予算委員会公聴会 第2号
- 発言数
- 79 件
- 登壇者
- 16 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1963/03/15
会議録
○委員長(木内四郎君) ただいまから予算委員会公聴会を開会いたします。 昨日に引き続きまして、昭和三十八年度総予算の問題について、公述人の方から御意見を拝聴いたします。 本日、午前はお二人の公述人の方に御意見を伺うことになっております。これから順次御意見を伺いたいと存じますが、その前に公述人に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は御多用中にもかかわらず、当委員会のために御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。当委員会は、昭和三十八年度総予算につきまして、連日慎重なる審議を続けておりますが、昨日に引き続きまして、本日の公聴会においても忌憚のない御意見を拝聴することができますならば、今後の審議に資するところが大きいと存ずるのでございます。 これより御意見を伺いたいと思いますが、便宜、公報掲載の順序に従いまして、お一人三十分程度で御意見をお述べ願いまして、お二人の公述が終わりましたそのあとで、委員から質疑がありました場合には、お答えをお願いいたしたいと存じます。 それではまず、北裏喜一郎先生にお願いいたします。(拍手)
○公述人(北裏喜一郎君) ただいま御紹介にあずかりました北裏でございます。 昭和三十八年度の予算につきまして、私に経済一般との関連におきまして、何かお話をしろと、こういう御下命がございましたので、若干所見を申し述べたいと思いますが、私は仕事の性質上、経済一般と申しましても、資本市場、特に証券市場の立場から、一般経済との関連において、予算につきまして多少の意見を申し述べたいと思いますので、そのようにお含み置き願いたいと思います。 まず、この景気の見通しなどにつきまして、御承知のとおり、政府の今度の予算を作りまする前提となっておりまする見通し、上期停滞、下期回復という言葉もございますが、最近やや景気の回復が早まるのではないかという御意見もございますが、その辺につきまして、まずもって私から景気の現状分析と見通しにつきまして触れさせていただきたいと思います。 なるほど御承知のとおり、昨年の十月を底としまして、景気はやや持ち直しております。それは、まず第一に、卸売物価におきましても、昨年の十月が底でございまして、今日、三月では、比較いたしますと、総合物価指数では十月が九〇・一でございましたが、三月は九三と大体三%強微騰いたしております。特にこの間、繊維などの、あるいは化学製品などの値上がりがきつうございましたが、それに対しましても、卸売物価がやや底入れをした観があります。 第二には、機械などの受注でございますけれども、これとても、今日なお水準が非常に低いのでありまして、民間の設備投資の意欲が再燃したというわけではございませんが、昨年の九月ごろに比べますと、十二月になりますと、やや回復いたしまして、一昨年の同期に比較してやや上回ったところまできております。特に一月−三月となりますと、おそらくまだ統計は出ておりませんけれども、一、二割方機械の受注などもふえておるという現状でございますので、ここにもやや回復のきざしがあります。 第三には、輸入の動きでございますが、これも輸入信用状が昨年の九月には約二億ドル前後でございましたが、今日では、大体二億六千万ドルから七千万ドルという工合にふえて参っております。これは特に繊維の在庫などの補充が中心でございますので、そういう輸入の動きもやや回復の兆を見せております。 それから第四番目は、これは私の仕事でございますが、株式の回復でございまして、これは昨年十月のダウ平均が千二百円でございましたが、今日では千五百円を突破いたしておりますが、これは内容におきまして、一昨年のごとく成長産業といいますか、中小型の会社を中心に成長を買うというムードがなくなりまして、電力、ガスあるいは銀行というような公共的な安定株といいますか、投資のものが主流になっておりまして、今度の株価回復の内容につきましては、非常に数年前と格段の開きがございます。そのように、各指標が一応回復の一つのきざしを見せておることは事実でございますけれども、しかしながら、企業の決算ということになりますと、この三月というのは決算月でございますが、非常に苦しいのでございまして、ほとんど昨年の九月の改善のあとはないのでありまして、配当なども、昨年の九月よりもその苦しさが一段と増しておるとお考え願ったらいいと思うのであります。いうならば一昨年来の引き締めによる傷あとが非常に大きく決算面にあとを引いておりまして、企業の内容自体につきましてはむしろ昨年の九月とほぼ変わらないというより、むしろ骨が折れるという感じをいたしております。特にこの設備関連産業、御承知のとおり鉄鋼であるとか機械、電機のような設備関連産業とわれわれ申しておりますが、そういう企業における減収減益というものははなはだしいものがございまして、これはことしの九月にかけてなお尾を引くものであろうと思います。ただ繊維であるとか石油製品であるとか化学、紙パルプのような市況に左右されます市況産業におきましてはやや回復の兆を見せておることは先ほども御説明のとおりでございますけれども、基本的な産業におきましては今日なお依然として引き締めの影響が続いておりまして、今回の景気調整がいかに深く、かつ深刻だったかということを物語っておるわけでございます。こういうような景気の見通しからいいますと、早期回復するというような最近のムードは、これははるかに遠いのでありまして、あるいは政府の下期回復ということすら相当息を長くして見ないと、今回の景気回復はむずかしいのではないかと私は思います。おそらく、ことし一ぱいは御承知の環境——と申しますのは自由化を控えまして三十八年度は引き続いて景気回復という言葉は言葉でありますけれども、相当息の長い呼吸をしなければいかぬ、こう考えております。こういう景気の実感といいますか、見通しからいたしまして、私は三十八年度財政におきまして、予算におきまして積極的なかまえを見ておることにつきましては賛意を表するものでございます。そうは申しましても、先ほども申しましたような取り巻く環境の中で、われわれは最も大きな環境の変化は自由化の最後の年であろうかと思うのでありまして、御承知のとおり先般IMFの理事会におきまして、日本の八条国移行勧告が採択されました。三十九年のおそらく夏ごろと申しますか、そのころには日本も八条国に移行しなければならないと思うのでありますが、このために日本がここで第一義的に考えなきゃならぬことは、日本経済の体質の改善でございます。個々の企業にとりましては個々の企業の内容充実ということでございまして、それを通じまして日本の国際的な競争力と申しますか、競争力をつけることが、今日の経済面からみました第一義的なポイントだろうと私は思います。そういう意味におきまして、今度の予算面には諸種の配慮があることはわれわれにも認められるのでございますが、そういう基本的な、基盤的な考え方については、この予算には明らかなる方向づけはあると思うのでありますけれども、現実的な政策においては、なお打つ手があるのではないかという点が散見されるのであります。たとえて申しますと、貿易振興などの面におきましてもはなはだ貧弱と申しますか、前年と同じような配慮しかなされておりません。輸出振興費にいたしましても、あるいは科学技術振興費にいたしましても一般会計では八十六億円というような非常に少額でございますし、また財政投融資から輸出入銀行を通じますところの延べ払いの資金にいたしましても、八百十億円でありまして、前年と全然同額でございます。輸出振興と申しましても、基盤の強化、体質改善ということもさりながら、現実の政策といたしまして、海外市場調査あるいは見本市その他延べ払い、諸種の他国との競争、他国のマーケット・リサーチなどに対する現実的な配慮がほとんど民間にまかされておって、政府の施策がないというような感じもいたすのでありまして、この辺などはやや物足りなく感ずる点でございます。それにいたしましても、この自由化を控えた今日におきまして、まずわれわれが国外との競争力を付与するという、日本経済の体質改善にあたりまして、今度の予算でみますと、まず産業基盤の強化に対しましても、あるいは公共投資などに対しましても、大いなる方向づけができたということにつきましては、私は心から賛意を表するものでありまするが、なおこの基本的な考えのほかに、個々の企業の体質改善ということは、これまた長い間の懸案でございますけれども、なお物足りない点が多々ございます。 まず、この企業の問題でありますけれども、日本の企業の致命的な欠陥と申しますか、弱さは自己資本の不足でございまして、今日では自己資本は二八%——借入金と内部保留、資本関係の比率は、自己資本はわずか二八%と非常に悪化いたしております。これは欧米諸国の比較から言いましてもほとんど問題になっておりません。イギリス、アメリカのごとく六〇%以上とまではいかなくとも、四〇%くらいまでは何とか早い機会に自己資本比率を高めなければ企業の抵抗力が非常に弱いのでございます。これにはいろいろの原因がございますが、特に皆様にお願いいたしたいのは税制面の配慮でございます。特に資本に対する税制についてはいろいろ御意見があろうかと思うのでありますけれども、今、日本の、増資いたしますると、法人税を加算いたしまして、資本のコストは配当の一・七五倍になります。配当を一割しますと、その一・七五倍がその資金のコストになっておりまして、これでは銀行の借り入れによることのほうが企業としては採算がいいのでございまして、どうしても今の法人課税では企業の自己資本の充実はなかなかむずかしいのであります。減価償却にいたしましても同様でございます。まして増資——株式資本による増資なとは、今申しましたように資金コストは配当率の一・七五倍につくという環境では、これは何らかの増資の誘導措置が要るのではないかと思います。たとえば先年も一部ありましたが、新しい増資などに対する時限的な増資分の、損金算入のごとき案はいかがであろうかという感じもいたすのでありますが、いずれにいたしましても、個々の企業の資本の充実、内部保留に対する税制上の配慮がやや今回の予算面には現われていないのが、残念だと思うのであります。 それから、もうひとつ、この際皆様にお耳に入れたいと思いますのは、資本を充実する場合に、その投資する側でございます、出資する側でございますが、今日の日本の資本構成の五三%が個人でございます。戦前はご承知のとおり三井、三菱さんを初めとする大財閥の資本が五六%を占めておりました。きょう現在は個人が四六%、投資信託と申しましても個人でございますから、これが七・八%で、大体五三%強が日本の資本の構成でございまして、個人の所有である。しかも零細なる投資家による資本構成でありまして、これは戦前と戦後との根本的資本構成の違いでございます。皆様のふところ工合を申すのはどうかと思いますが、お互いの個人の持っている金融資産——お金で計算する金融資産の内訳を見ますと、個人の、日本銀行のマネー・フロー表によりまして申し上げるのでありますけれども、現金あるいは貯蓄性預金というのは、皆様は三八%を持っておられまして、有価証券は三一%でございます。皆様のふところには、貯蓄性預金が三八%、有価証券が三一%、大体個人々々のふところの中で貯蓄性預金と有価証券の比率がそこまできておるわけです。つまり八割が有価証券でございます。その大部分が株式あるいは投資信託などの資本関係でございます。そのように、日本の資本構成がすでに全体で個人の方で五三%持ち、また、個人々々のふところ勘定でも預貯金がその三八%に対しまして有価証券が三一%である、こういう一つの大衆化している現状から見ますと、同じく預貯金と配当課税の不均衡は、いろいろの御意見はございましょうが、同じ個人の出資から見ますと、非常に是正さるべき余地があるということを年来申し上げておるわけでございますが、これなども今後の皆様の御検討をお願いしたい点でございます。 それから、もう一面、企業の資本充実安定に対しまして、ここで新しい問題として出て参りますのは外資でございます。良質にして安定外資の導入を今後さらに積極化しなければいかぬと思うのであります。けさの新聞にも株式などの送金制限を全面的に撤廃するという大蔵省案が出ておりましたが、三十四年ごろの日本の外資は、株式あるいは借入金合計一億五千万ドルぐらいでございましたが、三十六年度にはそれは六億ドルになっております。特にこの近来の傾向は、市場を通すところの外人の株式投資あるいは外債あるいは企業自体の株式の発行を外国でやるというようなことで、本年のごときはそういう株式関係、外債関係でおそらくは、これは想定でございますが、株式の市場経由で約一億五千万ドル、外債で二億ドル、合計ですね。こういう新しい海外投資等の普及によりまして三億五千万ドルぐらいの長期かつ安定資金が入る予定であります。このことはまたいろいろの御議論があるかと思いますが、日本の金利水準を国際水準に近づける大きな要因となるものと私は思います。 金利に触れましたが、申すまでもなく、日本の金利が世界的に非常に割高であるということは明々白々でありますが、こういう低利かつ良質安定長期資金が海外から入るということは、日本の金利を国際水準に近づける一つのチャンネルになる、こうも考えられるのであります。金利は、今申し上げましたように、日本は非常に高いのでございますけれども、これとても幸いにして、ことしは企業の設備投資が一巡いたして沈静いたしておりまして、金利を下げることによって企業の設備意欲が非常にふえるという時期ではないのでございます。金融正常化の時期からいたしまして、ことしが非常にその絶好のチャンスであろうと私は思っておるのであります。日本銀行が昨年来から日銀買いオペによる通貨供給方式をとっておりますが、これを通じてわれわれは公社債の流通市場ができ上がるということを確信しておりますが、今日の日本銀行の買いオペレーションと申しますのは、御案内のとおり、これは特定した先からの買いオペレーションであります。銀行のみを対象とする買いオペレーションでありますので、これはわれわれの所期するところの公社債市場に通ずる道はまだ先のことでございますが、公社債の流通市場価格を形成するという本来のオープン・マーケット・オペレーションに移っていくということをわれわれは各方面にお願いをいたしておる次第でございます。そうしてこの機会に、日本の金利水準を低めると同時に、長短の金利の不均衡を是正すべきではないかと思っておるのでございます。 それからもう一つの日本の経済の体質改善につきまして、私今まで申しましたのは、個々の企業について申し上げましたが、一番そのバック、基本になりますところの社会的間接資本でございますけれども、本年は先ほども申しましたように、特に三十八年度予算におきましては、公共投資にいたしましても、産業基盤の拡大にいたしましても、それぞれ配慮がなされておると思うのでありまして、明らかに公共投資の方向づけ、産業基盤の方向づけにつきまして、私は今度の予算につきまして全面の賛意を表するものでございますが、しかしながら、今日の港湾、道路、下水、上水道、その他の公共設備の立ちおくれというものは皆様の御承知のとおりでございまして、あるいはこういう経常収入の範囲内でやる限界がきておるようにも思うのであります。これはわれわれしろうとでありましてよくわかりませんが、建設省などの一つの試案などを拝見いたしますると、道路だけでも新五カ年計画の二兆一千億を五カ年でやるというものを数倍にふやさなければいけないというものをちょっと拝見いたしますると、公共投資が今日の経常収入でまかなうにはおのずから限界がきたように思うのでありまして、私はここにそういう公共投資に対する公債発行を御研究願いたい時期がきたと思うのであります。公債発行につきましては、諸種の観点から研究せねばいけませんが、経済効率が高くて、しかも償還の資金、収益、利払いにつきまして安定度のある公債、たとえば目的のはっきりした国債の発行につきましては、私は昭和三十九年度の時点から踏み切るべき時期がきたと思うのであります。公債につきましては、おそらく発行につきましては、そういう財源面だけではなくして、公債の消化面における議論もあろうかと思うのでありますけれども、私はこういう目的のはっきりした、たとえば道路のごときはっきりした目的国債、建設公債というようなものは、お取り上げ願っていい時期がきたと思うのであります。 それから、時間が参りましたので飛ばしますが、最後に私は皆様にお願い申し上げたいことは、この財政の比重が年々歳々高まって参りまする今日、財政の支払いなどにつきまして、御承知のとおり、揚超期、散超期という言葉のとおり、日本では非常にその幅が大きいのでございまして、これが正常であるべき金融資本に非常に混乱を起こすことが多いのでございまして、何とかこういう財政の支払いにつきましては、比重が大きいだけに私は平準化する方策をお願いしたいのでございます。それからまた、税収などにつきましても、税理論から見たいろいろな議論がございますことは私も承知いたしておりますけれども、ともすれば税理論に主たる議論を置き過ぎて、徴税技術の複雑さ、徴税費を非常にかけてまでやらなければならぬという点に、民間人としては実質収入の面を特に重視する研究が必要じゃないかと私は思うのでございます。その辺の御検討を私はこういう財政の運営にあたりまして御議論願えればありがたいと思うのであります。 あれこれ申しましたが、一応時間が参りましたので、私のそういう私見やら、お願いやらを申し上げて御参考に供したいと思います。(拍手)
○委員長(木内四郎君) ありがとうございました。 —————————————
○委員長(木内四郎君) 次に、檜山廣先生にお願いいたします。
○公述人(檜山廣君) 私、檜山でございます。私に与えられました課題は、国際経済、産業ということになっておるのですが、私は別にこの方面の学者でもなければ、また学問的に、あるいは調査を専門にやっておる者でもございませんので、ただ、日常貿易に携わっておる者として私の感じたことを二、三申し上げまして御参考に供したいと存じます。 世界経済をめぐる特徴的な二、三の問題をとりあえず概観してみたいと思うのであります。 第一に取り上げたいのは、世界通貨の問題、特にドルとポンドの問題でございます。私は、国際金融の専門家ではありませんが、現在アメリカとしては、ドルの世界通貨としての価値維持という問題と世界貿易の拡大という、この二つの問題を同時に解決しなければならぬという苦悩に直面している。ドルの供給量をふやそうとすれば、ドルの価値は下がってくる。ドルの価値を維持しようとすれば、世界貿易は停滞する。これはもちろん、今日起こった問題ではございません。しかし、少なくともアメリカの経済が曲がりかどに立ち、多額の赤字予算を組まざるを得ないような立場に立ち、金準備も激減しておるという現在、特に深刻な問題となっておることと思います。 また、英国のポンドにも切り下げ論が最近台頭しております。世界貿易のキー・カレンシーとしてのドル、ポンドに不安がつきまとっておる。こういうのが現状でございます。国際流動性を高め、しかも現行の国際金融体制を健全に維持するために、英米ともに努力をさらに続けるでありましょうが、また、国際的な協調も行なうでございましょうが、とにかくこの問題は大きな問題であろうかと思うのでございます。 第二に、最近の国際経済としての大きな特徴として考えられるのが、先進国経済における転機が来たのではないかということと、後進国経済の停滞という点であろうかと思います。アメリカ経済を初め欧州地域におきましても、もう長期にわたる上昇過程が、投資の頭打ち、雇用の伸び悩みとかによって、そろそろ転機にきておるのではないかということであります。EECに対する英国の加盟失敗等も大きな問題であろうとも存じております。後進国の経済は、一般に世界貿易構造、商品構造の変化によりまして長期停滞の様相を示しております。現在のところ、これを上昇させる積極的な要因は見当たらないような状況であろうかと思います。このように、世界経済は現在一つの曲がりかどに立っておるのではないかということが感じられます。戦後の世界経済は、復興需要と貿易の自由化によりまして発展して参りましたが、それが一段階を画するとともに、今度は、いわゆる地域統合的な市場拡大をはかりながら、その経済の拡大をはかったのでありましたが、この例が、いわゆるEECの成功であろうかと思います。しかし、こうした工業国間を中心としました、いわゆる水平分業的な貿易の拡大ということ自体も、すでに一つの転機に来たのではないかというふうに考えられるのであります。これは、当然先進国と後進国と相協力して、世界貿易という規模での解決がなされなければならないという問題になりつつあるのでありまして、いわゆる新しい南北問題という言葉が最近使われておりますが、南北の交流ということが起こってきておるということなのであります。ガットにおける一括関税引き下げの問題やら、あるいは後進国において、世界貿易開発の要求をしておるというような動きは、これらの反映であろうというふうに私は見ておるのであります。 こうしました背景をもちまして、世界の貿易の動向をもう一つ地域的に掘り下げて若干申し上げますと、まず先進国——アメリカでありますが、アメリカの経済については、御承知のように、楽観、悲観両論がまだ対立した現段階にありますが、いずれにしても、昨年暮れ以来、一九六三年のアメリカの景気は、上期には軽いリセッションがあり、下期には上昇に向かうだろということが大体の見解でありましたが、その若干リセッションがなしに、むしろマイルド・エクスパンションを続けるのではないかというまた見解が有力になってきつつあるのでありますが、その見解が変わった根拠は、自動車生産の好調、あるいは消費活動の高水準推移、税制改革というようなものに効果を求めておるのがその根拠でございますが、にもかかわりませず、アメリカの経済の先行きは、依然として悲観論も相当強い。最近、再び軽いリセッションが来るのではなかろうかという見通しも多くなりつつあるようでございます。失業率も、大統領の失業教書でも発表になっておりますように、六・一%というふうな高水準にあることや、生産指数も弱含み横ばいということから、事業社会の利潤にも頭打ちの傾向が見えておるということで、やはり再び軽度のリセッションが見舞うのではないかという説がかなり流布されておるというのが現状ではないかと思います。 なお、そういうさなかにあって、金準備は百六十億ドル台の近くで低迷しておりますし、決して楽観はできない情勢のようであります。国内的の減税等も、なかなか容易な問題ではなさそうでございますし、先ほど申し上げましたように、ドル側値の維持ということの命題も、なかなか非常にむずかしいものとなっております現状で、アメリカの経済の前途もなかなか多難なものがあるように見受けられますが、いずれにしても、アメリカの経済も、多少の停滞は免れないのではないかというふうに見るのが至当ではないかというふうに私は感じておるのであります。 したがいまして、わが国の対米輸出も、昨年上半期には、前年同期に比べますと、四割程度の高い水準であったわけでしたが、十月以降は、その伸びも鈍化しまして、現在では、一四、五%程度の伸びになっているような状況であります。しかし、アメリカの景気がそういうふうでありましても、わが日本の対米輸出品は消費財が中心でありますので、消費が相変わらず堅調であるという角度からすれば、さほど心配はいたしてはおりませんが、ただ、最近の綿製品の協定に見られるごとく、輸入制限とか、あるいは輸出の長期的な調整運動というふうなことがかなり露骨に出てきておりますので、むしろそういう面を対米貿易としてはわれわれは注意しなければならないというふうに考えておるのであります。 また欧州については、EECの六三年における経済成長率は四・五%程度と見られており、昨年度と等しい成長率が見込まれてはおりますが、ここでも経済をささえる要因は、投資ではなくて、いわゆる個人消費と財政投資に求められておるようなわけでありまして、西欧の投資の伸び率も、鈍化の傾向から、やはり昨年度程度の伸びが見込まれておりますが、はたしてどの程度になるかというようなことが注目されておるというような状況であります。EECそれ自体は、経済的には成功したとはいいますが、フランス、イタリー等を除いては、あまり本年度の成長は高く見積もることはできないのではないかというふうに言われております。そこで、最近問題になっている英国のEECへの加盟の失敗でございますが、これが私どもは特に貿易面に影響するということを考えますと、もちろん、最初からEECそれ自体は、開放性よりはむしろ閉鎖性ではないかという危惧を持っておったのでありますが、これがさらにインワード・ルッキングの方向を強めるのではないか。また英連邦にしても、その過程においては、豪州、ニュージーランドなどは対日接近してきたのですが、再び今度はゆるんだたがを強化しようではないかというような方向も出てくるのではないかというようなことによって、いずれにしましても、ややEECへの英国の加盟の失敗というもので、ブロック主義的な傾向が強まってくるのではないかということを危惧しているような次第であります。もっとも、このような傾向に対しては、また世界貿易を拡大しようとするような、いわゆるガットあるいはIMFの場を通じて、さらにこのブロック化を防ぐための一つの反対的な行動も持ち上がってはおりますが、いずれにしましても、当面の問題として、私どもそういうふうなインワード・ルッキングになるということを非常に注意しているという考えでおるのであります。