建設委員会 第4号
- 発言数
- 117 件
- 登壇者
- 13 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1965/02/19
会議録
○森山委員長 これより会議を開きます。 前会に引き続き、建設行政の基本施策に関する件について調査を進めます。 本件について、日本道路公団副総裁佐藤寛政君、同企画調査部長鹿島邦夫君を参考人として出席を求め、意見を聴取いたしたいと思いますが、これに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○森山委員長 御異議なしと認め、さよう決定いたしました。 なお、参考人として、水資源開発公団理事小林泰君が出席しておりますが、参考人からは、質疑応答の形式で意見を聴取いたしたいと思いますので、御了承願います。 質疑の通告がありますので、これを許します。栗原俊夫君。
○栗原委員 私は、昨年の通常国会で決定されました新しい河川法が、来たる四月一日から施行されるこの機会に、河川法の中の一つの柱になっておる問題、河川区域の問題について少しくお尋ねいたしたい、このように存じます。 新しい河川法によりますと、新河川法によって河川の区域に——今度は認定ではなくて、指定ということばになっておりますが、指定されたところは、従来の河川法と違って、そこに所有権を持っておる人も所有権は排除されない、こういうことになっておるわけですが、現行法では、河川区域に認定されると、その認定された地域に持っておる所有権が、私権排除という形で所有権を失う、こういうことになっておるわけですが、河川区域認定によって所有権を失った地域、この地域については、いろいろ今日までも問いただしてみますと、これは無主物であるとかいろいろ、私にはちょっとわけのわからぬような立場に置かれた土地ですが、新河川法によれば、そうして所有権を排除した河川区域の中の土地は、新河川法の施行と同時に国に帰属するのだ、こういうことが初めて明確にうたわれたわけであります。 そこで、私は、こういうところがどのくらいあるか。というのは、私の知っておるところで、今日まで河川区域に認定されたといいながら、まだその河川区域に認定された地域が明らかでない。明らかでないから、したがって、土地登記において、民有地の抹消登記も行なわれていない。こういうところなどもある。これを一体どんなぐあいにして国へ持ち込むのかというようなところに大きな疑問を持って、実は書面をもって、これらについて一応予備の質問をしておきました。 それはどういうことかと申しますと、河川法第二条による河川区域の認定の行なわれた区域は全国でどのくらいあるんだろうか、この問いに対して、答弁は、六百六十区域を認定した、こう答えております。さらに、認定された区域のうちで民有地を含む認定区域はどれだけあるか、こういうことに対して、それは二百十区域である、こう答えておるわけであります。しかも、その民有地を含む二百十区域のうちで、今日までまだ民有地の抹消登記の行なわれていない区域はどれだけあるか、これを全国に九つ残っておる、こういうことであります。本来からいえば、当然、区域に認定されれば、不動産登記法によって、河川区域に編入された土地はすみやかに抹消登記をしなければならない、こういうことを強く要請されておるにもかかわらず、今日までまだ抹消登記の行なわれていない区域が九区域ある。なぜそれでは抹消登記ができないのか、その抹消登記のできない理由をひとつ整理して、そうして理由別によって、これを何区域ずつあるか明らかにしてもらいたい、こういう問いに対してはどう答えているかというと、抹消登記のできない理由は、河川法第二条の民有地を含む区域の認定が戦前において行なわれたものであって、基礎資料の消失等のために、事務処理が困難であるので、抹消できないのだ、こう答えておるわけであります。そこで、私は、来たる三月三十一日限りで終えんを告げる現行河川法を、いまさら問いただすのはどうかと思うのでありますけれども、こういうような問題もございますので、少しく現行河川法について問いただしつつ、新しい河川法に関連しての説明、お教えを願いたい、このように思うわけであります。 そこで、まずお尋ねするのは、現行河川法第二条は「河川ノ区域ハ地方行政庁ノ認定スル所ニ依ル」こういう規定によって、今日まで六百六十の区域認定が行なわれてきたわけでありますが、私もいろいろ関係法律を調べてみましたけれども、その方法等や手続等については、何ら規定を見出すことができません。したがって、言い方をかえれば、行政庁がここが川だぞと言えばいいようにもとれますけれども、まさかそんなわけであったはずはないと思う。一体どのようにして、河川区域というものを認定をして、決定をしていったのか、このことをひとつ明らかにしてもらいたい、このように思います。
○国宗説明員 現行河川法におきましては、国の機関としての地方行政庁、すなわち都道府県知事がその管理をする区間におきまして、河川の区域を認定いたすことになっております。さようにいたす場合には、施行規程によりまして、県の公布式によりまして公示いたすことになっております。認定の基準につきましては、河川としての効用を発揮するに必要にして十分なる区域を認定し、公示をもって、一般に明らかにいたしておるところでございます。
○栗原委員 法律としての施行規程、こういうものの中には特にうたってないけれども、行政慣例として地方庁における規程、これに基づいて公告によって一般に知らしめ、これによって決定していくんだ、まあこういう御説明でありますが、公示以外の方法で、河川区域を決定するようなことがあり得ますか。この点を明らかにしてもらいたい。
○国宗説明員 河川区域を認定いたします公示の方法としましては、おおむね二つの種類があるわけでございます。 一つの種類と申しますのは、県の公報において、河川法第二条第一項の規定により、何々川の支川として認定したる入間川云々を認定するといたし、その区域といたしましては、縦覧に供したるところの図面に表示したる青色実線のとおりとして、区域を告示すると同時に、公報をもって、図面をもって公示する方法が一つでございます。 もう一つの方法といたしましては、公示を行ないます際に、「実地ニ建設セル青色杭連結線内トス」すなわち、青色をつけたくいを打ちまして、その区域内とするという、現地における公示方法を公報に用いる方法でございます。
○栗原委員 一番目のほうの、つまり一般の縦覧に供する図面によって、その区域を明示するという方法は理解できますが、第二番目の方法はどうもわかりませんが、もう一度ひとつわかりやすく説明してください。
○国宗説明員 第二の方法と申しますのは、河川区域を認定するという県の告示を出すわけでございます。 その際に、実地について申しますれば、「中川筋河川区域ヲ左ノ通認定ス」といたしまして、「左岸埼玉県北葛飾郡栗橋町大字高柳字道下二六五一番 右岸同県北埼玉郡大利根村大字川口字古河一六七五の一番 地先ノ東京都界ニ至ル間ノ実地ニ建設セル青色杭連結線内トス」すなわち、場所を公報で表示するとともに、現地には、頭のほうを青く着色されておりますくいを打ちまして、そのくいをもって結んだ区域内とする。 さらに、他の例をもって申しますれば、くいに番号をあらわしまして、「左岸二建設セル川敷杭一号乃至三〇二号見通線」一号から三百二号までのくいを見通す線、「右岸ニ建設セル川敷杭一号乃至二一二号見通線内ノ土地」すなわちくいを打って、その見通し線をもって現地に定めるという方法でございます。
○栗原委員 その打ったくいの位置というものは、何で決定するのですか。
○国宗説明員 くいは、公報でその地名を指示するとともに、現地において具体にその個所に建設するものでございます。 当時、これは昭和十一年あるいは十三年の例でございますが、官民有の区分は、まさに官側の決定するところでございますし、さらにさような工作くいの腐敗あるいは抜き取り等に向かいましては、十分なる維持管理をいたし、あるいは不法にそれを侵害する者は、罰則をもってそれを強制するという方法で、河川管理者においてくいを常時管理し、区域は打ったときに明らかであるのみならず、以後においても明らかなるように管理いたすところでございます。
○栗原委員 それは、官側として、官民の区域を決定する、このことは理解できますけれども、官が青い頭をくっつけて打ったからといって、取ってはいけない、取る者は罰則でこれを罰するのだ。それもわかるにはわかります。わかるけれども、それでは青いくいというものが、今日ただいまでもここなんだといつでもわかる、その方法はどのようにして確保されているのですか。
○国宗説明員 さきに申しましたように、くいを維持管理し、保護するのみならず、その個所はすでに河川としての効用をなす土地柄でございまして、さような区域につきましては、おのずから限界、境界は明らかになる。したがって、河川管理者において十分なる管理を行ないます限りにおいては、区域は、民間側とは争いがなくおさまるものと考えるところでございます。
○栗原委員 これはなかなか問題があるのですがね。安田正鷹という人を御存じですか。
○国宗説明員 承知しております。
○栗原委員 私の知るところでは、この方は、旧内務省時代ですか、内務省におられ、特に河川局におられたのですが、こういうことで、河川の行政については非常にたんのうな方で、この方が、言うならば、河川のこうした指導をやった人だと聞いておるのですが、その人の河川法論、八十六ページから八十八ページにかけて、河川区域の認定について論じております。その中で、ただいまおっしゃる、くいを打って河川区域を認定するという方法もある、方法もあるのだが、標柱による方法は、標柱をもって河川区域認定線を表示せんとするものであるから、認定線上に標柱を建設しなければならぬ、標柱と標柱との距離に一定の制限はない、しかし直線の終わるところには必ず標柱を建設しなければならない、ここまでは常識的にわかる。これから先があなたの説明とちょっと違うのですよ。標柱は流亡することがあるから、幾ら取ってしえまば罰則だぞというようなことをいって、刑罰をもって取ってはならないことを強制しておっても、流亡することがあるから、流亡をしても建設の位置を知ることが必要である、こういうことが、はっきり当時の指導者によってうたわれておるわけですね。ところがいまおっしゃるような河川にただ番号くいを打つとか、青い色をした頭のくいを打つとかということだけの表示では、位置の確定にはなっておりません。位置の確定は少なくとも不動の地点、もよりの三角点から方向をきめ、その三角点からその方向上の距離を指定した、こうした位置決定がなければ同じ地点というものを再現することはできない。言うなれば、くいを打ったのは、それは適当に打ったので、その位置はいつでも確保するのだと管理側で考えても、客観的には、その位置というものを確保してはおらない、こう考えるのですが、これに対するお考えはいかがですか。
