予算委員会公聴会 第2号
- 発言数
- 62 件
- 登壇者
- 10 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1967/04/18
会議録
○植木委員長 これより会議を開きます。 昭和四十二年度一般会計予算、昭和四十二年度特別会計予算、昭和四十二年度政府関係機関予算、以上三案について、昨日に引き続き公聴会を開会いたします。 本日午前中に御出席をいただきました公述人は、関西経済連合会会長、関西電力株式会社社長芦原義重君、横浜国立大学経済学部教授宮崎義一君、以上のお二人であります。 この際、御出席の公述人各位にごあいさつを申し上げます。本日は御多用中のところ御出席いただきまして、まことにありがとうございます。御承知のとおり、国及び政府関係機関の予算は国政の根幹をなす最重要議案でありまして、当委員会といたしましても慎重審議を続けておるわけでありますが、この機会に、各界の学識経験豊かな各位の有益な御意見を拝聴いたしまして、今後の予算審議の上において貴重な参考といたしたいと存ずる次第であります。何とぞ各位におかれましては、昭和四十二年度総予算に対しまして、それぞれ御専門の立場から忌憚のない御意見をお述べ願いたいと思う次第であります。 次に、御意見を承る順序を申し上げますと、まず芦原公述人、次いで宮崎公述人の順で、おおむね三十分程度ずつ一通り御意見をお述べいただき、その後公述人各位に対し、委員から質疑を願うことにいたします。 なお、念のため申し上げますが、発言の際は委員長の許可を求められること、また、公述人は委員に対して質疑をすることができないことになっておりますので、この点あらかじめ御承知おき願います。 なお、委員各位に申し上げますが、公述人各位に対し御質疑のある方は、あらかじめ委員長にお申し出くださるようお願いいたします。 それでは、まず芦原公述人から御意見を承りたいと存じます。芦原公述人。
○芦原公述人 私、ただいま御紹介いただきました芦原でございます。 昭和四十二年度予算案につきまして意見を述べるようにということでございますので、若干私見を申し上げたいと存じます。 なお、昨日の公聴会におきましての公述人の方の御陳述を新聞で拝見いたしましたが、あるいは重複する点もあるかと存じます。その点はお許しを願いたいと存じます。 まず、本年度予算案につきまして、この四月、五月は暫定予算であるという変則的な状態にあります。もちろん暫定予算におきましても、国政に支障を来たさないよう十分配慮されているとはいうものの、何といいましても、予算は一国の行政の根幹をなすものでありますから、この間の事情をあわせお考えいただきまして、一日も早く成立いたしますように強く希望するものでございます。 経済の規模が拡大してまいりますと、財政の果たすべき役割りもふえ、それに応じて財政規模が増大することは、ある程度は避けられないところでありましょう。しかし、私どもといたしましては、毎年硬直的に増加するのではなく、常に合理化、効率化につとめ、適切な予算規模としていただきたいのであります。本年度の予算規模は四兆九千五百九億円で、対前年度増加率は一四・八%、財政投融資計画は二兆三千八百八十四億円で、対前年度増加率は一七・八%でありますが、昨年度予算の増加率一七・九%、財政投融資計画の増加率二五・一%と比較いたしまして、本年度はいずれも低く押えられておるのであります。また、政策におきましても、社会開発、物価安定、経済の効率化にかなりの力点が置かれており、総体的に見て、本予算案は妥当な予算案であると考えております。私は、本予算案につきまして賛成でありますことをまずもって明らかにいたしておきたいと思います。 さて、予算案の内容に関連して、財政の運用について私が考えておりますことを少しく申し上げてみたいと思います。 昨年国債の発行がいろいろと論議されましたときに、私が心配しておりましたことは、国債が野放しに発行されはしないだろうか、国債が国民経済のバランスをくずすおそれはないだろうかということでありましたが、当初発行額を七千三百億円としたこと、また、自然増収によって発行額を減額したことなど、昨年度にとられた政府の措置はまことに適切であったと思います。今後におきましても、国債の発行について、昨年同様適時適切に処置されるだろうと私どもは期待しておるのであります。申すまでもございませんが、国債発行下の財政というものは、財政の面から総需要の調整を行なうことを特色としておるのであります。 したがって、国債発行下の財政は、まず第一に金融と一体となって弾力的に運用されることが大切であると思います。すなわち、国債の発行によりまして、財政支出における公共投資の比重が高まってまいりますが、これら公共投資は民間設備投資のように金融引き締めの効果が直接に及びがたい分野であります。そのため、もし金融引き締めの必要が生じた場合に、公共投資が当初の計画どおり硬直的に行なわれますと、金融の面から民間資金需要に過度のしわ寄せが行なわれるのであります。民間側におきましても、もちろん投資に対する節度が必要でありますが、政府側において公共投資が削減あるいは繰り延べをタイミングよく行ない、財政政策からも積極的に総需要の調整をはかっていくことが必要であると存じます。そのために、公共投資対象事業について、あらかじめその緊急度に応じて実施順序を考え、その順序に応じた計画、段取りを立てておくことが肝要であるかと思います。 第二に、国債の発行についても弾力的の配慮が必要であると存じます。今年度国債は八千億円の発行が予定されておりますが、この発行額はあくまでも発行ワクでありますので、予算に織り込んだ以上に税金の増収、税外収入の伸びなどがありましたならば、歳出面の伸びなどをも考慮しながら、極力国債の発行額を減額すべきであります。また、その減額につきましても、市中消化予定分を減らすことにより、民間企業活動の資金を確保するのが本筋ではないかと考えます。 さて、本年度の予算案についてでありますが、その内容の一つ一つについては、具体的な意見を申し述べる時間もございませんので、一言、私なりに感じているところを申し上げ、お許しをいただきたいと存じます。 本予算案では、人間尊重の政治を実現するために、交通災害、人命事故の頻発などによって起こる生活不安を除くこと、あるいは生活環境を改善することなど、かなりの努力が払われていると思います。人命の保護は、国民が政府に対してひとしく期待するところであり、今後とも精力的に取り組んでいただきたいのであります。このように、本予算案には政府の積極的な意図がうかがわれ、最初にも申し上げましたように、私は賛成いたしておるのでありますが、今年度の予算ということではなく、今後の財政において重点的にお考えいただきたいと思うこととして、行政の近代化、科学技術の振興、輸出振興、経済の国際水準化などについて少しく私の見解を申し上げたいと思います。 今日産業界は、資本の自由化を控え、国際競争力を強化し、企業の実力をつけるために、経営の合理化、近代化に懸命の努力を続けております。時勢が進展していくことに即応して、古いものを廃し、または縮小し、新しいものを取り入れていくということはもののことわりでありますが、行政府におきましては、これが遅々として行なわれていないように思われるのであります。政府におきましても従来の制度及び慣習をただ漫然と踏襲するのではなく、財政の効率化をはかるため、中央・地方を通じて行政面で合理化、近代化に力を尽くし、また、経済の規模が拡大していくからといって、いたずらに機構を膨張させていくことがないように措置しなければならないと思います。たまたま府県合併促進法案が今国会に提出されておるのでありますが、この法案はぜひとも成立させ、地方行政の合理化を進めていく道を開くべきであると思っております。 私は、行政の合理化、近代化が十分に行なわれないために財政支出が硬直化し、将来のために真に必要な新規政策費が十分ではなく、手薄になっておる傾向があると感じているのであります。 中でも、将来のわが国の発展につながる新規政策として申し上げたいのは、科学技術の振興についてであります。わが国は狭い四つの島に一億の人口をかかえているのでありますが、EEC諸国のように地続きで費かな市場を持たないという不利な条件を持っております。しかしながら、私は、科学技術の進歩によってこの自然的な壁を打ち破ることができると思っております。特に資本の自由化を控えて各企業が国際競争力を強化し、企業に実力をつけることを当面の重要な課題としている以上、科学技術において自主独立の姿勢を整えることこそが、国家百年の大計であると考えます。本予算案におきまして大型プロジェクトの技術開発、動力炉開発事業団の発足、技術開発促進のための税制など、科学技術の振興に政府が本腰を入れて取り組む姿勢を示されておりますことは、私どもとして同感に存じておるところであります。 今日までのわが国の技術は、どちらかといえば、その大部分が欧米の先進諸国から導入された技術であります。しかし、今後資本の自由化を控えてますます激しくなるものと予想される国際競争の中にあって、わが国の企業がそれぞれその優位性を保っていくためには、何としても自主的にみずからの技術を開発していく必要があると思います。しかしながら、欧米先進諸国の研究投資額を見ましても、それは政府、民間合わせてその絶対額でも、また国民総生産に対する比率でも、わが国のそれよりも著しく高いのであります。しかも、欧米の先進諸国では、国防費関係等を含んでおるので、一がいには比較はできませんが、その研究投資額の六割から七割が政府支出でありますのに、わが国では約七割が民間支出でありまして、欧米先進諸国とは全く逆の割合になっております。さらに、研究投資額は、ただ無計画にふやしさえすればよいというものではなく、そこにはやはり研究開発の重点化、効率化が必要であります。今後時代の先端を行くような新しい技術の基礎的研究を開発してまいりますためには、長期にわたって多額の資金を必要とするのであります。 かような次第でございますから、わが国の民間企業だけでは新しい技術の研究開発を実らせることはなかなか困難な状況でございます。もちろん、官民を問わず重複して研究開発すること、あるいはこま切れの研究開発をすることなどは、当然排除しなければなりません。したがって、政府の研究機関においては基礎的研究を重点的に開発し、その成果を民間企業が平等にかつ十分に活用することができるよう御配慮を願うことによりまして、わが国の技術水準を総合的に向上させることができると思います。今日、資本の自由化を控えて、企業が国際競争力を強化することはますます重要になっております。わが国の科学技術の水準を高め、自主技術の開発力を涵養することこそ国際競争力のきめ手であるといわれておるおりから、長期的な見通しのもとに、科学技術の振興に官民協力して取り組むべきであると考えております。 次に、輸出振興についてでありますが、わが国が輸出立国を目ざし、長期にわたって経済の安定成長を確保するためには、国際収支の均衡をはかることがその前提であり、輸出振興こそが重要な政策であります。しかしながら、欧米の先進国間における激しい国際競争に加えて、閉路途上にある国々が一部軽工業の分野においてすでに有力な競争相手になりつつあるなど、わが国をめぐる輸出環境はますますきびしく相なってまいろうかと思います。輸出はほうっておいても伸びるものであるというような甘い考え方は一掃すべきであります。すなわち、輸出振興のための税制しの優遇、輸出金融の条件改善などについて一段と思い切った措置をお願いいたしたいと存ずるのでございます。 さらに、じみな仕事ではありますが、外国市場を開拓あるいは拡充するため重要なことは、輸出先の信用調査を十分にすることであります。このため、在外政府機関の充実強化をはかるよう十分な対策をお願いいたしたいと思います。 なお、今日アジア唯一の先進国としてのわが国の立場からも、国際経済協力の重要性はますます高まっているのでありますが、経済援助政策など各省にまたがっておるといたしましても、それらは総合的な計画のもとで一体化して実施していただきたいと存じます。 次に、経済の国際水準化について申し上げたいと思います。資源の乏しいわが国を貿易立国によって発展させるためには、今後ますますきびしくなると予想される国際競争の時代を迎え、私は、常に物価を国際水準価格に近づける努力をしなければならないと考えております。したがって、すでに輸出しておる商品は、常にその値上がりを押える努力をし、国際水準価格を上回っておる商品は、生産及び流通の段階を通じまして近代化、合理化を進めてコストダウンする努力を払い、また、将来成長すべき産業にありましては、その初期におきましてこれを育成強化することとし、広く国際水準化の努力を続けていくことが大切であると考えておるのであります。 このように考えてまいりますと、物価対策におきましても、個々の現象面だけをとらえて、こそくな抑制策を講じたといたしましても効果が少ないだけでなく、長期的には、あるいはマイナスになるケースもございますので、私は、基本的な問題に対して長期的な観点から取り組むべきであって、このことがまた国民生活の安定にもつながるのであると信じておるのであります。このように考えますと、基本的な問題といたしましては、土地の問題、流通機構の問題に取り組むべきであると思うのであります。 土地問題を解決するためには、いろいろとむずかしい点があるだろうと思いますが、たとえ住宅、道路など社会開発の予算を重点的に計上いたしましても、七地の入手がおくれて工事が遅延したり、また、地価が上昇しているために、予算を重点的に計上したわりには事業が物量的にあまり増加しないのが現状ではないだろうかと思うのであります。今後も引き続き社会開発、公共投資は進めていかなければならないのでありますが、土地問題を解決することこそ健全財政を貫く根本的な条件の一つであると考えておるのであります。 私は、このほか、流通機構を近代化することが必要であると思っております。いつも問題になりますのは、流通コストの大きさでありまして、消費者物価の構成を考えてみましても、流通コストが大きなウエートを占めておりますので、物価対策を進めるためには、積極的に流通機構を近代化することといたしまして、その対策を一そう強力に実施していかなければならないと思います。 最後に、日本万国博覧会について申し上げます。 万国博の開催準備につきましては、本予算案におきまして政府が積極的に指導的な姿勢を示され、会場建設工事が一応軌道に乗ろうとしておりますことは、まことに喜ばしいことであります。万国博は国際的に、かつ国家的な大事業でありますので、主催国であるわが国といたしましては、世界に恥じない受け入れ体制を確立しなければならないのであります。いまや万国博の開催まで日数もあとわずか千日余りしかなく、時間との戦いの段階に立ち至りました。したがって、万国博に関連いたします予算を執行するにあたりましては、でき得る限り早期に、かつ迅速、的確に事を処理し、会場建設に遺憾なきを期することが肝要であります。 また、アジアで初めて開かれる万国博をぜひとも成功させるためには、会場建設にあわせて輸送機関を確保することが大切であります。そのために、政府におきましては一刻も早く道路、鉄軌道、空港、港湾など、関連公共事業の整備計画を確立し、その計画を積極的に推進していただきたいのであります。また、会場施設の建設、関連公共事業の建設、いずれにつきましても後年度に工事が集中しないように、可能な限り早期に着工する必要がありますので、予算につきましては十分御配慮いただくこととし、後年度に工事が集中して、経済の混乱を招くことのないよう、万全の措置を講じていただきたいのであります。 以上いろいろと申し上げましたが、私は、いま国際化時代を迎えた今日こそ、政治、経済、企業など、あらゆるものが大きく転換しなければならないときであると思っております。過去の歴史をひもとくまでもなく、このような転換を円滑になし遂げた企業、国家のみが、将来への発展、成長をかちとることができ、しからざるものは没落、衰退の運命をたどらざるを得ないのであります。私たち経営者は、現在国際的な企業へ脱皮、成長するために、あらゆる面で近代化、合理化を進めているところでありますが、政府におかれましても、財政を運命するにあたっては、効率化をはかるとともに、健全な運営につとめられ、国民経済の均衡的発展、成長をはかられるよう、十分な御配慮をお願いいたしまして、私の意見陳述を終わらせていただきます。(拍手)
○植木委員長 ありがとうございました。 次に、宮崎公述人にお願いいたします。
○宮崎公述人 宮崎でございます。 日本経済がいま当面しております一番重要な課題、これをもう申し上げるまでもございませんが、資本取引の自由化の問題かと思います。それで、きょうここで公述人として申し上げたいのは、この資本の自由化問題を予算論議の中でもう一度十分御検討願いたい。それにはどういう問題点があるか、こういう点に関してでございます。 もっとも、自由化問題が論議を呼びましたのは今回が初めてじゃございませんで、昭和三十四年の秋、IMF総会、ガット東京総会の前後にも、貿易の自由化の影響につきまして盛んに論議を戦わされたことは、記憶に新たなところであります。しかしその論議は、中には、たとえば自由化黒船論という、つまり自由化を警戒する空気も強くあったわけでありますけれども、その後日本経済は、昭和三十六年から貿易の自由化に踏み出しましたことは御存じのとおりでございます。そして、昭和四十年十月には、ついに懸案の完成乗用車の自由化も断行して、九三%をこえる先進国並みの貿易の自由化率に到達したことも皆さん御存じのとおりでございます。しかし、この貿易の自由化に関します限り、三十四年当時いろんな悪影響に対する悲観的な見方がありましたが、必ずしもそのようにはなっておりませんで、反対に輸出は拡大して、百億ドル輸出が間もなく実現する、こういう実態に達していることも、これも明らかな事実でございます。そして貿易収支は、このところ好調を続けております。そして完成乗用車の自由化をしましてからもう一年半になりますが、たとえばイタリアなどで起こったような悪影響は、いまのところ、日本に特有な事情があることはありますけれども、起こっておりません。したがって、たとえば東銀の会長であられます堀江さんのように、概して言うと、貿易の自由化のもたらしたインセンティブの経済的効果にははかり知れないものがあった。つまりプラスの効果のほうが多かったという評価をなさる向きが争うございますが、これは必ずしもいまの実情にかんがみてそう不当ではないと思います。 そこで問題は、そのように貿易の自由化について評価をされると、それから引き続いて資本取引の自由化もまた同様に日本経済にいい刺激が与えられるだけで、心配はないんではないか。堀江さんのことばで申しますと、「貿易の自由化と資本の自由化とでは、両者の経済的影響はかなり異なっている。したがって、一がいに論ずることはある程度できないことだけれども、しかし、共通性という点は無視できないのだ。わが国としては資本取引の自由化を外部的な圧力としてとらえることなく、これを日本経済が次の飛躍を遂げるためのインセンティブにすることが肝心だ」と堀江さんは述べておられます。これは資本取引の自由化もまた貿易の自由化と同じように日本経済にとって有効な刺激としてだけ作用するという、そういう御見解に受け取れます。がしかし、したがってこういう御見解だと、根本的には、貿易の自由化である程度うまくいったから、資本取引の自由化もまたうまくいくだろうという、その根底に楽観論がひそんでいるかに見えます。