社会労働委員会 第18号
- 発言数
- 84 件
- 登壇者
- 5 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1963/05/23
会議録
○委員長(加瀬完君) ただいまより社会労働委員会を開会いたします。 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(加瀬完君) 速記をつけて。 連合審査会の開会の件をお諮りいたします。去る二十一日、建設委員会より、生活環境施設整備緊急措置法案及び労働災害の防止に関する法律案の両案につき、連合審査会の開会を申し入れてきましたが、これを受諾することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(加瀬完君) 御異議ないと認めます。 開会の日時については、委員長及び理事に御一任願いたいと思いますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(加瀬完君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 —————————————
○委員長(加瀬完君) 労働情勢に関する調査を議題といたします。質疑のある方は、順次御発言を願います。
○阿具根登君 じん肺、せき損につきまして御質問申し上げますが、きょうは少し細部に至って御質問申し上げますので、あまり細部の点は大臣は御承知でないと思いますから、専門の方にひとつ御答弁願って、そのあとで総括的な御答弁を大臣にお願いしたいと思います。 まず、第一番に、労災保険の収支の状況をお知らせ願いたいと思います。三十六年、七年、八年をお願いします。
○説明員(大野雄二郎君) 昭和三十六年度における収支の状況でございますが、年間の収支は約七十一億の黒字となっております。それから、三十七年度につきましては、まだ決算が終わりませんので、正確な数字はわかりませんが、大体五十五億見当ではないかと思われます。
○阿具根登君 そうすると、総計でどのくらいになりますか。
○説明員(大野雄二郎君) 支払備金の総額に対する御質問と存じますが、大体三十八年度当初における支払備金の総額は二百七十億ないし二百八十億程度と存じます。
○阿具根登君 そうしますと、労災で現在までいわゆる黒字といいますか、残っている金が二百七十億から二百八十億ある、まあこういうことでございますが、さらにお尋ねいたしたいのは、ただいまもらったものでは、「傷病給付年額の階級別受給者数調」というのがございますが、それによりますと、年収五万円未満の人が、じん肺で〇・九%、せき損で五・六%ありますね。さらに十五万円以上の人が、じん肺で六〇・九%、せき損で三〇・四%、こういうことになっているわけです。そうして援護規定が設けられておりますが、その援護規定は、二億円に対する五分五厘の利子一千数百万円でまかなう、こういうことになっておりますが、それは正しいですか。
○説明員(大野雄二郎君) ただいま阿具根先生の御指摘の数字は、昭和三十七年十一月末現在における数字と思われます。で、これは御承知のように、本年度当初におきましてスライドが改定になりましたので、この数字はやや移動いたしまして、低額のほうは減少し、高額のほうは増加するかと存じます。 それから、援護基金の分でございますが、先生のおっしゃるとおりでございます。
○阿具根登君 それでは援護基金の考え方から入りましょう。援護基金の考え方は、こういう傷病給付金があまりにも少ないので、これは生活どころか、治療もできない、こういうことできめられたものだと思っております。そうしますと、実際今日まで行なわれておる援護基金がどのくらい出されておるのか、これを受給しておる範囲、あるいは出しておる範囲、その点をひとつ詳細にお知らせ願います。
○説明員(大野雄二郎君) 援護基金の考え方でございますが、これは御承知のように、第一種の傷病給付は二百四十日分、第二種が二百日分となっております。したがいまして、法律上明らかにはなっておりませんが、常識的に見まして二百四十日分引く二百日分、すなわち四十日分が治療に充てられるべきものだと考えられます。ところが、賃金額が低い場合におきましては、その四十日分で療養費をまかなえない場合もあろう、そこで、その分の足らずまいというようなことで援護基金というものを考えたわけでございます。したがいまして、もちろん先生のおっしゃるように、平均賃金が低いからという点は確かにございますが、それは療養費についての関係でございまして、全体とは必ずしも結びつかないと考えております。それが一つでございます。そのほか、今まで、けい肺、せき損患者であって、法律の関係で打ち切られていた人、その人を何とかせよということが問題になりましたので、そういった方々を病院に収容して療養する費用、それから、もう一つは、そういった方々が自活する場合にお金が必要になってくる、そのお金の金利をみよう、この三つが援護基金の目的となっております。で、主として活用されておりますのは、第一点の療養費の足らずまいを援護する部面でございまして、多分現在百七十人に対してそれが支給されておるというふうに考えております。 それから、第二の、入院療養援護につきましては、大体十数名——最近の正確な数字は覚えておりませんが、十九名ぐらいだったかと思いますが、に対してこれを支給いたしております。それから、生業援護の点につきましては、まだ一件でございます。
○阿具根登君 そこで、この援護の種類の内容を調べてみますと、年収四万円以下の方に一万二千円ですね、年収四万円から六万円の人に九千円、八万円から九万円の人に三千円ですね、こういう支給内容になっておる。そうして百七十人とおっしゃったが、大体百七十六人ぐらい出しておられるようですが、これで総額どのくらいになりますか。
○説明員(大野雄二郎君) 百七十三名について百三万円でございます。
○阿具根登君 全額で百三万円ですか。
○説明員(大野雄二郎君) 平年度については計算いたしておりません。おくれて申請が出て参りましたので、平年度についてはまだいたしておりません。
○阿具根登君 そうすると、三十七年の六月に労災特別会計の余裕金の二億円を基金として、その利子一千百万円を援護金として支給してほしい、こういうことになっているわけです。一千百万円、これはわずかな金額だと思うけれども、それの十分の一くらいの援護しかやっておられない。こういう結果になるのではないですか。
○説明員(大野雄二郎君) その一千百万円は平年度の額の原資になるものでございますから、たとい援護基金の初年度における額が少ないからといって、それの毎年十分の一ということはないものと存じます。私どもが予定をいたしましたときは、大体半額近くになるのではないかという計算をいたしておりました。それから、生業援護は三百万円という、かなり高額を見越しておりましたが、これはただいま申し上げたように、一件しかまだ出てこないということで、予想外にこれは低くなっております。それから、今まで何も援護がなくて入院していなかった方々、この点につきましては、その後、国保等の改定がございましたので、やや額が減少して参るのではないかと思います。
○阿具根登君 生業援護というのはたった一件しかないのは意外だといわれておりますが、本人が生業をやる場合でも家族が生業をやる場合でも、これは援護するのですか。
○説明員(大野雄二郎君) 両者でございます。遺族の場合も含めておりますから、家族であって差しつかえないわけです。
○阿具根登君 そうすると、その一件は本人ですか家族ですか。
○説明員(大野雄二郎君) 家族と聞いておりますが、正確なところははっきりいたしておりません。
○阿具根登君 この一種の方、二種の方で、本人が生業ができる、仕事ができるということは、ほとんど不可能なのです。いわゆる入院して治療しているのか、あるいは家庭の事情その他で入院できずに自宅療養しておる、しかも、こういう労災の補償を受けておる人が生業を自分でできるというようなことは考えられぬのです。これは家族対象しかならないのです。実際問題として労災の適用を受けるような、けい肺患者、じん肺患者が生業できるというようなことは、私は考えられぬと思う。そうすると、これは家族に限るということになるわけです。そうすると、家族の方々も、たとえば入院しておれば、その入院に対するいろいろな見舞とか、あるいは着がえその他のために病院に通わなければいかんでしょうし、家におれば、寝たきりの病人が一人おるということになれば、これもなかなか生業ということは簡単にそうはいかない。その実態がただ一件として現われておると思う。そうすると、法の考え方として、働ける者はなるべく働いてもらいたい、そうして、その人に対してはお金も少し貸してあげましょうという考え方はわかるけれども、こういう一生日の目を見ない、もう非常な元気なからだになって生産に参加することができないというような不幸な人に対しては、そういう生業ということよりも、生活をどうするかということを考えねばならぬと思うのです。治療をどうするかということを考えねばならぬと思うのです。それでは、その援護の種類から考えましても、年収四万円以下の人に一万二千円、一年ですよ、これも。それで生活を一体どうしてやっていくと思われるんですか、これでいいと思われるのかどうか。たとえば四万円にしても五万二千円です。そうして本人は病気になっておる、子供がおる、一体これはどうしたなら食っていけるだろうか。そういう環境の中で治療を受けてなおるだろうか。医者の薬、あるいは手厚い看護よりも、生活の心配のほうがひどくなって、私は治療が治療にならぬのじゃないかと思うのですが、どうお考えでしょうか。
