科学技術振興対策特別委員会 第16号
- 発言数
- 17 件
- 登壇者
- 4 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1964/06/17
会議録
○前田委員長 これより会議を開きます。 まず最初に、参考人出頭要求に関する件についておはかりいたします。 日本原子力研究所に関する問題調査のため、本日参考人として、日本原子力研究所理事長丹羽周夫君、同副理事長森田乕男君を招致し、意見を聴取いたしたいと存じますが、これに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○前田委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決定いたしました。 ————◇—————
○前田委員長 それでは、科学技術振興対策に関する件について調査を進めます。 この際、新しく日本原子力研究所理事長に御就任になられました丹羽周夫君が御出席になっておられますので、新任のごあいさつ及び原研運営についての御抱負をお伺いすることといたします。 御存じのことと思いますが、本委員会における日本原子力研究所に関する問題についての調査経過を簡単に御説明申し上げます。 去る一月二十四日原子力政策に関する小委員会を設置して以来、小委員会及び委員会において、原研の現状並びに将来に関する問題点及び改革点等について、原研理事者、労働組合及び主任研究員会等からそれぞれ参考人を招致し、公平に当事者の意見を聴取し、また、原子力委員会、科学技術庁当局に質疑を行なう等、熱心に調査を続けてまいったのでありますが、去る四月十五日の原子力政策に関する小委員会において、本委員会に対する小委員長報告要旨がまとまり、同日開会されました委員会に小委員長報告がなされたのでありますが、その中で原研に関しては、 一、原研は開発研究に重点を指向するとともに、これと不可分な基礎研究にも十分な考慮を払うべきである。 一、原研の研究者並びに技術者に対する所要の体制を確立する必要がある。 一、原研の労務管理を整備し、所内の諸規律を確立する必要がある。 以上の報告がなされ、佐藤国務大臣より、報告の趣旨には賛成であり、そのうち取り上げ得るものは直ちにこれを取り上げ、事柄の性質によってはさらに研究を続けたい旨の発言がありました。 また、四月二十二日の委員会において、三木委員より、原研の刷新改善に関する見解として、 日本原子力研究所は創立以来八年、その間三百二十億円の国費が投ぜられ、わが国における原子力研究の中核として国民ひとしく多大の期待を寄せているのであるが、その現状は使命の重大性に照らしまことに遺憾である。 政府並びに原子力委員会は、その職責にかんがみ、民主、自主、公開の原則のもとに同研究所の刷新改善に関し、左記各項のすみやかなる実現を期すべきである。 一、開発研究に重点を指向するとともに、これと不可分な所要の基礎研究を充実し、各研究分野における有機的結合をはかること。 二、施設、設備等をつとめて開放し、研究所の主体性の下に、学界及び産業界との協力関係を強化し、あわせて人材の養成をはかること。 三、研究者並びに技術者に対する所要の体制を確立するとともに、労使間の正常なる諸取りきめの設定等、労務管理を整備し、所内の諸規律の確立をはかること。 四、研究所の特殊法人たる発足当初の趣旨にかんがみ、研究者及び技術者の処遇の刷新改善をはかり、施設の拡充にあたってはこれに見合う要員の確保を期すること。 五、近代における科学研究の実情にかんがみ、予算の計上及び施行にあたっては、会計法規の運用等に関して、特に弾力的な考慮を払うこと。 との発言があり、これに対し佐藤国務大臣より、輿車な御意見として銘記し、遺憾なきを期したい旨の答弁がなされたのであります。 以上が原研問題に関する調査経過の概要でありますが、ただいま御説明いたしました委員会及び小委員会の意向を御了察くださいまして、この際忌憚のない御意見をお聞かせ願えればはなはだ幸いに存じます。 それではお願いいたします。丹羽田本原子力研究所理事長。
