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46回国会衆議院1964/04/25

商工委員会石炭対策特別委員会連合審査会 第4号

発言数
118
登壇者
6
会派数
2
開催日
1964/04/25

会議録

始関伊平自由民主党

○始関委員長代理 これより商工委員会石炭対策特例委員会連合審査会を開催いたします。  商工委員長が所用のため、指名により私が委員長の職務を行ないます。  内閣提出、鉱業法の一部を改正する法律案を議題とし、前回に引き続き質疑を行ないます。質疑の通告がありますので、これを許します。滝井義高君。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 前回百条の三のところまでいっておったと思いますが、それは施業案を市町村長なり利害関係人に見る権限を与えてもらいたいという主張を私のほうでいたしたわけでありますが、それについては百八十七条の鉱業の実施に関する説明で足りる、こういうお話があったわけです。しかし第二類の石炭あるいは亜炭の問題に関連して考えるならば、自分の家の下なり自分の土地の下を一体だれがいつどういうぐあいに掘っているかということは全然わからないわけです。これは私自身の例ですが、私はたまたま私のうちのふろに入っておった。ところがふろの洗い場がぽっこり大きく陥没をしたわけです。そして五右衛門ぶろだったのですが、陥没すると同時にふろの底が大きな穴があいたわけです。こういうはずはないがということで調べてみましたところが、いやあ、先生のうちの下は昭和二十五、六年に掘ってしまっておったのですよ、先生知らなかったのですか、こういうことなのです。気づいたのは昭和三十年か三十一年ごろ知ったわけです。そこでこれはたいへんだ、わが家の下を掘ってふろの底が抜けるような状態まで知らなかったとは何といううかつなことであったのかということで、掘ったと思われる炭鉱に行ったところが、おれのほうは掘っておらぬのだ、こう言うわけです。だれが掘ったのか、さあそれはだれかわからぬ。そこで掘ったらしい人をつかまえて、そこでけしからぬ、おまえが掘ったのだろうということになったら、いや私が掘りました。ではおまえの鉱区でないところを何で掘ったのだ。われわれとしては初めに行った人が鉱業権者だからその人が掘っているのだと思って行ったら、その鉱業権者はいや私は掘っておらぬ。そこで掘ったと思われる次の人のところに行ったら、掘りました。鉱業権者でない君がなぜ掘ったのか、いや私は登録しました、こういうことになってしまったのです。そうしますと、これは全く鉱業法上の、いまの法律では恩典を受けないわけですからお手あげになったわけです。たまたま滝井義高が政治家であり代議士であったからその鉱業権者の責任にすることができたのです。  そこでそういうときにわれわれは、炭鉱地帯の人はみんな鉱害については鋭敏ですから、施業案その他を見る機会があればすぐにこれはわかるわけです。ところが全然見る機会もないし、まさか掘っていると思わぬものだからそういう目にあうわけです。代議士のうちの下がそういう目にあうのですから、ほかの人だってそういうことがあるわけです。こうなりますとやはり施業案というものが財産権で他の者に見せられないといっても、これはやはり通産局長が必要ありと認めるときは、この条文の書き方は全部鉱業権者あるいは租鉱権者に指示をして説明をさせたり何かすることになったわけです。そうでなくて直接通産局長が利害関係人、被害者に説明をする、あるいは通産局長が秘密を守るということで市町村長に見せる、何かこういう形をとってもらわないといまのような問題が起こってくるわけです。そして同時にこれに時効がからまるわけです。これには三年と二十年の時効がありますね。鉱害を知ってから三年、鉱害が発生してから二十年、こういう時効があるわけでしょう。そうするとわが家の下、わが家の田地、田畑の下を掘られているということを知らなければそれまでですよ。  そこでいまどういうことになっておるかというと、一つの山がつぶれて買い上げの対象になりますと、合理化事業団が工事をしてくれるわけですね。滝井鉱山という山は今度買い上げになった、そこで何月何日まで、あれは多分二カ月ぐらいの期間をおいて被害があるという人は申し出なさい、こういうことになるわけです。そこで自分のうちは一体下を掘られているのかどうかわからぬけれども、とにかく出しておかなければ損だというので、滝井鉱山の鉱区の範囲よりもっと以外の人がわんさと出してしまうわけです。そうすると今度は通産局なり鉱業権者のほうで相談をして、滝井鉱山の鉱害の範囲をこれだけだとセレクションをしてくれるわけです。そういう形になっておるのです。だからこういうことをやらせておけば事務的にも範囲が大体わかるわけです。通産局長はこの範囲のものを大体出してください、この範囲外でも特に影響があると思われる人はやむを得ないから出しておきなさい、こうなれば事務的にも簡単になりますし、いわゆる民衆を保護する上にも非常にいいわけです。ところがこれはそういう形になっていないのです。いつの間にか知らない間に、寝ておる間に下を掘られてしまって、そしてぽっこり穴の中にからだが、家が落ち込んでから目がさめたというのではあまりひど過ぎるというのです。こういう点を対所有権と鉱業権の問題としてはどうもわれわれ納得いかないところなのです。そこでそういう鉱業権者と所有権の問題を調整する大前提としては、やはりその鉱業権にくっついて事業を実施する上の施業案というものを見せてもらわなければならぬ、こういう問題が出てくるわけです。それに対する答弁を願います。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 ただいま先生が具体的な例をあげて御質問になったのでございますが、今度の改正法ではそういうことがあってはまかりならぬ、できるだけそういう鉱害等が起こります事前に実情を当事者にはっきりさせる必要がある、こういう趣旨での改正が実はあるわけでございまして、条文といたしましては四十三条の二に鉱業権の設定の処分をいたしますと通産局長は都道府県知事を経由いたしまして関係の市町村長にその旨を通知する。単に通知だけではございませんで、関係の書類、この中には当然図面も入るわけでございますが、こういう関係の書類を一括して当該市町村長にお送りするわけです。そして広くこれを一般の閲覧に供する。だれでもいつでもこれを見れば大体その市町村のどの地区にだれの鉱区があるか、何の鉱区があるか、こういうことが一目わかるような措置を講ずるようにしたい。御承知のとおり従前ですと鉱山局にございます鉱業原簿をわざわざ手続をとりまして閲覧をしないとそういう状況はわからなかったわけですが、いまのような例が間々ございましたので、事前に関係者に鉱区の状況等を知らしめおく、こういう意味で四十三条の二の規定に入れたわけでございます。  それからこの前お答えいたしました百八十七条に、利害関係人が鉱業の実施についての説明を請求できるという規定を置いたわけでございますが、当事者同士でいろいろ話し合いをしておりましても、なかなかよくわからないというような場合が多々あるかと存ずるわけでございまして、そういう場合をおもんばかりまして特に二項の規定を入れたわけでございます。当事者同士の話し合いで必ずしも十分でない、あるいは全然説明を受けることができなかったという場合には、直接通商産業局長に対して通産局長からの説明を聞く、この場合は単に口頭だけの説明ではございませんでして、必要とあれば当該地域の地下がどういうぐあいに掘採をされているかという、しろうとにもよくわかるような図面を提示をして説明を申し上げたい、こういうふうに思っておる次第でございます。  それから、付随的にお話のございました盗掘者の賠償責任でございますが、今度の新しい法案では規定を置きまして、直接盗掘者にも損害賠償の責任があるという規定を入れてあるわけでございます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 四十三条の二は、この鉱業権の設定の登録をしたということを通知するので、これはわれわれのような筑豊のところはもはやわが家の宅地も田地田畑も全部もう鉱区になってしまっておるんですよ。だから、これはもう四十三条の二は、当面われわれの筑豊にとってはたいした問題でないんです。もう全部鉱区になってしまっておるわけですから。そうでないところのほうが少ないという状態で、それはだから問題がない。そうすると、あとは百八十七条の説明等が鉱業権者の責任で全部やられてしまっておって、役所はただその指示をしたり何かするだけのことなんですよ。だから役所が当たってくれというんです。私たちに言わせれば。役所かその監督の責任があるわけです。しかも鉱業権を許し施業案を許したのは役所なんだから、だから役所が一番知っている。だから役所が、必要ならば通産局長みずからが説明に当たる。それからこれはもう大衆ではなくてもけっこうだから、市町村長にはその施業案を見せる、そのかわり、見た市町村長は秘密を守ってもらう、このくらいのことはしてもらわぬことには何にもわからぬ。そして、この前も言ったように、いよいよ合理化事業団の買い上げになるときは市町村長の判が要るんですよ。なぜ要るかというと、市町村長はその鉱区の中に農道とか農地とか橋梁とかという公共物を持っておるわけです。だからその公共物の中で、鉱害のあるものとないものとを選別しなければならぬ。これとこれとは鉱害があります。その他はありませんという判を押してやらなければ、合理化の買い上げはできないわけです。ところが市町村長はいま言ったように、どこをどういうぐあいに掘っておるのか、通産局に行かなければ全然わからぬわけです。行けば、鉱業権者に聞きなさい、行けば鉱業権者に掘っていないと言われたらそれまでになってしまう。掘っていても掘っていないと言われたらそれまでになってしまう。いま至るところで争いが起こって——福岡の通産局は御存じのとおり火事があって地図が焼けてしまったんです。昔の地図が。私、あとで明治三十八年以来のを出しますが、焼けてしまって全然お手上げです。そのときの地図はわかりません、こう言われるのですよ。そうするとその山が閉山をして坑内に水をためてしまったら、あとは行って検査する方法がない。いま何をやっているかというとボーリングです。ボーリングをやっておる。上からボーリングをやって、ここは掘ったことがあるのかないのか、こういうことでやっているわけです。ところが、これはもう水を入れてしまって、今度は上から針を刺してさぐるようなぐあいでは、あんまさんのはりよりかもっと見当がつかぬですよ、これは。だから、そういう状態ですからやはり前もって見せるという形をとるべきだと思うんですよ。それは当然所有権から要求する権限があると私は思う。上の所有権は、被害を受けておってそういうことさえできぬというところにも、いままでの鉱業法における鉱業権と所有権の問題についても私は非常に片手落ちがあったと言わざるを得ないのです。だからこれはもう片や財産で主張するなら、こちらも財産で主張して見せてもらいたい、こういうことなんですよ。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 最初に、四十三条の二の市町村長の通知の規定でございますが、確かに御指摘のように、これから設定する鉱業権の設定だけでなくて、これはほかに準用条文がございまして、鉱区の増減のあったとき、消滅のあったとき、全部通知することになっておりますが、いままできっちり詰まっておってそれはわかるじゃないか——御指摘のとおりでございまして、これは四十三条の二の新しい規定を置きました趣旨にかんがみまして、私どもは施行と同時にこれと並行していままでの鉱業権の状況が全部わかるように、各市町村長にそういうものをお送りしたい、こういうつもりでおるわけでございます。  それからもう一つの百八十七条の規定の問題でございますが、先ほど御答弁申し上げました二項の規定は、ちょっと条文、そういう誤解を受けるおそれがあるかもしれませんが、これは通商産業局長が直接説明を申し上げる、本人同士の間で必ずしも十分でないという場合に通産局長が直接説明を申し上げる、こういう規定でございます。そのときに、先ほども申し上げましたように、地下の掘採、状況がどうなっておるかということもわかるような図面も必要ならばお示しを申し上げる、こういうふうに思っておるわけでございます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 この百八十七条の二項は、通産局長に申し出て、そうして不満ならば説明を受けることができるというけれども、問題は「通商産業省令で定める手続に従い、」というこういうめんどくさいことがついておるわけですよ。だからいままでなかなか簡単に説明しないんですよ。これは、こういう説明を通産局長に迫るときはどういうことかというと、鉱業権者と被害者とがまっこうから対立しているときなんですよ。こういう市町村長まで出ていっていよいよ通産局長に迫るというときは、まっこうから鉱業権者と対立しているときです。鉱業権者が、こういうものは絶対に見せてはいかぬという強い意思表示をすれば、なかなかそう簡単にいかぬわけです。だから、おそらくしからば通産省令で定める手続というのは、鉱業権者の同意を得てとか何とかいうことになるだろうと思うんですよ。おそらくそうだろうと思う。これをまさか所有権があるという鉱業権者の意思を無視して通産局長がやることはできないと思うんですよ。おそらくそうなると思うんですよ。そうでしょう。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 私が申し上げましたのは、この二項の規定によりまして図面をお見せすると申し上げたのは、施業案そのものをお見せするという意味ではございません。施業案というものは、先生も御承知のように非常に膨大なものであり、しろうとが見てもなかなかわからないという点もございますので、そういうものよりももっとわかりやすい、しろうとわかりのするような図面等を通産局長の責任において必要な限度においてつくって、そういうものをお見せする、こういうふうに申し上げたようなわけでございます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 その場合には、それはもう施業案と全く同じ効果を持つわけです。やさしくしておっても。そうしてそれは鉱業権者の同意を必要としないんですか。この手続、おそらく同意を必要とするんじゃないですか。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 これは通産局長のまあ公益的な立場からの判断でございますので、ほんとうに公益上の必要から見て当該企業の——確かに仕事の内容ということになると秘密ではございますが、その辺の判断は通産局長の責任において判断して、一々鉱業権者の同意を得てからでなければできないというふうなことにはいたさないつもりでおります。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 まあ公益上必要だということであれば鉱業権者の同意なしで見せる、こういうことを確認いたしておきます。  次は同じような関連ですが、百条の十ですね。この「鉱業簿及び施業実績図」のこのところをごらんになると、百条の十の二項で「鉱業権者又は租鉱権者は、毎年二月末日までに、通商産業省令で定める手続に従い、前年中の事業の状況を記載した施業報告書に施業実績図の写しを添えて、通商産業局長に提出しなければならない。」ということになっておるわけです。この施業実績図が一番大事なところなんです。施業案に従って施業実績が出てくるわけです。これはさいぜん私が申し上げた鉱害その他に重要な関連があるわけです。ところが五メートルも十メートルも掘進が進んでいくのに、前年のものを翌年の二月末までに出されるということでは、はっきりしないわけです。こういうところに保安の問題が出てくるわけです。さて、どういうところをどういう状態で掘っておったから、ガスの爆発がどういうぐあいに起こってきたのだということがなかなかわからぬわけです。そこでこの百条の十の施業案をやさしく翻訳したものを市町村長に見せると同じように、この施業実績図も当然見せてもらわなければならぬが、同時に、これを一年に一回じゃなくて、やはり少なくとも二カ月か三カ月ごとには報告をさせて、そしてその報告に基づいて通産局長みずからが施業実績図を管理し、保管する責任を持つ必要があると思う。これがないので、一体坑内の状況はどうなっておるのかということがわからないわけです。やはり通産局に市町村長なり被害者が行ったならば、少なくともあなたの付近は掘っておりませんよ、大丈夫ですと一々鉱業権者を呼んで聞かなければわからぬようなことでは、行政の監督もできぬし、保安上の事故が起こったときにも明確に把握することができないわけです。だから、この百条の十の鉱業簿及び施業実績図というものを鉱業事務所に備えつけるばかりでなく、当然通産局に少なくとも二カ月か三カ月ごとには報告をさせて、それを備えつけておく、こういう形を私はとらなければいかぬのじゃないかと思うのです。それだけ事務がめんどうくさくなるけれども、これは鉱害の問題あるいは保安の問題から考えても、当然そうやるべきだと思うのですが、この点どうお考えになっておりますか。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 この百条の十の二の報告義務でございますが、これは鉱業権者にあまりに過大の負担をかけてはどうかということで、一応一年間の実績を報告させる、最近の施業の実績図を出させるという趣旨でございまして、先生御指摘のように、三カ月にするというふうなことでも、いま御指摘のような場合には必ずしも十分ではなかろうということも考えられますので、そういう場合には百九十条に報告を提出させる規定がございますので、この規定を活用いたしまして必要な資料をとる、こういうつもりでおるわけでございます。  それから一項の鉱業簿及び施業実績図と書いてございますのは、これはいつも鉱業事務所に備えつけておるわけでございますが、もし当事者同士の説明を聞くということで、こういうものを鉱業権者自体でお見せしてもいいということに相なりますれば、これは一番新しい施業の実績がわかるわけでございますから、それで十分であろうというふうに考えるわけでございます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 この百九十条の報告その他というのは、中心は主として立ち入り検査なんですね。業務の状況を報告させるということは——業務の状況というのは、必ずしもこまかい施業実施図までは入っていないのじゃないかと私は思うのです。だから、いま保安問題が起こったときにはどういうことが行なわれるかというと、保安監督官が行って、まず押えるのは、この鉱業簿と施業実績図です。そして今度坑内へ入ってやるわけです。だから、これをあわて回って押えなければならぬような状態しか知らないのです。少なくとも一カ月か二カ月あるいは三カ月ごとにこれをとっておけば、あわてて押えなくたって、大体いままでの坑道の進捗の状態その他がわかっておるわけです。ところが一年に一回じゃわからぬですよ。だからはなはだしいのは盗掘、これはどうするかというと、昼の間は坑口は丸太を打ってふさいでいる。夜になるとどけて、ごそごそやるわけです。昼行ったときは何もないということになる。夜になると盗掘が始まっている。いま石炭ブームでないから、そんなものは少なくなりましたが、石炭のブームがあれば、みなそうです。暴力団を置いて、監督官なりが行こうとしても、昼行ったら坑内の中に入れるような状態ではないのです。だから、やはりこれはいざというときにはとっておかなければならぬわけです。そうして堤とか池の下を掘っておって、池の底が抜けたというときに、あわてまわって行って、施業実績図、鉱業簿を押えても、それは間に合わないですね。だからこういう点は、やはりこの際明確にすべき点です。施業案とともにこれはどうしてもはっきりしておいてもらわなければいかぬ。当然施業案よりも、もっと施業実績図というものが明確な——所有権者にしてみればもっと大事なものになると思うのです。鉱業権者にしてみれば秘密になると思うのです。しかしそれだけに、働いている労働者なり地上権を持っている土地所有者にとっては、やはり少なくともわが代表である知事なり市町村長には見せてもらわなければならぬ、こういうことになるわけです。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 先生御指摘の百九十条の報告規定でございますが、いまのような場合に、この規定によりまして十分に報告をとることができる、こういう解釈でいるわけでございます。それからその施業実績図だけではなく、今度そういった面から新しい規定を置いたわけでございますが、百二十九条として、鉱害のいろいろの紛争が起こるわけでございますから、その予防をはかる、また解決に資するように、鉱業権者等に鉱害の発生の状況とか原因となるべき事実、こういうものの調査をしょっちゅう行ないまして、これを記録にとどめておく、こういう新しい規定を置いたのであります。この百二十九条にも、これを通産局長のところに出しなさいという規定はないわけでありますが、これも法制局で審議をいたしました結果、出させる必要がある場合には百九十条の規定によって行なうのだ、こういうことに基づきまして、特にその規定を置かなかったような次第でございます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 百二十九条なり百九十条の規定でなるほど施業実績図がなくても、こういうことをきちっとやっておけば、ある程度そういう欠陥を補なうことができるかもしれません。しかしそういうことになりますと、地方の通産局の鉱害部の調査課というのですか、そういうところなり鉱害課に相当の人間の配置をやらなければだめです。ところがいまそういう状態になっていないのです。人手が足らずに、鉱業権者、租鉱権者の鉱害のいろいろな実態をきちっと調査して、調査事項、調査方法その他の調査に関する事項について資料をそろえてあるというような状態にはなかなかいかない。これはいま筑豊の状態をごらんになると、二百万トン、三百万トンの山が一年につぶれていく。そしてそのあとではごっそり無資力が出る。それからばく大な鉱害が出る。これを調査から設計から何から指導をやっていくということになると、いまの鉱害部の調査課や鉱害課の人的能力ではやれないのです。こういう規定を置くなら、それだけの人間の配置が行なわれて、うまくいくかどうかという問題になってくるのです。これはあなたの所管ではなくて、行政の面ですから石炭局の所管かと思うのですが、法律でこういう条項を設けて、われわれの主張する施業実績図を見せろというわけには、財産だからいかぬ。したがって通産局のほうで積極的に百二十九条なり百九十条を活用して、立ち入り検査もやるし報告もとる、資料もそろえるということになるならば、それだけの人的構成は一体どうなるのかということになるわけです。