往々にしてそういう考え方におちいりがちでありますが、しかし、私がここで申し上げたいのは、貿易の自由化と、それから資本取引の自由化は、同じ自由化ということばでくくられておりますけれども、はたして同じ次元に立つものであるかどうか、この両者の間の区別というものを正確に認識する必要がないかという点でございます。貿易の自由化というのは、何と申しましても、日本に登場してまいりますものは外国の商品でありまして、外国の品物と日本の品物が価格と品質で競争するだけでございます。ところが、資本取引の自由化というのは、その商品をつくり出す会社、外国の会社がじきじきに日本に工場をつくりまして、そこで日本の会社と、会社と会社との間の競争を起こす、あるいは外国の資本と国内の資本との間の、国内の市場における、いわば資本戦争ということばが新聞でもよくいわれますが、その資本戦争の問題である点で、問題は、貿易の自由化のように楽観視できない面があるかと私は思います。 もう少し詳しく申しますと、貿易の自由化のときには、次のようなことが可能であったのです。たとえば、自動車をとってまいりますと、アメリカの自動車会社というのは世界最大の規模を持っております。そして最大の能率を持っております。そのように能率のよい、あるいは労働生産力の高い工場がアメリカで自動車をつくる限りにおいては、よく知られておりますように、日本よりも一時間当たり高い賃金を支払わなければならない労働者とその設備とが組み合わさってアメリカの自動車がつくられる。それから日本は、アメリカの自動車の規模に比べますと、必ずしもそれほど大きくはない。したがって、能率の面でいうと、アメリカほどではない。がしかし、それに対抗できる武器として、一応アメリカよりも相対的に低い賃金で雇うことができる労働者がある。つまり、能率は低いけれども、低い賃金でつくられるという武器が、貿易の自由化には残っております。その上に関税率があり、それから輸送費がかかります。したがって、貿易の自由化に関する限り、日本の会社がアメリカの会社と太刀打ちできたということは、ある程度いまのような事情で説明がつくわけであります。しかし、資本取引の自由化というのはどういうことかといえば、アメリカの能率のいい工場が、日本の土地で、日本の会社が使っている安い、アメリカから見れば安い労働者を同様に使って、そうして日本で自動車をつくろうということを意味しているはずであります。その上に関税の障壁はなくなります。つまり、国内でつくられたものですから関税はかかりませんし、輸送費もかからない。そういう意味で、貿易の自由化でうまくいったからといって、資本取引の自由化でうまくいくかどうか、ここに問題があるわけであります。つまり、能率の相対的に劣った会社が武器とした武器を、能率のいい会社も同様に使おうではないか、そういう意図で資本取引の自由化を要求してきている以上、そこにあらわれますことは、能率の違いがもろにあらわれますし、それから資本力の大きさがもろにものをいいますし、それから技術力の優劣がもろにものをいいますし、それからその技術を自分で獲得して人に渡さない、独占的な技術があるかないかということが、その資本取引の自由化では直接大きな影響を与えることになります。したがって、貿易の自由化の場合に日本の会社に残っていた、相対的に割り安な労働という武器はなくなるわけでありまして、その武器なしで競争をする。いままであった、ある程度対抗できる条件の一つがなくなるわけでありまして、こういう意味で、資本取引の自由化と貿易の自由化を同じように見るわけにはいかない。性質の違うものだ。あるいはもう少し別のことばでいいますと、貿易の自由化ではとうてい太刀打ちできないから、それではその相手方の武器を使って、もう少し太刀打ちができる条件をつくりたいという意図が、外国の会社にないとはいえないのでありまして、そういう意図があって登場してくる以上、日本の経済に与える影響は、貿易の自由化のように楽観はできない。つまり、貿易の自由化と資本取引の自由化は、明らかに質が違うというふうに考えておかなければなりません。 このことは、ただ机の上でそう考えるだけではありませんで、ヨーロッパで実は現実になっております。資本取引の自由化を日本よりも数年早くやっているヨーロッパで、一体どういう影響があらわれているか、個々の会社が個々の業種についてお調べになっておられますから、これはここでは省略をいたしますが、最近、アメリカの雑誌がそのことについて、アメリカのほうから見て言っていることばは、こうであります。アメリカの雑誌の「ビジネスウイーク」が述べているところでありますが、「アメリカの面接投資に対するヨーロッパの敵意――初めはライバル意識をヨーロッパは持った。しかし、それはしばらく前には燃え上がったけれども、このところ急速に衰えている。アメリカの会社による資本の持ち込み、あるいは設備の持ち込みがヨーロッパでますますふえつつあるにもかかわらず、ヨーロッパの実業家たちは敵意を失いつつある。いまではあきらめに近い悲観色一色に塗りつぶされている」といっているのであります。これは現にあるヨーロッパの現実でありまして、日本ではまだ現実になっていない状態でありますが、貿易の自由化と資本取引の自由化とでは大きく質が違うことを、われわれに教えてくれる重要な事実だと思います。 ところがこのような資本取引の自由化の影響をうかがい知るに足る事例は、ヨーロッパに求めるだけではなくて、もうすでに日本で幾つかあらわれております。ごく最近新聞をにぎわしているのが、豊年リーバ社の問題であります。あるいはそれとよく類似したものとして日魯ハインツの問題があります。このことについてごく簡単に申し上げますと、豊年リーバ社というのは、昭和三十九年の三月に世界一の食品メーカーであるユニリーバ、それが四五%の株式を出資し、そして日本の、経営が堅実だとうたわれた豊年製油が五五%を出資した合弁会社であります。つまり、最初は日本側に過半数があった合弁会社であります。資本金は十五億円であったわけですが、これが三十九年から最近までいろいろな販売計画だとか市場調査に時間をとっておりました間に、八億円をこえる赤字をかかえたのであります。そこで、この八億円の赤字をかかえた段階で、親会社二つの間で意見の対立があらわれまして、ユニリーバ社は、これくらいの赤字はむしろ今後の販売拡大方針で解決すべきだと考えたのに、日本の豊年製油のほうは、もうこのような赤字をかかえてなお拡大方針ということは、われわれとしては承知できないといったふうな対立がありまして、結果においてユニリーバから運転資金のめんどうを受けていた関係もありまして、豊年製油の持ち株二五%がユニリーバに肩がわりされましてユニリーバ七〇%、豊年製油三〇%、つまり過半数支配が逆転するという結果になって現在に至っております。これは外資審議会で審議されて、二月二十日に承認されております。日魯ハインツもこれとほぼ似たケースでありますので省略いたしますが、このケースからわれわれが注目すべき教訓というのは何かと申しますと、最初五〇%以上日本の会社が握っていても、八億円程度の赤字が生じますと、その親会社は経営意欲を失ってしまう。日本側の親会社は経営意欲を失ってしまうのに、外国の会社は逆に、多少の赤字はもう承知の上だ、これから実は拡大政策をやるのだという意見の対立になるという事態であります。そしてその結果は、創業後わずか数年以内で、日本側がいわば最初の意図を捨てて、みずから株式を外国会社に譲渡して経営権の支配を失うに至ったということであります。このことは、今後たいへんいろいろの教訓を含みます。外国側の会社がこれから日本に合弁会社をつくろうとするときに、この教訓から、たとえ日本の政府が五〇%未満の外資しか許さないという基準を、いま盛んに審議されておりますようにきめましても、問題は、最初それで承知しておこう、ところが、その経営の途中で赤字が幾らか――つまり日本の会社にとっては致命的で、しかし、外国の大資本にとっては取るに足りない程度の赤字をつくれば、またたく間にその点が逆転できるという教訓を外国資本に与えるのではないか。こういう事例がすでに日本にあります以上は、外資導入の問題を今後十分に見通しを立てて、つまり長期の観点から見通しておかないと、楽観を許さないということになるのではないか。現に日本でそのような事態が起こっております。外国の会社は日本に出資する以上、百年でも、二百年でも、三百年でも、長期にわたってそこに根をおろそうとして長期的計画でやってくる。ところが日本の会社は、わずか数年で気持ちが変わる。こういうふうな経営方針の違いがあれば、これはゆゆしき問題なのでありまして、こういう問題が現にある以上、自由化問題の対策を慎重に御審議願いませんと、禍根を日本経済に残すことになるのではないか、そういうことを感じます。 それからもう一つの事例は、コカコーラの場合でございます。コカコーラは四十年の十一月決算で、売り上げ高二十五億四千万のうち、利益金が十四億五千万というたいへんな利益金をあげておりまして、国税庁自体が、こんなすごい利益をあげている会社はほかにないと驚嘆しているくらいであります。一体なぜこのような利益があがるのか。これは、コカコーラが日本に入りましたのが昭和三十一年でございますが、そのときには四つの条件がつけられていたのであります。一本売るたびに六円五十銭を国庫に納めること、それから、小売り値段を三十五円以下にはしないということ、三番目には、宣伝を大きくしないということ、見る場所は農林大臣がきめたところだけだ、この四つの条件をもとに許可されたのでありますが、昭和三十六年十月から自由化されますと、この条件がすべてくずれまして、三十五円以下にはしないという項目だけ残って、三つの条件は全部フリーになったのであります。その結果、コカコーラはたいへんな宣伝を始めまして、昭和三十六年、一ケース二十五本の百万ケースであったものが、昭和四十年は、わずか四年間に一千万ケースを突破、世界に例を見ない超スピードの売れ行きを示したということであります。そして、その小売り値一本三十五円の中身を見ますと、これは二十八円でセールスマンが売るわけでありますが、そのうちコストはわずか十円であります。コカコーラ社は、そのことについてノーコメントでございますが、全国清涼飲料工業会の話によりますと、ほぼ十円ぐらいであろうというのであります。十円の原価のものが、いろいろな人件費を加味するとしても、三十五円で売られる、あるいは卸売り値段は二十八円で売られる。したがって、半年間に二十五億四千万の売り上げに対して十四億五千万という暴利が、そこに成立するわけであります。そこで、コカコーラ社は値下げをしてもいいと言っているのであります。ところが、農林省はその値下げは絶対困ると言っているのです。なぜかというと、農林省の管轄下には清涼飲料業者が全国で三千五百ある。もしコカコーラが値下げをしますと、その三千五百という、従業員二、三十人以下の零細企業は倒産するかもしれない、こういう問題が現にあって、もうかっているけれども値下げさせることができない。国内企業の中小企業対策について十分な対策が予算上そこに計上されませんと、この自由化対策はここに行き詰まってしまって、商いコカコーラを国民は飲みながら、なおかつ値下げをさせることができない、こういう経済上不合理な事態が起こってまいるのであります。このような例は、数限りなく日本でも起こっております。たとえば日本ヘキストの問題、東京ベッドの問題、あるいは最近ではテキサス・インスツルメントが日本で集積回路の工場をつくるという問題等、これはもう毎日毎日起こっているといってよろしいのであります。 このような事態を見まして、一体、資本取引の自由化は、それじゃたいへん脅威が大きいので、自由化をやめるべきかという問いが当然起こるかと思いますが、しかし、私は端的に言いまして、資本の自由化にはプラスの面とマイナスの面がある。日本経済にとってプラスの面とマイナスの面の両方があるところに、態度のきめ方がむずかしい問題がひそんでいるのであります。 まず、プラスの面から申しますと、プラスというのは、日本経済の現状にとってプラスだという意味であります。ということは、日本経済は、御存じのように、先ほどの芦原公述人からもお話がありましたように、外国の技術に依存する度合いが非常に高いことで知られております。高度成長をやるときに導入した技術というのは、外国からの技術がおもであったわけであります。そのように、外国の技術に依存をする度合いが高ければ商いだけ、いま資本取引の自由化は困る、弊害が大きいといって拒否をいたしますと、その技術の面で今後鎖国をしなければならない運命に追い込まれることになります。つまり、技術鎖国を避けなければならぬ。つまり、日本で世界に匹敵できる自主的な技術がすでに確立しているならば、外国の技術に対しておそれることはないでしょうが、しかし、いまのところ、自主技術の開拓にはまだ時間がかかります。そのときに、たとえばICは資本の自由化で脅威だからといってその技術を日本が取り入れませんと、日本の今後の発展というのは期待できない。したがって、やむを得ず技術を外国に依存してきた過去の歴史が、いますぐ資本取引の自由化を全面拒否できない状態に追い込まれている。これはある意味では、高度成長のときの政策の中にある一つのアキレスのかかとであり、弱点であったということになりますが、しかし、それは過去のこととしてもし問わないとすれば、いまとしては、そういう条件の中で自由化を拒否できない。ここにジレンマが一つあるわけであります。 それからもう一つは、あえてプラスを言いますと、外国の資本が入ってきて、日本の会社がそれによって大きな影響を受けなければ、日本に雇用機会がふえて、労働者に就職の機会がふえるというプラスがあると思います。ただし、これは条件つきでありまして、相手の会社を淘汰しないという前提の上でプラスであります。 ところが、マイナスの効果がございます。このマイナスの効果が、実は資本取引の自由化につきまとうところに悩みの種があるわけでありますが、第一のマイナスの面は、ライバル効果と私はかりに申しております。つまり、日本ですでにある自動車メーカーが、自由化によって入ってきたアメリカの自動車メーカーによって取ってかわられて、そして両方とも共存するのではなくて、どちらかがシェアを失って敗退するという結果が起こるとすれば、ただ単に資本が日本に入ってきて雇用機会がふえるのではなくて、いままで日本の会社に雇われていた労働者はそれだけ解雇されるというマイナス面を持ち、そのことが日本経済に与える影響はかなり深刻であります。 それから二番目のマイナス点は、外国の技術が日本に入ってきますときに、その武器にいたしますのが、外国の会社が自主的に開拓した技術であります。日本にはなくて外国にだけある技術、たとえば集積回路であります。その集積回路の技術を日本に持ち込みましたときに、その技術を日本に譲りたくないから、日本に、たとえばテキサス・インスツルメントの会社をつくるわけでありまして、そこで技術の独占というのが起こってまいる。そうすると、その技術独占の影響が日本経済に与える影響は大きいわけで、トランジスターをつくっていた会社は、ICの会社の前に淘汰されることになります。つまり技術が独占されますと、その独占の悪影響が日本経済にたいへん大きくあらわれてまいります。これが第二のマイナス点です。 それから第三のマイナス点は、研究開発をするということが国内でやりにくくなるということであります。たとえば、外国の会社が日本にたくさん入ってまいりますと、その会社は、自分のところで必要な技術を本国で研究者に研究させて、そうしてでき上がったものを日本に持ってまいりまして、日本ではそれを応用するだけだという形にだんだんなっていきます。そういうことが、たとえば一番やりやすいのはアメリカなんでありまして、アメリカでは技術に対するたいへんな国家援助があります。その上に、アメリカの賃金が高いということが世界じゅうの頭脳をアメリカに集中しやすいという事情と相まちまして、アメリカではその技術は開発しやすい。ところが日本では開発しにくい。そうなりますと、技術の自主性を今後日本の企業が意図しましても、自主的な技術の閉路を意図いたしましても、なかなかやりにくくなる。こういうマイナス面が、資本取引の自由化を開始しますと、ますます大きくなってまいりまして、この点でマイナスの面があらわれます。 それから第四は、外国の企業が日本に多数登場してまいりますと、その外国の企業が世界的にどのように分業するかという方針で日本の産業の体制をきめてしまいます。たとえば、いい例はフランスに起こったわけであります。レミントンという事務用機械の会社がございますが、そこの会社の方針では、フランスでは農業機械を、オランダではタイプライターを、そしてイタリアでは事務用器具をというふうに、専門的にヨーロッパで各国ごとに違ったものをつくらせるようにその会社は計画いたします。その結果、フランスでいままでつくっていたタイプライター工場を急遽閉鎖して、失業者をつくったという例があります。このように、一つの会社の自分の計画で分業する計画が支配的になりますと、日本全体がバランスのとれた経済計画をつくるという政府の政策、あるいは福祉国家を日本で実現するという政策と、それからそのような外国系会社のその会社自体の計画との間にそごが生じまして、日本国全体の、びっこでない、かたわにならない発展というのを阻害されることになりまして、ここに大きなマイナス面があるかと思います。 このようなマイナス面を除去しながら、自由化を必ずしも否定しないとすれば、一体どういう対策が必要なのか、これがどうぞ予算審議の中で十分検討していただきたい点なのであります。 まず第一に、これは先ほどの芦原公述人からもお話がありましたように、自主技術の開発、これがやはり基本的に重要ではないかと思います。経済には一つの法則がありまして、外国技術に依存しながら経営権の自主性をはかるということは、根本的に不可能だというのが原則であります。自主技術に裏づけられない経営の自主性というのは、いわば絵にかいたもちのようなものであります。したがって、日本の経営権が確立するためには、自主的な技術の開発ということがどうしても必要になるのではないか。それからもう一つは、このような自主的開発というのは一朝一夕にできませんが、そのような自主的技術を開発する間は、外国の企業が日本で子会社を持つ場合に、その自分の子会社だけに技術を独占させるようなことをさせないで、技術の実施権等については日本の各企業に開放する、このことがないと、技術独占という弊害がもろにあらわれてまいります。 それから第二には、コカコーラ社について先ほど申しましたように、自由化の影響をとりわけ大きく受けますが中小企業であります。中小企業の国際競争力の強化という問題について、予算の中に十分計上されていないのに自由化の方針が断定されますと、その影響はもろに中小企業にあらわれます。そういう意味で、中小企業の国際競争力強化の対策、これが真剣に取り組まれなければならないかと思います。もしその対策が十分でない間は、少なくともその関係業種については自由化は延期してもいいという見解も成り立つかと思います。 それから第三に、日本の産業構造が一定のバランスを保って、ある産業だけは日本の国家の自由にならないなんてことにならないように、かたわにならない自主的な発展のプロセスが生み出されるように、国会は十分な配慮をしておく必要があると思います。そうでないと、先ほど申しましたように、福祉国家の実現ということは絵にかいたもちになってしまいますし、経済の発展計画というもの自体が成り立たなくなります。そういう意味で、日本の産業構造に、かたわにならない保障を十二分につけておく必要があります。 