科学技術振興対策特別委員会科学技術の基本問題に関する小委員会 第5号
- 発言数
- 32 件
- 登壇者
- 7 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1964/05/07
会議録
○前田小委員長 これより科学技術の基本問題に関する小委員会を開会いたします。 科学技術の基本問題に関する件について調査を進めます。 本問題調査のため、本日は参考人として、三菱化成工業株式会社相談役桑田時一郎君、法政大学出版局長相島敏夫君、東京大学講師山田圭一君、以上三名の方々に御出席願っております。 この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用中にもかかわらず本小委員会に御出席くださいまして、まことにありがとうございました。どうか忌憚のない御意見をお述べくださいますようお願い申し上げます。 なお、はなはだかってでございますが、時間の都合もございますので、参考人の御意見の開陳はお一人約十五分程度とし、後刻小委員の質疑の際十分お答えくださるようお願いいたします。 本日は、参考人各位の御意見の開陳についてはその内容について特に希望条件をつけませんから、それぞれの立場から率直な御意見をお述べくださるようお願いいたします。 それでは、桑田参考人からお願いいたします。桑田参考人。
○桑田参考人 私、桑田でございます。 科学技術の振興が一国の産業の進展に非常な大きな影響を持っているということにつきましては、いまさら先生方に申し上げるのは釈迦に説法だろうと思うのでございますが、われわれ産業人が日夜この問題に取っ組みまして考えておりますときに最も重要だと思う事柄のうちで、せめてこれだけはひとつ何とかならぬだろうかという問題がやはりちょいちょいございます。特に最も重要な問題のうちでは科学技術の行政機構の問題がございます。この中で最高の上層機構についてのこれだけは何とかならぬだろうかという点を私いまから述べさせていただきたいと思いますので、お聞き取りの上御批判を仰ぎ、さらに絶大なる御援助を立法を担当される先生方にお願い申し上げたいと存じます。 ちょっと話は飛びますが、この間ちょっと聞いてみましたのですけれども、英国の労働党の総会が昨年の十月の一日でしたかに行なわれまして、そのときに労働党党首ハロルド・ウィルソンですか、その人が話しました演説、非常に有名な演説になっておりますが、この内容の一部をひとつここで申し上げさせていただきたいと思います。それは、イギリスの産業は目下地盤沈下をやりつつある。一方また技術の革新ということはどんどんと進んでおる。そうなるというと、今後一九七〇年ごろには、労働人口のうちで約一千万人ぐらいははみ出すであろう。これを救済するためにはどうすればいいのかということに対して、労働党の主義といたしまして、古い産業構造をどう保護してみたって、援助してみたって、何にもならない。それよりも新しい産業をひとつ打ち出してきて、そしてこれを基礎にして新しい産業を興していく。これによって完全雇用に近い、はみ出た人間を吸収していく、これ以外に方法はない。これをやるためにはどうするかという、新しい産業を見つけてくるということには、ぜひとも科学技術の振興ということを取り上げなければならない。だから、労働党はこの科学技術の振興ということを一枚看板にしていくのだということを申しております。私これを見まして非常な感銘を受けたのでございます。 ところで、昭和三十四年の秋でございますが、科学技術会議から、わが国の科学技術行政の機構問題を研究するために海外調査団というものが派遣されました。中曽根大臣のときでございましたが、私やはりその一員に加わりまして、欧州の先進国五カ国を回りまして、そしてその科学技術行政を見て回ったのでございます。そのときに、ここにおられる科学技術庁の計画局長村田さんは、アタッシェとしてロンドンにおられましたが、回ってまいりまして、団員の間でいろいろ一々その日に見たことをディスカッスしたりしておったのですが、期せずしてその意見は、五カ国のうちでイギリスの科学技術行政が最も合理的であり、かつ進歩しておる、さすがにやはり最も古い行政の歴史を持ち、また国がああやって隆々と栄えておったその反映として当然であろうというふうにうなずいた次第でございます。 その視察を終えて帰った直後に、科学技術省の専任大臣が選任されましたので、おやおやと、こう思った次第でございます。それまでは、ちょうど日本のごとく、総理府に付属しておりまして、その総理府の下には、やはり決定権を持った行政委員会制度の委員会がございます。その委員会の下に、日本でいう科学技術庁のようなものがございました。その総理府から離れて、専任大臣に非常に有力なヘイルシャム卿という人を任命して、科学技術行政ということにこれほど政府は力こぶを入れておるのだぞということを内外に示した証拠になりまして、非常な大歓迎を受けたのでございました。 ところが、またことしの二月のエコノミストという雑誌を見ておりますと、非常なることが出ておる。それはこの科学技術庁、イギリスでは省ですが、科学技術省と教育省とを合併するという。こんな大きなもの同士を合併して、さらにマンモスの文教省というのをつくって一体どうするのだろうかと、驚くような発表をしたのです。そしてそれが閣議で決定されて、四月一日から実施に移すんだということが出ておりました。 これに対しまして、このエコノミストはこっぴどく攻撃しておりました。まあ政治問題ですから、いろいろ政治的ニュアンスがあろうと思いますので、われわれ外国人としましてそれのよしあしを云々する必要もございませんが、しかしイギリスにおいては、この教育ということと科学行政ということが全然日本とは様子が違うのでございます。ここを日本的に大学で教育もされ、研究もされるというようなところからながめますと非常におかしく見えるのでありますけれども、その点多少この事情を考慮して考えなければいかぬだろうと思います。エコノミストがいいますには、こういうことをやれば、おそらくいまでさえ大学院を出た博士号を持った者の一二%が海外へ出てしまっておる。それにかかわらず、今度こういうような扱いをするなれば、おそらく研究者というものは全部アメリカへ行っちまうだろう、こういう書き出しで論じてある。そのよしあしはわれわれ論議するつもりはないのでございますが、これほど、つまり内外ともに科学技術行政ということに対して非常に関心を持っておる。そして絶えずこの四、五年間の間に前進をして、次から次と早いテンポで移っておるということを申し上げたいと思います。 さて、これに対しまして、日本の科学技術行政の現状はどうかということなんでございます。昭和三十五年ごろから科学技術行政に対する最高責任者は、日本では総理大臣でございますが、その総理大臣から諮問機関である科学技術会議に対しまして、相次いで三つの諮問が出されたことは皆さんよく御存じのところでございます。その第一諮問は、今後十年後を目標として総合的また長期的な科学技術行政のあり方はいかん、こういう諮問でございます。第二諮問は、たしかこの第一諮問に対応して、ここ一両年における緊急の対策はどうかという問題であります。それから第三号は、国家研究機関の充実刷新のあり方、こういうものでございましたが、みないずれも適切な問題ばかりかと思うのでございます。 これに対しまして、ここに科学技術会議の議員の方が二人おられますが、科学技術会議といたしましては、たしか六部会でございましたかを設けられまして、さらにその部会の下に小委員あるいはまた専門委員というものを設けられて、実に膨大なる組織のもとに、学者、研究者、それから官庁の職員、また産業人というあらゆる階層を網羅いたしまして、非常に大きな組織のもとにばく大な費用と人間を使って検討されまして、そして最後に答申案をつくられたのであります。この答申案なるものは実に堂々たるりっぱなものでございます。これに対しまして総理大臣は、もちろん諮問機関でありますために、あえて答弁をする必要がないのでございましょうか、別にこれに対して何ら答弁のあるわけではないのであります、規則では総理大臣は科学技術会議の意見を尊重すべしという一項があるだけのようでございます。 ここで私が一つ考えたいことは、これほどたくさんのりっぱなエリートが集まってつくった最後案とでも申したいこの案を、どうしてこのままで消えてしまうようなことでないような機構をつくれないものだろうか。これにはどうしたらよかろうということを私は非常に考えておるのであります。 まず現在の上層機構の状態を申しますると、こんなことはもう立法府の先生方にはつまらぬことと思いますけれども、いま申しましたように科学技術行政の最高責任者は総理大臣一人なんです。これは法的に申しましての話です。そして科学技術庁の長官は総理大臣の補助機関である、こううたってある。それから科学技術会議が総理大臣の諮問機関としてその下部に設けられておる。その科学技術会議は非常に大事な会議なんでありますが、これには総理大臣議長のほかに四閣僚が委員となります。それは大蔵大臣、文部大臣、それから経済企画庁長官、科学技術庁長官、そのほかに学術会議の議長、さらにそのほか五人が一般の学術経験者——ここに参られた内海先生及び梶井先生の二人も入っておられますが、合計十一名をもって構成されております。さらにその下部に、いろいろ先ほど申しましたような日本全国の優秀なるエリートを集めた大きな、これ以上に専門の知識をどこから集めるかというほど網羅されたりっぱな組織を持っておる。そして科学技術庁はこれを実施する機関であることは皆さん御承知のとおりであります。 そこで、われわれの考えたいことは、総理大臣が最高の責任者である。それで肝心の科学技術庁長官はこれの補助機関であるというようなことでは、一体だれが責任を持っておるのか。総理大臣は全般的に国の政治に対して責任を持つのは当然かと思うのでありますが、一部局の科学技術という範囲内においてだれが責任を持つか。これがどうも欠けておるように思います。これを直すためにまず科学技術行政機構という問題、これだけはと申し上げたいのは、私考えるのはそこなんであります。だれかがはっきりと最後の責任を負う。そのかわりにこれに対する権限を持つ、これをひとつ確立していただきたいと思います。 経団連におきましても、科学技術部会を設けまして、そしていかようにしてこれを達成すればいいのかという研究をずっと続けておりましたのですが、結局数回を経ましてやっぱり行政委員会制度のようなものを採用して、そこで有力なる人々が合同で責任をとったら、ということを推薦しておるようであります。 