内閣委員会 第24号
- 発言数
- 127 件
- 登壇者
- 18 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1963/06/13
会議録
○委員長(村山道雄君) これより内閣委員会を開会いたします。 まず、委員の異動について御報告いたします。昨十二日、山本伊三郎君が委員を辞任され、その補欠として占部秀男君が委員に選任されました。 —————————————
○委員長(村山道雄君) 首都建設問題調査会設置法案を議題とし、発議者より提案の理由の説明を聴取いたします。衆議院議員中島巖君。
○衆議院議員(中島巖君) ただいま議題となりました首都建設問題調査会設置法案につきまして、その提案理由及び法律案の概要について御説明申し上げます。 東京都への過度の人口集中は急激な人口膨脹となり、すでに一千万人を突破し、人口は世界最大の大都市となりました。このため交通難、住宅難、水不足などの過大都市の弊害が如実に現われて、わが国の首都としての政治、経済、文化、教育の中心機能が麻痺し、今や動脈硬化寸前の状態に陥っております。政府はこれに対処して、高速道路や地下鉄の建設及び鉄道の複々線化などを行なっております。国会周辺は言うに及ばず、東京都全域にわたって掘り返し工事が行なわれております。全世界のどこの都市にこのような大都市全域にわたって大模規な工事を行なっているところがありましょうか。行き詰った後に行なう後進性の工事は、ギャップが多ければ多い程困難を伴ない、莫大な工事費を必要とするものであります。のみならず、これらの土木工事は東京都の動脈硬化をさらに高進させ、動きのとれないところまで追い込む危険性さえあるのであります。その理由は、現在の諸施設が東京都の現況と将来の展望との見通しの上に立っての全体計画でないこと、その場のがれの施設を個々に行なっている現状だからであります。 都市機能の基本的な問題について、東京都と世界の著名都市と比較してみますと、第一点に人口増加の問題を取り上げてみます。ロンドンは一九五一年から五六年の五カ年間に三百三十四万八千人から三百二十七万二千人と七万六千人の減少であります。ニューヨークでは一九五〇年に七百八十九万二千人であったのが、一九六〇年は七百八十万六千人と十カ年間に八千六百人減少しております。パリが一九四七年に二百七十二万五千人が一九五四年に二百八十五万人、すなわち七カ年間の人口増加が十二万五千人となります。年間の平均人口増は一万八千人となっております。また、世界で最も人口の増加している上海ですら一九三五年三百五十五万九千人が一九五〇年五百四十万七千人と、十五年間に百八十四万八千人の増であります。東京都の人口増は一九五一年に六百四十五万三千人、一九六〇年九百十六万七千人とこの十カ年間に二百七十一万四千人増加しています。この人口増加の状態は現在も続いております。 第二点、道路面積について申し上げます。東京都の道路面積は一〇%であります。ワシントン四三%、ニューヨーク三五%、ベルリン二六%、世界の著名都市の内で最も少ないロンドンですら二三%であります。 第三点、公園面積の比較であります。一九六〇年度調査で見ますと東京都は一人当たり一平方メートルであります。ワシントンが四十五・二平方メートル、ニューヨーク十一・九平方メートル、最も少ないといわれているロンドンで九・二平方メートル、パリ八・九平方メートルとなっております。 以上が都市機能の基本的問題としての人口の推移、道路面積、公園面積の三点について申し上げたのであります。この三点から考えましても、東京都は都市機能の基本的諸条件の絶対量が不足していることがわかると思うのであります。これらの諸条件の絶対量不足が、今や東京都を動脈硬化寸前に追い込んだのであります。このことは何人といえども否定することができないと思います。 これに対して政府はいかなる抱負と施策があるのかといいますと、前四十国会の論議を通じて明らかになりましたことは、政府は首都問題については首都圏整備委員会が当たっておるので新たに首都問題の調査機関設置の必要はないということであります。 首都圏整備法が昭和三十一年に成立し、首都圏整備委員会が発足して十数年になりますが、東京都に対していかなる実績を残し、また、いかなる計画を持っているのかと申しますと、首都圏整備委員会は昭和三十一年に昭和三十二年を当初として昭和四十一年に至る首都圏整備の白書を発表しております。これによりますと、首都圏整備計画の前提条件である人口増加と交通問題の見通しについてみますと、人口計画目標として昭和五十年の市街地適正人口千百六十万人、衛星都市の新定着人口二百七十万人となっております。しかし、すでに本年度において東京都だけで一千万人を突破しておるのであります。交通量につきましても、都内国鉄八路線、私鉄十五路線について、昭和四十一年の既成市街地路線別交通需要の推定と実績の比較として最も混雑する一時間の最大通過人員表を発表していますが、これも現在全路線とも四十一年推定交通量を三〇%前後も上回っております。このように首都整備計画の基本となる条件の見通しが、大幅に狂っています。このことは東京都への激しい人口集中で計画の根底がゆらいでしまったと見るべきであります。 首都圏整備委員会は単なる調査会でなく、行政委員会であり、当然現状計画に引きずられて、せいぜい現状の改良計画にとどまらざるを得ないのであります。その実例として、東京都の過度人口集中の防止のため、昭和三十四年、首都圏の既成市街地における工業等の制限に関する法律を制定いたしました。また、昭和三十六年には、学園都市建設構想の試案を発表したり、あるいは官庁都市建設の試案を発表しております。前に申し上げましたように、東京都の将来の見通しに根本的な狂いのある上に、東京都の現態をそのままとしてわずかにその一部の脳溢血的部分を周辺都市に瀉血しようという改良主義計画程度を出ることができないものであります。 このような首都圏整備委員会に首都整備に藉口して、東京都を今日の事態に追い込み、なおかつ目をおおわんとしている政府の態度は許せないものがあります。以上の実情にかんがみまして、行き詰まっている東京都百年の大計を一日もおろそかにすべきでない。また、一行政委員会にゆだねるべきではないと考えます。学識経験者や政治家により、より広く、より高い視野から根本解決の方針を決定すべきであります。 以上が、本法案の提案理由の説明であります。 次に、本法案の内容について申し上げます。東京都の都市機能が麻痺している現在、わが国の政治、経済、文化、教育の中心にふさわしい首都を建設するため、これに関する重要事項を検討するのを目的として内閣に調査会を設置する。この調査会は二カ年以内に結論を得て、調査審議事項を内閣を通じて国会に報告すること。 調査会は関係大臣、国会議員、学識経験者等五十名をもって組織し、会長は総理大臣が当たること。調査会の事務処理のため事務局を置くこととし、所要の事務局員を置くこと、などが主たる骨子であります。 東京都が各般にわたり行き詰まり、今後さらに人口が増加せんとする現状にかんがみて、この根本対策樹立のために、本法案をすみやかに御審議の上、御可決あらん事をお願いいたしまして、本法案の提案理由及び内容の説明を終わることといたします。
○委員長(村山道雄君) 法案の自後の審査は、都合によりこれを後日に譲ります。 —————————————
○委員長(村山道雄君) 特別職の職員の給与に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。 本案については、すでに提案理由の説明を聴取いたしておりますので、これより質疑に入ります。政府側より、渡邊公正取引委員会委員長、澄田主計局次長、中井主計局給与課長、小沼公正取引委員会事務局長が出席いたしております。質疑のある方は、順次御発言を願います。
○鶴園哲夫君 まず初めに、これは大蔵省のほうにお尋ねすることになろうと思うのですけれども、公取委員長の給与は、設立以来二十七年まで国務大臣と同じ同額であって、それ以後は、三十三年まで官房長官と同じ同額のものになり、三十三年から現在まで、今度は、政務次官と同じ同額の給与になっている。こういうふうに、相対的に著しく低下してきたということ、三段階にわたって低下してきているわけです。相対的に著しく低下したという理由は、一体どういうところにあるか、それをお尋ねいたします。
○政府委員(平井廸郎君) ただいま公正取引委員長についての御質問でございましたが、一般的に申しまして、公正取引委員会のほかに、土地調整委員会とかあるいは文化財保護委員会とか、あるいは審議会といたしましては、地方財政審議会というものもあるわけでありますが、これらにつきましては、一般的な性格として、委員会の委員長なりあるいは委員というものと、先ほど御指摘になった国務大臣なりあるいは官房長官等との比較をどのように考えるかという問題は、いろいろな言い方があるわけでありますが、私どもの感じといたしましては、そういう方々が下がったと申しますよりは、むしろ国務大臣なりあるいは官房長官の地位というものを、さらに高く見るべきであるという考え方が、その当時にあったであろうと思うわけでございます。ただその場合に、各種の委員会というものを、同等に取り扱うべきかどうかという議論もあったのでありますが、実際問題として、なかなかその間に差をつけるということになりますと、それぞれのお立場において、議論もあるという状態でありましたので、やむを得ず、一応一律に、そういう形の段階を経たということでございます。
○鶴園哲夫君 ちょっとばかり私の伺っている点と、ずれているように思うのですけれどもね。国務大臣の地位は上がった、あるいは官房長官の地位は上がったとおっしゃるのだけれども、しかし今度は、ほとんど国務大臣と同額ぐらいのところへ持っていかれるのですね。ですから、そういうことから見ましてですね、今回評価し直されるわけでしょう。そういうことから見て、この十五年間の間に、国務大臣と同額であったものが、官房長官のところに落ちて、さらにまた政務次官のところに落ちた。これは一体どういう理由か、こういうことなんですね。
○政府委員(平井廸郎君) ランク的にいえば、確かにそういう形が出て参るわけでございますが、数次の給与改正にあたりまして、それぞれ各委員会の委員なりあるいは国務大臣なり政務次官の給与改定を行なったわけでございます。その場合において、上げ幅をどうするかという形で問題が処理されたわけでございまして、むしろそういった方々の給与の引き上げの幅よりは、国務大臣あるいは政務次官の給与の上げ幅を大きくすることによって、結果的に見てそういうランクの変更が行なわれたということになろうかと思うわけでございます。まあ、落としたというよりも、国務大臣なりあるいは政務次官の地位を高く評価したというような考え方になると思うわけでございます。
○鶴園哲夫君 それでは今回その地位を高く評価した。政務次官よりも、官房長官よりも高くした。その理由は一体どういうところにあるのですか。
○政府委員(澄田智君) 過去の経緯は、前から給与課長がやっておりましたので、給与課長のほうからお答え申し上げますが、今回のあれについては私のほうからお答え申し上げます。 先ほど申し上げましたように、従来、特別職の給与につきましては、そのときのいろいろな考慮というものがあるわけでございますし、ことに各種委員会というようなものの相互の間の格づけと申しますか、委員長の給与、取り扱いというようなものについて、必ずしも明確な判断もできないような情勢で、一応一律に、というようなこともありました。上げ幅が少なかった。先ほどから例にあがっております国務大臣や政務次官の上げ幅よりも上げ幅が少なかった、こういうようなことがあったわけでございますが、最近、これは必ずしも今急にということではないわけでございますが、逐次数年来、公正取引委員会の委員長の職務と責任というものが重大になってきつつある。ことに貿易の自由化等によりまして、国内産業の振興という見地と公正取引委員会の使命というものとの調和というようなことから、ますますその重要性が高まってきている、こういう客観的情勢もあったり、まあたまたま委員長も交代されたというような、そういう時期もたまたま三月にあったわけでありますが、まあこういうような形において、現行の給与では、そのポストにふさわしいりっぱな委員長を一般的に申して求めにくいという情勢が出てきているということで、とりあえず委員長の給与を改定するということにしたのが、今度の改正の趣旨でございます。十四万から十八万に引き上げた、こういうことになってございます。
○鶴園哲夫君 どうも少しばかり納得しにくい点があるのですが、どうも国務大臣もだんだん評価を高くして、官房長官も高くなって、政務次官が高くなる。そして相対的に公取委員長のやつは著しく低下してきた。ところが、今回一挙に一飛びに官房長官よりも高い評価をする。それが今お話の貿易自由化だというお話ですが、数年来そういうことがあったでしょう、話も。一体そういうことなのかどうなのか、どうも疑問に思うのですけれどもね。それじゃこれはどうですか。三十五年だって三十六年だって上げる機会はあったわけですね。しかもそのころから貿易自由化というのは非常にやかましくなっておりますし、実際問題として、公取委員会の仕事というものも非常にふえてきている、激増している。だからそういう機会にあれをお考えになったほうがよかったのじゃないでしょうか。何か人が得がたくなったからというようなお話ですけれども、何かそういう話は妥当性を欠くような話になると思いますしね、ですから私釈然としないわけです。それであの当時、ことしの二月ですか、新聞等が報道いたしまして私ども非常に不快な感じを持ったわけですよ。それは前の公取委員長、これが昨年の七月か何かで任期に来た、それを延ばして、ことしまで持ってきた。それで前の委員長がやめる前から、またやめるにあたっても公取委員長としての給与について種々見解を漏らしておられたわけなんです。ところが、それはついにはっきりしない。であと現委員長、これは大蔵省出身ですね、大蔵省出身の現委員長が住宅公団からお見えになるとわかると同時に上げた、こういうようなことなんですね。ですからそういう話ではどうも私どもとしては釈然としにくい、私はそれがほんとうじゃないかという気すらするわけですね、新聞の言い方がですね。どうも釈然としないですね。そこら辺をひとつ御説明をいただきたいんですがね。
