも、メチル水銀中毒であるということがまず断定されるわけでありまして、そのメチル水銀中毒をさらに詳細に調べますと、メチル水銀中毒以外の何ものでもない。すなわちそういうメチル水銀中毒以外の水銀中毒でしばしば起こりやすいのは、無機の水銀中毒の症状でございまして、その場合にはじん臓がおかされることが主症状でありまして、フェニルのような水銀でございますと、ほとんどが無機の水銀中毒の症状を起こす。いま一つメチル水銀とまじって、農薬ではしばしばエチルが入っておるわけであります。したがって、農薬に起因するメチル水銀中毒であれば、それに混在するエチルが何らかの現象を呈する。髪の毛に一部出るとか、魚に一部出るとか、そのエチルの反応が検出されるはずである。ところがそのエチルはどこからも認められてないという点から、農薬に起因するものとしては認めがたいということを、ここで積極的に「否定している資料もある」、このような表現をしてあるわけであります。しかしながら、先ほど来小林参考人が言っておられるように、それだけをもって科学的に完全な証明になり得るかということは、なお徹底的に詰めないと、学問の世界では、その可能性は非常に強いけれども、それを否定している資料があるという範囲でここに表現するのであって、さらに確実に間違いないというのには、なお科学的に検討の必要はなしとはしない、かような気持ちでこの表現をされたものと、私どもは解しております。
○石田(宥)委員 顧みて他を言うような答弁はやめなさい。ここにはちゃんとこういうふうに書いてあるじゃないですか。「新潟地震に際しての新潟港埠頭倉庫に保管中の農薬の阿賀野川への投棄あるいは流出農薬の塩水模による阿賀野川への湖上をその原因とする説があるが各種の資料はこれを裏付けていないのみならずこれを否定している資料もある。」、こういうんだから、何ら答弁はこれに答えていませんよ。端的にこれに答えなさいよ。別な議論をしているじゃないですか。
○舘林説明員 阿賀野川へ湖上したという説に対しましては、その湖上したという説の論拠としていろいろあげられております一つ一つは、いずれも確たる証拠のあるものではないという点が前段にあるわけであります。しかし、たとえ湖上いたしました事実があったにいたしましても、農薬でかりに起こったとすれば、エチルの反応があったり、あるいはイモチ病の原因となるフェニルの中毒が起こったとすれば、当然に無機の中毒症状が解剖所見で出てきてしかるべきであるが、その事実がない、かようなことをこれは示しておるということでございます。
○石田(宥)委員 それでは次へ進みますが、その次に、前にも出てきておるのですけれども、「集中豪雨及び操業停止前後における管理の不備による工場排水の河川汚染に対する影響については入手し得る資料の範囲においてその有無を推定することは現時点では困難である。」、まずこの中の、集中豪雨はどのように影響したという御判断なんですか。
○舘林説明員 集中豪雨によりまして、阿賀野川のかなり上流、鹿瀬工場の下流にあたるところにダムがございます。そのダムの水門をあけたという事実がございます。したがいまして、それまでの間、ダムに長い間たまっておりました水銀化合物を吸着した泥等が、ダムを開門するということによりまして一挙に下流に流れ出たかもしれないわけであります。そのようなことを想定いたしまして、集中豪雨の影響ということをいっておるのであります。
○石田(宥)委員 あなたは、前からぼくは問題にしておるのですが、この「水俣病」という赤い本を読んでおりますか、おりませんか。読んでおりませんね。これは国際的にも高く評価され、国内における水俣病の決定版だといわれておる。この中にこういうことがあるのですよ。熊本県の水俣の水俣病の際に、海の底の泥の中に水銀が一千PPMも含有しておったが、その泥をかき回して、そこで魚や貝を数カ月飼ったけれども、ここには全然メチル水銀というものを蓄積しなかったという実験データがあるのですよ。そして、当時の新日本窒素の附属病院で、細川院長が、泥を攪拌したいまの実験では出ないが、水だけをずっとやって実験をしたら、魚や貝にたくさん蓄積したという実験データが出ておる。泥の中にはないんですよ。そして同時に、やはりこの委員会で私が河川局の課長を二度ばかり呼んで、そして底にどろがたまっておったんじゃないかという疑いを持ってこれをただしたのに対して、望月河川計画課長はこういう答弁をしておるのですよ。普通の堰堤は上から水を吐くけれども、あそこの堰堤は底開きの堰堤で、底にどろがたまりようがないじゃないか。したがって、その堰堤の上流には、〇・六ミリくらいの荒砂であってどろはない、こう言っておるのですよ。あなた聞いておったでしょう。そういう状態が明らかになっておるのに、集中豪雨による洪水でダムを開放したから急に流れ出て云々と、そういうものが一つの要素であるかもしれないなどというとぼけた答弁はありませんよ。そういうとぼけた答弁をしないで、まじめに答弁しなさい。あなたの答弁は何ですか、一体。いっでもそういうでたらめを言う。 私はちょっとここでお目にかけるけれども、あなたの答弁は、五月十七日の産業公害委員会では、阿賀野川の魚の中の水銀含有量は〇・五程度である。〇・五から「今日ニゴイの四歳魚が〇・六まできておりますから、」云々、こう言っておる。〇・五ないし〇・六だ、こう言っておる。ところが私が調べたところによると、八・九PPMある六歳魚が横雲橋の上流におったじゃないですか。試験所のデータ、あなたの手元へ届いたでしょう。そのあとの委員会で、あなたはそれを認めておるのですよ。〇・五ないし〇・六PPMと八・九PPMとでどれだけの差があると思いますか。でたらめな答弁やめなさいよ。これだけの人が死んだ大問題で、もう少しまじめに答弁しなさい。それは全くでたらめといわざるを得ませんよ。どうして一体、あなたは、その集中豪雨が水俣病に影響を与えたかもしれないと言うのです。あなたは、少しもまじめに委員会でものを聞いていない、まじめにものを読んでいない証拠じゃないか。そうでしょう。それならそうと認めなさい。
○舘林説明員 厚生省としましては、食品衛生調査会の御審議の内容を伺いまして、厚生省としても妥当と思って、御答弁しておるわけであります。
○石田(宥)委員 食品衛生調査会は厚生省に対して答申を出したのですけれども、その答申を妥当として、あなたは判断をしたのでしょう。あなたは別に独自の立場で判断をしたのでしょう。独自の立場で判断をしたからには、やはりそれなりの理解がなければならないはずだ。何もわけがわからないで、それをそのまま厚生省の結論としたわけじゃないでしょう。それならば、そのようにあなたの見解を述べなさい。そういういいかげんなふまじめな答弁は聞きませんよ。どうですか。独自の見解はないのですか。
○舘林説明員 厚生省としましては、最高権威の食品衛生調査会の先生方の御審議の内容が妥当と思っております。
○石田(宥)委員 小林参考人、この点はどうですか。いまの集中豪雨の関係は。
○小林参考人 実はこの件に関しまして、私が先ほど申しましたように、はなはだ資料がなくて、われわれが実際現場で調べることをやったわけでも何でもないですし、それをやる義務もないと思っておりますので、こまかい、この場合の集中豪雨という事情、その他それによって起こった問題というものは、一応考慮したという程度でございます。それによって何が起こったのか。これが非常に大きな意味をこれに持つとは、私自身はそのときは考えられないので、これを書きました諸君も、これが原因に非常に重要な意味があるのであるならば、もう少しこの点について資料を集めるべきでございますが、われわれは何の資料もなく、ただ資料としましては、集中豪雨があったということだけは確かです。それは気象台から、雨の量とそれからそのときの阿賀野川の水量、その記載したものを詳細に検討いたしました。確かに非常に水の量がふえている、その程度しか調査会としてはわからなかった。結局ここに書きましたものは、可能性を一応考えましたが、いまになってこれをどうこう言ってみたところで、学問的に調べる資料は出得ない。推定は自由でございますが、それではわれわれの資料とはならない。そこでこの程度にとどめたわけであります。
○石田(宥)委員 舘林局長のほうには資料がたんまりあるのですよ。あなたはそういうものを提供しなかったのですか。ダムの構造、どろの中にはメチル水銀は入っておらない、そういう点の資料を出されれば、食品衛生調査会はそういうところをもっと御検討になったでしょう。あなたの怠慢といわなければならない。これ以上答弁できなければ、できないでよろしい。 そこで次にもう一点、「操業停止前後における管理の不備による工場排水の河川汚染に対する影響については入手し得る資料の範囲においてその有無を推定することは現時点では困難である。」、こういうのですね。一番最後の章です。そこで、これは小林参考人に、実は答弁があまり長々と答弁されるので避けておったのですけれども、どっちの責任かどうもはっきりわかりませんが、「操業停止前後における管理の不備による工場排水の河川汚染に対する影響については入手し得る資料の範囲」とは、どういうものでありましたか、それを伺いたいと思います。
○小林参考人 この問題になりますと、実は調査会の委員というものが、必ずしも工場の管理の経験者じゃないのでございまして、私に至ってはなおさら判断の能力がない。ただ、いろいろなことから多少知識は持っております委員が何名かおりまして、当時の工場の管理状態を調べて、その記載したものの提出を求めまして、そうして機械の故障、いろいろの、結局日誌ですね、そういうものをたんねんに調べたのでございます。その結果を申しておるのでございます。何もそのものから、これが原因であるということをはっきりと突きとめることはできなかった、こういうことであります。それから会社に対して、参考人も、会社側の人から聞いております。その会社側から聞きましたところでも、何も聞き出すことができなかった、こういうことでございます。
○石田(宥)委員 それでは肝心な資料は入手できなかったということになると思うのですが、厚生省環境衛生局長はそういう資料は出さなかったのですか。どの程度の資料をあなたのほうから調査会にお出しになりましたか。あるいはまた、通産省のほうからはどの程度の資料をお出しになりましたか。資料のないところで審議をする。まことに不見識きわまる。だからこういうわけのわからない、米にしんにゅうをかけた迷論文ができ上がる。もうちょっと親切にあなたのほうで資料を出すべきじゃなかったですか。どの程度のものを出したのです。
○舘林説明員 現時点といたしましては、ただいま小林参考人から御説明いたしましたように、工場の作業日誌というものが最も端的にあの当時の事態をあらわしておりますので、工場の作業日誌を入手いたしまして、提出いたした次第でございます。
○石田(宥)委員 これは非常に重要な問題で、いま民事裁判になっておりますが、私は民事裁判に影響すると思いますので、この点は通産省の化学工業局長にお聞きしておきたい。 実は、先ほどちょっと私が触れましたように、昭和三十五年ごろまでは五千トンか六千トンしかアセトアルデヒドを製造しておらなかったのですが、三十九年には一万九千四百七十トン製造をしておりますね。そこで、その施設の規模が、従来ずっと三十年間もやってきたけれども、五千トンか六千トン、せいぜい六千トンくらいしか製造しなかった、同じような施設でもって二万トン近くもの生産をしたとすれば、ここに非常に無理があるということが明らかになるわけですよ。そこで、その施設の規模というものの資料提出を私のほうで要求しているけれども、通産省は出してきません。 それからもう一つ、社会党の調査団が現地に参りまして、少なくとも、アセトアルデヒド製造工程の中におけるそのパイプの太さと配管図を出してこいということを、本委員会の委員のメンバーである板川正吾君が正式に会社に要求し、通産省にも要求した。出してきておりません。 こういう重要な点と、もう一つ、できればぞうきんの出庫。ぞうきんの出庫と言ってもちょっとおわかりにならないかもしれぬけれども、あそこで大掃除をやったことがある。これは作業日誌にあるはずです。それから電気がとまると全部たれ流しになっておったということを、この作業員がはっきり言っておる。三人もそろって言っておる。そういうときには、平生よりもふくぞうきんの出庫がうんと多くなるのが常識なんです。ところがそのぞうきんの出庫というものについても出されておりません。これは何とかひとつ通産省のほうで出させることはできないものかどうか、御答弁を願いたい。
○吉光説明員 いま三つの御要求があったわけでございますけれども、最初の設備規模の問題でございます。実は通産省といたしまして、各工場の設備規模につきまして、毎年どのように動いたかという調査資料を、実は入手いたしていないわけであります。実は、年々のアルデヒドの生産量が幾らであったか、こういう資料は常に入手いたしております。ところが設備規模につきましては、現実の問題といたしまして、何らの規制が行なわれておらなかったせいもございますけれども、何年にどれだけの設備を拡張したというふうな意味での資料は持ち合わせていないわけでございまして、現実の問題としましても、会社も手直しの修理をしたりしながら生産能力を増強してまいるということが多かったのではないであろうかというふうに推定いたしております。ただ、先ほどおことばがございましたように、前の年と違いまして、三十五年ごろから相当生産量がふえてまいっておりまして、一万一千トンをオーバーいたしましたのが三十五年でございます。その後最大点にいきまして、三十九年が、先ほどお話がございましたように、一万九千四百七十六トンというふうに、生産量は非常に多くなってまいっております。ただ規模的にどうであったかという設備規模自身についての調査表は、私ども持ち合わせていないわけでございます。 それから第二点の、工程中の配管図の関係でございますけれども、これは実は私うかつでございまして、会社のほうに調査団の方がいらっしゃいましたときに直接御要求になっておって、そのままで処理されておったということを、実は承知しておらなかったのでございます。この点は会社のほうに、どこまでの配管図等があるかどうか、至急取り調べてみたいと思っております。 それから第三点の、ぞうきんの出庫量の問題でございますが、これは私迂遠にいたしまして、いままで全然話を聞いておりませんので、至急調査をいたしてみたいと思っております。
○石田(宥)委員 私がこういうことをやかましく申し上げるのは、すでに熊本県の水俣事件で、もうアセトアルデヒド製造工程から出るメチル水銀というものが水銀中毒を起こしている事実にかんがみて、通産省と厚生省から、同じような工程を持つ工場に対しては、それぞれ除濁装置等の施設をやるべしという通達を出しておきながら、その報告も受けなければ、監督監査もしておらない、こういう事実の上にこの問題は起こっておるから、私は皆さんの怠慢を責めなければならないことになるのです。これがいままで熊本県の水俣の場合のように、全くどっちがどうかということがわからぬという状態であるならば、私は強く皆さんを責めようとは思わないけれども、もうそういう事件が起こって、その結論が出て、そしてそれに対して警告を発したが、警告を出しっぱなしで——菅野通産大臣は、参議院の委員会で陳謝しているじゃないですか。報告もとらなかったし、それから検査もしなかったことは申しわけなかったと言って、陳謝しておりますよ。ここでは通産大臣は呼んでおりませんけれども、そういう点で、いま申し上げたこの三点は、作業日誌とあわせて、私どもは再検討しなければなりませんから、あらためて資料の要求をいたします。御提出願えますか。