新井眞一通商産業事務官(石炭局長)

○新井政府委員 先ほど鉱山局長の御答弁にありましたように、極力私どもも運用面でやってまいりたいと思いますので、いま御指摘の人の問題と即応して十分できますように努力をいたしたいと考えております。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 御存じのとおり、百二十九条というのは鉱業権者に全部やらせるわけです。鉱業権者がやらなければそれまでなんです。これは命じた以外はやらないですよ。鉱山局長さんも御存じのとおり、いま大手だってとても鉱害なんかを調査する余裕はないというのです。いま離職者の就職対策、それから閉山後におけるあと始末その他に追われて、百二十九条のようなことをわれわれ鉱業権者に言ったって、とてもそんな時間はありませんと言うのです。この前ここで言ったように、第二会社に移行する場合には、移行する時点でひとつ鉱害量を明白に示してくださいという約束もできておるのです。しかし三井鉱山なら三井鉱山、三菱なら三菱がそういう状態で、全部調査をして資料提供をする状態にあるかというと、ないわけです。鉱業権者にその能力はないですよ。それは何百町歩という広い鉱区を持っておるわけです。そしてたんぼだけでも百町歩、二百町歩ある。その鉱害の実態その他を調査していく能力というものは、簡単にすぐにやれるような態勢にないわけです。非常に時間がかかる。それならば、鉱業権者がやらぬのだから、いま局長さんが言われるように、これを通産局長がやるとは書いておらぬけれども、通産局のほうでそういうことをやるのだということになると、それだけの人間をこっちに配置しなければならぬ。それもいないのです。いま買い上げられた山の処理その他で鉱害部も手一ぱい、それから復旧事業団も手一ぱい、だから日本の鉱害復旧その他の限界というものは、いまの人的能力や技術者の配置の状態から考えると、まあ三十億円程度が限界だと言っておる。そういう実態ですから、その上にこれから起こるもの、あるいはどんどん掘りつつあるものについて、そういう資料まで整えていくという状態には——法律に書いてもそれが実質的に実行されないのだから、画竜点睛を欠くことになるのです。それならばやはり見せてもらわなければならぬということになるわけです。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 この法律が施行されました暁においては、施行後の実績を見まして、人員等不足の場合には、極力来年度の予算で不足分を埋めるように努力したいというつもりでおるわけでございますが、この法律施行後、猶予期間が相当とってありまして、九カ月ということになっておりますが、おそらく早くても来年の一月ごろからということになりますと、予算措置としては来年度でもいいのじゃなかろうかという気持ちが一つあるわけでございます。  それから一方、全体の定員の問題から申しますと、ほかにいろいろ規定を新しく入れたわけでございますが、鉱業の出願事務の処理をできるだけ簡単に迅速にやれるためのいろいろ新しい制度なり方法を講じてあるわけでございまして、そういうような面の仕事がだいぶ少なくなりますので、そこで浮きました人員を、いま先生御指摘のようなふえたほうに回すということも一部可能であろう、こういうふうに考えておるわけであります。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 石炭局長、いまのことをひとつよく覚えておいて、鉱山局長と協力をして人間配置をやってもらいたいと思います。しかし、それにしても、どうもちょっと私見せてもらわなければいけないような感じがするが、そこはまああまり詰めずにおいておきます。  次に、今度は百条の十四の土地の掘さくの制限ですね。百条の十四の二項に、「鉱業権者又は租鉱権者は、農地及び宅地の地下三十メートル以内の場所において鉱物の試掘又は採掘のため土地を掘さくするには、その管理庁又は所有者及び管理人の承諾を得なければならない。」こうなっておるわけです。そうして正当な理由がなければ承諾を拒むことができないことになっております。この場合に、われわれのところでは人家承諾と言っておるわけです。これは立て坑は別ですが、坑口から斜坑でずっと行く場合、深さ三十メートル以内のときには、その付近の人家、宅地の所有者なり農地の所有者の承諾を得なければならない。その承諾を持ってこない限りは施業案というものは動かないことになっておるわけでしょう。そうなっておるわけですね。そうしますと問題は、鉱業権者がどういうことをやるかというと、まず一番大事なのは、坑口を掘るところの土地が大事です。この三十メートルの人家の承諾の前に、とにかく坑口を掘る場所を確保すればいいわけですよ。これを確保すれば、もう大体一挙に外堀と内堀を埋めたと同じですよ。鉱業権者にしてみれば、それから先は、坑口の位置をきめたらもうどんどん掘り始めるのです。そうして掘り始めたという既成事実をつくって、そうして人家承諾をとることになる。そうしますと、これは外堀と内堀を埋められたと同じです。どういうことをやるかというと、もう坑口の行く方向だけに向かって、三軒家があればその三軒の承諾をとればよい。これは人家の承諾をとれば、農地と宅地は一緒にとったことになってしまうのです。実際その本人からとるわけですから。そうしてそこに金をつぎ込むわけです。そうすると、もうあとはわけないことになってしまう。したがって、この所有権というものは、三十メートルのところの人は非常に尊重されるわけです。ばく大な金をつぎ込んで人家承諾をとるわけですから、その坑口の近くの人は相当の金をとるわけですが、しかしそれから先の者は何も関係がないのです。こういうように、坑口を掘るところと三十メートルの範囲の土地の所有者の所有権というものは非常に尊重されるわけです。しかし三十一メートルになったら尊重されないのです。しかし被害は同じように起こってくるのです。ここに矛盾がある。したがって鉱業権者は、この鉱業法に書いてある規定を最大限に利用してやっていく。場合によっては、炭鉱で土地の収用なんというのがありますが、こういうものにかけるのはめったにありません。百四条の使用の目的、「他の土地をもって代えることが著しく困難なときは、これを使用することができる。」坑口とか坑井の開設等のときに、使用の目的あるいは百五条の収用の目的、こういうようなことは割合少ないのです。とにかく坑口を開くところのたんぼなり宅地を高い金を出して買えば、もうこれで大体外堀と内堀を埋めたことになっちゃうんです。それで既成事実をつくって、あとは付近の何軒かの人家承諾をとればもう万々歳です。あとはたんたんたる大道を行くことになるんです。坑道は進んでいくわけです。一体こういう区別はいかなる理論的根拠から出てくるのかということです。これはおそらく坑口を掘るところと三十メートルのところは被害が大きいから、これは承諾をとらなければいかぬ、他のものはいいんだ、理論的にはこういうことになると思うんですよ。しかし、それにしてもちょっとおかしくないかということです。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 土地所有権との関係におきます鉱業権者の側の土地掘さくの制限規定でございますが、これは必要な最低限の規定をここへ入れたのでございます。場合によれば施業案によりまして、たとえば上に非常に重要な施設があってその下を掘る場合に、これ以上の制限をすることは当然あるわけであります。ここにありますのは最低限の制限でございまして、ぎりぎりこれぐらいのところまでは通常の場合には一応大丈夫であろうけれども、それ以上掘り進むということにつきましては、地上の施設と人体等に害を及ぼすおそれがあるんではなかろうか、こういう考え方に基づいてその規定を置いてあるわけでございます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 その三十メートルくらいのところまでは人体に害を及ぼすであろうということでやられておるわけです。ところが、坑口の構造その他をごらんになると、三十メートルくらいまでのところは——これは中小炭鉱は別として、大手の炭鉱へ行きますと、その坑口の入口から相当のところまではがちっとしたセメントで巻いてしまうのです。中小のところは初めからあぶないです。坑口へ入ってしばらく行ったところまでがあぶないですが、大手のほうはそのところのほうが安全でしょう。むしろ先に行ってからのほうがアーチ巻きをしないですね。むしろそういう点からいったら、大手を例にとってみると逆になるのです。こういうところに私は何か一つ問題があるという感じがするのです。同じ所有権でも、三十メートルのところにあれば坑口に近いということでそれだけ危険の頻度が多いだろう、だからこれは承諾をとらなければいかぬ、それから先は承諾が要らぬというなら、何でそれから先は承諾が要らないのですかということになる。承諾を得なければ炭鉱はできない。だから承諾を得るためには、坑口を掘るところとそれから三十メートル以内には全力を注ぐのです。どんな条件でも聞くのですよ。ところが、それだけが終わってしまうと炭鉱は手の裏を返したようになっちゃう。私はこういうところが気に食わぬのです。それはどこでも、ダムをつくれば、ダムサイトになるところは幾ら金を積んでもいいということがあるでしょう。それと同じだと思うのです。ある理論から言えば。しかしどうもここに特に三十メートル以内の場所、こういうことになると、ちょっと何か理論的に引っかかるものが出てくる。おそらく危険度はそういうところが多い、だから特に承諾をとるのだ、こうおっしゃるけれども、私が経験したように、はるかかなたの、三十メートルどころじゃない、坑口から二百メートルも三百メートルも千メートルも来たところでも、ふろがまと一緒に坑内に陥没しょうとした例があるわけです。そういう点で、全くその三十メートルから外のものは、深さ三十メートルから以上に坑口が進行したときには、何も知らぬうちに、夢想だもしないうちに、わが家の下と田地、田畑の下は掘られておって、空洞になってしまったという形になることがある。いままでは石炭石炭と言っておったからよかったけれども、どうも最近はいろいろ考えれば考えるほど問題があるという感じがあるわけなんです。  次は、百条の十九です。少し時間がないですから、大事なところだけれども飛ばしていきます。「鉱業権者又は租鉱権者は、いかなる名目をもってするかを問わず、鉱業権又は租鉱権を他人に使用させてはならない。ただし、採掘権に租鉱権を設定する場合は、この限りでない。」こうなっておるわけですが、これは斤先ということになるわけです。この使用させるという概念なんですが、一体斤先と租鉱権とは実態がどこが違うかということです。使用させるという概念からいったら、鉱区権者が自分の鉱区を租鉱権をやって、そしてその者に使用させる、その自分の鉱区を租鉱権のかわりに斤先業者に掘らせる、使用させる。この鉱業権あるいは租鉱権を使用させたら、そこにはもう物がなくなって、そして使用することができなくなっちゃうわけです。この点においては租鉱権も斤先掘りも同じなんです。ところが斤先掘りは今度はもうできません、こういうことになったわけです。それじゃなぜ租鉱権はできるのだ、こうなるのです。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 租鉱権の制度は、現行法が昭和二十五年にできたわけでございますが、そのときに初めてこういう制度を設けたことは御承知のとおりでございます。こういうものを設けましたのは、御指摘の、特に炭鉱につきましては従前から斤先掘りというものがあとを断たなかったわけでございまして、また経済的な面からの必要性は確かにある、必要性を認めながらそれをそのまま放置しておいては鉱業の監督上非常に危険が多い、保安上の問題あるいは鉱害の防止の見地からどうもよくないということでございまして、いままで行なわれておりました斤先掘りにつきまして、ある特定の要件に該当する場合、もう少し具体的に申しますと、鉱物資源を合理的に開発するという見地から、やはりそういうものを認める必要があるという場合があるわけでございまして、そういう場合を限定して租鉱権というかっこうで認める、そのかわり認めた以上は一般の鉱業権者と同じように、租鉱権者の行なう行為についても厳重な監督を行なう、こういうことにいたしたわけでございます。二十五年の改正当時から、考え方としてはそういった趣旨で租鉱権を認めるわけでございますので、それ以外に従前のような斤先掘りがもし行なわれるといたしますれば、これは鉱業法違反の行為でございまして罰則があるわけでございますが、今度のこの改正規定ではその法律の解釈として、租鉱権以外のいわゆる斤先がいかぬということを単刀直入にこの法文ではっきりして、より一そう監督を厳重にしようではないか、こういう考え方に基づきまして、この百条の十九を置いたわけでございます。ですから斤先と租鉱権の違いはどこにあるかと申しますと、非常に場合を限定して、国家的見地から鉱物の合理的開発を促進するという見地から見て、ほんとうに必要である場合にのみ権利を認める、認めた権利については一般の鉱業権者と同じように保安上の厳重な監督もいたす、こういうことでございます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 局長さん御存じのとおり、最近農地において請負小作というのが出てきたわけです。私いつか個人的に話したように、これはだんだんサラリーマンが多くなって、そして農地解放を受けないためにしばらく自分でつくるということをやっておったわけです。ところがだんだん食糧事情もよくなったので、もうサラリーマンのほうに熱を入れたい。そのためには、いままで八反つくっておったけれども、とても八反もつくることはできない。したがって三反ぐらいにしよう。三反すれば二十俵くらいの米はできるのだから、飯米はある。米さえ確保しておけば、あとは野菜は庭先の小さな畑につくればいいのだから、ウィークデーはサラリーマンで出ていく、そして日曜大工じゃないけれども、日曜百姓をやる、そうすると土に親しんでまさに快適だ、これくらいいい人生はないということで、今度は残る五反を、隣の自分の弟の百姓を専門にやっておるのにひとつ請負で出そう、そのかわり米はとれたら三分の二をあなたにやる、おれのほうは三分の一でいいのだ、うちは三反つくって二十俵あるから、三分の一もらえば、これは売ってもどうしてもよいのだ、供出にしよう、こういうのが出てきた。それが転化して今度は親子契約——自民党でもやり始めた親子の契約でやる。これは農地の細分化を防ぐために、長男がやるときには長男に持っていく方法もとるが、親子の契約をやって、農業をやる息子に給料を払う。こういう形が農業に行なわれ始めたわけです。それならば、一体石炭山にそれが行なわれていないかというと、行なわれているわけです。それは租鉱権とかなんとかいうことではややこしい。そこで、名義はおれのものだ、しかし労働者を使うのも石炭を掘るのも、一切みんなおまえがやれ、しかし販売だけはおれがやるぞ。滝井鉱山と掲げておって、実際に来て仕事をして、さいはいを振っておるのは加藤清正がやっておる、こういうのが出てきたわけです。農地における請負とこれは全然変わらぬですよ。その典型的なものが第二会社です。閉山をする。そうすると鉱区は使用さすことができないのですから、共同鉱業権をやる。共同鉱業権です。滝井鉱山という、滝井義高社長がやめたものを今度は、第二会社というとていさいが悪いし、被害者も言うてくるから、これは共同鉱業権。私も責任があるのですよということで、実際は私はどこかへ炭の販売権たけはとって、共同鉱業権でやらしておるのです。これがいわば大手のていのいい斤先です。共同鉱業権で他人に使用さしている。だがそれは共同鉱業権という名前で入ってくる、合法的な装いをしているだけだ。実際は私がいま言った日曜百姓を自分が快適な人生を送るためにやり、あとはひとつ請負小作に出す。それからいま言ったように、石炭の販売権だけは自分の名義で握って、やるのは全部他人が来てやらせる、これとちっとも変わらぬ。共同鉱業権です。斤先はその変型、ただ法律的な装いをしているだけです。販売権はみなもとの会社が握っておるのです。これがいけないと言うのです。こういう資本主義における大きなものがごまかしをやって、——小さな百姓がそういうことをやるのならまだ目をつぶれるけれども、こういう大きなものが共同鉱業権をつくる。法律で共同鉱業権をつくり、斤先はなくしましたと言っているけれども、そういう変型が出てきてしまった。こういうことなんです。だから私は、共同鉱業権とか斤先とか認めるべきでない、既得権はやむを得ないけれども、今後は認めてはいかぬ、全部鉱業権一本でいくべきだ、いまのような石炭事情の状態からいって、やることはないのですから、それで私はいいと思うのです。だから経営的なものをきちっとやらせて、ほんとに政府のお世話にならずに、資本主義の世の中ですから、電力会社に食ってもらわなければ、あるいは鉄鋼に石炭を食ってもらわなければやっていけぬ、何もかにも政府に助けてくださいというようなことを言うのなら、やはり折り目を正さなければいかぬでしょう。そういう点、この使用させるというのは、名前は共同鉱業権の形でやっておるが、あにはからんや販売権は全部自分で握っておる。そうするならば、販売権は全部もとの大手が握ってはいかぬという禁止規定を置かなければならぬ。石炭は自由に販売させる、独立自尊の精神を持たせる、それならば共同鉱業権でいい。租鉱権にすれば斤先のピンをはねて租鉱権料をとる。昔の斤先料、いまは租鉱権料をとり、販売権もとる。そういう形で労働者の低賃金の頭をはね、災害防止をやらないようにしておく炭鉱経営というものはよくないと思うのです。政府のほうである程度炭価をきめていくのですから、炭の値段は一定になってきているのですから、そういうときに中小の山が大手の山と太刀打ちをしていこうとすれば、安い労働力か、保安を削るかしなければ、租鉱料をとられ、販売権を握られておるのはやっていけぬわけですよ。こういうところにやはり政策の間違いがあるわけです。その間違いはやはり正さなければいかぬと思うのですよ。だから私は共同鉱業権とか租鉱権というものは禁止すべきだ、使用させてはならぬと思う。この使用というのは、掘ればなくなるものなんです。使って減らないものではない。だから鉱業権なり租鉱権の使用の概念は、普通のこういうものを使うのとは違うわけなんです。鉱業権や租鉱権を使用したらなくなって消えていくのです。その部分だけなくなるのです。だからこういう規定を置いて斤先だけは禁止した、こうおっしゃるけれども、それは斤先を禁止したと言うて局長さんがいばるほどのことはない。実際は昔とちっとも変わりない。だからもう一歩、百尺竿頭一歩を進めて、共同鉱業権なり租鉱権を禁止するところまでいく、これならばほんとうに使用させてはならぬという規定が生きてくるわけです。