文教委員会 第9号
- 発言数
- 51 件
- 登壇者
- 6 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1965/03/23
会議録
○理事(吉江勝保君) ただいまより文教委員会を開会いたします。 著作権法の一部を改正する法律案を議題といたします。 前回に引き続き、これより質疑に入ります。質疑のおありの方は、順次御発言を願います。 なお、政府側より押谷文部政務次官、西田官房長、蒲生社会教育局長、安達社会教育局審議官が出席でございます。
○小林武君 第二小委員会の中で、「とくに、図案等応用美術の保護と意匠法との調整に関し、なお問題を残している。」、この意匠法との関係において問題になっている点を御説明いただきたいと思います。
○説明員(安達健二君) 現行著作権法の第一条で保護すべき著作物の内容等を掲示してございまして、その中に、「文書演述図画建築彫刻模型写真演奏歌唱共ノ他文芸学術若ハ美術ノ範囲ニ属スル著作物」という列記がございます。で、応用美術の作品がこの著作権法との関係でどうなるかということでございますが、現行法の著作権法の解釈につきましては、この点について必ずしもはっきりした解釈が確立されているとは言えない。従来、政府側からの考え方といたしましては、むしろ応用美術の著作物は意匠法等の工業所有権上の保護を受けるというような考え方が強いようでございます。いま御指摘になりました意匠法との関係から申しますと、たとえば図案、染織図案のごときものが問題になるわけでございますが、これらの点につきましては、意匠法によりまして、登録をして、それによってそれを物品に応用する権利が与えられることになっておるわけでございますが、これに対して著作権というような保護もあり得るかどうかということが問題になるわけでございます。この点につきましては、従来はむしろ消極的に解されておるわけでございまして、こういうものはむしろ意匠法によって保護する、こういうような考え方でございました。ところが本来、物品に応用することを目的としてつくられた図案でなくて、本来、絵画としてつくられたものが、たとえばどんちょうとか、そういうようなものになるわけでありますが、そういうようなものについても同時に著作権も働くのではないか、現実におきましては、そういうものについては著作権も働くという考え方があるわけでございまして、現実の適用についてもそうなっておるわけでございます。ところが、純粋絵画というものと、それから物品にもっぱら応用することを目的とせられた染織図案のごとき図案というものとの間に、どのような差異があるかということになりますると、必ずしもそれをはっきりと区別し得ないような面もあるのではないか、それから物品に応用する前の段階におきましては、これは一種の絵画、図画ではないかということになりますると、それ自体を著作権法で保護する必要があるのではないか、こういうような点で、現行法上、解釈、運用につきましても必ずしもすっきりしていないということがあるのでございます。一方、その応用美術、特に染織図案その他の図案創作者の立場からは、ぜひ図案等については著作権法で保護してもらいたい、こういう要望が出ておるわけでございます。ところが、その著作権の保護と意匠法の保護とでは、その考え方におきましても、あるいは保護する期間等についても差があるわけでございまして、著作権であれば著作をしたことによって著作権が生ずるということになりますが、意匠権でございますると、それを意匠法の規定に従って登録するということによって権利が生ずる、こういうような関係がございます。また、保護期間につきましても差があるわけでございます。現実に一般の工業界におきまして、現在、意匠法によるところの秩序ができておるわけでございまして、したがって、著作権法上の保護を与えるということと同時に、それが意匠法との間で衝突をする、そういうようなことがないようにする必要があるだろう、こういうことで、考え方といたしましては、図案等につきましても、これを著作権法の中で保護の対象にする、しかしながら、意匠法によるところの保護もあるわけでございますから、したがいまして、図案については、たとえば図案を物品に、最初に意匠として応用実施するについては、図案の著作権者の承諾を要する、ただし、一たん意匠になった以後においてはその保護については意匠法にゆだねる、こういうような考え方もあるわけでございまして、その辺につきまして、各国ともいろいろな方法がございますので、その点につきまして、通産省とも十分現在協議をいたしておる、こういうことであります。
○小林武君 初めに、応用美術というものはどういう範囲のものを指しておりますか。
○説明員(安達健二君) 応用美術の著作物といたしましては、おおむね四つほどの種類に分けられると思うのでございまして、美術工芸品、装身具等実用品自体である美術的著作物、そういうようなものがございます。それから家具に施された彫刻等実用品と結合された美術的著作物、たとえばブックエンドに施された彫刻とか、そういうようなものもあるわけでございます。そういうような家具等に施されました実用品と結合された美術的著作物というのがございます。三番目には、量産される文鎮などがございますが、そういう実用品のひな型として用いられることを目的としました美術的著作物、それから染織図案等、実用品の模様として応用されることを目的とするところの美術的著作物、こういうような四つの種類があるのではないかと思います。
○小林武君 この両方の、意匠法によるか、あるいは著作権法の保護を受けるかということについて、これはそれぞれの立場があると思うのですよ。大体、私は大ざっぱに考えれば、図案とか、あるいはその他応用美術の範囲内に入るもののいわゆる作家というか、そういう人たちは著作権の保護を希望する、それから、たとえばそれを家具であるとか、あるいは染織の場合にはその布であるとか、その他いろいろな美術工芸品にしても、そういうものをつくるというか、そういうほうの側の方は、大体、意匠法によってやってもらいたい、こういうことの対立じゃないかと思うのですが、それに間違いありませんか。
○説明員(安達健二君) 大体の傾向としてはそうでございますけれども、たとえば使用側の立場にある方でも、自分のところで図案家を雇ってつくっておるというようなところもございまして、そこで必ずしも使用者と言われる、おあげになりました方々がすべて純粋の使用者の立場であるとも言えないような状況もございまして、両方の考え方があるわけでございますが、審議会といたしましては両方の立場が重んぜられて、一方におきましては著作物の保護をして著作者の立場を守ると同時に、その意匠法によって築かれているところの秩序というものは十分尊重してまいりたい、こういう考え方でございます。
