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43回国会参議院1963/06/25

社会労働委員会 第26号

発言数
48
登壇者
6
会派数
2
開催日
1963/06/25

会議録

鈴木強日本社会党

○委員長(鈴木強君) ただいまより開会いたします。  老人福祉法案を議題といたします。前回に引き続いて質疑を行ないます。御質疑のおありの方は、順次御発言を願います。

藤原道子日本社会党

○藤原道子君 私、大臣にひとつお伺いしたいと思うのでございますが、結局、この間お伺いいたしましたが、どうしてもちょっと納得がいかないのです。この法案は、お年寄りを大切にしよう、お年寄りの生活に希望を与えようというような気持から出てきておると思うのです。したがって、私は、憲法の十二条の規定からいたしましても、国民は、すべて人として尊重されるというふうになっておりますので、これが社会に寄与したことによって尊重されるという考え方では、どうも老人福祉法の精神にぴったりしないように考えるのですが、そういうふうに規定すべきではないかというふうに私は考えますが、大臣のお考えを伺いたい。

西村英一自由民主党厚生大臣

○国務大臣(西村英一君) もちろん人として尊敬しなければならぬということは、これは老人のみでなく、すべてに通用することでございます。しかし、この老人福祉法という法律を作ろうという趣旨は、憲法の趣旨はもちろんでございますが、人口構成から申しまして、だんだん老人がやはり社会構成として多くなりつつある、現在も多いが、多くなりつつある。それに対しまして、やはり国がその老人に対する態度、それから、国民が老人に対してこうしてもらいたいという態度というようなことをやはり一応規定づける必要があるのではないか、御承知のように、もちろん人間として尊ばれることはわかっておりますが、老人の人口構成としての非常にウエートが重くなりますので、やはりあくまで若いときにいろいろ働いてもらった経験を生かさなければならないし、また、これから健康で働いてもらわなければならぬ場面も非常に起こってくるし、こうして、やはり老人ですから、非常にハンディキャップができて、とうてい国家がめんどうをみなければならぬ必要も反面に起こってくる。そういうようなことのためにこういう一つの法律が要るのではないか、それでわざわざこの老人福祉法を作ったわけでございます。人間として尊重しなければならぬということのみでございますれば、もう憲法の条項で十分きまっているのですが、老人という一つの範囲の中で、国家あるいは地方公共団体は、あるいは国民はどういうふうな心がまえで臨まなければならぬかということをひとつきめたい。それは非常に社会構成上のウエイトが重くなっていくから、一つは、また、従来の考え方でいけば、老人は非常にみじめな方でありますから、今までのような生き方ではいかないので、非常に不公平というか、非常に肉体的に当然ハンディキャップができますから、その面については国家、地方公共団体、あるいは皆さんが老人に対する心がまえを持たなければならぬ、持ってもらいたい、こういうような意味を大いに生かしたいというわけで、それにはこの法律をもってしよう、こういうわけでございます。

藤原道子日本社会党

○藤原道子君 それだから問題にしているわけです。私は、老人が非常に人口構成の上で比率が高くなってくるけれども、だれだって年とれば老人になるのですから、老人の責任じゃない。だからこういう法律が必要であるということはわかる。私も望んでいた。けれども、だからこそ老人は多年にわたって社会の進展に寄与してきたから敬愛されるという表現になっているのです、法文は。けれども、そうでなくて、私が申し上げているのは、「すべて国民は、個人として尊重される。」これは憲法の十三条にはっきり規定されているのですよ。だから、せっかくあたたかい気持からここに生まれました老人福祉法、その老人福祉法に、わざわざ社会の進展に寄与してきた者として敬愛される、そういう言葉を使うのでなくて、老人は人間として敬愛され、その福祉が高められなければならないというほうが私は正しいと思う。それなのに、なぜわざわざこういうことをここに引き出してきたか、老人福祉法と銘打っているのです。それから、今、大臣は、国家を公共団体、それと国民がと言われた。私は、それもこの前のとき質問いたしましたが、国民ということは抜けているのです。大臣からちょっと出たように、年寄りが多くなって困るというようなことが一般によく言われておる。そういうときに作る法律だから、私は、用語の上においても、その精神を貫く用語にしなければならないということを、私は繰り返して大臣のお考えを求めておるわけです。どうでしょう、それに対して。

西村英一自由民主党厚生大臣

○国務大臣(西村英一君) 人間として敬愛されなければならぬということも、それは言えると思います。そういう言い方もあるでしょうが、ともかく老人が敬愛されないような面があるものですから、というのは、年をとったために、家庭でも、あまり若い者はきらう、社会はまたこれをきらう。年寄りを雇うよりは若い者を雇ったほうがいいという、そういうような傾向がややもするとあるから、いや、それは困るのだよ君、やはり老人は過去の若いときはそれぞれ社会の一員としてやってきたものなんだ。それだから、それはもう皆さん一様に年をとるものであるから、過去においては一様に国家の一員としてやってきたものだから、敬し、愛さなければいかぬよ、こういうことを言ったのでございまして、先生の、老人は人として尊重しなければならぬということ、それは同意ではございませんが、やはりその表現の仕方と申しますか、社会の進展に寄与したということもおかしくはない。むしろ今の敬愛されない、老人がきらわれる面からいくと、やはり社会の一員として構成されておった大事な方であったのだからと、こう言ったほうがその敬愛が強くなるのじゃないか、こういうふうに私は思うのですが、そういう意味で先生のおっしゃること、それは間違いだということではありませんが、やはり老人がきらわれる現在の状態を、それはそうしちゃいかぬのだということを言うために、社会の一員として、社会の進展のためにやってきた者じゃないか、それでやはり敬愛しなきゃならぬのだ、そういう言い方をするのも、これは決して間違ってはいないと、かように私は思っております。

藤原道子日本社会党

○藤原道子君 私は、年寄りがきらわれる、きらわれるという考え方で立法するからこういうことになると思うのです。今の若い者だって、きらっている人もあるかしれないけれども、そういうもんじゃないでしょう。私は、そういうまた一部に不心得な者、そういう人があるからこそ、この間も申し上げたように、国家、地方公共団体の責任ということだけでなしに、そこへ国民を入れて、若い者の中から老人を尊敬しなきゃならないのだ、老人は人として尊重されなきゃならないのだ、そうして、年とってきて、どうしても若い者と比べると能力も劣るでしょうし、頭の回転もおくれるでしょう。けれども、その人にはその人なりの仕事を与えようとすることがこの法律に出ているのじゃないですか。そういう面からいって、若い人にも理解を深めていく、国民全体が老人を尊重していくのだということを私は明らかにすることが至当だと思うのです。今、藤原先生の言われることも間違っているほどでもないけれどもと言われるけれども、そうなると、私、このことだけでも、もっともっと突っ込んでいかなければならないと思う。私は、憲法十三条の規定にも明らかにこうなっているのです、「年寄り」とはなっていませんよ、「すべて国民は、個人として尊重される。」、この精神でお年寄りもやはり尊重していくと。それで、一般に間違った考え方を持っている人たちにも、そういうことで指導していく、こういうことが私は望ましい、こう考えている。私は、その点については、この法案をずっと見ましても、どこかにまだまだ恩恵的な、旧弊的な、さらに悪く言えば官僚的なものが流れていると思う。だから、まずその最初に、人として尊重されるということを明確に打ち出すべきである、こう考えているのです。いかがですか。

