文教委員会 第23号
- 発言数
- 326 件
- 登壇者
- 12 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1963/06/10
会議録
○床次委員長 これより会議を開きます。 義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律案を議題といたします。 質疑の通告がありますのでこれを許します。山中吾郎君。
○山中(吾)委員 きょうは私は模範的審議をしたいと思っておりますので、委員長に先にお聞きしておきますが、法案から離れた質疑であるとか、重複した質疑は別です。御注意なさってもけっこうですが、法案の内容に必要な審議については、発言その他関連質問もあろうと思いますが、そういうことについて制限をしたりされないようにしていただきたい、よろしゅうございますか。
○床次委員長 山中委員からいま御注文がありましたが、委員の御発言に対しましては、その趣旨を十分尊重いたしたいと思いますが、ただ理事会のほうにおきましても、全体の進行について御考慮になっておるようですから、その趣旨において御協力をお願いいたしたいと思います。
○山中(吾)委員 大臣に先にお聞きしておきます。 法案を模範審議をしておるものですからお聞きするのですが、審議の中で、この法案にいろいろ欠点がある、修正すべきものがあるというときには、やはり国会の審議をまじめに聞いてそれに応ずるという御意思があるのか。一たん出した法案は絶対にメンツにかけてやらないというお考えであるのか、その基本的なお考えを聞いておきたいと思います。
○荒木国務大臣 いまの御質問の点は、政府側からかれこれ申し上げるべき範囲外のことだと存じます。国権の最高機関としての御審議の結論にまたざるを得ないもの、かように思います。ただし希望を申せば、出しました以上は原案をそのままお認めいただくことが私どもとしては望ましいことではございます。
○山中(吾)委員 まあ、あたりまえの答弁で、けっこうだと思います。 それからこの間の問題をお聞きする前に、この間、参考人を国会で呼んで、おのおの立場立場で聞いております。聞きっぱなしでいつも終わるということは意味がないので、やはり参考人の意見開陳に対して政府はどういう考えを持っておるかということは一応聞いておく必要があるので、いままでの聞きっぱなしの悪習慣をなくする意味において、私からこの間の参考人の意見の中で政府はそれについてどう考えておるかということを簡単にお聞きしますから、答弁は簡単でけっこうです。お答え願いたいと思うのです。 あのとき政府の人は来ておりましたか——一番最初の、大阪書籍株式会社の社長である前田隆一さんの意見開陳の中で、広地域について一点心配な点がある。その点については広地域統一採択をやるということは、一方に検定制度が有名無実になる心配があります。特に新しい教科書が出てくるのには、広地域一挙に採択するという行き方を新しい教科書にはできないから、新しい会社の新しい教科書、または現存の会社の新しい教科書、こういうものについてはなかなか採択は困難になるということを心配いたしておる、こういう意見があったわけであります。その点について、この法案の施行によってそういう心配があるかないか、これは局長でけっこうですから、参考人の意見に対する回答をしておいてください。
○福田政府委員 御指摘になりました点は、私ども検定制度をたてまえにいたしております以上、郡市単位の統一採択をやりましても、いい教科書が出てくるということが非常に望ましいわけでございます。そういうような方向で運営さるべきものと考えております。したがって新しい教科書が出てまいりました際にも、前田参考人が御指摘になりましたようなことは、実際上の問題としてはないと思いますが、なお新しい教科書につきましても、既存の教科書につきましても、公平にそれが選定あるいは採択されるべきものでございますから、そういった方向で私ども今後対処していきたいと考えております。
○山中(吾)委員 なお前田さんが、これは自民党推薦の方ですが、一人一人の教師に採択権があると思うが、責任を明らかにしておいてもらうことが望ましい、こういう意見を開陳いたしました。その点はいかがです。
○福田政府委員 責任を明らかにしたほうがよろしいという御意見は、おそらく現在の教育委員会に採択権があるという趣旨のように私は伺ったのでございます。しかしながら、この問題も、すでに再々繰り返し申し上げましたように、教育委員会に採択権はございましても、実際に現場の学校の意向が十分反映するような運営のしかたが必要でございます。したがってそういうやり方で今後指導してまいりたいと考えております。
○山中(吾)委員 論議があるのですけれども、聞くだけにしておきます。 それから、安藤堯雄教授、これも自民党の推薦の参考人ですが、この法案は、行政問題ではなく、教育問題であることを確認していきたい、そういう意見をまず述べているのですが、局長は、これは教育問題であるか、行政問題であるか、どちらですか。
○福田政府委員 安藤参考人は学者としてのお立場からさように御発言になったのだと思いますが、私ども、教育問題であると同時に、やはり行政問題にも当然関連することだと考えております。
○山中(吾)委員 教育問題であると同時に行政問題に関連をしている、こういう意見ですね。 それから、教科書の選定については、これも安藤さんの御意見は、教員の代表をもって構成するのが望ましい、こういう意見を述べている。御意見いかがです。
○福田政府委員 教員の代表と言われたかどうか、私ちょっと……。
○山中(吾)委員 その通り言っている。
○福田政府委員 もし言われたといたしますと、どういう代表か私よくわかりませんけれども、私どもとしては、教員の意見を十分尊重して今後選定なりあるいは採択をやっていきたいということにおいては変わりはないわけであります。
○山中(吾)委員 これも安藤さんの御意見。検定制度の長所を育成することが望ましい。そのためには競争が必要である。競争なきところに進歩なしという意見を述べておられる。この点についてはいかがです。
○福田政府委員 教科書の質的な向上を期する意味における競争はもちろん御指摘のとおりだと思っております。
○山中(吾)委員 ほかは、社会党推薦の人ですから、それを質問してもかえって皆さん何だと思うでしょうから、自民党推薦の人だけのことを聞いた。 この間の質問に続いて、続行してお聞きしたいと思うのですけれども、例の調査会の答申の中で、負担区分について不明確である、それで国の負担で済むというけれども、いつ地方負担ということになるかわからないという疑問が答申の内容、また皆さんの御答弁の中にあったので、その辺の真相をつかみたいと思って質問をいたしたわけであります。それで資料を要求いたしまして、各委員の答弁資料をここにいただきました。経費負担について、そのほかは読む時間がなかったので、遺憾ながらここでは質問する時間の余裕がないので、経費負担の分だけですが、各委員の意見をずっと並べております。これはほんとうは言わないでも参考資料として政府が出すのが、国会に対する礼儀であり、道義的責任のように思うのですが、請求されていまごろようやく出すのは遺憾であると表明しておきたいと思います。 これを見ますと、全額国庫負担がいいという説の委員が、私の見るところでは五人、地方負担のほうがよろしいというのが十一人ある。それからどちらかわからない、大いに慎重にすべきだという委員が、六人ある。そうすると、地方負担にしたほうがいいという委員のほうが、数が非常に多いのではないか。そうしてどちらかわからないというのと、全額国庫負担にしたほうがいいというのが半々くらいになっておる。これでは答申の経過から見ても不安定である。それで、その点は、この法案を皆さんは通したいと思うので、有利に提案説明、答弁をされておると思うのです。だから、私はこういうものが必要だということが、これを見てもわかったのであります。しかもその中で、全額国庫負担がよろしいというのが——こういう諮問機関に内藤次官まで入っておる。これは次官です。その点はどうですか。私の調べ方が間違っておりますか。
○福田政府委員 差し上げました経費負担についてという資料でございますが、これは二十名の委員の全員の発言を記録したものではございませんので、したがって、非常に発言の強かった委員がそういう問題について発言された記録が残っておるわけであります。過程においては、いろいろ御意見がございましたが、終局におきまして、総会でこの経費負担についていろいろ意見が出ましたけれども、半額地方に負担さしたほうがよろしいという意見は少数でございました。多数ではございません。
○山中(吾)委員 それでは、審議の過程をまた出してもらわなければぼくは信用できない。いま出してもらったのを見ますと、大体十五、六人ありますよ。最初の小林委員というのは、国が負担すべきものといって、国負担に賛成しておる。この小林というのは、大学局長じゃないのですか。だれですか。
○諸沢説明員 自治省の次官でございます。
○山中(吾)委員 なるほど地方負担を心配するからね。 それから二番目の石原委員、これは十分検討の余地がある、だからどっちかわからないのです。それから中島委員というのは顔も人も知らないのですが、地方負担をさせてよいかと思う。木下委員は、地方公共団体が負担すべきものであるとなったとしても、いまこれを押しつけたら混乱を来たすであろう。この思想はやはり負担すべき思想ですね。あいまいな、思想をぼかしてある。森永委員、国の財政的裏づけが考えられるはずであるからその点を考慮に入れる必要がある、これもわけがわからぬ。鈴木委員は全額国庫負担が望ましいと言っている。それから松林委員は全額国庫負担を望んでいる。それから石原委員、これも何かわからない書き方をしているのですが、地方団体がその経費を負担することとなる場合においても、それに必要な経費は当然地方財政計画に計上され、歳入歳出全体のバランスをにらみ合わせて実施されることとなる、こういう言い方をしている。これは同じ人なんですが、教科書採択は市町村にまかされており、教員の採用は県にまかされているのであって、教科書と教員給与はその点では同一性質のものであると思う。これはやはり市町村にやらせということだと思うのです。それから内藤委員、これは内藤次官ですか、全国一律に行なうものであるから全額がいいというようなこと。それから事由は、国民としての自覚を促すという理由がどうもずっと出ておるようです。財政関係を肩透しをして、苦心をしておるところはわかる。全部読んでいるとしようが、ほかの委員も、これを見るとあいまいな人が半分くらいあるわけです。それから稲葉委員、これもどんな人かわからないが、従来の義務教育費の負担区分のやり方でいくべきである。これは両方の負担でしょう。そういう説を出している。それから金子委員ですか、たてまえとしては将来は国と地方が分担していくべきであろうが、当面の問題としては国の全額負担で発足することが支障を生ずるおそれもなくよいと考える、これはやはり本則は地方負担。水田委員、これは元の大蔵大臣ですか——そうでない……。国と地方とで分担するのが筋ではないかと考えられると書いてある。大体地方負担のほうが妥当だという説が多い。だからこの将来についても非常に不安なものがあるのじゃないですか。 そこで法案の「当分の間」ということを考え合わせて、非常に不安だということを先ほど私は申し上げてきたわけです。そこをずいぶん無理をして、最後にどういうふうに指導してこの少数説にしたかしらないけれども、審議の過程から見ると地方負担の思想が多いのじゃないのですか。
○福田政府委員 委員の数は二十名でございます。半額地方に持たしたほうがよろしいという意見はごく少数で、五、六名でございます。したがって最終的に総会におきまして答申案をまとめるときには、地方へ半額負担させてはどうかという問題については、将来の検討問題として残すべきだ、こういうような意味合いから、そういう少数説を付記するということによっていったわけでございます。これは答申自体にそう書いてございます。したがってあとは全部全額国で負担したほうがよろしいのだ、こういうような意見になっておるわけでございます。
○山中(吾)委員 これは課長のほうで抜粋してきてもらったのだから、発言した委員に限っては大いに——黙っている人があるのでしょう。最後にそういうように指導されたのかと思うが、非常に不安が残っていることは間迷いない、これだけ申し上げておきます。 そこで私はこの法案の疑問を質疑応答の中で明らかにしていきたいのでお聞きするわけですが、あげ足を取る気は少しもありません。この法案の提案と同時に教科書特集に局長以下全部解説をされておるので、法案の説明になっておるわけですから、それについて提案の精神と法のほんとうの流れは間違いないかということを知るために御質問をしておきたい。福田局長の当面する教科書行政の諸問題についてという中で、五ページの中ごろに「この方式に対して、一部の者は教科書の広域採択を推し進めることは教科書の国定化につながるものとして反対を唱えているようであるが、この方法はあくまで現行の検定制度を前提としてとられるものであるから、教科書の国定化につながるという非難はあたらないと思う。」これはあなたの意見ですね。そうしますと、現行検定制度を前提としておるから教科書の国定化につながらない、これはあなたの確固たる信念のようであります。そうすると現行の検定制度というものはどういうものであるかということを明確にしておかないと、この表現は、また事実は違ってくると思うのです。すなわち教科書検定制度というのは思想統制をしないものであるかどうか。それから検定制度というのは自由な採択制度を前提としておるのかどうか、これを一緒に含めて意見を述べないと、国定化にいく心配はない、それを非難する者はおかしいという論にはならないので、その解説をしておいて下さい。
