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47回国会衆議院1964/12/04

議院運営委員会 第5号

発言数
37
登壇者
5
会派数
3
開催日
1964/12/04

会議録

福永健司自由民主党

○福永委員長 これより会議を開きます。  この際、会期中の議員の逮捕に関し発言を求められておりますので、これを許します。柳田秀一君。

柳田秀一日本社会党

○柳田委員 きょうはここへ参考人あるいは説明員あるいは政府委員の皆さんでもよろしいが、だれが来ておりますか。

福永健司自由民主党

○福永委員長 衆議院法制局長の三浦義男君と内閣法制次長の吉國一郎君が見えております。実は、法制局長官の高辻君に本日ここに来るように連絡をいたしておきましたが、同君はのっぴきならぬ家庭の事情がありまして、実を申しますと、娘さんがちょうど本日の午後一時、ですから間もなく結婚式をあげるというような事情でありますので、これはもう事情やむを得ないと認めまして、そのかわりに吉國一郎君の御出席を願ったというような次第であります。御了承いただきたいと思います。

柳田秀一日本社会党

○柳田委員 私は次の点を最初に衆議院の法制局長に尋ねて、同様の問題を内閣の法制次長にお尋ねいたします。  ただいまも委員長が言われたように、憲法第五十条は「両議院の議員は、法律の定める場合を除いては、國會の會期中逮捕されず、會期前に逮捕された議員は、その議院の要求があれば、會期中これを釈放しなければならない。」この憲法五十条を受けて、「法律の定める場合」とは、国会法第三十三条に「各議院の議員は、院外における現行犯罪の場合を除いては、会期中その院の許諾がなければ逮捕されない。」となっておりますが、この憲法、国会法の精神というものは、日本が法治国になった大日本帝国憲法以来続いておる精神だと思います。その意味で大日本帝国憲法にはそれはどういうふうになっておったか、これからお尋ねしたいのでありますが、その大日本帝国憲法まで一々御答弁願おうとは思いませんので、私のほうで引例いたしますと、第五十三条には「両議院ノ議員ハ現行犯罪又ハ内亂外患二關ル罪ヲ除ク外會期中其ノ院ノ許諾ナクシテ逮捕セラル、コトナシ」となっておる。したがって、帝国憲法時代にはその帝国憲法の第五十三条であったものを、日本国憲法になって憲法の五十条と国会法の三十三条とに分けた、こういうふうに解釈できるのですが、その間のこういう立法上の根拠といいますか、どうして帝国憲法時代に憲法一条で済んでおったものが日本国憲法になれば憲法と国会法に分かれたのか、その辺のところからまず質問したい。

三浦義男衆議院法制局長

○三浦法制局長 ただいま御指摘のように、大日本帝国憲法時代には、五十三条にいまお話のございましたような規定がございました。新憲法になりまして、五十条に憲法上の規定があり、その五十条の「法律の定める場合を除いては、」という規定を受けまして、国会法の三十三条以下に不逮捕特権に関しまする規定を置いているわけでございます。帝国憲法時代と新憲法時代を比べますと、規定の内容等についてだいぶん相違がございまして、いま御指摘がございましたように、五十三条では、現行犯罪以外に内乱外患に関する罪というものが入っておりますし、それからまた新憲法では、旧憲法時代にございませんでした会期前に逮捕された議員につきまして、要求があれば釈放しなければならぬ、こういうような規定が新たに加えられでおりまして、それらの変更がございまするが、新憲法の精神をそんたくいたしまするに、やはり国民主権主義に基づきまするか、あるいは民主主義の原則に基づきまして、議会の機能が非常に重要になってまいりましたことにかんがみまして、特に新憲法においては、旧憲法時代の五十三条と違う規定が置かれたものと考えます。さきの憲法と国会法にどうして分かれておるかということは、いまの憲法の規定自体が「法律の定める場合を除いては、」ということで、ある事項につきまして法律にゆだねましたので、したがいまして、憲法第五十条が根拠で国会法の三十三条以下ができておるのでございまして、その辺は両方あわせまして不逮捕特権の問題を考えるべきだと存じます。

吉國一郎内閣法制次長

○吉國政府委員 ただいま衆議院の法制局長からお話がございました点と全く同様に私ども考えておりますが、ただ一つつけ加えさしていただきまするならば、新憲法五十条において「法律の定める場合を除いては、」といたしました趣旨は、特に新憲法のもとにおきましては、国会の権限というものを尊重いたしまして、国会のお定めになるところによって議員の不逮捕特権についての細目を定める、いわば国会の自主性を尊重したという線が出ておるのではないかと私ども考えております。

柳田秀一日本社会党

○柳田委員 いまそういう御趣旨の説明がありましたが、そうすると、大日本帝国憲法と日本国憲法と一致するところは、会期中ということは、これは一致しておるわけですね。どちらも会期中というこの要素は一致しておる。それから例外があるが、会期中はその院の許諾なくして逮捕できないいういま言われた不逮捕特権、この点が一致しておる。要するに、院の許諾があった場合は別であるが、そういうことがなかったときには逮捕できないということ、それから会期中に限っておること、この二つの点は一致しておる。したがって、それを裏づけするかのごとくに、新しい憲法に、旧憲法の五十三条になかったところの、先ほど三浦さんが言われたように、会期前に逮捕された議員は、その院の要求でその会期中はこれを釈放する。その場合においもわざわざ、会期前に逮捕された議員は、その院の要求でこれを釈放しなければならないのではなく、会期前に逮捕された議員は、その院の要求で会期中これを釈放しなければならぬ。いかなる場合でも会期中という要素は同じである。会期中ということは非常に強い因子になっておると私は思う。それからもう一つは、逮捕できないというこの精神を、もう少しさらに突っ込んで、ただ院の構成上困るのだとか、院は国権の最高機関で重要だ、そういうことはわかっておる。特にそういうふうに規定した理由を、それぞれのお二方からもう一度詳しく法律学者としての見解を表明してほしい。