そこで、そういうものに対して、これからのEEC対策としても、積極的に、わが日本としては、いわゆる差別待遇の撤廃ということに努力しながら、いわゆる経済外交に中心を置き、より活発な経済外交が必要となる次第でありますが、このための予算が大いに充実されないと、これからのヨーロッパへの伸びということが非常に期待が薄いのではないかということで、経済担当官会議や、あるいは通商交渉打ち合わせのための費用なども、来年度予算でも充実されたというふうに聞いておりますが、でき得る限りこれらの活動が積極化できるように、そういう措置を予算の面でもお願いしたいというふうに感ずるのであります。 後進国地域でございますが、特に東南アジア諸国の貿易は、概して貿易依存度が高く、ビルマ二割、セイロン三割、このように貿易依存度は、しかも一次産品の価格が最近上がっておりますにもかかわらず、それが後進国の購買力となって現われておらない。従来先進国の景気上昇は直ちに後進国産品への需要となり、購買力も上昇してきたのですが、貿易構造や技術革新によってこのような循環が変わってきたのであります。そういう循環がなくなったというところに問題があるのでございますが、そしてそういう貿易依存度の高い国に、そういう流れがとまったということに一つの問題が大いにあるわけですが、このような構造変化が起こったということは、いわゆる需要面における技術革新あるいはそれによる原単位量の減少とか、代替製品の出現とか、たとえば天然ゴムでも、合成ゴムとの関連において供給面における調整が行なわれるというようなことで、非常にそういうものが影響しまして、そうした循環が行なわれないというような構造的変化というものが、そういう貿易上の流れも変えてしまったということに、この貿易依存度の高い後進国に問題が起こっているということであろうと思うのです。 ラテン・アメリカ、中南米につきましても、そういう状況から見まして、中南米二十カ国の一九五一年から六〇年にかけての十年間における輸出は二%しか増加しておらない。世界全体の貿易が四七%も増加しているにもかかわらず、こうしたラテン・アメリカの諸国においては一一%しか上昇していないということが、いわゆる後進国の貿易の問題にひっかかってくるのであります。そこで、これらの後進国の貿易をいかにして拡大していくかということが、いわゆる経済協力という問題になってくるのでありますが、これは非常に後進国の経済援助とつながる問題でございまして、この投資がわれわれの今後の日本における後進国への貿易の鍵となろうと思うのでございまして、その意味で、いわゆる経済協力費、あるいは、先ほど北裏さんから申されましたが、いわゆる輸出振興のための輸銀への原資を供給するとかいうふうな、いわゆる経済振興、貿易振興の意味の協力基金であり、あるいは輸銀への原資の潤沢なる財政資金の割愛ということをぜひともお願いしたい。そういうものを十分に活用して、このいわゆる後進地域の貿易の開発あるいは拡大にわれわれはどうしても全力を傾倒しなければならないというふうに考えておるのであります。 そこで、来年度の予算においては、こうした経済協力費として、海外技術者の受け入れ研修事業費とか、あるいは技術協力実施委託費、海外技術センターの事業費等、三十七年度の二十五億五千万円に対して三十億八千三百万円の増額をされておりますが、さらに、海外投資あるいは延べ払い輸出等を積極化するために、ただいま申し上げましたように、海外経済協力基金あるいは輸銀の原資等について十分配慮をお願いしたいというふうに考えるのでございます。 なお最後に、この輸出入の見通しについて若干申し上げたいと思いますが、いわゆる政府の見通しである三十八年度の五十二億の輸出、五十億の輸入、これは、本年、三十七年度の四十九億の輸出と四十六億の輸入に対しまして、まず現在の状況からいきまして可能ではないかというふうに見ております。ただ、輸入については、若干、最近の輸出三品の値上がりが海外市況の上昇などによってあるいは若干上回るかもしれませんが、輸出の面においても、また少なくとも機械類あるいは金属、あるいは繊維等で若干の上昇が望めますので、少なくともこの政府の見通しの五十二億の輸出、五十億の輸入ということによる見通しはそう変わりはしない。また、その他国際収支も、貿易外とか資本収支を合わせても八千八百万ドルというあの経済企画庁の見通しはやや妥当を得ているのではないか。少なくとも対国際収支の今の輸出の進展状況から見て、あるいは輸入の状況から見て、妥当ではないかというふうに考えております。 以上、大ざっぱに世界の経済の動向にからませた輸出入の見通し並びに若干予算に触れましたお話を申し上げましたが、これをもって私の公述を終わらせていただきます。(拍手)
○委員長(木内四郎君) ありがとうございました。 —————————————
○委員長(木内四郎君) ただいま委員の変更がございました。 市川房枝君及び羽生三七君がそれぞれ辞任され、その補欠として小林篤一君及び岡田宗司君がそれぞれ選任されました。 —————————————
○委員長(木内四郎君) 両先生に対しまして御質疑のおありの方は御発言を願います。
○横川正市君 北裏先生にちょっと。景気回復の見通しについて、そう簡単には景気の回復が見通しとしては立たないのではないかという立場でちょっとお聞きしたいわけです。それは、日本の輸出入の最も大きいアメリカの経済の動向がいつ立ち直りの方向に行くかという点もまだちょっと判断がつかないんではないか。それから、欧州の市場も、EECのブロック構成で、この点の貿易市場開拓もそう著しい伸びを示すことはむずかしいのではないか。さらに、東南アジアの市場についても、農産物その他はありましても、見返りとして日本で買うものが不足をいたしておりますから、その面での貿易もあまり期待ができないんじゃないか。こういう、日本の貿易の海外市場というものが、それほど伸びを示すというふうには考えられませんから、昨年の十月に一応好転したといってみても、それはアメリカ経済の幾らかの伸びが影響したのでありまして、それが現在横ばいというふうな格好になっておりますのは、その後の海外市場のそれぞれの持っております特徴によるのではないか。こう見るわけであります。日本の場合、ようやく底からはい上がってきた、こういうふうに言われておりますけれども、事実上は、やはり海外の市場拡大、貿易拡大ということが非常に大きな景気立ち直りの影響になるのじゃないかと思うのでありますが、そういう点からいきますと、池田総理は、最近口をきわめて、たいへん早いということを言っておるわけであります。ことに予算の面からいきますと、ことしはほとんど財源として使いつぶしてしまいまして、来年度は、たとえば産投会計等につきましても、持越財源を持っておるという格好になっておるわけでありますが、それを財源の面では一応二千億台から三千億台の自然増収というものを期待する、それは、景気の立ち直りが期待できるからだと裏づけをしておりますけれども、はたしてそういう裏づけ財源を生むような景気の回復が、総理の言うように、早期に期待できるものか。それとも、ことしは秋から来春にかけてそういうきざしが出てくるかもわからんという程度のものなのか。この点がどうも、景気判断でありますから、よくはっきりしないわけでありまして、どう見られておるか。ひとつ考えをお聞きいたしたいと思います。
○公述人(北裏喜一郎君) お説のとおり、景気の見通しはなかなかむずかしいので、私どもも、今の御意見に対して特に賛成反対ということございませんのですが、貿易見通しにつきましては、今、檜山さんのおっしゃったとおり、日本のことしの予想はほぼ達成するだろうという御意見でございました。私もそう思っておりますし、特に今の檜山さんのような専門家の御意見でございますので、大体それで間違いないのじゃないかと思います。特にお正月の各専門家の国際収支の見通しなども、ほぼ今のような、これは肯定されておりますので、貿易につきましては、御説明の海外の諸事情はございますけれども、日本の貿易については、ほぼことしの見通しは達成される、こういうふうに私も存じております。 それから、それを含めた景気でございますけれども、私は先ほど言いましたように、最近景気が少し早く回復するという御意見がありますけれども、私は、これにつきましては、少し気を長うしていかなければいかんという意見を申しましたとおり、三十八年度は、景気回復という言葉で見ると、景気がよくなるというように印象づけられておりますけれども、私は、底から見ると回復いたしますけれども、本格的な景気の上界につながる時期はことしではない、こう思うのでありまして、あるいは今の御意見とよく似たような点もあるのではないかと思いますが、ただ、ことしの、先ほども触れましたように、民間の設備投資などは相当数年来の調整期に入っておりまして、まだ、引き続いて大いにふえるという観測はいたしておりませんが、反面、公共投資、産業基盤などの拡充に対するそういうのが相当多く見積もられておりますので、これは国内の景気を相当刺激するものである、あるいは国内の景気の上昇につながるものである、こう考えるのでありまして、おそらくことしの景気回復は、私の言いますように息は長いと思いますが、本格的な景気上昇につながるものである、こういうふうに解釈していただきたいと思います。悪くならぬ、こう思います。
○横川正市君 貿易関係の専門をされている方へ関連をしてちょっとお聞きをしておきたいのですが、私どもは門外漢でありますけれども、たとえば、海外との取引に最も重要な通信関係ですね。欧米、それからラテン・アメリカ、アフリカ、ヨーロッパ、それから東南アジア、極東地域というような、そういうような地点での通信関係について御意見を持っておりませんか。その点をちょっとお聞きしたいと思います。商売をするのに通信を利用されると思うのです。その利用される通信について御意見はございませんか。実は私、三十年ごろに、アフリカのカイロで商社の人たちと偶然一緒になりまして、そのときに、非常に通信関係の不満を商社の代表の方々が持っておったようであります。当時の事情を聞きますと、何か海外航路の船舶を利用して、そして国との通信をやっているような状態で、何とかこの点の国での援助というか、めんどうを見てもらいたいというような意見が商社の海外派遣をされている人たちからあったわけですが、実際に貿易をやっていられる立場で、世界に市場を持っておられるんですから、通信上の点で、こうしてもらったほうがいいのではないかと、こういう意見がないかどうかという質問なんです。
○公述人(檜山廣君) 実は、私も直接あまり、日々の業務で、私どもの通信部から、いろいろなそういうような通信網の不備とか、あるいはそういうことによって通信がおくれるというようなことで、苦言を聞いたことはないんですが、非常に莫大な通信費、たとえば五千万とか六千万とか、あるこの通信費を、いかにしてセーブするか、あるいは削減するかということは、しょっちゅう会議では話題になっているんですが、そういう通信機能の不備とか、そういうことによって非常に商売が阻害されているというようなことは、あまり日々の商売の中では話題になっていないんですが、もう少し、私もそういう点はよく存じませんので、調べてみたいと思いますが、少なくともいわゆる文明国間の、ロンドンとか、そういう面での通信網とか、あるいは通信機能の隘路によってどうこうというようなことはあまりないのじゃないかという気もいたしますが、あるいはアフリカとか、そういうような非常に不便な所で、そういう通信設備の不備からあるいは商売に影響をするとか、そういうようなことが起きているのかもしれませんが、その点は、私もよく詳しいことを存じませんので、帰ってまたすぐ調べてみたいと思います。
○北村暢君 それでは、景気の見通しについて若干北裏先生にお伺いしたいと思いますが、今おっしゃられました慎重な景気の見通しのようにお伺いしましたが、これは、ことしの下期にかけての御意見でありまして、今までの日本の経済の非常な高度成長が調整期にあって、これが景気回復するだろうと、悪くなることはもうない、継続されるだろう、こう見ておられるが、私もそうだと思うのですが、ただ、来年までかけて、この景気の循環の形からいって、実質一六%とか何とかいう非常に超高度の成長が今後に期待できるかどうかという点です。これが神武景気、岩戸景気と、第二ラウンドとか言っているのですが、今度は第三ラウンドが、そういう高度の景気というものが期待できるのか、この見通しをひとつお伺いしたい。 それからもう一つは、先ほど言われました日本の企業家の資本構成がアメリカその他と比べて非常に微弱である。したがって、これを充実しなければほんとうの意味の競争に打ち勝つことができない。これは確かにそのとおりだと思うのですが、一体それはなぜ、そういうことで、これだけの高度成長をやりながら、自己資金というものが不足していて、日本の経済が成り立ってきたのであるか。この点については、私どもは、企業家の努力も何だが、また金融機閥も親切に、企業をつぶさないという形で相当の融資をした、安易な形で融資をしてきたんではないか。そういうことが金融の面からいってそういう安易さがあったのではないか、それを日銀が裏づけをした、そういうことで、今まではそれでも小規模のバランスをとったからインフレというものは起きないで、これだけの成長をしてきたんだろうと思うのですが、今後自己資金をたくわえていくという形がいろいろな政府の施策と、こういうふうに言われたが、まだ足りないというふうに言われたんですけれども、それもあるでしょうけれども、やはり企業家の努力というものが足りない、あまり安易に金融にたよっておったのではないか、そういうふうな感じがするのです。そこら辺のところはどういうように判断されておるか。この二点だけひとつお伺いしたいと思います。
○公述人(北裏喜一郎君) まず高度成長の問題でありますけれども、私は、先ほどお話のように、超高度成長というのは、今後あってはいかぬという意見なんでございまして、やはりまあ五、六%というものをおよその目安に置いて、一割以上の高度成長ということが過去において実現しましたけれども、そのひずみが逆に今日出ているということが言えるのでありまして、今後はむしろ安定成長を望むのでありまして、やはり五、六%を基準に置くべきではないかと思っているし、もしそういう高度成長の気配がありますれば、引き伸ばすというか、押えると言うと悪うございますけれども、安定点に持ち込むような努力を政府の施策として、あるいは運営としてやらなければならぬと考えるものです。 それぞれ、資本構成の問題につきまして、私は、主として税制面等、政府の施策を中心に申し上げましたので、一方的になったかと思いますけれども、お説のとおり、諸種の点がございまして、企業家の経営態度もありましょうし、それから、日本が戦後今日までほとんど封鎖経済であった点もありましょう。しかし、根本的に資本不足でございます。日本の戦後の資本蓄積がなくなったところから発足したところにありまして、これをカバーするためには、やむを得ず、そういう企業家の態度もさることながら、日銀信用も出さなければなりないという事態でございましたので、そこに税制面も含め、同時に資本是正が非常にむずかしかった。基本は政府の施策でもなければ、日本銀行の政策でもなく、企業の経営態度でもない。と言いますと、少し、人さまのことを言うようで悪いのでありますけれども、根本は資本不足と荒廃から立ち上がったという、このことが理由であります。それに対してなお、お説のとおり、企業家の経営態度にも問題がありましょうし、また、われわれの証券市場にもウイークな点、力の弱いところもありましょうし、日本銀行の貸し出しの方法にもありましょうし、と思います。ですけれども、今日以降におきましては、それは許されないのでございます。
○山本伊三郎君 それでは、先ほど北裏さんが、あの財政運用上の問題で、散超の場合には非常に金融界に迷惑をかけているということ、これは、われわれもそういうことを申しておるのですが、今の財政法なり税制から見ると、なかなかそれがコンスタントにいかない。で、あなたらの立場から、どうすればいいだろうというような何かサゼスチョンがあれば、御参考までに伺いたい。 それと、もう一つは、檜山さんについでにお尋ねしたいのですが、最近のアメリカの経済雑誌を見ますと、金価格の引き上げ、いわゆるドルの平価切り下げというものがありますね。そういうことが非常に流布されておるのですが、三十八年度ないし三十九年度にそれが実現するやに聞いておるのですが、檜山さんは非常に経済に明るい方でございますが、国際経済として、そういうことが現実にあるのかどうか。もしそうなった場合に、日本の経済なり金融界にどういう影響を与えるか、この点をひとつお伺いしたい。
○公述人(北裏喜一郎君) 財政法上の問題などにつきましては、私は門外漢でありますから、しろうと論を申させていただきますが、アメリカなどの会計年度が七月から始まっている点などが私は御参考になるのではないかと思います。支払いの調節によっていくことも事実問題としてはできるかもしれませんが、いわゆる会計年度そのものが、日本の場合は御承知のとおり三月になっております。われわれ民間企業といたしましても、大体決算は三月、九月ということになっております。したがって、この経済自体にも、御承知のとおり、季節的ないろいろな需要があります。たとえば、秋になりまして米ができますと、これの支払いは当然財政法ではどうにもならないという現実でございます。こういうところに同時に散超になるような方法でなくてやれる方法があれば一番よろしいのでございますが、もし会計年度が十二月一日から始まるというようなことであれば、おのずからそういうことの改善もできるのではないか。これは、そういうことがどういう手続によって必要なのか、私は存じません。また、日本の会計年度が長い間三月末をとっておりますのは、それぞれの理由があると思うのであります。その辺の研究はできておりません。ただ、そういう財政法の支払いなどから見ますと、私は、今日の会計年度などに対する研究は必要なのではないかというようなしろうと論を持っております。
○公述人(檜山廣君) 御質問の意味がちょっとあれなのですが、金価格の引き上げがあるのではないかという……。
○山本伊三郎君 それについて今いろいろ言われておりますが、そういうことをお聞きになってはいないかということ。それから、もしそれが実現した場合に、日本の経済に及ぶ影響について伺いたいのです。
○公述人(檜山廣君) 私には、これはあまりにも大きな問題ですが、金価格の引き上げは、当分アメリカはやらないのではないかというふうに考えております。何さま、いずれにしても、世界決済通貨としてのドル価の維持ということは、まず至上命題でなければならないというふうに思います。また、金価格の引き上げということは即ドルの引き下げであり、そうなるとポンドがどうなるのかということで、今のような状況において、とにかく今は何とかしてドル価の維持というものが至上命題となって、アメリカはすべての政策をそこに帰結させているというふうに考えますので、当分やらないのではないか。しかも、金の保有量からいっても、引き上げることによって、あるいはソ連側のほうが非常に持っているということで、そういう点でも維持するというようないろいろなこともありましょうし、いわゆる世界の決済通貨としてのドルの価値を動かすということは、当分私としてはやらないのではないかというふうに考えております。
○川上為治君 私は、三点両先生にお伺いしたいと思いますが、貿易の自由化に対処するために、やはり緊急にわが国として措置しなければならない問題が、一つは金利の問題だと思うのです。日本の金利というのは、これは非常に高いですから、どうしても引き下げなくちゃいかぬと思います。ところが、金利の引き下げについては、先ほども北裏さんからちょっとお話が出ましたが、いろいろ方法はありましょうが、どうしても、これを根本的に引き下げるためには、通貨量をもっとふやさなければいけないのではないか。こういうような意見もちょっとあるようなんですが、そういう金利を引き下げる抜本的な措置についてどういうお考えを持っておりますか。通貨量をふやすという問題について、それがどの程度効果があるのか。またいろいろな弊害もあると思うのですが、そういう問題について一点お伺いしたいと思います。 第二は、やはり自由化に対処するためには、何といいましても、企業の単位を引き上げるということが大事な問題だと思います。たとえば、自動車工業にしましても、あるいは石油化学の工業にしましても、あまりにも日本の工業の企業単位というものは小さ過ぎる。これではとても輸出にしましても輸入にしましても問題にならないと思うのですが、そういう企業の単位を引き上げるために、今度通産省から例の特定産業振興法案というのが出されようとしているわけなんですけれども、どうもこの法案が、今までの過程においては、非常にざる法みたいな格好になっていて、しかも、最近いろいろ問題になっている点はむしろ権限争いみたいな、そういうようなふうに言われているのですが、私はもっとこれを強力な法案にしなければいけないのではないか。もちろんこれは、中小企業に対する影響も相当ありますから、そういう中小企業に対する影響の緩和の問題については別途講ずるとしましても、とにかくこういうような法案については、もっと強力な措置をとらなければ、とても今の企業の単位では国際競争にたえられるものではないのだ、こういうふうに考えますが、この法案に対する御意見をお伺いしたいと思います。 それからもう一つは、これはしょっちゅう言われていることですけれども、われわれは外国を回ってみましても、やはり日本の品物がまだ相当輸出できる可能性は多分にあると思うのです。欧州各国においても、まだまだ日本の商品というのは相当私は売ることができると思うのですが、問題は、どうも業者自身が非常に競争して、不当に安売りをしている。そのために、かえって向こうのほうにも非常に迷惑がられている、こういう問題もあるのですが、そういう点について、もっと何か強力な輸出についての措置を講ずべきじゃないか、こういうふうに考えるのですが、この三点について、第一点の問題は、これは北裏先生ですが、第二、第三の問題については檜山先生にお伺いをしたいと思います。
○公述人(北裏喜一郎君) 金利を引き下げるということにつきましては、通貨量との関係を言われましたが、これはなかなかむずかしい議論でございまして、まだ今日の日本の資本蓄積の現状では、なかなか、需要の関係からいいまして、金利が自然のままで引き下がるという時期はまだ遠いのでありまして、そのためには、あるいは国家資金、日本銀行信用というような、そういう従来のような国家資本あるいは国債というような形で出すということ、資本をそういう形で将来に影響を及ぼす、そういう処置を講ずる必要があるのではないかという御意見にも通ずるのでありますけれども、私は、金利はここで環境整備によって引き下がるのが一番いいのでありますけれども、やはり政策的に誘導的に引き下げなければいかぬのだという感じもするのであります。もしかりに自然の状態で引き下げるということならば、あるいはお説のとおり、国家信用を大いに付与するということも考えられますが、これまた大問題でございますので、必ずしもすべての御賛成を得られにくいと思います。私は、むしろ海外の市場の資本取引の自由化から得るところの海外の低利なる良質なる資金を入れることが、おのずから国内の金利を下げる一つの誘導、何と申しますか、チャンネルになるというような感じを先ほど申し上げましたが、まあ船舶の融資が平均四分六厘になっておりますが、これがようやく国際の企業金利に近づいたわけであります。そこで、日本が海外で出しておりまする国債、外債は、六分を中心に、六分五厘見当でございます。これまた世界的な標準から見ると非常に高いのでありますが、日本的標準からいうと非常に安いのであります。今日アメリカで六分以上の金利を払っている外債、民間企業債はございません。ほとんど一五分台でございます。しかしながら、日本流にいうと、六分とか六分五厘は非常に安いのであります。たとえて申しますと、昨年の十二月に東京芝浦電気が六分三厘七毛五糸で企業の長期債が出ましたが、これなどは、日本流にいうと非常に安いのでありますが、たまたま当時の交渉の最中に、日本の企業の輸出赤字融資が十三年の六分五厘の低利できまったのであります。その言葉どおり向こうに打ち出してくると、六分五厘の低利であろうということが、向こうからいうと非常におかしいのでありまして、われわれ民間の願いといたしましては、政府関係のそういう資金はできるだけ低利にすることが、国際の資金を出す場合に安くなる、日本のほうは六分五厘で低利であるという表現をしておるときに、民間の企業はそれ以下で買うということはなかなかしないのでありまして、この辺は多少向こうの感じと日本の感じと違う。私は、むしろ年々歳々資本の取引の自由化に伴いまして、もっともっと安い資金が入ると思います。これが日本の金利を低める私は大きな要因になると思います。現に短期資金におきましては、今日もう五分以上の金利は入っていないはずであります。そういう指導をいたしておりますし、四分五厘から六分、例のユーロ・ダラーというものにつきましても、五分以下のものが多くなっておりまして、昨年あたりの五分五厘から五分二、三厘に比べますと、だいぶん安くなっておりまして、それが日本のコール市場にも影響いたしまして、昨年の暮れにコールが三銭五厘から四銭というのが現在二銭前後になっておる実情を見ましても、金の需給が非常に改善された。国内的要因にプラス海外のそういう要因が入っておるのであります。私は、やはりそういうものを含めて、政策的に金利を下げていく、こういうのがいいと思います。何かあまり通貨をふやして国家信用をふやしていくということには、私は個人的に賛成をいたしかねておるのであります。