西村英一自由民主党厚生大臣

○国務大臣(西村英一君) 人として尊重されるということは、もう憲法の条項だけで、実はそれ以上この老人福祉法でしいて言う必要もない。老人がきらわれると申しますが、まあきらわれるという言葉はちょっと語弊がありますけれども、どっちかというと、やはり敬遠されるわけですね。家庭でもやはりうるさいし、それから、社会でもとかくやはりうるさいからというのは、うるさいというのは、やっぱり経験を持っておっていろいろ言うものだから、とかく敬遠されがちになる。それじゃいかぬのだ、人間として尊重されるというのは、これは老人のみならずすべて国民に言えることでありますので、老人福祉法で特に老人を取り出して、やはり敬愛しなけりゃならぬよという場合には、やっぱり社会の経験者じゃないか、社会の進展に寄与してやってきたのだ、君たちもやっぱり老人になるのだよと、これには書いてありませんけれども、そういう意味でやっぱり敬愛しなけりゃならぬのだと、こういうほうがこの「敬愛」が非常に生きると思うのですがね。きらわれるという言葉はちょっと語弊がありますけれども、どちらかというと、やっぱりあまり好かれないですからね。それを、そうじゃいかないと、そうまあいいたいところですけれどもね。その辺はちょっと御意見とは違うかもしれませんけれども、私は、実はこの第二条は、これでもって非常にいいと思うのです。そういう感じがいたしております。

藤原道子日本社会党

○藤原道子君 結局、大臣と押し問答になるけれども、あなたも私ももう老人なんです。私は、老人だからきらわれるとか、老人だから特に社会に寄与したということを書かなければ一般の人の理解が得られないのだという考え方そのものに間違いがある。だけれども、あなたと押し問答していても進みませんから、いずれまた次の機会に譲るといたしまして、大臣もその点はよくお考えになっていただきたいと思う。私は、この法案を見まして、いろいろどうも画一的な、恩恵的なものにまた返るのじゃないかというような心配があるわけなんです。で、まあせんだっても局長からお答えがあったんですけれども、年寄りの日というのを、今度はわざわざ「老人の日」と規定し、しかも、老人の日にやる仕事を、「地方公共団体は、老人の日の趣旨にふさわしい事業を実施する」というようなことが書かれておりますが、これは一体どういうふうな事業を考えているのか。どういうふうに推進しようとしているのか。その点について、なぜ老人としなきゃならないか、実はきのう私は浴風園へ行っていろいろ話し合って来たんですが、老人の仕事に従事していられる人も、今「老人の日」とするよりも、年寄りの日を存続してほしい、どこへ行ってもそういう希望なんです。年寄りの日に非常に限りない愛着といいますか、なつかしさを持っているのですね。それをこの法律ができると、「老人の日」として、しかも、老人の日の仕事も何やら考えていらっしゃるらしい。この二つについてちょっとまずお伺いしたい。

大山正厚生省社会局長

○政府委員(大山正君) 第五条の「老人の日」の問題でございますが、従来、十数年来、民間団体で、年寄りの日、あるいは年寄りの週間というようなことで実際上行なわれておったのを、この機会にこの法案の中に取り入れたわけでございまして、まあ「年寄りの日」という言葉を使うということももちろん考えてみたわけでございますが、この法案がまあ老人福祉法と、それから全条文にわたりまして老人という言葉を使っておりますので、この場合も「老人の日」というように法律としては規定するのが適当であろうと、まあ一部には「年寄り」という言葉にやや反発するような空気もあるようでございまして、「老人の日」という法律上の表わし方が適当ではあるまいか、かように考えたわけでございます。ただ、実際問題として、従来からやってきた引き続きといたしまして、まあこれを年寄りの日と呼んでも差しつかえないと思いますし、年寄りの日と呼称して行事を行なっても、もちろん一向差しつかえない。まあ法律上の条文としては「老人の日」という名前にするほうが適当だろう、かように考えたわけでございます。  それから、「老人の日の趣旨にふさわしい事業」といいますのは、特に具体的に予定しているわけではございませんが、何か老人の方々の集まり、あるいはまあ敬老会のようなこともございましょうし、あるいは、また、老人御自身たちの何か集まり、あるいは老人クラブの集まりといったようなことでもよろしいわけでございますが、それぞれの地方の実情に応じまして適当な事業を実施するようにみんなが努めるのだという程度の趣旨を表わすにとどめるという考え方でございます。

藤原道子日本社会党

○藤原道子君 老人と書いて年寄りと読ましてもいい、差しつかえないというのでなしに、私は、従来のほうが、まあ慣行上非常に国民に親しみのある年寄りの日と、法案を作るときでございますから、やはりこういうふうに明確に修正したほうがいいと思います。  それから、地方公共団体に、「老人の日の趣旨にふさわしい事業を実施する」というようなことが義務づけになるわけですね。ところが、それに対しての費用の裏づけというようなものが義務づけがなければこれは効果が上がらないのじゃないでしょうか。それは何か考えていらっしゃるのですか。

大山正厚生省社会局長

○政府委員(大山正君) 老人の日の行事に対する特別な地方に対する補助金というのは、現在のところございません。老人クラブの費用につきまして補助をするように本年度の予算に計上しておりますが、御指摘になりました、特に老人の日の行事という名目では、目下のところ、予算がございません。それぞれの公共団体にお願いするということになるわけでございまして、今後何かこの口にふさわしい大きな行事として、国でも財政的に何か援助をする必要があるというようなことが考えられましたならば予算要求を行なうようにしたい、かように考えます。

藤原道子日本社会党

○藤原道子君 私は、予算の裏づけもないのにお年寄りの日とやって、十二年間もうやってきて、それをわざわざ「老人の日」と規定して地方公共団体に義務づけするわけです。それが費用の裏づけはない。それでお伺いしたいのですが、この法案立案の過程において、お年寄りの日を国の祝祭日にしようというようなお話もあったように聞いておりますが、子供の日があり、成人の日がありするので、お年寄りの日を祝祭日にというお考えはいかがなんですか。

大山正厚生省社会局長

○政府委員(大山正君) 老人の日を国民の祝日とするということにつきましては、もちろん私どもも趣旨としてはけっこうなことであるというふうに考えているわけでございまして、私ども自身、別にこれに反対であるとか何とかということは毛頭ございません。ただ、国民の祝日に関しましては別途の法律がありますので、そちらの関係もありまして、目下のところ、まだその法律案に入れるという段階までは参りませんでしたので、私どもといたしましては、さしあたり、この法案におきまして、祝日ではありませんが、老人の日というものを設けて老人福祉の推進に寄与することがよろしいのではあるまいか。なお、この例といたしましては、いわゆる体育の日、スポーツの日というようなものがスポーツ振興法にありますので、そういうような例にならいまして老人の日を設けるということを考えました次第でございます。

