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43回国会参議院1963/06/18

文教委員会 第25号

発言数
160
登壇者
6
会派数
2
開催日
1963/06/18

会議録

北畠教真自由民主党

○委員長(北畠教真君) ただいまより文教委員会を開会いたします。  委員の変更について御報告いたします。六月十五日、日高広為君、森部隆輔君が辞任され、その補欠として森田タマ君、中上川アキ君が選任され、六月十七日、野本品吉君が辞任され、その補欠として宮澤喜一君が選任されました。     ―――――――――――――

北畠教真自由民主党

○委員長(北畠教真君) 今日の委員長及び理事打合会について御報告いたします。委員会の運営について協議した結果、義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律案の質疑を行なうことに決定しました。以上、御報告いたします。

北畠教真自由民主党

○委員長(北畠教真君) この際、参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律案の審査のため、参考人から意見を聴取してはいかがかと存じますが、御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

北畠教真自由民主党

○委員長(北畠教真君) 御異議ないものと認めます。  なお、参考人の出席を求める時日は、六月二十五日、午前十時とし、人選及びその他の手続につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

北畠教真自由民主党

○委員長(北畠教真君) 御異議ないと認めます。よってさよう決定いたしました。     ―――――――――――――

北畠教真自由民主党

○委員長(北畠教真君) それでは、義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律案を議題としたします。  前回に引き続き質疑を続行いたします。御質疑のおありの方御発言願います。

小林武日本社会党

○小林武君 この前に文部大臣に質問をいたしまして、その際に国民の権利の問題、日本国憲法の第三章に関係する問題で私との間にやり取りがあったわけでありますけれども、その際の両者の意見の食い違いというものを明らかにしない場合におきましては 今後のいろいろな教科書問題を討議する上において支障がありますので、その点について文部大臣にもう一ぺん確めるわけでございます。ここに速記録がございますが、その速記録を読んでみますというと、文部大臣のお考えは、一体、三章にきめられました国民の権利の問題について、法律の保障がなければ国民の権利が成り立たないというふうに言っているように、私はこの間の議論並びに速記録の上で理解しているわけであります。あなたのおっしゃることをひとつとってみましても、憲法がそのまま国民生活の現実になるわけのものではなくて、それを規定にするべき過程においては立法措置を講ずべきものは講ずるというやり方で初めて憲法の規定が現実に足につく、いわゆる憲法の規定というものが法律によって保障されるといいますか、こういう意味のことを言っているのではないかと私は考えるのであります。私はその点が非常に危険だ、こう言うのです。ところが、その点について危険であるという私の考え方について、さらにあなたから御答弁がございまして、先ほどと大体同じようなことを言われておりますが、民主憲法が泣くというような、こういう表現をなさって御答弁をなさっておるわけでありますが、その点についてはお変わりはないわけでございますか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 憲法第三章が保障しております国民の権利というものは、権利としては当然憲法の条章によって保障されておる、これはいささかの議論の余地もないことだと思います。ただ、この前もお答え申し上げたように、同じ憲法の第三章で保障しております権利も、一つの理想と申しますか、方向を規定して、その意味で権利を保障しておるものもあるし、憲法の規定それ自身で直ちに具体的な国民の権利として行使できる状態にあるものもあろうかと思うのであります。そこで、一つの方向づけを規定して保障しております権利は、具体的にそれが国民の権利として現実化するためには、さような場合には、国会の審議を経た法律によってそれが地上のものとなると申しますか、現実化せられる、そういう過程があるものと二種類あるということを申し上げたのであります。したがって、国民の代表者によって構成される国会で法律化せられるということ、そのことは主権者たる国民の意思として明らかなことでもありますし、いわば、そういうもう一段階を経て具体化せられるものと、憲法の規定そのままですでに具体化されているものとありまするし、また、その後者に属するものが「義務教育は、これを無償とする。」ということと私は理解をしております。したがって、義務教育が無償であるということの中に、授業料を取らないということがまず出てきます。次に、教科書を無償とするということを今御審議願っておるということに関連をして二種類あることをお答え申したつもりであります。

小林武日本社会党

○小林武君 文部大臣はあれですか、この第三章の国民の権利には二種類あると、この点はほんとうにそうお考えになっておられますか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 二種類あると申し上げるのは、今冒頭に申しましたように、国民の権利としては憲法第三章で保障されていることに一点の疑いもございませんが、それを現実的なものとしてとらえた場合に、その現実化する方法を基準に一応分けて申すとすれば二種類ある、こういう意味でございます。

小林武日本社会党

○小林武君 そうすると、文部大臣の御意見はあれですか、法律によって保障されなければ、いわゆるあなたの言葉をかりて言えば、地上のものとならないような権利というのはあるわけですね。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 法律によって保障されるとは申し上げておりませんので、現実化する方法として法律の規定を待って初めて現実化するという種類のものがある、こういうことでございます。たとえば、今も申し上げましたように、「義務教育は、これを無償とする。」、憲法が保障しておるそのこと自体国民の権利であることに間違いありませんけれども、ただそれだけでは具体的には手続的に完了しない。それが憲法それ自体も法律によってそれを具象化することを期待しておるというものかと思うのであります。したがって、授業料を取らないということも、教育基本法で規定することによって初めて授業料ということに関連して無償ということが現実化してくる、その他プラス・アルファの憲法の義務教育無償の理想の方向づけをたどっていきますれば、今度御審議願っておる教科書の無償ということにたどりつく、それがこの法律によって初めて無償という措置が具体化するんだ、そこで国民の権利は具体的に完了する段階になる、こういうことであります。

小林武日本社会党

○小林武君 まあ、あなたいろいろなことを言われるようですけれども、たとえば、今のあなたのあげられた例を考えましても、義務教育は無償にするという一つの権利だ、その権利が教科書無償という一つの法律を作らなければ、いわゆる地上のものにならない、現実のものにならない。すなわちあなたのおっしゃることは、言葉を、保障という言葉はとにかくきらわれても、結局あれでしょう、法律が出てこないというと権利としていわゆる国民のものにならないわけでしょう。あなたの言葉をかりていえば、地上のものにならない。地上のものということは現実化しないということ、そういうことでしょう。一体、国民の権利というものは、あなたのお考えでは法律でどうしなければならないというような権利なのですか、その点を明らかにしてもらいたい。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) それは先刻も申し上げたとおり、憲法の第三章が保障します権利が、国民の権利として憲法上あることは何人といえども否定できない鉄則であることは間違いないのであります。ただそれを現実に享受する、その権利を現実に享受するためには立法措置によって初めて現実化してくるものと、憲法の規定そのままで権利として現実に行使できるものと、方法論で分ければ二種数あると申したのはその意味であります。たとえば、蛇足を添えますれば、教育基本法に義務教育の諸学校では授業料を取らないということが規定されて初めて授業料を納めないで済む、権利が具体的に完了する。教科書の場合も、憲法の条章だけでは当然に教科書が無償という現実は生まれ出てきませんので、やはり国民の、主権者の意思の現われである立法措置によって教科書も憲法にいう義務教育無償の一つであるぞということを具体化し、それによって初めて教科書無償ということが現実化するのである。今度、今御審議願っておる法律が制定されませんければ、義務教育は無償とするとあるから義務教育の諸学校の生徒の保護者は教科書はもうただでもらえるんだということには当然にはならない。一つの期待権と申しましょうか、憲法の理想の方向づけの中にそれがあるであろうことは推定できましても、現実にはならない。現実にするには法律という手続によって初めて現実になるんだと、そういうことを申しておるわけであります。

小林武日本社会党

○小林武君 結局、あなた長々と述べられたけれども、私のあなたに聞いておることは、結局あなたにこういうことをはっきり答えてくれと言っておるのです。たとえば、あなたの言葉をかりれば、憲法によって規定されているところの国民の権利というもの、法律によって保障されなければいわゆるその権利は現実のものとして享有することができないと、あなたはこう言っておる。保障の言葉はそれに入らないと、そういうことでしょう、あなたのおっしゃるのは。そうですね。その点はっきりしてくれればいいのです、何も長々とやらなくても。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 少しニュアンスが違うようにも思いますが、繰り返し申し上げます。法律によって具体的な措置を規定しなければ現実化しない権利もある。こういうことであります。

小林武日本社会党

○小林武君 二種類あるということですね。――それではお尋ねいたしますが、第三章の権利を一体二種類に分けたらどういうことになりますか。具体的にあなたひとつ分けてやってみて下さい。どれが一体法律によらないとだめなのか。私はこれからあなたに教育の問題をひとつ討論していく場合に、どうしてもこの中で明らかにしておかなければならぬ点がありますから、憲法の第三章の中に二種類あるとあなたおっしゃるから、これは私も憲法のことについてはたいした詳しい人間ではございませんけれども、よって保障される権利と、それから額面どおり保障される権利の二つがあるということは初めて承ったので、これは文部大臣の見解であると同時に政府見解であり、あるいは与党の見解であるというふうに理解してもいいものではないかと考えながら御質問するわけでありますけれども、その二種類をひとつあげてみて下さい。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 私も憲法学者でありませず、特に深く検討しておるわけではございません。同時にまた、政府見解、与党の見解などという手続を経たことを申し上げている気持もございません。むしろ常識的な範囲のことを申し上げておるつもりであります。ですから、一々第三章を厳密に分析して、これとこれがこうで、これとこれはこうだということを申し上げる能力はございません。ただ、今申し上げたような、常識的な見解として言うことを許されるならば、職業選択が自由であることを憲法はうたっておると思いますが、これはあえて立法措置を講じなくても、それ自体、憲法の保障する職業選択の自由が行なわれる、信教の自由もうたっておると思いますが、これまた特に法律を待たずして憲法の条章それ自体で信教の自由が現実にもある、行使できるという姿になっておる、こう私は理解します。そこで、今度、二種類という用語が適切でないおそれもありますけれども、現実になるかならぬかという見地に立って仕分けをしてみれば、あるという意味で立法措置を待たなければ現実化しないということの例は先刻も申し上げました。現に御審議願っておる。憲法に義務教育はこれを無償とするというのがありますけれども、むろんそれ自体が国民の権利であることには間違いありませんが、具体的に、しからば義務教育は無償であるという権利を国民が行使できるという姿が現にあるかどうかということになりますと、やはり教育基本法に義務教育では授業料をとらないという趣旨のことが規定されまして初めて授業料というものが憲法のいう義務教育無償の一つの内容であるということで現実化する。さらに教科書につきましても、教科書はこれを無償とする措置を具体的に立法措置を通じて国民の意思が決定するに至って初めて現実に行使できる姿になる。そういうものと二種類というか、現実かいなかという点だけから申せば二色あるであろう、こういうことを申し上げているのであります。

小林武日本社会党

○小林武君 そうすると、第二十六条の国民の権利というものは、さらに二種類に分けられるわけですか。教育の無償の問題と、その能力に応じてひとしく教育を受ける権利を有する、これはどうなります。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 能力に応じて教育を受ける権利というのは、また別個の憲法の保障する権利であると思います。義務教育を無償とするというのは、教育に関する他の憲法上の別個の国民の基本的人権である、二つのものが教育に関してある、こういうことだと思います。

小林武日本社会党

○小林武君 二十六条は、あなたの言う二種願というのが入っているということになりますね。そういうことになりますか。憲法の二十六条の教育に関する権利というのは、あなたの説によると二種類ですな。間違いありませんか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) そうだと思います。法律の定めるところによって、能力に応じて等しく教育を受ける権利と、義務教育は無償とされるその義務教育を受ける義務と権利をあわせて第二項は規定しでいる、こういうものだと思います。

小林武日本社会党

○小林武君 そうすると、あなたの見解は、国民の権利の中には二種類あって、一種類は、いわゆる法律によらざれば、それを国民が享有できない権利、それから憲法の規定どおり享有することのできる権利と二種類ある、これは間違いないですね。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) それはちょっと違います。私が申し上げているのは、憲法第三章が規定する、保障する権利の中に二種類あると申し上げておりますけれども、享有することそのことは憲法それ自体で確定している。それを具体的に行使することができるかいなかという点に立って、かりに分けてみれば二種類ある、こういうことを申し上げているのであります。権利を享有するという概念は、憲法の規定そのままで国民の基本的人権ないしは自由権として存在する表現だろうと思いますが、その意味においては二種類あるはずがない。ただ、それを現実に享有している権利を現実に行使する段階に到達しているかいなかという姿をとらえて分けるとすれば、二種類あるということが言えるであろうということを申しているのであります。

小林武日本社会党

○小林武君 ますますおかしいじゃないですか。先ほどあなたは、法律を作って、その法律によって初めて享有するということを言われたんです。いわゆる国民が権利を享有することができるものが一つだと、こう言われた。一体われわれが権利を行使するという立場に立った場合に、この権利はお前たちは勝手に行使できないのだぞ、法律を作ってやらなければ行使ができないのだぞというようなことを、そういう一体権利というものはこの中にあるんですか。おかしいじゃないですか。前のもおかしいけれども、あとのはなおおかしい。権利というものはそういうものじゃないんじゃないですか。あなた憲法学者じゃないというお話しは私も納得しますけれども、少なくとも憲法が制定された当時のことについては、あなたも御記憶があると思うのですけれども、第三童の国会におけるところの政府の提案理由の説明の中にそんなことは書いてないですよ。あなた、それを忘れたとはおっしゃらないでしょうね。私が危険だというのは、そのことを言っているんですよ。「現行ノ憲法ニ於キマシテモ或一定ノ事項ヲ列擧致シマシテ、臣民ノ權利義務トシテ保障シテ居りマスルコトハ申ス迄モナイノデアリマスケレドモ、其ノ極ク僅カノ例外ヲ除キマシテ、全部トモ言フベキモノガ、孰レモ法律ヲ条件トスル保障デアリマシテ、基本ノ精神ハ別ト致シマシテ、愚法ニ掲ゲラレテ居リマスル文字ノ建前カラ申シマスルト、要スルニ法律ヲ以テスレバ比較的容易ニ制限シ得ル建前ノ權利義務トナツテ居ルノデアリマスガ、改正案ニ於キマシテハ其ノ保障ノ範囲ヲ総テノ基本的人權ニ及ブモノト致シマスルト同時ニ、其ノ保障ノ形式或ハ其ノ保障ノ枠ト中シマスルカ、ソレハ憲法自ラ直接ニ保障スルト云フ原則ニ依ツテ居ルノデアリマシテ、法律ノ定ムル所ニ委セナイト云フコトヲ根幹トシテ居ルノデアリマス、而シテ此ノ人權ノ保障ニ付キマシテハ、此ノ憲法が國民ニ保障シテ居ル自由及ビ權利ハ國民ノ不断ノ努カニ依ツテ之を保持シナケレバナラヌト云フ風ニ定メマスルト同時ニ、國民ハ濫用シテハナラヌ、常ニ公共ノ福祉ノ為ニ」云々と、こう書いてあるわけです。私はそういう点を申し上げておるんです。あなたのおっしゃるように、憲法は法律をもってしなければならない――一体、国民の権利の行使のできないものだというようなものは一つもその中にないと思うんです。しかし、私はあなたに対してその点についてかなり歩み寄った話をしたんです。教育は無償であるということ。無償ということはどういう言葉の意味であるかということは説明する必要のないことなんです。しかし、それが段階的になったということは、少なくとも国家財政の問題から生じたことでしょうということを、私はあの質問のとき言っている。しかし、無償という言葉がある限りにおいては、この問題は教科書の無償だけにとどまるものではないだろう。さらに拡大していくものだろう。無償という、そういうことが現実にやはり教育の中で実現されるということを目標としていくんだろうということを私は言った。そうしたら、あなたはそれに対して先ほどのことを言った。特に私はあなたに対して申し上げたいのは、憲法の許さざるところだというような意味のことを言った。民主憲法が泣きますというようなことをあなたはおっしゃった。提案の理由の中にも、旧憲法と新憲法の中にはおのずから差のあることをいっている。二種類ありますとか、三種類ありますとかいうようなことを憲法はいっておるはずはないですよ。だから私は、あなたの考え方はちょっと危険ではございませんかと、こう言っておる。どうなんです。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 私は危険でないと思っております。なお、私が申し上げておる大前提は、申し上げるまでもありませんが、先刻もちょっと触れましたけれども、主権在民の憲法の第三章において国民の権利というものを規定しておる。それ自体が権利として憲法上確定しておることは一点の疑いを入れないと思います。それからさらに、憲法の随所に、「法律の定めるところにより、」云々と、こうある。この法律は、旧帝国憲法下にいうところの法律と本質的に違う。法律の制定そのもの、主権者たる国民がいわば信託しました、選挙によって選ばれたる国会議員をもつて構成する国権の最高機関と憲法みずからも規定しておりますところの国会において定められる国民の意思だと思います。したがって、憲法それ自体において享有すべき権利はすでに確定はしておりますが、それを、あなたの言葉を拝借させていただけば、段階的に受け取りまして、憲法の規定そのままで現実に行使できるものと、憲法の規定そのままで現実に行使できないものと二種類、その意味において分ければ二種類ということを申し上げておるのであります。二種類と言ったからといって、憲法上のこの国民の権利が二種類であるということは言う必要もないことであり、これはことさらお叱りを受ける筋合いのものじゃないと思います。繰り返し申し上げますが、享有するということは憲法上確定しておりますけれども、現実に行使しようとならば、憲法それ自体が予定しておる主権者の意思であるところの法律によってその方法を定めるという種類のものであると、こういうことを申しておるに過ぎないのであります。

