大蔵委員会 第23号
- 発言数
- 214 件
- 登壇者
- 15 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1966/03/18
会議録
○三池委員長 これより会議を開きます。 所得税法の一部を改正する法律案、法人税法の一部を改正する法律案及び相続税法の一部を改正する法律案の各案を一括議題といたします。 質疑の通告がありますので、順次これを許します。山田長司君。
○山田(長)委員 大蔵委員の諸君の御了解を得まして、実は関連で質問すべき予定でおりましたが、特にお許しを得て関連でなく、二、三の問題につきまして、お尋ねしたいと思います。 最近、経済界の不況に伴って会社の経営について無理が多く、中には脱税であるとかあるいはタコ配等、いろいろな犯罪が次から次に起こっているようです。最近山陽特殊鋼の問題とか、あるいは大阪土木、富士車輛のごときは告発事件まで起こしておるようでありますが、これは私たちの目から見ましても、氷山の一角にすぎないと思うのであります。悪質なものになると、かなり多額にのぼるものがあるやにうかがえるのであります。そこで、最近私の手元に陳情としてきている問題、それから私の党の綱紀粛正委員会で問題になっている問題等があるのでありますが、これらのことはほうっておけない実情にありますので、この機会に伺っておくわけであります。 それは近江絹糸の脱税の問題であります。背任、横領等の問題でさらにこれを追及しますと、脱税の問題があるやに見受けられるのであります。先般、大阪土木においては粉飾決算で大蔵省は初めて告発されたようでありますが、これらは、私に言わせると、小ものの事件としか考えられないのであります。最近近江絹糸は毎期六分の配当を続けております。実は八十一期から八十六期までの間に粉飾赤字累計残は六億六千五百万円でありまして、検察当局においてもこれを認めておるようであります。これらの点について、大蔵当局の調査はどんなふうにされておるものかということをまず最初に伺います。
○泉政府委員 お話のように、昭和三十七年ごろから——あのときに若干経済界がよくなりました。しかし、あの当時は、従来のやり方でございますと、国際収支が悪くなって、金融引き締めを行ないますと、かなり早い期間に景気が回復をするということから、会社といたしましては、いわゆる粉飾経理を行ないまして、利益がないにもかかわらず、後年度に利益が出てくれば、それによって救われるという軽い気持ちで粉飾経理をいたしまして、タコ配なども行なっておったようでございます。ところが、御承知のような状況で、その後景気もあまりよくならないうちに今日の不況を招いた、こういうことからいたしまして、当時の粉飾経理の内容がいろいろ現在出てまいりました。いまお話の山陽特殊鋼あるいは大阪土木、富士車輛などにつきましていろいろ問題が出ておるようでございます。ただ、お尋ねの近江絹糸の点については、私まだその粉飾の内容等を十分聞いておりません。これは大阪国税局で調査いたしておることでございますので、さっそく大阪国税局に調査を依頼したいと存じます。
○山田(長)委員 ただいまの問題につきましては、至急に調査の結果、資料の提出を願いたいと思います。 次にお尋ねしたいことは、実は、私は社会党で綱紀粛正委員長という肩書きをもらっておりまするので、たびたび大阪に参りまして、政治献金の問題等についての調査をいたしました。たまたま、政治献金の問題につきましては六千八百万円という金額が明確に出てきたのであります。しかし、その結論がいまだに出ずにおるわけです。そこで、次に大蔵省のほうに伺いたいと思いまするのは、同会社から報告されておるところによると、利益金の中に土地の売却利益として三億八千百万円を計上されているが、これに対して納税関係はどうなっているか、それから国税庁において調査になっているかどうか、この点です。何でこんなことを私が聞くかというと、政治献金問題を調査しているうちに次々とこういう事実が発見されてきておるのであります。ですからこの問題を伺うわけですけれども、この点はどんなふうになっておりますか。
○泉政府委員 先ほど申し上げましたように、近江絹糸について粉飾があるという報告を私まだ受けておりませんし、また、その土地売却利益については、当然課税になっておると思いますけれども、その実際は私いま存じておりませんので、これまた調査の上でお答えいたしたいと存じます。
○山田(長)委員 この土地の売買については、すでにもう登記は完了しておるのであります。そこで、国税庁には当然登記所から登記が完了すると同時にその書類が回っていると思います。登記が終わっている以上、所有権は確実に移転されておるわけでありますから、大蔵省においては、利益の報告があったはずであるから、この点、至急調査をしてもらいたいと思うのであります。
○泉政府委員 御承知のように、登記所におきまして登記を行ないますと、その通知が税務署のほうに参ることになっております。したがいまして、その点は税務署のほうで報告を受けまして、近江絹糸は資本金の関係から国税局の調査部門担当の法人でございますから、そちらのほうに税務署から連絡があることと思っております。したがって、そういう点を調査いたしまして御報告いたします。
○山田(長)委員 先ほど会計検査院の租税二課長に出席を求めましたが、租税二課長にこれが調査のこともお願いしたいと思って、実はお呼びしました。どうぞその点ひとつお取り調べ願いたいと思います。 私の質問はこれで終わりますが、なぜ私は特にこの委員会の席をおかりしたかといいますと、綱紀粛正委員会でいろいろ調べている過程におきまして不明確な点が出てまいりましたので、特にこれも関連いたしまして調査の対象にしなければならないので、資料の要求をしたわけでありますから、すみやかにこの書類の提出をお願いしたいと思います。
○泉政府委員 先ほど申し上げましたように、私どもその内容を現在のところ承知いたしておりませんので、大阪国税局にそういった点の照会をいたしました上で御報告いたしたいと存じますが、個々の法人のいろいろな内容につきましては、国家公務員として秘密を守らなければならぬという義務がございます。したがいまして、その調査の内容によりましては、委員会に御報告できないような場合もあろうかと思いますので、その点はあらかじめ御承知おきいただきたいと思いますが、山田委員には御連絡申し上げます。
○山田(長)委員 わかりました。それでは私の質問を終わりますが、次に、会計検査院当局にもただいまの問題につきましてはお取り調べ方をお願いしたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
○福田会計検査院説明員 ただいま出席してまいりましたので、内容を国税庁のほうと打ち合わせまして調査いたします。
○三池委員長 藤田高敏君。
○藤田(高)委員 私は、主として所得税に関して質問をしたいと思うわけですが、もうすでに私がきょう質問をしたいという問題点については、あらたに先輩議員が質問されたところでありますが、質疑を通してなおかつ理解できがたい幾つかの点がありますので、以下質問をしてみたいと思うわけであります。 まず、事務的な質問になろうかと思いますが、所得税の課税最低限を設定する場合の標準世帯、いわゆる課税最低額は昨年の五十四万四千二百五十九円に対して、四十一年度の今回の改正案は六十一万三千四百二十一円になっておるわけであります。この場合のいわゆる基準生計費と申しますか、年間の家計費はどれくらいになっておるのか、その中に占める飲食費の割合はどういうふうになっておるのか。飲食費については、独身者から標準世帯、いわゆる五人世帯までの割合をひとつあわせて聞かしてもらいたいと思います。
○塩崎政府委員 例の基準生計費と申しますか、マーケットバスケット方式による食料費を基準にして推計した生計費という資料を私どもが提出いたしましてから、これまでずいぶん御批判を賜わったところでございます。ただ、藤田委員先ほど課税最低限をきめる場合というお話がございましたが、課税最低限のきめ方につきましても、これまたこれまでるる申し上げましたように、この標準生計費が唯一の根拠ではない、一つの参考資料であるということを申し上げたのでございますが、課税最低限は、こういった角度も一つの参考資料ではございますけれども、種々の角度からきめなければならない。かように思っておるのでございます。これも申し上げたところでございますが、減税にさき得る金額、そのうちでも所得税にさき得る金額、さらにまた、所得税のうちでも現在の税負担から見、過去の減税の沿革から見て、控除と税率にどの程度さくか、このあたりがまず総合的にきめられるべき課税最低限の根拠だろうと思うわけでございます。そこで、そういった総合的にきめられた課税最低限が、たとえば標準的な生計費あるいは食料費とどんな関係になっておるであろうかということを私どもが検算したのがこの資料でございます。これは昭和三十三年ごろから税制調査会におきましてもこんなような内部的な検討をしたらどうかという御要求がありまして、検討したものの資料でございますが、これが、たまたま昨年御要求によりまして提出いたしましたところ、大きな反響を呼んだわけでございます。私どもも反響の大きさに驚いたわけでございますが、ことしも御要求に基づきまして提出したところでございます。課税最低限のきめ方も、たとえば、過去においては貯蓄はどこから始まるかというようなことも一つの根拠になっておったことがございます。これらいろいろな根拠はございますが、ともかくもこんなような一つの参考資料として、検算のテストの一つの型として御提出申し上げておるのでございます。そういった意味で、そういう前提を一つ置いていただきましてお聞き取り願いたいと思います。 そこで、私どもが一つの仮定を置きまして、いわゆるマーケットバスケット方式による食料費を基準にして推計した生計費というものは、今回推定いたしましたのは五人世帯の食料費で二十七万八千五百六十一円でございます。これをエンゲル係数で逆算いたしますと五十八万六百九十八円という金額が出まして、これが消費支出金額になります。途中たくさんの世帯がございますが、独身者というお話もございましたので独身者世帯、一人世帯でどうなるかと申しますと、食料費で六万七千百二十八円、これも堀委員から強く御指摘のありましたエンゲル係数——一つの私どもの想定に基づきまして計算いたしましてでき上がったエンゲル係数で逆算いたしますと、消費支出金額は二十万百四十三円というふうになっておるのでございます。
○藤田(高)委員 課税最低限をきめる場合の標準生計費というものの考え方ですが、要素というものをどういうふうに評価していくかという点については、これは局長のことばのニュアンスから受け取りますと、単なる参考というような説明でありますが、私どもの考え方としては、国民の最低生活費——この最低生活費はいかなる基準に置くべきかというそれ自体の見解については、私もあとで触れてみたいと思うわけですが、少なくとも、憲法二十五条の健康で文化的な生活というものが私は一つの基準にならなければならぬと思うわけです。そういう健康にして文化的な生活を営むという、そういう生活の前提に立った最低生活というものはどういうものであろうかというところに基準を置いて、この標準生計費というようなものについても算出をすべきである。その場合に、私は、やはり所得税というものは、国民が人間らしい生活をするために必要な最低生活費に食い込んではならぬということが大前提でなければいけないと思うわけです。そういう前提に立って、いまの課税最低限をきめる場合の飲食費、標準生計費というものをきめる場合に、これは単なる参考というような、まあ、言い方は悪いかもわかりませんが、軽い要素として考えるべきものか。それとも、いわば課税最低限をきめる場合の非常に大きなファクターとして考えるべきかという点については、私は後者でなければならぬと思うわけですが、その点についての見解を聞かしてもらいたい。と同時に、エンゲル係数というものは何を表示するものであるのか。私どもがいままで知り得ておる範囲によりますと、エンゲル係数によって幾つかのランクがあるようでありますが、そのランク別の生活内容というのはどういうものなのか。大蔵省の考えておる考え方というものをひとつ聞かせてもらいたいと思います。
○塩崎政府委員 藤田先生から二つ御質問がございましたが、まず第一の、課税最低限をきめるにあたって、標準生計費が一番大事な前提になるのではないか、これからスタートをしなければならぬのではないか、こういう御質問でございます。それは非常に有力な御意見だと私は思います。しかし、この課税最低限のあり方、あるいはまたその金額につきましてはいろいろな意見もございます。私どもも専門でございますので、各種の書物を見るわけでございますが、その書物を見ましても、国に対する費用というものも一つの生計費の大きな内容をなすものだ。それを前提としてまた課税最低限を考えるべきだというようなこともうかがわれるのでございます。各国の課税最低限を見ましても、私どもが見たところ、アメリカでもドイツでも、こういった生計費を比較してみますと、日本より少し、国によりましては相当低めとなっておるようなところが多いわけでございます。確かに、そういった書物の中にはそういった生計費のうちに入れるべきでないという意見もあります。そんなような考え方の一方、もう少し生計費との関連を入れるべきだということもあります。しかし、私どもは、できる限り所得税が生計費と比べて、生計費の中に食い込まないほうが望ましい。しかし、これも個人所得税の税収が財政上どの程度の地位を占めるか、財政の需要も考えてきめる問題ではいないか、かように考えております。ともかくも、私も何回も申し上げておりますように、税制のうちでやはり個人所得税が税らしき税でございますし、これを通じて初めて国政の批判もできるような税だと私は思います。そういった意味では、所得税というものをできる限り完ぺきなものにしたい。しかし、課税最低限はできる限り生計費に影響を与えない方向できめたほうがいい、かように考えております。このあたりは非常に考え方の分かれるところでございますが、私どもといたしましては、そういった考え方をとらなければならぬ、ただ、もう一つ住民税も所得に対する課税でございます。これらの関係もひとつ考えていかないと、国税だけの面を見ることも問題がありましょうから、所得税、住民税を通じましてこの問題を考えていかなければならぬ、かように考えております。 第二の、エンゲル係数がいかなる意味を持ち、いかなる内容となっておるか、こういうお話でございます。エンゲル係数の意味は、もう藤田先生おわかりのとおりでございます。食料費が生計費のうちに占める割合でございますから、エンゲルに言わせれば、低額所得者になればなるほどエンゲル係数の割合は高くなる、こういった意味で、エンゲル係数は、しばしば生計費、さらにまた、生計費の内容について向上度を見る場合に使われているのではないか、かように私どもは考えております。 そこで、エンゲル係数につきまして私どもの試算がどういうふうになっているかということは、昨日もお答え申し上げましたが、独身世帯は三三・五四、五人世帯では四七・九七、こういった計算をとっております。このやり方は、去年御提出申し上げました資料でとりました方法に基づきまして、最近の家計調査にあらわれましたエンゲル係数を参考にいたしたものでございます。
○藤田(高)委員 エンゲル係数の表示のあり方については、私どものごく常識的なというか、大体この表示の表現の方法については若干の違いがあるにしても、エンゲル係数二〇%以下という生活をしているものは、これは非常に上流生活の生活状態じゃないか。エンゲル係数二五%は余裕のある家庭生活を営むことができる生活状態、エンゲル係数三〇%はやや余裕のある家庭生活、三五%は慰安の持てる程度の家庭生活、四〇%はやや慰安の持てる生活状態、四五%になりますと、やっと健康を保てる程度の生活状態、五〇%になるとやっと生存のできる生活状態、ここになると、国際的なエンゲル係数の使い方としては、これは常識になっておると思うのですが、俗にいうこじきの生活、一言にしていえばこじきの生活というものだろうと思うわけです。そういうふうに大体ランク別に区分をしますと、今度課税最低限をきめる場合の有力な根拠にされておる飲食費構成というものは、いま局長が答弁をされたように、標準世帯では非常にエンゲル係数の高い、四七・九七%というような高いところへ根拠を置いておる。逆にそういうことになったのかもわかりませんけれども、数字の上に出てくるものは、やはりエンゲル係数は四七・九七%というようなものを置いておるわけであります。私は、こういうものをこの課税最低限の一つの根拠といいますか、私をしていわしめれば、先ほどから言っておるように、有力な根拠にしておることは非常に不当じゃないか。いわゆる国民の生活状態、特に標準世帯の生活状態というものを、そういうところに甘んじておってもなおかつしかたがないのだ、その程度の生活状態のものにさえ所得税をかけるのだ、こういうことになると思うのですが、その点についての見解はどうなんですか。
○塩崎政府委員 確かに、藤田委員のおっしゃったように、エンゲル係数について評価いたしますれば、そういった評価ができ上がると思います。私どもも、生活水準の向上度はエンゲル係数の低下によってはかられるということは、また事実であろうと思いますし、そういうことが望ましいと思っております。さらに、私どももできる限り所得税の課税最低限はそういった考え方を加味いたしまして高くしたい、かように考えておるのでございます。しかし、現在の財政需要、さらにまた、住民税等の関係を考えてみましてきめられる課税最低限でございますから、やはり課税最低限をきめる際に用いられるべきエンゲル係数というものは、理想的なものは頭に置きましても、それが現実にとられるべきじゃなくて、やはり標準的な食料費のこのあたりを支出されておる方々のエンゲル係数がその根拠になるべきものだろう、かように考えております。御批判はございましたが、昨年度の調査におきましても、百六十七円四十八銭の成年男子の食料費が算出されたのでございますが、その程度の食料費を支出された方々のエンゲル係数はどの程度になっておるか、これをもとといたしましたのが、この数字でございます。本年度もそのような方針を踏襲いたしましてつくりましたのがこれでございまして、おっしゃる点は、私どもとして理想として揚げるべきだと思いますけれども、課税最低限、しかも、現在の財政事情のもとにおいての課税最低限、さらにまた、標準生計費的なものが一日二千五百カロリーということでとり得るものといたしますれば、その程度の食料費を出されます方々の現在におきますところのエンゲル係数をとるのが、現在のところでは適当な方法ではないか、かように考えております。
○藤田(高)委員 私は、当初述べましたように、やはり課税最低限をきめる場合の有力な根拠として最低生活費というものを考える場合に、その最低生活費とは何かといえば、やはり憲法の二十五条に言う国民が人たるに値する生活ができる、さらに、戦後二十年もたった今日、もう少なくとも文化的にして健康な生活ができる、こういうものを、税をきめる場合の社会的な一つの基準として設定をして、それを前提としたきめ方をしないと、いまの説明にもありますように、標準の五人世帯のエンゲル係数が四七・九七%、四人世帯の場合でいくと四四・五%、これは憲法二十五条の精神どころか、たいへん劣悪な生活状態だと思うのです。それは、先ほども指摘したように、エンゲル係数四五%というのは、やっと健康を保てる程度の生活、五〇%になるとやっと生存のできる生活状態、そうすると、大蔵省が今度の課税最低限をきめておる標準世帯のエンゲル係数は四七・九七%ですから、やっと生存のできる生活と、やっと健康の保てる程度の中間ぐらいなところを一つの基準にしてこういう課税最低限をきめておるということになり、これは私は、国の所得税をきめる一つの有力な基準としてははなはだ不当ではないか、これは少なくとも今日の社会通念といいますか、社会条件からいけば、もう少なくとも三五%ぐらいな、慰安を持てる程度の、あるいはやや余裕の持てる程度——これは大蔵大臣の財政方針ではないですけれども、貯蓄のある家庭というものを築くのだということを方針にうたわれておりますが、貯蓄のある家庭を築くということは、エンゲル係数でいえば、少なくともやや余裕のある家庭生活ができる状態でなかったら貯蓄はできませんね。ところが、大蔵省のこの課税最低限を設定しておるエンゲル係数というものは、いま言ったように、やっと生存ができるか、やっと健康が保てる程度のものであって、余裕なんか一切ない。そういうものを所得税の基準にするということは、明らかに最低生活費の中に所得税というものが食い込んでおる。そういう所得税というものは、私は先進諸国の中にはないと思うのです。少なくとも、日本がもう今日の経済力を持ち、そして、総理大臣の自由諸国家群の三つの柱ではないけれども、そこまで日本の国際的な地位あるいは経済的な地位というものが総体的に高まってきておる段階で、このような劣悪な、極端にいえば、人間としての生存を認められない、そういうような劣悪な条件というものを前提にして所得税の課税最低限をきめるということは、はなはだ不当ではないか。こういうものは、いま私が言ったように、エンゲル係数でいえば、もっと三五%以下に引き上げるべきではないかと思うのですが、これは基本的な問題として聞かせてもらいたい。これは、なおあとで大臣が来られたら、この問題については、私は大臣の見解も聞きたい。
○塩崎政府委員 藤田委員のおっしゃるように、確かに、エンゲル係数を三五%程度にして課税最低限を検算すべきであるというお話、私も理想として十分うなずけるところでございます。生計費というものは非常に幅のあるものでございまして、私どものこういった机上で計算いたしました統計数字がすべてに妥当するというふうにももちろん考えておりません。もちろん考えておりませんが、ただ、これは私は生計のやり方だろうと思いますけれども、エンゲル係数を求めた消費支出金額のモードに属する世帯の収入金額は七十一万円、平均消費支出金額は五十八万円といったような数字も出ております。これが絶対にいいというふうなものではございませんし、都市あるいは地方によって生活の仕方あるいは物価、きわめて幅のあるものでございましょうから、こういった平均的なものを直ちに唯一の根拠にするつもりはございませんが、そういった数字もでき上がる。私は、生計費をできる限り高く考えて課税最低限を考えることを趣旨として十分今後も進めていかなければならぬと思いますけれども、現在の財政事情のもとにおきまして、一つの個人所得の地位を考えてみますと、こういったところが現在のところやむを得ない課税最低限ではないか、かように考えております。
○藤田(高)委員 先ほどから局長の答弁を聞いておりますと、理想としてはそういう方向に持っていかなければならぬだろう、こう言われるわけですが、私はそういう見解にははなはだ納得できません。もう現実的な政策論として、理想論ではなくて、私がいま論議の対象にしているのは、現実の政治の中で現実的な政策論として私が言っているようなものを最低の条件に置かれているのではないか、また、そういうものを基準にして、私の立場からいえば、逆に国の財政収入を考えていく、そうして、財政支出を考えていく、こういう基本にすべき問題がさか立ちをするような形の考え方というものについては、私は非常に納得がいかない。しかも、この私の言っていることを、あたかも雲の上とは言いませんが、飛びついても飛びついてもいまだ届かぬような理想論であるような、そういうものの受けとめ方については、私は非常に理解ができない。少なくとも、やはり現実の政策論として、そのエンゲル係数でいえば、三五%くらいのところまでは持っていかなければ、片一方では、この間の通常国会の財政方針では貯蓄のある家庭をつくるのだ、こう言っておきながら、片一方で、やっと健康を保ち、やっと生存できる程度の生活しかできていない者からまで税金を取るなんていうことは、これは貯蓄も余裕もあったものじゃない。そういう点で、いまの局長の御答弁と政府の大臣なり総理が言っている方針との間には非常なギャップがあるのではないか。そういう点で、私はこの四七とか四五とかいうエンゲル係数を土台にしたこの課税最低限のきめ方というものは少なくとももうやめて、もっと高い条件の中にこの課税最低限というものを今日段階できめるべきである、こういうふうに思うわけですが、その点についての見解を聞かしてもらいたい。
○塩崎政府委員 繰り返して申し上げることになって、はなはだ恐縮でございますが、確かに理想であり、また、私どもも現実政策の目標として考えていかなければならぬと思うのでございます。しかし、先ほど来申し上げておりますように、やはり現実的な政策の要請もまた財政にあるわけでございます。さらにまた、税制中個人所得税に期待する要素も、これまた現実的な政策といたしまして無視すべきでないと思うのでございます。こんな点を考えまして、しかし、また課税最低限はできる限り生計費に食い込まないことも、これは大きな政策目標として考えなければならぬ、かように思いますが、まあ、両者をどういうふうに調和してまいりますか、今後の租税政策のあり方と関連いたしまして、これはよほど慎重に検討してまいりたい、かように考えております。
○藤田(高)委員 国税庁長官にお尋ねしますが、いま私が言っておるような基準で課税最低限というものがきめられておるということは、ある意味において、私は所得税というものは、なおかつ苛斂誅求的な、所得の非常に低い者から税を取り立てておる、こういうことが、総体論として私は言えると思うのですが、そういう基準で税をきめている状態で徴税行政をやる場合に、国税庁長官としては、こういう基準で設定したもので徴税をすることは妥当と考えるかどうか、そのあたりひとつ見解を聞かしてもらいたいと思います。実際に徴税をやられる現実論から見てですね。
○泉政府委員 御承知のように、国税庁といたしましては、国会で成立いたしました税法を忠実に執行する立場にあるわけでございます。したがいまして、国会で制定されました法律に基づく課税最低限で税を執行していくということになるわけでありまして、お話のように、まあ、課税最低限が高目でありますれば税の執行の際楽であるということは確かでございます。しかし、税の執行上課税最低限が幾らでなければならぬといったふうにはなかなか出てまいりません。したがって、いまお話のような生計費の面、あるいは国の歳入の要請、こういったいろいろな要素を十分勘案して、適正な課税最低限がきめられることが望ましい、このように考えております。
○藤田(高)委員 局長も長官も、国の歳入面も考慮してというなんですが、やはり税というものは持てる階層から取るというのがたてまえだと思うのですね。そうすれば、これもあとで触れたいと思いますけれども、例の所得税減税と企業減税のいろいろな状態から見ても、私は、やはり企業減税のごときは、こういう資本家から取れる、また余裕のあるところから取ればいいと思うのですよ。そういう国の財政収入ということを大きなウエートとして考えるのであれば、こういう最低生活費を脅かすようなところまで税の捕捉の足というものを伸ばさなくても、まだまだ取れる条件というものはたくさんそのほかにあるんじゃないか、私はこういうふうに思うわけですが、その点についての見解をひとつ聞かしてもらいたいのと、できるだけ効率的な答弁を願うために、質問事項を若干まとめていたしたいと思います。 先ほどから答弁のありました標準世帯の場合のエンゲル係数ですが、これでいきますと、どうでしょうか、去年の場合とことしの場合、これはそれぞれの世帯別構成によってエンゲル係数というものは上がっておるのじゃないかと思うのですが、その点はどういうことになっておりましょうか。
