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46回国会衆議院1964/02/13

大蔵委員会金融及び証券に関する小委員会 第2号

発言数
70
登壇者
7
会派数
3
開催日
1964/02/13

会議録

大久保武雄自由民主党

○大久保小委員長 これより会議を開きます。  金融に関する件について、調査を進めます。  本日はまず歩積み、両建ての問題について、調査を進めますが、最初に本問題に関する経過等について、政府当局より説明を聴取することといたします。高橋銀行局長。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 歩積み、両建て問題につきましては、皆さま御承知のとおり、だいぶ以前から何回かその是正をはかるために通達も出し、行政指導も行なってまいったのでありますが、いろいろな金融の実勢から見まして、その是正が困難な状態にあったものと考えられます。しかしこれがだいぶ国会等におきましても問題になりまして、あるときは独禁法の特殊指定に該当するのではないかというふうな、独禁法違反ではないかというふうな議論さえ起こっているわけであります。これにつきましては、昨年の三月終わりのころでございますが、まず銀行協会連合会におきまして、自粛措置を定めました。引き続き相互銀行、信用金庫のそれぞれの協会におきましても、同じ趣旨の自粛の措置をとったのでございます。ここに資料をお配りしてありますが、それにつきまして前銀行局長の大月の名前で、各金融団体の長にあて通達を出しまして、この自粛措置を励行するようにということを申したわけでございます。財務局にもまたその趣旨の通達を出しまして、それぞれの地区において、いかにすればそれが是正されるかということをよく協議してやれ、こういったこと、あるいは検査の場合にも、これから過当な歩積み、両建て預金については十分内容を調べる、そしてその是正を求めるというようなことをやってまいったわけでございます。  なお、これはその後になりまして、あとで簡単に申しますが、この自粛措置なるものの解釈とか、あるいはその実際の個々の例につきまして、検査等にあたりまして調べてみたところ、なかなかに問題が多うございます。つまり本人たちはよくわかっていると思いますけれども、これがはたして強制されたものであるかないか、そういうことの認定につきまして非常にトラブルが多い。一件一件について、これは強制された過当な歩積みではないかというと、いやそうではないので、このうちの相当部分は本人が預けているのである、決して銀行側で強制したものではない。そういったことについての的確なる証拠をつかむということは、実際問題としてなかなか困難であります。また、検査におきましては、御承知のとおり、これは昭和初期における銀行の混乱、その当時から非常に厳格に銀行の不良な貸し出しを調べる、非常に健全でない貸し出しがどの程度あるかというふうなことを検査することを主たる目的として行なっておりまして、それに必要な人員、予算等でやっております。したがいまして、歩積み、両建ての問題についてあまりに突っ込んだ検査をするということは、事実問題としてむずかしい。ですからサンプル調査程度をやるのが精一ぱい。そのサンプル調査にあたりましても、個々の案件について、はたしてどの程度は過当なものであるかということを認定することに非常な困難が伴うわけであります。そういうこともございますので、これはこれとして自粛措置をやってもらうが、別途に、昨年九月に、それまで何カ月か検討いたしました結果、まず、相互銀行が非常に両建てが多いといわれておるものですから、また検査の結果を見ましても比較的その率は高いと考えられますので、相互銀行の協会において、時間をかけてもいいから計画的に両建てが減っていくような措置を講ずる。ある割合までは一応やむを得ない。それをこえた分については、ことに定期性の預金、全体の一般預金の中に占める債務者の定期性預金につきまして、平均して三割を上回る部分は今後二年間に三割を減ずる。たとえば、極端な話、五割という数字でございますれば、超過しておる二〇の三割、六%、つまり五〇%が二年後には四四%になる、こういったようなことを実施するように、そのための計画を出させまして、その実績をとる、こういった措置を講じたわけでございます。相互銀行協会は特にこの問題に非常にナーバスでございまして、言ってみれば、経営の収益性その他に非常に影響する問題がございます。どう出るかと思いましたが、一番協力的でございまして、先にやってくれた、それを自主的にきめまして、現在その方針でやっておるわけでございます。それからその次に、都市銀行、信用金庫につきましても同様な措置をこちらが求めたわけでございます。それで、都市銀行、信用金庫の場合には、これは本年になりまして、相互銀行のやり方と全く同様なやり方で漸減する、計画的に減らしていくというふうな措置を決定いたしました。問題は銀行の場合でございますが、銀行の場合は確かに債務者預金の比率としてはそう低くない。しかしながら、御承知のように、銀行業務の遂行上、債務者の資金の出入り――どのような手形を受け取り、どういう支払いをまたするか、こういうことをトレースしないと、銀行業務としてはいわば貸しっぱなしということになるというので、これはいまに始まったことでなく、少なくとも営業性の預金というものは必ず銀行に還流するものでございます。その割合が過度にわたるものであれば、これはうしろで銀行がそういう高い預金を置くようにしむけているということになるのでありますから、定期性の預金だけでなしに、営業性の預金も入りまじっておりますので、実態の把握がよけい困難であります。また銀行側としまして、向こうの言い分を言えば、債務者から預金を取るということは、銀行業務としてはあたりまえのことなんで、それをいろいろ悪いことをしているように言われるのは、これは迷惑なんです。これは日本だけではございませんで、確かにアメリカあたりに行って――これは生産性本部の関係などで、銀行の方などもちょいちょい外国に行かれますが、そういったところで調べてまいりましても、相当営業性預金の比率が高い。債務者の預金も非常に高い。むろん銀行の側から二割程度は置いてもらいたいということを大体貸すときに言うのが普通である。実績はそれよりはるかに高い債務者預金の比率になっております。ですから、何もわが国だけで、銀行が非常に優位にあるから、そういう現象が生ずるわけではない。問題は、銀行が金利をつり上げるために拘束をするということは確かによくないと思います。ですから、形の上で拘束預金というものがありましても、たとえば担保預金ですね、担保に取っておるという例でございますが、そういう形の上で拘束であっても、その中に取引上当然のものもある。そういったものでない銀行が強制した拘束預金、こういうものは減らすにやぶさかではございません。債務者預金そのものを減らせということを強く求められることは、いまの段階においてまことにどうも了解いたしかねるというふうな意見が圧倒的に多うございました。全部ではございませんが、とにかくいろいろな意見がありまして、かなりもみにもんだあげく、結局債務者預金の中で、不当に債務者の意思を無視して拘束しているものを減らすようにしたい。では、その割合はどのくらいあるのかということになりますれば、これこそ全くほんとうにつかみようのないものでございます。しかし、銀行が一応そういう数字を出してきております。その数字は私どもが考えているものよりも若干どうも低いように正直なところ思いますが、しかし、何もしないでいたずらに平々と過ごすよりは、とにかく銀行側の言い分を取り上げて、そしてやってみようじゃないか、その数字がはたしてほんとうに減るかどうか、こういうように不当に拘束しておるものについては今後二年間にその根っこからの部分の二割を減らします、こういった申し合わせができたわけであります。なぜ私どもがこういうことについて通達でぴしゃりとやるというふうなことをしないかといいますと、これは先ほど私が申し上げましたように、事実関係について見ると、判定困難なケースが非常に多い。ですから、いってみれば、銀行、金融機関の当事者がほんとうにその気になって減らすという気持ちにならない限り、容易に減るものではない。こちらからいままでも何回も通達は出しておるわけですが、それで直っていないのですから、今度は少しやり方がきびしくなっております。自粛申し合わせにいたしましても、非常に徹底した措置になっておりますが、本人がその気になってやってもらわなければならぬというふうに考えて、自粛申し合わせという方式をとったわけであります。なおそれだけでは不十分であるというので、各銀行、特に都市銀行の頭取に大蔵省に来ていただきまして、この両建て、歩積みのような不当な拘束預金がふえる理由の中に、金利の問題も確かにございましょうが、都市銀行などの場合には預金の量を競争するという業容拡大競争が相当の因をなしておるという点が認められます。つまり昨年の場合は一兆円突破ということを目標に上位四行が激しい争いをした。そういうことから、お客のほうにほんとうに意味のない、ただ黙って十億円貸して十億円預けてもらう、金利の負担はほとんどさせない、金利がほしいのじゃない、預金がほしいということで、そういう競争が相当行なわれた。これはおかしいじゃないですか、確かに銀行が大きいか小さいかによって、たとえば日本銀行の貸し出しなどにも、やはり大きな銀行にはよけい貸すというような結果があるのですから、その他いろいろな意味で、宣伝のためももちろんございましょう。日本一の銀行であるとかなんとかそういうことが非常に宣伝になるものですから、非常に量を争うわけであります。これをやめていただきたい。頭取の名前で自分の部下にその過当な業容競争、意味のない預金の獲得競争、あるいは他行の預金を奪ってくるというふうなこと、あまりにも行き過ぎが目立ちます。銀行員の諸君にもおそらく相当な不満がある。そういうことをやらないようにということを頭取の名前で通達を出してもらった。これはおおむね了承して実行していただきました。なお各行の業務部長の名前で、どういうことをすべきでないかということを具体的に指示しました。なぜこういうことをしましたかと申しますと、従来とにかく銀行の預金の競争のために相当どうかと思われるような部内通達が出ておるのがたまに発見されるのです。まるでZ旗を掲げたような激しいものがあって、これで銀行員がみんな踊らされておるということがございました。この検査の際に、ごくまれでございますが、そういうものを発見いたしました。これから先、そういったとてつもないような激しい預金競争をさせるような通達を秘密に出して、それがもしわかれば、私どもはその方に責任をとっていただく、そういうことも当初から申し上げてあります。これから文書では出さないだろうと思いますが、そういう牽制の意味がございまして、形を整えてもらった、こういうことでございます。とにかく預金の量の競争ということも歩積み、両建て問題等に相当からんでおります。みなお互いに背伸びをしたいという気持ちがある。ですから、都市銀行の中には自分たちの金利のためにやっておるのではないというふうなことをはっきり言う人がいます。しかし、そうばかりは言えない。大企業の場合には、なるほどそれはよくある一割か二割でございましょうが、中小企業になれば、私どもの検査で調べたところでは、やはりかなり高い債務者預金がある場合がある。都市銀行でも同じでございます。もっと悪質な場合でいえば、当座性の預金がある。この預金が取引量その他から見て多いのじゃないかという感じがいたします。これこそほんとうは金利の面からいえばずいぶん高いものになるわけです。しかし論議をするとなかなかそれが憶測であるやいなやということは非常にむずかしいケースが多い。いずれにいたしましても、これはもう国の問題はもちろんからみますが、いままで相互銀行等におきましては、表面金利を引き下げるより、約定金利の引き下げを非常に努力してやってまいりました。そこのいろいろなパンフレットを見ましても、相互銀行の平均レートが過去何年間にこのように下がっておりますというようなことで、事実それはまことにけっこうなことなんですが、しかし、ややそれにとらわれ過ぎて実質の債務者が負担する金利と、表面にあらわれた金利との間にかなりギャップが依然としてある。これはいまに始まったことではございませんで、戦後一貫してこういう債務者預金は非常に多いわけでございます。それはそちらのほうを直すほうに重点が置かれないで、表面金利を引き下げて、とにかく一人前の銀行らしい、銀行の名に値するような金利にしたいというところから、金利を下げてまいりました。しかしいまは依然として債務者預金の総額というものは減っておらぬという状況でございます。これから先、私どもの指導する考えといたしましては、表面金利もさることながら、やはり実質金利が徐々にでも下がっていくように心がけたい。それには形を整える意味におきましても、債務者のいやがる両建て預金を強制するというようなことはなるべくやめていって、そして長い目で見て実質金利は下がっていくというふうな方向にもっていくべきじゃないか。こういう指導方針でございます。  経過等につきまして、一応申し上げましたが、要すれば、自粛申し合わせの内容につきましても御説明申し上げたいと思いますが、要するに、ここにいろいろ書いてございますが、特に銀行協会の連合会が十二月になりましてから、さきの三月の自粛措置はどうもわかりにくいということで、十二月二十四日付けの自粛措置がございます。これはお読みいただいても大体これなら内容がわかると思いますが、要するに債務者の都合で預けたもの、こういうものはもちろん問題はない。そうでなくて、貸し出しに伴って時期は相前後いたしましても、強制的に拘束すれば、そういう預金はすべていかぬのである。ということでございます。預金の種類などによっていろいろありますが、期限がまだ到来しない定期預金を担保に入れて金を借りるということは、これは債務者の希望でもございますが、それも期限がまだ非常に残っている場合に借り入れをすれば、これはほんとうは有利じゃないわけで、あと一カ月で期限がくるというような場合を考えますと、あえて両建てにして借り入れを受けたほうが有利だという場合もございますから、そういう場合はいいんだというようなことも書いてございます。それから自粛措置としては不当なものについては預金と貸し付けを相殺しなさい。あるいは不当に拘束している分は拘束を解くんだ。どちらにもならない場合には金利を押えなさい。百万円をこえるものについては一銭六厘以下、百万円以下のものは一銭七厘以下に金利を押えなさい。つまりさやがほとんどない程度にすべきであるというふうになっております。それから手形割引の際の歩積みでございます。その場合は手形の金利は約定金利よりも日歩三厘以上引き下げなさい。こういうふうな形になっております。それでこの措置を十二月にきめましたと同時に、苦情処理の機関をつくれ、全国の協会の中にもつくりなさい。それぞれの地方地方に銀行協会というのがございまして、全国それぞれ銀行協会というのがございますから、そういうところにも設ける。それから銀行の窓口ですか、そういうところに苦情処理相談の施設があるから、不当に拘束されたというので文句のある方は、どうぞ申し入れてください。そういうポスターを張ることになっています。おそらく実行しておると思いますが、ある程度目立つ程度の大きさでこれを銀行に張って、利用してください、――私どもはだれでも、およそ銀行から金を借りている人がその銀行がけしからぬといってねじ込むということはあまりないのじゃないかということも言っておるのですが、しかし実際に一人でも二人でもそういう勇敢な者が出てきて苦情を申し込むということになって、それを歓迎するのだという態勢をとっておりますれば、だんだんにそういう風潮が出てまいるのではないか、私どもこれからもすべての借り入れをする場合に、一銭も預金を置かなくてもいいのだというふうに考えるのは、債務者としても行き過ぎではないか、いままで十数年にわたって、そういう前提で銀行の経営がなされておる。資金コストが実際はかなり高いものですから、表面の金利そのものではとうていペイしないということがたくさんあるわけであります。ある程度銀行に少なくとも営業性の預金をして、そうして小切手、手形のあり方などを見てもらうという、これは私はやむを得ないことである、必要なことではないかと思う。だから二銭五厘という金利であったならば、一円も預金を置かないで、そのままで借りられるのだというふうに民間の金融機関にそれを要求するのはやや過酷ではないか、漸進的に改善するということでなければならぬ。政府の金融機関につきましては全くの裸金利でございます。九分と申せば九分で、両建てなしで貸す、これはよろしいのでございますが、預金吸収を使命とする民間金融機関の場合には、債務者からは預金を一切とるべきではないというようなところまでわれわれが指導し、また債務者はそれを求めるのは行き過ぎというものではないか、その辺のかげんを、要するに過当なものはいけない、常識的に考えてなるほどと思う程度のものはいいという考えで、過当のものを除いていくという考え方で強力に指導してまいりたいと考えております。  以上で簡単でございますが……。

