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43回国会衆議院1963/06/24

文教委員会 第26号

発言数
347
登壇者
15
会派数
4
開催日
1963/06/24

会議録

床次徳二自由民主党

○床次委員長 これより会議を開きます。  国立大学総長の任免、給与等の特例に関する法律案を議題といたします。  質疑の通告がありますのでこれを許します。村山喜一君。

村山喜一日本社会党

○村山委員 この国立大学総長の任免、給与に関する法律の内容についてでございますが、この際文部大臣にお尋ねいたしたいのは、この前文部大臣は現在の法令のもとにおいても、大学の管理機関から推薦されてまいりました大学の学長に対する人事権の発動にあたって拒否権を持っているんだということを、憲法十五条に対する立場から説明をされたわけであります。その文部大臣の解釈は、憲法条項の場合においてはやはり憲法十五条に基づく基本的な考え方に基づいて拒否権というものがあるんだという解釈をお立てになっていらっしゃるかどうか。その点はあくまでもその点で固執をされるのかということを、第一点にお尋ねをいたしたい。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 結論から先に申し上げますれば、いま御指摘のとおりでございます。これは私が個人的に固執するとかということにかかわらず、およそ憲法の解釈、適用上からして当然の結論である、そういう見地に立って申し上げておるような次第でございます。

村山喜一日本社会党

○村山委員 しからばお尋ねいたしますが、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。」この条項から、どうして文部大臣が拒否権を持っているという解釈理論が生まれてまいりますか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 憲法第十五条の規定を受けまして、あらゆる公務員について、端的に申し上げれば、主権者たる国民が公務員を選定しこれを罷免する機会というものが、明文上すべてにわたって規定されておる、法律段階においてそれが明らかになっておるものと解するのであります。大学の教職員につきましても同様でございまして、教育公務員特例法ないしは学校教育法を通じて見ます場合、大学であるがゆえに教授、助教授の任命あるいは学長の任命につきまして、教授会ないしは評議会等の管理機関が選びましたものをその申し出に基づいて文部大臣がこれを任命するということになっておることは、申し上げるまでもなく御承知のところであります。本来ならば、大学でないならば、公務員につきましては、そういう特別の管理機関等が中にあって、一応そこで候補者を選んで申し出るというような方法はとられていないわけであります。あえて大学についてそのことがなされますことは、すでに御指摘もありましたが、いままでの委員会の論議を通じてもお話が出ましたとおり、私も同様にむろん考えるわけでございますが、大学なるがゆえに学問の自由、それに密着しました大学の自治という、慣行上のことではありましょうとも、そのことを十二分に尊重して、任命についても管理機関の申し出という一つのクッションを置いておるものと存ずるのでございます。でございますから、申し出がないのに申し出のあったもの以外について任命するなどということは、むろん制度上あり得ないということも当然でございます。そうしてまた申し出の内容が極度に尊重さるべきことも当然でございますけれども、大学の管理機関といえども万一の誤りなしとしない。管理機関の申し出は、いま申し上げるように制度上信頼しなければならないたてまえでございますから、それを信頼してそのまま任命する。任命権者といえどもむげにこれを主観的に左右することはむろん許されません。そう考えて任命することによって憲法第十五条にいうところの主権者たる国民の公務員選定の作用が行なわれる。しかし万に一つ、客観的に見まして、申し出の内容が大学の目的に照らして適当ではないということは理論上あり得ると考えられます。その場合においてすらもなおかつ大学の管理機関にすべてを主権者たる国民はまかせておるか、言いかえれば憲法第十五条の趣旨は、大学に関する限りそういう場合でもなおかつ大学の管理機関の申し出どおりでなければ絶対にいけないと解すべきかいなかに御質問の点は焦点が合わさるべきものと思います。したがいまして万に一つでもそういうことがあり得るとするならば、その場合において任命権者がノーということがあるのでなければ、第十五条の主権者の公務員の選定権というものはその部分についていわば通風孔を閉じられることになると思います。そういうことは許されない。すべてこれ任命権者が主権者の公務員選定権について国民に責任を負う。国民に責任を負うということは、国会を通じて、主権者たる国民に責任を負うべき筋合いだと存じますので、以上の考え方に立って、憲法第十五条の国民の公務員選定権に根拠を持ちます場合、大学の学長の任命に関しましてもノーということが万に一つでありましょうけれどもあり得る。それが任命権者の国民に対する当然の責任体制であると解するわけであります。

村山喜一日本社会党

○村山委員 憲法十五条の解釈の中からすぐそのままの形で大臣が拒否権を持っておるというそういう解釈理論を引っぱり出してくることは、これはいままで荒木大臣以外に私は承ったことがないわけであります。そこで憲法運用について現在憲法調査会事務局が各憲法の調査を一々事項について進めておりますので、私はそういう内容をずっと調べてまいったのでございますが、憲法十五条というのは、大臣も御承知のように、国民の権利としてそこに打ち出してございますように、国民はそういうような公務員を選定をし、及びこれを罷免することができるんだという国民主権の立場というものがここで明らかに打ち出されているのであって、大臣の論説ではそういうようないわゆる国民の権利義務という第三章に掲げられる条項からいきなりその問題を国民の固有の権利である、この国民固有の権利はイコール政府の任命権なんだ。こういう割り出し方をしておられるところに憲法に対する大臣の解釈の違いというものが生まれてくるのではないか。むしろ大臣がそれを主張し言われる以上は、憲法六十、五条「行政権は、内閣に属する。」、憲法七十二条「内閣総理大臣は、内閣を代表して、行政各部を指揮監督する。」この憲法条上項によって内閣が国会に責任を持たなければならない。このような立場から拒否権を持っているという論説は、一応意見としては承りますが、憲法十五条の解釈理論からすぐさまに国務大臣である荒木文部大臣が大学の学長に対するところの拒否権を持っているんだという解釈論議は、そういうようなところからは生まれてこないじゃありませんか。この憲法十五条というのは、民主主義の原則というものはこうでなければならないんだということが高らかにうたわれているのであって、国民主権はここにあるんだということが明示されていることに相なっているとするならば、大臣の憲法第十五条に対するところの解釈論議は、大臣の個人的な思いつきではございませんか。その点いかがでしょうか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 思いつきではなしに、憲法というものがおよそそういうものであろうと考えるからであります。御指摘のように憲法第十五条から具体的にいま私が申し上げました万に一つではあろうけれども、主権者のその公務員選定権というもののつながりにおいでなければならないということが出てくると申し上げるのじゃございません。憲法第十五条に限らずすべて第三章に関する限りその他の条章も同断ではございますが、その憲法が保障しますもろもろの基本的人権、自由権は、御指摘のように憲法上確定していることは疑いないことでありますけれども、これを具体的に行使するについては、やはり主権者の意思であるところの憲法施行法ともいうべき、選挙によります場合は公職選挙法がございましょうし、その他もろもろの公務員の種類、立場、地位等に応じまして、憲法十五条にいうところの国民の公務員選定権、罷免権というものが具体的に定められて、憲法十五条の基本的人権が行使できるように窓口がつくられておるのが、例外ないところのすべてに通ずる制度だと思うのであります。その一つとして教職員につきましても大学に関する限りは、教育公務員特例法ないしは学校教育法に基づきまして大臣が任免権を持つという法律上の定めによって憲法十五条の趣旨が暢達される、具体化されるという制度が第十五条と密着して存在するものと思うのであります。その意味合いにおいて源をさかのぼれば十五条に根拠を持ち、具体的にはいま申し上げた法律に具体性を持った条文がございまして、それを運用することによってこれが実行される、そういう関係に立つという意味において申し上げておるのであって、何もなしにいきなり憲法十五条を援用して申し上げておるわけではございません。

村山喜一日本社会党

○村山委員 そういたしますと、私が先ほど申し上げましたように、憲法六十五条ないし七十二条、この問題は、大臣としては行政権の行使に当たる国務大臣として、そのようなところからいまの拒否権の問題が出てくるという論議ではなくて、憲法十五条を受けてすぐ法律理論から出てくるのであって、憲法六十五条、七十二条については、その根拠はないというふうにお答えになるのですか。その点はいかがですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 御指摘の六十五条等問題なしとはむろん思いませんけれども、それは政府部内における上下の関係、秩序立て、そういうことを中心に規定された条文だと思います。一般的にそれがかぶることは当然だといたしましても、憲法十五条に保障するところの公務員の選定権という具体性を持ったものをたどってきます場合には、先ほど来何度も申し上げておりますそれに直接関係した法律に基づいて行なわるべきであり、それを行なうについて六十五条等の憲法の条章が心がまえとして作用してくることは当然である、そういう関係に立とうかと思います。

村山喜一日本社会党

○村山委員 大臣の解釈は私はおかしいと思うのですよ。この憲法第十五条の第一項は国民主権の原則を示すものであって、具体的に国民が任命したり罷免したりするという意味ではなく、昔ありました官吏服務紀律に対抗する意味があるものと考えられている。そしてこの憲法でいうところの公務員という場合は地方公務員も含めるのだ、こういうような解釈です。とするならば、大臣がこの憲法十五条から法律に基づいて大学の学長に対する拒否権があるということでございますが、地方公務員、こういうようなものもここでは公務員の範疇の中に入ってくるとするならば、国務大臣の権限が及ばないものが、この公務員の中にはあるのです。だからあなたはやはり行政の責任者として国務大臣でありますから、行政権というものが内閣に属するのだという憲法六十五条並びに憲法七十二条、これに基づいて、そして国会に対して責任を負わなければならないという憲法条項に基づいて言われるのが行政の筋じゃございませんか。憲法十五条というものは、これは国民主権の存在を示しているのです。国民主権イコール内閣イコール文部大臣という解釈理論は成り立ち得ないじゃありませんか。この点については憲法十五条の精神を受けて生まれたのは人事院であるという、そういう説が強いわけです。人事院は憲法第十五条の精神を受けて設置されたものである。こういうような学説が非常に強いわけですが、いままで人事院はそういうような立場から私はあったと思うのですが、人事院、お答え願います。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 国家公務員法及びそれに基づきます人事院の存在ということの憲法上の根拠についてお尋ねであると存じます。  これはただいま御指摘の第十五条にも基づいておりますし、あるいは七十三条にも内閣の所管として「法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理する」ということがございます。そこがひっかかります。要するに私どもとしては憲法全体の趣旨を体して人事院が設けられ、われわれが活動している、こういうふうに考えております。

村山喜一日本社会党

○村山委員 大臣、いかがでございますか。人事院も憲法十五条の精神を受けて設立された行政機関だ、こういうような一つの解釈です。そうすると文部省もそういうような国民の選任権に基づいて、この十五条によって文部省というものができたのですか。私はやはり憲法六十五条の行政権というものが内閣に属するというところから出発をしなければ、大臣の答弁はおかしな結果になると思うのです。憲法十五条にそういうような拒否権の根源が属するのだということを言っている学者の名前をひとつあげてください。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 あえて学者の説を待たない。憲法解釈上の常識の範囲に属する法学通論に属する部分だと思います。むろんお話のとおり内閣に行政権が属しておるということがかぶらないわけではないということはさっき申し上げました。それは一般的な総合的な見地に立ってそう解釈され、むろんその見地に立っての適用があることは当然でございますが、先刻申し上げましたように、第十五条は国家公務員であれ、地方公務員であれ、すべて公務員というものについては、主権者たる国民はこれを選定する権利と罷免する権利とが保障されておる。いかなる場合といえども、その基本的人権たる公務員の選定権、罷免権という道を閉ざすことは許されないということを厳粛に宣明しておるのが第十五条だと思うのであります。したがってその罷免権、選定権ということに関連してだけ申せば、地方公務員については地方公務員法によって第十五条も受けて規定がなされておる。国家公務員については国家公務員法が規定されておる。その双方を通じまして教育公務員につきましては特例法というものがまたあわせて存在する。裁判官についてはそれぞれの規定があるというがごとく、公務員の地位、種類に応じまして憲法十五条の施行上の必要な規定が、具体的に万遺漏なく整備されておる。そのまた行政権の作用でも御指摘がありましたが、それも含めまして、人事院からも答弁がありましたように、人事院というものも、その本来持たされておる機能を発揮する制度として存在する。そのすべてが法律以下の法令によりまして、憲法を施行するために整備される。特に憲法十五条につきましては、いま申し上げるような法律に具体性を持って執行できる方法が定められており、基本的人権が絶対に閉ざされることなしとするたてまえで貫かれておる。そういう考えに立った解釈でございまして、学者がどう言っておるか私は存じませんが、憲法に関する法学通論の範囲であろう、こう思います。

村山喜一日本社会党

○村山委員 荒木新学説、法学通論を承りましたが、この十五条の公務員を選定する権利、罷免する権利というものは、国民の固有の権利であるということになりますと、この中から法律に基づいて出てまいるということになりますれば、この条項は第三章の国民の権利義務としてここに一括されているわけです。そういたしますと、大臣の解釈は、それは行政府の国務大臣である文部大臣が、国立の大学の学長については拒否権を持つのは、この条項から出てくる、こういうような解釈理論でありますが、とするならば、二十三条「学問の自由は、これを保障する。」これはやはり文部大臣が保障するのですか。その点については、これは国民の権利なんですから、国民が政府に対して要求をすることができるという、これは国民の権利条項ではありませんか。だから文部大臣に対して、大学の学長の任免について拒否権を持たしてあるということは、十五条からは生まれてまいらないのです。公務員に対しては、国民はそういうようなことを要求する権利があるのだということが出てくるのであって、国民イコール政府じゃないのです。大臣の解釈は、私は誤りだと思う。この学問の自由権の保障の問題についても、政府がそれを国民に保障するのではなくて、国民が政府にそれを実行するように要求をする権利がある。それに基づいて政府が国民の要求を実現しなければならない。その請求権をここにうたい出しているのであって、その民主主義の原則を高らかに掲げたものに基づいて、公務員の任命権については拒否権があるという解釈理論はどうしても納得できない。その新学説は文部省の定説としてお立てになったものか、一大臣としての文部大臣の私見でありますか伺いたい。   〔「定足数がないじゃないか」と呼ぶ者あり〕

床次徳二自由民主党

○床次委員長 出席を督励させます。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 政府あるいは文部大臣が憲法十五条に基づいて任命権を持ち、任命権の中に拒否権が含まれておるかというふうな御質問があったと思いますが、もちろん憲法第三章がお話のとおり、主権者としての国民の地位及び請求権、と呼び得るかどうかは別といたしましても、第三章に掲げるところの基本的人権自由権を確固不動のものとして憲法上確定させておる。それに対しまして、十五条だけに関連して申し上げても、政府とか文部大臣とか文部省とかいうものは、その主権者に憲法の条章に基づいて奉仕する機関でしかないのであって、主権者たる国民と無関係に政府が独自の立場で権力を持つなどということは、民主憲法のもとにあり得ない。あくまでも主権者たる国民の意思に基づいて憲法の条章を具体的に実施するに必要なる方法として、法律に基づいて、サービス機関のサービス内容、サービス方法を定められる。その定まったことに従って政府であれ、文部省であれ、奉仕する具体的な仕事をする、そういう関係のもとにあるところの任命権で、任命権というと、とかく権力権力と言われる向きがありますけれども、民主憲法下の法律に基づいて行政府に与えられておるところの権利、権力などというものは、権利とは言いましても、冒頭に申し上げたように、主権者たる国民にサービスするために必要な手段として、主権者から法律に基づいて許された機能の一種でしかない。その中の一種類である任命権というものは、教育公務員特例法ないしは学校教育法等、そういう法律によって文部大臣という地位に与えられた職責を果たすべき手段であると理解するのであります。その中に、まさに任命する権利がある以上は、イエス・ノーを含むことは当然であります。大学の管理機関等の制度のない他の教育公務員につきましては、申し出等がないのが一般でありますが、大学であるがゆえに申し出に基づいて任命権というものが行使されねばならない。国民を対象に言いますならば、任命というサービス機能を果たさねばならないということだと理解するのであります。したがって、先刻申し上げたことをもう一ぺん繰り返すようでおそれ入りますが、大学に関する限りは学問の自由、それに密着した大学の自治ということを、法律上も極度に尊重された姿で管理機関の推薦、申し出に基づいて任命しなければならない。だから多くは、ほとんどすべてが申し出どおりに行なわれることが法律上も期待されておる。しかし万に一つの例外なしとしない。その場合にすらも管理機関の言うとおりでなければならないとするならば、はからずもそれが客観的に見て妥当でないという人選が行なわれた結果について、国民に対してはだれが責任者であるかということに市大なる疑義が生じてくるものと思うのであります。民主憲法のもとにおきましては、あくまでも政府の機関が、法律で定められておる任命という行為をなさねばならない者が、国民に責任を持つことは当然だと思います。その当然の責任を持つべき地位を与えられておる文部大臣の任命行為の例外的な、万に一つの機会としてさような拒否する場合があり得る。あり得しめなければ憲法の趣旨が暢達できない。言いかえれば、国民が持っております選定権というものが、万に一つではあろうけれども責任の帰属が明確でない、責任を追及する対象がないということになる。さようなことは憲法の期待するところではない。かような考え方でありまして、これはむろん文部省としても統一見解でありますと同時に、法制局とも相談をしました結論でもあります。

村山喜一日本社会党

○村山委員 大臣に重ねて私はこの条項をお尋ねいたしておきますが、この公務員というのは国家公務員、地方公務員だけでなくて、いわゆるわれわれ衆議院あるいは参議院議員、選挙によって選ばれる公務員、これも入っておるし、内閣が任免権限を持たない裁判官も入っておりますね。そういたしますと第十五条の「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。」ここからいわゆる行政官庁である文部省、文部大臣が、その権限というものをすべての者に適用をするという解釈ほおかしいじゃないですか。国家公務員である人たち、行政官であればここから出てくるでしょう。しかし行政官であれば、これはやはりあとにある「行政権は、内閣に属する。」のですから、その条項を適用すべきであって、そして「内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。」というのは憲法六十六条に書いてあるんです。だからこの憲法第十五条から、この公務員というのはわれわれ国会議員あるいは裁判官まで含んでいる以上、そういうようなものに対して権限を持たない行政官庁が、われわれは国民固有の権利を保障する立場にあるんだからという理論はおかしいじゃないですか。その点はどうです。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 むろん仰せのとおり、憲法十五条にいうところの公務員は、国会議員を初めとして地方議会の議員も含むし、裁判官も検察官もことごとくの、一番包括的な概念としての公務員の立場にある者はすべてを含んで十五条が規定しておることは、仰せのとおりだと思います。ただ行政府が文部省であり、文部大臣が大学ということに関連をして任免権を持っておることに集中しての御質問でもあり、また課題がそうでございますから、行政官のことだけを申し上げましたけれども、十五条が公務員である限りにおいてはすべてを含む、選挙によろうとよるまいと、ことごとくで断る。である限りにおいては、国民の基本的人権の一つであるところの公務員の選定権、罷免権というものは、いかなる場合といえどもその基本的人権が暢達されないような制度があるとすれば、制度のほうが間違っておるのだし、その制度に疑義があるならばそれを暢達する立場からの解釈がなされることが当然のことである。そういう大前提に立ってお答え申し上げておるつもりであります。

村山喜一日本社会党

○村山委員 だから、行政について責任を持っているのは、行政権を有する内閣にあるんですから、憲法六十五条に基づいて行政権は内閣の責任だ、したがってそれに基づく六十六条で、内閣は、行政権の行使について、国会に対して責任を負うている、その国会というのは国民の最高の決議機関である、こういうようなロジックでなければならないから、当然憲法十五条よりも憲法六十五条、七十二条というその条文のほうが、大臣が説明をされるのには適切な憲法条項ではございませんか。それもありますがということは、一体どういうことですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 およそ行政府であれ立法府であれ司法府におきましても、憲法の条章すべてに基づいて国民にサービスする機関であると思います。そこで行政府一般をとらえて、憲法にその国民に責任を負う部分についての御指摘である限り、まさしく御指摘のとおりだと思います。その行政府の中の一部局としての、部分としての文部省、その責任者たる文部大臣ということを法律で具体的に明記しておりますことに中心を置いて申し上げておりますために、以上のようなお答えになったわけでございまして、およそそもそもの憲法論からスタートをなさってのお説とあらば御指摘のとおりと思います。その中の各論的なところに集中してお答えしておりますから、以上のような答え、になったわけで、憲法十五条というのが基本的人権としての公務員  一般の選出権、罷免権を規定しておりますから、それに特に関連を持たしてお答えをしたということが幾ぶん御疑問をそそったように拝察するのでありますが、御指摘の点は私もそのとおりと考えながらお答えしておることを御了承いただきたいと思います。

村山喜一日本社会党

○村山委員 その点はそれで了承いたしますが、しからば国立大学総長の職務内容から見て、国立大学総長は官吏であるかいなかという問題であります。その点はいかがですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 この法案で申しております国立大学総長はむろん国家公務員でございます。

村山喜一日本社会党

○村山委員 公務員であることは否定をいたしません。官吏であるかどうかをお伺いしているわけです。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 憲法七十三条に規定する官吏の中に入れて解釈をいたしております。

村山喜一日本社会党

○村山委員 この官吏というのは、憲法七十三条第四項、内閣の任務のところで、「法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること。」こういうことが書いてございます。そこで官吏とは一体何ぞや、官吏の範疇に入るのだったらどういうのが官吏ですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 現在では国家公務員法に規定する国家公務員と全く同義で官吏ということばを使っております。憲法では官吏といっていることばでございますが、その後にできた公務員法等では、国家公務員法にいう国家公務員ということで使っております。

村山喜一日本社会党

○村山委員 官吏というのは一つの公権力を行使する者をいうと私は思う。この大学の総長というのは、その職務内容から見て、従来のいわゆる官吏というものに該当するかどうかということが問題だと私は言うのですよ。この点については国家公務員法の由来を調べてみますと、憲法七十三条四項にいうところの官吏、この基準を受けて国家公務員法ができております。ここで人事院総裁にお尋ねいたしますが、との官吏とは一体何ぞやということについてどういうお考えをお持ちになっていらっしゃいますか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 恐縮でありますけれども、たまたま私がこの憲法の立案に携わりましたために、そのほうの経験も加えながら御説明をさせていただきたいと思います。  御指摘のように官吏という最近のことばでは見なれないようなことばが使ってございますが、大体この憲法のできますときの体制から申しますと、地方の公務員それから国会の議員さん、これは広い意味では確かに公務員でございますけれども、それ以外の公務員というものとの区別を必要とする。要するに第十五条で申しますと公務員ということばを使っております。これは議員さんもあるいは地方の公務員諸君も国の公務員も全部含むという趣旨でございますが、ここの第七十三条で官吏ということばを使いましたのは、地方のほうを除く、それから議員さんその他選挙によるものを除くという意味で公務員ということばを使わなかった、こういうふうに裏から申し上げたほうがよろしいと思います。したがって大学の先生であるとかあるいは研究機関の研究職員というようなものはこの中に入って含まれておるわけでありまして、これは除外する趣旨はなかった。すなわち明治憲法時代に官吏ということばがたびたび使われておりました、その官吏という明治憲法の時代のことばの中には、公権力の執行に当たる者も入っておりますし、国立大学の先生方もこの官吏の中に入っておった。研究機関の研究に従事しておられる方も入っておった。そういう気持ちでできておると申し上げたいと思います。

村山喜一日本社会党

○村山委員 国家公務員法を見てみますと「この法律、もっぱら日本国憲法第七十三条にいう官吏に関する事務を掌理する基準を定めるものである。」こういうようなことで、今度は「人事院は、ある職が、国家公務員の職に属するかどうか及び本条に規定する一般職に属するか特別職に属するかを決定する権限を有する。」ここで国家公務員の職は一般職と特別職ということになっておる。内閣総理大臣、国務大臣、これが特別職の筆頭であります。こういう中から、選挙によって出てくる職、これは国会議員でなければ内閣総理大臣になれない。とするならば、そういうようなものも国家公務員の官吏、いわゆる官吏の概念の中に入るわけですか。「もっぱら日本国憲法第七十三条にいう官吏に関する事務を掌理する基準を定めるものである。」この憲法七十三条のいわゆる官吏に関する事務、この官吏というものがこの第二条に定める内閣総理大臣、国務大臣という概念まで入りますか。官吏の中に入りますか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 まことに適切な御質疑だと思いますが、これが議員その他の選挙による人々をもこの国家公務員法で抱き込んでおるということであると、まさにこれは致命的な御指摘になります。ところがこの場合は、この法律の適用から除外するほうで特別職というものをあげておるわけでありますから、論理的には確かにおっしゃるような多少抵抗感がございますけれども、除くほうでございますからこれは実害がないというふうに考えます。ただしこの官吏の中には、先ほど申しましたようなたてまえから申しますれば、いわゆる政務官とでも申すようなもの、それから一般の国家公務員、これらも入っております。これらについてはここにあります総理大臣あるいは国務大臣というふうに本来は官吏に入るけれども、これは除かれる、初めから入らぬものも入っておりますけれども、本来官吏に入るものも除くのだ、二色のものが除かれるほうに入っている、こういうふうに理解すべきではないかと考えます。

村山喜一日本社会党

○村山委員 憲法七条第五項に「国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免」とありますね。これが認証事項です。そうしますと、いわゆる任用についてはいろいろな手続がありましょう。今度は免ずる場合、大学の学長が、この法律に基づく七大学の場合、総長に任用される資格がある人が今度出てまいります。そして大学の管理機関で選考して、それに基づいて文部大臣に出す、文部大臣が進達をする、そして今度閣議で決定する。その間にそういうような段階が三つあるわけです。今度は免職をする場合、おれは学長としてやめたくない、こういうことで本人が返上しなかりた場合、これは任免ですから、認証官の免職の場合も憲法七条五項を受けて、認証官の制度の中に入っておりますね。そうなりますと、一体任用する場合と免職する場合はどのような基準でおやりになるのですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 御承知のように、国立大学の学長につきましては教育公務員特例法がありまして、その十条で、大学管理機関の申し出に基づいて任命をするということになっておるのであります。この場合、管理機関のほうから申し出のありましたものを文部大臣は内閣に進達するわけでありまして、学長の免職につきましても大体同様な行き方をとっております。大学管理機関のほうからの申し出を待って免職の手続をするわけでございまして、任免の場合とさして変わったことにはならぬと思います。

村山喜一日本社会党

○村山委員 これはあとで聞きます。  国家公務員法の五十五条「内閣の有する任命権は、その直属する機関に属する官職に限られる。」人事院総裁、この解釈は、内閣に置かれる機関、直属する機関というのは内閣法制局、憲法調査会、国防会議、臨時地方制度調査会、こういうような官職ということになりましょうが、一体内閣の有する任命権というもの——今度の場合は大学の総長の任用は内閣が行なうというたてまえになっておりますが、これは明らかに国家公務員法の立場から考えれば、任用の基準というものを無限に拡大をするし、非常に国家公務員法自体の立場の上からは基準性がぼやけてくる、こういうような解釈論になると思いますが、この点はいかがでございますか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 第五十五条は、たてまえとしてはこの行政権の一番中心、最高の機関である内閣が任命権を持つということに前提を置きまして、ただそれについては各省大臣にも一定範囲の権限をまかす、これは実際上、事務上の見地からであろうと思います。すなわち、内閣みずからが任命する官職の範囲をここで限定したもの、あとは各大臣にまかせる、というのがお示しのとおりの趣旨でございますけれども、これに対しては、法律の規定でございます以上は、他の法律によって特例を設けることは可能でございますから、理論的にはそれは問題にはならない。ただそのことが適当であるかないかという御批判が残るだけではないかというふうに考えております。

村山喜一日本社会党

○村山委員 大臣にお尋ねいたしますが、「法律に別段の定のある場合を除いては」という条項が前にあることはあります。しかしながら、内閣の有する任命権というものは、その直属する機関に属する官職に限られるというのが、やはりこれは行政の筋ではなかろうかと思うのであります。国立大学の総長というのは内閣に直属する機関の官職なりやいなやという問題が当然出てくると思うのです。そういうような疑義のある筋論からいえば、これは国家公務員法の五十五条の精神を、法律があれば別ですけれども、立法論的には非常におかしな、無理な形をとっておいでになるように思いますが、そういうようなものをあえてここでお出しになった理由というのは、一体どういうようなところに根処があるわけですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 憲法なり法理論としましては、いま人事院総裁から答えられた以上に権威のあることを私が申し上げるあれはございません。その必要性の点だけから申し上げれば、何回かお答えしたことがございますけれども、およそ教職にある公務員というものが、他の一般の公務員との比較において国家的、社会的な評価、位置づけというものはいかにあるべきであろうかという課題があろうかと思いますが、その見地に立ちまして、戦前のことを引き合いに出すことはむろんそれ自体が合理性を持ちませんけれども、戦前においてすら一般公務員と教職にある官吏とは全然別個の評価をされておったと承知いたします。その考え方は、憲法は変わりましょうとも、教職にある者に対する国民的なあるいは国家的な位置づけというものはやはり範とするに足ると私は思うのでございますが、そういう立場に立ちまして考えます場合、現在のその評価、位置づけというものはばく然としておって明確性を欠いておる。のみならず、その裏づけたるべき給与の関係につきましても、その客観的な評価にふさわしいものにはなっていないと私は考えるのであります。さような考え方からいたしまして、どういう方法があるかということを考えてみました場合、一般職の公務員の例から申せば、検察官にその一応の適例がある。取り扱いの手続、方法としましては平穏かつ公然に制度化されましたものがある。その構想を移し植えることによって、他の公務員との評価をあらためて、検討して、認証官という手続によって慎重な、かつまたそれにふさわしい任命形式をとることが、とりもなおさず国民的な、国家的な評価を正しくする方法であろう、かように考えますと同時に、いまも申し上げました給与の裏づけにつきましても、それにふさわしきものを創設する、その必要性から、認証官という任命手続を、教職にある、公務員の常識的に見ましてトップレベルにあると考えられる地位にある人をその取り扱いにすることによって、国家公務員であれ、地方公務員であれ、教職にある著すべての国民的な評価がえをするよすがにしたい、そういうことから考えました法案の内容でございます。それ以外に方法がない。少なくとも現行の制度を検討しました限りにおきましては、それ以外に方法がない。そういう判断は、やはり国会を通じて法律の形で御決定をいただくほかには方法がないと存じますので、御審議を願っておるような次第であります。

村山喜一日本社会党

○村山委員 いま検察官のことが出ましたので、検事総長、次長検事、検事長を任命する場合の現在の手続関係、これをちょっとお伺いいたしておきますが、検察庁法第十五条で、検事総長等は内閣が任命することと机なっております。そこで法務省としては別に条文化した内規というものはないようであります。内閣官房長官通達というのがありまして、これは昭和二十四年二月八日、各省次官等重要人事の任命発令に際し閣議了解を求めるの件、そこに「左に揚げる者の任命に関しては閣議の了解を求むること」と書いてあります。二に、「認証を要する者」「検事総長、次長検事、検事長」こういうようなことばがございますが、法務大臣が次期検事総長についてする場合には進達ということばを使って、法律の中にはそういうようなものがないようでありますが、文部大臣の内閣に進達するものとするというその進達権をここに明示したのは、一体どういうような理由なんですか。いま検察庁法の第十五条を調べてみますと、そういう進達するというような条文はないようでございますが、それにもかかわらず、実際的には法務大臣名でだれそれを次期検事総長にされたいという発令要望書を内閣に送っているようであります。それと、「文部大臣が内閣に進達するもの」、こういう形にしたのは一体どういうような理由に基づくものか、この点は大開でなくてもけっこうですから、御答弁願います。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 法案の第三条で、総長の任免等については文部大臣が内閣に進達して、内閣が任免するということにいたしております。これは普通の場合でございますと、いわば経由と同じような意味合いのものでございますが、御承知のように国立大学の学長につきましては、それぞれ大学の管理機関から申し出があるわけでございまして、この申し出を受けまして、所轄長である文部大臣として、単純に経由ということでなしに、その職務の職能からいって、これを内閣のほうに進達するということにいたしたわけでございます。なるほど検察庁法にはそういった書き方をいたしておりませんけれども、大体先ほど申したように経由とたいした意味の相違があるわけではございません。

村山喜一日本社会党

○村山委員 検事総長の場合には、そういうような要望書を出して、内閣がそれに基づいて閣議の了解があれば任命をする。そうして法務省は内閣から発令書を受理をするという手続関係になっておるようであります。ここの「進達する」というのは、文部大臣が大学管理機関の申し出に基づいてそれの取り継ぎをするということですか。ただ手続行為をここに進達をすると打ち出しただけであって、その進達をするのにあたって取捨選択をするわけですか。取捨選択ができないというのか。検事総長などのような官吏の任命よりも大学の学長については保護されているので、ここに「内閣に進達するものとする。」というふうにしたのだ、こういうふうに解釈されないのですか、同じような問題なんですが。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 法案で進達と申しておりますのは、先ほど申しましたように大体経由と同様な意味で書いておるわけでございまして、この大学管理機関のほうから申し出があったものにつきまして取捨選択をするということは考えておりません。と同時に、申し出があれば適法である限りこれは内閣に進達すべき義務があるというふうに解釈いたしております。

村山喜一日本社会党

○村山委員 その点は了承いたします。  次に、七大学に総長を置くことになるわけでありますが、学校教育法の五十八条との関係は一体どういうふうになるわけですか。提案理由の説明で、学長として国立大学総長を置くとあります。学長と総長とは職務内容についてどう違いますか。同じとすれば一体総長の任務というものを明示する必要はないわけですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 七大学の学長を認証官といたしました場合に、従来からの例によりまして認証は一官一職の職でございますので、特にこれを総長という官にいたしたわけでございまして、一般職としての職務権限等におきましては、従来の学長と変わりはないものでございます。

