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51回国会衆議院1966/06/08

文教委員会 第28号

発言数
165
登壇者
10
会派数
2
開催日
1966/06/08

会議録

八田貞義自由民主党

○八田委員長 これより会議を開きます。  教育職員免許法等の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を行ないます。  質疑の通告がありますのでこれを許します、山中吾郎君。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 今回提案になりました教職員免許法一部改正について、主として大臣に質問申し上げまして、細部の問題については、今後の審議に展開すると思いますので、お聞きしたいと思います。  この免許制度の改正というのは日本の教育制度の基本問題であるので、重要な問題として審議をしなければならない。政府においても、一たん提案をしたからといって、審議の中で思わしくないというふうなものが出たときに、ただメンツだけで押し通すというようなお考え方は去っていただきたい。また、私のほうでは免許制度そのものの重要性を考えて真剣に御質疑をいたしますから、模範的な審議の中で処理してもらいたいと思います。  私の考えでは、日本の免許制度の終着駅をきめるについては、教師の資格条件は何だという教師観がまず明確でなければならない。さらに教員養成政策についてのあり方というものも確立しておかなければ、免許制度の改正は軽率にできるものではない。そのときの思いつきで部分的に改正をしていきましたならば、最後に、積み重ねたあとにどうにもならない欠点が出てくると私は思います。そういう意味において、この論議の中でさらに深めていくと、日本の六三制の再検討の中において、免許制度の終着駅をきめなければならぬ問題である、私はそういうように深刻に考えておるわけであります。この点についてまず大臣の御見解を聞いておきたいと思います。

中村梅吉自由民主党文部大臣

○中村(梅)国務大臣 教員の養成及び免許制度の重要なことは御指摘のとおりと思います。そこで六三制の再検討も含めてというお話がありましたが、私どもとしましては、六三制もようやくここまで発展、展開をしてまいりまして、軌道に乗っておるところでございますから、これを再検討する意図は目下のところございません。ただしかし、教育課程等の上で、小学校、中学校あるいは高校等の学科内容については、いろいろ負担の均衡等の関係もありますから、目下、現在の教育課程について教育課程審議会に諮問いたしまして、検討をいたしておりますが、現在の六三制をそういう若干の手直しをしつつ充実をしていきたいという立場に現在立っておる次第でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 一応大臣のお考え方を聞いておきます。私が申し上げておるのは、免許制度の改正というのは、教員養成制度の確立、それから教師観の確立、学校制度の長期的な見通し、そういうものができたあとに免許制度の改正が行なわれるのが順序である。免許制度の改正を先に持ってくるということは、私はさか立ちをした政策だと考えておるわけです。中教審その他に大学制度のあり方その他を諮問をしながら、そのあとに出てくるはずのものが先に出てきているのじゃないかというのが私の疑問なんです。それは一言だけ申し上げておきます。  そこでこの免許制度について、大臣のいわゆる教師観というか、よい教師というか、教師の資格条件を定めるのが免許制度でありますから、教師の資格条件は何であるか、お聞きしたいと思います。

中村梅吉自由民主党文部大臣

○中村(梅)国務大臣 非常にむずかしい重大な問題ですが、問題は教師の資格というのには二つか三つ、要件があると思います。まず第一に最も大事なことは、やはり教師たるに必要な学力を備えておることであります。同時に教師としての心がまえあるいは態度、あるいは教育のやり方、こういうことがあると思うのです。したがって、教員養成の上ではそうした内容を充実するような養成方針をとっていかなければならない、こういうふうに考えております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 教師の資格条件は、学力とそれから何でありますか。教授技術ですか、おっしゃったのは。それだけですか。

中村梅吉自由民主党文部大臣

○中村(梅)国務大臣 教師としての心がまえといいますか態度、こういうようなものも非常に重要な要素だと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 まず一定水準以上の正確な学力と教授の技術と教師としての態度、この三つの条件が資格条件である。私もそのとおりだと思います。それを前提として教員養成あるいは現職教育についての政策を文部省がお立てになることについても、これは責任のある政策でやらなければならぬと思います。それならば、現在の免許制度はどういう主眼でお立てになっておるのですか。

中村梅吉自由民主党文部大臣

○中村(梅)国務大臣 現在のといいますと、今度の改正ですか。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 現行法律による免許制度……

中村梅吉自由民主党文部大臣

○中村(梅)国務大臣 現行には、御承知のとおり学力の上でも、今度の改正で盛り込んでおりますように、改善すべき点があると思います。なるほど小学校、中学校、高等学校の教員によってそれぞれ差はございますが、特に小学校等においても一応全科目について心得があることは必要でございます。しかしながら、だんだんと手工であるとか、あるいは音楽であるとか専門の教師も養成されつつありますから、必ずしも一教師があらゆる部門について一とおりの知識を持たなければならぬとしておるのも無理かと思います。むしろ小学校の教師の中でも、数学を主とするもの、あるいは国語を主とするもの、あるいは社会を主とするものというふうに、専門的な深い知識を持たせるようにつとめることが現段階では必要ではないか。  また同時に、もう一つの点は御承知のとおり過渡的な処置として、一定年限を勤務いたしますと、一級免許の有資格者でなくても、経験年数で一級に昇格させる道がありましたが、これも戦後の過渡期としては、教員の不足その他から見てやむを得ない措置であったと思いますが、この段階に来れば、そういう年功なり経験だけで昇格するというのでなしに、やはり昇格していただく人には現職教育としての勉強をしていただいて内容を充実した上で昇格をしてもらうというふうに、改善をする必要性に非常に迫られておるというふうに現在考えておるわけであります。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 大臣の答弁は私の質問にお答えになっておりません。現在の免許制度は、先ほど言われた学力と技術と態度、全部を含んで免許を出しておられるのか、その一部なのかをお聞きしている。現行免許制度の主眼は何でございますかと聞いている。

中村梅吉自由民主党文部大臣

○中村(梅)国務大臣 現在の免許制度も、やはりそういう点を目標にしておると思います。学力を無視したり、あるいは教育方法を無視したり、あるいは教育の素質の重要な点である態度等を無視しておるというわけじゃないと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 そういうあいまいなお考えで免許制度をお考えになって改正法案を出されて、そして、どうしても通せなんという考えは無責任千万です。現行制度そのものをお調べになるとおわかりになると思います。学力だけの証明じゃないですか。大学においてこれだけの教える学力がついたという者に対する学力の公の証明が免許じゃないのですか。態度も人格も入っていると考えてみたり、入ってないと考えてみたりするから、改正法が矛盾だらけのまま出てきておる。そして、教養審か何か知らないけれども、そういう人たちも分析をしないで——教師の資格条件はこれとこれである。国が出す免許制度はこの全部でないはずなんです。その学力に対する証明だけでしょう。現実にずっと制度を調べたらそうなっております。したがって、教壇に立っておる先生は、三つの条件を備えて教師になった教師もあるでしょう。教壇の実践の中で教師になりつつある教師もある。あるいは一たんなった教師が教師でなくなっておる教師があるかもしらぬ。それは事実として認めておいて、現在の日本の免許制度は学力に対する証明書である、そういう明確な上に立って、この免許制度をお考えになっておると私は思っておった。いまそうでないとすれば、全部矛盾が出てまいります。だから私はこういう矛盾を申し上げます。そうでないと、日本の教育制度は整理できない。これは無理をなさらないで、そういう矛盾を、もう一度みんなの知恵をかりてやり直すべきである。最近敬意を表するのは、法務省から出ておる少年法です。少年法を一般の社会に訴えたあと、世論において、一年、二年みんなの大衆討議の中できめていきたいということ、これはあれと同じような制度ですよ。審議を秘密にしておいて、そうして資格条件についての十分明確な識見も定まっていない。現在の免許制度の主眼がどこにあるかということも、大臣みずから明確にお考えにならないで、こういう法案を出すべきではないと私は思う。いかがですか。

中村梅吉自由民主党文部大臣

○中村(梅)国務大臣 大づかみにいえば、学力でありますが、その学問の中には道徳に関するもの、特技に関するものもあれば、あるいは教育の方法に関するものもある。内容的には私はそういうものも含んでおると思います。なるほど免許をいたしますものさしとしては、やはり学問をどの程度したかということ以外には、他にものさしはなかなか立てにくいことになります。したがって、総体的にいえば学力ですが、学力の中には、ただ学問の分量だけでなしに、そのほかの要素も入っておる、こう実は考えておるわけであります。  そこで、この免許法の改正案がいかにもとっさに出したように山中さんはおっしゃられたわけですが、事実は御承知のとおり、もう昭和三十三年に中教審から答申があり、これを受けて教員養成審議会で長期にわたって専門家も参加して検討を続けて、そしてその間二回にわたって教員養成審議会から建議を受けて、私どもの立場からいえば、かなり世論にさらしてあると思うのです。その間また教育の現場の方々からも、たとえば全国の教育委員会の関係者あるいは教育長の会議、あるいは校長会とか、そういう教育を第一線で担当しておるいろいろな人たちも、いままでの免許制度を放任されては困る、早く免許制度を改正してほしいというような要望、決議がしばしば行なわれまして、およそ教員養成に関心のある人であれば、昭和三十三年に中教審の答申が出て以来の検討事項でございますから、それらの意見は今日までに述べる必要があるなら述べていただいてしかるべきであり、またそういうことは大ぜいの学識経験者でやっております審議会段階でも反映してしかるべきで、私どもとしましては、この問題は法務省の少年法改正の最近起こった問題と違いまして、昭和三十三年以来の懸案でございますから、相当に慎重を期して今日の結論を得た、こういうように実は考えておるわけであります。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 時間的の経過からいえば、大臣の言うとおりであります。中教審の答申から数年たって教養審の建議がされておる。時間的にはそうなんです。ところが、中教審の答申と教養審の建議は意思統一ができていないままでしょう。いまそういう論議を申し上げた一番大事なかなめになるものがあいまいもこになっておるまま提案をされておる。少年法のように社会に出されて民衆にさらしてから国会に出すというならいいのです。その長い経過はわかります。わかりますが、建議の中にはたとえば教員の試補制度の提案があります。まだ一部検討ということに後退したりしておりますけれども、これを採用するかしないかは、教員免許制度の終着駅のかなめになるであろう。大学を出て、それから教壇に立ったときを司法官の試補のようにさせる、あるいは医科大学を出たあとのインターン制度を大体考えて、そして教師試補という制度を提案しておるわけです。これが今度の終着駅におけるかなめだと思う。それについて意思統一がされないで、ある意味においてはどうでもいいような改正法案を出す。これがいままで数年かかって積み重ねてきた上に出た法案だとは言えないと思うのです。それから教師の試補制度の思想は、大学においては徹底的に学問をし、学力をつけるんだ、教壇に立ったあと、教諭技術及び教師の態度を養うために試補制度をとっておるという思想があって、この制度の思想的裏づけができると思うのです。したがって、そういう答申及び建議の上に立って文部省がくるならば、大学における学問研究の中で教員を養成するという方向がずっと出てくる改正案でないと、試補制度は非常な矛盾が出てくるでしょう。そこで、この免許制度というのは、学力の証明書という立場を明確に大臣がここに答弁してくれるなら、これは理路整然でありますが、そうでない。ないから、これは熟さないうちにこういう改正案をお出しになると支離滅裂になるんではないか。数年の時間経過はわかります。時間は、じんぜん日を暮らしただけで、長い経過はあるけれども、意識統一ができていないじゃないですか。できていない途中においてお出しになっていると私は見ている。だからこの法案をお出しになるのは間違いだと私は思うんですが、いかがですか。時間の量はわかりますよ。

中村梅吉自由民主党文部大臣

○中村(梅)国務大臣 いま御指摘の点は、確かにものの考え方として、医者のインターン制度あるいは司法官、弁護士等の司法修習制度、こういうものと同じような行き方をしたらどうかという意見は、一部にございますが、教育者養成の場合には、むしろ大学で学問を勉強しておる過程において、勉強と並行して教育実習として実習をしたほうが適切である、と実は文部省としては考えておる次第であります。したがって、国立大学におきましては、教育実習の時間も設け、あるいはそれに対する単位も入っておると思いますが、そういう方法で、大学在学中に学問の研究と同時に、教師になる人は教育実習を適切な時間をかけて、そして教壇に立つ準備というものを整えていくという行き方が適切である、こういう観点に立っておるわけでございます。したがって、私立大学で免許をとる場合におきましても、私立大学が、以前は単位さえとればどの学部でも教育免許が受けられたわけですが、前の改正によりまして、文部大臣が適当と認めた教員養成の課程というものをつくって、その課程を終えた者にだけ私立大学では教師たるの免許を与える、こういう道を講じておるのもこの精神が入っておるわけでありまして、私どもとしましては、すでにその問題は、なるほど一部の意見としては、医者のインターンのような制度を考える人もありますが、いまのような行き方で十分なんだ、こう実は考えておるわけであります。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 大臣は重大な答弁をされて——よろしいですか。それは数年かかって教養審の建議も出たから、それに基づいてこの法案を提案をした。教養審は、「新規に大学を卒業した者に対しては、採用後所定の期間、実地において特別の研修を受けることのできるような試補制度を設けることとする。この試補制度の適切な活用により、教員の資質の向上、学力の強化、教育技術のいっそうの獲得が期待される。」試補制度というものを建議の中に決定的な案で出してきている。それはとるところではないといって、この改正案を、数年かかって大衆討議をした結論を無視してお出しになって、それでいいのですか。だからやり直しをしなさいと私は言うんです。そうならば、教養審に再考を促すとか、あるいはもとの答申がまだ生きているならば、再諮問をするとか始末をしてかからなければ、何のために教養審をおつくりになっているか、何のために諮問をされたか、何のために建議をお受けになったか、そしてその建議に基づいて改正案を提案をしておるとなぜ説明されたか。

中村梅吉自由民主党文部大臣

○中村(梅)国務大臣 私もそう思っておったのです。ここにもありますが、この制度については、引き続き検討課題として研究するようにというのが建議の趣旨であると思っております。要するに引き続き検討課題として研究をしたらいいという趣旨は、この試補の制度の問題と、もう一つは小学校の教員免許の場合に、この改正案では、大学を卒業して必要の単位をとった者は一級免許ということになっておりますが、いま大学には修士課程もありますから、修士課程を終えた者には何か別途の資格が必要なのじゃないか、この点も研究したらどうか、こういう課題になっております。私どもとしましては、これらの点は、なるほどこういう検討課題として建議の中に織り込まれておりますから、今後引き続き検討いたしたいと思っておりますが、現在のところ、先ほど申し上げたように、教員養成の課程におきましては、学問と並行してそういう実習の機会がありますから、これでいくのが現在の段階としてはよろしい、また修士課程を終えた者に大学卒業者の一級免許とほかの免許を、もう一つ特何とかというようなものをつけるかどうかということは、これはやっぱり一つの問題点で、大学を卒業した者の初任給とそれから修士の課程を終わった者の初任給と違えば、一級にさらに特をつけたり格差をつけることになるその是非については、これは相当研究を要すると思いますので、これらは今回の改正では取り上げていないで、今後の課題として文部省としても研究をしていきたい、こう思っておるような次第でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 これはこういうことなんです。私の申し上げておるのは昭和三十七年十一月十二日の教員養成制度改善についての建議案、これは文部省のパンフレットです。そこの二ページ、先ほど読みましたが、「試補制度を設けることとする。」これはもう方針を確定して建議をしておる。そこのところを見てください。  それから次、昭和四十一年二月十七日教職員免許法改正についての建議の三ページの、試補制度についてはなお引き続いて研究することというのが、いま局長から言われて大臣が答弁されたところだと思うのです。試補制度を採用するのをやめたのではないのですよ。採用するという方針を前提として検討するというのがこの建議ですよ。ここの責任者である高坂正顕氏は、この研修試補制度についての基本的構想として、昭和三十八年二月二日に実に詳しくその実施方法についての試案を出しておる。「試補制カリキュラムの基本構想試案」「試補制のねらいは都道府県の試補に採用された者を対象として、これに期間一カ年の統合された研修を行ない、実施に即していっそう高い専門的教養を得させ、教員の資質を向上させるにある。」それから「3、大学における教育実習は、おもに教室の教師の育成をめざし、主として担当教科の授業法を実習させあわせて」云々、そうして試補制度の修めるべき条件をずっと並べて、一年たったあと試験をしてはじめて教師の資格を与えるという試案まで出している。こうして同じ高坂正顕氏の建議なんです。それで、一応採用するという方針をきめ、しかし、実施の関係については前提条件がたくさんある。教員の定員問題もある。研修をせしめる設備施設の問題もある。そこで、引き続き検討と書いてあるわけです。いま大臣は、試補制度はインターンとか司法研修生のような制度もあるけれども、とらないとおっしゃっている。もう完全に否定している。否定した上でこの改正法案をお出しになっておるのですか。だからやり直ししなければだめなんですよ。

中村梅吉自由民主党文部大臣

○中村(梅)国務大臣 これは御指摘のような高坂氏の説明、構想を私も承知しておりますが、審議会の建議は三回ございまして、昭和三十七年の十一月の建議については、先ほど山中さんが読み上げたとおりのことであったわけですが、その後四十年の六月と四十一年の二月と二回建議があるわけです。そのあとの二回においては試補制度は引き続き検討をする、こういうことになっておるわけです。そこで、私どもとしましては、今度の改正案で、これを取り上げないということを先ほど申し上げた次第で、実はここにいくのは一つの理想であるかもしれません。しかし、ここにいく前に前段階がございます。それは御承知のとおり現状の制度では、たとえば十五年勤続をして実務経験をしますと、二級免許状の人が、要するに大学卒業者でない二級免許状の人が当然に一級免許に昇格をしていくという一種の非常に便宜的な措置があるわけであります。これらをやはり前提として改善をして、そしてこういう勤続年数さえあれば勉強されても勉強されていなくても、当然一級の資格者になっていくという制度が残っておるままで、ここへこの建議の検討したらどうかという問題点には到達できないわけです。このほうを先に前段階として片づけておく必要があるということで、今回そうした当然の昇格というものは廃止をして、昇格はなるほど認めるが、現職教育を受けて必要な単位を取得して勉強していただいた上で昇格させますよ、こういう制度に変えていくということにいたしておるわけで、この段階が一応終わって、いまもお話がありましたように、教員の定数等の関係もあるので、一挙にいまのような試補制度は、これはそこまで到達したくも現状ができない状況もありますから、これは審議会がいわれておるように今後の検討課題として諸般の情勢が整い、前提が解決されて、そして適当の段階ができたときにこれは本式に取り組むべき問題である、こういうように実は私ども考えて、今回の改正には試補の制度を取り上げていないというのが今度の改正の方向であるわけであります。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 試補制度というのは、免許制度の終着駅として大臣はやるという方針の上にこの改正をお出しになっているのですか。

