大蔵委員会金融及び証券に関する小委員会 第3号
- 発言数
- 69 件
- 登壇者
- 7 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1964/02/20
会議録
○大久保小委員長 これより会議を開きます。 金融に関する件について調査を進めます。 本日は、前回に引き続き歩積み、両建ての問題について質疑を行なうことといたします。 通告がありますので、これを許します。春日一幸君。
○春日小委員 先週の本委員会におきまして、不当な歩積み、両建てが独占禁止法に違反をするの疑いがありはしないか、こういう問題について調査をお進め願ったわけでありますが、その間、いわゆる相銀方式、それから全銀連方式、この二つの自粛方式が提議されまして、大蔵当局はこれを了承し、この推移を監視する、こういうような方針が打ち出されておるのでありますが、さすればこのような方式を容認することは、むしろ逆に、その一定限界における歩積み、両建てを制度的に容認する形になって、一方このことは独占禁止法の違反行為を行政当局がこれを認めていくという形に相なる危険がなくはない。われわれがここに論じておりますのは、すなわち歩積み、両建てそのものを論じておるのではなくして、不当なる歩積み、両建てを禁止すべしと論じておるのであります。しかるところ、これからの相銀方式も全銀連方式も、不当なる歩積み、両建ての自粛ではなくして、過当なる歩積み、両建ての自粛であるという形になっておりまして、しこうして大蔵当局の監督も、その過当なる歩積み、両建てを対象といたしておりまして、独禁法が禁止をいたしておりまする不当なる歩積み、両建てについては全然触れていないのではないか、こううかがわれる節がなくはないのでございます。そういう点を中心として質疑応答がなされまして、そこで高橋銀行局長から、これらの諸問題については、問題が非常に複雑でもあるので、かつまた理論と実際、法律と事実上の金融機関の経営との間にいろいろと困難な諸問題が介在するので、それら一連の問題を十分精査の上、次会において、また研究の結果、意思の表示を行ないたい、こういうわけに相なった次第でございます。したがいまして、本委員会においては、まず冒頭において高橋銀行局長から、大蔵当局が検討された結果についてその御報告を願いまして、これに続いて質問を続行いたしたいと思います。高橋銀行局長からこれらの御研究の成果の報告を願いたいと思います。
○高橋(俊)政府委員 この問題につきましては、先般いろいろと論議いたしましたが、その結果につきまして、私のほうはこういう意見であるということで、法制局のほうとも見解についていろいろと意見を交換いたしました。大体こういう問題につきまして、一つは、法律上の用語となっております。少なくとも法律にすべて過当という文句が使ってないわけではありません。そういう事例がございますが、ここにある不当という概念、それに対する私どもの言っている過当というのは、過当の場合は行政の基準として用いたという点、御理解願いたいと思います。ここにあるのは、独禁法のいわゆる不当に利用してという点につきましては、必ずしも量的な基準のみではない。量が非常に多くなることによって不当だという場合もあるが、しかし量はさほど問題ではないが、質的に不当であるという場合も含まれる。ややこれと違った概念で、法律上ではありません、行政上の基準として定めました過当な歩積み、両建てという場合のこの過当でございますが、これは言ってみれば量的な基準のみを申しておる。非常に少ない分量であっても不当だという場合はあるであろうけれども、量がある妥当な範囲を越えたらそれは過当なんだ、こういうことでございまして、若干意味するところが違うかと思います。ですから、そういう事例がはたしてあるかどうか。やや妥当な水準を越えておるけれども、必ずしも不当と言うに当たらないという場合も理論上あり得る。一方、量は少ないが不当だという場合もあり得る。それに対して、過当のほうはあくまでも量的な基準をいったものでございまして、通常長年の商取引慣行等から見ましておおむね妥当だと客観的に見られる程度のものはやむを得ない。当面やむを得ないが、それを越えるもの、それは過当である、こういうふうな解釈でそれを取り締まっていこう——取り締まるといいますか、減らしていこう。過当なものを一挙に全部なくするというわけにはまいりませんが、それを減らしていこうというのがわれわれの行政指導の眼目になっておる次第でございます
○春日小委員 これは本委員会が開会される前に雑談的に意見が交換されましたとおり、この不当な歩積み、両建てなるものの根拠法というものは、これは厳然として独禁法でございます。独禁法の所管官庁は、これはもとより公取でございますので、この法律の文言についての正当なる、かつまた政府としての責任的見解は、これは公取もしくは法制局によって解明を受けるのでなければ、いま高橋銀行局長からその解明のお取り次ぎをいただいたのでありまするが、われわれはこれを明白に理解し、かつまた事態を認識することはでき得ないのでございます。こういう次第によりまして、いまここで高橋さんが得られております心証と申しますか、あるいはまたその法律の解明、すなわち不当と過当との相違性というものについて、われわれは的確にこれを把握することができませんので、したがってこの問題は、当然所管官庁であります公正取引委員会あるいは立法の責任者であります法制局、こういうような方々をお招きをいたしまして、そしてその問題の真髄について質疑によってこれを明らかにする以外に道はないと思いまするし、またそうしなければならぬと存じます。よって委員長におかれましては、適当な機会に——しかしながらこの問題が本会議の総理の答弁、衆参両院におきまする議員側の質疑に対する政府側の答弁を総合いたしまして、もはや問題が煮詰まっておる段階と考えまするし、かつはまた、開放経済に対処するわが国の中小企業がその金融負担を軽減するためにも、このような二重金利を払っておる事態を解消しなければならないという政策的な意図から判断をいたしましても、早期に解決をしなければ相ならぬと考えますので、願わくは公取委員長、内閣法制局等そのような責任者を本委員会に御招致を願いまして、私の抱いております疑義についての審議が進めることのできまするようにお取り計らいを願いたいと存じます。よって、この問題につきまして、問題は不当なる歩積み、両建て、正確に申しますと、「自己の取引上の地位が相手方に対して優越していることを利用して、正常な商慣習に照して相手方に不当に不利益な条件で取引すること。」しこうして独禁法第二条第七項第五号「自己の取引上の地位を不当に利用して相手方と取引すること。」これに基づいて不公正な取引方法に対する一般指定というものがなされておるのでありまするから、したがいまして、この不当性というものの限界、それから正常なる商習慣というものの基準、こういうものを一体何と見るか、こういう点が明白にされなければ、銀行局長と質疑応答を重ねましても、何かむだなこと、あるいは議論がすれ違いになるおそれなしとはいたしませんので、そのような審議が続行できるようにお取り計らいを願いたいと思います。 よって私は、銀行局長に対しまする質問はこれを今後に移したいと考えまするし、なおこの機会に、この問題は単に議論の応酬だけではなくて、政府と国会とが協力して国の経済の健全な先展のために資するところがなければならぬと考えまするし、与野党を通じてこの問題は解消しなければならぬということは、日本銀行総裁、田中大蔵大臣、また総理の言明等から徴しても明らかでございますので、願わくはこの際、この前から話し合いがなされておりまするとおり、暫時休憩の中で、懇談的な今後の議事の進め方についてお取りきめが願いたい。 以上、私の希望を申し上げて私の質問を終わります。
○大久保小委員長 ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○大久保小委員長 速記を始めて。 堀昌雄君。
○堀小委員 ただいままでの歩積み、両建ての議論は、原則論という点についてはわれわれも同感の点が非常にあるわけですけれども、さらに進んで、それじゃ三〇%とかいろいろな数が出てきておる土台は一体どういうことになっておるのか。それから都市銀行、地方銀行、相互銀行、信用金庫、いまの金融機関は大まかに分けて四つのジャンルに分かれると思うのですが、その各ジャンル別に歩積みなり両建てなりの現在の姿というのを一体どの程度に銀行局は把握しておるのか、その点をジャンル別に、そうしてたとえば都市銀行について言うならば、一行一行聞く必要はありませんけれども、それを多いもの、中くらいのもの、少ないものというのを、大体多いものは何%くらいが何行くらいだとか、そういうかっこうでひとつお答えをいただきたいのと、その多いのの、少ないのの中に預金量の関係がありますから、それをあわせて預金量の関係において少し説明してもらいたい。
