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43回国会参議院1963/03/14

予算委員会公聴会 第1号

発言数
62
登壇者
14
会派数
4
開催日
1963/03/14

会議録

木内四郎自由民主党

○委員長(木内四郎君) ただいまから予算委員会公聴会を開会いたします。  公聴会の問題は、昭和三十八年度総予算でございます。  本日午前は、お二人の公述人の方に御出席を願っております。これから順次御意見を伺いたいと存じますが、その前に、公述人に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は御多忙中にもかかわらず、本委員会のために御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。委員一同にかわりまして厚くお礼を申し上げます。  当委員会は、昭和三十八年度総予算につきまして、去る四日から慎重なる審議を重ねて参りました。本日及び明日にわたり、公聴会におきまして、学識経験者たる皆様から有益なる御意見を拝聴することができますならば、今後の審査に資するところきわめて大なるものがあると存じます。  これより公述に入りますが、進行の便宜上、お手元にお配りしてございます名簿の順序に従いまして、各自三十分程度御意見をお述べ願いまして、お二人の公述が終わりましたそのあとで、委員から質疑がありました場合にはお答えを願いたいと存じます。  それでは、まず、肥後和夫先生にお願い申し上げます。(拍手)

肥後和夫成蹊大学教授

○公述人(肥後和夫君) 今御紹介にあずかりました成蹊大学の肥後でございます。  一応三十八年度予算に関して総括的な意見を述べるようにというお話で参ったのでございますが、また財政学を専攻していると申しましても、何分浅学でございますので、委曲を尽くして御納経のいくような所見を申し上げることもできかねるかと存じます。せいぜい一学究徒といたしまして、理論上の観点から、まあ予算及び財政投融資計画の基本的な性格を、本年度についてはどのように評価できるかということを、学究として率直に一応申し述べてみたいと存じます。  それで、私が所見を申します場合の一応観点といたしておりますものは、財政学の通説といたしまして、現代における財政が果たさなければならない三つの機能とされているものがございますので、一応このような財政学通説上の三つの機能に即して、三十八年度の予算及び財政投融資計画がどのように一応考えられるかということを見てみたいと思うのでございます。  それで、三つの機能と申しますのは、もう申すまでもございませんけれども、第一番には、いわゆる財政というものは、これは国家の本来の職能というものを遂行するために財源を調達し、それを支出するということはもちろんでございますけれども、とにかく現在の財政においては、第一に経済成長を達成する機能を財政は果たさなければならない。それから第二番目には、経済資源の効率的な配分を促進する機能を果たさなければならない。それから第三番目には、所得の再分配を促進して、国民の少なくとも最低限度の人間らしい生活を保障する機能を果たさなければならない。これらが大体現在の近代諸国家におきまして、一般的な一応の通念、あるいは通説とされているところでございます。この三つの機能の点から見まして、三十八年度予算はどのような一応性格のものと考えられるかということを簡単に申し上げたいと思います。  最初に、まず経済の安定成長を果たす機能と、それから第二番目には、これは資源を最も効率的に利用できるように財政がこれを促進しなければならないということでございますが、この二つを一応最初に一括して申し上げてみたいと思います。本年度の一般会計予算は、税収を自然増収の面でとにかく目一ぱいに見込んでいる。これに前年度の剰余金の繰り入れ等を加えまして、そうして財源を計上しておりますために、歳出も、したがいまして一七・四%というふうに大幅にふえているわけでございます。財政投融資計画におきましても、従来から計上しております原資及び民間資金の活用のほかに、新たに外債及び世銀の借款を計上いたしまして、とにかく規模が二二・六%とふえている。こういう面を一応規模の面から見て、あるいはその構成の面から見てどういうふうに考えるかということでございますが、予算並びに財政投融資計画の規模の増加率が非常に大きいというふうに申しましても、一般会計において、これはもちろん財政法上原則として許されないのでございますが、赤字資金を含んでない。それから財政投融資計画の原資も一応はその国民の根源的な貯蓄、並びに国際収支を圧迫することのない外債で調達しているということ、また現在の景気局面をどういうふうに一応考えるかということは、これはまあ一つの問題でありますけれども、とにかく現在かなり民間の投資意欲が沈滞しておりますので、政府部門のほうで、直接、間接に購買力を刺激する必要があるということは、一応一般にいわれている。そのような点から見ますならば、予算編成方針で指向されておりますような健全均衡財政ないし積極的な均衡予算であるということも、一応はそう読んでいいのではないかというふうに考えます。しかしながら、一応この健全財政主義と申しますのは、これは別に三十八年度予算だけの問題ではありませんで、大体戦後の予算は、ドッジ・ライン以降、一貫して一応健全財政主義でやってきている。どういうことかと申しますと、復興発展段階にありますわが国のような中進国では、どうしてもやりたいこと、あるいは要求したいいろいろな事業が山ほどある。一応これを一時に充足するということは、とてもできないことでございまして、一たん支出いたしますと、これを削減するということはなかなかむずかしい。非常に硬直的である。そのようなことで、大体政府当局が予算を編成いたします場合に、私どもが見ておりますと、大体景気上昇過程では、税源をできるだけ少な目に抑えて、そして支出の膨張、あるいは減税を抑える。それから景気が停滞して参りました段階では、逆に税収を目一ぱいに見積って、ある面ではむしろ公債発行を防止するためにこれを使う。すなわち税収があるから公債発行する必要はないというふうな論理でございます。そういうふうなこと。それからあと一応所得再分配の機能の面から、もう一度税制の問題を取り上げますけれども、まあ税制の問題、性格、そういうようなものを総合して見ますと、大体予算の編成方針というものは、無意識のうちに一貫してとにかく健全財政主義をとっているわけでございまして、そういう意味で申しますと、三十八年度予算は、ある意味では編成されるべくして編成された予算であって、特に事新しい面があるというふうにも考えられないわけでございます。ただこのような一応一貫して今までとられてきておりました健全財政主義にもかかわらず、なぜたとえば過去において常に景気上昇過程が過熱化したか、そして急激な国際収支面の壁にぶつかったかということを考えますと、これはむしろ財政だけで考えるべき問題ではなくて、金融と財政とが日本では非常に密着しておりまして、景気上昇過程ではどちらかと申しますと、金融の面でオーバー・ローン的な、いわゆる信用喪失が進行いたしまして、景気を刺激する。その景気の刺激に伴って所得が上昇する。所得が上昇すると自然増収がふえる。自然増収を政府支出に一応補正で組む。まあこういうような形で景気が刺激されていっております。それで、ある面では三十六年のとにかく十月から始まりました引き締め政策が、これが非常に国際収支の均衡をもたらすまでに長い時間がかかった。これは二十八年の九月から始まりました引き締め、あるいは三十二年の一月から始まりました引き締め、これらに比べて、今回の引き締めで一応国際収支の均衡が実現するまでに非常に長かった。すなわち、たとえば三十二年の引き締めが在庫の調整だけで済んだために、非常にその効果を短期間に現わしたのに比べまして、今度は設備投資の調整が要求されましたために、非常に調整がむずかしかった。まあそういうことで、かなり生産過剰ぎみである。生産過剰ぎみであるから、やはり政府支出を、公共投資を中心にしてふやしていってこれを刺激しなければならない。こういうような面が三十八年度予算には出てきておるわけでございますけれども、一応国際経済は抜きにしまして、国内経済だけについて申しますならば、日本の経済は、財政と金融が景気刺激的に動きました場合に、その効果が現われないということは、これは戦前戦後を通じて、いまだかつてなかったわけでございます。そういう意味では、この三十八年度予算が一応景気刺激を一面で意図して、そういう面で積極的健全財政というふうな呼び方もされておるようでございますけれども、景気刺激を一応意図して編成されているのでありますが、その効果は案外に出てくるのではないか。今回は少しその設備の過剰が強度でありますけれども、それでも、一応金融と財政が刺激的に動いた場合に、その回復ができないような問題は、いまだかつて日本経済にはなかった。困難な問題が起こるのはむしろ国際経済面からの影響である。これは第一次大戦後の経済についても言えますし、それから戦後も、すべて引き締めはこれは国際収支の悪化を契機として始められ、そして経済の一応上昇過程は国際収支の好転を契機にして行なわれているということを見れば、これはもう明らかであります。そういう意味で、三十八年度予算の問題としましては、一応、さしあたりこれは現在の沈滞、かなり不況感のみなぎっております雰囲気で、産業基盤整備を中心といたします公共投資の促進という面を中心にして予算が膨張するということは、一応うなずけるわけでございます。むしろそのあとに、あるいは次の年度あたりに出てくる景気の過熱といったようなものに対して配慮を必要とする問題ではないか、そういうふうに思います。それで、その点につきましては、日本の財政が戦後ビルト・イン・スタビライガーでありますとか、あるいは外国為替資金特別会計の資金の面における自動調整機能とか、このようなものがあるように見えながら、一向にいわゆる景気調整的には動いていないわけでございます。景気調整的に動いていない、むしろ財政は一貫して景気促進的に動いている。そのような面から見て、この三十六年度以降の引き締め段階で見られましたような、むしろ非常に急激な引き締めを必要としないような安定成長への態勢、そういうようなものを一応じっくりと考えて、筋を通すようにする、そういうような必要のほうがむしろ重視されるべきではないか、そのように思います。  これと関連いたしまして、一応第三の機能でありますところの所得再分配の促進という、財政の機能との関連で三十八年度予算を次にながめ、最後に総合的な日本の財政の性格というようなものについて、私のささやかな所見を申し上げたいと思います。  もう食傷していられると思いますので、今度の減税の数字は申し上げませんが、まあ今度出てきます減税政策では、一応基礎控除の引き上げを中心とする低額所得層の減税と、それから一応いわゆる政策減税が半々になって、全体として五百数十億の減税というものが出ております。それで、この点なんでございますけれども、一応今までの、二十五年ごろからの減税を一貫してながめて参りますと、所得税を中心にして、低額所得層の基礎控除の引き上げを中心にして年々減税が行なわれてきております。三十五年度については一応減税が見送られましたが、減税は所得税の基礎控除の引き上げを中心にして行なわれてきた、そして間接税の減税がおくれた。これが三十七年度においては、まあ間接税の減税も一応加味されて、国税で千三百億、国税、地方税を含めまして千七百億という減税が行なわれたわけでございますが、今回は一応とのような減税、非常に少額の減税、しかもその半分が政策減税という形で出てきている。で、これを見ますと、ある面では非常にいわゆる利潤に優遇の減税になっている。で、利潤をなぜ優遇するか、これはたとえば現在非常に設備の過剰で経済界が沈滞している。ここで一応投資を促進するような減税措置をとることが経済の高度成長を高め、ひいてはそれが国民の生活水準を引き上げる道になるんだと、そういうような一つの論理が通っているんだと思います。ところで、今まで二十五年からこのかた進められました所得税中心の減税にいたしましても、これは毎年減税が行なわれなければならないのは当然でございまして、経済成長に伴いまして、今のようなシャウプ勧告を基幹とします税制では、非常に税収が景気に対して敏感に反応いたします。それで、放置いたしておきますと、これはどうしても所得の伸び率以上に税収の伸び率が高くなるわけでございまして、減税しなければ自動的にいわゆる増税になってしまうわけでございます。そのような意味で減税が毎年行なわれた。しかしながら、最近についてみますとその減税が決してその経済成長率に見合って、国民所得に対する平均租税負担率を軽減するようなものでなかった。結局減税の幅が少ないために負担率がふえた。これは一体何を意味するかと申しますと、そのことが経済の成長に働いている。その意味は、むしろその税制が貯蓄を強制している。税金が、いわゆる貯蓄強制型の税金になっているということではないかと思います。それで、まあ所得税の減税は足りない。それから間接税の減税がおくれている。それから投資促進措置として多くの政策減税が行なわれた。こういうような減税の一つの方向、その他まだいろいろございますが、これらは、一応税制をして高度成長、貯蓄を強制する働きをさせている。それで、私いろいろ考えてみたのでございますけれども、日本の一体高度成長に対して財政はどのような役割を果たしているのかという点をいろいろ考えてみたのですが、やはり税制が一つの貯蓄を強制する、一方でいいますと、消費を押えていくということでございます。この点は、たとえば国民所得統計を見ましても、一般に消費革命が起こって消費が伸びているようにいわれますけれども、それにもかかわらず、個人の消費支出は大体国民総支出の半分をちょっと上回る程度にしかなってない。それに対して、いわゆる貯蓄率が非常に高い。一方でいいますと、要するに民間投資と政府投資を含めますと、いわゆる投資の割合が非常に大きいということでございます。こういうような形になっている。それで投資率が非常に高い。で、国民一般が非常に勤勉である、あるいは規律に従って作業をするということに非常にすぐれていると、こういうような点を別にいたしますれば、やはり高度成長の原因は、高度の資本蓄積率にあるのだ、資本蓄積率が高い、そうしてそれがなるべく安定であるためには、貯蓄を大きくしなければならない。その貯蓄を大きくする一つの重要なてこの役割を税制が果たしている、そういうような形になっているように思います。それであるから高度成長になっているのだというふうなことになりますけれども、一方でいいますと、ようやくある面では日本経済は転型期にきたのだ、いわゆる曲がりかどにきたのだ、いわゆる設備投資が伸び悩んで、今後は消費を引き上げていかなければならないのだ、まあそういうふうな考え方がもし適用されるとしましたら、これは無理に貯蓄を強制するのでなくて、もっとその消費水準を引き上げて、もっと安定した経済成長が実現できるような形に徐々に持っていくべきではないか、そういう面からいいますと、これは一方ではやはり税制を、もっといわゆる——これは私だけが申すのではありませんで、イギリスやアメリカの近代租税理論がそういうふうになっているのでございますけれども——もっとその税制に筋を通し、あるいはもっと現在よりは消費水準を高めていくような税制にすべきではないか、そういうふうに考えるわけでございます。この強制貯蓄型の経済政策、あるいは財政政策という点につきましては、あるいは公共投資の面でもやはり言えるんじゃないか。戦後一貫して経済基盤強化のための政府の施策が、公共投資と財政投融資の面から行なわれてきております。さっきも申し上げましたように、この税収の見積もりが健全財政主義の建前をとっておりまして、景気上昇期に少な目にどうしても見積もっていく。そうしてその面からなるべく経費の膨脹を抑えようとする努力を無意識にやっておられるという面から、どうしても従来公共投資の伸びが民間投資の伸びに比べましておくれる傾向がありました。このところ公共投資の伸びも非常に増加してきておりますけれども、そういう面がありましたけれども、その公共投資の中で、やはり産業基盤整備関係の公共投資と、それから生活環境整備関係の投資、国土保全関係の投資というふうにして大体これを見て参りますと、産業基盤育成関係の投資が最近になって非常に伸びている割に、生活環境整備関係の投資、特にやはり問題は住宅であるかと思いますが、これの伸びはそれに比べれば非常に少ないわけでございます。産業基盤を整備する、道路、港湾等を整備することは、これはまさに非常に重要なことでありますけれども、この住宅政策等について、やはりイギリスなんかと比べてみました場合には、どうしても日本の公共投資の性格があまりにもはっきり出てくる。イギリスの場合は、住宅建築というものが政府の公共投資の中では非常に大きな比重を占めるわけでございまして、そういうようにいろいろ考えてみまして、税制面からあるいは支出の構造から考えてみまして、非常に日本の財政は強制貯蓄型あるいは投資促進型と申しますか、生産力促進型と申しますか、そういうような形になっている。そのために高度成長が実現され、そしてある面で構造的な失業は一面にございますけれども、雇用問題を非常に好転させている面もございますけれども、しかしながら、ぼつぼつ、やはりもっと安定した経済政策の土台として所得再分配の機能、それは所得再分配だけに限りませんで、直ちに経済の安定成長につながっていくわけでございますが、そういうような面に財政一般の方向を向けていくような御配慮が今後あってしかるべきではないかと、そう考える次第でございます。  非常に委曲を尽くしませんけれども、一応この辺で終わらしていただきたいと思います。(拍手)

木内四郎自由民主党

○委員長(木内四郎君) ありがとうございました。     —————————————

木内四郎自由民主党

○委員長(木内四郎君) それでは次に、岩佐凱実先生にお願い申し上げます。(拍手)