中村梅吉自由民主党文部大臣

○中村(梅)国務大臣 まだ私もそこまで踏み切っておるわけではありません。審議会が一つの目標として検討を要する事項として指摘をしておりますから、これは真剣に将来取り組むべき問題であると思います。そういう行き方がいいか、あるいは教員養成については実習の単位なり幅なりを拡張することがいいのか、そこらはひとつ審議会にも御審議を願い、文部省としても各方面の御意見を聞いて取り上げていく必要があろうと思います。たとえば教育現場にある人たちからいいますと、今度の改正で、勉強されなくても、年限を経れば、当然に二級から一級に上がっていくというのをやめて、勉強してもらわなければ一級にはなれませんよという制度にするだけでも、現場の教職員の中には、それに該当する立場の人たちは、相当の反対的な意向があるくらいですから、司法かなんかのように試補制度をしいて、それが完了しなければ一人前の教員になれないのだぞという制度になれば、なお一そう抵抗は強烈ではないかと思いますから、これらの諸般の情勢も見て、今後検討すべき課題で、現在私どもいつの段階でそれは実施すべきものだと今日われわれの立場で意思決定をする事項にはどうも属しがたい、こう思っておるわけであります。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 大臣のおっしゃるのは、思想的に不統一だと思うのです。建議案の中の試補制度というのは、大学においては徹底的に学問を研究さすのだ、しかし、教師の資格条件は学力だけではいけないのだ。教授技術と教師における態度というものを見きわめなければ免状は与えないという思想ですね。だから、教壇に立って一年たったあとに初めて免状を与えるというのが試補制度なわけなんです。この制度は大学においては二兎を追わないで、徹底的に学問をやらかすのだ。そのかわり教壇に立って教育技術と経験を通じた精神、態度を見きわめて資格を与える。したがって、その試補制度を考えておる建議案の免許制度の思想というのは、教師の資格条件の三つをそろえたものに免許を与えるという思想だと思うのです。いまはそうじゃないのです。学力に対する免許です。免許というのは、学力に対する公の証明と私は解釈しておる。その思想を根本的に変えてきておる建議案であると思うのです。だから、それを大臣は、資格は与えるが実習をやらすというふうな意味のように御答弁になってみたり、その辺が御答弁の中にはっきりしてない。一応試補制度というものの思想の上に立ってこの改正法案をお出しにならないと、答申あるいはこの建議案自体を無視してお出しになっておるのだから、無視する場合については、教養審にいま一度差し戻して意思統一して国会に改正案を出すべき責任がある。それを意思統一しておる段階で大臣と論議しなければならないわけです。そういう試補制度を前提としての建議案に基づいて、その一部の当面の改正をお出しになっておる、こういう御説明ですね。いまの御答弁はそれに間違いないでしょう。

中村梅吉自由民主党文部大臣

○中村(梅)国務大臣 中教審あるいは教員養成審議会の意向を無視しておるわけでは全然ございません。審議会自体が、この試補制度の問題とそれから大学院を終わった修士の人の将来の身分の問題、これは検討事項として検討しなさい。今度この改正で取り上げております事項は、これはぜひ改正しなさい。こういう建議を受けておるわけですから、それでぜひ改正しなさいという部分は今回取り上げて、検討しなさいという事項は、今後検討を続けるという答申及び建議の意見のとおり実はわれわれ対処しておるわけであります。  そこで試補の問題などは、私は決して根本的に反対するわけでも何でもありません。しかし、これを全面的に実施するということは、一年間免許の取得が大学を終わってからずれるわけですから、それだけ教員の充足に空白ができるわけです。そういうことを考えますと、教職員の資格等について、免許制度についてそれをやる前に、もっと充実すべき先決事項があります。この先決事項が、今度すみやかに実施をするようにという建議及び答申のあった事項でございまして、今度の改正に織り込んだ事項でございます。これらを解決して、そして地固めをした上で、あるいはまた教員の養成については、育英奨学資金なども幅を大いにふやしまして、優秀な人材が教員を志望するように文部省としては措置を講じておりますので、そういういろいろな措置とあわせて、教員志望者が充足してくる、そして現場の教師も充足してきたというような、あるいはまた、研修を、必要な現職教育を受けないでも、資格が二級から一級に上がっていくようなものを廃止して、やはり正規の教師としての内容を充実して、勉強をして単位をとってくれた人を一級に昇格させるというような問題等を整理をいたしまして、そして、諸般の情勢が熟した段階で、今後検討すべきであるという建議の項目につきましては検討をする。私どもも、理想としては決して悪いことじゃない、非常にいいことだと思うのですが、その理想の境地には一挙に飛び込めない諸般の環境があるということを考えて、今回の改正案というものを練り上げたような次第でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 大臣のおっしゃるのはどうしても一貫していないと思うので、質問を続けておるわけです。答申、建議の中で一級、二級の制度を廃止の方向があるわけです。そういう終着駅が一応全廃の方向を建議されておるのに、現実に今度は、一級、二級という差別をもっと徹底するような方向に、十五年教壇に立った者も認定試験を通らなければ一級に絶対しないという、逆に一級、二級の制度を強化するような方向にしそうになってしまっている。  それから試補制度というものは、大学において徹底的に学問を研究するのだ、教科に通じた者が教壇に立ってみっちり教えていくというならば、大学在学中に学問の分類というものから離れて、中心教材の二重単位にするというのは合わないのですよ。だから、全体として十分吟味なさらないでお出しになっているのだ。  もう一つ、まだ内容に入らない一般論のつもりでおるのですが、大臣が十五年をお出しになりましたから十五年を出しましたが、教育経験に対する評価をどうお考えになっておる。中学校の学科担当の教師と、学級担任の小学校の教師という場合についての教育経験の評価も私は区別せねばならぬ。小学校の学級担任の先生の十五年の教育経験というものはかけがえのないものですよ。そして、居眠り講習である認定講習を一週間受けたから一級にするしないというような問題で、十五年の教育経験を軽視をするような一部改正案をお出しになっている。学科担任の中等学校以上の教師の場合は、あるいはまた学力をつくる、奨励する責任もあるかもしれない。小学校教師、中学校教師についての区別をつけないで、そして十五年教育経験を持って、認定講習を受けないと一級にしてやらない、そんな改正がありますか、それは改悪ですよ。そして、僻地に行っておる先生はかわるべき先生がない。一生懸命に子供に教壇で忠実に教育愛で奮闘している者は、そういう居眠り講習のたいして価値のない講習は受けないという気概を持っておる先生はたくさんおります。旅費もお出しになっていない。それに研修に出たときに代用に立つ産前産後の場合の産休教員の補充もされていない。そういう実態の中で、行政感覚でなく、現場感覚でこういう改正案を出すべきである。あなたが内容に入ったから私もちょっと触れたのだ。  それから、教師の職業というのは、教える職業なんです。書物を読まなければならぬ職業なんです。会社員じゃない。だから、教壇に立って自信のない教師というのは、自分で一番引け目を感ずる職業であるから、自分で一生懸命に勉強したいということは、教師の本能の中にあるのですよ。なぜ勉強したいがしないかというに、研究方法を身につけないで卒業している。勉強したいけれども研究方法を教わっていない。  そこで、戦後の大学における教員養成目的は、私は誤りであると思う。一つの学問を勉強し、論文も出して研究方法を身につけて教壇に立たせば、学力を持った教師となる。これは職業の中に本能として勉強する意識というものは出てくる。それを一方に認定講習を一週間、二週間——私は実態を知っている。ほとんど居眠りしておるだけだ。そして形式的にそれを出ると一級にするが、十五年一生懸命やっておる者にどうしてやらないのだ。それは間違いなんです。しかも、小学校の学級担任の先生と学科担任の先生とひっくるめて一山幾らでそういう改悪をされておる。これは相当の問題だから、私は各論の質問の中に譲りますけれども、そういうところだけを当面改正に出したのだ。一番出さなくていいものをお出しになっている。終着駅との矛盾が出るじゃないですか。試補制度を検討しておる段階というのは、大学では徹底的に学問を教えるのだ。学問研究の中から人格をつくっていくのだ。これは天野貞祐さんの持論ですよ。自分が学問の中で人間をつくる、学問の中でこそ人間ができるということを信念にしている。この人が中教審の会長として答申しておるという矛盾はあるようでありますけれども、試補制度というものを考えておる中には、私は一貫したそういうものがあると思う。そういう具体的な問題ももっと吟味すべきである。それ以前にこの手続の中に熟さないままに出しておるので、これはこのままではどうにもならないのじゃないかということを力説をしておるわけです。十五年をお出しになったから、いま一度大臣にその点お聞きいたします。十五年も教壇に立っておる教育経験の評価をどうお考えになっているか。

中村梅吉自由民主党文部大臣

○中村(梅)国務大臣 教育経験の評価は、これは無視することはできません。今回の改正でも尊重の方向をとっておるわけであります。なるほど全然研修、現職教育を受けないで十五年たてば当然資格が上がるというのは、これはぜひこの段階でやめたいということでありますが、御承知のとおり、たとえば五年の経験の者は何単位以上でなければ昇格できない、十年たったものはどう、だんだん経験年数で単位をずらしていきまして、最終的には十五単位ということになっておるわけであります。ですから二級から一級に上がっていただくのには、経験年数の高い人でも最低十五単位だけは現職教育の単位をとっていただきたいというわけで、これは私ども現に現職にある人たちの資質向上に資することができると思うのです。決して教育経験というものを無視しようという考え方ではないわけです。  それともう一つは、今度の免許の最終目標ですが、これは要するに大学教育の上で教師たるに必要な単位の組み方を変えてまいったわけです。これらこまかい点は、私どもしろうとでございますから、その組み方等については詳しく承知いたしませんが、審議会においてもかなり掘り下げて研究をし、それを受けて文部省当局もこまかく研究をいたしました結果、今回の単位の組み方に相なりましたようなわけで、各論の段階でこれらについては、担当をいたしました者のものの考え方等も十分にひとつお聞き取りをいただきたい、こう思っております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 十五年の教育経験を軽視をしていないといまおっしゃったわけですが、形式的には認定講習を受けなくても、十五年も教壇に立っておる先生は、学校の卒業程度が短大であるからそれで認定講習をとらなければ十五年で一級になれないというこの改正案とどういう関係があるのです。短大を卒業をして十五年も教壇で一生懸命に——認定講習を受けない場合にはいろいろな事情があると思う。十五年も教壇に立っておる者は、たった二カ年、次の大学をやるかやらぬかということより、どれだけとうとい、どれだけの体験があるかということをお考えにならないのですか。それは形式論です。私は十五年も教壇に立っておる者には無条件に——一級になれぬのは校長になれないことなんですよ。校長にできない。私は教師の評価というものは行政官がする資格はないのだ、教え子が評価する資格があると思う。あの先生は自分の人生にこれだけの影響を与えてくれた、あの先生は自分の人生の生き方にこれだけの暗示を与えてくれた、その先生が認定講習に関係ありますか、小学校の場合ですよ、中村先生がこういう一つの人生観を持っている。ああいう小さい少年時代に、あの先生は——そういう資格であったから感化を受けたのですか、どうなんです。十五年の教育経験というものを、そんな行政感覚で軽視をされるような案を得々とお出しになることは私は憤慨にたえない。事実をお調べになったらどうです、事実を。それはまあ内容の問題だが、出す以前にその欠陥があるし、それをあわせてお手直しをなさらなければならぬのではないかと私は申し上げる。局長、むずむずして言いたそうだから言いなさい。

杉江清文部事務官(大学学術局長)

○杉江政府委員 御指名の光栄に浴したわけでございますが、先生の御議論の前提をなしております免許状の内容は学力だけであるという考え方には、私は疑問を持ちます。学力が主になります。しかしたとえばいままでも教材研究とか教科教育法という科目がありました。また、先ほど大臣も指摘されましたように、内容には倫理、道徳に関するものも相当あるわけであります。それらはいずれも学問として修得しているわけでありますけれども、態度の養成、技能の育成の基礎をつちかう意味において、私は単なる学力として把握すべきものではない。やはりこれだけは必要だとする免許資格の内容としては、大学における学問が主になり、それを客観的に評価するというときには、そういった信条に関するものを評価しにくいけれども、しかしそれを育成する素地を養うという内容を当然含んでいるわけであります。私はやはりそういうふうに考えていくべきものだと思います。そのことと、たとえば十五年で、それを経験だけでいってよろしいということとは、ちょっとやはり考え方の上でどうかと思うわけであります。一級、二級ということは、やはり御指摘のように学力ということを一つの大きな尺度としているわけであります。そういう意味におきまして、なるほど態度、技能ということにおいての評価は相当高まるでしょう。しかし免許状の種類を高める上にはそれだけではいけない。それ以外の要素も必要だ、こういう見地も加わって、やはり一定の単位は履修していただきたい、こういうふうにしているわけであります。  そこで、その学力を得る方法について欠陥があることは御指摘のとおりでありますが、それはやはりそういう前提に立ちまして、その単位のとり方が適正であるように、また事実そこで自分も力がつくような単位修得の方法を考えていき、実施する必要があるわけであります。私はこう考えております。  それからもう一つ、先ほど来試補のことに関連いたしましていろいろお話があったわけでありますけれども、御存じのとおり三十三年の中教審の答申におきましては、試補制度をかなり強く打ち出しておられます。しかしそれにはいろいろ問題がある。すぐには実施できない。そういうふうな考え方が強まり、そしてその次の教育職員養成審議会では、それに対して、すぐ実施することはいかがなものか、やはり今後検討すべき課題だというふうにされたわけです。最近までその考え方をずっと維持してこられて——しかしそういうことでいけば、現在当面している免許資格のいろんな問題の解決、その改善をそのまま何ら手を打たずにおくことは許されないことだ。やはり教員の資質向上ということはどうしてもやらなければならぬから、いろいろな問題はまだある。しかしながらこれだけは早急にやるべき課題だということで考え方も練られたわけであります。  そこで、試補制度ができたらこの四年間の学習内容にある種の変化はあるかもしれない。したがってまた免許状の取得の内容についてある変化はあるかもしれないと思うのでありますけれども、しかしがらっと変わる性質のものではないのじゃないか。やはり先ほどの免許資格が学力だけに終わるものじゃないということは、これは一貫した教員養成の考え方だろうと私は思う。中教審で試補制度を考えられたときも、全く教員養成の学部においてはほかの学部と同じような教育のしかたをやっていいという考え方じゃなくして、教職教養も必要だというふうな考え方が全然ないわけじゃない。そういうふうな考え方もある。しかしそれを試補制度であればある程度そちらに転嫁するものはあると思います。しかしそれは実施がむずかしいとなれば、現状においては、やはりその現在における教員養成学部において学力を主とするけれども、その他のものもねらう、こういうたてまえは試補制度ができても維持さるべきだ。試補制度ができるから教員養成の学部、課程において、そういうものを一切除外して上へいけるということは不可能なことだし、不必要なことだ。ただその程度において多少の問題があると思うのでありますが、そういう意味におきまして試補制度ができるからがらっと変わる性質のものではないという私どもの考え方を持っておりますし、審議会の方々の基本的な御判断もそこにあるものと了解しているわけであります。  いろいろなことを申し上げて恐縮ですが、補足説明の意味で申し述べました。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 局長はいつも不得要領の答弁で、いつもだまされておる習慣がついているのだが、最初はわかっておる、しまいになるとわけのわからないことになってしまう。ぼくは、免許制度はどうあるべきかということでなくて、現実は学力の証明書だ、事実がそうだと言うのです。だから教員養成目的の大学にあるものも、学問としての教育学、心理学、必要なら教授法、教授法というのは、一つの技術学としての学問です。それに証明書をやっているのでしょう。教育学を勉強したからといって、教育的に熱情の高いものができるかできないか。教育学を勉強している者ほど教育不熱心だ。だから学問を徹底勉強して、それに対する免状を与える。私立学校の開放制、免許制というのがある。それは教師に、必要だという形容詞を置いてもいいと思うが、その学問をやった、その学問に到達した証明であるということは事実でしょう。その制度でしょう。そうでないと言えますか。それに対して建議案のほうでは、そのままでは免許状を与えない。教壇に立てて、技術と態度を確認したときにやるのが試補制度で、一年あとに免許状を与えるという制度でしょう。それが建議でしょう。だから現実の、学力だけに与える制度に対する一つの批判を補うための制度である。これは論理的に明確じゃないですか。そういう方法がとれるかとれないかということが次の論議だと思うのです。  あなたは、現在の免許制はそうでないなんということを言うからだんだんわけがわからなくなる。たとえば教員免許法の第五条には、こういう学問を得た者には与えるが、次の各号に該当する者には与えない。第一に、十八歳未満の者と書いてある。これは民法でも刑法でも満二十歳が能力なんです。無能力な者に対しても、十九歳でも与える制度になっている。これは学力だけを認定しておる制度の一環なんだ。私はこれに反対なんです。少年法では満十八歳におろそうとする時代に、十九歳でも、学力さえあれば高等学校以下の免許を与えられる制度になっているのです、あなたがどんな理屈を言ったって。——こうあるべき論議をしているのではない。そういう分析をなさらないで、第六感でお出しになるのはよろしくないです。これは百年の大計なんだ。われわれは与野党で一ぺん話し合いをしなければならぬと思うのです。免許制度なんというのはイデオロギーは少しも入ってこないのです。  それから次に、いろいろなことを全部言われたようだが、学問というのは、ぼくの体験を語ると、ぼくは東京高等師範の卒業生ですが、教員を養成するということと学問とをごっちゃにしていて、ぼくらは文科一部といって免許状は公民科というのです。公民科という学問はない。中身は、法学、経済、倫理学、哲学、それを三分の一ずつ教えてくれる。だからどこにも研究方法をつかむことができない。だから博識だけで、学問の研究法を知らないで教壇に立ているから、あなたは専門は何ですかと言われても、専門は言えない。公民科が専門だなんてばかなことは言えない。皆さんは行政感覚で教員目的のために教科を変えると言っているが、教えている先生は学問で鍛えた人で、学問を教えているのです。歴史学の先生も、その人の専門の近代史を勉強しているなら近代史のうんちくをきわめている。それを持っていることが古代史から教える一つの力になっている。小学校、中学校、高等学校と、大学を出た者はみなそれぞれを卒業している。だから優秀なる高等学校の生徒である限りは、授業はできますよ。それが教師としてできるかできないか。一つの狭い学問でも、学問の実感を持っている人、学問の研究を持っている人——そこが教師と生徒の違うところなんだ。大学を卒業した者は、小学校の児童であったこともある、中学校の生徒であったこともある、高等学校の生徒であったこともある。そして教壇に立てばみな自分の教わった先生のとおり教えていますよ。どこに日本の教師のイメージを置くかということは、一つの学問をつかんだかどうかということで資格を考えるべきだと思う。そのあとは教壇に立って、その人の経験を通じて学習をやらすことが現職教育の問題だと思うのです。おのずから体得した小学校の先生が教師におって、研究方法をつかんだものが郷土史なら郷土史のことを一生懸命勉強している人がいい先生だ。みんなに慕われる。そして感化力を持っておる。それは自分の天分で研究法を会得した人です。そうでなくて、いまのような改正ならば、学問を少し習って、何も専門がわからなくて教壇に立ってうろちょろして自分で勉強することができない。日本の昔のことばで、教えることは学ぶことである。学ぶことは教えることであるということばがある。教壇の仕事の中に勉強せざるを得ないようになっている。それをしない者は転任じゃなくて教師をやめるべき人間です。そういう実態をつかまないで、テクニックだけの改正案は——あなたのような答弁をしているからこうなるのです。日本の伝統的な教師観だって、昔はみんな寺小屋のお師匠さんでも学者的イメージなんです。それから芸能の教師もお師匠さんのイメージです。何か一つのものをつかむことが日本の昔からの教師観です。ヨーロッパのまねをする必要はありません。日本の社会の中に生まれた学者のイメージ、お師匠さんのイメージの中でなぜ教員養成のあり方を見きわめないのか。教材に合うようにずらっとやる、そうでなければ教師は逃げるなんというが、逃げる逃げないは待遇の問題でしよう。そこに私はもっと真剣に検討すべきものがあって、こういう免許制度ならば、一部の秘密のなにをしないで、もっとオープンに国会の中で小委員会をつくってもいいと思うのです。大衆に訴えてやるべき問題であるとさえ私は思うのですが、どうですか。

