文教委員会 第3号
- 発言数
- 56 件
- 登壇者
- 7 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1965/10/04
会議録
○南委員長代理 これより会議を開きます。 渡海委員長が病気のため私が委員長の職務を行ないます。 文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。 質疑の通告がありますのでこれを許します。山中吾郎君。
○山中(吾)委員 定刻十時から委員会が開会をされる予定であるのに、一時間も大臣がおくれられる、そういう怠慢では困るのです。委員長から警告を発してください。
○南委員長代理 お聞きのとおりですから注意してください。
○山中(吾)委員 明日から国会が開会されるのでございますけれども、いろいろと難問題がたくさんあって、文教委員会が行なわれるのはあるいは十日もあとになるおそれがあるので、特に大臣に僻地教育を中心としてお聞きいたしたいと思うのです。 特に私御質問申し上げるのは、参議院選挙の前に佐藤内閣総理大臣が僻地の多い岩手の盛岡に参って、僻地学校給食については完全給食を国の責任において実施する。そういう発言を県民にされた。さらに中村文部大臣が青森に来られて、特殊教育、僻地教育等、あるいはかぎっ子の問題については、自分の在職中にみちがえるようなものにしたい。これを発表されて新聞に載っておるわけです。したがってその点については私は大臣の着眼に敬意を表し、そのヒューマニズムが口頭禅に終わらないで事実にあらわれるようにしていただきたい。そういう趣旨で御質問を申し上げるわけであります。そこで学校給食のことについてばかりではございません。これはある意味においては学校給食がクローズアップされたために、他の僻地教育についての欠陥が忘れられてくるのではないか。総合的にこれを考えねばならないので、逆に私は心配をしておるわけです。したがって全般のことについて僻地教育に関して御質問をいたしたいと思うのであります。私は、県下の僻地教育の分校その他の先生方にアンケートをとってみたのです。施設設備で現在最も不便を感じておるものは何か。今後まず何よりもほしいものは何かというのが一つ。それから生活条件について現在最も不自由しておるものは側だ、何を一番ほしいのか。第三には、研修についてどういうふうにすれば今後の研修の機会を持つことができるか。第四には、子供の学力の向上のためにはどうしたらいいと思うのか。第五には、修学旅行についてはどう考えるか。教員の住宅についてはどうか。さらに僻地の社会教育施設についてはどうだ。僻地の幼児教育についてはどうか。こういう質問を、なまの声を聞いて、国会の中で大臣も実感を持ってもらわなければならないし、文部当局の事務当局も、そういうなまの声を聞いて政治の中に具体化するということが非常に大事であろうと、アンケートをとってみた。僻地の先生は実に熱心なんです。もう環境の中に矛盾を感じて真剣にまじめに意見を述べております。ところが大体文部行政というのは一定の統計をとっておる。統計というものは情がないのです。冷酷なものです。統計から政策を出しておる。なまの声から政策が出ていない。そこに私は間違いがあると思う。そこで一々私がここで自分の論理を出すのでなくて、なまの僻地の先生の声をひとつ申し上げるから、それについて大臣も事務当局も耳を傾けて御答弁願いたい。そうしてそれが来年度、次の予算にも具体化するように参考にしていただきたい、そう思うのであります。 まず施設設備について、これは岩手の岩泉の櫃取分校、これは五級地、五級校でありますが、施設設備でこういうことを言っております。曇った日には暗くて字が見えなくなる教室、職員住宅がなく、物置きすらないため、せっかくの理振法、産振法による教材も教室のかたわらの戸だなにぎっしり詰められておるままである、何とかこの教材を置く教室がほしいものである。これはもう僻地学校の共通した要望であります。理振法で——文部省では産振法においても教材をたくさんある意味においては充実する努力をされておる。貧乏町村もそれに対して、教育に理解のある村長あたりが協力をしておるので、ある程度は整ってきております。ところが入れものがないのです。校長室に行くと校長室の戸だなにぎっしり詰まっている、あるいは宿直室もそうである。それは教材を一方で多く出そうとする行政と、それを活用する施設の部面との総合的な政策がないからである。そこで管理局長がおられるから——僻地の場合においては一つの級に対して一つの教室しかないということなんです。人々の要望を聞いてみますと、音楽教室、理科教室、そういうものを兼ねていいからせめて特別教室をぜひほしいのだ、そこに教材があって、そして初めて教材を活用することができるのだ、音楽教室もこれを兼ねてけっこうだ、そうしなければ隣の教室はうるさくて教育ができないのだ、入れものを考えなければならないのが、そういうものが僻地の場合の補助対象になっていないのです。これについても文部省においてはきめておるのかどうか、学校建築の補助対象に、僻地の場合についての教室を児童生徒の数で割り当てをしておるから、永久に格差がなくならない、だからどんなに小さな学校でも、生徒児童数に関係なく、教育に必要な施設を、最低の補助対象の基準に定めていくべきであって、生徒児童の数で補助坪数をきめていくから、大規模のほうはりっぱで、小規模のほうはそういう教材を置くところ教室がない、物置きに置いておるということになる。 まず、大臣は次にして、局長のほうからそれについてのお考えを聞いておきたいと思います。
○天城説明員 僻地の教室の問題でございますけれども、一般に学校建築の補助基準が生徒一人頭ということになっておりましたのを、三十九年度、いまちょっと調べておりますけれども、三十九年度に現在の法律が改正になりまして、学級単位にこれを直しております。したがいまして、少人数の学校におきましても、一定数の基準学級の施設は確保できるように改めたわけでございます。それから僻地におきましては御指摘のように、学校も小規模でございますし、生徒も少ないのですけれども、教育活動が全面的に行なわれるために、いろいろな特別教室も必要になってまいります。そういう趣旨を初め考えまして、広い目的に即するような施設が必要だという考え方から、特に音楽など音を出すような教育のために、集会室という名前で別の施設を僻地の学校に設置し得るような処置をただいま進めておるわけであります。
○山中(吾)委員 いま局長の御答弁のことは全部承知をしております。補助の対象を児童生徒数によらないで、学級を前提としたのは去年ですか、施設法の改正でわれわれは審議をしたのです。しかしそれは僻地の場合について学級数によるということであるから、格差は少しも変わらないのです。一つの学校の最低の必要な教室という立場をとらないとやはり教室の対策はできないのです。検討してください。それが事実にあらわれていない。 それから集会室については、僻地教育振興法の中に出ておるのですが、分校にやっておりますか。分校は対象にしておりますか。
○天城説明員 たいへん恐縮ですが、ちょっといま調べておりますから、調べて御返事いたします。
○山中(吾)委員 僻地小規模の分校を含んで教室以外に特別教室は音楽、理科教室を兼ねてでいいから一つだけは必ず補助対象にするということにしてやらないと、これは教材を物置きに置いてしまうのですから、実際は補助対象として整っても教育に使っていないことになる。特別教室を必ず一つ置くということを検討してください。 それから集会室についていま話が出ましたけれども、この点についてはどこの僻地の学校に行っても村人の集まる集会場というものは学校一つしかないのです。部落懇談会からあらゆるものがその学校の教室を使うわけです。そこで学校の教室が公民館になり部落の懇談会場になりいろいろの関係に使われて、たった一つの教室がいわゆる僻地の文化センター、村政の集まり場所になってしまうので、集会室というのは、私は分校を含んで全部につくってやらなければいけないと思います。特別教室と集会室だけはどうしてもつくらなければならぬ。最低の基準をおきめなさいというのです。 それから子供は少なくても、そこに講堂兼体育館という場所がないので、雨が降るとこれはどうにもならなくなっておる。そういうことも含んで一番少ない小規模の学校について最低必要なる教室というものをお考え願いたい。学級数に応じて補助対象にするということは、児童生徒数に応じて補助対象にしたものを切りかえただけで最低の僻地の学校の基準というものが明確になっていないので、結果は同じことになってしまっておる。ひとつ大臣からいまのことについての御意見を聞いておきたい。