大久保武雄自由民主党

○大久保小委員長 ちょっと速記をとめてください。   〔速記中止〕

大久保武雄自由民主党

○大久保小委員長 それでは速記を始めてください。  続いて質疑に入ります。通告があります。これを許します。有馬輝武君。

有馬輝武日本社会党

○有馬小委員 簡単にお伺いしたいと思いますが、相互銀行に対する大蔵省の監査といいますか、監査の基本方針と、それからおもにどういった点について主として監査をしておられるか、その点についてお伺いしたいと思います。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 相互銀行につきましても、これは銀行とその基本的な検査方針は変わっておりませんが、何ぶん相互銀行は無尽会社から転換いたしましてその後急速に伸びてまいっております。非常な伸び率を示しております。とかく油断をいたしますと、情実的な貸し付けとか、中小企業の専門機関であるにかかわらず比較的大口な貸し出しを行なう、そういった傾向がときどき見られる。こういうことをなくし、つまり不良貸し出しを全くなくするようにするための検査、大口の貸し出しをいわば選び出してその是正を求めるというようなこと、貸し出し面につきましては大体そのようなことが中心になっております。またその経営のあり方につきましてやはり後進性といいますか、他の先輩である銀行、非常に古い銀行などに比べますと、経営のあり方が非常に同族会社的であったり、要するに組織的な運営がなされていない、意思決定がごく一部の者だけで行なわれるというようなことがありまして、そういうことはとかく情実貸し出しの弊を生みますし、また組織を軽んずるときには、健全な全体としての発展が望めないというふうなことがございます。そういう経営陣のあり方にまでしばしば立ち入っております。経営者がきわめて不当であるというような場合には、場合によってその善処を求めるというふうなことも内面的に行なう場合もございます。これはわれわれとしては、いってみれば何ら法律上の権限に基づくものとは考えませんが、しかしそのままではとうていうまく経営を健全にすることができないと思われる場合、あるいは非常な大きなあやまちを犯しておるというような場合におきましては、経営陣の刷新をはかるというふうなことを求めることもございます。また経営陣のみではなく、その下の組織関係につきまして他の進んだ形態をとったほうがよろしいと判断いたしますときには、そういう組織のあり方につきましてもその改善を求める。これは検査の終わりましたあとで講評もいたしますが、また示達書、名前は非常に古めかしいのですが、示達書というものを出しまして、それにおもなる欠点事項をあげ、その改善についての方策を文書によって求め、また不良貸し出しにつきましては定期的にその減少の経過を書類をもって報告せしめる、こういうことをやっておる次第であります。

有馬輝武日本社会党

○有馬小委員 銀行局長の御答弁によりますと、相互銀行の健全な発展を考慮して、これを伸ばす意味で貸し出しなり、あるいは経営陣のあり方なりについても、これをささえるという立場から施行しておられると思いますし、またそうあって私はしかるべきだと思うのです。が、しかしおのずから監査の対象については限界があると思うのですが、そういう点についていまの銀行局長の考え方というものが、必ずしも実際の衝に当たる諸君に伝わってないきらいがあるのじゃないか。たとえばそれぞれの銀行の労働組合のあり方についてまで口を差しはさまれることがはたして妥当かどうかという点については、私は大きな疑問を持っておるわけです。  ここでお伺いしたいのは、まさか労働組合のあり方についてどうこうということは大蔵省は言っておられないと思うのですが、もしそういうケースがあったならば、その理由と、どういう立場からそれをやられたか、お聞かせいただきたいと思います。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 お尋ねの案件、ここで具体的な問題に触れるのは、私としてはなるべく避けたいと思いますが、労働組合のあり方自身について検査の場合にどうこう言うことは、これは私はないはずであると思います。もしそういうことがあればそれは明らかに行き過ぎである。ただ労働組合のあり方が、経営者との話し合いで、いろいろな交渉が持たれ、また労働協約のようなものがつくられるわけでありますが、経営者がこちらから見ましてあまりにもふがいないといいますか、たとえば人事その他の問題についてもほとんどもう経営者の側が握れないといいますか、何もできないというふうな状態になっている場合がもしあるとしますれば、そういう場合は少し行き過ぎではないか。経営者がもう少ししっかりしてもらわなければ困る。労働組合の権利というものはこれは協約によっていかようにでもなります。がしかし経営者には経営者としてのあり方かなければいかぬ。そういう意味において経営者の側に対して、組合との交渉その他における態度、あまりにもふがいないといいますか、経営者たるの実を持っておらぬ、こういう場合がもしありますれば、それは経営者の側に立って是正を求めてもいいのではないか、私はそういうふうに考えますが、しかしその結果労働組合がそれに応じないということでありますれば、私ども何ら労働組合に対してどうこう言う筋合いではありません。現にこれは相互銀行ではございませんが、非常に進だ労働組合の場合に、もう経営者ががんじがらめになっているような労働協約がある場合がございますが、これはいかんともなしがたいのでありまして、私どもその是正を求めるといっても、そのこと自体については何ら文句を言えない、そこには限界があるというふうに考えております。

有馬輝武日本社会党

○有馬小委員 さきに各委員の御理解をいただいて質問いたしておりますので、これではしおりたいと思いますが、少なくとも銀行当局の監査で、たとえば経営陣が労働協約で縛られておるといたしましても、その内容に立ち入ることは、私は完全に行き過ぎだと思います。労働三法との関連からいたしましても非常に問題がありますので、この点につきましては具体的な問題を、もしこういった委員会で公開の席上でぐあいが悪ければ、具体的な問題は秘密委員会にでもいたしましてお伺いをいたしたいと思いますから、次の機会にその具体的な事例をひとつ詳細に資料としてお出しいただきたい、このように考えておりますから、次の機会にいまの件についてお伺いをいたしたいと思います。ただ希望といたしましては、やはり経営陣の問題なりあるいは貸し出しのあり方について監査されることは、当然銀行局としてなされなければならないことでありますが、その域を脱しておるきらいがありますので、その点についてはその限界について慎重な配慮をしていただきますように、この際要望いたしまして、次の機会に譲りたいと思います。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 具体的な事例について資料を出せとおっしゃられますが、しかし私のほうとしてはそういうことはないと確信しておるわけでございます。ただ検査官もたくさんおりますから、その言辞、ことばの上においてあるいは多少こういった労働協約は好ましくないとかいうことを言う場合があったかもしれませんけれども、しかしこれは労働組合がどうというのではなくて、やはり経営のあり方について経営者の反省を求める場合にちょっとそういったことが出たことがあるかもしれませんが、しかしこれも私は実際にそういう事例を聞いておりませんし、資料としてお求めいただいても、どうも私としては出しにくい問題でございます。なるべくならばこれはごかんべんいただきたいと思います。