○吉光説明員 先ほどの設備規模の問題でございますけれども、実は先般の質問趣意書で御要求がございましたときに、会社のほうにも、あるものであればぜひ出せというお話をしたわけでございますが、現実に何年にどの程度、設備自身として拡張したというふうな、そういう基礎資料を現に持ち合わせていないということのために、質問趣意書につきましても、実は設備規模につきましてのお答えができませんで、生産量全体の数量から設備規模を推定していただきたいという意味で、その年々の生産量の御報告を申し上げたわけでありまして、いますぐに、設備規模について資料が出てまいるということは非常にむずかしいのではないかと思います。さらによく検討させていただきたいと思います。 それから、配管図とぞうきんの問題につきまして、実はぞうきんの蔵出しがどのように、どうなっておるかという点につきまして、私初めてお伺いしたような次第でございますので、どこまで数字が残っておりますか、さらに一応調査させていただきたいと思うわけでございますが、私ども調査いたしまして、できます資料は、最大限の努力をもちまして、提出するようにいたしたい、このように考えます。
○石田(宥)委員 この問題については、この程度にいたしたいと思いますが、これは長官もいまお聞きのように、資料が不十分であったり、それから調査会もどうも調査は粗雑であって、学問的にも——私はむしろ学問的に、この食品衛生調査会の結論というものはおかしいと思うのです、これだけの資料があるのですから、そういう資料があるにもかかわらず、全くいいかげんな答申になっておる。私どもは、これは今度は科学技術庁でお取り扱いになる段階になったわけだけれども、その段階において、さらにこれは検討する必要がある。食品衛生調査会が答申しようとも、あるいは厚生省が意見を取りまとめたとしても、今度は科学技術庁の段階で、これはもっと掘り下げて究明する必要があると私は思う。しかし、それがためにこの決定が遷延されてはかなわない。なぜなれば、多くの患者、多くの犠牲者、遺族、そういう者に対して、すみやかにこの結論を出させなければならないと考えるので、早急にこれらのことをお運びを願いたいと思うのです。 そこで二階堂長官にお伺いいたしますが、いまのところ、科学技術庁としては、結論を大体いつごろお出しになるお見込みであるか。長官は、この前にお会いいたしましたときに、厚生省として結論が出れば、すみやかに科学技術庁としては結論を出したい、こうおっしゃったのでありますが、どうでしょうか。なおまた、この間、八日の日に、各省庁の連絡会議が開かれたといわれておりますが、会議の概要を承りたいと思います。八日の会議の概要は、局長でけっこうでありますから、いまの長官の御答弁を要求いたしたいと思います。
○二階堂国務大臣 この事件につきましては、石田先生ほか委員の方々から、予算委員会等でいろいろ御質問されまして、私どもとしましては非常な関心を持っておる問題でもございますので、厚生省のほうから厚生省としての結論が出て、それをちょうだいいたしました上で、検討を加えまして、できるだけすみやかに、公正な技術的な結論を出したい、こういうふうに答弁を申し上げておったわけでございますが、ちょうど八月の末にいただきましたので、九月に入りましてから二回ほど、関係各省庁の局長クラスを集めて、局長のほうでいろいろ意見を聴取したことは事実でありますが、さらにまた、できますれば、関係各省のこの報告書についての意見も承りたい、かように考えておりますので、それらの意見等を聴取いたしまして、できるだけすみやかに科学技術庁としての最終的な結論を出したい、こういうように考えております。ただこのために特別な研究班をつくったり、調査をする委員会というものをつくる考えはないということは、しばしばいままでに申し上げたとおりでございます。なお、局長が主宰いたしました会議等のことにつきましては、局長のほうから答弁をいたさせます。
○高橋説明員 ただいま長官からお答えいただきましたので、特に補足する点もないと思いますが、八月三十日に、厚生省のほうから、食品衛生調査会の答申と、それに伴いまして厚生省の正式の見解を文書でいただきました。私が文書を受け取りましたのが九月二日でございます。九月二日及び九月八日両日にわたりまして、関係各省の連絡会を開催いたしました。二日は、厚生省の答申の内容並びに厚生省の見解につきましての御説明を聴取いたしまして、さらに今後の検討の進め方につきましても御協議をいただいたわけです。九月八日の第二回の会合の際には、ただいま申し上げました二日の厚生省の御説明に対しまして、いろいろ質疑が行なわれました。この際に、当庁といたしましては、厚生省以外の各省庁の見解をできるだけ早急にお出しいただくように要請を申し上げております。 なお、長官が触れました、今後の検討の機構をどのようにするか、必要がありますれば、局長クラスの検討会等をまた並行してやるということになっておりまして、このことにつきましては、いまだ決定いたしておりません。今後の検討の段階に応じまして、必要があればそのような機構をつくっていきたい、こう思っております。
○石田(宥)委員 長官にお尋ねいたしますが、実はこれから、私は熊本県の水俣病の質疑に入る予定なんです。 そこで、先般、党の特別委員会の委員長の川村議員外一名の三名で、長官室をおたずねいたしまして、熊本県における水俣事件の政府見解を求めておるんだが、熊本の場合には、経済企画庁が担当された、今度阿賀野川の場合は科学技術庁が担当になっておる、熊本県の水俣事件に対する政府見解というものを出していただかなければならない、また当然出すべきだと思う、死んだ人間は死んでしまって、それで落着したようなことを政府は答弁書に書いておるけれども、とにかく四十一名は死んでしまった、それにも問題がある、十九名は入院加療中だ、五十一名が自宅療養中だというのに、この問題に対する政府見解が出ないというのが、阿賀野川の今度の事件に結論をつけるのに非常に時間を要した原因であるし、同時にまた、第三第四の水俣病発生のおそれなしとしないので、政府は今度熊本事件というものを、どこが窓口になって、担当になって検討を願うか、ひとつおきめを願いたいということを申し入れをいたしました。長官からは、経済企画庁長官にも話をしておいてほしい、こういうようなお話がございまして、宮澤長官にもその旨を申し入れをいたしておきました。そこで、少なくともまず二長官のところでお話し合いになって、場合によれば、それは閣議決定というようなことも必要であるか存じませんけれども、少なくとも前の水俣事件を担当したのは経済企画庁であるから、やはり水俣事件は経済企画庁が担当をするか、あるいは今度の阿賀野川は科学技術庁が担当したから科学技術庁が担当するか、そのいずれかの御決定を願っておいたわけですが、その後どういう状況になっておりますか。
○二階堂国務大臣 先般あの陳情にお見えになりました際にもその点に触れられましたので、私も、私個人としての考え方はお答えしておきましたが、この水俣事件は、御承知のとおり、経済企画庁の水資源局ですか、あそこが中心になって検討したように承っております。私の役所はその当時はまだ関係していなかったようでございますが、ただいまおっしゃるとおり、この問題も、いま起こっております阿賀野川事件とも、病気の症状等については関連があるような意見でもございます。そこでこの取り扱いを今後どうするかということでございますので、官澤長官とちょっと話をしただけでございまして、まだ具体的にこれからどうしようということの話をきめておりません。私は、こちらの阿賀野川の問題を早く結論を出すのが先決だ、こういうふうに考えておりますので、この問題につきましては、また水資源局とうちの局長とも相談はしてまいりたいと思っておりますが、まだ結論は出しておりません。
○小沢(貞)委員 関連して。科学技術庁長官がお帰りになるようですから、ひとつ要望になりますが、兼ねて若干質問したいと思います。たいへん厚生省が御苦労なさって、疫学班やら試験研究班やら、いろいろやってこられて、そのあと食品衛生調査会に諮問されて、という過程を経てまいりました。きょうお聞きしますと、またその食品衛生調査会にはプラスされるものがなくて、それが厚生省の御意見になる、こういうようにお聞きいたしました。しかし私が現地その他で詳細に調べたところによると、原因になる四分の一しか、厚生省あるいは食品衛生調査会さらにはそのもとになる疫学班は調べてないのだ、こういうように私は考えるわけです。なぜ四分の一しかその調査をしてないかということを、あとで厚生省のほうに十分質問したいと思いますが、こういう理由からです。 一つは、私は集中豪雨ということも大きな理由になると思います。ごく簡単に申し上げますと、若月先生の「農薬のはなし」、これは農林省等で参考のためにやっておると思いますが、この中に——遠くからはちょっとごらんになれぬかと思いますが、グラフが出ております。グラフが出て、ここにピークがぴっと出ているわけです。これは集中豪雨のあと農薬がこういうふうに検出されます、こういうものを、農林省で私もらったのです。普通のときには、水銀というものはこういうふうに幾らも出てないけれども、ここに台風と出ている、集中豪雨のときです。そのときは農薬が検出されていますと、こういうふうになる。だから、こういうことについて集中豪雨と関連してその原因が究明されてない。たぶん四十年一月この地震のあとすぐ前後に集中豪雨があったわけです。この答申にも出ております。だから、その集中豪雨との関連についての究明がゼロです。全然なされておりません。 次は、農薬についても、これは最初から否定しておるだけであって、それを調査をしておらないわけです。あとでこれは厚生省に十分お聞きしたいと思いますが、私が文書で質問をしたところ、農薬については流出していなかった、そういうように疫学班は判断した、こういう答弁がなされております。ところが、これを読んでいるとたいへん時間がかかりますので、「新潟地震の記録」、これによると、農薬の倉庫、滝沢倉庫なんかつぶれてみんな流れているような写真まで新潟県自身が出しております。あるいは「新潟地震衛生対策の記録」、これによりますと、農薬が八千トンあった、こう書いてあります。ところが私への文書答弁によると、千七百幾らしかなかった、こういう、私に言わせると、うその答弁みたいに見えますけれども、そういう答弁をなされている。それからまた、新潟県衛生部長が出した通牒によれば、農薬が地震で流れちゃったから、付近の農民あるいは付近の町村は十分注意しろ、そういう具体的な通達を県の公文書で出してあるわけです。しかるに、この間の私の文書質問に対する政府の答弁においては、農薬は流出しなかった、つい最近になれば、こういう答弁をしております。だから私は、農薬が地震によって流出したんだ、それによって、塩水くさび云々によって、一時的に河川が汚染された、このように十分科学的に証明できるようなことによって、あの河口付近にだけ集中的に患者が出た理由になるのじゃないかと思います。これは第二の理由であります。 第三は、いままで一回も出ませんでしたが、きょう明確にいたしておきたいと思います。あそこに日本ガス化学というアセトアルデヒドをつくっている工場が、あの河口にあるわけです。そのことについては疫学班は調査しておりません。ただ一行書いてあります。阿賀野川から——これも図で説明しないといけませんけれども、阿賀野川から新井郷川の近くに、あの河口のすぐ根元に日本ガス化学というアセトアルデヒドをつくっている工場があるわけです。そこを全然調べてない。理由は何かというと、阿賀野川のほうから逆に新井郷川のほうへ水が流れていったから、新井郷川の近くにある日本ガス化学のアセトアルデヒドをつくっている、水銀の出たものについては調査をする必要がない、こういう意味のことを書いてあるわけです。ところがこれがうそです。あとで建設省に聞いてみますけれども、阿賀野川のほうへ新井郷川のほうから水が流れている、あるいは干満によって逆のこともあり得る、こういうことがあるわけです。ところがこれについては調べておりません。それから、日本ガス化学のアセトアルデヒドの生産量は確かに昭和電工の約半量です、三十九年のときには。これはあとで通産省の局長にお尋ねしますが、私が通産省から調べたので合っていると思いますが、年間生産量約八千六百トン。昭和電工のその年は、一番ふえた年が、先ほどから言っている一万九千トンです。ところが昭和電工のは、その局地的に出たそこから、七十キロ六十キロの上流にあるところで、生産量は倍です。その局地的の中にあった日本ガス化学の生産量は半分であります。次は大事です。その局地の中にあります水銀のトン当たりの消費量は、昭和電工はトン当たり〇・三三八キロです。日本ガス化学のほうは、この計算にして間違いなくんば——これも通産省から聞いたのですから、あとでまた、通産省のほうから、間違っていたら訂正していただきたいと思いますが、一・三三キロです。はるか上流の六十キロも上にある昭和電工は、生産量は倍でありましたけれども、水銀の原単位は〇・三三キロ。この汚染のどまん中にある日本ガス化学のほうは、生産量は半分であったけれども、水銀の消費量は約四倍。こういうことになると、水銀の絶対量の出た量においては、生産の半分であった日本ガス化学が倍の水銀をそこに流している。しかもそれは汚染の病人がたくさん出たどまん中にあるわけです。これについて一つも調べてない。こういうことが第三の理由であります。 したがって、いままで疫学班が調べてきた経過をずっとたどってみると、集中豪雨による——私はたくさん理由があると思いますが、それを抜かしておる。地震と農薬の関係、これも抜かしておる。そこの汚染のどまん中にあるところの日本ガス化学の調査もまたやっておりません。そうして最初から、原因は上のほうにあるということで、それを原因づけようということでやってきたのが今度の結論だ、こういうふうに私は理解できるわけであります。これには反論があったらどうぞしていただきたいと思いますけれども、私の理解はそういう理解のしかたなので、いま科学技術庁長官は、早急に結論を出したいと言われておりますけれども、いままでずっと過去現地に行って調査をしてきた過程をとってみれば、たった四分の一か五分の一にしか相当しない汚染源についてだけ、一生懸命追及してきただけなのである、こういうふうに私には理解できますから、これは厚生省にあとで十分質問をいたしたいと思います。私は結論を急がなければいけない問題だということは十分承知しております。しかし拙速によって、将来さらに問題を起こすようなことがあってはならないと思いますので、舞台が厚生省から科学技術庁に変わってきた過程において、ひとつ現地の患者に対して——私はこの前も関連質問しかできませんでしたが、その質問のときにも、その対策については政府としては十分な措置を講じておいて、そうして原因の追及については十分やっていただきたい、こういうことをお願いしてありますので、どうかその点をひとつ十分な調査をお願いしたいと思います。 いま一点、先ほど小林会長さんが学者の良心においてとか、科学的な立場において、地震等が原因でなかった裏づけに——これは科学的なことですから、科学技術庁のほうはあとでよく聞いて、私に答弁していただきたいと思いますが、こういうことを先ほど言われました。農薬が原因ならメチル、エチル一緒に出てこなければいけない、こういうことを言っておりました。しかしアセトアルデヒドをつくっていないようなところ、長野県の若月さんが非常によく研究しておりますところとか、福島県のどこかとか、こういうところに行って、農薬ばかりを使っているところで出てくるのは、メチルしか出てこないわけです。どうしてエチルが出てこないか。エチルが出てこない理由は、先ほどの小林さんの意見では 私は現在の科学においては違うと思います。たとえば塩水になってしまうとどこかへ溶けて沈降してしまうとか、魚にもしメチルとエチルを一緒にやれば一緒に出てきますけれども、そういうようなぐあいに、農薬の場合にもメチルしか出てこないわけなんです。そういうことは、学者の良心においてと言われますけれども、現在みんな研究した結果によれば、農薬だけでもメチルしか出てこない、こういうことになっておりますから、あそこのところが私は非常に気になったので、この点も一つつけ加えておきたいと思います。こういう、科学的にも私はまだ究明しなければならない点がたくさんあると思いますので、きょうは質問をしているひまがないようですから、いま言ったように、結論的に言いますと、四分の一しか原因はまだ究明されていないし、この答申を出された、その四分の一の中の農薬に原因がなかったという理由の、メチルだけしか出てこないというその科学的な根拠についても、これは重大な誤謬を持っておる、こういうように考えますので、これはそう簡単に結論を出していただかないで、病人の対策は、これは政府として十分やっていただいて、科学を総動員して、あと残された三つの原因についても究明していただく、こういう科学的態度をもってやっていただくことを要望したいと思います。これについて、ひとつ長官、御発言をいただきたいと思います。
