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46回国会衆議院1964/06/02

法務委員会 第40号

発言数
27
登壇者
5
会派数
2
開催日
1964/06/02

会議録

濱野清吾自由民主党

○濱野委員長 これより会議を開きます。  法務行政、検察行政及び人権擁護に関する件について調査を進めます。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。神近市子君。

神近市子日本社会党

○神近委員 きょうは、先日法務委員会に青木美代という人と信子というお二人から陳情が出ておりますので、その件についてちょっと御質問申し上げてみたいと思います。  事件が少し古い問題ですので、非常に調査が困難でした。ただ遺族の方々のお気持にはたいへん御同情申し上げる点がありますので、事件をできるだけはっきりとさせたい、これが第一の私の御質問の要点でございます。この事件にたいへん関係がございますのは、日銀の地下にございますダイヤモンドでございます。私は、このダイヤモンドの調査もやりかけて、一両日うちに決算委員会のほうで御質問申し上げることになっておりますけれども、この問題を手がけているうちに、例のダイヤモンドを銀座でバーテンが拾ったという事件が起こったのでございます。それであのバーテンは、ただのガラス玉と思ったが、今度はほんとうのダイヤモンドだということで、これを届け出た。ところが規定の日が三日おくれていたというので没収されてしまったという事件があったものですから、私は、それはちょっと扱い方が不当じゃないか、このごろの非常な非行の青年が多いときに、少なくも法規を重んじて、そして気がついたときにすぐに持って出たものを、三日おくれたというようなことで、これを違法だというような扱い方をするのはどうも変だというので、ダイヤモンドと気がついたときから日を数えるべきだというふうなことを私はその席上で話しておりました。ところが、私の友達が、いや、それはダイヤモンドをバーテンにやるなんていうことはかえって不親切だ、その男は必ず消されると言われて私ははっとしたのでございます。消すとか消されるというようなことが私どもの日常の話の中に出る。消すということは殺すということで、そういうことが日常的な話になったというところに、私は今日の時世というものがどんなにおそろしい時世かということがわかると思ったのですけれども、結局、きょうお尋ねしようという問題も、家族の人には消されたというような印象が強いので、私はその点をはっきりと納得のいくような形で御説明が願いたい、こう考えるのであります。  この事件は、終戦後にできました隠匿物資摘発の報償法に関係して起こっております。私は、この法律でどのくらい隠退蔵されていた物資が出てきたかそしてそれにはどのくらいの人が関係して、どのくらいの人がどの程度報償をもらったか、これが一番この問題を解くかぎだと思いまして調査をしたのでございます。ところが、この法律は二十三年の八月に廃止されて、そうして経済調査庁が事務を引き継ぎ、三十七年にこれもなくなって、今日では総理府の管轄になっているということであります。私は実はきょうは総理府の行政管理庁ですか、それを御出席願っておいたんですけれども、いま書類を調査しなければ事情がわからないというようなことで御出席が願えなかったようでございます。  それで問題は非常に簡単になってしまったのでありますが、そのときの委員会はどういう委員会であったか、私はこれはちゃんと記録に残して、行政管理庁から御返事をもらいたい。それからその委員長に世耕弘一氏がなっていられたように思われるのですが、それは事実であるかということであります。この問題になっている青木という人は、死んだ人でありますからお会いすることもできないし、お人柄を見ることもできないので、どういう動機か知りませんが、隠退蔵物資、特に貴金属の摘発にたいへん関心を持って、そして世耕さんに非常に近づいたようであります。宝石の鑑定、分類、そういうことに非常に詳しかった人だそうであります。それで世耕さんの意を受けて非常によく働いて、生命の危険というようなものもおかして何度もピストルを持ち出されたというような場を経て、四回目に安川銀行の倉庫かどこかにありました四百五十カラットのダイヤの摘発に成功したのであります。これはほんとに命がけのようなものであったらしいので、ピストルがどうだこうだというような話も出てきているんです。私が一番知りたいと思うことは、今日お役人がおいでにならないのでわからない。  それで裁判の状態、これはもう簡単でございますけれど、これをお尋ねしてみたい、またお考えを伺ってみたいと思うのです。きょうはいきなり引っぱり出されて、刑事深長にはよくおわかりにならないだろうと思うのですけれど、この人がまだ報償金をもらいたいというので運動しているときに、三十一年にいろいろやっていた。それで結局報償金はもらえない。自分はその運動のために自分の財産はすってしまった。そういうときに、まだ手続をいろいろ協議しているときに、三十一年の五月十四日、いきなり大阪に拘置されたのであります。それはどういうことだったかというと、世耕さんが関係しているというのが何か変な感じがするのですが、近畿大学の問題で、恐喝の名目で拘置されたのであります。そのとき大槻検事がその任に当たるはずであったのが、病気ということで、別所注太郎という検事さんにかわっております。それで五日目に死ぬんですけれど、別所さんに会って病気のことを二、三お尋ねいたしましたところが、それは病院に行って聞いてくれということだったんです。病院に参りますと、なんと死ぬ前の五時間ばかりしか病院にはいないのです。そういうことが非常に不明朗なので、私ども、遺族の方々がいままで持ち出さなかったのがおかしいと思うのですけれど、遺族の方々はごく一般のほんとうの市民で、そういうことにどういう手続をしたらいいか、それはどこに調査を頼んだらいいかそういうことを一切御存じなくて、そうして夫に死なれた。一家のあるじに死なれたあとの子供の始末あるいは生活というふうなことに追われて今日までこられたのだろうと思うのです。この五人の仲間は検挙されておりますけれど、あとで全部無罪になっております。おそらく青木さんも生きていたら無罪になっていたろう。こういうようなごく軽い事件で、どうして大槻検事が——この大槻検事という人はあとで弁護士になっておられて、この間お会いできなかったんですけれど、その大槻検事が病気だからといって別所検事にかわる。そういうことはしょっちゅうあることですか。急ぎの事件でないんですよ。市井に幾らでもあるような事件で、受け持ちの検事さんが病気だからといって、これをかえて急がなくちゃならない。そういうふうなことはしょっちゅうあるんですか。それを伺いたいのです。