岩佐凱実富士銀行副頭取

○公述人(岩佐凱実君) ただいま御紹介にあずかりました富士銀行の岩佐でございます。三十八年度の予算について所見を申し述べるにあたりまして、私は次の三点からこれを検討してみたいと思います。  すなわち第一に、今年の経済動向との関係、第二に、今後わが国経済の直面する国際経済的諸関係、第三に、経済の安定成長と景気変動の平準化、以上の三点から問題の所在を明らかにしてみたいと存じます。  まず第一に、今年の経済動向との関係からでありますが、三十六年度後半より強化された経済調整諸政策の効果は、国際収支均衡の点からは幸い九カ月にして、その効果を発揮し、昨年六月以降貿易収支の黒字化を実現することができ、その後順調な推移をたどっております。しかし、国際収支の均衡が回復されました昨年の夏以降、今度は設備能力過大に基づく業界の操短、減産がある程度必要となり、操業度の低下を見るに至り、景気は今日なお調整段階にあります。  幸いにして不況の底は昨年秋から年末にかけて一巡し、今年に入り回復過程に入ったことは認められますが、需給のバランスが根本的に改善されるには、なお相当の期間を要するものと見なければなりません。この意味において、三十八年度予算が不況対策予算として組まれたことは妥当であり、その内容もまたこまかい点を除けば、一応政策意図もかなり鮮明に盛られておりますので、従来に比すれば、三十八年度予算は意欲的予算であると認められます。  すなわち、一、予算編成の大前提が国際収支均衡下において可能な限り、需要を増大することに向けられ、公共事業、財政投融資を中心としてその規模が拡大されたこと、二、わが国社会経済の将来の発展の素地を育成するものとして、文教関係に重点が向けられたこと。三、また高度成長下において、なおひずみを持っている社会の各層に対し、社会保障費を相当支出することにしたことなどは、わが国社会経済の現状に即して、政策的に重点を施行すべき部分であり、三十八年度予算がこれらの点について考慮を払っていることは妥当なものと存じます。  財政投融資は前年度当初予算比二三%弱の増加とされ、また一般会計による公共投資水準も一六%弱引き上げられておりますが、これは社会的間接資本の充実により自由化促進のおりから総体的に産業経済の基盤を強化するものであり、将来のわが国経済発展の素地を作るものとして賛成し得るところであります。今、社会的間接資本の水準を国際的に比較してみますと、たとえば道路、上下水道、港湾についてでありますが、やや数字が古いので恐縮でございますが、世界主要国の道路舗装率は、一九五九年末におきまして、米国は三三・九%、西ドイツは四六・七%、イギリスは一〇〇%、日本は三・一%。それから同じく一九五九年度末現在、世界主要国の上下水道の普及率、総人口に対する利用人口の比でありますが、水道は、英国は七〇%、西ドイツは八〇%、日本は四八%、下水道は英国は六〇%、西ドイツは七〇%、日本は一〇%。それから世界の主要港湾の規模でありますが、一九六一年末現在、外国貨物の年間取り扱かい量百万トン当たりにしましての繋留場所、バースの数でありますが、サンフランシスコは四十四、ロンドンが十三・八、ハンブルグが十六・四、横浜は二・二、以上のような数字からの概略の傾向がおわかりのように、こういうような事実はわが国の社会的間接資本が、国際的に見てもなおきわめて低いことを示すものであります。不況時において公共投資水準を引き上げることは妥当な措置であると考えられます。  また、三十八年度においては、社会保障関係の支出が三百七十一億円の増加となって総額千五百億円近くになっておりますが、これは昭和三十年度の社会保障費に比べ三・六倍に上るものであります。財政活動の一つの大きな目的は、福祉国家の建設に向けらるべきでありますから、経済の成長とともに、このような社会経済のひずみを是正するための財政支出の増加は、きわめて望ましいものであります。今これを国際的に比較してみますと、一九六〇年において、アメリカの歳出の中に占める社会保障関係の割合は五・二%に過ぎず、スイスにおいても八・二%に過ぎません。これに比べれば、わが国の社会保障関係費は、昭和三十五年度においてすでに一〇・八%でありましたが、三十八年度には一二・七%を占めるに至っております。このように財政に占める比率は高いのでありますが、国民所得に対する社会保障費の比率はなおきわめて低いものと考えられます。これも数字が古くて恐縮でございますが、国民所得に対する社会保障納付費の割合は、西ドイツは二〇%、フランスは一七・九%、スイスは八・二%、アメリカは五・七%、日本は五・三%であります。以上のような数字でありますが、しかしアメリカ、スイス等はすでに国民所得の総額も大きく、かつ国民経済的ひずみが日本のごとく大きくないのでありまして、社会保障費関係の支出がそれほど多くないものであるということは、そういう関係であるからであることは言うまでもありません。わが国といたしましては、今後福祉国家の建設のためにさらにこの点について努力をする必要があると考えられます。  次に第二に、今後のわが国経済の直面する国際経済的諸関係、このような点から見まするに、わが国経済の今後当面する諸問題のうち、最も重要なものは言うまでもなく自由化の促進であります。去る五月初めにおける国際通貨基金による対日八条国移行勧告により、わが国は早晩八条国移行を実施しなければならず、しかもガットによる五カ年間五〇%の輸入関税引き下げ提案にも、わが国としては積極的に応じていかなければならない態勢にあります。また、政府がすでに明らかにされておりますように、OECDにも近く参加を求めることになっておりますので、今後わが国はきわめて早急に国際経済面において西欧諸国と密接な関係を持つことになるわけであります。  このように自由化が促進されるにあたって注意しなければならない点は、自由化の意義とそのわが国経済に与える影響であります。わが国におきましては、従来自由化といえば、貿易自由化だけが主たる問題に取り上げられてきたきらいがあるのでありますが、自由化の意味するところは、貿易の自由化のみならず、資本移動の自由化を含むことは言うまでもなく、しかも西欧諸国におきましては、特に資本移動の自由化が非常に広範かつ強力に実行されておるのであります。そして各国の国際収支は資本の国際的移動によって大きく影響を受けております。わが国としましては、今後貿易の自由化と資本移動の自由化、この双方をかなり急速に進めなければならないのでありますから、国際収支はその両側面から影響をこうむることになるわけであります。もちろん貿易自由化はある程度の輸入増大を不可避ならしめるでありましょうが、資本移動の自由化は、短期資金、長期資金ともに流入壁がかなり増加する可能性があり、むしろこの面からは国際収支に対してプラスするところが相当あるでありましょう。  前述いたしましたように、とかくわが国では資本移動の自由化に対しては、従来消極的でありましたが、現実に西欧諸国において行なわれております自由化の姿を見ますと、資本移動の自由化が非常に進んでおりまして、わが国も国際経済界で平等の一員となる決意を固めました以上、資本移動の自由化についても積極的な態度をもって臨むべきものであると考えます。もちろん、いたずらに短期資金の流入によって一時的に国際収支がよくなったり、またその反面、短資の大幅流出によって国際収支の急速な悪化を招いたりするようなことがあってはなりませんから、それに対してはある程度の調整も必要であり、また受け入れる金融機関の態度、また流入したホット・マネーに対する措置、政策等についても十分な配慮が必要でありますが、長期外資導入については、かなり積極的な政策をもって臨むことが望ましいと思います。長期外資の導入にあたっても、安易な気持で受け入れるようなことがあってはならないことは言うを待ちませんが、その反面、外資に対する規制、制限があまり強いようであっては自由化を十分行なったとは言えないのでありまして、海外諸国からも批判を受けることになるおそれがあります。特にOECDに参加する以上、わが国は西欧諸国並みの自由化を行なう必要がありますし、またそのような広範囲の自由化を実施することは国際経済界の一員としての義務ともなるものであります。国際収支の面から見ましても、政府の三十八年度見通しによれば、経常収支は一億二千万ドルの赤字となっており、これを資本収支の三億ドルの黒字でカバーする計算になっておりますが、資本勘定の黒字は今後これを安定的な形で伸ばすことが必要であると考えます。  また、わが国が国際経済と密接な関係を結ぶ場合留意しなければならないことは、わが国経済は従来より以上に世界の景気動向に大きく支配されることになる点であります。と同時に、わが国経済の動向いかんが、従来よりもはるかに国際収支に直接かつ強く反映することになる点についても十分留意する必要があります。特に、この点は資本移動の自由化がさらに広範に行なわれる場合、強い影響が出るわけであります。すなわちわが国経済の動向が悪化すれば、短期資金は急速に引き上げられましょうし、長期外資導入に際しても、利子率その他の点において不利となることも免れません。また世界経済の動向いかんによって、短期外資、長期外資ともに流出入が質量ともに変わる可能性が強いのでありますから、ますますわが国といたしましては、国際収支の均衡のみならず、その活動の平準化についても留意しなければならないのであります。  それゆえ、国内において景気安定策を強化することはもとより、今後は一そう国際収支の安定を維持するために、輸出増大に努力しなければならないのであります。しかも国際収支の安定のための輸出政策は、各国から非難を受けることのないような態度と内容をもって行なわれねばならないことは言うを待ちませんから、輸出増大のためには、単に国際比価が安ければよいというだけでなく、国内の社会経済態勢が先進国から特に批判を受けることのないようなものにならなければならないのであります。また今後わが国がOECDその他国際経済諸機構に参加することが可能となるに従って、後進国開発に対する協力態勢も要請されることになります。  今これらの観点から見ますに、三十八年度貿易振興並びに経済協力費としては、八十五億五千万円が計上されており、これは前年度比一七%弱の増加であります。したがって、政府がこれらの問題に考慮を払っていることは認められるのでありますが、三十七年度予算は七十三億五千万円でありまして、前年度比二七%増でありました。財政総額の各項目に対する割り振りがきわめて困難なものであることは十分認められますが、以上のごとく、わが国経済が本年以降一大転換期にあたっていることを考慮すれば、貿易振興並びに経済協力関係については、さらに積極的な配慮があってしかるべきであったと思います。特に、これら関係費の一般会計並びに財政投融資に占めるウエートは、むしろ低下傾向にあるのでありまして、その内訳個々についてきめこまかく検討して、その拡充をはかることが望ましいと考えます。一般会計歳出におけるウエートを見てみますと、三十八年度は三十七年度と比較いたしまして、ウエートでは同じく〇・三%であります。財政投融資における輸出入銀行通じます貿易振興のウエートは、三十八年度は総額では八百十億で、三十七年度と金額は同額でありますが、財政投融資の中に占めております。パーセンテージは、三十七年度が九・五%が三十八年度は七・三%ということで、三十八年度においては貿易振興費のウエートが逆に低下しておるのであります。もちろん国民経済を強化し、産業基盤を育成するためには、産業に対する直接の投資のほか、前にも述べました社会的諸施策の整備も必要であります。この意味におきましては、科学振興、文教面の強化等、わが国の国際競争力を根本的に強め、自由化に対する抵抗力を養うためには好ましい措置であろうと思います。  第三に、経済の安定成長と景気変動平準化の必要が今後ますます高まることになりますが、この観点から三十八年度予算を検討してみたいと存じます。  戦後のわが国経済の推移を回顧しますに、遺憾ながら、何回かのかなり大幅な景気変動を経験して参りました。従来は、国民経済の安定のためには、高度成長が前提とならねばならない時期もありましたから、経済成長に専念する余りに若干の行き過ぎを来たすことのあったことは、ある程度やむを得なかった点もありますが、現在では、経済の実態はきわめて充実し、むしろ供給力が当面過剰な状態に陥っておるのでありますから、今後の経済政策は、安定を主眼とし、安定の上に堅実な成長を実現することが必要であります。この点からいたしますと、今後の財政、金融政策は、着実な経済成長をじみちに積み上げているようなものにならなければなりません。そのためには、あとにも述べますように、財政の質的内容に十分心をいたすとともに、なかんずく金融政策を十分に活用することが必要であります。金融政策の効果は、景気変動の調節よりも、むしろその予防性に重点を置くことに努力することが必要であります。そのためには、金融正常化の実現に努力するとともに、常に金融の中立性が尊重されなければならないのであります。もちろん、財政政策と金融政策とは常に相補完し合って、その効果は十全に発揮しなければならないものであり、金融の中立性といっても、それは財政政策と無縁に、あるいは財政政策と異なった立場において取り扱われなければならないといったものでないことは言うまでもありません。しかし、産業界、経済界の動きはすべて金融に反映してくるものでありますから、金融は最も国民経済の動向に敏感なものであり、その意味におきまして、金融機関の情勢判断は十分に参考にされねばならないものであろうかと存じます。また一方、金融機関が産業界、経済界の動向を正確に反映していくためには、金融態勢が正常化されることが必要であります。そのためには、財政面から金融が量的にも質的にも大きな影響を受けることのないような配慮が必要であります。三十八年度におきましては、政府の民間資金活用が、政府保証債増加を初めとして、総額において一千八百八十二億円に上るものと見られておりますが、これが民間資金をあまりに圧迫することのないよう、金融との関係を十分に考慮することが望まれます。幸い、昨年十二月以降、金融政策は公開市場政策を中心として運用することになって参りましたが、今年は特に金融正常化を実現すべき好機でありますから、この政策が今後も持続でき得るよう、国民経済の推移を妥当なものに調節していくことが必要であります。それは、当面景気の回復とともに、それが不当な前進態勢に転じないよう、景気政策を慎重ならしめることが望ましいと信じられます。もし、景気回復の歩調がいたずらな経済界の競争を背景として行なわれるようなことがありますと、景気としては回復するにしても、そのタイミングが不適当となりまして、ひいては国際収支の悪化を招かないとは申せません。そのような事態を招くようなことがあれば、せっかく軌道に乗りつつある金融正常化のための諸政策も、再び壁に突き当たらざるを得なくなるおそれがあります。それゆえに、今年こそ財政政策と金融政策との調和、補完が真に必要な年でありまして、一方においては、妥当適正な成長資金の供給に努めるとともに、可能な限り、産業資金が国民貯蓄によってまかなわれ得るよう貯蓄増強に対しても有効にして強力な推進策を講じなければならないのであります。すなわち、政府保証債その他財政面から民間資金の活用を行なおうとする場合、それが国民貯蓄によって消化され得るよう、貯蓄性向を高めるような財政施策を、今後は特に強力に進める必要があります。  また、政府債その他事業債、金融債などにつきましても、その消化の範囲を国民済経全般に広げ、有価証券の消化市場を育成することに努力する必要があります。この観点から見ますと、三十八年度においては、政策減税のほか若干の減税が行なわれてはおりますが、国民所得との関係において租税収入の占める大きさを見ますと、なお租税負担率が相当高いことに注意しなければなりません。すなわち、国税と地方税の国民所得に対する負担の割合は、三十七年度において二二・二%、三十八年度においても二一・五%と、ほとんどその負担は変わらないのでありまして、今後さらに減税に努力する必要があると考えるものであります。また、有価証券消化のための長期市場を育成するためには、金利体系の是正が必須の条件でありますが、そのためにも、一方においては、オペレーション方式の続行と、他方においては、自己資本拡充の可能性を生み出すための諸政策の必要が痛感されるのであります。  以上のように、わが国はいよいよ八条国移行を前にしているのでありますから、経済政策はとりわけ国際的関連性を十分に考慮したものとされねばならず、そのためには、財政金融政策は、今後は、従来の惰性に基づくようなものではなく、まさに画期的なものに再編されねばならないと存じます。この点から見ますと、三十八年度予算は、ある程度右の新情勢に即応したものとなりつつあると認められますが、なお一そうこの趣旨が明確に貫かれることが望ましく、また、財政政策を中心とした政府の経済諸政策が、機動的に右の目的を達成し得るように運営されることが希望されるのであります。この意味におきましても、今後は、財政は一応量的拡大の時期から質的内容の充実の時期に移ったといわなければならないと存じます。特に三十八年度予算は、収入を可能な限り、限度一ぱいに計上したものでありますから、三十九年度以降においては、予算規模を拡大する可能性が従来よりも少なくなってきておるわけでありますから、量的拡大による租税負担の増加よりも、質的充実による社会経済の健全性の保持に努力することが望ましいと考えます。  最後に、最近議論の対象となっております公債発行問題と低金利政策について簡単に触れたいと思います。  まず、公債に対する基本的な考え方としては、民間資金で吸収する建設公債的なものであればまず問題はないのでありますが、しかし、このためには、あくまでもそれが可能となる経済環境の整備、すなわち国民貯蓄の増強、減税等が前提でなければならないのであります。一般に公債発行にあたっては、それが一般会計に充当されるのか、公共投資に使用されるのか、景気調節に使用されるのか、その使途いかんが重要な問題点であります。したがって、その使途内容について、きめのこまかい検討が絶対に必要であり、さらに金利体系、金融政策との関係、経済情勢との関係等が十分検討されなければならず、特にインフレに結びつくようなことは絶対に避けなければならないのであります。  低金利政策につきましては、わが国の金利水準は米国に比すれば、もちろん相当高いのでありますが、ドイツ、イタリア等に比すれば、それほど高くはないのであります。それで、国際競争力を強化する意味からいっても、わが国は、長期的には低金利政策を推進すべきものと考えますが、それはあくまでも強制的なものではなく、それを可能たらしめるような客観的基盤の確立が必要であります。また、自由化に際しては、わが国の金利水準が国際経済との結合面からも問題になることを考慮しておく必要があります。すなわち資本移動の自由化が行なわれるにあたっては、わが国金利が独歩高でありますと、外国短資が無秩序に入ってくることから起こる危険性もあり、また、自由主義陣営の一員として、円滑な国際金融関係を結ぶことが困難になるでありましょう。この意味においては、今後国内の金融正常化促進とともに、金利の国際水準化に対しても、努力すべきこともちろんであります。しかし、すべて金利に対する政策は、環境整備が第一義的な重要性を持つものでありまして、現実から離れた人為的なものであってはならないのであります。今、自由化を迎えて、その第一歩として、当面する四月から六月までを一つの転機として、金融正常化を一段と進めるべく、種々環境整備が検討されているのでありますが、金融界としても、貯蓄の増強に一段と努力し、経営の合理化を促進して、もって低金利政策の推進に万遺憾なきを期しているのであります。  結論といたしまして、幸いにして三十八年度予算は、従来の予算編成態度に比べ、すでに述べましたような政策的意図がかなり打ち出されてきつつあるので、このような考え方が今後も継続されることを希望するものであります。そうして今後の自由化経済においては、政府の経済誌政策が、民間企業の自主性を尊重しつつ運営されることを希望するものであります。これと同時に、産業界、金融界におきましても、もちろん協調態勢をさらに整備いたさねばならないと信ずるものであります。御清聴ありがとうございました。(拍手)

木内四郎自由民主党

○委員長(木内四郎君) ありがとうございました。     —————————————

木内四郎自由民主党

○委員長(木内四郎君) それでは公述人の方に御質疑のおありの方は、順次御発言を願います。

羽生三七日本社会党

○羽生三七君 一点だけお尋ねをいたします。  両先生のお話にそれぞれ若干関連することでありますが、この三十八年度予算で、財源の点から、税収を減税一ぱい見込んだということで、三十九年度は予算編成上かなり困難になって、そういうことから、公債発行というような議論も一部には出てきているわけでありますが、ここで私は公債発行の是非を論ずる考えは毛頭ありません。ただ問題は、客観的な情勢として、たとえば三十八年度予算が、相当ある意味では、景気刺激的な要因の役割を果たしてきている、そうして先ほど肥後先生のお話では、後半にいって若干景気を刺激するような要因も出てくるかもしれない、こういうお話でありましたが、かりにそうなってきた場合に、最初は、三十八年度の経済見通し五%ぐらい、これでは三十九年度の財源に影響するということから、実質六・一%という成長見通しになったわけでありますが、今ではこの六・一%どころか七、八%の成長が可能なりという議論も出てきているわけであります。そういうことで、こういうふうに三十八年度予算は、景気刺激的な役割を果たして、経済も伸び、それから財政収入も相当伸びてきたということが予想されるならば、公債発行というようなことも具体的な問題にはならぬと思うし、もちろん、その場合でも、三十九年度において、うんと拡大政策をとろうと思えば、公債発行という議論も出てくると思うのでありますが、通常のノーマルな平均率でいった場合、三十八年度の経済が相当程度伸びた場合、その場合にも、そうなれば、公債発行というような議論は自然出てこなくなると思います。そこで、実際問題としては、三十八年度の予算の性格が相当、後半にいって景気刺激的な要因を果たすとすれば、現実問題として、財源上若干の余裕も出てくるはずであるのですが、そこら辺の観点から、そういう役割を果たし得るのか、あるいは、依然として非常に、若干の成長はあっても、財源上なお困難で公債発行せざるを得ないような要因が残されるのか、その辺のお見通しを両先生それぞれの御関係があると思いますが、承らしていただければ幸いであります。

肥後和夫成蹊大学教授

○公述人(肥後和夫君) それでは、先にお答え申し上げます。  一応私の率直な感じといたしましては、非常に転型期の経済、したがってまた、転型期の財政というふうに騒がれておりますけれども、先ほど申し上げましたように、刺激をすれば、ここでようやく先行きも明るくなってきておりまして、それに財政がかなり積極的な意図を打ち出してきております。こういうような、おそらくこれはまあ、いつでもそうでありますように、外国為替資金特別会計の方面からも金融はゆるんでおりますし、まあ、おそらく何らかの形で日銀の貸し出しもふえていく、公定歩合も引き下げられ、その他、着々手は打たれております。こうなりましたら、私の、これはまだこまかい打算ではありませんで、従来の戦後の経済の歩みから申しまして、あるいは戦前の一応歴史から申しまして、そう悲観したものではない。そして今度は、法人税等の収入もこの引き締めでだいぶ伸び悩んでおりますけれども、来年度になったら自然増収が相当見込めるのじゃないか。そういう意味で、まあ剰余金の繰り入れが減りますけれども、かなりそれでやっていけるのじゃないか。そういう意味で、何か景気打開のために特別に公債政策を打ち出す必要がないのじゃないか、そういうような気がしております。ただ、現在の財政投融資の運用でも、御承知のように、一応一般会計では、この公債政策は厳重な制限を受けておりますけれども、公団その他の面から公債に準ずるものが非常に発行されておる。そして、これに対して、たとえば、まあ日銀の買いオペ、その他の最近の動きと関連させますと、これはやはり実費的な公債政策の促進になりかねない。そういう意味で岩佐さんもおっしゃられたと思いますけれども、この辺で一応もっと量よりも質のほうを充実させる、そして安定成長に持っていくというふうに考えるとしますと、再来年度は一応自然増収を見積もれるから、本腰を入れて公債発行を考える必要がない。したがって、それに関連した、あるいは財政法上の改正問題も、私の見込みとしては、本格的に起こらないのじゃないか、そういうふうに考えております。

岩佐凱実富士銀行副頭取

○公述人(岩佐凱実君) 今の御質問、率直な感じを申し述べさしていただきますが、もちろん、これからの景気回復の上昇の程度、それから貿易収支その他国際収支の動向、こういうものがどう変化するかということによって、今の御質問の点は相当違ってくるのじゃないかと思いますが、こういうような点を考えてみますと、大体において、来年度も一般会計における公債は発行しないでいき得るのじゃないか。もちろん、財政の支出の方面などを膨張さしていくというような政策をおとりになれば、これは別問題ですが、健全な財政支出政策というものをおとりになるという限りにおいては、一般会計での公債の発行の必要はなくて済むのじゃないか。しかし、たとえば財政投融資等における、現在も実質上国債に近い建設公債的なものが御承知のように政府保証債として出ておりますが、こういうものは、やっぱり今後においても、公共投資というようなものがもっと規模を大きくしてやっていかなければならぬというような面もあると思いますので、このほうはやはり来年度においてもさらに増額の必要があるのじゃないかと、こういうふうに考えます。

横川正市日本社会党

○横川正市君 私は岩佐先生にお伺いをいたしたいと思うのでありますけれども、議会でいろいろ論議をしているときに、日本の創意性とか、それから発明とか勤勉さとかいうようなものが、これが日本経済の底の中で非常に大きな力になっているのだ、こういうふうに論議をされているわけです。しかし、日本の大体中小の企業を見ますと、中小の持っている企業の体質というのは、これはもう一歩誤れば倒産をする非常に危険か状態で企業維持をしておるというのが非常に多いわけですね。一面、日本の産業資本のあり方を見ますと、たとえば自己資本というようなものはほとんどゼロに近くて、金融機関にたよって——八割も九割も、もっとひどいのは一〇〇%金融機関にたよって経営をしているというような、こういう状態の中で、一体日本のいわば八条国移行後の中小企業の体質改善というようなことは非常に困難じゃないか、こういうふうに思われておるのでありますけれども、それに対してどういう方向をこれからとっていくことが望ましいか、金融とそういう生産に従事される中小企業の体質改善の問題についてお伺いをしたいと思います。

岩佐凱実富士銀行副頭取

○公述人(岩佐凱実君) 今の御質問でございますが、大企業といわず、中小企業といわず、日本の企業というものが外部借り入れに依存をしておる。パーセンテージが大きいということは、これは事実でございますが、しかし、欧米と比べました場合に、米国は大体において、もちろん自己資本というものが五〇%、六〇%、あるいは七〇%というような、五〇%以上でございます、平均いたしまして、ところが、ドイツの場合ですと、それがやはり四〇%から五〇%程度というような状態でありまして、日本は三〇%前後というような状態であります。これはやはり、ドイツ、日本というものが、敗戦後ここまで立ち直ってきたという、それから復興し発展してきたという、その過程から出てきた結果であろうと思いまして、このパーセンテージが漸次欧米あるいは米国に近づいていくということは、私は言えるのじゃなかろうかというふうに思うわけであります。  それから、中小企業の体質の問題でございますが、これはわれわれが窓口から見ておりました限りにおきましては、もちろんいろいろな問題がございますけれども、ここ二、三年来はそれ以前の姿よりはだいぶ改善されてきておるということは、率直に申しまして、そういう感じがいたします。それだけやはり経済の成長に伴いまして力はついてきておるというふうに思います。しかし、ここで貿易の自由化がこう促進されて参りますと、そういう面からの影響をこうむる企業の中の中小企業は、これはさらに急速に体質の改善強化をやっていかなければならないということの必要性は痛感されるわけでありますが、これにつきましては、金融の問題も一つ大きな問題ではございます。そして、この金融の問題については、政府のほうにおいてもある程度力を入れており、民間の金融機関としてもある程度の力は入れてきておるつもりでございます。しかし、金融の問題だけで解決できない面が御承知のようにございますわけでありまして、たとえば経常管理というような問題についても、もちろん、中小企業と一口に申しましても、非常にすぐれた経営管理をやっておられるところもあります、しかしこれがどうも非常に悪い姿にあるというところもありますので、この経営管理の指導というようなことについては、これは政府関係のほうでも随時いろいろな方法でやっておられますが、金融機関等においても、中小企業経営相談所というようなものを設けまして、そうしてこの経常管理のお手伝いをしていくというようなこともやっておるのでございまして、民間でもみんなで協力してそういうような面の改善もはかっていこう、こういう努力もいたしております。  もう一つの問題は、これは労務関係の問題でございまして、賃金が急速に上昇するとか、あるいは中小企業の労務者が大企業に移動するとか、こういうような問題でございますが、この点が一つの問題であろうかと存ずるのでございます。

