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46回国会衆議院1964/05/20

文教委員会 第26号

発言数
24
登壇者
5
会派数
3
開催日
1964/05/20

会議録

久野忠治自由民主党

○久野委員長 これより会議を開きます。  この際おはかりいたします。  理事三木喜夫君から理事辞任の申し出があります。これを許可し、その補欠選任につきましては、先例によりまして、委員長において指名するに御異議ありませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

久野忠治自由民主党

○久野委員長 御異議なしと認め、さよう決しました。  それでは、落合寛茂君を理事に指名いたします。      ————◇—————

久野忠治自由民主党

○久野委員長 次に、小平忠君外一名提出の学校給食法の一部を改正する法律案を議題とし、提出者から提案理由の説明を聴取いたします。小平忠君。

小平忠民主社会党

○小平(忠)議員 学校給食法の一部を改正する法律案の提案理由につき、御説明申し上げます。  この法案は、去る五月十九日衆議院農林水産委員会において、わが党より提案説明を行ないました学校給食の用に供する牛乳の供給に関する特別措置法案の関連法案として提案いたしたものであります。言うまでもなく、わが国酪農は、近年著しい発展を見せ、成長農業として、米に次ぐ、わが国農業の二大主柱としてその地歩を固めてまいったのであります。ところが、ここ二、三年間において、飼料の高騰、外国乳製品の輸入増加等の諸事情により、さらには、原料を使わぬ色づき牛乳の消費拡大により、その成長は停滞し、最近においては乳量減少のきざしすら見せておるのであります。  このように、わが国酪農生産の前途が、外国乳製品の輸入、あるいは栄養価の少ない色づき牛乳等によって阻害されることは、国内食糧の自給度向上はもとより、国民栄養の確保上からも、由々しい問題と言わざるを得ないのであります。  このときにあたり、わが国の将来をになう義務教育課程の児童及び生徒の栄養確保は、きわめて重大であり、なおかつ、これら児童生徒の給食が、すべて国内農業生産物によってまかなわれてこそ、政治のあるべき姿と言わざるを得ないのであります。  しかるに、わが国学校給食の現状を顧みました場合、その多くは、輸入脱脂粉乳によってまかなわれ、国産牛乳の使用は、きわめて微少にすぎないのであります。このことは国内産牛乳の消費増進事業の一環として学校給食を行なうとする酪農振興法第二十四条の三の規定に違反するばかりでなく、開放経済にあっての国内産業保護の閣議決定の趣旨にも反するものと言わざるを得ないのであります。もちろん輸入脱粉と国産牛乳とのコスト上の問題点もあろうかと思われますが、国内食糧をもって、児童、生徒の育成に資することは、当然であり、これに関する国庫負担は、幼い国民に対する国の義務と言わざるを得ないのであります。  すでに諸外国においては、同様趣旨による給食制度が実施され、スウェーデン、イタリア、フィンランド等の各国においては父兄負担はなし、父兄負担を必要とする国においても、その額はきわめて僅少であります。  まして国内酪農生産が行なわれておるにもかかわらず、自国の未来をになう、児童、生徒に対し、安いからとの理由のみによって外国輸入食糧でまかなうかのごとき国家は、世界一カ国たりともあり得ないのであります。  このような立場から、衆議院農林水産委員会にわが党が提出いたしました学校給食の用に供する牛乳の供給に関する特別措置法案は、国産牛乳のコスト中、生産者価格相当分は、国が交付金をもって充当する。残り父兄負担となるべき処理、流通経費について都道府県の補助を促進せしめ、都道府県の補助部分については、さらに国が二分の一を助成する。したがって事実上、父兄負担は、現在を最高として、漸次その解消がはかられていくものなのであります。  この法案は、これら学校給食に要する牛乳を計画的に昭和四十年以降五カ年間、すなわち昭和四十四年までに、すべて国産牛乳に切りかえようとするものであります。  そしてそれまでには父兄負担もまた解消せしめるよう、積極的な施策を行なおうとするものであります。  酪農対策のよろしきを得るならば、昭和四十四年度においては推定六百万トン程度の生産乳確保は可能であり、そのうち全児童、生徒に供する六十万トンは、きわめて自然な消費として、消化されるものであります。すなわち、供給に関する一切の懸念はないのであります。  政府は、本年度において生乳四十万石を学校給食に振り向けることを決定し、行政措置をもって、その実施をはかろうとしておりますが、これらの考えは、あくまでも生産過剰を前提とする余乳処理に根拠を置くものであり、その年度の好況、不況に左右され、実施されたり、されなかったりし、そのあおりを食う子供こそ、よい迷惑をこうむるものであります。  これらは、あくまでも計画的に着実に進められるべきであり、ここにこの法案の趣旨を求めることができるのであります。  以上の理由によりまして、国産牛乳による学校給食が計画的に実現し、児童、生徒の健全なる身体の発育に資すべく、この法案を提案するものであります。  山村酪農家が、乳価の引き下げにあえいでいるにもかかわらず、その子供が、学校で外国ミルクを飲むというような、変則的な制度が一日も早く解消するためにも、委員各位の慎重なる御審議を得て、この法案をすみやかに可決くださいますようお願いいたす次第であります。

