法務委員会 第3号
- 発言数
- 110 件
- 登壇者
- 10 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1963/02/12
会議録
○小島委員長代理 これより会議を開きます。 本日は、委員長が所用のため出席できませんので、理事の私がかわって委員長の職務を行ないます。 まず、法務行政に関する件について調査を進めます。 本件について参考人として日本赤十字社外事部長井上益太郎君においでを願っております。 まず、議事に入ります前に、参考人に一言ごあいさつ申し上げます。 本日は、御多用中のところ御出席をわずらわし、まことにありがとう存じます。さきに御通知申し上げました通り、本委員会において調査中の入国管理及び難民問題について意見を拝聴し、本委員会の審査の参考にいたしたいと思います。つきましては、忌憚のない御意見の御開陳をお願い申し上げます。 なお、議事の進め方は、委員の質疑に応じて御意見を述べていただくことにいたします。 これより質疑を行ないます。質疑の通告がありますので、これを許します。猪俣浩三君。
○猪俣委員 私は韓国の日本に来ておりまする、われわれから言うと、難民と称せられる者の取り扱いにつきまして、政府に質問したいと存じますが、きょうは日本赤十字社から参考人の井上さんがお見えになっておりますので、その都合もあろうかと存じますから、井上さんから先にお尋ねいたしまして、それから政府の方から御所見を承りたい、こう思うわけです。そこで井上さんは、私の質問が終わりましたら御自由に私としてはお引き取り願ってもいいと思います。 井上さんにお尋ねいたしますが、昨年の十月一日に国際赤十字の委員会から在日韓国難民は国連高等弁務官の委託管理に該当するとの裁定があったと聞いておりますが、そのいきさつについて御説明いただきたいと思います。
○井上参考人 お答えいたします。ただいまの御質問は、おそらく韓国人のつくっております対策委員会が、ここの代表のアングスト氏に聞いたことなんだろうと思いますが、それよりも一番正確なのは、私がジュネーブに参りましたときに、国際委員会のこの問題を担任しているモノアノルという人から質問を受けたのでありますが、国際委員会としては、国連難民高等弁務官と連絡する前に、私が東京に戻ったならば、亡命者に関する情報を教えてくれ、ことに知りたいのは、大村のような収容所に何名抑留されて、亡命者の身分の確立を求めているのか、また何人が日本において政治的庇護権を取得しているのか、南朝鮮から日本に密入国し、亡命者たる資格を主張している人々が、何ら法的手続なしに日本から追放されて韓国へ送り返されているのは正確な事実であるかということを書面で質問を受けました。この書面は一九六二年九月二十七日付であります。そこで私は、そのことを法務省にお伺いしたところが、それに対して法務省から昭和三十七年十一月二日に詳しい御返事がありまして、その中で三つのことを言っているのです。 一つは、政治的迫害からの亡命と、政治亡命に名をかりた単なる不法入国、不法残留者との区別も必ずしも容易ではない。そこで迫害を受けるという具体的な資料があれば提出するように求めている。しかし、日本国内においていかなる政治活動も行なわないという誓約は取りつけてはいないが、注意することはある。次に、政治亡命と認められる不法入国韓国人を大村入国者収容所の収容施設に収容することはしていないということを言われました。第三に、亡命者たる資格を主張する不法入国者が、何ら法的手続なしに送還されているというのは全く事実に反する。こういう御返事をいただいたのであります。そこで、そのことをジュネーブに言ってやったんです。 そこで亡命者で、あるいは難民で政治的亡命者であるかどうかということは、正確な資料があれば考慮していただけることになっているので、その資料の提出を求めました。これは単なる伝聞ではいけないので、相当確実な証拠を必要とするわけですが、もちろんこれは証明しろといってもむずかしいことであります。ですから疎明資料ということで、三人の人からそれぞれ疎明資料が提出されました。赤十字社はある団体について行動しているのじゃないので、犠牲者一人片々を対象としております。ですから事情もみな違うのであるから、個人々々に出してくれ、それで出したものを法務省に提出してあります。そしてこれについて疎明が成り立つのか成り立たないのか、成り立つ場合はどういう処置がとられるのか、また成り立たないのならばどういうことになるかということを教えてくれということをお願いしてありまして、これは目下研究中なんだろうと思います。まだ御返事をいただいておりません。もう一つは、これは元韓国の軍人でありまして、それが日本に来ているわけでありますが、この人はもう日本にいるのはいやだ、外国へ出たいと言っております。それをちょうど今、日赤には北鮮帰還の問題で、国際委員会の代表団が来ております。この代表団は何も難民調査のために来ているのではなくて、北鮮帰還の事業をやっておるのでありますが、しかし、直接国際委員会の人がいますから、その人に、どこか外国に出られる方法はないのかということを頼んで、その人が今方々に当っている、こういう状況であります。
○猪俣委員 そうすると、今のあなたの軍人というのは、鄭礼錫という人物だと思うのですが。
○井上参考人 そうでございます。
○猪俣委員 これは本人から外国に行きたいということを言ったのですか、政府が強制退去の手続をとったわけじゃないのでしょうか。
○井上参考人 強制退去の手続はとられているのでございます。ですから、そうなっても赤十字の方から政府の方へお願いいたしまして、何とか亡命者の取り扱いをして、日本に続いていることができるようにしてやろうかということを言いましたら、もう自分はとても危険でおれないから、なるべく早く外国に出たい、こういうことを言っておるわけです。
○猪俣委員 そうすると、私の聞くのは、昨年の十一月ごろ、国際赤十字社に対して、韓国の難民をどう取り扱っておるか回答しろという要求があったように聞いておりますが、今あなたの話を聞くと、あなたがたまたま向こうに行ったときに、そういうふうな書面での要求があったということになるわけですか。
○井上参考人 そうでございます。
○猪俣委員 それからあなたにもう一度お尋ねしたいことは、この国際条約に、戦時における文民の保護に関する一九四九年八月十二日の条約、いわゆるジュネーブ条約と称せられるものがあるわけですが、赤十字社の側から見れば、大村収容所における待遇等は、このジュネーブの条約、これは戦時における条約であるけれども、戦時においてもこれだけの待遇をしろという以上は、平時ならなおさらだということで、大村収容所あたりにおける朝鮮人の収容者に対する待遇はこの原則に従うべきものではないかと私には思われるが、日本の赤十字としてはどういうお考えでありますか。
○井上参考人 もちろんジュネーブ条約は戦時法規でありまして、直接これが大村収容所とか、あるいは新潟における日赤センターに適用されるわけではありませんが、しかしお説の通り、これは戦時敵国人に対して適用されるものであります。今確かに密入国者は不法入国はしておりますが、何も敵国人ではないわけです。ですから戦時において敵国人に対してでも守られなければならないことは、もちろん平時におきまして守らなければならないわけであります。ことにジュネーブ条約というものは、条約の規定によりまして平時においその原則を普及することを命じております。そうしてことに戦時において文民保護の責任を有する当局は特別の教育を受けろということになっております。そのことからいたしましても、もちろんならったけれども、それは適用しなくていいということにはならないと思います。
○猪俣委員 もう一点だけで終わりたいと思いますが、これは政府に聞くことでありますけれども、あなた方も赤十字として相当関心があることだと思いますが、昨年の十二月十九日に国連総会におきまして避難権に関する決議案というものが上程されております。この避難権に関する決議案は前文と宣言草案というものから成っておるわけです。ところが、この前文と申しますのは、結局、国連の世界人権宣言にのっとりましたる堂々たる前文であります。しかるに国連総会に臨みました日本の代表は、どういう意味でありますか、この前文の討議に対しては棄権してしまって、九十九カ国出席しながら棄権したのは日本とタイだけで、あとの国はみな賛成しておる。どういうわけだか、タイと日本だけ棄権している。この堂々たる世界人権宣言に基づく宣言ですよ、前文というのは。それに日本の代表は棄権した。それらのいきさつについて日本の赤十字社は何かお聞きになっていることはありませんか。
○井上参考人 私の方では別にそれは聞いておりません。
○猪俣委員 それでは井上さんにお尋ねすることは、私これだけでありますから。
○小島委員長代理 その他の方で井上参考人に御質問こざいませんか。――なければ参考人には帰っていただきます。
○井上参考人 難民、亡命者についての定義は複雑でありますが、これはいろいろな条約にありますが、ジュネーブ条約は特に規定しておりませんが、しかし、それらの条約よりももっと広い範囲のものです。 それからこの席をかりてちょっと一言話してもよろしゅうございましょうか。
○小島委員長代理 どうぞ。
○井上参考人 国際赤十字社として非常に関心を持っておる問題は、この問題もありますが、もう一つは元日本軍人であった韓国の軍人の待遇に関することであります。これは三年越しの問題であります。これについては詳細な書類が厚生省にも外務省にも労働省にも行っているわけであります。事実問題といたしまして、日本人の傷病者と元日本人であった韓国人の軍人の傷病者との間に非常に差があるので、これを非常に重要視いたしております。この問題は、韓国人ばかりではなくて、そのほかの台湾人なんかにもいるのじゃないかと思います。政府の話だと、これを日韓会談で解決するとおっしゃいますが、その間にでも、そう数も多くはありませんから、何とかやってくれということがもう三年越しにたびたび国際委員会からきておるのでございますので、それをお願いしておきます。そのことだけちょっとつけ加えさせていただきます。
○小島委員長代理 これにて本日の参考人に関する議事は終了いたしました。 参考人には、御多用中のところ長時間にわたり貴重な御意見を御開陳いただきましてありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚くお礼を申し上げます。
○猪俣委員 今の、私が日本赤十字社の方に質問した問題でありますが、昨年の国連総会におきまする避難権に関する決議案、避難権というのが基本的人権の一つとして今国際連合に登場してきておる。そうして今国連関係の人の間で避難権なる問題については相当の研究が進んでいるわけであります。それが熟しまして昨年国連総会で避難権に関する決議案というものが上程された。この前文は、国連の人権宣言に基づきましたる堂々たる前文であります。何がゆえにこの前文の議決に際して日本はタイ国とともに棄権したのであるか、この事情を御説明いただきたい。
○高橋政府委員 お答えいたします。ただいまの昨年十二月十九日の国連総会において採択されました避難権に閲する宣言前文の投票において、わが方は棄権したということでございますが、もう一度資料を念のために確かあますけれども、ここに持っております記録では、わが方は前文全体には賛成しております。ただ前文は、その後の第一条の討議にあたりましていろいろの国からいろいろな修正案が出ておりますので、その修正案の討議の過程において棄権したこともあるわけでございますけれども、前文全体は八十二対零、棄権二はフランスとジョルダンと私どもの記録には載っておりますけれども、もしもお申し越しのようなことでありますれば、念のためにもう一度確めさせていただきたいと思います。
○猪俣委員 私の聞いたところによれば、何回かの会合はあったと思うのです。そこで棄権をしたのが――最後には日本も前文を含めた全草案に対して賛成したと思われますけれども、前文とそれから第一条の宣言草案というものとを分離して審議されたらしいのでありますが、前文の審議のときには棄権してしまった。最後に全体として賛否のときには賛成したと聞いておる。私が不審に思うのは、何がゆえにこの前文の審議のときに棄権したのであろうか、何か特別の事情があったのか。最後には草案全部を含めて賛成されたのであるけれども、前文だけについては棄権したというところに、日本の政府の態度について私ども多少の心配があるわけで質問しておるのですが、そういうことはないということになれば、それはけっこうなことでありますが……。
○高橋政府委員 御指摘のようなことはないのでございまして、この審議の段階でいろいろの修正案が出されております。修正案の段階で日本は棄権したことが多かったようでありますが、前文――プリアンブルであります。前文全体の投票では八十二対零という八十二の賛成のうちに私どもの記録では入っております。この修正案は、結局、私どもといたしましては最初の原案、原案と申しますと、人権委員会で審議され、それから経済社会理事会を通じて総会に提出された原案が非常にけっこうなことであるということで、ほかのいろいろの修正案が必ずしも賛成できかねるものがあったので、その間で棄権したことはございますが、そのわが国が必ずしも賛成しなかった修正案が取り入れられました最後の前文、プリアンブル全体には、ただいま申しましたように、私どもの記録では賛成しております。