村山喜一日本社会党

○村山委員 そういたしますと「大学には学長、教授、助教授、助手及び事務職員を置かなければならない。」と五十八条では明記しております。そうなりますと、学長として国立大学総長を置くという説明と、総長と学長というのは同じ職務内容だということ、それでは学校教育法の中に、学長(総長)、そうして教授、助教授、助手、講師、こういうふうにしなければおかしいのじゃないですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 学校教育法五十八条に大学には学長を置かなければならないというふうに規定してございますのは、およそすべての大学には大学の長としての学長を置くというふうに定めたものでございます。この場合に、七大学の学長に関して具体的な官職名として、たとえば東京大学総長というふうにこれを称することにするわけでございまして、その他の認証官にならない大学の場合には従来どおり文部教官何々大学の学長ということにするわけでございます。したがって、たとえば東京大学の総長というのは学長の具体的な官職名、こういうふうに私どもは解釈いたしております。

村山喜一日本社会党

○村山委員 いま小林局長は、総長というのは新たな官職名であるということでございました。  そこで、人事院総裁にお尋ねをいたしますが、「官職の分類の基礎は、官職の職務と責任であって、職員の有する資格、成績又は能力であってはならない。」これは職階法第六条に定められております。そこで国家公務員法の第二十九条あるいは三十二条の立場から見た場合に、あるいは三十一条でもよろしいですが、「人事院は、人事院規則の定めるところにより、職階制の適用されるすべての官職をいずれかの職給に格付しなければならない。」こういうような立場からいった場合には、分類をしてまいりますその基準というものは、職務の種類及び複雑と責任の度から見て官職の類似性と相違性によって格づけ、あるいは職種の分類をやるということになっております。そういうふうに見てまいりますと、総長という新たな官職が設けられたが、総長と学長とは一体どこにその職務内容において差があるのか。これは給与を特別職の給与体系に準じて支給しなければならないということに法律の上ではなるわけでありますから、片方は学長としてそういうような一つの官職があり、片方は総長という官職がある、その間において職種の内容あるいは官職の類似性というようなものを考えてまいりますと、どうもはっきりしない。一体ここら辺はどこにその区別をし、どういうような特異性を持っておるのか。この点については、職階法に基づく権限を持っておる人事院でございますから、どういうふうな解釈でそのような立場をおとりになったのかお尋ねをいたしたいと思う。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 ただいま御提案の法律案につきましては、実は私どもはわき役のほうで、率直に申せば批判的な立場におるわけであります。しかしいま御指摘の点につきましては、これはただいま私どものほうでしきりに検討しておりまする職階制と非常に密接な関係がございます。遺憾ながら公務員法に予定しておりますいわゆる職階制というものがまだスタートしておりませんために、御指摘のようないろいろな問題があると存じます。たとえば現行制度にいたしましても、文部教官というものの上に教授とか助教授とかいうものがかぶっておる、あるいは学長がかぶっておるというような体制につきましても、これは根本的に改めなければならぬという問題を私どもは包蔵しておるのではないかと考えておるわけであります。ただいまたまたま総長の問題でございますけれども、これは私どものほんとうの推測でありますけれども、特定の者を抜き出して認証官にする以上は、その官名というものをはっきりしておかないと認証官というものの対象がはっきり出てこない、そういうような技術的な観点から苦心してあみ出された新しい官名ではないかと思うわけであります。

村山喜一日本社会党

○村山委員 そこで国家公務員法六十二条によりますと、「職員の給与は、その官職の職務と責任に応じてこれをなす。」というのがありますね。だから職員の給与はその官職の職務内容、責任の度合いというものが基準でなければならない。だとすれば総長という新たな官職の職務内容と学長の職務内容というか、その間にはどのような区分がありますか。これは文部省にお尋ねをしなければならぬことであります。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 法案の二条にございますように、七つの大学はそれぞれその大学に学長として総長を置くということにしておるわけでありまして、その他の大学の学長とその職務権限について特に質的な差異があるというふうには考えておりません。ただ量的に、御承知のようにこれらの七つの大学は規模もあるいは学生数その他の点から申しましてもきわめて大きい大学でございますので、そういった量的な差異ということを認めて、これだけを取り出して認証官にすることをお願いしておるわけであります。

村山喜一日本社会党

○村山委員 そうなりますと、職員の給与はその官職の職務それから責任に応じてこれをなす、これが基準であろうと思いますが、学長と総長との間には質的な差はない、量的な差がある、その量的な差は職務にかかわりますか、責任にかかわりますか、どちらですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 国家公務員法の六十二条にいっております「官職の職務と責任」ということでございますが、先ほど申しましたように、職務権限の点から申しますと、質的な差異はないと思いますが、特にこれらの七つの大学は学部その他の規模、それから大学院が置かれている状況等格段の差異があるわけでございますので、その量的な職務権限に基づく職務であろうと思っております。

村山喜一日本社会党

○村山委員 私が聞いているのは、職務と責任というのを分けた場合に、その量というのは職務に入るのか責任に入るのかということをお尋ねしているのですよ。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 でありますから、私どもとしてはたとえば他の大学長との間に実質的な差異はございませんけれども、その職務と責任両方にかかって、これらの総長の権限は大きくなっていくというふうに考えます。

村山喜一日本社会党

○村山委員 国家公務員法の解釈は、これは人事院が主としてなさなければならないわけですから、人事院総裁にお尋ねいたしますが、そういうような「職員の給与は、その官職の職務と責任に応じてこれをなす。」という場合に量的な差がある。その量はいわゆる職務と責任両方にかかってくる、こういうことでありますが、その職務内容を分類をしてまいりました場合においては、量的なものは私はあるかもしれないと思うけれども、責任内容について量的なものが加わるということは一体あり得るかどうか、その点についてお尋ねをいたします。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 今度総長になるべき学長と他の学長との職務については、その性格は同じだと思います。ただ、いまお話のとおりに性格は同じでも職務と責任というものを、ことに量のお話が出ましたから、量の点から観察いたしますと、これは両方についてやはり他の学長とは違うものがある、多いものがある。これはそう申さざるを得ません。

村山喜一日本社会党

○村山委員 そこで質的な差はない、量的な差がある、量は職務と責任両方にかかっている。その量は一体どこから客観的な基準性を出しているのですか。この基準に到達したものは認証官にする、これだけの量の者はこれはまだ認証官にしない、こういうような一つの客観的な基準がなければ、行政解釈の恣意によってどうでも行なわれるということになってくるので、そこの基準というものは一体どこにあるのですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 その点に関連しましても、先般お答えしたつもりでございますが、それはこの七つの大学は人文、社会、自然の各科目について、学部について包括的な規模内容を持っておる、同時にその各学部に例外なしに博士課程の大学院を持っておるということで、それが結果的には量的にも他の大学と異なる内容になっておるということを申し上げたことがございます。したがってこの認証官の取り扱いをします学長というのは、いま申し上げたように、包括的な学部を持ち、すべてに例外なしに博士課程の大学院を持つということが、他の大学との特色というか相違点の一番基本的なことだと御承知おきいただきたいと思います。

床次徳二自由民主党

○床次委員長 辻原君の関連質問を許します。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 いまの御答弁を承っておりますと、いまの職務と責任の関係についての御答弁は納得ができません。納得ができないというよりも、どれがほんとうかということについて、われわれはそのほんとうであるという答弁が一体どなたがなさった答弁であるかちょっとわからないので、はなはだあれですけれども、もう少しはっきりしていただきたいと思います。というのは、いま小林局長は、一般学長との間の差というものは何だ、国家公務員法六十二条のいわゆる「職務と責任」というこのいずれにかかっておるのかという村山君の質問に対してあなたは、両方にかかっておるということだ。人事院総裁はしいて言えばその職務の軍的な面だ、こう言われた。両方にかかっているということになると、これは常識的、概括的な意味ではわかるけれども、しかし行政組織としては重大な疑問が生じる。もし両方にかかっておるということであるならば、一体それでは、教育公務員特例法等に定められておる学長の権限またその権限に基づいて行われておる現在の職務の内容等が、はたしてそのままでいいかという疑問が出るわけです。ですからいま一度文部省としては、他の大学と違うという根本理由は一体どこにあるのかということを、法制的に明らかにしてもらいたい。この点ははっきり人事院総裁の答えとは違う。明確にしておいてもらいたい。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 いま私の言葉が非常にまずかったためにお聞き取りにくっかたと思いますが、私どもは職務と責任の両方に違いがあると考えます。これは職務がふえますれば責任もふえることは、三段論法の結果で当然ではないかと思いますが、そういう意味でことばづかいはたいへん不明確であったことはおわびいたしますけれども、これは両方にかかります。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 そういうふうに委員会の運営をやってもらっちゃ困ると思うのです。というのは、舌足らずであったからふえんいたしますとか、言葉の内容が不明瞭であったからつけ足しますということは、これは黙ってお伺いしておきます。しかしながら厳密な法律の解釈についてはっきり述べられたことを、その次に立って簡単に変えるというようなことは、委員会の運営としては許されぬですよ。だからその場合は明らかに前者を取り消して、そうしてしかるのちに訂正をするというのが筋だと思います。厳密な解釈をやっているわけだから、適当な言葉で適当につどつど言葉が違うというようなことでは困る。だから私はあえてそのことを御注意を申し上げておる。明確にしておいていただきたいというのはその点なんです。前者が違っておるなら取り消しなさい。人事院総裁が答えたけれども間違っておる、これが正しいというなら、それをおっしゃい。適当にやられるのは困りますよ。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 先ほどのような趣旨で申しましたつもりでございますが、前の発言がそれと異なっておりましたとすれば、つつしんで取り消さしていただきます。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 それじゃ大学局長、これは文部大臣にも伺いたいのでありますが、両方にかかるということであれば、行政組織的に見ても、責任というものは要するに七大学に関しては重い、他の大学はそれに比較して軽い。これは常識ですね。そういう差異があるということをあなた方が言われておるのか、そういう差異を私たちが認めなければならぬのか、その点はどうなんですか。量とかいろいろなことばを使いますけれども、簡単にはそうでしょう。職務の内容責任の度合い、いずれにも違いがあります、重いから総長としたんだ、だからその他は軽いから学長でよろしい、そうなんですか。この点は明確にしておいてください。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 先ほど申しましたように学長としては、この七つの大学とそれ以外の大学との間に質的な差異は私はないものと思っております。ただし先ほど申しましたように、これらの大学は、その規模と申しますか学部の数なりあるいは大学院の置かれている状況等からして、非常に規模の大きい大学でございますので、この大学の学長としては、その職務も責任も両方とも他の大学に比して大きいものがあるというふうに考えております。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 小林さん、私は大学の問題だけではないと思うのです。そういう論理がまかり通っていくならばたいへんなことなんです。あなたは質的な面においては相違はない、そこまでは一応論理があります。そこまでは一応話としてはわかる。ところが、それじゃ一体職務及び責任の差異を量的なもので求めた場合、簡単に言えば大きいから責任も重いんだ、こういうことなんでしょう。大きいから重い、大学院を置いているから重いとするならば、かりにこれを義務教育小学校に照らしてみた場合はどうなんですか。かりに小学校で言えば、都会の学校は規模が大きくて、いなかの学校は規模が小さい。複式もあれば単式もある。同じ校長であっても、形が大きいところは責任も重いのですか。あるいは補修学級を置いておるというような、そういう勉強するための機関が多いところは量的に大きいでしょう。形は違っても同じ理屈なんです。学校が大きい、生徒の数が多い、先生の数が多い、しかもやっていることが何がしか重要に見える、そういうことをもって職務及び責任の度合いにおいて差があるというような、これが日本の教育全般に及んだらどういうことになりますか。これはたいへんですよ。かりに、数が多いから職務内容、業務内容のボリュームがふえます、したがって何か別の名前も要るでしょう、これなら常識でわかるかもしれません。私はそう答えるかと思った。ところがそうじゃなくて、責任についても職務についても質は変わらぬように思うが、量は違う——そのことも私はほんとうはわからぬと思う。だんだん大きくなったら、量的な責任とは一体何だろうと考えたらちょっとわかりませんが、しかしそれはさておきましょう。両方を比較して、大きいから責任も違うんだ、職務内容も違うんだ、そういうことがまかり通っていったら、七大学を除くその他の大学に一体どういう波紋を及ぼしますか。私は福岡大学です、私は神奈川大学です、そこらの学長さんが、おれは責任が軽いんだからということになりますと——まあそういう方はおられまいと思うけれども、しかしデリケートな心理的反応を与えることは事実なんです。そういうこともあえてして、一体何で七大学の総長制というものを作らなければならぬのです。そのことの議論はあとでするとして、ともかくもう一ぺん職務、責任というものが量的に両方ともにかかって差があるんだということを、納得のいくようにお示しを願いたい。また大臣が、大学院を置くからそうしなければならぬのだというような答弁をいまされましたね。私は前の答弁は知りません。いま言われたのはそうなんです。そのことも合点がいかぬ。大学局長からひとつお答え願いましょう。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 この法案にもございますように、七大学の総長も学長として置かれるものでございまして、その職務の質から申せば、同じ学長でございますので質的なものは変わらないと思います。ただしこれらの大学は、先ほどお答えの中でも申しましたように、学部の規模等から申しましてもきわめて大きい大学でございますし、その上大学院もすべての学部の上に置かれて完備した学部でございまして、そういった規模の点から申しましても、これらの大学の学長はその職務の量から申しましても責任の度合いから申しましても、他のものに比べて特に大きいものがあると思っております。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 だから言っていることが全然支離滅裂だと言うのです。本来そういうことをやっているからそういうようにお答えになるのです。明らかに法律の前提はそうなんです。学長としてだから、学長の権限というものは変わらぬということが前提なんです。職務内容や責任の度合いも変わらないということが前提なんです。しかりとすれば、北海道大学総長、大阪大学総長と名づけたのは一体何ですか。これはもし常識的に演繹すれば、大阪大学学長これを大阪大学総長と称す、その場合私たちもその論理はわかる。しかしやっていることは違うのです。変わらぬということを前提に置きながら行政組織の上における官職あるいは身分、権限というものを異なる体系に持ってきているところに論理の矛盾を来たしている。職務内容が違えばかくかくの前提がありますということが前提になってきているならそれも一つの体系です。しかしながら同じだと規定しておりながら、違うのだからこうするのだとやってきているからわけがわからないのです。そうでしょう。だから小林さん、どうしてもあなたの言われていることは納得できない。一体その責任の度合いの相違というのは、責任の度合いに明確にかかっているのかどうか。責任の強弱、責任の軽重ということにおいて七大学だけは別個に取り出して、重いからこうしたのだということなんですか。その点をもち少し具体的にわかるように説明をいただきたい。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 先ほどお尋ねの中にございました特にこれらの大学の学長を総長と称するという考え方ではございません。御承知のように認証官とする場合に、従来からの例もございまして、特にその官職をはっきりするということになっておりますので、そういった考えから一官一職の総長という官名を新たにつくったわけでございます。ただしその場合も、学長としては法案の第二条にございますように、それぞれの大学に学長として総長を置くという形にいたしているわけでございます。私が先ほど来申しましたように、学長としてその他の大学の学長と質的な差異が特に認められるということではございませんけれども、先ほど申しましたように、学部の置かれている状況なりあるいは大学院、ことにこれらの大学においては大学院の点で非常に整備されたものでございますので、そういった点から、この七つの大学の総長は、職務の量から申しましても、責任の度合いから申しましても特に大きいものがあるというふうに考えております。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 私、関連で恐縮ですが、もう一つで終わります。  そういたしますと、あとの議論は一応おいておきましょう。質的な面は言われなかった。量的な面において責任と職務の内容というものが違いますという最終的な答えなんです。そうすると大きいものは職務責任の度合いが重くて、小さいものはそうではない、ということは、これはさっき私が例をあげた小学校、中学校等の義務制においてもあなた方はそうお考えになっておりますか、この点はどうですか。大臣からお答えを願いましょう。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 考えておりません。七大学を認証官手続をとる学長たる総長という扱いにしますことは、先刻お答えしましたように、人文、社会、自然のすべての学部を持ち、そうしてこのすべてに博士課程の大学院を持っておるという、名実ともに総合大学というところに特色を認めまして、これを総長という官職名を冠するということで他と区別し、そうしてそれを限って認証官という手続の学長として任命する、こういうことでございます。したがっていつかの御質問にもお答えしたことでございますが、七大学以外のその他の大学につきましても理論上当然に認証官手続によって任命される大学総長というものは出てくるわけでございます。まだ出てこないのはなぜかということになると、いま申し上げたとおりの基準に従ったものを認証官手続によって任命しよう、こういうわけでございまして、他の大学との差別はいま申し上げた点にございます。このことがさつき政府委員から申し上げましたように、量的にも他の大学と違いが現にある。その点からしまして責任の度合いもおのずから重からざるを得ないだろう、そういうことをお答えしておるわけであります。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 私の尋ねましたことに答えておられない。私は量的に差異があるから、そこで職務、責任の度合いに違いが出てくるんだというこの論理は、あに大学のみならず、義務教育の場合についてもしそういうことを考えたら、同じような考え方が論理的に生まれる。いま考えておらぬということを言われたが、いまやるのかやらぬのかということでなく、同じじゃないかと言っている。  そこで人事院総裁に伺いますが、文部省の見解によれば、量的な面において他の大学と違いがある。すなわちこれは大きいということだろうと私は思う。その大きい、小さいということを論じて、それを基礎にして官職、職務、分限に相違をもたらすということになれば、私はこれは他の学制だって同じことが言えるのじゃないかと思うのです。どうなんですか。大学の場合に、量的に違いがあるから特殊な身分取り扱い、特殊な任免方式をとるということは、論理的にもし義務教育諸学校、小学校、中学校において職務内容として量的に非常に多く考えられるような大きな学校、これはいまの大学における七大学とそれ以外の大学との違いと同じように量的に多いということはわかりますね。その場合も、そうするとその職務権限、責任の度合い、これに差異があるということを人事院はお認めになりますか。それはどうなんですか。人事院総裁、お答え願いたい。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 今回提案されておりますこの七大学の総長に対する給与の額というものをとらえてみますと、実はこれは私どもが従来のような方式で考えておった額から申しますと、飛躍的なものだと率直に申し上げてよろしいと思う。しかし、それはまた文部当局からるる説明のありましたようなそういう説明も、それはもちろん成り立ち得る。これは国会のおきめになることでありますから、私どもとやかくは申しませんが、かりに国会でこの原案が成立いたしました場合に、しからばこの七大学の総長と取り残されたあとの学長の給与とが一体このくらいの開きが合理性があるのかどうかという問題は、これは私どもが検討いたさなければなりません。さらに論理的に言えば、いまお話しのような、あらゆる部面にわたってその連鎖関係を検討しなければならぬということになりましょうが、ともあれ、いま申し上げました本件との関係におきましては、他の大学と総長との関係、これは検討する必要があるのじゃないかというふうに考えております。

村山喜一日本社会党

○村山委員 ただいま辻原委員のほうからいろいろ質疑がなされまして、それに対する答弁を承っておったのでございますが、いわゆる官職の分類の基礎は、職階法第六条に基づいて、職務と責任、これが基礎にならなければならないということが明らかになっておるし、分類をする場合には、職務の種類及び複雑と責任の度合いから見て、官職の類似性と相異性によって同一の職級並びに職種を決定しなければならない。そうして同法の第四条二項によれば、職種を決定したときには名称及び定義を国会に提出しなければならない、こういうようなことに相なっておるようでありますが、こういうような立場から見た場合に、総長という新たな官職を設けた、その場合の学長との職務の内容の差においては質的な差はないけれども、量的な差はある。それは職務についても責任についても量的な差がある。こういうようなことであるという説明でありますが、そうなったら、当然これは国立大学総長は国家公務員法の二十九条から三十二条にかかわるところの職階制の適用を受けることは明らかでございますから、そういう立場から、大学総長という人事院がいままで考えてもいなかったような新たな職種ができたものだ、こういうように思う。そうなった場合には、学長との間におけるところの差をどうすればいいのか、こういうような問題も当然出てくるわけでございますから、これについてはそういうような方向において検討しなければならないというだけではなくて、やはり大学総長はこれこれの量的な、これだけの質的な、あるいは責任とそれから職務の内容を持っておるのだ、だから総長と名をつけた、学長はどうだ、こういうようなことでなければ、この給与の体系からいってもおかしなかっこうになりますから、ひとつ統一した見解として後ほど昼食後に出していただくように要望を申し上げて、私の午前中における質疑をこれで終わりたいと思います。

床次徳二自由民主党

○床次委員長 午前の会議はこの程度にとどめ、午後三時開会することとし、これにて休憩いたします。    午後一時二十六分休憩      ————◇—————    午後三時四十七分開議

床次徳二自由民主党

○床次委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  国立大学総長の任免、給与等の特例に関する法律案を議題とし質疑を続行いたします。村山喜一君。

村山喜一日本社会党

○村山委員 国家公務員法の第二条の四項に規定してあるわけですが、公務員の概念が実定法上のものである結果、ある職が国家公務員の職に属するかどうかということ、及び国家公務員法の二条に規定をする一般職に属するか特別職に属するかを法の適用の前提として決定する必要があるわけでございますが、国家公務員法はその行政的な権限を人事院に与えております。そこで、国立大学の総長は、身分的には一般職の公務員、給与は特別職の公務員に準じてやるように今度の法案で出ておるようであります。そこでお尋ねをいたしたいのは、この一般職の職員の給与に関する法律、それから特別職の職員の給与に関する法律、こういうようなものを調べてまいりますと、やはり特別職は特別職なりの給与を受けるべき筋合いがあるからこそ、この特別職の給与というものがそれに見合うものとして、前提としてあるわけです。一般職の職員の給与に関する法律の中で処理しないで、給与だけは特別職の公務員並みにする、こういうことに法案的になっておりますが、それであるならば、何ゆえに国立大学総長七名については特別職の職員として——特別職の職員にするためにはいろいろな条件があるようでございますが、職務の特殊性という立場から考えて、この任用服務を、一般職の職員の給与と国家公務員法によらなくても——任用服務等を規制する必要のないものを、特に教育公務員特例法等があるわけでございますから、そういうような立場から、学問の自由権が憲法によって保障されている。学問の自由というのは、アカデミック・フリーダムの英訳があるように、大学の自治というものと非常に関連があるわけでありますが、そういうような立場から考えていった場合には、特別職の給与待遇をしようとする考え方からするならば、なぜ特別職に総長をしない、これは第一義的には行政的な権限が人事院に与えられているそうでありますから、人事院の立ち場から御説明を願いたいと思います。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 人事院といたしましては、総長といい、あるいは学長といい、これらのものの本質から申しまして、これは明らかに一般職であるべきもの、そのようにかたく考えております。したがって今回の案も、その点には全然踏み出すところはないわけで、一般職の扱いをしておるわけであります。  ところで今度の給与の問題でございますけれども、これはその上に出てくる第一の問題は、この七大学の総長の地位から見て、これは認証官にすべきだという一つの発想がそこに出てくる。これが社会的な一つの評価として、なるほど認証官に恥ずかしくないということで、おそらく今度の案ができたのだろうと思います。そうなりますと、今度は給与の問題としても、いま特別職というおことばがございましたけれども、むしろ特別職ということよりも、直接認証官にふさわしい給与ということから、認証官の面からの給与の算定をここにされた、こういうように考えますので、私どもとしては、この場合について特別職という観念を給与の一つのめどといたしましてもここに持ち込んでくるということは、はなはだ好ましくない、こういうふうに考えております。

村山喜一日本社会党

○村山委員 それであるならば、尋ねてお尋ねをいたしますが、一般職の職員の給与に関する法律、これを見てみますと、この法律は一般職の給与制度に関する基本的な法規であるわけでございますが、法律の六十三条による給与準則は、昭和二十八年人事院から勧告されたまま制定されるに至っていないわけでありますけれども、そういうような立場から、この一般職の給与法からはみ出ている職員または給与の種類が次第にふえてきて、給与制度が複雑化している、こういうようなことが、こういうような大学総長の認証官並びに給与に関する特例等が出てまいりますと、はみ出てくるわけです。そういうようなものは、給与制度の上から考えて、正しい方向だとあなたはお考えになっていらっしゃるのですか、ぞの点はいかがですか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 私どもは法律的に見た場合に正しいかどうかという判断と、それから適当であるかどうかという判断と二通りあると思います。  ただいまのこの法案に関しましては、いまおっしゃいますとおりに、一般職の給与に関する法律という一つの体系をなしたものがあるのにかかわらず、その中に入るべきものを別の法律の中に抜き出して規定しておる、その点に対する御批判であろうと思うわけです。法律的に見れば、これは法律と法律との関係で、やはり他の適当な教員の関係の特例法というものがあれば、その中にその分だけ載せておいたからといって、憲法違反でも何でもない。これは一つの立法技術の問題としては間違ったものとは言い切れないと私は思います。ただしそれが適当なやり方であるかどうかということにつきましては、また別の批判があり得るのじゃないか。せっかく一つの体系が一般職の給与についてできております以上は、その中に入れておいたほうが適当じゃないか、こういう御批判は成り立ち得ることだと思います。

村山喜一日本社会党

○村山委員 このはみ出ているものの中に検察官があります。検察庁法及び検察官の俸給等に関する法律、そこで私は人事院総裁にお尋ねをいたしますが、こういうように七大学の学長が総長になる、認証官になる、さらに給与は特例の措置がとられる、こういうようなことになりますと、他の国立大学の学長との関係あるいは教授、その他の各助教授とか講師、助手、こういうような人たちとの給与体系というものが、当然均衡の原則という立場から考えられなければならないということになる。その場合に現在の給与体系のたてまえから考えていった場合に、一般職の職員の給与に関する法律の中でそういうような格差是正といいますか、均衡是正というものが可能であるのかどうか。それともやはりその任用とかあるいは奉職、身分保障とか停年制とか俸給、そういうようなものが特殊な立場に立っておるところの検察官と同じような立場から考えて、検察官の場合には、裁判所の判事に見合う分として検察庁法及び検察官の俸給等に関する法律によって特別の優遇規定が置かれておる。こういうような職務内容から見ましても、当然大学の研究職、大学の教育職であります大学の教授、助教授、こういうような人の場合には、一般職の給与体系の中で解決をするという考え方を立てても無理じゃなかろうか、これは人事院が給与に対する勧告をなさる場合にはどういうような形をとるのかわかりませんが、やはり一部の大学の総長は認証官にし、特別な給与支給をするということになりますと、先ほどの、職務内容は変わらない、ただその複雑化が問題だというような程度の区分のしかたから考えてまいりますと、他の国立大学の学長の場合と総長の場合の均衡を考えた場合には、この一般職の給与表を改正するだけでは問題の解決はできないのじゃないか。そうするならば、大学の教官の給与に関する法律というようなものを別個につくって出すようにしなければならないのじゃなかろうかと思いますが、それについてはどういうようにお考えになっておいでになりますか。  またこれは人事院だけではなくて、文部省にもお尋ねをいたしますが、給与改善をするためにこの法案を出したのだという説でありますので、そのためにはどういうような方向をお考えになっておるかをここで明らかにしていただきたい。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 いろいろ問題点がございますが、ただいまおことばに出ました検察官の場合は、確かに別の法律が出ておりますけれども、これは御承知のように、上は検事総長から下は平検事までずっと検察系統の者は一本にまとまっているわけであります。ところが今度の場合におきましては、同じ学長の中で一部の者が特別の措置として給与法の外に出ておる、残りの学長は依然として一般職の給与法の中に残るという点では、検察官の場合とはまた違う形がここに出てくる。そこで第三段目に、ただいま御指摘のように、しからば上は総長から下はずっと教授、助教授、文部教官を全部、あるいは他の学校の教職員の方々の分を合わせて一本の法律にしてはどうか、これは、一つの立法技術の議論としては成り立ち得ることだと思いますけれども、私どもは、いま突然のお尋ねでありますから、卒然たるお答えになりますけれども、せっかく一般職の給与法というものがあるのでありますから、これをあまりに分断されてしまってはどうだろうか。検察官の場合は、また特別な理由があったかもしれませんが、技術官の俸給に関する法律、教官の俸給に関する法律ということになりますと、またこれは他の混乱を生ずるのではないかというようなことで、いまのところ、私はそういう行き方に対しては消極的に考えたほうがよかろう、こういうふうに考えております。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 給与体系を基準に置いた法律論は、いまの人事院総裁のお話以上のことは、私は申せませんが、人事院総裁のお説に同調いたしたいと思います。  ただ午前中の御質問にお答えしましたことのまた繰り返しになって恐縮ですが、申し上げたいと思いますのは、およそ一般職の公務員の中でも教職というものはいかに評価さるべきかという見地から見ますと、いまの一般職の給与表が物語るあの姿からは、当然には生まれ出てこない。一つの時期を画する課題として取り上げられねば、教職にある公務員のすべてについて、毎年毎年の人事院の勧告によって何がしかの調整がしてもらえるという問題以外のもっと基本的な問題でございますので、当然にはこたえ得ないだろう、したがって国会で決定をしていただいたこの法案によって、その価値判断が国家的にはっきりしてくる、そのことが基本になりまして、全般的な教職についての考慮が払われる機縁にもなるであろう、人事院のお立場からの御判断ですから、そのことについて私がかれこれ申し上げるところではむろんございませんけれども、この方法以外には、今申し上げました角度からする取り上げ方としてはないであろう、それを検察官の例に一応なぞらえてこの法案を準備しまして御審議願っておる、こういうことでございます。これが法律として決定していただいた後に体系的にどうなるであろう、どうあるべきであろうという課題が残ることは、先ほどの村山さんとの質疑応答を通じて私も想像にかたくない課題だと思いますが、ともあれ教職の価値判断を基本的に評価がえをするという課題のゆえにこの法案を御提案申しておる、こういうことで御理解をいただきたいと思います。

村山喜一日本社会党

○村山委員 人事院総裁にお尋ねいたしますが、総長は一般職の職員の給与に関する法律の適用外なんですね。そうしますと総長の給与はどこでどういうふうに取り扱われますか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 総長の給与は、ただいま御審議のこの法律案にありますように、十八万その他必要な規定がございます。その必要な規定が第一に適用になりますが、その裏にはもちろん一般職の給与に関する法律があります。それは依然としてこの裏にあるというふうに考えております。

村山喜一日本社会党

○村山委員 一般職の給与に関する法律は適用されないわけでしょう。特別職の給与に関する法律を準用するとなっているんだから。そうなると当然適用されないはずです。いまの総裁の発言間違っています。だから、総長の給与はどこでだれがどういうふうに取り扱うかということをお尋ねしているわけです。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 私の申し上げましたとおり、たとえばこの法律案の四条を見ますと、「国立大学総長の受ける一般職の職員の給与に関する法律に規定する給与は、俸給及び期末手当とする。」というわけでありますから、これはあくまで一般職の給与に関する法律を前提としつつ、これを規定しておるという意味でございまして、したがいましていまのお尋ねの趣旨は、あるいは私の憶測かもしれませんけれども、人事院の管轄を離れるかどうかということにあるとすれば、これは離れませんと申し上げるわけであります。

村山喜一日本社会党

○村山委員 そういたしますと、これは人事院の管轄の中にある、その中で十八万、十六万というものが生まれてきた。そうなりますと、ここで重ねてお尋ねいたしますが、他の学長の場合、当然これが十八万なり十六万ということになれば、その引き上がった額に見合う分だけ引き上げられますか。そしてまたそれと同様に、大学の教授、助教授の場合、そういうような教育職の職員をこれと比較する程度において引き上げる勧告をなそうというふうに、もう計画はきまっているわけですか。当然そういうふうになるべき筋合いのものであるのか。さらに再検討して他の、今度は一般職の公務員とのつり合い等も当然出てまいりますから、そのような中で勧告をするという形になりますか。その点はどうなんですか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 まず常識的に考えまして一応気のつきますことは、今度七大学の総長の受けます給与と、残された他の学長のもらっておる給与が、そこに相当のギャップを生ずるということは、おそらく何人も認識し得るところであろうと思います。少なくともそういう点に着目いたしまして、これらを多少調整をする必要があるのではないかというわけで、この法案の成立を一方において考慮しつつ、検討を続けておるわけであります。

村山喜一日本社会党

○村山委員 大臣からは、この前山中委員の質問に対して、三回ほど人事院総裁とはこの問題で協議したという話をお聞きしました。そこで認証官にしなければこういうような給与改正はできなかったかどうか。一般職の給与に関する法律の改正を考えるということになると不可能であるのかどうか。この点はすでに総裁も御承知のように、国会議員が現在十八万の報酬を受けているわけです。その前はたしか十三万五千だったと思いますが、そういうような関係から、一般職の場合の適用を受ける職員の給与改善をするということは、頭打ちをするので困難があるというお話を聞いておりましたが、国会議員の報酬が十八万になった今日、一般職の給与に関する法律の中ではこういうような改正はどうしてもできないかどうか、やはり認証官にして特別職の職員に準ずる給与の改善をするという中でしか考えられないかどうか、この点はどういうふうにお考えになりますか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 私の山中さんとの質疑応答のことが引用されましたので、ちょっと申し上げますが、あのときにお答えしましたように、前人事院総裁と三回ほどお話ししたことはございますが、いわば非公式の話し合いでもございますし、故人となられてもおりますから、いかがと思いながら事実問題として御披露した事柄でございます。現人事院総裁とは直接お話ししたことはございません。文部省として事務的な接触は別途ございますけれども、私自身が人事院なり人事院総裁とお話ししたことがあるかというお尋ねであったようでございますから、いま御指摘のようにお答えしたわけでございます。それは人事院の置かれた立場からすれば、現在の一般職の給与体系それ自体から、およそ教職にある公務員がいかにあるべきかという評価を全面的にし直すということは当然には出てこないであろうということが中心課題でございますが、それを全面的な評価をし直すという角度から見る場合には、検察官の例に見るがごとく、その任命手続をより丁寧にするというやり方であるところの、認証官の手続によることが一つの機縁となるであろうということを、プライベートに話された意味で申し上げた次第でございます。したがいまして、人事院総裁からお答えあるべきその前にあえて立ち上がりましたのは、山中さんにお答えした趣旨を一応新人事院総裁の前でも私みずからがお話しする必要を感じましたから、以上蛇足ながら申し上げさせていただきます。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 私もふしぎなお尋ねであると思っておりましたところ、ただいま文部大臣の御答弁を伺いまして了承いたしたわけであります。私、少なくともかわりましての私としては、新しい日でこのたびの法案を拝見したということでございます。

