地方行政委員会固定資産税等に関する小委員会 第1号
- 発言数
- 4 件
- 登壇者
- 2 名
- 会派数
- 1
- 開催日
- 1966/07/29
会議録
○渡海小委員長 地方行政委員会固定資産税等に関する小委員会を開会いたします。 固定資産税等に関する件について調査を進めます。 この際、税制調査会、固定資産税関係資料が提出されておりますが、固定資産税関係資料について概略説明を求めます。松島税務局長。
○松島政府委員 お手元にお配りしてございます横に長い資料で御説明を申し上げます。 第一ページは、固定資産税の国民所得、租税総額、地方税総額並びに市町村税総額中に占めます割合について比較をしたものでございまして、A分のE欄が国民所得に対します固定資産税額の割合となっておりますが、昭和二十五年に一・四でございましたものが、その後多少の増減はございますが、昭和三十六年ごろよりその比率が低下してまいっておりまして、昭和四十年には一・〇、こういうような状況でございます。 B分のE欄は、租税総額中に占めます固定資産税の割合を示したものでございまして、これまた昭和二十五年に六・三、その後最高のときは昭和三十年の八・四でございますが、自後その割合が低下いたしまして、昭和四十年には五%ということになっております。 それからC分のE欄は、地方税総額中におきます固定資産税の割合を示したものでございます。昭和二十五年には二五・三、約四分の一を占めておったのでございますが、これがだんだん年とともに低下をいたしまして、昭和四十年には二八・七%ということになっております。 D分のE欄は、市町村税の総額中に占めます固定資産税の割合を示したものでございます。二十五年には四五・五%で、昭和三十年には四七・二%、約半額に達していたわけでございますが、その後率が低下をいたしまして、昭和四十年には三六%ということになっております。 いずれの資料を見ましても、国民所得あるいは国税、地方税を通じます租税総額あるいは府県税、市町村税を通じます地方税総額、さらには市町村税額に占めます固定資産税の割合というものは低下してきておるというのが現状でございます。第二表は「固定資産税収入の年度別推移に関する調」でございます。まん中から左の欄が固定資産税総額中に占めます土地、家屋、償却資産のそれぞれの年額を示したものでございます。まん中から右の欄は、全体のその年度の固定資産税総額を一〇〇といたしました場合に、土地、家屋、償却資産の占めます割合を示したものでございます。右のほうの割合で申し上げますと、昭和二十五年には土地が固定資産税全体の三九・二%、家屋が四二・一%、償却資産が一八・七%という構成割合であったのでございますが、その後年の経過とともに、家屋の固定資産税中に占めます割合は、多少の増減はございますが、ほぼ二十五年当時の状況を維持しておりまして、昭和四十年には四二・四%となっておりますが、土地と償却資産の比率が逐次逆転をしてまいりまして、土地が二四・一%、償却資産が三三・五%というのが四十年のそれぞれの占める割合となっております。簡単に申しますと、固定資産税総額中においては家屋の占める位置はほとんど変わっていないが、土地と償却資産との占める位置は、昭和二十五年当時と比較いたしまして逆転をして、土地の構成割合と減った分だけ償却資産の構成割合がふえてきておるという状況でございます。 第三表は、いままで申し上げましたものと同じような資料でございますが、これを増加指数でもって示すとどうなるかというものでございまして、国民所得、地方税総額、市町村税中普通税総額、固定資産税額、固定資産税額のうちでさらに土地の固定資産税額、家屋の固定資産税額、償却資産の固定資産税額は、それぞれ昭和二十五年を一〇〇といたしました場合の比率を示してございます。昭和二十五年を一〇〇といたしますと、四十年は国民所得では七一一、七倍余になっております。それに対しまして地方税総額は国民所得の増加率を若干上回りまして七九四、約八倍になっておるのでございます。地方税のうちで町村税の伸びは府県税に比べて低いために、昭和二十五年を一〇〇といたしますと六六四、約六・六倍というふうになっております。この市町村税の中で、さらに固定資産税だけの伸び率を見ますと、昭和二十五年を一〇〇といたしまして五二四、五倍余になっております。