○天城説明員 先ほどの点、補足さしていただきますが、集会室の問題でございますが、われわれの予算配分の態度といたしましては、分校におきましても集会室はつくり得るたてまえをとっております。それから集会室の基準でございますけれども、これも学校の教室のほうが学級基準になっておりますので、明年度の予算要求においてこれをやはり一定の学級基準に、集会室の積算基準も改めたいといま考えております。それから普通の教室の問題でございますけれども、最低の規模の学校におきましても最小限特別学級一教室つくり得るように三十九年度以降の措置としては進めておるわけでございます。 以上、補足してお答えいたします。
○山中(吾)委員 適用の対象にしておるならばけっこうですが、現実にはできていないですね。貧弱町村のために二分の一補助ではどうにもならないということです。三分の二補助というようなことにしないと、現実には建たないということが結論になると思うので、これは何とか検討してもらいたいと思います。 〔南委員長代理退席、上村委員長代理着席〕 そこで今度は学校給食で一ついいことを文部省で出していただいたのは、僻地学校の多いととろの町村は貧弱町村なんです。そこで財政力に応じて八割から六割の段階をおきめになった。財政力の非常に貧弱なところには補助率を多くされた。いままでは一律補助であった。その町村の財政が豊かであろうがなかろうが、一律補助できた。ところが僻地ということに着眼をされて、財政力に応じて八割、七割、六割とされてきた、これは非常にけっこうなことなんです。だから学校建築、学校給食設備にかかわらず、学校のいま申し上げたような設備、施設に関する補助については、いままでの一律の補助に対して格差をつけた財政力に応じた補助制度を、せっかく学校給食で実情に応じた構想ができたのであるから、全体に広めていただきたい、これはいかがでしょう。
○齋藤説明員 僻地教育振興のためには市町村の財政状況にかんがみまして、各種の補助金の補助率を引き上げる必要があるという御指摘でございますが、明年度の予算要求におきましては、いまお話のありました施設、それから大きな設備につきましては、省内統一いたしまして、現行の補助率の二分の一から三分の二にいたしたいということで、予算の要求をいたしました。 それから、なおただいま御指摘のありました給食の例にならいまして準要保護、要保護、児童に関する他のいろいろな経費につきましては、給食でとりましたと同じような方向で財政指数に応じてかさ上げができるようにいたしたいということで、予算要求をしておるわけでございます。
○山中(吾)委員 なかなかいい考えなので、これは大臣ひとつ実現するように大蔵省折衝に努力してもらいたいと思います。最高は全額補助というところからいくべきだと思うのです。たとえば岩手のほうの中止になった学校給食でも山形村はどうしてもやれない、八割でもそれは財政力がほとんどゼロなんですね。だからその点はもっと具体的に文教政策を現実に合うように検討してやってもらいたい。局長がそういう話ですからけっこうだと思うので、出しっぱなしでなくて、現実に成功するようにしていただきたい。 さらにこれは私から言っても実感がないが、生活条件については何がほしいかということについて、僻地の先生がこういうように言っております。自分のオートバイを使って自分のガソリンを消費して、本校往復三十六キロ、地教委に対しては五十五キロ、十四里ですね、本校に対しては十八キロ、四里半である、それから役場の支所に対しては三十四キロ、これは八里半、等への公用を達するほか、バイクのない女教師は送り迎え等をやっているが、その経費はガソリン代が月額七千九百二十円にもなるのに——修理も含んでいると思いますが、この償いがされておりません。僻地教育の情熱を押えがたく妻子と別居して、この僻地分校に転任してきましたが、四級、五級の僻地条件に対する優遇策を何とかして考えていただきたい、こういうことを書いております。岩手の場合を見ますと、先生はバイクをほとんど持っているんですね。バイクを持って二里、三里の教育委員会の連絡、本校の連絡をしなければ主任はどうにもならないわけです。そこでせめてジープを備品にほしい、備品としてジープがどうにもならなければ、せめてバイクをこの僻地の分校に備品として備えつけていただきたい。それもできなければガソリンその他のものぐらいは給与していただきたい。ほとんど私用に使っていないで、公用で使っておるわけなんです。これは切実なる僻地におけるその教育を振興せしめようとする熱情から出たものなんですね。私は、だから一方にジープを必要なところに今度補助対象にされるということも出されるのはけっこうだが、ジープでもどうにもならないところにはバイクを備品として国が補助を出してやる。それのガソリン代その他についても国でめんどうを見てやるというふうなことをしないと、大体分校というものは本校と二里、三里離れているのが常識であります。教育委員会から呼び出されていく場合についてもさらに遠いことは事実なんです。そういう点についてなまの先生の苦心というものをお考えになって政策をとられないか、これについてはいかがです。
○齋藤説明員 僻地学校に対します交通上の問題といたしましては、従来スクールバス、ボートというものを補助しておりました。この要求もなお多うございますので、それらの台数を増すとともに、学校給食用の備品の運搬でありますとか、あるいは各種教材の運搬でありますとか、あるいは学校医とか指導主事の巡回等のために、先般来お話しのありましたジープのような交通手段を発給したいということで、これは明年度の予算要求には出しておるのでございます。ただいまこの運営費の問題について御指摘がございましたが、この問題につきましては今後なお検討してまいりたいと存じます。
○山中(吾)委員 これは岩手ではないのですが、鳥取県三朝町立小鹿小学校中津分校の山崎了一という先生が数年前から自動車を自分で買って、そして教育を推進するために自腹を切って非常に努力をした。そして自動車を何とかして僻地に配置してほしいというので、鳥取県の行政監察庁へそれを訴えた。それについて文部省初中局の渋谷敬三財務課長は——これは現地の新聞に載っておるのですが、「辺地の学校で教育上自動車が必要だ——ということは文部省でも認めており、四十一年度予算に「辺地校ジープの購入費補助金」として新しく約千三百万円要求することにしている。初年度要求はわずか二十台分なので全国の辺地校数から見ると微々たるものだが、はじめての要求ということに意義があると思う。おいおいに台数もふやしたい。」という、非常にいい発言をしております。ところがこの先生の送ってきたパンフレットを見ると、あとで大臣も見ていただきたいが、ずいぶんとガソリン代がかかるのですね。中身を見ますと、ほとんど公務に使っておるようです。自分で自動車を購入して、大体児童の直接利用のため、教師の研修のときの送り迎え、それからPTAその他の会合の送迎利用、それから部落産業開発に必要な生産物、必要物資の輸送をやっておる。あるいは中学生を中心とする寄宿舎生活に必要な物資の輸送、そういうふうなことで三分の二くらいは使っておるので、せめてガソリン代くらいは何とかしてくれないかということを書いております。昨年予算委員会で私の質問したのを見て、わざわざこれをよこしてきたわけです。そういう切実な要望があるので、このジープの要求と同時に、運営費は第二段階として検討していただきたい、こういうように思います。 次に、統計からはこういう着眼は出ないので、ぜひこの僻地の先生の切実なる要望を私は聞いていただきたいと思うのですが、教員の生活で一番困るのは、そういう僻地の学校のあるところ、ことに分校の付近には商店がないのです。農家はみな自給自足です。したがって商店がないので、そこに赴任をした先生は二里三里離れたところから一周間分の食物を買って、それをうちで確保して食わざるを得ない。