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51回国会衆議院1966/02/23

科学技術振興対策特別委員会 第4号

発言数
149
登壇者
16
会派数
2
開催日
1966/02/23

会議録

原茂日本社会党

○原委員長 これより会議を開きます。  科学技術振興対策に関する件について調査を進めます。  科学技術行政に関する問題について質疑の通告がありますので、これを許します。岡良一君。

岡良一日本社会党

○岡委員 いまいただいた各資料について、この資料は、先般の委員会で西村英一委員から御要求の資料と存じますが、一応御説明を願いたいと思います。

小林貞雄総理府事務官(科学技術庁長官官房長)

○小林(貞)政府委員 お配り申し上げました資料について御説明申し上げます。  大きな紙でございますが、二枚の紙は、わが国における最近の技術の導入あるいは技術の輸出の動向につきまして、簡単にその特徴と見られるところをあげておるわけでございます。  まず技術導入についていわれますことは、まず第一に書いてありますように、非常に多いわけでございますが、一般機械製造業、あるいは電気機械の製造業、及び化学工業、こういう部門が非常に大きなウェートを占めておるということで、あとにも出てまいりますように、わが国産業の技術の中でのいわば中核的なものが非常に大きな導入の中身であるということをいっておるわけでございます。ただ、最近の傾向としましては、雑貨とか食品関係がふえておる。  二番目は、導入の相手方でございますが、アメリカが申し上げるまでもなく大部分でございますが、最近はヨーロッパからの導入がふえてきておる。  三番目にいっておりますことは、先ほどもちょっと申し上げましたように、従来、重化学工業技術分野におきまして、基礎的、中核的な技術の導入がされておったわけでございますが、最近の傾向としましては、非常に広い分野にわたりまして、しかも、こまかい技術、極端な例をいいますと、商標、ブランドを導入する便宜のために入れるというような傾向も中にはないでもないというようなことでございます。  四番目は、服飾、食品関係の消費財部門の導入が多くなりました。  五番目は、市場獲得のために技術導入をするというようなこともまま見られるようになってきております。  六番目は、非常に重大なことでございますが、重要な技術、中核になるような技術につきましては、合弁会社の設立でなければいけないとか、あるいはクロスライセンス方式でなければ認めないというようなことがいわれておりますが、それが事実としてあらわれてきておるようなことでございます。  そういう技術導入の傾向に反しまして、技術の輸出のほうが二番目に書いてございますが、三十八年度に私どものほうで調査をしたその結果をここで見てまいりますと、三十二年ごろからどんどん伸びてきております。特に三十五年以降非常に著しい増加を示しておるということは、第二枚目の資料をちょっとごらんいただきますと、数字が入りまして、「各国の技術貿易の実績」という表がございます。その一番下に日本の状況が書いてございます。ABとございまして、Bのところが日本からの技術輸出ということになるわけでございます。ごらんのように、最近になりますと非常にふえてきておる、こういうことがそこでいえるわけでございます。したがって、日本の技術輸出は少ない少ないというふうにいわれておったのでございますが、逐次改善のあとを見つつあるというふうにいえるのではなかろうか。もちろん先進諸国と比べればまだまだ問題にはなりませんが、一つの傾向としてあらわれております。  それからその次にいっておりますことは、日本の技術輸出をいたします地域が、東南アジア等を中心にいたしましたいわゆる後進地域が大部分であるけれども、アメリカ、ヨーロッパ等にないこともないのでございますが、これの数が少ない、しかし、そういうものも逐次ふえる傾向にある。  それから三番目は、技術輸出の内容をいっておるわけでございます。後進地域に対しましては、工場の新設に付随して行なわれる大規模な総合的なもの、原料から製品まで一貫していくものが多い。先進諸国に対しては、非常に高い技術水準のものが出ておりますが、特許にかかわる技術などが多いということでございます。  業種別には化学工業、電気機械、それから建設業、こういう三部門が多いということをいっておるわけであります。  二枚目の資料は、先ほど申し上げましたように、日本の現況は一番下の欄に書いてございます。一九六五年でいきますと、Aというのがロイアルティーの支払い額でございます。一億六千三百万ドルというのが支払いであり、それに対して受け取りが千二百万ドル、AとBの比率は、支払いのほうが十三倍にもなるということをいっておるわけでございます。上のほうにアメリカ、フランス、西独、イタリアの状況がございますが、ごらんのように、アメリカは圧倒的に技術輸出が多い。フランス、西独、イタリアはそれほどではないけれども、それにしても相当多くの技術輸出をしておるという傾向をここに示しておるわけでございます。  次に「主要国の研究費等について」というのがございます。これは三十六年から三十九年、日本の場合を中心にいたしまして、国民所得と研究費との比率、それから研究費の中で政府がどれだけ負担しておるかということ、これを見ておるわけでございます。概括して申し上げますと、日本の研究費が、国民所得に対しては二%にならない、一・七ないし一・八というのに対して、アメリカのごときは、三・四という数字でございます。それから政府が研究費の中でどれだけ金を出しておるかというのは、総じて言いますと、ごらんのように日本は三割ぐらい、欧米諸国は六割ぐらいを政府が出しておる、こういう数字に相なるわけでございます。  それからその次は「会社等の研究費について」ということでございますが、三十四年から三十九年までごらんいただきますと、三十四年の千四百八十九億から、三十九年は三千八百十八億というふうに非常によく伸びておるわけでございます。これは国全体の研究費でございます。その中で、会社の研究費はどうかといいますと、そのまん中に書いてございますように、当初は一千億にもならなかったのが、現在では二千四百三十八億円というふうになっておるわけでございます。伸びておるのでございますが、ここで特徴的にいえることは、下のところに書いておりますが、あくまでも統計上の数字でございますが、三十七年度以降は、対前年度伸び率というものがその前の年に比べまして減っておるということでございます。これはいろいろ景気変動の影響等もあるようでございますが絶対額で伸びていることは伸びているのですが、伸び方が少し減っているということでございます。注目すべきことは、そういう伸びておりますのが、人件費などの増に向けられておる傾向がある、こういうことがこの表からいえるかと思います。  以上でございます。

岡良一日本社会党

○岡委員 結局、この統計を見ると、第一には、研究投資の絶対額においてOECD各国に比して日本は最低である。さて、日本が外国に対して輸出しておる技術、その対価として受け取る勘定と輸入した技術の対価として支払う金額とのバランスが、OECD各国に比べて非常に低い。それから研究投資においては、政府の部分が非常に少なくて、民間の負担が非常に多い。しかも、それはOECD諸国に比べて全く逆の状態である。それから国民所得に比べて、研究投資が非常に少ない、これもOECD諸国に比べて最低である。この前、佐藤総理が、OECDの科学関係閣僚会議に御出席になった、あのときの報告書を見ると、その国の経済の繁栄は、その国が持っておる知識の量によって決定されるということがいわれておる。ところが、わが国の実態は、知識の量はむしろ外国に依存しておる。そしてOECD諸国に比べて最低である。そこからこの所信表明の中においても、「このような外国技術依存の現状を脱却し、独創的な国産技術の開発につとめなければならない」という結論が出てきたものと思われる。十年間この委員会が開かれ、そのつどこの問題が討議をされ、しかも政府を推進しながら、なおかつ、こういう現状にあるということは、委員会としても非常に遺憾千万な事態だと思うわけなんだが、一体こういうことの原因はどこにあるのかという問題が、われわれの真剣に取り組まねばならぬ問題の一つだと思うわけです。これは小林さんにその原因を聞いたところでしかたがないから、いずれまた別の機会に大臣にお聞きをすることにしたいと思います。  そこで、この技術導入について、いわゆる合弁形式がふえてきたという実態をもっと数字的にひとつ御報告願いたい。

谷敷寛総理府事務官(科学技術庁振興局長)

○谷敷政府委員 昭和三十六年以降、合弁形式の技術導入がどのくらいございましたかという点でございますが、三十六年度は十五件、三十七年度十九件、三十八年度三十七件、三十九年度四十二件、四十年度は三十五件でございまして、四十年は十二月まででございますが、ごらんのように三十八年から相当数がふえてきておるわけでございます。これは、一つは三十八年以降資本導入、技術導入が若干自由化された影響もあるのでございますが、先ほど官房長が申し上げましたように、外国側といたしましては、ただ技術提携をするだけでは不満足で、やはりある程度資本的進出もいたしまして、収益をあげたいというような希望が強くなってきたのではないかと考えております。

岡良一日本社会党

○岡委員 そのいわゆる合弁形式の中には、技術を金額に算定する、そういう形における合弁形式というものもあるのでありますか。あるとすれば、どの程度にありますか。どういう業界に具体的にそういう事例があるのか。

谷敷寛総理府事務官(科学技術庁振興局長)

○谷敷政府委員 こまかい点はただいまここに資料がございませんので、調べまして至急御報告申し上げます。

岡良一日本社会党

○岡委員 これは今後のあり方として私ども非常に注目しておりますので、ぜひこまかい資料でひとつお知らせを願いたい。  なお、昨年の通常国会の外務委員会にOECD加盟のことがはかられた。技術導入については保留の態度をとるということを当時の外務大臣が申しておりました。この政府の態度というものは、その後守られておるのかどうか、これは外資審議会の問題だが、どういうことになっておりますか。

大蔵公雄大蔵事務官(国際金融局外資課長)

○大蔵説明員 説明員としてお答えいたします。  ただいま岡先生から御質問のございました、OECDに対する技術援助に対する留保は、今日も依然として政府の方針として継続をいたしております。最近の状況に関しまして若干御説明いたしますと、実はきょう、ちょうど二十三日、パリにおきましてOECDの貿易外取引委員会におきまして日本に対するOECDの資本自由化コードの審査コンフロンテーションが行なわれておるわけでございまして、その際にも、日本といたしましては、現状として加盟当時留保いたしました状態を改めることのできる状態ではないということをはっきり申し述べて、留保を今後といえども依然継続するという態度を明らかにしております。

岡良一日本社会党

○岡委員 昨年度日本に輸入された、あるいは交渉中のOECDから入ってきておる技術はどの程度ありますか。総技術導入件数の中で、何件がOECD各国から入ってきているのか。

大蔵公雄大蔵事務官(国際金融局外資課長)

○大蔵説明員 全体の技術導入認可件数のうち欧州——必ずしもOECD加盟各国全体とは申せませんけれども、全体の件数の約三五%ないし四〇%が欧州から入っておるわけでございまして、たとえば、四十年の四月から四十一年の一月に至ります八カ月間を例にとってみますと、米国から入っております件数が二百二十七件、欧州が百四十六件、合計をいたしまして三百八十五件ということでございまして、欧州と米国を除きました地域からの導入はわずかに十二件でございまして、全体の三百八十五件の約六〇%が米国から、残りの三八%が欧州から、こういう割合になっております。

岡良一日本社会党

○岡委員 だから、OECDからの技術導入に対しては、日本は態度を保留するといういわば一つの制限を持ちながらOECDから相当入っている。具体的にいうならば、どんな基準で留保しているのか。その留保というものは、具体的にはどういう形で行政的な措置をとって留保をしておるのか。その点がちっともわからない。依然として圧倒的に入ってきているという状態です。この点はどういうふうにやっているのか。これをやられたら、国産技術の育成も何もないじゃないですか。

大蔵公雄大蔵事務官(国際金融局外資課長)

○大蔵説明員 OECDに加盟いたします際に、わが国といたしましては、了解覚書というものをOECDとの間にかわしているわけでございまして、その際に技術援助に関しましては「経済の発展に大いに貢献するものであるから、日本国政府は、その契約をできる限り簡単かつ迅速に承認する政策をとりている。日本国政府は、さらに、日本国に特有の問題、すなわち過当競争の広範な存在及び中小企業の現状を考慮しながら、完全な自由化を最終的目標とするものである。」かような了解覚書を出しているわけでございます。しかしながら、現状といたしまして、その際に、私ども日本政府といたしまして先方に対して説明をいたしましたのは、日本の経済の発展に有害なものはこれを排除する、要するにリジェクトすることがあり得るという説明をいたしまして、その点、日本経済に有害なものは入れませんという点で留保しているわけでございます。しかしながら、実際問題といたしまして、私どもは、技術導入に関しましては、御承知のように外資審議会を通しているわけでございますが、外資審議会の立場といたしましては、国産技術の開発に阻害を与えるものはできるだけこれを認めておらないわけでございます。と申しますのは、外資審議会の下部機構といたしまして幹事会があるわけでございますが、その幹事会におきましては、科学技術庁あるいは通産省、各省の専門家の方たちがそれぞれの立場から、日本といたしまして特に開発をしたい技術あるいはすでに日本に入っている技術、こういったものの申請がございました場合には、これを却下している例もあるわけでございます。

岡良一日本社会党

○岡委員 そうすると、留保するというのは、国内におけるいわば過当競争を防止するというような経済的な観点において、技術導入についてはある程度の制限を設ける、そういう姿勢ですか。

大蔵公雄大蔵事務官(国際金融局外資課長)

○大蔵説明員 ただいま基本的には、主としては岡先生のおっしゃったとおりだと思います。

岡良一日本社会党

○岡委員 問題は、これは私も大蔵委員会でも何回か取り上げている問題なんだが、単に日本の経済の繁栄とかあるいは過当競争とかいう経済的な観点から技術導入というものが取り扱われている。ところが、技術革新の時代では、もう国際場裏においては商品の競争ではなくなっている。むしろ技術の競争です。よく言うことだが、外国の畑から切り花を持ってきて日本の床の間に据えてみたところで、それは一代花にすぎない。やはり日本という国土に育った花であれば実を結び、その実がまた土地に落ちて新しい芽を持っていく。技術というものの発展はこういう連続性のものであって、ただ便宜上、あるいはまた安上がりだというので外国から花を買い込むという、そういう外国の技術の見本市のような日本経済であってはいけない。これでは日本の科学技術振興というものはいつまでたってもあり得ないということは私があらゆる委員会で言っておることだが、現実にいまいただいた資料を見、またいまの御説明を聞いても、結局そういうわれわれが繰り返し言わなければならないことを、また、ことしも言わなければならない。むしろ深刻に言わなければならないというふうな事態になっておる。きわめて遺憾だと思う。  そこで、それでは外資審議会はどういう構成で、特に、それが国産技術の育成という観点から、どういう取り扱いをされているか、この点をひとつ具体的に御説明を願いたい。

大蔵公雄大蔵事務官(国際金融局外資課長)

○大蔵説明員 最初に外資審議会の構成について申し上げますけれども、外資審議会は、現在の構成といたしましては、民間の学識経験者の方三名に委員をお願いいたしておりますほか、大蔵次官、通産次官、科学技術庁次官、その他農林省、厚生省、運輸省、そういった関係各省の次官をもって構成されております。民間の学識経験者三人の方に委員をお願いしているわけであります。

谷敷寛総理府事務官(科学技術庁振興局長)

○谷敷政府委員 大蔵省のほうから技術問題についての意見が当庁のほうに回ってまいりました際に、科学技術庁といたしましては、これを化学、電気、機械、金属という四部門に分けまして、それぞれの部門に、大学の先生その他学識経験者に依頼をいたしまして、簡単な審議機関のようなものをつくっておりまして、そういう先生方の御意見を伺いまして、これを受け入れることを許可するかどうかということをきめておる状況でございます。

岡良一日本社会党

○岡委員 それでは、一時週刊誌などでも騒がれたポリプロピレンの導入、あれについては、一体、国産技術の開発という観点から、具体的にどういう人たちとどういう相談をされたのか。あるいは谷敷さんが最近就任されてからの例で何か少し規模の大きい、鉄鋼などでもいいが、ちょっとその取り扱いの具体的な経過を話してください。

谷敷寛総理府事務官(科学技術庁振興局長)

○谷敷政府委員 ポリプロピレンの例につきましては、少し前の問題でございますので、これも帰りまして資料を調べた上でお答え申し上げますが、最近の事例といたしましては、あまり大きな問題になった事例はないように承知しております。

岡良一日本社会党

○岡委員 問題は、日本のたとえば高度経済成長というかけ声がかかってからこの四、五年の間に、外国技術の導入が、いわゆる医者のことばで言うと奔馬的に非常にふえてきた。しかも、日本のは、高度経済成長をしながら、なるほど外国への技術輸出はふえておるけれども、しかし、それにしても総体的に見ると、やはり外国へ支払う技術の代価というものに比べて、日本が受け取る勘定というものは、ほとんどOECD諸国には及びもつかない。私がいただいた資料では五カ年間平均でまだ五%前後だった。そういうように、私ども現地に四、五年前調査に行ったとき、イタリアが三五%、フランスが四〇%、英国、ドイツが大体四五%から四六%というふうに、やはり非常に国産技術の育成に意を用い、したがって、外国の技術にたよる依存度が少ない。ところが日本は、若干ふえたとはいうけれども、市場というのは東南アジアが主としたものであるということで、一方でロイアルティーを払う。あるいは当初に払うべき特許料を競合して払う。サプライセンスでやれるものを各社が競合している。そんなようなことを外資審議会は黙って見ておる。しかも、ただ単に、それは日本の経済の繁栄だとか過当競争を避けるというだけの条件で制限をしている。結論として、それでは国産技術の育成においてどういうふうな取り扱いをしておるかというと、私が調査した範囲では、どうも十分ではない。実際いま申請をされておる技術は、日本においてもすでに民間の研究所なり国の研究所が研究しつつあるのだから、もうこれは日本人の手で、日本の科学の力で達成できるのではないか、そういう調査を厳重にしながら導入を認可すべきものであるかどうかを、国産技術の育成という立場から考慮するには、まだいまのやり方では私は十分でないように思うのだが、その点率直にどうでしょう。これを担当される谷敷さんとしてのお考えはどうでしょう。