○二階堂国務大臣 この問題につきましては、先ほどお話し申し上げましたとおり、これはずいぶん長い間の問題であるようでありますし、私も、予算委員会あるいは特別委員会等でずいぶん関係各省の意見もただされましたので、私のところでは、厚生省からの正式な結論というものをちょうだいいたしましたならば、それをもとにいたしまして、あらためて関係各省の意見等も十分聞いて、そうして公正な意見を出したい、結論を出したい、こういうことを申し上げておるわけであります。ただ、先ほど小林参考人のほうからもお話がありましたとおり、私どもといたしましては、厚生省が出してまいりました食品衛生調査会の意見というものは、学問的に科学的に十分検討されたものであるというふうに一応受け取っておりますが、しかし、この結論といえども、まだ農薬かあるいは有機水銀か、工場の廃液か、いずれかが決定的原因だということはまだ出していない。まだ出すにはあと一〇%が重要だと先ほど小林さんもおっしゃいましたが、その一〇%についての検討というものもなされなければならないと思っております。いまお話しになりましたとおり、集中豪雨との関係、あるいは農薬を十分調査していないということ、あるいはまた、日本ガス化学工場の調査というものが全然なされていないのかどうかということについても、私は詳細に承っておりませんが、そういうこともありといたしますならば、私のほうで、できれば関係各省の意見も十分聞きたいと申しておりますのは、農林省や通産省の意見も十分聞いて、そして公正な結論を出したい、こういうことでございます。ただ、これを一年も二年も三年もかかってこれから結論を出すということはいかがかと私も考えますので、そういうような意見も十分ひとつ、公正な意見を出し得るように、聴取いたした上で結論を出したい、こういうふうにいま考えておりまして、ここ一週間や一カ月で急いで出そうということにはならぬかと思いますけれども、いま申し上げたとおりの心がまえでございます。
○小沢(貞)委員 科学技術庁長官にちょっと私、こういうことだけは承知しておいていただきたいと思うのですが、四月十六日——これは昭和三十九年だったですか、舘林局長。新潟県で、水俣病に似た原因であるという発表をしたのは、三十九年四月十六日ですか。
○舘林説明員 四十年の四月十六日でございます。
○小沢(貞)委員 四十年四月十六日に、新潟県衛生部長が、これは水俣病と同じような原因であるということを発表しておるわけです。そしてこれはあくる日——四、五日後の新潟県の新聞です。北野衛生部長が——この人は今度の疫学班の中核的な存在として一生懸命活動した人ですが、農薬に原因はないんだと、新潟県では、これは水俣病に似た病気だと発表した三日か四日の後に、農薬には原因がない、こういう大きな新聞発表をしているわけです。こういうことが、疫学班の中核になってやった北野さんの頭の中に最初からあったので、ずっと調査しない原因になったのではないか、こういうように私は考えます。その点はひとつぜひ頭に入れていただきたいと思います。私がこの前質問したときに、農薬の保管が十分でない、地震によってそこらじゅうに流れ出しちゃった、そういうものを注意しろということを、北野衛生部長は盛んに通牒を出しているわけです、保健衛生所長や市町村に。そういう立場にいる、疫学班の班員である北野衛生部長は、いわば−私はこういうことばを使っていいかどうかわかりませんけれども、被疑者の一人なんです、農薬の保管、毒物及び劇物取締法に基づくですね。自分が調査をされなければならない人が、つまり言うならば、被疑者の一人を、検察陣に、それを調査する側へもっていったというところに、私はこの大きな不幸の原因があると思う。それで四分の一の理由のことしかずっと調べてこなかったわけです。だから、農薬のほうも調べに行かないし、集中豪雨のあれも調べに行かないし、もう一つ、日本ガス化学はなぜ調べに行かなかったかという理由が、満足な回答が得られるならばきょうは言いませんけれども、この次に、満足な調査がないと、私はさらにその理由については追及したいと思いますが、これは別問題として、いずれにいたしましても、農薬が最初から原因でないということ、新潟県で水俣病みたいなものが出たぞというあくる日かそのあくる日にもう、農薬が原因でないから調べる必要はないということを北野衛生部長が言っているわけです。そういう先入感があったものですから、今度の調査については、たった四分の一の汚染源しか追及してこなかった、こういうところに理由がありますので、そういうところもひとつ十分、科学技術庁としては御判断をいただいてやっていただく、こういうことをお願いしたいと思います。
○小林参考人 いまちょっと学術的の分析の、たいへんこまかい問題でありますが、御質問がありましたから、私の見解を、その点に関してだけ申し上げます。 一体、水銀の定量分析というものは非常にむずかしい問題でございまして、この調査は、厚生省の最初の研究所には日本のエキスパートをほとんど網羅しております。今度いわゆる農薬と工場排水がいろいろ大きな問題になってまいったのでございまして、ここにできました科学のいわゆる分析班、水銀を分析いたします分析班は、総量の水銀、それからその中の水銀の種類をどうやってこまかく定量するか、分けるかということに非常な研究を集中して、数人で共同研究いたしまして、ここ一、二年非常に進歩いたしたのでございます。そうして最終の結論として一致いたしましたところは、メチルだけで、痕跡のエチルも見つからない、こういう結果が出た、これは昨年かせいぜい一昨年ぐらいのごく最近の、非常な技術が進歩いたしました、それによって出ましたデータでございます。だから、だいぶこの水銀の定量というものはよほど前の、ここ数年前の、あるいはもうちょっと前のものもやり直していかないと、そういう分析のこまかいデータはこれからやらなければならぬ問題だと、私は思っておるのであります。
○小沢(貞)委員 私は、エチルは認められない、こういう立場で農薬ではなかった、こういうのが畑違いだ、こう言っているわけです。農薬だけで、頭の毛の中に水銀がずっと入ってきたというようなことをみんな分析してみても、エチルのほうは認められない、こういうのがほかの例でもあるわけですから、メチルだけということが理由だというわけにはいかぬ、こういうことを言っているのでありますから、いまの小林会長の言っていることと、私は同じようなことを言っているのだけれども、農薬だけでやられた、アセトアルデヒドから出た水銀とは関係のないところにも、こういう結果しか出ていないのですね、そこは間違いをしていただかないようにお願いしたいと思います。 ちょっと委員長、長官もうお帰りになるということですから……。私は、先ほどもそういうふうに申し上げておいたのですが、十分慎重にこの汚染源については検討していただく。それからもう一つは、これは政府のことですから、ぜひ患者のことについては万全の策を講じていただく、そのことだけひとつお願いしたいと思います。
○二階堂国務大臣 承知いたしました。
○八木委員長 小林参考人、いまの御発言について御答弁……。
○小林参考人 いや、私は特に——じゃ、いま委員長から御指名あったようでございますから、実は蛇足でございますが、私ども調査会としては、できるだけ農薬というものも十分頭に置いて、この可能性もこれは十分あると思います。できる限りのことをやりまして、判定いたしたつもりでございます。
○石田(宥)委員 法務省、実はきょうは法務大臣の御出席を願って、大臣の見解を明らかにしていただきたいと思ったのでありますが、大臣がどうしても繰り合わせがつかないということで、人権擁護局長と刑事局長がお見えになっておりますので、これは主としていわゆる水俣病事件についてお尋ねをしたいと思うのであります。 先般、やはりこの問題について伺ったのでありますが、先ほどもちょっと触れましたように、また六月九日付で総理大臣名で石井議長あてに私に対する答弁書が送られてきました。これに対する内容の問題でございますが、「現在までの間に四十一名が死亡し、十九名が入院加療中、五十一名が自宅療養を続けている。」、こういうふうに書いてあるわけです。私はこれだけではないと思いますけれども、少なくともこれは政府の答弁書でありますから、これだけは間違いがない。ところが、そういう状態にあるにもかかわらず、水俣病事件は落着をした、こういうことを書いておるわけです。どうしても私は納得がいかないのでありますが、この文書によれば、会社側から被害者に対して香典、弔慰金、あるいは「療養者に対しては、療養費、医療手当、リハビリテーションに要する療養費が負担され、その他患者世帯に対し生業資金や養育見舞金が出されている。」、だからこの事件は落着した、こういうふうに読み取れるのです。そうすると、一体まだこれだけの死者、患者がおるのに、この事件は落着をした、しかもそれに対する政府の見解は明らかにされておらない。ということは、これは人権擁護の上からも、刑事問題としても、私は納得がいかないのですが、ここで、実は繰り返すようでありますけれども、大臣の所見を伺いたいと思ったのでありますが、このお二人から、これに対する所見を承りたいと思います。
○川井説明員 水俣事件につきましては、当時たいへん大きな事件でありましたので、検察庁といたしましても、警察と密接な連絡をとりまして、刑事事件になるものかどうかということについてかなり長期にわたりまして広範な捜査といいますか、調査をしたわけでございます。しかしながら、残念なことに、公訴時効の期間がわずか三年でございまして、その三年の期間内に政府としましての権威のある科学的な資料その他積極の証拠が得られませんでしたので、刑事事件としては、水俣の事件は、当時事件として捜査が開始されなかった、こういうふうな事情に相なっておるわけでございます。
○堀内説明員 私どものほうは、人権擁護という立場でこの事件に対処いたしましたので、先ほどすでに申し述べましたような理由から、その事件を処置猶予として処理したわけであります。
○石田(宥)委員 刑事局長に伺いますが、公訴の時限が三年だと言われておりますが、水俣事件というものの原因関係が明らかになったのはいつだとお考えになっておりますか。
○川井説明員 いま阿賀野川の関係の御質問ということで、その点の準備はしてまいりましたけれども、水俣事件につきましては、詳しいデータあるいは私どもの資料について再検討してまいりませんでしたので、ただいまのような具体的な質問については、今日はお答えできません。必要があれば、調査の上で、別な機会に詳細お答えしたいと思います。
○石田(宥)委員 本問題は、なるほど死者などはその後出ませんけれども、先ほど申し上げたように、現在なお患者が多数存在しておるし、それが新日本窒素——今日チッソといっておりますけれども、その会社のアセトアルデヒド工程から出た廃液が原因であるということは、これはもう局長御承知のとおりに、学者の間で全く異論のない結論が出たわけですけれども、その結論が出たのはまだそう長いことではないのです。それが出ないうちは、あなたのほうは何が原因だかはわからないでしょう。そうすれば、その原因が明らかになってから三年でいいのではないですか。私はこれは法務省の刑事局の怠慢だと思うのです。四十一人も死んでおるのですからね。一人殺された殺人事件があると、特捜班なんかを設けて大騒ぎするでしょう。四十何人も死んでおるのに、それを知らぬ顔、して見ておるというような、そんなことが一体行なわれていいのかどうか。私は常識を疑う。いつの時点でその原因が明らかになって、それから三年たったから云々というならまだわかる。現在まだ患者はおります。入院加療中十九名、自宅療養五十一名が現存しておるのに、事件が落着したとか、公訴の時限が三年だからなどと、これは言える問題ではないと私は思うのですけれども、どうなんですか。当時一体どの程度捜査をされたんですか。きょう資料をお持ちでないということだから、あとでひとつ資料の御提出を願うなり、あとでまた、今度は大臣も一諸に出て、よくお伺いをしたいと思うのであります。私はこれについては別に答弁を求めようと思いません。次の機会にいたしますから……。
○川井説明員 ちょっと、ただいまの御質疑の中に、一つ申し上げておかなければならない点があるわけでございますけれども、非常に悲惨な事故でありまして、国民全体として、再びあやまちを繰り返さない、そのために行政、司法あらゆる手を尽くして万全の対策をとるべしということにつきまして、私も全く同意見でございます。そこで、私ただいま刑事局長をしておりますけれども、水俣事件の当時は刑事局の課長をいたしておりまして、よく記憶では知っておるつもりであります。 そこで申し上げるわけでございますけれども、公訴の時効というのは、刑事訴訟法に規定があるわけでございます。どういうことかと申しますと、犯罪が犯罪として完成してから三年を経過すると、本件のような事案については犯罪にはならない、こういうことであります。犯罪にならないものを捜査し、公訴を提起するということは、検察官には法律上許されていないわけでございます。そこで、さような犯罪がいつ完成するかということになりますと、この事件を仮定的にとってみますと、ある工場から水銀化合物が流出された、そういう行為がありまして、その行為によって因果関係を持つ——これは法律上の因果関係でありますが、因果関係を持って死傷の結果を生じたときに、業務上過失致死傷事件は犯罪として完成するわけでございます。したがって、死傷の結果を生じたときから公訴の時効が進行いたしますので、ただいま御指摘のように、犯罪となるかどうかわかりませんけれども、事件の科学的な解決ができたときから時効期間が進行してもいいじゃないか、こういう御意見がありましたので、そういうふうな見解も、見解としては十分成り立ち得ると思いまするけれども、現行の刑事手続上におきましては、くどいようでありますが、犯罪が完成したときから成立いたしますので、水俣事件のときには、その具体的な、科学的な研究によりまして、政府の見解はずっとおくれて、今日まだ出ていないように承っておりますけれども、学者の間でもって本件についての詳しい研究が進められて、ある程度の解決へ近づいたというようなことが私どもの耳に入りましたのは、遺憾ながらその期間が経過して後であった。だから、刑事事件としては、本件については手を下すことができなかった、こういうふうな意味のことを申し上げたいわけでございます。御了承いただきたいと思います。