小平芳平公明会

○小平芳平君 肥後先生にお伺いしたいと思いますが、先ほど減税についてちょっとお話があったわけでありますけれども、一方では、経済が高度成長をしていけば、結局減税しなければ負担率はふえていく一方でありますけれども、今年度——三十八年度予算は別として、今まではずいぶん政府が、予算編成のときには、公共投資、社会保障、文教、それからもう一つは減税ということをよく言いましたけれども、三十八年度予算では減税の柱だけ一本抜いてやっております。一方では、景気の調節、あるいは社会資本の充実、特に先生の御指摘なされた生活環境整備の充実拡充というものが差し迫った問題でありますけれども、もう少し三十八年度に減税の考慮を払えなかったものかどうか、あるいは三十八年度が無理なら、三十九年度以降減税というものが相当また打ち出されていいんじゃないかというふうに思いますけれども、先生の御意見を承りたいと思います。

肥後和夫成蹊大学教授

○公述人(肥後和夫君) それじゃ、所見を述べさせていただきます。  これはほんとうに書生っぽい意見であるかもしれませんですが、一応経済理論上では、経済の中で貯蓄の率が大きければ大きいほど、その経済を安定に持っていくために投資をふやさなければならない。投資をふやすということが、投資の変動というのが非常に不安定でございますので、まあ経済が非常に不安定になる。日本の場合には、さきにも申し上げましたが、むしろどんどん投資をふやすために、そして投資をふやして、しかも経済を、まあインフレーションを促進しないために、消費を押えて貯蓄をふやすというふうな政策でやってきた。それが一面では世界第一級の高度成長を実現させた一つの大きな基盤だと思いますが、一応ぼつぼつ、設備過剰、今まで精力的にやってきた設備を整理し、そしてもっと質的に充実したものにする必要がある。そうなりますと、今までのようにがむしゃらに、とにかく投資を引き上げ、そして強制貯蓄をさせるというふうなやり方は、すぐにまた国際収支の壁にぶつかりまして、強引な引き締めを必要とするわけでございまして、こういうことを避けて安定成長をはかるということになりますと、消費水準を引き上げなくちゃならぬ。消費水準を引き上げる一つの中心は、もちろん減税、いわゆる所得税あるいは間接税の減税、これは地方税を含めましてでございますけれども、こういうふうになると思います。それで、長期的な財政の姿を整えるということになりますと、今後社会保障関係の支出の増加、あるいは減税、この面に筋の通るような御配慮を長期的に続けていっていただかなきゃならないのではないかと、そう思うわけでございます。

北村暢日本社会党

○北村暢君 どちらの先生でも——私ちょっとお話のほうを聞いておりませんで、はなはだ恐縮なんでございますけれども、先ほどの御意見で、まあ一般会計のほうは赤字公債等を発行しないで三十九年度やっていけるんじゃないか、こういう見通しのようでございますけれども、確かに一般会計のほうはそういうような形でいくんだろうと思うんですけれども、しかし、最近の国家財政全体を見てみますというと、ことしももう財政投融資が一兆円をこしたと、こういう段階へ来たわけですね。したがって、一般会計で公共事業等でやらなけりゃならないものが、水資源開発公団だとか、道路公団だとか、こういうような形で、社会資本といいますか、公共投資といいますか、そういう面のものが財政投融資という形に形を変えて、そしてこの財政投融資が非常にふくらんできている。これを私はひっくるめて今後の財政金融全般として見ていかなけりゃならないんじゃないか。そういう重要性を財政投融資というものは持ってきておるんじゃないか。したがって、一部には、財政投融資で国会の参考資料として配付するんじゃなくて、国会の議決を要する、その使途に至るまでやはりはっきりさせるべきじゃないか、こういうような意見も最近財政投融資の膨張というような点から出てきているんではないかと思います。したがって、先ほどおっしゃいました一般会計のほうは何とかそれでいくんだろうと思いますが、財政投融資全体としてやっぱり考えなければならない。  そこで、お伺いしたいのは、その財政投融資全体を考えるということと、それが昨年の景気調整期において、財政の規模は国民総生産に対して二二%くらいで、相当縮まらないんですね。調整期でありながら、財政規模というものは縮まらない。本年もまた相当な規模の——一般会計、財政投融資を含めて相当の伸びであるわけです。したがって、これが、先ほどおっしゃられました安定成長という考え方ですね、今後の見通しの中における安定成長という考え方の中で、一体今の財政の規模というものがこのままの形で——最近二、三年非常に伸び率が高いわけですけれども、そういうような形でいっていいだろうか。そうしてまた、建設公債その他の問題が出て、実質的にはやはり赤字公債的な性格を持ってくるんじゃないか。一般会計にはないけれども、財政投融資面における鉄道関係の公債、それから道路関係の公債、そういうようなものがふえていった場合に、今の場合は、公共投資という形で、設備投資よりも公共投資ということで、財政が景気の調整、刺激をしつつバランスをとっていく形になっているんですが、その設備投資型の経済から消費、輸出という方向に重点を置かれた経済規模に変わっていく方向にいくというと、今の財政規模というものが、伸び率からいってこのようなものが続いていっていいだろうか。それと、先ほど来、この景気の見通しに非常に財源の問題が影響してくるわけでございますけれども、三十九年度等の自然増収を見ればまずやっていけるんではないか、こういうようなお話でしたが、三十九年度の自然増収ではもうおそいんで、やはり三十七、八年の自然増収が三十九年度の予算の財源として考えられなければならぬ、こう思うんです。したがって、自然増収の見積もり等についても、それが出てくるから、三十九年度の予算では公債的なものを発行しなくてもやっていけるんじゃないかという御意見のようでしたが、私は先ほど申したように、一般会計と財政投融資というものをひっくるめて考えて一体どういうことになるだろうかということですね、お伺いしたいと思います。

肥後和夫成蹊大学教授

○公述人(肥後和夫君) 先ほど申しおくれましたんですけれども、私一般会計に関して財政法を改正して赤字公債を発行するような動きはおそらく本腰を入れて出てこぬだろうという見通しを申し上げたのですが、予算制度といったような一応財政学上の問題ということになりますと、現在のように、国会の審議を経ないで、一応政府保証債その他の形で公債に準ずるものが政府部門だけの自由裁量で発行されるという形は、これは予算制度として財政民主主義の原則に反するわけでございますから、こういう方面では、やはり財政投融資を含めて、かなり弾力的な運用のできるように予算制度あるいは財政法を改正する問題というのは、現在でも大いにあるわけでございます。先ほどは、国会でそういうことが本格的に起こるほどに一般会計の財源不足は起こらないだろうということを申し上げたわけでございます。そういうことでございまして、ですから、むしろ一般会計で財源不足というものが騒がれないであろうということは、これは三十七年度のたとえば自然増収は三十九年度の一応財源に繰り入れられるわけでございますけれども、そういうことでありませんで、三十八年度の後半ぐらいからの景気回復、それから三十九年度の前半くらい——景気と租税収入との関係は、大体半年おくれで非常に密接な相関をしているようでございます。そういうことで、最近のように経済成長率を実質六%に持っていくというふうな線でいくならば、これは自然増収をかなり見込めるのじゃないか。かりに万一それが不足しても、そういうような政府保証債の発行といったような現在は抜け道があるわけでございまして、この面、あるいは短期資金での融通、こういうようなことで切り抜けていく、そのうちに景気は必ずまたかなり回復するはずでありまして、そうなると、その間に問題が解消していく可能性がある、そういうわけでございます。

大谷藤之助自由民主党

○大谷藤之助君 ちょっと他の委員会の関係でお話中中座いたしまして、どうも御質問して失礼かと思いますけれども、一点だけ、デノミの問題について、両先生の忌憚のない御意見を承りたいと思います。  先般山際さんの談話が出まして、それぞれの立場でいろいろな反響があったようでありますけれども、その後、当委員会でも山際さんにおいでいただいて、また重ねてのお話も承ったわけでございますが、今の金融財政なり、あるいは経済の環境から、このデノミをやるかどうか、やるとすれば、その時期なり、あるいはまたそれの経済効果といいますか、そういう効果についてお二人の忌憚のない御意見を承りたいと思います。  岩佐先生からひとつお願いしたいと思います。

岩佐凱実富士銀行副頭取

○公述人(岩佐凱実君) デノミの問題は、山際日銀総裁の新聞記者会見のお話から今回の問題になったようでございますが、山際さんの御説明で、山際さんの御本旨はもうよくおわかりになっていると思うのでございますが、私の感じを率直に申し上げたいと思うのでございますが、私は、デノミと申しましても、どうもやはりデバリュエーションと混同されて大衆には受け取られがちになる。そしてデノミネーションのみを、つまり呼称変更ということのみを切り離してやったという過去の例は、少なくとも相当大国、先進国、工業国にはないようでございます。小さな国にはございまするが、ないようでございます。それで、よく例に引かれますフランスは、御承知のように、あれはデバリュエーションとつないでデノミネーションをやったのでございまして、それで、かりにデノミを考える場合におきましては、これは国際収支も安定し、物価も完全に安定し、経済界においてもほとんど問題らしい問題はないという時期がかりにあるとすれば、そういうときがチャンスだと思いますけれども、日本の現状を考えますと、国際収支は大体安定しておりますが、物価のほうは、卸売物価は大体安定しておりますけれども、小売物価は必ずしもまだ安定と考えていいか問題だと思いますし、ことに、貿易為替自由化というような大きな問題をかかえておりまして、これの推移が今後どういうふうに日本経済に影響を与えてくるかという点について、まだ必ずしも的確に安心した見通しを得られるという時期ではございませんから、少なくとも、デノミを、今の、現在の問題として考えるのは、私は当を得ていないのじゃないかというふうに考えるわけです。  しからば、将来の問題ということになれば、これはやはり〇を二つなり、三つなりを落とすということになれば、それだけ、しばらくなれれば、いろいろな面の便が出て参ることは確実でございますし、たとえば、米ドルとかあるいは英ポンドというものに対する国際比価からいいましても、日本の貨幣の価値というものが、非常に価値が高いのだというような印象にもなりますので、いいと思いますのですが、しかし、将来の問題におきましても、よほど、国民全体に十分なデノミというものの意味をPRして、それは貨幣価値には何らの変動もないのだ、一円、一銭の変動もないのだ、というようなことが徹底してわかるような十分なPRがなければ、将来の問題としても行なうべきじゃなかろう、こういうふうに考えております。  現在、イタリーは、御承知のように、日本の円よりも低い形でやっておりますが、日本が急いでこの問題に取り組む必要も私はないんじゃないかというのが率直な意見でございます。

肥後和夫成蹊大学教授

○公述人(肥後和夫君) この問題につきましては、岩佐先生ほど専門ではありませんので、もう岩佐先生のお話で尽きていると存じます。  ただ、一応そのデノミがデバリュエーションと同時に関連して実施されるのだということになれば、たとえば今までの経験から申しましても、よほど外貨不足で、そうして不況に悩むというような時期でありませんと、そのレートを切り下げるというようなことは起こっていないわけでございます。むしろ、日本の場合には、レートを割高にする、あるいは割高に維持して、引き締めて切り抜けるという手もありますけれども、レートを切り下げるというような経験は、第一次大戦後の不況時期に外貨が非常に不足した時期、それからさらに三十年代の高橋財政、あれだけでございます。  そういうことで、デノミそのものについては、私はむしろあまり意味ないと思いますが、デバリュエーションと関連させるということになれば、それは非常に強い——国際収支の壁にぶつかりながらもこれだけの高度成長しているということは強い。強いということなら、どうも必要がはたしてあるのかどうか、疑問に思っております。

木内四郎自由民主党

○委員長(木内四郎君) 他に御質疑はございませんか。御質疑はないと認めます。  公述人の各位におかれましては、まことにありがとうございました。厚くお礼申し上げます。     —————————————

木内四郎自由民主党

○委員長(木内四郎君) ただいま委員の変更がございました。  石田次男君、牛田寛君、山高しげり君がそれぞれ辞任され、その補欠として、鈴木一弘君、北條雋八君、市川房枝君が、それぞれ選任されました。  午後一時十分再開することにいたしまして、休憩いたします。    午後零時十分休憩      —————・—————    午後一時三十二分開会

木内四郎自由民主党

○委員長(木内四郎君) これより予算委員会を再開いたします。  午後は、主人の公述人の方に御出席をいただいております。御意見を拝聴する前に、公述人の皆様に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は、御多用中にもかかわらず、本委員会のために御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。委員一同にかわりまして、厚くお礼を申し上げます。  午後の公聴会の進め方につきまして申し上げますが、公述時間は、まことに申しわけございませんが、お一人三十分程度にお願いいたします。  それでは最初に、園田次郎先生にお願いいたします。

園田次郎朝日新聞社社友

○公述人(園田次郎君) 昭和三十八年度予算案のうちにおける公共事業関係は、三十七年度に比較いたしまして著しく増加いたしております。公共事業の中で特に重要な項目とされておりますところの治山治水事業が約一八・五%増、道路整備事業が二一%増となっておりまして、このほか、港湾整備事業が二四%増、都市計画事業が三六%増と、それぞれ大幅に増大いたしておりまして、一般公共事業の合計を見ますと、約二〇%増ということになっております。災害復旧事業費は近年あまり大きな災害がありませんで、約三百億円ほど少なくなっておりますが、これを算入いたしましても、公共事業費全体の規模は五千九十二億円となって、三十七年度に比べまして約一〇%の増大となっております。申すまでもございませんが、公共事業は国土及び資源を開発し、保全し、欧米先進国に比べまして著しく立ちおくれになっておりますところの社会資本の充実をはかることによりまして、産業基盤の強化を達成しようというものでありまして、複雑な世界経済に対処するために、緊急かつ重要な事業でございます。そうして、その中核的な政策とも申しますべきところの新産業都市建設という画期的なプロジェクトが三十八年度から大きく発足しようとしているときでありますから、三十八年度予算におきまして、特に重点を公共事業に置いてありますことは、これはまことに歓迎すべきことと存ずる次第であります。また、公共事業に投ぜられます予算の割合は、わが国経済の成長率に照してみて一応妥当なものであろうと存ずる次第であります。  つきましては、公共事業関係予算の中で、全体に触れるわけにも参りませんので、若干の課題を取り上げて私見を申し述べてみたいと存じます。  まず、治山治水事業でございますが、治山治水事業は、昭和三十五年に成立いたしました法律二十一号、治山治水緊急措置法に基づいて策定されましたところの治水事業十カ年計画、これは昭和三十五年を初年度といたしまして、昭和四十四年を完成目標といたしました長期計画でありますが、これに基づいてこの事業が進められておりますが、昭和三十八年度はその第四年目に当たるわけであります。で、三十八年度予算の内容を検討いたしますと、この十年計画そのものに対して計画の手直しというものが意欲的に行なわれていると受け取られる点が多々ございます。建設省は治水事業の中で、東京及び大阪の高潮対策、それから国内の重要河川のダムの建設というようなものに重点を置きまして、その完成年度をできるだけ繰り上げをいたしておるというふうに受け取られるからであります。高潮対策やダムの建設を予定の年度よりも繰り上げて早く完成するというようなこの考え方は、災害防除の上から申しましても、また、水資源の確保というようなことから申しましても、きわめて適切なことではないかと考える次第でございます。  申すまでもございませんが、わが国は自然災害にわずらわされることが非常に多くて、特に梅雨前線あるいは熱帯性低気圧等によりますところの洪水の災害は非常に頻度が高くて、災害が発生する、これを復旧する、また発生する、それに災害復旧を行なう、この悪循環を年々歳々繰り返していることは申すまでもないことであります。この災害の悪循環というものがわが国の国民経済の上にいかに大きな圧迫となっているかということは、だれしも認めざるを得ないところだというふうに思う次第であります。この悪循環は何としてもこれは断ち切ってもらわなくちゃなりませんが、それには災害に先手を打つということが大事であります。できるだけ短かい期間に治山治水計画を達成するということが、肝要なんでございます。ところが、実情ではどうかと申しますと、この計画が近くくずされて、総花的になって分散してしまっている。そのために予算がこま切れになって、工事がのろのろとしてはかどらない。そのために、前の災害の跡始末がまだつかないうちに新しい災害がやってくる、そういったようなことのために、せっかくの天の恵みの水資源というものが、いつまでも利用できないうちに、そのまま海に流れてしまっている。水が足りない、足りないと言っておきながら、そういうことになっているというのが実情でございます。このような見解に立って考えますと、三十八年度予算で重点主義ということになって、工期を短縮して、年度を繰り上げてでも早く経済効果を打ち出すという政策、積極的にそういう政策をおとりになっているということが認められるのであります。  それから、もう一つ私の感じますのは、公共事業関係の長期計画について河野建設大臣が、去る二月六日の衆議院、翌七日の本院の本会議で所信表明を行なわれたのでありますが、その中で、道路、治水などの既定の長期計画について根本的に改訂を行なう必要があるということを申されております。おそらく大臣の根本的改訂と申されたことは、今私の言いましたようなことを意味されているのではなかろうかと存ずる次第でございます。この長期経済計画と申しますのは、長期にわたる計画に対しまして、財政的に一応のワクと裏づけを与えるということで一面の妙味はございますが、それを反面から見ますと、計画が固定化するおそれがあると思われる場合もございます。場合によっては、そのワクというものがかえって束縛になって、情勢の変化によって身動きがつかなくなるというような事態も発生することがあるわけでありますが、それにつきましての私見を申し述べますと、治水事業の長期計画というような、今の十カ年計画のようなものを固定的に考えないで、全国の主要な川につきまして、その河系全体の、本流、支流全体にわたるわが国の各重要河川の長期開発計画というものを立てておいて、その事業が国民経済の上でどういう価値を持つものであるか、あるいはそのときそのときの財政状態との見合いはどうか、災害その他客観的条件の変化というようなものを勘案いたしまして、計画を組み上げるというような弾力性を持ったやり方のほうがかえってよくはないか、そしてその河系ごとの計画のもとに、今のようなことを勘案しながら事業量を伸ばしていくということが妥当ではないかと考えるのであります。これには現行の河川法に多少は抵触すると存ぜられる点もございますが、河川法につきましては、建設省で根本的な改正をお考えになっているようでありますから、私たちも成り行きを注意している次第でございます。  それから公共事業関係、特に治山治水の事業につきまして、私ども常にいつも問題にもし、当路の方に要望も申し上げておることは、事業計画の調査段階、工事段階、それからでき上がったあとの維持管理というもの、そのいろいろな段階のすべてにわたりまして、関係各省の協和と協力がしばしば矛盾する場合が非常に多いように見受けるのでございます。災害防除の立場に立つところの建設省、それから水資源利用に目標を置くところの通商産業省、農林省、厚生省、自治省、その各省の対立がなかなか調整がつかない場合と、また、水資源の側のいろいろな部門の中でも利害の矛盾が多い。その調整がなかなかつかないケースが非常に多いのであります。何とかこの調整をつける方法をもっと明確にしていただきたい。同時に、せっかくでき上がったダムの管理などについても、はっきりした法制上の措置をとっていただく。そういうことが、公共事業がだんだん伸びていく幅が大きくなるに従って、そういうことがいよいよ必要になってくるのではないかと考える次第でございます。  次に、道路の整備事業になるのでございますが、路道整備事業は、昭和三十六年十月二十七日の閣議決定の新道路整備五カ年計画に基づきまして、昭和三十六年度に発足いたしました道路整備特別会計で実施されておりまして、三十八年度はこの五カ年計画の第三年目に当たっております。さっきも申しましたように、道路整備事業につきましても、三十七年度に比較いたしまして二一%増、全額にいたしまして三百八十八億円の増と、非常に大幅に増加しておりますし、また、道路建設の三公団に対する財政投融資を見ましても、三十七年度に比べて三百九十三億と大幅に増加いたしております。これは経済成長に伴うところの交通量の激増、貨物輸送量の激増という新たな事態に対応するために、産業基盤の拡充ということから申しましても、きわめて妥当な予算の編成であろうと存じます。ところが、事業量がこのようにだんだん大きくなって参りますと、どうしても地方財政を圧迫するということがそれだけ大きくなります。地方財政の問題について非常に深い考慮を払われながらその事業を伸ばしていくということが、非常に大事じゃないかと考える次第であります。この新道路整備五カ年計画と申しますのは、総事業費が約二兆一千億という膨大な計画でございます。その財源構成を見ますと、約八〇%は揮発油税収入で充てられておりますので、財源は一応確保されておるわけでありますが、卒業が広がるにつれて地方財政に負担がのしかかっていくということになりますので、その辺の配慮が特に必要ではないかと存じます。この地方負担の問題はなかなかむずかしいものでありまして、現在の新道路整備五カ年計画ができる前に、もとの五カ年計画というものがございましたが、そのもとの五カ年計画が作られますときに——そのもとの五カ年計画は昭和三十四年度に発足して三十八年度に終わる九千億の事業費で実施するというものだったのでございますが、その計画を立てるにあたりまして、地方負担率の問題で、建設省と自治省、自治省と大蔵省の間に非常に深刻な意見の対立がありまして、その調整がどうしてもつかなくて大きな政治問題となったことは御承知のとおりだと思いますが、そのためにその計画の土台となる法律——道路整備緊急措置法の制定が一議会おくれたというような非常に難航した苦い経験がございます。このもとの五カ年計画は一応それでできたのでございますが、実施後三年目の昭和三十六年度に現在の新しい五カ年計画にかわったわけでございます。さきに治水事業のところでもちょっと触れたのでございますが、建設大臣が長期計画には大きく手直しをする必要があると申されたんですが、それには、治水事業ばかりではなくて、道路整備事業のほうにも触れられておりますので、それについてちょっと私見を述べますと、道路整備計画の場合も、経済の成長に伴うところの貨物輸送量、それから交通量の激増などによりまして、途中で計画を変えなければならぬということはどうしても避けられない。さきに述べましたもとの五カ年計画も、その計画を推し進めつつある間に、輸送量、交通量が予想を裏切るほど急激に増大いたして、やむを得ず計画の途中で新しい計画に切りかえるということになったのであります。治水事業のところでも申しましたように、計画の固定化ということは非常に無理が出てくることがある。といって、あまり弾力性を持たせては秩序を混乱させるようなことになりますが、そこのかね合いが非常にむずかしいと思いますが、あまり固定化した長期計画というものは無理が非常に出てくると存じますので、その点これらのいろんな問題がございます。工事単価が急に値上がりするという問題、あるいは道路を作るについての用地の買収が非常にむずかしくて買収資金高くなる。したがって、工事費がうんと高くなるというようなことで、計画を変えなくちゃならない。あるいは新たなる道路を作らなければならないということで、急に計画を変えなくちゃならぬというようなことで、あまり長期計画を固定的に考えると、事業の伸びがかえって悪くなるのではないかと思われることがある。そういう意味で建設大臣が、根本的に手直しをすると、そして重点的に、先行的にやっていくんだとおっしゃったことは、まだ具体的にはわかりませんが、おそらくそういうことをお考えになっているのではないかと存ずる次第であります。  それから道路事業に関連いたしますのですが、この正月にございました北陸及び山陰方面の豪雪、この豪雪につきましては、この道路予算の中で、積寒法によりますところの主要道路の除雪、防雪事業費というものが組み入れられておるのでありますが、この三十八年度予算の積寒地帯の——これは北海道を除きまして内地だけでございますが、除雪、防雪事業を見ますと、直轄事業が七千六百万円、補助事業が十五億七千八百万円、この予算ではことしの豪雪の除雪、防雪などに対しましたら、まことに微々たるものでございます。したがって、今度のような豪雪が年々歳々あるというわけでもございませんが、今度の豪雪の教訓によりまして、除雪、それから豪雪防除につきましての根本的な事業、たとえば除雪しやすいような施設とか、あるいは大きな雪をかぶっても、主要国道はなるべく早い機会に機能を回復するというようなことが望ましいのであります。それから、今度の豪雪で問題になったのでございますが、一級国道で近代的な装備のできた道路につきましては、建設省の直轄事業として除雪をやるということになっておりますが、一級国道でも近代的な装備のできないところ、つまり、国が維持管理しないところは、府県の仕事になっておりますが、御承知のように、府県はこれをやる能力もありませんし、また、それをやる機械力も持っておりませんので、同じ一級国道の中でも非常にバランスがとれないようなことになっているということが新聞にも伝えられましたし、皆さん御承知のとおりだと思いますが、そういう点につきましても、この機会にいろいろ新しいお考えをお打ち出しになる必要があるのではないかと感ずる次第であります。  以上、治水事業と道路事業について述べましたが、このほかに、港湾整備とか、都市計画、工業用水道、災害復旧、それから農業基盤整備というようなことについても触れたいのでございますが、時間の関係もございますので、これは省略さしていただきまして結論に入りたいと存じますが、申すまでもなく、公共事業は将来にわたるところの国力の発展と繁栄の身づくろいのために、社会資本を充実し、産業基盤を強化するというためのものがございますので、貿易の自由化というような今目前に迫っております国内的、国際的な情勢の変化に対応いたしまして、日本の経済成長をはばんでおりますところのもろもろの障害を切り開いていく、溢路を打開していくというためのものでありまして、土地利用の高度化、輸送力の能率化、工業用水の確保等、いずれを取り上げましても、非常に緊迫した、一刻も早くやらなければならない仕事ばかりでございます。それで、本年度三十八年度の予算におきましてもそのことに重点を置かれておられることは、まことに至当なことと存ずるのであります。ところで、これらの事業は、そのほとんど大部分、ほとんど全部と申し上げてもよろしゅうございますが、大部分が国土総合開発計画の中に包括されておるのでありますが、この国土総合開発計画が処理されているところの法律制度が、法体系と申しますか、その法律制度がきわめて込み入っておりますために、法制の適用に非常に混乱を生じたり、関係各省の権限関係が非常に紛擾が起きたり、また、地方の財政に対する国庫の補助率の問題でいつもいろいろな問題が起きるというようなことがありまして、そのために、最も緊急を要する仕事が伸び悩み状態になって、いつまでも経済効果を発揮しないという現実の実情は、御承知のとおりだろうと存ずるのであります。  この国土総合開発の基本法とも申すべきところの国土総合開発法が制定されましたのは昭和二十五年でございまして、申すまでもなく、この国土総合開発法によりますと、国土開発の仕組みは、全国総合開発計画、地方総合開発計画、都府県総合開発計画、特定地域総合開発計画、この四つの柱から成り立っております。ところが、この四本の柱の中の特定地域総合開発計画というのは、昭和二十八年度から予算がつきまして、順次工事が始まって、現在二十一の地区に及んでおりますが、この四つの柱の中の大黒柱とも申すべきものは全国総合開発計画でございまして、これが総合開発の実施計画としてのマスター・プランとも申すべきものでございますが、この全国総合開発計画というものがなかなかできなくて、ようやくこれが最終的にきまったのは一昨年でございます。二十五年に国土総合開発法ができてから全国総合開発計画がようやくでき上がりましたのは十一年目というような、非常に時間がかかったわけでございます。今も申しましたように、総合開発のマスター・プランでありますところの全国総合開発計画というものが柱でございまして、さっき申しました四つの中のあとの三つは、このマスター・プランに従って、マスター・プランの中で調和をとって進められていかなければなりませんのですが、肝心のマスター・プランのほうがあとになったものですから、そこの点も非常に混乱を起こして、既成事実のほうが早くできて、今は既成事実を調整するのに困っているということがあちらこちらにあるように見受けます。このマスター・プランがおくれた関係もございまして、地方総合開発計画というものは、全国計画ができてからやるべきものが、なかなかできないので、それを待ちきれないで、各ブロックブロックの開発促進法ができまして、昭和三十二年に東北開発促進法というのが議員立法でできて、その後相次いで九州、四国、中国、北陸の、五つのブロックで開発促進法ができております。こういうわけで、どの仕事がどの法律によってなされているのか、まことに法律が入り組んでいて、私たちも非常にそれに迷うことがしばしばございます。  一方、このような情勢の中で、自由民主党の重要政策といたしまして、経済の高度成長を維持するための長期経済計画といたしまして国民所得倍増計画が策定されたのであります。その倍増計画の最終結論が昭和三十五年の十月に公表されまして、そのときまでにまだ今申しました全国計画は完成の域に達していなかったのでありますが、倍増計画ができましたので、その策定を急いで、国民所得倍増計画と全国総合開発計画の二つの構想を煮詰めた新しい産業政策というものが、今問題になっております、今企画庁で調査中で間もなく遠からずして指定されるであろうと言われておりますところの新産業都市建設促進法、つまり新産業都市の指定のこの仕事なんでございます。この新産業都市の指定を受けますと、さっきも申しました土地の造成、用水の確保、道路の整備、港湾の整備というようなことが国庫の責任をもって強力に押し進められる。したがって、その先行的な公共投資のあとに続いて民間資本も大きく広がっていくというようなことで、一たん指定を受ければ、現在の四大工業地帯に次ぐ新しい重工業地帯ができるということで、その関係の地域では非常な熱心を示されているのでありますが、その指定は指定基準によって合理的に客観的に行なわれるべきで、今度の新産業都市というものは、今までのさっき申しましたようなその地域々々の個々の開発をはかるものでなくて、国民経済の上から合理的に客観的に処理して日本経済を大きく伸ばすためのものでありますから、今までの開発計画の考え方と全く違うのであります。そういった意味で、この新産業都市というものが大局的な立場から処理されるということが非常に望ましいと思う次第でございます。もしこれが地域的の利害という側からの線が強く出ますと、今申しましたように国民経済全部から高い視野に立って処理するということができなくなって、非常に混乱が起こるおそれがないだろうかということを私もひそかに憂えているところであります。  それからこの新産業都市の指定ができてこれが動き出すという場合に、その指定ができればおのずから事業が伸びていくかと申しますと、なかなかそう参りません。と申しますのは、各省それぞれの立場がございまして、同じ新産業都市の促進の考え方につきましても、各省それぞれの意見がございます。たとえば、通産省は工業適地の配置について考えを持っておられるし、建設省は地方広域都市建設計画というのがありますし、それから自治省はまた地方開発事業団の制度というものをお考えになっておるし、それから運輸省でも臨海工業地帯開発計画と、それぞれのプランがありまして、これが一つの青写真に溶け込んでいないわけでございます。予算は新産業都市建設計画一本に流れるのではなくて、道路は建設省、港湾は運輸省というようなふうに参ります。ですから、それぞれの予算は縦割りの形でおりて参りますので、もしも各省の意見が根本的に調整されないということになりますと、せっかくの新産業都市の建設計画も予算的に割れてしまうという心配があります。したがって、今の公共事業というものが、現在の日本の経済が置かれている位置ということから考えると、非常に大事なことであり、緊急を要することであるだけに、そういったことで特別の配慮をなさる必要があるのじゃなかろうか、これはまあ私の書生論となったのでございますが、そう考える次第でございます。  これで私の公述を終わりたいと思います。(拍手)