このような対策を総括的に言いますと、自由化ということをいまの日本の企業の状態では認めなければならないとしても、しかし、日本の企業の経常権だけは大きく阻害されないような、そのような条件の中で自由化に踏み出すという一点に尽きるかと思います。そのためにいま政府、通産省その他で審議されておりますのが外資五〇%主義という、そういう外資に対するワク組みだと思いますが、しかし、この五〇%主義も、先ほど豊年リーバの例で申しましたように、さしあたり目先だけ五〇%であっても、貫徹しないのであります。外国の会社は、ごくわずかな赤字は承知してまいります。そうして長期の見通しでまいります。ところが、日本の会社は短期の見通しでそれに対処していて、外資審議会も短期の見通しでそれを許可していたのでは、これは必ず豊年リーバのケースと同じケースが起こります。そういう意味で、その五〇%主義をもし貫徹するなら、これは長期にわたってもそれが貫かれるような、そういう視野で御検討が必要かと思います。 もう一つは、この五〇%主義を日本で守ろうとした場合、一つの大きな制約条件は、日本以外のアジアの諸国でその条件を守らない場合であります。たとえば、いまテキサス・インスツルメントが日本に入ろうとしている中で、いま韓国で、集積回路メーカーのモトローラという会社がありますが、この会社が二十七億の出資で韓国にICの工場をつくっております。そうして、韓国の非常に安い労働者を使ってICをつくって、場合によっては日本にまで輸出しかねない状態であります。さらに、香港でも一〇〇%支配のフェアチャイルド社がICの工場をつくろうとしています。もし外国でそのような五〇%未満主義でないような条件で工場を許していますと、日本だけひとり五〇%未満主義でがんばっていても、がんばり切れないのであります。だんだん外国で工場ができる、それを見ると、日本側の会社のほうであせりを感じます。そうすると、五〇%でなくてもいいのじゃないかと言い出す。これは日本が技術の点で自主的でない条件を前提にしますと、一つの必然であります。これを逃げるためにはどうすればいいか、これは日本としても、東南アジアの諸国と話し合って――外資を受け入れるときには、そのそれぞれの会社がそれぞれ経営権を守るということは、一つの一般的な原則だといっていいわけであります。必ずしも、韓国だからその点はいいということではない、あるいは香港だからその点は許されるということではない。したがって、日本から、経営権が侵されない範囲での資本取引の自由化という一般原則を国際的な了解の中で打ち出す、こういう経済外交が裏づけられませんと、国内的な措置で外資の対策をいかように十分におとりになりましても、必ずその裏をかいて、自由化はその意図を貫徹いたします。つまり、およそ資本取引の自由化というのは、インターナショナルな関係であります。インターナショナルな関係を、一国の国内事情だけで阻止するということは困難でありまして、インターナショナルなテンデンシーに対してはインターナショナルな原則で、やはりきちんと、日本の産業のみならず、各国の産業が同時に守れるような、そういう原則を経済外交のラインで打ち出す、これがまずなされて、そのワク組みの中で日本は自主的技術の開発に重点を置く、こういったことが重要なのではないかと思います。 私は、資本取引の自由化について、かなりこまかいところまで申し上げてお耳を汚したと思いますが、要するに、その資本取引の自由化問題が、現在の日本の長期的な構造を変えるかもしれない瞬間に立って、予算審議の中にその問題抜きに素通りされることのないように、その点で私の私見を述べまして、公述人としての役目を果たしたいと思います。(拍手)
○植木委員長 ありがとうございました。 ―――――――――――――
○植木委員長 これより両公述人に対する質疑に入りますが、芦原公述人は、他の用務のため午前十一時三十分ごろには退席いたしたいとのことでありますので、先に芦原公述人に対する質疑を願うことにいたします。高田富之君。
○高田委員 ただいまたいへん有益なお話を承りましたが、御意見の中で、わが国の輸出振興を非常に重点的な政策として、もっと強く打ち出す必要があるのじゃないかというようなことがございまして、その際、特に軽工業でございますが、最近は軽工業の比重というものが非常に急速に小さくなってはきておりますけれども、まだまだわが国としては相当の重要性を持っており、特に国内における中小企業、あるいは雇用面におきましても相当社会的に重要性を持っておるわけでございますが、軽工業が将来一体どうなるか。また、これに対してどんなふうな政策をとっていったらいいのか。競争相手が次から次と後進国の間からどんどん出てまいります。むしろわが国は、こういうものを切り捨てていくと申しますか、縮小していくというか、そういう方向で施策を講ずべきものとお考えでございますか。それとも、さらにてこ入れをいたしまして、わが国独特の持ち味を生かした軽工業の輸出産業としての将来性を生かすというような方向に持っていったほうがいいというようなお考えでございますか。その点、ひとつ御意見をお聞かせ願いたいと思います。
○芦原公述人 私も輸出の具体的な問題になりますとあまり専門じゃありませんが、ただいまのお話を、たとえば紡績等に関連するものと考えまして、もちろん先ほど申し上げましたように、香港とか韓国等に紡績の強力な競争相手が出ておるようであります。しかし、いまの段階では、それは、たとえば紡績でしたら非常に太糸の関係といいますか、高級品じゃないもので競争されておりますので、日本の事業が少しその質を変えていけば、まだまだ輸出を続けていく可能性はあると考えております。ただ、国内で非常に過当競争をしておりますと、その面で体質が弱体化していますと、やはり輸出をする能力も弱体化していきますので、その点は大いに考える必要があるのじゃないかと存じておる次第であります。
○高田委員 それでは、もう一点でございますが、先生は、研究投資の問題、輸出振興の問題、それから土地及び流通機構の問題というようなことを御指摘になられまして、私も大体そういう点が非常に重要であろうと思うのでありますが、特に非常にむずかしい問題の一つは、わが国の場合は、特例に流通機構が、西欧諸国の同一程度に工業の発展した先進国と比較いたしますと、中小商業でございますか、配給機構というものは特別に数も多いし、入り組んでおりますし、歴史的、伝統的に非常にむずかしいと思うのでございます。先生はこれの近代化ということばでおっしゃられたのでございますが、あとの宮崎先生の外資のお話もございました。一番むずかしい問題はそこらにあるかと思いますが、たとえば、近代化ということにつきまして、先生のお持ちの原則的な構想――こまかい点はけっこうでございますが、どんな方向でこれを近代化したらいいものか、具体的なお考えがございましたらお知らせ願いたい。
○芦原公述人 実はむずかしい御質問で、的確なお答えはできないかと思うのでありますが、われわれ見ております範囲では、価格というものは、やはり消費者に渡る時点の価格が問題じゃないかと思うのであります。そこまでのいろいろな価格形成を見ますと、やはり生産価格一に対して二とか三、あるいは場合によれば四ぐらいのものが流通機構の価格であって、その消費者の価格を下げるということになりますと、やはりパーセンテージの大きい分野と真剣に取り組んで研究いたしませんと、一部分だけにいかに努力しても、全体の価格の影響は少ないと私は思っておるのであります。それで、先ほど宮崎先生からもお話がありましたように、コカコーラ等の例を見ますと、そういう流通機構の面で非常に合理化して、コストが安く消費者に渡るようなことをやっておりますから非常に大きい利益をあげておる、私はそう考えておるのであります。そういう問題は非常に数も多くありますし、また、長い間の習慣、歴史がありますから、これは官民一体になって、ほんとに真剣に取り組んで最善の方法に改めていきませんと、自由化されてまいりますと――自由化は避け得ないと私は考えておりますが、どうしても日本の企業がその点で負けるという結果になるのじゃないかと思っておるのです。すでにわれわれのほうで、神戸を中心にしましてスーパーマーケットの、もう少し百貨店の間のようなものですが、やっておられる方がありますが、その方の話等を伺いますと、やはりまだ非常に改良すべき余地はたくさんあると私は思っておるのであります。 専門じゃありませんので、具体的にどうすればいいということをここで申し上げることはちょっと不可能でありますから、お許しを願いたいと思います。
○植木委員長 角屋堅次郎君。
○角屋委員 最初に、芦原公述人にお伺いをいたします。 政府のほうで経済社会発展計画、昭和四十二年から五カ年間の計画を発表されたわけですが、こういう計画を推進するにあたって一つ大きく考えなければならぬことは、四つの島に一億近い人口がおりまして、さらにこれから人口が増加をしていく。しかも、そういう中で国土の総合開発というものが、従来から新産都市の問題にしろ、あるいは工業特別振興地域の問題にしろ、あるいは低特の問題にしましても、山村振興の問題にいたしましても、その発生の年次はいろいろ違いますし、こういう経済の非常な発展過程においては、根本的に再検討して、もう一回同じ時点で足並みをそろえて総合的に推進をしなければならぬ段階がきておる、こういうふうに私は思うのです。それと同時に、これから太平洋工業ベルト地帯への人口集中ということが盛んにいわれるのですけれども、たとえば近畿経済圏なら近畿経済圏、あるいは中京経済圏なら中京経済圏というものを具体的にひとつ考えてまいりましても、水の問題あるいは公害問題、いろいろな問題も含めて、やはりそういう点では、北海道にせよ、東北にせよ、従来の過疎的な対策というものの地域も含めて、四つの島の最高度利用の長期展望に立った総合開発というものが真剣に考えられなければならぬと思うのです。何か、いまある傾向の、四大工業地帯への人口集中傾向というものを是認した上に立って、そして都市対策を考えていく、あるいは過密対策を考えるというだけでは、根本的に行き詰まる時期がくるのじゃないかという感じが、率直に言ってするわけです。こういうこれからの国土総合開発の進め方について、経済人としてどういうふうにお考えになっておるか、まず最初にお伺いしたいと思うのです。
○芦原公述人 私は、総合開発につきまして、現状は、お話のとおりやはり東京、名古屋、大阪を中心にした東海道ベルト地帯に人口集中するのは当然だと思っておるのであります。といいますのは、やはりその地点に経済的その他いろいろな点で利益な点があるからそこへ集まるのであります。しかし、やむを得ないからといってこのままでほっておきますと、日本の将来の発展は阻害される、かように考えておりますので、でき得れば、この人口集中を防止するような対策をぜひやるべきだ、そのためには、いろいろな案がありましょうが、私は、かようにコンピューターができ、いろいろな交通機関、通信機関等が非常にスピードアップしてきましたときに、地図の上の距離は問題でなくて、実際距離が近くなれば、ほんとうに隣へくるわけでありますから、隣同士はうまく連絡していけるんじゃないかと考えておるのでありまして、第一に、やはり幹線道路でもって遠い地域を近いところへ近づけるべきじゃないかということが一つであります。それからもう一つは、新産都市につきましても、工場出荷額といいますか、それについては相当伸びておると私は思うのであります。ただ、伸びておりますのは、新産都市ができたから伸びたのか、地場産業が拡大したから伸びたのか、その両方のどちらが多いのかというところまで私も研究いたしておりませんが、まあ相当の効果はあると思うのですが、もう一息対策を講ずれば、あれも成功するんじゃないかという考えを私個人的には持っております。 そのためには、やはり現在の欠点をよく研究して、それを改正していきませんとだめであります。一つ私の聞いておる問題は、たとえば、そこへ大企業の工場が進出しますと、そこでその地場産業をできるだけ活用したいと考えても、そこの技術のレベルが非常に低いために、どうしても活用できないという点があるようでありますから、やはりその地場産業もレベルアップをして、それに対応できるだけの能力までは上げていかなければいけないんじゃないか、そういう方法をあわせて、国が中心になってそういう施策を進めていきますと、私は総合開発の実はあがってくるんじゃないかと思っておるのでありますが、現在は残念ながらお話のとおり、われわれの関西の日本海側にしましても、何か石川県だけは人口が減っておりませんが、その他はみな減っておるようでありますし、西日本の各県も人口の総数が減って、それが東海道ベルト地帯へみな集中しておるようなことでありまして、この大都市を再開発いたします金といいますか、資金コストというものは非常に高いものでありまして、何十倍あるいは何百倍という高い金をかけてそこを開発するよりは、できれば、そういういままだ開発されておりませんところへ、せめて人口が減りますことを防止できるような措置をまず第一にやっていただきたい、かように考えておるのであります。
○角屋委員 資本の自由化との関連でも重要でありますが、基本的な問題として、科学技術の振興の問題にも触れられたのですけれども、最近日本で問題になりますのは、日本の優秀な頭脳が海外にどんどん出ていくという問題がいわれておるわけであります。科学技術の振興、これはまあ国が従来以上に比率を高めて基礎的な研究を十分やっていくということは、いま芦原さんの言われる点、同感でございます。これは宮崎公述人からも、大学の先生をやっておられますので、両公述人からお伺いしたいのですが、優秀な日本の頭脳の海外輸出というものに対して、これは数年の留学ならいいんですけれども、向こうへ居ついちゃって再び帰って来ない、こういう関係のもとで、やはり科学技術振興のために、日本の主体的な力をつけていくといっても、日本の持ち財産を外国へどんどん出しておるような状況では、それだけ力をそがれるということになります。すぐといっても、具体的にこうすればよろしいということのお答えが十分いただけるかどうかわかりませんけれども、しかし、これは一つの重要な問題だと思いますので、日本の頭脳の海外輸出という問題に対してどういう手を打てばいいと思うかという点について、両公述人から御意見があれば承っておきたい。
○芦原公述人 ただいま、残念ながらお話のとおりだと思うのであります。私は、海外へいらっしゃる技能者といいますか、学者の方々は、外国へ行けば給料がたくさんもらえるからというだけで行っていらっしゃるのじゃないと確信いたしておるのであります。でありますから、日本で十分その方の能力が発揮できるような機関といいますか、機構ができれば、日本にとどまって、日本でやって、自分の頭脳を現実に発揮できるような姿にしたいという考えを皆さん持っておると思います。でありますから、最初私が申し上げましたように、やはりそれには日本は重点的に何からやるべきか、最も必要なものの計画をつくるのがまず第一じゃないか。それから始めていかなければ、何でもかんでも手をつけたのじゃ、やはりすべてのものがなかなか完成しないということになります。そういう頭脳を持っておる方は、自分のやりたいと思っておったことが完成しませんとわりあい元気を落とすわけでありますので、やはり完成できるようなものをつくる。それには、したがって少し計画的に必要なものから手をつけて、何でもかんでも手をつけるようなことは慎むほうがいい、私はかように考えておるのであります。
○宮崎公述人 端的に言いまして名案というものはなかなかないと思います。ただし、現在日本の置かれておる状態にどういう欠陥があるかということは申し上げることができます。と申しますのは、頭脳流出というのは、ただお金だけでないという面も確かにありますが、最近の統計データによりますと、アメリカで有能な技術者の数が限られてくる。技術の開発というのは、ただ一人の人がぽっと夢に新しいアイディアを生み出すように見えるかもしれませんが、技術がそのように結集いたしますためには、すそ野が広くなければならない。ある程度の数の人がそこで研究していて、そしてそこで新しい技術が生み出されるというわけであります。そこで、アメリカとしましては、アメリカに国籍を持つ技術者の数に限界を感じますと、いち早くその技術を、たとえば宇宙産業だとか、人工衛星とか、そういう特別な要求が強くなりますと、外国にある既成の技術者を意図して集中する。決して個人の問題じゃなくて、政策として集めるということが行なわれているのであります。ヨーロッパでは、たとえばスイスでそういう記事が載っておりましたけれども、せっかく粒々辛苦して、たとえば国費をかけて国立大学を出して、マスターコースを終えて、ドクターコースを終えて、そのために国費をうんと使ったのに、その技術者は、スイスで研究をしないで外国で研究をしてしまう。このロスを国家はどうして無視するのか。個人としては確かに生活の条件がよくなります。よくなるといいましても、決して特別に優遇されておるのじゃありません。この前、エサキ・ダイオードの発明者である江崎さんが日本にお帰りになって談話をしていらっしゃるのを聞きましたところでは、決してアメリカで特別に私たちは優遇されておるのじゃないというのです。ただ、日本人にとってそれが優遇されたように見える。つまり、先ほど申しましたように、アメリカの賃金水準が日本より平均的に高い。日本人個人にとっては高く見えるだけで、決してアメリカ全体のレベルの中で特別に優遇されておるのじゃない。したがって、アメリカとしては特別に大きなお金を出さないのに、日本で得られる、しかも、アメリカではそのお金では得られないような技能者を集めることができる、こういうメカニズムとしていま頭脳流出が起こっております。そのことを、やはり事実として認めておく必要があります。アメリカとしては、国費も何も投じないで、もうでき上がった既成の有能な技術者を世界じゅうから集められる。これで技術の開発にとって有利な条件になる。ここに一つの大きな前提条件があります。つまり、アメリカ人は、先ほど申しましたように、賃金が高いので労働者を雇うのは困難だというふうに言い出して、資本の自由化をして外国に出ますが、しかし、技能者についてだけは、その高い賃金をかえって武器にして世界じゅうから集める。そうすると、世界の技術はアメリカで開拓されて、そこでただつくるのだけ外国にいくといったふうな構造の中に頭脳流出の問題があるということであります。もしそれに対して、基本的に日本として対策を考えるならば、やはり技術者の優遇だと思います。技術者を物質的に優遇するというだけではありませんで、先ほど芦原さんのおっしゃいましたように、日本の場合には、その上に主任教授があって、その下で研究をしている場合には、その人がどのように有能であっても、なかなか実力を発揮できない面が往々にしてあります。日本の研究体制にある非近代化の様相、これが一つ。それからもう一つは、研究者全体を通じて経済的条件に恵まれていないという条件。この二つを、国家としてはさしあたりすぐでも着手されませんと、頭脳流出はいまよりももっとひどくなるのではないか。いまのところ頭脳流出をしないとすれば、その個人の持っている愛国心だけが最後のとりでになっているのでありまして、心理的、精神的に日本にいるということになっています。この問題をぜひ政府、国会としてもお考え願いたい。私はそう思います。