○高橋(俊)政府委員 各金融機関の業容別に、こまかい点は中小金融課長から説明させますが、現状においてたとえばいまの銀行や相互銀行の債務者預金、われわれは債務者預金をかなり問題にしております。これについてちょっと時点が違っておりますので、同様の比較とは申せませんが、これを申し上げます。 銀行の場合、三十八年十一月末現在でありますが、都市銀行の一般預金と申しますのは興銀預金など除いておるわけでありますが、そういった一般預金に対する債務者預金の占める割合は五二・六%。金額で申しますと、一般預金七兆九千九百億円、それに対して債務者損金は四兆二千四百六十億円。地方銀行の場合は一般預金が四兆六千百四十億円、それに対して債務者預金が二兆三千四百九十六億円、これは割合として五〇・九%になります。信託や長期信用銀行は、債務者預金の比率が非常に高いのでありまして、これはもう八〇%をこえる、あるいは九〇%をこえるようになっておりますが、信託銀行の場合には御承知のように取引先の預金しか扱われないということから金額は小さいのであります。一般預金五千二百二十一億円、債務者預金が四千四百十四億円、八四・五%。長期信用銀行が一般預金千六百八十九億円、債務者預金が千五百九十六億円、九四・五%、取引先の預金しか扱わないというところから当然のことであります。それでこれらの銀行全部を通じますと十三兆二千九百五十一億円のうち七兆一千五百五十二億円、五三・八%が債務者預金ということになります。それから相互銀行につきましては時点をひとしくした債務者預金全体の数字は出ておりませんが、私これは数年前検査部長になった当時からこの問題に非常に関心を持ちまして、債務者預金を検査の都度調べさしております。時点がみな違いますが、それから出した割合、これは六十七行分で全体ではございません。五行が抜けておりますが、最近までの検査の実績から推して、その割合は掛け金分はこれは一応別建てといたしまして、預金について申しますと五二・五%が債務者預金である。ですから掛け金の計算は非常にややこしくなりますが、これを入れますともう少し高くなる。債務者預金の割合が上がると思います。ただし三十八年九月末現在におきまして債務者の定期性預金だけを調査したものがございます。これを申しますと一般預金は相互銀行におきまして、その当時でございますが二兆七百九億円でございますが、そのうちの八千四百九十三億円、約四一%になります。これは一般預金の中に占める定期性預金の割合でございます。全体の預金で見ますれば、おそらく債務者預金全体としては五二・三%というところではないか。信用金庫の場合を申しますと、一兆三千九百五十七億円、これが一般預金でございます。そのうちの六千八百十一億円、四八・八%は債務者預金、こういうぐあいになっております。なお、いわゆる相銀方式というものを最初に採用いたしましたが、私どもその以前に、御承知の自粛申し合わせというのがございます。一件一件についてこういうものはよろしい、こういうものはよろしくないというふうな自粛の基準がございますが、当時検査などをやってみましても、これの判定にはもうきわめて多大の労力を要する。全容を把握するというのはきわめて困難である。これだけやっておったのではのらりくらりと言いのがれされて、みんなよくなりましたと言われればそれっきりになってしまう。それでは効果がない。いかにすればこういう債務者預金というか歩積み両建てを実際に減らすことができるか、これへのアプローチの方法ということになりますが、法律問題はありますけれども、私どもはやはりこれは相当大きな金融の問題である、金融の方面から現実的な方法でいかにすればこれを減らしていくことができるか、そういうことを検討いたしました結果、その自粛申し合わせ後数カ月経まして、その間いろいろと数字なども検討いたしましたところ、少なくとも相互銀行が一番債務者の定期性預金が高いという数字がその当時あったわけでございます。債務者の定期性預金が高いということは両建てが一番多いだろう、こう考えまして、まずそれを一つサンプルに取り上げてやろうということで各行の状態を調べましたところ、定期性預金の占める割合が三〇%以下のところは一つもない、三十何%というのが最低でありまして、全部それをこえておる。その程度はやはりまちまちであります。ここにも数字がありますが、どういう分布になっておるかという点でございますが、非常に高いところと三〇%のほうに近いところというようにいろいろ差異がございます。いろいろな観点から見ますと、一つ一つの銀行の現状をそのまま是認して改善していくというやり方ではやや公平を失するのではないか、いままで非常にまじめにやってきたところ、非常に高い両建てをとって経営してきたところ、それらがある程度差を持ちながら、いい方向に向かうについても差別がつけられて、非常に高い両建てをとっておったとおぼしきものは改善の幅をやや広くする、三〇%に近いような非常にいいようなところは改善の歩幅が小さくなる。どこにその最低線を引くか、これはひとつの手段でありますから、いつまでも債務者の定期性預金が三割になればけっこうだと言っているのではない。その中にはもちろん自発的な債務者預金の分もあるわけでありますから、三割の両建てを公認するわけではありませんが、その三割を超過する分のさらに三割減らすように、そうしますと五〇%くらいあるところもあるわけでありますが、そういうところは負担が重いわけであります。三十数%のところは、改善するにしても負担が軽い。そのほうが公平じゃないか。二〇%ということも考えられましたし、いろいろございましたが、一方でこのために収益がどんどん悪化するということになりますと、数年前に比べれば相互銀行はみな非常に収支状況がよくなって健全性が増しておりますが、さればといって採算を無視した引き下げ幅を求めるのは困るだろうということから、あまり経常収支を悪くしないでこの二年間にどこまで減らせるかということを検討しました結果、三割超過分の三割を減らすのだ。しかしこれはまず手始めでありまして、それができました二年後におきましては、おそらく三割という基準を引き下げまして、またその超過分の何割を減らせというようなことを行なっていくのが適当ではないかと思っております。これは非常に把握しやすい。その中身が本人の自発的な意思によるかよらないかということで言い争う必要はないわけであります。要するに客観的な数字だけで規制しよう、その意図は、たとえば五〇%の場合に、超過分二〇%のさらに三割ですから六%、六%改善しますと五〇%が二年間に四四%になる。この四四%という数字、六%という数字は、おそらく全部いままで金融機関のほうが強制しておった分が減る。自発的なものを減らすということはできませんから、したがって拘束性の両建ての中で占める六%という数字は、実際はそれよりも大きくなり改善になるはずである、こういう感じを持っておるわけでございます。ただ数字の上では六%減らしても、経常収支はそう悪化しないで何とかやっていけるはずである、企業努力によってそれだけのコストダウンをすべきである、こういう計算をやった上で大体妥当な線として出した次第でございます。 銀行のものにつきましては、債務者預金の中の拘束性預金の割合、これはそのものの二割を減らすというような決定がなされております。銀行の協会のきめ方につきまして、私どもありていに申せば必ずしも釈然としておるわけではありません。しかし非常にもみにもんだあげく、この程度のものが協会自身として決定し得る限界であるということを私のほうも悟りましたので、それ以上のことは行政指導においてやるということになっております。ですから債務者預金の割合は出してもらう、それが悪くなって債務者に、分母を減らして拘束預金の割合がふえるというようなことは絶対に許さない、債務者預金そのものは減ってくるはずである、そういうことで実質的に相互銀行に行ないましたことを個別の銀行の指導によって行なっていきたいと考えております。
○堀小委員 いまの平均値はわかりましたが、しかし平均値ではわれわれちょっとわかりにくいので、各事案ごとの分布とそれのウェートをちょっとお伺いしたい。
○吉田説明員 まず相互銀行につきましてお答えいたします。 これは先ほど局長がお話し申し上げましたように、必ずしも一定の時点ではございませんで、私どもが検査で確認したものを全部の銀行について調べ直したわけでありますので、大体これは二カ年にわたっておるとお考えになっていいのじゃないかと思いますが、そのときの分布状況を申しますと、平均が四九・一%というのが定期性預金というものを標準にいたしました債務者預金の率であります。そのうち六〇%をこえるものが二行、それから五五%から六〇%までが九行、五〇%から五五%が二十一行、四五%から五〇%までが十八行、四〇%から四五%までが十行、三五%から四〇%までが七行という分布になっております。これはたまたま検査の関係で五つ抜けておりまして、二年間で六十七行につきましてこうなっております。 それから信用金庫でございますが、これは非常に数が多いので、五百十四金庫につきまして、やはり検査の結果をまとめたものを率の分布に従って申し上げます。 これも先ほどちょっと申し上げました全体の平均、相互銀行と同じ方式による債務者預金の平均は四〇・九%でございます。まず上のほうから申し上げますと、七〇%をこえるものが一金庫、それから六〇%をこえるものが九金庫、五〇%をこえる金庫が二十七金庫、それから四〇%をこえ五〇%までの金庫が百四十八金庫、三〇%と四〇%の間の金庫が百八十犬金庫、それから二〇%と三〇%の間でございますが、それが百二十金庫、それから二十三金庫がそれ以下ということになっております。
○堀小委員 いまのは定期性拘束預金とそれから債務者預金との比率ですか。ちょっとそこのところをもう一ぺん……。
○吉田説明員 これはそうではありません。ただいま申し上げました比率は、分子が債務者の定期性預金と掛け金、これは給付口掛け金、経済的には金を返す実態を持っております給付日掛け金を除きました掛け金でございます。要するに債務者の定期性掛け金を分子にしております。分母は一般預金と掛け金でございます。その中にも返済の性質を持っておる掛け金は除いております。