○丹羽参考人 私このたび六月一日付をもちまして日本原子力研究所理事長を拝命いたしました丹羽周夫であります。 ただいま委員長のお話によりまして立ち上がったのでありまするが、御承知のように——たぶん御承知だと存じまするが、今月末をもちまして現在の原子力研究所の理事及び監事のほとんど大多数が任期が来られます。その中ですでにいろいろな御事情でやめられることになっておると伺っておる方も相当多数あるのであります。したがいまして、私は、ただいま御相談すべき各方面のお方々と御相談いたしまして、適当なる理事の選考を、いろいろな方と話し合って進めておる段階でございます。したがいまして、この理事の選考が終わらなければ、理事会というものの運営もちょっとしにくい点がございますので、なるべく早くこれを片づけたい。しかる後にいろいろな方の御意見を聞きながら、いま委員長もおっしゃいましたように、また議事録にも載っておりますように、私この議事録は大半拝見いたしておりますが、それらの御趣旨にもよりまして、現場を見、あるいはいろいろな階層の方々の御意見を聞き、そうして私白井の意見、いわゆる抱負をまとめたいという考えでございます。 事実まことに相すまぬことでありまするが、所内的には言いわけをいたしておりますが、実はまだ三カ所あります研究所のどこへも一ぺんも行っておりません。ようやく、あまりおくれてもいかぬと思いまして、来週早々から二、三日とりあえず一番大きい東海村に行ってこようということで、いまそのアレンジをいたしております。 そんなわけで、現場も見てない、また事実直接研究に携わっておる部長であるとか、所長であるとか課長という人にも何も話を聞いていないということでありまして、正直なところ、私多少ビジョンと申しますか、イメージと申しますか、それは浮かびつつありますけれども、それすらたぶん間違っておる点が多々あるのではないかとさえ思うのであります。ただし、私はいろいろなもの、いろいろな方からのお話の見聞によりまして、ただいますでにこの委員会で御決議になっておりますラインというものは、おこがましいながら私のただいま持っておりまするビジョンとほとんどの点で一致しておるということは申し上げられます。こういうことを申し上げることすら、それ自身ただいまの瞬間では私には少し尚早であり、あるいは僣越であるかもしれませんが、事実正直なところを申し上げましてそのとおりにいま考えます。 つきましては、いまこちらの御決議の大綱に従いまして、私ももっと詳細に過去、現状、将来の方針等をよく調べまして、事実私自身のある考えがまとまりましたならば、いまこちらで御決議になった御方針に従いまして、極力ひとつ全力をあげて努力してみたいということくらいがただいま申し上げられる私の、抱負とも言えない程度だろうと思いますが、申し上げることのできることであります。まことに抽象的であり、からっぽであるかもしれませんが、そんなことぐらいしかただいま申し上げる能力も何もないのでありますから、お許しいただきたいと思います。
○前田委員長 以上で御発言は終わりました。 参考人に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は御多用のところわざわざ本委員会に御出席くださいまして、どうもありがとうございました。 —————————————
○前田委員長 おはかりいたします。 先般オーストリアのウィーンで開かれましたOECD主催第二回議会人科学者会議に出席されました福井勇君、三木喜夫君より、この際会議の概要及び欧州諸国の科学技術振興に関する施策等の実情について御説明を承りたいと存じますが、これに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○前田委員長 御異議なしと認め、さよう決定いたしました。 それでは、福井勇君よりお願いいたします。福井勇君。
○福井委員 先般本委員会の推薦、決定によりまして、不肖福井勇、三木喜夫君とともに第二回OECD主催議会人科学者会議に出席いたしまして、先般帰国いたしましたので、その御報告をいたしたいと思います。 この報告につきましては、以下三木委員とともに慎重審議、作成につきましては双方の意見が完全に一致したものをここに御報告いたしますが、都合上前の半分を福井委員が担当いたし、後半を三木委員が報告いたすことに相談をいたしましたので、その点あらかじめ御了承をお願いいたします。 わが国の外交史上一時期を画するところのOECDへの加盟は、ついに去る四月の二十八日に国会が承認の上実現いたしました。昨年池田総理の欧州の訪問並びに佐藤科学技術庁長官の前後しての訪問により、同機構加盟への努力がわが国民の支援と国会の理解と支持等によって、このように早く実を結んだことはまことに慶賀にたえないところであります。 OECDは、経済成長の促進、後進国の援助及び世界貿易の拡大を三大目標として掲げた先進諸国の協力機構であります。その根底には、世界各国は自分の国だけの利益を求める政策をとっていたのではその繁栄はおぼつかなく、むしろ他国の発展や繁栄と相まってこそ自国の繁栄も期待できるという考え方も見られます。