久野忠治自由民主党

○久野委員長 以上で提案理由の説明は終わりました。  本案に対する質疑は後日に譲ることといたします。      ————◇—————

久野忠治自由民主党

○久野委員長 次に、学校教育法の一部を改正する法律案を議題といたします。  質疑の通告がありますので、これを許します。山中吾郎君。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 大臣のおられる時間が少ないので、局長の質問はあとにして、お聞きしたいと思います。  この短大の関係の「当分の間、」というのを削除するこの法案について、中核的な質問を先にしたいと思いますが、中教審の諮問との関係は、この法案の改正とどういう関係になっておるか、それをお聞きしておきたい。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林(行)政府委員 中教審の答申は御承知のように昨年の一月にあったわけでごいます。「大学教育の改善について」ということで中央教育審議会の答申がございました。しかし、それ以前にも、御承知のように、短期大学関係の制度の問題につきましてはいろいろと諮問もあり、また答申も出ておるわけでございます。今回の中央教育審議会の答申も大体従来ございました線に沿うて答申が行なわれておるのでございます。今回の中央教育審議会のこの答申の中で、短期大学に触れる部分といたしましては比較的簡単でございます。短期大学は要するに「専門職業教育を行なうものまたは実際生活に必要な知識、技能」を与えるもの、あるいは教養教育を与えるものというようなことで、その修業年限は二年または三年、これを恒久化すべきであるというふうに言っておるわけでございます。したがって、今回この学校教育法一部改正で御提案申し上げておる趣旨は、中央教育審議会の答申の趣旨を生かして、その線に沿うておるものというふうに私ども考えておるわけでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 そうすると、中教審の答申の思想も、大学教育の目的は学術の深い研究と、高い職業人の養成というのを含んで、日本の大学制度の目的というものがその大学教育の中に当然に入れられておる、そういう思想の中でこの法案が出ておると見ていいですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林(行)政府委員 中央教育審議会の答申は、この大学の目的あるいは性格というものに関連をいたして、まあ種類分けをしたらよかろう、大学といいますか、いわば高等教育機関の中に大学院大学あるいは大学、短期大学、高等専門学校その他の種類分けをしたらどうだという線の答申になっておるわけでございまして、その大学の中での種類分けの中で、四年制の大学と短期大学というような区分けをしておるわけでございます。大学全体としての、高等教育機関としての目標はございますが、その中で大学として「主として高い専門職業教育を行なうもの。」というのと、それから短期大学といたしまして先ほど申しましたような趣旨の答申をしているわけでございます。したがって大学という広い範囲のワクの中では共通でございますけれども、中で分けました区分けとしてのいわゆる四年制の大学と短期大学とは多少のニュアンスの差がございます。現在まで実施されてきておりました短期大学の制度といたしましても、目標と申しますか法制上の目的は同じでございましても、発足以来の実際上の差がございまして、そういうものを中教審の答申でも認めておるわけでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 私の質問をしておるのは、現実に四年制の大学に電気通信大学がある、それから新宿の私立大学の被服を中心とする文化服装の四年制の大学がある、したがって短期大学と四年制大学というその区別が、目的の差ではなくて、現実に日本の四年制の大学の中に高い職業教育を前提としてすでにできておる、そこで修業年限が二年、三年、四年ということは関係なく、日本の現在の大学制度というものはいわゆる高い学術研究と、高い職業教育を含んで、そうして大学ということはもう現実に皆さんの認可あるいは設立の中に出ておるから、そこでこの職業教育は何か専門学校に行くべきであるとかいう前提はもうなくなっているのじゃないか、局長の説明の中には、ニュアンスということばを使っておられるけれども、その程度ならば最初から日本の大学の目的というものは、学術の研究それから高い専門職業教育ということをもう大っぴらに出してしまったらどうか、それが実際の需要にも合うと思うので、それをお聞きしておるわけです。