藤原道子日本社会党

○藤原道子君 それでは、これを祝日にしようというようなことでその方面の関係と話し合われたことはあるのですか。

大山正厚生省社会局長

○政府委員(大山正君) 事務的な担当の関係の当局と話し合いをしたことはございますが、遺憾ながら実現いたしかねた次第でございます。

藤原道子日本社会党

○藤原道子君 その反対の声があったというのは、どういう声があったんですか。

大山正厚生省社会局長

○政府委員(大山正君) 特に反対ということではございませんですが、別途の法律が別に進行しておりましたので、そちらに入れるまでに至らなかったということでございます。

藤原道子日本社会党

○藤原道子君 老人の福祉施設ですね、これに対して、今度は養護老人ホーム、特別養護老人ホーム、軽費老人ホームの三種類に分けているのですが、非常に繁雑だと思うのです。私は、これらの施設は一元化して、一つの老人ホームの中で総合的に運営していくというほうが望ましいのではないかと考えますが、いかがでございますか。

大山正厚生省社会局長

○政府委員(大山正君) 先生のおっしゃいます意味は、一つの施設の中に棟でも分けてこういうものをそれぞれ持ってはどうだろうかという御趣旨かと思います。それも確かに一つの考え方で、決して反対すべき理由は何もないと思いますが、現在まで、いわゆる生活保護法によります養老施設というものが相当発展してきておりまして、この数も相当多いわけでございまするので、それをこの法案に生活保護法から削りましてこちらに持っていきたいということを考えましたのと、それから、やはりいわゆる介護を要するような老人、寝たきりの老人につきましては、ひとつそういう人たちだけのための特別な老人ホームというものを今後発展さしていくべきではあるまいかというような考え方、それから、いわゆる従来の生活保護法、今回の養護老人ホームに入るほどではありませんが、いわゆるボーダー・ライン階層の老人のために、有料ではあるが、費用が安いというような老人ホームがこの二、三年来できて参りましたので、そういう者もひとつこういうものに入れてやっていきたいというような考え方で、一応分けてやっていくわけでございまして、それぞれの性格を異にしておるわけでございますが、お話しのように、一つの法人なりがこういう三種類の施設をそれぞれ持ちまして、相互に連係を保ちながら運営していくというのがたいへんいい姿ではないか。先ほど御指摘のありました浴風園等もそのような姿になりつつあるわけでございますが、大きな社会福祉法人がありまして、こういう三種類のホームをそれぞれ持ちまして、その老人の態様ごとに区分して入れるという形が最も望ましい形である、かように思います。

藤原道子日本社会党

○藤原道子君 この老人ホームは、アメリカあたりでは看護ホームと呼んでおるくらいなんですね。老人ホームには医療施設があるのがあたりまえなんです。ところが、今の養老施設の全部じゃございません。多くは、しかも、軽費老人ホームなども、入所するときにちゃんと契約のようなものをとって、病気になったら退所しなければならぬということになっておるのです。神奈川県あたりでも、県条例の中に、病気したときには退所するということが明記されておる。この間、熱海の厚生年金老人ホームに参りまして、私、一泊してきたのです。ところが、あそこでも医療施設がない。やはり病気になられたときには退所するということになっておる。ところが、健康なときに家族と一緒におるよりも老人ホームへと入った人が、これが病気になったから帰っていかなければならぬ、そんな情ないことはないと思っている。ですから、年をとればだんだんからだも自由を失っていく。老人病とか、いろいろな病気になられる。そういうときに老人ホームに医療施設がないということはどういうわけか。ですから、私は、総合的に考えていくと、老人ホームは即看護する医療施設であると言っても過言でないくらいに私は考えておりますが、これについてのお考え。

大山正厚生省社会局長

○政府委員(大山正君) 老人ホームにつきましては、確かにお話のように、病気の場合のいろいろな配慮というものがどうしても必要でございます。この養護老人ホームにつきましては医師を嘱託するということにいたしまして、その費用を組むようにいたしております。それから、特別養護老人ホーム、これは看護を要するような老人でございますので、当然常勤の医師を置くというように考えております。それから、御指摘のありました軽費老人ホーム、これは実は老人のうちでも、割合に元気のいいと申しますか、健康な老人に安い費用で有料で入っていただくというような考え方にしておりますので、お医者さんの費用までは実は見込んでないのでございます。したがいまして、そういうところで病気にかかられますと、どうしてもほかのホームへ移るか、あるいは病院に入院かというようなことになるわけでございまして、軽費老人ホームでは、その点、病気のかなり重い方をお世話するというだけの実は人的構成をとっておらないためにお話のような欠陥が出てくるわけでございますので、今後、経費老人ホームの入所費とにらみ合わせまして、これらの問題につきましては、さらに検討を加えて参るようにしたい、かように考えます。

藤原道子日本社会党

○藤原道子君 政府の老人ホームでは医者を嘱託として置いてある。嘱託は一週間に一回くらいしか来ない。大体のところ見まして、一週間に一回しか医者は来ない。お年寄りは非常に不安だと言うのですね。いろいろな施設を私もだいぶ見て歩きましたけれども、老人ホームに入りましたら、そこで終生みてもらえるというのでなければ、私は、老人ホームとは言えないと思う。アメリカあたりの老人ホーム、これなんかは非常に至れり尽くせりな——アメリカのまねはできませんとおっしゃっても、それなら中国に参りましても、非常に老人ホームは完備しておる。私は、愛情があるならば、年寄りは病気になりがちなものですから、そこに医療施設がないというのはむしろおかしい。したがって、この間、熱海を見ましたら、その上に東京都の養護施設があるのですね、伊豆山に。それから厚生年金の老人ホーム、それから、こちらのほうには一般の有料のホーム、三つでお年寄りが二百四、五十人もいるんじゃないですか。そこに医者がいないのですよ、三つとも。非常に不安がっている。それで一週間に一回交代でお医者さんが嘱託になっていて来てくれるというけれども、それではどうもこの法の精神にあるようなあたたかい老人対策とはいえないと私は思う。費用がないからと言われますけれども、私は、それならば老人ホームといわないで、経費老人ホームといっても、老人クラブならいい、終生を託する老人ホームとは呼べない。したがって、厚生省で今考えておられる経費老人ホームも、同じく医療施設は置かないつもりですか。これを伺いたい。

大山正厚生省社会局長

○政府委員(大山正君) 軽費老人ホームにつきましては、現在のところ、看護婦さんを置くという程度でございまして、専門の医師をお願いするというところまでは現在至っておりません。これは先ほども申しましたが、割合に健康な老人の方を収容するという考え方に基づきまして、費用はできるだけ安い費用で入っていただけるようにというような考え方で進んでいるわけでございますが、今後の実情を見まして、やはりどうしてもお話のような点につきましては、十分検討を加えて参る必要があるかと思います。  それから、養護老人ホームにつきましては、御指摘がありましたように、嘱託の医師をお願いしているわけでございます。まあ老衰でございますが、毎日みるという必要があるというほどでもないと思いまして、一応嘱託の医師をお願いしているわけでございますが、特別養護老人ホームは、これはどうしても始終医師の医学的な管理下に置く必要があると思いますので、これは常勤の医師を一人置くことにする、こういうような考え方でございます。なお、養護老人ホームにつきましても、定員が百一名以上になりました場合には、医師を嘱託でなくて必置すると、こういうことにいたしたいと思っております。