○福田政府委員 ここで申し上げております現行の検定制度というのは現在文部大臣のもとにおいて行なわれている検定のやり方を指しているわけでございます。したがいまして現在の検定の中におきましては思想統制というような問題はございません。そういうことはやるべきではないと私は考えております。ただし、採択の場合におきましてはこれは教育上の問題、あるいはまた教育行政上の問題としてある程度はやはり教育の効果を高め、あるいは教育研究に必要な範囲のある程度のいわゆる郡市単位と申しますか、現在行なわれているような郡市単位の採択制度というものは、これは当然にそれを前提として考えたわけでございます。これは現在の検定制度のもとにおきましても実施されている問題でございます。そういうことは必要であろうと考えております。
○山中(吾)委員 それを聞くだけでけっこうです。 次に「かように、教科書の無償給与に伴い採択制度を整備することは、一面定価の合理化という要請によるものでもあるが、同時によい教科書を作るということも忘れてはならない重要な問題である。」この二つ書いておられるわけです。定価の合理化というのが無償制度の一番大きい動機として書かれているのかどうか、よい教科書をつくるということが無償制度をつくる一つの動機になっておるのか、あるいはそうでなくて採択制度の整備というものはほかにもっと教育的意味があるのか、さっき言われたのは教育的な説明をされたが、ここ二つは全然教育的でない方向の説明をされておる、ここはどうです。
○福田政府委員 ここで申し上げておりますのは、教科書無償という問題について現在の採択制度を一応基本に考えまして、現状に合ったような採択制度を整備しよう、こういう趣旨でございますが、これは前々から申し上げておりますように一面、教科書の定価をある程度合理化するという問題と、それからここに書いておりませんけれども、配給の円滑化ということも考えた行政上の問題であろうと思います。 ところで、従来はいわば量の競争ばかりが多かったわけでございますけれども、私どもとしては、検定制度というものをたてまえにとる以上は、教科書の木のできてまいります際に、よい教科書ができてくるということが一番望ましい点でございます。これはもちろん教育上の問題でございますが、そういうことに関連しまして、そういう行政上の問題はあるけれども、同時に教育上から見たよい教科書ができてくるということは、これは当然必要なことだ、こういう趣旨に申し上げたつもりでございます。
○山中(吾)委員 一々問答しません。あとで総くるめで……。 六ページ、「最後に教科書の定価は無償給与制度を、実施するうえに大きなウエイトを占める問題である。」これはどういう意味ですか。
○福田政府委員 教科書の定価の問題は、やはり無償制度を実施するにつきましては国費を使うわけでございますから、したがってこの定価の検討という問題も相当大きな問題だということを申し上げたわけでございます。
○山中(吾)委員 「大きなウエイト」と書いておるものですから、憲法の無償の制度はPTAに負担をかけないという立法精神なので、有償のときには大きなウエイトという論は私はわかる。無償のときに特に大きなウエイトを占めるという局長の思想が不明なのです。それでお聞きしているのです。なお、説明するならしていただいて、なければ次に移ります。
○福田政府委員 これは無償制度を政府として今後遂行するにあたって、やはり定価の問題は、いろいろな問題もございますけれども、かなり大きなウエイトを占めている問題だ、こういう趣旨で申し上げたわけでございます。
○山中(吾)委員 安い教科書をつくらすつもりなんですね、内容はどうでも。いいです。それくらいにしておきます。 次に、高山審議官の「教科書内容の改善と研究の推進」そこに御意見が入っております。七ページの中ごろです。「国定教科書の廃止と教科書観の変革は、教師みずからの手で教科の具体的内容を編成することの必要を感じさせるにいたった。」これは戦後の話。「そのために、文部省は昭和二十二年三月、学習指導要領を発行し、ついで社会科編を発行するなど、教師に教育課程編成の手がかりを与え、同時に国の基準的役割を果たす」、教師に対してこういう実質上の教育課程編成をやらしめるという方針に変わったということをお書きになっておる。間違いございませんか。
○高山説明員 間違いございません。
○山中(吾)委員 それなら、教科書を選ばしめるものは当然先生にやるべきだというような指導だと思いますが、あとでよく聞きます。 それから八ページの上の欄の一番終わり、「文部大臣の検定をへたものを児童生徒のための教科書として、使用義務を課している。」といっておるのは、これは検定を経た教科書を使用する義務があるということなのか。すなわち検定を受けない、以外の教科書は使ってはならぬという義務なのか。教科書をどうしても使わねばならぬという義務なのか。どっちなのです。
○高山説明員 ここでは、書いてありますとおり、簡単な意味で検討を経たものはぜひ使わねばならぬ、そういう意味です。
○山中(吾)委員 局長でも課長でも審議官でもいいのですが、法的根拠はどこにありますか。これを始めますと、これに固着して進まないのだが、一つだけ。
○高山説明員 学校教育法の二十一条にございます。
○山中(吾)委員 それを読んで下さい。
○高山説明員 学校教育法の第二十一条「小学校においては、文部大臣の検定を経た教科用図書又は文部大臣において著作権を有する教科用図書を使用しなければならない。」これでございます。
○山中(吾)委員 これは検定を経た教科書を使用しなければならない、検定以外の教科書を使ってはならないと私は解釈しておるのですが、文部省の統一解釈——これは論議したことございますか。それは第二項に「前項の教科用図書以外の図書その他の教材で、有益適切なものは、これを使用することができる。」わざわざここに第二項があるわけだ。第二十一条の一項では、検定を経た教科書を使わなければならぬ、それ以外のものは使ってはならぬという原則を立てて、ただし現行の教科用図書以外の教材でも、有益適切なものはこれを使用することができる、こういうふうに法文を論理的に読まなければおかしいじゃないですか。また政策的に解釈がだんだんと戦後から十数年たって変わってこられたのではないですか。
○福田政府委員 学校教育法の第二十一条は、ただいま朗読いたしましたように、「検定を経た教科用図書又は文部大臣において著作権を有する教科用図書」を使う、これは文字どおりそうでございます。二項のほうは、これは教科書ではなく、副読本その他の教材で、有益なものは、教育委員会の承認あるいは届け出によってこれが使用できる、こういうことでございます。したがってそれ以外にはございません。
○山中(吾)委員 だから、一つは検定を経た教科書を使わなければならぬという義務、それ以外に、どの先生も教科書を絶対使わなければならぬという規定なのかということを聞いておる。その解釈はばくはしてないのです。
○福田政府委員 二項のほうは、私のほうは教科書とは考えておりません。一項のほうが教科書……。
○山中(吾)委員 法制局おられますか。——わかるように説明してください。
○關政府委員 これは教科用図書、教科書という言葉の概念の問題だと思いますが、二十一条の一項でいっておりまするのは、教科用図書——これを教科書とわれわれ普通社会通念上考えておるものを想定いたしまして、そういうものは検定を経たものを使う。そのほかに、実は同じようなていさいのものであっても、その他適当な図書であって利用することが有益であるなら、それも使えるということが書いてある。それが二項だ、こういうふうに考えております。
○山中(吾)委員 それではぼくの答えにならないのですよ。そういう教科書を使わなければならぬというのは、ほかの教科用図書を使ってはならぬという、そういう義務でしょう。そういう御説明でしょう。
○關政府委員 教科用図書としては使えないということでございます。
○山中(吾)委員 私の聞いておるのは、その教科書を使わなければならぬ、教科書なしの授業をしてはならぬという意味を含んでいるかどうかということです。局長に聞きます。大事なことですからね、あとで論議を発展させます。
○福田政府委員 これは教科用図書につきましては検定を経たものか、文部大臣の著作権を持っている、いわゆる国定教科書しか使えない、使ってはならないということでございますから、その逆に考えますと、これは当然使わなければならぬ。教科用図書についてはそれ以外のものはあり得ない、こういうことでございます。
○山中(吾)委員 そうじゃなくて、指導要領があり、教育課程を編成をして、そして先生の義務というものはその教育課程に応じてすべて教えるという義務が与えられておる。教科書は主たる教材、重要な教材であるが、教材としてそれを活用するかしないかということの自由はあって、教科書を絶対使わなければならぬという義務があるかどうかということを言うているんですよ。検定以外の教科書を使ってはならぬ規定であることはわかっているが、さらにこの規定でその教科書を使って授業しなければならぬという法律的解釈はあるのか。法制局にお聞きします。
○關政府委員 二十一条の一項を見ますと、「小学校においては、文部大臣の検定を経た教科用図書又は文部大臣において著作権を有する教科用図書を使用しなければならない。」これは二つのことが書いてあると考えられます。その教科書が検定を経たもの、あるいは文部大臣において著作権を有するものでなければならぬということ、教科用図書を使わなければならぬということ、二つのことが請いてあるというふうに考えます。
○山中(吾)委員 この論議をするとまた長くなるのですが、その教科用図書の定義によって解釈が分かれるとあなたはおっしゃった。教科用図書、その定義を述べてください。
○關政府委員 教科用図書というのは、定義をすると非常にむずかしいと思いますが、学科を教えますときの基準にして使うテキストだというふうに考えます。
○山中(吾)委員 テキストなら使わなければならぬという解釈は出ないのじゃないですか。教科用図書だから、教科書及びその他何か含んでいるはずです。これはテキストなら使わなくたっていい。法制局の権威解釈になりますか。
○關政府委員 これは教科用図書の定義の問題でさっきも申し上げましたけれども、二十一条の一項でいっているのは教科用図書のことで、そのほか授業にあたって図書も利用できることが二項に書いてあります。これは検定を受けなくても、いいものを使えということでございまして、一項でいっているのは教科用図書を使うという当然の前提のもとに書いてあるというふうに考えます。
○山中(吾)委員 教科書と教科用図書とどう違いますか。
○關政府委員 これもまた定義の問題でありますが、いわゆる教科書と教科用図書というのは多少幅が違うんじゃないかと思います。
○山中(吾)委員 教科書以外のものもそれを使用してはならぬという解釈はどこから出ますか。
○福田政府委員 御承知のように、現在はこの二十一条を受けた教科書の発行に関する臨時措置法というものがあります。これの第二条では「「教科書」とは、小学校、中学校、高等学校及びこれらに準ずる学校において、教科課程の構成に応じて組織排列された教科の主たる教材として、教授の用に供せられる児童又は生徒用図書であって、」こう書いてございます。これが現在の教科書の法律上の定義でございます。そこで実際上の問題として、教科書以外の教科用図書というのは現実にあるのかと申されますが、これは観念上はあると思います。しかし、現在のところ教科書以外の使わなければならない教科用図書というものは私はないと思います。したがって、現実の問題としてはこの臨時措置法の第二条の規定と学校教育法の二十一条の規定とが一致している、こういうような状況になっていると思うのでございます。
○山中(吾)委員 これは法律解釈ですから、事実上一致しておるとか一致しないとか言っても、将来またそうでないものが出るんだから、それはよけいな答弁だと思う。事実上音楽とか図画とかいろいろの教科があるわけです。そういうことを考えて、現実に教科書を使わなければならぬという解釈は私は実際からいってもできないと思う。これは立法者はだれか知りませんが、私、立法当時の趣旨説明の解釈は見ておりませんが、この教科用図書の主たる教材は文部省の認定あるいは文部大臣が著作権を持ったものを使わなければならぬ、したがっていろいろのものを使ってはならぬ、しかし重要でないところの図書その他の教材で有益なものはこれを使用してはならぬといっているのではなくて、それも使用できるということなので、私は絶対使わなければならぬということはここにないと思う。それなら図画とか音楽というものはどうします。あれは教科課程、教科編成を立ててやれば、教科書を用いなくても十分やれるものですから、何らの支障はないし、それのほうがいいといって使わない人もたくさんあると思うのです。だからその解釈まであなた方が下していくかどうかということは、いま思いつきで言われておるのか、省内において統一論議をしておきめになった意見なのか、あるいは常識的にされておるのか、それだけ聞いておきたいと思います。
