体育振興に関する特別委員会 第5号
- 発言数
- 46 件
- 登壇者
- 6 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1965/02/16
会議録
○大石委員長 これより会議を開きます。 体育振興に関する件について調査を行ないます。 本日は、理事会の協議に基づき、最初に河野国務大臣から体育の振興に関する内閣の施策を承り、その後に文部、厚生両当局より昭和四十年度予算に盛り込まれた保健・体育の重点施策について説明を求め、次いで委員各位の質疑に入ることにいたします。 この際、河野国務大臣の発言を求めます。国務大臣河野一郎君。
○河野国務大臣 ただいま委員長から、内閣としての考え方をお話し申し上げるようにということでございましたが、前会お手元に差し上げたと思います閣議決定、こういうものを一応まとめまして、こういう方針に基づいて内閣としても施策を続けていこうということに相なっておるのでございます。 実はここに至りますまでの経緯を申し上げますと、御承知のように、私は、昨年のオリンピックの施行に関する内閣としての事務を取りまとめる担当の大臣をいたしました。御承知のように、オリンピックが無事にしかも盛大に終了いたしまして、この経緯について考えてみますると、わが国全体の国民の体力と申しますか、体位と申しますか、これがどうしても国際的に劣勢である、劣っておるということを私は如実に示されて、これについて今後どういう施策をしてまいらなければいかぬかということを第一に反省する必要があるということに考えました。このことは、ただ単にオリンピック競技において優位を占めたか占めぬかということだけでなしに、当面いたしておりまするわが国の産業経済全体の基盤になりまするわが国労働力の基本が、国民体力、体位というものが国際的に優位と申しませんでも、少なくともこれに劣らないところの国民全体の体力、体位を保持し、その程度までこれを振興するということが当面絶対に必要である。釈迦に説法でございますけれども、御案内のとおりに、わが国の知性と申しますか、知力と申しますか、学力と申しますか、この水準は私は国際的に相当の優位性を保持いたしておると思うのであります。そういう意味において、わが国国民各位が国際的に知性、知力の面においては相当に優位な立場にあるにもかかわらず、十分にこれを発威、発揚できぬということは、体力の面において劣勢にあるということが、わが国の労働力が必ずしも国際的に優位に立っていない、非常に劣勢な体力をもって、しかも国際競争に戦い抜き、勝ち抜いていかなければならぬというところに非常の御苦心、御苦労があるということは、かつて私は農林大臣をいたしておりました当時に、わが国の農村の優秀な青年諸君を、あるときにはデンマーク、あるときにはアメリカに、これを派遣いたしまして、そうして国際的な農業生産の場に勉強に出したことがございます。これらの農民青年諸君が帰りましてからの報告を聞きますと、いずれも技術その他の面におきましては十分に競争ができる、しかし何ぶん体力において非常に劣っておりますので、アメリカの青年に比べても、たとえばデンマークに参りました者が、あちらで欧州の農村青年に比べて体力に非常に劣りを感じますので、一緒に一日仕事を続けることは困難であったということを報告いたしておりますことを考えてみましても、この機会にわが国全体の国民の体位、体力というものをできるだけ更新して、そうして十分な労力に耐え得るようにするということが政治の基本であろうということを深く考えさせられたのでございます。そういう意味におきまして、全体の国民諸君が、オリンピックを通じて非常に深い関心を持っておられるこの際、この機会をのがさずに、政治としても、国民全体の諸君に体力、体位の向上についてひとつしっかり御奮発を願うということを基盤に置いて、政治をこの面に進めてまいる、各種の施策を講じてまいるということが必要ではないかという意味におきまして、これまでやってまいっておりまする、各省にまたがっております、各省それぞれでそれぞれの部面において取り上げております、これらに関係しておりますものを、内閣においてもこの際ひとつ総合的に調整をしつつ、もちろん従来同様に、文部省は文部省の部分において、厚生省は厚生省の、それぞれの場において仕事は続けていっていただいてけっこうと思いますが、それらの間に総合調整をはかりつつまたある問題については双方一緒にこれを振興してまいる。もちろんそのことは、農村におきまする農村青年の問題については農林省において、中小商工業者の面におきましては通産省において、従来あまり取り上げておらなかったものを取り上げていただいて、各省協力してこの問題に取り組んでいくということを基盤にしてものを進めていきたい。こういうふうに研究を進める過程において第一に問題になってくるのは、厚生省におきまして、乳幼児、さらに妊産婦の問題からスタートいたしまして、そうして乳幼児からさらに青少年というように、全体を通じて体力の増強、充実をはかるようにしていく必要があるであろうというところまで一応の考えは持っておるのでございますが、何ぶん申し上げますように、問題が非常に広範でもございますし、しかもばく然といたしておりますから、いま取り上げてすぐにその結果をあらわすということもなかなか無理だと思いますけれども、しかし目的とするところ、そのねらいとするところは、ぜひ早急にこれに取り組む必要があるし、いやしくも放置しておくことはできない問題であるというふうに考えまして、たまたまこの議会におかれましても、オリンピックの終わりましたあとに、さらに続いてこの委員会において十分にこのことに御協力願い、御関心のあることを承りまして、たいへん私といたしましても、内閣におきましても、一応私これらの問題の取りまとめを閣議においてきめておりすすので、中心になりまして取りまとめをして、ひとつできるだけやってみたいというふうに考えておるのでございまして、いろいろ今後とも御支持、御協力を願って、目的の達成につとめたいと考えておるわけであります。何ぶん問題も、ただいま申し上げますように、広範囲にもわたっておりますし、また非常に幅の広いことでございますから、せっかくひとつ皆さんの御意見を承り、またわれわれの考えておるところもお答え申し上げ、両々相まって一つの目的を達成したいと考えておる次第でございます。 簡単に政府の考えておることを申し上げて、御理解いただきたいと思う次第であります。(拍手) —————————————
○大石委員長 これより質疑を行ないます。 質疑の通告がありますので、順次これを許可いたします。古井喜實君。
○古井委員 世は春でありまして、うっとおしいだけが国会でもないと思いますので、民族の将来のために大いに朗らかに建設的にこの委員会を進めていっていただきたいものだと思うのであります。 それでは初めに私に質問の機会を与えていただいたのでありますが、つきまして、いま申しますような意味で、何とかこの問題を前向きにつくり上げていくことで多少でも御協力できればと思いますので、多少私の意見も交えながら御質問を申したいと思います。 先ほど河野大臣お話しのように、健康と体力の問題を政府として大きく取り上げられたということは、近来の私は快事だと思っております。またこの問題を取り上げるについては、河野大臣が主唱者となられたかに伺っておるのでありますが、まことに御卓見というか、御着眼というかに敬意を表するわけでございます。ぜひひとつこの御構想を発展させ、具体化して実現をしたいものだと私は思うのであります。 そこでまず第一番目に、体育の重要性という問題であります。これにつきましては、私がここでまた繰り返す必要はむろんないのでありますけれども、しかし体育の重要性ということは、幾ら強調しても私は足らないくらいに思うのであります。きょうまでの政治の実情から見て、あるいは国民生活の現状から見て、必ずしもこの問題が重んぜられていないと実は私は思っている一人であります。たとえばこの閣議の決定を見ましても、一番初めの趣旨のところを拝見しますと、りっぱな文句でございますが、「たくましい民族力を育成するには、高い徳性、すぐれた知力とならんで強じんな体力を培うことが肝要である。」そのとおりではございますが、徳性、知力と並んでと、こういう考え方がことに浮かんでおるのであります。この点について、つまりこの問題に対する認識の程度を私は一つ考えさせられるのであります。