一方、現在行なわれております臨時行政調査会、私も参与として呼ばれて参画しておるのでありますが、臨調会のほうでは、これも専門部会をつくりましていろいろ数十回検対しておりますが、それによりますと、できるだけつまり実行のできるやさしい方法で、しかも目的を達するという意味におきまして、結局は独任制の長そのままを残しまして、それに合議制の意思決定機関というものを刑に設けてそこに付属さすという、つまり折衷案をとってはどうかという案でございます。 さらに申し上げますと、科学技術庁長官はそのままで独任制の大臣になる。その下に、これは仮称でございますが、科学政策委員会とでも名をつけるような一つの委員会、結局現在の科学技術会議に相当するようなメンバーに集まっていただく。そして長期の計画及び調整といったような基礎的な問題はここでひとつ決定さす。それが内部的の意思決定機関になる。けれども、これは外部的には意思表示決定機関でも何でもない。やはり大臣に隷属しておるといったようなもの。そして現在の科学技術会議は、これはそのまま組織を残しておく。それから科学技術庁の組織は現在のままである、といったような推奨の内容でございます。 この両者それぞれニュアンスが多少違っておりますけれども、まずやはり最後の責任を一元化し、そしてこれに権限を持たすというねらいについては両者ともにその目的を達しておるかと思いますので、経団連もしばしば臨調会のほうと会合を重ねまして、そして大綱において大差ないから一元的に合流するということを決定いたしまして、臨時行政調査会の案に同調をして進もうということで、目下進んでおるようでございます。 この一件、これを立法府においていまその職務を担当されております先生方にぜひひとつ御認識いただいて、百も承知のことかと思いますが、われわれとともにひとつ科学技術振興のために、議会においての立法化に御尽力をお願いしたいものと熱望しておる次第でございます。 終わります。
○前田小委員長 次に、相島参考人。
○相島参考人 相島でございます。私は昭和六年以来科学の啓蒙の仕事をやっておるわけで、三十年間の自分の体験から感じたことについて申し述べたいと思います。 本論に入ります前に、いま桑田さんから御意見のありました科学技術行政機構に関連する問題として、私のフィロソフィーといいますか、そういう理念をちょっと申し上げたい。こういう立法府でそういう行政機構などをお考えになる場合にぜひ私どもが希望したいことは、科学技術の推進役は行政官庁がするのじゃないということをはっきり頭にたたき込んだ上で御立案いただきたいと思うのです。つまり、科学技術を推進するのは科学技術者自身の力によるものである。したがって、科学技術者が非常に自発的な自由な雰囲気で研究に邁進できるようなコンディションに置くように行政をやっていただきたい。 具体的に申し上げますと、たとえば研究施設を完備するとか、それから処遇の問題、生活の心配がないようにする。あるいは研究資金の十分に得られるようにする。それから、個人ではなかなか得られないような国際的な科学技術情報を国の力でもってよく整えておいて、いつでもそれを利用できるようにする。一例をあげればそういった面、要するに施設とか研究費、そういうお金を出すような問題、お金を出しいいような行政機構を考えていただきたいということです。あくまでも科学技術者自身が科学技術を推進するものであるということを忘れないでやっていただくことが非常に肝要だと思います。 ところで、いよいよ私の申し上げたい本論に入ります。私は、科学技術の振興は、何といっても国民一般の科学技術に関する関心と知識、そういったものが上がらなければだめだと思う。要するに、ピラミッドの底辺がうんと広がって、その程度が上がってこなければ、中から優秀な科学技術者というものは生まれない。 それならどうしたらいいかと申しますと、これは私どもも含めまして、すでに成人となりましたおとなに対して科学技術の啓蒙をやったところできき目が薄いと思います。理屈の上では大事だということはわかっておるのですけれども、いささか残念ながら私どもはもう手おくれでございます。したがって、遠回りのようでありますけれども、やはり青少年対象の科学技術啓蒙が大事である。狭くいえば学校における科学技術教育、広くいえば社会教育でございます。特にその青少年を育てるのは母親でございますから、婦人を含めての、婦人青少年を対象としての科学技術の啓蒙という面に大いに政府は力をいたしていただきたいと思います。これはもちろん、民間にある程度まかしておいてもいいのでございますけれども、民間ではやはり自分自体の経営とか、あるいは利潤の追求とか、そういうことがございまして、そういうところまで手が回りかねる。やはり国の力でそういう方面をやっていただかなければならぬと思うのです。 具体的な問題として、最近開館いたしました科学技術館、これは桑田さんなどたいへんお骨折りを願いまして、九段の代官町でございますか、あそこに二十四億円という巨費を投じてたいへんりっぱなものができました。政府から、たしかこの委員会を通じて御承認をいただいて、二億円の助成金が出たと記憶しております。それから、やはりこの委員会を通じての御希望に基づいて、十二チャンネルをやはり科学技術振興財団で開局いたしました。この二つは、先ほど申しました日本の婦人青少年を対象とした科学技術の啓蒙教育に非常に役立つ施設であると考えるわけです。したがって、その方針はたいへんけっこうなんでございますけれども、私はその開局、あるいは開館早々、これの運営について今後非常な心配を持っております。 と申しますのは、まずテレビのほうから申しますと、ほとんどあの番組にスポンサーというものがついておりません。そのパーセンテージは、私ここへくる前にほんとうは調べるべきでございましたけれども、十分な時間がなくて調べておりませんが、十二チャンネルを私は開局以来つとめて見ております。特に開局の日などは正午から夜にかけて見ておりましたけれども、科学技術協力会の名においてやっておる番組もかなりありますけれども、全くサスプロでやっておる番組が相当ございます。これでは三年を待たずして、あのままでは十二チャンネルは成り立っていかないのじゃないかという心配が強い。へたを間違いますと、ちょうど教育テレビが踏んだ道と同じように、その二の舞いを踏んで、あれをもし科学技術という表看板をとりはずして、教養とかなんとか名目は使いますけれども、現にほかの局でもやるようなドラマ、ミュージカルといったものに重点を置き、あるいは報道に重点を置くというようなことになれば、一般局と何ら変わりがなくなってくる。そうすると、全くNETと同じことになる。そういうことを許したのでは開局の精神に全く反するわけだと思います。この委員会などで条件をおつけになったことに反するような結果になりはしないか。現に私は、これもデータをつかんではおりませんけれども、大体の推測で、表づらは確かに科学技術番組が多うございます。ところが、時間は長いけれども、実際にプログラムに投じている費用はどっちが多いかといえば、やはり芸能番組のほうが多い。教養とはいっておりますけれども、ドラマだとか、ミュージカルだとか、そういったほかの局でもやっているようなものに費用の大部分が投ぜられておると思うのです。これは実際十二チャンネルをお調べになれば、どの番組に幾ら金をかけたかということが出てくると思うのです。やはり科学技術番組というものは、金をかけなければよいものはできません。私も十年来NHKの科学番組に関係しておりますけれども、NHKだからこそできるというような金のかけ方をしたのはやはりよいものができておる。民放でも、サスプロでなくて、やはり相当大きな会社がスポンサーになって金を十分かけた科学番組はよくなっております。したがって、十二チャンネルは科学技術が表看板でありながら、時間づらはなるほど多いかもしれないけれども、費用の面において非常に虐待されているような状態に放置しておくことは重大問題だと考えます。この点をいまから大いに規制しない限り、三年を待たずしてこの局の開局の精神に反するようなことになりはしないかという憂いを私は持っております。 それから、科学技術館の入場者を調べてみました。これは予算ですと、一日四千人の入場で、入場料の上がりを年間八千七百万円と見ております。ところが、これは開館早々でいたし方がないということと、まだあそこは道路がよくできていない、それから交通が不便だというハンディキャップもございましょうけれども、ふだんの日に一千人、日曜日では二千人、大体予算の予定の三分の一しか来ておりません。もしかりにこの状態でいったとしますと、あそこは小間代と称するものをとっておりますし、会議室や講堂の貸し賃、売店、食堂の手数料も入りますけれども、年間二億二千万円の予算を組んでおりながら、入場者の面だけで年五千万円の不足が生じます。これはただならざる不足金になります。これを放っておいてよいかどうか。単に協力会の財界だけにおんぶさしておいて、お前たちかってにやれと言っておってよいかどうかという重大な問題があります。 もちろん、これは国立の上野の科学博物館とは違うのですから、国が全面的にこれを経営なさる必要はないと思うのですけれども、外国の例を見ますと、たとえばミュンヘン、ロンドン、シカゴ、これをまねして今度日本でつくったのですけれども、シカゴは入場無料でございます。ロンドンも入場無料でございます。ミュンヘンは、たしか大人が一マルク、九十円という非常に安いお金である。ところが、日本の科学技術館は百五十円とっております。これは日本のほかの物価に比べて、百五十円というのは必ずしも高くないけれども、ただでさえ科学技術を毛ぎらいする連中から百五十円とったのでは、せっかくのよい施設も見に来ないので、ほんとうは無料にしたいのですけれども、少なくとも百円以下にする必要がある。団体や学生はそういうふうにしていらっしゃる。あるいは大塚館長の御意見では、特定の日は全く無料にして、ある一定の日に倍か三倍くらいの商い料金をとって、その人たちがゆっくり見るために、すいた環境で見させるというようなことももちろん考えておられるのですけれども、そういうような一時的なことだけであれがうんと成長して利用されるということは少ないと思う。あそこに行ってごらんになるとわかりますけれども、上野の科学博物館のような科学史的博物館と違いまして、非常におもしろい。とにかく、ボタンを押せばものが動く。しかも、日本のトップ・レベルをいく産業の成果があそこに出ておりますので、これは啓蒙上非常に役に立つ施設だと思うのです。したがって、あれが立ちぐされにならないようにすることがどうしても大事じゃないかと考えるわけでございます。この数字などまだこまかいところを十分調べておりませんけれども、その点をよく御調査なされば、ほんとうに経営が困難であるかどうか、国家からどれくらいの助成金を出せばよいかというようなデータがおのずから出てくると思います。シカゴは民間の寄付金だけでなく、市の助成金が出ております。ミュンヘンは連邦、州、市から助成金がもちろん出ております。諸外国の科学技術館にはそういう公の機関からの助成金というものが出ておる。おそらく日本の科学技術館というのは、いまのところは公の機関からはないのでございましょう。それではせっかくのいいものが十分に運営できないというようなことになる。ちょうどいまスタートしたばかりでございますから、いまのうちに早く手を打たないと、あれがもうだんだん瀕死の状態になってから手を打ったのではおそいと思いますので、たいへんせっかちのようでございますけれども、いまからそれをお願いしておきたいと思います。 実は、こういうことは桑田さんのほうがお詳しいのだと思います。よけいなおせっかいのことを言うなという御意見があるかもしれませんけれども、第三者として科学技術啓蒙の立場から以上のことをぜひお考えいただきたいとお願いします。
