法務委員会 第35号
- 発言数
- 52 件
- 登壇者
- 10 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1964/05/15
会議録
○鍛冶委員長代理 これより会議を開きます。 本日は委員長所用のためおくれますので、その指名によって私が委員長の職務を行ないます。 法務行政、検察行政及び人権擁護に関する件並びに裁判所の司法行政に関する件について調査を進めます。質疑の申し出がありますので、順次これを許します。赤松勇君。
○赤松委員 先般来の法務委員会におきまして、例の帝銀事件の平沢貞通に関する件につきまして、数次希望を申し上げ、かつ質問をしてまいりましたが、最近ただ一つの物的証拠とされておるいわゆる松井名刺が全面的にくずれまして、そしてこの事件は全く白である、平沢は犯人ではないということが明らかになってまいったのであります。 そこで私はその問題に触れまする前に、文芸春秋に、当時警視庁の警視であり、捜査第二課の捜査官であり、帝銀事件の特命捜査主任でございました成智英雄さんがお書きになっておりまする手記の一節を申し上げまして、そしていわゆる松井名刺の問題に触れたいと思うのであります。 まず第一に成智元警視が明らかにしております点は、当時の警視庁がこの問題に対してどういう見解を持っておったかということであります。 それによりますと、「帝銀事件の容疑者として平沢貞通が逮捕され、警視庁に連行されてきたとき、私は、そんなばかなことがあるものかと一笑に付したものだ。まったく冗談にもほどがあると軽く考えていたのだが……。そうした否定的な意見は決して私たち特命捜査班だけのものではなかった。第一、平沢に逮捕状を出すべきかどうか、そのことについてすら捜査本部の意見は否定的なものが強かったのである。たとえば八月二十三日の朝日新聞に、堀崎捜査一課長の談として「この程度の容疑者は毎日扱っている。白七分黒三分だ」と出ており、翌二十四日の同紙上に「首実験の結果、容疑は薄らぎつつあり、家宅捜査に有力な手がかりはなく、白八分黒二分」と出ているのを見てもわかろう。しかし、人生はつまり不可解の一語に尽きる。この毒物に一番縁の薄いと見られた平沢が、やがて詐欺の余罪発覚とともに、帝銀事件の真犯人としての道を、いつの間にか歩み始めていたのであるから……。」したがって、この手記によりますと、当時の警視庁は、藤田刑事部長以下、平沢は犯人ではない、こういう見解を持っておったということを明らかにしております。 それから続いて成智さんは「事件から十日ほどたった二月の五日ごろ、私は友人の平野近夫氏から妙なことを聞いた。「満州に、毒薬やばい菌による大量殺人を研究していた秘密部隊があったそうだよ。」それまで何百となく受け取った民間情報の中には、ずいぶん変わったものもあったが、このような話は一つもなかった。初めて耳にする事実、私には、何かひっかかるものがあった。捜査官の勘と言ってもいい。「調べてみる必要があるな。部隊関係者を知っていたらぜひ紹介してくれないか。」平野氏は簡単に私の願いを承知した。その紹介状を持って私が堀中哲雄という人を初めて訪れたのは、その二、三日後であった。堀中氏はしかし、来意を述べたとき、「満州の秘密部隊……」と言ったきりで、氏は不意に口をつぐんでしまうのだった。ちょうどそのころ、九州大学の生体解剖事件が明るみに出され、二十数名の関係者が戦犯として逮捕されるという事件があったからだ。やがて堀中氏は納得してくれて、情報の出所は必ず秘密にすることを条件に、次のように答えてくれた。」 その実際に堀中という人がどういうことを言ったかといえば、「満州第七三一部隊というのは、ハルピン南方二十キロの平房という所にあった。昭和十一年に建設が始められ、十三年七月から、関東軍防疫給水部という名で業務を開始したものだが、十六年になって満七三一部隊と改称された。その用地四平方キロメートルには、高さ三メートルくらいの土塁が周囲にめぐらされ、外側には高圧電流の流れる鉄条網が張られ、さらにそのまわりは堀になっていた。そして夜間は照明灯が外を照らし、土塁の上では、昼夜わかたず武装兵が巡回警戒していた。また、関東軍司令官は、部隊外さくの二十キロ以内を特別軍事地域とし、満人部落を取り払って立ち入り禁止区域とした。その上空も、飛行禁止区域とする厳重な警戒ぶりだったのである。この用地の中に、れんがべいに囲まれて十二階建ての本館がそびえ立っている。隊員といえども部隊長の許可証がなければ出入りはできず、用地外へ出ることは隊の輸送車による以外は許されなかった。このようにして、部隊業務の機密は完全に厳守され、四階建ての中で連日陰惨な人体実験が行なわれていることも、大量の殺人細菌が生産されていることも、当事者以外は何も知らされていなかった。部隊業務は八部に分かれていた。そして、その第一部でペスト、コレラ、腸チフス、炭疽、ガス壊疽などの病原体を、兵器にするための基礎研究がなされ、人間の死の限界を知るための、あらゆるおそるべき人体実験が繰り返し行なわれていたのである。「この実験に使われていたのは、おもに満州国または軍法会議で死刑の判決を受けた囚人でして、これをマルタという暗号で呼んでいました。この監視や、死体処理の任務は、それは厳粛をきわめましてね。それに従事する特別班は、大体部隊長の出身地から採用されてきたものでつくられておりました。石井四郎という軍医中将の博士がおりました。私はその石井中将直属の軍属でした。」こんなふうに堀中氏の話が続くのである。「兵器にするためには、各国の持っている免疫性血清や治療薬では絶対に殺されない超耐性の菌をつくる必要がありました。」さらに強度の感染力と伝播力を持つ新種の病源体を開発することも必要であった。生きている人間に人工感染させ、菌を培養し、血清を製造して治療する、このことを繰り返し実験しなければならなかった。そのためには被実験体は標準以上の健康体でなくてはならなかった。だから、マルタの体力が衰弱して実験に適さなくなると、青酸カリを注射して安楽死させ、解剖の後、死体は焼却され、骨は砕いて投棄した、」 これが、石井中将の直属の軍属であった堀中氏の当時の証言であります。続いて成智氏はこう言っております。 「こうして堀中氏から七三一部隊の話を聞き、私のたどりついた結論は、この一連の事件と青酸中毒の実験をしていた部隊との間に、何らかのつながりがあるのではないかという点であった。「よし、これだ。もしかすると、専門的な手口からいっても、帝銀犯人は、この部隊出身者またはそのデータを知っている者のしわざではないだろうか」私はこう推定すると、この極秘の情報を報告するために、直接警視庁の藤田刑事部長のところへ飛んでいった。藤田部長も、この話は初耳だったらしい。私の報告を聞き終わると、ふだんから冷静そのものというべき部長が机から身を乗り出し、「これは戦犯にも影響する重要なことだ、たとえ犯人が七三一部隊の隊員であっても、そうでなくても、この部隊のことは秘密にしておかなくてはなるまい。となると捜査本部で大ぴらにやるわけにいかないから、君の調べ室だけで隠密に、だれにも気づかれないように調べてみてくれないか。報告は、直接この私にするように」。私が帝銀事件の特命捜査班長となったのは、こうしたいきさつからである。」 こういうように成智さんは書きまして、さらにそのあとに、「私と五名の部下は、特命捜査班として、まず部隊の総務部長であった人を探すのに全力をあげた。それはあまり楽な仕事ではなかった。復員名簿から本籍地を知り、そこから現住所、さらに転居先へと、寒風の中を私たちはたんねんに追っていった。」その際に中支派遣軍一六四四部隊の部隊長をやっておりました山内という元大佐の証言が出てまいりました。その証言によりますと、「元の研究員たちは年齢、経験からいって、それぞれ相応の地位にあった。著名な製薬会社の研究所、伝研、予研、各病院、大学講師、開業医等々。主任として私はみずから会いに行った。」これはいまの成智さんの話です。そのあと山内元大佐の話が出てくるわけですが、主任としてみずから会いに行った。「みんなに礼を尽くして捜査の協力を請い、部隊の毒物研究の知識をさらに加えたが、中でも一番大きな示唆を受けたのは七三一部隊第一部の研究員で、南京に創設された中立派遣第一六四四部隊長の山内元大佐であった。大佐はまた毒物の権威者として知られていた。この人は七三一部隊の第一部の研究員。私は、安田銀行荏原支店、三菱銀行中井支店、帝国銀行椎名町支店と、一連の事件の各現場の犯行の詳細を説明した。犯人がいかに落ちついていたか毒物を扱うのに手慣れたものであったか。聞き終わると山内氏は、「なるほどね」と言ってほほえまれた。そして懇切に、機密のデータをもとに、私はこう推理すると説明してくれた。」