小林武日本社会党

○小林武君 あなたのおっしゃることは私は危険である――というところがきわめて危険だと思うのです。あなたはほかのもの――私の意見に対しては憲法の許さざるところであるという表現ですね。あるいは民主憲法が泣きますというようなことをこう言われた。私は民主憲法が泣くのは、国民の権利としてはっきりきめられていることが国民の権利として行使できない場合に、これは民主憲法は泣くのです。しかしながら、私もその点では、先ほどから言っているように、その権利は持っているけれども、しかし、その憲法を制定した当時の国の事情、財政的な事情もありましょうし、いろいろな事情があって、その点については国民に十分満足を与えるようなことはできなかったろうと思いますけれども、そのことが直ちに国民の権利というものをその程度にとどめておくということにはならないわけです。私はそのことをあなたにこの間から何べんも何べんも話しているのです。だから、あなたに私が質問したこのきっかけになった問題は、あなたに質問したのは、文部省は初め授業料を取らないことが教科書の無償ですなんていったことはおかしいでしょうということを言っている。それがやがておかしい証拠に、教科書の無償が出てきたじゃありませんか。国民の憲法におけるところの、この二十六条の義務教育の無償ということは、そんな限定された問題じゃない。無償という言葉の意味がほんとうに完全に実施されるところまでいくべきものなんだ、そう考えなかったらおかしいじゃないですか。おかしいでしょう。あなたはそうでなくて、法律をもって一体やらなければ、法律の示しているところがいわゆる国民の権利だ。教科書無償ということが、ここでは国民の権利としての義務教育の無償だという考えならば、あなたの今のようない券ならば、その意見は危険だと私は言うのです。あなたはいわゆる法律をもって国民の権利を保障することができると考えておる、いわゆる旧憲法的な考え方を頭の中にあなたは持っておられる。何とあなたがおっしゃっても、その点は間違いじゃないですか、どうお考えですか。たとえば二十六条の義務教育無償の問題についても、あなたはもう少し具体的に答弁して下さい。いいですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 旧憲法の概念で憲法や法律を見ておるのじゃないかというお疑いのようですけれども、少なくとも自分としてはそんなことは思っておりません。その点は一点の疑いも御無用に願いたいと言いたいくらいでございます。先刻も触れましたけれども、今の憲法下の法律と、旧帝国憲法下の法律とは全然質を異にすることは申し上げるまでもないところであります。一は主権在民であり、一は主権在天皇でもある。手続的に申しましても、戦前の法律は、帝国議会で協賛いたしましてもそれで法律にはならない。裁可公布という手続を経て初めて最終的に法律という形で効力を生ずる、そういうものだと私は理解しておりますが、今の法律は、主権者それ自身の意思が国会を通じて表明された法律でありますから、憲法といい、法律といいましても、国民の意思であることにかわりはない。ただ、憲法の制度に従って法律という形を認めてあるという差は、むろん私どもも本質的に違っておることは私も理解しておるつもりであります。また、義務教育無償ということそのことが、憲法で規定してありますから、国民の権利として無償の義務教育を受けられるのだという期待権、一種の理想を盛り込みました憲法の規定であると理解します。それとても、申すまでもないことでありますけれども、権利として、享有する権利として憲法が確定しておる、それを私も疑わないところであります。ただ、繰り返し同じことを申し上げるようですが、それを現実に行使するという形で捉えます場合は、法律でもってその段階を示し、決定しないと、現実にならないということをまあ申し上げておるわけであります。もとより義務教育無償というのは、授業料を取らないことだ、それですべてだと、文部省の何人もそんなことは思っておりません。ただ、教育基本法が義務教育においては授業料を取らないということが段階的な今までの規定であって、現実行使する内容であった、そのことだけを捉えて言っておるに過ぎないのであります。これに対する異議のある人の裁判所に対する訴えに基づく裁判所の結論におきましても、現実問題としては、今としては授業料を取らないということであるということを言っておると承知しますが、そのことだけを申すに過ぎないのであります。であればこそ、プラス・アルファが続々とあり得ると思われますが、この前もお答えしたと思いますが、授業料を取らないという事柄の次の段階に位するものは何だろう、それが使用を義務づけられておるところの教科書というものが一番普遍的である。それを憲法の言うところの義務教育無償の方向に前進しますための次の段階の課題として取り上げて御審議を願っておる。まあそういう一連の考え方に立って、その部分だけを申し上げる場合、その部分のみを批判されれば、あるいはお説のごとき御指摘があり得ようかと思いますが、私どもは文部省全体としまして、今申し上げるような理解の上に立って授業料の次に位する段階の課題、その課題だけを中心にとかく申し上げる傾向がありますから、いろんな御疑問もあったろうかと思いますが、根本的の気持は以上のとおりであります。

小林武日本社会党

○小林武君 あなたの答弁もだんだん変わってきたようですけれどもですね、あなたの一体あれですか、そうすると、さきに質問に対して答弁された、憲法に書いてあれば何でも一体権利として行使できるというような考え方は許されないものだという考え方は、それではあなた、それはあれですな、取り消しますね、それじゃ。あなたの不本意な言葉でしょうそれは。今のお答えなら。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) それは私はあえて取り消す必要を認めません。と申しますのは、たとえば教科書無償をとって考えますと、この法律を制定していただけば義務教育の諸学校においての教科書は無償という権利が具体的に行使できることになり、この法律がないのに、憲法が義務教育は無償とするとあるから、小学校、中学校の児童生徒の保護者が憲法の規定をいきなり援用して、無償とあるから代金払わないぞというわけには参らない。それを現実にそう主張し、かつ実行することがあるならば憲法の示す姿でない、そういう意味で申し上げたのでありまして、あえて私は取り消さないでもいいと思うのですが。

小林武日本社会党

○小林武君 あなた、何ですか、今の答弁は。そういうことを私はあなたに質問したわけでもなし、これ以前の質問もそういうあれではないんですよ。あなた、もう少しまじめに答えていただきたいんですがな。先ほどはたいへんりっぱな御発言であった。憲法を正しく理解し、正しく守っていくという点では一点のあれもないようなお話でございましたけれどもね。あなたの取り消さなくてもけっこうだという話の今の説明を聞いていると、これは私ははなはだもって重大な問題だと思うんです。憲法の二十六条に書かれてある義務教育の無償というこれを国民の権利として認めるということになれば、その権利として認めるならば、さまざまな要求が出てくるというのは当然のことなんです。その無償ということについての要求が出るということは当たりまえなんです。その要求をもって、一体許されざるところだなどということを国民に向かって言うということは不届きですよ。ただ、私も非常にあなたに対して同調的なことを言ったのは、いろいろそういうことを言っても、国の財政の問題もあったろうし、さまざまな国の事情があったんだから、その点では初めは一体どこまでしかやれないということもあり得るだろう。しかし、将来は無償ということにこたえて、要求に応じて、憲法の二十六条に示されたことの要求にこたえなければならぬですよ。しかし、二十六条にこう書かれてあるから、国民どもが何でもやってもらえると思ったら大間違いだ、平たく言えばですよ。そんなことは許されないんだ、こういうことを一体、文部大臣は言われるんですか。それで憲法を守るというあなたは立場ですか。おかしいじゃないですか。だから、あなたは憲法が泣くなんというようなことまで言われておるが、民主憲法が泣くなんと言われるのは、私に言わせれば、今のあなたのような御答弁では民主憲法が泣くと思うんですよ。さまざまの詭弁をあなたは弄されておる、権利の中に二種類ありとかね。国民の基本的人権にかかわるような問題――教育の問題は基本的人権にかかわる問題ですよ、このことはいずれ討論されましょうけれども。その基本的人権にかかわる問題が無償の問題とからんでおるんです。これは基本的人権の問題です。そういう問題についてあなたは一体何ですか、私は不思議でたまらない、取り消さないというのはおかしいですよ。そういうのであれば、私の理解が間違っておりました、質問に対して私は十分理解することができませんでしたというのならばまだしも、何が取り消す理由がありますかというあなたは態度でしょう。しかも、その理由とするところは何か、幾ら憲法に書いてあっても、この条章に関する限りは法律で保障しなければ要求できないんだ、それを国民が要求するのは一体不届きだ、こういうことなんですよ。それがあなた、あれですか、文部大臣の正しい憲法を解釈した御発言ですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 御質問の趣旨とちょっと違ったことをお答えしたかどうか、おそらくそういうことだろうと、今の御質問を受けて、なおさら思いますが、私が申し上げておりますのは、先刻来お答えしておりますので御理解いただいたかと思って申し上げておりましたが、もう一ぺん申し上げます。憲法第三章が規定しておる国民の権利というのは、憲法の規定そのままで享有するかいなかという点で見れば、確定しておる、その点ではもう一点の疑いもいれる余地はない、こう理解しておりますということを申し上げました。次に、二種類ありということは、憲法に規定しておる権利が、憲法の規定そのままで現実に行使できると考えらるべきものと、そこには段階的であるかどうか、諸般の事情もございましょうけれども、憲法の規定そのままでいきなり具体的にその権利を行使する姿にならぬものがある。それは、たとえば義務教育無償という国民の権利を保障しておりますこともその一つであろう。それが教育基本法で授業料をとらないということでスタートをした、それがすべてだとはむろん思いません。プラス・アルファの憲法の理想に近づく努力をする責任はむろん政府にあるわけですが、そういうことで今御審議を願っておる教科書の無償というところにたどりついておるということを申し上げておるのであります。そこで、国民が教科書無償という権利を保障されておるのに、授業料だけではまだ不十分である、教科書でもまだ不十分で、さらにもっと義務教育無償という内容のことを検討して、現実に行使できるようにしろということを要求すること、そのことを私は否定するような考えをいまだかつて申し上げたつもりはないというふうに自分では思っておるのであります。私が申し上げておるのは、たとえば、先刻も申し上げました教科書を無償とするという現実化のための法律というものができ上がらなければ、現に小中学校に行っている児童生徒を持っておる保護者が、憲法の条章そのままでもって教科書はただになったということで代金を払わないのだという現実行動はいまだしだ。そういうことを憲法からいきなり法律がないのに、実行できると思うような行動というものは許されないだろうという意味で申し上げておるのであります。

小林武日本社会党

○小林武君 あなたは速記録を読まれましたか。この間から問題になっておるでしょう。速記録の一体その中であなたにそういう質問をしましたか。法律が通らないのに、この法律が通らなくても国民は教科書をただもらうというような要求ができるなんという質問をあなたはしましたか。そういう一体質問はあなた速記録の中のどこにあるのですか。そういう質問はしていないですよ。私の質問は、あなた記憶ありませんか、私の質問は初めは、一体、文部省は授業料を取らないことだというような、こういう答弁をしておったと聞いておる。しかし、今度さらに拡大をされて教科書無償ということになった。そうするならば、少なくともこの問題は、教科書無償という線に沿って拡大される性格のものじゃないか。そういう考え方を一体あなたは持っているかどうか、こういう質問だったのです。それに対してあなたは先ほどから述べているような答弁をしておる。私があなたに対して、いつ、一体この法律が通らなくても教科書代を払わなくてもいいのだのいう質問をしましたか。そういう質問をいつやりました。速記録のどこに書いてあるのですか。いいかげんなことを言わないで下さい。どこにあるのですか。速記録を調べて下さい、私がいっそういう質問をしたか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) あなたが、今、私が例示しましたようなことをあげて御質問になったことはありません。そうでなしに、今申し上げたのは、二種類ありということについても御質問があり、かつまた、国民が憲法に保障しておる権利そのものを要求すること、そのことすらもが私がけしからんと言っておるがごとき御理解に立っての御質問でございましたから、そうではございません。たとえば、教科書無償について申し上げればかくかくでございますと、私がたとえば例示をすることによって、私の申し上げる意味を御理解いただきたいと思って申し上げたにすぎないのであります。御指摘のとおり、御質問の中にそういうことがあったわけでは毛頭ありません。