ところが、夏期になると非常に腐りが早いので、新鮮なものが食えない。そこで、ぜひ備品として電気冷蔵庫を置いていただけば、一周間分の町から買ってきたものをそこに保存できる。それは自分のものでなくて、やはり転任するのですから、そういう冷蔵庫というふうなものを僻地の学校の備品として考えていただきたい、こういうことなんです。また雪の多いところについても、この文章によりますと、夏期は一周間分、十日分以上、食料品の内容によっては冬期間は半年分を買い込まなければならないと書いてある。当面僻地校では冷蔵庫が必要でありますので、先生数名共同で使用できる大型のものを置いてもらいたい、これは痛切なものだと思うのです。さらに、他のほうの学校においては、電気洗たく機を備品として置いてくれないか。子供のものについてもほとんど洗たくというものはされていない。学校職員と児童生徒を含んで、その洗たく機というふうなものと、いまのような冷蔵庫を置いていただく、これは一番痛切な私らの要望です。と書いております。この点について、文部省は着眼を持っていないんだろうと思うのですが、局長のほうでそういう気があれば聞くし、大臣はよく頭に入れておいていただきたい。
○齋藤説明員 学校給食用物資の僻地における特殊性のために、保存用の電気冷蔵庫を備えるようにするということでございますので、その運用において、いまのお話のようなことが兼ねられるかどうか、あるいは兼ねるように学校給食用の物資につきまして電気冷蔵庫を備えるということと、いまの先生方の御不自由な点を兼ねて解決できるようにできれば一番いいと思いますので、この点は体育局ともよく相談をしてみたいと思います。
○山中(吾)委員 いい着眼だと思うのです。学校給食を兼ねて電気冷蔵庫を備品としておいてやる。僻地の完全給食をやれという総理大臣からの声ですから、そこで、これを補助対象として置いていただくと、私は、教師の精神衛生上すばらしく明るくなると思う。これは事実どこへ行っても、三里、四里買いものをして戻ってくるわけですから、ほとんど参っておるわけですね。一方に、文部省でふろを設備されるということは、これも非常にいい。そういう意味において、教師の教育条件を明るいものにしていただくためには——これもたいした金ではないのです。非常に少ない金で僻地の教育の振興に非常に大きい貢献をするので、具体的にお考え願いたい。大臣、よろしゅうございますね。 それから次に、研修の問題について。私は前の国会においても、分校その他の僻地の教師は研修、勉強する機会がない。文部省主催にしても、あるいは自主的な教育研修集会にしても、便利な教師だけがそこに行って学習をして、僻地は行けないんだ。行けない理由は、二、三名の教師であるから、一名研修に行くと、その授業ができなくなる。したがって、子供のことを考えて研修にはいけないということ。それから、旅費が足らない。一時的に旅費は支給されても、本校の先生より倍かかる。本校までの交通費というものがたいへんである。ひどいところは一日早く出なければならない。一泊二日の研修に、分校の先生は二泊三日の旅程になるわけです。そういう中で、できないということを言っておるのです。それで、これはどこの先生も同じように書いておりますが、たとえば一つ読んでみますと、私が当地に——これは僻地です。赴任するとき一番気がかりだったのは、僻地の草むらの中に埋もれてしまうということでした。前に便利なところにいたときは各種の研修会、講習会等に出かけて自分を高めることができたし、ときには助言者や講師の役も頼まれていたのでありますが、この五級地の分校に赴任して半年になりますのに全く見捨てられた状態です。僻地ぼけすまいと思っていろいろな努力はしておりますけれども、閉じ込められておるのでは自然にぼけざるを得ません。せめて自分の専門研究分野についての会などがあるときは、ぜひ十分の旅費と、それに出席できるための研修補助教員の配置をしていただきたいと思います。こういうことが書いてあります。また、旅費が少なくても、研修教員が補助されておるならば、どんな犠牲を払っても出席したいと思いますということさえ書いておるわけであります。この点について、限度政令を突如文部大臣が出されたときに私は、せめて僻地の先生にだけは各地方の実情に応じて教員を採用する自由を認めないと、中央できめたとおりの定員などではどうにもならない、だから僻地の学校の先生については、教育委員会の自主的判断において一、二名多く採用するということを認めて、国が二分の一の責任を持つことをしなければだめだとすっぱく言った。それを、われわれの意見また両党が相談したことを無視して発令しておる。したがってせめて僻地については妙味を発揮する処理をすべきである。そういう点に対しては愛知大臣は、この点については十分配慮すると答えておるが、そのときに、研修するための研修補助教員をせめて置けという要望を出しておる。それはなかなかできないので、夏休みにできるだけ講習会を開くからかんべんをしてほしいというような言い方になって、その後どうなっておるかわからない。だから夏休みに研修の機会をつくると同時に、その地方の教育委員会あるいは教育事務所でも、ある僻地の分校の先生が一週間くらいの研修会に出るときには、そこに派遣をして子供の授業を持ってやる研修補助教員を置くか、あるいは少なくとも学級数以上にして、ある先生が外に出ても子供を犠牲にする必要のないような定員を僻地については特別に配置しなければならぬと思うが、この点についての局長の意見と、それから大臣の御意見もお聞きしておきたいと思う。
○齋藤説明員 いまお話のように研究のための補助教員という考え方にぴたり当てはまるかどうかわかりませんが、私ども明年度の予算要求におきましては、小規模の学校すなわち単級でありますとか、あるいは四、五学年の複式というような教員の配当を変えたいという考え方で、項目としては単級四、五学年複式を解消する、あるいは解消ということでなくてそれに対する教員の人員を増すという考えになるか、その点はなお検討中でございますが、実質的に現在単級ないし四、五学年複式をやっております小規模の学校の人員配当を改めたいということで予算要求をいたしております。 それから旅費の点につきましては、全般的に国の措置といたしましては、ぜひ教員の旅費の単価の増額をはかるということの予算要求をいたしておる次第でございます。
○山中(吾)委員 実行してくださいよ。 それから、僻地の教員に対しては全国一律にしないで特別のワクで僻地教師の研修旅費というものを計上できませんか。それはどうです。
○齋藤説明員 実は明年度予算でそこまでのことは考えておりません。ただ全般的に国庫負担金の中で旅費の増額をはかるということで、そういうところのぐあいも緩和されるのではないかというふうに考えておる次第でございます。
○山中(吾)委員 それはできない。それは国の予算の中で特別な研修旅費をやらなければ絶対にできない。そんな便宜を地方でやらないのだ。だから、なまの声を聞いて文教の施策をお考えにならないとだめなんです。中央集権的なことばかり考えて、限度政令まで出して、代償的な政策を出さないといけませんよ。これは大臣、できないのですよ。そういう特別のワクを出してやらなければできない。 それから、同じ研修で、山の奥から出かけていくのはたいへんです。倍かかるのです。特別ワクで研修旅費を出していただくように配慮していただきたい。これは大臣の御答弁を聞いておきたいと思います。
○中村(梅)国務大臣 私どもも就任以来僻地の教育を充実いたしまして改善をしたいという意欲に燃えておるわけでございますが、山中委員から具体的に勉強になる指摘をいただきましてありがたく思っております。いまの点につきましては、大体私の心得ておるところでは、給与と同じように旅費等についても半額国庫負担しておるように思いますから、この旅費を、しからばどういうふうに僻地等の教師が研修等に出かける費用を積算するか、具体的にはむずかしい問題があると思います。私も青森県に参りまして僻地を歩いてみましたが、全く不便なところで、たとえば青森市で研修会等があって、そこまで出ていくとなったらたいへんなことであることは、現地を見ても私もそう思っております。したがって、その問題にせよ、先ほどお話のありました集会室やあるいは特別教室や——行ってみますと、図書を置くところがないから廊下などに置いておる。見ておっても、子供がそこを歩くのですから、散逸の危険性がありますし、そういうようなことも含めて、今後最善を尽くしてまいりたいと思います。ただいまの点は十分研究してみたいと思います。
