科学技術振興対策特別委員会科学技術の基本問題に関する小委員会 第3号
- 発言数
- 64 件
- 登壇者
- 12 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1964/03/26
会議録
○前田小委員長 これより科学技術の基本問題に関する小委員会を開会いたします。 科学技術の基本問題に関する件について調査を進めます。 本日は、日本学術会議、科学技術会議及び文部省当局に御出席を願っておりますが、質疑に入る前に、文部省及び日本学術会議当局のそれぞれの立場から、科学技術行政の長期計画その他についてのお考え並びに御要望等について御意見を承ることにいたしたいと存じます。 それでは、最初に文部省当局から承ることといたします。岡野審議官。
○岡野説明員 御承知のように、文部省は学校教育、社会教育と並びまして、学術及び文化の振興、普及をはかることを任務としておるわけでございます。それで、学術振興の計画を、科学研究の世界における発展に対応してこれを振興するということは非常に肝要なことだと存じております。 しかしながら、その学術の研究を計画的に推進するという問題は、単にわれわれ役所が考えるべきことでもございませんので、物理、化学、あるいは生物、あるいは人文社会科学、全般にわたりまして長期的な計画がいかなる内容をもって確定できるかという問題につきましては、文部省といたしましては、学術会議におかれまして長期計画委員会をお設けになって現在それらの基礎研究の振興の計画を御研究になっておるという状況でございますので、その御構想がまとまる段階におきまして、それを行政ベースにいかに取り上げるかということを検討したいという心組みでおる次第でございます。
○前田小委員長 次に、日本学術会議当局より承ることといたします。朝永学術会議会長。
○朝永説明員 それでは、科学技術の計画について学術会議がどういうふうに考えているか、どういう作業をしておるかというようなことをこれからお話ししたいと思いますが、その前に、先般ここでお取り上げになりました科学技術基本法というものに関係する事柄を少し申し上げたいと存じます。 科学技術会議におきましてどういうふうに科学技術基本法を取り上げているかといういままでの経過等につきましては、先日梶井議員から詳しい御説明がございましたので、それについては私からつけ加えることはないと存じます。ただ、梶井議員の御説明の中にも、日本学術会議が人文科学をも加えた科学研究基本法というものの制定を望んでいるというお話がございましたので、この点はちょっとこの機会に補足させていただきたいと存じます。 まず第一に申されますことは、日本学術会議は、人文社会科学の振興は、今日におきましては自然科学及びそれから発するところの技術の振興と同様に重要なものであると考えているのでございます。したがいまして、こういう問題も国としてあわせて考えていただきたい、そういう希望を持っております。 しかし、日本学術会議が研究基本法というものを考えてその制定を望んでおりますのは、学問をいわば縦割りにいたしまして、自然科学、人文社会科学というふうに分けまして、そして人文社会科学も自然科学及び技術と並べて重要であるという観点のほかに、ほかの観点を強調したいというねらいがあるのでございます。それはどういうものかと申しますと、人文社会科学といわず、自然科学といわず、あるいはそれの応用である技術といわず、それを振興するためには、まず基礎として研究という作業——それが基礎になるわけでございますけれども、その研究という作業の姿勢を根本から正しくすることが非常に重要である、科学技術あるいは人文社会科学あるいはその応用といったものをいわば横割りの観点から見てみたい、そういうことなのでございます。 姿勢ということばを使いましたが、これはどういう意味かということをもう少し御説明申し上げる必要があるかと思います。たとえばいろいろなスポーツにおきまして——私自身スポーツははなはだ苦手なんでございますけれども——いろいろなスポーツにおきまして、たとえばたまを打つ、あるいは高く飛ぶというような場合に、たまを打つ動作に入る前に、あるいは高く飛ぶ動作に入る前に、その前の姿勢が大事であるということがしばしば指摘されるわけでございます。これと同じ事情が科学の分野にもあるというふうに私どもは考えているのでございます。この研究に関する姿勢を正しくする、つまり振興ということを考える前に姿勢を正しくするということは、一つは学者側の研究を行なう姿勢でありますが、もう一つは、国が学者の研究という作業にどういう環境を用意すべきであるかというふうな、国としての姿勢の問題も含まれております。したがいまして、何らかの形で、たとえば法律的に規定する必要があるのではないかというのが学術会議の考え方なのでございます。もちろんこの姿勢を正しくするだけでは十分でございませんで、ちょうどスポーツにおきまして、まず姿勢を正して次にたまを打つ、あるいは高く飛ぶという、それをどうしたらよろしいかというようなこともあわせて考えなければいけない。それと同様に、科学技術の振興の場合にも、根本的な姿勢を正しくした上で、それを踏まえて振興の方途が考えられなければならない。私が先ほど横割りの観点と申しましたのはこういう意味でございます。 姿勢を正しくするというようなことを申しますと、それは単に理念の問題あるいは精神の問題ではないかというふうに思われるかもしれませんが、私たちの考えでは、それは単に理念、精神の問題のほかに、その中にいろいろな具体的な、あるいは制度的なと申しましたほうがよろしいかと存じますが、そういう問題が含まれていると考えるのであります。たとえば大学といったようなものを例にとりますならば、大学におきましては自由な研究が行なわれなければならないといったような制度が必要である。あるいは制度とまでいかないにしましても、そういう慣習がつくられる必要がある。これはいろいろな先進国が、長い間かかって、そういう制度が必要である、あるいは慣習化が必要であるということを身をもって体験して実現されてきたものでございます。 それからまた、一つの例を申しますと、たとえばわが国におきましては日本学術会議といったような制度がございまして、これは政府の所轄の機関でありますけれども、ある程度政府から独立をしながらいろいろ審議する、あるいは政府に勧告する、そういう機関がございます。それと同時に、科学技術会議といったような、これはどちらかといいますと、より政府に近い場所にある機関でございます。こういう二つの機関が必要であるというようなことも、やはり研究を正しい姿勢に置くための制度として考えられたものである。この二つの機関がそれぞれの立場の相違を十分に理解しながら、しかも相互に協力していくという体制が、研究の上の一つの制度の面から見ました正しい姿勢であるというふうに私どもは考えているわけでございます。こういう違った立場にある二つの機関が互いに協力していくという体制が、日本のみならず多くの国々において、形はいろいろ違いますけれども、多かれ少なかれ、似たような制度が確立されてきている。これもやはり研究の姿勢を正しくするための一つの重要な制度であるというふうに考えるのでございます。 こういうふうに、姿勢を正しくするということは、単に理念の問題あるいは精神の問題でなくて、制度的にこれを確立していかなければならないものを含んでいるという観点から、われわれは研究基本法といったものの中にそういういろいろな事柄をこまかく検討した上で盛り込まれたものをつくっていただきたい、そういうのが学術会議の趣旨なのでございます。 学術会議といたしましては、現在科学技術会議で取り上げておられます科学技術基本法の中に人文科学を含ませることは、科学技術会議の設置法の関係上不可能な事情はよく了解しております。事実私としましても科学技術会議の議員の一人でございますので、人文科学を除いた科学技術基本法をつくる作業に力をあげて協力しておるわけでございます。そして、学術会議もその点は十分了承しているわけでございます。そしてこの際、人文科学が除かれておりましても、さきに申しました事柄、すなわち研究の姿勢を正しくするという精神と、それの具体化に必要な制度が十分にその基本法の中に表現されますように期待しているわけでございます。 先日梶井議員の御説明にも、こういう点に関して科学技術会議、学術会議あるいは関係省庁の間の相互の理解を深めるために現在いろいろ懇談しておるというお話がございましたけれども、こういう懇談を通じまして、お互いの間に協力してよいものをつくっていこうというふうに動いていることは、私ども非常に喜んでいるわけでございます。 そして一方、人文科学をどうするかという点につきましては、学術会議がかねて科学研究基本法をつくってほしいという勧告をいたしましたが、それが科学技術会議で取り上げることができないのでありますから、政府において何らかの形の受けとめ方をきめていただいて、人文を含んだものも考えていただきたい。ただし、そのときに自然科学、技術、人文を含んだ一本の法律の制定がよろしいのか、あるいは別々の二つの法案にするか、あるいは幾つかの法案にそれを分けて制定するかといったような点につきましては、そういう場所で十分にこまかく検討していただいて実現していただきたい、そういうことを望んでいるわけでございます。 次に、長期計画のことに入らせていただきます。この科学技術基末法を制定するにあたって、長期計画というものが一つの重要な柱になっているということは、この前の梶井議員、それから村田局長の御説明の中にもございました。計画というものがこの法案の中の重要な柱でありますだけに、その内容がどういうものであるかというようなことを見きわめておく必要があるというふうに私ども考えておりますし、科学技術会議の方々もやはり同じようなお考えのようでございます。計画というようなものははたして可能であるかどうかというような見解、あるいは計画を立てたりすることはかえって学問を殺すのではないかというような見解、あるいはそうでなくて可能であるとしましても、内容はどんなものであるか、それがどういう手続でつくられるべきものかというような点の検討をこれから学術会議としても始めるつもりでありますし、科学技術会議としてもこれから考えていこうというお考えであるというふうに私は理解しております。何しろこれは非常に重要な問題でございますので、十分な検討なしに進みますならば、たとえ法律ができましても、あといつまでも混乱を招くおそれがあるというふうに私としては考えているわけでございます。科学技術会議で海外調査団を出されたり、いろいろしておられるのもこういう観点からではないかと存じます。 一方、日本学術会議といたしましては、この計画を立てるということの必要性を前から考えておりまして、長期研究計画委員会というようなものをつくって、かなり前から検討していたところなんでございます。われわれ日本学術会議で考えました科学研究基本法におきましても、それを考えていく経過におきましても、長期計画を立てるということは学術会議の一つの重要な任務であるというふうに考えるようになってまいりました。 この研究の計画という点に関しましては、さきに申しましたように、いろいろな考え方、いろいろな見解がございます。極端な場合にはそういうものは不可能であるという議論さえある。しかし、その理由の一つは、計画といったことの内容、その程度等が基礎研究と応用研究とで異なったり、あるいは草間の分野によって異なったり、またその学問の分野の発達段階あるいは技術の分野の発達段階によっていろいろ異なったりするという点があるかと存じます。こういう点に関しましては相当きめのこまかい検討を行なう必要があるというふうに私どもは考えております。