藤原道子日本社会党

○藤原道子君 どうもまことにたよりないのですよ。年寄りをほんとうに愛するならば、そこまで考えてやるべきだと思うのです。それから、私は、昨日、浴風園ですか、あそこは三つありますね、有料と、それから養護老人ホームと特別、まあ病院と呼んでいますが、あそこへ行って見ると三つある。いろいろ聞いたけれども、それが一番好ましい姿だと、こういうことでございましたので、この医療施設の問題については、特段の考え方をわずらわしたいと思う。  それから、幾ら有能な人でも、あまりにも今の施設は人が少な過ぎるんじゃないですか。待遇が非常に悪い上に人が足りない。私、浴風園で聞いて参りましたら、一人二畳あてというのですね。生活保護で入っている人は一人二畳あてで四百七十七名入っている。それから、病院のほうは二百六十五人入っている。それから、有料のほうが六十八人、これだけ入っているから八百十人ですか、これだけのところに職員は全職員で百七十四名なんです。ですから、どうしても手が回りかねる、過労になる。だから、このごろは職員を得ようとしても、なかなかき手がないという。お年寄りを相手に、一日に三千枚くらいのおしめの洗たくもしなければならぬ。行って見ますと、頭の下がるような働きでございます。しかも、二十年、三十年働いている寮母さんでやっと二万円、その処遇で、この法律は作ったけれども、今後職員が得られるとお考えでございますか。八百人からの入寮者に対して百七十四名、しかも、百七十四名の中で、四十五人までは病院のほうで働いている人たちです。看護婦さんとか、お医者さんなど全部入れて百七十四名。ですから、四十五名を除きますから、百三十人ぐらいで五百人以上の人のお世話をしなければならない。これで妥当だとお考えでしょうか。こうした基準で将来老人ホームが作られましても、真に老人の福祉と呼べるかどうか、非常な疑問を持つのです。まず第一に、二畳に一人ですから、大部屋に追い込みになって、行って見ると、プーンとくさいのです。それで、何というか、とても人間が卑屈になっている。あれでは、この法律で、私はあとで伺おうと思っておりましたけれども、相変らず老人ホームに「収容」するという言葉を使っている。老人ホームに収容するという、こういう言葉がこの法の精神に流れているのです。ですから、今の処遇で老人ホームは妥当であるとお考えであるか。もしそうでなかったら、どういうふうに改善しようとしておいでになるか。さらに、二畳に一人の追い込みで、はたして老人の福祉に沿うものであるとお考えであるか、この点についてお伺いいたしたい。

大山正厚生省社会局長

○政府委員(大山正君) 従来の生活保護法によります養老施設、今回の養護老人ホームでございますが、居室につきましては、大体お話のように、二畳を最低の基準にいたしまして、実際の問題として、やはり八畳の部屋に四人いるというのが通常の状態でございます。それから、軽費老人ホームになりますと、大体一人三畳あるいは四畳半の部屋に一室一人、夫婦であれば二人で一室という形になっているわけでございますが、将来の理想的な姿といたしましては、養護老人ホームにつきましても一人一室が望ましいというように私どもも考えております。ただ、現実の問題といたしまして、現在の形で四万二、三千人が入っているわけでございますが、さらにあと三万ないし四万ぐらいの施設が必要だというように考えておりますので、直ちに一人一室という理想的なところまで進むことは、現実の問題としては非常にむずかしいと思いますが、将来の理想の姿としては、そういう点を目途にして進んでいきたい、かように考えます。  それから、職員の人数の問題でございますが、現在では、養護老人ホームにつきましては、老人のほうの直接処遇に当たる職員が、寮母と看護婦を合わせまして、百人の定員で四人という職員でございますので、二十五人に一人というような割合になるわけでございまして、定員百人の施設では、ただいま申し上げました寮母、看護婦のほかの職員と合わせまして、十三名といす。それから、特別養護老人ホームにつきましては、ただいまの寮母、看護婦を合わせまして、百人の定員に対して十四名、したがいまして、七名に一人くらいの割合になるわけでございまして、施設長以下、全部では二十二名という職員の定数になるわけでございます。特別養護老人ホームにつきましては、大体この定数で一応やっていけるかと思いますが、養護老人ホームにつきましては、現在の二十五人に一人というのをもう少し増員いたしまして、仕事が緩和されるようにしたいと思いまして、例年実はこの増員を要求しているのでございますが、職員の給与の改善のほうが、どちらかといえば、どうしても先になりますので、現在いる人たちの給与の改善というほうに力が回りまして、なかなかこの増員ということは今までできかねておったわけでございますが、老人福祉法案成立の機会に、ぜひひとつ増員するようにしたいと思いまして、来年度の予算におきましても、さらにひとつ増員の努力をしたいと、かように考えております。

藤原道子日本社会党

○藤原道子君 私は、予算に縛られてできないできないとおっしゃるけれども、今の定員では非常な過重労働ですよ。今おっしゃいました百人に対して十三名ですか、それで一昼夜勤務じゃないでしょう。人間ですから、交代しなければならない、休養時間もあるでしょう、休まなければならない。ところが、ほとんど休養時間なしにやりまして、非常な過重でございます。しかも、年寄りの世話をする、希望はないのです、将来に。子供の施設なら、たとい教護院でも、この子をよくして将来にと考える、そこに楽しみがある。おしめを一日に三千枚くらい洗うそうです。こういう人のところでこれだけの人数でやれといったって、やれっこない。予算がないからやれないというならば、老人福祉に熱意がないと言われたって仕方がない。同時に、今、本法が成立いたしましたら職員の増員をしたいとおっしゃいましたが、増員ができる見通しがございますか。特に、きのうは病院で看護婦さんが得られないで困っているということをしみじみ言っていらっした。このごろは一番大事な看護婦であるとか、助産婦であるとか、保健婦であるとか、保母さんであるとか、社会施設に働く人たちを得ることに非常な困難性がある。ですから、法律を制定いたしましたときに、これらの人が得られる確信がおありになりますか。あるいは、また、養成していなければならないはずなんですね、法律ができればすぐ使うわけですから。こういうことについての対策も立てておいでになるかどうか。

大山正厚生省社会局長

○政府委員(大山正君) 職員の増員につきましては、ただいまお話がありましたが、やはり予算を伴いますので、来年度予算にこれはぜひ要求して実現をはかりたい。自信があるかということでございますが、これは努力するということで、ぜひともひとつその実現をはかりたいと、かように考えます。それから、看護婦さんは、確かに一般の病院でもそうでございますが、社会福祉施設ではなかなか得にくいという問題がございますので、これはひとつ私どもも、またそれぞれの施設の長にも十分お願いしまして、確保に努力するようにいたしたいと思います。