三浦義男衆議院法制局長

○三浦法制局長 この不逮捕特権の問題は、御承知のとおり日本だけの憲法でございませんで、世界各国の憲法はほとんどこういう規定をいたしておりまして、ずいぶん古い時代からこういう権限が認められておるわけでございます。不逮捕特権のこういうような規定が置かれましたものは、かつての王権時代におきまして、政府権力によりまして議員をゆえなく逮捕するというようなこと等がありましたことにかんがみまして、やはり議会を守っていこう、こういう精神からこういう規定が沿革的、歴史的に置かれてきたものと思います。そういう場合の最初の考えといたしましては、ただ逮捕されることが不当である、そういうような場合だけを国会の側において見まして、そういう場合にはこれは許さないのだという観点からこの不逮捕特権の問題を考えておった時代もあると思いますし、また現在学者の中でもそういう意見もございます。しかしながら、この不逮捕特権の問題は、そういう逮捕が不当であるとかなんとかいう問題だけでなくして、もっとやはり、いま御指摘がございましたように、会期中ということは、国会の機能を最もフルに働かしておる時期でございますので、そういう国会の機能を十分に発揮する、こういう点に着目されましてこの規定が置かれたものだろうと思います。ことばをかえて申しますれば、国会の審議権の尊重、こういうようなことにこの規定の意味を考えていくべきだと思います。

吉國一郎内閣法制次長

○吉國政府委員 ただいまの問題につきまましても、衆議院の法制局長の述べましたことにつけ加えるべき点はないと存じますが、同様に不逮捕特権の認められる趣旨といたしまして、英米法系統におきましては、当初は司法権なり行政権なりの不当な干渉というものを防止するということに主眼があったようでございますが、その後この制度が発達してまいりまするにつれまして、特に大陸法系の国々におきましては、司法権、行政権の不当な干渉を防ぐということばかりでなくて、国会の権能を整斉と行なわしめることを保障するというところにいわば重点が移ったというふうに学者も言っておりまして、そのような点から考えまして、会期中の不逮捕ということと、会期前に逮捕された議員の釈放ということ、いずれもその会期中は国会の活動が整斉と行なわれるようにということを意図しておるものだということができると思います。

柳田秀一日本社会党

○柳田委員 両氏の御見解、私どもしろうとが漫然と常識的に考えておるのもそういうところなんです。いま両氏から御説明のように、消極的に司法権、行政権が立法府に不当介入することを防ぐというのでなしに、むしろ積極的に国会の権能を発揮させる、こういうふうな、単に消極的の考え方じゃなしに積極的な考え方もあるという点がこの条文の中に脈々とあらわれておると思う。そうしますと、ここで「院外における現行犯罪の場合を除いては、」というこの除外例ですが、院外における現行犯罪という認定が、これだけの立法化された非常に高度の除外例にしては、この規定そのものでは、せっかく非常に高度というか、次元の高いというか、あるいは高遠なというか、そういうような除外規定にしては、あまりにもばく然としておって、行政権の第一線の機関の現場認定にこれをまかしたことに危険があるやに思いますが、その点は後日になお論点を留保しておいて、一応私の質問はこの辺で次に移っていただいて、またさらに話が進展するに従って質問したいと思います。

佐々木良作民主社会党

○佐々木(良)委員 関連して、まず吉國次長にお伺いいたしますけれども、この間長崎で楢崎君の逮捕事件が起こったことは御承知だと思います。その際に、地方行政委員会において、一線警察官がこれが国会議員であることを知っておったとか知っておらなかったということが問題になっておったと聞いております。そこで、ただいま柳田君の質問に答えられる態度からいうならば、知っておったならば、当然に手心を加えて逮捕すべきでなかった、という論拠が出るように聞こえますけれども、そういう判断を第一線警察官がすべきものとお考えになりますか。

吉國一郎内閣法制次長

○吉國政府委員 これは規定の趣旨から申しまして、議員であるかどうかということよりも、現行犯罪であるかどうかという認定の問題でございまするので、まさにその犯罪が現行犯として行なわれているかどうかということを警察官は考えるべきものと思います。

佐々木良作民主社会党

○佐々木(良)委員 そうしますと、現行犯である限りにおいては、国会議員であろうとなかろうと、同一の尺度でもってこれを逮捕する、こういうように考えるべきですか。

吉國一郎内閣法制次長

○吉國政府委員 現場におきまして警察権を行使いたします職員といたしましては、現行犯罪であるかどうかということにつきまして正当な認定をすべきことは、これは当然でございますが、それ以外には、それのみをもって職権を行使すべきだと考えます。

佐々木良作民主社会党

○佐々木(良)委員 重ねてお伺いいたしますが、そうしますと、国会法三十四条の許諾要求を提出するときの判断は、犯罪の捜査上の必要という点だけであって、国会議員であるかないかの判断は、必要であるとお思いになりますか、必要でないとお思いになりますか。

吉國一郎内閣法制次長

○吉國政府委員 もちろん、国会法第三十四条につきまして許諾を求めます場合には、各議院の議員であるということによりまして、その逮捕について、憲法上の要請から国会法第三十四条の手続が定められておるわけでございますから、当然議員であるかないかということの判定が入ってまいると思いますが、先生の御質問の趣旨は、議員であることによって、その許諾を求めるについて、議員でございますから、議員について三十四条が働くことは当然として、それ以外に、議員の地位を持っておるということに、許諾を求めるかどうかの重点があるかという御趣旨でございますしょうか。