有馬輝武日本社会党

○有馬小委員 私のほうから具体的に出してその一つ一つの件についてお伺いしたいと思います。

大久保武雄自由民主党

○大久保小委員長 それでは佐藤觀次郎君。

佐藤觀次郎日本社会党

○佐藤(觀)小委員 三月危機という問題、それから開放経済に向かう体制、金融逼迫の問題などで銀行の合併問題とか支店の問題とかそういう問題がたくさん出てくると同時に、いま一方では、あとで春日委員からも強い質問があると思うのですが、歩積、両建てという問題が出てきたということは時代の趨勢であり、また最近田中大蔵大臣が閣議においていろいろと大蔵大臣として意見を発表されたことによっていろいろ問題があると思うのですが、私は銀行局長に膨大ないろいろな仕事があるわけですが、最初に事務当局として銀行合併論についてはどんな考えを持っておられるのか、またこの前わが党の堀委員からも質問があったときに、大蔵大臣から何かの対策を考えるという話がありましたが、その後どういうようなことになっておりますか、それを伺っておきたいと思います。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 銀行合併につきましては皆さんもあるいはもう御承知と思いますが、明治時代を顧みますと二千何百という非常にたくさんの銀行がありました。これがだんだんに減ってはきましたが、昭和二年にただいまの銀行法がつくられます当時、やはり千数百と普通銀行だけでもございました。こういうものを何回か合併促進の措置をとってまいりまして、戦争中も、これは今度は別な目的で戦争中は資金統制というためではないかと思いますが、昭和の初めごろの合併は銀行の基盤が弱いということ、これを基盤を強めるために合併させなければいかぬ、群小銀行がたくさんあるということは、日本経済のためにプラスにならぬという考え方でやられたものであります。それがさらに戦争中は資金統制を強める、統制をやりやすくするという観点からやられたものと思います。大体シナ事変以後の合併はそういった線になってきたのではないか。その結果一県一行、一行というと当時の呼び方は一県一行ないし二行くらいが適当であるというふうなことでどんどん銀行の数が減りまして、ただいますべての銀行全部含めまして八十八行になっております。この八十八行がまだつまり数として多いかどうかという問題が一つあると思うのです。それから言っておられますいわゆるこれからの開放経済に対して銀行の基盤を一そう強化するために合併が必要だという御意見もあると思います。しかし私どもは少なくとも銀行についてみますと、一県に一行ないし二行、まあまあごくまれに三行ございますが、そういった程度のものが数として非常に多過ぎるというふうには考える必要はないのであります。中にただ一部に非常に基盤の固まっていない、資金量もあまり多くならない、相互銀行などに比べても劣弱と認められるような銀行もございます。こういったものについては、もし他の銀行との話し合いが非常にうまくいって、何らお互いに衝突もなしに合併するようなことがあるとすれば、そういうものは認めていいのじゃないか。なお非常に大きな問題として都市銀行が――ただいま都市銀行は十三行ともまた東京銀行を入れれば十四行とも言いますが、この数が多いことがいわゆる系列競争、産業界の系列というものと銀行の系列というものが全く結びついていて、よく例をひかれるのですが、石油化学のようなものが九つもセンターができてしまう。これは行き過ぎじゃないか、それぞれが国際規模、たとえば三十万トンぐらいになってからやればいいものを十万トンくらいの段階でもう次がどんどんまた追いかけるというふうな、こういう過当な競争を生む原因となるのは、要するにそのうしろに銀行がいるからだ、こういうことも言われます。私はこれもまことにもっともなことだと思いますが、さて国際的に見たら日本の大銀行の基盤が弱いかといいますと、金利が国際水準に比べて高いという点もございますけれども、量的に見ますと世界の上では相当上位にランクされる大きさになっております。これは日本の企業全体が非常にオーバー・ボローイングで銀行に依存度が高いということと非常に関係が深いわけでございますが、戦後の資本蓄積がどちらといえば金融機関中心、金融機関に対する預金という形で資本蓄積が日本で行なわれてきた、こういう結果の反映であろうと思います。そこに資本市場との関係が非常にむずかしくなるわけでございますが、どちらかといえばちょいちょい株式市場は不振で増資もようできないという場合に、銀行はその間においても間断なく資金量がふえておるという、こういったのが日本の資本蓄積の姿で、いまだにそれが続いている。こういったような大銀行が系列を、系列が幾つあるということははっきりわかりませんが、まあかなりある、その系列を減らし、国内の産業界の過当競争をいまよりも少なくするという、そうして国際競争力をつける。産業界にはまだまだ国際的な規模に達しないで相当な過当競争というものがございますから、こういうものを整理統合するために銀行のほうも整理統合したほうがいいではないか、こういう意見があります。まことに理由は大いにある。ただしいまの実情から申しますと、大銀行同士がそれぞれ手を握って合併まで踏み込んでいこうというふうな動きはほとんど感知されない。つまり可能性としてはほとんどないと言っていいのじゃないかということになります。私はこういう意味における大銀行同士の系列を少なくするための合併というものは理論的には考えられるし、またそれができたとすれば非常にけっこうですが、ただ一つくらいのケースで問題が解決するわけではない。もっと大胆に大幅にやるということであればけっこうですが、そこまでいく可能性は私としてはないのじゃないか。としますと、比較的小規模で基盤の脆弱な銀行の合併が考えられるということになる。地方銀行が県をまたがって合併するということにつきましては、どうもいまの府県制度と離れて銀行だけが先走って府県を越えて合併するということにつきましては非常に可能性がないし、もし無理に合併が行なわれるとしますと、本店のなくなった府県からこれは銀行をつくらしてくれという要望がたちまち出てきて、何のために合併したのかわからぬということにもなりかねません。まあそんなふうなことで合併を拒否するという考えは毛頭ございません。それが非常に筋道の通ったものであれば、これは認めるにやぶさかでないのでありますけれども、非常に積極的に合併を進めようといたしましても、かえって摩擦が多いということになりますと、それ以来のいろいろな問題がありますからそのことにばかり銀行員が気をとられてそわそわ落ちつかないということになってはかえってマイナスになるのじゃないか。自然発生的に起こってくることのほうがむしろ望ましいというふうに考えております。

佐藤觀次郎日本社会党

○佐藤(觀)小委員 先日御承知のように第一と朝日が合併することになった。これはこの間田中大蔵大臣からもいろいろ説明がありましたが、これには非常に問題があったのですが、それに関連して支店の増設を各銀行が大蔵当局へ申し込んでいると思いますが、その基準としてはどういうふうなことになっておりますか。支店を増設する場合の銀行に対する大蔵当局の考え方は一体どういうことになっているのですか。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 非常にはっきり申し上げますと、支店を認める場合の画一的な基準というものはございません、はっきり申し上げまして……。ただし考え方を申し上げますと、日本の銀行の支店の数が多いか少ないか、これについても問題があるわけですが、場所によりましては非常に多いのでございます。ある地域に非常に集中する傾向がある。まあ都内なんかにもずいぶんと批判を受ける場合があるわけでございますが、これは東京に限らず地方の都市におきましても、軒並みに金融機関が並んでおるというふうなことで、なぜこんなにたくさん支店がなければいかぬのかという疑問を持たれる。私どもこれらの銀行の店舗につきましては、まあ自由化という線を打ち出したのですから、非常にきびしく押えるという考えはございませんけれども、過当競争をやってお互いに預金を取り合いするだけで、コストとしては高くつくというふうな、そういった地域には認めたくないわけです。それで日本の各地の発展状況を見ますと、最近少なくとも大都市の周辺地区におきまして、周辺というのはかなり広うございますが、相当住宅地帯ができたようです。あるいは工場地帯がつくられて、そこに工場が進出する。新産都市がこれから具体的に進められまするが、全然何もなかったようなところに非常な産業の実体が備わってくる。こういう場合には、そういうところに必要なだけの店舗は積極的に認めていく。日本の銀行の総数からいいますれば、必ずしも支店の数が多過ぎるとも感じられません。大小いろいろな金融機関を合わせて考えてみましても、外国にも、小さなものまで加えますと、二万幾らとかいうふうな数のところもございますし、日本の面積、人口その他から考えまして、日本の支店数が絶対的に多過ぎるとも考えませんが、これから先は、効果の高いところ、そうしてそれにはある程度交通整理をやらざるを得ない。自由にといいましても、あまり自由にしますと、結局さしあたりマイナスであっても競争上絶対生き残るというふうな銀行がどんどん店を広げてしまう。やや力の劣った金融機関、これは相互銀行、信用金庫を含めまして、そういうところはどうしても対抗できない。要するに強者がますます強く弱者の進路をふさぐということにもなりかねません。交通整理の必要はあると思います。そういう場合におきまして、それぞれの金融機関の種類別に見て、従来の過去何年間かにおける支店の増設、純増のあり方がちょっと違っております。まあはっきり申しますと、都市銀行などは、数の上からいいますとふえ方が少のうございます。そういう点で多少資金量的にもおくれをとっておる。貸し出し需要先は大きなものをかかえておるのに、資金の伸びが従来ほかの金融機関に比べて実情において若干悪かった。そういった点も多少考慮に入れまして、統制的な考えはありませんが、交通整理をして、強者ばかりがさしあたり赤字を覚悟でどんどん店舗をふやしていくというふうなことのないように合理的に取り計らっていきたい。

武藤山治日本社会党

○武藤小委員 関連して。いま銀行局長のおっしゃった支店増設の実数の過去三年間くらいの数字をちょっと教えてくれませんか。大銀行、地方銀行、相互銀行の……。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 まず都市、地方合わせた数字がありますので、これを先に申し上げますが、全国銀行、相互銀行、信用金庫の内訳で申しますと、三十五年度は、全国銀行は店舗設置五十六、廃止二十、同年度における相互銀行は設置六十九、廃止二十一、信用金庫は設置百四、廃止二でございます。それから次に、三十六年度は、全国銀行は設置七十六、廃止二十七、相互銀行は設置六十、廃止十九、信用八庫が設置百四、廃止九。三十七年度は全国銀行がふえまして百三十五設置、三十四廃止、それから相互銀行は五十六設置、十四廃止、信用金庫は百二十設置、二廃止ということになりまして、それからなお昨年の四月から十二月までのところで申しますと、全国銀行は設置百七十六、廃止十二、相互銀行は、設置三十八、廃止四、信用金庫が設置百三十、廃止四、こうなっております。  なおあえて申しますが、昭和二十八年度からただいま申しました昨年の十二月までの全体につきまして、純増の数字で申しますと、全国銀行が六百五十七、相互銀行が六百八十六、信用金庫が千二百五十九、こういう数字になっております。

堀昌雄日本社会党

○堀小委員 関連して。いまの銀行の店舗の増設の問題ですが、基準がないようですけれども、具体的には何か点数表があって、その一番から何十番かずらっと並べて、いいことですけれども、その点数が非常にものをいうように私理解しているのですが、そこの取り扱い方が、私はいまの全国銀行、相互銀行、信用金庫といったワク別にそういう順位、点数を比べるのなら合理的だと思うのですが、どうも実情を拝見すると、信用金庫、相互銀行、銀行全部ひっくるめて点数でランクがついているように、最近のことじゃないけれども、ちょっとそういう理解をしたことがあるわけです。そこで最近はどうなのかということをちょっと一回聞いておきたい。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 いまのお尋ね、あとのほうから申しますが、銀行と相互銀行と信用金庫とは点数のつけ方は全部別であります。銀行は銀行で、点数というのは主として信用金庫についてはっきりあるのであります。これは点数は確かにございます。相互銀行は点数制はございません。ただ設置の基準でなくて、設置を許さない場合の基準みたいなものがございます。非常に経営が劣弱でございまして、現在の店舗についてもよう採算がとれぬ、それから中身を見ると、職員の質が悪いので、支店を出してもそこに支店長とかしかるべき職員が必要なのだが、それが出せない、こういうふうなものには支店は設置させない。現在の支店がちゃんと採算のとれるものになってからやる。それからもう一つは法律違反をやってはいけない。特に相互銀行におきまして、法十条違反というのがございます。大口貸し出しでありますが、大口貸し出しを何件もかかえて、こちらがそれを解消するように厳重に命令しているにかかわらず、容易にそれに従わない。こりいうものは内容がよろしくても支店の設置は行儀が直るまで遠慮してもらう、こういうことでございます。

堀昌雄日本社会党

○堀小委員 いまのお行儀の問題非常に私はいいと思うのです。大口貸し出しもよくないのですが、特利をやっているところが、いまの報告を見ると、特利をやっていても支店がどんどんできている感じがしますね。一年に何十行もできているのですから。特利をやっているところは出さないということになりますか。まあそれは内緒でやっているのですから、わからないかもしれない。しかしわかった場合は、ひとつその年度間はその銀行については支店を認めないということになりますか。その最低基準、それだけひとつ。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 特利はいまのところほとんど形の上では消えたようなことになっておるわけです。しかし私は実際はそれはあると思う。これは検査の結果等で、意外なほど大胆にやっておるというふうなことであれば、私は店舗を少なくとも引き延ばすということはあると思います。しかし一般的にはそれほど大がかりな特利もこれを発見することはきわめて困難だと思いますが、そういう意味で、行儀の悪い、ほかのいろいろの事項と突き合わせた上で、あわせて一本ということになりますれば、これは支店を認めないという措置をとることになります。