○小林武君 この意匠法の秩序といいますが、これは、結局、応用美術の作家の側ではなくて、それをむしろ使用する側の立場ですわね。いわゆるこれに著作権というものをやられた場合に非常に利益の問題が出てくると思うんです。で、この点の調整というものは、ある程度なければならないということは私も考えるんです。ただ、どの程度著作権のほうを重視するかということは、これは今後法律をつくる上において非常に大事な点だと思うんです。私の聞いた話では、あるデパートで何かフランスの何とかいう人に包み紙の意匠を依頼した、それが数千万円とかというのですな。私は、やはりそういう非常な図案、意匠の点について高価なものを日本が外国の人間に頼んでやるというようなことは、これは、一がいにそれは日本にそういう有力な作家がいないとかというようなことばかりではなくて、デパートの宣伝だとか、あるいは有名な何々ということに興味を持つ人たちの意をある程度迎えるためにやる営業政策だとも考えるわけです。私はある程度著作権というものを重視して、そういういわゆる応用美術というようなものが単なる職人で、そして、きわめてその人の芸術なり技術なりというものが買いたたかれたような状況の中では、ほんとうにりっぱな応用美術というものは生まれてこないような気がするのです。いまのところ、私が考えれば、応用美術の面では案外著作権の保護というようなことが軽視されているのではないかというようなことを私は考えるわけです。ですから、むしろ日本の中にもそういうような優秀なそういうものの作家というものが生まれるような著作権による保護のしかたというものをかなり考える必要があるのではないか。しかし、これもやはりある程度の限界もありましょうし、また、意匠法に関係して通産省あたりではなかなかこの点でやかましく言っているという話も聞いているわけです、著作権法とのかかわり合いにおいて。 〔理事吉江勝保君退席、理事二木謙吾君着席〕 こういう点は、やはりこれを所管するところの文部省としては十分なはっきりした態度をお持ちになったほうがよろしい。なお、委員会等でも十分討論されて、そして新しい著作権法をつくるというような立場でやはりこの問題の結論を出してもらいたいと思うのです。 それから、お尋ねいたしますが、第三小委員会、第四小委員会、第五小委員会というのは、これは、言うなればいわゆる隣接権というものの内容に入るものではありませんか。
○説明員(安達健二君) ただいまお話に出ました第三小委員会は音楽の著作物についての問題でございますので、これはいわゆる隣接権とは違うわけでございます。それから、第四小委員会は映画の著作物に関する調査をいたしております。それから、第五小委員会がいま御指摘にございました実演家、レコード製作者、放送事業者の権利、いわゆる隣接権に関する事項を所管いたしておるわけでございます。
○小林武君 この場合の実演家というのはどういうふうにお考えになりますか。たとえば映画の俳優というようなものは実演家のうちに入らないのでしょうか。
○説明員(安達健二君) この実演家の範囲でございますが、実演家につきましては、昭和三十六年にローマにおいて成立いたしました実演家、レコード製作者及び放送事業者の保護に関する条約というものがございますが、それにはまだ日本はもちろん加入しておりませんけれども、その条約で実演家の範囲といたしまして、「俳優、歌手、演奏家及び舞踊家並びにその他の文学的又は美術的著作物を上演し、歌唱し、口演し、朗誦し、若しくは演じ、又はその他の方法で実演する者をいう。」という定義がございまするので、したがいまして、いわゆる映画俳優も一応この条約上は入るわけでございます。ところが、映画に出演するところの俳優につきましては、いわゆる実演家の範囲には入りまするけれども、この条約上の保護は少し違っておるわけでございます。と申しますのは、映画につきましては、映画の著作者等の問題とからみまして、また、特殊な著作物として映画ができておりますので、この点につきましては、映画として考えるという面のほうが強く出ておるわけでございます。したがいまして、映画の俳優の問題は第四の小委員会で、その他のいわゆる一般の実演家等につきましては、隣接権の第五小委員会のほうで扱うと、こういう区別になっておるわけでございます。小林武君 そういうふうに便宜的に分けられるという点については、これは別に異議を差しはさむ必要もないことです。そういうことはあってけっこうなのですが、ただ、これから著作権の問題を皆さんが委員会等で討論をされていく場合、日本の著作権法の中の実演家の中には俳優を含まないのかどうかということになりますと、映画俳優は含まないというようなことの、そういう断定を下してやっていくつもりですか。
○説明員(安達健二君) これは映画の俳優に、どういうような著作権法上ないし隣接権上の地位を与えるかという問題でございまして、隣接権条約では、一応、俳優は実演衣の定義に入れておりまするが、保健を受ける内容が違うというようになっているわけでございます。したがいまして、この映画俳優につきましては、実演家の面で保護するというようなことにするか、あるいは映画の実演家という立場において、いわゆる一般の実演家と同じような、あるいはそれに近いような保護を与えるかということは、これは立法の便宜上の問題でございまして、要は映画の俳優にどのような保護を与えるかという問題と考えられると思うのでございます。したがいまして、実演家という中に入れるという方法もございましょうし、それと別に映画俳優というような意味での保護を与えるという方法もございましょうし、あるいは実演家の中に入れて例外事項を書くという方法もあろうと思います。それは立法技術の問題でございます。
○小林武君 立法技術の問題だとあなたは言われましたけれども、そうすると、あなたの見解は、いまの著作権制度審議会の立場としては、ローマ条約の精神に沿って、その内容に従ってやろうというのか、あるいは日本はそれには多少の違ったやり方、方法にしようというのか、この点、明らかでないのですけれども、ぼくのわからないのは、どうして一体、演技、演奏といった場合に、隣接権の中に入る実演家というような者、その中に映画俳優を抜かすかということがはっきりわからない。それから第三小委員の中にある「音楽」というのは、この場合はただ音楽というのはレコードの二次使用における問題だけを言っているわけでもないように、範囲について問題を残していると書いてあるが、そのことだけでもないようなんだが、音楽という場合には一体何をやるのかはっきりしないものですから……。それでは、まず、俳優をどうしてこの際実演家の中から抜き出してやらなければならなかったか。それは単なる審議の便宜上の問題で、将来、隣接権の問題として取り扱われることには変わりないということなのかどうか、それが一つですね。同時に、この第三小委員会の音楽というものの中には、一体どういうことが議論されているのか。影像とか、そういうことがこの中には問題にされないのかどうか。その点をひとつ説明してください。
○説明員(安達健二君) まず、映画の俳優が隣接権のいわゆる条約上どういうようになっておりますかということだけちょっと簡単に説明さしていただきますと、映画の俳優も隣接権条約上は実演家という中に入るわけでございますが、ただ、その保護につきまして、第十九条というのがございまして、「実演家がいったんその実演を影像の又は影像及び音の固定物に含めることに同意したときは、第七条の規定は適用しない。」ということで、一ぺん映画に出るということを同意した場合には、一般の実演芸術家に与えられる保護は、一応保護に関する規定は適用されないということになっておるわけでございまして、これは隣接権条約上の問題でございます。で、わが国といたしまして、この隣接権条約に入るかどうかという問題は、現在加入している国がイギリス、スウェーデン、チェコスロバキア、メキシコ等で、まだごく少数の国でございます。したがいまして、日本が直ちにこれに加入するかどうかにつきましては、なお慎重に考慮を要する点でございます。したがいまして、いま御指摘になりましたように、むしろ日本といたしましては、日本の制度としてどういうものがいいかということを中心に考えなければならないわけであります。ただその場合に、隣接権条約というものが長年、世界の専門家が集まって協議して到達した結論でございますので、これを一つのまあ国際的な基準と申しますか、めどとして、これを参考にしつつ審議を進めるという方針になっておるわけでございます。 