○石田(宥)委員 その事情もわからないわけではないのですが……。そこで、これはいまになってというお考えはあるかもしれませんけれども、先ほど来お聞きのように、実は政府見解をいま私は迫っているわけです。もし法務省のほうがもっと積極的にこの問題と取り組んでくれたならば、政府見解というものはおのずから出されるものであったのではないか。刑事事件としてちゃんとこれなら成立をするということであれば、これは政府見解というものは出すのに容易であった、実はこういう考えも持ちます。同時にまた、先刻来申し上げているように、まだ事件は落着をしておらないという観点で、刑事局長に伺っておるわけです。 そこで、現在の時点で、水俣事件を、ということは、私は次に今度お伺いをする問題との関連で実は伺っておるわけでありますが、そういたしますと、阿賀野川の問題の場合に、やはり時効というものが、四十年にこれを確認した、そうすると、四十一、二で、もう来年でまた時効になるわけですね。ところが、さっき局長お聞きのとおりに、非常に重要な資料が出されておらないわけですよ。非常に重要な資料が出ていないわけです。ところが、われわれが要求してもなかなか会社側は出してこない。あるいは焼き払ってしまうかもわからない。こういう点を非常に心配をいたしまして、一方においては科学技術庁が早く結論を出す。実は前には田中法務大臣は、厚生省の結論が出れば、直ちにこれを政府の見解としてやはり立件する、起訴をする、こういう答弁を予算委員会でやりましたよ。御記憶でしょう。——御記憶ありませんか。記録にあります。しかしそれはまあそれといたしまして、やはりもう少したつというと、時効が成立するということになるわけです。これは小津委員と立場を異にいたしますから、これはまあやむを得ないことであるけれども、一体あそこで日本ガス化学などは、これはちゃんと厚生省と通産省の通達どおりに浄化装置をやっておるのですよ。一滴も河川を汚染するような装置になっておらないのです。これはもう研究班がみんな調べております。私も見ております。ところが、その昭和電工のほうはたれ流しなんです。そうして、あれだけの大河川に、これくらいのものは流したって、何でそんな人体などに被害があるかと言って開き直っておりますよ。こういう雑誌で、昭和電工の反論なるものが五、六冊ありますよ。そう言っては悪いけれども、世間に持ち歩きのできないような雑誌にまで、あの大会社が開き直っておりますよ。それによると、安西社長や寺本技術部長はちゃんと言っておる。あの大河川にこれくらいのものを流したって何の被害があるか、こう開き直っておる。ところが、それが水俣事件の特徴なんだ、これはもう明瞭なんですね。法務省のほうに、そんな専門的な学術論争までよく調べていただきたいとは言わないけれども、少なくとも時効で中断をするという、その寸前だと言っても、これはいい問題です。 そこで、電工はそういうふうに否認をしておる。あるいはそのほかに司法権を発動すれば、もっと的確な資料を把握するに簡単な方法があるのではないか、こう思われる節が幾つかある。私は、先般新潟の法務局に参りまして、実は申し上げてきたのでありますが、これはすみやかに司法の手をわずらわして、いわゆる証拠固めということをやる必要があるのではないか、こう考えるのでありますが、いままでの論争をお聞き願ったわけでありますから、大体おわかりになっておると思うので、ここで繰り返しませんが、所見を伺いたい。
○川井説明員 一般論といたしまして、捜査官憲が、疑いのある事件について捜査を開始するかどうかというふうなことをきめるその基準というものは、必ずしも法律に書いてあるわけではございませんけれども、これは、これは一たび捜査権が発動いたしますと、御承知のように非常に大きな人権問題になることは必至であります。したがいまして、捜査を開始するかどうかということをきめる場合におきましては、捜査官憲は必ずしも一〇〇%の容疑がなくてもいいと思いまするけれども、でき得る限りそれに近い容疑をつかんで、その段階において初めて捜査を開始するということが適当であろうと思いますので、一般論といたしましては、そういうふうな考え方のもとに検察を指導してまいっております。 本件におきましては、先ほど御指摘がありましたように、再三にわたりまして、本件の捜査について強い御要望が示されました。私も、法務大臣に常にお供をしておりましたので、よく記憶をいたしておりまするけれども、事は科学的に非常にむずかしい問題であるので、せっかく政府において、この問題について、日本における最高水準を網羅して調査が行なわれており、近くその結果が発表されるというふうに関係各庁から聞いておるので、捜査機関としては、そういうふうな明確な政府の結論が出た場合においては、本件捜査をするかどうか、刑事事件として立件するかどうかということについて態度を明らかにきめたい、こういうふうな趣旨のことを私もお答えいたしましたし、私と一緒におりました田中大臣もお答えしたところでございます。 そこで、先般八月三十日、食品衛生調査会の名において、諮問に対する答申のかっこうにおいて、先ほど来議論になっておりますような一応の結論が発表されました。私は、直ちにこれを関係省庁からいただきまして、その写しを直ちに同日付で新潟地検に送付して、検討を要請いたしました。まだその結論について、報告には接しておりませんけれども、聞くところによりますと、すでに調査をしております警察、検察庁が資料を相持ち寄りまして、最近出された調査会の答申をさらにまた基本にして検討いたして、そしてこの事項を刑事事件として立件捜査することが適当かどうかということについて、検察庁、警察あげて打ち合わせ会議を近い機会に持ちたい、またその結果については本省に報告をするつもりだ、こういうふうな一応の報告に接しておりますので、とりあえずこの問題について、さように本日はお答えを申し上げておきたいと思います。
○石田(宥)委員 それでは、水俣事件については機会を改めまして、資料をそろえていただきたい。 それから、ただいまの御答弁で明らかなとおり、政府の結論というものはなかなかおくれがちでありまして、そうなりますと、時効で中断しますね。私はそこが問題だと思うのです。それは私が一番最初にこの問題を取り上げたときに、政府がこれをおくらす、おくらしておる間にいろいろな來雑物が入って、そして結論が出しにくくなるのじゃないかということを指摘したことがあります。それで、だんだんと阿賀野川の場合などは、昭和電工の愚にもつかない反論で、答申にはそのことをちゃんと指摘しておりますけれども、全く子供が言うような反論をしておる。そうするとその反論に引きずられて、やはりそれについてずっと検討してきておるのですね。さっきも言ったように、大きな写真を持ってきて、このとおりでございますなんて言って、国会の委員会へ出したのですよ。ところが写した人は、あれは昭和石油のタンクが破れて石油が海に流れたのですよ、こういう話だ。何のことはない、子供だって、尋常三年生ぐらいだって、あれくらいのことを言いますよ。そういう愚論に引きずられて今日に及んでおるのです。何年もかかっておるのですよ。もう一年以上かからないとはだれも断定できないのです。そうすると、政府の結論が出たときには時効中断で、また熊本と同じことになるのではないかということを私はおそれる。だからこの点は大臣を迎えて、ひとつ一度ゆっくりやりましょう。 さて、人権擁護局長に伺いますが、答弁書は先ほど読んだとおりですね。この文章を見ますると、死んだ人に三十万円の弔慰金、これで事件は落着して人権は擁護された、そういうものですか。私はどうも納得がいかないのです。
○堀内説明員 私ども人権擁護局の立場では、全然何らの強制力を持っておりませんので、結局、事件の終局的な解決というものは訴訟によらなければならないだろうと思います。それで、この事件は訴訟にならないで、ただいま申されたように、会社の見舞い金で解決がついておりますので、私どもの立場では、そのような処理をしたわけでございます。三十万円で妥当かどうかという終局的な見解を出したわけではございません。
○石田(宥)委員 そこで伺いますが、この死んだ者に三十万円、それから生存しておる病人にはそれぞれの手当てをしておるが、この契約書の末尾のいわゆる第五条に、「乙は将来、水俣病が甲の工場排水に起因することが決定した場合においても新たな補償金の要求は一切行わないものとする。」という条項が入っておりますね。あるいはこれも民事の事件だとおっしゃるかもしれませんけれども、これは刑事局長にも伺いたいのでありますが、たとえばここに自動車事故があった。自動車にぶつかって瀕死の重傷を負った。瀕死の重傷を負って、すぐ病院に行かなければならない。ところが運転手さんは、おまえが補償金は一切取らないという一札を入れれば病院に送ってやるが、そうでなければ病院にはやらぬぞ、それで、けがをした人は、いや私は補償などは一銭も要りませんからという一札を入れて、病院に連れて行かれて助かったというような場合に、一体この条文というものが、民事的にも疑いがあるが、刑事的にはこういう性質のものについてはどう一体お考えになりますか。 なぜ私がそういう例を出したかというと、あの四十何人も死んでおる、漁業ができない、一切の業務を放棄しなければならない、病人は多発しておる、そういう状態で生活の困窮がその極に達しておるときに、ときもあろうに昭和三十四年の十二月三十日、さて年をとらなければならないというとき、この契約を結んでおる。これは十万円でも二十万円でも手を打ったかもしれない。私がさっき例をあげたのは、それと同じものではないか。こういうふうな企業側の高姿勢というか、許しがたいものがあると私は思うのです。だからその点は、公害問題というものがようやく世間に浮かび上がってまいった今日、私はやはり刑事上でもこの問題に対する見解を明らかにしておきたいし、また民事的にも明らかにしなければならないし、人権擁護の見地から見て、このような取り扱いが適切妥当なものであるかどうかという見解も明らかにしておかなければならないと考えます。ひとつ両局長の答弁をお願いしたいと思います。
○川井説明員 いまの事故の事件は、仮定的に設例されたケースでありますので、それについて犯罪になるかならないか、また民事的にそれが有効か無効かというようなことを明確に言うことは、必ずしも適当でないと思います。しかしせっかくの御質問でございますので、一応私見として申し上げますと、やはり刑事的な法律論と民事的な考え方とに分けて考えたほうが適当だろうと思います。 そこで、最初の、事故を起こして重傷で瀕死のような状況に被害者がなっておるというふうなところへ、加害者が来まして、これについて補償の請求をしないという約束をしなさい、約束をすれば直ちに病院に運んで治療を加えて命を助けてあげる、かりに具体的にこういうふうな条件のもとに、そういう契約がなされた、こう仮定してみますと、その場合において、重傷の程度にもよりますけれども、瀕死の重傷であった、このまま病院に連れて行ってもらわなければ命は助からないというふうな客観的状況のもとにあったというふうなときに、そういうふうな要求を出されたということになりますれば、その要求に応じた被害者は、正常な精神状態において、ものごとの是非弁別が冷静な形において行ない得るような状況のもとになかった、こういうふうに多くの場合いうことができると思いますので、そういうふうな状況のもとに締結された契約であるならば、その契約は民事的な観点からいきましても、その有効性について十分争い得る余地が出てくるのではないか、こういうふうな一応結論が出ると思います。 それから、刑事的には、先ほど申しましたような非常に重傷な形において行なわれて、そしてすでにその場合、何も的確な抗弁、要求をすることができないような状況であり、そういう精神状態であることを加害者が認識した上で、それを利用してそういうふうな利害関係のある契約を締結させたということでありますと、そのことの関係が、刑法上いうところのいわゆる暴行ないしは脅迫というふうなかっこうにおいて、場合によればそれは刑法の規定しておる強要罪の構成要件を充足するというふうな場合も考えられるのじゃなかろうかというふうな気がいたします。この両者の場合とも、これを広げて解釈することはたいへん問題が生じますけれども、事故の場合に、瀕死の重傷、いま持っていかなければ生命が助からない、こういうふうな明確な場合を条件としていうならば、刑事的にも民事的にも、ただいま即興でありますけれども、私の持っております法律知識のもとで回答を迫られるならば、私はそういうふうな一応の結論を私見として申し上げることができると思います。 さて問題を変えまして、今度は、ただいま説明されました水俣事件の場合に、会社と被害者との間に締結されましたもの、ただいまお読みいただいて、私も記憶を呼び起こしましたけれども、それは先ほどあげられました瀕死の事故の場合とは、やや具体的な事情が変わってくるのではなかろうかというふうに思うわけでございます。重症で死んだ人もありましょうし、重症ではなくて軽症で済んだ人もありますし、あるいは中症程度の人もたくさんあったはずであります。人個人個人によっていろいろ違いますし、それから事故というような突発的な鋭角的なことによって起こされたものではなくて、ある程度慢性的な状況において順次病気が進行していったというふうなものと、それから、それを締結するにあたりまして、個人個人と締結したようなかっこうになっておりますけれども、たしか被害者側は団結して、一緒になって適当な人を間に立ててその締結がなされたように、私、記憶をいたしております。したがって、いろいろな具体的な条件が変わっておりますので、ただいまあげられました事故の場合の法理を直ちにその場合に当てはめることについては、多分に疑いがあると思いますので、あらためてまた、民事的、刑事的な点については研究の上で、別の機会にお答えをさしていただきたい、かように思います。
○堀内説明員 先ほどお尋ねになりましたような契約の条項の効力の点では、一般的な問題としまして、私どもの人権という立場からながめてみましても、ただいま刑事局長からお答えしたとおりでございます。