佐藤觀次郎日本社会党

○佐藤(觀)小委員 それからこれはどうしても声を大にして言わなければならぬと思うのですが、銀行の支店というものがどえらい膨大なものができておる。しかも銀座あたりでは、目抜きのところの角にどえらいものができておる。本店はしかたがないと思う。私は、極端に言うと、銀行は人の金でどえらいものをつくって、しかも繁華街の中心にあるでしょう。こんなことは、私は、ロンドンにもニューヨークにも――審査課長が帰ってこられたから御存じだと思うのですが、世界にもないと思う。これは基準がない。人の金で、本店を置くのはしかたがないとしても、支店を町のどまん中の一番の目抜きでやっておる。銀行なんというものは信用さえあればすみっこにあったってよさそうなものだけれでも、全く大きなビルディングを建てている。しかも四つかどのどまん中にどえらいものを建てている。これは私は何といってもまずいのじゃないか、こういうふうに思うのですが、高橋さんどういうふうにお考えになりますか。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 銀行だから非常に遠慮しなければならぬというふうには思いませんけれども、しかしただいまの御意見、私もそういう感じを持ちます。ただしこれは十何年間の間にすでにつくられちゃったというのが多うございます。いまこれに対して移転命令を出すというか、移転を勧奨するということになるとかなりな問題になってしまいますので、特にああいったところを一つの宣伝効果といいますか、私は逆効果もあろうと思いますけれども、非常に目抜きの通りに店があるということが格を示すみたいに思っているところも相当多うございますから、裏のほうに引っ越さないかというようなことを言ってもすなおについてくるようなことはございません。これから先はそういったところに店舗の必要はないのじゃないか。ですからこれからは、最近銀行課長などと話をしておるのですが、できるだけ小型の店舗にする。特にこれから土地の取得費が非常に高いのです。かなり距離の遠いところに行きましても坪数万円、銀行が行くとまた非常に高くなるということもありまして、用地費をあまり多くかけたりするのもどうか。ですからできるだけ小型な簡素な支店をふやす、そういうことに重点を置いてまいりたい。ことに都市銀行と言わずに、みな預金店舗が主でございます。これから預金を集めるための店舗、言ってみれば郵便局の郵便貯金に近いような、そういうことになる傾向が多うございますから、そういった程度のものでないと採算もとれぬというようなことが多うございます。店舗にあまり金をかけない。行き過ぎた過剰サービス施設ですね、何か銀行の中がちょっとしたパーラーみたいになってしまうような、そういったあまり華美にわたるようなこと、デラックス過ぎるような感じを与えないように、金のほうからいえばたいしたことではないそうでございますけれども、銀行でもって消費を奨励するような、そういう感じを与えるものはいかぬという考え方で指導してもらいたいと思います。

佐藤觀次郎日本社会党

○佐藤(觀)小委員 私も小型の、西ドイツには一人でやっておる銀行も、支店もあるように聞いております。これはいままでできたやつはしかたがありませんけれども、これから銀行の支店を許可されるときには十分に考えて、銀行というものは、かどの目抜きにあるようなものではない、と思うのですが、どうですかその点は。高橋さん局長でおられるからぜひひとつ今後は郵便局と同じような形でやってもらいたいというのが一つの希望であります。  それからもう重ねての質問になりますからあまりくどくどたくさん申し上げませんが、外国のニューヨークでもロンドンの支店でもこういう問題はいろいろ議論がありまして、私は現地でいろいろ意見を聞いたのですが、過当競争もやっておるのです。やはり日本の銀行も出先でやっている。やらなければ本店からしかられて帰ってこいと言われるから無理もないのですけれども、これは日本の商社が第一線で過当競争でやっておると同じようなことをやはり日本の銀行の支店がやっておるという傾向が決してないとは言えぬと思うのです。こういう点について、銀行局も非常に忙しいので、こんなに広い範囲のことをやっておるのかと思って、銀行局長さんの仕事もたいしたものだと考えたのですが、しかしそれだけに非常に重要性のある――大蔵大臣なんというものはなかなかたいへんな仕事で、これはわれわれがそんなことを言っても末端の事務的なことはわからないと思うのです。そういう点について、だから私はいまあなたの言われるような小型の支店をつくって、何としても預金者が一番便利な、銀行だけがもうけるのじゃなくて、預金者に納得のいくような銀行の支店を設置させるような指導をしていただきたいというのが私の希望であると同時に、外国の支店に対しても、これは非常に片手落ちがあるというように考えられる面があるわけです。これはニューヨークでいろいろ意見を聞いたのですが、われわれは大蔵委員で向こうへ行きまして、いろいろ意見を言われるときには、あるところには許可し、あるところには許可しない、いろいろあなた方理屈はあると思うのですが、やはりそういう点もなるべく公平に、しかも日本の国全体の損にならぬように、ある程度まではやむを得ぬけれども、あまり過当競争をやらせるような、そういうことのないような方法がとれるかどうか。そういう点についてもう一つ伺いたいと思うのです。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 確かに御指摘のようなことはございます。外国為替のための銀行がロンドン、ニューヨークに特に集中して出ております。出ちゃったのですが、そのいきさつはいろいろあるようでございまして、最初はもっと数少なくしぼっておきたかった。これは確かに日本の場合には非常に多い。あまり世界に例がないです。ロンドン、ニューヨークにあれだけ支店が集中しているというのはそう例はない。西独のごときはたしか全然海外支店なしでもっぱらコルレスでやっているという話を聞きますが、そういう点でいきますと、やはり日本の場合には行き過ぎがすでにできちゃっている。これはたとえばユーロダラーの取りあさりの問題ですね、こういう点でまことに外国のひんしゅくを買うような事例も私は聞いております。自粛は大いに求めるのですが、具体的には別々のところにみな店を構えておるものですから、過当競争を防ぐ方法が非常にむずかしい。結局そういうことよりもユーロダラーの取り入れなどがおもなんですから、こういった面を金利その他の面で規制するというほうが早いのではないかという感じがするのであります。ときどきユーロダラーがあまり入りますと、金利を下げたり、一応考えていたしております。ですから取りあさりをしたりしないように――もちろんこれ以外にも過当競争の例はほかにも多いのであります。業務監督上たいへん遠いものですからむずかしい。しかし現地の大蔵省出身の者が外務省の資格でおったりしますので、そういった連中には十分監督を怠らぬように注意するようにやっておる次第であります。

佐藤觀次郎日本社会党

○佐藤(觀)小委員 最後ですが、先ほど歩積み、両建てについて銀行局長からいろいろ説明がありましたが、私がひとつあなたにお願いしたいのは、いま非常に市況の荒い、特に金融方面はいろいろ想像のできないようなことがありまして、私の知ったところでも、実は五百万円借りるのに実際の手取り二百万円、あとは歩積み、両建てでひどい目にあったという事例があるわけです。おそらくあなたのほうからもきょう参考書類にいただいた大蔵省のいろいろのこういう警告やら注意やらいろいろあって、やっておられるが、これはもう紙の上のことであって、いま人心が非常に惑っておるときですから、なかなか大蔵省なんかの言うことをきかぬ支店長もあると思うが、そういう点で銀行は二重の暴利をむさぼっておるという声がある。特に最近は金融が逼迫しておりますから、そういう声を、われわれいろいろ中小企業者から聞くわけです。そういう点については大蔵省あたりはいわば雲の上のような形で、いろいろ仕事があるのでそういう末端のことまではわからぬだろうと思いますが、そういう点についてもっと積極的に、あとで春日委員からもいろいろその現状についてお話があると思うのですが、私たちとしてはそういう方面にやはり規制をしてやってもらいたい。少なくともあまりに極端な事例については、いろいろこれは引用していいかどうか、慣例があるからということで一ぺんにやめることはできぬだろうと思われるのですけれども、原則としてはやはり中小企業者、借りる者の弱い立場から、ひどい目にあっている例が決して少なくないと思う。そういう点についての銀行局の立場をひとつ今後どういうようにやられるかということを聞いて、私は質問を終わります。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 私ども確かに実際の実務に深入りしておりませんから雲の上と言われるのですが、しかしそうではないので、かなり実例なども聞き及んでおります。検査の場合にまた極端な事例を発見する場合もございます。検査の際には一件一件おもなものは貸し出しの内容を書き出させますから、その場合に預金が幾らあるか、定期預金であるのか、当座であるのか、そういうところまで突っ込んで見るようになっております。確かにいまお話しのような六割を両建てされたという事例があると思います。そういった極端なものをまず減らす、要するに常識で考えられる程度ならばいいと思うのです。債務者が非常に意外だと思うようなことを強制するのをまず取り締まっていく。全体非常に件数が多いのですから一切がっさいというのはむずかしいのですが、極端なものはまず先に是正させる。それでそういう場合の苦情処理の制度もできたわけでございますので、非常に勇気のいることと思いますけれども、そういった先例をどんどん開いて、そういうことによって金融機関の反省を求める。確かに金融機関の一部にはまだ収益の上からいってそうかんばしくないところもございますが、全体として見ると相当利益を出している。むろんこの銀行の利益を資本金と比べて非常に高いとおっしゃるのは困るのですが、扱う資金総量から見てどのくらいの収益が適当かということでございますが、えてして信用金庫の中などを見ますと相当な高い利益を上げているものがある。つまりこれは両建てなどを減らしてもやっていけるというものでございます。過当な利益を上げているかどうかという点、これは非常に高いコストをかけている、もうかるととかく非常にコストが高くなるという傾向もありますので、そういった経営面からも推して全体としての是正を行なう。極端なものは一つ一つ指摘して是正を求める、こういう態度で指導してまいりたいと思います。

大久保武雄自由民主党

○大久保小委員長 春日一幸君。

春日一幸民主社会党

○春日小委員 歩積み、両建ての問題についてお尋ねいたしたいと思うのでありまするが、この問題は先般の大蔵委員会でも私が田中大蔵大臣に若干質問いたしましたとおり、すでに歴史的に大蔵委員会で論ぜられ、商工委員会でも同様論じられているわけです。また参議院においてもしばしば政策論議として激しく論じられているところでございます。かくて一月の二十四日の衆議院本会議において私の質問に答えて、総理が、大蔵大臣も正大な決意をいたしておる、それから公正取引委員長も重大な関心を持ってこれの解決に進んでおる、よって総理としても十年来の持論であるからこれをなくすることのために以前にも増した努力をすることを誓う、こういうような答弁をなされておるのでございます。したがいまして、この問題は言うならば相当論議を尽くされてきておる。是非論についてはもはや討論終結であるといっても過言ではないと思うのです。しこうしてその解決はもはや時間の問題であり、またその場所は、総理の答弁に徴しましても相当大きな規模の背景の中でこれが最終的処理がなされるべきものだと期待をいたしておるのでございます。しかしながら、ただいま銀行局長の経過報告に徴しますると、依然としてなお初歩の段階をさまよっておるのではないかと思われるのでございまして、私ははなはだ意外なことに驚きを深くいたしておるのでございます。いずれにしてもわれわれが総理大臣や大臣を相手にして論ずることは大いに必要ではございまするが、このような経過にかんがみ、また問題の複雑性に徴しましても、とにかく銀行局において銀行行政そのことに専念専従される銀行局長を中心とする関係担当官、これらの諸君が歩積み、両建ての違法性の疑いについて正当なる認識をお持ち願うことなくしてはなかなか解決というものがはかどらない。このような点から以後私は高橋銀行局長に若干の質問を行なってまいりたいと思うのでございますから、そのような観点において御答弁を願いたいと思うのであります。  ただいまその報告によりますると、ここに相銀方式の御説明があり、全銀連方式の御説明がなされました。それを大蔵省当局、言うならば銀行局当局は了承をされてその方式の実施を監視される、こういう方針のように承りましたが、それに相違ございませんか。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 現段階におきましては、とにかくある程度御不満ではございましょうが、あの程度のものを確実に実行させるということが一番適当であると考えまして、了承というのも変でございますが、自粛申し合わせでございますから、それに対してわれわれもその実行を監視する、こういうことでございます。