○公述人(檜山廣君) 先ほどの振興法ですが、これは、経団連でも同友会でも非常にいろいろ考え方があり、あるいは金融界の考え方といろいろ違うのでありますが、要するに、企業の自主性を失うのがまず一つの反対理由じゃないかと思います。とにかくこういう法律は必ず官僚統制に持っていくというのがまず一つの反対の考え方、それから、きのうあたりの全銀協の考え方も、命令融資は困る。これは自主性を失うということがむろん根本的に反対の考え方になってくると思います。そうしてけさの新聞あたりに、三者会談を四者会談にすると、大蔵を一枚加える。通産、金融、産業界に大蔵を加える。こういうことになると、四者協議——二者の合意になる、こういうことも少し、この辺が権限の問題になってくるというふうな、いわゆる干渉も金もということになれば、通産は権限がだんだんなくなってくるというようなことで、この辺は権限の問題に引っからんでくる。三者会談が四者会談になったということは、今、川上先生のおっしゃるように、権限の問題であります。だから要するに、ほんとうにこの振興法の目ざすものが、法自体の目ざしているものについて、私ども非常にいいことじゃないかと思いますが、私どもは、業界において、いわゆる民間のほんとうの高度の自主調整ができ得るなら、こういう法律は要らない。ところが、言うべくしてなかなかむずかしい。それならどうするんだということが、こういうことによって、いわゆる妥協の産物となって、今おっしゃられるような、何かどっちともつかないものができるということで、運用の妙に待とうじゃないかということが、どうもけさあたりの各紙に見受けるのですが、これは非常に、私は個人としては、何さま高度の自主調整を前提としてこういう法律を作るんだということなら、これはあえて反対ではない。私個人としてけっこうだというふうに考えているわけであります。その辺におのおのやはり——ただ、えてして、ときどき、私も考えているのですが、忌憚なく申し上げても、いろんな団体が指定された場合に、団体というものは、やはり結局はその団体をつかさどっている専務理事というのは、極端に言えば官僚から出て来られた官吏の方が大体やっておられるということになれば、これはまた、そういうものが進言した場合にこれが指定されるということになれば、何かしら官僚統制じゃないかというふうな感じを抱くということなんで、ほんとうのいい意味の運用法ができて、しかも高度の自主性が運用面で入るのだということならば、法律自体には何ら私自身として、個人の問題として反対すべきじゃないというふうに考えております。 それから、過当競争ですが、これも、先生方御存じのように、ほとんどあらゆる商品が、六、七割が、ほとんど組合規制なり、あるいは自主調整なり、あるいはそういったようないろんな角度でもう調整が行なわれているという段階で、そう一商品が一市場にはんらんするという段階は逐次なくなってくる。今まで軽工業品とか、そういうものが多かったのですが、これから特に重化学工業品になり、あるいはプラント輸出になると、メーカー、商社が最初から取っ組んで、コンサルティングの段階から入っていくということで、ただいたずらに安かろう、投げ売りするとか、そういう市場に突進するということが少なくなる。ただ、EECならEECの差別、ヨーロッパならヨーロッパの例をとって見ますと、ネガ・リスト、いわゆる制限品目がこれから経済外交によってはずされていく段階に、はずすものは、つまり向こうの防御品目というものは少なくとも弱い、向こうも困る商品なるがゆえに、しかも日本が強いゆえに、そういう最後までがんばってネガ・リストに載せていく。向こうではセーフ・ガードに持っていく、セーフ・ガードを適用するといっても、結局ネガ・リストを落としていけば、ネガ・リストの品目がはずれる段階において、ますます向こうが抵抗を強くしてくるのじゃないか。だから、それまでの三十品目の日本に対してネガ・リストを交渉して二十にしなさい、私も十にするからと下げていけば、当然日本の強い商品なら増加していくわけですが、いろんなことでダンピングとか不当なことだということで、非を鳴らすでしょうが、それは向こうのための非であって、せっかく日本の強い商品が進んでいくのに対して、日本側の秩序が保たれておらないということだけを考える必要はない。しかし、えてして大企業はやはりマーケット・シェアを狙い、中小の輸出入業者はどうしても弱いから値段をくずしていくというようなこと、あるいは日本側の経済政策の貧困のため、あるときには金融をつけたりするためのダンピングということも起こりかねない。そういうことをとらえて、海外から非難される場合はあるでしょう。しかし、輸出の過半は、組合規制や業者協定によって自主調整ができておる。またこれからは、輸出が重化学工業化すれば、だんだんそういう過当競争も少なくなっていくということも考えられる。また、相手側の主張にしても、ネガ・リストを減らしていく段階では、ネガからはずされた商品の輸入、日本から見れば輸出が増加することは、ある意味では当然であります。だから、相手側の主張も、われわれとしては、十分に吟味してかからなければならないと思います。しかし、いずれにしても、われわれとしては、でき得る限りの、こちらの、これも自主規制でしょうが、調整をはかって、数量的にも、あるいは価格的にも、少なくとも、できる範囲の協定で、秩序正しく、オーダリーにいくということが絶対必要じゃないかということで、それは、戦後、あすの米びつを考えて、企業がうろちょろしておるときと違って、やや礼節を知ってきつつある段階であるので、そういう話し合いができやすくなっておるのじゃないかということで、輸出市場の問題も、比較的今までよりも話し合いがつくのじゃないかというような気がします。
○川上為治君 自主調整の問題ですが、これは、高度の自主調整といっても、なかなか、独禁法等の関係もあって、何か法律によらなければ……、私も、そういうことは非常にむずかしいし、また実際、業界のほうでも、自主調整といっても、なかなかできないのですね。というのは、たとえば、石油精製事業を見ればすぐわかるのですが、これは、一応話をしようとしても、なかなか話がまとまらぬと、しかしこれはひとつ、法律で何か強力に調整しなければならぬという問題が出てくると思うのですが、そういう業界の自主調整というものを、もっとうまくやれるような方法というのはないものですか。
○公述人(檜山廣君) なかなか、妙案があれば、非常に問題がなかったのでしょうが、むしろ、ここにおられる北裏さんあたりが、私よりも早くから、同友会あたりで自主調整をやってこられたと思うのですが、これもむずかしいから、私どもも、どうしてもだめなら、しようがないから、お役所に頼むほかはないじゃないかということに、民間では落ちになる場合が非常に多いのです。だからその場合に、もう少し英知なり全知全能をしぼって、われわれが役所に厄介にならぬように調整してしまえばいいんですが、あまりそれが上手になったのでは、お役所もあがったりなんでしょうから、その辺はしかるべく……。
○瀬谷英行君 公債発行のことについてなんですけれども、先ほどのお話で、公共投資のための公債発行は、目的がはっきりしている限りはいいのじゃないかというお話がありましたけれども、道路の例をあげられましたが、具体的には、日本の現在の経済、産業の実情からいって、どういったような公債を発行してしかるべきであるというようにお考えになるのでしょうか。
○公述人(北裏喜一郎君) 道路をあげましたが、有料道路など、私、頭に描いたわけであります。赤字公債のごときじゃなくて、目的公債と言いましたが、一番はっきりしているのは、有料道路を申し上げますと、この償還につきましても、一応のめどが立ちますときに国債を発行して、十五年、二十年といたしましても、いつも収入のめどがない、あまり将来の税金に負担さすべき国債というのでは、これはまたうかうかすると赤字の累積になりますので、明らかに有料道路のごときものであれば収入源があります。あるいはまた、港湾などにいたしましても、これは可能かどうか知りませんけれども、港湾施設に対する入港あるいは出港、これに対するそういう費用といいますかね、ある程度分担し得ることができれば、そこで償還のある程度のめどがつくので、私は、国家投資につきましては、そういうめどのあるものから順次始めていけばいい。中には将来の税金に及ぼすものもあってもいいのでありますけれども、これはどこでという区切りはなかなかつきにくいので、これはよほどの慎重な検討を要すると、こう思うのであります。
○北村暢君 先ほどの資本蓄積の問題で、税制の面で考えてほしいと、こう言ったのですが、今度の減税措置でも、利子所得と、それから配当所得に対する減税が行なわれているわけです。そのほかに、租税特別措置で、大体二千億近い減税が行なわれているのですね。これは法人税ばかりでないわけですが、あらゆるもので租税の特別措置が行なわれているのが二千億ぐらいあるわけなんです。したがって、こういうものがまあ特別措置ですから、将来はだんだんなくなっていくのだろうと思いますが、そういう減税措置を行なわれているのですが、それで、さらに税制のことを考えてくれということは、法人税そのものの率を下げようという御意見なのかどうかということですね。 それから、檜山さんのほうに一つお伺いしたいのは、貿易の問題で、最近のアメリカの経済あるいはEECが開放的でなくて封鎖的だ、こういう御意見、それから未開発地域の貿易、これも貿易全体についてあまり明るい見通しのようでない御意見だったのですが、しかし、ことしの輸出は確保できるだろう、こういうことなんですが、八条国の移行に伴いまして、これからのやはり日本の貿易というものは、世界が大体そういうような傾向なんでしょうけれども、未開発地域の貿易というけれども、どちらかというと搾取的な貿易よりも、やはり先進国との貿易というものが非常に重く見られるようになってきていると思いますね。そういう形で行った場合に、日本の現在の産業の構造というものが、欧米先進国と比べて、まだまだ脆弱であるといった場合に、それと激しい競争をやっていくということになると、これはやはりどこかにしわ寄せがくるのじゃないかと、こんなふうな感じがするわけなんですけれども、今後の、近い将来の貿易の見通しは何ですが、大きな意味におけるもう少し遠い見通しのことですが、日本の貿易というものが一体どういう形で行くのだろうかというような点について、ひとつ御意見があったらお伺いいたしたいと思います。
○委員長(木内四郎君) 今の北村委員からの北裏先生に対する御質問に関連して、私もちょっとお伺いしたいのですが、さっきの御説明だと、自己資本による場合と、借入金による場合と、税の負担が一・七五倍ということになるから、借入金によってやるほうが、配当による場合に比べて非常に負担が軽くて済む。こういうことから、その点を直してもらいたいというような御意見じゃなかったかと思うのですが、その点をちょっとお伺いしたいと思います。
○公述人(北裏喜一郎君) 法人税の軽減を言うわけですけれども、法人全体の軽減でございますが、御承知のとおり、償却年限の短縮だとか、あるいは法人そのものの減税を考えているわけですけれども、過渡的には、こういう説明ができると思うのです。企業の新しい設備に対しては自己資本によるべきだという御意見には、私は、借入金よりも、長期投資に対しては長期資金も要る。そのためには、相なるべくは自己資本によってやったらよろしいという原則を考えておるわけですが、その場合に、新しい工場を建てましても、少なくとも工場ができ上がって稼働して収益を得るまでは数年あるわけであります。それを今の形で増資をいたしますと、一割配当いたしましても、実質的には法人税によりまして一・七五の資金コストがつくわけでありまして、したがって、過渡的には、法人税全体の軽減といわずに、そういう新しい投資に対する新しい資金調達の面の法人課税は、時限立法としてでも、損金に見込めるような方法が要ると、収益を生まない先に、すでに法人税を含めた資金コストを下げると、要するにその辺を是正していただきたいというのが中心でございます。
○公述人(檜山廣君) これが長い将来どうなるんだという御質問ですが、先ほど申し上げたように、要するに、戦後の貿易はアメリカ中心に発展し、その後、工業国間の貿易と後進国との貿易にギャップができるようになった。後進国、先進国という貿易でなくて、先進国同士の貿易に発展してきた。そして工業国間貿易は、EECというような地域統合によってさらに発展した。しかし、その地域統合による広域間の国の交易にも限界が出てきたように見えます。すなわちこのことは、欧米の過剰設備、過剰供給にはっきり現われております。そこで、今度再び後進国との貿易拡大が重要となってきた。これがいわゆる南北の問題であります。そこで、長い目で見て、日本はどういう方向に歩むかが問題になる。日本の貿易は、今までは、商品の多様性や市場の多様性によって、アミーバのごとく伸びてきた。それも、戦後は戦前の満関支のような安定市場はなくなっている。それでは、わが国としてはどこに将来市場を求めるか。その前に、EECが将来どういう方向をとるかということを見きわめなければならない。もし、それがしょせん開放的なものではなく、閉鎖的なものとすれば、わが国としても安定市場を近隣に求めなければなるまい。東南アジアなら東南アジア、あるいはアジア協同体を作るということになれば、そのための経済協力が必要になってくる。こうして経済協力によって安定市場を作り、しかもわが国の産業の競争力をもってすれば、今後わが国の貿易は世界貿易の伸びを上回る上昇を期待することは決して無理ではないと思います。 先ほど、世界経済環境が悪いと申し上げましたが、政策よろしきを得れば、私は、わが国の輸出は成長するポテンシャリティを持っていると思います。政策といえば、経済外交なり経済協力政策あるいは輸出促進政策があるわけですが、私としては、最後に、貿易を実際に担当する者として、貿易主体への政策についてお願いを申し上げたいと思います。 御承知のように、来年三月で輸出所得控除は廃止されるようでありますが、そのままでよいかということであります。当然、それにかわる為替変動準備金あるいは海外市場開拓準備金とかが要望されるのであります。それによって初めて貿易を担当する商社も強化され、わが国貿易の長期的発展の基礎もできると思うのであります。
○杉原荒太君 檜山先生に一言お伺いいたします。私、おそくなりましたので、すでにお述べになっておれば、繰り返していただかなくてもよろしいのです。 それは、海外経済協力基金の問題でございます。それは、御承知のように、この方面には大いに力を入れてやっていく必要があるというのでできておるわけですが、しかし、その大きな目的、理想に比べてみて、今までの実績を見ますというと、非常に貧弱な状態であります。しからば一体その原因がどこにあるのだろうか、またそれがどういう点に手当をしていくべきかということが問題なんですが、海外経済協力も、ある点になれば、それぞれ言うまでもなく非常に複雑な、またむずかしい点がありますから、この辺の実情はわかるわけであります。また一方、この基金の資金量は、今日では必ずしも資金量そのものが不足しておるという状態ではない。しからばどういう点に原因があるか、そうしてどういう点を改善すればいいか。現行の法律にきめております貸付条件など、このままでいいのか、あるいはまた実際に貸付の対象として取り上げておりますプロジェクトの選定方法等もこのままでいいのか、あるいはもっと拡大した目標にせんでいいのか。あるいはもっとほかに方法があるのか。要するに、この海外経済協力基金の内容、現行法律の規定そのもの、あるいは運営について改善の必要はないか。あるとすれば、どういう面を改善すればいいか、その点について御説明を願いたいと思います。
○公述人(檜山廣君) 私、あまり基金の規定は十分存じていないのですが、確かに基金は、輸銀との関連で、なかなかむずかしい問題があるようです。そしてこれが融資の方法、運営にあるのか、あるいは機構にあるかは、私としてもはっきりとは勉強しておりませんのでお答えいたしかねるのであります。私の感じから申し上げれば、対象をしぼって、輸銀と基金の活動分野を分けるのも一つの方法かもしれません。たとえば、私のほうの会社でやったヘジャーズ鉄道の建設ですが、これは基金のおそらく最大のプロジェクトになるでしょうが、この場合など、確かにはっきりした基金的な対象でありましょう。私企業というよりも、国策的な見地から企画した事業ですから。この鉄道建設は、まだ契約の段階で、シリアの問題などで実行がおくれておりますが、特に最近のように、経済協力において各国から低金利で長期の融資や延べ払いが提供され、輸出競争に勝つためには、支払い条件だけが決定的な問題になってくるような場合、一体どの程度わが国としては輸銀なり経済協力基金というものに金の余裕があって、どれだけまでやるのだというひとつのプログラムを作ることは重要なことでありましょう。その場合、二つの機関を一元化することも考えられますが、経済協力の性格にもいろいろありますから、おのおの持分を生かしていったほうが現実的だし、効果も上がると思います。
○小平芳平君 北裏先生の先ほどの経済見通しの問題のむし返しで、まことに恐縮ですが、どうも二兆一千億の計画の改定といい、また公債の問題といい、先生の見通し、また御意見としては、昭和三十八年度予算も、さらにまた今後の財政面でも、相当刺戟的なものを必要とするというふうに、一方では安定成長五、六%ということもおっしゃいましたのですが、また一方では、そういう刺激的なものを求めるようなお説に伺いましたわけです。で、きのうの公述人の方からもいろいろ御意見を承ったわけでありますが、きのうの方は、むしろその過熱のほうが心配であって、むしろたとえば減税とか社会保障とか、そういうものの長期的な目的をよくきめて配慮を払っていかなければならないだろうというような御意見も承ったわけでありますが、そういう点に関して先生は、全然社会保障も減税も要らないということをおっしゃるわけじゃないと思うけれども、相当もっと刺激的なものを必要となさるお考えでしょうか、お伺いいたします。
○公述人(北裏喜一郎君) 私は刺激的なという言葉は使っておりませんのみならず、私はむしろ、不況ということよりも、今回の景気回復は本格的な景気上昇につながるものとは思っておるわけですけれども、過熱するとは思っておりません。少なくとも三十八年度中に過熱するとは思っておりません。三十二年がV字型だとかいろいろいわれましたけれども、そういうような、あるいは神武景気だとかいうような、そういう景気は予想しておりません。おそらくこういうことはないと思っております。むしろ本格的な景気上昇につながる時期が相当長くなる、悪いという意味で誤解していただいては困ります。悪くなるというのでなくって、景気回復のテンポが相当長くかかりながら本格的な上昇につながる。したがって私は、景気を刺激するということではなくっても、先ほどの公共投資などを通じて、相当国内投資が、そういう面の投資が多くなりますので、おのずから景気もそれにつれて徐々に安定成長していけば一番いい。あまり公共投資が多過ぎても、あるいは民間投資がそれに付随するような場合は今の過熱説が出ると思いますが、私は、ことしはむしろそういう政府関係の公共投資が重点にあって、民間投資はそこまでふえないというのは、相当設備過剰の現実があるからであります。
○委員長(木内四郎君) 両先生におかれましては、まことにありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。 これにて休憩いたします。 午後零時十九分休憩 —————・————— 午後一時二十九分開会
○委員長(木内四郎君) これより予算委員会公聴会を再開いたします。 午後は四人の公述人の方に御出席をいただくことになっております。御意見を拝聴する前に、公述人の皆様に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は御多用中にもかかわらず本委員会のために御出席いただきまして、まことにありがとうございます。委員一同にかわりまして、厚くお礼を申し上げます。 午後の公聴会の進め方につきまして申し上げますが、公述時間は、まことに恐縮ですが、お一人三十分程度にお願いをいたします。また、お一人ごとに質疑を行なうことにいたしたいと思います。 それでは、最初に中鉢正美先生にお願いいたします。
○公述人(中鉢正美君) 私、中鉢でございます。 本年度の予算の中で、社会保障費の占める割合が二二・四%ということでございまして、これは本年度の一般会計予算の伸び率一七・四%と比較しますれば、それを上回っているわけであります。また、昨年度の社会保障予算の対前年度比に比べましても、伸び率が大きくなっておる。それから国民所得総額の中に占めます財政の割合も大体伸びておるわけでございますけれども、ごく平均的に見まするならば、本年度の社会保障関係予算は、まず順調に伸びておると、こういうふうに申し上げてよろしかろうと思います。ただ、その中身について考えてみまするというと、やはり多少いろいろ問題があるのではないだろうか。ここ両三年の動きを考えてみまするというと、たとえば三十六年、これは例の所得倍増計画の第一年度でありますが、そのときは、いわゆる国民皆保険ということが中心でありまして、そのための予算、これが大体一般会計の伸びを上回るような伸びで伸びておるわけであります。この中には、たとえば拠出制の国民年金の拠出金に対する国庫補助、こういうものは直ちに給付に影響するものではないわけで、こういうものを含めて伸びておると思いますが、昨年三十七年度予算におきましては、これは一応広がった社会保障の範囲の中で、しかしながら、各制度によって非常に給付のアンバランスがある。特に、国民経済全体の中で設備投資が先行して、これに対して国民生活が多少これに追いついていかぬというような状態、いわゆる格差問題というものが問題にされたわけでありまするが、これが社会保障のほうでも問題になりまして、いわゆる低い分の底上げということで、生活保護基準、あるいは福祉年金の引き上げというようなことが問題になったわけでございます。今回におきましても大体そういうような線が貫かれておりまして、給付費で大体伸びているという形は、まあこれを認めてよろしかろうと思うのでありますが、ただその場合、この格差が、それではそこで十分にカバーされてきているかということになりますと、ともかく社会保障の給付というものが、標準報酬に対して一定の率でもってやるということになっている。この最初の第一次分配に格差がありまするというと、どうしても差が給付のほうへ響いてこざるを得ないという点が出て参ります。こういう点、必ずしもまだ十分でない。今回におきましても、この点、生活保護基準が一七%ぐらい引き上げられておりますし、また福祉年金その他も引き上げが相当問題になっているわけであります。この点が一つ問題としてあげられると思うのです。それからもう一つの問題は、これは社会保障全体といたしまして、これが国民経済の総体としての伸びに対して、全体としておくれていって、その魅力の影が多少薄くなってきている面があるのじゃないか。これが、一方予算の中におきましては、健康保険の給付の条件の緩和等となって、あるいは国民健康保険におきまするところの本人七割給付、あるいはそのほかの掛金の国庫負担というような形をとって出てきておるのでありまするが、しかし他方において、この標準的に伸びていったところの階層においては、むしろこの生活の保障というものを、私的な企業年金であるとか、あるいは最近は民間の健康保険、生命保険、その他に委託をしておる、こういうようなものに多少依存するというような動きが現われてきておるわけであります。もちろん社会保障というものは、これは最低生活水準の保障でありまして、それ以上のことについて、個々の人々が任意の制度によってその生活水準を維持するということは、もちろん一方において認められなければならないと思うわけでありますけれども、しかしながら、問題になりますのは、社会保障というものが保障すべき最低限度の生活というものが、一体どの辺なのか。もしそれが多少ともこういった民間の任意の保険というものを予定して初めて満たされるというような程度のところに社会保障の全般的な給付の水準というものがとどめられまして、その線でこれが均等化されるということであっては、これは社会保障本来の目的に反すると、こういうことになってくるのではないだろうか、こういうことが一つ問題になるのではないだろうかと思うわけであります。 で、これが私の申し上げたい第一点でありまして、こういった、つまりここ数年間、大体において財政の規模の伸びに従って社会保障は伸びてきているけれども、しかし、そこで下のほうの底上げということが企図されているのだけれども、第一次分配の開きに必ずしもこれが追っついているかどうかということに問題があると同時に、平均的なその規模においても、国民生活の現在の、といいますか、むしろ国民経済の伸びに対して、全体として多少アウト・オブ・デイトになってきているという問題が、他面私的な保険の台頭というような形をとって出てきている、この点が一つ問題になるのではないかということでございます。 それから第二の問題としまして、今のいわゆる社会保障が保障すべき最低限度の生活というものを、どういう工合に考えるかということになるのでありますが、最近の急速な国民経済の伸び、特に民間設備投資の急増と、それからこれに対する多少の経済調整が現在行なわれてきている、こういうような状態の中で、国民生活というものの構造も、ここで非常に大きな変動の過程の中にあるというふうに考えざるを得ないのでありますが、ここでしばしば最低限度の生活と申しますのは、いわゆる肉体的生存を維持するぎりぎりの生活、その意味では、いわゆる社会の進歩発展ということとは——ある程度独自にきまってくる、そういう生活水準。