少し脱線するようでございますが、一つの例を申し上げてみたいと思います。 それは、いまから四十八年前に、毛澤東が書きました体育の研究という本がございます。河野大臣は御承知でございます。四十八年前、一九一七年の著であります。毛澤東と言うと、やつ、中共かぶれかといわれるかもしれませんが、あにはからんや、一九一七年、毛澤東はまだ二十四、五歳のころでありまして、師範学校を出て小学校の教員をしておった時代であります。まだ共産党員でも共産主義者でもなかった。国民党とたもとを分かったのはその十年後の一九二七年であります。その辺のことは、先ごろのエドガー・スノーの毛澤東との会見記にもうかがわれるのでございますが、これは共産党員前の毛澤東の本でございますけれども、その中におもしろいことが書いてあります。体育は徳育、知育と組み合わされて全きものとなる。しかし徳といい知といっても、身体に帰するのであって、身体がなければ、徳も知も存在しない。しかし案外これに気づいた人は少ないのではなかろうかと毛澤東は嘆いている。ある人は知識のみを重んじ、ある人は道徳のみを重んじている。途中省きまして、しかし知識を乗せているものは何か、また途中を省きまして、道徳を宿しておるものは何か、身体こそ知識を乗せ、道徳を宿している、車のように知識を乗せ、家屋のように道徳を宿しておるのである。で、当時の乱れきった、退廃しきった中国の中に暮らしておった青年毛澤東は、どうしてこの国を興そうかということを考えるにつけて、まずもって強い体力と精神力を持った人間をつくることである、こういう考え方で、そこで自分でもって自分なりの体育を編み出して、そうしてこれを広めたいということを考えたのがこの毛澤東の著書でございます。大いに考えさせられるところがあると思います。やはり人づくりと申しましても何より大事なのは旺盛な体力と強靱な精神力を持った人間をつくる、これが根本である、私はそう思うのでございます。 それならば実際にそういうふうに政治の上で取り扱われ、あるいは国民生活の上でそういうふうに日常が営まれておるかというと、私は非常に距離があると実は思うのであります。明治以来西欧に早く追いつきたいというので、知識を早く摂取しなければいけない、その辺から始まり、また貧しい社会、そして人間が多くて食いにくい世の中に暮らしておる者としまして、生活のために、あるいは立身出世のために知識の吸収、頭つくりだけは一生懸命やってきました。成果があらわれて、きょうこの知的な水準、科学技術の発達になったのではありますけれども、きょうを考えてみると頭だけ発達した人間ができて、一方大事なからだと心というものは貧しい状態におるのではないだろうか。つまり頭が発達してからだと心とのバランスがとれないような状態にきょうおるところに人間喪失の問題があったり、あるいは人生や社会の悲劇の根源があるのではないだろううか、私はそういうことを思うのであります。 そこでまず、ここで考えるべきことは、体力と精神力というものを盛んにする、強い人間をつくるというところに大きく政治の方向を向けなければならぬではないか、私はそう思うのでございます。個人のしあわせは結局体力、健康が根本であることは申すまでもございません。これがなくしてどんなに衣食住が豊かになったところで、とても個人のしあわせが生まれるものではない。健康を失った者がどんなりっぱな着物を着たところでしょうがない。どんなりっぱな家に住まったところでしょうがない。どんな美食を並べたところでしょうがない。やはりしあわせの根本はそこにあるのではないか。そうして個人のしあわせ、また家庭、職場全体の明るい姿、社会全体のしあわせを興すもともやはりここにあるような気がするのであります。また先ほど河野大臣仰せのごとくに、大いに生産の能率を上げる、労働能率を上げることもこれが根源であることは申すまでもございません。文化が興るのもやはり本源はここにあると思うのでございまして、個人のしあわせのみならず、社会繁栄の根源がここにあるように思います。民族の将来を考えましても、次の世代、また先の世代、ますます民族が繁栄していきますにも、何といっても健康、体力というものが盛んになっていくという問題が忘れられてはならぬように思うのであります。人間の進歩の原動力、進歩を生み出すエネルギーはやはりここから生まれてくる。いろいろな角度から考えれば考えるほど事柄が重要だと私はこの二、三年来思ってきておるわけでございます。昨今の卑近な問題から申しましても、卑近なといってはいけませんが、たとえばきょう医療費の問題で天下が弱り切っておる。毎年一千億近くずつも医療費がふえてくる。いろいろな原因があります。ふえるのが当然な原因もあります。また間違った原因もあります。けれども、そういうことを抜きにして、病気にならなければ医療費はふえないのじゃないか、みなが病気にならないようにさえしたら医療費がふえることはないのじゃないか、その辺の考慮が一体あるだろうか。病気になるのを待っておってしりぬぐいばかりやっていくという手はないんじゃないか。昨今、公害、スモッグなどの問題がやかましい、そのとおりであります。けれども、同じスモッグの中に住まっておっても、倒れる者もあれば、平気な者もおる。同じ太陽のもとの木でありましても、育つ木もあれば、だめになる木もある。やはりその人間自体に大きい関係があると思うのでございまして、そういういろいろな意味も含めまして、この問題をもっともっと大きく取り上げていただきたいものだ、私はそういうふうに思うのでございます。さっき伺いましたところで河野大臣の御熱意はもうわかっておりますけれども、なお何らかの御感想がございましたら、お伺いいたしたいと思うのでございます。
○河野国務大臣 だんだんお話を承って、私も全く同感であります。 くだらぬことを申し上げておしかりを受けるかもしれませんが、私も実はいまから三十年ほど前に、ちょっとぐあいの悪いことがありまして、監獄に入ったことがあります。そのときに監獄の中でつくづく考えましたことは、政治の目標は国民に自由を与えることが基本だということをしきりに言っておるけれども、自分はいま監獄の中に入って極端に自由を拘束されておるけれども、自由を拘束されておる自分が、何が一番ほしいかといえば、自由よりもさらに健康だ。この監獄の中で健康をそこねたときに、自由よりもさらにその基本は、自分が健康を持つことだということを痛切に体験したことがあります。そのときから、私は、まず政治の基本は国民に健康を与えることだ、健康のない者に自由もないということを深く考えさせられたのであります。私は元来なまけ者でございますから、あまり勉強したり何なりしたりいたしませんが、体力だけは完全に保持しなければいかぬ、すべてのものは体力、健康から生まれてくるんだということで、私自来病気というものをしたことなしに今日まできております。自分の体験、経験からいたしまして、いまお話のございますとおりに、まず政治の基本は国民全体に健康を保持していただくようにすることが、一番優先したものだということを考え続けてきたのでございますが、これまでほかのものにかまけておりまして、つい国民の体力とか体位とか健康とかいう問題と取り組んでものを考える立場にございませんでしたが、今回オリンピックを契機として、先ほど申し上げましたように、いまこそ国民全体の諸君に、国民の健康、体位増強ということについてひとつ十分にお考えをいただき、この問題に皆さんで取り組んでいただくようにしたならば、必ず成果はあがり、国民に幸福が与えられるだろうということを考えまして、先ほど来申し上げましたように、ひとつ皆さんとともにこの問題を徹底的にできるだけやっていきたいということを考えております。ただいま仰せになりましたことは、私もことごとく賛成でございます。いま後段お述べになりましたように、国民の健康保険とかもしくは医療の問題とかいうものも、それに優先して体位向上、健康の増進ということに、政治がもっともっと力を入れるということが、この問題だけ考えてみても必要だろうというふうに考えまして、今回の予算は、皆さん御承知のとおり——しかし相当のことはいたしておりますけれども、さらに明年度予算の編成までには大方の御認識を得、御賛成を得て、ひとつ思い切ってやっていきたい。 私は、これもつまらぬことを申し上げるようでございますが、前回のオリンピックにあたりましても、ソビエトが——ソビエトに行ってまず目につくことは、あのモスクワにおける競技場であります。これは何といいましても世界一の競技場をモスクワの郊外に持っております。別にオリンピックをソ連でやるということでなくても、あれだけの競技場を中心にして、体力の増進、青少年に対するそのほうの指導等について相当に力を入れておることが目につくのでありますが、これに相対して、なくなられたケネディさんの弟さんがりっぱな論文を発表して、どんなことがあっても今回のオリンピックでソビエトに負けてはいかぬ、アメリカはいかなる力を入れてでも勝たなければいかぬ、このことで勝負しなければいかぬということを非常に強く主張された論文を発表しておられます。こういうものを見るにつけても、各国の政治家それぞれが、あらゆる角度から国民の健康、体力の増強もしくは青少年に対するこういった感情というようなものについて深く取り組んでおることが各方面でわかるのであります。わが国におきましても、ひとつ大いにこの問題に大方の御協力、御賛成を得て取り組んでまいりたいと考えておる次第であります。