春日一幸民主社会党

○春日小委員 そういたしますと、たとえば相銀方式によりますと、総預金の三〇%までの歩積み、両建て、それから金銀連方式によると債務者預金の中の一六%までの歩積み、両建て、これは結果として差しつかえないものである、こういうふうな結果を生じてまいるのでありますが、それでもよろしいか。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 私はこういう問題がいわゆる法律的な感覚の問題ではなくて、あくまでも私的な取引の問題ではないか、外国においても債務者預金の割合が非常に高い実情もある。ですからいまの三〇%までの定期性預金、相互銀行で申しますれば定期性損金、あるいは二割程度あるのを、そのまた二割減らせば一六%になりますが、その程度の両建ては差しつかえないのである、こういうふうに考えるわけではないのであります。ただ少なくとも戦後十数年、これだけ高い割合でやってきた両建ての問題を一挙解決というのは実情に沿わない、やはり漸進的に、しかも根気よくこの問題を是正させるという態度のほうが、それぞれの業界あるいはそれに属する各金融機関の納得を得てやるのが方法としていいのではないか。ですから三〇%までの両建てについては相互銀行の場合にはよろしいのだということを言っているわけではありませんが、全体としての両建ての割合を少なくすること、それが過当な両建の風習を直すために心要な措置である、こう考えまして一つの方式として採用した。三〇%までは適当なんであるというふうに認めるわけではございません。

春日一幸民主社会党

○春日小委員 適当なものだとは考えない、けれどもやむを得ないものである、こういう容認の態度は少なくとも銀行の営業行為の中において債務者預金が三〇%あるものはとりあえずとにかく向こう二カ年間にその中の二割でありますか、これを減らしていこうというのでありますから、三〇%の上積みになるものも相当部分がなお残るから、少なくとも三〇%のオリジナリティはやむを得ないものであると容認された形になってくる。むろん自粛の中にも自粛対象にはならないし、それの上積みの中の若干のものを減らせということでありますから、したがって少なくとも債務者預金の、とにかく総預金の三〇%までの歩積み、両建て、それから全銀連方式によりますと、結果として債務者預金の拘束性預金が二〇ないし二五%あれば、そこの中の二割というのでありますから、よって一六%までは自粛の対象にも何にもなられない、向こう二カ年間もならない。だから当分の間はこれでよろしい、こういうことに相なるわけでありますが、歩積み、両建ての不当性は、後ほど伺いたいと思っておりましたが、政策目的からいってもあなたのほうが通達に出されておりますとおり、開放経済に差し向かう日本経済において企業者の金利負担を軽減せなければならないという銀行営業、あるいは取引行為というものの別個の政策目的から言っても、なさなければならぬ緊急焦眉の問題なんです。しかも国会の中においてこれの不当性、あるいはさらにこれらの違法性ということが論じ詰められて、しかも本会議において大蔵大臣が国民の前に誓いを立てておる。大蔵大臣が決意したと言っておる。それから公正取引委員長が、これは重大関心を持って解決に向かって進んでおると言っておる。そのときに、向こう二カ年間は総預金の中のとにかく三〇%までの歩積み両建てはよろしい。全銀連の方式によると、そこの中の一六%に該当するまでの歩積み、両建ては大いにとりなさい、こういうようなことは、本日までの論議の経過にかんがみて、また今日企業の金利負担を軽減しなければならない開放経済に差し向かわんとするわが国の経済政策として、そんなことは適当だとお考えになっておりますか、いかがです。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 あの方式に多少誤解があるのじゃないかと思いますが、私どもがたとえば相互銀行の場合に三割をこえる部分の三割というふうなことを言っておりますが、三割の歩積み両建てが適当だと言っておるのじゃございません。と申しますのは、債務者の定期性預金ということで包括的に言っておるわけです。債務者の定期性預金の中には、両建てでないものがかなりあるわけです。債務者自身の選択でなされた定期性預金、一方で借り入れをやっているが、しかし一方で預金をする、そういうことを希望する業者がかなりいるという事実、これはおそらく春日先生もそういう事情にお詳しいのじゃないかと思いますが、自発的な預金をも含めて規制しようというのです。ですから減らす分については、自発的な預金は減らないはずです。債務者が選択して預金するものを減らせというようなことは、私どもがとても言えたものではございません。計画的にこちらの分は預金する、片方では借りるということを好んでやる場合もあるわけでありますから、そういうものを減らせというのじゃございません。だから、おそらく間違いなく相互銀行の側が減らさなければならぬ立場に追い込まれて、減らすには自分が強制しておるものについて減らすことになりますから、したがって三割超過のうちの三割、たとえば五〇%の場合に六%になりますが、その六%というもののウエートは、拘束された両建て預金の中の分としてくる場合には決して六%にとどまらない、相当大きな割合になってくるであろうというふうに考えられるわけでございまして、両建てを三割までするのは適当であるとかそういうことでなく、先ほど私が申し上げましたように、あくまでそれは一切を含めた場合の計算方式である、減らす計画を立てるための便宜的な方式にすぎない、こういうふうに御了解願いたいと思います。

春日一幸民主社会党

○春日小委員 自粛通達がここにございますが、あやまたざる記録を残すために申しますならば、相銀方式は、債務者預金が総預金の三〇%をこえる場合には、その超過分の三〇%を二カ年間ということですから、これをこなして申し上げますれば、かちっと整理して申し上げますれば、相銀方式によると、総預金の三〇%までは歩積み、両建てがあってもそれは自粛の対象にならないものである、こういうことになるのじゃございませんか。だからこの問題については、あなたのほうにも別に根拠がない。根拠がないから、できるだけ少なくすることのために、一応ひとまずこの方式をとった、こう答うられておりますね。それはそのとおりでございますね。――そこで私は問題を法律に基づいていろいろと解明してまいりたいと思うのでありますが、それならばこの問題について公取が介入できる法的な根拠は何ですか。あなたは公版でないからそういう自覚はないでしょう。ですから、本来ならば公取に出てもらってその答弁を求めればよろしいが、このことはあまりに天下周知の事柄でありますから、あなたの理解されておることをお述べ願えればいいと思うのでありますが、とにかくわれわれがいままで論じたところによりますと、銀行局が銀行の指導監督という立場以外に、事実上あなたのほうには何の権限も付与されてはいない。こんなことはいかぬと言うことも、銀行の健全なる経営を指導し監督していくことのために、とにかく望ましいことを彼らにアドバイスされるだけのことであって、彼らに対して、これを拘束したり義務づけたりする権限は、銀行法に基づいて銀行局には何も与えておりません。そのことはしばしば本委員会で論じられ、そうして大月君から何も権限はありませんと答弁されておるところによって明らかであります。その点はいかがでありますか。違った説があるならば述べてください。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 権限はないと私も思います。ただ権限がありませんでも、銀行法制定以前でもそうですか、制定以来、銀行のいろいろな業務上の問題につきまして、一般的な問題としては通達によって改善を求めるというふうな銀行法全体の精神から、当然こういう一つの地域独占みたいな免許事業といいますか、大蔵大臣が免許を与えるということになっておりますので、そういう免許された事業につきまして、しかも検査につきましては法律上の根拠がございまして、検査によっていろいろ指導することもあるわけであります。

春日一幸民主社会党

○春日小委員 高橋君の人柄を見ておると、何となく信念のある男のような気配が見えます。あなたは、白いものを黒いものと言いくるめようというような下賤な人柄ではないと私は考えております。ただこの問題は、惜しむらくはあなたに正当な認識がないということを私は最近発見いたしました。だからあなたに正当な認識がなくて、大蔵大臣が決意しても、公取委員長がそのような方針で進んでみても、大蔵大臣が国民に誓いを立てても、とにかくその衝に当たる当事者たるあなたがピントのはずれた考え方を持っておられるのであっては、改築を総合的に解決することは不可能であるので、本日特に堀君や自民党の幹部の諸君に了解を求めてこの場所を持ったわけでございます。あなたも一個の国士なんだ。実際問題としていま、銀行局長にあっても、いつまでも銀行局長ではあるまい。われわれの後輩として代議士にもなられるわけでありますから、一個の政治的信念をお持ちなくしてそんな大きな仕事はつとまらないと思いますので、間違っておったことはみずから見解を改めようではありませんか。そうして私が間違っておったら、私といえどもみずからの説をひるがえすことにやぶさかであってはならない。そういう立場で私はおりますが、とにかくあなたのいまおっしゃったように、あなたには何にも権限がない。大蔵省は銀行が歩積み両建てをやってはいけないということを指導要項として、銀行業務に許可、認可を与えるときに、今後そういうことをやるなよというようなことを言いながら許可を与えることはできるかもしれないが、許可を与えてしまった銀行がそういう歩積み、両建てをやる場合に、あなたはそれをやってはいけないというようなことは、立憲法治国において法体系と行政体系が画然と区別されておるときに、あなた方に法律によって権限が与えられていないものを、あなたが執行することはできない。たとえば郵便局長はどろぼうをつかまえることができないのと同じです。どろぼうをつかまえるのは警察、検察業務で、それははっきり法体系、行政体系が区分されておる。だから歩積み、両建ての問題については、あなたのほうには権限がない。権限がないものを、あたかもあるがごとくに錯覚をして、そうしてそのことを手がけておるところに根本的な間違いがある。よろしいか、あるならばあると言って、その確信に基づいておやりなさい。あなたがいま御答弁されたように、法律に基づいては歩積み、両建てを禁止する権限は私にはない、ただわずかに指導、監督というものを通じてかくあるべしということを指指導することができる、こう言っておられるが、しかしながら、あなた方のそのような通達だとか何とかというもの、こんなものは国会の承認を得たものでも議決を得たものでもない。言うならばあなた方が自分の判断で、こうあってあらまほしいという希望をわずかに印刷して本人のところに送達したにとどまるのであって、相手がこれを受諾しようがしまいが、これは相手方の選択によることであって、何らの拘束力がない。ものごとの順序はそういう筋合いになっていませんか。いかがですか。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 いまの銀行法というもの、これは私は多分に問題があると思いますが……。

春日一幸民主社会党

○春日小委員 問題があれば直さなければいかぬ。直すまではあかんですよ。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 しかし歩積み、両建てが一つの取引の慣行として行なわれてきた。最近になって特に非常に問題になっておりますが、一方われわれのほうの銀行行政とかいうものにつきましても、ではいままで法律に根拠のないことをやらなかったか、法律に根拠を明確に書いてありませんでも、銀行行政上適当と思われることはそれを取り上げてやってまいったわけです。