○政府委員(澄田智君) 今回の改正がまあ突如大幅にというようなお話で、そういうことで今のようなお感じを持たれる、ある意味においてはごもっともなところもあると思いますが、おっしゃるとおり、公正取引委員会委員長の仕事が逐次重要な意味を加えてきたというのは、三十六年もそうであります、三十五年もそういうふうなことで逐次それは加わってきておるわけでございます。ただいよいよ自由化も新しい段階に入る、IMFの八条国に移行するとか、いろいろな問題が目の前に出て参りました。逐次そういうふうな情勢ではありましたが、それが一段と多くなってきた、こういうことでありまして、それまで当然もっと早く、あるいは情勢において逐次改定をすべきであった、そういう御批判もあろうかと思いますが、今回こういうことになりまして、たまたま委員長が交代されるというそういう時期であったために、今御質問のようなそういう疑念を持たれるようなあれになったことは、時期が悪かった、こういうこともあろうかと思いますが、決してそこに今申し上げている以外のあれはないわけでございます。なお、ちなみにこういうことははなはだ蛇足でございまして、委員会で申し上げることでないかとも思いますが、前の佐藤委員長もかつて大蔵省に長くおられた方でありまして、その後いろいろなポストを経られて公正取引委員会委員長になられたわけでありまして、今御質問のような意味のことは全然ございません。
○鶴園哲夫君 どうも僕はその点が釈然としないんですよ。ですから、これは一ぺん大蔵大臣をこの次呼んで、この点を聞きたいと思うんですね。どうも釈然としない。それは公取委員会の仕事が重要になった、あるいは仕事がふえてきた、それはわかりますが、しかし、重要さの程度においてはこれは一貫して変わらないと思うんです。ただ仕事が非常にふえてきたということは言えると思いますがね、ですが、それは三十五年あたりからもうはっきり言えるわけですからね、三十六年、三十七年と、これははっきり言えることなんです。しかも前の公取委員長はやめるにあたって始終そういう意見を漏らしておられるということはわれわれの耳にも入っておる。それがそのときには実を結ばない。そしてやめたとたんに、新しく住宅公団の副総裁が見えるというとたんに大きく評価がえをする。失礼千万じゃないかと私は思うのです。前の委員長に対し、あるいは公取委員会そのものに対して失礼千万じゃないかと私は思う。だから今のお話は、ちょっとそれはそれとしてすなおにどうもそのまま受け取りがたいわけです。ですからこれはあとの問題として残したいと思うのであります。 次にお尋ねいたしますが、この公取委員会の委員並びに職員というものは、本来民間からできるだけ来てもらうという趣旨じゃなかったかと思うのですが、それはいかがですか。
○政府委員(平井廸郎君) 職員に関する限り、特に民間から多くとるということはないようでございます。また、委員につきましても、特に民間からというようなことがあったということは承知いたしておりません。
○鶴園哲夫君 事務局長が見えておられると思うのですが……。これは発足当時からずっと経緯を見てみまして、できるだけ民間からということになっておったのじゃないかと思う。さらにこの公取委員会の委員だけではなくて、職員の場合においても、多くの人たちは民間から派遣されたのじゃありませんか。
○政府委員(小沼亨君) 公正取引委員会は終戦後できた官庁でございまして、その意味で発足当初、一般職員につきましても、外地から引き揚げられました民間出身の方、各省から出向の形で見えた一般職員ということで、必ずしも大部分を民間からとるという方針ではなかったのではないかと思います。そうしまして現在までそういった一般の職員がずっと引き続いておるわけでございまして、各省から出向された方は、その各省もお忙しいので引き揚げられるごとに内部から上がっていくという形になってきていると思います。 それから委員につきましても——逆になりましたけれども、委員につきましては、当初、民間から、官界出身の方、いろいろありまして、必ずしも民間出身に限るということではございません。法律では学識経験者をもって充てるというようなことになっておるのであり、必ずしも民間出身者でなければならないということにはなっておらないわけであります。
○鶴園哲夫君 今の四人の委員は、鈴木さんという方が大蔵ですね。それから高坂さんという方、これは通産、それから石井さんというのが法務省、それから佐久間さんというのは、これはどこですか。
○政府委員(小沼亨君) もともと日本銀行出身の方でございまして、最後に、公正取引委員会に見えます前には、日本不動産銀行常務取締役、民間出身の方であります。
○鶴園哲夫君 委員長は今のお話のように、大きく評価がえをいたしまして、十四万から十八万と、こうなるわけです。その場合に、委員との関係ですね。委員は、過去の経緯から見ますというと、相当著しく相対的に低下しているということではないと思うのですが、それにいたしましてもやはり低下していると思うのです。その場合に、民間から来られた方はお困りじゃないかという気もするのです。それだけではなくして、委員長と委員との間の均衡という問題もあると思うのです。均衡は、今回は大きく変わるわけです。さて変わったあと、委員の問題についてはどうなさるんですかね。
○政府委員(澄田智君) ただいまの御質問、お答え申し上げます。 現在、御存じのとおり、委員は十万八千円ということになっております。したがって、今回の改正によりまして、委員長の俸給は十八万ということになりますと、その間の較差というものは、問題は当然あるわけでございます。委員長の職務が非常に重要性を加える、多忙になるというのと同時に、委員も当然そういうことがあるわけでございまして、今回はとりあえず委員長の俸給の改定ということだけになったわけでありますが、特別職の職員全般の給与について、そのほかにもいろいろ再検討を要するということになっていることは御承知のとおりであり、その一環として当然検討をしなければならない、かように考えております。
○鶴園哲夫君 次にお尋ねをいたしたいのは、私の印象としまして、これはここで具体的に出ております公取委員長の評価というものが、この給与によって現われておりますように、設立当初から三段階にわたって低下する、それははなはだしく低下する。今回思い切って評価がえをなさって、一挙に引き上げるということになったわけです。こういうことが、公取委員会の組織あるいはその内部におけるところの定員関係、同じようなことになっているのじゃないかという私は印象を持つわけです。ほっておかれるといいますか、あるいは冷たい目で見られるといいますか、そういう状態に置かれておったのじゃないかという感じを持つわけです。端的に申しまして、公取委員会が地方事務所を持つことができるようになっています。ところが、地方事務所の組織を見てみますと、名古古屋と大阪と福岡にあるのです。これは設立当初の昭和二十二年当時においてはあるいはこれでよかったかもしれませんが、しかし今日、こういう組織の置き方というのはこれは奇妙な配置ではないか。当然東北なり、北海道なりあるいは中国なり、四国なりというところに地方事務所が考えられなければならないのじゃないか。しかし、これが昭和二十三年に三カ所設置されてからそのまま十五年の間放置された。どう見ても、各省の行政組織の状況から見てみても、地方支分局の状況から見てみましても、名古屋と大阪と福岡しかないというのも奇妙な配置だと思うのです。そういうものが十五年間ほっておかれたということは、これは公取委員長の地位というものがほっておかれて、だんだん低下したと同じような形でほっとかれたのではないかという印象を強く受けるのですがね。そういう点はいかがです。どういうわけでこういう奇妙な組織になっておるのか。御承知のように、公取委員会の事務局は東京国税局の中にありますですね。言うなら間借りしておるわけです。地方に設けるにいたしましても、おそらくそういうところに間借りしても差しつかえない組織だと思うんです、十五人か八人程度の組織なんですから、地方などの地方事務所というのはですね。それが何がゆえにこういう非常にはんぱなふつり合いな組織の状態のまま今日まで置かれたのか、その点をひとつお尋ねをしたいのですがね。
○政府委員(小沼亨君) 当初発足しましたときの具体的なきめ方はちょっとお答えしかねますが、おそらく独禁法というのは経済関係の規制の法律でございますので、大阪、名古屋、福岡といったような経済活動の非常に大きい所に設けられたのじゃないかと考えておるわけでございます。その後だんだん公取の業務も、下請代金支払遅延防止法等の発足に伴いまして、かなり東北、北海道の方面にもいろいろ問題がある。また、消費者保護の立場からいきましても、大阪、名古屋、福岡だけでは足りないのではないかということで、北のほうに向いて仙台なり札幌に事務所を設ける必要があるということで方針を立てまして、行政管理庁、大蔵省とも折衝をした経緯はございますが、まあ政府の方針としまして、一般的に機構はできるだけ拡張しない、ことに一般行政面では極力公務員の定数のふえることを抑制されるというような最近の方針もございまして、現在のところ、そういった北のほうへ向いての地方事務所の設立までには至っておりません。昨年度も札幌に対しましては、北海道と東京の連絡が非常に遠いので、不当景品類及び不当表示防止法という新しい法律を所管することになりましたので、札幌事務所の設立を考えて折衝したわけでございますが、それは実現するに至っておりません。しかしまあ、大蔵省のほうにおかれましても、公取の活動はできるだけめんどうを見るということで、今年度予算におきまして旅費なり庁費をかなり大幅にめんどうを見ていただいておる、定員も六名ふやしていただいておるということで、本年度はそれで極力活動しまして、北のほうの問題も旅費等を活用することによって処理する、どうしてもこれで処理し切れないということになりますれば、さらに新しい要求として、行政管理庁なり大蔵省に折衝したいというふうに考えております。
○鶴園哲夫君 国民消費者の立場から申しましても、あるいはまた、昭和二十三年ごろ名古屋、大阪、福岡、これはわかります。しかし、当然引き続いてあるいは北海道なりあるいは仙台なんという所に設けるべき性質のものだったと思うんですね。それにまあ特に昨年あたりから今お話のように、下請の代金支払いの延期の防止法、これなんかいいますとたいへん大きな問題だと思うのです。また、昨年できました不当景品、不当表示防止法ですね、こういう問題からいいましても、これは何といっても置かなければならぬのじゃいかと思うのですね。私はそういうものが、公取委員会のこれは委員長のこの給与の中にはっきり現われていると思うのですね。年々ほうっておかれたと言ってもいいと思うのです、これは。そうして今回まあ大きく評価がえするわけですが、公取委員長だけ評価がえしたってだめだ。それも必要だけれども、もっとこういう組織の問題についてもやはり政府としては考えなければならぬ。また、行政委員会としての公取委員会としては、これは積極的に考えていかなければならぬ問題ではないかと思うのですね。これは業者の間においても、消費者の間においても、非常に私は不便を生じておると思うのですよ。昨年あたりは北海道庁としても設けるべきだという決議までしているじゃないですか。仙台でも同じような動きがはっきり出てきておる。通産省の通商産業局だってそういう動きをしておるわけですね。これをほうっておかれるというのはどうも私は解せないのですね。大蔵省の見解をひとつ聞きたいと思うのです。これは行政管理庁かもしれませんですが。
○政府委員(澄田智君) 直接私どもの担当でございませんので、的確にお答えいたしかねるわけでありますが、確かに先ほど委員長の給与の問題で申し上げましたような一般的な情勢のほかに、今お示しのようなこともございまして、公正取引委員会の地方の充実ということも必要なことだと、そういうふうに考えております。今まで随時そういう御要望があり、まあ検討も行なわれたかと思いますが、一般の行政官庁の機構の拡張等に対して、これを最小限度にとどめるというようなほうの別の要請等の関係で、今日までこういうふうなことになってきておると、こういうふうに思います。 これからのことでございますが、今事務局長のほうからもお話しになりましたように、これから情勢を見て、また今後の機会に検討をすべきことである、こういうふうに信じております。
○鶴園哲夫君 こういう点はどうもこれはやはり、こういう評価がえをされるに至ったわけですけれども、これは一昨年以来の問題でもありましょう。今回の評価がえをされるという場合に、そういう地方事務所の問題についても考慮を払わないということになりますと、いかにも独禁法なりそういうものに対する配慮が足りない。何といいますか、国民消費者に対するそういう保護の機関に対する配慮が非常に欠けておるというような印象すら与えてまずいじゃないかというふうに思いますですね。ですから、今の問題については、ひとつすみやかに善処されるように要望いたしておきたいと思います。で、これはいずれ大臣お見えになりましょうから、その際に繰り返して要望いたしますけれども、私としましては、そういうようなやはり配慮を払わないというと、せっかくあります独禁法に対して、どうも国民のための立場、消費者国民のためになるような法律というものが冷遇されるというような印象を強く与えるのですね。ですから、そういうことをひとつ大臣見えましたら重ねまして申し上げますが、で、これは公取委員会自身が先ほど申し上げましたように、東京国税局の中に間借りしておるわけですが、地方事務所を作るにいたしましてもやはり適当なところに間借りされると思うのです。人員としましては十名程度の人員なんですから、そうそのどうこうということは、大きなものができる問題でもありませんし、その点をひとつ申し上げます。 それから次に、先ほど以来お話しありましたように、この仕事が適用除外の特例、これが非常にふえてきておるわけですね。それに関連して、全体として全国的にわたって事務量が増加してきておるのじゃないかというふうに見るわけですが、年次報告を見ますと、これは全部詳しく見たわけではありませんが、国会に年次報告を出すことになっておりますね、その年次報告を見てみますと、簡単なものであってわからない。それから三十五年のやつを見てみましたら、曲がりなりにもわかった、それから三十二年のやつを見てみますと、相当詳細に出ておる。三十二年は公取委員会が非常な、独禁法が非常な危険な段階にきた時期でもあるでしょうが、年次報告が詳細に出ておる。三十五年度はいいのですが、三十六年度になるとわからない、三十五年度を見ると割合わかりやすい。そういう関係で、比較をしてみますと非常にふえておりますね、事務量が。たとえば協議事項というものが、これは除外の特例法がだんだんとふえてくるから協議事項というものが増加する、あるいは中小企業団体の組織に関する法律に基づく調整事項、こういうものが非常にふえておりますね。たとえば三十五年度年次報告によりますと、三十業種で百十一組合と出ております。三十七年になりますというと、これが五倍にふえて百五十業種になり八百組合にふえておりますね。それから下請代金の支払い遅延の防止法、これなどは調査、行政指導、こういうものも非常にふえておるのじゃないでしょうか。それから独禁法の六条に基づきます国際契約届出、これも非常に激増していますね、これは貿易自由化という関係が大きくあずかると思うのですが、激増しておる。独禁法の八条の事業団体届出、これも非常な増加ですね。それから合併等の申請、これは倍増していますね。一々こまごま申し上げませんけれども、非常にふえてきておる。それから生産集中度の調査、これなんかもたいへんなことになりつつあるようですが。それから昨年法案が出ました不当景品、不当表示の防止法、これなんかの業務量も非常に加わってきておるという状況のようですね。で、昨年不当景品、不当表示の防止法が衆議院で成立するときに附帯決議がついていますね。すみやかに人員をふやすように、という附帯決議がついておるのです。この附帯決議の結論は、結局六名ふやしたということに終わるわけですか。