谷敷寛総理府事務官(科学技術庁振興局長)

○谷敷政府委員 技術の導入の審査につきましては、ただいま先生の御指摘がございましたように、その同種の技術が日本の国でまさに完成しかかっておる、そこへ外国技術が入ってくることによって国産技術の完成に妨げになるというような場合には、これは当然押えるべきものだと考えております。現実の状況を見ておりますと、御承知のように、輸入が大幅に自由化されまして、外国でいい技術ができ、それに基づくいい製品が安くできますと、どんどんこれは輸入されて入ってくるわけでございます。これに対抗いたしますために、たとえば国内に直ちにそれに匹敵するような技術がないというような場合には、どうしてもその外国技術を導入いたしまして国産化したほうが輸入を防遏できるというような事情にありますので、いままでいろいろ先生が御指摘のように相当数の技術導入がございますけれども、これらはほとんどが外国の技術のほうがすぐれておりまして、これを導入したほうがわが国の技術水準の向上なりあるいは産業の強化に役立つというふうに考えられるものが大部分でございましたので、この導入を認めてきたというような関係にあるわけでございます。したがいまして、今後わが国の国産技術の水準というものがだんだん高まってまいりますと、御指摘のように外国技術とも競争できるようになりまして、外国技術を押えたほうがいいという事例が出てくることだろうと思いますけれども、現在までのところでは、はなはだ遺憾ながら、外国技術を押えた場合にそれに匹敵するような国産技術がすぐできて伸びてくるというような事例が非常に少ないものですから、現状のような状況になっておるわけでございます。

岡良一日本社会党

○岡委員 とにかく国産技術を育成するという立場から、外国技術の導入にあたってはやはり相当きびしい態度が日本にあっていいと思うのです。いま谷敷さんがるる申されますけれども、同じ特許を幾つもの会社が買っている例がたくさんある。だから、過当競争どころじゃない、当然過当競争を外資審議会が認める結果になっている事例が幾つもあります。そういうような形で、安上がりにいいものができるからこれは外国技術のほうがいいだろうというけれども、外国技術を輸入する場合輸出市場を制限されているケースが多いのだから、ロイアルティーを払うわ、特許料は前もって払わなければならないわ、輸出市場は制限されるわという、そういう条件の中で外国技術に依存するということは、そのことだけでも日本の経済の繁栄にもならないし、会社の利益にもならないはずだと私は思う。そういう外国技術をやたらに過当競争的に導入して、機械をふやし、人をふやし、設備をふやし、工場を建てて、オーバープロダクションになって不況が深刻になってくるというようなことになって、自分で自分の首を締める状態になっておるのだから、この際もっと厳重に、国産技術の育成という観点から、こういう申請されておる外国の技術は、この研究所でここまで仕事が進んでおるのだから、政府がこれに対してもっと助成し、補助し、援助していく、そして日本の技術でひとつやろうじゃないかというかまえをもっときびしく持たないと、ただ口頭禅として外国の技術の依存から脱却しようと何べん繰り返してみたってできないので、これはやはりちゃんとした行政指導なり法改正なりをやってやらなければとてもこの趨勢というものを脱却できないと私は思うのだが、こういう点はまたあらためて関係大臣等にも来てもらって聞くことにしましょう。  それから順番に従って基本法ですが、基本法はその後、いろいろな団体から、いろいろな批判なり見解なりが私の手元に送られてきておりますが、これは特に局長御存じだと思うが、学術会議でもちょっと騒動があったような話を新聞で承っているが、その後のそういう関係団体の動き、その他関連して基本法提出への運びというか、御努力の経過、そういうものをひっくるめてこの際ひとつ御報告願いたい。

梅澤邦臣総理府技官(科学技術庁計画局長)

○梅澤政府委員 基本法につきましては、各省と連絡会を二カ月にわたりやっておりまして、その間に学術会議の答申の内容につきまして、その場合にあまり各省の御意見というものが入っておりませんで、したがいまして、それがいかに入れられるかということを一度やりまして、それで二次案、三次案という案が出てきたわけでございます。しかし、それがなかなか基本法にうまく調和がとれて入りません。したがいまして、現状四次案というものがございますが、これは大体答申案に比較的戻りつつある現状になっております。しかし、その間に国立大学の協会、それから大阪地方、あるいは学術会議その他からいろいろな意見がまいっております。その意見につきましても、最近は大体同じような方向になっておりまして、ただ、学術会議の関係が、選挙の関係で委員が交代されまして、したがいまして、前の委員の方の御意見と新しい委員の方の御意見との食い違いが一部ございます。その点の調整を現在学術会議の中でやっていただいております。したがいまして、最近大体のところができ上がりまして、一部は法制局に持ち込むというところまでの運びになりました。したがいまして、いまの状態でまいりますと、学術会議のそれをやっておりました一部会を一両日中に開きまして、それで進められれば来月の上旬には固まるようにいくのではないかという見込みで進んでおります。

岡良一日本社会党

○岡委員 国立大学協会でいろいろ意見がありましたね。あれとの調整はどうなりましたか。

梅澤邦臣総理府技官(科学技術庁計画局長)

○梅澤政府委員 国立大学協会の第一の問題は、科学及び技術ということばの解釈の問題が一つございます。それにつきましては、われわれとの了解が大体つきました。それからもう一つは、大学の自治という問題、これについて、学術会議にあらかじめ意見を徴するとなって、学術会議の意見だけ聞かれたのでは、大学の自治にひっかかりがくる場合がある。したがって、その点国立大学の自治を考慮して、基本計画を立てる場合にどの位置でわれわれの意見が入るかというところが一つの問題でございます。  その点につきましては、現在文部省と一緒に国大協とお話しいたしておりまして、実際に実施してくれる研究の場所は大学でございますから、大学の意見は十分入る場所というものをきめております。その点は一応国大協の大部分の方々の御意見では大体御了承になっておるような感覚になっております。  それともう一つは、科学技術会議の事務局を独立で置くという問題が出ております。この点につきましては、科学技術会議で行ないます、基本計画をつくります際の作業のことがはっきりせずに、独立の事務局という話が出ておりまして、その点作業の手続その他明快にいたしますと、そこから独立の事務局の内容がはっきり出てまいります。したがって、その事務局の問題もそこで解決させていただきたいということで、現在お話し中でございます。

岡良一日本社会党

○岡委員 いずれにしても、基本法の問題は、この委員会では多分五年越しの懸案である。どうやらその間、科学技術会議、学術会議等の協力体制も昨年からできて、科学技術会議の総会でも答申が決定され、そしてまた、国会に提出の方向に向かって、各団体との意見の調整もはかっておられるということで、まあひとつそれができ上がった上で、私どもの態度もきめたいと思うのですが、ともあれ長年の懸案ですから、ぜひせっかくいろいろな反対なり、批判者的な方々の意見との調整をはかって、これは日本の将来の科学技術行政、科学技術そのものの基本的なあり方を決定する重要な法案ですから、慎重にひとつお願いしたいと思うのです。  それで第一は科学技術基本法の制定、次には原子力平和利用の推進。これは動力炉の開発に関する小委員会ができておりまして、この報告もやがて出ることと期待されますので、私は一応省略はしておきたいと思いますが、武田さんにも来ておられますので、大体基本的にはどういう方向で、本命である高速増殖炉までの過程は、基本的にはどうあるべきかというふうなことについて、ひとつ率直な御意見を伺っておきたい。

武田榮一原子力委員会委員

○武田説明員 動力炉の開発に関しましては、一昨年の八月から、原子力委員会の下部機構といたしまして動力炉開発懇談会というものを設けまして、その中には学識経験者、製造業界の人たち、それから電力界、そういう研究開発面を担当する者、動力炉を製造する者、それを使用する者、そういう三者が入って、自由に突っ込んだ議論を展開してまいりまして、現在までに十数回の会合を持っております。  いままでに議論いたしました事柄の大要は、昨年七月に一応中間的な取りまとめといたしまして報告してありますが、その中には日本の置かれた立場を考えまして燃料政策というものを考え、その燃料政策に適合した日本における動力炉というものはどういうものを考えるべきか、そういうことを考えてまいりまして、その動力炉の問題といたしましては三つに分けて考えることができます。  一つは、現在外国ですでに技術的に経済的に成立するという見込みの立った実証炉といわれるもの。これはアメリカ型の軽水炉といわれるもの、あるいはイギリスでできたガス冷却型の原子炉、そういうものの国産化の問題、それから現在実証炉となっております、いわゆる熱中性子炉と呼ばれるものでありまして、それの改良した型、これを新型転換炉と呼んでおりますが、それを国産化する問題、それから、それよりも若干遠い目標として高速増殖炉。高速増殖炉までまいりますと、ウラン資源というものを非常に有効に使うことができますので、原子動力というものの将来の見通しが非常に明るくなるわけであります。実証炉と、中間的に考えられます新型転換炉、それから高速炉、こういう三つのものに対する基本的な開発態度というものについて考えているわけであります。  実証炉に関しましては、すでに外国で技術的に非常に進んでおりますので、いまから日本で開発しても、とても間に合わないし、むだであるということを考えまして、これは技術導入で入れて、できるだけ早く日本でそれを国産化する、そういう態度を大体きめております。  それから少し先の、高速増殖炉に関しましては、これは大いに世界に負けずに研究開発をしていこうということで、どなたの意見も一致しているわけであります。  それから新型転換炉の開発に関しまして、現在、いろいろ議論がありまして、それを開発してももう間に合わないのではないかという考え方、あるいはそういう開発ということを通して、日本に自主的に原子力の開発体制を持ち込むことができる。それからまた、先ほどの軽水炉などは、おもにアメリカで製造されますので、アメリカというような特定の国一辺倒になるような政策よりも、もう少し幅広いものに考えていくべきじゃないかと、いろいろの議論があります。  それで現在、動力炉開発懇談会も最終段階に入っておりまして、昨年の十月、十一月に動力炉開発調査団というものを諸外国に出しまして、その調査をいたしました。そのおもな事柄は高速炉の時代というものが予想外に早いのじゃないかという見通しなどが収穫として出てまいりました。  それから、そういう調査団の結果などと照らし合わせまして、至急結論を得るように努力しつつありますが、三月に動力炉開発懇談会を二回開く予定にしておりまして、なるべく近い機会に、先ほど申し上げました三つの炉型についての開発方針というものをきめたい、そういう段階になっております。

岡良一日本社会党

○岡委員 いま私がお尋ねした問題は、高速増殖炉は大体一九八〇年代には実用化されると思うのですが、その前に、新型転換炉、これを日本は経過して、高速増殖炉になる。いわば、アドバンスト・コンバーターとして、やはり何らかの炉型を選んで、そしてその開発をせられるのかどうか、そういう点についての結論はまだ出ておらないのですか。

武田榮一原子力委員会委員

○武田説明員 現在のところ、まだ結論は得ておりません。しかし、諸外国の状況を見ましたときに、日本でも十年後くらいには高速増殖炉で原型炉を建設している段階まで持ち込みたいということが一つの目標になっております。  その原型炉と申しますと、電気出力にしまして二十万あるいは三十万という程度の、比較的大きい発電設備になります。そういう規模の、非常に新しい動力炉を独力でやるということは非常にむずかしいということも考えられますが、なるべく自主的な開発を行なって、そうしてそういう建設段階まで持ち込みたい、そういうことがわれわれの念願でございます。  ただ、そういう段階に持ち込むときに、日本として、そういう非常に大きい、現在のはやりことばでシステムエンジニアリングという、そういうものが結局日本にまだ欠けている。そういうシステムエンジニアリングというものを、日本でも動力炉に関しましてつくり上げていくという意味で、もう少しやさしいといいますか、見通しのつく動力炉の開発というものを考えていったほうがいいんじゃないか、そういう考え方、それが一つと、もう少し早いターゲットとして、七年、八年という期間にそういう新型転換炉の原型炉をつくろう、そういう考え方があります。ただし、その間に入れるということに関しまして、いろいろ議論が分かれている状況でございます。まだ最終的な結論は得ておりません。

岡良一日本社会党

○岡委員 国産炉第一号で天然ウラン重水型を選んだときにもいろいろ発表したのだが、あの天然ウラン重水炉というものは、あれっきり何かすっかりたな上げのようになっているのだが、どうするつもりなのですか。私どもは、やはり、天然ウラン重水炉というものは、おそらく日本の技術が追いつき得る一つのタイプではないかと思いますし、将来の、燃料サイクルの自主性という観点から見ても、非常に効率的なものとして評価できるんじゃないかと思うのですが、その行くえは一体どうなったのですか。

村田浩総理府技官(科学技術庁原子力局長)

○村田政府委員 岡先生のお話のとおり、わが国の原子力開発に着手しました最初に、研究炉ではございますけれども、国産炉として、重水型の炉をみずからの力で開発し、建設し、運転しよう、こういう大目標が立てられまして、その努力が実を結びまして、いわゆる第一号炉JRR3ができ上がったわけであります。当初、世界の情勢等から見まして、御指摘がございましたように、核燃料資源の状況等が不分明でございましたし、そういう意味で、何といいましても、天然ウランの使える動力炉で経済的な原子力発電が可能でございましたし、燃料政策の点から見てこれほど安心なものはないわけでございますから、まずその点でスタートしたのは当時の状況として当然であったかと思います。  ところで、そういう状況で始めたわけでございますけれども、一方で重水というものの入手の問題もございまして、重水の製造につきましても、当時国のほうから補助金を出しまして、民間で重水製造技術の開発もやっていただいたわけであります。その結果、国内で重水を製造しますとどのくらいの値段でできるかというようなことも漸次明らかになったわけであります。しかしながら、研究炉の場合はともかくとしまして、動力炉によって実際に発電を行ない、そこで生産されました電力を売るという立場になりますと、どうしてもそこに経済性の問題が入ってまいります。やはり経済的に発電できるという見通しが必要である。そういった観点からいたしまして、いまから数年前の状況では、重水の価格が、国内で生産しましても相当高くなっているというようなこともありまして、当時イギリスで開発が非常に進んでおりました、同じ天然ウランを使うけれども、黒鉛で減速するという形のものを最初の動力炉としてやろうじゃないかというふうに話がなりまして、同じ天然ウランではございますが、いわゆる黒鉛減速ガス冷却炉という線が出てまいったのであります。このために、重水炉関係がその点で一時中断されたということは、御指摘のとおりだと思います。しかしながら、その後重水炉につきましては、主としてカナダあたりが熱心に研究開発を続けました結果、重水炉技術についての経済的な可能性というものも漸次明らかになってまいりましたし、他方、重水の供給というものも、当時はアメリカしかやっていなくて、入手できなかったのでありますけれども、最近はそういうカナダの開発に伴って、カナダでも非常に大型の重水生産施設を持つという計画が進められてくるようになりまして、重水の入手源という点につきましても可能性も非常にふえてまいりました。そういうことから、世界的な重水減速型の動力炉というものに対する新しい関心が出てまいったわけであります。スカンジナビア諸国をはじめ、イギリス、フランスでも重水減速炉の開発に着手し、ユーラトムでも重水減速炉にプロジェクトを設定した。さらにカナダ型の炉につきましては、インドとかパキスタンでもカナダと並んでその種の動力炉を現実に建設しようという状況になってきておるわけであります。  そのような世界的な情勢もございまして、他方、その後軽水炉が非常に経済的に可能性を高めてまいったというようなことから、いわば軽水炉に対する開発の成果がそこにはっきりしてきたわけであります。また、原子力平和利用ということについての国際的な環境の熟成ということもありまして、軽水炉に必要な濃縮ウランの入手という面での当初考えられていたほどの強い制約というものも、それほど当面は大きく考慮に入れなくてもやっていけるのではないかという見通しにもなってまいりました。これはアメリカ側の保証その他の点があるわけでございますが、そういうことからさしあたっては在来型炉として軽水炉で経済的な原子力発電を実際にやっていく、それによって経験を積むということがございますが、他面、濃縮ウランだけに依存しない型の動力炉というものも開発していく意味が、核燃料政策上非常に大きくあるのではないかということがいわれまして、いわゆる新型転換炉の開発というものについて、これまで各方面の意見を徴して委員会で御検討になっておる、こういうことが経過であると考えられます。したがいまして、現在、先ほど武田委員からお話しございました新型軽換炉といたしましては、委員会の場で最終的な結論は出ておりませんけれども、取り上げられます場合には、重水減速の炉となるということはほぼ決定的に言えると思っております。