こういう考え方があると思うのでありますが、むしろ戦後のわが国の国民生活というものを振り返ってみまするというと、その中で比較的所得の上のほうの人々は、一応国民経済の変動に順応し、適応して、その生活の構造を変化させてきたのに対して、低所得部において、いつもこれに追っついていかない、そのために、そのいわばギャップの犠牲をいろいろな形でかぶらざるを得ないという結果になっている、こういう部分が所得分布の低いほうに存在している。これが、実は社会保障が問題にすべきいわゆる貧困であり、この限界が、実は最低生活水準というふうに考えられるべきものであって、その点では、すぐれて、社会的な概念として、この最低生活水準というものを考えなければならない、こういう点があると思うわけであります。御承知のとおり戦争直後におきましては、全体としてこれは肉体的生存のぎりぎりの貧困生活に陥っておったわけでありますが、この場合におきましても、いわゆる最低の社会生活のための費用というようなものは、いかに生活が苦しくなっても支出せざるを得ない。そこで低所得層は、赤字を克服するために、いわゆるタケノコ生活というようなことがある。他方において、高所得層のほうは、むしろ多少の所得の余裕は、できる限りこれを肉体的生存のほうに回していく、こういう形がありましたために、全体としてエンゲル法則が当てはまらないというような形が出てきておったわけでありますが、これが昭和二十三、四年ごろになりますると、高所得層のほうでは、多少このような所得の余裕というものを節約いたしましても、これを生活の再建と申しますか、衣服、住居、雑費というような方向にこれを回していくというような傾向が出て参ります。ただこの場合には、おもにこの生活の構造というものは、戦前の大体形がここでもって復元してきておるということが言えると思うのでありますけれども、こういう状態にだんだんと入っていって、昭和二十八、九年ころになりまするというと、低所得層においても、むしろ所得の変動如何にかかわらず支出がある程度固定化するというような形が、統計の上にも現われておったのであります。ところが、その後国民経済の発展につれまして、この高所得層においては新しい戦後の生活の構造、これがいわゆる団地生活というようなものに典型的に現われて参ります。小家族で、そして家事労働を合理化し、そして余暇を生み出して、それによって生活の内容を高めるためにさらに諸雑費の支出を増大していく、こういうような形が出て参ります。ところが最近になって参りますると、これらは大体この高所得層——高所得層と申しますか、これは社会的に申しまするならば、いわゆる中間層の上層部分くらいのところの生活のタイプというもの——が主導的になってきてこういう貧富が出てきておると考えられるのでありますが、これに対して相対的におくれた低所得層というものが、何とかしてこの新しい構造の上に乗っかっていこうということから、そこでまあ支出の中で肉体的な生存の支出というものをある程度抑えても、そういったような生活の内容の改善、こういう方向に向かっていかざるを得ない。こういうようなところから、見かけ上生活の内容は改善されているのだけれども、しかしながら、そこには非常なアンバランスがある、また一つの緊張状態が存在しておる。こういうようなごく大ざっぱな戦後の動きというものを考えてみまするというと、いつもこのような経済の動きに対して取り残されていくようなものがある。ここに実は非常に問題があるわけで、こういった社会的な不安、生活の不安、いつも経済の成長に取り残されているのじゃないかというような不安、こういうものに対して広範なこの対策を立てていくということが、実は社会保障というもののねらいでなければならないわけであります。この水準は、いろいろのことを総合してみますると、私の今の判断では、所得分布の中の下四〇%くらい、つまり所得五分位の中の下の二分位くらいのところの間にどうもそういうところが現われてきて、上三分位との間に多少の構造上の質的な違いが認められるのじゃないか。こういうような観点より考えてみまするというと、やはりこの社会保障というものが問題にしなければならないのは、われわれの一般的な考え方から言いまするならば、この所得分布の大体山がその辺に入るくらいのところまでを問題として考えなければならない。所得分布の山というものは、大体平均値よりも少し低いところに寄っておりますが、ここら辺のところをやはり問題として考えなければならない。この辺は、もちろん今度は所得税のこの税制のほうへ参りまするならば、免税点の問題ともこれは関係してくるところであると思うのでありますが、なるほど現在このような下四〇%くらいの問題があるときに、減税よりは社会保障のほうが重要であるという問題ももちろんあるわけでありますが、それは私は全くそのとおりだと思うのでありますが、これは免税点の前後のわずかなところの人々の所得によってまかなわれるものではなくて、もっと上のほうと下のほうとの問題としてこれは考えるべきじゃないかというような印象を受けるわけでございます。ですからこの第二の問題は、社会保障が問題とするところの最低生活水準というのは、いつも経済の発展に対してその自力ではなかなか適応していけない、いつも取り残されておるような部分の問題を問題としなければならないのであって、その生活水準というものは決して固定的なものではなくて、社会経済の変動によってやはり変化すべきものとして考えていくべきではないか、こういうことが第二点として申し上げたいところであります。 それから最後にもう一つ申し上げたいことは、社会保障というものは、これは所得の再分配によって国民の最低生活水準を保障するものであるというふうにいわれております。しかしながらこの場合、第一次分配における所得にあまりにも大きな格差がありまするというと、これを再分配で埋めることのできるということにはおのずから限度がある。かえって再分配によってこの格差を埋めるべき社会保障自身の間に各制度間の格差があるということにならざるを得ない。この点は皆様も御承知のとおり、わが国の社会保障制度というものが、非常に各階層ごとにばらばらになっておるというようなことがその現われにほかならないわけでございます。同時に、広い意味でわれわれの生活をして参りまする場合の環境諸施設というもの、これはたとえば医療保障におきますところの医療施設、病院、診療所あるいは公衆衛生のための諸施設というものまでも含めたものでありまするけれども、こういう点において、主としてこれは地域的な格差という形でもって出てくると思うのでありますが、同時にまた、階層的な格差、たとえば健保組合とかそれから政府管掌国民健康保険というような、こういうような面におきましても、こういう施設の利用ということについての格差がございます。この点を一つ私は申し上げたいと思うわけでございますが、所得倍増計画が作られましたときには、民間設備投資が非常に独走してしまって、そして産業基盤育成のための公共資本というものが、これに対しておくれておる、これをある程度カバーしていかなければならぬということがその問題点の一つであったわけでありますが、実際に三十六年度においてはさらにこの設備投資が大きなものになってしまった。現在調整過程の中で、この公的資本のおくれを取り戻すということ、カメがウサギに追いつくということが今や問題になっております。たとえば道路なぞにつきましては、二千億をこえるようなお金が使われるというようなことが、はっきりこの予算の中にも入っておるわけであります。ところがこの場合、この公共投資の中でも、まだ産業基盤育成に関係のある部分は比較的よい。ところがこれが民間の生活環境に関係のあるような上下水道、屎尿処理、汚物処理というような、こういうような問題になって参りますというと、これがまた非常におくれるということにならざるを得ない。それからさらに、このような設備にいたしましても、そのいわば幹線的な部分、たとえば下水であれば本管でありますとか終末処理、あるいは水道でありますならばその基幹的な配管というような問題については比較的整備が行なわれるわけでありますが、それが末端の、人々の生活に結びつくところの部分、小さな下水道を集めて、そして本管につなぐ部分、あるいは水道、ガス等の最終的な配管の部分、こういうような部分になって参りますと、これはほとんど地域の人々の負担にまかされておるというのが現状であります。特に大きな産業都市が建設をされる、これに付属をして大きな団地などが作られるというような場合には、これを基盤としたところのいろいろな設備が行なわれるのでありますけれども、これをその地域の一般の人々が利用するというようなことになりますると、目の前にそういう施設があっても、なかなかその施設を利用することができない事情があるのでありまして、所得の格差が問題にされておると同時に、このような生活環境施設においても、非常にこのような格差の構造が今作られているのじゃなかろうか。こういうことがあると思うわけであります。 こういうような、いわば社会保障ということを考えまする場合には、イギリスのビヴアリシジの考え方から申しまするならば、その関連諸施設における格差ということが、実はやはり非常に大きな問題になるので、これが解決されませんと、所得の面、つまりこのような面を利用するところの費用の面だけが考えられて、実際の生活の内容がこれによって改善されない、こういうことになってくるだろうと思うわけであります。で、第三点として私が申し上げたかったことは、社会保障というのは、所得の再配分によって最低生活を維持するというのだけれども、第一次分配及びこの社会的な施設の利用というその部分である程度格差が大きいという場合には、これはとうてい社会保障だけでこの問題は解決することができないのだから、こういう点につきましても、ひとつ十分広い観点からこの施策についての御検討をいただきたい、こういうふうに考えておるのでございます。 以上、三点私の意見を申し上げた次第であります。(拍手)
○委員長(木内四郎君) ありがとうございました。 中鉢先生に御質疑のおありの方は、御発言を願います。
○横川正市君 社会保障の充実という点では、政策を実行する面でもきわめて重要ですし、また、それを受ける側の立場もいろいろな意味できわめて重要だと思うんです。そこで私どもは、やはり社会保障は、経済の伸びに従って、一時、労働力のいわばアフター・ケアのような形で社会保障をする場合と、それから純然とした取り残された人に対する社会保障と、こうあっていいのじゃないかと思っていますけれども、実際上アフター・ケアとしての社会保障なんと言ってみても、具体的に私どもはどういうことが取り上げられればいいのか、その点が明確じゃないわけであります。たとえば最近の事例を見ますと、季節労働者は失業保険をもらって、そして失業保険をもらうことが、一般の稼働するよりか保障額が高かった場合には、もうこれは法律の規定に従って一切の雇用の勧奨も受けられませんし、それからいささか賃金、労賃になるようなことであっても、全部これは「ありません」と申告をしないと、保障の恩恵に浴さないという非常にきびしい規定の中で、働く意欲があっても事実上働けない。ところが、働いてみても生活が完全にいかないし、保障をもらっても生活が完全にいかないという、非常にちぐはぐの状態に私は置かれていると思うんです。そういう人たちを立ち上がらせて、水準に近い一つの生活というものが、働くことによって得られるまでの政策というものがあっていいんじゃないかと思うんですが、その点、御意見を伺いたいと思うのです。
○公述人(中鉢正美君) 今、実は私失業保険の問題にあまり触れなかったわけなんですが、今の点についての御質問だろうと思います。確かにおっしゃるように、今の給付というものの水準が非常に不十分であるために実際の効果を発揮しておらない。制度はあるけれども、実際の効果を発揮しておらないという面、これは失業保険も問題がございますし、それから生活そのものの給付についても同じようなものが問題にされる点でありますし、そのほか年金の給付というようなことについてもそういうことが言えると思うわけであります。そういう点で、ともかく一応わずかの所得の不足分を補うために働いているために、一人前の仕事を結局いつまでたっても得られないで、中途半端な就労を続けていくというような状態、これを改善するためには、やはり徹底した対策をとらなければならぬ。そのためには、たとえば職業教育というような問題も出てくると思うのでありますが、基本的には、やはりこういった人々に対する雇用の機会を作り出すということが一番大切ではないだろうか。その場合、おもに問題になって参りまするのは、現在いわゆる若年層に対しては非常に需要があるにかかわらず、中高年令層に対する労働力の需要はあまりないというような問題、こういった人々の、季節労務者の問題も入ると思うのでありますが、それから同時に、これらの人々が地域的に後進地帯あるいは斜陽産業の存在するところの地域というようなところにこれらの問題が非常に集中しておる。こういうような年令構成、それから産業構成、特に地域構成でございますが、こういう点におけるアンバランスがそのポイントになってくるんだろうと思うのです。基本的にはこういった地域生活、あるいは地域経済というものに密接した雇用の機会を結局造出するということがまず基本であって、そうしてその地域における所得水準が上がり、賃金水準が上がりますれば、当然それによって保険によって受けられるところの給付の水準も上がってくるということになる。季節労務者の問題というのは失業保険を、結局何といいますか、季節労務者の人が悪用しているんじゃないかというようなことがしばしばいわれるところなんでありますけれども、むしろ問題は、今の御質問のように、このような給付が非常に低過ぎるということなんですね。実質的にはこういった非常に不規則な就労形態というものを作りつつあるんじゃないか、こういうことを生み出しているんじゃないだろうか。先ほど申しました社会保障というものが第一次分配にどうしても制約されざるを得ないという点がそういうところにも私は現われているんじゃないかと思います。
○委員長(木内四郎君) 他に御質疑はありませんか。
○小平芳平君 先生も御指摘なさいましたけれども、社会保障費が相当——三十八年度の予算では前年度に比べて二一・七%増ですが、そういうふうにふえております。おりますが、また厚生省関係予算をずっと項目をあげていきますと、対前年度で相当ふえている。パーセントがふえているものがあります。ありますけれども、もとが少ないものだから、全体——実際日本の国の社会保障制度がどれだけ充実してきたかというと、まだまだとても問題にならない面があるというふうにもいわれるんじゃないかと思いますが、先生に特に、たとえば公共投資では道路に非常に重点を置いて追いかけていこうというようにお話もありましたんですが、特に社会保障の関係で、何かそういうような大いに重点を置いて、こういう点をこうしていくべきだとか、あるいはこういう点は相当進んでいるとかいうような面がありましたらお尋ねしたいと思います。
○公述人(中鉢正美君) たいへんむずかしい御質問でありまして、いろいろな問題があると思うのでありますが、率直に考えまして、私はわが国の場合に非常に制度的にはまんべんなく整備されていくような形をとっているにもかかわらず、その一つ一つの内容が皆中途半端になっているというのが現状ではないだろうかと思います。でありますから、この場合、一方ではその各制度間のアンバランスを是正し、格差を是正するという点では、低いところの底上げをする必要があるという面が一方にあると思うのです。しかし、制度というものは、先ほどの御質問にもございましたように、大規模になりませんと、実はその機能を発揮しないという面があるわけで、やはり多少内容の充実しているものからやはり完全にしていくということが必要なんじゃないんだろうか。その点では私はむしろ、現在所得保障の問題も重要でありまするけれども、まず医療保障の問題を解決して、次にまた所得保障のほうへ進んでいくというような、やはり重点的な進み方が必要なんじゃないだろうか。現在やっぱり一番大きな問題になっておりますのは医療の問題であります。この点について、少なくとも地域的な、あるいは社会階層的な格差のない一定の所得、一定の医療の水準というものを、ともかく広く国民に利用できるような方法を講じ、これを作り上げていくということにまず重点を置くべきじゃないだろうか、こう考えるわけでございます。
○委員長(木内四郎君) 他に御質疑ございませんければ——中鉢先生、ありがとうございました。 —————————————
○委員長(木内四郎君) 次に、大久保毅一先生にお願いいたします。
○公述人(大久保毅一君) 大久保でございます。私が担当いたしております農業問題を中心に申し上げてみたいと思います。 三十八年度の農林予算につきましては、全般を通じてそつなく編成されておりまして、現在の段階における必要な施策についても十分配慮が行なわれておりまして、市町村関係者といたしましては、一般に好感を持って迎えております。特に政策の中心となる農業構造改善事業につきましては、三十八年度の実施地域が、当初計画の四百地域と見られておりましたのが三百に削減されたというような消極面も見られますけれども、地元負担の軽減のために、都道府県を通じての補助の二割のかさ上げであるとか、あるいはパイロット地区に対する特別交付税の交付でありますとか、農林漁業経営構造改善資金制度の創設であるとか、市町村が事業主体となる場合におきます起債の承認でありますとか、さらに実施要領あるいは実施基準の改善、こういう三十七年度の実際の事業の実施上にいろいろ問題となりましたことが、すでに今度の予算でいろいろ改善をされようとしておりますことは、現場の市町村としては生きた行政が行なわれているという点で非常に喜んでおるわけでございます。そのほかの問題としましては、農産物の価格安定対策でありますとか、労働省関係の中高年令層の職業訓練あるいは就職のあっせん、厚生省関係の環境整備であるとか、社会保障の前進であるとか、文部省関係では産業教育の充実というようなことが行なわれておりまして、非常に見るべきものがあると考えておるのであります。 しかしながら、こういう予算全体としての性格が前向きにいっておるということは歓迎されておるわけでございますが、その編成方式を眺めて見ますと、依然として過去の実績の上に新しく生まれた要件を加えた積み上げ方式をとっておる。で、このような積み上げ方式をとって参りましても、今日のように農業の変化が非常に激しい時期には、思い切った重点形成ができないではないか、それからさらに現在の農業の質的な変化に対応できないのじゃないか、こういう心配がございます。で、農業の質的変化とはどういうことかと申しますと、今までの手労働を中心とした技術体系あるいは自給的経営から思い切った機械化と企業的な経営に対する質的な転換を遂げることでございます。したがって、このような質的な変化を推進するためには、過去の政策の自己否定的なものを持たなければならないんじゃないか、それが旧来の政策の延長であったり、積み上げ方式であっては目的は達せられないんじゃないか、こういう点でございます。しかし、この質的な転換というものが全国一斉に一夜にして行ない得るものではございません。相当な期間を要するものでございます。したがって、問題は、こういう移り変わりが農業の内部条件と農業の外部条件とがからみ合って、その速度がいろいろその年次によって変わって参ります。また、地域によって変化の変わり方が違います。さらに階層によってその変化の出方が違って参ります。こういうものに対応していかなければならないのじゃないか。したがって、政策の立て方なり予算の組み方については、相当な弾力性と旧来の政策に対する自己否定的な要素を加えて、新しいものに対する転換の準備が積極的に組まれていかなければならないのではないか。そこで、この政策の転換ということを考えますときに、おもな問題点として私が考えます点を四つばかり申し上げてみたいと思います。 第一は、三十七年度の農業の動向に関する年次報告に現われている重要な問題でございます。全般的に見ますと、専業的な農家の経営拡大の傾向と農業投資の活発化、技術革新の浸透などによりまして、生産基盤の近代化と合理化が進んでおる反面において、人口の流出による労働の質の低下が激しい、一方、兼業化への傾斜が急激に行なわれている、こういうことが述べられておるのであります。ところが、こういう変化の中で今日の農業生産の実態を見ますと、今日の農業生産の主体を支えておるものは、実は数多くの零細農と劣悪化しつつある労働力だということであります。しかも、こういう零細農と劣悪化しつつある労働力が発揮しておる生産能力というものは、ほぼ現在がその限界に達しておるのではないか。もしそうであるといたしますならば、今後こういう階層の生産力が急激に後退することを予想しなければならない。そういたしますと、そういう零細農及び劣悪化する労働力によって支えられておる生産力が急激に減退した場合に、もう一方の専業的経営の発展の速度が後退する生産力を十分補っていくだけのものを持つであろうかどうか、ここに問題があると思うのであります。一般的にいえば、人口の急激な流出を転機といたしまして、農家階層が両極に分解していく、その分解の過程の中で農業の近代化が達成できるということでございますけれども、上層の発展が思うように進まない。一方では、絶対数の多い下層の生産力が急激に低下した場合においては生産の縮小が現われてくる。ここに現在の農業内部の動きの中にある非常にむずかしい問題について、私は非常な関心を今持っておるわけでございます。 第二点は、農業構造改善についてでありますが、この事業の発想は、御承知のように、本来パイロット的なものでありまして、特定の地区で高度な生産と経営の形をテスト的に作り出していく、その実績から一般的な施策を導き出すというものであったはずであります。そのためには事業の実施区域は狭くなる、事業費のワクも限定される、実施基準も現在の農家の考え方や要求から見ますというと飛躍的に商い水準となる、また、それだけに国の補助率も非常に高くしてある、こういうものであります。ところが、このパイロット方式が三十七年度から一般方式としてそのまま全市町村に適用されようとしておるわけでございまして、ここに構造改善の問題点なり批判が出てくるのじゃないか、こういうふうに考えております。特に今のやり方で一般方式として推進いたしました場合に、こういうパイロット的な事業内容でもって十年間続けていった場合に、農業全体の成長というものが他産業の成長速度についていけるかどうか。あるいは一般的にいっても、こういう実施基準でやりました場合に、中山間部のおくれが一そう拡大をいたしまして、その地域の農家の不満が大きくなるのではないだろうか。それから純農村的な産業基盤に立っておる市町村の財政なり行政能力の実態から見まして、市町村の負担を相当額必要とする事業を今後も十年間積極的に市町村が受け入れていくであろうか、こういう心配があるのでございます。したがって、この事業を実施する過程で、なるべくすみやかに第二段の対策を検討して、強力な政策を進めていかなければならないと思うのであります。 そこで、それではそういう第二段の政策というものを一体どう考えるかということでございますが、この問題についての、現在、構造改善事業を実施しております市町村等の要望や意見の中から、そういうものを拾い上げて御紹介いたしたいと思います。その一つは、都市化する地域と農林業地域というものを明確に区分して、農林業地域に対しては安定感を与えるとともに、投下資本のむだにならぬようにしていただきたい。五、六年前までは、農家は朝起きますというと、自分のたんぼや畑の作物が大きくなっておるのを楽しみにして田や畑を回って参ります。ところが最近におきましては、農家は朝早く起きて回りますけれども、これはどこに道路がつくとか、あるいはどこに工場ができた、あるいはだれのたんぼが何ぼに売れたとか、こういうようなことに非常に強い関心を持ち始めておるわけであります。こういうふうに非常に不安感を与えておるというのは、現在の経済成長の動きというものが、総合的な国土計画や産業計画というよりは、資本の恣意的な進出といいますか、個々の企業体の投資が先行しておりまして、道路であるとか、住宅とか、公害対策というような問題が非常におくれていく、特にこういう企業投資の一方的な進出に伴い、工場用地であるとか、住宅用地、道路などが農業側の条件を全く無視して、ただ、金さえ払えばそれでいいのだ、こういう考えで進められておるということであります。このために市町村としては農業計画の見通しが全く立たない、あるいは農家も非常に不安定な気持を抱いてくる、さらに、こういうことが条件となって農地価格が不必要に暴騰してくる、こういう問題があるのではないかと思います。 それからその二でございますが、大型機械を導入するための土地基盤整備は国営で実施をしていくべきではないだろうか。その理由は、大型機械を使用するためには農用地の表面的な構造というよりは、むしろ基礎的な土地条件を整備しなければならないのであります。ところが、こうした基礎的な改善というものは当然大規模なものでなければなりませんし、あるいは河川、道路等と関連してくるわけであります。それからもう一方では農家の階層分化と兼業化が進行しておりまして、このような大規模な事業はとうてい受益者負担を建前とする団体営ではやれなくなってくる。したがって、基礎的な土地条件の整備というものは、いわゆる国づくりとして国営でやり、農用地の表面的な構造の改善は受益者負担でやる、こういう考え方に整理するほうがいいではないかと思います。 その三としては、構造改善事業で大型機械の導入が進められておりますが、特に水田関係等につきましては、国または地方公共団体の貸与とすべきではないか。