内閣委員会 第12号
- 発言数
- 19 件
- 登壇者
- 4 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1965/03/16
会議録
○委員長(柴田栄君) これより内閣委員会を開会いたします。 国の防衛に関する調査を議題といたします。質疑の通告がありますので、これを許します。 なお、政府側からは、鳥田教育局長、小野防衛施設庁長官、沼尻総務部長、財満施設部長が出席いたしております。 速記をとめて。 〔午前十一時五十五分速記中止〕 〔午後零時十分速記開始〕
○委員長(柴田栄君) それでは速記を始めて。 ただいま小泉防衛庁長官が御出席いたしました。では質疑をお願いいたします。伊藤委員。
○伊藤顕道君 防衛庁長官たいへん御多忙のようですから、なるべく御期待に沿うように短時間にお伺いいたしますので、ひとつできればこちらの要望にこたえ得るよう簡潔にお答えいただけばさらに時間を縮小できると思うのです。あらかじめお断わりしておきます。 そこでまずお伺いしたいのは、米軍の輸送機による物資誤投下事件にまず関連してお伺いいたしますが、去る十二日の十時二十五分ごろ、米軍の太田大泉飛行場付近で物資投下訓練をやっておった神奈川県の米軍五四九飛行隊の大型輸送機が同飛行場の近く北側のたんぼヘジープを誤投下したという事件ですが、このことについて要点だけをごく概略、それは長官でなくてけっこうですが、まず要領をひとつ、長官のほうに報告がきているならば長官からひとつ。
○国務大臣(小泉純也君) ただいま伊藤委員から申されました太田大泉の飛行場における米軍機の誤投問題では私どもまことに遺憾に存じておるわけでございますが、御指摘のとおり、三月十二日の十時二十分ごろ、太田大泉飛行場上空で物資投下訓練中の立川基地所属のC133輸送機よりジープを投下しましたところ落下傘が風に吹き流されて飛行場外にこれが落下したという事件でございます。飛行場の北方約三百メートルの地点の太田市大宇内カ島の麦畑に落下しました。幸いに、不幸中の幸いと申しますか、麦畑の中でございましたので、たいした被害がなくて済んだことは私どもこの点については不掌中の幸いだったと思うのでございますが、太田市大宇内ケ島上原愛吉、倉沢仁、飯田美代治三名の所有の麦畑にそれが落ちまして若干の損害を与えたわけでございます。
○伊藤顕道君 そこで、いま御説明願いましたが、地元の太田警察署の調べによると、投下の際に、まず一つあげられるのは目標をはずれて落としたということ。それから、前日はよけい風が強かったので十二日に日程を変更したそうですけれども、なお風が吹いておった。相当の風があった。そういう状況下で落下傘が開いたから風にあおられて予期以上に流れてしまった、こういうことであろうという意味の調査が発表になっておるわけです。大体あそこは私はいつも行っておるところですが、大体、太田市大泉町のその中間にあるところで、大体周辺は人口密度の高い都市であるということがまずあげられると思う。そういうところに飛行場があって、飛行訓練をやること自体が危険であるのに、さらに人間の住む頭上で物を落とす訓練、いわゆる物資投下訓練がときたま行なわれておった、そういうことなんですが、相当乗りこなして、訓練においては相当のベテランだと思うのですが、物資を投下しようというのだから、それほどのパイロットが目標をはずすということ自体はどうも考えられないわけですが、どうも、おっとこれは時期を失したと思ったならば落とさなければいいので、もう一ぺん回って落とせばいい、そういうことから考えると、われわれしろうとでよくわかりませんが、目標をはずすというようなことはどうも考えられないと思うのですが、この点はどうなんですか。
○政府委員(小野裕君) 事故の発生状況並びに原因と申しますか、過失と申しますか、それの詳細につきましては、ただいま米軍に照会をいたしておるのでありますが、たぶん明後日、定例の合同委員会がございますので、その席で説明があるかと思うのでございます。まだ詳細については、そういうわけで存じておらぬわけでございます。当日、相当風はあったにしましても、このように場外にはずれて落ちたということにつきましては、落とす地点を誤ったのであるか、あるいは風の影響を誤ったのであるか、その辺のところ、いずれかであろうと思うのでありますが、そうした点についてただいま照会中でございます。こうしたことは今後ないように厳重に注意を申し入れておりますが、また明後日の会合の際には重ねて申し入れたいと思っております。