○塩崎政府委員 二つ御質問がございましたので、分けてお答え申し上げます。 まず第一は、こういった課税最低限が問題になるときに、低い課税最低限をきめて所得税を取らないで、別な面から取れないか、取れるではないか、こういうお話でございます。確かに、税制はどうあるべきか、租税はいかなる部面あるいは階層から払わすべきかという基本的な問題だと思います。 言い落としましたが、常に大蔵委員会で御批判になっておりますように、課税最低限以下の方々にも、たとえば、たばこを吸う方あるいは酒を飲まれる方には、たばこ消費税と申しますか、専売益金の形で税を支払っていただいておりますし、消費税の形で税を支払っていただいておるのでございます。この間接税についても種々の批判がございます。しかし、酒やたばこの消費税につきましては、別の角度の臨時的な意味もございましょう、あるいは衛生的な意味もございましょうから納得されておりますが、こういった問題もございますので、それと所得税とどちらがいいか、ひとつ検討もさるべきだと思うのでございます。かりに所得が正確に申告され、また正確に把握いたしますれば、間接税よりも所得税のほうがすぐれておるではないかという御意見が非常に強いわけでございます。間接税についてもなかなか御批判がある、税収を上げるのにどこに持っていったらいいか、むずかしい。しからば、そういった低額所得者ではなくて、高額所得者のほうに持っていくべきじゃないか、こんな要請もあり、まさしくそういった点を考慮いたしまして、私は、所得税の累進税率の構造は七五%という、外国にも見られないほどの高い税率になっておると思うのでございます。もちろん、住民税を考えての高いという意味でございまするけれども、こういった高い累進税率ができていまして、所得税の現在の基本的なたてまえは、外国に比べましても、比較的高額所得者のほうから税を払っていただくようなシステムになっておるのでございます。問題は、いつも御指摘のように、租税特別措置法等によりまして、資産所得について抜け穴があるではないかという批判がもう一つございます。さらにまた、執行面で、なかなかそうは言っても高額所得は捕捉がむずかしいではないか、こんな御意見もあります。ひとつ、いろんな角度で私どもも検討し、また、当委員会におきましても御批判、御検討、それからまた、御示唆を賜わりたいと思いますが、これはひとつ時間をかけましても、いい方向に持っていきたい、租税特別措置法につきましては、政策的な効果について常に批判をしながら進めてまいりたい、かように考えております。しかし、所得税以外の法人税率がどうかとか、いろんな税目につきまして批判もございます。また、執行面も、私は、多分に問題点があり、改善すべき点があろうかと思います。完ぺきとは思いませんが、現在の税制は、そういった意味で、私は、そんなに外国に比べまして累進度の劣ったものでもなければ、企業の面におきましての課税が変なふうに曲がっているとも考えないのでございます。しかし、なお問題点は非常に多うございます。また、時代は進歩いたしますので、どういったところがら租税を支払わすべきか、これは情勢に応じまして私どもも日々検討してまいりたい、かように考えております。 それから第二の、標準世帯のエンゲル係数は、昨年に比べて上がったのではないかとのお話でございます。まさしく上がっております。と申しますのは、私どもがマーケットバスケット方式によりますところの調査の基礎といたします家計調査の昨年度のエンゲル係数が上がったことを反映いたしまして、そういった関係から、結局上がっているということでございます。
○藤田(高)委員 前年対比においてエンゲル係数が上がっておるということは、こういうふうに理解してよろしいですか。政府あるいは大蔵省の説明によると、たとえば四十一年度、ことしの標準世帯の課税最低限というものは六十一万三千四百二十一円だ。これに対して消費支出金額、いわゆる家計支出が五十八万六百九十八円だ。そうして、その中に占める飲食費は二十七万八千五百六十一円だ。先ほども言っているようにエンゲル係数は四七.九七%だ。この試算からいくと、課税最低限度六十一万三千四百二十一円と、家計支出の総額である五十八万六百九十八円との差額が三万二千七百二十三円になるんだ。こういう三万二千七百二十三円の余裕がまだあるんだ。いわばこういう説明のしかただと思うわけです。そうすると、前年度は、同じような計算からいくと、その差額が八千五百六十三円しかなかった。ところが、四十年度の課税最低限というものは引き上げたから三万二千七百二十三円になったんだ。だから、絶対額で見たら、その生活は、それだけ課税最低限に関する限りは余裕ができたんだ、こういう見方といいますか、説明のしかたをされたように私は理解しておるのですが、そういうふうに理解してよろしいでしょうか。
○塩崎政府委員 最初に申し上げましたように、私どもあくまで課税最低限の適否の一つの参考資料と考えておりますので、前年に比べましてゆとりができたからというようなことを誇示するつもりは毛頭ございません。おっしゃるようにエンゲル係数は上がっております。しかし、こういった計算上のゆとりの金額が出ましたのは、去年に比べまして、ことしは課税最低限を初年度で計算いたしますと、五十四万円から六十一万円と七万円上げた結果、前年度の私どもの計算に比べますればゆとりができた、こういうことでございまして、別にこれだけのゆとりがあるからということを誇示するつもりはございません。エンゲル係数が上がりましたのは、統計調査の結果は、私の判断では、これは食料費が、前年は野菜等を中心にして上がった結果ではないか、かように見ておるのでございます。
○藤田(高)委員 そうしますと、額の面だけ見ると、課税最低限と家計支出の対比では、去年は八千五百六十三円に対して、ことしは三万二千七百二十三円だから、額は、極端に言えば四倍ぐらいに上がった。ですから、生活にも、額の面だけ見た場合には、若干余裕ができたんじゃないか、こういう見方が常識的にはできるわけですけれども、片一方、実質的には、エンゲル係数が高くなるということは、それだけ生活実態というものは下がったということになるんじゃないかと思うんです。この関連をどういうふうに理解したらいいですか。
○塩崎政府委員 また繰り返すようでありますが、エンゲル係数が上がったということは、確かに生活費は食料費に相当さかなければならぬという点におきましては、藤田先生のおっしゃったような評価だと思います。ただ、課税最低限は、今回の所得税の減税がありましたために前年に比べまして相当引き上げられたが、私もそれは十分とも思いませんし、藤田先生もおっしゃったように、まだまだ足りない、もう少し上げるべきではないかというお話でございますが、前年度から対比いたしますれば、引き上げの幅が多かったために計算上こういった差額が出てまいる、これだけでございます。もちろん、それを余裕ができたというふうに言い切れば言い切れるかもしれませんが、私どもは、そういった意味よりも、課税最低限の引き上げが多くなったから計算上こういう数字が出てまいる、こういうふうに言いたいのでございます。
○藤田(高)委員 私は、ここに非常な大蔵省の算定の基礎の中に、意識的なからくりとは言わないけれども、結果論としておかしな要素が交錯しておると思う。その点は何かといえば、実質的に額の面で去年八千五百円の差額が生じた、ところが、ことしは三万二千円だというこの差額——このエンゲル係数が高くなったにもかかわらず課税最低額と消費支出の差額がことしそういうふうにふえたということは、食料費の算定の取り方が、ことしの基準、ことしの条件に非常に合致しないものを用いておるからこういう結果になってきておるのではないかと私は思う。これはすでに先輩議員が指摘したかとも思いますが、ことし五十八万六百九十八円という消費支出は、消費支出の中に占める食料費二十七万八千五百六十一円というのを去年の物価で計算をしておるからこういうふしぎな現象が起きてきておると思うのです。ですから、その点は、やはりことしのものはことしの物価基準で算定をしていくということにならないと、あるものはことしの条件で計算をしていく、あるものは去年の条件で計算をするということになると、こういうおかしな結果というものが数字の上に、あるいはエンゲル係数の上に出てくるのではないかと思うのですが、その点についてはどうですか。
○塩崎政府委員 いま藤田委員の御指摘の点も、この委員会におきまして一応御指摘のあった点でございます。私は、たびたびそういった計算のしかたのやむを得ない理由を御説明申し上げたつもりでございますが、もう一ぺん御説明申し上げますと、私どもは、やはり確実なる数字に基づきまして計算したほうが、こういった問題でございますので、いいのではないか、こういう前提に立ちまして、前年度の統計数字を基礎としておるのでございます。昨年度提出いたしました八千五百六十三円もやはり三十九年度の統計数字を基礎といたしまして計算したのでございます。そういった意味では一年おくれではございますが、首尾一貫して行なわれておるわけでございますが、そこに御批判がございます。そこで私どもは、本年の米価あるいはその他の野菜の値段ももうわかっておるのではないか、しかし、まだ二カ月をちょっと経過した今日でございますし、こういった食料費がどういうふうになっていくか、私どもはなかなか推測ができない、そういった意味で、前年度の数字によらざるを得ないのでございます。そこで私どもは、これは大臣がたびたび御説明申し上げておりますように、こうやって計算いたしました消費支出の額に、企画庁のつくりました消費者物価の上昇の見込みでございます五・五%というものを乗じまして、まだまだ余裕があるのではないか、こういったところで御納得をいただいておるような面もあるのでございます。それじゃ食料費もこまかくやっていったらどうかという御指摘もありますけれども、なかなか現在の段階で、四十一年の年末までの食料費、これは私どもは調味料から副食までの献立に基づきますところの個々の食料の計算でございますので、やはり確実を期したい、こういうつもりでやっておる結果でございます。
○藤田(高)委員 私は、説明を聞けば聞くほどちょっと理解ができがたいのです。といいますのは、この課税最低限をきめた有力な条件としては、二千五百カロリーの摂取量をとって、そうして、再三委員会でも論議されておる大蔵省提出の例の百八十六円何がしのメニュー、あれによれば、この二千五百カロリーは一日百八十六円八十七銭ですか、それでとれるのだ、こういう計算をされておるのですが、私は絶対にできっこないと思うのですよ。この百八十六円八十七銭というものは、ここにもその資料を持ってきておりますけれども、こういう献立表がはたしてできるのかどうか。これは堀委員のほうからもたしか質問があったかと思いますが、私は、こういう献立が一日百八十六円程度でできるというのであれば、一ぺんその献立ができるという人の説明をじかに聞かしてもらいたい。そして、これの課税最低限の基礎になっておるこのことが一番論議される対象というのは、低所得者層といいますか、所得の低い勤労者層なんですが、大蔵省あたりの人がこの程度で二千五百カロリーの献立ができるというのであれば、一ぺんどうですか、消費者団体である主婦連とかあるいは労働組合、総評とか同盟とか中立関係のそういう組合に、これで二千五百カロリーが摂取できて、しかも百八十六円何がしで献立ができるかどうかというものの調査を一ぺんやってみたらと思うのですが、そういうお考えがありましょうか。私はぜひやってみるべきだと思うのです。そうしないと、お互いのやりとりというものが一方的なものになって、国民の生活実態にかみ込まない、国民の生活実態と遊離したところで議論をすることになると思うので、やはり実態論として、国民の生活というものは、大蔵省がそろばんをはじいておるようなことで実際に今日の物価情勢でやれるのかやれないのかというやつを一ぺん調べてみたらどうかと思うのですが、その点についてはどうでしょうか。
○塩崎政府委員 この一日二千五百カロリーの昨年度の金額は百六十七円でございましたが、これにつきましては種々の御批判があり、当委員会では国立栄養研究所まで行かれまして御研究になったと聞いております。確かに、生計費は家庭におきましてバラエティーもございますから、種々の計算もできましょう。そういった研究は、私は私の内部でもまた厚生省でもひとつやっていただきたいと思っております。なお、家計調査におきます実際の食料費の平均、これらから見ましても、現実問題としてこういう計算もできるであろう、昨年度の平均の家計費の食料費が一日百五十円であったというふうに伺っておりますが、これらから見ましても、これはもちろん地域、生計のしかたによって違いましょうから、これを唯一の根拠とするわけにはまいりませんけれども、このことは可能であろう、こういうふうに考えております。
○藤田(高)委員 私の提案したことについてはあまり意欲的じゃないと思うのですが、私は、これはある意味においては実際の政治論として大事なことですから、一ぺん大臣にも聞いてみたいと思うのです。政務次官もおりますが、次官の見解も聞かしてもらいたいのですけれども、自信があるのであったら、大蔵省の百八十六円何がしで、成年男子は二千五百カロリー、女房の場合は二千カロリー、こういうものが摂取できるというのであれば、これは私は堂々と、そういう消費団体なりあるいは労働組合なり、この税金を納める側の人にそういうアンケート方式か何らかの形で調査をするくらいなことは積極的にやるべきだ。私は、そういう点について意欲的でないということは、皆さんのはじかれた根拠というものに非常に不案内な条件が、意識的とは言いませんけれども、結果論として隠されておるから、私のいま提起したようなことについて非常に憶病になるのじゃないかと思うのですが、その点はどうかということ。それといま一つは、大蔵省が設定をしておる課税最低限の中に占める食費の割合からいうと、四五とか四七とかいうエンゲル係数が出てきておるのだけれども、総理府のことしの二月二十五日でしたか、いわゆる勤労者の家計調査の実態、これは私どもの聞くところによると、昭和二十六年以来調査をされて、これは全国的に非常に権威のある資料として、全国の労使関係、いわゆる俗にいわれておる春闘あたりの場合には、この総理府の統計資料というものは一つの有力な資料として使われておるわけですが、これで見ると、エンゲル係数は、三十九年が三五・七%、去年の四十年が三六・三%、こういうふうに、国民の生活というか、勤労者の家計実態というものは、エンゲル係数においても下がっておるわけなんですよ。私は、やはりこの数字がいい悪いを越えて、現実の勤労者の生活実態というものは、この総理府の統計局が発表したような方向に動いておる、こう思うのです。 そこで、きょうは総理府の統計局の局長が来られておるようでありますから私は伺いたいのですが、大蔵省がいま言っておるような二千五百カロリーを摂取するのに一日百八十六円程度、これは五人家族で込みにすれば一日の食料費はもっと下がると思うのですけれども、その額はあとでなにしますが、いずれにしても、大蔵省がはじいておるような、そういう金額で実際に二千五百カロリーというものが摂取できておるかどうか。これはあなたのところでお調べになった統計の上にはどういうふうに出ておるでしょうか。
○野田政府委員 統計局で実施しております家計調査の問題でお尋ねがございましたが、家計調査は、御承知のように、全国の勤労者の世帯について、百七十の市町村で約八千の対象につきまして、毎月毎月の品物ごとの家計簿をもとにして全消費支出金額をはじき出しまして、それに基づいて、全消費支出の中に占める食料費の割合というふうな形でパーセンテージを出しておりますけれども、しかし、カロリーの計算とかあるいはそういうものは実際にはやっておりませんので、その点は御説明を申し上げることができないわけでございます。
○藤田(高)委員 それでは、総理府のこの調査というのは、単にそういう実態を集計するだけであって、積極的に、二千五百カロリーを摂取するためにはどの程度の費用が要るかというような——これは、積極的というよりも、統計局として作業をされる場合、私が局長なり課長だったら、二千五百カロリーを摂取するのだったらどの程度の金額が必要になるかということは、当然統計局の仕事としてやると思うのですが、そういうことはおやりにならないのですか。
○野田政府委員 統計局では、いまお話がありましたような理論生計費とか、あるいはそういうものを調査することは非常に困難でありまして、私どものほうでは、いわゆる実態生計費というものの実情を調査するというふうに限っておるわけでございます。
○藤田(高)委員 総理府自身は実態調査をやるだけであって、いわば、私が言っておるような調査までやってないということですが、私は、本来的には、そういう作業も業務も当然基本的にはやるべきだと思うわけです。しかし、現実にやってないということですから、これはしかたがないということにしますけれども、いずれにしても、総理府が調べた生活実態からいけば、五人世帯の生活というものは、四十年度ではエンゲル係数が三六・三になっておることは、これは実態論として事実なんです。さすれば、先ほど局長が言われましたけれども、理想としては、エンゲル係数は三五になるか三〇になるか知りませんが、だんだんとエンゲル係数が下がる方向に課税最低限の算定についても考えていかねばいかぬ、こういうことを言われておるわけですが、先ほどから言っておることしの計算をされた基準のとり方と、国民の生活の実態というものは、かなり違うわけなんですね、いまエンゲル係数の上に出てきておる状態というものは。そういう点からいって、私は、結果論でありますが、今度用いておる課税最低限に関連する四七とか四五とかいうものは、もうことしからこういうきめ方は不当だと思うわけですけれども、大蔵省自身として、かりにことしはいかぬにしても、たとえば来年はどういう目標、再来年は少なくともどこまでエンゲル係数が下がるかというような課税最低限を設定していく、こういう一つの目標もあってしかるべきだと私は思うのですが、そこらの点についての考え方はどうでしょうか。
○塩崎政府委員 最初に申し上げましたように、私どもも、財政事情さえ許せば、個人所得税の課税最低限は引き上げたいという気持ちを持っております。しかし、御承知のように、財政事情がこういった事態でございますし、個人所得税に対します期待も、また大きい現状でございます。先ほど来家計調査に基づくエンゲル係数のお話がございましたが、そこまでとりますと、これは私どもとのたいへんな開きもございます。この家計調査のほうは、御存じのように、非常に生活水準の高い方も入れてのエンゲル係数でございます。私どもは、課税最低限の一つの検証資料、参考資料としての生計費といたしますれば、これは平均的なものと申しますより、課税最低限の近傍にある方方のエンゲル係数が採用さるべきではないか、こういった考え方を持っております。したがいまして、理想といたしまして、平均的なものということも、もちろん政策でございますので、掲げることは可能でございますけれども、現在におきまして考えられます課税最低限のチェック資料としてのエンゲル係数ならば、やはり平均ではなくして、最低限近傍と考えられる方々のエンゲル係数、そのためには一日二千五百カロリー、百八十六円八十七銭といった想定を置いて別途のエンゲル係数を抽出せざるを得ない、こういうようなことにならざるを得ないというのがこの計算だと私は思うのでございます。将来の方向といたしまして、エンゲル係数を高く求めて、それを課税最低限の参考資料にしていくということも一つの行き方だと思うのでございますが、現状ではこのようになっておる、かように考えております。
○藤田(高)委員 くどいようですけれども、やはり課税最低限をきめる場合に、エンゲル係数をどこに求めるかということは、私はどう考えても、基本的な出発点にならなければいかぬと思うのです。エンゲル係数というのはやはりそれぞれの国民の社会生活水準というものを表示しておる係数ですから、いま大蔵省がきめておるような条件というもの、エンゲル係数が四七とか四五とかというのは、先ほどから何回も言っているように、動物的な生活ができる条件を基礎に最低限というものがきめられておる。やはり人間らしい、しかも、人間らしいということは、憲法でいわれておる健康にして文化的な最低条件が保障されるというものを基準にしてきめていかないと、国の財政の根本条件をきめる場合に、国民の生活条件をそういう低い次元に置いた条件の中から税のそれぞれの額を設定するということは、もののきめ方として非常に不当性があるのじゃないだろうか、こういうふうに私は思うわけです。 そこで、理想ということを言われますけれども、エンゲル係数でいけば、ことしは結果論として標準世帯で四七%程度になったけれども、来年は少なくとも五%ぐらい上げていく、再来年は三五%ぐらいを目標に課税最低限をきめる場合の条件にしていく、こういう努力目標というものがやはり必要じゃないかと思うのですが、そういう積極的な目標を設定されて今後課税最低限を引き上げていく用意があるかどうか。この点についてお聞かせ願いたいのと同時に、もう一つ、この二千五百カロリーというものが、日本の場合に、この大蔵委員の中にもお医者さんもおられますけれども、人間が生活するのにこれだけカロリーをとればいいのだということではなくて、この摂取量自身がもっと高まることが必要である。三千カロリーなりあるいは三千五百カロリーですね。ヨーロッパの場合、ちょっと私の調べた範囲では、これは経済企画庁の統計資料ですが、一九五七年から五九年の国民一人当たりの実質摂取カロリーが、アメリカの場合は三千百十カロリー、イギリスの場合は三千二百八十カロリー、西ドイツの場合は二千九百四十カロリー、フランスの場合も同じく二千九百四十カロリー、そしてイタリアの場合が二千六百七十カロリー、日本の場合は一人当たり二千二百十カロリーという統計が、これは経済企画庁の統計として出ておるわけなんです。私は、この二千五百カロリーというものにあまり絶対的な条件を置くのではなくて、文化的な健康的な生活ができるということになれば、この摂取カロリー自身がもっと量的にもふえてしかるべきじゃないか。そうして、そのカロリーも、たん白のとる条件というものが、高いたん白をとっていくというような質の面が要求されてしかるべきじゃないか。そうしないと、現状のままのエンゲル係数にいわれておる、あるいは大蔵省がはじき出しておる百八十六円何がしの二千五百カロリーというものにあまり拘泥すると、国民の生活水準というものは、一つの所得税の課税最低限をきめる場合に、向上する条件というものはなくなるように思うわけですが、そのあたりについての見解はどうですか。
○塩崎政府委員 先ほど課税最低限の将来の目標という御質問に対しましてお答えを落としましたが、こういったマーケットバスケット方式による標準生計費の理論と離れまして、先般来私どもの大臣が申されておりますように、八十万円ということを一つの目標に長期減税構想を立ててまいりたい、こういうことを言っております。その減収額等につきましては、先般私からお話し申し上げたところでございますが、私どもといたしまして、将来の理想といたしまして、所得税の減税として八十万円の課税最低限を目標に進みたい、かように考えております。 その次はカロリーの問題でございます。これは昨日も国立栄養研究所の所長さんが申されましたように、一つの権威ある勧告に基づいたものでございます。しかし、最近の生活水準、あるいは将来の国民の体位を考えますと、種々の意見があり、二千六百カロリーくらいまでに上げるべきじゃないかという意見すらも私ども聞いております。私どもはカロリーの問題につきましてしろうとでございますが、この問題は、私はカロリー計算は別といたしまして、先ほど申し上げました八十万円という課税最低限の目標、ひとつこれとの関連でどうなりますか、結果といたしましては、上がったことになるかどうか今後の問題でございますが、考えられはしないか、かように考えております。しかし、何といたしましても、財政事情が問題でございまして、この八十万円の目標ということが実現するには、よほど私は努力が要る、かように考えております。
○藤田(高)委員 私は、最後に、例の献立表ですね。これは決して、そのこと自身でけしからぬじゃないかと言おうとは思いませんけれども、私どもの常識では、百八十六円では、新聞やあるいは大蔵省のほうから説明のありましたようなああいう献立の内容は、これはどんなに器用にやってみてもできぬと思うわけです。私もきょう質問するまでに、実は二、三こういった関係のあるところにも聞いてみましたが、今日の物価の条件でこれだけの献立を、たとえば、ある昼だったら昼の献立として、一回六十円程度になりますね。六十円程度で、御飯とイカさしと、あるいはイモとイカの油煮というのですか、それとすまし汁ですね、それと菜っぱの塩づけという、大体昼の飯以外に、何でも四品ぐらいつくわけです。こういうものをつけるとしたら、たとえば、イカさしだったら、イカさしが何グラムぐらいつくのか、切り身でいえは五きれぐらいつくのか、同じイカさしだといっても一きれしかつかないのか、これは量にも、内容にもよると思うのです。これは私の調べたところでは、こういう条件だったら、極端にいえば、イカさしなんというのは、普通常識的にはさしみがつくのだということになれば、五きれぐらいは最小つくだろう、それがまあ一きれぐらいじゃないですか。こんな内容で常識的に考えられるような量はとうていできぬ、こう言うのです。ですから、これは、やはり国民の生活に非常に関係が深い問題ですから、私は国立栄養研究所でもいいと思うのですが、——こんなものはできぬという、そんな無理な献立をするような研究所なんというのは、これはまあ冗談ですけれども、やめてしまったらどうだというような意見もありますけれども、そういうことでなくて、国立研究所がこれだけのものを出すのであれば、たとえば何グラムぐらいなものが献立できるのだという責任のあるものを一ぺん私は出してもらいたいと思う。そうしないと、何か架空な、国民の生活の実態にはそぐわないようなもので百八十六円論争なんというものをやること自体が、たいへん私は愚かなことだと思う。時間的にも経済的にも非常にロスが多いと私は思う。ですから、百八十六円で献立ができるというのであれば、イカさしも、これでいうたら、普通五きれぐらい、グラムにして何グラムぐらいつきま出すというやつを——新聞あたりにも献立の内容が春夏秋冬に分けて、朝昼晩のが出ておりますね、あれの何を何グラムぐらい、そしてどの程度だということを資料として出してもらいたいと思うのですが、その点についてはどうでしょうか。
○塩崎政府委員 この点も、藤田委員のおっしゃるように、昨年献立を発表しました際に議論になったところでございます。当委員会の先生方に国立栄養研究所へ行っていただきまして、試食していただいたというふうに伺っております。今回は、献立の内容は、昨年国立栄養研究所があれだけの自信を持ってつくられたのでございますので、そのままの献立を採用し、ことしはその献立の内容を変えておりません。しかし、二千五百カロリーをあげるための必要な限度でございますので、いろいろな計算がございますが、ひとつ、国立栄養研究所に伺ってみまして、私も、どの程度のものが出し得るか、聞いてみたいと思っております。
○藤田(高)委員 非常に誠意ある答弁ですが、藤井政務次官、どうでしょうか。きょうの質問ではちょっと数字やあるいはエンゲル係数というようなものをいじくり過ぎたような感があるかもわかりませんが、私は、やはり基本的には国民の生活にこの問題は非常に深い結びつきがあると思うのですよ。そして、国の税収の大宗をなす所得税の課税最低限をきめる場合のやはり有力な条件になっておるわけですから、そういうものは、政府の出す、少なくとも大蔵省が所得税の一つの基礎条件にする資料を発表する場合には、国民の立場から見れば、なるほどやり方次第ではこの程度の献立が百八十六円でもできるのかというものを出さないと、こんなものを見て、何だ、こんなものできっこない、これはほんとうに魔法つかいでも雇うてこなければできぬというような批判をもらうようなことではだめだと思うわけですが、そういう意味からいって、いまの局長の答弁のように、これはできるだけ早い機会に、ひとつ政府の責任において内容を発表してもらいたいと思うのですが、どうですか。
○藤井(勝)政府委員 先刻来、藤田委員から、特に標準献立から見て課税最低限が十分でない、こういう点を中心に、きわめて緻密な御意見をいろいろ拝聴いたしました。私も、やはりできるだけ客観的な、人間生活をささえるたくわえというものを個人に与え、憲法が保障するような生活ができる、また、それ以上のゆとりのある家計というねらいをわれわれは持っておるわけでございますから、そういう面から考えますと、現状はまことに遺憾な状態でありますことを率直に認めざるを得ないのではないかと思うのであります。ただ、問題は、やはりいままでずっと敗戦後から今日までまいりまして、経済を再建して、多くの財政需要を税収によってまかないながら、しかもまた、片や税の根源を培養するための企業減税も考えなければならぬ、こういった点を総合的に考えて善処しなければならぬ、いろいろ先日来の当委員会を通じて各委員から御熱心な御意見なり、また御鞭撻なり、おしかりなりあるわけでございますが、そういう現状においても、所得税において、御承知のごとく、初年度千二百八十九億円、平年度千五百五億円という、こういう減税規模になるわけでございますから、順を追うて、ひとつ御趣旨の点は、今後減税の面において、あるいはまた課税最低限引き上げの面において生かさなければならぬ、このように考えております。 同時に、さしあたり御要求になりました資料その他につきましては、おっしゃることは私は全く同感でございますので、できるだけ早く調製をいたしたい。ただ一つここで念のため私も意見をつけ加えさしていただくならば、やはりエンゲル係数、基準生計費は一つの基準でありまして、これを摂取して生きていく人間というものは、またそこに一定の尺度より以下でもいけるし、非常に弾力性があるという、こういう点がございますから、一つの基準であり、大切な目安である、こういう点で今後の参考にすべきではないか、このように考えておる次第であります。