○説明員(大野雄二郎君) 生活援護金の考え方につきましては、長期傷病者については先生の御指摘のような問題もあろうかと存じます。私どもはその問題を知らなかったわけではございませんが、主として遺家族、家族というものを中心に考えました。それから、三十五年の労災法の改正のときも、たぶん参議院におきましても、長期傷病者の生活援護について何らかの措置を考えろという附帯決議があったかと存じます。私どもは、そういう点について確かに問題はあろうかとも存じましたが、附帯決議の関係もありまして、この点につきましては長期傷病者もその対象に含めたのでございます。それから、四万円以下で生活ができるかできないかという問題でございますが、これは確かに一般論としては、はなはだむずかしいとお答えするよりほかないと考えます。しかしながら、ただいま申し上げました四万円とか五万円というのは、第一種だけではなく、第二種についてもさようなのでございまして、たとえば独身の労働者が入院している、それに対して年額四万円であったとしても、それをもって直ちに、これじゃ生活ができないじゃないかということは、私は言えないのじゃないかと思います。場合によっては非常にお気の毒な方もございましょうし、それから、場合によっては十分それで生活できる方もございます。私どもが調べました一番今低い方を見ますと、これは九州大学病院に入院されている女の方でございますが、私どもの知っている限りでは、生活はお困りになっていないと聞いております。それだからといって、ほかの人たちが十分やっていけるとは申し上げません。しかしながら、そういった生活問題全般が労災保険の問題であるかどうかについては、私ども検討中でございまして、まだ結論は得ないということでございます。
○阿具根登君 大野さん、あなたとここで議論したくないんですけれども、けい肺にかかる方の平均年令は何才と思っておられますか。
○説明員(大野雄二郎君) 五十四才でございます。
○阿具根登君 そうでしょう。
○説明員(大野雄二郎君) したがいまして、たとえば厚生省で生活保護についてどのくらいの額になるかという標準世帯構成を見ますと、五十四才になりますと、これははっきりした記憶はございませんが、標準世帯の夫三十五、妻三十、子供九才、四才、こういうような構成をそのまま五十四才にずらすといたしますと、五十四才と四十九才ですか、そういうような構成になって、子供なしということになって参ります。そうなりますと、厚生省の標準世帯でいっておられる生活費より、かなり下へ下がって参りますのではないかと考えます。
○阿具根登君 考え方の相違ですが、極端に私が四万円で食えるかという質問をすれば、あるところでは女の独身の方だから、これは治療費その他は一切出ているから、四万円は小づかい銭だから少なくないじゃないかと、こうおっしゃる。平均年令何ぼだと聞けば、五十四才ということになる。五十四才ということになったらば子供が大きくなって、そんなに家庭のあれはないじゃないかというように、あなたは両極端をいっておられる。法というものは、一方でもうかるから、あとの人は損してもかまわんということじゃない。大部分の人がそれで助かるならば、それに便乗して一部の人がよくなることであるかもしれない。この前の戦争未亡人の一時金の問題も考えてみなさい。二十万円の金をもらわなくてもいい人はたくさんいますよ。だけれども、二十万円あったら助かる人が大部分だから、国会は万場一致で通っている。二十万円ぐらい小づかい銭ですよと、みんなが裕福な人なら二十万円上げる必要はないのです。あなたは一番条件のいい人をいっている。私は一番条件の悪い人をいっている。条件のいい人が少しぐらい条件が上がっても、これは喜ぶだけです。条件の悪い人をよくしてやるために私たちは審議している。ところが、両極端をあなたおっしゃって、一番悪い人、そのために泣いておる人たちをどうするかということをあなたは考えない。私が質問している援護法というのは枝葉末節です。なぜ今度この法律案を作らなければならなかったかということを私は問うためにいっている。こういうことは必要ないのです。ほんとうに本法で助かる人があれば、こういう援護法なんというものは要らないのです。しかし、二百三十億からの金が今浮いておるのです、あるのです。それだけの金があるなら、その利子だけだって、これに該当するのはわずか千人ぐらい、利子の何分の一かで助かるのです。そのほうに重点を持っていかなければ——だれがもうかるのだとか、この人は要らないのだということが中心になってきたのでは、私は愛情のある政治とはいえない、愛情のある労働行政とはいえない、私はこう思う。だから考え方の相違がある。非常に極端から極端にいわずに、たとえば全部合わせても、けい肺患者で三千百八十二人。三千百八十二人の大部分の人は、私は、現在の生活に非常に追われている姿である、治療しながら苦労している人だと思う。せき損患者に至っては千三百十二名です。こういう人たちを助けるのに、金額としては微々たるものである。しかも、労災法の金が二百三十億からの金が浮いている、黒字になっているというなら、その一部をこれに回しても、決して問題ではないじゃないかというのと、こういう援護金制度というものは特別なものであって、もっと中心の基本的なものが間違っているからこうなっているのだということに入っていくのですが、そういう考え方でひとつ御答弁願わないと、これは独身者で四万円も小づかいがあるのではよすぎますよという考え方で法律を考えてもらっては困る。
○説明員(大野雄二郎君) 私の説明が大へんまずくて、おしかりを受けてたいへん恐縮でございますが、私どもとしては、現在の法律制度が間接的であるとか、あるいはけい肺、せき損患者等が困っているというようなことを無視しているわけではございません。援護基金制度というものが根本的な対策だとは全然考えておりません。全く過渡的なものと考えております。根本的な問題につきましては、昭和三十六年以来、労災審議会の中にそれ専門の委員会を設けまして、今日に至るまで鋭意検討いたしておるのでございます。何分いろいろの領域に関係いたしますので、まだ結論を得ないのは残念でございますが、もちろん先生の御指摘になったような問題は検討の中心となっているのでございます。決して私どもは援護基金制度というようなものごお茶を濁そうというような考え方はいたしておりません。 それから、先ほどの労災経済の説明について、やや言葉が足りなかったのでございますが、支払備金がこれこれ残っているからいいじゃないかとおっしゃられるのでございますが、支払備金というのは、将来の支払いに対して必要な金額でございます。したがいまして、失業保険の積立金というような、全くの余剰金とは性格を異にするわけでございます。いわば将来払わねばならない月賦を現在手元に持っている形でございます。これがたくさんあるからといって簡単に使うということは、将来の給付を危うくするのでございます。そういった観点から長期的な計算をいたしますれば、国会に提出してある資料のとおり、労災保険経済は赤字でございます。赤字でございますが、年々の収支はいかがかといえば、そういうふうに黒字を出している。それがたまっているのでございますが、将来の支払いに対して、それが十分か十分でないかということになると、赤字ということになるわけでございます。さような点を御了解願いたいと存じます。
○阿具根登君 だから私は、二百三十億の金があるから、それをまるまる使えとか、それを使えといっておるのじゃないのです。それの年に五分五厘に計算しても利子がどのくらいになりますか。この援護金は、二億の金を利子五分五厘で計算して千百万円使えるということになっている。そうすると、今日非常に数が減ってきて、極端に物価も高くなってきて苦しんでいるのだから、その利子をふやしてこれを助けて幾ら金がかかるかといっている。わずかな金額じゃないか。二百三十億を使えといっておるのじゃない、その利子だけだって五分五厘の利子がついておるでしょう。利子の一部をこれに使ったらいいじゃないかということをいっている。