ところで、第二点といたしまして、映画の俳優についてどのような立場をとるかということになりますると、一つは映画の著作者というものをどう考えるかという非常にむずかしい問題が一つあるわけでございます。で、これにつきましては、一つの説は、映画の著作権は映画の製作者、製作会社が持つというやり方がございます。これはまあイギリスとかアメリカとか、英米法の系統でございます。これに対しまして、そうではなくて、映画をつくりますのは、たとえば監督とか、シナリオライターとか、その映画の著作物をつくるについて創作的に寄与した者に与えられる、こういうような考え方、ただし、経済的利用権は製作会社にまかす、こういうような考え方が一つあるわけでございます。大きく分けますと、その二つあるわけであります。その場合に、映画の俳優がその映画の著作者であるかどうかという点が問題でございますが、現在、世界の大勢といたしましては、俳優は映画の著作者には入れてないというのが大体の大勢でございます。その場合に、それでは映画の俳優にはどういうような保護を与えるべきであろうかということが次の問題でございます。その場合に、これは隣接権法上のいわゆる実演家に近いような保護を与えたいという感じがあるわけでございます。しかしながら、隣接権条約では、先ほど申し上げましたように、映画に出るときの出演契約については、これはもちろん本人の同窓がなきゃならぬということだけしか隣接権上は確保されていないわけでございます。そこで、それを進めて、さらに何かつけ加えるものはないであろうかというようなことが、むしろ現在問題にいたしておるところでざいます。したがいまして、いわゆる実演家という範疇に入る、そして、映画という面から見て、映画の実演家としての俳優にどういうような権利を与えることが、日本の国として、また、国際的基準に照らして適当であるかということを目下審議をいたしておる次第でございます。
○小林武君 そうすると、いわゆる第五小委員会の隣接権の問題に対する実演家の中には、映画俳優に関しては、いろいろなことも述べられたけれども、いまの立場としては、近いということだけで、まだ入らないという見解で大体おられたわけですね。この点そうですか。それから、その場合、監督というのはどういうことになりますか。
○説明員(安達健二君) 映画の内容につきましては、俳優として映画の著作物についてどういう地位を与えるかということは、いま御指摘のような点でございますけれども、しかし、基本的な考え方は、やはり実演家という立場でございます。ただ、一般の実演家とは違うけれども、実演象という立場での、隣接権法上の実演家と同じにするか、もう少し違った形にするかは問題でございますけれども、その実際のいわゆる考え方、基本としては、やはり実演家という考え方に立つわけでございますが、しかし、いわゆる一般の歌手とか、そういうものと同じものであるかどうかとなると、映画という著作物の立場から、少し違った考慮も必要ではないかと申し上げているわけであります。それからもう一つ、監督でございますけれども、監督につきましては、やはり映画の全過程につきまして、監督の描いたイメージに従って映画をつくり上げていくというような意味におきまして、映画の著作者の一人であろうという考え方が強いようでございます。監督だけが著作者というのではなくてかりに、先生が先ほど説が二つあると申されましたけれども、製作会社説でなしに、これに実際に寄与した者の著作物である、共同著作者説でございますが、その場合には、監督のほかに、たとえばシナリオライターとか、あるいはプロデューサーとか、そういうような者があり得るわけでございますが、その映画の著作者の一人ではあろうというのが現在の考え方になっておるわけでございます。
○小林武君 どうも私の考え方は常識的な議論なんですが、実演家の中に入るようなんだけれども、だんだん入るような御説明をしているわね。最後になると、隣接権のそれとは多少違いますというようなものの言い方をするのだけれども、私の言っているのは、隣接権の問題としての実演家を言っているのでね。それじゃはっきりはずれるのかどうかということを明らかにしてもらわないと、これはもう世の中で言う実演、実演なんというのではなしに、ここでは隣接権という立場から言っているのですよ。その実演、その隣接権の問題から実演家のうちに入るのか入らないのかと、こう言っている。ただ、あなたの表現だというと、いままで、そうではなくて近いという、こういうふうにあなたは言っているのだが、そういうふうに理解してよろしいかどうか。
○説明員(安達健二君) 隣接権条約上、実演家として最低限保障されておりまするところの権利は、同意なくてしその実演を影像固定する、たとえばテープにとるなり、レコードにするなり、あるいはフィルムにおさめるなり、固定するものについて、同意がなくしてはそういう固定はできない。これは最低要件でございます。あらゆる実演家につきましての最低要件でございます。それに対して、さらに一般の実演家につきましては、その以外に、実演家の同意を得ないで実演を放送したり、または公衆へ伝達するということを実演家が阻止することができる、こういうような内容のものが一般の実演家に入っておるわけであります。ところが、それに対してはこの条約上は、そのいったん影像または影像及び音の固定物に含めることに同意したときには第七条の規定は適用しない、だから映画俳優については、固定することについての同意権というものはあるけれども、それを同意を得ないで実演を放送し、公衆へ伝達することについての権利は映画俳優にはないんだということが現存の隣接権条約上にきめられておるわけであります。そこで、この隣接権条約上定められた俳優の最低限の権利は、これは実演家として当然含められるということが一つあるわけであります。しかし、それはあたりまえのことじゃないかというお説があろうかと思いまして、それではその上にどのような権利内容を俳優自体に与えるべきか、たとえば映画が著しく棄損された、そういう場合には著作者でないわけですから文句言えない。しかしながら、俳優として何かそれに対して異義を述べるようなことはできないであろうかというようなことなどが一つの問題になり得るわけであります。そういうようなことを、映画俳優について一般の実演家とは別にそういうものをつけ加えるということも考えられるわけでございまして、そういう点でいわゆる歌手その他の実演家と俳優とは、最低限の線は同じでございますけれども、権利内容が異なってくるであろうということを私は申し上げておるわけであります。実演家の立場でと申し上げておりますことは、いわゆる俳優が著作者という立場でなしに、いわゆる著作物を実演するという立場においてものを考えるという面において、実演家の範疇でものを考えるということを申し上げたのです。
○小林武君 ちょっと納得がつきかねているんですが、ローマ条約の中で、映画俳優が実演家としてどういうふうに扱われているかということについては、あなたのおっしゃることがローマ条約の正しい解釈であるならばそれを認めてもよろしいのですが、ローマ条約もさることながら、日本の著作権法をつくるという場合に、映画俳優というものが、いわゆる実演家として一体そういう差別をつけられなければならない理由というものがなかなか見出せない。私は見出せない。だから、ローマ条約をうのみにしますという態度ならばこれはまた別なんですよ。ローマ条約そのままを、ひとつあれを内容的に、この隣接権の問題では日本において取り上げるといえば、それはまた別ですけれども、日本の場合必ずしもそうでないかもしれませんししますからお尋ねするのですが、どうして映画俳優を、たとえば第四小委員会で一体区別をしたのか理由がちょっとわからない。なお、この点については、映画製作者との関係で問題を残しているわけですね。これは当然だと思うんですよ。映画俳優の言い方を聞きますというと、映画俳優の側からいうと言い分がずいぶんある、黙って聞いているというと。許諾権の問題もあれば報酬権の問題もあれば人格権の要求もあるわけです、これは。これがしかし妥当であるかどうかとか、そういう立法をして一体日本の場合においていいかどうかということは別にいたしましても、そういう言い分があるということだけは、私は映画俳優の全部から開いたわけじゃないけれども、きわめて限られた少数の人たちの意見を開いているとそう聞こえる。この点については歌手とか、あるいは演奏家とか、それからその他の俳優ですね、一体どう区別したらいいのか私はわからないのですよ。区別する理由があまりない。映画と芝居と、こういったところで、何か様式が非常に変わっているようですけれども、しかし、内容においてどうなるかということになると、これはなかなか区別できないように思うのですが、そういう点はどうかということを大体聞いているんです。