○藤田(高)委員 このエンゲル係数と課税最低限の問題については、この程度で終わりますが、決してことばじりをとらえるわけではないですけれども、お互い生活には弾力性があるという政務次官の意味することはわかりますけれども、やはり人間として生活する場合に、二千五百カロリーのカロリーを少なくとも摂取するという点については——そのカロリーを摂取するものは肉からとるか、卵からとるか、米からとるかわかりませんけれども、少なくとも、その程度のものはなければ人間としての生活もできないし、いわゆる軽労働といいますか、中労働というか、軽、中、重労働というふうに分ければ、軽労働をやって、そうして労働の拡大再生産を求めていくためには、少なくとも最低二千五百カロリーというものは必要なんだという点だけはかちっと最低の条件として押えなければいかぬと私は思う。それはさっきヨーロッパの例をとりましたけれども、アメリカなんかもう三千何ぼというふうにカロリーをとっておるわけですから、その点だけは——それは弾力性というのは、二千五百カロリーを割ってもいいのだという意味を言われたのではないと思いますが、その点は、ひとつそこへ最低の基準を置いて課税最低限を引き上げるように今後御努力を願いたいと思います。 次に、断片的になりますが、半ばとっぴな意見になるかもわかりませんが、今日勤労所得税としては、本俸あるいは超過手当あるいは期末一時金と、こういうふうに勤労所得の内容を大別してみますと、全部にかかっておるわけなんですね。この点についてはどうでしょうか。勤労者の所得税というものは、他の所得に比べて源泉徴収で非常に確実に徴収できる、またその捕捉率も一銭一厘間違わぬ、そういう税ですから、全体的な税との比較においてはごまかしがきかぬ。徴税の効果の面からいけば非常に高い税金だと私は思うのです。そういうことから見て、給与控除所得というのですか、そういうものも要素としていま加味されておるようでありますが、私ども労働者出身の立場から常に思うことは、本俸なり期末一時金は所得税の対象になることはやむを得ぬだろう、しかし、時間外労働、民間会社でいう残業ですね、残業した分に所得税がかかるというのはふに落ちぬ。なるほど、それも働いて得た収入だから税金をかけるのはあたりまえじゃないかという、非常に大ざっぱな理屈からいえばそうですけれども、やはり労働者は、今日の労働法の観念からいっても、拘束された基準内労働で、基準内賃金で生活をしているわけです。そして、今日の近代社会における労働法の基本概念にもなっておるのは、やはり拘束時間内、基準内労働時間で働いたもので生活のできる給料もほしいし、また、それで生活をして、余った時間は、やはり教養の時間なり娯楽なり体育なり、いわゆる総合的な、人間の生活らしい生活が時間的にもできる方向でやっていくというのが、いまの近代的労働者の求めていくべき当然の方向だと思う。また、そういう基本的な概念というものは、今日の労働立法の中に、労働法にしてもあるいは労働基準法にしても盛られておると思うのです。そういう概念、基本的な考え方からいくと、時間外労働というものは、実際労働者の立場からいけば、あまりやりたくないわけです。給料が、本俸だけでめしが食えれば、そんなに残業までしてやりたくない。そうしますと、残業というものは、やはり資本の側の、会社の事情で、きょうは残業をやってくれぬか、こうなるわけです。ですから、そこに二割五分なり三割の時間割り増し賃金もついておるわけです。そういうふうに、自分のからだ、健康を害するとはいいませんが、俗なことばでいえば、自分のからだをすり減らして、そうして資本のために、会社のために働く、これはいまの資本主義経済の理屈でいえば、国の経済の発展のためにそういう形でより多く貢献をしていく、そうして得た収入には税金がかかる。これも非常に素朴な言い方ですが、残業してもうければもうけるほど、所得税のかかる率は上がってくる。これは非常に不合理じゃないか。少なくとも、その残業、超過労働手当、それで得た給与くらいは、せめて労働者自身の健康をより守るために、超過労働によって労働者のからだを傷つけることのないような栄養の補給なり、そういうものに充てていくべきであって、税の対象にまですべきじゃない、こう思うわけですが、これはどんなものでしょう。
○塩崎政府委員 ただいまの藤田委員の御指摘の問題は、課税所得はいかにあるべきか、またあるいは、課税所得はいかに評価さるべきかというむずかしい基本的な問題の一つだと思うのでございます。普通、給与は一つの生計に充てらるべきであり、労働者のためであると申しますか、そのためであるが、超過勤務、オーバータイムの賃金は雇い主のためである。さらにまた、疲労と申しますか、不快感もある。したがって、これは課税所得から排除さるべきではないか、こんなような御質問に承ったのでございます。なかなかむずかしい問題でございますが、やはり、所得というものは個人に帰属する財産の増加と申しますか、一つの収入の帰属、これをつかまえ、それに対しまして、必要な費用を控除したものが所得と考えざるを得ないと思うのでございます。費用にもいろいろな意味がございましょうが、現在の社会では金銭的な支出というものが中心でございますので、不快感とか精神的な苦痛は、いまの段階では費用という概念にははいれない、ただ、担税力の差異において、差異があるかどうか、しんしゃくすべき要素にはなろうかと思うのでございます。そういった意味で、現在では個人に帰属する収入は、すべてこれを益金と申しますか、総所得に入れて、必要な費用を控除したものを所得とせざるを得ないというのが、課税所得のたてまえだと思うのでございます。しかし、藤田委員のおっしゃったように、給与所得者といえども費用という面があろうかと思います。超過勤務の際にはよけいな食事もとらなければならぬ、こんなような面があろうかと思います。そんなような点を加味して給与所得控除ができ上がっておる。したがいまして、十八万円という限度がいいかどうか、このあたり、ひとつ費用の問題として——やはり税制でございますので、あまり個別的に、自分はバターをよけい食ったというようなことを一々計算することもできないのが税制であり、税務執行だろうと思うのでございます。そんなような意味で、私は、オーバータイムといえども個人に帰属する所得といたしまして課税所得に入れるべきだ、かように考えております。さらにまた、そういうふうなことをいいますと、中小企業にも六時過ぎて働いておる部面もございますが、そういった中小企業の所得にもオーバータイムがあるというような別のバランスの問題、さらにはまた乱用の問題、こんなことが発展いたしますと、課税所得というものが全般的に崩壊するおそれがある、こういう感じがいたします。しかし、給与所得は、何と申しましても、確かに藤田先生のおっしゃった要素——源泉徴収、さらにまたオーバータイム等につきましてのよけいな費用、さらにまた利子支払いと申しますか、利子だけ損をしておるというような先般の只松委員の御指摘の要素もございまして、給与所得控除ができておりますが、これらを一つ基礎といたしまして、はたして担税力に合った課税所得になっているかどうか、これは常に検討してまいりたい、かように考えております。
○藤田(高)委員 この点は、私もあまり時間をかけて論議しようと思いませんが、少なくとも、いま私が指摘をした、あるいは私が考え方を述べたようなファクターは、今日の所得税の体系の中には、あえて言えば、給与所得控除といったものの中には一般的な要素としては入っておったかもわからぬけれども、具体的にこういう超過勤務に匹敵するもののファクターをより正しく評価して、その分だけをはずせというところまでいかぬにしても、給与所得控除なら給与所得控除の中にそういうファクターをより積極的に認めていこうという考え方は、いままでは必ずしもあまり強く入ってなかったと思うわけです。そういう点からいくと、今回も定額控除として三万円が四万円、あるいは二〇%適用が五十万円から六十万円、一〇%適用が七十万円から八十万円というふうに上がっておりますが、勤労者の、主として所得の低い層からいうと、最高額十五万円が十八万円というこの最高額は、かりにそのまま十八万円にするにしても、いま少し定額控除の分あるいは二〇%、一〇%適用分を上げていくというような配慮があって、いま言った時間外労働の分に対する課税を何らかの形ではずしていくというか、軽減をしていくというか、そういう要素を私は入れるべきだと思うのです。そういう点について、もう一度見解を聞かせてもらいたい。
○塩崎政府委員 おっしゃるように、超過勤務に基づきますところの所得、これを相殺する意味において給与所得控除によって処理をしていくというお考えは、私も賛成でございます。そんなような意味で今回軽減を行なったのでございますが、今後の問題といたしまして、給与所得者の納税者数、さらにまた、所得税におきますところの納付税額等から見ましてそういった要請が強いようでございますので、給与所得控除の引き上げの問題といたしまして考えていきたい、八十万円の課税最低限の目標の際には、いまおっしゃったような給与所得控除の問題をできるだけ優先的に取り上げて、そういった問題の解決の一つに役立てたい、かように考えております。
○藤田(高)委員 それでは次に、これもすでに委員会で質問点としては出たところでありますが、所得税法上における配偶者、妻の存在といいますか、妻の立場といいますか、それをどういうふうに認めていくべきか。これは、今日までの税制調査会の答申案とか、あるいは今日までのものの考え方というよりも、これから先どう考えていくべきかということについて、見解を聞かせてもらいたいと思います。
○塩崎政府委員 もうこの点も藤田先生十分御存じでございますので、あまり過去の沿革等について言う必要もございませんし、今後という御質問でございましたので、今後の方向としてお答え申し上げたいと思います。 私は、過去からの所得税の改正の状況、さらにまた、婦人少年問題審議会等の御意見等も拝聴いたしまして、所得税法上も、配偶者と申しますか、妻の座を高めていく方向に持っていきたい、持っていくのが所得税のあり方といたしましていいのじゃないか、こういうふうに思います。ただ、三十六年度に基礎控除と同額でございました配偶者控除が、現在一万円の差がございます。そのことについては問わないというお話でございますが、この点は、もう御存じのように、税制調査会におきましてもだいぶ論議いたしたのでございますが、現在の課税最低限はやはり人的控除であり、そういった意味では、先ほど来先生のおっしゃった御議論のように、生計費の要素も加味すべきであろうというようなことになりますと、必ずしも配偶者の金額だけ上げるのはどうか、独身者あたりの生計費のほうがむしろ苦しい、課税最低限が足りないのではないかというような御意見もあって、現在の差になっておるのでございます。さらにまた、税制調査会におきましての御議論は、私主税局からしばらく離れておりましたのでつぶさには聞いておりませんが、聞くところによりますと、配偶者と申しますか、妻の座を所得税法上で控除だけで考えようとすること自体十分ではない、夫の所得に対する妻の貢献度と申しますか、稼得に及ぼす家事労働の影響というものも評価して考えるべきではないか、極端にいきますと、それがアメリカのように、妻が家事労働をやっておりましても、夫の所得の半分は妻の稼得に基くものであるという考え方になるのかもしれませんけれども、したがいまして、そういった考えを入れますと、控除だけでなくて、アメリカのように二分二乗方式といったような問題まで含めて初めてそういった配偶者と申しますか、妻に対する所得税の考え方が明らかになるのじゃないか、さらにまた、そのことは、相続税におきましても入れて考えないと、所得税だけで進むこともなかなか片手落ちではないか、こんなような御意見であったようでございます。そんなような様子で、私どもといたしましてまことに適当な考え方と思いますので、今後ひとつ優先的に取り上げてまいりたい、かように考えております。しかし、何分にも独身者に対する給与所得控除、さらにまた、基礎控除を上げよという要請も非常に強いわけでございます。そのあたり、基礎控除と配偶者控除をどういうふうに組み合わせますか、なかなかむずかしい。いまのところでは容易に——所得税をこれだけ減税してもいいというような財政上の非常なゆとりができますれば考え方も楽になると思うのでございますが、貧乏、やりくりの中で各方面の要請を満たさなければいかぬ、こんなような情勢でございますので、現在のところは、基礎控除と配偶者控除の金額は一万円の差をつけたまま、しかし、この問題は、さらに控除だけじゃなくて税率とも関連して、さらにまた相続税とも関連して、配偶者の地位を高める方向で検討すべきじゃないか、かように思っております。
○藤田(高)委員 大綱的な税法上における妻の存在というものをより高く認めていこう、そういう方向で今後努力していくべきではなかろうかという点については、私も同感でありますし、せっかくの努力を要請したいと思うわけですが、私は、そういう基本的な考え方をお持ちであるとすれば、今回、相続税あるいは贈与税、この中で、いわば資産税のワクの中では、いま局長が言われたように妻の立場というものはさらに積極的といいますか、その立場を評価していくような条件というものが満たされてきておる。これは具体的に申し上げるまでもないかと思いますが、たとえば、相続税については、御承知のとおり、今度遺産にかかる配偶者控除の新設というものができて、これは一千万円目標で、たしか基礎控除が四百万円で、そうしてさらに二百万円を最高限度で控除される。ですから、現行のなにからいきますと、相続税の中に占める妻の座というものは、今度の改正でもかなり積極的に前進をしたと思うわけです。それと同時に、贈与税についても、御承知のとおり現在の基礎控除のほかに、百六十万円という新たな控除額が認められる。ですから、これは相続税と例の贈与税との関連においては、二百万円に関する限りは一方だけしか適用できぬ。これはある意味において当然の措置かもしれませんが、いずれにしても、資産税の中でこういうふうに妻の座というものが、より積極的、ないしは当然の方向とはいいながら高く認められてきておるにもかかわらず、所得税の中では、さっき言ったように、機械的に基礎控除が一万円上がると配偶者控除も上がる、そういうつり合いで、いわば配偶者控除も一万円上げたにとどまった。これは妻の座というものをそこまで資産税の中で評価するのであれば——税制は一つの一貫した考え方で税の改正がなされるべきだと私は思うが、そういう点からいけば、当然所得税の今回の改正の場合も、資産税の中で評価をされたような積極的な条件というものが所得税の中でも生かされるべきではなかったか。むしろ、私どもの基本的な考え方からいけば、所得がずっと積み重なって、そうして資産をつくるのだ、それだから、資産税の中で評価される以前に、むしろ所得税の中で妻の座、妻の立場というものが税制の中で生かされ、資産税よりも所得税の中で先行して生かされるべきが順当ではないかとさえ考えるわけですが、その点については、今回こういう資産税の中で評価したことはそれなりに私は認めるわけです。しかし、所得税との関連において、何か順序がずれておる、もしくは、やるとすれば、いま少し所得税の中でも、資産税の中で生かされたと同じような考え方とそういう条件というものが現実に出てきてしかるべきではないかと思うのですが、その点についてはどうですか。
○塩崎政府委員 おっしゃるように、所得税、相続税におきますところの配偶者の取り扱い、これは相互に関連せしめて考えるべきだと思うのでございます。相続税は、昭和二十五年から配偶者控除という制度が相続分について認められておるのでございます。しかし、所得税におきましては、何と申しましても、稼得名義が夫の場合には、夫の所得という社会的な通念、これと関連いたしますところの民法の態度、これらが影響いたしておりまして、簡単に所得税におきまして妻の座を高めるというような仕組みはとられていなかったのでございますが、昭和三十六年に、先ほどおっしゃいましたように種々の議論がございまして、いままで配偶者を扶養親族扱いにしておるのは、これはひどいじゃないかということで、配偶者控除を創設いたしまして、そのときには基礎控除と同額にしたのでございます。そのときにも、私も当時税制一課長をしておりまして、ずいぶん御検討を願ったのでございますが、アメリカ式の夫婦均分課税をどういうふうに評価されるべきか、夫が職場において得るところの所得は、妻の貢献度があり、したがってこれを半分ずつにいたしまして、税率を適用いたしまして、二倍するという、例の均分課税の方式も検討したのでございますが、そのときの議論では、私の記憶では、それは累進度が落ちて、それによって税負担の軽減になるのはわずか四分の一である、累進度と全く関係のない納税者、つまり、所得を半分にしても累進度が下がらない四分の三の納税者についてはあまり意味がないし、このこと自体、思想としてわかるけれども、税制も複雑になるというお話で、将来の検討にゆだねられて今日に至っておるのでございます。所得税は、その後基礎控除と配偶者控除の金額に一万円の差が——財政上の事由もございましたけれども、やはり藤田先生の御指摘になりましたような生計費との関連、特に最近におきましては、独身者との関係で、先ほど来申し上げておりますように、独身者の控除、独身者の控除と申しますと、基礎控除が中心になりますが、これが高められるべきだという要請が強いために、現在のところ一万円の差がつき、今回相続税においてこのように妻の座を高めたのに、むしろ所得税のほうが進んでいないじゃないかというお話になろうかと思いますが、何といっても、所得税のほうは、いま申し上げました独身者の基礎控除との関連、それと毎年毎年課税を受けております所得税と違いまして、相続税におきましては、やはりこれは何年に一回かの改正でございまして、さらにまた、社会的な最近の風習が、夫婦は一体でございますが、どうしても子供との世帯分離の傾向にあり、未亡人になりましても、子供のめんどうを期待することもむずかしくなった、さらにまた、子供のやっかいになるのもいやだという風潮が強くなってきたのでございまして、さらにまた、夫といたしましても、所得と違いまして、夫婦が共同してでき上がりました財産とも言える点は、私は所得以上に強いのじゃないかと思います。所得は、まさしく通念的には、これも考え方でございますが、共同で得たという認識のほうがまた強いのですけれども、得た所得を一ぺん家計に入れましてつくりました財産は、現在の民法の判例では、夫のものだというように——不分明なときは共有でございますが、明白な場合は稼得者の財産であるというように言われておるようでございますが、しかし、財産のほうがより夫婦の共同でつくった財産という意識が強いかと思います。しかし、民法あるいは判例はそこまで進んでおりませんが、税は、何といっても、裁判規範と言われます民法と違って、民法が進まなくても、もう少し税法で社会的な進歩の方向を考慮したらいいし、しかも、相続税は何年間に一回の改正でございますので、私はこの際ひとつ思い切って取り上げたらどうか、こんなような趣旨で行なったのでございまして、別に所得税をおくらして相続税だけ進めたという意識ではございません。所得税につきましても、先ほど来申し上げておりますように、できる限り、控除の問題ではなくて、税率の問題もあわせまして、さらにまた、課税所得のあり方と関連いたしまして検討をさせていただきたい、かように考えております。 〔委員長退席、金子(一)委員長代理着席〕
○藤田(高)委員 いま局長のほうから答弁がありましたけれども、私は、相続税なり贈与税の場合は、いま言われるとおり、極端に言えば一生に一回あるか二十何年に一回あるかというものですよ。これは額として見ますと大幅ななんですけれども、そのケースというものが非常に少ない。ですから、現実の妻の立場というものは、年中通して税制上の中に従来以上に非常に高く評価されたとはこれは考えられないと思うのです。 そこで、せっかく大臣もお見えになりましたのでお尋ねしますが、私はやはり妻の座というものを税法上の中にもっと積極的に認めていくべきじゃないかと思う。そうすると、今日の税体系の中では配偶者控除というものをより積極的に額をふやしていくか、もしくはその額があまり大きくなっていけば、むしろそれよりもアメリカなり西ドイツあたりが採用しておる二分二乗方式をとったほうがかえってすっきりするんじゃないか、こういうことになると思うのです。そこで、税制調査会あたりの三十五年ですか、おととしの答申案を見ますと、いずれも、二分二乗方式でやると高額所得に対する税率緩和になるというようなことを中心に、その他二、三の条件をもって二分二乗方式は適切でないというような答申案を出しておるようですが、私は、今日の勤労者、主としてけさ方来言っておる所得の低い勤労者のことを中心に考えていった場合に、配偶者の立場というものを所得税の中でより積極的に認めていくべきであると思う。この主張を生かす限りにおいては、二分二乗方式というものを採用すべきじゃないか。そして、高額所得に対する税率緩和というようなことになる面については、これはカーブの引き方じゃないけれども、どういうふうにでもなると思うのですよ。ですから、これは限界点のクロスするところをどこでつくるかという技術的な問題だけであって、妻の立場というものをより積極的に認めていくためには、二分二乗方式をとるべきじゃないかと思うのですが、その点についての大臣の見解を聞かしてもらいたい。そうして、二分二乗方式というものは無理だ、むずかしいということであれば、妻の立場というものを資産税の中でさえ今度は生かしてきておるわけですから、それをより積極的に生かしていくためにはどういう形の条件をつくっていくべきかということについての見解を承っておきたいと思います。
○塩崎政府委員 ただいま夫婦均分課税、二分一乗方式についての技術的な仕組みを基礎に大臣に御質問がありましたので、若干その点につきましてふえんいたしまして、その後に大臣のお考えを述べさせていただきたいと思います。 確かに、高額所得者に片寄らない方法は、大ざっぱな方法をとりますれば、現在の所得の刻みを非常に低めまして現在の税率を維持いたしますれば、もちろんこれは高額所得者に減税が、夫婦均分課税という制度のために起こらないようなことは可能でございます。ドイツにおきましては、均分課税をとった際にはそういった仕組みをつくりました。しかし、これをとりましてもなかなか税制は複雑になります。と申しますのは、奥さんに死なれたら税率がぽんと上がるというようなことになりますと、これはまたたいへんでございますので、三年間奥さんが死ななかったと同様に見るとか、そういった意味で奥さんを大事にするかもしれませんが、そういう仕組みがあり、さらにもう一つ藤田先生に御理解を願いたいのは、低額所得者の方々が夫婦均分課税では得をしないということでございます。先ほども申し上げましたように、私の記憶では昭和三十五年に、そのときの所得階層を前提といたしまして、夫婦均分課税によって、現在そのときの税率のままに据え置くならばどういった階層が得をするかという計算をしてみますと、当時納税者は現在の二千万ほどはなかったと思いますが、四分の一の人が累進税率が緩和されて得をする、四分の三の方は、半分にいたしましても、同じブラケットの中でございますので、二分二乗の恩恵は全くない、こういう計算になったのであります。先ほどお話の低所得者は、かりに六十三万円の控除を引きまして残りの課税所得が十万円以下ならば、改正案は八・五%でございますから、それを半分にいたしまして五万円ずつ八・五%をかけまして二倍にいたしましても、その税負担は全く同じということになります。したがいまして、この夫婦均分課税は、低額所得者の救済というよりも、むしろ所得の稼得に対する妻の貢献度の税制上の、いわば哲学的な評価と申しますか、それに基づくものだろう、かように考えるのでございます。その点は、夫婦が得ました所得を夫婦共同の力で財産化したといった場合の相続税とは少し違った問題になりはしないか、かように思うのでございます。そんなような仕組みになっておりますので、夫婦均分課税はそういったものだという認識でひとつ御理解願えればしあわせでございます。
○福田(赳)国務大臣 ただいま主税局長から見解の表明がありましたが、藤田さんのおっしゃられるような一面も私はあると思うのです。配偶者を税法上一体どういうふうに扱うかという問題は、理論的な面もあり、また実際的の面もある。そういう両面から考えてみなきゃならぬ問題と思いますが、ともかく、これは今後税制を考えていく場合におきまする重大な問題の一つである、そういうふうに私は考えます。お話も、趣旨はよくわかりましたので、今後の検討にあたりましては十分考えてみたい、かように存じております。
○藤田(高)委員 この間の横山議員の質問じゃないですが、大臣のいまのお答えは、前向きとか積極的とかいう表現ではないですけれども、少なくともいまの答弁のニュアンスから受け取れるものは、私が指摘をしたような妻の座、立場というものを所得税の中により積極的に生かしていく、こういう答弁であったというふうに私は理解をするわけです。これは決して理屈をこねようとは思いませんが、先ほどの局長の答弁の中に、二分二乗方式をとった場合は、低額所得の者は必ずしも得をしないというお話がありましたが、私が二分二乗方式を主張しておる主たる理由は、やはり所得税の中における妻の立場というものを高く評価して、少なくとも主人と概念的には平等の概念に基づいて妻の座というものを認めていくべきだということが中心になるわけですが、そのことによって、現行のカーブがこういうふうにあるものが、二分二乗方式をとることによって所得の低いほうが上がる、こういう税制の改正というものは本来あるべきじゃないと思うのです。これは、八・五%というものは二分二乗方式をとれば、その税率は七%になるか、六%になるか、それはわかりませんが、変わると思うのですよ。——逆ですね。絶対額において額が下がるような率のなにを考えたらいいのであって、これはちょっとわかりにくいか知りませんが、現在の所得税のカーブをこういうものだとすると、二分二乗方式でいった場合はこういうふうにどこかでクロスするところさえ考えれば、それから先は、税率で現行の所得税と全体的な収入の面についてバランスがとれるような算式というものは、そう複雑でなくてできるのじゃないか、私はそういうふうに考えるわけです。そこで、私は、大臣のいま言われた答弁で、気持ちの上では了承できるわけですが、少なくとも、妻の座というものが今度の税改正で、資産税の中では、これは一生に一回あるか二回あるか知らぬけれども、いずれにしても考え方が具体的にこういうふうにあらわれてきたわけですから、私はそれを配偶者控除のより大幅引き上げ、もしくは、まさに百尺竿頭一歩を進めるといいますか、この際ひとつ二分二乗方式を採用してみるか、いずれにしても、二分二乗方式というものを一つ大きな前提にして、配偶者の控除の問題については次の税制改正の場合は考えてもらうべきだという点を強く要求したいと思うのですが、その点について伺いたいと思います。
○福田(赳)国務大臣 そのとおり真剣に検討してみるということにいたしたいと思います。