杉江清文部事務官(大学学術局長)

○杉江政府委員 私は、免許資格について学力だけだと先生はおっしゃるのですが、態度、技能を切り離してお考えになるところに考え方としてちょっと無理があるのではないか。というのは、学問というものは、そういった態度、技能と無縁のものとはいえない、一般的にそうだと私は思います。倫理を説く人は多くの場合やはり学問として冷静な考察と同時に、一種の情熱というものを研究者自身が持っている、それが伝わっていくところに一つの学問をするということの内容があると私は思うのです。あらゆる学問がそういう性格を持っておると思います。それからまた教科教育、これも一つの学問だと思います。それから教材研究も学問だと思います。だからそれをやることは学問の内容に入ることだと思います。しかしそれは教育方法と無縁のものじゃない、その基礎的なものであります。そういう意味において、評価ということになれば、客観的にどういうものを修めたかということが表に出ますけれども、しかしそういうものとは全く無縁だ、無縁だから大学はおいては学問だけやればいい、態度技能はほかでやるのだという考え方は私は無理があると思う。ただ今度の改正においては、大学は学問するところだ、そういう面を強調しようとしておるわけです。だから専門的な学力の必要単位数を相当思い切って引き上げているわけです。おそらくおっしゃるのには、教科教育という単位もふえているじゃないか、小学校、幼稚園において。そこが具体的に問題になるかと思いますが、この発想もいままでの教材研究とか教科教育というのが技術論に走っていたから、これを内容を結びつけてもっと学問的な内容を深めようとするところに発想があるのであります。そういう意味において方向としてはおっしゃる方向だと考えておるわけであります。それにしても全体の資質の向上のために、いままではあまりにひどい。専門科目として七十六単位は大学履修でどうしても修得しなければならぬのを、その半分程度の単位を修得すれば教師の資格が得られるという制度そのものがおかしいじゃないか。もう少し学問するという立場からは、七十六単位全部を履修しなければならないということにしてもいいという考え方さえあり得ると思います。しかし、それはいろいろな観点からそこまではいかない。しかし、いままではあまりにも少な過ぎたから、それを上げようという非常に基礎的な考え方で今回の改正をいたしておるわけであります。それだけ私申し上げておきます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 資質の向上を大学でやるなら、教授、助教授を優秀な者に切りかえなければならぬ。そんな学科の並べ方では資質向上はしませんよ。現在の大学の教授、助教授をもっと優秀な教授につくって入れる以外にないのです。それは学科を多くしたり少なくしたからといって、資質の向上にならないのです。それはうそなんです。学ぶほうからいえば、それは学問の切り売りになってしまう。たとえば、理科の場合については、理科という教科には物理学、化学、生物学、地学、地学の中に物理実験、化学実験というふうに、これは中身が免許法施行規則に書いてある。この中で、生物学なら生物学の学問として実験をし、研究をした者が教壇に立ったときには、高等学校の、自分の生徒時代に教わったものと合わせて、一番りっぱな授業ができる。   〔委員長退席、八木(徹)委員長代理着席〕 ずらりと並べて、三分の一ずつ学問か学問でないものをやらせて、そして資質が向上していく、そういう方向の改正ですよ。そんなものじゃありませんよ。そこで、学芸大学を教育大学とかいうふうに名前を変えた。名前だけ変えたと思ったら、国文学をやっても数学をやっても卒業生はみんな教育学士だ。いままでは理学士、文学士であったのが全部教育学士だ。学士というのは学問に対する称号でしょう。ところが、物理学をやった先生にも学校を出たら教育学士だ。職人をつくっている思想が入っておるじゃないですか。あなたは学問を重視しておるというけれども、どこかに間違いがあるのだ。せっかく、一つの学問研究を通じて鍛えられた教師を、つくるという方向に持っていっていない。だれもそんなことを考えてない。私は、文学士、理学士という学問をもって一つの教職を持った人が教壇に立つ方向かと思った。ところが、教育大学の名称の改正だけであって、学問と全然無関係に全部教育学士、これは職人じゃないですか、そういう称号をあなたはつくっておるじゃないですか。そういう思想と結びついて、根本にあやまちがずいぶんあるんだ、それを言っておるのですけれども、これはどうも私の本意でないので、まだ内容に入る気はないのです。あなたの方が言い出したから、一応考え方の問題として申し上げおきますが、これはあと回しにします。  そこで、入り口の問題をいま論議しているのです。中身に入っていない。文部省のほうでは、この法案の提案として、文部省の教育職員養成審議会、この審議会の建議としてお出しになっているが、教育職員養成審議会は建議権があるのですか。

杉江清文部事務官(大学学術局長)

○杉江政府委員 ございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 論拠を言ってください。

杉江清文部事務官(大学学術局長)

○杉江政府委員 審議会令に建議することができる規定を設けております。教育職員養成審議会令、これは昭和二十七年六月六日に公布されております政令でございます。その第一条に、「左に掲げる事項を調査審議し、及びこれらに関し必要と認める事項を文部大臣に建議する。」こういうふうになっておるわけでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 それから、中教審と教養審との関係はどうなのですか。

杉江清文部事務官(大学学術局長)

○杉江政府委員 中教審は教育に関する重要施策について総合的な見地から御審議いただくわけであります。教育職員養成審議会というのは、教育職員養成の基本的問題にその範囲をしぼって、その面について専門的に御審議いただく審議会でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 文部省設置法の第二十六条に、「中央教育審議会は、文部大臣の諮問に応じて教育、学術又は文化に関する基本的な重要施策について調査審議し、及びこれらの事項に関して文部大臣に建議する。」次の第二十七条には、「審議会等」という見出しで、「本省に次の表の上欄に掲げる機関を置き、その設置の目的は、それぞれ下欄に記載するとおりとする。」こうなっております。したがって、社会保障政策における医療なら医療という部分的な審議会に対して、社会保障制度審議会という全体の審議会があると同じ関係だと思うのです。一方の意見と合わなければ、優先するのは中教審の意見でしょうね。そうですか。

杉江清文部事務官(大学学術局長)

○杉江政府委員 中教審は総合的見地に立って重要施策を審議するというたてまえになっておりますので、その御審議の結果をそれぞれの審議会で十分尊重して審議が行なわれるわけでありますけれども、具体的に専門的見地から審議いたします。しかし必ずしもそのままではいけないという面も出てくるわけであります。そういう場合には、ある程度中教審の審議と矛盾することも現実に出てまいります。それはそれとして、今度はやはり文部大臣が両者を考えて、それをどのように判断するかという問題が残るわけであります。原則としては、中教審の御答申は各審議会それぞれが尊重するという立場に立って審議が行なわれる。しかし十分専門に審議されたものと必ずしも一致するとは限らない、最終的判断は文部大臣にある、こういう形だと思うのです。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 矛盾したままで伏せておいていいという考えですね。教育職員養成審議会を規定する二十七条には、設置の目的として「教育職員の免許、養成制度等に関する事項を調査審議すること。」建議はここに書いておりません。ところが、これにずっと並んでおる審議会を見ますと、たとえば宗教法人審議会は調査審議と建議とを並べております。教育課程審議会は建議を書いておりません。調査審議だけである。また中央産業教育審議会は調査審議と建議を並べておる。教育職員養成審議会は、ここに建議と明記がなければ、建議の権限は法律上与えられていないと私は解釈する。建議ができるものとできないものは一つ一つ明示をしておる。制限列記的規定だと思う。ところが、建議で出しておる。それは文部省設置法違反で、そういう建議は無効だと言っていい。そういう無効な建議で提案をされておるのですか。

杉江清文部事務官(大学学術局長)

○杉江政府委員 確かにその点、こういう審議会の目的等に関するものは必ずしも整理されていないように私も思うのでありますけれども、ただ単に、この運営については政令にまかされておるという面も普通の場合ございますので、政令で特にこういうふうな規定を設けている以上、私は多少運営の問題として許される範囲だと思うわけでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 文部大臣、大臣は弁護士ですから法律専門家としてお聞きするのですが、二十七条には審議、調査等の権限を書いておるわけです。それにずっと、十幾つ審議会があるわけですが、そこに建議のできるものとできないものを明確に規定しているのです。ちょっと見てください。——見ましたね。ところが、いまの局長の説明は教育職員養成審議会令——これをつくるのは大臣ですか。省令ですね。

杉江清文部事務官(大学学術局長)

○杉江政府委員 これは政令でございまして、内閣でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 建議するかしないかの権限は運営上の問題だから、政令で規定できると局長が私に答弁をしているのです。ここに明示してずっと並べているのを見ますと、建議をする権限があるのは明確に建議することができると書いてある。そうでないものと区別しているでしょう。それを国会における承認を得た法律にそこまででたらめに政令でできるというならば、何でもかんでもできるのじゃないか。明らかに、この教育職員審議会令というのは法律違反だ。こういうものをおつくりになって、そうして中教審の答申の矛盾を、法律違反の政令で建議をさして、つじつまを合わして、しかも建議の内容については疑問を持ちながら法改正を出されておるのは、私は、これ以上審議をすることはできない。委員長、これは理事会を開いて、この法案の取り扱いを検討することを要求します。

中村梅吉自由民主党文部大臣

○中村(梅)国務大臣 問題は、教育職員養成審議会の場合には、この欄では、教育職員の免許、養成制度に関する事項を調査審議すると書いてありますが、調査審議する以上は、調査審議した結果はどこかに言わなければいかぬわけです。調査、審議のしっぱなしということはないわけですから、当然所管庁に対して、あるいは所管大臣に対して意見を言う分は私は含まれておると思うのです。ただ、若干疑問が出ますのは、いま山中さんが御指摘になりましたように、中央産業教育審議会のように、「及びこれらの事項に関して文部大臣に建議する」という明文のある分もありますが、たとえこれがなくても、調査審議をしたら、調査審議をした結果、審議会の意見はこれでございますということは言う。言わなければ何を調査、審議したのかわかりませんから、私どもは、この意見を言うことは、建議をすることは何も不合理ではない、こう思っております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 大臣は弁護士をしておって、そんなでたらめを言われるのはまことに心外にたえないのです。調査審議をして報告をするのは当然だ。報告しなければならぬ。これは公の法案を出すときの建議に基づいて——建議、これは法律用語ですよ。調査審議して、ほったらかしておかないで、報告はとるべきである。そんなことを、知っているくせに知らないふりをして、あまりごまかしては困るですよ。日本の教育の代表である大臣がそんなでたらめじゃ困ります。  これ以上は審議はできませんね。委員長、これはもう法案を撤回して、出直ししなさいよ。

杉江清文部事務官(大学学術局長)

○杉江政府委員 お願いでございますが、調査審議する、その内容としては、当然意見を出す、意見を申し述べるということは当然のことですし、政令の段階で、内閣として、法律上の解釈のもとにこれは建議と規定しておりますから、ひとつその点を御了解いただき、その次に、これは報告とされようと、建議とされようと、内容それ自体には変化はない性質のものでございます。(山中(吾)委員「建議とうたってあるじゃないか」と呼ぶ)  それは、報告とされても、建議とされても、内容そのものには別に変わりのない性質のものでございますから、ひとつその点御了解いただきたいと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 了解はできません。そんな子供だましのような論議は国会の文教委員会ではできません。大体政令そのものに疑義がある。法律的に建議権を認めない審議会にかってに政令で建議をきめて、これ以上どうにもならぬですね。   〔八木(徹)委員長代理退席、委員長着席〕

中村梅吉自由民主党文部大臣

○中村(梅)国務大臣 実は、二十七条の二項の「内部組織、所掌事務」その他云々については「法律に別段の定がある場合を除くほか、政令で定める。」という、この二項によって、その他の事項は、運営とか所掌事務については政令にまかされている、私どもこう思っておりますから、政令が無効だという議論はいかがなものかと思います。  それから、他の審議会についても同様な政令が出ているのじゃないかと思いますが、その点はいま官房のほうでほかの事例を調べさしております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 大臣、これを読んでくださいよ。「前項に掲げる機関の分科会、内部組織、所掌事務及び委員その他の職員については、」とある。この権限についてじゃない。そんなでたらめなことを政令で書いていないじゃないですか。大臣、あまり無理をされないほうがいいですよ。

中村梅吉自由民主党文部大臣

○中村(梅)国務大臣 「所掌事務」というのはそれに入らないでしょうか。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 入らない。これは速記録からとっておいたほうがいい。  どうしますか、委員長、この事項は保留しておきますか。

八田貞義自由民主党

○八田委員長 ちょっと速記ストップ。   〔速記中止〕

八田貞義自由民主党

○八田委員長 速記、始めてください。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 大臣、いままでの短時間の質問の中から感じたが、この法案の提案にはいろいろ欠陥がある。提案の経過の中に欠陥がある。それから、内容的にはまだ十分論議はしていないのですが、日本の教員養成制度と免許制度の終着駅について、政治家が未来に責任を持つ立場で論議をすればたいへんな問題があると思うのです。  それは、復習をいたしますが、中教審の答申はそのままこの法案には出ていない。むしろ再諮問しなければならぬ問題があるようです。文部省の意見を聞いてもそうです。それからこの教養審のほうも権限のない建議をしている。それから次の矛盾は、中教審と教養審の建議——かりに言いますよ。報告です。その中にも矛盾もあるのです。そのまま生かしておるのですね、文部省では。形式論としては、どんな答申、建議をしようが文部大臣の権限だ、こう言ってしまえば別です。しかし、そうでない重要事項であるから、法律において中教審にかけるべきものとして認定をしてかけておるものですから、出たものはどうでもいいというのならば、実質的には法律違反だと思う。それからこういう重要な問題を会期の終わりごろにお出しになるというのも不適当だ。さらに中教審の答申、建議の内容から日本の免許制度の方向が決定されるような重要な柱が除いてある。枝葉末節な分だけが出てしまっておるのですよ。そういうふうな法案であるので、これはそう簡単に、形式的に一回か二回審議をしたから採決をいたしますというふうなことにはならないのじゃないか。強行採決ができる法案ではないですね。私は自分の良心に誓って協力しますよ。将来においても、免許制度のことについては。いまこれを通すということは、あと矛盾が重なるものだ、そういうふうに思うので、この審議の過程において、どう取り扱うかということについて、私は委員長にも提案をしたいと思うのですが、文部当局も変なメンツにこだわらないで、すなおにこの問題は日本の未来の教育制度に対する重要な方向を決定するものであるので、それについてすなおに意見をお持ちになるということを切望したいと思うのです。いかがですか。