小林武日本社会党

○小林武君 あなたは少なくともこういう席上で、しかも国会の中の質疑として速記録に残るそういうものに、質問もしないようなことを、もし私がそれを聞きのがして黙っておったならば、私が少なくともそういうような質問をやって、あなたがそれについて答えたというように理解されることになるのじゃありませんか。あなたは、少なくともある意図を持って御答弁なすっておるのじゃありませんか。たとえば要求といいましても――皆さんそうではありませんか、あなたそうではありませんか。国民は教科書ばかりでなくて、義務教育の無償ということがあるならば、それは義務教育を無償にしてもらいたいという要求はできるわけですよ。そういう声を上げることができるわけですよ。親たちの声として、そういうことを国民の声として上げることは自由ではありませんか。それが実施できるかできないかということは、これはそのときの政府のいろいろな事情もあるだろうからと私は言った。直ちにそれが実現できるというようなこともないかもしれない。しかし、その要求にこたえなければならない政府の責任がある。あなたが少なくとも許さざるところだ、そういうきめつけ方をされる性格のものじゃないでしょう、これは。あなたも先ほどからいろいろ御答弁なすっておる中に、少なくとも義務教育無償ということの権利は、国民が持っておるのだということは認めていらっしゃる。それならば無償の線に、とにかく完全な無償にひとつ一歩でも近づいてもらいたい、あるいは急速に近づいてもらいたいという国民の要求があることは当然でありましょう。主権者として当然じゃありませんか。できる、できないという問題は、政府は責任を持ってそれに対してこたえなければならない。今のところはできないけれども、将来のところはどうだとか、それはまた別だ。しかし、そういう要求に対して、あなたは許さざるところである。民主憲法が泣きますなんていうことをあなたは言われる。このものの考え方は、あなたは何とおっしゃっても、私は憲法に何とうたっておろうと、法律を出さなければ問題にならぬのだという考え方があるからそういう御答弁をなすっておると、私は先ほどから言っておるのです。それをなかなか御理解がいかないで、答弁がさまざまに変わってくる。最後には私の言わないことまであなた言い出して、そういうことを言うのは侮辱じゃありませんか、質問者に対する侮辱じゃありませんか。あなたは私を色めがねで見、こういう手合いだからこのくらいのことを言うだろうと、そういうお考えで御答弁をなすっておるのですか、聞くところによると、社会党の議員の中にもスッポンがいたり、マムシがいたり、何だか爬虫類みたいなものがいるというお話をなすっておられるようですけれども、そういう角度であなた御答弁なすっておるわけですか。私の質問はあの当時はきわめてすなおな質問であったのですよ。義務教育無償というものにだんだん近づいていくためには、さらに教科書無償から拡大されるというようにあなたはお考えですかと、こう聞いておる。総理大臣は衆議院において、将来は学用品にまで広げたいというような意向も述べておるということを速記録で私は読んでおる。それに対するあなたの答弁は先ほどの答弁なんです。侮辱していませんか。あまりひがみ根性を持ちたくないですけれども、どうなんです。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) さっき申し上げたのは、すでにお答えしましたが、私が御質問者の小林さんの御理解をいただきたいと思って私が例示したことでございます。あなたがそういうことを質問のときにおっしゃったということではむろんございません。これは前後のことを読んでいただけば、あなたがそう言わなかったことは速記録上明らかであるとも思いますが、あらためて以上のことを申し上げます。ところで、私が申し上げておりますことは、先刻のことをまた繰り返すことになって恐縮ですが、ごかんべんいただきますが、義務教育無償という理想的な内容を予定した義務教育無償そのものを対象として、国民が権利として持っておる、享有しておる、そのことは私といえどもいささかも疑問は持ちません。ただ、それをそういう意味で、授業料だ、教科書無償だということでこれが実現いたしましても、さらにプラス・アルファの義務教育無償の方向に対して国民の立場から希望なり要求が出るということも、これは当然のことだと思います。そのこと自体は、憲法のいうところの義務教育無償ということ、そのことでもあるわけですから、そのことを一点の疑いもなく受け入れる立場をとっておると申し上げれば御理解いただけようかと思います。繰り返し申し上げますが、それと、現実に教育基本法で授業料は取らないということが義務教育無償の一つの事柄として法定されて現実化した。さらに次に、教科書無償ということが法定されて現実化した。その後、プラス・アルファは次々にあり得るというわけではございますけれども、現実に法律上の実行できる現実的な義務教育無償の具体的内容として国民が行使するということは、やはりそれぞれ立法措置を講じて現実化しないと出てこないのだということを区別して申し上げておるつもりでございます。それ以外の考えは別にございません。

小林武日本社会党

○小林武君 あなたの答弁、だんだんすなおになってきたようですけれども、それではひとつもう一ぺんあなたに確認をいたしますけれども、義務教育無償ということは、それでは教科書を無償にしたということだけにとどまるわけではない、こういうことについては間違いありませんか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) さっき申し上げたとおり、そのとおりに思います。

小林武日本社会党

○小林武君 それではさらに、いわゆる義務教育無償というものを完全にするために、もちろん国民のさまざまな形の要求もありましょうし、それにこたえて、あるいはさらに権利であるから政府のほうから率先その方向に向かって努力するということはあり得るはずですね。  〔委員長退席、理事吉江勝保君着席〕

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) あり得ることでも一ありますし、国民に対して奉仕する責任を持った公務員として、政府として当然努力すべき課題だと思います。

小林武日本社会党

○小林武君 最初からそう言えばきょうまで騒がなくてもよかったと思いますけれども……。なお、権利に二種類あるということについては、このことについては、権利そのものに二種類あることではなくて、権利として行使する、あるいは権利として享有するという場合のその手続的な問題としてあなたが二種類といったと理解してよろしいですね。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) さっきお答え申したとおり、手続と申しますか、それを現実化するという方法を中心に、かりに区別して言ならば二種類と言えようか、こういう意味であります。

小林武日本社会党

○小林武君 それではそのことについてはひとつ終わりましょう。  今の憲法二十六条の規定をひとつもう一ぺん読み上げてみますが、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」こう書いてありますが、いわゆるこの憲法のもとにあって教育を受けることは国民の権利であるということについては、これは間違いありませんね。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) そのとおりでございます。

小林武日本社会党

○小林武君 すなわち日本の青少年は教育を受ける権利を持っている。しかも、この権利は国の政治上において最大に尊重しなければならない基本的な人権の一つであるというふうに理解してよろしいですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) そのとおりと思います。

小林武日本社会党

○小林武君 その点についての理解は全く一致いたしましたが、それでお尋ねいたしますが、この教育を受ける権利、この権利は憲法二十八条、それから二十九条、こういう二条とともに、第二十五条の生存権を保障するいわゆる重要な側面を二十六条というものは持っていると、こう考えるわけですけれども、文部大臣はその点は同意できますか。  〔理事吉江勝保君退席、委員長着席〕

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 同意できます。

小林武日本社会党

○小林武君 同時に、この今まで申し上げた権利というのは、おもに教育を受ける者、先ほど申し上げましたが、青少年の立場から申し上げたわけでありますけれども、二十六条の二項に示されておりますように、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。」ということが書かれてありますので、子供の権利を保護するために父母に対して、就学させる義務を託しているわけでありますけれども、また、これを親の立場から言うと、そういう義務を負うと同時に、親はいわゆる子供を教育――二十六条の一項に書かれておりますように、教育を受ける権利を持っているということになると思うわけでありますが、その点は御異議ありませんか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 異議ありません。

小林武日本社会党

○小林武君 それでは、こういう権利を誤りなく、かつ十分に享受でき得るように、国及び公共団体に対して教育の施設の充実、その他教育に対する諸要求を行なって、あるいは権利が侵されないように擁護する、そういう父母の本来的なこの権利と義務があると、こういう点についてはどうでしょうか。教育に対する要求、施設の充実、教育に対する要求です。それから施設に対する充実、あるいはこういう権利を侵害されないような要求、こういうことを、法が持っておるからこそ権利として認めるということになるわけでありますが、その点については文部大臣は御異議ございませんか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 先刻も申し上げたのと同じ趣旨でありますが、政府ないしは公共団体は、国民及び住民に対して、今お話のような方向に全努力を傾ける責任がある、かように思います。

小林武日本社会党

○小林武君 そういう責任があるというわけですね。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) あらゆる努力をする責任があると理解します。

小林武日本社会党

○小林武君 そうすると、そういう責任を果たすところの、この権利の享受を十全のものにする義務を国が負うということになるわけでありますけれども、国及び公共団体の教育行政の問題なんですね。あるいはその間に教師たちの教育実践、こういう国民の権利がありますというと、当然あなたがおっしゃったように、国や公共団体はそれに対する義務を負う。さらには、教師は教育実践あるいは学校運営、そういうものに対して、権利に対する行使として行なわれなければならないということになるわけでありますが、そういう観点からいたしまして、教師はその際、直接、父母に対して責任を負うものと考えますけれども、その点はいかがなものでしょうか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 教師が教育をつかさどり、児童、生徒、学生を育成する学校における教育会等を通じての責任があると思います。

小林武日本社会党

○小林武君 そこで文部大臣にお尋ねいたしたいわけでございますが、憲法二十六条は、これは先ほど来の質疑によって明らかにされましたように、国民としての権利の問題であります。ところが先ほど来もいろいろ議論いたしましたが、明治憲法においては教育を受けることは国民の権利ではなかった。明治憲法の中には権利であるという観念は全くなかったと言っていいと思うのです。教育における権利者というのは天皇であった、国家であった。でありますから、教育を受けることは、兵役、納税と並んで国民の三大義務だとされておったわけであります。こういう教育の中からさまざまな問題点が日本の教育から生まれてきたわけでありますけれども、この明治憲法下におけるところの教育について文部大臣は一体どんなお考えをお持ちであるか、どんな批判をお持ちであるのかということをお伺いしたいわけであります。なぜ、かようなことを申し上げるかと申しますと、憲法二十六条のほんとうの意義というものを明らかにするためには、どうしてもそれ以前の明治憲法下における教育というものをはっきり踏まえた上に、現在の教育がどう方向づけられているかということを明らかにしないと、私はほんとうの理解ができないように思うわけでございます。なお、私は現在の教育の中で非常に重要な問題だと思いますことは、教育に対してやはり意見が大きく分かれているということであります。しかも、その教育の意見の分かれというものは、統一される方向をたどるものよりも、相反する方向に行く傾向が強いということを感じているものであります。このことは大局的に見たら、日本の教育を前進させるということにはなっておらない。この文教委員会の中において教科書の問題を論じ、教育の問題を論ずる場合に、できるだけやはり統一した観点に立った教育というものを、われわれはその質疑の中から、あるいは意見を戦わせる中からつかみ、とらえなければならないと思うわけでありますので、特にその点で文部大臣は率直な――あまりにも率直な御意見を述べられる方でございますから、一体、明治憲法下における教育をどのように御批判なさっているか、その上に立って、現在の教育がどういう方向の上に立って進められているのか、この点をひとつお伺いしたいわけであります。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 御質問があまりに壮大にして、簡単にお答えする能力を持ち合わせないように思いますが、私は簡単に言わしていただけば、明治憲法のもとの教育は明治憲法の趣旨によって行なわれた、今の教育は新しい民主憲法に基づいて、それに応じて行なわれつつある、こう思います。

小林武日本社会党

○小林武君 文部大臣はきわめて、これ以上簡単なものはないというような御答弁をなさったわけです。これは私はきわめて重大なことだと思うのです。後ほど、これはいずれ私も十分お伺いしたい、文部大臣だけでなくて、文部省の方々にも一つお伺いしなければならぬと思う問題ですけれども、戦後の教育というようなものがどういう一体過程をたどって作られたものか、こういう理解がなくては私はやはり現在の教育の中におけるさまざまな意見の食い違い、教育に対する考え方というものを統一することはできないと思うのであります。国民の教育として、国民がこぞって一つの方向にいくということは私はできないと思う。そのためには、何といっても現在の教育がどういう一体過程をたどってきたかということを明らかにする。そのためには明治憲法下の教育というものがどういう一体ものであったか。そこにあった問題点は一体何であったかということを明らかにされないと、私は現在の教育を文部大臣が強力に推進するということは不可能だと思うわけであります。また、文部大臣がさまざまな点について教師を批判し、あるいは教育の方法上の問題を批判するということはできないはずだと思うのです。でありますから、その点について今のような御答弁だというと、いささか私は、言葉を悪く言えば無責任だと感ずるわけです。そうでなしに、ひとつ十分にここでお述べをいただきたいと思います。よそでおやりになるよりかも、ここでおやりになれば十分な討論もできるわけでありますから、どうぞひとつこの点について明らかにしていただきたいと思うのです。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) さっきお答え申し上げた以上のことは申し上げかねますが、戦前であろうと、戦後であろうと、教育のみならず、諸政百般共通のことではありますが、教育につきましても、根本は憲法に根ざして教育が行なわれておる、戦後におきましては新しい憲法に基づいて行なわれておる。あらゆる分野にそれが毛細管のごとく浸透しながら行なわれておるわけですから、それを一々私は申し上げる能力を持ち合わせませんけれども、根本の心がまえ、趣旨ということを申し上げれば、先刻お答えしたことに尽きると私は思っております。

小林武日本社会党

○小林武君 先刻申し上げたというのはどういうことですか。先刻はあれですよ、私とあなたの間のやりとりは、義務教育無償の問題についてやりとりをやったわけであります。そのことと今の質問とは、これは種類がちょっと違う。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 一番最近の先刻でございまして、言うまでもなく、憲法の趣旨に基づいて制定されておる教育基本法ないしは学校教育法以下のもろもろの法令によって今の教育は実施せられておる。旧憲法――帝国憲法のもとにおきましては、根本は憲法に根ざしつつ、教育については天皇の(「教育勅語」と呼ぶ者あり)もちろん教育勅語が最高峰でございますが、教育勅語を最高峰として、ことごとく勅令によって定められ、戦前の教育は行なわれておった、こう理解しております。

小林武日本社会党

○小林武君 その教育勅語、帝国憲法によって今よりかももっと非常な強力な規制によって行なわれておったということは、あなたから聞くまでもないことでございますが、そういう一体、まず日本の戦前の教育といいますか、そういうものについて文部大臣はどういうお考えを持っていらっしゃいますか。そのお考えがはっきりしないで、今の教育を取り上げて、一体今の教師はなっておらぬとか、どの教師集団の持っている教育に対する考え方は不届きだ、こういう議論は出てこないと私は思うんです。あなたがそういうことについて何ら御批判のないようなお方でありますれば、私はこういうことを質問しません、人を見て質問をしますから。こういう質問をあなたにする理由は、今の教育に対して、先ほども言ったように、考え方はいろいろあるでしょう。方法上の問題につきましてもたくさんの方法があるわけであります。そういう違ったものに対するお互いの研究上の議論ならば、まずがまんするといたしまして、あなたが文部大臣として、国の政府の立場からはっきりそのことについて批判をなされる、この批判の仕方はずいぶん私はひどい、批判ではなくて誹謗とも言うべきやり方で行なわれていると思うんです。それほどの方が、現在の教育にそれほどの免職を持っておられる方が、現在の教育に対する批判を明らかにし得ない、あるいは戦前の教育に対する認識に対して能力を欠いているとかいうことをおっしゃるのは、ちょっと謙遜が過ぎると思うわけでございます。そういうことをおっしゃらずに、私は、少なくともあなたは教科書の問題であれば検定をやるというところの責任者である。その検定の中において幾多の問題が巻き起こっている。この点については検定の問題でおそらく各委員からも問題が出されると思いますし、私もまた意見を持っているわけであります。そういう一体あなたは立場に立っておられるのです。少なくともここで教育の問題について明らかにすべき責任はあると思うんです。ごく最近とか何とかいうこと、そういう妙な逃げ方をなさらないで、ひとつこの点について明らかに述べていただきたい。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 繰り返し申し上げますが、戦前の教育は主権在天皇のもとに、天皇の大権事項として理解される姿で、教育勅語を最高峰にしてすべての制度は枢密院の議を経た勅令が主流となって行なわれておったということですべて尽きると思います。現在の教育は、新しい憲法の趣旨にのっとり、さらに教育基本法、学校教育法その他もろもろの国会の御決定を得た法律、それに基づいて行なわねばならないし、行なわれつつある、そう理解しております。