○堀小委員 これで相互銀行と信用金庫がわかったのですが、都市銀行、地方銀行のはわかりませんか。
○高橋(俊)政府委員 銀行につきましてはこういう精細な調査をやってないものですから、それは近くつくりたいと思っております。
○堀小委員 実は私いまこのあれを拝見しますと、信用金庫の中には債務者預金の率が非常に小さいものがかえって相互銀行よりは多いわけですね。もちろんその以上のものは少ないと思いますけれども、大体信用金庫のほうは三〇%くらいのところがモードになっておるのですけれども、相互銀行のほうは逆に五〇から五五くらいのところにモードがあって、この分布から見ると相互銀行のほうがやや——掛け金の関係というものが多少働くのか知れませんが……。(春日小委員「掛金は入ってないんだよ。だからなお悪くなるんだよ。」と呼ぶ)
○高橋(俊)政府委員 あとから中小金融課長が申しました数字は掛け金を含んでおります。先ほど私が都市銀行等につきましてずっと並べましたうちで、相互銀行について四一%という数字を申し上げましたのは掛け金を除いて預金の中での債務者の定期性預金というのだけをあげたわけでございます。
○吉田説明員 それでは大体私の——これは推定がかなりあり、必ずしも当たっていないかとも思いますが、信用金庫の非常に下のほうといいますか、率の低いのはなぜだろうかということについて一応推察しておるところを申させていただきます。 一つは信用金庫の預貸率の分布が非常に異っております。これは立地条件にもよりまして、たとえば都会周辺でありますと非常に預貸率が高いわけでございます。農村あるいは住宅街というようなところを地域としております信用金庫におきましては非常に預貸率が低くて、極端な場合には預金に対する貸金の割合が五〇%を割っておるというところもあるかと思います。こういうところは当然債務者預金が低くなるということが一つあると思います。それからこれは非常に残念なことではありますが、必ずしも中小企業金融専門機関という形で全部の広い層にやっていない金庫というものが極端な例として間々一つ、二つはある、そういうものも中には入っておる。それから今度は高いほうの例、これは非常に悪い例かと申しますと必ずしもそうではございません。と申しますのは、七〇をこえます信用金庫について調べてみましたのでございますが、これは非常に評判のいい金庫でございまして、まず積み金の契約をいたしまして、そのかわりその積み金額までは必ずお貸しします、積み金の契約まではお貸ししますといって、積み金契約の一定割合までは初めに金を貸しまして、あとで返済をもらっていく、そうしますと半分を過ぎたころには必ず債務者預金の率が非常に高くなっていく、これは算術の問題で当然でございますが、これは非常に親切だということでむしろ喜ばれているという金庫もあるわけでございます。必ずしもこれは債務者の意に反する、拘束されておるというものではないように思うのであります。それがその金庫の非常に重要な看板として運営されておるというために債務者預金率が非常に高い。これは必ずしも両建て、歩積みではない。しかし債務者預金ではあるというのがこの高いほうの金庫にございます。
○堀小委員 そこで、これは非常にあとむずかしくなるのですが、いまの一般預金対債務者預金という、この債務者預金の中身の問題がちょっと分析をされないと、債務者預金だけになると、いまのような前後関係だけで問題が出てきたりいろいろするわけですね。そこでいまの銀行局長の考え方で非常に客観的にやるという行き方は確かにいいのだけれども、いまのこういうかっこうで客観的ルールを当てはめることになると、いまの七〇%のところへいまの三〇%をこえる分の三〇%を二年間で減らせということになると、これはちょっと客観的な問題といまの現実の問題とが食い違いが出てきますね。ここらはどう考えていますか。
○高橋(俊)政府委員 ただいまの例の七〇%以上というような場合でございますと、これは財務局等の見解を聞いても確かにその周辺に非常に評判のいい金庫で伸びているのだというのですが、一方では、掛け金でやっている相互銀行のほうにはいまだに残っていますが、掛け金と両建てになるということがございます。それはやはりまずいのじゃないかということで、残債式にしろ、つまり積んでいったものをいつまでも片方は掛け金で片方は貸し金だということで給付金と両建てになっている、金利が何のことかわからぬ、非常に不明朗じゃないかということから債務者側の非難もあって残債式にしたといういきさつもございます。いまの制度をほんとうに債務者が喜んでいるとすれば、われわれがそれをやめろと言わぬばかりの措置をとることにはややちゅうちょするものを感ずるのですが、やはりこれも非常に伸びているのじゃないか、ある程度積んでいって相当な額に達したら借金の返済に当てた、借金が減ったというふうにするほうが妥当じゃないか、そういうのが見のがされている間は、中小企業金融機関についてはそういう方法でやれば幾ら高い両建てでもいいのかということになりますので、そのやり方自体について当該金庫が今後いかなる方策を講ずるか、その点をまだ確かめておりませんが、やはり高過ぎる。方式がそういう方式になっているせいではございますが、やはりこれをつき合ってもらわなければいかぬ。確かに四〇%の三割でございますから二年間に一二%になるということでちょっときついように思いますが、残債式をやらしたということからもやむを得ないというふうに思います。
○堀小委員 それはけっこうです。そうするとその次に、三〇%以下の信用金庫が三百ほどありますね。これはそのままで当分よろしいということになりますか。
○高橋(俊)政府委員 それは主としては、預貸率の非常に低い金庫だと思います。つまり余った金をコールに出す。貸し先がないのです。同じ東京都内でございましても、住宅だけしかない地区を主たる地盤といたしました信用金庫の預貸率は非常に低いわけです。ですから、全体の預金の中に占める債務者の預金になるものは、どうしても、貸し付け金よりは下回りますから、貸し付けが少ない、それに見合うところの預金が少ないということになります。したがって個々のケースをとらえてみますと、やはり借りた以上は相当の割合の両建てをとられるというケースはあるわけでございます。個別に見れば。しかしどうもこういう方式で規制するのはちょっとむずかしい。ほんとうは個々に預貸率まで織り込んでやるのが妥当かもしれませんが、数もそう多いわけじゃありません、把握も比較的容易でございますから、これはあくまで自粛の線でとりあえずは規制していく。しかし考えようによっては、預貸率の低いところでは、そのまた低いということを計算に織り込んだ漸減方式が考えられるのではないかという問題は残っております。
○堀小委員 結局、私いまそれで感じるのは、春日委員のあれにちょっと還元してくるような感じがするのですが、預貸率との関係で見なければならぬのですが、過当の見方のところにだんだん還元をしてくる問題になるんじゃないかと思うのです。ですから私は、さっきちょっと預金量を含めてとこう申し上げたのも、やはりこれは預金量、それからいまの預貸率、いろいろなものの総合で見ないと、ただ単にいまのこの比率だけでこれを見て中身を判断するというのは、私も非常にむずかしい問題だと思うのです。特に問題は、預金をどんどん伸ばしている裏側に、実はそういう拘束預金が入ってくるということならば、実際はほんとうの意味では預金が伸びているわけじゃないのですから、いわばそういう今後の拘束預金の減り方と、預貸率の動きというようなものが、相関的にやはりここで考えられなければならぬと思うのです。そこでいま、一応そういう三〇%超、三割を二年間ということに対して、いまは何もそれの途中二年間考えがないのか、今後はどの点をその経過の中で考えながらやっていくのが適当と考えるか、そこを事務当局側の見、解をひとつ……。
○高橋(俊)政府委員 確かに御指摘のように、都市銀行の場合ですと、預貸率は一〇〇をこえておる、貸し付けが預金に対して上回っておるというふうな銀行もあるわけでございます。ですから個々のケースをとらえてみれば、まあまあ過当ではないというものでありましても、貸し付け高が多いだけに、預金を上回った貸し付けをしておれば、債務者預金の構成比が高くなる、こういうふうになると思います。逆に、非常に小さな信用金庫でございますが、先ほど三〇%に満たないようなもので、かなりの数のものが三制の線にひっかからないということでございますが、これは大部分は、百四十金庫でございますが、圧倒的多数は資金量十億未満という小さな信用金庫が多いわけでございます。これらの信用金庫におきましても、むろん個々の問題として、過当な歩積み、両建てはいかぬという線を今後も指導していかなければならぬ。それにはどういう指導の基準を当てはめたらいいのか。先ほど申しましたように、まだ懸案として残っておりますが、私どもとしては、資金量全体から見まして、大勢を制するような部分につきましては、あの方式でもって大体いけるんじゃないかという感じです。ただ相互銀行は、預貸率が一般に高いんです。八〇何%になっていると思います。例外はございますが。相互銀行の経営の地盤は信用金庫よりはかなり広うございますから、概して貸し付けも多いのです。むしろ私のほうは、一般的には預貸率が高過ぎるんじゃないかという指導を行なっております。これに比べますと、五百三十以上もある信用金庫、ここでは非常に大小こもごもありまして、態様がまちまちでございます。預貸率もほんとうに高いものから、非常に低いものまである。これを一律の基準でやるのは確かに不適当と思われますが、しかし大勢を制するところは大体やっていける。落ちこぼれをいかにするかという問題が残っておりますが、これにつきましても、一般的な趨勢を見て、その中で、それらの小さな信用金庫は全く自由放任で何ら自粛のあれがあがらないということがわかれば、これは別な規制方法を考えていきたい、かように思っております。