○石田(宥)委員 どうもたいへん長くなって恐縮ですが、私は、きょうは大臣がどうしても出席できないということでありますから、先ほど申し上げたように、次の機会に大臣の出席を求めまして、なお資料もそろえて——これは非常にデリケートな問題なんですよ。さっき申し上げたように、時効の中断というものが、政府の見解が出るか出ないかというところの間で、政府見解が出ないうちに時効になった。これじゃ公害なんというものはすべて刑事問題にならないということです。なお、私は法律の専門家ではございませんから、専門家ともよく検討いたしまして、この次には民事局長などにも出ていただいて、見解を明らかにしてもらいたいと思います。私どもの知っている範囲の民事の弁護士さん、その他の人たちは、いわゆる公序良俗に反する契約ではないか。その当時の当地の事情については、川村委員がきょう出席でございますが、私どもが承っているところでは、年末でもう追い詰められてどうにもならないという時点まで引きずられて、そうしてそこの段階で契約をさせられたのだというふうに伺っているので、そういう状態であるとすれば、公序良俗に反する契約として、この契約は無効になるのではないか、十分争う余地があるのではないかということを言っておりますので、あらためて御質問を申し上げたいと思います。
○八木委員長 小沢貞孝君。
○小沢(貞)委員 たいへんおそいようですから、なるべく簡潔に御質問をいたしたいと思います。 私は、先ほど科学技術庁長官がお帰りになるというので、そのときにも申し上げましたが、私なりの判断によれば、四つくらい原因があるのではないか。一つは、この調査会の答申にもあるように、集中豪雨によるということも一つの原因として考えられる。いま一つは、地震によって農薬倉庫の農薬が流出した、それに基づく原因が第二として考えられる。第三として考えられることは、この病気の発生した中心地にある日本ガス化学のこの汚染が原因ではないかという点についても検討してみる必要がある。それから昭和電工のそれ、こういうように考えてみると、大体四つくらい原因があるのではないかというように考えるわけです。そのことについて一つ一つ申し上げていくと、たいへん時間がかかりますので、私は一、二の点だけについてお尋ねをしたいと思うわけです。 第一は、地震の際に農薬の流出があったのでしょうか。この点、小林調査会会長はどういうふうにお考えになったのか。舘林局長はどういうふうにお考えになったのか、まずその点からお尋ねをしたいと思うわけです。
○小林参考人 いまのお尋ね、私もある程度の流出があったということを認めております。写真も私見ましたが、あれが油によるのか何によるのか詳しく調べてありませんが、油によったあの写真の像と、それから薬品による、毒物による粉末の像と区別ができるものかできないものか、空中写真を見たことがございませんので、鑑定ができない。ただ新潟のあの当時の衛生部からの発表なんかを見ますと、あれから農薬が十分流出して海へ出たことは、これは県が認めておるのであります。しかも県は、メチル水銀その他水銀農薬というものは、みな回収したか、どこに埋めたか、製造会社かどこかへ返してしまった、だから、あの当時流出したのは少ないと言っておりますが、この点もどの程度か、ちっとも量がわからないのでございまして、流出したものと考えてものを判断したほうがいい、こういう観点に立って今度の判断をいたしております。流出をしたとしますれば、海にも出たでありましょうし、あの信濃川と阿賀野川の中間の洪水、津波であそこへあふれ出して、それが阿賀野川にも一部流れ出したでしょうし、それから海へ流れ出したものが、北川教授が強調しておりますように、塩水くさびで阿賀野川の中に逆流していく、これがちょうど七キロくらい逆流してくる、ただし水量の少ないときですが、これは十分起こり得ることでございまして、可能であると思います。その中に水銀農薬が入ってまいることは十分考えられるのでございます。ただあれだけの中程というものは、そうわずかなメチル水銀くらいでは起こるものではないので、かなり蓄積して初めて起こるのでございまして、全体の病気の症状の起こりぐあい——先ほど申したように、地震があってから約一年ぐらい続いておるのでございます。病気の発生が。しかも半分以上が翌年の二、三にむしろ多いというような事実と考え合わせますと、一体どれだけの濃度のものが、農薬があの川のあそこに存在したかということがさっぱりわかりませんけれども、これがわからぬ限りにおいて、どうもこれをどこに一体、そんな半年から一年近くの間、逆流したものがいつまでも原因になるということはちょっと常識的に考えられない。しかも川はいつも流れております。それで一つ私は逆の証拠と思いますのは、地震のあとの集中豪雨ということで、やはり相当押し流してしまったろうと思います。あの川はかなりの急流でございまして、相当水量が多いのでありまして、塩水くさびというものが絶えずあるわけじゃないのでありまして、水の少ないとき——絶えず流れ出しておるのでございますから、この点はいろいろな状況判断から見ましても非常に、可能性はゼロとは申しませんが、少ないと感じたのでございます。ところで、先ほど申したような私どもの化学分析と、それから臨床のほうの症状というものもこれは否定的症状。ほかのことよりも何よりも一番重要な証拠、こう認めたのでございます。
○舘林説明員 先般、小津先生に御答弁申し上げましたように、一部の倉庫に入っておりますものについては、調査結果の数量的関係からは、流出したものはなかったことになっておりますけれども、またこの答弁書に書きましたように、自家用農薬の流出の可能性も考えられますし、また一定量の農薬のびんが海水中にただよっておりましたので、農薬の流出はなかったとは、私どもも思っておりません。
○小沢(貞)委員 私の質問書に対する答弁書には、四ページの中央に「以上の新潟県の調査結果から、疫学研究所は被災農薬の流出はなかったものと判断した」——もう明確です、これは。断定をしているんです。これはひとつ先ほどの答弁書は間違っておるから取り消しますというぐあいに訂正をして、後日、総理から衆議院議長を通じて御答弁いただけますか。
○舘林説明員 この部分に関しましての調査の数量的な関係からは、疫学班はこう判断しておるわけでございますが、他の記載部分をごらんいただきますと、「自家用農薬の流出の可能性は考えられるが、その実態は明らかでない。」とか、あるいは「漂着農薬容器が発見された。」という部分もございますので、私どもは、この答弁書において、決して農薬の流出は全面的に否定しておるのではございません。
○小沢(貞)委員 もうこの最初のページから「農薬の流出はなかったものと判断した。」と書いてあるし、その次の行にも「新潟県調査結果からも数量的に流出は認められないと疫学研究所は判断した。」こういうように明確にあるし、五ページの最初から二行目にも、「倉庫よりの流出物ではないと疫学研究班は判断している。」と、こういうように断定をしているのです。倉庫から流出したんでしょう。これは政府の答弁なんですよ。政府の答弁で、流出しているんでしょう、だからそこを訂正をしてくれますか。総理の衆議院議長を通じての答弁書です。
○舘林説明員 地震で被災した倉庫からの流出は、数雄的には流出したという調査結果は得られなかったということでございます。
○小沢(貞)委員 いま小林さんも、流出されたと、こう言っているのです。だから数量的に流出していないですか。新潟県の地震の記録を見ると、これは読み出せばたいへん長くなりますけれども、たとえば当時の奥村という県薬事衛生課長は「薬品倉庫が半壊、全壊、皮膚毒の農薬約八千トンが流出の危険にさらされたので、早速自衛隊に御願いして、土のうを積み流出を防いだのですが、流出して了ったもの」もあります、こういうようにうたってあります。それから六七ページにも明確に「毒物劇薬製造業者及び卸売業者の農薬倉庫は、特に激震地の新潟港や臨港附近に多く散在していたため、その製造業者の生産施設は殆んど全壊又は半壊、床上浸水し、特に農薬卸売業者の農薬倉庫は、港の岸壁や防潮堤の決壊により、その全部が水没又は水浸したため、保管中の農薬の殆んどが水浸しとなり、甚大な被害をうけた。更に、農薬保管倉庫においては、開倉運搬作業中であったため地震津浪の来襲により、再物又は劇物である農薬が相当多く倉庫附近の港内、住宅地帯及び日本海に流出した。被害の状況は次のとおり、施設関係においては十一件、約十二億に及びまた、農薬保管倉庫における被災農薬は三百四十五トン、約五千万円に及んだ。」云々と、こういうようにあります。これは県の公式な記録にみんな出ておるわけです。そうしたら、この政府の答弁書には「疫学研究班は被災農薬の流出はなかったものと判断した。」これは一体どっちが正しいですか、こんなに明確に出ているのですが……。それからこの答弁書の五ページには、新潟地震当時の農薬保管数量は一千七百五トンと、こう書いてある。これは正しいですか。さっきの奥村課長の言うのは八千トンとこうある。これはどっちが正しいですか。ここには明確に、農薬の「倉庫が半壊、全壊、皮膚毒の農薬約八千トンが流出の危険にさらされ」、こうあります。答弁書には千七百トンしかなかった、しかも一千七百五トン三百十三キログラムと、これだけ詳細に出ています。農薬を使うこの時期において、その倉庫に一千七百トンしか入っていませんか。農薬を使うこの時期において、あの倉庫に千七百トンしか、こんな五分の一、六分の一の数量しかないということが、ここで正式に政府の答弁に入っております。違っていませんか、これ。
○舘林説明員 この千七百五トン保管しておりましたという部分は、新潟県に調査せしめた結果得られた数字でございまして、したがいまして、地震当時の記録はどうか存じませんけれども、今日、新潟県から正式の報告として私どもが得た数字でございます。
○小沢(貞)委員 それじゃお尋ねします。新潟県は、倉庫業者、保管依頼者の帳簿、記録などによる調査結果からと、こういうわけです。あとになってつじつまを合わせるように、こういうようにたった千七百トンにしてしまったんじゃないですか。これは県の衛生部長は、その農薬のこういうものが流れ出したりなんかするのを、毒物及び劇物取締法に基づいて、これは監督しなければいけない立場の人なんです。それをあとになって業者から聞いて、つじつまを合わせた数量をここに載せてあるんじゃないですか。
○舘林説明員 この数字は、新潟港の埠頭にあった保管の数字でございます。
○小沢(貞)委員 私の質問は、業者から聞いたのじゃないですかと言っているのです。
○舘林説明員 県の調査員の手で、各種の業者に保管してある数字等を調べて、もちろん業者の報告の資料も加えまして、推定いたしました数字でございます。
○小沢(貞)委員 これは千七百トンでいいですか。こっちの記録には八千トンとちゃんと載っかっている。これは県ですよ。
○舘林説明員 埠頭倉庫には、千七百五トンあったわけであります。
○小沢(貞)委員 まだ最初からの質問は続いているのですが、要するに、ここの倉庫の農薬が流れたわけですが、ここでは流れていないと断定しているのですよ。先ほど調査会の会長は、流れたと言われている。どっちですか。
○舘林説明員 この埠頭倉庫に三種数ございまして、そのうちの一つのものは、被災をいたしまして廃棄をいたしております。県が監督いたしまして、海岸へ埋めております。いま一つの倉庫のものは、これは搬出して処置いたしまして、その残量はない、すなわち流出がなかったと、かような報告が出ております。いま一つの倉庫は、地盤沈下のため、基礎の下に埋没した、かようなことが出ておるわけであります。
○小沢(貞)委員 この農薬がこれを汚染した一つの理由である、こういうように反論なり何なり、昭和電工なり何なり出されて、疫学班はその農薬については追及をしましたか。業者からの報告だけにたよっておって、疫学班の報告にあるのだけれども、追及をいたしましたか。要するに、農薬犯人説については調査をいたしましたか、こう言っているのです。ここにはまるでもう流出もしなかったようにさえ、最近になったら変わってきてしまっている。私は冒頭に申し上げたように、四つばかり犯人が、疑わしいものがありはしないかと言っている。その疫学班は農薬を追及いたしましたか。具体的にどういうように追及をして、確かに流出もしなかったし、こういうものもなかった、こういうように結論を出しました——どうしてこういう質問をしているかというと、この疫学班が調査したものに基づいて、たいへんこれは失礼な言い方かもしれませんが、食品衛生調査会、現地で調査も何もしなかった、疫学班の調査だけに基づいて、食品調査会もやられた。さっき石田先生も御質問をされたし、たしか小林会長の仰せにもあったとおり、資料も十分でなかった、こういう点もあられるけれども、農薬については——農薬というか、この結論を出すについては、疫学班の人の活動だけがその中核になっているわけです。だから、農薬を疑わしいものの一つとして調べてみていただいたか、こういうことを言っているわけです。どうしてかというと、埋めたあとに行って、飛行場のところへ行ってほじくり出してみて、これは使えるとか使えないとか言って、また阿賀野川に投げ込んでみたり、また、運搬するときに交通が一ぱいで、何とか橋のそばに行ったら、運搬業者が川の中に捨ててきたりとか、私は現地へ行ってみると、あらゆるそういううわさを聞いているわけです。しかしそういうことについては口をぬぐって、全然調査をしていない、こういうようにしか私は判断できないわけです。農薬についての追及がされていなかったのじゃないか、こういうように考えるのです。いかがでしょう。
○舘林説明員 農薬について、それが廃棄されたか、あるいは処置されたか、あるいは送り返されたか、地中に埋められたか、そういうような数量につきましては、でき得る限り正確を期して調査が行なわれたように聞いておるわけであります。
○小沢(貞)委員 それでは、疫学班のどういうようなところに、そういう、追及をしていったけれども農薬ではなかったという結論が出ていますか。私は、これは厚生省の結論にするとさっき言っているものですから、それで聞いているわけです。厚生省の結論というものは、また科学技術庁も尊重しますみたいにさっきも言っているから。ところが、最初から終わりまで、農薬について追及したあとというものは見当たらないのであります。
○舘林説明員 疫学班の結論が厚生省の結論ではなくて、食品衛生調査会の御意見を、厚生省は適当と考えておるわけであります。その食品衛生調査会としては、流出はなかったから農薬ではないという論点ではないわけでありまして、農薬の一部はあるいは流出したかもしれないということは、先ほど小林先生がお答えになったとおりであります。流出してもなおかつ農薬が原因たり得ない科学的な内容と考えられるものがある、かようなことを言っておられるわけであります。
○小沢(貞)委員 今度は小林調査会長に聞きますが、農薬の追及については、それでは、疫学班なり試験研究班なり、そういうものが、これは確かにもう農薬ではないのだ、こういうことに値するような十分な調査が行なわれておりましたか。