○前田小委員長 次に、山田参考人。
○山田参考人 本日の参考人として意見を申し上げることについてお話がございましたときに、私はほかの参考人の皆さんと比べて非常に若年でありますし、とてもこういうお役には立ちませんからと御辞退申し上げたのですが、何といいますか、若い研究者の立場から話を聞いてくださるからというお話がありましたので、きょう出席させていただきました。そういうわけでございますので、実際に大学で研究とか、教育とかいう立場に置かれている者といたしまして、特にそういう若い層の人たちがどんなことを考えているかということでお聞き取りいただけたら、たいへんありがたいと思います。 そういう私のいま携わっております仕事の関係からいたしましても、きょうはできるだけ問題をしぼりまして、特に科学技術関係の人材養成ということについてお話し申し上げたいと思います。 議事録を拝見いたしましたところでは、ほかの問題に比べてこういう問題がいままで比較的大きく取り上げられていなかったのではないかと思いますのですが、科学技術の振興のためには、研究体制とか研究行政ということとほとんど同じくらい大きな問題ではないかと思っております。そういうことで日本の現状を見ておりますと、私どもが特に強く感じておりますのは、現在の科学技術の水準について、たとえば研究者の数だとか、研究費だとか、あるいはそういう研究にバックアップされております工業生産の量だとか、そういうような比較的量的な側面から見た科学技術の水準というのはかなり高いところまでいっておりますし、これでもまだ不足だから、これからどんどん引き上げていこうというような努力がいろいろな形でなされていると思います。 それに対して、それでほそういう科学技術の質的な面から見た場合に一体どうなのかということを考えてみますと、一番よく引かれる例として技術導入と技術輸出の問題がございます。技術導入に対して、こちらから技術輸出のできるような施設がわずか数%しかないとか、基礎科学分野について見ましても、非常に極端な例で恐縮でございますが、ノーベル賞が設けられてからもう六十数年たっておりますのに、日本からまだ受賞者が一人しか出ていないとか、そういう意味で質的にはまだほかの国に比べてかなり立ちおくれているところが多いのではないかと思います。 そういう意味で、現在必要なのは、科学技術の量的な側面からのバックアップだけではなくて、むしろそれ以上に質をどうやって上げていくかということが問題になるのじゃないかと思います。そういうことから人材養成の問題も考えてみたいと思います。 その前に、こちらの委員会の議事録を拝見して、いろいろと問題になっていることについてちょっと感想を述べさせていただきます。たとえば長期計画とか、総合計画とかいうことの要請がいろいろの参考人の方からも、また委員会の諸先生からも持ち出されておりますが、その問題についてなんでございます。 私どもが実際に研究する場合には、どういうテーマを取り上げてそれをどういう立場から研究していくかということを、研究が始まる前に非常によく調べるわけでございます。それから実際に測定だとか実験だとかが行なわれて、そのあとでまた、その結果が一体最初の計画に対してどれだけの成果をあげたかとか、それから、それではそういう結果に基づいてその次にどうしたらいいかというようなことをまたよく考えて、その次の問題に入ってまいります。そういうわけで、普通一般に研究と呼ばれているような分野というのは、そういう三つのほとんど同じくらいの重要な問題の中のまん中の一つの部分にすぎないわけでございます。したがって、長期計画をお考えになる場合にも、計画をつくる前の段階でどれだけ努力が注がれるかということが、計画が成功するか失敗するかにとって非常に決定的な意義を持つことではないかと思います。議事録を拝見しておりまして、たとえば学術会議の朝永先生が、基礎科学部門の長期計画をつくるためにほとんど調査費と申しますか、費用もない、それから専任の調査機関だとかそういうスタッフもない。有志の学術会議のメンバーの方が、何といいますか、自分たちの犠牲でそういうことをカバーしていらっしゃるということを、非常に控え目でございますが、皆さんに訴えていらっしゃったと思います。何百億というような経費を使って、それで日本の基礎科学の方向がほとんどきまるような大きな計画をつくる。そういう大切な仕事に対して、やはり多過ぎるくらい調査費なり研究費なりがついても、それで決して努力なり費用なりに対して報われないことはないのではないかと思います。したがって、そういう点についてもよくお考えいただきたいと思います。 それからもう一つは、先ほど申し上げました最後の段階のことでございます。いままでのいろいろな作業を見ておりますと、実際に予算がついて研究が行なわれて、そのあとで、それでは一体成果があがったかということについても、どれだけいままでしっかりした検討がされているかということがはなはだ疑問になります。もちろん評価ということは非常にむずかしい問題でございまして、特に基礎研究の部門で目先だけの評価をした場合にはかえってマイナスになることもいろいろございますが、とにかく研究の計画というのを立てて実行した以上、何らかの形で評価がされない限り、その次の進歩というのはなかなか望めないのではないかと思います。 研究計画の問題についてはそれだけでございますが、その次に、人材養成の点について意見を申し述べさせていただきたいと思います。 御承知のように、所得倍増計画に対応するように科学技術者の増員計画というのは非常に大幅に進行しております。昭和三十六年から三十九年までに理工科系だけで二万人の定員増がございましたし、これから四十一年までにさらに、理工科系だけではございませんが、大学生を十万人増員するという計画が発表されております。実際にはこれでもまだ足りないというような意見もあちらこちらからございました。逆にそれでは、いままでの理工系の人材養成のスケールに対して、これがどのくらいの割合になっているかということを見てみますと、その計画がスタートをする少し前の三十四年に理工科系の学部を卒業した学生の数が二万二千人ほどでございます。したがって、数年の間に倍とかあるいは三倍とか、そういうように学生の数がふえるというふうに、非常に何といいますか、テンポの早い増員計画が進行しているわけでございます。もちろん量の確保ということはどうしても必要な問題でございますから、やらなければいけないとは存じますが、実際にはそういう量の問題がむしろ経済計画のほうから科学技術者が何人必要だとか、あるいはベビー・ブームで高校卒がどれだけふえるからその受け入れのためにどうしなければいけないとか、そういう形で出てきているのが実情ではないかと思います。 したがって、そういうような形で、かなり急速に人材養成の計画が広げられてまいりますと、どうしてもそれに対応する質の高い教官を確保するとか、それからまた学生の質を下げないで教育効果をあげるとか、そういう点がおろそかと申しますか、不満足になってくるわけでございます。実際、文部省の統計資料なんかを拝見いたしましても、大学とか高専の学生一人当たりの学費の統計のデータがございますが、価格変動などを考慮して実質経費として比べますと、戦前に対して戦後はかなり大幅に低下したままの状態が続いております。こういうような状態で数ばかりふやすということが進行すると、やはりそれだけでは科学技術者の養成に関する問題の解決には十分になっていないのではないかと思われるのです。 事実、私どものことを申し上げて恐縮でございますが、東京大学だとかそれ以外の一流大学でも、非常に急速に学生の数をふやしたために、学生の平均的な水準が落ちてきているんではないかというようなことが一部ではかなり心配され始めております。これはもちろんすぐれた学生が来ないということではありませんで、いままで来なかったような学生の人たちが入ってくるために平均の質が落ち出しているということだと思います。 こういうふうに考えてみますと、人材養成の場合に要求される質と量の両面のうち、特に質に対する要求が現在ではなかなか満たされていないし、極端な言い方をしますと、むしろ質を下げることによって量を増すというような政策が行なわれているのではないかというような心配が多分にあるようでございます。逆に技術革新の中で中心的な役割りを果たす人たち、つまり非常に質の高い科学技術者を養成するためにどうするかというようなことが将来ますます必要になってくると思われるわけでございます。ですから、いままで量に対していろいろな対策が加えられたと同じように、それに対してこれから非常に多くの努力が払われなければいけないのではないかと思います。 もちろん、そういう努力のうちにも、さしあたってすぐしなければいけない問題と、それから長期的に考えて少しずつ、しかも根本的に変えていかなければいけない問題とございます。 特に当面すぐに緊急に必要になっている問題と私どもが考えますことは、大学院の拡充強化の問題でございます。現在のように、学部の定員をふやすというようなことで、どうしてもそちらのほうが先に取り上げられがちで、その先の大学院の学生の質を上げるというようなことはなかなか十分に進められていないように思います。 