中村梅吉自由民主党文部大臣

○中村(梅)国務大臣 審議会の答申、あるいは建議等は行政当局としてはつとめて尊重して施策を講ずべきことは当然だと思います。そこで、いま御議論になっております中教審と教員養成審議会との関係ですが、中教審のほうは教育全般について基本的な重要事項を審議する。そこで結論が出ますと、そのほかに教員養成審議会のような専門審議会がございます。そこで、そういう専門事項は専門審議会に移して、さらに細分して、掘り下げて研究をしていただくという仕組みに、この教員養成制度で見ますと、なっておるわけです。さようなことで、昭和三十三年、かなり古い時期に中教審の答申がありまして、それを受けて教員養成審議会で今日まで長期にわたってあらゆる角度から勉強もされ、研究もされて建議——建議という名前がいろいろ議論になりましておあずけになりましたが、とにかく二度も結論を出して文部省当局に進言をされておるわけであります。そこで、これらの結論は、われわれ尊重すべきでありますが、問題は行政を担当するものといたしましては、ものには順序がありまして、審議会等は場合によって理想的な結論を出す場合があります。しかし、その理想の境地には一挙にいけない行政上のいろんな悩みがあるわけです。たとえば先ほど来御議論になっておりますように、大学を卒業して一定の単位をとり、勉強をしてから一年間さらに教員たるに必要な修習をさせたらどうか、これはまことにけっこうな目標でありますが、しかし、いまの現況として、教員の充足等から見て、まだ大学卒業の教員で万端が充足されてない御承知のとおりの現状にありますから、一挙にそこにいきますということは、いろんな欠陥を生じ、また運営上支障を生ずるおそれがたぶんにありますので、そうしたことは今後の懸案として研究し、また実現を期していく。さしあたり今回は御承知のような改正をしていきたい。先ほどお話に出ましたような、勉強しなくても、それは相当の年数教育者として教育経験をすれば、その経験は生かしてあげるのは大事なことでありますが、しかし、その経験を積む段階で一生懸命勉強をして単位のとれるような素質を持つ人もあるでしょうし、あるいは持たない人もあるかもしれない。あるいは研修で、先ほど山中さんは居眠りをしておる云々というようなお話がありましたが、まあ、研修に行って居眠りをする先生はないだろうと思いますが、かりに、一生懸命平素内容充実のために勉強しておる人だったら、これは居眠りしておっても単位はとれていくし、素質は向上していくのだと思うのですが、とにかく、こういった何もしなくても、あるいは怠慢であっても、年数さえ経たらあがる人があるというのは、たとえ全体のうちのし人か三人であっても、これは今日までの教員不足の時代の過渡期の経過措置であって、これはこの段階でぼつぼつ改正していく必要がある。あるいはまた先ほど教師というものは学問を十分に心得る必要があるのだという点は、私ども実はこの改正案では、山中さんが御指摘になっておる方向へ改正しておると思っておるのです。たとえば、いままで大学を卒業するのに百二十四単位が必要ですが、そのうちで専門部門は七十六単位とらなければならない。その中で従来は四十八単位ですかでよかったわけですが、今度はこの仕組みも変えまして、八教科についてというものを、今度は六教科に減らし、さらに六教科の中で四十八単位を六十八単位にするということは、われわれ、教育技術の問題もありますが、主として自分はこの部門を専門に勉強したいという、社会なら社会を勉強する、数学なら数学を勉強したいと思う人には、その部門で幅広く、底深く単位をとっていただこうという方向に方向づけておるのでありまして、学問的な掘り下げというか、学問的な素養が教師には必要なんだという先ほど来の御議論には実はぴったり合致した改正案だ、こう私ども思っておるわけなんです。そういう点で、今後なおひとつこまかく御質疑を願いまして、審議を進めていただきたいと思います。  それから最後に、あまりメンツにこだわるな、こういうお話でございます。私どもメンツにこだわるということはよくないことだと、この問題だけじゃない、万事についてそう思っております。ですから、審議を通しまして、どこかよりよき改善の場所があれば、それは与野党でお話し合い願いまして、どうも一字修正されてもメンツにかかわるから原案を一字も修正は困るというような意図はございません。ただ、われわれは教員免許制度を改善し、よくしようという前進の道を考えておるわけで、ただ理想の境地には、先ほどお話のように試補制度などは一挙に飛び込めない諸般の状況がございますから、これは今後の懸案として残しておきますが、いまの段階で解決できることは、審議会等が御指摘になっている点を解決していきたいということでやっておりますので、一字一句メンツにとらわれて与野党の御相談の余地もないようにわれわれ突っぱる意図はございません。十分に御審議をいただきまして、国会の段階で御相談をいただきたいものだと思っております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 私は一字一句の話をしているのではなくて、撤回すべきことも含んで言っている。あけすけに言いますと、建議案自体をもう一度吟味してもらわなければならぬと思っている。修士の免許状、学士の免許状、短大の免許状、三段階に差別をつくっている。差別のある免許状をつくって子供の教育ができるものじゃない。戦前の制度をお調べになったらいい。免許状は小学校なら小学校で一本です。A級、B級なんてどこにもなかった。日本の免許制度を今度は三段階にして、あの人は学士の免許を持った先生だ、この人は大学院——の制度的に出せといっている。そういうものを含んで出直してもらわないと始末がつかなくなる。その一環として改正案をお出しになっている。だから私は建議というのは法律上報告くらいじゃないかという法律論も出している。しかし政令で建議を出しているから法律用語らしい。しかし、大臣のおっしゃることばの中には、報告程度くらいの答弁もされておる。いろいろなそういう根本問題を含んで私は意見を申し上げているのです。  それから教科に基づいて、中心教科の単位を多くするというが、学問の分類は半世紀くらい動かない。植物学、物理学とかいうのは半恒久的に人類の到達した学問の分類です。だから新しい学問分野ができたときには、五十年に一回、百年に一回くらいは学問の分類が変わるかもしれない。教科は数年ごとに変えるじゃないですか。その教科にあわせて大学のコースを何単位にするというようなことは学問軽視です。何にもならないのだと私は言うのです。人類の到達した学問の分類でずっと大学で勉強して、その研究法をつかんだ学者的な実感を持った人で、教育に熱情と技術をつかんだ人がこれからの教師でなければならない。ところが刻々として、教科目というのは政治勢力でも変わりますよ。大体ちょっと思想的に関連した教科なら、修身から公民、法制、経済から社会科、刻々変わるじゃないですか。これに大学の教員養成を合わせていったら学制は始末がつかぬと思う。あくまでも文学部、理学部というふうな日本、人類の——日本だけじゃない、人類の到達した学問分類の中で勉強して、そして教師になる者は三カ月なら三カ月、今度は完全に技術をつかむだけに小学校、中学校の教壇で実習をやらす中で子供に接触することによって、教育的な態度もできるだろうし、それは学問をしたあとで区切りをつけてやればよい。そこで、理想的な試補制度が出ているが、そのほかにも方法があると私は思うのですが、大学に入学した一年から教科にあわせて学問分類をつぶしていくようなそういう改正案は改悪だと私は言うのです。刻々変わってしまうじゃありませんか。そういうことも含んで、このたった二点の改正です。十五年の問題と教科単位を多くするという問題ですが、私は将来に禍根を残すものだと思うのです。だから一字一句変えるとか変えないとは言わない。そんなけちくさい大臣の態度をお聞きしておるのではないのです。これはさらに審議をしていきますとだんだんとお互いに理解できると思います。はったりやごまかす気持ちはございません。だからもっとすなおに考えていきたいと思うのです。  そこでもう一つ根本問題を大臣にお聞きしておきたいのですが、よい教師を、ほんとうによい先生を養成して教壇に立てていく政策はどういう政策があるのですか、教員養成政策というものはどういう条件がそろえは——この法案をお出しになっておるときにも資質向上ということをいわれておる。その資質の向上、優秀な先生を小、中、高の教壇に立てる政策はどういう条件が備わればできるのですか。

中村梅吉自由民主党文部大臣

○中村(梅)国務大臣 形の問題と実質の問題とあると思います。  形の上では、私どもといたしましてはこれから大体小中学校にせよ高校にせよ学校の教師になっていただく人には、大学教育を終わった人を中心にしていきたいということを考えておるわけです。  それから内容的には、できるだけ教師になるためには必要な科目を履修していただくことが必要でありますが、自分の得意とする学問はひとつ十分に掘り下げて学問を身につけていただきたいということが一つのねらいでございます。そういう実態を備えて初めてりっぱな教師ができてくるのではないか、かように考えております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 そこからは私はそんなものはできないと思うのです。優秀な教員を吸収して青少年の指導に当たらせる場合、日本民族の将来に大影響を与えるものでありますから、真剣に考えて免許制度の改正も考えるべきだと思うのですが、第一は、素質の優秀な人材を教壇に吸収する政策がなければ、はかを大学へ——これはことばが悪いと思うのですが、資質向上といったってだめだ、教壇に立つ人は最も民族の優秀な者を教壇に立たせる雄大な政策が必要だと私は思うのです。その次に、優秀な人材を学問という真理の探求の中で——月給が上がることに興味を感じたりするのではなくて、真理の探求の中に喜びを感じ——そういうものは打算的にならないのですから、子供をりっぱに育てる中に生きがいを感じる人であると思う。そういう学問の研究の中で鍛えられた教師をつくる養成政策だと思うのです。第三には、教壇に立っても研修も十分できる、生活を安定するだけの待遇その他を含んだ改善政策、この三つがなければ私は教員養成政策は存在するとは思っていないのです。  戦後何をやっておりますか、文部省は。優秀な人材を集める政策をやっておりますか。教壇に立った者が安心して十分やれるように、希望を持って一生涯の仕事としてやるだけの待遇を含んだものをやっておりますか。それをやらないで、十五年でも、勉強しないと一級にしないぞという懲罰改悪案だけ出している。中の大学教育問題だけはわずかに出ておると思うが、それも後退させようとしておると思うのですが、やっておりますか。これは法案の提案理由は、教員の資質の向上のためと大上段でお書きになっておるからお聞きするのです。

中村梅吉自由民主党文部大臣

○中村(梅)国務大臣 教育界に人材を集める努力、これは当然必要でございます。それにはいろいろな問題があると思います。一番端的な問題は、やはり待遇の問題などは非常に重要なことで、教師がみずから待遇問題に取り組むことよりも、むしろ政府なり行政機関が待遇の改善に努力をしていく、こういうようなことも非常に大事な要素であると思います。あるいはまた勉強はしたいが学費がないというような者に対して育英、奨学の幅をふやして、そういう育英資金によって、教師ならば大学に行って大学の勉強をすることができる、こういうようなことも必要であります。あるいはまた、社会全般の影響も大いにあると思う。経済の高度成長で経済界が特別の活況を呈したようなときには、どうしてもそういうはなばなしい方面に人心というものは引かれがちである、したがって、教師を志望する人が乏しくなる、こういう社会環境の影響もあると思います。最近では幸いに経済成長度合いというものが安定成長の方向になりまして、経済界あるいは産業界というものがあまりはなばなしく伸展をするのでない傾向になりましたから、教師に対して志望の割合等もかなりふえてきました。私はだんだんこういう世の中の安定と並行して、よき志望者を確保することができると思いますが、それにはいろいろな施策が並行していかなければならない。私どもそういう意味において人事院に対しましても、昨年も教師の待遇改善に関する要請を出しましたし、今年もすでに相当綿密な理由を付しまして人事院にその旨を要請しておるような次第で、昨年の人事院勧告でも若干われわれの要請を取り入れられまして、初任給等の引き上げが行なわれましたが、まだまだ改善をすべき余地はあると思いますので、文部当局としましては、今後ともこういう方向には引き続き努力をしていきたい、かように思っております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 大臣は説明だけをされたが、実際には実施をしていない。だから私は、優秀な人材を教育界に吸収する政策不在である、これは大臣に明確に言わなければならぬ。何もないと思うのです。明治維新から日本が急速に近代化をした原動力は教育だと言っておりますけれども、戦前の政治家は人材を吸収するときに、いまから考えるとまことに非常識千万なことまでしておると思う。あの軍国主義はなやかな徴兵制度を施行しているときに、農村の小学校の一、二番の優秀な素質の者を師範学校に入れるために、短期現役制度にして、徴兵制度をとらないようにやっておるのですよ。そうでしょう。私は賛成しているのじゃないのですよ。そういう非合理的なものまでして——親は子供を農村に置きたい。小学校で大体十五、六歳の子供は先生というのは魅力がない。われわれ生活経験を積んで、初めて教育が大事なのがわかるので、あの十七、八歳の青年は——教師の生活というものが非常に生きがいがあると感ずるのは、生活経験をしたわれわれなんです。おとなは使命感を持たないからけしからぬとかそんなことで優秀な青年は教壇に立たないのだ。短期現役制度で戦争に行かなくていい制度を置いて、親は子供を戦争で殺したくない。それはいい悪いは別だ。そうして、農村の優秀な者は大体、調べてみなさい、小学校の四、五番の者だけ師範学校に入っている。そして教壇に立てて、民族の発展の一つの基礎をつくったのだ。それだけの努力ができておるわけですね。戦後何をしておるのだ。免許制度は最後に出すべきなんですよ。そういうことを考えないでこれを出して、資質の向上をはかりますなんというのは、国民をだますものだ。戦後、調べてみなさい。教員養成目的大学をつくれば資質を上げることができるといいますけれども、養成目的をうたえばうたうほど、高等学校から成績の下の者が入っておるじゃないですか。ほかのほうを受けて落第した者が入ってきておるじゃないか。戦前地方において教壇に立つ者は、自分と同じ歳の者でも、あいつは優秀であるというイメージを持った人であって、尊敬されて、その中で子供を引き受けていくことができる。それを落第坊主が——ことばは不適当ですよ、教壇に立って、そして日本民族の教育の責任者にできますか。それを真剣に考えるのが政治家でしょう。何一つしていない。そして、こんな部分的な免許法の改正を出して、しかも建議案、答申案に合わない部分的なものを出して、これを何としても通すという、どこに政治があるのです。私は戦前の制度の欠点も認めるが、いいところはもっと研究すべきである。これを率直に申し上げます。  少なくとも小中学校の教壇に立つ者は、その大学以前の小、中学校の中の優秀な青年を吸収するということを前提にしなければ絶対資質は上がららない。だから戦前においては、そういう意味において全部授業料も免除、学費も支給、あらゆることをしている。徴兵忌避まで認めてやっているじゃないか。そうして戦争よりも教育が大事だ、戦争に行くよりも教壇に立つことが、日本の社会のために、国家のために大事なんだというイメージでやってきている。私は日本の明治以来の政治家はやはり偉い、戦後の政治家はだめだと思う。文部大臣がそういう見識を持ってやってくれなければ、うしろ向きのくだらない法案ばかり出てくる。東京の高等師範、中等教員を養成する場合でも、授業料免除、だから、貧乏人の秀才はそこへ行った。ぼくもだまされたわけじゃないが、そこへ行った。しかも、十二月に試験をした。二月、三月は、みんなその当時のあこがれは第一高等学校、第二高等学校で、そこに行かないように十二月に試験をしてとってしまった。入ったのだから行くのはやめてしまおうというわけで、ある意味では人間性というものを押えながらでも吸収するという努力をして、基幹分子をつくっておったでしょう。ただ、あまり国家統制をするから、そうして学問研究で鍛えることをしないで、教材に結びつけ過ぎたから、優秀な者も学問的に発展しない者がたくさん出てしまっている。そういうふうな苦心、人材を集める政策というものを同時に検討しなければ、こういう部分的な法案というものは逆にマイナスの方向をいくばかりです。教員養成目的大学というものを持つでしょう。国文学を研究し、科学を研究した者は教育学士で、学問の称号である学士を職人の称号に切りかえるような、名称の改正だけ国会を無理無理通してしまう、そういうふうな思想で日本の教育の水準を上げることができますか。予算は幾ら出したってむだですよ、こうなると。そうして教壇に立つ、学問で鍛えて今度教壇に立ったあとの政策は何もないでしょう。私は、一般の公務員より一万円くらい高く初任給を出すべきだ。そうして試補という思想を生かすならば、三カ年、四カ年昇給する必要はないと思う。その中で教師に対する資質をつくり、技術が養われていくまではストップして置いていい、生活の安定だけははかる、数年後に一生涯教壇に立っていく決心をした者を軌道に乗せた行き方をしていいと思う。もっと検討すべきことがたくさんある。それを少しもおやりにならないじゃないですか。  中教審、教養審の委員の方々は、六十を過ぎて、現場感覚というのはだんだん遠ざかってしまってわからない、自分がどういう欠陥の中に教師になったかということも忘れてしまって、論議ばかりしているような者を集めておる。こういう問題について責任の持てる大臣のお答えがなければ、私は自分の良心に誓って絶対この法案に賛成できません。あらゆる努力をして出直すことを私は要望いたします。それはからだを張って、そんなことはしませんよ。自分の所信をできるだけ出して、何とかもっといい責任のある制度ができるようにすることを念願をして、最後まで私は努力をしたいと思います。このことについては、先ほどの法律問題もありますから、それについて明確にしてもらう必要があるので保留をいたします。

杉江清文部事務官(大学学術局長)

○杉江政府委員 先ほどの法律問題についてちょっと御説明をさしていただきたいと思います。調査、審議という表現で、以前は建議を含めて読んでおったのであります。その後審議会を整理いたしまして、このような表に表現するように改めたのでありますが、そのときに、ほかの実体法で調査、審議すると書いてあるものもあれば、ある場合には、建議ということを書いてあるものもある。そういうものをそのまま整理せずにこちらに引き写した結果こういう矛盾があらわれておるわけであります。しかし意味は、調査、審議の内容に建議を含んでおった、そういうことでこのような政令が出ておりますことは、必ずしも違法ではない、実はほかにも例があるのであります。たとえば他省関係でいいましても、死体解剖資格審査会とか、かんがい排水審議会等にこのような事例がございます。文部省にもほかにも例がございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 それは幾ら言っても、この法律にずらっと並べた中に、明確に建議をすることができると書いたものと、そうでないものと、明確にここに書いてある。これは直すのを忘れたかどうかということは、これは国会における法律解釈の材料にもならない、これは形式的拘束力がある。したがって、局長の御答弁は、この法律解釈としては認めるわけにいかないと思います。そういうのを世間では強弁と称するのだ。いま一度検討して、すなおに間違っておったら間違っておるということで、何も責任をとらせませんよ。すなおにやったほうがいいと思うのです。それからこういう法案は、無理に通さないほうがいい。無理に通すと、局長の汚名が歴史に残りますよ。ぼくらは決してそういうことで、局長責任をとったらどうだというようなことは毛頭考えてない。これはほかの問題じゃないんだから、重要な教育制度の基本ですから、無理にやろうとお考えにならないで、すなおに国会の論議を受けて、そして善処すべきだと思います。それを要望しておきます。