その理由は、現在の大型機械そのものが今日ではまだ試作的な段階である、したがって、今後短期間に次々と新しいものに更新されていく、それからまた、そういう大型機械に対する生産技術も確立されていない、こういう試行的な段階において大型機械をいきなり農家負担とすることは非常に経営上不合理であると思います。当面、国または地方公共団体が所有してまず貸与してやる、将来、条件が十分成熟したならば次々と農家の所有に移していく、こういう形が好ましいと思います。また、その一方では中山間部の傾斜地帯について、今後の機械化についての技術対策というものを別個に、しかも急速に進めていかなければならないだろうとも考えられます。 それからその四としては、農業生産の選択的拡大を進めるにあたって、流通機構なり、加工資本の側の体制を早急に改善する必要があると思いますが、工業については商品生産の規格化によって大量生産方式があらゆる面に侵透しておる。これに対応するために、流通過程ではスーパー・マーケットとか、セルフ・サービスによる廉売店というようなものが新しく発展しつつあります。農産物については流通対策がおくれ、このために生産者も消費者もともに非常な不利益をこうむっております。それからさらに加工資本との結びつきをみますというと、たとえば牛乳の場合をみますと、百頭足らずの乳牛の飼育地帯に乳業会社が四社も五社も入って競争しております。このために集乳費は非常に高く、さらに生産者の側で集乳所を設けたり、あるいは出荷の共同化を計画するために協業化による集団飼育を考える、こういうことが乳業会社の集乳秩序を乱すおそれがあるとして、乳業会社側からそういう計画をくつがえしておるのであります。このように仲買いとか、加工資本が介入することによって、農業生産の近代化が非常に阻害されつつある、こういうことは黙視できないと思うのであります。 それからその五でございますが、農業についての国の補助なり、融資の流し方についても再検討する必要があると思います。もともと体質の弱い農業としては、諸外国の例をみても明らかなように、国の強力な助成援助が必要であります。しかし、現行の構造改善事業の近代化施設を見ますと、非常に硬直的な実施基準に基づいて補助を出しております。このような補助の出し方は、生産者の一番大切な創意工夫を阻害する、またこの実施基準の規模で十分採算がとれるかどうか、そういう保証もない、もちろん国も責任を持つものではない、こういう問題が出てくるわけであります。これは何か言いがかり的な言い方でございますけれども、現場をみますというと、生産農家はどうしても国の実施基準というものに無条件で追従する。それからまた現場の指導者といたしましても、この実施基準というものに非常にこだわった指導をしておるところに問題が出るわけであります。それから次に融資の流し方でございますが、従来、貸付にあたっては物的な担保力というものを条件にしておりますが、今後の貸付というものは、その人の技術なり、経営能力というものを基準にすべきであろう、それからまた、当初から十分企業経営のできるだけの資金量を貸与すべきではないかと思います。こういう人間中心の配慮がなされませんと、若い人が農業をやろうとする意慾を燃やすこともできない、また優秀な人材が農村にとどまることもできないだろうと思います。もちろんこういう巨額な貸付となりますと危険になるわけでございますが、そういう点については、島根県の大東町でやっておりますように、強力な技術の指導体制というものを裏づけといたしまして、事故であるとか、失敗とか、過失というものを、そういう指導で排除して経営の安全な成長をはかるべきであろうと考えるのであります。結論的に言いますと、農業の転換のためには、現在行なわれておるような構造改善事業の事業費の数倍あるいは数十倍の資金を必要とするものでありまして、資本の思い切った投入なくしては構造改善はできないと考えるのであります。その場合に、投下する資本というものの補助と融資との性格をよく検討いたしまして、巧みにこれをかみ合わせて資本効果を上げる、そういう、配慮が必要であろうと思います。 その六といたしましては、農業の構造改善を行なうということは、農村の構造改善が並行して行なわれなければならないということであります。限定された地区の農業構造改善を実施する場合においても、当然その所在する地域全体の総合的な産業計画が前提となるべきであり、また、農業の構造改善のためには農業外の道路であるとか、河川とか、輸送、そのほかの環境整備等が並行的に実施されなければならないと思います。こういうことはもちろん構造改善事業の実施要領にも述べてございますけれども、現実にはこういうことがまだ着手されていない。このためにはもっと関係各省庁間での総合的な協力体制が必要だろうと思います。 それから大きい第三点でございますが、市町村の財政並びに行政能力の向上についてでございます。農村の人口流出は御承知のように非常に激しい。現在の農家戸数を維持するためには、大体毎年四十万の男女が農業に定着していかなければならないのに、現実には七、八万人程度しか定着していない。で、三十六年度においては、農村部から、このような新規学卒者のみでなくして、すでに農業に就業しておる人まで加えて、七十六万人以上の者が他産業に流出しております。このように第一次産業の地域で教育をされた人々が、その地域の産業に貢献し、所得の増大に役立たないで、都市に集中しておるということは、一つの問題点だろうと思います。すでに農村部の町村議会等におきましても、教育費は農村の子弟を雇ってもうけておる企業から特別徴収して実施すべきではないか、貧乏な農村がこのような負担をするのは理屈に合わぬじゃないか、こういうような発言も出ております。それからまた、最低の義務教育は町村で行なっても、高度な職業教育であるとか、高等教育というのは、むしろ企業の負担であるとかあるいは国で負担すべきではないか、こういうような意見が出ておるような状態でございます。 昭和三十年と三十五年の人口統計を比較してみますというと、東京、千葉から九州の福岡まで、太平洋と瀬戸内海に臨んでおります十六都府県の人口を調べてみますと、総人口に対して三十年は四九・七%であったものが、三十五年には五二%に上がっております。それから、三十年から三十五年までの全国の人口増加は四百十三万人でございますが、この十六都府県の人口増は四百二十二万で、全国の人口増加を上回っておる。結局、日本列島の約三分の一の地区に現在すでに全人口の二分の一以上が集中しておる。この傾向がいよいよ強まっておるとするならば、このわずか三分の一の地域に数年足らずして三分の二以上の人口集中が起こってくるのではないか。そうすると、残された三分の二の地域というものは全く空白状態になってしまう。これでは数年のうちに日本列島が太平洋あるいは瀬戸内海のほうに傾いて陥没してしまうのじゃないか、実はこう心配するわけであります。人口の傾斜はそういうふうに急激に起こっておりますが、経済の傾斜におきましても、人口以上に急速度に進んでおるのであります。その結果、第一次産業地帯はどんどん空白となる、一方で都市集中が節度なく進行しておるということであります。このため、第一次産業地帯の市町村の財政は当然弱体化する傾向にある。しかも、その行政機能は都市の水準との格差を是正しなければならないという強い要請がなされておるのであります。 こういう状態を考えますと、今にしてこういう地帯の市町村の財政的あるいは行政的機能の強化のために根本的な対策を必要とするのではないだろうか。特に最近の農林行政を見ますというと、農業構造改善事業を初めとする林業対策、海外移住対策、そのほか各種の施策において、市町村の財政上、行政上の責任を強化しつつあることは注目されていいと思います。市町村の行政は、従来どうかといいますと、公共事業に重点が置かれておったわけでございまして、後進地域といたしましては、各種の条件を整備するためには、当然公共事業に強く依存しなければならないのでありますが、反面、こういう傾向から、市町村長はどちらかというと、国の普請奉行のような感があるのであります。それが最近では産業の発展と所得の向上に非常に強い関心を示し始めたということでございます。 こういうふうに、国としましても、また市町村としても、産業対策に対して重点を向けつつあるときでございますので、これに対する市町村の財源的措置をもう少し強化しなければならない。現在、市町村における基準財政需要額の中に占める産業経済費の割合を見ましても、三十六年度が四・八%、三十七年度が五・一%、農業行政費は三十六年度が二・八%、三十七年度が三%にすぎないという状況であります。さらに、農業政策のみならず、各省の動きについても、各省それぞれ政策なり計画を立てる場合に、市町村は自動的にその下請をやるというふうになっておりますが、裏づけとなる財政については、自治省が市町村の要求なりあるいは市町村のあげる悲鳴によって、あとからこうやくばりをしていくというような事例があまりに多いのであります。したがって、強力な産業政策の樹立にあたっては、まず市町村財政の基本的な強化をはかり、さらに各省の政策樹立にあたっては、事前に十分な市町村財政の手当を考慮していただきたいと思います。 第四でございますが、人の問題について申し上げます。先般、農業構造改善事業のパイロット地区につきまして、いろいろ実施上の問題点を調査したのでございますが、最も多くの意見が寄せられたのは、実はこの人間の問題でございます。それらの意見をまとめて申し上げますと、第一点としては、農民としては何としても農業をやることを自分の使命と考えておる。したがって、農業で十分やれるような政策を早く実現してもらいたい。第二には、農業に希望の持てるような教育、そうして技術的にももっと高度な教育を希望しております。この農業教育でございますが、御参考までに申し上げますと、現在非常に出回っております肥料の登録された銘柄を見ましても六千種類に及んでおります。農薬が四千種類、えさが一千六百種類、さらに各種の機械が日進月歩に変わりつつあります。こういうものを十分に選択し、駆使するためには、もっと高度な農業技術教育が必要である、こういうことでございます。それから、第三には、現在農業に従事しておる青壮年、婦人に対して、新しい技術教育を必要とする。それから、第四に、他産業に就職を希望するものとか、次三男のようにどうしても他産業にいかなければならぬものについてのもっと高い教育を希望しております。これは年次報告にもありますように、農村出身者の教育程度が低いために雇用条件が悪い、工業に就業したものの半ば近くは臨時工である、こういうような劣悪な雇用条件に対する不満が強く出ております。第五は、農業の機械化、近代化に伴って離農のやむを得ないもの、あるいは零細農で転職を希望するもの、いわゆる中高年令層に対する職業訓練を希望しております。それから、第六点としては、以上のような教育なり訓練を普及するためには、もっと奨学資金制度や、あるいは訓練期間の生活保障を考えていただきたいということでございます。 特に、私は最近痛感しておる問題といたしましては、今日のような経済的な合理主義だけで人間が幸福になれるかどうかという問題であります。よく農村の若い人が農業につかない、こういうことが言われますが、それならば十分な労賃を払えば、それで農業に定着するかといいますと、それではおそらくまだ満足しないだろうと思います。この理由は、一つには農村の古い社会構造からくる制約であるとか拘束に対する不満もある。一つには、最近の都会的文化に対するあこがれもあるだろうと思います。こういう急激に変動する時代においては、とかく人間はその方向を見失いがちだ、また人生の価値観の錯倒も起こしやすいのでありまして、少なくとも農業政策について言った場合に、単に経済的な合理主義だけを中心として立てていいかどうか、それではたして農業の転換が乗り切れるかどうか。一例をあげますならば、この経済的な合理主義を通すならば、外国に安い食糧があればこれを輸入していけばいいじゃないか、こういうことが言えると思います。しかし、農業というものは、あるいは農村というものは、経済問題以前の民族の歴史的な伝統というか、民族の本源的な問題について一つの大きな役割があると考えるのであります。また、今日のような商業式文化のはんらんする中で、はたして人間が幸福に生活できるかどうか、非常に大きな疑問を持つものであります。このような経済的な傾斜の進行する中で農業というものの位置づけを明確にする、さらに民族的というか、人間的な発展の過程で農村文化のはたすべき役割を今にして確立しなければ、私は農業の発展はあり得ないと考えるのであります。こういう問題が農林省といい、あるいは文部省というような行政機関で解決できるとは思われないのでございますが、一応ここで申し上げておきたいと思います。 最後に、結論的に申し上げたいのは、農業構造改善事業が何か農業基本法の具体策のすべてであるかのように宣伝をされたり、あるいは農家自体もそのように受け取っておる向きが非常に多いのでございますけれども、この構造改善事業そのものは、さきに申し上げたように、一つの限界があるということをわきまえなければならない。で、農業構造改善事業は、これらの日本の農業が進もうとしておる一つの方向を探り出すための一石を投じたものであると思うのであります。その一石としての価値は正当に評価されるべきである。しかしながら、池に投じた一石だけで、その石がどんなにりっぱなものでありましても、その池が埋められるものではないということであります。投じた一石によって起こるこの波紋によって池の広さを知り、あるいはその池の深さを知って、池を埋めるための総合的かつ強力な対策を別個に検討されなければならないということであります。そのような意味で、構造改善事業を一つの踏み台として農業政策の推進がすみやかに企画されますように期待をいたしまして、私の公述を終わりたいと思います。(拍手)
○委員長(木内四郎君) ありがとうございました。 大久保先生に対する御質疑がございましたら、御発言願います。
○北村暢君 私は、今の御意見はもう相当尽くしておるので、あまり質問することもなくなっちゃったわけですけれども、構造改善事業の問題についてお伺いいたしますが、今の公述にもあったように、農林省の実施をしておる農業構造改善事業というものは、三千百の市町村に十年間でやるということですが、それもまだ緒についただけで、しかもその実施基準というのが非常に机上で作られた机上プランであるために実態にそぐわない、こういうような問題が各所に出ているのだろうと思うのです。たとえていえば、今まで集約酪農地帯というところで酪農をやるということでやってきたものが、急に構造改善事業ということで和牛をやれ、こういうことで選定をされる。選択的拡大で和牛というものを選択してやる。そうすると、そこで酪農をやってきた人が和牛に切りかえられて和牛地帯になってしまうというので、これはまあ非常に不合理です。今までの投資が、酪農でいけばいいのですけれども、和牛ということで切りかえなければならない、あるいは酪農そのものが集中化していかない、こういう問題で相当もめておるところがたくさんあるようでございます。そういうような点について、大久保さんは実際家なんでありますから、現在行なっております構造改善事業についての忌憚のない御意見をひとつお伺いいたしたい。 それから、先ほど、一石を投じたというのは、まさにそのとおりなんであって、これを実際に近代化していくためには数倍、数十倍の予算が要るだろう、こういうことですが、私もそういうふうに思うのであります。したがって、このままでいけば、基本法の重大な事業が構造改善事業でありますが、これに集中して、ほかのこれを広める施策というものがない限り、非常にその町村においてのアンバランスができてしまう。その指定された地域はいいわけでありますけれども、そうでないところは補助その他のおくれた形で残ってしまう。隣合わせで非常に差ができてしまうということが起こってしまう。したがって、今度の予算を見ましても、いろいろ施策は講じられているようですが、これも一般地域といって、一般地域だからこれ全部いくかというと、そうでないので、農民はそういうふうにパイロットは見本で、一般地域は全部いくのだろう、こう思ったところが、全部はいかないのだということで非常に問題が起こるのです。そういうことで、この今度の予算等を見ましても、そこまではなかなか大がかりな予算というものはできていないじゃないか、こう思うのです。したがって、この点については相当これは思い切った施策が講ぜられなければならないじゃないかというふうに思いまするので、この予算の面からしての御批判があったら、ひとつ御意見があったらお伺いをいたしたいと思います。
○公述人(大久保毅一君) ただまいの御質問は、第一点は構造改善事業の効果という点であるかと考えますが、先ほども申しましたように、現在構造改善事業というものは、技術的に見ましても、あるいはこの構造改善事業の考え方の出発の経過から見ましても、一つのテスト的なものだとわれわれは理解しております。したがって、そういうテスト的なものと見た場合においては、非常にその効果が現在出ておるのではないか。言いかえますと、構造改善事業に対するいろいろな批判や問題点が出ておるということが、この構造改善事業自体の効果である。したがって、さっきも申しましたように、こういう問題点なり批判というものを率直に受け取って、その地域々々の、あるいは生産農家のほんとうに要求するものが打ち出されるような第二段の施策を早く講じてもらわなければ困る、こういうことでございます。 それから、第二点の予算上の問題でございますが、実は今も申しましたように、ようやく三十七年度、八年度の二回目の予算でございまして、まだ構造改善事業そのものの具体的な反響というものが、事業を通じてまだ出ていないような状態でございます。したがいまして、むしろ今年から来年にかけては、そういう問題を徹底的に調査するためのむしろ調査費といいますか、試験研究費というか、そういうものをもっと盛っていただいて、それから単に農林省だけの調査ではなくて、もっと農民の意見がなまに出るようにしていただいたらどうか。たとえていいますと、農政審議会というものが設けられておりますけれども、その動きを見ますというと、何といいますか、農林省側の諮問を答申するというような消極的な活動しか目につかないわけであります。ところが、農業基本法を見ますと、農政審議会の役割というものは、やはり自主的に調査審議する機能があると思います。せっかく一流の方を集めた農政審議会を設けておるならば、そういう審議会の活動を通じてもっと農家と密着した意見が出ていいのではないか。この場合に役所を通して事務局が処理いたしますと、どうしても役所というものは斬新な意見というものに対しては抵抗いたしますし、なまのままでは出ないわけであります。そういう農政審議会が農家の意見等をなまのまま、まとめて出すようなものについては、これは農林省というような役所的な事務処理をしないで、審議会自体で独自にやれるようなことをしたらどうか。こういうような予算上の配慮が、もっと、こういうせっかく作った機関を中心に持たれるならば、われわれが期待しておる第二次対策というようなものがその中から生まれ出るのじゃないか。そういうものが少なくとも三十九年度あたりはほんとうは出てきてほしい、こういうことでございます。
○北村暢君 先ほどの最後の御意見で、経済合理主義だけでは解決できない問題が出てきておるのであります。その中には、御意見として、大型機械は、個人もしくは共同で持つよりも、国もしくは公共団体が持つとか、あるいは土地改良関係は大型機械で国がやるべきであるとか、こういうことで、農業基盤並びに機械化というようなものについて、農業従事者独自の資本力ではなかなかそこまでいけないというための保護政策といいますか、こういうものが必要だと、こういうふうに受け取りましたが、これが構造改善事業も、国内における経済の高度成長の中における農業だけ取り残された形が、何としても追いつくための近代化が必要だ。そういう努力と、また貿易自由化という面から、一つはどうしてもやはり農業を近代化していかなければならぬ。こういう面と二つ出てきているのだろうと思うのです。そこで考えることは、先ほど輸入食糧でも、合理主義からいえばそれでいいのじゃないか。がそれでは今直ちに解決しないじゃないか、こういう御意見ですから、私どももそうは思っておるのですが、とにかくそういう非常に激しいあらしの中に日本の農業というものは今立たされ、転換しようとしているのですから、そういう意味における国の保護政策というようなものを考えていかなければならない。お説のとおりであると思うのでございますけれども、その場合に、私はお聞きしたいのは、自由化と関連をして、ただそういう保護政策一本やりで、自由化というものに対しては、これは政府の方針としても、近いうちにはこれは自由化しなければならないだろう。いずれは、国際競争に打ち勝つような日本の農業に切りかえていく体質の改善をやらなければならない。それに対して今の施策でとっておる選択的拡大とか、あるいは主産地形成だとか、こういう問題が十年の速度、十年計画でやっておるのですから、これはちょっと私はあまりのんびりし過ぎているのじゃないかという感じがするのです。と同時に、構造改善事業ということをよく言われますけれども、構造改善事業というものはさっき言ったモデル的なものですが、ほんとうの意味における日本の農業の構造改善ができて、国際農業に太刀打ちできるようなものが、近い将来に夢として実現する可能性があるのかないのかということですね。これが私は非常にむずかしい問題だと思うのです。そのためには、今の農業生産人口なんかも、相当減っていかなければもちろんならないのだろうと思うのですが、それを日本の農業の最大の欠点は、やはり零細農業ということですから、この零細農業というものを克服する手段ですね。これが先ほど言った経済合理主義だけでいけない。やはり農民の歴史的な環境というものがあるのですから、土地に対する執着というものが非常に強いわけです。そういう土地に対する非常に執着のある日本の農民を一大改革をして、そうして経営規模を拡大していくということは、なみたいていなことではないだろうと思うのですが、実際の面から携わっておる大久保さんの、今後の農業の形というものについて一体どんなものになるのだろうか。近代化近代化と一口に言うのですが、なかなかこれはむずかしい問題であろうと思います。そういう夢のような形でも、未来像というものを、御意見をお伺いいたしたい、こう思うのです。
○公述人(大久保毅一君) 御質問は二つあったかと思います。第一点は貿易自由化の対策でありますが、実は私は貿易自由化というものがわからないわけでございます。というのは、昨年まで、われわれは新聞や何かで承知しておりますと、日本の農業については貿易自由化をやらないのだ、こういうような発言が政府側からなされておったと記憶しております。ところが、ことしに入りましてから、農林省方面では貿易自由化をやるかもしらんが、重要な問題についてはやらないのだ、こういうような非常にあやのある発言でございました。通産省側では、農産物について貿易自由化をやるのだ、こういうことも何か新聞に出ておりました。一体、貿易自由化の程度というものが、全然われわれにはわからないわけであります。したがって、政策の中で貿易自由化に対する明確な政策も出ていないし、また貿易自由化そのものの農産物についてのスケジュールといいますか計画も明らかでない。こういうようなもやもやした段階で、一体貿易自由化対策をどう考えるかという点については、ちょっと私は答えにくいということであります。 それから零細農というのが現在一番問題になっているのだということでございますが、零細農が今後農業からだんだん昇華していって少なくなるということは、これは必然的だと思います。ただその場合に農業政策だけでこういう問題は処理できないということだろうと思います。農業政策としては、やはり農産物を生産し、商品化するものが、農業の対象とならなければならない。自給的な性格のものは、これは農業者とは言えないのじゃないか。農業者でないものを農業政策の中に入れているからいろいろな混乱ができ、そこにまた政策の不十分が起こってくるのじゃないか。したがって、これは一体農民というものは何か。これは農業委員会等の法律についても、あるいは農協等の法律についても関連して出てくるわけでありますが、この農民というものの定義を現在の段階では明確にすべきじゃないか。言いかえると、農業政策の対象を明確にしてもらいたい。それからはずれたものは、これは労働政策とか社会保障政策で処理していくべきじゃないか、そういうものが出てこないから、零細農が土地を離せないという非常に矛盾した問題が出てくるのであります。したがいまして、農業としてはそういう政策が次々と打たれるならば、今後いわゆるヨーロッパ的な中規模の農業というものが伸びてきて、それがいわゆる基本法による自立経営農家というふうなことで日本の農業をささえていくのじゃないか。そういう自立的農業というものが発展する具体的な政策が、まだ構造改善事業に見られぬのじゃないか、こういうことであります。
○委員長(木内四郎君) 大久保先生、ありがとうございました。 —————————————
○委員長(木内四郎君) それでは次に、力石定一先生にお願いいたします。