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 御指摘の御意見、確かにもっともな点もあるかと存ずるわけでありますが、たまたま石炭の事情が現在のようなことであるからということで、基本法である鉱業法そのものから、共同鉱業権なりあるいは租鉱権制度をなくしてしまうということについてはどうであろうかというふうに感ずるわけであります。  それから、やはり租鉱権者ということで、正式に鉱業法上の権利者ということで認めてまいりますと、あくまでも当該租鉱区の鉱業につきましては、その権者が責任を持つという考え方でありまして、そういう点では全く鉱業権者と同一の地位にあるという考え方でおりますので、もちろん監督の面についての運用については、あるいは先ほど御指摘のように人員等の面で問題があろうという点もあるかと存じまするが、そういう点につきましては今後一そう気をつけていくようにいたしたいと思っておるわけでありますが、制度自体といたしましては、私先ほど申し上げましたように、やはり租鉱権にはそれだけの必要性がある。今度の法律では、鉱物を石炭、石油、その他の三分類主義にいたしたというようなことから、なお必要性が出てきております。石炭等につきましても、従来から考えておりますいわゆる薄層の開発とか、あるいは残炭の掘採というような面で、この必要性というものは今後ともまた出てくる場合があるのではないか、こういう実は感じでおるわけであります。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 メタルのほうにそういう必要があるということは、私はメタルの事情をよく知らぬから反論しませんが、薄層なり残炭を大手でやって悪いという理論はどこからも成り立たぬわけです。それを低能率の低賃金でやらさなければならぬということを考えるからそういうことになるので、大手がやってもちっとも悪くない。損するならやめたらいいのです。もうかるならやらせる。大手ができぬものを小さなものでやらせたらいいということは、結局それは低賃金と重労働と、人間を犠牲にして炭だけ出せという形になるのです。その思想というものは私はとるべきでないと思うのですよ。だからやはりこういう地下の鉱物というものは、あまり複雑な権利をいろいろ与えることはよくない。形はとにかくとして、これから五千五百万トン体制をとろうとして、それ以上のものは出そうといったって出ないし、また出す必要もいまないわけです。必要となったときは鉱業法を検討し直すとして、いまの段階ではいまの世情に沿うた絵をかくべきだ。郷に入っては郷に従わなければいかぬわけですよ。あまり違うふるさとに行って絵を書いちゃいかぬと思うのですよ。やはりいまの日本の石炭事情なり社会情勢に合った絵を書いておいてもらわなければいかぬ。この鉱業法というのは、明治二十七、八年のころのバラ色の夢をまだ持っていますよ。ありしよかりし日の夢を描いている。これを変えてもらわなければならぬ。いまは寒々とした冬空になっているのだから、冬空の装いをしてもらわなければいかぬわけです。そういう意味で、いまのところはちょっと納得がいきかねるのです。議論をしだすとこれは全部並行線になるのですけれども……。  それから、百四条の使用の目的について、いままで一体この百四条がたびたび使われたことがありますか。実は坑口を掘るところというのは、御存じのとおり浅いところから深いところに向かって石炭を掘っていくわけです。索道の近所から坑口を掘らなければいかぬわけです。そこで坑口を掘るのに適当な場所というものはそう四つも五つもないのです。これは地形やらその他、炭を出してそして運ぶ場所も要るし、それから選炭機を据えつける場所等も要りますし、坑口を掘る場所というのは鉱区の中でそう四つも五つも、合理的に炭を取るために一番適切な場所というものはないと思うのです。やっぱり一カ所か二カ所です。そうするとここにいうように、他の土地をもってなかなかかえることができないという場所は、そうよけいないのですね。ここが一番いいところだといったり、それ以外ないわけですよ。したがってこれを、そこ以外にないということでごり押しをいままでしてきている。さいぜん言うように、金をうんと積む。一体この百四条というものが具体的に適用をされた例が最近ありますか。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 事例は非常に少のうございまして二十五年現行法が新しくできまして以来、件数としては三件でございます。これは石炭には例がございませんでして、二件は銅の山で、ずりの捨て場がないということで、この規定で二件ございます。もう一件は、石灰石の運搬用の敷地に必要だということで、話し合いがつきませんでこの規定を適用した。以上の三件でございます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 三件ならまあ議論せぬでもいいでしょう。おそらくそういうように、もう坑口を掘るところは、外堀と内堀を埋めることを意味しますかり、代替地なんか求めないで金を積むのです。  そうすると、百五条のほうはどうですか。百五条のほうはたびたび用いられたことがありますか。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 百五条につきましては例がございません。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 そうしますと、この百四条と五条で使用することのできる、あるいは収用することのできる条項が違いますね。百四条のほうは一号から六号、百五条のほうは一号から四号までしかないわけです。この使用目的と収用目的の条件の違いというのは一体どういう差別から出てきたのですか。どういう理由から出てきたのですか。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 各号に載っておりますように、収用の場合は、土地の形質を非常に変更いたしまして、土地所有者としても、あとに要らなくなって返してもらうときに、原状復旧してもらわないと困る、しかも原状復旧することは非常に困難であるという場合には、最初から買ってもらったほうがいいんじゃないかということでございまして、土地の形質に対する変更をどの程度加えるかということによりまして使用と収用の区分をいたしておるわけでございます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 そうしますと、原状を著しく変えてしまうというときには収用になるということですか。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 結果的にそういうことになるということではございませんので、用途の性質から見てそういうことが予想されますので、あとでまたトラブルを起こすよりも、最初から所有権そのものの移転をしたほうがいい、こういうように考えられる場合に収用にしております。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 実は坑口を掘りますと、掘ったところからたくさんのボタというのですか、土砂が出るわけですから、したがってその土砂をどこかに置かなければいかぬわけですね。置くために、炭鉱ではこういうピラミッド型の、スキップとわれわれは言うのですが、ボタ山ができるわけですね。そのボタ山ができるまでに、やはり暫定的に坑口の付近に少しボタを置くわけです。したがってボタを置きますと、今度は炭鉱をやめた後に、ボタを堆積せしめたということは一種の鉱害なんですよ。ところがこれが賃貸借なんですね。たんぼを貸してください、貸しましょう。それでボタを置く。あるいは収用されておってもいいですよ。たんぼでなくて小さなボタ山になると、著しく形状が変わるわけです。こういう場合に鉱業法上の鉱害復旧の対象になるのか、ならぬのかということです。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 普通の場合、ボタの置き場は土地所有権者との契約によりまして使用権を設定する。場合によれば土地所有権の譲渡を受けるということでございますが、その土地を使用する目的が、ボタの捨て場にそこをするということでございますので、それは本来契約の目的に沿った土地の使用でございまして、これは鉱害に入らないわけでございます。鉱害賠償規定の中に、捨て石、鉱滓の堆積、原因作業の中にございますが、これはそういうことでボタ山ができるわけでございます。これが何らかの拍子に崩壊をいたしまして、使用の目的にない、他人の土地にずりが流れ込みまして、そこの農作物をいためる、こういった場合に、いわゆる鉱害ということで賠償規定の適用がある、こういうことに相なると思います。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 ここに実は問題があるわけです。これはメタルにおいても石炭においても同じことが出るわけですが、自由化されて、だんだん金属山等も苦しくなる、石炭も斜陽になっていく。そしてボタを捨てたところが、これは私契約になるわけですから、契約では元のとおりにして返します。たいがいこうなっておるのです。炭鉱が終わったらあるいは鉱山が終わったら、借りておった土地は、あるいはこれは収用した土地でもいいですよ、とにかくもとのようにしてお返ししますからという契約がみな入っているのです。ところがこれがあなたのおっしゃるように、なかなか臨鉱法の対象にならぬので、そのまま放置してある。そこでこれは厳密な意味で言うと、なるほどボタ山の下は坑道がいっているところが案外多いのですが、しかし掘り始めの坑口の付近でたくさんボタをまき散らしたところは、坑口を掘ったところです。坑口の下ではないのです。これが対象にならずに放置されたままにあるわけですが、これの救済がいま全然行なわれていないのです。救済の方法がない。いわんやその鉱業権者が無資力なんかになった場合はお手あげなんですね。そこで私は鉱業法の中に、そういう私的な契約であっても、そういうものを何らかの形で救済する制度というものが必要になってきたのではないかと思います。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 ボタ山がくずれたりして他に損害を及ぼすというのは、先ほども申し上げましたように、鉱害賠償の規定の中での原因作業の一つになるわけでございますから、損害発生のときの鉱業権者が賠償責任を負う、こういうたてまえに相なるわけでございます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 ボタ山が崩壊したときはいいんです。いまのようにボタ山の所有者が起こした鉱害ですから、それは鉱業権者が無資力になっても、有資力であっても、何とかなるわけですよ。ところが坑口から出たボタをたんぼならたんぼに埋めてしまった。したがって、これをもとのたんぼに返すためには、そのボタを置いている土を排除しなければもとのたんぼにならない。なぜかならば、かんがい水の関係があるのです。高くなっているから。ところが鉱業権者との契約は、炭鉱が終わったときはもとのたんぼにして返します。となっているわけです。ところが、有資力のときは何とかなるけれども、無資力のときは救済の方法がないのです。民事上の契約ですから。そんなのがだんだん多くなってきているわけです。これはボタ山で大きくたくさんの土地をとっておるところは、ボタ山をならして、いまの産炭地ボタ山処理事業で用地にすることができるわけです。ところが一反とか二反のたんぼに中小の炭鉱がボタを置いておった、それもたくさん置いてない、ところがこれが無資力になったがいかんともしがたいという場合が出てきたわけです。いわゆる坑口の付近にかすを捨てた。これがたとえば収用された場合、無資力になれば、使用目的でやったという場合だってこれは同じですが、収用までされた土地だ、しかしながらそのあとは無資力になったためにかまってくれないのだということだと、被害者としてみれば泣こうにも泣けないわけです。だから一番極端な場合は、収用された場合、一番ゆるやかな場合は全く紳士的な合意によった場合、こういう極端な両極があるわけでしょう。中間には使用の目的のために百四条を適用した場合、百五条を適用した場合、両者の間の合意でやった場合、こういうように段階があるわけでしょう。たとえば収用になった場合だって無資力になったらいかんともしがたい。貸したくなかったけれども無理やりに取り上げられた、これだって救済の方法がないのです。こういうことでは、鉱業を非常に重んじて、坑口を掘るためには収用権を発動しても坑口を堀りなさい、ここ以外にないのだといって取り上げておったくせに、今度は炭鉱が無資力で手をあげたら、だれも救ってくれないというのでは、このたんぼの所有権者は泣くに泣けぬと思うのですよ。こういうことは片手落ちなんです。したがってそういうものを救済する規定を一体どうしてくれますか、こういうことになる。これを救済する方法はないんですか。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 ただいま御指摘になったような場合は、これは鉱害ではございません。脅迫の土地所有権者との契約に基づく使用ということになるわけでございまして、いわば私契約上の契約違反ということで、民法の一般の原則に従ってこれを処理するというよりほかに方法はないと存じます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 そうなるのです。ところがいま言ったように、鉱業法では坑口を掘るために強権を発動してでも——特に百五条というものができているわけです。そうしてそれを土地収用委員会にでもかけて収用してしまって、無理やりに押えつけて使った、使ったあとにそのものがお手あげになった場合に、もとのようにしてくださいと言っても、約束はもとのようにすることになっているけれども、してくれないということになれば、これはもう無資力になった場合は泣くにも泣けないわけですよ。私のところにはそういうのがあるのです。そうして救済の方法がないのです。だからこういう場合に不当に、百五条というものは収用という点では鉱業権者は天下の大道をまかり通ったけれども、今度あと始末の場合にはだれも始末をしてくれないというのでは、農地の所有者というものはどうにもならぬわけです。宅地の所有者はどうにもならぬわけです。だからこういう場合を何とかしてもらわなければいかぬことになるわけです。いまの臨鉱法では救えません。いまの法律では全く救いようがないのです。だから私がさいぜん言ったように、一番初めの紳士的に話をした場合と収用された場合、こういう極があるわけですね。ところがこの収用した場合の救済の方法が出ると、紳士的にやった場合でもそれを適用して救済ができるのです。ところが収用した場合にさえ救済ができないのですから、紳士的に契約を結んだ場合はなおできないのですね。これはやはり私は研究してもらわなければならぬところじゃないかと思うのです。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 これは単に鉱業の場合だけではなくて、一般的に土地の使用なり収用が行なわれた場合でも同じような関係になるのじゃなかろうかというふうに存ずるわけでございまして、収用の場合にはおそらく当初の契約について形式的効力があると存じますが、その後の当事者間において、全く一般の私契約と同じ取り扱いという考え方でおるわけでございますけれども、特にそのことについてだけ鉱業法の中に規定を置くのは無理ではなかろうかという感じがいたすわけでございます。一般の土地の使用収用の場合には同じような事態というものが出ると予想されるわけでありますので、もし必要がある場合には何かそういった面の考慮があるいは必要かもしれませんけれども、一応先ほどからもお答え申し上げておりますように、これは民法の原則によって処理するということより方法がないというふうに存じます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 私も民法の原則で処理するよりないと思うのです。だから何かいい方法はないかと思って質問をしておるわけです。たとえばこれは仮定の問題だけれども、たまたま坑口を掘って、そうしてボタを捨てたところが、東西のたんぼのちょうど中間地帯にボタをずっと捨てた。それでそこが狭扼部になっておって、いわゆる狭くなっている。そうして東のたんぼと西のたんぼにはばく大な鉱害がある。そこでこの鉱害を復旧するためにはどうしても狭扼部を何とかしなければどうにもならぬのだ。ところが狭扼部はいま言ったように全く私的な契約によってできているものなんだ、これをやらなければ東西のたんぼのかんがい水は全然通らぬのだ、こういう場合がもしあったと仮定したならば、それはこのものはやれないわけです。ところがこれをやるのには相当の金がかかる。炭鉱は無資力になっておるのだという場合は、しかもその土地は強制収用された土地であるという場合には、どうにもならぬのです。そうすると東西のたんぼのかさ上げをして鉱害の復旧をやったって、ここを何とかしなければ水が東のたんぼと西のたんぼに流れないのだ、こういう場合が出てきてもこれはやりようがない。このことのために全局に重大な影響を及ぼす、こういう場合があり得るわけです。これは全く仮定の問題ですけれども、そういう場合も全く救済の方法がないわけです。だから私が言いたいのは、いままでのあり方としては、そういう収用その他で強いもので坑口を掘ることに急にして、あとの始末については考えられていないということなんです。これはじょうずの手から水が漏れたというのはこういう場合のことを言うのです。収用はするけれどもあとは考えていない。こういうことなんです。われわれのところにある例は、付近の家は上がる。たんぼはみんなりっぱになってしまう。ここだけが取り残されるのです。私はいま狭扼部という非常に何というか、あなたを責めるのに一番いい道具を使ってみたんだけれども、実際は付近のたんぼも家もみんな上がった。ところが坑口のところをたまたま鉱業権者に貸しておったために、そこだけが、その一反か二反のたんぼにボタを捨てられて、私契約であるためにどうにもならぬ、こういうことなんですね。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 私も現地の状況はよくわからないものでございますから、理解がいたしかねるわけでございますが、いまの例におあげになったような場合に、その隣までは地上げされた。地上げされたということは陥没があったからということでございますので、その隣がやはり陥没というかっこうになっておるのじゃないかという気がいたすわけでございますが、その土地は一時使用でございますから、一時は借りておるわけでございますが、所有権はやはりほかの人にあるわけであります。その所有権者から見れば、やはりその土地は鉱害にあっておるという認定ができるかと存ずるわけでございまして、そういった場合はやはり鉱害認定地域に入るような気が実はするわけでございますが、もし何でございましたら、新井石炭局長のほうから……。

新井眞一通商産業事務官(石炭局長)