○猪俣委員 私が心配しましたのは、この前文は国連の人権宣言第十四条及び第十三条を援用しておりますが、十四条は「何人も、迫害からの保護を他国において求め且つ享有する権利を有する。」また十三条は、「何人も、自国を含むいずれの国をも去り及び自国に帰る権利を有する。」こういうようなことが、国連の人権宣言に出ているわけであります。これが前文中にうたわれて、これを再確認するというふうな根拠になっておるのに対して、棄権したと聞いたものでありますから、私は、日本政府の態度に対して、世界人権宣言に対する、われわれの基本的人権に対する日本政府の考え方に多少の心配がありましてあなたに質問したわけです。さようなことがないならばしあわせでありますが、えて、どうも韓国から日本に密入国してくる者の取扱い、大村収容所における取扱い等に見まして、多少疑義が私にはあったわけでありますのでお尋ねしたわけであります。 それでは法務大臣にお聞きいたしますが、先般大村収容所で待遇問題でだいぶデモ騒ぎが起こってあれしたことを新聞が報道しております。昨年の十二月五日のことでありますが、そのときに大村収容所に収容せられておる者が、待遇改善要求として何項目かの具体的な事実を指摘して当局に申請したはずでありますが、一体在監者がどういう待遇の改善を求めたのであるか、それを御説明いただきたいと思います。これは入管局長でもよろしゅうございます。
○中垣国務大臣 入管局長から答弁をさせます。
○小川政府委員 ただいまの猪俣委員からの御質問に対しまして、いささかこまかくなりますので、大臣にかわりまして私から御説明を申し上げたいと存じます。 その前に、先ほど日本赤十字社の井上参考人から、赤十字社の見解を述べておられるのでございますが、それにつきまして私どもの考えとは多少違うところがございますので、大村収容所の十二月五日事件とも多少関連すると思いますので一言だけ私どもの意見を述べさしていただきたいと思うのでございます。それは赤十字条約、問題になりました一九四九年の戦時における文民の保護に関するジュネーブ条約の解釈の問題でございますが、これはもちろん戦時国際法規に属するものではありますが、ただ第四部に被収容者の処遇について非常に詳しい規定ができております。ただし、百四十四条によりまして、先ほどの井上参考人からの御説明によりますと、平時においても関係当局は特別の教育を受けておらなければならないというふうな規定がございますけれども、これは私どもの解釈によりますと、あくまで戦時において適用される条約を平時において普及徹底させるという趣旨でございまして、難民その他の収容問題について直接は十分は関係ないというふうに考えております。ただし、この処遇規則の内容につきましては、十分われわれとしても考慮を払っておりまして、御承知のように、収容者処遇規則というものがございまして、その中で詳しく規定をしておりますが、大体におきまして当該条約の趣旨と相隔たること遠くない妥当な処遇を与えておるわけでございます。 そこで、ただいまの御質問でございますが、この問題につきましては、実は昨年の十一月ごろから、被収容者の間に、近くまた韓国向けの送還が実施されるというふうなうわさが広まりまして、その直前、十月の末に送還船が出ておるのですが、年末までの間にまた送り帰されるのではないかといううわさが広まりました結果、所内で非常に勅揺が生じておったのでございます。しかるに、この被収容者の一部の者の中に、こういう動揺の傾向を煽動する傾きがございまして、いろいろな要求が出ております。たとえば、大村には五つの棟がございますが、各棟間の往来を自由にするようにとか、あるいは食事の関係とか、入浴の関係とか、いわゆる保健衛生問題に関連しましていろいろな要求が出て参ったのでございます。収容所当局といたしましても、できる限り円満に収拾しようというふうに努力いたしたのでございますが、やはりいろいろな理由から、十二月の五日に至りまして、約百五十名ばかりの者が収容の棟のとびらを破って合流いたしまして、所内の中庭で大へん気勢を上げておったのであります。さらに一番問題になりますのは、第一棟には特に婦女子だけを収容しておるのでありますが、この婦女子を又このデモンストレーションの中に巻き込もうというので、大へん騒ぎが起こったような事態もありました。あるいは外に脱出を企てるおそれもございますので、非常に憂慮すべき状態に立ち至ったので、収容所におります警備人員だけではとうてい押え切れず、やむを得ず警察官の応援を求めて、一応鎮撫をしたという事情がございます。 詳しいことはまたお尋ねがございましたらお答えいたしますが、大体の経緯につきましては、以上の通りでございます。
○猪俣委員 彼らが何を不満として、どういう待遇を改善せよということでさような暴動的な行動を起こしたか、何か要求書を収容所の当局に提出したと思われるのです。二十二項目の要求書を突きつけた。どんなことに不満でさような暴動に至ろうとするような行動をやったか、その具体的なおもなるもの、どういう待遇がけしからぬということでやったのか、彼らの言うことが無理である場合もありましょうし、あるいはこちらの待遇がはなはだジュネーヴの条約の精神と違反したような待遇をやっている場合もありましょう。だから、どういう点に不満で要求を出したか。収容所でありますから、一般の市民と同じようにせよというのも無理かもしれませんけれども、ジュネーヴ条約の精神は、戦時中といえどもさような人権の尊重に欠くるところのないような精神でつくられておるのであり、今あなたの説明はこれは戦時のものだ、その通りでございましょうけれども、やはり戦時においてすらということも考えなければならぬのであるから、このジュネーヴ条約の精神というものは、各国において、やはり難民に対しましてはこの精神によって処遇していると思われるのでありますので、一体どういうところに彼らの不満があったか、その不満が正しいことであるか、あるいは少し彼らが欲望が多過ぎたことになるのか、その辺のことを実は知りたいと思います。どんなことが不都合ということで騒動まで起こしたのであるか、それをお尋ねしたいと思います。
○小川政府委員 ただいまの御質問に対しまして概略お答え申し上げます。収容所長に対しまして質疑要望事項として二十二項目にわたる点が要望されて、質問しかつ要望されておりますが、そのうちで、たとえば収容所の運営方針が適当であるかどうかとか、ないしは所長に再三面接を要望したけれども、所長は面接をしない。われわれから考えると無能な人物であり、責任をとるべきである。そういうふうな要望事項に対しましては、収容所長といたしましては、それに対して応答する必要がないという判断であったのでありますが、ただし、その中の、たとえば各棟間のバリケードを撤去する意思はないかというふうな質問であるとか、あるいは毎日の食事の量質から見て医学的にカロリーが不足しておるのはなぜか、寒い時期になってきたから毛布を増配する気はないか、あるいはラジオを領置して、日本放送ばかり聞かしておる、あるいは売店の購入につきまして直接卸業者から購入するような処置をとってもらえないか、週二回の入浴時の蒸気の放出時間が短いが、なぜ蒸気まで節約をせねばならぬか、あるいは映画は月一回である、ダンス・パーティ、運動場の使用をさせるようにというふうないわゆる処遇に関連した質問でございますので、それらについてはそれぞれ一応の説明はしておるわけでございますが、不幸にして最終的に暴動が起こりましたのは十二月の五日でございます。その朝、一応収容者側の代表者といろいろ面接をして協議をしております間に、暴動用のはち巻とかあるいは旗とかいうようなものが偶然発見されました等の事情もありまして、ついにああいうふうな結果になってしまったのでございまして、その結果になったことにつきましては、収容所としても反省すべき点もあるいはあったかもしれませんが、全体といたしましては、この要望事項等につきまして、すでに協議不調と申しますといささか行き過ぎでございますが、それを見越してこの暴動に移ろうとする用意がすでにあったというふうな点で、おそらく双方の誤解がこういうふうな事件に不幸にしてなったのではないかというふうに考えております。
○猪俣委員 当委員会でも大村収容所を視察しようじゃないかという理事会の申し合わせがありますので、具体的なことは現地で見ればいいと思いますが、このジュネーブ条約の精神でやっていただけることを要望しておきたいと思います。たとえばこの彼らの要求事項の中に、毛布の増配を要求しているようでありますが、ジュネーブ条約の八十五条には、十分なる寝具、毛布の配給ということが書いてある。まあ十分であるかないかは主観の問題ですから、客観的に調べねばわからぬのでありますが、毛布の配給ということが彼らの要求の中に入っているようであります。それから、迫害を受ける地への移送禁止ということもジュネーブ条約四十五条には書いてあるわけでありますから、そういう精神をやはり尊重して、この大村収容所の待遇もお考えになっていただきたい。具体的なことは、私どもまた研究してお尋ねすることにいたします。 そこで、なお法務大臣にお尋ねいたしますことは、これは一体法務省の管轄であるかどうかでありますけれども、大村収容所に収容されて死亡した人が相当あるわけです。そうしてそういう人の遺骨が今日収容所にあるわけですね。これは収容所としても非常に困った問題であろうと思うのですが、こういう遺骨について何か政府に、お寺なりその他適当なところに埋葬するというようなことが収容所からも希望があるように聞いておるのでありますが、そういうことを政府として御考慮いただきたいと思うのですが、この収容所における死亡者の遺骨の問題、これをどういうふうに処理されるか、御意見を承りたいと思います。
○中垣国務大臣 御指摘のような点につきましては、十分調査をいたしました結果今後人道的な見地に立ってこれを処理していきたいと思います。それから、そういう事実については、十分まだよく知っておりませんので調査をさせたいと思います。
○猪俣委員 現在収容所の中にどのくらい遺骨があるわけですか。
○小川政府委員 ただいまちょっとその資料を手元に持っておりませんので、御必要でございますれば、調べまして出したいと思います。
○猪俣委員 何か百五十ぐらい遺骨があって、大阪のある寺の者が引き取ってやってもいいということを言ったけれども、そのまま実現しないということも聞いておりました。これは政府として早急に御処置にならぬと収容所でも困ると思うのです。また、そういうものを収容者が意識したり、目の前に見たりすることも、どうもよくないと思いますので、適当に処置していただきたいと思います。 それから、なおこれに関連いたしましてもう一つお尋ねいたしますことは、韓国から日本国にいろいろの事情で密入国してくる。これは国法の違反になるわけでありますが、これを密入国者として全部処罰する、そうして大村収容所へ収容するというようなことから、密入国してきてもそのまま日本にもぐり込んでしまう。つまり登録しない外国人ということになるわけです。そういう者が相当あるやに聞いておる。これは日本の治安上からいっても非常に問題だろうと思うのです。日本の外国人登録にも来ていない。もぐっちゃって幽霊みたいになっている者がおる。これに対します――これは参議院の問題にもなったと存じますが、これは推定でどのくらいあって、一体どういうふうに処置なさるのか。何かその後政府の方針がおきまりになったかどうか、承りたいと思うわけです。
○小川政府委員 ただいまの御質問でございますが、潜在密入国者と申しますか、そういう者が相当数存在しておるということは、いろいろな点から推測できるのでございますけれども、室数をつかみますことはきわめて困難下ございます。たとえば昨年の暮れあたりから、また集団的な密航者がふえておりますが、こういう者の、言葉は悪うございますが、船ごとつかまったような場合には、数字は検挙人員と一致いたしますからすぐわかるのでございますが、そうでなくて密入国した者につきましては、何しろ顔、形から言葉まで似ておりますので、われわれずいぶん苦労しております。たとえば登録切りかえというふうな場合に、あるいは個々人が身分上の関係その他で申告を要するというふうな場合には、はっきりつかむこともできますけれども、そういう契機でもございませんことには、なかなか十分に調査ができませんので、それは御了承いただきたいと思います。われわれといたしましても、できるだけ本人のためということも考えなければいけませんし、みずから申告してくるようにそれぞれ指導したいと思っておりますけれども、なかなかこれが思うにまかせませんので、結局われわれといたしましては、個々のケースについて十分に調査をいたしまして、申告すれば強制送還される、退去強制されるというふうにきめてしまわないで、おのおののケースについて十分審議を尽くすという建前でございますので、多数の無登録者がおりましても、これをできるだけそういうふうに指導いたしまして、登録の線に乗せるようにいたしたいというふうにただいま考えております。
○猪俣委員 今局長さんが最後にお答えになったように、密入国者となれば直ちにこれを処罰する、直ちに大村へ入れちまうということでなしに、何とかもう少しその処遇をよくお考えいただきたい。登録させないことには、本人にとっても日本国内の治安にとっても気になる。私も先般一人の、これは政治的亡命者でありますが、ずっともぐっておりましたのを、私から勧告いたしまして自首をさせましたが、そのかわり処遇については、またよくお頼みするから、とにかく出てこいというて、東京入管及び東京地方検察庁へそれぞれ自首させたのでありますが、こういう者を、よしきたというので大村へ送られたのでは、これはますますもぐってしまいます。ですから、この辺のことにつきまして、緩急よろしき御処置を特に考慮していただきたいと思います。法務大臣の御所見を伺います。 〔小島委員長代理退席、田中(伊) 委員長代理着席〕
○中垣国務大臣 密入国者につきましては、先ほど局長から答弁のありました通りに、個人々々の入国者に入国調査官等を通じまして調べておるわけでありますが、これはやはり猪俣先生の御意見を尊重いたしたいと思いまして、実は一人丸々の事情をよく十分審議しまして処置をきめていきたい、こういうことも現在やっておるわけでございます。今後もそういう考え方でやっていきたいと思います。