以下は山内元大佐の話です。「犯人は、七三一部隊あるいは一六四四部隊の研究員とは限定できないが、毒物を扱う技術では、また精神的にも、マルタに毒物化合液を嚥下させたことのある実験者でないと、あるいは不可能かもしれませんね。なぜかと言えば、大量殺人を平気でできる犯人の神経を考えてみれば、すぐわかるんじゃないですか。この犯人はよほど慣れている。どんな豪胆な男でも、最初のマルタ実験には顔面蒼白になり、全身ががたがたふるえて、まともな口をきくことができなくなったものですよ。中には貧血を起こして倒れる者さえありました。次には毒物の件ですが、御存じのように青酸化合物は速効性の強い代表的な毒物ですが、空気に触れると、空気中の炭酸ガスと化合してシアンカ水素になって発散してしまい、炭酸化して無毒になる、そんな性質を持っているのです。ところが、いまお聞きすると、被害者の飲んだものに油の臭気があったといいますね。とすると、油の膜で包み、空気をさえぎると、長くその毒性を持続できることを、犯人はかなりよく承知していたと考えられますね。たいていの文献では、青酸化合物の最低致死量は、おとなの場合は〇・一五−〇・三グラムとなっていますが、このデータはどれも小動物実験によっています。つまり体重比例で人体の場合が算出されたのですよ。ところが七三一部隊のデータによると、成人の最低致死量は、体重と年齢による個人差はありますが、〇・六−〇・七グラムなんです。ちょっと差があるでしょう。小動物実験と生体実験の差と言ってもいいでしょうね。この適量を飲むと、一、二分後は初期の中毒症状があらわれて、まず意識を失い、例外なく吐いて、およそ数分後に絶命するのですが、ときには意識不明のまま二時間後に死亡した例もありました。いずれにせよ、絶命までに数分間以上かかるのです。ところで、この最低致命量を五CCの水に溶かした場合を考えますと、やや白濁する。しかも刺激が強くて、青酸独特の臭気がするものなのです。だから普通の方法じゃ、簡単に人に飲ますことができない。そこで犯人は自分で少しばかり飲んで見せたのではないですか安心させるために。ところが犯人自身は何ともない。というのは〇・三グラム以下なら自分のからだに影響のないことを知っている者、免疫がある者、しかもこれはよほどの熟練者です」こう言っております。 そして成智氏は続いて「帝銀事件の犯人は確かに自分で飲んでみせた。しかもピペットで少量。それを思い浮かべた。だが、以前に私は青酸自殺死体を三十数体検視した経験があったが、どれも吐いたりしていなかったので、その点を突っ込んで聞いてみた。すると山内氏は、「それは量が多いからです、大量に飲むと一呼吸で死亡するので、吐くいとまもないからです」とあっさり答えられた。」 続いて成智氏は、「六月二十五日」すなわち昭和二十三年六月二十五日、「藤田刑事部長は、百五十二日間の捜査結果による捜査要綱を詳細に書いた手配書を全国に急送した。」これは警視庁の捜査要綱によるところの手配君です。その内容の一部を紹介いたしますと、「犯人は医療、防疫、消毒等の経歴の持ち主または研究試験等の経験者、特に引き揚げ者、軍関係当該関系者、特務機関員、憲兵等を最適格者とする。その理由は毒薬の量と効果に対する深い自信が看取され、刺激の強い青酸化合物の飲ませ方、一分後に第二薬を飲めといって、十六名を現場へ掌握し、一分間を設定して水らしきものを飲ませて目的を達しているので、この一分間はきわめて重要な時と推定する。犯人は終始落ちついていて、巧みにピペットの操作をし、八歳の子供にまで適量を配分している。したがって、犯人は過去においてこの種経験を持つことを暗示する何ものかが認められる。」こういう捜査要綱を詳細に書いた手配書を全国の警察に送っております。明らかにこれは医療、防疫、消毒等の経験の持ち主でなければ、一分間を設定して、そしてこの一分間の間に巧みにピペットの操作をして八歳の子供にまで適量を配分している。こういうことはとうていできない。前には相当な経験者でも、すなわちこういう殺人を行なうとき、あるいは生体実験を行なうときには貧血を起こす、あるいは全身がたがたふるえる。絵かきの平沢はこの実一分間に十一人の者を毒殺して、そしてゆうゆうと立ち去った。しかも毒殺した十一死体の現場まで刻明にこれを記憶しておる。そんな神様のようなことができますか。 続いて成智氏は言っております。ここで彼はその捜査の努力が実った。いままでの努力が決してむだではなかった。軍関係を焦点とする捜査にわれわれの力を結集した。そして特命捜査班は心から喜び合った。真犯人はすぐそこにおるという確信を持つに至った。そして「千数百名の旧研究員リストは、年齢、人相などでまず何百人かの名前が消され、さらに六つのアリバイ調査で、続々と人数を減じていった。七月末、もうあと数名の有力容疑者を残すのみとなった。その中でも特に容疑の濃い一人の人物が私たちに不意に口につき出した。不当な疑惑や猜疑心を消せば消すほど、その男は奇妙な影を持って登場してくるのであった。」これはS軍医中佐、これは諏訪という軍医中佐です。この諏訪軍医中佐は、「昭和十三年ごろ、七三一部隊が関東軍防疫給水部と呼称していた当時の研究員。医学博士、年齢五十一歳、身長五尺二、三寸、顔にシミがあり、面長、色蒼白、頭髪丸刈りで白毛まじりのスマートな紳士風、パピナール中毒による性格異常者。昭和十八年五月、静岡病院から東京第一陸軍病院に伝属し、翌十九年九月、七三一部隊チチハル支隊に出向を命ぜられたが、麻薬中毒のため待命処分を受けた。その後、静岡陸軍病院裏に住んでいたが、二十年の空襲で焼け出され、以後行方不明。」そこで警視庁はこのS中佐の捜査に全力をあげたわけであります。 ここで成智氏は、この松井名刺の件に触れておりますが、彼はどういうことを言っておるかといえば、平沢逮捕の直接原因となったのは松井名刺である、その松井名刺はワニ皮のさいふに入れて持っていたが、平沢は二十二年八月ごろ常磐線三河島駅ですりにとられたという。そこで調べてみると、当時荒川署に届け出が出ておった。裁判ではこれは取り上げられなかった。平沢がすりにすられたそのワニ皮のさいふの中に松井名刺が入っておった。それをすられたのは事件の四カ月以上前のことだ。こういうふうに成智警視は当時の模様をはっきり言っておるわけです。そうすると、松井名刺は明らかにすりにすられて、そしてすりのふところに入っておる。これはちゃんと荒川警察署に事件の四カ月前にすでに点け出がなされておった。こう言っておる。 それから、この物的証拠というものはいかに不合理、非科学的なものであるかということをさらに成智氏はここでこう言っておる。「平沢に詐欺の前歴が発見されたとき、帝銀事件は終わったと言っていい。どんなに否定的な意見があったにせよ、それはしょせんは意見でしかなかった。容疑は平沢に集中され、九月六日ごろからは、捜査そのものも、平沢一本にしぼられていった。新聞の報道も次第に平沢真犯人色を前面に押し出していった。犯行に使用した毒薬について平沢は「梅干し大の青酸カリを三個持っていて、その中から耳かき一ぱいぐらいを一〇〇CCくらい入りのオキシフルの空びんに入れて溶かして持参し、安田銀行荏原支店の全行員に飲ませて失敗したので、帝銀では、残り全部を、約八〇CCの小児用薬びんに溶かしたものを行員十六名に飲ませた」というように彼は自供している。そこで高木検事は、荏原では青酸カリ〇・一グラムを二十名に飲ませ、帝銀では約十六グラムの溶液を十六名に飲まして目的を達した」このように高木検事は発表している。ところが、この帝銀事件特命主任捜査官の成智警視はこう言っている。「私はふしぎに思う。帝銀の場合のこの青酸カリの量は、東大、慶大の鑑定所見の致死量の三・三倍なしい四倍に相当し、いわゆる学者のいう即死量である。だが事実は、即死ではなく、二、三分してから症状を起こしているのではないか。」東大、慶大の鑑定所見の致死量の三・三倍ないし四倍に相当している。これを飲ましたらすぐ死ぬはずだ。ところがこれは即死ではなくて、三、三分してから症状を起こしておる。これが第一におかしい。それから「毒物そのものも、鑑定の結果では青酸化合液といい、その種類を決定することはできないとされていたはずである。なのに、これを自供どおりに青酸カリと断定し、しかも、平沢がそれを所持していた事実、その入手先については、最後まで不明なのである。」物的証拠がありませんからわからない。また絵かきが耳かき一ぱいぐらいの青酸カリを百CC入りのオキシフルの空びんに入れて、安田銀行でこれを飲ましたけれども失敗した。今度は帝銀では八十CCの小児用薬びんに入れて十六名に飲ませて、同じような状態で殺した。そんなばかげたことが考えられますか。 続いて成智氏は言う。