体育振興に関する特別委員会 第8号
- 発言数
- 33 件
- 登壇者
- 7 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1966/03/30
会議録
○福永委員長 これより会議を開きます。体育振興に関する件について調査を行ないます。 本日は、国民の健康、体力つくりに関する問題に関しまして、参考人から意見を聴取することといたします。 御出席の参考人は、東京大学教育学部助教授江橋慎四郎君、国立競技場理事西田泰介君の御両人でございます。 この際、委員長より一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用中にもかかわらず、わざわざ本委員会に御出席くださいまして、まことにありがとうございました。 この際、私から総括的に二言御意見を承ります。 かりに、ここに一定の予算五十億円を使用することといたします。そうしますと、国民体位の向上にはいかなる政府の施策が最も望まれておるとお考えでありますか、参考人にお伺いいたします。西田参考人。
○西田参考人 西田でございます。ただいまの委員長の御質問に対しまして、簡単にお答え申し上げます。 国民体位向上のための施策としてはいろいろございますが、現在、私どもが考えまして最も必要であると思っておりますのは施設の整備でございます。もちろん、指導者もこれに伴い、また適当な行事も相伴ってまいりませんと、その運営は適切にいかないかと思いますけれども、まず施設を整備していただくことが、国民体位向上の第一の要件ではないかと思っております。 ここで申し上げます施設とは、非常に大規模な、あるいははなやかな、あるいは競技本位の施設ということではなくて、だれでも使用できるような、簡単でかつ便宜な体育施設ということを申し上げておるわけでございまして、現在の日本の状態から見まして、これが最も不足しておることではないかと思っている次第でございます。
○福永委員長 次に、江橋参考人。
○江橋参考人 ただいま御紹介にあずかりました江橋でございます。 いろいろ申し上げたいことはあると思いますけれども、やはり私も根本的には、そういうスタンドがついたりっぱな競技施設ではなくして、もっと国民の一般の人たち、特に働く青少年たちが、ひまなときに思う存分遊べるような場所をつくるということが、第一番目に大事なことではないかというふうに私も考えております。 そこで、ただ運動施設というと、どうしても従来のような考え方にとらわれがちではないかと思いますので、私は、かりにそれを国民のレクリエーション広場とか、あるいは建物とすれば、それを国民のレクリエーションセンターとか、あるいはプールにしても、従来のような競泳規格型のプールではなくして、もっとやはり楽しめるような、国民のレクリエーションプールとか、そういうような形の施設をひとつ思い切ってつくってみるということが考えられるのではないかと思うわけでございます。 それと同時に、従来はややもすると、ただ場所さえつくればそれでいいのだという考え方がたいへん強かったのじゃないか。また、場所をつくっても、人はいてもせいぜいその施設を管理するという人だけであって、その施設を中心にしていろいろなプログラムを組み、それを指導するという、人の面の配慮というものがたいへん足りなかったりではないかと考えますので、そういう一つの施設というものをつくれば、そこには必ずそういう人がいて、そこに来た人たちにやはり指導を——というのは、何も学校の先生が子供たちに教えるという形ではなくて、やはりそこで思う存分手足を伸ばすことができるような指導の手を差し伸べるような人を、必ず常置するというような方向で考えていただくことができれば、従来の日本の体育施設のあり方ではなくして、そこに一歩進んだあり方というものが出てくるのではないかというふうに思うわけでございます。できれば私は、そういう指導者の養成ということに関しても、従来は学校体育の指導者しかわが国は養成をしておらないわけでございますけれども、こういう機会に、そういう新しい社会体育の分野で活動をする指導者養成ということまで考えていただけるようになれば、これは今日ではなかなかむずかしいことだと思いますけれども、やはり十年後、二十年後の日本の将来の社会ということを考えるならば、そういう社会体育の面で働く人たちが、これからはどんどん育ってきていい時代になりつつあるのではないかというふうに考えるわけでございます。
○福永委員長 これより懇談に入りたいと思います。 ————◇————— 〔午後一時三十四分懇談会に入る〕 〔午後三時十二分懇談会を終わる〕 ————◇—————
○福永委員長 これにて懇談会を閉じます。 これより委員の質疑に入ります。古井喜實君。
○古井委員 質問をいたしますについて、若干意見を述べながら質問をいたしたいと思いますので、お含み願いたいと思います。私は、個人個人のしあわせの上から申しましても、また社会の発展、繁栄の上からいたしましても、またわれわれの民族が永遠の隆盛をはかっていきます上からいいましても、一番大事なのは、やはり強健な国民をつくることだ、そう思っておるのであります。つまり、病気のない活動力に満ちた強くたくましい人間をつくる、これが根本だ、こういうふうに思っておるのであります。それで、そのための健康、体力つくりには、申すまでもなしに、第一には適度な運動とからだの鍛練という問題があります。第二番目には、栄養と食生活の改善という問題があります。第三番目には、平素の健康管理という問題があるわけであります。そのほか、公衆衛生の向上とか生活環境の改善とかいう問題もありますけれども、個人個人の努力によって相当大きな部分が達成できるものでは、やはり運動とからだの鍛練、それから栄養と食生活改善、それから平素の健康管理、こういうことだと思うのであります。 そこで、第一の適度な運動とからだの鍛練の問題がありますが、実行しやすいのは、御案内のように歩行運動であります。これはめいめいの生活の中に織り込んで歩行運動を日常実行する、こういう問題になってくると思うのでありますが、しかし、この歩行運動にも限度がありまして、生活事情あるいは天候、そういう制約を受けまして、必ずしも日常できるわけにもいかぬ。そういうことを考えますと、もう一つはやはりからだの鍛練として、簡易な、合理的な健康体操などをやる習慣をつけることが、非常に有意義だと思うのであります。 そこで、この関係には三つばかり大事なことがあるように思うのでありますが、一つはそういうことをいたします場所、施設の問題、一つは指導者の問題と、一つは組織の問題、こういう三つの問題があるように思うのでありますが、どれも整わなければ発展いたしませんけれども、場所がまずもって非常に足らぬように思うのであります。そこで、場所がないことには指導者も組織も生まれようがないというわけでありますから、甲乙があるわけじゃありませんけれども、まずもって運動、体育の場所を全国津々浦々に普及するということが必要ではないかと思うのであります。いわば町という町、村という村に簡易な、庶民的な体育館、それから屋外の遊戯運動場、それから簡易な遊泳場というかプール、この三つのものをできるだけ全国に、大きなものでなくてもいいから普及していく、こういうことを考えることが緊要なように思うのであります。