○猪俣委員 政府の方針は、去年からの質問で大体わかっております。韓国の政治的亡命者は相当動揺は静まっているようであります。一時非常に動揺しておりました。韓国のクーデター政権ができてからことさらでありました。人道主義に基づいて処置するという政府の答弁によりまして、相当静まってきているようでありますが、政治亡命でない経済的亡命だといたしましても、やはり、いろいろの事情で法を犯してまでも日本に入ってくるのでありますから、十分それらの者に対しても人道的立場から御考慮いただいて、直ちに犯罪人として処罰するというふうなことは、今まで長い間日本国民であったわけでありますから、それも御考慮いただいて、大所高所から善処していただきたいことを要望いたしておきます。韓国の難民問題につきましては、最後に、私の要望に対して法務大臣の御答弁をいただいて、これで打ち切りたいと思います。
○中垣国務大臣 お答えいたします。難民といわれますと、全体を難民というふうに考えるかどうかという、実は非常に重要な問題があるわけでありますが、文字通り難民ということにつきましては、人道主義に基づきましてお説の通りに処置をして参りたい、かように考えております。
○猪俣委員 最後にいま一点、それに関連いたしまして、入管法の改正問題が今審議されておるそうであります。その概要についてちょっと御報告いただきたいと思います。
○小川政府委員 本年の一月六日の朝日新聞にも、大きく入管令の改正について報道されておるのでございますが、この問題につきましては、先の本委員会でも法務大臣からお答えがございましたように、最近入管局におきまして改正準備委員会というふうなものを設けまして、鋭意改正の準備作業を行なっておる状況でございます。しかしながら、この法改正という問題は非常にむずかしい問題でありまして、また登録法の改正ともからんでもおりますので、よほどいろいろなケースにつきまして慎重に当たりませんと、また異議が出てくるような結果になってもいけませんので、そこらの点も十分勘案いたしまして、いろいろな問題について目下検討しております。その大きな柱といたしましては、やはり現在の入管令ができました由来に関係があるのでございますが、御承知のように、大体アメリカの移民法を手本としてつくっておりますので、非常に理想主義的に走っておる、と申し上げますと、少し言い過ぎになりますが、そういった非常に理想主義的な面がございますと同時に、また手続その他の面におきまして実情に合わない点が多々ございます。それらの点も十分考慮いたしまして、最近のいろいろな交通機関の発達とかというふうな問題もございますし、手続問題等につきましても、十分に慎重に研究を遂げて、その結果何らかの成案ができましたならば、さらに準備委員会の段階を越えた段階で、また新しい組織機構というふうなところに上げまして検討していきたいというふうに考えております。
○猪俣委員 韓国問題につきましては以上をもって打ち切りますから、外務省の方もお引き取りいただいてけっこうです。 ――――◇―――――
○田中(伊)委員長代理 次に、検察行政に関する件について調査を進めます。猪俣浩三君。
○猪俣委員 私は、昨年の四月二十五日に、政府に対しまして松川事件に関します証拠問題についてお尋ねしたのでありますが、その後機会もありませんでしたので、御答弁をまだいただいておらぬのです。そこでいま一度、私が質問いたしました問題は、松川事件の斎藤千という被告人、これは第一審で検事から死刑の論告を受けた。一審判決は無期懲役になり、第二審でやはり検事から死刑の論告を受けたが、第二審では無罪になった。しかるに、死刑の論告をいたしました検事は、そのまま上告を取りやめて確定してしまった事件、それに関する証拠であります。この斎藤千なる者が死刑の論告を受けました事情は、彼が昭和二十四年八月十三日ですか、あの汽車転覆の謀議に参画して、そしてそこで共同謀議をやったということで起訴せられ、死刑の論告をされたわけであります。ところが、その謀議をしたと称せられる八月十三日には、彼はりっぱなアリバイがあった。それは当時国鉄の委員長をやった渡辺という人が公務執行妨害か何かで検挙せられまして郡山警察署に留置されておる。そこに彼も国鉄の労働組合員ですから、斎藤千は面会に行っておる。差し入れもしておる。ですから、それがあればりっぱなアリバイが成立いたしまして、彼が十三日に謀議に参画したということが根底からくつがえるわけであります。そこで、それに関します証拠につきまして、私は実は奇怪千万だと思う。想像ができないのです。どうして検事がそういう処置をとったか、これは私は政府を責めるわけではありませんが、いやしくも人権擁護の立場から、民主主義の立場を考えたら、これは大へんな問題であります。生と死の分かれ目の証拠を検事が隠匿してしまっておる。私は松川事件に初めからあまり関係しておりませんでしたし、研究もしておりませんでしたが、研究すればするほど驚くべきことでありまして、これは今にして断固たる態度をとらなければ一体どういうことになるか、われわれの生命が保障できないのです。これに対して、どうも政府当局はなまぬるい態度でやっておると思うのです。ほかの事件は今は上告審になっておりますけれども、これはすでに二審で判決が確定しておる。斎藤千は無罪で確定してしまったものを検事は上告しないのです。ですから、この問題について私はお尋ねするわけです。その証拠と申しますのは、郡山警察署にありました、つまり斎藤千が面会に行ったということを証明するあらゆるものです。来訪者芳名簿、これは警察留置人に面会に行けば必ず面会人の名前を受付けに書くわけであります。それから警備勤務表、これは受付にはどういう巡査がいたか、看守はどういうものがいたかという毎日の警備、配備の模様が書かれておるものですから、彼が受付に面会を申し込んで行ったときの受付の巡査及び面会しているときの看守の名前がここにみんな書いてあるわけです。それから在場者接見簿、その留置場に在場している者に会った場合には在場者接見簿というものができておる。それからこの斎藤千が、必ず自分の面会した渡辺君と写真がとられているはずだ、といっているのを私は見た、だから写真がこの警察署にあるはずだと言う。被疑者の写真です。それから監食者支給名簿、これは在監者に差し入れした場合に、だれがいつ差し入れしたかが書いてある監食者支給名簿というのがある。これを見れば斎藤千がその日差し入れに行っていることははっきりしているわけです。それから被疑者写真撮影簿というのがある。だれとだれの写真を本日とったということをちゃんと書いてある被疑者写真撮影簿というのがある。これらの六点があれば斎藤千のアリバイは、ほかの何らの証拠を必要とせずして彼はアリバイが証明されたわけです。これが第一審に提出されれば直ちに無罪になったはずなんです。そこで斎藤千自身が最初面会に行ったことを忘れておったのでありますが、昭和二十四年の十一月八日から九日、福島地検の次席である主任の検察官山本諫、この検事に対して、実はあなた方が私が謀議に参画したという日は、今思い出したが、郡山警察署に渡辺君の面会に行っておる。だからそれを調べてもらえばはっきりわかる。こういうことを言うたわけでありますが、そうすると、その翌日山本検事がじかに郡山警察署に行って、以上私が申しましたものを全部押収して帰ってきて、そのまま公判廷に出さない。そこで弁護人が偶然検事の押収証拠品を全部見せてくれということになりまして、それを見に行ったときに、斎藤千からこの郡山警察署に留置されておったという渡辺郁造という人の奥さんに、おれは今面会に行ってきて元気でこれこれだという手紙を出しておる。その手紙が検事の押収物の中にあったので、それを証拠として提出をさせるとともに、以上の斎藤千が面会に行ったというアリバイを立証する警察の帳簿です。その提出を迫ったわけでありますが、検事は、斎藤千の渡辺郁造さんの奥さんにあてたと称する手紙を押収しておきながら、黙っておるのみならず、なおこの斎藤千自身が気がついて、警察に自分は面会に行ったということを供述しますと、翌日警察に行ってその証拠を全部押収してそのまま隠匿してしまう。そうしておいて死刑の論告をやっておるのです。一体あなた方、これをどう考えられますか。そして裁判所は無期懲役を宣告した。控訴審へいってそれを問題にいたしまして、裁判所に対してこれこれのものの提出命令を出してくれということで、裁判所は提出命令を出したわけであります。これは法務大臣、よく考えて下さい。こういうことが行なわれたら大へんじゃありませんか。昭和二十六年十二月二十一日仙台の第二審裁判所で、以上私が列挙いたしましたものに対して、郡山警察署に対して提出するよう要求したのであります。そのとき検事はそれを持っておる。立会検事は知っておるわけなんですよ。ところが、検事は黙っておる。そうすると郡山警察署では、そういうものは存在しないと回答しておる。これも不親切きわまる。検事に押収されておるから存在しないといえばいいものを、今自分のところにはないという答弁だけしておる。そこでそれが一体あるのかないのかわからないわけです。立会検事は、自分たちが押収しながら知らぬ顔をしておる。二審の裁判所は、斎藤被告から渡辺郁造の奥さんにあてた手紙によって、渡辺の奥さん及び渡辺自身を証人として公判廷に出てもらって、その手紙の成立を立証いたしましたので無罪の判決を下したのでありますが、それでもなお検事は郡山警察署から押収したものをないといって出さなかった。そこであなたにお聞きするのですが、一体ないのですか、あるのですか。
○竹内政府委員 お答えの機会が今日まで到来しませんので大へんおくれていることを申しわけなく思うのでありますが、ただいまお話のありました六点の書類は、福島地検におきまして、松川事件の捜査をしておりました御指摘の日と思いますが、昭和二十四年の十一月に事件の証拠物といたしまして、郡山市警察署から二回にわたって提出を受け、地検でこれを領置をいたした事実があるわけでございます。その後、事件が前の上告審に係属するに至りましたころ、本件に関する証拠品等を点検整備いたしまして、順次提出者に還付すべきものは還付する手続をとることにいたしたのでございますが、その際、これらの書類は事件の処理上今後必要がないという認定のもとにこれを郡山警察署に還付いたしております。差し戻し後の二審において検察官から裁判所に領置調書等を提出してありまして、これによってこれらの書類を領置したことが明らかにされておるところでございまして、いろいろ故意に隠したというような御意見もあったのでございますが、検察当局の私どもに説明するところによりますと、決して故意に隠したのではないということを申しておるのでございます。 以上、大体のところをお答えいたしました。
○猪俣委員 あなた、そんな答弁が成り立ちますか。斎藤千は何の容疑ですか。八月十三日の謀議に出席したということだけで死刑の論告なんだ。そのときには郡山警察署に行っておるし、警察署のアリバイの証明書でしょう。それが一体この事件に――それは有罪にするには差しつかえのある証拠かもしれないけれど、被告人の無罪を証明する唯一絶対のものは警察署の公文書なんです。それさえあれば即時無罪になるわけじゃありませんか。何か彼自身が転覆に共同行為したとかなんとかというのじゃない。その謀議に参画したというだけでやられている。そうしてみれば、その日にいなかったということは生死の分かれ目の証拠じゃありませんか。それを押収しておきながら、関係ないものであるからといって出さない。実に奇怪千万なる考え方だ。これは菅生事件でも同じことです。交番が爆破される。その前に、爆破するぞといって脅迫文がきた。その脅迫文はどこへいっちまった。これもあとであなたに聞きますけれども、そうすると、あなたの前の井本という刑事局長は、事件に関係ない大したことでないと思うから、そんなものは関心ないみたいな答弁をしている。交番が爆破されて、その前に脅迫文がきているとすれば、それが爆破のことに関係がないと考えるということはどういうのか、われわれ常識を疑わざるを得ない。りっぱにそういう答弁をしていますよ。そういう責任のがれの答弁をやっておる。これはあやまちはあやまちとして、やはり今後のことを考えなければならぬ、これは、はたして斎藤千が、いつ自分は郡山警察署へ行ったかを申し立てたかを、調書を見ればわかります。彼は二十四年の十一月八日か九日に言った。そうするとその翌日、山本検察官が郡山警察署へ行って押収していますよ。これは押収簿を見ればわかる。これは大へんだと思ったんだろう。これが出たら無罪になっちゃうということで隠しちゃったのだ。そうでなければ、なぜ死刑の論告をした検事が、無罪の判決を受けて上告をしないのです。その理由を承りましょう。
○竹内政府委員 私も、猪俣先生のお考えに、さまで抗弁がましいことを申し上げる考えは持っておりませんが、当時の一線の検察官といたしましては、これも一つの証拠であったと思いますが、さらに他の共犯者の供述等から、犯罪をどう認定するかと考えたと思うのでございまして、これを唯一のものとして考えたというものではないということが、私も今日になって推察されるわけでございます。ただ、隠した隠したというお言葉でございますが、検察側からの話によりますと、この品物を書き上げました領置目録、こういうものは、当時弁護人にもごらんに入れておるわけなんで、ずっとこれは後になって問題が大きくなったために、当時ごらんになった弁護人が、非常にたくさんな――その当時あったでありましょうが、お気づきになっていなかったような点も、今から見るとうかがわれるのであります。もちろん私も、前にもお答え申し上げた記憶があるのでございますが、本件の捜査は、刑事訴訟法が新しく切りかわりましたおそらく最初の大きな事件でありましたために、従来の考え方からいたしますれば、当然公益の代表者というの立場で取り上げていくべき証拠も、そういうものをやったんでは新刑訴の精神に反するのじゃないだろうかというような疑義などもありまして、今日私どもが考えているような考え方とは、かなり違っておったように私は思うのでございます。そういう点も考慮に入れましても、この時点で議論いたします場合に、この捜査がよかったというふうにはとうてい考えられないのでございまして、私どもも事件は事件、捜査のやり方の良否、適否、そういうものにつきましては十分反省して、今後の捜査に資して参りたいという考え方をいたしておるのでございます。