○藤田(高)委員 それでは私、本会議の関係もありますので、あと本会議までの時間、積極的に質問をしたいと思います。 大臣がお見えになる前、大臣質問として二、三留保しておることがありますので、そのこともお尋ねをいたしますが、いままでの関連事項において、実は私、昨年も退職金に対する課税のあり方について質問をしたのです。今日の退職金に対する課税のあり方は、これまた申し上げるまでもないところでありますけれども、退職金から、勤続年数に対して一年五万円というもので計算をしてその分を差っ引いて、その半分に対して税金がかかる、こういうシステムになっておるわけでありますが、私は、これでいくと非常に少額な退職金まで税金がかかっておると思うのです。これは時間を節約する意味において、若干昨年の質問の蒸し返しにもなりますので集約して申し上げますが、私はこういう考え方を持っておるのですが、どういうものでしょうか。今度の税制改正によれば、独身者に対する課税最低限は、まだ低いという論はありますが、そのことは一応留保するにしても、賞与、一時金を入れて二十二万二百七十八円が独身者の課税最低限ですね。そうすると、公務員の一時金のワクというのが大体四・三くらいですから、十二カ月に四カ月足して十六カ月、十六カ月で計算すると、独身者でいえば一カ月一万四千円までは税金がかからないということになりますね。そうすれば、退職金というものの性格をどういうふうに見るかというこの見方においても若干の違いが出てくるかもわからないが、これは歴史的に見れば賃金のあと払い的な性格もあるだろう、それから社会保障制度が完全に確立してない今日の段階では、社会保障の補完的な役割りを果たす性格もあるだろう、あるいはそれぞれの、特に民間の退職金制度ができた歴史的な由来からいけば、そういう給与のあり方というものは問題がありましょうけれども、ある意味においては、企業に対する功労的なファクターというものもあるだろう。これはいい悪いは別ですよ。今日の近代的な労使関係の中で功労的な要素を認めていくなんということは理屈に合わぬじゃないかといえばそれまでなんですけれども、ごく常識的にいって、そういう三つの退職金に対する性格、要素があると私は思います。そういうことを前提にして考えた場合に、社会保障的な要素があるとすれば、そういうものには基本的には税金はかけるべきじゃない。賃金のあと払い的なものに税金をかけるとすれば、そのかける限度はどのあたりを課税の限度額にすべきであろうか。そういうなにからいけば、私はいわゆるしろうとでありますけれども、さっき言った独身者の場合に月一万四千円というものが課税対象になっていないとすると、二十五年、三十年という長年社会で、それぞれの企業で貢献してきた者に対しては、月一万四千円程度のものは、まあいわば非課税分としてこうずっと積み立ててくる、その積み立ててきたものに対しては税をかけるべきでないという考え方を、私は私の一つのしろうとのものの考え方、試算として考えてみたわけです。そうすると、二十五年でいえば四百二、三十万円になりましょうか、それから三十年であれば約五百万円、ちょっと見ますと、五百万円というのは額は多いようにも思いますけれども、今度の、先ほど私が触れました相続税の試算からいっても、四百万円が基礎控除で、法定相続があれは八十万円でしたね。それに新設の二百万円がなにされますから、まあ条件さえよければ、満度といいますか、満度でいけば六百八十万円までは相続税の場合控除されるわけですから、そうすれば、退職金五百万円といったらちょっと大きいようですけれども、民間の労働者なんかは、もうもらった給料というものはこのごろの物価情勢の中で——昔は労働者の子供なんというのは、われわれにしてもそうですけれども、旧制中学まで出せばいいところだ、大学なんか行くのはぜいたくだといわれたものだが、今はそういうものではなくて、むしろ学校教育を受けない労働者の家庭ほど、おやじは学歴がないのだから、せめてむすこだけでも大学にやってやらなければいかぬということで、そういう進学の意欲というものは、学歴のない親ほどむしろ気持ちの上で旺盛だと思う。そういうなにからいって、実質的には——若干私の主張が長くなりますが、これはひとつお許しいただきたいと思うのですけれども、毎月毎月もらう給料は、私は足らぬくらいだと思う。しかも、いなかの場合だったら、東京に子供を出すその学費というものはずいぶんかさむということで、余力というものは全然ない。大蔵大臣の非常にうまい、これは福田さんのキャッチフレーズですけれども、たくわえある家庭なんというのは、選挙向けには、ある意味においては三悪追放以上のキャッチフレーズだと思う。しかし、現実にはいまの勤労者の家庭ではなかなかむずかしい。そうすると、一般の労働者の唯一の楽しみは何かといえば、やはり退職金だ。退職したときにはまとまった金がもらえる。それで、さっきの相続税や贈与税じゃないけれども、せめてそのささやかな住まいくらい、夫婦が隠居をする住まい程度のものはつくりたいというのが、私は最大の楽しみだと思うのですよ。そういうことを考えていく場合に、都会で五百万円といったって、坪十万円で五十坪の土地も買えぬ。今ごろ坪十万円なんといったら、それこそ北多摩のほうまでいかなければないというくらいでしょう。そういうことからいうと、五百万円というと、皆さんの感覚からいえば何も大きいとは思っていないが、われわれ労働者の感覚からいうと、額もかなりな額だと思うわけです。いままでは二百万円や二百五十万円の退職金に税がかかっていますから、五百万円まで税金がかからぬといったら、その額は大きいようですけれども、私は一般の世間相場からいって、この額は大きくないと思うのです。そういう点から見て、私の一つの試算のよりどころというのは、いま言ったように、独身者の月一万四千円までは税金がかかっていない、それくらいなものは毎月毎月ずっと積んで、二十五年、三十年たってやめるという者には、そういう性格の退職金には、三十年で五百万円、二十五年で四百二十万円というくらいなところまでは税金をかけるべきでないと思うのですが、その辺についての見解はどうでしょうか。これもひとつ、あとで大臣のお考えを聞かしてもらいたいと思う。これは私の見解を言って恐縮ですが、私は非常に真剣な、私自身が経験をしてきたお互い勤労者の職場の声を代表しておると思うのですよ。私は、ある意味において、利子や配当の分離課税じゃないけれども、この程度のものは当然税の対象にすべきじゃない、こう思うのですが、そういう私の非常に熱意のある意見ですから、そういうものにひとつ十分見合うようなお答えを要求したいと思うのです。
○塩崎政府委員 確かに、藤田委員のおっしゃいますような退職金の性格分析を私どもも頭に置きまして現在の退職金課税をしておるつもりでございます。退職金の性格の中には、給与のあと払い、あるいは将来の老後の保障等の社会保障的なものがあるといった角度で私先ほど申し上げましたが、少なくとも、所得税法上の課税所得は、個人に帰属する所得はすべて総合というのがたてまえであり、特別な評価はできる限り避けるべきである、こういうことを申しましたが、退職所得につきましては、藤田委員御指摘のような、お考えになられましたような角度をもちまして現在のところ特別課税をしておること、御御存じのとおりでございます。この退職所得につきましては、普通の所得と全く分離して課税する、さらにまた、年五万円という退職所得についての特別控除を設けまして、それを引きまして、その残りの所得をさらにまた半分にして、分離して税率を適用するといった考え方は、まさしく私は藤田委員の御指摘のような退職金の性格を税法が考慮したものと思うのでございます。しかし、この点も、私は、よほど退職所得の課税のあり方についても批判があることを過去において気がついたのでございますが、最近は、退職一時金という制度よりも、むしろ企業年金という形で、一時金よりも、むしろ毎年毎年退職した者に年金の形で渡すのがより進歩した形であるといった考え方が、私が税制一課長をしておった際にありまして、そういった意味で、年金課税と退職一時金課税とのバランスはよほどとってもらわないと今後の企業年金の方向がおかしくなる、こんなような御要請があったのでございます。私は全くもっともだと思ったのでございます。年金となりますと、これは毎年毎年発生する所得といたしまして、恒常的な所得といたしまして、所得税を適用するのが当然だと思いますが、こういった税とのバランスを考えなければならぬという要請が出ましたので、それとのバランスを考えながら現在進めておるつもりでございます。しかしながら、先ほど申されましたような退職金の性格を考えまして、三十九年には、従来、退職したときの年齢が四十歳までの場合は一年につき三万円、四十歳をこえ五十歳までの場合は一年につき四万円、五十歳をこえる場合は一年につき五万円としておったのでございましたが、この金額を一本にいたしまして、五万円一律といたしております。こんなような関係で、三十九年度には特別控除の引き上げが行なわれたのでございます。今回はその軽減が見送られたじゃないか、こういうお話でございます。私どもは、ここでも御議論になっておりますように、所得税の一般的な軽減、その形は課税最低限の引き上げであり、税率の援和がより優先的だと考えまして行なっているのでございます。しかし、今回の税率の緩和は、当然退職所得にも適用になりますので、たとえば、現行税額と改正による税額を比較いたしますと、退職所得の三百万円の方は約一万円ばかりの税金が軽くなりますし、五百万円の退職一時金につきましては、三万四千五百円ばかりの税負担が軽くなる、こんなような減税は当然行なわれる。また、そのときにほかの所得がなくて、控除がその他の所得に適用されません際には、この退職所得のほうにも適用されることになります。そうなりますと、控除の引き上げがそのまま潤ってまいる、こんなふうになりますので、決して退職所得につきまして軽減が行なわれていないということにはならない。しかし、退職一時金と企業年金の間の問題がございます。私もしろうとでございますが、その間のバランスをとりながら、さらにまた、企業年金という最近の新しい方向に支障を与えない方向で、退職一時金につきましてどんなふうな軽減を行なえば適当であるか、今後検討してまいりたい、かように考えております。
○福田(赳)国務大臣 お話のように、退職金はいろいろな性格を持っておると思います。しかし、これは一時ではありますけれども、所得であるという点においては、これは間違いなく所得になるわけであります。そういうようなことで、所得ではあるのであるから、所得税の対象になる。しかし、その所得自体が複雑な内容を持っておるということから、退職所得に対する課税も今日複雑になっておるわけなんであります。まあ、お話のような点もありますので、これも今後の検討の課題というふうにひとついたしてみたい、かように思います。
○藤田(高)委員 実はこの退職金の問題については、冒頭断わりましたように、去年の委員会においても、あるいは税制小委員会の中においても、私は大体同趣旨の意見を出してきたのです。そのつど検討はしてくれたのでしょうけれども、現実にこの四十一年度の改正の中には具体的には生かされてないわけなんですね。私は先ほど、われわれの立場からいえば不当な税制を引き合いに出すことは、この種の正攻法的な論議をするときにあまり気が進まなかったので出すのをやめたのですけれども、率直に言って、配当分離課税じゃないけれども、計算のしかたによれば、百八十万円までは税金がかからぬでしょう。百八十万円まで配当分離課税でかからぬものさえあるのですから、二十年も三十年もつとめた労働者が、配当分離課税を例にとるのであれば、その三カ年分くらいなものが四百五十万円になるか五百万円になるか、それ自体にそう拘泥するわけじゃないけれども、五百万円程度くらいまでのものには税金をかけるべきでないという主張は、今日の全体の税制の中で無理でないと思うのです。ですから、いま大臣が言われましたけれども、この問題は直ちに額を四百万円とか五百万円とかいうように設定することは無理にしても、毎年物価が上がっていく、所得税は、今度の場合も基礎控除なり配偶者控除なり、あるいは扶養控除が上がっていく、少なくともそういう考え方が退職金の中では相当生かされるべきだと思うのです。その要素さえ今度の改正の中で全然生かされていない。われわれがこの委員会で真剣に論議することが、すぐ来年の税制改正の中に何もかも入るとは思いません。そんなことは思わないけれども、大臣に議事録を読んでもらったらわかりますが、前の田中大蔵大臣もアイデアとしてはなかなかいい、積極的にひとつ考えてみる、そして、ここに泉さんもおられますけれども、税制小委員会のときにも泉さんが出られておって、私は具体的に意見を出して、当時の泉主税局長も、これは御趣旨もわかりますから、さっきの答弁じゃないが、積極的にひとつ検討してみましょう、こういう話があったのです。やはり積極的という答弁がある限りにおいては、具体的な税制改正のときにそういう趣旨が生かされる、生かされない場合は、なぜ生かされなかったかということを委員会論議の中で答弁されないと、われわれは言うてみるだけだ。いわば髪結いさんみたいなもので、言うだけであとは何のことはないというのでは、これはやはり国会論議の成果はあがらないので、これは釈迦に説法的なことを言って恐縮ですけれども、そういうものであってはならぬ。したがって、たとえば一年当たり五万円の控除を十万円くらいにしていくとか、そういう何らかの具体的な措置を伴う積極的努力をされる御用意があるか、そういう条件を含めて積極的にやってみようということであれば、昨年よりも今度のこの国会の審議は、退職金問題についても積極的な形になってきたんじゃないか、こういうふうに私は思うのですが、そこらについて、私がさっきも言ったように、満足のいくひとつ御答弁を願いたいのですが、大臣どうでしょう。
○福田(赳)国務大臣 これは御了解願えると思いますが、ここで結論を出すわけにいかないのです。政府の機構としても税制調査会というものがあります。そこで御審議を願わなければならぬたてまえになっております。したがって、ここで私が意思表示をするということは支障があることは御了解願えるのじゃないか、こういうふうに思いますが、税制調査会にもこの問題をはかってみます。要は、財源の問題なのです。今後財政事情がどうなるか、財源がないのにこれをやるわけにはいかない。どうも積極的な答弁をしたが、ことしはしないのはどういうわけだといって、来年問い詰められるということがありましても、財源がなければどうにもならないわけです。財源があった場合に、藤田さん一人でも言ってもらえるわけだから、その他のいろいろな方がそれぞれのことを言っておられる。そういうような諸問題について、優先的にどれを扱うべきかということは、限られた財源の中で当然行なわれるわけであります。そういうようなことを前提といたしまして、この問題は積極的に取り上げてみたい、かようにお答えを申し上げたいと思います。
○藤田(高)委員 私は時間の関係で、泉国税庁長官もおられるので、実は去年何回もやった、それはどういうふうに反映してくれたのかということを聞きたいのですが、いまの時限では私のほうは髪結いさんになってしまってなにがないわけで、これは日を改めて泉さんにも聞いてもらいたいと思います。いま大臣が言われた積極的という中には、優先的に審議すべきものが幾つかある、そういう中にこの退職金の問題も入れてひとつ検討してみよう、こういうことに理解してよろしいですか。
○福田(赳)国務大臣 そのとおりであります。
○藤田(高)委員 積極的に優先的な事項として検討していただくということで、これはひとまず留保して、時間の関係もありますので次に移りたいと思います。 今度の税制改正によると、企業減税が従来の減税ワクに比べて——これは主として所得税と企業減税というものの対比ですが、一般的に言われておりますように、今度の税制改革の内容を見てもかなり大幅な企業減税がなされておるわけですが、この企業減税を大幅にやったねらい、その目的はどういうものなのでしょうか。
○福田(赳)国務大臣 今日の経済情勢に対処するという意味もありますと同時に、今後にわたって企業体質を改善する。私は、企業の今日の経理状況は非常に劣弱である、こういうふうに考えております。これを改善することは、長期にわたるわが国の経済発展のためにぜひ必要である、こういうふうに考えておりますが、そのためには、企業自体の自主的な意欲と努力、これがもう絶対必要であると考えるわけであります。しかし、その自主的努力をなす企業に対しまして、政府が何がしかの助成を行ない、その自主的努力に気勢をつけるということが必要である。それはまた税の面におきましてもある程度可能である、かように考えまして、今度の企業減税をやったわけです。 それからもう一つは中小企業であります。今日、中小企業は非常に困窮しておる。これは景気が停滞長きにわたるという結果、抵抗力の少ない中小企業が、自然の勢いだろうと思うのですが、困窮する。これを自然の勢いのままに放置することはできない。この際、中小企業対策としては、金融あるいは財政政策上のいろいろな措置が総合的にとらるべきであるけれども、税制の面におきましてもこれをお助けしなければならぬ、こういうふうに考えております。その対策をとったわけであります。
○藤田(高)委員 一番肝心な質問があとわずかな時間の中でしか質問できないことは非常に残念ですが、これは大臣のおいでになる時間的な制約もあってそういうことにならざるを得ないのです。限られた時間の中でぜひこの点だけは——少なくとも政府のそういう考え方が現実的に効果を生むのかどうか、その点をぜひ聞きたいのです。 いまの大臣の御答弁を私なりに集約をしてみますと、今日の不況対策の一つの手段といいますか、有効需要を拡大するというか、有効需要の造出策に企業減税というものを考えたということが一つじゃないか、第二は、最近非常に個々の企業の収益率というものが悪い。この収益率を高めるための何らかの迎え水というか、条件にしたいということ、それと第三は、企業体質を改善する。企業体質を改善するということは、一面で言えば、今日の企業の自己資本率を高める方向に企業減税というものを生かしていきたい。こういう中小企業の問題を除きますと、大体この三つぐらいに集約をできると思うのですが、そういうふうに理解してよろしいですか。
○福田(赳)国務大臣 そう三つに分けますと、ちょっと理解が私と違うのですが、私は一、二は一緒に考えているのです。つまり、この対策によって直線的に需要喚起につながるとは考えておりません。企業の収益状態が改善される、これは税率の引き下げとかあるいは償却の問題とか、それが主として響くと思いますが、収益に影響する、これは改善に役立つ、こういうふうに考えております。収益が改善されるから、したがって事業の活動が活発になる、そういうふうに御理解を願いたいのです。たとえば、公共事業費を大いに促進するというように、あるいは、物品税を減税するという場合におけるように、直線的に需要の喚起にはつながるものではない、そういうふうに考えております。 それから第二の、長きにわたって自己資産を充実させ、企業の体質改善を行なう、こういう趣旨であるかという点、これはそのとおりに考えております。
○藤田(高)委員 私はあえて三つに区分をしましたが、いま大臣の言われたような二つに集約されてもけっこうだと思います。その場合に、どうでしょうか。大臣の言う、企業収益が改善されることによってそういう条件が満たされる中から事業活動というものが活発化してくる、事業活動が活発化するということは、需要が旺盛になってくるんだ、こういう一つの考え方ですね。そういう条件を満たすために企業減税をやられるという第一の点からいきますと、それでは、企業収益をどの程度改善をしようとしておるのか。たとえば、私のこの手元の資料では、たしか三十八年の企業収益といいますか、全法人の総資本の純益率というものは税引き後二・五%だ。この三十八年なら三十八年、もっと新しい資料があれば三十九年でもけっこうですが、そういう収益率というものをどの程度高めることが、今度の企業減税によって求められるのか、また求めようとしておるのか。それをちょっと聞かしてもらいたい。
○福田(赳)国務大臣 主税局長からお答えいたさせます。
○塩崎政府委員 私どもが国税庁から出しております「法人企業の実態」によりますと、収益率がどんなふうになっておるか示されたわけでございますが、おっしゃるように、売り上げ対所得率と申しますか、所得に対する売り上げの割合は、法人につきまして三・八%でございましたが、これが三・六%に下がっております。そこで、いまの御質問は、今回の法人税法改正によりまして、これがどういうふうに収益回復に役立つかという数字的な現象の御質問だと思うのでございますが、これはなかなかむずかしい。私もいろいろな計算もしないわけでもありませんが、しかし、このことは、先ほども大臣が申されましたように、自己資本の充実がはかられていく、そして利子負担等が低下します。 〔金子(一)委員長代理退席、委員長着席〕 企業収益がよくなる、たとえば、減価償却が増加いたしますれば、減価償却を引き当てといたしまして設備の拡充もできますし、また、あるいは過去の借金も支払える、したがいまして、そんなような関係から利子負担の低下が生じて、そこで純益が上がっていく、そうして、これがもととなりまして企業活動が活発になる、こんなような計算でございますが、数字的にこれがどの程度上がるかという計算は、御承知のように、経済学がそこまで進歩もしておりませんし、一つの推計になりますので、いたしてはおりません。
○藤田(高)委員 これは多くの算定資料を用いてやるとすればたいへんな作業でしょうけれども、一般的にこの種の専門家の意見をとりましても、先ほど私が引例しましたように、昭和三十八年度の統計からいくと、全法人の税引き後のいわゆる総資本の純益率は二・五%だ。これをかりに二割程度引き上げるということで、利益率を二・五%を三%程度まで引き上げるためには今日の法人税をどういうふうに改正をしなければならぬかというと、これは大きな目安ですけれども、約三分の一くらいに大幅に大なたをふるって大減税をやらなければ、総利益率をわずか二・五%から三%にするのでも、それくらいの大改正をやらなければできぬという説が専門家の間ではなされているわけです。そうすると、いま大臣が言われたように、企業収益を改善するのだというけれども、一つのものの考え方としてはわかりますけれども、現実にそれでは大会社なり資本家、総資本の側が満足できるような条件というものは、いま私が指摘したようなものがかりに一つの条件として考えられるのであれば、企業収益の改善なんていうことは、今度の一%や二%の企業減税、いわゆる法人税の改正では、大臣が言われるような効果というものはあげられないのじゃないか。いわんや、ワンクッションつきでそういう企業収益が改善されることによって事業活動というものが旺盛になってくるのだ、ひいては、直線的ではないにしても、有効需要をつくり出していく一つの有力な条件になっていくのだという点については、私は、そのことによって企業減税というものが今日の景気対策に大きな役割りを果たす柱にはならぬと思うのですが、その点はどうですか。
○福田(赳)国務大臣 私はしばしば申し上げているのですが、今日われわれが当面している問題は景気対策、これもあります。しかし同時に、景気対策過程を通じまして企業の体質を改善し、自由経済国際社会において日本の産業が活発に動き得る基礎を固めていくのだ、こういうことなのです。税法全体を通じまして第一の目的に主として奉仕する面があるわけです。物品税の問題、また所得税の問題、これはそっちのほうへ多くつながると思います。しかし、企業減税、この面は、中小企業対策は、私は当面の景気問題に多くつながっていくと思いますが、中小企業を除いた一般の企業減税という面は、どちらかといえば、私は今後の企業体質という問題に重点がある、しかし、ただいま当面している経済と無縁のものであるとは考えておりません。先ほど申し上げましたように、直線的ではないが、かなりの影響を持っておる、こういうふうに考えております。
○藤田(高)委員 大臣の先ほどの答弁にもありましたように、今回の企業減税のねらいというものは、やはり企業収益を改善するのだということが大きな眼目であるとすれば、この企業収益率というものは、全体的に総資本の立場から見てどの程度改善されることを目標にこの税制改正というものがなされるのだ、こういう目標は、これは当然あってしかるべきだと思うのです。そういう点からいくと、先ほど私が指摘したように、企業収益の改善というものは、この一、二%程度のワクでは、さしてその目的を果たすことはできないのじゃないか。そういう効果の薄いところへ減税のワクを向けるよりも、今日、口を開けば政府は不況対策を言われるわけですけれども、そういう不況克復の手段としては、今日までいろいろ論議されたように、むしろ所得税、低所得者層を中心とした所得税の軽減に減税のワクを振り向けることによって——この低所得者層というのはわれわれの仲間がそうですけれども、現実に貯金したり何かする余力はないわけですから、それを消費需要に全部ぶつ込むわけですから、むしろそのほうが景気回復といいますか、不況対策としては有力な条件になり得るのじゃないか。企業収益をよくするのだというようなことで、あまり効果のあがらないところへ、しかも、きょうは時間がありませんから具体的な数字はあまり出しませんが、一般的にいって、諸外国の例をずっと見ましても、法人税というものは、国税、地方税を合わせても、あるいは法人税だけ取り上げましても、アメリカやイギリスやフランスに比べて決して日本は高くない。そういう条件下にある法人税を中心とする企業減税を積極的にやる理由というものは、私はわからないと思うのです。今日の経済情勢の中で大幅な税制改正をやる場合に、不況対策のためにも何を一番重点的にやるべきかということになれば、やはり所得税中心主義でいくべきではなかったのか。その点は、これはたいへん率直な言い方ですけれども、ことし総選挙があるのかないのか、それはわかりませんが、一応一般的に言われておるように、ことし選挙があるということになれば、やはり資本家なり企業家のきげんをとっておかなければいかぬ、そういう選挙対策でこの企業減税というものに手をつけたような感が私は非常に強いのですが、そのあたりはどうでしょうか。
○塩崎政府委員 計数をあげての御質問でございます。そこで私は、いま藤田委員がおっしゃる点は、法人税の現在の企業に与えておる位置と申しますか、影響と申しますか、これに関して言われておると思うのでございます。先ほども申し上げましたように、減税の経済効果、これをまた最終まで突き詰めまして評価することは非常にむずかしいわけでございますが、現在法人税が、企業の利益、さらにまた自己資本の充実に非常に大きな影響を与えることは事実でございます。先ほど引用いたしました「法人企業の実態」という統計資料を見ていただきましても、現在の会社企業の利益のうち、最も大きく分配を受けておりますものが、私どもの得ております法人税でございます。利益を分析いたしますと、配当は二四・三%でございますが、法人税は三二・二%をそのうち得ておるわけでございます。企業側が、とにかく内部留保をしたいしたいと言っているその内部留保は三〇・五%でございまして、この関係を見てみますと、企業利益のうち三分の一は法人税でいただいておる。ところで、端的に今度の法人税の減税の率は税収に対しまして一割程度でございますので、三十九年度の数字を使いまして、法人税が端的に一割減税され、その一割減税されたものが留保に回るとどういうことになるかと申しますと、今度は、いま申しました法人税と内部留保との割合は逆転いたしまして、留保の割合が高くなるのでございます。そんなような関係から見まして、もちろん、法人税だけが企業収益をよくする道ではありませんし、利子その他も関係いたしますが、自己資本の充実を通じまして企業の内部留保が促進されてくるのではないか、また、それに基づいて利子負担も下がってくる、そして企業の事業活動が活発になる、こんなような現在の法人税を、私は、国が得ます株主配当と考えますると、率は高い、これが相当下がってくることによりまして、自己資本の充実形成に役立つであろう、かように見ております。
○福田(赳)国務大臣 どうも藤田さんはちょっととらわれているのじゃないかという感じがするのです。つまり、私が申し述べておりますように、私どもはいま二つの問題を解決しなければならぬ。一つは、この企業を不況から救い出すという問題であります。もう一つの問題は、その救い出す作業の過程を通じまして、今後再びこういう事態を繰り返さないように、企業体それ自体を改善する、こういう問題であります。この税法はいろいろの面に触れておるわけでありますが、そういう二つの問題のいずれかに、あるいはその両者に奉仕している、こういうので、何も需要喚起一点張りという考え方ではない、こういう前提でお考えを願いたいと思います。
○藤田(高)委員 本会議が始まりますので、私これで質問を終わります。残余の質問点、いま質問しかけておる問題点については、あとで理事の皆さんと御相談の上、続いて質問するかどうかということについては、後ほど相談をさせていただくのと同時に、午前中質問をいたしました中で、大臣の見解を最終的に聞きたい幾つかの事項については、これまた留保させていただく、こういうことにいたします。 ただ、午前中の集約として、大臣のいま言われたことについて私の見解だけ一言言っておきたいのですが、この企業減税のねらいである不況脱出の手段に企業減税を使うという点については、私は、これは非常に効果の薄いものである、全然ないなんということは言いませんけれども、効果の薄いものである。それよりも、この不況脱出のために税制をてこに使うのであれば、これはむしろ所得税に重点を置くべきでないか、こういう見解だけを申し上げまして、午前中の私の質問を終わりたいと思います。
○三池委員長 本会議散会後委員会を再開することとし、この際、暫時休憩いたします。 午後二時一分休憩 ————◇————— 午後三時四十分開議
○三池委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 質疑を続行いたします。藤田高敏君。