文部省のほうで、あるいは学校の体育施設、あるいは公立の体育施設などについて、いままでの行政ペースにおいてこれを拡充し整備していっておりますが、これもまだ実は十分完備するまでに至っておりませんので、これもやっていかなければならぬ。けれども、一方庶民的な、簡易な体育運動場というものを普及するということもほうっておくわけにはいかない。私は、国費に少しでも余裕があるなら、文部省でやっておるきちんとした体育運動場の普及を、極力急いだらいいと思うのであります。それからまた、何らか特殊な財源でも考え得るならば、庶民的な、簡易な体育運動施設の普及をまた一方においてやっていって、両々相まってこれを全国的に整えていったらどうだろうか、こういうことを思っておるのでありますけれども、その辺について、きょうおいでの西田さんにしても、江橋さんにしても、どういうふうなお考えをお持ちになるかを私は伺いたいと思うのであります。なおまた、さっき申しました栄養とか食生活の改善、それから平素の健康管理の問題もいろいろあると思っておりますが、それはまた次の機会に譲りたいと思います。 そこで、さっきの問題については、全国に普及させる、こういうことになれば、国民一人一人に非常に身近な施設になるのであります。大都会あるいは都市に完備したものが少数あるというのでは、見る運動競技のための施設になってしまって、実行するための施設になかなかならないように思うのでありますので、そのような考えを申し上げたわけであります。これは一挙にはできませんから、やはりどうしても相当長期の構想を持っていかなければならぬではないか。そう言っても、しかしあんまり長い、何十年というような計画でありますと、いかにも実現性の希薄なものになりますので、たとえば、第一期五カ年計画くらいはまず具体的なものとして持つ、それから第二期、第三期式にいって、この二十世紀はまだ三十四、五年あるのですから、二十一世紀に臨む全体的な雄大な構想のごときものを描き、その第一期の問題として、たとえば五カ年計画を考えるとかというくらいの大きな気持ちでこれを考えてみたら、非常によいことになるじゃないか、こういう気がいたしますので、その辺をお含みの上ひとつ御意見を聞かしていただきたいというふうに思います。
○西田参考人 先ほど、国民の体育を振興する上ではいろいろ方法がございますが、まず第一に施設の充実が大切ではないかということを簡単に申し上げたのでございますが、どのような施設をつくるかというふうな問題になりますと、現在わが国では、やや大規模なものあるいは規格にはまったものといったようなものにつきましては、政府あるいは地方公共団体その他である程度整備されておりまして、今後必要なものは、それほど大規模なものでない、あるいは規格にはまっていないものが必要なのではないかと考えております。これらの大規模なものを使います人は、すでにスポーツその他きわめて熱心な人たちがお使いになっているというのが実情だと思うのでございますが、それ以外の人たちに体育あるいはスポーツを普及しようといいますときには、これらの人は、そういう問題に対しまして興味がやはり薄い、それから体力あるいは技術の点において恵まれていない、あるいは経済力も十分でないといったような人々が多いのではないかと思います。したがって、このような大ぜいの方々に運動に親しんでもらうというふうなことを考えます場合には、その施設の形なり、あるいは内容なり、あるいは配置場所なり管理の方法なり、いろんな点を考えていかなければならぬと思うのでありまして、従来つくられたような形のものではなくて、もっと簡易なものがたくさん配置されるということが必要ではないかというふうに考えております。 その場合に、大体どの程度のものがよろしいかと申しますと、たとえば運動場のようなものでございますれば、バレーボールであるとか、バスケットボールであるとか、あるいはテニスであるとか、ソフトボールであるとか、運動会であるとかいったようなことが簡単にできる、五百坪から千坪程度のものでよろしいのではないか。体育館のようなものでございますと、卓球あるいは柔道、剣道、体操、ダンスといったようなものができる程度の五十坪から百坪程度のものがかえって親しみやすいし、つくるのにも便利じゃないか。水泳場にいたしましても、二十五メートルあるいは五十メートルといったような競技用のものではなくて、まるくても四角でも何でもよろしいのでございますが、むしろプールよりも、周辺にあき地をたくさんとりまして、大ぜいの人がそこに来て、休んだり泳いだりできるといったようなものがよろしいのではないかと思うのでございます。すべて施設はそういう形のものをたくさんつくる、そして管理、指導がしやすいということが必要ではないかと思っておるわけでございます。 そんな点から考えまして、具体的に申しますと、まず最も手近につくりやすい、あるいは管理しやすいという点では、現在ございます公民館につくる、あるいは公民館に付設してつくる。都市の場合は、公会堂であるとか文化会館であるとか、あるいは青少年会館といったような、すでにある施設に付属してつくる、あるいはそこが管理する形でつくるというふうなことにいたしますと、管理上は非常に便利でございますし、地区の住民からも親しまれやすいといったような利点がございますので、こういうふうなものを利用してはいかがかと思っております。 それから、特に中小企業等に働く勤労青少年のことを考えました場合には、現在あります商工会議所であるとかあるいは商工業組合といったような団体を対象にして、何か奨励をして施設をつくる方法が考えられないであろうかといったようなことを考えております。 それからその次には、やはり学校体育施設を開放するということも、現状では非常に大切なことでございますが、その場合には、学校管理の迷惑にならないような方策を考えまして、学校教育とは別な施設をこれに設けて、別な立場で管理をしていくという形で学校開放を進めてはいかがかと思っております。 それから、特に大都市になりますと、現在でもレクリエーション施設が非常に不足いたしておりますが、将来ますます不足することが考えられますので、都市周辺に市民が利用できますキャンプ場といったようなものを多数設ける必要があるのではないか。このキャンプ場にはいろいろな施設があって、個人でも、家族でも、あるいは団体でも利用できるような方法を考えてはどうかと思っております。 さらに願わくは、国立公園でございますとか、あるいは国有林等を利用いたしました大規模な野外キャンプ場と申しますか、スキーもできればキャンプもできる、そのほか団体で宿泊をして訓練ができるといったような大規模なキャンプ場、こういったものが日本全国にたくさんできるといったようなことが望ましいのではないかというふうに考えております。 それで、これらにつきましては、アメリカにいたしましてもヨーロッパ各国にいたしましても、数年前からきわめて熱心に計画的に整備をはかっておる実情でございまして、わが国の場合もそれに劣らずその必要性がいま高まっておりますし、社会的な要望も非常に高まっておりますので、この機会にぜひそういう施設を設けることに御尽力いただければ、たいへんありがたいと思っておる次第でございます。