というのは、この法案の本文の改め方の中に、五十二条の中にそのまま「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、」そのあとに「実際生活に必要な技術、高い職業教育」と入れて、そうしてさらに「知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。」と一本にしてしまったらどうか。それを短期大学の項に本文を入れる場合に、六十九条の二に、わざわざ別途にやはり大学ならざる大学だという思想をほうり込んでおるならば、この問題については、深くこの国会の中で論議をしておかないと、論理が透徹しない日本の学校制度が出てくるというので、一番中核の質問を、あとですべき質問を最初にしているわけです。そうしてその改正の文章を見ると、そのあとに「前提に掲げる目的をその目的とする大学は、」という、日本の文章ではわからないような、「前項に掲げる目的を目的とする」というような言い方をしておるのですが、別なようであり、別でないようである。日本の大学ならざる大学ということを暗に示しながら、そうでもないようなあいまいもこたる本文のいじくり方をしておりますから、それは現実に合わないのだということを私は思うので、お聞きしているのです。一緒にしてしまったらどうか。そうでないと、いまの局長の説明は——それなら文化服装学院大学は四年制を認めておる。やはり専門職業技術である電気通信大学を認めておる。そして実際上はまた産業の発達に従って、この短期大学を四年制にそのまま持ってこなければならぬ現実の大学が幾らでもできつつあるのじゃないですか。その点はどうかということを聞いておるわけです。これは局長のほうから聞いておきたいと思います。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林(行)政府委員 御指摘のございましたように、四年制の大学の目的は、五十二条に書かれているとおりでございまして、現在までの短期大学については、法制上は単に修業年限の差だけということで、それ以外の点では一応四年制の大学の目的その他が準用されておるという形でございますけれども、実際にはこの短期大学が四年制大学と全く同じ目的を達成しようとしている、またはしているというふうには、私どもは考えておりません。短大制度実施以来の経過もございますし、現状の実態等に照らしまして、おのずからその辺に差がある。要するに同じ目的を掲げておったといたしましても、その目的の到達の度合いについては、相当差があったというふうに考えられるわけでございます。  お尋ねの御趣旨は、大学ならざる大学ということでなしに、一緒にしたらどうであろうか、現実に短期大学から四年制の大学に昇格するというようなものもあるではないかというように伺ったわけでございますが、しかしその昇格というような場合にも、従来の基準とは別個の大学設置基準に従って四年制の大学にふさわしい中身の大学になっているかどうかということで、この昇格の認可をするわけでございます。ただ単に文字上のことばが同じであっても、実際の差というものは当然考えていくべきだと思っております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 私の言うのは、五十二条に「深く専門の学芸を教授研究し、」とあり、そしてこの短期大学の法案の改正の六十九条の二には、「職業又は実際生活に必要な能力を育成する。」そして五十二条にはあわせて「知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。」六十九条の二には「又は」ということばで入れておるわけです。そして日本の大学というものの目的は、そういう多様性があるということを当分の間おとりになるならば、一緒にされたほうが現実に合っているのではないかということなんです。そして六十九条の二に、あとでしかたなしに掲げたようなかっこうになっているから、教育の人間形成という目的を表明している五十二条の一番あとにつけ加えてある「知的、道徳的及び応用的能力を展開」ということが短期大学の目的にはなくなってしまっているのです。そうしたら各種学校でもいいということになってしまう。五十二条の本文の中に多様性をそのまま示して、「学芸を教授研究し」ということまで入っているので、その中に何か「及び」ではなくて、「オア」として入れてしまったらいいのではないか、それであればぴったりする感じがするので、その点をお聞きしている。それはなぜかというと、先ほど申し上げたように、文化服装学院大学というのを四年制で認めているじゃないか、それは短期大学修業年限の二年、四年の差であって、中身は、この六十九条の二に書いてある内容なんです。日本の大学制度が現実の需要に基づいて自然発生的に発達しておったこの現実の上に立って、短期大学を当分の間おとりになるのならば、思い切っておやりになったほうが日本の大学の発展のためになるのではないか。