○藤田(高)委員 本席でこの種の言いわけを言うのはどうかと思うのですが、二時までやっておって本会議に出て、いま、めしを食ったところですから、そういう意味で若干おくれましたけれども、お許しをいただきたいと思います。 けさ方来、主税局長を中心に、幾つか私の意見を交えながら質問をしたわけですが、そのことについて、事務当局は事務当局なりの答弁を、これは当然のことですが、聞きましたが、やはり大臣としてぜひ答弁願いたい。これまた幾つかの問題点がありますので、そのことだけに集約をして質問したいと思います。 その第一は、いわゆる所得税の課税最低限をきめる場合に、消費支出と申しますか、家計支出と食料費との関係において、四十一年度の場合でいえば、エンゲル係数が四七・九七%になっておる。これは憲法で保障されておる健康にして文化的とか、あるいは人間らしい生活を営むという、そういうものを前提にする限り、四七・九七%なんというエンゲル係数が、結果論とはいいながら、そういうものが課税最低限の一つの基礎になっておるということは、これは非常に問題があるのじゃないか。所得税の課税最低限の基礎算定の条件として四七・九七%というようなエンゲル係数が入るということは、これはいわゆる勤労国民の生活条件というものを、極端な表現をすれば、エンゲル係が表示いたしておりますように、エンゲル係数五〇%といえばやっと生存ができる程度でありますから、極端にいって、いわばこじき同様の生活をするようなところに一つの基準を置いて課税最低限をきめるということは、これは今日の税法上にこういう基礎資料を用いるべきでないというのが私の見解であります。したがって、少なくともエンゲル係数は三五%あるいは三〇%と向上することが望ましいわけでありますが、われわれが少なくとも課税最低限を八十万円とかあるいは百万円とか言っておりますように、このエンゲル係数自身がもっと、少なくとも三五%以下に下がるような課税最低限のきめ方をすべきではないだろうか、こういうふうにけさ方来主張したところです。事務当局の見解は、私の言うことに間違いないとすれば、局長の話では、理想的にはそういう方向に持っていくべきであろう、こういうことであったと思いますが、私は、これは理想論とかいうことではなくて、現実の政治課題として、現実の政策論としてエンゲル係数を三五%程度までに引き下げ得るような食費構成にすべきではなかろうか、こういう主張をしたわけでありますが、それに対する大臣の統一した基本的な考え方というものを聞かしてもらいたいと思うわけです。
○福田(赳)国務大臣 課税最低限は、これは率直に、ざっくばらんに申し上げまして、財源との関係、これが非常に大きな基準になるわけであります。財源これを許すというような状態になりますれば、もっともっと引き上げたい、そういうように思うわけでありますが、財源の関孫からきめました六十三万円あるいは初年度の六十一万円という最低限は、はたして客観的にどういう意味合いを持つかという検算の一つの資料としてメニューの作成ということを試みたわけなんです。そういうようなわけで、あまりこのメニューと最低限度とを直結して論じられることは適当ではない、私はこういうふうに思いますが、ともかく、私も、財源これを許せば、まず所得税法の改正の焦点というものは最低限の引き上げだ、これに合わしていきたい、かような考えであります。
○藤田(高)委員 局長の答弁とある意味においては全く一致しておるのですが、私はそこで一つふに落ちぬのは、これは局長にも言ったのですけれども、例の課税最低限をきめる場合のいわゆる献立表ですね、そして家計支出と食料費との関係ですが、これは確かに一つの参考にしたという意見でありますけれども、やはり所得税をかける場合には、どこから所得税というものはかかるべきなのかということになれば、人間らしい生活ができる条件というものは、これは最低の生活費として保障しなければいかぬ。ですから、最低の生活費に食い込むような課税最低限のきめ方は、これは私は所得税として所得税の名に値しないと思うのです。そういう点からいうと、これは単なるメニューとして参考材料として用いたということではなくて、課税最低限を用いる場合に、今日の経済情勢の中で勤労国民が健康的な生活をするための最低生活費というものは幾ばくなりや、二千五百カロリーであれば二千五百カロリーを摂取して、そして健康な生活をするためには年間何十万円の食費代がかかる、これをまず先にはじき出して、そこを一つの一番大きな眼目に計算の基礎を起こすべきではないか。こういう点からいけば、いま大臣の御答弁にもありましたが、五人世帯の課税最低限にあらわれておるそういう一つの条件というものは、単なる参考にしたということについては、私はどうも納得がいかない。これは答弁のために、うまく答弁をつくろうための答弁にしか聞こえないのです。私は、基本的にはやはりそこへ焦点を合わして、そこから所得税の課税最低限をきめるということをむしろ出発点にして、したがって、ことばをかえて言えば、最も重要な条件にすべきではないかと思うのですが、その点の見解について聞かしてもらいたい。
○福田(赳)国務大臣 それは理想だと思うのです。しかし、世の中は理想ばかりでは動き得ない。われわれはわれわれ個人として独自の生活も営むわけですが、お互いに金を出し合って共同の生活国家を経営しているわけです。その二つが寄り合ってわれわれの完全な生活というものが保障される、こういうことになるわけでありまして、そういう見地からいうと、とにかく、昭和四十年度は課税最低限が標準世帯五十六万円になった、それ以上の人はみな出し合ったんだ、それが今度六十一万円、平年度六十三万円まで改善されるのだ、そういう大幅な改善を見るわけでありまして、私どもは、今後あなたのおっしゃるようなことも考えながら理想を貫くために努力をする、こういうことが実際の動きではあるまいか、さように考える次第であります。
○藤田(高)委員 これはくどいようになりますけれども、午前中私が質問をしたときには大臣いなかったからそういう答弁も出てくるのかもわかりませんが、そう言われると、ますます私はふに落ちぬのです。というのは、なるほど名目的な額だけを見ますと、けさ方も言ったのですが、去年は五十六万円程度のものであったものが、ことしの初年度は六十一万円、平年度は六十三万円、こういうふうに上がってきます。これはそのとおりだと思う。ところが、実質的なエンゲル係数自体は〇・三%ですか下がっているのですよ。エンゲル係数が下がっておるということは、結局課税最低限に用いておる総支出の中に占める食料費の割合がそれだけ高くなっておる。国民の生活条件を一般的なエンゲル係数を用いて表現する場合には、生活状態が悪くなっておるのですよ。そうでしょう。そういう悪くなった状態で名目的な額だけがふえたのだから、それで課税最低限というものは上がってきておるのだから理想の方向を向いておるのだということは、私は具体的な内容を知らざる答弁だと思うのです。これはどうですか。
○福田(赳)国務大臣 ともかく、課税最低限を六十三万円までに引き上げるには九百億円を必要とするわけですね。ところが、四十年度の実質を維持するというために幾ら必要であるかというと約三百億円なんです。そういうようなことを考えますと、六十三万円まで引き上げたということは、理想に向かって大きく前進した、こういう判断をいたしておるわけです。
○藤田(高)委員 これは私の指摘しておる問題点について必ずしも的確に大臣は私の言うことを理解されてない向きがあるように思うわけですが、やはり名目的に幾ら額が上がっても、その間に物価が上昇する、そして物価の上昇するものを基礎単位にして食料費の計算をやる、そうして家計の総支出と食料費の割合からいうと、この食料費支出というものがエンゲル係数からいって高くなっておる、こういうことになれば、実際の国民の生活程度というものは相対的な理論としては下がることなんですから、そういうような課税最低限のきめ方は、エンゲル係数でいった場合に〇・三%であろうと〇・二%であろうと、これは理想の方向には向いてない、去年とことしの対比ではむしろ後退をしておる、この事実は少なくとも認めなければいかぬのじゃないですか、どうですか。
○福田(赳)国務大臣 こういうことじゃないでしょうか。五十六万円がどういう物価との関連を持つかというと、これを平たく言いますれば、われわれが言います五・五%の生活費の上昇になる、こういうふうに見られて差しつかえないんじゃないかというふうに思うわけです。五・五%というと幾らになりますか。五十六万円に相応する私どもの今度の引き上げは六十三万円になるわけです。相当の余裕を持った引き上げである、つまり、改善に向かって大きく前進した措置である、こういうふうに思うわけであります。
○藤田(高)委員 大臣の言われるのは、絶対額だけで見ますと、午前中の論議にもありましたように、課税最低限と家計の総支出額との差額は、前年度は八千五百円程度の差額があった。それが四十一年度は三万二千円程度に上がっておる。確かにその額の対比だけで見れば、大臣の言うように名目的には上がっておると思うのです。しかし問題は、国民の生活からいくと、実質的にはそういうふうに条件が向上したかどうかということになるわけですから、それからいけば——物価が五・五%で押えられるかどうかにも疑問はありますが、その物価上昇にプラスして——私は特にこのエンゲル係数をこういう討論の条件に用いる場合に、エンゲル係数の対象になるものはいわゆる食費構成が問題になるわけですから、その食費の問題は、何もかも突っ込んだ五・五%の物価上昇的なもので割り切れるかどうか。これは去年あたりの統計を見ても食料費関係は非常に高い高騰率を示しておる。そういう点からいって、名目的な額の比較においてはなるほど去年の八千五百円に対してことしは三万二千円程度だけれども、実質的な対比においては、エンゲル係数で比較した場合にはことしのほうが〇・三%下がると思う。私は、国民の生活状態というものは、そういうふうに相対的に切り下げられておると思う。また、その課税最低限のきめ方についても、初年度で六十一万円まで上げたと言うけれども、実質的には去年の五十六万円よりも条件が悪くなっておるんじゃないかと思うのですが、この点どうでしょうか。
○福田(赳)国務大臣 とにかく、初年度でいうと五十六万円が六十一万円になり、平年度ベースでいうと五十六万円が六十三万円になる。これは争われない事実なんですね。これにかりに物価的要素を加えましても、これは相当の余力がある。これは一つのはっきりした資料なんです。エンゲル係数のことをおっしゃいますが、これは別の問題という要素もあるんじゃないか。つまり、国民所得が一体手取りのほうはどうなったであろうかという要因を含んでおるわけでありまして、納税者の立場からいうと、五十六万円が六十三万円になることはもうはっきりした事実であって、争うべからざるところではないか、そういうふうに思います。
○藤田(高)委員 この論議は、基本的には非常に大事な問題だと私は思うわけですが、大臣ともなると、こういったこまかい係数いじり的なことについては、大きな国政の担当者として、私がいま質問しておるようなことだけに精力を費やすわけにも必ずしもいかないと思いますので、ひとつ、私の意見を開陳して、今後の努力を要請するということで私の質問を打ち切りたいと思うのですが、これは結果論ですけれども、けさ方来主張いたしておりますように、今回の改正の課税最低限の中に占める食費構成というものが四七・何%ということになれば、これはエンゲル係数では非常に高い係数が出てきておるわけです。これをいろいろ表示すれば、やっと健康が保持できるか、やっと生存が保障できるという程度のランクにこれは入るわけですね。ですから、私どもは、いわばこういう動物的な生存条件を保障するような生活状態ではなくて、文字どおり人間らしい生活のできるような条件を前提として、大急ぎで、やはり来年度の税制改正あたりの際には課税最低限を大幅に引き上げていく、そうして、食費構成の面についてもエンゲル係数が四〇%台に乗ることのないように、四〇%の台を割るような方向で課税最低限をきめられるように、具体的な政策論としてひとつ今後の努力を要望したいと思うわけであります。 これはまあ、ひとつ要望として、次に移りますが、私が先ほど来指摘したことに関連をするわけですけれども、例の二千五百カロリーをとるのに、大蔵省のメニューによれば、一日当たり百八十六円で二千五百カロリーの献立ができると、こう言っておるわけですけれども、私どもは二千五百カロリーをとるためには、一日百八十六円ではこの献立はできまいと思うのです。今度逆に、百八十六円で献立をするということになれば、政府が二千五百カロリーとれると言うんだけれども、これは二千三百カロリーになるか、二千五百カロリーを割らざるを得ぬだろうと思うのです。そこで、私はけさ方からもこれは政務次官にも質問をしたところですが、政府がこの一日百八十六円で二千五百カロリーの献立ができるという自信があるのであれば、これはひとつ国立栄養研究所だけでなくて、直接この税の対象になる消費団体、たとえば主婦連になるか、あるいは労働組合でいえば、総評になるか、同盟会議になるか、あるいは中立労連になるか、一番この勤労所得税の対象になる団体に、大蔵省がいわば胸を張って、百八十六円で十分献立ができるんだ、国立栄養研究所もそう言っておるんだ、それを一つの基準に課税最低限をきめているんだ、こういうふうに強くおっしゃるのであれば、この百八十六円の献立で大蔵省が発表しておるような条件ができるかどうかを、一ぺんアンケート方式なり何らかの適切な方法で調査をさせてみることが必要ではないか。そういう国民の実態、実感なり、実際の生活の中から百八十六円でできるか、それとも二百円にならざるを得ないか、そういう答えを聞くことによって、より的確な課税最低限を設定する条件というものをきめていくべきじゃないかと思うのですが、その点について、そういう諸団体に一度ひとつ政府として調査をさせてみてはどうかと思うのですが、どうでしょうか。
○福田(赳)国務大臣 先ほどからるる申し上げているのですが、課税最低限は、財政上の理由が大きな決定要因になるわけなんです。試みにまあ国立栄養研究所にメニューをつくってもらった、こういうようなわけなんで、私どもは別にこれにこだわっておるわけじゃないのです。藤田さんはばかにメニューにこだわられますが、そういう一つの資料ということで試算をしたようなわけなんで、これをさらにほかのほうへ頼んでというような考えは毛頭持っておりません。
○藤田(高)委員 私は、たいへんずるいと思うのですよ。大蔵省なり政府が発表したああいう百八十六円の献立表を見ますと、この百八十六円で課税最低限をこういうふうにきめたが、このなには、一日百八十六円何がしでこういう内容の献立ができるんだから、まあまあしんぼうしてもらえる課税最低限だという裏づけの、そういう政治的な意味を持った発表だと私は思うのです。ことしは出し渋ったけれども、去年発表した段階では、少なくとも、そういう政治的な理由なり意図が私はあったと思う。また、そういうものがなかったら、こんなものをつくる必要はないと思うのですよ。ところが、だんだんとこういうふうにカロリー計算なり、一日の食費計算なり、あるいはエンゲル係数という縦横十文字に検討を加えてくると、大蔵省の発表したこの資料というのはどうもまやかしだ。百八十六円何がしかで、あんなイカのさしみから、いろんな、もう昼の日中から五つも六つもおかずがつくような献立なんかできっこない。これはもうどの角度から見てもこういう献立なんかはできぬという強い批判が、検討すればするほど出てくる。そうなってくると、これはもう単なる試みにやったんで、政府としては、さしてこれを有力な理由づけにしようとは思っていなかったということになって、これは私は理由にならぬと思う。少なくとも、大蔵省だったら、大蔵省が発表するものは百八十六円でこれだけの献立ができるというのであれば、イカのさしみは何グラムで、四きれになるのか、五きれになるのか、そういうものを国民の前に出すべきですよ。これは失礼な言い方だけれども、大臣のような生活をされておる人は、私がいま質問をしているようなそういうみみっちいことには関心がないかもしれぬけれども、国民の大多数の勤労者の生活にとっては、こういうことが一番大事なんですよ。そしてまた、勤労所得税を納めておって、勤労所得税が高いとか安いとか論議をしておる国民諸階層というものは、こういう論議が一番問題なんです。いわんや、勤労者の女房である家庭の主婦にとっては、こういうことが一番関心が高いのですよ。そのことについて、大蔵省の出しておるのは単なる試みでなにしておるので、そうこだわってもろうては困るというような答弁は、これはいささかいただけない。これはやはりもっと国民の生活に根ざした真剣な資料として出すべきだ。したがって、政府は、大蔵省が発表したものが二千五百カロリーを摂取するのに一日百八十六円で献立ができるというのであれば、国立栄養研究所だけでなしに、それは仰せのように、総評なりその他の労働団体なり、あるいは消費団体にもひとつ積極的な意味において調査を依頼してみましょう、聞いてみましょう、そうして、よりよき献立表が将来に向かってできるように政府としても努力をしましょうと、こういうことにならなければ、国民の生活に直結した、国民の生活に根ざした課税最低限なんというものは、大臣、きめられないのじゃないですか。その点はどうですか。
○福田(赳)国務大臣 とにかく、国立栄養研究所は相当権威のある機関でございます。そこがつくったという資料でございますが、先ほどから申し上げておりますように、これは一応の検算の資料なんだということでありますので、これを広く各界にまた再検討を求めるというようなことはいかがであろうか、かように考えます。
○藤田(高)委員 やはり所得税の課税最低限を設定する場合の一つの目安にもしろ——これは目安というのは、大臣なり大蔵省が答弁しておることを前提にしておるわけですが、そういうものにしろ、少なくとも、政府だったら、政府の責任において発表するようなものがいけなかったら、これはしようもないのだというようなことでなくて、なるほど大臣が言うように、国立栄養研究所というのは権威があるというのであれば、どうですか、国立栄養研究所がこういう献立ができると言うのだがどうだ、所得税の対象団体になるそういう団体に対して、これで十分というか、大蔵省が発表しているような値段でこの程度の献立ができる、すなわち、二千五百カロリーなら二千五百カロリー摂手ができるということであれば、積極的に調査されたらどうですか。私は、やはりそういう努力をされることが、政府のやられる所得税をはじめ、もろもろの施策に対して、国民が信頼を置くか置かないかの出発点になると思うのですよ。そういう架空な、国民の生活実態から離れた、家庭の主婦からいえば、こんな金額ではあのメニューに出されているような献立はできないというような、実生活から遊離したようなもので、政府ができるとかできないとかということをなにしますと、政府の発表する資料についての信憑性をこれから先も国民は疑うようになると思う。やはり政治は信頼だと思うのです。その信頼を位置づけるものは何かといえば、やはり統計資料ですよ。その資料、数字でこれを裏づけていくことが一番科学的じゃないですか。そういう点からいけば、百八十六円何がしで二千五百カロリーのカロリー摂取ができるという、これは大蔵省の出した権威ある資料だというんだから、権威を裏づけるためにも、国民各層からこれについての意見を聞いてみたらどうですか。それくらいのことは、私は、むしろ積極的にやってみましょうというのが、大蔵省の、あるいは大臣の態度でなければならぬと思うのですが、どうでしょう。
○福田(赳)国務大臣 このメニューが課税最低限の基準であるというならばそうします。しかし、そうじゃないんです。先ほどからるる申し上げておるとおり、財政上の事情等も特に勘案いたしましてきめた最低限であります。そういうようなことでありますので、このメニューに私どもはそうこだわってはおりません。
○藤田(高)委員 去年の論議からことしの論議に入ってくるに従って、はさみ状に、えての悪いことは三十六計逃げるにしかずで、だんだんと政府のほうは逃げ腰になってきておる。そういう点で、まだあと他の先輩議員の質問もありますから、この問題だけで類似したようなことばかりお尋ねするのもどうかと思いますので、これでやめますけれども、課税最低限の中に用いたエンゲル係数なり、あるいは二千五百カロリーを摂取してどの程度の生活ができるかということは、所得税の課税最低限をきめる有力な条件でなければならぬ、これは客観的にだれが見てもそう思うと思うのですよ。そうしないと、何が根拠になってこういうものがきめられたのかということは、ばく然とした国の財政事情によってこうなったんだというだけでは、国民に非常に説得力がない。国民に納得させ、国民に説得力を持たすためには、国民の生活実態から見て、この程度の所得のある人には所得税をかけてもらわなければいけませんぞ、しかし、その所得税のかかる限界というのは、食生活の面については、一日何百円程度の生活のできる人に税金がかかるのです、一日何百円よりも下の人には税金がかからないんです、この程度から税金をかけるようにするんだから、ひとつしんぼうしてくれ、協力してくれという発想、そういう考え方が出発点にならなければ、国の財政を一般の国民の人に、そんなもので理解してくれといったって、税金なんというのはこまかい計算の中から出てくるわけですから、なかなか理解はできない。そういう点で、単なる参考とか、決定的な条件でないというふうに、今日段階でいろいろ議論のやりとりの中から、ちょっと逃げ腰になってきておるのですが、私は逆に、そういうものを有力な根拠にして将来の課税最低限を設定をしていく、こういう方向で努力を願いたいと思います。これは意見が若干はさみ状になってきておりますからこれ以上言いませんけれども、そういう方向で努力をしてもらいたい。それについての見解をあとでひとつ統一してお聞かせ願いたい。 それで、最後といいますか、非常に問い詰める形で、ノーかイエスか式に聞きますが、大臣、どうでしょうか。一日、例の百八十六円程度で二千五百カロリーの摂取が可能だと思いますか。これだけ聞いておきましょう。
○福田(赳)国務大臣 私は、その数字には、ここでお答えするほどそうこだわってはおらぬ、先ほどから何回も申し上げております。
○藤田(高)委員 それほどこだわっていないということは、ことばをかえて言うと、そんなに自信の持てる数字でないということですか。
○福田(赳)国務大臣 昭和四十年度に国立栄養研究所がこういうことも言っておる、こういう程度に御理解願いたいのであります。
○藤田(高)委員 私は、くどいようですけれども、国立栄養研究所がこの程度のものだと言っても、それについて、そういう条件で献立ができるということを大蔵省自身が信頼できるものでなければ、大蔵省の資料としては、大蔵省の発表としてはすべきじゃないと思うのです。そんなに軽い、歌の文句じゃないけれども、吹けば飛ぶような、そんな適当な資料だったら、一ぺんこれを全部撤回されたらどうですか。
○福田(赳)国務大臣 撤回してもよろしうございますよ。よろしゅうございますが、国会で出せという要求がありますので、お出ししたわけであります。
○藤田(高)委員 私はこだわるようですけれども、少なくとも、国会に政府が責任ある資料として提出するものが、単なる参考であって、国立栄養研究所で試算をさしてみたらこういうことになる程度だということではなくて、あの資料をわれわれが提出要求したのは、ことしの課税最低限六十一万円、平年度六十三万円をきめる場合に、この程度の一つの献立というか、生活のできるところえ一つの線を引いておるのだ、この当否を、まあいいか悪いかの基準判断をするためにわれわれはあの資料を要求したつもりなんですね。そういうつもりで政府のほうも出してきておると思うのですが、それが百八十六円であの程度の献立ができるとか、あるいは二千五百カロリー摂取することが保証できるかどうかについて自信のある答弁ができないというのは、私は非常に残念だと思いますけれども、そうなると、これから政府の出される資料について、その資料の軽重といいますか、そういうものについても非常に疑わざるを得ない。少なくとも、国会に出してくる資料というものは、いま少し国民生活にとっても重要な価値を持つ資料として提出すべきじゃないでしょうか。その点についてはどうでしょう。
○福田(赳)国務大臣 ですから、その資料は一つの参考資料としてごらん願いたいという意味合いである。これはもう何回も申し上げておるとおりなんです。課税最低限は財政上の事情を考慮しましてきめておる、それが一体どういう価値があるものであるかということを判断するための一つの資料である、こういう注釈をつけておるわけなんでございます。国会で要求があるから三十九年度に出した。それと同じようなものが今度なぜ出ないんだ、こういうことでお出ししておるのですから、注釈はさように加えておるわけであります。
○藤田(高)委員 この問題については、平行線というよりも、むしろはさみ状に意見が違ってきておると思うのです。私は、繰り返すようですけれども、献立表については、政府が国会にああいう資料を発表した以上、単なる参考資料であるにしても、あの献立表の内容は、それぞれの朝昼晩について、魚でいえば何グラム、野菜でいえばどれくらい、そういうものを、これもやはり政府の責任において出した資料ですから、これをさらに裏づける資料をけさ方も要求したのですが、これはぜひ出してもらいたいと思うのです。大蔵省が、政府が国会に出した資料というもので、ほんとうに百八十六円程度で二千五百カロリーの献立ができるのかどうか。これは何ぼ私が口をすっぱくして、直接の対象者である国民、勤労者から調査を依頼してそういう実態を集約してはどうかと言っても、政府は、頭を横に振って、そんな必要ないと言えば、これは口をあけて飲ますわけにはいきませんから、これはわれわれの自主的な立場から、こんなべらぼうな資料をつくっていてけしからぬじゃないかという、こちらのほうからどんどんプッシュする以外に方法としてはないと思う。ですから、それはこちらのほうでやるにしても、百八十六円という献立表は政府の責任において出したのですから、その中をいま少しこまかく、けさ私が注文したような条件のものを出していただけるかどうか、これをひとつお尋ねしたいと思う。
○塩崎政府委員 けさほども申し上げましたように、資料は全く大臣の申された意味でございますが、つくりました資料のこまかい計算の根拠につきましては、国立栄養研究所と相談いたしまして、提出できるかどうかお答え申し上げます。
○藤田(高)委員 私は、企業減税の問題について、本会議に移る前に若干質問したわけですけれども、これについては、いま少しくお尋ねしたいこともありますけれども、先輩議員の質問もありますので、先輩議員の質問する過程で、私の残っておる質問について関連することがありましたら、その機会に質問をさしていただく、こういうことで私の質問を一応終わりたいと思います。
○三池委員長 有馬輝武君。
○有馬委員 最初に、私、大臣に公共事業の推進についてお伺いをしたいと思います。 私は、予算委員会で国債の発行と地方財政の関連について若干お尋ねをいたしました。そのとき残された問題といたしまして、国の施策に即応する態勢に地方財政がなっておるかどうか、こういう点についてお尋ねする余裕がなかったのでこの際お尋ねをしたいと思うのでありますが、大蔵大臣が本部長となられてその促進本部をつくっておられるのでありますが、その促進の概要についてお聞かせをいただきたいと思います。
○福田(赳)国務大臣 公共事業費につきまして特に促進方を考慮しております。公共事業費と申しましても、予算科目上、公共事業費というものばかりじゃないのでありまして、公共事業費と同じ性格、つまり、ものをよけいに使うという費目を全部網羅しておるわけであります。そういうことでありますので、促進の対象となる経費は政府一般会計ばかりではございません。政府の特別会計も包摂しております。また、政府関係の機関、特に電電、国鉄、かようなところを含んでおるわけであります。その総体の事業費は二兆五千億円かと思います。それが上半期に契約が六〇%できるように、こういうことを考えておるわけです。昭和四十一年度は契約ベースで一体どのくらいのものができただろうか、こういうことを検討してみたのですが、そういう考え方を持っておりませんものでしたから、はっきりした統計が出ておりません。ただ、支出ベースだけはわかるのでありまするが、上半期に二八%の支出をいたしておるわけであります。そういうことから見まして、まあ四〇%台の契約はやっておるんじゃないかというふうに想像はできるのでありまするが、今度は六〇%の契約を実現をする、こういうことを目標としております。 それで、そういう各省、各機関にわたるところの公共事業費等につきまして、各省ごとに、また各機関ごとに、さらに、各省にありましては各費目ごとに、どういうテンポでそれを実現するかということを精細に取りきめております。その取りきめた結果は、契約ベースで七二%を実現するという計画になっております。私は、その六〇%のものを実現するという際に七二%という実施計画になる、これは行き過ぎのようなところもありますが、今後、天候の状況、そういうような不測の事態を考えますときに、余裕を持っておったほうがいいというふうに考えまして、各省の実施計画を集計しました七二%計画、これでひとつやってみたい。その調整は、今後その進行の状況を見てとるということにいたしたい、こういう考えでございます。 地方団体におきましても、とにかく四兆一千億円の予算であります。そのうち、いまちょっと覚えておりませんが、公共事業費的なものが相当あります。政府とはだいぶスケールは違いますが、相当あるようであります。これも相ともに促進されなければならない、こういうふうにいま考えております。地方のほうにつきましては、自治大臣が促進連絡本部長というふうになりまして、各地方団体ごとに促進の機構ができておるわけであります。これも三月県会、地方議会におきましておおむねの予算を議決する。その進行状況、計画を見てみますると、前年度に比べまして、契約高が二五%になりましたが、そのくらいの増加になる状況でございます。そういう状況でございますので、地方団体のほうも順調に促進し得る、かように考えておるわけであります。私は、六〇%契約目標というものは、中央、地方を通じまして実現し得る、こういうふうに確信をいたしております。