○江橋参考人 ただいまのお話と重複しないように気をつけながら、私の考えをごく簡単に述べさしていただきたいと思います。 いまおっしゃったように、体力つくりのために施設が必要なことは申すまでもないことでございまして、当面必要な施設を早急につくるということも大事なことでございますけれども、その反面において、やはり今日の社会というものが急激に変わりつつあるということは、これは申すまでもないことだと思います。たとえば、都会に人口が集中するとか、あるいは機械化がどんどん進んでいくとか、あるいは国民の余暇が増大をしていくとかいうようなことを考えるならば、当面の施策と同時に、国あるいは都道府県、あるいは市町村、それぞれのレベルで、将来の展望に立って、こういう国民の体力つくり、あるいは健全な余暇を過ごすための場所をどういうふうにして考えるかということは、やはり大事な問題ではないかというふうに思うわけでございます。たとえば、ドイツでは体育施設の黄金計画というものを持っております。またフランスでは、一九七五年というものを目ざしての長期計画というものが立てられておりますし、アメリカの場合でも、一九七〇年とかあるいは二〇〇〇年というものを目ざしての、国民の野外レクリエーションのための施設をどういうふうに計画的に配置するかというようなことが、真剣に考えられておるわけでございます。 そういう意味から考えましても、わが国の場合でも、体力つくりとかあるいは体育のために関連する施設というものは、非常にたくさん、多様に存在しているのではないかというふうに私は考えます。私は、国立公園から子供の遊び場までということを申しておるわけでございますけれども、国民休暇村もございますし、あるいは青年の家もございますし、ユースホステルもございますし、あるいは文部省所管の運動場とか、あるいはプールとか、あるいは公民館とか、文部省、厚生省、建設省あるいは運輸省、関係各省がいろいろな形での施設というものを持っておるわけでございます。やはりこういうものを総合的に、また有機的に、系統的にどう設置していくか、配分していくか、そしてそれを急激に変化しつつある社会と対応しながら、どういうふうに考えていくかという大きな長期計画というものも、この機会に考えていただけるならば、国民の将来というものはたいへん豊かなものになるのじゃないかというふうに考えておる次第でございます。
○古井委員 ありがとうございました。そこで、やはり江橋さんもおっしゃるように、これは相当雄渾な、長期の構想を持つ必要があると思うのでございます。二十一世紀には欧米人に追いつき追い越すというくらいな考え方で、健康、体力つくりを考えるのがよいと思うのでありますが、そのためには、やはり日本の国を世界一のスポーツと健康の国にする、こういうくらいな意気込みでいってよい問題だ、そう思うのでございます。 そこで、他の諸先生からもまた御質問がありましょうから、私は簡単にしてお譲りいたしますが、さっき西田さんがおっしゃっておった小規模の体育運動場の普及問題であります。これには一つには、さっきもお話しのように、既存の施設を活用するという問題があると思うのであります。それから、小規模のものを新しく全国にずっとつくっていく、こういうふうな問題と、両方あると思うのであります。両々相まって全国に普及していく、こういうことを考えなければいかぬと思うのでありますが、そこで、小規模の体育館といいますと、さっきも公民館と抱き合わせでつくるということもございましたし、五十坪ないし百坪ぐらいでいいじゃないかという御意見でありました。そうすれば、おそらく半分助成をするとしても、一カ所に二百万ないし三百万くらい援助ができれば、相当つくれるのじゃないかと思います。それから屋外の遊戯運動場、五百坪とかりに考えると、この整地費をかりに坪四千円と考えるとこれで二百万ですから、その整地費を援助するというようなことにすれば、五百坪にしたって、二百万、もっともっと小さいものならもっと少額でもいい。つまり、百五十万ないし二百万くらいな援助ができれば成り立つのじゃないか。またプールにすれば、どんなかっこうでもいいでしょうが、十五メートルとか十メートルくらいのものでもいいのじゃないか。そうすれば百万か百五十万援助ができればつくれるのじゃないか。ほんとうはそれでは少ないのですけれども、文部省が学校などにつくらしているのを見ると、もっとしゃんとした、完備をしたものに対して、百五十万以下の補助を出しておるくらいなものですから、あまりそっちのほうに恥をかかせては悪いかもしれぬが、百万から百五十万くらいの援助ができればつくってくれるのじゃないか。そんなことを考えますと、少しお互いに知恵を出せば、実現性のない話とばかり思えないような気がするのであります。専門の知識をお持ちのことですから、この上ともによい知恵をわれわれにもかしていただきたい、こういうふうに思いますので、そういう希望を述べまして、私の質問を終わりたいと思います。
○福永委員長 次に、前田榮之助君。
○前田(榮)委員 私が御質問申し上げることは、大体古井委員が御質問された範囲のことに属すると思うのでありますが、具体的には、すでに御承知のとおりに、都市といわず全国の町村といわず、レクリエーションの場あるいは体操の場というものが国民に与えられておらないところに、日本の今日のある意味の貧困があると存じておるのでありますが、その中の一つといたしまして、当委員会が衆議院に特別委員会として設けられて以来、具体的な問題といたしておるものは、もちろん、神宮外苑の野球場の使用等もありましたけれども、さしあたりの問題といたしましては、河川敷の使用の方法に非常に誤った点があるということで、東京都におきましては多摩川、荒川、江戸川の現地視察を、当委員会の委員が手分けをいたしまして行なって、現状の上からこれではいかない、こういうような国の所有に属し、国民のものとして使用をしなければならぬものが、一部の者のために独占されておる点は許すべきではない、直ちにこれは国に、あるいは管理しておる都道府県に取り上げて、これを都民なり国民のために使用すべきである、こういうことで、関係官庁であります建設省の当該局長に厳命をいたしてまいったのでありますが、御承知のとおり、いまもってこれが適当に取り扱われておらないのであります。こういう行政が行なわれておる限りにおいて、いろいろな理想を描いても、あるいは学校の使用の問題、あるいは公民館の使用の問題、公会堂の使用の問題等々がありましても、これではいつのことやらわからぬという結果に——これは今日の日本の行政組織の欠陥をついておるのではないかと、おそらくお感じになっておられると思うのです。したがいまして、お二方の中で、ひとつ国民の立場になって、衆議院が何をこんなことで逡巡をしておるのだろうかとお気づきになる点があると思うので、その点を率直にここでわれわれに、将来に処する参考になるために、ひとつお聞かせを願いたいと思うのであります。このことは、同時に他の案件とも非常に関連のある問題でありますから、ひとつそのおつもりで御意見を聞かしてもらえば非常に幸いだと思うのであります。
