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43回国会参議院1963/02/26

文教委員会 第5号

発言数
164
登壇者
10
会派数
3
開催日
1963/02/26

会議録

北畠教真自由民主党

○委員長(北畠教真君) ただいまより文教委員会を開会いたします。  理事会におきまして取りきめました事項を簡単に申し上げます。本日は、午後三時をもって散会にいたします。なお、来たる三月四日午後一時から、物性研究所、生産技術研究所の二研究所を見学することに相なりましたので改めて御報告いたしておきます。  前回に引き続き、当面の文教政策につき調査を進めます。御質疑のおありの方は御発言願います。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 前委員に引き続きまして、人づくりに関連して当面の文教政策について質問したいと思います。前委員会で質疑を繰り返した中で、やはり問題点になりましたことは、教育がいろいろな権力の支配力から排除されなければならないとか、あるいは特定政党の都合のいいような教育であってはならないとか、いろいろな問題点が出たわけでございます。私は文部大臣がお答えになった、いわゆる学校と家庭と社会、国、そういう中で、教育条件の整備ということが大事だ、それで教育予算はその意味でかなり大幅にとった、こういう御答弁を伺ったわけです。教育条件の整備について、高等学校の問題でお尋ねしますけれども、第一番に、全国の知事会が、文部省の入学率、これを六〇%、進学率を六〇%と押さえた、知事会が六三%を要求した、その中をとって六一・八%と踏んだというお答えが衆議院の文教委員会でなされたそうでございますが、そのとおりでございましょうか。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) ただいまの進学率の問題でございますが、これは全国の知事会等で調査いたしました数字は六三%だと思いますが、文部省は六〇%と六三%の中間をとったということでは必ずしもないわけでございまして、六三%という数字は、昨年の当初に知事会が一応調べた希望数が六三%であったわけでございます。その後いろいろ経過を経まして、だんだん地方の教育委員会の数字が固まってくるに従って、大体六一・八%程度になったわけでございます、募集定員等が。そういう観点から、文部省としても各府県の実情に立脚して六一・八%と回答した、こういういきさつでございます。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 そうすると、六一・八%だというと、入学志願者、定員、その関係で大体九六%程度の入学率ですか、合格率ですか、そういうふうに押さえたと伺ったのですが、そのとおりですか。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) 大体進学率六一・八%で計画いたしますと、三十八年度の入学定員が大体百五十五万程度になります。したがいまして、三十八年度の進学希望者、これは約百六十二万と踏んでおりますが、それとの比を見ますと、大体入学率は九五・七%——約九六%になる。これはまあ過去の実績に相当するものでございます。そういう趣旨でございます。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 今、入学志願者が大体百六十二万、それで百五十五万入ると六一・八%である、九六%の入学率と、こうなるわけですか。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) そのとおりでございます。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 そうしますと、この間、資本を要求いたしまして、入学試験の検定料、入学金それから授業料等の各私立、あるいは公立で知っている範囲のものの資料をいただきたいということを申し出ましたわけですが、ここにございます公立高等学校の授業料、入学金、受験料等昭和三十七年度と、こう出ておりまして、今度の入学についての資料は一切ございませんでしょうか、いかがでしょうか。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) 三十七年度の資料というように伺っておりましたので、係の者が三十七年度の資料を差し上げたはずでございますが、まあ三十八年度、大体私どもの調査したものはございます。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 私、それでは言い違えであったかもしれませんが、私の間違いであったかもしれませんが、私は三十八年度、今行なわれている入学試験についての資料をちょうだいしたいと、こういうふうにお願いしたわけであったのですけど……。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) わかる範囲で、また後ほど調べましてお知らせいたしたいと思います。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 今、局長がおっしゃったように、大体九六%、九五・七%の入学率だと、こういうふうに御説明になったわけです。そういうふうであれば、現在起きているようないわゆる試験地獄とか、そういうふうな現象はあまり起こらないのじゃないかと思うのですけれども、今特に私立高校をめぐって、入学の問題がかなりひどいように思います。そうしますと、この原因は一体どこにあるとお考えになるのでしょうか。これは文部大臣に答えていただきたいと思います。というのは、文部大臣が本会議で答弁なさいました中に、有名校に殺到するのは親のみえである云々という言葉があったわけです。いわゆる親のみえだけであそこに殺到するのかどうか、そういう点についてもう少し詳しく示していただきたいと思います。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) まあ公立でも私立でもそうだと思いますが、いわゆる有名校に入学志願者が殺到する現象は、本年度に限らず、従来からも程度の差こそあれあったと思います。この現象は一体何に基因するかというと、単純に一言で申しかねる課題だと思います。しかし、その中に、もし先生たちの児童、生徒に対する進学適性能力を考えて、適当に指導して下さっておるとおりに入学試験が行なわれるとするならば、あの現象はずいぶん緩和されるであろう。また、先生と相談して親がそのとおりになるならば、これまたずいぶん緩和されるであろうという意味において、とかく先生の意見と親の意見が食い違うことがあり得ると思います。先生がそう言われても、うちの子供はもっとできるんだというふうなうぬぼれもないとは言えない。そういうことがある程度影響しているんじゃないかと推定することは全然誤っている推定ではないと思っていたものですから、そういう気持が先に立ってお答えをしたわけでございます。しかく単純なものではないことはむろん今申し上げたとおりでございまして、いわゆるすべりどめに私学に幾つも入学手続をしておるという事例は、具体的に調べなければはっきりわからないにいたしましても、想像にかたくない現象だと思います。それらが積み重なりまして、実際の進学希望者と国公私立を合わせた入学者との比率を結果的にとらえれば、新聞その他で騒がれるほどのひどい状況ではないであろう。そのことを判定します唯一ともいっていい次善の考え方としては、毎度申し上げておりますように、従来の実績を基礎にして将来を推定するというほかにないわけでございます。したがって、話が長くなっておそれ入りますが、何回かお答え申したように、前向き姿勢で三十六、七、この二カ年で三十八年度のピークに備えるという考え方で今まできたわけでございますが、特に三十七年度の財政計画を立てるにつきましては、最も手近な具体的な資料とならば、三十五年度の実績が最も適切であり妥当である、こう判断しまして、それを基準にとって進学率も大体六〇%を予定すれば大過なきを得るであろうという考え方に立って、昨年一月二十六日の閣議決定をいたしたのであります・ところが、三十七年度がだんだん経過するにつれまして、各都道府県におきましても、むろん推定でしかないわけでございますものの、だんだんと現実の推移を把握しまして、六〇%ではだめだ、六〇%以上計画しなければたいへんなことになりそうだという考え方に立っていろいろな資料も出てきまするし、自治省と文部省と知事会と三者一緒になりまして、ずっとお互いの意見を述べ合いながら検討しました結論が六一・八%と押えるべきであろう、こういうことになったわけであります。もとより知事会側は六三%の主張もあった段階がございますが、それには厳密にいえば、よしあしは別ですけれども、いわば後進県では進学率が低い、そうでないところは高い。したがって、高校急増の時期に、今までの、いわば失地回復的な立場に立って、純粋の高校急増対策プラス・アルファーのものを考えられた県もあったようであります。これとても全然無視すべき課題ではございませんけれども、高校急増とならば、その実情に応じて前進していくという態勢こそが適切じゃなかろうかという考え等も相談の結果出てきまして、ある程度調整をされて、それが全国的に平均しますと、六一・八%、先刻、政府委員から、単に足して二で割ったのじゃございませんと申し上げたのは、そういうふうな要素もあったようであります。そういうことで参りますると、少なくとも昨年の一月二十六日に推定しましたよりは、より現実的な推定ができたという考え方に立って、その線から三十八年度の事業計画もやりますと同時に、御案内のとおり、三十七年度の年度としての資金対策につきましても、六十億円見当のものをプラスすることによって、前向き姿勢の最終年度である三十七年度の対策は一応曲がりなりにもできたと、同時に、今度三十八年度を迎えねばなりませんから、進学率は今申した六一・八%の線に沿って三十八年度の財政計画を立てるというのが現在の段階でございます。ついでながら申し添えさせていただけば、あくまでも推定予算みたいなものでございますから、現実に今行なわれつつある入学試験、選考、そういうものが国公、私立にどう落ちついたか、落ちついた結果が、たとえば予想以上のひづめになっておるとするならば、それを将来に向かってどう改善するかという課題が出てきましょうし、都道府県の財政力がそれぞれ違いますので、窮屈な財政力しかない県では相当無理がいって、そのために当該地方公共団体の財政としては、国の立場から何とか考えねばならないという課題も出てこようかと思います。しかし、それはあたかも各年度の国の予算を審議決定されて、執行段階に入りまして、予算編成のときに、予測しない理由が現実に現われたから補正するという課題となって現われるというふうな課題も現われてこようかと思うわけであります。それはそれで今後に対して考えらるべき課題と割り切ってこの問題に対処するほかになかろう、こういう考え方で臨んでおるわけであります。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 関連して。今後に対処すべきであるという最後の大臣の御見解は、事態に応じては手直しすることもあり得るだろうという意味ですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 現に各都道府県では、設置責任者として、予測しました事態と比べ合わせて、ある程度の幅をもって応急措置をしておるようであります。そういうことの結果が、今後に向かってどういう対策を要求することになるかという課題はあろうかと思いますと、こういう意味であります。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 東京都が五千人の増員をしたのですが、五千人の数は、東京都の中学卒業生の何%ですか。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) 従来、公立で大体五万くらいの定員を考えておりましたようでございますので、その一〇%程、度に相当するものと考えております。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 三十八年度収容予定の五万人というのは、パーセンテージにして何%ですか。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) ここへ東京都の資料を持ってきておりませんけれども、大体八二・三%くらいじゃないかと思っております。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 今年度の公立学校の受験希望者というか、受験の届出をした総数は幾らですか、公立学校。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) 大体全国で、先ほど申し上げましたように、百六十二万というのが各都道府県の教育委員会を通じて調査した数でございます。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 東京都のほうは。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) 十五万九千、繰り上げて約十六万くらいになりますか、そういう数字でございます、公私立合わせて。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 公立、私立を合わせますと、その統計がどういうまとめ方をしてあるかわかりませんが、公は一カ所しか受けられませんけれども、私立のほうは何校も受けられるでしょう。だから、そういう意味の資料でしたら、ちょっと私の質問の意図と違いますが、私がさっき言っているのは、東京都で公立を受験する手続をとった者は何人おるかということです。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) 受験する手続をとったと見られます数が大体六万七千くらいでございます。六万七千強でございますから、六万八千くらいと見てよいと思います。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 六万八千の希望者に対して五万人の収容能力というのですが、大体五万人として一学級平均どのくらいの収容になりますか。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) これは標準法どおりに、大体公立につきまして、普通課程については五十五人までは入れようという計算をしておるようであります。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 それに五千人ふえると一割は水増ししてもよろしいという臨時立法のワクをこえて、五十五以上になるところが何学級程度できると推定しておりますか。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) そういう詳細なことは私のほうはわかりませんが、五千人増募するというのは新聞が書いたのでございまして、教育委員会に聞いてみますと、五千人を正式に水増し増をするということは言ったことはないというように東京都の教育委員会は答えております。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 そうすると、従前の方針どおり、六万八千に対して五万人しか収容しないということですね。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) 公立につきましては五万ちょっとこえますが、五万一千くらいになりますか、そういう数字なんであります。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 昨年度の予定収容人員を、実際に入学した者がかなり上回った事実はありませんか、東京都の場合に。したがって、今、局長が、五千人は新聞発表で、虚報ですと言っているけれども、五万一千人の収容が、四月以降実際に入学しておる実数を調べてみると、数千人上回るという実態が生じる可能性はないですか。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) 総数はわかりませんけれども、各学校で一クラス一、二名程度の余裕は、これは校長の権限において入れておったようでございます。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 昨年度の収容総数は、校長が一、二名程度入れたという程度の水増しの限度である、こういう判断ですか。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) そのように考えております。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 今年度もその数を出ない、こういう判断ですか。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) 三十八年度は、まだどういうことになるのか、私ども結果を見ないと判断をいたしかねます。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 大臣にお尋ねいたしますが、大体一万七、八千人の公立学校の希望者のこぼれが今の報告であるようですが、これも基本的には先ほど千葉委員の質問に対して大臣お答えのように、有名校に父兄が、あなたの言葉を借りれば、虚栄心にかられて殺到するという現象ですか。それとも公立学校希望者に対して、やはり若干の収容施設能力が不足しているという、逆の言葉で言えば進学希望者がふえておるという事態か、いずれと判断しますか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) まあ両方の意味があろうかと想像しますけれども、的確なことは結果について分析して調べてみなければわからないことだと思います。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 結果について昨年度分析をしましたか。なお分析をしておるとすれば、大臣の言っておる虚栄心にかられて有名校に殺到するという事実、たとえば都内に、有名校と称するものの概念が若干不明確だと思いますが、一応世に有名校と称せられておる高等学校に、一万こす以上の人が殺到しておるので、有名校でない普通高校は全国並みの、また進学率の増に見られる程度の受験希望者の数である、こういう分析の結果が出ていますか。局長でよろしい。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) ちょっと聞き漏らしましたが、もう一回おっしゃって下さい。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 大臣が、分析してみないとわからないと、こう答弁しているわけです。あなたの数字によると大体一万七千の公立学校のはみ出しがある。五万一千の収容に対して六万八千の公立希望者がある。この現象は入学希望者の増であって、有名校に教師の進学指導の適正が行き届かないで、両親の虚栄心によって殺到した現象ではなかろうかと私判断しておるわけです。ところが大臣は、分析しないとわからないとおっしゃるから、昨年度からこれに類似の現象は起こっているんですから、昨年度の結果について有名校に殺到しておる実情の分析がありますかと、こう聞いておる。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) 私、先ほど申し上げました数字について、なお補足して申し上げますと、約五万一千と申し上げましたのは、これは全日制でございます。定時制がそのほかに約一万五千以上ございますので、両方合わせますと六万六千余になるわけでございます。で、先ほど申し上げました入学見込み数の公立の六万七千と申し上げましたのは、これは定時制を含んでおります。したがいまして、その差はごくわずかでございますので、その数字を基礎にしておっしゃっておいでになりますのならば、ちょっとその点は違うかと思います。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 よくわかりました。そうすると、公立学校希望者で落ちるものは六万八千名のうちの千名ですね。これで虚栄心にかられて有名校に殺到しておるという大臣の言い方は全く成り立たないじゃないですか、大臣の御見解を承りたいと思います。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 全体の数から申しますと、計画としては見込みは九六%を収容できるはずだと、こういう計画のもとにきております状態はそれだけで有名校に殺到しておるという現象は出てこない道理でございまして、有名校に殺到しておると俗に申しますことは、総数の収容力と進学希望者数との対比の全般的なことでなしに、何の何がしという学校に入学定員の何倍かが殺到しておる状態を有名校に集中しておると俗に言っておると思いますが、その状態だけを見てどうだ、その原因が何だということは、さっき申し上げましたように、結果について分析が行なわれなければ断定は困難だと思います。ただ、一般的に、どうせ入るのならば、いわゆる有名校に入りたいというムードがあると思います。だから、ばく然たる推定でしかありませんけれども、ある特定の学校に他の学校よりも志願者が殺到する状態を、いわば有名校に殺到しておる、こう私は理解しての話であります。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 局長に尋ねますが、東京都の場合、全日制の受験と定時制の受験ですね。全日制に落ちたものが定時制に受けられるシステムになっていますか。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) これは東京都の場合は定時制につきましてもやはり全日制をはずれたものが若干入っているようでございます、従来は。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 若干入っていますということでなくて、同時試験か、落ちたものが完全に受験されるようなシステムになっておるかと聞いている。パーセンテージがわかるならばそれを出して下さい。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) 後ほど調べてお答え申し上げます。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 質問の意味はわかるでしょう。一万五、六千の定時制に入るものが全部一応五万一千の収容能力のある全日制に殺到していて、落ちた際に出てくれば、それだけが競争率になってくるわけです。ところが、それの大多数が当初から同時試験であるとすれば別の現象が出てきます。それでないと、大臣の言っている殺到とか、虚栄心とかいった問題は基本的に狂ってきますよ。昨年度はどうですか、今年度がわからなければ昨年度の資料でいいです。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) 私の知っている範囲では、定時制につきましても昨年全日制に入れなかったものが入っている事実はございます。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 そのケースのほうが、あるいはそのシステムが多い、こういうふうに理解してよろしいですか。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) 多いか少ないかはちょっと今申し上げられませんので、これは調べてから御返事をいたします。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 課長にお尋ねしますが、東京都の定時制は何校あって、そのうちで何%が全日制と別個に試験を実施していますか。別個にという意味は、全日制に落ちてから受験できるようなシステムになっておるかということです。——地方課長、来ておるでしょう。