八田貞義自由民主党

○八田委員長 建議の問題につきましては、次回の理事会において検討することにいたしまして、次の議題に移ります。     —————————————

八田貞義自由民主党

○八田委員長 文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。  質疑の通告がありますので、これを許します。山中吾郎君。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 大臣にお聞きいたします。いま新聞紙上で論議になっております高校入試の問題でありますが、これは地方に対しては、行政に非常に混乱を起こしておるので、こういう席上で大臣の基本的な考え方を明示をしていただく必要がある、こう思うので、簡明に質問いたしたいと思います。  これは最近全国教育長協議会あるいは教育委員協議会の案として出たことがきっかけのようでありますが、高校入試の負担過重その他のことを考えて、三科目が適当であるというふうな案が新聞に報道されたために、やはり影響力が非常に強いとみえて、三科目に指導しようとする県が相当多くなっておるわけであります。文部省のほうでは九科目でやることが適当だという通牒を前に出されたのを撤回されたのですか。その影響が、逆にもっと積極性を帯びてしまった。それをなぜ私がお聞きしますかというと、岩手に例をとりますと、岩手の指導課長は、これは文部省派遣の指導課長です。三科目というものを強調して指導しようとしておるので、混乱をしておるのでありますが、この点文部大臣に深刻に考えていただきたいのは、いまの三科目説は、国語、数学、英語の三科目にしぼって高校入試をせよという案なんです。ところが岩手のような僻地の多いところでは、いわゆる免状を持った英語の先生が一人もない学校が四十以上あります。ここに小沢さんもおるからおわかりになるのですが、岩泉という十幾つの学校を持った僻地の町があるのです。その中心校の岩泉中学、千名近い生徒がおるところでも、一人も英語の免状を持っている先生はいないのです。ところが高等学校に入学をする試験で、親その他が血眼になっておるときに、そういう前提条件を分析しないで、英語、数学、国語の三科目をやるということは、これは教育政策上成り立たないのです。数学にしても国語にしても、免状を持っておる先生がいない僻地の中学校はたくさんあります。そういうことで、東京都的感覚で一つの論議が行なわれて、全国画一的に指導するようなことは、よほどのことがなければ、私はすると矛盾が出ると思うのです。学力テストもしかりです。これは論議がありましても、高校入試の問題についてもそういう矛盾があるので、いずれにしても、理屈は別にしても、文部大臣及び文部省が教科を五科目ないしは三科目にするのが適当という方針がずっと伝わって、混乱をしておるので、そのことは決して実態に即したものにならない、明確にそうでないと思いますが、文部大臣ここで明確に御答弁願っておきたいと思います。

中村梅吉自由民主党文部大臣

○中村(梅)国務大臣 私の現在の考え方としましては、全国画一的に指導しようという考えは持っておりません。いろいろその都道府県によって事情が違うと思うのです。現在文部省でつくっております高等学校入学者選抜方法に関する会議というものに、いろいろな教育関係者の方々に御参加いただいて検討していただいておりますが、たぶんこの選抜方法会議のほうも私どもと同じ方向にいま審議が進められておると思うのですが、まだ結論が出ておりませんから、私どもとしましては、画一的な指導をする考えはいまありませんが、同時に選抜方法会議の結論が出ましたから、その結論を尊重しつつ適切な方途を講じたい、こう思っておる次第でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 もう大臣時間ですが、いまの答弁ではまだ地方の人はわからないと思うのです。どういう結論が出ても、地方の実情に即する指導というものが明確にされないと、これはどうにもならないのです。その点のお答えがないものだから、局長とお話をされても、大臣の口からいま一度お答え願っておく必要があると思います。

中村梅吉自由民主党文部大臣

○中村(梅)国務大臣 非常に世間に反響を与えておりますのは、東京都が選抜方法の審議会をつくりまして、この審議会でかなり掘り下げた検討をしたのだと思いますが、東京都は三科目にしぼろうという審議会の結論になったようです。しかしこれは私どもが考えてみましても、われわれその内容はよくわかりませんが、東京都は非常にたくさんの数の高等学校を持っておる。それから学校区もつくってある。あるいは今度はそれに加えて学校群というものの区分もしようということのようであります。それと調査書、俗に申します内申書の比重をどういうふうにとるかということなども、三科目にしぼる大きな関係事項だろうと思うのです。そういうことがまだつまびらかにされておりませんが、東京都でそういう審議会の結論が出たということが、かなり一般的に他の府県に対しても影響を与えておると思いますが、私どももそういう関係で実は結論を急いでおるわけであります。選抜会議でいま研究をしていただいておりますが、その結論もできるだけ早くいただいて、われわれの方向をはっきりしませんと、全国の各府県は非常に混乱といいますか、迷うのじゃないかと思っております。現在の考え方としましては、私ども画一的な指導はどんなものだろうか、いろいろ府県にはその事情が異なっておりますしいたしますから、画一的な指導をしないほうがいいんじゃないかと思っております。選抜会議の結論も見た上で、早くそうした問題の結論を得たい、こう思っております。なおこまかい点は局長からお答えいたします。

齋藤正文部事務官(初等中等教育局長)

○齋藤政府委員 大臣申されたとおりでございまして、正式にはこの研究会の結論を得て文部省が指導するわけでございますけれども、実は私、教育長協議会あるいは幾つかの学校長会等がございまして、また協議会に臨みますときにも、私の説明としては、従来全国一律に九教科をやることが望ましいと指導しておった。それはそれなりの経緯で事情があるけれども、そういう入学試験の方向というものは多岐の問題だけれども、その一部である学力検査にどの教科を使うかということを、一律的に全国に指導することは問題であるという説明をいたしております。これは審議会の審議のことでございますけれども、現在の審議の傾向は、やはりそういうことに相なっておる。そういうふうに一律に教科をきめてしまうということはいかがであろうか。むしろ各府県の実情において、各府県の責任においていかなる教科をとるかということをきめるべきだという空気は強いということだけ申し上げておきます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 指導方針が明確でない、こういう答弁をされたから、地方ではそれに応じた整理ができるかちょっと疑問ですが、時間がないから……。ただ大臣に伺っておきたいのですが、いま六・三・三でして、そして傷つきやすい少年が三年に二回試験を受けるのです。高等学校入学、大学、一回で思い切ってやるならいいけれども、三年に二回、人間はつぶれると思う。それで十四歳に試験をして、十八歳にまた試験を受ける。そして能力がある者は入るという保証のある試験ではなくて、落とすための試験ですから、そこに、一発勝負の中に投機的な精神もつくれば、他のやつが落ちたほうがいいという友情喪失のものもつくる弊害が多いということを、テストの弊害で論議をしているのですが、文部省は一斉テストの中にこのテスト・ムードをつくった責任も感じなければならないのは、少なくともこの十四、五歳の傷つきやすい少年の場合に、七〇%も進学をしているのですから、少なくとも内申なら内申という方向にいくならわかる。そっちのほうの努力を、大臣どこかで言われたのを新聞で見ました。それならどこか一つの方向を明示しておけば、その方向にいい意味の地方の何が出ると思うのです。いまのことばはどうもあいまいもこたるものがある。ただし前提条件をつくる必要があることもそのとおりで、大体三カ年で、子供が入って一年うろうろしておるうちに、今度三年になったら入学試験勉強しておる。先生の顔も十分にわからないで卒業する者もあれば、先生が生徒の顔も知らないことも、三カ年という短い期間にはある。そこで内申という場合も、適正な指導、観察を十分にして、信憑性のある内申を出すのには短か過ぎる。しかも子供の適正指導をする、観察する能力が教員定員の中に入っていない、そこに大きい問題があるので、これは文部行政の中で真剣に検討すべきだ。そういうものを含んで内申なら内申の方向の明確な指導を出す必要があるが、いまのようにあいまいのままではおかしい。大体中学の三年というのは、ことに統合の奨励もしておるのですが、一体千人も中学の生徒がおるということは、四十名学級でしたら、第一学年なら第一学年だけで七、八学級あるわけですね。二千名というと十六学級もある。ところが、数学の先生でも三人ぐらいがかりで、Aクラス、Bクラス、Cクラスはある先生、D、Eその他が他の先生、資格も何もない。そういうふうに三カ年の中に、同一年齢、同一学年のクラスが幾つもあるということは、これは学校としては欠点だらけだと思うのです。そこで学校制度そのものまで入って論議をして、そして進学制度というものを改善するという行き方をとるべきであるのだが、大学入学試験と高校入学試験をごっちゃにして、入学試験地獄解消というので、分析もしないですぐ五科目にする、三科目にする、それに飛びつくなんて、文部省見識ないじゃないですか。そんなにあいまいなことをするからみな混乱してしまう。もっと終着駅を明確に出して、そして地方の末端の行政担当者に混乱させないようにしなければいかぬ。そうすると教員組織が反対する、反対のための反対でけしからぬからやれ、今度は教員組織が反対したからやるんだというふうな心理の錯倒を来たして、だんだん行政が曲がっていっているのが現実でしょう。もっと明確にしてほしい。私はこれで質問を終わります。もう一度言ってください。あとは保留します。

齋藤正文部事務官(初等中等教育局長)

○齋藤政府委員 高等学校の選抜試験の改善についていま検討しておりますのは、学力検査の科目だけではございません。先生おっしゃいましたように、内申書、調査書の重視という方法がいかがか、それから単に来年からどうするかという問題ではなく、そういう方向を進めるのにどういう研究が必要か等は、もちろん重点として検討しておるわけでございます。ただ学力検査を行なうときの教科の点について御質問がございましたから、その部分について一律に教科を定めて、全国一律にきめて行なうというようなことは、私自身としてはいまの段階でも適当でなかろうということを思っておるということを申し上げたのであって、これを正式にいつ出すかということは来年の試験に影響がありますから、六月以内には審議会の結論を出していただいて、それから各県が四十二年度の入学試験の方法を検討するように、間に合うように指導いたしたい、こう思っておるわけであります。

八田貞義自由民主党

○八田委員長 午後二時に再開することとし、休憩いたします。    午後一時十分休憩      ————◇—————    午後二時十七分開議

八田貞義自由民主党

○八田委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。  この際おはかりいたします。  能研テストに関する問題について本日、日本育英会理事長緒方信一君、財団法人能力開発研究所所長高木貞二君を参考人として、その意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

八田貞義自由民主党

○八田委員長 御異議なしと認め、さよう決しました。  両参考人に申し上げますが、本日は御多忙中御出席をいただき、ありがとうございました。  なお、御意見は、委員からの質疑に対するお答えでお述べいただくようお願い申し上げます。  それでは、質疑の通告がありますので、これを許します。川崎寛治君。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 参考人の方々にはたいへんお忙しいところを恐縮に存じます。  質問のしかたが、実は、政府委員に対する質疑と同じように、こまかいことに立ち入ってお尋ねいたしたいと思いますので、その点あるいは参考御意見を述べていただくようなあれと違いまして、少し込み入ってお尋ねもいたしたいと思いますので、その点をあらかじめお許しいただきたいと思います。  最初に、能研本部の所長さんにお尋ねいたしたいのでありますが、三十八年に始めて以来、能研の受験者数というのが伸びません。そして、和歌山その他でこれらの問題をめぐっていろいろと混乱も起きております。そういう観点からいたしてなぜ伸びないか、これを能研本部の立場からひとつ御説明願いたいのであります。

高木貞二財団法人能力開発研究所所長

○高木参考人 ただいまの御質問に対してお答えいたします。  なぜ能研テストが伸びないかというお尋ねでございましたけれども、テストが伸びないという意味は、受験生がそれほど多くないということかと存じますが、これは、受験生に対しては御承知のとおり受験料を徴収いたしております。しかもその受験した結果が、進学——進学と申しますよりも大学入学の問題にすぐ直接につながりがございましたならば、おそらくもっとふえるかと存じますけれども、いまのところでは多少そういう大学入試に使ってくださるところができつつあるような傾向はございますけれども、まだ決して多くはございません。そういう意味で、だれが受けましても、実際すぐに目に見える実効というふうなものが十分わからないというような意味で、受験者があまり多くはないのではないかと存じております。このごろの若い人々はなかなか功利的でございまして、御承知のとおりでございます。そういう意味であまり伸びが十分出ないのではないかと存じております。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 功利的だから、受験料がかかるからという御説明でございましたけれども、なおこれは、実際に高等学校自体があまり能研テストの客観性というものについて信頼度がないのじゃないか、それから、あるいは大学の追跡調査の問題、これらの問題については後ほどあらためて御質問いたしますけれども、そうした点が根本にあるのじゃないかと思います。  そこで具体的な問題でございますが、実は先般来新聞をにぎわしておりました和歌山県の問題で少しお尋ねをいたしたいと思います。この能研テストの実施要領というものには明確に規定があるわけでございます。ところが、和歌山の場合に一年生が受けているわけでありますけれども、この和歌山の問題につきましては、一年生を二年生に入れて受けさしておる、そういう実態についてどのように把握しておられるか、お尋ねいたしたいと思います。

高木貞二財団法人能力開発研究所所長

○高木参考人 お答えいたします。ただいまの御質問につきまして、和歌山の問題について、結局能研の進学適性検査につきましては、その対象を二年、三年及びそれに相応する者というふうにしてございますことはおっしゃるとおりでございますが、和歌山においては一年生を二年生に入れて受けさせるようにしたというふうなことをお尋ねになったようにうかがいますけれども、あの問題が起こりましたときに、和歌山に能研本部から人を送りまして調査いたしました結果、一年生を二年生の中に入れてではございませんで、一年生を一年生として報告しておりまして、そしてその一年生を受けさせるのにつきましては、和歌山のその当該学校におきましては、その結果を教育指導上の資料にしたいということを考えまして、職員会議にもはかって、そういう教育的な配慮からこれを使うということをきめまして、受験の申し込みを受け入れたわけでございます。調査の結果そういうことがわかりましたので、元来はあれは二年、三年の生徒のためのものでございますが、そういうふうな特別の教育的配慮からなされて、そこに何らいわゆる不正とか詐称とかいうことなく、はっきりそういう形でこれを申請してまいりました場合には、特例措置といたしましてこれを認めるということにいたしたのでございます。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 それでは、和歌山以外に一年生で受験を申し込んできているところがないかどうか、いかがでございますか。

高木貞二財団法人能力開発研究所所長

○高木参考人 お答えいたします。申し込んできておるところがあると思います。それでいま支部に通達を出しまして、そういうことを調べますと同時に、その申し込みが、いま申しましたしかたで、特別に教育的配慮があるか、そしてその上に、二年だというふうに詐称して受けるのではないということが明らかになります場合は、これと同様の扱いをして例外的に受けさせることにいたしますけれども、そういうことではなくして、これを詐称して、単に練習のために受けるというふうな、理由はともかくといたしまして、そういうふうな乱用の目的で受けておるようなものにつきましては、その受験申し込みを返しまして受け付けませんで、そのかわり受験料は返還いたします、そういうような処置をとっております。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 そうしますと、和歌山の光定支部長が本部に、一年生を受け付けてもよろしいかという問い合わせをした、そうしたらよろしい、ところが受けさせることになった地元の教員組合のほうから指摘をされて、そして本部のほうに問い合わせしたら、それはまずいということになり、その後さらに現地に事務局長が行かれていろいろ調べたら、教育計画上よろしいのだ、教育目的上よろしいのだ、こういうふうに変わったように新聞報道によりますと見受けられたわけです。そういたしますと、実施要領というのはどのようにでも解釈できるものなのですか。

高木貞二財団法人能力開発研究所所長

○高木参考人 お答え申します。その実施要領につきましては、二年、三年及びそれに相当する者を対象とするという形になっておりまして、最初は、二年、三年及びそれに相当する者を資格とするというふうに規定されておりまして、資格ということになりますれば、ほかの者は一切認められないという形になりますけれども、対象という意味は、そこに多少の必要に応じて幅があるというふうなしかたで解釈することができますので、そういう意味で特別の処置を認めるということにいたしました。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 対象とするという解釈は少し拡張過ぎるのではないかと思うわけであります。ここに実施要領がございますが、それを読み上げますと、学力テスト並びに進学適正能力テストの対象、これは全日制課程の第二学年生、第三学年生に在学する者並びにこれに相応する者、カッコをして、定時制課程、通信制課程の在学者、大学入学者、検定合格者及び高等学校卒業者、こういうふうに明確になっておるわけであります。その一連の者を相応する者ということに解釈いたしますことは、少し拡張過ぎるのではないか。この要領の規定からいたしますと、私は、逸脱する、こういうふうに思うのでありますが、いかがでありますか。

高木貞二財団法人能力開発研究所所長

○高木参考人 お答えいたします。二年、三年在学者並びにこれに相応する者というその規定の中には含まれないものと思います。それはそこに規定されておりますように、定時制の生徒などのことを言っております。しかしそういうことではなくて、特別の先ほど申しましたような教育的配慮で、適性に従って組分けをするとかいうような、そういう当該学校の特別の教育的配慮からこれを望んで、そういうふうなものがあらわれたような場合には、どういうふうに教育をするかということは、その学校当事者の責任事項でありまして、そういうわけでその学校の当事者の決定を尊重いたしまして、ことに先ほど申しましたように、職員会議にもかけてそれを決定しているというふうなこともございますし、そういう意味でこれを全く特例的な措置として認めたわけでございます。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 それではもう少し数字的にお尋ねしたいと思います。  先ほど和歌山以外にもあるだろう、こういうふうにお答えになられましたが、これまでの年度別の受験者の推移についてみます場合、これはことしだけでなくて、これまでもやはりそうした一年生の者が受験をしていたということもあるわけでございますか。

高木貞二財団法人能力開発研究所所長

○高木参考人 私は昨年の五月就任いたしまして、以前の詳しい過程の事情は存じない点もございますけれども、以前にも特例に認めていた例はあるようでございます。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 東京でことし一年生でそういうふうにして特例として認められているものはどれくらいございますか。