人間形成という立場と深い専門職業教育という二つを兼ね備えた日本の大学の発展のためになるのではないかと考えるのでお聞きしているわけですが、それについての局長の答弁はどうもぴったりしていないわけです。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林(行)政府委員 大学は、学校教育法の五十二条にございますように、「知的、道徳的及び応用的能力を展開させる」ということでございますが、これは四年制大学に関することというふうに私どもは考えまして、短期大学のほうは、先ごろの中教審の答申にもございましたように、「職業又は実際生活に必要な能力を育成する」ということを主眼にいたしているわけでございます。これの実質的な差異は、もちろん両方とも直接社会の要求に役立つことも当然でございますけれども、あわせて四年制大学のほうでは、これは程度の差異かも存じませんけれども、人間の基本的な知能として知的、道徳的、応用的能力の展開、そういうことに役立たせる専門教育ということを考えているわけでございます。いわば短期大学のほうは、直接的に「職業又は実際生活に必要な能力の育成」ということに重点を置いているわけでございます。もちろん人間形成その他の能力の育成ということは当然出てまいりますけれども、その間におけるいわば深浅の差というものは出てくるわけでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 その答弁のぴったりこないのは、この改正法案の文章の中に「深く専用の学芸を教授研究し、」ということで、あなたの答弁のように四年制大学を予定している五十二条の文章の中にもあるのです。これは短期大学の新しく項を起こした目的の中にも「深く専門の学芸を教授研究し、」と出ているわけです。そこまで共通でしょう。そこまで共通なら、大学の思想でいいのじゃないですか。そして一方は、五十二条でさらに「深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させる」と書いてある。このことは、どんな学校だって必要だと思うのです。人間形成という機能を捨てて、単なる職業の技術だけを養成するのは日本の学校教育の思想にはないわけです。ところがこの法案の六十九条の二から、知的、道徳的、応用的能力の展開という目的を、この短大からとってしまったじゃないですか。二重の矛盾があるので、この点はこの国会の中で、誤りのないように日本の大学の発展の方向を見きわめながら論議をしなければならぬ、私はきょうは問題提起をしておきたいと思うのです。  それなら現実に短期大学のほうは知的、道徳的能力の形成をしていないかというとそうじゃない、ちゃんとやっているのですよ。そして一方の四年制の文化服装大学があるじゃないか、認可しているじゃないかということを僕は言っている。だから法案の文章と日本の現実の大学の姿とは違うので、思い切ってやり直しなさい、われわれは実はこれが疑問ならば附則の「当分の間」だけとって、あとゆっくりと吟味をして本格的な一部改正をまた二段階で出したらどうかという思想であったわけです。一応本文が出てきたのだから根本的に論議をしなければならぬ問題が出ておると思うのです。そして深く専門の学芸を教授研究し、」という目的を短期大学に入れておれば当然応用能力くらいは出てくるはずなんです。それは応用能力を授けるつもりはないんだという説明のされ方をしている。そこで本文の表現のしかたについて、単なる表現ばかりじゃなくて、考え方の中に間違いがあるんじゃないか。それから事実に合わないんじゃないか。それをひとつ検討していただいて、次の文教委員会で文教委員全部納得するように、ぼくだけじゃない、委員長も納得するように説明をしていただかないと困る。(「納得しておるよ」と呼ぶ者あり)納得しておるならしているほうがおかしいのです。たとえば将来石油大学だとか鉄鋼大学だとか、そういうふうな深い職業技術というものを含んで、しかも人間形成をやっていける日本の大学制度の発展はあり得ると見ている。またそういう方向が望ましいと私は個人的意見では考えているわけです。そのときに職業教育は別の何か大学ならざるを得ないものなんだというふうな二元論の思想がこの中に出ておるから、修業年限二カ年たらんということと大学の目的、本質、性格とをごっちゃにして法案を出されておるのじゃないかということを申し上げておるのです。その点検討していただきたいと思うのです。  次に、現在の大学は短期大学も含んでいわゆる単位制度である、修業年限制度ではないのですね。だから、学校教育法では修業年限については一応は書いておる。一応は書いておるけれども、何年以上というふうな書き方をしておって、何年おれば卒業ということでなくて、教養科目、専門科目を何単位とれば卒業だという制度です。したがって年限が大学の本質を区別する思想ではこの学校教育法はないはずである。文部省において教養科目が何単位、そして専用科目が何単位とれば大学卒業生とみなすという思想の上に立っておるはずである。