「さらに毒物のあいまいさについて、検事は論告のときに、犯人は毒物を飲むまねをしただけで何も飲まなかったとしているけれど、三十六名が見守っている中で、二回にわたって飲むまねなどできるのだろうか。そのような魔術が行なわれたとは信じられない。」みんな見ている中で飲んだような風をしてごまかすなんということはとうていできない。それを検事論告では、飲んだような風をしてごまかしたと言っておる。それから「平沢の自供を信じ、おとなが約一グラムの青酸カリを飲んだとしよう。その場合に予測される中毒症状がどんなものであるか、どうして調べなかったのであろうか。安田銀行荏原では、行員全員が褐色または黄色の液体(青酸カリがこんな色をしているであろうか)を飲んでいるが、これが何であるか不明のはずだ。三菱銀行中井の場合は、鑑定の結果アルコール性の液体と結論されている。にもかかわらず、三現場ともに、自供をうのみにして青酸カリときめつけているのは、どういうわけなのだろうか。」検事論告で、三つの現場ともこの平沢の自供をうのみにして、これは青酸カリで人を殺そうとしたのだ、こういうようにきめつけておるのは一体どういうわけだ。三菱銀行中井支店の場合は、鑑定の結果アルコール性の液体ということが判明しておる。それであるのにこれを青酸カリだというように、平沢の自供をうのみにしているのは一体どうしてか。こうして検事の論告が行なわれ、死刑が言い渡されている。そして、この点が私は非常に大事だと思うのだが、警視庁が平沢は白だというように信じておった。ところがだれが一体平沢を逮捕し、起訴したか。それは検察庁です。「捜査が平沢一本にしぼられた九月の初め、その後も続けられていたほかの面での捜査は、すべて打ち切られることになった。」これは、私がこの前の委員会で申し上げたように、この点はマッカーサー司令部のほうから、細菌兵器を温存するという目的を持って、七三一部隊に対する捜査を打ち切れ、こういうことを読売新聞の現在は社会部次長をやっているところの記者に、あるいは成智警視に対しまして、警視庁に対しまして、マッカーサー司令部からそういう命令のあったことは、この前明らかにしたとおりであります。「刑事部長に呼ばれて捜査打ち切りを命ぜられたとき、私には、いまはしかたがないという、あるあきらめに近い心があった。しかし反面、なあにどうせ平沢は白だ、いつか捜査再開さ、とたかをくくる気持ちでもあった。だから、まだ意気軒高としていた。その夜、私たちの班は全員でしょうちゅうをくみかわした。激高する若い捜査官もあった。だれもが命を張っていたのだから、打ち切り命令は、いわば生きがいを奪われるにひとしかった。「真犯人はほかにいるんですよね。そして、もう少しでそれつを追い詰めることができたのに、」こう言ってみんなはくやしがった。私は、「めくらばかりはいないよ、だいじょうぶ、安心してろよ。また再開だってことになるよ」と言った。しかし、めくらは私だったのかもしれない。平沢が真犯人という決定はそれから間もなくであった。その正式発表の数日前、私は藤田刑事部長に呼ばれた。「検事は平沢を強盗殺人で起訴するらしい。私からは話しにくいから、実は君に直接、高木検事に会って、そして例の軍関係の七三一部隊の関係の線並びに毒物の説明をしてみてほしい、」」こういう要求が藤田刑事部長からあった。そこで、「私は、その部長のことばどおりに、さっそく高木検事に会い、私たちのあと一歩までの捜査経過を話した。しかし、そのままで終わってしまった。私は頭をぶんなぐられるような気がした。これでいいのかという心の叫びも聞いた。しかし、しょせんは一捜査官でしかない私は、上長の命令に対しては無力な歯車の一つでしかなかった。もちろん、S中佐が真犯人であるとするきめ手はない。だがもう一歩、ほんとうにあともう一歩できめ手をつかむことができたかもしれなかった。しかし、当時はこんとんの敗戦日本であった。私たちがいつまでも、一人の不明の人物にかかずらわっているだけの余裕を与えてくれようとはしなかった。平沢の公判請求が発表された夜、私は久しぶりに山内元大佐を訪れた。向かい合って、私がまだ何も言わないうちに山内元大佐は苦笑して、「ナンセンスだね」こう言われた。この山内元大佐の一言で私は救われる思いがした。それにつけても、S中佐がどこで何をしているか、絶えず私には気がかりであった。控訴の時効が成立した一昨年、それゆえに私はふと中佐の本籍地へ照会してみる気になった。時効なんだから、いまこそ中佐も真実をあかしてくれるだろう、そう空頼みして。だが、やがて届けられた返事には、むぞうさに、昭和三十四年福岡で死亡すとのみ書かれてあった。秋風落莫、むなしく高木検事のもとを辞したときの私の姿が、ふと思い出されてきたのである。」 これが文芸春秋に寄せられた当時の帝銀事件の主任捜査官であったところの成智警視の手記であます。これはあとで竹内刑事局長を通じて、あなたにこれをぜひ読んでいただきたいと思いますので、差し上げますが、ぜひ私があとから差し出します参考文をよく読んで、そうしてすみやかにひとつ再審を受理して公正なる裁判をやっていただきたいと思います。 それから、大臣も急いでおられるようでありますから、もう一点続いて申し上げますが、先ほど申し上げました平沢が帝銀事件の犯人ではないということのきめ手が出てきた、すなわちそれは松井名刺である。この松井名刺につきましては、当時検事は、松井博士の名刺が約百枚、そのうち発見されたのが約七十枚と言われておりますけれども、この平沢逮捕の唯一の物的証拠でございました松井博士の名刺は、これはちょうど平沢が皇太子殿下に絵をかいて差し上げたい、こう考えて彼は北海道に行く途中、函館に行く途中、連絡船の甲板の上で会ったわけです。彼は当時帝展無鑑査のテンペラ画家として、日本の一流の画家であったわけでありますけれども、ここで松井博士と一緒にコーヒーを飲んでいる。そして名刺をもらった。そのときに仙台へ来たらぜひお寄り下さい、こう言ってその名刺の裏に仙台市米袋町、こういうように住所を書き込んだ、こういうように言われております。なお、この米袋町というのがあとで消しゴムで消されておった。平沢は当時これを否認いたしましたけれども、検事が強く追及いたしまして、とうとうこれは消しゴムで私は消しました、こういうように自供しておるのであります。そうしてこの判決理由書の中にも、消しゴムで裏面の住所を消して、つめでこすっておいたことは間違いない、こういうように出ております。ところが、奇怪なことには、当時この名刺を入手した警察官が現に警視庁に現存しております。それからその名刺を見た新聞記者がやはり現存しております。その警察官の名前は冥賀という警部です。それから新聞記者は当時読売新聞の記者で遠藤さん、この人が読売新聞の事件記者としてすべてこの帝銀事件を担当しておられたわけでありますが、この人が当時その名刺を見ている。それでこの名刺の裏に書いたのは平沢でなしに冥賀という警部が書いた。そしてこの名刺の裏に書いたのは、仙台市米袋町ではない。品川区小山町三の一一三鈴木八郎方、当時冥賀という警部はこれを自分が書いた、こう言って上申番を出した。二十三年の九月荏原署の警務主任をしていたこの冥賀岩雄警部、当時の警部補は、大堀という捜査主任あてにその上申書を出している。その上申書の中には「名刺の表面には他の文字は書いてありませんし、また書き入れた覚えもありません。裏面については、はっきりした記憶はありませんが、私が預かった当時は、何も書いてなかったと思います。しかし私が当時何か鉛筆でメモ式に書いて消しゴムで消したような記憶がありますが、支店長から名刺を受け取ったときは、表面にも裏面にも、活字以外に何も書いてはありませんでした。」これが二十三年九月、この荏原署の警務主任をしていた冥賀岩雄警部補が、大堀捜査主任にあてた上申書の一部なんです。 ところが、一年後の第三十回公判になってくると、この冥賀警部補は、だれかの圧力がかかったのか、「この名刺の裏に、何か書いて消したというようなことはありません。」こういうように上申書と異なった証言をしておる。ところが事実というのは隠せないものです。当時の読売新聞にその名刺の記事が出ておる。それは品川区小山三ノ一一三鈴木八郎方とある。これは当時この記事を取材した遠藤記者が私はいつでも証言に立つ、証人として法廷に立つと言っておる。唯一の物的証拠であるところの松井名刺というものが、これはもう証拠としてはくずれてしまった。これはどうお考えですか。こういうように当時捜査に当たった主任捜査官自身が、彼は犯人でない、そしてその証拠としていろいろなものをあげているわけです。一方その当時この事件を追っていらした新聞記者の人たちも、こういう証拠がある、したがって彼は犯人でない、こう言っていらっしゃる。それであるのに彼は仙台の拘置所で死刑が執行されようとしておる。どうしてこれを再審しないのですか。きょうは最高裁の刑事局長来ておりますね。いま東京高裁の第六部、兼平判事の手元で再審を受理するかどうかということを検討されているのでしょう。一体この経過はどうなっておるのかこの際明らかにしていただきたい。