高木貞二財団法人能力開発研究所所長

○高木参考人 東京の数につきましてはまだ報告がきておりませんし、私はおそらくないのではないかと思います。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 今回の和歌山の問題につきましても扱いは二転、三転しているんじゃないかと思います。そこでこれは五月二十八日の日本経済新聞でありますけれども、これによりますと、和歌山県の支部長は、能研本部に対して指導のしかたが朝令暮改もはなはだしいと、こう言っておられるわけです。読んでみますと、「能研テストに一年生が受験できるかどうかは、申し込み前と期間中の二度本部に闘い合わせたが、「差しつかえない」という回答で、桐陰高校など各校の願書はそのまま本部に送った。「通達」は朝令暮改もはなはだしい。さっそく本部に抗議する。申し込んだ生徒たちには気の毒で、支部長としておわびする。」こういうふうに五月三十八日の新聞に報道されておるわけです。これは談話でありますから、責任を負う負わぬということは別としまして、昨年も特例としてあった、こういうことになりますと、客観性を追求しておるテストでございます。その客観性を追求しておるテストの中で、明るみに出なかったから特例としてそのまま黙認をしていたような問題が従来もあったわけですね。そういたしますと、このことは客観性を追求していく上からいって、その実施要領自体が守られていなかった、しかもそれは特例として教育的配慮であった、こういうことになりますと、これはその客観性というものについてはたいへん疑問が出てくるわけです。現に松本事務局長さんの、これもお話によりますと、ことしに限り認める、こういうことですね。そういたしますと来年はどうされる御予定でございますか。

高木貞二財団法人能力開発研究所所長

○高木参考人 初めに客観性の問題についてお答えいたします。  客観性の問題につきましては、受けました者は二年生と三年生とすべて区別されて扱われておりますから、統計的な資料には全く除外されておりまして、二年生の資料は二年生の資料、三年生の資料は三年生の資料として扱っておりますので、それらの資料についての客観性の問題には関係はございません。  それから来年度の問題につきましては、まだもう少し先に決定する問題でございますけれども、私の私見をもしも言うことを許されますならば、私はこういうふうないろいろな問題を引き起こすようなことはないようにいたしまして、二年、三年だけに限るということを初めから明示してやるほうがよいのではないか、来年度はそういうふうにするのがよいのではないかと、これは私の私見でございますけれども、考えております。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 所長さんの御答弁そのとおりだと思います。やはりこうして混乱をいままでも起こしていたのでしょうが、それがわからずにきておった。たまたま明るみに出てこういう措置になってきたわけですけれども、好ましくないことだと思うのです。松本事務局長自身も、実施要領に例外を認める規定はないのだ。だから特例として認めること自体、客観テストとしていう場合には、そのテストの客観性自体がいま問題になっているし、そのために大学側でも、文部省側も——私らは前々からこれを追求しておりますが、質疑に対してその点の追跡調査が十分できないのだ、協力してもらえないのだ、こういうことを言っているわけでありますけれども、実施要領それ自体を能研本部がみだりに拡張解釈をして特例としてきておったということ自体は、私はこれはたいへん大きな問題だと思います。ですから、そういう意味ではその点はきちんとしなければならないと思います。  そこで、特例としてお認めになられました教育配慮というのは、何を教育的配慮として御判断になられて特例としてお認めになられたのですか。

高木貞二財団法人能力開発研究所所長

○高木参考人 聞きますところによりますと、それらの受験をいたしました者の結果を見まして、その生徒らの特性をそういうところからできるだけつかみ出して、そしてそれに応じた教育をするというふうにしてこれを利用したいという考えかと存じます。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 これは後ほどに育英会のほうにもお尋ねいたすつもりでございますけれども、今回の一年生の受験に対して、大部分各能研支部が行き過ぎて、実施要領を逸脱して指導しておる向きがあるように見受けられるわけです。たとえば富山であるとか長野であるとか滋賀、兵庫、広島、鳥取、佐賀、こういうところでの説明会では、明年から育英会の特別奨学生のテストに代用されるから、いまのうちから受けておけ、こういうことを支部長が説明会で指導しておるわけです。特奨に採用されるから、ひとついまのうちから準備のために受けておけ、こういう指導をされておる。それまでしてやらなければ受験者数がふえないかと思うのです。  先ほど所長さんもおっしゃられましたように、直接の利益があるかないかという、そういう功利的、合理的な考え方というのが、いまの学生には強いのだとおっしゃられる。まさにそこの弱点を突いて、受験者数をふやすために、各県の支部長さんが説明会でこういうふうにやっておられる。そういたしますと、ただいま所長さんのおっしゃられました教育的配慮ということは、すなおに受け取れないわけなんです。各県の支部長さんがそういうふうな指導をしておることも、これはやはり教育的配慮に当てはまるのでしょうか。

高木貞二財団法人能力開発研究所所長

○高木参考人 お答えいたします。  ただいまの、支部のどこかにおきまして、受験生をふやすというふうな気持ちから、そういうふうにして、なるべく一年生でも受けさして、受験生を多くしようというふうなしかたをもしもやっているというふうなことがあるといたしますならば——私はそういうこと存じませんけれども、そういうことがありといたしますれば、私といたしましては、まことにこれは、こういうことばを使っては失礼かもしれませんけれども、親の心子知らずというふうな、まことに嘆かわしいことだと私は存じますのですが、そういうふうなことで勧誘してやらせるというようなことは、これは絶対によしてもらいたいものと私は思っております。そういうふうにして受験生をふやさなければならないというふうに私はちっとも考えておりません。  それからもう一つは、育英会の特奨試験にこれを使うようになれば、練習的にこれを受けさせるというふうなことをいっているような向きもあるかのようなお話がございましたけれども、もしもそういうようなことをいっているといたしますと、これはまたたいへんな間違ったことでございまして、この進学適性検査と申しますものは、そういうふうな練習によって効果があがって、ずんずん点数が上がっていくというふうな性質のものでないところにこの特徴がございますので、そういうわけで、これを、そういうふうにして、そういう見地から受けさせるようにすすめるなんということをもしもいたしておりますとすれば、これはそういうテストの実体あるいは性質をも知らない、実にこれも嘆かわしいことだと存じますので、そういうことは決してこれからないように、支部のほうにも特に私どものほうからよく注意をいたしまして、いま御指摘の二つのこと、そういうことは決して今後ないように注意いたしたいと思います。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 これまでに、全国の支部長をお呼びになられまして、この能研テストを実施する上についてのそうした厳密な意思統一あるいは御指導、そういうもののための支部長会というのを三十八年以降各年ごとに何回お開きになられたか、お尋ねいたしたいと思います。

高木貞二財団法人能力開発研究所所長

○高木参考人 支部長会を開いたことはないのであります。そういうふうな全体の人を集めて支部長会を開いたということはございません。担当者会議を開いたことはございます。これは事務的な打ち合わせのために開いたことがございます。支部長会というふうな性質の大きなものは開いたことございません。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 明らかになりましたように、支部長会をこれまでに一度もお開きになっていない、しかも、こうして問題が出てみて、事務局長さんが出向いていって、現地でお話し合いをして何とかつじつまを合わせようとしておられるわけであります。このことは、担当課長の、担当者の会議でお進めになっておられるといいますけれども、大学入試制度の改善という非常に大きなしかも社会的な要請に基づいて、中教審の答申等に基づいて国が予算を出し、この客観テストとしてやっていくのだ、こういうことでお取り組みになり、能研本部ができて進められてきておるわけです。ところが、そういうたてまえできておるこの能研テストの問題について、各県の最高の責任者であります支部長の会議を、三十八年以来、すでに、三十八、三十九、四十、四十一年と、いま四年目ですね、この間に一度もお開きになっていない。これは私はちょっと、責任問題といたしましても大きい問題じゃないかと思うのです。しかも、それに対して文部省はじめそれぞれの機関が、能研テストについての宣伝をされ、しきりに前進させようとしても思うように進まない。たまたまこういうふうに客観テストと銘打ったものが、その実施規定に逸脱をした——この和歌山県の問題についていえば、松本事務局長さん自身がお認めになっているように、実施規定違反だ、こういうふうなことがやられておるということでは、これは私は、この客観テストといわれる能研テストに対する信頼度というものは、上がるどころかますます下がっていく、こういうふうに考えざるを得ないわけです。ことし、すでに具体的に締め切って七月二日にやろうという段階になってみますとこういう混乱が出ておる、しかも特例としてお認めになられようとする実数も実ははっきりとしない、こういうことでありますと、これはやはり文部省自身の責任も後ほどは問いたいと思いますけれども、たいへん遺憾なことじゃないかと思うのです。過去四年間にわたって支部長会を、支部長を招集されずにやってこられましたその根本的な理由といいますか、それをお聞かせいただきたいと思います。

高木貞二財団法人能力開発研究所所長

○高木参考人 支部長にお願いしております方々は、それぞれお仕事を持っていらっしゃる方で、たいへんお忙しい方でございますので、そういう支部長の方を全部お集まりいただくということは実際上なかなか困難なことでございます。それで、支部長会議にかわりますものといたしまして、部課長会議は年一回開いておりまして、そういう意味の連絡はとっております。先ほど支部長ということでございましたから、支部長の会議は御指摘のとおりに開いておりませんと申し上げましたが、それにかわるものを何もしていないのではなくて、部課長会議を年一回開いていろいろ連絡打ち合わせ、そういうことはいたしております。そのほか教育長の協議会などで、こちらから出向きましていろいろ説明いたしたり連絡をいたしたりすることも、十分できるだけのことはいたしておるつもりでございます。全く何も連絡なく無関心でいるというわけでは決してないわけです。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 支部長はたいへんお忙しいそうでありますので、なかなか寄れない、こういう実情だということでありますけれども、そうだといたしますと、各県の支部長さんは全部名目的な支部長さんだというふうに理解をしてもよろしいですか。

高木貞二財団法人能力開発研究所所長

○高木参考人 いま全部名目的な方だとおっしゃいましたけれども、決して全部そうだとは私は思いません。はなはだ熱心で、お目にかかったときにいろいろお尋ねがあったり御相談があったりすることもございますので、決して全部の方がそうとは思いません。はなはだ熱心な方もございますが、中には多数の方でございますので、ほんとうにお忙しい方でそう御連絡できにくい方もございます。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 全部が全部というのは言い過ぎかもしれませんが、お認めのようにやはり名目的な支部長さんも相当あるというふうに理解をされると思います。  次にもう一ぺん和歌山に返りますけれども、和歌山で一年生の進適を受けさせるということについて、和歌山の支部長さんは進学校であります桐陰高校の校長さんをお呼びになられて、あなたのところは県でも優秀な進学校だ、だからひとつ能研テストを受けておくように、こういうふうな指導をされ、そしてまたその了解のもとに幾つかの学校における一年生の受験というふうな事態が生まれてまいったと思うのです。この点は、先ほどおっしゃられましたようにたいへん遺憾なことだと思いますし、目的を逸脱しておるというふうに考えざるを得ません。  そこで、能研テストの受験の増加といいますか、このことについて少しお尋ねしてみたいと思いますが、文部省のほうからここに資料をもらっておりますが、三十八年度以降のテスト別の応募者数と受験者数、これをひとつ御説明いただきたいと思います。

高木貞二財団法人能力開発研究所所長

○高木参考人 三十八年度は、学力テストと適性能力テスト両方合わせまして、二年生は申し込み者数が二十二万八十六人、受験いたしました者の数は十九万八千三百十一人、三年生では受験申し込み者数が十四万七千九百六十、受験者数は十二万四千三百七十九、こういうふうになっております。なお四十一年度につきましては、受験申し込み者数が二年は十九万八千二百四十五名、三年は九万二千三百四十七名でございます。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 総数で見ますと、これは進適の場合をとってみますと、三十九年は三十七万の受験申し込み数、それが四十年度には二十八万六千、四十一年度には二十九万一千、それから職適のほうが三十九年度に三十一万二千、四十年度に二十八万一千、四十一年度に二十六万、こういうふうに私は文部省のほうから数字をもらっております。そこで、これは所長さんでなくともけっこうでございますが、三十八年、三十九年、四十年、四十一年の受験者数を、ちょっといまわかりにくかったものですからもう一ぺんひとつお願いしたいと思います。

高木貞二財団法人能力開発研究所所長

○高木参考人 お答えいたします。  学力、適性能力両方一緒にした数でございますが、三十八年度の総数は、受験いたしました者三十二万二千六百九十、三十九年度は八十三万一千九百十七、四十年度は七十八万一千五十、そうなっております。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 総数で見ても三十九年と四十年を比較してみますとたいへん減っております。四十一年度の進適のほうの申し込み者数は五千くらいふえておるようですが、職適の場合は二万くらい減っておるわけですね。  そこでもう一つお尋ねしたいのは、それではこの三十九、四十、四十一年の対象者数、つまり高等学校の二年生、三年生全員はどうなりますか。

高木貞二財団法人能力開発研究所所長

○高木参考人 全員の数字は私持っておりませんけれども、全員はもちろん数は多くなると思います。

西田亀久夫文部事務官(大臣官房審議官)

○西田説明員 三十八、三十九、四十年度の高等学校の一、二、三年の学年別人数が毎年変わっておりますが、特に学力テスト並びに適性テストの場合、その中のさらに進学志望者と目される者の総数を申し上げます。  三十八年度につきましては進学志望の予想総数が六十八万五千人であります。三十九年度はそれが九十三万七千人と考えております。四十年度はそれが百七万五千人、これが一応高校生徒のうちの進学を希望する者の二年生、三年生の人数だけを申し上げたのでございます。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 それじゃ東京でお尋ねしたいと思うのですが、東京の申し込み者数の表をもらっておりますが、時間の関係もありますから四十一年度だけとってみてもいいと思います。そういたしますと、ことしの進適は二万五千五百二十一、職適が五千八百六十六ですね。これの対象人員は何ぼになりますか。

西田亀久夫文部事務官(大臣官房審議官)

○西田説明員 これは高校在学生数を府県別に調べて、さらに府県別の進学志望率等を計算しなければなりませんので、いま手元の資料では即答申し上げかねます。まことに申しわけございません。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 目勘定で大体何%くらいですか。

西田亀久夫文部事務官(大臣官房審議官)

○西田説明員 私ども、全国的な推計では、大体進学適性テスト、学力テスト等が、その進学志望します高校等のうちの何割ぐらいが受けているかという見当を立ててみますと、適性テストのほうでは進学希望者の約七五%、学力テストでは約五八%程度が受けているのじゃないか。これが東京都の場合にはどのようなパーセントになるかは、いま申し上げましたようにすぐ答えが出かねます。申しわけございません。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 特に問題は東京都だと思うのです。なるほど全国で言われましたが、より競争の激しい入学難というるつぼの中に巻き込まれている子供は東京に集中しているわけです。そこで、これは新聞情報でありますけれども、東京支部のまとめたものを見ますと、ここにたくさん問題は出てくると思うのです。それはなるほど受験者数は昨年よりも何百人かふえておる。しかし、これは総数がわかりませんので、比率は出てまいりませんけれども、ほんのわずかの何百人というふえ方ですね。それを二五%ふえたとか、あるいは職適に一二四%ふえたとか、こういう書き方をしておりますけれども、これも問題があるわけです。この中身を検討いたしてみますと、学校数では受験をしなくなった学校が十二校減っているわけです。昨年からいたしますと、これが一つ問題があると思うのです。  それから、次にはふえ方も、たとえば全寮制の高校としてだいぶ新聞をにぎわしましたが、都立の秋川高校、ここで進適、職適をそれぞれ一年生、二年生が受けているわけです。これは本部のほうにお尋ねしたいのですが、東京はわからないと先ほどおっしゃられましたが、秋川高校で一年生、二年生が全員進適、職適、両方を受験しておる。このことは御存じでしょうか。

高木貞二財団法人能力開発研究所所長

○高木参考人 お答えいたします。  私は一々の高等学校の受験生、それが何人あったかというようなことは今日のところまだ何にも存じておりませんので、いま御指摘のことは私存じませんと申し上げるよりほかにしかたありません。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 たいへん支部のこまかいことをお尋ねして恐縮でございますけれども、先ほど和歌山の問題で一例としてお認めになられたそういう点がこの秋川高校の場合にもやはりあると思うのです。一年生、二年生が全員受けている。しかも全寮制の学校だ。全寮制の学校で全員受けている。そういうのが東京における増の一つのファクターになっておるということは、私は、この受験のしかたにもたいへんすなおでないものを感ずるわけです。しかも一方では学校数が減っておるということですね。これらからいたしますと、能研テストに対する子供たち自身の考え方、気持ち、あるいは学校の姿勢というものについては、いろいろとやはり問題点がここからも感じられるわけです。しかもこれはいつも問題になっておりますが、日比谷であるとか、新宿、戸山、西高校、こういうところでは受験者数がきわめて低い、こういうことが依然として続いておるわけです。こういった点については十分に所長としてもお認めいただけるのじゃないかと思うのですが、いかがでございますか。

高木貞二財団法人能力開発研究所所長

○高木参考人 ただいまのお尋ねのうち、初めの部分にまずお答えいたします。  先ほどの全寮制の秋川高校でございますが、そこで一年生が全部進適と職適と受けているというふうにおっしゃいましたけれども、これは進適と職適とは同じ日に試験がございますので、そして職適のほうは一年生がもちろん受けられるテストでございますから、全部が職適を受けたというならば、当然といいますか、そういうことはあり得ることでございますが、両方を全部が受けるということは不可能なことだと思います。  それからあとの部分でございますが、東京のいわゆる有名高校があまり受けないということでございますが、これはそういうふうなことを私もよく聞いて存じております。この理由につきましてはいろいろ考えられるかと存じますけれども、そういう理由をあまり揣摩憶測いたしますのもどうかと思いますので、事実としては私もよく存じておるということだけを申し上げておきます。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 次に育英会の緒方理事長さんにお尋ねしたいと思いますけれども、来年度の特別奨学生についてはこの能研テストをもってかえるという指示を五月の何日かに出されておりますね。その点いかがでございますか。

緒方信一日本育英会理事長

○緒方参考人 ちょっと、いまおことばの中の、来年の特別奨学生の選抜の試験として能研テストをもってかえるという表現は少し違います。来年の試験から能力開発研究所で作成されるその試験を使用して、試験そのものは育英会で実施する、こういう方針をきめたわけでございます。なお、そのほか、事後措置といたしまして、採点をするとか、そういうあとの始末も能研にやっていただく、そういうふうなことを考えております。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 そうしますと、七月一日に育英会のほうのテストを受けるわけでございますから、能研のほうのテストは受けられないということになりますね。