木内四郎自由民主党

○委員長(木内四郎君) ありがとうございました。  それでは、園田先生に御質疑がありましたら、お願いいたします。     —————————————

木内四郎自由民主党

○委員長(木内四郎君) ただいま委員の変更がございました。  渡辺勘吉君が辞任せられ、その補欠として稲葉誠一君が選任せられました。     —————————————

木内四郎自由民主党

○委員長(木内四郎君) 御質疑のおありの方はありますか。

横川正市日本社会党

○横川正市君 今の関係で、私どもは、長期計画を立てるということが、そもそもその実行段階でかりに部分的な手直しが必要であっても、進行上は基本だと考えておるわけです。日本は毎年——去年からは少し災害が減ったとはいいながら、ずいぶん災害が多いわけでありまして、災害復旧費とそれから計画に従って社会資本の増強を行なっていくということとは、予算の面からいくと二本建のような格好になって、その額は自然と増大していくわけでありますけれども、しかし、何にしても日本の場合に非常に立ちおくれている地域差あるいは所得差、いろいろな意味での差というのは、社会資本の都市集中ないしは普遍的な時間のズレで完成できないということにあると思うので断りまして、やはりはっきりとした計画を立てて、その計画に基づいて行なっていくことが私どもとしては一番大切なのではないかと思うのでございます。当面のことにとらわれ過ぎて、計画がおろそかにならないかという点で先生の意見と少し違うように思うのでありますけれども、その点をひとつもう一度御説明いただきたいと考えます。

園田次郎朝日新聞社社友

○公述人(園田次郎君) 今申されたように、災害復旧事業と申しますものは、これは大きな災害がありました円、三年くらいで全部復旧事業を終わる。昔ございました継続事業と申しますか、これはある程度国会における予算の審議権を束縛するようなことになりますが、そういったことがもし可能でありましたら、修正権はあるわけですから、そういった形の継続事業的なもので、三年くらいで、災害を抑えて、そうして悪循環を抑えるということが必要であろうと私は思います。ただ、道路もしくは河川改修というような事業になりますと、長期計画で一応のこういう構想でやるんだという程度ならばいいのでありますが、全体の事業費をこの中に抑えてそうして十年なら十年の間に年々これくらいの金をやっていくというようなことになりますと、それがかえって計画を変えなくちゃならない。事業量をうんと伸ばさなくちゃならないというときになって自縄自縛になるような、現に幾たびとなく法律のもしくはプロジェクトの変更をやって参りました経験から見ましても、そういうことが起こりがちなものですから、だから、さっき私が申し上げましたように、河川の場合には利根川なら利根川、淀川なら淀川、河系全体の計画を立てて、それをそのときの財政のにらみ合いなどで弾力的に考えていくということのほうがまた実際に事業が伸びていくんじゃないかという所見を述べたわけでございます。

横川正市日本社会党

○横川正市君 もう一点。これは地方財政と公共事業費の関係でありますけれども、具体的に言いますと、園田先生御案内のように、地方に非常に大きな負担になっていることは、もうそのとおりだと思います。ところが、その負担が、たとえば東北で言いますと、山形県へ行きますと、山形県は砂利を相当入れて、あの程度道路というものは整備されている。もちろんこの道路というのは舗装された道路でありませんけれども、一応道路の行政としては整備をされている。ところが、青森県へ行きますと、これはもうどこへ行きましても道路というのは砂利があんまり入っておらなくて、整備があんまり整っておらないというアンバランスがあるわけなんです。こういったアンバランスをなくして、少なくとも地方財政にそう圧迫にならない社会資本の増強、こういった点で御意見があったら、ひとつお聞かせいただきたいと思います。

園田次郎朝日新聞社社友

○公述人(園田次郎君) その点、私も全く同感でございます。それで、道路にいたしましても、治水治山にいたしましても、必要にして緊急なものはできるだけ直轄事業でやっていただきたいということを私たちはいつも考えているわけでございます。

小平芳平公明会

○小平芳平君 先ほどお話し下さいました各法律がばらばらで補助金がまちまちで、どの仕事がどの法律でどの補助金でやられているか見当もつかないような状態にあることを御指摘下さいました。私どももそういう点でよく迷うわけでありますが、各地方の開発促進法ができる、また、国土総合開発法に基づく特定地域の指定がなされる。それで、もうそれこそ全国網の目を張りめぐらしたように、開発促進、開発計画というものが一ぱいできているわけですが、こういう状態ではどうも工合が悪い。そこで、政府としてもいろいろ考えられたと思いますが、おそまきながら全国計画ができ上った。それからまた新産業都市の地域指定が近く行なわれて、この新産業都市に一本化してやるというようなことも言われてきたわけでありますが、その点について先生が今御指摘なさったように、せっかく治山治水十カ年計画を立てても、三年か四年で変えなければならなくなる。道路整備も来年から変えると建設大臣も明言していらっしゃる。それから所得倍増計画そのものも再検討しなければならない。そうなってくると、待望の全国総合開発計画というものも一体どれだけ今後働きをするか、効果を現わすかという点について、非常に不安に思うわけであります。新産業都市の問題点は今お話し下さいましたが、あわせて全国開発計画についてのお考えをお聞きしたいと思います。

園田次郎朝日新聞社社友

○公述人(園田次郎君) 全国総合開発計画と所得倍増計画の両方の構想が一つにおりて——これは私なりの解釈でございますが、今の新産業都市建設促進法に凝縮されたのだと存ずるのでございます。予算も、ばらばらに使うよりも一本に大きくとって重点的にやるということでなくちゃなりませんので、今までは地域そのもの、地域地域の開発、あるいは低開発地域の開発というようなことでありましたのですが、今度の新産業都市は、これをやることによって日本経済をうんと伸ばしていくのだ。全然今までのとまるで形が違います。それだけに、政府は責任をもってこれをやっていただかなくちゃなりませんだけに、これの障害になるような溢路というものを打開することにも努力を払っていただきたいということを申し上げたわけであります。

北村暢日本社会党

○北村暢君 今新産業都市の問題をお伺いしたのですが、私は、新産業都市というのは、今までの京浜地区とか、あるいは京阪神、あるいは中京地区、こういう集中的な都市の過大な発展によってそうして産業を分散しなければならない、こういう考え方から出てくるということはある程度考えられるのでありますけれども、その新産業都市が今後そういう工業都市というものを作っていくということになれば、これはやはり相当な民間の設備投資というものが伴ってくるのではないかと思うのです。したがって、過去の日本の非常な高度の経済成長というものは設備投資だったわけですから、それをさらに新産業都市ということで産業基盤を整備する。そうすれば、民間の設備投資がまた行なわれる。こういうことで、これは全般の経済との関係で考えなければならないのじゃないかというふうな感じがするのです。したがって、今後の経済の発展というのが、この設備投資型から消費並びに輸出といったような形の安定的な発展をしていく、こういうことになれば、私はそういう意味の集中的なことよりも、どちらかといえば公共投資といっても、大都市の産業道路、それに付随する社会福祉施設というものよりも、同じ社会資本、公共投資といっても、民生安定のための住宅建設であるとか、そういう万両にこの公共投資というものの性格を若干そういう民生安定のほうへ持っていくべきでないか、まあそういうような感じがするのです。いずれにせよ、公共投資が今後ふくれていくということだけは、ことしの予算を見ても非常にふくれているわけでありますから、いいのでありますけれども、そのふくれ方が今言ったような形でいくと、これは非常な地域格差というものをさらに拡大するような形になるのではないかというような心配があるのじゃないかと、こういうふうに思います。それからまた、今指定されようとする地域がどういう地域かまだわからないわけですけれども、実際にはやはりその指定をめぐって各自治団体は相当激烈な競争を川やっておるわけですね。それで、工場誘致のための固定資産の五年間免税だとかなんとかいうことで相当な連動をやっている。したがって、工場誘致その他新産業都市建設というものが地方自治体というものの財政を相当圧迫し、さらに民生というものを犠牲にするような結果が出てくるのじゃないか。したがって、私は、あながち反対はしないのですけれども、そのバランスというものをやはりとっていかないというといけないのじゃないか、まあこういうふうに思いまするので、国土開発なり、公共投資、社会資本の充実というものの内容的な問題について私はまあそういうふうに感じておるわけなのですが、先生の御意見をひとつお伺いいたしたい。

園田次郎朝日新聞社社友

○公述人(園田次郎君) ただいまおっしゃいましたように、社会資本の充実、産業基盤の強化というような事業と、それから社会生活の向上あるいは文化的な環境の向上というような社会政策的の事業、それがきわめていいバランスをとりながら伸びていくということは、私も全くお考えのとおりで、そのとおりでなくちゃならないと考えております。

川上為治自由民主党

○川上為治君 私、一点だけ御質問申し上げておきたいと思うのですが、道路の開発とか、あるいは水資源の開発、これはどうしても急速にやらなくちゃならぬことは、これは先生がおっしゃったとおりで、われわれとしましても非常に努力をいたしておることなんですが、問題はやはり財源の問題です。たとえば、道路の問題にしましても、ほとんど大部分をガソリン税に仰いでおるわけですね。ところが、ガソリン税についても、これをそんなに大きくするということも、これからそう簡単にはいかないんじゃないか。それかといって、一般の予算のほうからこういう公共投資関係の方面に、国土開発関係の方面にそうたくさん出すということも、ほかとのバランスの上においてなかなかできないんじゃないか。そうしますと、結局道路なんかについては、道路公債の問題とか、いろいろな問題が出てくると思うんですが、そういう他に財源を求めるというような問題について、先生はどういうようなお考えを持っておるのか、それをちょっと承っておきたいと思います。

園田次郎朝日新聞社社友

○参考人(園田次郎君) 正直に申しますと、私自体財政的に深い知識もございませんで、これという意見を申しかねるのでございますが、今の公共投資の問題は、限られた財源の中から重点的にやっていく。今までのように、総花的に、非常に分散して、経済効果が出ないような予算のつけ方でなくて、優先順位をつけて、これをまず先にやろうというようなことで、重点的な予算の配分というものでやるということになりますと、今までとまた違った事業の伸び方が出てくるんじゃないか。これは、せっかく今まで何億という金がついておるんだけれども、これは一時やめて、これが大事だからこれからやろうという、優先順位をもう一ぺん考え直して、これには相当大きな政治力が要ると思いますが、簡単なわけには参らないかもしれませんが、そういったことで、ずいぶん今の事業の姿が変わってくるんじゃないかと思うのでございます。