そのときに二年ならば二年に相応する単位を認めて、これが大学の一つの目的にかなう場合には、それは大学だといって一向差しつかえないわけで、しかし学校をサボって少しも出ないのに試験のときだけ単位をとって出るということは人間形成に合わないから、少なくとも何年以上そこに籍を置かなければならない、出席をせいという意味だと思うのですね。そういうことから言ったら、二年以上、三年以上あるいは四年以上、五年、六年というふうな年限において大学の性格の差別をつくるという思想は学校教育法に合わないのじゃないか。その点からも私はこの法案の考え方の中に、現在の学校教育法の基本的な性格と矛盾があるのではないかと思うのですが、そこはいかがです。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林(行)政府委員 御指摘のございましたように、現在の大学制度は医学、歯学を除いてはすべて新制大学は単位制度をとっております。ただこの大学の修業年限といいますのは、この単位制を補足する意味での修業年限ということでは必ずしもございませんで、大学制度というものを考えます場合に、大学の目的、性格と同時に大学の修業年限というものは高等教育機関としての大学の性格をきめる一つの重要な要素だと思っております。したがって年限に差のある場合に大学の性格が当然変わってくるということは考えられることでございます。年限だけの差で目的がそう違わないのなら同じ大学にすべきじゃないか、年限によって差等をつけるのはおかしいということは、私どもその辺については慎重に検討しなければならぬ問題がある、むしろそれよりも修業年限に差があるものについては、異種のと申しますか、性格のやや異なった大学として扱ってしかるべきものと思っております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 それはおかしいじゃないですか。一方に通信教育で大学の卒業資格を、学士を与えているのじゃないですか。そういうふうに年限というものは第二次的な条件であって、戦後の大学制度というのは単位制度で、どういう科目を何単位とれば大学卒業を認定するというのが第一の条件であろうじゃないかと私は思うのです。だからこそ勤労青年に対する通信制度を認めておるのであって、ただここの五十二条のあとにある知的、道徳的能力を付与するという人間形成の目的のためには、一定の学園とか一定のそういう環境の中に入って、師弟の接触とかいう関係を結ばなければできないので年限というのが第二次的に入ってきているのです。したがって通信教育のように、集合教育に適応できない勤労青年には、第一の条件に合っているからというので私は卒業認定を与えておると思うのです。したがって二年であるか三年であるかというのは、日本の大学の目的の本質には二次的なものである、これは現在の制度を直視した最もすなおな見方だと思うのですが、局長の答弁は何か修業年限が本質的な要件であるというふうに説明をされておるのですね。そういう思想ならば短期大学は大学にできないという思想が先に出てくる、そうじゃないですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林(行)政府委員 修業年限というものが二次的なものだというふうにおっしゃっておられますけれども、私どもは高等教育機関の性格を考える場合に、目的と修業年限は併列する非常に大きな重要な要素だというふうに考えるわけでございます。修業年限のいかんによってその教育内容の水準あるいは内容自体も相当変わってくるものというふうに考えるわけでございます。したがって四年制に近いような目標を掲げておりましても、修業年限のいかんによっては四年制と同じ水準の教育を行なうことができないわけでございまして、したがって同じような目標をねらっておっても性格の違うと申しますか、実際上性格の相違がそこに当然生じてくるものと思っております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 それは四年と二年ですから、実際上の単位の数は少なくなるかもしれない。しかしながら狭い一つの実際生活に必要な技術教育というものならば、二カ年の間に集約して、三年ないし四年の専門高等知識というものはとれるわけですね。したがって、私の言うのは、その本文の変えられた中に、日本の大学には、深い半間の研究と高い職業技術というものを目的としたものを拡大するんだという思想ならば、職業技術を中心として、あわせて人間形成を目的とした大学なら二カ年でもできる、もっと学問研究を中心として、深い学問というならば足らないというだけの話で、大学そのものの目的については差別をしなくて、目的を広くして思い切ってやるならば、条文を変えて五十二条と六十九条を別にするようなことは要らないんじゃないか、そういうことを申し上げておる。