○角屋委員 芦原公述人に、時間の関係もありますので、最後に一点だけ、御専門の問題についてちょっとお伺いいたします。 一つは、原子力の平和利用の長期計画の問題でありますが、こまごまとお伺いすることは省略をいたしまして、あの昭和五十年度までの計画あるいは昭和六十年度までの計画というのはなかなか容易ならざる目標を示しておるというふうに思うのですけれども、これは電力関係者として、大体可能であるというふうに見ておられるかどうかということが一つ。 それから、いま日本の場合は、海岸部で原子力発電所の設置が始められて、ぼくのところでは非常に政治的に問題になっておるわけですけれども、この原子力発電所というのは、たとえば河川の上流とか、あるいは平場地帯とかいうところには、大体関係者としてはいつごろからそういうところに入れるというふうに見ておられるかという点が一つ。 もう一つは、これはいずれ公害対策基本法が国会で議論されることになるのですけれども、これは火力の発電ばかりが問題でありませんで、そういう点でやはり先ほどの科学技術振興の問題とも関連をして、私は、公害対策の総合研究所というふうなものをつくって、こういう公害問題に政府自身が総合的な立場から十分本腰を入れていくということが必要な段階にきているんじゃないかというふうに見ているわけですけれども、これらの問題について御意見を承りたいと思います。
○芦原公述人 最初に、原子力発電所の問題でありますが、私は、いま御質問の昭和五十年、昭和六十年に官民できめました長期計画は実現すると思っていますし、また、あれを実現させなければいけないと思っておるのであります。時間の関係でその理由は省略いたしますが、ただ、この原子力発電所のような、こういう最新の大きい技術につきましては、われわれ技術者でも、やはり少し甘い考えを持ち過ぎておるのではないかと私は思っておるのでありまして、われわれの先輩の欧米の、もうすでに実験しておる国のいろいろな実績をとりましても、建設の途中でいろいろなトラブルが起こって、それを修繕して完成する。したがって、竣工の予定日が半年、一年おくれる。また、その運転を始めまして二、三年の間は、運転しておる間にいろいろ故障が起こって、とめて手直しをするという結果があらわれております。でありますから、日本の場合でもそういうことはあり得る。こういう新しい技術がほんとうに商品化するような時代まではあり得るという強い決意を持って着手いたしませんと、あまり甘い考えで着手いたしましては、途中で予想外なことで棒を折るようなことになるとたいへんなことになる、かように考えております。 第二の、海岸でなくて山の中でというお話でありますが、これは原子力発電所に限りません。火力発電所も同様でありますが、いまボイラーというのを使って発電をやっておる。あれを使っておる間は非常にたくさんの冷却水が要るのでありまして、それをアメリカとかあるいはカナダとか、その他外国のように海岸ではなくても、非常に大量の水のあるところはいいのでありますが、日本は残念ながらそういうところがありませんので、日本では当分はやはり海岸だと私は思っております。 それから、公害についてでありますが、公害につきましては、いま国も民間もあげて公害の除去には非常に研究をいたしておるのであります。まだほんとうに経済的に的確にきくようなものはあらわれておりません。ですが、今後それを続けていきまして、できるだけそういうものは減少すべきだと思っております。数もふえてきますと、これを絶無にするということはなかなかむずかしいと思っておりますが、私は、ほんとうの人間の生活に障害を起こさない程度まではこれは防ぎ得る可能性があるのじゃないか、かように考えております。ただ、これはあまり研究をしないで対策を講じたのでは効果はあがらないので、公害の発生原因とか発生の経過とか、いろいろなものを科学的に研究をして対策を講じていきませんと、その効果は薄い、かように考えておるのであります。
○植木委員長 これにて芦原公述人に対する質疑は終了いたしました。 芦原公述人には、貴重な御意見をお述べくださいましてありがとうございました。これにて御退席いただいてけっこうでございます。(拍手) 引き続き、宮崎公述人に対する質疑を行ないます。北山愛郎君。
○北山委員 宮崎さんの御意見は私も非常に同感の点が多いのですが、ことに非常に興味を持ちましたのは、資本が外国に進出する場合の、いわゆる外資の持ち株の比率といいますか、それが単に日本なら日本だけで五〇%未満というような基準をつくりましても、それは抜け道が出てくるというお話で、言うならば、国際的な外資進出の基準といいますか、そういうものを設けたらどうか。いまのOECDの資本自由化のコードといいますか、基準ではなくて、やはりもっと広い国際的な、資本が外国に進出する場合の一般的な基準として、五〇%未満というような基準を置いたらどうかという御意見、私も非常に関心を持つのです。ただ、これは宮崎先生だけの発想でいらっしゃるのか、あるいはまた、これが外国とかどこかでそういう論議があるとか、あるいはそういう徴候があるとか、問題になっておるということがあるのか、もっとこれをふえんして御説明を願いたいと思うのです。
○宮崎公述人 実は、外国でそういうお考えがあるかどうかを、まだ文献では十分確かめておりません。ただ、資本取引の自由化という問題が特に世界の各国で問題になりましたのは戦後であります。戦前も決して資本取引の自由化問題がなかったわけではありませんが、そのときの資本取引の自由化というのは非常に限られておりまして、たとえば石油だとか、あるいはゴムのプランテーションであるとか、あるいはユニリーバ社が油のもとをとるためのプランテーションだとか、非常に原料中心の資本輸出にある意味じゃ片寄っておったわけであります。ところが、ごく最近になりまして起こってまいりましたのは、実はアメリカと並び称せられるくらい大きな資本主義の国であるイギリスだとか、あるいはフランスだとか、ドイツだとか、イタリアとかにその資本の進出が目立ってきた。そしてその中身は、原料中心ではなくて製造工業中心になってきた。たとえば自動車、石油化学、あるいは電子計算機、あるいは原子力燃料関係、こういったふうな製造工業で、先進国にしかできないような産業に資本が大幅に流出するようになったのは、実は戦後的な徴候なんであります。つまり日本は、言うならば、先進国になったがゆえに、その資本の自由化の中でヨーロッパと同じような扱いを受ける。同じような扱いを受けるというのは、アメリカから見れば、ヨーロッパと同じような魅力を感ずる市場になってしまった。こういう状態が戦後の一つの一般的な状況だといたしますと、ここに問題なのは、たとえば国に国家主権があります。個人には基本的人権があります。しかし、そのような資本の自由化をユニバーサルに認めました場合に、経済の論理というのは、戦前のことからいいましても、資本力の強いものが資本力の弱いものに勝つ、そういう弱肉強食の面がつきまとうわけであります、それが、ましてや国内の企業間であれば、政府がその中に入ったり公正取引委員会が入ったりしてコントロールをすることができますが、資本の国籍がそれぞれ違っているような場合には、そこから起こってくる問題はさらに深刻な問題になります。現にフランスでシムカ事件というのが起こりまして、アメリカの第三の自動車メーカー、クライスラーが、フランスのシムカを六三%支配したときに、ドゴールは非常にナショナリズムの立場から憤ったことも有名な事実であります。こういう事実が戦後、特に一九五八年ごろからあらわれだしているわけです。 そこで、おそらくどの資本主義国でも、資本の自由化で影響を受けている国は、経営権だけは守りたいという考え方が、次第に濃厚になっているのではないかと私は見ているわけであります。よく労働者との関係で経営権ということがいわれます。しかし、これは労使協約の中の経営権という問題ではなくて、資本と資本との関係の中で経営自主権といいますか、経営主権とでもいうべきカテゴリーが、やはり資本自由化の中では確立せざるを得なくなったのではないか。そういう要求は日本だけの要求じゃなくて、ヨーロッパ先進国すべての中にある。いろいろの苦悩はすべてそれに尽きる。そうだとすれば、それを一般的な原理化する可能性はあるのではないか。これはただ先進国だけじゃありません。たとえば、日本が韓国に資本を輸出する場合でも、韓国のナショナリズムに抵触しないように韓国に進出するためには、韓国の民族資本の自主権は認めて、五〇%をこえない資本進出をする。これはある意味では世界的な一つの原理になり得るのではないかというのが、私がかねてから考えを煮詰めようとしている考え方でありまして、この考え下方が国際的にある程度、いわば市民権を持っておる多くの人に支持されるような条件は次第にできつつある。そういう中で、日本がこれから自由化に踏み出そうとして、まだしていないだけに、日本の政府なり日本の外務省なりが、そのような経済外交のラインを打ち出していけば、かなり大きな世界を動かすような世論になるのではないか。そういう外交上の――これを私はフォーワード・ナショナリズム、前向きの国際主義と呼んでいるのですが、それぞれの国の経常主権を侵さないけれども、しかし、その範囲の中では資本の自由化を許すような、そういう課題こそが、いまのそれぞれの国の置かれた実情に合った一つの姿勢ではないか。もしその姿勢を積極的にとりませんと、その結果はどうなるかというと、たとえば五〇%以上の資本の自由化で日本が影響を受けた。そうすると、そのお返しに日本も、日本よりもより後進国に対してそういうやり方をやっていく。もし、そうなると、私はバックワード・ナショナリズムと呼んでいるのですが、うしろ向きの、強いものが弱いものにいつまでも勝つような原理でインターナショナル関係が結ばれるようでは、世界の今後の発展はないんではないか。そのために、日本はいまそういう大きな世界的視野に立って、前向きの国際主義という、そういうプリンシプルを、経営主権を、対外国資本に対して要求するという姿勢の中で打ち出す。これがやはり一番基本的であり、一番重要なことではないか。そういう条件を満たした中で各国の努力が技術開発に向かう、これが順序であって、技術開発に向かうというだけでこの自由化に対処しますと、その技術開発が間に合わなかったときはどうなるのかという危惧は依然として残ります。つまり、国際的なフレームワークの中で、安心した自由化体制というのをまずつくるべきではないか。その中で初めて各国の努力が報われるという形をとるのが新しい時代の要請している秩序ではないか。そういう意味で私がいまのような提案をしたわけでございます。
○北山委員 この問題は私どもも検討してみたいと思うのです。 もう一つ、資本の自由化の対策として、あるいは持ち株会社の問題、それから独禁法を緩和すべきである、そして国内の企業活動を強化しろというようなこと、それからまた反対に、独禁法をもっと強化しなければならぬというような、いろいろまちまちな意見があるのですが、これらの問題についての先生の御意見を承りたいのです。
○宮崎公述人 それでは簡単に申し上げます。 資本の自由化問題の対処のしかたは、大きく分けますと二つあります。それは、外国の資本だからナショナリズムの立場で、その自由化に対して一つの姿勢を示すという線が一つ、それからもう一つは、外国であるか国内であるかを問わず、その会社が資本力をほしいままにして独占の欲望を満たすがゆえにそれは許しがたいんだという、いわば独占力に対する反対の姿勢から資本の自由化問題を考える姿勢がございます。 この問題は、実はよく考えますと、切っても切れない関係にあるわけです。もしナショナリズムの観点だけで資本自由化問題を処理いたしますと、日本の国の企業を大きくして、そしてたとえ国内的にそれが独占的な価格をつけ、独占利潤を獲得するような結果になっても、規模さえ大きくなれば外国の会社と太刀打ちできるからそれでいいではないか。つまり、独占禁止法がそれを妨げているならば、独占禁止法をゆるめて、外国の会社と太刀打ちすべきではないかという考え方になるわけであります。しかし、そのように考える向きの中で、そういう提唱をなさる方自身が、もう一つ同じ問題を別の角度からお考えになったとき、こうおっしゃるのです。たとえば経団連で昨年の十二月に北島委員長をお呼びになって、独禁法で外国技術の独占を押えることはできないだろうかという質問をされております。それはなぜかというと、特許法で外国の技術の独占が及ぼす影響をチェックできるかを検討してみたところが、実はできない。公共の利益に反する場合についてはできるように書いてあるのですが、公共の利益に反するというのはどういう場合かというと、ガンをなおす薬ができたのに、ある会社がそれを公表しないでがんばっているような場合、そういう場合については、特許法は特別にその特許の独占を許さないという形をとることができるのでありますけれども、現行の特許法というのは、もともと技術を開発した人の独占意欲を保障する制度が特許法なんでありますから、その精神に照らして、外国の企業が持っている技術独占を制約するための条件として特許法を使うことはできない。とすると、それは公正取引であるかどうかという観点で技術独占の問題に対処しなければならないというので、経団連から、独禁法をそのように運用できないかという申し入れが出ております。これは実は独禁法に対する相矛盾する対処のしかたであります。つまり、たとえば持ち株会社は第九条で否定されておりますのを、それはゆるめなければいけない、日本の国内の会社に対しては、それを大きくさせなければいけない。そのくせ、外国の会社に対してはその独禁法を強化しなければいけないといったふうな独禁法に対する態度は、資本の自由化に対して、まだ十分に考え方を練って、最終的にだれの前にも大っぴらに出せるような形で整理されていない段階、つまり、もう少し露骨な言い方をしますと、日本の財界ではまだ動揺がある。独禁法に対する態度の中に動揺がある。つまり、できるだけうまく利用したいと思うけれども、それが相矛盾するので困っているということであります。ということは、ナショナリズムの立場で自由化対策を考えるにはある程度限界があるということではないか。したがって、もともと自由化対策の問題点というのは、外国の技術が日本に公開されないで、それが資本とともに入ってくることがわれわれの問題点でありますとすると、それは端的にいえば技術独占であり、資本独占に対する対処のしかたが実は自由化対策になるはずであります。そういう観点が一つと、それからもう一つは、その対策として、たとえば日本の会社が巨大な会社になった場合に、結果において国内市場で独占力を発揮しまして、その結果国民が高い独占価格のもとで生活をするということも、国民にとってはプラスではありません。とすると、一つの観点は、独占に対してどのように対処するかという観点で自由化問題を考えるべきだと思います。 この場合、独占というのは、こういうことと区別して考えなければなりません。つまり、会社の規模が大きくなることをやめろといっているのではありません。もし会社の規模がどうしても大きくならなければならないならば、その前提として、その会社に、価格が独占価格ににならないで済むような保証を政府が十分立法化して、そして生産力の面で大きくさせるのは、私は決して反対しているのじゃありません。ただ、そうしないで独禁法だけ緩和して、会社の規模も大きくなるけれども、価格も自由につり上げられるというふうな状態で資本自由化対策に乗り出すことは、これは一つの虫を殺して、もう一つ大きな虫を育てるようなものでありまして、これは日本国民全体としてプラスであるかどうか。つまり、経済の面で自由化に直面してわれわれが問題を特に深刻に考えているのは、技術を独占したり、資本力が大きいということは、いかに影響が大きいことかという反省でなければならないと思います。その資本力が大きいということがマイナスの作用をしないで済むような前提を十分自由化対策の中でして、なおかつ日本の企業が規模を拡大できるような道、これをやはり積極的に考えるべきではないか。したがって、独占力については、乱用を防止するような政策がきちんと打ち出された土で、初めて生産力が要求する規模の拡大は認める、こういう順序で日本の経済力を考えていく。これが一つの自由化対策の活路になるのではないか。それは国民の利益でもあるし、国民に対してマイナスはないし、同時に競争力の面でインターナショナルな対抗力を持ち得る、こういう意味合いがあります。 ただ問題は、それにもかかわらず、それでは間に合わないという問題があります。資本の自由化のほうがいわば即時的にあらわれて、経済力の育成のほうに時間がかかる。したがって、五〇%主覇というフレームワークをさしあたりつくらないと、経済力の育成の時間の間隔が決定的なおくれにならないか。技術の開発にはより時間がかかる。経済力の集中にも時間がかかる。その間に自由化のほうが瞬間的にあらわれてきて、効果の面で自由化の影響のほうが即時的にあらわれれば、これはそういう努力がすべてふいになります。したがって、瞬間的な効果において心配のないような国内経営主権の問題がまず先行される、その上で経済力の育成強化がはかられる、技術の開発がはかられる、こういう順序でものを考えるべきなのではないか、そういうふうに考えるわけであります。
○北山委員 御説明、まことに明快でございましたが、資本自由化はいかにむずかしいかということがはっきりしたわけでございます。どうもありがとうございました。
○植木委員長 高田富之君。
○高田委員 先生に一つお伺いしたいことは、最近ヨーロッパで、アメリカからの会社の進出、資本の進出が非常に多くなっておるわけでございますが、特に典型的なのはどこでございますか。
○宮崎公述人 件数で申しますと、フランスが多うございます。自助車関係で申しますと、イギリスの第二の自動車メーカーはフォードでありますし、第二はGMであります。第一位だけがナショナルなBMCであります。ドイツでいいましても、フォルクスワーゲンだけがドイツの会社で、その次、ドイッチェフォード、その他GMになっております。自動車メーカーについては、二位、三位はほとんどアメリカの公社になっているのが現状であります。日本とフランスにだけはフォードとGMが入っておりませんで、クライスラーがシムカを乗っ取ったわけであります。そこで、フランスと日本だけがGMとフォードにとって空白なんだ、そういうふうな理解がされております。そういうヨーロッパ全体と比較しますと、日本は、言うならまだ空白時代で、実はこれからなんだ。つまり、ヨーロッパにあるような事態にこれから進めるのだというのが、世界的な視野に立ったアメリカの企業の経営戦略なんじゃないか、これは明らかにはっきりしていると思います。
○高田委員 そこで、いまヨーロッパ各国、特にフランスへだいぶ進出している。自動車工業については各国ともそういうふうな状況だというお話でございますが、私がお伺いしたい点は、そういう状況が進みつつある中で、逆にフランスを中心とする西ヨーロッパの政治的な立場は、従来よりはアメリカに対して独自的といいますか、対等の立場を急速に回復してきている。ですから、資本の進出と政治的独立の関係というものが必ずしもくっついていない。逆に、資本は輸入する、政治的には独立性を広めるといったような傾向はどういうふうに説明されるものか。 ついでにもう一つ、低開発国に対して先進国側からの資本の輸出ということが、現在では国家資本が輸出されておりまして、私企業の資本の輸出が非常に少ない。これが将来、国家資本によって開拓されまして、ある程度開発されたところへはどんどんまた私企業の資本が進出していくのじゃないか。先ほどのお話のように、韓国やその他の東南アジア諸国へ、一〇〇%の経常権を持った先進国の資本が入っていくのじゃないか。そういう場合に、それらの低開発国が、政治的には独立対等、資本はどんどん入れる、こういうような関係があり得るものかどうかということをお伺いしたいのです。