たとえば非常に重要な研究分野であるからこれを推進しなければいけないということはわかっておりましても、まだ日本においてはその分野は非常に未成熟であるといったような場合には、あまりにも過大な目標を掲げましてそれを急速に実現しようというふうな計画を立てますと、ちょうどいわば赤ん坊にいきなり牛肉を食べさして働かせようとしたようなことになるおそれがある。それからまた、ある分野にはすでに十分な人材がある、そうしてそれを引き受ける準備がもう十分にあるというような事情をあまり知らないままに、新たにたとえば研究所をつくるとか、あるいは大きな計画を立てるというようなことをいたしますと、屋上屋を重ねるといったようなことが起こるであろう。またある分野におきましては、むしろ計画は立てないほうがよろしいというような分野もあるかもしれません。逆説的に申しますと、計画を立てないという計画がよろしいということになるかもしれない。また、計画の中には、学問自身の発達あるいは技術自身の発展の中から要求されるといったような要素もありましょうし、あるいは国や社会からの要求に基づくというようなものもあるでありましょう。それらによって計画の内容、立て方等がいろいろ異なる、そういう点がございます。そういうふうな観点をある人はある面からだけものを見る、他の人は他の面からだけものを見るというようなことをいたしますと、いろいろな見解が入り乱れて収拾がつかなくなる、そういう事態が起こるのではなかろうか、そういうふうに考えているわけでございます。 幸いにして日本学術会議には、基礎と応用とを問わず、あらゆる分野の専門家が会員に網羅されております。それから、学界、大学とか研究所——研究所は国立の試験研究機関も含めまして、そういうところ、そういう現場との連絡が非常に密接でありますので、こういうきめのこまかい検討をやるのにはきわめてまあ能率のいいと申してよろしいかと思うのですが、そういう機関でございまして、幾らか前から相当広い範囲にわたっての計画を立てて、作業を始めているのでございます。そうして、国が国としての方針を打ち出されるときに、これを一つの基礎として採用していただきたいというふうに考えているわけでございます。科学技術会議のほうでも、幸いにいたしまして日本学術会議のこの努力を買っていただいて、相互に協力してやっていこうというふうにいっておられます。学術会議といたしましても——学術会議も得意とする方面とあまり得意としない方面といろいろございますが、その得意とする方面を、会員の熱意によりまして、この計画を立てていかれるという作業にこれから大いに力を入れたいというふうに考えております。 あまり私ばかり時間をとりましてもなんでございますので、一応これで私の御説明を終わりますが、先ほど申しましたように、学術会議は二つの委員会、つまり基本法の委員会と長期計画の委員会をつくっておりまして、本日はその両委員会の委員長、幹事の方に来ていただいておりますので、委員長のお許しを得ますれば、さらに補足するなり、あるいは御質問にお答えするなりいたしたいと思います。ありがとうございました。
○前田小委員長 次に、江上学術会議会員。
○江上説明員 私、学術会議の科学研究基本法を学術会議が政府に勧告した当時の委員長で、いま幹事をしております江上でございます。ただいま朝永会長の御説明のうちの、前半の基本法の分について、ちょっと補足いたしたいと存じます。 学術会議が、科学研究基本法と、科学研究ということを特に強調するのは、その研究ということがすべての基礎だというふうに考えておるからでございます。研究と申しますのは、申し上げるまでもないことでございますが、学術会議の考え方といたしましては、まず第一に真理を探求することだ、真理の探求それ自体に価値を求めるということが一つの根本的な考え方でございます。真理の探求というのは、狭く解釈しておるように誤解されると困るのでありまして、もちろん新しい法則の発見、新しい現象の発見、新しい物質の発見、それはもちろん基礎的な真理の発見でありますけれども、そういうものに限っているのではございませんので、たとえば地方病が起こった、その原因が何なのかということの真実を明らかにする。それが工場の悪い廃液によって起こるならば、そのことを明らかにする。何ものにも左右されないで、ほんとうに真実のみに忠実でそれを明らかにする。それを真理の探求と私たちは解釈しておるわけです。それがあって初めて、それを土台にしてほんとうに国民の福祉になる対策も立てられるという考え方から、すべての根本は研究である、真実を明らかにすることだ、ですからこそ、われわれは科学研究基本法という名前を尊重したい。これに固執するものではありませんけれども、そういう精神を少なくとも尊重したいと思っていることがここにある。その研究ということに関する限りにおいては、何もその段階において人文科学、社会科学、自然科学などに分ける必要はないのであって、自然現象あるいは社会現象、すべての真実を明らかにする、それによって初めて国民に有効適切な対策の土台ができるのだ、そういう考え方でございます。ですから、根本的に分けない。分けないで、基盤としてのものを明らかにする。大きなものをまず考えて、研究そのものがすべての基礎なんだということを国も国民も認識する、そういうことが必要である、そういう立場であります。特に研究ということを強調いたしますのは、科学技術の著しい発展に伴って、従来とかくすると、基礎的知識は外国から輸入されてそれを日本で技術化する、さらに技術導入というようなことによって解決されていた。そういうことではどうしてもならないのであって、そういう意味においても基礎研究から出発しなければならないという意味も含めて、研究の重要性を強調しているわけです。 第二の問題は、科学のあらゆる分野における調和が必要である。私ども、均衡ということばを使わないで、調和ということを言っておる。均衡というと、とかく自然科学、技術が必要だ、それに均衡をとってほかのほうも伸ばさなければならないというふうに、何か別々のものとして考えている。そうではないのでありまして、私どもは調和というのは切り離して考えられない。全体が一つのハーモニーを持ったものとして発達していく、それがほんとうの発達なんだ、そういうことで分けて考えたくない。もちろんある特殊化すれば分ける段階がある。その振興の段階になればあるいは朝永会長が言われたように分けてもよろしいのでありますけれども、基本的なところはあくまでも全体が調和して発達しなければならない。簡単な例を申しましても、一体いまの日本においてどういう技術が必要なのかという問題だけでも、それは技術だけの問題ではないのであって、そういうことはもう社会との結びつきの問題であり、その基礎としては社会科学と切り離せないわけですから、全体が調和して発達して初めてほんとうの発達というものはできるのだ。非常に不均衡なものになれば、むしろ危険を伴うおそれさえある。そういうことを考えて、特に調和ということを強調したい。 第三番目に、科学研究基本法の精神として主張したいと思っておりますことは、科学者の自主性を尊重するということです。その点は、次に福島長期計画委員長が長期計画のお話をすることになっておりますけれども、長期計画をつくる場合でも、われわれのほうでは、まず科学者の自主性があって初めて科学者の独創というものが伸びるわけでありますから、独創が最も伸びて、そしてその独創に基づいてその後の発展があるわけなので、科学者の自主性を重んずるのは絶対必要なことだ。そういう意味で、長期計画は科学者の総意を代表する機関においてつくらなければならないということを、科学研究基本法ではうたっておるのであります。総意を代表する機関というのは、学術会議が日本じゅうの科学者の協力を得て、そのほんとうの希望するところに基づいてとにかく長期計画をつくる。先ほど文部省の岡野審議官が言われましたように、もちろん学術会議でつくる長期計画というのは、それを実際に適用する場合においては、また行政の面において、それを何といいますか、モディフィケーションしていかなければならないことは当然でありますけれども、とにかく出発点は科学者の意思にある、科学者の自主性からものが出発しなければならない。それを実際行政に移すときにはそこにいろいろなモディフィケーションがあるのは当然でありますが、科学者の自主性を重んずるということでなければ、ほんとうの健全な発達、発展というものはできない。 それだけのことを少なくとも私たちは科学研究基本法の基本的な精神として強調しておる。何も、科学研究基本法の名前に固執するわけではありませんが、そういう精神が生かされるような法律ができて、日本の科学研究が健全な発展をするということを私ども期待しておるわけであります。
○前田小委員長 次に、福島学術会議会員。
○福島説明員 私は、先ほどからお話があります長期計画委員会のお世話をしております福島でございます。 長期委員会は、すでに昭和二十七年からできておりまして、もう十年になるわけでありますが、実際上先ほどからお話のありますような長期計画を立て始めましたのはここ数年のことでありまして、それまではいわばその準備的なものしか行なわれておりませんでした。すでに会長及び江上会員からお話がありましたことで基礎的なことはほとんど尽きておりますので、私はごく簡単に、実際にいままでどうなってきたかというような報告を申し上げて、御参考にしたいと思っております。 いま申しましたように、ここ数年来各分野で自主的に長期計画をつくりたい、また自分でつくっていくという動きが出てまいりまして、これを大体取りまとめましたのが、昭和三十七年の十月でございます。この昭和三十七年十月に取りまとめましたものが、いわば中間報告という形で報告されております。この中間報告と申しましたものは最終報告ではないわけでありまして、約二十余りの研究分野がそれぞれ自分のところでつくった計画を持ち寄ってまいりまして、この中間報告はその持ち寄られたものの共通点を整理したというにすぎないのでございます。その後、ただいま三十九年の三月まで一年半余りの間に、多少それらについて次の進展を見ております。 先ほど朝永会長もおっしゃいましたように、計画ということの中にいろいろな側面があるように考えられてまいりました。事実こういうものが集まった中でそういうことが次第にわかってまいりました。 まず、自然科学の基礎部門というところにおきますと、かなり学問それ自体の要求で計画が立てられる。たとえば核物理学の研究というものが、大きな装置を使って、そしてここ何年間かにこういう研究をするというようなことが一つの中心課題になって、またそれらのものと結びついた研究がずっと計画的に考えられる。こういうようないわば学問それ自体の内容で計画が考えられているものがあるように思われます。 それから第二には、自然科学の開発部門であります。これも朝永会長の言われましたように、国家的要請とかあるいは社会的要請とか、そういうような要請の中からいろいろな計画が生まれてくるようでございます。そのほかに人文社会科学の問題にもそういうことがあるようであります。そういうようなことの中から、それぞれの計画が必ずしも同質ではないようであります。 なお、ここで一つわき道へそれて申しますと、長期計画、長期計画と申しますけれども、長期計画というものは全部が固まらなければ何ものも動けないというようなことではないように考えられるのでございます。たとえば最近において、特に工学関係で溶接科学研究所というものがほしいという意見が出てまいりました。こういうものを審議いたします際に、これも先ほど朝永さんのお話にあったのでございますが、最初にまず、日本の現在までの科学の研究の発展の中で溶接科学なら溶接科学というものが一体どういう性格を持っているかという点、そして日本でこれを特別に伸ばしていく根拠があるのか、こういうことが一つの基準になるようであります。