羽山忠弘検事(刑事局刑事課長)

○羽山説明員 お尋ねの別所検事が大槻検事にかわりましたという点につきましては、承知いたしておりますが、大槻検事が病気であったためにかわったかどうかという点につきまして、ただいま詳しい事情を承知しておりませんので、その点は調査いたしましてお答えさせていただきたいと思います。

神近市子日本社会党

○神近委員 なぜそこにこだわるかというと、これはまたあとで質問が出るのですけれど、別所さんという人は、どうも私どもから考えて、やり方が非常に過酷なんです。私どもは、検事さんというものの悪い意味の典型的な性格を持っている人じゃないかというふうな印象を受けるのです。その調査が非常にきついのです。だからその点にこだわって、どういうわけで急ぎもしない事件を大槻さんから別所さんにかえたかということを伺いたいのが一点。  問題は、六カ月前に告発されている世耕さんが、私どもはこれは委員長にもあとで御相談申し上げなくちゃならないのですが、摘発に非常に協力を求め、そして生命の危険、ピストルというようなことが話題になるようですけれど、この世耕さん、奥さんの話を聞くと、お国のためだということで一生懸命やったというので、奥さんは善意に考えているのであります。お国のために働いた、世耕さん、委員会のために働いたというような人を、どういうわけで世耕さんが恐喝というようなことで、世間には非常に悪い印象を与えるところの名目で告発しなければならなかったか。私は、その間の事情を非常に知りたいと思いますが、さっき申し上げたような隠退蔵物資の摘発報償法の成り行きを知りたいという最大の原因であります。きょうはそれがわからないということだから懸案にしておきますけれども……。

羽山忠弘検事(刑事局刑事課長)

○羽山説明員 去る五月十四日でございますか、青木美代さんと青木信子さんの御名義で「人命の尊重についての情陳」という書面の御回付をいただきまして、直ちに大阪地険のほうに照会をいたしますと同時に、その回答に基づきまして、私ども自身がいろいろ知りたいこともございますので、あらためてこちらからいろいろ照会をいたしておる段階でございます。ただ、これは八年前のことでございますが、当時すでに報告になっておりまして、本省に記録がございます。したがいまして、その記録を精読いたしまして、できるだけのお答えを申し上げたいというふうにして準備をしてまいったわけでございますが、それによりますと、要点は、青木斌さんは昭和三十一年の五月の十四日に東京都の渋谷区の自宅で、大阪地検から出張してまいりました職員に逮捕されたようでございます。そしてその逮捕の容疑は恐喝でございまして、百万円以上の恐喝をしたという容疑で逮捕になったわけでございます。そのときに、そこで主任検事が交代しているように想像するのですが、おそらくいまお尋ねのこの事件は、急がなくてもいいではないかという点は、身柄を逮捕いたしましたために何か差しつかえがあって別所検事に交代になったのではないかと想像いたすわけでございます。そして同月の十五日に大阪の拘置所に拘留されたわけでございます。十五日に取り調べを別所検事から受けまして、十六、十七日と取り調べがございまして、それで十六日ごろに、大阪拘置所の記録によりますと十七日でございますか、多少何か腹のぐあいが悪いからおかゆを食べさせてくれというようなことを言われたというような事実があるようでございます。そして十八日に相なりまして、朝から熱が三十八度をこえる熱がある。そこでその大阪拘置所のほうの連絡がございましたので、大阪地検ではもちろんその取り調べをいたしておりません。そしてそのまま容体が悪くなりまして、もちろん大阪拘置所におきましても医者がおりますので治療をいたした。いろいろ手当てはいたしたようでございますが、十九日に相なりまして重体になられたようでございます。そこで勾留執行を停止いたしまして、五月の十九日の午後二時ごろに大阪の回生病院のほうに入院させた。そして入院いたしましたところが、先ほど御指摘のように約五時間たちました午後七時四十分になくなった。そしてその病名は急性実肺炎というごとに相なっておるのでございます。その当時、なくなられましたときに、また勾留されておられます当時に、弁護人であります岡田善一さんもお会いになっておるようでございますし、それからなくなられましたときに御家族の方も病院にかけつけられまして、検事がある程度の御説明を申し上げておるというような状況が本省の記録によりますとうかがわれるのでございます。