○伊藤顕道君 風に流されたのも一つの原因だということになっておりますけれども、物資投下訓練にあたって、当然風速を考慮に入れて投下訓練をやると思うのです。それは当然なんです。無風状態と風速ということで同じ投げ方はしないと思うのです。当然風速を考慮に入れて訓練をやる、そういうことであったと思うのですが、結局飛行訓練をやること自体は、下が都会であるから危険であると思うのです。それをさらに物資を投下しようというのだから、これは下界にはいつも人間が住んでいるということを頭に置いて訓練をやらなければ、こういうあやまちはやまないと思うのですね。そういう点で慎重を欠いたのじゃないかということが当然考えられるわけです。そこでこの点については一体どうなのか。ほんとうのあやまちであったのか、そういう点を明らかにしていただきたいのです。
○政府委員(小野裕君) ただいま申し上げましたように、詳細照会中でございまますが、その回答を得まして、さらに不審の点は追及いたしたいと思います。ただいまお話のように、風速の影響というものを誤って判断して投下したところが適当な地点を過ぎておったということがあるだろう、結果的にはそうなっております。その辺のところ、そうであるかどうか確認いたしたいと思います。
○伊藤顕道君 その太田大泉飛行場周辺で米軍の誤投下事故は、あげてみると、三十四年以来六年間で七回目ですね。米軍に抗議を申し入れるということでありますが、その抗議を受ける米軍としては、今後は絶対にあやまちを繰り返さないということをそのつど明言しておるわけです。にもかかわらず、こういう物資誤投下というあやまちが繰り返されてきたわけです。これは、だれがどう考えてもきわめて遺憾なことであって、結局、下は日本人が住んでおるということを意識してやれば、こういうあやまちを繰り返されないと思うのですが、日本人の生命など眼中にないのではないかということさえ考えられるほど、さように、こういうあやまちが繰り返されてきておる。時間がないから要点だけお伺いするわけですけれども、この六年間に七回もあやまちが繰り返された。あるときはドラムかんが落ったり、この前もジープが落ちたことがある。ジープの誤投下というのは今回で二回目です。結局、こういうあやまちを繰り返す以上、その点だけからもこういう危険なことは、訓練は中止さすべきではないか。で、群馬県としては、百六十万県民があげて、この物資投下訓練に反対し、この飛行場の即時返還を要求し続けてきておるわけです。県会でも、何回も決議が行なわれておる。地元でも同様。こういう状況の中で、飛行場が返還されることによって一切解決するわけだ。あやまちは繰り返されないわけです。ただ、一片の外交辞令で、もう今後は十分注意してあやまちを繰り返しませんと、こう言っておって、七回もあやまちが繰り返されてきた。これは厳然たる事実です。こういうことでは、地元民は、いつ落とされるかわからぬということで、訓練のあるたびに戦々恐々としなければならぬ。精神上に与える影響も大きいと思うのです。今回はたまたまたんぼに落ちたので、麦畑ですから被害見るべきものはなかったので、これは不掌中の幸いですけれども、飛行機のことですから、ちょっと、百メートルや二百メートルぐらい、すぐ目測によっては、また風によっては、今回のように、人間の頭上に落ちてこないということはだれも保証できないわけです。こういう点、一体どういうふうにお考えになっておるのか。この点についての防衛庁としてのお考えをお伺いしたい。
○国務大臣(小泉純也君) 数回にわたってこういう事故が次から次に起こっておりまして、わがほうからも、米軍に対しましては、厳重に、以後かかることがないようにという注意を喚起し、また警告をいたしてまいり、先方のほうでもたいへん恐縮いたしまして、そのつど、今後かかることを繰り返さないようにということになって、注意をいたしておるのでございまするが、いま先生おっしゃったように、次から次に起こっておりまして、まことに私どもも遺憾しごくに存ずる次第でございますが、さらに一そう、わがほうからも厳重に警告をいたし、また米軍側も、なお一そうこういうことが将来絶無となるように、いままでも注意をしたこととは存じますが、今後一段の周到なる注意をしてやっていただくように、強く申し入れるつもりでございます。
○伊藤顕道君 この太田大泉飛行場の返還問題については、長官も御存じのように、当内閣委員会で、私がたびたび三十四年以来今日まで実に六カ年間引き続いて追及してきたわけです。一体この飛行場返還問題は、現在どうなっておるのか。昨年の十月一日の当内閣委員会で、私が高橋政務次官にお伺いしたその質問のお答えは、米軍側は代替地がない限り返せないといっておるので代替地をさがしてきた、ところが栃木県の赤麻遊水池など新しく代替地を求めようとしたのだが、これも地元の反対が強くてそのままになった。そこでことしに入ってから方針を変えて、既設の米軍の基地か、あるいは自衛隊の基地を利用するようにしてほしい、そういうことを申し入れておるということなんですが、それからすでに六ヵ月も経過しておるわけですね。どのように一体交渉しておるのか。この誤投下事件に対しても、むろん一応は申し入れるでありましようし、抗議もするでありましょうけれども、問題は防衛庁の態度にあろうと思うのですね。