木内四郎自由民主党

○委員長(木内四郎君) 他に御質疑がありませんければ——。  園田先生、ありがとうございました。     —————————————

木内四郎自由民主党

○委員長(木内四郎君) 次に、金子先生にお願いいたします。

金子有造会社常務取締役

○参考人(金子有造君) 昭和三十八年度予算中におきます中小企業関係予算に関しまする意見を申し述べてみたいと思いますが、まず最初に、一般的な所見について申し上げたいと思います。  本予算に関係のあります中小企業関係の各種団体の意向等を総合して参りますというと、欲を申しますれば際限はないけれども、一応この線であるならば満足すべきじゃないかというような声が一般的だというふうに思われますし、また、私などといたしましても、一応考え得られ、打ち出せる施策の線というものを考えてみますれば、まず点数をつけましたならば、少なくとも八十点以上を差し上げられるんじゃないかというふうに考える次第でございます。特に二、三、これについての所見を申し述べてみたいと思います。  第一に、従来とかく中小企業対策自体も少しばらばらだと見られる向きがあったのでありますけれども、今国会におきまして中小企業基本法が制定されようとするのでございまして、これによりまして各種の中小企業施策が総合化され、体系づけられ、それぞれの施策が中小企業を振興させるという大きな目的に向かいまして所を得てくるというふうなことが申し上げられるように思うのでございます。  さらに、内容的に見て参りますというと、今回、中小企業投資育成会社が設立されるのでありますけれども、これは、国民経済的な観点から見て参りまして、今後その発展を助長しなければなりません。中小企業のうち、さらにそれに対する意欲、能力等において適格であります中小企業自体が、資本調達の面において、あるいはともすれば欠けております経営技術の面の改善、進歩について必要な助言を得、さらに重要な協力が得られようとする、かようなことは、私らの立場から見て参りますというと、大いに歓迎さるべき施策と存ずるのでございます。  それからさらに、今後の中小企業を残存せしめ、あるいは将来の発展の機会を確保するという点から申しますれば、これは、各界共通の見解でありますところの組織化の促進に待たなければならない。なかんずく、共同化によりまして企業の高度化をはかるべきでありますけれども、かような点につきましても、特に三十八年度予算におきまして、この点を強調します措置が講ぜられておりますということは、これまた大いに歓迎したいと存ずるのでございます。しかも、一面におきまして、中小企業の今後における経常管理の合理化でありますとか、あるいは技術水準の向上というようなことを目途といたしまして打ち出しております施策自体に、かなり心づかいのこまかい、いわゆるきめのこまかい対策が打ち出されておりますことにつきましても、これは、中小企業の振興を常に念願していますものといたしまして、大いに賛意を表したいのでございます。たとえば、その一例でございますけれども、中小企業に対します援助、助言、指導、協力というようなものは、中小企業に接近することによって、中小企業のそばまで参りまして行なわなければならないというのが今日の常識であるのでありますが、かような趣旨にかないますものといたしまして、たとえば、商工会における経営指導員がスクーターを買ってさような目的を達しようとする指導効果の飛躍的増強に資し、かつ、指導範囲の拡大に努められるような措置を講じつつあるというようなことは、これは、特に取り上げて申し上げる必要があるように思うのでございます。  ただいま申し上げましたのは、これは中小企業に関しますところの一般的な所見でございます。劈頭申し上げましたように、三十八年度におきます中小企業予算は、これは隴を得て蜀を望むのたぐいのものが多々あることと思うのでありますけれども、一応まあまあという線であるというように感ぜられるのでございます。と申しましても、これは、三十八年度予算に対しまして全面的な、百パーセントの礼讃をするという意味ではありませんので、以下若干の要望ないし私見を申し上げまして、今後の施策の拡充、整備に対しまして御参考までにお聞き取りをいただきたいと思うのでございます。  まず、一般的な要望でございますが、これは、関係業界を通じまして、中小企業関係予算額は、これを国全体の予算と比較しまして、まだこれは少額に失するという声は依然として高いように見るのでございます。そしてさらに比較されますのは、農業関係予算との比率でございます。概算いたしまして、農業関係予算の約一割にしか満たないということから、中小企業の関係名は、中小企業がわが国経済におきまして生産力の枢軸をなす、その他従来中小企業施策の基本になっておりますところの存在意義というようなものをあげまして、これは中小企業を軽視するということではないかというような見方が依然として行なわれておるということは、第一に指摘いたさねばならぬことだと思うのでございます。この点につきましては、私、一九五一年の予算教書の中におきまして、トルーマンが申しております言葉を思い起こすのでございます。御案内のとおり、トルーマンは、その教書の中において、もしアメリカの中小企業に対しまして、従来農業に対して払われておるような予算あるいは指導陣容というようなものを確保することができたならば、アメリカの中小企業というものはその面目を一新するであろうというようなことを申しておるのでありますけれども、この声は、やはり中小企業関係者の一致した意見だと見るのでございます。  ところで、第二に申し上げたいのは、この予算額は、いかにしてもっと増加されなければならぬかということでございます。劈頭申し上げました三十八年度における中小企業予算、これは、いわゆる頭を出しますとか、盛り合わせという点におきまして、まことにけっこうなものであるという意味でありまして、事実この予算を運営し、執行して参ります場合には、それぞれの予算が要求します目的というものが必ずしも果たされるということについて期待できないものが多い。と申しましても、従来から金融その他についてはいろいろ意見がありますので、ここではあまり触れないことにいたしまして、主として中小企業の指導面におきます予算を中心にして、その例を申し上げてみたいと思うのでございます。政府におきましては、中小企業は、助言し、援助し、協力されなければならない、時に中小企業の経営者は、特定の部門においては非常にすぐれておるけれども、企業発展をさせる、あるいは企業に必要な利益を確保させるというような点から見ますというと、必要な個別部門において、熟練者において欠けているものがあるというふうな観点からいたしまして、中小企業経営者の欠けております点を補強し、これに助言し、あるいは協力させる、これを相談という形式でもって処理して参ります中小企業相談所なるものが設けられておりますこと、これはもう、皆さん方もすでによく御承知のとおりでございます。ところで、この中小企業相談所の分布状態を見ますというと、ほとんどどこの商工会議所にもこれは付設されておるのでございます。しかし、その編成いたしておりますところの指導員の数あるいは指導員の待遇というふうなものを見て参りますというと、これで、はたしてこれが、企業自体に対してその存立を維持し、それを発展せしめるに必要な助言というものを与え得られるかどうかということにつきましては、これはもう皆さん方、この面の報告から御承知のことだと思うのでございます。  それからさらに、商工会が設立されましてから、商工会に付設されております経営指導員を見ましても、これまた中小企業相談所と大体同工異曲のものでございまして、その給与水準等は、今回の予算におきましても、多分二千五百円ほどのアップということに相なっておるのでございますけれども、今日大都市におきまして、三万円程度の報酬でもって有能な指導員が確保できるかどうかということについては、これはあえて申し上げることを必要としないと思うのでございます。  それから、最近政府におきましても、中小企業における労働問題というものを非常に重視されまして、中小企業団体中央会を主体といたしまして、それに労働指導員を配置いたしておるのでございます。ところが、その配置の現実を見ますというと、中央に二人、それから各都道府県に二名というようなことでございます。しかも、その待遇もまた、先ほど来申し上げておりますような中小企業相談所なりあるいは商工会に配置されております経営指導員と大体同じ待遇でございます。にもかかわらず、労働指導員に課せられました任務というものは、今や、そしてこれから、ますます重要の度を高くいたして参っておるのであります。最低賃金の問題でありますとか、あるいは労働福祉の問題、給食、レクリエーションでありますとか、あるいはさらに、製造部門におきます職業訓練の問題等、これは、一つとして重要でないものはございません。  それからさらに、中小企業一般に共通の問題といたしましては、若年の労働力確保、これがきわめて困難な事態にぶつかっておるのでございます。労働力確保に対する措置、これはなかんずく商業関係に多いのでございますけれども、あげて参りました労働指導員の果たすべき使命、任務というものを考えてみました場合に、かような重要な業務をも、先ほど申し上げておりますような低額な報酬でもってりっぱな指導員を確保できるかということについては、これはもう重ねて申し上げるまでもないと思うのでございます。ただいま引き合いに出しました中小企業相談所あるいは商工会あるいは中小企業団体中央会等に配置されておりますそれぞれの指導員については、以上申し上げたとおりでありますが、さらにわが国が世界に誇っております重要な中小企業に対します指導行政、指導事業の一つとしまして企業診断事業というのがございます。この企業診断事業は、これが初めて取り上げられましてから今日まで、非常に大きな効果をおさめ、中小企業の発展に関しまして貢献するところは非常に大きなものがあったのであります。しかし、これにつきましてもその制度自体の執行におきまして、都道府県におきます地域の格差と申しますか、施行者、執行機関によりまして大きな格差があるのでございます。これもせんじ詰めて参りますというと、結局は診断員を、しかも優秀な診断員を確保できないというようなところに問題があるのでございますけれども、これらの点もただいま申し上げました中小企業予算と深い関連があるものと存じておるのでございます。もちろん都道府県におきます今後における企業診断事業の方向等につきましては、すでに着々打ち出しておりますように、国の施策に呼応し、さらにみずからが行なおうとする産業経済の政策に合致した方向を選ぶということについては、これはもう、もちろんのことでありますけれども、それにいたしましても、その業務に携わりますところの要員の確保、その能力の向上等の制約になっておりますものが、やはり予算関係にあるということをはっきりと申し上げたいのでございます。中小企業に関します指導の仕事というのは、ただいま申し上げましたようなフェイス・ツー・フェイスの業務がありますが、他方文書その他によりまして中小企業が発展するために必要な、よりよい方法でありますとか、あるいは必要な法律上の手続、さらに企業というものが立っていくために必要な中小企業をめぐっております外部条件に関します情報の提供というようなものに分かれてくるものと思います。この点については後ほど重ねて触れてみたいのでありますが、ところでかような面におきまして、中央の機関であります中小企業庁初め、都道府県等におきましては熱心に、必要な、そうして中小企業者に信頼し得られる調査あるいは資料の整備に努力いたしているのでございます。  ところで、せっかくできましたかような調査資料というものの印刷部数あるいは頒布範囲でございます。この点につきましては、何部と申し上げますよりかも、これもまた恐縮ですけれども、アメリカ合衆国が行なっておりますこの種の事業におきますところのマス・アプローチについて申し上げたほうが、これは適当じゃないかと思うのでございます。中小企業の指導というものは、中小企業のそばに行って、やってやらなければならないというようなことになりますと、これは有料頒布、もちろんこれも考えられるのでありますけれども、企業自体の今後の発展等に必要な、しかも欠くべからざるものであるといたしましたならば、少なくとも中小企業経営者におのおの一本ぐらいずつは備えつけさせてみたいものと思うのでございます。アメリカにおきますこの種の、たとえば中小企業に関しまするマネージメントあるいはテクニック等に関しまする指導関係のもの、あるいは経済自体に関しまする解説等のものを見ますると、少なくとも二百万部単位ぐらいで印刷しているということを考えました場合に、PR費の面におきましてももっと必要な経費が計上さるべきものと思われるのでございます。  中小企業関係の予算、これは一応必要な部門に対しましては計上を見ているということは、まことに喜ばしい次第であるのでありますけれども、一たびこれの運用の面から申しますと、あまりにもそこには少額に過ぎるというようなことを、ただいま二、三の例から申し上げたのでございまして、この点についての特例な考慮というものが必要だと思うのでございます。  それから、第二の点でございまして、中小企業の中には、申し上げるまでもなく、中小商業が含まれているのでございます。しかも、企業あるいは事業所の数、ないしは従業員、あるいはこれに関係しております家族の数というようなものから見て参りますと、そのウエートは中小商業に非常に高いのでございます。中小企業自体における問題につきましては、後ほど林公述人のほうから、流通機構の革命というような点で、特にお話があるようでございますので、私は意識いたしまして、この面についてあまり多くを掘り下げるということを避けたいと思うのでございます。でありますが、中小企業の中で、中小商業対策費の計上というものが、これが少額に過ぎるという点については、これはもう年来、各方面から指摘されていることでございまして、私自身も、これについてやはり同感の意を表せざるを得ないのでございます。中小商業対策費の計上が少ないということに対する答弁といたしましては、中小商業対策固有の経費はさまで多くないけれども、中小商業が存立するために必要な環境の整備費その他等を勘案するというと、これは決して少額とはいえないというふうな議論も年来行なわれたようでございます。道路、交通あるいは公衆衛生というような面につきまして、かようなことが申され、流布されてきたのでございますけれども、しかしこれについては、今重ねてこれに対する説明を申し上げる必要はないと思うのでございまして、中小商業が現在いかような環境のもとに置かれておるか。流通革命といい、消費革命といい、そしてさらに技術革新の大きな波に洗われながら、それもまた大きな課題といたしまして、商圏と申しますか、トレーディング・エリアというものが変わりつつある。で、その中におきまして郊外自体に大きな異変というものが生じてくる。郊外異変の問題と中小商業対策の問題につきましては、アメリカ等を見ましても、アイゼンハワー内閣におきましては閣内に郊外異変対策の閣僚懇談会を設けて、これが解決にあたって参ったというような記録を、実はアメリカの中小企業庁の報告書、さらに上院におきます中小企業特別委員会のアニュアル・レポート等からも拝見いたしておるのでございますけれども、かような非常に困難な事態、それもこの上院におきます報告書を見ますというと、第二次世界大戦のあと、しかもこの数年の間に過去百年の間において遭遇したような劇的変化に遭遇している、これが流通部門に対するところの表現でございますけれども、わが国においてもこれが対岸の火災だと思っておりましたときに、かような面におきまして大きな問題が出ておるわけでございます。で、かような事情等を考えて参りまして、一方巨大経常あるいは進歩的、合理的経常というものがある。そしてさらに識者からは、それらのものと中小商業との置かれる位置というものを、うまく調整しなければならぬというような、要望等もあり、業者の側からは、そういうものを排撃せよというような声も強いのでございますけれども、これは考えさせられる課題でございます。かようなむずかしい事態に遭遇しております中小商業を今後いかに持っていくかというふうなこと、これは非常に重要な課題のように思うのでございます。  さてそこで、次の課題でございます。これは、ともするというと、中小企業予算というものは、あるいは中小企業対策というものは、中堅企業をおもなる対象として行なわれているんじゃないかという声が高いようでございます。もちろん、この点につきましては、中小企業基本法のみならず、従来とっております中小企業対策においても十分これは考慮が払われて参ったのでございますけれども、若干の問題というものを提示いたしてみますというと、たとえば先ほど申し上げました中小企業の育成会社等につきまして一も、これは中堅企業を目安にし、中小企業間における格差というものを助長するというふうな見方があるので、これは設備の近代化の措置等においても同様なことが申されるので、その運営については特段の配慮を求めたいというような要求が一部の指導者の中において強く指摘されておることは、私も同感に存ずるのでございます。で、かような観点からいたしまして、ここで次に、三十八年度予算に対しましての具体的な意見というようなものを二、三申し上げてみたいのであります。  そこで第一の問題は、ただいま申し上げました中小企業対策は、ともすると中堅企業対策の感があるということにつきましては、中以下ないしは小規模業者の近代化につきまして、その組織体、共同体、企業共同体というふうなものを中心にしまして、さらに一歩進んで、その施設の共同化等について格段の配慮をする必要があるのではないかと考えるのでございます。そうして共同体自体につきましても、今日工場といわず、商店といわず、企業自体が巨大化する傾向にございます。ジャイアンタイズするその傾向に備えまして、ここで企業間の共同化はもっと進みまして、企業合同というふうな形にまで進んで参りませんと、本来の目的を達することができないのではないかと考えられるのでありますが、かような面につきまして特に配慮をする必要があるように思うのでございます。もちろん、すでに先年から手を染めて参っております団地化に対します助成、援助等のことは、当然これは地域開発計画とも結びつけまして、特に中小企業自体が今後発展しようということにつきましては、地域社会の成長発展と運命をともにするというような観点から、これについてはこれを強力に進めていただきたいと思うのでございます。  中小企業関係予算は、非常に多岐にわたっております。これを短時間内に申し上げるということは、非常に困難でございますので、二、三気のつきましたことについて、以上申し上げて参ったのでありますが、さらにここで、私自身の要望といたしまして、あるいは意見といたしまして、特に申し上げたい問題を二つほど取り上げてみたいと思うのでございます。  第一は、中小企業に対しますところの対策につきましては、きめのこまかいものが打ち出されておるということ、まことに喜ばしい事態だと思うのでございます。そこで、特に本年度予算におきましても相当多額の予算が計上されておりますが、指導のための施設、事業というものが、着々これが軌道に乗り、そうしてこれが体系づけられて参っておること、これまた、けっこうなことだと存ずるのでございます。でありますが、もっとここで重要な課題というものは、それらの指導の業務というものがもっと合理性を付与され、しかもこれが現実の中小企業の経営というものと密着したものを必要とするのじゃないかと考えるのでございます。そこで端的に申しますというと、中小企業の経済に関します研究機関というふうなものが設置されまして、ただいま申しましたような要請にはっきりとこたえられるようにして参りたいと思うのでございます。で、かくいたすことができますならば、これが指導の事業と唇歯輔車の関係に立ちまして、わが国における中小企業の指導というものが逐次整備され、完璧の方向に推し進められていくものと考えるのでございます。もちろん、中小企業も、これは企業経営の一つでございますから、中小企業経営も、事業の内部の切り回しと、企業を囲んでおります環境との函数関係に立つということは、申し上げるまでもないのでございます。そこで、企業の内部的な経営につきましては、これも従来とも各種の御努力が払われてきておるのでありますが、端的に申しますれば、指導上の基準になりますものを、業態別、業種別等にひとつ作り上げていただくということが大事なように考えられるのでございます。すでに、これは企業診断ハンドブックとかいうような中にこれが盛り込まれておるのじゃないかというふうな意見も一部にはあるようでございますけれども、しかし問題は、もっとこれは業種別に見て参りまして、その業界において経営を成功させましたものを事例等といたしまして、こういうようなものを標準化し、基準として、業種別の指導基準とするようなことが必要じゃないかと、こう考えるのでございます。もちろん成功事例をあげるということは、反面から申しますれば、失敗の事例をあげるのでございます。われわれが中小企業をいかにして成効させることができるか、中小企業はいかなるわなに待ちかまえられておるかというようなことを知ります場合に、残念ながら、アメリカではこれを朝野をあげて利用しております、ダン・アンド・ブラッドストリート社の倒産記録だけを利用しなければならないということは、まことに残念だと思うのであります。それから、企業外の企業環境につきましても、たとえば中小商業等につきましても、商業自体というものはいかなる方向に進んでおるかというようなことを、それからもちろん景気のよしあし、あるいはこれを業種別に見ました部門別のそれぞれの起伏等に関します資料、こういうようなものも必要でありますが、特に企業を囲んでおります環境というものがいかなる方向に進んでおるかということを周知させ、理解させるということは、これは非常に大事である。しかも、これは権威を持って示し得られるものといたしまして、私は中小企業経済に関します研究機関の設置、あるいは研究機関の設置ということが適当でございませんならば、中小企業経済に対します研究をさらにもっとこれを掘り下げ、推進していただくということが必要なように考えるのであります。  それから、第二点でございます。今回の予算を見ましても、企業におけるスタッフといたしまして、経営及び技術の中心的人物、あるいは後継者となる、要員、あるいは経営者の片腕となるスタッフを養成するというような予算が計上されておりますことは、まことにけっこうだと思うのでございます。ところで、かようなことも非常に大事なのでありますけれども、ここで従来からやっております指導に対します中心点というものを、逐次、官公庁あるいは地方公共団体というようなものから、これを地域または業種団体等に移行させていくということが大事じゃないか。そういうことが大事のように考えるのでございます。と申しますのは、中小企業に対しましても、指導上大事な指導点は、中小企業がみずからの力で立ち上がる。自主発展、ゼルプスト・ヒルフェ、あるいはセルフ・イシプルーブメントというものを進めていく。みずからの手で発展の契機をつかみ、発展の推進力となっていくということが大事だとしますれば、これはそういうふうな意味からも、官公庁あるいは地方公共団体等がお世話するということは、ともすると他力本願に堕しやすい。そういう傾向を助長するのじゃないかという観点から不適当のように考えるのであります。そこで、これのためには、業種団体なり地域団体を強化するということが必要だと思います。  それから、さらにここで問題になりますことは、その地域団体なり業種団体のリーダーに対しまして、組成員の発展についていかに指導していくかという指導力をつけるためのそういう事業、施設というものが今後考えらるべきではないかと思うのであります。中小企業におきましても、基本になりますのは、これは人間開発でございます。あるいは企業内におけるティーム・フォースというものを伸ばしていくということ以外にはないわけでありまして、いわば、これは中小企業において団体指導者の人づくりをして参りますということが、今後非常に大事な課題のように思うのであります。アメリカの例をしばしば引用して申しわけないのでありますが、御案内のように、アメリカにはアメリカン・ソサイエティ・オブ・アソシエーション・エグゼキュティブズというのがございます。団体指導者、しかも、この人たちは名誉職でありまして、長期にわたってその職にあることを特徴とするにもかかわらず、団体員に対して、自分が何をなすべきかということについて、会長とか副会長というような人々が、さような業務について、まず十分な研さんを積んで、そうして団体の指導者として恥ずるところのないような準備をしている、あるいはそういうような活動をしているというようなことから考えて、わが国でもかような点が必要のように思うのであります。そこで現在のわが国におきます中小企業団体というものを見て参りますというと、残念ながら、その多数はかような力を持っておらないのでございます。そこで、団体指導者の人づくり、これが無理だということでございますならば、戦前はかなりこの方面に力を入れて参ったのでありますけれども、団体の舞台回しに当たりますところの事務局員、これに人を得、これに対する教育、指導というようなものにもつと力を入れていく措置、対策というものを、ここで重ねて要望されてよろしいのじゃないか、かように考えるのでございます。  所定の時間に参りましたので、以上申し上げまして、私の昭和三十八年度中小企業関係予算に対します意見といたしたいと思います。(拍手)

木内四郎自由民主党

○委員長(木内四郎君) ありがとうございました。  最後に林周二先生の公述をお願いしまして、金子先生に対する質疑は、林先生の公述がお済みになってから、御一緒にお願いいたしたいと思います。