神近市子日本社会党

○神近委員 いまのこの御説明は私のほうにもわかっております。拘置所からの回答が当委員会あてに参っておりますのでよくわかっておりますけれども、簡単に言って、家族の人たちに言わせれば、健康でぴんぴんしていた、まだ若い年齢の世盛りの方、その人がたった五日くらいでぽかりと死んだというところに最大の疑惑があるので、これはあなたの御責任ではないので、私どもはほんとうの原因を、一体宝石にからんだものなのか、それとももっとほかの動機によるものなのか、よく伺いたいのです。調査をしてほしいのです。私が恐喝の問題をいま言うのですけれども、恐喝の問題はごく簡単であります。これは皆さんも御記憶があるだろうと思うのですけれども、世耕さんの大学ですが、近畿大学で卒業証書を売ったという事件があったのであります。これは当時たいへん話題になったことであったので皆さん御記憶があると思うのです。卒業証書を売ったというので校内が教授の間でたいへんもめた。そのもめたのを調整してくれと言われて、世耕さんとそんなに関係が深かったものですから、青木さんがその調整に当たった。おそらくそのときにお金を少し使ったということもあったでしょう。それで十二回大阪に出張したときに、三万円小づかいが出たとか、三万円出たとか、最高五万円くらいの小づかいが出て、それで教授に御飯を食べさせたとかなんとかというようなことはあったと思うのです。ところが、それが口実になった。私は、そういうことでぜひこのダイヤモンドのことを知りたいというのは、そんなとるに足らない、自分が食事を頼んだ人の費用についてまで告訴するということはあり得ないと思うのです。だから私は、何かこれにはダイヤモンドに関する報償金の問題が、国家のためかあるいは個人のためか、からんでいるというような憶測ができると思うのです。それでそれを真実の形で知りたい。そして御家族のこの傷心を解消してあげたいというようなことが問題なんでして、いまあっさりとあなたは別所さんのことをおっしゃったのですけれども、この取り調べが非常に過酷なんです。病気になって脈摶がもうほとんど消えかかっている状態のときにも、実に乱暴に扱われておる。十四日に拘引されまして、拘置所には三時ごろについたそうです。その日すぐに三時間か四時間か知りませんが取り調べが始まった。そして十五日は七時間と三十分調べています。これがこの別所さんという人はちょっと精神的にどうかノルマルと思われないような行動のある人で、七時間二十分、この間の取り調べが非常に過酷ではなかったかというように想像される節があります。これはほかにいろいろ材料がありますけれども。それでそのときに一つは精神的にも非常なショックがあったでしょう。それから七時間二十分調べられれば相当まいりますね。その翌日が十六日になるのですけれども、その十六日におかゆを食べたい、おなかがちょっと変になったというようなことが起こっております。その十六日も、十五日の取り調べが過酷で、そして七時間二十分も調べられ、相当に心理的にも肉体的にもショックを受けた。その十六日にも約四時間、正確に言えば三時間五十五分も調べられ、そして消化器系統をやられた。ところが、最大の問題点は十七日であります。そういう健康をそこなったような状態のところに、十七日には十時間四十分調べているのであります。これは皆さんのところにも御配付いたしましたからおわかりだろうと思うのですけれど、拘置所からのなにを計算してみたのでありますが十時間四十分、こういうことがしょっちゅうあるのですか刑事課長にお尋ねしたい。私はそれに類することで調べられたことはないのですけれど、よく仲間の人たちが言いますことは、そういうような状態で調べられることはあり得るというのですけれど、たとえば労働者の労働時間だって八時間です。十時間四十分というと、特にこれは病気になりかかっている人をこういうような状態で調べていいのか、それはどういうようにお考えになりますか。