○猪俣委員 私がどうも釈然としないことは、検事というもののあり方に対して、政府の考え方が、ちょうど民事事件の原告、被告のような立場にあると考えているんじゃなかろうか。それならばなぜ検事に強大な捜査権を与えるのです。民事事件の原告、被告の弁護人は、そんな捜査権を持っておりませんよ。検事は公益の代表者じゃないのですか。これはあとで法務大臣に聞きます。真実発見の便宜上当事者主義、弾劾主義を貫いておりますけれども、これは民事事件の原告、被告の弁護人のように、この弁護人は行き過ぎはいかぬと思うのです。やはり民事事件といえども、真実発見には協力しなければならぬのですから、これはやはり職権調査が少なく、全く当事者の立証によって裁判所が判断するという、民事事件の原告、被告の弁護人が、あるいはあることを知っておっても出さぬことはあり得るかもしれません。しかし、検事がそんな立場において死刑の論告をしていいのですか。それじゃおそるべきことじゃないですか。検事は、やはり真実発見のために当事者主義はとっているけれども、公益の代表者であることは何人も異存のないところです。最高裁判所の判決に出ております。たとい弁護人が気がつかぬといっても、すでに裁判所が今言ったように、昭和二十六年の十二月二十一日には、郡山警察署に対して提出命令を出している。警察署はないと、こう答弁している。なぜ検事がそのときに、実は自分のところにあると言わぬのです。そんなあなた不都合な話はない。それがあるかないかによって、生死に関係するじゃないか。検事は死刑の論告をしているのですよ。死刑の論告をしている検事が、りっぱなアリバイがあることを自分の証拠でちゃんとわかっていながら、なお死刑の論告をするに至っては、彼は一体殺人鬼ですか。殺人の間接正犯じゃありませんか。それを出せば無罪になることが明らかだ。それを隠して出さぬ。あなたは悪意で隠さぬといっても、裁判所から提出命令が出ているにかかわらず、検事は知らぬ顔している。それは悪意と言わずして何ですか。弁護士が気がついて騒ぎ立てた。裁判所からは提出命令が出ている。郡山警察署は、自分のところにはないからないと回答している。この警察署の態度もけしからぬですよ。だれだれ検事が押収していると言ってくれればいいものを、存在していないとだけ答弁している。検事は自分が握っていながら黙っている。この人は無罪になりましたからいいようなものの、こういう検事の態度をこのままにしておいていいですか。おそるべきことじゃないですか。間接殺人罪ですよ。それを出せば無罪になるものを出さぬでおいて、幸いなり、天なるかな命なるかな、これは公判に、とにかくこの斎藤千の渡辺郁造さんの奥さんへの手紙を――これだって検事は出さない。これなんかもほんとうは出さんならぬ。この手紙を見るならば、斎藤千が警察署に面会に行ったことははっきりしているから、その点を調べねばいかぬのです。検事というものは、ただ被告の不利な点だけを捜査して、有利などんなものがあっても、それは一切公判で出さぬでいいという立場であるかどうか、法務大臣から説明して下さい。
○中垣国務大臣 検事は真実を発見することに最善の努力をすべきでありまして、一方的に罪人であるときめつけたり、またそういう被疑者に対する非常に有力な証拠を一方的に隠匿したり、あるいは提出しなかったりするようなことがあっては断じてならないと思います。どこまでも検察行政の一貫した方針としまして、真実の追求に必要な信憑性のある証拠が十分法廷でも活用されるように協力をすることこそが、ほんとうの検事の使命であると私は信じます。
○猪俣委員 なお、くどいようでありますが、郡山警察署の来訪者芳名簿なるものが桑名小新吾という検事が昭和二十四年十一月二日に押収しておる。在場者接見簿も同じであります。被疑者の写真、監食者支給名簿、被疑者写真撮影簿は昭和二十四年十一月十一日に柏木忠なる検事が押収しておる。しかるに、こういうものを押収しておきながら、昭和二十五年八月二十五日に検事は死刑の論告をやっておるのですよ。一体この検事なるものの良心を僕は疑わざるを得ない。おそるべき人物じゃないですか。これを出せば無罪になることはわかり切っておる。しかるに、それを隠しておいて死刑を宣告しておるのです。あなたもこれをどう考えるかね。一体大臣、あなたがそういう目にあったらどうなるかね。そうして、そういう検事が今日までみんな出世しているんだ。こんなことで人権擁護もへちまもあったものですか。それは憤激をせざるを得ない。おそるべきことですよ。一体どこが法治国家ですか、松川事件につきましては、おそるべきことがたくさんありますが、私はこれほどだとは実は思っていなかった。今まで私どもはあまり徹底的に興味を持っておらなかったのですが、調べれば調べるほど、門田判決を調べ、及び私の今言いましたことは、この山本諫を初めとして、職権乱用罪で準起訴の手続をされて、福島の裁判所で詳しく調べた。すべて公判記録を根拠にして言っているわけです。松川事件の弁護人の言っていることを言っているのじゃないのです。裁判所の判決あるいは決定の理由の中に全部述べていることです。たとえばこの山本諫ほか二名の検事が準起訴手続におきまして、福島の地方裁判所の判事に調べられて、これは福島の地方裁判所の判事が、検察権全体のことを考えて、結局は棄却いたしました。処罰をしないようにしましたが、あるそれに関係した判事が、ある私の知り合いに漏らしたことによれば、十分に犯罪が成立しているんだけれども、検察権全体の威信のために、それを処罰することは、かえって全体の治安のために害があると思うから見のがしてやったということを漏らしたというのです。だから、そのふんまんが決定の末尾にあります。ちなみに右接見簿は、昭和三十三年八月二十二日、福島地方検察署より差出人である郡山警察署に還付されているが、接見簿に関する限り旧第二審公判の過程における検察庁、警察署の態度にはまことに釈然としないものがあることは否定し得ないところである。福島裁判所の決定の末尾に付言しておる。だから裁判官がそういうことを漏らしたということも事実であろうと思う。しかし、そこに僕は問題がある。そういって許していいものであるかどうか。それに検事が犯罪捜査には非常に苦労していることはわれわれは同情を惜しみませんよ。しかし、事いやしくも死刑求刑の問題です。それに関するアリバイがちゃんとあるにかかわらず、なお論告するに至っては、これは鬼ですよ。そういう検事が出世している。こういうことで一体法務行政は成り立ちますか、人権擁護はできますか。法務大臣の所見を聞きます。
○中垣国務大臣 ただいまの御指摘のような問題につきましては、私も十分詳細に実は存じませんので、決定的なことは申し上げかねるのですが、一般論的に考えまして、非常にこれは反省を要することだと思います。私は、この席で申し上げるのはどうかと思うのですが、今月の二十七日、八日に検察庁長官会同を招集いたしておりますので、その席で、今後こういう証拠品の保全であるとか、管理であるとか、取り扱いとかいう問題につきましては、ただいま猪俣さんの御指摘のような、御主張のようなそういう考え方で強く要望いたしまして、慎重を期するように要望いたしまして、誤りのない検察行政を実施、実行して参りますように厳重なる注意をするつもりでおります。なおまた、こういうことで人権の擁護ができるかという問題でありますが、御指摘のようなことが事実だといたしますと、なるほど人権の擁護はできないばかりか、非常に不当な裁判の判決を招くようなことになるおそれもございますので、今後十分に注意をして参りたい、かように考えております。
○猪俣委員 大臣は事実といたしますればなんと言いますが、さっき私が断わったように、私の今の質問は福島地方裁判所の刑事部の菅原裁判長以下三人の判事の決定の基づく、及び門田判決の、再審差し戻し判決の判決書の理由に基づいて質問しているのですよ。問題は、一体これをどうするかという問題が残っておるのです。この問題がうそだとか、ほんとうだとか、事実そうであるとかないとかという問題は問題外なんだ。こういう事実はあるのですよ。ただ、今竹内刑事局長が言ったように、いや、そんな証拠は大したものだとは思わなかったから公判廷でも出さなかったり、警察署まで返してしまった、こうおっしゃるなら、これはその検事は気違いですよ。あなたはそう思いませんか。実に不可思議千万なる考え方だと僕は思う。菅生事件だって同じことですよ。交番が爆破せられた。その前に脅迫文が来た。その脅迫文なんてものは事件に関係がない。そんなことはしろうとだって言えるはずはない。この事件だって、あなた、十三日のアリバイさえあれば――それだけでやられている、死刑になっているのですから。しかもアリバイが警察署の公文書でしよう。それを検事は持っているのですよ。持っていて死刑の論告をやっておるのです。こういうことは大臣、あなたもよく考えなさい。こんなことが、もし内閣が違って社会党の内閣になってこういうことをやったら、どう皆さんは思いますか。おそるべきことじゃないですか。そういう検事が、一体だれが責任を負うたか、無罪の判決が来ても、控訴も上告もせずして一体この山本という検事は今何をやっておるのです、竹内さん。
○竹内政府委員 昨年の暮れであったと思いますが、依願退官をされまして、ただいま神戸で弁護士をいたしております。
○猪俣委員 実はこれらの奇怪なる事実は松川事件にはたくさんあるわけでありますが、なお、これはこの十四日から上告裁判が始まりまするので、私はある程度遠慮しているわけでありますが、どうか大臣も、下僚まかせにせずに、この松川事件に関しまして、何のあれもないのです、私、弁護人を、名前だけは現在出ていますけれども、実際法廷にかつて一ぺんも出たことありませんし、何の関係もありませんし、今までは実は半信半疑でいたわけです。この門田判決を相当研究いたしまして――私は、検事か峻烈な論告をやる、これはちっとも差しつかえない。そうしてまた死刑の求刑をするのも差しつかえないのです。ああいう事件を事実やったとすれば、死刑に値するものだと思う。私は死刑廃止論者でも何でもない。しかし、こういう被告に決定的な有利な証拠をみな――今竹内さんは隠したんじゃないがと言うのですが、じゃ隠したのじゃないなら何なんです。そういうことが私にはわからない。隠したと思うよりしようがないじゃないですか。検事が、警察の接見簿やあるいは監食者支給名簿を見ればアリバイが立ちどころに出ることはわからないはずがない。いや、わかっていればこそ、これをそのまま法廷に出さずに警察へ返したようなことをやっているそれをあなた方は検事に悪意がなかったんだと、どうしてそういうように考えるのか僕は不可解千万なんだ。常識で一体納得しますか。たとえば、これがあれば犯罪が成立するという場合に、検察官がこれを出さぬでおきますか。ただ謀議に参画したというだけなんですよ。その日いなければこれは全くくずれてしまう。そういうきめ手になる証拠なんです。諏訪メモも同じことです。しかし、諏訪メモよりもなおこの方が直接だと思う。第一審にこれを検事が出してくれれば、斎藤千はそれで無罪になっちゃったものを、出さぬでおいて、なお数年間留置されて、しかも第二審におきまして、昭和二十八年七月、やはり死刑の求刑をやっている。私は、当法務委員会で、これは国政調査権として徹底的に調査していただかなければならぬ。そうして山本その他の人たちの心境を僕は聞きたいと思う。そうして検察官というものがみんなこんな考えになっているかどうか。今臨時司法制度調査会で、検事になり手がないために司法修習生が非常に減っているということで問題になっている。法曹一元とかなんとかやっておりますが、なぜそうなっているか。こういう検事が存在するからですよ。それに対しまして、今若い世代の司法修習生が、民主主義の洗礼を受けた人たちが、検事になりたがらない。そのためにもう非常な危機に瀕しているじゃないですか。だから、こういうことから是正してかからなければ、いかに司法制度調査会で名案を出しましても、司法修習生が検事を希望しません。全くむちゃだ。私は、今上告審が始まるからほかのことは触れないのです。今刑が確定しておりまする、無罪が確定しておりまする斎藤千のことについて、その点についてだけでもこれだけの重大な問題がある。これは法務大臣も一つよくその点は考えていただいて――そうしていよいよにっちもさっちも動けなくなれば検察官をやめて弁護士になる。検事はそういう道があるためになお安易なことをやるんじゃないかと思われますが、しかし、死刑の宣告をされた者はどうなります。これは幸いにして無罪になったからいいようなものの、これが終わりまで気がつかずに、そのまま通してしまったら死刑になってしまう。それで検事はちゃんとそれを知っておる。こういう検事を養成されたのではたまったもんじゃないのです。私は、この松川事件に関係してただ捜査した、それは検事の当然の責任ですからいいですが、かような被告の無罪の証拠があることを知りながら、これを故意に独断でもって法廷に出さなかった検事、そういう者を全部調べ上げていただきたい。そういう者に対して一体法務省はどういう措置をとられるか、それに対するあなたの覚悟を聞きたい。
○中垣国務大臣 猪俣さんにお答えいたします。検事と申しますか、検察側が押収しました証拠物が特に被告に右利なような証拠物であった。これを牧意に秘匿した、公判廷に出さなかった、そういうようなことがあってはたらないのでありまして、こういう場におきましてそういうことが指摘されるだけでも、これは検察行政のために、検事の勤務、検事の考え方というものが私は非常に遺憾であると思います。そこで、こういうことを不問に付するという考えは、私は実はございません。御指摘もありましたから、そういう事実につきましては、私の責任におきまして事実を実際に調査してみたい、かように考えております。これは私の一つの所信と申しますか、検事が確かに罪人をつくるためのそういう無理な努力と申しますか、あるいはまた証拠品等が被告人に非常に有利であるにかかわらず、そういうものは活用しないというようなことかもしあるということであってはまたそういうことをほんとうにやる検事がおりましたら、その責任を追及すべきであると私考えておりますので、そういう意味で、この問題は昭和二十四年の問題でありますから、今さらこれをどうと言っても仕方がないのでありますが、今後の問題といたしましては、私が今申し上げましたような方針を御了承いただきましてお許し願いたいと思います。