○説明員(大野雄二郎君) 二百三十億から当然利子が生まれて参ります。それが年間五億以上になろうかと存じますが、そういった利子額も支払備金の勘定には入れてあるわけでございます。御承知のように、労災におきましてはスライドということが行なわれます。ずっと先までのスライドを現在見越して積み立てるということは、これは非常な過重な負担になって参りますので、スライドに見合う分の利子というふうに考えていくわけでございます。したがいまして、利子はそれだけプラス・アルファだ、それだけ余裕があるのじゃないかということは、論理的には出て参らないのでございます。したがいまして、ある年に予想以上に黒字が発生した場合には、厳格にいえば、それを支払備金のほうへ繰り込んだほうがいいのでございますが、急激に支払備金のほうに繰り込むということはむずかしい。必要でない場合には、その残った分を援護基金の資金のほうに回すという考えが成り立ち得る。昨年度におきましては七十八億という、労災保険始まって以来の黒字が出ましたので、それを支払援護基金のほうに回す、こういうことになって参ります。
○阿具根登君 あなたの論議を聞いておれば、完全に黒字が出てきて、これだけ余りましたという結論が出てこねば、どんなに困っておってもやってやれない、こういう論議になるわけなんです。その論議でいけば、二億出したものすらおかしいことになってくる。ところが、それは今要るやつじゃないでしょう。こちらは今やらねばならぬやつです。それも二百三十億円に食い込んでおるとか、あるいは利子を全部使おうとかいっているのじゃない。二億の千百万円も残っているくらいだから、わずかな金額をこれだけの人にやったならばいいじゃないか、何とか考えましょうということならばわかるけれども、これはスライドに取っておく金で、これはどうする金ですというなら、幾らあっても一銭も使えないということになる。その考え方です。 それではほかに質問を続けていきますが、あなた方は自分のいいようにばかり解釈しておられるけれども、それでは五月十五日の八時から九時までに旭労災病院長の松島先生がNHKの教育テレビ番組でいっておられることをお聞きになったと思うのです。これは、自分がみておる患者のうちで、五千円以下の者が二〇%、一万円以下の者が五〇%、これじゃ治療してやるにも心苦しい、これを何とか上げてくれということを病院の院長がいっている。おそらくあなたに聞けば、旭はとても悪いところだ、旭は、これは窯業の関係でおそらく平均賃金が非常に悪いのでしょう、こういう御答弁になるかと思う、今までの答弁から解釈してみて。こういうことを病院長が嘆いておる。しかも、NHKの教育テレビ番組でやっておられるのです。こういうことは一体どうお考えになりますか。あなたの資料とだいぶん違います。それは病院によって違いましょう。大企業で出た患者の多いところと、中小企業で出た患者がうんとおられる病院によっては違いますけれども、しかし、こういう有名な病院長が、自分が実際患者を扱っておって、生活もできない、それが患者の精神状態から見ても、治療が非常に苦しいということを病院長がいっている。この現実は一体どうお考えになりますか。
○説明員(大野雄二郎君) この院長のおっしゃっていることは私は聞いておりませんので、詳しいことは知りませんが、あるいはそういうようなことはあり得ることだし、院長がそういう意見を持つのも考えられます。旭労災に収容されている患者は、御承知のように、じん肺患者が大部分でございます。このじん肺患者に関しましては、私ども平均賃金の算定につきまして、もう少し配慮をいたしまして、現状を何とかしたいと、目下検討をいたしております。この問題を援護基金というようなもので解決する気は今のところございません。むしろ私は、平均賃金の算定ということで操作したほうが、より根本的であるというように考えております。
○阿具根登君 それは私も全く賛成です。そうすると、二つの問題が出てきます。平均賃金の基礎算定を、現在の法律のとおりに、発病前三カ月で平均賃金をとるのは正しいとお思いになりますか。それとも、これは間違っておる、しかし、法の解釈上やむを得ないのだ、こういうふうにお考えになりますか。
○説明員(大野雄二郎君) じん肺にかかった労働者の平均賃金の算定につきましては、すでに昭和三十六年の二月に、普通の十二条一項ないし六項のやり方で無理な場合はこういうふうにしろという方法をとっているのでございます。ただ、これが現状において活用されていない状況にございます。つまり、じん肺にかかった労働者というのは、非常に長い間働いていた労働者であって、発病の原因になったときには、ずっと病気になって入院する前よりはかなり高い賃金を取っていた人もあろうかと存じます。ところが、記録その他が十分でないために、三十六年の指導では十分活用できなかった、その点を率直に反省いたしまして、これから十分役に立つような、それが実際できるような指導をいたしまして、平均賃金について再検討を加えたい、こういうふうに考えて一おります。
○阿具根登君 それでは、かりに発病してこの法を適用されるということになった人は、発病前五年間なら五年間の間に、本人の希望も聞いて、三カ月間の平均給与を基礎賃金にする、こういうことは考えられるのですか。
○説明員(大野雄二郎君) その点については、目下検討をいたしておりますので、具体的な御返事は今ここではむずかしいかと思います。ただ、基準法の十二条八項でございますかに、「第一項乃至第六項によって算定し得ない場合の平均賃金は、労働に関する主務大臣の定めるところによる。」というような規定がございます。その社会的に妥当でないような平均賃金が一−六項によって機械的に出てくる場合には、社会的妥当性ということも考慮いたしまして、八項によって妥当な平均賃金というものを算出してくることが可能ではないかと考えております。
○阿具根登君 それで、御承知のように、今日まで健康で働いておって、不慮の災難にあってけがをしたとか、あるいは手が切れた、あるいは足が切れたというような人は、それまで三カ月間非常に働いておったとみなしていいわけですね。ところが、これはだんだんからだが悪くなってくるのです。そして、これは配置転換をしなければいかぬ、君は療養もしなければいかぬというようなときには、その今まで働いておったものの半分も三分の一も働けないようになってしまったときの賃金になっておるということは、これはあたりまえなんだから、当然それに適用されないのだ、そうするならば、一番健康で働いておったときが平均賃金でなければならない。これはあなたにいうのは釈迦に説法ですけれども、私も長い間炭鉱生活をしておりますから、昔はこれはよろけといっておった、これも御承知のとおりです。これをやるのは、大体掘進が一番多いんです。掘進というのは、そういう病気になるかわりに、非常にからだの強い人を非常に無理に使う、だからその間の給料は割方いいです。今は昔のようにいきませんよ、今はそれぞれ賃金形体がきまっておりますから、そう昔のようにいかないけれども、そうしてよろけという名前でいっていたのです。だから、じん肺だと認定されるときには、平均賃金はうんと下がっているはずです。だから、それならば、その原因にさかのぼって、そういう病気にかかっておらないときの平均賃金をとるべきだというのは、これは当然な姿だと思うのです。そうしますと、少なくとも五年間ぐらいは考えなければならない。そうしてその間に満足に一カ月なら一カ月間勤めておった、そのときの三カ月分の平均賃金をとってやるのが一番いいのじゃないか、ここでそうしますということは、法律改正していないからできないんですよ、考え方なんですよ。
○説明員(大野雄二郎君) いよいよ釈迦に説法でおこられるかもしれないと思いますが、最近におきましては、三症度になって転換が行なわれますと、やがて自分は四症度になって、管理区分が四になる危険がある、それで非常に賃金を上げるということも私は聞いておるのでございます。したがいまして、先生のおっしゃいますことはよくわかるのでございますが、画一的に五年前とか、あるいは何年前というのをとりますと、かえって労働者にとって不利な場合が生じるのではないか。それから、あるいは五年前に非常に高いところ、三年前に高いところ、あるいは八年前に高いところもあるということになりますから、画一的なことは私はできないと思います。そういうことでございますので、もし、もうちょっと研究いたしまして、そのヤマがはっきりしてくるならばそういうことも考えられると思いますが、今のところ、ぴしっとしたお答えをすることは困難だと思います。