○福田政府委員 私の申し上げたことは、大体文部省のみんながそういう解釈をしております。
○山中(吾)委員 この問題はあとに残しましょう。 先生が教科書を使わなければならぬときめておいて、そしてどの教科書を選ぶかということの発言権を先生から取ってしまうということは、私はなお矛盾があると思う。これは教育政策上まことに遺憾だと思います。そういう解釈のもとで、どういう教科書を使うかという発言権を法律上先生から取ったということは——事実上は知りませんけれども、方向がそうなっておる。せめて先生からいえば、大臣の検定した教科書を使わなければならぬという解釈ならまだわかるが、それなら教育奴隷じゃないか。そんなことで教育なんてできるものじゃありませんよ。なぜそういう解釈を積み重ねていくのか、私はどうも遺憾なんです。 その次に、八ページの下の欄で、これは高山さんの文章ですが、終わりから三分の一くらいのところ、「検定に際して不適当な原稿を排除する監督行政面の機能を強く発動することが教科書をよくするのに役立つものか、それとも発行者に指導助言を与えて、よりよい教科書発行の育成に努めることが目的にかなうのか、あるいは、監督の面と助言の面を適当に調整することが是なのか、今後の研究課題ではあるまいか。」審査官みずからこれについて非常に悩んでおられる。そこであなた個人は、そういう検定の指導方針をやはり立てる責任のある人なので、こういうことに悩みながらいま指導されておるのか、あるいはやはりこれがいいというお考えをもっておられるか、それだけお聞きしておきます。
○高山説明員 将来、現在のものを土台にしながらよりよい教科書をつくる、あるいはよりよい教科書の検定を行なうということについて目下課題として研究しておる、こういう意味でございます。
○山中(吾)委員 検定については行政面の機能を強く発動するよりもむしろセーブをして、指導助言という形の中でやらなければよい教科書は生まれないという御思想を持っておられるということでよろしいですか。
○高山説明員 けっこうでございます。
○山中(吾)委員 その次に九ページ、上の欄の終わりのほう、「義務教育諸学校の教科用図書の無償措置が実施され、さらに法案が成立して広地域採択が明年度以降行なわれることとなれば、都道府県の選定審議会においても、市町村の教育委員会においても、選定、採択される教科書は、地域にも適合し、内容的にもすぐれたものであることが予想される。」内容的にすぐれたものがこういう広地域採択することによって生まれることを予想されておられるのですが、私は予想されないので、その辺のところを御説明願いたい。
○高山説明員 現在私は審議官として、検定そのものをやっておるわけではございませんが、そのほうの仕事をやっておりまして、やはり十種類の教科書が合格いたしましてもその中におのずから甲乙がございます。それが広地域によって、優秀な現場の先生やあるいは学識経験者あるいはその道の指導行政をやっておる方々によって慎重に審議せられて出てくる教科書は大体優秀であるというふうなことが予想される、こういうきわめて簡単な意味でございます。
○山中(吾)委員 検定制度があるのですから、検定で合格をされた教科書の中でよい教科書が生まれるのには競争がなければだめだということをこの間自民党推薦の安藤教授も力説されておった。自由な競争を押えて、行政的な、上から広地域選定、採択をするところからどうしてよい教科書が生まれます。その辺は何か判断の間違いがあるのではないですか。
○高山説明員 自由競争が必要であるという先生の御意見には同感でございます。ただし、その自由競争というものが今日教科書の編集にのみ専念できる自由競争であるかどうか私疑問に思っております。したがいまして、私がここでいい教科書ができることが予想されるという意味は、あるいは一方的な私の見解かもしれませんが、そのものに注ぐ努力というものが今後は他の面を排除して、もっぱらいい教科書がその面からできることを念願する意味がこもっておるわけでございます。
○山中(吾)委員 そこまではわかった。そこで、そういうことならば不当な競争を阻止する法的規制をされることが非常に大事なんで、行政権力によって上から選定、採択をさせていくことは弊害を残して、ただ上から数種の中から選んでいくということの中にあなたの考えておるよい教科書は逆になってしまうのではないか、規制をするのはこういう規制の方法でないほかの規制があるではないかということを私は考えておるので聞いておるわけです。お聞きだけしておきます。 それからその下の欄の中ごろ。「活字でかかれた文字言語を主とする教科書は厳正な検定、採択をへたものであり、その権威のゆえに、ともすれば教科書の上に安坐して研究を怠り、教科書を教えるのみの安易な学習から抜け出せない教師もあろう。」このとおりだと思う。「厳正な検定、採択をへたものであり、」という採択は、先生みずから選ばれないで他人が選んだそういう教科書であるから、その上に安坐して研究を怠ることになるので、あなたのこの御思想は、採択は先生の自由にするのでなければこの思想は出てこない。高山さんも宮城県の教育長をされた。そして実際のことも知っておられる。そこで検定、採択まで入っておるのですね。こういう思想の中にこの法案ができておるのでは私はどうもうなずけないので、こういう思想は何かミスプリントなのか、あなたのあやまちなのか、このとおりなのか、どちらです。
○高山説明員 私がこういうふうに考えて書いたのでありまして、決してミスプリントではございません。
○山中(吾)委員 それではそれを説明してください。
○高山説明員 私がここで申しますのは、検定の厳格さというものを体験いたしております私が、ラジオ、テレビその他の参考用図書と申しますか、そういうふうなものあるいは教師がかなり多く使っておりますいわゆる赤字本というふうなものがはんらんしておる現況から見まして、先生方によりよく勉強、自主性というものをこいねがう意味でこういうふうに書いたわけです。
○山中(吾)委員 お答えはこの文章の解説ではないのです。「教科書は厳正な検定、採択をへたものであり、その権威のゆえに、ともすれば教科書の上に安坐して研究を怠り、教科書を教えるのみの安易な学習から抜け出せない教師もあろう。」こういう心配がおありになる。私も心配なのです。だから、せめて採択は先生にさせることにして、教科書研究というふうな余地を与えなければ、教科書の上に安坐する先生が出るのではないかということを私は思うのに、検定、採択というものをほかにやらせておいて、こういう御心配をなさるのは、この法案を認めた上の御意見は、事実に合わないのじゃないかということを申し上げておるのです。もう一度聞いておきます。あと二度とは聞きません。
○高山説明員 重ねて申し上げますが、学校の先生がみずから教科書を比較検討をして採択するというふうなことは、高等学校においては実質上は行なわれております。小学校、中学校においては、ある地域においては、先般来お話がございましたように、実質的にはあり得ると思いますが、より大きな目で見ますときに、教科書の比較研究というふうなことが採択の際に行なわれて十分であるというふうな見方は私はいたしておりません。一方、逆に、検定を受け、あるいは地域でもって採択をせられたのだというふうなことに対して、むしろ、先生方はその面からは教育意欲を持たないにしても、みずから教える教育内容についての教科書の研究というものは十分あり得る、こういうふうに考えておりますから、私は今回の法案と矛盾した考えで書いたわけではございません。もちろん、この法案を認めた上で書いた次第でございます。
○山中(吾)委員 まあその辺でいいでしょう。 次のところ、今度は諸沢課長の「教科書の採択の現状と問題点について」一〇ページですね。その中ごろに「教科群を無償給与しようとする画期的な施策であり、それに要する経費はすべて公費をもって賄われるのであるから、その運営は冗費をはぶき、円滑かつ合理的に行なわれるよう配慮しなければならないことは当然である。」こういう前提のもとにずっと文章を書かれておるようであります。そこで、一一ページの最初の上のほうに「学校においてどの教科書を使用するかを具体的に決定することを教科書の採択といっているが、教科書のもつこの重要な役割にかんがみて、採択を慎重かつ適切に行なうことは極めて重要な教育行政事務である。」行政事務という考えをお持ちになっておるのですが、私はどの教科書を選ぶかというのは教育活動の着手だと、この間文部大臣と論議した。あなたはこれを教育行政事務と解釈いたしておるのでありますけれども。おそらくこの法律の立法精神の中にそういう思想がずっと入っていると思う。その点をちょっと説明してください。長くする必要はないです。
○諸沢説明員 その点につきましては、この原秘の一一ページのあとのほうにも書いておきましたけれども、要するに教科書の採択というものはそれぞれの教科書についてその教育的な価値に対する評価であるというものでありますが、同時にそれは、どの教科書を採択するかということは、その地域の教育水準なり、あるいは従来までの採択というものの一般的な考え方からしますならば、父兄の立場であるとか父兄負担の問題であるとか、そういうことも考慮に入れてこれは行なうべきものである、こういうふうに私は考えますので、したがいましてそういうふうな観点で採択を見ますならば、これは単なる教育事務というふうには考えられないと思います。
○山中(吾)委員 父兄の立場その他を考えてやらなければならぬから行政事務であるというお考えでありますね。 その次に、その中ごろに「これにより教育委員会は学校の管理者として公立学校で使用する教科書の採択および教科書以外の教材の届出または承認に関する事務を行ない、」こう書いてあります。このことは教科書に関する教育委員会の任務を書いてある。いわゆる二十三条の教科書その他の教材に関することの前にある——これは法解釈をされておると思うのですが、そういう法律二十三条六号の教科書その他の教材の取り扱いに関することは、すなわちいま言ったように、学校の管理者として学校で使用する教科書の採択、教材の届け出また承認に関する事務である、こう解説されてある。そうすると、事実上採択をするのは学校であるということを前提としての事務である、私はこう読むのですが、いかがですか。
○諸沢説明員 ここは二つのことを書いておるわけでありまして、公立学校で使用する教科書の採択、それから教科書以外の教材の届け出または承認に関すること。後段の教科書以外の届け出または承認に関するということは、同じく地方教育行政の組織及び運営に関する法律の何条でありますかに、教育委員会のなすべき仕事として番いてあるわけでございまして、この二つのことが含まれている。そのほか教科書に関し需要数を報告し云々ということがありますが、教育委員会の教科書その他の教材の取り扱いに関することとして定めてありますこの内容は、具体的にはこういうことであります。
○山中(吾)委員 そのあとに、に関する需要数の報告、教科書展示会の開催、教科書目録の配布、いわゆる教科書に関する事務の事例をずっとあげておられる。そこで、教科書を採択する行為は、学校であることを前提としてではないのですか。
○諸沢説明員 学校で採択するということを前提としておるものではありません。教科書を採択することそれ自体が、教育委員会の仕事であるということであります。
○山中(吾)委員 それでは需要数の報告というのはどうしてやるのですか。教科書に関する需要数の報告をさす、そういうことを書いてありますが、そんなことはわからない。
○諸沢説明員 教科書の需要数の報告とか、あるいは展示会の開催、目録の配布というようなことは、教科書を発行し供給するプロセスの上において必要な事務として、教科書の発行に関する臨時措置法に規定されておるところでありまして、それと都道府県、市町村の教育委員会が、その教科書を採択するということは、私は別に矛盾するものとは考えておりません。
○山中(吾)委員 それだけお聞きしておきます。重複しないようにして、スピードアップしていきます。 そのあと、教科書を採択することは含まれないとする説、これはぼくの説に対するような反論です。「なるほど法文には採択に関することと明文の規定はないが、」と書いている。よく読んでくださいよ。それならば一体だれが採択を行なうというのであろうか。「元来教科書の採択はそれぞれの教科書の教育的価値に対する評価に基づいて行なうべきものであるが、」と、こう書いてある。「同時に地域の教育水準その他の実情および父兄負担等の問題を考慮に入れながら、」そこで教育委員会に採択権があるという、そういうお説なのである。最初の、教科書の教育的価値に対する評価というのは、これは先生がしなければできぬのだ。教育実際家が。しかし、それだけでなくて、父兄の負担等の問題があるので、それで、「教育行政全般の立場に立って行なうべき行政事務である。」こういうふうにお書きになっておる。父兄負担等の問題があるから、やはり行政事務であり、行政機関がやったほうがいいという思想があって、この解釈が出ておると思うのです。これは有償のときの法解釈としては認めます。今度は無償になる。父兄負担は問題がなくなってくるのです。父兄負担をなくしたこの法案の解釈としては、もうこれは変えなければならぬじゃないか。それはどうです。