○猪俣委員 私どもは、今申しました意味において、いかなる検事が関係しておるか全部調べが済んでおりますが、人名は今言いません。あなた方の良識ある調査を待つことにいたします。そうしてこれは場合によると殺人の間接正犯になりますよ、こういう証拠を隠したような点、そういうような点からもよく法理的に考えていただきたい。これは冗談じやないですよ。これは死刑になったらどうなりますか、死刑になって、こういう証拠が出てきたら、隠した人間は間接殺人罪だと思います。そういう法理も考えて下さいよ。 なおもう一点について質問しまして私の質問を終わりますが、それは松川事件の証拠問題、諏訪メモもそうですが、これは今申しません。申しませんが、近来そういう事件に関する証拠の保管という問題が相当起こってきておる。先ほど申しました菅生事件の脅迫状、これは検察庁では警察では受け取っておらぬと言う。竹内さんだったか、前の刑事局長だったか、それと、当時の石井警察庁長官とここでもって返した、いや受け取っておらぬと押し問答をやっておった、あれも醜態だと思う。 そこで、私は保管方法、保管手続というようなものについてお尋ねしたい。なぜならば、菅生事件もそうだが、新聞の伝うるところによれば、「チャタレイ夫人の恋人」の小山書店の紙型が押収された。これもいつか紛失しておる。それからなお岸前総理大臣が荒牧という人間に刺されたのですが、刺されたときにはいておった血染めの洋服、ズボン、そういうものと、岸さんに対する前田外科の診断書、そういうものが、この事件が済んだ後に犯人の荒牧退助のところに送られたという。その診断書の写しは写真版を私はここに持っております。そうすると、この地検の検事は、この診断書その他を――荒牧は今服役しておると思いますが、それから荒牧の友人に小名という人物がおる。そのところにこの荒牧が預けた。そこで検事が小名のところに行って、それを返してくれろと言ったところが、小名が返さぬ。そうしますと、荒牧を横領罪で告発する、起訴する。そこで、その被疑事件の証拠物としてよこせといって小名から取り上げられている。これは太田輝義という検事です。昭和三十七年十月六日、それで受け取りを書いてある。 刑事証拠品預証 横領 荒牧退助 貴殿任意提出に係る左記物件は、右の者に対する頭書被疑事件の刑事証拠品として正に預かりました。 こういうふうな預かり証を置いて持っていっている。はたしてこの荒牧退助がこういう横領の被疑事件があったのかどうか知りません。それを今お尋ねはいたしませんが、何か不明朗なこういうことをやっている。これはもちろん写真をとってあるものだから証拠は残っているわけです。 それからなお、東京地検に保管せられた証拠品のダイヤモンドが数個紛失している。中に池田マツエという婦人のものが紛失しているために妙なデマが飛んだらしいのでありますが、そういう事件がある。 そこで、こういう証拠問題についてまず警察から伺いたいと思うのです。警察はどういうふうに証拠を扱って、それから警察と検察庁はどういう手続で授受をし、検察庁はそれに対して一体どういう保管をするのであるか。裁判所はそれに対してどういうふうな権限があるのか。これを警察、検察庁、裁判所からそれぞれ御答弁していただきたい。それで、そういう何かルールでもありましたならば、そのルールも御発表いただきたい。そうして、実にかような不明朗なことで、しかも、それがもしこの松川事件のときのように被告の生死に関するような証拠品をさようなことで紛失したなんて言われては重大なことだと思う。 なお、私が弁護いたしておりまする鹿地亘の事件、唯一の証拠でありまする鹿地から三橋という男にやったというはがき、これも紛失したと称して本物は出ておらぬ。どうして紛失したかといえば、あの鹿地事件を電波法違反で調べている警視庁の主任、警部か警部補か、自宅へ持っていこうとして途中で目黒駅か何かでカバンからすべり落としたという答弁です。なお追及しますと、いや実は写真をとっておくためだった、こう言う。しかし写真はもうすでにとってあるのです。とってあるものを主任刑事がわからぬ道理はない。すでにこれは検察庁へ起訴されて、一切の証拠品は検察庁へ送られたはずであるのに、どうして警視庁のこの刑事がこんなものを持って歩いておったか、これもはなはだ疑問なんだ。何べん聞いてもよくわからない。結局でたらめだということなんだ。 証拠品を民間人に何かやる場合には、一々しちめんどうな受け取りをとりながら、自分たちは実にルーズなことをやっておる。落とした、なくなしたということで済まぬ犯罪の証拠品であります。無責任きわまると思うのだ。これに対してどういう取り扱いをやっておるか、御答弁いただきたい。
○本多説明員 お答えいたします。証拠品につきましては、これは裁判上においても大事なものでありますから、警察の関係といたしましても、これの取り扱いにつきましては従前から相当きびしく慎重にやっておりますことは再三主張して参っておるわけでございますが、保管施設その他の関係も不十分な面もありましたので、特に昨年あらためて保管についての通牒を出しまして、責任体制の明確あるいは保管施設の充実という点について一そう現在努力をいたして参っておる次第でございます。
○猪俣委員 とにかく保管するには、警察庁では何かそういう名簿でもちゃんとつくっているのですか、どうですか。もっと具体的に言って下さいよ。
○本多説明員 保管につきましては、各県大体同じ歩調でいっておりますが、保管責任者――まずその事件を扱っております捜査員等がどういう証拠物を持ってきておるかということにつきましては、はっきりとした目録をつくるわけであります。そうして、おおむね県あるいは署の会計係、あるいはそういった施設を管理しております者に対しまして物品は預ける。実際に取り調べその他で必要なものにつきましてはもちろん捜査員が保管するわけでございますが、一応自分の手元に置く必要のないような場合におきましては、会計係が多いと思いますが、そういうはっきりした設備を持っておる係に預けるわけであります。それにつきましても、はっきりとした預かりの帳面をつくりまして、それによって出し入れをはっきりしておくということにいたしております。それから、事件の取り調べが終わりました場合に、もちろん事件の証拠書類を検察庁に送るわけでございます。
○猪俣委員 そうすると、会計係に預けるというのだが、預かった人は、預かったという預かり証でも出すのですか。ただ預けただけではわからぬ。預かったということの預かり証とか、何かそういうものの証拠というものははっきりしているのですか。私はその手続を聞いているのだ。現に菅生事件で、それで検察庁と警察との問答をやっておる。
○本多説明員 もちろんその目録あるいはどういうものを預かったかということについては、責任者が印判も押しますし、出し入れをそのつどはっきりするわけでございます。特に昨年の通牒におきましては、その点についての授受の責任の明確化というものについて、なお一そうはっきりするようにということを示しておるわけでございまして、従前からももちろんそれはやっておるわけでございますが、より一そうはっきりその点を明示したわけでございます。
○猪俣委員 そうしてそれが検察庁へはいつ送られるのですか。その証拠品が警察から検察庁の手に渡るのは。
○本多説明員 原則として事件送致と同時に送られます。
○猪俣委員 その送られるときの検察庁の受け取りというものはどういう式のものをとるのですか。
○本多説明員 それはその目録を記載しましたものに、おそらく検察官の受領の印をいただいてくることになっておると思います。
○猪俣委員 受領の印というのはあれですか、去年からそういうことを始めたのか、前からやっておられたのか。
○本多説明員 以前からそうだと思います。
○猪俣委員 そうすると、どうして菅生事件であっちだこっちだといって――まあそれはあとで聞きますが、証拠物の所在がさっぱりわからないようなことがなぜ起こるか、不思議だと思うのだ。まあその点はあなたはそれでいい。あとは検察庁に聞きましょう。そうすると、鹿地事件において、一件書類が検察庁へ全部送られているにかかわらず、そういうただ一つの物的証拠である鹿地亘から三橋という男にやったというはがきをどうして警視庁の刑事が持って歩くのか。それを目黒駅のホームで落としたというようなことは、それはどういうわけでそうなるのか。
○本多説明員 ただいまの具体的な問題につきましては、実は私よく存じておらないのでございますが、ただいま申し上げましたように、事件送致と同時に、いわゆる証拠物というものは一切検察庁に送るという建前になっております。
○猪俣委員 いや、事実はそうなんだが、それ以上あなたに聞いたってわからぬだろう。わからぬだろうが、一切検察庁へ送るべきもので、送ったと称しながら、そういう重要な証拠だけを持っている。それはこの松川事件にもあるわけなんだ。諏訪メモなるあの有名なものを大沼副検事が持ち歩いて、まるで関係のない検察庁へ転任してもそれだけは持って歩いている。こうい証拠の取り扱いに実にわけのわからぬことをやっておる。あんた方はそうなっておるとただ答弁して澄ましておるけれども、具体的事実にはそうじゃないことがたくさん現われてくる。これは重大な問題だと思うので、今お尋ねするのだ。 そうすると、検察庁へ引き渡す際には引き受けた人の判こを取ると言うが、どういう責任の人に引き渡すのです。
○本多説明員 地検の事件課というところの担当の検事に引き渡します。
○猪俣委員 それでは今後は検察庁、どういうふうに取り扱うか御説明願います。
○竹内政府委員 これは前の刑事訴訟法のときもそうでございますが、事件の送致を警察から受けます場合には、書類と証拠物を添えてということになっておりまして、この証拠物につきましては、一般的な規定がございませんときにも、検事正の訓令によりまして、各庁においてそれぞれ証拠物の的確な受け入れ、保管、還付等の手続をきめておったのでございますけれども、戦後今御指摘のようなものが数件あるわけでございますけれども、戦後庁舎が焼けたとか、あるいは移転をするとかいうようなことから、多くの証拠品をあっちに移しこっちに移しというような特殊な事情もございましたが、証拠品の取り扱いが各庁によってばらばらでありまして当を得ないということから、昭和二十八年六月一日に法務大臣訓令で証拠品事務規程というものを、全文で約九十条に及ぶ膨大なものでございますが、これによりまして、証拠品の受け入れから保管、還付等の詳細な手続を規定いたしております。ところが、この規程を実施いたしましてから後におきましても、いろいろ欠点を発見いたしましたので、昭和二十八年の十二月から昨年の九月までの間に七回にわたって改正を加えて、現行の訓令になっておる次第でございます。 それで、この証拠品事務規程によりますと、内容は規程をごらんいただけばわかるわけでございますが、第一章の総則から、受け入れ事務、保管事務、処分事務、それからさらに庁外保管の問題、それから共助の問題、上訴事件の場合の問題、書類の整備、特別手続といったように、各段階に分けましてこまかくきめております。ただいま警察の方からもお話がありましたように、受け入れました書面は、総目録をつけてこれこれのものということで表示して持って参りますので、検察庁におきましては、検察官が責任を持って送致を受けるのでございますが、取り扱いの者は、証拠品係事務官というその仕事を専門にやっております事務官が、証拠品と事件記録の証拠品総目録、差し押え調書、領置調書を対査いたしましてこれを受け入れるのでございますが、中には証拠物を換価して金で持ってくるものがございます。そういうときには買受書と対査いたしまして、まず受け入れの線で間違いがあるかないかをはっきりとさせて受け入れをいたします。それで、こまかいことは省略いたしまして大まかに申しますと、そうして受け入れました証拠物は、証拠品倉庫というのが各検察庁にございまして、もちろんこれはかぎのかかる火災予防の措置も講じました倉庫でございますが、その倉庫に納めるわけでございまして、その中にさらに貴重品と一般の証拠品とを区別しまして、倉庫の中にさらに貴重品を入れます金庫などを備えつけておきまして、証拠品の保管には万全を期しておるのでございます。さらに倉庫に納めました証拠品を、取り調べ、公判等のために必要でございますので、出したり入れたりするのでございますが、そのときは甲片、乙片、丙片といったような伝票式のものを使いまして、必ず受け入れの責任関係を明確にするようにして処置をいたしております。そうしてその処置のこまかい点につきましては、さらにこの訓令を受けまして検事正が細則のようなものをつくることを認めております。それは大地検と小さい地検とはその取り扱いもやや違いますので、その庁の実情に応じた細則を検事正の訓令でつくることを認めております。さらに事件が終了いたしまして証拠品を還付するという問題が起こってくるのでございますが、そのときの還付の仕方、没収物についてはどうするか、所有権を放棄いたしましたものについての取り扱いはどうするか、また還付すべきものは当然還付するわけでございますが、還付の方法、また保管をいたしますのに、検察庁としては保管する場所がないほど膨大なものもございますので、庁外保管というふうに、倉庫業者に倉庫代を払って保管をしてもらわなければならぬ場合もあり得るわけでございますし、また船舶のようなものは海につないで使っておくことが保管の善良な管理者の注意義務にあたる場合もございますので、そういったような特殊なものの保管についてのいろいろな規定を設けております。それから事件を上訴いたしました場合の証拠品の引き継ぎ状況、それに伴う書類、こういうようなことを事こまかに規定をいたしておりまして、証拠品の取り扱いにつきましては細心の注意を払っておるわけでございますが、何と申しましても非常に膨大な量でございまして、ときにこういう失態を犯してまことに申しわけなく感じておるのでございますが、そのつど責任関係を明らかにし、懲罰をいたしまして、職員の綱紀の粛正をはかっておる次第でございます。