岡良一日本社会党

○岡委員 それでは、いまのお話しの重水が非常に高いということ、これは市場がないから、限定されているんだから、わずかのものをつくる、非常に複雑なメカニズムで行なっているんだろうから高くつくのは当然です。しかし、高いからといって目先の経済性から、将来というものを考えないで、安いものに飛びつくということでは日本の開発というものはできないわけです。こういう点、西ドイツもわれわれ日本と同じく占領下に置かれて、原子力の研究開発がやはり十年立ちおくれた。ところが、いまの西ドイツの現状は、連邦政府自体が原子力の平和利用のために非常な促進計画を立てて、プッシュしておる現実だという話を聞いておる。その点について西ドイツのあれはたしか一九六二年でしたか、原子力の開発促進計画というようなものを立てたということを聞いておるのですが、その間の事情あるいはその後における西ドイツの現状をお聞かせいただきたい。

村田浩総理府技官(科学技術庁原子力局長)

○村田政府委員 西ドイツの原子力発電の開発についての環境というようなことは、きわめてわが国と似ておると思います。そこで、西ドイツの開発計画なり実施状況については、私どもも深く注意いたして、これをフォローしておるわけでございますが、昨年もその観点から、西ドイツの科学技術庁に相当します科学研究庁の次官あるいは原子力局長においでいただきまして、親しくいろいろ両国の原子力開発の問題等について話し合ったわけでございます。その後の情報も加えまして、西ドイツが現在追求しております原子力開発の線といいますものは、まず、当面の原子力発電の経験を蓄積していく。そうして原子力産業の技術の基盤を強化していくという立場からは、先ほど私申しましたように、国際的にも評価されてきております軽水炉を数基入れる。現実にはただいま三カ所において出力二十四万から二十五、六万キロワット程度の軽水型の原子力発電所を建設する計画が進められつつございます。これと並行しまして、いわゆる新型転換炉並びに高速増殖炉の開発を自国の開発プロジェクトとしてやろうということを考えておりまして、高速炉につきましては、特にカールスルーエの研究所を中心に独自の研究開発を進めていこうということでおりますし、あわせてアメリカとも非常に積極的な協力関係を結びまして、高速炉の計画をアメリカとドイツで共同でやろうじゃないか、お金を負担し、人を出し合ってやろうじゃないかということも進められておるようでございます。一方、新型転換炉につきましては、将来原子力発電の大宗をなすものが高速増殖炉であることは、どこの国も同じように見ておるわけでありますが、ドイツといたしましても、自国の産業技術の開発あるいは高速増殖炉ができますまでの間の問題、さらにできた後の燃料政策の問題等を含めまして新型炉を開発しておくべきであるという考え方のもとに、現在二つの型の炉を取り上げて技術開発を進めております。その二つの型と申しまのは、一つは高温ガス冷却型に属するペブルベッド炉というものでございまして、他の一つは重水減速型の原子炉であります。ペブルベッド型の原子炉と申しますのは、岡先生も御承知と思いますが、ユーリッヒの研究所の構内にすでに建設がほぼ完了に近づいておるものでございまして、まだ実験炉の段階ではございますが、ドイツ独自の考え方に基づきまして、使用いたします燃料を、いわば砂利のような粒々にいたしまして、これを炉の中に入れまして、燃焼後漸次下から古いものを取り出していく。冷却はガスでやる。ガスはヘリウムあるいはヘリウムとネオンをまぜたものを考えておるようでございますが、ガスで冷却いたしまして高温のガスを得て、その高温ガスによって蒸気を発生し、電力を生産する、こういうタイプでございます。これにつきましては、もちろん民間の会社が非常に熱心に大学と協力して研究を進めておるわけでありますが、同時に国及び州政府も相当な金額を投じて、これを助成いたしております。他方、重水型原子炉につきましては、現在のところは二通りの重水型原子炉の勉強をやっております。一つは、重水減速の加圧重水冷却型、いわゆるカナダのCANDU型に似たようなタイプでございますが、そういう型の原子炉をやっております。もう一つは、重水減速のガス冷却型、フランスでやっておりますEL4型にほぼ近いような型のようでございますが、同じ重水減速の中で、この二つの型の勉強を並行して進めております。ただし、このほうは現在直ちに大きな原型炉みたいなものをつくるというところまでにはいっておりませんで、カールスルーエにつくっております重水型の多目的炉を使いまして、いろいろ基礎的なデータを得、実験研究を進め、この第一次五カ年計画の終わり、つまり六七年の終わりぐらいまでに、いずれの型をとらえてその後の開発を進めていくかということをきめたい。このようなテンポで現在その必要な研究、調査あるいは実験を進めておる、このように承知しております。

岡良一日本社会党

○岡委員 問題は、高速増殖炉を国際協力のもとにカールスルーエが中心となって、聞くところによると、一九六八年から七二年ぐらいの間には精密設計をやって、原型炉を建築しようというような話を聞いておるわけであります。その中間過程としての新型転換炉についても、いま御説明のような三つのタイプのものの開発に努力しておる。そういう政策が立ち得るような、それを推進し得るような政府の政策というものが私はあると思うのです。先ほどもお話に出たように、どうも重水は市場もないし高過ぎるから、これはやめようじゃないか。高ければ高いだけ政府のほうとしてある程度の援助をするということで、これはいいと思う。将来性があると思えば政府が援助する。ドイツの場合、将来は動力炉を輸出しようということを政府みずからが言っているくらいなんですから、そこまでの意気込みで取っ組んで、したがって、当初の開発については、政府は非常に強力な援助をしておる。その援助の実態を私はお聞きしたかった。その点をひとつお調べがあったら御報告願いたい。

村田浩総理府技官(科学技術庁原子力局長)

○村田政府委員 高速増殖炉並びに重水減速炉についてのドイツにおけるプロジェクト、これについて、民間は非常に熱心なわけでありますが、それ以上にまた、国が力を入れてこれを助成しておるということは、ただいま申し上げたとおりでありますが、具体的には、まず高速炉につきましては、ただいまお話がございましたように、出力で三十万キロワットぐらいの原型炉を、一九六八年から建設に着手し、七三年ごろに完成の予定で、型式といたしましては、通常のナトリウム冷却型のほかに、蒸気冷却型のものも現在では検討いたしておりますが、そのいずれかにつきまして、原型炉を七三年までに完成させたい、こういうふうに考えて仕事を進めております。これに要する資金は、一九六七年までの準備段階における基礎研究費だけで、合計百六十億円程度にのぼる見通しであります。実際に担当いたしますのは、先ほど申し上げましたカールスルーエの研究所でございますが、ここに二千人足らずの所員を擁しまして、これらの人が、主として国の金によって現在予備的な段階の工学試験あるいは実験炉、臨界実験装置による研究開発を進めておるという状況でございます。  同時に、先ほど私、ちょっと申しましたように、国内における原型炉の建設と相並びまして、アメリカにおける高速炉開発計画に資金的に参加いたしまして、この成果を獲得したいという考えがありまして、これには国が金を出す、米国の計画のほぼ半分をドイツの政府が負担するということで、現在その交渉を進めておるようでございます。ただ、最近の情報によりますと、具体的なその共同計画の実施につきまして、米国内におきまして若干問題が生じておるようでございまして、実際に、いつまでにその共同計画の高速炉、実験炉あるいは原型炉が完成されるようになりますかは、まだ明らかではないようでございます。  新型転換炉につきましての先ほどの三つのなにでございますが……。

岡良一日本社会党

○岡委員 村田さん、ちょっと……。西ドイツの政府が、たとえば産業界に対して、いま直ちに産業界にやらせようとしても、なかなか市場も少ないし、経済ベースに乗らないということで、そういう点について政府がやはり研究費というか何というか知らないが、いろいろな費目で助成措置をやっておる。電力会社にしても、直ちに原子力発電をやってみたところで、はたしてそれが経済ベースに乗るものかどうかわからないから、その場合に、ドイツにおける電力のコストより高いものになれば連邦政府がある程度助成する。その際特に連邦政府のほうは、また促進計画のほうでは、安いものを安いとして電力会社にこの原子力発電を自由にさしておいたのでは、ドイツ独自の原子力開発計画に対してさわりがあるような事態も考えられるから、そういう点も十分考慮していこうじゃないかというような、いろいろな促進計画に関する計画があるはずだと思うのですよ。これはひとつまた資料として御提出願ったほうがいいと思いますから、あまり専門的な御説明は、その程度にしていただいて、資料として一度西ドイツの現状を御提出願いたいと思います。

村田浩総理府技官(科学技術庁原子力局長)

○村田政府委員 西ドイツの原子力開発、特に動力炉の開発計画並びに実施計画につきましては、先ほど申し上げましたように、いろいろ私どものほうでも調査を進めておりますので、その内容の概略につきまして後ほど資料を提出いたしたいと思います。

岡良一日本社会党

○岡委員 それから核燃料の民有化ということが何かこの間新聞に出ておったんだが、原子力委員会は、一体特殊核物質を含めての民有化をやろうという気なんですか。

村田浩総理府技官(科学技術庁原子力局長)

○村田政府委員 核燃料の所有の方式につきましては、濃縮ウラン及び天然ウラン、あるいはトリウム等を含めまして、昭和三十三年に諸般の環境が整うまでは国有とするということが閣議で了解されまして、その後昭和三十六年には、その諸般の状況のうち、天然ウランに関するものにつきましては整備されたと見られるので、天然ウランについては民有を認めるということに、また閣議了解で方針を定めたわけでございますが、濃縮ウランにつきましては、その際もなお国有の方針を続けたわけであります。天然ウランと濃縮ウランとの環境の整備の状況の違いといいますのは、国内における安全保障の管理、あるいはそれに関連しまして計量管理、それから最も大事な安全性の確保、こういった点は原子炉等規制法をそれまで順次改正していただきまして、現在の法律のもとに十分これが確保できるということが一つ。それから非常に安全性の確保に力を入れてやっておるわけでございますけれども、万々一の事故が発生しましたときに原子力施設の周辺住民等に及ぼします災害の影響も考えまして、いわゆる第三者損害補償のために、原子力損害の賠償に関する法律というものが三十六年にできまして、そういった面での環境の整備もできた。こういうことで、天然ウランにつきましては、これを国有からはずしたわけでございますが、濃縮ウランにつきましては、そのほとんど唯一の供給源でございます米国政府と日本政府との間の協定、いわゆる日米原子力一般協定でございますが、この中で米国が国内で特殊核物質、つまり濃縮ウランの民有が認められるまでは日本へ渡される特殊核物質は国がこれを所持しなければならぬ、こういう規定がございまして、その面での制約がございますために、当時濃縮ウランにつきましては民有にしないで国有を続けてまいったわけであります。しかるところ、今日からいいますと、一昨年になりますが、一昨年の八月に米国政府は原子力法、一九五〇年原子力法でございますが、これの一部を改正いたしまして、米国内における特殊核物質すなわち濃縮ウラン、プルトニウム等の民有を認める政策を打ち出したわけであります。したがいまして、先ほど申し上げました日米原子力協定の中での制約事項という条件が一つなくなったわけでございますが、もちろん現行原子力協定ではその条項が書いてございます。しかし、米国側に大使館を通じ、あるいは私どもが直接に関係者に確かめましたところ、アメリカの国内における法律が変わった以上、協定にいうところの権原保持義務は消滅しておる、こういうことが明らかになっております。そういたしますと、濃縮ウランと天然ウランを比較いたします際に、特に濃縮ウランであるから国有を続けなければならないという積極的な制約はなくなったと見られるわけでございまして、わが国の原子力開発は平和目的に徹して進められ、その線から原子力発電もその主体として従来のとおり電力事業者の協調による開発の推進を期待しておる、こういう立場でございます以上、環境が整備されるに伴いまして濃縮ウランも民有化に移していくというのが当然だろう、こういう線で、ただいま原子力委員会で、どのような手順でその民有化を打ち出していくかを御検討いただいているわけでございます。究極的には現在の日米協定そのものの改定ということと関連いたしますので、現在の協定が昭和四十三年十二月まで有効でございますが、それまでの間にぜひ改定いたしたいと考えておりますので、その改定の際に、ただいまの権原保持義務規定をはずすということを交渉いたしまして、それが確認された段階で実際民有化に移していくようにいたしたい。それまで約一、二年余裕があるかと思いますが、そういう余裕の期間を持ちつつこの方向へ政策を進めてまいりたいというのが、ただいま原子力委員会における検討の状況でございます。

岡良一日本社会党

○岡委員 これは私は非常に大きな、いわば日本の原子力政策の一つの転回点になり得る可能性があると思う。そういう点で、いまの御説明では私は納得できない。大体天然ウランの民有にしても、あれは国会のないときに抜き打ち的になされたようだが、天然ウランにしましても使用済み燃料が出てくる。それで日本が再処理工場を建てて、再処理してつくる。やはりこのプルトニウムの所有権は東海発電所のものでしょう。濃縮ウランであれば、なお一そう転換比が高い。たくさんの軽水炉がこれからふえてくる。プルトニウムも出てくる。濃縮ウランを業者の民有にすれば、プルトニウムも必然的に民有化されてくる。所有権としてそういうような進め方。それから現実にいまの御説明を聞くと、アメリカの動きにつれて日本の核政策が追随をしていっているといってもいいような動きをしていると私には感じられます。それはアメリカとすれば、部分的核停協定などができて、そこで濃縮ウランもあまりつくる必要がなくなったからといって、四〇%の生産減をあの当時大統領が声明をしました。プルトニウムも二五%の生産減を声明しました。そうすると、アメリカにおける濃縮工場も、あるいは再処理工場も遊休化してきた。人にしても二千人くらいの人が必要でなくなってくるという状態です。そこで今度は外国に市場を求めて、たとえば軽水炉の市場を求めて、そこへアメリカの炉をどんどん輸出しなければならぬ。ところがアメリカの炉を、ドイツでも二、三基程度にとどめよう、フランスは買いっこないし、英国は独自のものがある、インドも買わないし、パキスタンも買わない。そうすると、いまさしあたり動力炉としてアメリカのねらっている市場は日本なんです。そこで、アメリカでは部分的核停その他の情勢で遊休化されてきた濃縮ウラン等の施設は、しかたがないからおそらくアメリカのビッグ・ビジネスが引き受けて民有化されてくる。それは濃縮もする。再処理もやる。そういうことで、御存じのとおり一九六九年にはウランの委託濃縮をやる。一九七三年にはシングル・パッケージ方式で濃縮もやるし、再処理も引き受ける、こういう方針をきめましたね。このことは一昨年、私どもも原子力法改正の直後に向こうのコミッショナーと会っていろいろ話を聞いたときに、そういう説明をした。それにつれて日本も、濃縮ウランも民有化していくなんというような新たな方向へ追随していくことは日本の燃料の——ここに書いてある核燃料サイクルの確立という立場から見て、原子力委員会がもっと厳重にチェックしていかなければだめだと思うのです。ということは、かりにいま軽水炉、軽水炉といいますが、そうすると軽水炉、軽水炉で入ってくる軽水炉は、今度は再処理をする、そこでプルトニウムが出てくる、減損ウランが出てくるというようなことだけでなくて、天然ウランもやはり再処理で取り出してくる。当面、数年の間に入ってくる動力炉の再処理で出てくるいろいろの特殊核物質あるいは天然ウラン等については、将来の新型転換炉なり高速増殖炉なりのためのいわば計画的な、体系的な燃料サイクルの確立というものがまずなければならない。だから、そのためには、どんどん核物質を民間の所有にするというような方式は、実質的な核燃料サイクルを確立するという点で非常に自主性を喪失する危険がある。これは、西ドイツのほうでも、はっきりいま採算に合うか合わないかわからない動力炉を、経済的な観点からいたずらに導入することによってドイツの原子力政策というものがゆがめられる危険があるというようなことで、場合によれば行政命令で炉の導入に対しても規制しようというような腹がまえも見せておる。だから、そういう点から見た場合、日本の行き方というものは、向こうはこういう手をだんだん打ってくるからというのでこれに追随していくのでは、日本の自主的な燃料サイクルの確立はできなくなってくる。言ってみればシングル・パッケージ方式に迎合する道を開いていくこのようなやり方では、日本の原子力あるいは動力炉開発の自主性が失われる危険性があるということを感じたのです。もちろん、特殊核物質が安全性の点からいろいろ法律的に規制され得ると言われましても、そういうようなものが民間の手に移される、そしてプルトニウムもしたがって民間のものだということになってくると、これは原子力基本法の立場からもやはり非常に大きな問題があると思いますので、いずれこの問題はまた別な機会にひとつゆっくりお話しをしたいと思います。これは慎重な態度で臨んでもらわなければならぬ。いまの状態では私どもとして賛成いたしがたいということを申しておきます。  それから原子力船、あの船はどうなりましたか。