佐々木良作民主社会党

○佐々木(良)委員 議員であるなしにかかわらず、一つの事件が起こって警察官が犯罪捜査の必要を認定しますね。主体がどうであろうと、犯罪人がどうであろうと、捜査上の必要を感じた場合には、当然に捜査を進める意味で許諾要求をなすべきだとお考えになりますか。

吉國一郎内閣法制次長

○吉國政府委員 この三十四条の許諾を求めます場合には、先ほど申し上げました現行犯罪の場合と違いまして、ある事件の捜査をいたしておりまして、その場合に、どうしても議員を逮捕しなければその捜査が正当に遂行できないという場合には、このような手続をとるわけでございますが、その場合において、判断をいたします場合には、これは当然その第三十四条、さかのぼってまいりますならば、憲法第五十条の規定の趣旨を考えまして、そこまでの刑事訴訟手続上の必要と、それから、先ほど柳田先生の御質疑に対してお答え申し上げましたような、第五十条の趣旨というものをあわせ考え、比較考量いたしましてこの決定をいたすものと思います。

佐々木良作民主社会党

○佐々木(良)委員 その判断はだれがいたしますか。その比較考量をして、許諾要求をすべきであるかないかという判断はだれがすると思いますか。一線の警察官か、裁判官か、内閣か。

吉國一郎内閣法制次長

○吉國政府委員 これは、結局刑事訴訟手続上逮捕状を裁判所に対して請求いたします検察官が、その検察官あるいは司法警察職員が裁判所に逮捕状を請求いたすわけでございます。その場合に、そのような逮捕を行なうべきかどうかということにつきまして、これは当然検察部内におきまして判断を加えるわけでございます。

佐々木良作民主社会党

○佐々木(良)委員 そうすると、かりにそれが第一線の警察官であったとするならば、第一線の警察官が憲法五十条の趣旨を考え、国会法三十四条の趣旨を考え、その立法精神に基づいて、国会議員の任務のほうがより大事であるとかないとか、要するに犯罪捜査上の必要と、先ほどお話しになりました国会の審議権の尊重と、両方を比較考量してその一線の警察官が判断する、こうおっしゃるのですか。

吉國一郎内閣法制次長

○吉國政府委員 この逮捕許諾の問題に関連いたしまして、もちろん、おそらく第一線で捜査の必要というようなことは考えるわけでございましょう。しかし、問題が問題でございますので、司法警察職員に対しましては、当然検察部内において指揮監督権を持っておるわけでございます。したがいまして、検事総長を項点といたします検察の組織の中で、問題の重要性に応じていろいろ考慮をめぐらすわけでございますが、この逮捕許諾の請求をするというような重大問題につきましては、当然相当上の段階におきまして判断をする、その判断をしたところに従って検察部内の指揮監督権を行使いたしまして、たとえば、ある地方の段階から地方裁判所に対して逮捕状の請求をするというような手続に相なるものではないかと思っております。

佐々木良作民主社会党

○佐々木(良)委員 いまのお話ですと、最終的には内閣が院に対して許諾要求することになっておりますが、そうすると、最終的には内閣がその判断をすると考えてよろしゅうございますか。

吉國一郎内閣法制次長

○吉國政府委員 最終的には内閣が要求書を国会に提出するわけでございますが、この要求書は、内閣へは、所轄裁判所または裁判官から出てまいるわけでございまして、その裁判官または裁判所に逮捕状を請求いたしますのは、これまた検察官あるいは司法警察職員でございます。その検察官なり司法警察職員がそういう行動を起こします場合に、その検察官なり司法警察職員に対して指揮監督権を行使いたします検察当局というものが、そういう判断をするものであるというふうに考えます。

佐々木良作民主社会党

○佐々木(良)委員 三十三年の高石幸三郎事件のときに、この問題はずいぶん議論をいたしまして、その際は、いまお話のように、まず、内閣は判断を加える機関ではない、経由機関としてただ書類を通すだけだという解釈が、大体おおむねの解釈でした。それならば、検察官を統括する一番親玉はだれだと言ったら、法務大臣だということだった。ところが、法務大臣はその際に、相談にあずかってはおらぬということでした。そんなら一体だれだと言うたら、警察本部長だろうということだった。警察本部長が判断したのかと言ったら、したようなせぬようなで、結局わけがわからなかった。そして、そのときの話は、大体においてその判断は警察官には無理で、できない、むしろしないという方針が警察官を貫いておった、あるいは検察庁を貫いておった解釈のようであった。警察庁の長官も、それから法務大臣も、それから自治大臣、公安委員長も判断をすべきだと言われるけれども、ここの話では、判断をすべきだという感じでそういう説明をされたのです。しかしながら、一線におる連中は本部長を中心として判断できないし、しない、犯罪捜査上必要があれば、その犯罪捜査の必要に応じてわれわれは許諾要求をいたします、こういうことだった。私から全部言ってしまって恐縮ですが、そうすると、残るところは裁判官ということにしかならなくなってしまう。裁判官というものも、三権分立の思想によってあそこが逮捕状を出すことにはなっておるけれども、実際にはこれも経由機関のごとき観を呈しておる。実際にはその場合が多い。そうしてくると、そのような憲法五十条、国会法三十四条の判断をする個所がなくなってしまう。そして、実際は警察官は、司法警察官にしましても、それから検察庁にしましても、犯罪捜査の必要が起きれば、大臣であろうと、議員であろうと必要に応じてわれわれは逮捕するのだ、それで、開会中であるならば、逮捕させてくれという許諾要求を出すのだ、こういう考えで貫いておったようでありましたけれども、あなたは、それはちょっとおかしいとお考えになりますか。