○政府委員(小沼亨君) 定員としましては六名増ということでございます。
○鶴園哲夫君 これは十数年にわたって全然人間がふえないのですね、二百四十五名ですね、ずっと。そして六名今回ふえて二百五十一名となるわけですね。附帯決議の趣旨というのは六名で終わったというわけになるのですか。何べん要求されたのですか。
○政府委員(小沼亨君) 増員要求は五十二名いたしましたが、先ほど申し上げましたように、本年度は、昨年以上に一般的に公務員の定員増を極力抑制するという御方針もあったようでございまして、われわれとしましては、六名でできるだけいくということでございます。
○鶴園哲夫君 情ない話ですね。で、この年次報告によりますと、独禁法違反の条項をずっと見てみますと、新聞情報、投書、こういうものによってやっておられるのですね。公取自身が調査されたというのはほとんどないといっていいのですね、三十六年度一件しかない。ですから、これは新聞か何かで取り上げて騒がなければ問題にならない、あるいはどっからか投書がこなければ問題にならない、この処理の仕方はどうですか、人間が足りないからこういうことになるのでしょう。それで独禁法を国民、消費者のために守っているということになりますか。自分では調査できない、新聞が騒がなければ取り上げない、あるいはどっからか投書してくれなければどうにもならないということで処理できるものかどうか。それから独禁法の相談所がありますね、これの取り扱い件数が非常にふえておりますね。たいへんな数に上っておりますね。そういう面からいって、私は不当景品、不当表示で四名で、それから物価対策で二名だというような、こういうようなことで独禁法というものを国民、消費者の立場に立ってやっていけるものかどうか疑問に思うのですけれども、これは私は、先ほど来委員長の給与の問題を中心にして、どうも委員長の給与というものが、あるいは評価というものが年々取り残されてしまう、相対的にどんどん減ってしまう。だから同じようなことが事務取り扱いについても、組織なりあるいは定員の問題にしても同じように取り残され、ほうって置かれるという状態にきているのじゃないかと思います。そういう印象を強く受けるわけです。私は、今回委員長の評価を大幅に評価し直されるというならば、十五万、十八万にこれは戻して国務大臣と同じような地位に持ってくるという措置を取られると同時に、こういう今申し上げたような問題についても善処されなければ、私は意味が薄れるという感じを受けるわけですが、公取委員長のお考えを伺いたい。
○政府委員(渡邊喜久造君) 私もまだ着任いたしまして何カ月程度で、ずっと公取の仕事を見ておりますが、お話のように、一時における公取の評価というものがまあかなり低く評価されてきて、そうしてそれが、あるいは今お話の俸給の問題でありますとか、あるいは人員の問題、機構の問題、そういったものの全般にわたりましてそういった空気があったのではないか、こういうふうな印象を持っております。しかし、最近の経済情勢を見て参りますと、公正取引委員会の地位を、もっと強い高いものにしなければならない。それはひとり委員長だけの問題でございませんし、委員の問題であり、事務局の問題であるということも私も全然同感でございます。したがいまして、もう遺憾ながら本年度につきましては予算も一応、ある程度といいますか、予算も一部きまったわけでありまして、すぐにどうこうという、私自身の気持といたしましては、どの程度のものといった点についてのはっきりした気持もきまりませんし、したがいまして、ここでもってすぐに追加予算とか予備費といったような問題はちょっと無理だと思いますが、しかし、今お話のような点は十分考慮して、今後の事務局の強化あるいは委員の地位の向上、そういったものにつきましては、政府のほうに配慮してもらう、公取としては十分主張をするということでいたしたいと考えております。
○鶴園哲夫君 委員長の今のお考え賛成です。ぜひそういう意味で今後の努力を要望しておきます。 次に、少しこまかくなりますですが、これは事務局長の御答弁をいただきたいのですが、先ほど、事務局長の御答弁の中にありましたように、戦後できました官庁において、よくありがちなといいますか、共通したことでありますけれども、大体、その当時入られた方々の大部分というのが四十才をこしているか、あるいは四十才前後になっている。私は、この組織を見て感じますことは、四等級、五等級というところが非常に詰まっておるのではないかという感じを持つわけです。五等級の人でやめられる人が多いというふうに聞くのですが、確かに、そういう点はあるだろうと思います。公取委員会としまして、各行政官庁と比較をなさったことがありますですか。各行政官庁は、それぞれ、五等級、四等級のところの風通しをよくしてきておる、ここ四年ぐらい前から。私が見ますと、公取委員会は、そういう配慮が足りないように思うですね。公取委員会としては、各行政官庁と違って、行政委員会で、どちらかといいますと、俗称頭でっかちということになりがちなんですが、そうであっていいと思うのですけれども、それにいたしましても、頭でっかちであっていいというのに比べて、どうも、そういう配慮が行なわれていないのではないかという気がするわけです。ですから、各行政官庁等比較なさって、そういう検討をしておられるかどうか。それをひとつ事務局長に伺います。
○政府委員(小沼亨君) 直接各省の、こういった四等級、五等級との比較を検討したことはございませんが、毎年、人事院に対しましては、級別定数の改訂要求というのがございまして、少しでもよくするように、人事院との交渉は続けて参っております。どちらかといいますと、御指摘のように、公正取引委員会だとか、そういう系統の官庁というのは、こういう四等級、五等級につかえてくるという傾向はあるように聞いておりますが、正式なポストとして認められない場合には、特別に個々人について、相当長い年限を四等級なり五等級におるということで、人事院に個別申請をして、俸給を上げてもらうというような方法も講じております。また、本年度も人事院との折衝がございますので、御指摘のような点につきましては、十分公取としての立場を主張したいと思っております。直接に個々の官庁と比較したことはございません。
○鶴園哲夫君 これは私は、仕事の内容は、はっきり詳細にはわからないのですけれども、たとえば、五等級の人を係長、これは審査官にもすると、審査官という制度を新しく設けられてもいい。これは四等級だとかいうふうな制度にされてもよかろうと思うし、あるいは審判官というのは、私は、もっと高く評価すべきじゃないかというように思いますですね。これは、特許庁に審判官あるいは審査官というのがあります。公取委員会の審判官というものは、やはりもっと高く評価しなければ、弁護士なり、あるいは検察官の経験を持った者が入らなければならないということが法律上にも規定してあるわけで、これは評価すべきじゃないかと思うのです。ところが、どうもそうでもないようです。ですから四等、五等という問題について、ぜひひとつ研究なすって、これは各行政官庁に比べて、非常に風通しが悪いようでございます。是正方をひとつ要望しておきます。 なお、任官の問題ですが、私はよく各省庁の定員法が出ますと、必ずこの任官を持ち出しております。それで、総理府関係が一番おくれておりますね。どうもおえら方だけ多くて、下々のことの配慮が足りないように、私は総理府というのは思いますね。先般も宮内庁を取り上げました、去年。それからこの間、総理府の統計局を取り上げました。どうも任官について、今任官は何も効果はないわけです。金が要るわけでもない、何でもない。ですから、そういうものがいつまでも残っているというのは、どうもおかしい。任官に三年かかるというのは、どうもおかしいように思いますね。普通は高等学校を出て、公務員試験を通った者は半年ですから、そういう面についても、これは他の行政官庁と比べて、はなはだしく劣っている。宮内庁は昨年から努力されて、非常にすみやかに改善をされた。公取委員会も、どうもひどいようです。いかがですか、事務局長。
○政府委員(小沼亨君) そういう点につきましては、われわれの中の職員組合のほうからも、いろいろ要求がございまして、もっと悪かったのでございますが、少しずつ早めるという方針でやっております。御指摘の点もございますので、宮内庁その他等と比べまして、十分検討したいと思っております。
○鶴園哲夫君 それからこの審判官というもの——ほぼ公取委員会の大部分の仕事というものは非常に行政官庁と違うのですね。場合によれば帳簿の押収をしなければならぬ。捜査もしなければならぬ。それから裁判の第一審の判決に該当するわけです。そういう意味で、特許庁の審判官あるいは審査官より、まだ仕事としては非常に明確な仕事になっているのですね。そういう場合に調整額なんというのは、お考えになったことはないのですか。特許庁の場合は、審判官、審査官というのは、調整手当を考えている。これは立ち入り検査をしなければならないし、押収しなければならないという、しかも裁判の第一審に該当するというような仕事をするわけです。その場合に、普通の行政官庁と同じような処遇の仕方では、どうも解せないところがあるのですね。ですから、調整額を考えるとかいうような検討をなさったことがあるのかどうか、お伺いいたします。
○政府委員(小沼亨君) 捜査費といいますか、そういったものが要るのではないかということで、検討したこともございますが、一つの委員会の事務局の中に、一般的な許認可事務を扱う経済部とか、官房とか、審査部、こうなっておりますので、独立した審査だけの官庁でないということで、審査部だけにそういうものを設けるということもなかなかむずかしいのでございますので、旅費等につきまして、できるだけ審査官が出て行って捜査するという場合には、日程その他で十分やれるようにする必要があるのじゃないか。これも、従来非常に旅費が不如意でございましたけれども、本年度は、かなり公取としては大幅に増加してもらいましたので、この旅費等を活用することによりまして、そういった面の不足を補っていきたいと考えているのでございます。
○鶴園哲夫君 公取委員会全体として、仕事の面について、はっきり私も理解のつかない面もあるのですけれども、特許庁なんかと比べた場合に、どうも片手落ちな気がしますね。普通の行政官庁と相当違うように思います。それから許認可の場合においてもそのような気がしますがね。ですから何かそういうようなこともお考えになってしかるべきじゃないか。これは非常に職員数も少ない数ですから、わずか、公取委員会というのは二百五十人しかいらっしゃらない。したがって、こういうものはほうっておくといつまでもほうっておかれる。人事院はそういうところに配慮ありません。人員が少ないですから。そういう意味では、公取自体がいろいろ配慮して処理していかないと、何か特許庁との間にもいろいろなアンバランスがあるように思います。善処方を要望しておきます。
○政府委員(渡邊喜久造君) いろいろ有益な御示唆をいただきまして、私も、先ほど申しましたように、まだ現在ずっとうちの仕事を見ている段階でございますが、お話のように、まあ第一審裁判的な役割、検察的な役割、同時にまた、行政事務的な役割、その三つをまた適当に調和措置しながらやっていくというところに公取委員会の特色があるわけですから、それぞれの仕事を受け持っている人は、それなりにその仕事にやはり没頭しなければならぬという関係にあるわけであります。従来事務局としましては、おそらく相当の努力をしたんだと思いますが、十分そうした趣旨の関係が職員の待遇の上において、あるいは人員、機構の上において主張はしても、その主張が通らないままで終わっていたんじゃないかというような感じがいたします。それはやはり結局われわれがもっとほんとうに勉強して本質をつかんで、こうでなければならぬという論拠を十分固めて、そうして関係の方々に御理解を願うという必要が当然あるんじゃないか、そのように了解して、いろいろ伺いました点につきまして、私もかなり同感の点もございますし、今後とも検討しまして、おそくとも来年度予算にはそうした姿をできるだけ現わすような努力をして参りたい、かように考えております。
○鶴園哲夫君 私の質問は、きょうはこれで終わります。
○委員長(村山道雄君) 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(村山道雄君) 速記をつけて。 暫時休憩いたします。 午後零時五分休憩 ————・———— 午後三時五十五分開会
○委員長(村山道雄君) これより内閣委員会を再開いたします。 まず、委員の異動について御報告いたします。本日、占部秀男君及び宮澤喜一君が委員を辞任され、その補欠として山本伊三郎君及び上原正吉君が委員に選任されました。 —————————————