○国宗説明員 くいの位置が、ある測量基準点からの距離、方向を明示して明らかであることが望ましい点は、何ら疑わないところであります。特に、この安田氏は、内務省河川課の実務家でありまして、自分らの安全サイドをもって見れば、大いに望ましい点であると主張するのはもとより当然でござでいますが、そもそも河川の区域は、法律でもって告示し、図面をもって告示すれば全く完ぺきというものではございませんで、やはりこれは現地と告示が合うことが何より大事でありまして、現地を表示する方法につきましては、青いくいあるいは白いくい等をもって表示して、現地がここであり、かつ公示がここであるということが最も望ましいかと思います。御指摘のように、ある基準点からの距離を示さなければ無効であるとかという点につきましては、決してさようには考えないわけでありまして、現地が公示されれば有効であり、かつその状況が、川敷あるいは河川の区域たることが明らかである場合には、なおさら確実に有効なるもの、こう考えるものでございます。
○栗原委員 少しく強弁のように思うのですよ。これはその河川になる地域が、全部国が買い上げ、あるいは県が買い上げた地域であるならば、くいを打ったこの見通しの線からこっちは、この附近は全部国の土地なんだが、くいを打ったこの見通しの線からこっちはいわゆる河川区域になるのだよ、こういう程度のものならば、いまのような方法でわれわれも了承するのにやぶさかではありません。しかしこれは所有権を持っておる民地のところへくいを打って、そしてその線からこっちへ入ったものは所有権を奪うというのですからね。その所有権を奪うという行為は、現地へ行ってくいを打ちました、そこへ青い頭のくいを打ちました、それから見通しの線からこっちは川になったのだ、河川区域なので、そこからは、おたくはもう所有権はなくなるのですよ、こういうことになるわけです。この点はなかなか問題だと思うのです。この点は大臣どうですか。これはもちろん明治二十九年にできた法律なので、いろいろ経過を経ております。そしてそういう経過の中で、今日まで六百六区域認定された中で、二百十区域は民有地が入っているわけです。民有地が入っている中で、登記が消せないというのがまだ九区域あるのです。九区域の大部分は、いま言うような、図面も確定してない、ただ現場にくいを打ちました、現場にくいを打って、見通しの線のこっちが河川区域なんですよという公示しかしていないのです。こういうことで所有権を奪う、こう言っているわけなんです。もともとこの河川法ができるときにも、河川法で河川区域を認定して私権を排除した、その目的は、所有権を奪うというのが目的ではなくて、少なくとも、その河川の河川管理をするために必要な一切の行為をすることが目的だったと思うのですよ。所有権を奪うのが目的ではなくて、その手段として、いいか悪いか議論はあるにしても、所有権を奪うのだ、こういう解釈をして行政が行なわれてきた。したがって、その場合に図面も確立し、しかもその図面によって奪われる地域の地籍地番、こういうものもみな明らかになる、これならば少しは議論があるとしても、これは明確に進むと思うのですが、ただ単にくいを打って、その見通しの線——くいの位置さえ明確に押えることができない。言うなれば、これは一ぺん打ったものは流れないのだから、その地は動かないのだと強弁しているわけだ。しかし現実には流亡するから、その位置は、いつでも再現できるような方法が講じられておらなければならない、こう安田さんはおっしゃって、ものの本にも書いてきておるのですが、いま読み上げた中川筋とか烏川筋とかというところは、何らそういうものが公示されていない、くいを打ってその見通しの線のこっちが河川区域だ、こううたっておるわけです。そういうものではたして無効ではないとおっしゃるのですか、こういうことでいいのですかどうですか、大臣の所見を承りたいと思います。
○小山国務大臣 いまから考えますと、ずいぶん乱暴な法律であるというふうな感じがいたします。それは明治二十九年の法律ですから、そういう法律も可能であったろうし、国会も通ったのだろうと思いますが、しかし、これが有効か無効かということになれば、いま河川局次長が申しました有効、無効論にはならないと思います。これはやはり有効なんだろうと思います。ただ、それでは具体的に、一体こっちに一間寄ったところか二間寄ったところかという点は、それはおそらくいままでの習慣、あるいは残っておるくいによる、この線にあったであろうという推測とか、いろいろな慣例が確立しているのじゃないかと思うわけでありますが、いま栗原さんのおっしゃるのは、一般的なことのようでありますから、一般的なこととしては、そういうくいによる方法も無効ではない、有効なんだ、こういうふうに解釈して間違いないだろうと思うのであります。
○栗原委員 なかなかここら辺はむずかしいところなんですが、さてそれでは、そういうことで、すでに地籍の抹消登記をした、その中には、ぼくが考えると、ずいぶん無理な抹消のしかたもあると思うのですが、いま残っておる、たとえば九区域を、これから抹消しようというわけですよ。抹消しなければ——これが河川区域なんだ、四月一日から国に帰属するとはっきりうたってあるのですから、国に帰属するのはどこかというと、具体的には地番が登記簿にうたってあるわけですから、この中でどれがそうなんだということで明確になってこなければならぬと思います。そういうことが、実際問題として事務的にできるかどうか。これは大臣に問うても無理なんで、事務局のほうで、まだ消していない、まだ消してないということは、地番地籍がわかっていないということです。わかっておれば、すぐ職権による代位登記ができる。だから、それがわかっていないのを、一体どうやって国に持ってこさせるのか、この点についてひとつ明快な御答弁をいただきたいと思います。
○国宗説明員 さきに報告いたしましたように、認定され、したがって所有権が消滅せしめられた河川区域の中にかつてあった民有地を含む区域は、二百十でありますが、その大部分は、すでに抹消登記を完了しておりまして、抹消登記を行なっていない区域はわずかに九区域であります。区域を認定いたしましたが、まだ不動産登記法第九十条の規定による登記抹消がなされていない場合の効力でありますが、さような土地は、すでに河川区域の認定の告示があれば、認定された土地の私権は、河川法第三条の規定によりまして、他の何らの手続を要せず、直ちに消滅するものでございます。登記の抹消はいわばその事後の手続処理でありますので、手続がおくれても、区域認定はもとより有効であります。したがいまして、所有権が抹消されてなお登記が済んでない土地につきましては、昭和四十年四月一日から新河川法の施行と同時に国に帰属し、国有地に形式上私人の登記が存在することとなりまして、無用の混乱を招くおそれがあると考えますので、三月三十一日までに、その整理を極力行なうように指示しているところでございます。いま御指摘の標柱を基準として告示を行なった場合におきましても、現在その標柱がすでに滅失いたしましても、その認定は有効でございますので、当時の標柱の位置が図面あるいはさらにさかのぼる河川台帳その他によりまして、確実に推定できるときは、登記抹消の手続はとり得るもの、かように考えておるところでございます。
○栗原委員 そこなんですよ。いま言う議論としては確かにそのとおりになる。認定した区域は認定された瞬間から私権は排除される。それはわかる。具体的にそこはどこだ、あなたは現場を一番よくわかっているのだ、こういうのだけれども、その現場が実際いってきまらぬと思うのです。そこでいまあなたがおっしゃる告示の中に二色あるのです。告示は、短く文章に書いて一般の縦覧に供する河川台帳、平面図によって河川区域がきまるのだ、こういうのが例なんです。これはくいを打ってあって、それに番号が打ってある、あるいは青い頭のついたくいが打ってある、これは図面によればこれなんだよという控えがこっちにある。ところが、縦覧に供する云々という図面が具体的には準備してあったとしても、公示でもってそれをうたってないと、私に悪いことばで言わせれば、これは漫画にすぎない。何べんでも書き直させることもできます。ここへ置く、ここへ置く、ここへ置く、何べんでもできます。こういうことではたして所有権を奪うという——これは重大な行政行為ですよ。ずいぶんよくこういうものが通ったと思うような、実際からいえば、このことについても私自身議論はあるのですが、いまより昔のほうが所有権は大事で、私有財産制度の変革を企画する者は国体云々ということまであった時代に奪おうというのですから、このこと自体にも相当議論があるのですが、そういう慣例が行なわれておったのだから、それはそれで認めるとしても、いまおっしゃる公示には、番号ぐいあるいは青ぐいしか指示がしてない。それがこっちの図面とどう関連を持つか。これは関連がないのです。何べんでも書き直せるという図面、そうなると河川の筋というものは何べんでも移るわけです。もちろん管理者側は、おれたちは良心を持って善意にやっているのだから、そんなことがあり得るはずはないのだ、これと関連したものは唯一のものなので、しかもこれは正しいものだとおっしゃるけれども、それは当事者がそうおっしゃるだけなんで、客観的にはそうはいかない。そこでこれはなかなか問題なんですが、この点は大臣はどのようにお考えですか、しっかり教えてやってください。
○小山国務大臣 これは私はやはり一般の登記の処理の問題だと思うのです。法務省がその登記を抹消登記をするわけでしょう。抹消登記をするときにこっちは資料をそろえて持っていきます。それを法務省が受理すればそれで終わるのであって、それがもし受理できないとなると、境界訴訟の一般訴訟の問題になるのじゃありませんか。そういうふうに常識的に考えますが……。
○栗原委員 それでは、法務省から、民事局の第三課長見えていますね。抹消登記をするときの要件ですが、法には、河川敷になったらすみやかにこれを代位で抹消しなければならぬということが要請されておるわけですけれども、しかしまさかくいを打って、くいの見通しの線のこういう公告をしたから、これで抹消してくれと持ってこられたって、これで抹消できるはずはないと思うのです。そこにはおのずから地番、地籍、そうして一筆にかかった筆があるならば分筆をする、こういうものが添えられる。ただそれだけではいかぬと思うのですよ。それを消す権限は何なんだ。移転ならば、売買とかあるいは判決によるとかいろいろのことがあろうかと思うのですね、登記を記載でき得る権限というものが……。そのときに公告したものと全然関連のない文書が出た場合に、これをどう取り扱うか。普通ならば公告が出て、河川区域はこのとおり認定した、その認定は一般に縦覧した河川台帳並びに平面図によるんだ、その河川台帳、平面図によってはかり出すと、その内容はこういう地籍、地番になるんだ、こうなってくれば、これはもう当然受けて、これは抹消登記ができると思うんですよ。しかしただ青いくいを打って見通した線の中だという公告だけあって、その中はこういうことですよ、全然その公告とは法的には縁もゆかりもないとわれわれは言うわけだ。そういうものと、ここのところへ、それはこういう地籍なんです、こういって持ってきたとき、これが同じように取り扱えるかどうか、ここのところはどうですか。
○香川説明員 お説のように、河川敷になりました場合の土地の登記の抹消の手続は、これは非常にむずかしい問題があろうかと思うのですが、現行の不動産登記法の九十条の規定がその手続なんでございますが、この規定は、河川管理者官庁が一番よくその事情を御存じだということで、官庁の嘱託があれば、その嘱託どおりに登記をするというたえまえになっていると思うのであります。もちろん一筆の土地の一部が河川区域に入りました場合は、やはり分筆をいたしまして、こちら側が河川区域になったんだということで、抹消の嘱託がされる。その場合に、特にその河川区域になったことが正しいかどうかというようなことは、登記官としては一切審査しないという手続になっているように解しておるわけであります。つまり嘱託官庁のいわば言うとおりに登記をするたえまえになっておりまして、全般的に、不動産登記法は、登記官の審査は形式的にするだけになっておりまして、実質的にはたして嘱託が正しいかどうかというふうなことは、登記官は審査しないたてまえになっておりますから、したがって河川の管理官庁から嘱託があれば、そのとおりに登記するということになろうかと思うのであります。