○山中(吾)委員 次に修学旅行についてですが、なるべくダブらないように申し上げます。 こういうことを私に言っております。生活経験の狭い封鎖された社会に生活する子供たちには、外界に接する機会の必要性は、幾ら重視しても重視し過ぎることはございません。本年の例だが、中学三年生の東京方面の修学旅行に、十二人中どうしても数名は参加できなかった。いずれも経済的理由とか、病気がちの家庭でありますが、何とか全員参加できるように、全額公費負担にして実施できないでしょうかというのが一つです。 さらに小規模学校の修学旅行についてはある程度割引の恩典ができましたが、しかし僻地には貧困家庭が多く、割引の恩典だけでは実施できない状態でありますので、全額国庫補助あるいは鉄道割引をもっと高率にしてもらえないか。児童には入学当初より貯金を計画的に進めて六年までには旅行に行けるようにしているのであるが、結果は貯金だけで行けるまでになる児童は五〇%弱であります。これも一つの例です。それで先生方の意見を聞きますと、家庭の親ときょうだいにしか接触していない家庭であるから、見聞を広めるということが学力を向上せしめる前提条件であると書いております。学力の向上はどうしたらいいか。それは教育以前の条件が一番大きい問題である。学校に入るまでの幼児教育と、そして修学旅行を計画的に、東京とか大阪ではなしに、一年から毎年その周辺の見聞を広めるという行き方をさせてやるというふうにしなければ学力は向上しない。したがって僻地の修学旅行というのは、都市の中学生と違って教育的に必要欠くべからざる教育行事だと思うのです。それを国が一律に修学旅行についてある程度の補助を修学旅行困難な児童にしているだけなんだ。これも僻地教育に対して見違えるようなものにしたいという中村文部大臣からいえば処理すべき問題である。補助率を多く考えてやるという点について考慮願うことと、それから国鉄の学割りですね。たしか私の前の記憶では一定の生徒児童教でなければ団体割引がなかった。数名の分校もございますから、そういうものに当然割引を適用して、しかも多くしてやるというふうな措置を運輸省その他とも折衝していただくとか、そういうきめのこま かい配慮をすべきであると私は思うのです。いままでの事実については局長から、また、それについての大臣の御意見を聞きたい。
○齋藤説明員 順序が逆になりますけれども、最後の御質問のいわゆる団体割引の点につきましては、ことしから僻地の学校等におきまして三十人のところに引き下げたわけであります。 それからこの修学旅行費の要保護児童、準要保護児童の援助の率でございますけれども、僻地の学校につきましては、その適用率が普通の場合と違いますので、それぞれパーセントを上げて要求をいたしております。 それから前に申し上げましたとおり、これらの者に対する市町村の財政能力にかんがみまして財政力において差があるものはかさ上げという措置をとれるように要求しております。
○山中(吾)委員 三十名というのでは何にもならないのです。十名くらいのものはざらにある。その学校の先生と子供とに、その周辺の県庁の所在地とか、県内の文化施設のあるところとか、そういうところに計画的に僻地の場合は修学旅行というものは教育活動として認めてあげる。これは先生の感想を見ると、岩手の場合には、二日ほど僻地の者が盛岡市に来ただけでどれだけ学力が豊かになるかわからぬというほど効果があるわけです。海を見たことがない子供に海を見せるのですから、自分の僻地の環境だけから外に出したときの子供たちのいわゆる教育的な意味にプラスになるというのは非常なものである。その点三十名というのは、それこそ学校単位、分校単位に国鉄の割引をすべきであると思うのですが、これは大臣いかがですか。できないことはないと思うのです。修学旅行の割引、いま局長の説明では三十人以上のときだけ割引をする、学校単位なら十名だろうが十五名だろうが、それは当然修学旅行として出るのだから割引をさすということをしてやって、それは貧困な財政ですから、みなPTAがその負担をするので出せなくなってしまう。修学旅行というのは、私は都市は、生活が豊かであれば、家庭でやるべきような物見遊山的の修学旅行ならわざわざやらなくてもいい、僻地はやらせなければならぬ、性格が違うと思うのです。だから私は、無制限に人数に関係なく学校単位の修学旅行には割引をさせるという制度をとってもらいたい。いかがでしょうか。三十名以下はだめだという……。
○齋藤説明員 お話の点についてなおわれわれは折衝してみたいと思います。
○中村(梅)国務大臣 僻地の子供につきましては、給食もそうですし、それからそういう修学旅行の経費の補助というか支弁、こういう問題等もありますので、要保護世帯、準要保護世帯のいままで予算積算の基準というものを来年度からもっと引き上げて、要保護世帯の計算水準を引き上げていきたい、こういうことで来年度予算要求の検討をいたしました際にも織り込んでおる次第で、できるだけ努力をいたしまして、準要保護世帯の見方をふやしていけば、そういう因った児童生徒の旅行費等につきましても支給ができるようになりますから、さようにして実情に合うようにしてまいりたいと、かように思っております。
○山中(吾)委員 少し答弁がずれているわけですが、国鉄の割引を学校単位で修学旅行にやるように、こういうことですから、あと局長とよく相談をして御検討願いたいと思います。 それから住宅です。住宅については僻地の先生は教員一人一住宅をぜひお願いしたい、これは痛切なものです。政府は一世帯一住宅といういわゆる住宅政策を責任のある立場で政策を出しておられる。だからそういう立場からいっても、僻地において教員に住宅を完備してやるということは、これは当然お考えになってしかるべきである。たとえば一例を、これはなまの声を申し上げますから聞いてください。これはやはりある僻地の先生です。定員十三名の教員配置でありますが、本校には現在五世帯分の教員住宅しかございません。他の八名は民家の間借りで、その間借りさえ困難であり、校舎の一部を転用しております。下宿人を置くことのできない地域が僻地の実態でありますので、ぜひ——ぜひです。一人一住宅をほしい。反面、比較的便利のいいところに、住む人もなく公営住宅が放置されているということを聞くと、矛盾を感じ、憤りさえ感じます。一戸でも多く僻地に回してもらいたいという切実な声なんです。これは僻地に参りますと、農家で先生をとめるというようなところは非常に少なくなってしまっている。そして向こうに行って一番困るのは、住宅がないことで、その点について警察官というようなのはどこへ行っても完備している、国鉄員も行けば必ず住宅がある。僻地の教員は行っても住むところがなくて、八畳の間で先生が二人同居しているところがある。奥さんと子供三人が二部室の中でザコ寝をしているようなところがある。それが現実であります。そこでこの住宅については私は一般の住宅という政策から、僻地の教員数だけは住宅は完備してやるということはぜひ実現していただきたい。その一つの試案として御検討願いたいのは、指定校についての学校建築の補助対象は教室及び教員の住宅を含んで学校建築というイメージで折衝していただきたいと思うのです。教員住宅とそれから教室を含んで、これはもう学校建築と考えるべきだと思うのです。住宅というのは補助対象からはずれておるから、別の行き方をしておるが、僻地指定校に限って、私は教員数に応じた住宅と教室というものを一つにして建築補助にして、学校を建てるとき、同時に教員の住宅が建つ、こういう行き方にすべきである。天城さん、新しく管理局長になったら、そういうのをひとつ新規のビジョンとして出してやってもらいたいと思うのですが、これはいかがですか。