○諸沢説明員 おっしゃるように父兄負担の問題は、無償の分についてはないかもしれませんけれども、しかしながら市町村の教育委員会、すなわち採択権者が考慮に入れますことは、父兄の負担だけの問題ではなくて、ここにありますように、地域全体の教育の水準なり、特質なり、そういうことを勘案して考慮すべきものでありますから、本質的には、やはり無償であろうと有償であろうと、教育行政事務と関連するものと私は思います。
○山中(吾)委員 父兄負担等の問題をお取りなさい。地域の教育水準その他の実情というのは、これは検定教科書の範囲内でどれを使ったって、その地域の水準の大体のレベルを考えているわけなんです。そのために指導要領があるのじゃないですか。あとは教育実際活動の教師の選択の範囲だということは、常識でだれが見ても言えると思うので、少しこじつけがあるのじゃないかと私は思うのです。 最後に、「校長あるいは教員等教育の当事者に課することはむしろ教育行政上の責任を他に転嫁することとなるのであり、条理上も教育委員会が当然行なうべきものである。」そこで責任を校長に負わすのは不当である、だから教育委員会が持つのだ、こういう思想のようですが、これは重複するから言いません。文部大臣とこの間話をしたから言いません。国が認定した検定の教科書を、どの教科書を使っても責任は生まれない。どんな責任かぼくはわからない。それを大きくクローズアップして、だから教育委員会にということは、どんなことかわからない。そこに、何か政策的な解釈があるのではないか。それはどうです。
○諸沢説明員 地域の実情、教育の水準その他を考慮して、教育委員会がどれか一種を採択するという場合に、責任の問題が起こらないというようなお話でございますが、確かに検定済みの教科書でありますから、その意味では、全部一応の規格基準に達しているわけでありますが、採択というものが、いまの地域全体の事情を考慮して、最も適切なものを採択すべき責務があるわけでありますから、その責務というものは、やはり残るのではないかと思います。
○山中(吾)委員 その教科書でどういうふうに教育するかという、教育活動の中から起こるのじゃないですか。その地域に応じた教え方、その地域に応じた教材の取り扱い方、その地域に応じた取捨選択、そういうところに教師の責任が出るので、どの教科書を使うかということ、文部大臣がよろしいと認めた教科書のどれを使うかということ、それの責任が出るのですか。それがわからない。そういう責任を問うのは酷じゃないか。
○諸沢説明員 検定を経た教科書の中から、最もその地域に適した教科書を採択するという採択権者としての——採択権者といいますか、採択を行なう者としての責務はあるのであります。
○山中(吾)委員 中身のない責任でしょう。先生に重い責任を持たすのは気の毒だから教育委員会が、という文章ですよ。おかしく思わないですか。あとでいいです。 一二ページ下の欄、採択関係者は自発的に、自然発生的に共同選定の方式をとってきた、そのおもなる理由をあげてみられる。(1)はよくわかります。「地域内の教員が、教科書内容、教授方法等の共同研究および研究授業を行なううえに同一教科書を使用することが便宜であること。」だんだん出てきた。しかもこれは、教員が事実上採択していることを前提としての現象であることも、ここに証明されている。(2)は「父兄負担の軽減に資すること。」これは無償になれば、(2)の理由は成り立たない。ここに書くのはよけいである。(3)「児童生徒の知識差の解消に寄与すること。」これは私はわからない。児童生徒の知識差の解消の場合は、行政区域を便宜に一種類採択するのはうそである。都市部と農村部と山岳部、こういうので分けなければ、知識の差はないのだ。町村合併のあとのどこの市町村でも見てみなさい。先ほども私は言ったのですが、岩手県の市と名のついたところには、熊の出るところがたくさんある。香川県と同じような地域を持っている、一つの岩手郡という郡は。そういう中に子供生徒の知識の差というのは、これは行政区域の中に差があるので、これを一つに統一するということがわからないのですね。二、三の理由がわからない。 それからあとのほうも、どうもわからないのですが、たとえば一つの例をいいますと、岩手県に大槌湾という湾がある。そこに数カ町村がある。漁村カリキュラムを先生方が一生懸命つくった。地理的、経済的条件を考えて漁村カリキュラムをつくって、そうして一つの教科書を先生が採択しております。これが一に当たる。地域内の教員がそういう研究をして統一採択をとっているゆえんなんです。それは一つの町の行政区域でないのですよ。数個の町村の、沿岸部の二十何校の先生がいわゆる漁村カリキュラムを決定して、つくるわけです。その中にそういう統一採択が自然発生的にできておるので、そこを理由に法制化するということはおかしい。行政事務を考えるから、こういう間違いを起こすんじゃないかと思うのですが、その点はどうですか。
○諸沢説明員 これらの広地域採択が行なわれるようになった理由については、別に統計をとって厳密に調べたわけではございませんけれども、個々の事例について私どもがいろいろ研究しました結果では、山中先生のおっしゃるようなケースもあるいはあるかもしれませんけれども、要するに相当区域の広い市であるとか、あるいは一郡内の町村であるとか、そういうものが一つの採択地域として共同して同じものをとるということの理由の一つとして、やはりその地域内の子供については同一の教科書を使わせるほうが、いわゆるここでは知識差という表現をいたしましたけれども、そういう点で、ばらばらな教科書を使うよりもいいんだ、こういう声も何度か聞いておりますので、その事実を私は表現したわけです。
○山中(吾)委員 申し上げてだけおきます。一五ページの上の欄の「私立の小、中学校等において使用する教科書も都道府県教育委員会が選定したもののうちから採択することとなる。」この場合にも、私立学校は今度は地方教育委員会で選定した教科書を先ほどの解決の、使用する義務があるかどうか、皆さんの統一解釈はその検定採択をした教科書を使う義務という以外に、教科書を使わなければならぬ義務があるという御回答ですね。それはどうです。含んでおるのかどうか。
○諸沢説明員 それを使わなければならない。
○山中(吾)委員 私立学校の場合に同じくできるという解釈を聞くだけ聞いておきます。一五ページの下の欄の「都道府県の教育委員会はこの目録を都道府県の区域内の学校に配布する。」これは市町村教育委員会を通さないで学校内に配布するという、第六条は、これは学校に採択するということを前提としておるんだというふうにいつも出される。それはどういうふうにそちらは解釈しておりますか。
○諸沢説明員 これは要するに目録の配布という事務の流れを最も端的にとらえて、県の教育委員会が学校に送付するということを言っただけでありまして、それと採択が学校ということとは別だと私は思います。
○山中(吾)委員 採択権は何もないところに目録を送って何になるのですか、もう少し説明してください。
○諸沢説明員 一つには実際の採択にあたって現場のいろいろの意見を聞くということもありますでしょうし、従来の展示会その他の開催からいえば、現在どのような教科書が出ておるかということについて、教員に周知徹底せしめることも必要であろうと思います。そういう意味合いで採択権のあるとかないとかいうことでなしに、実際教師が使う教科書について、それがどういうような状況にあるかということを知らせる必要があると思います。
○山中(吾)委員 これは採択する前にやるんでしょう。採択する前に学校内に配布して、学校からどれを採決したいというために出すのではないですか。これはこの間言いっぱなしにしておきましたが、北岡健二氏が地方課長のときに、北岡健二、斎藤正、木田宏、今村武俊共同で序を書いておる。はしがきを書いているので、その当時の権威解釈だと見ていいわけですが、その一問一答で、職務権限関係を説明している中で、これは速記録は重複しますが、もう一回読んでおきます。教育委員会は教科書を一種類に指定して採択しなければならないかという設問に対して、その必要はない、教科書は学校がその運営に即して使用するものであるから、学校の意向を無視して一種類に限定することは妥当でないであろう。皆さんの解釈がここに出てきておる。斎藤正はいま社会教育局長である。木田氏は総務課長である。この法案の大体中心になったのではないか。今村氏は地方課長。連名で書いているのですが、これはどういうことなんですか。北岡健二氏が地方課長時代……。それはどうです。その後変わったんなら変わったとお答えになればいいのです。
○福田政府委員 それは法律で改正になりましたときに解釈を書いたものだと思いますが、教育委員会が一種にしぼってはいけないというような御趣旨のようでございましたが、教育委員会自体としては採択権を持っておるわけでございますから、したがってその当時としては一つにしぼるということはなかったかもしれません。したがって何かそういう照会に対して答えたとしても、当時としてはこれは適当であったかもしれない。しかしながらこれは教育委員会の採択権自体を否定するものではないと思います。
○山中(吾)委員 古い地方教育委員会注も、本来地行注もこのところの文章は変わっていない。権限、教科書採択に関するとか、大体みな同じで、任命制に移行する場合についてもこの教育委員会の性格は変わらないということは、何回も国会の中の質疑答弁の中に出てきておる。したがって解釈が変わる、解釈の変遷だということだと思う。いまお答えになったとおりですか、もう一度聞いておきます。
○福田政府委員 その当時としては一つにしぼる必要はなかったということだろうと思います。
○山中(吾)委員 望ましくないと書いてある。必要ではなくて、妥当ではないであろうと書いてある。一つにしぼるのは妥当ではない。そのときは福田局長は何課長をしておったか知らないが、これは文部省うそをいう必要はないですよ。その当時はましてそうで、そのことはやはり学校が自由意思で採択するということまで曲げて、法律でひん曲げて、教育行政を曲げていってもいけないということを示しておるのだというのですね。そこで福田局長はそう書いていない。これは福田局長が序文で、「教育関係行政実例集」、これは新しいのですね。今度は「はしがき」は今村武俊が書いておる。こっちの古いのは今村武俊とちゃんと明示をしてある。同じ人間ですよ。地方課がこういう関係の法律解釈の主管課であって、そうしておるのですね。同じ人間である。同じ人間が数年の間に思想変遷があったということになると思うのですね。自民党の影響を受けたのかどっからか知りませんけれども。だから私は問題にしなければならぬと思うのです。その中に、これは福田局長の名誉のために、あなたが序を書いておるのにはそう書いていないことは証明しておきましょう。この中に教科書の採択はだれが行なうかという設問に対して、これはどこかの地方教育委員会からの質問ですね。その質問の中身を半分くらい言いますと、「当地において、教科書の選定については学校長の権限に属し、これを地教委において採択すべきものであるとの解釈によって、地教委と対立し、当該地教委でその取り扱いに苦慮しているものがありますので、県教育委員会では適切な指導助言を行なっておりますが、なお、本条の解釈についての文部省の明確なる御説明をお願いします。」どこかの県の教育委員会でしょう。その回答として、「公立学校で使用される教科書の採択の権限は「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」第二三条第六号の規定により、所管の教育委員会に属するものと解する。」としておる。前の古い法ではそういう解釈はあったかどうか知らないが、一種類をきめることは不適当だ、数種類をきめて、その中の一つは学校に選ばすべきであるという解釈が福田さんの序文に並べてある。これは今度あなたがはしがきを書いておる。それだけを見ておると、やはり数種類を出して、形式上の権限は、これはあなたが言ったとおり、数種類を出して選ばすということが妥当であると考えた時代があった。いまは一種類でなければならぬ。変わったわけですか。
○福田政府委員 私が序文を書きましたのは一番新しい三十八年度のものでございます。御指摘になりました北岡氏の著書はおそらく十年くらい前だと思います。教育委員会自体の権限について別に私は変わっておるとは思っておりません。と申しますのは、教育委員会の採択権自体は同じ考えであると思いますけれども、教育委員会が採択するにあたりまして、学校の実情を十分考えて、一種でなく二種類以上に学校の実態に即したような採択の仕方をする、当時はこういうような意味合いであろうと思います。したがって現在におきましても、もしそういう事態があれば、そういう解釈も差しつかえないと思いますけれども、しかしながら、現在におきましては大体共同採択地区というものが設けられまして、しかも郡市単位に採択が進んでおりますから、十年後の今日においては若干事情が違っておると思います。これは別に解釈を変えたということじゃなくして、実態に基づいた設問に対するお答えであろうと思います。