米田勲日本社会党

○米田勲君 質問者の質問と大臣の答弁は違うじゃないか。ちょっと注意せよ。得意であんな答弁させちゃだめだ。批判を聞いてるんですよ、質問者は。

小林武日本社会党

○小林武君 委員長、ひとつお願いしますが、今言われた委員からも出ましたけれども、私は今のような答弁を求めているのじゃないんです。たとえば、今答弁のように、教育勅語を最高峰にしてという表現、すなわち教育勅語の趣旨に従って教育したということだと思いますけれども、この教育勅語のもとに行なわれた教育というもの、これに対してどのような一体お考えを持っておるかということなんです。批判があるか、あるいは共鳴なさっているか、現在の教育の中にもこれは持ち込んでこなければならないような利点があるとか、全面的に排除すべきものがあるとか、いろいろな御意見が文部大臣の中にないということはない。それをやらずに、新しい教育についてかれこれ批判するあれはないと思うのです。だから、そのことをひとつお尋ねしたい。それから日本国憲法、教育基本法、学校教育法等によるということは耳にたこのできるほど何べんも聞いたが、一体そういう教育と戦前の教育とはその間が切れているわけではない、関連があるわけです。今の教育は。日本の教育として取り入れられた理由があるからこそ、現在それができたわけです。過去と現在とのつながりがないということはないはずです。だから、その意味で一体現在の教育はどうなければならないか、現在の教育はどういう方向に向かっていかなければならないかということを明らかにしてもらいたいと言っておるわけです。それがなければ、あなたは教科書法の問題についてさまざまな行政をやるということについて責任のあれを果されないのじゃないですか。教科書の問題にしろ、あるいは指導要領の問題にしろ、あなたの主張ではやれない、道徳教育の問題にしろ、理由のないところから出てきたとは私は考えない、だからその点をひとつ明らかにしてもらいたいというのです。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 明らかにしろとおっしゃいますが、ことさら申し上げておるつもりはないのですが、文部大臣としてなすべきことは、憲法、教育基本法の趣旨に従って国民に奉仕する立場において全責任をもって努力をし続けることだ、そういうことだと心得て、今日まで微力でございますが、やってきたつもりであります。戦前の教育は、さっき申し上げたように、基本的な線に従ってやってきた。具体的に言うならば、九十周年の、昨年、学制発布の記念式典を迎えたわけでございますけれども、憲法の総意によって基本的な事柄すらが御指摘のとおり切りかえられたことは言うまでもないことでありますが、明治以来の新学制発布以来の日本の教育者、あるいは為政者、あるいは教師、あるいは国民一般、あるいは天皇も入るかもしれませんが、近代的教育を実施しなければならないという努力の積み重ねは、実質的には世界が驚くほどの教育の普及となり、国民一般の常識の基本的知能の啓発となり、それがひいては日本の経済的な、産業的な国力にも影響をもたらし、人間それ自体としても世界の諸民族から、私はある意味においては称賛を受けるくらいにまで育ててもらってきた、その意味で私は感謝しておる。しかし、それは法律、制度、憲法等を離れた教育の成果の結果論でございまして、それと新しい憲法下の教育というものと具体的に一々比較してみろ、そして考え方を言ってみろとおっしゃいましても、今直ぐ自分自身としての能力がないことをさっき申し上げたわけであります。心がまえを基本的に申し上げれば、新憲法、教育基本法以下の法令に基づいて文部大臣という立場で全国民に奉仕する、それを如実にする努力こそが私のなすべきことであり、そういう気持、考え方に立って今日までやってきた、そう申し上げておるわけであります。

小林武日本社会党

○小林武君 まことに頼りのない御答弁をいただいたわけでありますけれども、私はそういう質問をしているのではないのです。先ほどから何べんも言うのですけれども、過去の明治憲法下の教育、それはあなたのおっしゃるとおり、教育勅語の趣旨にのっとってやっておる。今で言えば教育基本法にも比較さるべきものであったと私は思うのですね。それよりかもっと強力にして、かつ教育を支配的にしたものなんですが、この教育勅語の趣旨に従って教育をやった。結局、教育の統治者というものは天皇であり、国家である。しかも、国家の場合にはいわゆる教育を義務として受ける、こういうような形になっていたと思う。そういう教育のあり方、たとえば教育勅語の中に盛られてある内容、それから出たさまざまな教科の内容、それから教師に対する要求、そういうものに対して教育全般に関してあなたがどんなお考えを持っていらっしゃるかということを聞いておる。まずそのことを先ほどから聞いておる。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 心がまえは先刻申し上げましたが、その心がまえに立って戦前戦後を比較して具体的に長短それぞれを解明しながら申し上げる能力が私自身にはございません。文部大臣でございますから、その内容について責任は持たねばならぬことは当然でございますけれども、責任を負うにつきましては、文部省の機構すべてを通じまして内助してもらってしか具体的には責任が果せないということは、率直に申してそうお答えせざるを得ないかと思います。今直ちにそのことをお答えしろとおっしゃいましても、能力がないと申し上げるほかないと思います。

小林武日本社会党

○小林武君 能力のないとおっしゃるあなたが、今の教育に対する相当手きびしい批判をなさっているのじゃありませんか。あるいは教育の自由、研究の自由さえあなたは阻害するような、そういうものを認めないような立場で相当きびしい議論をやっていらっしゃる。そういう議論は、一体その方面の能力だけはお持ちだということは言えないと思います。少くともあなたは教育に対する見識をお持ちだから、そういうことをおっしゃっているのじゃありませんか。日本の国力の発展というようなことをあなたはおっしゃる。あるいは日本の国民の幸福というものを作る責任をあなたはお持ちになっている。そういう問題があれば、申し上げるまでもなく、教育というものは国家百年の大計だと言われて、遠い将来にまで影響を及ぼす、現在のさまざまな繁栄にも直接つながる問題であると同時に将来につながる問題、将来につながるという問題は過去にもさかのぼるということなんです。戦前の教育、戦後の教育ということを、これは時期的に分ける、大きい変わり目をあれして分けるということになると、その間のつながりを判断しないで将来のことを言ったってだめでしょう。あなたはそういう教育に対する批判を各地でやられておる。やられておるということは、私自身も聞いておるのです、あなたのおっしゃること。そうしたならば、あなたは、やはり明治憲法下の教育には少なくとも、――私は教育の専門家から聞くような議論をあなたから聞こうとはいたしません、いたしませんけれども、少なくとも文部大臣の口から、過去の教育についてはこういう問題点があった、あなたが利点があると、あるならば、こういう点は長所、利点だったと、こう言われてもけっこう。その上に立って、現在の教官はどうなければならないかということぐらいはですよ、文部大臣としてはですよ、この席上で言うだけのあなたあれありませんか。責任がありませんか。私は無理なことをあなたに申し上げているつもりはないのです。かりにです、あなたが教育基本法とか、憲法とかということを口に出す限りにおいてはですね、少なくともあれですよ、能力がございませんで、ただいまのような答弁だけで過ごすということは、やっぱりあなたはそれは間違いじゃないですか。答弁がしたくないからしないというような、そういうお考えではありませんか。する必要がないというようなお考えがあるのじゃありませんか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) お答え申し上げる必要ないなどとむろん思いませんが、先刻来申し上げておりますことは、基本線に立った私の心がまえ、見解を申し上げておるつもりでございます。その考え方に立って、しからば、お尋ねのように戦前戦後を比較して、もろもろの教育行政的課題について逐一総合的に申し上げる能力が今ないということを申し上げているにすぎないのであります。部分的なことを申し上げることは御質問の御趣旨に沿わないかとも思いまするし、基本線をはっきりと申し上げ、その線に立って、すべて今日まで責任を国民に負いながら参っておるという気持だけは持ち続けておりますということを申し上げておるわけであります。

小林武日本社会党

○小林武君 まあ先ほどのやりとりと同じになりましたが、今も申し上げたように、文部大臣に、過去の教育、戦前の教育について、現在の教育について、教育学者の述べるようなそういう詳細なあれは聞こうとは思っておりません。しかし、少なくとも、あなたは文部大臣を長くやられてですね、各地でいろいろな教育に対する御意見を述べられておるわけでありますから、能力がないなんということはこれは御謙遜だと思う。私がやっぱりあなたにお尋ねしたいということをしつこくがんばっているのも、少なくともこれから教科書の問題に入っていく場合、検定の問題を一つとらえてみましても、あるいは広域採択の問題を一つとらえるにいたしましても、あるいはこの措置の問題についてですよ、一体教科書というものはどういうふうに構成されるかという問題を考えていった場合に、その根本になる、教育に対するあなたのお考えがわからずして議論できないわけですよ。単なる法律的な条文の取り扱いだけではこの問題はおさまらない問題だと思うのです。この点については、あなたが日ごろ教師に対して、あるいは教師の集団に対して、さまざまな意見を述べている中でも、もう十分私は能力あると見てとっているのです。あなたのおっしゃらないのは、答えたくないというそういう気持だけだと私は思っているのです。教科書の問題を、無償というようなことをほんとうに国民の立場でりっぱに遂行しようとするからには、私は、あなたがそういう点について見解が述べられないというのはおかしいですよ。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) どうも同じことを申し上げることになって恐縮ですが、戦前戦後のこの教育を比較してどう考えるかという意味のお尋ねでございますが、あまりにも問題が大き過ぎて、今直ちにここでまとまった御答弁ができかねる意味において今能力がないと、こう申し上げているわけであります。私、何の何がしという私が、その肉体人があらゆる能力を持っていないことは申し上げるまでもないことでございますが、文部省の官僚機構、あるいは審議会、その他衆知を集める手段を通じて、そうして内助されながら、毎日毎日の教育行政を担当しておるのが私の立場だと、こう思っておるわけであります。したがって、今質問の趣旨にもっと具体的に、かつ総合的に責任をもってお答えするとならば、それだけの準備をしてでなければお答えする能力が今ないということを御了解をいただきたいと存じまして、そこで、基本的な心がまえが、先ほど来何回も申し上げておるとおりであることによって、この際のお答えにかえさせていただこうと、こういうつもりでお答えしておるわけでございます。

米田勲日本社会党

○米田勲君 ちょっと関連質問。文部大臣は、今、小林委員の質問に対して、今は答える能力がないと、「今は」という言葉に何べんか力を入れて言っておるのだが、この質問が出てくるのは、どうもあなたの出してきた法律案が、あなたの言うがごとき憲法や基本法の立場を明確に踏まえた法案とは考えられない節が各所にあると思う。それを問題にしなくちゃならない。その問題を論ずる前に、あなたは一体どういうことを考えておるのかということを理解した上で法案の内部にある問題点を指摘したいから聞いているのだと私は考えている。今は答える能力がないと言うが、これから三年後では困る。この法律案の審議の過程に、どうしてもあなたに聞かなくちゃならぬ。いつになったらその答弁が答えられるのか。この法案の審議のどの段階で答えられるのか、それをお聞きしたい。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) この法案そのものについて一々お尋ねいただきまするならば、むろんそれにお答えせねばならぬと思っております、ただ、先刻の御質問は、戦前戦後の推移の中において、憲法なり法律制度等は中断されたにしても、実質的にはつながってきておるはずだという大前提において、戦前戦後の教育の諸問題を全貌的にとらえた私の考えはどうだというお尋ねでございますから、それほどの間口の広い戦前戦後を通じての教育に対する考え方を申し上げるについては、今すぐこの際答弁を御要求下さいましても、その意味において能力がございませんと、もっと勉強し、教えてもらってならば、これはまた別でございますけれども、まあそういうことで申し上げているのでございます。本法案そのものにつきましては、さっき申し上げた憲法、教育基本法その他の法令に根拠を持ちながらその趣旨の暢達に努めたい、こういう気持で法案を準備したことは確かでございます。

米田勲日本社会党

○米田勲君 文部大臣に私が聞いているのは、あなたは今は答える能力がない、答える準備がないと、こう言っている。だから、いつなら答えられるのかと聞いている、いつなら。それを答えて下さい。いつなら答えられる。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) まあ先ほどの御質問を、私は非常に膨大な、相当の検討を要して初めてお答えできる意味合いの御質問かと心得てお答えしておるわけでございますが、そうだとしますと、何日後にどうだということもはっきり申し上げることはちょっと困難でございます。

米田勲日本社会党

○米田勲君 続いて。それならあなたはね、よそへ出て行って大きな熱を吹かないほうがいいんでないか、現在の教育者のやっていることについて。徹底的なことを言って自分で勝手な批判をしているでしょう。そういう批判をしている人なんだから、我前の日本の教育に対する批判も徹底文教して持っているはずなんだ。それに対応する戦後の日本の民主教育についても徹底した考えを持っておられるからああいうことを言うのだとわれわれは解釈する。それを言いなさいと言う。それをいつまでたっても言えないあなたではないはずですよ。それならだまっていなさいよ。よそへ行ってああいうことを言っている。この委員会でそれが堂々と言えないのはおかしい。今は答えられないというなら、いつ答えられるのか。その期日を明確にしてもらいたい。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 現在の憲法と教育基本法以下の法令に基づいて日本の教育をいかに考えるべきかということを、私なりに考えましたことを演説会等で言っていることは事実でございます。そのことを、その範囲内のことならばまた別ですけれども、今御質問のような角度でのお尋ねに対してお答えするということは、これは容易なことではなかろう、こう思って、もしお答えするとするならば、もっと教えてもらって、総合的に私自分も責任をもってお答えする状態でないならばお答えできないことであろう、こう思ってお答えしておるわけでございます。

米田勲日本社会党

○米田勲君 そうすると、あなたの答弁の結論というのは、当分そういう質問に対しては答える能力はない、当分の間。とてもこの教科書法案の審議の過程においては答弁する能力はない、こういうことですか。それならそれで答えて下さい。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 私が理解しておる意味合いにおいてのお尋ねでございますと、容易ならざることかと思います。