○天城説明員 教員住宅の問題でございますけれども、御指摘のように不足しているところがかなりございますが、現在僻地振興策の一つといたしまして、教員住宅の建設について別個に補助金を出しております。これは御存じのことと思いますが、大体今日までこの制度によりまして約五千戸ほど僻地学校の教員の住宅を建設してまいりました。これも僻地全体に関連しての問題でございますけれども、単価の問題ですとか、補助率の問題等ございますので、明年度は単価の増高と補助率のかさ上げということを含めて要求している次第でございます。 なお教員住宅に関しましては、御案内の公立共済の事業といたしまして、全般的な教員住宅の建設を進めておりますので、この面からも僻地の教員住宅の充実をはかっていきたい、と現在かように考えております。
○山中(吾)委員 私の答弁にはならないのです。学校建築の中に住宅を含んで当然六・三施設の補助の対象に組み入れるという行き方はとれないかどうかということを申し上げたのです。 そこでさらに、ただ建てておるだけで、たとえばそこが先生方の精神衛生上まことに遺憾な非常におんぼろの狭い建物を建てておるのです。たとえばこの先生は、建物がございますが、ふろもない、水道もない、訪問客が一人でもあれば床についた子供を起こさなければならぬので、安住の気分を持つことはまことに困難でございます。一定の施設設計の基準を示していただきたいと書いてある。そこで文部省のほうでは、僻地の教員住宅の補助の場合に、せめて先生がお客さんが来ると——分校の主任というのは村の人たちが相談にたくさん来るのだ、村長さんと同じように社会教育を兼ねてやっており、寝ておる子も起こさなければならないということでは、僻地教育振興策をいくら叫ばれてもそれは無理なことなのである。だから、私は、そういう僻地教員住宅の場合には、一定の少なくとも人間らしい、教育者らしく生活できる、いわゆる最低の基準を示してあげるべきだ、それに対して補助をすべきである。補助率を多くしてやらないと、今度は村長がきかない、PTAの負担を取るということになるので、そこで一つの方法として、いまのような学校建築の中に特別の僻地の場合のやり方はできないかと申して上げているのです。どうですか大臣、私の考え、ひとつ検討をしてもらいたいと思うのですが……。
○中村(梅)国務大臣 まことにごもっともなことと思います。教員住宅は僻地の学校をつくるということとほとんど一体的なもので、私ども僻地の教職員の住宅は極力整備してまいりたいという考え方でおりますが、いまの御指摘の点は考え方として非常にけっこうな考え方だと思います。しかしいままでやっていなかったことでございますから、大蔵省との関係もございますし、十分ひとつ研究をしていきたいと思います。
○山中(吾)委員 大蔵省の主計官も来られたから、主計官も聞いてもらわなければ、大蔵省がわからないのじゃ困る。僻地の教員住宅、これは補助制度ができておるのですけれども、僻地の現在の教員というのは、赴任をすると農家に頭を下げて仮り住まいを要求するのですが、このごろはだめになってしまっているのです。そこで僻地の教員には一教員一住宅というものを何としても実現すべきであるから、僻地の住宅については先生が全部入れるようにするという年次計画をお立て願うべきである。大臣、年次計画で僻地の先生だけは住宅を完備してやる、これは約束できますか。それから主計官、御意見があれば聞いておきたいと思います。
○中村(梅)国務大臣 一教員一住宅というのも実際に合うかどうかわかりませんが、精神としてはその方向で行くべきだと思います。ただ私も僻地を歩きましたが、最近僻地の教職員に若い単身赴任という人が非常に多いのです。というのは、僻地手当という特別の手当がある。それから僻地の特別昇給がある。こういう関係で、僻地に行ってみますと非常に若い張りのある先生が多いから、聞いてみましたら、実は特別手当をもらい、それから特別昇給で、同じ教員になっても同じ十年の間には仲間をうんと追い越していきたいという、心がけがいいといいますか、そういうような人が多く志願をしてやってきて、そして一定の年齢になって年とったら町のほうのいいところに行きたいというような希望で、若い独身のうちに赴任してきて、そこで特別給与をもらい、それから特別昇給をして、年限が二年つとめれば三年に計算される、こういうようなことになっているようです。また僻地度の何級という級によっても若干違うようですが、そういう関係で単身赴任の人が相当あるわけです。ですから、単身赴任の人はどこか部落へ下宿させていただくとかいうようなことでも間に合うでしょうから、少なくとも世帯を持った人だけは、校長なり分校主任を中心に何人かの先生はどうしても住宅が必要で、私が行った学校では校庭内につくってあるところもありました。できるだけそういうふうにすれば児童の教育上もいいのではないかと思うのです。秋田県境のほうの学校に行きましたら、そこはスポーツでは県下で非常に優秀だそうですか、聞いてみますと、そういう先生がおるものですから、先生もほかに遊びに行くところがないので、児童は授業が終わってから夕方日が暮れるまでほとんど学校の校庭で遊んでおる。その間スポーツを一緒にやる。冬になって雪が降るとスキーをやる。スキーも何か県下最優秀だとかいっておりましたが、そういうようなことがありますから、一律には申し上げかねますけれども、世帯を持った主任、校長はじめ何人かの者に対しては住宅がなければ困りますから、できるだけそういうものの充実はひとつ全力をあげて尽くしてまいりたい、こう思っております。
○山中(吾)委員 大臣はそれを見てこられたのでよくわかる。だから独身には独身寮をおつくり願うべきだ。これは交代をして——僻地に二十年、三十年おることは僻地教育のためにはならないのです。やはり数年で交代をしないと、僻地の環境の中に自分が没入してしまって、子供を教育するということには不適当になる。だから、ある意味では移るべきなんです。移るがゆえにまた住む器をつくっておかなければならないので、私は、一定の独身寮と、世帯を持った先生について、独身寮は合宿のようなアパートでいいわけですから、それを含んで全部を何とかしなければ、これは一番の住む家ですから、必要だと思うので、それはぜひ実現してもらいたい。主計官よろしゅうございますか。そういう思想についてあなた方が絶対反対というのはどういうことなんですか。
○小田村説明員 もとより理想としては……(山中(吾)委員「理想じゃない、現実問題だ。何が理想だ。」と呼ぶ。)現実問題といたしましては、一般の公務員の住宅対策というものとの関連において考えなければいけない問題ではないかというふうに思うわけです。それでは住宅難という実情は市街地のほうがきびしいのか僻地のほうがきびしいのかという問題になりますと、これは見方によりましていろいろの御議論のあるところではないか、かように思うわけであります。しからば市街地の公務員、一般の国家公務員、地方公務員を含めましてどういう住宅状況にあるかということにつきまして、私、残念ながら計数的なものを持っておりませんので、いまにわかにお答えするわけにいかないわけでございますが、必ずしも十分な状態であるとは申せないように考えております。その場合に、もちろん僻地の教育が重要であるということにかんがみまして、僻地教育につきましては従来から予算上毎年建設戸数をふやしてきておるわけでございます。したがってこの政策は今後も続けたいというふうに考えておりますけれども、いま先生がおっしゃいましたように、当面これを全部、教員一人につきまして一戸ずつというところまで踏み切れるかどうかということは、財政上の問題あるいは他の公務員住宅との関係もございますので、いま少し検討させていただきたい、かように思います。