現実にはもうそうなっておるのです。しかも一番欠陥があるのは、道徳的、知的能力を目的とする必要がない、六十九条の二は反対解釈でそうなってしまっている。五十二条からとってしまっている。そこのところは審議の中でもう少し検討しなければならぬと思うので、その点はもう時間がないから、本質的な問題を保留したいと思うのですが、次に大臣が退屈なようですからお聞きします。  これは大学急増対策というものと関連してくると思うのですが、新聞によるとすでに文部省では大学急増対策についていろいろ苦心をされておる。そういうときに、一方に短大というものもその役割りを実は果たしておるようで、計画を見ると、短大の人員増加の分は三万とか何か出ておるようでありますが、そういう関係で、大学急増問題を、ちょっとお聞きしておきたいと思うのです。おそらくいまのような行き方をすれば、同じような政治問題、社会問題が私は起こると思うのでありますが、現在のように大学を多くするとかしないとかいうことだけでなしに、もっと根本的に、こういう機会を利用して、日本の大学制度の再検討をされるという、根本的なものにまでさかのぼって御検討なさっておられるかどうか、それを先にお聞きしておきたいと思います。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 大学急増の問題につきましては、これまでも申し上げておりますとおりに、真剣に実は検討いたしておるところであります。国民の教育という点から申しますれば、大学に入学することを志望する人の数に応じてやはり受け入れ態勢のことは考えていかなければならぬということは申すまでもないことであります。同時に、また大臣の使命、こういう点から考えまして、大学教育の水準というものはどこまでも維持してまいらなければならぬ、こういうふうな要素を勘案いたしまして、妥当な結論を得たいと思っております。新聞紙上等にあるいは十万人を予定するとかあるいは私学にどの程度を予定するとかいうような数字がちらほら見えておりますが、まだこれは文部省といたしましては結論ではございません。各関係の向きの事情あるいは御意見等も十分伺いまして、今日の日本の状態のもとに許される妥当な結論を得たいと思って、せっかく検討いたしておるところであります。その間において、大学制度の問題につきましては、中教審からすでに御答申をいただいておるわけでございます。これにつきましてもいろいろ検討はいたしましたが、この問題はまたきわめて恒久的な性格を持った問題でもございますし、検討すべき範囲もまことに広いのであります。現に文部省におきましては、中教審の答申の線をもとといたしまして、いろいろ研究はいたしておりますけれども、今回の急増対策に直ちにすべてが間に合うかどうかということになりますと、この点は何とも申し上げかねる状態でございます。検討の結果急増対策に役に立つというふうな結論が出ますれば、これはもちろん取り入れてやってまいりたいと思っておりますが、これらの問題につきましては十分慎重にやりたいと思っておりますので、はたしてどの程度のことがその中から取り入れられるかというようなことにつきましても、まだ結論を得ておらないような状態でございますので、大学制度全般についての問題は、よほど将来を考えました上で結論を見出さなければなるまいかと思っておるような次第でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 あとは質問をいたしません。局長のほうから資料を出していただきたいので、要望だけ申し上げます。  その一つは、現在昼間、夜間を区別して大学制度を差別をしておる。ところが昼間に勉強しても一夜勉強しても学問には変わりないのですね。すでにだんだんマンモス大都市になって、朝から電気をつけている会社があって、夜勉強していると同じように執務し学問をしている。電気がついているときの学問と電気がついていないときの学問に差別がないわけでございます。だから昼間と夜間の二部制というものは廃止をされて、いわゆる単一制にして、午前中から勉強したい者と午後からしたい者は、希望によって単一的な学部にすれば、倍入れて現在の設備を使えるということが一つ考えられると思うのです。その点を大学急増対策と関連をして、現在の東大にしてもああいう膨大な設備、これは幾ら金があっても急増対策として新しい大学をつくることはできないわけです。昼間と夜間の差別待遇をなくすということも含んだ、そういう設備をフルに使うということを含んだ大学の急増対策の検討をしていただきたい。その場合に必要なのは、教授や助教授の養成にすぎないと思うのです。先生だけだ。現在の助教授は定員がなくて教授になれないで、秀才雲のごとくうつうつとして楽しまない状態にあるから、それを教授にする。助教授を教授にする。