したがって、加盟国の間の関係は、互いに対立するといったものではなく、むしろ共通の目標に向かって腕を組んで進んでいくというのが基本的な姿勢でございます。OECDが、貿易のような本来の国際問題ばかりでなく、各国国内の経済成長政策や第三者ともいうべき低開発国に対する援助問題を取り上げていることにもうかがえます。 したがって、OECDに加盟したわが国は、単にOECDがすでに採択し、現在より有効な決定や規約を守ればそれで足りるというものではない。つまりわが国の加盟は、今後共通の関心と利益とを分かち合う国際的な経済問題について他の加盟国と一緒に積極的に話し合う用意があることを宣言したことを意味しておるのであります。わが国は、いままで米国との間で政治、経済、文化など多岐にわたり接触をはかってきたのでありますが、これはお互いに理解し合い、利害を調整するのに大いに役立ってきたものの、しかしヨーロッパ諸国との関係は必ずしもそうではなかったのであります。戦後ヨーロッパ諸国は、戦災から立ち上がるために米国の援助に依存せざるを得なかったけれども、ヨーロッパの経済が復興するに従って政治的にも経済的にも世界のうちでその重要性が増してまいりました。一方わが国についても同様で、自由世界の三本の柱の一つといわれるまでに復興を遂げてまいりました。そこで、日本とヨーロッパとの間にはさまって、あらためて緊密なる関係を打ち立てるいわば必然性ともいうべきものが生まれてきた。かつてのOEEDから発展し、ヨーロッパ的背景を持つOECDへわが国が加盟したことは、その点わが国にとっては大きな新しい時代を開いたものといえるわけであります。 このときにあたりまして、正式加盟後日本が分担金を国会の承認のもとに約百万ドルを送金いたしまして、名実ともにその手続を終了いたしましたやさき・第二回議会人科学者会議の招請がまいりまして、いち早く本委員会の取り上げるところとなりまして、私並びに三木委員が推薦を受けたことは前段申し上、げたとおりであります。 特に科学者会議について申しますと、近来の科学技術の進展は、直接これに従事する科学者のみの問題ではなくて、一般大衆はもちろん、ことに議会人、政府関係者として関心を持つことが重要であるという観点に立って、OEECと欧州議会が共催で一九六一年三月ロンドンにおいて英国の協力のもとに開かれ、十八カ国が参加いたしました。次いで昨一九六三年十月にはパリにてOECDにより科学者閣僚会議が開かれ、これにはわが国より佐藤大臣が参加いたしました。 その討議内容としては、科学国内政策、科学国際政策及び科学と経済発展につき討議が行なわれました。閣僚会議は二年に一回の割りで行なわれることになっておりますが、第二回の議会人科学者会議がOEECの後身であるOECDと欧州議会共催によって、特に今回はオーストリアの政府並びにウィーン市等の熱烈なる開催地の希望によって、非常なる規律正しい会議がこのウィーンの国会を中心に行なわれたことは、オーストリアのこの会議に対する認識の深いことと、その親切なる取り扱いについて各国とも非常に感謝しておるところでありました。 なお、われわれの派遣につきまして、所管の本委員会の委員長をはじめ大臣並びに社会党の岡委員並びに自由党の各関係委員より、初めての参加でありますために非常なる御協力と案内についての便宜供与をいただきましたことを、心からあらためて感謝申し上げる次第でございます。 以下、この会議の状況について詳細御報告申し上げることにいたします。 会議は、五月一十三日の午後三時よりウィーン大学において開会式が行なわれました。ウィーン大学はドイツ語使用の関係国における最後の大学で、創立以来ちょうど六百年にあたる由緒ある大学であり、開会式にあたってはこの大講堂を使用されたのであります。 参加国は、英、仏、西独、オーストリアなど西欧十八カ国、西独、オーストリア、ベルギー、デンマーク、スペイン、フランス、ギリシア、アイルランド、アイスランド、イタリア、ルクセンブルグ、ノルウェー、オランダ、ポルトガル、英国・スエーデン・スイス、トルコに日本を加えた諸国からの国会議員が主体をなし、これに少数の科学者も加わっております。 参加者の顔ぶれは、英国の科学教育大臣で保守党の大立て者のクウィンティンホッグ、つい最近までヘイルシャム卿として貴族であった人であります。フランスのほうでは科学原子力宇宙担当の大臣パレウスキーをはじめ、科学関係に関連の深い議員が多く、また科学者としては、特に各国から著名な科学者を招待し、西独のかの有名なるところのパイゼンバーグをはじめ、多くのノーベル賞受賞者も出席し、イタリアのモランデイなども招待されておりました。また、異色といたしましては、英国の科学ジャーナリストのコールダー氏なども参加しております。