村田浩総理府技官(科学技術庁原子力局長)

○村田政府委員 原子力第一船の建造計画につきましては、前の国会で御説明申し上げましたその後の状況につきまして、どうなっておるかを簡単に御報告いたしたいと思います。  昨年の七月ごろまでの話は申し上げたと思うのでございますけれども、原子力船開発事業団が石川島播磨重工業並びに三菱原子力工業を相手にいたしまして、随意契約方式による折衝をいろいろといたしました結果、全体の価格が約六十億円と見積もられるに至ったわけでございますが、これは、私ども主務官庁といたしまして、運輸省とともにその内容を検討いたしましたところ、金額の点におきまして、予算に計上いたしました船価三十六億円をはるかに上回っているだけでなく、その内容におきましても技術的にいろいろ問題な点があるということでございましたので、それを検討すべきであると考えたわけであります。その際、検討によりましては、原子力委員会が三十八年の九月ですか決定いたしました原子力第一船開発基本計画の線に触れることもあるかもしれないということも予想されましたので、この問題を一度原子力委員会におはかりすることといたしたわけであります。原子力委員会におきましては、事務当局における検討の結果を聴取されまして、その問題点をもう少し時間をかけてはっきりさせるべきであるということから、若干建造の着手を延期いたしまして、その間に必要な検討を行なおうという立場から、昨年の八月に原子力船懇談会というものを委員会の中にお設けになりまして、原子力船開発の計画にこれまでいろんな立場から関連してこられた方々並びに学識経験者等をもって懇談会をおつくりになり、そこの場におきまして主として三つの問題について御検討をいただいてきておるわけであります。  その三つの問題といいますのは、第一は、当初、予算において三十六億円と見積もりました船価が、今回の業者からの見積もりによりまして約六十億と非常に大幅に食い違ってきた主たる理由は何であるかということの検討。第二は、先ほど申しましたように、いろいろ技術上の問題点も明らかになってきたようでございますので、それらの技術上の問題というのが原子力船の安全性等の観点から見ましてどういうものであるかという点の究明が第二であります。それから第三に、基本計画にもございますように、わが国の第一船は、これに搭載いたします原子炉を含め、できる限り国内技術をもって充てるということを打ち出しております関係上、先ほど来申しましたように、炉の設計、製作はアメリカのウエスチングハウス社と技術提携しております三菱にその見積もりをさせたわけでございますが、もし技術的問題点等がそういったようなことから出てきておるというようなこともあるとすれば、これだけを見ていくということよりも、もう少し技術的にもはっきりした資料の出てまいります原子炉を考えた場合の原子力船計画についてどのようなことになるかという点をもあわせて検討したほうがよかろうということで、これを第三の問題といたしまして、以上三つの問題点を数回にわたる懇談会並びに懇談会の中にまた設けられました小委員会の場におきまして検討いたしてまいったわけであります。  今日までに第一と第二の問題につきましての概略の検討が進んでまいりまして、その結果、船価の値上がりの原因のおもなもの、あるいは技術上の問題点につきましての主要な問題は大体明らかになってきたと思っております。現在は、第三の問題につきましての検討に力を注いでおるというところでございまして、この作業はやはり相当の時日と資金も必要でございます。大蔵省にお願いしまして、この第三の作業をいたしますために約八千万円の予算を本年度予算からいただきまして、現在その作業を進めさしておる。この作業は、いまの予定でございますと、五月一ぱいぐらいまでには大体その結果が出てまいりますので、出てまいりましたものを懇談会で御検討いただき、いろいろと御意見も徴した上で、最終的には七月中にはぜひとも原子力委員会において原子力第一船の計画の進め方についての結論を出していただきたい、このような予定でおります。  そのような結論が出ました上は、その結論の線に沿いまして、この計画を延期しておりましたのを直ちに軌道に乗せまして、八月末までに四十二年度予算の中に必要な経費を計上して大蔵省に要求いたすわけでありますが、その具体的内容の固まったものにつきましては、大蔵省とも折衝いたしまして、四十二年度を待たず四十一年度中にも部分的に着手できるようにいたしていきたい、このように考えております。

岡良一日本社会党

○岡委員 時間もだいぶたったようですから、まだコールドチェーンの問題や宇宙開発の問題などをやり出すとあと、二、三時間かかるかもしれませんから、この程度でひとつ打ち切ることにいたします。

原茂日本社会党

○原委員長 この際、午後一時まで休憩いたします。    午後零時二十分休憩      ————◇—————    午後一時二十八分開議

原茂日本社会党

○原委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  この際、参考人出頭要求に関する件についておはかりいたします。  防災科学に関する問題調査のため、本日、東京大学地震研究所長萩原尊礼君を参考人として意見を聴取いたしたいと存じますが、これに御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

原茂日本社会党

○原委員長 御異議なしと認め、さよう決定いたしました。      ————◇—————

原茂日本社会党

○原委員長 この際、萩原参考人に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は、御多用のところ本委員会に御出席くださいまして、どうもありがとうございます。どうか忌憚のない御意見をお述べくださるようにお願い申し上げます。  最初に、松代地震に関しまして、気象庁、国立防災科学技術センター、国土地理院の関係当局より、地震活動の観測経過あるいは防災対策等について説明を聴取した後、参考人から御意見を聴取することといたします。  それでは、木村気象庁地震課長からお願いいたします。木村地震課長。

木村耕三運輸技官(気象庁観測部地震課長)

○木村説明員 松代地震の概要を御報告申し上げます。  昨年八月三日から、松代町にある気象庁地震観測所の地震計にごく近いところで発生している地震をとらえ始めました。八月中旬には地鳴りを伴って、ごく短い周期の短時間の振動が毎日昼夜を分かたず発生するようになりまして、付近住民の話題になり始めました。八月下旬一度減り始めましたこの地震は九月に入って多くなりまして、それに伴って町の中心にある皆神山という、地元で火山と称しています山が爆発するのではないか、爆発する前兆ではないかといううわさが流れ始めまして住民の不安がつのりました。十月上旬までは無感地震の数が有感地震の二百倍以上あったのですけれども、中旬以降その比が二百倍以下になりまして、震度三の地震が起こるようになりました。さらに十一月に入ると有感地震が日に百回以上も起こる日があるようになりまして、ついに十一月二十二日夜には震度四の中震が三回もたて続けに発生し、小規模ながら被害が生ずるようになりました。その後次第に地震観測所における地震回数は減っていく傾向にありますけれども、減り方があまりはかばかしくありませんで、一月二十三日と二月の六日には震度五の強震が起こっております。しかし地震のエネルギーから見ますと、大きなものが最近は少なくなっておりまして、松代地区に震源を持つ地震に関する限りは、非常に徐々ではありますけれども衰弱の方向に向かっておりまして、現に二月の十七日以後震度三は起こっておりません。二の数も一日に一回とか二回とかいうふうに非常に減ってきております。  以上が松代地震の概況でございます。

原茂日本社会党

○原委員長 次に、和達防災科学技術センター所長にお願いいたします。

和達清夫総理府技官(国立防災科学技術センター所長)

○和達説明員 松代地域に地震が頻発いたしまして、これに対しまして、御承知のように各研究機関がそれぞれ研究を開始いたしております。防災科学技術センターといたしましては、各省庁におきます研究の、各省庁独自の研究は除きまして、総合的に推進して効果あるものを選びまして、ここに松代の頻発地震に対する総合研究計画を立てました。この内容は、この地区にボーリングをすることであります。本地区にできるだけ深いボーリングをいたしまして、地球物理学的あるいは地球化学的また地質学的の研究をすることは、本地域の地震に関するのみならず、また地震予知の問題に対してもよき資料を提供するものと考えまして、これを推進したいと考えております。  なお、具体的に申しますと、近い機会にまず二百メートル程度のボーリングを行ないまして、それによって地質構造はもとより、地下の温度あるいは地下のひずみ、また地下ではかるところの地震とか地電流とか、そういうような調査観測をいたし、これをもってその後の深いボーリングに対する予備調査をも兼ねたいと思っております。  なお、各省庁において十分行ないたいところの電気探査あるいは重力探査によるところの地下構造の解明とか、水準測量による地表における運動とか、また地球化学的の研究とかにも、できるだけ総合的にこの松代頻発地震の実態を把握するための総合研究を推進したいと考えております。  以上であります。

原茂日本社会党

○原委員長 次に、原田国土地理院測地部長にお願いをいたします。

原田美道建設技官(国土地理院測地部長)

○原田説明員 国土地理院では、昨年の十一月から十二月にかけまして松代周辺地域につきまして水準測量を実施いたしました。その参考の資料がお手元の封筒の中に入っておりますが、測量しました範囲が松本から上田市を通りまして、それから長野市を経由しまして中野という市まで達しました。総路線がおおむね百二十二キロメートルの長さでございます。その結果、いままでに明治二十七年以来四回目の測量でございますので、それから最近までの土地の垂直の変動がまず推定できるというわけで、この一番最後の参考資料に変動図を添付しておきました。  この変動図は、まだ小千谷のほうまでまいることができませんで、最近では中野までの変動でございますが、非常に大きな変動が、特に豊野、それから大きく言いまして上田市、その二点で非常に大きな隆起が見られる。その隆起量も、最近八カ年の変動でございますが、年速度にしまして十ミリ以上というかなり大きなものが見られます。  それからもう一つは、新潟地震の場合もそうでございますが、過去三十年間ずっとむしろ沈下している傾向であったこの地域一帯が、最近この八年間に逆に隆起の傾向に移っているということが推定されてきたということが注目されると思います。  今後の方針としましては、国土地理院としては、水準路線をなるべく早く周辺一帯に検測を行なう。さらにその地域がどのくらいまで及ぶかということを検出する意味で、新しい水準点を増設していくという計画を持っております。  簡単でございますが……。

原茂日本社会党

○原委員長 次に、萩原参考人にお願いいたします。

萩原尊礼東京大学地震研究所所長

○萩原参考人 ただいま気象庁、国土地理院のそれぞれの調査、それから防災科学技術センターによる計画についてお話がございました。私は、文部省関係でどういう研究調査が行なわれているかということについて申し上げたいと思います。  地震研究所におきましては、松代地震がだんだん大きくなってまいりましたあと、松代町の付近の四点に臨時の地震観測点を設けました。すなわち若穂町の保科、松代町の象山、それから赤柴、それから屋代のほうに森というところがありますが、屋代の森、その四点に臨時の観測所を設けて地震の観測を続けております。そのほか、皆神山の付近におきましてプロトン磁力計による地震の観測、それから皆神山の頂上から三方向に対して光による距離の測定をやっております。また、松代町の付近に新しく水準点を設けて水準測量をやっております。また、松代地震観測所の構内におきまして傾斜変化等の連続観測等を行なっております。  そのほか、地震研究所以外にいろいろな大学が協力して、昨年の十二月松代町皆神山を中心として半径二十キロくらいの円周の上で十点ばかり、短期間でありますが、極微小地震の観測を行なっております。  いま大学関係におきます実地調査は、大体以上のとおりでございます。

原茂日本社会党

○原委員長 ありがとうございました。     —————————————

原茂日本社会党

○原委員長 質疑の通告がありますので、順次これを許します。松平忠久君。

松平忠久日本社会党

○松平委員 松代地震に関しまして、ただいま関係の各専門家の方々から、いまやっておること、これからやらんとすることについてのお話があったのであります。そこで、私は、この松代地震に関連しまして、地震観測並びにこの防災体制というか、こういうことの根本問題について質問をしたいと存じます。  松代地震観測所に、昨年八月一日に最新式の観測器械が据えつけられて観測が行なわれておる。ところが、八月三日から頻発地震というものが出てきて、それが記録されておるということであり、いまのお話によりましても、一時少なくなったけれども、その後また出てきて、そしてわれわれ承知しているところによると、十月がピークになってきた。一日に千回以上も記録されておる。しかも、震度四というような、いわゆる中震というか、中くらいの地震もときどき起こっておるということであって、おそらく町当局も、このころから本格的に準備をしなければならぬ、防災を考えなければならぬというので、その準備に乗り出してきたと思うのであります。その準備も、しろうとのことであるから、常識的に考えて、たとえば老朽の建造物を補強するとか、あるいは学童の退避訓練をするとか、応急処置のために医薬品とか包帯というようなものをそろえる。飲料水、食糧の確保あるいは消火設備の充実というようなことを計画したのであります。しかし、この準備の計画は立ったけれども町には金がない。率直にいって、計画を充実させるとか、あるいはこれを実現させるための努力をしたのは、実はそのころ私どもが中心になりまして現地へ視察団を出した。衆議院の災害対策特別委員長の楯君を団長にしまして社会党が現地に正式に視察団を送って、これを政治問題化して初めて対策というものが軌道に乗るようになった。私ども帰ってきまして官房長官に会って、そうして官房長官を中心として関係各省の者に集まってもらって、この計画を実行に移させることができたのであります。こういうように長期にわたって人心に不安を与えておる事件に対して、なぜ一体行政的にもっとスムーズに対策が立てられないのかということは、われわれとしても率直に考えてみなければならぬ問題なのです。このことは官房長官なり、あるいは総理府の副長官が当時その責任の衝に当たっておりましたから、それらの出席を得まして、そのことについての今後の方策というものを検討してもらわなければならぬと思います。  しかし、同時に、このことは、やはり地震の観測というものと重大なる関係がある。つまり、どういうふうな状態でこの地震が発生し、それがどういうふうになるかということにこの防災対策はきわめて密接な関連があるわけなんです。したがって、防災をするといっても、その前提条件であるところの地震の状態というものがわからなければどこまでやっていいのかわからぬ。その後、瀬戸山建設大臣が現地へ行きました。私も一緒に行ったのですが、しっかり準備はやれ、こういうことを言うのです。しっかり準備はやるがいいけれども、しかし便乗的なやり方はいかぬ、こう言う。どこまでが正当な防備であり、防災であり、どこまでやったらそれが便乗になるかということがわかりません。それは科学的根拠が薄弱であるから結局そういう発言にならざるを得ないのではなかろうか、こういうふうに思うのであります。  そこで、地震に対する観測機関として、濃美地震の直後国会で決議をいたしましてできたのが、皆さんも御承知の震災予防調査会、これでありまして、貴族院の古い記録を取り寄せて見ますと、明治二十四年ですが、菊池大麓さんがこの提案理由の説明をいたしておるのであります。皆さんも御承知のように坪井忠二さんの本がございますが、この中に菊池大麓さんのそのときの提案の趣旨を引用してございます。その趣旨によりますと、当時予算は約二万円でやるということになったのですが、そのときの菊池さんの貴族院における説明によりますと、四十年、五十年後には地震の予知をするんだ、そういうためにこの調査会というものをつくるんだということを説明いたしておるのであります。ところが、その後ずっとたちまして、その調査費用は一向に上がりません。ずっと二万円できた。その後三万円になりました。関東の震災のあったころも実はその予算が三万円であります。そうして関東の大震災でびっくりして、震災予防調査会というものを発展的に解消して新しい機関をつくらなければならないということが国会で建議をされたことも皆さま御承知のとおりでありまして、その当時、いままだここに写真がありますかどうですか、星島二郎さんが提案をしております。田中善立君とかそれらの方々が建議をいたしまして、そうしてもっと強力な地震観測、地震予知のための機関をつくるべきである、いままでのように年に三万円やそこらのことではだめだということで、その当時の予算としまして三百数十万円のものを要求するということを言ってできたのが東大の地震研究所であります。その当時、明治二十四年から勘定をしてみますと、すでに四十年はたっておる。この関東震災後におきましてもすでに四十年くらいになっておると思うのであります。ところが、いまだに、やはりどうもはっきりしないというのは、どこかに相当の欠陥というものがあるのじゃなかろうか、こういうふうに思うのであります。  そこで、この際関係者にお伺いしたいことは、松代地震というものは、私どもが現地へ行った場合には、これは火山性の地震であるということを言われていた。また、ある学者は、火山性地震ではない、これは構造性もあるんだ、構造性と火山性の中間のようなものであるというような説を述べておる方もございます。  そこで、まず気象庁にお伺いしたいのは、この地震はどうして起きたのか。その原因は何なのか。このことをまずお聞きし、それからそれぞれの専門の方にも、それぞれのお立場において、この地震が何で起こったのか、いかなる原因であるのか。つまり、地中には一種の溶岩の溶けたようなもの、マグマとかというものがある、そのエネルギーが一体なぜ活発化したのか。あの時点において、あの地域において、地中におけるエネルギーの活動というのが活発化した内部的原因、外部的原因はどこにあるのか、こういうことをまずお伺いしたいと思います。