羽山忠弘検事(刑事局刑事課長)

○羽山説明員 病気であったということがもしわかっていてこういう調べをいたしたということになりますと、これははなはだよろしくないことであると思います。別所君もおそらくそういう病気であるということを知らずにやったのではないかと想像いたすのでございますが、なお十時間調べたということでございますが、御承知のように検事の調べにはある程度の時間の制限がございますので、場合によりましては夜間になることもあるかと思うのでありますが、この十時間の調べをぶっ通しに調べておるのか、その十時間のうち四時間くらい話を聞きまして、あと六時間は調書をとっておるというようなことがあるのか、いろいろな形があるわけでございまして、十時間調べたからと申しまして、すぐそれが非常にひどい調べをしたということにはならないのではないかと考えるのでございますが、目下その辺を詳細に問い合わせ中でございますので、もうしばらくお待ちをいただきたいと思うのでございます。  それからダイヤモンドというようなことを仰せでございますが、検察庁といたしましては、ダイヤモンドがどういうことになっておったのかよくわかりません。記録によりますと、検察庁は全く恐喝だけの嫌疑で取り調べをいたしておるのでございまして、ダイヤモンドとか、その背後のことは、肝心の青木さんがもう少し生きておられればわかってきたのかもしれないと想像いたしますが、肝心の方がなくなってしまいましたので、その背後のことはいま全然わからないような状況でございます。

神近市子日本社会党

○神近委員 あなたにダイヤモンドについてお尋ねしているのじゃないのです。私どもは法務行政のあり方についてだけあなたにお尋ねしているので、ダイヤモンドの問題は、さっき申し上げたように別に行政管理庁の事務となっているからそこで調べていただきます。  それで、病気であったということを知っていたか知らなかったかというようなことをおっしゃっていますが、病気ということはちゃんともう報告済みであります。それから十七日のショックがよほどひどかったとみえて、これは人権擁護局に御勘案を願わなくちゃならないのですけれど、この別所さんの取り調べが非常にきびしい。テーブルはたたくし、たばこはむやみにふかすし、寒い季節であってもちっとも考慮しない。それから、このときは非常におそくまで調べている。時間外に調べることは仕事の関係上やむを得ない、その点は私はわかるのです。ただ健康がくずれかかって、そうして現実におなかを病めていた。それを知らなかったということは言えないと思うのです。あとに出てきますけれども、別所さんにこの健康状態を報告して、そうしてやっと見にくるというふうなことがあるのですから、これは別ですが、こういうようなことはありふれたことですかということをあなたにお尋ねする。悪意でなくてこういうように十時間以上も一人の人を調べるということ、しかもたいして重大なことではないのですよ。さっき申し上げたように、全部無罪になっておる。そういうようないわば仮想のような事件で告発された人を、そういうような過酷な取り調べをしていいかどうか、これを法務行政の上からどうお考えですかということを私はお尋ねしておるのです。

羽山忠弘検事(刑事局刑事課長)

○羽山説明員 過酷な取り調べが絶対いけないことは間違いないことでございます。先生の仰せで、私のほうの調査とちょっと違いますのは、青木氏を勾留いたしましたのは十五日でございますが、十五日の取り調べは午前十時四十五分から午後一時まで、昼休みを置きまして午後一時二十五分から午後五時三十分まで。

神近市子日本社会党

○神近委員 五時五十分でしょう。

羽山忠弘検事(刑事局刑事課長)

○羽山説明員 五時三十分となっております。二回目は十六日でありまして、十六日は午後六時ごろから午後十時まで、したがいまして午後四時間でございます。でございますから、この程度の調べで、本人がこの日におかゆが食べたいと言ったというわけでございまして、そのことは拘置所のほうからは検事のほうに連絡がなかったわけでございますし、何ぶんにもからだの中の状況でございます。そして三日目に、先ほど申し上げましたように、夜まで調べが及んだというような事態になっておるのでございまいまして、そしてもう一度申し上げますと、十八日には医者のほうから熱があるからやめろということでやめておるわけでございます。病気であることを知りながら夜まで調べたというふうにはちょっと考えられないのでございます。