○西田参考人 本委員会が昨年河川敷の問題について、たいへん御尽力をいただきましたことを私どもも承りまして、非常にありがたいことだというふうに思っておりましたわけでございますが、申し上げるまでもなくわが国の大都市では、体育施設をつくります場合にほとんど適当なあき地がない、土地獲得の問題が最も大きな難点になっているわけでございます。その意味から申しまして、河川敷を運動場に、あるいは公園に開放していただくことは、非常に好ましいことでございますし、ぜひ実現をしていただきたいと思っていることの一つでございます。それらを含めまして、都市では、大規模なものをつくるということはまだいろいろ困難がございましょうけれども、いろいろな施設あるいは場所等におきまして、小規模なものをつくる余地はあるかと思うのでございます。これらが何かと支障があって開放されない、あるいは利用できないという実情になっておると思いますので、それらも含めまして、何らかの方法で本委員会のお力添えによりましてそれが開放され、あるいはそれに適切な施設ができるというふうなことが進みますならば、たいへんありがたいことだと思っておりますし、その意味で、私が先ほどから申しました、小規模の体育施設というものもある程度解決するのではないかというふうに思っておりますので、ぜひ委員会の御尽力をわずらわしたいと思いますし、われわれもその線で、世論を起こすことには力を尽くしてまいりたいと思っておるわけでございます。
○福永委員長 栗山礼行君。
○栗山委員 オリンピックがわが国で行なわれまして、大きく評価される成果もあったわけでありますが、私はオリンピックの反省点として、わが国の国民体位の問題が、わが国の政治の施策の中に見落とされておった、こういうことが、オリンピックを契機といたしまして、新たに国民体育のあり方について目を向けてまいらなくちゃならぬ、こういうような反省と問題点を提起をいたしましたことについても、大きくオリンピック自体の評価をいたしておるので、体育振興特別委員会が衆議院に設置されましたゆえんのものもまた、そういうところにその根源と沿革があろうかと思うのでありますが、何しろ委員会は、国の最も重大な施策の一つにならなくてはなりません体育振興の問題でございますから、短い期間、経過の中にどうあるべきだという、拙速のプランができてくるということは、それはなかなか容易なことではございませんので、そういう意味から、国民体育振興に寄与いたします関係諸先生の含蓄のある意見、及び、政府がいま行なわんとする施策の問題等をわれわれが頭の中に整理をいたしまして、そうして体育委員会としての成果を発揮するという方向に持ってまいりたい、こういうところに目下頭のコントロールをいたしておる、こういう状況下にあるのじゃないかと思うでのありますが、そういう中に、両先生の参考人としてのいろいろ含蓄のあるお説を承りまして、私どももあらためて深い敬意を表することにやぶさかでございません。私どもの取り組む上に大きな示唆を御教示いただいたと考えておるわけであります。 先ほどから問題は二つに分かれまして、社会体育の施設拡充ということが、大きな国民体育振興上の施策として推進しなくちゃならぬということのお説を両先生からお伺いをいたしました。このことは、やはり前提条件がございまして、国、地方団体がどのように国民体育の振興施策を持つかどうかという裏づけなくして行なえないのでございまして、また、財政上の基盤もこれは必要でございましょう。それから同時に、これを行ないます上については、それの適正なる人材を養成して遺憾なきを期するということが、並行的に重要な問題だというきわめて重要な課題を私どもにお話をいただいたと思うわけであります。ただ、西田先生のお話の中でございました社会体育施設のあり方について、きわめて小規模で平易に各地域の住民が取り組めるような施設が必要である、こういうことも一点としてお話を承りました。また、二十世紀後半の問題、古井先生のごときにおきましては、いまこそ雄大なる構想をわれわれは充実して、新しい激動期における二十一世紀前半の企画と前進をする施策を樹立すべきであると、まことに勇壮なる卓見をお伺いいたしましたわけでありますが、身近な問題といたしまして、社会体育施設の問題のとらえ方といたしまして、大企業はそれぞれ体育及び福祉施設の一環として、不十分ながらそれの完備の方向に進んでおるということを、私ども評価するにやぶさかではございませんが、ただ、残されておりまする中小企業、零細企業下におきます勤労者のその種の施設が、国及び地方団体に皆無であるというところに、大きく問題の焦点を合わせて考えなくちゃならぬ。こういうところから、少なくとも経済団体である事業主団体、あるいは法的地位を与えておる経済団体としての商工会議所あたりが主体となって、そういう体育施設の設備に取り組んでいく。経済団体が、いまやそういうふうな勤勉を求め、技能を求め、知能を求める限りにおきましては、そういうような勤労者の多面的な体育振興の施策の方向を推進するということがなければ、明日の経済団体としての方向が相果たせないのじゃないか、こういうふうな意見にも受け取れますような御見解を私承ったと思うのであります。その意味において、元来、経済団体それ自身にも限界点があります。国がこれについてどのように補助及び推進をいたしてまいるか、地域の地方団体がこれについてどういう方法を講じているか、こういうふうなものなくして、みずから経済団体の範囲と内容というものにおいて行なえということでありますけれども、基本的には、中小企業、零細企業というもののこの種の施設のない状態から見て、経済団体がこれに一役を買うべきであるという立場に立ってお説を伺った、こう解するのでありますが、その点あらためて御説をお伺い申し上げたい、かように思います。
○西田参考人 ただいまのお話に対しまして、先ほど私は、商工会議所であるとか商工業組合といったところでも施設をつくってほしいということを申し上げたのでありますが、これらにいたししても、私は、本来は市町村がそのような施設も受け持ってやるべきであるとは考えておるわけでございます。大企業の場合は自分でそれらの施設を持つ能力がございますし、ときによっては、町村のそれらの施設まで大企業が負担をして世話をするといったようなことが可能でございますし、現にそのようなところもあるわけでございますが、特に中小企業の場合は、そういう能力はもちろんございませんし、当然市町村がその政策の一環として、その従業員に対する体育あるいはレクリエーションの施設、あるいは政策を持つということは、当然ではないかということはいえると思うのでございますが、わが国の現状からいたしまして、必ずしもそれでは満足なところまでまいりませんので、商工会議所であるとか、あるいは商工業組合といったような団体も、さしあたり特にその従業員の特別に必要なものにつきましては、何かの手助けをすることによって施設を持つというようなことも可能ではないかというふうに考えまして、その方面の開拓をしてみてはいかがであろうかというふうに考えておる次第でございます。