○猪俣委員 保管の方法については大体わかりました。ただ、これも松川事件に関することでありますが、当時の検事正の人、それから安西さんですが、それから当時の公判部長の安平さん、これがさきの準起訴請求事件について裁判所に述べておる調書を見ますと、どうも安平さんのごときは非常なふんまんを持って述べておる。公判部長である自分にも諏訪メモなんて全然隠しておいた、こういうことを言っておる。そうして安西さんも、みんな検事が知っておるというわけでもない、横の連絡がちっともないような答弁をしておる。少なくとも立ち会い検事、捜査に関係した検事、それにはその証拠物のごときはよく点検させなければならぬし、そんなものを一人、二人の人間がわきまえておって検事にさえ知らさぬ。安平さんの非常なふんまんの調書が出ています。そういうやり方は実に不都合なやり方だと批判をしておる。そういうことは証拠の取り扱いについて御考慮を願いたいと思う。 そこで時間になりますから私も終わりますが、さっき申しました。「チャタレイ夫人の恋人」の紙型の紛失、それから岸前首相遭難の被服や何かが送られた事件、それからダイヤモンドが紛失しておる事件、この責任者がだれで、一体どういう事情でこうなったか、簡単に御説明いただきたいと思います。
○竹内政府委員 岸前首相の関係の荒牧退助の傷害事件の証拠品でございますが、第一審係属中、昭和三十王年十二月二十一日に東京地検におきましては、当時保釈中であった荒牧に証拠品の仮還付をする際に、同人に還付すべきものは七十一点のうちで二十三点にすぎなくて、その他は岸前首相にお返しすべきものであったものを、証拠品係の者が七十一点全部を同人に還付してしまったようでございます。これは大へんな手落ちでございますが、その結果、すぐその翌日になりまして、しまったということがわかったわけでございます。それで荒牧氏にそのことを尋ねましたところが、仮還付を受けたものの中に他人の品物もあったようだが、きたないものであったから、名刺とバンドの二点を除いて他は全部焼きましたという説明を受けまして、それをそうだと思ったわけでございます。ところが、昨年の十月三日になりまして、内外タイムズの記者が東京地検にやってきて、今先生お持ちのカルテの写しについての取材活動をやった。次いで同月六日の内外タイムズ紙面にカルテに関する記事が掲載されましたので、それでは焼いたというカルテが残っておるのだろうかと疑いを持ち、それから当時宇都宮の刑務所に服役しておりました荒牧を調べましたところが、カルテの写しは同人の友人である先ほどお話の小名孝雄の方へ渡してあるということで、前に焼いたと言ったのはうそであったということがわかったわけでございまして、その他は先ほど先生のお話のございましたようないきさつになっております。これはまさに大失態でございますので、ただいまこの失態を招いた職責について、人事課の方で職責の調査をいたしております。 それから、チャタレイ事件の証拠品である紙型の紛失のいきさつでございますが、この事件は昭和二十五年に起訴されまして、一審、二審、上告審を経て、三十二年四月八日に有罪が確定したわけでございます。この事件の捜査にあたって、問題の紙型でございますけれども、これを二十五年の六月二十七日に警視庁において係官が印刷業者から、上巻の分を暁印刷会社から、下巻の分を大杉直治という人からそれぞれ押収いたしまして、これは捜査当局において保母をしておったのでございます。この事件が完結いたしましたので、これは紙型は没収の言い渡しがなかったわけでございますから、所有者の小山書店から所有権放棄ということもないわけでございまして、従って、所有者に還付する必要を生じたのでありますが、紙型のうちの上巻の分は警視庁において保管中に紛失してしまった。それから下巻の方は東京地検において保管中に、他の事件の無価値証拠品を廃棄をいたします際に、これもあやまって廃棄してしまった。これは推定でございますが、そうとしか考えられないという状況でございまして、それぞれ還付不能ということに相なりましたので、還付を受ける代理人にそのことを通知したようなことでございますが、その後、所有者の方からは国と東京都を被告として、紙型上下巻の引き渡し、もし引き渡しができぬ場合には、損害賠償二十九万四千円の請求を実は訴えとして受けておるわけでございまして、この事件に応訴をいたしておる状況でございます。もちろん、この取り扱いがなぜそういうことになったのかということでございますが、鋭意調査いたしましたところ、御承知のように、ちょうど東京地検は新築工事のために、二十二年ごろから三十三年の十二月までの間にしばしば倉庫を移しておりまして、保管だなの移動だとか、相当量の証拠品を保有する倉庫そのものまでも中庭から外へ移したりいろいろいたしておりまして、こういう際にふなれな者の手によってまぎれ込んでしまって、そういう結果になったのではあるまいかというふうに推定されるわけでございますが、何とも申しわけない次第であります。これが紛失の時期や場所、直接の紛失をした責任者が、ただいまのところ、この部分につきましては即答いたしがたいような状況でございますが、なお調査をいたしております。 それからもう一つ、ダイヤモンドの点でございますが、これは紛失したのではなくて、宮田昌定という東京地検の公判部所属の検察事務官が、証拠品の手続をうまくくぐって、裁判所に出したかのごとくによそおって、裁判所は知らなかったわけですが、そうやっておいて、自分が横領して売却した、こういう再件であります。その金は二百二十五万円余りでございます。さらにそれと、今お話しの白金台のダイヤモンド二個を売却、横領いたしております。この宮田につきましては、すでに一審で有罪判決がございまして、ただいま東京高裁において控訴審の審理に付せられております。なお、この間のこまかいいきさつにつきましては、会計検査院でも不正事項として指摘されておりますので、私も昨年決算委員会に参りまして、詳細におわびをするとともに御報告を申し上げたわけでございます。ただいま私ども気がついております事項としましては数件あるわけでございますが、まことに申しわけないと思っております。
○猪俣委員 世上何かデマが飛んでおりますから明らかにしていただきたいのですが、そのダイヤモンドの被害者の中に池田マツエという人のがあります。あるとすればそれはどこの人ですか。
○竹内政府委員 ただいまお話の池田マツエさんが所有者のダイヤモンドの押収品というのがあるそうです。それは窃盗か何かでございますが、犯人が刑に服しておるわけでございますが、ちょうど宮田のダイヤモンドの紛失事件で、宮田の事件を取り調べておりますころに、報道機関の方からこの白金台のダイモンドは池田夫人のものじゃないのかという問い合わせが東京地検にきたそうでございまして、これはそうじゃない、これは涜職事件の金で買ったダイヤモンドであって、出所も大丸から買っておるということが明らかになっておるということで、その当時その説明をいたしたのでございますが、どうして池田夫人というふうに勘違いせられておるのだろうということで、もう一つダイヤモンドの事件で、池田マツエでございますか、そういう池田夫人によく似た名前の被害者の事件があるので、それで勘違いしておるのじゃなかろうかと、係の者がそんな談話をしたということを私は聞いておるのでございますが、この白金台のダイヤモンドは二個で、評価額が二十八万円くらいのものでございます。これは大丸から買ったということは当時被告人が言っておるわけであります。大丸につきましてさらにその後私の方で調査をしてみましたところが、これは大阪の貴金属商から仕入れておる。大丸ではその貴金属商、二つの店と取引をしておることが明らかになりまして、これらはそれぞれそのルートから買っておるということが明白になっておりまして、池田夫人の盗難事件とは何の関係もないということは、この件に関しましては明白でございます。
○猪俣委員 終わりました。
○田中(伊)委員長代理 志賀君。
○志賀(義)委員 昨年四月二十五日の当法務委員会で、松川町件の証拠の一つ、有力な証拠である諏訪メモに関して、その取り扱い上はなはだ不都合なことがあると判明しましたので、それについて宇美をもって伺ったことがありました。そのときに植木法務大臣はこう答えておられます。「第一点の大沼副検事のこの問題において占めました地位あるいは行動等については、それに関連する関係官の分もあわせて今後ともなお十分調査をいたしまして、井野元法相の仰せの通り真相を明らかにして、責任を負わすべきものがあれば当然責任を負わすことが必要であろうと私も考えます。」かように申して、そのときに主として答弁されたのは刑事局長でございました。なお中垣法務大臣になりましてからも、この点については、昨年秋の臨時国会でありますが、私はちょっとお尋ねしたことがあります。きょうは、その後この植木法務大臣の答弁に従って調査されたかどうか、このことについて伺いたいのであります。そして答弁を用意されるところまでいっておるかどうか。具体的に伺いますが、まずこの点はこういうお約束をなさったのでありますが、事実やっておられるかどうか、そのことだけまずお答え願いたい。
○中垣国務大臣 この問題は、御承知の通りに最高裁で事件の審理が係属中でございますので、これらの問題が終わりましたら、先ほど言いましたように、そういった責任の所在についての調査を十分にしたい、こういうことに考えております。
○志賀(義)委員 直接裁判に関することであれば、それはただいまあなたのおっしゃった通りでありましょう。事は検察官に関することであります。ですから裁判係争中であるからというわけに参らないのであります。もしそうであれば、前任者の植木法務大臣も、事件が係争中であるからそれが落着してからというわけであります。しかしそうではございません。ここで御答弁願えるとのことであります。それにもしも当法務委員会で世論と一緒に問題にしなかったならば、そして諏訪メモが出なかったならば、松川事件の被告の中で何人かは死刑を執行された者、あるいは死刑の最終判決を受けた者も出ているような事件であります。ここで問題にしたからこそ、そしてそれによって諏訪メモが出てきたからこそ、差し戻し判決ということになったのであります。今もって検察庁の方では、これを上告して、近くその裁判が開かれるそうであります。裁判の内容のことを申しているのではありません。これまで検察庁がやったことについて伺っているのであります。ですから、そういう立場から申し上げます。ただいまのような御答弁、これまでも菅生事件以来たびたび聞いたことであります。そういうことは一切成り立ちませんから、御答弁を願いたいと思うのであります。 先ほど猪俣委員から証拠の問題についていろいろ質問がありました。証拠保全の問題。それから裁判所で保管している問題が、ただいま刑事局長もおっしゃったように、まことに驚くべき乱雑な取り扱いを受けております。大沼新五郎副検事が昭和三十五年二月十九日福島地方裁判所において宣誓の上取り調べられたときのことでありますが、ここで、一体証拠は検察庁ではどこに保管しておくのか、こういうことを裁判長が聞いております。キャビネットという言葉が出てきます。キャビネットというのは、どこにどういうふうに置いてあるものでございましょうか、検察庁では。
○竹内政府委員 先ほど申し上げましたように、保管倉庫というのがございまして、自転車のような証拠品も御案内のようにあるのであります。それから貴重品とかいうものによりまして、おそらく貴重品のようなものは金庫の中とか、今お話のようなキャビネット、ロッカーとかいったようなものを、倉庫の中の一郭にさらにまた囲いをいたしまして、そういうものを置いてその中へ保管する。あるいはそういうものに、ロッカーに入らない貴重品もありますし、また微量な麻薬のようなものもありますので、それぞれ容器はいろいろありましょうと思いますが、保管倉庫があって、倉庫の中に金庫なりキャビネットを置きまして、その中に保管する、こういうことになるわけでございます。
○志賀(義)委員 キャビネットに松川事件の証拠書類を出し入れしたということについての裁判所側との尋問と答弁がありました上で、裁判長から「諏訪メモはどうだったんですか。」こういうふうに聞いております。ちょっと読みますと、この質問に対しては、「返さないで、そのまま保管しておりました。」「返さなかった理由は。」「これはまああの段階において、一応返さないでおこうということになっておりましたので。」「誰がそういうことを言ったんですか。」「それは、誰がそういう話をしたか、現在記憶にありませんが、まず誰から、検事からそういうふうに私が言われたのか、記憶にないんです。」「ともかく返さなかったというわけですね。」「ええ、それでその段階で仮還付しないということだったんです。」こういうことにもなっております。「それから一審の判決が終わってからですね。そういうふうに返さなかった証拠物は、どういうふうにしましたかね。」「諏訪メモはキャビネットに入れておったと思います。」こうなっております。ところで「どこから命令されたんですか。そういう連絡係というのは。」こういうふうになっておりまして、これに対する答弁は、「ま、大きく言えば検事正からの命令だと思います。」こうなっております。これだけまず申し上げておきまして、証拠品がキャビネットの中に、あなたのおっしゃる倉庫なりにあるとすれば、その事件を取り扱う地方裁判所あるいは地方検察庁あるいは高等検察庁の倉庫に普通あるわけでございますね。ところが大沼副検事は、昭和二十八年七月から昭和二十九年四月まで盛岡区の区検の副検事として出ております。次に昭和二十九年四月から昭和三十二年六月下旬まで釜石区検の方におりました。そのときに諏訪メモは持って行っているんです。こういう取り扱いは検察庁で許しておられるのですか。どうですか。