緒方信一日本育英会理事長

○緒方参考人 その同じ問題を使いますので、試験そのものは能研テストと同じことになりますけれども、特奨生になりたいという人のための選抜の試験というのは別にする。ですからこれは、具体的な取り扱いの方法についてはこれからいろいろ検討いたしたいと思っております。とにかく来年の夏のことでございますし、まだ一年以上ございますから、いろいろな問題につきましてはこれからさらに検討いたしますけれども、試験場の取り扱いなどをどうするか。いま申しますように育英会が実施するというたてまえをとりますので、試験場を別にすればそれは両方受けるというわけにはいかない、こういうことになります。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 そうしますと、能研テストを特奨生に受けさせる、いままでの育英会のテストでなくて能研テストそのものを受けさせる、こういうことになるわけですね。その採用されるという理由はいかがでございますか。

緒方信一日本育英会理事長

○緒方参考人 これは御承知でございましょうが、育英会の奨学生の中に二つの種類がございます。一つは一般貸与奨学生、一つは特別貸与奨学生、この二つでございます。一般貸与奨学生と申しますのは、それぞれの学校に原則として進学しましたあと選考をして、これを採用いたします。特別貸与奨学生は、原則としまして進学前に、たとえば高等学校の特別貸与奨学生であれば中学校の最終学年在学時、大学の特別貸与奨学生でありますならば、高等学校の最終学年に在学しておりますときに選考しまして、そこで予約をして、翌春それらの人たちが入学試験に合格をして、それぞれの学校に進学しました場合には、特別貸与生として、特別な高額の奨学金をお貸しする、こういう制度を考えております。これは昭和三十三年からできました特別貸与奨学生の選考の基準といたしまして、これは一般も同じでありますけれども、学力の基準と人物、健康、経済の基準、その人の属する家計に関する基準、この四つの柱で選考をいたします。人物、健康はともかくといたしまして、学力と家計につきましては、相当具体的、数値的にいたしまして、その基準で選考いたしております。特別貸与奨学生につきましては、その基準に照らす場合に、特別に成績がよろしい。もう一つの条件として、家計が特に苦しい。就学の困難性が特に強い、こういう者を対象として選ぶ、こういうことでございます。  特別貸与奨学生の選考基準につきましては非常に念を入れておりまして、第一次選考、第二次選考、二つの段階を経て行なっております。第一次選考におきましては、学力基準もございますけれども、主として経済基準について書類で選考いたします。ただし出願しますための基本になります学力のほうの基準がございます。それにさらに経済の基準がございますから、それを書類で選考しまして、それに通過いたしました者に対して、第二次選考として全国一斉テストをやります。それによって最終決定をする、こういうことをやっているわけであります。昭和三十三年に、この制度ができまして、正確に申しますとその翌年からでありますけれども、育英会自身がつくりました問題で、いままで第二次選考のためのテストをやってまいっております。そのテストは学力テスト、アチーブメントテストではない。将来にわたる能力を測定するためのテスト、こういうふうな考え方であります。これは問題の作成が非常にむずかしわけでございますが、本来育英会は、そういう研究をする機関ではございませんから、内に若干の専門職員は持っておりますけれども、主として大学の先生、高等学校の先生あるいは中学校の先生、教育研究所の研究員、そういう方々にお願いをいたしまして、その試験問題をつくって、今日までテストの実施をやってまいりました。ただこれは、専門的な機関でない育英会がやることにつきましては、非常な苦労を重ねてきた。苦労をいとうわけではございませんけれども、何と申しますか、そういう外部の諸先生方に御苦労をかけてやっていくというこの体制は決して安定したものではない。ですから、何とかもっと安定したテストの問題作成の体制を整えたいということを育英会自身も考えておりますけれども、これは懸案事項であったわけでございます。三十三年からでございますから、相当の年月がたちまして、今日までいろいろ研究をしております。そこに三十八年に能力開発研究所ができました。能力開発研究所ができました当初から、私どもはこの育英会の特別奨学貸与生の選考についても、ひとつ能力開発研究所のテストを活用することによって、いままでやってきましたよりも、もっと安定した方法がとられるのじゃないか、そういうふうに考えてまいりました。そこで、能力開発研究所におきましても三年間の、いわゆる実験の期間が過ぎまして、いよいよ本番になってまいりました。そこで本来でありますと、さっそくことしから能力開発研究所のテストを活用して、われわれの特奨生を選考していけばよろしいわけでありますが、私ども自体の事務的ないろいろな問題がございます。そこで今年それの方針を決定いたしまして、そして一年間の期間をおいて事務的にも調整をはかりまして、来年からいよいよそういう方向に持っていきたい、こういうことでございます。  くどく申しましたけれども、結局能力開発研究所の問題を、あるいはテストの実施を私のほうの育英会の必要からいたしまして、これを活用していきたい。これがそういう方針をきめた理由でございます。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 これまでやってこられた育英会のテストと、能研テストとの相関性というものについては、いまあまり御説明がなかったと思うのであります。それは科学的にどのように証明されますか。

緒方信一日本育英会理事長

○緒方参考人 ちょっと落としましたが、いろいろ研究してまいりましたその段階におきまして、両方の試験を受ける者を試験の願書にマークをいたしまして、そして重複受験者につきまして実証的に研究してまいりました。その相関は非常に高い。私どもは専門的によくわかりませんけれども、〇・七の相関係数が出たということでありまして、これはいままでの育英会がつくった問題でやるのと、能研のテストで行なうのと、選抜の方法、効果につきましてはほとんど変わりないということが実証されました。これが踏み切った非常に大きな一つの要素でございます。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 先ほど能研の所長さんにお尋ねをしました場合に、好ましくないという事態が各支部であったわけです。つまり来年から育英会の特奨にこれが採用されていく、だから受けておけ、こういう指導が能研各支部においては行なわれておるというふうにわれわれは聞いておるわけです。そういたしますと、最初に所長さんがお触れになられましたように、つまりこのテストというものの功利性、まさに子供にとって最大の功利性の育英資金の特奨というものを受けやすくなるように、いまのうちから受けておけ、こういうふうなことが一年生の場合に出てくるわけです。そういうことであれば、客観テストとしての本質的なものも問題があるわけです。一方受験者数をふやすために、そうした特奨という大きなえさを掲げて、能研テストの拡張に使われるということはきわめて遺憾だと思う。しかも今回の育英会本部からの通達は、締め切りの直前、五月の十日から十六日が能研のほうの締め切りでございますね。そういたしますとそれを五月の二日に来年度特奨学生の問題について通達を各県に出される。こうしたことについてはたいへん政策的なにおいがいたすわけです。そして特奨の問題につきましては、育英会法の十六条の二の三項に、「特別貸与ハ主務大臣ノ定ムル方法ニ依リ特ニ優秀ナル学徒ニ」云々。これは、「主務大臣ノ定ムル方法ニ依リ」ということで、政令が受けておるわけですね。政令が受けて育英会本部にその規定の定めがまかせられておる。こういう法律上のたてまえになります。そういたしますと、育英会にまかされているから、育英会は何をしてもいいのだ、こういうことではないわけですね。やはり法律のたてまえからすれば、十六条の二の三項でこういうふうに、特別貸与の場合については「主務大臣ノ定ムル方法ニ依リ」というふうに明確に規定もあるわけです。当然にこのことについては、文部省なりともあるいは能研本部なりとも、十分な打ち合わせの上の手続だと思うのです。その点について文部省の方針を、どういうあれでお定めになったかひとつお聞きしたいと思うのです。

緒方信一日本育英会理事長

○緒方参考人 いま幾つかの問題を仰せになりましたので、ちょっと私のほうからもお答えいたしておきます。  一つは、能研の支部のほうで、いまから受けておいたほうがいいということを言っておるというお話でございますが、これは先ほど高木先生からもおっしゃいましたように、私は存じません。それは間違いだろうと思います。ただ、いままで三年間、先ほどお話のございましたように、相関関係を調べるために、私のほうで特奨の受験者に対しまして、なるべく能研のテストも受けてもらいたい。これは問題の今後の研究のために必要な資料にしたいから、なるべく受けてもらいたい、こういう指導を私のほうでしております。その結果、重復受験者が相当の数にのぼりまして、それを材料にして相関関係があるということを調べまして、そして先ほど申し上げましたような決定をいたした、こういうことでございます。これは能研テストの問題もでございますが、私のほうのいままでつくってまいりました特別奨学生の選考のテストの問題も、これは先ほど申しましたように、学力テストではございません。将来にわたる能力の発展を測定するようなものでなければならぬ。これが一番最後におっしゃいました省令の規定がそうなっておるのです。その範囲において私どものほうがそういう問題をつくることになるわけです。私どもにまかせられておるわけでございます。でございますので、何か練習をしてそれでうまくパスするとか、あるいは偶然にうまくやるということじゃなかなかできないような、いろいろな精緻な研究の結果つくった問題でございますので、これはおそらく練習をするために受けるというのは成り立たぬと思います。これは先ほど高木先生がおっしゃったとおりでございます。  それからもう一つ、能研の受験者をふやすために何か特奨生の選抜を能研テストでやる、こういうふうなちょっとニュアンスのお話もございましたけれども、それははなはだ失礼でございますが、全く思い違いでございまして、私のほうで申しますならば、これは非常に割り切った言い方をいたしますならば、その問題がどうであるかでなく、従来われわれが選抜してきた効果を、能研テスト、財団法人の能力開発研究所の作成される問題がそれと同じ効果をおさめるならば、それを積極的に使っていくことがやはり育英会としての当然の自然の道であろう、こういうふうに考えておるわけでございまして、もしもそういうふうな、何といいますか、先ほどお話のようなそういう理解、考え方がどこかにあるといたしますならば、これはどうぞそういう誤解のないようにお願い申し上げたいと存じます。  それから「主務大臣ノ定ムル方法ニ依リ」という一番最後のお話は、これは文部省からお答えいたすかもしれませんけれども、それは先ほど申しましたように省令がございまして、省令には私がいま申しましたように、学力の到達度を調べるのじゃなくて、今後の資質、能力を調べるのだ、こういう趣旨の規定がそれに書いてあります。それに基づきまして、それを受けて育英会が規定をつくりまして、いままで、先ほど御説明しましたような問題を作成してやってきたということでございます。  私ども念願いたしますのは、この貴重な国費でいただいております育英会の資金が、ほんとうに必要のある人、これは経済条件であります。それから、ほんとうにそれを与えて勉学を助けていくために値打ちのある、価値のある学力を持った人、そういう者を選んでいくことが、私どもの一番大事なつとめだと思っております。でございますから、そういう観点から、能研のテストを採用することが一番この際適当である。能力を中心として考えなければならぬこの選考でございますから、そのためには、専門の研究機関である能研のテストを活用していくことが一番必要なことである、こう判断するわけでございます。

杉江清文部事務官(大学学術局長)

○杉江政府委員 ただいま緒方育英会理事長からるる申されたような理由で採用したい、こういうお話を承りまして、私どもその実施に賛同いたし、了承をいたしたところでございます。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 あまりこまかくあれしておりますと、時間がかかってたいへん参考人に失礼に当たりますので、少し急いで、問題点を少ししぼりながらお尋ねしたいと思いますが、先ほど能研の高木先生のお話ですと、支部長はお集めになったことはない、こういうことでございました。担当の部課長をお集めになられた、こういうことでございます。そこで、この能研の予算の問題について少しお尋ねしたいと思います。  こまかいことをお尋ねしますけれども、部課長をお呼びになられたとき、その旅費、日当、これは能研からお払いになっておりますか。

高木貞二財団法人能力開発研究所所長

○高木参考人 こちらでそういうふうにして来ていただきますときには、もちろん旅費、日当を払います。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 それでは支部のことをお尋ねしたいと思います。  支部で——支部といいましても、これはほとんど教育長が支部長をやっておられますね。それから担当は、教育委員会の課長が担当課長でやっておられるわけです。そうしますと、支部でこの説明会をやりますときに、能研本部からも出られる。支部でお集めになられる。学校の現場からお集めになられますですね。これは能研の業務——これは昨年の本委員会においてもこの点については実はペンディングになっている問題があるわけです。文部省側が明確に答弁できていない問題があるわけですが、この能研の支部が説明会をやりますときに、学校の現場の者が出てくる、これは教師の本務ではないわけです。この点は御理解いただけると思います。そういたしますと、現場の教師が出てくるのについて休暇届けを出し、また、集められましたその説明会に能研支部のほうが旅費、日当をお払いになっているのか、お尋ねしたいと思います。

高木貞二財団法人能力開発研究所所長

○高木参考人 お答えいたします。  能研支部には事務担当の職員がございますが、これは支部長から委嘱いたしておりますけれども、そのときに、法律上必要な手続をとる必要がありますので、そういう手続を経まして、承認を得ました後に、その事務をお願いしているわけであります。  なお、そういうふうな事務職員に対しましては、若干の謝金を呈しておりますし、そういうふうな会合のときに出てきていただくというときには、もちろん、旅費も支給いたします。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 それは各県で現場から説明会に出てこられる方は、そうすると、全部休暇届けをきちんと出さして、そうして能研本部から各県支部に送られておる予算の範囲内で旅費、日当が出されていると確認してよろしいですか。

高木貞二財団法人能力開発研究所所長

○高木参考人 お答えいたします。  事務職員が勤務時間をさいて能研の用で出張いたしますようなときには、職務専念義務を免除しておりまして、旅費は能研から支給いたます。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 そうすると、県の教育委員会の予算からは払われていないという点を明言できますね。これはわれわれのほうの県会議員を通して調べればすぐわかることでもあります。たいへん失礼な質問のしかたでありますけれども、実際は能研の予算というのはたいへん赤字をかかえておると思うのですが、その業務あるいは説明会等については、県費からは全く出ていない、こういうふうに理解しておってよろしゅうございますね。

高木貞二財団法人能力開発研究所所長

○高木参考人 お答えいたします。能研のそういう用務について、出張してもらいますようなときには、もちろん先ほど申しましたように能研の費用を出すことにいたしております。すべての場合にそれがどのくらいに行なわれているのか。これはどんな場合でもすべてそういうふうになっているということを申し上げることもいかがかと存じますけれども、そういうふうにいたしておると私は存じております。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 あと先になりますが、もう一ぺん育英会のほうにお尋ねしたいのですが、これまでの特奨を受けている学生について、能研を受験している数はおわかりになりますか。

緒方信一日本育英会理事長

○緒方参考人 端数を省きまして、大づかみに申し上げますと大体六千ないし七千。これはもう一つ先回りして恐縮ですけれども、特奨試験を受ける、これは大学特奨のほうでございますが、この受験者が三万二千ほどあります。正確にチェックをさせるわけでございますが、それのはっきりしないものを除きまして、三カ年で六千ないし七千、大体そういうふうな数字であります。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 文部省側にお尋ねしたいと思いますが、杉江局長名で五月の十八日に、「昭和四十二年度大学入学者選抜実施要項について」という通知を各国公私立の大学長にお出しになられておりますですね。その中で、これまでのと非常に違いましたおもな相違点ということであげておりますが、その第二項に、「入学者選抜に当たり、大学の意向によっては、財団法人能力開発研究所の行なうテストの結果の一部もしくは全部を利用してもさしつかえないこととしたこと。」とあります。このことにつきましては、昨年通常国会におきまして、私、本委員会で能研問題についてお尋ねをしておるわけでありますが、その当時からいたしますと、ずいぶん前進というか、変わってきていると思うのですね。これをお出しになられました理由についてお尋ねしたいと思います。

杉江清文部事務官(大学学術局長)

○杉江政府委員 大学入学者選抜方法につきましては、常に改善を要する課題でございますので、文部省に置いております協議会におはかりして、毎年度の方法を定めておるわけであります。そこで十分御審議いただきました結果、このような結論を得たわけでございます。  その理由といたしましては、いままでのたてまえですと、能研の結果の一部または全部を入学者選抜に採用する場合には、文部省の特別な許可を要することになっておるわけでありますが、現実にはすでに一部で採用されておりますし、そういうふうな実績をも考えまして、大学の御意向によりましてこれを採用したい、こういうことであれば、一々文部省の特別な承認を得てやらなくてもよい、そういうたてまえに改めていい、こういう御判断があったわけであります。私どももそのような考え方をとって、このような措置をいたしたわけであります。

八田貞義自由民主党

○八田委員長 この際、参考人の方に申し上げます。  参考人の御両人には、たいへんお忙しいところ御出席の上、貴重な御意見をお述べいただきましてまことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして、厚くお礼申し上げます。(拍手)

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 大臣にお尋ねします。  昨年の五月十七日、私が本委員会でお尋ねをしましたとき、当時愛知文部大臣でございましたが、大臣の御都合で大臣が席におられず、当時の押谷文部政務次官が答弁をされたわけでありますけれども、能研テストの客観性というものについて私が質問いたしましたときに、押谷次官は次のように言っておられるわけです。「私の考えとしては、能研テストの活用というものは、やはり能研テストの価値判断に大きなウエートがかかっていると思うのでありまして、能研テストが非常に権威のあるものであり、すべての大学がこれを活用してこの能研のテストの価値判断が十分に尊重される段階に達しておるかどうかということにつきまして、私自身は疑問を持っておるのであります。」こういう政府側としての答弁をなさっておるわけです。それが昨年の五月のちょうど一年前の本委員会における答弁でございますし、また当時の天城調査局長も、大学の追跡調査のことについて私がお尋ねしましたことについては、大学に追跡調査の協力をいろいろ願っているけれども十分じゃないというふうなことを、当時の追跡調査の問題についても御答弁になっておられるわけであります。そこで特に押谷文部政務次官が御答弁になっておられるように、政府の責任者として疑問を持っておる、こういうふうに明確に御答弁になられているにもかかわらず、大学入試制度というものは今日きわめて大きな社会問題にまでなっておるわけでありますけれども、そういう中でそうした客観的な証明あるいは確信というものがこの一年間の間にどのようにして証明されたのか、その当時疑問を持っておったそのことを、大学局長名で、文部省のほうの了承を得なくてかってにやってよいのだ、こういうふうなところにまで発展をしていっておるわけでありますけれども、大臣といたしまして、この能研テストについての客観性あるいは価値判断についていかがお考えになっておられるか、お尋ねしたいと思います。