今村武俊文部省初等中等教育局地方課長

○説明員(今村武俊君) ただいまの御質問に関する内容は、財務課の担当の仕事になっておりますので、私はその数をよく存じておりません。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 たとえば東京都の場合に、公立学校に入学志願者が殺倒しておる、こういう表現を使う以上は、多いところで公立学校で受験者数が何倍になっておるのかとか、あるいはどういう卒業者の数に対して比率になっておるか。そういう資料がなくて、高校急増対策にひざ元の東京都でさえも資料がきちんとつかめないで、初中局としては、やや何といいますか、こういう全体の見通しに対して財務課の所管であるとはいいながら、若干準備不足のきらいがあると思いますので、そこで大臣にもう一つ尋ねますが、現在、中学浪人がいわゆる青少年の不良化の一つの要素であるというふうにいろいろな資料に出ておりますし、青少年対策問題協議会等においても論議されておるように承っておりますが、大臣の先ほどの千葉委員に対する六一・八%、九六%ですか、この数では、結果的には中学浪人なるものは三十七年度はもとより、三十八年度においても大したことはない、このような何といいますか、判断ですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 大したことはないというのはちょっと疑問ですけれども、先刻もお答え申したように、三十五年度ないしはそれ以前数年の実情は、大体進学率六〇%見当、その結果が国公、私立に最後的には九六%くらい収容されておるという実情だと承知いたしております。そのことは九六%といたしまして四%のいわば脱落者がある。それを中学浪人というならば、その四%が一体どういう人々であるかということは一概に断定を下す自信は私は今はございません。想像しまするならば、望みの高校に入れなかったから、さらに他の高校にいかないで翌年を目ざしてまた待機しておるという純粋の中学浪人とでもいいますか、そういう生徒もないではないと思います。それ以外に、一定の適性を要求する制度になっておる高等学校に、適性を欠くがゆえに脱落したという生徒もおろうかと思います。まあいろいろと分析すればあると思いますが、そのことを大したことでないという言葉で片づけてしまうのが適当であるともむろん思いません。ただ数だけからいきますと、その分析の結果がいかにありましょうとも、現実問題としては、最近数年の状況がそういうことで、いわば数字上は安定したような格好に見える。そこで、将来を推定します場合の基礎資料としては、そういう状態であることを念頭に置いて計画せざるを得ない課題だと思うのであります。そういう意味で、九六%の残りの四%のいわば脱落者を受け取りながら対策を立てておるわけであります。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 六一・八%、九六%で、大体あなたが本会議で見解を表明した終戦処理の重要問題の一つとしての高校急増対策は、数字においても青少年対策としても、今の段階では狂いがない、こういう自信を持っておられる、そういうふうに判断してよろしいですね。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 大体そうだと思っております。しかし、その推定が当たるか当たらないか、どれだけの誤差があるかということは、完全に結果が出ました後にしかわからない。わかった後に対策を立てるべき課題なしとはしないであろう、こういうふうに思っております。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 結果を見て間違っておったら手直しすることもある、このように承ってよろしいですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) それは私は当然だと思います。教育的な立場で考えていく課題が投げつけられることもありましょうし、地方財政それ自体が窮迫したかどうか、それでやっていけるかどうかという純財政的の面からの対策もございましょう、いろいろございましょうが、あくまでも推定に立ってやっておりますから、結果を見た上でその事態に応じての処置をすることは、私は当然だと思っております。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 有名校、いわゆる有名校に殺到するというのは親の心云々という言葉でございましたけれども、私は何かあるのじゃないか、それで伺いたいのですけれども、百人なら百人受ける子供の親の中にはそういう者もあるかもしれませんが、要はやはり自分の子供たちが安定した入学ができるという確率をねらっているわけなんです。そういう中で、非常に不安なので幾つもかけ持ちしているのが現状じゃないだろうか。やはりその底を探っていけば政府の計画の中にそごがあるんじゃないか。具体的に言えば、入学の率の算定基礎の中に勘定違いがあるんじゃないかというのを見るわけなんです。たとえば今の豊瀬委員が御指摘のような東京都の例をとってみましても、東京都ではいち早く全国に先がけて新設校を作り、それから学級定員も増すとか言って、とにかく当面の入学対策についてかなり力を入れているわけなんですけれども、それでもやはり高校の進学希望者を昨年度の話では七〇%といったわけです、東京都は。それからだんだん実際調べていきますと、これでは足りなさそうだというので、教育庁当局が七五%に改訂して、もう一度また引き上げて七八%にして急増対策を立てている。これが現状なわけです。ところが実際にどれだけになっているかというと、東京都の校長会が調査した中に、これは七九%になっている。それから親御さんや、先生や、それから行政の方、一般の方々が各区で調査し合ったのでは、三十八年度の進学希望者八四%、東京は、御承知のとおりこういう都会でございますし、進学率は全国一なわけです。全国平均を六一・八%に文部省が算定した。そうすると、各県の実情の中でやはりいろいろな見込み違いがあったわけなんです。そういうのも総括して六一%とお踏みになったようですが、これは非常に間違っているんじゃないかと思います。現に東京で、今申し上げました八四%に進学率が上がるということが大体確実な数字になっている。そうしますと、当初、当局が算定した七〇%、それから七五%、次に七八%に当局自体が変えていった中で急増対策が立てられておりますから、やはり率の見込み違いについては、卒直に直しながらやっているわけです。しかし、これとてもまだ十分ではございませんので、一人の人が五校も七校も、多いのは七校かけ持ったというのですが、私は七校実際かけ持っていけるか、実際調べているのでありまして、たとえば明治学院ですとか、法政だとか、それからずっと調べました。私立、公立数校持つ、七校かけ持ちというのはなかなか問題点がある。これでひとつわかったことは、私立の学校で募集定員を明らかにしないところがあるということです。これはほかにも、きのう熊本の方に会ったら、熊本にもそういう私立の学校があったと言うのですけれども、全国にそういうのがあるんじゃないかと思いますが、その点いかがですか、把握していらっしゃいましょうか。つまり募集定員を明らかにしないで募集している。一体これはどういうことでしょうか。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) 私の知っておる限りにおきましては、大体、付属高等学校等におきましては、下から上がる者がございますので、外から、一般から募集するのは、はっきり定員として出さない学校が従来ございました。おそらくそういうものであろうと思いますけれども、これらにつきましても、私どもは一応先ほど申し上げました公私立合わせた募集定員の中では見込み数を教育委員会を通じて入れております。したがいまして、はっきり公表していないところでも、従来の実績その他から、ある程度、募集するものはそういうものを当然考えて数字の中には私どもは含めておるつもりでございます。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 今のは公立の付属ですか、私立の管轄はどちらさんでしょうか。管理局……。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) 私立学校の付属高等学校で、大学、短期大学を持っておるような学校の付属高等学校でございます。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 そこで、この間注文した資料で、私きょう質問したいと思っておったのですが、それが出ませんが、今、入学金問題がたいへん騒がしくなっておるわけです。実際的に文部省で把握していらっしゃる入学金とそれから受験料、それからその学校の一学期なり一年の授業料、それから施設整備の何か寄付金みたいな形になっておりますね、この四つに分けて、どのように把握していらっしゃるかどうかということを伺いたいのですが。

杉江清文部省管理局長

○政府委員(杉江清君) 授業料、入学金、入学検定料については、お手元に差し上げた資料のとおりの結果が出ております。三十八年度についてはただいま集計中でございます。ここで入学金というのは、私のほうで、これは的確に調査ができておるのでありますけれども、そのほかのいろいろな名目で取る金がある場合があるのですけれども、それらについてはいろいろな形態があり、はっきりいたしませんので、そのような資料は現在のところ持っておりません。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 ここにありますのはざっくばらんに言って平均で出ておりますね。私がこの間お願いしたのは、知り得る範囲、ごく近い学校でけっこうですが、私立学校の学校別にお願いしたのです。でないと、これは何も意味がないと思うわけです。学校別に非常に差があるということなんです。具体的に言えば受験料も取る、入学金も取る、その上に授業料を一年分取っている。それをその人が納めなければ入学は取り消されるわけです。どういうことかと聞いてみましたら、たとえばAの学校ならAの学校を受ける、Bの学校を受けた生徒もおります。そうすると、Aの学校の入学金の締め切りが三月一日なら三月一日の午前十時までとすると、十時までに納めなければ全部だめになってしまう。ところが入学金とか、いろいろ施設整備費などまぜて約二十万円を出る学校もある。少ないところで二万円、三万円、五万円とございますけれども。そうすると、もう一つの学校の発表が午後三時になっておる。そうすると、十時までに納めないと無効で、午後三時の発表を見てからだと間に合わない、こういう人がずいぶんおります。文部省は、かけ持ちするのが悪い、本人が承知でやっておるというのですが、それだけでは解決されないと思います。御家庭の生活を見てみますと、普通の生活をしておるうちで、子供が何人おって、かりにお一人でありましても、いきなりこちらに十万円納めてしまって、またこっちが受かった、十万円を棄権して、また今度はこっちへ納めていこうといううちはなかなかないわけなんです。そうすると、これは親の責任だけではなかなか解決できないのじゃないか、こういうふうに考えるわけなんです。具体的にそういう問題は把握していらっしゃらないのですか。たとえばA校、B校で、学校の名前をおあげになるのは妥当でありませんければA校、B校でけっこうですけれども。

杉江清文部省管理局長

○政府委員(杉江清君) これは施設その他寄付金というのは非常につかみにくいので、その点は的確な資料を持ち合わせておりませんが、授業料、入学金、入学検定料、これにつきましては、全国の学校について資料をとり、それ集計した結果をまとめてここに出しておるのでございまして、もちろん原表はあるわけであります。具体的な学校等について、御希望があればそのような資料を出してもよろしいと思います。ただいまはその平均と、それから最低、最高を一応ここに出したわけでございます。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 そうしますと、この資料の中の備考の一番下欄でございますが、三十七年度の最高額五万円、最低額三千六百円とございますね。この三千六百円というのは、これはどういうことなんですか。一カ月分ですか、一年分ですか、一学期分ですか。

杉江清文部省管理局長

○政府委員(杉江清君) これは一年分です。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 これは私立でございますか。

杉江清文部省管理局長

○政府委員(杉江清君) さようでございます。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 これは東京でございますか、地方でございますか。