○委員長(村山道雄君) 次に、理事補欠互選の件についてお諮りいたします。 山本理事が一たん委員を辞任されましたので、理事に欠員を生じましたので、その補欠を互選いたしたいと存じます。先例により、委員長の指名に御一任願うことに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(村山道雄君) 御異議ないと認めます。それでは理事に山本伊三郎君を指名いたします。 —————————————
○委員長(村山道雄君) 国家公務員法の一部を改正する法律案を議題とし、前回に引き続きこれより質疑を行ないます。ただいま大塚職員局長が出席いたしております。質疑のある方は、順次御発言を願います。
○山本伊三郎君 きょうは総裁来るのですか。
○政府委員(大塚基弘君) 参ると思います。
○山本伊三郎君 現在まで国家公務員法第百三条によって、私企業からの隔離の項があるのですが、こういう法律案を出して国会に報告するということですが、その点人事院としてはどうなんですか、これによって相当効果がありますか。
○政府委員(大塚基弘君) 私どもといたしましては、百三条二項、三項の運用は、やはり適正に公正に行なっておると考えておりますので、国会に報告するようにと改まったことによって、特別審査の基準を改めて厳重にする等のことはさしあたって考えておりません。しかし、問題は個別審査でございまして、いろいろな事情を審査をして承認、不承認をきめておりますので、なお、手続上の問題その他については、御提案の法案が通りました段階におきましては、私どもとしてはもちろん再考いたすつもりでおりますが、しかし、今までの運用が不適正であったというふうには考えておりませんので、その限りにおいて、たとえば件数が著しく減るだろうあるいは不承認の件数がまたふえるだろうというふうなことはちょっと予想できないと思っております。問題はしかし、国会及び世論といいますか、いわゆるジャーナリズムのような面でもとかくの批判が最近ふえておりますので、この点に関しましては、それらの高級公務員の方がやめられて民間の営利企業に就職される場合のあっせん等がしばしば各省庁の任命権者あるいはそれらやめられた方々の先輩等によってなされていると承知しておりますので、その辺のところに、何と申しますか、多少の考え方の変化があるかもしれないというふうに今のところは想像しております。
○山本伊三郎君 従来、この第百三条の規定に抵触して民営企業に天下りしていかれたという場合に、罰則をもって、それをやった人に対して罰則を適用したというようなことあるのですか。
○政府委員(大塚基弘君) 在来は一件もございません。
○山本伊三郎君 提案者の代表者の委員長見えましたから委員長にひとつ質問をしたいのですが、趣旨はまことに私けっこうだと思っております。ただこういう法律を出されて、いろいろと衆議院のほうの審議状態はどうかということをお聞きしたかったのですが、衆議院のほうではいわゆる三党共同提案であるので、この法案を出す前におのおの意思統一をしておるので、あまりその点については問題はなかったということを聞いておるのですが、そのとおりですか。
○衆議院議員(永山忠則君) この法案に対しては、各派一致いたしまして意見が統一をして提案いたした次第でございますので——経過的に申し上げますれば、社会党のほうから提案がございまして、それに対して各党協議いたしましたところ、非常にけっこうな趣旨であるということで共同提案にいたした次第であります。
○山本伊三郎君 人事院のほうにお尋ねいたします。まあ今いろいろ問題になっておりますが、現在出されておる国家公務員法の改正案ですね、ILOに関係したやつですが、その場合、この国会報告の義務は、新しいいわゆる人事局というか、そういうところに移るのですか。今ちょっと調べておるのですが……。
○政府委員(大塚基弘君) 現在提案されておりますILO八十七号の批准に関連した法案の中で、何条かは私今記憶がございませんが、当然あの法案が国会を通りますと、施行が十月一日かの施行ということになっておると思いますので、ただいまここで御審議いただいておる法案が通りますと、来年の一月一日には本年度の承認分の報告をいたすことになりますので、そのときには、八十七号関連法案としての改正法案が通った場合には、人事局が報告することになるわけであります。
○山本伊三郎君 まあ将来の問題ですから、法律案の取り扱いにいろいろ問題があってやっておるのですから、その点は深く追及はしませんが、せっかくこの法律が三党共同議員提案でなされたやつをうまく運用してもらわなければ、ただ有名無実ということになりますので、この点につきましては、将来の問題は一応抜きにして、ひとつ十分配慮して、人事院としては扱っていただきたい。この点について総裁の御意見をひとつお聞きいたしたい。
○政府委員(佐藤達夫君) 今回の法案によりまして、まあ率直に申しまして、人事院の今までのやり方が手のひらを返したように変わるというようなふうにはこれは申し上げかねるのでありますが、前回も申し上げましたとおりに、私どもとしては、今日までもやはり一応公正に誠実に運営して参ったという立場でございますからして、手のひらを返すようにということを申し上げるのは、それに矛盾することになりますけれども、しかし、何しろわれわれからいえば、こういう一つの大きなうしろだてができた、しかもこれは人事院の中立性というものに対しての大きな援護であり、これを盛り上げて下さっておるという点において非常に深い意義があるものと思います。その意味において、今後この運営については、一そう適正を期して参りたい、こういう所存でおります。
○山本伊三郎君 実は残念ながら、いろいろの関係でこの法律案については十分調べてはおりません。しかし、内容はきわめて単純なものですから。それに関連して、僕はしょっちゅう人事院に話をしておるのですが、この機会に寒冷地手当の問題ですね、人事院の今の考え方をひとつお聞きしておきたいと思うのです。と申しますのは、もう昨年から再々——人事院総裁がかわられてからも二回ほど言っておるのですが、この寒冷地手当については非常に強い各地方からの要望もありますし、国会は国会でいろいろ動きがあるようですが、これは私は別の問題としていただいて、人事院としては、この寒冷地手当の引き上げの問題について、今どういう程度に調査なり、あるいはその作業が進行しておるか、この点ちょっとお聞きしたいと思うのです。
○政府委員(佐藤達夫君) 寒冷地手当の問題は、もう当委員会で十分——まあ御承知のとおりに、かねがねから方々の強い御要望があります。また、委員会の御決議というようなものもあったように承知しております。しかしながら従来、最近まではやはりいろいろの調査の結果、まだどうしてもこれを改めるというところまで踏み切るだけの資料が出ておらないという立場から、相当消極的な態度で参っておる、これも率直に申し上げてお認めになるところだろうと思います。ただ、しかし、今お話もありましたように、なかなかこれは、方々から私どものところにもたいへんな陳情がたくさんございます。切々と訴えられる向きが相当ございます。したがって、私はもう手をつけないのだということでわれわれがそのままこれを見過ごしておれるものではない、これも実際そういう考えなんでございます。要するに、もちろんこのままに見過ごせないことではありますけれども、やはり私どもの立場としては、何とも何か確実な裏づけというものがありませんというと、ただ急に気の毒だからというだけのことで根拠なしにというわけにも参りませんし、まあその辺のところに実は非常につらいところがございまして、非常に悩んでいると申し上げるのが、これもまた率直ではなかろうかと思います。決して考慮の外においているわけではございませんということを申し上げさしていただきます。
○山本伊三郎君 きょうは給与局長も見えておりませんので、こまかいことを私お尋ねしようという気持はないのですが、せっかく総裁も見えておりますので……。私はまあこの機会にぜひひとつ人事院がある程度踏み切った寒冷地手当の改善と申しますか、率の引き上げあたりに積極的に動く必要が私あるのじゃないかという気持がするのです。もちろんこの寒冷地当手の過去の歴史を見ると、議員立法で作られたものであって、人事院の意向というものはその当時入っておらなかった。それが今問題の尾を引いている。したがって、私はこの機会に、人事院としては早く寒冷地に対する考え方の意思の統一をされて、この機会に出されるほうが——もうすでにお聞きだと思いますが、われわれとしても、どうしてもこれは手をつけなくちゃいかないというところに追い込まれている状態ですから、それを人事院が手をこまぬいてこのまま待つということでは、一般公務員が人事院を見た場合に、相当失望するのじゃないかという気持がするので、それで私まあきょう、こういう機会に発言しておるのです。いろいろ何と申しますか、希望とか、願いということによって取り上げるのじゃなくして、寒冷地手当の必要性ということをもっと根本的に人事院としては検討する必要があるんじゃないかと、こう思うのですが、これについて、総裁の御意見——こまかい事務的な問題、そういう問題は別として、総裁の御意見をひとつ聞いておきたいと思います。
○政府委員(佐藤達夫君) まことにごもっともで、また、その趣旨のお言葉あるいは御激励は各方面から承っております。さればこそ私としては、非常に苦慮しておると申し上げてよろしいと思います。決して固定的に考えておるわけではございません。ただし、今度は確かに何とかいたしますというお約束をするまでにはもちろんいっておりませんから、そういう大それたことは申し上げることはできませんけれども、前向きの姿勢で何とかならないかということについて苦慮しておるということをひとつ御了察を願いたいと思います。
○山本伊三郎君 もう一つ関連で、総裁の御意見を聞いておきたいのですが、毎年であれば民間給与の調査の大体が集約ができておる時期だと思うのですが、本年はまだできておりませんか。
○政府委員(佐藤達夫君) これは例年もまだ今の時期にはそろっておらぬはずでございます。本年も同様でございます。大体六月中にはそろい、それから今度は集計の作業に入るということになると思います。
○山本伊三郎君 この問題はこのくらい尋ねまして、くどく尋ねませんが、相当消費者物価も国会で問題になっておるように相当上昇線をたどっておりますから、ぜひひとつこの点については、調査ができるまでは仕方ないと思いますが、今度はひとつこの前もそうだと思いますけれども、大胆に人事院の意向というものを勧告の内容に現わしてもらいたいと思うのです。昨年の勧告は、あなたのときでなかったと思いますが、勧告の際にも私は言ったんですが、生計費というものの要素というものはほとんど考えられてないとは言いませんけれども、非常に薄かった。民間との給与の較差ということを重点的に考えられて、しかもそれもいろいろ政府の横やりがあったかどうか知りませんが、実施時期には人事院は五月ということを一応言われておったんですが、十月に延びてしまって、十月に延びた上になおかつそのときは九・三%の較差があると言いながら、わずか七%程度しかやらなかったという経緯があるのですね。これが一つの理由はありますけれども、われわれは了解しがたいのですが、こういう点はひとつ今度はどういうものが出るか、将来の問題ですが、相当人事院としても大胆率直にひとつ出してもらいたいと思うのですが、この点について総裁としてはどういう考えを持っておられますか。
○政府委員(佐藤達夫君) まあ口先を飾ることはいかようにも申し上げることができますけれども、一口に申しまして、要するに、適正な給与の勧告、勧告をする必要が認められた場合においては適正な勧告をする、そのねらいのもとに目下資料を集めておるということでございます。
○山本伊三郎君 僕ら、将来人事院のあり方、その他ここ一両年で相当変わってくるんじゃないかというふうな想定もするのですが、過去十何年間という人事院において勧告された経緯を見ても、総括的に見まして独立した人事院ということであるけれども、私は、政府のきわめて強い制約を受けてきたという見方をしておるのです。表面ではそういうことは、政府も、また人事院の総裁も言わなかったのですが、出てくる実態その他を見ると、非常に政府に相当制肘をされておると私は見ておるのですが、佐藤さん、おそらくそういうことはないと思いますが、今度の場合はいろいろ問題が私は出てくると思うのです。上げる率そのものだけではなくして、いろいろな政治的な、政策的な給与の取り扱いというものが私は出てくるのではないかという心配をするのです。この前の当委員会における大蔵大臣の発言なんかも聞きますと、相当私は、今度は問題があるんじゃないかという気持が実はするのですが、その点ひとつ人事院としてはきぜんたる態度というものを、私は抽象的ですから言えませんが、これは勧告が出る前になると、はっきりしてきますが、ひとつきぜんたる態度で、今日の公務員の給与体系というものはどうあるべきかという、基本的理念からこの問題をひとつ取り上げてもらいたいと思いますが、その点についてどうですか。
○政府委員(佐藤達夫君) 従来の勧告等につきましても、政府からの圧力とか干渉とかというようなことは、これはもうなかったと、私は信じます。逆に言えば、そういう圧力なり干渉があって、そのとおりの勧告が出ておったとすれば、政府もそのままのんでおったのではないかという妙な言い方もできると思うのでありますが、そういうことは絶対なかった。今度私がこの地位につきましたにつきましても、もちろん人事院の独立制ということは、何のために与えられているかということは、もう深く私は認識しているつもりでありますから、そういうような面についていやしくも公正を疑われるようなことは、もう当然ここで申し上げるまでもないことでございますが、夢にも考えられないということをここで申し上げておきたいと思います。