○堀小委員 それで、この間からの三〇%にするというのは、この一般預金と掛け金を分母として、債務者定期預金の掛け金を分子とする率で考えるのですか。
○吉田説明員 そのとおりでございます。
○堀小委員 そうしますと、私、こういうことがまた起きてこやしないかと思うのです。債務者預金は必ずしも定期性であるかどうかという問題ですね。あるいは通知預金でとるかもしれないし、あるいは当座で置きなさいということも起こるだろうと思いますが、そういう点についてのいまの考え方は抜けないのかどうか。
○高橋(俊)政府委員 そもそもこういう歩積み、両立て、しかも過当なものかなぜ出てきたかということの中に、一つは実質金利の問題がございますか、一つは預金量の問題があるのでございます。ですから、相互銀行等におきましては定期性預金が非常に多いということも、業容の拡大がだいぶ響いてるわけであります。ですから、たとえばこれを預金利子ゼロの当座預金なんかにいたしますと、実質金利を同じにするならば、預金はぐっと減らなければならない。都市銀行ほど順位競争が激しいわけではございませんが、どうもいけないことに、実際問題として預金量はいろいろなことに影響する。たとえば日本銀行との取引を開始するとかいう場合には、二、三年、数年前でございますと、資金量百億をこえるものというものが一つの基準になったりする。そういうことから、どうしても預金量をふやしたいという意欲がからまる。実質金利もいただきたいが、かといって、預金がふえなければ困る。見せかけだけでも預金の量をふやしたいという意欲が強く働きまして、背伸びをしたということでございます。だから、今後指導を強化する場合に、預金の量のほうは犠牲にして実質金利を維持する、預金の伸びは非常に縮まってしまうのはやむを得ないということで、利子の低いものに振りかえていくという可能性は残っております。残っておりますが、私どもとしては、いままでのああいう中小金融機関の融資のやり方を見ていますと、とかく担保主義であり、業容の把握は二の次であって、預金も一種の担保と考えているわけですね。私どもに言わせれば、これは貸しておらぬから、貸しておらぬものが担保なんということはない、貸しておるものはあくまでも純債である、こういうことを主張しておりますが、定期預金を拘束して喜んでおるというような風潮でありますと、かえってまずい場合がございます。同じ金利をとるならば、当座性の預金を増して手形の動きなどを把握したほうがよほどいいわけです。定期預金を担保にとって、あと不動産を担保にとっておるからあとは知らぬというような貸し方をしているのでは困る。ですから、当座性の、定期性にあらざる、要求払いの預金をとることが一概に悪いというふうには考えていないのです。しかし、銀行側としては、預金量の伸びが非常に少なくなるという点は致命的だくらいに考えておりますから、やすやすとそういう方向に移るとは考えられません。
○堀小委員 そういうことだと、私どもが考えておる問題と歩積み、両建てを減らしていく問題とは、もうちょっと角度が変わっていいのではないか。この不当なる歩積み、両建ての減らし方は、資本主義社会ですから、それによって信用金庫なり相互銀行なりがつぶれるような経営の問題がやはりあると思いますから、つぶれるようなことは及ぼす影響が大きいわけですから、預金者全体に影響をこうむるわけだから、そこまではなかなかむずかしいだろうという感じがあるから、実は三〇%超三割というような、なまぬるいことでも私は了解できると思っていたのですが、いまのお話を聞くと、言うなれば定期性預金より当座預金のようなことになれば、その差額は非常にふえてくるわけですから、本来ならば、歩積み、両建てを減らす段階の前提というのは、定期性預金が当座に変わるとか、あるいは通常預金のような、非常に支払い利子の低いものに変わってきて、そしてとりあえずの経過の後にそういうものがなくなっていく、やむを得ずそれも取らないのだというかっこうになるという、経済原則といいますか、収支バランスの上からものを見ていたのですが、いまのお話を聞くと、どうも収支バランスよりも、そういう過当なる預金量競争からの問題のウエートがかかっているような御答弁だったのですが、そういうことならもっと歩度を高めるべきではないか。三割二年間なんて言わないで、三〇%超五割二年間ということであっても、私はいいのじゃないかという感じがしますが、その点どうですか。
○高橋(俊)政府委員 実質金利をあまり減らしたくないという点から言えば、利子の安いもので拘束したほうがいいだろう、常識的にはそう考えるわけです。しかし私どもそういうことをやるということは毛頭言っておりませんし、銀行自身、相互銀行などが苦しまぎれに多少のことはやるでしょうが、大幅なそういう転換は起こり得ない。われわれが実質金利を維持するのだったら、もっと両建てを大幅に減らして、表面金利を上げたらいいじゃないか、これが私は本道だと思うのです。羊頭狗肉は悪いことですから、おまえには三銭でしか貸せないというならちゃんと三銭にして、拘束というか、預金の割合を二割くらいに減らすということが本道なのですが、それをやらない。表面金利を上げるということは、きわめて困難であると言っております。いままで取引しておった相手に対して、今度金利を上げさしてもらいますというようなことを言おうものなら、すっかり嫌われてしまうとびくびくなんです。それで今度は当座などで拘束しようということになると、非常にやっかいです。当座預金でそれを拘束するというのは、やや高度の技術を要するわけです。非常にめんどうなことになる。拘束すると言いながら、これは動くわけでございます。定期預金ですとその点はさわらずに、一ぺんやってしまえば一年間はほうっておけるのです。当座ですとしょっちゅうそれを監視していなければいかぬ。ところが取り扱い件数は、銀行のように大どころに非常に大きく貸しておるのと違いまして、小口の貸し付けが非常に多うございますから、それをやるとよけいめんどうで、間違いが多くなる、とてもやり切れぬというふうなことでございます。実は短期性の預金は、いつでも持ってこられれば払い戻さなければならぬわけですから、そういうもので拘束するというのはちょっとめんどくさくて、荷に負いかねるという実態であろう。だからこそ、件数が多いものですから、小口の件数が圧倒的に多いので、定期でしばって手間を省いておるという感じもあるわけです。
○小松小委員 いまの歩積み、両建てを大蔵省の行政指導でやるとすれば、債務者定期性預金の割合を押えていくという結論が出てくると思う。その結論を進める過程においての預貸率の問題、これがやはり個々の指導なりあるいは行政なりで結論的に占めてくるのじゃないか。抽象的に言っても一応自粛という過程だけには関係があるけれども、自粛以上にこれをセーブしていこうとすれば、それには検査というものが相当先行しなければいけないと思うのですが、いまの検査の状態というのはどういうかっこうになっておりますか。書類で上がってくる数字はわかるけれども、数字をさらに検査していく過程はどういう過程をとりますか。
○牧野説明員 ただいまの検査のやり方でございますが、これは私ども大蔵省の本省と財務局にそれぞれ、合計いたしまして約三百名の検査官がおります。検査を実施いたしておりますのは、一年間で約三百以上の金融機関について毎年検査しております。行きますとまず有価証券、現金、その他現物を押えまして、それから預金、貸し付け、その他損益の関係というように、大きくそんな程度に分けまして、先方から資料の提出を求めて、帳簿、伝票、その他について検査し、さらに納得のいかない点はこまかい資料を要求し、こまかい説明を求めるということで、本店を検査し、あるいは支店を幾つか抽出いたしまして検査するという形にいたしております。 〔小委員長退席、吉田(重)小委員長代理着席〕
○小松小委員 それは普通のいわゆる銀行検査ですね。だから少人数で相当手広くやっているので、大まかな監査になるが、この歩積み、両建てを規制していく、あるいはこれを預貸率とかあるいは債務者定期預金の量という数字的だけでなくして、実際に歩積み、両建てがどういう形で行なわれているかという検査は、いままであまりタッチしていなかったんだろうと思う。今後そこまでの検査は抜き検査になるかと思いますが、オール検査というのはなかなかむずかしいと思う。こういうことは今後やられる見通しがあるのかないのか。
○牧野説明員 歩積み、両建てあるいはこれと関連が非常にございます債務者預金というものについては、これはいまお話の中にもございましたけれども、あらゆる債務者、あらゆる預金者について全部詳しく調べるということは、人数、日数、その他で制限されておりますので、容易じゃございませんので、なかなか思うようにまいりません。それで抽出して検査をいたしております。どこの店ということを見当をつけまして、そこの債務者と申しますか貸し付け先を一応全部出してもらいまして、そのうちのこれとこれについて債務者預金、どんな種類の預金がどんなふうに出入りしておるかという形を追いかけていくというような検査で、あまりやたら間口を広げませんで、深く調べていくというような検査を、できるだけ普通の検査と並行して、ある日数は必ずそれに充てるというような形で現在やっております。これからもやっていきたいと思います。