○栗山委員 いま一点、関連いたしましてちょっと所見を承りたいのでありますが、社会体育の施設の問題のとらえ方には、これは多岐にわたりまして、その内容及び対象地区等いろいろ考えてみなければならぬというお説、まことに私どもも同感なのでありまして、その一環として、そういう方面の考えるべき要素があるのではないか、こういうふうなお説のように理解できるのでありますが、私はこれに関連いたしまして、元来与えられたものという公共施設あるいは労務管理、経営管理上からくる施設というものについて、これをみずからのものとしてこなしてまいるということについては、これは非常に問題があるわけであります。そういう立場から申し上げますと、経済団体及び国、地方団体がそれにどんなに参与して施策を推進するか、補助するかの問題等もございますけれども、やはり中小企業の、あるいは勤労者の政治的な立場、あるいはイデオロギーの立場じゃなくて、純然たる文化活動あるいはレクリエーション活動、体育振興の活動というものが、最近とみに野球大会となり、勤労者の競技大会となり、あるいは卓球大会となり、ハイキングとなり、いろいろスキーなんか等にまで、自主的にこれを行なっておる実態を私は把握をいたしております。これらにやはり国が補助をいたしまして、そして健全なみずからの体位の向上、そして健全なレクリエーションをみずからの企画と能力によって、国の補助を受けつつ、あるいは地方団体の協力を受けつつやっていくのも一策なりやと、私の愚論を持つわけでありますが、こういう見解について、西田、江橋両先生の御所見をちょっと伺っておきたいと思います。
○江橋参考人 一つの考え方は、ひまな時間というのはかってに過ごす問題だから、そういうことに対して国が援助する必要はないのではないかという考え方が一方にあると思いますけれども、やはり今日の国家の方向とすれば、そういう余暇を過ごすにふさわしい場所は、国家がつくれというのが一つの基本的な方向になっておるのではないかと思います。もちろん一方では、御承知のとおり妙な形での商業運動施設、たとえばボーリング場というようなものができておるわけですが、やはりある側面は、ちょうど上下水道や道路と同じことであって、そういう国民が健全な余暇を過ごす場所というものを地域社会の中につくるということは、これは決して個人の任意な自由かってな問題ではなくて、やはり国なり地方公共団体がそういう場所については世話をするということは、一つの基本的方向として、これから進められていっていいことではないかというふうに私は考えるわけでございます。
○西田参考人 私も江橋参考人と同意見でありまして、従来、わが国の一般的な風習といたしまして、スポーツとかレクリエーション活動といったような遊びは個人のかってなんで、国あるいは公共団体の施策には関係ないという考え方がやや強かったと思いますけれども、現在及び将来にわたっては、非常に大きな国民の生活上の問題でございますので、これはほうっておけない問題であろうかと思います。また地方自治法にも、ちょっとはっきり記憶しておりませんが、体育館とか運動場のようなものはつくって管理するということが載っておるように思いますので、法律上のたてまえからいってもあやまちではないと思いますし、むしろそれをもっと拡大して、国なり地方公共団体の施策として取り上げるべきではないかと思っておりますので、中小企業の従業員の問題にいたしましても、これは当然住民としての対象としてその対策を考えて差しつかえない、かように考えております。
○栗山委員 たいへん時間をおかけいたしまして恐縮なのでありますが、両先生のお話を承りまして、私少し頭の整理がつきにくいところがございますが、基本的には、社会体育施設というものは国がその施設をつくるべきである、これが前提である、こういうことで、私もその意見については異説がございません。ただ、お述べになりました地域での施設をつくる上について、事業団体もしくは商工会議所というような経済団体等も、こういうものをつくるといろ方向づけを考えてみたらどうか、こう理解したのでありますが、いま両先生のお説を承りますと、国の施策が前提であって、そうすると、そういう経済団体等が行ないます場合には、管理、運営としてそれを対象にされておるやに理解ができるわけでありますが、私はそうではなく三国が基本的にこういう施策を持つべきである、血かつまた大工場も当然経営管理、労務管理の一環として、やはりこういう施設を拡充するという方向に持っていくべきであるし、何らの施設を持ち得ない中小企業、零細企業というものについて、これは国がこれの施策を行なうという前提と取り組みながらも、いわゆる経済団体それ自身も何らかの補助や助成等を求めて、経済団体が施設をつくっていくべきじゃないか、こう理解をいたしましたものでありますから、したがって、私はやはり経済団体にそれだけの範囲の要素があるとすれば、少なくとも勤労者が自主的に健全な、イデオロギーや政治的な問題を抜きにしてレクリエーションなり体育、文化活動等を行なっておる、こういう団体等も、これを客体としてとらえて、施設及び運用の面に参加をせしめるという方向が望ましいのではないか、こういうことでお尋ねを申し上げたのでありますけれども、両先生はそれについてお答えにならぬ。そして、お話を承っておると何かぼけてまいりまして、性格が、経済団体は管理、運営の立場かのごとき役割りに私は受け取れるのでありますが、これは私の聞き違い、あるいは理解の貧困によりますと、重大な問題でございますから、この点は明確に両先生の態度を承っておきたい、かように考えております。
○江橋参考人 補足させていただきます。 理屈としては、やはりこれは将来は道路や上下水道と同じように、公園とかそういう運動場とかいうものが、地域社会なり都道府県なり国のレベルで総合的につくられるべきであるという、これは私は一つの理屈ではないかと思います。しかし、実際問題としては、それじゃそういうものは本来公共団体がやるべきだから、おれたちはそういうことは全然関係ないのだということではないと思う。やはりいまお話が出ましたように、たとえば、ある町が大部分その大きな企業だけによって占められているというようなところでは、やはり企業と地域社会が一緒になってそういう問題を考えたってちっとも不自然なことではないし、これも実際問題としては間違いということではないと私は思います。それから中小企業の連合体が、働いている人たちの立場になってそういう問題を考えるとか、あるいは商工会議所なり経済団体がそういう側面を考えるということは、これはあっても決して間違いではないというふうに私も思います。
○西田参考人 ただいまの江橋参考人の意見と大体同意見でございますが、国や地方公共団体がこのような施策をすることは、当然であるということを申し上げたわけでありますが、商工会議所等の経済団体も関係者の福利のためにこのようなことをしたい、あるいはそれをすべきであるといったような考え方がだんだん強くなっておると思うのでありますが、それを国や地方公共団体の立場で援助をいたしまして、一緒になってやるということは決して間違いではない、そういうふうに理解をいたしております。
○福永委員長 長谷川正三君。