○栗原委員 これはなかなかけしからぬことを聞きますな。しかし少なくとも人の所有権を消すんですから、売買ならばやっぱり売買の原因、登記を移していく、かえる原因というものは徹底的に追究していますね。売買にしろ、贈与にしろ、相続にしろ、あるいは交換にしろ、とにかく登記の原因というものを徹底的に追究して、そしてよしわかったというところで、登記簿というものは手が加えられる、こういうものだと思うのですよ。そして河川敷について代位登記が行なわれるということは、これは制度上はわかっているけれども、しかしそれは少なくも国の認可があり、認可に基づいて公告を行ない、公告を行なった内容はこうである、だからこれを登記抹消をしろ、こういう手続によってやることはわかりますよ。わかりますが、じゃその間に欠如があって、公告のないものを、こういうんだ、河川区域はこうなんだ、河川区域認定の公告を立証する文書も何もつかずに、ここのところを河川なんだから抹消してくれや、こういうことで持っていって、これは消せますかどうですか。
○香川説明員 実質的にいろいろの御意見があろうかと思うのですが、現行の不動産登記法では、先ほど申しましたように、土地の登記の抹消の嘱託をされる場合には、特に嘱託書に、その地域が河川区域になったことは間違いないんだというふうなことを証明する書類の添付を全然要求いたしておりませんので、むしろ河川管理者が十分調査されて、その区域がまさに河川になったんだということを認定されて、その認定に間違いがないというところで、嘱託されるわけでありますから、したがって登記官といたしましては、その河川管理者の認定を尊重すると申しますか、そのとおりに登記をするということに、現行法はなっておるわけであります。ただいま例に出されましたように、売買の登記の場合も、売買がはたして有効に成立したかどうかというふうなことは、登記官が認定するわけではないのであります。売り主と買い主が売買いたしましたということで登記の申請があれば、そのとおり登記をする。ただ、登記は、手続的に実体に合った登記をするというたてまえでございますけれども、万一河川の区域になっていない登記について、抹消されたというふうなことになりますれば、その所有者がその点を争いまして、抹消された登記をまた回復するという手続きが準備されておるわけであります。
○栗原委員 いま一ぺん法務省にしっかり尋ねますが、官庁同士だからいいやということがおそらくあるし、官庁同士だから間違いはないんだという安易な気持ちで、慣行的に行なわれておるように思いますけれども、しかし少なくとも売買というものは法務省で認定するんじゃなくて、相対でやる。ところが、これは一方的な行政行為によって所有権を奪う行為なんですよ。その奪われる立場の利益を、それじゃだれが守るのですか。登記をするときに法務省で間違いない段取りであるかどうかということを見てくれなきゃ、だれが守るんですか。しかも河川認定というものは——だから私は、この法律は、民地まですることは、実際のこの法律の立法精神には反するんだという解釈をとっているんだけれども、河川認定に対して、異議の手続もなければ、抵抗権というものも何にも規定してないんですよ。一方的にここは川なんだ、こう言えば、これで所有権は変わるんだ、こういう行政法の解釈をやってきておる。少なくともそういうことをやるには、その行政行為については厳重な、シビアーな手続が必要だと私は思うんです。そしてそのシビアーな手続を見守ってくれるのはだれかといえば、抵抗権を民衆は持っていなんですから、最終的に、私は、登記簿をだいて守ってくれておる法務当局が、これは手続が違うじゃないか、これは明らかでないではないかというようなことはやってくれなきゃならぬと思うんですよ。これはどう思いますか。三月三十一日一ぱいでおしまいになるんだといえば、それでおしまいですけれども。
○国宗説明員 現行河川法第三条の規定によって、河川の敷地所有権を抹消されること自体につきましての話は、先生のお考えとは若干異にいたしまして、私どもは河川の敷地というものは元来地の果てであり、そういうところについて所有権は認められない。一方河川管理上からも、私権を認める場合におきましては、所有権が錯綜して河川管理に支障を来たすというのは、明治二十九年の立法にもあるとおりでありまして、したがいまして、河川の区域に認定されますれば、所有権が抹消されることは現行法のたてまえ上、さらに行政実例からも、いたし方ないところでございます。したがいまして、河川の敷地の所有権の抹消が有効である限り、あたかも滅失に限らず、売買その他の物権の変動におきましても、実態の変動がまず問題でございまして、登記官吏において、その実体の審査を直接いたすものではなくて、われわれ嘱託の登記におきましては、決してなれ合いではなくて、厳密に要求される書類は提出するわけでございますが、そこにおきましては、あくまで河川区域の認定が有効である、そして適法になされたるものであることを示す書類を中心といたすわけでございます。いまおっしゃいますように、認定が有効でありますならば、おのずから嘱託すれば、登記所においては登記すべきものとわれわれ考えるところでございます。さらに、告示をもって、区域がわからないがゆえに認定処分自体が無効であるとか、瑕疵があるとかいう論には承服いたしかねるわけでありまして、認定は有効であり、一歩下がって、区域が不分明であるならば、その区域についての証明をいたさなくてはならないので、当時告示をもってあらわしたものと証明に使ったものと異なるがゆえに、直ちにその効力に変動があるのではなくて、要はその区域を明らかにすればいいと考えるところでございますので、河川法施行規程におきましても、区域の認定については、明文をもっては公布公告を要求しておるものではございませんが、わずかに建設大臣が、河川自身を認定した場合、あるいは府県知事が支派川を認定した場合においては、公布式により告示することを要求しておりますが、私どもはやはり国民の便宜のために、従来の行政実例も区域の告示をいたしておるところでございます。したがいまして認定が有効であれば所有権は消滅する、さような物権変動は、忠実に、登記所においてはそれを反映して登記されるべきものと考えるところでございます。
○栗原委員 なかなか御議論がありますが、まず第一に、法三条によって私権が排除されることはわかるけれども、地の果てだから所有権というものなどは認められるものではない、こういう御議論ですが、これは国有財産地方審議会の審議経過第七集ですが、そういう御議論ならば、何も国有財産を所管争いなんかする必要はさらさらないのに、これは普通財産を河川敷として建設省へ移管するなどということをことさらやっておるわけなんだ。だから全然ゼロとして、河川敷なんだからもうそんなところは云々ということじゃなくて、私権の対象とはしないけれども、公有物としては、その所管が大蔵省であるとかあるいは建設省であるとか、国有財産審議会まで煩わしてやっておるしろものなんです。だからこれは価値ゼロとか、要するに財産権の価値がないとかあるとか、そういう問題ではなくて、とにかく所有権を奪うという制度であることは私も了承しておるわけです。 それから次に、行政行為が有効であるか無効であるか、少なくとも区域を認定する。行政行為で区域が確定しない内容を持った行為が、公示したら形式的には有効のごとく見えるけれども、区域を認定する行政行為が、区域の確定しない内容を持っていて、一体それが形式論的には有効に確かに公示も行なわれておるけれども、具体的に区域認定という行政行為として有効に成立するかどうか、こういうことなんです。 じゃ、いま少し話を進めてみましょう。現に問題になっておるところは国土調査をやっております。国土調査をやっておって、大体このあたりが河川認定の線だと行政側で主張するところは、今度の国土調査でもって白地図になっておるところが大部分です。ところが実際にはこれからくいを打つ。一応くいか何か、持っておる——私はそれを認めません。公示していない地図ですから、これは認めませんけれども、かりに持っておる、持っておるとして、その持っておる図面に従って見通しを立てる。そこでその線が具体的な地番にどういうぐあいにかかっていくか。さらには一筆にかかったものをどう分筆するか、国土調査によってはっきりと所有権を国が確保しておるそのものさえも区画がわからずに、白地図になっておる。国土調査で調査して…。そんな場所へこれからくいの番号が打ってあって、あの番号ぐいはいつでも再現できるんだ、こう主張して、そこから直線を引いて、この線はどの筆にかかり、どの筆はどう分筆できるのかということが現実にできますか。どうやって、そういうできないところを、河川区域になったところを国有にするといって、どこを国有に持っていくのですか、それをひとつ答えてください。
○国宗説明員 区域不分明という御主張は、それはないとは存じませんが、やはりくいを打った以上は、そのところでくいは分明いたしておるわけでございますし、さらに、そのような場合には、すでに大臣の承認を得た河川台帳も調製されておる場合も多いわけでございまして、この河川台帳、並びに従来の保存せられておるところの図面等からしまして、そのくいの位置の再現は不可能ではないと考えるわけでございます。
○栗原委員 ここで裁判所みたいなことをあまりやってもしかたがないので、大体政治的な私の提案をひとつしますが、大臣の意見を伺いたいと思うが、先ほど言いましたとおり、現行河川法も、第二条で河川区域を認定する、認定することによって、第三条で私権は奪う、こうきめたけれども、それは所有権がほしいからこうきめたのじゃないわけだ。これは河川管理のために、河川管理に必要な一切の権限を全く支障なく行なうためには、所有権を奪うことが最高だ。おそらくこういう考えのもとにやったんでしょう。しかし何も所有権を奪わなくても、河川管理が完全にやれるという思想にただいまの時点は立っているわけだ。それはなぜかといえば、新河川法によって新しく河川区域を指定しても、そこはあえて所有権は排除しないという新河川法ができた。したがって、私が考えるのに、それはまあ河川局に立てこもっておれば、いままでの現行法でやったものを一応どこまでもやっていきたいだろうし、やっていかなければ男の一分が立たないというようなつもりにもなるかもしらぬけれども、実際において、今日まで、現にここのところで、とにかく河川区域に認定をされて、そして登記法ではすみやかに抹消しなければならないと要請されながら、三十年も四十年も抹消できなかったという、こういう地域を、しかもいま無理を押して何も抹消しなくてもいいではないか。なぜなれば、そこは体消しなくたって、河川区域に指定をすればいつだって河川管理上は一〇〇%の維持管理ができるんだ、こういうことですから、ひとつあまり無理なことをやらずに、抹消に無理がある——これは無理はありますよ。私は事務的にはできないと断言します。これはできっこない。番号ぐいを打って、その番号ぐいの位置が決定できる方式も何にもきめてないのだから、こんなものができたら、それは私はまずまず、さかさになって歩くとでもいいますか、実際これはできっこない。だから、問題は、河川管理上支障のない方法で一番無理がない方法があるならば、私はそれでいいと思う。したがって、もちろん河川局でも抹消できる方法を追求する。しかしこれは無理だと思ったら、無理はなさらずに、何も河川区域の指定というものにすぱっと振りかえれば、いままでどおり管理はできるのですからね。ただ、所有権は排除することができない、こういうことにはなりますが、しかしもともと所有権を排除するというのは、所有権を奪うのが目的ではなかったはずなんです。したがって、この辺で最も有効なる政治的な方法をとるべきだと私は考えますけれども、大臣の所見をひとつ承りたいと思います。