○小松小委員 これは歩積み、両建てを、先ほど春日君が言うように、法規的に取り上げて一つ一つ公正取引委員会でやり上げるというようなことは、これは口では言うけれどもとても不可能に近い問題になってくるのじゃないかと思う。だから結局行政指導にまっていく。その行政指導も、いままでの銀行局は真綿で首を締めるように、上がってきた数字を計数的にバランスをとりながらだんだん追い込んでいって、パーセントを下げろとか預貸率をこうしなさいとかいうようなかっこうで、どんどん数字で追い込んでいく形をとって、いままではいったんだろうと思うのです。今後これをする場合に、数字で追い込んでいく場合に、検査というものが、抜き検査、そういう検査でいいんですけれども、検査というものが相当先行して、行政指導の、あるいはワク内の検査でしかたがないと思うのですけれども、それでいく以外に、歩積み、両建てを根っから悪人としてこれを根絶していくということはなかなかむずかしい問題ではないかと私は思っておるわけです。数字的に追い込んでいくということと、その検査で追い打ちをかけるか、あるいは先行するかして、銀行に規制をしていかなければいかないんじゃないか。そうした場合に、結局、今度は最後に、銀行側から大蔵省の銀行局のほうに、逆のモーションが加わってくるのは、何を言うか、預金量を上げろ上げろといっているじゃないか。しかも、ことしあたりは全信連あるいは相互銀行に財政投融資を五十億、六十億をぶっかけて、そうして金は財政投融資に回せ、預金量は上げろというて、片一方では預金量を上げることを強調させながら、これをやるという、何といいますか、両方こう持っていくんですから、相当苦労だと思うんですけれども、この辺の考え方はどう考えているのか。ことしはたしか財政投融資を五十億、六十億ぶっかけておるでしょう。その辺のところ、どういうふうに考えておるのか。
○高橋(俊)政府委員 たしかに先ほどから申しましたとおり、こういう中小金融は非常に戦後——戦後といいますか、制度改正以後、伸び率が非常に高いのでございますが、その高い中に、こういう歩積み、両建てが相当加わっておる。そのことにつきまして、われわれも一人当たりの資金量を伸ばすことが、経営合理化の目標である。他の製造会社と違って、非常に生産性というものは端的に把握できるわけです。純粋預金、われわれはつとにもうこういうことを言っておりますが、預金を増強するにしましても、債務者預金に依存していくやつを言っているんじゃない。あくまでも純預金の増強につとめなければならぬ。それはこういう問題が起こる以前から、私、検査部長をしておりました当時から、純預金を幾らふやしたかという点を眼目に調べなければいかぬ。 〔吉田(重)小委員長代理退席、小委員長着席〕 債務者預金を幾ら調べたってしょうがない。純預金がふえることによって初めて、ほんとうのコストダウンができるんじゃないかということで、預金の総量というものを——たとえば貯蓄の目標などをきめるときに、これも私はちょっと自分で所管しているものですから変なんですけれども、四兆何千億というようなことをきめて、それを目標に達成したかどうかというときには、これは両建てもみんな入っていての話なんですよ。ですから、非常に目標は高く掲げて、それに対する達成をやれやれというようなことを一方で言いながら、貯蓄奨励の観点からそういうことをやる。中小企業対策のためにも、民間のそういう中小企業の資金量をふやさなければいかぬ。そういうことで預金増強は大いに力を入れなければならぬということをいわれて、債務者預金はあまりかんばしくない。そうしますと、これは先ほど申しましたように、五〇何%というようなかなりウェートを持っておるものですから、これを押えると、名目的には預金量は伸びないという現象が生じまして、たいへん痛しかゆしの点がございますが、それは見かけの貯蓄目標が達成される、されないということは、あまり重大な問題じゃないんじゃないかと思います。そういう借金の見合いに預金するというんじゃなくて——借金の中から預金する。金は幾らふえたって、それは貸せばふえるわけです。現に、そういう現象は銀行がしかけたわけじゃありませんが、昨年の後半になって非常に目立つ——昨年中非常によく目立ったわけですが、預金が非常にふえた。貸し出しがふえたから預金がふえたわけで、企業側がむしろ防衛的な意味でどんどん借りて預金をしておくという現象さえ見られた。こういうものは、幾ら名目的に貯蓄目標その他からいえばふえたからということになっても、何も意味は持たないんじゃないか、こういうふうに思っております。私どもは、一人当たりの純預金がどれだけふえるかということを指導の目標にしております。ですから、表面的には好ましくないような趨勢がありましても、そのことはあまり気にしなくて、実質的に貯蓄がふえればいいんじゃないかというような感じで指導しております。
○小松小委員 預金量をふやすという問題が問題になってくると、もちろん債務者預金だけふえてもしようがない。そうすると、一般純預金をふやすということにウエートをかけると、まあ一つは資金コストにも関係が出てきますしね。それから店舗の開拓ということは、これは私が知っている銀行で、とにかく店舗を拡大するためにこれだけの預金量がなくちゃことしの年度内に店舗ができないのだ。ワクがあるんだ。だから、もう店舗拡大と預金量との問題にかかってくるわけですね。そうなると、いま言ったような、何でもいい、預金をふやすというというかっこうに影響が出てくるわけです。だから、純粋預金をふやすということは、ある程度営業を拡張して、どんどん一般預金の吸収に回らせるということは、相当営業の窓口を広げるという立場をとらなければ、どうしてもある営業の窓口で預金量をふやすということになれば、債務者預金にたよりたがる傾向になると思うのです。これを債務者以外の新しいニューフェイスの純預金というものを拡大していこうとすれば、営業の窓口も広げていかなければならぬということになれば、そこに店舗の拡大あるいは営業銀行員の拡大ということになってくるだろう。この辺のところを資金コストあるいは店舗の拡大とどういうような判断をしておるか、この辺を……。
○高橋(俊)政府委員 全く仰せのとおりであろうと思います。ただ、従来の支店開設の状況などを見ますと、銀行なんかもその辺非常にひどいのですが、御祝儀預金といいまして、よそから回すというか、見かけだけは急速に預金が、ふえて、それでそのまましばらくの間停滞してしまう。場合によったら減るということもあるわけでございます。まあ店舗を開いて見かけ上そう成績が芳しくない、見かけ上幾らも預金が集まらないということになると、何だ、そんなところに銀行支店を希望したのかというてわれわれのほうからしかられるというふうな考えもあるのでしょう。それで、見かけだけはとにかく支店開設しただけの値打ちはあったというふうな預金量にしてしまうというような現象がちょいちょいあるのです。私どもは、これは何にもならないことであって、実質的な意味で預金がふえるならば、それはほんとうの意味で資金コストも下がるはずだし、これから先は、特に預金吸収を主眼にしたような店舗の増設が必要であるということから一やや従来相互銀行等につきましては、あまりに急速に支店もふえ、預金量もふえ過ぎて中身はたるんでおるという傾向が見受けられたのです。つまり、償却費に忙しくてちょっと締まっていないという観点から、この一、二年の間、ややそれまでのスピードに比べると、店舖増設については抑制ぎみの方針をとってきた。しかしこれは歩積み、両建てで非常に苦境に立たされている点もありますし、預金吸収のために店舗増設についてはいま少し手心を加えて、そうしてネットの頭金が集まるようなところを主眼に考えて店舗の増設を認めてやりたいというふうな考え方でやっております。資金コストとしては、これは一つは給与ベースの関係もあるのですが、預金量はせっかくふえたけれども、そのふえた早さよりも給与のほうの上がり方が早いなんというケースも中にはある。ですから、一向に経営上収支率はよくならないというふうな、こういう点につきましては——生産性という点では非常によくわかりやすいのですが、それを全く追い越すような勢いで賃金などを引き上げてやったのでは何にもならぬ、非常に高い資金の供給をしなければならぬということになりますので、私どもは、これは合理化、つまり資金コストの低下につきましては非常に強い態度で猛省を求めております。というのは、貸し出し金利のほうをいまのような高い金利水準でいけるのだというふうな甘い考え方でやってはいけない。自分で下げてみろ。両建てをやめて自分で下げてみれば、いやでも合理化しなければいけなくなる。そうして低い金利で貸すようになればお得意さんも広がるはずだ。それが結局相互銀行が銀行に接近して、ほんとうの意味での中小金融機関として、その役目を果たすゆえんだ。非常に高い実質金利をとりながら、それに甘えてどんどん経費を膨張させるようなことはよろしくないというふうなことで、強い指導を行なっております。