それから今度は、いまそういう研究所をつくるとすれば、一体どういう緊急性があるのか、ほかのものに先がけてそれをつくる緊急性は一体どこにあるのかという緊急性の問題でございます。それから第三番目に、これも会長の言われましたことですが、一体そういうものをやるとして、現在のところ日本の中にそれを研究するだけの人間がいるのかどうか。予算とか機構の問題というのはこれは確かに重要でありまして、これこそ国会や政府において考えていただかなければならぬ問題でありますけれども、実際に一番に基本になるのはどういう研究の人材があるかということでありまして、それがないのに、ただいたずらに計画を立てることは無意味であるというふうに考えられるわけであります。最後に、それではそういう状態の中で具体的に何をやるかということが問題になります。その具体的に何をやるかというということが、先ほど申しましたように、学問の内容から出てくるものと、それから国家的要請あるいは社会的要請といったようなものから出てくるものと、いろいろあるように思われるわけであります。いま申しましたことは、いまさしあたって幾つかの研究所を提案するとして考えられる一つの基準でありますけれども、今後全体の計画を調整していきます際にも、そういう点は絶えず考えられなければならないのじゃないか、こういうふうに考えております。 なお、第三番目といたしまして、こういうような計画が特にある研究所を中心に伸びていくというようなものと、それからむしろ大学を充実すべきであるという考え方と、それから研究所と大学との総合的な調和の中で伸びていくべきものだというような、幾通りかの考えと分野があるようでございまして、私どもまだ結論を出しているわけではございません。そういうものがあるということだけを御報告いたしたいわけであります。 第四番目に、この研究についてもう一つの面がありまして、これも会長が言われましたが、従来研究しているものがそのまま継続されるような、いわば継続、経常研究といったようなもの。それから、新しく課題が出てきて、これを何年間にぜひやってしまうというような、プロジェクト研究とよくいわれますが、そういったもの。それから第三番目には、そういうどちらにも属さないで、とにかく非常に未知なものであって、これは先ほど会長も計画を立てないことが計画であると言われたのでありますが、そういうような場面も実はあるように思われるわけであります。それらのものをどういうふうに取り上げていくかということが今後の問題になっているわけでございます。 最後に、こういう計画をいろいろと持ち込まれて、私どものところで整理をいたしております過程で、いま私が申しました最後のこととも関連するのでありますけれども、計画とか総合とかということが、何か全部のものがすみずみまでできてしまうことが計画だというふうにのみは考えられないのじゃないか、もう少し計画というものにはゆとりがあっていろいろな内容を持ったものがあるのではないか、そしてそれがやはりそれぞれの実験的な実際的な条件の中で整理が行なわれていく、こういうものではないだろうか、というふうにいまのところ考えております。私どものほうでもこれは全く中間報告、次の中間報告への歩みをいま進んでいるわけでありまして、学術会議としての結論ということではございませんけれども、現在まで大体そんなことが進行しているということを御報告いたしたいと思います。これは先ほど江上さんもおっしゃいましたように、非常にたくさんの人によってつくられております。だれか一人の頭でこういうことができたのではなくて、非常に多数の人がこの計画に参加しております。それぞれの分野で非常に多くの人が参加し、原案ができますと、それが各方面に流れてしばしば検討をされ、だんだんとまとめられてくる。それぞれのととろでいつでも中間的な報告が出されて、次第次第にそれが相互に共通のものにまとめられていくというような過程をたどっているというのが現状であります。
○前田小委員長 以上で説明聴取は終わりました。 —————————————
○前田小委員長 質疑の通告がありますので、これを許します。西村英一君。
○西村(英)小委員 朝永先生にお聞きします。 いろいろ御説明を拝聴いたしましたが、研究の姿勢を正しくしようということですが、それはわれわれにもよくわかるのです。姿勢を正しくしなければどんなこともうまくいかないでしょう。 そこで、研究の自由ということを研究者が言うのは当然のことですが、反問したいのです。現在の研究者の方々は研究の自由が制度的に阻害されておるか、あるいはいろいろな面で阻害されておるか。非常に研究の自由ということを強調されるのは当然でございますが、いまの研究者は制度上あるいはどういう面で研究の自由が阻害されておるか。それをちょっとお聞きしたいと思います。
○朝永説明員 ただいまの御質問でございますが、先ほど私、大学の例をとりましたので、大学においては研究の自由というものは十分に保障されなければならないというのが世界共通の考え方でございまして、この点におきましては、日本におきましても長い間のいろいろな伝統等がすでに確立されていると考えてよろしいかと思います。もちろん、学問がだんだん様子が変わってまいりまして、それに応じて古い伝統だけでは困るというふうな面も最近には幾らか出てきておると思います。そういう変化に応じて、大学におけるところの研究の自由というものをだんだんに時勢に応じて変えていくというふうなことは、場合によってはなかなかうまくいかない点もあるかと思いますけれども、皆さん方の御理解と科学者の間の努力とでうまくいくのではないかというふうに期待しております。 大学以外のところの研究につきまして、たとえば国立の試験研究機関というようなところにおきまして、この研究の自由ということがしばしば問題になりますが、大体そういうところではやはり国の要請あるいは社会の要請等がございますので、研究の自由と申しましても、もちろんかってなことをしていいということは言えないわけでございます。もちろん大学におきましても、たとえば理学部でありますれば、理学部の研究という範囲を越えることはできない。そういう点がございますが、こういう場合に、私どもは研究の自由が現在それほど国立の試験研究機関におきましても妨げられているというふうには考えておりません。ただ、学問のいろいろなあり方、あるいは技術に関する研究のあり方等が非常に急速に変化しておりますので、制度の面、あるいはいろいろな基本的な考え方の面をその変化に即応して変えていくということをやりますときには、やはり研究の自由が大事であるという考えを常に念頭に置いていかないと、いろいろぐあいの悪いことが起こるのではないか。そういう点を、現在のこの科学技術が非常に急速に変化していくという段階において特に強調して、それを念頭から離さないように、すべての人が注意する必要があるのではないか、そういうふうに考えておるわけでございます。
○西村(英)小委員 いまお話を聞きますと、現在でもあまり阻害されておることはないということです。もちろん先生の言われたとおりですが、金属研究所の職員が金属研究をやらぬで原子力研究をやるとかいうことは——一定のワクの中で研究が十分尊重されればいいことでありますから、先生方がいつも研究の自由、研究の自由と言われますが、もしそれがはなはだしく阻害されておるようなことがありますれば、どうぞひとつおっしゃっていただきたいのです。 また、いま伝統があるからと申しますが、伝統によって多少研究の自由も阻害されておる点があるかもしれないと思います。それであればこそ、私たちは、自然科学にしても人文科学にしてもやはり見通しを持ってやってもらいたい、こういうことを言っておるわけでして、長期計画と一口に言うわけですが、それは見通しということを言っておるので、諸先生方が述べられたと同じようなことであります。ただ数字を並べてこういうふうにやるんだということを私たちが言っておるものではありません。計画のない計画ということもありましょう。立てられない計画を無理に立てるということは、それははなはだしく悪い。しかし、いずれにしても、やはり見通しといいますか、一口に言うと長期計画というものがなければならぬと思う。私どもの生活それ自身でもそうです。私は代議士をしておりますけれども、やはり自分の場合でも人生計画はあるわけです。来年は代議士をやめようとか、次はどうしようかという、それはつまらぬことであるけれども、見通しは持つわけです。 そういう意味で、できるものは長期的な見通しを立ててもらいたい。なぜ立てなければならぬかというと、研究はそれ自身で価値があるでしょう。しかし、それをさらに社会に貢献させるには、これは何と申しましても、予算の裏づけだとかいろいろなものがなければ、その成果をおさめ得ないわけです。その成果をおさめるために、長期的な見通しというものがあって初めてこれが効果をおさめる、私はそう考えるのです。それですから、諸先生方が申されるように、できない計画を無理やり数字を並べてこういうふうにやる、それを計画と私たちは思っておりません。 しかし、これはしろうと考えでございますが、自然科学の計画とそれから人文社会科学の計画とはおのずから違うと思うのです。どちらがその計画を立てていいか立てにくいかということも違うと思いますが、この委員会では、いままで全然関係がないわけじゃございませんけれども、人文社会科学に対してはあまり取り組んでおらないわけです。そこで、私たちは、自然科学、あるいはそれを開発していけば科学技術こう言っておるにすぎないので、諸先生方がいう自然、人文協調していかなければならぬ、これはもう当然なことでございまするから、その辺はもう十分私たちも諸先生方と考えは同じです。 願わくはひとつ長期計画を、できるものについては早くつくっていただいて、これを行政の面に反映させるという方法をとるようにしていただきたいのです。どなたでもいいが、できるものは早く長期計画をつくる、見通しをつくるというようなことにつきまして、さらにひとつ、何かお話がございましたら承りたい、かように思っております。
○福島説明員 先ほどもちょっと例に申し上げましたように、物理学の基礎部門などではかなり具体的な計画がすでにできております。それから、生物学などでもできております。そのほかにも幾つかできております。ただ、それ全体を調整することがまだ多少必要である、学者の仲間で調整することが必要であるという段階にありますので、それをまだ政府にこうしろという勧告を、一部分のところはいたしましたけれども、全体としてはまだいたしておりません。御承知のように、学術会議というところは三年ごとで期が切れますので、いま第六期でございますが、来年の十月で第六期が終わります。それまでには何らかの形で一定の部分の、全部ではございません、いまおっしゃいましたように全部でなくて、役に立つ部分は何らかの形でまとめて政府に御通達申し上げるというようなことは必要であろうと思い、そのような努力を続けておる次第でございます。 なお、そのほかに、先ほどもちょっと申しましたように、緊急にことしからといいますか、まあことしの予算はきまりましたけれども、来年からでも、予算に考えてほしいというような課題は、その中から全体の体系の一部として考えられるという面から政府に対してぜひお願いしたいという勧告をすることがありますし、そういう予定もある、こういう段階でございます。
○前田小委員長 次に、佐々木義武君。