木内四郎自由民主党

○委員長(木内四郎君) 林公述人。

林周二東京大学助教授

○公述人(林周二君) 林でございます。私にいただきました題は、流通機構ということに関しての予算案関係の意見をということだと思います。前々の園田先生のお話は公共投資ということであり、金子先生は中小企業ということでございますので、それぞれその面に関しましては、予算の説明などを見ましてもそれらしい項目があるわけでございます。ところが、流通機構というものは、実はこの項目にそういう形でないわけでございまして、そういうものに関する意見を述べよということをいわれましても非常に実はむずかしいのでございます。つまり、それが中小商業関係の予算そのものであるのかといってしまえば、それで話は非常に早うございますけれども、そういうものでもないわけです。そういうわけで、非常に私の話は前のお二方の先生のように、数字をあげ、現実の款項目をいろいろいじって、それに関しましてその内容を指摘するというようなことができますと非常によろしいのでございますけれども、それを今できるだけやってみようと思いますけれども、それがいささか不可能な面もございますので、その点、多少前のお二方の御意見の出し方というものと違うということをお許しいただきたいのでございます。  そこで、なぜそういうことかと申しますと、一つ例を、たとえば消費者行政というものにとってみてもいいと思いますが、最近、消費者行政というものが非常にやかましくいわれておるわけですが、消費者関係の予算というような形でものを展望するというワクがない。というのは、つまり従来は消費者行政というような一つの観点が行政になかったわけですが、最近はそれが非常に重要になっている、こういうことだと思うのです。実は流通行政もそうだと思うのです。つまり流通行政という考え方がなくて、従来の行政というものは大体生産者関係の行政である。たとえば農業関係は農林省であるとか、あるいは通産関係は通産省であるとか、その中で中小企業というのは通産省に近いのだろうけれども、特殊だから中小企業庁というものがあるとか、そんな工合にいたしまして、いずれにしても従来の分け方というのは、流通というような形でものを見るというような、そういう一つのものの見方がなかったといってもいいわけでございます。実はそういう見方を立てることの必要というようなお話からいたしますと、いささか学校での講義のように見えましてたいへん恐縮でございますが、その辺からちょっと時間を十分ぐらいいただいて、だんだん中身に入り、結論らしいことを多少申してみたい、かように思っておるわけであります。  そこで、流通行政ということの重要性といいますか、そういうものの見方が非常におもしろいということを私どもはしきりに提唱しているわけでありますけれども、しかし、この流通というものの考え方が行政になかったというだけでなくて、実はエコノミストの中にも行政というものの見方はないのじゃないかと思うのです。つまり商業関係の先生は割合いにいらっしゃるし、大学でも商業ということを教えている、生産関係も教えているわけですが、流通という、ディストリビューションという見方がないのです。ところが、最近は生産が非常に伸びているのは御承知のとおり。消費も高度化しておる。ところが流通というものが昔ながらの姿である。私は流通ということは何も問屋さんや小売店だけとはほんとうは見たくないので、道路が非常に荒廃している。道路、鉄道、それから通信施設でございますね。それから港湾施設がございます。こうなると公共投資ということになるかもしれませんが、そういうものはやはり一切生産でもなければ消費でもない、つまりもののディストリビューションに関する問題です。私はチャネルという言葉をよく使っているのですが、つまり日本経済というものが生産と消費が非常に伸びているのに対してチャネルが昔ながらである。そのために鉄道もごらんのように朝ラッシュアワーであり、道路もあのとおり行き詰まり、郵便も遅延があったりなどする。問屋さんの問題、消費者の斜陽論とか、小売店問題とか、いろいろな形で問題が出ておりますが、要するに、流通ということに関する一つのものの見方というものがなかったというところにやはり問題があるので、そういう形で一つ問題が取り上げられるというようなことは、やはり非常に学問的にも意味がございますし、また行政的にはなおさら現実上非常に重要な問題を控えておる。こういう意味におきまして、皆様方にそういう立場でものを今後お考えいただくその素材になるようなものを多少とも提供して帰れば、私のお役は立つのではないかというふうにこう思っておるわけでございます。  ところで、流通行政のあり方に関する、ゼネラル・リマークスみたいなものを最初に一言申しますと、そういう意味で流通行政というのは、流通がおくれているという事実が片方にございます。もう一つは、それでは現実に流通を担当しているものはだれかということになりますと、ここに中小商業というものがあるわけです。ほかにデパートというものがございます。日本では大体中小商業の窓口を通じて流れております物資というのは大体六兆円ですが、その中でデパートの窓口を通じているものが大体その十分の一ぐらいあるのですから、何も流通即中小企業というふうにいうのは当たらないと思いますが、しかし流通という問題は、中小企業、中小商業の問題だというふうにいってもいいのかもしれない。しかし、それはあくまで現実がそうであるということなんであって、将来までそうであっていいかどうかという問題はまたこれはおのずから別な問題です。つまり、先ほど申しましたように、流通ということは国民経済の能率としての流通対策というものをやはり考えないといけない。たとえば中小企業以外のものに流通なんというものをやらしたほうがいいのだというような考え方がかりにあれば、そういう考え方も議論の余地には十分なるわけです。それが結論としてどうなるかは別の問題として、一つの考え方として、流通というものをおよそよくするには、どうするかという問題が片方にあり、片方には中小企業対策というのは、現実には流通をやっているのは中小商業が多いのでございますから、それがかりに合理的であろうと不合理なものであろうと、とにかく合理的なものはそれでいいし、不合理ならそれに対する何か対策を立てなくちゃいけないわけですから、そういう意味で二重性格を持っていると考えなくちゃいけないわけであります。  そこで、私の考えは、最初に一応現実の中小企業によって流通がになわれているという事実は無視するわけではありませんが、流通というものは、そもそもどうあるべきかという一応ゾルレン的なものをちょっと最初に五分ばかり申し上げてみたらよくわかるのじゃないかと思うのですが、どうも結論から申しますと、現実の中小企業の方につらい言い方を申し上げるわけですが、どうも今のようなやり方というものをそのまま延長したり、改良したりしただけでは流通の理想的な姿というものが日本に出てこないような気がするのでございます。と申しますのは、先ほど生産者と消費者とがあるとこう申しましたが、それをつなぐものが流通になるわけですが、生産がどんどん上がり、消費がどんどん上がっているのですが、流通というもののパイプは相変わらず昔ながらのものがそのまま多少ずつ突っかい棒して補強されているというのが現実でございます。そこにどれくらいそれじゃ流通業者があるかというと、小売と名のつくものがおそらく百三十万から百五十万ぐらい現実にあると思うのです。小さいものまで入れましてそれくらいありそうです。それから卸、問屋と名のつくものがまた二十万から三十万ぐらいあります。統計に拾えないものもありましたりして、おそらく卸、問屋というものが三十万ぐらい、小売というものが百五十万ぐらいこの日本にあるのじゃないかと思います。ところが、これをヨーロッパやアメリカのものと比べてみますと非常に多いのでございます。まず小売に例をとりますと、小売百五十万というのはまずヨーロッパやアメリカに比べて非常に多い。それは一軒の小売に対する従業員数を比べてみればわかるので、つまりアメリカやヨーロッパというのは大体日本の倍くらいの規模を平均としても持っておるわけです。つまり日本の小売商というのは非常に零細であります。極端なことを申し上げると、私少し乱暴な言い方をするのですが、百五十万は多過ぎるので、五十万ぐらいでもいいのじゃないか、こう思うのです。  なぜそんなに多いかと申しますと、一つには日本の小売商というものは単品販売なんです。おとうふ屋へ行くとおとうふしか売っていない、お茶屋へ行くとお茶しか売っていないというわけです。大昔はもっとひどいので、明治の初めごろは酒屋へ行くと酒だけ、甘酒屋へ行くと甘酒だけとか、それからみそ屋、しょうゆ屋、お砂糖屋というふうにある。こうやって、つまり薬局でもかぜ薬薬局とか、胃腸薬局とか分けていったら、商品の数だけ店の数が要るのですから、これは幾ら店の数があってもたまったものではない。そうなると地域独占ですから流通マージンも上がるし、経常合理化も進まないということになります。もっと品物は整理、統合、合併して店の数をうんと減らす。日本全体としてとにかく労働力が不足しているはずなんですから、それがほんとうの筋だと思うのです。ただ、現実にできるかどうかということは別問題といたしまして、今理想論をお話ししているわけですから、理想論から申しますと、百五十万は多くて三分の一でもいい。そして取り扱い品目を合併統合しろ。これは食料品とくつと一緒に置くというのは無理かもしれないが、とうふとコンニャクとお茶なんかは一緒に置いたっていいじゃないか、文房具屋さんと本屋さんと楽器屋さんぐらいはかねたっていいじゃないか、こういうわけでございます。つまり、そういたしますと、非常に数が減って参ります。そのために、実際失業者が出たり社会不安が起こったりすると非常に問題でありますから、これは現実問題は別ですが、理想論はそうです。ですから、換金販売をやっていたことが理由でございます。  もう一つ根本的な理由というのは、従来はサラリーマンよりは商業をやったほうがいいという事態が昔の日本の経済ではあったからだというのが、やはり大きな理由。つまり、たとえば薬専を出ますと、少しでも小金のある者は薬局、薬店を開く。どうしても金のない、労働以外に何も売れるものがないプロレタリアートが、武田や三共に勤めるのだと、こんな考え方だったと思います。これが最近そうではなくなりまして、相当の中小企業のむすこさんでも、大学を出て一流会社に勤めるのだと、こういうような言い方に変わってきておりますから、将来は相当変わると思いますが、何せ、現実には、そういう少しでも小金がある人が商業の中に入って、店を営んでいる。企業というより家業であり生業であるものが、何としても多いという現実があります。  これが百五十万という数字の根拠であり、他方において理論的に考えれば、三分の一でもいいんじゃないかということが理想論としてはあるわけです。もっと理想を考えれば、もっと少なくていいのかもしれませんが、その辺になると、私はまだ研究不足なんで、わからないのです。大いにやらなければいけないのですが、どうしていいかわからないというわけです。  それから、卸が多過ぎる。これは、私なんかよく問屋を滅ぼせという極論を吐いて、問屋さんからおしかりをこうむっておるのですが、これも非常に問題がございますのは、つまり、問屋三十万に対して小売百五十万というのは、非常に多過ぎます。これは要するに、学校に例をとりますと、先生一人に生徒六人みたいなものです。行き届くには行き届くかもしれませんけれども、これじゃ月謝が高くてかなわない。つまり、問屋マージンが高過ぎるというわけです。中間機構が要らないことはありません。ものによって、いきなりメーカーのものが小売に飛び込むというのも少し飛躍し過ぎますから、もう少し間にミドル・マンというのを置くのはけっこうですけれども、そのほうが社会的にも能率がいいと思いますが、こういうようなことからいたしましても、何しろ、問屋がなぜ小売六軒について一軒であるかというと、これは流通機構としてあるものではなくて、一種の金融をやっておるわけです。つまり、流通機関じゃなくて金融機関。日本では経済の成長が高うございますから、とても資金需要が追っつかないので、政府金融だけで精一ぱいですから、流通金融というのは、そういう点からいたしますと、何というのですか、とてもいわゆる金融機関の手に負えませんから、百万でも十万でも金のある者は問屋になれるのじゃないかと、従来の日本だと思えるのです。かりに私が百万持っておりまして、どこかのメーカーに行って、私、百万責任を負いますから、品物を扱わせて下さいと言っても、メーカーだってそこまで金が回りませんから、私に、それでは林さん、君、やって下さいと、こう言われるに違いないと思います。つまり、そういう点からいたしまして、問屋さんというものは三十万はとても多いので、これがもし小売が五十万でよければ、問屋さんというのは三万でもいいじゃないか。つまり問屋さんは十分の一に減らし、小売屋さんは三分の一に減らしてもいい。そうすれば、流通マージンも少なくなるし、非常に物価も引き下げられます。それからまた、余った人口は、どこかほかの、もっと生産性の高いところで使うというようなことができたら、これは、日本として非常に万歳なんです。  ところが、万歳にいかないのは、現実に、それじゃ、それだけ中小企業の人口を生産へいきなり動かせるかというと、これはそうはいかないし、現実問題として、炭鉱以上にむずかしい問題があるわけです。農村の場合には、これまた非常に問題がございますけれども、年々若い人々がだんだん都市に流出しておりますが、石炭の場合には、これから石炭に関して五カ年計画ができまして、大体炭鉱で働いておる人が三十万に近かったのが、十五万前後まで下がってきておる。その間にはいろいろ大きな問題がありまして、これは皆様方にもよく御案内のとおりでございますが、それができたわけであります。中小企業についてはその図がない。ことに流通面においてその図がない。これをやはり何とかして能率化していかなければ、生産も滞るし、消費も滞る、物価も引き下げることはできないだろう。そうして中小企業の人人は、お互いに出血競争をやって、苦しいばかりである。やはりこれを何か国民経済の立場から前向きに処理をしていくというようなことをやらなければならない。  それには、どうしても流通行政というものが要る。中小商業対策もむろん必要である。中小企業対策というものが、一つの見方として、重要であることは申すまでもないのでありますが、それと別にというか、それの中にというのかわかりませんけれども、その辺は私もよくわからないのですが、もっと流通面における対策というものを考えていく必要があるのじゃないか。そういうチャンネルの生産性向上ということが、今や非常に問題になっている。そのためにスーパー・マーケットのようなものも出て、これが政治問題になっているわけであります。しかし、そういうふうなところから考えてみますと、流通面というものをうんと革新していかなければならないということではなかろうかと考えます。そこで、現実の問題に立ち返るのです。片方ではそういう理想像を頭に描きながらも、それをいきなりやれないというのは、あまりにも現実が輻輳している、錯雑しているからでございます。  ところで、そこにスーパー・マーケットという問題が起こってきた。これを今一軒開くには、二億円ぐらいの金が少なくとも要ると思います。現状は、日本に五百軒から七百軒ぐらいのスーパー・マーケットがございますけれども、私の大体の見通しでは、あと五年ぐらいで五千軒ぐらいになると私は見ております。スーパー・マーケット万能論者みたいな意見になりますと、九千軒ぐらいだという説もございます。少し穏やかな説になると、二千から三千というような説もございます。この辺は読みでございまして、どうなるかわかりませんが、私が五千軒と言っている根拠には、かなりいろいろはじいた根拠もございまして、そんな工合になりそうだ。そういうものになりますと、そういうところで日用品を売られるわけでありまして、なぜそういうものが出てきたかということは、何と申しましても、消費財が大量生産になってきたという事実が一番大きいと思います。つまり、従来は消費財というものは中小企業の生産物でありましたが、おとうふも大量生産になった、パンも大量生産になった、くつも大量生産になった、制服もそうだ、住宅もそうなるだろうと思います。プレハブ住宅なんてものはそうです。そういたしますと、生産も大量になれば、流通も大量にならなければ筋が通らない。そうなると、大量販売のチャンネルというものが、どうしてもそこに必要になってくる。つまり、社会的に要求されるわけです。ですから、スーパー・マーケットというようなものは、ぜひこれは要るので、名前は何でもけっこうです。何もアメリカ流のそのままに考えなくてもいいのですが、要するに大量チャンネルとしての何か、私は大売店という言葉を使っているのです。小売店ではなくて大売店です。デパートもそういう点では小売店であります。一品ずつ扱っている量にすれば、非常に少額であるのがデパートの特色ですから、デパートのほうは小売店ですから。そうじゃなくて、品目を限ってやる大売店のようなものが伸びるにきまっている。そういうものに対して中小企業の方々は、集まって日比谷で反対運動をなさる。その気持は十分わかる。わかり過ぎるくらいよくわかるのです。ただ反対なさらないで、自分たちがやるのだということをおっしゃらないと、やはりそこで筋が通らない。  そこで、さっき金子さんがお話しになられましたね。中小企業の中には、自力本願が少なくて、非常に他力本願の人が多い。つまり、金をつけてやっても、何をつけてやっても、とにかくぶら下がっていこうという考えの人があまりに多いという事実でございます。これは中小企業のおやじさん方というものは、とにかく忙しい。木をただで与えてやっても、いろいろ指導書を与えてやっても、読む暇がない。講習会をやっても、出てくる時間がない。金がないというより、無料でも出てくる時間がないということで、そういう人たちを生産力の線につけて、そして流通そのものを合理化して、日本経済として筋の通ったチャンネルを作り上げていく。そうして生産と消費が高まるのに見合うように、流通経路を作る。あぜ道のような流通経路じゃなくて、太い京浜国道や名神国道のような道を作り上げていくという仕事は、並みたいていの仕事ではありませんわけです。  私は、今回の中小企業強化の予算、ことに基本法ないしそれに付帯する法律に伴う予算を拝見いたしまして、先ほど金子先生の言われましたように、八十点であるという点につきましては、実は同感なんでございます。しかも、どう考えても、私はお役人の立場であり、かつ皆様方のお立場であれば、大体あれ以上のものはできそうもございません。そういう意味におきましては、あのまま今できているものについて、私は八十五点差し上げてもいいのじゃないかと思うのです。ところが、それにもかかわらず、今私がここでしゃべったような問題については、何事もなされていないというのは言い過ぎですけれども、大きな点については、そういうことに関する問題意識のもとに問題が設定されていることがない。私自身も実は、どうここで皆様方の前で公述をさしていただこうかということを悩んだような次第なんでございます。つまり、現実に出ているものは八十点以上八十五点もあるのに、実際に日本の流通というものの将来のあるべき姿、それに向けて少しでも理想論、現実のものから理想に近づけてゆき、かつ現実にある中小商業の方々をあまり生活の不安に陥れず、また生活だけでなしに考え方を不安に陥れず、そういう世界を作っていくというようなことは非常にむずかしい問題で、それをどう織り込んだらいいか、ここに至りますと、やはりこれは予算への一つの要望にもなるわけですが、三十八年度予算というような考え方ではやはり無理で、三十八ないし四十二年度予算というような、つまり長期的な一つの視野に立ったもの、その予算そのものは一年ごとにお作りになることは申すまでもないわけですが、もう少し長期的視野に立った一つの見通しというようなものを皆さん方も持っていただき、お役人の方にも持っていただく、むろんわれわれ学名も大いに勉強するつもりでございますが、中小企業の方々にも持っていただく。炭鉱の場合にはそれがあったればこそ混乱があったと思いますが、むしろ中小企業に混乱がないというのはそういう、ビジョンがないところにあると思います。私などが詰まらない本でこの間流通革命という本を出しましたら、ハチの巣を突っついたようにずいぶん騒がれましたが、一つにはその中に私なりの未来図をかいたからだと思いますが、その未来図を見て、みんなびっくりして、これはたいへんだということであります。炭鉱の場合にはその未来図があったから社会的にあれだけ大きな問題になったのですけれども、それがゆえにエネルギー革命というものは一応一つの形を持っておる。それについてはいろいろ御意見があると思いますけれども、何かできそうだ。しかし、農業とか流通業の世界におきましては、未来図というものはとにかくひかれていないで、現実の案だけ立てると、さっきの八十五点か九十点上げてもいいようなものができてしまうのです。そういう意味で、何か未来図を作り上げるということは、予算なり金の問題ではなく、研究の問題で、研究予算をつけていただくという程度の非常にわずかなものかもしれませんが、そういう未来図をお互いに、学者も、政治をなさる方も、行政をするお役人も、実際に流通の中に身を置いておる人も、みな持つというようなことが大事ではないかと思うのです。  理想論を申しますと、流通というものは、やはりこれは大企業のするものではないかと思います。というと、非常に風当たりが強いと思うのですが、それは金融もちょうど大企業がするのと同じでございます。生産の場合は割合中小企業というものも意味がある。というのは、金子さんがおいでになりますミツミ電機は非常に特殊なものを作るが、実際の生産では日立、東芝にあれするものではございませんが、小さな専門品のようなものは中小企業にまかせてよろしいと思います。ところが、流通になると、あるいは金融もそうでございますが、金融業とか流通業というのは、そういう点からすればむしろ大企業にふさわしい事業であるような気がするのです。それはむろん、流通の中でも非常に特殊なものの流通、高級呉服とかあるいは犬の愛玩用のいろいろなものを売るとか、そういうようなものであれば、中小企業でもけっこうですけれども、そうでないものというのは、やはり大倉庫を持ち、それから大計算機構を持ち、そうして大きな配送網を持ち、そして大規模に動かしていく金融機関がちょうど零細なものでは無理なように、流通機関は大きくするのが本筋だと思う。それが実は小さなものによってまかされているところに問題があると思うのですが、本来はもっと大きな企業でやるべきだと思うが、実際は中小企業がものによっては生産もする、流通も特殊なものの流通、高級呉服の流通のようなものであれば、中小企業のほうでも適当だと思いますが、日常買い回りで買うものは大資本で、大企業でやったほうが、流通コストも下がり、物価も下がり、消費者も有利であるということになると思います。  そういうことを言うと、お前は大企業の味方ばかりすると言われますが、私は大企業に頼まれておるということではなく、一番困っている人を何とかしてあげたいのですが、そういう方々はなかなか考えを前に向けて下さらない、協同化の線を進めて下さらない。でありますから、結局皆さん方に予算の面でお願いすることになるわけでありますが、そういう点からいたしますと、大体次のような点に、予算ということに限れば要約されるのではないかと思うのです。一つは、やはり流通に関する長期のビジョンといいますか、長期の見通しといいますか、そういうものをやはり作り上げていく勇気を互いに持つことにしたいということであります。これは炭鉱の場合のように、おそらく、もしそういうビジョンが出たら中小企業のほうはたいへんな反対が出るかもしれない。それはただ単につぶすという問題ではなく、そういう方々に転業賃金を出していかなければならないということもあります。今度の予算を拝見いたしますと、いろいろ共同化をやるとか、前向きの事業に対しては少しずつ補助金、奨励金的な形で金を支出されようとしておられる。しかも、それは相当無理をして重点的に出しておいでになります。事実、予算を拝見いたしますと、非常によくわかります。ですけれども、転業資金とかあと向き資金とかいうようなものにつきましても、少しずつ御配慮いただきたい。五カ年計画で申せば、初年度は要らないかもしれないけれども、そういう考え方が予算の中に入っているということが大事ではないかと思います。それはまあ流通革命がもっと進行していけばもっとたくさん、要るようになるかもしれませんが、それも少しずつ加えるようにしていただきたいような気がするのでございます。  それからまた、ついでに流通という形でものを考えますと、海外流通対策がある。輸出振興が日本の国是でございます。これは大企業の場合にはいろいろな手づるがございますが、中小企業の輸出ということになりますと、洋食器の輸出にいたしましても、おもちゃの輸出にいたしましても、陶磁器の輸出にいたしましても、過当競争の姿がまさに海の向こうに持ち込まれておりまして、これを何とかしなければお互いに苦しむだけであって、業者の数が減るわけでもなく、いつまでも苦しい苦しいといって企業が強化されない、単なる苦しさだけが多く、骨折り損のくたびれもうけで、競争を繰り返しております。そういう意味で、海外向けというものを日本全体の政策と結びつけて、流通対策を御考慮いただくことが重要であると思います。  それから、もう一つ、農産物や、それから水産物の場合でございます。これは生産者が非常に零細でございますために、加工段階は非常に大規模化しておりますけれども、生産段階が大規模化しておらない。しかし、そういう面においても、流通面というので大企業なんかが荒々とそういう面に手を出しております。その中には筋の通ったものもございますけれども、非常に無理な形で進出していて、つまり非常にわがままな感情をまじえて、少しわがままな、このままじゃ農民、水産業者が痛めつけられるような形のものもあるわけです。ですから、そういう面について、農産物、水産物のように生産者が零細である、これを拡大していかなければならない面が片方にありますけれども、そういう面についての流通対策というものに関しましても、もう少しやはり総合的な視野のもとに何か問題がなされることが大事ではないかという気がいたします。と申しますのは、今後は非常に加工食品というものがふえて参りますと、生産段階は農林省の管轄で、加工段階から先になりますと通産省の管轄であるというようなことになりますが、そういう面における連絡というものも十分にとっていただくことが重要だというふうに思っております。  長期のビジョンに関しましては、まだまだいろいろ聞いていただきたいこともございますが、私はまあ一つの頭に理想のようなものを描いておりますのは、やはり金融と生産と流通というものは三者鼎立したような世界がいいように思います。最近は、進んで各団体がみなで流通段階に手を出そうとしております。これは実はわかるので、流通が近代化いたしませんと、メーカーは自分でどうしても専用道路を作らなければならないということが出て参ります。今の流通機構にまかしておいたのでは売れないということで、電機メーカーさんあたりは東芝専用道路、日立専用道路、松下専用道路を作る。これもわかりますけれども、やはり生産会社というものは生産に重点を置いて、流通機関というものはむしろ整理した、流通というものを打って一丸としたものを作りたい。私は、金融機関というものが生産や流通に手を出すのは間違いであるし、それから生産会社は自分で金融をしたり流通するのではなしに、流通業者はスーパー・マーケットの力のようなものが大きくなってちゃんと流通だけをやる。このごろ商社が生産なんかに手を出される面がありますけれども、商社がやられることも内部事情としてはわかりますが、あまり感心したことではない。一つの企業があらゆる面で強くなるというのはまずいのじゃないか。フォルクスワーゲンのように、生産も流通も自分でやる、金も非常に持っているということになりますと、エアハルト経済相の言うことなんか聞かなくなっちゃう。そうすると、一つの企業というものが、国の景気政策とか成長政策というものを無視して行動できるほど強くなるというのも考えものである。つまり、やはり一つの企業というのは、幾ら強くても何かの面で非常に弱いということがないといけない。何かじゃんけんですか、ヘビとカエルとナメクジですか知りませんが、生産会社は生産に関してはめっぽう強いが、流通とか金融に関しては弱いとか、金融は他の面へ口は出さないとか、流通の大規模の機構が将来できても、それは生産には口を出させない。金融は、今までの問屋さん金融をやっていたのですけれども、金融もやらない。もっぱらチャネルとして運輸、通信、倉庫、情報設備に重点を置いて、それに力を入れるというような形で、みんなが強いけれども、何かみんなが非常なこう泣きどころを持っているような、そういうものの鼎立したような経済を考えていくと、経済政策も非常にやりいいし、全体の調和のためにもいいと思います。個々の企業にとりましては、それは非常に何か心細いことですが、そういう心細いことにしておきませんと、非常に都合のいい企業ができて、その企業は安泰かもしれませんけれども、それは長い目で見て国民経済のためにならず、かつまたその企業のためにならないように思います。  要するに流通というお話をいただきまして、話がだいぶ脱線した面もございますが、流通というものに関する考え方自体が、一つの処女の領域である。今までやられたことのない領域で、それが中小商業問題とからみ合っているのが現実でありますが、その理想図と、それから現実というものとのギャップというものをどう埋めるかということが、空白問題でありますために、これをもっとみんなで一緒に考えるような、そういう長期見通しを持ちたい。そして予算にもそういう裏づけを、ことしの予算はけっこうでございますが、次第に考えていただくような方向へ向けていただきたい。一年限りの予算で済む問題ではなく、むしろ来年、再来年あたりに非常に大きな話題になって出てくることであるにきまっておりますので、この辺をやはりみんなで考えるというようなことにすべきではないだろうか。私どももそういうことができるなら、いかようでも努力はいたしたいし、学者としてできることはいたしますけれども、現実の問題としてその辺をみんなで考えられるような世界を作ってみたいというふうな希望がございますわけです。ですから、金をむしろばらまくということよりは、そういう面のしっかりした筋をつけて、そしてみんなにその気持になってもらう、そういう金の出し方、これは非常に抽象的な言い方でありますが、それが大事であるという気がいたします。  そういう長期の見通しのもとにおける三十八年度予算という形で見ますならば、ことしの予算は一応けっこうで、金子先生は八十点とおっしゃいましたが、それ以上差し上げても私は十分だと思っておりますが、それはあくまで来年、再来年の成績がどうであるかということによる仮りの八十五点であるというふうなひとつ見方をまあ言っているというふうにお考えいただきたいので、来年、再来年悪ければ、八十五点も取り上げというような感じなんでございます。たいへん失礼な言い方をいたしましたが……。(拍手)