○小山国務大臣 いま栗原さんの話を問いおりますと、実体の問題と登記という形式的な問題とを何かまぜてお話しのようでありますが、御承知のように、登記は対抗手段であって、実体とは違う場合があるわけです。ですから、登記を抹消したから実体が変わるものではない、そうでしょう。ですから、登記の抹消は、法務省が受理すればそれでも私はよろしいと思うのであります。あともし問題があれば、それはいわゆり境界争いという民事上の別の法律手抹がありますね。民事上の境界争いの方法、手段もあるわけですから、この際、民地として認定されたものを、われわれのほうで法務省に持っていきまして、受理する手続は私はやっていいのじゃないか、こう思っております。
○栗原委員 実体とおっしゃるが、河川局長は、やはり河川局に立てこもっておるから、実体ありと主張するのですけれども、実際は実体がないのですよ。いま手元に持っているものを見てごらんなさい。右側へ三百二本くいを打って、左側に二百十二本くいを打って、見通しの線の中が川です、こういうんでしょう。普通ならば、その打ったくいの位置は、縦覧する図面によって明らかであるということがあって、こっちの図面が、受けておればそれでわかりますけれども、何もないのですよ。ただくいを何本打った、見通しの線のこっちは川です、こういう公示で実体がきまりますか、どうですか。
○小山国務大臣 ですから、実体があるかないかというのは、裁判上の問題ですね、登記をするかせぬかということは、手続上の問題ですね。それはあくまでも対抗手段なんですから。ですから、実体があるかないかが争いになるならば、それは普通の民事の裁判でもって処理すべきものじゃなかろうか。それで、われわれのほうで証明し得る手段をもって、法務省がその登記を受理し得るならば、それは登記を進めるべきだ。と申しますのは、たとえば一筆の畑地を持っておる人があって、その登記が明快でないことによって、かえって私権の混淆を来たすことはありませんか。たとえば、ここを売りたい、けれども、登記が何もないものだからはっきりしない、だから売ることができない、という場合だってあるでしょうし、ですから、やはり登記は、受理するしないは法務省がやることですから、われわれのほうで持っていった書類を、代位登記の方法によって受理してもらいたいということは、これは新河川法もできることですから、これはそのうちにやっておかなければならぬことだと思うのです。
○栗原委員 この議論はここではどんぴしゃりと答えが出ないことも私は承知しています。河川局だってまさか私のほうに負けましたということは、一言いっこないことも私も十分承知しています。それで、法の線に沿って事を進めます、こう言うことはわかっていますが、ひとつ最後に私お伺いしたいと思うのは、これは私も具体的に関連している問題なんですが、私のそばで、やはりそういうまだ未登記のところがあるわけですけれども、それは、昭和十一年に河川認定できたということなんですけれども、実際にはその付近の人たちは、そういう事実を知らないものがたくさんある。しかし公告したのだから、そうは言わさぬぞ、こういうことでありましょう。しかし公告したものが、縦覧する何ものも明示してありませんから、縦覧をしておりません。縦覧しておらないんですからわからない。公告はくいを打ったことだけだ、こういうことですから、そこがどこもわからない。しかも一方、登記は抹消しておらぬから、登記簿にはある。登記簿にあるから、これを一つのものとして相続も行なわれておる。売買も行なわれておる。農地改革のときに交換分合にも使われておる。そういうものが全部ここのところへ、ある手続をするためにつくったのですが、あるわけなんですけれども、こういう売買やその他で、土地の少なくとも登記簿上の移動が行なわれておるわけです。現に今度の国土調査においても、国土調査をやるときに、ここから向こうは河川なんだよということは一つもありません。この登記簿に従って民地はあるけれども、区画が不分明なんだという取り扱いを、国土調査ではやっておるのですよ。こういうことを、われわれのほうは河川認定をしたのだから、ここはおまえたちには所有権はないのだ。それは観念的におっしゃる。そこはどこだということはわからない。登記所に行ってみれば全部ある。相続もある。固定資産税の対象としてこういうところのものも出せということで、固定資産の対象にも取り上げられておる。一体こういうものをどうするのですか、この責任はどこにあるのですか。これは少なくとも河川認定をやってすみやかにといえば、幾ら長くたって二、三年でしょう。そのときに事務が完了されておれば、こんな問題は起こりません。しかし三十年を経た今日、まだそのままになっておる。国土調査をやるときにさえまだおまえのものだということになっておる。これが、河川局のほうに伺えば、それはとんでもない話で、三十年も昔からこれは所有権はなくなっているのだよ、こうおっしゃる。一体国民はどうやったらいいのですということなんですよ。このことについては、むろん法に従って手続を進めるということも、当局としてはやむを得ないかもしれませんけれども、無理をしなくても、河川を管理をしていく道も新河川法によって開かれたぞということも一つ頭に置いて、善処するように、私は特にこの際お願いしたい、こう思いますが、御所見はいかがでしょうか。
○小山国務大臣 いま栗原さんのおっしゃったような問題は、国有林にもあるのです。国有林の中に、私人の所有権の登記がある。はなはだしきに至っては、固定資産税を払っているという例がある。ですから、そういう実体の争いを登記の争いに持ち込まれると、私もちょっと返答に困るわけです。いま申し上げておるのは、登記をしようという話なんです。実体はわれわれのほうで証明をしまして——これは法律上のことばで言えば疎明だと思うのですが、疎明があれば、登記所は受け付けるわけです。そうでしょう。疎明があれば、登記所は受け付ける。その疎明の手続は、われわれのほうでやらしてもらわなければ困るというわけです。
○栗原委員 したがって、私がいまここで想定できるのは、かりに疎明をしながら手続をするということになれば、実際に実地に当たらず、言うならば、図上作戦で、当てずっぽうの書類を作成する以外にないのでしょう。実地に当たってはできないのです。実地に当たってこれができるようなら、国土調査で白地図になんかになりません。そういうことなんですから、この辺は、いまも言うとおり、皆さんのほうでは、皆さんの管理の立場から、一切を尽くして、そしてせっかくやった河川認定なんだから、その趣旨に沿った姿にしていくのだ、こういう努力をなさることについて異論はございませんけれども、しかしそのことについて無理があってはいかぬ、こういうことなんですよ。無理があっては、あえて言えば、いわゆる図面なども、作文なんかをやったんでは困る、こういうことなんです。実際ほんとうに明らかになるものならそれでいいのですけれども、しかし作文などをやって、しかも官庁同士だからというので、官庁から出た書類ならばというので、うのみにするというようなあり方では、これはやはりうまくないと思うのですよ。したがって、こういう点については、行政をやる上で、山林にもあるということですから、山林にもあるからこれがいいというのではない。山林にもあっては困るのです。そういうことがないように、しかも無理のない方法でこれを解きほぐしていく。もちろん私がこういうことを言うのは、河川管理に横になろうとか、そんな気持ちはさらさらない。河川管理は、私は、実際考えまして、堤塘の中から買いなさいと議論して、河野建設大臣に言ったわけですから、ただこの堤塘の中に河川があったり、河川がないところがあるというのはおかしいから、一般大衆は堤塘の中は川だと思っているのですから、その中にいろいろなものがあるということがおかしいと思いますけれども、しかしだからといって、民地であるものを、わけのわからぬような、しかも納得のいかぬような方法で所有権を奪う、こういうことではならぬ。だから所有権を奪うならば、所有権を奪う制度は了承しているのですから、どんぴしゃりと、納得できるような、それじゃしょうがないという方法ならばいいけれども、それじゃだめじゃないか、大体だれの川かわからぬじゃないかということの中で、おまえのとおまえのはこれは所有権はないんだ、こういうことではどうも筋が通らぬ、こういうことなんです。ひとつまた河川局にも行って、るるいろいろ説明等も申し上げながら話したいと思いますけれども、御配慮を願いたいと思います。 以上で、私の質問は終わります。
○森山委員長 次に實川清之君。
○實川委員 建設省にお伺いします。利根川の河口堰の問題ですが、昭和三十三年ごろだったと思うのですが、旱害がございまして、両総用水塩害の問題が起こったことがございます。その当時、両総用水の地元の諸君から、利根川に河口堰をつくって塩害を防止してもらいたいという話が出まして、私たちも関係官庁にその問題を持ち込んだことがございますが、それからまあ七、八年たって、ようやく調査が進み、ことしから実施されるということになったようです。この問題は、最近の建設省の計画を拝見いたしますと、農業用水の塩害の防除の問題もありますが、同時に工業用水あるいはまた下水道用水というような目的も持ってつくられておるようです。この河口堰をつくる目的や何かという点について、まずお伺いしたいと思います。——河口堰を何のためにつくるかということです。
○上田政府委員 河口堰を治水工事として取り上げますのは、流水の正常な利用ということを目的といたしましてつくるわけであります。実際的にはそれではどういうことかということでございますが、先ほど御質問の中にありましたように、農業用水を現在お使いになっておる。そういう用水を完全に正常な状態で利用できるようにするということが入っております。そのほかに水資源開発公団でいま計画をしておられますような、東京都で水を使うということ、並びに千葉で水を使うという問題、そういうものが加味されて、両方の目的が同時にスタートしておるわけであります。
○實川委員 それでは、大体この河口堰はどのくらいの規模のもので、どういうような方式でつくられるか、その建設の概況をひとつお伺いしたいのですが。
○上田政府委員 お答え申し上げます。河口堰の大きさでございますが、その全延長は約八百メートルでございます。水門を九門つくる予定であります。そして閘門をつくりまして、船の通り得るようにいたしたいというふうに考えております。その幅は十五メートル考えております。そのほかに魚道を、幅十七メートル五十のものを考えております。総工費といたしましては、約百三十億ばかりの予算を考えております。