藤原道子日本社会党

○藤原道子君 私は、法律を作るときには、それぞれの見通しを立ててお作りにならなければいけない。私ほんとうにきのう驚いたのです。しかも、三十年勤めている人を含め、施設長を含めて、平均給与が二万円という、これではたいへんだと思いました。ぜひそうした処遇について抜本的な対策をこの際考えていただかなければ、せっかく作った法律が死に法になるのじゃないか、法律の精神が十分生かされない結果になる。どんな施設も、運営していくのは人でございますから、人を得なければ何にもならない、こう思います。  それから、さっき触れましたが、「収容」という言葉は感じが悪いですね。だから、これは老人ホームに入所せしめるとか、「収容」という言葉は非常にいやな響きがいたしますが、いかがでございますか。収容——どう考えますか。

大山正厚生省社会局長

○政府委員(大山正君) これは、この措置によりましてこういう施設に入れます場合に、ほかの法律におきましても「収容」という言葉を使っておりますので、ただそれを使いましただけで、収容といっても、特に何か悪い者を入れるとか何とかいう意味じゃ毛頭ないわけでございますので、語感と申しますか、言葉の感じとして、あるいは先生がおっしゃいますような感じがなきにしもあらずかと思いますが、別にそういう特別な悪い意味で使っているわけではございませんので、他の法律等の例によりまして使ったわけでございますので、御了承いただきたいと思います。

藤原道子日本社会党

○藤原道子君 この点は、「収容」という言葉は他の法律にあったって、せっかくこんなにいい法律を御自慢してお出しになったのだから、ここらでひとつこれも考えましょう。  そこで、お伺いしたいのですが、今度は入所するのは六十五才なんですね。養護老人ホームー六十五才、それから、定年制は今大体五十五才で、老人ホームーに入るのは六十五なんです。今まで六十で入れたのじゃないですか。定年制との関係はどういうふうにお考えですか。

大山正厚生省社会局長

○政府委員(大山正君) 第十一条の一項の二号におきまして、いわゆる養護老人ホームーに入れますのを一応六十五才以上というように書いたわけでございますが、六十五才以上を一応の線といたしましたのは、現在入っている人の年令分布、あるいは配偶状況等から考えまして、六十五才以上のところで配偶者と別れる、あるいは死別しているという率が非常に多い。また、老衰現象等を見ましても、六十五才以上の方々に老衰現象の方が多いというような観点から、一応の基準といたしまして六十五才という線を設けたわけでございますが、その条文の第二項に参りまして、六十五才未満の者であっても、特に必要がある場合にはその措置はとれる。つまり養護老人ホームーへ入れる措置をとることができるというように、二項で例外を設けておりますので、六十五才未満でありましても、特に必要がある場合には入れるということにいたしているわけでございます。なぜそれでは六十五才というような年令を一応書いたかということになるわけでございますが、やはり全国に六百幾つかからあります施設で、入れます以上、一応の基準を設ける必要があろうと、かように考えまして、先ほど申し上げましたような理由から、一応六十五才をとったわけでございますが、しかし、例外は絶対認めないというようなものでは毛頭ございません。二項におきましてそういう例外も認められるということに書いているわけでございます。それから、軽費老人ホームにつきましては、いわゆる措置ではございませんので、年令の制限等は別に設けておりません。

藤原道子日本社会党

○藤原道子君 私は、法案審議のときには、大臣も局長も、いつもそういうふうにおっしゃる。地方へ行くと、現場においては、なかなかその実情に即してということが行なわれないのです。やかましいのです。それで泣いている人がたくさんあるのです。ほかの法律でも、生活保護にしても何にしても、本省で言われること、法案審議のときにお答えになったことが、下部末端では十分行なわれていない例がたくさんございます。したがって、今あなたが言うように、伸縮自在にやれる、必要があればということは、十分徹底しておいていただかなければ困ると思う。  そこで、現在成人病対策の現状は一体どうなっているか。成人病対策、これの実施状況をお伺いしたい。六十才以下の人ですね、これは。六十才以下の人が成人病対策の対象になっているわけです。ところが、老人ホームへ入るのは六十五才からで、その間は一体どうなるかということもあわせてお伺いしたい。

大山正厚生省社会局長

○政府委員(大山正君) 成人病対策につきましては、私、専門の所管ではございませんので、詳しいことはあるいは抜けるかと思いますが、現在、厚生省で行なっております成人病対策といたしましては、実態の調査、特にそういう発生の多いような地域につきましての実態調査、それから、予防のためのいろいろな施策というような面につきまして成人病対策をやっておるわけでございまして、全国的に、一定の年令につきまして成人病の一斉の健康審査を行なうというところまでは現在至っていない、かように承知しております。

藤原道子日本社会党

○藤原道子君 それでは、今まで実施してこられておるところの資料をいただきたい。きょうでなくていいですが、資料の提出を求めます。私が調査した限りにおいては、あまりやられていないんです。ですから、私は、成人病対策さえも満足に行なわれていないのに、老人に対する健康審査、これが法案に現われておりますけれども、はたして効果的に行なわれるかどうかということについて非常な疑問を持つのです。ですから、成人病対策が十分行なわれていない、十分ではないけれども、この老人に対する健康審査は責任を持って行なうのだというような、成果が上げられるのだというような確信がおありなのかどうか、非常にたいへんなことであると思いますので、この点について伺いたい。

大山正厚生省社会局長

○政府委員(大山正君) 老人福祉を考えます場合に、どうしても老人の健康の問題ということが一つの大きな重点になると思いますので、第十条に規定しておるわけでございますが、予算をもちまして市町村長にお願いして、六十五才以上の老人の方に対して、定期的な健康審査を行なうということをぜひやりたいということで立案しているわけでございます。お話のように、たいへんこれはむずかしい仕事でございまして、成果を上げるためにはいろいろな努力が必要と思いますが、ぜひともひとつ成果を上げるようにやって参りたい、かように考えます。

藤原道子日本社会党

○藤原道子君 いつも法律を作るときにはそうおっしゃるのですけれども、法案がいざでき上がるとなると、なかなかそれをやらない。ほんとうにこれは特にこの際念を押しておきたい。  それから、この法案を通じまして、また保健所の任務がたいへんふえてくる。ところが、今の保健所の職員の処遇の関係もあって、なかなか今現在ある保健所の仕事さえ満足に行なわれていないわけです。場所によれば医者がいない保健所さえある。私は、この際、保健所の充足率をちょっとお伺いしたいのですが、これは係でないからわからないですか。——それでは、この法案審議の上において非常に大切なことでございますから、この次の委員会までに、この現在の保健所職員の給与の実態と、それから、充足率を資料として御提出を願いたい。これを強く要望したしておきます。で、今、保健所では医者の待遇が悪過ぎるのです。保健婦さんの仕事が過重なんです。ですから、今でさえ人が足りないところが、だんだん何かの法案ができるたびに保健所の任務は重くなってきておる。そこへもってきて、またこの老人福祉法で仕事が過重されてくる。これでは言うべくして行なわれるはずがない。どうしても環境衛生の問題からいっても、あるいは結核対策からいっても老人対策からいっても、保健所を早急に充足していかなければ仕事はできない。私が知り得る限りにおきましては、六〇%くらいの充足率じゃないかと思うのですよ。いいところで六五%くらいじゃないかと考えるわけです。そこで、局長は御関係者でないからいたし方ありませんが、大臣に、今のような保健所の充足率で保健所の機能が発揮できているとお考えか。さらに、今後、老人福祉法が制定されると保健所の仕事が非常に過重されてくる。そういう場合にどう対処しようとお考えになっておいでになるか、これは大臣から、大綱でけっこうですから、御答弁願います。