○佐々木(義)小委員 先ほど来いろいろ貴重なお話をちょうだいいたしまして、ありがとうございました。 学術会議のほうでただいままで進んでおられる研究基本法の行き方、と申しますか、これは基本法というのですから、法律という面の配慮から考えてみますと、いわば実体法という性格のものではなく、もう少し理念法あるいは概念法みたいな、概念的な、内容をみますと訓示規定のような内容になるような感じがいたします。 一方、政府の科学技術会議のほうで考えておりますのは、まだ成案は得ておらぬようですけれども、もう少し具体的な問題で、訓示規定的なものではなくて、実体をつかんで、実体的な計画を持ったものと考えられます。 そこで、この両者の調和ということになりますと、これはなかなかやはり行き方も違いますし、またよってきたる基礎と申しますか、そういう点も違うようでございますから、両者を一緒にするのが必ずしもいいかどうかということは自信がないのでありますけれども、場合によったら分けて進んでいってもよろしいのではなかろうかという感じもしますので、そういう点に関しまして、どういう感じを持っておられるか……。
○朝永説明員 お答えいたします。私、法律のことは全くしろうとで、非常に法律には弱いのでございますけれども、先ほど申しましたように、日本学術会議でさきに勧告いたしました研究基本法というふうなもの、それからいま科学技術会議で取り上げておられます科学技術基本法というようなもの、こういうふうなものを、すべて人文も含んでまとめて一本の法律にするのがよいのか。あるいは人文社会と自然科学技術というふうに縦割りにして二つにするのがいいのか。あるいは、先ほど私が姿勢ということばを使いましたが、横割りに考えまして、こういうものを律する憲章といったような形のものになるかと思いますが、そういうものと、もう少し具体的な振興法といったようなものと、そういう横割りの二つあるいは三つにしたほうがよろしいのか。そういうことを政府のほうでお考えいただきたいと思っておるわけです。 その過程におきまして、もちろん学術会議にはいろいろ意見を申し上げるかもしれませんけれども、現在日本学術会議の勧告をいたしました科学研究基本法というものが、勧告したままで、科学技術会議であれを受けとめることができないというわけでございますので、それではどこで受けとめるか、これは文部省と科学技術庁でとにかく考えるということになっておるのでございますけれども、それはいま学術会議のほうと事務的レベルではいろいろ懇談等をして、まず理解を進めようという作業をいまやっておりますので、これが次の段階でどういう形で受けとめるかという結論が出るのではないかと、実は大いに希望しておるわけでございます。 それからもう一つ、研究の姿勢と私先ほど申しましたが、研究の姿勢と申しますと、理念とか精神とかいうものだけになるのではないかというふうに考えられますけれども、先ほど申しましたように、たとえば学術会議の設置法、それから科学技術会議の設置法なんかは、やはりその姿勢に関係する点が非常に多いのではないか。先ほど私ちょっと触れましたけれども、そういうふうに考えておるわけでございます。
○佐々木(義)小委員 大体わかりました。そういう意味合いでありますと、政府で考えてもらいたいといいましても、政府自体では、どういう法律をつくれば真理探求の環境と申しますか、そういうものが整備できるか、これはなかなかむずかしいので、むしろ学術会議のほうで独自の案を出されたほうがいいのではないかというような感じもするのですが、そういう点は文部省あたりはどういうふうに考えますか。
○岡野説明員 文部省も科学技術会議の事務局として学術会議のお世話と申しますか、そういったものをやっておるわけでございます。それで、ただいま朝永会長のおっしゃったように、学術会議からは科学研究基本法の御勧告があって、科学技術基本法においてその精神をどれほど盛り込めるかということについて、ただいま文部省並びに科学技術庁が協力しまして、事務的に学術会議といろいろお話し合いをしておるという段階でございますので、もう少しその辺お待ち願いたいと思います。
○佐々木(義)小委員 それでは、もう少し観点をかえてお聞きしたいと思います。いま科学技術会議で進めております基本法のほうは、その主力は長期計画と行政機構の改正問題でございます。長期計画の立て方自体には、福島さんからもお話がございましたように、いろいろ考え方があろうかと思いますけれども、いずれにいたしましても、政府で計画を立てまして、ただ立てっぱなしというわけにはいきませんので、どうしてもそれを実施していくのが一番肝要なことだと思います。そこで、計画を立ててそれを実施に移す際には、どうしても行政機構の問題と関連を持ってきます。行政機構といいましても、結局は計画を実施する際には、いわば一種の権威と申しますか、そのものの権威あるいは権力、といっては語弊がありますが、力、その計画を実施させる力というものがなければこのものは進まぬのでございます。 そこで、最近方々から強く要望されている事項は、その際行政機構の中でもいまの科学技術会議の権限、性格といいますか、こういうものをもっと改正する。もう一つは、予算の面が一番重要でございますので、その予算に関しましては、計画全部にわたるわけではないのですけれども、その中で特に重要課題とおぼしきものは予算の面で、ちょうどいま原子力のほうでやっているように、経費の配分計画という予算の一括計上、こういうふうな面まで踏み込みませんと実施はできないのではなかろうか。今度の基本法そのものに盛り得るかどうかは別にいたしまして、非常にそういう主張が強くなってきているように考えられます。 そこで、学術会議のほうではそういう場合には支持してくださるかどうか、そういうことは困るというのか、そういう点をあらかじめひとつ……。
○朝永説明員 非常に端的な御質問でございましたが、これは支持するかしないか、その実物を拝見しないと何とも申されないと思うのでございます。 ただ、学術会議でいつもこれだけのことはお願いしたいと思うのでございます。先ほどもちょっと私触れましたのですが、大体どこの国でも科学技術会議的な機関と学術会議的な機関と両方がございまして、それがその間の協力、相互の理解が非常にうまくいっている。必ずしもうまくいってない点もあるようでございますけれども、大体原則的にどちらの機関はどういう立場から科学技術の推進を考えるべきか、あるいは学術の振興を考えるべきかというふうな、それぞれの機関の立場がある程度明確になっておりまして、そうしてお互いに尊重し合うという体制、制度等ができておるわけであります。 いま科学技術会議を非常に強化するというようなお話がございましたけれども、私これは、日本学術会議会長で、利益代表で申し上げるわけではございませんで、やはりそれと同時に日本学術会議というものもそれに並んで強化される必要がある、そういうふうに考えておるわけでございます。強化と申しましても、別に科学技術会議の権限を学術会議のほうによこせ、そういうふうな意味ではございません。先ほど申しましたように、片方はどちらかというと科学者あるいは技術者の集まりであり、片方はより行政寄りであるという立場の違い、これが両方で相補っていくというような形で強化されるということが大事なことではないかというふうに思っておるわけでございます。これは別に日本学術会議の利益代表として申し上げるのでなくて、いろいろな国々のやり方を見てまいりますと、どこの国でもやはり大体こういう二種類の機関、同じような政府の諮問を受け、あるいは政府にいろいろ進言する機関でありましても、それを一つにしちゃったほうがいいというようなものではなくて、やはり大体二つの機関を持っているという国が多いということは、両々相まって科学技術あるいは学術は進めていくべきである、そういう考え方が世界共通の考え方でなかろうかと思いますので、そういうふうに申し上げるわけでございます。
○佐々木(義)小委員 妙な質問で恐縮でございましたが、わかりました。 ただ、私の経験では、学術会議のほうはたいへん強力で、もう御指導のみならず、しょっちゅうおしかりばかりこうむったような記憶があるのですけれども、いまの科学技術会議のほうは、いまも申しました重要課題の予算に対する一括計上といったような問題になりますと、実はたいへん各省の反発を食う問題でございまして、なかなかできません。一方、私どもの自民党なりあるいは財界の方面ではたいへん要望の強い事項で、加うるに強力な学術会議のほうで、けっこうじゃないか、決議してでも大いに応援しようというふうになりますと、非常にこれは勇気百倍で、私進め得るのじゃないかという感じが実はするのであります。従来どちらかといいますと、政府の施策に対して批判的な動きが多かったのですけれども、今度の場合はひとつあげて御支援をいただけるような体制になるとたいへん実はけっこうじゃなかろうかと思って、要望かたがた申し上げておるわけでありますが、重ねてひとつ。
○朝永説明員 ただいまのことに御返事申し上げるというのではございませんですが、承りますと、行政の問題はいま臨時行政調査会でやっておられるので、きょうはそっちのほうまで話がいかないだろうというお話で、ここに出てまいりましたのは行政の点ではしろうとばかりでございますので、そういう点で、いまおっしゃいましたような問題につきましては、本日はちょっとお答えする能力がないと思います。 ただ、先ほど申し上げましたように、学術会議が強力である、しょっちゅうしかられてばかりいるということでございましたが、学術会議の側から見ますと、非常に微力でございまして、みみっちい話になって恐縮ですが、先ほど前田委員長は、学術会議は何でもほしいことがあったら言えということでございますので、委員長のお許しを得て申し上げますが、第一、予算的に非常に学術会議は貧乏でございます。この長期計画を立てるというような仕事、これはたいへんな仕事でございまして、先ほども非常に大ぜいの学者、科学者あるいは技術者の協力を得たというお話がございましたが、これは会員だけではとてもこういうことはできません。いろいろな大学、研究所あるいは国立の試験研究機関、そういうところに会員の方がおられますので、そういう協力を得てやっているわけでございます。ですから、そういう方は、会員がそういうところから出ておられますので、奉仕的にやっていただいているのでございますけれども、これから本腰を入れてやるということになりますと、そう無料奉仕ばかりお願いするわけにもいかない。そのほかもろもろの点で予算の不足を非常にかこっておるわけでございます。きょうは長期計画に関することに関しての予算の問題だけを申し上げまして、ほかはあまりさもしいことを申し上げるとていさいが悪うございますから、どういう点でほかの仕事で予算が足りないかということは、きょうは申し上げませんけれども、そのうちにひとつお願いしたいわけでございます。
○前田小委員長 次に、岡良一君。
○岡小委員 きょうは非常に御多用な朝永会長をはじめそうそうたる方々のお出ましを願ったので、珍しい機会でもありますし、いわばフリートーキングで腹を割ったお話を聞かしてもらいたい。速記者がついて、向かい合っていると、かみしもを着たようになりますが、もしなんでございましたら速記をやめていただくようにお願いしておきます。 まず第一に、この科学技術の基本問題に関する小委員会が持たれておる一つの大きな目的は、基本法というよりも、何らかの措置で、もっと研究予算、科学技術予算というものを増額させるということが大きなねらいであるわけです。そういう点で、現在日本の計上されている予算の額、あるいは予算の運営、執行のあり方、こういう点について、学術会議の皆さんから率直な御意見をまずひとつお聞かせ願いたいと思います。