柴田淑次気象庁長官

○柴田(淑)政府委員 たいへん専門的な御質問でございまして、その御質問に対して気象庁としてお答えするのが妥当かどうか、私よくわかりませんが、ただいまの御質問は、火山性の地震と構造性の地震のどちらかというような御質問のようにお伺いいたしましたけれども、はっきりしたところは、現状としてはわかっていないのじゃないかというような気がいたします。専門的に、学問的にこれをながめてみればどうなるかということにつきましては、萩原先生もおいでになりますし、和達先生もおいでになりますので、そのお二方からお話があったほうが適当じゃないかと思いますけれども、実際のところ火山性の活動の地震だと考えられるのは、やはり震源が非常に浅いということが一つの大きな理由ではないかと思います。その上に構造性の地震ということも言われているというのは、やはり北のほうの地域の隆起現象などが見つかりましたことに関係いたしまして、それが構造性の性格も含んでいるのではないかということから、そのように言われ出してきたのじゃないかという気がいたします。  私は、実は地震のほうはどうも専門じゃございませんので、学問的にこれを見たらどうなるかということについては、十分お答えできないのがはなはだ残念に存じます。以上でございます。

萩原尊礼東京大学地震研究所所長

○萩原参考人 ただいま地震の原因についての御質問がございましたが、地震の原因論、これは深く立ち入りますと、学者の中でもいろいろ意見がございまして、非常にむずかしい問題になるのでございますが、しかし、といいまして、地震がどうして起こるかということが何もかもわからないというわけではないのでございまして、これを要するに、地殻をつくっております、あるいは、地殻の下のマントルと称する岩石にも地震が起こることがございますが、そういう岩石に一時に無理がかかって、非常に大きな力がかかって、岩石がそれに耐えられなくなって破壊する。そのときに起こった振動が周囲に伝わって、これが地震となる、こういうことは、これはだれでも認めるところでございます。  それでは、その力が何によって起こるかという点で、いろいろ説といいますか、考えが分かれてくると思います。先ほど構造性地震というおことばが出ましたが、この構造性地震と申しますのは、地殻なら地殻に非常に大きな力が働いて、これは御承知のように、長い地質時代を通して、そういう力のために地層が収縮したり、あるいは断層ができたり、あるいは海底にあったものが持ち上げられて山脈になる、あるいは山であったものが沈んで海底に行ってしまう、そういったような非常に大きな力が働き、それによって、地殻のある一部がそれに耐えられなくなったときにそこが破壊する、それが地震であるという。これを構造性の地震と呼ぶ人もあるわけでございます。  では、この力が何によって起こるかといいますと、やはり地球の外側から働くわけではありませんで、地球の中側から働くわけでございますが、そういたしますと、やはり溶岩のようなものを地下に考えないと、そういう力の起こる原因がなかなか求められません。最近では、マントルの地殻の下にある層でございますが、そこに熱対流が起こる。熱によって物質が移動する。要するに、それは一つの大きな溶岩のようなものを考えたことになるわけでございますけれども、そういたしますと、地震の原因のもとはつまり溶岩である、あるいは、人によっては、これを大きな意味で火山性と呼ぶこともできることになるわけであります。  またもう一方、地殻に働く力のもとを調べますと、マントルといったものでなしに、局部的にまだ小さい溶岩のたまりのようなものがあって、この溶岩の圧力がある原因で増すと周囲に大きな力を及ぼす、そうしてその力がある程度大きくなると岩石が破壊する、これが地震だといたしますと、こういう考え方は、溶岩説といいますか、マグマ説といわれているものでございます。しかも、その場合に、ただ、その溶岩が圧力を増すために大きな力を与えるというだけではなしに、まわりの岩を破壊して、その破壊したところにその溶岩が入り込んでいく、つまり陥入していく、そういうことも考えられるわけです。こういう場合は溶岩の陥入説というようなことで呼ばれております。  こういうふうに、要するに地震は、地殻に大きな力が働いて岩石がこわされることによって起こるのでありますが、そのもとは、それが非常に遠いところから広い範囲にわたって力が加わっていく、非常に広い範囲の地殻がひずんだ状態になって、たまたまその弱いところがこわれるということか、あるいはその原因がもっと近いところにあって、溶岩のたまりというようなものの圧力の増したことのために起こるか、そういうふうに分かれてまいりますので、要するに、地殻に大きな力が働いてこわれるという点においては変わりないのでございます。松代におきましても、あそこは善光寺平をはさんで東西から過去において非常に大きな力が働き、今日においても働きつつあるということは、地質調査の結果明らかなことでございます。そういう構造性の地震、そういう構造性の原因も考えられるわけでございますが、それではなぜ松代だけに局限されてそういうものが起こっておるかということは、そこに何かを考えなければならない。そこだけに、これにプラスして下から強い力が働くというようなことを考えなければならない、あるいは過去の火山の活動によって、そこら辺の岩が特にああいう頻発地震が起こるようにもろい状態になっているという特別なあるものを考えなければならないことになってまいります。私どもは、こういうことを考えただけではいけないので、これを地表の観測によって実証するということのために、いろいろの観測をいたしておるのでございますが、観測がいろいろ進み、あるいは整理されるに従っていろいろなことがわかってくると思いますが、そういうようなわけで、こまかい点といいますか、非常に学問的に立ち入りますと、原因としていろいろな考えが生まれてくるわけでありますが、非常に大きく見れば、岩石の破壊ということは間違いないのでありまして、何もかも地震の原因がわからないというものではないのでございます。

松平忠久日本社会党

○松平委員 日本の太平洋岸に千島のほうから三陸沖、伊豆半島からずっと九州のほうまでいっている地震帯というのがある。これは大体五十キロ以上のところで地震が発生しておる。ところが反対側の日本海のほうでは、沿海州に沿って地震帯などがあるが、これは五百キロから七百キロのところで地震が発生する。このことは和達さんが、いわゆる深発地震といって、深いところから発するということを発見されたというか、学界に貢献されておるということを、私もこういう本で知ったわけでありますが、そういたしますと日本の構造というのは、太平洋から日本海のほうに向かって地球の地殻というものがずっと斜めに傾斜してきておるのではないか、こういうことが想像されるわけです。そういたしますと、たとえば長野県のような場合、そういう日本の本州の中部地帯に属するところの地殻というものは、ところによって違うかもしらぬけれども、平均しますと二百キロかそこらのものがあるというようなことも聞いているのですが、そういうことがありますか、どうですか。

萩原尊礼東京大学地震研究所所長

○萩原参考人 地殻がどういう厚さにあるかという研究は、最近非常に進みまして、これは人工地震で調査が行なわれるようになって、特に進んでまいったのでございますが、地殻は、大体大陸において非常に深く、海洋底においては浅いということになりまして、大陸の地殻の厚さは平均約三十キロくらい、特に山脈地帯、アルプスとか、ああいう大きな山の下では五十キロくらいのところもあります。それから海にいきますと、この地殻は非常に薄くなりまして、数キロということになっております。

松平忠久日本社会党

○松平委員 そこで、その地震帯というものは、この地図によりますと、太平洋のほうのものが濃尾平野から能登半島のほうへかけて、日本海のほうへ通っているような地図になっております。地図が不正確であるかどうか知りませんが、私の聞いたところによると、地震帯は長野県の下伊那、上伊那地域から善光寺平のほうへ走って日本海のほうへ行っているということを言う人もあるわけでありますが、松代、あの近辺、長野県下というものは地震帯というものが走っておるわけですか。

萩原尊礼東京大学地震研究所所長

○萩原参考人 長野県は、日本海のほうから長野県のほうにかけまして、過去において地震の起こった地帯でありまして、いわゆる地震帯と考えてよろしいと思います。それと、先ほどございました五百キロも七百キロも深いところで起こるいわゆる深層地震帯とちょうど位置は似て、並行しているようでございますが、それは一応引き離して考えてよろしいと思います。

松平忠久日本社会党

○松平委員 十二月七日に東北大学の加藤教授ら東北の地磁気の観測グループがヘリコプターで空からあの辺を観測したことがございますが、その観測によりますと、皆神山の北側が震源地と思われる。その震央といいますが、震源地と思われる上部の地殻には非常に強い磁気を持っておる岩石がある。ところが、その皆神山の西側のほうに安山岩があって、それが非常に強い磁気を持っておる。東側のほうは花崗岩であって磁気が弱い。そういう一つの線が走っておる。ところが千曲川沿いのほうで、東北から南西にかけてまた、いま申し上げましたように、一方においては磁気の弱い岩石、一方においては磁気の強い岩石というものがあって、その筋が交差をしておる。そうしてその一方、先ほど申した震源地の中央と思われる下に、昔溶岩のふき出しましたかたまりが地の中にあって、それが冷えて岩石になっておる。そこへ溶岩が当たる、それで突き上げていく。そのことはいま申しました地磁気の弱いところの線と強いところの線と、二つそういうものがあって、それが交差しておる。そのことにやはり地震が関係があるというようなことを発表しておりますが、そういうことは事実でありますか。

萩原尊礼東京大学地震研究所所長

○萩原参考人 最近地磁気の測定が非常に発達してまいりまして、飛行機でもはかれるようになりました。飛行機ではかりますと、非常に早い時間に広い地域を測定できるのでありますが、それは何といいますか、非常に大づかみな地磁気の地上の分布を調べるということに役に立つのでございまして、詳しい調査はやはり地上の磁気測量にまたなければなりませんで、磁気測量は気象庁でも行なっておりますし、国土地理院でも行なっております。飛行機を一ぺん飛ばしたからといって、その下のマグマのたまりがわかるとか、地震の原因がすぐわかるといったものではございません。

松平忠久日本社会党

○松平委員 その次に伺いたいのは、地震が起こるのは竹花観測所長がこの間発表したところによると、満月あるいはその前後に非常に多い、ことに震度の大きいものがある、こういうことを発表されているわけですが、そうすると、月の引力というものに関係があるのかどうか。地球自体の引力にももちろん関係があるのではなかろうかとも思いますけれども、引力と地震との関係、これは副因ということになるかもしれぬが、直接の原因はないにしても、副次的な原因というものが引力との関係においてあるかどうかということをお伺いしたい。

柴田淑次気象庁長官

○柴田(淑)政府委員 先日、地震観測所長が、新月あるいは満月に大きな地震が松代に起こっているということを話をしたようでございます。そのことに関連いたしまして、月と地震との関係でございますけれども、私も専門でございませんのでよくは存じませんが、地震に関するいろいろな調査研究報告というものが過去にたくさん出ておりますが、その中で、そういうことを取り扱った論文もないことはないようでございます。しかし、その結果といたしまして、月と地震とは関係があるようだというように結論したものと、それほど目立った関係はないのだということを結論したものと、両方の論文があるようでございまして、私も詳しくは存じませんけれども、そのうちでも、新月とか満月というものに関係があるようなことを書いてあるものと、それから上弦と下弦というものに関係があるというようなことが書いてあるもの、いろいろなものが実は現在までございます。  せんだっての松代の地震の話でございますが、過去に、昨年の八月以後、松代で発生しました震度の比較的大きい地震につきましては、実は地元の方々が、どうも新月や満月の日に大きな地震が起こっているようだということをお気づきになって、そういうようなうわさをされていたようでございまして、その関係上、この観測所長が自分で当たってみますと、やはりそういうような傾向があるというようなことがわかったわけでございまして、これは談話として地元の関係者あるいは報道関係者の方にもお話しをしたようでございます。そういたしまして、その上に、ただ震度四からせいぜい五程度のもの、大きいとしてもその程度のものだということをつけ加えたようでございます。もちろん、こういうような状況でございますので、月との物理的関係については、私、学問的にはっきりと立証できるというような段階には現在なっていないと考えますし、地震観測所長もそういうようなことは知っておるはずでございます。以上でございます。

松平忠久日本社会党

○松平委員 地球自体の引力というものと関係いたしますか。つまり地球の引力というものは場所によって違うのだということを聞いているわけです。地震帯における引力というものと、地震帯でないところの引力は若干違うということをこの本には書いてございますが、地球の引力というものと地震が起こる原因とは何か間接的な原因でもあるかどうか、これをお伺いしたい。

萩原尊礼東京大学地震研究所所長

○萩原参考人 ただいまの御質問の地震の起こるところと起こらないところと地球のいわゆる引力との関係については、私どもは重力と申しておりますが、これは地震の起こる起こらないそのものでなくて、地下構造に関係して、地下に重い物質があるところは引力が強く、そうでないところは引力が弱い。地下構造によって左右されるのでありまして、それと地震の起こるところと起こらないところと関係を持ってくるわけで、そういうところで地震の起こるいわゆる地震帯と重力の大小ということが関係を持ってまいるのでございます。  それから月の引力が地震を起こすことにどういう影響を持つかということでございますが、これは御承知のように、太陽と月の引力と地球の自転との影響で、地球上の海には潮汐というものがございます。一日二回上がり下がりいたします。新月、満月のときには太陽と月の影響が重なり合いまして非常に大きくなる。いわゆる大潮になる。ところが地球のかたい部分もやはり月、太陽の引力の影響によりまして、ごくわずかでありますが、ふくらんだり縮んだりして変形しているわけであります。たとえば、東京辺におきましても、かたい部分が大体十センチ程度の上がり下がりはあるわけであります。そういうふうにして、地球が月、太陽の引力によって変形いたしますので、それが地下に及んで、あるいは地震が起ころうとしているところにプラスの作用をして、引き金の力となることは考えられるのであります。その量を考えてみますと、大体この辺でどのくらいの変形の量が起こるかといいますと、大体一億分の一ぐらいのひずみしか与えない。そういうわずかなひずみがはたして引き金の作用をするかどうかということは、非常に考えにくいことなのでございます。

松平忠久日本社会党

○松平委員 月とか太陽の引力というものは一年じゅう同じなのですか、それともときによって引力が強くなったり弱くなったりすることがありますか。

萩原尊礼東京大学地震研究所所長

○萩原参考人 それは引力そのものが変わるわけでありませんが、引力は遠いところでは小さくなり、近づけば大きくなります。月、太陽の位置によって多少の変化はございます。

松平忠久日本社会党

○松平委員 岩石というものは一億分の一ぐらいの引力によって幾らか伸びたり縮んだりすることがありますか。岩石というのはどの程度ひねったらこわれるものですか。

萩原尊礼東京大学地震研究所所長

○萩原参考人 大体一万分の一の程度で破壊するといわれております。

松平忠久日本社会党

○松平委員 それから、いまお話がありましたが、松代地震の場合において、溶岩のようなものが地殻の下にあって、それがいわゆる熱対流といいますか、爆発というか、それで上へ持ち上げてくる、こういうお話だったのですが、たとえば八月の三日からですか、松代においてそういう溶岩というものがだんだん活動が激しくなってきた。その原因はどこにあるのですか。

萩原尊礼東京大学地震研究所所長

○萩原参考人 これはなかなかむずかしい問題でございますが、要するに、地震は一種のエネルギーの発散でございますが、そういうエネルギーはどういうところからどういう形で供給されるかというと、究極は熱でございます。地球の中から熱が供給されるわけでありますが、ただ、それは熱伝導だけでは地震を起こすとか、そういう作用はできないので、何かもう少し急激に熱を与えなければならない。そのためには、あるところに熱が加えられまして、その熱が蓄積されまして、そこで、私ども相変化と呼んでおりますが、つまり液体が固体になるとか、固体が気体になるとか、そういったような変化が起こると急に圧力の変化があらわれてくる、あるいはそのほかに急に液体の中に結晶ができてくるようなことがある。そういったようなことで非常に急激な圧力の変化が起こる、そうするとそれが地震を起こすような力になり得る、そういうふうに考えております。

松平忠久日本社会党

○松平委員 そうすると、たとえばしろうと考えで、地殻の下のほうにウラニウムか何かあったという場合に、下のほうで熱が加えられてきて、それが中で突然大きなエネルギーに変化する。いまおっしゃったことは、こういうようなことですか。

萩原尊礼東京大学地震研究所所長

○萩原参考人 その熱のもとは、やはり放射物質——地球の中は非常に熱いわけですが、しかし、それが徐々に外に向かって流れてくるのだけでは説明できないので、やはり放射物質によって起こる。だからウラニウムというのではなしに、ナトリウムとか、あるいはそういったようなもの、放射性はごく微量であるが非常に量の多いもの、そういうものによる放射熱が究極の熱源になっていくようにただいまは考えられております。

松平忠久日本社会党

○松平委員 松代地震が起こったころ、鳥島の爆発のようなものがちょうど時を同じくして起こったのですが、そういった、何というか、火山帯というか、溶岩の道というようなものがあって、それで向こうでもそういうものが出てき、こっちでも出てきた。そういうようなものの関係はございませんですか。

萩原尊礼東京大学地震研究所所長

○萩原参考人 ただいまのところ、そういう鳥島の噴火と松代の地震とは直接の関係があるとは思っておりません。たまたまああいうことがございますと、鳥島のほかにもまだ、どこでございましたか、神津島でございましたか、地震が頻発したとか、たまたま松代というような事件がありますと、それでなければ全然新聞にも出ないでそのままになってしまうようなことが次々に取り上げられますので、たまたま松代と時を同じくしていろいろなできごとが起こったように伝えられますが、ああいう地震は、神津島付近の地震にしても、あるいは鳥島の噴火にしても、ときどきある現象でありまして、それがたまたま松代地震と時を同じくすると、非常に関係があるように見えますが、現在の私どもの考えでは、鳥島の噴火と直接の関係があるようには思っておりません。