○阿具根登君 それはわかります。それは年令の差もありましょうし、どこをとるべきだという問題は、私はまだ研究の余地があると思うのです。しかし、少なくとも、今いわれた問題は非常に重要なものが含まれている。自分がけい肺で一生なおらない、やがて自分はおそかれ早かれこれは法の適用を受けて入院しなければならぬ、そうするなら、一日でもうんと働いておきたい、そして平均賃金の基礎算定を上げておきたいというのが、これは非常に悲壮な考え方なんです。自分がそう無理すれば、自分は必ず入院しなければならない、寿命が縮まる、自分の寿命が縮まっても、自分の妻子の生活が少しでも安定するためには、動けないからだを引きずってでも仕事に出ていかなければならぬ、そうして平均賃金を上げるようにしたい、こういう悲壮感に打たれてくるわけです。そういうことを大野部長も、今おっしゃったように、御存じならば、そういうことを知っておられるという現実は一体どういうことなんですか。これは法のえらい不備ではないかということに当然帰着しなければならぬと思うのです。
○説明員(大野雄二郎君) けい肺が非常に悲惨な病気であるということは私も否定いたしませんが、最近の医学の発達によりまして、かなり明かるい見通しになってきたのではないかと存じます。これも先生一番よく御存じなんでございますが、死亡を見て参りますと、三十年から逐年申し上げますと、二十八、六十三、九十七、七十五、七十五、八十二、七十四、こういう死亡数を示しております。それに対して治癒は、七、二十四、三十七、四十三、六十八、九十五、三十六年におきましては百五十、こうなっております。これは患者数がふえておりますから、ただ絶対数を申し上げただけでは不十分と存じます。したがいまして、年度患者数と治癒数との比率を見て参りますと、三十年から申し上げますと、〇・七%、二・七%、三・七%、三・一%、三・八%、四・三%、八・二%、こうなっております。この先ほど申し上げました死亡と治癒の比率、これは三十年は二十八対七ということで、死亡のほうが多く、治癒は非常に少なかったわけでございますが、これが三十四年から三十五年の間に一変しているのでございます。三十四年では、死亡に対する治癒の比率が九一%、それが三十五年から一〇八%に一なって、三十六年は二〇〇%になって参りまして、したがいまして、本質的にはまだまだ根本的な治療法がないという意味においては悲惨でございますが、私は、主観的な悲壮さというものは確かにそのとおりだと思いますが、客観的には、かなり希望の持てる段階になってきた、私ども各労災病院、あるいは労災の指定医に対しまして、けい肺の、何と申しますか、健保でいえば治療指針でございますが、けい肺の治療のパンフレットを作っておりますが、三十四年のときにも、若干希望の持てるようなことを書いたパンフレットを作りました。それがだんだん進化いたして参りましたので、昨年からその改定にかかりまして、今新しいものを作っております。その中にも書いてございますように、昔は非常に悲惨なものであったけれども、今は非常に希望の持てるようになったということを書いてございます。私は専門家でございませんので、専門家の意見の受け売りでございますが、ともかく、けい肺の治療というものは、昔と違って、非常によくなってきた。ことに、けい肺で一番死亡率の高かったのは結核との合併症でございますが、結核に対する治療が進んで参りまして、これについては明かるい見通しを持っている。私どもが長期給付の場合に、平均余命年数等を算出いたしたのでございますが、はるかにそれより下回っております。正確な数字は存じませんが、ただいま私どもは、けい肺は十年ぐらいの平均余命年数ということで計算いたしておりますが、現実にはそれの二倍以上になっているのでございます。
○阿具根登君 それはわかります。二十八年に作ったときには、表面ではいわなかったけれども、五年間だということまでささやかれたことがあります。それはわかりますが、そういう医学的な、あるいは統計的な数字がそのまま世間に受け入れられるかどうか。これは林先生もおいでになりますが、昔軍隊で結核菌が一ぺん出たならば、その人は二度と軍隊の勤めはできなかったのです。いかになおったといっても、一ぺん結核になった人は二度と軍人にはできない。軍人はすべて除隊させられたものです。そうですね。今どうしておるかは私は知りません。今の自衛隊はどうしておるかは知りませんが、しかし、おそらく一ぺん結核にかかったという人は、おそらく厳重な査定の上、おそらくこれは採らないと思うのです。そうしますと、けい肺は昔十年であった、五年であったけれども、今は二十年生きますと、あなたはおっしゃるけれども、一ぺんけい肺だと診断された人は、あなたが業者であった場合、あなたは雇いますか。あなたはその衝にあるから、あなたは雇うかもしれません。しかし、現在の業者が、一ぺんどこかでけい肺だという診断を受けた人を、けい肺は合併症の結核がなくなったからこの人はいいのだといって雇い入れてくれるところはないと思うのです。そうすると、依然としてこの人は死刑の宣告を受け取ったのです。一ぺんけい肺にかかった人は、次の人は、この人はけい肺患者だというなら、その人は受け入れてくれない、これが世相だと思うのです。そうすると、医学的に、統計的には寿命は長くなった、だから安心しなさいというけれども、それでは今まで自分が働いておったような職が得られるかどうか。たとえば今度の法律で、三年したならば会社をやめなければなりませんね。三年して会社をやめて、そして二百四十日なら二百四十日、二百二十日なら二百二十日分の金をもらって治療した。あなたは合併症であったけれども、結核はなおった、こういった場合に、その会社は元の姿で雇ってくれますか。
○説明員(大野雄二郎君) おっしゃられますような社会的な悲惨さというものは、私はあろうかと存じます。それは決して否定いたしません。しかしながら、昔のような医学的な、物理的な悲惨さというものから社会的な悲惨さへと変わってきたのではなかろうか。しこうして、その社会的な悲惨さというものは、たとえば手の切断者とか、あるいは足の切断者と同じように、また、中高年令の離職者というものも、非常に再就職がむずかしい、そのために私どもいろいろな措置いたしておるのでございますが、その悲惨さと本質的には変わりがないといっては語弊がございますが、そっちのほうに近寄ってきたのではなかろうか、こういうふうに考えております。
○阿具根登君 そういうふうに足がない、また手がない人は非常に気の毒だと、生活の道はこれはまた考えなければならないということは私も考えておりますよ。また、ある意味では、これは私も医者ではないからわかりませんが、手を切れた人、足を切れた人は、それが原因でほかの病気も併発するかもしれませんし、あるいはからだも弱くなるかもわかりません。しかし、より以上に、けい肺をやった人が、たとい結核はなおったとしても、結核にかかる率が多いということは、これは非常にいえると思うのですね。これは治療をやっておるから、あるいは結核はなおったかもしれません。それもみんながなおっているのじゃない、一部なおってきたから明かるい見通しになったんじゃないかということなんです。一部なおってきた、一部です、それも。しかし、それは現在のような治療を受けておるからなんです。今度はその人に、それじゃあなたはまた元の仕事に帰りなさいといったら、また元の姿になれるということをだれが保証できますか。私は、そういう悲惨さというものは、まだ前者に比べると、もっとひどいものがある、私はこう思うのです。それは大野さん認めますか。
○説明員(大野雄二郎君) もちろん私は、今の医学の段階において、その悲惨さが全くほかの悲惨さと同じになった、社会的な悲惨さだけになったとは申し上げません。ただ、現実に明かるい光は認める。やはり、けい肺は不治の病だという、昔の武雄と浪子時代的な考え方は、昔は肺病についてもあったわけでございます。やはりそういうようなものではなくて、これはしろうとでございますが、なおるというほうに非常に大きな努力を尽くしていくべきではないかというふうに考えておるわけでございます。それによってほかとだんだん似通っていくのではないかというふうに考えております。
○阿具根登君 それは私も、けい肺はなおらんのだという悲惨さを植え付けるのよりも、けい肺もなおりますぞといったほうがいいと思うのです。しかし、今の場合は、合併症の結核がなおるということだけで、けい肺はなおっていないのです。けい肺はなおりますか。