西村英一自由民主党厚生大臣

○国務大臣(西村英一君) 保健所をあちらこちら回って私も少し見ましたですが、充足率六五%というような、そんなことはないと思います。今数字は的確に覚えておりませんが、平均いたしまして、ただ、ある職種によりまして、大事な職種ですね、たとえば医者とか、なくちゃならぬような職種について、給与が悪いからなかなか得がたいというようなことはあります。しこうして、今いろいろ要望の面におきましても、いろいろこの保健所の任務が、おっしゃいましたように、過重になりつつあります。一体、この保健所を現在のような受け持ち区域でやったほうがいいだろうかどうだろうか、機構上もう少し考える必要があるんじゃないか、相当な広い区域を持っておるわけです。で、同じような規模でもってどこもここもやっておりますから、そういうやり方よりは、やはりセンター、ステーションを作って、そして田舎のほうには規模が小さく、部所みたいにしてやったほうがいいじゃないか、今、保健所はどこも同じような——人数の大小はありますけれども、同じような規模でやっておりますが、いろいろ機構上、つまり所管区域の考え方を、それを一つ考え直すほうがいいのじゃないかと思っております。いずれにいたしましても、保健所にかかりまする業務が非常にふえつつあります。今回のこの健康診断をするということになれば、これはたいへんな保健所の任務過重になるわけでございます。十分考えなければならぬと思います。ことに、なくてはならぬ職種、それは十分な充足をしなくちゃいけないと思います。それから、健康診断の問題ですが、これはまあこの法律の中心になるものじゃないかと思っておるわけです。ところが、三十八年の予算は、これはとことんまでやるような予算が実は組まれておらないわけでございまするが、このやり方にいたしましても、たとえば巡回車を置いて、これを田舎のほうなら回せる、六大市等はそう巡回車を置いてというわけにはいきませんが、あくまでも保健所に来ていただくということになりますけれども、他の県は巡回車を置いて回したほうがいいのじゃないか。巡回車を置くということになりますと、保健所ごとに巡回車二千万円も三千万円もする車を置くわけにいきませんので、やはりセンターをどこか県なら県に作って、そうして時日をきめて巡回車を回せるというような、これはそうでもしなければ、いなかから出てきて一々健康診断をするというようなことはとても行なわれないのではないかというような、いろいろな問題があるわけでございます。したがいまして、今、先生のおっしゃいましたようないろいろな点につきまして、来年は十分な態度をもって臨まなければならぬと思っております。いろいろなお話がありましたが、結局は私どものこの福祉法を作りましたこれを契機にいたしまして、ますます老人福祉を考えなければならぬと考えます。実は、今年度の予算も、従来の予算に比べますと、従来は、三十四、五億円くらいの予算でしたが、ことしの予算は、四十七億円くらいになっておる。そんな金でも、なお、先生からおしかりを受けるような程度にしかなっておらない。したがいまして、福祉法が幸いにいたしまして成立しますれば、これはひとつこの福祉法にふさわしいような方法を、機構の面におきましても、それから、その施設の従業員の処遇の問題にいたしましても、特段のことをひとつ考えなければいけないのじゃないか、かように思って、大いに努力いたすつもりであります。

藤原道子日本社会党

○藤原道子君 今、保健所の充足率のことでございますが、これは十分お考えいただき、実態を資料としてお出し願いたい。  それから、いなかと都会という格差をというようなお話でございますが、一律でやっているわけでなし、今でも格差はあると思います。ですから、中央部をよくするために、いなかを犠牲にするようなことをやられては困る。私は、いなかのほうがもっと大事だと思っておりますから、こっちをよくするために片方が犠牲になるというようなことでなしに、今、大臣が確信をもって御答弁になりましたように、どうか保健所の業務が、もっとその使命が達成されるように強化、拡充されますことをほんとうに私は心からお願いしたいと思います。ぜひこの次の委員会までに資料の御提出をお願いしたいと思います。  私の本日の質問はこの程度にいたします。

藤田藤太郎日本社会党

○藤田藤太郎君 厚生大臣にちょっと今の藤原委員との関連において質問をしておきたいと思うのです。基本的な問題で、藤原委員が一番初めに触れました、国民全体としての老人に対する敬愛という問題が出ておる。どうも慈善や恩恵というにおいが——そういう観念を頭に入れてこういうものを作ったのではないか。質疑を聞いていますと、どうも年寄りは憎まれるとか、どうもいやがられるというような質疑があったことは、非常に私は残念だと思っているのですけれども、そういう質疑があったわけです。私もだんだん聞いていると、「収容」という言葉が出てきたり、それから、老人の日というけれども、言うだけの日になってしまったり、成人の日という祭日があったりするのに、老人のときにはそういう問題がない。私は、どうもそこらあたりの話をずっと聞いてくると、藤原委員が一番初めに言われたようなことが、どうもやはり少し論議をしておかなければいかぬのじゃないかという気がここで起って参る。だから、やはりお年寄りは社会に貢献されて、経験もお持ちになっている、この三つの条項にも入っていますが、そういうものが、健康で知識ある人格者として、老人を、国民全体の敬愛の中で、みんなでもって守っていくという、そういうところに落ちついていかなければ、真の意味が浮かんでこないのではないかという工合に考えておるわけであります。そこらあたりの関連性についてひとつお答えを願いたと思います。

西村英一自由民主党厚生大臣

○国務大臣(西村英一君) 第二条、それから、第三条で基本的理念をうたったわけなんですが、前に申しましたように、国民として尊重されなければならぬ、人間として尊重されなければならぬというようなことは、ここであえて言わなくてもと、こういう考え方でおるわけなんです。しこうして、老人福祉を考える場合のこの基本的理念は、やはり第二条の書き出しで十分意を尽くしておるのじゃないか。とかく敬愛されないがちであるから、敬愛しなければならぬということでいいのじゃないかというような気持でうたったのでありまして、憲法の条項を、あえてここであらためてまたうたい直す必要もなかろう、こういうことだけでございます。

藤田藤太郎日本社会党

○藤田藤太郎君 いや、私の尋ねているのは、私もあなたのおっしゃるように、憲法の条項をここへうたえということではないのです。しかし、国民として敬愛し、老人を守っていくという、そういうことがにじみ出てないのではないか。まあ私は、この文句でも、簡単な言葉でいえば、この言葉に私はあまりこだわっているわけじゃないのです。二条の言葉にこだわっているわけじゃないのです。理念的に、形についてあまりこだわりませんけれども、あとからだんだん出てくることが、老人の日というものは、老人はみんなでもって守ってあげる、でなければ、やはり老人の幸福というものはあり得ないのでありますか、きょうは老人をあがめ、敬愛する日なんだといって、国民があげて老人を守っていくということになるなら、私は、話は幾らかそれに通じてくると思うのだけれども、ただ老人の日というだけで、催しは地方自治体でやりなさい、そんな援護措置やなんかは一つもないということなんです。そういうことの議論が大臣と藤原委員との間にされておった。ところが、ここに「収容」という問題が出てきたりすると、どうも藤原委員の最初議論されたようなことが、この法案の精神の中に十分入っていないのじゃないかという気がいたしましたから、そこでお尋ねをしているわけです。だから、私は、そういう点はやはりあなたのおっしゃるような答えで、国民全体が、今日までの社会に貢献されてきた老人に対して、国の機関もやるし、国民もやはり老人を守っていこうというところに、この老人福祉法が貫かれていくという格好でいくのなら、私はこういう疑問は起こらないわけでありますけれども、何だかどうも老人を、だんだん具体的な処置になっていくと、軽くあしらっておられるような気がいたしますから、そこで、どうもこれでいいのかな、もう少しやはり前文の目的のところに明確にうたっておかなくちゃいかぬのじゃないか、住民主権の憲法のもとにおける書き方はこれでいいのかな、少し足らないのじゃないかという気がいたしましたからお尋ねしておるわけです。目的のところ……。