なお、オブザーバーとしては、フィンランドのほか国際原子力機関、EEC、ユネスコ、ユーラトム、石炭鉄鋼共同体、欧州原子核研究所すなわちCERN、欧州議会も参加いたしました。 開会式は、カウンシル・オブ・ユーロップのスミサーズの司会に始まり、オーストリアの総理大臣クラウス、ウィーン市長ヨナス、ウィーン大学総長レスキー、次いで、先般この会議直後日本へ参りましたOECD事務局長のクリステンセン氏、スミサーズのあいさつの後、ドイツ研究協会のヘス博士の「科学と社会」と題する講演から始められました。 開会式は大学の講堂を埋め尽くすところの非常な盛会で、前に申し上げました参加者のほかに日本のわれわれ二人の委員はもちろん、日本の内田大使をはじめ各国の関係大公使も出席いたしました。 次いで、五月二十五日からは本格的討議に入ることになり、議場も別にウィーンの国会に移し、議席には各国ごとに席を定め、正面の演壇の上には八名の議長団、そのかたわらには報告作成者と事務局代表が席に着きました。今回の会議の集め方としては、あらかじめ報告作成者の一人のリンゼイが書いた「科学と議会」という報告書をもとにして、これに関していろいろの意見を述べて、結論を導き出す方法をとったようであります。 第三日目の午前には、英国の科学教育大臣のクウィンティンホッグ氏が「科学の政治に及ぼす現在及び将来の影響」と題する見解を示し、非常なる反響を示しました。午後にはフランスの科学原子力宇宙担当相のパレウスキー氏が「今日の世界における科学研究のための政策」について述べ、それぞれ後に若干のこれに関する討論を行ないました。 第四日目は、前日に引き続き討論を行ない、オーストリアのチュルネッツ議員が「科学政策作成上の議会人と科学者の共同課題」というきわめて刺激的な討論を行ないました。このあとから午後一ぱいは各国の議員及び科学者が相次いで演壇に登り、あるいはリンゼイ報告に対し、あるいはホッグ、パレウスキー、チュルネッツ等の議論に対して意見を述べ、また同時に自分の主張も述べました。これらの討論の過程で最も張く主張されたのは、議会人と科学者とがどういう形で協力したらよいかということについて各国共通の問題を討議いたしたのであります。 最後の第五日には、まず報告作成者のピガニオル氏からこれまでの二日間にわたる議論を整理しつつ述べ、約二十分の休憩の後、決議案が配付され、これについて活発な討論が行なわれました。午前の休憩に入る前にネール首相の逝去の急報が入電いたしまして、議長は直ちに会場に来ておりました議会人一同に起立を要請して、大政治家の死に対してしばらくの黙祷をささげました。 午後は四時から、午前中に討議した決議案の採択を行ないました。決議の中の要点を申しますと、 第一に、各国に科学政策を全体として推進しかつ調整する任に当たる大臣を必ず持つように努力すること。これは日本においてはすでにあるわけでございます。 第二に、科学者と議会人との協力をあらゆる方法を講じて進めるようにすること。この問題は日本において最も特別に考慮、研究をする必要があると認める次第であります。 第三に、上記の協力の方法はいろいろあるので、個々の国の責任で行なうようにすること、の三点でありました。 続いて閉会式に移り、オーストリアのシェルフ大統領のあいさつがあった後、組織委員会の議長のクラフト氏から結びのことばがあって、会議の幕を閉じました。 なお、本会議の間に第一日のOEEC、カウンシル・オブ・ユーロップのレセプションをはじめ、オーストリア大統領のレセプション、総理大臣の午餐会、ウィーン市長の晩餐会等々、オーストリアの歓迎によって会議は一そうなごやかな雰囲気のもとに行なわれました。 なお、これらの以上申し上げました事項について少し詳細に御報告申し上げることにいたします。 開会式は、スミサーズの開会のあいさつから始まって、この会議に招待をした人の九〇%が実質参加することになった事実をあげ、今回の議題の内容と、同時にウィーン市の魅力があずかって力があったということも述べました。続いて、オーストリアのヨゼフ・クラウス首相は、大統領は海外旅行中でこの開会式にだけ出席できなかったことを述べ、オーストリア政府の招待でウィーンで開かれることになったこの会議の参加者全員に歓迎の意を表しました。さらに、オーストリアでは科学と議会には伝統的に深い敬意を払っていることを述べ、ウィーン大学は近く創立六百年記念を行なうなどの歴史を述べまして、他方チロルの議会は数百年の歴史を持っていることなどを指摘し、ウィーンでは大学と議会とはほんの数歩のところにあるのにお互い他を見ようとしない、これはこの二つの建物の間にある高い木のせいばかりではないだろうという冗談を飛ばしつつ軽妙なかいぎゃくで、科学と議会というもの、科学者と議会人とがこの国でもあまりぴったりといっていないという問題について若干言及いたしまして、進んで科学者と議会人との協力が今後ぜひ必要であるということを強調し、特に両者が共同の責任を負わなければならないということを述べておりました。