○説明員(大野雄二郎君) けい肺そのものはなおらないと思っております。ただ、なおるのは結核だけであって、その他はだめかというと、必ずしもそうでないのでございまして、心肺機能障害に対する手当というものは非常に進んで参ったわけであります。したがいまして、今までけい肺と一般的にいわれていたものの中で、結核の部面、それから心肺機能障害に対する手当、これのほうが進んで参ったということによって非常に明かるくなったと申し上げておるのでございます。
○阿具根登君 それでわかりました。おっしゃったように、けい肺はなおらないのです。今の医学ではなおらないのです。ただ、体力をつけ、これを進行させないだけで、これは非常な努力をされておる。しかし、一ぺんこの珪酸粉塵が吸い込まれて、そして肺の中で凝結したやつは取り除くことはできないのです。また、四、五年前までは手術することは不可能でしたが、ここで基準局長は、手術したら死んでしまうとまでいわれたんだけれども、医学の進歩で手術もできるようになりましたが、まあこれは御承知のことだからいいますまい。しかし、けい肺そのものはなおらないのですね。そういう悲惨なものが今日再三再四陳情されておる。その中の第一点は、今まで議論して参りましたが、平均賃金の算定、これは今、大野部長は五年なら五年、私どものやったそのまま賛成はできないけれども、何かの方法を考えて、適当ないいところで算定しなければならんだろう、こういうことをおっしゃっておりますし、大臣も聞いておりますから、これはまたあとで御相談申し上げるといたしまして、かりにそうしても、大企業と中小企業、零細企業、こういうところの賃金の差というものはおおうべく危ないのです。まあ労働省の資料でも非常に少ないのですけれども、十五万円以下の人が四〇%おりますね。年間十五万円以下の人が四〇%おる。そういうことになって参りますと、どこかにここに最低の線を引かなければならぬ、こう思うのですよ。これは人間、幸不幸はありますが、大企業に行った人と、あるいは中小、零細、そういうところで同じような仕事をして、同じような病気になって、同じ病院におって、一方は一万五千円なら一万五千円、二万円なら二万円の金をもらっておって、一方は五千円である、こういうことは一体いいのかどうか。ただ労災法の規定する姿によって今のままでほうっておいていいだろうかということを考えなければならぬと思うのです。そうしますと、どこかに線を引かにゃいかぬ。どこかに線を引くというのはどこか、労働省の考え方は十五万円以上としてありますから、十五万円以上と私は常識的に考えますね。十五万円以下と十五万円以上と書いておる。そうして十五万円以上には援護金も出ないのですからね。そうすると、一応十五万円にして一万二千円ですか、労働省の考え方がそうかどうか知りませんけれども、この資料から見て考えますとそうだ。そうすると、最低の人も一万二千円くらいの月々の収入があるようにしてやらねばいかぬじゃないか、こういうことになってくる。これは多い少ないは僕はまた意見はありますよ。ただ、この資料で常識的に考えておる今の問題で私はいっておる。そうすると、一応四〇%、しかも、最低の人は〇・九%、だとするなら、その金額はきわめて微々たるものだ、一万二千円にしてやってもわずかなんですね、そうなってくると思うのです。十五万円以下を全部やっても三百九十八名です、せき損が。そうすると、じん肺が千九百三十四名、こうなるわけです。そうすると、これだって全部やっても、十五万円以下の人を全部あげても二千数百名です。二千四、五百名です。そうすると、金額から見てもわあわあいうものじゃないと私は思うのです。そうしますと、これは金額じゃなくて、他の法案とか、あるいは社会保障とか何とかの問題にからんでくると、こうおっしゃると思うし、私もそれはわかります。わかりますけれども、一番悲惨な人で、そう金額もかからないという人に最低の線を引いてやるということがまず第一だと思うのです。それから矛盾の出てくるやつは直していかなければ、矛盾があるから直しませんということでは、いつまでもこの人たちは泣かなければならぬ。金額じゃありませんと、こうなってくるのですね。この考え方ほどうでしょう。
○説明員(大野雄二郎君) 給付の最低額の問題は、私は、けい肺だけに限られるべき問題ではないと存じます。これにつきましては、確かに労災保険の給付に底を設けるかどうかというととは御議論になろうかと存じます。それは先ほど申し上げました研究会において根本的に解決しなければならない問題でございます。で、現在におきまし七も、最低額を設けるという御議論は、それでは現在の給付では生活に困るからということが根拠になっておりますけれども、それに対しては、生活保護法以下の体系がございます。で、労災保険でさようなものを見るべきかどうかということは、私は、根本的に考えなければならない問題でありまして、簡単に労災保険がそれについて乗り出して、額が少ないからといって手をつけるということは、私は、考え方によりましては、かえって社会保険の整備充実を阻害する要因になる場合もあろうかと存じます。もちろん個々のケースを見ますれば微々たる金である。それからほんとうにお気の毒だということで、気持は私は決して反対ではないのでございますが、筋から申しまして、その点について先生のおっしゃるような措置を早急にとるということについては、どうもにわかに賛成できないところがございます。
○阿具根登君 大体、当面の責任者の大野部長がそういう考え方だからこれはちっとも進まないのです。あなたがそういう考えをしていかなければだめです。確かに労災法には不備がある、不備があるけれども、全部をならせばできないということになれば、いつの時代になりますか。次々に死んでいきます。きょう問題になっているこれよりもっと悲残なのがあるなら、悲残なのを先にやりなさい。そうでなかったら、これを先にやって、そうして順次やっていかなければ、全部まとめてやろうとしても、いつのことかわかりません。どこでどうやっているか言ってみますが、障害年金の最低補償額をきめているところはソ連です、おきらいかもしれませんが。それからアメリカです、これはお好きでしょう、アメリカもやっている。スウェーデン、イタリア、東ドイツ、西ドイツ、カナダ、ブルガリア、ルーマニア、メキシコ、フィリピン、アラブ連合、あらゆるところでやっているのです。日本の経済は伸びた伸びたといって、なぜこんなものができないか。しかも、金は微々たる金です。こういうところをひとつやっていってこそ、初めてなるほどそれはそうだと、そうすると、これに準ずるやつをやるべきじゃないかというやつも出てくると思うのです。ところが、労災法の形体を変えなければいかぬとか、基準法がどうだというならば、これはもう最低の人を浮かばせるときは、いつの時代になってもきやしない。だから、こういうひずみのあるやつを直していかなければならぬ、そのための一番チャンスじゃありませんか。先ほどの援護金の問題は、あなたも援護金を出すのは正しいことじゃないとおっしゃるけれども、こういうことをしてないから援護金を出さなければならぬ。こういうことがしてあれば援護金は要らないのです。ひとつ事務官の方がおられるから、これで幾らになるか、はじいてごらんなさい。私の言う一万二千円なら一万二千円に最低をきめて、金額が幾らになるか、ちょっとはじいてごらんなさい、わずかな金額です。
○説明員(大野雄二郎君) 現実に非常に悲残な方もおられるということで私どもは援護金というものをやり、それから、平均賃金の算定についても考えようということで、可能な手は打って、現行法下において可能な手というものはできるだけやっていくつもりでございます。それから、最低補償というお考え方でございますが、もちろん労働省の出した資料は機械的に作ったものでございますので、労働省が十五万円というようなことは全然考えておりません。それで、最低補償というようなことを、もし問題になるとしたならば、私は、具体的にそれは検討すべきもので、先ほど申し上げましたように、一体、最低の生活費は幾らかということは、具体的なケースで見なければなりません。生活保護におきましてもそういう考え方をとっております。先ほど申し上げましたように、けい肺患者の標準世帯というようなものを考えて参りますれば、これは土地によってもでこぼこがございましょうが、かなりそれよりは下がったものになってくるのじゃないかと思っております。それで、それに従って私どもは考えるということじゃございませんが、それを一つの目安として考えますと、かなり生活状況によって変わってくるのではないかと思います。
○委員長(加瀬完君) 阿具根委員の質問で、計数をはじいてもらいたいという要求があったわけですけれども、これはどうなりましたか。
○阿具根登君 計算して出ているけれども、五万円以下なら五万円、五万円以上八万円未満、八万円以上というふうにすれば、算術計算ですぐ出てくる。全部で二千名いないのだから、算術計算したらわけはない。