○新井政府委員 非常にむずかしい応用問題でございますが、先ほど鉱山局長からもお話しておりますように、結局石炭鉱業もだんだん無資力なものが多くなりますので、そういう賃貸借契約をやる場合に、私契約の場合に原状回復があとで心配であれば、たとえば積み立てをやるとかやらぬとか、そういう内部での解決方法というのがあろうと思いますが、現にすでにやってしまったあとでいま問題になっておる、こうおっしゃつていますが、この点はやはり農地等の効用回復をいたしますのが趣旨でございますので、その部分が若干問題がございましても、ほかの効用回復ができないという場合には、やはりその範囲を含めて効用回復をはかっていく、従前の効用回復に資するという形でやっていける場合もあり得るのじゃないかというふうに考えます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 私もいろいろ考えてみましたけれども、結局そういう場合はしゃくし定木に、民事上の契約であるので、当然鉱業権者の責任でやるべきだ、こういうことになると、鉱業権者が無資力になった場合には、救済の方法がないことは局長さんの言われるとおりなんです。そうするとやっぱり炭鉱の近所ですから何らかの形で陥没その他影響があるわけです。結局鉱害の認定をある程度弾力を持ってやる以外に救済の方法がない感じがするのです。いろいろ検討してみたけれども。だから結局そういう形で、いま収用の問題は一件もないと言われたけれども、もしその土地が収用されておった場合は、何か非常に権利を侵害されていて、無理やりに使われておって救済の方法がないから、やるとすれば結局いまのような方法で救済をして、泣き寝入りをさせなければならぬという形になるような感じがする。無資力になるような炭鉱は、農地を四年も五年も使っておって、一銭も農地の使用料をくれないのですからね。そういう形になっておるわけです。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 先ほど先生がしきりに収用収用とおっしゃっておりますが、私使用のつもりでおったのですが、収用の場合は、御承知のように所有権の収用されたときから鉱業権者に移ってしまいますので、前の所有者である農民が困るという問題ではないというふうに存じます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 その場合に、収用するときに、炭鉱が終わったらおまえに返すんだという約束を多くしておるのです。われわれのところは収用でなくても、貸すときでも所有権を移すときにも、あるいは売った場合にも貸した場合にも、炭鉱が終わればまたもとの滝井義高に返すんだという契約を多くしているんです。あとで契約した書類を明治三十八年以来ずっと出します。出しますけれども、とにかくそういう形になっておる。だから当然私はそれを買いたいわけです。それはいま土地の値段というものは——土地を持っておるということは非常に大事ですからね。だから炭鉱をやるなら、その土地をもとの私に返してくださいということになる。そうして返してもらったが、しかし鉱害があるからどうするかという話になるわけですよ。だから売っている場合と貸している場合があるのです。これはいまのようなぐあいで、とにかくある程度弾力を持って石炭局のほうで鉱害の認定さえしてもらえばこの問題は片づくのです。ところがこれはこういう国会のやりとりがないと、現地の通産局で応用がきかないのですよ。だから私はそういう応用のきくような問答をしておかなければいかぬ。ということで深謀遠慮があるわけではないですよ。ないですが、われわれはいまいやというほどいろいろな問題にぶつかって、そうして現地は解釈に行き詰まっておるのですよ。だから聞いておるわけです。いまのような、大体そういうところは幾分土地もへこんでおるだろうから、そういうときには、その応用問題は、認定でもしてもらわなければしようがないでしょうというお話、全くそのとおりなんです。ところがそういう認定が、こういう国会の質疑応答がありますと、こういう質疑応答がありましたということで、それではこういうふうにしましょうかということに現地ではなり得るわけです。一つ応用問題が解けた。  次は水です。百八条「土地の使用及び収用に関する規定は、水の使用に関する権利に準用する。」こうなっておるわけです。水は御存じのとおり工業用水と飲料水とあるわけですね。メタルにしても石炭にしても、あるわけです。これが一番関係するのはかんがい水との関係です。そこで水の使用とか収用とか、この百八条の規定を準用する場合には、前の土地とかいう場合と、使用の目的、収用の目的の場合とちょっと違うわけです。坑口を掘るとか、コンベアをかけるとか、道路をつくるとかいう場合とちょっと違うわけです。この水の使用、収用に関する概念というのは一体どういうものか、ちょっと説明をしていただけますか。これは工業用水と飲料水と二つあるわけです。そうしてそれが同時に使用あるいは収用する水というものは、かんがい水にもからまってくる、こういう問題が出てきておるわけです。それでわれわれのところで——私県会議員の当時だったのです。飲料水と工業水とを一定の額だけあげることを炭鉱と契約しておったわけです。ところが、ある夏、非常な干ばつがあって、さてこれは米をつくる農家のかんがい水をやるべきか、それとも炭鉱の労働者のための飲料水——同時にそれは町の水道ですから、町の飲料水にやるか、工業用水にやるか、大問題が起こったのです。少ない水をどう分けるかという大問題なんです。ところが町にやる水と同時に、今度はそのかんがい水がA地区のかんがい水とB地区のかんがい水というように二つに分かれておるわけです。そこで少ない水を工業用水にとり、飲料水にとり、さらに残った水をいかにしてかんがい水がとるか、こういう問題になってきた。そこで何かいい方法はないか。まずかんがい水をきちっと等分に分けなければならぬがというので、いろいろ研究をした。当時そうしましたら円型分水器というものがあることを発見した。大きなコンクリートのますをつくりまして、まん中にまた水がふき出るところをつくった。そうしてその水がずっとふき出ますと、ふき出た水が自然に円型分水器で二分されて、左と右に分かれて、下流の農家に分けてやる、こういうようなことをやったわけです。これは結局炭鉱に農民の諸君が水をやることを約束して、そうして炭鉱の飲料水なり工業用水をとるために米のできが悪かったときは、その分は補償いたしますという、こういう約束になっておるわけです。こういう形で、円型分水器というので争いを鎮静したのです。そうしてその後は福岡県にやっぱり水の委員会をつくらなければいかぬというので、県に水を管理する委員会をつくったのを記憶しておるのです。この百八条というのは、水の使用に関する権利にも準用することになっておるわけです。これをどういう場合はどういうように準用していくのか、ちょっと御説明を得ておきたいと思う。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 土地収用法の中にも土地の収用、使用だけではなくて、本法と同じように水の使用に関する規定があると承知しておりますが、この鉱業法で規定いたしておりますのは、最初の土地を収用しあるいは水の使用権を使用したり収用する場合の許可を通産局長がやる、その許可の手続は百六条の二項にございまして、関係都道府県知事に協議したり、鉱業審査会の意見を聞いたり、聴聞をやったりという手続がございますが、この許可をいたしましたあとの手続は、全部土地収用法の規定の適用を百七条でいたしておりますので、名前は私はっきり覚えておりませんが、自後の手続は全部収用委員会によって進める、こういうことに相なるわけでございます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 これはやはり鉱業用水のことなんですか、それとも飲料水の両方ですか。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 その土地で鉱業をいたしてまいりますためには、当然そこで働く人々の飲用水というものが必要でございます。また鉱業そのものであれば、選鉱、選炭等をやる場合に御承知のように水が要るわけでございますから、規定ははっきりいたしておりませんが、百五条なり百四条で列挙いたしておりますこういった趣旨にかんがみまして、鉱業用水は当然でございますが、飲用水もこの中に含まれる、私はこういうふうに解釈をいたします。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 いまのように鉱業用水なり飲料水をとって、今度はかんがい水がその部分だけ減るわけですね。その減った部分についての賠償は当然鉱業権者がすることになるのでしょうね。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 そのとおりでございまして、補償金等は収用委員会できめる、こういうことに相なるわけでございます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 わかりました。  第五章のところはもうきのう以来議論をしておりますから抜かしまして、百九条へ飛びます。  百九条の二項、三項ですが、その前にちょっと字句をさきに尋ねておきたいのですけれども、今度の改正で、百九条の三項「前二項の場合において、損害の発生の後に鉱業権の移転があったとき」というふうに「移転」に直した。もとは「譲渡があったとき」となっておったわけですね。「譲渡」と「移転」というのは法律的にどう違うのですか。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 「譲渡」というのは普通売買でございます。その他贈与なんということも考えられるかもしれませんが、そのほか強制執行、滞納処分等による権利の移転、これが現行法の「譲渡」では読めませんので、従前とも解釈上は当然その趣旨が含まれるというふうに解釈しておったわけでございますが、いま申し上げたような場合もはっきり含めるという意味で字句を訂正いたしたわけでございます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 そうしますと「移転」のほうが範囲が広くなるわけですね。これは一つえらくなりました。そうすると連帯責任ですが、鉱害には安定鉱害と不安定の鉱害とがあるわけです。それで鉱業権者と租鉱権者あるいは共同鉱業権者、こういうようなものがお互いに連帯責任を持つわけですね。その場合に、鉱業権者の掘ったものが安定しておれば、当然鉱業権者かやってしまうことになるわけです。こころが安定をしないときに租鉱権を改定をして、租鉱権者と共同の責任になった、そのときに再び下層を掘るわりです。そこを掘っておって不安定だった、その不安定の時期に租鉱権を改定をして、そして租鉱権者が不安定のものをそこを掘ったためにさらに不安定になった、こうなるわけです。こういう場合が起こってくるわけです。安定の部分については、鉱業権者がやっておったから当然鉱業権者が全部やってしまう。不安定のものについても鉱業権者と租鉱権者連帯の責任でこれをやることになるわけです。ところが、鉱業権者は、租鉱権者の掘った下層のものまで見るかどうかというと、連帯責任だといってもどうもそこが問題になってくるわけです。鉱業権者が掘って、明らかに五だけの鉱害を起こしておった。租鉱権者が、五の不安定なものがまだ確定しないうちに掘って、さらにまた五の鉱害を加えて鉱害が十になった。これは全く観念論ですが、その場合に、鉱業権者と租鉱権者とは連帯責任を持っておるから、租鉱権者が払えなければ鉱業権者であるあなたが全部払ってください、連帯責任だからこういうことになるわけですね。ところが鉱業権者が、いやおれの掘ったのは三なんだ、あとの七はあとから下層を掘った租鉱権者の分だからあれに言ってもらえ、おれば三だけ払う、こうなった場合に、被害者側からいえば王手が打てないわけですね。おれのほうは責任は三しかないのだ、租鉱権者が七なんだ、七は向こうからもらえ、おれのほうは三出すぞ、こう言われてしまうと、あとの七を租鉱権者が無資力になっても——有資力の場合でもこの場合は何ともしがたいのです。こういうところにわれわれが租鉱権というものをつくることに反対する根本的な理由があるのです。そうして鉱業権者のほうはもう鉱業事務所をたたんで東京に引き揚げてしまった。残るのは租鉱権者だけだ。なるほど法律的には連帯責任があるんだから当然鉱業権者は逃げることはまかりならぬ、こうなるのですけれども、事実問題はそうはいかない。これがまた私が租鉱権にどうしても反対しなければならぬという理由になるわけです。こういう場合は法律論的には明らかにその鉱業権者が見なければならぬのです。ところが租鉱権者が、わしが見ます。こう言ってじんぜん日にちを引っぱっていくわけです。いま金がない、いずれ見るからと、こうなれば、鉱業権者にいくといやいやあの租鉱権者がわしは見れませんといって手をあげればおれが見てやる、しかし彼が見てやると言っている間はおれは出るわけにはまいらぬぞ、おれは三だけは出しているのだ、こうなって七のところが混迷し、どうにもならぬのがいまの状態です。こういう意味からも鉱業権者が逃げる道をつくるのです。租鉱権というものは。これが私たちが租鉱権に反対する一つの大きな理由です。これは全く救済の方法がない。それならば政治的な権力で全部租鉱権者がやれと、がちっと石炭局が押えてくれ得るかというと、なかなか押えない。だから、法律論的には連帯責任論というものはすぐに展開できるけれども、事実問題として国民の福祉を増進し、国土の保全をやるという見地からになると、それが実施できないという状態が出てきている。大手炭鉱においてそうだということなんです。だから、いわんや中小と租鉱権を結んだところなんというものは、全くどうにもならないという状態です。こういう何か法文上では連帯責任論というのは被害者には安心立命を与えるようであるけれども、これは安心立命ではなくて、むしろ事態を複雑にするだけだというのです。だから、法律論的に連帯責任があるからだいじょうぶじゃないかという論は成り立たぬと思う。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 この百九条に特に四項を設けましたのは、租鉱権者に間々そういう無資力の人があるかもしれないということで、鉱害の被害者を特に保護する趣旨で、かりにその損害が租鉱権者の鉱業によって生じた場合であっても、租鉱権の設定されておる親としての鉱業権者にも同時に連帯責任を負わせる、こういう趣旨で規定を置いてあるわけでございます。いまお話しのように、租鉱権者が賠償すると言っているから自分のほうではやるわけにはいかないというのは、法律上からいたしますと、これは法律違反でございまして、どちらにでも全額の請求ができるというのが連帯責任の意味合いでございます。ただ事実問題としてそういう問題があるいは間々あるかもしれませんが、そういった場合の被害者を保護するための制度といたしまして、この鉱業法には供託金制度があるわけでございますが、特に石炭につきましては昨年以来賠償積み立て金というものがございまして、その積み立て金に被害者がかかっていけるということで、特別の保護をはかっているような次第でございまして、救済措置としては積み立て金制度を考えているのだ、こういうふうに御了承願いたいと思います。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 租鉱権者を許す、その場合に当然鉱業権者と連帯責任を持たして被害者を救うのだ、この理論は逆であって、租鉱権をつくることによって鉱業権者を救うことになるのです。被害者を救うことにはならないのですよ、逆説的に言うと。だから、租鉱権をつくることによって鉱業権者を救うことになるのです。なぜならば、いま言ったように、鉱業権者は租鉱権者がやらぬと言うのなら私は連帯責任があるのだからやるのだと言う。そうすると、租鉱権者は絶対にやらぬとは言わない。やります。やります。やりますと言って、五年、十年引っぱったら、もう被害者はあきらめてしまう。東京とか福岡に毎日出て行かれるか、行けば——われわれのことばで言えば仕事がなぐれるし、金は使うし、もう行ったって損やといって、わずかばかりの賠償をもらうなら、うちで仕事をしたりたんぼをつくったほうが得だ、こういうことになってしまう。泣き寝入りです。だから、むしろあなたが言うように、租鉱権をした場合にはなるほど連帯責任をしておるから、その限度においては被害者を救うことになるかもしれないけれども、租鉱権をつくったことによって被害者を救うどころではない、連帯責任をそれに負わしたことによって被害者を救うどころではなくて、むしろ鉱業権者をうんと救済することになる。だから、むしろこの際被害者を救い、そして鉱業権者に正当に義務を果たしていただくためには租鉱権というものはつくるべきでない、それが一番いい方法なんだということなんですよ。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 いまのお話、ちょっとわかりかねるわけでございますけれども、連帯責任でございますので、租鉱権者が払うと言って払わない場合といなとにかかわらず、最初からどちらにでも全額の請求ができるというのが連帯責任のたてまえでございます。そういうことで当事者間に履行ができない場合は、先ほど申し上げましたように積み立て金にかかっていけるわけでございますが、この場合の積み立て金は租鉱権者が積み立てた金だけではなくて、鉱業権者が積み立てた金銭に対してもかかっていける、こういうふうになっているわけでございます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 法律というものはやはり現実を救ってもらわなければいかぬわけですよ。そこで、租鉱権ができると連帯責任を鉱業権者に課しても被害者をうまく救うことにならないのですよ。それは被害者からいえばむしろ二人の責任者ができたことを意味するわけです。どっちにでも行きなさいといって、租鉱権者を捨てて鉱業権者に行ったって、鉱業権者はどう言うかというと、これは私に来る前に、あなたのところを掘って損害を与えたのはいま炭鉱をやっている租鉱権者なんだから、その人のところに先に行きなさい、向こうがやらぬと言ったら私のところに来てください、こうなるのです。現実はそうなっておるのです。だからいまそれでは三井にしても三菱にしても何のために第二会社をやるか。みな鉱害がおそろしいからですよ。鉱害がおそろしいから第二会社をつくるのです。租鉱権をつくるのですよ。しかも租鉱権はみなボスにやらせるのです。だから、そういう鉱害がおそろしいからこそやるのであって、それでなかったら堂々とみずからやったらいい。みずからやりきらぬというところに何かやましいところがある。もちろんわれわれも、第二会社をつくるというときには、これはもう雇用対策上どうしても必要なときだ、地域経済に重大な影響を及ぼすときはやむを得ず第二会社をつくっていい。これはレアケースですよ。レアケースとしてそういうものを認めたわけです。ところがこれはレアケースじゃなくて、白昼公然とまかり通る形になってきているでしょう。だからそういう点で、第二会社をつくる場合でも、いま共同鉱業権というような形になっておるけれども、ここらあたりはほんとうは第二会社をつくらせるのはうそなんです。こういうものは明治以来やっているのですから、大手の炭鉱でやらせるべきなんです。政府が補助金を出してでもやらせるべきなんです。どうせ金を出しているのですから。ところがそれは元の鉱業権者とは違った共同鉱業権とかあるいは租鉱権というように経営形態を変えるばかりではなくて、鉱業権の形まで変えてやるわけですから、いわば元の純粋な鉱業権でない形になってしまうわけです。だからそういう意味ではどうも私たちは、連帯責任をしてやったからいいじゃないか、鉱業権者はのがれられぬと言うけれども、連帯責任をやってくれたからのがれられることになるのです。法律的にはのがれられないかもしれぬけれども、現実にはみなのがれていってしまうのです。そうしてみなが泣き寝入りをしているのが現実ですから、泣き寝入りをしないようにするためには、すっきりと元の鉱業権者が全部責任を持っていただく、これ以外にないのですよ。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 何回もお答え申し上げますが、法律的には鉱業権者は本来責任が全然ないわけでございます。ないにもかかわらず、被害者を保護するために租鉱権者のほかに鉱業権者に対しても全額の請求ができる、しかもそれはまっ先に鉱業権者のほうに行ってもいい、こういうたてまえにいたしてあるわけでございまして、もしそれが聞き入れられないということになれば、これは出訴する方法もございますし、それから今度新しく鉱害の紛争につきまして仲裁なり裁定の制度も設けてございますので、こういう制度を活用することによって、そういう、私自身いま伺いましてまことにけしからぬことが行なわれているという気がいたすわけでございますが、できるだけそういう方向へ私どもといたしましても指導していくようにしてまいりたい、こういうふうに任ずるわけでございます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 あなたがまことにけしからぬことが行なわれているということが、白昼公然と筑豊炭鉱で行なわれているわけです。そしてその救済の方法は、出訴の方法もあるし、調停、仲裁等の方法もあるとおっしゃるけれども、毎日その生業を営んでいかなければ食っていけないという農民や中小企業の諸君が、一々自分の命を使って裁判をする、そうしてまた金を使って福岡まで出ていってやるなんということはなかなか不可能なんです。そういうことをやれば幾らでも救済の道はあるじゃないか、それでは何のためにおれの所有権の宅地や農地や家屋にこんなものをしたのだということになるわけです。それくらいとにかく所有権というものが保護されていないのです。実態は保護されていないのです。こういうところに、井手さんにしても、ぼくにしても、この鉱業法の一部改正にあたっては、どうしても納得いかないものがあるのです。現実にもう骨身にこたえてその被害を受けている。いま言ったように、ふろに入っておったらふろの底がほけて、たたきが陥没するような状態になったときに、初めてわが家の下を掘られておったか、これは不覚であったということになるのですからね。行ってみたら、それはおれが掘っておらぬ、盗掘じゃ、こう言われるでしょう。私が代議士であったからこそ、それは何を言うかということで盗掘でないようにさせることができたのだけれども、普通だったらいかんともしがたい。こういうことが行なわれておるのですよ。しかも大手だって、みんな共同鉱業権をつくり、第二会社をつくっているのでしょう。そしてこれから第二会社になったのはどうなるかというと、安定しておったって鉱害復旧はやらないのですよ。第二会社は、まだこれから会社を始めるのだから待ってください、もう元の会社はやめて全部東京に引き上げてしまった、そうしてこれは会社が違うのですから、第二会社が現実にそこで新しい施業案を出して、新しい労働者を雇って、そしてもとの坑口から今度炭を出していくのです。外から見たら共同鉱業権だから、なるほど滝井鉱業がやっておったら滝井鉱業がやっておったと同じような装いをしておるけれども、会社の社長も違えば労働者も違って、坑口だけは同じ坑口を使ってやっておる、こういう形になっているのですよ。施業案も違うのです。そしてこれが連帯責任でわしが責任を持つと言っても、大衆は納得しない。法律的に法律の条文にそう書いておったって、現実のはだに感ずる面としては納得しない。どうしてももとのやっておった会社が全部やってください、こういうことになる。ではやるかというと、いやもうあれは第二会社がやって、そうして第二会社がひとつ何とかけりがついたときには、鉱害の処理は私も一緒に出てやりましょうということになると引き延ばしになる。引き延ばせば、これは一千万や二千万の金じゃない、何億という金が要るのですから、引き延ばせば引き延ばすほど炭鉱は得するわけです。早くやればそれだけ早く金が要る。引き延ばせば引き延ばすほどそれだけ金を払わぬで泳いでいけるわけです。会社の資金繰りはよくなるわけですから。そういう点から考えたら、この共同鉱業権とか、斤先を廃止して租鉱権をつくったといっていろいろ言われても、どうしても納得いかないのです。だからこういうときは、私もこの前から言っているように、大手の会社が閉山したら、その閉山した会社の全鉱害というものをまず通産局は天下に公表してもらわなければならぬ。これは前にも中野局長のときに公表するという約束をしているはずです。ところが閉山したけれども一向に公表がない、こういう実態です。なぜないか。炭鉱はそういうことを通産局長が命令してもやり手がない。もうやめてしまって職員も何もおらぬようになって第二会社になったのに、もとの会社がやると言っても、それだけのたくさんのスタッフがいないのですよ。これが実態ですよ。だから法律がいかに連帯責任だと百九条でうたっくれて、私が赤でそこを幾ら引いたところで、何にもならないのです。問題はこれを実践をしていくところに法治国家の法律の価値があるのです。そうなっていないのですから、われわれとしてはやはりそれを防ぐために法律でそういうものを禁ずる以外にない。共同鉱業権とかをおやりになるならば、もとの炭鉱にひとつやってもらおう。政策論ですけれども、そのためには政府がある程度金を出す。雇用対策上、地域経済上重要ならば、その損金は政府が出してやるのだという形でいかないと、こんなものは幾ら書いたって炭鉱をもうけさせるたけです。現実問題としては炭鉱を保護するだけになる。だから私たちとしては、あなたがそういうことが行なわれておると言っても、現実に大手の炭鉱はみんなやっておるのです。