○小松小委員 財政投融資をここへ持ってきたのは新しいケースですが、これは全信連とか相互銀行あたりも相当苦労すると思いますが、こういうケースで歩積み、両建てを征伐していって、財政投融資で少し資金量をふやしてぶっかけるという両面作戦が、銀行面ではたしてどの程度の腹づもりで進めることができるのか、その辺ですが、私はできることはできると思うのです。 もう一つは、預金量をふやす過程において、純粋預金をふやすということと、銀行合併というものを野放しにすることをやっていけば、これはもう強いやつが勝っていく。店舗を拡大し、銀行合併をし、それによってシェアの拡大をやっていけば、勢い資金量の少ない、あるいは立地条件の悪いところあたりは、これはもう生き抜くために必死の歩積み、両建てもいたし方ないという考え方も出てくると思うのです。いま銀行が、安定ムードの中でバランスをとってやっておるから、どうにかこうにか、あまりなわ張り争いをせぬでそれぞれやっておるが、そのなわ張りのバランスがどこかこわれたということになれば、もう生き抜くために必死の競争になってくると思うのです。この辺はどう考えているか承りたい。
○高橋(俊)政府委員 財政投融資とおっしゃるのは、おそらく政府保証債を中小金融機関に消化させる問題だと思うのです。これは三十八年度は相互銀行、信金、それぞれ五十億を買い入れるという約束をさせた形になっております。三十九年度におきましては相互銀行は六十五億、信用金庫五十五億ということで、それぞれ業界に話をいたしまして、大体この程度は協力するということになっておるわけです。確かにこの政府保証債の新規発行分を、発行条件そのもので買い入れるといたしますと、おそらくこのあたりの資金コストから見れば、みな逆ざやであろう。大銀行等では資金コストが違いますから、これでもっても若干の利ざやがあるかと思いますが、中小金融機関の資金コストは、実際は相当高いわけでございますから、そういう点から申しますと、これは逆ざやをしいられておるということになって、それから言うと、ほかでかせがなければならぬということにもなりかねないわけです。しかしながら、一年間における資金量の増加総額から見ますと、この程度のネットの歩積み、両建てを除いた資金量の増加から見ましても、この程度のものをやることには、さほど無理はないのじゃないか。 財政投融資で必要とする民間資金を銀行だけに背負わせておいていいものだろうか、中小金融機関といえどもある程度はこういうものを持つべきじゃないかという考え方からこういうふうな措置がとられておりまして、五十が六十五になる程度でございますから、ほかの金融機関の資金量の伸びに対する政府保証債の引き受け額というものから見ますと、その比率はまだまだ非常に小さい。 なお別途に、新規の債券はむろんでございますが、債券保有率を高めて、一種の支払い準備を手厚くするというふうな指導を別に行なっております。 その金額から申しますと、年間でかなりの割合、数%といいましても何百億かふやさなければならぬということでございます。その中に六十五億とか五十五億程度をこの新規分で引き受けたらどうかという一種の財投に対する協力というふうなことでやらしておりますが、この逆ざやも金額からいいますと、計算してもそう大きな金額にはならぬ、いままでの保有額も非常に小そうございますし、この新規分につきましても、その逆ざやによる損失の金額として見ればしれたものであろう。これを平均いたしますと、一行当たり一億円にもならない額でございますから、その一億円の債券の逆ざやをほかで穴埋めすると大きく力むほどの金額にはならないのじゃないかと思っております。
○小松小委員 逆ざやはわずかだと思うのです。けれども、あなたたちが歩積み、両建てを真綿で締めるように締めていく過程で、片一方では無理をしいておって、ささやかでも逆ざやが出て、資金量を財政投融資、政府保証債のほうへ持ってきて、片一方では歩積み、両建てを消せと、資金量の問題をこうやりながら両刀使いをやるということは、結局歩積み、両建てを解消する意欲というか、行動力というか、指導力というものが鈍るのではないか。そういう意味で銀行局の行政指導の歩積み、両建て解消の力というものは非常に腰が弱いという形になってくるのではないか。その辺のところを考えておるわけなんです。これは結論が出てどうだということではないのですが、ただ歩積み、両建てを解消する一つの筋に追い込んでいく、あるいは検査によって相当きめ手は持っていくとは思うけれども、腰が弱いのではないか。銀行局の態度として、はたして歩積み両建てを解消する意欲が生まれるかどうかという懸念もあるわけですが、その点どういう決意で歩積み、両建てを解消するという気持ちでやっておるのか、どうやるか。
○高橋(俊)政府委員 相互銀行協会や信用金庫協会がこういう財投に協力するということをわりあいすなおにする裏には、従来何か非常に後進性を多く残した金融機関だという目で見られたものを、一人前の金融機関として扱ってもらいたい。たとえば日本銀行との取引の問題、さらに欲を言えば日本銀行の行なうオペレーションの対象にも加えてもらいたい。そういたしますと、こういうものに対して全然協力しないでおって、あとでオペのときだけ主張するというのはいかにもおかしい。そういうことから、やはりいろいろな全体の利益を考えれば、この点における多少の逆ざやくらいは、そういった一人前の金融機関としての扱いを受けるための将来の布石として十分引き合うような考えがあるように思います。ですから、それはそれとして、両建て、歩積みはこれとは別個の問題であります。これで若干の協力をしたから両建て、歩積みのほうはほどほどにしてくれという陳情は私ども受け付けませんし、またこれから進めていくやり方としましても、相互銀行を採算的にひどく窮地に追い込んでしまってもやるのだということではございません。やはり、先ほど説明いたしましたが、今後二年間の資金の伸びがこれだけで、貸し出しがこうなって、収益はどうなるという一応の予想も立てまして、それでこの程度ならばどうやらやれるはずである。むろんコスト低下がなければやれないはずですが、資金量が増大してそれに比例してコストが上がっては何にもなりませんが、そうでなければ、その程度のことには耐え得るはずである。あまり極端でなく、無理のない範囲でやらせるようにしておりますから、いま御心配のような、われわれがへっぴり腰になって手かげんを加えるというようなことはなくて済むだろうと思います。
○大久保小委員長 春日一幸君。
○春日小委員 この前高橋局長から、全国銀行では総預金の中に占める債務者預金の割合は五三・八%、それから相銀では五二・五%と伺いましたが、この五二・五%と五三・八%の中で拘束性を持つ領金は何%であるか、これをちょっと伺いたい。
○高橋(俊)政府委員 拘束性の預金の中でと申しますか……。
○春日小委員 債務者預金の中の拘束性のもの。
○高橋(俊)政府委員 それはまだでありますけれども、一般預金全体に対して拘束順金の割合を銀行側がわれわれのほうに出してきた数字で申しますと、三十八年十月現在では一〇・八%に相当するということをいっております。ですから五三・八%のうちの一〇・八%は拘束性預金であるといっております。
○春日小委員 五三%のうちの一〇%か、それとも総預金星の……。
○高橋(俊)政府委員 全体の預金に対してです。
○春日小委員 そうすると二〇%くらいになるわけですね。
○高橋(俊)政府委員 大体二〇%をこえます、二四・四%くらいになる計算になります。向こうから出してきた数字であります。ただし銀行の説明によれば拘束性預金の中でいわゆる自粛措置の対象になるものはもっとずっと少ないのだ、こう言っておりますが、われわれは必ずしもそのことばを信用しているわけではございません。
○春日小委員 相銀では。
○高橋(俊)政府委員 相銀の場合には一般預金全体に対して拘束預金の割合は三七・五%でございます。
○春日小委員 そうすると、各金融機関として拘束性預金、要するに債務者預金の中の拘束性損金の実額を大体幾らと押えていますか。たとえば十数兆円の中の何兆円と見ていますか。
○高橋(俊)政府委員 数字で申しますと、全国銀行の十一月末現在の数字でありますが、総額が債務者預金の数字から申しますと七兆一千五百五十二億円、この中で拘束性の預金というものの総領は一兆七千四百六十四億円であります。
○春日小委員 それは全国銀行ですか。
○高橋(俊)政府委員 そうでございます。
○春日小委員 相互銀行は。
○高橋(俊)政府委員 時点が昨年の九月末でございますが、先ほど申しました三七・四七%というのは、一般預金としては約二兆でございます。二兆のうちの三七%あまり。
○春日小委員 そうすると大体信用金庫その他を含めて、いわゆる債務者預金のうち拘束性預金はざっと四兆円と見るべきか、四兆円以上ですね、大体それは把握間違いないと思うが。
○高橋(俊)政府委員 大体のところは三兆円弱ということになるかと思います。
○春日小委員 けれども全国銀行だけで一兆七千四百六十四億でしょう。そこへ相互銀行だけの拘束性の三七・五%、これが二兆円でしょう、この二つだけでも。
○高橋(俊)政府委員 二兆円のうちの三七%でございますから、一般預金が二兆円ですから、それの三七・五%ですから大体三兆円ぐらいでございます。