神近市子日本社会党

○神近委員 それはあなたのほうのお感じで、行き過ぎでなかったとあなたはおっしゃるが、私ども被害者の側に立てば、これは行き過ぎだという感じが対立するわけです。私は、この点はその中間におられる人権擁護局長の御意見を伺いたいが——もう少し待ってください。このあとにまたひどいことが出てきます。  十七日はそういうわけで時間が非常に長かった。十時間二十五分ですか四十分ですか調べられた。あなたの御報告とば三十分ばかり違っております。それから今度は十九日にはなくなるのですが、十八日の間に脈搏、あるいは発熱というふうなことがあって、十八日には調べなかったが、十九日になりますと、もう熱が朝三十八度で、そのときまではまだ意識があるのですが、十八日とはもう比較にならないほど病気が進んでいた。胸や背中、方々のからだに痛みが出てきて、たんやせきがたくさん出た。食欲は全くなくなって嘔吐しまして、そうして上腹部には痛みがある。そういうような病気の進み方の激しさ、これに家族の方々はいろいろの疑問を持っていられるわけであります。別所さんのことは別に片づけるとすれば、そのときに、十時過ぎに拘置所からは別所検事に連絡をいたしました。そうしたら別所検事が十一時三十分に来られて、そして医官から、拘置所のお医者さまから、どうもこれは勾留停止の必要がありますというようなことをおすすめして、そしてもう午後の一時三十分には呼吸が一分間に三十、脈搏がかろうじて触れるくらいの心臓の状態になっていたのであります。そして十時過ぎに連絡を受けた別所さんが、三時三十分にやっと勾留停止になった。勾留停止という手続はどういう手続でこんなに時間がかかるのですか。手続はどういうふうになさっていられるのですか。午前中に、これは勾留停止で病院に入れては、ということをすすめているのです。それが三時三十分までかかった。この場合は相当生命の危険に差しかかっているのだから、もう少し手早くできないのか。拘置所あるいは法務省なんというところは、そういうように時間がかかるようなことは平気でなさるのか。それをちょっと伺いたい。

羽山忠弘検事(刑事局刑事課長)

○羽山説明員 何ぶんにも結果がなくなったという結果になっておりますので、確かに先生の仰せのとおり、遺族の方の立場になりますると、非常に何か残念な御感想をお持ちであって、検察庁あるいは裁判所の手続その他につきましても御不満の点がおありであろうかと思うのでございますが、記録によりますと、まず十八日のところから申し上げますと、拘置所から主任検事に、肺炎の疑いがあるという電話の報告をいたしております。そういたしますると、検事が容体はどうだということを聞いております。それに対しまして拘置所の医師は、容体は心配はない、勾留継続についてはペニシリンもあることであるし、まずだいじょうぶであるというような返事をいたしておるわけでございます。それから五月の十九日に相なりまして、午前中に心臓衰弱の徴候が出てきた。肺炎だけであるならば心配はないけれども、心臓衰弱だと心配だから、拘置所の中の看護の手当てで万一のことがあるといけないから、出したほうが適当であるという意見の具申がございまして、それから主任検事のほうは弁護人の岡田善一先生に連絡をいたしまして、身柄引き受け人になっていただきまして、それからその問いろいろ勾留執行停止の手続等をいたしまして、この間約二時間かかっておりますが、二時間かかったということは確かに非常に渋滞であったということを考えますと、あるいは適当ではない、また今後の反省の資料にしなければいかぬということに相なろうかと思うのでございます。なお、そのときも拘置所のほうの医者は、十日もすれば回復するでしょう、回生病院に持ってまいりましたときは、とにかく疲労がひどい、一晩寝たら元気になるであろうというようなことを回生病院のお医者さんも言っておられた。それから岡田弁護人が親戚に知らせようかということを病院のほうに聞いておられるようでございますが、拘置所のほうも、回生病院のほうも、まあその必要はないだろうというようなことで、結局親戚の方々にも知らせなかったようでございます。結局関係者のお医者さんも、これほどのことになろうということを考えずに、事が非常に重大な結果になってしまったという点がまことに遺憾に存ぜられるのでございますが、確かにこういう結果になってみますと、いろいろ問題がある、反省すべき点があるように考えるわけでございます。