新井眞一通商産業事務官(石炭局長)

○新井政府委員 この連帯責任と租鉱権の関係でございますが、これは先ほど来鉱山局長のお話しのとおりでございます。ただ先年のおっしゃいますように、租鉱権者が払わぬことになったらこっちがやろうというような逃げ道の口実を出しているようなことも聞いております。それからもう一つは、実際の被害者の方が、私は九州に行ってそのお話を承ったのですけれども、誤解されておる面もかなりあると思います。やはり鉱業権者のほうでそういうことを言うものですから、それを聞いておるのだと思いますけれども、あくまでも連帯責任というものは、鉱山局長が何回も申しますように、初めから鉱業権者にかかってきてもいいわけでありますから、その点はむしろ法律がこうできておるのをそのとおりには解釈されておらないような点があろうかと思います。この間も話しましたら、そうですかというふうなことを聞いた事例すらございます。したがって連帯責任であるということ自体は、決して分散をするのではなくて、どちらにも十分の力でかかっていけるのだ、この点はいまの答弁を通じまして明確になったと思いますが、これは当然連帯責任の法解釈でございますので、その面はそれで運用できるのじゃないかと思います。  それから第二会社の点でございますが、これはよく御承知のように、いろいろな事情でやっておるわけでありますけれども、簡単に租鉱権を認めなければ鉱業権の譲渡でもあるいはそういうことが行なわれるわけでございますので、これは第二会社は第二会社として行政上の問題でもございますので、いまお話しの点は、私ども前からそうでございましたけれども、御趣旨に応じて行政的には考慮してまいりたい、こう考えております。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 これはこの前もちょっと出しましたけれども、百万坪の鉱区を持っておる。そうするとまつ二つに五十万坪ずつに割って、西のほうの五十万坪はたいしてたくさんの家屋もないし、たんぼぐらいで被害も少ないというところで、その五十万坪は売りに出し、合理化事業団が合理化にかける。ところが残りの五十が坪は家屋が密集しておって鉱害も多い、これを一挙に鉱害復旧をやるとたいへんなことになるというので、ここに第二会社をつくる。そうしてこれから掘るのです。こういうことだって言えるわけです。そうしてこれは閉山をしたもとの炭鉱の共同鉱業権です。私は全部鉱害を受けますよ、これでいいわけですね。そうすると第二会社をつくってこれからまたやるのですから、安定をしておったって、これから掘るのですから鉱害はあと回しです。こう言えばいいわけです。しかし同じ被害者から見れば、もとの百万坪持った炭鉱は閉山をしてしまったわけです。閉山をしたのだからきちっと折り目を正してもらわなければならぬ。それから第二会社が発足して第二会社がやるべきものを、そうやらないでいまのようにやる。これは第二会社をつくらなくても、はなはだしいのは百万坪を——今度の鉱業法では最低十五ヘクタールになったから、これは四つぐらいに割ったっていいことになるわけですよ。こういう鉱区の分割を許すことも問題なんです。ところがそれを許すんだから、共同鉱業権をやっておって、半分に切って一方は売りに出して、あとの一方だけ残してそれに共同鉱業権をつくる、こういうむちゃくちゃなことが公然と行なわれておるのですから。そうしてそれに共同鉱業権です。連帯責任ですと言ったって、これは納得しないですよ。それが大手の会社で公然と行なわれているのですから。売りに出すのならばみんな売りに出したらいい。第二会社でやるなら全部で第二会社をやったらいい。ところが半分に切って半分は売りに出すのですよ。そういうことが公然と行なわれているのですから、大衆は信用しないんです。法律で幾ら連帯責任があるとかなんだとか言ったって、事実はそういう形になります。それはなるほど法律的には鉱区を分割することはできるから向山ですよ。はなはだしいのは自分の鉱区を四つにも五つにも分けて、いいところの金のよけいにとれそうなところを売りに出す。そうして鉱害がうるさいと思えば切って、そうして少し力の強そうなのに分けてやってしまう。そうしてこれは少し石炭が残っているなと思ったら、そこで自分が坑口をあけて掘るのです。一人の鉱業権者でいよいよ閉山するときにそういう自由自在な料理をするように鉱区というものはなっているのですよ。それはわれわれの家だって納屋を売り倉を売りおもやを売ることもありますけれども、そういう地下を掘る鉱業権が自由自在に分割されて、鉱業権者の利害打算に従って動くようになれば、地上の所有権というものは全く踏みにじられて、何ら言うところがないですよ。だから局長さんの、そんなばかなことが行なわれているだろうかということが自由に行なわれている。大手で行なわれているのです。お調べになると。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 いまおっしゃるとおり、分割、共同鉱業権、租鉱業権の措置が一定の条件のもとに認められておりまして、こういうのを全部廃止すべきじゃないかという御意見も、いまのような御趣旨からあるいはもっともな点があるかと思いますが、一応制度上は、いま問題になっております鉱害問題につきましては、抜け道がないようにつくられておるわけでございます。問題は、当時者同志で話し合いがつかぬ場合には裁判所できめていただく必要があるということに相なるわけでございます。御指摘のように、零細な農民にそれだけの知識もない、金もない、暇もないという実情があるわけでございますので、そういった零細な農民等の被害者を特に救う必要があるということで、先ほどもちょっと申し上げましたが、今度の鉱害賠償法の章に新しく第三節という規定を入れまして、仲介という制度と、それから鉱業審査会による裁定という、いわば簡易裁判——あまり時間もかからず、金本かからず、たいして知識がなくても、この制度を活用することによってそういった賠償権利者の保護がはかられるという新しい制度を、全くいま先生の御指摘のような御趣旨にかんがみまして設けた、こういうふうに考えておるわけでございます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 なかなか調停とか仲裁というのも、博多に何回も行かぬと片づかぬですよ。それからいま言ったように、自分たちが施業案を見せてもらえるわけでもないし、なかなか不満があるのですよ。こういうところが、全く鉱業権というものが保護されて、所有権というものについて、地上権というようなものについては、ほんとうに重んじられていないのです。だから、そういう点では、どうもこういうところに私たちは、連帯責任ということで十把一からげに片づけられてしまうということについては、非常に不満があるのです。ところが、そういうことが公然と行なわれておるので、われわれは義憤を感ずることになる。  それから百十一条です。この損害の賠償は金銭でやることになっておるわけです。これが原則で、ただし書きのほうの原状の回復、臨鉱法の効用の回復というのがただし書きで例外になっておるわけです。これも私は非常に問題だと思います。こういう場合が起こってきたら、炭鉱は打ち切りでやったほうが金がずっと安くいくわけです。強いボスならばこれは復旧費で打ち切りをやるわけです。ところが普通のところは、鉱業権者負担分で打ち切りをやるわけです。臨鉱にかかるときに、鉱業権者負担分と、それから国の補助分が出てきて復旧費になるわけです。臨鉱をやるときは、そういう二つのものの要素で、農地とか、家屋とか、みんな負担割合が違う。そうすると、家屋とか農地を打ち切るというときには、鉱業権者資担分だけを鉱業権者は出せばいいわけです。ところが、被害者にとってみれば、復旧費が問題なんです。ところが、鉱業権者は、復旧費をくれるかというと、力の強いやつにはくれます。ところが、普通のものには負担分だけしかくれない。負担分だけで片づけようとするわけです。そこで、金銭賠償——金銭賠償というときは、当然解釈は復旧費だと思うのですよ。まず金銭賠償というときには、一応常識論で言うときには、復旧費でいくのかそれとも鉱業権者負担でいくのか、どっちですか。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 この賠償の百十一条の規定でございますが、これは民法その他わが国の一般法制で原則になっておるのと同じように、損害賠償は金銭賠償主義をとっておるわけでございます。この金銭で賠償する場合に、損害がどの程度起こったかということが問題になるわけでございますが、必ずしも物理的に原状に復旧しなくても、そこに起きた損害が補てんできるという場合もあり得るわけでございまして、そういう場合があるからこそ、ただし書きで「賠償金額に比して著しく多額の費用を要しないで原状に回復をすることができるときは、」という規定があるわけでございます。どちらが多いか、少ないか、これはいろいろケース・バイ・ケースだろうと思いますが、そのものの効用を回復するためにはどうしても物理的な原状回復をしなくちゃいかぬというふうなことになりますと、原状回復の費用と損害賠償額の金額は同じであるというふうにも考え得る場合も多々あると存じます。しかし、必ずしも物理的な原状の回復即損害金額であるということにはならないと思うわけでございまして、そういった点からこの百十一条の二項の規定があるわけであります。いま臨鉱法で、鉱業権者の負担分ということで金を出さしておりますが、この考え方は、鉱業権者が鉱業法の規定に基づいて当然賠償の責任のある金額、これを鉱業権者の負担金として拠出させる。ところが、原状回復をさせるということになりますと、それだけでは足りないわけであります。それを国なり県なりの補助金でまかなう、あるいは一部受益者である関係の受益者負担ということでまかなう、こういう考え方になっておるのであります。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 そうしますと、鉱業権者の責任分というのは、鉱業権者が損害賠償をする責任の限界というものは、鉱業権者負担分で終わる、こういう解釈になるのですか、この条文は。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 そこに起きました損害を完全に補てんする、これが趣旨でございまして、その補てんをするために必要な部分を金銭で見積もるとすればどうなるかということで考えておるわけでございます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 そうしますと、完全に補てんするためには、金銭で見積もれば幾らになるかというと、復旧費ということになるわけですか。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 先ほども申し上げましたように、必ずしも物理的に原状に復旧しなくても損害が補てんできるという場合があるわけでございまして、その場合に、金銭的な計算をいたしてみますと、復旧に要する金額と損害額の補てんというものが数字的に違ってくるという場合も非常に多いと思います。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 現実にはそういろいろの場合はないわけです。復旧費で見て復旧する場合は、いま言ったように、鉱業権者の負担分に国の補助金の分が加わって復旧ができ上がるわけです。そうすると、打ち切りのときは国の補助金はないわけです。鉱業権者の責任で打ち切るわけですから。鉱業権者は鉱業権者負担分しか普通出さない。臨鉱における鉱業権者負担分を出して打ち切ろうとする。それが一つの重要な基準になるわけです。だから、局長さん、頭を下げるけれども、現実はそのいずれかです。だから、この損害の賠償は金銭をもってするというのは、鉱業権者負担分が限界ですが、あとを見ると——どうしてそういうことを言うかというと、この条文のただし書きを見ると、「但し、賠償金額に比して著しく多額の費用を要しないで原状の回復をすることができるときは、被害者は、原状の回復を請求することができる。」と、こうなって、金銭賠償よりかわずかに金を出せば原状回復ができるというときには原状回復でよろしいとなっている。したがって、金銭賠償分というものは、臨鉱における原状回復——臨鉱の復旧というのは大体原状回復です。それより安いということが条文に書いてあるわけです。そうすると、いま局長さんの言うように、原状回復をすればそれが金銭賠償分ですという、こういうことになればおかしい。この条文の理論が通らぬことになるのですよ。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 ちょっと御質問の御趣旨がわかりかねるわけでございますが、先ほどから何回も申し上げておりまするように、損害を完全に補てんしようという場合に、被害物件を物理的に原状回復をしなくても済む場合があるというふうに存ずるわけでございます。そういった場合には、必ずしも原状の回復をしなくても損害は補てんされたという法律的な解釈になるわけでございまして、そういう場合の損害補てん金額と原状回復のために要する金額とを比較してみると、後者のほうがはるかに大きい、こういう場合がやはり非常に多くあるのじゃないか、こういうふうに思うわけです。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 百十一条の三項をごらんになると、「賠償義務者の申立があった場合において、裁判所が適当であると認めるときは、前項の規定にかかわらず、金銭をもってする賠償に代えて現状の回復を命ずることができる。」こうなっておるわけです。これは金銭ではとても私は満足ができません、少ないです。こんな安い金はだめです。こういうときは多く鉱業権者が自分の負担分しか出さないわけです。だからそんなことではだめだからわしは原状回復してもらおう、臨鉱にでもかけてくれということになりますと、臨鉱にかけるとどういうことになるかというと、やはり復旧費が高くなる。復旧費が高くなるということは鉱業権者負担分が多くなるということを意味する。だから裁判所に行くことになる。金銭賠償ならば、鉱業権者が、打ち切りなんですから、自分で見積もるわけです。この家は通産局に行くと百万かかるというものを、鉱業権者が見積もれば、これは六十万ぐらいだ、こうなるわけです。そうすると、百万のときに、家屋なら家屋で半分負担するというときに、いま言ったように自分が見積もって六十万なら、三十万負担すればいいのですから、安くなるわけです。この法律では、「損害の賠償は、金銭をもってする」ということだけ書いておって、基準も何も書いていない。だから私は少なくとも金銭賠償というものをたてまえにする限りにおいては、ここにはっきりと金銭賠償とはどういう基準でやるのだというぐらいの基準を示してもらう必要があるのではないかということ、それからいま一つは、原状回復というものをただし書きじゃなくて、金銭賠償と原状回復というのは二者択一で、並行的に書くべきだというのが私個人の主張です。なぜならば、こういうことがあったのです。町並みを炭鉱が来て打ち切りで全部片づけてしまった。二十軒ぐらいの町がずっと並んでおったのを全部片づけてしまった。そのときにぼくらは二十軒の方に、これは道路を市役所が近く上げる、どうせ家が陥落しているのですから道路も陥落しているのだ、だから道路も上げるから君たちは打ち切ってはいかぬですよ、こういう忠告をしたわけです。そうしたら二十軒の、打ち切っておった連中の十七、八軒ぐらいは、なるほどそれはあなたがそう言うならばほんとうだろう、じゃひとつ私たちは復旧に切りかえましょう、こうなった。ところが炭鉱は五万とか七万でみんな打ち切ってしまっておるわけですから、それでなかなかがえんじなかった。がえんじなかったけれども、とにかくそんなことではわれわれはこの契約は放棄して判をつかぬということになった。判をついてもらわなければ、事業団が買い上げることになるわけです。そこで二十軒のうちの十七、八軒が打ち切りを今度は臨鉱復旧に切りかえてしまったわけです。ところが炭鉱の方が行って、あと三、四軒は金をちょびっとふやしてやって打ち切りのままで終わってしまったわけです。そこで私たちはまたその三人か四人の者のところに行って、それはいかぬ、二十軒のうちの十七、八軒が臨鉱復旧でいったのだから、道路も上げますよ、あなたもやるべきだ、こう言うのだけれども、炭鉱が日ごろからネジを巻いて、そしてその者だけは打ち切りで終わってしまった。ところが市が道路を上げることになってしまった。そうすると、その三、四軒の者は、道路が一尺も上がりますから、水がたまることになった。そうすると、われわれは打ち切っておる、打ち切っておるけれども、市が上げたのだから市がわれわれの家を直してくれ、こうなった。そうしますと、どういうことになるかというと、その三、四軒の者は炭鉱から打ち切りの金をもらっておる、今度は、市が道路を上げたのだからといって、市に、復旧しておれの家を道路と同じ高さにせよということになると、これは二重に得をすることになる。こんなばかなことはあり得ないことなんです。あり得ないことなので、またその人たちに、あなた方もらった金をはき出しなさいと言って、いまはき出すかはき出さないかでまだ折衝中です。こういうことになる。したがって、当然これはこういうように道路も明らかに上げなければならぬ、他の大部分の家も上げたというのに、そこに炭鉱がうまくネジを巻いて——これは悪いことばで言えば炭鉱と結託したということになるのですが、何人かのボスが来てあやつってそういう目にあわせた。ところが市が金を出すはずがない。出すはずがないので困ってしまった。三、四軒が横車を押したために道路を上げるのもおそくなる、こういう形でみんなに迷惑が及んでくる。そこで、道路を上げなければならぬ、当然家も並行して上げなければならぬというときに、金銭賠償でなくて、これは全部復旧でやるのだという指導が通産局によって積極的に行なわれなければならぬのに、そういう指導が全然通産局で行なわれない。鉱業権者はもう閉山するのですから、あとは野となれ山となれです。自分だけ得をすればいいのです。いかにその地域の住民が損をしようが得をしようが、そんなことはかまわない。できるだけ自分の留保金を自分のふところに入れる道を考えればいいのです。炭鉱はもう店じまいですからね。これはいまの道路と家の問題だけではないのです。われわれのところにも農地の問題が起こってきた。農地は、御存じのとおり、井ぜきが川の上流にあります。そしてその井ぜきを締め切った。井ぜきのかんがい水を送るたんぼというのは、その下流にずっと川に沿うてたんぼがあって流すわけです。ところが農家はやはり経済的に苦しいものですから、炭鉱が現金をすぐくれるということになるとみな打ち切る。そうしますと、上からずっと耕地整理をしてきて流水のかんがい排水路をつくらなければならぬのだが、途中の十町歩、十五町歩というのが打ち切って、上のほうは復旧をやる、下のほうも復旧をやるというと、まん中が打ち切ってしまうと陥没してしまう。上のほうは流れる、まん中が陥没してしまって下に行かない。そうするといまの家屋所有者と同じです。上と下を上げるならば、おれのほうもまた上げてくれということになる。打ち切りの金を取っておいて、また上げるときには上げてくれというのですから、そういう上下に関連なしに問題が片づかずに紛糾してくる。こういう耕地の復旧計画を立てるためには、一貫した方向で指導しなければならぬわけです。そういう指導が全然行なわれてない。これは炭鉱としては、金銭賠償が主眼で復旧は付録じゃないか、復旧は二の次だ、まず金銭で打ち切ることが法律できまっておるのだ、こうなるのです。そうすると鉱業権者の負担分で全部打ち切っていく。そうして手ごわいボスがおるところにはよけいに金をぱっとやって打ち切ってしまう。こういう形ですよ。だから一貫した復旧計画は立ってない。だから、AとBという炭鉱が上流と下流に並んでおるとすると、先にAの炭鉱がそういうことにしてしまうと、Bの炭鉱が良心的に復旧しようとしてももうだめです。上のほうを高くして下のほうを低くしなければ水は流れていかない。水は高きより低きに流れるのです。ところが、上のほうがそういうふうに打ち切ってしまうと、まん中が陥没しておるから水がたまって、たんぼに水が流れない。そして下のほうが復旧しようとしてもできない。だからどうしても百十一条にはそういう指導方針をきちっとしておいてもらわなければならぬ。これは法律で書かなくても行政でやらなければならぬ。ところがそういうことが行なわれていない。鉱業権者は自分でやるのですから、てんでんばらばらです。しかも筑豊のように遠賀川の両岸に何十という炭鉱が軒並みにずっと並んでおったようなところでは、いまのような一貫した耕地の整理と復旧ができてない。めちゃめちゃです。だからかんがい水路の系統をうまくやろうとして非常に苦心しておるわけです。家屋と道路の関係も同じです。そういう意味で、賠償というものを金銭だけに限らずに、やはり復旧と金銭とを並列にして、そうして行政指導上きちっとその地域に応じた形で、復旧ならば一貫をして復旧でいくし、金銭の打ち切りならば一貫をして全部金銭の打ち切りのケースバイ・ケースでやる形を私はつくらなければいかぬと思うのです。そういうことが行なわれていないのですよ。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 鉱業法の鉱害賠償に関する規定は、御承知のとおり当事者賠償主義の原則、要するに被害者と加害者同士のお互いの話し合いで損害を埋めなさい、こういう考え方でございまして、しかもその賠償を埋める原則が、金銭で賠償するという原則でございますが、かりにこういう原則で貫きます場合に、先生御指摘のように、原状回復の規定をかりに入れました場合においても、あくまでも当事者の間で原状回復ということに相なるわけでございますので、いまのお話のように、統一的、組織的に、全体の復旧工事としてやる必要がございますので、その点についてはやはりこの鉱業法だけでは、かりに原状回復主義を入れましても不足なわけでございます。そういった国土の全体としての保全、あるいは民生の安定という、特別な国としての政策目的の必要から御承知の臨鉱法ができておるわけでございまして、ただいま御指摘のような点は、あるいは臨鉱法の運用の問題になるんじゃなかろうかと存じますが、そういった点について、ひとつ石炭局長のほうから答弁させていただきます。