吉國一郎内閣法制次長

○吉國政府委員 少なくとも私申し上げることができますことは、先ほど申し上げたことと若干重複いたすかもしれませんが、検察官なり司法警察職員が、裁判所あるいは裁判官に逮捕状を請求いたします行為につきましては、検察当局といたしまして、検事総長が当然刑事訴訟手続につきまして最高の指揮権を持っておるわけでございます。その検事総長を頂点といたします検察の組織の中で、当然このような問題につきましても判断を加うべき立場にあるということはいわれ得ると思います。その検察の立場に対しまして、法務大臣は検事総長を通じて一般的な指揮権と申しますか、監督権を行使するわけでございまして、検事総長が、捜査その他の刑事訴訟手続につきましては、検察当局全体を指揮するというかっこうになっておると思います。

佐々木良作民主社会党

○佐々木(良)委員 重ねて、これはきょう結論が出なくてもいいが、これがほんとうは、私どもどう解釈したらいいか一番因っておる中心ですから、その意味で申し上げるのですが、そのときも、非公式には相談したと、こう言われる。相談をされたかと言うと、非公式でありますからほんとうの相談はしておりませんと、こう言われる。そうしたらだれが責任者かと言ったら、責任は末端ですみたいな話でどうにもしようがなかった。ほんとうはその問題が一つあることと、それからもう一つ、先ほど柳田君からの質問で、旧憲法時代の法律は現行犯と並べて、先ほどのような「内亂外患二關ル罪」、こういうふうに並べてあったわけです。つまり、非常に端的に読むならば、国会議員というものは、先ほどお話があったように、歴史的に見れば、政府側から弾圧を受けて逮捕されないようにということ、現在的に見るならば、国会の審議権を十分尊重しなければいかぬというたてまえから、特別なことでなければ逮捕せないようにしようではないかというのが、私はこの精神だと思うのです。そうすると、特別なことでなければ開会中議員は逮捕しないようにしようではないかという精神に従ってこの法律を読むのが私は解釈論だと思うのです。そうしますと、先ほどお話があったように、ほんとうは許諾要求の場合にでも、一線警察官は訓練が足らぬのか、判断が足らぬのか知らないけれども、ここから先くらいの話で、捜査上必要があったとしても、より高次な国会議員の任務を遂行するためにこれは許諾要求すべきでないという、こういう判断が許されるのと同様に、並べてある現行犯というものについても、いまあなたは、現行犯という事象だけをとらえて、現行犯という幅はいろいろありますから、いま柳田君からいろいろ話がありましたように、この認定は非常にむずかしい。それだけであるならば、これは何も解釈には、不逮捕特権と特別の関係はなくて、ただ現行犯というその尺度で見ればよろしい、犯罪捜査の必要というのと同じ意味で、他の犯罪における犯罪捜査上の必要という尺度と同じ基準でもって現行犯も見るということであるならば、これは、並べて旧憲法に書いてあった意味も少しおかしくなってくるのではないか。私は、常識的に見るならば、この現行犯というものの認定について、やはり国会議員だということであるならば、そのときにある程度の判断をしなければならぬものではなかろうかと思う。ところが、むずかしいことは一線におる——まだ本部長あたりならいいが、一線におるおまわりさんの場合に、その判断を要求しても非常に無理だという話がある。無理だが、それならばそれをどうするんだ、これは非常に問題だと思う。私は、具体的なケースは申し上げにくいけれども、おそらく今度の場合でも、一線の人が判断——判断というか、逮捕したならば、これはやはり相当な、国会議員であっても捕えなければならぬほどの問題であった、こういうことにするために書類送検もし、より重いといいますか、そういう感じの法則があとにくっついてこざるを得ないという、本来の精神とはさかさまの結果になる危険性を非常に感ずるわけです。したがって、私は、詰めるわけでも何でもないのだが、現行犯という見方、現行犯を、どこからどこまで逮捕すべき現行犯だと見るのに対しまして、これを、犯罪捜査上の必要で逮捕するのと全然同じ尺度で見ていいかどうかということになれば、私はやはり疑問が残ると思うのですが、その辺どうでしょうか。

吉國一郎内閣法制次長

○吉國政府委員 先生の御議論を伺っておりまして私考えたのでございますが、この院外における現行犯の場合につきまして不逮捕特権の例外になっておりますのは、先ほど申し上げましたこのような憲法上の制度、あるいは日本では憲法及び国会法上の制度でございますが、各国に見られるこのような例につきましても同様でございますが、院外における現行犯の場合には不逮捕特権の例外になっておると申しますのは、この発達の由来からいたしまして、犯罪の事実が明白であって、これはもちろん明白の程度にもいろいろございましょうが、一応平均的に申しますならば、現行犯の場合には、犯罪を行なったという事実が明白である。したがって、理由なく逮捕されることはないというところから例外になっておる。沿革的にはそのようなことがいえると思います。しかし、現在の日本の法制といたしまして、「院外における現行犯罪の場合を除いては、」ということが国会法の三十三条で定められていることは、一面においては、いま申し上げましたような沿革的な理由もございましょうけれども、現行法といたしましては、やはり院外における現行犯罪の場合については、これは例外であるという実定法として考えまして、その場合に、先ほど申し上げましたように、現に犯罪が行なわれているかどうかという、まさに客観的な認定のみをもってこれは判断しなければならない。と申しますのは、第一線の検察官なり司法警察職員にそのような判断をさせるということは、おそらく法律の予想するところではあるまい。そういう判断はおそらくできないことであろうと考えられますし、また、この規定の沿革的なところから考えましても、犯罪の事実が明白である、その場合には例外として不逮捕特権を認める必要がないということに相なると私どもは考えております。