これはわが国にあっても重要なる参考事項だと私たちは聞いたのであります。 ウィーン大学のアルビン・レスキ総長は、次のように申しております。科学研究は自由のもとに育つことを強調すると同時に、人間は社会的なものであるというアリストテレスのことばを引いて、この調和をいかにしてはかるか、知識のための科学と経済のための科学とをいかにして調和させるかについて強調いたしました。 続いて、OECDのクリステンセン氏——この方は先般この会議後に日本に参りまして講演をしたようでございますが、この事務総長はいわく、われわれの世界は急速に変化しつつあるが、近代の技術が生産のプロセスを変えさせ、このため社会全般、特に低開発国にも大きな可能性をもたらすことになった。しかし、科学技術は一方ではますます社会を複雑にし、科学に科学を呼ぶようになってきた。現在、科学の中では自然科学のほうがはるかに社会科学より進んでいるが、科学が社会を複雑にしていけばいくほど、社会そのものを知る必要が生じてくる。この意味で、今後科学の分野でなすべきことは、社会科学の知識を増すことであると述べ、自然科学と社会科学とのバランスをとる必要のあることを力説いたしました。また、科学は二つの面で経済問題である。科学技術はそれ自体が経済成長推進の有力なる道具であるが、同時に、科学研究の推進のためには人的、物的のばく大な資源を必要とする。この後者の限られた資源を有効に使うという点に科学政策の必要が生じてくるのである、と述べております。 続いて、ヘス博士は、もとはハイデルベルク大学のロマンス語学の教授ではありますが、現在ドイツ研究協会の会長で、一九五五年以来三選されてこの職にあります。科学政策の問題についての著述を通じて研究の推進、科学と社会との緊密化、国際協力の推進などをはかっておる人であります。ヘスの講演は、はたして科学の進歩は何によって引き起こされたかを明らかにすることができるかという問題から始まり、科学の進歩が何か一つの原因によって生じると考えるのは誤りであり、外部的、内部的ないろいろの原因で生じることを、実例をあげて説明いたした後、科学と社会の関係を考察するには、十六世紀以後を検討の対象とするのが適当である、と述べました。十六世紀及び十七世紀において、はたして何が科学の進歩をもたらしたかを検討いたし、その説明をいたしました。ヘスの豊かな学識の中から興味深い見方がうかがわれたのは、たとえばプロテスタンティズムが科学の進歩を推進したことや、科学の進歩自体の中にも変化があり、十七世紀の末の無機から有機の科学への転換や、十九世紀の当初における科学の停滞、それから一九三〇年代の生物学の沈滞と二十五年後の興隆という点などが指摘されております。これと同時にヘスは、科学がこの問題に興味を持つ人々を社会の形に組織化していく過程を明らかにしておりました。最後に、科学の知識が驚くべき勢いで経済の開発に転化されていく現代の事実を述べ、科学がいまや古い国においても新しい国においても、社会を変容させつつあるという重大な点を指摘し、科学はいろいろの帝国主義者の野望を助長する武器ともなった。また破壊を救う唯一の道であるところの世界政府の道具ともなり得る、と結んだのであります。 以下、各国代表の討論の内容についての報告は、三木委員に交代することにいたします。御謹聴を感謝いたします。(拍手)
○前田委員長 次に、三木喜夫君。
○三木(喜)委員 私も福井委員と同様、このたびの欧州議会並びにOECDの共催になるところの第二回議会人科学者会議に出席をさせてもらいまして、結論から申し上げますと、たいへんによかったという強い感銘と、それから感謝の気持ちを持っておるわけでございまして、きょう御報告申し上げますことは、すべて後ほど書類によって速記のほうにお渡しするか何かいたしまして、詳しいことはそれによってひとつ知っていただきたい。そうして、私が感銘を受けた点につきまして、福井委員がおっしゃいました残余の問題について補足の形で申し上げさしていただきたい、こういうように思います。 そこで、結論から申しますと、いま申しましたように、たいへんによかったということですが、そのよかった内容といたしまして、私は、いま福井委員からも申されましたように、すべて日本の科学ないしは教育、文化、そうしたものが大きくアメリカから影響を受けておりましたけれども、今後はヨーロッパも友とすべきであるということを強く感じたのであります。