○竹内政府委員 先ほど申しました昭和二十八年の証拠品事務規程におきましては、そういう取扱いは許されないわけでございます。それまではその規則、訓令は出ておりませんでしたけれども、それぞれの庁におきまして、先ほど申しましたように、検事正の通達あるいは訓令、細則というようなものがありまして、証拠品の取り扱いはそれぞれきめておると思うのでございます。 なお、今の場合は、適当な保管方法でないことは、私もそういうふうに考えます。事務規程ができます以前といえども、そういう取り扱い方が適当でないということは、私どもの立場から申しまして、はっきり言えると思います。ただ、庁外保管という庁の外に保管する場合も、特例として認められておりますが、本件のようなものは庁外保管にすべき性質の証拠品ではございませんので、その取り扱い方も、この事務規程の考え方からいたしますと、相反するわけでございます。適当な保管方法とは私も考えませんし、現在そのようなことはおそらくやっているところはないというふうに思っているわけです。
○志賀(義)委員 どうしてそういう保管方法をやったんですか。たしか昭和三十二年六月の上旬であった、そのころの毎日新聞に諏訪メモが証拠としてあるということが発表されました。いいですか。それが問題になった直後、釜石区検の検察庁の検察官室に勤めておった大沼副検事の手にあった諏訪メモが、福島地検島倉保検察事務官の手に、福島地検庁舎に返っております。これで見ると、何か大沼副検事に言い含めて、これを全然保管すべき場所でないところへ、盛岡区検、釜石区検、こういうところは松川事件と全然関係のないところです。そこへ勤めている大沼副検事に保管させておった。だれが保管させていたのか。何の目的でそこに保管させたのか、それを伺いたいと思います。
○竹内政府委員 その点は私どもも実はわからないわけでございまして、この前志賀委員から仰せになったと思うのですが、最高検の神山検事の証言についてお話がありました。その神山検事の話を私聞いていたわけでございますが、神山検事も、実は自分も諏訪メモがあるなんということは知らなかったというふうなことを申しておりまして、どうも現地の一線の方の検察官と上級の検察官との間の意思連絡が不十分であったということを私も認めますが、どういう事情で、だれの命令でそういうふうにやったかというふうなことは、あの事件のときも大沼副検事が証人に呼ばれて調べを受けておるのでございますが、もう少し私どもも、先ほど大臣が仰せになりましたように、この事件が終結になりましたならば、もう少し的確に調べて、その責任があります者につきましては責任を追及するという態度で今後参りたいというふうに考えております。
○志賀(義)委員 いずれ事件が済んでからと言われますけれども、去年の四月に当時の植木法務大臣が調べて「責任を負わすべき者があれば当然責任を負わすことが必要であろうと私も考えます。」と言っている。いいですか、事件が済んだらと言われましたけれども、当の検察庁が上告しているのですよ。これでもし有罪ということになればどうなります。問題はそこまできているのです。調べろと言われて、あなたも大臣の指示に従ってやるということになっているのに、どうして今まで一年間調べずにほったらかしておかれたのですか、その理由を伺いましょう。もしまた事件が済んでというならば、なぜ植木法務大臣は、そのときに法務大臣としてこういうことを言われたのか、あなたもこれは調べなければいかぬと思うから神山検事にお聞きになったのでしょう。事件が済むまで神山検事に聞かずにおくとは言われなかったのに、刑事局長は私も聞かれたから尋ねてみた、こう言って答弁しておられるのじゃないですか、その点伺いたいと思います。
○竹内政府委員 植木法務大臣が、今直ちに調査をして処分を明らかにするというふうにおっしゃったのか、その辺のお気持は推測いたしかねるわけでございますが、私も大臣と同じ意見でございます。私の考え方を申し上げますと、まだ事件が係属いたしておりますので、事件の処理をまず第一に考えまして、その終結を見た上で、反省すべき点は多々あると思いますので、その反省すべき点は反省し、また取り扱い上妥当でない、適正でないものがありましたならば、その処置をはっきりさせまして、検察のそういう面からの威信を失わないようにしていかなければならぬというふうに考えておるのでございます。ただいまも同じ考えでございます。従いまして、すでに事件は最高裁にきて一両日後には公判もあるということでございます。そういう段階でございますので、私どもの方は、その方はその方としてやっていただきまして、それが済んでから一つ処置を考えていきたい、こういう私の考えでございます。大臣の御趣旨はそのときどういうことでございましたか、私は知るべくもありませんが、私の考え方を申し上げますと、そういう考えで今おるわけでございます。
○志賀委員 そうすると、刑事局長は、検察庁が上告をやっている、これをなるべくそのままやらせておくことが目的でございますね。いいですか、裁判の内容じゃないのですよ。過去においてとった検察官の行動のことを言っているのですよ。その責任をどうするかと言っているのです。裁判のことを今直接言っているのじゃないのです。現に答弁すると言っておきながら――あなたも大臣も答弁するはずでございますが、その前に私がかわって申し上げますと言ってずいぶん言っているじゃないですか、そうして経過を発表して、今になって事件が済みましたら、とは何ですか。死刑にしようと思って検察庁が一生懸命でたらめをやっている事件でしょう。あとじゃ間に合わないのですよ。そういう事件なんです。 もう少し聞きます。今の福島検事、当時三十五年に調べられたときには最高検の公安部検事です。裁判所の疑問に答えて言うには、「私の記憶にありますあらすじは、とにかく隠匿したなどと言われたのでは心外だ、何も隠匿しておるわけではないではないか、正式に領置して検察庁に保管しており、正式な手続で検察庁に保管されておるもので、ただ返していないというだけで隠匿と言われて吾々としても迷惑だ。松川事件にも悪い影響を与えるのではないか、それなら一層返してしまおうということになり、返すのがよいかどうか事件の関係などを話し合いました。」こういうふうになっているのであります。そうしてその次に、これは井本最高検検事、当時の公安部長で、今は札幌高検の検事長でありますが、裁判長から「メモの保管の仕方等について、その後あなたの方で関与されておりますか。」この問に対して、「磯山検事から報告を聞いておりますが、その結果は、大沼副検事は、任されておったと思い違いしておったらしいが、とにかく当人は真面目な人ではあるのだが、仙台から盛岡へ転任になった時も、早く帰すからという黙認はあったということですが、持って行ってしまい、その点がはっきりしなかったというようなことでしたので、証拠物の保管の仕方も分らんのか、と本人直接ではありませんでしたが、大沼の監督者と話合ったことがありました。」こういうふうになっている。そうして先ほど猪俣委員も言われたように、昭和三十六年六月三十日、福島地裁が準起訴請求事件を棄却するにあたっての決定を行なったときに、「諏訪メモが最高裁判所大法廷に提出される迄の検察当局の保管方法が、……まことに明朗を欠くものがあり、この事情に(検察庁、警察署の態度に釈然としないものがある)接見簿に関する問題を併せ考えるときは本件審判請求にかかる犯罪事実の存在したのではないかという疑惑が極めて濃厚なるの感を禁じ得ないのである」、こういうふうになっております。こういうことが言われているのであります。そうしますと、問題は、最初に私が読み上げたことになりますが、あなたが言われた通り、神山検事に聞いたら、神山検事も自分も知らなかったと言われる、安平検事は、この前も私は中垣さんの前でも読み上げました。植木さんの前でも読み上げた。先ほど猪俣委員も言われました。秘密のことにされておってわれわれにも知らされなかったというふんまんをこの法廷で漏らしておられました。神山検事もそうだ。そうしますと、問題は福島地方検察庁の検事正、先ほど大沼副検事が言っていた大きく言えば検事正でしょうと言った。その当の検事正安西光雄君ですね、これが隠した主たる人物になってくる。こういうふうにわれわれ考えないわけにいかない。その証拠には、この裁判においてこういうことを言っているんですね。安西検事正はまず自分が持っておったかどうかというので、こういうふうに言っています。「わたしは、そんなもの持っておるわけないですね。大体どこにあったというんですか。わたしは何ですね……検事正ですからね。そんなものふところに持っておるわけがない」と述べている。まことにふまじめきわまることを言って、そのあとでこういうことを言っているんです。大沼副検事について、「非常に責任感の強い男なんですね、この大沼というのは。これは決してね、自分勝手にですね、持ち歩くような男じゃないですよ。……一番よく大沼の人物を知っているのはわたしたんです。というのは、佐賀の庶務課岳をやっておる当時に勉強さしてですね、副検事にさしたんですから。これなんか、もう、わたしは独身で行っているから、わたしの官舎に夫婦を住まわしておっている。こっちへきてもある時期はですよ、わたしの官舎に住まわしておったんですから……」こういう関係も述べております。そうしますと、自分は持っていない。しかし大沼という男をこれほど信用している。それで大沼副検事に盛岡、釜石という全然関係のないところに、松川事件の実に白であるというかぎになる証拠、諏訪メモを持っていかせた。安西検事正がそれをやっているのはこのところでわかるんじゃないですか。大きく言えば、検事正から指揮を受けていたとちゃんと法廷でも言っています。ここまでわかっているんですよ。私の方でさえこういうふうにわかっている。それをあなた方は、今これが白か黒かという最後のなにを出そうとするときに、白とはっきりわかっておっても、検察庁の方で何とかこれを死刑に持ってきたいというときに、なぜこれを明らかにさせないのですか。法務大臣、事実の経緯はこういうことでございますが、一体どうして下さるのですか。あしたから裁判が始まるのです。
○竹内政府委員 大臣ということでございましたが……。私どもは、今志賀委員の御指摘のようないろいろな事情は、私どものあとでわかったことでありましても、できるだけそういう資料は収集に努めておるわけであります。しかし、職責の調査と申しますのは、これは刑事局やなんかで調査するのじゃございませんので、人事担当の人事課長の手元で正式の職責調査ということに相なるわけであります。そういうものにつきましては、事件が済んでからの方がいいのではないかということで、これは私の意見でございますが、そういうふうな考え方をしておりますけれども、資料といたしましては、国会でお述べになったことも資料の一つでございますし、十分それは集めて……。
○志賀(義)委員 いるんですか、これから集めるのですか。どっちです。
○竹内政府委員 集めております。集めておりますから、適宜いつでも不十分ではありますけれども、この席でお答えもいたしておるわけであります。
○志賀(義)委員 私が、あしたから裁判が始まるのに、こういうことを伺うのは、一つのわけがあります。下飯坂判事はこの法廷に関係しておりますね。下飯坂判事というのは、この前の原審差し戻し判決が出たときに、少数意見として、最高裁がみずから判決をやるべきである。有罪の判決をやるべきであるという少数意見を出した人です。では、それほど勇敢にそういう意見を出すのにあたって、この人は、口頭で取り扱われる最高裁の大法廷においてどれほどまじめに事件を聞いていたか。私は傍聴者で行ったから知っている。終始居眠りをしている。大げさな格好をして、よだれをたらしているところが傍聴席から見える判事ですよ。こういうふまじめな判事が関係しているところで、これほど明らかになって、法務大臣がちゃんと調査をして責任も明らかにしますと言っているのに、こういう最高裁判所の法廷にかかるのに、これをほったらかしておこう――先ほど猪俣委員が聞いたように、もうまるででたらめなことをやっている。これはそれと同じことです。だから私は、あしたから裁判が開かれるというときにこの問題について伺うのです。 問題はそれだけでございません。もう一点伺いますが、あなたが先ほど引用された神山検事がこういうことを言っているのですよ。裁判長が聞いたときに。「昭和三十三年四、五月頃諏訪メモなるものを福島地検に返されたようですが、返された方法は送ったのですか、誰か来たのですか。」「これは長官会同か何かで検事正が見えた時、手ずから渡したように思います。郵便で送ったのではないようです。みている前で同行して来た事務局長に渡したと思います。」 「その時までは提出者本人に返す方針は決っていなかったのですか。」「決っていません。」「その八月頃返すという方針が決った、これは何ですか、三ケ月許り経ったのはどういう訳ですか。」「わいわい騒ぐし、検察の威信も落ちるし、遵法精神を麻痺させることを狙うのですから、法律上は差支えない事であっても、後で取返すことのできない程に威信を失墜してはと思い、法廷も開かれるし、一応予想もできるので、この際これ以上持っていてはということで返したのです。」「騒がしいのは弁護人の方ですか。」「それだけでなく、アカハタと商業新聞にも同調者がいますから。」「国会の法務委員会の問題も一つの理由ですか。」「そうです。」「騒いでいる中に入るのですか。」「入ります。」「検察の威信ですか。」「信用、権威が失墜されることがないように、そういう趣旨を入れてですね。」「そういう趣旨ですか。」「そういう趣旨も入れてです。」「結局騒がなければ返さない訳か。」「それはそうですよ。」これが裁判長と神山検事との問答です。 では、検察庁を代表される刑事局長に伺います。神山検事は、法務委員会でこの問題を取り上げるのをわいわい騒ぐ中に入れております。この検事の言葉はどうです。