○山中(吾)委員 そのあとで解説を書いておるのです。あなたの最も新しいものに書いてあるのですよ。「採択権の所在はどこかという法律的議論にかえて、学校になければ委員会にある、またはその逆である等の論議をなし、両者の事実上の協力関係を排除するような説をなすのは的外れの論議である。」と書いてありますね。教育委員会にあれば学校にない、学校になければ教育委員会にあるという論議をなしておるのは、——両者の事実上の協力関係を排除するような説をなすのは的はずれである。これはあなたの一番新しい。いまあなた私に答弁しておるのは、教育委員会にあるのだ、学校にないのだというふうに答えておるのですよ。そういう的はずれの論をする者がある、両者は協力関係にあると説明していますね。どういうことです。うまく説明しなさい。
○福田政府委員 そのことは前々申し上げておるように採択権自体が市町村の教育委員会にある。これは先ほど御指摘になりました地方教育行政の組織及び運営に関する法律の規定によって、市町村教育委員会自体がそれらの列挙事項について管理権を持っておる。その管理権に基づいてそういう採択権が所有されておる、こういうように解釈するわけでございます。しかしながらそのことは何も——これは御理解をいただけないわけでございますが、現場の学校や教師の意見を全然無視してよろしいということではない。事実上現在採択協議会あるいは選定委員会とかいうような各種の名目を設けまして、それぞれの地区の現場の学校の方々が、市町村の教育委員会が採択するにあたってどの教科書がよろしいかということでいろいろ研究し、教育委員会の諮問にこたえる意味におきまして、事実上のそういう選定なり研究を行なって、その結果に基づいて市町村の教育委員会が採択権を行使しておる、こういう実態にございますので、そういう意味において両者は協力関係にある、こう言って差しつかえないと考えております。
○山中(吾)委員 採択権という熟語はどこの法律を見てもないのです。それで採択権という熟語をつくってどっちこっちを論議するからオール・オア・ナッシングになる。そういう論議をするのはいかぬとあなたは書いておる。それと採択に関する事務ということが教育委員会の権限の中に書いてある。だからその次に採択ということは、採択権ということばを使ってくると、それは学校に一つもない。諮問があれば答えるだけだ。教育観の思想から言うのはいかぬとあなたはここに書いておる。採択権は学校にある、教育委員会は何もタッチできぬ、そういう論はいけないと書いておる。採択権ということばを使って教育委員会にあるということは、かつての論議を非難をすることで自分も返り血を受けると同じことにならないですか、あなたの言っておることは。
○福田政府委員 その文章は私が書いたものではございません。しかしながら序文を私は確かに書きました。したがってその内容についても私は同様に感じておりますけれども、決して教育委員会が採択権を持っていない、あるいは教師のみに採択権がある、こういうような解釈は、私どもは現行法規から考えましてどうも理解できない点でございます。
○山中(吾)委員 それじゃ採択権という熟語を使うのをやめなさい。採択権を使えばどうしても論議がとまらない。採択に関する事務は教育委員会にある。しかし、どの教科書を選ぶかということは、やはり先生にもあるのですよ。そこで、すでに一番古い教育委員会法ができたとき、天城認否局長が地方課長をしておるときだったと思うのです。そのときはそんな解釈はしていない。ぼくはこの耳で聞いた。そこで権ということばが出てオール・オア・ナッシングになってしまった。そうして論議をして政治の中にどろまみれに入ってしまった。やはり先生に教科書を選ぶという厳粛なる事実を認めてかからなければ私は教育は進歩しないと思う。この二つのどちらもとにかくあなたの名前が出ておる。そうして教育委員会は変わってもあの条項の文章は変わっていない。権限のところはさわってない。解釈は変わるはずはないのです。指導解釈が変わってきているということは間違いないですね。そこのところになぜそうなければならないかということは、採択権論議の中に私は出ておると言うのです。だからどの教科書を選ぶかという事実行為としての教師が選ぶということを否定して、どんな論議をしても、私は、教員をその辺の蓄音機にしてかってにあてがわれたもので教えろ、子供におもちゃを与えて遊びたければこのおもちゃでやれ、このおもちゃで遊ぶなということで、そんなもので私は教育の熱意は出ないと思う。文部省のどなたが局長になろうが、そのくらいの教育に対する信念は持っていただきたい。そうでないと、この論議は百日論議になると思う。 次に、一八ページの終わりに「採択の期間は大体三年程度となることが予想される。」と書いてありますが、これは大体そういう見通しを行政的に措置をされて、あるいは政令案があっておきめになっているわけですか。
○諸沢説明員 ここで予想されると申しましたのは、政令案を云々というよりは、現実にこれまでの採択の実態を考えてみて、教科書の改定、決定の時期が大体三年に一度程度になっております。したがって採択もそういうふうに物理的になってきておるという実績を踏まえて私はこういうふうに書いたわけであります。
○山中(吾)委員 同じ先生が三カ年同じ教科書を使うという場合に、ほかのと取りかえてもいいという自由を持って三カ年続けて使う場合と、上から三カ年使わなければならぬことになっている場合とは教育効果はどちらが上がりますか。これを三年とすると十年ぐらいになると思うんですが、これは業者に便利なことは明確に間違いない。しかし先生は教科書の上に眠って、高山さんが言うようにほんとうにあぐらをかいてしまいますよ、こういうやり方をすれば。もうあてがわれた教科書を三年使ってみなさい、眠っておったってできるんだ。教材研究をしなくても、順序があるんだ。教案もできておる。居眠りして——教育というのは人間の魂と魂の触れ合いで、前の晩に研究して教壇に立たなければ人格の涵養なんかありっこない。これをいいと思っているのはちょっとお間違いじゃないですか。業者保護にはなっても、これでは教育破壊ですよ。諸沢課長への質問はこの辺にしておきます。 次に「教科書発行の現状と問題点」を書かれた課長補佐の鈴木さん——おられなかったら課長が答えられてけっこうです。二〇ページの上の段に「もちろん資本金が少なく規模の小さい発行者であっても、特色のあるすぐれた教科書が出版されないというわけでない。しかし企業経営自体の立場から見れば、事業の経営を持続し、よりよい教科書を製造、供給していくに足るだけの適正な規模あるいは資本金の額が理論的に存在し得るはずである。」と書いておるんですね。この鈴木さんの、よい教科書というのは規模の小さい発行者であっても特色のあるすぐれた教科書が出版されないというわけではない、こういう認識は教科書の特質をよくつかまておると思うんです。よい教科書というのは大きい規模から生まれるとは私は思っていない。そこで小規模の経営でもよい教科書が生まれるという認識がありとすれば、法律でああいう企業規制をして大きい企業だけを残すという政策は私はあやまちであると思うのですが、その点はいかがですか。本人がいなければだれでもけっこうです。
○諸沢説明員 おっしゃるように企業の規模が小さい場合でありましても、その教科書に対する研究なり経験なりによりまして、内容のすぐれた教科書が出るということは過去の経験に徴してあり得ることでありますが、ここで言っておりまのは、そういう教科書が、一たびつくられたものが実際に採択され、供給されるということがやはり現実に保証されなければ、使用者の側として困るわけであります。そういう発行、製造という見地からすれば、教科書会社について一定の規模を設け、その基準に合致せしめるということがやはり使用する側の保護にもなる、そういう考え方があるのではないかと思います。
○山中(吾)委員 そうすると企業に関するこの法案の規制は、いい教科書をつくるための規制でなくて、大きい業者を保護するための規制である、こう解釈していいわけですね。
○諸沢説明員 私が保護と申しましたのは、業者の保護ではなくて、これを使うほうの側に、いい教科書が発行されたならば、確実に供給されるように措置するというふうに会社の規制をする必要がある、こういう意味であります。
○山中(吾)委員 新学期の四月一日までに間に合わすということのために小さな企業の場合はあぶない、こういう意味で規制しておるわけですか。
○諸沢説明員 一般的に、教科書を発行し、採択を含めて製造供給するという場合に、これまでの例でも、先般も局長からお答え申し上げましたが、採択を行なってみたけれども実際それは部数が少ないとかその他の事情で、会社側から供給をかんべんしてほしいというようなことで採択がえをさせておるというような例があるわけでありますが、そういう実績などから考えてみましても、ある程度企業の規模なり基礎なりがしっかりしておる場合にはそういう事例が少ないわけでありますので、やはり発行供給を確実に保証するような企業のある程度の規制というものが必要である、こういうように考えます。
○山中(吾)委員 これは課長と論議をする問題ではなく、文章から離れてきたわけですから局長からも答弁いただいたらいいと思うのですが、そういうある程度の規制ならば、出版の進捗状況が四月に間に合うように進んでおるかどうかということを視察する限度の報告を求めるか、あるいは調査でいいと思うのですね。そのほかにそれ以上規制する理由はないと思うのですが、その点は局長どう思いますか。
○福田政府委員 この法案におきまして、教科書発行事業に対しまして指定制度を設けておりますのは、やはり一定の資格を持った基礎の確実な会社というものが今後出てくることを希望するわけでございます。しかしこの指定そのものによって何か非常に法律効果が伴うというものではございません。したがって私どもとしてはこの指定制度を行ないまして、そして現在の検定制度のもとでございますから、先ほど御指摘のありましたように、現在の会社におきましても検定制度のもとにおいてよりよい教科書が出てくるということを、そういう意味においての競争なり質の向上ということにつとめていただかなければならぬわけでございます。そういった意味で、やたらに今後いろいろな会社が乱立して業界に混乱を起こすということは、決していい教科書をつくる意味において望ましいことではない、そういうように考えておるわけであります。
○山中(吾)委員 私は大きい企業からはいい教科書が絶対出ないと思うんですよ。昔の教科書の場合は、老博士が著書の名前を書いて、弟子がずらりと分担をしてだんだん教科書になってくる。紙をりっぱにし、そして裏はとにかく助手が書いている。そしてすぐれた日本的な権威があって、年をとって思想的にひからびた人が看板になるというものが非常に多かった。だから教科書だけは小さな会社の中で、そういうはつらつたる若い学者がほんとうに真剣に自分で筆をとる、その中から生まれてくると思うのです。したがって、出版業界に対してすぐ公共的立場で許可制、指定制というようなことをとるということは、私はどこか間違いがあるのじゃないかと思う。きっとまた大企業出版会社のほうから頼まれてこういう法案に反映してきておるのじゃないか。ほかの出版会社と教科書会社というのは違うのです。そこにまた一つのあやまちがあるのじゃないかと私は思うのですが、いま局長はもっともらしく説明されたけれども、教科書出版会社というものはそういうものではないと思うのです。それだけははっきりあなたも研究して、いま一度考え直して下さい。こういう法案なんというのは、政治家が言ったからといってあんまり簡単に軽率にはいはい言うべきものじゃないということですね。腹の中でそう思っておりますか。福田局長は骨があるということを聞いておるけれども、どこまでの骨だかまだ私は見通すことができぬ。——皆さん関連質問ありますか。
○床次委員長 山中君に申し上げますが、できるだけ御意見にわたらずに御質問を願っていただきたいのですが——それでは関連質問の要求がございますから、関連質問を許します。村山喜一君。
○村山委員 私は、この前文部省から金曜日の日に答弁をお聞きすることにいたして、おったのでありますが、こちらのほうが出席をいたしませんでしたので、間接的にお聞きいたしました点から、どうもまだ納得がいかない点がございますから、この際あらためてはっきり確認をいたしたいという意味で質問を申し上げたいと思います。 それは法案の附則の第七項でありますが、文部省設置法の改正によりまして「無償給付及び給与を行なうこと。」ということが、文部省設置法によりまして今度の法律と並行して改正を見るわけであります。ところがこの文部省設置法を見ますと、文部省の権限を明確にするということで、第一条にこの法律の目的が定められておるわけでございます。こういうふうに「無償給付及び給与を行なうこと。」が、これは明確に目的を定めておりまして、こういうようなものは文部省の権限であるということになってまいりますと、当然文部省のそういうような仕事をやっていく場合においては、国の財政の問題と地方公共団体の財政区分の問題を明確にしていかなければなりませんので、地方財政法の改正をこの附則の中においても同時に行なわなければならないかと思うのであります。ところが、地方財政法の改正案は、今度のこの法律の提案の中には入っていないわけであります。この地方財政法の改正案をお出しにならなかった理由をこの際お伺いをしておきたいと思うのです。