○有馬委員 上半期、四月から九月までに二兆五千億円、その中で地方にかかわる分がどの程度になりますか。
○福田(赳)国務大臣 数字のことはあとで……。
○有馬委員 次に、主税局長にお伺いいたしますが、所得税法の所得控除、雑損控除、医療控除、すべてありますが、この控除の基本的な概念について聞かしていただきたいと思います。
○塩崎政府委員 非常にむずかしい、いろいろの見解のあるところでございます。御存じのように、先ほど午前中の委員会におきまして藤田委員にお答え申しましたように、すべての個人に帰属する所得は総合いたして課税する、しかしながら、その際に人的事情のしんしゃくが行なわれるのが、この個人所得税のたてまえでございます。そこで、人的事情のしんしゃくの方法にいろいろございますが、まず基本的には、いつも問題になりますところの基礎控除、配偶者控除、扶養控除といった生計面と関連する面の人的控除、これが一つあるかと思います。そこで、それを引いた残りを私どもは課税所得としておるのでございますが、そこだけで足りるかどうか種々の考え方が出てくるかと思います。そんなようなしんしゃくをする意味におきまして、現在ある制度は、御存じのように、社会保険料控除、生命保険料控除、雑損控除、医療費控除、それから、最近は損害保険料控除ができましたが、このおのおのについて考え方が私は違うのではないか、かように考えております。 まず第一の社会保険料控除、これも人的事情の一つのしんしゃくでありましょうが、また同時に、社会保障への一つの寄与であろうかと思います。それともう一つは、将来の給付には課税いたしますが、現在の掛け金は引いておくという考え方がまた一つあろうかと思うのでございます。言うならば、現在は控除し、将来において全額課税するという考え方も、社会保険料の推進という政策的効果のほかに課税方式として一つあろうかと思います。それから、生命保険料控除、損害保険料控除となってまいりますと、そういった人的事情のしんしゃくであるかどうか、なかなかむずかしいかと思います。これは一つに貯蓄の奨励とからむ、しかも、貯蓄の奨励と申しましても、長期貯蓄の奨励という形になりましょうと思います。当初、社会保障制度が不備な時代には、生命保険料の控除制度は、社会保険の不備を補う意味におきまして、生命の減耗に備える意味におきまして、生命保険料控除は社会保険料控除的な意味において理解されておったこともございますが、現在においては、それの意味もございましょうけれども、長期貯蓄の推進といった意味の控除だと思うのでございます。損害保険もこれもなかなかむずかしい、財産補償にかかる損害保険でございますから、むずかしいのでございますが、趣旨は生命保険の中の長期貯蓄の優遇という考え方から出ました考え方からきていると思います。 その次は、医療費控除でございます。医療費控除と雑損失控除、これは、私は二つ合わせまして、収入をあげるための費用ではないけれども、担税力を減殺する要素として医療費の支出あるいは資産の滅失等によりますところの種々の費用、費用を出さないにいたしましても、いずれ費用を出さなければならぬという考えのもとに、担税力の減殺という形での控除だと思うのでございます。言い落としましたが、収入をあげるための必要な費用は、これは所得ではございませんから、引いたものが所得になります。費用は、当然いかなる意味におきましても控除すべきものだと思います。これは人的控除ではございません。しかしながら、所得控除として考えられております医療費、雑損は、所得をあげるための費用というよりも、むしろあがりました所得の担税力を減殺する要素を加味したものだ、こんなような意味で理解できるのではないかと思うのでございます。ドイツでは特別支出控除という制度がございまして、生命保険料控除まで含めまして、特別支出控除が一つの担税力の減殺要素として費用のほかに認められております。このことは、貯蓄にいたしましても、一つの不可避的な、個人として生活していく以上ひとつどうしても出さなければいかぬという点を着目して設けた制度かもわからないと思うのでございますが、そんなような考え方のもとにわが国の医療費控除あるいは雑損控除、こういった制度ができ上がっている、かように私は考えております。
○有馬委員 控除の基本的な生成の根源に触れての実に綿密な答弁でありましたので、私も全くそうだと思います。また、私どもも、やはりいま西ドイツの例をあげられましたけれども、税制のあり方について各国の事情を見てまいりました。問題は、税負担が重いか軽いかということは、単に率の問題でないことは明らかでありまして、そういう点で、私どもも固定的な考え方で今回の審議にも臨んでおりませんし、また、過去本委員会における税制の検討の際にも常にその税負担というものについてあらゆる角度から検討を加えてきたつもりでおります。問題は、その税負担の重さというものが支出にかかわってくることは、これはもう私が言うまでもないところでありまして、そういう意味で、私は一昨年でございましたが、予算委員会におきまして、愛知さんが文部大臣のときに教育費控除ということを提案いたしました。この点について、最近は早稲田の授業料の値上げ問題、昨年は慶応ということで、来年は明治じゃなかろうかといわれておりますが、いずれにいたしましても、現在の教育費の生計に及ぼす影響というものはきわめて大きいのであります。いま主税局長が答弁いたしましたような概念からするならば、私はその担税力の減殺という意味からいきましても、人的控除という意味からいきましても、既存の控除と教育費控除、これは決して重さ軽さはないと思うのであります。もちろん、控除についてはある限界を設けなければ、これはとどめがないことは明らかでありますけれども、よほど決定的な理由がなければ取り上げてしかるべきではないか。前の内閣の有力閣僚の一人が、ぜひ検討させていただきたいということを約しながらも、これが本年度の税制改正の中でも取り上げられなかった。きわめて残念でありますが、大蔵大臣のほうからこの問題についての見解をお伺いしたいと思います。
○福田(赳)国務大臣 まあ、教育費の控除までいくと、これは一つの政策目的を控除制度に持ち込む問題かと思うのです。この控除をすればそれだけ国の収入は減るわけでございます。したがって、それだけ教育費に投入すべき財源というものが減殺されるということになるのですが、そういう控除をしないで、教育目的のために財源を投入するかどうかというその比較考量の問題もあると思うのです。今日では、教育費控除、その一番大きな教育費といえば、何といってもこれは学費でありますが、これに対して、御承知のように育英制度、こういうものも設けられておるわけであります。そういうようなこと、それから学校に対しましては、国立にありましては、これはもう国立ですから全部政府が責任を持っております。私学に対しましては、あるいは施設費を補助いたしますとか、あるいは研究費の補助をいたしますとか、あるいは、これは補助ではございませんけれども、財政投融資を私学振興会につぎ込む、そうして学校経営の負担を軽減する、あるいは私学振興会に対しまして出資を行なっておりますとか、いろいろのことをやっておるわけでありまして、財政に余裕がありますれば、それらの、国が積極的に施策しておるそのいろいろな行為のほかに、また税の面でも考うべきか、こういう問題が起こると思いますが、何せ限られた財政でありますのでそこまでまいりかねた、こういうのが現実だ、こういうふうに御了解願いたいと思います。
○有馬委員 大臣のそういう答弁があろうかと思って、控除の基本的な概念について主税局長から伺ったわけです。いまの御答弁では、大臣みずからも、ほかの医療費控除なり何なりとの違いはお触れにならなかったですね。そうでしょう。もしその医療費控除なり教育費控除と違う点があるならば御指摘ください。
○塩崎政府委員 税の仕組みの問題でございますし、控除の本質的な問題でございますので、私からお答えを申し上げたいと思います。 先ほど、収入をあげるに必要な費用、所得をあげるに必要な費用ではないけれども、担税力の減殺要因として医療費の支出、雑損を着目いたしまして、医療費控除あるいは雑損失控除があるということを申し上げました。このことは、私どもの理解するところでは、やはり医療費の支出にいたしましても、雑損にいたしましても、やむを得ない、自分の責任でない支出、あるいは災害によるところの住居の崩壊、こういった自分の責任によらない面を着目いたしまして、しかも、一定の足切り等を設けまして控除するというような担税力のしんしゃくをいたしておるのでございます。したがいまして、あくまでも人的控除とは関係はないように見えますけれども、人的控除とも関連し、さらにまた、生計と申しますか、生活の必要最小限度の部分に関連したものだけを引くという思想が私はあるかと思うのでございます。過去におきましては、年々発生する所得に対しまして課税するという理由で、雑損失控除というような制度はございませんでした。譲渡所得は課税するということになりましたために、この雑損失控除も一つの担税力の減殺要因として認める。医療費にいたしましても、過去の戦前の制度にはなかったのでございますが、これもシャウプ勧告によりまして、新しく必要最小限度の部分の医療費の支出という角度から、そういった担税力の減殺要因として、所得控除ができ上がったのでございます。 そこで、それでは教育費とどこが違うかということが次の御質問だと思うのでございます。義務教育まではもちろん問題ではないと思います。これが入っているかどうかは、扶養控除の金額の適否として判断されるので、扶養控除の金額が種々の支出を基礎といたしまして計算されるわけでございます。そういった意味では、扶養控除の金額の中に義務教育も当然入っておりますし、この間までは十三歳というところで限界を引いておりましたが、義務教育費もある限度入っておる、しかしながら、やはり高校以上の教育になりますと、これはもう考え方でございます。もちろん、教育の進歩の程度にも依存いたしますけれども、まずまず任意な教育でございますし、さらにまた、見方によりますれば、おしかりを受けるかもしれませんが、その人の将来への投資でございます。そういった意味で、これを直ちに担税力の減殺要因といたしまして、医療費あるいは雑損失控除と並べまして引くことが適当であるか、これはまた議論の分かれるところだと思うのでございます。最近、租税理論の教科書を見ましても、教育費控除につきましていろいろな意見が出ております。政策的に控除すべきだという考え方もございますし、さらにまた、一つの減価償却理論からいっても、教育費は控除すべきでないかというような考え方もある。しかしながら、一般的にどこの国でも、まだ教育費控除を所得者の担税力の減殺要因として控除している国はほとんど見当たらないのが実情ではないかと思うのでございます。ことに、わが国のように、まだまだ課税最低限が一般の人に足りないといったときに、こういった教育費控除がはたしてまず最初に入るべき控除であるかどうか、これは、教育問題のあり方とも関連しまして、さらにまた、大臣の申されましたように、教育に対する財政援助のあり方とも関連して、よほど慎重に税制といたしましても検討しなければいけない問題だ、かように考えております。
○有馬委員 あげ足をとるわけじゃありませんけれども、すっきりしないですね。課税最低限を持ってきたり、そこまで及ばなかったというロジックではこの問題は解決しないので、いま担税力の減殺の問題とそれから人的控除の問題に触れられて、医療控除と比較されたのですけれども、どうも納得がいかない。そこのところをまだ説明する余地があったならば、区別ができるのならば、いま少し明らかに区別をしてほしい。
○塩崎政府委員 先ほど来申し上げておりますように、所得を得るための費用ならば、当然費用といたしまして控除いたします。それ以上の種々の個人の支出をどういうふうに所得税で織り込むかというのは、これはひとつ担税力の減殺要因として、別の角度から見るべきである。そこは、人的控除が基礎控除、配偶者控除、扶養控除で適当にでき上がっておりますれば、それとの関連で、その後の控除をどうするかは、多分にその課税最低限と申しますか、それらの人的控除との関連できめるべきである。しかしながら、先ほど来申し上げておりますように、医療費のように、個人の生命の維持あるいはまた活動力の回復といった必要最小限度の部分に影響いたしますところの種々の支出は、これは控除すべきではないかということで、一定の制限をつけながら控除している、これが実情でございます。雑損失にいたしましても、これは自分の責任で家をこわしたというようなときには控除はいたしませんけれども、天災その他不可抗力の災害によりまして家屋、住宅が損壊いたします、そういったときに、そういったものは普通の人的控除では救済できない。住宅の回復は、これは当然すべての人がしなければならない不可避的な支出とも認められますので、所得の一割をこえるような雑損失は、これは所得税の課税上しんしゃくしよう、こういった考え方のもとにでき上がっておるのでございます。そういった意味で、高等学校あるいは大学の教育費の支出とは、親がなす大学あるいは高校の修学学生に対します教育費の支出とは少し変わった性格を持っているのではないか、こういった意味で申し上げておるのでございます。
○有馬委員 ではお尋ねいたしますが、配偶者控除なりあるいは生命保険料控除とどう違ってきますか。これはそれぞれの控除の中には、言われるとおり、ニュアンスの差はあるのですよ。が、教育費控除と現存の控除との決定的な要因、これはないはずです。そうでしょう。それぞれそれは配偶者控除と生命保険料控除とはニュアンスの差はあるですよ。多少の差があります。そういった差よりも、教育費控除というものとの差はないはずです。医療控除についても、先ほど大臣がやはり政策目的を持ち込むことは、というような微妙な発言をされたのですけれども、これはすべて政策目的が入っていますよ。であるとするならば、教育費控除ということを入れてもいいじゃないですか。大臣から……。
○福田(赳)国務大臣 いま医療費と対比されておりますが、医療費は、これはもう避くべからざる必要経費、こう見られるわけです。つまり、それが直接個人の担税力に関係をしてくるものであります。ところが、教育になりますと、そういうものと少し違ってくる。つまり、さっき主税局長が言いましたが、これは個人の判断の問題、親の判断の問題にもかかってくるわけであります。そういうことを考えますと、やはり控除という普遍的な制度をしく以上、普遍的な共通性というものが各家庭にある、こういう必要があるかと思うのです。教育は、そういう面から見ると、普遍度において医療費とは違う、そういう角度から、歳出の面でやっていく、こういう考え方になるのだろうと思います。税制でいうと、どうしてもこれは公平にいかなければならぬ。公平を維持しながら教育を尊重するという政策を進めるにはどうしたらいいかというと、これは歳出の面でやっていけばいいということで、先ほど申し上げましたような諸施策が行なわれた、こういうふうに考えます。
○塩崎政府委員 お尋ねが配偶者控除、生命保険料控除はどうかというお尋ねでございますので、若干補足して申し上げたいと思います。 配偶者控除はどうかという御質問の趣旨は、人的控除であるならば、その他の扶養親族と金額が同じであるべきではないかという角度からの御質問かと想像するのでございますが、配偶者控除は人的控除の代表であることはもう間違いございません。ただ、配偶者という特殊な性格に着目いたしまして、できる限り基礎控除と同じに、単純に、二人世帯の場合の一人目の扶養親族の生計費と同様に見るのがいいのかどうか、このあたりは少し考え方が入っていることは事実でございますが、しかし、基礎的な生計費の面を考慮いたしました基礎控除と並んでの人的控除であることは間違いはございません。さらに、生命保険料控除につきましては、御存じのように、所得限度が設けられておりますように、一つの政策的な貯蓄奨励の見地が入っていることは間違いのないところでございます。しかしながら、生命保険料控除は大正何年からですか、古くから設けられた、そのときの衆議院の速記録を見ましても、社会保障の不備なわが国、ことに、当時議題にのぼりましたのは、役人には恩給があるけれども中小企業者には恩給がないではないか、よって、生命保険料というような控除の制度が、こういった中小企業者に適するのだというような提案の趣旨の説明も見たのでございますが、そういう性格のものでございます。一方、医療費控除にいたしましても、雑損控除にいたしましても、担税力の減殺でございますが、それは、先ほど来、人的控除がどの程度でき上がっているかということと非常に密接な関係があると申しましたが、医療費は所得の五%をこえる場合に初めて控除できる、この五%と申しますのは、やはり普通の医療費で、しかもまた、ささいなる医療費は人的控除のうちに当然吸収されるべきだという考え方もございます。さらにまた、徴税技術上の問題もございます。こんなような関係でありますが、医療費にいたしましても、所得の五%をこえるときに初めて認められるものでございます。さらにまた、医療費は最高三十万円という限度もあることからも御推察ができますように、やはり担税力の減殺要因といたしましても、さらにまた、生活の必要最小限度の部分を補てんするという考え方からいたしましても、やはり限度を設けざるを得ないという考え方に立っておるのでございます。雑損失控除につきましても、先ほど来るる申し上げておりますように、これは必要最小限度の所得の一割をこえた場合の控除でございます。そういった意味で所得税は所得控除を持っている、それは多分に人的控除、課税最低限がどの程度になっているかということと密接な関係があろうかと思います。
○有馬委員 いま坊委員が冗談に言っておりましたけれども、学校の先生も先生、教師も先生、医者も先生だけれども、とにかく、いまの主税局長の答弁、大臣の答弁を聞いておりましても、普遍性という意味からいいましても、担税力の減殺という意味からいっても、私はこれを控除対象にして悪い理由はちっともないと思う。そうして、大体ここでは、これは文教委員会ではありませんから、教育の実態についてとやかく言う気持ちはありませんけれども、少なくとも、いわゆる支出面における負担というもの、国の支出にかかわるべき面を父兄が負担しておる分野が非常に大きい。これは大臣も否定なさらないだろうと思う。とすれば、私は、るる主税局長から御説明がありますけれども、これを対象にすることは何らの障害もないと思います。そういう意味で、大臣が、本年度にはこれは間に合わぬから、四十二年度に前向きで考慮するやいなや、これを結論的にお聞かせいただきたい。
○福田(赳)国務大臣 四十二年度に減税をいたしますかどうか、これはまだここで申し上げられないのです。つまり、四十二年度という年と四十三年度という年は、財政の見通しが非常に苦しい年です。私どもも減税目標はなるべく早く実現したいと最大限の努力はいたしますけれども、はたしてそれができるかどうか、そういうことが非常に見通し困難な状態です。 それからもう一つは、かりに減税をするにしても、そう大幅な減税はできないと思うのです。その際に何を優先するか、こういう問題がある。社会党の皆さんからも課税最低限を優先的にやるべしというような御意見もずいぶんあるわけでございます。(春日委員「いや、民社だってそうだよ」と呼ぶ)民主社会党においても百万円まで最低限度を直ちに持っていけという勇ましい御主張もあるわけなんです。そういうようなことを考えますときに、そういう特別な控除制度まで優先的にいけるかどうかということは、はなはだどうもむずかしい段階なんでございます。そういうようなことで、私どもは、この問題はこれからの長期の税制のあり方の問題としては真剣に検討してみたいと思います。思いますけれども、いまお話のように、来年やるという約束をせい、これはちょっとごかんべん願いたい、かように思います。
○有馬委員 私は、大蔵大臣に聞いていただくと同時に、与党の税制委員長が横にすわっておられますので、ともに聞いていただきたいと思っていま質問をしておるのでありまして、そういう意味で、やはり減税がむずかしいからということで検討の対象からはずすのではなくて、いまの大臣の答弁を前向きにして検討された結果をぜひ本委員会においてしかるべき時期にお聞かせいただきたいと思うのであります。私はこの問題が解決するまで大蔵委員会でねばるつもりでおりますから——途中で落ちたら別ですが、ぜひ御検討いただきたいと存じます。 次に、これも本委員会で触れられた問題でありますが、今度は逆に、控除じゃなくて課税の問題でありますけれども、泉さんなんか渋っておりましたが、広告費に対する課税ということ、これを新たに検討する用意があるかどうか、お聞かせいただきたい。まず主税局長から……。
○塩崎政府委員 広告費につきまして課税すべしという意見は、よく聞くところでございます。戦争中、すべての消費面でございましたが、消費の抑制という見地から広告税を課税したことがございます。しかしながら、現在広告費の支出に対しまして課税すべきかどうか、私は非常にむずかしい問題だろうと思います。私は、やはり税制におきまして新しい租税を課する際には、それはそれなりの理由がよほどなければならぬと思うのでございます。やはり何と申しましても、所得税が最も税らしい税でございますし、この所得税をいい方向へ持っていくべきでありましょうし、その次にはまた法人税が一つの企業に対しますところの課税としてあるわけでございます。ここで、こういう所得税や法人税でそういった目的が達成されるか達成されないか、さらにまた、広告税のような税金を設けた際にどういう影響が生ずるかどうか、このあたりを見きわめなければ、私は新税は創設すべきでないと思うのでございます。広告税を課税すべしという論拠は、現在の過当競争の結果生じておる過大な広告の支出に着目し、さらにまた、大企業のみが広告ができて、中小企業は広告費の支出ができない、こんなようなことが理由になっておるように私は見受けるのでございます。あるいはまた、誇大広告はけしからぬという倫理的な意味がバックにあるかもしれません。しかしながら、私は、広告費の支出がやはり企業を維持する条件といたしまして必要な費用を構成していると思いますし、さらにまた、現在の経済社会は、広告費という支出を通じまして市場の開発をするということも、さらにまた、消費者の消費を適正にすることも大事だと思うのでございます。 そこで、おっしゃる点は、そういった点じゃなくて、一定限度の過大な広告を押えることはどうかという点が、またその次の有馬委員の考えておられる案ではないかと思うのでございます。あたかも、交際費の支出が一定限度を越えるものについて、法人税法上は損金を否認するということから考えられるのではないか、こういうことになろうかと思います。しかしながら、広告費の支出につきましては、先ほど来申し上げておりますように、企業の基本的な、現在の資本主義経済社会の不可欠な部門でございますほかに、やはり広告の中には、弱いものが広告しなければならぬ面が相当ございます。さらにまた、新規に進出した企業が、相当広告をしないと、過去において存在している企業には太刀打ちできないといったような要素もございますし、そんなようなことを考えますと、弾力性の面から見ても、広告税の課税は問題でございます。さらにまた、それでは一定企業だけというようなお話もございましょうが、これは、企業によって税負担の差をつけること自体も、法人税のような一般的な負担がある上に差をつけるとなると、これまた問題だと思うのでございます。薬屋さんあるいは電気メーカー、当然広告費が多いような宿命を持っておる、この宿命をつかまえて強制的に税を取ること自体、はたしてどんなものであろうかという気がするのでございます。さらにまた、それでは一定基準ということになりますと、各業態によりまして一定基準を越える広告費だけをつかまえたらどうかということになりますと、過去に私どもも経験したのでございますが、これはまた、業態によりまして広告費の支出の程度は非常に違っておりますので、その適正な規模を見つけることは技術的になかなか至難のわざ、神わざみたいな感じがいたしておりますし、税務の執行面でどうも釈然としない面も出てくるわけでございます。そんなような意味で、政策としまして、交際費課税のような意味で言われるといたしましても、これは交際費以上にむずかしい問題ではないか、かように考えております。
○有馬委員 私の学校で学問として宣伝広告という問題について研究して、あなたが言われるようなことについて百も承知の上でぼくは質問しておるのです。もちろん一定限度、過当広告ということになる。そして、むずかしいと言われるけれども、交際費課税にしても、物品税にしても、むずかしいことをちゃんとやっておるのです。そういうむずかしいというような理由でなくて、絶対にやるべきでないという理由があったらお聞かせをいただきたいということです。
○塩崎政府委員 租税というものは絶対に起こしてはならぬ、こういうことは私は申し上げておりません。政策上のきわめて強い要請のもとにおいては、もちろんむずかしい租税でもやるべきことは十分存じております。しかし、そういった税を起こしたことの効果が、経済上どういった弊害を生むか、あるいは利益を生むか、これを勘案して起こすべきではないか。そういった角度から見ますと、私どもは、広告税といったものは、現在の段階においては交際費課税以上により適当でもなければ、また執行もむずかしい税ではないか、こういうふうに申し上げておるつもりでございます。
○有馬委員 私は、特に現在政治の大きな課題であります物価の問題等ともからめながら、この問題を提起しておるわけです。そういう意味で大臣からお聞かせをいただきたいと思います。
○福田(赳)国務大臣 税をどの程度かけるかという問題になるのではないかと思いますが、多少のことがあっても、その広告費を抑制するというわけにはいかない、そうしてまた、抑制力があるくらいの課税をするということになりますと、これはまた、いま主税局長が言ったようないろいろな問題を生起する、こういう感じがするのです。課税をする、しかし、広告は減らぬという状態だと、結局物価問題と矛盾するというようなことにならないか、さように考えます。
○有馬委員 物価の問題なり、それから過当広告を押えるということでは、とにかくいろいろな効果があると思うんですよ。これは、私がここでるる述べなくても、もうおわかりだろうと思いますが、そういう意味で、やはりこの広告費課税ということについても、ひとつ前向きで検討いただきたいと思います。この前わが党の税制改革案を発表いたしましたが、私どもは常に常識上考えて、こうあるべし、租税の公平負担の原則から考えて、こうあるべしという角度からしか税制を考えておりません。それは自信を持って言えると思うのです。そういう意味で、やはり課税されてよりよい効果が出る、消費者にとっても、また、過当広告を押えるという意味においても、私は、企業自体にもむしろ逆にいい効果をもたらしてくるものだ、このように考えておりますから、この点についても、ひとつ、坊委員のほうでも考えてもらう、政府のほうでも考えてもらう、このことを要望いたしておきたいと思います。 これから、武藤委員と春日委員の質問が残っておりますから、あと一点だけお尋ねいたしたいと思います。 物価調整減税について大蔵省の考え方がぐるぐる変わっておりますが、この理由を主税局長のほうからお聞かせいただきたい。
○塩崎政府委員 参議院の木村委員の御要求資料といたしまして出した資料に二つの物価調整減税の数字が出ておりますので、私どもの考え方が変わったのではないか、こういう疑問を持たれたと思いますが、私どもといたしましては、別に考え方を変えたのではございません。消費者物価減税につきましては種々の考え方がございますし、また、計算につきましても、いろいろな計算ができます。そういった意味で二つ提出したのでございます。一つは、課税最低限に消費者物価が影響したものと見る場合、もう一つは、過去に出しておりました数字でございますが、これは最高位所得階層まで、消費者物価の影響と申しますか、消費者物価の引き上げに伴いまして所得がすべて伸びたと見る、そのときに、平均の伸びに応じまして所得税の税がふえるのはいいけれども、累進税率で、そのステップで上がっていって、税額の伸び以上にふえるのは、これは捨象しなければならぬ、こういった二つの考え方、この二つの考え方の数字を提出しただけでありまして、これはいずれが正しいかということは種々の考え方があるわけでございまして、私どもはどっちをとれというようなことは言っておりません。
○有馬委員 名目所得の伸びが、物価騰貴によって減殺されておることは、これはだれしもいなめないところでありまして、そういう意味から、たとえば、木村委員に出した資料等を見ると、今回の減税によって、そういった面については考慮しないでもいいのだというような線がむしろ先に出ている点について御説明をいただきたい。