松平忠久日本社会党

○松平委員 太陽というものは地震に何かの関係があるかどうか。ソビエトの学者ですか、最近新説で、いわゆる火山太陽説というようなものを唱えておる者がある。火山地帯における岩石というものは、太陽のエネルギーを吸収する物質がわりあい豊富でありまして、それを吸収して一定のところへいくと、その蓄積したものが下のほうの溶岩と一緒になってふき上げてくるのだ、こういうことをソビエトの学者は言っておるわけです。私ども全然わかりませんけれども、太陽の黒点というようなものが地震に関係があるとするならば、あるいはソビエトの学説が全然でたらめだということもできないように思うのですが、その辺のところはどうでしょう。

萩原尊礼東京大学地震研究所所長

○萩原参考人 ただいまのソビエトのお話は初耳でございますが、非常に熱を吸収しやすい岩石があったといたしましても、岩石の熱伝導、つまり、熱の伝わり方というものは、非常に悪いものでございまして、御承知のように、石でつくった壁の中に住んでおると、非常に外が寒くても暑くても中では感じない。わずかこのくらいの厚さでもなかなか熱が伝わっていかないということがありまして、たとえ表面でいかに太陽の熱を吸収いたしましても、それが地下深く及んでいくということは、とうてい考えられないのでございます。

松平忠久日本社会党

○松平委員 次に、建設省の原田測地部長にお伺いしたいのですが、関東の大震災のときに、一、二年前に関東、ことに房州とか相模、この方面の土地がかなり隆起したということがいわれておって、あるところでは三寸から五寸、はなはだしいところは八寸くらい隆起したということがいわれておるのですが、いかなる場合にも大きな地震のときには、その前兆として地盤の隆起ということがある、こういうことがいわれておりますが、いかがですか。

原田美道建設技官(国土地理院測地部長)

○原田説明員 関東地震その他の地震の直後、かつての陸地測量部、現在の国土地理院では、多くの場合水準測量を実施しておりまして、先ほどおっしゃいましたような関東の場合、相模灘あたりの周辺で一メートル以上、また、南海道地震の場合にも、室戸岬その他の半島の先にやはり九十センチ、一メートルくらいの変動が検出できたわけでございますが、場所によりましては逆に、たとえば高知平野はそのときに沈下しておるという現象もございます。そういうことが地震の前に起こっておるということは、実はいままでの測量のやり方が地震のあとでやるというわけで、必ず地震の前にあるかもしれないという予想はありましても、実際にはいつ地震が起こるかわからなかったので、地震の直後やってみた。地震の前の動きにつきましては、ただいま皆さん方の御指導によりまして、なるべくある一定の周期でもって、あるいは何回も繰り返すというような測量の方法に変えていけば、あるいは地震の前にその土地の変動というものをあるいは検出することもできるであろうという考えで最近は実施しております。

松平忠久日本社会党

○松平委員 土地が隆起するというのはどういう原因なんですか。これは火山とは関係ございますか。

原田美道建設技官(国土地理院測地部長)

○原田説明員 火山活動の場合にも、やはり水準測量その他の三角測量をやってみますと、局地的な範囲に限って、やはり変動がございますが、その原因につきましては、われわれは、地震との関係もございますので、今後の問題として、必要なテーマとして考えております。

松平忠久日本社会党

○松平委員 そこで、いまこの資料がございますけれども、資料の中で長野県の松本から上田、長野、豊野、中野というところでかなり異常な隆起が見られる、こういうことでございますが、これはいつに比べてこういうふうに隆起した、その時点はどうなんでしょう。

原田美道建設技官(国土地理院測地部長)

○原田説明員 先ほど申しましたように、この地域につきましては、明治二十七年、昭和二年、昭和三十二年、昭和四十年と四回測定いたしました。ここにあらわした図の方法は、明治二十七年から累積した変動量をここに図示いたしました。この差をとりますと、その区間の、たとえば三十二年からの変動も出てまいります。実際に観測しておりますのは土地の高さそのものでございまして、そういうものの比較であります。

松平忠久日本社会党

○松平委員 明治二十七年以降というものは、あの辺には地震の相当大きいのはなかったですかな、どうでしょう。あったような気がします。

萩原尊礼東京大学地震研究所所長

○萩原参考人 いわゆるマグニチュード六程度のものはございましたが、弘化四年の善光寺地震、マグニチュード七という程度のものはございませんでした。最近には長野地震、土地では長沼地震と呼んでおりますが、これと野尻湖の付近に起こりました地震、これはマグニチュード六程度で、被害を与える地震としては最小のものでございました。その程度のものはございましたが、マグニチュード七前後のものはございませんでした。

木村耕三運輸技官(気象庁観測部地震課長)

○木村説明員 ただいまの萩原さんのお答えと同じでございます。

松平忠久日本社会党

○松平委員 新潟地震のときはどうでしたかしら。土地はむしろ陥没したのじゃありませんでしたかね。

原田美道建設技官(国土地理院測地部長)

○原田説明員 新潟地震の前後、新潟平野の地盤沈下の問題がございまして、三十五年ぐらいから、一年に大きい場合には三回くらいの測量を繰り返しておりました。それが数年続きまして、四十年度の八月、九月の、ちょうど地震が起こる前からこの地域の測量をやっておりまして、それから地震が起こってそのまま継続していたわけでございます。その後、数年間さらに明治、大正、そのころからの、特に地盤のかたいところでございますその辺の変動をずっと調べてみたわけでございますが、それによりますと、新潟の場合、新潟市ではございませんで、現在われわれがやっております、むしろその新潟の北東のほうの地域でございますが、ずっといままで、たとえば一九〇〇年からずっと隆起してきたものが、その隆起が地震の前数年くらいのときからそろそろとまってきたとか、あるいは場所によっては逆にきゅっとちょっと下がりまして、またぐっと上がるとか、何か前兆とは申しませんが、何らかの変動が出ているんじゃなかろうか。その量が、場所によりましては数年間で数センチくらいの非常に大きな、つまり一年間に十ミリという大きな変動に出ております。直後もはかって現在に及んでおりますが、そういうような変動というものがいままで——今回新潟の場合初めてでございまして、と申しますのは、先ほど申しましたように、いつもあとではかっておりますので、その直前の状況ははかっていない。新潟の場合には幸いそれをはかっておりまして、そういうような、前にやはりちょっとした傾向の変わったような変動が見られたというのは事実でございます。

松平忠久日本社会党

○松平委員 この一月二十六日の朝日新聞にいまの記事が出ておりまして、建設省国土地理院でこの土地の隆起に関する観測の結果、あの地域にかなり広範に地震の脅威があるのではなかろうかというようなことを、東大の地震研究所の会で発表したという記事が載っておるわけであります。そこで、地元の人々も非常に心配をしておるわけでありますが、そういうようなことを東大の地震研究所で発表なさったのか、あるいはどなたかそういうことをしゃべって記事になったのかとも思うのですけれども、どうでしょう、その真相は。

萩原尊礼東京大学地震研究所所長

○萩原参考人 その豊野の土地隆起の問題は、松代地震に関係いたしまして、地震研究所では松代付近の水準測量を繰り返して行なっておりましたが、より広い範囲の土地の変動も知っておいたほうがいいということで、これは私どもが国土地理院にお願いいたしまして、松本、上田、屋代、長野、豊野、中野にわたる水準測量の再測を行なっていただいたわけでございますが、その結果を、暫定的な結果でございますが、地震研究所の談話会で発表していただいたわけでございます。この談話会と申しますのは、毎月一回定例的に開いております私どものほうの研究発表会でございますが、そのとき、豊野付近が八年間に異常な隆起をしたということが明らかになりまして、それでこれが新聞、ラジオに伝えられたのでございます。さっそくそれを見まして長野県の消防課長さんが私のところへ見えまして、どういうことなんだという御質問を受けましたので、とにかくこれは非常な異常であることは間違いない。八年、とにかく年間十ミリ前後の隆起をしたということは非常な異常である。これは地下に何か異常がある。こういう土地の異常な隆起あるいは沈下というものは、地震と結びつく場合があると考えられておるので、私、大学地震研究所としては、松代付近の観測をさらに広げて、豊野付近でも水準測量の繰り返し、あるいは光による距離の測定あるいは地磁気の観測あるいは微小地震観測等をやりたいと思っているということを申し上げたいのでございます。  ただ、県としてはどういうことをしたらいいかとおっしゃいますので、やはりこういう隆起があり、異常な現象が認められている以上、さらに詳しいことはもう少し調査をしなければわからないけれども、そのときになって急にあわてて対策を考えるより、いまのうちから対策をお考えになったほうがいいのではないかということを申し上げました。  その後、県のほうからの御依頼で、県の知事室におきまして、関係市町村、たしか十九市町村の町長さんがお集まりになったと思いますが、その席で私から説明申し上げまして、同じような意味で、きょう、あすというわけではないが、いまのうちに何かやはり対策だけは考えておいたほうがよろしいのじゃないかということを申し上げました。

松平忠久日本社会党

○松平委員 それから和達さんに御質問を申し上げたいのですが、先ほどの御説明によりますと、皆神山の付近でボーリング調査をするということでありましたが、初年度二百メートルくらいですかボーリングをして、地質とか地殻構造あるいは地中の温度、こういうものを知る。さらに電気探査も行なう、それによって、事情が許せばさらに深くやっていくということですが、このボーリング調査というものは、費用はあなたのほうの防災科学技術センターの費用でおやりになるのか、あるいは関係の方面からも費用を出し合いながら、人員等も協力を得てやるというのか、その辺はどうでしょうか。

和達清夫総理府技官(国立防災科学技術センター所長)

○和達説明員 このボーリングにつきましては、先ほどから地震の原因等についてもいろいろお話がありましたように、地震の原因を少しでも解明していくことは、地震予知に非常につながる問題でありまして、特に今回の地震は、多くその中心が深さ三キロメートルあるいは四キロメートルぐらいに密集し、二キロメートルぐらいの深さにもかなりたくさんの地震が起こっておりまして、この機会にそこにできるだけ深いボーリングをすることは非常に有意義であると研究者が強く望んでおるところであります。こういうような研究者の希望を満足させ、総合的推進をすることが私どもの防災科学技術センターの任務でありますので、できるだけそれを達成したいと考えております。  ただいまお話しの、予備的に、また、それ自身にも価値がありますが、二百メートルでありますが、一つをできるだけ早くやりまして、その結果を十分検討いたしまして、そして二千メートルなり三千メートルなり、できるだけ深くボーリングを行ないたいというのが計画であります。  その費用は、これはやってみないとわかりませんし、私もそういう技術の専門でございませんので、何億円かかりますか、わかりません。また、深さにも非常に関係いたすので、もちろん、防災センターのただいまの状況の予算ではとてもとれません。科学技術庁ともよく相談し、また、関係研究機関等ともよく相談しまして、国家事業としてこれが行なわれることを非常に希望しております。

松平忠久日本社会党

○松平委員 もう一つ、日米地震予知研究会というのがあるというので、本年六月にコロンビア大学でこれを行なうという話でありますが、これはどういう性質のものであり、日本側としてはどういう用意をもってこの会議に臨むのかということをちょっとお聞きしたいと思います。

萩原尊礼東京大学地震研究所所長

○萩原参考人 私ども日本の地震研究者によりまして地震予知研究計画がつくられましたのは、一九六二年でございました。これをつくりましたところが、外国から、それの英訳がほしいという、これは特にアメリカ、それからソ連その他の国々から要求がございまして、それの英訳をつくりまして世界各国にお送りいたしております。これが非常に反響を呼んだのでございますが、その反響の一つとしまして、アメリカでは、日米科学協力の線で、向こうから数名の地震学者を日本によこして、共同の話し合いの会議を持ち、あわせて日本のいろいろそういう研究の施設を見学したいという申し出がありまして、一昨年の三月に東京で日米地震予知会議というものを開きました。今回は、そのお返しというのも変ですが、これは私どものほうからむしろ希望して話を持ちかけたのでございますが、日本の地震学者が今度はアメリカに行って、同様の会を持って、おもにアメリカが非常に進歩していると思われる観測器械の類、観測施設、そういうものを今度はこちらにすっかり見せていただきたい、そういう希望をこちらから出しまして、その結果が、本年六月ワシントンにおきまして第二回の日米地震予知会議を開きまして、会議に引き続いて方々そういう施設を見学して歩くという予定になっております。

松平忠久日本社会党

○松平委員 その日米の地震予知研究会というものの日本側の主体はどこですか。東大ですか、それとも科学技術庁ですか。どこが主体になりますか。

萩原尊礼東京大学地震研究所所長

○萩原参考人 これは最初は有志の集まりでございまして、有志と申しましても、関係する方は全部網羅いたしまして、九十名近くになるわけでございますが、地震予知研究計画グループというもので、これは全く手弁当で何回か会合をして計画をつくったのでございますが、その後、日本学術会議におきましてはその重要性を認めて、地震予知研究の推進についてという勧告を政府に出しました。また一方、文部省の測地学審議会というのがございますが、それは名前は測地学でございますが、現在では、地球物理に関する観測業務の調整を行なう審議会でございます。それがこれを取り上げまして、地震予知部会という常置部会をつくりまして、学者のつくった計画を、さらに実際に近いもの、つまり予算要求の形にできるようなものにいたしました。ただ、この地震予知の研究計画はまだ事業ではございませんで、多分に研究的の段階にありますもので、各関係の機関が独自に予算の要求はするが、測地学審議会はこれをバックアップするという方針で進んでまいりまして、昭和四十年度からこの計画の一部が予算的にもスタートいたしております。

松平忠久日本社会党

○松平委員 高橋調整局長にお伺いしたいのですが、現在、地震に関する観測あるいは地震の予知についての研究、そういうものが各方面で行なわれておるのですが、いま地震に関する研究というものは、どことどことどこの機関で行なわれていますか。

高橋正春総理府技官(科学技術庁研究調整局長)

○高橋(正)政府委員 地震に関します研究を大別いたしますると、ただいままで御審議に相なりました地震の予知に関します研究と、それから地震が発生いたしました際に、その被害の軽減なり、あるいは被害の復旧をはかると申しますか、その面で申しますところの地震防災という二つの研究面がありまして、現在、地震予知につきましては、先ほどからお話のございましたように、測地学審議会の御決定に基づきまして、文部、通産、建設、運輸——運輸は気象庁及び海上保安庁、通産は地質調査所、建設は国土地理院、こういうような関係各省が、測地学審議会でお定めのございました十カ年計画に基づきまして、それぞれの所掌の範囲で密接な連携を保って研究を進めております。  なお、科学技術庁といたしましては、大学の研究を除きます各省庁の研究につきましては調整の権限がございますので、見積もり方針の調整、あるいは先ほど和達所長からお話のございました特別研究促進調整費の支出、こういうようなことを考えております。  それから防災につきましては、これは非常に広い範囲でございまして、津波の対策でございますとか、あるいは非常火災というようなものも含めますれば、非常に大きな範囲にわたると思いますが、建設とか、運輸とか農林、さらに、構造物の耐震対策というような観点につきましても、以上の各省庁がそれぞれ関連があると思います。  以上でございます。

松平忠久日本社会党

○松平委員 いまの地震観測のほうと防災のほう、そのそれぞれの取りまとめの主管官庁というのはどこですか。

高橋正春総理府技官(科学技術庁研究調整局長)

○高橋(正)政府委員 地震予知につきましては、別に御計画の上で取りまとめ官庁というようなことは明定はしていないと思いますので、それぞれの研究結果を有機的、総合的にそれぞれおまとめになる、あるいは、先ほどお話がございました測地学審議会が、総括的な立場、かつ、関係各省の大臣たちに対しまして意見を申し述べるという権限を持っておりますので、そういう点で文部省の測地学審議会がおまとめいただくのではなかろうかと思っておりますが、この点につきましては多少不確かなことであって、申しわけなく思っております。  後段の地震防災につきましては、先ほど私の申し上げましたように、それぞれの各省庁の研究が総合的かつ有効的に行なわれますように、科学技術庁が調整権能に基づきまして調整を行ないます。なお、特別研究促進調整費等を支出いたします。これは関係の各省にそれぞれ予算を移しかえて研究を行なうわけでございますけれども、その対象になりました研究につきましては、科学技術庁のほうで取りまとめることに相なっております。

松平忠久日本社会党

○松平委員 防災のほうと、政府の持っている防災会議というのはどういう関連があるのですか。

高橋正春総理府技官(科学技術庁研究調整局長)

○高橋(正)政府委員 防災会議におきまして、基本的ないろいろな施策をお立てになると思うのでございますけれども、その中に、いわゆる科学技術的な研究の促進によりますところの事項もやはり防災の一つの大きな柱となっておりますので、そういう意味におきまして、基本的な政策の方針決定、それぞれを各行政機関が行ないますという、そのような関係でございます。