村山喜一日本社会党

○村山委員 それでそのいきさつはわかりましたが、認証官にしなくては給与が上げられないかどうかということなんです。認証官にして十八万、十六万というものをやるということ、だから一般職の給与に関する法律の中では故障の方法はあり得ないかどうかということを、私は先ほどの国会議員との給与の比較においてお尋ねをしているわけなんです。その点はどうなんです。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 これはちょっとむずかしいデリケートな問題になると思います。すなわち先ほど私が申し上げましたように、認証という札が一つついて、それから今度は他の認証官の仲間の俸給とバランスをとって埋め合わせるという推理は非常にやさしいことでございますが、その認証官という札をはずした裸のものでそこまでいくかどうかという判断になりますと、多少条件が違ってくると思います。認証官でないから絶対に上げられない、そういうものでもないというふうに考えております。

村山喜一日本社会党

○村山委員 認証官というのは一つの儀式、地位の権威づけのために行なう天皇の国事行為なんでしょうが、認証官だからといって必ずしも給与が高くなければならないという理屈ももちろんあり得ない。このことは外務公務員の、国を代表して行っております大使とか公使の給与体系を見てみましても、認証官だから給与が高くなければならないということにはなっていない。だから、認証官にすることによって給与を高くすることができるというロジックは、一般的な論理としては成り立たないのではないかと私は考えております。それはそういうふうに確認してもいいですね。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 私どもの立場は技術的な積み重ねの考え方でいままできておりますから、こういう飛躍的なということばは言い過ぎますけれども、そういう技術的な積み重ねから考えますと、やはり多少飛躍した発想というものには実はなじまない、これは大所高所からの政治的な御判断にまつべき部分が相当あるのではないか、そういうふうに考えますので、認証官でなかった場合にはしからばどの程度まで上げ得るとか、認証官にしても低くてよいではないか、いろいろな組み合わせがございましょうけれども、そこまでいままで立ち入って考えたことは、率直に言ってございません。

村山喜一日本社会党

○村山委員 この問題はあとでもだれか取り上げて問題にするだろうと思いますからそのまま、残しておきますが、ここで人事院総裁、大学の総長から教授に返るという場合があり得る、大学の学部長から教授に返る、あるいは大学の学長から教授に返る、この場合は降任とみなしますか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 実は教育公務員特例法のカバーする範囲は、残念ながら人事院の管轄からはずれておりますから何とも申し上げられません。

村山喜一日本社会党

○村山委員 文部省、どういうふうにお考えになります。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 大学長から平教授に戻るような場合従来降任として扱っております。

村山喜一日本社会党

○村山委員 これは降任として扱うべきなんですか。学長及び学部長は降任はあり得ないというのがいままで文部省の解釈だったと私は思っているんです。というのは、学長を教員にすることは降任ではなくて、原則として併任を解除することになる、大学の教授である者が学長になり得るわけです、併任を解除するというのが正しい解釈ではないですか。私はいままで人事院はそういう解釈をしておったと思うのです。この点はどうです。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 大体の考え方は、学長はたてまえとしては教授併任でないのが原則でございまして、ただ、中に教授併任のものもあるということでございます。したがって従来、もちろん教官でございますが、教授をやっておらぬ者が学長をやめてさらに平教授に戻るような場合は降任として扱っております。

村山喜一日本社会党

○村山委員 それでいいんですか人事院。人事院は降任の解釈についてはどうなんです。教育公務員特例法関係を扱っていないわけですか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 一般的の考え方として申し上げますと、教授をもって充てるということになっておりますればこれは併任の関係になりますから、必ずしも降任という観念に結びつかない、こういうようなことでございます。まあそこまで答えます。

村山喜一日本社会党

○村山委員 後ほど研究をしてひとつお答え願いたいと思います。  そこで、先ほど事務量の問題で給与差をつけるのだというようなお話を聞きました。学長と総長との間には質的な差はない、量的な差がその職務と責任にあるんだということで、それに対するところの解釈について再度承りたいということを申し上げておきましたが、検討された結果はどうでありましたか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 先ほど辻原委員のお尋ねにお答え申しましたように、この七大学の総長も学長として置かれるわけでございまして、学長として行なう職務そのものについては、職務の性質から申せば両者の間に特に差異があるというわけではございません。ただこの七つの大学の性格を考えますと、御承知のようにこれらの大学につきましてはその学部の構成もあらゆる学術の分野にわたって学部が置かれております。自然科学、人文、社会の科学のしにそれぞれ学部が置かれているわけでございまして、またそれぞれの学部の上にすでに完成された大学院の課程があるわけでございまして、そういったところから申しますと、その七つ以外の大学院について見ますと非常に大きな差異があるわけでございます。したがってこの七つの大学の総長の職務の重要性あるいは責任の度合いというものは特に大きいものがあると思っております。

村山喜一日本社会党

○村山委員 これは朝日ジャーナルにずっと連載してあるのですが、「大学の庭」広島大学の巻ですが、この内容を見てみますと、四十万坪の土地、六万三千坪の建物、教職員数は三千五百名、講座数百二十六講座、予算二十二億円、図書は六十四万冊、学生数においては全国の大学の第六位、大学院にしても文科、教育、理科、医学、工学、工学は修士課程のみ、そのほかに大学院を有しないのが、新制大学が水畜産と政経、こういう記事が出ているようであります。これを文部省からいただきました資料と見比べてみますと若干の差があるようでありますが、とにかく学生数においても第六位、教職員の数においては三千五百名、このような広島大学のような場合は、これはもちろん戦後の新しい大学院を有するに至った大学だと思いますけれども、これは質と量というようなことから考えた場合に、どこにその大学の総長にしない理由が存在するのですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 お尋ねの広島大学も一つの規模の大きい大学であろうと思いますが、先ほどのお答えの中に申しましたように、あらゆる科学の部門の学部構成を持っておるという点から申しますと、必ずしもまだこの広島大学は十分でございませんし、それからそれぞれの学部の上に完成された博士課程の大学院を持つという点から申しましてもまだ不十分でございますので、そういった点からこの広島大学の学長が総長になるということはただいまのところ実現ができない状態でございます。

村山喜一日本社会党

○村山委員 そうしますと、ここの大学の学長が総長になるためには水畜産と政経についてこれが大学院にならなければだめなんですか。幾ら学生数が多くても、——学生が多いということは、学生を管理するのが大学の責任だということになりますと、これは量的な上から言った場合には教職員数は三千五百名もおったら第六番目ぐらいになると思いますが、そういうようなのから考えたらおかしいじゃございませんか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 先ほど申し上げましたように、広島大学の学部構成ではまだまだ不十分な点がございますし、それから申しました大学院の課程というものもできておりませんので、この二つの点、ことに大学院の課程の整備という点では七つの大学に比べますとまだまだ不十分でございますので、これがいわゆる七つの大学に伍してその学長が総長になるという段階ではないと思います。

村山喜一日本社会党

○村山委員 私は具体的に聞いているのですが、水畜産学部というのと政経学部というものが新制大学で大学院を持っていない。そうするならば、それが大学院を持つに至った場合には総長という官職を与えて総長にするのですかどうですかと聞いておるのです。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 広島大学は農学部はございませんで、水畜産という形になっております。それから文学部、それからいまのお尋ねの中で政経学部といったような形になっております。これらの学部の構成は先ほど来問題になっております。七つの大学に比べてまだ十分分科されておるとは言えませんし、学問全体の分野をおおっているわけではないのでございます。しかもこの学部構成の上に立ちますところの大学院の課程の整備の状況はきわめてまだ不十分でございます。

村山喜一日本社会党

○村山委員 そういうふうにしていくのですか、それとも現在の時点においてはなるほど局長が言われたとおりだろうと思うのです。しかし大臣はこの前質問をお聞きいたしておりますと、将来充実されるに従ってそういうふうに拡大をしていくのだという意味の答弁をなさったかと私は記憶しております。そうするならば、その次にランクされるのは広島大学ではないかと思って調べてみたら、こういうような状態なんですが、じゃこういうような条件が満たされるのは水畜産科というのと政経学部というものを大学院まで持っていったときにはそういうようなふうに持っていくのだという御意思であるのかどうかということを、お聞きしているわけであります。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 そのとおりでございます。有力なる次の大学総長候補大学であろうかと思います。概念論だけを申せば、この前も御指摘のようにお答えしましたが、国立大学があらゆる分野についての学部構成を持ち、博士課程の大学院を置くという名実ともに総合大学になりました場合、これは当然に追加されていくべき制度の発端であるという趣旨のことを申し上げたとおりでございます。繰り返し申し上げますが、一番手近かな有力候補であることは間違いないと考えております。

村山喜一日本社会党

○村山委員 まるで新産業都市の指定地みたいな格好ですが、私はここで大臣に、先ほどの憲法第十五条の問題に関連をして大臣が先般発言をなさいました拒否権の問題について再度お尋ねをいたしますが、これは憲法運用の実際について第一委員会の報告書というのがございます。いままで憲法調査会はどういうようなことを論じているのか、私はよく調べなかったのでありますが、事憲法に関する問題から、学問の自由権の問題が出ているわけでございますから、それに関連をしていままで論議されてきたものを調べてみました。ところがここにはこういうふうに書いてあるのです。大学の学長の任命を文部大臣が拒否し得るかどうか、さらに大臣が審査を拒否し得ないとなると、かかる任命行為についての責任はどこにあるかということが質問をされて、これについては大臣の拒否権は考えられず、また実際にも文部省がさらに大学側の選考を審査して任命を拒否するというようなことは行なわれずに、大学側の人選どおりに任命しているということ、そして任命に関する責任は文部大臣にはなくて、もっぱら選考権を有する大学側にあるものであるという趣旨の答弁があった。これは稲田清助参考人、稲田清助というのは文部次官をしておられた方だと思いますが、その点は間違いございませんか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 お尋ねのとおりでございます。

村山喜一日本社会党

○村山委員 そういたしますと、社会党は憲法調査会に反対だというので参加しておりませんが、自民党の方々と内閣のもとにおいて憲法調査会が運用されて、そして憲法調査会において前の文部次官をしておられた方が、文部大臣には拒否権はないのだということを発表なさっている。憲法調査会の報告書というものはわれわれは非常に疑問視しておるわけでありますけれども、与党並びに政府としては、憲法調査会の進め方というものについては非常に責任を持っておいでになるはずであります。そういうような機関において審議されたことが、第一委員会の報告書として、これは総会の承認を得ておるということになってまいりますと、一体文部大臣の発言というものはそれでいいのだろうかどうだろうかという問題が当然出てまいるわけであります。  そこでこれではなおどうもはっきりしないので、そのときの第一委員会の第三十三回会議議事録を調べてみたのでありますが、それにはこう書いてある。稲田参考人として「それについていろいろの説を承るのでございますけれども、任命行為というものを分析すれば、その過程に選考という行為があり、その結果によって決定したところを表明する任命という行為があります。文部大臣には選考権がないのですから、大学から出てきた任命候補者についていいとか、悪いとか判断する権限は文部大臣は持っていない。」こういうふうに書いてあります。そこで、「大学側の責任であって、文部省は責任はないということになりますね。」「今日ではそうなりましょうね。」というふうに稲田参考人は答弁をいたしておるわけです。結局選考権限というのはそれぞれの管理機関にある。ただあるいは手続に非常に非違があった場合には、国家公務員法によって国家公務員たる欠格条項を持っている人をあやまって教授会が選考して学長に内申してきたというような場合には拒絶をしてもいいと思うけれども、そのほかは選考権を持っていない文部大臣が拒否権を持っておるということはおかしいじゃないかということが稲田さんの説明であります。いままで私は大学の内申に基づいて文部大臣が任命をするという教育公務員特例法の第十条関係の内容をずっと調べてみましたけれども、いままでそういうような解釈が基本的な解釈として行なわれてきたことは間違いございません。そこで、そういうような解釈を踏まえてきておるわけでありますが、大臣はいつから文部大臣に拒否権があるのだという解釈論議をお立てになったのか、この点をお伺いしたいと思います。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 いつからとはっきりも申し上げるチャンスはございませんけれども、私の法律常識が、そういう私の申し上げた解釈が正しいと命じますから申し上げておるわけであります。稲田参考人からの参考意見を御引用になりましたが、実際問題としてこれこそ明治以来拒否したという事例は一回もなかったのじゃないか、私の乏しい記憶でもそういうふうに思います。現実に拒否したことがないということと、憲法に基づいて持っておるところの主権者たる国民の公務員選定権あるいは拒否権というものが、その疎通を閉ざされるということはあり得ない、あらしめてはならないということはもう憲法常識として当然のことだと思うことは午前中も申し上げました。学者で同じようなことを言っている人があるのかどうかというお尋ねもございましたが、学者が同じことを言っていることは私は承知しませんけれども、ただ東大の田中二郎教授あたりは、昨年の御質問のときに引用したように私は記憶しますが、ノートレヒトという説明でもって、いわばきわめてまれな場合に一種の国民的立場に立った緊急行為としてあり得るであろうという説明をされたことを私は承知しておりますが、学者をしいて私の記憶から引っぱり出しますれば田中二郎教授あたりじゃなかろうかと思います。繰り返し申し上げますようですけれども、だれがどう言った、いままでどうしておったということ以前の問題として、主権者たる国民が与えられておる基本的人権が、まれな場合であるとしても、その任命権、それに含むところのノーと言うチャンス、そういうことが絶対的にふさがれねばならぬという理由もないし、ふさがれることありせば、それ自体は憲法第十五条違反であろう、これは私はきわめてすなおに憲法を読んでみての当然の結論だと思うわけでございます。稲田参考人の説明によりましても、私もお答えしておりますように、選考は学校教育法ないしは教育公務員特例法が明記しておりますように教授会ないしは評議会が持っておることはきわめ、明瞭でございます。しかしそれは任命そのものではない。選考をして何の何がしが最適任なりと管理機関が信じて、それを申し出てくる、それに基づいて任命権者が任命行為をする、これは当然のことだと思います。繰り返しになりますけれども、それでも万に一つ、国民的立場で、文部省の主観じゃなしに、客観的に国民的立場からノーと言わざるを得ない候補者が出てくることがなしとは言えない、その万に一つの場合すらもが主権者たる国民の基本的人権のあらわれとしてのノーと言うチャンスがどこかで与えられないならば、憲法第十五条の基本的人権は完全に暢達されなくなる、そのことから帰納いたしましても当然な解釈だと私は思うのであります。

村山喜一日本社会党

○村山委員 そこで、田中二郎氏の学説の中にノートレヒトの考え方があるということでございましたから、田中さんの学説というものがどういうような学説かということで、私はずっと調べてみたのですが、これはジュリストの二百五十五号です。ここで田中さんが言っておるのは、なるほど「いわゆるノートレヒト的なものが認められないわけではないと思います。」ということは確かに言っておりますが、その前に、「ほかの行政制度の中にも、政府の責任で行なうといいながら、職務権限の行使につき行政委員会の独自の責任を認めて、政府としてはそれには全然介入の余地がない場合もあるわけですから、個々の大学の管理、運営よろしきをえないものがある時には文部大臣を責めるべきでなくて、その大学に対する批判、世論によってそれを是正していくようにする。」というのが田中二郎さんの基本的な考え方のようでございます。そこで、そういうような考え方から進んでまいりますと、文部大臣の責任問題というよりも、大学が学問の自由というものを保障される憲法に基づいて、そういうようなものが大学の自治の範囲の中において当然行なわれなければならないし、それに対しては、文部大臣が行政権の発動としてこれを行なうことは文部官僚の大学の学長の人事に対するところの窓口をつくることになるという意味合いにおいて、いままで大学は大学の自治という立場からそれを守ってきたし、それを世間もそういうようなことで、大臣が言われたように大学の歴史というものを考えたら、いままで拒否権を発動した事実がないということからいっても、これは一つの慣習法の形態として残ってきたということになるのじゃありませんか。そうなってまいりますと、大臣のいわゆる拒否権というものに対しては非常に問題があるのではないか、このことが言えるのではなかろうかと思いますが、どうでしょうか。というのは、文部省が大学管理制度の問題について大学運営法案でありますか、管理運営法案というものをつくろうとして取りやめ、まだ現在出しておりませんが、文部大臣は検討をすでに命ぜられたというのが新聞に出ておったようでございます。そうなってまいりますと、いまの事務次官の内藤さんも言っておるように、めくら判をただ押すだけがいままでの文部省の立場だった、これでは困る、だから何らか大学の行政について最終的に責任がある文部大臣がこれについて関与しなければならない、そのためには形式的な任命行為をするという現在のたてまえだけではどうしてもやっていけないのだから、そこで、文部大臣が学長として絶対に不適任だと考えて任命にどうしても賛成できないというような場合には、拒否権が行使できるようにしよう、ただ裸のままの拒否権を認めるということになると乱用されるおそれがある、したがって、乱用されないようにしていくためには拒否権の行使を公正にしていくための措置を講じなければならない、その措置は中央に機関を設けてそこの審議会にはかって、そして拒否権を制度上認めようという考え方のもとに大学の管理運営に関する法律案が起草されておったと思う。こういうような考え方から考えてまいりますと、いままでの考え方は、大学の自主的な選挙に基づいて大学の教授会が推薦した者について文部大臣が任命するたてまえになっておって、そこで、文部大臣は何らの発言権も持たないし、形式的に任命するだけだというのが今日まで通説として立てられておったればこそ、そういうような大学管理の法案を提出していこうじゃないかというふうにお考えになったのじゃございませんか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 結論から先に申し上げます。そうではございません。マスコミ上そういうような解説をした向きもございますが、中教審の審議をめぐりましても、また文部省内の論議の中におきましても、拒否権というものは田中二郎さんに言わせればノートレヒトということかもしれないが、先ほど来申し上げております俗語で申し上げれば、万に一の誤りなしとしないときの、いわば保障として、任命権の作用の中に拒否するという責任権限が含まれておるという前提のもとにすべて審議も続行され、今日に及んでおるわけであります。中央の機関と仮称するものを置いたほうがよろしいという中教審の答申であることは御指摘のとおりであります。その答申が出されるにあたりましての中央の機関と名づける諮問機関は、本来現行法で文部大臣の任命権の中にノートレヒト的の拒否する場合があるとしても、そのままではまだ慎重を欠くのじゃないか、万に一という制度になってはおるけれども、その万に一の場合でもなおかつもう一段階慎重に扱うべきである、すなわち学識経験者の数名から構成されるところの諮問機関にはかって、その上で慎重の上にも慎重を重ねて、現行法であるところのノートレヒトを行使すべきである、そういう趣旨の中央機関であることは、中教審の審議過程におきましても結論的にもきわめて明瞭であります。国立大学協会からの代表で東大及び京都大学の学長が中教書の委員の立場を離れていろいろ相談されたときも、そのノートレヒト的な拒否権というものはある、あることはわかるけれどもという理解の上に立っていろいろ論議をされておった実情でもあります。  したがいまして、いま御質問の、新たに中央の機関をつくることによって、拒否権が新たに生まれ出るのではなしに、従来現行法でノートレヒト的にある、あるけれども、さらにもう一段階慎重を期するために中央の機関があった方がよろしいという概念だということを申し上げまして、お答えにかえます。

村山喜一日本社会党

○村山委員 この大学の管理問題についての座談会の中で、我妻さんはこういうふうに言っているわけです。「間接にも権限がないことになる。そうすると、文部省は大学管理については何の権限も責任もないのだ、それは国会なり、社会なりの批判に任せるべきだと考えなければ筋が通らないと思うが、そういい切っていいのだね。」と言って、それに対して田中二郎教授は「それでいいのじゃないかと思います。」こういうような説が田中二郎さんの基本的な解釈なんです。だから、ノートレヒト的な考え方というものは、これは大学自体を収拾する非常の措置をとることができないわけではないという解釈論議が行なわれておることは事実でありますが、ではお尋ねをいたしますが、教育公務員特例法の第十条「大学管理機関の申出に基づいて、任命権者が行う。」というこのことは、文部大臣は申し出がなければ任命ができないということだと私は思うのですが、「申出に基づいて」ということは、申し出によってそのとおりにやらなければならないのだという法律解釈というものが今日まで通っておったと思う。これは一体どうなりますか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 そのとおりであり、私もそのとおりだと存じます。ただ、まれにあるであろうと考えられるところのノートレヒトを行使される場合、その場合といえども、ノーと言うことはあり得ても、大学の管理機関の申し出以外の者をもって充てるということは絶対にあり得ないという前提において、いまの「申出に基づいて」が解釈さるべきものと思います。申し出なくして任命というものはあり得ない。

村山喜一日本社会党

○村山委員 その条項は憲法の第六条に掲げられておる「天皇は、国会の指名に基づいて」という、この「基づいて」というのと同じだと思いますが、どうですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 天皇は国民統合の象徴としての存在であり、政治に関与しないという、本質的な別格のものであります。したがって、申し出どおりにやるほかに、一切の自由裁量の余地は与えられない、こういう天皇の地位に関するがゆえに、例外の一つすらもあり得ないということだと思います。  大学の学長の任命につきましてのノートレヒトというのは、主権者たる国民の選定権の一〇〇%の保障、それが、ほとんど全部に近いものが大学の管理機関にまかされておることも先ほど来の御指摘のとおりであることは私もそのとおりに思いますが、いささかの例外の場合といえども、主権者たる国民の選定権には例外はあり得ない、責任を追及するという道は開けておらねばならない、そういうことを申し上げておるわけであります。

床次徳二自由民主党

○床次委員長 この際、関連質問の申し出があります。これを許します。三木喜夫君。

三木喜夫日本社会党

○三木(喜)委員 いま東大の田中教授の学説を文部大臣は引用されたのですが、その点につきまして、文部大臣が重大なミスをやっている、こういうような解釈をされるということは私はたいへんなことだと思いますので、あえてこの時間をもらって関連質問をしたいと思います。  あなたがよく拒否権の問題を従来からこの国会で公言しておられるので、私もずっと以前から拒否権問題につきましていろいろ検討してみました。いま村山委員がジュリストの昨年の八月一日号ですかを引用をいたしましたけれども、私もそれを見まして、いま文部大臣がいわれましたことは、田中二郎教授が言われた片一方の面だけを言われておるように思うのです。もう一方の面を言えば、これはたいへんなことだと思いますので、私は参考のために申し上げたいと思います。それについて御答弁をいただきたい。  なるほどノートレヒト的なものが認められないわけではないと思いますということはお説のとおりです。しかしながら、同じ田中二郎教授です。「話は少しそれますが、憲法調査会などで、よく緊急事態に処すべき法的根拠を憲法上に整えておく必要があるのではないかという意見があるようですが、私はそれは非常に危険だと思います。たとえばドイツでは制度をできるだけ完全なものにしようという観点に立って、憲法や法律の規定を整えようとする傾向がある。ワイマール憲法で、大統領の緊急命令の憲法的根拠をととのえるとか、多分に政治問題的な性質を持った憲法問題を裁判的に解決するための方法として憲法裁判所を設けるとか、とにかく法体制そのものをあらかじめ論理的に完全なものとしておこうとしたわけです。ところが、いざという場合にこれらがうまく行使されるかというと、緊急命令の制度は非常に乱用される。その制度の下にナチの政権が合憲的に確立されたといわれるようにもなりました。また憲法裁判機関を作ってみても、合憲か違憲かについてほんとうの政治的な意見の対立をきたした場合には、もはやその役割を果し得ないことになる。ナチはまず最初に憲法裁判所を血祭りに上げて政権の伸張をめざして前進するということにもなったわけです。筋道をつけておくとか法的な根拠を整えておくということは一見法治主義的であるようで、実は乱用される危険性をはらんでいるのじゃないか、その意味からいたしますと、英国の場合は、法的にはそうした根拠づけをあらかじめしていなくとも、ほんとうに土壇場になれば適当な措置をとって問題を常識的に解決していっている。」こういうようにあとに説明をつけております。だから、あなたが言われるように、こういう方法をとってそういう拒否権があるということになれば、それを法律の上で解釈をしておるというようなことは、こういう危険をはらむのではないかというように思うのです。そういうことを言っておるわけなんです。前半だけをとって、あなたはその説を言っておられるように思うのですが、それはどうですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 いま読み上げられましたことを含めまして、何ら矛盾はないと思います。ノートレヒトということが言えるであろう。ということは、万に一つというレア・ケースがあり得るであろうという意味合いだと私は理解するわけですが、そのことは、現行法の文部大臣の任命権、任命をする行為、その中に当然含まれておる。そのことがあらわれるケースがレア・ケースであり、ノートレヒトとでも言うべき場合にのみ発動されるであろうということを出ないのでございまして、何ら相違はないと思います。  蛇足ながら申し添えさしていただきますが、先ほど来引用しております憲法第十五条の、主権者たる国民の行為の選定権というものが一〇〇%例外を許さない、責任追及の方法が例外を許さないということだと理解いたします。  そこで、万のうちのほとんどすべてが大学管理機関の申し出ということに信頼をしておる。その信頼に基づいて文部大臣が——学長の場合はいまでも閣議の決定を経て任命するわけですけれども、それは別としまして、文部大臣が管理機関の申し出どおりに、ほとんど全部の者を信頼して任命するということをやったとして、結果として、国民的立場でその結果が適当でなかったこともないこともあり得ると思いますが、その場合でも、管理機関が国民に責任を負う、国会を通じて負うのでなしに、任命権を与えられておる、権限と責任を与えられておる文部大臣が国会に対して責めを負う。いわんや、万に一つのノーと言うべき顕著な客観的根拠のあります場合に、ノーと言ったことそのことも、国会を通じて国民に文部大臣が責任を負う。そういうことで民主政治がはじめて暢達されるのであって、大学の管理機関が、だれにも悪い場合の具体例が出てきたときに、責任を負わなくて済むものではない。それは民主憲法の欲するところではないという角度から申し上げておるのでありまして、ことさらに権限を新たに加える意欲を持ってみたり、大学に手を差し伸べてどうしようという意欲から出てくることでなくして、午前中も申し上げましたように、憲法に関する解釈上の法学総論的な範囲だ、かように申し上げた次第であります。

三木喜夫日本社会党

○三木(喜)委員 もう一つお聞きしておきたいと思います。この大学管理制度について、昭和二十四年からこちら、文部省は何としてもこれに対して権力支配をやらなければならないということにおいて、二十六年には大学管理法なるものができました。それから後、各機関をあげていろいろな手だてをとっております。たとえば評議会にいたしましても、教授会にいたしましても、その権限等を、いろいろ大学支配の形の中にこれをもっていこうとして苦心をされておる。ずいぶんとこれに対する苦心を払われた。これはドイツにおけるところの憲法調査会とか、あるいはそういうものをつくったことと、私はやり方においては——形は変わっておるかもしれませんけれども、やり方は同じだろうと思うのです。そのまま大学の自治を認め、大学の意向というものを尊重する意思はない上に立ってこれは進められておる。そういういろいろの手だてを過去にやってこられた。現在もやっておられますし、ずいぶん昨年度から、大学管理制度という問題や管理法というような問題につきましては問題になった。問題の焦点が那辺にあるかということで考えてみますと、そういうことは全然私は考えておりませんとこうおっしゃっても、そのことはうなずけないわけなんです。これは私の質問の中でお聞きいたしたいと思いますが、田中二郎教授はそうした方向に進むことを非常に心配しておるわけなんです。あなたもその心配を持たれておるのなら私は了承いたすのですが、そういうことをやろうとかかっておられるのじゃないですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 同じように心配しますから、憲法解釈をはっきりさせて、文部大臣という、任命権を託せられて国民に責任を負わされている立場を明確にしたいというにとどまるのであります。独裁権を持った帝王の制度を持つ国家でならば、権力支配ということが問題でございましょうけれども、いまの民主憲法のもとに、主権は国民にあるというたてまえですべてが成り立っており、その中から、任命は文部大臣の責任であるぞと定められておる。それを権力というならば、その権力は民主憲法運用上必要だから与えられておる権限だ。それ以外の何ものでもない。だから御心配になるようなことがあるはずがないし、もしあったならば、それ自体が、文部大臣であれ何であれ、国会を通じて国民から糾弾され、責任を追及さるべき問題としてすべてけりになるというたてまえが、いまの民主憲法だと私は理解をしております。

三木喜夫日本社会党

○三木(喜)委員 もう一言だけお聞きしておきたいと思いますが、ワイマール憲法をしっかり守ろうということは民主的な措置なんです。そこから、憲法をしっかり守るために憲法裁判所というものをつくった。そのこと自体でも為政者の考え方によってくつがえされたわけです。何もそれが帝王国家でもなければ独裁国家でなくても、ここからヒットラーが生まれたということを警戒をしているわけなんです。あなたの考えならば、いまの大学管理制度というものはこのままに置いておいてあなたの解釈が成り立っておるんですから、それでいいじゃないですか。それがいいなら、何のために昨年度からこちらで大騒動をして、今日また認証官だというような屋上屋を架して、そうして非常にしちめんどうくさい手続を経て大学の認証官をつくって、大学学長をこれに充てる、こういうことをなぜしなければならないのですか。そういうことをする必要ないじゃないですか、私はそう思います。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 大騒動をしてとおっしゃいますが、私どもはひとつも騒動をしていないので、あるいは被害妄想をたくましくしてびっくりされた向きもあるかもしれない。マスコミも、マスコミに対するわれわれのPRが足りなかったがために、せん気筋の批評もあったかもしれない。それがそういうことであったから、民主憲法下の政府、政府の一部であるところの文部省の考え方が騒がれねばならない内容を持っておるというものではないということを御理解いただきたく、先刻来申し上げておる以外の何ものでもございません。学部長なり学長の権限、責任を明確化するという内容も、中教審の答申にございますが、それとてもすべて、先ほど来申し上げておるように、大学と文部省は敵味方ではない、ともに同じ側に立って、学問の自由、それに密着した大学の自治をよりょく提示する責任を国民に対してともども持っておるという体制を明確にする、そのことが適切であろうという内容以外の何ものでもございません。そういうことが、いま騒がれたから云々とおっしゃいますが、騒ぐほうが少し思い過していらっしゃるということでしかない、こう思っておる次第であります。

三木喜夫日本社会党

○三木(喜)委員 騒ぐほうがと大臣は言われましたけれども、あなたは、今度の管理法が出ないということで、一説によりますと、黒金官房長官に対してだだをこねたというじゃないですか。あなたがむしろ、これが出ないということで騒いだそうじゃないですか。自分が騒いでおって人が騒いだというようなことを言うのはおかしいじゃないですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 それは中教審の答申までいただいて、事務当局も真剣に大まじめに、先刻来申し上げます角度から検討を続けまして一案を得ましたから、なるべくすみやかに国会の御審議をお願いしたいという意欲を持つことそれ自体は、騒ぐことではなく、当然の職責を果たす一つのあらわれだと私は思います。いま三木さんがおっしゃったのは、新聞その他でいろいろとかまびすしく取り上げられたことを言われたかと思ってお答えを申し上げた次第であります。

村山喜一日本社会党

○村山委員 文部大臣が中教審の答申に対して拒否権が現在においてもあるのだということを言われた。その談話は、昨年の十一月の九日、衆議院の予算委員会においてこういうふうに言われておるわけです。中教審の答申は文部大臣の任命権を否定していない、任命権は非常例外の場合の拒否権を当然含む、したがって文部大臣は現行法のもとでもそのような意味での拒否権を持つ、答申のこの点についての沈黙はかかる文部大臣の拒否権をそのまま是認するものである、こういうように言われましたね。それに対して国立大学の協会の茅会長の文部大臣の拒否権に関する談話というのが十一月十六日付で出ているようでございます。それは、学問の自由を守り、大学の自治を確保するために、教員の人事権が実質的に大学に確保されることが不可欠の要件である、文相の拒否権は大学自治の根底を破るものだ、この基本的見解はこれまでも明らかにしてきたが、さらに確認をした、大学の管理運営の改善は大学の自主的努力に期待すべきもので、一がいに立法措置で画一的な方策で解決しようとすることは慎むべきだ、こういうような茅誠司さんの拒否権に関するところの談話が発表されております。なおこれは「判例時報」に出ているのですが、最近行なわれました東大のポポロ事件に関する大法廷判決の主文の中の理由を見てみますと、こういうようなふうに文書を出しております。「大学における学問の自由を保障するために、伝統的に大学の自治が認められている。この自治は、とくに大学の教授その他の研究者の人事に関して認められ、大学の学長、教授その他の研究者が大学の自主的判断に基づいて選任される。」ですからこういう学問の自由という問題から出ていった場合の最高裁の判決の主文の中にもこのように出されており、その理由の内容になっているわけでありますが、そういう立場から今日まで文部大臣の拒否権はあり得ないという解釈が私は通例だろうと思う。文部大臣が拒否権があるということを言われるので、この認証官にする問題をめぐって、文部大臣の拒否権がいままであるのだという解釈論議、それが内閣に移って、各大臣がそれぞれ認証官にするかどうかということについて閣議で了解を得なければなりませんから、当然各大臣がそれに対して拒否権を持つ、こういうことになってくると、これは大学の学問の自由に対する官僚統制が、いままでは文部大臣という一つの責任のある立場からなされた行為でありましょうが、これがほかの部門の大臣まで拒否権を有するようになるということになれば、大学の学問の自由というものは完全に押さえられるじゃないかというところに問題があるわけだ。それについては実質的な拒否権を文部大臣としては持っておりませんということになれば、これはやはり文部大臣のその問題についての論議はそれだけ安くなるわけですが、文部大臣が、大学の拒否権があるという問題は文部大臣の権限としてそれはあり得るのだということを言われ始めたのは、たしか昨年の秋ごろからだと思うのですが、その時点はいつからなんですか。大学の管理法案を出す出さないにかかわらず前から持っておられた解釈理論なんですか。そして拒否権があるということは文部省だけの解釈ではなく、これは法制局と打ち合わせをして、そうして内閣として拒否権があるのだという解釈論に立っておるのかどうか、その点を明らかにしてもらいたい。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 大学管理問題が問題になりまして以後、私みずからがこれに触れて申し上げる機会が与えられたということから申しますと、一昨年見当かと思います。とぼしくはございますが、私の法律常識としては、本来そういうものであるべきだ、民主主義とは主権者たる国民の眼をあらゆる場合に閉じてはならないということであると理解しておりますから、そういうふうに考えておったのであります。さらに、文部大臣が拒否権ありという前提において一人でやるならばいいが、内閣が任命するとなれば、閣僚の一人でもノーと言ったらかえっていわば統制強化になる、拒否権が乱用されるがごときことになるという御心配の御発言だったと理解しますが、そのことはいまでも学長の任命は閣議を経て任命いたしております。だから実質的には何ら変わりがございません。それからかりにお話のようなことを考えるといたしましても、国務大臣なるがゆえに何でもかんでも自分の主観でノーと言えるものではないと私は理解いたします。国務大臣たる者が自分の発言によって具体的な影響を与えたとするならば、これこそ国会を通じて全国民に持つべき責任は免れない。それだけの厳粛さにおいて発言というものがなさるべきことは、これは当然のことだと存ずるのでありまして、それすらなおかつ理解し得ない閣議というものは、それ自体国会によって不信任さるべき本質を持つものと言っても過言じゃないと私は思うのであります。ですからこの学長任命が文部大臣から内閣に移るといたしましても、本質的に特別の変化があるべからず、むしろ逆により慎重に、いわば中教審のいうところの中央の機関というがごときものが閣議に置きかえられるというくらいに理解してもよろしい性格のものではなかろうか、私はそういうふうに思うわけであります。  なお文部大臣の任命権の中に、田中二郎教授の言うがごとき意味において、万に一つと私は申し上げますが、そういう意味での拒否する場合があるというものの考え方は、法制局とも打ち合わせをしました政府としての見解でございます。