○長谷川(正)委員 私は、ただいままで西田、江橋両参考人のお話や、その後同僚委員のいろいろな貴重な御意見を含めての御質問、さらにその御答弁を通しまして、国民体育の振興に関しまして多くの共鳴を覚え、あるいは新たに啓発をされるところがありまして、たいへん感謝にたえませんが、この機会に、二点にわたってなおお尋ねをして御見解を承りたいと思います。 第一は、今日国民の体育を振興する上に、何と申しても施設について全国的にその普及充実をはからなければならない、ことに、恵まれない勤労青少年や一般国民大衆の身近に利用できるそういう施設の充実が必要である、こういう御意見でございました。そうしてこれに関連しまして、方法としていろいろ具体的なお話がございましたが、その中に、学校における体育施設の利用、開放、こういう問題があったと思うのでございます。これは、今日のようにまだ国民全般の利用できる体育施設が貧弱な状態の中で、最も手っとり早い方法として、全国津々浦々に小中学校はございますし、校庭もあります。体育館はまだ富裕県、富裕都市のほかはそれほど普及はいたしておりませんけれども、とにかく相当数があるわけであります。したがって、ここに着目をされるということは当然であり、これを十分に活用されるということも当然だと思いますけれども、しかし同時に、先ほど西田先生もおっしゃいましたように、学校の体育施設を利用する場合には、学校教育に迷惑がかかったり、あるいはそれを不必要に、圧迫、制限したりすることのないようにという御配慮も承りましたが、この点は私はたいへん大切なことだと思いますので、この際さらに深める意味で伺っておきたいのであります。 と申しますのは、私も長らく教職の体験がございますが、たとえば一つの校庭、一つの体育館等をたまたま併設された小中学校が同時に使う場合、あるいは戦前青年学校が併設されていたような場合には、実際問題としては、同じ学校教育の中でも一つのものを二つの組織が使う場合に、いろいろこまかい教育上の配慮に至りますと、そごを来たしたりトラブルを起こしたりすることはしばしばございました。たとえば、体育館におきますいろいろな体育の諸道具の整理のしかた一つにしましても、小学校の先生はこういうふうにしつけている、それを隣の中学校のほうが使うとあとが全然違ったかっこうになる。この辺は、非常に緊密な連携を教師同士はとっておっても、しかし長い間には、細部にわたって非常にそういうそごを来たしましたり、そのために不必要なトラブルができたり、あるいは教育計画がそのためにこわされたり、こういうようなことが起こりがちでございます。まして一般不特定の青少年なり国民の皆さんにこういう学校の体育施設を開放するという場合には、細心の注意を払いませんと、学校教育そのものに非常に迷惑をかけたり、あるいはただでさえ忙しい学校の教職員に、過重な負担を課すことになったり、あるいはまた、これはもう十年ほど前になると思いますが、授業中でも痴漢が学校に侵入して、女の子供を便所の中で殺したというような事件等もありましたし、あるいはまた最近でも少し僻地の学校などでは、日直の女教師が暴漢に襲われたというような事件があったりして、一般学校警備というので、いまや警備員制度をつくらなければならないということで、文教委員会の中に、学校警備員小委員会が設置されまして、いまやこれの立法化に向かって検討を進めておる、こういうような一面もあるわけでございますから、学校施設をこの国民体育の向上のために使う場合には、ここには細心の配慮が必要である。先ほど西田参考人もお話しになりましたが、たとえば体育館を使う場合には、学校の建物そのものにあまり影響なしに入れるような施設や、別に休憩所なりシャワーなりそういった施設があわせてつくられるというようなことが望ましいし、でき得れば社会施設としての公民館とかあるいは公会堂等に併設されるなりして、管理はその公民館や公会堂の管理の者が当たるというふうにするというような御意見もありましたが、そういう点については、私も非常に大切な御配慮であろうと思いますが、しかし、同時にまた、今日何といっても学校の校庭等が休日あるいは休暇の際に利用されるということは、これは非常に必要なことだと思いますから、この辺について、細心の注意を払いながらも利用の道を立てていく、あるいは管理体制を十分整えていく、こういうことが大切ではないかと思いますが、そういう点について御意見を承りたいと思います。 なおもう一点ございますが、これは次に回したいと思います。
○江橋参考人 学校施設の開放に関しましては、全くおっしゃるとおりだと思います。私、先ほどたいへん無鉄砲なことを申したわけですが、法律では、社会教育法でもスポーツ振興法でも、学校施設を活用するということは定められておりますから、結局は、その精神が実現できるような裏づけということを考えることが、今日の段階では大事なことではないかというふうに考えるわけでございます。ただ開放すればいいということではなくして、いまおっしゃってくだすったような点に留意し、結局は、学校の授業が終わったあとでの管理をどうするかということが一つ大きな問題になるんじゃないか。そのために、やはり財政的な裏づけとか、あるいは社会体育のために使用するときには、そこにきちんと指導者を配置するとか、そういう裏づけを考えた上での学校開放というものは、施設が不十分なわが国の現状では、やはり具体的に考えられていかなければならないというふうに考えております。 それからもう一つ、やはり体育指導委員というのが置かれているわけですけれども、これは私は活動の拠点がないというふうに考えておるわけでございます。やはりこの体育指導委員は、あなたはこの学校区を中心とするというようなことで、活動の拠点を割り当てることによって、その体育指導委員の方々の活動の分野というものも広めることが可能ではないかというふうに考えるわけでございます。したがって、学校施設の開放ということを、私も決してただむやみにやってしまえということではございませんで、やはりそのための裏づけというものを考えながら、現実に即しながら、しかもやはり学校開放というものは進められていっていいことではないかというふうに考えております。
○長谷川(正)委員 ありがとうございました。 では、続きましてもう一点お尋ねをしたいと思います。 それは、先ほど来いろいろお話も出ておりますが、国民体育を普及し、そのためにいろいろ施設を充実すると同時に、これに対する指導者の養成ということが、今後非常に緊喫な事項になってくるのではないか。体育指導委員という制度も設けられ、全国に体育指導に当たる方々が配置されているとは申すものの、これはたいへん体育に熱心である、学生時代に野球をやった、柔剣道をやった、バレーの選手であった、サッカーをやった、そういうような方々であるとか、あるいは現に学校の教師をしておって体育に親しんでおる、あるいは警察におつとめになったことがあって柔剣道にたんのうである、そういったようないろんな方々が総動員されてそういう体制をつくっておりますけれども、そういう方々だけの力ではなかなか今後まかなっていけないし、ことにしっかりした体育施設、体育館が、年次計画を追って次第に全国に普及されていくというようになりますと、そのセンターになって、いまもお話がありましたが、計画を立て、また実際の指導もできるような専門家の養成ということが、これはどうしても基本的に必要になってくると思うのであります。それにつきましては、一体どういう方策をとる必要があるか、この点については特に江橋先生からもお伺いいたしたいと思いますし、また実際、現在いろいろ講習会等を持って養成なさっておられます西田先生からも、お考えがありましたら伺いたいと思うわけであります。しかし、私はこれに対しましては、そういう専門家として実際社会体育の指導に当たる方々の社会的地位、身分、待遇の確立ということを同時に考えてまいりませんと、なかなか指導者の養成と申しても、絵にかいたもちになるのではないかと思いますが、そういう点に関しましても、もしお考えがありましたら、ぜひひとつ御高見を承りたいと思う次第であります。