松平忠久日本社会党

○松平委員 その防災に関して関係各省でいろいろなことを研究したものを科学技術庁で取りまとめるというのですが、現在までどんなものを取りまとめていますか。たとえば、水道、あるいは鉄道、通信、構造物というようなものについて、どの程度のものが取りまとめられておって、そしてどの程度のものがそのつどそのつど地方へ流されて、地方においても防災会議というものを、たとえば松代のようなところは地震が頻発して、いるから、これは九月ころに当然指示をして、そしてそこで防災会議を県の段階でつくらせて、そこへいろんな資料を流してやるという行政的な配慮というものがなければならぬはずである。にもかかわらず、何らそういうこともやっておらぬ。そうすると、科学技術庁はこれを取りまとめて、ただ黙ってそれをたなに積んでおくのかどうか。どういう仕事をするのですか。

高橋正春総理府技官(科学技術庁研究調整局長)

○高橋(正)政府委員 御指摘の点につきましてでございますが、科学技術庁は、実態といたしましては、研究の総合的な推進ということでございます。さらに、研究の実態そのものが直ちに国民の福祉に一義的に結びつきます段階におきまして解明されますものと、それから将来のいろいろな研究の基礎的な資料の収集の段階にあるものとあろうと思うのでありますが、そういう点におきまして、後段の非常に基礎的な段階のものにつきましては、直ちに行政的と申しますか、研究的な行政上の対策というようなものにそのまま援用されないものもあるわけであります。そういうような点につきましては、お示しのとおり、行政上との結びつきが非常に希薄であったということに相なると思います。

松平忠久日本社会党

○松平委員 いまの話によると、研究に対する調整ということをするのだ、こういうことであって、研究の結果というものをどこかで集約して、そして国民にこれを知らせるなり徹底させるということはどこがやっているか、こういうことです。それは関係各省でやるべき仕事であるかどうかということです。

高橋正春総理府技官(科学技術庁研究調整局長)

○高橋(正)政府委員 現実の姿で申し上げますと、各省庁がそれぞれ行ないました研究につきましては、それぞれ各省庁の機関誌と申しますか、そのような文献、あるいは研究当事者がその関係の学会雑誌等に御発表になるということが一番多いと思います。科学技術庁が特別研究促進調整費をもちまして行ないました御研究につきましては、当方で取りまとめまして、印刷いたしまして関係の各省に配付いたしております。

松平忠久日本社会党

○松平委員 その点に非常に遺憾な点があると私は思っておる。そこが明確になっておらない。つまり、どこかで取りまとめなければならぬ。研究自体の調整、取りまとめも必要でありますが、研究の結果をどういうふうに取りまとめて、どういうふうに行政指導するかということが、今日の内閣の中では欠けておる点だ。これは政務次官に心得てもらわなければいかぬし、官房長官等にも私からもよく言っておきますが、そういうことを行政機構の上でもってきちんとさせるということをやってもらわなければならぬということが一点であります。  次に申し上げたいのは、気象庁からは地震課の課長が来ておられるが、気象庁の地震課というものは、どういう目標を持って、どういう職責なんですか。私が質問したいところは、気象庁は地震を観測するというか、あるいは予知するための観測をする、こういう資料を提供するのであるか、自分自身も予知について研究を行なうということをしておるのかどうか、こういうことなんです。

木村耕三運輸技官(気象庁観測部地震課長)

○木村説明員 お答えいたします。  気象庁の地震観測業務といいますのは、これは定常的に地震を観測して利用者に提供するのが第一義だと思います。したがって、大学の研究者たちは、気象庁から提供する地震観測結果に基づいて研究をして、それで地震予知その他の利用面が見つかった場合に、われわれがそれを技術段階にのせて利用する。たとえば、地震予知の場合に、私たちは、先ほどお話がありました測地学審議会できめた、こうやってくれという要求に応ずるような観測網を敷きまして資料を提供しまして、研究者がこういう処方ぜんをやれば予報ができるといわれますと、その処方せんに従って予報をやるという過程になるのだと思います。

松平忠久日本社会党

○松平委員 そこで、この地震予知の研究をするということの実施機関というものは、これは学術会議、その下の地震予知小委員会というのですか、あるいは先ほど出ました測地学審議会、そういう下部機構があるのでありましょうが、その責任の所在というものは学術会議であり、文部省である、こういうことですか。

萩原尊礼東京大学地震研究所所長

○萩原参考人 研究計画の責任母体は、日本学術会議地球物理研究連絡委員会の中の地震予知小委員会でございます。ただ、地震予知は現在実施段階でございませんで、あくまで研究段階でございますので、そういう観測の結果をまとめて警報を出すとか、そういったような組織はまだできておりません。

松平忠久日本社会党

○松平委員 先ほども申し上げたとおりに、明治二十四年に発足した震災予防調査会、それも地震予知ということを最終の目標として四十年ないし五十年後にこれを実現するんだということを、当時の貴族院では提案者は説明をいたしております。ところが、一向に成果があがらないというのは、どこに原因があるのか。私は、一つは、予算的措置というものが裏づけがないというところに重大な原因があるし、もう一つは、研究機関というものが少し複雑であって、そしてこれを取りまとめていくそういうものが弱体であるというところに原因があるのではなかろうか、こう思います。そこでお伺いしたいのは、地震予知十カ年計画の予算というものは百億円だということを聞いておるが、そういたしますと、一年に十億円使わなくちゃならぬが、昨年は一億七千万円、ことしが三億四千万円、こんなことでは、十カ年計画なんといってみたところで、これは何にもできない。そのことに対して、これは官房長官に言わなくちゃならぬ、あるいは大蔵大臣に言わなくちゃならぬ、文部大臣に言わなくちゃならぬということになりましょうが、皆さんのほうの機関からは、これに対してどういうことを政府に対して言っているのですか。つまり、そうですか、しょうがありません、こういうことで、その範囲内で細々ながらやっておるということではなかろうかと思うが、もっと学術会議なりその他から強い声が出ないものだろうか。そういうことについて、皆さんの関係しておる諸団体なり諸機関の空気でもひとつここでお話し願いたいと思います。

柴田淑次気象庁長官

○柴田(淑)政府委員 気象庁といたしましてお答え申し上げたいと思いますが、地震予知というのは、先ほどもお話がございましたように、現段階におきましては研究的色彩のものでございまして、気象庁の業務は、御承知のように、研究よりもむしろ業務のほうが気象庁の目的の大部分を占めている関係上、地震予知につきましては、気象庁としては、測地学審議会で審議されました地震予知の計画につきましてはできる限り御協力申し上げるつもりでございますし、現在におきましても、この範囲あるいはこの点は気象庁のほうでひとつやってくれというような、振り当てと申しますか、研究の振り当てのようなものがありますときには、気象庁のほうでもそれに対して予算をとりまして現在までもそういうような御協力はしているのでございます。そして今後もなお一そう地震予知に対しましては気象庁としてもできるだけのことはいたしたいと存じておるのでございます。

和達清夫総理府技官(国立防災科学技術センター所長)

○和達説明員 地震予知につきましては、先ほどもお話にありましたように、十年間に百億円くらいと予知計画グループで初め考えました。しかし、実際においてこれを予算にいたしますときは、文部省においても大学の研究費にはワクがあり、各省庁においても、いろいろ各省庁機関の本来の事業にそういうものが加わるのでありますから、いろいろワクがあります。実際においては、ただいまお話しのように、その計画に対する少額の予算しかついていなかったことは非常に残念であります。しかし、私ども研究者といたしましては、国家が学術会議の勧告に基づいて少なくともこの十年計画を踏み出すことを得せしめた、そして一年度より二年度と増加を見られたことについては非常に感謝しておる次第でありますが、御指摘のように、この地震予知計画は、十年やりまして、そこでその研究結果においてどこまで地震予知というものができるかということをお答えするということでありまして、地震予知を一日も早くと望まれる国民に対しては、早くできなくて非常に申しわけないのでありますが、しかし、また一方から申しますと、その研究を達成するのは、早い期間に設備を早く整えて研究を開始するということがその効果をあげることでありますので、私どもとしましては、いろいろ御都合もあると思いますけれども、もっと当初から予算をいただくことができれば研究が早く進むのではないかと思います。

松平忠久日本社会党

○松平委員 私も長くなりましたからそろそろやめたいと思いますが、関東大震災の直後の衆議院の議事録というものを大体私読んでみました。そうしたら、その当時、帝都復興のためのいろいろな措置というものがとられておるわけであります。税金の問題にしろ、あるいは食糧の問題、さらには、いまの耐震耐火の構造物防災の問題について、それぞれの委員会というものが持たれて、そして地震の予知研究についても特別の機関をつくらなければならぬというので、東大の地震研究所をつくることになった。そのときに、いまの星島二郎とか、あるいは田中善立というわれわれの先輩は、関東大震災において百数十億の富が一ぺんに吹っ飛んでしまった、それが当時の予算として三百数十万の金が出ないはずはないじゃないか、こういうことを言っております。私はまさにそのとおりであって、いままでのど元過ぎれば熱さを忘れてしまって、そして何か災害が起こったときに、わっとやってその場を糊塗してしまうということだけをやってきたわけです。国の金はないはずはない、ある金をいろいろな方面へ使っておりますが、われわれから見るならば最も大切なところへ、一ぺんに富を失うようなことのない方向へ研究費として使っていかなければならぬわけであって、それが一年早ければ一年それだけの富を失うことがなくなるということになるわけであります。私は、したがって、この問題はどこに欠陥があるのか、機構の上に欠陥があるならば機構を直したらいいじゃないか、そしてもっと強力な機構にして、責任体制も明らかにして、予知のための研究費というものを十分出して、そして一日も早く予知ができるよう研究を達成させるということが必要だろうと思う。したがって私は、科学技術庁におきましてもそういう立場からこの問題を少し掘り上げてもらうのみならず、これは委員長に申し上げたいと思うのだけれども、この委員会で強力にこの問題の解決についてひとつ努力をしてもらったらどうか。委員会決議をするのもいいでしょう。本会議で決議をして、そうしてほんとうの意味の防災対策というものを確立していくということが——非常におそきに失しているわけだけれども、不幸中の幸いというか、松代地震においていま萩原所長の話を聞いても、この観測の結果というものが資料としてアメリカの学界においても高く評価されておって、日米の予知研究会も第二回の会議をやるというようなところまできておるわけであります。したがって、そういう意味におきまして、この問題の解決のために格段の努力を払っていただきたい。委員長におかれてもさような方針のもとにひとつこの委員会において何らかの結論を出していただきたいということを要望いたしまして、私の質問を終わりたいと思いますが、委員長からひとつお答えを願いたいと思います。

原茂日本社会党

○原委員長 松平委員の御要望に対しましては、委員会もかねてその方向への方針をとってまいりたいので、きょうを契機に一段とこの問題をドリリングいたしまして、御要求どおりの結論を得られるまで十分努力を今後も続けてまいりたい、かように思います。  次に、井出一太郎君。

井出一太郎自由民主党

○井出委員 当特別委員会において松代地震の問題をお取り上げになり、かつは同僚の松平委員が質問されるということを承りまして、私は松代の近辺の出身なものですから、それを傍聴かたがたやってまいりました。ただいま松平委員が非常に精緻なる御質問でかなり問題は解明されたように伺います。したがって、私は別にきょうは用意もしておりませんので、松平委員の御質問で尽きておるかと思いますけれども、せっかくの委員長の御指名でもありますし、ごく二、三点、しろうとなりに簡単にお伺いをしてみたいと思います。  先ほど萩原先生からも御発言がありましたが、日本の地震研究の業績というものは、これは国際的にも高く評価されておると伺っております。いま私は思い出すのですが、かつて米軍の占領当時、浅間山へ持っていって米軍の山岳訓練の基地をつくるという問題がかなり地元に衝撃を与えたことがございます。これは原委員長も、あるいは松平委員も御承知で、また当時われわれと一緒にこれに対する阻止運動をやったことがあるのでありますが、そのときのきめ手は、浅間山の峰の茶屋にございます火山観測所、それを中心に、全山にわたって観測装置、つまり、あの山腹一帯に、震動などの調査をするための配線ができておる、そういうものを演習等によってディスターブすることは困る、こういった学問研究の見地から、当時はたしか所長さんが那須教授であられたように記憶いたしますが、われわれもこれを背景にしまして米軍とかけ合ったことがございます。向こうさんは、科学を尊重するという意味でございましょう。これに大いに耳を傾けまして、その当初計画を撤回するに至った最大のきめ手はこれであったように思うのであります。したがって、一介の武弁といえども、日本の地震ないしは火山研究に関心を持っておった一つの証左ではないかと思うのでありますが、そんなところからしても、相当に高い水準だとわれわれ思うのでございますが、これはお答えをいただくほうの立場からすれば、自画自賛になるかもしれません。なってもけっこうだと思います。どんな立場に国際的には置かれておるかということを、ひとつわれわれしろうとにお示しいただければしあわせに存じます。

萩原尊礼東京大学地震研究所所長

○萩原参考人 お答え申し上げます。  日本の地震学は、ほんとうに歴史も古く、いままで非常にたくさんの業績を出しておりまして、世界から高く評価されております。ただ、最近におきましては、アメリカにおきましても、ソ連におきましても、地球物理学、特に地震学に対しましては研究に非常に力を入れるようになりまして、特にアメリカのような場合は、この研究費の額は、日本の場合の、一けたどころではございませんで、百倍もけたが違うようでございまして、その結果、最近になりまして地震学が非常に発展しております。でございますから、日本は、とにかく地震学はお家芸と申しておりますが、過去の歴史もありますし、それからまた、研究の材料が非常に豊富でございまして、そういう点で非常に優位な立場にあるのでございますが、最近は、とにかく膨大な研究費をアメリカ、ソ連においては投入しておりますので、ある部門におきましては非常に発達してまいりまして、何もかも日本が優位であるといって安閑としておれなくなってまいっております。

井出一太郎自由民主党

○井出委員 非常に謙虚なお答えだと了解をするわけでありますが、要は、やはり予算の問題とか研究費の問題になろうかと思うのであります。それには、単に学者の諸先生だけひとり歯ぎしりをされるというようなことに置かしめては相ならぬ。政務次官もいらっしゃいますが、ひとつわれわれも大いにそういう点でお手助けをしなければならぬことと考えるのでございます。  そこで次の質問でありますが、先般地元の松代町長が東京へ出てまいりまして、たぶん皆さまにも接触を保ったかもしれませんが、主として中央の諸官庁へ陳情をしたことがございます。そのとき、一体、町長さん、いまあなたはやってもらいたいのは何か。それはあらかじめ防災関係の消防方面の施設もなければなりますまい。あるいは、日夜地震におびえておる学童のために学校の補強もしなければなりますまい。そういうことよりも先に、町長が開口一番何を言ったかというと、私は学問がほしいのだ、こういう表現でありました。これはなかなか含蓄のあることばだと私は思うのでありますけれども、町長の言われるのには、おりからソ連においては、宇宙科学の行き着くところ、月の世界へ軟着することが可能であったという時期である、月の裏面がわかるという今日この際、地下二キロか三キロか存じませんが、その地下に起こっておる現象がどうしてわからないのでしょう。しろうとなりにこれはある意味では痛烈な響きのこもったことばではないかと思うのであります。私はいずれまたそう遠くない機会に町長に会わなくちゃなりませんが、その町長の問いかけたことばに対して、先生方から、どう答えていいか、何と私が町長に伝えればいいか——何も私は皆さまをあえて困らせるつもりではございません。フランクにお聞きくだすって、その素朴な疑問に何かお答えが願えればしあわせであります。

萩原尊礼東京大学地震研究所所長

○萩原参考人 ただいまの御質問と同じようなことを松代の町長さんからじかに私お伺いしたこともございます。町長さんはどういうことを具体的にさしておっしゃっておるのかよくわからないのでございますが、この松代の地下で何が起こっているかわからないというのですが、これは何もかもわからないわけではございません。いろいろな学者が調査に参り、また、特に若い研究者が参りまして、おのおのみなかってな説を述べますので、町長さんとしても非常に混乱してしまうのじゃないかと思うのでございます。ただ、私どもの、特に地球物理学的な研究と申しますのは、ただこうであろうということを考えただけではなく、それを地表なり、とにかくわれわれの観測によってそれを実証しなければならない。そういうことのために、しかも手の届かない地球の中のことを、とにかく地表で測定できる観測なり測定なりによって、こうであるということを実証していかなければならないということで、なかなかそう町長さんのお考えになっているように手っとり早くいかないのじゃないか。そこを町長さん非常に歯がゆく思っておるのじゃないかと思うのでございますが、要するに、こういう現在松代の周辺で行なっておりますような測定、観測、こういったものを将来しんぼう強く続けていけば、町長さんのお求めになっていることにお答えできるのじゃないかと思う次第でございます。