西村英一自由民主党厚生大臣

○国務大臣(西村英一君) どうも私の言うことがわかっていただけないようだし、御質問の趣旨も私にははっきりわからないのですが、私たち、決して老人を扱うのに慈善的なことをというような気持でやっておるのではないのです。しかし、ややもすると、社会風潮として、老人が非常にいわゆる敬愛されないというような、これは家庭におきましても言うまでもないし、家庭制度の変化——崩壊とまではいかなくても、変化によって、老人が家庭から締め出されたり、あるい社会的にも、また、あまりおもしろくないような立場にある。しかし、人口構成からいって、老人はより健康で働いてもらわねばならぬというのが老人福祉法の第一のわれわれのねらいでございます。しこうして、過去において社会の一員となった方なんだから、ひとつ敬愛しよう、こういうことを言っておるので、そういうことを言っておきながら、この法文の内容は具体性があまりないじゃないか、こういう批評は実はあるのですが、この福祉法の法律が割合にできがいいということをいわれるのですが、内容が少し貧弱じゃないか。この内容の問題になりますると、実は金の問題になってくるわけなんです、正直なところ。そういうことでございますので、この法律を契機といたしまして、内容は、今いろいろ藤原先生からもお話がありましたが、施設の貧弱な面、あるいは運営の面についても、十分注意をいたします。それから、老人の日というものにふさわしいやり方はいろいろあると思うのです。これは一がいにこういうことをやって、老人の日に老人を顕彰しなさい、こういうこともいろいろある。それは地方公共団体のそれぞれの地域的な行き方でまたいろいろなことは考えられると思います。思いまするから、それはその地方公共団体の方々の発意にまかしてあるんだから、少なくとも、老人の日には、何かひとつ老人の日にふさわしいようなことをやって、老人をたたえてもらおうじゃないか、そういうことをやりなさいと、こういうわけなんで、これにつきましての予算は一体どうなっておるか。端的に、これだけについて予算はなっておりませんが、 これもやってみて、こういうことがふさわしいというようなことが、ある一定の形ができますれば、またそのときにいろいろな予算上の措置をいたしてもいいと思うのであります。とにかく、その日をきめて、やはりそこでもってひとつ老人というものを一ぺんその日はみんなで考えてみようじゃないか、こういうような趣旨でございまして、今までの老人に対する、何と申しますか、行き方を、ここでひとつ新たな気持から出発したいというのが私たちの念願でございまして、肉づけの問題は今後大いにやる覚悟をいたしておるのでございます。

藤田藤太郎日本社会党

○藤田藤太郎君 そこで、私は、前段にそういう質問をしたわけですが、今ここにあげておられることは、老人ホームとか健康診断とか、これはやってもろうたら私はけっこうだと思うんです。しかし、働いてもらわなければならんとおっしゃいましたけれども、六十五才まで——六十五年間とは言いませんけれども、成年になってから六十五の年まで社会に貢献をして、われわれそれ以後のものの歴史を作ってもらったその老人をどうして守っていくか。これは私は、今の住民主権の憲法からいって、その六十五才以上の人をどういう格好で守っていくかというのは、社会が全体で保障をしていこうという守り方だ、だから、社会保障の原則に立ち返ってこの問題を見なければ、先ほど藤原委員から出て参りましたような議論が、どうもあとのほうと原則とを見ていると、そういうにおいがしてくるということを私は申し上げた。今、社会保障として、貧乏からも病気からも国民の生活を守っていこうという社会保障の柱というのは、所得保障と医療保障と、それから児童の保障です。この三つの原則が出て、貧乏をなくそう、主権者である国民の幸福を守ろうという、ここに私は、社会保障の所得保障としての老人福祉という問題が出てくるんだと思う。だから、六十五才になった人は、社会が全体でその生活をみていこう。だから、世界の各国が所得保障に力を入れ、医療保障に力を入れて、今日では、少ない子供と多い子供を持っている家族との間に貧乏になる原因があるというので、逓増式の児童手当法というのを、第二次戦争後、六十何カ国も実施している。私は、何といっても貧乏と貧困をなくして、人類そのものが幸福になろうという今日、一つの国の自治区画としては、その国の全体の社会が保障しようという、ここにきている。金を持っているものが、慈善や思恵で老人をみたり医療をみたりするような時代と違うんだということは、憲法にちゃんと私たちは保障している。この問題がやはり少し議論されなきゃならぬのじゃないか、私はそう思う。だから、純粋な経済的の面からいっても、生産の高まりにおいて、働いている人によって購買力を作り、働けない人には所得保障を与えて、生産と消費のバランスがとっていけるところに近代国家の姿がある。ですから、年金というものが、非常にわれわれからいったら、多額の年金が支給される。私はよくここで言うわけでありますけれども、日本の国民所得の平均のちょうど倍の、フランスが二万八千円六十五才の人に年金を出している。日本は、公務員とか国家企業のそういうものにはあります。ようやく順次年金として進んで参りましたけれども、その他の国民においては、老人を守るという処置は、この間できました国民年金——四十五年後に三千五百円、七十才以上の人に千円、ここのところに私はやはり力を入れていただいて、そうしてここに出てくるような、ホームであるとか健康診断であるとか、そういう特別な処置がつけ加えられるところに老人福祉法の建前があるのではないか。そういうことが十分に貫かれていないで、そこのところがちょうど置いていかれて、そしてこのいろいろの処置をやられる。私はこれは反対をいたしません。努力されてこういう処置をおやりになっていただくわけですから、反対いたしませんけれども、老人の福祉をやっていく、たとえば今日まで社会に貢献していただいた、われわれの歴史を作っていただいた、われわれの進歩する近代国家を作っていただいた老人に対しては、社会全体で、これは暮らしから医療から、病気に対しても保障して、一般的なもの以上に所得を保障しようということじゃないかというのが、私は、近代国家の流れではないか、こう思うのです。だから、そこのところあたりが欠けてどうもここのところに出てきたりしますから、言葉が「収容」という言葉になったり私はするのだと思うのです。老人の日といって皆が守るというときに、成人の日というのを最近もやったから、ここはもう言うだけだということになってしまったりするのではないか。ここのところが疑問点なんですよ。それを私はさっきから希望として言ったわけですけれども、どうもそこのところが十分理解されなかったからちょっとおしゃべりするようになりましたけれども、しかし、これはいずれこの法案の審議にあたっては、何も厚生大臣を責めているわけじゃありません。日本の国民の幸福、日本の国が繁栄していくという道すがらにおいて、どうしてもこれは福祉を高めていかなきゃならん問題ですから、攻撃をするという立場じゃないけれども、そこらあたりの食い違いがこの法案の中に出てきている。そういう考えがあるわけですから、そういう点を藤原委員が突いておるのだと、私は聞いていて思いました。だから、そこらあたりの点について、まあきょうは御所見だけで、いずれ次の委員会にまた議論を少ししてみたい、これは全体の国民のためにしてみたいと私は思っておりますから意見を申し上げたわけです。