○矢崎最高裁判所長官代理者 三十七年の七月と十月に再審申し立てが受け付けられておりますけれども、鋭意第六部で審理中のように聞いております。
○赤松委員 おそらく当該判事でないので、それ以上の答弁は求めても非常に無理だと思うのです。この際刑事局長にお尋ねしますが、私は前の委員会で、彼が警視庁に留置されておった当時、三度自殺をはかった。壁に頭をぶつけるとかあるいは血管を切って死のうとした。それから取り調べについても朝早くから夜おそくまで行なわれておる。事実上拷問にひとしいところの取り調べが行なわれておるという疑いがある。そこで私は当時の留置場日誌と言いますかそれをすみやかに出してもらいたい。こういう要求をした。それは警察にあるだろうということでしたが、そうではありません。調べた結果高検にある。ところが、さらに高検を調べたら、いま兼平判事の手元にいっている。こういうことなんですが、その留置場日誌を私に差し出す、こういうことになっております。きのうも課長が電話をかけてまいりましたが、この点についていつごろ私どものほうに留置場日誌を渡してくれますかそれはいかがでありますか。
○竹内(壽)政府委員 赤松委員からお話の留置場日誌、留置場動静報告書でございますが、いろいろ所在を調査してみましたところが、これは一件書類の中には入っておりませんで、証拠物として東京地検の倉庫の中に保管しておるということがわかったのでございますけれども、現在東京高裁で平沢関係の再審請求事件が審理されておりまして、東京高裁の御要望によりましてそちらに渡してございます。でございますので、いますぐこれをお手元に差し上げる、ごらんに入れるということはむずかしいのでございますが、裁判所から返ってまいりました場合には、再審事件の審理との関係もございますけれども、それに支障がないということでございますれば、ごらんに入れることは必ずしもいけないわけではございませんので、その段階で考慮してみたいと思っております。
○赤松委員 いま兼平判事の手元で重要な一つの文献として調べておるということでございますから、私は、それに差しさわりがあるといけないと思いますが、私のほうが知りたいのは、その一字一句全部見たいというわけじゃないわけです。留置されておった期間、その期間、一体朝何時ごろから夜何時ごろまで取り調べが行なわれたか、あるいは数回にわたって自殺を企てておるが、その辺の事情はどうかそういう点を知りたいので、そういう点を抜き書きにしてでもひとつ至急に私の手元に届けていただきたい、こう思います。これをあなたに要求しておきます。 それで大臣、この動静報告書は、磯部弁護士が裁判所のほうを調べたところが、裁判所にないというお話なんです。これは証拠物件符号番号は第二百十八号ということになっております。これはございますね。確かにありますね。
○竹内(壽)政府委員 あると承知いたしております。
○赤松委員 承知いたしておるじゃなしに、あるかないかはっきり答えていただきたい。
○竹内(壽)政府委員 現物を見ておりませんので、客観的にあるかどうかということはわかりませんが、あるというふうに私は報告を受けております。
○赤松委員 きのう課長は、私に電話をかけてまいりまして、ある、こう言っていました。ですから、いまから刑事局の総務課長に電話されて、確認してください。そしてここに報告してください、あると。
○竹内(壽)政府委員 局の刑事課長からそういうふうに聞いておりますので、間違いないと思います。
○赤松委員 では、もう時間も迫ってまいりましたが、この際法務大臣のこれに対する見解をお聞きしておきたいと思うのであります。断わっておきますが、この事件につきまして非常な関心と疑惑を持っておるのは私だけじゃありません。現にこの委員会の中におきましても、上村弁護士などもその一人であります。また大野伴睦氏もその一人であります。あるいは千葉三郎氏もその一人であります。非常にたくさんの人たちがこの問題について疑惑を持っておる。私はすみやかに、裁判の威信を高める意味におきましても、あのがんくつ王のように再審をやっていただいて、そして黒白を明らかにしていただくということが必要だと思うのです。 余分でありますけれども、この間名古屋高裁の小林裁判長にあるところで会いました。あの判決を下す当時は、もうよぼよぼのおじいさんで、顔にしわが寄っちゃって、何だか影が薄いような感じがしましたが、この間会ったときには、実に生き生きとして若返って、もう顔色がつやつやしておりました。やはり人間が真実を追及し、また真実を明らかにするということはこれほど大きな生理的、精神的な影響を与えるものかと実はびっくりしたわけでありますけれども、特に賀屋法務大臣のこれに対する所信をこの際聞いておきたいと思うのであります。
○賀屋国務大臣 ただいまの赤松委員のお話を伺いまして、また裁判の判決につきまして疑いを持っておる人が相当にあるということは承知しております。ただ、私の立場として、いまの段階で意見を申し上げることは差し控えたいと思います。
○赤松委員 それではお尋ねいたしますが、再審の請求もしており、いま大臣自身がお認めになったように、世間では相当疑惑を持っておる人がいる、これは事実であります。そこで、もとより死刑執行というようなことは万々ないと思いますが、その点についてはどうなんでございますか。
○賀屋国務大臣 ないともあるとも申し上げられません。
○赤松委員 しかし、再審請求中は死刑執行できますかいかがでございますか。
○賀屋国務大臣 法規的にはできます。
○赤松委員 刑事局長、いかがでございますか。
○竹内(壽)政府委員 大臣の御答弁のとおりでございます。
○赤松委員 そうすると、再審の請求中でも死刑の執行はできる、こういうことでございますね。
○竹内(壽)政府委員 さようでございます。再審を申し立てております場合にこれを執行した実例はございませんけれども、同じような内容のものを繰り返し繰り返し再審をしておるような場合には、前の再審の請求等が却下になり、さらにまた今度の再審の請求事由をよく検討いたしまして、同種のことを繰り返してやっておるのだというような場合には、これは法規のたてまえ上それを認めて待つというようなことはしない場合もあり得るのでございまして、法規のたてまえといたしましては、いま大臣のお答えになりましたとおりでございます。
○赤松委員 いま民事裁判で現に訴訟が行なわれておりますが、これはいかがでございますか。
○竹内(壽)政府委員 その場合も同様でございます。
○赤松委員 約束の時間が十一時半ということなんで、実は五分経過いたしましたが、さらにこの点につきましていろいろ当局の見解をただしたい、こう思いますけれども、すでに東京高裁の第六部におきまして慎重にこの事件についての審理が行なわれておるということを承知いたしておりますので、私は再審のあることを期待し、かつ法務大臣をはじめ裁判所のほうにおきましても、ひとつ良識をもって善処されることを強く希望しておきまして、私の質問を終わりたいと思います。
○賀屋国務大臣 よく伺っておきます。
○鍛冶委員長代理 田村良平君。
○田村(良)委員 私は法律のほうはしろうとですから、お問いすることはおかしいかもしれませんが、先般九日に東京地裁で、島津夫人の例の誘拐事件について判決がありました。内容については、私からとやかく申し上げることは権限がございませんので、内容批判はいたしませんから、誤解がないように。ただ、国民の立場から見た場合に、明らかに営利誘拐の目的が確認をせられ、なおかつその目的達成の計画も確認された。そしてその計画は目的達成のために実行に移されたことも確認をされておる。それで未遂にならぬということは、私のしろうと常識では、強姦を目的として行動した結果失敗したら強姦未遂でしょう。盗人に入ったやつがあったら盗人でしょう。そういう点どうなんでしょうか。これだけはっきりした事実がありながら未遂が成立しないか。私は未遂だと思う。そこで、法律論というのはたいへんむずかしいものですから、しろうとの常識のようにいかぬと思って、いろいろと現行刑法に関して、計画の着手になったとかならぬとかいう学者の意見とか判例を調べてみますと、いまから大体百五十年前のフランスでの学説や、また日本では二十七年前の牧野先生などの学者の主観説だ、客観説だということで、学界にいろいろ理屈があるようであります。しかしながら、国民大衆は学者の理屈で生命、身体、財産の安全をはかっているのではなくて、現実に危険がある場合には危険を除去してもらいたい。だから、本人は意識するせぬにかかわらず、たとえば自分の娘が誘拐されんとしておったというようなことの問題が私は一般大衆が非常に心配の点だと思います。したがって、先般の判決を云々するのではありませんが、目的が明確に確認され、その実施計画並びに実施が失敗に終わったのに、なぜ未遂にならぬのか私は未遂になると思うのですが、現行刑法の基本的な立て方というのですか、そういうものについてお伺いしておきたいと思います。