小林武日本社会党

○小林武君 だいぶん文部大臣は考え過ぎをやっているようですけれどもね。先ほどから、一体教育が国民の権利として、親の権利として、子供の権利として与えられているその中から、さまざまな国民の要求というものがある。その要求に国もこたえなければならない、国民もこたえなければならない、教師もまたこれにこたえなければならない。こういうことについては、あなたは全くそのとおりという御意見ですね。それはあなたが志法並びに教育基本法を正しく解釈されたから先ほどのような御答弁があったと思う。今もあなたは、その今の憲法に従って大いにやっておりますということをおっしゃった。もしそうであるならば、今の教育というものの大体は御存じなければならぬはずなんです。今のようなお考えに立てば今の教育について知らないはずはない。教科内容というものはどういう内容を持っていなければならない問題かという問題と、私は教師のあり方の問題だろうと思う。教育行政のあり方の問題だと思う。この問題があなた何か法律とまるで無関係のようにおっしゃいますけれども、とんでもない間違いだと思うのですよ。みんな法律と関連した問題を聞いている。あなたも法律のことは相当詳しいのでね、私から申し上げるまでもないでしょうけれども、教科書というものを一つ考えてみても、その中に軍法なり教育基本法の趣旨に沿ったあれによっていかなければならぬということが書いてある。膨大にして、かつとても勉強しなければとか、文部大臣が能力なしなどと言われるような内容では私はないと思う。もしほんとうに能力がないとあなたがおっしゃるなら、文部大臣でおられること自体が不思議だということになる。内容はともかくとして、内容のりっぱさとか、りっぱさでないということは別といたしまして、質問に対して答えるだけのあなたは準備がなければならぬはずだと私は思う。それを受けて、今の教育のよって来たるところのものは何か。一体どういう事情によって今のような教育の大きな転換をやったかということ。現在の教育が肯定されるということは少なくとも戦前の教育についての批判がなければならぬ。批判されるものは批判されて、新らしいものが生まれたということは事実なんです。そのことについてあなたが十分自分の見解を述べられないということは、それは長い短いは別として、述べられないというと、私は教科書の問題は議論されないと思うのです。あなたは教科書措置法案というものを簡単にお考えになっているのかどうか知りませんけれども、その中にたくさん出ている問題、たとえば業者の意見、あるいは教科書を書くところの人たちの意見、使う者の意見、あるいはそれを子供に与えるところの親の意見、またそれを直接内容として教育されるところの子供の立場ということを考えました場合に、私は今のような問題を等閑視して、全然問題にしないでおいて、無償措置法案が私は十分な討論がされたということにならないと思う。もしもそんな形式的な問題なら大した問題でない、これは。形式的な問題ではなくて内容的な問題をはらんでいるから、この法律案についてさまざまの議論が出ているということは、あなたも御承知のとおりなんです。そうだとしたら、あなたは少くともその問題について膨大だとか何とかということで答弁を避けられる理由はないと思う。能力とか何とかの問題じゃないですよ。能力に応じたようにやればいい。教育も能力に応じて受けるのですから、答弁のほうも能力に応じてやればいい。賛成する、反対するは別なんです。そんなことはお互いの間で当然のことなんです。私の質問もきわめて能力的に見てあまり高くないかもしれないけれども、これは勝手なんです。そんなことを考えて私は質問しているわけではないのですからね。あなたは一体それに答えないということはおかしいですよ。文部大臣としてひとつ答えて下さい。どうです。教育行政という面から考えて――ひとつくだいていきましょう。教育行政という点から考えて、一体過去の戦前の問題点は何でしょう。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) まず第一に憲法の違いだと思います。

小林武日本社会党

○小林武君 内容的には何でしょう。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 内容的にとおっしゃいますが、憲法が異なり、教育勅誌――教育基本法が異なり、あるいは戦前のもろもろの勅令と今日の法律、あるいは法律の委任を受けました命令、それが違っているということが違っていることだと私は理解します。

小林武日本社会党

○小林武君 そういうことは聞いておりません。私が聞いているのは現存の憲法や教育基本法の精神にのっとった教育行政と、戦前の教育行政との間には大きな差があるはずなんです。その点について過去の教育行政というようなものの特徴点と言いますか、現在との違いというようなものがどこにあったか。勅令とか何とかというのはよくわかりました。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 基本的な違いは、何度も同じことを申し上げて恐縮ですが、そう申し上げざるを得ないので、御了承いただきますが、鞍前は教育の基本線は慮法もさることながら、教育勅語が頂点に立って行なわれた。今日の教育は教育基本法が憲法を除けば頂点に立って行なわれつつあり、行なわれねばならない。それが根本的な相違だと思っております。

小林武日本社会党

○小林武君 答えにはなりませんが、どうも、まあわざとやっているのだと私は思いますけれども、いくらわざとやられても、やはり委員会の権威のために私は一生懸命ひとつあなたに質問いたしますから、ひとつ良識のある答弁をしてもらいたいのです。いわゆる帝国憲法という憲法のもとにおける教育行政というものはどうですか。あなたは極端なまで中央集権的であったとお考えになりますか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) そう思います。

小林武日本社会党

○小林武君 そう思いますか。その中央集権化された教育行政というものが、いわゆるあなたのおっしゃる教育勅語の内容によって、上のほうから子供の頭の中に教え込まれてきた、こういう点はお認めになりますか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) おおむねそういうことであったと考えております。

小林武日本社会党

○小林武君 そこで、教育勅語の内容については、あなたは御存じないというようなことはおっしゃらないと思いますが、どうでしょう、内容は御存じですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 以前は全部暗記しておりましたが、今暗記はいたしかねておりますけれども、内容的にはおおよそは承知をしております。

小林武日本社会党

○小林武君 そこで、大体ひとまとめに御質問いたします。中央集権的なきわめてきびしい教育行政によって、あるときは教師の思想というようなものを監視する。そういう役人も置かれて、一歩も国定教科書並びに教育勅語の趣旨からはずれてならないというきびしい教育を、教育勅研の内容によって子供に教え込まれた。この教育についてあなたはよかったとお考えになりますか、それともこの教育には問題点がたくさんあったとお考えになりますか、こう聞いたら、その際もう一つ言いますが、問題がありますなんていう、そんなぶったぎったような答弁をやらないで、どういう点が問題点でというようなことを、ひとつ、日ごろ非常にりっぱな演説をなさる方ですから、やっていただきたいと思います。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 問題点とならば、新旧憲法の基本的相違からくる必然性が物語っていると思います。教育勅語の中に掲げられているもろもろの特性がございますが、すべてとは申しませんが、たとえば兄弟仲よくする、たとえば友人がこれまた仲よくしていくのだというふうな事柄、そのことが教えられたことそれ自体は私は悪いことではなかったろうと、こう思っております。

小林武日本社会党

○小林武君 あなたにやや近いようなことをある文部大臣から承ったことがございます。教育勅語のどこが悪いと、なかなかその文部大臣は勇敢におっしゃったわけであります。あなたは暗記された。私も暗記、今でも大体暗記できると思うのですけれども、一体、「兄弟ニ友ニ夫婦相和シ」、こういう一つあなた事例をあげられた。夫婦のほうは出なかった。前の文部大臣は夫婦のほうを出した。兄弟が仲がよくてどこが悪い。夫婦が相和してどこが悪い、こういう理解の程度で教育勅語を理解されてあなたはお考えですか、そうですか。これらのいわゆる徳目と言いますか、個々に切り離して一体これをやっている。このことが教育勅語の趣旨だとあなたはお考えになっていますか。その程度のお考えで、一体現在の教師に対するさまざまな批判、誹諦をなさっておるのかどうかお伺いしたいですね。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 憲法が変わったのでございますから、憲法の趣旨に反する点ありせば、教育勅語それ自体の徳目といえども好ましからざるものであることは当然だと思います。そうでない限り、教育勅語そのものは形式的に無効であるとされますから、教育勅語としては存在しない、これも当然のことであると思います。ただ、掲げられている徳目そのものは、さっき申し上げたように、すべてとは申し上げませんが、一つ一つは人倫のいわば大道と昔は言いましたが、そういう意味において、日本のみならず、これこそ古今東西に通じてもとらない内容を私は持っている、こういうふうに思います。

小林武日本社会党

○小林武君 もう一ぺんあとで、私もあなたの意向を誤解していて、さまざまなことを言うということになるといけませんので申し上げますが、もう一度申し上げます。教育勅語というのはこの徳目の羅列ではないですよね。どこに締めくくりを置いておるかということを、あなたも暗記なさるほど読まれたことですから、おわかりだと思うのです。戦前の教育を受けた者は、このことについてはずいぶんだたき込まれているはずなんだ。もしそれがあなた全然理解できないとしたら、あなたは、道徳教育とか修身教育というものはむだだということになる。あなたはずいぶん道徳教育のことを一生懸命にやられるお方だから、教育勅語についても相当な深い理解をしておると思うのです。その場合、一体「兄弟ニ友ニ夫婦総和シ」というような、こういう徳目の羅列ではないし、どういうところに結ばれておるかということをお考えになったらわかりましょう。どこに結ばれておるんです、結局。教育勅語をほんとうに理解した場合、一体どこに重点があるか、どこに垂点を置かれて教育勅語というものは書かれておるか、これがわからなかったら昔の教師は落第なんだ。そんなことやったらたいへんなことですからね。今ごろ詭弁を弄して、あの中の「夫婦相和シ」というのはけっこうじゃないかとか、「博愛衆ニ及ホシ」はけっこうじゃないかとか、「古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス」というようなことを、そういう無責任なことを教育勅語でお考えになっておるんでは私はたいへんだと思う。これはやはり教育勅語の本質はどこなんです、教育勅語が一番うたいたいところはどこなんです。どこにこれらの徳目が集中されておるのか、そういう角度からけっこうなことですということを言い切るのは、相当考慮して、それらも含めて教育勅語はりっぱだ。教育勅語のどこが悪いんですかと、こういうくらいのあなたがお考えがあるならば、そうはっきりしていただきたい。ただ「兄弟ニ友ニ」くらいのところを押さえて私は言ったんですというようなことを、今後出るようなことがあると、議論の仕方がわずらわしくてしょうがないですよ。その点をはっきりして下さい。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 教育勅語の中にうたわれております徳目そのものは、先刻申し上げたように、ものによりけりの意味はないじゃありませんけれども、それ自体けっこうなことだと思います。ただ、先ほど来何度も申し上げましたように、日本の戦前の教育の基本線というものが、憲法を除けば教育勅語が最高峰の立場にあった。それから導き出されてもろもろの勅令が制定されておったと理解します。で、教育勅語の目指すところが一体何であるか。終局の目的というか、期待するところを一言にして言ってみようという御趣旨のお尋ねのように受け取りましたが、むろん教育者的な立場では申し上げかねますけれども、当時の教育勅語の目指すところは、とりもなおさず、旧帝国憲法の趣旨に帰一させるよう教育したい。そういうことだと思います。

小林武日本社会党

○小林武君 その旧帝国憲法はよくわかったが、教育の問題を取り上げておるんですから、具体的に教育をするという立場から言っておるんですから、教育勅語のことを言って下さい。あなた、とぼけてはだめですよ、とぼけては。そこまでいったら侮辱ですよ。質問者に対する侮辱でありませんか。かんで含めるように言っておるんでしょう、私は。どこに教育勅語の締めくくりがあるか。一体、教育勅語の中にある「斯ノ道」というのはどこなんです。何を国民に要求したのか、教育にどう及ぼしたのか。そのことを一体あなたはぼかしておいて、「兄弟ニ友ニ」ぐらいのところを出しておいて、けっこうじゃありませんかというようなことを言ってごまかしてはだめですよ。私はあなたに対して言いがかりをつけようとは思っていないのですよ。少なくともそのことを明らかにしておかないで、いろんな議論をしてもだめだと思うのですよ。だから申し上げている、先ほど言ったように。だから教育勅語をそらさないで下さい。教育勅語を全面的にあなたは支持するという側に立つならば、教育勅語の本筋が一体どこにあるのか。教育勅語はこれなんだというところがあるのでしょう。それがなくて教育勅語が出ているわけがないのですから。それを帝国憲法なんかにそらして、内容をあいまいにするというようなやり方は卑劣ですよ。そういう卑劣なことをやらないで下さい。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 卑劣だとおっしゃいますが、よくわかりませんけれども、私は教育勅語というのは、先刻申し上げましたように、帝国憲法のもと、天皇政治が行なわれておったと思いますが、その帝国懸法の趣旨に従った、帰一するような臣民を育成する、その趣旨における国民に対する天皇のお立場からする勅語である。それが締めくくりであると理解いたします。その中にいろいろな徳目が列記されている。その徳目の一つ一つは、先刻申し上げましたように理解をしておる。こう申し上げたわけであります。もちろん教育勅語そのものが形式的にも無効にされておる、また新憲法の趣旨に沿わない、そういう点において、今日、教育勅研というものが内容的にも生きているはずはないと理解します。徳目は一つ一つをとる限りにおいては先刻のように理解しておる、こう申し上げておるわけでございます。

小林武日本社会党

○小林武君 それで教育勅語そのものの徳目というのは、あれはほとんど徳目でしょう。あのことについては全面的にあなたは認めると、こういうわけですね。けっこうなことだとおっしゃるのですね。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 憲法の相違からくる相入れざるものは形式的にも無効であり、実質的にも矛盾しておるから、それがよろしいとは言うべきでもない、あり得ないものだ。そうでない徳目に関する限りは、徳目の一つ一つは私は実質的には生きておると、こう思います。

小林武日本社会党

○小林武君 だいぶさっきからみると変わってきましたね。それではお尋ねしますが、そうすると、その徳目の中でも現憲法に違背しないようなものについては認めるけれども、そうでないものについては誤まりであったと、こういうことですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 今の憲法の許さないような中身を認めるということそれ自体が憲法違反だと思っております。

小林武日本社会党

○小林武君 それでは教育勅語そのものは認めないということですなり教育勅語の中の徳目の一つがばらばらにされたというあれはないわけですよ。あなたも暗唱されてみればよくわかっているでしょう。夫婦という関係だって、「夫婦相和シ」といったところで現在のようなあれでないことは明らかでしょう。兄弟というようなものを一つ考えてみてもそうでありませんか。必ずしも内容的に一致したと言われないのじゃないですか。それがどこへつながっていくか。あなたがおっしゃった臣民、一旦緩急あれば命を鴻毛の軽きに比して死ぬようなこういう臣民を養成するというところにたしかあった。そういうところにつながっている。そういう教育勅語を、あなたはそれじゃあれですか、現行憲法の中では認めないと、こういう御意見になるわけですね。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 教育勅語は勅語としてもう全体が死んでいるのですから、議論の外だと思います。その中見の徳目がどうだというお尋ねだとすれば、徳目については以上お答えしたとおりに理解しておりますと、まあこういうことでございます。

小林武日本社会党

○小林武君 死んでいるという御発言があった。先ほどの話の中には、憲法が変わったからと、こういうお話。憲法が変わったから前のやつは議論する必要がないというふうな考え方。一種の逃げ言葉だと思うのですけれどもね。前の憲法がどうこうという議論をまずのけておいて、前の憲法はなくなった、死んだのだ、だからと、こういう立場。教育勅語の場合にも、教育勅語の中に盛られた内容というものは、いわゆるほんとうの日本の国民を養成するには適当でないというような表言は極力を避けて、あれは死んでしまった教育勅語であるから議論する余地がないのだということで逃げている。これではあなたのやっぱり考え方は非常に教育的でないのです。いわゆる国家百年の大計というようなあれはあなたにはない。日本の将来を、日本の国民の教育、これに期待するというふうな考え方がないわけですよ。便宜主義なんだ。こういう議論であなたが教育ということをお考えになれば、悪く言えば、今の教育だっていいか悪いかわからない、また変われば別の教育をやればいいのだという考え方、こういう考え方があなたの中にはあると私は疑わざるを得ない。教育というものはそういうものでしょうか。教育というものをほんとうに考えた場合に、日本の将来、民族の将来というふうなものを教育に期待するというような場合に、一体教育というものはそんなあやふやなものであってよろしいかどうか。これは私は文部大臣の御意見として、非常に、何というか、お粗末だというふうに考えるわけです。憲法が変わったからやむを得ないというような考え方もあるわけでしょう。いい悪いの別はない。こういう教育のやり方について問題があるからこうなるのだということで、過去の教育勅語のような教育は少なくとも基本的人権を認めるところの世界の大勢からいって誤ったあれであるから、それだからこれを否定して新しく日本の教育が行なわれているのだと、そういう発展的なとらえ方はなさっておらないようですね。そういうことは少なくとも教育の行政に携わる、しかも現在の文部省のように、いわゆる中央集権的なやり方によって教育を進めていこうというそういう考え方に立っている場合、非常にこれは重大な問題だと思うのですよ。あなたはそういうことについてあれですか、特段にそういうような、今のように憲法が変わったから新しくなったのだと、そういうあれですか、形式的なことで今の教育を眺めていって、それで責任が果たされるとお考えになっておりますか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 憲法が変わったということは、それ自体国民全体の決意がそこにあるということだと理解します。その憲法の趣旨に従って教育基本法もある、これまた国民の意思だと思います。学校教育法その他も今後の研さんによって改善されていくということはあり得ましょうけれども、現在あるものが国民の意思である、それらの国民の意思に従って、忠実に国民にサービスすることが文部大臣以下の教育関係公務員の主権者たる国民に対する態度でなければならぬというふうにとらえまして申し上げておるのでありまして、個人的な感想とか、一代議士としての考え方とかいうことはむろんございましょうが、そういう感想が如実に教育行政の中に立ち入ることそれ自体が許されないことだ、あくまでも憲法、教育基本法、学校教育法その他の国権の最高機関を通じて確定された国民の意思に従って、そのらち外に出てはいかぬ、これは厳にみずから戒めながら教育行政に携わらねばならぬ、こういうつもりでおります。