神近市子日本社会党

○神近委員 だから私が伺ったのは、二時間も三時間も、朝十時過ぎに危篤の状態を報告しているのに、二時三十分までどうしてとめておかれたかということをいま伺って、手続とか法規、たとえば弁農人を呼び出して身元引き受け人の判を押させなければならないというようなことが、人間の命に優先してそれが行なわれなければならぬというところに、行政にお当たりになる便法ということも入れておいて弁護士の判をとるというふうなことは考えられなかったか。奥さんに通告がなかったということも一つの疑惑を生んでいるのですよ。こういう危篤な状態だったら家族に知らせなければならない。奥さんは十八日に、どうも病気がよくない、弁護士からの連絡だったのか、切符を買ってちゃんと用意をしていた。そうしたら、来るに及ばないというようなことで行かなかった。そうしたら翌日の夜はもう死んでいた。そのとき行けば間に合った。こういう不明朗な事件ですから、いろいろデマもあるでしょう。ただ直接に私が関係者から、これはお名前を出すと御迷惑になるから言いませんが、この死因は明らかに非常にふしぎなものだったということをある人から伺ったのであります。これは私はその方の御迷惑だと思いますからお名前は出しません。確かにこれに関係した人から、死因がどうもふしぎでしたというふうなことを言われて、この病気の状態を私はお医者さまに書面の上で診断させたのですけれども、これもやはり記録の上だけでは診断ができないということ。それから奥さんがお子さんと一緒に死体に面接されたときに斑点が非常に多かった、だから虐待されたのじゃないかというようなことを言われたけれども、これはお医者さまによく伺ったら、斑点があるというごとは死因には関係ないでしょうというようなことで、ちょっと時間がたっているから、そういうことだったのですけれども、この死体を三十四時間以内に焼いておるのであります。このことも、二十四時間はとめなければならないのをどういうわけで二十四時間以内に焼いたか、これは説明できますか。

羽山忠弘検事(刑事局刑事課長)

○羽山説明員 その点は存じません。

神近市子日本社会党

○神近委員 問題はこういう形でありまして、私どもはこの動機が一番大事だと思うのであります。またあとで理事会あたりで御相談願って、参考人あるいは証人というようなものをお願いするかもしれないと思いますけれども、人権擁護局長、いまお聞きのとおりであります。きょうは参議院でお忙しくて刑事局長がおいでになれなかったそうで、私はもう少し突っ込んで伺いたいこともあるのですけれども、課長がたいへん御迷惑だと思いますので、この程度にしておきますけれども、私は人権擁護局というもののあり方から考えて、こういう法務と人権との関係で中間にお立ちになって、いろいろ調査したりあるいは助言してくださるのが御任務だと承っているのですけれども、この問題を少し御調査願えるかどうか、ちょっと御感想を伺わしていただきたいと思います。

鈴木信次郎法務事務官(人権擁護局長)

○鈴木(信)政府委員 人の生命、自由、幸福追求に対する権利、これは基本的人権のうちでも最も重要なものでありまして、国政の上でこれを尊重しなければならない、これは言うまでもないことであります。生命に対する侵害、これは人権侵犯の最たるものであると同時に、刑事上の犯罪になるのでありまして、現在私どもの人権擁護といたしましては、一応刑事手続が軌道に乗りまして進行しております場合には、特にこれを取り上げるということはしていないわけでございます。ところで、ただいま御指摘の青木斌さんが昭和三十一年五月十四日に拘置されて、それから数日後に今度は死体となってその御家族に返されたということ、これは御家族の御心情を考えますと、まことに察するに余りがあるのでございます。ところで、事案は検察庁あるいは拘置所の取り扱いに関するものでございまして、これにつきましては法務省内部でも、刑事局あるいは矯正局で直接担当しておるのでございます。したがいまして、現在までのところ、私どものほうでこの問題について特に調査をしているというふうなことはまだございません。一応直接担当者のほうで調査をいたしまして、その上でなお人権擁護として特に取り上げる必要があれば、これはもちろん調査をいたしたい、かように考えております。

神近市子日本社会党

○神近委員 また別所さんのことになりますけれども、別所さんにお目にがかったときに、病気の状態は回生病院に聞け、こうおっしゃったのです。回生病院でも記録が残っていないというようなことで拒否されたのですが、ともかくあったらば出してほしいという要請を、しかも遺族の方の委任状をとって出して、やっと記録を回答の形で出していただいた。別所検事さんは、病院に行けば何でもわかるようなことをおっしゃったのですが、病院の記録を見ると、病院のほうの扱った時間はもうほんのちょっぴり、五時間半です。あとはみんな拘置所のお医者さまがお扱いになった。これは私は拘置所のお医者さまに手落ちがあったとは思いません。この非常に詳しい法務委員会に対する御回答をいただいた。ですけれども、そのおしりのところに、ちょっぴりしか回生病院の記録はない。前は全部拘置所からの引き継ぎか何かを書いてある。初めはこれだけのことを回生病院でやってくださったのかなと思って見ていると、それはみんな拘置所で、入ったのが十九日の何時ですか、そういうことになっていたので、私どもは、拘置されて入院してなくなったということを、遺族の方々がそのまますなおに承認することができないと言うことはごもっともだと思うのです。人権擁護局でも、こういうことがしょっちゅうある、そしてあれは官憲に消された、あれは政治的な意図から消されたなどということがいまに日本に横行するようになったら、これはたいへんなことだと思うのです。社会党のやつらはみんな消してしまえなどということになったらずいぶん困ると私どもは思うので、その点はっきりさせていただきたい。これはほんとうに体質からきた病気であったのか、それとも検事さんの過酷な取り調べが病気の進行を強めたのかそういうふうなことをはっきりとさせていただきたい。私どもは、いま隠匿物資緊急措置令に基づく報償規程の問題で、この問題を見直していくべきだということを考えているわけでございますけれども、その点ではっきりさせていただきたい。別所さんは、お会いしたら決してそういう悪質な人とは思わなかったけれども、法律に縛られて、何か動機があったかどうかというようなことがちょっと疑われるところがあるような気がいたします。その点、非常に長時間の取り調べが病気を悪化させて、そしてとうとう死に追いやったのではないか。どう考えても、たった五日で非常にじょうぶな人がぽかっと死ぬということは——これは男の人ですよ。中年のがんじょうなからだをしていたという男の人がぽかっと五日くらいで死んでしまうというところに、私どもは何か手の打ちようがあったというように家族が考えられるのはごもっともだと考えるので、再調査をお願いいたしたいと思います。