したがいまして、この線からいいますと、第三回、第四回と、当委員会、日本の国の政府もこれについて強い関心を持って、議会人の派遣をしていただきたい、このことを最初に強く要望するものです。 それから、これも補足になるわけですけれども、国内の皆さんのたいへんなるお世話になり、なおまた科学技術庁の各局長さんから出先のアタッシェに対して、この今次の会議に出る二人に対して十分協力をするようにという要請をしていただいておりましたために、各地に参りましてたいへんお世話になりました。それがためにわれわれは非常に便宜を与えられ、しかもこの報告書につきましては、ウイーンにおける川嶋アタッシェが、ほかに国際的な科学会議を持っておりましたにもかかわりませず、寝食を忘れてわれわれに協力していただいて、いまさら科学技術アタッシェが出ていただいておることのありがたさ、そうしてこれらの人に対して今後本国政府が十分な手当てをしてもらいたいということを私たちは強く感じたものです。と申しますのは、後ほど総括して申し上げたいと思いましたが、言いかけたついてですので申し上げたいと思いますが、予算面で新刊書を買うのにもちょっと不自由なというような面もありまして、十分予算をつけてもらいたいということと、忙しさのために人手が足らないということで、今後人的構成を充実してもらいたい、こういうことさえこれらの人のお世話になりましたために私たちは強く思っておるわけでございます。 そこで、私はこの会議に唐突として行くようになりましたので、大きな準備をしておりませんでしたけれども、まず行くときに、自分としては次のような宿題を持ってこの会議に臨んだわけです。 それは、OECDの主催であるから、この議会人科学者会議というものはOECDに隷属することはもちろんですけれども、経済に奉仕をするかっこうを主としてとるのではないか、その点はどうかということを考えておりました。次に、欧州議会の主催ということでございますので、欧州議会ということになりますと、したがってNATOとの関係で、この科学は軍事に隷属させられる立場をとるのではないか、こういうような考え方を持ったわけです。それから第三番目に問題としておりましたことは、これは文教委員会でもよくやかましく言われたところですが、科学技術・自然科学を重視するために、勢い人文科学とか社会科学というものがないがしろになる。はたしてこの両者の調整なり関係は、一体どういうようにこのOECDと欧州議会人共催のこの会議においてはとらえられるか、ということを問題にしておったわけです。そういう三点と、それから、私たちには準備がなかったと同じように、日本政府としても他国に比べますとこの会議に対するところの準備も不十分であった。議会人の私たちとしても実に不用意な会議の出席のしかたをしておりまして、発言するにいたしましても皆さんと意思をお互いに通じ合っていなかった。ここに非常に肩身の狭い思いがした。言い方は悪いのですけれども、お許しいただきたいと思うのですが、もう少し事前に協議をしてやっていたらと思うのです。各国ともこの会議に対しては非常に真剣であり、熱心である。しかして、国際協調を今後お互いにやらなければならぬという非常に友愛に満ちた会議であっただけに、私どもはその感じを強くし、なお事前にそういう感を持って行っておったわけでございます。以上、五点ほどの問題を持って臨んだわけであります。 そこで、第一日、第二日のところにつきましては、主として福井さんのほうからおっしゃいましたので、第三日目のところから私は申し上げたいと思うのですが、それは詳しく書いてありますから、あとで速記録にしていただくことにして、先ほどの問題について感じました点、印象的な面だけを申し上げさしていただきたい、こう思います。 まず福井さんのお話の中にもありましたように、第一日にOECDの事務局長のクリステンセン氏がやはりこういうことを強調しているわけです。科学技術はますます社会を複雑にし、科学に科学を呼ぶ。社会を複雑にすればするほど社会を知ること、今後科学の分野でなすことは社会科学の知識を増し、自然科学と社会科学とのバランスをとることを強調した。私はこの点については共鳴を覚えたわけです。 それから、ウイーン大学のアルビン・レスキ総長は、科学は自由のもとに育つ。同時に人間は社会的なもので、調和をいかにするかということをはからなければならない。知識のための科学と経済のための科学とをいかにして調和するかが大切、と述べておりました。これによって、私が思っておりましたことをこれらの人もやはり考えておるのだということで、この会議が一方に偏していないということを私は思ったわけです。 