春日一幸民主社会党

○春日小委員 何をです、例を……。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 銀行の行為につきまして。業務の内容につきまして。しかしこれらのことは法律に明確に書いてなくても、一般的な監督権が大蔵大臣にあるということにつきましてはあまり異論はないのじゃないか。その監督権がどこまでの強制力を持つかという点は確かにございます。それに従わなかった場合にいかなる制裁を加えるのかといったことについては法的なものがありませんから、ないのが大部分でございますから、私ども現在の法律にある、たとえば二十二条のような明確な根拠のあるものについては必要な命令を出すこともございます。しかしこれはそうでない、あくまでこの法律は銀行の不良化を防止する、健全性ということに一番重きを置いております。ですから今日になってみれば、もっとほかの問題があると思いますが、私ども統制的な色彩を法律の上に加えるのは、これからの傾向としてもあまり好ましくない、これは御意見が違うと思いますけれども、統制的な色彩のものを織り込んで改正するという方向については非常に逡巡するわけです。そういうことから、いまの法律はその点明確な根拠はありませんが、しかし全体を流れる精神は時代とともに多少変化しながら監督権の内容にも若干の変化を及ぼしている。ですからたとえばこちらの指示に従わない、先ほど堀委員から御指摘ありました特利預金などもやめないというようなことに対しては、事実上の制裁手段が全くないわけではない。そういうことによって銀行を指導し誘導するという、それだけの一つの力を大蔵省が持っていないということはない。やはりある程度の事実上の力を持っておる。そういう点で歩積み、両建て問題につきましても、私どもは強力に指導してまいりたいと言っておるのでありまして、これにつきましてやってはならぬと仰せられるのははなはだ心外であるというように思います。

春日一幸民主社会党

○春日小委員 こういうことを明らかにしたいと思うのです。民主政治というものは法律に基づいて行政府が行政を執行する、これが民主政治です。法律の基準も何もなしに行政者がみずからの恣意に基づいて行政を行なうというのは専制政治ですよ。民主政治というものは法律の根拠なきにあらざれば行政を行なうことができない。憲法によって、法律の根拠がなければ国民はその権利を拘束されることはないのですよ。この点はいかが理解されておりますか。あなた東大の法科出でどう理解されておりますか。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 どうも私、憲法上の権限という問題になると非常にむずかしいので何ですが、いま私たちがやっておりますところの、自主的な規制をやらせるという行政指導、またその実行を監視するというふうなこと、これが非常に不適当であるということでございますれば、これは権限のないことをやってけしからぬということになりますが、内容においては皆さんがむしろそうすべきであるというふうなことでございまして、それを法律に明記してないからそのようなことをするのは権限外であるというふうに法律論でおっしゃられることについては、私はあまり釈然としない点があります。

春日一幸民主社会党

○春日小委員 では例示をいたします。たとえばある部落で警察官の駐在所と郵便局とがありますね。そのとき善良なる社会の秩序を保つために、郵便局長が、この村にどろぼうが来たらおれがとらまえるからと言うて、一生懸命に防犯活動をするとしますね。ところが権限も何もない郵便局長がどろぼうをとらまえると言っても、どろぼうのほうでは郵便局長みたいなものはちっともこわくはないし、関係もないものだから全然防犯の効果があがらない。そのとき交番の巡査は郵便局長が一生懸命にやっておるから郵便局長がどろぼうをとらまえる、それにまかしておけというような形で、全然法律の根拠もない者があたかもその権限があるかのような顔をしてその職務を執行することによって、その法律の効果というか、政策の効果が、混淆してあがってこない場合が私は世の中にあると思うのですよ。私はあなたがそういうことをやって的確な効果をあげられておるならばこれは称賛に値すると思う。権限もなしによくぞこれだけの成果をあげた、りっぱなものだ、それは銀行法の精神から考えてみごとな腕前だと思うのだけれども、私はあなたがお気の毒にたえない。ずっと大月君からあなたからいろいろやってきたけれども、何にも効果があがらない、効果があがらないのは、権限なき者が権限あるかのごとくに錯覚して、そうして銀行のことはおれにまかしておけというような形で、当然その権限を付与されておる公取が、銀行局が何かやるであろうからその成果に期待するということで何ら出馬していない、踏み切っていない、そのことから問題が解決をしていないのです。私はあなたの善意は認めておるし、あなたの熱意も認めるのです。けれどもあなたはこれで法律とか政策というものを釈然と理解すべきものである、私の権限と私の義務はどの限界であるか。だとすればあなたの権限外事項についてあなたが努力をしてすでに成果があがらないとするならば、それはなぜあがらないか、みずから反省あってしかるべきである。権限なき者に与えられたところで的確なる取り締まりができない。的確な取り締まりができないから的確なる成果がおさまらないのである。こういうことをあなたが自覚し反省して、ならばそのような権限を付与されておる者がその権限を行使して、国民の前にその責任を果たしていくという態勢に切りかえるべきである。いまやその段階である。総理大臣もそう言って国民に誓っておるのです。速記録があるから読んで下さい。歩積み、両建て、これをすることのために私はここにいままでよりも以上の熱意をもって努力することをお誓いいたしますと言っておる。大蔵大臣も非常な決意をした、公取委員長も前向きの形で解決に踏み切った、こう言っておるのですね。このときにあなたが、この問題はこういうような自粛の申し出があったから、私がこれを容認し、これを監視し、その成果を求めておる、そんなことを言っておってあなたは――ものにたとえていうならは、池で魚をつろうとしている、なかなか食いつかない、そこへ公取がつりに来た、総理がつりに来た、大蔵大臣がつりに来たら、だれもつれぬように池をひっかき回している。実際の話しが乱暴ろうぜきだと申さなければならぬ。ほんとうですよ。公取も歩積み、両建てはいかぬと言ったけれども、あなたがいままで一人でつったってとてもつり上げられない。それで渡邊喜久造が来た、それからいまや田中角榮も池田勇人も、これは高橋君一人にまかせておいてはようつり上げぬ。みんなが釣りざおをたれたら、あなたがひっかき回してしまった。これで何にもないのに、いずれ一年、二年後に成果があがるからと、これでお茶を濁そう。乱暴ろうぜきだと思う。そのたとえは必ずしもぴしゃっと当たっておらないかもしれないが、当たらずといえども遠からずだ。とにかく貴殿も、いずれはわれわれのところに来んならぬから、だからいまばかなことを言っていると、国会に来てからひどい目ににあいますぞ。  それで私は高橋君に伺うが、公取が介入できる法的根拠は何と理解しておるか。少なくとも総理が、公取が前向きな形で解決に踏み切ったと国民の前に報告する以上、公取は法的根拠に基づいてやはりそういう態勢を示しておる、その法的根拠は何と理解されておる。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 独禁法の中の第二条第七項第五号ですが、「自己の取引上の地位を不当に利用して相手方と取引すること。」これは要するに公取が不当だと認める。十九条に「事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。」前にあげた不公正な取引とはこういうものである、その不公正な取引方法を用いてはならない。ですから取引上の優位を利用して相手が困っておるのに両建てを要求するというのはこれに該当するのではないか、まあ非常に極端な場合を言えば私はこういう解釈は成り立ち得るものと思います。

春日一幸民主社会党

○春日小委員 まさにそのとおりです。たとえばこの独禁法第二条第七項は、こういう場合、たとえば第五号に「自己の取引上の地位を不当に利用して相手方と取引すること。」それから第二条第七項に基づいて不公正な取引方法の指定というものがございますね。たしか十二項目か何かございます。その中の第十項に「自己の取引上の地位が相手方に対して優越していることを利用して、正常な商慣習に照して相手方に不当に不利益な条件で取引すること。」これは独禁法に違反するんですね。したがって歩積み、両建て、つまり金を借りたい人の預金を逆に拘束するということは、貸すという優位な立場にあることを利用して、借りたいという不利な立場にある者を除く、すなわち不当な取引をしいるの行為であって独禁法違反の疑いのある行為である、こういうことになっておりますね。その点の研究は積んでおると思うのだが、そこで私の伺いたいことは、これはひとつ重視してもらいたい、これらの独禁法の関係各条章は全部不当と書いてあるのですよ。よろしいか。第二条については、不当に他の事業者を差別する、不当な対価をもって取引する、不当に競争者の顧客を横取る、不当に地位を利用する、全部不当なんですね。あなたは独禁法に違反する疑いのある行為であり、独禁法所管事務であるけれども銀行の業務を指導しかつ監督するという行政責任から、このような違反業務をなさしめることのためにさまざまな通達や接触をされておるのでございますしょう。そうでございませんか。いかがです。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 いま春日委員のおっしゃることを承っておりますと、確かに現状において銀行のほうが貸し手であり、債務者のほうが銀行の優位を認めざるを得ないような立場にあることはよくわかる、独禁法の問題じゃないか。先ほどいろいろ例を申し述べられましたが、ただ、私の考えを申し述べますと、監督権が先ほど例を引かれました郵便局の者がどろぼうをつかまえるというのは穏やかでない、それは警察の仕事である、これになぞらえておっしゃっておられますが、銀行行政というものは、では全く権限がないのかというと、そうではない、ただいまの歩積み、両建てのようなものについて具体的にあるかないかということを問い詰められますと、そういう根拠はありませんということになりますが、一般的な監督というのは、ちゃんと明文がございまして、銀行法の二十条には監督という見出しでいつでも必要な書類を取れるんだ、報告を求めることもできる、さらに次の条文におきましては部下の官吏をして銀行の業務及び財産の状況を検査せしめること、もちろんこの当時における目的としては、先ほどから申しますように、銀行の健全性というもののためにこういう条文が設けられたものと思います。しかし時代の変遷とともに、若干はその業務の内容というようなものにつきましても、必ずしもいわゆる健全性のみではない。今日銀行の使命は何であるか考えますと、やはり日本経済に対して非常に大きな影響を持っておる。そういうことから、私かつて検査部長をしておりますときに、都市銀行のあり方というものを非常に問題にいたしまして、都市銀行が大企業に対して設備資金をどんどん貸す、そういうことは好ましくない。設備貸し出しをもっと押えるようにしなければならぬというふうなことで、設備貸し出しの削減というふうなことを行なわしめた経験がございますが、これなどもいまの銀行を個々の一つ一つの行為というのではなくて、全体としての金融行政上必要な事項、そういうふうな観点から、各個の銀行に対して監督指導を行なう、こういうことはあるわけでございます。ですから郵便局長がどろぼうをつかまえるというのとはちょっと話の違った権限の問題でございますが、私どもこの銀行行政を担当する者が、何の根拠もなしに銀行に指導を行なっているのかというとそうではなくて、一般的な監督権というものはちゃんと法律の上にもあるのでございます。つまり無縁なことではない。しかしそのために相当な検査のため要員もかかえておる。事実上の問題といたしましても、公取がそういった金融行政のうちの一つの点だけをとらえて、ただ単に公取法の観点からのみいろいろと発言されるのでは、時に有益でありましても、時に妙な摩擦が起こったりすることもある。私どもは歩積み、両建ての問題につきましても、長年の金融上の慣行であるということを忘れてはならない。慣行であると同時に、そういう基盤の上に中小金融機関などはそういう一つの金利体系と申しますか、実質金利体系の上に今日の成長を見ておる。これを一挙に不当な取引であるというので、全面的な禁止をかけるとかりにいたしますれば、これはおそらく即時銀行の資産状態は悪化いたしまして、それこそ監督上非常に問題を生ずる。あくまで計画的に、しかも確実に減らすような方法をもって指導していくというのが適当ではないか、このように考えておるわけであります。