○説明員(安達健二君) たとえば歌舞伎の俳優が劇をやっておる場合に、その場合にそれを放送するとかというような場合においては、実演家、すなわち俳優の同意を得なければならない、それから、その実演をフィルムにとるというようなことについて俳優の同意を得なければならない。それから俳優が、俳優といいますか、歌舞伎俳優が同意した目的以外にこの実演の固定物、たとえばフィルムならフィルムを利用することによって、複製することについては、その実演家がそれを阻止することができるようなことを、いわゆる実演家の権利として隣接権条約でも認められている権利、それからもう一つは、これは必ずしも国によって採用してもいいし採用しなくてもよろしいのでございますが、そういう固定物を利用することによって、たとえばレコードでございますか、レコードを利用した場合に、利用したことについて実演家が報酬請求権を持つというような制度が、いわゆる隣接権条約上与えられておるところの実演家の権利でございます。これに対しまして、映画俳優の場合でございますると、映画はそもそもそれを公衆に、一般の商業映画に限って申しますと、これを一般上映館で上映するということを初めから目的としてつくられておるわけでございまして、したがいまして、その場合は、その出演契約におきまして、大体この上映されることに応じて出演料というものがすでに払われておるということは一つ言い得るわけでございます。そういうような面で、固定物の利用についてはもうすでに報酬が支払われ済みであるという考え方が一つあるわけでございます。その辺で、少し、いわゆる実演をレコードにとったりする、本来の実演そのものではなくて、固定されたものを初めから利用するということを初めから予定しておるというところにおきまして、いわゆる一般の実演家とは多少違いがあるということが一つ言い得るかと思うのでございます。そういうことと、それから、いま俳優についての条件についてお尋ねございましたけれども、俳優としては、たとえば、自分を著作者の一人にしてほしいとか、あるいは海外輸出とか、あるいはテレビ、映画にとったものをテレビに利用することについて許諾権がほしいとか、あるいは自分の映画がリバイバル上演で、十年後に、この前もお話ございましたが、出て、非常にまずい芸を見せられるということはどうも自分として困る、こういうようなことは阻止できるようなものを規定してほしいというような御要望がございまして、この要望につきましては、審議会で再三にわたりまして意見を聞いて進めておるわけでございます。 そういうことから出ましたところの結論的なものといいますか、方向といたしましては、俳優を著作者というのではなくして、やはりこれは著作物を上演するという立場で、いわゆる実演家という立場でとらえるべきではなかろうか、その場合に、一般の実演家と、その実演すること自体が目的ではなくて、映画に入れるということが目的で、初めからその目的でやっておるものでございますから、そのものについては一般の実演家とは違った形での方法は考えられるであろう。したがいまして、たとえば、映画が棄損される、その俳優の出る部分だけが全部消されてしまった。あるいはそれを非常に悪く変えさせられた、そういうようなときには、俳優としてもこれを困るということが言えるようにしていなければいけないのだとか、いわゆる人格権的なものを保護してほしいというのが、一般の実演家には見られないような権利内容のものがつけ加わるという点がございます。そういう点で、一般の実演家とは違った面で、いわゆる一般の実演家よりも権利の範囲が狭いと同時に、それよりも広い範囲というものもまた考えられる、こういう点に一般の実演家とは迷った立場があるのではないかと考えております。
○小林武君 どうもやっぱり食い違いがあるのですがね。あまりこれに時間を、取っていられないのですけれども、いろいろ今後御討論をしていただく上において何かお役に立てばと思って質問するわけですが、どうでしょうか、たとえば映画、あなたがおっしゃる映画というようなものは公開を目的としてやっている。これはごもっともです。しかし、その映画が、映画俳優の場合、その映画がいまではテレビに使われておる。そしてテレビでもさらにテレビ劇場というものがあって、すでに一般に公開されるという、こういうことにはると、これはもういまの段階では常識的なことではないかと思うのですがね。それから、テレビ俳優というのは、テレビの俳優しかやらないというのがあるかないかよくわかりませんけれども、テレビをやはり目的にしたものがある。これは放送をやれば再放送ということもあるでしょうし、それから今度はよその、何というか、そこの放送局でないところで放送する、中継するとか、いろいろのことがあると思うのです。そういうことを考えますと、これは映画俳優、テレビ俳優というこの種のものに共通した問題が、どうも私はこれは隣接権というものの中に入れなければ、当然この映画俳優というようなものは、近いものとか、遠いものとかという存在ではなくて、隣接権によって保護されるべきこれはもう一番の問題点だと思います。これらを抜かして私は隣接権のことをかれこれいうというのは、ちょっとしろうと考えとしては納得がいかないような感じがするのです。たとえば、著作権法の全面的な改正というものの中に、ラジオとかテレビとかというものの発達というものが非常な大きな一つの原因になっている。そういうことを考えますと、私はやはりあなたのおっしゃることに一つこだわっているのだが、隣接権からはずして、新たな委員会で議論するというような——新たなじゃない、別な委員会で映画俳優というものを抜かしてというようなことについては、ちょっと納得がいかないのです。 それからなお、音楽のところで先ほど御説明がなかったのですけれども、たとえばこの中には、音楽の部面で審議される場合には、一体、歌手とか演奏者というものは、この中でやるのですか、隣接権の第五の中でやられるのですか、どういうことですか。