○竹内(壽)政府委員 ただいまのお尋ねの点は、この事件が起訴されます以前から議論の存しましたところでございまして、検察側は未遂になるという立場をとったのでございますが、裁判所側は、これは未遂には至らない、予備の段階である。しかしながら、日本の刑法には予備罪というものは営利誘拐についてはございませんので、その限りは無罪である、こういうことに相なったわけでございます。それじゃ未遂か予備かという区別でございますけれども、これはいろいろ学説の存するところで、いま御指摘のとおりでございますが、非常に狭く解釈をしますものは客観説と申しますか、犯罪はある構成要件を満たさないと犯罪とは言えないので、その構成要件の一部を満たしますると、それは犯罪の着手になる。構成要件全部を満たしてしまいますと既遂になってしまう。一番狭い考え方はそうだと思います。そうしますと、この営利略取誘拐の構成要件といいますのは略取する行為、つまり暴行なり脅迫なりを加えて、そうして身柄を拐取する行為でございますので、この暴行とか脅迫といったような行為の一部が満たされたかどうかというところがこの議論の分かれるところでございます。それで問題は、島津夫人事件は犯人たちが何回も誘拐しようとして調査もし、さらにうちのまわりをうろつきましたり、さらには自動車で出られたところをあとから追尾をいたしております。この追尾の際には、判決にも申しておりますように針金とかその他ナイフのようなものを準備し、大ぜいの者が乗り込んで二十分間もあとを追いかけておるのでございます。そのときの気持ちとしては、この辺でやろうかというようなことも話に出ておるので、中にはぞっとしたというようなことで、犯人自身が緊張したことを述べておることも判決に指摘されております。そういう状況で、まだ口をきいたり手に触れるというようなところまではいっておらないのでありますが、そういうような状況をもって、この構成要件の一部を満たすという一番狭い考え方からいきますと、まだ構成要件の一部、どれにも触れていないわけでございますから、そういう狭い考え方から見ますと、これは犯罪に着手があったとは言えないという議論も成り立つと思います。しかし、そういう狭い考え方だけではなく、犯罪の構成要件に密接した行為をやればなお着手があったと見るという主観、客観の両方の考えを合わせて判断すべきだというやや広い考え方によりますと、いまのような事実を調査する、探偵するためにつけて歩いたのではなくて、ある場所でぐあいよくいったらそこで拐取しようというような考えでいまのような針金とかナイフとかを準備して、しかも二十分間も追尾したというようなことはまさに略取行為と密接な関係にある。こう見てまいりますと、これは着手があったと見てもいいわけです。検察官は、あとのほうの密接行為であるという立場をとって起訴をいたしたようでございます。裁判所のほうは、これに対しまして、まだ密接行為という考え方にはある程度——判決の中で何も客観説だけをとっていないので、主観的なものをも要素に加えて解釈をしておりますけれども、なおこれは未遂にはなっておらない、こういう判決でございます。 そこで、この点につきましては、外国の立法例等もございまして、フランスの判例も先ほどお話にございましたが、フランスではかなりこの点は広く解釈しておりますし、日本の古い判例等にもかなり広いものがございます。たとえば盗みをするという場合に、これも窃盗行為でございますから、財物に手が届くところまでいか奪いと着手にならないという説もございますが、蔵の中に忍び込んで物色しておりますと、まだ手に触れぬでも物色行為をもって窃盗の着手があると見ておる判例もあるわけでございまして、判例としましては、必ずしも狭いばかりが判例の態度ではございません。しかし外国の、アメリカの例などを見てみますと、イリノイ州の刑法というのが一番新しい刑法でございますが、このイリノイ州の刑法などを見ますると、やはりこの点はかなり広く解しておりまして、ある罪を犯す意図でその罪の遂行に向かって重要な段階をなす行為をしたときに、その人は未遂の罪を犯すものである、こういう規定がございます。重要な段階をなす行為という意味につきましては、さらにこれはモデル・コードと申しますのがございまして、それの解釈などが出ておりますが、重要な段階というのはどういうのかといいますと、被害者と予定された者を待ち伏せしたり、捜索したり、または尾行することが重要な段階に入ったものと見る、こういったような規定がございます。こういう考え方からいたしますと、まさにいまのようなものは未遂とアメリカのイリノイ州の刑法では見ておるように私は思うのでございます。しかし、イリノイ州の刑法が出てくるまでには、アメリカにおきましても一つの判例的な経過があるのでございまして、一九二七年にニューヨーク州の控訴裁判所で一つの判決がございまして、これは俸給を運搬する人から強盗しようと思って、武装して俸給運搬人をあっちこっち探しておる段階で警官につかまった。これを強盗未遂で一審の裁判所は有罪と判決したのでございますが、ニューヨーク州の控訴裁判所でこれを破棄いたしましたのでございます。これはまだ予備の段階であって未遂にはならないというようなことであったのでございますが、そういうことがありましてから、一九五〇年のルイジアナの刑法は、そういうことでは困るというので、罪を犯すため単なる準備は未遂を構成するに十分ではない。しかしながら、罪を犯す意思で凶器を所持して待ち伏せし、または罪を犯す意思で予定された被害者を捜索することは、その罪の未遂罪を構成するに十分であるという規定を設けまして、こういう場合は未遂だというような立法的な解決をはかっております。 こういったような事情をいろいろ考えてみますと、あの事件の事実関係を裁判所がどう見るかということによってきまるわけでございますけれども、検察官が未遂だという立場をとりましたのも決して不当ではありませんし、裁判所が予備だというふうに判断したのもこれまた一つの見解でございます。したがいまして、この事件の処理につきましては、検察当局としては十分に検討した上で処置をきめていくことだと思っております。
○田村(良)委員 いまいろいろ諸外国の例をお伺いしたのですが、私も若干見てみますと、やはり客観説というのが、日本では大審院以来一貫してとられております。実行のチャンスについて、そうすると、私は私なりのきわめて常識的な考えからすると、実行のチャンスと見なす場合は、どういうことかというと、犯罪構成要件が形式的に着手されたという場合、この場合は横浜でニコヨンを雇って、これはうちの土建屋をするために雇ったのではなくて、明らかに島津夫人を誘拐するために人を雇った。そうして刀剣を買ったり、東京電力の検針員に化け込んで三回にわたって様子を見ておいて、なおかつまた入った。それは店員として行ったり、電力検針に入ったのじゃない。俗にいう不法家宅侵入で、物取りじゃない。島津貴子さんを連れ出して五千万円おどしてやろうという目的で入った。それが全部確認されて未遂にならぬというのはおかしい。そこで客観説を見ても、明らかに形式的に犯罪構成要件に属する行為に着手をすること、あるいは犯罪構成要件に属する行為及びこれに直接密接する行為ですから、これは明らかに誘拐の目的を持つ、あるいは明らかに殺人の目的を持って行った場合は、当然その目的が失敗した場合には未遂ですよ。おのずから常識的に未遂なんですね、なし遂げ得られなかった。成功すれば完全に既遂ですから。たまたま犬にほえられて逃げた、よけい悪質なんです。犬にほえられたけれども島津さんに襲いかかったら、人も来てやまるでしょうけれども、犬にほえられてこいつはあぶないと思って逃げた。今度行ってみると、たくさん人が通っておったからどうもぐあいが悪いというので、三回にわたって誘拐の目的を持って家宅侵入をし、目的を果たし得なかった。要するに単なる物取りあるいはあき巣ねらいで入ったのじゃない。そういうことが確認されて、しかも大審院以来一貫してとられ、なおかつ高等裁判所の過去の判例においても未遂として明らかに立件されておる。そういう場合にこの事件がどう確定するか。