小林武日本社会党

○小林武君 たいへんきれいごとにおっしゃったわけですけれども、これはあなたが先ほどからいろいろ言を左右にしておっしゃらないことを今言っていますが、これは憲法も改まったということは国民全体の考え方だ、こういう意味のことを言われた。国民の意思にせよ、変わるには一つの理由があるわけですね。変わるには変わる理由がある。その変わる理由はどこにあるか、そのことをとらえないでいくということは、これはやはり文部大臣としてはおかしいじゃないですか。あなたは全国民の意思に従ってとおっしゃるけれども、国民の意思に従っていろいろな要求が出された、それを直ちにあなたは全部受けとめてやるというような姿勢でもないようです。あなたが一つ法律案を出すについても、私個人のあれではないとおっしゃるかもしれませんけれども、少なくとも、あなたの政治家としての教育に対する考え方、あなたの所属している党の考え方、そういうものから政策というものは生まれてくるのではないですか、そういうふうな場合、私は今のような答弁というのはきわめて形式的な、私の個人的な意見を一つも述べる余地はないというようなことを言うのは、これはもうちょっとおかしいですわ。これは何かきわめて末端で行政の仕事に携わっている者ならば、ある程度そういうことも私は言えるかもわかりませんけれども、あなたの場合そういうことを言うというのはちょっとおかしくありませんか、そういう逃げ口上でもっていろいろ言を左右にされるということは、私は非常に残念なことです。もう少し率底な意見を述べられるべき、だと思うのですよ。ただ、もうあなたがそれ以上おっしゃらないことを言えと言ったところで、これは何にもしょうがありませんから、そういう態度であるならば次の質問をやりますけれども、そういう態度を改めて下さい。ひとつこっちも真剣に聞いているのですから、何か私の質問で御理解のいかない点があったら何べんでも問いただしていただきたい。私も必ずしも表現がうまくありませんから、十分あなたの御理解が得られないかもしれない、答弁できないかもしれない、そういうことがあると思いますから、そういうときは遠慮なく何べんでもひとつただして、少なくともこれは質問する方は真剣なんですからね。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 私は終始率直にお尋ねしているつもりでございますが、個人的な一代議士としての意見がどうだと申し上げた意味は、立法論理的な立場に立ってのものの考え方、これは、代議士として当然あるべき要素だと思うのでございますが、それをあえて言いましたのは、文部大臣という立場に立たされた以上は、あるがままの憲法そのものをしょって学校教育法、教育基本法その他の制度に従って行動すべきだということを中心に申し上げたのであります。憲法以下の諸制度の許す範囲内において、建設的な前向きの考えがあるならば、それを展開していく努力が、むろん先ほどお答えした中には含まれておるべきことは当然であろう、そういうことを申し上げたつもりであります。

小林武日本社会党

○小林武君 それでは、あなたがあるがままの憲法や教育基本法の趣旨に従って万事行動なさっておると、こうおっしゃられるわけですね。その点については答弁として私も承っておきます。ただし、このことは具体的にそれではあるがままであるかどうかということについては、これからひとついろいろとあなたに御質問をいたしますが……。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 関連質問。文部大臣は先ほど小林委員の質問に対して、教育勅語の中のたとえば「兄弟ニ友ニ」とか、そういうものはいいものとおっしゃったわけですね。確かにそう思っていらっしゃるのですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) そう思っております。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 それでは伺いますけれども、教育勅語の背景になったというものは旧憲法だと、こうおっしゃったですね。そうすると、「兄弟ニ友ニ夫婦相和シ」、これ一つとってみれば、なるほど文字としては兄弟が仲よくする、夫婦が仲よくするということはたいへんけっこうなことだと思うんです。しかし、あすこの教育勅語に盛られた「夫婦相和シ」というのは、当時の婦人には何の権利もなかったわけです。ほんとうに仲よくするというならば、一人の人間対人間というお互いに対等の立場で話し合って、そうして励まし合ってお互いに成長していく、そうして一家が円満になっていく、そうして妻は夫を信頼する、お互いに信頼の上に立って、その基礎というものは、あくまで人権が守られていくというその背景の上に立たなければならないと思うんです。御承知のように、昭和二十三年まで民法の改正のあるまでは妻の権利というものは何もなかった。人間として扱われなかった。いわゆる財産権もなければ何の主張もできない。そうすると、あすこにある「夫婦相和シ」というのは、やはり服従の精神で貫かれているわけです。夫に対して妻は従ってそれで仲よくしていく、ゆめゆめ違反しては相ならないということが根本精神としては流れているわけです。そうすると、今の新しい憲法の中で、民法の中で妻の権利というもの、夫の権利というもの、人間としての生きる権利というもの、これが保障されている、その夫婦相和しとあの教育勅語の「夫婦相和シ」とは私は多少違っていると思いますが、 いかがでしょうか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) その点は先刻来お答え申し上げておるように、教育勅語は死んでおりますし、旧憲法も死んでおります。だから、旧帝国憲法の中において夫婦の民法上その他の社会的なあるいは家庭的な立場がいかがであったかということは、旧憲法のときにそうであったということであって、それから新憲法下におきましては、今は新憲法下の夫婦の立場というものが当然憲法的に是認されるということは、もう大前提にあって、それに触れないだけでございまして、相和するという、仲よくする、相互に対等の立場で仲よくしていくんだというそのことは悪いことではない、こう申し上げておるのであります。「兄弟ニ友ニ」と申しましても、家族制度それ自体が旧帝国憲法下には、かれこれ申し上げぬでも御承知のような状態にあった。今はそれがない。ないけれども、なくなったから兄弟仲よくしてはいけないかといえば、仲よくしたほうがいいにきまっているという意味で一つの徳目であるし、徳目の実態はその意味で生きている、こういう考え方に立ってお答えをしております。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 そういう形式的なことではなくて、あの教育勅語の中に、たとえば兄弟仲よくするということは生きているんだからいいことだとおっしゃったわけでしょう。兄弟仲よくするということは確かにいいことなんですよ。ですけれども、教育勅語の背景となった兄弟仲よくするということは、やはり長兄を立てて、それでその次の子供その他全部はそれに服従していくという根本精神があった。だから、財産権にしても相続権にしても長男がもらうだけで、そのほかの子供に対しては何の権利もなかった。そういう中で仲よくしていくということはどういうことなんですか。やっぱり服従精神がそこにあったわけでしょう。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 過去においてはそういうものがあったという前提においてあれが言われておったかもしれない。しかし、新憲法下におきまして、兄弟仲よくという場合、旧憲法時代にそうであったものそのままが今兄弟仲よくという中身であるということはあえて注釈を待つまでもなく、たとえばおっしゃるとおりの兄弟仲よくということを言うならば、それ自体が憲法違反だということにとどまるのであって、それは言わずもがなのこととして、それを大前提において申し上げておるのが、兄弟仲よく、あるいは夫婦相和するということとして申し上げていることを御理解いただきたい。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 それは形式的にものをつかんで言うのではなくて、ものの本質というものは、やはりお互いにきわめ合いたいと、こういう意味で言うわけなんですけれども、やっぱり教育勅語などの徳目というものの一カ所をとって、これは生きていていいもんだということをさっきおっしゃったわけでしょう。やっぱりあそこにいくものは、ずっと流れていくものはどこへいくかというと、長幼の序、ほんとうの意味の年とった人を大事にし、子供はなお大事にするとか、病人は大事にしていたわり、一人の人間として人権をいたわり合っていくという、今の時代ではなくて、やっぱりいざというときには身を鴻毛の軽きに付してというあの教育勅語に一貫しておるのはその一カ所がかなめなわけです。そうすると、新しい憲法の中では人間の命を何よりも尊いとすることがかなめなんだから、ここに雲泥の相違が出てくるわけです。教育勅語の中のその徳目一つだけ離していいといっても、その徳目一つの内容というものの背景というものが非常な違いを持っているわけです。ですから、大臣が教育勅語の中でもいいことがあったじゃないかということを方々でお話しになっていますね。そうすると、ああほんとうにそういえば兄弟仲よくするということはこれは確かにいいことなんだ、それを悪いことだというのは、これは道徳違反だとかいう、だれも悪いとは言ってないのです。ただその一つ一つの内容についているそのものについての相違というものをお互いに目を見開いて、それで自分の立場が今どこにあるんだろうか、国民一人一人の命というものがどういうふうに大事にされるように憲法にあるのだろうか、こういう深い内容を持っていると思うわけなんです。ですから、さっきからおっしゃったように憲法の解釈に二つあるなんということをおっしゃっているのですけれども、憲法はやっぱり一つしかないわけです。憲法の精神を政治に生かす、政策に盛っていくというのが行政官の任務なわけでしょう。そうしてそのやり方が足りなかったということは、お互いに反省をするし、よくしていきたいからこそ、こうして私ども一生懸命に、お互いに意見を出し合っているわけなんです。だから二つあるのではなくて、一つしかない、その憲法の精神というものを、どうしてこれを生かしていくかという生かし方の足りなさをお互いに反省すべきであって、二つあって、これがどうだのあちらはどうだのということじゃ国民を迷わすと思う。そういう経過に立った教科書行政なり、教科書に対する内容の見解を持たれておったのでは、私どももこれから教科書について質問したいと思うのですが、非常に不安なんですが、いかがですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) この憲法が新たになる、新たになったがゆえにこの制度も新たになったということは、国民すべて承知しているという前提に立ってものを申すことも可能だと思うわけであります。仰せのごとく、全体として有機的関係にある教育勅語の中のある徳目だけを抜いて言うことは、いろんな連想がくっついたままで受け取れるおそれがあるからという懸念をおっしゃっているように思いますが、それはそういう懸念があるとも言えないことはないとむろん思います。ただ、夫婦相和する、あるいは兄弟仲よくするということが、そういう言葉で他の日本の小説家の著書の中に出てくる、あるいはバイブルにそれがあるかどうか、私はつまびらかにしませんけれども、外国の人の言っている中にも出てくるということを引用すればという――連想がつかないから、それで言ったらどうかというお説でもあろうかと思いますが、方法としてはそういうふうに言う方法もございましょうが、夫婦相和すという熟語そのものはそれなりに受け取ってもらえそうだという気持で言っているにすぎないのであります。先刻来申し上げますように、憲法が変わっているのに、変わらない前の内容がくっついたままだという意味では、今日だれでも言う人はなかろうと思うのですが、少なくとも私もそれを言う場合には、先ほど来お答えしているような前提において申し上げているというふうに御理解いただきたいと思います。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 大臣はどこかの会合で、今の先生方は道徳教育を一つもしていない。昔は教育勅語があってよかった。今の世でも兄弟仲よくする、夫婦相和すという教育勅語の中に大へんいいことがあったじゃないか。これはいけないことではないというようなことをおっしゃった覚えはありませんか。一言一句同じだとは私言いませんけれども、そういう意味のことをおっしゃった覚えはございませんか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 教育勅語が教育勅語として今でも生きている前提において、ものを言ったことはいまだかってございません。ただ、教育勅語の中にあるあの徳目そのものは、今でも実質的には何ら矛盾を感じないものがあるじゃないかという気持のことは言ったことはございます。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 きょうは関連質問ですから、次に譲りますけれども、やはりそこに根本的な考えの違いがあると思うのですよ。大臣はそうおっしゃっていますけれども、父母会議その他の会合の場合には教育勅語の中の「兄弟ニ友ニ夫婦相和シ」、こんなにいい文章がある。今の現場の先生方はそれすらもやらない。だから道徳教育についても指導要領も必要なんだし、あるいは時間を特別に設けて道徳の時間も作らなければならぬ。ほんとうからいえば道徳の教科書を作りたいのだ。けれども、それはいろいろまだ検討中だということを述べられているわけです。そうしてみますというと、ここでおっしゃるのと、それから父母会議とか、その他ほかの会合においておっしゃることとたいへん違うと思うのです。だから今後、文部大臣が会合に行って、教育勅語の中の兄弟仲よくするということはいいことじゃないか、悪いとは思わないということはおっしゃらないほうがいいと思う。非常な誤解を招きますよ。間違っているのですよ。きょうはあとの時間もございますので、この点はこの程度にしておきたいと思います。

北畠教真自由民主党

○委員長(北畠教真君) 速記とめて。   〔午後五時十分速記中止〕   〔午後五時二十五分速記開始〕

北畠教真自由民主党

○委員長(北畠教真君) 速記を起こして。  本案に対する本日の質疑はこの程度にとどめます。     ―――――――――――――

北畠教真自由民主党

○委員長(北畠教真君) 引き続いて埋蔵文化財に関する件について調査を進めます。  質疑の通告がございます。これを許します。小林君。

小林武日本社会党

○小林武君 ちょっと質問の順序を変えたほうが文部大臣も都合がいいでしょうから、先に文部大臣にひとつ質問を申し上げるわけですが、四月の十九日の朝日新聞によりますというと、この記事に「文化財保護法の再検討」という見出しで出ているわけです。閣議で連設大臣が要望したと。で、河野建設大臣は十九日の閣議で、地下鉄などの工事を行なうために文化財に指定されている皇居お濠ばたの石がきなどを少しでも一動かすと文化財保護委員会がこれを許さない例が多く、工事がはかどらない。何か対策を講ずる方法はないかと発言したところ、荒木文部大臣は、文化財保護委員会は法律によって独立した権限を持っているので、文部大臣としては何ら干渉することはできない、このために文化財保護法を再検討したいと答え、閣議もこれを了承した。したがって、政府としては文化財保護委員会の権限を弱める方向で文化財保護法に検討を加えることになったという記事があるわけなんです。で、そのことについて非常に考古学関係の方々が心配しているんです。なお、その問題で考古学関係の人たちの話を聞きますというと、何か千鳥ケ淵に暗渠のようなものがあったそうですね。あれが新聞にも出ておりましたが、それもやはりこれを十分、何といいますか、学問的に研究するまではこわさないようにというようなことについていろいろ奔走してみたけれども、あれは間組とかいいましたけれども、それにもそういう届け出をするというような働きかけもした。ところが何といいますか、道路公団といいますか、そこの人たちの考えとしては、そんなことを一々かまっていられないということで、それがほんとうに十分検討もするひまもなくこわされてしまった。こういう事例が一つ出ましたので、いわゆる埋蔵文化財に関係のある、いわゆる考古学関係の方々はたいへん心配をしているわけです。それで、この要領でいかれたら、もう日本各地にある、今問題になっているところのものが片っ端からやられてしまうのではないかということで、まあ寄り寄りその人たちも集まって、何とかして法律に規定されているとおり文化財を保護していきたいというような考え方がありますが、これは新聞のことでございますから、はたしてこのとおりのことであったかどうかということは私は断言することはできませんけれども、文部大臣は、この河野さんの発言並びに文部大臣の発言というのはこのとおりなんですか、どうなんですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) そのとおりではございません。千鳥ケ淵の辺の問題あそこがトンネルという形になりましたが、これについては新聞をお読みになりましたような意味合の意見は建設大出からございました。それに対して私は、この問題については、今の文化財保護法に若脚して文化財というものを保護する、文化財についての判断は保護委員会の委員が独立して職権を行なうということになっている制度のもとにやっておるのだ、したがって、実際の問題としては、二年越し文化財保護委員会と道路公団との間に相談をして、それぞれ国家目的を持った仕事をしておるわけだから、そこら辺を十分にお互い立場を考えながら相談しようと、三年越しの相談がまとまったのが今の案で、それを現に実行しつつある。そういうことだから、今さらそういうことをいわれましても、そのこと自体としてはどうなるものでもないということを私は発言したわけであります。今後ひとつ考えてもらわなければというような意味のことを河野さん言っておられたというような感じも残っておりますけれども、新聞でお読みになったように、閣議決定で文化財保護法を改正するということになったわけではございません。