○古井委員 御所見を伺いました。頭で考えた理屈でなくて、体験から生まれた考え方というのは実にとうといと私は思います。大きな見地からぜひひとつこの問題を推進していただくようにお願いを申し上げます。 そこで、次に、体育の目的と対象ということについてでございます。発育成長期にあります若い人々にとりましては、体育は体位や体力を向上させるためのからだづくりであると思います。成長期の者にとっては、体育はからだづくりとして重要だと思います。成長期を過ぎました者にとりましては、健康を守り、増進するためのものとして、つまり健康づくりとして重要だと思います。成長期にある者、また成長期を過ぎた者、からだづくりのため、健康づくりのため、いずれもこれは重要だと思うのであります。重点は、からだをつくっていく点、健康を守り、増進する点、年代によって若干の違いはあるかと思うけれども、これはすべての人に必要なように私は思います。いま、体育と申せば青少年だけのことのように考えられがちでございます。むろんこの青少年の体育こそが一番大事なことは申すまでもございません。しかしそれだけと考えてはならぬと私は思います。その点であります。 先ほど河野大臣も仰せのように、学校に行きます前の幼い乳幼児のからだづくり、実にこれは重要でございます。乳幼児どころではない、母親のおなかの中におる胎児のときから母親を通じてのからだづくりを考えなければならない。早いほどよろしいし、重要だと思います。あながち学校だけの体育に限られてはいけないと思うのであります。その前の段階をより重視しなければならぬのじゃないかぐらいに思います。また、学校を出まして社会に出る、そのあとにおいての体育、健康づくりでございます。これが今日行なわれておらぬのではございませんけれども、現状はやはり事柄の重要性に比べて劣っておるように思うのであります。この点にもっとこれから力を入れなければならぬというふうに私は思います。また、健康人、今日一応健康であります者の健康を守ったり増進することは大事でありますけれども、やや健康の劣った人にはまたそれなりの体育を考えなければいけない。身体障害者の社会復帰のための体育も必要であります。これはある程度今日やっておりますが、不十分だと私思っておる。また、病気のあと、お医者、病院の手を離れたそのあとの回復期におけることもほっておいてはいけない。その方面に適用できる体育も発展させなければいかぬと思うのであります。先ほども触れましたけれども、妊産婦の問題も実に重要でございます。ヨーロッパではずいぶんこの方面が発達しておるように聞くのでありますが、からだをいためないように、早く回復するように、おなかの子供の成長を助けるように、その意味で非常に重要な一つの点だと思うのであります。老人には老人なりのまた健康を守る方法がなければならぬわけでございます。病人につきましてさえも、薬さえ飲ませればよい、手術さえすればよいというのでなくて、やはり病人なりの広い意味の体育がもっと発達しなければならぬ。ひところ、隈部博士が結核体操ということを唱えられて、相当成果をおさめておられる。大体いま日本人は薬にたより過ぎておる。薬といいさえすれば、なおるもののように思って、たより過ぎておる。そんなものでないことは申すまでもございません。 そういう意味合いにおきまして、やはり成長期にある者には、からだづくり、つまり体力、体位を向上させるためのものであるし、成長期後の者には、健康を守り、一そう増進するためのものであるし、それぞれ広い分野にわたってこの問題は発展させなければならぬように思うのでございます。そんなことを考えますが、この辺につきまして、何かのお考えでもございますれば、お伺いいたしたいと思います。
○河野国務大臣 大体私も全く同じようなことをいま考えておるのでございますが、しいて申しますれば、だれでも米をよけいとろうと思えば、苗代が半作だというぐらいに、まず妊産婦、乳幼児の時代に十分に力を入れて、健康の基盤をそこから育て上げなければいかぬ。そしてだんだん年をとってきても、それぞれ健康管理に十分力を注ぐと同時に、それなりに、私は指導と申し上げては少し言い過ぎかもしれませんが、お互いに正しい認識を持たなければいかぬ。案外、空気と水はどこへ行ってもあるものだという気持ちで、いよいよ年をとって、少しおかしくなってくると、急に健康ということを言い出しますけれども、そうでなしに、その年をとるまでの間に、案外粗末にする、その点に配意が足らないということが従来の慣行ではなかろうかと思うのでございます。 それにつけても、考えさせられますことは、私は、農村とこの問題を結びつけて——外国に参りました、先ほど申し上げました青年の報告を聞きましても、やはり牛乳を飲んでおる者と飲んでいない者との違いのように、すぐそう考えられますということを、一様にこれらの青年が言うております。いま農村で牛乳の問題がこのごろだいぶやましいのでございます。牛乳にしてもわりあいに安うございます。また、ことに考られるのは、卵でございます。卵も非常に割り安になっております。こういう牛乳とか卵というようなものを健康と結びつけて、これらをどういうふうに組み合わせていくかということを考えますれば、その解決によって 農村の問題の解決にもなろうし、健康の問題にも非常に大きく寄与する。ただ単に、学童に一部牛乳を飲ませようとか飲ませまいとかいうようなことでなくさらに前進いたしまして妊産婦にはある一定の牛乳は当然飲めるようにしてやるのだというようなところまで配意してやりましたならば、牛乳の問題も一方においてやかましい政治問題になろうとしておりますが、この問題の解決にも進んでいきましょうし、健康保持の問題にも取り組んでいけるだろう。そこらのところに政治家が金を使うならば、積極的に私は効果があがると思うのでございます。ただ単にそれを農村の経済とか、農家の自立とかいうようなことだけで考えないで、すべてそういう問題の解決の際には、それを健康に結びつけものを考えなければいかぬというようにしていただくならば、相当の効果があがるだろう、あがる問題が当面いろいろ考えられる。そういうことについて政治の上に総合性を欠いている点が私はあるのではないかと思うのでございます。これらの問題を、この際、私はあわせて政府のほうとしても考えるようにしていきたいと思いますし、皆さん方もそういう面についての一そうの御研究と御協力をいただくならばけっこうである。 これを一言で申しますならば、年をとっていき、健康をそこねると、健康の問題をそこで考えますけれども、そうなる前は、健康のことについてもしくは体力のことについて、あたりまえに放置しておく、比較的知識がないということ。ことに一部の人には健康管理についてこのごろいろいろ進んだということをいわれますけれども、国民全体の立場を考えてみますと、国民健康保険というようなことで——健康保険とはいいますけれども、これは病人に対する、病気になったときの対策であって、常に健康保持をすることについての指導奨励というようなことが、協力という面が非常に劣っているというふうに考えますので、そういう面が従来あまり問題に取り上げられなかったところに問題があるというふうに考えまして、これにはどうしてもみんなで声を大きくして叫ばなければいかぬだろうというような面で、実は明年度の予算におきましても、わずかな金でございますが、新しく総理府のほうに宣伝を主にした予算をとって組んであります。こういうものについては皆さん方の御協力を得て、大いに国民全体がこの点に関心を持ち、協力するように今後していただきたいと考えておるわけでございます。