○春日小委員 そうするとここにわれわれがざっと常識的に、概念的に把握できることは、三兆円というものが、これは必ずしも不当な両建てだとは私は断じがたいことだと思うけれども、しかし金を借りる人からその人の金を銀行がこれをしばりつけて、動かさしてはいないという実態関係においては間違いございませんですね。金を借りている人、金のほしい人から金を取って三兆円の金が銀行に拘束してある。そそしてそれは銀行の利益のために銀行によって活用されているのです。金の借りたい人にその金を使うことが許されていない。こういう相対関係にあるわけです。そうすると銀行はどういう利益を占めているかというと、これに対して定期性だから一年もので五分五厘です。そうすると平均金利がそろばん上九分五厘と、かりにしてまず四分の利ざやがございますね。四分の利ざやということは三兆円にしてみれば一千二百億田という利ざやになりますね。要するに銀行が金のほしい中小企業者の金を五分五厘で預って九分五厘で貸し与えていけば四分の利ざやがあるから、三兆円をかければ一千二百億円、十年間で一兆二千億円という膨大な氷の、複利にすれば相当なものになると思うのです。いま堀君の質問に対する高橋銀行局長の答弁の中で、もしこの歩積み、両建てを大幅に解消していけば、銀行の営業収益率も非常に悪化してくるおそれがあると言われておりますけれども、なるほど現実に全面的にやめれば一千二百億円銀行の損害になる。ところがそのことは中小企業者の千二百億円の利益になるということを、国全体の経済行政の中で判断してもらわなければいかぬのではないかと思うのです。 ここで金融の本質論になるのだが、金融というものは産業に奉仕するためにあるのであって、それが本来的使命である。金融機関があってそこに産業が従属しておるのではないということですね。そんなことはもはや論ずるまでもないと思うのですよ。だからわが国の産業、経済というものを円滑に発展せしめるためには、産業に奉仕する金融機関はいかにあるべきか、この出発点を忘れてしまってはいかぬと思う。銀行の営業利潤、営業収益率を悪化せしめるおそれがあるから、今日金融に苦しんでいる、あるいは重税と金融難に悩んでおる、企業利潤が少ない、生産性が低い、そういうことで困っている中小企業者から、私はあえて中小企業者とここで申し上げておりますのは、大企業から歩積み、両建てを取っておられない実態にかんがみて、私は端的にそのことを銘記して指摘しておるのでありますが、銀行の収益率を確保することのために今日困難にあえいでいる中小企業者から年間一千二百億円の膏血をしぼり取る、これを前提として現在の金融機関の健全なる経営が確保し得ているのである。こういう行政のあり方というものが、許されるかということです。この間、小松君の質問に対して大蔵大臣が答弁しておった、私は非常に印象深く聞いておったのたが、田中大蔵大臣の答弁は、わずかに答弁の中で片りんを見せられたが、歩積み、両建てという問題は、ほんとうに突き詰めていくと銀行のやはり合併論というようなものにまで発展せざるを得ないというようなことを言っておられたけれども、私は、実際日本の金融機関が日本の産業の上に奉仕することのために、合理的なあり方、国の経済全体としての効率を高めていくというあり力を考えるならば、もしそういうような不当な関係を解消することのために必要欠くべからざるものであるとするならば、私は銀行相互間の事業統合ということは、これはあえて避けるべきではないと思う。私は、いま小松君の質問の中で印象深く伺っておりましたことは、純粋の預金を確保することのためには、支店をこの際拡充すべきではないかという一個の議論があるのですね。私はそういうようなテーマについても、いまここにたんす預金が実在するならば、それは支店や出張所、営業所を拡大することによって、そういういわゆる金融機関外に存在する資金を吸収することによって、純粋の資金量の増大をはかることができると思うのだが、しかし絶対量というものは——ここに一個のものがあって、しかも都市銀行、地方銀行、相互銀行、信用組合、信用金庫、その率をずっと伺ってみると、これはもう債務者預金が五三・八%、相銀が五二・五%、信金は四八・八%だ、ずっと見ていくと、みんなあらゆる金融機関がきびすを接して、そのような遊休預金、そういうものをあさり合って、しかもその金を原資として、この歩積み、両建てを前提として金融機関の業務が行なわれている。そこへ支店、出張所をつくっていけば、すなわちコンペティターをふやすだけです。競争の度合いを高めるだけであって、このことが銀行自体の経営の強化とか、あるいは営業内容の改善にどれだけ寄与できるかということは——絶対量が動かざる一つのものである、そこの内部においての争奪が行なわれるだけのことであって、しかもすべての金融機関が、何か信用組合、信用金庫かだれかが正しい取引をやって、そして正しからざるものから奪ってくるというならばいいけれども、みんなインチキかでたらめをやっておる。こういう中において、どろぼうと詐欺師とぺてん師とが奪い合ったところで何にも国家国民経済の中に寄与するものではないと思うのです。この問題は、金融機関というものの本来的使命というものは何であるかということを、私はもう一ぺんみんなが翻って判断してみる必要があるのじゃないかと思う。いま中小企業者からは一年間に千二百億といわれておるけれども、私が実際に推算してみて、私なりに研究したが、この拘束性版金なるものは四兆五千億ございますよ。そうすると、これは一年間に千八百億円の中小企業の得べかりし利益というものが金融機関のために収奪されておる。私も長い間地方の議員をやっておりましたが、そのときに信用金庫も信用協同組合もつくりましたが、そのときに中央会の一室で発足をいたしましたものが、今日は町かどのすばらしいところで、ほんとうにものすごいビルディングを建てて、そこの一事務員でしかなかったところの事務局長みたいなものが、そこの理事長になっておりますが、その部屋なんというのは、うちの衆議院議長の部歴よりももっと金色さんらんたるものです。そういうところで昔おい、おまえといわれていたやつがそっくり返ってしまって、理事長さんでえらいけんまくだ。それは中小企業者から優位な立場にあることを利用して、不利な取引を相手にしいた結果、しかも現実にいまここで把握すれば年間一千何百億という金をしぼり取った結果の悪徳の結集です。それが彼らのものすごい繁栄となってあらわれておるのです。私はこれをほんとうにみんなが良心を持って判断してみる必要があると思う。ただ私は、中小企業運動を社会党以来からずっとやってまいりましたので、その実態をよく把握しておりますけれども、ほんとうに相互銀行か何かから金を借りておる諸君は、みな金利にとられてしまって、また相互銀行などは掛け金というものが別個にあって、そういうもので、実際にだれのために商売をやっておるのか、相互銀行のために商売をやっておるのか、自分のために商売をやっておるのかわけがわからぬ。あなたは片方において中小企業政策を論じている、片方においては金融機関は中小企業者からその程度のものをしぼりとっても、金融機関はオールマイティだ、これが資本主義だ、そのためにはこの程度の収奪はみのがしていかなければ、金融機関に傷ついては相ならぬ、こういうことですが、大体従者というものに完璧を期して、王様が支離滅裂になっても、それはかまわぬ、私はそんな観念で銀行行政が行われては相ならぬと思う。私はいままで程度の問題を論じてきた、それから質の問題を論じてきた。このことについては、必ずしも堀君、小松君の一〇〇%の共鳴を得られていないような心配があるが、しかし観念としては一緒だと思う。私はこの点をみなが一ぺんおのれをまず白紙にして、経済原論から判断をしてもらいたいと思う。特に金融機関が自立性とかなんとか言ってみたところで、日本銀行から一兆何千億というような金を借りてくる。国から借りている。片方においては、国家の金であり、片方のところは、金のほしい債務者の金である。そういう金を借りて、わが国の産業経済の中に君臨していて、これに対して何ら銀行行政について国家は斧鉞を加えぬ。いまも話を聞けば、三割まではいいじゃないか、超過している分は二年間かかってそこのところのわずか二〇%程度のものを減らしていこうなんというような、まるで冗談みたいなことを言うて、それで春日一幸が納得いたしますか。これはもうほんとうに白昼の強盗殺人よりももっとひどいですよ。名委員会において、今日中小企業の困窮を救済するための合理化だ、近代化だ、総合化だというような施策が論じられていても、片方において、ちょうど満身ガンにかかって、その栄養が全部吸いとられてしまう、そこに幾らかの栄養を補給しても、中小企業の今日の病根は治療できるはずはないと思う。昨日金融と財政の一体化あるいは分離化の話が大蔵委員会でなされましたけれども、とにもかくにも、日本銀行が一兆数千億の余を金融機関に貸し与えている。そういう金が金融の大きな役割を果している現状にかんがみて、やはり金融機関が金融天皇ということではなく、国の政策というものに自主的な認識を持って協力をしていかないと、私は金融国営論というような理論がここからも出てこざるを得ないと思うのです。金融の国営化あるいは国家管理、かつて数年前資金委員会法というものがここに提案されて、金融機関は今後は云々というようなことがあったが、結局それもさたやみになったことがございますが、私は現在金融機関が天下何ものもおそれない、そして歩積み、両建て、こんなものは正常な商習慣だというようなことを言い触らして、そしてあなたが、これは遺憾に思うけれども、やめたら金融機関に傷がつく、傷がつくならいいが、いま堀君の質問に答えられているところによると、銀行の収益率を減らすおそれがあるという。銀行はもうかればいいのではない。銀行なんていうものは繁盛したところで何にもならない。