○福島説明員 一般的なことでなしに、もう少し先ほど佐々木委員がおっしゃったことと関連して申し上げたいわけです。 学術会議がいろいろ批判的なことを申すということでございますけれども、実は私どもが、たとえば長期計画というものが必要であると考えますのは、国全体として一つにまとまったならば、それを学者も支持し、政府も支持して、それを推進するというところにあるのだろうと思うわけです。したがって、機構ができて、そのものがやったことは何もかもいいというのではなくて、いま会長が言われましたように、機構ができたことで、最も論理的に正しい計画をつくっていくということになれば、これは学術会議として双手を上げて賛成するにきまっていることだと思います。そういう形で振興していくということであろうかと存ずるわけでございます。 いま岡委員から御質問がありましたことと関連いたしましては、やはり学者といたしましても、ただ金をよけい使うというようなことを考えているのではないのであって、何らかの形で日本の予算の中で最も有効に使いたいというのがいわば学者の中の大部分の意見だろうと思います。もちろん学者の中にも、抜けがけて自分のところだけに金が来てほしいというような要求がないとは申せませんですけれども、最近の、特に長期計画などという問題が出てまいります段階では、もうそういうことよりも、日本全体としての学問が振興され、技術が振興され、日本の国力が増進するという観点から学問でも何でもやっていく。それにはこういうことに使われるのではあまりにもむだである、したがって、同じ金を使うならばこういうことに使ってもらいたいというのが計画を立てる基本の考えのように、私が接している限りは見られるわけでございます。したがって、日本の学問を全体から発展させるという意味では、国内の予算の問題、それから国際的な連携の問題、そういったような問題がかなりたくさんありまして、それを具体的にいまお話し合いをする中で最もいいところへ落ちつけていくという努力を学者と政治家の方々が一緒になってやっていただくこと、このことがやはり基本的なことではないだろうか、こういうふうに考えている次第でございます。
○岡小委員 実は私自身小さな病院を経営しておるのですが、学位をもらうためにアルバイトに二、三人いつも来ているわけです。聞くと、このごろは、ウサギを一匹買う、試薬を買う、ところがこれがみんな自分が買わなければならぬ。三十年ほど前、ぼくたちの研究室時代は、伝票一枚で試薬も、あるいは丸善のほうから外国の書籍も買えた。試薬やウサギなんかも自由に使いほうだいでした。ところが、このごろの大学の研究予算というものは非常につましい状態です。 これではほんとうに気の毒だという気がするものだから、原則論ではなくて、一体こういう状態でいいのかという点、もっときわどいところを率直にお聞かせいただきたい。
○福島説明員 その点については、現在私どのもほうで、先ほどもちょっと申しましたように、長期計画を立てるにしても、大学の研究というようなものがいまのままではとてもだめである、こういうことで、そのための勧告案をことしの四月の総会でやっていただきたいと思って、いま検討いたしております。 その基本的な考え方は、これは文部省の方もここにおられますけれども、実は学術会議では、かつて金の価値に直して大体戦前復帰ということを言ってまいったのであります。しかし、現在では、大体数字から申しますと、七〇%から八〇%まで戦前に復帰したといわれております。ところが、学問の進展のほうは、戦前に復帰したということだけでは内容的に進展しないのでありまして、ここにまいりますと、実は単に戦前に復帰するということも金額の問題ではなしに、内容的に変えていかなければならない、こういうような事態に立ち至っております。たとえば新しい装置をつくるということになりますが、過去においては、一つの装置が十年も二十年も使われた。しかし、最近では一つの装置が、かなり進んだ装置でも、五年もたつともう古くなってまいりまして、それをそのまま使っていたのではほんとうの世界の学問におくれてしまう。こういうような面が出てまいっております。 そういうような例が幾つかございまして、実は日本の大学における研究は、緊急にこういう点とこういう点はどうしても改めていただかなければならないというような面については、現在成案をつくりまして、四月の総会にかけるところまでいっておりますので、これはもし必要がありますれば、こちらの委員会のほうへもまたその中間報告等のものを差し上げて御検討願いたい、こう思っております。
○岡小委員 いずれにしましても、役所の資料なんかを見ますと、絶対額も少ないし、それから国の施設と民間の施設と、比率にしまして、ヨーロッパ諸国と日本では、向こうは国が二、民間が一なら、こちらは国が一で、民間は二というような研究体制です。こういう予算のひずみをもう少し大きく改めていかなければならないということ、何らか法律をもって政府にプッシュしなければならぬという考え方も基本法の中にはあるわけです。むろんこれは、いま福島さんの言われたとおり、研究なくして開発はないわけです。しかも、貿易の自由化なんのといって、どんどん外国の技術が導入されまして、ますます研究の価値というものが低く評価される危険性がある。これをたてとしても、やはり研究というものについては、予算的な運営の面においても、あらゆる面で大きな努力がなさるべきだ。こういう点では、この基本法の中にこういうものを十分取り入れる必要があるわけであります。 それで、朝永さん、どうでしょうか。さっき姿勢と申されましたが、私の率直な実感で感ることは、科学の進歩に伴う日本の科学者の姿勢が立ちおくれているのではないかという感じがするのです。 これは卑近な例で申しますと、この四、五年前でしたか、たまたまジュネーブの原子力平和利用会議がありまして、当時湯川さんや中村誠太郎さん、その他の権威者が御出席になった。私どもも国会を代表して出かけてまいりました。そしていろいろ承ったときに、原子加速器をぜひ設けたいという強い要望がございました。われわれも、できるだけその点だけでも帰ったら努力しようということで、当時の委員長、委員の方々とも一緒になりまして、予算的な措置もして、若干予算を出すことになったのです。そして、たしか学術会議のほうにおまかせしたと思います。そうしたら、それぞれそのほうを研究しておられる方が予算のぶんどりをやられたような話を聞いたのです。これは私、速記録で見たのです。私、特にその道の専門家ではありませんから、そういうふうに予算が使われるのもいいかもしれませんが、当時スイスで建設中のものでも大体三百億近くかかったし、それから当時ブルックヘブンで建設中のものでも邦貨にして三百億です。ですから、五億や六億程度の予算では、ほんの序の口です。しかし、これをつけることが将来への道を開くのだと思いまして、これを一括大学のこの方面の専門的な研究のために統一的に運営をしてもらおうと思って努力したつもりなんです。それが、あの大学でもほしい、この大学でもほしい、A案が出たりB案が出たりしまして、結局私どもの気持ちがそのままに通らなかった体験があるのですよ。これは私はその会議等に直接出ておったわけじゃございませんので、詳しくは存じません。 さっき朝永先生おっしゃったように、ゲームにたとえますと、近代科学というのはやはり、私の口から申し上げるまでもなく、ますますチームワークが必要になってくる。研究者個々のチームワーク、あるいはそれぞれの科学分野のチームワーク、ひいては国と国とのチームワークというところまで、チームワークが非常に必要になってきた。個々の研究者、あるいは野球チームならそれぞれの部署につく方々はそれぞれの部署における経験と創意の中で十二分に技量を発揮される。しかし、全体としても大きなチームワークが必要になってきている。近代科学の発展がそういうものを要求しておるが、現在における科学者の意識水準がどうも立ちおくれているのじゃないか、そういうような感じがしてしようがないのです。そういうようなことについて学術会議あたりで少し問題として掘り下げられていいんじゃないかという気がするのですが、どうなんでしょうか。
○朝永説明員 いろいろ大きな予算を計上したのに、それがぶんどりのような形になったというお話がございましたが、私はそういう事実を実はいま初めて伺ったのであります。巨大な予算がついたということも初めて伺ったのでございます。そういうことがあるのでございますか。
○岡小委員 何でも、いま申しましたようにスイスなりブルックヘブンなりでは三百億ばかりかかったんですね。とてもそんなものはわれわれの力でどうこうすることはできないけれども、それについてひとつ一歩を開くという意味で三、五億程度の予算を出させようじゃないかというので、関係の官庁へ出向いたことがあるわけですよ。それはたしか出たと思うのだが、岡野さん、どうだったかな、五、六年前の話だ。
○岡野説明員 私も聞いていないのでございます。
○前田小委員長 東大にできた原子核研究所、あれのことじゃないですか。
○岡小委員 それじゃない。
○朝永説明員 原子核研究所の話が出ましたが、これはいまおっしゃったこととは全く逆なことでありまして、原子核研究所というのは非常にいいチームワークで発足いたしました。この原子核研究所ができましたのは、ジュネーブの原子核研究所より前でございましたが、やはり相当大きな機械が必要であるということを専門の学者が言いだしまして、しかし、日本の当時の事情としてそれぞれの大学につけるということもできませんし、どこかの大学につけましてそこの人たちだけが独占するというのであっては困る。そういうので、東京大学にお世話をお願いして、原子核研究所というのをつくりました。これは約十億程度の研究所でございます。その後いろいろ予算が追加されて大きくなっております。それは、その分野の学者が集まりましてこれを共同に使おう、だれかが独占するようであってはならない。もちろん検討の段階におきましてはいろいろの違った議論がありまして、かなり白熱的に議論が沸騰したことがございますけれども、そういう検討を経た上で、皆さんが納得するような一つの線が出まして、あの研究所ができました。これは学者のチームワークのいい一つのエグザンプルになっているのでございます。 それから、ただいまA案B案というようなお話が出ました点から見ますと、例の核融合のことではないかという感じがいたします。
○岡小委員 そうです、そうです。
○朝永説明員 この核融合の場合も、結局結論において非常にチームワークがよく、いま名古屋大学に研究所ができております。これも共同にやっていこうという研究所でございます。このときA案とかB案とかいろいろな案が出まして、学者の間にかなり意見の相違がございましたけれども、それは、この核融合の研究の発達の段階がどうであるか、すでに一挙に大きなものをつくる段階であるのか、あるいはまだ、そこまではいかないのではないか。特に日本において、一ぺんに大きいものをつくるのが得策であるかどうか。もう少し基本的な、いきなり核融合をねらわずに、プラズマといっているのでございますが、核融合のためにプラズマというものの研究が必要で、それをまだやる必要があるんじゃないか、そういう議論がいろいろございました。アメリカあたりは金にあかせて大きな機械をつくったんですけれども、結局それはうまく動きませんで、やはり基礎的なプラズマの研究から着実に始めるべきであるということに、アメリカあたりでもなったのです。日本でもそういう点を学者たちが、いろいろプラズマ・フィジックスというような観点、あるいは核融合の、先ほど江上さんおっしゃっいましたその真実がどうなっているかということを、学術会議を中心にしましていろいろ議論を戦わせました。結局A案という大きなものをぼかっとつくるよりも、まず小さなプラズマの研究から始めるべきだ。ですから、いまの段階で大きな研究所を一つつくるということはまだ早い。それで、すでにある大学等でやっている研究の中から、どこかからいい芽が出てくるであろう、それを助長しながら、一方てんでんばらばらにやっているのはいけませんから、名古屋の研究所に各大学のデータを持ち寄って、そこでそれを総合的にチェックできるような機械をつくろう。そういうので、結局B案に落ちついたわけであります。 これも、むしろ長期計画の過程におきましてはいろいろな場合が起こりまして、非常に集中的に大きな研究所をつくる。ただし、みんなで使うのがいいのか、あるいは現在ではまだ各大学にある研究所をもう少し伸ばしながら、それもしかしばらばらにやってはいけませんから、センターをつくりまして、そこにそれらをチェックできるような装置を置いて、そして将来できるということがわかるようになったら大きなものをつくる、それがいいか。そういう問題なんでございまして、結局これもなわ張り争いで金をとり合ったというのではなくて、むしろチームワークをつくって検討した結果、それが最善の策であるという見通しのもとにそういう方法をとったのでございます。 これらいずれも、むしろ先生がおっしゃいましたこととは逆に、学者がチームワークをとって計画を立てた一つのいい例だと私ども考えているわけでございます。