たとえば昭和三十八年度に文部省から大学院学生の経費として大学のほうに参りましたお金が一人出たり二万七千円ほどだそうです。これを月割りにしてごらんになれば二千四百円にも足りないお金ですから、実験をやるための試薬を一つ買えばなくなってしまうという程度です。したがって、もしそれ以上に何かをやろうとすれば、全部何らかの形で大学なり研究室なりが研究費をくめんしないと、大学院の研究とかあるいは教育を続けていかれないのが現状でございます。私どものほうでまだ正式に結論が出ていないと思いますが、実際に大学院の学生を教育して、大学院の人たちの研究を続けさせるためにどのくらいのお金が必要かというようなことを調査しておりますが、いま実際に配付されている額に対して一けた違うようなお金が実際に必要であるというようなことがかなりはっきり出てきております。 ところが、こういう状態に加えまして、大学院に進学する学生の数は最近非常にふえております。たとえば私どもの東大の工学部で工業化学科と申しますが、そこで十年前には学生の中のせいぜい一〇%くらいしか大学院に行っておりませんでした。つまり将来大学で研究を続けていく人以外にはあまり大学院には参りませんでしたが、最近のように企業とかいろいろな研究機関のほうからも質の商い研究者が必要だということで大学院の卒業生に対する需要がふえてきておりますと、学生のほうでも大学院に対する進学の希望も非常にふえております。去年なんかの例を見ましても、学部卒業生の七〇%近くが大学院に進学することになります。御承知のように、大学院の教育というのは学部の上にそのままかぶせられておりまして、そのために特にスタッフもございませんし、費用も先ほど申し上げました程度しか来ておりませんので、こういうふうに大学院の学生の数がふえる場合には、必然的にと申しますか、不可避的に質が下がらざるを得ないということになります。大学のほうでも、もちろん文部当局もそうだと思いますが、これをどうにかして解決しようというような努力はいろいろいたしておると思いますが、少なくともこういう問題について即時非常に思い切った処置がとられない限り、質が高い科学技術者を養成するという問題は解決されないどころか、むしろ悪化していくんじゃないかとさえ思われるのが現状でございます。 それが当面ぜひやらなければいけない問題と思われるものでございますが、もちろんそれだけで人材の質を高めるという問題が全部解決するわけじゃございませんで、もっと長期的に、しかも非常に根本的に検討しなければいけない問題がいろいろとございます。 たとえば最近のように科学技術が非常に早いテンポで進んでまいりますと、大学で習った授業内容というのは数年のうちに役に立たなくなってしまうのです。おそらく卒業してから十年もたてば、大学で教えられたことはほとんど役に立たなくなると思われます。そのくらい早い速度で科学技術が進んでおります。したがって、そういう事情の中でもできるだけ効果的な教育をするためには、教育の方法とかあるいは教育界の組織とか、そんなものが根本的に変わっていかなければいけないと思われます。 特にその場合にそれでは一体何が新しい教育の中で中心的な問題になるかと申しますと、私どもとしてはやはり創造性、新しいものをつくり出していく能力が一番高まるような、そういう教育をしなければいけないのじゃないかと思っております。つまり、いままでのような試験制度でどれだけよい成績をとるかということと、出てからどれだけ創造的な仕事をするかということとはあまり関係がございません。そういうわけですから、むしろ創造性をできるだけ伸ばすためにどういう教育をしなければいけないかということで、これからの新しい方向がきまってこなければいけないのじゃないかと思われます。したがって、科学技術だけに限りませんが、特に科学技術の面では高等教育の全体を根本的に再検討しなければいけないという問題が起こっておると思います。 それに対して、外国の事情なんかを調べてみますと、たとえば最近日本でも紹介されて問題になっております英国のロビンス報告というものがございます。高等教育全体の将来計画と申しますか、どういう方向に変えていったらいいかということに関する勧告でございます。それなんかですと、非常に多数の専門家が一億三千万くらいの費用をこの勧告をつくるためだけに使って作業をいたしております。したがって、勧告の内容も非常に思い切った進歩的なものが盛り込まれることが可能になっております。 アメリカの場合も、そういうわけでいろいろなところでいろいろな形で将来計画なり、大学の改善のための方策を考えておりますが、よく知られている例では教科書の改良といいますか、新しい教科書をつくるという作業がございます。いままでできておりますのはまだ高等学校の段階でございますが、日本でも最近翻訳が出ておりますPSSCという物理学の教科書がございます。それは従来の高等学校の物理学の教科書と全く違った全然新しい立場からつくられた教科書でございます。それをつくるためには、MITの教授なんかが中心になりまして三百人ほどのスタッフが四、五年かかって物理学の教科書だけをつくり上げる作業をいたしましたわけです。この計画のために使われたお金が十八億円といわれております。日本ではちょっと想像のつかないくらいの多額のお金が教科書一冊をつくるために使われているわけであります。しかも物理学以外に化学とか生物学とか、そういう分野でもこういう非常に根本的な改善のための手段がいろいろと講じられております。 こういうふうな外国での現状といいますか、これからの方向に対しまして、日本ではどうかと申しますと、まだ教育全体についてそういう新しいものをどんどん取り入れていこうというよりは、むしろ画一化と申しますか、たくさんの学校をできるだけ同じような形のものにしようという感じのほうが非常に強いのが現状ではないかと思います。それで、アメリカなんかの例もそうでございますが、いろいろな実験がなされて、いろいろな新しい試みが一つずつ取り入れられていかない限り教育の進歩というのはないのではないかと思いますので、そういう意味からしましても、もっと日本でいろいろな新しい試みがされなければいけないのではないかと思います。最近になりましてから文部省でも、たとえば多数教育のための研究を取り上げておられまして、おそらく近いうちに何校かのモデル校といいますか、そういうものが大学レベルでできるというようなことを聞いておりますが、それは多数教育で質が下がることをどうやってカバーするかという問題が中心であると思われます。むしろこれから必要になるのはそういうことだけではなくて、質を上げるために積極的にどういう新しい動きを見せなければいけないかということではないかと思います。そういう問題については現在のところ、民間とか大学の有志の人たちが非常に小さなサークルで問題を研究しているという状況でございます。 たとえば京都大学の何人かの先生たちが中心になって、湯川先生がリーダーになっておられるわけですが、京都で創造性研究所という研究機関が最近そういう研究をしておられます。それから、私どものことになりまして恐縮でございますが、御承知の方も多いと思いますが、産業計画会議というところの中の委員会で、私どもの教室の向坊教授が委員長をしております科学技術マンパワー委員会という委員会がございます。そこでは非常に商いすぐれた能力を持っている人たちを、科学技術の分野でどうやって最もよくそういう能力を伸ばしていくことができるかということをいろいろと検討しております。昨年もそのためのモデル大学といいますか、理想的な大学の具体案をつくっております。そんなわけで、現在では民間のベースで何人かの有志の人たちがそういう問題を小さな範囲で研究しているだけでございますが、そういう問題はもっと国家的なといいますか、大きなスケールで非常に大きな努力をつぎ込まなければいけない問題ではないかと思っております。もちろんこの問題については文部当局と大学の両方に責任がある問題でありますし、それぞれいろいろなお考えを持ってやっておりますわけなんですが、ここで申し上げたいのは、まだまだそういう努力が現在では不足なんじゃないかということでございます。 それから最後に、私が特に専門と申しますか、興味を持っておる問題に関係するわけでございますが、科学技術を質的に辞めるという問題のためには、たとえば新しい領域だとかあるいは境界領域の研究が積極的に推進されなければいけないということは当然のことでございます。この問題については前にも何人かの参考人の方がお話しになっておるように存じております。そういう場合に、たとえば原子力だとか航空宇宙とか、新しい領域についてはかなり大きな努力がされておるわけですが、もっといろいろな幾つかの分野は、新しい分野の研究のための援助と申しますか、そういう環境をつくるという作業がなかなか進んでおりません。たとえば最近では医学や生物学の領域に物理あるいは化学、そういうような立場からの研究がどんどん入っていっております。そういう境界領域はいまでも日本の若い人たちが非常に大きな成果をあげていろいろとやっておりますが、そういう領域はまだなかなか研究所ができないとか、大学院の定員ができないとか、そんなようなことがございます。 それから、そういう新しい領域以外にももっといろいろな、しかも基礎的な領域について日本では研究がまだほとんど行なわれていない、そういう領域が幾つもございます。たとえば先ほど申し上げました科学技術者の教育をどうするかという問題は、教育の専門家だけではなくて、科学技術者のほうからも何らかの形で研究を進められなければいけないと思いますが、少なくとも大学の理学部なり工学部なり、そういう系統のところでこういう講座は一つもございませんし、研究所にしても、そういう人たちが十分仕事ができるような研究所が、私の知っている範囲ではほとんどないと思います。 それから、それと同様に、科学技術がこれからどういう方向に進んでいくかということをはっきりつかむためには、どうしても歴史的の研究が必要であります。そういう意味で科学史とか技術史とかいうような分野は基礎的な分野としてどうしても必要なわけでありますが、現在のところ国立の大学で技術史の講座を持つ工学部は一つもございません。ですから、そういう分野の研究者というものは、結局何かほかの仕事をしながら、こういう分野を自分個人の努力とか犠牲とか、そういうことでカバーしながら進めていくということ以外にないわけであります。 それから、もう少し一般的な問題では、境界領域と申しましても、自然科学や技術や、それから社会科学や人文科学の境界領域、こういうことも非常に不満足の状態のままに置かれております。科学技術が進歩することによって社会が大きな利益を得るというようなことはだれでも言うわけでありますが、一体科学や技術が進歩したことによってどれだけの経済的の効果があるかとか、科学や技術の進歩によって社会がどう変わっていくかというような問題について、もっとしっかりと具体的な問題を掘り下げて根本的に研究しようというようなことは、ほとんど行なわれておりません。ほとんど行なわれておりませんと申しますのは、少なくとも大学の講座なり、それ以外の研究機関なり、そういうところでこういう問題を研究するための環境というものはほとんどつくられておりません。したがって、何人かの有志の人たちが個人的にこういう問題をカバーしておるというような現状であります。 そういうわけで、まだこれから科学技術の質を高めるためにしなければいけない問題というのは、いろいろな分野でいろいろとありますので、どうぞそういう点についても、この委員会の先生方がお力添えくださいますようお願いする次第であります。