木内四郎自由民主党

○委員長(木内四郎君) ありがとうございました。     —————————————

木内四郎自由民主党

○委員長(木内四郎君) 両先生に対しまして御質疑がございましたら、御発言を願いたいと思います。

近藤信一日本社会党

○近藤信一君 金子さんに一、二点お尋ねしますが、先ほどまあ中小企業では非常に若年の労務者の雇用が非常に困難だ、こういうことで御説明なられましたが、実際今、中小企業で若年の労務者を採るのに非常に困難を感ずる。それで、しばしば委員会でも、私は政府当局にもその点を何とか対策を立てなければならんじゃないかと、こういうことで私も主張しているのですが、そういうとき、いつも政府は中小企業と大企業とのいろいろな設備関係が違う、娯楽施設等においてもしかり。そこでまあ、大体中小企業にそうした若年の労務者が喜んで来るようにするためには、まずそういう面から改葬していかなければならんじゃないか、こう言うのですけれども、現在の中小企業でそこまで改善するだけの余裕はない。それと、今設備近代化の資金というものの貸付があるけれども、これはわずかなことで実際機械なんか一つ買えば二十万、三十万、五十万という機械が、中小企業でもこれは近代化していく上には機械の金を、高価な金を出すと、そこで設備まで中小企業では実際には手が回らないというのが、現状じゃないかと私は思うんですが、その点でこういう娯楽施設それから住宅、こういう面まで政府がめんどうを見るような指導というものをやらなければならぬのじゃないか、こう私は思うんですが、あなた方は痛切にこの問題を感じておられると思うんですが、あなたの御意見を伺いたいと思います。

金子有造会社常務取締役

○公述人(金子有造君) 結論から申しますと、ただいま御指摘になりましたような方向をとって参らなければならぬものと考えております。ただ、若年労働力の確保困難を来たしております企業と申しましても、これは段々でございまして、やはりこれは若い人たちの生活観と申しますか、あるいはむつかしく申しますれば社会観、世界観ないしは宇宙観というふうなものもだいぶ影響しているとは思います。が身近な問題としましては、やはり厚生施設等を共同で整備してやる以外に、これは受け入れ態勢強化の策はないように思いますので、金融面、あるいはそういう面で東京都あたりも、そういう資金の用意等をやっておりますけれども、政府なり、あるいは公共団体の資金あるいは一般金融機関等におきましても、でき得ましたならば、さような措置を講じてもらうということが、喫緊の要務だと思っております。

近藤信一日本社会党

○近藤信一君 それからもう一つは、中小企業団体組織法という法律で、いろいろと事業協同組合等も作ることもできるし、今度は昨年の法改正によって商工会を作るにも不況条件というのがはずされて、そこでだんだん作りよくなったが、現実にはあの法案を作ったときの期待ほど現実には動いていない、法が適用されていない。そこで一体、その原因というものはどこにあるかということなんですが、私どもは大体中小企業といいましても、これは大企業の系列下に置かれておる企業と、それから独自にやっておる企業と二つあるわけですね、中小企業には。そこで系列に置かれておる事業所は親会社に遠慮するという点が往々にしてあるわけなんです。そこで思うように活動ができないという一つのきらいがあるんじゃないかと私は思うんですが、それともう一つは、日本の中小企業者がセクショナリズムで、まず自分さえよければと、こういう意識が私は相当強いんじゃないか。そこでまあ共同化ということになかなか踏み切れない。それから現在中小企業の団地造営をいろいろと各地でやられておりまするけれども、それはまあ何とか政府の金が使えるんだからというて、そのほうには希望があるけれども、それじゃ協同組合を自分たちで作って、共同事業をやろうということになると、なかなか踏み切れないきらいがあるんじゃないかと私は思うんですが、その点はどうですか。

金子有造会社常務取締役

○公述人(金子有造君) 私たちの仲間がこんなことを申しております。中小企業とは共同し得ざるものだというふうな定義をしているものもあるのでございますが、ただいま御指摘になりましたような点等もありますけれども、基本的には、残念ながら私たち日本人の民主生活というものに対するまだなれと申しますか、あるいは心づくりというものの不十分さというものが御指摘になるところに現われてきていると思います。端的に申しますと、共同化ないしは協同体にはいりましても、景気のいいときは、もう無理をしても入ってきますが、短期的に見た都合の悪さというものがありましても、すぐにこれから脱出をはかっていくというふうな事情でございまして、ただいま御指摘になりましたような基本は、やはり国民のいわば民主主義についての思想革命というようなものがもっと進行する半面、一方、その協同体の運営についてのうまい指導者というふうなものの養成というふうなものが、これが大事じゃないか。言いかえますと、これは中心になります人間によっていわば細胞の核だと思いますが、小規模企業の協同体も、その核の良否によってきまってくるように思いますので、問題はなかなかむずかしいと思いますので、一言でこれはこういう事情でということは言い切れないのでございます。

高山恒雄民主社会党

○高山恒雄君 私は両先生に聞きたいんですが、まず中小企業とこの流通機構の問題については、切り離すことのできない現実の問題だと私は思うんです。先生もまあそういうお話をされたわけですが、今の日本の現状から申しますと、ここ数年間における産業改革というものがあまりにも進み過ぎて、取り残されたのが中小企業じゃないかと思います。それに流通機構という問題が起こってきたと思うんですが、そこで今、政府の予算は今回は八十点なり八十五点の点数をいただいておるが、これで満足すべきじゃないと私は思っている。そこで、もっと指導を、いわゆるどういう基本的な指導をするのか、さっき基準ということをお示しになりましたが、これはもうすでにおそ過ぎるんではないかと、このくらい私は考えておるわけです。そういう点について、その基準ということについてもっと積極的な意見があるのかどうか、そういう点を私はお聞きしたいんです。  それから流通機構の問題ですが、小資本よりも大資本でやったほうがいいと、こういうことですが、最近の流れからいけば、もうすでにメーカーが手をつけて至るところでやりつつあるのは、これはもう御承知のとおりですが、私は問屋にしても商店街にしても、今の近藤委員のほうから御質問があった中小企業の協同化にしても、まあ民主主義の社会の進歩において、わかっておられてできないことがたくさんあると思うんです、大資本がやる場合は、商業資本でやる場合には三人か五人で相議すればできることが、六十人、百人という人を集めてやろうという戦法は、なかなかむずかしいと私は思うんです。したがって、むずかしいからやらぬというんじゃありませんけれども、今日の日本の進み方から見て、どういう施策をしても私はおそい、こういう見方をしておるんですが、その点について流通機構の問題でひとつ御説明願いたい。

林周二東京大学助教授

○公述人(林周二君) 二つ御質問いただきましたが、後者が私に御質問いただいたのに近いわけでございますから、後者を申し上げさしていただきます。  おそいようだということは、私も同感でございます。つまり、やはり病気の手当てのようなもので、早ければ早いだけ金もかからず、傷も少なくて済むことは、申すまでもないわけでございますが、おそ過ぎるからといって、今さらそれをなじっても仕方がございませんので、ではまあどうするかということでございますが、私やはり一つの考え方は、今、中国地方のある県庁所在地でやっておられるわけで、皆様も御存じかと思いますけれども、市とか県がやはり中心になって、一つの総合卸店とかスーパー・マーケットみたいなものを、つまり県とか市がモデルを作ってあげて、そしてそれに中小企業の人を参加させていく、いやでも無理に一口でも、五百円でも五千円でも乗らしてやっていって、そういうものが一つの武器なんだということをやっぱり教えていくというようなことをやるのが、まあおそ過ぎるかもしれませんが、一つの案だと思うんです。私のところへ実はそこの市でございましたか、商工課の方が見えまして、この青地図みたいなものを示していろいろ私の意見を求められましたので、それは非常にいいことだからと申し上げておいたわけですが、実はそのときに、中小企業庁あたりはその辺についていかがですか、前向きな御意見ですか、うしろ向きな御意見ですかということを聞いたら、横向きですよ、ということなんです。(笑声)横向きじゃちょっと困るので、そういうことをやはり、それはいいというので、まあ予算もおありでなかったのかもしれませんが、進められていっていただきたいということです。それはもう案がしっかりしておらなければいかぬことは申すまでもございませんが、そういうモデルみたいなものをあちらこちらへ作って、そしてもう手を取り足を取ってでも、そういうものにみんな教えていって上げるというぐらいの根気強さと親切さ、これが必要で、アルベルト・シュヴァイツェルぐらいの熱心さがないととても無理で、安い月給取りで勤めているというような人じゃとても無理で、よほどの突っ込んでやるという人が必要だという気がするわけです。  それからもう一つございますのは、先ほど金子先生が精神革命がないとだめだという話がありまして、それも全くそのとおりでございますが、私は日本人の常として、ちょっとさっき金子先生言われましたが、全くそうなんですが、日本人というのは裏から申しますと、追い込められますと必死になってやるという一つの民族でもございます。つまり日本人というのは、もともと非常に柔和な戦いをきらう人間なんでございますが、追い詰められますと、死にもの狂いでやるという性質がありまして、これはいろいろなところに現われているようで、つまりその点でやはり危機意識というものを、中小企業の方に持っていただくということが大事だと思うんです。つまり意識というものは持ち方でございます。つまり、このままおいたら、四、五年あとはたいへんなことになる。今はたいしたことなくてもそうなるんだということが、ほんとうにわかれば、そういう人たちもやるだろうと思うんです。そういう点で、私もちょうどきょう出ましたエコノミストの雑誌にそれを書いたのですが、従来の指導員が町にあちらこちらにおられる。金子先生あたりもそれにずいぶん御苦労なさったわけですが、指導員というのは、具体的には指導するわけですが、問題はその指導を必要とするような人間であるという気持を相手側に持ってもらうということが大事で、病人であるという自覚がないわけですから、幾ら医者を置いてもやって来ないわけです。診療所を置いてもやって来ないというようなもので、むしろ病気意識といいますか、このままおいたらたいへんだという意識を与える。つまり、病気をなおす医者よりは、一種の思想普及をする人、つまりほんとうにそういう人たちにわかってもらう。なるほどこれはたいへんだということをわかってもらえるようなことを吹聴して回れる人が、非常にほしいわけです。私なんか自分じゃあまり自慢できませんけれども、地方へ行きますと、先生の話を聞いて初めてこれはたいへんであるということがわかった、今までそういうふうに話してくれる人がなかったのです、こう言われる。それは私の自慢になっちゃいますから、そういうことを言うといけませんが、そういうことを話してくれる人がなかったということが、やはりこわいんだと思います。多少うそでもいいからと言っては、語弊がありますけれども、誇張してでもいいからたいへんだぞというようなことを言って、恨まれてもけっこうだから、中小企業はつぶれるんだ、大企業が本来やるものだぞ、このぐらいのことは言っていただいて、それでへしゃげちゃ困りますけれども、そういうことを普及して、そのあとでしからばどうするか、それは指導員がちゃんといるじゃないですか、その人を呼べばいい、それじゃ、呼びましょうというようなふうにしていくということが必要です。ですから、要するに言いたいことは、まあモデルを作って、そのシュヴァイッェルくらいの熱心さでやはり引っ張っていかないといけない。それにみんなが熱心であるということを持っていただくことと、一つおそ過ぎるけれどもそれをやる。もう一つは危機意識を持たせる。意識というのは、何も現実に目の前に落とし穴がなくても、四、五年先にこのままいったらたいへんなところにはまり込むんだということを教えるわけですから、そういうような説得のできるような人を養成するというのもむずかしいけれども、そういう形で中小企業に訴えていくということが大切だとまあ思うのでございます。そんなことでございます。

金子有造会社常務取締役

○公述人(金子有造君) 私に基準問題についての御質問のようでございます。ただいま林先生からも御指摘ございましたように、私たち中小企業経営者と長いとと接触しました経験から申しますと、やはり基本になりますものは、結局経営者、相手に共感を呼び起こさせる、あるいは相手の眠っている心をゆさぶり起こすというところに、まず第一の着手点があることは、これはもうただいまのお話でも御了解いただけたと思うのです。  さて、そこで、私にお尋ねになりました基準問題ですが、従来は統計的な作業をまとめましたそういうもの、ないしは、いわゆる専門家の所見とか、あるいは専門家の知識というものを一つにまとめ上げたものが指導基準として用いられておるわけでございます。しかし、私は、先ほど申し上げましたように、今後中小企業者の団体というものが中心になって動いていかなければ、やはり自分で立つという意欲というものは出てこないのじゃないか。旗振りですけれども、これをいわゆる役人というものが旗を振りましても、なかなかついてこられないと思いますし、たまたま流通機構の問題では、林先生みたいなキリン児がおるのですから、このキリン児の一言一行というものにみんなはたと目をさまして、これはたいへんだということになって参るように思うのでございます。でありますが、問題になります基準は、私は、結局中小企業経営者の方々というものは、どんなに小さな規模の方々でも、他と区別されるようなりっぱな一つの何かは持っていらっしゃる。そこで、せんじ詰めますというと、かようなものを、これを経験と申してもよろしいと思いますし、知識と申してもよろしいでしょうし、技術といってもよろしいと思いますが、それのプーリングが必要じゃないか。したがいまして、基準を設定いたします場合にも、専門家、それから特に問題をうまく処理していくことについての専門的な技能を持っていらっしゃる——技能というとしかられますが、学者の方々、こういう人も加わってもらわなければ困りますし、中心にその業界の方々を置いて、その経験をプールしたものを基準としていく。しかも、成功の基準、失敗の基準、両者というものを、これは落し穴もやはり基準の中には用意されている。かようなものを実は私意味して申し上げた次第でございますが、御質問の趣旨に合いますかどうか。

北村暢日本社会党

○北村暢君 私は、流通関係の問題で、特に非常にむずかしい、今閣議でも問題になっておる生鮮食料品の問題です。これは魚を例にとると、まず、産地市場というところで仲買いその他二、三回手を経てくる。そして中央卸売市場へ出てきて、そしてこれがいわゆる仲買人と称する、まあ本人たちは卸売業者だ、こう言っていますけれども、これを経て小売りへいくわけです。この過程において非常に魚が高いということで問題になっておるのです。したがって、流通機構、この間における機構はまだまだ簡素化できるのじゃないか。特に産地市場においてはできるのじゃないか。それから中央卸売市場の築地等へ行って見ますと、これは実際問題として、今の小売りの段階が今のように数が多くて、しかもガンガンと下げて毎朝出てくる状態ですというと、とても卸から直接小売りというわけにはいかない。どうしても仲買いというものが必要である。たとえばマグロ一匹買っていく小売りの業者というのはいないので、やはり適当な切り身にしなければ持っていけない、こういうことで、その中間の——なければいいのですけれども、それは実質的に置かなければならない必要性からあるので、今おっしゃられたように、それは大体品目ごとに仲買いが専門になっている。したがってこれはやはりあそこに千何軒かあってひしめきあっているのでは、場所的にも非常にむずかしいですけれども、やはり統合していく運命にあるということ、それから青果物等のところへ行って見ますというと、私二、三見て歩いているのですが、横浜の市場は、青果には仲買いというものはないわけです。したがって、これは卸が直接やっている。小売りが直接せりに参加している。それを見ているというと、朝早くから昼の二時頃までせりをやるのにかかっている。そうして、それを持って小売りが店に夕方までに帰って行くというのは、あれは見ていると非常に時間がかかり過ぎて、大量の物を短時間で処理するというのには、どうしてもあれではうまくいかないのじゃないか。やはり仲買いというのが必要になってくるのじゃないか。大量の物を短時間で処理するというところに、非常にむずかしい問題が一つ出てきているわけです。したがって、その中間機関があったほうが、かえって合理的にいくのじゃないか、こういうような感じもする。  それから、もう一つは、加工品が非常に入ってくる、インスタント食品というのが出てきた。それでインスタントの加工品というのは、中央却売市場の任意になっているのです。したがって、これは場外でいくのが原則になっている。ところが、小売り屋さんはやはりインスタントの食品も欲しいし、生鮮食品も欲しい。たとえて言えばインスタントのラーメンも欲しいし、野菜も持っていくというふうに変わってきた。これは事実なんです。したがって、そういうものが総合的に卸ができるような形にならなければならない、そんなような感じがするのですけれども、どうもやはりあの市場を見ていても、このままでもいいとは確かに思わないのですが、あそこら辺に東京の台所を預かっている中央卸売市場というものについての改革案といいますか、何といいますか、そういう問題について御意見を聞きたい。  それから、もう一つは、神田市場等についての、やはり荷を貨車からおろして並べるまでの間というのが車で手で押してやっているわけです。全く近代化されていない、機械化されていない、これが事実です。それをやっていくと、また労働者の首切りになるのかもしれませんけれども、あのままでもいいとはなかなか見えない。  それから、もう一つは、あれは完全な自由価格で、せりでもってやることになっているわけですから、適正な価格が出てくるということが非常な大きな使命になってくる。それが適正な価格でなしに、市場支配というような形が出てくる可能性がある。これは魚についても、冷蔵庫等の、今度の予算でも、大阪と東京で一万五千トンの膨大な冷蔵庫ができるわけですけれども、それが完全な自由価格を形成するものが、この冷蔵庫なり何なりを資本に押えられてしまって適正な価格が出てこない。値が下がるということになれば品物を引っ込めてしまうというのが事実であるわけです。したがって、そういうような自由価格形成の意味における適正価格というものが出ていないというふうな感じがするのです。それと卸売業者の単複の問題が問題になっている。過当競争になるので値がつり上がるということで、卸売は単のほうがいいということで、一本にしぼったほうがいいんだ、こういうのが今の農林省の指導であるわけです。そういう単複の問題も非常に従来から大いに論議になっていると思いますが、こういう点についてひとつ、数点あったわけですが、所見をお伺いしたいと思います。