それから、当日のこの会議の主役でありますところのヘス博士、これは福井さんのお話にもありましたように、ドイツの博士であり、教授であるわけですが、そのヘス博士のお話の中にいろいろございましたが、五番目に、いま福井さんが言われましたように、科学を盛んにするということは大事である。科学の知識が驚くべき勢いで経済の開発に転化していく、古い国も新しい国も社会変容をもたらした。しかしながら、その使い方によっては帝国主義の野望を助長することにもなり、また使い方によっては破壊を救う唯一の道である。世界政府への道具にもなる、というようなことを強調されておりましたので、先ほど申しました軍事に隷属するというような私の偏見は間違いであった、こういうふうに思ったわけです。 それから、連合王国の科学担当相のクウィンティンホッグ氏が「科学の社会に及ぼす現在及び将来の影響」というその中で、科学革命の時代をいろいろ話をし、そうして二番目に言ったことで、近代科学の発達と異人種との交流接触という共同の運命をお互いがになってきた。これによって、私たちはヨーロッパ人とも、今後そういう偏見を捨てて、科学の面で、しかも日本のこの科学技術特別委員会、ないしは原子力開発の基本的な原則である民主、平和、そうして公開、この原則を持つ以上、私たちは大手を振ってこの会議に今後行っていいのではないかこういうように思ったわけです。それからもう一つ、連合王国科学担当相のクウィンティンホッグ氏の言ったことで、いろいろ言っておりますけれども、最後のほうに、科学革命で世界は一つになる傾向を強めた。科学革命によって生ずる道徳的、社会的、政治的問題に正面から取り組まねば、物的環境を思うようにしても破滅からのがれられないと結んでおります。ここでも非常に感銘させられるものを私たちは感じたわけであります。 それから、フランスの科学担当相兼原子力相のガストン・パレウスキー氏の言っておることですが、私はもう一つの見解として、フランスが原爆実験をやるということを世界の世論にさからって意思表示をいたしましたので、フランスの発言というものを非常に私は重視しておったのです。いろいろガストン・パレウスキー氏の言っておりました中で、二つ重要な問題を言っております。国際的科学政策の必要、一国だけではできないということを言っておるのです。それから、三つの国際協力の方法、それは情報の交換、共同作業、共同科学政策、こういうことを言っておりますので、フランスの原水爆問題についての態度と違っておるような感じがいたしました。 たくさん討論に参加した人の意見がございますが、これはまた読んでいただくといたしまして、いろいろな話が出まして、なかなか熱心に、そうして真摯に討議が続けられました結論と見解、こういうものを最後に申し上げたいと思います。が、これも報告書の中には書いて出しておるわけですが、討論をいたしました結論といたしましては、 「一、各国とも科学政策の全般にわたって促進と調整の任に当たる大臣(専任または他の業務との併任)を設けること。 二、科学者と議会人との協力を緊急にかつあらゆる方法を講じて推進すること。 三、上記の協力をすすめる方法はいろいろあるので、各国の責任で行なうこととする。」 さらに、以上の結論のほかに、今回の会議で次のような見解が表明されたことも決議の中に加えられました。 「一、科学と議会とを緊密に結び合せなければならない。このため議員はできるだけ定期的に研究、開発、教育及び科学政策の国際的進展の事情について情報が得られるようにする。 二、第一回議会人科学者会議以来の経験によって、両者の緊密な協力への第一歩は議会人科学者合同委員会の設立であるという確信を深めた。この種の委員会をもたない国はその設立を考慮する価値がある。 三、さらに一歩すすめて、ある国は議会の組織の一部として科学政策のための委員会の設置を希望する。政党自体も科学問題についての関心を高めてきた。」 ここで、一、二、三でおわかりのように、日本には専任の大臣がおられるわけです。それから科学政策を審議するところの委員会を議会に持っております。これは三番にあるのですが、二番目の、議会人と科学者との協力の合同委員会というものがないわけです。これは日本に当てはまるものであると思うわけです。それから、三番目までで私の感じで申しますと、他国の科学技術に対する予算が非常に多い。にもかかわりませず、この決議なり見解の中にいわれておるような面は、日本は形は整えておるけれども、それに実が伴うてない、いわゆる予算の裏づけが非常に少ないということを感じたわけです。 「四、科学における国際協力は推進すべきであるが、とくに一国でやるよりも有利な分野で行なうべきである。