村山喜一日本社会党

○村山委員 これは「思想」の四月号ですが、こう書いているのです。内藤次官は次のように明言しておる。「現在の文相の権限は、国立大学の予算をとることと、大学の人事発令にめくら判をおすことなどだが、これでは困る。だれもが責任をもてないような現在の管理方法を改め、大学行政をすっきりさせるべきだ」、これは朝日の三十七年五月二十七日の記事です。そのときまでは、文部大臣、先ほどの拒否権の問題ですが、いままであらゆる学説を調べてみても、また関係者の発言を調べてみましても、三十七年の五、六月、そのころまでは文部大臣に拒否権がないのだという解釈でずっと終始してきておったわけです。ところが十一月ころから文部大臣に拒否権があるのだと言い出した。ですからさっき私は内藤次官の発言がいつだったかはっきり記憶しておりませんでしたので、これが朝日新聞に出ているのが去年の五月の二十七日ですから、そのころまでは文部大臣も、そういう文部次官が発言をするような内容については、別にそれに注意をされたという話も私は聞いていない。そうするならば、それから以後に起こった問題だというよりほかにないと思うのですが、どうなんですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 その、いま指摘されました事務次官の意見発表については相談を受けたこともございません。全然知りませんが、先刻御指摘の元次官の稲田君の発言等も御指摘になりましたが、こういう人々が自分一個の意見を持つことは自由でございますが、文部省としての立場で責任を持って私がお答えしておることと御理解をいただきたいと思います。たぶん、私は、一昨年ごろ国会で初めて所見を申し述べたと記憶いたしますが、先刻も申し上げましたように私一個の立場で申し上げれば、それ以前から、民主憲法下の、いま御指摘の課題に関する限りは、先ほど来るる申し上げたような考え方であるべきだ、そうでないならば民主憲法の解釈としては適当でない、こういうふうに私は思っておる次第でございます。

村山喜一日本社会党

○村山委員 一昨年ということになると昭和三十六年なんですが、そのころ大臣が国会で言われた記録というものが、私は不敏にして見当たらない。三十六年の七月のころに中教審の、目的と性格についてなる答申が出ていることは事実であります。あなたの国会の本会議あるいは委員会等においてお話しになっていらっしゃるのは、去年の秋のころからです、十一月——それで文部大臣、先ほどこれは文部省の解釈だけではなくて法制局のほうと打ち合わせをしたのだ、それに基づいた解釈だとおっしゃったんですが、いっそういうような統一的な解釈をお出しになったのですか、これはごく最近のことですからおわかりでしょう。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 はっきり私自身記憶しておりませんけれども、法制局との統一見解という形で結論を得ましたのは、昨年のいまごろの見当かと思います。

村山喜一日本社会党

○村山委員 局長どうですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 経過を申し上げますと、昨年のいまごろ中央教育審議会で目的性格に引き続きまして、組織・編成あるいは管理運営の御審議があったわけでございます。そのころ大学の学長に対するいわゆる人事の拒否権と申しますか、大学と文部省の関係ということが中教審の審議にのぼっておったのでございます。おそらくそのころから特にいろいろな意見が出たものと思っております。

村山喜一日本社会党

○村山委員 そういたしますと、一年くらいの期間しかないわけですね、この問題については。私は文部大臣に拒否権があるということを認めることは、現在の憲法第二十三条の学問の自由権を侵害するおそれがやはり出てくると考えます。したがいまして、この問題についてはそれ以上触れませんが、ここでしからばこの教育公務員特例法に定める大学管理機関の、その選任権と申しますか、それと国家行政組織法上の、各行政委員会におけるところの権限の差の問題についての比較論議が一応なされなければならないと思いますのでお尋ねをいたしますが、憲法に、行政権の根拠というものが国民の主権である、それに基づいて行政権の所属するところは内閣である、行政権の組織の具体的な細目が行政組織法によって内容をなしておる、こういうような立論の上から考えてまいりますと、いわゆる行政委員会、ここには人事院総裁もお見えになっていらっしゃいますので、この人事院というものの本質的な性格というものは、そういうような形態から考えていった場合の特質は、一体何でありましょうか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 行政組織の中での人事院の特質と申しますと、これは申すまでもなく普通の各省の系列にある役所とは違った形をとって、すなわち合議制をとって、そして独立性は与えられておるというわけで、その点において特質を持っていると思います。これは言うまでもなく人事院の任務といたしますところの中立性、公平性というようなものからきたものでございます。それ以外の何ものでもないというように考えます。

村山喜一日本社会党

○村山委員 そこで人事委員会とかあるいは公正取引委員会、こういうようなものの本質的な性格というのは、私は職務の独立性にある、こういうふうに考えるわけです。そこで憲法が六十五条によって行政権を内閣に属せしめておりますが、その行使については六十六条によって国会に責任を負わなければならない。したがいまして、完全な意味において内閣から独立した地位にある行政機関を設けるということは、会計検査院を除いては憲法の上からは許されない。しかしながら前人事院総裁の浅井さんはこういうような説を立てております。国会はいわゆる唯一の立法機関である、四十一条。それから司法権の問題は、すべての司法権というものが七十六条によって規定されている。だからこの内閣が行なうところの行政権というものは、すべてとか唯一ということばがない。したがって、そういうような点から人事院というものは独立し得るものだ、こういうような解釈を、前の浅井総裁は述べておられる。そして憲法十五条にその根拠があるものと自分は解釈をするのだ、こういうようなことで人事院の独立性を主張されておったようであります。そのあとに、いま新しい総裁がなっておられるわけですが、そこでいわゆる所轄は内閣にあると思いますが、こういうような行政委員会を設けているということを考えてまいりますと、現在行政権を持っております内閣は、完全な意味において議会制内閣をとっているかどうか。こういうことを考えてまいりますと、やはり行政機関として行政委員会の特殊性を見てまいりますと、機能的には行政権、立法権、司法権の機能の一部の移譲を受けて、そうして独立してその権能を行なう、こういうところに一つの特殊性があるのではないかと思う。ですから私は、人事委員会が規則制定権を持っておりますが、そういうようなものは、本来ならば立法府でありますわれわれ国会に属すべき権限を人事院に与えているというのは、そういう機能の一部の移譲を受けている、それによって独立してその権能を行なう。こういうような意味においては、内閣が持っているところの行政権の行使というものについては、やはりそこに制限が加えられている、したがって国会に対するところのそういう行政権の責任分野というものは完全なものでないというのが、日本の現在の行政の実態ではないかと思いますが、その点についてその行政委員会の長であります人事院総裁はどういうふうにお考えになっているのか。この点をひとつ明らかにしていただきたい。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 行政予算会一般についてと申しますと、私の所管外にわたりますから、人事院だけについて申し上げます。  先ほど浅井元総裁の理由とするところを御紹介になりましたが、それも決して間違いではない、一つの根拠と言い得ると思いますが、しかしそういう末梢的なことばの点からこの人事院の独立性が出てくるとは言い切れない、さらにそこにプラスする大きな理由があってのものだ、こういうふうに申し上げたいと思います。それは言うまでもなく、この憲法のもとにおける議院内閣制というたてまえから、公務員の中立性あるいはその人事についての公正、憲法十五条からも出てまいりますように、中立性の維持という点からそれを預かる政府機関としての人事院はやはり独立性を持つものでなければいけない、こういう根本的な立場からいまの制度ができておる。こういうふうに考えます。

村山喜一日本社会党

○村山委員 そういたしますと、国会に対して責任を持たなければならない内閣は、そういうような独立した権能を行なう行政委員会に対してコントロールする内容としては何と舟がありますか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 ただいま私の申し上げましたのは、人事行政、公務員の行政を預かっておる政府との関係に着目して申し上げたわけでございまして、国会はさらにその上におられるわけであります。その国会との関係においては、これは国権の最高機関であるわけでありますからして、国会からのコントロールというものは、それはまた法律によって、あるいはその他の御批判によって及ぶ、そういうものだろうと思います。

村山喜一日本社会党

○村山委員 内閣は人事院に対してどれだけの処理権限がございますか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 大きく申しますと二つあると思います。一つは、われわれ人事官に対する任命権を持つ。ただし、これは絶対的な任命権ではございませんので、御承知のように、国会の御承認を得て任命するという制約がございますが、一応そういう権能を持っておる。それからなお、人事院に関係ある心算の編成権、こういうものはあります。

村山喜一日本社会党

○村山委員 内閣が委員の人事権と予算権というものを持っている。それによってコントロールする。内閣がコントロールできなければ国会がそれをコントロールしていくのだ。そしてそれは人事官の弾劾訴訟でありあるいは国会の同意権、国会の国政調査権、これに基づいているわけですね。そうなってまいりますと、ここで文部大臣にお尋ねいたしますが、国立学校は国立学校設置法の第一条第二項で「国立学校は、文部大臣の所轄に属する。」、その所轄は、瀞の所轄の内容との関係から、人事院やその他公正取引委員会等のいわゆる国家行政組織法によるところの行政委員会に対する所轄と内容的にどう違いますか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 一番顕著なのは、先ほど来問題になっております任命権の問題でございましょうが、そのほかの具体的な御説明はちょっと私いたしかねますので、政府委員からお答えを申し上げます。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 文部省の国立大学との関係は、文部省設置法にいろいろときめられております。国立大学について予算その他の準備を行なう、あるいはただいま大臣からお答えがありました人事その他の事務を行なう、そういったようなことが文部省の権限として文部省設置法それから大学学術局の項に列挙してございます。

村山喜一日本社会党

○村山委員 その国立学校というものは、国家行政組織法の上から言えば第何条ですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 国立学校は、国家行政組織法では文教施設ということになっておりまして、その根拠規定は国家政行組織法の第八条でございます。

村山喜一日本社会党

○村山委員 そこで教育公務員特例法によりますと、第四条で採用は選考による、選考機関は大学の管理機関だということになっておりますね。いわゆる教職員の採用それからそれに伴うところの選考、こういうようなものの過程を経て、そして大学管理機関が任命権者に申し出をする。その申し出に基づいて任命権者が行なう、こういうシステムになっているたてまえから考えますと、国家政行組織法による行政委員会と比較検討をした場合には、どちらのほうに独立性がありますか。教職員の任用とそれから行政委員会の任用……。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 教育公務員特例法十条で、御指摘のございましたように、学長の申し掛に基づいて学長、教員あるいは部局長等の任命をするわけでございますが、この申し出に基づいてと申しますのは、先ほど来文部大臣がお答え申し上げておりますように、申し出のないものについては任命をするということはないし、また申し出以外のものに文部省のほうで発令行為をするということはないし、また何と申しますか、申し出のあったものについても、大体は大学の申し出のとおりに任命するわけでございまして、万一特別な事由に基づいて申し出のとおりにできない場合に例外としての拒否権があるということを申し上げているわけでございます。

村山喜一日本社会党

○村山委員 例外の場合としての拒否権があるというのは、どういう形における拒否権ですか。というのは、申し州に基づいてなされるのですから、申し出がなければだめだということになりますと、大学に差し戻すことなんですか、それとも大学側のほうが取り下げるまでやはり保留しておくというその保留権ですか。その拒否権の内容はどうなんですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 これはいままで大臣がお答え申し上げましたように、先例となるべき事例がございませんので、役所としても取り扱った実例はないわけでございますが、申し出のあったものを保留するという形ではなしに、おそらくはその大学の管理機関、この場合は学長でございますが、学長に差し戻すということになろうと思っております。ただし従来の実例はございません。

村山喜一日本社会党

○村山委員 その拒否権の内容というものが明らかにならないと、やはり拒否権があるかないかという論議ができないのじゃないですか。先ほど私が答弁を求めましたいわゆる行政委員会のその独立性と、それからそういうような国家公務員法の特例措置としてつくられました教育公務員特例法という特例措置として設けられたものとの間における独立性というもののどちらが権限を持っているものだとお考えになっていらっしゃいますか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 一般の行政委員会と大学との比較についてお尋ねでございますけれども、大学は一般の行政機関とは性質を異にいたしておりますので、その両者を比較してどちらが強いとか、どちらがどうということは申し上げられないと思います。先ほど来お答え申しておりますように、大学の出てまいりました人事を拒否し得るものといたしましても、きわめて例外的な事例だけに限られるわけでございまして、大学の目的からいって特に明らかに不適当であろうというような事態に限定されるべきものと思っております。

村山喜一日本社会党

○村山委員 拒否権があるというようなばく然とした内容のもので説明をされるのではなくて、では、拒否権があるとするならば、その場合にはどういうふうにする拒否権があるのか。先ほど言いましたように、差し戻し権がある、あるいは手元に保留しておく権限がある、それによって反省を求めるのだ。そういうようないわゆる法律の効果といいますか、行政実体として行なう権限の内容というものが明確にならなければ、これ以上論議しても始まらないと思うのですが、やはり一つの解釈を下す以上は、これはきわめて重大な問題でありますから、具体的には文部大臣がどうするのだ、そうした場合にはどういうふうになるのだという解釈の基準、内容というものを設定してもらわなければ論議ができないのじゃないかと思うのです。そこで私は、時間がありませんからこれ以上申し上げませんが、やはりさっき言いましたように、行政組織につながるところの行政委員会、国家行政組織法の中の行政委員会ですらも、そのような独立性というものが与えられて、これが近代的な行政の形態の中において必要であるということに基づいてそういうようなものが生まれてきた。ましてや憲法二十三条に基づく学問の自由権が保障されて、最高裁の判決の中にも明らかになっているように、学問の自由のためには大学の自治が必要である、大学の自治は、教員の人事について選任権を大学機関が持つということ、こういうことが保障されておる。この教育公務員特例法に定める大学の任用、採用あるいは免職その他の分限条項等は、当然行政委員会以上の独立性を持っているものだ、こういうような解釈のもとに今日まで進められてきた。それがどうも、いまの解釈を聞いておりますと、文部大臣はばく然とした拒否権を持っておるのであって、実体論としてその拒否権がはたして正当であるかどうかということは、解釈の最終的な判決は裁判所において争われなければならないでしょうけれども、どうもすっきりしない。そしてそういうような内容的にさだかでないところの拒否権によって文部大臣が国会に対して責任を持たなければならないというロジックはおかしいのじゃないか。それよりもむしろ大学の学問の自由という問題は、大学の機能として当然学問によって社会に奉仕している、そういう特殊な任務というものが大学に与えられ、そしてそれを貫くことが国民に対するところの大学の任務である、それをコントロールするのは国会でもり、国民世論である、こういう立場から持っていかなければ大学の自由というものは私は保障できないのじゃないかと思う。そういうような点では文部大臣の答弁はどうも不十分でございますが、一応私の質疑はこれで終わりたいと思います。

床次徳二自由民主党

○床次委員長 受田新吉君。

受田新吉民主社会党

○受田委員 私からお尋ね申し上げたい点は、まずこの法案の審査に先立ちまして、荒木文部大臣が、最近大学の学長との会合において述べられた、さらに大学の運営関係の法案を提出する準備を進めているという意思表示でございます。この意思表示は単独の大学運営法案というような形のものか、あるいは国立学校設置法、教育公務員特例法というものの改正という意味であるか、いずれであるかの御答弁をお願いします。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 文部省としまして、国会に御審議をわずらわしたいということで成案を得ました法案を基礎として、いま国立大学学長協会にもその案を示しまして検討していただいております。この問もそのことに触れまして、具体的な建設的な原案についての御意見を承りたい、ともに検討しながらよりよき大学管理運営をやっていきたいという角度からの御検討をお願いしたいと言ったわけですが、その意味で再検討をして出しますものも、形としてはいまおっしゃいましたように、一つの法案という形で出したほうが適切ではないかというふうに思っております。

受田新吉民主社会党

○受田委員 そうしますと、単独立法という形をとりたい、こういう御意思と判断をいたします。  この国会の始まる当初、文部大臣はこの大学運営法案なるものを提出したいと意気込んでおられたわけでございますが、結果的にこれを引き込めざるを得なかった。茅東大学長を中心とした学長グループの意思等もあらわれ、政府部内にもいろいろと慎重論が出て、あの施政演説にも、池田総理みずからが自主的な大学運営を阻害しないというような発言も出てきているわけなんです。また国立大学の学長協議会においても、自主的な大学運営をはかりたい、大学運営協議会のごときものをもうけて、それによってこの大学の自主的な責任体制を明らかにしたいという意思表示までされているわけです。その際に、単独立法をここに固執し過ぎて、そうした大学の自主性を阻害させる方向に導いたとしたならば、日本の学術の最高の研究機関である大学に非常な影響を与えると思うのでございますが、私は文部大臣が引き続き、かつて廃案になった大学管理法案を、さらに何らかの形を持って、いま村山委員から指摘された拒否権あるいは差し戻し権のようなものを明記して法案を出されるとするならば、これはまた非常に大きな反響を巻き起こす危険があると思うのでございます。文部大臣、あなたが意図されている大学管理関係の、どういう名称になるか、運営ということになって、管理という名称を遠慮されるかもしれませんけれども、その法案には、かつて用意されたような大臣の構想が原則として生きるという形をとるか、あるいはその後いろいろと修正をされて、原則が大幅に曲げられると想定されるか、大学の自主的な運営を大いに尊重する形にこの法案を改められて出されるような形をとられるか、立案の骨子だけは大臣の脳裏に去来しておられると思いますので、御答弁をお願いします。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 もともと提案しようと予定しました案は、中央教育審議会の三年越しの御検討の結果の結論を骨子としまして法文化した内容でございます。ですからもとより学問の自由及び大学の自治という鉄則はあくまでもこれを厳守し、むしろその学問の自由と大学の自治をよりよく国民の前に展開できるように、立法措置を現行法からプラスしていくならば、もっとりっぱになるであろうという考え方に立った案だと考えておるのであります。それ以外の考え方は毛頭ございません。さらに、先ほど来論議されました拒否権ということも現行法の解釈の問題でございまして、提案を一応見合わせました原案におきましても、新たに拒否権を創設するなどという内容はみじんもございません。あくまでもその点は現行法の憲法の解釈から出てくる任命権の作用いかんということにすべてをまかせてございまして、特別の立法措置をその部分について講ずる意思は原案にもございませず、今後に提案することがありといたしましても、そのことに触れる考えは毛頭ございません。

受田新吉民主社会党

○受田委員 内閣法制局の關部長が出ておられます。法制局といたしましては、この大学運営法案なるものを単独法で立案をすることに賛成であるか、あるいは教育公務員特例法、国立学校設置法の一部改正によって、大衆に与えるそうした何らかの大学自治侵害のそしりを免れるという形をとるべきであるか、法制局当局の意思を伺いたいのであります。

關道雄内閣法制局参事官(第四部長)

○關政府委員 お尋ねの点は、立法の形式としまして、国立大学総長の任免、給与等の特例に関する法律として別の一本立ての法律にするのがいいか、あるいは……。

受田新吉民主社会党

○受田委員 違います。私がいまお尋ねしておるのをよく聞いておられない。

關道雄内閣法制局参事官(第四部長)

○關政府委員 失礼いたしました。管理法の問題でありますが、管理法の内容いかんによると思います。あるいはその内容のいかんによりましては、国立大学関係の諸法規の改正で間に合うこともあると思います。あるいはその内容いかんによっては一括して一まとめにしたほうがいいかと思います。内容のいかんに全くかかっておると思います。

受田新吉民主社会党

○受田委員 今国会当初、林法制局長官が単独立法について非常に消極的であったと当時報道機関が伝えております。これは法制局が法案をおつくりになるときの大事な責任者がそうした意思を持っておられたことが世にはっきりと伝えられておるわけなのでありまして、この問題は内容いかんによるという部長の御発言でございますが、ひとつここであなたにお聞きしましょう。先ほど以来論点を大いにクローズ・アップさせた拒否権の問題、この法解釈、大学管理機関の申し出を任命権者である文部大臣が拒否することができるという、こういう解釈をもって拒否権を行使した場合に、法文をおつくりになる法制局としては、法解釈によってそれをお認めになるかどうか。法文に書いてないんですよ。申し出により任命権者である文部大臣が検討して拒否すべきものということになれば、理由を付して拒否あるいは差し戻す、こういうことが明記してなくて拒否権を発動した場合に、それは法律を執行する立場の行政府として適当であると認定されるかどうか、かってな解釈を付してやった場合です。

關道雄内閣法制局参事官(第四部長)

○關政府委員 従来いろいろなこの問題についての答弁において、拒否権があるとかないとかいう議論があったことは記憶しておりますが、この拒否権ということばの内容でございますが、ただいまの教育公務員特例法第十条によりまして、大学管理機関の申し出があった場合に文部大臣がこれの任命を行なうというときに、拒否権というものがあるとすればどういうものかといいますと、客観的にだれが見ても非常に不適当であるということが——その当該任命権者の政治的な見解であるとか、あるいは思想傾向であるとか、そういうものにかかわらず、そういうものを超越した分野において非常に不適当なことがもう客観的に明確であるというようなものがあったときにまで任命をしなければならないかといえば、そういうことまで強制されておるわけではない。そういう意味合いにおいて拒否権があるというふうに考えております。したがって、そういう範囲を越えて拒否をするということであれば、その処分は違法なものであるというふうに考えます。

受田新吉民主社会党

○受田委員 だれが見ても不適当だというような者を大学の管理機関が申し出るはずはないわけです。これははなはだ非常識なことですよ。だれが見てもけしからぬというような人を文部大臣に申し出ないですよ。そういう非常識な大学の教授会とか学長とかがおられたとしたならば、それはたいへんなことなのであって、一人や二人の意思できめられるわけではない。良識を持った多くの先生たちが、また学長が結論を出して申し出られたものが、だれが見ても不適当などということがあり得ますか。これははなはだおかしい話なので、そういう大学があり得るということそのものが、つまりそういうことを予定しているということが、すでに文部省の非常な認識の誤謬である、こういうことを私は指摘せざるを得ないのですが、部長さん、だれが見ても不適当な者が申し出られると思いますか。

關道雄内閣法制局参事官(第四部長)

○關政府委員 先生仰せのごとくそういうことはまずないと考えておりますが、しかしあればという仮定の上に立って、そのときに拒否ができるという意味において拒否権があるということでございます。

受田新吉民主社会党

○受田委員 あればと仮定した場合を予想してそういう法解釈をしよう、こういう御判断のようでございます。これは現在の大学の先生たちに対する非常に大きな冒涜であり、しかも大学自体が大学運営に自発的に協議会をそくって当たろうとしているその熱意に対しても非常に大きな冒涜であると私は思うのです。少なくともこの際文部大臣は、また法制局当局は、拒否権などをもって最高裁が原審差し戻しをするような——そういうようなことを学んだのかどうかしれませんけれども、はっきりと大学管理機関の申し出を容認して、それによって任命権者である文相が任命権を行なう、こういう形がとられているときに、そんなくだらぬ考えをお持ちにならぬで、文部大臣の強権をどこかでひらめかさぬと文部大臣の地位がどうもあぶないとか、文部大臣の権威が失われるとか、あまりメンツにとらわれないで、文部大臣荒木さん、あなたもひとつこういうくだらぬことは——大統領の大臣らしく腹を大きくして、大学の自治は大いに尊重します、くだらぬ考えは持ちませんと、あまり監督権行使の欲をお持ちにならぬほうがいいですよ。荒木さん、あなたのお人柄には私深い敬意を表しておるのですからね、まじめな人であることはよく知っているのですから、強権発動の伝家の宝刀をどこかでひらめかそうというさびしい気持ちはお捨てになって、こういうところで議論をわかさないで、もっと大学の先生たちの処遇についても全面的な処遇改善をはかるとかいう温情を持った、そういう行政長官としての任務を果たしていただきたいのです。いかがでしょう。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 先ほど来この問題については考え方をお答え申し上げたわけでございますが、いまおっしゃるように大学の教授をもって構成される教授会ないしは評議会というようなものが、いま法制局からお答え申し上げましたような、だれが見ても客観的に不適任と思われる者を申し出てくるはずはない、私もそう思います。はずはないということと、万に一つもあった場合にどうするかということとは別問題だと理解するのでございます。午前中以来お答え申し上げておりますように、文部大臣という立場におる私の主観でどうだという問題でなくして、およそ憲法がいいますように、国民が主権者として、公務員のすべてについて選定権を基本的人権として与えられておる。その基本的人権はいかなる場合といえどもはっきりと責任体制が明確になっておることを、憲法としては要求しておると思われます。その場合に大学の管理機関が申し出ますことは、いまも御指摘になりましたように、万に一つも誤った申し出があるはずがないのですけれども、万に一つの場合があった場合、主権者たる国民に対して国会を通じてその選定について責任を負うという道は開かれていなければ、万に一つのわずかのケースではありましても、民主憲法第十五条の運用としては法律制度に欠陥ありということが指摘されざるを得ないと思います。ところが、そのことを含めて現行法それ自体が、文部大臣が大学の管理機関の申し出に基づいて任命をしろと要求しておる以外には制度はございません。したがって万に一つの場合だけでございますが、その場合に誤った結果が出ても、国民は国会を通じて行政府の責任を問う道が、その部分については閉ざされるわけだろうと思います。それと同時に、申し出どおりに任命したといたしましても、結果的にはいま申し上げるようなことが起こり得るかもしれない。そのことも含めて、あくまでも任命権を付与されております文部大臣が、国民に対して国会を通じて責任を負うという法制が一番整備された法制だと思います。そのことを念頭に置いて定められたのが現行法にいうところの文部大臣の任命権である、そういうことを申し上げておるのでありまして、それ自体学問の自由、それに密着して理解されるところの大学の自治ということを国民に対して完全に責任を果たす必要があればこそ、以上の解釈に従って行動することが適切であり、合法的であるということを申し上げておるにすぎないのであります。

受田新吉民主社会党

○受田委員 關部長の御発言による、だれが見ても不適当なというような人、そうすると、その申し出をした大学の先生方だけはこうでよいと信じたが、そのほかの国民は、だれが見ても不適当だ、大学の先生たちの機関を除いたその他が不適当だということは、その大学の先生方は正しいというが、ほかの、大学以外の者が不適当だと判断するということですね。その大学でも一人や二人できめるわけではない。そういう場合に、たくさんの先生方が結論をお出しになった。それを文部大臣というたった一人の——補佐機関がたくさんおるにしても、大臣の中に、荒木さんはそう間違いはないと思いますけれども、はなはだ偏狭な、個人をたいへんいやがる大臣がおった場合に、大臣がそういう判断をして——これは一人の判断にいくわけですからね。たった一人の判断で拒否権の発動はきまるわけですよ。大臣がいかぬと言えばそういうことになるような解釈になるのですからね。何人かのグループによって認定されたことを一人の大臣で拒否するという危険もあるわけです。これがもし内閣へ移行したとしても、十数名の閣僚の意見で拒否ができることになるわけです。そういうことになりますと、数の上の比較からいっても、大学の管理機関、学長から申し出られるその申し出に対しては、どちらがウエートを置かれるかという問題も考えられるし、もう一つは大学の自治という鉄則のもとに出された結論として、非常識な、だれが見ても不適当だというようなものを持ち出されることは、向こうさんの、大学の管理機関側の結論からいってもあり得ないことです。これはひとつさびしいお考えはおやめになることが必要だ。そうなれば憲法第七条に、天皇は内閣の助言と承認によって左の国事を行なう、こういう規定があるわけです。その規定も、助言と承認に対して国事を天皇が行なわなかった、総理を任命しなかった、あるいは衆議院の解散をしなかったという場合に、どういうことが起こるかという問題になってくる。そういうことは、いまのような解釈でいくならば、憲法七条の天皇の国事事項の天皇の意思表明というものも、解釈としてはそういうことがあり得るということになりますか、法制局の部長さん。

關道雄内閣法制局参事官(第四部長)

○關政府委員 ただいまの御質問でございますが、これは、天皇という国政に関して何ら責任を負うべからざる地位にある方のなさる行為、それから法律を忠実に執行していかなければならない責任を持っている文部大臣なり内閣なりの性質から出てくる差異であります。かりに法文の上の表現は同じでありましても、それに当たる者の性格が異なれば、その法文の解釈もまた異なってくるのは当然であると思います。

受田新吉民主社会党

○受田委員 憲法解釈の形で、憲法第七条の天皇の国事事項を行なわれる際に、天皇がこのことをお認めにならないということが法律の解釈としては成立しますね。私の言うのは解釈ですよ。

關道雄内閣法制局参事官(第四部長)

○關政府委員 私は解釈として成立しないと思います。と申しますのは、憲法の全体の精神から見まして、天皇が内閣の助言と承認にかかる事項につきまして別個の判断をもって事を処理するという自由は、憲法上認められていないからであります。

受田新吉民主社会党

○受田委員 そういう議論をお持ちでありましたならば、この問題がまたそこへいく。大学の自治を尊重するという立場で、大学の自治機関が結論を出した、それに対して、政治的判断ということになりますね、こうなると。政治的判断をもって大学の自治を侵害するということは、私は問題が起こると思うのです。行政の責任者としては、大学の自治機関が出した申し出を拒否するということになれば、それは何らかの政治的意図をもってもなし得るということになりますよ。この人間を学長に任命することになると、どうも保守派の立場から見ると、はなはだしきマルクス主義の尊奉者であるから、危険であるからというので、思想的にも拒否するということにもなる。こういうことで、学問の自由ということにも非常に大きな影響力がある。  私、かれこれ議論はよしましょう、時間の関係もありますから。この際、文部大臣は、そういう法解釈としてはというようなことをお出しにならず——憲法九条で、法解釈としては核兵器が持てるとか、かってな議論が最近政府に横行しているのです。こういうことをひとつはっきりさせていただいて、くだらぬ論議を巻き起こすようなことはお引っ込めになって、堂々と大学振興策に邁進していただきたい。注文しておきます。  なお、今度出されたこの法案は、幾つもの問題点をひそめておるのでございますが、まず聞きましょうか。国立大学の総長だけの任免をここで取り上げ、給与を取り上げて単独法をお出しになったのでございますが、一般職、特別職を通じて、その任免規定というものは、それぞれ関連法規の中でこれを提案しております。たとえば、外務公務員法には、大使、公使の任免にあたっては、外務大臣の申し出により内閣がこれを行なうと明記してある。また検察庁法には、これまた任命権者が内閣であることをはっきり明記してある。したがってまた人事官の任命については、総裁御存じのとおり国家公務員法に認証規定が明記してある。それぞれその所属する公務員関係の身分法にはっきりと任命権の特別様式が明記してあるわけです。何を好んでこの国立大学の総長だけを教育公務員特例法にうたっていいものを、わざわざこういうところへお書き出しになったか、理解に苦しむ点でございます。御答弁を願います。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 これは認証官という任命手続をとります管理法上の事例が、内閣で任命権を持つということに相なっておる事例に準拠いたしまして、この法案を御提案申し上げたような次第でございます。その必要性につきましては、午前中からるる御説明を申し上げておりますが、簡単に申し上げれば、教職にある公務員は、他の一般職の公務員と違った国民的期待が寄せられておる。国家的国民的評価というものが現状のままでは適切でなかろう、もうちょっと違った角度であらためて評価さるべきものではなかろうか。具体的に申し上げれば、その地位が国家的、社会的、国民的に考えまして、高く評価さるべきことと、それに相応しました待遇につきましても特別の考慮があってしかるべし、そういうことを構想しました場合に、その最高峰と申しますか、国立大学の学長というのが、いまでも、認証官制度じゃございませんが、具体的にそう取り扱われておりますけれども、その一番トップと理解される立場の学長を認証官の任命手続にすることによって、先ほど来申し上げます全面的評価がえをするよすがにしたい、そういう考え方で教育公務員特例法の中に規定しませんで、単行法としての御審議を願うということに相なった次第であります。