○岡小委員 それであれば私の誤解だったと思います。 私どもが希望したいことは、たとえばゲッチンゲンへ先年行ってまいりました、けい肺の問題で。これは臨床の諸君じゃなく、あるいは医学の分野じゃなく、物理学、化学の諸君です。ゲッチンゲンには教室がありまして、けい肺についての基本的な研究をやっているわけですね。御存じのように、けい肺というのはまだ治療法が確立されておらないので、産業的な疾病が非常に大きい。とにかく私の申し上げた点に間違いがございましたら、喜んで訂正したいと思います。 そこで、科学技術あるいは科学研究という問題について、特に新しい分野で、御承知のような状態で、研究ということについて原研をめぐって問題が起こっておる。これは日本の将来の新しい科学の研究、基礎研究なり、あるいは開発研究なりを進める上において一つの教訓的な問題だと思うのです。そこに今後の日本の研究開発の中の一つの大きな教訓的な事実があるのではないか、こう思うわけです。この点で、朝永先生に聞いてはかえって恐縮だから、ひとつ福島さん、率直なところどう思われますか。
○福島説明員 特に御指名がありましたからですけれども、これも実は寄り寄り私どもお話ししておりますのは、たとえば東海村の原子力研究所の基本的な研究の計画というものがどの程度まで固まっていたろうかという点については、まだ多少疑問があるように思われるわけです。ですから、こういう混乱が起こりますについては、いろいろの問題がありましょうけれども、学者の立場からいたしますと、やはり東海村のああいう研究所において、どういう研究をやるかということがしっかりと区分されていれば、もう少し摩擦が防げたのではないか。最近そういう点で、特に学術会議原子力問題委員会でも、ただ単に事務管理の問題ということだけでなく、もっと内容の問題を考えていく段階にきているのではないかというふうに考えております。もちろんいろんな点で、人間的な関係で不十分な面があるということはあり兼しょうけれども、根本的な問題は、やはり基本的な研究の計画、その計画がほんとうに研究者の納得がいくものであり、それを多くの人が、中の人だけでなく、ほかの人もアプルーブしたもので、そうしてそれが国でも認められて、その振興のために相互に協力するというような体制がまだ多少不十分であったのではないか。このことは原子力研究所の研究者の中では多少そういう反省が出てきておるように私ども聞いておりますので、私どもは管理の面ということだけでなしに、内容の面で学者もやはり一緒になってやっていくべきではないかというふうに現在のところは考えておる次第でございます。
○岡小委員 そうしますと、原研の混乱の現実というものは——何しろ八年間に三百五十億の国費を費やしたわけです。それが現在一種の停とん的な混乱の状態にある。この基本的なといいますか、混乱のバックグランドには、日本の原子力政策そのものの、いわば計画性において欠けるところがあったのではないか、こういう御意見でございますか。
○福島説明員 たいへんむずかしいことで、そこまで私どもが申し上げられぬのじゃないかと思いますけれども、少なくも原子力研究所に関しましては、もう少しそういったような——先ほどのプラズマ研究所の際にも、ずいぶん研究いたしまして、そして、A計画がいいか、B計画がいいかということを議論しましたときに、そこからこういう順序でやっていくのがいまの日本の学問の上で一番いいということに結論が達して、名古屋大学にプラズマ研究所ができた。そういう点はよかったと私どもいまでも思っております。そういう点で多少欠ける点があったのではないか。要するに、もう少し学者の意見が全体の政策との間に誤解のないようなところまで押し詰めておいて、そして研究の計画を立てるべきであったのではないか。その点については若干欠けるところがあった。そういうことが積もり積もってああいうところまできてしまったのではないか。もちろんそれだけではないのかと思いますけれども、学者の側からいいますと、そういう点でやはり問題点があったということはいえるのではないかと思うわけでございます。 政策全体の問題というと問題でございますけれども、たとえばいまのプラズマ研究所のときに非常にはっきりしておりましたように、技術者、研究者の中にも、たとえば工学系の技術者のやっておるものをつくってみて、タッチすることによって学問が発展するというお考えの方があります。プラズマ研究所の場合でもたいへんそういう意見がありましたので、とりあえずつくってみることが学問の進歩だという意見もございました。それも一つの意見だと思うわけです。しかし、当時みんなで研究いたしました結果、それは基礎研究からいくべきだということになって、ああいうふうになったわけです。工学系のものをつくって、それにさわりながら学問が発展していくという考え方も一つの考え方でありまして、決してそう片寄った考え方とは私どもは思っておりません。にもかかわらず、やはり議論の推移において、そこは一応そうかもしれないけれども、こっちからいこうという筋合いがきまったということが、あのプラズマの研究所をうまく運営したことになると思うのです。 それらの点は微妙な点であるだけに、外部のちょっとした政策の問題点が大きく影響するということはあります。その点は、私はやはり原子力研究所の場合になかったとはいえないのではないか。しかし、それをいまとがめるというよりも、ここであらためて、これも長期計画と関連しますが、原子力研究所を現在ある状態からどういうふうにしたらいいかということを基本的に、学問的にも検討したい、こういう立場にあるということを申し上げたいと思います。
○岡小委員 たしか原子力に予算が計上されたときですか、学術会議のほうで自主、民主、公開というような原則の勧告の申し入れがありました。この皆さんの御意見というものは、その後の日本の原子力政策の中に確実に生きてきたでしょうか。これがまたやはり原研のあり方とも不可分の大きな問題だと思うのですが、この点どうお考えになりますか。
○福島説明員 自主、民主、公開ということを、これは原子力平和委員会のときに学術会議から持ち出したのであります。そのときに問題になりましたことは、一つは、民主というようなことは、これは非常に抽象的なことである。したがって、これはいまさらこんなところで言うのはおかしいという議論がありました。それから、公開ということは一体何だろうかということで、そのときに、日本としては公開ということは、結局軍事機密のないことであるということを非常にはっきり申したと思います。そこで、この自主ということになりましたときに、それではその自主とは何かということで、先ほどからたびたび申しておりますように、また長期計画そのものを学者が自主的に立てるといったような場合に、この自主が出てくるわけでありまして、はたしてどれだけそういう点で学者自身の全体の意見がああいう研究に反映したかといったようなところに実は問題があるのではないか。たとえば原子力研究所というものを一つとって見ましても、その原子力研究所というものに対して、研究所の内部の方々の自三性というものだけが自主ではないのであって、もっと周囲を囲んでおる原子物理学者全体のいわば意見というものがどれだけ原子力研究所の研究に反映したかということになりますと、私は原子核研究所のようなところと比較すれば、やはりその点では不十分であったのではないだろうかということはいえるのではないかと思います。 全体として日本の原子力研究について、どれだけ自主が貫かれており、どれだけ民主性が貫かれておったかということになりますと、こまかい点がいろいろございますので、一々ここで例をあげて申し上げることはできませんけれども、いま特に東海村の原子力研究所の点を考えてみますと、私はそういう点で研究所内部の民主化の問題と、それからいま申しましたように研究全体の自主性という問題については、もう一度ここらあたりで検討しないと、先ほどからお話のありましたように、せっかくの研究所の今後の発展に十分とはいえないのではないか、こういうふうに考えております。
○西村(英)小委員 ちょっと割り込みになりますが、福島先生のお話のほかに、岡さんの意図は、原子力研究所をあれだけのものだからよくしたいということで言われておると私は思います。労使の問題で協調ができなかったときに、労働組合の委員長が朝永先生にお会いになって、何か陳情を申し上げて、実際はこうしてくれというようなことを学術会議の会長に申し入れしたとかしないとか言っておるのですが、そういう事実がありましたか、もし、したということであれば、それはどういうことであったのか。せっかく非常に前進的な意味で岡さんが質問しておるのだから、進んで——言えないことだったら言わなくてもいいですが、朝永先生にお尋ねします。
○朝永説明員 私のところへ見えたということはございません。 それから、原子力研究所の問題につきまして、先ほど福島会員のおっしゃいましたように、いまの労使の問題とかあるいは管理の問題と別に、研究という面からやはり学術会議で少し調査する必要があるのじゃないかということで、ある程度事情を聴取——原子力問題委員会というのが学術会議の中にずっと前からございます。そういうことは、まだそれほど進んでいるわけではありません。四月の十六日に伺って、向こうの事情をいろいろ伺ってみよう、これも研究の計画であるとか、あるいは東海村以外に原子力をやっている学者があちこちにおられるわけですから、そういう方と東海村との関係をどういうふうにしたらいいか、主として実際の研究をやっていく面で向こうのお考え等も伺おう、そういうことはいま考えている段階でございます。 陳情というようなことはございません。
○西村(英)小委員 先生はお会いになって聞いたわけじゃない。学術会議として、先生のかわりにどなたか、申し入れといいますか、労組と会って話したのではないですか。そういう事実はないのですか。
○福島説明員 そういう事実はございません。ただ、そういういろんな事情があるので、ぜひ一度来て、労使というような形でなしに、担当の理事の方にも、若手の研究者の人にも研究の問題を聞いてほしい、こういう申し入れば原子力特別委員会のほうにございました。