○古井委員 いま、われわれの周囲の現状から、またそれについて考えるべき点に及んだ御高説を伺って、まことに共鳴を感ずるわけでございますが、いまもお話しのように、今日の体育の現状は、青少年ということが重んぜられている。けっこうであるけれども、さればといって、そのほかを軽んじてはいけない。お話のように、中年以後の人にとりましても、もっと考えなければいけない。ローマの雄弁家のセネカのことばだそうでありますが、人間は、死ぬるのではなくして、自殺するのだ、寿命はあるけれども、かってに死んでいくんだ、こういう意味のことばがあるそうでありますが、考えてみると、いわばそのとおりであると思うのであります。少なくとも怠っているんだ、そう思うのであります。 青少年のからだづくりのための体育につきましては、何しろ学校体育ということがここまで盛んになっておりますから、いろいろ問題点はありましょうけれども、大きく言って、まずよく発達している。欲を申せば、選手づくりなどを考え過ぎているのではないか。こういううらみもあるし、画一的な押しつけをやっているのじゃないかというようなこともありまするし、いろいろありましょうけれども、大きく言えば、学校体育は発達しても、その前の段階が劣っておる。それからあとは、特殊な人はゴルフをやるとか、そのほかにもいろいろ発達しているものはありますけれども、大きく言って劣っている。国民の何%が健康づくりの努力を一体払っておるだろうか、一日のうちどれだけの部分をこれにさいているか考えてみますと、まだまだおくれておるような気がいたすのでございます。 そういう面をお考え願うことは、すでに御承知でございますから、繰り返しませんが、いまもお話がありましたが、体力、健康を増進しますためには、体力が重要でありますほかに、やはり仰せのように栄誉と、もう一つ医学の協力が必要だと思うのであります。栄養もお話のごとくであり、医学ももっと協力しなければならない。病気になってからなおすだけが医学の能ではない。健康を守り、もっと増進するために医学が動くように方向が向いてこなければいけないと思うのであります。きょうのようにこわれた人間をなおす仕事だけになっておるのにはいろいろなわけがあります。そうでなければお医者の収入にならない。病人が出ないようにするということ、これがお医者のふところにも返ってくるような制度だって、考えれば考えられると思いますけれども、きょうはそうでないためにこわれるのを待っているというようなかっこうになっている。医学が積極的なからだづくりや健康づくりにどれだけきょう貢献しているだろうか。体育とともに栄養と医学の協力ということをもっと開発しなければならぬように思うのであります。私自身、健康の問題からして、体育のほかにこれと結びつけて栄養指導、それから医学の協力が得られぬものかというので考えてみておるつもりでございます。少なくともその方向に医学を向けるという問題があるように思うのでございますので、どうかこの辺も御考慮願いたい、御指導願いたいと思うのであります。 そこで青少年の問題から申しますと、体育をもっと盛んにしますには、一番大事なことは施設を普及し分散することだと私は思うのであります。東京とか、ある場所にでかいものをつくるというだけで終わってはならない。各地域、各職場にできるだけ施設を分散してつくらせることがよいと思う。青少年でありますと、施設さえつくってやればほんとうにやると思うのであります。施設を一カ所に集中するのでなくして、地域、職場への分散と普及ということをぜひ青少年のからだづくりのために考えていただきたいと思うのであります。 それから社会人の健康づくりのためには、一つにはやはり健康づくりのために努力をするという意欲を起こさせるように啓発をもっとやらなければならぬと思うのであります。わかっておるんだと一口に言って実行しない。実行の意欲を起こさせるような啓発運動を盛んにするということが一つの点だと思うのであります。もう一つは日常生活のうちで実行できるような手軽な健康法を実際に指導していくということだと思うのであります。やってみたい気はあっても、それだけになってしまうのは、一つには日常生活の中でやっていける手軽な方法を指導しない点に欠陥があるように私は思うのであります。そこで啓発とそれから手軽な日常生活の中でできる簡易な健康法の実地的な指導ということを社会人の健康づくりのためには御考慮願いたい、私はそう思うのであります。そんなことを思いますが、もし何らかお伺いできる点があればお伺いし、さもありませんければ、聞くだけ聞いておいていただきたいと思うのであります。
○河野国務大臣 お話しのような点についても十分配意してまいる必要がある、私も全く同じに考えますが、ただ一つ私の私見を申し上げて恐縮でございますが、私は元来日本の政治もしくは日本人のやってきましたことを見ますと、これをやろうというときに、いまのお話のようにそれだけ必要があるかどうか、それだけに日本の競技にしましても、競技場をつくる場合にも、今度のオリンピックの場合は別でございますけれども、全国各地の競技場等見ましても、体育館等見ましても、そんなに大きなものを一体つくる必要があるかどうか、つくるなら、いまお話しのように、もうちょっと目的に応じて必要の限界のものをたくさんつくったらどうかと思える点が私は非常に多いと思うのであります。これは世界各地歩いて回りまして、たとえばドイツなど相当運動が盛んでありますが、ドイツのどこに行ってみましても、目につくような体育の施設は非常に少ない。さればといってないのかというと、たくさんあります。こういう点も私は考えなければいけないのじゃないだろうかという気がしまして、いま古井さんのお話しのようにもう少し分散して、数を多くしてみなが手軽に利用できる——あらためてりっぱなユニホームでも着なければ使いにくい、入りにくいというようなものが少し多過ぎるじゃないかというような気がいたします。この点も十分注意する必要があるだろうと存じます。 またこれはあまりとっぴなことを申し上げて物議をかもすといけないと思いますけれども、実は私はきのうある用件で東京都内の、具体的に申しますと、世田谷の公民館とかというようなものにほかの用事で参りました。そのときに私は考えさせられましたことは、一体東京都内にありますこういう建築物がどうしてこんなものを、どんどんと大きなりっぱなものができるのだろうか。これだけのものがほんとうに東京には入り別なものだろうか。東京にだけこんなものがあって地方にはほとんどこんなものはないじゃないか。考えてみると、私の想像が間違っておれば私はいつでも訂正いたし、考え直しますが、おそらくああいう施設は私は競馬の益金じゃないかと思うのであります。東京都内はもちろんのこと、東京の近辺におきまするもの、大阪周囲のもの、こういうものに競馬、競輪——競輪のあれは違いますけれども、考える場合には、こういったものを一緒に考えたらどうかと思いますけれども、ああいうものの益金で、あれは元来戦災復興のために、それぞれの地方に復興の目的で競馬の開催をせしめる。ところがこれらのところはいずれも復興は十分進んでおりまして、そうしてなおかつ競馬の益金がたくさん入っておりまするが、そういうものがああいう公共的な建物に、非常に超一流的なものがどんどん建っておる。一体そういうものをそういう人に与えておかなければならぬかどうか。こういう競馬とか競輪とかその他同列のものの益金、こういうものは、いまここに私は皆さんとともに考えておりまする国民全体の健康を増進するというような目的にひとつ使うようにしたらどうか、そういうことに考え直していただいて、そうしてひとつ目的のために競馬の益金とか、競輪その他のものを考えてもらったらどうだろうか。そうするとここに相当の資金が出てまいりまして、各府県におきましても、ひいて申しますれば全国一円についてそういう考えをひとつみなでそれはやってみようじゃないかということになれば、資金の面においても一般の政府の国家負担だけでなしに相当の資金が浮いてくる。