○宮崎公述人 ヨーロッパの例で申しますと、資本の自由化の結果、フランスにおいては、むしろドゴール的なナショナリズムというリアクションが起こっております。たとえばシムカ事件が一九六三年の一月に起こりましてから――ドゴールはそれまでは、御存じのようにアメリカのノルマンディー作戦と一緒にパリに入るわけで、アメリカ資本に対しては協力してほしいという姿勢であったのが、アメリカ資本のフランスに対する経済侵略だというような露骨なことばを使って、かなり強い抵抗の姿勢を示します。それが原因になったかどうか、因果関係はなかなかむずかしいのですけれども、時間の前後関係でいいますと、その次の年に、たとえば中国承認という、アメリカにとって一番都合の悪い政治的な決定をやったり、それからその次の年、一九六五年にゴールドウォーという、つまり金本位に戻れといったふうな、アメリカにとってはなかなか許しがたいような言い方をする。そういうふうな、つまり経済的な侵略の結果、政治的にアメリカに対抗的なナショナリズムが台頭しているという動きが一つ、これはフランスの場合典型的であります。 そのほかに、もう一つは、外国の資本がたくさん入りますと、その国の政治的自主性がなかなか保ちにくいという例がヨーロッパにあります。たとえば、イタリアのモロ・ネンニ連立内閣のときにリラがたいへんたくさん流出いたしまして、その左寄りの政権が好ましくないというので、その以前に資本の自由化が行なわれていた場合には、資本がその政権を忌みきらって逃げるという形で、そのためにモロ内閣が新しい編成がえをせざるを得ないような事態が起こる。たとえば、労働党内閣が成立することがほぼわかった六月ごろにポンドがたいへん流出する、その当時は、ちょうどシェルがモンテカティーニを買収するお金とかぶさったわけですけれども、短期資金がかなりポンドの基礎をゆるがすように流れる、こういう動きを持つ場合もあります。それがかえってその国の政治的ナショナリズムをかき立てる場合もある。しかし、ドゴールのようにかき立てられないで、事実政治的な姿勢が柔軟になる場合もあります。つまり、独立性をむしろ喪失するような作用をする場合があります。それだから、日本でもしいろんな意味で外国の資本がたくさん入ってまいりますと、日本の国だけで日本の政治の仕組みを考えようと思ってもそうならない、そういう問題点が一つ、事実あります。これが自由化問題の政治的な側面かと思います。さらに後進国の問題でいいますと、後進国は御存じのように、戦後世界全体で百二十七ぐらい、七十何カ国がアジアとアフリカで独立いたしました。政治的には独立いたしましたが、実は政治主義でいままでまいりまして、たとえばスカルノなどは政治的な独立、非同盟主義でやってまいりましたけれども、経済問題を解決していない。つまり、経済独立のない政治独立というのはいかにもろいかということだろうと思います。そこで、いま問題になっておるのは、その経済的な問題、つまり、たとえば日本に援助を求める、あるいはヨーロッパに対して、あるいはアメリカに対して援助を求めるという新しい外交、つまり経済主義に変わっております。これは経済的独立につながればよろしいのですが、経済問題を抜きにした政治独立がいかに根底が甘いかということを示しているだけで、ほんとうは経済的独立と政治的独立を同時に達成しなければならないのに、まだいまそういう段階まで後進園はいっていない。そうだとしますと、いま国家の援助がさしあたりなされます、これは経済的効果でいえば一つの開発でありますが、しかし重要なことは、その国が自主的に経済計画を自分でプランを立てて、そのプランに即して、あまり拘束されない資金が流れるということなんですが、そうなっていけば、その独立の道はあると思います。ところが、往々にしてそうならないで、いろいろなひもつきの援助になりますと、これは独立からさらに遠くなる、そこで最近問題になっておりますのは、後進国は政治的独立をした、いま援助の過程にある、将来はどうかというと、ラテンアメリカ化されるんではないかという危惧が起こっております。つまり、現にあるラテンアメリカは、百五十年前に政治的独立をやりまして、その後、いまある状態はどうかといいますと、ブラジルにしてもアルゼンチンにしても、その他主要な国の主要な産業は、アメリカの企業のインベストメントでなされていて、そして経済的にはたいへん大きな影響を、アメリカ州の中で、北アメリカの影響を受けている。こうなるのでは困るんじゃないかというのが、いまインドネシアでもそうですし、それからアフリカでもラテンアメリカ化されない経済自立の道、こういうのがいま話題になっているかと思います。つまり、政治的非同盟主義から経済的自立主義へいかないと、へたをするとラテンアメリカ化されるんじゃないか、そういう危惧が後進国で起こっております。それだけに、資本についての導入の姿勢は、一面何かほしそうに見えますが、しかし、その資本の性格について、かなり国民全体としては敏感ではないか、これはメダルの表と裏でありまして、ほしいものを受け取ると自立性を失う、自立性を高めようと思うとあまりゆるふんでは困る、このかね合いが後進国でなかなかいまのところつきかねていて、前途は決して簡単ではありませんけれども、ナショナリズムとの関連で問題をはらんでおりまして、経済的なナショナリズムの問題というのが政治的なナショナリズムの次にこれから起こってくるんじゃないか。そのときに、私が先ほど申しました原則というのは、日本は援助はするけれども、その国の経営権だけは日本の資本としても侵さないのだという限界だけは守る。それはもちろん配当とか、そういうものは受け取るでしょうけれども、しかし、それは経営権に抵触しない限りで援助する、あるいは資本支出をするんだというプリンシプルは、ある程度援助を与える形態として現実性があるんじゃないか、それを後進国に日本が認めることによって、日本自身も、より先進国から資本を導入されるときの原則にし得る。つまり、みずからもそれを守るから、他人にも守らせるという一般原則でしか資本自由化問題は対抗できないのではないか、私はそんなふうに考えております。
○植木委員長 ありがとうございました。 宮崎公述人には、御多忙のところ長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。 午後は一時より再開することとし、暫時休憩いたします。 午後零時七分休憩 ――――◇――――― 午後一時十五分開議
○植木委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 昭和四十二年度総予算について公聴会を続行いたします。 ただいま御出席の公述人は、日本経済調査協議会事務局長青葉翰於君、法政大学教授力石定一君のお二人であります。 この際、御出席の公述人各位にごあいさつを申し上げます。本日は御多用中のところ御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。御承知のとおり、国及び政府関係機関の予算は国政の根幹をなす最重要議案でありまして、当委員会といたしましても慎重審議を続けておるわけでありますが、この機会に、各界の学識経験豊かな各位の有益な御意見を拝聴いたしまして、今後の予算審議の上において貴重なる参考資料といたしたいと思う次第であります。何とぞ各位におかれましては、昭和四十二年度総予算に対しまして、それぞれ御専門の立場から忌憚ない御意見をお述べ、願いたいと存ずる次第であります。 御意見を承る順序を申し上げますと、まず青葉公述人、続いて力石公述人の順で、おおむね三十分程度ずつ一通りの御意見をお述べいただき、その後、公述人各位に対し一括して委員から質疑を願うことにいたします。 なお、念のため申し上げますが、御発言の際は委員長の許可を求められること、また、公述人は委員に対し質疑をすることができないことになっておりますので、この点あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。 それでは青葉公述人から御意見を承りたいと存じす。青葉公述人。
○青葉公述人 ただいま御紹介をいただきました青葉でございます。 昭和四十二年度総予算に対する意見を申し述べまするにあたりまして、財政の運用には長期的目標と短期的目標があるということを申し上げ、初めに長期的目標について簡単に触れておきたいと思います。 財政は国民経済全体の資源を効率的に配分して、充実いたしました福祉社会を実現していくという長期的目標に照らしてみますと、わが国の現状におきましては、過去の超高度成長期における社会資本の立ちおくれがはなはだしく、特に住宅や生活環境施設拡充の緊要なことは何人も認めるところでございます。本年度予算の中で住宅対策費が六百四十九億円と、四十一年度当初予算に比べまして三三・三%の増加であり、生活環境施設費は三百四十三億円で、昨年度比三〇・九%の増加を示しておりまするなど、かなり重点的な配慮が見られるのでございます。しかしながら、公共事業費総額の伸び率は、前年度に比べまして一四・三%でありまして、一般会計の予算の伸び率一五・九%を一・六下回っております。これは主として道路関係への投資的支出を押えたことによるものでございまして、社会資本拡充の方向に矛盾するようにも見えるのでありまするが、財政の長期的目標と短期的目標を調整した結果にほかならないと考えるのであります。 短期的目標といたしましての財政政策の課題は、景気変動を調整して経済の安定成長を実現することであります。長期的目標としては、ただいま申し上げました社会資本拡充のほかにも、教育、科学技術の振興、農業や中小企業の近代化、交通安全対策、社会保障の充実、公害対策、防衛力の充実、後進国経済援助の強化あるいは減税計画など、国政の全般にわたるものでありまして、その目標実現について財政資金配分の軽重、緩急が政党によって異なるのはもちろんのこと、人によっても意見の分かれる場合が多いわけでございます。 私は、昭和四十二年度予算案は、財政の長期的目標でありまする経済社会発展計画に照らしまして、まず大体妥当なものと考えるのでございますが、各項目にわたって見解を申し上げますのは時間の関係上困難でありますので、これは省略させていただきたいと思います。むしろ私は、本年度予算案が財政の短期的目標に照らして妥当であるかどうかについて、やや詳しく私見を申し述べてみたいと存じます。 財政政策の課題の二つは、先ほども申し上げましたとおり、景気変動を調整して、経済の安定成長を実現することにあるのでありまして、一昨年以来戦後最大の不況に直面いたしまして、政府がとった財政面よりの有効需要造出の対策はみごとに成功いたしまして、予想以上に早く景気が回復し、いまや景気上昇期に入っていることは周知のところであります。申し上げるまでもないことでございますが、国民経済の拡大は有効需要と供給力が並行して伸びることが必要でありまして、需要不足の場合が不況であり、需要超過の場合が大体好況であります。需要超過の状態が一年以上続きますと、企業の利潤も増加し、民間の設備投資意欲が強まってまいるのがいままでの経験の示すところであります。設備投資は供給力の増加につながるものではございますが、設備投資が一時に殺到いたしますと、設備資材を中心として需要が急激に増加をいたしまして、景気が過熱し、物価の上昇に拍車をかけるばかりでなく、輸出の停滞、輸入の急増によりまして、国際収支の大幅赤字を生じまして、その結果、政府は需要抑制のために急激な引き締め政策をとらざるを得なくなりますことは、これまた過去の経験の示すところであります。 昭和二十七年、平和条約を締結いたしまして、日本政府が独自で財政政策を実施できるようになりましてから、昭和二十九年、三十二年、三十七年、四一年と四回、同じような大幅の経済変動を繰り返してきたわけであります。幸いわが国の経済は、国民の努力によりまして、四回の大きな経済変動を乗り越えまして、今日まで年平均約一〇%の経済成長を実現してきたのでありますが、急激な引き締め政策のたびに倒産者の続出や、また景気の過熱のときにおきましては、物価の上昇その他いろいろなひずみが生ずるといったようなことで、景気変動によって国民は大きな犠牲を払ってまいったのであります。その結果に対しまする反省といたしまして、今日では経済の安定成長が強く要請されるに至ったことは御承知のとおりであります。 そこで、ことしの日本経済は上昇期にあると見られておりますが、その程度いかんが、財政の短期的目標でありまする経済調整機能をどのくらいこれに期待したらよいかということの前提に相なろうかと考えるものであります。 政府の四十二年度経済見通しによりますると、国民総生産は四十兆九千五百億円でありまして、名目成長率一三・四%、実質九%の成長を見込んでおります。実質九%の経済成長は、労働力不足の表面化してまいりました今日の日本経済にとりまして、安定成長といたしましては、おそらく最高の限界に近いものと私は考えております。また民間設備投資額は六兆二千億円でありまして、前年度に比べて一四・八%の増加と推計いたしておりまするが、これがこの程度におさまるかどうかが一つの問題点であろうと思うのであります。しかし、政府がこの見通しどおりに経済を運営していこうという決意と政策実行のタイミングを誤りませんければ、その実現はそんなにむずかしいことではなかろうと私は考えております。 財政の規模につきましては、すでにいろいろな方から言われておりますとおり、本年度一般会計の予算総額は四十一年度当初予算に比べまして一四・八%の増加でありまして、四十一年度の伸び率一七・九%を下回っております。また中央・地方を合わせました政府の財貨サービス購入の経済成長に対する寄与率は一九・六%と見込まれておりまするが、これも四十一年度当初の見通しにおきましての約三〇%を大幅に下回るものでありまして、経済に対して財政は中立的姿勢にあると言うことができると思います。 また、四十二年度の財政投融資計画は四十一年度当初計画に比べますると一七・八%の増加となっております。このここ四年間の財政投融資の伸び率が平均二〇%以上となっており、特に四十一年度は二五・一%の増加であったことに比べますると、本年度の財投計画の規模は控え目であるとはっきり申し上げることができるのでございます。したがいまして、四十二年度の財政規模は特に景気刺激的な面はないと見てよろしいのであります。 しかし、四十二年度一般会計歳入のうち八千億円を公債発行に依存している点につきまして、公債発行はインフレにつながるという批判が一部にございます。確かに公債発行に財源を求めますれば、財政の規模かとめどなく膨張することも絶対にないとは申し切れません。そこで、財政の規模を国民経済の成長に適合した程度に押えるという財政の節度が強く政府に望まれるわけでございます。それと同時に、公債の恣意的な発行に対する歯どめといたしまして、公債発行は市中消化の原則を貫くことが大切であると考えます。また、日本銀行が政府に対して中立的な立場を堅持できる制度を強化することが必要であろうと思うのでございます。四十二年度の総予算は、経済の現状から見まして適当な規模であることは、いまいろいろ御説例したとおりでありますから、今年度の公債発行がインフレにつながるという心配はないと申し上げて差しつかえないと思うのでございます。 また、財政運営主、公債発行を是認する人々のうちでも、昨年のような不況期に公債発行によって需要をつくり出すことは望ましいけれども、好況期である今年度に昨年度以上の公債発行を予定した予算はインフレの危険があるという批判も出ているわけでございます。これは一見もっとものように聞こえますが、要は、公債発行の額いかんということよりも、公債発行の態度に節度があるかどうかという点と、なお結論的に申しまするならば、やはり財政規模が国民経済の成長あるいは全体の規模に対して適正であるかどうかという点に帰着する問題でございます。今年度の財政規模に問題がないことはすでに申し上げたのでございまするが、現在までの実際について見ますると、政府の公債発行の態度には十分節度があると見てよろしいと思います。 その例といたしましては、昨年度、当初七千三百億円の公債発行が予定されておりましたが、租税の自然増収が当初予算以上ありましたので、公債発行額を削減して、発行の実績は四十一年度は六千六百五十五億円にとどめておるのであります。四十二年度予算におきましても、租税の増収がありますれば、それだけ公債発行額を減らすべきでありまして、昨年度の実績に徴して、ことしも節度が守られるものと期待してよろしいと思います。 以上申し上げましたところは、現時点における四十二年度の経済見通しを前提といたしまして、四十二年度の総予算が景気に対して中立的であり、経済の安定的成長におおむね適合しているということを概説いたした次第であります。 しかしながら、しばしば指摘されまするとおり、経済は生きものでありまするから、手放しのままで、現在の経済見通しがそのまま実現すると考えることは、少々無理であろうかと思います。経済が生きものであるという意味は、申し上げるまでもなく、経済の主体は人間でありまするから、国民の心理的ムードが、積極的に走り過ぎたり、または消極的に傾いたりいたしまするので、統計ではかることのできない動きを示すことがしばしばあるのでございます。このほかに、海外経済情勢の変化や天候の異変など、外的条件の変化もございます。このような各種の予期せざる条件の変化に適応して、国民経済の安全運転を担当いたしまするものは、財政の弾力的な運用と弾力的な金融政策でございます。政府も財政及び金融の弾力的運営によって経済の安定成長をはかりたいと言明をいたしておりまするが、経済の過熱または停滞、いずれの場合におきましても、早目に予防的な措置を断行することが大切であります。 今年度は経済の上昇期にありまするから、過熱の傾向を生ずる可能性も絶対にないとは申し切れません。従来は景気調整はほとんど金融政策だけに依存しておりましたが、近年景気調整のために、財政、金融の統一的運用の必要性が世界的に認められてきたのであります。いわゆるポリシーミックスといわれるものであります。わが国におきましても、一昨年以来の不況に対して積極的財政政策が功をおさめたのでありまするが、今年度の経済成長は安定成長の標準型であるから、四十二年度予算は中立型で対処しようというのが現在の財政の姿勢であるわけであります。今年度の経済が安定成長の軌道に乗って走っているかどうかは、主として国際収支及び物価と金融の動向を、自動車にたとえて申しまするならば、ヘッドライトとして前方を注視してまいりますればわかるはずでございます。自動車の安全運転の標語に「スピードは控え目に、ブレーキは早目に」という立て看板がときどき立っております。経済の前方に何か危険が予知されましたときには、早目にまず金融のブレーキ々軽く踏んで、スピードを少し落としてみまして、それでもまだ不十分な場合には、財政面から需要を削減すれば、経済は大きなショックなしに軌道をはずれずに進むことができるはずでございます。 近年わが国の経済は、いわゆる開放経済に移行しつつあるのでありまするが、貿易、為替の自由化が大体終わりましたところへ、さらに資本取引の自由化を控えて、日本の国の産業の国際競争力の強化が強く要請されております。国際競争力を強化するということは、一口に申しまするならば、各企業が、近代化、合理化を徹底いたしまして、コストを切り下げ、安い値段でよい質の商品を出すということに尽きるわけでありまするが、それと同時に、国民経済といたしましては、物価水準が安定していることが必要であります。この物価水準の安定ということは、国際競争力強化の一つの大きな前提要件であるわけであります。この物価水準の安定は、財政及び金融政策いかんによるところが大きいわけでございます。四十二年度財政の運営にあたって政府が言明しておりますとおり、弾力的に経済動向に対処していきまするならば、今年度から来年度へかけまして、日本経済は長い安定的な景気上昇が可能であると私は考えております。 本年度財政の経済に対する影響いかんにつきまして、私の考え方を一言にして申し上げてみまするならば、予算という名の自動車は、車体には異状がないけれども、安全運転がこれから実現されるかどうかは運転をする人のやり方次第でありまして、現在の政府の方針と従来の実績から見まするならば、たぶん安全に運転をしてくれるであろう、だいじょうぶであろうというふうに考えているわけであります。 これで私の公述を終わらせていただきます。釈迦に説法のような説明で恐縮いたしておるのでございますが、御清聴いただきましてありがとうございました。(拍手)