○岡小委員 実は原子力の問題については、これまでおおむね与野党一致でやってきたわけです。というのは、日本も非常におくれて出発をしてきておるのだから、この際できるだけ与野党共同で進推しようということで、私どもも非常な期待をかけておったのですが、ああいうことになりました。そこでクローズアップされておるのは、何か労使の紛争というようなことなんです。しかし、労使の紛争というような形でこの委員会ではこの問題を取り上げたくはない。少なくともこういう状態になった現実の根本的な反省を基礎として、前向きの姿勢であれをどう建て直すかということがわれわれ委員会の仕事と考えておるわけです。 ところが、御存じのように、あるいはお読みになったかと思いますが、原子力委員会でもこの問題についてのリポートが出されている。原研の理事者からも出されている。ここに発足当初からパイオニア的精神を相当持って入った諸君のグループもありました。この諸君の意見も伺いました。また、組合は組合としての意見を参考人として公の場で述べているわけです。 そこで問題は、非常に大きく分かれておるわけです。どちらかというと、原研はすでに準備段階を終えて、いよいよ開発段階にきているという考え方がある。それじゃ準備段階がはたして達成されたかどうかという点については、福島会員の言われたように、私どもは大きな疑義がある。ところが、みな計画よりもおくれている、いわゆる計画当初の目的は全然達成されていないというようなこと、そういう状態なのに、準備段階を終えたといえるのかどうか。準備段階を終えたかどうかということに、もっと胸に手を当てて謙虚な反省があっていいのではないか。そこにはいわゆる計画というものと不可分の問題があるのではないかと思っている。 原研の理事者側からの白書と申しますか、リポートによりますと、原研がアイソトープの生産と利用、あるいは日本のエネルギー事情にかんがみて原子力発電のための開発研究を指導すべきである、であるから、この際、原子力研究所の中にある施設のうち基礎研究部門のものは大学に移譲して、大学の共同研究というような、かなり思い切った構想もちょいと見受けられるようですが、学術会議としてこういう考え方はどう思われましょうか。
○朝永説明員 学術会議といたしましては、先ほど申し上げましたように、計画ということについては実にいろいろな面があるということを痛感しております。分野により、発達の段階により、あるいは基礎研究と目的研究の違いにより、あらゆる面から検討しなくちゃならない。しかも、できればすべての研究者及び国が一致した見解に立って仕事をやり始めないと、あとで非常な波乱が起こるということを私は申し上げましたが、原子力研究所の問題も、そういう観点に立って事態をもう少し分析する必要があると思います。 いまおっしゃいましたように、基礎研究の部門は大学に移譲してしまうというようなお話がございましたが、それがいいかどうかということにつきましては、もっといろいろな面から、いろいろな事情を知った上で結論を出すとしますれば、学術会議としてまだまだ事情の分析等がそこまで進んでおりませんので、いまおっしゃったようなことが一番いいかどうかということは、ここではいまちょっと御返事申し上げることができないと思うのです。 いずれにせよ、学術会議が長い年月をかけて、いままで基本計画——ある部分的な基本計画でございますが、そういうようなものをやってきたということ、これから取り組もうということは、あとでそういう混乱の起こるようなことがあってはならないということで、非常に重要視しているからでございます。先ほどの核融合の場合にも、学者の間で非常に意見が割れておりました。しかし、片方を押えて片方を強行するというようなことをせずに、核融合物理学の進展の状況等十分見きわめまして、いまは一挙に大きなものをつくる段階ではないという判断に皆さん一致いたしまして、そうしてやったわけなんでございます。実際アメリカ等で、先ほどおっしゃいましたように捨てられたというのは、大きなものをつくられましたけれども、結局うまくいかないでこの機械は捨てられたという話がございます。やはりわれわれのとったような行き方がよかったというふうに現在のところ考えられているわけでございます。 そういうわけで、いまの原研の問題にいたしましても、学術会議としてはそう軽率にいまの考えがいいとか悪いとか、ちょっといまの段階では言えないと思います。
○岡小委員 さきにも申しましたように、この原研を今後どう持っていくかということが日本の科学者全体の重要な問題だとぼくは思うのです。ここにいわば集中的に表現されておるいろいろな、もしあやまちがあればそのあやまちを正して、そうしてこれを立て直していく。だから、こういう点は朝永会長にもお願いしておきたいのですが、やはりもう少し勇ましく意見を出していただきたい。学術会議としても出せないことになっておればしかたないけれども、しかしすでに申し入れもあることだから、こういう原則に立って原研のあり方が正しかったかどうか、これはこうあるべきではないかというくらいのティミッドというと失礼だが、率直に会議としての意見を表明される。——実はそういうことを聞こうかとさえ思っておったわけですが、それが望ましいと思うのです。希望を申し上げておきます。
○朝永説明員 いま勇ましくということをおっしゃいましたが、科学者というのは勇ましいときは勇ましゅうございますけれども、場合によっては非常にティミッドなことがございます。 と申しますのは、先ほどのプラズマの場合も、ある方面からは科学者は非常にティミッドではないか、いまの段階で何をぐずぐずしているか、大きなものをつくったらいいじゃないか、まだ基礎的から検討するなんということは実に勇ましくない、という御批判もあったわけでございます。しかし、やはり学者としましては、これでいくべしという確信が得られれば相当勇ましくなる。ときどき勇ましくなって、先ほど佐々木先生がおっしゃいましたように、国会の方や政府がしかられるというようなことを言われましたが、やはり勇ましくなるべきときには勇ましくなりますけれども、慎重にやるべきときには慎重にやるというのが私どもの習慣でございます。
○前田小委員長 三木喜夫君。
○三木(喜)小委員 きょう非常に得がたい先生がたくさん出られておりまして、先生方もお忙しいので、直接お話しをする機会がちょっと得られないと思います。そこで、時間もだいぶ迫っておりますから、端的に最近私の考えておりますことにつきましてお聞きして、先生方の御意見を参考にしたい、こういうふうに思います。 いま大学教育で非常に私、心配なことが二つあると思います。その一つは、小学校、中学校、高等学校と試験勉強に追われて、そうしてさて大学に入りますと、挙止はこれからは勉強しない、それが日本の学生の一般的な欠点であるというようにいわれております。これを先生方がごらんになって、研究者の態度とかあるいは学術の研究とか、こういうことにどういう支障を来たしておるだろうかということを私、心配するのです。 それから第二は、大学教育の中で、いま国論としても大きく問題になっておりますことは、大学の権力支配の点です。文教委員会でも、認証官の問題、大学管理制度の問題というように、大学の自治と、そうして学問の自由というものが著しく侵されはしないかという心配を持っております。これについて全体の先生方から御意見をお聞きしたらいいのですけれども、たくさんおいでいただいておりますので、一人一人に判り当てて悪いのですけれども、一つずつお聞きしたいのです。 岡野先生に、こういう点で研究者の上に支障が現在ないかどうかという点をお聞きしたい。 二番目に心配しておりますことは、これは朝永先生にお聞きして、非常に失礼なんですけれども、端的にひとつお考えをお漏らしいただきたいのです。科学技術者、特に学術会議に対して私たちが心配するのは、やはり政府機関だというような考え方から権力支配というようなことを考えてきておる、こういう心配を持つのです。これについて学術会議としてはどういう態度で臨み、どういうお考えを持っておられるか。これは端的に例もございますから、先生の御答弁によっては私はあとからその例によって質問したい、こう思います。 三番目には、これは江上先生にお聞きしたいのです。非常に私はこの科学技術特別委員会に出ておりまして心配しておりますことは、科学と軍事との結合です。これがいま一番私はおそろしい問題であり、あるいは日本の置かれておる位置としてはこれが問題点ではないかと思うのです。ともすればそういう方向に行きそうな傾向がある。南極の学術研究にいたしましても、自衛隊と一緒にやろうとする考えがある。それから原霊にいたしましても、プルトニウムと原爆をつくれということを産業界などからやかましく攻め立てられる、そういう心配があると思うのです。 それから、四番目の問題は、これはいま世界の一つの傾向として、科学者優遇の考え方が非常に強くなり、そういう施策が大きく前進してまいっております。日本においても科学者優遇ということがやかましくいわれております。現実大学におきましてもそういうことをやかましくいっておられながら、そういう施策がとられていない。それなるがために海外に流出していくことが非常に心配されております。この点につきましては、四番目には梶井先生にお聞きしたいと思うのです。 それから、科学と軍事との結合につきましては、福島先生にもひとつ御意見を承りたい、こう思います。 それから五番目です。当委員会でも科学技術基本法案をいま試案として作成中ですが、これについて文部省あたりの考え方を合わしてみますと、やはり問題があると思うのです。こういう点で、先生からどの点がこれは不備であるかという点を御指摘をいただけたら幸いだと思います。 それから六番目に問題に私考えておりますことは、科学研究と国の予算という問題です。この点では、端的にどの点で日本の科学の振興のためには国の予算が欠除しておるか、こういう点に金をつぎ込んだらいいじゃないか、こういうお考えがあればお聞かせいただきたい。この点は杉本先生にひとつお聞かせいただきたい。 以上、割り当てて非常に恐縮ですけれども、時間もございませんので、端的にひとつ御意見をお聞かせ願います。
○岡野説明員 第一の問題で、試験地獄で、大学に入ってしまったら飽きがきて、伸びが悪いのじゃないかというような御質問の御趣旨かと思います。私は直接現在現場におりませんので、的確なお答えは困難だと思いますが、大学の諸先生方にお目にかかった機会にいろいろお話を何ってまいりますと、自然科学方面では大学に入っても相当やはり指導訓練がきびしい。若い学者に非常に優秀な後継者ができておるという傾向のほうが強いというように承っております。 もちろん入学試験問題が深刻な問題であるということはわれわれも考えておりまして、いま文部省といたしましても何とか合理的な改善はできないかということで、能力開発研究所等を通じまして、いろんな試みを実施しておるということでございます。 大学管理の問題につきましては、日本の大学の自治の原則を侵すというようなことは考えてもいないわけでございます。各大学が自主的な管理、運営を行なうということに尽きております。それについて、文部省もそれを権力的に支配するというようなことは毛頭考えておらぬわけであります。
○朝永説明員 私への質問は、学術会議への権力支配があるかどうか、そういう問題だったと思います。この学術会議は、設置法からいいまして、先はもちょっと申しましたけれども、政府の機関でございますけれども、政府の指揮、監督は受けない。その所管の、与えられました任務について指揮、監督は受けないというたてまえになっております。私どもそういうふうに理解して、いろいろな計画等を立てるとか、あるいはそのほかいろいろなことをやっておりますが、すべて科学者の自主的な考えに従っていままでやってきているわけでございます。 もちろん会議法というものはございましても、法律というのはいろいろな解釈の幅がございますので、学術会議でこの範囲のことはやっていいというふうに考えることと、政府でそれを考えることと、ときには一致しない点もあったかと存じますけれども、しかし、私どもとしましては、私どもの判断で、学者が良識をもって、そしてこの学術会議がつくられました目的を実現する責任を果たしたい、そういうふうに考えて仕事しているわけでございます。