学位を持っている助手は助教授にし、助手を養成して、そうして大学を希望する者は、夜間昼間を省けば設備が十分にあるのですから、そういう教授、研究者の養成、同時に日本の科学技術その他の発展のために必要で、不足を訴えているときでありますから、この二年の間にそれに重点を置けば、急増対策の場合に学生が二倍になっても、大学教授の質を下げないで青年の希望を満たすだけの方法があると思う。そういう点についての資料をひとつ提出してもらいたいと思うのです。  それから夜間の場合については勤労青年だから勉強が不足だとかどうだ、いうふうなことを言って、どこか差別待遇があると思うので、現在の昼間の学生でアルバイトをしておる学生は何%あるか知らしてもらいたい。それから試験だけ受けて学校に出ていない学生は何%あるか知らしてもらいたい。そうすると夜間を差別するというのはおかしくなってくる。夜間の人のほうはむしろ必ず学校に行っておる者が多いのじゃないか。そういうので常時欠席の学生のパーセンテージと、アルバイトしておる夜間の学生よりも、学校に出ていないで試験だけ受けて卒業し、あるいはカンニングをやっておるというのが多いんじゃないかというように思うので、その辺の基本的な検討を私はしてもらいたいと思うので、調べていただきたい。  次に入学試験の問題についても私は検討してもらいたいので、資料をお願いしたいと思うのですが、現在高等学校の成績が大学に入学したあとの成績とどういう相関関係にあるか、それから入学試験の成績と大学に入学したあとの成績との相関関係、どちらが多いか、高等学校の成績の優秀な者は大学においても成績が優秀なのか、入学試験の成績がいい者が大学の成績がいいのか、これをお調べ願いたい。私の聞くところによっては、大学の入学試験の成績のいい者は大学に入ったあとは劣等生だ、そうでなくて、高等学校の在学中優秀な者は大学で優秀な成績を出していると聞いておるのですが、もしそうならば、現在の入学試験の再検討を高校、大学急増対策の中において私は消化してもらいたい。これは資料を出せますね。調べられるでしょう。文部省の権威によれば、そんなものはできないはずはない。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林(行)政府委員 最初の昼夜間制度の差別を廃せということに関する資料でございますが、現在私のほうの手元におそらくあって、御提出できるのは、昼間の学生のアルバイトの状況については、これはさっそく調製してできると思いますが、夜間を含んだ急増対策、あるいはその他の資料、それから学校に出ていない学生のパーセンテージというようなことは、ちょっと私は困難じゃなかろうかと思います。  それから二番目の入学試験問題に関する資料でございますが、これにつきましては、御承知のように現在能力開発研究所でだんだんそれらの点に着目をして、テストを行ない、またその方面について追跡調査もすることにいたしておりますが、現在までにはそういった資料は出ておりません。もちろん私的な学者あるいは研究者の個々の調査報告等はございますけれども、全体的にそれらを基礎づけるような基礎資料は現在まだできておりません。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 そこで大臣に一つだけ聞いておきたい。そういう資料がある程度出たときに、この急増対策の場合に、各大学の入学試験の中で、ある程度の資格試験的性格を加味して、東大なら東大、東北大なら東北大でけっこうですが、過去三カ年の入学試験の合格基準を上回る者は、不公平にならなにように全部入れる。それは各大学のべつまくなしの資格試験じゃないのですが、その大学の入学試験の過去三カ年の実績によって、それ以上上回っている者は教育の機会均等の立場から入れるということを前提として急増対策を立てるべきであって、何万人ふやす、何万人ふやす、あんなばかなことを言えば議論は五分五分で、せっかく苦心をしても、はみ出る限りは、私は文部省は敬意を表されないと思うのです。そういうことの中で、夜間昼間の区別をなくしてもいい実態が出ればなくすべきじゃないかということを申し上げたいので、いまの資料はなかなか困難だと局長は言いますけれども、大臣は言明をして、その資料を出せというふうにして出していただかなければ、こういう問題はこういうときに解決しなければ、二年あとの問題ですから、いま緊迫した問題ではないかわりに、またそういうことはできると思うので、要望いたしておきます。そしてそのあと続いて急増対策と短大の関係を関連しながら質問をいたしたいと思うので、大臣はいまお帰りになるそうですから、その関係の質問はここで保留しておきます。

久野忠治自由民主党

○久野委員長 本日はこの程度にとどめ、次会は来たる二十二日午前十時より開会することとし、これにて散会いたします。    午前十一時三十五分散会

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