○江橋参考人 指導者養成について述べさせていただきたいと思いますが、従来は、学校体育指導者の養成ということについては、たいへん十分になされていたのではないかと思いますけれども、社会体育ないしはレクリエーションのための専門指導者の養成ということは、残念ながら今日まで、わが国ではそこまで手がつけられていなかった。これはもちろん、一方、社会の需要との関係というのがあるわけでございますけれども、やはり体育指導委員というものは、いわば臨時の指導者をお願いするということで、これは日本の社会体育の進歩の中で、一つの大きな進歩ではなかったかと思います。しかし、その次の段階とすれば、もうここら辺でそろそろ、そういう社会体育ないしはレクリエーションの専門指導者の養成ということを考える時期に来ているのではないか。もちろん短期の形では、いろいろ体育協会でも、あるいはスポーツ少年団でも、あるいはレクリエーション協会でも、また職場それ自体が、今日ではそういう指導者養成ということを行なっておるわけですけれども、これらはいずれも短期のものでございますし、その人たちは本務がありながら、その余暇に、全く個人的な熱意でほかの人たちの世話をするということで、それだけにたよっていては、将来の社会体育の進歩というものも不十分ではないかというふうに考えるわけで、こういう意味で、ここに専門の指導者を養成する時期に来ているのではないか。 それと、私はなぜそういうことが必要かということを考えますのは、先ほどの施設との関連もございまして、従来は、施設さえつくればそれでいいんだという考え方が非常に強かったんではないかというふうに思います。しかし、入れものをつくると同時に、その場所を十分活用できるような、そうしてそこを利用される子供さんからお年寄りに至るまで、すべての方々にそういう体育なりレクリエーションなりを経験していただくことの、十分なお世話のできる専門の指導者を持つということが必要なことであり、こういうような指導者ができれば、またいまの臨時的な、たとえば体育指導委員などの方々の活動というものも、より一そう円滑になるのではないかというふうに考えるわけでございます。また、こういうふうに専門の指導者養成の課程が大学にできるならば、そのこと自体が日本の社会体育の研究を促進するということにもなっていくのではないか。学校体育の面ではいろいろ研究が行なわれているわけでございますけれども、社会体育の側面の研究というものは、やはりたいへん不十分ではないか。たとえば、青少年の時期を過ぎた壮年時代に、一体どのくらいの強さの運動を、どのくらいの期間、どのくらい続けてやったら健康や体力が維持されるのかということに関する研究というものは不十分ではないか。そういう意味で、そういう専門指導者の養成課程を持つということが、日本の社会体育の研究の促進にもたいへん役立つのではないかというふうに考える次第でございます。
○西田参考人 初めに、学校体育施設の利用につきましてちょっと補足さしていただきたいと思いますが、私はアメリカとドイツとに行って、二、三学校を見まして、学校施設をどのように開放しておるかということを見せていただいたのでありますが、アメリカにいたしましても、ドイツにいたしましても、公園であるとか運動場であるとかいうものは、わが国と比べて、社会的に非常に発達しておるところなんでございますが、それにもかかわらず、学校は非常に広く開放をいたしております。そして、聞いてみますと、一般社会に開放すると学校がいたんで困るんではないかというふうなことで聞きますと、いや、夏休みなんかはむしろ開放したほうが、来た人が清潔にして帰ってくれるので、かえって維持が楽でよろしい、こういうことを申しております。それからドイツでは、体育館の中に、卓球台が周囲にずっときれいに積み重ねてございます。これは学校のものかと聞きましたら、いや、これはクラブに貸しておって、クラブのものだ、こういうことを言っておりましたが、非常にきれいに片づけてありました。そして学校の授業には全然差しつかえないようにしてあって、夜になるとみんな来て、おろして並べてやるのだ、こういうことを申しております。それらを見まして、結局わが国の場合を反省してみますと、学校自体がやはり一般に開放するものであるということの考え方が非常に少ないので、自分のところだけでかかえておるという気持ちが、学校自体にやや強いということもありますが、同時に使うほうは、学校施設は自分たちのものだという考え方が少ないので、使いほうだいにして帰るといったようなことが、両々まって開放がうまくいっていないのじゃないかというふうに考える次第でございます。したがって、これは両方ともそれぞれの態度を改めて、相寄って学校をうまく利用していく、清潔にし、悪い影響を学校教育に与えないような方策を考えていくということでないと、うまくまいらないと思うわけでございます。またもう一面は、学校の施設を一般に開放すると同時に、今度は、社会の施設を学校が利用するということもいたしておりますので、まあわが国の場合は急にはそうはまいらないと思いますけれども、今後つくるものについては、学校と社会で共有するのだという形の体育施設をつくって、教育委員会なんかで管理するということにすればたいへんよろしいのではないか。これは今後の問題でございますけれども、そういう点の歩みよりの問題もあるかというふうに思います。そんな点をちょっと補足させていただきます。 それから指導者の養成の問題につきましては、現在三万余名の体育指導委員がおりますが、江橋参考人のお話しのとおり、自分の仕事の余暇に働いていただいておりますので、どうしても計画的に、あるいは長い時間働いていただくことが困難な実情でございます。したがって、ある同じ町村の中におきましても何人かの体育指導委員の方々がおられますが、その場合には、やはり専門の指導者が教育委員会等におりまして、その人が中心になって計画をし、働いていただくという形をとりませんと、個々ばらばらで能率があがらないということでございまして、その意味から専門の指導者が教育委員会の系統に相当たくさん必要であるということが一点でございます。 それから、江橋参考人のお話のとおり、施設には必ず指導者がおるということが従来はあまりございませんでしたが、原則としてそういうたてまえをとっていかないと、施設が生きてこないと思います。最近は、大きな施設にはだんだん指導者を置くような傾向が出てまいりましたので、これは今後の進め方によりましては非常に希望が持てるのではないかと思います。 そういう意味で、需要面はまずさしあたり二面考えられるので、それに沿った指導者の養成ということは、需要の点から考えて可能性がある、こういうふうに思いますので、大学あるいは別の機関で指導者養成をぜひ並行して進めていただきたいと思っておる次第でございます。
○長谷川(正)委員 どうもありがとうございました。