○實川委員 利根川は日本でも屈指の大きな川でして、この川をせきとめるということですから、相当の大事業になるわけですが、しろうと考えに考えますと、工事にも相当技術的に問題があるのじゃないか。一たんつくったけれども、崩壊してしまったとか、あるいはまたまわりの堤防が持ちこたえられなくて、堤防が決壊して、付近の農地あるいは住民に大きな被害を与えるというような点についての、技術的な調査と申しますか、そういう点についてはどうなんですか。
○上田政府委員 おっしゃるように、利根川の河口堰でございまして、これはやはり技術的に非常にむつかしい点が多々あると思います。私ども建設技術者といたしましては、最良の人間で、また最良の調査、十分の調査をいたしまして、これにかかるわけでございまして、これの類似の個所といたしましては、常陸川の水門をつくる工事、これにおきましても、土質が非常に悪くて、いろいろ工事に難渋をいたしたのでございますが、これと大体同程度の土質でなかろうか、こういうことで、そのボーリングをいたしましたり、その他の結果からいきますと、そういうように考えまして、そして現在工事にかかる予定をいたしております。
○實川委員 この河口堰は、ゲートを九つですか、つくって、その開閉といいますか、上げたり下げたりして、水をとめたり流したりするのですけれども、その際、全部の水を干潮時には流してしまうのですか。それとも、ある程度ゲートを半開きというか、ある程度までの水はそのせきの上に絶えず湛水しているような形になるのですか。ゲートを開いて、上の水を干潮のときには全部流してしまうのか、あるいは、干潮の際でも、ある程度の水量はせきの上にためておくのか。
○上田政府委員 ちょっと御質問の趣旨がはっきりわからないのでございますが、干潮の際に全部水を流してしまうのかということでございますか。それとも、干満の差が海のほうにございますが、そのときにある程度のところまであけてあるのかどうか、そういうことでございましょうか。
○實川委員 せきをつくりますね。それで、下が海で、こっちは干満があるわけです。そしてせきの上のほうには、一定量の水は絶えず貯留しているのかどうかということです。潮の干満にかかわらず、せきの上のほうには、一定の水量を絶えず貯留しているのかどうか。つまり湖みたいな状態になるのかどうかということです。
○上田政府委員 お答え申し上げます。 ただいまのこの河口堰は、貯留は目的ではないのでございますが、塩水が上流に上がることを防いでいるわけでございます。したがいまして、やはり海面よりは高くなるのが普通でございまして、たまたま低いときも、それはなきにしもあらずだと思いますが、そのときは完全に締めなければいけないが、大部分のときは海面よりも高く維持していくということでございます。
○實川委員 そういうことだと、塩害防除というのは効果がなくなってしまうのじゃないですか。
○上田政府委員 それはどう言ったらよろしゅうございますか、たとえば非常に広い部分があいている、こういう場合には、湾のようなところでございますと、塩水がずっと中に入ってくる、小さな川がありましても。ところが、これが非常に狭い口になっている、そうすると、たとえば昔の八郎潟でございますが、ああいう場合には、真水が大部分で、塩水はほとんど入らない、そういう状態になるわけでございます。これにせきをつくりますと、結局、満潮のときには締めることになりますから、塩水が入ってこない。したがって、この中はもう全然塩水が入ってこないということになるわけでございます。たとえば、せきの上流側の水位の高いときにあけておきましても、塩水はそう入らない。これは上流側の水位が下がってしまった状態において水門をあけますと、入りますけれども、そういうことになりますので、上流側は淡水化することができるということでございます。
○實川委員 せきの上のほうにある程度の水が貯留されていなければ、工業用水とか上下水道の用水には役に立たないわけでしょう。したがって、ある程度のダムみたいな効果というか、ダムみたいな形になるのじゃないですか。
○上田政府委員 昭和三十三年のときでございましたが、関宿の地点におきまして利根川の流量がゼロになりまして、布川の地点で八トンばかりだったと思いますが、流れておりまして、そのときには、両総用水の取り入れ口付近には塩水がずっと遡上いたしたわけでございます。それで、それよりも利根川の流量が少し多い場合、普通五十トンでございますと、塩害はないわけでございますが、それ以下に——必ずしも五十トンとははっきりきまっておりませんが、布川の地点で、千葉県、茨城県のお話によると、五十トン以下になってくると、だんだんと塩水が上がってくるというお話がございます。それで五十トンは常に流しておらないと、流量が取れないというのが、現在の状態になってやかましくいわれることになるわけです。ところがこれをつくりますと、両総用水などの取り入れ口は完全に守れるということになるわけでございます。で、東京の水道というのは、上流側に八木沢ダム、下久保ダムというものができ上がりますと、そういうところで生まれ出ました水をとることができるようになるわけでございます。
○實川委員 ちょっとよくわからないのですが、私の調べたところでは、布川の地点で九十トンくらいの水をためまして、ためるというか、常時、そのくらいの水に保っておいて、そのうちかんがいなど農業用水に四十トンですか、それから維持用水として三十四トン、その他に新規の開発分として十六トン、その他こまかい〇・何トンというのがあるようですが、常時そのくらいの流量を確保しなければならない。そうすると相当河口堰というものがダムみたいな作用をなして、そのせきの上に水を常時保有しているということになるように聞いてきたんですが、そうじゃないですか。
○上田政府委員 そういうふうに、実は湛水をして分配をするのではないわけなんでございます。
○實川委員 そうしますと、河口堰を何のためにつくるかということなんです。大体塩害の起こったのは、建設省で利根川の河床をさらったために、河底が低くなったんで、干潮時に、あるいはまた渇水時に塩水が逆流する、そういうことで、あの塩害が起こったようにわれわれは聞いておるんですが、そうしますと、今度の河口堰をつくっても、そのまま水を絶えず流してしまうんだったらやはり同じことで、さっきあなたのおっしゃった昭和三十三年ですか、その干潮時と同じような場合には、同じような結果しか出てこないんじゃないですか。
○上田政府委員 その三十三年のときというのは、ゼロでございますので、この場合はいかにこのせきをつくりましても、下流のほうの両総用水とか大利根用水というのは取水が完全にできないわけでございます。ところが、先ほど申しましたそれよりも少し水が多くて、大利根、それから両総用水の取水量は、流量としては流れておる、そういう場合におきまして、もしそのせきがなければ、塩水は重うございますので、下へずっともぐっております。上のほうと両方合わせますと三十六トンでございます。利根川の幅は、一キロに近く、八百メートル以上あるということになりますと、その水深が非常に薄くなってしまうわけでございます。そうしますと、普通、両総用水の取り入れ口というものは、そんな薄い水をとるような仕かけにはなっておらないわけでございます。それで、相当の厚さがあって流れてこないと、塩水が両総用水の中、あるいは大利根用水の取水口から入るということが起こるわけでございます。それで、そういうことのないように、せきをつくりまして、このせきから上流側のほうは、全部真水に変えてしまっておくわけです。そういたしますと、流れてきた水が、その川の深さ全体が真水に変わってせきまでありますから、上から三十六トン入ってくれば、三十六トン取り上げることができるようになるわけでございます。
○實川委員 そうすると、やはり干ばつのときには、用水としては使いものにならないということですか。たとえば、昭和三十三年の規模の干ばつになれば、このせきをつくっても用水としては役に立たない……。
○上田政府委員 この河口堰だけでございますと、確かにおっしゃるように効果はございません。しかし、上流に先ほど申し上げましたように、八木沢ダムとか下久保ダムであるとか、あるいはいま考えております神戸のダムであるとか、そういったものをつくりますと、そこで水が生まれてまいることになるわけでございます。そうしますと、その水が、三十三年のような渇水のときであっても、流れてくるという状態になるわけでございます。三十三年のときでも、藤原のダムなんかを応急にあけて、たしか十トンばかり流したと思いますが、そういうこともございました。そういうことができるようになるわけでございます。
○實川委員 建設省の書類を見ますと、河口堰の効用という中に、河口堰は貯水池の機能をあわせ持つもので云々と書いてあるのですよ。それがないと、ちょっとおかしいんじゃないかと思うのですがね。
○上田政府委員 ただいま先生のおっしゃいました説明書は古いやつだそうでございまして、以前の考え方は、確かにおっしゃるように、湛水をいたしまして、ある程度フラッシュをしようという考え方があったのでございます。しかし現在では、そういう考え方を改めておるのでございます。
○實川委員 その点はわかりました。それでは、せきの下はどういうことになりますか、水量とか湛水は、相当塩分の濃度の高い水が絶えずせきの下にはあるということになるのですか、あるいはそれとも、時期によると、せきの下は全然渇水してしまうのか。
○上田政府委員 このせきをつくりますことによって、そう変わるわけではございませんが、上流の八木沢ダム、下久保ダム、その他の神戸ダムとか、そういうダムとこの河口堰とは一体をなすものでございまして、そういうことによって、いままでのような渇水のときになりますと、十トン以下という流量が非常に多かったのでございますけれども、そういう場合においても、三十トンの水を常時流し得る、こういうことでございます。
○實川委員 そうすると、やはり貯水するんじゃないですか。上のダムやなんかの水を流す、それをそのままにしておけば、みな下に流れてしまうのですから、三十トン貯留するということになれば、河口堰は貯水池的な機能を発揮するんじゃないですか。
○上田政府委員 上流のほうで、ダムがございまして、それから水を流すわけでございます。その最後の余り水が三十トンになるわけです。
○實川委員 最後の余り水というのは、せきのところで……。
○上田政府委員 せきから下でございます。そのもうちょっと上流からにもなりますが、そのせきから上流側は、全部真水に変わるわけです。このせきから下のところは三十トンの水が流れる。両総用水、大利根用水とかいうのは、この上のほうで取り入れされるわけです。ですから、真水を全部お取り入れになるわけです。ですから安心して取り入れられる。ところがこの上流のダムができたと仮定いたしまして、これがなかったとすると、三十トンと、それからこの大利根の取り水、何トンとっているか、そのときのぐあいによって違いますが、たとえば三十トンとっておると、六十トンになります。六十トンが川幅一キロに薄く出てくる、流れてくる。下のほうにあるものですから、非常に塩水が入る危険性が多い。
○實川委員 そうすると、ゲートを九つつくりまして、それを開閉されるようですが、さっきのお話によりますと、ゲートの一つの幅が十五メートルだということになりますと、船は、ゲートを締めたときはもちろんだめなんですが、ゲートをあけたときは、船の航行は自由なんですか。