春日一幸民主社会党

○春日小委員 それは異常なことを申されるんですね。とにかく信用金庫や信用協同組合のように、その資金量の足らざる金融機関においては歩積み、両建てをとって、そうして余分の営業収益をはかるにあらざれば、その金融業務を行なうことができない。そういり前提の上に立って営業はなされておるのだから、これは承認せざるを得ないというようなことを言っておられるか、ほんとうにそうですか。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 非常に極端に考えませんで、ごくすらりと考えますと、確かに四割、五割というふうな非常に高い両建て預金を強制している事実は、債務者側から見てもはたから見ても、銀行、金融機関が横暴であるという感じは免れないと思うのです。しかし何ぶんいろいろな、たとえば金利の問題にいたしましても、二銭五厘という金利があるとします。相互銀行の平均金利は大体それに近うございます。そういう場合に、一円も預金をとらないで、すべての債務者に一銭五厘で貸して成り立っていく相互銀行が、現実問題としてどれだけあるか、私は非常に少ないのではないか。もちろんあります。だからこれはよろしくないことではありますけれども、先ほど申したように、表面金利を引き下げるというふうなことに専念しておったものですから、かつては三銭以上の平均金利であったものが、今日二銭五厘を割っておるということで、それはけっこうでございます。それだけ金利の水準が下がっておるわけでございますが、どんな場合でも、たとえば一割でも両建てはよろしくない、一切の両建てを廃止すべきであるというふうな、そこまで深く問い詰めていかなくても、国民経済に対して非常なマイナスかというと、そうではない。慣行を悪とは認めながらも、ある程度それを容認して、しかし計画的にそういう行為を減らさしていく。どこまで減らしていくかというような問題があります。  先ほど私が例示しましたように、アメリカあたりでも二割くらい取るのが普通だ、預金を置いておくのはあたりまえのことになっておる。また統計から見ますと――これは権威ある統計じゃございませんが、アメリカの各債務者の資本金別の統計がございます。それによりますと、小といわず大といわず、もちろん大のほうが実は多いのですが、債務者預金の割合が大体八〇%こえておる。債務者の借り入れ額に対して債務者預金が八割くらいになっておる。これは権威ある統計ではございませんが、そういう統計を私は見ております。アメリカでは銀行というものが日本の銀行とちょっと違うのだと思いますけれども、そういうこともあって一がいに、債務者預金の中に含まれる両建てでございますが、それが徹底的にいけないのだというふうにきめつけてしまわないほうがいいのじゃないか。誘導するということのほうが大事だ。こういうふうに考えます。

春日一幸民主社会党

○春日小委員 誤解のないようにしていただきたいが、われわれが論じておるのは、歩積み、両建て全般をいけないと言っておるのではないのです。そしてまた法律も、不当な歩積み、両建てであって、歩積み、両建ては全部いけないと言っておるのじゃないのです、事実上の問題として。しかも銀行業務の財産の拘束、物権にしろ預金の拘束というものは、これは預金者の安全を確保することのために、言うなれば債権保全の対策としてこういう拘束の措置を講じておるのですよ、物権にしろあるいは預金にしろ。それだからわれわれはいずれにしても、物権がないとか根抵当の設定がないとか、いろいろな場合がありますけれども、これは全然個人の財産であるとか――すなわち歩積みにしろ、両建てにしろ、それは不当なものではない。独禁法で禁止していないものならば、みずから優位な立場にあることを利用して、不利な立場にある相手に対して、不当な不公正な取引をしいるの行為の歩積み、両建てであるならば、それは不当な歩積み、両建て、これはいけない。何でも歩積み、両建ていかぬなどとだれも二口も言っていないのです。だからそこは整理して御答弁願わなければいかぬ。話が堂々回りしております。だから私はあなたにいま質問したら、別のことを答弁されてしまったけれども、もう一ぺん質問します。  この独禁法窮二条第七項、これに基づいて不公正な取引方法の指定というものは、独禁法に基づくところの一般指定なんだから、これは法律と同じことなんですよ。あなたが銀行法において、ある程度の権限が包括的に付与されておると言っておるけれども、その権限の中に違反をした場合にどういうことになるかというと、銀行免許が取り消されることくらいが最重刑です。あなたが独禁法においてこの各条章に違反した場合には、審問審決でちょっと重い場合には体刑二年以下の懲役に処すということになっておる。だから、法律の効果は違うのです。私はあなたに申し上げるが、そういうことをあなたも念頭に置いて御答弁願いたい。だから、包括権限があるといっても、銀行法の条文の中に歩積み、両建てはいかぬとか、不公正な取り引きはいかぬということは書いていない。書いてあるなら独禁法は要らぬことになる。少なくとも銀行はこれを除く、というと適用除外になる。ところが独禁法においては、金融業について商業と同じように、これは適用除外がないから金融業も含んでおる。含んでおるのであるから、銀行法については不公正な不当な歩積み、両建てについては独禁法にゆだねておる。あなたのほうにはゆだねていない。包括的な中にはいろいろあるであろうけれども、あなたの命令を聞かざる場合の銀行の処分のしかたはどういうことになっているか。あなたのほうの場合は最悪の場合免許の取り消しか重役の更迭ぐらいなものであろうと思うけれども、片一方の場合は、審決で違反なその行為を解消せしめる、あるいは損害賠償の責めに任ずる。なおいかぬ場合は、審問審決で二年以下の懲役になっておる。そういうふうで全然違うのだ。しかも独禁法の適用除外は法律でしてないのに、おれがやる、おれかやるとあなたがそんなにのさばってくるのは、何ともじゃまでじゃまでかなわない。ただ、公取も人がいないし、あなたのほうで公正な処理がなされるものと期待しながら、善良な渡邊君まだ就任したばかりだから、とつおいつ思案にくれておるようだけれども、これは私のほうでやるべきことでない、公取がおやりになるべきことだから、公取においておやり願いたい、こうさらっと出るべきだ。あなたも権限のないことを、昔のネロみたいなことをやっている。専制君主みたいなことをやっている。法律の根拠なくしてあなたはやっている。差し出がましい通達なんか出すことはおこがましい。金融機関は鼻の先で笑っている。あなたの前ではいんぎんなことばであいさつするが、腹の中ではそんなもの紙くずみたいなものと言って笑っておる。私が当事者なら、こんな失敬な文書よこすといって内容証明で突っ返すくらいですよ。実際の話が……。  私はあなたに質問するから、要らぬことを言わぬで、正当に答えてくれませんか。独禁法の各条章は、すなわち第二条第七項、それから第二条第七項に基づくところの一般指定、これは全部不当な取引行為ということをいっておるのですね。だから不当な歩積み、両建てを法律違反、独禁法違反、こういうことにわれわれは論じ、公取もそういうことを研究しておるのです。それについてあなたはそのように理解されておりますか、いかがでしょう。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 公取法のいわゆる一般指定に、不当な歩積み、両建ては該当すると私も思います。ただ春日委員のおっしゃる銀行局が銀行行政上その監督下にある金融機関に対して、行き過ぎた歩積み、両建てのごときものをやめなさいという指導をするのが、何か越権であるとかけしからぬというふうにおっしゃるように聞こえたのですが、どうも私は、一般からはそういう御意見は承っておりませんで、銀行行政上当然その程度の指導はやるべきではないかというふうに言われておるわけであります。私どもも、これが不都合な行政をやっておる、われわれのらち外のことに口を出しておるというふうに言われるのは、あまり納得いたしかねるわけです。

春日一幸民主社会党

○春日小委員 私はようやくあなたの立場がわかってきました。というのは、あなたは公正取引委員会とは全然別のことをやっておる、こういうことなんですね。たとえば、その不当な取引行為は独禁法で禁止しておる、だから禁止しておることは公取でおやりなさい、金融業については、これは適用除外されていないから、公取法に照らして不当な取引行為を断固として処置すべきだ、ところが銀行業務にはなおなすべき限界というものが指導監督の範疇においてゆだねられておるから、その限界の中で私は全然別のことをやっておるのです、こういうことですか。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 大体仰せのとおりだと思います。私どもは何でもやれるというふうにも思っておりません。ことに体刑その他まで持っておるような、そういう権限は持ち合わせありませんが、しかし銀行を監督する者として、一般的な監督責任上当然やるべきことは、われわれの範疇の中において、またこれは一つの金融の問題であるということを頭に置いてこの問題を処理していきたいと思います。

春日一幸民主社会党

○春日小委員 そうすると、ちょっと問題点が明らかになってきたと思うのですけれども、これは各委員各位も御留意を願いたいと思うのですけれども、私は、不当な歩積み、両建てはいけないとここで、論じられ、かつ大臣や総理や公取委員長から、不当な歩積み、両建てはいけないという断定的な意見があったので、したがっていままでの銀行局長の通達や自粛の勧告なるものは、少なくとも銀行のような公共的性格の強い事業の中においては、このような不当な、すなわち独禁法違反の歩積み、両建て、こういうことはやってはいけない、こういう認識の上に立って通達がなされておると考えておったのだが、実はそうではなくて、独禁法違反のことは公取委員会がやるから、これはわれわれの関知したことではない、けれども度を過ぎたことはやらぬほうがいい、ほどほどにしておけよ、こういう意味で、この不当な取引という独禁法違反のことを内緒でやろう、公取の目をかすめてやろう、国会の目をかすめてやろう、そうしてこれはやがてなくするにしても、当分の間は三割ぐらいまではいいじゃないか、一六%ぐらいまではいいからやれやれ、そうしなければ君らの商売もやっていけぬのだ、こういう理解でやっておると思われるが、一口にいうならば、不当な歩積み、両建て、独禁法違反、損害賠償もきかぬやつ、懲役にでも入れられるようなこと、これは公取がやる。私のいままでの理解は、銀行たるものは、そんなことをやってはいかぬぞ、そんな悪事をさせないために、予防措置として、事前措置として、あなたがやっておると思ったのだが、そうではなくして、それはほどほどにやれよ、あんまり目に余るようなことをやるなというふうでやっておられる、こういうふうに理解すべきですか。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 どうも私はそういう意味で先ほどからるる申し上げているのじゃないのです。公取の問題、公取の事項に該当するかどうか、それは該当するものもあるでしょう。しかし、もう一つの……。

春日一幸民主社会党

○春日小委員 該当するものをやめさせようと論じておる。ほかのものはいいのです。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 しかし私どもは、いやしくも公取から審問を受けるような、そういう不都合な行為を金融機関としてやるのは全く適当でない、そういう不都合な行為はもちろんやってはならぬし、また、それに該当するしないにかかわらず、あまりにも、取引上の優越的立場を利用して債務者に非常に過重な負担をかけるようなことは、いやしくも国から免許を受けた事業でやってはいけないのだ。これが自由業でしたら、町の高利貸しの問題でしたら、これは日歩三十銭というようなものもございますが、そうではなくして、免許を受けて大蔵省の監督を受けているそういう金融機関ですから、公取から摘発されるというふうな、そういうみっともないことをするな、それ以上にまた金融の問題として当然反省を要すべきものもあるだろうというふうなことで、いろいろな観点からやっておるのですが、実は公取の…。

春日一幸民主社会党

○春日小委員 ちょっととめてください。それは答弁が二様になっておるが、いずれかはっきりしましょう。公取から摘発を受けるような、いわば独禁法に抵触するような疑いのある不当な歩積み、両建てはやめよ、こういう観点から指導行政に踏み切っておられるのですか。それも含んでおります