六年間に七回も誤投下は繰り返し繰り返し行なわれてきたということ、しかも、この飛行場は六年間も県民が要求し続けてきた、そういう飛行場です。これは、いずれの点から考えても、もうこの時点でひとつ返還h解決してしかるべきだと思うのですね。しかも、新しく代替地を求めようとすれば、その代替地がどこであっても、一応は都会周辺である場合、どこでも反対は続けられると思うのですね。そこで、商橋政務次官も言っておるように、米軍の基地が自衛隊の基地でこれにかえると、そういう方針も一つの方法かと思うのですけれども、一体どうなっておるのですか。これはお伺いするたびにどうもさっぱり進展してないわけですけれども、六年前と一むしろ六年前の当時の赤城防衛庁長官は、期日も明確にして、返還いたします、たしか、三十四年の十一月ごろ、来春までには必ず返還できるようにいたしますということの確約があったわけです。その後、江崎長官も、期日を明確にして確約をした。いやしくも一国の国務大臣が国会で確約をしたことが六年間も据え置かれるということについては異例に属するわけです。当内閣委員会としてそういう事実はないわけです。ほかの委員会でも、大臣の確約したことが実施されないということはあり得ないことですね。にもかかわらず、こういうことがいまだに解決されないままに放置されておる。よほどの決意がないと、これは交渉にならぬと思うのですね。一体どういう態度で、どのように米軍の——具体的にはどういう立場の人にどういうふうに交渉しておるのか。これはもう早急に解決すべき懸案の一つだと思うのですが、この点をひとつ明確にすると同時に、長官の抜本的な考え方をお聞かせいただきたい。
○国務大臣(小泉純也君) 太田大泉の飛行場問題は、ただいま伊藤先生が申されたとおりの経緯でございまして、いまだにこれが解決に至らず、私どもとしましても、まことに申しわけないことであると存じておるのでございます。元の長官が期日を切って解決を約束されたというお話でございますが、そういうこともやはりある程度相当の代替地について目鼻がついての上の当時の御答弁であったと思うのでございますが、御承知のような渡良瀬川遊水池の問題も、大体米軍側も了承をいたしまして、そこを代替地として解決するのではないかと一時思われたことがあったと私も承知しておりまするが、地元の反対によってこれも御破算にせざるを得なくなったというようなことから行き詰まりを来たし、その後はやはり米駐留軍の基地を使用するとかあるいはわが自衛隊の基地というようなところでこれを利用して何とかやってもらえないかということを再三にわたって交渉をしましたけれども、米軍側はやはり適当なる条件の代替地でなければ要望にこたえることができないということで、ずっと今日までまあ何と申しますか、ざっくばらんに申し上げると、押し問答というような形で今日に至っておるわけでございます。私が長官就任以来はもっと積極的にやはり米軍にこの代替地の条件ということを次元の高い見地からひとつ緩和してもらう以外に解決の方途はないじゃないかということで、施設庁長官をはじめ、係の者に、この問題で高い次元に立って、米軍側がひとついままでの条件を思い切って緩和して、何とか太田小泉飛行場の返還ということに踏み切ってもらうようにたびたび要請をいたしてまいっておるのでありまして、向こう側もできるだけ考慮したいと申しながら、まだ具体的ないままでの方針についての代替地の条件緩和というような条項が示されておらず今日に至っておるのでございまするが、私は絶えずこの問題には熱心にこれを推進するよう事務当局にも申しまして、また私自身、できるだけ早い機会に高級な会談を私自身で持ちまして、何と申しますか、この太田小泉飛行場返還に対する防衛庁長官として最後の交渉をしてみたいと存じながら、毎日のいろんな時間の関係で追われて今日に至っておるのでございままするが、できるだけ早い機会に、私自身もこの問題で分自身自折衝にひとつ乗り出したいと、かように考えておるわけでございます。
○伊藤顕道君 最初長官から事情は承りましたので、長く引きとめることは無理だと思いますので、最後に一点だけお伺いを兼ねて要望申し上げますが、この太田大泉の、いま長官は太田小泉と申されましたけれども、そういう飛行場はないんで、正確には太田大泉ですから。もと小泉で、いまは大泉となっております。太田大泉飛行場等については、これは首都圏の市街地の開発区域に指定されておって、当時は県の指導のもとに工場誘致ということを計画しておって、その当時赤城長官からそういう言明があったので、それっといって、一切がっさい万端準備を整えて今日にきておる。進出工場などもあまり長い間解決しないので、太田工場団地への転入をあきらめてしまって、だいぶ計画はそごしておるわけです。ということは、一行にして言えば太田市の中心に、また大泉もそうですが、そういう計画の変更で物心両面にはかりしれない大きな損害を受けつつあるわけです。