西村英一自由民主党厚生大臣

○国務大臣(西村英一君) 今、藤田さんのおっしゃるように、この老人福祉法で老人全部の福祉が守られるというわけじゃございませんので、おっしゃいましたように、この所得保障なんか最も大事でございますけれども、それは別な法律でやっておるからこの中に入れなかったというだけでございまして、大体私は、今おっしゃいましたことについて、別にそれは間違っておるというようなことは全然ありません。同感でございます。ただ、この法律案は、この範囲内において老人の福祉をはかりたいということを試みた法律でございまして、たまたま「収容」というような字句がありましたが、これもほかの法律にあるのをここへ引っぱってきたというだけの意味でございまして、適当かどうかは知りませんが、別に他意あるわけではございませんですから……。

鈴木強日本社会党

○委員長(鈴木強君) 本法案に対する質疑は、本日のところはこの程度にとどめます。   —————————————

鈴木強日本社会党

○委員長(鈴木強君) 次に、職業安定法及び緊急失業対策法の一部を改正する法律案を議題といたします。  まず、提案理由の説明を求めます。大橋労働大臣。

大橋武夫自由民主党労働大臣

○国務大臣(大橋武夫君) ただいま議題となりました職業安定法及び緊急失業対策法の一部を改正する法律案につきまして、その提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げます。  わが国の雇用失業情勢はj経済の高度成長のもとにおいて、全般的には著しい改善を遂げ、現行失業対策制度の創設当初に比べ、著しく変貌するに至っております。すなわち、雇用の大幅な増加、失業の減少のほか、労働市場の需給関係にも著しい改善がみられ、若年労働力、技能労働力を中心として、労働力不足の声さえ聞かれるに至っております。  このような情勢にもかかわらず、失業対策事業の運営を見ると、全般的に就労者の固定化、老齢化の傾向が著しく、制度創設の趣旨に反し、民間雇用への復帰が著しく困難な実情にありますほか、事業実施の面においても種々問題が指摘され、制度の検討を要望する声が各方面から生じて参っているのであります。  このような事態にかんがみ、労働省といたしましては、昨年五月、失業対策制度のあり方について学識経験者に調査研究をお願いし、その報告を受けて失業対策制度の刷新改善の構想を固め、昨年十月雇用審議会に諮問したところであります。  この構想は、失業対策としては、中高年令の失業者を重点として、これに積極的な職業訓練、職業指導等を行ない、その就職を促進するとともに、それでもなお就職できない失業者につきましては、就業の機会を与えることとし、失業対策事業は、就労者の能力等にふさわしい運営をして参ろうとするものであります。  雇用審議会におきましては、この構想について慎重な審議が行なわれ、昨年十二月中間答申をいただき、去る二月四日最終的な答申をいただきました。政府といたしましては、その趣旨を尊重して構想に再検討を加え、ここに職業安定法及び緊急失業対策法の一部を改正する法律案として提出した次第であります。  次に、その内容について概略御説明申し上げます。  従来、失業対策事業に就労する人々は、中高年令者等、就職のむづかしい失業者が多く、しかも、十分な職業上の指導または訓練の機会もないままに失業対策事業に就労しており、そのことが今日見られるごとき就労者の固定化、老齢化を招く大きな原因となっていることにかんがみまして、今後は中高年令失業者等に対しましては、積極的な雇用対策を講じ、その就職の促進をはかるため、職業安定法の一部を改正することといたしました。すなわち、第一に、中高年令失業者その他就職が特に困難な失業者に対しましては、労働大臣が定める計画に従って職業指導、職業紹介、公共職業訓練、職場適応訓練等の一連のきめの細かい就職促進の措置を講ずるものとし、このため職業訓練施設の飛躍的拡充等、転職訓練の強化をはかりますとともに、公共職業安定所に就職促進指導官を配置する等、その指導能力の向上をはかることといたしました。第二に、このような措置を受けている者に対しましては、その就職活動を容易にするとともに、生活の安定をはかるため、就職指導手当または職業訓練手当を支給することといたしたのであります。  次に、失業者の能力等に見合って失業対策事業を再編するとともに、事業の適正な運営をはかるため、緊急失業対策法の一部を改正することといたしました。すなわち、第一に、失業対策事業につきましては、失業者の技能、体力等を考慮して、これにふさわしい事業の種目を選ぶこととし、また、労働大臣が事業の種目、規模等を決定するにあたっては、地方公共団体の長の意見を聞く等、地方の自主性を尊重することとするとともに、失業対策事業として、失業者就労事業と高齢失業者等就労事業とを行なうことといたしました。  第二に、失業者就労事業に紹介する失業者は、原則として、さきに申し述べました職業安定法に基づく就職促進の措置を受け終わってもなお就職でない者とし、例外的に地域の失業情勢から見て特に必要があると認められる場合は、就職促進の措置を受け終わらなくとも失業者就労事業に紹介することができることといたしました。なお、現在、失業対策事業に紹介することとしております。  第三に、就労者の賃金については、現行のいわゆる低賃金の方式にかえ、その地域の類似の作業に従事する労働者の賃金を考慮して、地域別に作業内容に応じて定めることといたしました。  さらに、従来のいわゆる夏季、年末における特別措置については、臨時に支払われる賃金として特定の定めをなし得るよう、その根拠を明かにいたしました。また、労働大臣は、これらの賃金の決定にあたっては、新たに設置する失業対策事業賃金審議会の意見を聞くことといたしております。  第四に、事業の適正な運営をはかるため、事業主体に運営管理規程を作成させることといたしました。  第五に、国または地方公共団体等は、高年令の失業者またはこれに類する失業者に就業の機会を与えるため、高齢失業者等就労事業を実施することといたしました。この事業は、就労者の特性を十分考慮して事業の種目の選定および運営を行なうとともに、についても特別の配慮を行なうこととしております。なお、この事業は、昭和三十九年四月一日から施行することといたしております。  以上のほか、本改正案の附則におきまして施行期日、経過措置を定めるとともに、その他関係法律の条文について所要の整備をいたしております。  以上、簡単でございましたが、この法律案の提案の理由及びその概要につきまして御説明申し上げた次第であります。何とぞ慎重御審議の上、すみやかに御可決あらんことをお願い申し上げます。

鈴木強日本社会党

○委員長(鈴木強君) 本日は提案理由の説明聴取のみにとどめ、これにて散会いたします。    午後四時四十六分散会    —————・—————

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