しかもあれを今日以上にさらにそのままに置いておいてああいう超一流の建物をつくって、むろん利用はされております、されておりますけれども、そういうものが大都市を中心にして、大都市だけにああいうものがどんどんできていくということでなしに、大都市においても少しがまんをしていただいて、もしがまんできなければそれは体育ということを目的にして、目的のためにやるということにでもしていただくならば、相当の金がここに出てきて、そうしてそれを国民全体の健康を保持し、体力を増進するという目的に使うようにするということを法律上においても皆さんにお考えいただくということにすれば、何しろやっぱり先立つものは、金がありますと、どんどんものが進んでいくというふうに思いますので、この委員会の性質からいうてあまり言い過ぎたことを申してお小言を受けるかもしれませんけれども、ひとつこれは超党派的に取り組んでそういう問題を考えなければならない。私も元来畜産に関係しておりますけれども、畜産振興にも使っていただかなければなりませんが、私は国民の体位を向上するためにあの金を使うということにしていただけば、どこからも苦情が出ず、大体戦災都市の復興は十分しておるのでございますから、国民全体の体位向上のために使おうじゃないかというふうに問題を切りかえてもいい次元にきておるというふうにも考えられます。そんなことをひとつあわせて御討議もしくは御研究をいただいたら、金があればやることはたくさんある、どんどんやっていけるじゃないか、これは社会党さんのほうでもひとつ御研究をいただきましてやったらどうかということを考えております。くだらぬことをつけ加えてはなはだ御無礼でございますが、よろしくひとつ御検討いただきたいと思います。
○古井委員 いや大いにひとつ言い過ぎをしていただきたいと思いますが、そこで最後に、体育の振興と政府の役割りというふうなことであります。 さっきも大臣が言われたように、もっともっとこの問題に腰を入れていただきたいということと、高い見地から方向づけをしていただきたい。また各省のそれぞれの部局がございますが、その間の調整もよくはかっていただきたい、まあそう思いますが、ただここで政府が乗り出されるというと、そうもありますまいけれども、とかく画一的な型にはめ込もうとするようなことが起こりがちであります。助長するのでなくて抑えつけるという方向になりがちであります。民間的な努力ということを重んじないで、役所でものをやろうというようなことになりがちであります。これは非常によくない。河野大臣はこれは十分御承知の点でございますけれども、役所が乗り出すと、とかくそういうよいことより悪いことがよけい起こってくるという一面がありますので、できるだけはつらつとした民間の意欲を興し、民間的な努力を伸ばすような方向で体育の問題は御考慮を願いたい、私はそう思うのでございます。そしてこの成長期にある若い人たちのからだづくりのための体育は、主としては文部省が心配したらよろしい、健康づくりのための体育は、栄養その他とも結びつけて厚生省が大いに考えたらよろしい、その全体をひとつ総理府において、またその上の内閣等において方向をつけ、かじをとっていただくようにするのがよいのではないかと私は思いますので、そういう御考慮をお願いしたいと思います。 これで私はおしまいにいたしますが、何かの御感想があればお伺いいたしたいと思います。
○河野国務大臣 御注意のように、政府が関係する、政府が発言するということがいまのような弊害におちいることは、私も全く同感でございまして、そういうことはゆめゆめないようにいたしたい。ただ、しいて申しますれば、この案を取りまとめるにつきましても厚生省だの、文部省だのというようなこと、もしくは内閣がそれに出かけて、内閣がそれを持っていくのじゃないかというようなこと、いろいろ役人なら役人の思惑があるでございましょうが、私はそういうことは絶対してはいかぬ。調整をし指導をするということはしいて申しますれば私自身がやります。そして方向だけはみな一本にする。そうして、先ほども申しましたように、やはり農村の青年であるとかそういう施設の足らない中小企業の勤労者というようなものについても配意する必要がある。そういうものについてはそれぞれの分野において協力するということでございまして、民間団体の育成助長、どこまでもそういう方向に主体を置いてやっていくのでなければ目的の達成は絶対できるものではないということは、深く私も了解しておりますから、御注意の点につきましては十分注意してまいります。なおこの上とも御注意がありましたら、承りますれば直ちにその方向に是正することにいたしますから、よろしく御協力いただきたいと思います。
○古井委員 どうもありがとうございました。
○大石委員長 前田榮之助君。
○前田(榮)委員 いま古井委員と河野国務大臣との質疑応答を承って、私は全面的に了解し、賛成するものでありまして、こんなことを党派根性で進めるなんということはもってのほかのことだと思います。もし社会党に理屈を言う連中がおって、がたがた言うことがありましたならば、全部私が引き受けてそういうことは処理することを申し上げておきます。 ただ問題は、いろいろな行政を行なわれる場合において国民的な行政の行ない方と官僚的な行ない方ということになりました場合において、官僚的なことでその場を濁すというようなときには、あるいは社会党にも理屈が出るかもわかりませんが、そうでない限りにおいては私はないと思います。 そこでいまの問題に関連いたしまして先走りをしたような質問になるとも思いますが、実は社会党の本委員の連中の中に、この特別委員会が置かれることになったことに一つの疑問点を持っておりまして、もしこういうことで将来も議会運営をやるとするならば、文部省の行政を学校教育行政とそれから文化、体育の行政と二つに分けて、文化省と申し上げますか、体育省と申し上げますか、そういうものを設置すべきではないか、こういう意見が——まだこれは党議にかけた意見でも何にでもありませんが、わが党の中にあるわけであります。そこでいまお二方の質疑応答を承ってみても一そう、直ちにとはいかないにしても将来体育省か体育、文化を含めた別な名前の省か、そういうところまで発展しなければ、欧州列国と肩がそろっていかないのではないかと私は思うのです。この必要性についてはすでにお述べになった内容が証明いたしておると思うのですが、その点、国務大臣の御意見をひとつ聞かせていただきたいと思います。
○河野国務大臣 ただいまお述べになりました点につきましては、まだ内閣におきましてはそういう点に話が進行いたしておりません。まだそこまで率直に申せば考えておりません。おりませんが、私は先般のオリンピック担当大臣として各国の政府の代表者等にお会いいたしますと、いまお述べになりましたような関係の大臣というものはやはり二、三参っております。各国におきましてもそれぞれの国において最近とみにこの問題に非常に重点を置いて政治が行なわれ、ものが考えられておりますことは、先ほど申し上げたとおりであると私は思います。したがってわが国におきましては、いまなお一般の世論なり社会全体の動向がそこまでいっておりませんと私は思いますが、しかしこれは大いに指導啓発を官民一致でやりますことによりまして、さらに一そう重点をその方面にまで進めていく必要がある、そういう次元に達すればむろんそこまで考えていい問題ではないかと私自身は思います。これは個人の私見を申し上げて恐縮でありますが、私自身はそう考えます。そこまで重要性をもって民族の将来、国民の健康、体位向上について大いに政治は配意すべきだという考えを持っておりますが、しかしいま率直に申し上げて、政府におきましてはそういう意図のもとに、またそういう考えのもとにものを進めておるということには、まだいっておりませんことをここに率直に申し上げます。