○小林参考人 疫学班の報告は、私どもたんねんに読んだわけでございまして、しかも昭和電工から、いわゆる電工側の見解として、ここに書いてございますように、農薬を十分重視すべきであるという資料も十分検討いたしました。これを両方あわせまして、そして状況判断というか——私ども状況を判断したり病気の原因を判断するときは、これは、あるなしは何の意味もない。どのくらいの量があるか、どのくらいの濃度であるかということ、これが病気を起こすほどの量であったかどうか。あったって、量が少なければ、そんなものは原因になりませんから、あるなしはこれは原因にならない、問題の話にならない。どのくらいの量であるかがわかるかどうかということでずいぶん苦労いたしたのですが、量的のことは全然わからない。ただ、あるということ、しかもその期間——どのくらい農薬が阿賀野川のほうへ逆流して入ったか。いわば、変なたとえですが、口から入れないでかん腸したようなものです。かん腸して、直腸のそこら辺まで入りますが、それがどのくらいまで長く続いておるかということになると、川と人間の腸とは違いますけれども、上から入った自然の道とはかなり違うところがある。これが農薬であるならば、病気を起こすだけの濃さあるいは量というものがはっきりわかれば、これは十分証拠になります。それが全然わからない。そういう点で、何かほかの証拠ということで、これは先ほど申したような点で、農薬を否定できるという結論になったわけであります。
○小沢(貞)委員 だから、その数量や流れたもの等がわからないで、疫学班はそういうことを結論づけることができるわけですか。
○小林参考人 ええ、できるわけなんです。それは、流れたものが、はっきり農薬として流れたものはわかっております。だから、そのものが魚なり患者のあれに、農薬であれば出てくるはずなんです。検出されるはずなんです。それがメチル水銀だけしか検出されないという点は、この汚染源はメチル水銀だけであるということを示しているわけです。
○小沢(貞)委員 そういうような汚染源は、数量的にいうならば、昭和電工からの流れた濃度は、下流のほうへ来てやはりわかりますか。
○小林参考人 昭和電工はずいぶんみな調べておりまして、昭和電工の工場の装置からメチル水銀を検出しております。そうして、昭和電工の排水口の近所のどろの中から、かなり高濃度の水銀を証明しております。それから、河口のほうのいわゆる患者の出た辺のどろも、水銀量が多い。途中も多いのですけれども、多いところもあり少ないところもあり、非常にばらばらな数字が出ております。魚についても同様でございます。
○小沢(貞)委員 私の言っているのは、農薬のほうは、数量もわかっておるし、濃度が十分でない、こう言われるのでしょう。昭和電工の量はどれくらい流れて、河口の付近において濃度はどういうようであったか、こう言っている。
○小林参考人 ええ、それははっきり魚に出ております。食べた魚にです。ニゴイとかウグイとか、そういう……
○小沢(貞)委員 いや、そういうことじゃない……
○小林参考人 どういう御質問でしょうか。
○小沢(貞)委員 農薬のほうは濃度がわからないと言われるのでしょう。昭和電工のほうから流れてきたのはどういうところで汚染しておるのか。
○小林参考人 総括的に申し上げますと、こういうことです。昭和電工から流れました水そのものは、メチル水銀が非常に微量なんです。ほとんど定量がやっとできるくらいです。だから、水を飲んでも少しも中毒を起こしていない。水は無事なんです。それがだんだんと蓄積してまいるのです。どろを調べますと、濃度が数百倍になっておる。それからどろの中に住んでおりますこん虫、モ——植物ですね、そういうものを魚はえさにしているわけです。それをえさに食べておるうちに、だんだんとメチル水銀が蓄積しまして、魚が慢性中毒を起こしてきた、こう判定できるわけです。その数量が水銀の分析によってわかった、それが人間にまいったわけであります。
○小沢(貞)委員 いま小林さんは、農薬のほうは流出数量もわかっておるし、ここの河口付近の水を汚染する濃度にはならなかったと、こう言っているのです。私の聞いているのは、だから、数量はどのくらいで、どのくらいの濃度になりましたか、昭和電工の排水のほうはどのくらいの数量で、阿賀野川のほうはどのくらいの数量になりましたかということを言っているのです。
○小林参考人 水はゼロに近い。非常に微細な分析方法でやっとひっかかるくらいです。昭和電工の排水口も、それから川の出口の患者が出ましたところも、水は無事、あれを飲んで決して害になる水銀量ではございません。
○小沢(貞)委員 だから、農薬の流出したものについては、それだけはさっさとやめてしまって、昭和電工のほうの濃度は全然わからないというのでしょう。農薬の流出したのも濃度がわからないというのに、どうして昭和電工のほうが汚染源というふうに結論がつくわけですか。
○小林参考人 これは私ども絶えず申すのですが、やはり医学と申しましても、生物学を少しおやりになった方なら、私の申すことはすぐおわかりになるはずですが、同じ自然科学をやっておりましても、機械とか、電気とか、化学のような方になると、御理解願うのに、私ども非常に骨を折る経験がたくさんあるのでございます。結局、数量だけで割り切れないいろいろな問題が、生きものの間にはある。それを判定するのは、やはり医学とか生物学である。そういう頭でどうぞお聞き願いたい。 そういたしますと、こういうふうに私どもは解釈いたしております。水そのものは非常に濃度の薄い水銀でございますが、これがガラス管か何かのようなものならば、そのまま海へ出てしまって何の害にもならない。ところがやはり海の中には生きものがいる。その生きものは、不幸にしてこういうメチル水銀をだんだん取り込むのです。どろは生きものではございませんが、これは物理的に吸着という現象がある。それを吸着いたしまして、海底におりますこん虫はだんだん濃度が高くなる。これは魚のえさになるのですが、そのこん虫を調べてみますと、水とは格段に違った数百倍の濃度になっておるのです。それを食べた魚の体内は、調べてみても当然濃度が高くなっておる、こういう事実でございます。これは昭和電工の会社の近所と、それからずっと河口のほうの、患者の非常にたくさん出ました近所と、あるいはその中間、その辺をずっととりまして、以上申し上げましたようなものについてたんねんに水銀の量をはかっております。それによって、昭和電工から上流とはっきり区別がついております。昭和電工よりも上のほうと昭和電工以下とは、格段と差がつきまして、はっきりとした水銀量の上昇が見られておる。あまり詳しいことは何も申しませんでしたけれども、一人非常に高い——鹿瀬村という昭和電工の会社のある村で、うんと上流で、会社のすぐそばですが、そこの助産婦夫婦、これは始終魚を一本釣りでおやじがとっておる。それを朝昼晩、長年食べておった。ちょうど助産婦ですから、非常に協力的にいろいろな検査ができまして、その毛髪を調べましたところが、非常に高い水銀量である。これは農業には一切従事しておらない。助産婦で六十歳くらいですが、これが発症はしておらない。何か病気になったものですから、病院へ行った。それが手がかりで調べることができたのですが、これは水俣病ではない。しかし毛髪の水銀量から見ますと、これは当然水俣病を起こしていいくらい水銀量を持っておるのです。これはやはり生物学的の特性で、病気を起こしました人の毛髪を調べてみますと、大部分が二〇〇とか三〇〇とかいうふうに非常に高いのですけれども、かなり低い人で病気を起こしている人もあるのです。五〇とか六〇ぐらいで水俣病をりっぱに——われわれ発症と申していますが、発症しているのがあるのです。高ければ起こすのですが、中等度でも起こす人がいるけれども、起こさない人のほうが多い、こういうことが言えるわけです。これは生きものの非常に微妙なところで、大きな個人差がある。 そこで、鹿瀬村という上流のほうの助産婦の水銀量は、ほとんど全部が起こしていいほどの水銀量を持っておるのです、これはどこからも来たはずがない。農薬ではない。しかも川の出口から六十キロ近い会社のすぐそばの村なんです。これは詳細に調べてございまして、メチル水銀が毛髪にある。この人は病気ではございませんで、老人でいろいろ神経痛があったりなんかして、治療している。これはもう少し詳しいことを申せばまだ資料はあるのでございますが、あんまり長いので、ここで打ち切らしていただきます。
○小沢(貞)委員 そういうことを言い出せば、その人は遠藤つぎという人でしょう。
○小林参考人 ええ、そうです。
○小沢(貞)委員 それは、おやじさんが昭和電工の付近で釣ってきた魚を食べました。一五〇PPMありました、そういうことでしょう。
○小林参考人 そうです。
○小沢(貞)委員 その付近で魚を釣って食べている人が一ぱいいるわけじゃないですか。どうして特殊な人だけを取り上げたのですか。その人は助産婦で、昇末水を扱っておるから、そういうことから入ったということは考えられませんか。
○小林参考人 それは考えられません。それはしろうとの方のお考えで……。
○小沢(貞)委員 昭和電工以外のよその県で、農薬を扱っておる人で、頭の毛の中で何PPMという例は、全国に何カ所もあるでしょう。若月さんの例によると、農薬を扱った者については、川の付近では何PPM含まれているということが出ているじゃないですか。
○小林参考人 それは十分調べました。これはわれわれ医学の、病気を判断するときの初歩の心がけなんです。二〇が限界でございます。大体ヨーロッパ人やなんかだったならゼロです。日本へ来ますと、一〇PPMぐらいにどうしてもなりますが、農村へ行きますと、二〇というのが限界でございます。そういうふうにわれわれは判定いたします。
○小沢(貞)委員 この若月さんのには、一〇〇PPMもあるという人がいますと、一ぱい書いてある。
○小林参考人 ほかのほうは、私どもどう書いてあるのか存じませんけれども、われわれの研究班というものは、一番のエキスパートを集めておりますし、一番信用すべきデータであると考えております。
○小沢(貞)委員 舘林さんにお尋ねしたいのだけれども、県の衛生部長が、地震にあって農薬が流出したものについて注意しろといって、各町村や何かに、二回も三回にもわたって通達を出しておるのは御存じですか。これは私一々読みませんけれども……。
○舘林説明員 承知しております。
○小沢(貞)委員 農薬がこういうように流出したものの行くえについて、これだけ北野衛生部長は神経を使って、注意しろ注意しろといって通達を出しておるわけです。あの付近においては、被災農薬の埋めてあるやつを拾ってきてやったとか、あるいは運搬に間に合わなかったから川に捨てたとか、そういうようなことについて取り締まらなければいけない人は北野さんじゃないですか。北野衛生部長がそういう立場にある人じゃないですか。それを、どうして今度の原因究明の疫学班の人に入れたのですか。これは前から私が言っているように、これは自分が、この原因の調査を受ける場合に、要するにあなたの取り締まりが悪いのだぞと、こういうことで、その状況については被疑者のような立場に立って説明をしなければならない立場です。その人をどうしてこの捜査の中に入れるわけですか。私がそんなことを言うのは、さっきもちょっと科学技術庁長官がいたときに読み上げましたけれども、四月十六日に、水俣病に似た病気が発生したぞといって新聞発表したわけです。そうしたら北野さんが、そのあくる日——四、五日後には、いわゆる農薬が原因でない、こういうようにみずから発表するようなことを北野さんはやっているわけです。その北野さんが疫学班の中核にいるものだから、農薬については徹底的に追及をしようとしなかったのではないか。だからもっと言うなれば、いかほどあって、いかほど捨てて、その捨てた人だってもう当然わかっているわけですから、その原因について追及するということをやらなければいけないのが、捜査をする立場の人じゃないですか。それを捜査するのに、被疑者の北野さんを疫学班の中に入れたので、全然、農薬についてはさらに追及しようとしていないわけなんです。だから、この任命が誤っているんじゃないですか。
○舘林説明員 今回新潟県の衛生部長を調査員の一員加えましたのは、できるだけ現場の調査を必要といたしますので、現場に明るい行政組織の協力を得る目的から入れたわけでございます。 なお、お尋ねの北野衛生部長そのものは、地震の当時の衛生部長ではございませんで、その後、農薬等の処置が終わった後において赴任した職員でございます。もちろん衛生部長でございますので、農薬の非衛生な取り扱いにいたしましても、また水銀中毒の発生に対する、それの予防の努力をするなり、法的に規制の制度はありませんが、そういう努力をする立場にある、職責にあることはあるわけでございます。そういう意味合いから、今回の調査の調査員に、新潟県の衛生部長を加えたわけでございます。新潟県の衛生部長の新聞に発表されました意見は別といたしまして、疫学班の中での衛生部長の発言としては、農薬調査が不要であるという発言は一切いたしておりません。
○小沢(貞)委員 その当時あったかないかという——私はその本人の名前を言ったのはたいへん申しわけないのですが、県衛生部長ですけれども、県衛生部がやらなければいけないわけでしょう。だから県衛生部に対して、農薬の保管が十分でなかったかどうかということも調査をしなければいけない。疫学班なら疫学班というものを編成したならば、それを調査しなければならない立場です。だから廃棄をしたのがどのくらいで、どこへ捨ててどうなったかということについては、全然追及をしていないじゃないですか。だから私は、農薬を追及していない、こういうふうに客観的には判断できるわけです。そして最近の私の質問に対しては、流出はなかった、こういうようなことを言ってきているのだけれども、これは業者から聞いてつじつまを合わして、報告しているだけなんでしょう。だからその当時の現況から見てどのくらい流出して——当時の情勢においては、各市町村、保健衛生所長にこれだけの農薬が流出したから注意しろ、こういう注意書を出しているはずなんですから、その被疑者が——たいへんことばが悪くて恐縮ですが、そういう被疑者というような立場の人を、どうして捜査班である疫学班に入れたのですか。
○舘林説明員 先ほど申したように、現場に最も明るい行政組織の協力を得る必要から入れたわけでございまして、農薬の処置の調査は、県としてもできる範囲の詳細な調査をし、しかもそれは再三調査をし直して、正確を期した上での調査資料をもとにして、疫学班が判断をしたわけでございます。 〔委員長退席、折小野委員長代理客席〕 これはお尋ねのように、報告その他を資料として、もとにして、集約したものでございまして、現場をこれ以上、今日何年も前にさかのぼって再現することが不可能な状態でございますので、でき得る範囲の調査をして、判断を疫学班がいたしたわけであります。
○小沢(貞)委員 報告をもとにというが、業者は、そういうことの保管やそういうことについて常に取り締まりを受けなければならない立場にいるわけでしょう。その人の報告をもとにしたそういうものを信用していて、それで調査になりますか。そこを言っているのですよ。そういう報告はしているのだけれども、現実には違っているじゃないかといって、捨てた状況を調べるとか、付近の人の様子を聞くというようなことをしなければ、農薬がどれだけ流れたとか、どれだけなにしたということがわからないわけでしょう。だから、業者や、製造業者や、そういう人の報告だけをもとにしているのでは、私は捜査にならないと言うのです。それじゃ捜査にならない。捜査になっていないというのは、そういうことなんですよ。農薬の製造業者あるいは保管業者、それは取り締まりを受けなければならない立場の人なんです。それが現実に流れちゃって、わけがわからなくなってしまった。こういう中で、あとから行って、幾らあったやと聞いたものだから、つじつまの合うようなこういうものを業者から送ってよこしただけなんだから、それを足したって、それは調査になっちゃいないということなんです、私の言うのは。