○前田小委員長 以上で、参考人の御意見の開陳は終わりました。 —————————————
○前田小委員長 それでは、質疑の通告がありますのでこれを許します。三木喜夫君。
○三木(喜)小委員 桑田さん、相島さん、山田さんから、科学技術の振興、特に科学技術行政に関して非常に貴重な御意見を承って、参考になるところが多かったわけであります。 私は今度、科学技術対策特別委員会から、ウイーンの第二回議会人科学者会議に出席せい、そういうことで向こうに行って勉強してきたいと思いますが、その中に、科学政策の策定における議会人の共通の責務、こういう一つのテーマがございます。いまお聞きしておりますと、ほとんど皆さん方の御意見は、議会人の一つの責務というようなものについて御忠告なり御注文をいただいた、このように思うわけでありまして、非常にありがたかったわけであります。その中で桑田先生のお話では、エリートのつくった案がこのまま消えぬような機構をどうしたらよいか、こういうお話がございましたが、それは私は非常に重要な問題だと思います。 そこで、いま先生のお考えも承ったわけですが、特に科学技術特別委員会でこういう問題についてやかましく論じ、また皆さん方も痛切にこの点についてお考えになっておりますにもかかわらず、年々科学技術庁の予算、こういうものが諸外国に比べて非常に低い、こういうふうに感ずるわけです。一時は三木さん、そして今度は実力者の佐藤さん、こういうように大臣がなっておられますけれども、それとても大臣がたびたびかわるたびに、せっかく意欲を盛り上げてやって見えたことが、またむだになってしまう、こういうことがあったり、またときには科学技術の大臣がアクセサリーに、派閥の均衡というようなことで、伴食大臣というと悪いですけれども、そういうかっこうになってしまっておる。ここに私は根本的な、議会人として考えなければならぬ問題、あるいは政党として考えなければならない大きな問題があるのではないか。当面しておるところの日本の大きな国策の一つとして、科学技術の振興ということを非常にやかましく言いながら、予算面からも、行政あるいは政策の面からも、いまだにから回りしておる大きな点があるのではないかと思うのです。そこで、非常に言いにくいだろうと思いますけれども、いま参考人としておいでになった方も、そういう点にひとつ強い意思表示をしていただきたい。実力者大臣を据えておくだけが能ではなくて、これらの人が予算をとってきてくれなかったら、何事もできないのであります。いま法政大学の相島先生からも、科学技術館の話が出ておりましたが、この運営一つ見てみても、先行き非常に暗い気がするわけです。そういう点について、桑田先生のお考えをひとつ聞かしてもらいたいと思います。行政面において大きな問題点が、私はあると思うのです。
○桑田参考人 いま、エリートの意見がそのまま通るような機構にしたいとおっしゃったこと、私も非常に大事なことだと思うのです。特に私イギリスの行政機構の制度を申し上げましたが、ほんとうの意思決定機関なる委員のきめ方、これが非常に大事だと思うのでございます。イギリスの科学技術庁の上の政策委員会、これはちょうど行政委員会制度的な責任の、合議制のものである、これの委員が、まことに選定が大事なのであります。これには、オクスフォードまたはケンブリッジの総長が一人、それから枢密院の何とかの議長でしたか、それが一人、その他各有名大学における研究者、そのほかに有力な産業人というものが入りまして、官吏は一人も入っておりません。こういう方々がきめられて、つまりそのほかにそれ以上に専門の知識を求めることのできないような最後的なオーソリティーばかりで占めておられる。こういう人の意見を聞いておきながら、そういう人の意見が通らずに、何もわからぬ政治屋がそういうことをきめるということは、とんでもないことだと思うのです。そういう意味において、非常に大事なことだと思うのです。ですから、皆さんは科学技術の委員をしておられますが、そういう専門委員の意見を重んじていただきたいと思う。そして、それを質問し、検討されるのはけっこうですけれども、なるほどとうなずかれましたらそれを勇敢に取り上げるということをしていただきたいと思います。 そういう委員のきめ方ということからすべてが変わっていくのではないかと思いますので、いま先生のおっしゃった点、私は全面的に賛成でありまして、そういうことで当っておりますが、なおその他、現在の機構は、先ほど申しましたように科学技術の最後の責任者がきまっておらぬ。形はきまっておるようだけれども、実際はないのもひとしい。形はなるほど、専任大臣があるのは全世界で四カ国だそうです。イギリス、フランス、それから日本と、もう一つどこでございましたか、四カ国であります。さらにまた、先ほども先生方からお話がありましたが、衆参両院にこういう科学技術の専門委員会が設けられておるというのは、おそらく日本だけだろうと思う。これほど形がよく整っておるにかかわらず、どうして意見が用いられないか。これはやはり最後の責任者が、決定者がきまっていないからだ。総理大臣は多忙な人でありまして、この科学技術の行政ばかりに没入するわけにいかない。科学技術庁の長官は補助機関であるというようなことでは、一体だれが責任を持つのか。結局そこら辺にもやもやしたものが残っているのではなかろうか。やはり科学技術会議の意見を重んじていただきたい。これを諮問機関でなしに科学技術庁内部における意思決定機関にしていただければよほど進歩すると思います。
○三木(喜)小委員 いまの科学技術振興という大命題に対しまして、産業界の要請は非常に強いわけです。いわゆる技術革新に即応いたしまして、新しい産業、特に新しい製品をつくるということになりますと、技術が進んでいなければならないと思います。そういうことで非常に強い要請があるにもかかわらず、政界のほうがこれにほんとうに裏打ちをするところのやり方をしていないというところに問題があるのです。 もう一つ問題として考えなければならないことは、きょう相島先生のほうからお話がありましたように、研究者あるいは学者、こういう人の意見がほんとうに自由に濶達に通っていく、科学技術を振興するのは、先生のお述べになりましたように科学者である、こういう考え方と産業界の要請、それから政界のこれに対する裏打ち、この三者がやはり一致しなければならないのではないかと思うのです。 そこで、科学者の意向を尊重するところの政治体制、行政体制というようなものをどうしたらいいのか。これは相島先生にお聞きしたいのですが、私は率直に科学者の意見を聞かなければならないと思うのです。これは社会党的な言い方で、この場にふつり合いかとも思うのですけれども、かりに原子力潜水艦の問題で、朝永先生はじめ日本学術会議の方々がこの問題を取り上げて、日本の周辺に原子力潜水艦がやってくることは非常に危険であるということを言われると、政治の場においては、曲学阿世のやからだというように片づけてしまうことも私は問題だと思うのです。そういう点、社会党、自民党ということを乗り越えて、学者の意見を率直に聞くというような体制にするにはどうしたらよいか。これは、日本の平和とか安全とかいう問題に非常に関係のある、そういうイデオロギーの問題を抜きにして、そういう点もひとつ考えなければいかぬのではないか。きょうお話を承っておってつくづくそのことを感じたのですが、そういう点について、これも言いにくいかと思いますけれども、相島先生ないしは桑田先生のお考えがあればひとつ聞かしていただきたいと思います。
○相島参考人 私はやはり、そういう意見を聞くために日本学術会議というのがあるのですから、そこの意見を尊重するというのが本筋だと考えるのです。ところが、日本学術会議のあり方が、残念ながら片寄っているという傾向は否定できません。それはあれができた当時の勢力のバランスということもございまして、いまだに一部の片寄った勢力に引きずり回されているという傾向がある。したがって、せっかく学術会議で討議して何か意見を出しても、そんなへんぱな考えはというので、むしろその意見が尊重されるどころか、かえって退けられるというような取り扱いを受けている。そこでこれは学術会議自体のあり方を改めない限りはよくならない。しかし、やはりああいう組織を利用する以外には方法がないのですから、学術会議の選挙のやり方が悪いのですか何ですか、そこはむしろ学術会議の会員であった方、現在会員の方たちが欠点はよく御存じのはずなんですから、そういうことは人為的に是正できるはずだと思います。 それから、ある学者は、学術会議が偏向したということにあいそをつかして、非常に正しい意見でありながら学術会議に立候補しないし、関係しない学者が多い。そういう方の意見もやはり反映しなければいけない。それを反映するような一つの組織なりチャンスなりというものをやはりおつくりになる必要があるのじゃないかと思います。学術会議そのものが性格を改められればその必要もなかろうけれども、現在のような状態ではその両方の意見をお聞きになることが必要だと思います。