国民の側から見ますと、加害者が知能犯であればできるだけじょうずにそれを軽くしてやるのではなくて、被害者ないし被害者になるべき人々、罪なき大衆が自覚するせぬにかかわらず、被害のないように、法というものは私は弱い人を守ってやるべきだと思う。ですから、これは知能犯なら全部これからやります。私はこれと同じ要領であなたのお嬢さんをやりますのでたいへんなことになる。そうすると、あなたは、それは田村さんがやったら現行刑法ではいけませんなどということは——私はただ単に趣味で鉄砲、刀剣を持っていた。この人の鉄砲、刀剣は単なる不法所持じゃない、誘拐の目的のために使うという明らかなる目的を持っております。こういう点、いまのお話によれば外国の例も出ましたが、日本の場合には、大審院以来ないし高等裁判所の判例を見ましても、別にそうむずかしいことにはなっておらぬように思います。したがって、ここまで申し上げたように、明らかな目的と計画と、さらに実施された計画、それがすべて目的外でないわけですね。ですから、こういったことについて現行刑法を全面改正をするといいますか二百年も前の外国の文献をあさったり、二十四、五年前の単に上野の駅でつかまえて女郎に売った、これで誘拐になっておるという感覚でものごとを処理していた時代と違うし、明らかに現代では一番悪質な犯罪だ。したがって、予備罪がなければ始末できぬということではなくして、私は、やはり法のあり方の原則といいますか基本的な姿勢から申しますと、申し上げましたように、目的が確認をせられ、この計画が実施の段階で失敗する、あるいはそれが不成功に終わった、その度合いは何ぼであろうとも、私はやはり信賞必罰でいくべきだ、そうでないと知能犯を養成する。だから一罰百戒、信賞必罰でいかなければならない。そうすると、高津さんを襲ってもあの程度なら、ちょっとやってみようということで鉄砲、刀剣類を置いておいて失敗する、それだけでくくられて執行猶予で済んでしまうということになるわけです。判決のあった問題ですからこれ以上それについて言うのじゃありませんが、こういった意味で、私は現行刑法については、しろうとながら、俗にいう法の体系の基本的な考え方を現在の社会情勢にマッチさせて、ここに新しき法体系、新しき一つの基本的な考え方を打ち出すべきではないかと考えまして御質問を申し上げたわけでありますが、現行刑法に対する私のいまのような考え方、しろうとの田村良平の言うことはまことにナンセンスだ、そんなものではないのですよというのかちょっとお伺いしておきたいと思います。
○竹内(壽)政府委員 いや、ただいま御質問の趣旨は決してナンセンスなどと申すわけではありません。全く同感でございまして、ただ、裁判官は良心に従って裁判をするのでございますし、法律の解釈はあくまで厳格に解すべきでありまして、あまり拡張解釈や何か許すべき性質のものではございません。さっきアメリカの例を申しましたのも、判決で規定されましたので立法的に解決したという一つの実績でございますが、日本におきましても、身のしろ金を目当てにした誘拐につきましては、過般この委員会で通過させていただきましたし、その立法におきましては予備罪をも設けまして、今後この種の事件の再発に備えまして遺漏なきを期しておる次第でございます。よく御趣旨の点はわかります。
○鍛冶委員長代理 坂本君。
○坂本委員 最高裁判所の横田長官が九州地方の裁判所巡視中に、去る八日佐賀地方裁判所、家庭裁判所を視察したあと発言されたことが九日の読売新聞に出ております。それは「違憲判決慎重に横田長官下級審審理に望む」という見出しで出ておるわけですが、大体四項目にわたって出ているわけです。そのうちの一つの発言について非常に妥当を欠くと思うわけです。それは「一、最近下級審で違憲判決を下すことが多いが、三権分立の立場上あくまで例外的なことで違憲、合憲の判断には慎重を期してほしい。一、帝銀事件を扱った映画が各地で上映されているが、興味本位なもので、しかも判決とは違う印象を与えると聞いている。学問的に裁判を批判するのは自由だが、この映画については遺憾だと考えている。」こういう記事があるわけです。これは横田長官が裁判上の行政視察に出かけられて、先ほど申しましたような佐賀地裁並びに家裁を視察したあとの発言だと思うのですが、そこで、これはいま私が申しましたような行政視察の関係で発言をされたものかどうか。 さらに第二は、最高裁の長官ともあろう者が、「下級審で違憲判決を下すことが多いが、三権分立の立場上あくまで例外的なことで違憲、合憲の判断には慎重を期してほしい。」これは憲法上与えられた裁判官の独立に基づいて判断したことに対する一つの大きい制約ではないか、こういうふうにも考えられる。もう一つは、帝銀事件を扱った映画が各地で上映されているが、興味本位なものである、こういうようなことを言っておるが、横田長官ははたして映画を見た上で判断をしておるかどうか。さらにこのような批判は、裁判の公開、裁判に対する批判 裁判にももちろん間違いもたくさんあります。それに対しての批判は自由であると思うのでありますが、それに対する抑圧ではなかろうか。こういうふうにも考えられますから、以上の点について、こういう発表をされたかどうかという質問が第一であります。あと数項目にわたっての最高裁判所の御所見を承りたいと思います。
○関根最高裁判所長官代理者 ただいま坂本委員のお話しの点、実は読売新聞にそういった記事が出ましたので、横田長官がそのとおりおっしゃったのかどうか問い合わせる前に、同行してまいりました秘書課長から電話がございまして、実は自分のほうでも新聞発表を見たけれども、あのときの談話についてお話しすると、新聞記者との会見におきまして、新聞記者のほうが質問をして、それに対するお答えをしたまでであった。それで、いまお話しの第一の違憲の点でございますが、これについては、最近下級裁判所の裁判で、法律が違憲であるという裁判が出て、しかもそれが上級審で敗れる場合がある。それに対して長官はどう考えるか、という質問に対しまして、これは裁判官が独立に憲法及び法律に従って裁判をするのであるから、最高裁側で拘束的な意見は言えない。しかし、いやしくも国会でつくられた法律が無効であるということにつきましては、あるいは有効であるということにつきましては、特に慎重な判断がほしいということを言われたという点が第一点でございます。特にその際、裁判官ことに下級裁判所裁判官全部を含めてでございますが、その意見あるいは裁判についての意見に対して、上級の裁判所の裁判官が拘束的な意見は絶対に言えないということを特に付言されておられたそうでございます。 それからもう一点の平沢事件についての「死刑囚」という映画の問題、これも新聞記者のほうから聞かれた問題だそうでございますが、それは横田長官はまだごらんになっておらない、実は自分は見ておらないけれども、これは仮定論として、もし平沢事件について法廷に出てこない証拠に基づいて映画がつくられて、しかも平沢事件、あの特定の事件について無罪であるというような批判を受けるようなことになると、これはやはりおもしろくないのじゃないかということをお話しになったそうでございます。でありますから、法廷にあらわれた証拠に基づいてやるのならいいけれども、そうじゃない材料に基づいて具体的の事件についての、裁判の事実認定に関する限りの点でございますけれども、それについて批判をされるということになると、誤解を招くおそれがある、そういうことを言われたそうでございます。以上お答え申し上げます。