○塩崎政府委員 この二つの考え方の差異は、わずか五十億円という数字になっております。すべての所得者について、たとえば、消費者物価が五・五%伸びた場合には最高位の所得者まで五・五%伸び、さらにまた、所得が伸びた結果、累進税率が上がっていると見ること自体がどうであろうか、やはり消費者物価の影響は生活に関する部面、そうなりますと、どこかむずかしいのでございますが、現在の段階では、私どもが考えておりますところの課税最低限にどの程度影響するか、それが考えられるべきではないか。こういった意味で、新しく課税最低限に五・五%影響したものといたしまして、それをすべての所得者から影響を除却するにはどうしたらいいか、こういうふうにしたものが、新しく提出した数字でございまして、いずれにいたしましても、考えは両方成り立つと思います。
○有馬委員 これもまた議論の存するところでありますが、いずれまた機会を見てやりたいと思います。 それから、大臣に、これは端的に一問聞きます。 給与所得の源泉徴収はやめたらどうですか。やめられない理由があったら、お聞かせをいただきたい。
○福田(赳)国務大臣 これは、徴税の簡素化というようなことを考えますときに、私は、やめることはまことに困難だ、さように思います。
○有馬委員 私がこういった唐突な質問をするその背景はおわかりだろうと思います。そういう意味から、ただ、廃止できないのは、徴税の簡素化という意味だけですか。
○福田(赳)国務大臣 そうだろうと思います。
○塩崎政府委員 有馬委員の背景は、まあ、わかったようなわからないような、むずかしい背景がおありかと思いますが、源泉徴収制度は、確かに、徴税費用の問題、徴税の手数の問題として考えられまするけれども、同時に、これは納税者がいずれまた納税しなければならないことを考えますと、納税者のためにもあると考えていただきたい、かように考えております。もちろん、このことによって、源泉徴収を受けない者との間の負担の不均衡、あるいは納税が早目になるといった、むしろ納税者のためというのは、おためごかしではないか、こういう御批判があるかと思いますが、それはそれなりに努力し、国税庁におきましても、税の執行面において、調査の充実あるいは課税の適正化をはかっていただく、こういうことが必要だと思いますし、さらにまた、昨日の委員会で申し上げましたように、源泉徴収を受けます給与所得者には、給与所得控除という形で特殊な控除がございます。これは所得控除といたしましても、先ほど言い落としましたけれども、給与所得者の源泉徴収の不利を補うという意味も一応あるかと思いますが、こういった点で、ひとつその不利益は相殺する、こういうものでございます。この制度はどこの国でもやっておる制度でございまして、突如としてそういった大きな話を持ち出されますと、非常に困るわけでございますが、これは税制として重要な支柱と考えております。
○有馬委員 ぼくが出したことは、公平の問題、それから憲法上の問題、背景は、大きな問題と言われるように、これは大きいわけです。そういう意味で出したんで、この点についても、また論議を深めたいと思いますが、とにかく、さっき言ったように、時間の制約があるようでありますから、以上で、私の本日の質問は終わります。 ————◇—————
○三池委員長 この際、あわせて、関税定率法の一部を改正する法律案、関税暫定措置法の一部を改正する法律案、関税法等の一部を改正する法律案及び関税法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案の各案を一括して議題といたします。 質疑の通告がありますので、順次これを許します。武藤山治君。
○武藤委員 きょうは、民社党との時間の割り振りで、三十分以内でやめろという一応約束でありますので、大臣を中心に、大きな政治的判断を必要とする問題だけに限ってお尋ねをし、残余は二十二日の質問に譲りたいと存じます。 まず最初に、日本は、御承知のように貿易立国で、貿易を中心に国を立てていかなければならないという宿命的な国の状態に置かれております。そういう国柄でありますから、貿易関係というものは、国民所得に比してどの程度まで貿易に依存しなければならないか、そういう際に、今日の日本の輸出、輸入の関係から見て、これをどの程度まで引き上げていくべきか。そういう政府の大きな方針について、まず大臣にお尋ねしたいと思います。
○福田(赳)国務大臣 今日、日本の貿易依存度、これは大体一一%ということになるわけであります。このパーセンテージが一体適切であるかどうかという問題でありますが、いまどのくらいが適切であるかという武藤さんのお話でございますが、私は、これはより高きを可とする。わが国のような資源の少ない国は、どうしても貿易に依存する度合いはますます高くしていかなければならぬ。そういうようなことを考えまして、これは際限なく高い、こういうことを目標にして進まなければならぬ、かように考えております。
○武藤委員 通産省、戦前の国民所得に対する割合というものは、昭和九年、十年の辺を基準にすると、貿易依存はどんな状態でございますか。
○今村説明員 的確な数字をここに持ち合わしておりませんが、最近の国民所得に対する貿易の率は著しく高くなっておりますが、戦前の、昭和十年前後の数字と比べますと、まだ現在その数字に達しておらぬというふうに考えます。
○武藤委員 したがって、率からいくと、まだ戦前の水準に達していない。むろん、絶対額は、国民所得が伸びておりますから、それだけではかるわけにはまいりませんが、それにしても、輸出あるいは輸入の角度から見ても、もっともっと伸びなければならぬ。その場合に、今日障害となっておると思われるものは何か。日本の輸出を伸ばし、あるいは安い原料を手に入れ、貿易を拡大する上からの阻害条件は何か。それをひとつお聞かせ願いたい。
○今村説明員 貿易拡大の要件に対する阻害条件は何かという御質問でございますが、これはいろいろな角度から考えられると思います。 まず第一に考えなければなりませんのは、日本が戦後比較的立ちおくれて国際社会に入りましたために、市場開拓の歴史がたいへん浅うございます。その上、日本は、輸出に対する外国の制限的措置、こういうものもそれに加わりまして、そういうものが相からみ合いまして、輸出がなかなか伸びない、こういうことが要因をなしておるものと思われます。
○武藤委員 外国の日本に対する制限的措置というものがかなりある。戦後まだ二十年で、市場の開拓が非常に行き届いておらぬ大きな原因はこういうところにある。そこで私は、きょうは関税率の問題が法案として審議されるわけでありますから、関税の側面からそういう障害を取り除くために、当面一番交渉しなければならない相手国はどういう地域でございましょうか。
○谷川政府委員 日本の貿易振興をはかるために外国と関税率の問題につきまして検討を要する国といたしましては、まずアメリカ合衆国、それからEEC諸国、それから今後日本の輸出の伸長をはかるべき国といたしまして、低開発国でございまする東南アジア諸国が、当面関税率の問題でわが国に有利に交渉をしなければいけない国だ、かように考えております。
○武藤委員 特にアメリカの場合は、輸出の場合に非常に関税障壁やあるいは自主規制、あるいはダンピング防止法みたいな古い体系が残っている。そういう体制の中で、日本はどうもアメリカに対して交渉する場合非常に腰が弱い、そういう感じがするのでありますが、大臣としていかがでございましょうか。まだ大臣に就任して浅いからあまり関税のことは研究しておらぬといえばそれまででございますが、アメリカに対する日本政府の態度、いま関税局長はやはり交渉相手として一番初めにアメリカをあげた。それに対する日本政府の、あなたが大臣に就任してからのアメリカに対する態度というものについては、あなたはどんな感じをお持ちになっておりますか。
○福田(赳)国務大臣 アメリカに対して特に弱い、こういうふうには考えてはおりませんです。アメリカでいま特に問題になっておりますのは、鉄鋼、繊維でございます。そういうような問題につきましても、まあ、わが国としては主張すべきところは勇敢にこれを主張しておる。また、同時に、アメリカの主張もあるのです。アメリカの主張は、一番問題は、日本へのアメリカ資本の導入を自由にすべしと、こういう要求でございますが、それがいつも相からみ合ってすっきりした形になっておらぬ、こういう状態であります。
○武藤委員 そこで私は、どうもアメリカは虫がよ過ぎるのではないかという感じがするのであります。というのは、ケネディラウンドというのは、これは私から申し上げるより局長から聞いたほうがいいと思うのでありますが、ケネディラウンドのねらいは一体何ですか。
○谷川政府委員 ケネディラウンドにおける交渉の目標としましては、ガット加盟国のそれぞれの関税率を適当なところまで引き下げることによりまして、ガット加盟国相互間の貿易の伸長をはかるということでございます。同時に、関税率の問題のみならず、関税率以外に貿易の障害になっておりまするいろいろな制度的な問題等につきましても、廃止の方向にお互いに歩み寄って話し合いをする、いずれにいたしましても、貿易の振興をはかるということがねらいであります。
○武藤委員 その場合に、いま世界の関税率というのを比較すると、EEC、日本はやや類似したような税率であるが、アメリカは特に高い品目数がまだ多い。特に中小企業製品については非常に関税率が高い、そういう現状のまま、ケネディラウンドは一括五〇%現状より引き下げる、そうすると、やはり底が違うのですね。もう現状の関税率自体が差があって、アメリカのは非常に輸入禁止的な、輸入制限的な率でできている、組み立てられている、そういう関税体系のもとで一律五〇%引き下げしても、一番有利になるのは、アメリカの意図した方向に実を結ぶのであって、私は非常にアメリカは虫がいいと思うのでありますが、政府はそういう点についてはどういう感じをお持ちになっておりますか。
○谷川政府委員 ケネディラウンドにおける交渉のやり方につきましては、鉱工業品、農業品等につきまして話し合いをする手順等はいろいろ差異があるわけでございますが、特に、鉱工業品の中で世界的に少数の国が輸出の大部分を占めておるようなものにつきましては、その関係の国が集まりまして、それぞれの関税率を五〇%引き下げるという方向で、なおかつその間の調和をはかる、関税率の高い国が特に結果的に有利にならないように、特定な品物につきましては、全体としてどの程度の関税率におさめるかというようなことも、交渉のやり方の一つとして論議されておるわけでありまして、交渉の当事国が特に有利にならないように全体としてまとめていく方向で話し合いが行なわれておるわけでございます。
○武藤委員 そういう話し合いを進めておりますが、今度のケネディラウンドの考え方は、その国国の経済構造、あるいは賃金や社会的条件、そういうものまでには触れないようにしようという前提でケネディラウンドは出発をしております。したがって、アメリカの現状をEECや日本と比較した場合には、より国内生産者を保護するような立場の古い体制の中で一括五〇%下げようというから、EECが非常に不満を持っております。 そこで、大蔵大臣にお尋ねしたいのでありますが、一体、ケネディラウンドは成功すると見通されておるかどうか。成功するとしたら、現状がこれこれこうだからケネディラウンドは成功すると見る、成功しないというならば、こういう関係で成功をしそうもない——大臣は偉大な政治家でありますから、やはり大蔵大臣というものは、政府の一員としてかなり関心を持たれている問題でありますが、ケネディラウンドについての大臣の見通し、見解はいかがでございましょうか。
○福田(赳)国務大臣 ケネディラウンドは非常な勢いでスタートしたわけでございまして、これは急速に成功をおさめるのではないかという見方も、一時は一般的に行なわれたようでありますが、これはもう経済問題もありますが、同時に、政治問題がからまっていると思うのです。つまり、アメリカ対フランス、ジョンソン対ドゴールですね。この関係がどういうふうに展開するかということが、ケネディラウンドの将来に非常に大きな影響を持つ問題だろうと思います。最近、御承知のように、ことにことしになりましてから、経済的な角度から見た米仏関係というものが改善をされてきておるわけで、そういうことを背景といたしまして、一時EECを脱退いたしましたフランスがEECにまた復帰をする、こういうことになってきておる。そういうことから見て、またケネディラウンドの成功への見通しというものが強まってきておる、こういうふうに思うわけであります。 一番問題になるのは農産物の問題ではないか、ドゴールが経済的に関心を持つのは農産物の問題だ、この問題につきましてEEC間の調整ができると、これがアメリカとの間の調整に発展をする、こういうふうに見ておるわけですが、最近の傾向は、来年が五年目の期限になりますから、その期限までにこの問題が成功裏に決着する可能性が非常に強まってきておる、こういう判断をしております。
○武藤委員 もしケネディラウンドが成功するという前提に立つならば、今日アメリカが制限的な関税を設けているそういう個々のものに対して、日本政府はいまのうちにやはりできるだけ引き下げさせる両国間における関税交渉というものをやっておかぬといかぬ、私はそういう感じがするわけでありますが、そういう点については、専門家の関税局長はどうお感じになりますか。
○谷川政府委員 アメリカと交渉する場合に問題になりますのは、関税率の問題、それからさらに、関税率以外の関税障壁の問題、特にダンピング法の適用の問題等ございます。関税率の問題につきましては、それぞれ自国の産業にとりまして非常に影響が重大な物品につきましては、例外リストを出し得るということになっておりまして、アメリカにおきましても若干例外リスト、日本も相当数の例外リスト、その例外リストにつきましては五〇%下げないという方向で話が進みますけれども、最終的にはこの例外リストの幅を狭める、あるいはそのうちの幾つかのものにつきましては、五〇%までいかなくても若干下げられるものがあるかどうかというようなことで、アメリカと日本との間のKR交渉の結果あまり日本の立場で不利にならないような考え方で交渉を進めておるわけであります。それから、関税率以外の問題、特にダンピング法の問題等につきましては、ガットの会議の場あるいはアメリカとの交渉の場におきまして、日本の輸出にとりまして、アメリカ国内の法制がわが国にとって不利にならないような方向でアメリカと折衝するということで今後やっていくことが必要だ、こういうふうに考えておるわけであります。
○武藤委員 この問題を議論しておりますと時間がたいへん経過いたしますから次に進みますが、今日の地域別の輸出入状況というのを見ますと、日本の貿易構造というものをやはり再検討する必要があるような数字が出てきておる気がするわけです。四十年はアメリカとの関係は対等取引になって、たいへん改善されてきておるわけでありますが、非常に輸入超過の国、東南アジアには輸出一方、アフリカも輸出超過一方、こういう姿が日本の長い間の貿易構造から生まれた結果であります。そこで、四十年の輸出入の実績でアメリカは一体どういうことになっていますか、四十年の集計を伺います。
○今村説明員 四十年の数字を申し上げます。アメリカ合衆国に対する輸出額は二十四億七千九百万ドル、全体に対して占めます比率が二九・三%でございます。それから、同じくアメリカからの輸入でございますが、二十三億六千六百万ドル、占める比率が二九・〇%でございます。
○武藤委員 初めてアメリカとの関係で輸出超過になったのが昭和四十年、それ以前の統計数字を見ると、ずっと輸入超過である。約四億ドルから五億ドルの間で常に輸入超過であったわけです。こういうアメリカと日本との貿易のしりを見ますと、四十年は非常に好ましい方向に変わってきた。そこで、これがこのままずっとこういう大勢で推移するのか、それとも、ホンダドリームのオートバイも今度は輸入規制をする、あるいは鉄鋼についても輸入の規制をしようと動いておる、あるいはハルトケ、ハーロン提案の改正案なるものも国会にすでに上程されている、そういうようなもろもろのアメリカの日本品に対する規制の強化の動きが非常に顕著になってきておる。私はそれを非常に心配をしておるのでありますが、そういう面から見ると、せっかく昨年一年間改善されたこういう形というものは今後持続されるものかどうか、その見通しのほどはいかがですか。
○今村説明員 ただいま御指摘のように、対米貿易の輸出入の均衡は、過去において恒常的な輸入超過という状況でございます。幸いにして、昨年は非常な輸出の膨張及び輸入が非常に伸び悩みましたためにただいま申し上げましたような数字になったわけでございまして、最近のアメリカ経済の成長の状況から見まして、予想される程度の将来につきましては、やはり日本の輸出は順調に伸びていくだろうというふうに考えております。それから、輸入のほうは、日本の経済動向によりますけれども、近い将来におきましては、現在のような均衡あるいは若干の輸出超過という好ましい状態が予想されるものと思います。
○武藤委員 そうすると、鉄鋼の問題にしても、あるいは食器類にしても、いろいろ自主規制をさせられ、輸入制限的な強硬なアメリカの態度が濃厚になってきても、昨年のような趨勢を今後もたどる、四十一年度あるいは四十二年度までぐらいを見通した場合に、ここ両二、三年間は去年のような推移をたどるであろう、こう見ておるわけですか。
○今村説明員 いろいろ問題は確かにございますけれども、全体としては対米輸出は好調な経過をたどるものというふうに私どもは予想しております。
○武藤委員 そこで、この貿易額から見ると、日本の特に外貨をかせぐ輸出市場としては、東南アジア——中近東は輸入超過で、たいへん日本のほうが入り過ぎておりますが、台湾、韓国、アフリカ、こういうところが日本の輸出超過国の代表的なところです。こういうところは、今日非常に国内が不安定で、輸出はしたものの、どうも政変があるとこげつき債権になって損をする。それが国家の資金で一応輸出入銀行の肩がわりみたいな形で、ときには国損を生ずる場合もあるであろう、こういう不安定な貿易構造でありますから、これをできるだけやはり変える努力をしなければならない。そういうような面における通産省の業者に対する指導というのは、一体どういう指導方針を立てて貿易構造の改善をしようとしたのか。たとえば、北朝鮮、中国、ソ連、こういうようなところから原料を入手して、さらにそれを販売する先をラテンアメリカ、こういうような方面や、改善しなければならぬEEC、その他の西欧諸国、こういうような方面にもっと向けていく、やはりこれは適切な国の方針を立てていかないと危険性を常に伴っていく、こういう感じがするのでありますが、その辺の指導というものはどういう方針を立てておるのでありますか。
○今村説明員 ただいま御指摘のように、貿易のバランスが、ある一定の地域に対して非常に著しい出超になっておる、それからまた、他の地域に対しては非常に入超になっておる、あるいはまた、一つの地域に非常に集中して依存しておる、これは理想的に申しますと、必ずしも好ましいことではございませんので、なるべく多元的に貿易を進めていくというのが基本的にはとるべき態度だと思いますが、ただ、現在発展途上の国は、ただいま御指摘のように、経済的にもたいへん競争力が不足しておりまして、生産費が高いというようなわけで、経済的な条件が悪い上に、場合によりましては、政治的にいろいろ不安定条件もありまして、いろいろ問題がありますが、結局、この発展途上国の経済力を高めていくということが、将来の日本の貿易の運命にも非常な影響がございますので、ただいまのところは、これらの国からの輸入というようなものも、経済原則だけに照らしますと、なかなか困難なのが実情でございますが、やはりこれは経済協力、借款の供与というようないろんな方法を組み合わせまして、なるべく発展途上国との貿易を推し進めていく、こういうふうに指導しておる次第でございます。
○武藤委員 通算局の方々にはまことに気の毒なんでありますが、きょうは私の持ち時間二十分という話で始まったのですから、せっかく足を運んでもらったのですが、あと二十二日の日に事務当局には詳しくお尋ねしたいと思います。 大臣に最後に一つ、インドネシアの焦げつき債権は幾らできましたか。今度の政変によって、国連脱退以後たいへんごたごたした国情で焦げつき債権ができた。これは幾らになりますか。
○福田(赳)国務大臣 大体二千万ドルぐらいかと思います。
○武藤委員 事務当局、いまの大臣の答弁、間違いありませんか。
○鈴木(秀)政府委員 本日現在幾らあるか正確に記憶しておりませんが、大臣の数字より若干多いのじゃないかという感じがしております。
○武藤委員 若干じゃないですよ。三千万ドルと日本経済新聞や他の新聞に発表しております。おそらくこれは政府の発表した数字だと思います。一千万ドル違いますよ、三百六十億円。これは大臣、ちょっとインドネシアに対する認識——つい最近インドネシアの問題について閣議をやったばかりではありませんか。私はそれをお尋ねするのでありますが、大臣、日本の政府は十五日の日ですか、閣議を開いて、インドネシアにこれから日本政府としては援助しよう、こういうことがきまったということが新聞に報道されました。十五日の夕刊に各紙一斉に出たのですから、あなたは閣議に臨んでおったと思うのですが、臨んでいましたか、これはどうですか。
○福田(赳)国務大臣 焦げつきの額は、十日か二週間くらい前の状況では大体二千万ドルですが、その後またふえてきたものがあるようです。多少それを上回っておる。しかし、おそらく三千万ドルにはいっていないのではないかというふうに思います。この間の閣議では、いま武藤さんのおっしゃったような状態ではないのです。今度政変が行なわれた、政局はきわめて流動的な状態だ、しかし、これが安定して援助を求められるという際には前向きで対処しよう。こういうふうな話でありました。具体的に何もありません。
○武藤委員 そうすると、閣議では具体的に何もきまっておらない。外務省が独走しておるということになりますか。外務省はインドネシア向けに経済援助をやるのだ、そうして三千万ドルの問題についても、西ドイツやオランダやその他の債権国との会議がなかなかうまくいきそうもない、そこで、これらの会議を待つまで時間的余裕がない、日本は独自でインドネシアの外貨危機を救済しよう、こういう方針を外務省としては打ち出しております。もし新聞がうそだというなら別ですよ。新聞なんかあてにならないといえば別ですが、新聞の切り抜きをはっきり読んであげてもいい。そうすると、一体、商売をやって貸しができて、しかも百二十日の手形でやっておると、あるいはまだこれから不渡り手形がふえるかもしれない。そうすると、債権額はまだふえるかもしれないですね。そういう事態のときにスカルノが失脚しそうだという報道があったら、とたんに日本政府は軍部政府をひとつ支援しようというような印象を与える援助を考える。これはどうも日本の民主主義を標榜する政府のとるべき態度ではないと思うのですが、大蔵大臣はいかがな見識を持っておりますか。
○福田(赳)国務大臣 外務省が何と言ったか、私、新聞を見ておりませんけれども、インドネシアの問題というものは、これは応急的な問題とそれから恒久的な問題があるだろうと思うのです。 応急的な問題というのは、インドネシアの民生に関する問題、当面非常に食糧が困窮しておる。そこで、政情不安の一つの大きな原因ともなっておるわけですが、そういう問題を一体どういうふうにインドネシアとすればしていくのだろうか、こういう問題がある。同時にもう一つは、日本を含めて、各国に非常に多額の債務を背負っておるわけです。この債務を一体どういうふうに処理していくか、こういう問題に当面しておると思うのです。これが見当がつかないというと、正常貿易は各国との間に始まらない、こういうことかと思うのです。それで、これはインドネシアがどういうふうに処置するかという問題、日本に直接関係のある問題ではございませんけれども、当面の対策については、インドネシア自体がいろいろ考えておるというふうに伝えられております。 それから恒久対策につきましては、これはやはりインドネシアが各国と正常貿易を始める、その前提として決済の計画を立てるというためには、インドネシアの経済再建計画というようなものがインドネシアとしてはどうしても必要である、こういう段階かと思うのであります。そういう経済計画が立ち、また、それに伴う決済計画というようなものもできるという際に、私はどこの国もインドネシアの問題を背負って立つというような国は一つもあり得ないと思う。そこで、自然に国際コンソーシアムというような問題がどことなく起こってくる傾向をたどるであろう、こういうふうに思うのですが、そういういろんな問題を飛び越えて、日本だけがインドネシア問題を引き受けるのだということを外務省が言うはずはない。もしそういうことを言っておるとすれば、これは独走であります。お話のとおりであります。
○武藤委員 私も実は外務省の独走だと大蔵大臣の答弁が出るだろうと思っておったのでありますが、結局、この責任は、為替局長ですか、輸出入銀行ですか、この三千万ドルの焦げつきについては、政府機関としてはどこが一応肩がわりして資金を出すことになりますか。輸出入銀行ですか、それとも別な機関で代位弁済みたいな形になっておるのですか。
○鈴木(秀)政府委員 ただいま滞っております三千万ドル、私、正確に覚えておりませんが、若干少ないといたしましても、その金額を前提といたしまして考えますと、大部分が民間の通常の輸出で行なわれたものでございますから、輸出入銀行が出しておるものももちろん若干はございますが、大部分は民間のものでございます。したがいまして、もし向こうが払ってこない場合には、保険の事故として、通産省にあります輸出保険特別会計のさしあたっての負担というものになるわけでございます。現在はしかし保険会計に全部がいっておるわけではございません。
○武藤委員 局長、これは次の二十二日の私の質疑までの間にひとつ資料を整えて、民間ベースで完全にやっているもの、あるいは輸出入銀行を経由して、輸出入銀行が代位弁済みたいな形で支払うもの、それぞれ性格の違う取り引きについては資料で提出願いたい。きょうは、せっかく皆さんに足を運んでいただいたのでありますが、春日委員との約束がありまして、非常に簡単な質問しかできないで政治論だけで、これから詳しく、こまかく二十二日には質問したいと思いますから、きょうはひとつ御了承願いたいと思います。 これで、私の質問を終わります。
○三池委員長 春日一幸君。
○春日委員 私は、所得税法、法人税法並びに相続税法の三税法、いよいよ煮詰まっておるようでございますので、この三案に関係をいたしまして、特に政策的見地から大臣に所見を伺って、今後の善処を求めたいと思います。 第一番にお伺いをいたしたい点は、事業所得者の専従者控除の問題についてでございます。一体、この税法の中で事業所得に対する専従者控除の制度が設けられております政策目的は何か、また、その理由は何か、まずこの点について御答弁を願いたい。
○塩崎政府委員 お尋ねは、現在事業所得者についてございますところの専従者控除の趣旨いかんという問題だと思います。御存じのように、事業所得は当然収入から必要な費用を控除したものが所得でございます。費用の中にどういったものが入りますかは、これは企業経理の慣行その他できまるわけでございますが、もちろんその中に、使用したところの、従事した従業員に支払いました費用が入ることは当然でございます。そこで問題は、家族労働に対する報酬が事業所得をあげるに必要な費用として控除されるかどうかという問題になろうかと思います。私どもは、厳密な意味におきましての費用というものは、法律上の契約的な費用だと思うのでございます。そのような意味におきまして、他人を使いました場合に支払った労賃は、契約上の費用といたしまして、これは当然費用を構成すると思います。問題は、家族労働に使用した場合にどうなるかということでございます。御存じのように、現在の日本の家族社会のもとにおきましては、親子間あるいは夫婦間におきまして法律的な雇用関係ももちろんございませんし、さらにまた、それに基づきまして法律を適用した上での厳格なる賃金支払いというものは見受けられないのでございます。しかしながら、現実に他人に支払った場合には、その支払った給料は費用として控除できるのに、なぜ家族労働を使った場合に控除できないかといった問題がその次に提起される問題でございます。ことに、その中小企業者が、かりに法人企業の形態をとった場合には、その事業主を含めて雇用関係が成立いたしまして費用が認められる、それとのバランスから見てどうであろうか、こんなようなことが思われるわけでございます。そのあたりはなかなか日本の家族社会に根ざした深い慣習がございますので、むずかしいわけでございますが、そういった家族労働報酬の費用性を幾分考慮しながら、しかもまた、家族労働報酬についての税務上の認定を容易にする意味におきまして、画一的な基準ではございますが、税法で一定の限度を青色申告者に画し、白色申告者につきましては、所得金額を一定いたしまして控除しているのが、専従者控除の趣旨でございます。