○山本伊三郎君 私は、そうあるべきだと思いますが、実際問題として、勧告は出たけれども、それをどうとるかとらぬかということは、これは政府のやはり考え方で左右されるわけで、それを私ども国会の問題として追及してきたのですが、勧告以前に私はやはり制肘を受けているのではないかという気分でおったのですが、こういう場所で、そういうことがあるということは、おそらく人事院総裁は言えないと思います。その点は、私は一応了承しておきます。 人事院ができた経緯というものは、われわれは当時国会におりませんで、それを受ける側に立って見ておったのですが、人事院ができたときに、われわれは反対の立場におったけれども、相当期待をかけておったととも事実なのです。ということは、公務員なるがためにいわゆる争議権もない、いろいろな制肘を受けている。ただ一つ公正な人事ということで、人事院がある限り、内閣と対等の立場でこれは運用さるべきだと実は期待しておった。ところが、その後、何年かたつと、だんだん人事院は政府の隷属機関のごとく見られてきた。こういうところに、私将来を展望して非常に問題があるのではないかと思いますが、これは今問題になっているILO条約との関係の問題がありますから、あまりここで言うことは、かえって誤解されるから言いませんけれども、その点はひとつ人事院総裁としてやはり人事院の性格、また、その職責というものを十分考えてやっていただいたほうがいいじゃないかと思う。総裁は、今そういう制肘は受けないと言われますが、これは人事院だけでありません。対等の立場に立つ、たとえば最も重要な国家公安委員会においても、やはりいろいろ過去の問題を取り上げてくると、政府のある程度の制肘を受けているような例があるわけです。問題は別でございますから触れませんが、そういう点について、十分ひとつ今後とも人事院としての権威と、それから法律に保障された権限を行使してもらいたい。勧告においてもそうだと思います。もう一回この点についてお聞きしたい。
○政府委員(佐藤達夫君) たいへんなまいきなことを申し上げますけれども、たまたま私自身この国家公務員法の立案に携わっております。この公務員法の理念というものもあるいは人事院の使命というものも、私自身として十分心得えているつもりでございます。私は、その当時から理念とされておったところのものあるいは人事院の使命とされておったところを今後とも法律の趣旨に従いまして、全力を尽くしてこれを遂行していきたい、こういう心がまえでおります。
○委員長(村山道雄君) ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(村山道雄君) 速記をつけて。 他に御質疑はありませんか。——他に御発言がなければ、本案の質疑は終局したものと認め、これより討論に入ります。 御意見のある方は、賛否を明かにしてお述べを願います。——別に御意見がなければ、討論は終局したものと認め、これより採決に入ります。 本案全部を問題に供します。本案に賛成の方は、挙手を願います。 〔賛成者挙手〕
○委員長(村山道雄君) 総員挙手と認めます。よって本案は、全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。 なお、本院規則第七十二条により、議長に提出する報告書の作成等につきましては、先例により委員長に御一任願います。 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(村山道雄君) 速記をつけて。 —————————————
○委員長(村山道雄君) 恩給法等の一部を改正する法律案、旧令による共済組合等からの年金受給者のための特別措置法等の一部を改正する法律案、以上、両案を便宜一括して議題といたします。両案については、すでに提案理由の説明を聴取いたしておりますので、これより質疑に入ります。政府側よりただいま八巻恩給局長、山本厚生省援護局長、平井主計局給与課長が出席いたしております。質疑のある方は、順次御発言を願います。
○小柳牧衞君 私は、旧軍人及び軍属等の処遇につきまして、漸次改善せられつつあることを多とするものでありまするが、一そう、国民の要望をいれて、一段と改善することを要望する立場において、二、三お伺いいたしたいと思うのであります。 その第一は、戦後、海外に抑留された者に対する措置の問題であります。戦後、多数の軍人、軍属が相当長い期間にわたって海外に抑留されたことは、わが国においては初めての経験でありまして、この事実は、命令によって生じた公務員の特別の事情に関連するものでありまするから、恩給処遇上においても異例の措置を講ずべきであると思うのであります。抑留の期間は、地域によって多少の相違はありますが、抑留者は戦時に劣らぬ精神、肉体上の苦難をなめたのであります。特に自分の戦友あるいは同胞がそれぞれなつかしい郷里に帰り、あたたかい家庭に入ったというようなことを思い合わせまするというと、一段と苦痛の強いものがあると思うのであります。よって、この抑留期間を全部実在職年と認めるべきであると思うのでありますし、また、なお、その実在職年に対し相当の加算年を認めるのが至当であると思うのでありますが、これにつきまして政府の御所見を伺いたいと思います。
○政府委員(八巻淳之輔君) 御承知のとおり、海外抑留期間中の公務員につきましては、恩給法におきましては未帰還公務員と、こういうことにいたしまして、これらの抑留期間中は、原則として在職期間と考えまして、その実在職年を見て、そうして普通恩給年限に達しますれば、それを国から普通恩給を留守家族に給するというような建前をとっております。さらに抑留期間中に対しまして、その抑留期間中の労苦を考えて割増しをしてはどうかという御提案でございます。実を申しますというと、旧軍人に対する加算制度の復活というものを昭和三十六年の法律百三十九号で行なったわけでございますけれども、あの際の措置は、旧軍人につきまして、戦前すでに戦時加算をつけて恩給年限に達する、こういうものと、未裁定であったもの等につきましては、そういう措置ができておらないということの不均衡を考えまして、戦前に行なわれておった加算制度と全く同じものを未裁定者についても行なうという趣旨でございます。したがいまして、今回そうした抑留期間についても割増しをするというような制度につきましては、過去の恩給法の実情では全然考えておらなかったのでございますし、また、事の性質上、戦後の問題にもなるわけでございます。お話のとおり、抑留期間中のその御苦労というものは、それは正当なる勤務の土台の上に行なわれたものではないにいたしましても、御同情にたえないという点はよくわかるのでございますけれども、新しい加算制度を創設するということにもなりますし、また、その海外抑留者の数も相当膨大なものでございまして、どの程度のものをやるか。また、どのような場所のものをやるかというような技術的な問題。また、それによって財政負担がどういうふうになるかということも究明しなければなりませんので、そういうことを、諸般の事情をよく勘案いたしまして、今後十分検討して参りたいと考えている次第でございます。
○小柳牧衞君 ただいま抑留者の措置について御理解のある御答弁を得たのでありますが、ただ加算等の問題につきまして、実際法制上の立場から考えますというと、これは特別のものを新設するということになりますので、恩給制度の体制から、また、立法技術から見まして困難であるとお考えになっているようでありますが、これは一応さようにも考えられますけれども、その抑留当時行なわれた加算のうち、適当な額を被抑留者の補償として認めることがまた妥当であるとも思われるのであります。また、抑留地の加算につきましては、旧法の第三十八条のいわゆる不健康地または不健康職務加算を認めるのが一応もっとものように思われるのでありまして、それらの限度を十分お考えいただきまして、これらの問題については根本的に好意がある、御理解があるようでありますから、引き続きまして、これらの趣旨の徹底するように御検討をいただきたいと思うのであります。 次に、この六十才未満の者に対する仮定俸給年額差別措置の撤廃のことについてお伺いいたしたいと思います。恩給法には若年停止の規定があって五十五才までは差し引かれることになっております。なお、その上に昭和三十三年の改正から、六十才未満の者に対し仮定俸給の引き上げを抑制しておるのであります。これは恩給法の趣旨としても遺憾とするものと思うのでありますが、今回六十才未満の仮定俸給を一万二千円ベースから一万五千円ベースに引き上げることに改正されることになっているのでありますが、しかし、一方普通恩給の一般ベースが二万円であるということにはまだ及ばないのであります。これらの差別は残っておるわけでありますが、しかし、今回の改正は、完全撤廃に至る過渡的のものと解すべきものであると思われるのであります。これらについての御所見を承りたいと思うのであります。また、こういうような立場に立ちまして、すみやかに六十才未満の者に対しましても二万円ベースとして、五十才以上の者には何ら差別をすべきではないと思うのであります。要するに、今後仮定俸給のベースを引き上げる場合、六十才未満の者に対する差別措置をつけないことを強く要望いたしまして、政府の所信を承りたいと思うのであります。
○政府委員(八巻淳之輔君) 過去の恩給増額措置におきまして、遺族、傷病者、老齢者に重点を置くというような考え方からいたしまして、六十才未満の若年者にはその増額分を遠慮していただくというような手法を講じたわけでございます。恩給法の本来の筋道から申しまするというと、御承知のとおり、若年停止は四十五才未満は全額停止、五十才未満は五割停止、五十五才未満は三割停止というような方法をとっております。したがいまして、恩給法の本来の筋から申しますというと、五十五才以上であるのに六十才未満の人について満額を支給しないということにつきましては過渡的な措置であると申さざるを得ないわけであります。したがいまして、だんだんと事情の移り変わりによりましてこの差別は撤廃していくということが本筋であろうと思っております。したがいまして、今回御提案申し上げました一万二千円ベースから一万五千円ベースに引き上げる際のいわゆる昭和三十三年の百二十四号による増額措置における年令制限はとにかく撤廃しないとその間の差が非常に大きくなる。すなわち昨年の百十四号による二万円ベースあるいは二万四千円ベースなりの引き上げというものが行なわれましたので、その差が非常に大きくなって参りますので、まずその前の段階の制限は撤廃しなければならぬ、こういうふうに考えたのでございます。将来ともこれらの過渡的な形態というものは漸次撤廃していくという方向で努力して参りたいと、こう思っております。
○小柳牧衞君 仮定俸給のベースについての御所見は、本問題を漸次改善せられる立場に立ちましてまことにけっこうなことと思うのでありまするが、この問題に関連いたしましてもう一つお伺い申したいことは、すなわち公務扶助料、傷病者の増加恩給のベースは、先ほどもお話があったように一万四千円であるようであります。普通恩給のベースは二万円でありまするが、これら公務扶助料をいただく遺族、傷病者の優遇の立場において考えるようになっていると思うのでありますが、しかし、恩給のベースが二つあるということもどうかと思うのでありまして、遺族、傷病者を優遇するということは当然望ましいことでありまするが、この際さらに一般二万四千円ベースにすることが最も適切ではないかと思うのでありますが、これにつきまして御所見を承りたいと思います。
○政府委員(八巻淳之輔君) 昨年の法律改正、いわゆる昭和三十七年の百十四号の法律によりまして、恩給の増額措置が行なわれたのでありますが、その際一般の恩給につきましては二万円ベース、遺族、傷病者につきましてはそれよりも一割二、三分増しのいわゆる二万四千円ベースというところに引き上げたのでございます。このことはもう御承知のとおり、遺族傷病者についてさらに優遇する、重点的に考えるということで一歩前進させた措置でございまして、恩給法の本来の姿から申しますれば、同一時期にやめた方の恩給の仮定俸給と申しますか、基礎俸給が同じであるものにつきましては、やはりあくまで同じであろうということが筋であろうと思うのであります。しかしながら、そこに遺族、傷病者に対してさらに優遇するという政策的な配慮が加えられまして、ああした措置になったわけでございます。将来その本筋を通した、恩給の技術的な技術論の本筋に入るということは、また別途検討さるべきであろうと思うのでございますが、先ほど申し上げましたように、百十四号の際におきましては、あくまでその政策的配慮が働いて、そうして遺族、傷病者について、一歩前進させた、こういうことが言えるかと思っております。
○小柳牧衞君 最後に私は、在学徴集延期臨時特例についてのいわゆる学徒動員の問題について、関連してお伺いいたしたいと思うのでありますが、昭和十八年に戦争が非常に急迫を告げて参りましたので、いわゆる在学徴集延期臨時特例を出しまして、学徒動員ということに相なったのは御承知のとおりであります。これらの学生が祖国の急を救うために、学業をなげうって雄々しくいわゆる出陣したという光景は、今思い起こしましてもえりを正さざるを得ないのであります。私どもは当時衆議院にありまして、そうして文教に関する委員に列しておりましたが、その際にある議員から、出動したところの学徒がはたして適切な訓練に耐え、そうしてりっぱな国軍の一員として活動できるかどうかという質問を、当時の陸軍軍務局長並びに海軍軍務局長に質問したのでございます。その際に、両局長は口をそろえまして、実にりっぱに日常の勤務に服して、そうしてりっぱな国軍の一員として役立つように訓練されておるから安心してもらいたい、こういう答弁があったのであります。この答弁に基づきまして、衆議院にはこの出動学徒に対しまして、全員一致をもって感謝の決議をし、さらに一そう激励するところがあったのであります。これらの点を思い起こしまするというと、われわれとしましては、今日なおそれらの労苦に対して、また、功績に対して、思いをいたさなければならぬと思うのでございます。事、志と違って敗戦の憂き目になったのでありまするが、それで、私はまず第一に、この特例によりまして動員したところの学生の総数はどれほどあったのか、そうしてまた、これらの学生が、戦死、戦病死は除きまして、再び自分の母校に帰ったものはどれほどあったのか、さらにまた、そのうち従来の目的に従って卒業したところの人がどれほどあったのか、これらについて何かお取り調べになったのがあったら、お示しを願いたいと思います。これはその当時のわが国の国内の情勢に考えまして、きわめて重要なることであると思うのであります。そのお調べがありましたら、概数でよろしゅうございますからお示しを願いたいと思います。