○説明員(大野雄二郎君) それは出て参るかもしれません。
○阿具根登君 生活保護ということをいわれたのですが、生活保護は幾らもらっておりますか。これは各都市々々によって違いますけれども、生活保護以下の労災、こういう患者がおったとするなら一体どうお考えになりますか。
○説明員(大野雄二郎君) 生活保護以下の患者がおりますれば、それは生活保護の適用を受けるわけでございます。したがいまして、生活保護法の基準にはいけるわけでございます。
○阿具根登君 あなたは、労災法で適用したやつが生活保護よりも下にあるのが正しいと思うのですか。それじゃ労災法は何のためにあるのですか。生活保護よりも以下にあって治療をしている、しかも、労災によって治療しているということは、これは考えただけでもおかしいのじゃないですか。
○説明員(大野雄二郎君) それは私どもの研究会でも根本的に議論されているところでございますが、労災保険というものは、使用者の無過失損害賠償責任を担保する保険なのか、それとも社会保険なのかということでございます。今まで労働側、あるいは社会党側もそうだったと思いますが、労災保険の基本的性格は、使用者の労働者に対する無過失損害賠償責任だというような基調で参ったと存じます。したがいまして、その損害賠償の算出基礎に賃金というものを考えて、その賃金に対する一定比率というものが、休業補償なり、あるいは長期給付の額の基本になっております。そこで、もし最低生活費というような考え方を導入いたして参りますと、この基調をどうしても考えなければならないことになって参ります。これはいかぬとかいいとかいうことではなくて、研究しなければならない問題だと考えております。それから、先ほどの生活保護で一体幾らかということは、厚生省の発表いたしております家族構成、これは先ほど申し上げました男子三十五才、女子三十才、子供の男九才、女子五才というもので参りますと、一級地一万六千六百三十四円、四級地で一万一千七百十二円でございます。それが先ほど申し上げましたように、これは三十五才、三十才ですから、じん肺の平均に引き直しますと、男五十四才、女五十才ということになります。それが今度はそれで計算いたしますと、一級地で年額十三万円、したがいまして、一万円ちょっとでございますね、で、入院いたしますと、それが九万三千円ですから、その十二分の一、約七千幾らということになります。それから、四級地になりますと、在宅の場合で年額九万四千円、これが約八千円弱になると思います。それから、入院の場合だと七万一千円でございますから、その十二分の一で六千円、こういうようなことになって参ります。これは生活保護のほうの問題でございますので、あるいは違っておるかもしれませんが、計算いたしますとこういうふうになります。
○阿具根登君 そうしますと、そういう国が責任を持って最低生活をまかなっておる生活保護ですね、それは当然何もしなくても国が責任を持たなければいかぬわけですね。それに今度は業者の無過失賠償責任があるわけなんです。それが生活保護以下だということは考えられぬじゃないですか。これはどうしても考えられない。私は、そういう点がどうしてもあなた方の考え方と考えが違うのですよ。そうしますと、数字が出てこぬならこぬでいいんですが、こういうわずかな金額がなぜ上げられぬか、承っておるわけであります。それで、一番最初あなたが、基準法や、あるいは労災法を言うだろうと思って援護法をついたわけなんです。これができないから、援護法でこれだけぐらいのことはしますよといわれるなら、私は、それでも当面ならいいと思うのです。当面それは、あなたが、まだ労災法一般の問題があって、そこまで上げられない、だから援護法でそこまでいきますよという考えならいいんですよ。ところが、援護法でも、労災法の金が二百三十億もあるというのに、その金を使わないで利子を少し増してくれんかといっても、それは性格が違います。これはベース・アップしなければいかぬのだから、だからだめだ、物価の値上がりでスライドしていかなければならぬからだめだと、こうおっしゃる。それならそういうことをせぬでもいいのだから、労災法の一部を変えろ、それは労災法全般でだめだというなら何にもならぬじゃないですか。だから、私は、これがだめだとおっしゃるだろうと思って援護法を聞いた。私は援護法反対なんです、ほんとうは。しかし、当面こういう人たちを助けるためには一体どうするか、法の全般的なやつができなければだめだといっても、この人たちがじん肺に年々歳々命をすり減らしております。労災病院に行ってみなさい、何とかして助けてあげなければいかぬということになります。それも莫大な金がかかる、日本の経済に重大な影響を及ぼすというならば、私の言うのも無理かもしれません。しかし、僅々何億か何十億かあれば全部できるわけです。それなら今ここでそんなにしゃくし定規に言われるよりも、これは当然そのくらいのことをしなければいかぬということに踏み切るべきじゃないかと思うのです。これはあとで大臣に御答弁を願いましょう。 それから、約束の時間がだいぶ過ぎて参りますから進みます。もう一つ、これと表裏一体になっておりますせき損ですが、せき損患者の、先ほど冗談でもいいましたけれども、箱根のせき損患者がきょう陳情に来たいといわれておるのです。しかし、ああいう不自由な方を、こういう雨天に、そして手押車で来られて、そうして目の前に置いてやるのは、私は残酷だと思う。また、そういう姿であなた方を追及しようとは思わない。また、スタンド・プレー的なこともやりたくない。だから私は断わったのだ。どうせ近いうちにお見えになると思います。ほんとうならそこにずらっと並べてきょうはやりたかったのです。しかし、そういうことは私の考え方としてはあまりにも残酷だと思う。だから、きょうお見えになるのをお断わりしたのですが、一体、これは箱根だけかもしれませんが、箱根は特殊なところで、旧軍人の方もおられますね、それで労災法の適用を受けておるせき損患者と、そうじゃない一般のせき損患者と、旧軍隊時代に負傷されたせき損患者と、この内訳がわかりますか。
○説明員(大野雄二郎君) 全部の統計はわかりませんが、箱根はたぶん労災患者が九人だと記憶しております。
○阿具根登君 そうすると、旧軍人はどうです。
○説明員(大野雄二郎君) その他のほうの関係は私どもの所管じゃございません。厚生省のほうであります。
○阿具根登君 そうしますと、これもけい肺と同じような質問になりますが、今度は、これのほうは十五万円以上というのは三〇%以上、そうですね。これも厚生省関係じゃなくて、あなたの関係なんですよ。あなたの関係のやつで労災法を適用しておる人の十五万円以上の人は三〇・四%と、こうなっておる。そうすると、これはまた、けい肺と同じ、あるいはそれ以上かもしれません。自分の足が動かないのですから、腰から下が動かないのですから、そうすると、そういう人たちが五万円以下が七十三人おられる、五・六%、八万円以下が二百九十八人おる、十万円以下だったら五百七名ということですね。じん肺でお尋ねしましたと同じ御質問ですが、これも最低の線を引かなければならぬと思うのですがね。
○説明員(大野雄二郎君) せき損患者の悲残さというものは、私は、じん肺患者に比較して決して劣らないものだと考えております。それで、気の毒なことは、見た目ではじん肺患者よりもはなはだしいと私は思います。それで、先生今お話になりましたように、私どもせき損患者に対して何かするということになりますと、箱根なら箱根というところにおりますあの中の九人だけやるということは非常にむずかしい問題だと思います。やはり私は、せき損の問題につきましては、これは厚生省も私のほうも、一丸になって考えなければならない問題があろうかと存じます。じん肺のほうは、どちらかというと、労災だけに限られた問題でございますが、せき損は、そういうじん肺とは違う性格を持っております。 それから、先ほどお答えするのを忘れたのでございますが、援護基金は、ただ生活費が足りないからといって出しているのではなくて、最初に御説明申し上げましたように、二百四十日分と二百日分の差、つまり四十日分が治療費に見合わない場合に対処して作ったのでございまして、単に最低生活費が足りないとか、あるいは最低生活費を保障しようというような考え方ではございません。むしろ現在の長期給付に内在する矛盾点といいますか、弱点というものをカバーするために、いわば論理必然的に出て参ったのでございます。