○植木委員長 ありがとうございました。 続いて、力石公述人にお願いいたします。
○力石公述人 ただいま御紹介にあずかりました力石でございます。 私の今年度予算に対します所見を述べさせていただきたいと思います。 予算を見る場合に、幾つかの視点がございますが、私たち国民の生活の観点から見ますときに、今年度予算によりまして景気調整がうまく行なわれるであろうか、前のような神武、岩戸の惨劇を再び繰り返すのではなかろうか、これがうまくやれるかどうかということが一つの視点でございます。 また、経済計画にうたわれておりますように、資源を最適に配分いたしまして、大企業がむちゃくちゃな資源の浪費をやらないで、社会開発や低生産性部門に資源を回して物価を安定させ、社会福祉に向かって遊んでいくかどうか、そういう方向に予算が組まれているかどうかということが一つの視点でございます。 それから、また、三大工業地域に向かって人口がどんどん押し寄せてきておりまして、そのことが非常な社会資本不足を激化させており、そしてまた、いろんな土地の騰貴その他で物価を騰貴させておるわけでございますから、そういうぎゅうぎゅう詰めになってきている三大工業地域の人口の集中をいかにして分散し、そして最適規模の、大体百万か二百万以下のまとまった都しが地方にできていくように――巨大な、あまりにも巨大な、社会費用ばかり積み重なるようなむだな都市形成がいかにして防がれようとしているかというふうなことも一つ問題でございます。社会資本の充実のためにいかにたくさん資本をぶち込みましても、都市集中がこんなにひどい場合には、幾ら金をつぎ込んでも足りないわけでございますから、十分これが分散的に行なわれているかどうか、それを誘導するような財政的な配慮が行なわれているかどうか、これがまた一つの視点でございます。 それから最後には、資本取引の自由化に伴いまして、アメリカのワールド・エンタープライズが日本にいよいよ乗り込んでこようとしております。これに対して日本経済がちゃんとしたナショナルな利益を守って、最適な成長を遂げていく、アメリカの資本の支配下におちいらないような配慮が産業体制その他について配慮されているかどうか、技術開発その他について配慮されているかどうか、こういうふうな点が一応注目点であろうかと思います。私は、こういう注目点に照らしまして、幾つか気になる点を申し述べさせていただきたいと思うわけでございます。 まず最初に、予算の規模でございます。予算の規模は、ことしは、一般会計も財政投融資も、かなり前年の増加率よりは押えられております。そして、政府の財貨サービス購入で見ますというと、大体対前年一二・八%増となっておりまして、昭和三十四年の増加率以来の最低に押えられております。ここのところ、財貨サービス購入の増加率は一八・五%ぐらいで推移してきたわけでございますが、それが非常に引き締められておる。こういう意味で、私は、中立的どころか、かなりこれは緊縮予算であるというふうに考えるわけでございます。すなわち、社会開発というものを重視していく観点から見ますと、特に社会開発に重心を置かなければならない予算、政府の公共経済部門が非常に抑圧されて、走り出した民間投資の前にひざを屈し、道を譲るという姿勢がここに示されておる、こういうふうに私は考えます。このことは、社会開発のいわゆる公共部門の資源の配分が非常に立ちおくれているから、むしろ民間を押えて公共部門をふくらしていくという、いわば資源の配分を変えていく財政主導型といういま衆での考え方が、ここに放棄されておるというふうに考えざるを得ないわけであります。財政主導型ということは、景気が悪くなってきたから、一時刺激して、財政主導的に経済を運営していくということではなくて、公私のアンバランスを是正していく、ソシアルアンバランスを是正していくということが、転型期以来の日本経済の課題となっている現在でございますから、財貨サービス購入をこのように押えるということは非常に問題があるわけでございます。 それでは、こういうふうな日本の経済の現存の景気の情勢を見ますというと、民間の設備投資が政府の見通しをかなり上回りまして、大体二五%ぐらいの増加率になろうとしております。成長率も実質一二・三%に達する形勢を示しております。こういう時期におきまして、財政が引っ込むということは、一つの考え方ではございますが、社会開発を重視し、公私のアンバランスを是正していくという観点と、これを総合的に考えていきますと、やはりここでは民間の設備投資を、むだな資源の配分にならないような、二重投資、三重投資を抑制して、合理的な、資本効率の高い、今年度の経済計画で言っておりますような投資効率の高い資本の投資ビヘービアをとっていただきたいというふうに感ずるわけであります。 それにはどうしたらいいか。社会開発と投資の抑制とをいかに結びつけるか。普通、財政を拡大していく場合におきましては、民間の設備投資を抑制するのに金融引き締めの手段を用いるわけでございますが、もし社会開発を重視し、予算を拡大していくということが至上命令であるといたしますと、民間の設備投資抑制のために金融引き締めの手段をとるということは、非常にまずいわけであります。また、金融引き締めは、大企業の設備投資の抑制にストレートに作用しませんで、これはすぐ屈折して中小企業の倒産に結びついていくわけであります。また、最近の民間企業の流動性は非常に高くなっておりまして、ほとんど自己金融でもって設備投資をやっておりますから、金融引き締めがほとんど作用いたしません。こういうふうな新しい条件のもとで民間投資を抑制するためには、私は、今年度予算で税制改正の一つの項目に提起されております減価償却の――非常に過熱状態になってきた場合には減価償却についての恩典を取りはずす、これを操作することによって設備投資を抑制していくという考え方が出されている。これは非常に画期的な考え方であろうかと思います。大体、最近におきましては、金融引き締めは非常に不人気でありますので、民間の、特に大企業の設備投資をストレートに抑制するためには、租税政策を用いまして、法人税やあるいは設備投資に対する優遇措置を取りはずしていくということが世界各国の考え方になっております。たとえば、アメリカでも、昨年九月に、設備投資に対する優遇措置を取りはずし、設備投資を抑制し、偉大な社会を目ざす社会開発を重視して、民間のほうを押えるというやり方がとられておりますし、ドイツでもカナダでもスカンジナビア諸国でも、すべて採用されている方法であります。こういう方法によりまして、引き締めによらないで、かつ国債の発行がむずかしくならないような形で民間設備投資を抑制する、こういう手段をぜひとも採用し、早く取り上げていただきたい、こういうふうに考えるわけであります。ただ、設備投資を一律に押えますと、これはいま資源の不足状態が非常に強まっておりますから、やはり一律に引き締めるわけにいきません。そこで、まず租税措置でもって水をかけておきまして、最も有効な効率の高い共同投資やその他を政府の誘導のもとに進めていくというやり方があろうかと思います。最近、鉄鋼の設備投資を中心といたしまして全体の投資調整の問題が国際収支の観点から注目されてきておりますが、こういうものを抑制するにおきましても、ただ政府の行政的な介入だけで抑制することは不可能でありまして、まず、光に水をぶっかけておくことが必要であります。そのためには、この設備の減価償却処置についての優遇措置を取りはずしていく、そして過度な資金力が大企業の上に沈でんしないようにこれを取り上げていく。そうすれば、もっとまじめに、慎重に設備投資計画を考え直さなければならないという気持ちになるわけであります。そういう気持ちになったところへ政府の行政的な指導が働くならば、設備投資の調整というものはうまく働いていくのではないか。そういう過度な成長インセンティブを取り除くということが、必要なのではないかと思います。また、財政の資源をもっと私はふくらしていく必要があるかと思うわけでございますが、そのためには、毎年毎年行なわれてきた法人税の税率の引き下げをここで再検討する必要があろうかと思います。法人税の引き下げは、自己資本比率を改善するためと称して行なわれてきたわけでございますが、大体統計をとってみますと、自己資本比率の低下テンポと法人税率の低下テンポは、パラレルに平行して進んでおります。すなわち、自己資本優遇の蓄積を進めるために、税金をまければまけるほど自己資本はますます悪化してくる、こういうふうな状態が最近年々繰り返されてきたところでございまして、むしろ設備投資を慎重にやるために、国際資本が大体引き受けている程度の税率を、大資本が引き受けていくということが必要なのではなかろうかと思います。こういう観点から見ますと、設備投資の抑制と財政の拡大によりまして公私のアンバランスを整えながら、国際収支の天井にぶつからないように配慮していくという形の政策の選択が、現在最も重要な時期にかかっている。すなわち、設備投資の償却に対する税制措置と、並びに法人税に対する処置、こういうことをもっと注目していただきたいわけでございます。金融引き締めをもって臨みますというと、公債も非常に消化しにくくなってまいりますから、こういうふうな点を配慮されることが、景気調節の上でも重要なポイントなんではなかろうかというふうに私は考えております。 また、低生産性部門に資源を回していくということを考える場合におきましても、ただ単に物価安定のために予算の中小企業の振興資金をふやしていくということではなくて、全体として資源配分をつかさどっているのは、金融における公的金融と私的金融との比重の問題であります。いままでの日本の資金配分を見ますと、公的金融の比重が非常に低くて、大体民間設備資金供給に占める公的金融の比重が六、七%であります。こういうことでは、低生産性部門を放置して大企業のみが近代化を進めていくというアンバランスはどうしても除去することはできないのでございまして、財政投融資計画におきましては、ぜひとも公的金融が私的金融に対して比重を回復するように、少なくとも一〇%なり一五%というふうなところにこれを拡大していくような処置がとられる必要があろうかと思います。そのためには、現在預金吸収をめぐって、私的銀行と郵便貯金との間の預金吸収合戦が行なわれておりますが、ここにおきまして、公的金融を強化する観点から、郵便貯金の許容額は百万円まででございますが、これをもっと上に上げて公的金融の比重を強めていく、こうすることによって、大資本から低生産性部門へ向かって計画的に資金が流れていくような資金の配分を考えていくというふうな処置が必要なのではなかろうかと思います。また、社会開発の観点から見ましても、また後進地域開発というふうな観点から見ましても、この資金配分の是正ということは非常に重要なわけでございまして、社会開発や後進地域開発に向かって資金の配分、すなわち、開銀資金その他の比重がもっとふえていく、民間が無政府的に行なうところの資金の供給というものの量を全体として削っていく、こういうことが必要なのではなかろうかと思います。たとえば地域開発の問題に関しまして、三大工業地域に人口が集中してくるのはもはやお手上げ状態であって、もうしょうがない。だから最近は、都市再開路を考えなければしょうがないという気持ちになっていられるようでございますが、フランスやイタリアその他の外国の例を見ましても、地域開発に関しまして、日本のように予算上の誘引が乏しい国は、少ないのでございます。大体固定資産税をまけてあげるから私のところへきてくださいということで、先進地域も後進地域もお互いに競争し合っている。こういうふうなことでは、結局先進地域に向かって工業立地が行なわれるのは不可避であります。こういうことではなくて、やはり政府予算の観点から、固定資産税ではなくて、中央の財政の観点、あるいは中央の財政投融資をもって後進地域に工業を誘導していくというやり方が必要であります。たとえばフランスですと、大体五分位ありまして、後進地域から先進地域に向かって順番に地域配分をきめまして、その後進地域のほうほど優遇措置を加えていく。イタリアですと、大体これはABC三つに分けまして、後進地域には優先的に利子補給なりあるいは補助金なりを与えて、インセンティブをつけて分散を行なっていく、こういうやり方をとっております。 〔委員長退席、赤澤委員長代理着席〕 こういう措置をとらなければ、社会開発に幾ら資金をつぎ込んでも、とても間に合うものではないということが、現段階の日本経済の特徴ではなかろうかと思うわけでございます。 そういうインセンティブをつけるためにはどうしたらいいかといいますと、先ほど申しましたように、法人税がますます少なくなってまいりまして、ほとんど大資本にとって税負担は何ともないというふうな状態では、そういうインセンティブはついてまいりません。むしろ法人税をもとに返し、特別措置を全部洗い直してもとに返しまして、かなり高い税負担を引き受ける。そのかわり、後進地域へ進出する場合においては税負担は軽くなる、こういうふうなインセンティブをもう一ぺんきかせるような前提を整える必要がある。そのためにも、やはり大資本の税負担率が国際水津並みにもう一度返っていく。いままで資本蓄積のために大いに優越してきたわけでございますが、いまや資本蓄積が主要な課題ではなくなって、資本がどこに投資されるか、また、資源の配分がどういうふうに正しく行なわれるかということが中心になって、その目標に向かってインセンティブをつけていくという時代になってきているわけでありまして、ただ単に資本蓄積を強化する、そのためのインセンティブという時期は、すでに過ぎているというふうに私は考えます。そういう観点から、特別措置を全部洗い直しまして、新しい地域開発や社会開発の方向に向かって資金を動員していくような、資源を動員していくような特別措置の再編成、体系を組み直すということが、私は必要なのではなかろうかというふうに考えるわけでございます。また、資源を再配分するにいたしましても、大資本にのみ資源配分を求めても、その限度がございます。民間設備投資の全体の規模は六兆幾らでございまして、やはり削るといいましても、それほど削れるものではございませんから、やはりそのほかの資源のむだはないかということを考えてみる必要がございます。 日本におきまして、第二の資源のむだは、ぜいたくな消費が非常に多いということであります。大都市における非常にきらびやかな、むだな、不生産的な消費が、非常にむだなことが行なわれております。こういうふうなものを、税制措置によりまして、社会開発や低生産性部門に向かって資源を振りかえていくというふうな処置が考えられなければなりません。そのためには、今年度ちょっと注目されておりますが、交際費課税をもっと強化する必要がございます。交際費という形の名のもとに、重役が現物で月給をもらっているというふうな体制をとっておりますと、重役さんはたいてい胃が悪くなってしまっているわけでございます。こういうふうな、病気になったり、あるいは社会的責任感が薄くなり、勉強しませんので頭がからっぽになるというふうなことが非常に多く見られます。こういうことを是正するためにも――こういう交際費課税が非常に日本のように優遇されているところは、世界各国を見回しまして、どこにもございません。大体自分の月給の範囲で、お客さまは自宅に招待して接待するという形が外国では特徴でございまして、日本のような、こういうやり方をとっておりますと、大体五千七百億という交際費が計上されておりますが、こういうふうな交際費は賃金に回すなり何なりして、あるいは社会開発のほうに資源を回していくという観点から、ことしのような非常に甘い、前年より五%以上ふえた部分については全額課税し、下回った部分についてはそれだけ税金をまけるというような、こういう甘ったるいやり方ではなくて、きびしく処置をとって、この資源を社会開発や低生産性部門に回していき、賃金にも回していくということをぜひとも考えていただきたいわけでございます。これが資源配分の第二の注目点でございます。こういうふうなむだな、ぜいたくな消費のパターンを是正していくということから、大きな資源の効率的な利用が可能になってくるというふうに私は考えます。 それから最後に、資本取引の自由化に関連いたしまして、日本の民族経済というものがいかに自立的な形を整えていくことができるかどうか、非常な脅威に直面しております。この時期におきまして、フランスやイタリアやドイツの例を見ましても、大体民間の大資本でさえも、アメリカのワールドエンタープライズの前には完全に玉砕しておる、こういうふうな状態でございます。何とかがんばっておりますのは、フォルクスワーゲンとかルノーとか、あるいはイタリアのENI、こういうふうな公共企業体関係の企業、これがやっとワールドエンタープライズに対して伍して競争していけるというふうな状態でございます。電子計算機部門に関しましては、公企業が存在しないために、大体ワールドエンタープライズにほとんど席巻されて、そのシェアは一割くらいに落ちてしまっている、こういうふうな脅威に直面しております。現在日本は、資本取引に対する厳正なる許可の体制をとっております。これを自由化しろという圧力がアメリカを中心としてかかっておりますけれども、フランスやイタリアの政権、大体最近の中道左派的な政権では、アメリカのワールドエンタープライズに技術独占をされてしまって、一番成長産業を乗っ取られるならば、資源の相当部分がアメリカに吸い上げられ、国民経済の発展もゆがめられてしまうから、これは反省しなければならぬと、反省期に来ておる。日本のように、最後までがんばってきた国は、非常に得をしたという声もまた上がっております。イタリアのファンファーニ外相は、アメリカの技術独占に対して、その技術を公開させるようにアメリカに対して共同歩調の外交政策をとろうじゃないかというふうに各国に呼びかけており、国連にも呼びかけるというふうなことが行なわれております。こういう考え方から見ますと、ワールドエンタープライズというふうな世界的な超独占体に対する反独占機能といたしまして、各国が資本取引に対するちゃんとした自主的な判断力を堅持し、ノーズロース型の自由化を行なわないというほうが、私は進歩的ではなかろうかというふうに考えます。こういう観点から、資本取引の自由化に対して、日本の慎重な態度というものをもってフランスやイタリアに積極的に逆攻勢をかけまして、アメリカに共同して当たろうじゃないか、こういうふうな努力がされてしかるべきではなかろうか。ただ受け身、受け身でやられるということに私は非常な不満を感じます。 