杉江清文部省管理局長

○政府委員(杉江清君) その点は今資料を持ち合わせておりません。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 たいへんこまかいようですけれども、こういう資料ではやはり役に立たないと、こういうことを申し上げたわけです。今やはりお母さんやお父さん方が一番心配しているのは、かけ持ちしなければ不安でいられないというのは、現実に学校が足りないんじゃないかということ東京の例で、さっき豊瀬委員が質問されたのですけれども、東京でこれだけの、進学率をどんどん上に上げていって勘定しても来年は八四%に達するというのですね。そういうふうにしていきますというと、一万五千人、少なくとも三百学級の中学浪人が出る、こういうふうな勘定になっています。そうすると、これはその浪人になる人の身になれば、やはりどっかへ入りたいということになりますから、その学校のよしあしよりも、とにかく安定するところへ入っておかなければいけないということになりますから、だからそれが早く試験があって、有名校であるとか何とかになれば、いわゆる有名校になれば、まずそこへ入っていって、そして次々と考えるのは、これは親として無理からぬことと思うのです。ですから親のみえだというふうに片づけてしまって口をぬぐって知らぬ顔されたのでは、これは子供が浮かばれないわけです。ですから私立学校の問題、たとえば東京でいえば、私立を六の割、公立を四の割で勘定して、定時制と合わせて国公、私立の中へ生徒を入れれば何とか入ってしまうんじゃないかという、これは都の当局の言葉なわけなんです。ところが、やはり現状の中では、逆に公立が六で私立が四で、その中で、たとえば一〇%増したらどうなるのか、その学校の学級定員が、高等学校の生徒が五十人以上なんということになると、これはたいへんなことになるわけです。で、私どもちょっと二、三、学校を見せていただきましたが、どんなかと思って行ったところが、たとえば家庭科のお教室を見ましたら、お料理しててんぷらをあげるというのですが、その生徒は私らよりみんな大きくて、先生がどっかで何か言っているけれども、どこに先生がいるのか見えないわけです。生徒がてんぷらをあげるのでアジなんか入れていますが、あげようがない、みんなごちごちぶつかってしまって。ああいう中の教育というものを考えた場合に、これは現に高等学校でそうであるけれども、この子たちが三年たち、四年たつと大学へ行くわけです。そうすると、大学の進学率という問題が出てくるわけです。そうすると、やはり今のうちに、しっかりした対策を立てながら大学への展望ということを考えた国の政策がございませんと、その場限りで終わってしまう。ときが過ぎたら、何か高等学校の全日制に入れないから定時制に行った。それから募集定員の数も掲げていない。私の申し上げたのは募集定員を掲げていない私立学校というのは、さっき局長がお答えになったような大学の付属校という問題ではございません。私立の高等学校だけの学校なんです。そこで募集定員を示していないということなんです。ですから、そういう点を総括的に考えてみますと、やはり隘路というものは、高校進学に対する一番最初の隘路は進学率の算定違いではなかったかと、このように考えておりますけれども、重ねて質問いたします。文部大臣にお答え願いたい。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 進学率の推定は先ほど来申し上げているとおりに考えているのであります。大体妥当であろうと。と申しますのは、再々申し上げましたが、自治省、文部省及び知事会と具体的に相談しましてまとめました推定の率でございます。これはどうも神ならぬ身の、最終的な結果を見てみれば違ったじゃないかということが絶対現われないとは、これは申し上げかねますけれども、少なくとも国全体の立場から全国的な対策を立てます場合は、おのずからタイミングが限定されますので、ぎりぎりのところまで詰めて知事会と相談した結論が、三十七年度に約六十億の追加財源提供ということになって前向きの姿勢が一段落した、そうして三十八年度を迎えているというわけでございまして、豊瀬委員にもお答えしましたように、これはあくまでも予測でございますから、責任回避する意思は毛頭ございませんけれども、信頼すべきデータに基づいて推定予定をするほかございません。そういう意味ではベストを尽くした気持でおります。しかし結果は、ちょうどよかった、やれやれということになるかもしれず、御指摘のように進学率の見込みがちと違ったじゃないかという結果となって現われるかもしれません。そうなりましたときには、その結果に基づいて善処するほかは、そう全体を見渡した対策というものは立てようがございませんので、やはり国会で御承認を受けた財源措置をとるとするならばそのほかにはないし、まあ法律制度の上で許された応急措置が、財源的にできるものはもとよりそうしなければなりますまいし、こういう問題は今後に課せられた課題だと思っております。推定としましては一応妥当な推定ではなかろうか、こう考えつつ今日にたどりついているわけであります。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 資料の中でしたか、この前のときに、全国の教育長協議会があってその中で高校の問題が話し合われたように新聞には出ておったわけです。というのは、文部省の集計した率について、あれでは少ないという御意見がかなりあっように聞いておりますが、私、直接聞いたわけではございませんが、教育長協議会の話し合いの中で高校の問題がどうであったかということをお尋ねしておいたのですが、お調べいただいたでしょうか。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) この前行なわれました全国教育長協議会には私も出席いたしましたけれども、そういう進学率の問題については話し合いはございませんでした。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 そうすると、これは新聞が間違っておったわけですね。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) その新聞を私見ておりませんから、間違っているかどうかはちょっとわかりませんけれども、そういう事実はなかったということを申し上げたのであります。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 今、文部大臣は、実際国家予算を執行している際中だ、きまったものでやるとおっしゃっております。ところが、地方々々ではどんどん学校を建てたり、それから学級の増設工事をしたりしているという実情を御存じですか。たとえば文部省のほうでは大体補助率このくらい、県ではこのくらい、このくらいの算定基準でやった、それが六一・八%だといいますが、現実にはそれでは困るというので、県々でどんどん始めているところがあるのです。それ御存じですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 想像はいたしますが、具体的には存じません。ですけれども、先ほど来申し上げている全体の事業量の五百五十四億を六百八十二億に改訂いたしましたこと、そのことは、国として責任を持って財源措置をいたしますという仕事量であって、具体的には各都道府県において、都道府県知事あるいは議会の判断に基づいて適時適切に進捗するということが、設置責任者としての当然の職責でもありいたしますので、具体的には御指摘のようなことがあり得ると思います。それは、そうであることが適切な措置であると考えるべきものと思っております。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 それなら伺いますけれども、そうすることが適切な処置であるならば、現実にどんどん今各県で進められておる、その国の補助を追加していく、いわゆる補正予算を組んでいく、こういう御用意がございますか。たとえば地方起債のワクを広げるなりいろいろな面で。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) それは産振法に基づきます補助を出しておりますのは、補助と見合う限度内においてやっておることと思います。普通高校におきましては、起債なり、あるいは交付税財源を国の立場で手当をする。それ以外にそれ以上のことをかりにやっておるとすれば、その公共団体の責任において自己財源でプラス・アルファをやりながらやっておるということだと思います。でございますけれども、先刻も触れましたように、そのことが、目前の急に追われて、他の行政執行のために、財源の多くを高校急増のほうに振り向けたために、こっちに穴があいた、そこで、その公共団体としての全体の財政計画から見れば、無理がいったから、その無理のままで過ごせるかどうかという課題は残るであろう、そういうケースもあろうかと思います。それはそれで別の問題として事後に処理するほかないということを先刻来申し上げておるわけでありまして、設置責任者としましては、今まで毎度申し上げるように、自治省、文部省、知事会と相談します場合には、自分の県の実情に即して極力安心のいく線を見出すべく努力をして協議して、その結果が全国的に見ますと六一・八%の修正しかるべし、そういうふうに一応なったことは確かであります。ところがこれは、都道府県にいたしましても、予測でしかないわけございますから、だんだんと現実の入学時期に近づくに従って、これではならぬというふうなことがあとから出てくる要素があり得ると思います。そういうものを見詰めて、何にも措置しないということは、設置責任者としては許されないであろうから、その必要に応ずるための措置をしておる県はあろうかと思います。そのことは当然のことであって、計画が間違ったとか間違わないとかいうこととは関係のないことであります。最終的に、計画があまりにそごがあり過ぎたじゃないかという御批判はあり得ようかと思いますけれども、計画に基づく実施段階におきましては批評いたしましてもどうにもなりませんから、現実に即して善処しつつあるということはあり得る、こう見ております。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 別個の問題だというお言葉でしたけれども、それではやはり解決できないと思うのです。というのは、県によりまして、御承知のようにお金のある県とない県といろいろありますわけですね。かりに東京のように少しお金があるとします。そうすると、まあ割合に多く建てられるわけです。ところがお金のない県がございます。たいへん貧しい県がございます。そうすると、そこではどんなにしたくてもできないから、建てたお金をどうしようかということで、国は頼みにするに足らず、そこで父兄の負担になっているわけなんです。これは具体的にある県でございますけれども、そこでまあ今まである高等学校に増設するというわけなんですね。しかし国の補助がある見込みもない。これはお母さん方皆さんが出すならば考えてもいいというようなことを言われたわけです。そこで建てている最中。そうすると、たいへん貧乏な市でございますが、それは一億五千万——私ちょっと聞き違いでしたら訂正いたしますが、一億五千万円のお金を用意しろと言われたわけです。そうすると、一億五千万のお金は市にもないし、なかなか困るというので、それは父兄負担になっていくわけです。これは大体お子さんのある家もない家も、教育は国のことだから、県全体のことだから、今子供がなくてもお金を出してもらいたいと、全く半ば強制的に大体一万円見当の募集がされているわけです。そいうところもあれば、東京のようなところもあるし、それはもうめちゃくちゃになってきて、知事の責任でやるとか、県議会の責任できめたから、それは別個の問題だということで済まされないわけです。やはり総括的な各県の平均とか、国として全体を見渡して、そうして起債のワクをふやすとか、国の補助をふやすとか、最終的な責任を国が持ってやるということが必要じゃないかと思いますけれども、その点は別個の問題としてずっとこのままいらっしゃったんでは浮かばれないと思いますけれども。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 別個の問題と私が申し上げたのは、御質問の趣旨が、六一・八%と進学率を推定しておって、それに見合う財政計画でスタートして現実にぶつかっているわけだが、それが見込み違いじゃないか、それ自体を何とかしなければならないであろうというふうな御質問であったかと勝手に思いまして、そういう意味では、国の財政計画を立てますのは、申し上げるまでもなく、御承知のように、一定の時期までに全国的な調査をいたしまして、資料を集めて、知事会とも相談をして、もうこれ以上は遷延できないという状態に追い込まれて結論を出して、前向きの財政計画に持っていく、こういうことでありますから、今六一・八%をめどにしまして、七年度、八年度とこう進行しておりますこと、そのこととしてはどうにもなりませんで、別個の問題でございます、こう申し上げるのであって、そこで、先刻、豊瀬さんにもお答え申し上げた、千葉さんにもお答え申し上げたつもりでおりますが、そこで結果としては、別個の問題と申し上げますけれども、国の立場で、当該都道府県で無理がいった結果が現われた、それはそのままに放置し得ないという課題として出てくることがあり得るでしょう、あるいは教育的な立場から、そのまま座視するに忍び得ないという課題を提供されることがあり得るでしょう、それはその結果に基づいて、あらためて考えて財政措置をするなり何なりという責任は国にはあるべきはずと、こう理解していると申し上げたのであります。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 そういう御答弁ではたいへん私も明るい希望を持ったわけですが、もっと具体的にさしていただきたいと思うのは、今、文部大臣がおっしゃったように、そういうふうな問題で具体的に結果としてはどうにもならないときには、国が責任を持って補助の増額なり何なりしていくと、こういうふうに解釈してよろしゅうございますか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) そういう課題となって現われると思うのですが、具体的にどうだということを申し上げるのは早過ぎると、こう思います。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 それでは心もとないわけです。これはことしっきりでなくて、来年も続きますね。そうすると、やはりこの算定基礎というものが各県非常にまちまちであったし、現に東京のように三回も手直ししなければならないわけですから全く違っておったわけです。そうすると、これをすなおに認めた中でやる、それも足らないというなら、ことしの今やられている措置というものは、来年は必然的に足らなくなるということは明らかなわけです、生徒が減っていくまでの間。そうすると、やはりこの今の段階でもう一ぺん査定し直すということは絶対できないわけですから、現実にそういう問題が起きているわけでしょう。豊瀬委員の質問した中に、現在員——高校を受けている者が何人いるのか、志望者が何人いるのかということもそれに関連をしているわけではないかと思いますけれども、これは一年間やはり手をこまぬいているわけにはいかないわけなんでございます。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 手をこまぬいているわけにいかぬと思いますけれども、そこで各都道府県の立場において、自分の行政区域内における現実の事態に即して応急的な措置をなすべきであり、なし得るという建前になっていると思います。それが設置責任者の責任の範囲だと。しかし、その結果が、くどいようですけれども、さっきの御質問にお答えしたようなことをつけ加えますれば、それは応急的にはそうですけれども、その結果が三十八年度を通じまして、当該県としては、全体的には財政上非常に窮屈だから、ほかの行政が停滞してしまって困る。だから何とかしなければならぬという課題は出てくるかもしれない。それに対して、国の立場でどうするかという課題は残ることがあるだろうということを申し上げたのでございまして、結果を見ませんと、そうでないのかもしれません。しかし千葉さんのお考えに従うならば、相当そういう課題が出るであろうという御推定でしょうけれども、それは結果を待って善処すべき課題である。善処しなければ、国の責任を果たさなければならない課題である、そう思います。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 私が申し上げたのは、たいへんくどいようですが、実際に増設しているという現状があるわけです。これをつかんでいただきたいというわけです。今各県で増設したり、それから増築したりしていることが実際あるわけです。それを現実に何県ではどう、どこではどうということをおつかみになっていただいて、早急に処置をしていただきたいということで、ただし今六一・八%の進学率で考えて予算を組んだから、今すぐこの予算を、それだけを実施させるだけの目的であるのだから、それはどうすることもできない、これは当然なことです。ところが、現実に今建てられておるという全国の実態をとったならば、すぐ文部省のほうで次の補正予算に組むなり、何なりの方法をやはり考えていただきたいということなんです。ことし一年たってしまって、各県からのあれが上がってきてしまったというのでは、これはすでに進行しているわけです。そういう点を今のうちに約束していただいたらなということを考えておるわけです。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 今具体的に必ずそういたしますというお約束はちょっと僭越だと思います。そういう課題となって現われるであろうことは念頭に置きながら、都道府県の教育委員会等から、あるいは知事会等からの——自治省として、文部省としましても、具体的に結果をとらえてのいろいろな課題が出てくるであろうから、そのときは十分に誠意を持って相談して、善処すべきものはするという心がまえで、今としては進行状況を見守るという以外に方法がないであろう。また、いたずらに部分的に突つき回してみましても、全体としては把握できない道理でございますから、しばらく静観をして実態をみたり結果をみながら善処するという、こういう順序であろうと思います。