佐々木良作民主社会党

○佐々木(良)委員 現行犯の場合の一つに、刑法第何条でしたか忘れましたが、今度のような場合の公務執行妨害というのがありますね。公務執行妨害の条文の書き方は、日本の刑法の書き方と、たとえばドイツの刑法の書き方とは、私は昔のことで忘れましたが、ちょっと違っておったと思うのです。そうして日本の場合には、公務執行妨害であるかないかの認定は、そこにおった警察官だけが認定するのでしょう。したがって、客観的事実と言われますけれども、一般の現行犯、たとえば窃盗が行なわれた場合の認定と公務執行妨害の認定と同じような尺度でもっていって、これも同じようにするならば、これは不逮捕特権の例外として規定した現行犯というものの域をなお逸脱する危険性を非常に持っておる法制にならざるを得ないと思うのです。その辺に法上の欠陥なりあるいは解釈上の困難があるという感じはお持ちになりませんか。

吉國一郎内閣法制次長

○吉國政府委員 私、刑法を専攻はいたしておりませんので、また詳しいことは法務省をお呼びいただいて御審議いただきたいと思いますが、公務執行妨害に関しましても、全く第一線の警察官の判断のみということはございませんで、公務執行妨害というものを認定いたします場合には、従来の判例によりましては、第一次的には公務執行妨害であるということで第一線の警察職員の判断が尊重されますが、そのような判断が行なわれるについて、これは事後に客観的に相当であったという事情があるかどうかということが、やはり裁判所でも問題になっておりますので、全く第一線の警察官の主観のみということはございませんと思います。

佐々木良作民主社会党

○佐々木(良)委員 そこで問題なのは、あとで調べてみたならば、公務執行妨害罪の成立要件を欠いておったと見られる場合、しかしながら、先ほどのあなたの判断では、第一線におる警察官が公務執行妨害だと考えれば、そのときに直ちに逮捕できる。国会議員であろうが、普通のそこらのややこしい人々であろうが、全然同じ基準でもって判断して逮捕することができるとして逮捕してしまうのです。あとでこれが有罪判決を受けるか受けないかということは別問題です。この不逮捕特権の基本的な精神は、要するに逮捕させまいというのがこの法の目的でしょう。したがって、法律要件がととのわなかったから、あとからお前は無罪であるといわれても、二日間なら二日間、一日なら一日逮捕されてしまえば、この特権の意味をなさないことになるわけです。その意味で、私はいまのように第一線の人にそれを判断せいということは無理かもしれないという感じはあるが、しかしながら、といってその判断が不逞の徒輩をつかまえるのと同じ状態で、寸毫といえども現行犯であるならばこれはとっつかまえる、こういうことであるならば、格別公務執行妨害というような尺度のむずかしい問題である場合には、この間の話ではないけれども、具体的には言わぬけれども、片一方はなぐられたといい、片一方は払いのけたという。けれども、逮捕という事態だけははっきりとでき上がってしまうという問題が非常に鮮明に残ってくると思うのです。きょうは問題提起だけにしておきたいと思うのですが、重ねてちょっと申し上げておきますが、私は、この問題を、この前から警察庁長官や法務大臣やその筋にずいぶんだだしたのです。しかしながら、大体われわれの常識的な考え方というのは、先ほど旧憲法にあったような非常にはっきりした現行犯、その中で現行犯の尺度の非常にはっきりした、こういう意味の現行犯、それは内乱外患に関する罪、非常に重い罪、大事な罪ですが、それに匹敵するほど——これは現行犯として捕えなければならぬというのと似たくらいな判断が行なわれて、したがって、開会中においては議員を逮捕するというのは非常に特別な例外的措置だ、こういう判断に従って解釈をすべきではなかろうか。それに従ってまた条文の整理も必要であるならばしなければならないだろうし、それから警察官の訓練をしなければならないのだったらしなければならないだろう、こう思ったのです。しかしながら、先ほど申し上げたように、警察官の筋はそうではないという。先ほど言いましたように、いまあなたは、現行犯につきましては大体警察側でとっておられる解釈と同じです。現行犯については、議員であろうとなかろうと、現行犯という事象をとっつかまえて、現行犯であるならば容赦なしに、はいということに結びつけていい、こう判断をされておる。しかしながら、現行犯でなくてというのは、つまり許諾要求の場合というのは、現行犯以外の他の犯罪ですね。そうでしょう。許諾要求の対象になるのは、原則としては現行犯ではない、他の犯罪です。その場合の基準というのがほんとうは内乱だとか外患に関する罪のような重大な犯罪、その場合には大体これは許諾要求をして、そうして逮捕して調べてしかるべきだ。しかし、その他の軽微な犯罪であるならば、犯罪捜査上の必要はあっても、より高次な国会の審議権の尊重という立場から、開会中は逮捕しないほうがよかろう、私どもはこういうふうな解釈だと思っておったんだが、警察のほうの解釈は全然違っておって、先ほど申し上げましたように、当時のある警察本部長のことばでは、憲法五十条は憲法十四条の例外規定ではない。憲法十四条のほうが優先する規定だと言わんばかりの感じでもって、不逮捕特権は、事実上、言うならば歴史的な存在であって、いまはこんなことを考えるべきではない。ほとんどそれに近い考え方をしておられる。そうして現実にいま警察官に対する指導があるとするならば、そういう方針で指導されておると私は思うのです。この問題は、そういう意味で解釈上非常な問題を持っておると思うわけです。今度起こった事件でも、あのとき議員であったとか、あったことを知らなかったとか知ったとかいう話があるけれども、知る知らぬ前の解釈論がちっとも確立しておらぬ。そこのところに非常に大きな問題が残っておる、こう思っておるわけです。したがいまして、きょうは問題提起だけにしておきまして、お互いに十分考えさせていただこう、こう思います。