○公述人(力石定一君) 賃金と物価の問題につきまして私の所見を述べさせていただきます。 最近の賃金上昇率の状態を労働省から発表になっておりますが、これによりますと、昨年三十七年、暦年でございますが、一〇・六%の賃金上昇率を示しております。これの内訳を見ますと、五百人以上の大企業は五・三%の上昇率、それから百人から四百九十九人までは一〇・七%の上昇率、それから三十人から九十九人の中小の下のほうは一四・九%、それから五人ないし二十九人の従業員数を持っているところは二三・〇%というような非常に高い賃金上昇率を示しております。このことは賃金較差がだんだん解消に向かっているということで、ある意味では日本の機械工業というものの非常な発展を中心として、近代的な雇用構造にだんだん転型しつつあるということを示していることであって、好ましい現象であると思うわけですが、しかしながらこの五百人以上の賃金上昇率五・三%というものを、昨年起こしました六・八%の消費者物価の騰貴、これと比べてみますと五百人以上のところでは約一・五%ほど実質賃金としては低下しておる。すなわち消費者物価指数のほうが七%上がって賃金は五%、そうするとそれだけ五百人以上のところでは実質貸金が低下しているということが出ているのではないか。これに対して零細企業のほうも二三%という非常に急速な賃金の上昇がある。ここでは実質賃金としますと一五、六%の賃金上昇になっている。このことは何を示すかといいますと、五百人以上の賃金所得者は賃金所得は非常に量が多いわけでありますから、ここのところからいわば零細のほうに回ったということでございます。すなわち二重構造解消、つまり底辺の賃金の上昇に伴う二重構造解消への傾向の負担を、そのコストを支払ったのは大企業のほうの労働者が身銭を切ったということがここに示されておるわけであります。ここでは二重構造解消といいましても、上を低くして下を上へ上げていくというのでは困るのであって、全体として生産性も上がっているわけですから、全体として実質賃金が上昇していく中で二重構造を解消していくという方法をとらなければいけないということであります。そのためには五・三%の賃金上昇は名目でございますが、実質的には一・五%の低下というものを、どういうふうにして今後の予算では問題にしていったらいいか、予算的な観点からこういう賃金水準というものに対して政府はどういうふうに介入したらいいかということが問題になってくるわけであります。 で、近代国家ですと、こういうふうに消費者物価指数が上がりますと、最低賃金制が全国的に一律に最低賃金制が施行されておりますから、消費者物価が上がれば、それにリンクされて最低賃金は上げられていく、実質賃金は下がらないようにしていく、あるいは消費者物価のほうをいじってこれを上がらないようにしていく、これが政府の責任として近代国家としてはやられるわけですが、日本では残念ながら最低賃金制がないわけです。したがって政府の介入ルートとしては、公共部門の賃金水準あるいは生活保護者の給与水準、こういうふうなものがルートになるだろうと思います。このルートでもって実質賃金の低下を防いでいくということが、今度の予算においてやられているかどうかということが、一つ問題になるところであります。 で、この公共部門の賃金を上げますれば、全体としての公務員並みというようなことが世間の賃金相場になるわけでございまして、全体として上がっていく。こういうふうな方向に政府が努力することが必要ではなかろうか。そうしますと、やはりここでまた予算の問題が、予算をどうやってひねり出すかというようなことが問題になります。先ほどから問題になっておりますように、日本は農業予算も要る、中小企業の予算も要る、あるいは社会保障をもっと十分出さなければいけない。上がっているけれども、ふえているけれども、なかなか十分じゃない。こういうふうな押せ押せで一ぱい予算要求はある。なかなかこれをこなしていくのがむずかしい。そこで、日本の財政というものを、こういうふうな押せ押せになってきたやつをじっとがまんして待つという形でいかざるを得ないものなのかどうか。ここに一つの根本問題があるのではないかと、こういうふうに私は思うわけです。だから公的賃金の問題は、単に賃金水準全体の問題ではなくて、日本のいわば公的な社会的な負担を国家はどれだけちゃんとやっているかという問題、公共投資も確かに非常に必要でありますけれども、公共投資の増大テンポに比べますと、ずっとその他の社会福祉的な支出の増大テンポは低い、こういう関係になっているのであります。これを公共投資のほうを落として、増大率を落として、支出構造をもっと社会保障的なほうに回していくということも一つのやり方でありますけれども、全体としてやはり日本の財政ファンドというものが少ないのではないか、この点に一つ問題をしぼって考えたらというのが、私の一つの提案であります。 国民総生産に占める租税の負担率を国際的に比較してみますと、御承知のように日本はことし二二%、これは地方税とかその他全部入れて租税の負担率が二二%でございます。これは近代国家の普通の水準というのはどのくらいかといいますと、西ドイツが三四%、オーストリアが三三%、フランスが三二%、イギリスが二九%、イタリアのような割合と貧乏な国でも二八%ほど租税を負担している。たっぷり租税はやはり出して、公的な仕事はやっているという形になっております。日本では国民所得が全体として低いのだから、低いところへもってきてあんまり高い租税負担率をかけると苦しいというようなことが、一般にいわれているわけです。そのことが二二%からあまり上げまいということの大きな理由になっているわけでありますけれども、私は二二%という水準は、あまりにも水準として低いのであります。大体トルコとかスペインとか、ああいう割合と近代的な国でない国の水準だと、二二%までも租税を取るということになりますと、どこから取るかということが一つの問題になります。近代国家として当然やるべきことをやるだけの水準というのは大体二五・六%くらいに一挙に引き上げる、もっと二八%くらいに引き上げるということがやっぱり必要になってくるわけですが、これを今までの勤労者の所得税から取るといったって、これ以上取りようがないわけです。そこで私は、取る基本的な場所をどこに置くかということで、ひとつ国際比較をやはりやってみたい。 一つは法人税でありますが、これは日本は法人税が高いようにいわれておりますけれども、国際的に比較しますと、非常に安い。アメリカが五二%、収益の中の五二%を出しております。イギリスに至っては五四%で法人税の率が高いわけです。西ドイツが五一%。フランスが五〇%くらいです。大体、近代国家は五〇%くらい収益の中から公的な負担を企業は負っている。日本はこれに対しまして三八%くらい、四〇%を割る水準であります。一割以上法人税は安い。しかもその安い法人税を、いろんな特別措置でもって負けてあげたり、払わなくてもよいということがたくさんやられているわけであります。 そこで、それと所得税につきましても非常に累進性が乏しい。日本の所得税とか地方税全部含めまして所得階層別に租税負担率を出してみますと、何と直接税、間接税全部入れまして租税負担率を出してみますと、年間十万円以下の人が二一%でありまして、これが一番たくさん租税を負担しております。それからずっと二十万円以下が二二%、三十万円以下が一〇%くらい、五十万円以下が一〇%、それから七十万円までが一〇%くらい、それから百万円までが一二・三%、それから百万円以上が一九%となっておりまして、百万円以上のところが十万円以下のところよりも総合負担率としましては、間接税なんか全部入れますと総合負担率としては低い。これはいわば累進課税の原則に反しているわけでありまして、累進性が非常に乏しいのであります。これは逆進性といいます。こういう租税の構造を逆進性といいますが、こういう逆進的な構造では、なかなか租税は捻出できない。もっと近代国家並みの累進的な性格をこれに与えていくということによって、かなりの財源を支出することができるのではないか。そういうふうにしてたっぷりやはり二八%程度の予算をもって、そして公共投資ばかりふやすのではなくて、そのほかのものも同じテンポでふやしていくということをやりますれば、日本の近代的な社会体系というものは、もっとスムーズに行なわれるのではなかろうか。 こういうふうにすると予算がふくれてくる、インフレの原因になるから、なるべく二〇%くらいのところでとめておいたほうがいいと、一般にいわれますけれども、むしろ二〇%くらいに押えているために、財政規模が比較的総体的に低い。したがって金融面では野放図な貸し出しをやっていて、投資競争をどんどんやって、そうしてどんどん二重投資、三重投資をやるというふうな形が出てくるのではなかろうか。また、投資課税を安くしておるために、安いからどんどん蓄積をやるというので、不必要なほど民間投資が先行してしまう、こういうことになっておるのでありまして、むしろ二八%はちゃんと先に取るものを取ってやって、それでしかもインフレにならないように金融面では慎重にもっと押えていく。投資を全体としてコントロールしていく、こういうやり方をするならば、租税あるいは予算の所得再分配効果というものがもっと近代化するというふうに私は考える。そういうふうにしてやれば、今出ております農林予算だ、中小企業予算だ、あるいは公務員の賃金はどうだと、こういうような問題、社会保障の問題なんかも、もっと十分なやり方がとり得るのではないか。この点でどうも日本の政府は遠慮し過ぎているというふうな気が私はするわけであります。これはまあ賃金ファンドをどうやって捻出するか、それによって公的部門の賃金を上げますならば、全体として賃金の上昇、実質賃金の低下を防ぐことができるというふうな努力、これをやる必要がある。 その次に、物価の問題に入って参りますが、先ほど言いましたように、消費者物価は七%も非常に騰貴しているのです。この騰貴の原因を見てみますと、御承知のように、生鮮食料品が上がったとか、あるいは今言いましたように、零細企業の賃金が二割も三割も上がるわけでありますから、賃金コストが上がってくる。そうすると、零細企業の商品の騰貴が起こる。それからまた公共料金の騰貴が起こる。こういうふうな騰貴が起こってくるわけであります。これに対してどういう態度をとるかということが一つ問題になって参ります。生鮮食品なんかにつきまして流通機構を整備する。これに対してちゃんとお金をつけていくということが一つ問題としてはあるわけでありますが、昨年の三月の政府の物価問題についての政策を見ますと、こればかりでなく、もっと広範な対策が出ておりました。ところが、最近はどうもこの生鮮食品ばかりに熱中されているわけでありますが、私は、この消費者物価の騰貴に対して、やむを得ない部分は、今言いましたように、この賃金水準を全体として引き上げて、実質賃金を低下させないように、消費者物価の騰貴におくれないように賃金を上げていくということが、やむを得ないものに対してはそういうふうにやっていく。しかしながら、ある程度押える手段もあるのではないかということも考えてみたいわけであります。たとえばこの零細企業の賃金騰貴は、これは望ましいわけでありまして、また、賃金が上がって二重構造を解消するということは政府の目標でもあるわけです。だから、賃金を押えて物価を上げないということはできないわけでありまして、賃金を上げて、しかも物価が上がらないようにするにはどうやったらいいか。一つのやり方は、零細企業が使っておりまする原材料、これをもっと下げるという努力をやってみたらどうか。たとえば鉄鋼原材料については、鉄鋼価格をもっと下げていく、あるいはプラスチックというような原材料を使うものに対しては、プラスチックをもっと下げていく、こういうふうな大企業製品の価格をもう少し下げるように努力したらどうか、日本のように二重構造が非常に激しくて、どうしてもこの底辺労働者の賃金を上げなければならぬ国におきましては、どうしても消費者物価の騰貴率は大きくなってきます。だから、ほかのいわば下げ得る物価を下げていくという努力も並行して、相殺していくという努力をやらなければいけない。外国の例ですと、大体消費者物価の騰貴率は二・三%でありますから、相殺努力はそれほど必要ないのでありますが、日本のように二重構造解消の課題をになっている国におきましては、物価構造を変えていく。すなわち、大企業の製品についてもう少し手を加えていくということが必要である。昨年の三月の対策には、ナイロンとかその他につきまして政府も勧告をやりまして、その面で少し上がる方向を調整するということが、原材料を安くすることによって吸収していくというふうな努力がやられましたけれども、最近はどうもその辺が忘れられてきているんではなかろうか。御承知のように、この日本の大企業製品というものは、かなり製品価格が動くわけでありますけれども、それにしましても、やはり硬直的な、いわばかなりの生産集中度に達しまして、市場を無視して価格を硬直的に維持していくというふうなものがたくさんございます。こういうふうなものにつきまして、もっと政府の介入を促していく、そうすれば、それによって相殺努力が強められていくんじゃなかろうかということであります。御存じのように、アメリカの国会では、キーフォーバー委員会というのがございまして、鉄鋼価格とか自動車の価格とか、そういうふうなものについて、全体として物価騰貴傾向がある場合に、そういう大企業製品に対して抑制の努力を行なう、そうして調査をしっかりやって、物価を引き上げないように、また、むしろある程度下げるような方向に努力するということをやってきておるわけであります。日本におきましても、やはり日本のように特に二重構造解消の課題の激しい国におきましては、そういう努力がもっと強められ、アメリカ以上に引き下げるというふうな努力をやらるべきではなかろうか。そこで、そういう管理価格、寡占価格のものを少し見渡してみましてどういうことが言えるかと申しますと、第一には、管理価格を常に設定しているものに対しまして、政府のいろいろな形での保護政策、その産業への保護政策がやられているわけであります。したがって、ギブ・アンド・テークの関係におきまして、大企業は税金の面でもっと負担するだけではなくて、価格の面でも社会的なそういうふうな摩擦を防ぐために、自分たちの利潤をある程度はき出してもらいたい、こういう努力がもう少しやられていい。管理価格を形成しているものはだいぶたくさんもう出てきております。たとえばアルミとかガラスとかナイロンとかビニロンとか銑鉄とか、あるいはブリキ、珪素鋼板、こういうふうなものは非常に硬直的な価格現象を呈しておりますから、こういうふうなものに対しまして、これは私的部門でありますから、なかなか政府としては介入しにくいわけでありますけれども、介入のルートを探しますれば、いろいろな形で政府はこれに援助してやっているわけであります。そうしてまた膨大な資本を蓄積してきておるわけでありまして、価格を下げてある程度協力してもらうというふうなことは、ギブ・アンド・テークの関係においてもやり得るのではないかということが一つであります。そのためには、やはりこの部門でどの程度蓄積をはき出させ得るかということを調査する必要がありまして、そのためには、やっぱり原価計算をちゃんと法的な努力でもってやって、そうして利潤はどの程度ということをもっと明確に把握する。ちょうど公共料金に対しまして値上げ要求があった場合には、その原価計算をはっきりさせて、その利潤はどの程度かということをはっきり見て政府が介入するような、そういう努力がやはり必要ではなかろうか。大体これほど生産全体に対しまして集中度は一〇〇%から九〇%に達しておるわけでありますから・大体近代国家では五〇%以上の生産集中度を持った部門に対しては、やはり生産力はいわば寡占的な支配をしているわけでありますから、社会に対してもっと責任を持つということが常識になっている。日本もそういった常識をもっと働かすならば、予算面で金を出すだけでなくて、価格面で所得再分配効果をやって、二重構造解消の負担を調整していくことができるのではなかろうか。これはまあ寡占価格、管理価格といわれるものの状態。 そのほか、日本では公取の独禁法の適用除外を受けておりますところのたくさんのカルテル価格がございます。このカルテル価格も、不景気だから、何とか調整価格を政府が介入してやってもらいたいという形でいろいろやられているわけでありますが、この場合でも、ほんとうにそれが利潤がもうなくなったか、非常に弱り切った状態で適用除外を受けてカルテルを結んでいるというふうなものは割合に少ないのではなかろうか。そういうものも中にございますけれども、政府が参加して独占的な利潤を何とか確保させてやっているというふうな傾向が多いのではなかろうか。こういうものに対しては、やはりちゃんとした公正な原価計算を国会あたりで明確につかんで、そうしてこの程度の利潤を吐き出して、この程度の標準価格ならカルテルを認めていいというふうな政府の努力を行なっていく。こういうふうな形で原材料をもっと下げていきまするならば、中小企業といたしましても、騰貴しつつある賃金に対抗するだけの余裕が出て参ります。また、日本に国際競争力をつけるためには、中小企業の近代化が必要なんでございますが、近代化のためコストをそういうところから得ることができる。中小企業に、単に予算面、財政や金融面から援助するだけではなくて、価格面で大企業がもう少し援助を与えてくれるように政府が介入していく、こういうやり方が必要なのじゃなかろうかと思います。そうすれば、予算の足りないところはそういう面からやっていくことができる。そういう形で中小企業の近代化と、高い賃金に対抗できるだけの余裕が作られる。そういうことによって、全体として中小企業製品がりっぱな製品になり、そのことは大企業の製品とあわせて、日本の製品の、何といいますか、性能を強化していくというふうなことができるわけであります。こういう今までの日本の社会政策で忘れられておる、しかも、欧米の近代国家では当然やられておるような価格政策、こういうようなものを政府としてもう少し考えていく必要があるのではなかろうか。これが零細企業の賃金騰貴に対してどう対抗していくか、この賃金騰貴に対してそれがプッシュするところの物価の騰貴、これの半分くらいをこういうふうなもので相殺できるのではなかろうか。半分くらいは相殺できますけれども、あとの半分はむずかしい、騰貴せざるを得ない、消費者物価に影響さぜるを得ない、そういうものは賃金を上げることによってカバーできる、こういうことであります。 それから、最近の消費者物価の騰貴で重要なのは、公共料金の値上げです。これは非常に昨年度から問題になってきた点でありますけれども、この公共料金につきましてもいろいろな問題がございます。先ほどいいましたように、日本の予算が非常に不足しているために、窮屈な形で編成されているために、当然政府が負担すべきものを出していない。たとえば郵政事業なんというのはそうですね。こういうものは一番もうかるものじゃない。だから、どうしても政府がやらざるを得ない。もうかるもの、電電公社とか国際電電とかは、公社なり、あるいは私的部門に譲ってしまう。もうからぬものばかりが政府の手に残されているわけですから、そういうところにちゃんと政府が金を出してみてやらなければならぬ。ところが、そういう金は先ほど申しましたような予算構造から出せないということになっているわけです。そこのところをひとつ突破していただきたい、これが一つ。それから、この公共料金と申しましても、内容を見てみますと、料金体系にいろいろ違いがございます。一般的に公共料金水準を論ずるのではなくて、大体公共企業体は、あるいは公益企業体は、価格を、いろいろな多角的価格政策といいますか、多角的に編成しております。たとえば電力をとってみますと、大企業、工業用の電力に対しては、かなり安く提供する、あるいは電灯に対しては、これに対してかなり上回った形で提供するというふうに、価格に格差を設けているわけであります。したがって、価格格差、この格差をもっと慎重に検討してみる必要があるのではなかろうか。たとえば電力をとりますと、値上げがどうしても必要な場合に、大企業の特約料金あたりを上げるのと電灯料金を上げるのと比べますと、電灯料金のほうは消費者物価に非常に響きますけれども、大企業向けの特約料金、大口電力を少し上げるということになりますと、それはかなり大企業の利潤でもって吸収できるわけであります。だから、消費者物価にすぐ影響しないように料金を改定し、消費者物価に響くようなところはむしろ据え置くと、たとえば電力の価格体系を見てみますと、国際的に比較しましても、日本の大口電力は少し安過ぎるのではなかろうかという気がいたします。たとえば電灯料金を一〇〇といたしまして、大口電力の比率が日本では約三五%ぐらい、三割強、これに対しまして、イギリスあたりですと、電灯料金に対して大口電力は八〇%ぐらい、八割ぐらいです。非常に高く取っている。それから、アメリカですと大体五五%ぐらい。ですから、大体半分より強いぐらい取っているわけです。原価計算をしますと、大体においてイギリス並みの電灯料金に対して、大口電力は、割合に大口にわっと供給するわけですから、コストがかからない。したがって、少し安いのはあたりまえなわけですけれども、原価計算をいたしますと、大体八割ぐらいのところがいいところじゃなかろうか、こういうふうに考えます。日本は一〇〇に対して三〇と、あまりにも安過ぎる。だから、この安いやつを上げまして電灯料金のほうを下げますと、消費者物価のほうを下げて、そうして特約料金を上げるということができる。すなわち、電力企業そのものに、消費者物価騰貴に対して抵抗するだけの負担を負わせることもできる、それだけのかなりの利潤を上げている部門であります。それから、私鉄あたりになりますと、これは御承知のように、その関連部門、不動産とか、あるいはデパートとか、そういうふうなもので非常に利潤を上げている、これは鉄道を持っているという、いわば独占的な保有力というものがそういう利潤を上げさせるわけでありますから、これをひとつプールした形で計算をしていく、そうして、そこからいろいろな形での私鉄の投資をやっていくというふうな介入が必要なのではないか。もう赤字になったからすぐ上げたいといえば、すぐ政府としては、それでは困るから、上げないように、そのかわり私鉄の税金をまけてあげますというふうな形で簡単に考えるのじゃなくて、やはりもっと大企業として負担できるものを負担してもらうというふうな努力が政府としてもやられるべきじゃないか。そういうふうにしますれば、公共料金の騰貴傾向というものは、かなり抑制できる。すなわち、多角的価格政策の体系をいじるというふうなやり方を加えることによりまして、予算に負担のかからない形で公共料金の値上げを抑制できる、値上げを抑制するために税金をまけてあげますということになりますと、ますます予算が足りなくなる。ですから、そういう形をとる必要があるのではないか、こういうやり方をとりますれば、消費者物価の全体としての騰貴傾向に対して、反対に相殺傾向をある程度動員することができるのではなかろうか。このようにして、全体として消費者物価の騰貴率をもっとなめらかにして、そうして二重構造解消の負担が勤労者のみにかかるのではなくて、今までの大いに上げてきた蓄積を、ある程度価格の面で再分配していくという形で二重構造を緩和していく、こういうやり方が近代国家にふさわしい二重構造解消のやり方ではなかろうか、こういうふうに私は考えるわけであります。 先ほど申しました管理価格の問題について、多少補足さしていただきますと、生産集中度が非常に高いものがおくれているということ、それから、利潤ですね、利潤が非常に管理価格によって大きくここにはらんできている。で、この利潤率をやはりずっと調べてみる必要がある。非常にそこに高い利潤率が滞留しているということになりますと、そこに負担してもらう能力は非常にあるということでありますから、やはり生産集中度と利潤率、この問題をよく調査して、これを単に会社から出してもらう資料ですと、やはり問題があるわけでございまして、やはり客観的にそれが調査できるような政府の努力、調査委員会を政府としてはやはり持っていく、こういうやり方はアメリカあたりで非常にやられている近代的なやり方でございます。 それから、かなり下がっているものもございます。たとえば自動車とか電気製品、そういうものはかなり下がっております。こういうものは下がっているからいいというふうに一概に言えないのでございまして、この下がり方が、どの程度の下がり方をしているのか、すなわち、利潤率が、下がりながらも上がっていく、日本の新しい産業でございますから、いろいろな形で、そこに価格を下げても、新しい産業ですから、価格が、どんどんどんどん量産効果が出て参りますと下がって参ります。にもかかわらず、そこに一定の高い利潤が蓄積されていくというふうな、いわば硬直的でないような管理価格といいますか、変な概念でありますが、そういうふうなものもかなりあるのではなかろうか。こういうものにつきまして、もっと客観的な調査をやりますれば、そこに負担してもらうものがかなり出てくる。そうしてそのことによって価格を下げれば、消費者物価の一要因も、騰貴の一要因をむしろマイナスに持っていくことができる。そうすればプラスを非常に相殺できる力を持ってくる、こういうふうなことになっているのじゃなかろうかと思います。 それから、たとえば郵便なんかにおきましても、政府として、先ほど私は政府がたっぷりもっとお金を出す、もうからぬところに金を出すと申しましたが、こういうものに関しましても、たとえばもうかっている国際電電だとか、あるいは電電公社とか、こういうふうなものと、プールした形でやれば、かなりそちらのほうに負担してもらうことができるわけですし、それから価格を見ますと、最近ダイレクト・メールが非常に多くなっております。これは非常に重量としても重いわけですが、しかも郵便料金は安い。このダイレクト・メールが非常に多いために、労働者——郵便労働者は非常に労働が過重になってきている。しかもこれは非常に安い。こういうふうなものは、このような料金はいじっても、消費者物価に影響しないわけであります。宣伝用のものでありまして、大企業のかなり利潤を蓄積した大企業部門の宣伝用のコストでありますから、そういうようなコストを負担してもらう。