○上田政府委員 ケース・バイ・ケースになりまして、水位が、上流が湛水しないというか、いつでも湛水しないというわけではなくて、上流からくるものが相当そこで流速が速くなりますから、やはり落差は少しはあるわけでございます。ですから、非常に流速の速いときにはロープをお使いになっていただけば、いつでも自由に出入ができるわけです。もし水位差が少なくて、流速が非常に少ない場合、たとえば海のほうが満潮である。満潮であるけれども、こっちのほうが少し水位が高いというようなときで、流速が非常にゆるいときには、それは自由に出入りができるということになります。
○實川委員 そうすると、船は、河口堰を中心にして、運航は大体できないということになるわけですね。すればできないことはないが、事実上はできないんじゃないか、こういうぐあいに考えられるわけです。
○上田政府委員 大体そういうことで、結局水位差がないときだけはできるけれども、それ以外のときには、やはり通りにくいということになるんじゃないかと思います。
○實川委員 それから、魚道の問題ですけれども、これは茨城県側にできるような話を聞いたのですが、魚道は一体どういう構造になりますか。
○上田政府委員 魚道につきましては、そういう細部設計につきましては、実はまだきめておりませんので、これからの調査によってきめたい、こういうふうに考えます。 〔委員長退席、鹿瀬委員長代理着席〕
○實川委員 あなたのお話を聞くと、この河口堰をつくる目的が、単なる塩害の防除ということだけになってしまうように思うのですが、そうではなくて、実際は、工業用水なり、あるいはまた上下水道用水に相当比重がかかっておるように私は聞いておるのです。その点はどうなんですか。
○上田政府委員 塩害がやはり第一ではございますけれども、結局、上流側の水はどの水位でも使える、したがって取り入れ口をどういうふうにつくっても、淡水がとれるというのが利点でございます。
○實川委員 それでは、話を変えまして、河口堰から下のほうの銚子に至る沿岸の諸君は、この河口堰ができることによって、内水面漁業が大体だめになるのじゃないか、こういうように観測しております。それから銚子市あたりでは、この河口堰ができますと、土砂が堆積して、漁港としての機能を十分発揮し得なくなるのではないか、こういうような点を心配しておりますが、そういう点についての調査はされておりますか。
○上田政府委員 まず第一点の、河口のほうは淡水が非常に少なくなってしまうのじゃなかろうか、こういうことでございますが、先ほど申し上げましたように、上流にダム群をつくることによりまして、渇水時における湛水を生み出すわけでございますから、それがずっと流れてまいりまして、河口堰をつくりました場合におきましても、先ほど申し上げましたように、三十トンは確保して、それを流すということになるわけであります。したがいまして、昭和三十三年のときのような状態が起こらないようにいたしたい、こういうことでございます。 それから、第二点の砂の影響でございますけれども、これも非常にむずかしゅうございまして、いろいろ調査をやっておるのでございます。九十九里浜から入ってくるであろう漂砂というものを、やはり考えなければいけないのじゃないかと思うわけでございますが、こういうことにつきましては、毎年維持費をもちまして、しゅんせつを行なっていきたい、こういうふうに考えております。
○實川委員 水産庁の方がおいでになっているようですが、この下の淡水魚に対する影響というのは、水産庁ではどういうぐあいに考えておられますか。
○猿田説明員 お答えします。 利根川の漁業の対象となっておるおもな魚でございますが、これは、アユ、コイ、フナ、ウナギ、シジミというような毛のがここの主体になっております。したがいまして、このたびの利根川の河口堰が建設されるという場合につきましては、相当な水産動植物に対する影響があるのではないかというふうに考えまして、水産庁といたしましては、利根川河口堰の設置につきまして、水産資源の維持について格段の配慮をお願いしたい、ということを関係省庁にお願いしてございます。これに対しまして、建設省のほうからは、この事業の実施にあたっては、その管理等につきまして十分な配慮をするという御回答を得ておる次第でございます。しかし魚のいわゆる資源の維持並びに被害の防止ということは、一に魚道を設置することになっておるのでございますが、この魚道の設置とそれからいわゆる門の開閉の操作、これいかんに非常に問題があると考えておるわけでございまして、今後この実施の段階におきまして、いわゆる水門並びに魚道の勾配、流量というものについて、建設省並びに水資源公団と密接な連絡をとりまして、被害の防止につとめてまいりたい、こういうふうに考えております。
○實川委員 魚道の問題は、先ほどのお話だと、まだこまかい点はきまっていないということなんですが、水産庁で考えておられる魚道というのはどういうぐあいにつくればいいのか、何か検討したことがございますか。
○猿田説明員 現在までいろいろな魚道はございますが、そのおもな魚道としては、いわゆるサケなどをのぼらせる魚道がございます。これは各魚種魚種によって習性その他が非常に違うのでございまして、特に一番むずかしいのが勾配とその流量の問題であります。それと必ずしも魚が、魚道をつくっても、その水門の開閉いかんによっては、その魚道のところに近寄らないというような場合があるのでございまして、ここで現在のぼってくるのはいわゆるサケ、アユそれからウナギ、こういうものの種苗でございます。これについては、その実施にあたっては、さらによく研究、調査をしていかなければならないと思っております。
○實川委員 この点について、水資源公団の方にお伺いしたいのですが、地元のほうの漁民なりあるいはまた銚子市の心配は、漁港がだめになる。あるいはまた淡水魚族が住まなくなって、従来この利根川沿岸にはたとえば中利根漁協、ここには百三十四戸の漁家がございます。それから船を大体百七十隻持っております。それから下利根漁協が八十六戸で大体百隻くらいの船を持っている。それから銚子西漁協、これが大体百戸で百隻くらい。あるいは波崎共栄漁協、これが百八十くらい。この利根川の沿岸が、いろいろな外海にも出ておるものもあるようですが、利根川を対象に漁業を営んでおる戸数は相当多いわけであります。それで大体中利根あたりの漁家を聞いてみますと、平均して一漁家で年間七、八十万の収入をあげておる、こういうように言われております。もし、心配されておるように、ここで非常に淡水魚族の生息が困難になり、内水面漁業というものが相当大きな打撃を受けるということになりますと、この沿岸の数百戸の内水面漁家の生活という問題が大きく出てまいるわけですが、これらについての補償の問題は、具体的にお考えになっておるかどうか、あるいは考えておられるとすれば、どういうふうな措置をとられるか、その点、ちょっとお尋ねしておきたいと思います。
○小林参考人 御指摘のとおり、この河口堰建設に伴いまして、最も重大な問題は、漁業に対する対策でございます。先ほど河川局長から御説明のありましたように、利根川全体の流量の調節を上流のダムと一貫して行ないますことによって、そういう支障を極力なくするということ、あるいは今後における水産資源の保全という問題につきまして、公団といたしましても、慎重な調査を進めてまいりたいと存じております。本年度におきまして、すでに茨城県並びに千葉県関係の水産当局に対しまして、御調査を依頼することをお願いしております。それから建設期間中は、昭和四十五年度まででございますが、その間におきましても、引き続き万全の調査をお願いをしてまいる予定でおり、また学界等の専門家に対する御意見もよく伺ってまいり、まず漁業に対する支障をなくするという面に、第一の研究を進めてまいりたいと思います。それでもなおかつ障害が出ないとは言えませんから、出た場合の補償措置については、また十分な研究を進めてまいりたいと存じております。
○實川委員 それから、先ほど質問しました銚子の漁港が土砂で埋まって漁港としての機能を十分発揮できなくなるのではないか、こういう問題は、実際にせきができて、どのくらい土砂が堆積するのか、あるいは漁港関係にどういうような具体的な影響が出るかということは、あるいはまだ未確定な問題かも存じませんが、そういう点についても十分調査をしていただいて、やはり沿岸住民なりあるいは銚子市の人たちの安心するような対策をひとついまから十分用意しておいていただきたい。漁港がだめになるということについては、先ほどしゅんせつをするから心配はないというようなお話なんですが、これもまあ程度の問題でございまして、ほんの少し砂が堆積する程度ならば、しゅんせつで間に合うかもしれませんが、相当これが大規模なものになってくると、なかなかしゅんせつし切れないのじゃないか。そうなると銚子漁港というものは実際使えなくなってしまうのではないか、こういうような心配もあるわけなんですが、そういう点についての基礎調査というものを十分おやり願って、関係沿岸住民を安心させるようにひとつしていただきたいと思います。 なお、先ほど来、上流にダム群をつくって、それで取水量の調節をするから心配はないというようなお話なんですが、上流にダム群をつくってもなお水が足らないから、河口堰なんかをつくって、二十トン程度の取水をしたい、それを工業用水なり、飲用水に向けたいということだと私は思うのです。しかもそれは現状の、いまの時点で言うと、一応計算は成り立つかもしれませんが、今後さらに上流で水の需要が増大をする。あるいは東京都なりあるいはまた埼玉その他の関係地域において水の需要が増大する。そうすると、そのダム群をつくっても、それによってまかない切れないという事態も出てまいらないとは言えないのじゃないか。そうなると、この河口堰の性格も当然変わってくるわけで、したがって、ある程度ダム化する場合も想定できるのじゃないか、こういうぐあいに私は考えておるわけですが、こういう点については、河川局長、どういうふうにお考えなんでしょうか。いまのダム群で今後十年なり二十年先まで十分まかなえるというふうにお考えでしょうか。
○上田政府委員 お答え申し上げます。 現在の河口堰によりますと、そのため得る水量というものは、ダムなんかに比較いたしましてごくわずかでございます。その量というのがもうほんのわずかでございますから、ダム・アップしたことによって、そう何日間もそれで助かるとか、そういったようなことはございません。したがいまして、あまり期待ができないということでございます。それで、また、ためますと、周辺の水田のほうへ今度逆に浸透して出ていくようなことも考えられますし、だから、いまのところ、ダム・アップということは考えに入れておらないということであります。ただし、霞ヶ浦を今後どういうふうにするかというような問題があるかもしれませんが、霞ケ浦と連絡をしてそれを使うということになると、これはまただいぶ話が変わってまいりますが、現在のままの構造でございましたら、ダム・アップということはあまり効果がないということでございます。
○實川委員 ちょっとそれに関連してもう一つ……。そうしますと、河口堰の両側の堤防は、かさ上げするとか、あるいは補強工事をするということは、いまのところないですか。