○説明員(笠木三郎君) 学徒で徴集延期を停止されまして、直ちに兵役についた者の数、この総数につきましては、遺憾ながら現在資料がないわけでございます。ただそのほかにいわゆる軍務に服しませんで、勤労動員という形で、いわゆる当時の国家総動員の体制に協力いたしました者の数は、概数わかっております。したがいまして、総数がはっきり判明いたしませんので、それがどのような経路で復学者があったか、そういうふうな点につきましても、材料が現在ない状態であります。
○小柳牧衞君 私はあえて当局を糾弾する意味でもありませんが、あの祖国の重大な時期に、あれほどの決意を持って出陣した人の現状、その後の状況がわからぬということは、私は国として非常な手落ちであると思うのであります。あの当時の感謝決議というものは、実にどうも壮烈無比であったと私は思っております。その中にあった言葉を今も記憶しております。木枯しの吹いて落ちるイチョウの葉を踏み越え踏み越えして校門を後にして雄々しく出たその学生を、どうしても国の御用に立たしていただきたい、そういうような意味を含めてほんとうに国民的熱誠のもとに送ったのであります。そういうことを考えますれば、いかに終戦になったといえども、その総数あるいはまた、そのほかどれほどが母校に帰ったか、その後の状況はどうであるかということは調べておくのが適切であると私は思うのであります。もし調べてなければ——あるいは材料ももうなくなっておるかもしれません。これらのことは急速にお調べいただきたい。そうして私がそういうことを申し上げますことは、戦死、戦病死については相当の処遇をしたと思うのでありまするが、一たん学業を捨てて再び母校に帰らんとしても帰れない人もあったでしょう。また、帰りましても予期どおり卒業することができない人もあったでしょう。いわば、これを契機としまして一生を棒にしたところの人も相当多かったろうと思うのであります。これらにつきまして、政府としてどういうふうにお考えになっておるのか、また、これに報いるところの道を考えておるのかどうか、これらについて御所見を承りたいと思うのであります。
○政府委員(徳安實藏君) ただいまの御質疑まことにごもっともでございまして、学徒動員に対する前後の事情並びにその動態等がわからないはずはないじゃないかと私自身も常識では考えるわけでありまするが、ただいま文部省の答弁によりますと、詳しくわかっていないというような答弁のようでありますが、これは政府全体の責任でもございますから、よく相談いたしまして、手を尽くすだけ尽して、そうして、そうした数字もはっきりしたものはできないかもしれませんが、概算ですが、御報告できるように努力はいたします。
○小柳牧衞君 この出陣した学徒が再び母校に帰ったときに、文部当局はそれらの再入学についてどういうような便宜をはかり、取り計らいをしたのか。またさらに、自分の目的に従って進学することについてどういう措置をとったのか、これも古い話でありまするから、おわかりにならぬかもしらぬが、政府としては古くなったからわからぬということは、国民に対しては、私は申しわけが立たぬじゃないかと思うのであります。その当時の状況をお伺いする次第であります。
○説明員(笠木三郎君) 一たん軍務に服しまして、それが復学いたします場合の進学につきましては、特に昭和二十年から二十一年にかけまして特例措置を講じたわけであります。その内容のおもな点は、大体各学校の入学定員の相当数を余裕を見まして、必要な資格を持っておる者につきましては、極力これを進学させ、これを受け入れる、こういう措置を講じており、各学校あてに通知をしております。したがいまして、この臨時措置によりまして、復学いたしましてから、たとえば高等専門学校ないし大学へ進学を希望する者につきましては、ほぼその希望どおり入学させ得たというふうに考えております。
○小柳牧衞君 これらのことは、今日のように日本が敗戦から立ち直って復興しておる状況に考えまして、十分にその当時の状況をお調べになって、そうしてもしこれに対して処遇上において施す道がありましたならば、考慮をしていただきたいと思うのであります。幸い、今日は軍人軍属の処遇についても改善され、さらにまた、なお取り残されているいろいろの国民に対しましても、あたたかい政治をやるという時代になっておるのでありまするから、たとえだいぶ年数はたったといいましても、自分の学業を捨てて、そうして祖国の危機におもむいたところのこれらの学徒に対しましては、ほんとうに血の通ったところのあたたかい政治をやっていただかなければならぬと思うのです。まさにそれは時期である、おくれてはおりまするけれども、今、時期であると私は思っております。これにつきまして重ねて政府の御所見を承りたいと思います。
○政府委員(山本淺太郎君) 学徒で出陣せられました方で、不幸戦死せられた方につきましては年金が支給されていることは御案内のとおりでございます。なお、先ほど文部省のほうからお話のありましたように、内地でいわゆる徴用の形で動員されました学徒につきましては、準軍属として遺族給与金が、なくなった方には支給され、障害をせられた方につきましては障害年金が出ておるわけでございます。ところが、従前は、こうした方々につきましては、普通の遺族年金の半額であって、しかも五年間しか支給しない。しかも、両親に対する処遇といたしましては、六十才以上でありましても、他に扶養家族があれば支給しない。それからまた、なくなった場合及び障害の場合、いずれも、戦時災害、たとえば空襲といったような、そういう戦時災害が加わらなければだめだ。なれない手つきで旋盤をいじっておって、その旋盤の機械に巻き込まれたというのはだめだと、非常に冷たい法令であったわけでございます。そういうことでは、ただいま先生の御指摘になりましたような趣意から見ましても、非常に遺憾なことであり、緊急に是正する必要があるということで、本国会に、このような不合理を是正いたしまして、金額は半額にとどめておりますが、自余の点につきましてはすべて軍人と同じような処遇をするということで、大幅の改善を見たわけでございますが、なお残された問題につきましては、私どもといたしましてもよく事情はわかりますので、この上とも努力をいたしたいと考える次第であります。
○小柳牧衞君 いろいろ御厚情のある御答弁をいただきまして喜んでおるものでありますが、重ねて申します。これは国会として非常に重大な責任のある問題であると、私は痛感をしております。さらにまた、先ほどもお話のありました、いわゆる徴用の学生なり、あるいは勤労学生についても広くこれらの問題について、今日お考えをいただきまして、そうしてほんとうに日本のあたたかい政治の形を現わしていただきたいと強くお願いをする次第であります。
○上原正吉君 私も二、三お尋ねを申し上げたいのでございますが、まず第一は、いわゆる高級旧将校の号俸抑制措置についてでございます。昭和二十八年の軍人恩給の復活に際しまして、恩給法特例審議会の答申よりも一律四号俸引き下げられて、それが基準となりました。この一律四号俸引き下げというのは、まことに過酷であり、かつ不合理きわまるものだと思うのであります。そして私どもとしては、当時とうてい承服できないものと考えたわけであります。そのゆえか、昭和三十年の改正には尉官以下は全部是正されました。佐官が一号俸引き下げ、将官が二号俸引き下げられたまま、そのまま今日に及んでいるわけであります。昭和三十三年の大改正に際しましても、これはこのまま据え置かれた。ときの福永衆議院内閣委員長が、そのときに取り残されました九つの問題、すなわち九項目について、ときの今松総務長官に、岸首相の面前で質問をして、善処すると今松長官が答えられた。すなわち、岸首相もそばでついておったのですから、これはもう私は選挙の公約ではなくして、政府の公約だと思うわけであります。この九項の第三番目に、つまり重要さの三つ目に数えて、仮定俸給抑制の措置というのが取り上げてあったわけでござます。しかし、その後数次の改正が行なわれましたにかかわらず、どの場合にもこの号俸抑制措置はそのまま持ち越されて、今や九項目がほとんど解決あるいは改善し尽くそうとしておるときに、ことに今回の改正においても、この高級将校の号俸抑制措置はそのまま残されようとしているわけであります。私はここで、なぜこれだけ取り残されたのか、その事情と政府のお考えとを承っておきたい、こう思う次第であります。
○政府委員(八巻淳之輔君) 御承知のとおり、旧軍人恩給が出発いたします際に、当時一万円ベースという仮定俸給を作りまして恩給額を計算して出すことにしたわけでございます。その際、当時の文官の仮定俸給とその見合いにおきまして、兵から大将まで一律四号下げて、そして出発させたという事情がございます。財政負担等の事情もあったと思いますが、しかしながら、昭和三十年に軍人恩給を一万円ベースから一万二千円ベースに引き上げる際におきまして、ベースを引き上げるとともに、また号俸につきましても四号差というものをなくそうということでやったわけでございます。しかしながら、その際に、佐官につきましては一号俸だけ——三号俸しか上げない、将官につきましては二号俸だけしか上げないというので、将官につきましては二号俸、佐官につきましては一号俸だけ低く抑えられているという経過をたどっているわけでございます。現在までそれは変わらないでおるわけでございまするけれども、このととに関しまして、昭和三十二年の臨時恩給等調査会でもいろいろ検討されたのでございまするけれども、これらの、将官において二号俸、佐官において一号俸低く抑えたという事情は、これは結局上薄下厚という精神に沿って抑制する趣旨に出たものでありまして、にわかにこれを改めることは適当でないというふうな意見も出されているわけでございます。昭和三十三年からだいぶもう時間もたっておるわけでございまして、今後こうした上薄下厚という精神はあまり徹底させなくても、上の人は上の人なりにやはり相対的に苦しい立場にあるというふうなことの考え方がだんだんと普遍的になって参りますれば、これらの事情というものも改善されるという時期もあるかと考えております。今後とも十分検討させていただきたい、こう思っております。
○上原正吉君 どうもふに落ちないことずくめなんですが、一律に四号俸引き下げるということが過酷で不合理だから、次の、昭和三十年の改正には号俸引き下げを将官と佐官だけ認めたのだ、私はこう思うのであります。それからまた、ただいま上薄下厚、上に薄く下に厚くと、こういうお話でございましたけれども、これも私は道理に合わないと思います。給与は上も厚く下も厚く、そして恩給は上を薄く下を厚く、そういう理屈はどこからも私は生まれてこないと思います。むしろ上薄下厚という精神は給与にも当然盛られたはずでございまして、それが恩給の基礎となるべきもので、給与そのものは上薄下厚でなくてもいい、恩給は上薄下厚でなくちゃならぬ、そういう理屈は私はどこからも生まれてこないと思います。そしてその上薄下厚とかあるいは四号俸引き下げとかいう措置は、ただそういう措置をとった原因は国家財政の窮迫にあったのだろうと思います。それにいわゆる上薄下厚などという口実を設けたにすぎないと私は信じておるわけでございます。そしてこれがこのまま今日に及んでおるというのは、当時の上級将校が、自分のことよりはまず旧部下の処遇改善を心から念願された美しい心根の表われだと私は敬服しておるのでございます。だからといって給与は上薄下厚でなくてもいい、恩給は上薄下厚でなくちゃならないなどという不合理が解消されたとは考えられない、こう思うのでございます。ですから、かつて高級将校の方は重責に任じて大きな勲功を立てられておるのでございます。ただ旧部下のことを思って自分はがまんをした、こういうことなのでございますから、今日に及んで、九項目はほとんど解決しようとしておる、それからまた、国家財政も極度に窮迫しておるとはいえない今日、もはやこのままほっておくべきではない。将校の人たちはもはやみな老齢になっておって働くことのできない人たちがたくさんある。これをほっておくのは、黙っておるから捨てておくということになるのじゃないか。そういうことは国の政治の道として芳しくないことではないかと思うので、このことに関しましては、幸い長官が出ておいででございますので、長官のお考えを承っておきたいと思う次第でございます。
○政府委員(徳安實藏君) ただいまのお説に対しまして、局長から従来の考え方をお話し申し上げたのでありますが、当時の財政状態、それから国民の一部に多少の世論もございまして、今お話のような工合で、上の者は薄くても甘んじて、下の者を厚くして、できるだけ多数の者に困らないようにしてやろうという上下の気持がこういう政治の現われになっておるのだろうと思います。しかし、本来から申しますれば、性格から申すというと、やはり厚き者は厚く、薄き者は薄くという原則もあり得ると思いますが、今お話のように、もうすでに日本の財政状態も相当に復活して参りまして、目先にすぐに困るという状態でもないこの時期において、そうしたものは是正すべきじゃないかという御意見もごもっともかと考えますが、何しろ次から次とだいぶん是正はして参りましたけれども、まだこの恩給問題等につきましては残っておるものもございまして、できることなら今国会におきましても全部を将来に残さないように解決したいという気持で、党のほうからの御要諸等もあり、また、他の方面からのお話もございまして、いろいろと研究はしましたが、結局まだ少し取り残されたものもございます。これは怠らずに次の機会に研究をいたしまして、そして矛盾のないように、先ほど来からお話がございますように、あなたたかい気持で、こうした問題を国全体の問題として解決しなければならない時代が、総じまいをする時代が来ておるようにも考えられますので、今お話の点はよくお話の次第を承っておりますから、この点等につきましても次の機会には解決をでき得ますような研究と努力を続けたい、かように考えておる次第でございます。
○上原正吉君 まことに御心情のこもった御答弁をいただきまして、満足でございます。 念のためにもう一言申し上げておきたいのは、私は文官であると武官であるとによって、同じような職責にあり、同じ年数勤めた人の恩給が差異があるということは、たとえ高級官吏であろうと下級官吏であろうと、道理にかなわないと思う次第であります。これはもう元軍人であったから、高給とる人は恩給は少ない。文官であれば給料どおりの恩給がもらえる。このことは何としても承服しがたいと存じますので、これもぜひ御考慮の中に入れて善処していただきたいと思う次第でございます。その点、局長さん何か……。