井出一太郎自由民主党

○井出委員 そういうことだと思うのですが、最近の松代へ行ってみますと、町民が地震になれてきたということもございましょう、毎日、新聞その他でかれこれいわれまする感覚をもって地元に接しますと、案外落ちついておるようにも思います。例年年末から年始にかけて火災の時期であって、あの周辺必ず五軒や六軒の火災があったそうでありますが、ことしはこれが絶無で年を越えることができた。これなどは、やはり備えあれば憂いなしということの明らかな証左だと思うのであります。ただ、それだけに地元民は非常に緊張をしまして、御婦人などは帯も解かずに床についておる。重要なものだけはリュックサックへ入れてまくら元へ置くとか、社会現象としてはいろいろなことが現にあらわれております。町のあきんどさんにしてみれば、もう問屋から現金でなければ売ってくれないのだ、商売がその点でも行き詰まるとか、小さな町工場にしてみれば、さっぱり部品が回ってこないとか、いろいろなそういう社会現象はございますが、ともかく昨年八月以来ですから、どうも精神の緊張がはたしてそれほど続くであろうか。一種のノイローゼぎみの現象もないわけではない。そういう際に、やはりその人々がすがりつきたいのは、まあ少しでも、地震はもうピークを越えたのだとか、あとはもうたいしたことはなかろう、こういう予報にすがりつきたい心情であることは、お察しができるだろうと思うのでございます。予報でございますから、これは一〇〇%というわけにはまいりますまい。気象庁のあすの天気といえども、晴れ、夕刻は雲が出るであろう、こういう注釈がついておる。でありますから、全部を御期待申し上げるというわけにもいきますまいが、それにしても町民諸君などの願うところは、基礎的な御研究はもちろんでありますが、臨床的な、当面何か救いになるようなものを求めておるようでございます。まあ私はお名前は申し上げませんが、ある時期には、十一月の下旬ごろの震度五というものが出たあの当座がピークであって、逐次下降線をたどるであろう、しかし、地震のピークが下降線をたどっておっても、時には集結をして出る場合には震度四、五というものがまだ一、二回はくるかもしれぬ、そういう注釈がついておるわけであります。それはそうでございましょう。しかし、大ざっぱにごらんいただいて、何か大局的には終息の方向へ向かっておるということが、いまの時点においておっしゃっていただけまするでしょうか、その辺いかがでしょうか。

萩原尊礼東京大学地震研究所所長

○萩原参考人 気象庁では大体下降に向かっておるという御発表は、たしかすでにあったかと思います。ただ、私どもの観測所では、保科というところで観測いたしておりますが、この年に入りましてずっと地震回数がふえてまいった。これは保科の付近で、気象庁で発表してございます例のこういう楕円がございますが、あの中でのできごとであることには違いないようでありますが、ただ保科の近くで浅いところであまり起こっていなかったところで起こり出したということでありまして、保科の地震の回数が、有感、無感とも、ことしに入りましてから非常に増してまいりましたので、非常に懸念を持っておったのでありますが、これが二月に入りましてから下降に向かいました。そういたしますと、気象庁の松代の観測所はもとより、私どもでやっております保科、象山、赤柴の観測、みな回数はごくわずかでございますが下向きになっておりますので、まずとにかく下降に向かっているということ、はいえる。ただ、それではもう安心していいのかといいますと、先ほどの月との関係がいわれるように、やはり十日なり十五日ごとに震度四、震度五がずっと起こってまいっておりますので、どうもまだ当分続くのじゃないかと思います。

井出一太郎自由民主党

○井出委員 ただいまの先生の御発言のニュアンスをくみ取るというくらいにしてきょうはおさめますが、地元に対しましては、さらにわれわれも勇気づけて、がんばるようにと申し伝えます。どうか今後とも一そうの御研さんをされまして、基礎的、臨床的それぞれの研究の成果があがるように御期待を申し上げますとともに、科学技術庁のほうでは、先ほど申し上げたその措置等も十分講ぜられますようにお願いをしまして、私は、関連質問みたいなものですから、これで打ち切ることにいたします。

原茂日本社会党

○原委員長 岡良一君。

岡良一日本社会党

○岡委員 私は別に関連してお尋ねを申し上げるだけのことでございますが、ただ私どもあの松代の地震を承知しまして約八カ月近くになる。まあしろうと考えとして、生きた地震学教室とでも申しましょうか、火山学教室が突如、御迷惑ながら長野県に出現したのではないか。これに関係の専門家があらゆるエネルギーを集中して、そうしてりっぱな成果を、将来にわたっては地震予知まで進んでいきまするよう、その一つの前進拠点として、あらゆる関係の専門家なり団体が集中的にこれに取り組んでもらいたいという希望を持っておったわけです。ところが、いま松平委員あるいは井出委員の御発言と、そしてまた皆さんの御答弁を集約すると、よく災害は忘れたころに起こる、また国の取り組み方も忘れたころに始まるというような率直な印象を受けました。  そこで、率直に若干の点をお尋ねしますが、萩原先生へ現在の、あるいはかつての、この松代地震が始まって以来の観測施設、あの程度で観測施設は十分でございますか。

萩原尊礼東京大学地震研究所所長

○萩原参考人 私おもに大学関係でやっております観測、測定について申し上げますが、大体地震観測は、地震の起こっているところを取り巻きまして三点、四点あれば最小よろしいということになっておりまして、それより広い地域にまだ起こっているかどうかというようなことは、短期間でございますが、各大学それ自体の極微小の観測、そういうものをやっております。まあああいう観測、測定というものは、数をふやせばふやすほどよろしいにきまっておりまして、それだけ精度が上がるのでございますが、現在私どものほうとしてはあれで一応十分と心得ております。

岡良一日本社会党

○岡委員 さらに原田さんにお尋ねいたしますが、先ほどの御説明でございますと、上田から松本まで大体路線に沿って水準測定をされる。これでは地震の結果による変動が面積的に把握されないのではないかと考えるわけです。それからまた、水準測定にいたしましても、もっと頻度を多くすべきじゃないか、そうすればより正確なデータが得られるのではないか、こう思うわけです。その点、いかがなものでしょうか。

原田美道建設技官(国土地理院測地部長)

○原田説明員 昨年度は、第一番にこの一等水準点として——主として国道でございますが、二キロメートルごとに水準点が植わっております、それをまず第一に着手したのでございます。従来でありますと、面の変動ということで三角点の水平移動あるいは高さの変動を求めることも実施計画に入れなくてはいけないわけでございますが、変動の規模あるいは範囲、それをやはり最初に見当をつけるという意味で、まず水準測量をことしの三月もまた実施いたします。それを先にやる。三角測量のほうは、これは面の測量でございまして、相当測量のしかけもまた大きくなりますので、これはやるといたしましても、次年度、四十一年度の計画として考えていきたい。たとえば、高さのほかに横の伸びということで、いろいろな方法がございますので、三角が間に合わない場合には、とりあえず長さの測定をやっていくということも考えております。  それから、頻度につきましては、新潟地震の、前の経験もございますし、なるべく一年に——一年というか、短期間に繰り返してやっていきたいと考えております。  それから、水準路線は現在一級国道だけにございまして、それだけでは確かに片寄りになる可能性がございます。四十一年度では予算の査定もございましたので、さらに現在ついていない路線に水準点を植えまして、なるべく監視する範囲を広くとっていきたい。これは実施可能でございます。

岡良一日本社会党

○岡委員 それから、防災科学センターの和達さんにお尋ねしますが、ボーリングはもうすでに実施計画が立てられ、そして大体いつ着工するか、その予算の裏づけも確保されたという状態にあるわけですか。

和達清夫総理府技官(国立防災科学技術センター所長)

○和達説明員 先ほども申し上げましたように、まず二百メートル程度のボーリングは四十一年度予算でさっそく始めたいと思っております。その結果によって、できるだけ早く深層ボーリングに移っていきたいと思っております。

岡良一日本社会党

○岡委員 それから、おそらく、この松代地震に関する報告は、やはり世界の専門学会にしても大きな着目、注目をしておるのではないかと思いますが、そういう場合、いろいろな方法、施設、設備等によって調査または観測されたデータというものを整理し、評価し、一元化して、総合的な報告なり発表というものがやはりなければならないし、それがまた今後における防災科学上の大きな資料として役立つであろうと思うのですが、そういうようなお手配はすでにできておりますか。また、組織ができておりますか。

和達清夫総理府技官(国立防災科学技術センター所長)

○和達説明員 従来、この種の地球物理学的現象で顕著なものが出ました場合には、たとえば、地震研究所はこのために特別の刊行物を出す、あるいは気象庁も刊行物を出すというように、各機関がそれに対して特別の刊行物を出す。外国においてもそういうものを知っておりまして、見ております。日本の国全体でまとめたようなものは、いままではあまりなかったように思っております。そういうような全体のもの、あるいはその研究報告がどういうところにあるかというカタログのようなもの、さようなものが、外国の研究者にとっては非常に役に立つと思われますが、そういうような文献的な問題に対しましても、国際でもいろいろございまして、国内でもいろいろいま考えておるようであります。もし研究者の中でそういうようなことが非常に有意義であるというふうになりまして、それがまた、たとえば、私のほうの防災センターがある程度お世話すれば順調に進むというようなことでもございましたら、私どもは尽力いたしたいと思っております。

岡良一日本社会党

○岡委員 やはりこれは松平委員も指摘されたように、ぜひひとつ総合的な一元的な体系で取り組むという方向で御努力を願いたいと思うのです。いつも申し上げることだけれども、特に近代科学の発展が、どうも日本の官庁のセクショナリズムによってはばまれるという状態があらゆる分野に出てきておる。なわ張り根性を捨てて、それぞれの機関のデータというものが整理され評価され、そうして大きく一元化されたものになり得るように、またそういう方向へ運営組織等も考えていただいて、ぜひひとつそういう方向へ御努力を願いたいと思います。  それから、なお関連してお尋ねをいたしますが、たしか昨年の二月、アメリカの国防総省のベラ・ユニフォーム計画というものを日本が受け入れて、そうしてベントリー観測装置と申しますか、地震計のようなものが二基か三基日本に入ったはずですが、あれは東大の地震研究所にあるわけですか。

萩原尊礼東京大学地震研究所所長

○萩原参考人 アメリカの商務省の沿岸測地局でございまして、コースト・アンド・ジオデティック・サーベーという役所でございます。これは日本の国土地理院の陸地測量部と、それから海上保安庁の水路部、海図をつくっております、この二つを一緒にしたような役所でございます。そこで世界中に標準地震計を、百二十五カ所だと思いますが、置いて、地震学、地震のいろいろ基礎研究に役立てるということをいたしております。日本にもそれを置いてくれということで、現在、気象庁は松代の地震観測所、例のいまの松代の地震を盛んにかいている十万倍の地震計はその一つでございます。それと地震研究所におきましては、広島県の白木というところに微小地震観測所がございます。そこでその器械を使っております。あと一台は、これは建設省のほうの建築研究所に国際地震工学研修所というのがございまして、ユネスコの援助を受け、日本もお金を出しまして、いろいろな国から研修生を集めて教えておりますが、そこに一台、計三台来ております。

岡良一日本社会党

○岡委員 これが実施機関はアメリカの沿岸測地局なのですが、実際は核実験の探知のために百二十五カ所のそういう精密な地震計を備えて、そして相手国の核実験の探知をやろうという、非常に国際的な規模のネットワークの一つなんです。だから、これは国防総省の計画として組まれておるわけです。実施機関は沿岸測地局であったわけです。そういうことは周知の事実だと思うのです。しかし、私はいまそのことに別にここで触れたくはございません。ただ、私がこういう機会に専門の皆さんにお聞きしたいことは、この間もスウェーデンから行政的な担当者と、そしてまた地震に関する専門的な学者が若干名参りまして、そして核実験の探知をするクラブをつくろうじゃないかという話を持ち出しておるわけです。私は専門的な話をぜひ聞かしていただきたいと思うのでお尋ねをするのですが、一体、自然発生の地震と、核爆発による地震というものの特徴といいますか、自然発生の天然の地震と、核爆発による地震というものの特徴というようなものが何かわかりますか、それをひとつお聞きしたい。

萩原尊礼東京大学地震研究所所長

○萩原参考人 核爆発がいま問題になっておりますのは、比較的小さい地下核爆発でございまして、これを空中でやりますれば、いろいろ放射能が飛んでいくとか、通信がとまるとかいうようなことで識別できるわけですが、比較的小さい規模の核爆発を地下で行なうという場合は、現在のところ地震計による探知しか方法はないわけでございます。その場合に、ただ単に地下で核爆発をしたという場合は、天然の自然の地震と違いまして、いわゆる自然の地震には縦波、横波というのがございまして、また表面波というものも出てまいりますが、地下核爆発の場合は、いわゆる縦波だけしか出てこないわけです。それと、私どもでP波と呼んでおりますが、そういう直接にまいりますP波だけがおもな振動でございまして、あと自然の地震の場合には非常にいろいろな波が来まして波形が複雑になりますから、波形が簡単だということからある程度大きい地下爆発は記録を一目見ただけでもわかる程度に自然波との識別はできることになります。

岡良一日本社会党

○岡委員 この間、新聞でどこか太平洋の島で地下核爆発があったという報道と一緒に波が出ておりました。その波の特異性の解説を若干してございましたけれども、単に一カ所探知機がある、地震計がある、ここで核爆発の実験があるという場合、一カ所だけでこれが核爆発だということが科学的に正確に立証できるものですか。

木村耕三運輸技官(気象庁観測部地震課長)

○木村説明員 私、もとの論文を読みましたので私からちょっとお答えします。イギリスのスコットランドでもって、今度スウェーデンで提唱しております特殊な地震計を使って、百五十回の地震について、その地震も三千キロから一万キロ離れたところに起こった地震について、核爆発か自然地震かを区別してみましたところ、九四%までわかって六%だけ区別がつかなかったという報告があります。で、イギリスの報告では、これを世界じゅうに二十カ所ないし三十カ所置けば九五%以上は高い過去の可能性で区別できるという報告を出しております。スウェーデンで提唱しておりますのは、イギリスの報告に基づいて、イギリス流のその地震計をつけようということでクラブをつくろうというのであります。松代にありますようなアメリカの沿岸測地局で配りましたのは、これは部分核停ですか、あの協定が行なわれたときに地下爆発はだめだと言われた。反面、専門家は、地震計を置けば何とかなるということで展開しようとした計画の一つなのでありますが、ソ連は技術的な面でも問題がありまして、ソ連側が入りませんでアメリカだけが展開してしまったという形になっております。ですから、いまスウェーデンが展開しようと思っております地震計の種類と沿岸測地局の展開しようとしておる地震計とは少しものが違っております。で、昭和三十七年に問題が出てきて、昭和三十七年のときにイギリスが開発しましょうといって引き受けたのが、現在スウェーデンが提唱しているものでございます。

岡良一日本社会党

○岡委員 ただ問題は、部分的核停ができてから非常に巨額なお金をつぎ込んで、地震の測定に関する研究施設に力こぶを入れている。これは数字の上でもはっきり出てきておる。  また、そういうことではなくて、それでは、いまおっしゃった英国の開発した地震計ですね、それは何万キロまでを察知できるということをおっしゃいましたか。

木村耕三運輸技官(気象庁観測部地震課長)

○木村説明員 一応三千キロまでを確実におさえるということになっております。イギリスの実験では一万キロまでやっておりますが、計画では三千キロまでということになっております。

岡良一日本社会党

○岡委員 そうすると、専門の方にひとつお尋ねをしますが、スウェーデンがそのようなものを使ってひとつやろうじゃないかと提唱しておるのですが、この核探知クラブとでも申しますものに、かりにスウェーデンも入る、イタリアも入る、インドも入る、日本も入る、こういたしますと、そうすると三千キロまでではアメリカの大陸の内陸における核爆発は探知ができない。ただソ連のほうだけは探知ができるということになりますか。

木村耕三運輸技官(気象庁観測部地震課長)

○木村説明員 私は自分で計算したわけではございませんで、スウェーデンの十八カ国軍縮委員会の技術顧問という人が電子計算機で計算したものを見ただけでございますけれども、日本の札幌に置きますと、アジア大陸と、それからアメリカ大陸は全部カバーいたします。

岡良一日本社会党

○岡委員 それでは三千キロどころじゃないわけですね。

木村耕三運輸技官(気象庁観測部地震課長)

○木村説明員 私の記憶では三千キロ、角度で九十度ということでやったと思います。

岡良一日本社会党

○岡委員 その資料を、私どもしろうとにもわかりやすいように、ひとつ書面でいただきたいと思いますが、これもひとつ問題点を提供しておきますから、調べてください。

原茂日本社会党

○原委員長 この際、参考人に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただき、たいへん参考になりました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。  本日はこの程度にとどめ、次会は来たる三月二日水曜日午後一時に理事会、一時三十分より委員会を開くこととし、これにて散会いたします。    午後三時五十三分散会

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