○竹内政府委員 この前それをお読み聞かせいただいたわけでございますが、はたはだ言辞妥当を欠くのみならず、誤解を与えるようにも考えます。真意のほどはわかりませんが、そういうふうに考えましたので、神山検事に弁明を求めた次第でございます。それによりますと、神山検事は、そのような騒ぎがあるまで最高検の係検事としては諏訪メモなるものの存在すら知らなかったのであるということを申しております。そのことを先ほどお伝えしたわけであります。そのようなことで、騒ぎがあったので初めて諏訪メモがあるということを知って、その後検討をして還付の手続をとったものであるという趣旨のことを証言したつもりでございましたけれども、言辞が、真意はそういうところにあったのでありまして、決して国会やマスコミその他を非難する意味で述べたのではなく、言葉の足りない点もあるが、自分の全証言を好意的に――好意的にというのは私どもにという意味でありましょうが、好意的に読んでいただけば、私の真意がどこにあるのかということは納得していただけるものと思う。こういう趣旨のことを神山検事は弁明しておられるのでございます。
○志賀(義)委員 大臣に伺いますがね。今私が申したことは、この前ちょっとあなたにお見せしましたが、これは裁判記録の写しです。植木法務大臣は、君、どこから手に入れたかと言っていましたが、隠したってだめです、私らにすぐ入るのだから。そこで、この神山検事のなには誤解がある、真意はそこにないと言いながら、言葉の通りでは、わざわざ裁判所が念を押しておるのですよ。法務委員会もそうですが、と聞いたら、そうです、わいわい騒ぐ中に入っておるのだ、検察の威信を傷つけるものだ、こういうふうにまで言っておるのです。近く検察庁長官会議が開かれるそうですがね、どうです。その前に、こういうことが言われているのについて法務大臣に伺いたい。
○中垣国務大臣 今刑事局長から答弁をしました通りに、騒ぐというとり力が、話題になっておるという意味の騒ぎ方だというふうにこちらで解釈してあげれば、本人の弁解もよくわかるという気もするのです。ところが、あなたの御指摘のようなそういう角度からの解釈をいたしますと、すこぶる穏当でないと思います。そのことにつきまして、私は十分資料もありませんし、また内応も詳細に知っておりませんので、今ここでそれについてどう責任を追及するかというお尋ねだと、ちょっと即答いたしかねるのでありますが、十分検討いたしまして、何らかの自分の見解を明らかにしたいと思います。ただいまのところ、どうもあなたの意見ももっとも、そうだと思うし、局長の意見も、それもそうだなと思いますし、どっちともきめかねておりますので、その程度しか。実は私自身がこの内容やいきさつ等についてよく知らないものですから、十分満足のいただけるような御答弁はできないと思いますけれども、若干時間をかしていただきたいと思います。
○志賀(義)委員 こういうときにそういうような弁解をすると、記録に残るのですから、あとで読んでごらんなさい。自分でもおかしいですよ。長官会議であっさり、確かにまずいことを言った、こういうことを言った検事もあったが、そういうことを言うな。法務委員会というのはうるさいところだから、あとでおれが困るから、と言ったっていいじゃないですか。そんなことを言うと、中垣さん、せっかくのあなたの値打が下がるのです。あっさり認めなさいよ。竹内君なんか検察庁の出身ですから、それはいけませんと言うと、あとで出世の妨げになるかもしれないが、あなたはそんな心配もないでしょう。男らしくちゃんと認めた方がいいですよ。これは私の解釈じゃないのです。裁判長が言っているのです。わざわざ、法務委員会も入れてですか、と聞いたときに、そうです、そうして検察庁の威信にかかわる、信用にかかわるとまで言っておる。裁判所でさえそういう判断を持って聞いているのですから。 次に、この前伺いましたときに、佐藤一に関する証拠、東芝八坂寮の管理人木村ユキヨが当時保管していた食事伝票、宿泊代帳、これが証拠として出ていない。これがあれば佐藤一に関するアリバイがさらにはっきりするし、そうすればこの事件全体がいよいよもって完全なでっち上げであるということがわかるのでありますが、これについても十分検討をすることを約束されたのであります。「御意見、御要望の存するところはよくわかりましたから、十二分に検討いたします。」と言っておる。その前に竹内さん、あなたは自分で言っておるのだから、今度は逃げてはだめですよ。「この段階になりましたので、私はできるだけ関係者に、もしあるならば見せて、そうして適正な裁判を受けるというふうにしていくのが相当だ」、 こう言っておられる。それでは去年言われたあと、そういうふうに検察庁に言われましたか。
○竹内政府委員 この前ここで御答弁申し上げたことは、速記録も検察庁の方に回しておりますし、私自身もお伝えしてあるわけであります。調査の結果を申し上げますと、今お話の書類は、警察においても、それから検察庁においても、これを領置した事実はないことがわかりました。従って、これは東芝の八坂寮の管理人の手元にそのまま保管されていたものと考えられるのであります。 それでは、なぜそういうふうに間違いといいますか、誤解が生じたのであろうかという点でありますが、私どもの方の推測でございますけれども、調書の記載によりましても、食事伝票などが捜査官によって領置されていたというふうに認められる節は、私が調書を見たわけではありませんが、ないようであります。むしろ取り調べを受けた関係者が、八坂寮に帰って食事伝票などを見て記憶を喚起した上でさらに供述するという方法がとられたために、そういうふうな疑問を生ずるようなことになったのではないかというふうに推測するのでありまして、お尋ねの点にあった、これらの書類を捜査官が領置したという事実はないというふうに考えられるわけであります。
○志賀(義)委員 松川事件について、一つのきわめて重要な問題が出て参りました。先ほど猪俣委員から証拠物件の保全について若干の質問があったが、検察庁では大へん失態をやっておられる。それから前に菅生事件のときには、あなたの前任者の井本さん、それから警察庁長官の石井君が並んでおられた。先ほど猪俣君が言われたのはごく大づかみのことで、もう少し正確に申し上げますと、市木春秋というあの戸高公徳の書いた交番爆破の脅迫状ですね。これは証拠として受け取っておりません、こう言われるのです。初めはそんなものはないというふうに言われておった。次にこちらで言うと、探したがなかったと言われる。三回目は証拠物件として受け取っていない、こう言われた。そこで隣におられる石井警察庁長官に伺った。それでいいのかと言ったら、確かに検察庁に出して、領置したというその受け取りまでいただいておりますと、こういうことであります。これが実は菅生事件があんな急転回をするきっかけになったものであります。今、木村ユキヨが保管していた食事伝票、宿泊代帳、これがあるということ。それでこれを出してもらいたいということですね。これはもう弁護人の方から出しておる。あしたから口頭弁論が開かれます。それはその際にも重大問題になります。きょうは、この問題については、私は、非常に重要な発言をあなたがされたので、一時質問を保留します。きわめて重大なことかここできよう初めて――あしたまた再び最高裁で裁判が開かれるにあたって、松川事件についてあなたは重要な発言をされております。もう一度申し上げますが、確かにあなたの今言われたことは間違いございませんね。
○竹内政府委員 私の方で調査しました結果によりますと、間違いございません。
○志賀(義)委員 法務大臣に伺いたいと思います。 今、日韓会談の問題が政局の中心になっていることは御承知の通りであります。きようの日本経済新聞に「日韓の主張出そろう」「在日韓国人の法的地位」というのが出ております。これまで総理大臣や外務大臣が担当の交渉の内容を国会にある程度は報告されておるのでありますが、法務省の担当の報告があまりないのでございます。いずれまた詳しくこの問題は当法務委員会でも取り上げなければならない重大問題になってくるのでありますが、ごく項目的に、時間もたちますから伺っておきたいと思うのです。 第一に、法務大臣は、自分の部下が行なっている日韓会談の法的地位分科会の報告を受けておられるかどうか。またこれを検討し、指揮しておられるかどうか、この点を簡単に……。
○中垣国務大臣 専門委員として入管局長と民事局長が出ておりますが、そのつど大体の報告を受けております。なおまた指揮という問題でありますが、ただいまのところ、外務大臣が大体その代表的な立場に立ってやっておりますので、変わったことでもあれば私の意見を聞くこともあるでしようけれども、ただいまのところ一貫した方針でやっておるようでありまして、別に私の意見を直接求めて、私の指図でやるというようなことはございません。
○志賀(義)委員 第二の点は、在日朝鮮人の法的地位ということになると、どうしても法務委員会で取り上げることになりますが、御承知の通り今日本に来ている在日朝鮮人のほとんどすべての人は、戦前国を追われ、あるいは戦争中に徴用されてきた人が多いのであります。ですから、そういう意味でこの人たちの取り扱いは、日本人としては十分にそういう点を償う、こういう気持と、その点に基づく処置が法的にもとられなければならないと思うが、そういうおつもりでやられるかどうかということをお聞きいたします。
○中垣国務大臣 今の在日朝鮮人の問題でありますが、これはサンフランシスコ平和条約が締結される日までは日本人としての処遇を受けておったのであります。その平和条約が発効しますと同時に、自分の意思によらず日本人ではなくなった。従いまして、ただいまのところ法的根拠も何もないのでありますけれども、たとえば義務教育等についても日本人同様に扱っておる。また生活困窮者等につきましても、生活保護法の適用も日本人同様に扱っておるというようなことをやっております。 そこで、今後の処置についてどういう方針かという志賀さんのお尋ねでありますが、やはりそういったような在日朝鮮人の特殊な事情と申しますか、かって日本人であったというような特殊事情を十分考慮に入れまして、単なる第三国人の在日外国人というのではなくて、やはり特殊事情を十分考慮に入れた取り扱いをしていくべきである。こういうふうに考えまして、そういう方向へ交渉が進められておると考えております。
○志賀(義)委員 もう二点だけ簡単に……。 第三は特に、私ども御承知の通りにこの日韓会談に反対でありますが、問題はいわゆる韓国と朝鮮民主主義人民共和国と、朝鮮が南北に割れている状態であります。ですから、在日朝鮮人の扱いをいわゆる韓国政府とやった場合に、ここで非常に大きい問題が起こってくることが当然予想されるのであります。これについて差別的にやっていくということになりますと、これはえらいことになりますが、そういう点には十分注意してやられるのかどうか、この点を伺いたい。
○中垣国務大臣 日韓協定が締結されますと、当然そこに韓国人というようなものができると思います。その結果、おそらく志賀さんのお尋ねになりたいところは、そういう韓国人と、韓国人を除いた在日朝鮮人との処遇について差別があってはならぬ、こういったような御指摘ではないかと思うのでありますが、実際上の取り扱いにおきまして、そういう差別的な処遇にならないようにしなければならない、こういうふうに考えております。
○志賀(義)委員 最後に伺います。私は、何も日韓会談成立を予想してこういうことを伺っているのでないのです。政府の方でも、この前の事件がありましてから、韓国の政情の不安ということは非常は心配されている。いわゆる春窮――農村に食うものもないのです。去年不作でもあったが、収奪が激しい。南朝鮮はまだまだ混乱してきます。そうなってくると、日韓会談をやろうというのがそもそも間違いなんだから、これは当然打ち切るべきです。しかし、そういうことになってくると、今質問したことも次の点に関連してくるのです。今在日朝鮮人総連合というものを破壊活動防止法の対象団体ということにしております。南朝鮮で今後非常に問題が起こると予想されるときに、こんな破壊活動防止法の対象団体とするというようなことは、これはよけいに事態を悪化させることになります。これは当然破壊活動防止法を、ほかの団体に対すると同様にこれを取り除くべきものであると思います。一体破壊活動防止法の第何条によってこれを対象団体にしたのでしょうか、それを伺いたいと思います。
○中垣国務大臣 志賀さんにお答えいたします。あまり専門的なことをお聞きになったのでは、私は、第何条の適用かどうか、それはちょっと即答いたしかねますが、今の朝連ですか、その朝連を破防法の適用団体にしたいきさつ等につきましても、私十分に知っておりませんけれども、実際の問題は、その適用の仕方やこの法の運営等にあると思うのでありまして、それが直ちに大へんな問題、憂慮すべきことになるなどとは実は私は思っていないのです。ですから、私の希望から言いますと、できるだけ在日朝鮮人が破防法等の適用を受けないようなあり方をしてもらいたい。日本の国法を守れるような立場に立って、破防法の適用を受けるようなことをしてもらいたくない、これが私の希望なんです。私はそう思うのです。ですから、今この適用の団体をすぐ削除してはどうかということでありますが、研究をした結果、破防法適用団体をはずしてもいいということになれば、私は一向ちゅうちょせずにはずしますが、これも少しよく勉強させてもらいます。
○志賀(義)委員 対象にならない、適用されないようにと言うが、共産党に対してもやっているのです。対象団体です。おかしいことばかりやっているのです。たとえば私が公安調査庁に行きますと、物陰から私の写真をとっているのですね。あまり非常識なので私どなりつけたのです。それでとうとう公安調査庁の中で、公安調査官を私が逮捕するような羽目になってしまった。これはほんの一例ですけれども、そこへいくと警察のやり方はだいぶずるいですね、なれているだけ。もうめちゃくちゃなんですから。こういうものはおやめになった方がよろしい。きようは警察庁の三輪さんにもわざわざおいで願いましたが、時間の関係であれですから、またあらためてこの点について警察庁の方に、松川事件であまりかんばしくない役割をしておりますので伺わなければなりませんが、きようはこれで終わります。
○田中(伊)委員長代理 次会は公報でお知らせすることにいたしまして、本日はこれにて散会いたします。 午後二時十二分散会