○前田(榮)委員 どうか将来そういうような方向に根強く進められるよう留意をしてもらうことを希望いたしておきます。 そこで、国務大臣の直接の担当の行政ではないのでありますが、話に出ました国民健康保険等の問題、これは厚生省や労働省や関係省はただ一つではありませんが、こういう行政のために、いま御承知の医療問題が相当困難な状態のところまで政治化いたしております。もし、医療費の問題にいたしましても、われわれは健康医学と言っているのですが、治療医学でなしに健康医学というものを進めてまいりますると、薬価がどうだとか初診料がどうだとかいうようなことも、問題は実質的には片がつくと私は思っております。そういう意味において、こういうことを一気に進めるわけには実質的にはまいりませんが、漸次進めていくという点について、私は、たとえば健康保険にいたしましても、その五%かあるいは七%かという少ない部面だけ、治療のために使うのではなくて、健康増進のために体操をやれとかいうような方向に進めまして、それが前進しますると、五%や六%でなしに、その一〇%なり一五%治療のほうの費用が節減され、漸次それが二〇%、三〇%と発展することは間違いのないコースなんですから、そういう意味において、現在の保険制度というものについて、一種の方向を変えるともいうべき方向に発展さすべきじゃないか。これも最初申し上げましたいわゆる健康、体位向上という行政を中心とした方に進むように、さしあたり日本国民のために、農村におきましては田畑の中で体操を行なう、あるいは産業工場等におきましては、工場で十分なり二十分なりというものは体操する。これは法律で強制するわけにもまいりませんが、そういう慣習を全産業の中に植え込む、こういうところまで発展いたしますると、私はここ約四年ほど古井さんとともに体操をずっと続けてやっておるのですが、体操はやればやるほどその次にはまたやりたくなるという性質を持っておりますから、漸次国民もほっておいてもやらざるを得ないということになろうと思う。いまデンマーク体操、あるいはノルウェー、スウェーデン、チェコスロバキア等々において国民体操というものが非常な勢いで発展をいたしつつあることは、すでに世界周知の事実でありますが、私はどうしても日本をそこまで進めていかなければならぬと思う。それには政府も国民も一体となってこれを進めていく。その一体となって進めていくのには、やはり先覚者というものが必要なのでありまして、政党の指導者の諸君は申すまでもなく、内閣におきましても、率先して、あるいは世間ではあのあわて者がと言われるようなことを覚悟の上でやらないと、なかなかそこまではまいりませんので、ひとつそういう方向に進めていくということについて、いま古井さんあたりもそれぞれいろいろな案を練っておられるようでありますが、そういうことについて政府も何らかの国民的な一つの健康運動としての運動に助成をしていく、こういうことはできないものでしょうか。ひとつその点を伺いたい。
○河野国務大臣 先般来古井さんの御意見も承りまして、私はたいへん熱心に運動を続けていらっしゃることに敬意を払うものでございます。いまお話のございました点も、いずれも同じことで、御一緒にその運動を進めておるということでございまして、私全く同感でございます。おそらく、この委員会の進むにつれ、委員諸君の御意見を承ります段階において、政府においてもいま御指摘のような点に大いに力を注ぎ協力してまいる、そうして、民間においては諸君の御指導によって国民にそういう方向づけをしていく——お話にもございましたとおり、私も考えますことは、北欧の諸国、比較的社会政策とかそういったものの進んでおりますところに体操が発達する、国民の健康が非常に保持されておるということでございまして、いまわが国において医療問題が非常にやかましく政治問題になっておるその反面において国民としてみずからの健康をどうするかということが当然取り上げられなければならぬし、みなの自覚がそこにくるという、私は非常にいい時期だと思いますので、その点についてはひとつ大いに御協力、御指導をいただきたい、こう考えます。
○大石委員長 川崎秀二君
○川崎(秀)委員 古井、前田両先生から基本的な問題が論ぜられました。まことに、河野大臣との質疑応答によりまして、本委員会設置の目的も大体了承されたと思うのです。私は、具体的問題について、二つ、建設的に提言をしたいと思っております。 第一は、国家体育賞などを設定する意思はないか。ただいま、いわゆるデパートメント——省を設けるという話がありましたが、私の申し上げるのは表彰のほうの賞であります。これは、近年、スポーツは元来民間のものでありますが、オリンピック大会その他の国際競技大会におきましてその民族を代表して活動した選手、巨大なる民族精神を鼓舞した者に対しては、たとえばチェコスロバキアのザトペックが政府から直接勲章を受けたばかりでなく二階級特進などということもございます。これは共産主義国家における一つの典型であるというふうに見ておりましたが、だんだんそういう傾向は自由主義国家にも及びまして、アメリカではヘルムス賞といいまして、これは民間の賞でありますが世界的にも有名で、ひとりアメリカだけではなしに世界のスポーツ発展に功労のあった者を表彰しておる。さらに最近、私が非常に注目したのは、イギリスの女王が、先般東京大会で非常な活躍をしたランド夫人あるいは二、三の陸上競技の選手に対して、表彰を与えておることであります。元来アマチュアリズムの純粋性を誇っておるのは英連邦関係でありますが、そういう国もやはり国として表彰の体系を整えつつあるわけでありまして、わが国では、その先労者としては朝日新聞、毎日新聞、読売新聞等の有力な新聞社がその表彰を行なっておるわけです。NHKなども最近NHK賞を出しておる。そういうことをひとつ大きく、こういう実績の上に立って、来年あたりから適当な審議機関をつくって、そして国家スポーツ質あるいは体育賞というものも設定されたらどうか。ただしその際はきわめて少数の人間に限定をされて、たとえば長年アマチュアリズムの発達に功労があった——まあなくなった人なら差しさわりはないから申し上げますが、三船名人であるとか、あるいは飛田穂洲氏であるとか、あるいは差しさわりのないところでいえば、やっぱり織田幹雄君なども、この表彰に値する人だと私は思っております。そういう意味で国家体育賞、現にアマチュアリズムを高揚し、ヒーローとなっておる者はもとより、過去においてわが国のスポーツに発展のあったきわめて少数の者を限定して、国家体育賞というものを設定する意思はないか、河野大臣のむしろイニシアチブによる御発言を願いたいと思っております。
○河野国務大臣 川崎さんのただいまの問題につきましては、先般もオリンピック関係もしくはわが国の体位向上にかねて協力せられた諸君、これらの人にどういう褒賞をするかということについて、実は大いに論議、検討をいたしました。すでに政府が発表いたしましたようなことで終わったわけでございますが、元来私は、最近特に日本で考えられますことは、日本の青少年の諸君がプロ野球もしくはプロボクシング、自分が健康を居々増進して、目ざすものはプロ野球の選手になるのだ。たくさん金が取れるじゃないかというような傾向が相当に見受けられますことは、これは悪いとは私は決して申しませんけれども、必ずしもこれが本筋であるというわけにはまいらぬと思います。そこに私はアマチュアスポーツ、国民全体のスポーツというものと、いま申し上げましようなものとの区別、範囲をどうもっていくか。最近私の後輩が実は職業野球の指導者に招聘されていった者の述懐を聞きましても、自分はオリンピックにローマ、東京二回出るために、学年から会社を休まずに練習しました。ところが一たびプロ野球の選手の指導に入ってみますと、いかにこれらのプロ野球の選手諸君が、自分の職業であるにもかかわらず、その練習過程において、われわれがオリンピックに出るために精魂尽くして練習しておるその気持ちとの間に、何か割切れないものを感じますということを聞いております。 こういったようなものを聞きますと、何かそこに、やはりこの際、国民全体の体位を向上させなければいかぬというような際に、ひとついまお話しのような点についても、特別に考える段階がきておるんじゃないかということも考えさせられますが、これはなかなか重大なことでございますから、十分にひとつ皆さんの御意見も拝聴し、世論の動向等も十分拝聴いたしまして、その上で政府においても十分考えるようにいたしたい、こう考えます。