新井眞一通商産業事務官(石炭局長)

○新井政府委員 確かに金銭賠償によります打ち切り賠償というものと、それから臨鉱法の鉱業開発の措置でございまして、その間にいま例を引かれましたようなアンバランスというものも起こっておることは事実でございます。したがいまして、現状でもしやるといたしますと、そういう場合にはやはり、なるほど当事者間の問題は解決しておりますけれども、現実的に鉱業開発がないんだという趣旨から復旧事業をやる場合がございます。そういう場合には、当然受益者負担ということで、先生のお話だと、逆にまた鉱害で金をくれというようなお話もあるように聞きますが、法のたてまえから申しますれば、受益者から金をとってやるべきだということになるわけであります。しかし、現実の問題は、確かにその間当事者賠償主義ということと、国土保全上の関係でやっていくということから、諸般の問題も出ていることは事実でございます。したがいまして、行政の運用といたしましては、やはり基本の計画というものを立てまして、当事者の言い分も聞きながら、やや積極的な形での復旧基本計画を立てまして、そうして計画的にやっていくというのが妥当であろうと思いますし、また臨鉱法自体も、御承知のように、四十八条ではそういうたてまえになっておるわけであります。現実の問題はやはり炭鉱のほうの納付金が入るだろうかどうだろかというふうな懸念だとか、あるいは鉱業権者の鉱害に関します同意書がとれるだろうかどうだろうかということから、復旧事業団もかなり運用面で苦慮しながらやっておるわけでございます。そういう場合にも、もっと法律をどんどん適用するということになりますと、たとえば臨鉱法でも強制徴収もできる場合もございますので、どんどんやっていけばいいのではないかという考え方もあるわけで、その辺が非常に行政運営上問題になろうかと思いますが、私どもといたしましては、やはり公益的な、基本的な復旧計画でやっていくというのがあくまでも臨鉱法の趣旨だと考えておりますので、いまの鉱業法の金銭賠償とは別に、行政の運営面で極力そういうふうにやってまいりたいと考えておるわけであります。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 関連して。  先ほど復旧費でやるのですかどうですかと、こういう質問が滝井さんから出された。滝井さんの質問をもう少し具体的に言いますと、金銭賠償の金額の算定は、当該被害物件の復旧に要する費用でやるのかどうですかという質問です。その場合に、最近は復旧する場合の鉱業権者の負担分だけで、そして金銭賠償で打ち切ろうとしておる、これは妥当であるかどうであるかという質問なんですよ。そこで具体的に申しますと、あなた方が金銭賠償とか原状回復とかいう理論をいろいろ言われておるけれども、問題は、たとえば道路のほうは金銭賠償でも原状復旧でも同じですよ。道路を直すという場合、道路を金銭で換価できないのですから、道路は結局原状回復費を算定をして、そしてたとえ金銭賠償でやるにしても、その金額は原状回復という費用を算定して出すわけです。それからその他の物件も同じです。それで家屋について見ます。家屋の客観的な価値というものがある。その当該家屋は大体評価はどのくらいだろうか、こういう価値と、そして特殊な構造とか、しかもその人の主観的な考え方で、ぜひもとのとおり直してくれなければ困るという場合に、客観的な金銭の換価価値と、それから原状復旧費と差がある場合があるでしょう。しかし、大体において家屋の復旧費というのは、その金銭賠償にしても復旧にしても差がないはずです。というのは、家屋の場合の金銭賠償打ち切りというのは、大体その原状回復をするというその金額に、将来若干起こるであろうということを予定しての予定賠償額を入れて、プラスアルファを入れて算定するものです。これが通常です。またそれが理論としては正しい。ですから、家屋の場合も普通起こらないはずです。それから問題は農地の場合です。農地の場合なぜ起こるかというと、農地には、これは統制価格自体もそうですけれども、要するに農地の客観的な反当たり幾らという費用と復旧費が非常に違うわけです。それは、一つは鉱害の及ぼしたる損害の度が非常に高い。ですから、要するにたんぼの客観的な価値と原状回復費が非常に差があるわけです。そういう差があるから、これが非常に議論になって、昭和二十五年、六年の改正のときに、金銭賠償を炭鉱側が固執したゆえんです。ところが、それまではあまり問題にならなかったが、これが問題になって、要するに金銭賠償を限度として、それ以上は国の政策によって原状回復されるのであるから、国の政策分であるからというので、補助金を出す理論をつけたわけです。ところが、いま滝井さんが問題にしておるのは、それでなくて家屋なんですよ。その後、御存じのように、昭和三十二年か三年かと思いますが、臨鉱法において、宅地のかさ上げについて五〇%の補助金が出ることになった。そこで家屋の金銭賠償の場合、打ち切り補償の場合に、その宅地造成に伴う費用の二分の一、大体言いますと四割くらいですよ。宅地を含めての家屋全体の復旧費の四割くらいは鉱業権者が免れる。国が補償する分ですね。そこで結局六割しか鉱業権者は負担義務がないんだと、こういうのです。ここが一番問題です。私どもは国会で努力をして、鉱業権者が負担を免れるために補助金をつけたのじゃないのです。しかもその補助金を含めての金銭賠償の額なんです。それが、通常家屋の場合は、原状復旧費と金銭賠償の額が変わらぬということを前提にするならば、そこで補助金をつけたところが、その補助金分を差し引いて出すのです。これは私は立法の趣旨と全然違うと思うのです。この規定は、鉱業権者の義務を国の負担分を差し引いて免除したという規定ではないのです。そういうことが現実に行なわれておる。これはけしからぬじゃないか、こういう質問なんです。ですから、それに対して御答弁を願いたい。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 いまの御質問を伺って、よく私もわかったわけでございます。そういうかっこうで打ち切り補償が行なわれておるということになりますと、まことに問題が多いわけでございまして、しかも石炭局長が御答弁申し上げましたように、運用上で受益者負担と申しますか……。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 受益者負担という観念は、いまの場合私が言うケースにはないでしょう。

新井眞一通商産業事務官(石炭局長)

○新井政府委員 臨鉱法は、もう御説明申し上げるまでもなく、国土保全というたてまえからやっておるわけでありますので、したがって家屋ずばりは対象にいたしておりませんことは御承知のとおりでございまして、地盤等復旧費の中で見ておるわけであります。したがいまして、家屋等そのものずばりにおきまして、やはり鉱業法の関係で臨鉱法の対象からは家屋自体ははずれておる。これは国土保全という面でございますので、あくまでも当事者賠償の問題であるというふうに考えておるわけでございます。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 家屋プロパーの問題はそうでしょう。しかし、そういう家屋プロパーが損害を受けるというのはほとんどないですね。ただ、地上げを伴わない傾斜した場合には起こりますが、それは家屋が傾斜するについては、地面が何らかの形で変更を来たさなければ、そういう事態は起きません。ほとんど陥落によってその宅地を上げると同時に家屋を復旧する、こういうことになるわけです。そこで宅地を上げることによって、さらに家屋に伴う復旧費はやはり補助の対象になるわけです。そこで私が局長に聞きたいのは、滝井さんも同じ質問の趣旨ですが、最近国が補助金を出すということで、義務を免れておるように錯覚を起こしておる。これは農地の場合と違って、本来復旧費が大体金銭賠償の額と相応するのです。いまの農地のような場合じゃないのです。これは国土保全という意味ではないのです。一番民生に影響のある家屋の復旧が非常に遅々として進まない。だからいろいろ問題はあるけれども、ひとつ宅地にでも補助金を出して、家屋の復旧を促進しようという観念なんです。そういう観念からできたわけですから、国が負担をする限度において義務を免れるという性格のものではない。これは農地の場合とは違います。農地の場合の、金銭賠償の額、すなわち土地評価額と原状回復費が非常に差があるから、その差額を国が持とうという場合とは違うのですよ。ですから、打ち切り補償の場合に、補助金があるからといって、金銭賠償にする場合に、国庫負担分だけ除外してその義務を免れるというのは、けしからぬじゃないか。ですから、この金銭賠償というのは、原状回復費と金銭賠償費が大体同じ程度であるならば、当然その原状を回復する費用がすなわち金銭賠償になるだろう、こう聞いておるわけです。

新井眞一通商産業事務官(石炭局長)

○新井政府委員 質問の内容がよくわかりましたが、結局臨鉱法のたてまえからいたしますと、鉱害賠償の義務と申しますか、これはやはり鉱業法上ございます金銭賠償で、これが原状まで行くのか、あるいはどれだけの損害が出るかという問題があろうかと思いますけれども、こちらのほうでも、納付金というのは一応それとは別個に、いま先生のおっしゃったような趣旨から、地盤と一緒に家も上げるということでやっておるわけでありますから、したがいまして、この点は先生のお話と同感でございまして、賠償義務者が鉱業法上どういう金額の義務を負うかというものとは別個でございます。したがって、あるいは納付金を納める額だけが私どもの賠償義務であるというのは、これは間違っておるというふうに考えております。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 そうしますと、端的に言って、結局原状回復する経費が金銭賠償をする経費だ、こう理解して差しつかえないのですか。原状回復する費用、すなわち原状回復する費用というのは、臨鉱法でいえば鉱業権者負担分と国の補助金が復旧費になる。この復旧費が大体常識的にいえば金銭賠償をする経費に当たるのだ。これでいいですかと言っておるのです。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 いま多賀谷先生がいろいろ御指摘になりましたが、一般の住居なんかの場合は、大体復旧費即賠償額というふうになる場合が多かろうと思います。したがいまして、このただし書きによって、被害者の側から原状の回復をしてくれということも可能であろうというふうに考えております。

新井眞一通商産業事務官(石炭局長)

○新井政府委員 私が申し上げた点、ちょっともう少し補充させていただきたいのですが、臨鉱法の「地盤等復旧費」で家屋関係で鉱業権者が納付すべき金額は、即鉱業法上の金銭賠償の額ではございません。したがって、これでは足らぬという意味のことは申し上げておりますけれども、はたしてそれでは全部足したら約倍になりますけれども、そのものが賠償義務者の義務かどうかという点は、これは明確に答えておらないわけです。結局それとは別でございますということを申し上げておるのです。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 ちょっとおかしい。家屋の損害の評価というのは一体どういう評価なんですか。家屋に損害を与えた金銭賠償と言っておるが、その評価というのはどういう評価をするのですか、金銭的に賠償する場合、家屋の損害評価というのは。

新井眞一通商産業事務官(石炭局長)