○福田政府委員 ちょうど村山委員のおいでにならないときに、一応この前御質問のありましたことについてお答えを申し上げまして、速記録には載っておりますが、重ねて申し上げたいと思います。 附則の七項でございますが、文部省設置法の改正に関連しまして、「義務教育諸学校において使用する教科用図書の購入、無償給付及び給与を行なうこと。」といういわゆる文部省設置法の第五条の権限事項を改正いたしました。これは無償措置に関連いたしまする教科用図書を一括購入するとか、あるいは市町村、いわゆる義務教育学校の設置者に対して購入した教科書を無償で給付する、あるいは文部大臣が直接所管しておりますところの国立学校に対しまして無償給与を行なう、こういう仕事につきましては、これは当然文部省の仕事であります。いわゆる国の仕事でございます。したがって、そういう意味におきまして、これを権限事項として改正の規定を加えるわけでございます。 ところで、地方自治法の改正につきましては、これは御指摘になりましたように改正するのが当然でございます。ところで、従来地方自治法の改正につきましては、この場合だけでなく、一般の扱いといたしましては、これは自治省のほうにおいて改正をするという慣例になっております。と申しますのは、国会におきまして、地方の事務等に関しまする、いわゆる市町村あるいは都道府県の事務等につきましていろいろ必要な改正を行なう事項が毎回たくさんございます。そういった意味で、大体、こういう法律の制定後におきまして自治省において便宜一括をして改正をするというたてまえになっておりますので、今回も村山委員の御指摘のように改正すべきでございますが、そういう従来の扱いにまかせまして自治省のほうにお願いしているわけでございます。
○村山委員 私がお尋ねしているのは地方自治法の改正案の問題じゃないのです。地方財政法の財源の負担区分のところを明確にすべきだということを私は言っておる。だから地方財政法の改正案をこの際お出しになるのが至当ではないか。内容を申し上げます。たとえば地方財政法の第十条には「地方公共団体又は地方公共団体の機関が法令に基いて実施しなければならない事務であって、国と地方公共団体相互の利害に関係がある事務のうち、その円滑な運営を期するためには、なお、国が進んで経費を負担する必要がある左の各号の一に掲げるものについては、国が、その経費の全部又は一部を負担する。」と出ているわけです。その中には現在、この前から説明を聞いておりますが、義務教育関係の給与及び恩給、並びに教材費というようなものは入っております。あるいは学校の建物関係に要する経費も入っております。さらにまた、災害その他がありましたら、それは十条の三において明確に規定づけられているのです。そういうふうに、国の業務に伴う地方公共団体、ともどもに利害が共通する問題についてはそういうような内容区分が明確にされておる。ところが十条の四によりますと、「地方公共団体が負担する義務を負わない経費」というのがこれまた明確にされているわけであります。そこで、この法律の内容から見てまいりまするならば、第三条から第五条にかけまして、国は設置者に無償で給付するということが定めてあるわけでありますから、この法律のとおりに持っていくならば、これは当然都道府県なり市町村がこういうような経費については負担をする必要はないものにかかわるわけであります。だから、第十条の四というものの中に入れなければならないというように考えられるわけですが、その中にも地方財政法の改正は今度出ておりません。したがいまして、十条の中には入っていないし、十条の四の中にも入っていない。そうすれば一体この法律の中では、国が教科用図書の無償給付については責任を持っているのだということが書いてありながら、実際範方財政法の改正を同時にしなければ、将来において地方財政の上においては国が一方的に今度また負担をさせていくのだというかまえ方がこの法案の中にあるのではないか、こういうふうに疑われる眼で見られてもしかたがないのじゃないかということになってまいる。したがいまして、あなた方はこの際こういうような法律をお出しになる以上は、地方財政法の改正案を同時にお出しになって、地方公共団体は財源負担については心配は要らないのだ、このことを明確にしてお出しになるのがたてまえではなかろうか、こういうことでございます。それをお出しにならないのは、第三条という法律は設けてあるけれども、財源負担は将来の問題としては変え得るのだという解釈をお立てになっていらっしゃるのかどうか、その点を明確にしてもらいたい。
○福田政府委員 御指摘になりました点はごもっとものように伺うわけでございます。ところで私この前にも申し上げたのでございますが、この無償措置に関連しまして、いわゆる国の事務、国が行なうべき当然の仕事に関する分、あるいは地方公共団体が行なうべき仕事の範囲というものは、一応この法律のたてまえから考えますと、私どもの解釈では、国が一括購入をいたしまして、市町村に対して無償で給付する、それまでの仕事はこれはなるほど国でございます。給付を受けた市町村が学校の校長、あるいは学校の子供に対して、その給付によって行なわれる教科書を受領し、あるいは教科書を実際に給与するという仕事は、これは当然市町村の仕事であろう、こういうように考えております。したがいまして、この前申し上げましたように、この無償拾遺に関する事務の中には、国の専務と市町村の事務両方存在するということを申し上げたのでございます。 ところでそういう関係に立って考えますと、この事務についてはなるほどそういう負担区分でございますので、国が全部または一部を負担する場合において、この十条の規定の中にいろいろ書いてございますように「義務教育職員の給与及び恩給並びに義務教育の教材に要する経費」、これは負担法に関連するものでございますが、この十条に全部掲げておるかどうかと申しますと必ずしもそうではない、具体的に財源措置をやる場合におきましては、あるいは交付金でやり負担金で行ない、あるいはまた交付税の既存のワクの中にその基礎を算入するというようなやり方をいたしております。したがって、今回の場合は事務費につきましては、都道府県の市町村に必要な経費を標準団体あたり都道府県におきましては約五十二万円、市町村におきましては約五万円の交付税の積算に経費を入れております。 ところで村山委員の御指摘になりましたのは、そのことと将来この無償措置を行なうに必要な経費を国が全額負担するかあるいは地方が半額負担させられるか、こういう問題に関連しての問題でございますが、財政当局には将来においていろいろな意見もあると思いますが、答申では当面国が全額負担をして行なうべきものだというように答申をいただいております。これは単なる事務費の負担の問題というよりも、もう少し次元の高い負担区分の問題であろう、こう考えております。と申しますのは、いままでの義務教育に関する経費の負担の区分の例と申しますか原則と申しますか、そういうやり方を見てみますと、教員給与費につきましては国が半額持ち、都道府県が半額持つ、こういうような原則がございます。また義務教育の施設の経費につきましても二分の一あるいは三分の一を国が持つ、その他は地方団体が持つ、こういうような原則がございます。したがって義務教育に要する経費は、そういう従前の負担区分の原則にならって、教科書の経費についても地方が何がしか持つべきじゃないかというような意見も確かにございます。しかしながら私どもとしては、いま申しましたように、教科書無償給付というものは新しく出てまいりました一つの政策でございます。したがって従来の教員給与や、学校の施設というような例によることなく、新しいものは新しい方式でもって負担をすべきじゃないか、こういうような観点から、全額国庫負担が適当であるというような考え方を持っておるわけでございます。したがって第十条においていろいろ規定するということ自体が、村山委員御心配になっておることとは逆に、将来困る問題が起きやしないかということを考えるわけでございます。そういういわば一つの政策によった次元の高いものでございますから、この点についてはまだ将来の検討の問題ではございますけれども、私どもとしては全額負担の線でいくべきものだというような観点から、その点は特に改正を考えなかったのでございます。
○村山委員 第十条だけではいまあなたがおっしゃるような説が出てくる。しかし第十条の四によれば、地方公共団体が負担をする義務を負わない経費という事項が明確に九項目掲げてある。だからその十項目に、この法律を正しく生かしていくのであるならば、義務教育諸学校に配る教科書に要する経費というものを入れるべきじゃないですか。入れなければ第三条の教科用図書を無償で給付するということが生きてこない。将来においてそういうような心配があればあるほど、その場合にあなた方がやらなければならなかった問題、それをそのまま置いておかれたということは、将来において義務教育諸学校の教科用図書の給付については、当該地方公共団体の負担もあり得るという道を残しておる、こういうふうに見られてもしようがないんじゃないですか。
○福田政府委員 この問題につきましては先ほど申し上げましたように、将来なお検討すべき問題だということは、答申の中にも出ております。しかし検討すべき問題ではございますが、全額負担のほうが望ましいという多数の意見によって答申が行なわれております。したがって私どもとしてはその答申を尊重してまいりますと、全額負担という線を考えざるを得ない。したがって、ここの十条の四には、「もっぱら国の利害に関係のある事務」と書いてありますが、全額負担をすることはありましても、それは国のみの仕事ではなくして、やはり実態は先ほども事務の点で申し上げましたように、国と地方でいろいろ協力して行なうべき性質のものでございますから、地方の利害にも大いに関係のあるものだと考えております。したがって率直に申しますと、そういった点については将来の検討問題でもございますので、財政法の規定に入れる問題は今後の問題だと思います。
○村山委員 今後の問題としてなお残しておるということでございますが、やはりそういうような財政負担が行なわれるのだったら、市町村はそういう義務教育用の教科用図書については無償にしてくれなくてもいい、それよりも建物を二分の一補助ぐらいにしてくれたほうがいいのだという意見が強いのです。ですから第三条の中で、あなたが無償で給与するのだということを高らかにうたっておる以上は、この地方財政法の改正案をこの際やはりお出しにならなければならない事項なんです。それをやられなかったというところには、そういうような将来の問題として地方負担にせしめられていくところの心配が残っているんだということが、法律的にはっきり言えると私は思うのです。そこでもう一点ですが、法案の第六条です。「都道府県の教育委員会は、政令で定めるところにより、教科用図書の無償給付及び給与の実施に関し必要な事務を行なうものとする。」。この都道府県の教育委員会だけ、なぜこういう内容を入れたのですか。市町村の教育委員会は、この前大臣から答弁をお聞きいたしますと、現在、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の二十三条の六号によって「教科書その他の教材の取扱に関すること。」というのがある。だから、市町村の場合にはこれによってやるのだ、ただし、第六条の都道府県の教育委員会の場合はこの法案によってやるのだ、こういうふうに区分けをして説明をされたと思いますが、なぜ都道府県の教育委員会だけそういうような事務があり、市町村の教育委員会はそういうような新たな経費を要するようなものは新たに項を起こされなかったのですか。
○福田政府委員 先ほど申し上げましたように、国が無償措置を行なう場合にあたりましては、市町村のいわゆる設置者に対して無償で給付をいたしまして、給付を受けて市町村の教育委員会が自分の仕事として今度は給与に関する事務をやるわけでございますが、第六条に書きました「政令で定めるところにより、」云々のことでございますが、都道府県は従来こういう仕事をやっておりません。また「政令で定めるところにより、」「必要な事務」と申しますのは、一応予定されておりますのは、市町村教育委員会等からの受領報告書を審査するとか、あるいは受領冊数の集計報告書を作成するとか、それを文部大臣に提出する、あるいは発行者よりの納入の教科書の冊数についての集計を取りまとめるとか、あるいはまた具体的に市町村から教科書を受領したそういう集計について、両方からの数字を照合するとか、こういう仕事でございます。これは都道府県の教育委員会それ自体の仕事ではなくして、無償措置に関連しまして国が都道府県にお願いをする仕事、いわば機関委任事務でございます。したがって、こういう仕事をやってもらうには第六条のような根拠規定が必要だ、こういう趣旨でございます。
○村山委員 だいぶ明確になってまいりましたが、第六条は、そうすると文部省の機関委任事務というものを都道府県に命ずる。それに対しては委託費をお出しになりますか。
○福田政府委員 委託費ではございませんで、三十八年度におきましては、先ほど申し上げましたように、一標準団体当たり約五十二万円程度、交付税の中にその程度のことを積算いたしております。
○村山委員 不交付団体の場合はどうされますか。
○福田政府委員 不交付団体の場合は、これは交付税はまいりませんので、したがって自己財源の中でその点は見てもらう、こういうようなことでございます。