○川崎(秀)委員 もう一つは、これは河野大臣が私的に関係をされておる日本学生陸上競技連合の会長でございますので、その関係で今日オリンピックに次ぐ行事として、一九六七年にユニバーシアード、すなわち国際学生スポーツ大会を誘致しようという働きがあります。私も実はユニバーシアードの招致の副委員長をやっておるわけですが、今日の形勢から見て、フランスとわが国との間に角逐が行なわれておって、やや遠距離の関係があって招致に非常に——非常に不利とは言いませんが、五分五分から四分六の関係でフランスにとられそうであります。しかしオリンピック大会をみごとに演出をしたわが国でありまするし、三年後という期間を経てのことでございますので、さらにスポーツ精神を国民一般に普及するには非常にいい機会ではないか。しかも学生スポーツの純粋性からいっても、意義は非常にある。ところがこれらの誘致の一つのかぎとして、これは私が一つの構想として結びつけたのでありますが、たまたま一九六七年は明治百年に当たる。近代国家誕生百年という時期を迎えまして、明治維新が青年の手で行なわれた。御存じのように西郷隆盛をはじめとして三十数歳の青年指導者によって行なわれたという意味で、明治百年祭の行事は青年、学生というものに中心を置いたものでやるべきだということを主唱しておるわけであります。明治百年祭は松村謙三先生がやったらどうかということで、民間連動としていま企画委員会などもつくってやりつつありますが、幸い政府の協力も得られるようになりましたし、予算の最終段階で、わずか百万ではありますが、内閣総理府に調査費というものがついたわけです。四月から活動するわけですが、その明治百年、近代国家百年という大きいスローガンがあれば、これの誘致についても非常に有力になるという意味で、ここに御提言申し上げたいのは、単にスポーツの大会を、オリンピックの小型版をやってもなかなか国内はわかないと思う。そこで私の考え方は、その際に明治百年に結びつけた世界学生青年祭というものを政府も賛成をしてくれて、そうしてひとりスポーツだけではなしに、文化一般科学というものの祭典をするということにいたすならば、この大会は確実に誘致もできるし、一石二鳥であると考えて推進しようと思っておるわけでございますが、スポーツを一般世界学生青年祭という形で深く普及をすることについて大臣は賛成であるかどうか、御提言かたがたお考えを伺いたい次第であります。
○河野国務大臣 ただいまお話しの点、私も、第何回でしたか、日本の学生を初めて参加さすときに、及ばずながら御協力申し上げた責任者の一人でございます。その後実は共産圏と自由国家群との間に、この学生競技大会についていろいろのいざこざもありまして、いまだ私は解決していないと思います。(川崎委員「解決しました」と呼ぶ)しかしもう共産圏とか自由国家群とかいうてスポーツにおいて分ける必要はない。それでございますから、こういう機会に私は日本の立場において大いにひとつそういう問題も取り上げて、各国の了承を得て、なるべくそういった機会をつかまえて、国民全体に健康とか体力増進とかいうものの自覚、必要性というものについてひとつ御理解いただくということは必要だろうと思います。私は先ほど来委員各位の熱心なる御発言またこれまでのお考え等を承りまして、こういう場を通じ、さらに広く国民にあらゆる機会にこれを高揚してまいるということが必要だろうと思います。できるだけ私も御協力申し上げたいと考えます。 —————————————
○大石委員長 引き続き文部省、厚生省より健康・体力の増強施策についていろいろな説明を求めるのでございますが、それに関連して前田委員より発言を求められておりますので、これを許します。
○前田(榮)委員 前田体育局長にお尋ね申し上げます。 局長もすでに御承知のとおりに、オリンピックに使ったあとの施設で、いろいろ問題があるところ、ないところ、いろいろあるようでございますが、戸田のボートコースがすでに議題にのぼっておりまして、われわれのところへも、前のオリンピック特別委員の連中から、これをアマチュアのために主として使わせるようにしなければならぬのにもかかわらず、競技場としていろいろな注文がついておるということでありますが、これらの問題について、一応局長御存じの事情だけひとつこの委員会でお聞かせ願いたいと思います。
○前田政府委員 戸田の漕艇場は、御承知のとおり、オリンピック競技場として三十七年から改造、整備をいたしてまいったのでございます。そこで、今日、オリンピックが済みまして、埼玉県の十四市競艇組合、これは飯能市以下十四市でございます、それから戸田の競艇組合、これは戸田町以下二市でございます。この二つの競艇組合から、競艇に使わしてほしいという希望が出ておる現状でございます。 つきましては、オリンピック前に、漕艇場をモーターボートの競争場に使用するということが、昭和二十七年にきめられておるのでございます。そして、二十九年に戸田の競艇組合に対して競艇をすることが設可になっておるのでございます。この漕艇場で競艇をすることの了解ということにつきましては、これは漕艇協会のほうとしても承知の上、また埼玉県においても十分承知の上で申し出られて、それが許可になっておるのでございますが、いよいよオリンピックのための漕艇場改装のときになりまして、競艇は完全にやめてオリンピックの整備をするというようなことで計画を立てたのでございますが、ただいまの競艇組合等におかれては、どうしても困るので、オリンピックが済んだらまた使いたいということを考えながら、ぜひ一時中止でやってもらいたい、こういう強い希望が出ました。そのときに、文部省並びに埼玉県でお話をし合ったのでございますが、これを解決をいたしまして、競艇は絶対やめということで公式の交渉をいたしますとオリンピックの準備に間に合わない危険性もございましたので、その辺の管理運営の問題については、オリンピック後皆さんの意見を聞いてきめよう、こういうことで一応工事にかかりまして、御承知のとおりのオリンピックを実施いたしたわけでございます。 現在の契約等の関係を申し上げますと、戸田のコースの敷地は、国と県とで地上権の設定の契約をいたしまして、その権利は、県もあり、町もあり、組合もありといったような関係で、いろいろな地上権が錯綜しておりますが、これを一括県が引き受けて、国に一括して昭和四十年の三月三十一日までは無償で譲渡するということで今日に至っておるのでございます。 そういうようなことで、オリンピックが済んだ今日におきまして、競艇組合としては、かねて来の希望である競艇をやりたい、こういう希望が出てまいったのでございますが、今度は漕艇協会のほうから申しますと、実は貸すときには、漕艇の試合のじゃまにならなければ、まあやったって差しかえないであろうということであったけれども、だんだん漕艇も盛んになってまいるので、なかなか共存することは困難であるというような考え方をもちまして、各方面へ陳情等もされておるように伺っておるのでございます。 なお、ここで一言はっきりつけ加えておきますが、文部省といたしましても、また県当局といたしましても、戸田の漕艇場はアマチュア・ボート、すなわち漕艇は必ず絶対に優先させるということは、お互いにはっきりと申し合わせてもおりますし、またお互いにそれは当然のことと考えて、そういうふうに処理はいたしたいものと思っております。 それからなお、私どもの考え方として、競艇もやるということであれば、現在までは国の施設でございますが、国の施設で競艇と漕艇とを共存させるような、そういう仕組みはよろしくないのではないか。漕艇だけでやれるものなら、これは国の競技場としてやることはけっこうなことだと思いますが、現状においてそういう問題がある以上は、埼玉県に移管をいたすのもやむを得ないだろうということで、埼玉県に移管をする考え方で進んでおる現状でございます。
○前田(榮)委員 この結論を得るまでに、いろいうな事情が錯綜いたしておるようでありまして、われわれももっと内情に立ち入って明らかにしなければならぬ問題があると思います。 まず第一にお聞かせ願いたいのは、今度のオリンピックのために国費を相当使って、ああいうりっぱなものにされたのだと思うのです。県や町村、組合等が一部権利を持っておるようにお話がございましたが、その比率等の状態は、たとえば面積においてどのくらいであるか、あるいは競技場設備をするときの費用において国と地方がどういう関係になっておるか、これらのことは明らかになりますか。なれば、ひとつお聞かせ願いたい。
○前田政府委員 比率については、私どもまだ比較対照をいたしておりません。これは調べればすぐわかることでございますので、次回までには調べ申し上げたいと思います。 国で使いました費用は、三十七年度において一億九千百万円、三十八年度において一億三千六百万円。そのおもな費用は、漕艇試合の本部の建物、それから艇庫を建てたことが最も大きな費用である。次にしゅんせつでございますが、このボート場ののりの手入れ、改造をいたしましたことと、それから拡幅をやりまして、そのために必然に起こるしゅんせつ、そういうことをやりました費用でございます。あの漕艇場のまわりの整備についての費用は、全部県で持ったものでございます。
○前田(榮)委員 あの土地そのものは、どこの所有になっておりますか。