○上田政府委員 洪水のときには、完全に全部ゲートをあけまして流すものでございますから、洪水の影響が堤防に及ぶというふうには考えておりません。しかしながら、湛水するのはあまり変わらないわけでございますけれども、そういう構造物をつくることによりまして、その上下の部分、たとえば一つ大きなかたい構造物をつくると、その上下というものはどうしても護岸をやらなければいけないものでございますから、そういったようなことは考えております。
○實川委員 わかったようなわからないような結果ですが、水資源公団の方に重ねてお願いいたしますが、沿岸住民の安心するように、PRもまだ十分できてないようです。ただ、実は、この間、私、現地へ、これは調査に行ったのじゃないのですが、たまたま通りかかったら、漁協の連中がやってまいりまして、ぜひひとつ補償の問題その他については十分考えてもらいたいというような要望が強く出されたわけです。それから、銚子の市長からは、漁港の問題について十分調査もし、研究もしていただいて、漁港がだめになるようなことのないようにひとつ配慮してもらいたい、こういうような要望があったので、以上お願い申し上げます。これで終わります。
○小林参考人 漁港の埋没の問題につきましては、これは治水上から申しましても非常に重大な問題でございます。それで、先ほど河川局長の話にもありましたように、従来の渇水よりは水量はむしろふえる状態になります、四十五年度の状態で見ますと。ですから、さしたる支障がないかと存じますが、万全を期して、十分な調査をいたしたいと存じます。それから、三月上旬に現地へも事務所を開設いたしまして、沿岸の方々との接触を、より一そう十分にしてまいる予定でございますから、今後ともいろいろ御指導願いたいと思います。
○實川委員 どうもありがとうございました。
○廣瀬委員長代理 井谷君。
○井谷委員 大臣がまだお見えになりませんから、ちょっとあと先になるのですけれども、運輸省のほうにお伺いしたいと思います。 前の委員会のときに、三崎と佐賀間のフェリーボートの問題について、この航路の認可の出願ですか、近鉄さんのほうだけという話でございましたけれども、現在の状況はどういうふうになっておりますか。
○高林説明員 三崎−佐賀関間の航路の問題と存じますけれども、これにつきましては、この前の委員会でも、私、御説明申し上げましたように、現在も同じくまだ正式な免許申請はどこからも出ておらないという状況でございます。出てまいりましたならば、それによりまして、海上運送法上、その免許につきましては免許基準がございます。それにつきまして、運輸審議会に諮問いたすことになっております。具体的な申請がございましたならば、すぐそういうようなことについて審査をいたす予定でございます。
○井谷委員 そうすると、現在どこからも出ていないのですね。
○高林説明員 そのとおりでございます。
○井谷委員 そこでお尋ねしたいのですが、坊間伝えられるところによると、近鉄さんということに、一般のうわさではなっているわけなんです。それも、近鉄という名前でなくして、豊予商船、こういう名前が伝わっておるわけなんです。また、私のほうで調べてみましたところ、豊予商船というものと、それから九州四国フェリーボート株式会社というのが、中央区の銀座のオリンピックビルかにあって、これが資本金が一千万円、この社長の岩崎與八郎という人と豊予商船の社長の岩崎與八郎という人は同じ人なんですね。そうすると、この九州四国フェリーボート株式会社というのと豊予商船というのとがどういう関係にあるのかということを実は私は伺いたかったわけですけれども、おわかりになりませんですか。
○高林説明員 私ども、具体的にはよく存じ上げておらないわけです。ただ、免許申請がございますときには、それぞれ管轄の地方海運局を経由いたしまして本省へ上がり、そうして運輸審議会に諮問するという段取りになっておりますが、現在の段階で、私ども、まだ地方海運局から何ら具体的な申請のことについて、出てまいっておりませんものでございますから、いまお尋ねの件につきましては、豊予商船と申します会社は、現在、旅客定期航路事業を営んでおるということは私ども存じておりますけれども、その他の関係につきましては、具体的資料その他、また具体的計画そのものは出てまいっておらないという状況でございます。
○井谷委員 そうすると、この二つの会社の——いま豊予商船が旅客輸送をやっておるというお話でしたが、ひとつどういうところを通っておるのか、そういう内容を実は知りたかったのでございます。というのは、この豊予商船というものの前身が、愛媛県の八幡浜に青木繁吉という人がありまして、それが八幡浜から別府航路を第一繁久丸というのが就航していたんです。これは経営の都合でしばらく休航していたんですね。それをこの問題が起きたために、岩崎さんのほうでそれを買いまして、船は運航してないんですよ、休航しているのですから。それを今度近鉄さんのほうへ持ち込んで、話が進んでおるという、私、契約書を持っておりますけれども、そういう実情にあるわけです。だから、大分県知事の言うように、豊予商船が青木の航路を引き受けておやりになっていることはけっこうなんだけれども、それはやってもろうてさしつかえないが、今度の三崎と佐賀関のには関係のない航路だということを、大分県知事は言っておるわけなんです。だから、それらの内容を私もう少し知りたかったのでありますけれども、あとからでもいいですけれども、伺いたいと思うわけであります。
○高林説明員 いまの豊予商船は、いま先生お話のございましたように、たしか昨年の中ごろから船がいたんでおりまして、それで休航しておるというふうには、私聞いております。具体的にどういうふうな今後の計画を持っておるかという点につきましては、まだ具体的には何ら出ておらないということで、詳細な点については、まだよく存じ上げておらないという状況であります。
○井谷委員 私、前の質問で、勘違いをしていたかもわかりませんけれども、私あのときこういうふうに了解していたのです。現在豊予商船のほうから出ておる。だからもはや時日が相当経過しておるので、ほかからも出ていないだから、これに認可の方向に、いまの運輸審議会のほうですかの、あれを待つばかりだというふうに、私は了解していたんです。それは私の聞き違いでございますね。
○高林説明員 私としましては、たしかまだ出ておらない、出てまいりましたらば、免許基準、それから運輸審議会への諮問という手続をとりまして、その出てきたところのものについて、具体的に決定をいたしたいと申し上げたつもりでございますけれども、それの状況は、現状においてもまだ変わっておらないということでございます。
○井谷委員 そういう新しい船会社ができて、認可をするような場合は、運輸審議会だけの考えであるのですね。運輸省のほうは御関係ないわけですね。
○高林説明員 現在、そういう点について規制しておりますのは、海上運送という法律でございます。海上運送法によりますと、そういう新たな定期航路を開設いたします場合、これは計画変更もございますけれども、そういった場合には、運輸大臣の免許を受ける。免許の場合におきましては、それぞれ法律には、免許基準というのが書いてございます。その免許基準に照らして、免許の適否をきめなければならない。運輸大臣が免許の適否をきめますときには、運輸審議会に諮問して、意見を付さなければならない、こういうふうになっておるわけでございます。したがって、当然運輸審議会の諮問をもちろん運輸大臣は尊重いたすわけでございますけれども、免許そのものは運輸大臣が行なう、こういうシステムになっております。
○井谷委員 これは御参考までに申し上げますが、いまの繁久丸が、青木運輸が豊予さんと一緒にやるということになりました起こり、それからいま休んでおるということなんですが、これは非常に不明朗なので、これは契約書の一部でございますが、最初は略しまして、「以上の事情に依り現在の繁久丸の就航現状に一大改革を断行する為めと、乗組員の中にクーデターを以て青木繁吉を狂人なりとして葬らんとせし陰謀団がありましたのでこれらの粛正の為め一時休航さして頂きます。 尚青木繁吉、青木石油KK、太陽石油KKとは元々青木繁吉個人の経営を改名したものでありますが青木繁吉を脳軟化症なる狂人と仕立て青木繁吉を其の企業態の総てより抹消せんと企画中其の真相が発覚し目下司直の手に依って取調べ中であります。」こういうことから、これのくらがえが行なわれるのでありますが、先日も、この本人が私のほうへ参りまして、この契約はやったことがないと言うのです。ところがここに契約書があるのです。というふうに、これはちょっと常識で判断ができないことなんです。そして今度は岩崎と近鉄の佐伯さんを相手に訴訟をする、こういう事の起こりから、内容、進行状態というものが一つも軌道に乗ってこないし、やはり冒頭に書いてあるようなことを考えの中に入れなければいかぬのではないか、というような複雑な問題があるので、こういうのを、するする一つの会社ができたのだといって、これを今度出願したから、近鉄さんのほうに三崎線をやらせるということになると、私はそこのところが非常に複雑になると思うのです。これはここで申し上げてもしかたがないが、そういうような点から出ておることも、ひとつ御考慮の中に入れていただきたいと思います。 それから、道路関係で、ひとつ大臣おっていただけば非常に都合がいいのですけれども、大臣は宮崎だから御承知だろうと思うので、局長のほうと公団のほうと、あわせてお伺いをしたいと思うのです。 大分県知事がいま仕切って、公団一本で、強硬に主張せられておる本筋というものは、私は間違うていないと思うのです。ということは、御承知のように、昨年の十二月十六日に、南日本国道建設促進連盟というものができまして、神戸市長の原口さんが会長で、州本、徳島、松山、高知、大分、熊本、宮崎、鹿児島の各市長が副会長で、そのほか関係二百十二市町村長が中心になって、この会ができたのでありますが、これは南日本国道全線を、四国及び九州の一貫した幹線道路としてすみやかに建設整備せられたい。本国道計画の基幹となるべき本土、淡路、四国連絡橋及び九州、四国の連絡については、直ちに着工できるよう推進せられたいというのが、これの基本になる趣意でございまするし、さらに同じく昨年の十一月二十八日に、中国四国九州連絡道路建設促進期成同盟会というものが設けられまして、広島県知事が会長になり、そして島根県知事が副会長になって、愛媛、島根、広島、大分県の各県会議長が副会長になっております。これは中国四国九州連絡道路、松江、尾道、今治、大分建設の関係四県多年の念願である。そうして中国四国九州連絡道路を一貫して国道にしていただきたい、佐賀関町と三崎町を結ぶ航行線を早期に実現していただきたい、こういうのがおもな趣意でございますが、こういう二つの大きな団体ができたねらいと申しますものも、四国、九州、中国の開発の幹線になるのが、やはりいま問題になっておる松山から三崎、佐賀関、これへ行くルートになるわけです。それで、なぜこういうルートを出したかと申しますと、ことにこれは九州が非常に力を入れております。というのは、南九州というのは熊本、大分、宮崎、鹿児島の四県が大体中心になっております。そうすると、たとえば物資を輸送いたしまする場合に、この道路ができたと仮定しますと、南九州から神戸までといたしますと、自動車であるならば十三時間四十分、従来の鉄道にいたしますと八十一時間三十分。熊本からでは自動車で十七時間十分が鉄道ならば八十八時間。