○三木(喜)小委員 次に、山田先生のお話の中では人材養成の問題、特に高等教育のあり方、こういうところに重点を置いてお話があったわけです。私たちもこの問題を非常に重視しておるわけです。特に、私は文教委員もやっておりますので、いよいよ大学生が急増してまいりますこのことに対処して、当面文教政策、特に行政のあり方あるいは大学急増対策の立て方、こういうことは問題になろうと思うのです。その一方、きょうお話のありました質が低下する。インスタントに技術者を養成しようという考え方が非常に強いですから、したがって質の低下ということが問題になってくるわけです。 それについて、思い切った措置をとらなかったらいけないということですけれども、いま問題は、大学の教官自体が得られるかということです。あるいは産業界にも引き抜かれるでしょうし、さらにまた海外に流出していく人も多いわけなんで、相島先生、山田先化がおっしゃったように、科学者が自由に研究でき、それを推進していくためには、その待遇問題が大きく出てまいると思う。昨年度、一昨年度と文教委員会で非常にやかましく大学の先生方の待遇をよくするということで、時の大臣といろいろやりとりいたしました。結果は裁判官並みの給与だということで二応訴が落ちついて、現在それで検討されておると思うのです。この待遇問題をすぐに金とひっつけるのはおかしいと思いますけれども、それ抜きにしてやはり振興はないと思うので、これをよりよくしていかなければならぬと思うのです。そういう点について何か、きょうお話になりましたこと以外に御意見がお三人の中にあればひとつ聞かしていただきたい。
○山田参考人 実は先ほども少し申し上げましたが、大学がふえた場合にその質を維持するためには、当然教官の質と量が正式に十分なだけ確保されていなければいけないということが一つの前提になっておると思います。それで事実、たとえばイギリスだとか、ドイツだとか、ヨーロッパ諸国の養成計画を見ましても、大学をふやす場合にそれだけ教官が得られるか、教官の質が維持できるかということがむしろ前提と申しますか、もっと先に問題になることとして取り上げられているように思います。そういう点で、まだ日本の場合には検討が不十分じゃないかということを申し上げたつもりでおります。 それで、現在事実として教官の質や量が不足になり始めているというようなことがございますが、それをよくするためには、いまも御質問にありましたように、待遇の問題がやはり非常に大きな問題の一つだと思います。おそらく現在の環境でも、かなり待遇がよくなればもっと教官のマンパワーの問題が改善されるのじゃないかと思いますが、やはりそういう待遇の問題と並びまして、もう一つは大学における研究関係と申しますか、あるいは教育の関係と申しますか、そういうものがきちんと整理されない限り、やはり待遇だけでは片づかないものがあると思います 具体的に申しますと、やはり大学に教官として残る人たちは、研究者としてもできるだけ仕事をしたいというような希望を持っておりますし、そういう点で企業とか、あるいはほかの研究機関とあまり水準がかけ離れていれば、幾ら待遇がよくてもなかなか大学に残ってくれないという問題が起こるし、また事実起こりつつあるのではないかと思います。
○三木(喜)小委員 相島先生のお話の中で、科学技術を推進するのは科学技術者自身でなければならぬ、これらの人に対しまして、自発的に、しかも自由な雰囲気で研究ができるためには、研究施設、待遇、研究資金、こういう問題で十分これに対して措置をしなければならぬ、そういうお話であります。まことにもっともなことで、私たちはそのことに全面的に賛成なんです。 しかしながら、何か先生のお話を聞いておりますと、自発的が阻害されておる、不自由な点がまだあるような感じがするのです。これはひとつ率直にお話を承っておきたいと思います。
○相島参考人 それは、現にアメリカに逃避した科学者から聞いたことなんです。名前は差し控えますけれども、日本の数学者で世界一流のランキングにある人が少なくとも三十名以上、それから電子工学関係でも相当数の科学者がアメリカに行って、帰ってまいりません。そういう人たちに個人的に会っていろいろ話を聞いた場合に、自分たちは単に待遇だけの問題で日本に帰りたくないと言っているのじゃない。その学問が自由にできないような雰囲気、その雰囲気のほうがむしろ重大な問題だと言っております。もちろん待遇は重大な関係がありますけれども、どうも日本の学界というものはお互いに足を引っぱり合うとか、人が頭をもたげようとするとその足を引きずるとか、人的関係の雰囲気がたいへんよくない。そこへ持ってきて非常に雑用が多過ぎる。優秀な学者ほど部長だとか、つまり普通の会社でいうと管理職か何かに祭り上げられてしまう。そうすると、そのための雑用が非常に多いのです。会議が多い、判こをつくことが多い、あるいは助手の月給を心配しなければならぬといったような、まことに科学者自体の本質から離れたことにわずらわされることが多いわけです。人的関係は、これはお互いの人間の感情同士を改めない限りどうにもならないのですから、これはよそからわあわあ言ってみたところでしょうがないのですけれども、いまのような雑用、会議といったようなよけいな仕事をもっと減らすことは他から手を加えて十分できると思う。そういうことを改めることが、私が、科学者が自由な雰囲気で仕事ができると申し上げたことでございます。
○三木(喜)小委員 よくわかりました。 山田先生のお話の中で、大学の教育のあり方、試験制度ということと、それから科学技術というものをどれだけ推進し、創造的にものを考え、進めていくかということ、こういうようなあり方とは無関係であるというようなお話があったのです。 確かにいまの試験制度の一つの欠点は、大学に入ってからやれやれというような考え方から、学問を一時やめてしまうということはないでしょうけれども、意欲を落としてしまう。そういう欠点が一つある。こういうことから東大出は、あるいは京大出もかなり原級にとどめるといいますか、落第をやらせた、こういうふうに思うのです。 そこで、東大ないしは京大で落第というようなことが行なわれたのは、そういう考え方からですか、あるいはまた、そのほか学校に入ってから何かほかに問題があって、そういうような結果になっておるのか。そういうような考え方を先生の立場でお聞かせいただきたいと思います。
○山田参考人 いま御質問にありました東大とか京大で落第を大量に出すようになったということについては、私はその当事者ではございませんので、責任のあるお返事はできませんが、少なくとも私の知っております範囲では、落第が多くなったというのは、結局入学者の数が多くなって、先ほど申し上げましたように平均的な水準が落ちてきて、そのために、いままで大学として要求していたような水準を下回ってしまうような学生の人たちが出始めたということではないかと考えております。 その場合に、もちろん落第するかどうかという判定は、いままでのような教育制度と、いままでのような試験制度をやって、そういう前提のもとにだれを落第させるかということがきめられておるわけでございます。私個人の考え方といたしましては、むしろ、そういう形で落第させるとすれば、もう少し教育制度なり試験制度なりを変えて、先ほど申しましたような創造性と申しますか、そういうものを伸ばすために適当な制度に変えた上で、それに対して適当でない人を落とすというようなことにするのがこれからの正しい方向ではないかと思うのです。先ほどちょっとお話に出ました試験制度だけに関しましては、御承知のように文部省のほうで最近能力開発研究所というのをつくられまして、試験制度が現在のままで適当かどうか、あるいはもっとよい能力の判定方法はないかということを、研究を始めておるように伺っております。それはやはり一つの大きな進歩だと思いますが、試験制度だけではなくて、私が申し上げたいのは、教育内容だとか、それから大学に入ってからあとの能力の判定方法だとか、そういう問題についても同じようにいろいろな努力がされなければいけないのじゃないかと思っております。
○三木(喜)小委員 結局これは文教の範囲内で取り扱わなければならぬと思うのですが、落第が多かったということは入学者が多いというところに原因がある、言いかえれば質が低下したということにもなろうと思う。しかし、問題になることは、教育のあり方、試験制度のあり方ということですね、ここからくるところの落第であろうかどうかということが私は問題だと思うのです。教育制度とかあるいは試験制度については、中教審においていま検討を進めておりますし、能研テストについてもいろいろ論議がされておるところで、利害得失相当あろうと思います。しかし今度は相当大量に落第をさした、そういうことが、教育のあり方、読み書きそろばん、座学の詰め込み教育ということに問題があるとすれば、科学技術を振興する上にこれは非常に問題になる点です。そういう点、先生の率直な御意見をひとつ聞きたかったわけなんですが、いまのところでは入学者が多数だったため、こういうことになっておって、後者の分についての先生のお考えはなかったのでありますが、そういう点はございませんですか。
○山田参考人 いま私としては一応ある程度申し上げたつもりでおりますが、結局いまの試験制度なり教育内容、教育方法のままで落第生を出すというのは、理想的なと申しますか、正しい方法ではないということは私としては考えております。 それで、実際にどうしたらいいかということはかなり大きな問題ですので、ここではっきりお答えするほどには私自身も勉強いたしておりませんが、少なくとも最初のお話でも申し上げましたように、教育内容なり教育制度なりをかなり根本的に改めなければいけないし、改めるためにどういうふうにしたらいいかということを研究することだけでもすぐに始めなければいけないということを申し上げました。 それで、もう少し具体的に、それでは私どもとしてどんなことを考えているかという点につきましては、ちょっと先ほどもお話に出ましたのですが、私どもの向坊教授が中心になって、産業計画会議の中に委員会がございます。そこでどういうカリキュラムとか、どういう能力の選抜方法をしたらいいかということを一冊の本の形で、かなり具体的に私たちの研究結果なり提案なりの形で御報告いたしてあります。もし御興味があれば後ほどそれをお届けしたいと思います。たとえば一例を申し上げますと、いままでのように、工学部の工業関係で応用化学だとか電気工学だとか機械だとか、そういう形で専用を分けるのは、現在の情勢ないしは将来を考えた場合に適当ではないから、学部の構成も全然変えなければいけないし、したがって、教科内容も、いままでのように、たとえば有機化学だとか金属材料だとか、そういう非常にこまかい個々の問題について具体的なことを教えるのではなくて、もっと基礎的なことで、将来それを使ってどういう方向にでも伸びられるような、そういう基礎をちゃんと教えるというような形でカリキュラムをつくり直さなければいけない、そんなことを考えて提案しております。
