石炭対策特別委員会 第8号
- 発言数
- 3 件
- 登壇者
- 2 名
- 会派数
- 1
- 開催日
- 1966/03/30
会議録
○藏内委員長代理 これより会議を開きます。 委員長が所用のため、指名により私が委員長の職務を行ないます。 石炭対策に関する件について調査を進めます。 空知炭鉱の爆発事故のその後の経緯等についてまず政府の説明を聴取することといたします。森鉱山保安局長。
○森政府委員 空知炭鉱の災害について、その後の状況を御報告申し上げます。 この前当委員会におきまして空知炭鉱災害について第一報をお上げしておりましたところでございますが、本日お手元に「空知炭鉱の災害について(第4報)」というのを差し上げてございますが、これによって御説明さしていただきたいと思います。 この一番最後に「災害箇所取明け見取図」というのがございますが、これをごらんになっていただきますと、わかりがいいかと思います。 この間御報告申し上げましたように、北磐下坑道の西1号立て入れというところに爆発による大崩落がございまして、その奥に行くえ不明の十名が残されておるという状況でございます。当初、この大バレ、大崩落の上を小さな加背で天盤を押えつつ進みまして、引き立て面から約百四十メートル手前の、これは基点から申しますと千六百二十七メートルの地点てございますが、そこまで二十九日にたどりついたのでございます。そのまた奥に非常な大崩落がございます。と申しますのは、この付近は非常に山が悪うございまして、断層地帯あるいは炭層を切っておりますために非常に山が悪く、この千六百二十七メートルまで到達したのですが、その奥にもなおかつ非常に大きな崩落があるということで、ここで行きどまりになったのでございます。ところが、この加背そのものが、ボタの上に立柱をしてやっていくということでございますので、非常に不安定である。それで、時間がたつうちにこれがくずれて天盤が落ちてくるということで、落盤による二次災害が発生するおそれがあるわけでございます。そこで、方針を変えまして、千五百七十メートルという地点、ですから約五十メートルばかりあとへ下がりまして、本格的なと申しますか、この崩落の足元から立柱をして差し矢木で土を押えていくというやり方で、約十尺ぐらいの加背でやや本格的に初めからやり直さなければ非常に危険であるということで、二十六日一番方から、この千五百七十メートルの地点から取り明けを開始したわけであります。ところが、御承知のように、こういうボタの中を掘り出して取り片づけながらワクを組んでいくという仕事でございますから、非常にこの仕事がはかどっておりません。二十六日から現在まで約十八ワクでございます。けさの七時現在でこの二十六日の開始点から約二十一メートル程度しか進んでおらないわけでございます。したがいまして、一体どのぐらい時間がかかるのか、あるいは行くえ不明者がいつ発見されるのかということについては、ちょっと現在のところでは見通しがつきがたいという状況でございます。なお、こういう本格的な取り明け作業をやるということにつきましては、行くえ不明者の家族も、若干この救出がおくれるということにつきましては納得済みでございます。 なお、この前進藤政務次官が長となりまして現場を調査いたしたわけでございますが、その後わかりました罹災者につきまして、負傷者が八名おるわけでございますが、これがいずれも打撲傷または擦過傷ということでございまして、検査の結果は、一酸化炭素中毒の症状はないということになっておるわけでございます。また、当日入坑しておりました全鉱員につきましても、問診調査その他によりまして、一酸化炭素中毒のおそれはないということになっておりますが、これは今後とも検診を進めていくということになって寄るわけてございます。 それから、進藤政務次官が現地に行かれまして、札幌通産局長を世話役といたします札幌における関係官庁の関係者よりなります空知炭鉱災害対策連絡会議を置きまして、遺族対策あるいは医療対策ということについて現地で話し合うという体制をつくっておるわけでございます。 非常に簡単でございますが、その後の空知炭鉱の災害について御報告を申し上げたわけでございます。
○藏内委員長代理 これにて政府の説明は終わりました。 次会は明三十一日午前十時より開会することとし、本日はこれにて散会いたします。 午前十時四十一分散会