千葉千代世日本社会党

○千葉千代世君 それで、やはり進学率の問題がたいへんいろいろ問題を含んでおるわけなんですけれども、これは一つの例ですが、岐阜県のほうにあるわけです。その中に、進学率が管内十八校の高校の中で初め去年の春あたり組んだのには七〇・六%組んだ、それが十月には六五・六%となり、ことしの二月では五八・六五%に下がった、これはおかしいな、下がるというのはどういうわけなんでしょうねと聞いたら——公私立合わせてなんです、どういうことでしょうと聞いたら、ここに問題があるのです。国で六一・八%で算定しているのに五八・六五%はおかしいのですね。ところが、これは私立学校なら私立学校が、今までなら両方かけ持ちしたものが、かけ持ちができるけれども、AならAの私立学校に必ず入学するという約束で、ほかの学校は一切受けないということにすればその学校に入れるということで、そして誓約書を取られてがんじがらめにされてしまう、そこでそこへいくということになって、もうよりいい、これよりもこれがいい、これよりもこれがいい、だからこれを受けるということではなくて、これに受けたいけれども心配だからこっちにいくというのではなくて、先に安全量というものをとってそこに入れてしまう、こういうゆがみがこういう率に現われた、そうすると、たいへんこれは心配なように思うのですけれども、そこの中には子供たちがほんとうに自分の希望している学校に張り切って受験することができないということになってしまう。岐阜県の例だけ伺ったので、まだほかにもあると思うんですけれども、こんなようにほうり出していきますというと、非常に入学率の中に問題が含まれていると思うんです。ですから、この点も早急に御調査いただきたいと思うんですけれども、いかがでしょうか。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) 個々のどういう進学指導をやりましたか、その一々について調べることは困難だと思います。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 文部大臣に聞きますが、世に試験地獄、準備地獄という言葉があると思いますが、小中高が単に義務教育だけでなくて、大学に通ずる面まで試験地獄的な様相を呈していることは御存じですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 新聞紙上で知っております。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 その試験地獄の原因はどこにあるという判断ですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) これはちょっとそのことをお答えするつもりで政府委員から知恵を授かっておるわけでもなし、自分自身でも実は具体的に検討しておりませんので、相当考え方によればむずかしい問題でもありましょうし、分析的に専門的に調査した結果に基づいてお答えしなければお答えにならぬと思います。政府委員がもしお答えできれば政府委員からお答え申し上げます。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 新聞で試験地獄を承知しておるという言い方ではなくて、それでも別に気にはいたしませんが、現在の試験地獄という様相は、すでに幼稚園から始まって高等学校まで続いておることは、文教行政の一つの重要な問題点として、十分御承知になっておくべき問題だと私は考える。そうしてその原因がどこにあるか、それを教育行政の責任としてはどう解決していくかということは、政府委員から知恵を授かりませんでしたから私は知りません、これはたびたび委員会でも落胆失望するような御答弁をなさるけれども、この見解も、私が行政の責任者として失望落胆するというだけでなく、きわめて遺憾というか、不見識な見解ではないですか、そういう前提に立って質問を始めます。まず幼稚園から家庭教師をつけてみたり、あるいはそれが純粋の家庭教育という意味、幼児教育という意味ではなくして、一流の小学校に入れる、一流の中学校に将来入れていくというために行なわれておる。そうして幼児、児童、青少年の心身に非常に過度ないわゆる試験準備教育が行なわれている、こういう実情も御存じですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) それも新聞等で承知いたしております。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 そのことを大臣としてはどういう見解を持っておられますか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 合理的な見解をちょっと申し上げかねます。ただ直観的に申し上げますれば、幼稚園の事例をお述べになったのですけれども、有名な幼稚園に入れたいと思って、家庭教師まで雇って大騒ぎをしておるのはこれは親の責任であって、家庭教育の課題として考えられるべきものじゃなかろうかと思います。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 そうすると、幼から高等学校に至るまで、その心身の発達の度合いに対して過剰な試験準備教育が行なわれているということに対して、大臣は新聞で見て、ああ気の毒なことだなと思っているだけで、別に文教行政として考えてみ、対策を立てようとする意図は全くない、端的に幼稚園問題であなたの答弁で出たように、本会議の答弁があったように、父兄の虚栄心のなせるわざ、非教育的な見識から出ている被害であって、あなたとしてはつまらぬ親がおるもんだなあと冷笑しておる、こういう態度ですね。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 冷笑しっぱなしというわけじゃありません。家庭教育の課題として両親学級でも作って、家庭教育にもっと力を入れなければいかぬじゃないかということも指摘されるくらいの問題があるとは思います。しかし、それは学校教育それ自体の問題としては取り扱いかねることじゃなかろうか。家庭教育の問題である中学の入学試験についての騒ぎも同断だと思います。高等学校につきましては高校急増対策ということが相当の解決策になり得ると思いますが、これとても反面にはやはり親の責任に帰すべき、善処してもらうべき分野も相当あろうかと思います。大学の入学試験については試みに、すでに御案内のとおり、文部省と大学と高等学校と一緒になって試みのテストを、安定した状態において受け入れられるならば、三、四年後にはそれを採用するというめどのもとに研究しようということが始まるというふうな繰越としてとらえねばなりますまいし、大学の入学試験が、ある大学のごときは、高等学校で教育課程として、教育内容として教わらない分野まで広げて試験を出す傾向にあるなんということも、これは大学側の脱線であり、大学と高等学校教育との相関関係において文部省としても考えねばならない課題があるであろう。そういう意味においては、私も及ばずながら考えつつありますけれども、今おっしゃる幼稚園の課題は、私はどうもほとんどすべてが家庭の心がまえにある課題じゃなかろうかと思います。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 非常にあなたは右の耳には義務教育の話が入り、左の耳には幼稚園の話しか入らないような御答弁をなさるのですが、子供を生んだときからまじめな母親というのは、どう人間として育てていくかということを考えておるわけです。就職難ということがあれば、子供を生んだときからそういう心配をするでしょうし、配慮をするでしょうし、必要なる措置をしていくでしょう。そのことの発想が、単にあなたが放言しておる冷笑のしっぱなしの問題でもなく、また両親の単なる虚栄心の所産でもない。やはり試験地獄ということが現実にある。そのことに対して早くからやることの教育的な適否ということは十分考えられる。しかし、たとえば小学校においても、準備教育のために、それもいわゆる世にいうところの補習教育ではなくして、試験準備教育のために、これは教育界そのものが自粛しなければならない問題も多分に含まれておりますが、義務教育そのものの正常な運営さえも若干阻害されておる。特にまだ心身の発達の未成熟な青少年が深夜おそくまで受験準備のためにその生命をすり減らしつつあるという現象ですね、単に大学に対しては一つの試案としての政策を打ち出しておる。幼稚園については母親がつまらぬからだと、こういう言い方ではまことに文部大臣として情ないというか、無責任な放言だと思うのです。義務教育だけとってみましても、今私が指摘したように、一つは心身の消耗というか、これに対して非常に負担加重による弊害が続出しておることは御承知のとおりであると思います。これはあなたも認めざるを得ないでしょう。さらには今指摘したように、学校教育の正常な運営ということが阻害されておる。法務省の資料の中にも、試験準備に重点が置かれたために、就職組の人たちがコンプレックスを感じていろいろな事件が起こったということも、あなたのお得意の新聞にはたびたび報じられておることであるし、青少年問題対策協議会の中でもこのことは取り上げておる。こういう事態に対して、教育基本法にいうところの教育行政の責任という観点に立ってあなたとして、大学受験の問題だけでなくして、高等学校に入学する問題、試験地獄についても文部省として実情を把握し、これに対処する施策を打ち出すべき時期にきておる、このように私は判断するのですが、これについては、今のところ全く考え方も政策もないということですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) いろいろと教育諸条件といわれる中に、試験地獄とつながる検討すべき課題があろうかと思います。また、ある学校を——大学なら大学を出さえすれば就職は保証される、そういう形式的な基準にしたがって社会の職場の受け入れが行なわれ、職場においては能率的なことが二義、三義的に考えられて、給与も生活給的である、いわば悪平等である。だから、そこに一応世間で何々大学を出たということでありさえすれば、生一派が一応保障されるがごときムードが戦後横行しておると思いますが、根本的に言えば、私はそういう点にもつながる試験地獄の様相であると思います。それについては、今としては特に子供の親が、自分の最愛の子供の健康なり何なりを考えて善処するという責任の範囲に帰すべき課題がたくさんあると思います。分量的にはこれが一番多いのじゃないか。その間に処してそれぞれの学校における先生が指導し、忠告をしながらリードしていってもらうというやり方によっていわゆる試験地獄の無用の苦しみから相当抜け出し得るのじゃないか。それらの一連の単なる学校教育、単なる社会教育という文部省だけで背負い切れない基本的な問題も根底に横たわっている課題である、私はそう考えます。したがって、むしろ試験地獄という言葉は、学校教育に関連して使われますけれども、これが対策ともなれば、国全体の立場でもっと深い照察を加えて根本的な基礎条件の改善等から考えをめぐらして対策を立てるのでなければ、抜本的な対策は立ちかねるのじゃなかろうかというふうに思っております。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 かまえとしては別に私も異議がありません。その父兄の心がまえの是正、学校の教育に直接携わっておる教師の実際の指導の適正、これもかなりの分野を占めるでしょう。どこに責任があろうと、数百万の青少年が心身をすり減らしながら試験地獄に悩んでおるという実態は否定できないと思います。これを後段に言われた全体的な国の施策として考え、是正していくというのは、あなたのところの所管としての発想が、責任があるのじゃなくて、たとえばあなたの考えとしては、十月二十七日ですが、出されておりますマン・パワー部会のいろいろな人材開発、人的能力の養成、学校制度、能力の適性等がいろいろ出されておりますが、そちらに当分まかせておって、それから出てきた後に文部省としてはやおら腰を上げようというお考えですか。それともやはり国全体としても考え、措置しなければならぬ段階にある、したがって、所管の問題は多少あろうとも、やはり青少年の教育の一つの問題として、文部省自体が積極的にこれと取り組もうとする意図はないということですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) そういう意味ではございません。今始まって今後に対処すべき問題とは考えません。旧憲法時代からあることであり、戦後また新たな様相をもって、いわゆる試験地獄の様相が日に日に激しくなりつつあるという時代だと思います。したがって、それに対する対策としましては、先刻来申し上げておるあらゆる分野について考慮がなされ、具体的施策もなしていかなければならぬという意味において、文部省の所管します限りにおいてのベストを尽くさなければならない、これは当然の責任だと思います。それだけでは解決できない、いわば国務大臣という立場において考うべき課題、国全体、政府全体として相協力して対処しなければならぬ課題もそこにひそんでおるであろうということを、ついでながら申し上げたのでありまして、文部省自体として、いわゆる試験地獄に対して無関心であってよろしい、そういうこととは毛頭考えておりません。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 基本的な心がまえはよくわかるのですが、人つくりといい、教育の振興ということが、総理の演説でも、あなたもたびたび言っておられるようですが、やはりあなたが言われた旧憲法時代の試験地獄と現在の試験地獄というのは、あなたが引き続いておる、継続されておるものであるというふうにお考えでしたら認識不足だと思うのです。私、昭和五年だったと思いますが、県の福岡中学校に入学したのですが、三倍近くの入学率、希望率でしたけれども、私、いなかの小さい小学校におりましたけれども、都市の学校でも今同級生に聞いてみると同様ですが、ほとんど放課後の準備教育というのは行なわれない、時たま試験前になると受験希望者を残して指導されたことは私も覚えているのです。そういう実情であったのです。現在はもう小学校から、テレビをお母さん方が何時に消して、あの子の勉強のために家庭は声をひそとひそめて、体をこわさねばいいがと思いながら十一時十二時までも勉強さしておる、これが特定のあなたの言う適性に応ずるだけの能力のない子供のしりをたたいておる父兄だけの問題ではなくて、家庭の問題ではなくて、大体受験を志しておるかなり多くのほとんどといっていいくらいの実情です。これを認めるならば、数年の間にほんとうの人つくりもゆがめられていっておるし、広い意味における心身という意味の、特に身体のほうにおいてもかなり多くの障害ができておるし、特に注目すべき問題は、新聞等でも御承知のとおり、神様に祈る際に、私の友だちが落ちて、私だけ通るようにして下さいと落書をしたとか、あるいはあの子が試験当日病気になってくれればいいとか、映画館の入場券をもらって、試験を受けようとする友だちにこれをやって、お前映画を児に行けと言って自分だけ勉強しておる、こういう排他的な否定すべき個人主義というものが試験地獄によって非常に子供の正常な心身の発達を阻害しておるわけです。かまえとしては、国全体で検討すべきであるし、文部省としても考うべき問題だと、こうおっしゃった、その対策として、今予算の中で打ち出されておるものは何ですかという聞き方はしませんが、今対策として検討の段階にいっておるものはどういうことですか、あれば答弁願います。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 先刻御披露しましたように、大学の入学試験について特に問題が深刻であろうと想像されます。中教審からの答申もございますように、その答申の線を念頭におきながら、具体的な対策としましては、大学の入学試験の問題をもっと合理的な線に乗せるべきであるという考え方のもとに、先日その担当の団体が発足するような段階にきたことは、御案内でもございましょうが、そういうことを具体的にはやっているのであります。高等学校の入学試験等につきまして、具体的に何かをやっているかどうか、政府委員からお答えを申し上げます。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) 高等学校の入学選抜のし方につきましても、いろいろ地域の実情に応じて、いろいろ問題があると思いますが、それらに関連しまして、私どもとしては、全般的に高等学校の入学選抜の方法を今後いかなる程度に改善していくかということについて、昨年以来研究をいたしております。一応外部の方々も御参加をいただきまして、高等学校教育対策研究協議会というものを設けて、そこでいろいろな研究をいたしております。しかしながら、まだ結論が出ましたのはごく一部分でございますので、今後のいろいろな検討もあわせて、将来できる限りこの高等学校の入学選抜の方法に関しまして、より実情に合う、また生徒にできる限り負担のかからないような方法を講じながら改善をして参りたいと、こういうようなことで研究は引き続いていたしております。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 選抜等の再検討、改正、そのほかには。