○山中(吾)委員 理想ではない、切実な現実問題ですから、それは認識は取りかえてもらわなければ困る。都市との関係のこともひとつ主計官によく認識してもらわなければいかぬが、私は全教員と言っているのではない。僻地の指定校ですよ。そこに行く先生は都市に育った先生が行くわけです。その僻地の農家に参りますとふろがない。ふろがあると、どろの川水の鉄砲ぶろの中に入る。そして隣の部屋はふすま越しであるし、勉強はできない。だから専心教育に従事するのには、同じ公務員——教員も公務員ですから、公務員の中で切実な現実問題として、僻地指定校の教師にだけはどうしても一人一住宅、独身は独身寮でけっこうだから、つくってやるということは、これはあらゆるものを比較してまず先行してやるべき政策である。大都市の場合については、家賃が高いということが問題なんです。アパート代が高いということが問題なんです。だから、住宅手当を支給すれば文化的なものはたくさんある。僻地に行ったら、住宅手当を幾らやっても、建ててやらなければ、その教員の住むものがないのです。絶対的な政策だと思うのです。そこは少し認識を深めてもらわないと、いまの主計官のお答えでは、一般公務員という一つの概念だけで、僻地の教員に対する特殊性というものは——一度、予算を組む前に僻地を視察してもらいたいのですね。その点はいまの認識のままでは、地方の人々の切実ななまの要望とは非常に離れておる。私はそれは考え直してもらいたいと思います。結局、住宅がないために農家に行く。どんな掘っ立て小屋にでも入れといえば、それまでなんです。ところが教師というのは、免許状をもらって、大学を出て、そして子供と奥さんと別居しておる、子供を都市の学校に入れていくというふうなもので、東京へ住んでる公務員と同じようなものじゃないのですよ。そのことを考えてやらなければならぬ。警察官なんというのはどこに行ったってちゃんと住宅がみなついている、国鉄員も全部ついているじゃありませんか。しかも電灯のないところを含んでの僻地に行く公務員、教員に対して、同じようなお考えでは、とても日本の文教政策のきめのこまかいものはできないと思うのです。そういう感覚で文部省の予算を査定されるのでは困ると思うのですがね。考え直していただきたいと思います。どうですか。
○小田村説明員 もちろん先生がおっしゃいましたように、僻地教育の特殊性というものがございますので、特に僻地教員の宿舎を予算の中で別項を立てまして、他の一般の公務員住宅等とは取り扱いを異にして計上いたしまして、年々増加しておるわけでございます。ですから御趣旨はよく了解さしていただきたいと思いますけれども、ただこれを全部公費でつくる必要があるかどうかという点につきましては、いま少しく検討さしていただきたいと思うのでございます。
○山中(吾)委員 いまの後段の理由を教えてください。
○小田村説明員 たとえば僻地の人口の減少等によりまして、公費で建てなければ居住する住宅がないかどうか、あるいは僻地度によりまして僻地にも一級地から五級地までございますので、その間の状況の差異もあろうと思いますし、その辺の住宅事情につきましては、十分の資料を整えた上で検討いたしたい、かように思う次第でございます。
○山中(吾)委員 僻地の場合については、先生があるうちに下宿するというのは、旧家の、特別の特権的なうちに居そうろうになるわけです。そのことだけでも教育上困る点もあるわけです。実際に最近はどこにも先生などを喜んでとめるうちはなくなっているのです。だから結局住むところがないということだ。そこで独身のアパートでもいいからつくる。すなわち僻地の先生だけは住宅は完備してやらなければならぬということだけは認識してやっていただかなければならぬ。生徒数が減るとか、あとのいろいろの問題は、それはその次の現実の考え方ですがね。その点は都市と同じようにお考えになられては困るので、主計官は少しはわかったでしょうね。ぼくの言うことをおわかりですか。その点で、半分ぐらいでいいというようなお考えを持っているなら取り消してもらいたい。それは間違いないですね。
○小田村説明員 その僻地の住宅の重要性につきまして、ただいま申し上げましたように具体的な計数で、どの程度の戸数を建築することが妥当であるかということにつきましては、計数的なものをただいま把握しておりませんので、にわかにお答えできかねる次第でございます。したがいまして、全部がいいか半分がいいかということは、現在のところお答えできかねる次第であります。
○山中(吾)委員 全部僻地ですよ、全部がいいぐらいのことはわからないのですか。あなた、そんな僻地に行けと言ったら行きますか。辞表を出すのじゃないですか。そこを言っているのですよ。
○小田村説明員 ですから赴任先の住宅事情によって必要性が定まるわけでございます。
○山中(吾)委員 ごく限られた指定校ですよ。
○小田村説明員 僻地にもいろいろ差があると思います。
○山中(吾)委員 五級から一級までいろいろございます。しかし責めているわけでも何でもないのですから。認識を深めていただきたいと思っているのです。僻地の一級といいましても、住宅という点については同じなんです。お調べ願ったらわかる。住宅についてはどうにもならない。一級、五級という関係においても、住宅の困っている点においては変わりはないのです。あとでよく調べてください。バスがついてから少し便利になったとか、あるいは電灯がついたとか、郵便局ができたりとかいうことの場合に、住宅がそれなら少し余裕が出るかといったら絶対出ない。住宅については、一級も五級も同じなんです。その点はよく認識をしてもらいたいと思うのです。 そこで、主計官おいでになったので、先ほど私は文部大臣に要望しておったのですが、僻地の学校施設で、現在普通教室というものはあるが、理科実験室か音楽室か、いろいろの特別教室をひっくるめてでもいいから、一つの特別教室だけはなければどうにもならないという状況を訴えておったのです。理振法、産振法というものがあって、教材やあるいは図書ができても納める部屋がないので、校長室の隣に入れるしかない。そこに一つの特別教室があれば、そこにオルガンも置く、教材も置くということで、一応そういう運営がすぐできる。だから特別教室というものを必ず置くということを前提として六・三制の建築補助対象に考えてもらいたい。これが一つだったのです。 それから第二には、僻地の分校の先生というのは、大体分校のあるところは、二里、三里の間に食料品店がないのです。そこで一週間分くらいのものを町に行って買って、貯蔵して食っておるわけです。だから学校の備品というかっこうで冷蔵庫というふうなものを置いてやるというようなことが、また、その僻地に行く教師について一番の要望なわけです。そういうようなものを国の責任において視聴覚教育のテレビとか、ああいうものを含んで学校の設備、施設の補助対象の中に繰り入れるような考慮を払うべきだという意見を述べておいたのです。それは十分あなたのほうも検討して、具体的な条件の中で、文部省との話し合いの場合には理解のある態度をもって当たっていただきたい、これを切望しておきます。 それから次に僻地の幼児教育の問題についてでありますが、この点について、これは大臣にぜひお聞き願いたいのですが、僻地の学力の向上をどうしたらいいかということを聞くと、異口同音に、学力の向上については、教育以前の問題を解決しなければどうにもならない、これは体験者のすべての声なんです。それは小学校に来る以前の条件を整えなければだめだ。家族としか接していない子供、そういう子供で、小学校に入ってきたときには、一般の、普通の児童より一年ないし半年は知能的にも何かおくれておる。したがって、僻地の場合については、厚生省はある程度最近補助を出して、僻地保育所というものをやっておりますけれども、学校の付設として幼児教室を置いて満五歳あるいは四歳というものを収容して、そこで就学以前の教育をして、初めて僻地の学力の向上というのが可能である、これは異口同音なわけです。この点について、ぜひ御検討願いたいのは、文部省に幼稚園教育振興計画がある。このときも大体都市的な考えなんですよ。感覚は都市的である。僻地に対する幼児教育については御考慮になってないわけです。 それと関連をして申しますと、中村文部大臣はかぎっ子について非常に関心を深めて家庭児童懇談会とかいうものを考えられた。私は敬意を表します。共かせぎの留守宅に子供が帰ってくる。それについて人間形成からひずみが出るということはそのとおり、青少年の不良化問題もそのとおりであります。農山村にかぎっ子がおるというととをお忘れになっておるのではないか。農山村には、大体、現在の出かせぎの状況の中でおとうさんがいない、またおかあさんが全部野ら仕事を引き受けているのでうちにいないのです。これは僻地のかぎっ子なんです。しかも家庭に帰れば子供を農場に連れていく母親——いくしか方法がないから、そうでなければ放任なんです。したがってこれは学校が背負ってやるほか手がないのです。学校が背負ってやらなければいかぬ。