高山恒雄民主社会党

○高山恒雄君 関連質問。今のにちょと関連するようなことですが、さっき農協問題、いわゆる農産物の加工ですね。この問題ちょっと触れられたのですが、まあ早く言えば、現在農業生産品というものは、ある程度加工工場がたくさんあるから、競争の中でその価値というものが今日ついている。米以外のものですね、小麦にしても大豆にしても菜種にしても、そういう場合に、もし今通産省がいっているようなコンベア方式というようなものが日本に今二十かそこらできて、今日の乳価と同じように、商業資本がどっと値を下げるとかいうようになれば、高ければ輸入するとか、こういう問題の悩みがあるわけですね。一体先生はこういうような問題をお考えになっているのか、聞かしてほしい。

林周二東京大学助教授

○公述人(林周二君) 私のほうがどうも向きのようでございますが、非常にいずれもむずかしい問題で、ごもっともな問題でございますが、もし足りなければ、あとでもう一回再質問いただきたいと思うのですが、簡単に申し上げますと、やはりこういうことじゃないかと思うのです。つまりわれわれ昔は、貧乏人と金持ちという言い方はちょっとさわる言葉ですが、貧乏人が生鮮食品みたいなものを食って、金持ちがカン詰を食うのだということが日本の背からの考え方ですが、このごろは逆になりまして、貧乏人は加工食品やカン詰を食って、生鮮食品を食うというのはとんでもない金持ちが食うように今になるよとわれわれは言ったものですよ。それがそろそろきかかっているわけで、先ほどもおっしゃいましたように、大量のものを短時間に持ち込むという、つまり日本人の物の食い方というのは、非常にぜいたくな食い方なんで、そういうことをやるのは高くつくにきまっているのだという説明をすれば一番早くつくのだろうと思います。つまり従来と違って、今後は加工食品やカン詰のたぐいは大衆が食うものだ。そして、なまのものを食うということになると、これはぜいたくな人の食うものであって、そういうものを食いたければ、どうしても将軍様が加賀から氷を何か飛脚でかついできて食ったという話が昔ありますが、ああいうふうになってしまって、なまのぴちぴちしたエビみたいなものをおどりで食うんだということになったら、これは非常に高い。栽培したり養殖したりするものは別です。天然のものを買ったら非常に高くなる。ですから、つまり消費の傾向が逆になってきているにもかかわらず、相変わらずなまものを食おうというシステムを維持しようというところに根本問題があるというふうにやはり理解をすればいいんだろうと思います。ただし、これではちょっと解決にならない。説明にしかなりませんけれども、消費の型が変わっていくにもかかわらず、荷ながらの消費のやり方をやろうとすれば、どうしても高くなる。物価がつり上がっていくということは考えておかないといけないと思います。ですから、魚なんかでも、現地で首をちょん切って身だけにして、一ぺんに冷凍にしてさっと持ってくるというようなことをすればいいと思います。ただ、そうすれば大衆は一週間に一度しか魚を食えなかったような人も、冷凍の魚を一週間に二度食えるというようなことで、生活が上がるというふうに考えれば済むのじゃないかと思っているわけです。ですから、従来のものを維持しようとすれば、どうしても高くならざるを符ないということを承認した上で対策を立てるべきだという感じがいたします。  それから、先ほどの、あとの御輿間とも関連する神田の適正価格云々の問題でございますが、これはもう流通対策だけでは解決のつかない、つまり生産面の対策を全部ひっくるめましての問題でございまして、私は公述人としてそこまでをしゃべるのは越権になってしまうわけなんで、あまりしゃべらんほうがいいということになるかもしれませんが、御指名ですから多少言いますと、やはりこれは流通だけで改善のつかない問題で、生産の仕組みそのものをやはり変えていかなければいけないと思うのです。ことに農産物の場合でございますと、農業問題ですから、非常に大きな問題がひっかかってくるわけですが、将来どうしても農産物の自由化というものは、今われわれが考えておる以上に促進されなければならない要素がたくさんあると思うのです。というのは、明年たしか世界貿易会議が開かれるはずでございますが、その際に、おそらく後進国というのは非常に突き上げをして、先進国にもっと農産物を買えということを非常な力で迫るだろうと思います。それを拒否するのだったらガットを割らなければならない事態が出てくると思うのです。つまりどうしても日本とかEEC、アメリカなんかは、後進国から無理をしても農産物を買なければならないということが起こってきて、これに対して日本の政府や農林省は、はたしてどういう手に出るだろうかという意味で、われわれはそれを楽しみにといっては何ですけれども、楽しみにして見ておるわけです。おそらくILO八十七号のように、さぼりにさぼってしばらくさぼり抜くのが日本の役人の腕の見せどころで、おそらくうしろから議会が突っついて、役人ができるだけさぼるだろうという見通しをわれわれは持っております。しかし、それはさぼりきれるかどうかというのが私の見込みで、私の同僚の中村君なんかは、いや、さぼるだろうという説、その辺はさぼれないというのが私の説です。しかし、いずれにしても、相当突き上げを食ってくるときに、今のように、つまり生産費補償方式というものを米にかぶせ、乳価にかぶせ、いろいろなものにかぶせていくというやり方が、当然どこかで問題になってこざるを得ない。ですから、問題は、やはり農業をどう持っていくかということを根本に考えておきませんと、流通というものは、やはりあくまでも道路なんでありまして、どういうふうな生産のあり方があるかということによって道路がきまってくるわけですから、それをやはり生産面のほうを合理化しませんと、だから流通もうまくいかないという一つの説明になり終わるという形になってしまうと思うのです。はなはだお答えにならないのですけれども、単なる梱包のやり方、集荷方式、それで切り抜けられる面もある程度ございます。集荷を上手にするとか、標準化をはかるとか、梱包を丈夫にする、輸送にコンテナーを使い、そのまま移す、いろいろ輸送手段である程度合理化ができますが、それでしきれないものが御質問の趣旨だと思いますので、それはやはり流通だけで改善のつく問題ではないというふうにお答えするよりないんじゃないかと思います。

川上為治自由民主党

○川上為治君 林先生にお尋ねしたいんですが、先ほどの林先生の話は、非常にこれは私は傾聴すべき点がたくさたあったと思うのです。未来図を描いて、それに対して勇敢にひとつ進めていかなければならない。そうでなければ、中小、特に小売業者の対策というものはできない。こういうお考えに対しては、相当まあ賛成しておるんですが、ただ、実際そういうことを大胆におっしゃっていただくのは非常にけっこうなんですけれども、われわれ政治家としては、なかなかそう簡単に大胆には言えないと思うのです。実際問題としては、これは大胆に言わなければならんと思うのですが、大胆にはなかなかそれは言えないと思うのです。それはそれとして、ただ、その際やはり問題がありますのは、日本の人口問題とか、あるいは社会機関の問題とか、いろいろな問題があって、そういう未来図に到達させるためにいろいろやりましても、それをはばむものがんくさん私はあるんじゃないかと思うのです。たとえば今転業資金なんかを政府のほうで考えて、中小商工業者は転業させるようなことを今後予算的にもいろいろ考えてやったらいいんじゃないか、こういうようなお話もありましたが、しかし、それをやろうとしましても、実際転業する者は、若い者はそれはできるかもしれませんですが、相当年をとった人たちはとてもこれは困難だという問題もございますし、また、どんどんそんなふうにして転業者を出しましても、今度は入ってくるものを抑えなければ、これまたどうにもならんという問題がある。ところが、入ってくる問題については、これは免許制というものを全面的にやるということは、憲法上、あるいはいろいろな点から、非常にむずかしいという問題もありますし、あるいは団体法が、先ほど近藤さんからも話がありましたが、これは一種の私はざる法じゃないかと思うのです。これは利用しようとしましても、なかなかそう簡単に利用できないというのは、たいして効果がない、こういうことだと思うのです。あれを強化しようというようなことになりますと、これは独占禁止法の問題に関係したり、あるいはその憲法に触れたり、そういう問題が出てきて、これはなかなかむずかしい問題であって、現実の問題としては、なかなかそう簡単にはいかないというのが、これが今の特に中小小売業者に対する対策の現状ではないだろうかと、そう思うのですが、私は中小小売業者については、特に全面的に免許制に引き上げてしまって、網を一ぺんかぶせてしまって、それからいろいろ対策を、どんどん講じていくというような格好にすることが一番やりやすいのじゃないかと思っているのですけれども、これも、さっき言ったように憲法及びその他の問題から、なかなかできないと、こういうことでせっかく未来図をかいてみましても、それに到達するためには相当、そういうものを配慮してやらなければ、どうにもできないというのが現実の姿ではないだろうかと、こう思うのですが、その点について、いかようにお考えになっておりますか。それがまず一点。  第二の問題は、これは最近特に問題になっておりますが、たとえば農協との問題とか、そういう地方町村における特に中小商業者ですね、これと農協との関係というのは非常にうるさくなっておるのですが、農協だけでなくて、あるいは消費生活協同組合あるいは購買会ですね、そういうものとの関係が、いろいろ非常に問題になっていて、おそらくこの問題は、三十年ぐらい前に非常に血で血を洗うような問題が起きていたのですが、近いうちに、おそらくそういうようなことになってきやせぬかということを非常にわれわれ政治的に心配しているのですが、私は一つの解決方法として、今、商業者に対するいろんな施策と、それから農協なりあるいは消費生活協同組合に対する政府の施策というものはやはり違うわけなんですね。農協に対しては、相当金利の低い金を大量に出して、税金についても、特別な減税措置をとっているわけです。一方商業者については、そういうような措置をとってない、スタートが全然違うのだ、だからスタートを同じにしたならば、ある程度、現在のこういう問題を何とか引き延ばすことができるのではないだろうかというような気がするのですけれども、そういう問題について、どういうふうにお考えになっておりますか。この二点を、ちょっとお伺いしたいと思います。

小平芳平公明会

○小平芳平君 関連。同じような問題ですけれども、具体的に、たとえばたばこ屋さんなんかは半分に減らせられるか、あるいは大資本が経営する場合に店を、実際の販売する窓口を今のようにたくさん置いて、大資本が魚屋、八百屋、たばこ屋というものを経営する、そういうお考えか、それとも、先ほどおっしゃった生鮮食品を大衆が食べるということ自体が、だんだん無理になるのであって、それはもう何万の都市に、魚屋さんも一軒か二軒あればいのだというようなことをお考えか、この点どうですか。

林周二東京大学助教授

○公述人(林周二君) その後者のほうが簡単ですから、後者から先に申させていただきますと、たばこ屋さんは自動販売機に切りかえればいいということでございます。非常に簡単でございます。それから後者でございますが、つまりたばこ屋というのは、ばあさんがすわって売る程度のものならかまわないので、若い女の子がすわって売るのでは、あまりに若い女の子がもったいない。その点で非常に零細なものを売るなら、それはそれでかまわないと思いますが、もう少し自動販売機というようなものをふやしていくべきである。特に官業で売る商品というものが自動販売機でないというところに非常におかしさがあると思います。  それから大企業が、一つ二つのものをあちらこちらへ作るのかといわれるのですけれども、そうではなくて、それは私のさっきの説明はへただったかもしれませんが、私は大メーカーが販売店を持つということでなくて、日本の場合のスーパー、マーケットというものは、アメリカのものより非常に小型になりまして、あちらこちらに配置されることになりますから、同じような店が多い。五千世帯ぐらいのところに一つずつぐらいの割合で広まるということができますと考えられますから、そうむずかしいものじゃない。  それから現実の姿で起こっておりますのは、たとえば東光ストアでございますね。東光ストアの中に魚屋さんや野菜屋さんがサラリーマンで入るという姿が出てきた。しかも東光ストアが非常に困るのは、東光ストアというのは、スーパー・マーケットで東横が経営しているわけですけれども、その中で魚とか、野菜を買うということになると、買い出し人が東横の従業員じゃ工合が悪いわけですね。朝早く起きて行くということになると、出勤時間からも都合が悪いから、東横の社員が魚を売ったり野菜を売ったりすることは片方からできない。ところがお客さんの便宜を考えていくと、そういうことがやっぱり必要なんで、そこで東横の中に、あとはどうなっているか私よく知らないのですけれども、店を入れさしてもらって、東横の社員であるようにして魚屋さんが、新しい一つの活路を求めていくという行き方がありますので、魚屋さんや八百屋さんは、スーパー・マーケットが将来できても、その中に一種の間借りをするという形で共存共栄をはかっていくということが、特に魚屋さん、八百屋さんの場合には起こっていくと思います。というのは、スーパー・マーケットを大企業が経営するなら経営してチェーンを作ってもいいけれども、そこの従業員は、そのチェーンなりのベースで給与も取り、休みも取っていくわけですが、その中で、一種の間借りをするような形で日本的な形の流通機構が生鮮食品なんかの場合にはできていくのではあるまいかという気がちょっといたします。というのは、現実の動きがそうだからです。  それから、さっき言ったように、生鮮食品自体は、やはりどうしても、今のような食い方をしたいと思えば非常に高くつく。というのは、われわれ人をこき使おうとすれば、人の賃金が上がれば高くなるのは当たりまえで、これは高くなると思いますが、大衆は生鮮魚を一回食うかわりに、氷漬けの魚を二回食うということを生活の向上と思っていただくような世界に移る以外になかろうということだと思います。  それから先ほどの、こちらの問題でございますが、第一の現実のむずかしさということでございますが、これはよくわかっているわけです。非常に困るのは、私ども、大体こう考えているのです、それは農業なんかの例をとりますとわかりますが、存外五反百姓というのが強い。つまり案外経済的な範囲で——経営を拡げていくとつらいので、中小企業の場合でも、人を雇おうとかいうことになると、人がなかなか来ない。それこそ、さっきのアパートの資金まで政府が出すべきか出すべきでないかというような議論が出てきて、根本的には出すべきなんでしょうが、なかなかそこまで予算が回らないというようなことも起こって参りますので、私どもよくじじ・ばば・ストアと言っている、じいさん、ばあさんだけで経営するような家族労働だけでやるようなものというのは、将来も相当残るし、私、それは将来百万軒ぐらい残ると思います。大体百万軒で扱う総量が二兆円ぐらい。これなら、そうじじ・ばば・ストアで生きていけなくはないと思います。その息子は大学を出て、娘はお嫁に行く。それでその一軒は、じいさん、ばあさんが死ぬまで生き残るというような形で、実際は現在、さっきも申し上げましたとおり六兆円の商品が小売り店の窓口を通して流れているわけですが、あと五年ほどたてば十兆になると思いますが、その十兆のうちの二兆ぐらいを百万軒のじじ・ばば・ストアが扱う。あとの八兆円を巨大なものが扱うというふうにする。なまやさしく大きくしよう、繁栄しようと思うから、一軒一軒がなくなってしまうので、繁栄しないで生きるというだけなら、十分私はサラリーマンの変なのより、楽な安心した生活ができると思います。繁栄々々といっても、マーケットの大きさはさまっているんですから、そんなになかなか繁栄はできっこないわけなんです。ですから、みなが大きく繁栄しようというのは、これはうそでございまして、ほんとうのことをいえば、みなが繁栄するというのには、集まってやる以外に方法はないわけでございます。それはできるわけですが、一軒々々で繁栄しようということはむずかしいので、どうしても私どもの見通しでは、将来ふくれる部分というものが新しい流通機構に食われて、現在あるものがパパ・ママ・ストアとか、まあ将来はじじ・ばば・ストアになるでしょうが、それに釘づけされていって、二兆円ぐらいのワクを与えておけば三十年ぐらいかかって消え去っていくだろう。案外現実に、それに近い姿にあるわけでありますから、私は、そういう意味で現実に、そうむずかしいことはない。むずかしいのは、百万軒が目ざわりだ、消してしまえというなら、これは転業資金も出さなければならないし、非常にうるさくなると思いますが、それほどのことでもないのじゃないかと思っております。  それから免許制の問題をお話になりまして、あわせて若い者が流入してくるのを防げないのじゃないかとおっしゃったわけですが、これもわかりますが、いまに、若い者は入らなくなるんじゃないかと思います。それは所得倍増計画が、今度改定になるそうですが……

川上為治自由民主党

○川上為治君 若い者じゃない、むしろ小金をためて、あるいは役人をやめて入ってくる、こういう者です。

林周二東京大学助教授

○公述人(林周二君) わかりました。どうも失礼いたしました。お話がありました、そういう人が入ってくるということになりますと、商業ではなくて、サービス業には入り得るかもしれませんですね。ですけれども、サービス業というものは、流通ではなくて、やはりサービス業なんですから、これはいいと思います。それから、役人をやめて小金を持って入られる方というのは、やはり人を雇わなければ、さっきのじじ・ばば・ストアみたいなものでございますから、これはりっぱにおやりになれると思います。そしてその程度であれば、恩給の足しになるとか、そういう形で、そのくらいのものは日本経済は十分背負うだけの余裕があるし、お客さんもついてくると思います。お客さんの中で、大体これは、いろいろな調査にもよるのですけれども、近所でさえあれば、商品は幾ら高くても幾ら悪くても買う客が二割くらいいるのだそうです。そういう人を相手にすると、ちょうどそれくらいの計算になりますので、そう神経質にならなくても、やれるという気はいたします。  それから、その転業問題でございますが、これはちょっと、私のお尋ねの範囲を逸脱するかもしれませんが、現状でやはりむずかしい問題は、若い人の賃金が年をとった人の賃金より安いということが、やはり中小企業で若い人を雇われる傾向がありますが、将来は、やはり能率給みたいなものに移り、職務給に移ってくれば、若い人の賃金が上がり、年輩の方の賃金が低くなります。そういう事態のことを、数年先にそれに近いものが出てきたときを考えますと、やはり問題は、若い人が、ずいぶん年配の人の職場をじゃましているように思うのです。たとえば高速道路の入口でチケットをもぎる男なんというのは、若い男が働いておる、屈強な男が働いておる、非常に無駄だとわれわれは思う。ホテルのボーイさんにしてもそうです。ところが先進国に参りますと、傷痍軍人の人が、自動車のパーキング・メーターの料金を徴収して歩いている国もございます。つまり年寄りの人が働ける職場というものを確保してあげるということが大事です。ただし、これは賃金ベースが、若い人と年寄りが同じだという事態が起こってこないと、ちょっと今では、まだだめですが、将来それが近づいて参りましたときには、ホテルのボーイさんとか自動車の運転手なんというのは、若い人でなくなると思います、将来は。先進国は、そうなっております。タクシーの運転手、それから高速道路の入口でチケットをもぎる人、それからガソリン・スタンドで働く人、そういう人をやはり年配の人を使って、デパートとか銀行なんかでも、三十才以上の女の子をエレベーターに使わなければいけない、つまりミセスを使うことによって、若い人たちは、もっと若い人でなければならないトランジスターの作業とか、そういうものに入っていくようにして、やはり炭鉱をやめられた方を、いきなりそのCクラス労働をAクラスに上げようとするから非常に無理があるので、Bクラスの職場というものを年配の方にあけて、Cの人はBに上げて、Bの人にむしろ補導をやってAに上げるというふうにして、日本人がやはりお互いに生きる必要があるし、日本全体としては労働力が足らないわけですから、いきなり下の労働力を上に上げるということをやらないで、みんなが一歩ずつずるという気持を持つことが必要だと思います。一つずつずっていけば、割合に楽に上がれる。ですから、炭鉱をやめた方に転業の資金を出されるのもけっこうですが、将来の話ですが、若い人に職業補導をやって、それをどっか上へ上げて、そのあとへ炭鉱をやめた人に入っていただくというような形で、みんなが少しずつ、お互いのためにずるというような、そういう雰囲気をやはり作っていくということが非常に大事なことで、総体的には日本で労働力が不足しているわけでありますから、それの解決の仕方は、やり方次第ではりっぱにあるのじゃないかというふうに思っております。ただ、それにいたしましても、相当PRする必要があるし、そういうことを一々やらなければならないのは、高度成長が早過ぎるのだというような御意見もあるかもしれませんけれども、まあ、ここまで高度成長しちゃったわけですから、それに準じて続けるとすれば、そういう手を、みんなで考えていくということをやっていくということがいいのじゃないかと考えております。  農協と中小企業との問題につきましては、金子先生が御専門じゃないですか。

川上為治自由民主党

○川上為治君 やはり流通機構の問題ですから林さんに。

林周二東京大学助教授

○公述人(林周二君) 御指名ですから、私やります。それは、農協が最近非常に流通機構に進出しているという事実は、特に最近目立っておりまして、これはやはり非常に問題だと思います。どうするかということですが、スタートを同じにするという考えがありまして、非常におもしろいと思ったし、まことにごもっともだと思います。ところで、やはり協同組合というような考え方は、これは流通ということのやっぱり経済合理性から考えると、筋が通っているわけですから、何か、そういう地方の中小企業の方々で、できれば、そういうものを仕事の中に組み込んでいくような策を考えられるとかなんとか、それは緊急で、一種の停止令みたいなものをかけて——ある程度ゆっくり入るのはいいと思いますけれども——根本的に農協のようなものがやるということがおかしいのだという線は、ちょっと私としても、必ずしも納得ができないような気がするので、ただ、そういうものが出てきて、現実に地方の商店街が困るということが出てくれば、それは地方の商店街のようなものの売り方というものが、つまり流通の合理性というものにかなっていないことを示すわけですから、そういうものを農協のような形に、やはり、再編成するようなことを片方でやりませんと、スタートが同じになったからというたけで終わるかとうか——済むかというと、ちょっとそこら辺は、むずかしいという気が何かいたします。この辺ちょっと、まだ農協問題というのは、私も今このごろ勉強しかけておりますけれども、よく実態がわかりませんので、スタートが同じというお話を伺って、なるほどなあと思いましたけれども、それ以上私よく知りませんので、御返事は控えさせていただきたいと思います。(拍手)

木内四郎自由民主党

○委員長(木内四郎君) 両先生におかれましては、まことにありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。  本日の公聴会は、この程度にいたしまして、明十五日、午前十時から公聴会を開会いたします。  本日は、これにて散会いたします。    午後四時四十七分散会

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