○前田(榮)委員 最後に、両先生にお願いを申し上げておきたいのですが、たいへんきょうはわれわれに参考になる御意見を聞かしていただいたのですが、ただ、きょうお話が出ない問題としてあとに残っておると思われるのは、いま日本が直面しておるこれらの体力つくり運動、体育振興の問題点について、参考になる国は、どこの国が一番いいだろうとかいうようなことについて、私らも二、三回欧米を回ってきましたが、そのつもりで行っておりませんので、全然そのほうでは素通りをしたようなことになっておりますので、聞かしていただければたいへんしあわせだと思います。たとえば、体操としてはデンマーク、スウェーデン、チェコスロバキア等の国は、非常に全国民的な体操をやっております。スポーツでは、アメリカあたりは世界的にも非常に強い国でありますから、非常にいろいろなものが整っておるのではないかと思う。これらのことについて参考となる国はどこだろうということが、もし本日お答えができなければ、後日書類ででもよろしゅうございますから、お聞かせを願いたいと思う。 なお、江橋先生には、現在の日本の文献の上から、こういうものを研究し、こういうものを読んだらどうかというものがございましたならば、お教えを願いたいと思います。幸いにいたしまして国会には国会図書館がありまして、それぞれの科目を指示して研究することもできますので、そういう点にお気づきがございましたら、お教えを願っておけば幸いだと思います。このことはあながちきょうでなくてはならぬとは思いませんから、後日でもよろしゅうございますから、お願いを申し上げます。
○西田参考人 あまり具体的なことをいま申し上げることは困難でございますけれども、私の知っております範囲で申しますと、アメリカはぜひごらんをいただきたいと思いますが、この場合は、州にも市、郡にもたいていのところにレクリエーション部とか、あるいはレクリエーション課というのがございます。これは教育委員会ではございませんで、そこがレクリエーション施設と、それからできました施設の運営、これを両方やっております。一般スポーツが盛んだということと全然関係なしにそれはやっておりますので、ただスポーツが盛んだというので、大会なんか見においでになってもわからないと思いますが、おいでになりましたら、ぜひそういう方面もおたずねいただければ、非常に親切に案内してくれますからわかるかと思いますが、そういう点がアメリカでは参考になるかと思っております。 それからドイツの場合は、西ドイツでございますが、やはりスポーツクラブが非常に発達をいたしておりますので、そういうものをおたずねいただきますと、クラブでりっぱな施設を持っており、指導者も持っており、あるいはスポーツ少年団のようなものも持っておりますので、これをおたずねいただければ、ドイツの事情はよくわかるのではないかというふうに思います。それからドイツに行きまして、ドイツはなかなかよくできていると言いますと、いや、これはイギリスにはとてもかなわぬとドイツ人が言うのであります。私はイギリスのほうはあまりよく見ておりませんので、どの程度かわかりませんが、スポーツの発祥の地でもございますしするので、ドイツ人がそう言うくらいでございますから、なかなかいいのではないかと想像をいたしております。 それからフランスの場合は、ちょっと行き方が違いますが、最近になって特に熱心でございまして、御承知かと思いますが青少年スポーツ庁ですか、そういうものをつくりまして熱心にやっておりますし、例のパリにあります体育研究所なんかは、三十年計画でりっぱなものをやっておりまするので、これも参考になるかと思います。もちろんソ連は、私も見たことはございませんが、これも参考になるかと思っております。もしおいでになる機会がございましたら、ぜひそういう方面をおたずねいただければたいへんありがたいと思っております。
○江橋参考人 文献のことについては、後ほど資料として提出させていただきたいと思います。 それから、重複するかもしれませんが、諸外国の実情ですが、私はアメリカしか知りませんし、よその国のことは見たことではなくて本でしか読んでおりませんけれども、やはり幾つか典型的な国をあげることはできるのじゃないか。いまもお話がございましたように、たとえばソ連とか中共、これは一つの国家的な立場から計画的に組織的に国民のスポーツ、体育ということを考えている国ですから、これは一つの典型になると思います。 それからアメリカの場合には、いま申されましたように、公園関係とレクリエーション局というものが一緒になって、これはもちろん各都市で違いますけれども、独立した機関を持っております。そして、たとえばそのレクリエーション・コミッショナーというのは、ちょうど警視総監と同じような——ニューヨークの場合、シカゴの場合には、警視総監と同じようなくらいの非常に大きな権限を持っておる人で、その人が、結局施設から活動まで全部管理、運営をしていくという点で、やはりたいへん有機的な活動というものが展開されているんじゃないかというふうに考えるわけでございます。ですから、これは教育委員会とはまた別の組織として、あるところではレクリエーション委員会というものをつくっているところもございます。 それからもう一つは、御存じのとおり、特に国民の体力つくりということで、大統領の直属の体育向上に関する諮問委員会というものがつくられております。これは、合衆国の連邦政府の中にそういう専門の機関がございます。しかし、これはそこで働いておる人数はたいへん少ないわけですけれども、各州との間の連絡行政機関とか、あるいは各州ごとに実験学校をつくって、青少年あるいは成人のための体力向上施策というものに——教育はあまり連邦政府が直接関与しないというのがアメリカのたてまえでございますけれども、まあ、そういう連邦政府の立場からいろんな指導や助言をするというようなことも始めておるようでございます。 それから、御指摘になりましたように北欧諸国とか、あるいはチェコというようなところは、これはやはり体操の国として注目すべき範疇に属するのではないかというふうに考えます。 それからヨーロッパのドイツ、フランス、イギリス、これがやはり一つの範疇に入って、それぞれの形で国民の体育とかレクリエーションという問題を考えております。たとえばイギリスの場合でも、従来はやはりそういうスポーツなんというのは、これは個人の自由な活動なんだから各個人にやらせておけばいいじゃないかということでございましたけれども、だんだんと国の補助金がふえ、それから民間団体でございますけれども、セントラル・カウンシル・オブ・フィジカル・レクリエーションというような組織をつくって、イギリスはローマ・オリンピックで、だんだん陸上競技などがふるわなくなってきたという事実があるわけですけれども、国民体育の目標というものは、決してオリンピックで十人の優秀な選手をつくることではなくて、やはり百万人のスポーツを目ざしてイギリスは進むべきではないかというようなことで、具体的な施策を進めておるように私は聞いております。実際に私は行っておりませんから、御参考になるかどうかわかりませんけれども、私の理解し得ておる範囲内で御説明申し上げた次第であります。
○福永委員長 これにて本日の質疑は終わりました。 この際、委員長から一言申し上げます。 両参考人には、御多用中にもかかわらず、長時間にわたり貴重な御意見の御開陳を承り、まことにありがとうございました。当委員会の今後の調査に資するところ大きいものがあると存じます。ここに委員会を代表いたしまして厚くお礼を申し上げます。 次会は公報をもってお知らせすることとし、本日はこれにて散会いたします。 午後四時三十五分散会