○村山委員 機関委任事務で、交付税というのはあなたは国のお金みたいに考えておるけれども、これは地方公共団体のお金なんですよ。だから、機関委任事務であるなれば、当然交付金という形で国の経費を交付しなければならぬ。委託費、そういうような国費の支出金というものが伴わなければならない。あなたの場合は、交付税でやった、交付税でやったとおっしゃるけれども、その交付金をもらう府県は、それは交付税をもらうことによって、交付税は自分でどうにでも使えるわけですからやれるわけですけれども、不交付団体の場合は、機関委任事務だと言われましても、金は別にないのですから、この委任事務をやっていくところの財源は文部省に請求する権利があると思うのですが、その点はどうですか。
○福田政府委員 厳密に法律的に申しますと、委託費その他で見るべきものであろうと思います。これは御指摘のとおりでございます。ところで、従来機関委任事務をそれでは交付金あるいは負担金で全部見ておったかというと、必ずしもそうではないのであります。現実の財源措置といたしましては、予算上の問題として、自治省、大蔵省と従来相談してやってまいりましたのは、なるほど公立学校の施設設備に関する事務費等は交付金で交付をいたしておるわけであります。ところがそれ以外にも地方交付税でその財源措置をしているものも相当あるのでございます。たとえば産業教育振興に要する経費の補助に関する事務費などは地方交付税でございます。あるいはまた教員免許状の授与に関する事務、これなどはまさに国の事務でございますが、交付税で積算をいたしております。交付税を交付いたしますのは、御指摘のように府県の一般財源を増加してやる、こういう意味でございます。したがって交付税の行きます県はそれだけ一般財源がこういう費目についても行き渡るということでございますが、しかし富裕団体は、御指摘のように一般財源が十分あるから、その中でまかなってもらうというのが従来の財源措置のやり方でございまして、この場合も、三十八年度に関しましては従来の事例を踏襲した、こういうようなことでございます。
○村山委員 いま理振法の問題が言われましたが、理振法はその地方公共団体の中で必要があれば補助申請をするわけでございますから、それの財源裏づけというものは地方公共団体がその自分たちの自主的な権能に基づいてなすべきことで、それから、いま免許状の問題を言われましたが、これまた地方税収の中で、そういうような収入については手数料収入というものがあるのですから、その手数料によってかえってつりが来るくらいに十分な財源措置を講ずることができる。ところがこの場合には、そういうような無償教科書は要りませんということを言えないでしょう。取捨選択の能力がないものに国のほうが一方的に仕事をさせ、自分たちの自主的な判断によってそういうようなことは必要だ、必要でないというふうに断定を下すことができないものを、国のほうから、おまえのところはやれといってくるのだから、当然それに伴うところの経費は持たなければ、いままでのものと比較検討して、いままでもそういうようなことをやっているのだから問題はありませんと言ったって困る。大体、地方財政法の第二条にはこう書いてあるじゃないですか。「地方公共団体に負担を転嫁するような施策を行ってはならない。」。まさしく、不交付団体に対しては、そういうような費用を負担させるような施策の転嫁を行なっているじゃないですか。五十二万円で一年生の場合には足りたかもしれないけれども、この前、静岡の教育長に来てもらっていろいろ聞いてみますと、こんなに膨大な事務を擁し、こんなにたいへんなお金を食うものだとは知らなかった、もうたいへんなことですということを言っております。その点から考えたら、当然あなた方のお金の流し方はおかしいじゃないですか。それについて三十八年度は三十八年度のことだ、こ法律案が通ったらどういうふうにやっていくのだという立場をもっとはっきりしてもらいたい。
○福田政府委員 その点は将来の財源措置の問題でございますので、今後も十分検討してまいりたいと思います。これは文部省だけの問題じゃなく、自治省あるいは大蔵省とも関連のある問題でございますから、村山委員の御指摘になりましたような趣旨も私どもには十分了解ができるわけでありますから、十分検討さしていただきたいと思います。
○村山委員 大臣、いま初中局長が述べたそのことにつきましてはどうですか。
○荒木国務大臣 いま政府委員から申し上げたとおりに私も考えます。
○村山委員 それで了承いたしますが、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の二十三条は、これは市町村の教育委員会のことばかりうたっている法律ではないでしょう。府県の教育委員会のいわゆる管理及び執行する権限がうたってあるわけでしょう。その点はどうですか。
○福田政府委員 御指摘のとおりでございます。
○村山委員 だから、この第六条に「都道府県の教育委員会は、政令で定めるところにより、」……そうすると市町村の教育委員会は「教科書その他の教材の取扱に関すること。」というこの条項だけで仕事がやっていけるのですか。文部大臣はこの前二十三条の六項によってやっていけるとおっしゃった。ところがいままでは無償給付という措置はなかった。新たにそういうような事務的な経費がかかってくる、その場合に市町村が固有の事務として無償教科書を、設置者である立場から当該児童にこれを給与しなければならないということは、法律の中でうたわれる以上は、それに対するところの事務的な経費というものは当然必要になってくる。従来この法律にありますから、これによって処理してくださいということでは済まされない。だからこの点はやはり明確にしておかないと、財源負担の上において将来問題が出てまいりますから、これを明らかにしておいてもらいたいと思います。
○福田政府委員 御指摘になりました点はごもっともでございまして、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の二十三条にも書いてございますけれども、具体的な問題といたしましては、たとえば教科書の受領に関する事務だとかあるいは子供に給与するに必要な事務だとか、あるいはその際に給与名簿を作成するとか、児童数の報告というような事柄につきましては、第九条に「この章に規定するもののほか、教科用図書の無償給付及び給与に関し必要な事項は、政令で定める。」こう書いてございますけれども、それらのいわゆる市町村が実施機関としての仕事は、この政令の中で規定するつもりでございます。
○村山委員 そういたしますと、この第六条の中になぜ入れなかったのですか。都道府県の教育委員会のそういうような責任だけをうたって、市町村の教育委員会がそういうような台帳をつくったりあるいは名簿を出したり、数を出したり、報告書を出したり、そういうようなものは当然この中に入るべきじゃないですか。これが機関委任事務だったら、第九条は機関委任事務にならないのですか。
○福田政府委員 機関委任事務に関する立法技術としては、六条に一緒に書いてもいいと思います。しかしながらここでは、機関委任事務以外の事務も市町村においてはあるわけであります。先ほど申しました教科書を受領いたしましてから実際に給与する事務というのは、当然市町村の事務として考えられるものでございます。そういうものをひっくるめて、九条の根拠に基づいた政令で規定するつもりでございます。したがってここでは分けたわけでございます。
○村山委員 給与する事務というのは、やりさえすればいいんでしょう。書を市町村の教育委員会が受け取って、各学校ごとに配分をして、さあ取りにいらっしゃい、学校がまとめて取りに来て、それを配る、これはただそういうような労務作業が伴うだけです。それよりも大事なのは、どの教科書をどういうふうにして、何の何がしにどういうふうにしてやりました、その給与台帳をつくって、そうして今度は、転校の場合には、その台帳の名において証明書を書いてやる、あるいは学校から市町村の教育委員会に報告書を出す、そうして報告書を今度は市町村の教育委員会は県のほうに出す、こういうような事務的なものは、これは給与の事務じゃないでしょう。給付に関する事務でしょう。そういうような手続をとらない限り、仕事がやっていけないじゃないですか。
○福田政府委員 ただいまお述べになりました中で、たとえば国からの教科書の給付を受けて、それから給与するという事務につきましては、御指摘になりましたように、今度は受領者名簿をつくったりあるいは子供にそれを具体的に給与する、それからまた各管内の学校において、その需給なりいろいろ間違いないかというような点を確認したり、照合したりする、そのこと自体はこれは市町村の給与に関する事務の範囲であると思います。したがってそういう給与に関係した仕事がかなりあるわけでございます。
○村山委員 市町村の教育委員会は給付に関する事務は全然ノータッチですか。
○福田政府委員 子供に給与をいたしまして、それについての受領報告等に関しましては、これは当然国が給与をしました数、受領者数と申しておりますが、そういうものを全国的に集計いたしまして調査する権限がございます。したがってそういう取りまとめなどの調査報告については、これは国の機関委任事務だ、こういうように考えております。
○村山委員 そういうような給付の手続上、当然報告書を上げなければ、あなた方が教科書会社と契約を結ばれて支払いをする場合には、確認する材料がないわけです。そういうようなものは当然政令によって規制をしておかないと、この中においてそういうようなものを出しなさい、出さなければ処罰するとかなんとか、手続の問題とか、いろいろ各府県の教育委員会を政令で規制するだけじゃだめです。これは何によってやられるのですか。出さない場合は措置要求ですか。
○福田政府委員 別に罰則はございませんが、当然、まあ報告を求める権限としては、地方教育行政の組織及び運営に関する法律のほうで、措置要求も最終的にはできると思いますが、そういうことが実際上にはなくして、私どもは市町村から具体的な報告書が都道府県の教育委員会を経由して出てくることを期待しております。具体的に申しますと、それは御指摘のようなことだと考えております。
○村山委員 その権限事項は、私は聞いているのではないのです。ほんとうは学校の業務——学校には事務職員が完全に配置されておりません。実際配置されなければならないにもかかわらず、学校にはそういうような職員がいないところが大部分です。そういうような仕事はやはり教諭がしなければならない。学校長が責任を持ってやらなければならない。それだけ事務量がふえる。市町村の教育委員会でもしかりであります。そういうようなことをするために、五万円やそこらのお金をもらっておったって、実際仕事はやっていけない。そういうような場合に、当然経費の支出区分を明確にしておかないと、第九条によってこれに漏れているものは云々ということを言われるのだけれども、無償給付及び給与に関する必要な事務を行なうものは、これは都道府県の教育委員会ばかりではない、市町村の教育委員会でもそうなんですから、この第六条の中に「都道府県及び市町村の教育委員会は」というのを入れるべきじゃないですか。そうしないと、おかしいことになりますよ。そしてそれは自治体固有の事務などといって、そのまま放置しておったら、これはそういうような交付税の算定で、費用として五万円というのを算定をしたこと自体もおかしいことになる。法制局どうですか。
○關政府委員 仰せの点はごもっともだと思いますが、六条を特に書きました主たる理由は、五条でもって教科書の給与を実際やるのは設置者ということがはっきりしているわけです。それに伴って都道府県の教育委員会は中継ぎみたいなかっこうで、いろいろな事務が出てくるであろう。それははっきりと教育委員会の事務に関しては何もやらないでいいのだ、ここに書いてあるような採択の問題とか、そういうようなことだけやればいいのだという誤解を生ずるおそれもあるので、六条では無償給付及び給与の実施に関しても都道府県の教育委員会は何かやることができるのだ、それについては政令で定めるのだということを明らかにした規定でございます。
○村山委員 そういたしますと、局にお尋ねしますが、第九条によるところの政令ですね、この市町村がやる無償給与事務、この中には、機械委任事務が入るか入らないかということを明確にしてもらいたい。
○關政府委員 九条に書いてあります給与そのものには入っておらないと思います。
○村山委員 給付には入りますね。
○關政府委員 給付には入ります。
○村山委員 そこで機関委任事務とそれからそれ以外の給与に伴う事務との間においては区分をされたわけでありますが、そこで給与に伴う事務であっても、地方財政法の第十三条、これは「法律又は政令に基づいてあらたな事務を行う義務を負う場合においては、国は、そのために要する財源について必要な措置を講じなければならない。」これは適用されますね。
○福田政府委員 入ると思います。
○村山委員 そういたしますと、第二項によるところの意見書を提出してきた場合には、当然そういうような措置要求というものがされますね。
○福田政府委員 法律の明文どおりだと思います。
○村山委員 私は、ここで文部省にお尋ねをしておきたいのは、ことしの予算の中において来年度実施される一年生から三年生までの教科書の給与にかかわる二十七億一千二十七万三千円という経費が予算で決定を見ましたね。この中で今度はどういうふうに配分をされますか。この前は一年生の分だけでしたから、先ほど聞きましたように五十二万と五万というものを交付税の中で見たわけです。今度の場合はどういうふうに算定をされるわけですか。そしてどういうふうにして配分をされますか。