○舘林説明員 報告を、単に求めただけじゃなくて、帳簿を一々照合して調べております。したがいまして、できる範囲での調査をいたしたわけでございます。
○小沢(貞)委員 それでは、この当時千七百トンというのは正しいですか。県衛生部の八千トンというのと、どっちが正しいですか。
○舘林説明員 この埠頭にあった数量は千七百五トンであったと思います。
○小沢(貞)委員 捨てたとか埋めたとか、だれが掘り出して、どこか川へ捨てたとか——あの地震の当時、運搬して何とか橋まで行ったら、詰まっちゃってだめだから、それで川へ農薬をみんな捨てちゃったということが、あそこら辺のうわさになっている、そういう問題を調査しましたか、そういうことを、聞き込みをやって調査をしたか、そういう質問です。ただ帳簿から引いてきた、こういうことじゃないですか。 続いて、時間もだんだんおそくなりますので、そういうことについて調査をしてない、こういうように私は判断せざるを得ない。また事実やってないわけです。私たちが現地に行って聞けば、ここは交通量が一ぱいだから、トラックに乗せてきて、川へ捨てましたというようなことを言う人も出てくるのだから、そういうことの聞き込み捜査までやって、農薬が幾ら捨てられたかということまでも調べない限りは、私は農薬に対して追及したとは考えられない、こう思うわけです。そういうことと関連をして、非常に疫学班がずさんであったということについて、さらに私は直間をしたいと思うわけです。新井郷川は——たとえば、先ほどもちょっと申し上げましたけれども、日本ガス化学の排水、そういうものについての調査が十分行なわれていなかった、こういうように私は申し上げましたが、具体的に、疫学班はどうように書いてあるかというと、こういうことを書いてあるわけです。これだけのことしか書いてないのです。「本工場の」——これは日本ガス化学松浜工場のことです。「本工場のアセトアルデヒド合成に伴う精留ドレン排水は、中和沈澱を行った後新井郷川に放流されていた。この新井郷川は日本海にそそいでいるが、阿賀野川とは水路でつながっているのでその実情調査を行ったところ、その水路は二重に遮断されていて、かつ水量も少なくまた、通常阿賀野川から新井郷川に向って水が流れていることがわかった。なお地震後水路は殆んど閉塞された状態となったので工場排水が新井郷川から阿賀野川に流入し、河川を汚染した可能性は考えられなかった。」、これだけのことで、とにかく日本ガス化学は調査をしなかった理由になっているわけです。この中に三つばかり問題があると思います。私はその調査がずさんだったということを言いたいために、こんなことを、わざわざ重箱のすみをつつくみたいなことを言うわけなんです。河川局に来ていただくようにお願いをしてありますが、その新井郷川は、私の判断によれば、かつて阿賀野川に流れ込んでおりました。阿賀野川に流れ込んでおったわけです。それだから阿賀野川のほうが低いわけです。通常放置しておいたならば、阿賀野川のほうに流れる。それを水門のところでは、大正だか昭和の初めだか知らないが、日本海の側に運河をつくって、向こうに流すようにしたわけです。そういう状態になっておると思います。したがって、普通の状態においては、昔の河川どおり、新井郷川から阿賀野川に水が流れる、こう思うわけです。その辺のことについて、河川局から最初にちょっとお伺いしたいと思う。
○渡辺説明員 ただいまのお話でございますが、この水路は、阿賀野川の河口から約二キロぐらいのところにございます。新井郷川の現在の河口からも約二キロぐらいのところにございます。以前はどういう状態で流れておったかは明らかでございませんが、現在の状態では、その途中に構造物等がなければ、大体平時においては干満差によって支配される水位であると思いますので、これは阿賀野川から新井郷川のほうへ流れることもあるし、新井郷から阿賀野川のほうにも流れる、こういう可能性のある水路ではないかと思います。それで、お話の水路の中には、新井郷川寄りの約三分の一ぐらいのところかと思いますが、そこに閘門が一つございます。そこの閘門で水位を調節するようになっておりますので、新井郷川の水位が高いときには、その閘門の操作によって、船等が通る場合に調節をする、そういうようなことになっております。最近だと思いますが、阿賀野川の出口のところにも大きな水門を一つ設けておりまして、この水門がございますので、阿賀野川の大洪水の場合には、その水門を締めて、水が全然行かなくなる、かような状態になっております。 なお、私が聞きましたところでは、先ほどの閘門は、地震のときに操作ができなくなるような状態になりまして、地震時以降は、一応その水門の個所には水が流れない状態になっておるということでありました。この復旧が昭和四十一年度に行なわれまして、ごく最近だと思いますが、現在ではまた水が行ったり来たりする、こういうふうな状態だというふうに報告を受けております。
○小沢(貞)委員 河川局の説明はそういうことです。だから、疫学班のほうの報告と政府の答弁とは食い違っている。政府が私に文書をもって答弁したことと、疫学班が現地で断定したことと違っているわけです。私への答弁は、水はあっちに行ったりこっちに行ったりしております。こういうふうに明確に書いてあるわけです。疫学班のほうは、阿賀野川から新井郷川に流れておったから、もう調べる必要がないのだ、こういう意味に解釈できるように書いてあるわけです。だから、この当時の疫学班の調査はずさんである、それはいいですね。
○舘林説明員 この日本ガス化学の調査資料は、記述の部分だけではなくて、あるいはお手元に資料がおありかもしれませんが、疫学班の報告書の一九二ページ、一九三ページ、一九四ページ、一九五ページにわたって調査数字が出ております。これによりますと、昭和電工鹿瀬工場のボタ山からは六百四十PPMの水銀を検出し……。
○小沢(貞)委員 いやいや、川の流れのことを聞いているわけです。ボタ山とか、そんなことはいいわけです。要するに、川の流れが、阿賀野川から新井郷川に流れていたから調べないと、ここに疫学班のあれがあるけれども、それは後に私に政府答弁書としてよこしたのとは違うのですね、こういうことを言っているわけです。政府があとになって調べてみたら、疫学班の調査とは違っておりましたね、こう言っておるわけです。
○舘林説明員 その点は政府として調べ直して報告したわけです。
○小沢(貞)委員 それじゃ私確認しますが、この疫学班の調査はずさんであったということは、そういうことに基づいて確認できるわけですね。この間私が質問したのは、疫学班の結論が出てから一年かどのくらいかわかりませんけれども、政府が正式に答弁してよこしたのと疫学班のこれとは違っている。私は確認をしますよ。いいですね。
○舘林説明員 疫学班が日本ガス化学を特に取り上げなかったのは、川の流れだけではないような記述が出ておりますが、この点だけで疫学班の調査そのものがずさんであったかどうかは、私のほうはそうは思わないわけでございます。川の流れに関しては、政府と疫学班とは意見の違いがございます。
○小沢(貞)委員 それじゃ通産省にお尋ねしますが、日本ガス化学の製造量及び水銀消費量、わかっておりましたら——昭和電工に比べて生産量は約半分なんですが、私もわかっていますし、大体のところでけっこうです。
○吉光説明員 日本ガス化学の松浜工場は、昭和三十五年五月から操業を開始いたしたわけでございまして、三十五年当時が四千五百トン程度でございます。端数は省略さしていただきます。それが三十六年七千二百トン、三十七年七千七百トン、三十八年八千七百トン、三十九年八千五百トン、四十年の一月まで操業いたしまして、そこで閉鎖いたしたわけでございますが、四十年につきましては、八百八十四トンという数字になっております。 この水銀の消費量でございますけれども、製造工程が昭和電工と違っておりますので、原単位等につきましてはそれはあろうかと思いますが、ただ非常にむずかしゅうございますのは、何をもって消費量と言うかという点で非常に判定困難な問題がございますので、数字的にはもう少し研究さしていただきたいと思います。本日ここで数字自身を——要するに消費量というものをどういう数字ではじくかという点につきまして、触媒として使っておりますから、はじき方にもいろいろあろうかと思いますので、本日ここでの答弁はちょっと遠慮さしていただきまして、もう少し勉強いたしました上で、御報告申し上げたいと思います。
○小沢(貞)委員 それは、昭和電工が先ほど来一万九千トンと言っておるときに八千五百三十九トンなんでしょう。そうですね、昭和三十九年が。
○吉光説明員 さようでございまして、昭和三十九年、昭和電工が一万九千四百七十六トンのときに、日本ガス化学の松浜工場は九千五百三十九トンでございます。
○小沢(貞)委員 そこで、さっきちょっと、科学技術庁長官のおりましたときに私申し上げたように、トン当たりの原単位というのは、昭和電工はトン当たり〇・三三八キロ、私が二月ばかり前に有機化学のどなたかに電話して、水銀の仕込み量とか再生受け入れ量とか消費量とか、そういうところから判断して、私が消費を計算してみましたら、日本ガス化学のほうはトン当たり一・三三キロ、約四倍になっているわけです。だから、生産量は半分だけれども、水銀を具体的に消費したのは約倍になっているわけです。そういうことを前提にしておいて、そして疫学班の中にはこういうこと——先ほど石田宥全先生もちょっと触れておられたのですが、中和沈でん装置が、通産省か県の指示か何かによってできたというのですが、これは小林さんにお尋ねしたほうがいいかもしれません。一体メチル水銀が中和沈でん装置によって中和したりなんかするものでしょうかね。子供だましのように、さっき浄化槽とかなんとか言っておりましたけれども、これはそういうものではないようですから、それはいいですか。こんなことがここには書いてあるけれども、まるで非科学的なことで、疫学班では、メチル水銀が中和沈でんするがごとく書いてある。
○小林参考人 いまの御質問、学問的には非常にむずかしい問題で、愚問はおろか、たいへんな問題かと思います。実はどうやったら完全にとれるかということ、これは非常に真剣に検討しなければならぬ一つだと思います。私がいまそれが確実にとれるとかとれないとか、何のお答えもできません。
○小沢(貞)委員 私のほうが知っているから申し上げておきますけれども、さっき石田宥全先生から、通産省か何かの指示によって、中和沈でん浄化槽——便所や何かではあるまいし、メチル水銀が、浄化槽をつけたって、なくなるということはありっこないですから、中和沈でんするというような記述があるけれども、これはしろうとの入れたことで、疫学班も何も知らないで入れたことだ、こう思うわけです。そこで私はお尋ねしたいわけですが、この日本ガス化学については、一体どういう調査をされましたか。いいですか。ここに書いてあることは、一つは中和沈でん浄化装置を取りつけたこと——疫学班ですよ。もう一つは新井郷川のほうへ阿賀野川のほうから流れておった、こういうようなことで、この日本ガス化学は調査する必要がないみたいに、ここに出ているのです。それしか出ていません。ところが実際は、よく考えてみれば、あの河口から十キロばかりの円を書いてみると、このどまん中にその工場があるわけです。先ほど申し上げたように、水銀の消費量は、六十キロ上の昭和電工の倍なわけです。そして水の流れは、新井郷川から阿賀野川に流れたり、場合によっては、阿賀好川から新井郷川に流れたり、こういう状態になっているわけです。よくそこのところを聞いておいてください。それをなぜもっと詳細に調査しなかったのですか。これはもう多発地帯のどまん中にある工場なんです。
○舘林説明員 疫学班の報告、これは、この分析は分析班でございますが、先ほどお答え申し上げましたように、昭和電工鹿瀬工場のボタ山から、六百四十、六百二十四というような高濃度の水銀の含有量が出てまいりました。これに対しまして、日本ガス化学のほうのボタ山から出てきたものは五・一、八・六というような数字でございます。それから昭和電工鹿瀬工場の排水口付近の水銀量は八十一・五二、日本ガス化学の排水口付近では四十五・五、三十四・二というような数字であったわけでございます。それに対しまして、新井郷川の運河の付近、合流点におきます調査結果では、〇・一八というようなきわめて微少な数値でございまして、したがいましてこれが逆流をしてあの運河の地点まで行くということは、きわめて考えられる範囲の外のものである、通常は海へ流れて出たものである、かように判断をいたしたわけであります。 〔折小野委員長代理退席、委員長着席〕
○小沢(貞)委員 日本ガス化学は、ここの設備を昭和四十一年の初めまでやっていたと思います。これは通産省のほうに聞きたいと思いますが、四十一年の初めだと思います。この新聞発表は四十一年の六月十六日ですか、この間に、日本ガス化学のほうはプラントを片づけたり、すっかり清掃が済んでいると私は聞いております。昭和電工のほうは何でもなかったと思うのです。いつまでも捨てて置いて、二年、三年たっても、ボタ山も何も捨てて置いた。一体そこにどういう原因があるのです。片方のほうは新聞発表する前に全部きれいに片づけてしまい——いまこれまで言っていいかどうか知りませんけれども、うわさによれば、もっともっとあるのです。そういうことだけをもって、日本ガス化学を調査する必要はなかった、こう言えますか。これは通産省のほうからお聞きするが、閉鎖をしたときは昭和四十一年の一月、それからプラントやボタ山やら何やらきれいに早々と片づけてしまって、その後になって、四月の十六日の日だか六月十六日の日に、新潟県のほうは、これはどうも水銀中毒ではないか、こういう言明をしているわけです。先に通産省のほうから、いつ操業停止して、いつ片づけてしまったか、その辺お聞きしたい。
○吉光説明員 実は、昭和電工鹿瀬工場も日本ガス化学の松浜工場も、いずれも昭和四十年の一月まで操業をいたしたわけでございまして、いずれも同じ時期に操業を停止いたしました。これは、原因といたしましては、実はここに水銀問題という問題を離れまして、原料転換という意味で、カーバイド系統から石油化学系統への原料転換したほうが製品がより安くできるというふうなことで、原料転換を始めたわけでありまして、そういう原料転換から、いずれも操業をストップいたしまして、それぞれ新たな立地で石油化学センターの一翼としての生産を開始いたしたわけであります。いま御質問ございました、その施設自身を、一方が早く片づけ一方がおそくまで置いておった、どういう原因があるか……○小沢(貞)委員「原因は聞いていない、いつか」と呼ぶ)施設撤去の時間は、私はよく存じておらないのでございますけれども、昭和電工の鹿瀬工場につきましても、部分的な撤去をしておったようでございまして、本屋になるようなところにつきましてはそのまま残しておきまして、あるいは将来の仕事に使うというような予定があったのかどうか、そこらあたりのところははっきりいたしておりませんが、これを完全に撤去いたしましたのは、最近になってからでございます。松浜工場のほうが早く撤去されたというふうに伺っておりますが、いつ完全に撤去されたか、実はただいま心得ておりませんので、後ほど御報告さしていただきたいと思います。