受田新吉民主社会党

○受田委員 それははなはだ理論的根拠が薄弱です。教育の尊重、教育者の尊重という意味で教育公務員特例法ができている。したがって教育公務員特例法にこの大学の総長の任免新方式を御採用になってしかるべきものです。国立大学の特定の総長だけが、教育という特殊の職務を持っている人々を優遇するためには必要な人だというような認識でなくて、教育というとうとい仕事を担当しているのは、教育者全員です。教育者全員に敬意を払うというならいいけれども、ほんのわずか限られた人だけ、その最高の人だけに敬意を払いたいなどというこの論理は成り立ちません。そして教育公務員特例法というのは、教育という大事な仕事をする公務員の特例法であって、このこと自身がもうりっぱに教育という特別の任務を持った職務を担当する公務員の立場をはっきりしておるわけです。また外務公務員特例法も、日本の国を代表して外交の任務に当たっている人を尊重する意味で、外務公務員特例法ができている。検察庁は国内の秩序を保持するために、検察庁法をつくって検察庁の職員の中の特別な人に対する認証制度を明記してある。したがって、いまさらこの国立大学の総長だけを他に例もないようにここに特別法を抜き出すというやり方は、これははなはだおかしい話なんです、これはどう考えても。任免に伴う給与を別にせなければいかぬからというので、その二つをくっつけるのには特別法でやらなければならぬ、こういうような理論をお運びになります。これこそますます牽強付会である、こういうことになるわけです。  私は任免と給与両方を一ぺんにひとつ大事なところだけ先に質問さしてもらいますが、給与におきましてもこれは変な話なんですね。何となれば、国立大学の学長さんということになれば、これは各県に一つずつしかないのです。東京、京都等に特例はありますけれども、大体一県に一つずつしかない。そしてそれぞれの地域で国立大学を持つという喜びを地域的にも感謝している。そのときにごく限られた一部の大学の学長を総長に任命するということで、地域的にどれだけの大きな不満がありましょうか。やはり教育を大事にするということになれば、一県一つの国立大学を全部一括して大事にするという案を立てなさい。東京と京都だけを十八万円にする、その他を十六万円にする、この十八万と十六万の根拠は何に基づいたかをまずお聞きして、次に移ります。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 従来認証官とされている方々の中に給与の差がございます。それで今回国立大学七大学の総長を認証官とするにあたりまして、従来からこの七つの大学の学長の中で格づけが給与について行なわれております。東京と京都の学長は他の学長に比べて高い給与を受けておりますので、これを国務大臣並みに、国務大臣に準ずべきものとして十八万円ということにいたしました。それからその他の国立大学の学長は、それよりも一段低い段階でございますが、検査官あるいは人事官等と並ぶものとして、十六万円ということに格づけをいたしたのでございます。

受田新吉民主社会党

○受田委員 一般職の職務を遂行している検察官がおるわけです。検察官と比較すべきものじゃないですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 これは従来一般職の職員でございますが、検事総長、次長検事それから検事長というものがそれぞれ認証官になっておりますが、私どもの文部省の方針としてはできるだけ高い給与に並べたいということでございまして、御承知のように検事総長は国務大臣と同額ということで認証官の俸給月額がきまっておりますので、大学の総長のうち二人だけはこの国務大臣並みの給与ということにいたしたのでございます。それから次長検事その他の検事長は、検査官、人事官に比べますとさらに一段低い給与になっておりますので、それをとりませんで、検査官、人事官並みの給与ということにいたしたのでございます。

受田新吉民主社会党

○受田委員 国務大臣は十九万円ですよ。ところがこの案は十八万じゃないですか。違うじゃないですか、あなたの答弁と。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 給与の改定後に十九万円になったのでございまして、改定前の額としては十八万五千という数字になっております。御承知のような国会法の関係もございまして、これよりやや低い額でございますが、十八万五千円に準ずるものとして、十八万という数字を出したのでございます。

受田新吉民主社会党

○受田委員 あなたの答弁は間違っている。国務大臣の給与はもうとっくに通っておるのです。この法案を出すときに通っておるのです。国務大臣は現に十九万になっている。検事総長も十九万である。それと同じ、国務大臣に準ずる、つまり同じ給与とあなたが答弁されるのと違っているのです。それから東京検事長、次長検事その他の検事長は、東京検事長が十五万、その他が十四万である、これはあまり安過ぎたから上げた、いいかげんなものですね、この給与決定というのは。十八万か十六万か、検査官、人事官の方が高いからそのほうに持っていく。一般職の給与と比較する必要はない。一般職の中で認証官になっている分とは比較せぬで、特別職で認証官になっているほうで比較するとか、給与体系も全くばらばらじゃないですか。国務大臣はこの法律を出してから給与が上がったような答弁をされている。これではてんで給与の金額に対する自信がないのです。はっきりお答えが違っておるのです。十八万五千というのは昔の話なんです。特別職の給与法と一般職の給与法はもうとっくに通っておる。それに基づいて皆さんは俸給をもらわれているのです。人事院総裁、この一般職の職員である総長の十八万と十六万の給与というものが、いま御答弁になったようないいかげんな基準で決定されておるのでございますが、給与額についてはあなたのほうは全くタッチしなかったのですか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 お答えをいたします。先ほどもちょっと触れましたのでありますが、これはわれわれの従来やっておった勧告の、いわゆる積み重ね的な技術的の方式から申しますと、ある程度飛躍的な発想であるというふうに申し上げます。したがってそれに対して何万がいいかということを、こちらからかようかくかくでございます。絶対にそれで正しいということを申し上げる義理もございませんし、そういう資料も率直にいってありません。したがってわれわれは、これが非常に不穏当であるとか、広い視野から見てこれをどう考えるかという角度から批判せざるを得ない。それでもう少し五千円引き上げよとか、五千円引き下げよとかいう根拠は出てまいりませんので、大局的に見て、まずこれはやむを得ない額ではあるまいかという態度をとったわけであります。

受田新吉民主社会党

○受田委員 検察官は一般職ですね。この一般職の職員である検察官に対して、給与は人事院の勧告によってその結果が法律となってあらわれるというのが本筋だと思う。検察官に対する給与勧告というものはいつか一回やったような気がするのでございますが、これはどうお取り扱いされているのでありますか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 確かにおっしゃるように、一回やったはずです。これは相当古い話だと思うのであります。総司令部のおりますころにやって、向こうとの関係でいろいろ複雑な話が出てまいりまして、これは給与の面から申しましてむしろ裁判官に近いものではあるまいかというようなことがその理由になっておったかどうか知りませんが、はなはだこれは不自然な形でありますけれども、そういうことから、人事院は直接には検察官の俸給に対する勧告はしてない、これがずっと最近の例であります。

受田新吉民主社会党

○受田委員 一般職に属する職員の給与がどのように動かされても、これは政治的な意図で動かされるのだから、検察官の分は裁判官とのバランスの問題もあって自由に動かされるのだから人事院はタッチするところではない、こういうことでは、一般職の給与全体に大きく波及する問題が起こると思う。あなたの御所管である一般職に対しては、人事院が確たる信念を持って給与体系を維持する、政治的な給与をいいかげんに一部につけるようなことをやめさせる。むしろ給与の低い、一万六百円という、十八歳の成年に達した者の東京都における標準生計費を基準にした一番低いところをもらっているような人、一年にほんの微々たる昇給しかしない人がおるときに、政治的な金額でぽつぽつと俸給を引き上げる上層部があるということになると、勤労大衆に及ぼす影響は非常に大きい。人事院は一般職全体を統轄する責任者である。任命権者に対する一番大事な独立機関である。あなたは文部大臣から指揮監督を受けておられないのです。また人事院という行政部門の独立機関としての権威を保たれる機関ならば、文部省が言うてきたからというので、これに気がねをする必要はないのです。いわんや、いままで管理職手当なども校長、教頭にまで、いいかげんなものを持ち寄って、人事院規則が各所に誕生しておる。最後には、こういう他の公務員に例のないような独立法まで出てきて、そうして給与までこれは規定してある。こういう俸給表のつくり方をしないと、一般職の給与体系ではどうも変な形になるからというような、さみしいお気持ちがあるのではないかと思うのです。これは間違いなんです。もしおやりになろうとするならば、一般職の教育職俸給表が一号から三号まである、その一号の俸給表を、大学の学長の俸給表というようなものにすればいいのです。それから二が大学のその他の職員の俸給表、三が高等学校、四が中小学校という四本立てにすれば、体系としてはりっぱなものができるのです。そうして一般職の俸給表でぴしっとおさめられて、大学の総長の給与も勧告できるのです。一般職ですから、勧告すべきです。これは大学の総長の給与は勧告はできなくなりますよ。かってに政府がしてしまいますよ。これではだめですよ。人事院は明らかになめられているのです。そういうなめられ方をしないためには、この際、一般職の給与法を改正して、大学の総長及び学長の俸給表というものを一つつくればいいのです。そのことによって、国立大学の他の学長とのランクもはっきりするわけなんです。国立大学の、大学院を置く一部の大学が一等級の二号俸になっている、それから、大学院を置かない大学が一号で、それから、あなたが人事院の指令をお出しになったのが、ここの問題になっている東大、京大、これが八号のランクになっている。それから残された五つが六号のランクになっている。それから一橋とかその他の、昔の官立十一大学が四号のランクになっている、こういうランクをつくっておる、これらを全部救うというなら、私はここにおる議員さんも一応納得することができると思う。つまり、全部の大学の学長の給与表を順を追うてきちっとやるというならいいけれども、その人事院指令で、一等級の一号、二号、四号、六号、八号というランクをつくって、そうしてそのうちで上の二つだけを十八万と十六万にして、他は顧みてないのです。今度の増額率をごらんになると非常によくわかるのですが、増額価格は東大が五十七万円も増額しておる、京大が五十七万円、その他の大学が三十数万円から四十数万円を引き上げられておるのです。職務の非常な繁閑の差と責任の度合いというものをもって給与をきめることになっているけれども、午前中村山君が指摘されたとおり、広島大学などは、その職員の数と学生生徒の上で——大学院を置いたとか置かぬとか、一部の大学の学部がないとかいう議論とは別に、責任の度合いは非常に重大であり、生徒学生、監督、職員、統一研究の非常にむずかしいものをかかえている大学は、伝統のある大学とちゃんとあなた方の提案理由に書いてある、伝統のある大学だけを入れて——そのほかの分は順序を多少おくらしてでもいいです、一段階、二段階、三段階、四段階、五段階をつけてもいいですよ、けれども、国立大学全部を完全に救うという体系をつけた給与表をお出しになるならば、これはだれも納得できると私は思うのです。ほんに数名の総長だけにばかに待遇をよくして、そうしてあとはそのままにしておく。これでお互いの大学の間に不満も起ころうということはおわかりになると思うのです。また大学の先生を優遇しようとされるならば、研究費などをどんどん増額しなさい。研究費というのをほんにスズメの涙ほど出して、大学の大事な研究者としての先生たちは、生活苦にあえいでおるのじゃないですか。自分の給料で本を買わねばいかぬ。したがって、本を書いたり講演に行ったりして、アルバイトをどんどんやらねばいかぬという実情は、日本の特異な現象ですよ。文部大臣、大学の先生たちで、現に真剣に研究する人々に、研究費の大幅増額、大学一般の先生たちに対する給与改善、こういうところにむしろ重点を置いて、総長の一部の人の優遇はそのあとでも私はいいと思うのです。いかにも大学総長、学長優遇策が教育尊重の手本であるごとくに誇っておられますけれども、実は逆で、教育大衆、教師大衆という意味からする大学の先生たちの研究費用の増額、先生たちの給与を改善していくというほうが先ですね。国家予算を伴うことでありますけれども、人数が限られている問題でございますので、たいした金額になりません。私の申し上げていることをどういうふうに判断されているか、文部大臣、人事院総裁、双方の御答弁を願いたい。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 さっきのお尋ねに対しましてお答えしたことで一つの問題は尽きておろうかと思いますが、簡単に繰り返しますれば、大学、高等学校、小、中学校も含めまして教職の地位を国家的にあるいは国民的な立場において評価がえをしたい、その一番初めに出てきました課題としてこの法案の審議をお願いしておるという趣旨はお答えしましたとおりでございます。それと別に研究費その他をもっと増額すべきではないかというお説、私も同感でございます。そういう気持ちで数年来この問題につきましても努力をし続けてきておりますが、まだ十分でないと思います。その点は今後の努力に待ちたいと思います。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 この法律案が成立いたしますと、なおこれに伴って検討すべき点があることは御説のとおりであります。先ほども触れましたように、他の取り残された学長との給与のバランスをどうするかということは、われわれの検討すべき一つの問題点に入るわけであります。それらの問題も検討しなければなりません。法体系の問題としても、給与法案という法律案そのものを人事院として提案する提出権はございませんけれども、純然たる一般職の給与体系の中にこれが組み入れられるように努力したい、こういう所存でおります。

受田新吉民主社会党

○受田委員 今度の任免法で適用される大学総長の給与というものは、人事院勧告へ入りますか、どうですか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 たまたまこの法律が通ったために総長の給与に対する勧告権はこれでなくなったというようなことは夢にも考えておりません。そんなことは絶対にあり得ないと考えております。

受田新吉民主社会党

○受田委員 総長の給与は上がりましたね。そうしますと他の学長と均衡がとれなくなった。つまり私が申し上げた五つのランクの中で二つしか解決しておらぬ、あとの三つは取り残された。それはこの七月の勧告の中へ当然入れて、他の大学の学長の給与改善を提案される別意があるのかどうか、また一般大学の教授等も包含した給与改善策をこの七月の勧告へお入れになるかどうかを明答していただきたいと思います。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 七月に勧告いたしますか、八月になりますか、あるいは勧告しないかというようなことは、ただいまの段階としてはわれわれ白紙でありますけれども、しかしこの法律が成立した暁におきましては、とりあえずとにかく目につきますものは他の大学の学長とのバランスの問題で、これはだれが考えても目につくことだろうと思います。したがってそれらの点を中心として、ほうってはおけない、検討しなければならない、こういう含みでおるわけであります。

受田新吉民主社会党

○受田委員 私は今度の勧告にはその他の分を検討した勧告がされる、こういうあなたの御発言があったと一応了解してよろしゅうございますか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 勧告をするかどうか、どういう形の勧告になるかということは全然白紙でございます。ただ心がまえとしていま言ったような問題を常に心に抱いておるということであります。

受田新吉民主社会党

○受田委員 だめなんです。人事院総裁。あなたはこのようなものを二つ、三つここでもぎとられて、かってな俸給表を押しつけられて、人事院がなめられて、そして一般的な大学学長及び教授の給与体系を根本的に破壊するような法律案に御賛成になって、そうしてこれが上がったらあと何とかしなければならぬというような、人のゴボウで法事をするような人事院ではだめですよ。人事院がもし大学の学長などの十分な給与改善をしなければならぬ、大学の権威を保たなければならぬというお考えであるならば、人事院みずからが大学の学長、教授の給与体系をつくって、私がいま指摘したような一本の教育職一号俸に大学の総長、学長の俸給表というものをおつくりになるような努力をし、勧告をされて、政府がそれを検討するというのが順序であったはずです。それをとんでもない法案をここで出されてそれが出た以上はわれわれも考えなければならないという、他人のふんどしで相撲をとる、人のゴボウで法事をする、こういう行き方は、人事院の存在意義を全く失わしめると思います。由来秀才をもって誇る総裁が就任早々こういうぶざまな法案を出させるような、しかもあなたの御所管の一般職の総長である。こういうふうなとんでもない法案を出されて、やむを得なかった、これが出た以上はあとから考えざるを得ないでしょうなどという、こういうだらしないことでは、私は人事院の権威いずこにありやと言いたい。私はこのような一部の人を優遇する——しかもいま局長の答弁では、国務大臣並みの給与を出すということです。したがって国務大臣はいま十九万になったのですから、そうなれば当然この法律も十九万に修正しなければいけない。修正するのですか。いま国務大臣がその後上がったからということですが、修正して十九万にしますか。あなたのような御発言ならそうなる。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 この法案そのものは御指摘のように十八万、十六万ということでやっておりまして、いま直ちにこれを改訂するというつもりはございません。

受田新吉民主社会党

○受田委員 それじゃあなたのおっしゃることがいよいよ論理が矛盾してくることになるのです。国務大臣並みの給与を出したいが、この法案を出すときにはあちらが十八万だったからそれでそういうようにした、今度それが上がったのだからということになれば、いま上がっておるのですから、上がった俸給表を出すべきですよ、あなたのほうの言い分とすれば……。  しかし私は、ここでもう一つ大事な法律案に直接関係のある問題を指摘したい。この法律の第四条、「国立大学総長の受ける一般職の職員の給与に関する法律に規定する給与は、俸給及び期末手当とする。」これは一般職の思想で規定された事項ですかどうですか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 まさにこれは一般職に属するという前提において書かれた条文であると思います。

受田新吉民主社会党

○受田委員 ところがこの附則第四項のおしまいに「「特別職の職員の給与に関する法律第一条第一号から第十五号までに掲げる者の例に準じて」とする。」としてある。すなわち暫定手当等の規定は特別職の規定を準用する、こう書いてある。これはどうです。総裁、これはあなたの御所管でないのですか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 これは人事院の所管になると思います。一般の根本原則は一般職の職員同格で扱う。ただ立法の技術上「特別職の職員の給与に関する法律第一条第一号から第十五号までの例に準じて」とすることが表現上手近であり、便利であるということだけの意味で、こういうおことばをお使いになったのであろう、これは私が立法したものでございませんから、推測にとどまるわけでございます。

受田新吉民主社会党

○受田委員 一般職の職員である総長の基本給であるところの俸給及び期末手当は一般職の給与法の思想をとる、それから暫定手当その他の手当のほうは特別職の職員の思想をとる。これは給与体系を混乱させるものです。一般職なら一般職の思想を一貫すればいいじゃないですか。こういうふうなばらばらなことをやって、基本給は一般職、その他の諸手当は特別職、こういうことを平然と認められて、このほうは政府のほかの方がお出しになったのだからしかたないというような行き方では、給与体系はばらばらですよ。一般職なら一般職の体系を押し通さなければいかぬです。それを特別職の規定を準用するところを持ってきたりしたのでは、これは一般職の所管官庁である人事院いずこにありやと私は言いたくなる。ですからこういうばらばらな体系をもってこれを律せられたらたいへんです。いかがですか、私の言うことに間違いありますか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 御趣旨はまことによくわかります。要するにこの表現を、こういうよその法律の条文を利用しないで頭から書き下せばそれで済むことです。その点の手が抜いてあるという批判はこれは成り立つと思いますけれども、大切な、肝心かなめの一般職の職員としての立場というものがこの片言隻句のために変わってしまうものとは夢にも思いません。ただ技術上の一つのテクニックとしてこういう表現を使ったというように見られるわけです。

受田新吉民主社会党

○受田委員 もうこれで終わりますが、人事院としては一般職の職員であるということに固執し過ぎておられるけれども、これでは完全に特別職にとられていますわ。これはもう一般職におるというのがおかしいのです。形を一般職に置いておるというのも、実際は完全に特別職に移行しておるのです。一般職に残そうとすれば、給与体系もはっきりと一般職に残しておかなければいかぬ。俸給体系も特別職、身分も特別職と同じような形にとられてしまって、残るものは名義的な一般職が残っておるだけ。これは法律を根本的に直さなければいかぬ問題は、総長の任免規程は教育公務員法特例法によるべきであるということ、給与は一般職の俸給表に一つのものを規定すべきであるということ、それを両方からもぎ取られて、文部官僚の完全支配のもとに人事院が立たされたということ、これは人事院総裁として非常にあなた自身、内心残念に思っていると私は思う。これほど秀才総裁がおられて、ここへきたかと思うと、日本の一般職の公務員の給与体系が破壊され、特別職という美名のもとに、一部の大学総長をそのほうへ移行さして、そして他の大学の学長や先生たちを取り残しておるということ、こういうことをお避けになって、この法律は引っ込められて、教育公務員特例法の任免規程を改正する。この間の官房長官は内閣法を一項、それから総務長官を認証官にするのには総理府設置法を一項、教育公務員法はやっていないじゃないですか。そして給与表は一般職の俸給表の改正とあわせて待ってやるべきで、それまであわててやる必要はない。全国国立学校の先生及び学長等に対しても、自分のところは一号学長であって問題にされていない大学だというと、大学間のプライドの問題にも関係するのです。国立大学を公平に愛する。二、三階級はあってもいいですよ。あってもいいが、全体を公平に愛するという基本的な考えに用意されて、人事院勧告を待ってこの法案をお出しになるというなら筋が通る。いかにも一部の特権階級意識を限られた総長に与えて、あとはまた何とかなるというこのさびしい考え方は、これは絶対に承服できない問題です。最も根本的なものを忘れて、枝葉末節の細工をしている。文教の府である文部省としては、表通りを歩かなければいけない。裏通りをこそこそしてはいけないのです。人づくりの総本山の文部省の荒木文部大臣、ひとつ堂々と、ごまかし的な、逃避的な法案を出して当面を糊塗してはいけません。あなたはこの間、投票されるときに裏のほうを通って投票に行かれた。議長席の裏からさっと行かれた。こういうことも間違いですね。裏口営業は文部省はやってはならぬ。やはり堂々と表を歩き、人事院の立場を尊重し、一般職の立場を尊重するという形でやってもらいたいのですが、私のいま申し上げた基本的な、この法律の立案の根拠に、いま私が指摘したようなものをどう考えるか。この点については法制局第四部長にまず答弁をしていただいて、それから大臣、総裁と順序を踏んでいただきましょう。あなたに質問をしているのは、外務公務員特例法、検察庁法、教育公務員特例法、あるいは総理府設置法に内閣法等で、認証官の規定はそれぞれ関係法規に一項だけ挿入してあるのですが、このようなものをぱっと特別法を出すということは法体系をくずす意味において感心するものでないと思うのだが、その点についての答弁があなた、それから残りは文部大臣と人事院総裁にお答え願います。

關道雄内閣法制局参事官(第四部長)

○關政府委員 この法律は、御承知のごとく第三条におきまして任免に関する規定、四条におきまして給与に関する特例、この二つを合わせたために、それだけで一つの法律にまとめて出すという政府の方針でございまして、これを法制局としましては格別法律的に間違ったところはない、先生の仰せのごとくこれを別々にやることも一つの方法でございます。何か国立大学総長の任免、給与について特にこういう特例を認めるということを一つにまとめて表現するということも一つの方法だろうということで、私どものほうはこれで承認をしたわけでございます。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 受田さんの給与体系論の立場からのお説は私もわかります。この法案がそのお説からいって例外的なものであることもわかります。ただ先ほど申し上げましたように、教育公務員というものを全面的に評価がえをする、地位の重大性及びそれに裏づけたるべき給与を合わせまして、その方法としましては例外的なこのやり方以外に手っとり早い方法はない、こう考えまして御審議願っておるつもりでございます。

受田新吉民主社会党

○受田委員 大臣の答弁で私ちょっと質問します。  あなたは教育を尊重するという立場でこれをやったとおっしゃるけれども、教育を尊重する形にならぬではないですか、一部の人たちの特権意識を持たすだけで何ら益するところはない。自分の月給が五十万円、六十万円上がって、恩給金額も今度やめる前に引き上げる。暫定手当が四分の一が入るとかいうようなことで個人としては喜ぶかもしれませんが、しかし友連れの人を取り残して一人だけいい子になることを内心きっと深く済まぬと思っている。だから七人の総長でも自分たちがばかに上がることを内心決して喜んではおりません。いわんや特別職の外国に国の名をかりて外交交渉に当たる認証官たる大使、公使の給与を見てください。五号俸を適用されている大使も、四号俸を適用されている公使も九万八千円ですよ。外務省の役人が大使、公使になって、また戻るときの給与を考えて、大使、公使の給与は低いのですと外務大臣は答弁しておる。したがってあとに続く残された学長の給与のことを思うならば、こういうばかげた飛び上がった給与をつけないで、認証官にするということだけを先にやっておいて、あとから給与体系をその次に考える。教育公務員法の特例で認証官の規定だけをちゃんと入れておいて、給与のことは残った学長や教授のことを考えて、一般職の給与法を人事院勧告に基づいてやるというのでよかったじゃないか、そういうことですよ。大臣、少し軽卒であったです。大臣、私がいま申し上げたこと、それから総裁、いまの大公使の給与などを見ても、そういう大使、公使という大事な地位にある人でさえも九万八千円という俸給をもらっているのですよ。そのことを考えたら、みんながつながっている。検察官の場合でも、全部の、検事総長から一般検事までの一本の給与体系ができているのですよ。ごく一部の人だけを抜き出していくということは、決して効果的に政府の威信が保てるわけではありません。この法案を自民党の各位もひとつ考えていただきたいのですが、いまあわてなくて、認証官にする規定だけを設けて、あとは給与体系は人事院勧告をもって順序を追うてやろう、こういう形に与党の各位が御協力を願って、政府提案をこの際根本的に改めていくことが、日本の平和と、そして全公務員に非常な希望を与える意味において私は筋が通ると思う。大臣から大学の総長及び学長並びに教授の給与改善は、きわめて近い機会に根本的な改善措置をとりたいという御答弁をいただいただけで全大学職員は希望を持つわけですから、私の質問に対する、私が今申し上げた提案に対して賢明な大臣、一つ御判断が願えませんか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 今後に対する教育公務員全般についての御希望を述べられたと理解いたしますが、私もそういう希望を持ちます。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 私に対する御発言は非常におことばが荒いように承りましたけれども、これは非常にありがたい御激励のおことばだと思います。したがいましてその御趣旨にのっとりまして、たとえば給与体系の面とかについても先ほど触れましたような方法で、これを一元的なものにしていくように努力をしてまいりたいと思います。ただこの法案によって特別職になってしまったというのに近い印象のおことばがございましたけれども、先ほど申しましたように、これで特別職になったとは私どもは考えておりません。またそういうことのないようにするつもりでおります。

受田新吉民主社会党

○受田委員 ちょっといま、早くやめてくれという意見が出ましたので、私要点を半分近く質問をしただけですが、これで質問を終わります。社会党の皆さんに、お時間をかけて相すまぬから譲りますが、これは人事院総裁、あなたが——文部省からの話のときに、一般職を所管する官庁として、あなたが承諾を与えなければこういうものは出ませんよ。そうですね。あなたが承諾を与えなくてもこの法案が出ますかどうか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 そこまでの見通しはつきませんが、私が承諾しなければこの法案が出ないという体制が、人事院としては望ましい体制だと思っております。

受田新吉民主社会党

○受田委員 大臣、人事院の総裁は非常に苦衷を訴えられておりますよ。あなたは人事院をそこまで追い込むような強奪措置をとって、この権限をおとりになったと私は判断します。いまの総裁の御意見の中には非常な苦衷が出ておる。人事院を近く人事局にするとか、国家公務員法の改正も出ておる。しかし、少なくとも人事院は独立機関として、今日まで非常な苦心をしておる。その人事院を政治的に追い込むような形を——文部省が強奪主義でこの権限をとってきたということは問題です。少なくとも人事院が存在する限りは、人事院の意図を尊重した方向にいくべきであって、人事院がいやだいやだと言うのを無理やり取り上げたような印象を、いまの総裁の御発言ではっきり私はくみとれる。公開の席で総裁がそう言われた。私は、ここまで人事院を追い込むような、文教の責任者として——人づくりですよ。人をつくる責任者が、人を困らせ、人を追い込み、苦境におとしいれて、最後に実権を握るといういき方は、文教行政なるがゆえにいかぬ。ほかの役所なら、建設省とか農林省とかいうのなら、これは私何とか大目に見るかもしれませんけれども、文教行政の責任者であり、神聖なる人づくりの総本山であるがゆえに、私は承知できないのです。私は質問をよしますが、この大事な問題は基本的に考え直し、人事院の一般職給与法改善勧告案に基づいて給与法をあらためて検討し、教育公務員特例法による認証規定を一項ほど入れることでこの問題の解決をはかっていただきたい。質問を終わります。

床次徳二自由民主党

○床次委員長 関連の申し出がありますから、これは許します。野原覺君。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 重要な個所につきましては、質問が同僚議員によって行なわれておりますが、しかし、私ただいままで、大臣なり関係者の御答弁を拝聴いたしておりまして、非常に不満です。御質疑に対する的を得た答弁をことさらに回避しておられる。したがって、私は受田君の関連ということで、委員長が許可をされたのでありますので、文字どおり関連をしてお尋ねをいたします。  そこで、国立大学総長の任免、給与等の特例に関する法律案でございますが、きわめて条文が簡単ですね。ところがその中身というものは実に重要なものを持っておる。そういう角度で私はお尋ねをしますから、ひとつ簡明、率直な御答弁をいただきたい。  まず第一点は第三条です。第三条を見てみますと、「国立大学総、長の任免は、内閣が行ない、天皇が認証する。」と書いておるわけです。その二項には、「国立大学総長に係る教育公務員特例法第十条の大学管理機関の申出は、文部大臣が内閣に進達するものとする。」こう書いておりますから、先ほど来拒否権の問題、特に教育公務員特例法の第十条の解釈ということが問題になってきておるわけです。やはりこの点が、私もこの認証官立法の根本的な問題ではなかろうかと思うのであります。  そこで、まず第三条でございますが、この第三条を解明してみますと、教育公務員特例法第十条の大学管理機関の申し出が第一の手続、それから第二は、その申し出に基づいて文部大臣が内閣に進達をする。その第二の手続が行なわれる。その文部大臣の進達に基づいて、今度は内閣がその任命をする。天皇の認証という形式的な、儀礼的なものがそこにつく。これが第三条の中身であろうかと思うのです。文部大臣にお尋ねしますが、あなたのこの進達——大学管理機関の申し出はあなたが進達するんですが、この進達の中身は、大学の管理機関が申し出たならば、実費的にいろいろな問題があろうとも、これは当然そのまま内閣に進達しなければならない。伝達、伝令、連絡、そういった全く媒介的な中身のものであろうかと私は思いますが、どう考えますか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 仰せのとおりに解釈をいたしております。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 そういたしますと、この第三条の手続でございますが、内閣があなたの進達に基づいて任免を行なうという場合には、これは当然内閣としては、任免を行なうわけでございますから、不適当な者は任じない、不適当な者についてはこれをチェックすることができる、こういうことになるわけでございますか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 その点は、拒否権ありやなしやの問題として焦点を合わせた論議が、午前中から行なわれておったわけですが、その部分につきましては、文部大臣が任命するということになっております現行法上も、今度この法案決定後の内閣が任命する場合も、同じことでございます。その点についての中身は、全然この法案によって変わるわけではございません。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 そうなりますと、私は教育公務員特例法第十条の解釈については、もう少し掘り下げてお尋ねしたいと思う。調査局長の天城さんにお尋ねしますが、あなたは今日文部省の調査局長をなさっていらっしゃいますが、あなたは、この教育公務員特例法の第十条について、「大学管理機関の申出に基いて、任命権者が行う。」任命権者が申し出に基づいて行なうということは、拒否権を持たないことを意味するというお考えをあなたは持っておられませんか。

天城勲文部事務官(調査局長)

○天城政府委員 「基いて」の個所につきましては、いままで正規の政府委員から御答弁申し上げておるとおりでございまして、私は別に異なった意見を持っておりません。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 ここにあなたの著書があるのです。これは教育関係法II——早大の有倉さんとあなたが共同でお書きになっておる。その四七九ページをあけてみましたら、こう書いております。「「申出に基いて」とは、大学管理機関の申出により任命権者は法的に拘束せられ、拒否権をもたないことを意味するのである。」これはあなたが書いて、そうしてこれを天下に売っているんですよ。あなた、これ、でたらめを書いたのですか。では、あなたはその後、この発行所に対して、この個所は訂正するということをなさっておられますか。あなたは、この四七九ページに書いております。どう考えますか。

天城勲文部事務官(調査局長)