小林武日本社会党

○小林武君 この新聞の影響は相当あったようです。そして、やはり影響があったから、この千鳥ケ淵の問題も、ああいうふうに簡単に学者の考え方とは別にこわされてしまった、こういうことで心配しておるわけです。その他たくさんの具体的な事例があるわけでありますから、これに対して文部省として、文部大臣として、一体今後どうしたらいいかというようなことについての何かお考えがございますか、今後、文化財を保護するという立場から。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) その問題について、今、具体性を持った内容について申し上げることはございませんけれども、道路の問題ももちろんですが、工場敷地の造成、あるいは住宅建設用地の造成、その他新しい都市造成等に関連をいたしまして、日本全国が埋蔵文化財保有地であるようにも思われるぐらいの日本においては、これはたいへんなことだ。そこで、何とかこれに対する対策を考えたらどうだという御議論は、衆議院等におきましてもございまして、そういうときにもお答えしたことですけれども、ちょうど奈良の平城宮跡の処置につきまして、むしろそういう顕著な地域であると思われるところは、国で所有権を取得したらどうだろうというふうな御意見等もありました。予算上も部分的でございまするけれども、実現するやり方に着手しておりますが、それと同じような考え方で、全国的にこことおぼしきところについては、思いをめぐらしたらどうだろうというふうに考えますということをお答えしたこともございます。また、そのことがそれ自体、文化財保護委員会内部においても論議をされておることでございますから、お答えをしたわけでございまして、さしあたり、その程度の抽象的な考え以外には持ち合わせがございません。

小林武日本社会党

○小林武君 文化財保護委員会にお尋ねをいたしますが、今の点について、文部大臣は新聞にあるようなことはおっしゃらなかったということで、これはたいへんによかったと思うのです。ただ、新聞にこう出ましたからたいへん影響を与えておることは先ほどから申し上げておるとおりです。それで、あなたのほうが直接この責任者なんですけれども、こういう問題は、直接このことに携わっていらっしゃるあなた方のほうから見ても相当たくさんに問題があると思うのです。私のほうにいろいろな問題が持ち込まれておるものを見ても相当な数なんです。そういうようなことを考えますと、やはりこの段階まできたら、そういうものに対する、何といいますか、手当についての一つの基準といいますか、ルールといいますか、そういうものを作らなければならぬ段階にきていると思うのです。何か事に当たったら、あわててそれについて、存催しなければならぬとか、どうしなければならぬとかと言って騒ぎ回るのじゃなくて、そういう手当、を一体どうなんですか、委員会のほうで、今、大臣がおっしゃったようなことで御検討をなさっておるわけですか。

宮地茂文化財保護委員会事務局長

○政府委員(宮地茂君) 文化財の保護、特に今、小林委員の御質問の点は、文化財のうちでも、いわゆる建物とか、美術工芸品といったようなものではなくて、史跡名勝、天然記念物、地下の埋蔵文化財、こういったようなものと、いわゆる宅地造成とか、道路その他工場産業経済の開発上の問題、そういったような関係で文化財の保護をどのように考えるかという御意見だと思います。御承知のように、史跡記念物、埋蔵文化財等、これは国が記念物に指定しておりますものと未指定地  とでは法律上の扱いが違います。したがいまして、一応国が指定をいたしておりますものは、原状変更をしようというような場合には許可制になっております。したがいまして、そのほうではなくて、未指定地の場合にいろいろ問題が起こってくるわけでございます。そういうような観点から、私どものほうといたしましては、今、小林委員のおっしゃいましたように、そのつどそのつど、あわてふためくといったようなことでもこれはよろしくないので、三十五年度から三カ年計画をもちまして埋蔵文化財包蔵地の調査をいたしました。これは県にやっていただきまして、その補助金を国が出しましたが、それで県内のそういう埋蔵文化財包蔵地を調べまして、それを一般に周知徹底させると同時に、埋蔵文化財包蔵地、これは先ほど大臣も申し上げましたように、極端に言えば、日本じゅうがこういうふうな場所でもあるごとく非常に日本には多いわけなんであります。したがって、産業、経済、交通、あらゆるものが発達してくる時代に、昔からあるものを全部そのまま保存するということはいいことではございますが、現在の社会の進歩を考えますと、とうてい不可能ではないか、したがいまして、埋蔵文化財を調べ上げまして、その中で、基本的にこれは国としても将来永久に保存していかなければならないものである、あるいはこれはできれば保存をしたい、しかしこの点は、まあそういう公共的な仕事が行なわれる場合には一応調査をして、そういう道路を通すとか、宅地を作るとかということが行なわれてもやむを得ないといったような分類をして、特にどうしても国としてこれは残したいというようなものは新たに指定をするとか、あるいは指定をする場合に、所有権、財産権等、個人のそういう権利も十分尊重するように文化財保護法にも一書いてあります。したがいまして、国が指定をするんですが、やはり指定の場合の実際の行政のやり方としては所有者との話し合い等も必要になってくると思うのです。したがいまして、そういったような場合には、これは先ほど大臣がおっしゃいましたのは指定地の平城官跡でございますが、未指定地につきましても、今一言いましたような整理をして、特に重要なものは所有者と話し合う、話し合いがうまくいかなければ、それでは国が買うといったような方途を講じていくべきではなかろうか、大体そのような考え方で進んでおる次第でございます。

小林武日本社会党

○小林武君 指定地の問題、指定されたところはあまり心配のないような今のお話なんですけれども、たとえば大阪府の西陵古墳ですか、これは指定されているんですね。これは指定されておりますけれども、ここに問題が起こっているでしょう。なお、ここの地主は史跡解除の願い出をしている。こういうようなことも起こっているんですが、そういう関係から史跡の西陵古墳というのが、とにかく破壊されるというようなことになってしまうと、こう言われておる。こういうことになりますと、やっぱり指定されているからといって、必ずしも安心するような状態にはないと思うのですよ。それから指定されていないものについて、今のお話の中で、私もその点はよろしいと思うのですけれども、たとえばどうしてもこわされるということも一これは価値がないといったら悪いですけれども、まあどうしてもこれは破壊がやむを得ないだろうという場合、それにしても学問上十分検討して、その調査を完了した後にどうする、あるいはどうしても残すとかという問題が出るわけでありますが、そういう手当は私の聞いた範囲ではどうも十分でないように思うのです。今、西陵古墳の話を一つ出したのですが、この問題は今どうなっておりますか。

宮地茂文化財保護委員会事務局長

○政府委員(宮地茂君) この西陵古墳は、御指摘のように、問題にはなっておりますが、もちろん指定地でございます。問題にはなっておるのですが、こわされてはいないわけなんです。ただ問題のありますのは、一応指定をしておる、そうしますと、その土地の指定はされておるのだが、世の中も進んでくるし、併有者としましては、指定をされっぱなしで持っておったんでは、周囲の地価が上っても自分の地価だけは上らない。それでは困るので、これを宅地造成するとか、売りたいとか、まあいろいろ問題が起こるわけですが、その場合に、指定されておりますときに、私のほうとしましては、公共事業であり、公益的にこれはやむを得ないと認めました場合は、原状変更を許可するのですが、そうでない場合には、原状変更を許可いたしません。それでは原状変更をしてくれないのだったならば、持っておっても仕方がないので、国で買ってくれという話が出てくるわけであります。したがいまして、その点につきましては、未指定地と異なりまして――未指定地は問題が起こると、国に発掘なり、地ならしをする場合の許可権がございませんので、こわされるおそれがあるのですが、指定地で問題になりますのは、よほど不届きの者がおって、無届けでわからないままにこわせば、やってやれないことはございませんが、法律上は許可をしなければ、その史跡等をこわすことはできないわけなんです。したがいまして、問題は、そういうように原状変更を許さないのなら、国なり、県なりが買ってくれという場合に、まあこれは遺憾なことでございますが、十分な買い上げ費、買い上げ補助金等がございませんでしたので、そういう点で問題があるわけでございます。したがいまして、先ほど申しましたように、平城宮跡等に相当、数億の金をつぎましたので、その他のほうに手が回りかねて、賠償費、補助金等は三千万ぐらいしかございませんのはまことに遺憾ですが、今後そこが指定地については問題でございますので、大蔵省とも十分話し合いまして、指定地のそういう問題が起こった場合の買い上げ等も大いに検討し、努力していきたい、こういう考え方でございます。

小林武日本社会党

○小林武君 そうすると、まあ端的にいってあれですか、西陵古墳というのは、まあ初めは持ち主が指定買い上げの陳情書を出しておられるわけでありますが、さらに私の聞いているのでは、現状ではだいぶ様子が変わってきているようにも聞いているのです。それでどうなんですか、そういういろいろなことを聞いておりますが、これは絶対間違いない、保護されることについては間違いがないという、そういうことですか、これはそういう約束ができるほどちゃんとやっておられるわけですか。

宮地茂文化財保護委員会事務局長

○政府委員(宮地茂君) これは、府といたしましては、この西陵古墳を、西陵古墳所在の泉南郡岬町ですか、そこの町に買えということをいっておるし、町としては、自分では買えないから国で買ってほしいといっております。私のほうは現在、当年度では買う経費がないので、先ほど申したように、今後、予算等とにらみ合わせて検討しなければならない問題であるといったようなことで結論を得ておりませんが、そういう問題で話し合いをしておる段階でございます。

小林武日本社会党

○小林武君 話し合いの段階でまだこのことの保護についてははっきりした結論は出ていないわけですね。

宮地茂文化財保護委員会事務局長

○政府委員(宮地茂君) まだ府を介して私のほうでいろいろ相談しておりますが、結論として、府が買うとか、国が、買うとか、町が買うとかいう結論に到達しておりません。

小林武日本社会党

○小林武君 あれはどこでしたか、姫路の近所ですか、輿塚というのがあったのは姫路市の近所ですか。あれは指定されていたのではありませんでしたか。

宮地茂文化財保護委員会事務局長

○政府委員(宮地茂君) 兵庫県の御津町の輿塚古墳は指定いたしておりません。

小林武日本社会党

○小林武君 これについて破壊された、このように破壊されている写真があるわけですけれども、これはどういうあれですか、方針としては破壊してしまう方針なんですか、破壊を許すわけですか。

宮地茂文化財保護委員会事務局長

○政府委員(宮地茂君) これは輿塚古墳は部落有の前方後円墳でございまして、最近、観光地としての開発に伴いまして、とにかく古墳の上に展望台を設けるという計画、あるいは古墳を削って土を取るといったようなことから、数回にわたりまして、この前方後円墳の前方部が一部破壊されておるようでございます。で、県当局といたしましては、できることならそういうことをやめさせまして、保存できればということで話し合いをし、また、町としてもそのようにいたしたいという約束を一時はしたようでございますが、あまり約束どおりに行なわれていない、御指摘のように一部破壊をしておるようでございます。ただ、これにつきましては、私のほうの係官も近日うちに現地に参りまして調査をいたしたいと思っておりますが、おそらくこれは国が指定をするといった程度の段階のものではございませんで、できれば県段階ぐらいで保存を考えていただけばよいものではなかろうか、このように考えております。

小林武日本社会党

○小林武君 これは、前にたしかこの話を出したような記憶があるのですが、そのときには前方のほうを何か破壊して、そのために町と県との間に非常に問題が起こった。今、一時的には町が何だかわび状を出したとか出さぬとかというような、今後こういうことをしないというようなあれだったが、今では後円の部分には何か起こっておって、これは後円の部分に建物が大きく出る。それができるために破壊している写真なんですが、こういうようなことになると、指定されているとかいないとかという問題もさることながら、埋蔵文化財を保護するという建前から言って、こういうふうに片っ端からどんどんこわされていく、これはやっぱり重大だと思うのですよね。全部を残すというようなことは私はなかなか可能性はないと思いますけれども、この際、先ほど文部大臣に御質問したように、やっぱりここらではっきりした手だてをひとつ考えないというと、このこと一つ取り上げてみても、結局何とかかんとか言っても背に腹はかえられぬということから、どんどん破壊されていくと思うのです。それから、岡山の津山ですか、何か六塚の場合もあと一つしか残ってないという写真があるのですが、これも大きなブルドーザーが入ってどんどんくずされている。これにしても、学問上から言ってもこういうようなことが日本の全国の中で行なわれているということになると、拡張、造成するとか、工業地帯を作るとかいうことは、これはもう避けることのできない事実でありますから、日本のそういう文化財が片っ端から破壊されていくということになるので、これは重大な問題だと思うのです。これを文化財保護委員会のほうで、この際やはり徹底的にひとつ対策を考えてもらいたいというようなことは、もう新聞にも雑誌にも盛んに書かれていることでありますから、この段階では、ひとつ専門家を入れて、徹底的に対策を立てるべき、だと思うのですが、これはどうですか。その点については予算がないとか何とかいろんなことを言われますけれども、ただそれだけでは済まされない問題だと思うのです。あるいは県でやれとか、どこでやれとかいう問題で、一時を糊塗しているようなことではだめだ、結局、国が責任を持たなければ、これは金もうけの材料にはならぬ問題ですよ。そういう点について、やはりもうそういう時期がきたというふうにお考えになりませんか、委員会としては。