○前田政府委員 あの漕艇場の土地は、非常に多くの部分が県のものでございますが、戸田町のものもございます。 それから、あの水路は農業川水路でございますので、中間、たしか二十メートルと伺っておりますが、まん中の水路の水利権は水利組合の管轄と申しますか、所有と申しますか、そういうものになっておるのでございます。
○前田(榮)委員 それらの水利組合の云々といっても、これはもうすでにああいう漕艇場になっておるので、まだ依然その所有権の一部があるのかないのか。あるいは、それらは国のほうで買い上げてアマチュア専門の漕艇場にすることはできないのか。これらの見解はいかがですか。
○前田政府委員 まん中の水利組合の所有地と申しましたこの点でございますが、これは法律によってきめられておるということでございまして、これは農業用水路でございますので、その他のものがそれを持つことはできないということになっておるそうでございます。その他の九十メートルの幅でございますが、その他の部分については、これは県が国に売れば国の所有権にはなり得るわけでございます。まん中だけはそういう問題があるようになっております。
○前田(榮)委員 これらの複雑な所有の状態、それから国、県等において三月三十一日までの使用の契約、こういうことが、オリンピックの工事を行なうまでには明確にできないから、オリンピックが済んでから協議するというようにちょっと承ったのですが、もうこの契約というものは書類で明確にできておるのですか。その点いかがでございますか。
○前田政府委員 この地上権を設定いたしましたのは四十年の三月三十一日までで、埼玉県から国に対して明らかに契約をして、私どもが持っておるわけでございます。したがいまして、三月三十一日までは国のほうに全面的な権利があるわけでございます。
○前田(榮)委員 最後にお尋ね申し上げておきたいのですが、競艇組合といいますか、そういうものと文部省との契約か、申し合わせか、そういうものはどうなっておるのですか。
○前田政府委員 オリンピックに際しまして、競艇組合とかあるいは水利組合、そういうものと文部省は、何も直接契約とかそういうことはいたしておりません。私どもはすべて県を通してやっておりますので、県と話をしてまいっておるわけでございます。
○川崎(秀)委員 いまの問題は柳田秀一君がなかなか深く研究をされておりまして、何かいずれ質問したいというようなお話もありました。私も超党派的にそれは賛成しておるのです。問題は、やはり核心は神宮球場の問題です。これは及ぼす影響は神宮球場のほうが大きいだろうと思います。あれは学生野球のメッカであるにもかかわらず、プロ野球の使用を大幅に許したということで今日問題になっておるわけです。 戸田漕艇場の問題は、また競艇が入るという。せっかく国費を投じてオリンピックの際に単独の漕艇場としてやったものが、今度はばくちの対象になるということは耐えきれないというのが一般スポーツ界の世論のように思うのです。こういう点に対して前田さんはどういう考えを持っておられますか。
○前田政府委員 競艇そのものの存在ということは、これは法律で許されていることでございますので、私がとやかく申し上げるべき問題ではございませんが、この漕艇の場所へ競艇が入り込んできたわけです。そうして、それによって漕艇のほうに非常にいろいろな混乱が起きる、こういうようなことは好ましくない、それははっきり私も考えておるのでございます。 ただ、この問題は長い間の問題でございまして、あとから着任いたしました私がかってにいま処理をするということもできない事情もございます。 それからなお、競艇と申しますのは、これは単に個人的な人々の組合というようなものではございませんで、これは自治省の許可を得て、埼玉県は、現在は十四市、もとは十市だそうでございますが、競艇による益金は、飯能市、加須市、本庄市、東松山市、岩槻市等、埼玉県内の大部分の市の財政のもとになる。また、戸田の競艇組合は、戸田町、蕨市、川口市の三町市でございまして、これが戸田競艇組合と申してやっているわけでございます。収入は十四市の場合と同じわけでございます。かような公共団体が実施いたしておるものでございますので、その辺の問題も公の一つの話として決定せざるを得ないわけでございます。そういうことで、結局埼玉県側のほうの競艇組合の代表者として知事さんと私どもは話しておる、こういう現状であります。 私は、どんなことがあってもアマチュアのスポーツが優先である、この考え方を変えることはできない、こういうことでございます。それで、もともとそういうふうにずっと長い間の関係でまいっておることでございますので、両者が話し合って十分納得がいくことであれば、そこら辺でまとまっていただくことが、長い将来としてはともかくといたしまして、現状としてはそういうような方向へ行かざるを得ないのではないか、というふうな考え方で進んでおる次第でございます。
○川崎(秀)委員 これはもっと追及しなければならぬ点が多々ありますけれども関係者も呼びましてもっと事情を調査して本委員会としては対処する必要があると思いますので、きょうはこれで終わります。 ちょっと伺っておきたいことがあります。それは、オリンピック記念青少年センターの問題です。あの二十何棟は全部青少年センターになりましたか。
○前田政府委員 青少年センターは、ただいま特殊法人で国会に法案を提出いたす予定にいたしておるわけでございます。建物は、森林公園に一番近いほうの側十棟——いわゆる宿舎の長い建物が九棟、それからもう一つ女子選手村の食堂並びに談話室にいたしましたあの建物が一棟、合計十棟はこのセンターで使う。それから、その他うしろのほうの六棟でございますが、これは大蔵省で留保するということでございまして、そういう法案で提出する予定でおるのでございます。
○川崎(秀)委員 これはきわめて重大なことを伺った。それが世間に明らかでないから、大蔵省は何か自分が保管しておる建物だということに籍口して——オリンピック記念青少年センター全部あれを充てるということが今度の閣議の決定でもあったし、また自民党文教部会、あるいは世論もこれを支持したわけです。大蔵省は、何かその一部を国税庁の新人吏員の養成所に使おうという下心をもって、そして文部省との間に取引したというような情報もわれわれは最近聞いたのです。これは去年の九月ごろからくすぶっておった問題ですけれども、もしそれがほんとうであるとするならば、事はスポーツの一部分の問題で小さいかのように考えられておるけれども、そういう大蔵省の根性というものの非常に重大な問題になってくるので、ただいま言ったことに間違いありませんか。もう一度詳しく説明してもらって、それだけできょうはとめます。
○前田政府委員 私どもは取引などというようなことはいたした覚えもございませんし、そういうつもりは毛頭ございませんが、大蔵省のほうで先ほど申した場所については留保するということでございまして、これは国有財産の処理の立場で大蔵省がきめたわけでございまして、大蔵省に留保される、こういうことに相なっておるわけでございます。
○川崎(秀)委員 それでは、もう一つ聞いておきます。 文部省としては、オリンピック記念青少年センターを将来充実をし、青少年の鍛練、あるいは海外青少年との交流その他の本来の目的に使用するためには、全部旧来の選手村の鉄筋コンクリートの建物を使いたいというのがあなた方の願望であるかどうか。その点はこの席上においてはっきり言明してほしい。
○前田政府委員 私が言明するのはいかがかと思います。これはそういう方針の問題でございますので、大臣がはっきり申し上げるのがほんとうかと思います。私どものただ単なる希望としてはそういうことをもちろん考えておりますが、文部省としての見解としては大臣からお聞き取りいただきたい、かように思います。 それからなお、大蔵省と文部省との話の上には、将来は文部省にあの部分も使わせるという考え方は大蔵省も持っております。私どもはもちろんそういうことは、先ほども申しましたように、希望としては持っております。
○川崎(秀)委員 そうすると、大蔵省から聞いているのは暫定的留保ということで聞いているのですか。
○前田政府委員 暫定的、そういうことも言えるかもしれませんが、昭和四十五年を目途にして文部省に譲ってほしい、こういう考え方でございます。
○大石委員長 次会は公報をもって御連絡申し上げます。 本日はこれにて散会いたします。 午後零時二十七分散会