○説明員(安達健二君) 先ほどの俳優の権利の性格につきまして、これは本来的には隣接権であるという考え方で規定をするわけでございます。それを内容をどうするかという点で、一般の歌手と違うかどうかというところに問題点があるということであります。基本は隣接権として考える。ただ、その場合にどの小委員会で扱うかというのがそれぞれ便宜の問題でございまして、出てきた結果は、隣接権として保護されるというか、保護すべきではないかという方向で進んでおるわけでございます。その場合に、俳優として隣接権にはどういうような権利を与えたほうがいいかということは、隣接権の問題であると同時に映画の問題でもあると、こういう観点で審議が行なわれておるということでございます。 それから先ほど第三小委員会、音楽の小委員会においてどのようなことを審議しているかという点の御質問がございまして、その点お答えをしておりませんでございましたが、第三小委員会で審議をいたしておりまする内容といたしましては、たとえば、音楽著作物の特有な問題といたしましては、編曲等のアダプティションというような問題もありまするし、それから曲に歌をつける。そういうような問題、あるいは音楽的著作物を映画に、実はもちろん録音しておるわけでございます。そういう映画の著作物と音楽の著作物との関係はどのように考えるかというような問題もございます。それからまた特に大きな問題といたしましては、レコード等につきまして、これは現在三十条八号によりましてレコードを営業用、たとえば営業で非常に使って、ダンスホールで、あるいは音楽喫茶等でレコードを回して、それによって営業上の利益を得ましても、これについて著作者は何ら権利がないということになっておるわけでございますが、諸外国におきましては、レコードを使用する場合には、家庭で使用する場合を除きまして、公の演奏という立場で利用いたします場合には、音楽の著作者、作詞、作曲家がそれに対して権利があるという考え方でございます。で、これをどのように日本で取り入れるかということが大きな問題としてまだ審議をいたしておるということでございます。それから、またレコードについての法定許諾制という問題もございます。これは諸外国におきまして、レコードが出ました場合に、これについて歌手を変えてほかのレコード会社からレコードを出す場合には、使用料を払えば、一定の使用料の支払いを条件といたしまして、自由にその複製ができるというような制度もございまして、これを日本に取り入れるかどうかというような問題とか、あるいは人格権の問題とか、そういう音楽に関係するところの著作権全般について審議をいたしておるわけでございます。それから歌手等につきましては、これは隣接権者としての歌手という立場で第五小委員会において扱っておるわけであります。
○小林武君 いろいろとお活を聞いて大体了解いたしました。 第三、第四、第五は、初めに私が質問をいたしましたように、いわゆる隣接権の内容として討論される、その小委員会だということになるわけでしょう、結局。そうでありませんか。
○説明員(安達健二君) ちょっと違うといっては失礼でございますけれども、いわゆる隣接権を、そのままを扱っておりますのは第五小委員会でございます。ただし、映画の俳優につきましては、これを隣接権者と考えれば第五小委員会の問題であると同時に、第四小委員会でも扱っておるという面で、第四小委員会も隣接権の問題を扱っているということはもちろん言えるわけでございます。しかし、第三小委員会は音楽の著作者の立場、作詞、作曲家の保護という立場でやっておりますから、歌手等の問題はむしろ第五小委員会のほうの問題である。こういうことでございまして、第四は、俳優を扱う限りにおいて隣接権と関係がありますけれども、第三小委員会としては、直接には隣接権上の歌手等の取り扱いは審議をしないという立場になっております。
○小林武君 あなた法定許諾制ということを言われたのですが、法定許諾制の問題は、これは隣接権と関係いたしませんか。私がまず考えるのには、これやはりレコード製作者の問題ではないですか。それと関連のあることじゃありませんか。
○説明員(安達健二君) これは音楽の著作者であるところの作詞、作曲家がございまして、それについて歌手が歌って、レコード会社がレコードにしたと、こういう関係になっております。それに対して作詞、作曲家の許諾を得ずに、作詞、作曲家に著作権料を払えば他のレコード会社でレコードが出せるということでございまして、いうなれば、作詞、作曲家に対する権利の制限であるという面でございます。したがいまして、音楽の著作者たる作詞、作曲家に対する権利の制限の問題として、法定許諾制が問題になるわけであります。そういう意味におきまして音楽の著作者の問題である、かように考えているわけでございます。
○小林武君 これはどうなんでしょうか、放送業者あるいはレコード製作者、そういうものの権利を守る法定許諾制というのは。イギリスとかアメリカでやっているそれとは違うのですか。法定許諾制の問題はイギリスやアメリカはそういう制度をとっているのでしょう。これはレコード製作者とか、放送業者、そういうものの権利を守ってやる、そういうものの立場で議論されることじゃないですか。この場合は守られないから、日本の放送業者なんというのは、あまり賛成でないらしいのだが。だからこれは隣接権のワク内で考えられることだと、こう考えるのですが、これは隣接権のワク外だとはぼくは思わない。
○説明員(安達健二君) もちろん法定許諾制そのものの目的は、レコード会社の独占を排除しよう、特定の作詞、作曲家を自分のところの専属といたしまして、それを自分のところだけしか使えないということで、他のレコード会社等もその音楽を使ってレコードが出せるようにするというような意味におきましては、レコード会社にもちろん重大なる関係がございます。しかしながら、基本といたしましては、作詞、作曲家の許可なしに、使用料を払えばその著作物を使用できる。すなわち法律上許諾を強制するような形がいわゆる法定許諾制でございます。したがいまして、直接の権利の制限という面から見れば、作詞、作曲家の権利に関係があるということでございます。もちろん、御指摘がございましたように、これがレコード会社に非常に重大な利害関係があるということはもとよりでございますが、直接にはレコード会社の権利にはいわゆる隣接権上の権利とは直接には関連がないのではなかろうかと考えられるのでございます。
○小林武君 この場合、著作者というのは、たとえばレコードをつくった、そうすると、レコード会社は著作者になりますね。著作者が一たんレコーディングに同意したら、公正な保証をすれば何人でもその著作物をレコーディングすることができるという制度を採用しているが、当時の著作権法改正起草審議会、このようないわゆるレコードの法定許諾制度、レコードの興行権ともいわれる、こういうふうに見ると、ぼくの読み方だというと、これはレコード製作者の著作権の問題に関係する、こういう意味と理解するのですが、これと違うのですか。
○説明員(安達健二君) その辺は実は現行法と隣接権上のレコード製作者の権利とが少し混乱をいたしておるわけでございますが、と申しますのは、御指摘ございましたように、レコードの製作者につきましては、現行法上レコードをつくりましたレコード会社は、その機器についてのみ著作権を有する、そのレコードに再現されたものについては著作権を持っておるというのが現行法第二十二条ノ七の規定でございます。したがいまして、いま現在のレコードには作詞、作曲家の著作権と、それから録音物の著作権としてレコード会社が持っておる著作権とが、二つの権利が載っかっておるというのが現行法のたてまえでございます。そういう面から申しますと、法定許諾制という制度がそれに関係するのではないか、こういう御指摘、まことにごもっともでございます。ただ、規正レコード製作者の権利を著作権として考えることよりも、むしろレコード製作者は著作権ではなくて、隣接権上の権利である、著作権に隣合っているような資格において考えるべきであるというのが世界の大勢でございますので、したがいまして、そういう面におきましてレコード製作者は隣接権の権利者として考える、そういうような、多少は将来の姿を予想して御答弁申し上げたので、少し食い違っておりましたのですけれども、現行法上からいいますと、レコードに二つの著作権が載っかっておりますから、その面での問題はございますけれども、しかしながら、法定許諾ということだけを考えてみますと、これはそのレコードの載っている著作物、たとえばAという作詞家、Bという作曲家、Cという実演家がやったといたしましたそのレコードを他の者が複製するということではなくて、Aという人が作詞した、Bという人が作曲したものを他の者がCという歌手を使ってつくるわけでございます。したがいまして、それはA、B、Cという形においてつくられたところのレコードの著作物とは関係がないという、そういう関係になるわけでございます。でございますから、レコード会社の持っている著作権というものはA、B、C、作詞家A、作曲家B、実演家Cというものの結合されたそのレコードに載っているものについての著作権でございます。ところが、法定許諾で考えておるのは、Aという作詞家、Bという作曲家のものをCという別な歌手に歌わせるわけでございますから、これはレコードとしては違った著作物が生ずるわけでございます。したがいまして、法定許諾制というのは、現行法上でも一見関係あるがごとく見えますけれども、レコード製作者の権利とはいささか違うということを申し上げておるわけでございます。