○天城政府委員 どうも何か私的なことで、公けの席で御答弁しにくいのでございますけれども、事実を申し上げます。  この本は石倉氏と共著ということになっておりますけれども、実は序文をごらんいただけばわかりますように、担当するところをはっきり分けまして、この法律はだれが書く、この法律はだれが書くと書いてございまして、特例法は有倉氏が執筆されまして、序文にも、内容については執筆者が責任を持つということになっておりますので、有倉氏のそういう点に対して、私がここで責任を持ってお答えする立場でないわけであります。御了解願います。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 そういう逃げる手もありますが、これは、早稲田大学の有倉教授とそれから天城さんの共著です。なるほどここは有官さんがお書きになったから私は知らない、こう言われれば、それもそうでしょう。それもそうでしょうけれども、とにかくあなたの共著にかかるこの「教育関係法」の四七九ペーシには、任命権者は拒否権を持たない、こう書いてあるのです。しかしこれは有倉教授の言であって私は責任がない、あなたはこう逃げておられます。それではお尋ねいたします。私はここに「改正教育公務員特例法逐条解説」というのを持ってまいりましたが、これは文部省内の教育法令研究会で編さんをいたしまして、関口調査普及局長が責任監修をしておる本です。これは文部省の通説として天下に販売をされておる。その文部省の通説とされておる改正教育公務員特例法逐条解説によりますと、こう書いております。「「申出に基いて」というのは、既に述べたように「議に基き」」これはその前に特例法の第四条その他がございます。「「議に基き」と同意味に用いられているのであって、任命権者はこれに対して何ら拒否権をも有しないことは、個々の場合について繰り返し述べたところである。」文部省の法令研究会は、任命権者には拒否権がないと、著署にして天下に発売しておるじゃありませんか、文部大臣。これは文部省内教育法令研究会編だ。私は念のために「まえがき」を見てみました。ただ関口さんがこう書いている。この原稿は田中彰君、これはいまここにおりますか。田中彰さん、専門調査室長だ。ここにおるでしょう。当時は文部省の地方連絡課長であった田中彰氏、それから同課の文部事務官の木田宏——木田宏といえば、聞いたことのある名だな。それから同じく事務官安養寺重夫、この三人が原稿を書いて、慎重に検討したところのものだといって天下に発売したのですよ。それには文部大臣に任命権がない、その任命権のない理由は、大学の自治の原則から見て当然だ、「申出に基き」という文言からしても当然ではないかと断言をして天下に発売をしているわけですが、文部大臣はどう考えますか。文部省は、大臣がかわるたびにこういうように法令に対する見解を変えてよいのですか。あなたはこの事実をどうお考えになりますか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 それぞれ憲法論議について意見があることは、これはやむを得ないことであり、自由であると思います。政府の憲法解釈の有権的解釈は法制局がなすものでございまして、かりに文部大臣もしくは文部省の役人がある解釈を持っておりましても、それは有権的であるかいなかの立場からいけば無意味であろうかと思います。先刻来お答え申し上げましたとおり、ノートレヒトと学者は言いますが、まれにさようなことがあり得るという意味で、拒否する場合があるというのは、法制局との検討のもとに一致した見解であることをお答え申し上げます。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 それでは文部大臣にお尋ねします。文部省内の教育法令研究会編、その十条の解釈に関する限りこれは間違いだ。これは文部省内から出ておるのです。あなたは断言をされるわけですね。この解釈は間違いだ、そういうことですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 政府としての立場における見解である限りにおいては間違いだと申し上げねばならないと思います。いまたまたま御指摘のものを私も見てみますと、その「まえがき」の最後のほうに、「当教育法令研究会の見解であって、文部省の公定解釈でないことを、お断りしておく。」と前書きしてありますから、それぞれの立場においての自己の学問的な見解を述べたものであって、政府としての見解でないということは、それ自体においても明瞭にされているものと思います。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 この「申出に基き」というところの解釈でございますが、拒否権がないという見解を文部省が持った、政府がそういう見解を持ったのは昭和何年からですか。これは私、後学のために承っておきたい。あなたは有権的解釈は法制局がとるというのだが、では法制局は昭和何年からそういう解釈をとってきたのか。どういう手続を経てとってきたのか。だれの見解でとってきたのか。どういう学者の見解を参考にして、あるいは省内のあるいは政府のだれの見解、どういう手続で、いつからとってきたのかお示し願いたい。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 先ほどのお答えの中でも少し触れて申し上げましたが、中央教育審議会で三年前から大学制度の改善について御審議を願っておったわけでございますが、その途中で、御承知のように、一昨年あたりから組織、編成、管理、運営ということにだんだん審議が及んでまいりまして、そのときに、国立大学と文部大臣との関係というようなことが議論になってまいりました。中央教育審議会の中にも実はいろいろ御意見がございました。そういうことに関連いたしまして、文部省でもこれについていろいろ研究をいたしまして、また、事務的にも内閣の法制局等とも連絡をいたしまして、任命権者の任命権には拒否権があるという法律解釈をとったのでございます。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 そういう解釈は法制局がとった、局長、そういうことですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 いろいろ連絡をいたしまして文部省がそういう解釈をとったわけでございますが、この連絡をしたということにつきましては、もちろん法制局のほうも御承知の上でそういう解釈に到達したわけでございます。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 いまこちらから、文部省があぶないという話ですが、大臣がかわったらどうなるかわかりません。文部省の木田君も、それから天城さんも、みなそれに同意をされた、こう言わなければ、あなた方は首になるから言うだろう。しかし、あなた方は天下に一つの著署として出して、これを熱心に読んできた人々をだましたことになる。今日の文部省の事務官、文部省の役人というものは、そういう解釈をとったならとったで、天城さん、あなたは有倉教授に連絡をとりましたか。私はあなたと共著で、こういうことをして誤解を受けるけれども、文部省の公定見解はこういうことになったと連絡をとっておりますか。それとも木田さんの場合には——法令研究会でこれを響いた田中専門員はいま文部省にいないから、私は申し上げません。二人で書いた、その書いたのが、これは文部大臣に拒否権がないのだと断定している。そういうところから見ると、文部省がそういう見解をとったのには、そのときの一大臣の顔色によって、今日の荒木文部大臣の色合い、そういう顔色をうかがって、常に法令に対する解釈がそのつど変わっていくということはいかがなものかと思うのです。全くなっていないですよ、これは。この点は承服できませんが、大事なことでございますから、法制局にお尋ねいたします。あなたは先ほど、受田議員の質問に対して、この点について妙なことを御答弁なさっておりましたが、先ほどの御答弁をもう一ぺん繰り返しておっしゃってください。

關道雄内閣法制局参事官(第四部長)

○關政府委員 現行の教育公務員特例法について申しますと、大学管理機関から申し出があった場合に、任免権者である文部大臣は通常の場合これを拒否すること、自分の好みに合わぬ、あるいは方針に合わない、そういう判断でこれを拒否するというようなことは法律上あり得ないことである。しかし逆にいって、非常に非常識な、こういうことは実際想像するのはおかしいというお考えはあるかもしれませんが、逆に任免権者としての責任からいって、先ほどだれでもと言いましたけれども、結局普通の健全な常識からいって、だれが見てもそれは不適当であるというのがかりに出てきた場合に、任免権者として何も言えないかというぎりぎりのところを聞かれれば、それは拒否ができるという意味で拒否権があるということを言ったわけでございます。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 それは逆ではございませんか。文部大臣には拒否権はないけれども、学長が形式的に違法な申し川をした場合には拒否することができる、あなたの言っていることはそういう意味じゃないですか。荒木さんは学識あり、私どもも尊敬いたしますが、その大学から申し出てきて、それを荒木さんが、おれは任免権者だから気に食わぬと拒否したらたいへんでしょう。そういうことがあってはいかぬというので、この特例法の十条が生まれたのでございますよ。あなたはそれをどう考えますか。この法律の沿革からいって、そのときの政党そのときの一文部大臣の恣意的な見解によって、大学が権力によって動かされるという印象を国民に与える、そういうことがあってはいけない。だからこの拒否権の問題では、形式的に違法だ、そういう申請があった場合には、文部大臣は拒否することができる。だから文部大臣の任免権というものは、この特例法の十条は形式的な任免権なんです。私はいろいろな学君の見解を調べましたが、今日教育法規について研さんを加えておられる学者のだれが、実質的に文部大臣が申し出てきたものを拒否することができるとどこのどういう学者が言っておりますか。私はやはり学問というものを大いに尊重したいのです。法律学者の意見通説というものを私どもは一応尊重してかかりたい。法制局、教えてください。

關道雄内閣法制局参事官(第四部長)

○關政府委員 私先ほどから申し上げておりますとおり、非常に不当であるとか、これは自分の好みに合わないとか、あるいは現内閣の方針と異なったような見解を持っているとか、そういうようなことで拒否ができるなどということを申し上げた覚えはございません。そういうことは全くございません。したがって、非常にぎりぎりに、私が先ほど言っただれが見ても云々ということを突き詰めていきますれば、先生のいまおっしゃったとおり、非常に顕著な例は、全然法律上適格性を欠いている者を推薦してきたというようなことは一番顕著な例かと思います。その他にどういうことがあるのかと私ちょっと思い浮ばないくらいのまれな例だと思います。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 受田議員の質問に対するあなたの答弁はその点で非常に重要な意味がある。だれが見てもこれは間違いだということは、形式的違法性の問題です。これは突貫的にその人がイデオロギーがどうだとかなんだとかいうことは、これは触れてはいけないことなんです。あなたはいまそれをお認めになった。そういう意味で拒否権はないのですよ。だれが見てもこれはおかしいということは形式的問題でしょう。申し出の形式的な違法性の問題、法制局、そういうふうに受け取ってよろしゅうございますか。

關道雄内閣法制局参事官(第四部長)

○關政府委員 ほとんど先生のおっしゃるとおりかと思います。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 文部大臣、あなたは政府の有権解釈が法制局だと言われた。この委員会に出てきておる法制局の答弁者は、だれが見ても違法だということは形式的なものだ、形式的なものでなければだれが見ても違法だということはあり得ない。実質的に審議することではないんだ。それならばこれは拒否権がないわけです。拒否権がないとかあるとかいうことは、形式的なものと実質的なものについてやはり考えなければならぬと思うのですよ。拒否権があるという場合には、実質的にその人間について問題があるから拒否することができる、こうなるとたいへんでございますよ。法制局は私と同じ見解である。それから有倉教援も、天城さんと共著をしている方も、私が先ほど読み上げましたように、形式的な問題では確かに拒否権があるという。形式的な違法性の場合は拒否権がある。しかしそのことがここでは問題ではない。原則として拒否権がない。ただ手続として形式的に違法があれば拒否権がある、政府の見解はそうだというのです。文部大臣も同意見でございますか。いかがです。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 学者の説を引用すれば、田中二郎教授等のことは先ほど申し上げましたが、きわめてまれであるかもしれないが、ノーという場合があり得る。また、あらねば、主権者たる国民の公務員選定権という基本的人権が完全に行使できない、まれなチャンスがそこに生まれるという意味においてのノートレヒトの拒否する機会あり、こういうことでございまして、法制局の言っておりますことと何ら違いありません。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 これは重要です。私は時間をとりたくございませんが、非常に重大なことです。これは法制局は、実質的に拒否するものではないと先ほどの答弁で言っておる。形式的なものだと言っている。申し出が明白な形式的違法性を持つ場合にはこれは拒否し得ると解するのかと私が聞いたら、そうだという、先生のおっしゃるとおりだという。明白な形式的違法性を持つ場合には拒否し得ます、しかしその中身について、その人が一体適任か不適任かという実質的中身についての拒否権ということではないと言っている。これは通説なんです。私はいろいろな本を図書館に行ってあさってみましたが、これが通説なんです。早稲田大学の有倉さんもそう書いている。それから文部省の法令研究会もそれできたのだ。これはどう考えてもそれが正しい。それがあってこそ初めてだれが見てもこれはいけないのだということになるのでしょう。思想的な問題になるというと、左の人は左の人を認めますよ。そういう中身じゃないのですよ。法制局の見解とあなたの見解は違うじゃございませんか。だから、これがもし違うということになれば、この点は、法制局の見解を間違って文部大臣が解釈して提案をしていることですから、私はこれは審議できません。これは重要なことです。これは池田総理大臣に出てきてもらい、もう一ぺん閣議を開きまして、拒否権の問題は統一した見解をもって臨んでもらわなければ国会としては審議できません。法制局の見解とあなたの見解は違う。あなたは何でも拒否できると言うが、法制局はそうじゃないと言っているじゃありませんか。そうじゃないと言っている。どうですか、これは。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 何でも拒否できるとはいまだかつて言ったことはございませんが、ノートレヒトとして表現されるがごとく、いわば緊急行為とでも考えられねばならないケースに初めてあり得る、そういう大前提で常に申し上げておりまして、その意味において法制局と見解は一つも違いません。のみならず、たとえばさっきも法制局からの例でございましたが、申しましたように、その学長候補者の思想がどうであるから拒否するということは、それ自体が憲法違反であってあり得ないことです。また、与党自民党の見解がどうであるから、注文がきたから、それでもってノーと言うなどということも、これもまた「大学管理機関の申出に基づいて」という制度それ自体に違反することで、あり得ざること。したがって、さっきも例が出ましたように、法令違反もしくは病躯その任にたえずというがごときケースが、きわめてまれにひょっとしたらあやまって起こらないとも限らない、そういうふうなときに、それがフリー・パスされねばならないということであるならば、毎度申し上げる主権者たる国民の公務員選定権それ自体が傷つけられるということであろう、そういうことがあった場合に事前にノーということによって大学の管理機関ともども誤まりなからしめるという趣旨において、きわめてまれにあることであろう、さらにまたその逆を申せば、管理機関の申し出どおりに任命行為をいたしましても、それが実は任命権者たる文部大臣も——今度は内閣も同様ですけれども、及び大学管理機関ともども誤りをおかしたというときも、任命権者は国会を通じて国民に責任を持たねばならぬ、そういう考え方に立って任命権というものが解釈さるべきだ、その限度内においてのみノートレヒトであるというがごとき、万に一つもの——現実にはないであろうと思いますけれども、万に一つでもあった場合の憲法の解釈というものは当然に、いままで申し上げたような趣旨において妥当とされるであろう、こういうことでございます。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 あなたは法令違反と病苦その任にたえずと二つの具体的な例をあげたのですが、法令違反はいいですよ。法令違反というのは申し出が法令違反をするそういうことだろうと思う。病苦その任にたえずというところはやはり問題がありますよ。大学のほうでこの人が適任だと思ってきた者を病苦その任にたえずとあなたのほうがかってに判断をしてチェックできますか。それこそ十条違反になりはしませんか。大学がこの人が適任だと思って持ってくる場合には、健康その他も判断し、学識、経験あるいは教育行政的な手腕そういうものを一切考えて持ってくるのでしょう。そういうものについては私は拒否しないとあなたも言っている。そう言うならばやはり拒否権はないと解釈すべきです。法令だけの、申し出が法令に違反する、こう判断された場合には、これはその手続が明白に形式的な法令に違反する、そういう場合には差し戻してもいいでしょう。しかしその他の場合は、あなたが万が一にもないと言うならば、拒否権は原則としてはないんだ、進達した者について内閣が総長に任命する、認証官として任命をする、そういう場合もこれは内閣としては形式的に任命をするのであって、実質的にとやかく言うものではない、進達は連絡だということだから、これは問題ありません。しかし場合によってはあなたが進達というところで教公法の第十条のチェックをやる、内閣は任命のところでチェックをする、こう二重に権力が大学に介入していったら、これはたいへんなことになるというのが、認証官のこの法案に対する最も根本的な、今日国民の批判が出ておるところなんです。大学は一体どうなるんだ、東京と京都と二つ十八万円で釣って、七つの大学を認証官だということで引っぱって、そうして大学に権力が介入していくことになりやしないか、こういう心配があるのですから、その心配を払拭するには、そうじゃないのだ、教公法の十条の解釈は拒否権はない、ただそれは形式的に法令に明白に違反する場合には拒否権を、差し戻しを行使することもある、私どもはそう解釈したい。法制局は私のその解釈に同調されたのです。あなたは同調されませんか。文部大臣、重ねてお尋ねします。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 重ねて同じことを申し上げて恐縮ですけれども、毎度申し上げますように、まれにではあろうけれども、大学の管理機関といえどもなま身の人間で構成されておるわけですから、時の勢いあるいは調査粗漏のゆえに大学の管理機関みずからの見識でノーと言うべきものが、あやまって出てこないとの保障はございません。したがってそのあやまって出てきた者を大学の管理機関とともに誤りなからしむるという責任は、任命権者に当然あるわけでございまして、そのことがノートレヒトといわれる理論であり、しかも現実にはほとんど出てこないレア・ケースであろう。そういう意味では法制局とひとつも食い違った意見ではございません。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 ノーと言わるべき学長とはどういう人間ですか。あなたがノーと言われることもあると言う陰には、あなたのそういう断定をされる概念の中には、その具体的な内容があるはずです。学長として望ましくない人間、それは一体どういう者ですか、具体的にあげてください。これは納骨できないですよ。どういう人が学長として望ましくないとあなたは考えておりますか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 これは先刻も法制局からも例示がありましたように、あなたも御指摘になったと思いますが、法令に違反する内容の人があやまって進達されるということなしとは言えない。さらにまた病気のために大学の学長としては適当でないという人があやまって進達されてこないとの保障はない。しかし「大学管理機関の申出に基いて、」と法律そのものがその良識を期待しておる。そのことが必然的に大学の自治との関連におきましても、万に一つもないであろう、現実の問題としてはそうだろうと思います。しかし万に一つでもあった場合に、それを是正する余地が全然ないのでは、くどく申し上げるようですが、主権者たる国民の立場において、その公務員選定の基本的人権が暢達されない結果になるということは、論理的な必然性を持った解釈だと私は思いますが、そういう意味で初めてノートレヒトが理解されるし、またそのことのゆえに、それを守るために、任命権の中にはノーという場合が、いま申し上げた意味であり得ると解すべきである。そういうことでございます。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 法令に違反する内容の人とはどういうことですか。法令に違反する内容とあなたは言う。病気はわかりますよ。からだが弱いことでしょう。どうですか、それは。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 法令違反と申し上げれば、国家公務員法に列挙しておる事項がそれだと存じます。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 国家公務員法に違反する人は大学教授として適格者じゃないですよ。法令に違反する人はそもそも公務員として、教授として適格でないはずだ。一体学長任命で、法令に違反するというようなことがものさしになりますか。それは公務員として適格でないのではありませんか。法令に違反する人とは一体どういう人ですか。

關道雄内閣法制局参事官(第四部長)

○關政府委員 さきにちょっと補足さしていただきます。先ほど先生形式的なということをおっしゃっておられましたが、形式的ということではなく、先ほど私はそれは一つの典型的な例であろうと申しましたが、実際に私の申し上げましたのは、それは典型的な例であろうけれども、たとえば法的な資格を欠くようなもの、そういうものが申し出られた場合には拒否しなければならないであろうと考えております。その点で文部省の方と見解が食い違っておるということはないと私思います。  それからただいまお尋ねの欠格条項に触れる者は、そもそも初めから教授でないではないかというお尋ねでございましたが、実はいま法制のたてまえとしましては、学長として申し出があり得るものは必ずしも教授ではない場合も可能なことになっておりますので、そもそも初めから公務員でない者が学長として推薦をされてくるということは可能なたてまえになっております。したがってそういう場合も理論上なくはないというふうに思っております。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 そうすると、法令に違反するということは、これは教授としては問題はないけれども、学長としては問題である場合がある、こういうわけですか。法制局は、教授としてはその点は問題がない、しかし学長としては問題があるんだ、だから法令違反というものさしではかるんだ、そういうことですか。

關道雄内閣法制局参事官(第四部長)

○關政府委員 私が申しましたのは、学長としての任命の申し出のあります者は教授の中から必ずこれを選ばなければならないということはございませんので、そもそも全然いま公務員でない者も学長として申し出があり得るという法制のたてまえになっております。したがって、そういう者が欠格条項に触れるということは理論上可能性がある、そういうことを申したわけであります。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 そういたしますと、教授の中から選ばれる場合には法令違反ということは問題ではなくなりますね。いかがですか。

關道雄内閣法制局参事官(第四部長)

○關政府委員 現在教授になっております者で欠格条項に触れていないという前提に立てば、当然そういうことになります。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 欠格条項に触れ、おれば教授であり得ないのですよ。だから教授の中から選ばれる場合には当然問題はない。そうすると病気ということだけなんですね。病気、その任にたえず、こう任免権者は判断する。イデオロギーでは断じてしない、こう言うのですからね。そうなれば、やはり私はこの解釈は、これは後ほど山中君その他質問があるようですから固執いたしませんけれども、教育公務員特例法の「大学の学長、教授及び部局長の任用、免職、休職、復職、退職及び懲戒処分は、大学管理機関の申出に基づいて、任命権者が行う。」だからこの「申出に基いて」ということは、申し出を尊重する、申し出は尊重されなければならない。申し出というのはこれは一つの形式的なものだ。だから「任命権者が行う。」というのは、形式的なものである、そういう意味で拒否権はない、ただ拒否権があるとすれば形式的にこの申し出が妥当を欠く、その合法性を欠く、そういうことが明白である場合には差し戻してやることはできるけれども、実質的には何もない。荒木さんは何もないと言ったんだ。あなたは万が一つ、万が一つと言うけれども、イデオロギーで絶対やりません、やりませんと言う。それならば実質的な拒否権はない、形式的拒否権だ、そういうことになるじゃございませんか、文部大臣。イデオロギーでしないんだ、その人間の中身、人格、その他についてもしないんだ、ただ法令違反だ、こうあなたは言った。その法令違反とは、これはもう教授であり得るわけがないのです。法令違反の教授が存在するはずはないのだから。だからあなたがあげていることは、ただ健康だけです。そうなれば、これは拒否権という概念の外なんですよ。そういう意味で拒否権はない。だから今度の認証官の任命についても、あなたが進達したことについては、これをだめだとチェックすることはできないと私どもは解釈をしております。あなたはそう言っても、あるいはいやそれはといって反論されるかもわかりません。しかしこれは重要な点で、最も根本になる個所でございますから、後ほど同僚議員から質問があるようでございますから、私はこれ以上この問題については固執いたしません。  ただもう一点だけ関連でお尋ねいたしますが、これもほかの方がずいぶん質問をされておったようでございますが、なぜ七つの大学の総長だけ認証官にしなければならぬのか、どう考えてもこれがわからぬのです。認証官ということにするならば、みんななぜできないのかということです。これは国民全体が疑問を持っております。なぜ七つの大学だけしなければならないのか、わかりやすく文部大臣教えてください。これはあなたからこの点を教えてもらいたい。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 認証官という、天皇の認証という手続を経て任命することそれ自体が、いまの官吏法上の理解に従えば、その官職自体が国家的に重要であり、また責任も重いものであるという考え方に立ちましての任命方式を丁重にするやり方だと理解するわけでございます。ところが何度も申し上げたことですけれども、教職にある公務員というものが現行制度のもとにおきましては、本質的に見まして妥当ではないのではなかろうかと思うわけであります。このことは戦前の例を引くのが当然のことではございませんけれども、戦前の事例を思い起こしてみましても、高等師範学校を出た先生が就職早々、いきなり初任給が他の公務員のものよりも格付が上にされておった。他の者が七十五円の場合に中学の先生は百円だった、八十五円の場合でも百円であったという格差が初めから考えられて評価をされておったと私は承知いたしております。さらに大学の総長が教職にある戦前の官吏の最高レベルにあったと思いますが、その大学の総長は国務大臣並みの給与待遇を受けておったという事例から見ましても、その当時の他の官吏との比較におきましても、格段の高い評価をされておった。そのことは月給の問題のみならず、教育者というものを国家的に特別に非常に高く評価する価値判断が形式化されたのがいま申し上げるような事柄だとこう理解するわけであります。その評価なるものは、戦前戦後において変わるべき性質のものではないと理解するわけですが、そこでいま申し上げるように、現行制度を見た場合、教育者全体の評価を国家的に高める必要がある、こう判断いたします。そうします方法として何があるかを考えてみました場合に、その任命を認証という手続にかけることによって、形式的には明確化されておる実例もございますから、その例にならって教職にあるものを全部国家的評価を高めるよすがにしたいというのが、認証官の手続による大学の学長の任命ということに落ちついたわけであります。  そこで国立大学の学長全部をなぜ認証富にしないかというお尋ねの点でございますが、これはやはりいま申し上げる認証官手続の官吏任命というのが、申し上げるがごとくであるならば、七十二の国立大学の学長を全部認証官手続によるということは、他の例等の権衡から考えましても適切ではないと思われるのであります。そこで現在でも給与面だけから一応考えました場合、東京と京都は大学の学長の中でも最高の号俸指定が行なわれておる。その他の大学五つにつきましても、特別の号俸指定があり、残りの学長につきましてはその次のランクを与えられておるというのが現在の官吏給与体系上の取り扱いだと理解いたしますが、そのことも念頭に置きながら考えました場合、一般的な、教職にあるものの評価というのが大事ではございますが、その裏づけは給与の面で現われておることを考えあわせました場合、七つの大学が人文、社会、自然の各学問の分野において学部構成が整備され、さらにその上に博士課程の大学院がまた整備されておるということで他の大学との相違が考えられるわけであります。そこで七つの大学の学長を認証官の取り扱いにすることが妥当であろうということが御審議願っている法案の内容でございます。さりとて、それでザッツ・オールでなくて、同じ条件が整備されます限り追加されていくべき性質を持った認証官取り扱いの学長制度をおきめ願おう、こういうことでございます。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 条件が同じでない、博士課程の大学院もあれば、たくさんの学部があるから、そういうことをあなたの提案理由にも書いておるわけですね。条件が同じになれば、身分的格差をなくする意味ででもこのすべての学長を認証官にすべきだ、そういう解釈ですか。いずれはすべての学長を認証官にしなければならぬが、一応いまの段階ではしようがないから七つの大学でいこう、こういうお考えですか、どうですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 そのとおりでございます。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 私はここのところが非常に問題があると思うのです。これは法制局の見解も聞きたいのですが、外交官の大使、それが特命全権公使を含めて認証官になっておるのです。そうすると、大使というのはアメリカ大使とガーナ大使というのがある。ともに認証官なのです。アメリカ大使の仕事とガーナの大使の仕事は、その仕事の中身において、それから使っておるところの館員の数において、これは大阪大学と静岡大学の比べどころの問題じゃありません。大使の問題にはすべて認証官にしておるのです。みんな認証官にしておるのです。私は、教育の場でなぜこういう差別をつくるのか。身分の上で差別をつくる、身分的格差をつけるということになれば、学生が、おれのところの総長は認証官だ、こっちは認証官でないんだ、あるいは就職の場合にでも、同じ大学教育を受けたら同様に扱わせるということが私は教育民主化の精神でなければならぬと思う。外交官がすべて認証官に差別なくできておるのに、なぜ七つの大学だけというこういう身分的格差の原案をお出しになるのか、これが私はどうしてもわからない。外交官のほうに差別があって、教育に差別がないなら、まだこれはわかります。教育にはそういう差別をしてはだめなんです。一流大学、二流大学、三流大学という、こういう差等をあなたはつけようというのです。東京と京都が一流、その他の五つが二流で、そうしてあとはかすだ、駅弁大学だ、あなたはそれで文部大臣がつとまりますか。そんな、教育を軽視し、学問を軽視し、そういう考え方であなたは学問尊重の大臣と言えますか。どう考えても、これは納得できませんよ。身分的格差をつける、そのことが決して大学の学長の地位を高めるゆえんじゃありませんよ。大学というものを引き上げること、こうあなたがお考えになるならば、すべての学長を認証官として原案を出すべきです。それならわかります。私は、この格差の問題はそれならわかります。この点はあなたは十分御反省なさったほうがよろしい。あなたの学問に対する見解というものは、この一事をもってでもわかります。ここでこういうものを出したことによって、何ともいえない封建的なものが、何とも言えないいやなものがあなたの学問に対する見解、政策の上にいかんなくにじみ出ておるじゃありませんか。しかし固執しません、あなたはどうせいいかげんな答弁をするでしょう。  それから給与の問題です。これは人事院総裁にお尋ねしますが、こういうような認証官の制度をとらなければ、大学の教授の給与は引き上げできないのですか。これはあなたに後学のためにお聞きしたい。こういう制度をとらなければ大学教授の給与は引き上げることは不可能でございますか、いかがでしょう。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 理論上は不可能であるとは申し上げられないと思います。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 給与の改善ということをこの提案理由では非常に強調されておる。これがもうさも第一の目的であるかのごとく言っておるのです。人事院としては、佐藤さん、あなたは一般職の給与の責任者ですよ。一般職に給与の責任者としてこういうものをしなくたって給与の改善はできる。ことしの政府に対する勧告の中には、特に大学教官についてはこういう考えを持っておるのだということをあなたは文部大臣とお話し合いをされたことがありますか。あなた方は積極的にいろいろ給与の問題で法案提出について参画され、お話し合いをされたことがかつてございましたかどうか。これを正直にお答え願いたい。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 こちらから積極的に呼びかけたことは正直に申しましてございません。ただしこういう法律案の提案の動きがあるということから、この法律案の内容について人事院の意見を求めてもらいたいということで、内閣官房長官から人事院に対してこの法案を提出することについての意見はどうかということを向こうから聞いて、それに対しては答えを出しております。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 全く人事院は無視されて、黒金官房長官からこの法案を出すことの決定があって、あなたのほうは事後にのまされておる。あなたのほうは全く無視をされておる。総裁としてどうですか、開き直ったらどうですかね。今度は人事局を設置されて半分にされ、そうしてこういうことで踏みつけられて、それでもあなたは総裁の地位に恋々とされますか。私は、人事院に対する仕打ちは全くひどいと思うのですよ。荒木さん、あなたの留守中に人事院にいま聞いたのです。認証官にしなければ給与の改善はできないかと言ったら、認証官にしなくとも給与の改善はできます。こういま答えたのですが、あなたの提案理由の説明は削除していただけませんか。あなたは提案理由の説明に、大学教官の給与引き上げということに重点を置かれておるのですね。そんなことせぬでもできると言っておるのです。その意味で、これは削除できませんか、いかがです。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 人事院総裁がどう言われましたか、正確に私聞かないままで恐縮でございますが、少なくとも申し上げ得ると思いますことは、先刻も申し上げたように、教職関係の公務員の国家的な職責の評価及びそれに伴う給与の格づけということについて、人事院の一般職をどうするかという立場に立った御見解も、もちろんそれが本則であることを私も理解いたしますが、いま申し上げた教職にある公務員の国家的評価をどこに位置づけるか、いかに評価するかという課題は、人事院の立場から当然に出てくる課題ではないのじゃなかろうか。(「給与表が別ですよ」と呼ぶ者あり)給与だけにつきましては、まさにそうでございましょうが、教職に対する他の一般職の公務員と違った評価を基本的にするということそれ自体は、人事院からももちろんお考えが出得るとは思わないわけじゃございませんけれども、政府の立場において、教育政策上の立場に立って、純教育的な立場からその評価をこの程度にしたいということを国会を通じてきめていただいて、それが教育目的を達成するよすがになるということであるならば、人事院の立場と矛盾する課題ではない、かように思って提案をしておるわけでございます。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 あなたはそう思って提案をなるほどした。そう書いておる。ところが、あなたは給与の問題について、こういう大学教官の給与、これは引き上げるというのだけれども、これは七つの大学を認証官にするということの連関はないのです。給与の問題とこう考えるならば、なぜ七大学だけ認証官にしなければならぬのか、そういう合理的な理由はどこにもありません。しかも給与の問題ならば、これはうしろから声がありましたように、教育職の給与表というのがありまして、大学教官は別に独立しているのです。それがあるから佐藤さんはできると言っておる。大学教官の給与を改善しようというならば、それを直したらいい。七つの大学の総長を認証官にしなければ給与が改善できないというものじゃないでしょう。総裁はそんなものじゃないと言っておるのですよ。あなたはそれをお認めになりませんか。七つの大学の総長を認証官にしなければ給与の引き上げができないという理由があれば教えてください。そこの連関を教えてください。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 絶対に認証官にしなければ一般の教育公務員が人事院の立場から給与引き上げができないというものではなかろうと思います。しかしながら、先刻も申し上げましたように、教職にある公務員全般の、教職それ自体の国家的評価、単に月給のみが唯一の対象じゃむろんございませんけれども、国家的評価を高めるという一つの手段として、その一応最高レベルにあると現実に理解されておるところの立場の国立大学の学長を、通称認証官という認証の手続を経て任命する公務員にすることそれ自体が、すべての教育公務員に対する国家的評価を一応代弁できる制度だと理解するわけでございます。同時に、その認証手続による公務員の裏づけたる給与は、一般職にあります公務員の通例よりもより高いレベルを与えられる道がいままでに開かれておることを考え合わせるわけでございます。したがって、戦前の例を先刻申し上げましたけれども、戦前の例そのままの合理性を主張するわけじゃございませんが、戦前は大学の学長は国務大臣並みの給与を受けておった、したがって戦後文部省としましてずっと考え続けておりましたことは、せめて戦前並みの給与が教育公務員に与えられてしかるべし、その具体的着手としましては大学の学長から手始めにやったほうがいいのじゃないかという考えは持ち続けた構想でございます。そのことを具象化する意味におきまして、七つの大学、すなわち繰り返し申し上げておるように、あらゆる学部を持ち、博士課程を持っておる大学の学長を認証の手続によって任命することにすることから手始めにいたしますれば、教育公務員全部にその評価がえというものが期待できるであろう、かように考えて御審議をお願いしておるわけであります。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 教育公務員の給与をあなたは引き上げたいというお考えだ、こう言うのです。それなら教育公務員の給与に対する第一の責任者は人事院です。かつてあなたは人事院に教育公務員の給与を何とかして引き上げたいのだが、どうだろう、どういう方法があるだろうと御相談なさったことがございますか。いかがですか、これは。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 事務当局同士で相談し続けてまいった課題でございます。今度のこの法案につきましても、事務的段階においては人事院とも御相談をして、御提案を申しております。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 佐藤さん、あなたはこの七大学の総長を認証官にしなければ給与の引き上げはできないというお考えがあって、この法案に賛成したのですか。事務当局はそういう話をした——総裁がそれに参画していなければ、瀧本給与局長でもいいが、認証官に七人しなければ給与は引き上げできない、これをやらないと小学校も幼稚園も引き上げがやれない、そういう両者の合意のもとにこういったものが出てきたのですか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 少しことば数がふえるかも存じませんが、教職員の給与を上げたらどうかというような相談を文部大臣から持ちかけられたかというお話でございますが、私に関する限りはそういう御相談を受けた覚えはございません。これは相談も事によりけりでありまして、あまり相談々々と言ってやっておりますと、こういう勧告をしてくれという方向にこれが参ります可能性もありますし、私は相談自身はあまり好ましいこととは思わない。しかしある種の思いつき、アイデアをおっしゃっていただくことは、これは喜んでお受けいたしますが、相談にも限界があるというふうに考えておるわけでございます。  ところで、いまお示しの認証官にしなければ一体給与は上げられぬか、理論的にはそんなはずはないのでありまして、現にわれわれは給与勧告を何度もやっております。認証官でも何でもなしにやはり逐次上げておりますから、理論的にはそういうことはあり得ません。ところが問題は、われわれが従来やっておりますところは、これは先生十分御承知なんですが、大体他の民間給与その他をにらみ合わせながら、ことばはよくありませんが、大体技術的にこれを積み重ねてやってきて結論を出した。どうしてこの額ができたかと言われれば、これこれの材料がございますと堂々とどなたにもはっきり説明のできる基礎のもとにわれわれやっておるのであります。ところがそういう基礎から申しますと、総長さんを十八万円にするということはとても、先ほどもちょっと出ましたが、どういう基礎に基づいて十八万円が出たかわれわれにお尋ねになっても、かようかくかくの次第でと何人にも納得いただけるような資料などは出せない。これはやはり一つの政治的な、あるいは人づくりというような飛躍的な構想から出た——これは人事院当局が人つくりの政策を大いに推進しよう、十八万円、二十万円とこう打ち出せるかと申しますと、これは大きな目で考えてみた場合に、人事院そのものの墓穴を掘ることになりはしないだろうか。やはりじみちな態度で事に臨むべきではないか、私の個人的な考えかもしれませんが、それが人事院の人事院たるゆえんであるというように考えます。  そこで問題は、十八万円なり何なりの勧告をしろと言ったら、へいへいと言ってわれわれがやるというのは問題があると思います。それから積極的に人づくりの政策を人事院が推進しようということで二十万、十八万を打ち出せるかと申しますと、それだけのじみちな根拠はない。ところが政治的な面から、人づくり政策ということで、ことばはよくありませんが、こういう一種の飛躍的な構想が打ち出された、それに対してわれわれを抜きにしてやられては困る。やはり公務員の給与の問題でありますから、絶対に抜きにしてもらっては困る。そこで意見だけは言わなければならぬということで、今度はわれわれが批判する側に立った。ところがいま言ったように積み重ねの数字の計算の技術的な資料で何円がいいと言うことはできません。これはやはり大きな見地からの批判の対象になります。ところが総長を認証官にする、なるほど、これは一つの評価に違いない。われわれはその評価が間違っておるという反対の理由はありません。十八万円が高過ぎる、それに反対する理由もありません。したがってわれわれとしては、これはやむを得ない、これをわれわれの段階においてチェックしたとすれば、これまた一つの行き過ぎになる、これは国会の御判断に待つことがむしろ正しいじゃないかというわけで、われわれとしてはやむを得ないものとしてということばをうけてお答え申し上げたのは、そこに趣旨があるわけであります。そういうことは一にこの国会の御判断に待つほかはない。事の性質上そういうものではあるまいか。また間違っておりましたら、お教えいただきたいと思います。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 給与の点はいま佐藤さんから御答弁がありましたごとく、これは文部大臣から何の相談もなかったと言う。瀧本さん、事務当局同士で話し合いをしてきた、これは幼稚園の保母を含めて教育公務員全体の給与については文部省としては何とか引き上げたいと事務当局同士で話し合いをしてきたとあなたもお聞きのとおりに大臣は言明しておるが、話し合いをしてきましたか。どういう話し合いをしてきましたか、お聞きしたいのです。