羽山忠弘検事(刑事局刑事課長)

○羽山説明員 御承知のように、拘置所に入りましたときには、伝染病を持って入ってまいるかもしれませんので、すべての入所者に対して入りましたときにすぐ身体検査をいたします。記録によりますと、その青木さんの入所時の健康状態といたしまして、身長一・六六メートル、その他いろいろなことが書いてございますが、疾病その他は異状なし、栄養状態は良好であるという記録が残っておるようでございます。そして十八日以後の状況にも、相当の発熱をいたしましてから、薬を注射いたしたり、いろいろなことをやっておる記録があるわけでございます。おそらくこれは先生のお手元に参っていると思うのでございますが、回生病院に移しましてからも、ある程度の措置をとっておるようでございまして、場合によりましたらその状況を詳しく御報告申し上げても差しつかえないと思います。

神近市子日本社会党

○神近委員 いまあなたは、入所時の健康状態と書いてあるところをお持ちでしょう。それには、ちゃんと検査をして、良好の状態と書いてあるでしょう。だから健康な状態であった。脈搏も呼吸も異状はなかったということを家族の方々がおっしゃるのは当然だということを私は申し上げていたのです。

坂本泰良日本社会党

○坂本委員 ちょっと委員長。この拘置所からの報告と回生病院の医者からの報告を見ておりますと、これはほんの形式上のことなんです。そこでいま神近委員の御質問によって調査を願うについて一、二お尋ね申し上げておきたい。  第一は、この五月十四日の入所当時は健康な青木さんが、急に十六日に腹痛を起こして病気になって、そして十九日に死んでおりますから、短期間に死んだということについての疑問が第一。  それから、さっきから質問がありましたけれども、このように変死をした者に対する処置について、なお調査してもらいたいのは、監獄法によりますと、拘置所から別な病院に入院しました際は、大臣報告と家族に通知をするという手続をとらなければならぬ、こう思うわけですが、その手続がとられていない。その次は、このように健康であった者が腹痛を訴えて二日か三日で死んでおる。しかも家族が死体を見たときは、死体に斑点がたくさんあった。そういうものに対する解剖がしてないわけです。解剖には行政上の解剖と司法上の解剖と二つあるわけですが、本件のような場合は司法上の解剖で、必ず解剖しなければならぬと思うのです。その解剖がないわけです。  それから第三点は、神近委員も申されましたように、火葬の時間は二十四時間は置かなければならぬ。それを二十四時間前に火葬に付しておる。そこに非常に疑問があるわけなんです。家族は、通知がないけれどもすでに切符を買って、——当時は切符も非常に手に入らぬときでした。死んでも死ななくても行くはずでやっていたから死体に会うことができたわけなんです実。そうしたら、その死体に非常な斑点があった。うちの主人はこんな斑点ができて死んでいるのだが、これはどういうことをされて死んだのだろうかという非常な疑いがここにあるわけであります。そこでそういうのを見られて困るから、二十四時間置かずに早く火葬したんじゃないかという疑いがここに出てくるわけです。さらに解剖をしていないという点で疑いがますます深くなっておるわけです。この点を十分調査をされて、こういうものを勘案の上で調査を進めてもらいたいと思うのです。いままでの報告は形式だけでありまして、そういう点がわからない。  そこで、どうしてこういう疑問が生ずるかと申しますと、本件の容疑事実である百万円の恐喝事件、これは当時隠退蔵物資の摘発委員長をしていた世耕弘一氏が経営している近畿大学、この近畿大学が卒業証書の偽造とか、内容ははっきりしません。聞いただけですが、卒業証書の偽造とかいろいろな問題が起きまして、何でもこれは学長である世耕氏のほうから告訴をした。遺族の話を聞くと、学校騒動については青木氏が非常に努力してやっておる。その費用はかかっているんだから、計算すれば相当の額になるかもわからぬ。そういうような関係と、さらに青木氏がダイヤモンドに対する非常な権威者でありまして、見分けがつく人です。