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 それも含んでおります。

春日一幸民主社会党

○春日小委員 それじゃ、少なくとも公共的性格を持つ金融機関、重き使命をになうところの金融機関が法律に違反するようなことをやるなという立場であなたがやっておられるとするならば、なぜそのように通達をされ、そのように指導監督をされませんか。よろしいか。私がいま言うておりますのは、二条七項、それからそれに基づくところの特殊指定の第十項も、あなた方がここに書いておるような過当というような文言は、一言も使っておりませんぞ。あなたのほうの通達をいまも資料でもらって見ると、これはもう全部過当な歩積み、両建て、どこもかも過当な歩積み、両建て、これは全部過当なことであって、不当なことをやめよというようなことはどこにもない。問題が大きいから、私はすべての文言をずっと読んでみたが、全国銀行協会連合会が去年の三月二十九日に出した自粛通達の中で、ただわずかに不当な歩積み――最初に出ている。それは銀行局ではない。全銀連が不当な歩積み、両建てで最初の文章は踏み切った。ところが、十二月には、この不平なという文章は書きかえられて過当となっている。あなたのほうの文章は全部過当だ。不当というようなことは一つも書いてない。ところが過当というふうなことは独禁法では禁止してない。よろしいか。ぼくはよくこの点は重視して御判断を願いたいと思うのだが、特に私は社会党の堀君と自民党の原田理事とに御勉強願いたいと思うのだが、文言が誤っておると思うんです。不当ということ、過当ということを私は字引を五、六冊いろいろ読んでみた。不当ということの意義ですね。それから過当ということの意義ですね。不当ということは当を得てないということです。そのこと自体が当を得てないということなんだ。不当ということは道理にかなわないことである。それが不当ですよ。独禁法は不当な取引、すなわち当を得てないし、道理にかなっていないから、そのこと自体はいけないことであるというのがこの不当の文言の意義です。ところが過当ということは、適当な度合いならばそのこと自体はいいのであって、程度を過ぎれば、度合いを過ぎればそこでそれがいけないことになってくるのだ。そこに質的変化があるんですね。最初はよかったのだ、適当ならばよかったのだ、ところが過当になった時点からそれはいけなくなったのだ。ところが不当ということは初めからそのもの自体がいけないことである。本質的にいけないことである。それで不当なことはいかぬと言っておるものを、あなたのほうが過当なものはいかぬと言ったって、これは問題の解決にならぬじゃありませんか。独禁法に違反をするようなことをやるなと言うのだったら、不当な取引はいかぬというふうに、全銀連が去年の三月に最初書いておられたような不当な取引、不当な歩積み両建てはなくしましょうぞ、そうしてあなたのほうも不当な歩積み両建てはなくしましょうぞ、こういうふうに踏み切っていかなければだめじゃありませんか。だから三割ぐらいならいいとか、一六%までは拘束性預金ならばこれはやむを得ぬというような行政指導がそこから生まれてくる。言うならば総預金の三〇%ですね。これは本質的にこの問題があらわれてくる。相銀方式によると総預金の三〇%、それから全銀連方式によると債務者預金の一六%までの歩積み、両建て、こういうものが適当な歩積み、両建てという形になっております。あなたのほうがそのようなことを認定する権限は国民から与えられておりませんぞ。だから私はここへ公取に来てもらって、そうしてその過当なもの、不当なものというものの本質について、しかも歩積み、両建て、こういうものについて、一緒に判断を求めなければいけないと思うのだ。他の委員会では公取も随時出てきてやっておるのだから。この点が最初の出発が間違っておるんですね。不当なものを、たとえば独禁法に違反するようなことをやるなよというその認識の上に立ってあなたが指導行政をしようと思うならば、不当な歩積み、両建てを禁止すべきでありあるいは自粛すべきであるのに、なぜその過当なものをやるのですか。異質のものをやったって解決にならぬじゃありませんか。どうです。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 まずその不当と過当の問題ですが、独禁法でいっておりますのは、不当に利用して相手方と取引すること、不当に利用して相手方と取引するという場合にこの不当というようなことを使っております。私どもは過当な歩積み、両建てといったときには、結局はこういう文句を歩積み、両建ての場合において使えば過当ということになるのじゃないか。先ほどから春日委員もある程度の、もっともだと思われるものを問題にしているのではない。行き過ぎた歩積み、両建てを取り締まれ、こういうふうなお話だと私は聞いておりまして、その点であれば私どもとそう変わらない、ある程度のものはしかたがない、こういうことでございますから、程度を過ぎた、程度を越えたもの、常識的な範囲を越えたようなものをわれわれはいま過当と呼んでおる。ですから過当な歩積み、両建て預金というものは、結局ここにある自分の地位を不当に利用して相手方と取引する結果生じた歩積み、両建てである、こういうふうに考えております。ただ私どもの通達にしろあるいは民間の申し合わせにしろ、いずれもこれは法律的な、非常に厳格なものとしてはことばを吟味しておりません。おりませんが、考え方としてはそうであるということは、これはもう関係者一同みなわかっておるわけです。非常に過当な歩積み、両建てをやると独禁法のいうこういう条項に該当するのである。その程度が幾らであるかということはきわめて判定が困難でありますが、しかし金融の慣行その他から見て大体見当がつくであろう。だれもが行き過ぎであると思うようなものはやめなさい、こういっておるわけです。  もう一つさっきからたびたび私申しまして、まだ春日委員に納得していただかない点がございますが、三割までの歩積み、両建てがいいとは決して申しておりません。債務者の定期性預金を減らすにあたって三割をこえる部分、こう言ったのは、その三割の中にだって強制された歩積み、両建てでないものも一切入っての話です。三割までの強制をやっていいということを裏づけておるわけではない。しかしとかく誤解されるような結果になっていることは私も認めますが、決して三割までは認めておるのだという考えではないということをお断わりしておきたいと思います。

春日一幸民主社会党

○春日小委員 これはあなた重大な錯誤に陥っておられる。やはりシカを追う者山を見ずとか、そこへ入ってしまっておると、実際問題としてなかなかその全貌がよくわからない。あなたは銀行検査官をやっておったり、それから局長になられたりしてほかのしゃばを歩いておらないものだから、結局習いさがとなってしまって、あなたの感覚はもう一辺倒にぼけてしまっておる。要するに色盲症ですね。銀行のやることはおおむね可なり、こういうことになってしまっておるのです。それだから過当も不当も同じように解釈されておるが、少なくとも過当ということと不当ということは質的に違うのです。これは量の問題じゃないのです。正当ならざるものが不当ですよ。過当ということは適当であるならば正当なんです。少なくとも正当である場合が多いわけです。ところがある程度を越えると、それは過当になるのです。だから独占禁止法は不当の行為を禁止しておるのであって、過当の行為、そんなものはもとより禁止すべきものではない。過当の不当性はむろん禁止しなければならぬが、過当ならざるとも行為そのものの一つでも不当であるならば禁止しておるのです。一番たとえやすいのは、私は大月さんにも申し上げたが、とにかくどろぼうという行為は当初からいけない行為である。五百円盗んだってどろぼうはどろぼうに間違いない。ジャン・ヴァルジャンなんか二フランか三フラン盗んでえらい懲役を食ってしまったのです。そういうのは量の問題じゃないのです。だから不当な歩積み、両建てというものは商習慣に照らしてそれが正当なものであり、あるいは本人の希望に基づいて預かる歩積み、両建て、そんなものはいいのです。ところが金を借りたい人からこれだけの歩積み、両建てを行なわざるにあらざれば貸さないぞ、こういう拘束による歩積み、両建てはいけない。そういうものはたとい五%でも一%でも単独一行為でもいけない、それを独禁法はいっておる。あなたは、それを私が申し上げるまでもなく、法律の研究はすぐできると思いますから、私の言うことが間違いか、間違いでないか。私の言うことが間違いだったら、私もこれは反省して私の説を改めます。あなたもやはり、いま申し上げたように、一個の先入観があったり、また偏見があったりするので、これはどうしてもお互いそうだと思う。だから一ぺん公取なり法制局に行って不当も過当も同じものか、あるいはこれは全然異質のものか、不当を禁止しておることを過当によってこれを強制することが行政措置として適当なものであるかどうか、これをひとつもう一ぺん、あなたも国家、国民に責任を負う重要な責務にあられるのだから、従来の行きがかりを捨てて、新しい段階にこの問題を勉強されてみませんか。勉強する気はあるでしょう。

高橋俊英大蔵事務官(銀行局長)

○高橋(俊)政府委員 どうも犯罪行為とこういった経済金融機関での行為とをたとえ話で結びつけられると、とかく極端な議論になると思うのです。私はただいま春日委員が言われた、これは不当な行為である、不当である以上はたとえ一割でもいけないのだ、もしこういう御意見でこの解釈をなされるとして、そういう見解で公取が取り締まりを行なうとすれば、それこそ私はきわめて不適当な処置である、私ども金融行政をあずかる者の立場から申しますならば、そういう見解で犯罪行為と同一視して、根っこからいけない。たとえば三割の両建てを求めた、こういう訴えがあって、それは取引上の地位を利用したのだ、債務者は何も希望せざるに三割の両建て預金を強制された、これは根っこからいけない、ゼロでなければいけない、こういう感覚でもし公取が取り締まりに乗り出すといたしますと、これはいたずらなる無用の混乱を生ずる、適当でないと判断いたします。

春日一幸民主社会党

○春日小委員 適当であるかないか、そんことは要らぬことです。そんなことは法律に基づいて国家の名において彼がやるのであるから、賛成者もあり反対者もあります。むろんどんな法律があったって、社会党、民社党が反対してもあなたのほうは押し切ってもという場合がありますから、実際の話、あなたが賛成であろうと反対であろうが、そんなことは問題ではない。ただ法律の解釈上、独禁法に違反するようなことをやるなという、銀行を指導監督するの責務をになうあなたが、独禁法を受けてこれを指導監督しようと思えば、不当な取引、不当な歩積み、両建てを禁止するか、あるいは少なくとも抑制するか、そういう効果の上がる内容を持って指導されなければならぬ。ところがこちらにおいては不当なものはいかぬと言っておるのに、あなたは全然変わった過当なものはいけないといったって、これは独禁法を受けての指導行政にならないじゃないか、それを言っておる。それとも不当なものと過当なものとが同じ内容のものであればそれでもよろしい。だから私がいま申し上げておるのは、お互いに法律を解釈して、この法律が間違っておったら独禁法を直しましょう、あるいは銀行法を直しましょうよ。法律は事実に基づいて国民のために改善改革があってしかるべきだ、そんなことにこだわらない。ただ現行法律のたてまえにおいて、銀行の業務が法律に違反するようなことをやっておっては間違いである。これは国民の不利益であります。弱肉強食であって、強い者が勝って弱い者が負ける、独禁法の精神は弱者を保護するという立場で立てられておる。すなわち優位にある立場の者が不当な力をもって不利な立場にある者に対して有利な立場の恣意を押しつけることを禁止しておるのだ、それが独禁法なんだ、だから弱者が銀行じゃないのですよ。弱者は借り手なんですよ。だからあなたが賛成か反対かは別として、法理論としてこの独禁法の規定しておることとあなたが通達で出して指導行政しておることとは、そこでやっておるのか、はからずも全然別個のことをやってしまっておるのか、その点は私は確信を持って伺っておる。私も法制局なりその他に調査してもらって、そういう第三者的理解の裏づけを持っておるのだ。しかしあなたのいまの御答弁によると、不当も過当も同じである、不当な取引が銀行の業務に当てはめると過当ということになるのだ、こういうことを言っておられるのでは、質疑というものは全然すれ違いになってきてしまい、きめ手にならぬのです。

大久保武雄自由民主党

○大久保小委員長 ちょっと速記をとめて。   〔速記中止〕

大久保武雄自由民主党

○大久保小委員長 速記を始めて。

春日一幸民主社会党

○春日小委員 この問題は相当煮詰まってきておる問題だと思いますし、また国民もひとしく期待をしておる問題でございます。私は、大蔵委員会としても第三者、全国民が納得し得る立場において一個の解明点をまとめ上げるの責任があると思いますので、願わくは銀行当局においても私の質問の趣意を十分にそしゃく玩味されますと同時に、さらに関係方面とも十分研究を遂げていただいて、次会は公取委員長あるいは大蔵大臣あるいは総理の答弁等もございますから、そういうような全体的立場ですみやかにこの結末ををつけられますように、委員長においてとくと善処されんことを強く要望いたしまして、私の質問は次会に譲ります。

大久保武雄自由民主党

○大久保小委員長 本日はこれにて散会いたします。   午後三時三十七分散会

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