○新井政府委員 これは裁判所でどう判断されるか知りませんが、あるいは家が傾いた。したがって単に復旧だけではありませんで、そのためにけがをしたとか、あるいは家屋だけでございますれば、そのために起こってくるいろいろな損失があろうかと思いますが、その算定だと思います。したがって家屋をもとに戻す復旧がそうであるかどうか、これはむしろ裁判所の判断に待たざるを得ないと思います。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 どうも実情を御存じないようですが、普通は家屋の損害というのは、まず復旧をするために幾ら費用が要るかを計算するのですよ。そうでしょう。家屋の損害の費用というのは当然家屋をもとに戻さなければならないのですから、それの費用を出す算定は家屋の復旧費を計算するわけですよ。これが損害額です。ですから、家屋の場合は、迷惑料とかいうのは別として、原則として復旧に要する費用が金銭賠償額になるわけです。そうすると、家屋の場合は、すなわち損害を金に換算した場合は、結局復旧費で算定する以外はないのです。ところがたまたま土地というか農地の場合はそうはいかぬ。というのは、農地には土地の価格というものがある。でありますから、そうはいかない。ただし家屋の場合でも、特殊な家屋で、ぼろ家で、それを復旧するほうの費用が客観的に見てその家屋の価格よりも高いという場合は別ですよ。それは別ですが、普通の場合はそうではないんですよ。ところが、滝井さんも言っておるけれども、現実に行なわれておるのは、復旧費から算定して出して、それからさらにその四割を削って払っておる、こういうことなんですよ。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 先生ただいま御指摘のとおりでございます。それでいま現実に行なわれておる負担金ですが、これをもって即この当事者賠償主義で考えた場合の損害額だというのは、いかにも不公正である。この一項に反するというふうに私は考えます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 そうしますと、復旧に要する額ということになるわけでしょう。復旧費というものは普通の場合はそうなるわけでしょう。これはあとでこの次私の質問する百十四条の損害賠償の予定のところに関連があるから、ここをきちっと土台をしておかないと、次の議論の発展がないのです。そこでこれをやはりはっきりしておいてもらわなければならないのは、復旧費と、それから復旧費の中における鉱業権者負担分、家屋でいえば五割国が負担して五割鉱業権者が負担する。百万円だったら五十万円負担すればいいでしょう。そうしますと、これを五十万円で被害者に現金を渡したら、それで百十一条の金銭賠償というものは片づいたという理論になりますか。現金でやるときには百万円やらなければ片づかぬのかということを私は質問しているのです。いまの多賀谷さんに対する答弁からいくと、百万円でなければ金銭賠償というものは片づいたことになりません、こういう議論になるのです。私はそう思っているのですよ。ところが現実はそうでないというところを私は質問しているのです。

新井眞一通商産業事務官(石炭局長)

○新井政府委員 これは全部一緒なんですけれども、明確にいたしますと、家屋復旧費におきます五割の賠償義務者の負担金——負担金ということばを使っていますが、負担金だけではさっき言った金銭上の賠償とは一緒じゃないので、したがってこれとは別でございます。しかし、おっしゃるように、もう一つのことなんですが、それではこの倍の百万円というものが金銭賠償上の鉱業権者の賠償義務なのかと言えば、それはそうではない、こう言っておるのであります。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 そうしますと、鉱業権者負担分の五十万円が金銭賠償に当たらない、復旧費にも当たらない、当たるものは一体何か、当たるものは裁判所が決定をする、こういうことになると、これは百十一条がおかしなことになる。裁判所が決定するのは三項だけなんです。争いのときだけなんです。何かやはりそこに慣行がないとぐあいが悪い。いまの慣行はどうなっているかというたら、いまの慣行は、どうも最近の状態は鉱業権者負担分だけが金銭賠償になっておりますよ、こういうことを言っておるのです。それはおかしくはないか。いま言ったようにおかしいということになった。おかしいということになったけれども、しからば全部裁判所に行かなければ金銭賠償分は決定しないということになると、これはたいへんだ。だから、そこに何か行政が、こういうものでございますという統一見解を出してもらわなければ、鉱業権者負担分でもない、復旧費でもない、では金銭賠償は何か、裁判所に行きなさい、これでは答弁にならないですよ。

新井眞一通商産業事務官(石炭局長)

○新井政府委員 私は現行法関係のお答えをいたしておるわけでありますが、現行法では、家屋を含めた家屋の復旧費がこれだけある、その半分は賠償義務者から納付金、負担金として出しなさい、こういうことを言っておるわけであります。したがって賠償義務者はそれによって賠償義務を免れていないわけでありまして、完全に現行法によって復旧しましたとき、事実上損害がなくなったということで消滅するわけです。したがって、鉱業権者の損害賠償義務が幾らかという点は、極端には裁判所に行きなさいということを申し上げておりますけれども、これは別途な問題でございまして、どういうきめ方をしますか。もし紛争がある場合には裁判所が最終的にきめる。何でもかんでも裁判所ということではありませんが、結局復旧費の半分は負担金だが、その半分の負担金の二倍が鉱業法上の金銭賠償の額であるとは、私は考えておらぬのであります。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 とにかく、家屋の損害を受けた算定というのは常識上どうしますか。あなたは金銭賠償と言っているが、家屋の損害を受けた場合の評価はどうするのですか。評価だけ払えというのですか。

新井眞一通商産業事務官(石炭局長)

○新井政府委員 こういう家屋の金銭賠償をするとき、何か一つの基準が要るのじゃないかという御意見は、私はそうだと思っておりますが、私の申し上げているのは、現行法による家屋等の復旧費の半分が負担金であるということだけであって、それと金銭賠償の額が大体見合っていると思いますが、それは法律上は関係がない。それははっきりしています。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 法律上関係がないことはわかりました。ですから負担分だけ義務を免れるのじゃないということだけはわかりました。そうじゃなくて、家屋の損害の算定、損害は幾らであるか。これを金銭賠償といっているのですが、その家屋の損害というのはどうして見るのですか。もう少し極端に言いますと、復旧費のほうが家屋の評価価値よりも高い場合には、これは問題でしょう。ところが、家屋の損害の金銭賠償というのは、これは復旧に要する費用を基礎にしておかなければ算定のしようがないのですよ。それはどうしてやりますか。

井手以誠日本社会党

○井手委員 ちょっと関連して。  金銭賠償というものの原則はあるはずですよ。たとえば損害を受けたものは家屋の特価に対して幾らの損害を受けたのかという一つの基本というものがあるはずですよ。そこをあなたのほうではっきりおっしゃれば済むのですよ。裁判所などというものは、争いがあるとき最後の決定を裁判してもらうだけであって、金銭賠償はいかにすべきか、いかなるものであるかについては基本があるはずです。時価なら時価、その辺をはっきりお答えいただきたい。統一見解とかなんとかいうより、それはもうきちっとしたものですよ。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 先ほど来多賀谷先生から御指摘がございまして、またそれに対して私がお答えいたしましたように、家屋に対する損害賠償というのは、大部分の場合は原状復旧するための経費即賠償額ということになるというふうに思います。現に、これはいつごろつくりましたのかはっきりいたしませんが、現行法の百十二条の賠償についての基準を、通産局長が地方鉱業審査会に諮問をいたしましてつくることになっております。いま問題になっております鉱害を受けました家屋の損害につきまして、金銭で賠償する場合の適正基準というものができているはずでございます。ちょっとその内容の資料が手元にありませんので承知いたしておりませんが、一般的抽象的な考えとしてはいま申し上げたようなことに相なる、こういうことであります。(井手委員「一般的なものをもう一ぺん」と呼ぶ)家屋が被害を受けた場合、大部分の場合はその家屋を原状の状態に復旧する、そのために要する経費が損害額ということに相なると思います。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 現実の問題として、炭鉱がやってきて家屋を見て回るわけですね。これは大して痛んでいないな、これは復旧費ですれば十三万くらいで復旧できる、だからその半分の六万五千円を見てやる、これで気に食わなければ裁判でも何でも持っていきなさい、こうなるわけですよ。評価その他はみんな鉱業権者が来て見てしまうわけです。われわれのところに、わが子に名をつけるということばがある。自分の子供に名をつけるのは一番やさしいということですが、実際は一番むずかしいけれども、そういうように簡単に見て片づけてしまうのです。したがって、法律の百十一条にこういう規定がありますけれども、いま言うように、家屋については復旧費だ、これが大体金銭賠償に近い額だというあなたのような答弁ならば、それは話は別です。それならば家屋の状態を通産局に見てもらおう、こういうことになる。この家屋については復旧費が一体幾らかかるかということは、炭鉱は秘密にして被害者に絶対見せません。請負師が来てずっと見て回って、これは私が請け負いましたから私がやりましょうということで、請負金額はたとえば復旧費が二十万になっておれば二十万でやってしまう、そういうことになる。あとで通産局が見にきます。検査にきますけれども、これはもうやってしまって、悪いものをもう一ぺんやりかえれ、どこからもここからもやりかえれということはなかなか言えぬですよ。だからやむを得ないと考えるわけです。問題はちょっと悪いから手直ししなさいということで終わってしまう。住民は非常に不満です。不満ですけれども、現実はそういう形なんです。だから、復旧をやる場合には現金賠償でやるか、復旧でやるかということの選択権は被害者に与えて、そしてその復旧費を見積もるのは役所が見積もっていく。炭鉱と立ち合いのもとに役所が全部見積もってしまう。なぜならば、補助金が全部出るわけですから、いま炭鉱が見積もって、そして炭鉱が自分で全部請負師を出してやってしまう。そこで炭鉱はできるだけ低くやる、請負師はまたそれをできるだけ安くあげなければもうからぬ、ですから上げる、こういうわけです。だから家の上げ方でも請負師によればめちゃくちゃです。いわゆる百十一条の金銭賠償の精神が貫徹されぬわけですよ。これで弱い中小企業など、鉱害のことに詳しくない者は泣き寝入りです。それは見に来ます。最後には竣工検査に来ます。来るけれども、そんなものは、いいかげんと言っちゃ語弊がありますけれども、たいした検査じゃない。ときには農地の表土その他がどういうぐあいか掘り返してみます。掘り返してみますけれども、それほどの充実をした人員の配置その他が農地局なり通産局にあるわけではないわけですから、われわれはここで金銭賠償とそれから原状回復の両建てにしてもらって、そして金銭賠償でやるのは復旧費だ、こういうはっきりしたものをきめておいてもらわぬと、その復旧費の額がどのくらいになるかは、役所が公正な第三者に見積もってもらえばいいわけです。裁判所に行く前にそれだけの手だてをしてもらって、裁判所に行くということにしてもらわぬと、何もかも裁判所に行けということは、日本の大衆はそれほど裁判所と警察にはなじんでいない。だから、裁判所に行くということは、よほど悪いことをしたときでないと裁判所に行かない。私たちもそう心得ている。それが家の下を掘りくり返されて、その上でまた裁判の費用まで使ってやるというのは、よほどの勇気のある人か、裁判所のことを知っている裁判気違いか何かでないとやらない。まさに裁判狂か何かじゃなければ、普通の人はやらない。だから、そういう点では、百十一条はこういう条文の書き方じゃ困る。むしろ、まず金銭賠償は復旧費だということを書いてもらいたい。それが基準になる。そしてその復旧費の基準をどうきめるかということは、いままでの百十二条、今度新しくした百二十八条で、まだ果樹園等の復旧費の基準は出ておりませんから、そういうものもあわせてきめてもらって、天下に公表してもらう、当然こうすべきだと私は思います。問題は、いまのような答弁をしておったって、なかなからちがあかない。ところで、この法案を通すとすれば、問題はどうしても修正してもらわなければならぬ。金銭分と原状回復の二本立てにする。そして金銭分の評価というのは復旧費でいく。鉱業権者負担分でない形をここにはっきり書いてもらわなければいかぬのです。それから先は、基準はいま言ったように弾力をもってやってもらっていいけれども、原則だけははっきりうたっておかぬと、この条文ではさっぱりわからぬ。

井手以誠日本社会党

○井手委員 関連して。  法律の解釈、裁判所の判決などにあらわれるものと、いまの当局の答弁——当局の答弁必ずしも裁判所の重要な資料にはならないのです。やはり法律は法律として解釈しなくてはなりません。鉱山局長が、いまさっき原状に回復する額が金銭賠償であるとおっしゃった。その解釈は誤りです。私はじっと聞いておりましたが、それでは通用しません。なぜならば、第百十一条の第二項の後段ただし書きにはそう書いていない。これはあるいはいままでお話があったかもしれませんか、たとえば金銭賠償は五十万円である、原状回復は百万円である、そういう場合には、著しく多額の費用を要しないという文字でありますから、これは五十万円の場合に、五十二、三万円、五十四、五万円ならば原状回復することの請求ができるということであります。だからあんたのおっしゃった原状回復が金銭賠償の相当額ということにはならないのです。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 私が先ほどお答え申し上げましたのは、住宅についての鉱害についてのお答えでございまして、被害物件によって非常に違うわけでございます。普通の民家等の住宅が一体どれだけ損害を受けたかという損害額を算定する場合には、これは例外がございますが、たいがいの場合には、大体原状に復旧する経費が即損害額ということに算定されるのではなかろうか。したがいまして、ただし書きの場合に当然該当いたしますから、被害者の側から原状復旧をしてくれという請求もできるということを申し上げたわけでございます。

井手以誠日本社会党

○井手委員 その意味はわかります。しかしそれでは実際問題としては通用しない。一応概念的に言えますよ。言えますけれども、いよいよ被害者対加害者の争いになってまいりますと、いま言ったように五十万円、百万円原状回復に費用が要るという場合に、金銭賠償では五十万円、いま言ったように著しく多額でない場合、五十何万円というような場合には、原状回復の請求ができるという意味の——私は極端であるかもしれぬが、そういう意味の内容。したがって、要するに金銭賠償は非常に低い、原状回復は多額を要するというのが普通なんです。だから私もこの前特にその点を主張いたしまして、きょうもお二人から質問なさっておりますのは、金銭賠償では困る。実情に沿わない。したがって、この金銭賠償というものの基準、原則というものは一応あるはずです。原状回復ができないもの、その損害は幾らだという基準はあるはずです。それを先刻来お聞きになっておるのです。損害は五十万円だが、原状回復には七十万円、百万円も要る、こういう場合はどうするかという問題があるわけですから、その辺の法律解釈はきちっとしてもらわないと困る。私どもは実際問題として、炭鉱地におりまして、毎日毎日ぶち当たるのです。これは明確にしてもらわないと、金銭賠償で私どもは常にこの苦しい体験を経てきておるわけですから、金銭賠償では困るということで、原状回復を先日来主張してまいっておるわけです。その点はきょうはっきりした御答弁ができなければ、後日でもけっこうです。現在の原則はこうである、しかしそれでは困る。現在の通産局における考え方というものは何であるか。金銭賠償とはどういう基準のものであるか。もし法律が変わらないとするならば、その立て方についてわれわれは従っていかなければならぬ。しかしそれで困る場合には、これは変えなくてはならぬ。法の修正の前提として、ぜひその点は現在の原則というものを明らかにしておいてもらいたい。あるいは判例があるならば判例を示していただきたい。これをお願いします。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 ただいま井手先生から御質問の点は、そういうことで準備をさしていただきたいと思います。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 たとえば百十八条は、もう少し政府のほうで統一見解をぜひ出してもらいたい。私たちの希望としては、金銭賠償と原状回復と二本立てにして、そして原状回復、すなわち復旧費が即金銭賠償額になるのだ、こういうことにしてもらえば非常にいい。というのは、農地等は三割五分しか鉱業権者は負担しない。したがって六割五分は国が補助金を出す。そうすると三割五分だけ金をもらっておって、あとから、いまいったように上と下が復旧した、中のやつは金をもらってしまっておったから、今度は受益者負担でおまえが出すんだということで、出そうとしてみたら、その三割五分というものだけくれておけばいいが、三割五分以下に押えておるわけですよ。鉱業権者はなかなかうまいですよ。鉱業権者は負担分以下にやっておるから、さあ復旧して、鉱業権者の負担分を自分がかわりに出そうとしてみたら、三割五分に満たない金しかもらってなかったという例があるのです。いまの家屋の例も同じです。そういう点がありますから、これはなおもう少し研究してもらって、前の所有権と鉱業権の調整の問題と同じように、しばらく留保さしていただきたいと思うのです。  次は、百十四条の損害賠償の予定です。この百十四条は、「損害賠償の額が予定された場合において、その額が著しく不相当であるときは、当事者は、その増減を請求することができる。」こうなっておるわけです。まず第一にお尋ねしたいのは、御承知のように、筑豊炭田が石炭を掘り始めたのは、日露戦争以降に急激に掘り始めたわけです。掘り始めてから間もなく、鉱害が起こってき始めた。被害者が鉱害に幾分の目を開き始めたのは、明治四十四、五年から大正の初めにかけてです。このころから契約ができているのです。そこで、その当時の契約、すなわち、鉱業法は明治三十八年にできたのですけれども、損害賠償の規定を入れたのは昭和二十六年でしょう。それから、臨鉱法ができたのが昭和二十七年、特鉱法が昭和二十五年、こういうことになっておるわけです。そこで、この鉱業法の損害賠償の規定が入る以前の契約というものは、一体この損害賠償の予定の項目が適用できるのかどうかということです。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 この新しい規定ができたときに、附則にそれが書いてあったかどうか、ちょっといま覚えておりませんが、大体そういうふうに解釈していいのじゃなかろうか、こういうふうに存じます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 大体そういうふうに解釈してよろしい、こういうことです。  これは臨鉱法や特鉱法についても同じ解釈ができるのでしょうね。

新井眞一通商産業事務官(石炭局長)