福田繁文部省初等中等教育局上長

○政府委員(福田繁君) 現在のところはその範囲でございます。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 学力テストの予算が最初に文部省で組まれた際に、まだ予算要求の段階で、当時の初中局長の内藤君が、廊下の話でしたが、学力テストをやって、全国の高等学校の入学試験問題を国で統制しないと、今の試験地獄は救われません、試験地獄解消のためには先生協力して下さい、こういう話をしたことがあります。私は驚いて、全国の高校の入学試験問題を国で統一するための学力テストか、こう言ったら、いやいや、それだけではありません。それはプライベートの話でしたから、それ以上突っ込みませんでしたが、学力テストの結果の処理の一つとして、試験問題についても、今、大臣の答弁のように、大学の入試と同じように、試験問題そのものについても何らかのコントロールをしようとする意図がありますか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) ございません。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 それでは大臣にお尋ねいたしますが、選抜方法の改正だけで、私が指摘したような、現在の好ましからざる教育的な諸現象が解決できるとお考えですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 必ずしも全部の問題を解決できないと思います。根本は、何としてもさっき触れましたようなことももちろんでありまするし、先ほど引例されましたような忌まわしい現象が起こるということを連想いたしましても、これはデモクラシーの消化不良じゃないか、根本にわだかまっている、間違いのない底流は、デモクラシーとはエゴイズムであるというふうな、ばく然たる気分が漂っていることは事実だと思いますが何さま民主主義の形で発足しまして以来、外国に比べれば、はるかに年数が浅い、経験が浅い、民主主義とは何ぞやという、ジャパニーズ・デモクラシーとでもいう意味における身についたものが、まだ完全にないということの混迷もまた私は試験地獄ないしは児童、生徒のいろいろな非行事件等に現われる根底に横たわる——児童、生徒の罪じゃないでしょうけれども——そこに考えさせらるべき何かあるのじゃないか。文部省としてもむろん考うべきであり、教師みずからも考えるべきことがあるであろうし、一般社会、おとな、ことごとくに課せられたその課題がすっきりするようにする努力、それに合わせて悪平等にならないように、単に点取り虫的にやりさえすれば、それで一生が支配されるというのでなしに、人間性の総合的な価値判断に基づいて人間的な待遇が与えられ、社会的な評価が行なわれるような状態に持ち来たすためになすべき課題は山ほどあると思います。それらが意識的に、政府側はもちろんのこと、民間におきましても十分考えられつつ前進していくという中に立って、試験地獄に結びつくような、大げさに表現しますように思いますけれども、私は根底にはそういうことがあるのじゃないか。それと文部省の担当事項として、教育諸条件を整備するという形の中に試験地獄解消の課題と相応すべき問題もたくさんあろうかと思います。そういうものが総合的に推進されることによって抜本的な解決が期待できるのであろう、こういうふうに思います。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 国民大衆がデモクラシーの消化不良になっておるという現象があるとすれば、それも一つの看過できない問題ですが、むしろこの問題は文教行政に対する荒木大臣の大臣としての消化不良からきていると私は思うのです。端的にいうと、やはりあなたが本会議でもたびたび答申を出したところの終戦の一つの現象として生じた生徒等に対する国の責任、努力不足であると思います。このことは、先ほどからしばしば論じておりますので、十二時で終わるという約束でしたのでやめますが、あなたが言ったデモクラシーの消化不良が原因である、冷笑するだけではないという言い方、それから文部省として選抜法以外に大学入試については一つの方法があるけれども、義務教育を阻害している高校入試に対しては今のところ方策がない、この三つの点だけは私は重大な問題として確認して、自後、他日に問題を譲りたいと思います。  もう一つ、管理局長は千葉委員に対しましてきわめて不まじめな答弁をしたんですが、私立高等学校が生徒から入学に際し、受験に際しての徴収というようなものは決して秘密でないので、生徒に、父兄に領収書を与えておるから調べられるはずです。前回も指摘したように多いところでは二十に近いような費目をとっています。なるほどそのことについても教育的には問題がありますが、私はそのことの適否を私学に対する問題としておきまして、やはりそうした入学金と一緒に、教えもしないのに授業料まで徴収していくというやり方、そういうことをやっておるという原因の一つには、——私は否定さるべきやり方だと思うのですが、——原因の一つには、やはり何としても私学に対する助成金の少なさ、授業料や生徒から徴収する金に依存しなければ教員の給与も学校の経営の維持もできない、ここに問題が一つあると思うのです。したがって、私学に対する私学の助成はもちろんのことですけれども、文部省としての措置、文教行政としての課題は、私学に対する助成金をふやしていくことによって忌まわしい、あるいは好ましからざる、こうした姫路に起こったり各所に起こっているような現象を解消すべき問題だ。今年度は産投から二十億ですか、ふやされたことも一つの方策と思いますが、それではきわめて不十分だと思うのです。ずっと以前の、本国会あたりの委員会では、私学は自分でやるべきで助成金は出さぬでよろしいのだ、こういう趣旨に感じられる答弁をなさったのですが、現段階でも、たとえば高校急増対策という角度から、あるいは試験地獄解消という立場から、現在の私学に対して助成金を増額していくという基本的なかまえがありますか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 助成金とおっしゃることは、私学の経営費の中で経常費の中で経常費に属するものを国庫支弁でもって補助金として支給するという一般論でございますと、どうも今日も私はそれは適切じゃなかろう、こう思っております。たたし、いつかもここで申し上げたと思いますが、たとえば理工系の教育をするのには非常に金が膨大にかかる。しかも国民的な要請は、国公、私立を通じてその養成に力を入れなければ、国全体、民族全体とし不幸につながると考えられる。そういう立場から、私学に特にそのことを国の立場で、全国民的な立場で要請するという場合には、その幾らかを国民全体の何において税金支弁で経常費もある程度見るという課題は出てくるであろうという考え方から、従来わずかながら助成金を出しておるわけですが、そういう趣旨以外に、一般的に私学に、経常費をまかなうために国の経費をつぎ込まなければならないと結論づけますのは、ちょっと私は私学の独自性、私学の自主性、学府などというもののゆえに私学の存在理由があると考える前提からいきますと、危険じゃなかろうか。ただ安易に当面だけを考えてそうしますことは適切じゃなかろう、こういうふうにただいま思ます。そこで、財政投融資の窓口が開かれましたが、二十億で足れりとするものじゃむろんございませんけれども、建前はやはり民間の浄財に依存して私学というものの独自性を維持していくという基本線に立っていく。政府出資を財源とする従来からやっております私学授興会からの長期低利資金の融通、その一つの方法としての財政投融資の資金にこれを依存する。そういうことを広げていくやり方と、さらにまた法人、個人もわずかながら民間浄財が税法上の便宜を与えられる意味において集まりやすくなり始めてはおりますが、これも窓口が狭過ぎる。外国の例をよく聞かされますけれども、外国並みの個人の私学に対する生前、死後の贈与等の優遇措置を講ずることによって資金を集まりやすくする努力というものが残された課題で、そういう方向に国としては努力するのが本式じゃなかろうか、こういうふうに今思っております。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 補助金を出すと支配しなければならないというあなたの考えのほうが不適切であって、補助はするけれども支配はしないという原則というものをあなたが持っておられるならば、補助金等を出すことについて必要があればいろいろの法的な整備を行なっていけば、決して不可能なことでなく、むしろ現在の私学の研学の趣旨を助長していくゆえんになると私は思っておるのですが、時間がありませんので、この問題は次に進めたいと思います。

北畠教真自由民主党

○委員長(北畠教真君) 午前の質疑はこの程度にし、午後一時半より再開することにして、これにて休憩いたします。    午後零時三十分休憩      —————・—————    午後一時五十五分開会

北畠教真自由民主党

○委員長(北畠教真君) ただいまより委員会を再開いたします。  午前に引き続き質疑を続行いたします。御質疑のある方は御発言願います。

小林武日本社会党

○小林武君 文部大臣に質問をいたしますが、先ほどの質問の中にも出ておりましたけれども、今度の高校の急増対策の問題につきましても、文部大臣のいろいろな御答弁を聞いておりますと、何か試験地獄の問題も、それから有名校に殺到するといいますか、そういう問題も、デモクラシーの消化不良、デモクラシーのエゴイズムの表われだというような、そういう把握の仕方があるようです。さらにはそういうものが児童、生徒の非行の問題とさえからんで御発言になっておりますけれども、その点については、前々から文部大臣の一貫した発言を、ぜひとも本委員会で文部大臣の講演を通して明らかにしてもらいたいという、われわれの希望もあったわけでありますけれども、この希望がいれられなかったわけであります。  私はやはり、この二、三度の委員会の質疑の中に、先ほど育ったような文部大臣の見解には非常に多くの疑義を持たざるを得ない。口では憲法、教育基本法に基づいた民主教育を進めておるように言うんですけれども、どうも事実はそうでない。そういうことをじき、さっきの発言からも感じますし、それから今までのいろいろな講演の中からも感ぜられるわけです。私はあまり言葉じりをとらえて、かれこれ言うのは得意ではございませんけれども、文部大臣の私の目の前で行なわれました北海道の全国の公民館大会の記念講演なるものは、これはまあそのときだけ行なわれた問題ではなくて、大体同じような、これは直接文部大臣からお聞きすることはできませんでしたけれども、なんでも文部大臣の御発言の中に、私はレコードのようなもので、回り出せば結局同じことを言うというような話も出たということを聞いたことがあるわけです。まあ一貫した、とにかく考えであることだけは、間違いないように思うわけです。特に、やはり当時の講演の速記によりましても、文部大臣は大臣の職員を果たすために、終始一貫やらなければならぬということをおっしゃっておる。これが文部大臣としての務めだということをおっしゃっておるわけでありますが、私は、これは単なる言葉じりをとらえるということにはならないと思いますので、御質問をして、明らかにしてもらいたいと思うのです。  しかし、私の希望は、そういうことの言葉の上での論争や、どう言ったということを取り上げて、けんかをするということが主眼ではございません。私は、文部大臣が日教組に忠告をするというような発言があったわけですが、忠告をするならするらしい文部大臣の意見というものを、ほんとうに全国の教師の集団である日教組に、筋を通して話をするというような手だてを講ぜられて後、いろいろな御発言をなさるのもけっこうだと思う。また、そういう手だてを講ずるということが、私は文部大臣としての務めだと思いますけれども、この間のあれでは、明らかに組織の破壊ということを、忠告という言葉に置きかえてやっているようなことは、まことに遺憾だと思うわけでありますが、私は委員会のいろいろな質疑を通して文部大臣が、少なくとも日本の教育を前進させる全責任をひとつ政府としてお持ちいただくならば、政府部門として、そういう責任をお持ちであるならば、日本の教師とお互いに理解し合うということなしには、教育の前進なんということは考えられないことでもございますし、できるならば、そういう誤まった考えは、ひとつこの際、お改め願うということができれば幸いだという角度から申し上げるわけです。  それで、かなり長いので、きょう一回では、とても終わらないと思いますが、初めに、私は文部大臣のお考えの中に、民主教育に対する見解について、ちょっとふに落ちない問題があるわけですが、その中で特に児童、生徒というものに対して、どういうふうにお考えになっているか非常に疑義を持っているわけです。たとえばデモクラシーの消化不良、そのエゴイズムの現われが、子供の何か非行の問題と結びついている、民主教育というものに大きな欠陥があるかのような、こういう御発言もさっきなさっているのでありますが、実はあなたの講演の中に、民主教育ともなれば、はなたれ小僧の子供も一個の人格者であるから、満場一致の決議ともなれば、受け持ちの先生も尊重しなければいけないと、こういうことを言っているわけです。一体児童憲章を引っ張り出すまでもなく、教育の場の中で子供たちを一個の人格として認めるというようなことは、あなたは誤まりだとお考えなのか、はなたれ小僧というような、そういうあれで全国の児童、生徒を一体あなたはお取り扱いになることが、文部大臣として当然のこととお考えになっているのかどうか、その点をまず承りたい。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 赤ん坊といえども、児童、生徒といえども、人間としての人格を持っておる、そう思います。

小林武日本社会党

○小林武君 はなたれ小僧と言われたのは、どういうことですか。はなたれ小僧であっても、一個の人格として、満場一致ともなれば、教師が言うことをきかなければならぬというのは、どういうことですか。あなたは今の答弁とは、ちょっと違った表現をなさっているでしょう。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 違ってないつもりで申しております。それは私の、郷里の市長をしばらくしておりましたときの話を引例して申したことでありますが、終戦直後、きのうも、きょうもあすもというふうに児竣、生徒が列を作って全校をあげてレクリエーションに出かける。一体これは毎日のように続くのだが何だろうというので、教育課長に聞いたことがあります。その教育課長の言によれば、民主教育でございますから、生徒会を作らせました。生徒会の決議だから、その決議には従わねばならいというので、きょうもレクリエーションに出かけているところでございましょう、こういう話を当時聞きました。終戦直後、昭和二十一年のことでありますが、そのころの小、中学校の教育のあり方については、ほんとうに全国民が、かつ現場の先生もむろん含みますけれども、一敗地にまみれて、今後の教育がどうなるかということについては、六・三制の実施とともに、五里霧中になったことは事実であります。ただ、そのときにあたって、民主教育だという言葉が流れてきた。その民主教育とは何ぞやということは、おそらく専門家の先生といえども十分に把握できなかったことは、これは当然のことと思います。  そういう環境の中にあって、きょうもあすもとレクリエーションをやっていることは、一体学業はどうなるだろうということを当然市長という立場で心配になったのであります。で、聞きましたところが、こういう状態だという。一体がんぜない子供であるから、はなれた小僧という表現の適否は御批判もございましょうけれども、がんぜない子供、分別力もない子供、だから義務教育を受けるという制度になっている。その教育の場で、きょうもあすもと決議しさえすれば、レクリエーションに出かけ得るという状態を続けることを心配いたしましたがゆえに、そういうことであってはいけないと私は当時も思いましたが、今でもそう思います。そういう愚かなことが今行なわれているということじゃない。戦争に負けたということを契機として、そういう事実が出てきたことは事実でございますから、むろん子供の人格の尊重さるべきことはお説のとおり、一点の疑いも私持ちません。それであるがゆえに、義務教育の場において、分別のある、見識を持った先生方の御指導を受けなければならない。したがって、生徒会の決議が誤まっているならば、校長ないしは担当の教師としては、当然それを言いきかして、しからざるゆえんを説き明かしながら、きょうもあすものレクリェーションというものを取りやめさせるという努力があってしかるべきではなかったろうかという意味において申し上げたのであります。

小林武日本社会党

○小林武君 子供が未熟であって、いろいろな決定をしても、そのことが必ずしも正しくないということは、これは言うまでもないことであります。それをある程度指導しながら、子供のそういう民主的な運営で、あるいは自分たちがものをきめて、それを実行し、それについて責任を持つというのは、これは当たりまえのことです。あなたがそれをはなたれ小僧と言ったのは適当かどうか。あなたは一体、子供をはなたれ小僧ぐらいに考えているんでしょう。  その次にですね、次の質問に入りますが、あなたは、そのことと関連して、今話を聞くと、毎日のようにレクリェーションの連続だということを言っている。あなたはそのときに、口ぎたなくその講演の中で、ばかになりゃせぬかと、こう心配している。そのとき、一体大牟田は、例の講演によるというと人口が十五万、十六の学校が焼けてしまった、市内は焼け野原であった。こう言うが、それは間違いないでしょうね。講演の事実は間違いないですね。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 間違いありません。