中村梅吉自由民主党文部大臣

○中村(梅)国務大臣 先ほど来川崎さんから、直接の当事者である能研の人たちにも種々お尋ねをいただいておるわけであります。とにかく大学入学あるいはその他の機会に、この一発勝負の試験が非常に盛んにならざるを得ない世相になってきておるわけであります。そこで考えられますことは、この一発勝負の試験というものは、人間の肉体的、精神的に及ぼす影響その他いろいろな弊害等が確かにあるわけであります。いかにしてこれを克服するかについては、いろいろな知恵を出していかなければならない問題だと思います。能研のこれは、この知恵を出そうとする一つのものの考え方から始まってやっておるわけでありますが、まだまだ一般世間からも、これならばすばらしい、万事これにたよろうじゃないかという機運には確かになっていない。それから実際のやり方等についても、まだまだ研究すべき余地があるのではないかと思います。そこで能研のやり方については、実施をしつついろいろ研究して改善もし、この大学入学試験などを非常に精神状態や肉体状態に悪影響がくるまでやらなければならない世相というものを何とか直していきたい、こういうことを考えておるわけであります。  そこで能研でこの追跡調査などもいろいろやっていただいておるわけでありますが、追跡調査の結果を見ましても、過度の詰め込みによる入学試験などの選択方法の一発勝負というものは、どうしても何かの方法で改善しなければならない、こう思っておるわけであります。そこで他によい知恵があるかと言えば、それがなかなかないわけでありまして、能研をいろいろくふうをして成長させて、社会から信頼をされるような状況にまでできないものか、こういう意欲に燃えておるわけでありますが、まだまだその成長過程、育てる過程にある、こういうのが私どもの偽らざる心境であるわけであります。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 率直な御表明があったわけでありますが、つまり現在進行過程だというふうに受け取ってよろしいかと思います。そういたしますと、価値判断というものについては最終的な結論が出ていない、こういうふうに思います。そうしますと中教審の答申に基づきます大学入試制度の改善の一つとして能研テストを利用していく、こういうことでございますが、客観的な結論が出ない過程で進められておるということは、先ほど能研本部あるいは育英会の責任者の方々にお尋ねしましたように、政策が先行しておる、こういうふうに受け取らざるを得ないのであります。能研テストというものは、客観性というものの証明ができる前に、一方では特奨の問題とか、あるいは進学の場合なら受けておったほうがよいぞとか、各支部における実情についても大臣がお見えになる前にお尋ねをしたわけでありますが、そういう点からいたしますと、どうも政策のほうが先行して引っぱっておるという感じがいたすわけでありますが、いかがでありますか。

中村梅吉自由民主党文部大臣

○中村(梅)国務大臣 そうではなくて、育英制度の対象をどういうふうにしぼるかというようなことなどには、能研テストは非常にふさわしいのじゃないか、進学や入学試験で非常な試験勉強をする上に、さらに育英の対象を定めるために別の試験をするということも非常にわずらわしいし、学生にとってはたいへんな負担になるであろう、それよりは常時適当な方法で、能研テストのような方法でテストを活用いたしまして、そうして奨学資金の対象者をきめていく、こういうことには非常にふさわしい方法じゃないかと私は思っております。しかし、もっとよい知恵がほかに出るかもしれませんが、いまのところ実はそう思っておるわけであります。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 大学局長にお尋ねしたいと思いますが、先ほど私が昨年の審議の経過を読み上げましたけれども、あの五月段階で質疑をしました際に、そういうことで客観性についてはある程度の疑問というものも出ておったわけであります。ところが五月十七日の審議が終わりますと、秋の東京芸術大学の入試の際には使ってよろしい、こういうことを局長はお認めになられたわけですね。これはそういう募集要項が出てから、委員会ではございませんが、私文部省に出向きまして局長にお尋ねをしたときには、検討しますということだった。そうしてついに返事のないまま秋の東京芸術大学の入試というものは実行されたそうです。今回はそれをさらに進めて、もう今年からは一々文部省の承認を求める必要はないのだ、こういうことで処理しようとされておるわけですね。そこでお尋ねいたしたいことは、追跡調査は現在幾つの大学でどのように行なわれておるのかということであります。

赤石清悦文部事務官(大臣官房長)

○赤石政府委員 まだ私、十分頭に入っておらないかもしれませんので、あとで西田審議官から補足していただきますが、三十九年度と四十年度と二回いたしたわけでありますが、三十九年度には関係国公私立三十五大学の協力で八千八百人を対象といたしまして行ないまして、さらに四十年度は、この三十五大学を含めました七十四大学の協力を得て実施いたしたわけであります。しかもこれは入学後一年目の大学の学業成績と能研テストの成績、大学入試の成績、高校時代の学習成績等との関係についての結果を取りまとめたわけであります。その結果、大学入学後一年目の学業成績との相関関係は、高校時代の学習成績が最も相関関係が高い。その次には能研の学力テスト、第三は大学入試の成績である、こういう結果を得ました。この結果によりますれば、高校の学習成績が直ちに大学入試制度に反映する何らかの方法が採用されるのが最もよいという結論が出るのでございますが、御承知のようにこの結果を直ちに採用することについてはいろいろと問題がございますので、結局能研テストということが次いで客観性があるという結果をある程度自信を持つに至った、こういうことに相なっております。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 三十九年度に三十五大学、四十年度に七十四大学、こういうことですね。それは各大学に全部追跡調査の委員会がきちんとできてやっておられますか。

赤石清悦文部事務官(大臣官房長)

○赤石政府委員 こまかい点はちょっとあれでございますので、西田審議官から……。

西田亀久夫文部事務官(大臣官房審議官)

○西田説明員 追跡調査の方法と申しますのは、それらの学校で、入学試験を受けて入りました者の中で、その入学試験の成績と適性検査の成績とを当該大学から資料として能研に提出していただきまして、能研自体がそれを分析研究するという方法で行なっております。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 私は大学の現実を知っているのですよ。追跡調査のため各大学に委嘱しますね、そうすると各大学では、本来ならば委員がその追跡調査をやらなければいかぬ。能研本部が集計をしてやるということはわかっていますよ、そうでなしに、各大学が本格的にそれをどのようにやっているかということなのです。手当として五百円やって、実際にはその学部の教官ではなくて、事務のほうで集めてやっている、そういう実情も知っているのです。だから、三十九年の三十五大学が四十年七十四大学になってきている、こういうふうにふえておるように言われるけれども、その各大学における追跡調査の取り組みはどうなのか。あまりいいかげんな答弁をしないでもらいたい。

西田亀久夫文部事務官(大臣官房審議官)

○西田説明員 追跡調査は、おっしゃいますとおりに、当該大学が能研テストの成績を利用し、自分の大学の入学試験の成績なり入学後の成績なりとの関連をよくお調べいただいて、御研究願うことを私どもも期待しているわけでございます。そういう意味において、たいへん熱心に研究をされまして、大学独自でこれはもう入学試験に採用しようとおきめになった大学もございます。たとえば東京芸術大学、本年度は基督教大学。しかしながら、必ずしもそういう意味の追跡調査をすべての大学が全部が全部十分な体制でやっておられるとは考えられません。しかしながら今度は、それらの大学から入試の成績なり入学後の成績をいただきますと、能研自体がそれを分析研究いたしまして、各大学のすべてのデータを比較して、能研テストが入学後の成績に対してどのように追跡研究に役立つかということを研究するためには、たいへん有益な資料になっておると考えております。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 能研本部に資料を集めて能研本部で分析をする、それであるならば、各大学に追跡調査を依頼しておる内容は何ですか。

西田亀久夫文部事務官(大臣官房審議官)

○西田説明員 各大学は学生の成績評価の資料——入試の成績及び能研の点数につきましても最も自由にその資料を活用できる立場にいらっしゃるわけでございますから、大学にはそれぞれ教育評価に関する専門家もおられますし、入試に関する多年の経験者もおられますので、大学にふさわしい形で御研究を願うことを私どもは期待しておるわけでございます。しかし能研は能研としてまたそのいただいたデータを能研の立場から分析をするということも可能でございますので、そのような調査研究を並行的にやることが最も理想的ではないか、かように考えております。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 抽象的なことはわかります。各大学に追跡調査を依頼する、先ほどおっしゃられたように、なるほど専門家はたくさんおられるかもわからない。しかし専門家の方々がその問題を取り上げて検討して追跡調査というものを進めているのじゃない。いまおっしゃられるようなことであるならば、大学に追跡調査を依頼する必要はない、事務を通してただあげてもらえばよろしい、こういうことなのです。ところが各大学にはそれぞれ立場もあり、あるいは能研に対する考え方もあって、これの扱いは必ずしも一律でないわけです。それで、私は現実を知っておりますが、実際問題としては事務のほうでその資料を集めて送る、こういうことだけに終わっているところが多い。だから私は、三十五大学から七十四大学にふえたのだ、あるいはその内容についてはいまおっしゃったようにこうこうなのだと言われても、その中身については、実際の追跡調査の進め方といったものを考えますとき、それはそのとおりには受け取れぬわけです。  それならば具体的にお尋ねしますから具体的にお答えを願いたいと思いますが、七十四大学のうちにそうした追跡調査の委員会を大学独自でつくって取り組んでいる大学が幾つございますか。

西田亀久夫文部事務官(大臣官房審議官)

○西田説明員 現在大学自体で追跡調査のための委員会を組織して研究をしておられる数というものは、いま私的確にお答えする能力ございません。ただ、先ほど申し上げましたことを補足いたしますと、入学後の成績、能研の成績、入試の成績が関連があるということは、実はある大学が研究されましても、その大学で非常に関連があったというのは、日本じゅうの大学の中のただ一つの例でございまして、こちらの大学はどうか、こちらの大学はどうかということで、日本じゅうどこの大学に持っていっても、このような相関関係が高いということの全体的な評価は、能研でなければできないという立場で、能研が集計しております。しかし、そのようなデータを、入試の成績をいただくことは、これは入学試験の機密の問題でございますから、大学にそのような追跡調査に御協力をお願いいたしまして、その御賛同を得てやっておるわけでございます。先ほど申し上げました大学の中で独自に能研とは独立の立場で研究をされております大学は、また自分の大学の入学者だけについて特別な研究をされておりまして、そうして、先ほど申し上げましたように積極的にその活用の方針をきめられた大学もあるということは申し上げますが、他にどれだけの大学に委員会があるかということは、まだ私ども十分にここに調査資料を持っておりませんので、申し上げられません。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 それじゃ理解をいたします。要するにトンネルとして大学を通して資料が能研本部に上がってきておる、それが能研本部のほうで集約をされ分析をされる、こういうことだ、つまり各大学に委嘱をしておるその追跡調査というものはそういうものと理解してよろしいですね。

西田亀久夫文部事務官(大臣官房審議官)

○西田説明員 能研としては、このテストが入試の改善に役立つような御研究に必ず有益であると考えてお願いをし、それをどのような体制でどのように進められるかは、各大学それぞれの御事情によって体制が違うと思いますので、個別的にはそれについてこの段階まで成果が出たというような話を、私どもは断片的には伺っておりますが、大学がどこまで研究したか、どういう成果を出したかということをすべて総括的にはまだ十分把握しておりません。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 たいへん時間が長くなりましたので、最後に締めくくってまいりたいと思いますけれども、いまお尋ねしましたように、この点については大臣にお尋ねする前にもう一度質問させてもらいたいと思いますけれども、これは官房長でしたか、さっき御答弁がありましたように、現在行なわれているのは四十二年、現在、三年生在学ですね、ですから、四十年の一年終了、そこまでが調査をされているわけです。三十八年に始まって、三十八、三十九、四十、現在四十二でありますから、現在の三年生の一年生のところまでがいま調査されておる、こういうことになるわけです。そういたしますと、一般教養の段階についてもまだ終わってないわけです。まして専門課程の段階には全然入ってないわけです。その過程の中で、大学局長がこの能研テストを客観的なものとして価値判断をして、そして昨年の審議の段階からいたしますとより前進をさせるというところまで来ておるわけです。ところが先ほど審議官が言われた東京芸術大学においても、来年度については未決定であり、なお、この能研テストの問題については審査会というか、研究会といいますか、そういうものを設けて再検討しようという段階にあるわけです。つまり来年もさらにやるんだというところまで芸術大学ではいってない。それなのに、先ほど言いましたように、一般教養の段階もまだ調査は済んでない、ましてや専門課程についても入ってない、それをなおかつそう進めていくということについての確信を大学局長、お尋ねします。

杉江清文部事務官(大学学術局長)

○杉江政府委員 先ほど来、御説明のありましたように、十分とは言えないにいたしましても、追跡調査の資料も得、かなり相関度の高い結果も出ておるわけであります。そして一方大学入学者選抜の決定は大学自体がする。何よりもその方法は、大学自体の判断が最終的には尊重さるべきだと思います。そういう筋合いを考えまして、いままでもその客観性の信頼度は次第に高いことが資料にもうかがわれる。また一方、大学自体の判断によっていろいろ検討された結果、その一部ないし全部を採用することが妥当である、そういう判断に到達される場合、それは一々文部省の承認を得てやるというようなことをせずに、大学自体の御判断にまかしていいんじゃないか。その程度の状況には現在至っているんじゃないか、こういう判断を先ほど申し上げました。私どものほうに設けられておる審議会で、かなり長い間審議されてそのような結論に到達されたわけでございます。その間におきましては、能研のほうの担当者にいろいろ御説明いただきながら十分審議された結果、その程度においては前向きに進めてよかろう、こういうふうなお考えに立ったわけでございます。私どももその考え方は適当だ、こう考えるわけでございます。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 最後に大臣にお尋ねします。中教審が入試制度の改善について答申をされ、その答申を見ますと、今日の入試競争の激化の大きな理由として、大学入試の希望者の激増と、一方では収容力の足りなさ、その不均衡があげられているわけです。これは、本委員会の先般の私立学校等の問題でも問題になりましたし、あるいは国立学校設置法の問題等でも問題にはなっているわけですから、ここでひとつもう一ぺん能研との関連の中で、その点について文部省としては、どのようにしてその不均衡を埋めていくか、それから入試制度の改善として能研テスト、これは技術的な改善策だと思うのです。先ほど高等学校時代の成績、あるいは能研テストというものの相関関係、こういうものの御答弁がありました、それらから見ても能研テストは技術的な改善の一つであるそのことは中教審の入試制度の改善の中でも提案をしている、これは技術的な改善だという点は触れているわけですね。日本の明治以来の社会構成の背景がありますから、そういう根本的なものが解決しない限りは、抜本的な改善は行なわれないと思いますけれども、先ほどの収容力の不均衡の問題についての根本的な御方針、もう一つは技術的な改善でありますが、この能研テスト以外に、ではどうしようとするのか、この二つの点をお尋ねして終わりたいと思います。

中村梅吉自由民主党文部大臣

○中村(梅)国務大臣 大学の不均衡があることは入学問題に関係して非常に大問題なわけでありますが、この大学の、簡単に言いますと、格差是正ということは文教政策の上で非常に大事な問題である。そういう角度に立って国立学校全体を見ていく上で、つとめて格差是正の行なわれるように設備その他改善にはそういう配慮で進めることが望ましい。私どもは一ぺんには達成できませんけれども、心がけとしてそうあるべきなので、その方向で大学局にも常に私は申しておるような次第でございます。  それから入学選抜方法をどうするか、浪人の問題をどうするか、こういう問題は非常にむずかしい問題でございますが、先ほど来御議論がありましたように、大学自体としてもこれだけ世間で問題になっているのですから、先ほど来お話が出ていた追跡調査のようなことは、大学自体が能研の依頼を受けるのではなくて、自分自身が大学としてやってみて、そして入学試験のときに詰め込みをやって、非常に高い水準の点数で合格した者が、一体二年、三年、四年と在学している間に結果はどうなるかという、まず自分のところの入学試験成績から見ても、追跡調査をやってもらうということが、入学試験の選抜制度の改善の基本になるのではないか。そういう意味で私どもそういう期待を実はしているわけであります。大学によってやったところの様子を聞きますと、これもまだ正確ではないのでしょうけれども、非常に有名校の高等学校で、大学入学試験準備の勉強というか、詰め込みを一生懸命やった高校の生徒が、非常に高い入学試験の点数をとって入ってきた。ところが、有名校でない高校の生徒というのは、普通の高校を卒業してきているわけですから、そういう学業を経てきて、入学試験のときには一番ビリのすそで入学したが、在学している間にかえってこのほうが成績がよくなっているというデーターが出ているところもあるようです。こういうようなことを各大学が全面的に自主的に進んでやる状況が好ましい。そういうことを経た上で、入学試験のような詰め込みでない時期に能研のテストを高校一年なり、二年なり、三年なりでやって、そうした水準のある者を、受け入れ態勢ではむしろ信頼をして採用したほうがいいという結論が出てくれば、私は非常にすばらしい結果になると思うのですが、そういう境地に到達いたしますのはなかなか一年や二年ではまいりませんので、何とか私どもはこの入学難あるいは入学の不当の競争、無理に詰め込みをして、社会的声価の高い大学へ大学へと殺到する気風というものも、これは改善をしていかなければならぬというふうに実は考えておるわけで、いずれにしましてもひとつ知恵をしぼり、年月をかけてこの問題は取り組んで解決をしていくべき事柄に属しておる、こう思っておりますので、関係当局を督励して何とか改善の打開策ができるようにつとめてまいりたいと思っております。

川崎寛治日本社会党

○川崎(寛)委員 終わります。      ————◇—————

八田貞義自由民主党

○八田委員長 この際、参考人出頭要求に関する件についておはかりいたします。  教育職員免許法等の一部を改正する法律案について、参考人から意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

八田貞義自由民主党

○八田委員長 御異議なしと認め、そのように決しました。  なお、日時及び人選につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

八田貞義自由民主党

○八田委員長 御異議なしと認め、さよう決しました。  次会は、明後六月十日金曜日午前十時より理事会、十時三十分より委員会を開会することとし、本日はこれにて散会いたします。    午後四時十一分散会

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