そこで先ほど来から申し上げておるように、一方にはこういう誤投下が七回も繰り返されて、非常に危険を感じておる。こういうことで、さて米軍の訓練状況を見ると、ほとんど私は年じゅうそこを通りますけれども、いまだかつて訓練を見たことがない。地元の人に聞いてもときたまやる程度だということは、使用価値の少ないということ、米軍にとっては。日本側にとっては、いま言ったように、首都圏整備法に基づく市街地開発指定地区ですから、これは一刻も早くほしい地区であるわけです。こういうこともあると考えるので、先ほどの米軍がドル防衛の立場から海外の基地をだいぶ整備縮小しておる、こういう有利な一つの条件もありますし、こういう点をひとつ頭に置いて強力な交渉をやることによって、この問題は解決されなければならぬと思うのですね。何といってもやはり交渉のしかたが弱いとしか考えられないのです、われわれには。少しも進展していないわけです。その詳細については施設庁の長官からお伺いをすることにして、一体今後の展望はどうなのか、大体どういう目途でこれを返還に押し切ろうとするのか、こういう点についてひとつ長官の決意のほどを最後にお伺いして、その答え力によって長官はお帰りになってけっこうです。
○国務大臣(小泉純也君) 太田大泉の飛行場の問題については、伊藤先生には長年にわたって御高配をいただいておることもよく承知いたしております。先ほど申し上げましたように、これは思い切って高級会談を持ってひとつ最後の詰めをいたさなければならぬと私考えておる際でございますので、本日の内閣委員会における伊藤先生の御意見を契機といたしまして、できるだけ早い機会に私自身高級会談を持って強力にひとつ交渉をいたしたいと、かように考えておりまするので、でき得る限りの努力をいたしてみるつもりでございます。
○伊藤顕道君 今度は施設庁長官にお伺いいたしますが、先ほどの誤投下の問題で、もうすでに何らかの方法で厳重に抗議もし、強い申し入れをしたと思うのですが、これをひとつ具体的に御説明いただきたい。
○政府委員(小野裕君) 私どもこの事故の状況を知るルートとしましていろいろございますが、外務省のほうから通報を受ける、これは米軍側から外務省のほうへ通告が行きます。外務省のほうからこちらに参ります。これは安保条約の筋としては正規の筋でございます。それから私どもの施設庁の出発機関が前橋にございまして、この飛行場の管理に関係いたしておりまして、ここで状況を把握して一と申しましても主として警察の情報とか、また現地へ参りまして、現地に米側の職員等もおるわけでございますが、そうしたところからも情報を入手する、こういうような情報を私どものほうの出先機関から上げてくるわけでございますが、そういうようなことで私どものほうは状況を一応知るわけでございますが、それを確認するために事故担当の私のほうの責任者から米軍府中司令部の、またそうした事故の担当の将校のところへ状況を聞くわけでございまして、その内容あるいはその結果のいかんによりましては、さらに事故分科委員会という会議の招集をお願いして徹底的な検討をお願いするということになるわけでございます。 まず第一段階としては、米軍側の正式の説明を聴取する、こういう申し入れをすることになるわけでございます。事故分科委員会を開くときには外務省を通じましてその招集、開催について要求をする、こういう手順をとっております。
○伊藤顕道君 そこでぜひ参考にしたいと思いますので、資料の提出をお願いしたい。 たとえばこういう誤投下事故のあったような場合、いま御説明の中に事故担当の方に申し入れるんだということですけれども、それじゃ、具体的にどういう人か、さっぱりわれわれには見当がつかぬわけです。 そこで二つの資料をお願いいたしますが、その一つの資料としては、誤投下のような問題の場合、一体日本側としてはどういう官職、氏名、何々省もしくは何々庁の何の職のどなたということにすればこの程度の方がかくこう、米軍側は一体どういう方なのか、これも官職、氏名、こういうことの資料をひとつお出しいただきたい。 それから前に日米合同委員会施設委員会については、資料を求めたことがございますけれども、これも相当年数がたって人もかわっておりますから、あらためて日本側としては、いまの官職、氏名、それから米軍側としては官職、氏名、そういうものをこれは簡単でしょうから、次の木曜までに、次の委員会までに御提出いただきたい、その二つについてお願いいたします。
○政府委員(小野裕君) 承知いたしました。
○委員長(柴田栄君) それじゃ次の木曜まで資料を提出していただきます。 ほかに御質疑はございませんか。——ほかに御発言がなければ、本件の本日の調査は、この程度にいたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後零時四十二分散会 —————・—————