瀧本忠男人事院事務官(給与局長)

○瀧本政府委員 文部省から教育公務員の給与を上げたいという話は前々からございます。この問題の審議にあたりまして、前総裁のお話なんか出てまいったのでございますけれども、そのときどういうお話が行なわれたかということは詳しくは存じません。けれどもおそらくは文部大臣はそのときに教育公務員の給与を上げたいというお話があったのだろうと想像するわけです。事務的にも、教育公務員の給与を飛躍的に上げたいという御希望の表明はたびたびわれわれ承っております。ただ、われわれの立場といたしましては、先ほど総裁からもお話がございましたように、現在の一定の均衡、各種の公務員間の給与の均衡というものがあるわけでございまして、これを飛躍的に改める、一つの政策を導入してこれを改めるというようなことは、これは人事院としてやれる範囲を逸脱をしておるのではなかろうか、ただしかしそうは申しましても、やはり一定の限界内におきまして教育公務員の給与を上げるという努力はするのでありますけれども、これは非常に幅の狭い範囲の話でございます。非常に幅を越えた給与の引き上げということは、これは人事院としてなかなかやれない。これは教育公務員のことだけを考えればよろしいというのではないのでありまして、あらゆる職種にわたって均衡関係を維持していかなければならぬということがあるわけでありまして、人事院は御存じのように民間給与調査をやりまして、そして公務員の給与と民間給与が全体的にどういうぐあいに違っておるかというようなことを検討いたしまして、そして公務部内のバランス等を考慮して給与の改善をやるということはやってまいっておるのでありますけれども、これを文部省の御希望のように、飛躍的に人事院の責任においてやってくれというお話が毎度あるのでありますけれども、事実上それは手の届かない話で——文部省から話はたびたびございました。

床次徳二自由民主党

○床次委員長 野原君に申し上げますが、関連質問でもありますので、なおあとに質問者もありますから、早く完結を願います。

野原覺日本社会党

○野原(覺)委員 時間がありませんから、議事進行に協力したいと思いますが、これはどう考えましても七大学の学長を認証官にすることが直ちに教育公務員全体の給与を引き上げることだというのは話が飛躍しておると思うのです。これはそう言わないと説明がつかないのです。私は先ほど外交官の大使の例を持ち出しましたが、大使はみんな認証官になっておるのですから、認証官にするたらすべての大学の学長を認証官にしてもらいたいのです、私は。そうじゃなしに七つだけやる、しかもその最高の十八万円は東京と京都だけだ、こういうことは教育に階層を強めるものです。非常に教育的じゃないです。このことが、いまの教育民主化の考え方からいって大きな逆行なんですよ。これは教育基本法、憲法の精神からいって、こういうものは戦前派の人が考えるかもしれぬ。しかし少し新しい憲法なり教育基本法を身につけた者はこんなものは受けつけやしないのです。だから京都大学の平沢さんは言っておるじゃありませんか。私はこれはいやだとこう言ったら、それはまあ本人だからそう言うんだろうなんて文部省はいいかげんなことを言っておりますけれども、茅さんだって、何だ、おれだけ十八万円もらって、そうして認証官にしてもらって——こう言っておるじゃありませんか、御本人が。そうして東京都内の国公立の大学で、六百四十名実は反対署名をしておる。こういう教育に階層を強めることはいけない。なぜすべての学長、すべての教育公務員の給与を根本的に考えないのか。こういう点、どう考えても、これは憲法なり教育基本法なり、あるいは給与の面からいっても、時代逆行のとんでもない法律です。簡単な条文のごとくありますけれども、これはとんでもない逆行のものです。これは撤回してもらいたいんです。あすは九時から閣議があるはずですから、閣議にはかってください。  以上で終わります。

床次徳二自由民主党

○床次委員長 湯山勇君。

湯山勇日本社会党

○湯山委員 二点だけ関連して伺います。  その一点は、瀧本給与局長にお尋ねいたしたいと思います。それは人事院規則によりまして義務教育学校校長が管理職になったことにつきまして、そのときに大きい学校の校長とそれから小さい学校の校長とでは違うのではないか、実際に任用の実例を見ますと非常に小さい学校の校長から非常に大きい学校の校長に行っている例もある。したがって校長を一律に管理職という範疇に入れることは不合理ではないかというようなことが問題になりました。そのときの御説明では、大きい学校であろうと小さい学校であろうと、校長としての職務、校長としての責任、そういうものにおいては変わりがないのだということで、一律に六%の管理職手当をおつけになったことがございます。その後これは一二%になり教頭にも適用されるということになりましたが、当時の法律のたてまえは、人事院規則でその中に入れば条例でもってそれに手当をつけていく、こういうたてまえでございましたので、大きい学校、小さい学校、そういう校長をどうして一律に見るかということが議論の焦点になったわけですけれども、そのときは人事院はそういう見解をお述べになるし、これは瀧本給与局長のころでございますから御記憶だと思います。いまはそうじゃなくて、文部省の言われるところを見ると、性質は違いますけれども、大きい大学あるいは整った大学、そういうものと、そうでないものとに区別をしていこう、差別をつけていこう、こういう態度をとっておられるわけです。そうすると人事院の従前からのお考え、つまり学長なり校長なり、長としての職務、権限、責任、そういうものは、大きいであろうが小さいであろうがそれは差別はないのだというお考えが、今回は変わっているのかどうか。そういう観点からやむを得ないものとしてこれをお認めになったのかどうか。変わっておるとすれば、私はいまの管理職手当自体に大きな影響を持ってくると思いますので、当時のいきさつと今日の状態、これを比較してお尋ねを申し上げたい。  なお、それと関連して総裁のほうにお尋ね申し上げたいのは、やむを得ないものとしてお認めになったということは、今後の人事院の行動あるいはいろいろな人事院のなさっていくことに、認めたことが影響を持つかどうか。私は持たなければ認めるという行為もあり得ないことだと思います。それによって何らかの影響を受けるか、あるいはもっと言えば拘束を受けるか、そういうことについてお尋ねをしたいと思います。これが質問の第一点でございます。

瀧本忠男人事院事務官(給与局長)

○瀧本政府委員 中小学校の校長それから高等学校の校長に特別調整額をつけましたときに、高等学校の中でこれを区別するというようなことは適当でないというようなことを申し上げた記憶がございます。これはいまも別に変わっておりません。それでは大学のほうでそれじゃ話がおかしいじゃないかという御指摘でございまするけれども、現在われわれのほうの人事院規則で大学の学長の指定ということをいたしておるのでございますが、その指定によりますると、東京大学、京都大学の学長は教育職俸給表(一)の一等級八号俸ということになっておるのでございます。それからただいま問題になっておりますその他の五大学というものは、六号俸指定になっております。そして四号俸指定というのがその次にございまして、大学はたくさんあるのでございまするけれども、やはりその職務と責任の段階に応じまして学長の指定号俸というのが違っておるのでございます。これは中小学校、高等学校と同一水準で判断することが適切かどうか。このことは大学につきましては現在でもそういう違った取り扱いをしておるということと、程度の問題になるかもしれませんが、直接大学と中小高校、高等学校を比較するというわけにもまいらぬと思います。現に大学はそういう区別をしてきておるという事情があります。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 やむを得ないという今回の人事院のお答えと今後の行動との関係という、非常に含みのあるようなおことばでございますが、一応私の受け取りましたところに従ってお答え申し上げますが、こういう行き方そのものは人事院としては好ましくないことで、これがひんぱんにあっては困るという基本的な態度であります。しかしたまたま今回の案件につきましては、先ほど御説明申し上げましたように、これを足を引っぱるだけの積極的な理由はない、阻止する理由はどうも立ちがたいということで、これはやむを得ないということで参りましたけれども、先ほど申しましたような趣旨から、これは関係案件の性質によることでございまして、違った案件が違った形で出てまいりますれば、そのときはまた別な態度でこれに臨まざるを得ない、臨むべきが当然であるという気持ちでおります。

湯山勇日本社会党

○湯山委員 いま給与局長は、給与の号俸において現在区別がついておるということから、今回のことをお認めになる、区別することが妥当だという理論を御展開になりましたが、これは、私どもはその当時そういうことを申し上げたはずです。と申しますのは、大きい学校の教頭は小さい学校の校長よりもはるかに俸給は上である、そして小さい学校の校長から大きい学校の教頭に転任していくという例もたくさんある、高等学校には農業、工業、商業、普通課程と、総合的なのもあれば、一つずつ、農業高校あるいは普通科だけというのもあって、ずいぶん違っているじゃないかというようなことを申し上げたのに対して、当時の局長の方は、いま正確には覚えておりませんけれども、とにかくそれは差別をつけないんだ、つかないことが正しいんだ、こういう御答弁があったわけです。いまのように、ただ一等級の何号が適用になっている、その俸給の順序によってこのことが妥当だということであれば、これは従前の態度と今回の態度とでは、人事院の態度は非常に変わっているということを指摘せざるを得ないのですが、そのように言ってよろしいわけですか。

瀧本忠男人事院事務官(給与局長)

○瀧本政府委員 中小学校、高等学校につきましては、ただいま御指摘のようにその規模なりあるいは学科の設置の状況なりによって違いがある、いろいろ御指摘があったわけでございますけれども、これは全体的に考えまして、特別調整額というものを差別するということが必ずしも適当でないというように当時も考えておりましたし、現在も考えておるわけでございます。大学の学長につきまして現在でもそういうふうに違った取り扱いがされておるという実情を述べたのでございますが、それでは、今回問題になった七大学——われわれは給与の観点からのみ申し上げるわけでございますけれども、七大学のみが十八万なり十六万ということにかりになったという場合に、ほかの大学はそのままでいいかというお話になりますと、これはだいぶ前に総裁がお答えになったと思いますけれども、やはりそれは問題がある、このことはかりにこの法律が通った暁におきましては、われわれの責務といたしましては、全体の学長の給与上のバランスをとる、そのために努力するということは必要であろう、このように考えております。

湯山勇日本社会党

○湯山委員 学長だけじゃなくて、それは全体に考えなければならないという先ほどの御答弁がありましたので、その点についてはそれだけにいたしまして、第二点は文部大臣にお尋ねいたします。  大臣は、現在の手続も、管理機関から申し出があった場合、それに基づいて閣議にはかってこれを任免しておるんだから、この法律が通ってもそれは変化はないんだということを申されましたが、私は非常に大きな変化があると思います。具体的に申し上げますと、大臣は現在各府県の教育長の承認をしておられると思います。その中で拒否されたという例はございませんか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 ちょっと私も正確に記憶はございませんが、私の承知する限りではそういうことはなかったと思います。

湯山勇日本社会党

○湯山委員 これは非常に重要な問題で、各県教育委員会の教育長は非常に重要な職務である、したがって文部大臣がこれを承認するんだということをおっしゃっておられたのに、いまはそういう記憶がないということですから、ないものはしかたないといたしまして、具体的な事実をあげてお尋ねいたしますと、こういうことがございました。  これは今村地方課長はよく御存じです。内藤次官も御存じと思います。地方教育行政の組織及び運営に関する法律、これは今の清瀬議長が文部大臣としてこの法律を提案されまして、その論議の中で、先ほどここで論議されましたように、実際には各県教育委員会あるいは市町村教育委員会が推薦してきた者を拒否する、認めないということはない、ことに満場一致で認めてきたような場合に、それを拒否する理由はないし、全く機械的なものだという御説明がございました。ところが起こった実例はこういうことであったのです。ある町の議会が満場一致である人を教育委員に任命いたしました。そして教育委員がこれを教育委員会の中で満場一致で教育長に推薦して、県の教育委員会にそれの承認方を求めてまいりました。これが一月のことでございます。それが二月になっても、三月になっても、四月になっても、五月になっても、結局認めない。その理由はどうしてかということで文部省のほうから聞いてもらいましたところが、県の教育長としてはあの人を教育長に承認したいけれども、このまま教育委員会にはかると否決されるおそれがある、承認されないおそれがあるので、いろいろ工作などして今日までかかっているんだ、こういうことでございます。つまり現在は文部大臣はこれを任免する権利があります。ですから、閣議におはかりになっても、他の人は幾ら文句を言っても、権限は文部大臣にあることだから、それについてはそういうかまえで取り組んでおると思います。しかしながら今度は内閣が任免するということになりますと、閣議に出る大臣のそれぞれに任免権があるわけじゃありませんけれども、いままでと違った形で権限を持ってまいります。そうすると、もし閣議にかけた場合に、この学長については、この人の総長任命については自分は反対だ、これはどうしても賛成するわけにいかないという人がたくさんあった場合に、一体大臣はどういう処置をおとりになるか。先ほど申されたように、現在は大臣に任免権があるんだから、それで管理機関の申し出に基づいて、よほど——大臣のことばそのままいえば万一の場合、そういうことで御表現になりましたけれども、今度は違うわけです。その問題と取り組む閣僚の心がまえが違っておる。ですから大臣がいまおっしゃったように、もし管理機関から申し出のあった者を総長に任命するんだということの責任を持てば持つほど、そういう場合には容易なことではないと思います。これは個人の考え方ですから、その人を適当だと見る人もあるでしょう。不適当だと見る人もあると思います。議論がわいて、きょうの閣議じゃきまらない、次の閣議でもきまらない、こういうようなことになりかねない。これは現に教育長の任命においてある県で具体的にあった例ですから、もしおわかりにならなければ、今村地方課長をお呼びいただけば、具体的に申し上げてけっこうです。  そういうことを考えてみますと、大臣はごく簡単に、いままでだって閣議にはかっていた、今後も同じだというけれども、決して同じじゃありません。でなければ、大臣はあらかじめ各閣僚の意向を聞いて回って、これなら進達してもだいじょうぶだ……。

床次徳二自由民主党

○床次委員長 関連質問ですから、簡単に願います。

湯山勇日本社会党

○湯山委員 ……という見きわめをつけてなされなければならないし、あるいは閣議にかける場合、きまらない、きまらないで引っぱっていけば何月かかるかわからない、実際問題としてはこういう事態も起こる場合があるわけです。決して同じじゃありません。そうなってくると、これは明らかにそういうことがいやがらせになるし、あるいは大学管理機関の自主性を侵すことにつながってくる、決して大臣の言われるように同じでないということを指摘申し上げて、大臣のお考えを伺い、なおそれでも同じだというならもっとお尋ねいたしたいと思いますけれども、ここでひとつ大臣のお考えを伺いたいと思います。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 実質的には同じであろうということを申し上げました。形式はまさに文部大臣の任命権が内閣の任命権に移りますから、御指摘のようにその相違はございます。ただし、それにいたしましても、文部大臣が閣議に進達をするということは、とりもなおさず大学の管理機関の申し出そのままを進達するのでありまして、閣議においては、文教の責任者という立場において、他の国務大臣とは違った、現実に教育行政を担当する立場において、大学管理機関の申し出を進達しました立場において主張をするということも当然だと思います。閣僚が、文部大臣に任命権があるときと、内閣に任命権が移ったときと、心境が違うであろうという仰せですけれども、現実問題としてそれがないとは言えぬかもしれませんけれども、およそ国務大臣というものが、任命権がどこにあるかによって、客観的にその進達そのものが、大学管理機関の申し出に基づいた進達そのものについて、任命権の所在いかんによって、かってな発言が許されるものじゃなしに、あくまでも国務大臣としての良識に立って発言すべき本質を持っておるわけでございますから、大学管理機関の申し出そのものに客観性がある限りにおいては、文部大臣が任命権者であろうと、内閣が任命権者であろうと、それ自体が物語ることであって、単なる思いつきの感想によってひん曲げられるということはあらしめてはならない本来の責任が内閣にあると思います。

湯山勇日本社会党

○湯山委員 私は法律論からお尋ねしておるわけです。大臣は先ほどの御説明では違いがないと言われるから、それは法律的に任命権に対して各閣僚が意見を述べるそれぞれの権限を持ってくる、そういうことになれば違ってくる、こういうことを指摘して、その具体的な例として教育委員会の例を申し上げたわけです。そこで私は決して閣僚がでたらめを言うとか、気まぐれを言うとか、そういうことを申し上げているのではなくて、そういう中には、それぞれの観点から、いまそれは適当でないと思う、好ましくないというのは、個人的にはあると思います。それから、いろいろな関係で、その人に就任されたのでは困るというような場合もあると思います。ただ今日までは荒木文部大臣というか文部大臣一人が一〇〇%でございましたから、そういうものの克服は簡単にできたと思いますが、今度はできない。どんなに大臣が力が強くても、閣議の全体と荒木文部大臣、閣僚全部と荒木文部大臣、これは違いがあるわけです。そうすると、いま大臣の表現がそれと符合するように変わってきたのは、客観性があれば問題がないということをおっしゃいましたが、先ほどはもうほとんど機械的にいくのだ、今度は客観性があればと、だんだん大臣のこのことに対するお考えはいまの問題では後退してきている。これをおそれているわけです。せっかく管理機関が推薦した。それが進達するために日数を要する。閣議で承認までに大臣がいろいろ努力をして日数がかかる。そういうことは大学自身の空気にも非常に大きな影響がある。このことは今度の場合非常に重要な問題で、もし私をして言わしむれば、もし大臣の言うことを肯定したとしても、進達は管理機関から申し出があったら二日以内にしなければならない、内閣の任命はそれからまた二日以内あるいは一週間以内にしなければならない。そういった規定でもここにあれば、私はまだ緩和できる面があると思いますが、このままでは一カ月向こうになるのか、一年引っぱられるのか、全くわからない。しかし引っぱられたからといっていくところはないわけです。ここに大きな欠陥がある。否認するしないの問題よりも、そういう形で引き延ばしていく、そういうことも荒木文部大臣はおやりにならなくても、さっきのように総長に推薦される人は万一こういうものがあるかもしれないというのですが、大臣の中に万一ぐらいではなくて十分の一が五分の一くらいあるのではないかと思うのです。ここを考えてみると、決してこれは簡単な、大臣の言われるような、従来どおりだからというような問題ではない。もう一ぺんこの点は再検討を要するということを指摘申し上げて、関連ですから終わりたいと思います。

床次徳二自由民主党

○床次委員長 谷口善太郎君。

谷口善太郎日本共産党

○谷口委員 私も関連で与えられた時間は十分か十五分間と思いますので、簡単に大臣に伺います。私のお尋ねも大臣の拒否権に関する問題でございます。  けさからこの拒否権の問題では委員諸君からだんだんといろいろ御発言がありまして、かなり深いところに進んだようでありますけれども、なお私は納得できないものがあるので端的にお尋ねいたしますが、大臣が任命権者として大学管理機関から申し出のあった人に対して拒否するというような場合は、大臣のおことばによれば、万に一つある非常事態の場合にあり得ることで、いままではなかったし、今後もなかろうというような御答弁でありますが、その万に一つという内容はどういうことかということをお尋ねしたら、これは病気の場合あるいは法令違反というふうにおっしゃられますが、病気の場合はいいといたしまして、法令違反という場合には、これはもう一つ内容があるだろうと思います。たとえば東京大学の管理機関が、今度の法案でいえば総長を推薦してくるわけでありますが、その申し出の人間がにせ証紙で選挙違反をやっておったというような場合には、これはもう法令違反ですから、大臣はそういう場合に拒否する、そういう内容を持っておるのだと思いますが、こういうことはばかな話でありまして、ここに問題があるのではない。法令違反という場合の内容をもう少し具体的におっしゃっていただきたいと思います。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 さっき野原さんにお答え申し上げたとおりのことでございますので御了承をいただきたいと思います。御心配の点は、思想傾向などを事由にノーということがありはせぬかという御懸念があろうかと思いますが、そのことは憲法それ自体に反することですから、やろうにもできない。かりにそういう理由でノーと言ったら、言った文部大臣なり内閣それ自体が憲法違反のそしりは免れない課題だ、そういうことで、心配は絶対に御無用な課題であろうと思うわけであります。  なお、先刻お答え申し上げました以外に幾らか補足させていただきますれば、教育公務員特例法の第四条に、採用、昇任の方法として、学長の候補者を申し出ることに関連した規定があるようでございますが、選考します場合、「学長については、人格が高潔で、学識がすぐれ、且つ、教育行政に関し識見を有する者について、大学管理機関の定める基準により、」行なわなければならないということがございます。そこで、大学がその基準を定めることは当然といたしまして、その基準の適用について、はたしてあらゆる場合に考え漏れがないと理論的に断言することは不可能だと思います。しかし実際問題が万に一つもそんな誤りがあろうとは思われないということは、先刻来申し上げておりますが、それらの課題につきましても、きわめてまれな場合に、これこそ法制局のことばをかりまするならば、何人が考えてもノーということが妥当だというレアケースの場合に拒否する場合があるだろう、差し戻すということがあるであろう、それをノートレヒトと学者は言っておる、そういう解釈に立ったお答えを申し上げたつもりでございます。

谷口善太郎日本共産党

○谷口委員 思想内容の問題その他で拒否権を発動するというようなことはあり得ないし、そういう意味の拒否権ではないということを、大臣繰り返しておっしゃっていられます。  ところで、いま大臣は、教育公務員特例法の第四条第二項をお読みになりましたが、たとえばさっきのお話の中に、公務員法のいろいろな条章なんかもおっしゃったようであります。この場合に、たとえば百二条の制限規定に反するというような場合は、これはどういうことになりますか。つまり、もう一つ申しますと、これは例で申し上げるわけでありますが、百二条の規定に基づいて、大学管理機関はだいじょうぶだと思った人も、大臣のほうから見ますとどうもこれは適格者ではないというふうな争いは起きませんか。そういう点はどうでしょう。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 谷口先生が百二条とおっしゃっているのは国家公務員法の百二条だと思いますが、政治的行為の制限というようなことで、これが直接ただいまの問題になっております拒否権に影響することはないと思います。

谷口善太郎日本共産党

○谷口委員 関連して人事院総裁に伺います。  昨年、昭和三十七年の七月十三日から十五日にかけまして、人事院で審理されておりまして結審になりました、愛媛県の愛媛大学の田川助教授の懲戒処分に対する提訴、これの結審はどうなりましたか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 突然で、ちょっと正確を欠くかもしれませんけれども、愛媛大学の事件で最近決定いたしたものはございます。たしか愛媛大学であったと思います。

谷口善太郎日本共産党

○谷口委員 決定しているだろうと思うのです。これは事件の起きましたのは三十三年八月の一日、二日の問題でございまして、その後いろいろございまして、ついに懲戒処分になったので、それについての異議申し立てといいますか、人事院に申し出まして、ずいぶん長い間の御審理があって、先ほど申しましたように、昨年の七月十三日から十五日にかけて結審して、弁護士の弁論が行なわれております。あれから一年たっておりますから、判決といいますか、結審といいますか、するのは当然だと思いますが、結果についてはどうなっておりますか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 私の記憶しておりますのは、原処分を承認するという結論であったと思います。

谷口善太郎日本共産党

○谷口委員 これは国家公務員法第百二条に相当するものだといって文部省が特別に指導を与えまして、愛媛大学の大学管理機関がこれは処分すべきものではないという結論を出したのをひっくり返してやっておるのであります。問題は、いま申しましたように、三十三年八月の一日、二日に愛媛県の教育委員会が特にやろうとした研修集会に出るか出ないかというところが問題であります。こういう官がやる、そういう天下り的な研修集会に出る必要はないのではないかという意見と、出るべきだという意見があって、問題が起きたのであります。田川助教授は愛媛大学の教育学部の助教授でありますが、出ると言う人も、出ることに反対する人も教え子であります。したがって、当日の朝トラブルが起きては困るというので状況を見に行ったのを、何か難くせをつけて、国家公務員法第百二条に基づいての処分をやったのであります。しかし愛媛大学では教授会が一切のことをきめまして、これを評議会で確認されることが慣例になっておるようでありますが、この教授会では、こういうことは問題にならないことであるが、ただ李下に冠を正さずというようなもので、そういうところに行かないようにしたほうが、今後うまくいくだろうということで、本人を呼んでそのことを言って、そしてけりをつけたのであります。ところがそれに対して文部省は向こうの教育学部の部長を呼びまして、百二条違反の事件として再審査して処分するようにという指示を与えた、こういう事件でありますが、つまり百二条違反という問題でこういう事件が起こっておるという事実を私非常に重視するのであります。もし国家公務員法百二条というような問題で、管理機関が推薦してきた人間に対して、文部当局が違った意見を持っておるということで、それに対する判断を文部当局は加えて、拒否権があるというふうに考えるといたしますと、これはたいへんなことでありますが、そういう意味を持ちますか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 先ほど申しましたように、突然のことではっきり記憶がございませんが、結局は公務員法の八十二条の懲戒処分の原因としてあげられております。それに該当するものとして処分がされた、そしてその処分の手続は、教育公務員特例法の手続を適法に済ましての処分である、こういうふうに私は了解いたしております。

谷口善太郎日本共産党

○谷口委員 表面にあらわれた形はまさにそのとおりですが、教授会でこれは問題にすべきでないということで解決しておるのを、評議会でひっくり返したという事実がありますから、したがって大学管理機関からの申し出ということになるとそうなりますが、その中間に事実がある。それは文部当局が大学の関係責任者を呼んで、そしてこれを国家公務員法百二条に基づいて処分しないと、その責任ある教授を呼んで言われたところによりますと、愛媛大学に対して予算をなるべく回さぬぞということで——これは指導でしょうな。たいへんな指導だと思いますが、そういうことをやっておる。こういうことになりますと、この百二条というような——たとえての例を申し上げたのですが、法令違反ということが、国家公務員法の百二条というような問題で、大学の実際の管理当局者と文部大臣との意見が違った場合に、文部大臣が拒否権を出すということになりかねないことでありまして、こういうことになるという意味で、法令に違反した場合とはそういうこともあり得るということを言っておるのでありますが、これは法制当局に聞いておきたい。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 私から一応もう一つ念のためにお答えさせていただきますが、要するにあの事件は大学管理機関の申し出に基づいてやられた処分でございまして、いまのちょうど問題になっております申し出に反してやられた処分だというようなケースには、これは当たりませんので、その点だけを申し上げておきたいと思います。

關道雄内閣法制局参事官(第四部長)

○關政府委員 お尋ねのような百二条に違反したというようなことで、先ほど来のいわゆる拒否権の発動ということにはならないと思います。

床次徳二自由民主党

○床次委員長 谷口君、関連質問でありますから、簡潔に願います。

谷口善太郎日本共産党

○谷口委員 関連質問ですけれども、非常に重大なことですので、もしこの百二条の解釈なんかで、大学管理機関の考えと文部当局の考えとの対立があって——現に田川事件では、表面上そういうことはできぬように現行法がありますから、文部省は裏面工作でもってやっているということは私は聞いておるのでありますが、裏面工作をやっているのはこの愛媛大学だけではございません。言えとおっしゃれば幾らでも例を知っております。北海道大学でもそうであります。しかし私は関連質問ですし、長くなりますから申しませんが、いずれあらためてお聞きいたします。  こういうわけで現に、すでに国家公務員法百二条という一つの例をあげましても、管理機関と文部当局との間に意見の相違があって、大学の人事に対して文部当局が干渉しているという事実がある。したがって法令違反で文部大臣が拒否権を持つのだということになりますと、これは重大なことであります。こういうことを許してはならないというのが、現行の法律体系だと私どもは思っておる。大臣に拒否権がない。大臣はただ形式的な任命権を持っているだけでありまして、人事その他につきまして、大学管理機関が申し出てきた場合には、大臣は、稲田元次官の話ではめくら判を押すようなことでいいわけです。そういうことにきめたのが新しい教育体制のあり方ということになっていると思うのですが、それを大臣がいまひっくり返そうとしていられる。私や皆さんも非常にこの点を強調されておりますのは、大学の自主性、大学の自治権というものにつきましては、これは戦前から戦後にかけて、大学人も国民も力を合わせて、一つの政治権力と戦って確立したものです。ところがそれを現行法では不備だからというので、大学管理法というものを出そうとされたのでありますが、それもできないので、今度はこの法律を出すことによって、実質的にその一角を打ち破ろうとする。同時にこの審議の中で大臣と文部省の諸君が、あくまでも拒否権があるのだということを言い貫いて、そしてそのことを確認させた上で、その法律を通そうとする大きな陰謀がある。これは許すわけにはいかない。これは私が申しますと皆さんいいかげんに聞いておりますけれども、社会党の諸君にしろ、あるいはここにたくさん傍聴の方が来ておられますが、みな関係の方だと思う。非常に心配しておりますのはそこです。思想問題ではやらないと大臣があくまで言いましても、事実現在やっている。それを法制化して合法化するために、この法律を出すと同時に、法律審議の中で大臣は、大臣に拒否権があるということをあくまでも言っておる。そういう点はわれわれとしては絶対に承服できません。法令違反、たとえばにせ証紙の犯人を学長に推薦しよう。これは大学管理機関……。

床次徳二自由民主党

○床次委員長 谷口君に申し上げますが、予定の時間がまいりましたから、簡潔にしていただきたいと思います。

谷口善太郎日本共産党

○谷口委員 大臣はそれに対して何ら選択する権限を持っていない。これははっきりしておかなくちゃいかぬ。そうしませんと、大臣自身は、何十年にわたる大学人の戦い、国民の戦い、これに刃向かってそれをひっくり返すというおそろしいことをやることになります。その点はっきりしておきます。