鹿児島からでありますと、自動車なら二十二時間が、汽車で百十三時間三十分。大臣のところですけれども、宮崎からでも十八時間五十分のが汽車なれば百七時間かかる。四国と九州の例をとって、物資の輸送の状態を調べてみましても、四国には九州から大体二百万トン、四国から九州へ約九十万トンの物資の輸送交流が行なわれておるのですけれども、これは現在ほとんど海運であります。船にいたしますと、少なくとも五日、長ければ一週間の日数がかかるというようなことで、地方産業開発のために、ぜひともこの道路を完成したいというのが切なる願いでありますし、さらに、木下知事も言うように、将来は関門でなくして、これが大動脈になるということは、淡路−鳴門の架橋と相まって、これは当然のことだと思うのです。そういう面から、ことに大分は今度の鶴崎の工業地帯の発展に伴い、大大分市建設で、宮崎とも接続して、当然ここは通りたいところだろうと思うのですよ。そういう大きな構想の上に立つこの三崎−佐賀関を、公団と民営と半々でやるというちゃちなことは、なかなか納得がいかないだろうと思います。それといま一つは、八幡浜から三崎間は約十三里あります。これが普通の山岳地帯でなくて、尾根みたいになっているわけです。従来の道路は、これは昔の邪道です。名前が県道に変わった、今度は二級国道になったというけれども、これは年間一、二台バスを落とすくらいで、非常に悪路なんです。私は先般も行ってみました。一部分改修はしているけれども、それは人家のないところで、この十三里の浦々、四カ村。合併して町になったから、もっと減りましたけれども、そこの人家のあるところ、いなかでいえば町ですけれども、市街地ではない、ここへ道路が入っておりますために、幅員の拡張はできない。現在もバスが通りますときには、人が軒の下に隠れなければいけないという状態。幅員を拡張するには、片方の象はのくけれども、両方はとてもできない。フェリーボートができて、時間なしに大型バスが入ってくるようになれば、これは交通事故をこしらえるようなところで、これではいけないというので、もう一本つけてもらいたい気分はある。それで最初申し上げましたような二つの促進同盟会ができたその構想というものは、この道路じゃないと思うのです。高速道でもう一本入れる、こうなくちゃこれは利用価値がない。そうなった場合に、いまの三崎−佐賀関のフェリーボート−現在の道路は改修されるけれども、これではいけない。そうするとやはり大規模なものにかわらなければならないが、そうした道路というもの、これは民間ではこしらえられない。どうしても道路公団にお願いしてやってもらわなければならぬが、将来そういうふうになった場合に、これは夢のようなことですけれども、橋をかけるかトンネルになるか、それは飛躍した話として、それまでの前提としても、現在考えられておる三崎から佐賀関のこの七百トンくらいなボートでは、これは間に合わぬようになる。ただそういう場合に、やはり公団にお願いをすれば、いまから主張しておいたほうがいいのではないか。あるいは民間が入った場合に、そうした大きな仕事になったときに、それでは民間のほうにのいてくれということが言えるかとか、そのときに、民間のほうは営利ですから、補償がほしいということになるかどうかというようないろいろな思惑があって、やはりいまの説をなしておるのではないか。私はこの裏づけができれば話はつくのではないかと思うけれども、それのつかぬ間は、非常に難関に突き当たっておる。聞くところによると、大分県では、佐賀関のこの接岸の設備に対する補助を辞退をしたというような話も聞いておるし、さらに大分県においても、大部分は知事のいまの態度を支持しておったという話もあるし、さらに一萬田さんのごときも、これは公団論者であるということも私は聞いている。したがって、これはへたをしますと、いまのようなことにならない。愛媛県等においては、どっちでもいいから早いほうだと言うけれども、これはどっちでもいいけれども早いほうだというような簡単なことでは、解決はつかないと思うのであります。これは大臣のあれになるかわからぬけれども、いまの範囲の中で、局長にひとつ、いまの中国、四国、九州、さらにはまた神戸からのこの鳴門架橋ができた場合を仮定しこの問題はあるけれども、こうした佐賀関−三崎に通ずる一貫した縦断の高速道というものとこれを結びつけました場合の、局長の御答弁のできる範囲のお考ええをひとつ承りたいと思います。
○尾之内政府委員 御質問の主要な点は、やはり大臣からお答えになるのが至当かと存じます。私から申し上げられますことは、ただいまお話のございました南日本国道推進運動、それから中国から尾道を経て今治から同じく九州に行きます中四連絡道路の促進運動、この二つはいずれも、特に前者は前からある運動でございます。これらは直ちにこれを自動車道路にしようということではなくて、いまお話がございましたように、関門を通るよりも距離的に近いルートであるし、また四国の開発、南九州の開発にさしあたりやはり有効な手段である、こういう見地から運動がなされておると考えております。したがいまして、私どもはたとえば中四連絡にいたしましても、これはほんとうにやるとすれば、かなり大きな架橋の問題であります。南日本は、もちろん御承知のように明石−鳴門の架橋問題になります。これとて、両者なかなかそう簡単な問題ではないわけであります。それらを含みます前後の陸地部の道路、この整備を早くするということも、やはり大きな一つのねらいであろうと思います。そういたしますと、残りますのは、現在フェリーのございません三崎−佐賀関の間の連絡ということになります。これを将来どうしたらよいかということは、やはりただいまお話のございましたように、幹線自動車道路としてやるならば、何か三崎−佐賀関の間よりも、もっとそれに見合うものを考えなければならぬと思いますが、ただいまの段階では、前後の道路から考えまして、そういう計画が必ずしもできておりません。したがいまして、当面問題としては、やはり早く結びつけるというところにねらいがあると私どもは判断いたしております。そういうふうに判断いたしまして、現在ないものを早くつくるという点から、どうすれば早くできるかというような問題が論議され、大臣が昨年方針を出されましたが、民営と公団営と二本立てでいくのが、現在の段階では最も早いのではなかろうか、かように私どもは判断いたしておるわけであります。
○井谷委員 御説明はよくわかったのでありますが、将来そうした理想的な路線がかりにできる——できなければいかぬのですけれども、間に合わないからいかないが、その場合に、いまのは過渡的な手段としてやる、これが民営が入っていたために、民営が今度のくというような場合に、トラブルが起きやしないかということを、先ほど来、私、心配しているのです。それは別個にお考えになられるつもりですか。そういうものがあった場合、これは仮定の問題です。
○尾之内政府委員 お答えになるかどうかと思いますが、たとえば同種の問題が、岡山県と香川県を結びます架橋問題についてもあると思います。ただいまこれは宇高フェリーという民間のフェリー会社がやっておりまして、非常に成績をあげております。ここに、御案内のように、架橋問題が三本のうちの一本としてあるわけでございます。それをやる場合には、そういった現在ございますフェリーに対してどうするかという問題は、当然起きてくると思います。したがいまして、九州−四国のいまの区間を、いま提案いたしておりますように、公団営と民営と並立してやるということになりまして、それが将来そこにトンネル問題なりあるいは架橋問題なり、別途の施設が起こった場合には、もしそれらが補償すべきものであるならば、補償するというふうに、そのときの情勢判断に立って考えるべきだ、かように私は判断いたしております。
○井谷委員 大臣がお見えになりましたが、大臣に聞くことは大かた言うてしまったので、ダブって言う時間もないし、またおせわしいようですから、速記録をひとつ見ていただきたいと思います。 それで、ひとつ申し上げておきたいのは、先般十日、十一日ですか、愛媛県と大分県に公団のほうから協議書というものを持っていかれたということを新聞で承知しておるわけですが、お差しつかえなければ、大体でいいですから、その内容を承りたいと思います。
○小山国務大臣 −お答えいたします。 二月十日に大分県、十一日に愛媛県に、それぞれ公団の職員を派遣いたしまして、協議書を手交したわけであります。両県知事とも、これは快く受諾されました。愛媛県の知事は早期実現を要望され、大分県知事は慎重に検討して返事をする旨の回答があったわけであります。
○井谷委員 大分県知事が受諾したというのは、内容を受諾したのですか。
○小山国務大臣 快く受領しまして、内容については、慎重に検討した上で返事をする、こういうことであったわけであります。
○井谷委員 それから、先ほどちょっと申し上げたのですが、大分県側で、佐賀関の接岸の施工に対する国の補助を返上したという話ですが、事実でございますか。
○尾之内政府委員 返上したというところまでは、私どもは聞いておりません。まだ本年度予算のうちでございますから、そういう話が起きておるというふうなことを、情報として聞いたということでございます。一
○井谷委員 これは両方とも、県会を開いて、その後の模様になろうと思いますので、ここでお問いしてもどうにもならぬ。ただ一つ、これは大臣にもう行っておると思うのですけれども、前の当委員会におきまして、大臣が、「「……大分県は何ら発言はありませんでした。そういうことで……」とありますが、昭和三十九年八月四日建設大臣室の会議では大分県東京事務所長は「是非公団でやってほしい」旨発言しております。なお愛媛県東京事務所長は「県営でやりたい」旨発言しておりました。以上のとおりでありますので御訂正方お願い致します。」という、これは大臣あてに出したというて、控えを私のほうに送ってきたのですが、大分県から何もなかったと言われたために、大分県がそういう状態にあるために、東京事務所長は非常に立場に困っておるらしいのですが……。
○小山国務大臣 何しろ、もう半年ほど前のことで、記憶は薄れておりますが、あるいはそういう発言があったのかもしれません。
○井谷委員 それでよかろうと思います。これは事務所長として、出先として、何も言わなかったと言われると、立場上非常に困ると思うので、いまの大臣の御答弁で了解をいたします。 その他のことは、まだこれは両県ともあれが出ておりませんし、まだまだ時間がかかることと思いますので、きょうの質問はこれで……。 ────◇─────
○廣瀬委員長代理 参考人出頭要求に関する件についておはかりいたします。 建設行政の基本施策に関する件について、次回の委員会において、日本道路公団、首都高速道路公団及び日本住宅公団当局の方々を参考人として招致し、意見を聴取いたしたいと思いますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○廣瀬委員長代理 御異議なしと認め、さよう決定いたしました。 なお、参考人の人選等につきましては、委員長に御一任願うことといたします。 次会は、来たる二月二十四日、午前十時より理事会、午前十時三十分より委員会を開会する予定でありますが、予算委員会分科会開会のため、政府当局出席等の関係もありまして、開会日時を変更することもありますので、あらかじめ御了承願います。 本日はこれにて散会いたします。 午後一時八分散会