○政府委員(八巻淳之輔君) 文武官の恩給のつまり基礎俸給というものの立て方が、過去の恩給秩序の中ではだいぶ違っておったわけでございます。文官につきましては、退職時の俸給そのものが恩給の基礎になる、ところが軍人につきましては、在職中の俸給というもの、すなわち退職時の俸給、そのときにもらっておった俸給というものは恩給の基礎にならずして、むしろそれより上回った額というものを一律に、たとえば一つの階級の大尉なら大尉の階級の中で、若い人は下の俸給がございますし、年とった方は上の俸給をもらう、何通りかの俸給を在職中にもらっているわけでございますが、それが恩給としては、大尉は大尉一本としての恩給、これは在職中の俸給よりも高い俸給をきめているわけですが、そういう立て方になって恩給の基礎俸給がついております。したがいまして、文官の場合と武官の場合は、技術的に機械的に一致させるということはなかなかむずかしいわけでございます。したがいまして、大筋の議論としては、文武官そう隔たりのないようにという精神につきましては、お説のとおりだと思っております。しかしながら、あとの技術の問題につまきしては、文官につきましては戦後、つまり歴史的に過去から現在にわたって引き続いておりますわけでありますから、全体のそういう縦の線における均衡というものも考えなければならぬ。また、武官につきましては、一応終戦によって武官というものがなくなって、過去のグループだけになっております。そこで武官につきましては、別の仮定俸給体系というものが、将官から下士官、兵に至るまで、十四通りの俸給がきめられているわけでございます。御趣旨の点は十分わかりますので、そういう点につきまして、もし非常な差がついているということであれば改めなければなりませんけれども、技術的に直接関連において比較するということは、なかなかむずかしい問題があると思っております。
○上原正吉君 そうしますと、二十八年の旧軍人恩給復活に際しまして、四号俸引き下げられた。この四号俸引き下げない俸給というのは、仮定俸給でもありましょうけれども、四号俸引き下げない俸給というのは、文官の俸給とは違っておったということなんですか。
○政府委員(八巻淳之輔君) 二十八年当時の文官の、過去の文官の置かれておった号俸というものに一応スライドして、ベース・アップするための手法として当てはめて、そこで出発させたわけです。ですから、そこで一応武官の仮定俸給というものが、上下の秩序というものが一応成り立っている、こういうふうに考えているわけです。
○上原正吉君 そうすると、その二十八年の改正以前の、つまり終戦以前の恩給のベースは、軍人の場合、文官よりも慣習によってか、あるいは法律によってか、それは知りませんが、高かった。それはわかりますけれども、二十八年の改正によって、復活するときには、文官も武官も同じになっておった。こう考えていいわけですね。
○政府委員(八巻淳之輔君) 二十八年当時の状態におきましては同一、こういうことでございます。
○上原正吉君 そうすると、私の疑問と不満とは道理にかなうことになりますから、特にひとつ御考慮をわずらわさなければならぬと、長官にもお願い申し上げておきます。
○下村定君 関連して。 ただいま上級将校の恩給、それから文官の格差という問題について御質問がありました。私は、実は御承知のとおり、旧軍人でございまして、いわゆる将官の待遇を受けておりました。したがって、こういう問題を私の口から申し上げることは非常に心苦しいのでございます。先ほど上原先生がお話しになりましたとおり、私どもは、自分の恩給が少なくても、それがほかの後進の方とか、そのほかいろいろな不運な境遇にある方に多く上げたいという切なる気持を持ち続けておるものでございます。したがって、高級将校からは、私の知っている限り、自分たちの恩給を増してくれということはだれも申したことはございません。そういう意味におきまして、先ほどの上原先生の御質問は、私どもとしては非常にありがたく感ずる次第でございます。 なお、文官と武官の差別でございますが、これは恩給額につきましては、今、恩給局長のお話のとおり、いろいろ当時の事情もございましたが、そのことは私どもはよくわかっております。しかし、その恩給額以外に実にわからない差別があると思うのです。いろいろありますがその一例を申しますと、恩給年限に達していない——一時金を受ける資格におきまして文官のほうは三年、武官のほうは七年、これなんかは私はどうしても理屈に合わないことだと思う。 私のお伺いいたしたいのは、いろいろ問題はありますけれども、とにかく現実の恩給法にあきまして、文官と武官の差別のあることはもう明瞭だと思う。その点を恩給局長、お認めになりますかどうですか、お伺いしたい。
○政府委員(八巻淳之輔君) 旧軍人恩給の再出発にあたりまして、この旧軍人恩給をどうするかということが検討されたわけなんでありますが、恩給特例調査会におきまして相当まあ国家財政等も考えて改変した形で出発させようと。大体骨子においては昔のものを踏襲するけれども、相当変わった形で出発させざるを得ないのだと。したがいまして、一時恩給の給与の条件にいたしましても、下士官以上につきましては三年以上在職すれば、在職して、普通恩給年限未満で退職した人、こういう人に対しましては一時恩給が支給されることになっておったのでありまするけれども、昭和二十八年の百五十五号におきましては、七年以上引き続き在職年限の方に限って一時恩給を支給する。したがいまして、三年以上六年までの在職年の方につきましては一時恩給は支給しないと、こういうことになったわけでございます。このことは、短期若年の方々に、そうした膨大な数に上る方々に対して恩給を支給するということは財政の負担ごたえないというふうな見地から措置されたものでございます。 一方、実態的に考えまして、これらの方々につきましては、先般法律百三十九号によりまして、戦地における加算が付与された結果、これらの人の大部分は恩給年限に到達して、そして普通恩給を受ける資格を得たと、こう思っておりますので、まあ実態的にはほとんど何らかの処遇がされておる、こう考えてよろしいのではなかろうかと、こう思っております。
○下村定君 今御説明の事情は私もよくわかります。ただ、現実問題として、現在の恩給法の武官と文官との格差があるというととだけは明らかですから、動かすべからざる事実だと思うのです。今後どうかひとつそういう点を検討願いたい。これはそういうことを申しますと、いかにも水平運動でも起こすようにも誤解をされる向きもあるかもしれませんが、私どもはそういう気持は少しもございません。ただ、不合理な格差だけは是正していただきたいとこういうことでございます。終わり。
○政府委員(徳安實藏君) ただいまのお説につきましては、できるだけ矛盾をなくいたしますように今後十分検討をいたす考えでございます。
○上原正吉君 ただいまの下村先生の質問と関連するのでございますが、旧令では、軍人としての在職年が三年以上であれば一時恩給がつけられた。しかもこの三年以上には加算年を含んでおったのです。ところが、現在では加算年を含まないで、そして在職が七年以上でなければならないと、こうなっておるわけでございまして、たいへん不合理かつ酷薄なる規定だと思うのでございます。昭和三十二年の臨時恩給調査会の答申は、加算問題と多少趣を異にする点があるが、これに準じて取り扱うごとが適当であるとの意見に一致したと述べております。そこでこの加算がすべて解決したのですから、これもここで解決して、実在職が三年以上であれば、加算を含めて三年以上であれば一時恩給が受けられる、こういたすべきであろうと思うのでございまするが、恩給局のお考えはどうですか。
○政府委員(八巻淳之輔君) この問題につきましては、旧軍人恩給が出発しました法律百五十五号の当時の精神というものは、やはりそうした短い期間、軍に参加したと、軍役に勤めたと、こういう方々に対して何がしかの一時金というものを出すことがいいかどうかということは、やはり全般の国民感情なり、また、国家財政という観点から総合的に考えて、それに対してはがまんしていただこうというととでできておるわけでございまして、この恩給特例調査会当時の考え方も、加算問題が解決すれば実態的にはそういう方々につきましては、加算の付与によりまして年金化するという人が多いのではなかろうか。したがって、それらの方々の不平というものを実質的に前向きで解決されるのじゃなかろうか、こういうような意味であったと記憶いたしております。
○上原正吉君 どうもやはり得心ができません。金額の大小やそれから国民感情と申しますか、あるいは国家財政と申しますか、そういう配慮からだとおっしゃいまするけれども、国家財政といい、国民感情といい、今日はもうすでにたいへん違っておると思いまするし、第一、昭和三十二年の臨時恩給調査会の答申も、加算と似たようなものだからこれに準じて取り扱うのが適当であるとの意見に一致しておるのでございます、三十二年に。ですから、どうも恩給局長の御答弁は強弁であるように思います。 ことにこの際申し上げておきたいのは、この一時恩給が、制度が旧に復せば一時恩給は受けられる、こういう方々はほとんど赤紙応召の人なんです。赤紙応召の人であって、一時恩給がもらえるということになれば、本人にとっても家族にとっても非常な栄誉である、国民感情はむしろ一時恩給を給すべきであるということになるであろうと思います。ですから、もし今日の国民感情がどうであるかということに御疑念があったら御調査いただくのもけっこうですが、あるいはこの臨時恩給調査会の答申が意見が一致したとあるのですから、これを取り上げるべきだと思うのでございます。いま一度局長の御答弁を承っておきたい。
○政府委員(八巻淳之輔君) お話のそうした短期在職廣の方々というのは、大多数は内地でお勤めになった方が多いと存じております。戦地で三年もお勤めになりますれば加算が七年ついてそして十年になるので、そこで対象になるのは、内地の部隊で三年なり四年なり引っぱられておった方だと思います。それに対して御苦労様でしたという一枚の感謝状も出さないというのは、これはけしからぬと思います。しかしながら、それに対して何がしかの国庫負担をして一時金を出すべきかどうかという、こういう問題はもう少し十分検討してみたい、こう思っております。
○上原正吉君 これ以上押しませんけれども、私は十分検討する価値がある、検討しなければならない問題だと考えますので、幸い長官も来ておいででございまするから、お聞きとどめおきをいただきますようにお願いする次第でございます。 次に、加算の減算率についてであります。加算の減算率を、実在しなかった一年につき減らす率を、百五十分の四・五から三・五に下げようという改正でございますが、これははなはだ不徹底かつ不合理だと思います。元来加算というものは、ほんとうの文字どおり加算であるべきなんです。戦地で一年苦労するのは内地で三年苦労したのに匹敵する、四年苦労したのに匹敵するから加算がついているので、実在職と計算すべきもので、在職年限を数える、つまり受給資格を生ずる計算において、あるいは金額の計算においても、当然実在年として加算すべきなのだと、こう思うのでございます。減算率そのものがまことに奇怪な存在、こう思うのでございます。これはどんなお考えですか、長官ひとつお答えをいただきたい。
○政府委員(八巻淳之輔君) 恩給に関する加算の制度というのは、御承知のとおり、昭和二十八年に軍人恩給が再出発いたしますと同時に、文官につきましても加算制度というのは原則論として全面的に廃止してしまったわけです。すなわち恩給法上の実際の在職年に対して、割増しをして長く見て、そして恩給がつくようにすると、こういう制度でございますが、これはほかの公的年金制度では例がございません。恩給法におきまして、そうした割増しの制度というものは過去にあったのでございますけれども、昭和二十八年に再出発するときには、もうこれはやめてしまったわけです。しかしながら、過去にそうした加算がついて恩給をもらっておった、恩給資格者があったという事実を想起いたしまして、これについては恩給権を認めたというふうないきさつからいたしまして、これに対しては恩給金額の上には反映しないようにしよう、こういうことで、むしろ実際の百五十分の五十というのは完全なる支給額でございまするけれども、それから実際の在職年、足りない一年につきまして百五十分の三・五ずつ差し引くと、こういうふうな制度をとったわけでございます。したがいまして、そうした考慮から出発いたしました減算率というものを全面的に廃止するということにつきましては、はなはだ賛成いたしがたいのでございます。
○上原正吉君 どうも局長は賛成いたしがたいとおっしゃるが、私は得心いたしがたいので、昭和二十八年の復活にあたって、こういう加算制度はやめようと、こういうことになったそうでありますけれどもも昭和二十八年まで勤続して加算をもらおうというのではないのであります。加算という制度がちゃんと生きて、そして加算という制度によって励まされ慰められておった軍人が、昭和二十八年まで恩給を押えられておって、二十八年に復活する際削り取ったというのですから、これは二十八年にやめても追いつかない、間に合わない、こう思うのでございます。二十八年以後の勤続年限に対して押えるならともかく、八年も前のことを二十八年に至ってから削るというのは、道理にかなわない、私はそう思う。しかし、かりに百歩譲って、減算率というものを認めるとすれば、私は増加率のほうが百五十分の一なんだから、減算率のほうも百五十分の一でしかるべきだと、こう思います。そこまでしか譲歩はできない。それからまた、百五十分の四・五であったものを百五十分の三・五に減らすという考えは、四.五が不合理だと、こうお認めになったからに違いないと、こう信じておるのでございます。これを百五十分の三・五に減らしたから合理化されたということにはならぬと思うのですが、その点はいかがですか。