そこで幼児教室を置いて、それで保母であろうが、養護教員であろうが、一名をそこにプラスして、そうして僻地教育の定員というものをそういう立場から考えながら、その村の環境の欠点をある意味で学校が背負う限りは、定員を増加して、ほんとうの意味の学力を向上せしめるという措置をとるべきである、これは全部どの先生も同じような要望を書いております。 一つ例を読んでみますと、ある先生はこういうふうに言っております。出かせぎ者が多く、農作業は主婦にゆだねられ、多忙のあまり入学前の幼児のしつけはおぼつかない状況であります。入学した一年は、一般のしつけに多くの時間をとられることは言うまでもない、そういった意味では一年生の学級査定はよくなってきているが、人数に関係なく一年生はあくまで単式化することをお願いしたい。都会地のかぎっ子の問題が取り上げられておりますけれども、僻地においてもそうしたケースがあることを見のがさないでしていただきたい。これはおそらく中村文部大臣が都市のかぎっ子を出したから僻地の先生がこう言っておると思うのです。さらに例として、野らの作業に出たおとな、当然家は留守であり、子供たちは学校から帰っても迎えてくれる人がいないのである。特に農繁期には夜おそく帰るので、子供たちは夕食をとらず床にすき腹をかかえ込んで寝てしまいます。野らから帰った親が起こして夕食をとらせようとするときは、子供らは熟睡の中にあり、起きようとしない、こういったことがごくあたりまえに零細農家では行なわれておるのである。そういう意味においてこの幼児教育というものをやらないで、文部省が一方的に学力テストを持ってこられても腹の立つだけだと言っておる。幼児教育というものはいろいろな前提条件があるのです。 そこで僻地の場合については、そういう意味においてできれば四才、五才を学校で引き受けてやるということで幼児教室を置いたらどうか、このまま家庭におる限りにおいては何のしつけも、人間の性格、基礎形成などもできない状況にあるということが現実なので、そういう方向から、都市の幼児教育計画と同時に、両極端の僻地の子供も考えるべきだと思うのですが、いかがですか。大臣はかぎっ子の意見を持っておられるから、農山村のかぎっ子のお話をお聞きしたい。
○中村(梅)国務大臣 幼児教育とかぎっ子の問題は違うと思うのですけれども、そのほうから先にお答えいたしますと、かぎっ子については、これを不良化防止という点から主として考えておりまして、都市とか漁村で夫が漁師で海に出てしまっておる。女が魚工場とか魚市場とかいうような漁村にあるそういう工場につとめてしまっておるというのがあると思うのです。農村の場合で考えますと、私も農村の育ちでございますが、小学校から帰ってきますと、もちろん農繁期の場合には昔のわれわれ農村でもじいさん、ばあさんまで一家あげて畑に行ってしまっておりまして、だれもおりません。したがって、どうしておるかといえば、母親やおじいさん、おばあさんが行っていそうな畑を探して、働いておる畑のまわりで何かいたずらをして遊んでおるというのが、私どもの育ってきた経験でございますから、母親が畑に行っていても、大体自分の家の畑は子供心にもいつとはなしにわかっているものですから、そういうことで、そう子供の不良化というものは起こってこないだろうというので、実はいま考えておりますのは、都市の場合あるいは漁村のようなところ、こういう青少年不良化のおそれのある地域に留守家庭児童会をつくるように来年からして、不良化を防いでいきたいというように実は考えておる次第でございます。 それから幼児教育については、私も実はまだなれませんでよくわかりませんが、これは間違っておったら事務当局から訂正をさせたいと思いますが、多分、聞いておるところでは人口五千人以上の町村に幼稚園をつくることを奨励しておるようです。しからば五千人未満の町村、いま御指摘のような僻地は一体どうなるのかというような問題がございますから、この点は今後幼児教育の全国的な普及をはかっていく上において一つの大きな問題点であると思いますから、十分ひとつ研究をしてまいりたいと思っております。
○山中(吾)委員 せっかく主計官がお見えになったので御意見を聞いておかなければいかぬと思うのですが、今度学校給食でいい政策が出たことについて先ほど敬意を表したのですが、それは村の財政能力に応じて補助率に八割から六割まで格差をつけられた。いままでの文部行政の補助はみな一律補助なんですね。貧乏な村も何も公民館施設からあるいは教員住宅その他の問題も、僻地というのはほんとうに貧困ですから、そうして客観的に財政力が明確になるわけですので、それに応じて十割から五割に至って段階をつくって補助政策をお立てになるというように、学校給食ではせっかくいい政策を出されたのですから、そういうビジョンが出たのですから、御検討願いたいと思うのですが、これはいかがでしょうか。
○小田村説明員 この問題は非常にむずかしい問題でございまして、今般の僻地学校の給食の問題につきましては、どういうふうにしたら僻地に給食が普及されるかという点に主眼を置いて特に差等補助率をつくったわけでございます。産炭地につきましても、同様の措置をとりたいと考えておるわけでございますが、差等補助率を全般的な問題として適用するということになりますと、(山中(吾)委員「僻地だけですよ」と呼ぶ)もし僻地に全面的に適用するということであれば、ほかの一般の市町村についてもそういう考え方をある程度取り入れていく必要があるのではないだろうか。給食の問題が特に僻地で深刻であるという問題から、この差等補助率をつくったわけでございますのでこれをほかの、たとえば公立分校等に適用するということになりますれば、公立分校について富裕団体に対する別途の考え方ということも必要になってまいるように思いますし、まだそこまで考えるのはどうかという感じがしておる次第であります。
○山中(吾)委員 突然の質問ですから、主計官としては用心に用心して、——いまの答弁は最大限だと思うのでそれ以上は要望しませんが、検討していただきたいと思う。それは僻地の場合はそうしないと施設が絶対できないという現実があるわけです。 次に、まだうんとあるのですが、これはまたあとで、文部大臣にきょう一ぺんに聞いても無理だから、もう少し予備知識を持ってから聞きたいと思うのですが、この間きめられた特別昇級ということについて、ぼく個人としてはいろいろ疑問があるのですが、それなら僻地手当だって倍額したらどうかという感じもあるのですけれども、教員の数の三分の一を一号上げるという一つの予算算出の基礎のために、各県において自主的にいろいろときめておるわけです。岩手県の場合には僻地一級地は五年以上、二級地は四年以上、三級地は三年以上勤務しておる者に一号昇級、こういう上げ方をしておるわけです。ところが、この以前に十年も僻地で勤務しておる先生がある。これに対しては非常に不合理なものが出ている。いま暫定一級地におるけれども、暫定一級地そのものが適用になっていないそうですね。ところが、それ以前に五級地に数年もおったという先生をどうするかということが一つあるのですが、これは事務当局でお考えになっておるのでしょうか。捨てておくわけにいかぬだろうと思う。僻地手当の倍額とかいうならわかるのです。一号増俸というのは属人的特典です。地域的なものじゃないんですね。人に属している。退職金から全部加算になるでしょう。ところが十年も、ことに戦後の遅配欠配で食うや食わずでぼろぼろの着物を着ているときに、無理に赴任してもらって、努力した、そういう人に何の恩典も入らない、これはまことに悪い行政だと私は思うんです。これは、全県的にお調べになればわかるが、人数は非常に少ない。そういう戦後の遅配欠配のときに僻地に挺進した人に対しても同じように一号というものを考えなければ、これほど不合理なものはないと私は思うのです。それについて当局はお考えになっているのか。それから主計官も私の話でなるほどとお思いになると思うので、その点は、人数は非常に少ないはずですけれども、ひとつ具体的に御検討願わなければならぬ。これは退職金から年金、みな変わってしまうんですね。しかも十年も僻地で挺身した人はいまいないからといって、はずれてしまっておる。そこに非常に問題がある。僻地手当の増額で、地域給で、外へ出たら少なくなるのでないものなんですから、この一号増俸というのは、その人に属した特権になっておりますからね。 それから、それと関連をして、いま暫定僻地という地域に住んでおる者、これは来年、延長していただくべきものだと思うのです。暫定一級というふうなものについて、少しバスができたからだめだとか、電話がついたからだめだ。郵便局が来ると電話がつく。ところが一方に学校では電話がないと不便でしょうがない。それで電話がついたら指定がなくなってしまうという、そんな矛盾をした基準がたくさんあるわけです。そういうことを含んで同時にこの問題を検討すべきだと思うので、この点ひとつ当局から御意見を聞いておきたいと思います。