床次徳二自由民主党

○床次委員長 山中吾郎君。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 各委員があらゆる角度から、この法案について質疑を進めてきたわけでありますが、政府の答弁をこれに引き比べてみますと、この法案には非常に矛盾がある。提案の理由とこの法案の実態の中にも不一致がある。そして目的が明確でないということが明らかになってきたと思うのであります。それで私はこの法案のいままでの論議の中で、どういうことが問題になっており、政府はこれに対してどういう対策と考え方を持っておるか、あるいはこれは審議の中で考え直すべきものがあれば考え直して答弁を願いたい。それを先に申し上げておきたいと思います。  この法案のいままでの質疑の中では大体三つほどの問題点に私は整理できると思います。  その第一点は、学長の任命を内閣に移すということは、人頭に関する大学の自治の慣行を後退せしめる。今までの質疑の中では、どうしても人事に関する大学の自治は、これは狭められるということが明らかになっていると思う。この点は文部大臣からそうではないということを、自信のあるところを御答弁願いたいと思う。  第二点は、認証官制度を手がかりに待遇改善をしようという御意図はわかります。しかし認証官制度を手がかりにして、待遇改善をするときには、大学間の差別化が不当に助長されるという危険があると私は思うので、この点はこの法案の第二の問題点だと思う。これも安心のできる御答弁が願いたい。  それから第三には、大学教官一般の待遇改善との関係が不明であるために、改善の保障がまだこの質疑の中では明らかにされていない。改善の保障があるないということは、私はいままでの質疑の中においてまだ明らかにされていないと思う。この点について重複を避けて、私は要領よくお聞きしますから、要領よくお答え願いたいと思う。そうでないと、時間がいつまでもかかって、また十二時過ぎることになりますから、明確にお聞きいたしたいと思います。  第一の、大学の自治とこの法案との関係についてお聞きしておきたいと思います。それは要するに私は二つの問題にかかってくると思う。きょうも質問されましたことに対して、荒木文部大臣が拒否権があるという答弁をされたということ、これは特に大学の自治を狭めるという一つの危険があるわけですが、さらにいけないことは、いま湯山委員からもありましたように、大学の学長の任命権に文部大臣が拒否権を持つといったことが、この法案の執行によって内閣に拒否権があるということに移っていく。これは重大な問題である。まず文部大臣が大学の学長の任命については拒否権がないとお答え願えるかどうか、もう一度お聞きしますが、あるならあると言ってください。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 きわめてまれな場合でございますが、ノートレヒトといわれる意味合いにおいて差し戻す機会はあり得ると思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 前に私が御質問をしたときには、明らかにあると言われたのですが、ノートレヒトということばを使われたことは一歩後退をされた、ある程度反省をされた意味を含んでおるわけですか、同じですか、どういう意味ですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 同じでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 前にはノートレヒトということばをお使いになっていなかった、ノートレヒトとはどういう意味です。これはドイツ語のようですが、みな日本人ですから、日本語で解釈をくださないと、また間違いを起こしますからお願いします。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 田中二郎教授の所説として言われていることばを引用させてもらったわけでございます。一種の緊急避難的な、法制局的に用語を使いますれば、だれが見ても、もっともだと思われるようなレア・ケースにおいて、きわめてまれなときに憲法十五条の主権者たる国民の公務員選定権というものを一〇〇%保障する意味合いにおいてまれにはあり得る、そのことを申しておるのであります。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 緊急時における緊急な行為は考える必要はないと思うのです。要するに現在の現行法の解釈の中では、形式的任命権だけが文部大臣にあり、実質的な権限は大学の管理機関にあるということでいいと思うのですが、そのノートレヒトとわざわざいって説明するということは、結局形式的な任命権しかないということと同じでしょう。どちらですか。やはり違うのですか。緊急時ということはどういうことか私わからないのですが、問題はわざわざそういうことを持ってくる必要はないので、形式的任命権しかない、こういうことでしょう。どこが違うのですか。緊急というのはどういうことをさしているか、緊急ということだけを明らかにしてもらいたい。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 先ほど申し上げましたように文部大臣の任命権は大学管理機関の申し出に基づいてほとんどすべての場合にそのとおり任命するということが現実問題としては今日まで行なわれてもきましたし、今後もそうあるべきもの、あるであろうと私は思います。しかしそのことそれ自体、先刻申し上げましたが、国民に対して国会を通じて文部大臣が責任を負わねばならない課題だと思います。申し出どおりにやりました結果についてかりに瑕疵があったとしました場合、文部大臣が国会を通じて国民に責任を負うべき課題であって、大学管理機関が国会を通じて国民に責任を負う課題じゃない。それからこれまた同じことを申し上げておそれ入りますが、いまそのとおりやりましても望ましくない結果があらわれて、責任をとらねばならないという課題と同じことが事前にわかりました場合、それを承知をしながらただ任命すればよろしいというものではなかろう、それはやはりそのことを指摘いたしまして大学管理機関に差し戻して再検討をしてもらうという機会がまれにはあるであろう、そういうことでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 現行法においては実質的な任命権は大学の管理機関にある。われわれ国民から委託をされた国会議員によって構成する立法機関によってつくった法律が、大学の管理機関において実質的な権限があるということは、そのこと自体が大学の管理機関の国民に責任を持つということを法律で認めたということになるのじゃないですか。何か一つの偏見があって文部大臣が権限を持たなければ国民に対する責任は出てこない、そして憲法十五条をお用いになってきておる。それは錯覚を起こしているんですよ。だからあくまでも法律論で現行法の構成はどうなっているかということを論じて、それ以上のことを考えるのはおかしいのじゃないか。なお文部大臣が、その論理をもっていけば、大学管理をしておる文部大臣だからこそ拒否権があるということを強調するならば、大学の管理権を持っていない内閣が拒否権を持つという論理がどこからも出てこない。だからそこに矛盾が出るんですよ、認証官を持ってくることには。そして現行の大学の自治というものが破られてくる。ここにこの法案の致命的な欠陥がある。文部大臣の答弁は、われわれが学問の自由、大学の自治というものについて入れかわり立ちかわり質問しても、その心配を解消することにひとつもなっていない。そうでないですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 任命行為それ自体がイエス、ノー両面を含むことは常識の範囲の課題だと思います。大学でございますから、御指摘のように国会の審議を経た法律に基づいて大学の管理機関が選考して、その申し出に基づいて文部大臣が任命するということになっておるわけなんで、そのことは原則として申し出そのままが任命行為につながって最終的な任命という形が実現するということであることには一点の疑いも私は持ちません。ただその場合に任命行為は法律上文部大臣が最終段階の責任を持たねばならないという制度だと思うのであります。大学なるがゆえに申し出に基づいて最終の任命行為の責任を持つということには疑いがございませんが、その申し出そのものに万一の瑕疵があった場合、それが事前にわかりましても、なおかつそのままで任命の最終行為をして責任を負うという理論は私は透徹していないと解するのであります。イエスの場合も文部大臣が責任を負う、ノーと言うことがまれにあったときも、その適否については国会を通じて責任を負うという意味合いが、任命権を文部大臣に与えたことである。そういうことでありまして、法律に基づく大学管理機関の申し出に基づきということは、多くの場合ほとんどまれにしかないであろう、その他はすべて申し出どおりに行なわれるのが現実であることを期待しておることは間違いないといたしましても、制度論と申しますか、概念論を申し上げれば、任命権を与えられておる国民に対して責任を持つ意味における最終段階の文部大臣がイエス、ノーいずれにしましても責任を持つということで、初めて民主主義が透徹するものだ、こう思うのであります。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 現在の方向性は、国民の固有の権利という上に立って国民に責任を持つ態勢は、事実上の学長の選考は大学の管理機関、そうして形式的に文部大臣が任命権を持つ、あわせて国民に対する責任を持つ方向性を持っておる、これでいいじゃないですか。あなたは一つの迷信を持っているんです。旧憲法の天皇が行政大権、官制大権でも持っておるときに、どこか若いときに勉強した頭があって、行政官である荒木文部大臣が実質的任命権をどこかに持たないと国民との関係はなくなってしまうんだという迷信を持っておる。偏見を持っておる。そしていままでの説明で、もし文部大臣が大学の所管をしておるから文部大臣はどうしてもそれに対して拒否権を持たなければならぬという思想を貫徹するならば、内閣に移したときに拒否権は内閣に移ると私に答えている。そうなればはなはだ矛盾が出るでしょう。そこに大きい無理な法解釈をしてこの法案を通そうとしている。すなおに解釈をしておる歴代の局長以下がみんな拒否権はないと言っているんですよ。これは荒木さんがおるから、そうでないと言うと首を切られるからそうして苦労しておられる。ここにおられる天城さんも木田課長も、その著書にあることは野原さんが言った。大学関係の主管課長である安達課長だけ一人まだよごれていないのです。土つかずです。不公平だから私一項加えておきます。私は長く言いません。しかし一人だけ土つかずですからそうでないことを証明しておかないといけない。これは辻田調査局長時代に文部省でおつくりになった教育公務員特例法の十条の例の大学の学長の「申出に基いて」の意味を解説した著書に「大学管理機関が申し出た者について任命し処分をするのである。」これからずっと説明ですが「従って大学管理機関の申し出に基かず任命権者が独自に、独断的に任命することは許されないのであり、且つ又いわゆる拒否権もないものと解すべきである。」と書いてある。前はみんながこれほどすなおに言っている。だからやはり文部省の局長以下はすなおだ、わりに良心的である。文部大臣に変な人が来るとぐっと変わってくるということが完全に証明されている。前の野原委員の質問に対する天城局長の答弁の中に、これは公のなにではないと断わってあるといいますが、これはそうじゃないですね。「今後本法の執行の責の一端を担う私として、」云々としてちゃんと辻田局長が書いている。そして「本書は、文部省調査局審議課内に設けられた教育法令研究会で研究したところを本法律案当初からその事務に当たって来た文部事務官宮地茂君」この間の官房長です。この人は私の質問に対して拒否権はありますと言っているのです。ところがこれには「当初から立案に当たって来た文部事務官宮地茂君が中心となって筆を執り」「これを更に本法律案の所管課長たる相良惟一君が目を通し、同じその所管局長であった私が監修したものである。」と堂々と書いてある。それにさらに「まえがき」のところに、なお「本書の執筆に特に関係したのは、審議課長相良惟一、文部事務官宮地茂、同安達健二、同土生武則、同安養寺重夫、」これはいま課長をしておる人です。これを見ると大体文部省のすべての役人は拒否権がないとして、正しく新憲法に基づいた思想の自由と、それに裏づけのある大学の自治ということと、現在の法解釈、文部省設置法の権限、それから教育公務員特例法のすなおな解釈、憲法の解釈を全部含んで、大体形式的任命権にとどめたのが現在の法律の構成であることは万人が認めておる。荒木さんになってから急に変わってきた。そして最初は非常に例外のときはという説明のしかたから大体あると言い出して、きょうはまた少し後退をされたのですが、そういうことを無理にされるということのほかに、内閣に任命権が移ったときは、私の質問に対して当然文部大臣の持っておる拒否権は内閣に移りますとあなたは答えているのです。これでは大学の自治はつぶれておるのではないか。この点は現在の法解釈では、形式的任命権を持っておるだけだ、大学管理機関に実質的権限がある、その国民との関係は国会によって承認した法構成があるのであって、何ら法律的矛盾はない、こうお答えになることが私は正しいと思うのですが、いかがですか。これはやはり大臣でしょうね。それで認証官が出てくると、なおこれはあなたはいままで拒否権があると言われても、内閣に移る場合には内閣にはないということだけは言われなければ、どうしてもこの法案は認めるわけにいかない。内閣にあるというのですから困るのですね。それはどうですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 拒否する場合があるということは何も認証官とか大学管理とは関係ないことであって、任命行為そのものにイエス・ノーの両面がある。その任命行為そのことは国会を通じて政府は国民に責任を持たねばならぬということを申し上げておるわけであります。認証官の手続を経て任命する国家公務員は、他の類例に従えば内閣で任命権を持つという取り扱いになっておりますから、その例にならって文部大臣の任命権が内閣に移るということでありまして、任命そのものに内在する、先ほど来申し上げておることは繰り返しませんけれども、イエス・ノー両面の機能というものが内閣に移るというだけのことでありまして、管理機関の申し出に基づいて云々ということは、文部大臣が任命権を持っておった場合と同じように内閣が任命権を持ちますときについて回ることは当然のことである、とかように解するわけであります。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 だから文部大臣は形式的任命権を持っておるだけだと答えないと、あらゆる問題が大学の自治をこわすことになってくるのです。この間のポポロ事件の判決を見ましても、これは大学の施設の管理とか、学生の管理については裁判官は一定の限界があるとしてこういう判決を下しておるのですが、最高裁判所の判事にしても人事に関する自治だけは完全に認めておりますよ。訴訟を起こせばあなたは負けますよ。大学における学問の自由を保障するために伝統的に大学の自治が認められている。この自治は特に大学の教授その他の研究者の人事に関して認められ、大学の学長、教授その他の研究者が大学の自主的判断に基づいて選任される、これは限定しているのです。そしてそのあとに大学の施設と学生の管理についてもある程度に認められているところにこの判決の流れがある。あなたはかってに、独断的に政治的な何か——自分で意識しなければ潜在意識にあると思う。万人がないというものを、あなたが一人でイバラを切り開いて、いまそういうことをここでおっしゃっておられる。すなおにこれはそういうものではないのだ、形式的任命権だけだということを言わなければ、われわれはこの法案をどんなことをしても認めるわけにいかない。それは覚悟してください。この会期を終わるまでにもう少しこの解釈について答弁をひとつ省内ですなおに検討して、会期中にさらに一歩前進してお答えになることを私は期待します。そうでなければこの法案は通りませんよ。この人事に関する自治は、警察権との関係その他は裁判の関係でどうなるか知らぬが、人事に関する関係について一つの事件を起こして判決が最高裁判所までいったら、きっと私はあるというほうが負けると思う。法律を改正すれば別ですよ。現行法の解釈でいま論議している。  そこで先ほども、大学の基準というものがある、基準に従わないでというときに拒否権の話をしている。基準に従ってきたときに拒否権はないということを私は論議している。基準に従わなければ差し戻しということが出るかもしれない。いわゆる大学の管理機関が大学の選考の基準をつくって、その基準に従って持ってきたのに、あなたは拒否権があると言っている。おかしい。そこに問題があるので、この基準に従って申し出た限りについては形式的任命権しかないと、すなおにどうして言えないのか。あなたの説明の中にも、肯定している答弁もあったり、そうでないときもあったりしている。とにかく衆参両院を含んで、その答弁についてもう少の検討願いたいと思います。ここでの論議はこれで、私は会期中の問題として残したいと思うので、次に移ります。  二の、この法案の問題点は、この認証官制度を手がかりとする待遇改善、これは大学間の差別化を助長するものだ、私はそう思う。そこで人事院総裁にお聞きいたしたいと思いますが、この認証官制度をとって東京、京都は十八万、そのあとの旧制大学は十六万、そうすると博士コースを持っていない、いわゆる修士コースだけ持っておる、大学院を持った新制大学のあるもの、それから修士コースを全部持っていない新制大学、A級、B級、C級、D級までありますね。そうして最高が十八万、十六万という最初の手がかりを出しておる。それに応じてずっと格差が出るでしょう。教授、助教授をずっとあなたが給与改善をせざるを得ないと言うから必ずされるのではないかと思うのですが、そのときにはいまの格差がずっと大きくなる。これを手がかりにしたならばそういう体系しかできないのではないか。それはどうですか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 先ほども触れましたように、最小限何らかの調整を考慮する必要があろうと考えておるわけで、それがどこまで及ぶやらというようなことは、まだこの法律の成立前われわれが差し出がましく考えるべき段階ではございませんから、これをにらみ合わせながら案を考えるつもりであります。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 そうすると、またこの法案はわれわれどうしても承認できなくなるのです。そうすると大学の学長でとどまるでしょうが、博士コースを完成した大学院の大学と、博士コースを持っておるが半分ぐらいしかない大学院の大学、博士コースのない、修士コースだけ持っておる大学院の大学、そうでない大学、ずっとそこに一つの格差が出る。そうしてこの法案から一応人事院総裁の考える待遇改善は、いわゆる全国七十幾つの学長だけで一割ぐらいの程度だ、あとのところまでは及ばないということで、人事院総裁からは自信のないお答えがあったのですが、それはたぶんそうだろうと思うが、正直に言ってください、いまのとおりですか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 正直に申しまして、そこにとどまるということは考えておりません。どこまで波及するか、それは考えようでございまして、今後の研究に待つほかはない。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 自民党の諸君は喜んでいるのですが、そこで、大学の給与のことについて、これも確かめておかなければならない。人事院総裁にまたお聞きしますが、現在の大学の教授は一等級、二等級に分かれておる。それから行政関係の局長も一、二等級がある。助教授の場合においてはまた三等級、こういうふうにあるが、大学の教授、助教授の職務内容は、研究職においてほとんど変わらない。したがって官庁と違って、現在の助手までは実際はほとんど同じなんです。教育研究に責任も持たされている。したがってこういう学問的業績を中心としておるところの大学職員の給与体系は、他の官庁関係と違って、教授、助教授、助手の等級の格差は他よりも少なくするということが、人事院の当然に考えるべき合理的な給与体系だと思う。そのとおりですか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 御指摘のようないろいろ考究すべき問題点もあると存じます。それらのことも虚心に考えてまいりたいという考えでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 そうする場合に、認証官のこの法案を手がかりにして、これから努力をされるということなんですが、この認証官のいわゆる旧制、新制と区別をして、旧制にも十八万、十六万という差額を置いて出発したときに、教授、助教授、助手の間においても格差を縮めていって、大学研究教育職員の実態に合うような給与体系をつくる反対の理屈が出てくるんじゃないか。格差を大きくすることにならないかということをお聞きしておるわけです。もし手をかける場合でもその点はいかがですか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 深く考えますと、いろいろまた考え方があると存じます。先ほど申しましたように、現在のところはまだ白紙ということで、案の想を練っておるという段階にあることを申し上げます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 文部大臣にお聞きしますが、要するに白紙だと言う。それでは、認証官だけが現実に実現をして、大学の研究教職員にふさわしい給与体系というものは、何らこの法案の中で——われわれが何とか期待をしている、期待なんというものは、大体期待のできないことなんだが、期待もできない、白紙だ。文部大臣の説明はそうでない。相当確信のある御答弁をなさっておる。その点のお互いのちぐはぐな考え方をみんなの前でひとつ解明を荒木さんからしてもらいたい。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 先刻、人事院のほうでいろいろなことをお考えくださるであろうと期待しておると申し上げましたが、そのとおりでございます。白紙でございましょうとも、そうでないといたしましても、それは全然独立して権限を行使される人事院のお立場のことですから、私がのぞき込んだことを言うべき課題ではない、こう心得ますので、申し上げておることでございます。  そこで、認証の手続を経て任命手続を慎重にするということが、教育公務員全体についての国家的評価の一つのあらわれであるという意味で、この認証官制度の法案を御提案申し上げ、また、現実にあります認証手続による公務員の給与も、それにふさわしいものが実例としてございますから、その実例を拝借に及んで、いわば飛躍的に引き上げるという内容のものを御審議願っておるわけでございます。そのことは、現在それぞれの給与体系がございますが、それとの関連において人事院はお考えくださるのではなかろうか。また、格差があるということをよくおっしゃいますけれども、すでに人事院からもお話が出ましたように、いまの大学の学長に東京と京都その他との格差が公式に認められておる。その他の、五大大学以外の大学につきましてもそれぞれ段階的な格差が一応認められておるわけでございますから、それが具体的にどう人事院の御検討であらわれるか、私の知るところではございませんけれども、少なくとも、しかし、最高俸は十八万、十六万円ということで国会で御決定願って、その立場にある大学の学長の評価をおきめくださるところに重大な意味があるであろうし、それに続いてのさっき申し上げたいろいろな期待を私どもは持っておるということ以上には申し上げることは困難かと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 いまのようなお答えでは、大学の給与体系がある程度具体的に明らかになるまでに、この認証官及び任免に関する法案は、ほんとうは待機して待っておるべきものだと思うが、認証官だけ先に進めておいて、あとは人事院に期待する。ねらいは認証官法だけです。認証官が一番問題になっておる。文部大臣は拒否権がございます。大学に拒否権が移ることを認める。少なくともこの給与についてもある程度具体的な体系を明らかにされる程度に人事院と文部大臣のほうで大体の具体的な話をして、これもこの会期中にもう少し進んでお答えがある。それでなければこういう法案を認めるわけにはいかない。それは会期中にできますか。努力されますか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 いわゆる拒否権の論議は、認証官のこの法律案やら大学管理やら等との相関関係が必然性を持って新たに出た問題ではなくて、およそ任命行為というものは何だ、それが大学にあらわれる場合に、いかに理解さるべきかということが、全然別個の憲法解釈として論議さるべき課題であると私は心得ておるのであります。  第二の、人事院のほうと私たちでよく御相談をして具体的なことを申し上げるということは困難だと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 人事院総裁はいかがです。この会期中に、衆参両院を通じて、白紙でございます。片一方は期待しておるというのでは、この法案は通りませんよ。文部大臣とさらに努力をして、もっと具体的に、ある程度給与体系は、認証官を手がかりにして出発する場合には、やるとすれば、どうしてもこういう体系になりそうだ、しかし、この姿の中では、こういう大体のことは、ある程度期間を言って、近き将来、そのくらいのことを言わないと、この法案は通りません。人事院総裁は、腹の中でこの法案なんかつぶれてしまったほうがいいと思っておればそれでいいのです。それは言えますか。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 お答えいたしますが、私がたまたま白紙というちょっとまずいことばを使いましたために、永久に白紙であるかのごとくにちょっとお考えをいただいたかもしれませんが、これは構想を練った上でさらさらっとその白紙にりっぱな字を書くつもりで申し上げておるのであります。構想はもちろん持っております。しかし、いまの段階で言えとおっしゃられても、それは率直なところ、無責任な出まかせなことを申し上げるほかないと思います。そういうことはいたしたくないと思いますので、白紙と遠慮深く申し上げたのです。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 きょうは、私はあなたに、その白紙に色をつけろと言っておるのではない。まだ参議院段階において時間があるのです。どうせこれから参議院に移った場合に、またこの論議が出ると思うが、いまのような状況では済まされないと思う。ここで白紙と言われるのは、そうだろうと思う、初めてここで聞いておるのですから。そこで、この一週間ぐらいの間に、ある程度進んだものをお答えになる責任は人事院にある。何となれば、文部大臣が先ほど言ったように人事院の権限を侵したんじゃないかという非難を受ける法案の出し方をさえしている。それをあなたは黙認をしているのです。黙認をしておる責任から白紙でございますと、この会期で通すということは、あなたは全く無責任で、自分の責任も権限も捨てた、日本の人事院総裁で一番汚名を残しますよ。いわば一歩進めてその点はどこまで答えられるかは別ですが、その努力をなさるかどうか、それをお聞きしておきます。会期中です。

佐藤達夫人事院総裁

○佐藤(達)政府委員 先ほども申しましたように、この場でお耳に入りやすいようなことを無責任に申し上げることは、また一方においては非難の対象になることだと思いますから、十分考慮いたします。そうしてまたこの衆議院なり参議院なりの御審議でいろいろの御発言を承ることがたいへん私どもにはまた有益な資料になるわけであります。そういうふうにひとつ進めたいと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 いずれにしてもこの会期中まだあるのですから覚悟をしてまた国会に出るように……。  次にこの問題点からどうしても政府に聞いておかなければならぬのは、こういう旧制大学を認証官にするという制度の中から、一般の新制大学の先生方その他の者は、現行大学制度をとにかく二種類、上級と下級というものにだんだんと移行していくのではないかということを真剣に心配をしておる。心配する理由がある。したがって現行大学制度に対する政府の見解、その終着駅はどこかということだけは、文部大臣はこの法案を出す限りについては明確にお答えする必要があるのじゃないか。いまのところは旧制大学をだんだんと認証官、大学院が充実するとそうする。どこまでするなんということはわからない。旧制大学にとどめる気持ちなのか、その辺の終着駅がわからない。これは明確にされないと、この法案はわれわれは通すわけにはいかぬ。終着駅を持っておりますか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 午前中の村山さんの御質問に対してお答えしたかと思いますが、現在の学校教育法の命じます大学の制度のあり方、それからいいまして、すでにいろいろと御指摘がございますように、いわゆる旧制大学だけで認証官といわれる任命手続が終わるべきものでないことは理論上当然だと思います。ただ一ぺんに七十二大学認証官手続ということも概念的には考えられますものの、いままであります認証手続による任命の一般職公務員につきましては、必ずしもすべてについて一挙にという実例でもないようでございます。おのずからそこに限界があるわけでございまして、その限界を、毎度申し上げるように、あらゆる学部を持ち、それにすべて博士課程の大学院がある大学、それで人事院でも給与面では特に考えられておる実績も念頭に置きながら、これだけにさしあたりしぼりまして御審議を願っておるわけでございます。その次にはお名前が出ましたように広島大学のごときは予算措置その他大学みずからの努力もあわせましてはじめて可能なことと思いますが、次に位する一番有力候補であろう、それに次々に続いていくであろう、概念論としましてはそういうことを考えておるわけであります。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 途中の駅を話されただけではわからないのです。終着駅をお示しにならないと、荒木文部大臣はまた何か認証官をつくることによって日本の学校制度に陰謀をたくらんでいる、これは国民は思いますよ。何となれば、学問的業績において偉大なる学長を一つの国家的エリート、あなたのおっしゃる言葉で総長とか認証官にするというならば、どこの大学といわないで、たとえば学術会議の選考によりとか、推薦により、そのすぐれて万人の、学界の認める人を認証官にするというなら終着駅は説明する必要はない。現在の学校制度というものは大学制度がそのままあって、そしてすぐれた学長を認証官にするという、そういう出し方ならば私はわかる、終着駅は聞かないのだ。そうでなくて、先ほども質と量の問題が出ておりましたけれども、ある大学の学長はばかでも賢くても——これはことばが悪いですが、学問的業績が非常にある、ないにかかわらず、ある大学の学長になった人は認証官、行政機関と同じような考えで、そしてある大学を前提として、その位置についた者はその人間の学問的業績、識見その他に関係なく認証官にするという法律構成じゃないですか。それならばその終着駅を示さない限りについては、どこかで認証官にするのを学校で限定をしていけば、大学は二種類になるということは、想像するのは当然でしょう。だから荒木文部大臣の陰謀がこの法案の中にひそんでおると疑われてもしようがないのだから、終着駅を示す責任がある。戦前の親任官待遇だってこれは人にしたのだ。現在にしても大学院をたくさん持っておるいわゆる量の多い大学の学長が当然認証官になるという結果が一致することはこれは別問題である。あなたの方向性はそうではないのではないか。ある大学の学長なるがゆえにというアイデアでしょう。それなら大学制度に対する何らかのあなたの一つの目途があってお出しになっておる方向性だと言わざるを得ない、いかがですか、それは。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 おっしゃるような、その人を見て待遇を考えるという考え方もあろうかとは思いますが、先ほど来るる申し上げておりますように、繰り返すことを省略しますけれども、認証官という任命手続に申し上げるような効果を期待するという限りにおいては、いまの認証官制度そのものに従わざるを得ない道理でございます。その認証の手続による任命で、国家公務員が現在ありますものが、一つ一つその地位にあるものそのものを認証するという手続によって制度化されておるようでございます。ですからその制度を活用しながら冒頭に申し上げた効果を期待するに際しましては、どうしてもこういう考え方にならざるを得ないわけでございます。大学の中に二種類あるはずがございませんけれども、現実に給与面だけから申し上げれば、何度も申し上げるように東京、京都と、その他の五大学と、あるいは残った数十の大学とに格差をつけることが人事給与の面から妥当なりとされて、現に行なわれておるわけでございます。そのことにこの制度を適用して考えます場合、やはり何度も申し上げますけれども、あらゆる学部を持ち、博士課程の大学院を持つというものに、いわば代表的な認証官制度を適用する大学として、そして教職員全体の、教育公務員全体の価値判断の評定がえをするよすがにするという以外に方法がございませんので、この案に落ちついているわけでございます。したがってさっき申し上げたように、あらゆる学部に博士課程を持つという名実ともに総合大学ということに他の大学がだんだん育つに従って、その大学の学長が認証官制度のもとに待遇されていく、こういう構想でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 人ごとのように育っていけばと言って、育てるのは大臣が予算を出さなければ育たないんじゃないですか。自分のほうで予算を握っておられるものだから、あるところに大学院を置くか置かないかも、あなたの自由にできる。そして大学院があるところは認証官にするのだ、大学というものを限定して学長を認証官にするのだという構想は、最初から学校制度に対するメスを入れているということでしょう。あなたの言うことは、私わからぬですよ。本年度十名なら十名、七名なら七名、日本の全大学の学長の中から認証官を選ぶという予算の出し方で、結果がいまのようになったら、それはまたわかる。大学院を完成したものを十八万といって、完成さすかどうかは文部省のやり方一つで、やろうと思えば国がどっちにだってみなできるんじゃないですか。設備を拡大し、そこに学位をとるようなコースをつくるということは、これは自然発生的なものでなくて、行政方針によって、どこの大学がどうなるかということになってくるので、大学の種類というものをこのあなたの方向性からいったら出せる、そういうための方向性だということが明らかになるのじゃないですか。そこで、終着駅を示さなければ、この法案は現在の大学制度を乱す危険がある。この法案を出す限りについては、あなたはそういうことを明確にお出しになる責任があるのじゃないですか。参議院も通じて、やはりこの会期中にお示しにならなければ、この法案は通すわけにいかぬ。——お示しにならない。一つ一つ質問をしていきますと、致命的なものについては全部明確にお答えになっていない。大体、一番最初の人事に関する大学の自治の慣行を確立するという方向が、この法案からは読み取れない。後退をするという方向だけが読み取れる。そして大学の学長は、前の委員会においては、行政機関と称し、官吏ということばを使っている。しかし、大学の教授、学長というのは、形式的な公務員、国立大学につとめているから公務員というだけであって、仕事の内容からいえば権力行使は一つもない。いわゆる学問の研究、そして教育するということなので、その点については、職務内容は私立大学の学長、教授と一つも変わらない。したがって形式上の国家公務員であるけれども、職務内容においては権力行使でも何でもない。そういう思想研究ということを職務としておるのですから、国民に対する関係において、職務内容から一つの権力に結びついた、あるいは法執行の責任を持った一般の行政官と、大学の先生というのは違うんじゃないですか。将来日本の国立、公立、私立の区別をなくするというふうな方向を考えるにしても、教育基本法、学校教育法で目的は一つである。国立、公立、私立というものは少しも差異がない。設置者が国、県、学校法人というだけの差で、そこにつとめている先生、教授というものの職務内容はどこに差異があるか。一つもないと思うのですね。それを文部大臣が、官吏だとか、あるいは国家公務員だとか、行政機関だとか強調されて、そして国立大学の学長だけを、国民に対する責任からいろいろなことを言って、拒否権があるとか、それから認証官にするとか言っておられるけれども、そういう意味においての職務内容からいって、一体国立大学の学長と、私学の大学の学長と、どこが違うのですか。違うところがありますか。その辺の基本的な考えも聞いておかないと、学校制度に対する終着駅というものについてもなお変になるので、この機会に文部大臣からお聞きしておきたいと思います。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 大学という以上は、国公私立の別なく、仰せのとおり大学であることには変わりないと思います。その大学の教授、助教授その他につきましても同断だと思います。違うところありせば、国家公務員といい、地方公務員といい、私立大学の学長といい、その私立大学の教授、助教授等という、という以外の差異はむろんないと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 そういう、特殊な権力行使とか、いわゆる一般の役所の行政官と違って、官公私立少しも変わらない教授という職務内容の特殊性を認められて、そうして特殊な政策というものを立てるべきである。逆な方向に、いままでの御答弁の中で、学長を無理に官吏に近づけるような、権威に近づけるような方向に答弁をされておる。そういうことを含んで、人に対して認証官にするのではなくて、一定の政行官庁とあなたはおっしゃった。そしてそれを認証官にするという思想で答弁をされておる。そこに、大学制度についての全体のあり方というものをあなたが明らかに示されないと、この法案についてのわれわれの心配ごとというものはなくなってこないのです。これも衆参両院の関係の中が、私は文部大臣はもっと明確な御答弁を願いたいと思うのです。  さらに最後に、心配なことが質疑の中からたくさん出てくるので、大臣のお考えを確認しておきたいと思うのですが、これは「早稲田公論」六月号ですが、荒木文部大臣は、「大学管理はなぜ必要か」という論文を出されておる。これは御承知ですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 承知しております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 その中に、大学管理の問題と政治との関係でこういうことを書いておる。「いうまでもなく文部大臣たるわたくしは、政党人であるとともに、行政府の長である。政党政治の体制下における内閣の行政方針の中に、与党の政策が反映するのは当然のことである。」こういうふうに書いてある。この法案と結びつけたときに、大学の任命権を持つ内容になっておる。そして、「政党政治の体制下における内閣の行政方針の中に、与党の政策が反映するのは当然のことである。」という一つの思想を確立しておる。ここで、大学だけは学問の自由といわゆる大学の自治ということを守っていくかどうかということを真剣に論議をしておるのに、荒木さん、こういう思想を持って、この法案で文部大臣は拒否権がある、また文部大臣が大学を管轄しておることを理由としておりながら、管轄権のない内閣に拒否権があるという思想を出されておる。だから、われわれは日本の大学の自治を守る立場から心配するのは当然です。これはどういうことですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 それは私はそのとおりに思います。議院内閣制をとり、いわゆる政党政治のあり方において日本の政治が行なわれておる。多数を占めたものが内閣を組織してやっていくという場合に、国民に公約しましたその与党の教育政策の課題が行政面においても浸透し、影響してくることは当然のことだと思います。ただその場合に、現在の憲法ないしは教育基本法その他もろもろの法律に違反することは断じて許されない、そのこともまた当然のことであると思います。それから、いつかここでお答えしたことがございますが、教育基本法の趣旨に従ってやるということなら党籍を離脱したらどうだという御質問を受けたことがございます。そのときにもお答え申し上げました。党籍は離脱しなくても、幸いにして与党の自民党の教育政策はあくまでも教育基本法の趣旨に従って、いささかでも逸脱することをしないというたてまえでございますから、あえて党籍離脱の必要はないと考えておりますとお答えしたことがございますが、このときと同じ心境のもとに、私は文部行政の責任者として対処しておることを申し上げてお答えにかえたいと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 文部大臣の答弁の前半は正直で、私はそのとおりだと思うのです。政党政治ですから、その内閣の行政方針の中に与党の政策が反映するということは、それはそうでしょう。だからこそ大学の自治を裏づけにしておる学問の自由を守るために、大学の人事については、荒木さんのおっしゃるとおりだから形式的に任命権を文部大臣に渡して、教育の中立、学問の自由を守るために、拒否権はないんだというのが論理的なんです。そうでなくて、こうおっしゃっておる、このとおりだ、だから拒否権があるでは、これははなはだしく論理的におかしいんじゃないですか。だから拒否権はありませんと答えなさいよ。そうしたら全部の論理がずっと全うする。ただ一つ大臣が答えられないのは、だれに聞いたか知らないけれども、憲法十五条の公務員の任免権は国民の固有の権利であるということから、どうしてもそう言わなければつじつまが合わないと思われておるんでしょう。そんなことはないと、私はあなたと論議をしているわけです。それで、私は長くやる気はないのですが、これは根本問題です。一方に同じ現在の川島さんが会長でやっておる臨時行政調査会の機構の中でも、文部行政の特殊性、時の政党政治の権力に左右されてはならないということが論議になったと見えて、さすがはと思うのですが、その中に、「教育については、教育の中立性維持、教育行政方針の安定、教育行政の民主的統制確保のため、中央教育委員会(委員長は国務大臣とする。)の管理の下に文部庁をおくことが考えられる。」こういうものが出てきていますよ。これは中間報告ですが、文部関係のあり方については、現在の行政調査会の中でもそれほどみな心配しているのです。だから一方に、政党人であっても文部大臣在職中は党を離るべきであるという論も出てくる。そういう真剣な問題の中でこの問題は私は考えるべきだと思う。そこで、荒木さんが早稲田公論に堂々と書いておる。まだたくさんありますよ。これがあれば、あしたの朝まで私は論議しなければならぬのだが、もうそういう悪趣味はやめます。やめますけれども、これだけは当然だ。「文部大臣たるわたくしは政党人であるとともに行政府の長である。」当然反映するのだ、こういうふうにあなたは書いておって、いま憲法の思想の自由と大学の自治を保障された大学問題で、認証官の問題をこれだけ真剣に論議をしておるのに、こう言っておって、文部大臣に拒否権があると断言をする。今度は内閣に拒否権が移っていくのだ、とんでもないことじゃないですか。これはこの会期中にあなたはもう少し真剣に、すなおに——ほかのすみにすわっておる人は拒否権がないと言ってきた人たちばかりです。もっとすなおに皆さんの意見を聞いて、この会期中に考え直しをされることが私はこの法案のために絶対必要だと思うので、それだけを要望して私の質問を終わりたいと思います。これは、いままで各委員がいろいろな角度から言った内容を集約すれば私の質問になると思うのです。そして大臣のそれに対するお答えを聞けば聞くほど、この法案は通せない法案になっておる。通せるように答弁をされるのでなければ、これは矛盾だらけじゃないですか。それだけを私は切望して、質問を終わりたいと思います。

床次徳二自由民主党

○床次委員長 これにて本案に対する質疑は終局いたしました。  本日はこれにて散会することとし、次会は明後二十六日、水曜日、午前十時より開会いたします。   午後九時五十五分散会

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