○江上説明員 先ほどの御質問は、私どもからいいますと、科学の分野におきます科学のあり方の根本的な問題に結びついたことなので、したがって、私どもが勧告いたしました科学研究基本法におきましても第一に述べていることであります。数行でございますから、まずそこを読ましていただきます。 まず第一に、「人文科学、社会科学、自然科学を通じて、およそ科学研究は人文、社会および自然に関する真理の探求をその目的とする。」、これは先ほど申し上げましたことであります。 第二番に、「科学研究は、国民生活をゆたかにし、人間の尊厳が保障される社会を建設し、もって世界平和の確立、人類福祉の増進、文化の向上に貢献することを社会的任務とする。従ってその健全な発展が促進されなければならない。」、そういうものだから、そのことが根本なのであって、したがって、戦争などということはもちろん国民生活を豊かにするものでもありませんし、世界平和ともちろん矛盾するものでありますし、したがって、人類の福祉の増進とも私どもは考えられないわけです。そういうことであるからこそ、健全な発展が促進されなければならないという私たちの考え方なのであります。 ですから、先ほど科学者の自由ということについて御質問があったことに関連するのでありますが、私たちが科学研究の自由とか、科学者の自主性とかいうことを主張するその前には、一つの前提があるといっていいのではないかと思うのです。つまり、科学者はこういう精神で科学をやっているのだ、自分たちの社会的任務を自覚してやっているのだ、われわれ真理を探求するのは結局はこういうことなのであります、そういう確信を持ってやっております。 先ほどちょっと例があったと思いますけれども、農業の研究所に行って原子力の研究をしたい、それでも科学の自由なのか、あるいは極端にいえば戦争の研究をするのでも科学者の自由なのか。そういうのではなくて、科学者は学者としての社会的自覚をみな持っているという前提に立って、そして科学というものはこういうものなのだ、国は健全な発達を促進しなければならない、こう言っているわけです。 したがって、私ども学術会議でこれを勧告しましたときも、もしこういう精神を生かした法律ができるならば、日本じゅうの科学者はそれを喜んで、ますます科学者としての自覚を高めて、科学をほんとうに戦争のためではなくて、国民の生活を豊かにし、世界の平和に寄与し、文化に寄与する、こういうような自分たちの役割りにますます励むことができるだろう、そういう自覚をますます新たにしよう、そういう宣言でもしようではないかという申し合わせをしているのでありまして、そこに根本的な私たちの考え方がある。 そういうふうに、学術会議といたしましては、日本じゅうの科学者がますますそういう自覚を持つようにしていかなければならない。それは学術会議で今期の学術会議の名においてしようという、基本要綱というものをきめました。それは会長からお話し申し上げたほうがよろしいのでありますけれども、その中に科学研究基本法の制定を促進するということと並んで、それとともに日本における科学者の社会的自覚というものをますます高めるように努力しようじゃないかという一項があるのは、それはもう二つは切り離せないことだと思います。
○内海説明員 私への質問は、科学者の待遇がいいか悪いか、それから、外国へ科学者がどんどん流れていく、それに対してどう思うかという御質問のように承りました。 科学者の待避はよくない、したがって、これをよくしなければならぬということは、私ども科学技術会議第一号諮問に対する答申の中に強く主張しておるのでございます。大学の教授と国立研究機関の研究者は他のどの公務員よりも高い待遇を与えなければならない、こういうことをいっております。なお、ただ、科学者の待遇というのは俸給だけの問題ではなくて、研究環境もよくしてあげなければならぬということもうたっておりまして、要するに少年、青年が科学者になり、研究者になりたいというような、そういう魅力を与えなければ、今後日本の必要なる科学者、研究者というものが得られなくなるんだということを、第一号答申で強く主張して答申している次第でございます。 そのときにも、優秀なる科学者がアメリカあたりに流れていくことは困る。それを阻止するためには給料をよくすることだけでなく、必要なる研究設備あるいは研究費、こういうものを確保していかなければならぬ。アメリカに短期のつもりで行って長くおられる科学者の様子を聞いてみますと、向こうにおれば研究設備が十分ある、研究費が十分あるために研究ができる。日本に帰れば研究設備もないし、必要な研究費も得られないというようなことがある。こういうことでありますから、私どもは研究環境をよくする、研究設備、研究費もどんどん増加しながら思い切って出さなければならぬ。 第一号答申におきましては、そういうものも含めて、当時の科学技術振興費を三年間ぐらいで倍にするべきだ、その後は国民所得の増加に比例して増額していくべきだというふうに答えたわけでございますから、それを引用しまして私のお答えといたします。
○福島説明員 私に御質問ありましたのは、やはり江上さんと同じ科学と軍事との結合の質問であったかと思います。これは江上会員から言われたことで尽きておりますが、一言申しますならば、学術会議が発足しました昭和二十四年第一回の会議のときに、戦争中にとった科学者の態度を強く反省するという声明をいたしました。その後また、戦争のための科学は行なわないという決議をいたしました。 しかし、それらの議論をいたしましたときに、一体軍事研究というものは、どこからどこまでが軍事研究なのだということは必ずしもはっきりいたしておりません。たとえば道路をつくること、あるいは食糧を増産することも、場合によっては軍事研究ではないかという意見もあったわけであります。基本的には、私どもは先ほど江上さんもおっしゃいましたように、これは心がまえの問題であって、そういうものにあらゆる注意を払いつつ近づいていかない、そういうものから遠ざかっていくという原則、そうしてむしろ積極的に平和のための科学に努力するというところに問題があるわけでありまして、個々の問題については、理屈をつければどっちにでもつくものが非常に多いということがこれからますます起こってくるのではないか。そういう点で、これは心がまえの問題として、私どもは絶えず繰り返して学術会議の中でこういうことを申し合わせていく、学者の中でそういう思想が普及するように努力したい、というふうに考えているわけであります。
○杉本説明員 研究費がどういう分野に少ないかという御質問と存じます。研究費と申しましても、文部省の言われます学術も含めまして科学技術全般の分野に費消されます国全体の金額は、御承知のように毎年増しております。ただ問題は、その中で政府が支出いたします金が、外国に比べまして日本だけが特に割合が少ない。多い国では七割程度ですが、日本では半分以下という状態であります。 それでは、国の経費をどういう分野に使うべきかということでありますが、また、どこが足らないかという御質問かと存じますが、これはなかなかむずかしい問題でございまして、製造工業とかあるいは農業あるいは公害関係、社会福祉関係というような分野に分けられると思います。また、よく言われますように基礎研究、応用研究、開発研究というような分野の分け方もございますので、的確なお答えができないわけでございます。たとえば基礎研究、応用研究、開発研究というように、非常に大ざっぱなことを考えました場合には、一応製造工業的な分野に限定をいたしますとお答えができるかとも存ずるのであります。そういう場合には、これは私見になって恐縮と存じますが、最近新しく出ました分野、特に境界領域の分野の基礎的な研究と、それから出ましたものの開発研究というような分野がそれに当たるのではなかろうか、それを今後発展さしていきたいというふうに考えております。それからまた別に、農業分野とか、そういう分野から考えてみますと、特に公害的な防災問題などにも、もっと研究費を投じていくべきだというふうに存じます。非常に内容がむずかしい問題でございまして、十分なお答えができませんで恐縮でございますが……。
○前田小委員長 次に、福井勇君。一時も過ぎたので、一問だけにしてください。
○福井小委員 りっぱな参考人の方々に長くお尋ねするというようなことは初めから考えておりませんでした。御意見を承りたいという初めからの前提でありましたが、朝永先生に一問だけお伺いいたします。 一九五三年だったか四年だったか、ちょっと年数は忘れましたが、世界の物理学者を集めて日本で盛大に会議を開催したことがございます。非常に成功だったと思っておりますが、そういうような計画をいまやられるという気がまえはございませんか。
○朝永説明員 国際会議は、その一九五三年に開かれましたのが日本で戦後国際会議が開かれた初めてのケースでございますが、その後いろいろな国際会議が日本で開かれております。大体毎年二つくらいは日本で開かれておりますし、将来もできますればもっと数多く開きたいというふうに考えております。 ただ、何ぶんにも、またみみっちいことでございますけれども、予算と事務能力の限界がありますので、いまのところ一年に二つ以上は無理だということで、日本で開いてほしいという意向はそれぞれの国際会議を企画する組織でかなり強いのでありますけれども、相当部分は断わらざるを得ないという事情になっております。もちろん学術会議としては、そういうのはできる限り日本でもっと開いて、そして日本の学術事情、あるいはさらにもっと広く日本の産業技術の事情、あるいは日本の文化というものを外国に知ってもらうことは、非常に目に見えない意義があるというふうに考えておりますので、できれば学術会議としましても、国際会議をもっと多く日本で開きたいということを日本の学者も希望しておりますし、国外の学者も希望しておるわけでございます。
○福井小委員 それを聞いて安心しました。各セクションの意義ある会議をやっていらっしゃることは、そのつど大体曲がりなりにも存じ上げております。私、たびたび国費を使って、ほかの用件ではありまするけれども、ボーアなり、これはなくなって、いまおりませんが、まだ存命中のことでありますが、アマルディーにしても、ハイゼンベルクにしても、だれだって日本で会議があれば行きたいということを熱望しておりましたことは、日本の学術会議のやり方が非常によかったという証拠でもあろうと思います。こういう学者の連中は、見物だけに来る人はありません。私たちは科学対策について議席を持っておるので、岡先生などの社会党の方々とともに、超党派的に、そういうことがあれば予算の獲得の面において積極的に御援助、御協力を申し上げる、そういう気がまえを持っておられると思うのです。私も持っております。そういうことを特に申し上げておきたいと思います。 最後に、これは答弁は要りません。一番先に岡野審議官が陳述されたことから受ける印象では、学術会議の皆さんがおいでになっておるので文部省の立場をきわめて遠慮されて、何にもできぬというようなふうに聞こえる印象を私は受けた。私は、後ほど速記録を見ますが、これは文部大臣が見たら、ああいう発言じゃ困るなというような印象を受けた。それじゃ困る。文部省は文部省の置かれた立場、き然たる立場を持っておる、学術会議は学術会議で、き然たる態度でやられる、これはあたりまえのことなんです。文部省は九千万国民の一つの負託を受けたき然たる役所でありまするから、堂々たる意見を吐いてもらうように、その発言に対して私は希望を申し上げまして、私の質問は終わります。
○前田小委員長 次会は公報をもってお知らせすることとし、本日はこれにて散会いたします。 午後一時十三分散会