小林武日本社会党

○小林武君 そのときの十六校も焼けてしまった戦争の荒廃の中で、設備はなかった、教科書もない、教材もない、こういう事実をあなた認めますか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) そういう状況であったことも承知しております。

小林武日本社会党

○小林武君 六三制を始めるときに、こういうことが衆議院の討議で、文部委員長の椎熊三郎氏が本会議で行なったということが書いてありますが、社会党の永井勝次郎君より熱心な質疑がございましたが、その要点は、今六三制を実施しても、設備や学用品、教科書は、はなはだ心もとない、文部当局は施策があるかというのでございました。これに対し日高学校教育局長は、文部省の腹の中を率直に打ちあけられました。そのとき日高局長は、敗戦日本は、次代の日本を担当する青少年に絶大な期待をかけるほかない、このため教育の徹底的な刷新改革が必要である、現状はこの子供たちに、一冊の教科書を与えることすらできないのは遺憾千万であるという意味のことを述べて、中途において、局長は答弁に詰まり涙ぼうだとして、ついに声を上げて泣きました。私はこれは文部省の人は泣いていればいい、泣いていれば間に合うというわけじゃないですけれども、泣いて答弁すれば、あとの人がしゅんとなったと書いてあるから、きっとしゅんとなったと思いますけれども、子供を目の前にした先生というのは、どうなんですか、どうしたらいいかということになる。このレクリェーションをあなたは、ばかになりゃせんかというような、市長の高みの見物みたいな話の状態で、レクリェーションが行なわれたと、あんた考えていますか。そのときには、教科書もない、教材もない、そういう状態の中で、一体、どういうふうに教育したらいいか、さまざまな苦心が払われて、子供たちの意見を聞いたりして行なわれたものだと、あなたは思いませんか、どうなんです。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) きょうもあすもレクリェーションという、事柄それ自体がレクリェーションそれ自体がけしからぬと、その当時思ったわけじゃむろんない。連日、そういう状態であることは、はたして教育効果という点から見て妥当であろうかという角度から、教育課長に実情を聞いて、そして今披露しましたような回答を受けたのであります。むろん教材もないが、不備であったことは私も当時承知しております。焼け野原になって、会社の社宅のあいたものを破れ小屋を提供してもらって、ようやく雨露をしのぐという状態でありました。したがって、まずなすべきことは、子供たちに校舎を提供することだと、こう考えて、十六の学校全部を、バラックでありますが、起債を起こしまして建てた。机、いす等も焼けてしまって、きわめて不備であったことも確かであります。それも曲りなりに整備しました。そういう努力をすることは、これは当然のことでもありますが、それだけに、別に泣きはしませんでしたけれども、何とか、そういう諸条件を整備しなければならぬということは、別途教育課長の進言の間に全努力を傾けたわけであります。そこで、その当時の実情を、きょうもあすもとレクリェーションに明け暮れる状況、それが正常な姿でないことは、これは当然であります。各、ケース・バイ・ケースのレクリェーションをやったその学校、その担当のクラス、それが、今小林さん言われるような涙の出るような思いで、レクリェーションでも出かけるほかになかったから行なわれたこともあったでしょう。しかし全貌を見ますときに、ほんとうにきょうもあすも、そういうことが行なわれておったことも事実である、それが生徒会の決議によって行なわれたということも、たくさん具体的なケースがあることを教育課長から聞かされて、それ自体、そのものを嘆かわしく思いましたから、単に生徒会の決議ということだけで、それに従うことがデモクラシーだ、民主教育だという考えに立っておる人がもしあるならば、残念なことだという意味において、当時教育課長と話したことがあります。  それを思い起こして、まあいわば、ちょうだいもののデモクラシーでございますから、消化不良と一言に言いますけれども、自分自身も、消化不良症状であることを自覚しております、今でも。いわんや終戦直後において、学校の先生といわず、教育課長といわず、見当がつかないで弱っておったという実態です。当時の実態をとらえて、子供の人格の尊重ということと子供たちの自主的な習慣性を培養するための生徒会というものの学校内における運営、そのことに、いろいろな長所があり欠点もあろうかと思うのですけれども、学校長ないしは担当の教師はベストを尽して、その妥当な運営に当たるべきであるということは言わずして明らかであります。ところが、すべてがそういうだとは、むろん思っているわけではありませんけれども、中には、そのはき違いのもとに、単に子供たちが決議したから漫然とレクリェーションでも行っているとするならば、これはちょっと本末転倒ではなかろうか、そういうことを当時私自身が感じ、教育課長ともども心配したことがありますから、そのことを引例したにとどまります。

小林武日本社会党

○小林武君 あなたは教育の諸条件が、正常な授業をするような条件が整わないということを認められておるでしょう、学校が十六も焼けてしまって——小学校校が十六も焼けてしまって、その応急の手当もなかなかできないし、教育をする条件が整っておらない、そういうことを認めておりながら、はなたれ小僧が学業を放棄したというのは、これはどういうことですか。私は、その当時の大牟田市長がそういうことを考えたというならともかく、文部大臣を何度も何度もやって、いまだにそういうことを、一体ほかへ行って演説して歩く、これが自分の務めだといわんばかりに言って歩くのは、一体どういうことですか。どういう話ですか、はなたれ小僧が学業を放棄したというような、そういう言葉で表現して正しいと思いますか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 言葉の適否は御批判があろうかと思います。私がそういうことを、今日でも引例しますゆえんのものは、民族的な歴史の歩みの中に、デモクラシーというものに自然の努力が実って到達したという場面ではありませんから、敗戦ということによって、デモクラシーというものが、いわば与えられた、それを認めて今日に来ていることを否定はしません。ですけれども、デモクラシーの考え方で今日にあります民主国家は、その民族みずからが、数十年、数百年の歴史の中に、民族的努力によってつちかわれて到達した境地だと思います。それに比べれば、デモクラシーのよさを思いますけれども、未熟であるということは、これは何人も否定できないと思います。だからそれを熟知させていく努力こそが、文部大臣という立場においても重視されなければならない職責の一端だと思います。終戦直後のことを思い起こしてみれば、学校の場においても、今日では想像もできないような事態があった、仰せのとおり教科書もないか、もしくは非常に不自由であった、教材も不自由であったことは事実でありますが、ただ、レクリエーションだけで明け暮れるならば、これは教育的に見て、当時の乏しい常識で考えましても、望ましい姿でないことは確かだから、何とかしなければならぬという意味において担当の課長連中を督励しながら、いささかの努力を私は注いだつもりでおります。  要は、当時終戦直後目に見える現象は、そういうことであった。そういう状態が今続いているとはむろん思いません。思いませんけれども、デモクラシーとは何ぞや、民主教育とは何ぞやということを厳粛に考えれば考えるほど、輪郭がはっきりしない部分があります。そのことをみずからも顧み、同時に教育の場を今日見詰めましても、そういう意味での努力の足りてない点が多々あろうかと思われる。そういうことで、真の民主教育確立のためには、文部省といわず教育委員会といわず、学校長といわず、教師といわず、全部が協力していくべきものだ、そういう課題だと心得て、昔を、終戦直後を振り返りながら、いかにデモクラシーというものを民族的に身につけることがむずかしいことであるかを思い起こす一例として引用しているのであります。

小林武日本社会党

○小林武君 そう言うんなら、ひとつ、もう一ぺん委員長にテープレコーダーをかけて聞いてもらわなければならぬということになるのだけれども、まあそれはやめるといたしまして、あなたの言っていることの速記は、ここにある。思い起こしてなんという、今言ったことは、うその皮だ。あなたの言っているのは、民主主義、民主教育に対する誹謗を行なっておる。講演の趣旨はそれなんだ。あなた、自分でやはり良心的に考えていただきたいと思う。自分の言ったことに責任を持たぬということはいかぬと思う。それもその場限りで出したものではない。全国至るところでやっている大演説だ。そういう文部大臣ともあろう人が、道徳にはずれたことをやってもらっては私はたいへん固まると思う。そして、その文部省から道徳教育の資料なんかが出てくるということは、はなはだ迷惑しごくだと全国の教師諸君が考えると思うが、そのことはさておいて、一体あなたは、どうですか、第一に当時の大牟田市の一体小学校、中学校の児童、生徒というようなものがレクリエーションに明け暮れたというようなことは、これはあなた少し、私は見てないからわからないけれども、事実を誇張しているんじゃありませんか。大牟田というのは人口十五万という、学校の数がどのくらいあるのですか、焼けたのが十五、六あるというのだから、相当な数でしょう。学級数にしたら膨大な数なんだ。その膨大なものが、一体一つ一つ、一学級かわるがわるやったところで、これはたいへんなことだ。市長がそういうふうなものを見ておったら、同じものが毎度やっているように見えるかもしれない。全部の学校が、そういうふうなことをやっているように見えるかもしれない。そういうふうなあれは、一体あなたは、確かめてやっているのか、どうですか。大牟田の市内の学校の全部が授業を放棄してレクリエーションの連続をやっているのかどうか、そういうことを確かめて言っているのですか。あなたの日に触れた事象をとらえて、あなたは感じとして言っているのですか、どうなんですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 数を一々当たったわけではむろんございません。専門的に教育のことについて内示をしてくれるのは教育課長であります。教育課長にその質問を発した、その回答として、数をどうこういうことではむろんございませんけれども、生徒会の決議に従ってレクリエーションというものが行なわれておった、その状態がこの状態であります、困ったことですがということを言ってくれたことに根拠を置いて申しておるのでありまして、数がどれだけあって、何月何日に、どれだけのレクリェーションが行なわれてなどということを調べたわけではむろんございません。当時の一種の雰囲気として、全般的に自信喪失的なムードであったことも確かであります。そのことは、何も児童、生徒を誹謗し、当時の教員を誹謗しという、そういうことではないのであります。デモクラシーというものが、先ほど来申し上げますような状態において、ようやく緒につき始めたころの実情を申しておる。学校においてすらも、そういう事態があった。いわんや一般国民全体の立場で、デモクラシーというものが、どれだけ根をおろし徹底しておるかと、なかなか容易ならざるむずかしさを感じる。そういうことを念頭に置いて、終戦直後を思い起こし、それを提供することによって、そのむずかしさを理解してもらう。そういうように頭に置くつもりで、私は常に触れております。