○政府委員(八巻淳之輔君) 昭和三十三年の法律百二十四号によりまして、それまで減算率が百五十分の三・五であったのを四・五に強化いたしました。このいきさつは、その当時いわゆる未裁定者についての加算制度というものが未処理でございました。したがって、既裁定の方々についてだけの年金受給者があったわけです。これらの方々につきましては、一万二千円ベースから一万五千円ベースに上げる、こういうことになったのでございますけれども、臨時恩給調査会の答申にもございますように、この未裁定者の問題が片づくまでは、既裁定者についてのベース・アップは実質的に見合わせるべきであるという考え方でございまして、このために仮定俸給を上げまするけれども、実質的にはふえない、実額が現状維持であるというふうな意味からいたしまして、百五十分の四・五というふうに強化いたして今日に至ったわけでございますけれども、これは未裁定者につきましての処理が法律第百七十九号によりましてできましたものですから、これは百五十五号当時の本筋に戻していいのではなかろうかと、こういうふうに考えまして措置いたしたわけでございます。 それからさらに、百五十分の一減らす。三・五でなくて百五十分の一ぐらいの減らし方でよくはないかと、こういうお話でございますけれども、大体実在職年の一年についての減らし方の大ざっぱな考え方は、軍人で申しますると、恩給は結局年俸の三分の一でございますから、百二十日分支給されるわけです。したがって、十二年で恩給がつくということは、一年について十日分の給料に当たるわけです。そこで一年足りませんならば、その十日分引く。十日分ということは給料に対してどのくらいになるかと申しますと、百五十分の三・五ぐらいになる、三・五ないし四になる、こういうことでございます。そういうふうな考え方で百五十分の三・五というものが出ているわけでございますので、これを百五十分の一にするということになりますると、その趣旨に沿いませんし、またかたがた、百五十分の一というものは、天井がございます。たとえば軍人で申しますると、七割以上はいかない。幾ら長くても本俸の七割以上はいかない。文官で申しますると、本俸の六割以上はいかないというような天井がございます。したがって、減算する場合にも最下限のものを考えなければならない。そこで三年行って十二年の恩給がつくというような人々につきましては、最低フルの金額の二分の一は保障しましょう。百五十分の三十五は保障しましょう。そういう最低線を作りますと、百五十分の三・五というような線が出てくるわけでございます。百五十分の一というふうな減算率を出しますると、三年行った場合でも、三年行って十二年になった場合でも、まるまる勤め上げた者に対する八割の最低保障というようなことにもなります。それがいいかどうかということは今後の検討問題でございますけれども、あらかたの今までの考え方というものは、そういう推移できております。にわかにこれを改めるというわけにはいかぬと思っております。
○上原正吉君 たいへんお苦しい御答弁のように承ります。加算というものを、恩給に加算をつけるのでなくて、恩給の受給資格をつけるという考え方に、つまり昭和二十八年から改まったと、こういうことなので、そう改めなければならない必要はどこから生まれたかというと、国家財政あるいは国民感情ということから生まれたものであって、それが、道理だとか、加算をつけた精神からいって、私には理解できないわけです。ですから水かけ論をやってもいたし方ございませんが、幸い長官も来ておいででございます。加算というものは、一年の勤務に対してこれを二年と計算する、三年と計算する。二年と計算し三年と計算するから加算なんで、それは恩給もそのとおり支給されるべきものである。加算をつけて恩給権を与えるが、実質は引いてしまうんだ。つまり給料は月給だが、勤めない日は一日幾らで差し引くのだ。そうすると、日給になってしまうのです。月給でなくなるのですね。そういうような考えがどこから生まれたかというと、予算を少なくしようとすることだけからだと思うのであります。道理にかなったことだとはどうしても思えませんから、これは十分御考慮、御研究を賜わりたいということを強く御要望申し上げておきます。
○政府委員(八巻淳之輔君) これは戦争中におきまして戦時加算というふうな、一年について三年の割増しがつく、一年行っていると四年になるというふうな高度の加算をつけ加えたということは、一つは戦時給与政策だと思うのです。そこで、こういうふうな戦時給与政策というものをそのまま戦後の今日でもうのみにして、そして恩給を支給すべきかどうかということが政策判断の目安になると思うのです。そこで、そういうふうなことを考えて、戦後におきまして他の年金制度あるいは社会保障制度、こういうものとのにらみ合わせにおきまして、戦時給与政策をそのまま持ってくるということはこれはむずかしいじゃなかろうか。やはり恩給年金がつくようにいたさなければなりませんけれども、そこはやはり他の年金制度やなんかとにらみ合わせまして妥当な線で軍人恩給を付加させようじゃないかというところにあったと思うのです。そこで、その精神は今もなお生きていると、こう私は考えております。
○上原正吉君 どうもますます得心できなくなってくるのですが、しからば文官はどうであったか、文官の恩給もそう取り扱ったかということをお尋ねしなければならぬことになると思うのですが、どうなんですか。
○政府委員(八巻淳之輔君) 文官につきましては、そうした戦時加算、戦後加算というふうなものはつかないわけであります、仕事の性質上。したがいまして、植民地におりまして三分の一ヵ月つく。三年おりました場合に一年の割増しがつくとか、非常に微々たるものがつくわけでございます。それは確かに金額に反映しております。しかしながら、問題はそうした大幅な割増しがつく戦後加算の問題でありまして、同一に論ずることはなかなかむずかしいのじゃないかと思います。
○上原正吉君 この危険な職務に従事する加算がついた文官——文官といいますか、たとえば警官であるとかあるいは危険な職務に従事する公務員、昔は官吏でしたけれども、こういう方々に加算がついたのはそれだけの理由でそれだけの割合の加算がついたと思うのです。軍人だけが特にべらぼうな加算がついたという考えは私は誤っていやしないかと思いますが、いかがですか。
○政府委員(八巻淳之輔君) 軍人恩給の全体の思想というものが戦没された方あるいは戦場で傷ついた方、これを絶対的に優先的に重点を置いて考えよう、幸いにして故国に帰ってきた方々、これに対しましては、戦前どおりの戦時給与政策に基づいたそうした厚いお手当てはできないけれども、ほかの年金制度から考え、また、国家財政から考え、この程度でがまんしていただく、こういう精神で今やっているわけでございます。
○上原正吉君 わかりました。つまりこの程度でがまんをしてくれということなんで、これが道理だということじゃないということになりますね。だからみながまんをしているわけなんですが、がまんをさせるだけがただ能でもあるまいと思うのです。あまりがまんもできないほど一年につき三・五ずつ引かれるということは、月割りで引かれるということになってくるわけでございます。だから、恩給の精神、加算の精神を没却していやしないかと思うのです。いま少し、先ほど小柳先生がおっしゃったように、あたたかい思いやりのある恩給制度を実施していただくように長官にも心からお願いいたしたいと思いますが、長官どうお考えですか。ひとつ承りたい。
○政府委員(徳安實藏君) 局長もおそらくただいまのお話には腹の中ではいろいろとは考えもあると思いますが、まあ立場が立場で苦しい答弁も、あるいは強弁といわれましてもやむを得ない答もせざるを得ない立場毛あろうかと思いますが、政府としましては、特にこの恩給局では、皆様の御指摘のような矛盾したもの、あるいはもっとあたたかい気持をということで、あれもこれもと相当にかけ出しもし、また、できることなら早くそうした矛盾やあたたかい気持の通るような政策を実現したいということで、機会あるごとに財務当局にも折衝し、予算編成のとき等におきましても、夜を徹して努力をいたしておる状況でございまして、私も参りましてからほんとうに日も浅いので、この恩給問題につきましては深くきわめてはおりません。むしろ皆様のほうがほんとうの実際を御存じでございまして、私ここに参りましても教えられるところが多いわけでございますが、しかし、予算編成当時におきましても、あれもこれもと思っておりますものが相当に削られまして次の機会にと、全然見込みがないということではございません。これはもうだめだといって引導を渡されたものでもございませんし、渡されましても執拗に食い下がりまして、次の機会にと留保をいたしておるものもたくさんございますので、いろいろお話のような点につきましては、先ほどから申し上げておりますように、今後に残された問題といたしまして、来年度の予算編成につきましてはできるだけそうした不合理が是正されますように、ともどもに手を握って私も努力をいたしたい、かように考えておりますから、御指摘の点は十分御指摘願いまして、そうしてひとつ寛容なお気持で本案を御審議願い、次に来たるべき予算要求等につきましても、ぜひとも御協力をいただきまして、そうしてあたたかく、しかも筋の通った施策ができますように御支援をお願いいたしたいと思います。
○上原正吉君 たいへん御同情のある、御理解ある御答弁で満足いたします。どうかひとつお心持が実現するように御努力のほどお願い申し上げます。 なお、いま一つ急いで質問いたしたいのでございますが、加算関係の事務の処理につきまして、衆議院内閣委員会の速記録を拝読いたしますると、当局の非常なる御熱意と御努力に対して深く敬意と感謝をささげる次第でございます。しかし、事務の完了が昭和四十一年になるであろうという御答弁では、受給者の不安焦躁も察するに余りがあると思うのでございます。 そこでお尋ねしたいのですが、事務の処理に関しまして、府県の段階で府県の立場から見て、また、厚生省の段階で厚生省の立場から見て、恩給局の段階で恩給局の立場から見て、それぞれ隘路となっているのはどんな点かということでございます。それからこの認定、裁定等の事務を一そう簡素化するために何か立法措置が必要であろうが、立法措置をとって簡素化するというお考えはないかどうかということ。また、人員不足が隘路となっているならば、民間の恩給関係者の中から有志を募って奉仕してもらって、まあ無給というわけにも参りますまいが、奉仕してもらって、そして恩給法にも明るい、事務にも明るい人々がたくさんおられるようでありますから、これらの人々に応援してもらって急速に事務を片づける、こういう道はないものかどうか。 この三点をお答えいただきたい。
○政府委員(八巻淳之輔君) 総括的なことを私から申し上げまして、援護局長からあとの地方の段階、援護局の段階を申し述べさせます。 昭和三十六年の法律第百三十九号によりまして、普通恩給を受ける権利を取得する旧軍人の数というものが大体七十万人余と考えられておりますけれども、その半分ぐらいがただいま四十五才以上ということになっております。四十五才以上になりませんと受給資格がございません。この半数ぐらいの方々につきましては、現在私どもの毎月の事務処理の能力というものは一万四千入ぐらいの能力を持っております。したがいまして、三十八年度中に約十七万人ぐらいは処理できる。したがって、三十八、九両年度にまたがりまして、大体四十五才以上の実受給額がある方々につきましてはそれが可能である、また、その余の方々につきましてはそれぞれだんだんと四十五才以上に到達いたしますので、それも簡易に処理できる、こういうふうに考えております。 以上でございます。
○政府委員(山本淺太郎君) ただいま恩給局長が申しましたような趣旨で四十一年、おそくとも四十一年という目途をもってやっておるわけでございますが、これは文字どおりおそくともということでございます。しかも、そのどれを先に扱うかということは、ただいま恩給局長が申しましたように、若年停止のかからないもの、実害を及ぼさないというようなことで計画的に処理したいという考えで進めておるわけでございます。 なお、このような処理の扱いになるということにつきましては、関係の団体、中央、地方とも私どもとしては相当連絡を密にしておるところでございます。いろいろ普通の恩給と違いまして非常にむずかしい手のかかる仕事でございまして、従前地方におきましてはもう少し予算が何とかならないかという御要望がございます。ごもっともでございますので、三十八年度の予算におきましては、全体的に三割の増額をしていただいたところでございます。 なお、先生御指摘の一番中心はいわゆる資料を十分に持ち得ない県が若干あるわけでございますが、こういう県につきましては予算を五割増しの配賦をしたい。また、そういう府県につきましては、私のほうも直接出向きまして、必要な研修を、そういう資料の把握の仕方等につきまして研修をいたすことを計画いたしておりますが、こういう点が進むに従いまして、今まで非常に隘路といいますか、むずかしかった点が相当改善されるものと期待しておるところでございます。 なお、進達の面で改善を要する余地がないかということでございますが、進達庁の現在までの感じといたしましては、やはりこうした非常にこまかい加算の区分がございますので、現状以上に法制的に簡略にするという道は今のところ考えておりませんが、なお、今後仕事を進めるにつきましてそのような点に気づきました際には、また恩給局等に内部的に御連絡するというようなことも考えてみたいと存じます。 それから一つ落としましたが、恩給関係に非常に習熟した人を使ってはどうかという御意見ごもっともでございまして、地方によりましては、そうしたことが事務能率上いいというような判断をいたしております県につきましては、若干そのような人の応援をお願いしておるような現状でございます。いろいろ県によって事情が違いますので一律には申せませんが、大いに活用し得る面は活用させていただきたいと存じます。
○上原正吉君 たいへん御配慮いただいておりまして、受給者にかわって感謝申し上げます。府県によっては非常に予算の少ないところがあり、かつ、したがって、人員の少ないところがあって、府県段階の事務が非常にすみやかにスムーズにいくところとそうでないところとがあるのでございます。これはわれわれにはわかりません。結局、行政指導によるかあるいは立法措置によるかしか方法がないと思いまするけれども、この点はわれわれには考え及びませんから、この点は遺憾のないような措置を講ぜられますことを心からお願いいたしまして、私の質問を終了いたしたいと思います。
○下村定君 私の質問は、次回に譲らさしていただきたいと思います。
○委員長(村山道雄君) 他に御質問はありませんか。——他に御発言がなければ、本案に対する質疑は、本日はこの程度にとどめます。 本日は、これにて散会いたします。 午後五時四十四分散会 ————・————