○春日委員 時間もだいぶ過ぎておりますので、できるだけ簡潔に、要点を集約して私も質問をいたします。しかし、塩崎局長の御答弁は、まるでずぶのしろうとにかんで含めるような御答弁で、不肖のごとき大ベテランに対しては無用に存じます。だから、論理の骨子を整理してひとつ御答弁願いたい。あと二点でございますから。 それで、この制度を設けた趣旨というものは、これを整理して申しますならば、所得を得るに必要なる経費というものは、法人ではこれが損金に算入されておる。したがって、法人と個人との負担の均衡をはかるという観念からこういう制度が設けられたと見るべきではないか。他人の労働の対価として支払ったものは経費として損金算入を認められておるが、家族従業者についてはそこに若干の不明確さがあるので、最高限度額を法定したものと見るべきである。だから、整理して言うならば、法人と個人との負担均衡の原理の上に立ってこういう制度が設定されたものと見るべきであると思うが、この点いかがですか。
○塩崎政府委員 私は、法人企業ならば控除できる点も加味されてこの制度はでき上がっていると思いますが、これによって完全に法人、個人とのバランスをとる意味で設けたとも考えておりません。
○春日委員 もとよりそれがオールマイティではございません。負担の均衡をはかるということを一つの目的とし、同時に、中小商工業者の担税力並びに中小企業の安定と振興等をはかって、そして中小企業所得の負担の軽減をはかるという政策的意図というものが加味されてこういうものが設けられた、こう判断すべきであろう。その他の要素もあるでありましょうが、大体大筋は二つのものではないか、いかがですか。
○塩崎政府委員 政策的意図となりますと、なかなか私はむずかしい表現だと思いますが、家族労働報酬を払う企業の担税力を考えた点は、税法上でございますから当然考えられていると思います。
○春日委員 だとすれば、二つのものが中心になって、そこに徴税理論と経理の実態というものを勘案しながら支払いのマキシマムを設定した、こういうふうに判断すべきであると思うがいかがですか。
○塩崎政府委員 お尋ねは、なぜマキシマムをこういうふうに設定したか、こういう御趣旨かと思いますが、マキシマムは、これは私が最初に申し上げました、わが国の家族労働報酬の実態、さらにまた、納税者と税務署との間のトラブルを少なくするという意味からこのマキシマムができ上がっている、かように私は考えております。
○春日委員 私は、あとで大臣に政策的に問題点を説明願いたいと思うのでありまするが、いままでは、すなわち、二十歳未満の者と二十歳以上の者と三万円の格差がございましたね。ところが、今度はこれを一律にしてしまった。この積極的な理由は何でございますか。
○塩崎政府委員 これまで二十歳という区分を置いておりましたのは、春日委員御存じのように、私が最初申し上げました概括的な基準でございますけれども、二十歳程度を境にいたしまして家族労働報酬の金額は間違いがあるのであろうというふうに考えておったのでございます。しかし、今回これを改めましたのは、先ほど申しました、これは最高限でございます。青色申告者につきましては、二十四万円というのは最高限でございますし、さらにまた、扶養親族控除につきましても年齢区分をやめたことと同じように税務の簡素化をはかりたい、こういう趣旨でございます。
○春日委員 だから、最高限というのは一人当たり二十四万円ということでございまして、家族専従者が三名あれば三名、五名あれば五名、こういうことでしょう。
○塩崎政府委員 一人当たり二十四万円ということでございますから、配偶者その他子供さんが専従者ならば、そのような計算になります。
○春日委員 家族間の雇用契約というものが不明確である、幾ら払っておるかということに対してなかなか立証しがたい、こういう立場から、その立場をも含めてこのマキシマムが設定されておると思うのでございます。その理論については、われわれはそのマキシマムがはなはだ低いので、したがって、これは十八歳以上二十歳までの者も二十歳をこえる者も大体同じであるべきであるという所論を長らくやってまいりました。ようやくそのわれわれの主張が今回実現を見たというわけでございまするが、一方、このような質疑応答を踏まえて私は大蔵大臣に伺いたいと思うのでございまするが、今回の制度の改革によりまして、青色申告は二十四万円に引き上げられた。できるだけその実費弁償が現実に即するようにこれを高めようという意味で高められてまいったと思うのでございます。しかるところ、この白色申告は青色申告に比べて九万円の格差があるわけでございます。言うならば、いままでは白色申告は十二万円であったものが、二十歳未満については十五万円、十八歳未満については十八万円ということだから、三万円と六万円の差しかなかったものでありますが、今度は一律に九万円の格差というものがあらわれてまいったのですね。由来、この専従者控除というものを制度として設定した趣旨というものは、一つには、これは法人と個人との間の税負担の不均衡を是正しようという目的もあるし、あるいは中小企業所得者の負担の軽減をはかろうというような意図もあるし、それから、事実上家族相互間における雇用契約というものに基づいての支弁というものについても、これもなかなか立証しがたいという面等もあって、おのずからそこにマキシマムが設定されてその調整がなされてまいっておるわけでありまするが、これらの三つの要件は、白色申告と青色申告との間にこのような大きな格差を設定しなければならぬという積極的理由は発見し得ないと私は思う。すべからくこれは同一になすべきである。法人と個人との間の負担の均衡であるならば、青色も個人であるし、白色も個人である。個人企業であることには変わりはない。両方とも中小企業者であることに変わりはない。政策的にフェーバーを授けなければならない対象として、資格、条件上何らの差異はない。それから、支払いの事実関係の実証についても、その不明確さについては同じことである。同様のものが、白であるのと青であるのとによってこのような大きな開きがあるということは、これは徴税理論上あるいはまた政策上論理が合わないと思うし、実態に即さないと思う。このような格差を特につくらなければならないという理由は一体何であるか。
○塩崎政府委員 仕組みでございますので、私からちょっと趣旨だけ申し上げたいと思います。春日委員から基本的な仕組みにつきまして御質問がありましたので、私から大臣の御答弁の前にお答えを申し上げたいと思います。 青色申告者と白色申告者によりまして、専従者控除の仕組みが相当違っておることは御指摘のとおりでございます。このことはなぜかと申しますと、私どもの考え方では、やはり青色申告者は、現在の税法のもとでは、企業と家計は分離したものだ、個人企業形態ではございますが、法人企業形態まで至らないものにつきましても、企業と家計は分離したものである、これが第一点であります。したがいまして、その報酬を支払ったならば、その支払い金額は明瞭に家計から分離されてついておる、こういう前提に立っております。したがいまして、仕組みは、この二十四万円というのは最高限でございまして、給与を支払う、たとえば十八万円でもいい、十七万円でもいい、十五万円でもいいという考え方に立っております。そこは企業形態を認識しておりますものでございますから、家族労働の報酬を青色事業者は事業主の立場で判断できる、こういった立場でございます。 それから第二に、この青色申告は中小企業者には相当利用できる制度でございます。簡易帳簿もございまして利用ができる、したがって中小企業者は青色になれる、そういうふうに考えております。一方、白色申告者は、御存じのように、農業所得者を対象として私どもはその仕組みを考えております。農業所得者は、御存じのように、帳簿をつけることになじまないもの、企業と家計というものが分離できないものという前提が私どもには強く考えられるのでございまして、そういった意味では、帳簿をつけなくても、専従者の要件として一定限度の、たとえば労働時間、そういった簡単な外形事情から判断いたしまして家族労働報酬を概括的に引こう、こういう趣旨でございますから、十二万円は、たとえ十二万円支払わなくても十二万円を引く、今回これを十五万円といたしましたのは、そういった趣旨ででき上がっておるのでございまして、さらにまた、この専従者控除は、白色者につきましては、いま申し上げましたように農業所得者を頭に置いておりますので、農業において立証される他人労働、農村労働における支払い賃金を主軸として考えております。中小企業はできる限り青色申告者になっていただく、そうしてまた、青色申告者の最高限度ではありますが、二十四万円の専従者控除を利用していただく、かように考えております。
○春日委員 ただいまの御答弁によると、このような専従者控除の恩典、恩恵というものを特に青色に高めておくことによって、白色を青色化せしめるというような指導的効果といいますか、えさでつると申しまするか、こういうような意思がひそめられておるように私は承りまするが、とにかく、現実の問題として白色申告という農業者以外の納税者は相当あるでございましょう。いかがですか。
○塩崎政府委員 青色申告の普及状況につきましては、先般国税庁の次長から御説明がございましたが、約五四%、営庶業者についてございますが、それはだんだんと率は高くなっております。先般申し上げましたように、今後はまた青色申告者の簡易帳簿の制度をさらに簡素化いたしまして、これを普及せしめたい、かように考えております。一方、農業者について見ますと、青色申告者は三%くらいしかない、こういう実情でございます。
○春日委員 いずれにしても、四七%のものが白色申告なんでございましょう。五三%が青ならば、残されたものは白、四七%という多数のものが白色である。だとすれば、このような専従者控除という制度が政策的に必要とされ、制度化されておるという根源の理念にさかのぼって判断をすれば、これは機会均等、同じものであっていいと思う。問題は能力の限界だと思う。われわれは、その点を高い政治的立場に立ってものごとを判断せなければならないのでありまするが、すでに青色申告の制度が制度化せられてからこれが残存してまいった実績は認めなければ相なりませんけれども、相当の年月をかけてもなおかつ青色化することのできないというものは、もう能力が非常に乏しいものであると判断をすべきであろうと思う。力の限界の問題であろうと思う。何といわれたって、税金が重かろうと軽かろうと、そんなものはできないんだ、どんぶり勘定でやるしかないんだ、こういう人々が現在の徴税行政に対応し得る納税者の実態ではないかと思うのです。だとすれば、制度というものは、青色申告にせしめるために税法があるわけじゃないのですよ。負担均衡の原則、応能、たとえば、担税力ある者には強く、担税力なき者には薄く、こういう立場から制度が編まれておるのでございまするから、いよいよもって、担税力の乏しき者に対しては、税法はやはり担税力乏しき者、能力乏しき者に対しては、私は、法律のフェーバーは最高限度に適用されてしかるべきである、極言するならば、青色申告にもならないような、どんぶり勘定をしておるような働きの商売人、こういうものにはできるだけの減免措置が十二分に行なわれていいと思う。税金の法律というものは、そういう連中を青色申告に持っていくために組み立てられているものではない。それは一つの便宜的な手段にしかすぎないのであって、本質的な問題ではない。本質を忘れてはいけないと思う。便宜的に本質が変えられてはいかぬと思うのですよ。だから、本質は何であるかといいますると、冒頭中し上げたように、これは負担均衡の原則があるではないか、中小企業に対する保護政策が含蓄されておるではないか、このような二本の柱の上に立って判断すれば、白も青も同じように二十四万円にされてしかるべき問題であると思うのです。この問題は、私がいまここに唐突にこれまた意見を述べておるわけではない。これは業界あるいは徴税学者の間においても少なからず強調されておる理論でもあるわけなんです。政治家として大臣は、このような問題点についてどういう判断をされますか。
○福田(赳)国務大臣 専従者控除の根本趣旨は、あなたのおっしゃるようなことと思うのです。しかし、それを具現するやり方が、これは青色と白色と違っておる、こういうところを問題にされておるようでありますが、これは制度のたてまえがそういうふうに自然になってしまうのです。つまり、青色でいいますれば、これは限度をきめているのですから、その限度内において実際幾ら払ったか、こういうことなんで、これは青色でいえば、ほんとうは限度を設けないで、そして現実に支払いをする、そういう額を採用すべしという議論もあるくらいなんです。そうするという議論も立つわけなんです。ところが、実際問題として、家族労働者だと判定困難だというので、税務署と個人との間のトラブルをなくそう、こういうことから限度というものを引いておる、こういうことなんですね。ところが、白色のような、現実に幾ら支払うのか、これはもう帳面があるわけじゃないのですから、全然わからない。これは天下りというか、ある一定のところでやらなければならぬ、こういうことになるわけでありまして、したがいまして、どうもあなたのおっしゃるように、かりに白色を青色と同様にするということになると、今度は青色に不利になっちゃうのです。青色のほうはその限度内において実際の支払った額、それを採用する、こういうことになりますので、これはもうあなたのお話を実際化しようと思うと、税率の変更というようなことでなくて、もう少し根本的な改正にまで発展をする、そういう問題かと思うのです。
○春日委員 私は、これは大臣が十分そしゃくされていないのではないかと思われるのであります。というのは、この最高限度額の設定なるものが、うんと高いものであればよろしい。ところが、実際に二万円といえば、いま二万円くらいの実質給与なんというもの、月給なんかありはしません。実際問題として二十歳を過ぎた者、あるいは三十歳、三十五歳の働き盛りの者であってとにかく二十四万円、月給二万円以上の支払いは認められないのだから、それは不確定要素というふうに断定して、とにかくこの程度までは払ったものとみなそうということで、事実上月給二万円までということになっているのでございましょう。実際の社会通念上、サラリーの現実というものは相当の年輩の者、二十歳を過ぎた者が二万円かれこれの給与というようなことはあり得ないけれども、実際に支払われた額を支弁せしめるというのであるならば、これは法人のほうと同じことになっちゃうのだが、法人成りにしないで、個人の形でそのような負担均衡をはかっていこうということであるならば、払ったか払わぬかわからぬし、家族従業員はその他にも便宜を受ける面もあろうからということで、いろいろな要素がからみ合って、実際の経済社会では、うんと、三万円も三万五千円も払われておるものを二万円に押えておこう、こういうことを十分念頭に置いて判断をするならば、白色においての最高限度額というものも、これは私は青色を念頭に置かないで、経済社会において支払われておるその通常のサラリーというものを念頭に置いて判断をすべきものであると思うのです。そういう意味だから、私は何らかのハンディをつくらなければならぬとしても、いままでのハンディは三万円と六万円であったものが、一躍ここに大きく間隔を置くに至ったわけです。九万円という形になってきたわけですね。一方、徴税理論をなす者たちの研究によれば、これは理論的に一緒であっていいのだ、政策的に一緒であっていいのだという理論も現存しておる。そういう中で、それに逆行して、断層を大きくするということは、私は非常に矛盾撞着が大きくここにあらわれてきたものではないかと思うが、この点どうなんですか。最高限度というものは、実際社会で払われておる月給よりもうんと下に押えられているのですよ。うんと下に押えられておるその中で、さらに青色との間にそんな三割以上の開きをつけるということは不当なことである。税法は機会均等の原則の上に立たねばならぬのであるから、同じ個人企業であり、同じ零細業者であるそのものが、青色であるのと白色であるのと、色だけでそんな大きな開きをつけるということは、私はあまりずぼら過ぎると思う。あるいはずさん過ぎると思う。この点どうですか。
○福田(赳)国務大臣 春日さんが、二十四万円、つまり月二万円ではどうも低過ぎる、そういう議論なら議論として私はわかります。しかし、最高限度額である二十四万円と、そうじゃない一律にどんぶり勘定下においてきめなければならない白色の場合の控除額、それとを一緒にすべしという議論は私はわからぬ。
○春日委員 とにかく、青色申告は家族労働であり、同一生計の中にある者に対象が限られておるわけです。だから、親とその子供ぐらいのものじゃないですか。女房ぐらいのものじゃないですか。そういうような親子関係で、給料が幾ら払われておる、幾らもらったかという立証は事実上できない。一方的に言うたものを取り上げていくしか現実の問題としてないではございませんか。だから、そのような意味において、その所得を得るに必要な経費というものが法人では見られておるが、はたしてその経費がかかっておるかどうかも立証できないから、実際は、最高限度をこの限度に押えていこうという二十四万円の設定であるから、これ以下であるという場合は少ないであろう、こういうことで、うそをついたって、それはつきようがないのだ。それを見破るというのではなくて、うそをついたところでそれは全然効力のないうそである。こういう形にするために、経済社会における一般的給与よりもうんと下に二十四万円ということが設定してある。だから、その立場に立って、白色と青色とをどうするかという判断を求めていけば、こんなものは同じであっていいではないか、こういうことになるじゃないですか。これは主税局長の答弁を求めてもよろしいが、私は、この点は大臣がもう少し実態に即してぼくの質問をそしゃくされて御答弁にならぬと、いつまでたってもこれは解決がつかぬ問題だと思うし、ぼくは思いつきで言っておるのじゃない。これはひとつの徴税学者たちの意見を根拠に——全部の意見がそうだとは言わないけれども、そうして、多くの中小企業者の要望もそこにあるので申しておる。このような中にあって、やはりその気になって判断をするのと、拒絶的気がまえの上で答弁するのとではだいぶ違うと思う。こういう問題は非常にアローアンスのある問題ですから……。
○塩崎政府委員 ただいま私も申し上げましたように、この制度は現在のわが国の中小企業あるいは農業の実態に立っている制度だと思うのでございます。おっしゃるように、企業と家計が完全に分離し、さらにまた、その分離のもとにおきまして、家族労働に対しまして適正なる報酬が支払われる慣習がつきますれば、あるいは春日委員のおっしゃるようなことが私はでき上がると思うのでございます。そういった意味では、外国におきましてはこんなような特殊な制度はございませんが、しかし、ドイツなどの例を見てみますと、家族労働報酬がはたして適正であるかどうか、自分の事業主に帰属する利益が、子供に相続税の目をかすめて入っているのではないかというような判例がきわめて多く出ておるのが実情でございます。私は現在の制度は完ぺきだと思いませんし、青色と白色の区別があること自体、決していい制度であるとは思いませんけれども、いまの現状において、これはやはり現状に適した制度ではないかと思うのでございます。青色申告者に対しまして二十四万円となって、その低さがまだ訴えられ、完全給与制度の声はあるのでございます。しかしながら、家事労働をしながら、同事に店の手伝いをする配偶者等につきまして、はたしてこれがどの程度引かるべきかどうか、盛んにいろいろな面から批判もございます。ことに、配偶者控除は、いつも議論になっておりますけれども、家事労働しか扱わない給与所得者の配偶者は十三万円である、ところが、家事労働の合い間手伝う中小企業者の奥さんは——そこまで労働の認定がまさしく良心的にいきますればいいかもしれませんが、二十四万円までいき得る、このあたりに私は税務のいまの現状においてなかなかむずかしさがあろうかと思います。さらにまた、白色者につきまして、これを青色申告者というような帳簿をつけさして給与を支払わすことがなかなかむずかしい面もあり、そうかといって、これを全く扶養親族並みに、昭和三十五年以前のように扱うことも現状ではむずかしい、ことに農業後継者等の問題もたくさんございます。そんなようなことを考えますと、春日委員の言われる家計と企業を分離するような方向、私はそういった意味で、先般大蔵委員会で申し上げましたように、青色を簡素化して、全般的に青色になっていただくのが中小企業としていい道ではないか、これはなかなかむずかしいのでございますが、これはひとつ別途の方向で、やはり同じような帳簿をつけるようなことを進めていただく、そして、青色と白色の区別をなくする方向に税制を持っていきたい、こんなふうに考えております。
○春日委員 私はもう少し問題の力点を変えてお伺いをいたしますが、その観念でいままでやられてきたと思う。ところが、二十歳未満の場合、いままで青が十五万円であった、白が十二万円であった。その差額は、白の立場からすると二割五分の差です。差が二割五分でしかなかった。ところが、今度の十五万円から二十四万円になったということは、六割の差ということになるのですね。これは現実の問題として刮目すべき事柄である。青と白とは似たような立場であって、同じような実態なんだけれども、ただ帳簿のつけぐあいによって違うのだからということで、十八歳未満の差が二割五分でしかなかったものを、今度はことさらに六割の開きが二十歳までの場合はあらわれてきた。特に家族専従という形になれば、私は未成年の者が多かろうと思う。一人前の者になれば世帯を持っていく、独立の生計を営む形にもなろうし、あるいはよそへ働きに行く場合もあろうし、だから、十八歳以上二十歳までの比較的家族専従に従事する度合いの多い面において、いままで青白の関係では二割五分の差が今回六割の差を生ずるに至った。こんなに大きな開きをつけなければならぬという積極的な理由が政策的に私はどうしても理解できない。この点どう思いますか。
○福田(赳)国務大臣 主税局長に答弁いたさせます。
○塩崎政府委員 いま青色申告者につきまして完全給与化の運動があることは御存じのとおりでございます。したがって、青色申告者の立場から申しますれば、まず限度を置くこと自体がいけない、こういう御要望のあることは御存じのとおりでございます。そういった御要求もございますが、一方、私が申しました、非常にむずかしい家族労働の実態、さらにまた、家族労働の実態もさることながら、給与所得者その他の税負担のバランスも現在において国民から訴えられるところでございます。家事労働と生産労働との面の区別のむずかしさ等を考えますれば、やはりいまのところ限度を置かざるを得ない、しかし一方、家族労働報酬も最近の賃金の上がり等を考慮しなければいけない、そのあたりの悩みがございますが、そのあたりをしんしゃくいたしまして、青色申告者につきましては、税務の簡素化の見地を考慮いたしまして大幅に引き上げたのがこの二十四万円でございます。 そこで、白色申告者についてなぜ引き上げなかったかという点が春日委員の御指摘でございます。私は青色申告者と白色申告者の帳簿のつけ方が違う点もあろうかと思いますが、しかし、営業者はいまの帳簿の程度ならば青色申告者になれると思うのでございますが、帳簿をつけないとしても、費用の理論から見ると、白色のほうは企業と家計が分離していないとすれば、それでも一律的に引かざるを得ない、そういたしますと、私どもは、農業所得者を中心として、その家族労働報酬を、画一的でございますが、一律に認定せざるを得ない。そうなりますと、二十四万円という数字はどこからも出てまいりませんし、農村におけるところの他人労働の報酬の対価は、まずまず十五万円程度と見て済むのではないか、このあたりに根拠を引いて一律に控除すれば足りるのではないか、こういうふうに考えたのでございます。
○春日委員 一体、農業所得の、その所得税というのはどのくらいあるのです。
○塩崎政府委員 農業所得は、現行法で課税額といたしまして二十億七千九百万円でございます。改正後といたしましては十五億四千万円になる見込みでございます。
○春日委員 それでは、その二十億円に見合う農業所得以外の所得はどのくらいです、二十億円の対象になる事業所得は。
○塩崎政府委員 営業所得者の税額は五百九億六千四百万円でございます。その他の事業者は二百二十八億四千三百万円、これは現行法でございますが、これだけの税額がございます。
○春日委員 だから、この白色の制度というものの大部分のものが農業所得者だと思う。そこに基礎を置いて制度を考えるということは、私は適当でないと思う。実際問題として、わずか二十億円のものじゃありませんか。だからこの際、時間もこんなふうに詰まっておりますから、これはもう口げんかでなしに、ほんとうに政策的な立場、根源にさかのぼって大臣に御考慮願いたいことは、この専従者控除というものが制度として制定されておる趣旨を忘れてはならないということなんです。だから、この法人との負担の権衡、中小企業政策がそこにありということが主たる趣旨でありまするならば、青も白も同じ資格条件を持っておるものであって、ことにその場合、白なるものは記帳の能力のない者である。しさえすればこれだけの恩典が受けられるのに、なおそのことを知りながらなし得ていないということは、その者自体の能力というものを判断すべきであると思う。能力のない者に重く、能力のある者に軽くということは、やはり理論としてぴったりこないと思う。私の論述は、少なくとも徴税理論の上からいって正確でないかもしれないけれども、政策的にはこういうことが言えると思う。青色申告記帳もできないような者は、家族の中においてもそういう能力者がない。また、そういう帳簿係を雇うこともできないというようなことで、実に衰れなことだろうと思う。そういう者に対して不利益を与えていくのは、一体どこが悪いのか。しかも、その二十四万円の設定というものは、現実に支払われておるものよりもはるかに下に押えられておる。なぜか。それはほんとうに払ったか払わぬかわからぬから、立証ができないから下に押えられておる。うんと下へ押えたならば、おそらくはうそを言ったところで効果がないというところが一つのきめ手になされておる。だとすれば、白の諸君だって、こんなに二十四万円まで見たからといっても、それが一体どうなるのでありますか。理論がそこで何かくずれてきたりする心配は断じてないと私は思う。だから、この問題については、時間もこんな状態でございますから、大臣において、もう少しこの中小企業政策のデリカシーをあなたが……。(発言する者あり)実際問題として、いいことはここではこなしていこうということで、従来、伝統的に大蔵委員会は、幾つかの税制の改善、改革の実をおさめてきたと思うのですよ。だからこの理論も、私がいまここで唐突に思いついて言う理論ならば、未そしゃくな理論として、いまのような原始的な答弁、在来の既成観念に基づいた答弁が繰り返されておってもいいと私は思うけれども、これはすでに何回か年月をかけて論じられてきたことである。そうして、いままでだって、制度に格差があったのだから、格差をなくしようと言っておるものを、二割五分の格差から六割まで格差を広げてしまうというようなことは——まさに異様なことをなくしようと言っておるものを大きくするなんて、そんな意地の悪い仕打ちがありますか。そういう意味で、ひとつ大蔵大臣もこれは過去のいろいろな記録や主張や学者の意見も聞かれて、あなたの心にやはりこたえるところがあったら、真剣に将来の制度改革としてこの問題を検討してほしいと思うが、御所見いかがですか。
○福田(赳)国務大臣 この制度がある根源は、あなたのおっしゃるとおりなんですが、しかし、その適用の対象が、ちゃんと帳面をつけているところと、どんぶりのところと、こういう違いがあるのです。これを技術的にどうするかというと、一方においては最高限制でいく、一方においては一律主義でいく、こういう違いになって出てくるわけなんです。しかし、そういう制度が実態を見てどうだ、こういう問題はあろうかと思いますが、そういうことから、なお今後の検討問題としてよく考えてみる、かようにいたします。
○春日委員 それでは、考えてみるということでございますから、ひとつぜひ御考慮を願いたい。この問題は、実際問題として、あなたのほうが農業所得者を対象に置かれておるのだけれども、実際には、事業所得者という白色申告者がたくさんあるのであるから、事業所得者の白色申告と事業所得者の青色申告との均衡の上において、この問題は再検討がなされることがきわめて望ましいと思うので、ただいまの大臣の御答弁もありましたから、この点については十分御検討を願いたい。 なお私は、二点ばかりお伺いをし、要請をいたしたいと思いますけれども、時間がこんな状態でございますから、この問題は、法案が上がった後においても、今後の税制改革の問題点として、後日の時期を選んで質問をすることにいたしまして、本日は、この時点で私の質問を終わることにいたします。
○三池委員長 次会は、来たる二十二日午前十時より理事会、十時十分より委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後六時三十九分散会