そうしますというと、郵便料金あたりでも、もっと下げ得るものが出てくるし、あるいは少なくとも上げるのは防ぐことができる。上げないでやれる。また公務員の労働者の賃金もそういう面でファンドをカバーできるというふうなことがあるわけでございます。 こういうふうに私は概観して見て感じますことは、日本では、どうも非常な高成長が行なわれましたけれども、大企業が社会的な費用に対して何といいますか、考慮する点が、社会的に意識が低過ぎるのじゃないか、社会的費用というものが、近代的な概念として出て参りまして、資本蓄積をやっていくのに、どうしても社会的負担として企業が負わなければならぬ社会的な費用、ソーシャル・オーバーヘッド・コストというものがあるということが、近代国家では常識になっております。そういうふうなものを大企業で租税の面で、価格の面でうんと負担してもらうということを、社会的な習慣として定着させるという努力をもう少しやっていきませんと、いつまでたっても、高蓄積のあとを公共投資や社会的な投資が追っかけていく。なかなか先行投資に追いつくことができないというふうな全体としてのソーシャル・アンバランスといいますか、社会的なアンバランスが大きくなっていく。多かれ少なかれ、社会的なアンバランスというものは、私的部門が非常に進み過ぎて、公的部門が立ちおくれるという傾向が近代国家どこでもあるわけでございますが、日本では特に、このアンバランスがひど過ぎるわけであります。そのことは、結局もう少し大企業が、そういうふうなものに対して、社会的責任を感ずる、こういうことが習慣として定着してない、むしろそういう社会的費用は勤労者の税金で何とかやっていくというふうなことになって参りまして、どうして本職的には限られたものになる。その場合にアンバランスが激化する、こういうことになっているのではなかろうかと思います。 こういうふうに社会的責任をはっきり示してもらう。そうして近代国家としてやれるものをちゃんとやりますと、その上でもって、しかもインフレーションにならないように経済を運営していくということになりますと、設備投資も、あまり二重にも三重にもやるということをしないで、このインフレーションなしに着実に投資をやっていくという習慣が生まれるのではなかろうか。まあ、その社会的にがまんし過ぎているために、私的資本が暴走するというふうな構造になっているのではなかろうかと思うわけであります。 で、こういうふうにして財政面での所得再分配効果と、価格面での所得再分配効果をもっと引き上げて、そうして、そのことが結局投資の合理的な、蓄積テンポの合理的な量を決定していくということに客観的に寄与するのではなかろうかと思います。また、そういう条件を作っても、なおかつ、暴走しようというふうな場合には、これは非常に危険だということが一目瞭然でありますから、もっと設備投資の合理的配分につきまして、投資配分につきまして、政府が真剣に考えるように、日銀ももっと真剣に考えるようになるのではなかろうか。たとえば大企業が、おれにやらせろおれにやらせろといいますと、全部それに対して金融をつけていくというふうな場合は、もっと抑制できるのではなかろうか、こういうふうに考えるわけであります。で、この二重投資、三重投資に関しましては、やはりどっかに集中して、投資を集中してやっていくというふうなやり方、そうしますと、ほかのところは、競争企業が非常に困るというふうなことが起きて参りますけれども、この競争企業に対して、また特殊な分野を設定していく、投資の全体の量をむだにならないようにぎゅっとある程度圧縮しまして、それの配分をもっと適正化する。そうして資本効率をもっとよくします。そうしますと今のような設備投資の量でなくても、今のように大規模な投資率でなくても、国民総生産の占める投資の量が、今のように大規模でなくても、今の高度成長率を維持できる。投資効率がよくなれば、それだけ投資操業度の低いものがなくなるわけでありますから、成長率は別に落ちないということになるわけであります。総じてこういうふうな投資再配分と価格の所得再配分効果、財政の所得再配分効果、このことを全体を統括いたしまして、全体の資金の配分を、国民所得全体の資金の配分を合理的にやるというふうな、何といいますか、投資配分の客観的な、何といいますか、審議を行なう、こういうふうな機構が、アメリカでは発達しております。社会的な部門が非常におくれておりますから、こういうものがおくれないように、私的部門があまり暴走し過ぎない、こちらのほうはちょっと待ってもらう、社会的部門がおくれないようにする。この合理的なバランスをたえず保っていくようないわば平衡器、耳の中にあります平衡器のような機能を果たす、そういう委員会を国会の中に設定する、こういうようなことをアメリカではやっておりますが、こういうふうなことが、日本の場合にももっと予算問題なんかを討議する場合には、問題にしていいのではなかろうか、そういう全体のソーシャル・バランスというものを基礎に置いて予算の構造を検討していくということが必要でございまして、このことを抜きにして、社会保障がだんだん社会的支出が上がってくることを千年一日のごとく待っているというふうな待期的な姿勢では、なかなか問題が解決しないのではなかろうかと思います。こういう問題をどんどん積極的にやっていきませんと、まだまだ大企業として二軍投資、三軍投資をやれば過剰生産になり、今度は、これを過剰投資を解決するために、投資の集中あるいは企業の集中をやらなければならない。集中をやるために金が要る。また資本輸出をどんどんやっていくためにもお金が要る。大企業としては、ほうっておきますと金の要ることは幾らでも出てきます。ですから、これはもっと整然とやっていただくということにしないと、いつまで待っても、社会的な部門での費用は捻出できないということになるのではなかろうかというふうに私は考えます。 私の公述を終わります。(拍手)
○委員長(木内四郎君) ありがとうございました。 力石先生に御質疑のおありの方は御発言願います。
○小山邦太郎君 ちょっとお尋ねします。先ほどの税率ですが、累進課税に対する御意見、全然同感でございまするが、例としてあげられた十万の所得は二万一千、それから五十万の人が一割で五万、こういう計算を、税の種類ですね、どういうもので二割一分というものができましたか。
○公述人(力石定一君) これは直接税と間接税を合わせたものでございます。直接税は、所得税と地方税ですから、税金全部を合わせまして、これを階層別にやる。間接税も入れます。間接税が率が高ければ高いほど、いわば下層の租税負担率が高くなり、間接税の部分を圧縮しますというと、下層の租税負担率は低くなる。間接税が多いわけですから、一番下の人が高くて……。
○小山邦太郎君 間接税がなければ、とても……。
○公述人(力石定一君) 地方税も全部含めまして、総合租税負担率でございます。
○小山邦太郎君 それはわかりました。 それからいま一つは、低所得である中小企業方面の賃率を上げるためには、いろいろな手があるが、原材料を引き下げるように、大企業のほうを押えて計算する、それは無理のないところ、これもけっこうだと思うが、それは私はあまり中小企業の賃金体系にも、それから中小企業育成にも大した効能は期待できないんじゃないか。なぜならば、中小企業には安ければ安いなりにすぐ競争に入ってしまう。したがって、消費者物価の上がることを押える効果はあろうが、中小企業対策として、あるいは中小企業の労務者対策としては、それをもって、これが輸血になるというふうに計算するのは間違いじゃないか、それにあまり多くの期待はできないんじゃないかと思いますが、いかがでしょう。
○公述人(力石定一君) 最近下請単価につきまして、かなり政府の介入がございまして、もう少し、賃金が上がったんだから、大企業としては下請単価を今までのようなあまり安くするのでなくて、もっと上げて、そして賃金の騰貴にも応じられるし、設備投資にも応じられる、そして近代的経営にするということは、大企業のためにも、また国際競争力をつけるためにもいいのだという指導が非常にやられておりますが、こういう指導方向を下請単価だけじゃなくて——これは組み立て系列といっておりますが、組み立て系列だけじゃなくて、原料系列、加工系列、両方の面につきまして調整をしていくというふうな介入の仕方をやる、このことは中小企業にとりまして、金融や財政面での援助以上のプラスを与えておるということが、中小企業のほうから盛んに言われているのではなかろうかと思います。
○小山邦太郎君 下請というのは、賃金だけの下請が非常に多いでしょう。原材料には大した関係ない。
○公述人(力石定一君) いや、原材料を親から供給する場合もございますし、それから、その下請企業が原材料を自分自身で買ってきて、それを使うという場合もございます。ですから、この原材料のコストの占める比率が大体五割ぐらいやはりあります。そうすると、五割でありますから、それを一割下げますと、賃金騰貴率二割は解消できる……。
○小山邦太郎君 それはちょっと、自由競争でなしに、中小企業に過当競争がなければ、そういう意見は成り立ちますが、安い物ができれば安く売ってしまうのですから……。
○公述人(力石定一君) それならば、安く売るならば、消費者物価が騰貴にならないわけですから……。
○小山邦太郎君 消費者物価の騰貴を抑制することにはなるが、賃金を上げるためには、それだけでは大した期待はできないんじゃないかと心配するのですが、どうですか。
○公述人(力石定一君) ですから、消費者物価が上がってきて、しかも価格が下がれば困るわけですね。ですから、それを苦しい状態でがまんしてもらうということになれば、結局設備投資は、いつまでも進んでいかないということになりますから、そういう面でのプラスを与えるということになります。
○後藤義隆君 ちょっとお伺いしますが、大口電力の料金を上げると、今度製品の価格が上昇しませんか。物価が高くなりませんか。
○公述人(力石定一君) それにつきましては、いわゆる電灯料金を上げる場合には、非常にストレートに、直接に消費者物価に影響を与えるけれども、大口電力の場合におきましては、大口電力を使っている企業は、かなり利潤を蓄積していると見ておる。ですから、化学工業その他につきましては、東北なんかに行っておるやつは別ですけれども、中央あたりは、大口電力の安さがかなり国際競争力を強めて、今まで、それによって資本蓄積を援助してきた、ですから、その援助してきたやつは、もう一ぺん、今度返してもらうという機会が来ておるのに、そのことをやらないでやっておれば、この電力の価格の騰貴はどんどん続いていって消費者物価はいつまでたっても押えられない、だから、今まで蓄積を援助してきた以上、ある程度貸した金を返してもらうという意味で、価格の体系を少なくともイギリスないしアメリカ並みに調整するということが必要じゃないか……。
○委員長(木内四郎君) 他に御質疑はございませんか。
○小平芳平君 雇用政策についての御意見をお伺いしたいと思いますが、確かに労働省の調査では、零細企業あるいは小規模企業の賃金上昇率が商いという結果が、先生お話のように発表されております。これは結果としては、二重構造の解消に一歩近づいて行ったという結果になると思います。御指摘のとおりなったと思いますが、それは、日本の今日の労働市場では、多分に必要なところに、労働力が不足していて、またそうかと思うと、特定産業、特定の地域には非常に失業者が多いとか、大量の首切りが行なわれなければいけないとか、あるいはその中小企業、零細企業の賃金の初任給の引き上げも、もう、そういう労働市場の需給のアンバランスから、やむにやまれずつり上がっただけで、また、どうくずれるかわからないというような不安定はありはしないか、ということが考えられると思いますが、このような点についてはいかがですか。
○公述人(力石定一君) 景気変動に伴います今の若年労働者の労働力不足という傾向は、景気後退が出現いたしますと、ある程度弱くなってくるということは、一時的に起こるかもしれませんが、全体として見まして、今までの過程全体を眺めますと、趨勢的には、やはり賃金上昇の傾向は、もっと進んでいくだろう、こういうふうに思います。その過程で、むしろ先ほど言われました老年、壮年労働者の過剰の問題、これがいわば、この騰貴傾向に対して、上から圧迫を加えていくということが一つあるわけでございまして、そのためにも、やはり景気変動をあまりにも大きくしないような、私が言いましたソーシャル・バランスをもっととってやっていきますならば、景気変動は、もっと調整される。非常に今までの成長は高いのですけれども、バウンドしている、非常にボールがバウンドするようにバウンドしている。こういう形でなくて、もっと滑らかに上昇する、イギリスとかドイツなんかは、非常に成長率は高いにもかかわらず、こういう日本のようにバウンドしない。恒常的に上がっていく。こういうやり方をされて、ある程度できているのは、社会的なバランスについて非常な考慮が払われているということになると思いますけれども、日本はその点は、さっきも言いましたように無視しておりますから、非常な高成長があるかと思うと、その次は、非常な景気後退があるというふうになってきている、そのときに、労働力の過剰の問題が非常に、何といいますか、熾烈に現われてくるということになるんじゃないか、ですから、そういう景気変動を、もうちょっと激変させないようにやって成長を高めていくというやり方でもって、景気変動に対する反循環政策といいますか、こういうふうな政策機能を、もっと強めていくためにも、私が先ほど言いました社会的バランスの考慮が必要なんではなかろうか、こういうふうに考えます。それでは、そういう過剰な労働力というものの成長をもっと高めてやっていきますれば、日本の人口というものは非常に多いわけでございますから、約一億ぐらいに近づいている、この一億くらいの人口というのは、外国から見ますと、西ヨーロッパの共同市場の約半分ぐらい、非常に大市場であります。この大市場をソーシャル・バランスを考慮に入れた非常に近代的な購買力のある市場に変えていきますれば、そういう考慮をやっていきますれば、そういう過剰の問題はかなり吸収できる、過剰投資とみえるものも、むしろかなり吸収できるようになっていくのではなかろうか。こういう長期的な見通しもあるわけでございますから、その途中での激変による、投資が非常に高まるかと思うと非常に沈滞してしまうということをもっとコントロールする、こういう努力が必要である。これを通じて雇用の安定を維持していく、そして全体としての、下からどんどん近代化してくる雇用状態というものに、老年若年労働者もだんだん不足してくるという状態に近づいていく、そして日本型のいわば労働力不足ではなくて、非常に近代的な形の労働力不足の形に経済を持っていくということが必要である。その間の過程を、どれだけの道具を使うかということであります。今までのようにソーシャル・バランスにあまり気を使わない形で成長を進めていけば、道具が非常に不足しておりますから、どうしても矛盾がそういうところに累積してくる、そういうことのないように道具をもっとたくさん使ったらどうかということであります。
○委員長(木内四郎君) 御質疑はありませんか。——力石先生に対する御質疑はこの程度にいたします。どうもありがとうございました。 —————————————
○委員長(木内四郎君) 次に、国井国長先生にお願いいたします。
○公述人(国井国長君) 私は、大学も出ておりません独学無名の町の研究者でございます。私は、社会保障を研究いたしておりまする身体障害者でございまするが、朝日新聞の厚生文化事業団でございまするとか、県庁、社会福祉協議会あるいは社会福祉団体などの主催で、全国各地で社会保障その他社会問題の講演をいたしておりまして、地域のいろいろな階層の方々と接して、そういったような方々の生活の実態にいろいろ触れさせていただいておりますので、きょう申し上げますることは、そういったふうな私の庶民としての生活の実感から、先生方に私の意見をお聞き取りを願いたい、このように考えておるのでございます。 きょう私がお話しさしていただきまする問題は、第一には、社会保障でございまして、第二に、社会保障と税及び物価との関係、第三には、これは非常に地味な問題でございまするが、大切な問題でございまして、社会保障を含む国民の権利救済と行政の適正運営の確保という問題につきまして、先生方のお耳に達したいと考えるのでございます。 毎年先生方の御努力によりまして、日本の社会保障は少しずつではございまするが、前進しておりますることは、まことにありがたいことでございまして、先生方の御努力に対しまして、私、心からお礼を申し上げるのでございます。三十八年度の社会保障関係の予算は、失業対策費を含めまして一般会計では三千六百七十八億円でありまして、前年に対しまして六百七十五億ふえまして、一般会計の一七・四%増を上回りまして、二二・四%のアップになっておるのでございまするし、一般会計の中におきまする重要経費の社会保障費の構成率も、前年度の一二・二%から一二・七%に上がっておるのでございますし、広義の社会保障といたしましての住宅でございまするとか、あるいは学校給食でございまするとか、その他いろいろなものを含めますると、おそらく七百五十億円くらいは前年度に対してふえておると、こう思うのでございます。 しかしながら、ここで見落としてなりませんことは、昨年米が上がりまして、低所得階層は米の値上げに関連いたしまして諸物価が誘発的に上がりまして犠牲がふえておるのでございまするが、その半面で、国庫収入では、食管会計の赤字が百七十五億円少なくなったのでございますので、本来ならば、この食管会計の赤字の減りました分は、全額もしくは大部分は広義の社会保障費に還元しなければならないのでございまして、そういう点から、政府、自民党も御努力をされまして、社会保障関係費は、国民年金その他は、当初の厚生省の御計画は、四月から引き上げというのを一月から引き上げというふうに追加要求されたのでございますが、これは結局認められなかったのでございまするが、そういったふうな食管会計の赤字繰り入れのものを差し引きますると、本年度の社会保障費の純増は、昨年度に比べまして、そう大きいとは私は申し上げられないだろうと思うのでございます。 それから、なるほど社会保障費は確かに年々ふえておるのでございまするが、では、一体この社会保障費がふえておるけれども、それが社会保障の第一の目的でありまするところの所得再分配に大きな効果をあげているかというと、残念ながらこれも日本の社会保障費の約一三・九%くらいは国民年金等の積立金のほうに回っておりまするし、予算の社会保険関係の約二二%くらいは積立金として、これが繰り入れられるわけでございます。もちろんこの社会保障関係の積立金は、還元融資などによりまして、たとえば今年度におきましても、住宅でございまするとか生活環境でございまするとか、こういうふうな財政投融資関係も、前年に比べまして二〇%以上もふえておるのでございますので、これが社会保障のほうに回り回っていることはたしかでございまするが、しかし、これはやはり結論といたしましては、所得再分配に対しまする寄与率を低めているのだと、私はこういうふうに言わざるを得ないのでございます。 それから社会保障の内容でございますが、たいへんうれしく感謝申し上げたいことは、一昨年、先生方の御努力で、低額所得者の国民年金の保険料の免除者に対する国庫負担がつきましたのを合わせまして、今度の予算では、国民健康保険関係でも被保険者の約二〇%の方々に対しましては、保険料の減免というふうな御措置がとられましたことは、たいへんこれはありがたいことでありますと、深くお礼を申し上げたいのでございます。そういう関係で、国民健保関係ではずいぶん大きな伸びがありまして、百十九億昨年に比べましてふえましたし、また国民年金は、引き上げの額は確かに低いのでございまするが、重度の身体障害者、母子世帯あるいは老齢者に対しまして年金額が引き上げられましたことは、こういうふうな老人でありまするとかハンディキャップを持っている方々に対しまして、国があたたかい配慮を示されたということで、これもうれしいのでございまして、平年度に換算いたしますると約六十億円のこれが伸びになっているのでございます。 しかしながら、これも同じ健康保険関係でも、日雇い健康保険、このほうは赤字を理由にいたしまして、本年度の改善は三十九年度に見送られたということは、私はちょっと残念に考えるのでございます。 それから福祉年金につきましても、厚生省の重度障害者に対しまする年金の千五百円を二千円、母子福祉年金の千二百円を千八百円、あるいは老齢年金の千円を千二百円というふうに引き上げの予算要求をされたのでございますが、これは引き上げの額が大幅に削られましたのと、それから米価の引き上げに伴いまして、それを補てんするという意味で一月から引き上げというふうに予算要求いたしましたのが、これが逆に九月から引き上げというふうに後退をいたしましたことは、これもちょっと、いろいろ財政上の御都合はあったと思いまするが、私は少し残念に考えるのでございます。 それからその他の社会福祉関係では、重度身体障害者に対しまする厚生援護施設が、今回予算が計上されましてできることになりましたのと、それから世上よく問題となっておりまするところの重症心身障害児に対しまする国の手厚い保護も、今度加えられることになりましたこととか、あるいは看護老人ホームの新設でございまするとか、そのほか、非常に心あたたまるようないろいろ御配慮がされましたことは、これまた、たいへんうれしいのでございまするが、その反面におきまして、国立病院の特別会計と申しますか、独立採算的な経営のために、国立病院関係の患者に若干そのしわ寄せされるんではなかろうかというふうに心配する部面がございまして、今年度は、この関係に十億円が何か融資されるように聞いておりますが、おそらく、それも将来返せないことになるだろう、それくらい料金収入と経営費とのバランスがなっていない状況でございますが、というのは、私は、むしろ一般会計から支出して、国民の健康保持のためにもつと力を入れなければならないだろうと、こういうふうに考えるのでございます。 それから一つ、これは非常に地味な問題でございますが、先生方に御関心をお持ち願いたいのは、身体障害者の問題でございます。第三十四国会で身体障害者雇用促進法が制定されましたおり、私、衆議院の社会労働委員会に参考人としましてお招きいただきまして意見を述べさせていただいたのでございますが、政府は、昭和三十九年の三月までの三年間に、官公庁に身体障害者を新たに五千人雇い入れる、民間には約六万人を新たに雇い入れる、こういったふうな御計画をされたのでございまするが、実際には、昭和三十六年度におきましては、お手元にお配りいたしました資料にございまするように、三百九十三人しか雇わなかった。おそらくこれでは、明三十九年の三月に一応この計画が終わるのでございますが、せいぜい三カ年間を通じまして千人足らずだろう、結局、目標の五分の一にも到達しないということになるのでございます。これは一方では予算が非常に削られておりまして、本年度も昨年と同じ額の千六百万円でございます。そういうために、重度のハンディキャップを持っている身体障害者、たとえば腕がないとか、足が不自由でありますとか、こういう人のために、労働省が鉄道弘済会の義肢研究所に委託いたしまして、手のない人が手のある人と同じように働けるようにということで、作業補助具を今研究させておりまして、これがほぼもうでき上がりまして、諸外国に劣らないような性能のもの、一ぺん先生方にもごらんいただきたいのでございますが、そういったようなものができているのでございますが、これさえも、それを使いますための国の補助というものが、今年度予算ではまだ認められないということでございますし、その他、身体障害者の雇用を裏づけますような予算措置がないために、身体障害者の雇用というものが増大しないというような状態になっておるのでございます。これは今国会で石炭離職者の雇用の問題もいろいろ問題になっておりますようでございますが、この身体障害者を三カ年に五千人雇い入れるんだということを労働省がはっきり明言されましたものが、三十六年度において、わずかに三百九十三人しか雇わなかった、こういうことは、三十八年度に石炭離職者を二千八百人政府機関に雇い入れるんだというような御計画があるように思っておりますが、これもよほど先生方が御鞭撻なさいませんと、困難ではなかろうか、私はそういうふうに存じておるのでございます。 それから日本の社会保障の問題につきまして、私は地方で、先ほど申しましたように、国民の階層のいろいろな方々に接しまして、いろいろな質問、御意見を伺うのでございまするが、そこでは異口同音に、確かに日本の社会保障は、政府や政治家の先生方の御努力でだんだんよくはなっている、国民年金もできたし、医療皆保険もできて、だんだんよくはなっているけれども、その中で、何か形は整っているけれども、内容が伴わぬ、それから、一様に内容が不十分ならばこれもがまんするけれども、階層間の受益負担が非常にアンバランスである、これは何とかならないものだろうか、特に傷痍軍人の方々のように、非常に強い団結を持っている方々と違いまして、一般身体障害者でありまするとか、母子世帯などが、どうもいろいろな要望、要求を持っていっても、なかなかそれはお取り上げいただけない。 