この五倍余の固定資産税の伸びの中で、さらに土地、家屋、償却資産のそれをとってみますと、土地では三二二、三倍ちょっとになっているにすぎない。家屋の場合は五二九。先ほども申し上げましたように、構成割合全体も変わっていませんか、伸び率も大体固定資産税の伸び率と同じような伸び率を示しておるということでございます。これに対しまして償却資産の伸び率は、昭和二十五年の一〇〇に対しまして、昭和四十年で九三八、九倍余になっているということでございます。四ページから五ページにかけましては、各国の国民所得、租税総額というものと、その国におきます不動産税の割合を比較いたしたものでございます。ただこの比較は、不動産税と申しましても、その態様がいろいろでございまして、日本の固定資産税に相当するようなものもあれば、それとは相当ケースの違ったものもございますので、単純にこれを比較いたしまして、直ちにこれによってわが国の固定資産税の国民所得に対します割合なりあるいは租税総額に対します割合が重いとかあるいは軽いとかという議論をすることは適当でないかも存じませんが、一応御参考のために掲げたものでございます。 日本では、国民所得に対します租税、固定資産税の割合は、昭和二十五年で、先ほども申しましたように一・四%、租税総額のうちでは六・三%の割合を占めている。それが昭和四十年には、国民所得に対しましては一%、租税総額の中では五%という比率になっているということを示しております。すなわち、次第に固定資産税のウエートというものが、国民所得に対しましてもあるいは租税全体の中でも軽くなってきているということが言えると思います。 次の欄にイギリスが掲げてございますが、イギリスの不動産税とありますのは、いわゆるレートといわれるものを掲げたものでございます。昭和二十五年では、国民所得に対します不動産税の割合が三二%、租税総額中に占めます割合は八・四%でございましたが、昭和三十八年では国民所得に対しましては四・二%、租税総額中では一三・二%。わが国とは反対にレートの国民所得なりあるいは租税総額における割合が漸次高まってきているという傾向が見られるわけでございます。しかもその割合がかなり高い状態にあるということが言えようかと思います。 その次は西ドイツでございますが、西ドイツの不動産税は、この下の注にも書いてございますように、一般的ないわゆる不動産に対します課税と、不動産を全部財産を総合いたしまして、負債を引いて一人の人間に帰属する、財産の帰属を出して課税するのと、二通りあるようでございますが、その両者を合わしてございます。ドイツでは昭和三十八年で、国民所得に対しましては一・八%、租税総額中においては五・六%ということでございまして、大体日本の状態に近似しているのではなかろうかと思います。 それから次はフランスでございますが、フランスでは、昭和二十六年度あたりからとってございますが、昭和二十六年度では、国民所得に対しましては〇・四%、租税総額のうちでは一・六%でありましたものが、大体その状態を持続しておりまして、若干上がっておりますが、三十八年度では国民所得に対しましては〇・六%、租税総額中では二%というものでございまして、わが国あるいはイギリス等に比べて、その割合は非常に低いということが言えるかと思います。 次はアメリカでございますが、アメリカでは、プロパティー・タックスといわれておりますものを取っております。日本の固定資産税がアメリカのシャウプ勧告によってできました関係上、日本の固定資産税に一番近いものがこのプロパティー・タックスではなかろうかと考えられますが、しかし実際の課税方法は日本とかなり違うようでございます。いずれにいたしましても、その割合を見ますと、昭和二十五年度には国民所得に対しましては三・一%、租税総額中において一二・三%でありましたものが、昭和三十九年度では、国民所得に対しましては四・四%、租税総額中では一六・六%と、イギリスと並んで、固定資産税と申しますか、不動産税の割合が高いということが言えると思います。 その次は、地租、家屋税、固定資産税等につきまして、過去から現在までの推移を見たものでございます。昭和六年度では、地租、地租付加税、特別地税、特別地税付加税、これらのものが土地に対する税であったわけでありますが、この額が一億八千四百万円であります。