○阿具根登君 そういわれると質問の蒸し返しになりますが、二百四十日分で生活費から治療費まであるのだと思いますか、ないから生活費に食い込んでおるでしょうが。四十日分が治療費になっていないのですよ。治療どころか、生活費の二百日分に食い込んでおるわけですよ。あなたは二百日分で生活ができるのだ、四十日分は治療費になるのだというふうに断定されては困るのです。この当時はこのぐらいでいこうとしてきめたわけです。物価はどれだけ上がりましたか、生活がどれだけ苦しくなりましたか。極端な例を申し上げましょうか。ふろの煙突掃除は、そのころは四十円、今は百二十円とります。三倍になっておりますよ。これはふろが適切な例になるかどうかわかりませんけれども、私がきょう調べてきたところでは、四十円だったのが百二十円、三倍になっていますよ。ふろの煙突掃除、推して知るべしですよ、あとのやつも。それで、何年たっても二百日分でおまえたち生活せいというのはおかしいので、二百四十日分の中に生活費が食い込んでしまっている、だから、一ぺんきめたやつは、あなた方はいつまでたっても二百日分で生活しなさい、四十日分は治療費ですよ。そのときは確かにそうでしたが、現実問題ではそうじゃないのだから、だからこうしてくれんかということをいっているわけなんで、作ったときの精神はあなたのおっしゃるとおりです。だから、そういう環境でもあるし、せき損の問題について、たとえばまあ一番問題になるのは箱根だけですけれども、それは箱根で、まず十五万円以上をとっておる人に二十万円、三十万円やってくれればそれにこしたことはございませんし、そこまでいく前に、五万円以下の人が七十八名もおる、八万円以下の人が二百九十名も三百名もおるとするならば、まずその人を上げてやって、初めて厚生省でもこれはいかぬと、同じようにせき損患者であって、片一方はこれは労務上のけがであった、片一方は通行中の自動車のけがであったとか、あるいは屋根から落ちたとか、そういう人も同じじゃないかということで考えがきまってくるわけなんです。それを厚生省と一緒だから、わがほうだけではとおっしゃるなら、先ほどいったように、私は、いつまでたってもいけんと……。
○説明員(大野雄二郎君) 実は、せき損に関しましても、その後医学が非常に発達して参りまして、治療の考え方も変わって参りました。これは私どもと全然関係ないようでございますが、整形外科学会というのがございまして、それが昨年の十二月二十日に要望書というのを出しております。それは、昔はせき損は不治の病であったけれども、このごろは欧米では早期治療、早期退院で、社会復帰というものが原則である。第一次大戦後におきましては五%ぐらいしかなおらなかったものが、もう八〇%ぐらいいくんだ、それに対して、現在の労災病院のまるがかえの治療制度みたいなものは、はなはだよくないということを指摘しているのです。この一部を読みますと、「労災方面では、現在世界の主潮に反して、脊髄損傷患者に対する終身保障制度が特別措置として採られ、早期退院、通院治療に対する患者の意欲を殺ぐこと、甚だしく、いたずらに入院期間の延長をもたらす結果となり、この方面からも世界の趨勢に逆行のそしりに拍車をかけておるのであります」云々というようなことが書いてあります。そこで、私どもが今考えておりますのは、こういった患者が、残っている労働力を十分に活用して相当の収入もあげられるような施設を考えたいと思います。これは非常にむずかしい問題でございますが、その産業の立地条件、需要その他も検討いたしまして、今努力いたしているところでございます。先ほどお答え申し上げましたように、けい肺患者に対しましては、平均賃金の操作ということが可能でございます。しかしながら、せき損患者に関しましては、これは平均賃金の操作というものはできません。したがいまして、別個な方法によらざるを得ない。それから、また、むしろ厚生省の関係のほうが多いくらいでございますので、私のほうとしましては、そういうようなやり方によって特殊な施設を作って、ある程度生きがいのある生活ができるようにいたしたいと、こういうふうに考えております。
○阿具根登君 大野さん、僕は箱根にも行って来たのですがね、それはたくさんの患者の中には、あるいは器用な方もあって、活版業をやっておられる方もあります。確かにハンコを彫っておられる方もあります。しかし、そういう例外の例を一つとって、例外中の例外ですよ。それは諸外国でやっておるそういうものばかりいわぬでも、私がいうように、私も十カ国からのやつをあげておる、なぜそういうことをやらぬのですか。そういうアメリカなんかでやっておるのは、社会保障が完備されておるし、周囲の環境がきわめてよくなっているのです。それだけしてあるのです。それはきたない話だけれども、下の世話までだれかがしてくれておるのです。そういう余裕もないところに、あなたは夢みたいなことをいっている。そういう外国の例というようならば、私のいった外国の十カ国から述べたのだから、なぜそういうことを先にやらぬのですか。せき損患者が更生するのは、それは当然更生してもらわにゃいかぬ。せき損患者だからといって、もうあなた方は一生寝ていなさいということは、僕は不親切だと思います。しかし、あなた、自分の下の世話もできない人を——その環境が整備されてからその問題は言うべきなんです。たくさんの中には、そういう手のある人もあります。しかし、大部分の人は、家に帰れば、これは手もない、どうにもこうにもしようがない、ウジがわいてくるのです。だから病院のお世話になっているのだから、その中でも器用な方、あるいは環境その他で一人前の仕事ができておられる方も確かにあります。見て来ました。しかし、そういう人だけを例にとってこれは最低をきめるべきじゃないというのだ。これはひどいですよ。
○説明員(大野雄二郎君) いや、確かに現在箱根なんかごらんになれば、まあひどい言葉でいえば、どうしようもないという方がおられると思います。私、それを否定するわけではございません。どうしてどうしようもなくなったかというと、早期収容、早期治療というのが怠られたからじゃないかということなんでございます。それで、つまり問題は二つに分けなければならないと思います。箱根、あるいは労災病院もそうでございますが、そこに現在入院しておられる方、これは幾ら今医学が進歩したからといって、これはちょっと手おくれの面があるのでございます。そういう方に対しては、やはりこれは手厚いものをしてやらなければならない。その中でも、残った労働力を活用できる方は活用できるほうへ向ける。それで、どうしようもない場合には、それ相応の対策を立てなければならない。それから、ただ労災の問題は、今病院におられる方じゃなくて、これから不幸にしてせき損の傷害を受けられる方というのも、いつも念頭に置いて考えなければならない。そういう方々はたくさんいるわけでございます。そういった人たちに対してどういう方針で臨むのが根本かと申しますと、保障を厚くするということも大事かもしれないけれども、まず、なおすこと、なおるのだ、こういうことでいくのが私は正しいと思うのでございます。そういう趣旨で申し上げたのでございます。現在病院に収容されておられる方の悲残さに目をつぶるということでは決してございません。それで、将来の人に対してはそういう措置でやっていく、現在の方々については病院で手当をいたしているわけでございます。箱根の労災患者、これは九名だったかと存じますが、その中では、すでに旧法によって補償を完全に打ち切られた方がおりまして、それを先ほどの援護基金制度によって労災のほうに取り入れてきた、こういう関係になっておると存じます。詳しいことは私は記憶いたしておりません。
○委員長(加瀬完君) 委員長より注文申し上げますが、委員の質問に対してまずお答えをいただいて、それに付随して、今までお述べになったようないろいろの関係の御計画をお述べになるのはよくわかりますけれども、注文にお答えにならないで、はずれた御答弁の場面が多いので、また質問が非常に延びて参りますので、ひとつ質問にぴたりとした答えをまずお願いいたします。
○阿具根登君 大野部長の話を聞いておると、何かせき損患者が自分が治療を怠っておるように、こう聞こえるわけです。脊髄が折れるような患者がじっとしておるものじゃありません。直ちに病院にかつぎ込まれておるはずなんです。治療を怠って、もしもあなたのいうように、なおるやつがなおらなかったといったら、それは医者が悪いか病院が悪いのです、施設が悪いのです。本人は、腰の骨が折れるぐらいいやなものはない。それはいち早く病院に行っておるはずなんです。それがなおっておらないじゃないですか。それは何か生活をみてやるのがいいだのなんだの、そういう問題じゃないのです。それは施設が悪いか医者が悪いかで、本人が悪いのじゃない。腰の骨の折れるぐらいの病人は、いち早く病院にちゃんと行ってるはずなんです。それを、何か生活の補償をしてやるのが不親切だというような大野部長の考え方は、僕は間違ってると思う。そういうふうにしてなおる人は、せき損患者じゃないのだ、補償せんでいいんです。それで補償はこれだけ補償する。しかし、医学は進歩しておるのだから、なおった人は別だとはっきりしていいんです。なおった人はせき損の患者と同じにしろと僕は言いやしません。なおしてもらえればそれでけっこう。せき損患者が完全になおって歩けるようになって、そうしてこういう補償をしてくれといったら僕は反対します。そういうなまやさしいものじゃない。しかし、そうならないから僕は言ってる。もしもなおったら、その人たちは除外すればいいんじゃないですか。まず生活の安定をしてやらなければ、なおらなかったら——あなた方はいいことばかり考えておるけれども、その下に泣いておる方はだれが助けますか。一ぺん助けておいて、なおったらそれから除外していくのが、これがあたりまえです。これが行政官としての考え方だと思う。ただ精神訓話ばかりいってもだめです。飯を食わせんで、精神訓話でしっかりやれといっても、それじゃだめです。