一国の議会は国際協力ないし国際的事業の内容を評価できる体制をととのえるべきである。 五、国際的レベルにおける科学政策が重要である点にかんがみ、これが国際的議会機構で審議される方法の改善にふみだすべきである。 六、科学政策の作成の問題はまだ十分検討されていないので、国内的にも国際的にもこの分野の研究をすすめるべきである。 七、科学政策の成長には世論の支持が必要である。本会議は新聞その他マスコミでこの問題がさらに広く扱われるように希望した。これはジャーナリストと科学者に対する課題である。 八、本会議の報告は議会人と科学者との国内または国際的な小グループによって検討されるべきであるという強い意見であった。」 このようにいたしまして見解が一応まとめられました。 そして最後に総括ですが、私の見解も入れて、総括だけをひとつ読ましていただきたいと思います。 今回の会議を通じて見られる特徴としては、 第一に、各国とも科学政策に対して真剣な態度で臨んでいることである。すなわち、参加は各国とも多数の議会人、科学者をこの会議に派遣し、英、仏の科学担当大臣をはじめ議会の科学累係の担当の有力議員が出席していたこともこれを裏書きするものである。 第二には、科学政策がきわめて重要であり、かつ緊急なものであることがあげられる。多くの発言内容からみても、科学が現代の生活を変革する推進力であることは意見の一致しているところであり、科学をいかに有効に役立たせるかという点に議会に課せられた大きな役割りがある。 第三には、国際協力の必要性である。科学政策中にはもはや一国の枠の中だけでは処理できないものが生れてきており、このため国際協力が必要になってきている。今回の会議でも国際間の協力に対して一国の議会がどういう体制で臨むべきかが論議され、国際協力の重要性が現実の問題となっていることが痛感された。 今回の会議の結果考慮すべきこととしては、次の点があげられる。 第一に、今回の会議の決議にも述べられている議会人と科学者との間の接触をはかる組織について検討すること。 第二に、国際的な科学政策の形成に参画するために、今後この種の会議はもとより、国際的に科学政策を論議する会議にはつとめて議会から出席すること。 以上のような要望を総括的に付して、非常に簡単でございますけれども、報告にかえさせていただきたいと思います。(拍手)
○前田委員長 以上で説明聴取は終わりました。
○福井委員 派遣をされまして報告内容は、あらまし三木委員とともに申し上げたとおりでありますが、私たちはなお英国の原子力事情その他、フランスその他のヨーロッパの国のことも調査してまいりました。 その中で、特に英国の原子力船に対する最も新しいパドモア卿の報告というものを詳細に調べてまいりましたので、一十四日の委員会に、英国の原子力船に対する準備その他の報告でありますが、それを若干報告させてもらいたいと思います。二十四日の委員会に報告させていただけますか、どうでしょう。若干でございます。
○前田委員長 また二十四日の理事会で相談いたしまして、御希望に沿うようにいたしたいと思います。
○福井委員 それだけつけ加えさせていただきたいと思います。
○三木(喜)委員 この会議ではございませんけれども、先がた申しましたように、科学アタッシェの諸君に非常にお世話になりまして、各地の科学技術の進歩の状況、それから施設等を見せていただいて、特にわれわれ感じました点、原子力船の話が出ましたが、その他の問題もございますので、本日は予定がございませんので、後日この問題についても、私たち非常に感銘を受けた点がございますので、ひとつ皆さんに訴えたいと思います。機会をお与えいただきたいと思います。
○前田委員長 ただいまの福井さんの発言と一緒に、二十四日の理事会でおはかりして、できたら二十四日の委員会で御両所からあわせて御報告をしていただく、こういうことにしたいと思いますが、理事会で相談いたしたいと思います。そういうふうにお願いいたします。 それでは、次におはかりしたいと思います。 先ほど三木委員のお話にもありましたように、福井、三木両委員のOECD第二回議会人科学者会議についての調査報告書につきましては、参照として会議録に参考掲載いたしたいと存じますが、これに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○前田委員長 御異議なしと認めます。さよう取り計らいます。 本日はこの程度にとどめ、次会は来たる六月二十四日水曜日、午前十時より理事会、十時三十分より委員会を開くことといたします。 これにて散会いたします。 午前十一時四十九分散会