これはサービスが向上されるわけじゃない、物がどんどん外国に輸出されるわけでもない、国民福祉に何も関係ない、サービスの向上にもならない、日本国民の生活の向上にもならない、ただ産業に奉仕するだけの機能しかないんですね。だからあんな連中がものすごい事務所をかまえてぜいたくざんまい、そんなところで大ぼらを吹いたところで、全然経済的に意味のないことなんですね、間違ったことなんですよ。これは何とかしてあなたのような人がその気を出して、いままで悪かったからこれからまじめにやりますとか、何とかくだけた話、ふりだしからやり直してもらわないと、いまの観念でこの問題を論じておると、これはもう——私どもだって、いまじゃ小さい党だけれども、院外勢力ではなかなかたいしたものかもしれないから、これについては国民大会をやらないわけにはいきません。そこで全国一斉に代社党が告発当事者になって公取にこれを告発するような何か非常の手段をとらなければならない。だからこれは、しんみり考えませんか、ほんとうの話が。私は、冗談でなくて、聞いていれば聞いているほど、堀君の質問に答えてのこのデータを見てびっくりしたのです。私は五十何パーセントなんというこんなひどいことはないと思う。これは何とも驚き入った次第です。したがいまして、この問題については、冒頭申し上げましたように、公取、法制局、そういうところと十分検討願うべきでありますが、これを是認するとか容認するとかいうような形で御検討願うのではなくして、いま一歩国全体の金融機関の姿を根本的に御検討願って、時と場合によっては銀行の統合も合併も考えあわせながらひとつ根本的な解決を、いますぐやれないとするならば長期計画で、少なくともその解決の方向に向かって策を立てられますことを強く要望いたしたい。御高説いかがですか。
○高橋(俊)政府委員 いろいろと御訓示をいただきまして、私のほうも冗談ではなしに、銀行その他の金融機関を、それじゃ何がゆえにそこまでえらいものにしてしまったかということについては、いろいろな角度から検討すべき問題だと思います。今日の高度成長をもたらしたその高度成長には、いろいろなひずみがついております。その原因の中に、銀行、金融機関の貸し出しというものが大きな存在としてあることは否定することができません。結局資金の需要が供給を常にはるかに上回っておるという状態が続く限り、ほんとうの意味での金利の低下というものは望めないわけです。表面的には下げても、両建てや歩積みで実質的には上げているという場合もあるわけであります。特に中小関係になりますと、これは大企業と中小企業と規模によりまして貸し付けレートが非常に違うというのは、何もわが国だけではありません。世界的に見ましても、相手が資力薄弱であるものに対する貸し付けレートというものは、リスク料も加えて金利を高くする、手間も食うので高くなるわけです。一方に一億ぽんと貸す場合と、百万ずつ百回貸せば手数を要するし、相手の信用度においてもはるかに劣るということから、金利に格差があるということは、いかなる場合でも否定できないと思います。何がゆえにそれでは実質的に四銭、五銭、場合によればそれ以上になる金利を支払ってまで借りようという人がこれだけ多いのか。それについて反省がなければ、この問題は根本的には容易に解決されないのじゃないかと思います。かつて戦前におきましては、銀行がいい貸し手を探して歩くというふうなことだってあった。アメリカにおいてはしょっちゅうそういうことがございますが、企業が大きな貸し手になっておる。銀行と競争して、企業は自己資本が余って、流動性が高まって下請にどんどん金を貸す。銀行のライバルは企業であるというようなことまでいわれているそうでございます。そうした民間資金の流動性が非常に高まるのにはどうしたらいいか。つまりいままではあまりにも金融機関依存度が強い。この根底に、戦後のインフレの過料を通じてつちかわれた、金を借りた者は損をしないという意識が働いておる。また現在におきましても、そういったインフレ要因はあると思う。これらのインフレ要因が相当に退治されない限り、常に金を借りてそうして値上がりを期待する。これの一番典型的なあらわれは、最近における土地に対する仮需要の問題、金を借りて買っておけば、幾ばくもたたなくても倍にも三倍にもなる。それならば年二割ぐらいの金利を払っても右利になる。これは要するに金を貸してくれるか、くれないかということで、インフレ要因が残されておる現在において、なかなか高金利体系も防ぎがたいものを持っている。しかしこれらはいろいろな施策によって根本的に直すことが可能である。決して不可能だという問題ではない。どうぞ皆さまもこの点について十分御研究くださいまして、総合的な施策をとっていただくようにお願いしたいと思います。
○春日小委員 私はいまの御答弁の中で、これは一個の見解でもありますし、そういう現象の事実もありましょうが、私が特に御考慮願いたいのは、金融機関というものの公共性ですよ。全くこれは天下の公器ですよ。これにはおのずから自制というものがなければならぬ、おのずから節操というものがなければならぬ。いま資金の需要供給のアンバランスから、需要増大から、いつしかそういう形になってきたではこれは済まされない。いいですか。たとえば銀座のバーのホステスならば、たくさんチップくれる人になびくというようなことなら、まあこれはこれでいい。銀座のホステスは別に天下の公器ではないから非難はない。ところが銀行が歩積み、両建てしてくれる人には貸したんだ。そのことがいつしか社会通念になって、このような商習慣があらわれたんだというようなことは許されませんよ。チップたくさんくれた人になびくというような、そういういわば青春の盛り場におる諸君と、経済の中枢にあって、そうして産業に奉仕しなければならぬという国家的また民族的使命をになうところのその金融機関というものが、需要が多いから、したがってそのような法律の疑義や制度上の疑義というものを考えないで、その方向へうき身をやつしていくというような、そのことを是認するというような態度があってはなりませんよ。ただ金融機関として厳然として守らなければならない一線は、これは預金者の金であるから債権保全の一線ですね。債権保全のためには、担保を供給しなければならない。そのためには別段の預金を徴収する。たとえば営業用の資金以外の資金があって、遊んでいればそれを担保設定とかなんとかいうことがあり得ていいでしょうけれども、しかし債権保全の道というものは、銀行局長が検査部長時代から御承知のとおり、いま中小企業に対する債権保全の道は、揖保の過大徴収過小評価というように非難されているほど、事ほどさように債権保全の道が十二分に講ぜられておる。その上になおかつここに歩積み、両建てを要求するというようなことは、許されることではないのです。だからあなたはわが国の金融行政というものを、とにかく事なかれと破綻を生じないように定めるという大きな責任は、別個にになわれていることは私も認めます。けれども、同時にあなたはやはり国民の公僕として、ただここにこつ然として銀行行政があるのではないのです。わが国の産業経済の総合的行政の中の一環として、ここに一つの銀行行政があるのでありますから、やはりそのことは開放経済に対処するところのわが国の企業負担、負担するコストとかあるいは中小企業の経営の実態であるとか、あるいは他の法律との関連であるとか、こういうような中から、あなたの指導されるところの方針というものが明確に打ち出されてこなければならぬ。清潔に端的にきびしく打ち出されてこなければならぬ。石川や、浜のまさごは尽くるともというて、どろぼうは無限に果てしもなくあるというのだけれども、そういうように無限にあるからといって、そのことになずんではいけない。悪いことは禁止されなければならぬ。いわんや銀行が率先してこのことをやるというようなことは当然なわけですね。だから需要供給のバランスの上に立ってかくのごとき現象をあえて容認するがごとき言動は、今後厳重に慎まれることを強く要望いたしまして、私の質問を終わります。
○堀小委員 いまのことでちょっと私も調べておいてもらいたいのは、たいていの信用機関は根担保なしに貸している例は、あなた方のほうで検査をしてないんじゃないかと思うのです。だからそうすると、いまの拘束性預金の中の、いまわれわれが歩積みだと思っておるものは、要するに根担保の、貸して、その差額に出ておるというなら、これはまた話はわかるけれども、私はその上に積んでいるんじゃないかと思うのです。そこらのところはこれまで調査したことがあるのか、その点だけを、これはもう銀行のほうはすべての検査に行って担保なしに貸しているというのは、あなた方のほうで一つの検査の対象になっているはずだから、そこだけひとつ……。
○高橋(俊)政府委員 これは必ずしも一律ではございません。債務といいますか、債務と預金とあった場合に、貸し付け額の総額に対して担保を設定するという例もあります。それを基準として、それにしかも掛け目の問題、これは非常に掛け目が低いという問題がございます。一方交通的な意味での貸し付け金の総額に対して担保を供給している場合もございますし、それから預金を差し引きまして純債を基準にして担保を供給している場合もございます。必ずしも一定ではございませんが、どちらかと申しますと、貸し付け総額に対して担保を設定するという場合が多いんじゃないかと思います。
○大久保小委員長 ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○大久保小委員長 速記を始めて。 本日はこれにて散会いたします。 午後三時三十五分散会