○説明員(大野雄二郎君) なおらないのは労働者の責任だということは私は申し上げておりません。
○阿具根登君 それじゃ、大臣の時間がないそうですから、これで終わりますが、大臣に総括で今までのやつを御質問申し上げます。 私は三点にしぼって質問を申し上げたつもりです。第一点は、これは質問しておらなかったか、あるいは私の質問漏れがあったかもわかりません。現在労災の適用を受けておらない二十六年以前の人がわずかおります。そこで、その人たちはほとんど援護法の適用を受けておるか、あるいは結核予防法の適用を受けておる。だから、これはもうその当時は数も多かったけれども、今は非常に数は少なくなってきたし、しかも、非常に悲残な環境にあるから、この法の適用を受けるようにしていただきたい。これが一点。 それから、二点目は、標準賃金の算定期間を、現在のような姿でなくて、健康なときの平均賃金を三カ月とってもらいたい。これが一点。 それから、もう一点は、今まで論争しました最低補償の引き上げですね。この三点について大臣から明確な御答弁をお願いいたしまして、私どもが出しておる法律案を、今度はこの次に審議していただきます。
○国務大臣(大橋武夫君) 今朝来、じん肺の問題につきまして阿具根先生の御質問を拝聴いたしたわけでございます。その御意見につきましては、まことにこの問題についての深い御造詣の結果であると、まことに敬意を表しながら傾聴をいたしておったところでございます。じん肺問題につきましては、治療の問題ばかりでなく、生活の問題もございまして、今日の労働問題としては、最も困難な問題、悲残な面を持っておりますことは、まことにお話のとおりでございます。問題はきわめて深刻であるということを一そう認識を深めた次第でございます。しかしながら、この問題の取り扱いということに相成りまするというと、労災部長からもお答え申し上げましたるごとく、労災保険制度全般との均衡もございまするし、また、社会保障全般との調和の問題等もございまして、いろいろな角度から検討すべき面が多いかと存ずるのでございます。しかし、この問題は一日も放置すべき問題ではございませんので、労働省といたしましては、今後問題を一そう掘り下げまして、すみやかに解決策を立てたいと存ずるのでございます。現在、労災審議会におきましては、制度の根本問題につきまして、三者構成の懇談会を設けて御検討をなすっておられます。特に、じん肺、せき損等の問題につきましては検討を進められておるのでございまして、私どもは、その成果のすみやかに発表されることを希望をいたしておるような次第でございます。 ただいま三点につきまして特に御質問がございました。第一は、じん肺法制定以前にじん肺にかかって障害を受けておる人たち、したがって、現在のじん肺法の恩恵に浴しておらない人たちについての取り扱い。それから、第二は、標準賃金を算定する期間をいかに取り上げるべきかという問題。最後に、第三点といたしまして、最低補償を、現在の生活ないし今日の実情に適合するように引き上げる問題、この三つの問題は、じん肺に関連いたします最も焦眉の解決を要する問題であると存じます。これらにつきましては、実施の基準なり方法なり、また、程度等、いろいろ問題もございまするが、さっそく労働省といたしましてはこの問題に正面から取り組みまして、すみやかな機会に解決を一応講じ得るように、誠意をもって検討、努力をいたしたいと思っております。
○藤原道子君 私は、すでに阿具根委員から細部にわたっての御質問がございましたから、つけ加えて御質問することはございません。ただ、伺っておりまして、労働省が発足されたのは、労働者を守るために、労働者に対するサービスが主眼であったと思います。ところが、きょうの御答弁を聞いておりますと、何やらその点が横へそれてしまって、ただやっていることをいかに合理化するかということだけにきゅうきゅうとしていらっしゃる。私も各地の状態を見ましたけれども、悲残さといったら言葉がないのでございます。夫をかかえて、妻が内職しながら世話している、五年も十年も。しかも、生活保護をしきりに取り上げられましたけれども、生活保護基準は何回も改定になっております。物価の上昇に伴って、生活保護に対しても何回か改定されている。日用品費が六百円だったのが、今では千二百円、たしか千二百円に日用品費は値上がりになっている。ところが、労災法はそのままじゃございませんか。こういう点もお考えいただかなければならない。したがって、法の改正をしなければ、援護法はそういうものじゃないというけれども、法がりっぱになれば援護資金は要らなかったはずです。こういうことのために私はあるんじゃないかと思う。したがって、もっと悲残な人を現実に見つめて解決をしていただかなければ、私は納得できません。病んでいる人に申しわけないような気がするのです、きょうの御答弁では。そういう点について大臣にぜひお考えを願いたい。大臣は行って見たことがありませんか。箱根にある労災病院を御視察になったことがありますか。
○国務大臣(大橋武夫君) 私は、実際の治療の技術等につきましては存じませんが、箱根の施設は私の若いころにこしらえましたものでございます。したがって、戦前にはたびたび行ったことがございます。戦後は、その前を通っておりますだけで、残念ながら、行ったことはございません。労災病院には行ったことはございます。しかし、栃木県の病院は視察をいたしたことはございません。ただ、あそこをやっておりました大西君が昔からの友人でございますので、いろいろ実情は大西君から聞いております。
○藤原道子君 行ったか行かないかだけじゃ困る。生活保護は何回か上がっているんです。ところが、労災のほうは一向に上がっていない。物価がこんなに騰貴して、どういう状態にあるか、それらに対しては大臣はどうお考えになりますか。せき損で入院している人が内職しなければやっていけないんですよ。
○国務大臣(大橋武夫君) 生活保護の助けを得なければ問題が解決できないという人たちがたくさんありますことは、まことに残念に存ずるのでございますが、これらの問題につきましては、先ほど申し上げました労災審議会の懇談会におきまして、全般的な問題としていかに取り扱うかということで、ただいま御研究をなすっておられます。これをできるだけ早く結論を出していただきますように、この上ともお願いいたしまして、できるだけすみやかな機会に、これらの問題をも含めて、対策を講じたいと思います。
○藤原道子君 当委員会で附帯決議なんかもっけまして、たびたびこの問題は問題になっているのです。今三者構成で御検討中だとおっしゃいますが、現実に因っている人がある。その人たちをどうするか、こうした希望を失うような人たちに対して、ただ検討々々では答えにならないと思いますが、その三者構成の結論はいつごろ出るお見通しでございますか。
○国務大臣(大橋武夫君) この問題は、いずれにいたしましても予算に関連してくる問題でございまするので、私が検討して結論を出してらいたいと考えておりますのは、来年の予算に間に合うようにできるものならば結論を出してもらいたい、できれば一部ずつでも、間に合うものから実施に移していきたい、こういうつもりでお答え申し上げたつもりでございます。
○藤原道子君 先ほど阿具根先生から御質問がございましたが、援護資金の利子だけでも若干操作ができるはずですが、援護等に対してきびしいようなふうに私伺っているのですけれども、今現実に困っている人たちに対して、何とかやってみようという大臣のお考えはございませんでしょうか。
○国務大臣(大橋武夫君) 具体的な問題につきまして、個別的にひとつ検討いたしたいと思います。具体的な事件がございましたならば、ひとつお申し出いただきたいと思います。
○委員長(加瀬完君) 他に御発言もなければ、本件に対する質疑はこの程度にとどめ、本日はこれにて散会いたします。 午後零時七分散会