宮地茂文化財保護委員会事務局長

○政府委員(宮地茂君) 文化財の保存につきましては、国はもちろんでございますが、当該文化財の所在する地方公共団体、またその文化財を所有しておる所有者、こういった三者が一体となって、この保存に当たるのが筋だと思うのでございます。しかしながら、気持といたしましては、一般の文教予算等のように、国が三分の二補助するとか、二分の一補助するとかいったようなことではなくて、相当高率の補助等も出しておるのでございますが、原則といたしましては、国がすべてをやるというのではなくて、公共団体、所有者、国、三者の共同責任でいきたいという気持に変わりはございません。ただその場合に、先ほどから言っておりますように、未指定地がだんだんとこわされていく。しかしながら、文化財だけの立場でいけば、それは絶対にこわされない、こわすといってもこわせないと、そういう法律を作ればいいのでございますが、やはり公共的な事業でございますので、公共事業と文化財の重要性と、それをうまく調和さしていくというむずかしさが残ってくると思うのでございます。したがいまして、今、小林委員のおっしゃいましたような点も十分参考にいたしまして、法律を改正して今以上よい措置がとれる点は法律を改正する、予算措置を講じてうまくいくものは予算措置を講ずる、そういうような点について総合的に私どもも今検討をし、今後努力いたしたいと、このように考えております。

小林武日本社会党

○小林武君 そうすると、今検討しているわけですか、その問題については。まあこれはかなり私は緊急性があると思うんですよ。申し上げるまでもなく、たとえば京葉工業地帯をひとつ考えてみましても、それはあそこが工業地帯になるために、土地がどういうふうになっているかということは、ごらんになったらすぐわかる。道路その他を見ましても、これはどんどん拡張していかなければならぬということになりますと、これはだれが考えてもやめるわけにはいかない。そういう場合に調和さしていくというような――それは調和さしていくことになるでしょうけれども、私は具体的に、そういう問題と埋蔵文化財が破壊されていくという問題を考えた場合、先ほどあなたもおっしゃったけれども、やはり破壊されていくにしても、確実な調査というものを完了しないうちは、やはりこわされないのだというようなそういう手だてとか、それから、どうしてもこれは文化財として保存しておかなければならないという問題については、とにかくいろいろ予算の問題もあるでしょうし、県の問題などいろいろの問題がありましょうけれども、これを保存するという手だてをやはりとらないというと、これはもう破壊されてしまったら、あとはどうにもならないと思うのですよ。まあそういう問題について、やはりもうこの段階に来たら、私は早急に対策を立てるということが必要だと思うのです。だからその点について対策を立てられているなら、私は対策についてひとつわれわれの前ではっきりそういう点を説明していただきたいと思うのです。今でなくてけっこうですから、早急に立ててですね。それからなお、そういうことについてどうなんですか、たとえば埋蔵文化財という問題については、この法律の中にどこにもちょっと見当らないのですけれども、専門的な知識を持って、たとえば委員会にいろいろと、何といいますか、意見を申し述べるというような方はあるんですか、ないんですか。

宮地茂文化財保護委員会事務局長

○政府委員(宮地茂君) 終わりの御質問に先にお答えいたします。文化財専門委員というものが都道府県に置かれることになっております。したがいまして、教育委員会が文化財行政をいたします場合、専門的な事項はその委員さんに御意見を承って、大体それを尊重してやっていくという建前になっております。それから前段の御質問でございますが、これは私のほうでは、今までの例を申しますと、たとえば東海道の新幹線、愛知用水、名神高速道路、こういったようなものにつきましては、今まで当該事業を行ないます公団等と十分話し合いまして、公団等は非常に文化財に対して理解を示しております。したがいまして、おっしゃる緊急調査はこれらの人々は進んで協力してくれております。したがいまして、今までこのような大きな土木工事、公共事業につきましては緊急調査がなされ、適切な資料は保存いたしております。また現在、東海道高速道路、中央道、美作台地等につきましても、私のほうはこのようなことを申しております。恐縮でございますが、先ほど岡山県のお話が出ましたから、美作台地につきまして申し上げましても、美作台地につきまして私どものほうは県に申し入れをいたしました。美作台地は、これは岡山県が農林省の補助を受けて牧草地、農地といったようなものにするために三十八年度から十年計画で開発する計画を立てておったわけで、したがいまして、私のほうはこの点につきまして、文化財包蔵地でありますから十分調査をし、また、残せるものは残してもらいたいということで折衝をいたしました結果、岡山県知事のほうから、よくわかりました、それで三十八年度の工事はいたさない、三十九年度から着工する、一部は四十年度に回します。それから開発面積は一割ぐらいの増減はどうにでもできるから、文化財のほうでおっしゃる包蔵地は極力避けます。それから計画どおりやる場所につきましても、新しい事態が起こり、遺跡、遺構等が見つかった場合には工事をやめますといったようなこと、そのほか工事関係者には文化財の保護についての教育をするといったようなことも答えてきております。これは一例でございますが、ですから、先ほどからるる申し上げておりますように、埋蔵文化財包蔵地なるものが三年計画である程度わかっているわけなんです。そういうところを通る道路とか、その他工事、これにつきましては緊急調査を私のほうはいたしております。ですから、緊急調査もしないでやっているというような例はございません。以上でございます。

小林武日本社会党

○小林武君 たいへん自信たっぷりのお話ですけれどもね、私はまあ写真を見ていえば、ここにある六塚というんですか、岡山県の津山市の。今一つしかないですね。それでブルドーザーでかけておりますわね。こういうものを見ると、必ずしもあなたのおっしゃったとおりでもないように思うんですよ。それから、たとえば何といいますか、これもだいぶいろいろ問題になったあれだそうですけれども、京都ですか、宝池とかいうところに国立国際会館建設のあれがやられているんですが、その際に、この地点から土砂を運ぶために、こういう何ですか、かわらを焼いたこのあれが今ではほとんど全部流され尽くしたというあれもあるのですが、この点なんか見ますと、必ずしもあなたが楽観的におっしゃっていることとはどうも違うようなんですね。一々別にあげ足とろうなんて気持もありませんがね。やっぱり文化財を大事にする、日本の民族の持っておる文化財を大事にしてこれを残していくのだということは、あるいは学問的な調査をしてあとに伝えるだけの責任はやっぱり今のあれにあると思いますから、できるだけそういうことをするというと、私はやはり楽観論ではだめだと思うのですよ。必ずしもあなたの言っておることを私がけちをつけるということではないのですよ。必ずしも思うようにはなっておらぬ、こういうふうに考えるのですがね。たとえば、これなんかどうなっておりますか、千葉県の加曽利貝塚についてはお調べになりましたか、千葉荊郊外の。

宮地茂文化財保護委員会事務局長

○政府委員(宮地茂君) 先ほどの京都の国際会館建設に伴います土取りの関係で登窯の窯跡がこわされたという話ですがこれは国際会館建設予定地の近くに史跡に指定されています栗栖野窯跡というのがございます。それではございませんので、盛り土を取っておりましたときに、予想しなかった場所から窯跡らしいものが出たということで報告を受けまして、私のほうは直ちに職員を派遣いたしまして、京都府の職員と同時に緊急に学術的な調査をいたしました。それから今の千葉県の加曽利貝塚でございますが、これは千葉県内には貝塚が二百カ所くらい、古墳が百五十くらい、非常に多いわけなんであります。これにつきまして、千葉県当局としましても、そういう埋蔵文化財包蔵地の台帳等も作りまして、このうちどれを最終的に保存するか、どの部分は緊急調査をして宅地造成等をされてもいたしかたない部分にするか、その検討を進めております。その一部に加曽利貝塚があるわけでございますが、千葉県当局と現在私のほうで話し合っておりますが、最終的にまだ話が一致しませんが、今御指摘の加曽利貝塚につきましては、これはまあ著名な貝塚でございますので、県当局としてもこれをできる限り保存するようにということを県と話し合っております。ただ、加曽利貝塚は御承知のように非常に面積が広いわけなんです。一万九千坪、二万坪近くの地域にわたってこれを全部買うことは、これはいいことでしょうけれども、やはりその辺が、幾ら大蔵省に予算を要求する、あるいは県費を組むといいましても、一つの貝塚を二万坪もあるものを買えというのも無理だ。そうすれば、どの程度の地域を買って保存すればいいのか、あるいは貝塚の層を出しまして、そこのところを子供らに見せて、教育的にも一意義のあるような社会教育的なものに役立てるとか、方法もいろいろあるわけでございまして、そういう点につきまして千葉県と今話し合っておりますが、いまだ、申しわけございませんが、結論には達していないというところでございます。

小林武日本社会党

○小林武君 この写真にもありますように、この宅地造成ですか、何かで道路が今ここまできて舗装されておる。これを黙って見ておくというと、大体、加曽利貝塚は相当まあ早い時期にこわされるということになるのですけれども、あなたのお話のように、県でも非常にその問題に関心を持っておるようなんですが、加曽利貝塚というものに対する学問的な価値というか、そういうものを残しておかなければならぬというような調査については、専門的な調査が行なわれておるわけですか。

宮地茂文化財保護委員会事務局長

○政府委員(宮地茂君) これは明治二十年ごろから今日まで数回にわたって学者が調査をいたしております。ただ、これが非常に総合的な調査でなくって部分的調査でございまして、一口で申しますと、算用数字の8の字のように、環状貝塚というのですか、丸いのが二つ、8の字のようになっておるのです。この部分的な調査を明治二十年から約十回近くにわたって明流、大正、昭和と行なわれております。昨年もこれは千葉市の教育委員会が調査をいたしました。調査につきましては、そういう調査を今日までいたしております。したがいまして、この学問的価値というものは、全部をやったわけではございませんし、また、文化財保護委員会が責任を持って主体となってはいたしておりませんが、縄文式時代の貝塚で規模が大きいとか、あるいは環状貝塚であるとか、こういったようなことから、そこから出てきます土器が縄文式土器の編年の基準をなすというようなことで、一つの標準遺跡として重要な貝塚だと学界でも認められています。

小林武日本社会党

○小林武君 もう何回も調査もされたことは私も聞いておるのです。ただ、あなたもおっしゃったように、総合的な調査が行なわれていないということ、この貝塚は環状貝塚で、貝塚としてはきわめて学問的の価値があるということも、この点についても専門の方たちは少なくともそう言っているわけです。ですから、これについて総合的な調査をして、さらにこれを保存する価値があるというようなことで、千葉県内においても、あるいはその他の考古学者の間においても、保存の運動が起こっているわけですが、先ほど申し上げましたように、これを買った会社、何とかという会社、東洋プレハブですか、社長も、代替地さえあれば別にここでなくてもよろしいという意向を漏らされているようであります。そういうようなことからすれば、私はこの問題は急速にやっぱりやるべきだ。私の聞く範囲では、国の態度がはっきりすれば県でも相当強力にやるような状態ができているように聞いているわけです。でありますから、その点についてはひとつ急速に、やっぱり破壊されない前に、これだけの環状貝塚というようなのはなかなかないわけですから、ひとつ処理していただきたいと思うのです。それから先ほどの史跡に指定されました窯跡以外のところに出てきたということですが、これは考古学者の間では、その史跡に指定された以前のあれで、予想もしなかったところに出てきた窯だ、このかまどというものは、ある意味では非常に考古学的には重要な学問的な意味を持っていると、こう言うのですが、そういう点について、どうもあなたたちの考え方というものは、史跡に指定されていないのだからたいしたことはない、こわれても仕方がないのだという意味でおっしゃっているわけでもないと思うのですが、ちょっとやっぱり文化財保護委員会として、私は何かこういうものについて軽くお考えになっているのではないかということを心配しているわけです。これは何もいやみで言うわけではありませんけれども、今こそやはり文化財保護委員会としては、ひとつ大いに努力をされて、こういう問題の解決にあたってもらいたいと思うのです。  なお、もうこれで質問終わりますが、先ほど申し上げましたような、何といっても、この段階まできたら具体的なことにあたって、あわててどろなわ式の対策を立てるというやつではやっぱりだめだと思うのです。ですから十分やっぱり専門家を入れた対策をお立てになって、そしてやはりその対策については、この委員会でひとつ早急に御報告をいただきたいと思うわけです。これはどうでしょう。

宮地茂文化財保護委員会事務局長

○政府委員(宮地茂君) 先ほどの国際会館のところの窯跡ですが、これは別に私のほうは史跡に指定されていないものをおろそかにするというわけではありませんで、平安時代のものですが栗栖野のかまどというものが指定されている。今度偶然に工事中に出て参りまして、飛鳥時代の登窯のかまどが出てきたというわけでありまして、したがいまして、これは予想しておりませんでしたので、埋蔵文化財包蔵地として京都府も知らなかった。しかし工事をやってみたら、窯跡らしいものが出たということで、さっそく私のほうかうも職員を派遣して緊急調査をし、その記録厚真を十分とって保存に遺憾なきを期しておる。ですから、そういういきさつでございます。それからあとのほうの、十分検討して報告せいということですが、先ほど来申しておりますようにいろいろ予算的に検討すべき問題、あるいは法律の改正を待たなければならないと思われる問題あるいは行政指導でいける問題、いろいろございます。で、今も検討はいたしておりますが、できる限りこの検討を進めまして、りっぱに史跡等文化財が保存できるような策を早急に検討いたしたいと思います。

小林武日本社会党

○小林武君 その検討した結果をお示し下さいというのはどうなんですか、示されないわけですか、この委員会で。

宮地茂文化財保護委員会事務局長

○政府委員(宮地茂君) 特にこちらでお示ししたほうがいいものはお示しいたしたいと思いますし、あるいは法律の改正案等でございますれば、手続を踏んで国会に出すというようなことをいたしたいと思います。したがいまして、検討の結果を待ちまして、できる限り委員会に報告すべきことは報告さしていただきたいと思っております。

小林武日本社会党

○小林武君 すべきことでないやつはどういうことですか。委員会に報告すべきことでないということはどういうことですか。

宮地茂文化財保護委員会事務局長

○政府委員(宮地茂君) どれが報告すべきで、どれが報告すべきでないか、まだ完全な総合的な検討を終わっておりませんのでわかりませんが、できる限りこの委員会に報告さしていただくように努めたいと思います。

小林武日本社会党

○小林武君 私は、あなたたちのほうで法律を改正しなければならぬという問題もある、しかし、それは法律改正ですから、一つの手続が要るということは明らかです。手続きをやっても通るか通らないかわからぬということもあるでしょう、そういうことくらい承知しておるのです。ただ、こういう方法でとにかくこの点は法律の改正に持っていく、この点はどうであるかというようなことを述べられないということはないでしょう、そのことが委員会に報告する必要のないことだということにはならないでしょう。私はやはり文化財保護委員会だって、今、文化財保護の問題は非常に問題点がたくさんあるわけですから、これについて早急に対策を立てようというのは、これはこの委員会だけの問題じゃないのですよ。新聞にも雑誌にもそういう問題がずいぶん何回か取り上げられておる、取り上げられておるということは、学者の間にも非常にそれが問題化されておるということです。だから、文化財を保護するということが法律としてあって、それを取り扱っている当局の方が、さらにひとつ検討して対策というようなものをわれわれの前にも示じてもらいたいというようなことについて、報告されるものはしますというような、そういうあれはいささかおかしくありませんか、それが普通ですか。そういうものの言い方はしてもらいたくない。

宮地茂文化財保護委員会事務局長

○政府委員(宮地茂君) 今後、今検討いたしておるものもございますが、今後の検討に待つべきものもございますので、それがある程度の結論が出ましたときはこの委員会にも報告させていただきたいと思います。

小林武日本社会党

○小林武君 それでたいへんけっこうです。この質問を終わります。

北畠教真自由民主党

○委員長(北畠教真君) 本日はこれにて散会いたします。    午後六時十四分散会      ―――――・―――――

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