○新井政府委員 さようでございます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 その場合に、百十四条の二項の賠償の登録をしておっても、その精神は同じですね。百十四条の二項の賠償の登録をしておいても——お金をもらった、そして、もう賠償は済んでおりますという登録をしますね。登録をしておいても、予定額よりか少なかったときは、それは同じように適用できるのですね。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 この政令によりまして登録の事項をきめたわけでございますが、したがいまして、原則的には、この政令が施行される以後に、こういう賠償額の予定がなされて打ち切り補償がなされておるというものについて、この登録制度が適用されるというふうに私は解釈いたしております。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 そうすると、さいぜんの答弁がおかしくなるわけです。この法律ができる昭和二十六年に損害賠償の規定が入った。それ以前に百十四条の予定の打ち切りが行なわれておったというものが不当であった場合には、この法律は適用しますかと言ったら、適用します。臨鉱法、特鉱法も適用しますと言ったのに、今度は、登録の場面になったら、政令のできた以後でなければだめです。そうなったら、ちょっとおかしい。百十四条の一項と二項に差ができてきますよ。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 この二項の規定は、土地、物件等について所有権の移転がございました場合に、そういった所有者の利益を保護するという意味もあるわけでございまして、いまの賠償額が予定された場合、著しく賠償額が不相当であるときに増減請求ができるという一項の規定と、この二項の規定とは、直接関係がございません。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 そうですか。それなら今度はちょっとむずかしくなるのですがね。明治の終わりから大正の初めにかけて、大体どういう契約が行なわれたか。その契約がいま生きてきておるわけです。御存じのとおり、大手の炭鉱というのは、明治の終わりからずっと現在まで掘り続けてきているわけですから、したがって、当時の契約というのはどういうことになっておるかというと、部落単位なわけです。A部落がある。A部落が五十軒のものが一括して滝井鉱山と契約を結んでしまうわけです。そうすると、この滝井鉱山はどういうことをするかというと、当時ですから、坪でいえば、米一升が五銭ですか、そういうような安い時代ですから、そこで部落を一つ全部買うてしまうわけです。部落の土地と家と全部買うわけです。全部買うて、そうしてその部落の代表を料亭に呼んで、部落のものの判をみんな持ってこさせるわけです。そうして、部落の代表と滝井鉱山とが調印をするわけです。それが、そのA部落家屋売り渡しにつき契約書という、こういう契約書を結んで、部落の家と宅地、農地、それらを全部一話して買うて、部落の代表に金をやるわけです。それでこの調印が終わるわけです。ところが、部落の土地と家と——まあ一応宅地と家にしておきましょう。全部買うてから、追い立てるわけにいかないわけですよ。そこで、おってもよろしい、住んでよろしい、こうなる。住んでよろしいということになって、そのかわりに、固定資産税——昔の家屋税ですね。固定資産税は全部おまえさんが納めよ、こういうことになるわけです。しかし、これを人に貸したり何かするときには、私、滝井鉱山の許可を要するぞ、こういうことになっているわけです。それから、おまえの住んでいるこの家屋が火事にあったり水害にあって焼けてしまったり流れたりして、また新しくお前がその宅地に家を建てたときには、そのおまえの建てた新しい家はおまえの家ではない、滝井鉱山の家だぞ、こういうことになるわけです。おまえはただで住んでよろしい、ただし、固定資産税その他をおまえが払え、それから、家を修理する場合はおれの許可が要る、許可があれば修理してよろしい、こういう形になっておるわけです。それで、こういう場合は、一体、無限永遠に——そこで、その前にもう一つ、買うておるけれども、その所有権は、いま税金を納めておりますから、その者にある場合もあるし、炭鉱にある場合もある。いろいろです。これは、いろいろの例をいまから出しますけれども、いろいろなんです。こういう場合には、これは予定賠償の対象になるのかならないのかということです。いろいろな場合をいまから言いますけれども、まず、その家が自分の家の場合は、鉱業法上予定賠償の対象になるのかならないのか。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 先ほど答弁申し上げましたのは、ちょっと間違っておりまして、訂正さしていただきたいと存じますが、この損害賠償の予定、百十四条の規定が入りましたときに、鉱業法の施行法というのが同時にできまして、その三十六条の規定にこういう規定がございます。「新法第百十四条の規定は、新法の施行前にした損害賠償の額の予定又は予定された賠償額の支払にも、適用する。」こういうことになっておりますので、私の先ほど百十四条二項についての答弁は訂正をさせていただきます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 そうすると一項と同じようにさかのぼって適用する、こういうことになるわけですね。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 さようであります。それでいまの場合、他人の家を借りて住んでおったという場合に、家そのものに対する損害、これはあくまでも家屋の所有者が受けた損害でございまして、家屋そのものについての損害はやはり中に住んでおる人に対する賠償ということにはならないわけであります。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 そこでいまの場合に、今度は農地解放がからまってきたわけです。いまのように買い上げたでしょう。今度農地解放をやったのです。昭和二十二年以来。そこで農民は納屋とか宅地というものは炭鉱に売ってしまったわけです。売ってしまったけれども、農地解放で、農業をやっておるから、全部また農民のものになってきたわけです。宅地、納屋というものは農地解放で農民に解放するようになったことは御存じのとおりでございます。当時私は農地委員をやっておったから知っておるのですが、そのとき条件がついたのです。農地解放のときにどういう条件がついたかというと、こういう条件がついておるのですよ。買い受け人たる参加人などが解放を受けたる宅地については、原告に対し、過去、現在及び将来にわたり損害賠償の請求をしない、こうなっておるのです。だから解放はしてやる、しかし解放してやったその納屋とか宅地については鉱害の復旧はようしないぞという条件つきになった。一体こういう条件というものが鉱業法上無限永遠に生きていくものかどうかということです。いいですか。私がいま持っておるのは大正四年です。私がちょうど生まれたときに、私のおやじたちが炭鉱と契約を結んで、そうして孫子の末まで私は何も文句を言いません、そしてこの家にはただでおらしてもらいます。しかし固定資産税その他は私が払います。こういうことになっておる。しかしこの家が焼けて新しい家を私がそこへ建てても、これは滝井鉱山の家でございます。こういう形です。これは明らかに不当な契約ですよ。しかしそれが現実にあるのだから。そしてそれを私が百姓をしておったので、今度は農地の解放を受けたのです。そうするといま言ったように条件がついた。解放する和解の条項として条件がついたわけです。過去、現在、将来にわたって損害の賠償をいたしません、こうなった。ところがその後にその下を、何層もあるのだから、掘ってしまった。それでもこれはできぬような、こういうものは、私は無効だと思うのです。それが天下の農地委員会でこういうものをつけられた。これは無効でしょう。こういうものは、下をまた掘った場合に鉱害が起これば、鉱害というものは一回一回できめるわけですからね。無限永遠に解放された農地や宅地にまで、かつて滝井鉱山に売っておったからといって無限永遠に損害の賠償ができぬはずはないということです。日本の鉱業権の概念からいえば。どうですか、これは。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 鉱業法ができる前の賠償につきましてはいろいろの慣行等がありまして、なかなか一律にこれを法律的に判断することば困難ではなかろうかというふうに存じまして、具体的なケースをもう少しよく調べまして、これは裁判所が判定するということに相なるかと存じますが、私いまの例をあげていただきましただけでそれがどうだという判定はちょっといたしかねるわけでありますが、この法律の解釈そのものといたしまして、たとえば農地にある損害が起きた、その損害というのは、農地の利用形態としての作物を収穫するということであるわけですが、いままで十なら十の作物が年々収穫されておったのが、鉱害のために八になった、原状回復をいたさないときは、年々その二の損害の分を賠償すればいいという理屈も成り立つかとも存じますが、それを毎年毎年一々算定するかわりに、大体今後何年間か二ということで十年分のやつを予定する、あるいは五十年分のやつをいま一時に払っておいて、これで打ち切りにしようじゃないか、こういう場合に賠償額の予定なりあるいは打ち切り——打ち切りの場合にはおそらく地価の差額、作物の減収いたしましたものを収益換算いたしました地価の減価分だけを一ぺんに払えばそれで終わりだという考え方がおそらく成り立つわけでありますから、その場合に打ち切り補償という制度が利用されるのではないか。これは一例でございますが、御質問の点につきましてはもう少し事実を検討してみないと、どうも私ここですぐそれがどうだという御答弁はいたしかねるわけでございます。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 損害賠償の予定というものは、私はそういうように大正の初めごろわれわれの生まれたときに、金を、——当時米がおそらく一升五銭か十銭じゃないかと思うのですよ、一俵が五円かそこらですから。だから非常に安いわけですね。そのころに炭を掘るためにやっておった。それを孫子の末まで未来永劫に、この打ち切りの額をやったから——買うた場合と打ち切りをやる場合と両方あるわけです。打ち切りをやっておって賠償をしないのだということに私はならぬのじゃないか。これがもしそういう予定賠償——これは一種の予定賠償ですよ。それがずっと先までいって、ここであなた方が答弁できぬで、それは裁判所にいかなければむずかしいということになると、これは予定賠償の項目というものは要らぬことになる。こういうのがあるのです。昭和七、八年ごろに坪当たり一円ないし一円五十銭で家の打ち切りをみなもらっておったわけです。全部がもらった、町じゅうがもらった。そしてその後にその下を何回かにわたって掘っておるわけです。ところがわれわれとしては、一つの層を掘ったときに鉱害が起こる、そうするとそれで一ぺん交渉するわけです。そうして幾らかもらったら、また次の層をとっていって陥落をしてきたら、その間に直しておってもまたもらうわけですよ。ところが昭和七年とか八年には、坪一円五十銭でやっておって、孫子の末まで文句を言いませんということになっていた。それも鉱害の賠償金として渡してない。水害の見舞い金として渡しておる。ところがその時分には部落で集まって、一人のボスが行って判こを押して、料亭か何かで取引をしてくるわけですからね。だから、したがって白紙に判を押されておるから、何と書いておるか、部落単位でやっておるから、それを個人個人はさっぱり知らないのです。そうして大正四年ごろにやったわれわれの祖父は死んでこの世にいない。みんな契約書を持たない。炭鉱だけしか契約書は持たない。炭鉱に、わしかたの家が狂ったから直してくださいと言っていくと、炭鉱は倉庫の奥から古証文を出してくる。お前のおじいちゃんがこういう証文をちゃんと炭鉱に入れておるんじゃ、文句はないはずだと追い返されて、ぐうの音も出ないわけですよ。孫子の末までと書いてあるんだから。いま言ったように、過去、現在、将来にわたって出さぬ。それを農地委員会に出すと、農地委員会は、これはうるさいから条件をつけてくださいという。当時農民もこんなに炭鉱が閉山してしまおうと思わぬものだから、早く農地を解放してもらわなければ一人前の農民になれぬというので、条件がついてもいいですからといって判こを押してきておる。ところがいまになってみたところが、あんな条件をつけておるのは間違いだったと思うが、間違いだったといっても、ついておるのは事実なんですね。ところが自分の家を新築しても、その家は、買い上げられておる土地と家だったら、新築しても滝井義高のものになってしまうのですから、これは不当な契約だと思うのですけれども、しかし形はそうなっているのです。それから打ち切りも一円五十銭で見舞い金という形で打ち切られて孫子の末まで文句は言いませんということになっている。これは当時の価格でいえば、見舞い金という名前がついておっても、一円五十銭ですから、相当なものだったかもしれぬけれども、いまの価格からしたら非常にこれは安いものです。そしてしかもその後何層も掘っておる。そういう契約が有効なのかどうかということです。これが有効か無効かということは非常に大きな問題です。筑豊の大手の炭鉱のあるところでは大きな問題ですよ、部落ごとに根こそぎやられておるのですから。しかも今度はその部落ごとにやられたのを私がいろいろ歩いて聞いてみたところが、何ぼあるかというと、組み合わせが十八種類ある。  ちょっと読んでみますと、これはもうここで答弁を求めてもとてもできぬですから、こういう場合はどうなるか、一ぺん調べてもらいたいと思うのですよ。個人家屋及び宅地を組み合わしてみますと、まず一つのグループは、家屋が自分の所有で宅地が自分の所有、こういう場合はわりあい簡単に片づくと思うのです。家屋も宅地も自分のもの。それから家屋が自分のもので土地が他人のもの、他人の土地の借地というのがある。それから家屋は自分のもので宅地が会社のもの、社有地がある。会社が土地をいま言ったように買い占めてしまったのですから、家屋は自分が建てた、しかし宅地は会社のものというのがある。それから炭鉱に家屋を売り渡してそして登記は自己保存登記ができているものがある。そして税金なんか全部自分が払っているわけですから、自己保存登記ができて宅地は自分の所有地というのがある。宅地は自分の所有、家屋は売り渡しておる、しかし自己保存の登記ができている。その次は、売り渡して自己保存の登記ができておるが、同時にこの宅地は会社のものだったのを農地解放で解放してもらって、条件つきで自己のものになっているというのがある。それから家屋を売り渡して自己保存の登記ができて社有地がある。それから今度は売り渡して自己保存の登記ができないもので宅地は自分のものがある。それから売り渡して自己保存の登記ができずに農地開放で自分のものになった。売り渡して自己保存の登記ができなくて社有地、こういうものがある。それから補償打ち切りで家屋をもらっておる。しかし補償打ち切りですから、家は自分のものでそして土地も自分のもの。それから補償打ち切りで自己所有の家屋で宅地は社有地というのがある。それから条件つきの自己所有がある。炭鉱が一ぺん買うて何かの形でおまえにやろう、ボスなんか買い上げたものをただでやっておる。こういう条件つきの自己所有で宅地が自己のものがある。家屋が条件つきの自己所有で宅地も条件つきの自己所有がある。それは家屋も宅地もおまえにやる、しかしこれは会社には今後何も言うちゃいかぬぞと言って、買い上げたものをまたただでやっておるのがある。こういう条件つきの自己所有で宅地も条件つきの自己所有、家屋も宅地もある。それから家屋が条件つきの自己所有で宅地が条件つきの社有地がある。この社有地に家を建てるには、今度は損害賠償を言うちゃいかぬぞという条件をつけている。そういうのがある。それから私が家屋を持っておった、会社の都合でここはちょっとぐあいが悪いからおまえ移転してくれといって、炭鉱が家屋を移転さして、その移転をさした先の土地は自分の畑に移転したという、宅地は自分のものというのがある。それから会社の都合で社有地に移転さしたところがある、宅地は社有地。それから家屋は条件つきの自己所有になって宅地はもともと自己所有というのがある。それから家屋は条件つきの自己所有で社有地がある。いまの最後から二番目の家屋が条件つきの自己所有で宅地が自己所有の中に新築をしたものがある。かつては会社が持っておった、会社に売り渡しておりた、それを今度は新築してまた会社から自分が買ったというようなものもある。こういうような組み合わせは一つの部落を調べてみると十八ある、一つの部落だけで。これが明治三十八年以来のいろいろの変遷で、初めは固定資産税をおまえが見ろ、こういうような簡単な契約だった。ところがだんだん進んでこの契約が昭和十年ぐらいになると、もう固定資産税をおまえがじかに負担せよというようなことでなくて、家屋の所有並びに管理上の用益費はもちろん、必要費はその原因のいかんを問わずお前が負担せよ、こういう形になっておる。初めのころはじかにお前が家賃とか固定資産税を負担するのだぞと言うておったのが、昭和十年ごろになると、今度はだんだん鉱業法的な概念が普及したとみえて、用益費、必要費と書いておる。用益費の中には家屋の改築及び建築等が含まれる。それから必要費の中には借地料、それから家屋税その他公課金、修繕費等が含まれる、こういうちょっとしゃれたことばになってきておる。こういうふうに明治の終わりから大正、昭和にかけて変わってきた。昭和になると、今度はこういう形をとらずに、見舞い金という形になっておる。鉱害と言うては金をやっておらぬ。見舞い金という形で金をやって、そして契約の中にはいま言ったように孫子の末まで鉱害については文句を言わぬ、すなわち過去、現在、将来にわたって一切損害賠償の請求は炭鉱に対してはいたしません、こういう形になってきておる。こういう条文のものがいまや第二会社になり、スクラップ化されようとしておるわけです。これを一体この鉱業法はどう処理していくかということです。非常に複雑なことになる。こういうことになって、局長さんのほうが頭をひねって全部裁判所に行けということになると、これはたいへんなことです。いつの日に片がつくかわからぬ。会社の重役も何もみんなかわってしまって、何代か後にならなければ解決せぬということになるわけです。きょうはおそくなったからこれは答弁も何も求めませんが、こういう非常に複雑なものがある。そして佐成鉱害課長のところに、これは研究してください、私が集めたのはこういう状態のものが集まりましたといって差し出しております。農地解放がからまってきて非常に複雑です。だからこういう形で簡単に鉱業法だけの表面的な解釈で割り切るわけにはいかぬことになったわけです。明治三十八年から石炭が非常にバラ色のころには鉱業法とか、それからその損害賠償とか臨鉱法とか特鉱法というものはなかったわけです。大正四年のころのあの第一次欧州大戦の以後からだんだん傾いてきて、そして終戦後になってからこの概念が出てきておる。ところが現実の契約関係、権利関係というものは、鉱業法なりができる以前の状態で結ばれておるということです。これを快刀乱麻の形で処理してもらわなければならぬのがこの鉱業法なんです。いま鉱業法は前にさかのぼって適用すると言ったのだけれども、予定賠償の問題、金銭賠償の問題についてもなかなかここでお互いが議論しなければならないほどはっきりしないわけです。そうしますと、これはたとえば金銭賠償でも、予定賠償が少ないというならば前にさかのぼらなければいかぬが、そのときに一体賠償は鉱業権者負担分でいくのか、復旧費でいくのかということが、会社にとってもまた被害者にとっても大問題です。この点、この資料は佐成さんのところに私差し上げておいたから石炭局にあるはずだと思いますので、あとでぜひ明確なあれをいただきたいと思います。  地方鉱業審査会が、委員が三十人でつくられることになりますが、この委員の中にはどういう人たちが入るのですか。

加藤悌次通商産業事務官(鉱山局長)

○加藤政府委員 百六十七条の三項に規定がございますように、関係行政機関の職員、この中には当然、国の機関の地方の出先、最近の農政局でございますか、あるいは建設省の地方の出先、こういうものも当然入ると思います。それから都道府県の知事、こういったものも入れるつもりでおります。さらに、場合によれば、これは選定が非常にむずかしいと思いますが、都道府県以下の、市町村の段階におけるそういった地方団体の長の方、こういった者も場合によればいれる、それから「前条に規定する事項に関し学識経験のある者」、前条というのは百六十六条でございまして、「この法律によりその権限に属させられた事項」というふうに書いてありまして、これは大体鉱業権と地上の諸権益との調整に関する事項でございますので、これの読み方としては、一般的に鉱業はもちろんでございますが、それといろいろ利害の衝突の起こる地上の農業、林業、こういった関係の業界について学識経験のある者、こういうふうに考えております。

滝井義高日本社会党

○滝井委員 あとありますけれども、きょうはこのくらいにして終わります。

始関伊平自由民主党

○始関委員長代理 次会は明後二十七日月曜日午後二時より開会することとし、本日はこれにて散会いたします。    午後五時二分散会

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