○小林武君 どうもあなたの意見もちょっとおかしいと思うのですが、いま法定許諾制の問題を話したら、あなたはそれは隣接権に関係する問題だと、こう言う、隣接権の問題だとしたら、私が言っているように、第三、第四、第五は、いずれも隣接権の問題として取り扱う小委員会だ、隣接権の委員会の中に小委員会が三つ置かれたと、こういうふうに理解していいのじゃないかと私は思うのですよ。それからあなたはたとえば現行法の問題と、それからどうも英米の法定許諾制度というものを混同しておっしゃっているのじゃないかと思う。法定許諾制度というのは英米の問題でしょう。わが国の現行法の中には法定許諾制度というものは取り入れてない、取り入れようかというような、そういう愚見もあったけれども、このことは審議会の中で取り入れられておらない、そうでしょう。そうすれば、そういうものを一体どうしてここで引き合いに出すのか、理由がわからないし、もう一つ、現行法二十二条ノ七の規定というもの、一体これが二つ載っかっているというその趣旨は、現行法の解釈にはないように思うのですよ。私はこういうふうに聞いているのだが、現行法というものは、そういう判然としないところがあって非常に困るけれども、これは実演家も入るのか、レコード会社はどうなのかということになると、これは必ずしも現行法というのは実演家も含めたということにならないのが趣旨だというふうに、そういうふうにぼくは理解しているのですがね。それはたとえば桃中軒雲右衛門の問題から起こったことで、その場合にはその判決というものは、結局、レコード会社に軍配を上げているというようなことを、何か実例をもって言っているものを見たこともあるわけです。だから、現行法の二十二条ノ七というのは、あなたのおっしゃるように、二つ載っかっているような判然としないところがある。しかし、判然としないというのは、両方あるということを意味しているのじゃなくて、それに対して一体どっちにおかれておるかといったら、ぼくはこの場合には会社だ、レコード会社だと、その点がどうもあなたのほうは違う。どういうのか、新しい解釈がどんどんこのごろ出てきたのか、それはわからぬけれども、どういうのですか、それは。
○説明員(安達健二君) 第一の点で、法定許諾制度を欧米のようなものを取り入れるかどうかということを、しばしば行なわれておるということを申し上げた点が一つでございます。これは審議中という……。
○小林武君 第三小委員会でしょう。
○説明員(安達健二君) そうでございます。 それからもう一つ、二十二条ノ七の解釈でございます。これは最近、最高裁判所の判決もございましたが、レコードにつきましては、まず第一番目の一つの権利者は、そこに作詞、作曲家、それの音楽がまあ複製されてあるわけでございます。したがいまして、レコードには作詞、作曲家の著作権が載っかっておるということは、まあ一つ言えるわけでございます。それからもう一つ、 レコード製作者が持っておる著作権といいますのは、その作詞、作曲家の許諾を待て特定の歌手等を用いてレコードを製作した、その製作したレコードというものに対してレコード会社が著作権を持っておるというのが二十二条ノ七の解釈でございます。したがいまして、レコードにつきましては、現行法上は、一面におきましては原作詞、作曲家が権利を持っている。したがって、複製するたびにその複製料として印税のごときものを受け取っておる。これはレコードに体現されておるところの音楽についての作詞、作曲家が権利を持っておるということになるわけでございます。同時に、そのレコード会社もそのレコードに組み合わしたところの音楽についての、そのレコードについての著作権を持っておると、こういう解釈をいたしておるわけでございます。
○小林武君 まああまりこのことで議論していっても、時間がないようですからやめますけれども、第三小委員会で同時に法定許諾制の問題を討論されたということになれば、この法定許諾制ということは、先ほどもあなたおっしゃったように隣接権にかかわる問題でしょう。そうは思いませんか。まあいまそういうふうに、ぼくはさっきからあなたの言っていることの中には出てきているし、私も問題を議論する場合には、法定許諾制というのはいわゆる隣接権の問題もかかわってくる問題だと思うんですよ。これは無関係な問題ではない。必ず隣接権を言う場合には、英米のような方向をとるのか、それから隣接権を尊重するというような立場で著作権の問題についてもっと強いあれを出すのかということでくるから、私はまあ第三小委員会というようなものは、これは隣接権とかかわりのない小委員会だというふうにとるのは、私はやっぱり誤りじゃないかと思うんです。ここのところでは音楽の問題を取り上げているのですから、やはりそういうふうに理解されたほうがいいんじゃないかと思ったものですから長々とやったわけです。ただ二十二条ノ七については、私が言っているのは「複製」、これは録音物の著作権のことを言っているのですよ、ここのところでは。そこに書いてあるとおり録音物の著作権といった場合には、レコード会社なのか、それともレコード会社にプラスされて、いわゆるその中に実演芸能家というようなものも入っているのか。載っかっていると言うのはどういう意味かよくわからぬのだけれども。載っかっていると言うと、われわれが常識的に言えば、二つとも入っているということになるのだけれども、それは二つとも入ってないのじゃないのですか。大体、現行法の解釈というのは、その録音の著作権というのは、レコード会社というぐあいになっているのじゃないか。そういう趣旨にとっているのじゃないかと、こう思う。それも私が発明したんじゃなくて、これはいろいろなものにそのような解釈があるのですから、お尋ねしたわけです。それで、何かありましたらまたお伺いしますけれども、そういうことで、まあ私はこれ以上ここのところではもう質問したりやりとりしたりする必要はないと思いますから、あなたのほうで十分今後ひとつやっていただきたいと思います。しかし、なお私もいろいろ皆さんの御意見も聞きたいと思いますので、御発言があったらひとつ……。