柳田秀一日本社会党

○柳田委員 三浦君に伺います。いま佐々木君が問題にしたのは、例の長崎の楢崎逮捕事件の問題です。これは地方行政委員会でも参考人を呼んで聞いたわけです。問題の核心は、院外における現行犯−現行犯とは何ぞや。公務執行妨害だ、公務執行妨害とは何ぞや。楢崎君に言わすと、警官隊とデモ隊の間に入った。楢崎君が警官隊とデモ隊の中に入った行為は、警官隊のほうから見ると、左足を引いて右手でなぐりにがかった、こういうわけでしょう。それはそうでしょう。右手でなぐるときは左足を引かなければならぬ。そこまで微に入り細にわたって見ておったというのは、どうもぼくには解せぬのです。そこまで見ておったというのは、どうもでっち上げのような気がする。それは左足を引こうが、右足を引こうが、右手でなぐってきたといいますが、しかし何らのけがはしておらぬ。かすり傷一つ負っておらぬ。傷も何もありません。ただ警察官のほうはそれをなぐったというか、さわったといい、それから楢崎君のほうは、いや警察官のほうがデモ隊のほうに来たので、それを制止したのだという。まるで露は尾花と寝たといい、尾花は露と寝ぬというそのくらいのところだ、それくらいの行為です。それくらいの行為を、かりに楢崎君という人間が、これは議員であろうがなかろうが、普通の国民、一般の人間がやったとしても、その行為自体というものは、一般の議員以外の者がかりにそうやって、これは公務執行妨害だ、現行犯だということで逮捕されたとしても、その者がさらに書類送検されて、起訴されて有罪になるほどの事件ではないと私は思うのです。しかも、これはよく聞いてみると、その前の日に佐世保署長と打ち合わせをしてあって、そうして海岸のほうにデモ隊を誘導する、そういうような打ち合わせまでできておったが、どうも聞いてみると、第一線と連絡が不十分で、またデモの別の形態だと認定した、誤認した。警官が誤認したところにも問題がありますが、きょうはそこまでいきません。きょうは事実を認定するために開いておるのじゃありませんから……。しかし楢崎事件というものは、楢崎を別のエー・アンド・ビーあるいはアルファからオメガに変えてみたところで、そうたいした事件ではないと思うのです。私もこの事件をあまり知りません。しかし事件そのものは、それほどたいした事件ではない。少なくとも帝国憲法に書いてあったところの現行犯罪または内乱外患に関する罪というものに該当するほどの罪ではないと私は思う。軽微だと思う。しかも議員であった。しかし、その議員を逮捕せんとかかったときは、議員である認識がなかった。そこはある程度情状酌量する。しかしその者を護送車に乗せようとしたときに、そこに参議院議員の小柳君と衆議院議員の滝井君というのが、これは衆議院議員で、福岡県選出の楢崎という代議士だと言ったところで、そこで確認したわけです。しかし、そういう場合に警察官というものは、一たん自分のやった行動というものに対しては、ああ、そうですが、それなら釈放しますとなかなか言えぬ心理的な気持ちはわかる。それにしたところで、そこでわかっておる。それならば、これは一応逮捕ということをきめた以上は、それでは即刻警察署まで任意出頭していただきたい、こういう形もあり得ると思うのです。別に犯罪を隠蔽するわけでもなければ、逃亡のおそれもない、国会会期中ですから、身分が明らかになったら、任意出頭の道もあったのじゃないか、それもしない。しかも、護送車に乗せるというのは、これはよくよくのことじゃないかと思う。議員の身分の者を護送車に乗せなくても、議員は任意出頭を命ぜられたら、自動車を呼んでもいきますよ。護送車に乗せる、そこに問題がある。それからもう一つの問題は、あのときは十時十分ごろに佐世保署に着いた。着いたときは、すぐにちゃんと楢崎君は名刺を出しておる。そこで、いよいよ署長のところでは身分が明らかになった。それから二時まで四時間というものは、やはり逮捕という形で議員の自由が拘束されておる。  私もう一ぺんかいつまんで申しますと、最初にこれは公務執行妨害であるかどうかという問題は、かりに楢崎君が議員以外の者であったとしても、私はそう重大な犯罪事件とは思わぬ。しかし、特にそれが議員であった場合には、これが帝国憲法以来続いておるこの憲法五十条なり、国会法三十三条の不逮捕特権の除外規定をどうしても適用しなければならぬほどのものではおそらくないと思う。ましてや、それが議員であるということが最初わからなかったからという口実であるならば、議員であるということが護送車に乗せるその瞬間にわかった、わかったならば、そのときにすぐ釈放してもしかるべきである。しかし、釈放がどうしてもできぬというならば、私は一応任意出頭の道もあったと思う。その道もとらないで護送車に乗せるということは、これは私は過ぎておるんじゃないかと思う。もう一ぺん言うと、当時警察に行ったときには、すぐ名刺を出して警察署長とお互いに身分を確認し合っておる。それを四時間も議員の身分を拘束したということはどうか。そこが問題です。この点は、あなたはこの事実に対して、警察官がとった処置が妥当とか、そういうことをあなたに聞く立場ではないと思う。しかし、私がいま言った、これはいわゆるこの憲法並びに国会法の精神からすると、表現は非常にむずかしい、しかし、好ましい状態ではなかったと思う。しかし、それは正当であったか不当であったかということをあなたの口から聞こうとは思わない。また、あなたもそれは言うべき立場でもないと思う。しかし、憲法ないし国会法の精神からいっても、いまあげたような事例からいっても、あのような結果になったことは決して好ましいことではなかったと思う。私はこう思うのですが、衆議院の院の構成に関する問題ですから、衆議院の法制局長の職にある三浦さんの御見解はどうですか。