小林武日本社会党

○小林武君 あなたは先ほどからその連続をやっているのです。まあしかしそのことはいずれうその連続は、事実をもって確かめる場合もあるでしょうから、ひとつ抜きにしまして、結局あなたの今の話だというと、この市長の目に触れたことを通して、大牟田の市内の生徒、児童というのは、民主教育をはき違えて、消化不良で学業を放棄してレクリエーションをやっていた、こう考えていた。あなた自体、市長として教育の諸条件を整えるということについて、また子供たちにそうような、あなたは、ばかになりゃせんかと、こう心配したような、そういうあれについての自分の反省はなかったわけですか。一つもなかったわけですね。これはあなたは、少なくともそのことについては触れていない。しかも、その別なところであなたは何と言っているか。六三制というのは、男女の便所の仕切りから始まりました。六三制そのものを、何か便所の仕切りから始まったというような、こういうあれを、文部大臣ともあろう者が六三制を否定しているとしか考えられないような口調で、今の授業放棄の問題、はなたれ小僧が決議をすりゃあ、先生もそれを聞かなければならぬ、六三制は男女の便所の仕切りから始まったとかいうような、そういうものの言い方は、どうですか。あなたは、今の学校制度なりあるいは民主教育なり教育基本法なりというものを侮辱した言辞だと私は思っている、そう相手方は受け取って、奇妙な拍手をする、あまり利口でない人もあった、あなたは、それをねらってやられたのでしょう。文部大臣は、そういう一体不見識なことでいいのですか。  この間千葉委員の質問には、憲法、教育基本法を守って教育をやるようなことを言われておったが、そのあなたの講演の中からは、一つもそういうことをうかがい知ることができなかった。どうですか、あなた一体、本心言って下さい。民主教育に対して、教育基本法に対しては、私は、不信のあれを持っているということを言って下さい、卒直に……。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 今、あげられましたような例を引いたことはあります。まさしく大牟田市では、便所の仕切りから始まりました。県から予算を、補助金をもらいました。それくらい六三制というのは、何だかわからなかったことは事実であります。そのことのゆえに六三制を実施するにつきましても、当時焼け野が原の町においては、特にそうであったのですけれども、義務教育三年を追加するために、いかに多くの負担を市民がしたかということを思いました。たいへんな血のにじむような努力をしたわけですが、その結果は、学校も整備されましたし、みんなあとではほっといたしました。市民ともども私もそう思いました。そういうことが必要であり、なさねばならぬと思うから努力をした、市民ともども苦労しましたことを思い起こして、そのことを言ったのであります。それほどむずかしいことだ、それをよくも今日までたどり着き得たものだと回想する一つのよすがとして、私は引例をいたしております。  民主教育とは何だ、どういう態度でいくべきかというお尋ねは、毎度申し上げますが、法治国日本においては、憲法、教育基本法、学校教育法以下の法律に従って、文部大臣以下教育委員あるいは教師もそれに基づいて行なわねばならぬことは当然であります。  ただ、私が遺憾に思いますことは、口で憲法を守り法律を守るという人の中にも現実は脱線している向きがある。そのことを私は指摘し、反省を求め、これまた、私の職責の一端だと思って、今日まで私は行動しているつもりであります。  デモクラシーとは何ぞや、民主教育とは何ぞやということを具体的に厳密に反省しているかという仰せならば、反省いたしております。反省して、勉強しても、なおかつわからない、どうすればいいかわからない部分が幾らもあるということを自分自身で感じております。わからないところは、わかっておる人に聞いて善処すべきであるという心がまえで今日まで参りました。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 関連して。あなたは、いかにも民主主義の困難性を訴えるという引例として言ったというような言い抜けをきょう強弁しています。小林委員が指摘したように当時の大牟田は、私も見て知っていますが、市長のあなたさえ、当時の法律に反して硫安とやみ米を交換して、市民の生活を救済したということが、ある人々の、事実は知りませんがひとつの話になっている。今、大牟田は非常に窮迫している、そして校舎もない、教科書もない、あなたが当時作ってくれた、苦労して会社等の寮を割り当ててくれたところに、六百あるいは千名に近い生徒を押し込もうとしても、そこで教授をする、そのことのほうが困難であって、単に、がやがやと騒いでみたり、収拾がつかない。したがって当時の学校としては、川原に行ってみたり、あるいは自然環境に恵まれておる山野に行って、そこで自然の観察を行なったり、あるいは社会科的な総合教育を行なったり、これが教育の異例の措置でなくて、ひとつの必要な措置であったわけですよ。あなたは、この演説を帯広でしたときは、文部大臣であったはずです。はなたれ小僧が皆できめれば、何でもきまり、ばかになるのじゃなかろうかと。このことは、はなたれ小僧という用語の中には、あなたは主権者国民に対する蔑視の観念が一つある。みんなできめさえすれば、何でもばかなことがきまるという、多数決に対する衆愚政治の先入観がある。そして結局、多数決という民主主義の原理は、衆愚政治につながるのだ、おれの言っているのが正しいのだという民主主義の明らかな冒涜意識が、あなたの潜在意識として流れておる。私どもはこのことを指摘しているのですよ。  もしあなたが、真に民主主義の困難さと人々に理解させようとするならば、文部大臣として教育基本法に定められておるあなたの責務の例を引いて、私のような人間が文部大臣になって、朝から晩まで日教組のばかたれ野郎と言っているほど、民主主義は、大臣でさえも民主主義をわきまえないようなむずかしいものですよと、こういう演説をなさるのがあなたの反省ですよ。市長として、はなたれ小僧がばかになりに行っているという、民主主義を誹謗したあなたが、文部大臣として同じことをやっておるというところに、あなたの民主主義に対する真骨頂があまりに明らかでないですか。もしあなたが、ほんとうに民主主義の困難さを言おうとすれば、その状態の中で六三制の完全実施に対しては、こういう措置の苦労をいたしました、今高校生の急増に備えて、文部大臣としては、終戦後のあのときを顧みて、今はこんな苦労があります、これはみんなの理解を得て協力を得てこういうふうに解決しておりますと、このような演説であれば、私はあなたが民主主義の困難さを人々に説得するものと受取ることができる。先ほども指摘したように、はなたれ小僧というところに、児童、生徒に対してはもちろんのこと、国民に対して、衆愚政治という民主主義はばかげたことであるというあなたの観念が、あまりに明らかじゃないですか。それをここで言われていかにももっともらしげに、あなたの前後の言葉を思い起こしてごらんなさい。ひとみに侮べつの色を浮かべ、面にはこう然として、おれの言っておることがりっぱだと言わんばかりのかまえをしながら、あなたは演説をしておるじゃないですか。小林委員が指摘したように、あなたがむしろ、はなたれ小僧みんなできめればという多数決の原理、それがばかになる、衆愚の道につながるのだという民主主義に対する、あなたの一貫した否定の思想を率直に、ここに出すべきですよ。あなたが、先般も言った忠告しておるのだという、民主主義の忠告というものは、他人の前で誹謗することではありません。そんなことぐらい、あなたは十分承知です。わからないところは人に聞いておる、あなた個人で書斎の中で、いかなる修養をしようとも、いかなる民主主義の研さんを積もうとも、大衆の目の前で民主正義を罵倒し、他の職員団体の組織を切りくずすような言辞を弄するとすれば、それが何をあなたが、民主主義を勉強しておるということになりますか、教育基本法を、もう一度見てごらんなさい。教育諸条件の整備があなたの仕事だと書いてある。鹿児島においても、市長があなたに忠告したじゃないですか。時の文部大臣から日教組の誹謗の言葉を聞こうとは思わない、高校急増に対して、すし詰め解消に対して、後期中等教育の完成に対し、いかなる施策を持つかと聞きたかった、良識ある人々が皆大臣に対して、それを望むのは当然じゃないですか。あなたは課長が言ったと、今その課長がいないために、課長がそういう報告をしたということを言われるでしょう。しかし、どんなにあなたが強弁しようとも、青少年に対してはなたれ小僧だ、あなたは何だれ野郎ですか。はなたれ小僧に匹敵するあなたは何というのですか、自分のことを。  自分の子供の頭をなでて、はなたれ小僧と言う場合と、公衆の面前で児童を総称してはなたれ小僧という場合と、明らかに概念が違う、それさえあなたは知らないのですか、それさえ、はなたれ小僧というのは愛称であり、侮べつの言葉でないと言い得ますか。しかも念入りに最後に、ばかになるんじゃなかろうか、ヒトラーがいった道と同じ理論じゃないですか、はなたれ小僧みんながきめれば何でもできる、そしてばかになる、これは論理的に言えば、みごとに民主主義の否定につながっておる、はっきりあなたのその当時の、そのときあなたが壇上で大みえを切った意識の中には、民主主義に対する侮べつが含まれておった、こう率直に自己批判して下さい。答弁をお願いします。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 民主主義を尊重し、発展を願えばこそ言ったのであります。はなたれ小僧というのは、豊瀬さんも九州人だから感じは一種の愛称的なものであることは御理解いただけると思います。はなたれ小僧の時代から云々ということは、大っぴらに常に昔から言い続けておる、東京弁でどう言うか、ぴたりそれに当てはまる言葉を知りませんが、はなたれ小僧という意味は、義務教育の課程を制度上は、親の手元から無理に離してでも義務教育の場に連れていって教育するのが義務教育だと思いますが、それは子供が、まともな分別力がまだないから、先生によって教え込んでいただこうという制度でもあるわけであります。その分別のない子供の時代という言葉をつづめて、九州弁張りで申せば、はなたれ小僧と申します。何らそこに、侮べつ心やらなんというものは毛びれも含んでいない。それは私が九州育ちであるから、その欠陥かもしれません。批判される方から言えば。しかし、私の主観を申しておそれ入りますが、はなたれ小僧という用語は、何らそえに侮べつ感やら何かというものを念頭において言う言葉じゃないのであります。子供だということであります。分別のない子供。都会人は、昔からはなをたれませんけれども、いなかの子供は、はなをたれるということは、もうほとんど通有の状態だった、われわれの子供の時代は。そういうことで、おいこら、はなたれ小僧というのは、侮べつするんじゃなく、子供だという用語であります。そういう言葉を各地で使うこと自体、それのおぞましさは、むろん御指摘あれば思いますけれども、少なくともその言葉に、おっしゃるような侮べつの気持を含める意図を持つなどということは、これは毛頭ないということだけは、ひとつ御信用いただきたいと思います。  そこで、子供たちが生徒会できめれば、きょうもあすもレクリェーションがきまるという姿、もしそういうことがあるならば、そのことは子供たちにとって幸福ではない。そういう事態が、デモクラシーであるがゆえに終戦直後は起こった。すべてが、そうであるとはむろん申し上げません。統計をとって訓べたわけじゃむろんございませんが、それを実態を聞くのは教育課長しかない。教育課長に責任転嫁しょうというんじゃありません。教育課長の報告を受けて——教育課長が責任を行なうわけですから、その教育課長の、ものを知っておるであろう人の意見を聞きながら、それは困ったことだと思うことは、私自身の見解であります。それが客観的に見て、当時の時代を、小林さん言われるように、統計的に計数的に一々洗い清めてみて、どうであったかということは、なすすべもございませんけれども、もしそうであった場合には、むろん私の責任であるべきわけですが、当時の一つのムードは、まさしく混乱の中に、学校においてすらも、義務教育の場合においてすらも、そういうことが毎日のごとく行なわれつつあったことは事実であります。そのことを、これで学校教育は、こんな格好で行ってよろしかろうかと心配することは当然のことと思います。繰り返し申し上げますが、すべての学校がそうであったというんじゃむろんございません。一回でも、そういうことがあることは望ましいことではないはずであります。もし、そういうことがあるならば、ほんとうのレクリェーションが必要なりと教師も判断した場合に、そうであるならば、是なりとして、そうでないときすらも、生徒会の決定があれば、それに従った事例がありとするならば、望ましいことでないことは当然でありまして、そういうときには、おしなべて生徒会それ自体の決定は決定として、生徒会の機能としては否定しないまでも、学校行事的に、学校の行動として、それが現われることは、ふさぐべき責めも先生側にあったであろう。そういうことすらもが——その当時の先生を非難する気持は、私は毛頭ない。文部本省にも県にも、マッカーサー司令部のオフィサーが駐在しながら六三制を指導したという、いわば与えられた姿のもとに、いかにぴったりしない状況があったかということを思い起こす例に申しておるのであります。

豊瀬禎一日本社会党

○豊瀬禎一君 今のあなたの後段の説明を聞いておって、ますますあなたが、民主主義ということで悪ければ、民主教育に対して理解がないということを痛感します。なるほど、あなたのような、民主主義は衆愚政治である、衆愚制度であるという既成概念を持っておられる人から言うと、今あなたのような理屈が成り立つでしょう。  しかし、私も終戦直後は福岡市の月隈小学校から馬出小学校に転任をして、馬出小学校においては、あなはも御存じのように、戦時中でさえも、食用に供しなかった葉っぱを取ってきて、ほんのわずかな、配給された麦の紛をまぜて、目を白黒させながら水ばかり飲み込んで、それでやっと昼食を食べていました。したがって、毎日の日課は、教科書の古いものはあっても、ほとんど数カ月にわたって——最後は一週間四日制を、実施して、授業を少なくして、生徒の疲労を補っていったのですが、くる日もくる日も、食糧にする葉っぱを取りに行ったんですよ。課長が何と言ったか知らないけれども、それをレクリェーションだと、報告を聞いて早計に判断したあなたのその軽率さと、民主教育のあり方と、終戦直後の疲弊と混乱に対する理解の足りなさが、今日の労働運動なり、民主教育に対する文部大臣としての消化不良を端的に現わしている。  たとえばかりに、あなたの指摘するがごとく、きょうも先生、小川に行ってきのう見たメダカを観察しましょう。翌日になっても、きのうのメダカがきょうは天気がいいから、どのあたりで泳いでいるか見ましょう。ネゼリが、きょうはもっと芽ぐんでいるかもしれないから、どの程度雨の翌日は伸びているか、見に行ってみましょう、そういうことが教育の常道だとは言いません。しかし、そうした試行錯誤の、大衆の多数の決定、児童そのものの自主性の創意の、経験の中から、そんなことを毎日やっておったのでは、他の教科に対する問題がおろそかになってくるとか、算数の基礎的な数計算の熟練も必要だとか、あるいは体操も必要だとか、もっとほかの学習も必要だという討議が行なわれ、そのことによって、みずからの学習の方法を子供たちが考え出す。それが民主教育のひとつのルールであり、方法ですよ。  その論争は別にして、そういう一つの事象を見て、ばかになりに行くのじゃなかろうか、皆できめさえすれば何でもきまるのだ、きめたとおりになる——この皆できめさえすればということと、ばかになりにいくのではなかろうかというようなところに、私はたびたび指摘しておるように、あなたの、民主主義は衆愚だ、衆愚政治だと見ておる潜在観念があるのじゃないか。あなたが、何べん指摘してもお気づきにならん。前言をお取り消しにならんところが、いかにもあなたの民主主義に対する認識の誤まりを如実に物語っていますよ。先ほどから言うように、主張としては、そのことを今日に至って——かりに、そのことに対して当時批判を持ったとしても、文部大臣がそのことを、もし民主主義の困難性であると判断するにしても、文相たるあなたが、大衆の前に教育問題として語るときには、みずから用語についても、引例の活用の仕方についても、配慮があるべきですよ。市井のごろつきのごとく、あなたは、はなたれ小僧というのは、分別のわからないということ——なるほどはなたれ小僧という俗語を辞典に訳すると、相当高尚なことになってくるのでしょうが、われわれのはなたれ小僧の時代は、と言うことはあります。荒木萬壽夫のはなたれ小僧の時代は、と言ったときの態度、語感の中には、時によっては、あなたを侮べつした言葉がある。あなたの語調、まさにしかりでしょうが、あなたが、行政家として文部大臣として引例をしたこと、その引例のいたし方、意図が、私は民主主義と逆行するものだと、こう言っているのですよ。何もあなたから、はなたれ小僧の俗語の訳語を聞こうとは思いません。だれが聞いたって、はなたれ小僧どもがみんなできめて何でもできると、毎日毎日レクリェーションをすれば、ばかになるのではなかろうかと、これが、少なくとも民主教育の一つの基本原則の順列を示した例として言いながら、そのことが民主教育の一つのルールであり、原則線であるということに対する理解がないでしょう、あなたに。そうして文部大臣として、この例を引く際にも、大牟田に何学級あったか、十六校焼けて、残っておったのが何校あるかも、今あなたはつまびらかにしていない。当時の課長もいない。こういう中で、あなたはここで取り上げられると勝手な強弁をする。こういうところに、あなたが大臣として民主主義の消化不良児だと私が言っておるところがあるのですよ。やはりあなたとしては、この例は続いて、日教組のばかたれどもがと——これはあなたの言葉ですよ、私は自民党の皆さんにも、イデオロギーは異にするけれども、自民党のばかたれどもがと言ったことはありません。日教組のばかたれどもが、大会できめて共産党張りのばかげたことをきめたと、全く、全体の印象を聞いておると、こう続いてくるでしょう。だから私は、小林氏も言ったように言葉尻を言っておるのではない。あなたの倫理の組み立て方と発想が、常に五十万できめたという、そのことに対しても衆愚であるときめつける。人のきめたことを尊重するという民主的な基本態度を持たずして、常に自分の趣味に合わないと、それはばかげたことである、思想に合わないことはやっつけるべきだ、日教組征伐は、私の大臣としての最大使命の一つであるとあなたが胸を叩くと、ぱちぱちと拍手がくる、いい気持になって、またやろうとする、こういう連鎖を繰り返している間に、あなた自身が民主主義というものを——途中であやまちを犯し、大きな目で見ると過誤を犯す、その中から、初めてほんとうのものに芽ばえてくるという原則線に対する理解がない。これだけ言っても、あなたはやはりこの例が——最後に、一つだけ聞いておきます。この例は、民主主義の困難さと必要さを力説したのだと、なおこの段階になっても強弁しますか。それだけを聞いておけばいい。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 結論的に、そう思います。私のしゃべったことを用語その他について御批判は御自由であります。またそれを通じて、私の心理的な内容を分析されることも御自由だと思います。しかし私は、先ほど来申し上げているような考え方でものを申しておるつもりでございます。上手下手、当不当の御批判は甘んじて受けるつもりでおります。私の主観的な考えは一質しております。デモクラシーは衆愚政治でつまらぬものだと考えておるなんていうことは、毛頭ございません。  ただ、私が日教組を非難しますのは、毎度申し上げることですけれども、倫理綱領の目的意識に間違いがある、それは教育基本法第八条の趣旨に弓を引くものだ、私は、そう考えます。だから、その誤まりを指摘して反省を求める、このことは当然のことだ、こう思って指摘しておるにとどまるのであります。