○三木(喜)小委員 先ほどのお話の中にもちょっと触れておられましたが、最近、日本の教育それ自体、科学者、研究者を大事にしない、こういうことが科学技術の振興に非常に阻害になっておる、そういうことを思うのです。 そこで、先生、講師と書かれておって、非常に失礼なんですが、大学の講師あるいは助手、こういう方々が教授、助教授なんかと比べて社会保障の面でも待遇の面でも非常に問題がある、こういうことが先般の週刊誌に載っておって、私は非常に寒心にたえなかったのです。先生も、そういう面における社会保障とかその他の面で問題点があればひとつそれをお聞かせいただきたい。非常に失礼ですが、これもやはり科学技術振興の一環として考えて、率直な意見を承ることも非常に参考になると思いますのでお願いしたいと思います。
○山田参考人 いまの御質問の中の待遇とか身分保障とか、そういう面についてでございますが、たとえば身分保障という点では、私の場合常勤講師でございますので、一応公務員としての身分保障はしていただいております。同じ講師におきましても、常勤講師と非常勤講師というのがございまして、常勤講師といいますのは一応大学の中の正規のスタッフとしていろんな保障は受けておりますわけですが、ポストが非常に足りなかったりして、非常勤講師というような形で大学にいる人がございます。それから、それ以外にも研究生というような形でいる人もおります。そんな人の場合にはそういう身分保障を受けておりませんので、非常に不満足な待遇のまま仕事を続けているというケースが多々ございます。そういうわけですが、私の場合にも、公務員としての保障を受けていると申しましても、待遇なんかにいたしましても、たとえば同じくらいの期に卒業して企業なんかに入っている人に比べれば非常に段違いの給与の差なんかもございますし、そういう点では、やはり現在のままの状態で十分だとはとても申し上げることができないわけです。 それからもう一つは、そういう経済的な問題のほかに、研究者としての問題がございます。さきにもちょっと出てまいりましたが、研究体制と申しますか、そういうものがもう少し合理的な形になれば、もっと若い世代の人たちの創造的な能力がいまよりもずっと生かせるような、そういう研究体制があるいは考えられるのではないかと思います。ですから、そういう点でも、やはりいろいろこれから改革しなければいけない問題があると思います。 たとえば、具体的な調査結果によりますと、化学の分野で非常に創造的な仕事をする年齢を実際に統計的に調査した結果がございますが、その結果によりますと、大体三十代の前半くらいにそういう能力がピークに達するというようなかなりはっきりした結論が出ております。もちろんそれを過ぎても能力がなくなるというのではなくて、いろいろな意味で非常にいい仕事をすることが当然できるのでございますが、そういうことでほんとうにいい仕事をする年齢というのは、自然科学のほうではほかの分野に比べてずっと若いわけでございます。したがって、大学、特に博士号をとって、それからあと十年ぐらいの間どういう研究活動でどういう仕事ができるかということは、その人の能力を発揮できるかどうかに非常に大きな、むしろ決定的なといってもいいような影響を及ぼす場合が多いわけでございます。そういう点についても、まだ現在では検討しなければいけないことがいろいろとあるのではないかと思っております。
○三木(喜)小委員 もう一つお聞きしておきたいのですが、相島先生のお話の中で、科学技術を振興するということは、現在のおとなを啓蒙しても手おくれであるし、そういうことをしても効果が薄い、したがって、次代をになうところの青少年にその努力を向けなければならない。そのことには非常に賛成なんですが、文部省のお役人がおられれば私は強く言いたいと思うのです。 理振法、産振法によって、学校設備に対して補助金が出るわけなのです。しかしながら、学校のやられることは、理振法、産振法によっての補助金というものによって施設を充実したものは監査の対象になるということで、これを使うということよりも、それを保存することに重点を置いている。そのために、大切な理科の器具を保存するという点に重点を置いて、使うことに重点を置かない傾向がある。失ったらたいへんだ、監査で非常にやかましく言われるということで、飾っておくというようなかっこうになっておる。こういうような傾向が非常に強いわけで、せっかく青少年を対象にしたところの理科教育、産業教育というものの精神が失われていくような感じがするのです。そういう点に役人のやられる法律の運営というものが問題点をつくっておると思うのです。 そういう点から、相島先生のほうでは科学技術館の運営の問題を取り上げておられると思うのです。これは私は大いに世間にPRしてもらって、活用してもらわなければいけないと思うのです。私も二回ほど行きましたが、これはやがて先生のおっしゃるように、千名二千名の程度でなくて、さばき切れぬほど、中学生が主体になって、中学生、高校生が東京に来れば見に来ると思うのです。しかし、それは全国的にかなり宣伝をしてもらって、これを利用するように知らさなければならぬ。私も二回ほど見に行って、その結果を各方面に話をしてみると、知らぬ人が大ぜいいます。非常にいいものだということで感心しておる人も多いわけです。そういう方面に力を入れていただいて、PRにつとめていただいて、そして青少年がほんとうにこれを喜んで見るというような方法をとってもらいたいと思うのです。 しかし、前半に申し上げました青少年を主体にするところの科学技術、理科教育振興、こういう面でいま私が申しましたような隘路があると思うので、先生方でそういう点について何かお感じになっておる点があったら、ひとつ知らせてもらいたいと思います。
○相島参考人 なるほどおっしゃるとおり、学校へ行きますと、理科の実験器具なんというのは、ショーウインドーみたいなガラス戸の中に入って、かぎがかけてあるものが多いのです。それは一つにはしつけの問題で、子供たちがすぐにこわしてしまう。だから会計検査が来たときにうるさいから、使わせないでしまっておくということは確かにございます。 それは何も学校だけに限ったことではなくて、研究機関においても、電子顕微鏡、電子計算機なんかをばく大な金を投じて買っておきながら、それがほこりをかぶっていることが非常に多いのです。日本人というのは、妙な流行心というものがありまして、何でも新しいそういった商いものを買っておけば、そこはいい研究をしておるだろうと思われるという錯覚におちいって、何でも買い込んでしまい、それが活用されていない。 それから一つには、これは主として国立関係、特殊法人ですが、原子力研究所を含めてああいうところで、たとえば何年度の三月末までに使ってしまわないとそのお金は次の予算のときに削られる心配があるから、何でもいいから買ってしまえといって、使いもしないものを買って、ほこりをかぶらせている。現に東海村においでになれば、ずいぶん見つかると思います。それはそういうふうな会計検査制度を改めない限りはうまくいかないのではないかと思います。ですから、これは何も当事者だけを責めるわけにいかないと思うのです。やはり大蔵省のお役人を何とか啓蒙していただくか、会計検査制度を何とかしていただくよりしようがないと思います。 科学技術館でも、それから最近渋谷の美竹町にできました東京都の児童会館、これは非常にいいのです。大体これは年齢の若い層の子供のために、皇太子の御成婚記念に東京都が七億円でつくった施設で、これはもうほんとうに子供がいじくり回して実験できる装置がたくさんございます。特に科学実験室に行きますと、放射能をはかるガイガーカウンターまであって、これを自由に使えるようになっている。ところが、あそこに行ってみますと、子供たちが一日でぶっこわしてしまう。あそこの職員は徹夜でそれを直すのに追われておって、くたくたになってしまう。悲鳴をあげている。それはさっき言いました学校で理科の実験器具を扱うことを先生がふだんから教えていないから、やはりそういう施設に行って、一どきに押してはいけないボタンを、順々に押さなければいけないボタンを五つ同時に押してしまうから、機械がぶっこわれてしまう。桑田さんの科学技術館でももうすでに始まっている。私は数回行きましたけれども、故障して動かない機械のほうが多いのです。開館一カ月そこそこで故障してしまって、ただいま修理中という紙を張ってあるのが非常に多い。これはやはり学校におけるそういう青少年の教育が悪かった。それが社会教育施設にまで響いてきていると思うのです。 ですから、いまの御意見のとおり、やはり学校においてそういうものを正しく使う指導というものをしなければいけない。そのためにはやはり会計検査のしかたというものを改めない限りは、先生はやはり大事にしまっておくような態度を改めないと思います。 日本のいままでの博物館というのは、とにかくカビくさいもので、ショーウインドーの中にただ並んでおった。死んだ博物館といわれておりましたが、幸いにして初めてここに生きた博物館、科学技術館ができ、しかも児童会館のような優秀なものが入場無料で公開されている。そういうたいへんいい時代になった。ですから、こういうチャンスを利用して、いまの御意見のようなことを実行していただいたら、たいへんけっこうだと思います。
○三木(喜)小委員 どうもありがとうございました。
○前田小委員長 次に、佐々木義武君。