同時にダイヤモンドが隠退蔵物資の摘発で非常に問題になりまして、簡単に申しますならば、ナツメくらいの大きさなのか、アヅキくらいの大きさか、これがほんとうのダイヤだということになれば、その価格がばく大な差が出てくるわけです。それをこの青木氏が、当時問題となりましたダイヤモンドを摘発をして、これを出せば報償金がもらえる。そこでその報償金をやらないためかどうか、これは別ですが、ダイヤモンドを摘発されると非常に困る人が官民に出てくるわけです。そこで消されたんじゃないかというふうに、非常な疑いがあるわけなんです。そういう点から考えますと、先ほど話がありましたように、告訴があって——この告訴状の内容もひとつ調査してもらいたいと思いますが、告訴がありまして六カ月くらいして、わざわざ大阪から東京に検事が逮捕状を警察に持たして、東京まで出張してきて逮捕して、そしてこれを大阪まで連れて行っておる。普通告訴事件くらいで、大阪に呼び出せばいいのを、逮捕状を検事がとって、その逮捕状を持参して東京に来て逮捕して同行して連れて行っておる。そして拘置所に五月十五日にぶち込んだわけです。五月十四日に東京に出張してきて逮捕して、そして五月十五日にぶち込んで、形式上の調べでありますけれども、十五日午前と午後二回調べて、十六日はもうすでに腹痛を訴えておると病況書にはありますけれども、この際にどれだけの病気になっていたかという点が非常に不明なんです。それを五月十七日に、午前十時四十分から午後十二時五十分まで、それから第二回目が午後一時一十分から午後五時五十分、さらに第三回目は夜の午後六時三十分から午後十時十五分まで三回調べております。これを合わせると、先ほど神近委員が言われたように十時間四十分になるわけです。五月十五日に大阪の拘置所にぶち込まれて、すでに十六日には病気だと言っておる。十七日に午前、午後、夜まで調べておる。そして五月十八日に医者のほうから、これは調べるのは無理だからやめろと言われて、そして調べをやめておるわけです。そこで大阪拘置所所長よりの報告によりますと、すでに十九日は午前十時過ぎに重症の手続をやっておる。そして主任検事である別所検事に報告した。そして十一時には脈搏は緊張やや良好となり、かろうじて触知し得る程度であった。そしてすでにこれは勾留を停止して手当てをしなければ、拘置所内ではまかない切れないというので、特に医官は勾留停止の必要を述べて、午後一時三十分ごろ、ネオカンフル、強心剤を注射して、二時三十分ごろ勾留執行停止となって、身柄を回生病院に入院しておるわけです。いま拘置所は移っておりますけれども、当時の拘置所と回生病院はすぐ近所なんです。そして二時三十分勾留停止になって、回生病院に担架で送り出して入院したのです。そういうような点と、回生病院の医師の大島源八という人の病況書というのがあるのですね。これは課長さんのところにありますか。

濱野清吾自由民主党

○濱野委員長 ちょっと速記をとめて。   〔速記中止〕

濱野清吾自由民主党

○濱野委員長 速記を始めて。では、そういうふうに次の機会に御了承願います。

坂本泰良日本社会党

○坂本委員 単なる現在の調書だけではなくて、当時の医者の日記とかいろいろなのがあるはずですから、そういう書類をひとつ整えてもらって、それからやってもらいたい。ただ私はそれをやるのに、これは簡単な告発事件じゃなくて、告発事件にことづけて、これを消そうというためにやったんじゃないかという疑いもあるし、家族は陳情書の中で盛んにそれを訴えているわけですから……。

濱野清吾自由民主党

○濱野委員長 それも死因をきわめていくと大体見当がつきますよ。

坂本泰良日本社会党

○坂本委員 それでなかったらないように明らかにするのが必要だと思いますから、私が申し上げたようなことも十分念頭に置いて、人権擁護局のほうも、形式的でなく調査をお願いしたいと思います。

濱野清吾自由民主党

○濱野委員長 本日の議事はこの程度にとどめます。  次会は公報をもってお知らせすることとし、散会いたします。    午後零時五分散会

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