○齋藤説明員 前段の特別昇給の問題でございますが、特別昇給の制度と申しますのは、これは任命権者において勤務の成績等を勘案してきめることでございまして、たてまえから申せば文部省が特にどうこうということではないのであります。ただ、僻地教員の優遇、ひいては僻地教育の振興という観点から、本年度におきまして特にその部分は昇給の実際に実施されるのが厚くなるようにということで、三年に一回の昇給ができるようにという指導も行なわれ、また明年度におきましては、私どもとしてはそれに必要な昇給原資というものにつきまして要求をいたしておるのでございますが、ただいま御指摘にありましたように、過去の勤務年数にさかのぼってその分をただちに昇給によってカバーをするということは、これはたてまえとして困難なことであろうと思うのであります。これはむしろそれぞれの任命権者の人事行政といたしまして、ふぐあいな点は特別昇給をどういうふうにやってカバーしていくかという判断において、事実上の格差というものがございますればそれを是正していくというたてまえの問題だと思うのでございます。 それから第二の暫定一級の問題でございますが、これは御承知のように、三十七年のときに、一級地の学校に近い条件のものであって、直ちに僻地の改良を行なうことが均衡上いろいろ問題があるということで七年間暫定的に一級地と同じように扱うというような形になって現在まできておるのでございますが、これを、一面において交通条件等の改善に伴って条件が改善されているものもございましょうし、また比較的一級地に近いような状況をもっておるもの等ございますので、これを実はいま御質問をされることで直ちにお答えすることは非常に困難でございますが、たてまえとしては、当初三十七年にきめたときからすでに暫定的として期限をつけて処理しているものでございますので、これをさらに延長するということ等は、他の公務員の官署指定との均衡等もあり、いろいろ困難な問題もございますが、私の気持を率直に申し上げますれば、何とかして僻地教育の振興ということをいっている時期でございますので、なるべくそういう政策をとる時点において、実態として僻地に近いようなことがありますならば、そういうような制度の期限がきていることでございまするけれども、これが僻地教育の振興に及ぼす影響等も考えまして、何とかうまい方法がなかろうかというのが実は私の内心の気持ちでございますので、いまこの点につきまして詰めて、それではそれは存置するとか、いま直ちに切るとかいうことの御答弁をすることは非常に困難な問題でございますので、もう少し私自身検討さしていただきたいと思います。
○山中(吾)委員 大臣、いま切実なる局長の悩みを含んだ答弁があったのですが、暫定一級というのをいま解消するということが私はまことに不適当だと思うのは、バスができたからといいますけれども、バスができたからといって教員の住宅難がなくなっていくものでもないし、その周辺に店舗ができたわけでもないので、やはり一週間分の食料を買いに行くという現実も同じなんです。バスができたからといってバス代がまたたいへんなんですね。だからそこに行く教師の立場からいうと少しも変わらないわけです。同時にいま地域格差が経済成長政策の影響を受けてかなりふえておるものですから、教員の配置という行政からいえば、やはり困難なことは同じなんです。そこでぼくはへき地教育振興法全体を再検討されて、僻地基準に非合理性があるから、その検討を終わるまでは暫定一級は置くべきである。その点に方針を持ってもらいたい。全体の僻地基準を全面的に再検討を終わるまではそのまま持続するという思想は当然であると思うのです。矛盾がございますから、そういう点、ぜひ置いてもらいたい。 それから主計官も聞いておいてもらわなければならぬのですが、あまり大蔵省的合理主義ばかりをお考えにならないで頼みます。実際の教育行政が成り立たないということです。それからもう一つは、一号昇給というのは困難なんだと言ったけれども、一生つきまとう特典なんですよ、その人の退職金から年金まで。そうでしょう。一号昇給して大都市に行っても、その同級生とかよりも高いのですね。ずっとつきまとっていくのです。そういう制度です。だから個人としては疑問を持っておったのです。しかしそれを踏み切ったからには、終戦直後に十年僻地でやった者には考えてやらなければならぬ。そんな行政なんてどこにもないですよ。それは主計官も同じ気持ちになって、お考えにならないと、これは教育界に不満とか不平とか暗いものを残すだけなんです。この二つについて合理的にお考えになるべきだと思うのです。これは大臣に、いまの属人的に特典を与えた級号の問題は戦後僻地に行った者を考えるということと、それから暫定一級を存続するということ、それからもう一つ、前にまだ明確にお答え願っていないんだが、国鉄割引などは各学校単位で団体で旅行する場合には、人数に関係なく割引をしてやるということは努力をするぐらいは当面当然なさるべきだと思うのですが、御答弁願いたいと思います。
○齋藤説明員 補足して。最後の修学旅行の問題については、だんだん話があれしているようでございますので、私があるいは正確にまだ聞いておらない面がございますので、御希望の点が大体実質上解決されているのか、解決されていないとすれば、私としてもなお努力いたしますので、御了承願いたいと思います。
○山中(吾)委員 大臣の答弁と考えていいですね。——いまのあとの二つはどうです。
○中村(梅)国務大臣 ひとつ慎重に研究さしていただきます。
○山中(吾)委員 まだ次に聞きますよ。 そこで最後に、私これで終わりますが、こういうなまの教師というものはとにかくあらゆる犠牲を払って、そして自分の身銭を切ってオートバイを買ったりして、全村教育の立場であらゆる努力をしておるわけです。こういう中で、中村文部大臣が教師に対する態度をお考えにならなければならぬ。新聞を見ますと、はなやかなことばかり載っておりまして、日教組と会うのは倫理綱領がどうだと言っておりますが、それは非生産的な論理だと思うのです。そうでなくて、現実の教師のいまの現場における姿を見たときに、そんな不毛の論議はおやめになって、そしてお会いになってしかるべきだ。そこでけんかするならされたらいいんじゃないですか。そういう門に入らずに、入り口でいろいろと不毛の論議をされておると、私らこういう切実な教師の声を聞くときは、まことに遺憾千万に思うのです。この人たちはその組織の中におる人なんです。だからひとつそういう姿の中で、日本の教育というものがもっとしみじみとした行政になるようにお考え願いたいと思うので、私はいろいろのことを言っておりますけれども、現在の憲法と教育基本法というものの中で、忠実に日本の正しい意味の教育を進めていこうというのが、私は組織のほんとうの心だと思っておるのです。いろいろのことを言っても。だから大臣もその気になってもらったら、一致するんだと思うのです。ところが現在の憲法に対して腹の中で反対だとかこういうものはというお考えからは——他の閣僚は別です。これは現行法のよりどころですから、そういう中で御検討願って、信頼をされる文部大臣としてひとつ後世に残るような文部大臣になってもらいたいと思うので、きょうはなまの声を申し上げたのです。これは国会の中でいろいろとさらに具体的に御質問申し上げたり御意見を聞いたりして、よりよいものに持っていきたいと思うので申し上げておるのですから、ひとつ申し上げたことについては大臣も局長も言いっぱなしでなくて、実際に検討していただきたいと思うのです。質問を終わります。
○上村委員長代理 本日はこれにて散会いたします。 午後零時二十六分散会