家屋税及びその付加税が九千三百万円でございまして、合計いたしまして二億七千七百万円でございます。その当時の租税総額が十一億五千万円でございましたので、この十一億五千万円に対します土地に対する税金がどの程度であったかと申しますと、一六%を占めている。家屋はどの程度占めていたかと申しますと、八%であった。これらのものがさらに国民所得に対してはどうであったかと申しますと、土地で一・七五%、家屋で〇・八八%であったのでございます。その後昭和十三年度、昭和二十五年度——この昭和二十五年度から固定資産税に移ったわけでございますが、固定資産税に移った当時はどうあったかと申しますと、租税総額中に占めます土地の税の割合は二・五%、それから家屋の割合が二・六%でありましたものが、昭和三十年度には、土地の割合が三・三%、家屋が三・五%と、漸次、土地に対して家屋の比率が上がってきているということがこれによってうかがわれますが、昭和四十年度では、先ほど来申し上げますように、土地では一・二%、家屋では二・一%という比率になっておるということでございます。 その次は、国民所得、市街地価格指数、中等田価格指数、中等畑価格指数というものと固定資産税の指数を比較いたしたものでございます。昭和十一年度における国民所得を一〇〇といたしますと、昭和四十年度には一五六〇八三、すなわち千五百六十倍ばかりになっておるわけでございます。また一方、市街地価格指数は、昭和十一年度を一〇〇といたしますと、二二八七七八で二千二百八十七倍、国民所得の増加率よりは市街地価格指数の増加率が高いことがうかがわれます。一方、中等田の価格指数は、昭和十一年度を一〇〇といたしますと、四六八七四、四百六十八倍ということになっておるようでございます。中等畑もほぼ同じでございまして、昭和十一年度を一〇〇といたしますと、昭和四十年度では四百七十六倍ばかりになっておるということでございます。これに対しまして、固定資産税のほうはどうなっておるかと申しますと、昭和十一年度を一〇〇といたしますと、田では一六三五九、百六十三倍、畑では昭和十一年度を一〇〇といたしまして二三〇六二、二百三十倍、宅地では昭和十一年度を一〇〇といたしまして三五二五四、三百五十二倍というふうになってございます。 九ページ、これは御説明申し上げるまでもなく、御存じのことでございますが、税率と免税点の年度別推移の状況を示してございます。固定資産税の発足いたしました当時は、標準税率が百分の一・六、制限税率が百分の三でございましたが、その後昭和二十九年度に標準税率が〇・一%引き下げられ、制限税率が〇・五%引き下げられております。さらに昭和三十年度には標準税率がさらに〇・一%引き下げられましたが、制限税率は据え置きでございます。昭和三十四年度には標準税率は据え置きでございますが、制限税率を二・一%まで、〇・四%引き下げてございます。免税点は、当初税が出発いたしました当時は、土地、家屋、償却資産とも一万円でございましたが、昭和二十七年度に償却資産を三万円、さらに昭和二十九年度には償却資産を五万円に引き上げております。また昭和三十一年度には償却資産の免税点を十万円に引き上げるということも行なわれております。昭和三十四年度になりまして、土地の免税点を一万円引き上げまして二万円とし、家屋の免税点を二万円引き上げまして三万円とし、償却資産をさらに五万円引き上げて十五万円といたしております。それから昭和三十九年度には、土地につきましては、前回行なわれました暫定措置の結果として二万四千円に引き上げられております。昭和四十一年の今回の改正で土地八万円、家屋五万円、償却資産三十万円となったわけでございます。 その次以下に掲げてございますのは、土地に対します地租以来の税制の推移を示したものでございまして、御参考までに掲げたものでございます。 それから二三ページに、同じように家屋に対します家屋税以来の推移を示したものが掲げてございます。 以上が、お配りいたしました資料の内容でございます。
○渡海小委員長 これより懇談に入ります。 ————◇————— 〔午前十時三十八分懇談会に入る〕 〔午前十一時二十六分懇談会を終わる〕 ————◇—————
○渡海小委員長 これにて懇談を終わります。 本日はこれにて散会いたします。 午前十一時二十七分散会