〔委員長退席、理事斎藤昇君着席〕 それから零細企業なり、あるいは農業で働いておる方々も、大企業の労働者のいろいろな年金でありまするとか、組合健保に比較して非常に劣悪だということも、これも改善されないのは、どうもふに落ちないんだ、これは国民の生活の実感から訴えられるのでございますので、私は、日本の社会保障をだんだんよくすることは必要でございますが、すでにある程度進んだものは多少足踏みをいたしましても、おくれておるものを引っぱり上げていくということが、この際、配慮されてよろしいんじゃなかろうか、こう考えるのでございますが、昨年八月に、社会保障制度審議会が、社会保障の総合調整の勧告を出しておるのでございまして、あの勧告では、先生方御承知のように、今までの事業別というものから対象別に切りかえまして、特に生活保護を受けておる方でございますとか、あるいはその他の低所得階層に特に力を入れよというようなことになっておりまして、それが、その一つとして、おそらく、今回、先生方が近く御審議をされまする国民健保の改善なんかもできると思うのでございまするが、私は、そういう点からいたしまして、この日本の社会保障の今後は、日本の社会保障の好ましくない特質でありまするところの階層間の受益負担の不均衡というものを是正いたしまして、もっと国民が、全然同じということは言い切れないのでございまするが、そう大きな、何と申しますか、不均衡のないように社会保障が守られるような方向に進められなければならないんだろう、こういうふうに考えるのでございまして、そのためには、今のようにばらばらのやり方ではいけないと私は思うのでございまして、伝え聞くところによりますると、自民党では社会保障調査会で、厚生省所管に限らず、広く社会保障関係につきましての調査機関をお設けになりまして、将来の社会保障の長期的な総合的な展望に立った社会保障のあり方をまとめようということでございますように伺っておりますし、社会党では、先ごろの大会で、社会保障の総合的な計画をお立てになりましたようでございますが、これらが実際に政治の場で具体化されますように私は希望してやまないのでございます。 それから、ここで社会保障と税金及び物価の問題につきまして若干触れて参りたいと思うのでございますが、御承知のように、最近は物価の値上がりが非常に激しいのでございまして、私よく地方へ参りますると、今まではどうやらトンカツが食えるような身分だったんだけれども、このごろはどうもそれがずいぶん上がったからクジラのカツでがまんしているのだというふうなこともよく苦情を聞かされまして、そういう方々からよく言われますのは、公務員の方々は、物価でございますか、あるいは一般的な賃金でございますか、これが五%上がると、政府に賃金改定の勧告をしなければならないというふうになっておるのだが、われわれ年金受給者、特にそれは、老齢者でありますとか、身体障害者でありますとか、母子世帯についても、あるいはまた生活保護階層についても、何か物価がこの程度上がったならば、それに見合うように、しかるべき機関を設けて社会保障の給付の実質的の価値の維持をはかるような方法はとられないだろうかと、こういったふうな要望なり意見を聞くのでございます。先生方御承知のように、日本の社会保障の実体法もだいぶ進んで参りまして、国民年金法の第四条には若干そういったふうな規定がございますが、これも非常にはっきりはいたしていませんので、どの程度上がったならば改定しなければならないかということがはっきり義務づけられておりませんので、そういうふうなことなんかもお考え願いたいと思います。三十一国会に社会党からお出しになりました国民年金法案では、たしか五%程度であったと思いますが、生計費が変動したならば、国民年金審議会の意見を聞いて厚生大臣は年金額を引き上げなければならぬというふうな規定がありましたように伺っておりますが、こういったふうなものを国民年金とかあるいはその他社会保障のあらゆる給付の面に取り入れていただきたいということをお願い申し上げたいと、こういうふうに考えるのでございます。 物価が一面ではどんどん上がっておるのと、それから日本では税の負担が非常に不均衡でございまして、特に間接税におきましては、低額所得者のほうが率としては大きな重い負担をいたしておるのでございまして、たとえば一万円の所得者と十万円の所得者とを比べましたときに、一万円の所得者のほうが非常に負担が重いのでございまして、「日本社会保障の特質と問題点」という、これは有澤廣巳さんのやっております日本フェビアン研究所の雑誌に私が連載したものでございますが、御入り用の先生方がございますれば、若干用意してございますので、差し上げたいと思いますが、ここに私はこういうふうな小論文を書きましたのでございますが、一万円の所得者では間接税の負担が一二・五%、十万円の者は三・六%と、こういうふうに間接税の負担というものは非常に逆進的になっておるのでございます。これに今度のいろんな物価の値上がりが加えられますると、社会保障給付を受けております者は社会保障給付の実質価値がうんと落ちるのでございまして、たとえば生活保護の階層なども、今度は前年対一七%の大幅なアップがあったんですが、この物価の値上がりを差し引きますと、実質一一%ぐらいにしかならない。そのために、社会保障制度審議会が勧告いたしました年率実質一三%増というものよりも下回ることになってしまうのでございまするし、さらに税金——現在では納税はしてないけれども、名目所得が一割上がり、それからまた物価が上がれば、税がかかって、実質的には増税になるというふうな階層も非常に多いのでございますので、こういう方々が苦しむことになるんではなかろうかというふうな心配がございます。一面では、今度の税制の改革案を拝見いたしますると、依然といたしまして大企業関係に対しまする租税特別措置の優遇がまだ残されておりますのと、 〔理事斎藤昇君退席、委員長着席〕 さらに利子所得あるいは配当所得に対する課税が優遇されまして、五%の分離課税になったようでございまして、まあ私は学者でございませんから、むずかしい計算はわかりませんが、ざっと百三十万円ぐらいまでは無税になるようでございますので、少数の高額所得者に対してこういうふうな手厚い減税措置をされて、一方では零細な所得者が税金を負担しなければならないというのは、どうも私庶民の実感としてうなずけないのでございまして、そういうふうな減税をするくらいの金があるならば、もっと社会保障のほうに回していただきたいのでございます。で、暮れの社会保障予算のときに、私も予算運動の片棒をかつぎまして、与党の先生方や大蔵省にいろいろ陳情に上がったんでございますが、先生方もずいぶん社会保障に御熱心なんですが、最終的には、金がないからということで、いろいろとさっき申し上げましたように削られたんでございまするが、実際には、金がないのではなくて、こういう点をもう少し調整すれば、社会保障に回すべき金はできるんであろう、こういうふうに私は考えているのでございます。 それからその次に、一つ御参考に申し上げたいことは、最近、身体障害者でありますとか、母子世帯でありますとか、そういうふうな社会保障に関係のある階層の社会保障に対する関心が非常に深まってきたのでございまして、私は、昭和三十五年に、全国の——東京その他七つの都府県の千九百六十三人の身体障害者に、社会保障政策などにつきましての意識調査をやったんでございますが、その結果がここに出ておるのでございますので、ごらんいただきたいと思いまするが、このように社会保障に対しまする一般の関心が高まったことの一つのこれは例であるというふうにお考えをいただきたいと思うのでございます。 それから次に、非常に大事なことで、少し時間をかけて先生方にお聞きを願いたいと思いますのは、社会保障を含めました国民の権利救済と行政運営の適正確保のことでございます。社会保障の問題につきましてはもう少しお話させていただきたいんでございますが、まずこのほうを先に申し上げたいと思うんでございまするが、御承知のように、憲法に基づきまして、社会保障の権利でございますとか、そのほか国民の権利義務は、それぞれ法律の実体法に具体化されておるのでございまするが、では実際に国会制定法がどのように運営されて、それがどのように実際に国民の権利を保障しているかという問題につきましては、率直に申し上げまして、ただいままであまり国会の委員会などにおきましてもそう論議がなかったように私は承知いたしておるのでございます。たとえば昭和二十八年に、あれは第十六国会でございまするか、社会保険審査官及び社会保険審査会法ができまして、これは社会保険の権利救済の問題を扱います法律でございまするが、それができまして本年ちょうど十年でございまするが、昨年までの九年間に、その法律が一体どのように運営され、社会保障の権利が国民にどのように確保されているのかということにつきまして、社会労働委員会なり内閣委員会で一回も御質問がなかったのでございます。私が、三十九国会の参議院の社会労働委員会におきまして、社会保障の参考人としましてお呼びいただきまして、その問題にちょっと触れましてから、先生方がそういった問題に御関心をお持ちになるようになりまして、四十国会におきましては、衆議院の社会労働委員会で、八木一男先生が、政府に対しまして、国民年金の受給権者が一体どのように守られているのか、この社会保険の審査制度によってどのように権利を救済されているのかというふうな御質問がありましたのと、昨年の四十一国会でございまするか、行政不服審査法案の審議の際に、当参議院の内閣委員会におきまして、山本伊三郎先生、鶴園先生が、この社会保険関係の不服審査の状態につきまして、政府にいろいろと御質問なり御意見を述べておられるように伺ったのでございますが、そのほかほとんど私はないと言っても過言ではないと思うのでございますが、これはじみではございますが、非常に重要な問題でございます。申し上げるまでもなく、国民の権利義務が個人々々につきまして確定いたしまするのは、行政庁が公権力を発動して行ないまするところの行政処分によって初めて確定するのでございます。ところが、この行政処分は、国会制定法をもとにいたしまして、官公庁が、いわゆる行政立法と申しまするか、いろんな規則を作りまして、それを適用いたしまして行なうものでございまするが、行政当局におきましては、もちろん良心的に過誤のないように努めておられるとは思いまするが、少なからず結果的には違法不当の処分があるのでございまして、行政管理庁の行政管理年報を拝見いたしますると、昭和二十八年から昭和三十四年までの六年間に法律に基づきまして不服審査の請求をいたしましたものが、約五十万件の不服審査の請求があったのでございまして、そのうち約六四%程度、約三十万件くらいは、この審査の結果、行政庁の行政処分が違法不当であるということで原処分を取り消されておるのでございまして、この不服審査請求事件は、税金でございまするとか、その次には社会保障関係——年金でございまするとか、さっきお話が出ました失業保険でございまするとか、労災、あるいは生活保護、健康保険というふうな、社会保障関係がその次に多いのでございまするが、六年間にこのくらいございまして、一年に大体全部で五万件くらい審査請求があるのでございます。私は、厚生大臣の指名を受けまして、社会保険審査会の参与という、いわば官選弁護人的な立場で社会保険の再審査請求の審理に参与いたしておるのでございまするが、社会保険関係、あるいは同じ社会保険関係でも労災保険でございまするとか失業保険は労働者がやっておりますので労働保険といっておりますが、社会保険及び労働保険関係のほうは、独立いたしました審査機関がございまして、先生方御承知と思いますが、県の段階では、労働保険審査官あるいは社会保険審査官というものが各県に置かれておりまして、行政庁のやりました処分に対しまして審査請求を受けまして、これを不服審査をして決定をするのでございますが、この救済率が、審査請求を受けまして決定しました数のうちの大体二五%くらいが行政庁の処分を取り消して申し立てを容認いたしておるのでございまして、毎年すべての社会保険、労働関係ひっくるめまして八千件くらいの不服の申し立てがあるのでございまして、その約二〇%あるいは二五%くらいは第一審で救済されておるのでございます。第一審で審理いたしまして棄却されましたものにつきましては、中央の社会保険審査会あるいは労働保険審査会に再審査の請求ができるのでございますが、この審査会の委員は、先生方の承認に基づきまして総理大臣が任命する特別職の委員で構成されておりまする合議体でございまして、そこに私ども民間の者が参与として、これはまあ決定権がない、いわば官選弁護人のようなものでございますが、これが審理に加わったんでございますが、このほうでは大体第一審で棄却されましたものの約一三%くらいが再審査請求が出ておるのでございまして、あとの八七%は、泣き寝入りしているか、あるいは再審査請求をしてもだめだという、どっちかでございますが、そうなっております。中央におきまするこの審査会でも、大体一五%ないし二〇%くらいは、原処分あるいは第一審の留任官の処分を取り消しまして、申し立てを容認いたしておるのでございます。相当これは手厚い審査をいたしておりますので、この点では、イギリスやアメリカ、西ドイツなどにありますような社会保険関係の不服審査制度にまさるとも劣らないようなものなのでございまして、一面では、そういうために、社会保険審査会あるいは労働保険審査会の裁決を不服といたしまして裁判に訴えるというふうな件数はきわめて少なくて、せいぜい〇・二、三%程度でございます。しかも、その行政措置をいたしました中で、審査会の裁決でくつがえされるというふうな事件は、三十五年度におきましては、地方裁判所、高裁、あるいは最高裁で判決いたしました十六件のうち、わずか地方裁判所の第一審の二件程度である、こういうことでございますので、社会保険審査会、労働保険審査会は、そういう点では確かに国民の権利救済に果たしている役割が多いのでございまして、実効を上げておるのでございます。ところが、ここに一つの問題があるのでございますが、それは、第一審、第二審を経まして再審査で救われるといたしましても、そのために——案件によって違いますが、一年以上かかるものが全体の約二〇%くらいある。中には一年半、二年もかかるのでございます。御承知のように、最近のように経済変動が激しいときには、母子年金でございまするとか、障害福祉年金の給付を受ける者は、いずれも生活に基因するものでございますから、楽でない方々です。そういう方々が、最終的に救われるといたしましても、最初に行政庁に支給の請求をいたしましてから、それが行政処分で却下されて、第一審で棄却される。それから再審査請求してそこで救われまして、さらに今度は処分を行政庁がし直しまして、現金が手に入るまでには、一年半も二年も三年もかかるものが——これはそうたくさんありませんけれども、あるのでございまして、こういう点は、もっと審査を早めるようにしてほしいというのが第一点でございます。 昨年の十月から行政不服審査法という法律ができまして、不作為に対する異議の申し立てあるいは審査請求というものができまして、たとえば、ただいまのような審査官の決定がおくれるとか、あるいは審査会におきまする裁決がおくれるというふうな場合には、それに対して、請求者が不作為の異議の申し立てをするということができておりまして、それに対しましては、その審査庁は何らかの指貫をしなければならないといっておりますが、御承知のように、日本人は非常に権利意識の薄い者が多いのでございます。しかも、国民の七〇%は義務教育程度しか受けておりませんし、私のように大学を出てない者がたくさんおる。ところが、法律を作る者はみんな大学を出て、非常に頭脳の明晰なごりっぱな方々がお作りになるので、御自分が教育のない人の立場になってお考えにならないので、どうしても、いろいろな法律なり、いろいろな規則がわかりにくく、難解になっております。そういうために、この不服審査法がありましても、ほんとうに救われるのは、教養があり、ひまもあり、金のある方々であります。そういうために、私は審査会の参与としてお手伝いさしていただいていましていつも考えますのは、審査請求に出てくるものの中のほとんど九〇%が、日雇いでありますとか、無職でありますとか、こういう方々です。 でありまするから、この行政不服・審査法によりまして教示という制度が設けられまして、不利益処分をしまして却下したときには、審査請求することができるんだと、どこに審査請求しなさいというふうな教示をすることになっておりましても、その却下通知書の中に二、三行、何月何日までにどこどこへ審査請求することができますという程度の書面では了解できない人が多いのです。もっとこれを親切に私は扱ってやらなきゃならない、そういうふうに思うのでございまして、そのために、実際には、審査請求いたしますると、第一審で、大体まあ県の段階で二五%ぐらい、それから再審査請求でも一五%なり二〇%程度の方が救われておるのでございまするが、こういうふうな法律に基づいた手厚い保護があるのを知らないために、あるいは知っていても、手続がめんどうであるとか、ひまがないとか、いろいろなために、審査請求をしないで泣き寝入りしている人が私は少なからずあると、こういうふうに考えておるのでございまして、もっと教示ということを徹底するということが一つと、それから、審査請求を必要とする人に対しまして、行政苦情相談所でありまするとか、あるいは心配事相談所でありまするとか、あるいはその他のもろもろの機関を動員いたしまして、こういう方々にいろいろな助言をする、援助する、こういうふうなことを国にしっかりと義務づけるようにさしていただきたいと思うのでございます。 それからもう一つは、ただいま申し上げました社会保険関係、労働保険関係、すなわち保険関係の審査制度は、このようにいわゆる第三者機関と申しまするか、行政庁とは別個の機関で公正な判断をいたしておりますのでございまするが、生活保護でございまするとか、児童扶養手当でございまするとか、あるいは社会福祉のほうの関係では、こういうふうな別個の第三者の審判機関は設けませんで、その部内でやっております。で、これは、行政不服審査制度が持っておりまする、国民の権利救済と行政の運営の適正確保というふうな、まあ二つの面を持っておりまするが、どちらかと申しますると、社会保険審査制度のほうは、国民の権利救済のほうに私はまあ相当重点をおいておられると思いますが、この生活保護でありますとか、児童扶養手当のほうは、国民の権利救済のほうよりも、むしろ行政内部の自己反省と申しまするか、こういうほうに重点をおかれているのでございまして、たいへんまあ申し上げにくいことでございまするが、同じ行政庁内部でこの不服審査をいたしますと、どういたしましても、内部のいろいろなまあミスと申しまするか、これをかばおうとするような傾向が、これは人情の自然として出るのでございまして、救済率が非常に低いのでございます。生活保護なり、児童扶養手当のほうは、もちろんいわゆる参与というような官選弁護人的な者もおらないのでございます。で、御承知のように、国民の、さっき申し上げましたように、大部分は権利意識が低いのでございまして、たとえば、どんな手続でどういうふうに国に対していろいろとまあ抗弁して、自分の、何と申しますか、利益を主張すれば通るだろうかというふうなことに対しまして、知識が低いのです。一方のほうのお役所のほうは、非常に強力な機構で、いろいろな資料も持っておりまするので、これになかなか国民が立ち向かうということが困難でございまするので、救済率が低い。 生活保護の審査制度は、イギリスなどにおきましても、社会保険関係と分離しておりますようでございますが、児童扶養手当のほうは、私はこれは、どちらかと申しますと、公的扶助的なものではございまするが、生活保護とは違うのでございまするので、こういうものは、私は社会保険審査制度の中に繰り入れるべきだと思いますし、さらに一歩を進めまして、このもろもろの社会保険でありますとか、生活保護とか、そういったふうな関係の社会保障関係の審査制度というものを、もっとすっきりしたものにする必要があると思うのでございまして、この問題につきましては、もっともっと詳しく申し上げたい点があるのでございますが、できますれば、今国会の内閣委員会なり、あるいは社会労働委員会におきまして、参考人として意見を述べさせていただければ、たいへん私は幸いだと思うのでございますが、社会保険関係は、今のように非常に審査制度が設備いたしておりますが、そのほかの一般の審査制度のほうでは、これがほとんど整備されておりません。で、今度の行政不服審査法ができましても、今までの現状が、そのまま、何と申しますか、新しい法律に乗り移ったという程度でありまして、国民の権利救済のためにどのくらいの力を発揮するか、私はまあ大いに疑問だと思うのでございまして、この一般的な行政不服審査制度につきましても、もう少し社会保険審査制度にならって、国民の権利救済に立脚した制度に直すように御努力をいただきたいと思うのでございますが、それと同時に、この行政処分をいたしまする過程におきまして、もっと手続を慎重にやってもらいたいのでございます。 一たび不利益な行政処分をされまして却下されますると、それが審査、再審査によりまして、最終的に救われましても相当の時間がかかります。それからさっき申し上げましたように、請求すれば最終的に救われるのであるけれども泣き寝入りしている人も相当多いのでございますので、不利益処分はもっともっと私は慎重にするように、行政運営の適正確保という点からやってもらいたいのでございまして、それが、とりもなおさず、この行政が国民の信頼をつなぎとめるということになると思うのでございます。なぜ、これをきょうここにおきまして強調するかと申しますると、先生方の御努力によりまして、毎年社会保障関係は徐々にではございまするが、伸びていっております。ところが、先生方がせっかく国会で御制定下さいました法律に基づきますところの社会保障の給付が、さっき申し上げましたように、額面どおりに給付されていないものが相当多いということを私は申し上げたいので、今ここでこれを申し上げたのでございます。 しかしながら、審査請求をやりまして、再審査などで相当手厚く審査いたしまして救済されるものがあるといたしましても、それはやはり現行法の中でやるのでございまするので、現行法では、気の毒だと思いましても、この現行法で受け入れられない場合にはできない場合もございます。それで、社会保障の権利をもっと伸張しまするためには、当然この社会保障関係の法律改正が必要になるのでございます。 たとえば、具体的に申し上げますると、障害、母子年金の受給者は、両眼失明でございまするとか、両腕がない者とか、あるいは両足なり両腕がきかないというふうな重度の障害者でございまするが、これもいわゆる外部障害——外科的障害の者に限られまして、内部障害でございまするとか、精神障害に基づいたものはその対象外になっております。そういうために、しばしば審査会に審査案件が持ち込まれまして、内部障害との、いわゆる小児麻痺と精薄が併存しておるというような気の毒なケースがございますが、そういう場合でも、現行法に抵触いたしまするために、涙をのんで棄却しなければならないというふうなことがしばしばあるのでございまして、それらと関係いたしまして、こういったふうな審査制度によりまして、いろいろな現行の社会保障関係の法律の矛盾というものが、そこにまあ明るみに出て参るのでございまして、これは、将来の社会保障関係の法律改正によりまして、給付の範囲を拡張するということで急速に救っていく必要があると、こういうふうに考えるのでございます。 結論といたしまして、社会保障関係は年々伸びておりますことは感謝いたしまするし、ことしの社会保障関係の伸びは、非常に、先ほど申し上げましたとおり、大きな伸びでございまするが、しかし、その編成の過程におきましては、お手元の資料にお配りしてございますように、たとえば生活保護は、補正で上がりました二・三%に上積みして一七%の引き上げというように、予算の折衝過程で厚生大臣と労働大臣の間に一応きまりましたのが、財源難を理由としまして、この前年度対一七%引き上げというふうに押えられたというのは、これは私は非常に一つの汚点だと思うのでありまして、弱い階層にこれがしわ寄せされた、こういうふうないきさつもございまするので、できますならば、厚生省関係、労働省関係、その他社会保障関係の各省から出ました当初の要求のとおりに国会で御修正賜わればまことに幸いだと、こういうふうに考えるのでございます。 なお申し上げたいことはいろいろあるのでございまするが、一応これくらいにいたしまして、先生方から御質問ございますれば、いただきなが円、あと申し上げたいことを補足させていただきたいと、こういうふうに思います。
○委員長(木内四郎君) まことにありがとうございました。(拍手) 国井公述人に対しまして御質疑がございましたら、御発言願いたいと思います。
○山本伊三郎君 簡単なことですが、現在全国で身体障害者の年金を受けている人は、これに出ておりますか。
○公述人(国井国長君) 現在身体障害者で年金を受けておりまする者は、十八才以上の者が、厚生省のお調べによりますると、八十三万人くらいでございます。このうち、約二十四万人は年額一万八千円の障害福祉年金を受けているのでございます。そのほかに、軍人恩給でございまするとか、あるいは厚生年金を受けている者がおるのでございますが、身体障害者の大体年金を受けております者は、約八十三万人のうちの、ざっと二%くらいのように伺って私は計算をいたしておるのでございます。これは外部障害だけでございます。
○委員長(木内四郎君) ほかに御質疑がありますか。——別に御質疑がなければ、国井公述人に対する質議はこの程度にいたします。どうもありがとうございました。(拍手) 公述人の各位におかれましてはまことにありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。 以上をもちまして、昭和三十八年度総予算についての公聴会は終了いたしました。 来たる十八日午前十時から委員会を開会いたします。 本日は、これにて散会いたします。 午後四時三十六分散会