三浦義男衆議院法制局長

○三浦法制局長 ただいま現行犯の問題に関連しましていろいろお尋ねがございましたが、先ほど佐々木委員から非常に示唆に富んだ御意見がございまして、これは私どもなるほどそういうところに問題点があるなと、ひそかに思ったわけでございます。要するに、現行犯の問題は、御承知のとおり、沿革的に申し上げれば、やはり不当な逮捕であるかないか、こういうようなことと関連して考えますと、いかにも犯罪が明白である、そして逮捕としては不当でないということが一般的に認められるというような観点に立って、かつては現行犯というものをこの不逮捕特権から除いてきておるのが多くの国の立法だろうと思います。しかし、先ほど来申し上げますように、現在の不逮捕特権のあり方と申しますか、意義としては、国会審議権の尊重というような傾向において、国会機能を重視してきておる、こういうことでございますので、当時の現行犯の問題は、そういうような意味において一応規定から除外されてきたのだろうと私は想像いたします。そういたしますと、現行犯自体については、それが議員であるとか、あるいは議員でないとかいうようなことはあまり考慮に入れないで考えられてきているだろうと思います。なおまた、御承知のとおり、現行犯は、普通の犯罪と違いまして瞬間的のものです。したがいまして、そのとっさの瞬間にこれが何であるとか、どういう資格であるとかいうようなことは、第一線の警察官といたしまして、なかなか容易に認定しがたい問題でございまして、それはほかの犯罪と違いまして、現行犯自体に内在しているそういう一つの問題があると思います。  したがいまして、そういうようなことを総合いたして考えますと、現行犯については、やはりその資格がどうであるとかいうようなことを区別しては一応考えられないのではないか。したがいまして、将来の問題といたしましては、現在、ことに問題になっておりますような大衆運動におきましては、周囲の状況が非常に興奮しておるし、また、一方からいうと、冷静を欠いているというような事態もないではございませんので、そういう場合における公務執行妨害というようなものは、犯罪の成立として非常に問題が多いわけであります。したがいまして、現行犯を手放しに、無制限に除外することでなくして、やはり現行犯のうちで特殊の犯罪、こういうものに限定しまして、この不逮捕特権の中の現行犯というものを制約的に考えていくのが、国会審議権の尊重というようなあり方から考えまして、そういう傾向において把握されるべきではないか、私はこう思っております。やはり先生のお話の点につきましては、さっきからございましたように、どうもこの事態につきまして、いまお話がございましたような判断は私ちょっとどうだといたしかねます。

柳田秀一日本社会党

○柳田委員 言わんとするところはお話え願った思います。確かに旧帝国憲法時代には今日の大衆運動というものはちょっと予測しておらぬと思うのです。内乱外患の罪というものも、これも大衆運動とはだいぶ範疇が違うと思うのです。それから旧憲法から日本国憲法に移るとき、この新しい憲法を制定し、同時に新しい国会法を制定するときも、今日の大衆運動というものが前景にあれば、法文の書き方もそこにおのずと多少変化があったのじゃないかと私は思うのです。そういう意味で、いま三浦さんからこれも示唆に富んだ御説明があったと思う。  そこで、やはり問題になってくるのは、これは刑事訴訟法に基づいて第一線の司法警察官が職務権限を行使するわけですが、私は第一線の司法警察官そのものを別に軽視するわけではありませんが、しかし、第一線の司法警察官の職務権限必ずしも妥当なりやいなやということは問題があると思います。たまたまきょうは人権擁護週間の第一日目に入ったわけです。来たる十二月十日が国連において人権宣言を採択した記念日になって、ことしはその十何回目になるか、そういう由緒ある記念日なんです。これからその週間に入るわけですが、法務省の人権擁護局が最近まとめた資料を見ましても、ことしの一月から九月まで警察官による人権侵犯の事例が二百十一件あるというのです。二百十一件のうち、よく調べてみたところが、そのうちの三十件は明らかに警察官が人権を侵犯しておる。その二百十一件のうち三十件といいますと一五%です。これはパーセントとして非常に高いと私は思う。それくらい、これはいま言われたように、第一線の警官が職務権限を行なうときにはやはり非常にデリケートな場合があり、また瞬間的な場合もありますから、必ずしも第一線の警官にのみ要求することは酷ではないかと思うのですが、第一線の警官が権利権限を行使したからそれが正当であるという理由にはならぬと思うのです。したがって、今回の楢崎事件でも、これは水かけ論といえば水かけ論で、この前の地方行政委員会でも、何らかそれを正当化しようという動きが警察当局にうかがわれる。それでは佐世保署長を呼びなさい。呼ばない。逮捕した平戸の巡査を呼びなさい。いや、それは警察官の士気に影響しますから呼ばぬでおいてくれと与党のほうから言われる。警察官の士気ではない。警察官の士気があまり高揚してくると、むしろだんだん被害が国民のほうに及んでくる。士気の問題ではない。やはりただすべきはただしたいと思うのだけれども、一たん警察のほうでこういう権利権限を行使したならば、それが正当であるという何らかの裏づけをしようとする。だから、佐々木君が指摘した福崎事件そのものは非常に軽微の事件であったとしても、憲法、国会法を犯して、一たん逮捕したのだから、何らか事件というものをもう少し大きくせぬことには前後のつじつまが合わなくなるという危険が出てくる。この問題が一つ残ってくると思うのです。そういう点もひとつあわせて考慮されて、私は要するならば、国会法三十三条そのものが、現在の事象に対してはたして的確であるかどうか、ここに問題もあるじゃないかということもあわせてお考え願いたい。同時に、これは皆さんだけでなしに、吉國さんにも申し上げておきたいのですけれども、いま言ったようなことで、内閣のとった態度というものは、必ずしも全部が全部正当であるという理由にはならぬと思う。これはやはり院の側においても、行政府の側においても、憲法なり国会法の精神をお互いに研究したり、お互いに反省したりすることにもっと謙虚であってしかるべきだと私は思う。そういう意味で、今後もわれわれがこの問題に対処する場合には、内閣のほうはひとつそういうふうに指導していただきたい。あなた、法制局長官のほうでそれを指導する立場にはないけれども、そういうふうに見解を統一的に、牽強付会の説じゃなしに進んでやってほしいと思う。最初にここで国家公安委員長を呼び、地方行政委員会でも呼びましたけれども、どうもそういう印象が非常に強いのです。これはやはり非常に重要な問題で、そうしておきませんと、国会法の精神、憲法の精神とかいうものは、一出先の司法警察官によって精神的にはじゅうりんされる。それが行政的、立法的には違法であるとか不当であるとかいうことにすぐに結びつかぬにしても、解釈として、精神的には少し行き過ぎである。だから、この前ここで国家公安委員長、警察庁長官を呼んだときに、違法とは申さぬが、あなた方今度やったことはこんりんざい行き過ぎでなかったという自信がありますか、こういう表現で私が問うたのはその意味です。この行き過ぎということは、私は警察職務を執行する場合にはことにあり得ることだと思う。そうなるならば、やはり法律の条章も、それを一応予測した上で、整えるものは整える必要があるのじゃないか。これは御答弁要りません。