○政府委員(蒲生芳郎君) 詳細につきましては、ただいままでに審議官が説明したとおりでございますが、ただ、ごく大ざっぱに第三小委員会、第四小委員会、第五小委員会につきましての取り扱いについて、小林先生からの御疑問もあるようでございますから、私の承知しております限りで申し上げますならば、やはり第三小委員会は音楽関係を取り扱っておりますが、この場合には著作権者としての作詞なり作曲家の問題も出てまいりますと同時に、先生おっしゃるように、当然この中に歌手といういわゆる実演家の問題が出てまいりますので、その限りにおいては第三小委員会におきましても、やはり隣接権の問題をここで議するということになると思います。第四小委員会におきましても同様でございまして、著作権者として考えられている監督あるいはプロデューサーの保護という立場で第四小委員会が審議はいたしておりますが、同時に、おっしゃいますように映画俳優がこの中に当然問題にあがってくる。そうすれば先ほどから問題になっておりますように、この俳優は隣接権の保護という立場で考えますので、第三小委員会と同様に第四におきましても隣接権の問題は関連して出てくる、かように考えます。第五小委員会の場合は、これはまあ従来、著作権法の中に隣接権という制度が法的に考えられておらない新しい問題でございますので、そこで、特に第五小委員会におきましては、隣接権の立場から主としてこれを考えていくということであろうと思います。
○小林武君 大体のお話は私もそのように考えておったわけです。なかなかそれが食い違ってうまくいかなかったので時間がちょっとかかったのですけれども、それで隣接権の問題で議論すれば、私はやはり隣接権の問題を取り上げて、とにかく今後著作権法というものを改正していった場合は、これはもう大へんだという不安も相当あると思うのです。まあ日本のような国では、はたしてそれまでやっていいのかどうかというようなことを相当考えている人もいる。カナダとか日本とかというのは、そういうことをやるのはちょっと早すぎるのではないか。しかし、考え方には私はいろいろな立場があるわけですから何ですけれども、私はやはり著作権の隣接権の現状というようなものについて考えたときに、やはりレコード会社でも、あるいは実演芸能家でも、あるいは放送事業者でも、隣接権による保護をやはり与えるべきだという立場を私はとるのです。この点については、もちろん私益ばかりではありません、公の利益ということとも全く矛盾してもけっこうだという考え方も持ちませんけれども、やはり隣接権による、以上申し上げた人たちの保護ということを考えずに、やはりこの面の向上ということを考えるのは無理があるというふうに考えるのです。そういう面で、たとえば著作権法第三十条に示されたような問題、こういう問題についてはどうなのか、今度のいわゆる著作権の小委員会の空気はどうなのか、あるいは立法に携わる人たちの考え方はどうなのか、この点はどうでしょうか。
○説明員(安達健二君) この中で一番問題になりますのは、三十条の八号で、「音ヲ機械的ニ複製スルノ用ニ供スル機器ニ著作物ノ適法二写調セラレタルモノヲ興行又ハ放送ノ用ニ供スルコト」、端的に言えば、適法にでき上がったレコードを興行あるいは放送の用に供するという場合には、その第二項にございますように、その出所を明示することを条件といたしまして偽作とならない、自由に利用できる、こういうたてまえになっておるわけでございます。これは再々申し上げておりますように、録音物の興行または放送の用に供することにつきましては、諸外国がすべてこれを有償、つまり著作権者の許諾を有するというたてまえをとっておるわけございます。そこで、この点につきまして審議会でも再三、約一年ぐらいにわたりましてこの問題の審議が行なわれましたけれども、大体の方向といたしましては、レコード等を興行または放送の用に供するについては、原著作者の許諾を要するという方向で考えるべきではないかというような方向が出されておるように考えられます。そのほか、その次に大きい問題といたしましては、第三号の「普通教育上ノ修身書及読本ノ目的ニ供スル為ニ正当ノ範囲内二於テ抜萃蒐輯スルコト」、たとえば、国語の教科書につきましていろいろな作家のものを集めて国語の読本ができるわけでございますが、その場合には、出所を明示することによって自由に複製することができるというたてまえになっておるわけであります。現行法上は修身書というものがございませんから、直接問題になりますのは国語の教科書と英語のリーダー等が問題になるわけでございます。これは要するに、「正当ノ範囲内ニ於テ抜萃蒐輯」ということであればよろしいということになっております。しかし、実際抜粋というのは、短篇の全部を載せた場合に抜粋であるかどうかという問題も一つあるわけでございます。それともう一つは、音楽の教科書等につきましては、現在はここに入ってきませんから、作詞、作曲家に対して使用料を払い、許諾を得て音楽の教科書ができておるというようになっておるわけでございます。同じ教科書の中でもあるいは美術の教科書等もございますが、これも有償というたてまえになっておるわけでございます。そこで、これをどういうふうにするか。一つの考え方といたしましては、教科書というものはすべてその出所を明示ということによって自由に使えるようにしたらどうか、こういり考え方が一つございます。これに対しましては、文芸家協会等ではこれは困る。教科書はそれによって商品として売られておるわけであるからして、それに編集者が編集者としての印税をもらうように、それと同じ立場において、原著作者も印税をもらうべきである、こういう考え方がございます。だからして反対はございません。そこで、この問題をどういうようにするかということが実はペンディングになっておるわけでございます。音楽の面の第三小委員会でございますが、この小委員会のほうで、従来の中間報告等によりますと、音楽の教科書に使うことは自由に使えるけれども、その金は著作者に払いなさい、こういう考え方が出ております。ところが、文芸のほうではそうではなしに、自由に使えるようにしたらどうか、こういう意見が出て、著作権審議会でも小委員会によって意見が違うというような現在の状況であります。これを調整して一本の結論を出さなければならないという段階にきておるわけでございます。その他、この各号に掲げられておることにつきましていろいろ議論はございますが、長くなりますから、大きい問題といたしまして第三号と第八号について御説明申し上げたわけでございます。
○小林武君 昭和二十五年ですか、NHKが電波についての著作権というようなことを意見書として出したことがあるというのですが、今度の場合にもNHKは何かそういう発言をしておるわけですか。
○説明員(安達健二君) 特には意見書は出ておりませんが、委員といたしまして、放送関係でNHKの春日理事、それから民間放送連盟の専務理事の酒井さんという方が出ておられまして、委員会においていろいろ御意見が出ておりまして、特別に意見書として出ているのではございません。
○小林武君 昭和二十五年に出しました意見書にはそういう意見が出ておりますね。内容的にはこれは放送事業者に非常に不満がある。放送法第六条か何かによって、こういう点についてはNHKとしては文句があった、それで二十五年のときにそういう意見書を出したということになっておる。NHKがどんな意見を持っておるか、これは民放との関係において私はかなり利害関係があるのじゃないかと思うからお尋ねしたわけです。 それから日本蓄音機レコード協会というのがあるのですね、それがいま御説明をいただいた三十条の八の削除を要求しておる、過去において。今度もそういうような意見が出ておるわけですか。
○説明員(安達健二君) NHKと申しますか、放送関係者の出されております要望は、先ほど来問題になっておりました隣接権上で放送事業者を保護する、こういう意味での意見書であるかと思います。そういうような面につきましては、第五小委員会におきまして放送事業者の保護として議論がなされておると、こういうことでございます。それからレコード関係につきましては、日本レコード協会会長の安藤さんという方が委員になっておられまして、その方を通しましてレコード製作会社という立場での意見が——もちろん審議会は、学識経験者として第三者的な立場で審議をしていただきますから、その立場だけではないのでありますけれども、意向はそういう方を通して表明されるというような状況になっておりますし、また、別に審議会といたしましては、それらの代表者に来ていただきまして意見を聴取したことも再三にわたっておるわけでございます。