○小沢(貞)委員 私は、疫学班の調査がずさんであったがために、そういうことをいろいろ申し上げたわけです。阿賀野川から新井郷川のほうへ水が流れておった、こういう断定を疫学班はしておるわけです。しかしそれはうそであった。政府の正式な御答弁によるとおり、うそである、間違いである、こうわかりました。それから中和槽がメチル水銀に何の影響もないということも、これはもう技術的に考えてもわかり切ったことです。そしてまた、これは私の通産省から聞いた資料や何かに基づく水銀の排出量なんだけれども、被害者の出たどまん中にある日本ガス化学のほうが倍も大量に水銀を出しておるわけです。その川の水というものは上がったり下がったり、水がそれによってこっちに流れたりあっちに流れたりするということによって、これは阿賀軒川を汚染する可能性は十分あります。それから、先ほど小林さんが御答弁になっておっただろうと思うのですが、操業が終わった後の始末のしかたについて、何かいろいろ問題があるというけれども、操業をやめたときは、いま通産省からお話しのあるとおり、同じ時期である。私は、人のことをどうとか、あっちのことがどうだということを言おうとしておるわけではありません。最初から四つの疑わしいものがあるという中の、これは一つの有力なものではないだろうか。そういうことについて、判断の誤まったことを疫学班はやっていた。しかもそういうことだけを基礎に、食品衛生調査会もまた判断をせざるを得なかった、こういう経過をたどっておるわけです。私は、その基礎において間違いをおかしておりはしないか、こう言っておるわけです。幾つも幾つも調べてみると、きょうは舘林環境衛生局長さん、たいへんなことをいろいろお聞きかと思うのですが、私が見ると、どうもそういうことについても調査ができていなかった、こういうふうに思うわけですね。どうでしょう。
○舘林説明員 農薬の点につきましては、先ほど来いろいろお話しいたしておりますように、農薬の流出そのものではなくて、むしろ本質的な問題が論拠になりまして、判断が下されておるようでございます。それから日本ガス化学の点につきましては、小さい運河を通しまして多少の水の行き来はございましたにいたしましても、総括的にこれが論点を変えるもの、かようには私どもとしても考えていないわけでございます。
○小沢(貞)委員 そう断定するなら、私はあれしますよ。そんなことをよく調査されたのですか。疫学班もやってないのに、局長、あなたそれはそうでないと言われますか。そうすると、いつどろを片づけて、いつなにしたか、全部私はここで言いますよ。局長、それはわかりますか。疫学班の判断は、中和槽がどうとか、水の流れがこっちだった、こういう結論、もう一つは、ボタ山のほうが向こうが多くてこっちが少なかった、そして何かがどうだ、こういうことだけをもって、日本ガス化学のほうはそうじゃない、こう言っている。調査が十分でなかったと、私は言っているわけです。四つの原因のうち一つしか追及していなかった、こう言っているのです。局長、それをここで断言できるほど技術的にきちっとできますか。
○舘林説明員 疫学班としては、学問的にできる範囲で追及した上で結論を出したわけでございまして、それは見方によれば、なお不十分だという論点は、あるいはあるかもしれませんが、疫学班としても、日本ガス化学について全然考慮しないで調査報告書を出したわけではないように承知いたしております。
○小沢(貞)委員 私は何も、日本ガス化学が憎くて言うとかいうわけじゃないのだけれども、最初から第一ボタンをかけはずしているものだから、終わりまで行ったって、いつまで行っても合わないわけですよ。第一ボタンのときに、汚染源が四つくらいあるんじゃないかということで、公平な人がみんなだれでもそれについて納得し得るような調査をすれば、私は何も言いませんよ。ところが、川の流れが全然違ってしまっているようなことで結論を出しているわけです。それから浄化槽の水ですよ。そうすると、その点、浄化槽があるみたいなことで、文学的表現じゃあるまいし、メチル水銀の浄化になりようはずはないということは、科学者であれはだれだってわかるはずですよ。さっきも石田先生に対して何か浄化槽みたいなことを言っていたけれども、それが何も調査からはずす理由にはならないのです。病人が出たどまん中にそういう工場があって、これは私の判断だから、またあとで通産省から聞いていただきたいが、そこの水銀の放出量のほうが多いわけですよ。原単位から考えて、昭和電工の倍量も使ってそこでやっている。出した水というものは日本海に流れていなかった。潮の干満によって、出るのは同じようなところで、阿賀野川へ流れたり逆戻りしたりという状態にここはあったわけです。しかもさっき石田先生が言われたのだけれども、操業停止のときに片づけたというぞうきんやそんなことを言われたけれども、その操業停止の状態というものは全然変わりはありません。六十キロ上の鹿瀬の向こうのボタ山には百何PPMあったというけれども、後になって訂正したような発表をしている、こういうような順序になっているように私は思います。だから、ここの調査について私は手抜かりがあったんだ、科学的に考えてもそう思う。それを局長、よくわかるんだ、これは間違いありません、そんなこと言えますか。そういうように言われるのなら、もっと具体的なものを持ってきて、さらに追及をしなければいけない。きょうはそこまでやりたくないから、調査が不十分だった、間違いが確かにあったんだから、そういうように言わないといけないと思う。川の流れが違っていたんじゃ、根本的な違いじゃないですか。
○舘林説明員 新井郷川と阿賀野川との水の行き来につきましては、地震前におきましては必ずしも一方的でなかったということが、実は最近の調査によってわかっておりまして、その点は、疫学班の調査当時発表されたものとは違っておるわけでございます。
○小沢(貞)委員 長年にわたって蓄積した、こういうように書いてある。小林会長も見てもらいたい。疫学班の調査は間違いである、こういうように明らかにわかっている。その間の前においては、水はあっちに行ったりこっちに行ったり、しかもそのどまん中です。どんな常識で言ったって、排水の根元において汚染されないものが、六十キロの下流のところに行って汚染されることはあり得ない。なかなか疑問な点がある。これは先ほど小林会長さんが言ったとおりです。水俣の例をよくとられるけれども、水俣と阿賀野川の違いは幾つもあると思います。水俣のほうは、川の排水のすぐきわが何とかという海、私も当時明地に見に行ってきましたけれども、停滞した海でありました。だから水はよどんでおって、方々に流れていきません。それから、水俣の場合と昭和電工の場合は、製造のプロセスが違う。これは調査会長なんかも御承知だと思いますが、チッソ水俣工場でああいうように出だしたのは、チッソ水俣プラントに切りかえた後です。水俣のプロセスはチッソ水俣プラントという独自の方法によって、あそこを開発しました。そして昭和二十六年だか二十七年から変えました。これは通産省のほうで御承知のとおりだと思います。それから後に、ずっとあそこにおいては大量にああいう問題が出てきた、こう思います。こちらのほうのプロセスというものはドイツプロセスで、これは製造工程が違うことは、もう調査会においては十分やっていただいたと思うんだけれども、水俣の例を直接ここへ来ていろいろ言う人がいるけれども、二つも三つも違う条件がある。水の流れが違う、河口からはるかに六十キロも離れた点だ、こういうようないろんな点があって、ちょっとわれわれしろうとが考えても、たいへんむずかしそうな結論になっているにもかかわらず、たいへん恐縮な話だけれども、いまいろいろ御質問申し上げた中において、水の流れが基本的に違うというような重大なことさえ、疫学班の調査はミステークをやっているわけです。そして、小林会長がさっきちょっと触れましたけれども、長い間にわたって蓄積されておった、こう言うから、何もこれはこの付近のどまん中にある工場だから、そのすぐ隣の工場で、水があっちへ行ったりこっちへ行ったりしていたんだから、その蓄積だってあったと思う。これはどうでしょうか。そういう点について、調査会は研究をしてみてくれましたか。
○小林参考人 私、別にこういうことを調査する、研究する責任もございませんし、いままで別に興味もなかった。厚生省からの諮問に応じて、専門の人と一緒にこういうことをやり出したものですけれども、結局先ほど出ましたのは、蓄積ということになりますが、いまガス化学の話が出ましたね。この場合、ガス化学からの排水が長年にわたって阿賀野川に入っておったとすれば、これは十分考えなければならないことである。量にかかわらず、考えなければならない。けれども、最初に書きましたような一の問題の、これは距離が離れておるからといっても、先ほど言われました……(小沢(貞)委員「それはまたあとで」と呼ぶ)そういうふうに判断いたします。
○小沢(貞)委員 要するに、小林調査会長は知らないわけですよ。疫学班の言う、水は阿賀野川から新井郷川に流れておるという資料に基づいてやっておる。政府が明確に答弁したように、それは誤りである。私の答弁書に正式それをいってきておる。そしていま御答弁のあったように、そういう事実については小林調査会長は知らなかった、こう言っておる。そういう事実については知らなかった、そういう中において、調査会がああいう結論を出しておるわけです。これで世論を納得させることができますか。先ほど局長は、まるで自信満々みたいなことを言っておるのですが、それで世論を納得させることができますか。水の流れが根本的に違うようなことをもとにして出しておる。中和槽があれば、浄化槽があれば、メチル水銀がろ過されてまるで中和できるよううなことを言っておる。ボタ山が、あっちとこっちは違います。片方は片づいてしまっておる。そういうことをもとにしてやっておる。これで世論を納得させる調査が十分できたといえますか。
○舘林説明員 阿賀野川と新井郷川は非常に近いところを並行して流れる川でございます。この間を結ぶ運河は、運河と申していいと思いますが、比較的海に近い二キロほどのところにございますので、潮が満ちてきたときに、片方の川がとうとうとして片方の川に流れて、ちょうど水銀の汚染が及んでくるというほどの流れがあるとは、論理的には考えられないところでございます。水でございますので多少の流れは生ずるかもしれませんが、汚染物が——片方の川だけ満潮状態が起こって、一里と離れていないような並行して流れておる川には潮が来ないという状態はほとんどございませんので、ほとんど同時に潮は満ちてくるものと思うわけでございます。したがいまして、片方から片方へ流れると申しましても、大きなとうとうたる川の流れがあったとは、私どもは推定いたしていないわけでございます。したがいまして、これで片方の工場のものが阿賀野川へ相当量入っていく、それが汚染の原因であるというようなことはかなり考えにくい事態でございます。ただこれが従来から全然閉ざされて、水の行き来は全然ないというような点は、疫学班の発表しておるところには問題がございますけれども、これがほとんど並行して流れておる二つの川であるという点から、大きな移動を考えることは必ずしも考えにくいものである、かように思います。
○小沢(貞)委員 こういうふうに言うならば、私は言うけれども、疫学班は、川の流れは阿賀野川から新井郷川へ流れておったのだ、こういう前提を言っているわけです。これは了解しますか。政府の私に対する答弁は、そうじゃないんだ。阿賀野川から流れていたかもしれないが、新井郷川から阿賀野川へと流れているんだと、明確に文書で答弁しているわけです。そういう前提が違っているわけです。私は、だれがいい悪いと言うのではない。疫学班の調査がずさんであった、こう言うわけです。その前に、そういう状態であれば、小林会長がいま言った、また考え直してみなければいけない、こういうように言っているわけでしょう。前提がくずれているんじゃないですか、こう言っている。それをどうしても、学問的な立場でいろいろなことを言っているのを、局長は、政治的な立場でそんなことを否定したりなんかできますか。
○舘林説明員 疫学班の調査結果の中には、問題となるものもなかったわけではないということは、この点で認めらられるわけでございますが、それだからすべてが疫学班の報告が信用できないとか、そういう基本問題には関連しない部分ではないか、かように思っているわけでございます。
○小沢(貞)委員 何を言っているのですか、局長。私は四つばかり——一つは豪雨のことについてはそれじゃ追及してみましたか。調査会のこの書数にも、この集中豪雨についての原因というものについて追及してみましたか、疫学班は。これをちょっと見てください。たとえば若月さんが書いた、ここにピークになっているのは集中豪雨のときがピークになっている。これが水銀のあれですよ。だから理由が非常にちゃんと明確なんです、集中豪雨のときに水銀の量がどういうようにふえるかということは。これはどうぞごらんになってください。だから、私は集中豪雨のごとについて、きょうは時間がないから言わなかったけれども、それについて調査を進めていないのです。もう一つは、農薬については、さっき言ったように、いつどこへ捨てちゃったんだとか、あそこへ運搬中に川へ捨てたとかいうようなことを、現地へ行って聞き込みをやってちゃんと捜査をしたかというと、そうでない。被疑者であるような人を入れたので、そういうことをやっていないわけです。もう一つ重大なことは、新井郷川と阿賀野川の水の流れというような重大なことまで調査してなくて、それで日本ガス化学は調査の対象からはずした。こういうような結論の上に・政治的にだけただ結論をつけようとすることはあやまちだ、こう私は言っているわけです。それは大勢に変わりはないと言うけれども、四分の一しか調査してないじゃないですか。要するにもっと詳しく言えば、農薬が原因ではないと言って、当時の衛生部長か何かがぱっと発表してから後というものは、農薬でないという先入感があったものだから、現地へ行って徹底的に聞き込みをやるという捜査を最初からしていないわけです。これは予見を持ってやっているから、それで私は、私が考える四つの汚染源について公平に調査したとは見られない、こう言っている。しかも具体的に言えば、その後変わっているじゃないですか。こういうようなこと——政府の答弁においてすら、水の流れすら変わっている、こういうことです。だから私は、疫学班が無理にというか、予算もないし技術もないしというような制約された中でやっているのだから、責め立てるわけにはいかないけれども、十分な調査をされない中において結論づけることは間違いだ、こう言っているわけです。きょうも、十分な調査をしていないということは間違っているということを、論議の過程から十分わかっているわけじゃないですか。 答弁がなければ、私はもっと具体的な資料をもとに、機会があったらば、次の公害対策委員会あるいは社会労働委員会等で、さらにそれを質問をしたいと思いますので、きょうはこれで質問をやめさせていただきたい、こういうように考えます。
○八木委員長 小林参考人には、長時間御協力をいただきまして、たいへんありがとうございました。 本日は、これにて散会いたします。 午後五時七分散会