○坂本委員 第一の下級裁判所の違憲の判決についてですが、もちろんいまの御答弁によりますと、裁判官は自由に判断をするというような意味の付言があったと言われているが、新聞にはそういうものが書かれていないですね。ただ、私たちが一番必要なのは、最高裁判所が司法権のもと独立をして、そうして違憲の裁判をやるということがわれわれの最も尊重すべきところであると思うのです。したがって、国会で合法的につくられた法律といいましても、これはやはり多数党によって法律ができる場合がたくさんあるわけです。現在は、ことに社会党が三分の一の勢力しか持たないから、自民党の自由な法律ができる。ことに独占資本下にあるところの現在の支配階級において、さらにそれを代表するような自民党の毎数においては、憲法違反の法律がどんどんできておる。そういう行き過ぎを、三権分立のたてまえから、裁判所が独立をしまして、そうして具体的事件においては、独立した権限をもって判断するところに、この三権分立の有意義があると思うのです。その三権分立のたてまえから判決したのを、これは控訴で判決の変わることがあるでしょう。それでいわゆる三審制度があるわけです。それかといって、裁判官の独自の権限に基づいて判断をした判決に対して、行政上の方面からとやかく言うべきではないと思うのです。その点からいたしまして、この横田長官の発言はまことに不謹慎である。ことにこのごろは第一審の地方裁判所の判事は、非常な勇気を持って憲法遜反の判決なんかをやる。もちろん、追従するようなばかな判事もありますけれども、しかしながら、上告にいって敗れるというのは、これはやはり保守的な裁判官が多いからです。ことに最高裁判所の裁判官のごときは、みずから実は裁判官の独立を叫びながら、やはりその任命権が内閣にある、国民審査の方法もまだ民主的に行なわれていない現状においては、やはり人事権を握っているものに対して迎合する点もある。それは第一審の裁判官よりも控訴審あるいは最高裁判所の裁判官に多いということは、一般国民の批判するところである。それはその任命権そのものについて、任命された者は、多数の中から選ばれるということで随喜の涙を流して喜んでいる。そうしてやはりそれに迎合する裁判をする傾向がある。それが法曹一元のもとにおける場合においても一番批判されている点です。しかし、一般国民は、やはり司法権の独立と言うし、その独立の最後の頂点は最南裁判所の長官である。その長官が発言をする場合は、これは重大な影響を及ぼすということを考えなければならぬと思う。ですから、行政的発言にいたしましても、やはり最高裁判所の長官も司法権の独立の頂点の地位にある裁判官ですから、その点は慎まなければならぬ。長官がこういうことを言うと、下級裁判所の裁判官で、司法権の独立は知っていながらも、勇気を出してほんとうの違憲裁判のできないようになる憂いがあると思うわけです。そういう点について、横田長官の発言はまことに遺憾であると思う。ことにあとで下の裁判官は自由に判断ができるのだ、ただそういう実例が上で取りざたされる場合がある、そういうことを言ったにしても、そういうことは新聞に書いてないわけです。だから、そういう非常な誤解を招いている。そうして現在のように国論が二分して対立している場合に、多数によってできた法律に対して、正しい判断をして、裁判をやるというのが、司法権独立であり、三権分立の本質だと思うわけです。それに対しては、まことに長官の発言は遺憾であると思う。 そこで付言の点を聞きもらしましたが、はたしてそういうことを言われたかどうかその点をさらに確かめておきたいと思います。
○鍛冶委員長代理 坂本委員に委員長から承るが、はなはだ不穏当だと思うが、多数によってできたから違憲だというのですが、そうするとあなたの意見は、多数によってつくられたものは違憲だという判決をしてもらいたいというのですか。
○坂本委員 多数によってできた法律でも、形式上は法でありましょう。しかしながら、さきの警職法の問題にしても、多数によって……。
○鍛冶委員長代理 そういう質問だとすれば、われわれ議会人として黙っておれない。多数によってできた法律だからそういうものは不法なものだ、そういう判決をするのがいい、そう聞こえるが、それであれば穏やかでないと思う。
○坂本委員 違憲の法律が多数でできる場合があると言うのです。
○鍛冶委員長代理 内容が違憲だというならいいが、多数によってできたから違憲だ、そういうことではいかぬ。
○坂本委員 私の言うのはこうです。多数で国会でできた法律も憲法違反の法律がある。その場合に司法権の独立に基づいて違憲の判決によって……。
○鍛冶委員長代理 もう一ぺん聞くが、多数によって違憲の法律ができておる。だからそれを違憲として裁判をやるのがいいのだ、こう聞こえる。それならばたいへんだと思う。 さっきからの質問を取り消しまして、あらためてやって下さい。 〔「それは委員長の横暴だ。」「速記録を調べて整理すればいいのだ。」と呼ぶ者あり〕
○鍛冶委員長代理 ただいままでの発言のうち不穏当なものがあればあとで善処しますから続けてください。
○坂本委員 そこで質問の要点は、多数党によって多数決によって憲法違反の法律ができる、これは実際そういう場合がたくさんあると思うのです。そういうような場合に、裁判所は立法権、行政権と独立して司法権の独立によって、裁判官は憲法違反の法律であればこれは憲法違反として無効として、この法律を適用しないことはできる。これが司法権の独立であると思う。そこで下級裁判所の判決が上級審において取り消されることがあっても、これは裁判の三審制度のことであって、それだからといって下級裁判所に違憲の判決が多いから慎重にこれをしなければならないという長官の発言は、これは穏やかでない。下級裁判所の裁判官の独立性を制圧するような言動に考えられるから、この点は遺憾であると思う。こういう点に対する答弁と、なお第二項の映画の問題ですが、これは再審の申し立てをするというのは、新しい証拠によってこの再審の申し立てをするわけです。再審の申し立てをする場合は新しい証拠の確定に全力をあげなければならない。いままでの裁判にあらわれた証拠にのみ追随しているならば、再審の申し立てばできない。裁判にあらわれた証拠以外の新しい証拠を発見して、そうしてそれを再審の理由として再審の申し立てをする。したがって、その証拠の収集には全力をあげなければならない。これは言論であろうと映画であろうと、その点についてやることは当然のことであると思うのです。それを最高裁判所長官ともあろう者が、遺憾であると言うのは、これは最高裁判所の長官としての発言では取り消すべきものであると思う。映画にしても言論にしても、新しい証拠の収集のために全力を尽くす。それに対しては、やはり権力者に対して対抗してもこれをたださなければならない。こういうふうな見地に立ったならば、この長官の発言というものはこれは取り消すべきものである、こういうように考えますが、この二つについて御所見を承りたい。
○関根最高裁判所長官代理者 まず第一点の憲法違反の問題、あるいは憲法に法律が合っているかどうか。これは横田長官のお話、先ほど私申し上げたように、憲法違反か憲法に違反していないかという両方の問題について慎重にやれということでありまして、法律が違憲あるいは合憲に片寄ったことについてとやかく長官のほうでおっしゃっているわけではないわけですから、合憲とする場合も慎重にやれということを特につけ加えて言っておられるわけであります。(「そうは言ってない」と呼ぶ者あり)よく新聞をごらんになればいいと思いますが、そういうふうなことでございますから、われわれの考えといたしましても取り消す必要はないと思います。 〔鍛冶委員長代理退席、小島委員長代理着席〕 それから、具体的な事件について長官がお話しになっているわけではなくて、抽象的に憲法なり法律を慎重に検討しろという、憲法にあるとおりのことを言っておるにすぎない。 それからもう一点の帝銀事件の「死刑囚」という裁判批判の問題でありますけれども、この問題については、先ほど申し上げた長官のお話につきましても、法廷にあらわれた証拠ということを申し上げておるわけでありますので、再審の事件について新たな証拠が出れば、それも含まれるわけであります。でありますから、再審で新たな証拠が法廷に出ればそれを考慮に入れて裁判をすべきでありますので、その点について長官としてとやかくお話しになっているわけではない。その点は御了承いただきたいと思います。 なおもう一点、現在下級裁判所の裁判官は御承知のように全く独立しております。これは最高裁判所、高等裁判所、下級裁判所、全部を含めまして、外部からの制肘を受けることは全くありません。
○坂本委員 法律上はいま総長のおっしゃったとおりです。ところが、最高裁判所の長官ともあろう人がこういうような発言をされると、やはり裁判官も人間であるから、ほんとうの司法権の独立、職務の独立、地位の独立をやはり考えますから、それは独立はしているけれども、やはり裁判官としても進級をしなければならぬし、その他いろいろのことがあるから、だから長官がこういう発言をされることは、その独立の考え方を制圧するようなことになる。それだからいかないのだと言うわけです。 それからもう一点は、「帝銀事件を扱った映画が各地で上映されているが、興味本位なもので、」こういうこともあるわけですね。それから「判決とは違う印象を与えると聞いている。」だから実際この映画を見られたかどうか。ただ聞いておることで発言をするというのは、最高裁判所の長官としては不謹慎ではなかろうか。やはり長官なんかに聞こえるのは、迎合的な批判が多いわけです。ほんとうの批判は一般大衆から聞かなければならない。やはり長官もその点についてこういう発言をされるならば、やはり映画を見て、そしてあの映画のこういうことがあったのは遺憾だ、こういう発言なら、これは第二の問題ですが、ただ聞いておるという程度で、最高裁判所の長官として、さらに九州地方巡視の際に発言をされるというのは、まことに不謹慎であり実、軽率ではなかろうかこういう点はひとつ慎んでもらわなければならぬ。この点いかがですか。