また、この技術開発に関しましても、ことしの予算措置では、民間の技術開発のために減税措置をとっていくというふうな政策がとられておりますが、民間の技術開発を促進する程度では、とうていワールドエンタープライズ――日本の国家予算全体の売り上げ高を持っておるような、そういうワールドエンタープライズを前にして、民間のちっちゃな小人の技術開発を幾ら促進したって、とてもかなうものではございません。こういうふうな減税措置をとるのではなくて、むしろ技術開発公社というやり方をとりまして、競争的に行なわれるイミテーション型の技術開発ではなくて、独創的な技術開発を公社をもって行なう。そして独創的な技術開発さえやっておれば、これを物々交換をしまして、外国の遊んだ技術を利用することができるわけでございます。こういうふなう政策をぜひとも考えていただきたい。イギリスの産業再編成公社は、そういうふうな問題につきまして慎重な配慮をいたしておりますし、また、ワールドエンタープライズに乗っ取られそうな成長産業に対して、乗っ取りを防ぐために国家資金を動員して、その前にこれを公有化していく。たとえばルーツというイギリスの自動車会社がクライスラーに乗っ取られそうになりましたときに、産業再編成公社から国原資金を投入して、国家が一部資本、株式を所有するという形にしまして、何とか民族的利益に沿ったような形にこれを利用していきたい、こういう処置をとられております。また、地域開発に関連いたしましても、このルーツがクライスラーのもとに入っても、スコットランドという低開発地域に設備投資を行なって、失業多発地域の雇用吸収力を強めていく、こういうふうな処置をとってもらいたいというふうな条件をつけてやっております。こういうふうな主体的な準備が、この予算において行なわれているかといいますと、ほとんど何も考慮されておらない。民間の技術開発を援助する程度のことしか行なわれていない。これは非常に残念なことであろうかと思います。私はこの際、開銀に持ち株機能を与えるとか、あるいは共同証券や証券保有組合のような国家資金が投入された持ち株会社を国家持ち株会社にかえることによりまして、イギリスが行なっておるような産業再編成公社のような機能を果たさせる、こういうことを考えてみるべきではなかろうかと思います。一九二九年の恐慌のあとに、つぶれた企業に対して国家が資金的援助をしてこれを助けた。そういう企業がENIだとか、イタリアの企業でございますが、これは公私混合企業でございます。こういう企業は、率先して低開発地域に向かって公共的責任を果たすような設備投資を行なって、地域の分散政策に率先して努力しておりますが、こういうふうな公企業が日本には全然ないということは、非常に社会開発、地域開発の観点からも政策手段が不足しておりますし、また、ワールドエンタープライズに乗っ取られない成長産業だけは、この部分の設備はちゃんと民族的な資本で確保するというふうな範囲が、こういう手段で確保されないということは非常にさびしいことでございまして、ぜひともそういうふうな産業再編成公社型の政策を考えていただきたい。こういう観点から、財政投融資あるいは持ち株会社、国家持ち株式会社という形で行なっていくということを考えていただきたい。民間では、いまそういう乗っ取りを防ぐために、何とかして私的な持ち株会社を復活させようというふうな傾向が出ておりますが、これはとんでもない、昔の財閥の復活につながっていくのでございまして、非常に危険なことでございます。持ち株会社をつくる必要があるならば、必ず国家持ち株会社として公共的な責任のもとに、コントロールのもとにこれを許すというふうにして、全体の日本経済が混合経済に向かって体質を変えていく、こういう方向が望ましいのではなかろうかというふうに私は考えております。 こういう観点から見ますと、本年度の予算は、浪合経済に向かっていくという歩みの中でむしろ逆行するようなあり方をとっております。民間に対して与えたジェットエンジンをそのままにしておきまして、そのジェットエンジンは景気が回復すると発動し始めます。そうすると、財政のほうは引き下がって、これはお殿様お通りというので席を譲る、こういうふうな財政政策では、とても日本の公私のアンバランスは是正されていかない、こういうふうに考えます。 物価問題に関しましても、低生産性部門に資金は流れていかない、こういうふうに感ずるわけでございます。こういうふうにして民間をかなりコントロールいたしますと、民間が萎縮するのではないかという憂慮が出てまいりますが、この点につきましては、経済計画がうたっておりますように、投資効率を薄める。すなわち、資本係数をもっと低くして、日本の整備生産性は、設備一単位当たりについての付加価値額は、国際比較しますと非常にみじめでございます、外国に比べて半分くらいしか設備生産性を発揮していない。ところが資本の装備率から見ますと、アメリカのワールドエンタープライズと比肩しても恥ずかしくないくらいの装備率でございます。労働者一人頭についての資本装備率は非常に高い。にもかかわらず、設備生産性は非常に低い、こういうふうな投資効率の悪い投資配分をやっていたのでは非常にむだでございますから、この投資効率を引き上げることによりまして、民間設備資金の全体のボリュームはたとえ減っても、資本係数が低くなることによって全体の成長テンポは維持できますし、生産力は維持できる、こういうふうにして全体の成長率を一〇%という高い成長率を堅持し――いまの一二、三%というような成長率は高過ぎますから、これを一律に抑制するのではなくて、効率をよくすることによって抑制していくというふうにやりまして、全体の成長を一〇%程度の高度な安定的な成長を確保していくということが、現在の財政政策の中心点ではなかろうかと思います。こういう点につきまして、現在の財政金融の安定成長を唱えて、高度成長に対して批判的な政権ができ上がりまして以後、ほんとうに安定成長というものがまじめに考えられているかどうかの試金石に直面しておる。現在の予算編成方針では、ほとんどほんとうの安定成長、計画的な安定成長はできないし、公私のアンバランスも改善することはできない、こういうふうに私は感ぜざるを得ないのであります。 終わります。
○植木委員長 ありがとうございました。 ―――――――――――――
○植木委員長 これより両公述人に対する質疑を行ないます。高田富之君。
○高田委員 最初に青葉さんに一言だけお伺いします。今度の予算を景気刺激的でない、中立予算であるというふうに御説明をいただいたわけでございますが、この点についてはどういうふうにお考えになるのでございましょうか。最初の、予算編成前におきます政府の経済見通しにおける民間設備投資、あるいは経済成長率というようなものに対する見通しが、国会に予算が提出されました直後における訂正によりまして、編成時とはたいへん変わっておりますし、また、大蔵原案とでき上がったものとも、かなり違ってまいっておるわけでございます。各方面のいろいろな意見を聞きましても、当初の政府の意図は相当程度中立的であっただろうというふうな好意的な見方が多いようでございますけれども、最終的にでき上がりましたものにつきましては、政府自身が見通しを変えざるを得なくなっているというようなこともございますし、また、編成過程で財投などもたいへん大きく変わりましたし、どうもやはり中立性というものがなくなって、刺激的になったのじゃないかという議論がたいへん多いようでございますが、この点はどういうふうに御説明になりましょうか。
○青葉公述人 ただいまの御質問でございますが、先ほど来御説明いたしましたのは、改定されました経済見通しを前提といたしまして御説明したわけでございます。これからの動向につきましては、申し上げましたように、動きをにらみながらこれに対処していく必要がある、こういうふうに考えるものでございまして、いまの、前のときと訂正されたから、それだけ変わっているのじゃないかという御質問も、確かに一理あるわけでございますけれども、私の申し上げましたのは、改定しました見通しというものを前提に申し上げたということございます。
○高田委員 それからさらに、予算という自動車にたとえられまして、運転手が非常に名運転手であるからだいじょうぶだというお話なのでございますが、一昨年から去年にかけましては、不況に対しまして政府の積極的なやり方がかなり功を奏した、思ったより功を奏し過ぎたくらい、大蔵大臣の予想をはるかにオーバーした、そういうふうなことでございますが、ここへきて、今度はこれを引き締めるほう、押えるほうの――さっきの先生の例でいえば、スピードを落とすとか、早目にブレーキを踏むとかという面を主としたお話で、出してしまいましたこの予算に基づく財政上は、弾力性が多少ありましても、なかなかむずかしいと思うのですが、金融でおやりになろうというのでございますか。それとも、財政上さらに運用面で、たとえばどういうふうにしてやったらよろしいとお考えでございますか。
○青葉公述人 ただいまの具体的にどういうふうにスピードを調整していくかという点でございますが、先ほども申し上げましたように、まず金融によることのほうがスムーズにやれるのじゃなかろうか。金融の政策といたしましては、きめをこまかく、いろいろな手段を使いまして資金需要を調整していくということが望まれるわけでございます。 それから財政の面におきましては、これは需要の増加の模様あるいは国際収支の動向、それがどういうふうにあらわれるかによって、軽重いろいろあると思うのでございますが、たとえば補正予算を組むときに、できるだけこれを引き締めて内輪の予算を組むというようなことも考えられましょう。また、非常に需要が強くなったというような場合には、過去においてとられましたように、ある程度実行予算をもう一ぺん考えるというようなことも、状況によってはあり得るわけですけれども、いまからそれほど強い手段をとらないでもいけるのじゃないか、こういうふうに考えております。
○高田委員 次に、力石先生にお伺いいたしたいのでありますが、わが国の大企業につきまして、先生は、企業課税が相当いろいろな面で低過ぎるのではないかということでございます。たとえばアメリカ、イギリス、フランス、イタリアというような先進国において、実際の課税ですね、わが国においても法人税率そのものは高いわけですけれども、実際はいろいろな特例措置によって大企業は半分くらいに低くなっていると思うのでありますが、それと比較いたしまして、おおむねどんなふうになっているのでございましょうか。
○力石公述人 大体国際水準ですと、五〇%から五五%ぐらいの実効税率になっておるかと思います。日本の場合は、地方税を入れまして四五%ぐらいだと思います。もっとこれを上げることができるのではないか、こういうふうに考えます。
○高田委員 それから、やはり一つの財源といたしまして、先生は交際費を御指摘になったのですが、全く同感なんでございます。最近わが国の場合は、特に大企業で広告費というものがばかにならぬと思うのでございます。この広告費が総額どのくらいになっておるものでございましょうか。それから、これを何か規制を加えて、ある限度以上のものは経費として認めないというような方法でも講じないと、過大広告というようなことで非常に弊害もございますし、また、これが非常な資源の乱費になっておる。また、これを捕捉すれば財源にもなるのではないかと思いますが、いかがでございましょうか。
○力石公述人 いま広告費総額についての数字をちょっと覚えておりませんが、国際比較で、国民所得に対する比率で見ますと、アメリカなんかのように非常にむだな広告をやっている水準からは少し低いようでございます。ただ、このままほうっておきますと、アメリカ水準並みのむだな広告の段階に入ってくる。したがって、そろそろ税制上の規制措置を考える必要があるというふうに考えます。
○高田委員 それから、先生のお考えでは、いまよく聞き取れなかったのですが、たとえば金融などにつきまして、政府の金融の統制といいますか、規制、コントロールを強めるほうがいいのだということで、たとえば日銀などにつきましての中立性などということをよくいわれますけれども、金融の財政からの中立性、政府から独立しているというようなことがいいのか、それとも、先年のお考えでは、反対に、日銀のようなのはむしろ政府と一体になって、政府のコントロールのもとに置いていくというほうがいい、こういうふうなお考えでございましょうか。
○力石公述人 私は、資金配分の公私のバランスのことも申しましたが、大体公金融の比重がもっと高いほうがよろしい。フランスが大体民間設備資金供給に占める比重が二〇%程度でございまして、終戦後から昭和二十七、八年ぐらいまでの日本の開銀なんかが持っていた比重と同じぐらいの比重をいまでも持っておりまして、そして設備投資をやる場合には、開銀みたいなところが許可しないと、大体資金もつかなければ、どうしようもないというふうな状態になっておりますから、全体の民間設備投資はほとんど政府のコントロール下に置かれておるという状態でありまして、そういうコントロールがあるほうが国民経済計画をやるには便利ですし、それのほうが進歩的である。それから中央銀行につきましても、中央銀行を政府から中立化させるということは、むしろ財界にべったりにさせるということであって、特に市中銀行にべったりさせるということであります。市中銀行の利益というものは、これはマクロ的な利益に必ずしも密着しないわけでございまして、現在でも公債を消化する必要があるときに、民間のほうが金利が高くなったからというので、公債はごめんだというふうなことを言い出すわけでございまして、マクロ的なバランス、国民経済的なバランスに、中央銀行の金融政策というものは従属すべきものである。国会ないし政府のほうが非民主的であって、銀行協会や中央銀行あるいは銀行代表による金融コントロールのほうが民主的であるというふうにはいえない、それはミクロ的な、いわば市中銀行の採算の観点からの利害に引きずられる傾向があるわけでございますから。ただ、政府及び議会につきましても、非常に地方主義的な非合理な要求がありますが、こういうふうなものは非常に困るわけですけれども、全体として現代の民主主義の条件のもとでは、いわば私企業のミクロ的な利益をコントロールする主体は政府及び議会にある。そして、それに中央銀行は従属して国民経済計画をリードしていくのがよろしいという考え方が、大体経済計画化の考え方に立つとそういう考え方になりますし、それから中立化させるという考え方は非常に自由主義的な、自由放任に近い考え方でございます。
○高田委員 先生のお考え、だいぶよくわかりました。 それで、もう一つついでに、ちょっと離れるかもしれませんが、最近、東ヨーロッパの社会主義諸国が西ヨーロッパ側の資本を導入して、西ヨーロッパの大企業、独占企業を誘致して、そして社会主義国の国営企業と合併なんですか、あるいは独立に入れるんだかわかりませんですが、そういう動きがだいぶ伝えられておるのでございますが、現状はどうか、また、その見通し、今後そういうものが非常に活発化していく可能性があるのでございましょうか。
○力石公述人 世界経済は全体として国際統合、インターナショナルなインテグレーションを遂げております。そして、これは社会主義国も含めて全体として統合していくという傾向がございます。ただ、この統合過程というものは、客観的必然的なんでございますけれども、統合過程をいかに国民経済の福祉に結びつけるか。ソビエトですと非常に消費財が不足しておる。消費財部門に対して、自動車とか化学とか、こういう部門に対して外国資本を入れてくるということは当然必要なわけですが、これをいかに国民経済計画にコントロールするかということが必要です。ところが、アメリカの国際統合の考え方は、ワールドエンタープライズが世界市場を席巻するという考え方に基づく国際統合の考え方です。国際統合過程というものは、これは不可避なんだけれども、これを各国民経済の利益に従属させる、同時に、国民経済の利益に従属させないで、ワールドエンタープライズの利益に従属させますと、世界経済全体の成長テンポが落ちちゃうわけです。大体アメリカが技術独占しまして、アメリカから電子計算機を買わなければ全然使えないというふうな状態に各国がなってしまいますと、これは各国の自発的な設備投資計画というものは成り立たなくなってまいります。そうすると、成長テンポが落ちてきます。そうすると、アメリカのためにもならぬじゃないか。これは前にドル危機がございましたときに、ドル危機をそのままほっておいてアメリカがスペンディングしなければ、アメリカのためにもなりません、アメリカの物は売れなくなりますよというふうにして、ヨーロッパはアメリカに抗議しました。それと同じような抗議を、技術ギャップということばを使って、アメリカのワールドエンタープライズの技術独占をそのまま放置しておいたのでは、世界経済全体の成長率が落ちちゃう、だから、これを各国に公開するようにしろ、技術独占ではなくて、それを公開させろ、そういうふうな形で、各国の利益に従属する形で外国資本を入れていくという、計画的に導入していくのが、これが計画的な国際統合のあり方だと思います。したがいまして、国際統合過程というものは、ヨーロッパも日本も全体として進んでいっており、社会主義国またそのワクの中に入っていっているわけでございますけれども、その統合の内容は、正しく国民経済的な利益と世界経済全体の最適成長という利益に従属させてコントロールされていくということが必要なんではなかろうかと、こういうふうに考えます。
○高田委員 もうこれで終わりますが、先生、その場合、特に社会主義国へ資本主義国の企業が入っていく、あるいは合弁の形で国家企業――社会主義国家の会社に合弁の形で入っていくとか、あるいは合弁でなくても、単独で消費財などの不足している部門へ入っていくという場合、その資本自体の性格が変わらずに――もちろん変わったら入っていけないと思うのですが、同じ資本の性格のままで入っていって、利潤を追求していくということになりますし、受け入れる側における社会主義国の国家資本の性格が変わらずに、そういうことが現在行なわれているという話も聞くわけです。また、そういう傾向が非常に強いということも聞いているのですが、社会主義の国家資本といっていいかどうかわかりませんが、国家企業の性格が変わらずに、そういうことが可能でございますか。
○力石公述人 それは公共企業体のシェアがちゃんと確保されて、ある一部のシェアだけをそういうふうな形でやっていくとか、あるいは入れた資本の利潤送金や、あるいはそこでのボートとかその他についても、ヘゲモニーがその私企業のほうにない形で、そういう条件のもとで入れていくという形をとれば、日本のICの場合につきましても、技術を公開すること、それで資本比率は五〇%、五〇%以下であるとか、あるいは何と言いますか、生産のシェアを何割以内に押えるとか、そういうふうな条件をつけておけば、大体その国の国民経済のヘゲモニーが貫徹されていくというふうになるわけでございまして、いわば借款をもらうのとあまり変わらないような形に利用できるのじゃなかろうかと思います。そういう形のものは今後もだんだんふえていくでありましょうけれども、これが私的企業が公企業を圧倒して、そして独占資本主義国になるというふうなことは私は考えられないと思います。大体ロシア革命のあとのレーニンも、ネップ政策によりましていろいろな外資を利用しております。その外資をはっきりしたコントロールのもとで利用するということが必要なのでございまして、日本の現在の場合も、やはりコントロールをちゃんとやる。日本が資本自由化していないことは、むしろうらやましい状態だというふうにヨーロッパの革新勢力は考えているというふうにお考えになっていいのじゃないかと思います。
○高田委員 どうもありがとうございました。