佐々木良作民主社会党

○佐々木(良)委員 勉強する際に私はちょっと希望しておきたいと思うのです。  ほんとうは、われわれ議員の立場からいうと、不逮捕特権というものを、先ほど申し上げたような意味で、なるべく拡大して解釈しがちであるし、したいという感じが起こるのは当然だと思うのですけれども、また逆な立場の場合には、先ほど申し上げましたように、これは歴史的な規定であって、実際は三権分立の近代国家においては、もう政府党が反対党を逮捕して弾圧するというようなことはあり得ない。だから、今後起こってはならないからというくらいの意味で、ほんとうは歴史的な規定だ、宣言短慮だというくらいにする解釈のしかたが当然あると思う。その場合に、どうぞひとつ十分検討してもらいたいと思いますことは、これはわれわれの恥をさらすようで悪いのですけれども、私自身納得できなかったのは、前の高石幸三郎事件の際に、結果はと見ますと、あの結果は明らかにちょうど法の精神とは反対のような形で、反対党のほうが取っつかまえろ、それから政府党のほうが、自分たちの同僚であったから取っつかまえるな、それを多数決で決して、取っつかまえるなという決定が現実にされておる。このことは同僚からもしかられるであろうことを私も承知しておりますが、実際は、この規定は解釈が十分でないために事実党利党略によって解釈される危険性を多分に持っておるのです。したがって、通り一ぺんの解釈でなしに、いまなお、私どもは国会の審議権尊重という実質的な意味が必要ではなかろうか、こういう感じを強く持って、この立場から国会法三十三条、三十四条、三十四条の二、それらがだんだんとでき上がっておる、こう見ようとしておる。しかしながら、先ほど申し上げたように、警察官のほうは、むしろそういうことは近代国家としては大体あり得ない、こういう意味で、これは歴史的な規定くらいに非常に軽く解釈して、実体法的、実質的な法律として解釈すまいという傾向が強過ぎる。前の事例を十分に調べられて、しかも三十三年の前には二十七年、二十八年、同じような事件があって、しかも逮捕要求をしかかって引っ込めたような状態で、うやむやのままにこの事件は扱われております。したがって、それらの事犯も考え、政党の状態、それから一般の大衆の状態等も考えられまして、この解釈はひとつ十分慎重に検討を加えていただきたい。法制局に特に要望しておきます。

福永健司自由民主党

○福永委員長 いまいろいろ意見の交換等がある問題は、重要かつかなり微妙なものでございます。きょうは本院と内閣の法制当局の責任者に来ていただいたのですが、次回はまた追ってきめまして、あるいはまた来ていただくかもしれませんが、問題の性質上、きょうも皆さんそうであったことを私は多とするのでありますが、公正な御意見を今後とも承りたいと思います。先ほど政府当局に対しても、こういうようなことについては謙虚であるべきだという御意見も出ております。同時に、この問題につきましては、国会ないし議員の側も謙虚でなければならぬということもあろうかと思います。そういうことを皆さんがよく理解された上での議論で、重要な問題でありますだけに、相当時間をかけて、いい結論を得たいと考えております。  本日は御苦労さんでした。     —————————————

福永健司自由民主党

○福永委員長 次回の本会議につきましては、来たる七日午後四時から開会することにいたします。  また、次回の本委員会は、同日午前十一時理事会、理事会散会後委員会を開会いたします。  本日はこれにて散会いたします。    午後一時三十二分散会

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