○関根最高裁判所長官代理者 先ほど来申し上げておりますように、長官はまだ「死刑囚」という映画をごらんになっておらない。それを新聞記者のほうから聞かれたものですから、自分は見ていないが、かりに法廷にあらわれた証拠以外の材料で、実際にあった裁判の結果が左右されるような別な証拠で映画がつくられるというと、裁判の信用を落とすおそれがある。そうなるといけないんじゃないかということを漏らされたんだと思います。でありますから、全然「死刑囚」をごらんになっておらないということをはっきりお話しになっておる。現実にごらんになっておらないわけですから。
○坂本委員 だから新聞記者などから聞かれても、やはり長官は相当慎重にされなければいかぬのじゃないか。ことに「学問的に裁判を批判するのは自由だが、この映画については遺憾だ」、これはおかしいと思うのです。判例に対しては草間的にも実際的にも批判は自由だと思うの実です。またことに再審——帝銀事件なんかは再審事件ですから、これはやはり先ほど申しましたように、裁判にあらわれた以外の証拠収集に全力をあげて、その証拠があるときに初めてここに再審の申し立てをし、再審の受理ということになるわけでありますから、具体的事件についてこういう映画は遺憾だなんて、こういう発言は、これはやはり慎んでもらわなければならぬと思うわけであります。総じて三権分立の上における司法権の独立を前提とするならば、最高裁判所の長官は、その独立を守り、国民の信頼を得るためには、その発言は慎重でなければならぬと思うのです。そういう点について、このごろ往々下級裁判所の裁判判決を批判したり、あるいは裁判の公開を制圧するような発言については、私どももう少し慎んでもらわなければならぬと思うのです。この点についての御所見を承っておきたい。
○関根最高裁判所長官代理者 ただいま坂本委員のおっしゃるとおり、裁判の独立を害するようなことを長官としてお話しになるということは、これは慎むべきことだと思います。ただ具体的な事件じゃなくて、抽象的な、法律を慎重にやれということならば、これはちっとも差しつかえないわけでございまして、具体的の事件について有罪にしろ、あるいは無罪にしろ、法律を違憲にしろ、適憲にしろ、こういうことはもう絶対にいけないわけでありますが、法律なり擬法の解釈を慎重にやれと言うことは、これは決して差しつかえないことでございます。しかも下級裁判所の裁判官は、長官が何をおっしゃろうと、そんなことで動揺を受けるような裁判官は一人もおりません。
○横山委員 関連して。事務総長も、ちょっといま少し感情的になられておるように思います。私は、いまお二人の質疑応答を聞いておりまして、少しペースが違う。あなたは、そういうことを言っていないのだから、憲法問題は、合憲、違憲いずれとも慎重にしろ、こういうことで言ったのだから悪くないだろう。私どもの感じは、かりにあなたの言われるように長官が言われたとしても、世間に映っている新聞の印象は、違憲判決は慎重にしろ、こういうふうに読売には載っているではないか。ここから先をあなたは答弁をしていないのですよ。ここから先さらに私どもが言いたいことは、自分はそういうことを言っていないけれども、新聞がそういうことを書いたとしたならば、その影響をどう考えるかということを続いて言いたいのですよ。あなたは、言ったことじゃないのだからほうっておけという立場であるようです。それがいけません。これを言いようが悪かったならば、聞き手のそそうでは済まされない影響を与えるぞ、こういうことが言いたいことなんです。それをどうなさるんですかということを私どもは追及したい。 それから、いまの御答弁で、最高裁判所長官が何を言おうと下級裁判所の裁判官は知ったことじゃない、それはどういう意味かは別としても、与える影響というものはこれは必ずしも適当ではない、こう考えるのです。少なくとも最高裁判所の長官がおっしゃったことは、下級裁判所の裁判官としても、ものの実考え方とかあるいは裁判のあり方についてはかなり影響力を持つという立場において議論をしなければ、私は誤りを犯すのではないか、こう考えるのです。議事進行上、少し食い違っておるようですから、ちょっと発言をいたしました。どうですか。坂本先生の質問に対して、あなたは、そういうことを調べて、そういうことはないという立場で出ていらっしゃったのだけれども、やはりもう一歩前へ出て、じゃ、そういうような誤解を与えたことについてどうするかという答弁も持っていらっしゃらなければならぬ。しかし、われわれとしても、言いもしないあなたにいろいろ言っても、実際はいかぬのです。望むべくんば、適当な機会に最高裁長官が、この問題だけでなく、問題をも含めて本委員会に出席されるよう委員長にも善処されるようこの際要望しておきたい。いずれ理事会で御相談いたしたい。
○関根最高裁判所長官代理者 いま横山委員のお話まことにごもっともだと思いますが、新聞記事の発表によって、裁判官の独立の解釈なり、意見を拘束するような発表がなされたとすれば、これは慎むべきことだと思います。しかし、長官自身としては、そういうことを言われなかったときに、しかも、あの記事をごらんになりましても、適憲、違憲両方のことについて慎重にやれと書いてある。ただ「違憲判決慎重に」という見出しをお読みになっただけでは、確かにそういう誤解が生ずるおそれがある。でありますから、いまお話が出ましたように、この委員会でこういうお話があったということは十分伝えます。そして新聞記事についても、発表されるときには十分御注意願いたいということを、長官の立場からお話しになるようにできるだけの努力をいたします。
○坂本委員 いままで最高裁の長官、法務委員会へ出てこられるときに、事務総長が代理で出てこられて、国会法に基づいて説明者がきまっているからそれでやっているのですが、旧憲法時代の大審院時代は、大審院長はもっぱら裁判関係だけであった。ところが新憲法による現在の最高裁判所は、裁判についての最高裁の長官であると同時に、やはり裁判所関係の予算、それから行政権にいたしましても、任命は内閣になっておりまして、その基礎は裁判所でこしらえて、それが基礎になっておるわけですから、そういうような関係で、現在は旧憲法時代の大審院時代と違って、行政的のことに関係されることも非常に多いわけです。したがって、またこういうような発言も、やむを得ず新聞記者から言われると発言されたかもわからぬと思いますけれども、しかしながら、発言されたそのこと自体は、非常に影響をいたしまして、司法権の独立を私たちが擁護して、そして裁判所に信頼をおくのは、一にかかって憲法違反の法律に対して、正しい判断を裁判所がやる、そこに国民の信頼があると思うのです。したがいまして、国会においてできました法律でも、憲法違反の法律も多数あるかもしれない。警察予備隊の法律からその他憲法違反の法律はたくさんあると私は思う。それにやはり、司法権のもとにおけるところの裁判官は、正しい判断によって、憲法に違反するかいなかの判断をもって、違反しておる法律ならば、国会でできた法律であっても堂々とこれを無効として、適用しなくて、そして正しい法律を適用するというのが裁判官の使命であるし、また国民が司法権の独立に信頼をする唯一のゆえんであります。そういう点におきまして、今回の横田長官の御発言は、合違憲とあるけれども、合はつけたりで、違憲の判決が多いと、これはだれでも読むわけです。そういう発言をされると、先ほど総長の御発言がありましたように、下級裁判所の裁判官も、独立して判決をされるということにわれわれも信頼をいたしますけれども、やはり人間でありますし、こういう発言があれば、この司法権の頂点の長官でありますから、影響することはあると思うわけです。それですから、こういう点については慎重にやってもらいたいと思うのです。 さらにまた、この点については重大な問題でありまして、われわれとしては重視しておるわけでが、これはいろいろ国会の手続上の問題等もあると思いますけれども、長官の御出席を願って、もっと御発言の内容等も詳しく正確にいたしたいと思いますから、長官が帰えられたら、総長のほうで、その際の発言等について、ひとつ正確なところをわれわれ委員会のほうにも報告していただきたい。これを希望いたしまして質問を終わります。
○小島委員長代理 坂本君に申し上げますが、おことばの中に、社会党とか自由民主党を離れて、国会として不穏当に考えられる点があったかもしれませんから、そういう点がありましたら善処いたします。御承知を願います。 それでは本日の議事はこの程度にとどめまして、次会は公報をもってお知らせすることとし、これをもって散会いたします。 午後零時三十五分散会