○理事(二木謙吾君) ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○理事(二木謙吾君) 速記をつけて。
○小林武君 それでお尋ねいたしますが、これはどうするつもりです。ローマ条約ですか、これは調印するつもりですか。調印する態度で法改正を行なっておるのか。そういう言い方は悪いかな。調印する態度、端的に言えばそういうことですけれども、わが国が調印するのかどうか、その線に従って法改正が進んでおるのかどうかということが一つ。それからもし、これについては非常に反対論がたくさんあるように聞いております。そこで、反対論はここで私も聞いておるからやめまして、調印した場合に、わが国に、一体各方面にどんな影響を与えるのか。この二点をひとつ簡潔に御答弁いただいて終わりたいと思います。
○説明員(安達健二君) 先ほどちょっと申し上げたわけでありますが、ローマ条約につきましては、現在これに加入しております国は、先進国といたしましては、イギリス、スウェーデン、メキシコ、それからチェコスロバキア等のごくわずかな国でございます。この条約に加入いたしますと、日本のものを保護すると同時に、外国の実演家、レコード製作者、それから放送事業者を保護しなければならない、日本がそういう面では、いうなれば輸入国になるわけであります。そういう面でいかがなものであろうか。しかし、非常にたくさんの国が入るというようになれば、これはまた考えるべきことであろうけれども、いますぐこの法律と同時に直ちにこれに入るというような態度でなくて、むしろ日本としてそういう日本の実演家、放送事業者、レコード製作者を保護するにはどうしたらいいかという観点でまず立法してみよう。そうしてその上で世界の様子等も見た上で加入するということも考慮してもいいのではなかろうか、こういうのでございます。ただ、そういうものを考える場合に、一応、世界的に達した一つの基準でございますから、これをやはりわれわれの考える場合のめどにしていいのではないか、こういう考え方で進んでおります。
○小林武君 そのことについては意見がだいぶんありますけれども、きょうはこれで終わります。
○笹森順造君 いまの小林君の関連質問でございますが、よろしゅうございますか。——一番気になりますのは、やはり著作権の保護に関する国際条約のことだと思うのでございますが、それもそちらで研究しておられる国際条約として新しい意図が出るだろうというような方面、つまり条約としてはむしろ条約の加盟国がお互いに行って審議するでしょうけれども、大体あなた方がごらんになって、こういうたとえばベルヌ条約にしても万国条約にしても近いうちに何か改正されるような議論があるのじゃないか。あるとすると、それはどういうものになるのか、そういう見通しだけでも一応聞いておきたいと思うのですが、もし研究があれば、これは先のことですから、条約が開かれてからでなければ結論が出ぬと言われればそれまでですけれども、大体、国際的に見てこういうような点がやはり不都合だからよくしようじゃないか、やはり世界全体が文化交流の上でこうしたほうがいいのだというようなことで、何かずぼしがあるようなことがあれば、ひとつ教えてもらいたいと思うのです。
○説明員(安達健二君) 現在日本が加入しておりまする著作権に関する条約は大きいものだけで二つございます。一つはベルヌ条約のローマ規定というのに入っております。もう一つは万国著作権条約という二つの条約に入っておるわけでございます。ベルヌ条約のローマ規定というのは一九二八年に改正ざれたものでございます。これはいささか古いわけでございまして、その後、一九四八年にブラッセルにおいてまたベルヌ条約の改正がございまして、そのベルヌ条約のブラッセル規定には、ベルヌ条約国のうちの相当数がすでにもう加入をしておるわけでございます。そのとき——一九四八年には日本はまだ占領下でございましたので、ブラッセル会議には招集されなかったわけでございます。ところが、大体においてそれらの国が入っておるので、しかもその内容は、著作者の保護という面その他から勘案して、ほぼ国際的水準と考えられるものに達しておるので、これには入ったらどうかという意見が相当ございます。しかしながら、初めからこれに入るという立場でなしに、まずやはり日本としてどういう制度がいいかということを考えた上で、ベルヌ条約のブラッセル規定に入れるような、そうした上で入れるような状況であればそれに入ったほうがよくはないだろうかというのが委員会の先生方の御意見でございます。 それからもう一つ万国著作権条約というのがございます。これは昭和三十一年、一九五六年に日本は万国著作権条約に入っておるわけでございます。この万国著作権条約というのは、ベルヌ条約は日本と欧米の諸国が中心でございましてアメリカはベルヌ条約に入っていないわけでございます。と申しますのは、アメリカでは著作権の発生について登録を要するという形式主義をとっておるわけでございます。そこで、米州諸国がそういう体制をとっておるわけでございます。それとベルヌ条約の国との間にかけ橋をつくりたい、こういうことで万国著作権条約というのができまして、ベルヌ条約に入っている国と米州帝国のようなベルヌ条約に入ってない国もこの万国著作権条約に入っておって、両方のかけ橋をするという体制になっておるわけでございます。そういうようなのが現在でございます。 先ほど申し上げましたベルヌ条約は大体二十年ごとくらいにずっと改正をしてきておるわけでございます。その新しいベルヌ条約の改正の時期がやや迫ってまいりまして、現存その草案が各国に配られて研究をいたしておる段階でございます。その改正会議が一九六七年、明後年、スウェーデンのストックホルムで開かれるということになっております。ところで、現在やっておりますることとその改正会議との関係はどういうことであろうかと申しますと、ストックホルム会議の改正は血として技術的なものと、それから映画に関するものと二種類に分けられます。ところで、技術的な点と映画に関するものでございますが、これは現在、草案等に盛られておる内容等を考慮いたしまして審議をいたしておるわけでございますので、そういうような面からすれば、そのストックホルムでの改正の方向をにらみながらやるということでいいのではなかろうか、こういうのが現在の審議会の考え方でございます。なお、万国著作権条約につきましては、内容等、もう少し日本の立場、ベルヌ国としての立場からもっと有利なふうに改正したいという日本としての希望は持っておりますけれども、これはたくさん国もあることでありますから、早急にはできかねると思いますけれども、そういう方向に向かっておるわけでございます。
○笹森順造君 この前、私がお尋ねした要点にはっきり答えてくだすったので、そういうような意図で、日本の著作権の改正が現在各委員会で考えられているだろうから、そうして日本の要求するようなものが条約の上に影響するような意図があるかということを一つは聞いたわけですが、はっきりした答弁が得られなかったのですが、いまのような態度であれば、その態度で進むことがけっこうだと思います。 それで私の質問は終わります。
○理事(二木謙吾君) 他に御発言もなければ、本案に対する本日の質疑はこの程度にいたします。本日はこれにて散会いたします。 午後二時四十八分散会 —————・—————