○赤澤委員長代理 次は田畑金光君。
○田畑委員 力石公述人に二、三お尋ねしたいと思うのですが、先ほど先生のお話をお聞きいたしまして、考え方の方向、基本についてはよく理解できましたし、また非常に啓発させられる点が多かったわけでありますが、特に、さっきの公述人のお話の中にありました公債発行の問題について、関連してお尋ねしたいと思うのであります。 さっきの公述人のお話は、市中消化という原則、あるいは建設公債という原則を守って八千億程度の公債発行ということになれば、インフレにつながるものとは考えない等々というお話がございましたが、特に私お尋ねしたいのは、さきの物価問題懇談会におきましても、財政規模というのは、経済成長率と大体似たり寄ったりにとどめることが景気に対する中立性確保の点から見ても妥当であるというようなことを述べておると記憶しておりますが、財政規模そのものが、政府の経済計画に基づく本年度の経済成長率から見ますると高目にあるわけです。この点から見ても、私はすでに問題があると、こう考えるわけですが、力石先生としては、ことしの八千億の公債発行については、景気に対して刺激的な作用を持たないかどうか、この点を端的に承りたいと思います。 それからもう一つ、先生のお話の中で、特に公共投資という点から見るならば、ことしの予算の中で財貨サービスの購入費というのが前年度に比べて一二・八%でしたか、増であるということは、むしろ公共投資を押えた点において問題がある、こういうようなお話があったわけです。その主張の根底には、そうであるとすれば、公債発行に基づいて財源を調達する、しかも、それは建設公債である、公共事業費に充当する、こういうことになってまいりますと、当然こういう財源措置によって財貨サービス購入を政府がふやすこともこれは差しつかえないのだ、財政運営としては決して健全性をそこねるものではないのだというような考え方があるようにもお聞き取りしたわけでありますが、これらの点について、もう少し明らかにしていただきたいと、こう思うのです。
○力石公述人 私は建設公債という形で公債を持つということは、日本の経済が復興してすぐ持つべきであったと思います。政府が借金してはいけない。民間だけ借金させろ、民間だけがかってに設備投資をやって、政府部門の借金を押えてきた。これは、いわば借金してやるということは、投資的な支出でありますから、投資的な支出を次の世代と公平に分担していくという観点から、建設公債というものは政府が当然やってしかるべき権利であります。これを押えてきたということは、むしろ民間の大資本の言うがままに日本の政府及び議会がなってきたということを示しているゆえんではなかろうか、こういうふうに思います。したがいまして、建設公債を政府はいつもちゃんと確保していくということと、それから、政府財貨サービス購入をもっとふやしていく、日本の国会は、どうも私は与野党ともに健全財政あるいは安い政府という古い十九世紀的な観念にあまりにもとらわれ過ぎているような気がいたします。現代は二十世紀後半でございまして、ソシアルサービスが非常に強化される、予算の相当部分はソシアルサービス部分でございます。これをみずから削るということは、これはみずからの首を締めるものでございまして、これをやはり拡大していく。現在の政府財貨サービス購入一二・八%の増加率というものは非常に少な過ぎるわけでございまして、これは一八・五%でいままで進んできたのを、がくっと落としたような形になっております。私は、少なくとも一五%ないし一七、八%に拡大して、そして民間のほうをむしろ設備投資を押えていく。そういうふうなやり方をとらなければ、いつまでたっても社会開発はできません。現代国家というものは、社会福祉的な施設というものが非常に大きくなってまいりまして、ますますこれに恩恵を受けなければならない時代であります。これを放てきしていく。だから、日本の国会の安い政府というような考え方は、アメリカのゴールドウォーターの考え方に非常に近い考え方でありまして、こういう考え方をいつまでもとっていたのでは非常に困るわけであります。そういう意味で、国債につきましても、建設公債を当然政府は持つ権利がある。民間でもしこれが競合する場合におきましては、最近では市中銀行は競合してきておりますので、民間貸し出しのほうがもうかるわけでございます。したがって、公債を削減しろ削減しろと言っておりますけれども、これは私企業の市中銀行の私的な利害であります。こういうものに国民経済が振り回されて社会開発がいつまでも待ちに待つ、延ばされるということは非常に困るわけでございまして、ちゃんとそういうふうなことは処置していただきたい。そのかわり、民間を締める締め方でございます、先ほど私が申しましたのは。金融引き締めで締めますと、これは公債も発行できなくなりますし、また、中小企業はつぶれてしまいます。したがいまして、金融引き締めのやり方でないやり方で何とかして設備投資を押える。そのやり方として、税制政策というものが今度はっきり打ち出されてきた。これは私は大きな進歩であろうと思います。合理化機械等に関する減価償却の優遇措置、これをはずしたり、やったりするというふうな税制改正案が今度出ておりますが、この処置は早くおとりになることが必要だ。これをいつまでも延ばして、おそらくへたなやり方としては、これをあまり使わないで金融引き締めをやる、公債発行を減らし、財政を圧縮して、そしてデフレ的な効果を有効需要の面からかけていく。そして、結局民間投資だけがいつまでも資金がついてまいりますから、民間投資はどんどん暴走するでありましょう。むしろ民間投資に暴走の資金を与えるようなやり方を、政府及び国会がいままでとってきたということが、いままでの行き過ぎの一つの原因になっておるというふうに思います。そういう観点から、考え方をここで変えていただく必要があるのではないか、こういうふうに私は考えます。
○田畑委員 その考え方をすなおに発展させますと、たとえば公債発行についても、いろいろ今後の税の自然増、あるいは景気の動き等によって弾力的に運用するということについてどうお考えになるかという問題、ことに公共投資をふやせばふやすほどいいというか、国民生活あるいは社会資本の充実の面から見て望ましいのだという考え方に立ってまいりました場合に、この公債発行が、われわれの心配することは、歯どめがなくて、あるいは景気がよくても悪くても、ますます公債に国の財政が依存するという率が高まってまいりますと、まずそういう面から財政の硬直性というのが出てまいりまして、また、それが国民経済にもマイナス面が出てくると判断されるわけですね。だから、先生としては、特に今後の税の自然増の動き、あるいは景気の動き、国民経済の動向などと関連して、公債発行というものについてはどう基本的にお考えなさるのか、この点をもう一度説明願いたいと思います。
○力石公述人 いまの御質問の趣旨ですと、やはり財政を、有効需要の観点から弾力的に運用するということが景気政策の一つの柱としてかなり重視されているように考えますが、私は、現在の財政規模自体はすでにあまりにも小さ過ぎるわけでございまして、これを圧縮するなどということはとんでもないことであるというふうに考えます。むしろ法人税を引き上げる。法人税は、もとの去年とりましたやり方、いま三五%まで落ちておりますが、これを四〇%に向かって、昭和二十八年の水準に向かってだんだん引き上げていく。そうして、まじめな投資に関してのみ、いわば非常に調整し合ったまじめな投資に対してのみ特別処置を与えていく、あるいは、まじめな地域開発を推進しようとする、そういうふうな投資に対して優先権を与える、こういうふうなプライオリティーを個別につけていくような、そういう処置が必要なのではないかと思います。 そこで、フィスカルポリシーといいましても、財政の規模を弾力的に運用することよりも、最近では、社会開発を重視すればするほど、財政の規模よりもむしろ税制を操作する、そうして民間の法人税率を引き上げたり、あるいは投資の優遇措置を取り払う、こういうことがいまはオーソドックスであります。こういうやり方をとらないで、みずから首を締めるような社会開発資金を削るというふうなやり方は、現在、大体一九六〇年代以後の各国はあまりとっておりません。むしろ税制のほうにこの弾力的な運用を適用していくということが主眼になっておりまして、私はその点をもっと強調したいと思ったわけでございます。
○田畑委員 いまお話の中の後段の税制措置ですね。特に法人税率を、国際的に見ても日本はむしろ安きに過ぎるので、これをもとに戻すべきだという主張、あるいは租税特別措置の中を洗い直して、当然取るべきものは取るべきだ、資本蓄積の名において不当に大企業に減税措置がなされておるという面については、われわれも全く同感なんです。その点については、そういう取るべきものは取って国の財政全体をもっと適正にして、社会資本その他に投下すべきであるということは全く同感であります。そういう面では先生のお話と全く同感でありまして、そういうようなことと、私がいま質問いたしました公債発行の問題とは、おのずから私は質的に別な観点から見るべきではなかろうか、こういう感じを持っておるわけです。 それはそれといたしまして、先ほど来先生のお話の中で、税金を洗い直すことによって、取るべきものは取って、いまお話しの公共投資あるいは社会資本の充実ということを言われておりますが、先生の計算では、いまの租税特別措置を洗い直すことによって、あるいは法人税率の引き上げ措置を講ずることなどによって、どの程度の財源が確保できるか。
○力石公述人 実際にこの計算をしてみることは、大蔵当局でないとちょっと無理なわけでございますが、私の推定では、大ざっぱに申しますと、日本の予算を見まして、軍事予算が非常に圧縮されている。これは平和憲法のせいでございまして、非常にめでたいことでございます。この平和憲法が堅持されておりますので、軍事予算はあまりふくらまさない。そうすると、日本の軍事予算がない部分、外国より軍事予算が少ない部分が、日本の民間の設備投資の資本蓄積にいままでは回っていった。そういうふうに考えてよろしいかと思います。それからもう一つは、社会保障が非常に外国と比べて低い、社会保障が非常に圧縮されていることと、軍事予算が圧縮されていることが、総予算の規模を圧縮しているという形になっております。したがいまして、軍事予算を節約した部分を民間設備投資へ向けたわけでございますが、これからはそれを社会開発に向けていく、こういうふうに考えますと、大体外国が軍事予算を含めて持っているような租税負担率、この租税負担率まで日本の租税負担率は上がってかまわないのだ、そういう方向に持っていくために、大企業の法人税率だとか、あるいは特別措置などを洗い直していくということが必要なんではなかろうか、こういうふうに考えます。大体のめどといたしまして、国民所得に対する租税負担率は二五、六%くらいまで上がるべきだし、その程度の大所得者及び大企業の税負担能力というものは存在するというふうに私は考えております。
○田畑委員 これは両公述人にお尋ねしたいのですが、昨年の夏、秋ごろから景気は上昇し、特にことしに入って景気の過熱が云々されるようなことがいわれておるわけです。特に本年の一月以降の、たとえば鉱工業生産の生産出高の動きなどを見ても、あるいは輸入、輸出の動きなどを見ましても、先行きいろいろ警戒論もいわれておるわけですね。やはりそれは、一つは国際収支の天井が相変わらず低いということと、物価の動きなどがかれこれ心配されておるわけですね。ところが、そういうような動きの中で、したがって金融緩和措置についても再検討すべきではないかというような一部議論も聞くわけです。ところが、それと、こういう国内経済の動きと逆に、すれ違いに、外国においては、特にアメリカにおいても、西独においても、イギリスにおいても、あるいはスウェーデンでありますか、最近の動きを見ますと、低金利の方向に推移しておるわけですね。したがって、外国は低金利、日本は高金利とは申しませんが、金融引き締め云々が出ておるときに、すれ違いに欧米諸国は低金利の時代を迎えてきた。したがって、最近のこの輸出入のアンバランスの先行き不安というものが、ユーロダラーその他の資本収支によってカバーされてくるというようなことになってまいりますと、また日本経済の先行きというものは、心配されたような要素とまた別の問題が出てくるようにも見受けられるわけですね。それと、言うならば、資本収支によってカバーされて、それほど心配しなくてもいいではないかというような考え方も出てきようと思うわけです。そういう動きに対しまして、両公述人はどのように見ておられるか、わが国の経済に――たとえば四月の初めにアメリカが公定歩合を〇・五%でしたか、引き下げたことなどの影響というものが、今後の日本経済にどういう影響を与えるのか、これについてひとつ教えていただきたい、こう思うのです。青葉公述人、ひとつよろしくお願いいたします。
○青葉公述人 ただいまのお尋ねの、海外の高金利時代が終わって低金利に向かってきたのに対して、日本が、金融がこれから引き締まるということで、金利がいままで下がってきたのが上昇に転じたことに対して、日本の経済にどういうような影響があるか、こういうお尋ねのように伺ったのでございます。いままで海外の諸国が高金利をやっておりましたのは、それぞれの国の国際収支の面あるいは国内の景気過熱の面に対処いたしまして金利を上げていたわけでございますが、それが一段落してまいりましたので、今度は金利を下げる、むしろ経済の成長があまり低くなってきたので金利を下げる、こういう形をとっているわけでありまして、日本が今日これから金融が引き締まってきて、若干金利が上がる方向に向かうかもしれないということは、日本の経済成長率が海外の経済成長率に比べてあまりにも高いということから起こるのでございます。したがいまして、ごく原理的に申しまするならば、ただいまお尋ねの中にもありましたように、日本の金利が若干上がりぎみになれば、海外から資金が流れ込んできて、それによって貿易のほうの国際収支の黒字の減少をカバーする。まあユーロダラーというような短期の資金も入ってくるでしょうが、長期の資金も入ってくる。いままで一時減っておったものが、またふえてくるということで、おのずから国際収支が資本収支の面からバランスするような傾向を持つということでございまして、これは経済の基本的な原則に基づいて、国際間においてもそういう一つの傾向があるということがあらわれているわけであります。したがいまして、海外が低金利になってきたから、日本が、金融が引き締まってきた場合に若干金利が上がるということがありましても、これはむしろ当然のことでありまして、その程度がはなはだしく上がるということであってはまた問題があるわけでございまするけれども、そこに経済のおのずからなる調節というものがあるわけであります。したがいまして、そういうような基本的な経済の方向といいましょうか、力といいましょうか、流れといいましょうか、そういうことに非常に逆行するような政策をとるということは望ましくないわけであります。それを適度にタイミングよくとっていくということによって、経済の波が比較的穏やかに進んでいく、かように私は考えております。 以上であります。
○力石公述人 先ほど私の公述のほうでもお話し申し上げましたように、大体実質成長率一二・三%のスピードでいま成長が進んでおります。これはもう過熱段階に入っておると私は思います。季節調整をしてみますと、国際収支の赤字は去年の秋からずっと続いております。もはや危険信号ははっきり掲げらるべきである。このために、では何をするか、その観点から、一つの対外面の処置といたしましては、アメリカの景気後退に伴いまして、対米輸出が非常に減っているということが、国際収支の悪化の一つの大きな要因になっております。そこで、対米輸出にかわるような対外貿易政策というものをもっと重視して考えなければならないでしょう。 それからもう一つは、国際収支の赤字の大きな原因といたしまして、貿易外収支の赤字が非常に大きいわけでございます。貿易外収支の赤字はかなりの部分が船賃でございまして、船賃が非常にかかるということは、日本の貿易構造が、遠くへ行けば行くほどたくさんの量の貿易をしているという形になっている。近くとはあまり貿易をしていない。遠くへ行けば行くほどたくさんの貿易をしているから船賃がたくさんかかるという形になっているわけでございまして、普通貿易発展の原則は、近いところほどたくさんやっている、だんだん遠くになるほどフレートその他で競争力が落ちてくるから少なくなってくる、これがほんとうなんですが、日本は、地球の裏側に一番たくさん輸出しておるというふうな輸出構造になっています。こういう構造をもう一度考え直すということが必要なわけでございます。特に対中国貿易が決定的に重要でございます。現在、中国の危機は、まさに化学工業プラントが不足しておる、肥料が非常に足りないということが大きな問題なんでありまして、現在、化学工業プラントを供給する能力があるのは、ソビエトはあまりありませんから、日本が一番大きな力を近隣では持っております。これを出すということを考えて、アメリカ貿易の停滞にかわるものといたしまして、日本の借款政策を中国に対して発動していくということを、思い切って吉田書簡方式を再検討なさることが必要なのではなかろうかと思います。 それから国内政策につきましては、先ほど申しましたように、金融引き締め政策をとりますというと、とっても大企業の設備投資は落ちません。現在、自己金融力が非常に強化しておりまして、ほとんど自分のお金でやっておるのですから、これは金融引き締めではほとんどききません。したがいまして、設備投資を抑制しようとして金融を引き締めますと、中小企業のほうの、近代化を必要としておるような低生産性部門の設備投資を抑制することになります。したがいまして、金融引き締め政策は直ちにとることができない。また、これは公債の消化を非常にむずかしくしますし、それからもう一つは、財政の有効需要を削減するというやり方は、先ほど言いましたように私は望ましくない。こういうことで、結局あと残るのは、先ほど言いました法人税率並びに設備投資の優遇措置をはずす、これであります。これは非常によくきくのです。アメリカが現在景気後退に入ったのは、昨年九月にジョンソンが優遇措置をはずした、減価償却の措置をはずした、これが現在のリセッションの原因になっておるくらい非常にきくわけでございます。あそこはもし社会開発――偉大な社会というスローガンを掲げておりまして、福祉予算を削りますと、民主党政権はもう非常にあぶない状態であります。ですから、これは何とか――ベトナム問題で非常にまずいことをやっておりますので、何とかして社会開発だけはやりたい、これを維持するために、民間のそういうふうな税率を引き上げていったわけでございます。これは非常によくきくわけでございまして、金融引き締めのように迂回的に時期を経てきくのではなくて、ストレートにきいてまいります。ですから、これを思い切って発動なさること、そして、それによってデフレにはまり込んでいかないために、財政のほうは、むしろいまよりはふくらましたほうがよろしい、こういうふうに私は考えます。
○赤澤委員長代理 以上をもちまして、両公述人に対する質疑は終了いたしました。 青葉、力石両公述人には、御多用中のところ、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。 以上をもちまして公聴会は終了いたしました。 明十九日から、昭和四十二年度総予算について分科会の審査に入ることといたします。 本日は、これにて散会いたします。 午後二時五十三分散会