○佐々木(義)小委員 私はごく簡単な質問を申し上げたいと思います。 きょうはたいへん貴重なお話を承りまして、どうもありがとうございました。特に山田講師のお話にはたいへん感銘を受けました。 科学技術の問題ですが、これは先ほどお話がありましたように、確かに量と質の両面があるように私も考えます。量の問題につきましては、一つの疑問を持つのです。国内を見ましても、私の県を例にとっては狭いかもしれませんが、農業部面におきましても、農機具、農薬その他たいへん科学的な、技術的な面が普及しております。また中小企業におきましても、だんだん近代化、高度化というようなことで、これも科学技術を取り入れるという面が非常に急速度に進みつつございます。あるいは国土開発の面における土木技術、こういう点でも非常に近代的な技術が取り入れられつつあります。 これを海外から見ますと、私はおととし平和部隊の国際会議に出たのです。その際三日間四十三カ国ばかり集まって議論したのですが、何がテーマだったかと申しますと、いわゆる世界の特に後進国の開発で一番不足しているものは金でもなし、機械でもなし、人そのものでございます。特にその人の中でミドル・スキルドマン・パワーが一番不足しているので、この中級技術者と申しますか、こういう人らをどうして早急に養成し、世界の科学に役立てるかということが一番重要な問題だということで、その問題をテーマにしまして三日間議論をいたしました。海外から見ましても、いわば中級技術者的な人たちの量的な確保ということが内外ともに私はたいへん重要なことではなかろうかと思います。 そういう際に、いろいろ国内では高等工業専門学校のようなものができたり、あるいは従来の工業学校を質的に充実していくといったような面はけっこうなんですが、その教育のあり方と申しますか、たとえば米国へ行ってみますと、小さいうちから実物教育が主で、小学校に行っても中学校に行っても、そういう科学技術的な設備が整備しておって、自然に身につくようなことで、だんだんとそれが長じていって原理、原則に入っていくというようなやり方のようです。どうも日本のそういう技術養成のしかたというものは、明治時代からのやり方とあんまり変わっていないのではなかろうかという感じがするものですから、そういう点に対して一体どうしたらよろしいかという問題が一つ。 第二点は、質の問題です。確かに山田さんのおっしゃるとおり、創造性の掘り出しと申しますか、あるいは育成というものが一番重要な問題じゃなかろうかと思います。米国などでは、万国と申しては語弊があるかもしれませんが、どこの国でどういう研究者がおりて、その人たちはどういうアイデアを出すかというそのアイデアをトレースして、そしてそのアイデアが実際にどういう方面に実用化されるだろうか、また実用化できるだろうかという点は、米国の中で膨大な人員でどんどん研究なり実用化の方策を進めているそうでございます。要するに創造性の問題というものは、いまや国内的な問題であるだけでなしに、人類全般の問題になっているような感じがします。 私かつて原子力局長時代に、毎年最低百人ばかり欧米に原子力の研究留学生でございましたが派遣いたしました。これはいずれも非常に優秀で、各国とも帰したがらない。必ず一番か二番ぐらいのいい成績の方で、その人が帰ってきて一体いま創造性の発揮という面においてどういう働きをしているのかつまびらかでありませんが、日本人はそういう意味におきましても、創造という面では各国の人に決して負けないのではなかろうかという感じがします。 ただ、先ほどもお話のありましたように、そういう質の問題を国内としてどう一体育て上げるかといった面に関しましては、非常にまだまだ不十分というよりも、全然考えてもおらないのではなかろうかという先ほどからのお話で、たいへん感銘を受けました。特に物理学の教科書を十八億の予算で六百人かの人で米国では取りかかっておるとかいったような問題とか、あるいは科学技術史の問題とか、大学院の拡充の問題とかいろいろございましたが、どうもこういう面を考えていきますと、旧来の文部省の科学技術行政あるいは科学技術教育の指導という面におきましては、もっともっと掘り下げていいんじゃなかろうかという感じが非常にします。ですから、できますれば科学技術教育そのもののためにも研究機関——教育をどうしたらいいかという独自の研究機関でもおつくりになって、そうして海外の歩み等も参考にしながらもう少し深く真剣に掘り下げるのがたいへん急務のように先ほどから承っておったのですが、ぜひともそういうふうにお願いたしたいと思います。できますれば人間そのものの研究まで進めば一番いいのですけれども、なかなかそこまではいかぬでしょうが、とりあえず科学技術教育のあり方というものをどうしたらよろしいか、そういう点を質、量、両面からもう少し真剣に考える機関をつくってもらいたい。私も役人だったのですが、どうしても日常の問題に追われて、こういう深い研究というものは役人ではできません。ですから、文部省の局の中にそういう課をつくるとか、係をつくるということはできるわけはないので、やはりじっくり勉強できる独自の機関をつくって、そうしてこういう面に早急に取っ組んでいくという体制をぜひとっていただきたいという希望を申し上げまして、私の質問を終わります。
○山田参考人 いまのお話について、私として、もう少し考えておりますことなり、思っておりますことなり補足させていただきたいと思います。 その一つは、最初に御指摘になりました後進国といいますか、そういうところで中級技術者が非常に要請されているということでございます。確かに後進国から工業化を始めます段階では、一つは質よりも量のほうが圧倒的に必要なんだという段階がございます。それからもう一つは、高級技術者よりも中級技術者のほうが必要なんだという段階も確かにございます。それはたとえば外国のもっと進んだところから技術導入をしてきて、それを中で適当に使っていけば工業化が進んでいく、そういうことがまず可能な断階では技術者の量と、それから比較的中級技術者と申しますか、そういう層の必要が高いわけでございます。もちろん一般的に申し上げれば、どういう国でもピラミット構成がなければ、高い質の技術者から一般の技術者まで非常にに幅の広いピラミッドがなければなかなかうまくいかないとは思いますが、発展の段階から見ますと、確かにそういうことが言えるのじゃないかと思います。 日本なんかが現在差しかかっておりますのは、一応いわゆる先進国にかなり近いところまできておりまして、それに追いついて、それを追い越すことができるかどうかということが現在問題になっておるのじゃないかと思います。したがって、そういう点では特に質の高い技術者とか科学者とか、そういう層に対する要求と申しますか必要性がいままでよりずっと高まっておるように考えられます。そういう意味でさきに質の問題を申し上げたつもりであります。 それからもう一つの、実物教育の問題でございます。これは先ほど話に出ましたPSSCの物理学の教科書の改編計画なんかでもこういう点は非常に留意されておりまして、教科書をつくるだけではなくて、それについて一つ一つの実験と申しますか、デモンストレーションと申しますか、その計画をつくって実験の教科書が一冊付属しております。それだけではなくて、実際にそういう実験ができない場合のことも考えて映画がつくってあります。したがって、教科書についてそれだけの実物教育の準備をして、しかもそれを実際に使って生徒を教育するための教官の養成と申しますか、教官の再訓練までをこういう計画の中でやっております。そういう点で、やはり日本もできるだけこういう線でこれから進めていただきたいと思うわけでございます。実際問題といたしまして、そういう実物教育をやるためには、現在の状況では費用とか人員の点でなかなか手が回らないのじゃないかと思いますが、そういう点が改善されてくれば、日本でも少しずつは実物教育がいまよりは取り入れられるようになるのではないかと思います。 それからもう一つ、受け入れの問題でございます。確かに大学なり高等教育機関のほうで非常に質のよい科学者、技術者を養成することができるようになったといたしましても、それだけで科学技術が振興するわけではございません。そういう人たちが実際に仕事の場の中でどれだけ能力を発揮できるかということがその次に非常に大きな問題になります。実は、私どもはそういうことも一応勉強いたしておりますが、まだはっきり申し上げられる段階にまできておりません。ごく基本的なことだけを考えてみましても、たとえば、そのためにはどうやって能力の判定をするかということが一つの前提と申しますか、一番先にぶつかる問題でございます。それから その能力の判定がもしできたとして、それでは適材適所と申しますか、どういうふうに配置したらいいかというような問題も起こってまいります。それは必然的に、現在までのようないわゆる年功序列型の雇用制度とは正面からぶつかることになります。たとえば、非常にすぐれた科学技術者の場合には、自然に、若いにもかかわらず大きなポストを与えて大きな責任のある仕事をさせるということがどうしても必要になるわけで、その点では、どうしても社会と申しますか、受け入れ側の非常に大きな変革がなければ、なかなか実現しない問題ではないかと思います。現在でも少しずつはそういう方向へ行っておりますが、それでも、たとえばアメリカなんかの場合に比べましても、とてもよいと言える段階まではきていないかと思います。
○佐々木(義)小委員 ちょっと誤解があるといけませんので……。私が申し上げましたのは、こういう科学技術の革命時代と申しますか、そういう時代に処して、もちろん量的にも、特に質的にも、もう少し科学教育のあり方というものに対して根本的に掘り下げる必要はなかろうかという、その必要性を申し上げたわけでございます。
○前田小委員長 その点ちょっと……。文部省の岡野審議官のほうで教育研究所をお持ちである。この中にも何か科学技術の教育者訓練の問題とかプログラムの問題とか、非常に研究しようとしておられるということを聞くのですが、わかっていたらあなたのほうからお話ししてください。
○岡野説明員 いま佐々木先生から御指摘のありました科学教育の問題は非常に大事な問題だと思っております。しかし、御指摘のように、そういう問題について十分な研究機関はございません。 ただ、国立教育研究所というものがございまして、その中の一部門に物理の専門家がおられまして、その方が非常に実験的に、低学年の生徒からでございますが、理科的な教育効果をどう判定するかという問題に取り組んで研究はされております。ただ、機構が非常に少ない一部門でございますし、十分でないことは御指摘のとおりでございます。 それから、関連いたしまして、理科教育の問題でございますが、これはいま山田先生からも問題になっておるように、漸次こういう空気が盛り上がりつつあるのが実情だと思います。この点につきましては、御承知の日米科学委員会がございまして、ここに科学教育のパネルがございまして、茅元東大学長がそのチェアマンをされております。茅先生は非常に御熱心でございまして、この四月もアメリカに行ってお打ち合わせをなさっておりまして、いろいろな問題がございますが、カレッジ・レベルの理科教育の改善について、経験のあるアメリカの学者と親しく討論する場を持って、あわせて視聴覚教育の教材等をどう有効に使うかということで、このパネル方式の連絡が盛んに行なわれておるのが実情でございます。
○前田小委員長 それでは、参考人各位に対しお礼を申し述べます。 本日は長時間にわたり、貴重な御意見をお述べいただき、本問題調査のため、たいへん参考になりました。小委員会を代表し、厚くお礼を申し上げます。 次会は公報をもってお知らせすることとし、本日はこれにて散会いたします。 午後零時二十六分散会