小林武日本社会党

○小林武君 私の質問並びに豊瀬委員の質問に対して、大臣は工合が悪いから、だいぶ逃げ口上を張っているようですが、帯広の講演のあとですね、私は大体、あなたたちと同じような考え方に立っている人たちから、こういうあれを聞いている。文部大臣の話によるというと、やはり民主教育というものは、あまりけっこうじゃない、大体学校の先生は、子供にかこつけて適当にサボったり何かするようなのは、民主教育になってからなっておるようだ、これは私に対する攻撃も、多少込めて言ったんだと私は思いますけれども、そういうことを言っている。  それから、六三制というものに対する考え方も、どうもあんなつまらぬことを金をかけてやったというようなこともいけないじゃないかということを言っている、あなたは、そういう効果をねらって、この間はやったんだ。そういう効果をねらってやったから、僕も問題を取り上げておる。あなたから見れば、僕のほうは、あまり言葉じりをつかまえて、ぎゆうぎゆう言ったり言わせたりするようなことは、あまり好きじゃないけれども、大牟田の市長ならともかく、文部大臣という重大な責任がある者が、しかも、この演説をするために文部大臣になったようなことを、あなたは言ったんだ、これを全国至るところでやって歩くのがその使命ですと、あなたはおっしゃった。そうして相手方に、それだけの反響を与えた。それでもなおかつ、私の意思はそうでございませんでしたというのは、ひきょうだと私は思う。あなたは日教組のことを誹謗するけれども、それは日教組を誹謗するときに、こう言ったら、こういう反響があるからということを想定されていられると思う。あなたは、自分の演説に対して、これだけの反響があったとしたら——いいですか、あなたは責任を感じませんか。文部大臣の責任を私は聞きたい。  ああいう演説に対する影響が——民主教育を否定する一つの思想を子供の時代から養なおうとする、民主主義に対する教育を否定する考え方、また親が、このごろの子供たちは、という考え方に再びなろうとする、そういう状況、あなたはその演説の中で、こういうことを言っておる、三年の中学のために、大枚の帯付金と税金をかけてと、こういうことを言っている。私はどれだけの金をかけたか知らない。私は六三制をやるについては、金がかかり過ぎていないと思っている。あなたも言っているように、便所の仕切りくらいから始めたというが、大した金もかけていない、一冊の教科書すら満足に与えることができないと文部当局は言っている。そういう事情の中にありながら、自分に対する反省というものは一つもない、子供に対する思いやりもない、さぞや子供たちは、きっとあのときはたいへんだったであろう、食べ物はない、腹は減っておるし、教科書はない、学校へ行っても、勉強する条件もない、その中で子供たちは、どうしてこれを切り抜けるのかということを、みんなの討論でものをきめようとしている。出てきた結果が、あなたの気に沿うか沿わぬかは別として、子供の持っておる悲しみというものに対して、一つもあたたかい思いやりを持っていない、それで、はなたれ小僧と言っている、あなたは、かりにも大牟田の市長ではないか、教育の条件をそろえてやるのが、あなたの責任です。はなたれ小僧だ、民主主義はと、ばかになりはせぬかと、そんなばかなことを言うあれは一つもないと私は思う。十数年たった今日、文部大臣の座にすわって得々として、これが私の使命ですということを言った。今のような反響を与えて責任を感じませんか。どうなんですか、これでも当然だとあなたはおっしゃるんですか。当然だとおっしゃるならば、当然だと言ってもらいたい。よけいなことを言わぬでいいから。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 日教組の誤まりを指摘し続けますことは、私の職責の一つであり、当然のことだと思っております。

小林武日本社会党

○小林武君 日教組——今のことはどうですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) はなたれ小僧というのは、先刻申し上げましたから、もう申し上げまん。もし生徒会の決議で、きょうもあすも現実にレクリェーションというようなことでやられ続けておるとすれば、子供はばかになると思います。しかし、先刻も申し上げましたように、小林さんから指摘されましたが、何学級あって、どうだという調査は、むろんその根拠を数字的に持って申し上げたわけじゃございませんけれども、全国、おそらく私の町の大牟田だけに限らず、一大敗戦を喫しました直後、学校といわず一般地域社会といわず、ぼう然としておったという中にあった姿を指摘して、当時の困難さを思い出したのであります。便所の仕切り二万円を補助金としてもらいました。当時の敗戦直後の荒廃の中に立って補助金を一万円しか十五万の都市に与え得ないような状況であったことは、言いかえれば三年の中学の義務教育施設設備を整えるのに、地方公共団体及び住民は、税金のほかに寄附金を大枚なものを出して整備をしました。少なくともタイミングからいえば——六三制それ自体のよさを今日思いますけれども——あの敗戦の灰じんの中に立って、食うものもないことは御指摘のとおり、豊瀬さんの住んでおった福岡県でも北のほうは遅欠配二十五日、そのときに南の端の大牟田は四十三日の遅欠配であります。食糧暴動寸前の状態であった。北のほうでは小麦粉がいくらか配給されたようでありますけれども、南のほうでは小麦粉配給もせられざること四十三日、ヨモギの草と、カボチャとサツマイモの葉っぱと茎を抜いてみんな食って、市民は食っておりました。私自身も、そういうことを体験しております。そういう困難さは何も大牟田に限らない、東京でもどこでもそうであったと思います。そういう中に莫大な寄附金を出しながら、よくぞ市民が校舎の整備その備に協力してくれたものと思います。それだけの貴重な努力が積み重ねられて六三制の施設、設備が全国的に整備備せられて、どうやら今日のような状態を見るに至った、その過去を追想しながら、むずかしさを語り合うということは話の順序からいっても、当然のことと思って私は引例しているのであって、がんぜない子供が一つの多数決主義か何かの、社会科の教育の一環として訓練を受けること、そのことはけっこうでございましょうが、その決定が、直ちに学校行事あるいは教育活動それ自体につながったことありせは、それは嘆かわしいことであったと、当時、毎度申し上げるように、すべてを調査して数字的にはむろん言えませんけれども、一極のムードとして直感的にでも、そういうことがあったことはうかがえました。それは私は、うかがえるという根拠は、教育課長に聞いてのことでありますが、何も責任を転嫁するわけじゃない、そう私は判断したというのであります。そのことを追想し、むずかしさを引例として、共に語り合う材料にすることは何ら差しつかえない。  また、多数決原理を否定しているように言われますけれども、多数決原理を肯定すればするほど、多数決の一つ一つの意思というものは健全であることが前提でなければならぬ、がんせない子供の一人一人の人格は、むろん認めなければなりませんけれども、がんぜない子供の判断の満場一致の結論でありましょうとも、教育的な立場で考えれば、単に満場一致であることそれ自体で是なりとするわけに参らぬ場合が幾多あることは当然であります。  そういうことを批判する余裕すらもないくらいの当時の世相であった、そのことからスタートを切った教育の問題が、いかに困難であったか、デモクラシーの、ものの考え方にいたしましても、年々歳々習熟してだんだん充実していることを否定しませんけれども、そういう歩みを続けている中に、日教組という集団が、間違った考え方で末端の教師を指導していることを遺憾とする、こういうことであります。

小林武日本社会党

○小林武君 三時という時間が切られておりますから、これはもうきょうは長いことは、これからやれませんから、これはこの次に延ばしますが、最後に一つだけ私は明らかにしておかなければならぬ問題があります。それは子供たちがばかになりやせぬかと、これはとにかく心配したと、きわめて善意に——文部大臣と違うから私は考えている、一体そういう心配の上に立って、この問題を考えた場合に、決議したことが、ひとつレクリエーションをやりましょうということを決議したことが悪いか、それとも教育の諸条件が整わなかったということに問題があるのか、あなたはどっちだと思いますか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 教育諸条件が整い得なかったということ自体、そのことも問題であり、心配であります。同時に、生徒会の決議があったということ、そのことを否定せねばならぬ理由はないと思う。そういう結論を出すことも意図しながら生徒会というものは存在するはずですから、その生徒会が、ある結論に到達したということを、悪いとはいまだかつて思ったこともありません。ただがんぜない子供たちの、がんぜないがゆえの結論の内容それ自体が、子供たちのためになるかならぬかという判断は、校長なり教師の立場であらためてされてしかるべき、その角度からの、がんぜない子供たちの決議に対するいわば指導、助言等があってしかるべき、その上に立って学校行事、教育活動というものが行なわれてしかるべしということを思いますから、その意味において申しておるのであります。生徒会がいかなることを結論づけましょうとも、それ自体がけしからぬということは言う必要のないことで、ただ、その結論それ自体を、今申し上げたような意味で指導していただくのが先生の立場であろう、そのことを念頭に置きながら私は申しておるのであります。

小林武日本社会党

○小林武君 一般的にいって、生徒がものをきめようとした、あるいはきめたということに対して、かれこそ批判するということは、これはもうあなたから聞くまでもないこと、それに対して、さまざまな指導あるいは助言というようなものがあったとしても、決定そのものについて、お前不届きだということを言う必要のないことは、あなたに聞かなくても、みんなあなた以上によく知っておる。そうではなくて、そういうことを今聞いているんではなくて、子供がそういうことを、一体レクリエーションを決定しなければならなかったような状態、その状態に問題点があるのだということ、それはあなた認めませんか。簡単にやって下さい。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) まあ、そういうこともあったでしょう。私の心配するようなこともありました。

小林武日本社会党

○小林武君 それから、あなた、生徒会の決定が健全でないという言葉は、これはどういうことですか。健全でないということは、何の意味か知らぬけれども、健全でない、がんぜない子供のあれが健全でないというのは、どういうことなんですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) それは、たとえばきょうも、あすも、あさってもと、現実にレクリエーションばかりを決議するということがあった場合、校長、担当教師の立場において、そのことそれ自体を是なりとして実行するかいなかという角度から見た場合に、健全でない場合があり得るであろう、そういうことであります。

小林武日本社会党

○小林武君 その、きょうもあすも、そういうことをしなければならなかった、いろいろな事情というのは、あなたは認めておるんでしょう。たとえば腹が減って、どうにもならぬと、欠配四十日ということはあなたみずからおっしゃった、欠配四十日、これはたいへんなことですよ。欠配四十日という中で、一体子供たちはすき腹をかかえて、学校へ行けば、学校の校舎は焼けている、どっかに間供りをしておる、教科書はあるかというと、教科書もない。あのとき自分の経験からいっても、教科書がないために、野外の教授というのは非常によくやった、いわゆる青空教室というやつで、それが教育の効率を高めるかどうかは別として、何もやらないよりかいいから、野外で自然観察をやるとか、そういうこともやった。そういういろいろな条件がそろっている。それに対して、子供たちに意欲的に、これから一体時間を、どういうふうに適切に、教育的に使おうかということを問題を提示して、いろいろ討論さした。その結果、野外に出ることもあったんだと思う。それを全部レクリエーションと軽はずみに考える者も、よほど頭がどうかしてるんだと思うけれども、こういう考え方に立って、九州ではどうかしらんけれども——九州というところは、まことに奇妙なところだと僕は感じた、はなたれ小僧と言われたら、何かほめられたようなことになるのか。僕らのほうで、はなたれ小僧と言ったら、これはもうかんべんならぬということになる。北海道は文化がおくれてるせいかどうかしらぬけれども。はなたれ小僧がばかになりゃせぬか——はなたれ小僧からばかになりゃせぬか、と言ったら、口をきわめてののしったということになる。そういうことを文部大臣が言うから、北海道の帯広の市民は、たいへんけっこうなことを言ってくれたと、これはもう、文部大臣のあれだというと、民主教育もけっこうでないし、六三制もけっこうでないという結論が出るんです。あなたは、それで使命を果たしたとするのかどうかだな。そういう反響があるということをあなたは考えないで、一本いろいろな演説をやっているのかどうか。あなたは今は、もう大牟田市長じゃないのですから、文部大臣として責任を、それで感じませんか。  私はそれに対して、あなたがそれを感じないとしたら、どうかと思うんですよ。それを認めるならば、あなたは、文部大臣としての責任を相当とらなきゃいかぬと思う。口ではたいへんりっぱなことを言う。教育基本法は大事です、憲法にのっとってどうです、というようなことを言うけれども、あなたの年がら年じゅう使命としておやりになっていることは、それとは逆のことでありませんか。どうですか、今の件。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 私は、口で申しているとおりに心で思っております。ただ、今御指摘の点は、私の用語が一般向きでなかったという意味において欠陥を指摘されているように思います。これはもっと用語を洗練し、検討すべき責任を感じます。私の考えていること及び口で言っていること、言行は一致しているつもりでございます。

小林武日本社会党

○小林武君 それでは、はなたれ小僧とかなんとかいうことは取り消しますか、それじゃあなた。——これからもなお、愛称として大いにやりますか、どうです。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○国務大臣(荒木萬壽夫君) 九州でだけ使おうと思います。

森田タマ自由民主党

○森田タマ君 ちょっと……。

北畠教真自由民主党

○委員長(北畠教真君) 文部大臣は、今衆議院の分科会があるそうですから、またあとで、できたらそのときに……。

森田タマ自由民主党

○森田タマ君 民主主義のはき違えが、今でも残っているということのあれで、世田谷のほうの小学校で、一年生が一学期の末になっても、みんな寝ころんで授業を受けたりする、父兄がたいへん困っているんです。そういうことは、やはりお調べになったらどうでしょうか。   (「調査してやらなければと森田さん、それは簡単に言ったってたいへんだ」と呼ぶ者あり)

高山恒雄民主社会党

○高山恒雄君 私は、文部大臣見えなくてもいいから、ちょっと雪害の問題で、文部省どういうことをなされているか、ちょっと御質問したいのですがね。

北畠教真自由民主党

○委員長(北畠教真君) ちょっと、係局長が災害のほうへ出ているんだそうです。

高山恒雄民主社会党

○高山恒雄君 それではこの次に。

北畠教真自由民主党

○委員長(北畠教真君) 本日は、この程度にして散会いたします。    午後三時十五分散会      —————・—————

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