○福田政府委員 三十八年度予算におきまして二十七億何がしと計上いたしましたその国の予算に対応するものとして、先ほど申し上げましたように、都道府県五十二万、市町村五万円というような交付税で積算をいたしております。
○村山委員 三十八年度分は幾らですか。ことしやったのは……。それが五十二万と五万円というふうに私たち聞いておるのですが、違うのですか。
○福田政府委員 五十二万と五万は、二十七億に対応する三年生までの分として計上しております。ことしの分については特にいたしません。
○村山委員 全然されなかったのですか、それは間違いありませんか。
○福田政府委員 そのとおりでございます。
○村山委員 この問題は、五十二万とか五万とかいう経費を私は交付税の中で算定するということ自体が先ほどの答弁と矛盾をする点が確かにある、だからさっき言われたように今後の問題として検討をするということでございますので、地方財政法の問題とよく関係づけながら研究をされるように要請を申し上げておきたい。いままでの答弁を聞いておりますと、どうも十分でないような印象を受けます。特に今後これがだんだんに全面的に実施されるようになってまいりますと、必ずこの問題については大きな問題が出てまいります。したがって地方財政法の第二条の精神に基づいて、国の施策によって地方公共団体に負担を転嫁してはならない、この趣旨だけは十分考えていただきまするように、この際大臣にも要望を申し述べておきたいと思います。
○山中(吾)委員 それでは、ぼちぼちこの法案の欠点の核心に触れて質問をいたしたいと思うのです。 第一点はどうしてもこの法案の致命的な欠点は、無償供与の完全実施についての保障が、この法案のどこの文章を見ても出てこない。それでこの義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律案、看板だけは無償措置に関する法律案となっておりますけれども、中身を見るとどこにも保障がない。その点が明確にならないと、この法案に対してこれ以上審議を進めるわけにいかないので、大臣から責任のある御答弁をいただきたいと思います。
○荒木国務大臣 完成年次を明確に書いていないというところだけをとらえてみました場合、山中さん御指摘のような疑問があり、保障がないというふうなことは一応言えると思います。ただこの問題の経過については万々御案内のとおり、過去において二回ほど同じような試みがなされましたけれども、そのときは臨時立法でもございましたし、一つの試みとしてという前置きが法律そのものにも明記されておったというふうなことからも端を発しまして、途中で消えてなくなるという運命をたどったことだろうと思います。そこでそういうことがないようにということに主眼点を置きまして、本法律案は前の第四十国会で成立しました義務教育諸学校の教科用図書の無償に関する法律というものを提案し御決定をいただいたような次第でございます。この第四十国会において成立しましたいま申し上げた法律そのものが、に申し上げましたような趣旨を体して提案をせられ、国会の論議を通じましても政府側からは終始そのことを申し続け、御理解もいただいておろうかと思う次第でございまして、この法律を受けまして今度はこれを実施するために必要な具体的な立法措置を講ずべき事項につきましては法律案として、恒久法として御提案申し上げておるような次第であります。同時に義務教育諸学校の全児童生徒に対して教科書を無償とする趣旨がこの法案におきましても明確にされておることは御承知のとおりであります。ただこの実施の範囲を政令で定めることとしていることが冒頭に申し上げたことに関連があるのでございまして、方向としては、基本線は確固不動のものでございますけれども、この前の委員会でもお答え申し上げましたとおり、願わくば一挙動で小学校から中学まで完全に実施できるということを気持ちとしては期待してスタートしましたが、現実問題としてはその年々の財政規模等に制約を受けましたために、数年間を期して完成するということにならざるを得なかったのは遺憾には存じますけれども、繰り返し申し上げるようでありますが、完全に実施すべきコースをたどりつつ、たくましく前進しておる、そのための法律であるということにはいささかの変動はないものと存ずるのでございます。
○山中(吾)委員 この法案の附則の第四項がいま大臣も触れられた規定の答えの内容でありますが、その間に「当分の間、」ということばがあります。これは戦後各法律にやたらに当分の間というものが乱用されまして、その当分の間がとれないで二十年も続き、今後いつとるかわからない法律がたくさんあります。たとえば学校教育法における養護教諭の設置義務は「当分の間、」のまま依然として残って、いつお削りになるかわれわれの質問に対してお答えになったことがない。そういう点からいって、この法文上の「当分の間、」というのは、現行法の文章は、むしろ恒久的な意味を持っている。そういうときに使う慣用語になっておると思うのですが、この点について、私はまずこの法案に保障がないという理由の第一なんです。この点について再度御答弁願いたいと思います。
○荒木国務大臣 ただいま御指摘になりました附則第四項の「当分の間、」は、この法案そのものがはっきり物語っていると考えられますが、第五条の規定によって教科用図書の給与を受ける児童生徒の範囲、その範囲だけが、当分の間同条の規定にかかわらず政令で定めるということは、逆に申せば、第五条それ自体の本則は、本来当分の間などということを予定しない本則をうたっておるものと存じます。ただ、先刻もお答え申し上げましたように、現実問題としては、年次を追って、政治的発言ではございますけれども、池田総理が本会議で御答弁申し上げたとおり、第一年度から五年度以内にはこれを完全に実施するという考え方のもとに、第二歩目を踏みだしたのが小学校三年までというわけでございますが、完成しておりませんので、年次を追って適用せざるを得ない第五条との関係になってまいりますので、その意味においてのみ「当分の間、」政令でその対象範囲をきめる。すなわち小学校三年までとする、それが「当分の間、」でございまして、それは当然総理の発表しました所見を基礎に申し上げれば、その次の年には政令がさらに改正されまして、「当分の間、」五年生までということになり、その次は六年生と中学の一生となり、そして最後の第五年目に中学二、三年までとなり、そこで完了するということで、第五条本文の趣旨が初めて完成する、それまでの「当分の間、」であると御承知をいただきたいと思います。
○山中(吾)委員 法制局の方にお聞きしますが、この法案にも参画をされたと思うのですが、その他「当分の間」のある法案は、あなたたくさん関係しておつくりになっておる。「当分の間」いうのは、法制局では何年までが当分の間というのですか、それをひとつここで権威解釈してください。
○關政府委員 「当分の間」と申しますのは、非常に具体的に申しますのはむずかしいことばでございますが、事の性質にもよりますが、非常に長く十数年を経過し、何度も何度も国会の審議を受ける機会がありながら「当分の間」で過ぎ去るというような趣旨で本来ないことは確かでございます。法制局で審議いたしますときは、「当分の間」というのは、近き将来においてこれを実施せられるというつもりで書いてございます。
○山中(吾)委員 何年くらいですか。
○關政府委員 何年ということは、ちょっと一律には申し上げかねるのでございます。
○山中(吾)委員 たとえば十年はどうですか。
○關政府委員 事の性質にもよりますが、普通には考えられておらないようでございます。
○山中(吾)委員 こういうふうに法制局もあいまいな答弁をしなければならぬ法律用語であって、現実にたとえば養護教諭の義務設置を「当分の間、」といって何年も残している。あと何年と答えたことはない。だからこういう、ことに政治的にむずかしい無償法案ですから、この「当分の間、」というのは文部大臣が池田総理大臣の言質を引例しながら説明されてもわれわれはなかなかそれを信用するわけにいかない。そこで少なくとも三年計画のものは五、六年になる可能性は十分ある今度のあり方だ。そこで私は、前に負担区分について明確にできておるが、あそこでどこかにいくのではないか、天野文部大臣のあの一年の無償も行方不明になった。事実として、殷鑑遠からずで、この問題をほんとうに責任を持って何らかの文書でも残さないと、この法案の「当分の間、」というものは信用ができない。それと、ことになぜ「当分の間、」というのを問題にするかというと、その次の文章が、「児童及び生徒の範囲」になっているからである、教科書の範囲ならわかるのです。教科書の範囲ならば一年から中学校の三年まで、数学と英語なんというならば七、八年になっても法のもとに平等という理念は通る。児童生徒というのは、何年まで政令で定めるか。政令というのはわれわれ国会の支配の外である。何年までを政令で当分の間定めるというのであるから、三年までにしようが、五年までにしようが、六年でしばらく停止しようが、当分の間停止して中学三年はずっとあとにしようが、われわれはこの法律が通ったら文句は言えない。国会は、けしからぬとは言えないでしょう。そこで、この法律の、当分の間、第五条の規定により教科用図書の範囲は、同条の規定にかかわらず、政令で定めるというのでしたら、ある程度延びても、義務教育を受けた子供の不平等は出ないと私は思う。この児童生徒ということと、当分の間、しかも政令、三つのこのことばの中に、どうも国会の責任のある審議をする立場からいったならば、最も危険な法案で、われわれはこの法律文書の中に、用心に用心を重ねてここで審議をしなければならぬ問題がある。そこのところを、だいじょうぶということをわれわれに心理的に、もうこれなら荒木大臣もうそを言わないという感じを与える、もう一度明確に責任のある答弁をしておいていただきたいと思うのです。
○荒木国務大臣 純粋の概念上の法律論だけから申せば、御指摘の点はごもっともだと思います。それはもう初めから降伏しておる点でございまして、すなわち一挙に中学三年までの義務教育と名づける児童生徒にすべて予算措置を講じてぴっしゃりとやるということと相照応した法律案であることを本来は期待さるべきものと思います。そういうことでスタートはいたしましたが、これは努力が足りない点もございますけれども、財政上の都合もありましたために、小学校一年からスタートし、二、三年が追加されるという段階を経て前進しつつあるわけでございます。したがって、この法文の文章だけから御指摘になれば、繰り返し申し上げますが、御批判でもございますまいけれども、御指摘の意味合いはわかります。それを保障します方法は、形の上では、法文そのものでは、事実上困難でございます。そこで、いやしくも国会で御選任いただいた池田内閣総理大臣が本会議においてお答えをしましたことは、政治的発言ではございましょうとも、いまとしてなし得る最大限度の責任ある政府側の態度を表明したものとむろん御理解いただいておることと存じます。ですから、先ほど申し上げましたような順序を経まして、それを第五条の本来の趣旨になるべくすみやかに近づける努力をすることは、この法案そのものの物語る趣旨からいいましても当然の政治的責任であり、かつまた行政的にも努力すべき課題であることは言うをまたないと存ずるのであります。 また、現実の問題として、これが教科書の種類として一部からスタートするならばわかるがというお話ですが、それもわからないじゃございませんですけれども、現実の行政的立場ないしは政治的な判断等から言わしていただけば、この法律案が、先刻触れました、四十国会で制定された、基本となるべき、あの、簡単ではございますが、たくましくその趣旨を宣明しました法律をスタートせしめますときからの考えでございますけれども、御指摘のような教科書ごとに部分的にスタートするということは、それこそが、御質問の中にも想像しておられますように、当分の間が長引く可能性こそあれ、この案よりも短まるという期待は持てない考え方であろう。理論そのものでなしに、これは現実問題でございます。やはり年次計画的に、学年進行的になっておりますけれども、教科書と名づけるものは、すべてそれをまず第一学年から、次は二学年、三学年、さらに四学年、五学年というがごとく前進していくものの考え方で法案を準備したほうが、「当分の間」が最短距離で到達できるであろうという現実の期待を私どもは込めておるつもりでございます。
○山中(吾)委員 大臣のその気持ちだけはわかります。しかし現実の政治においては、池田内閣がいつまで続くかわからないし、教科書無償というものは、政策的にはもっとあとでいいんだという世論も相当あるのです。学校給食が先だ。ゆえにこそこの法文の「当分の間、」については念には念を入れる、あるいは政治責任をうんと持たないと、これは数年の間にどうなるかわからぬということがなお考えられるために念に念を押しているわけだ。——あなたは法制局の第四部長さんですか。文教関係担当者ですか。——法律解釈だけお聞きしておきます。この第四の附則の中で、もし小学校で一応とどめて、あと数年停止をして中学校に及ぼすという場合には、この法律解釈は違反になるかならないか、どうなりますか。
○關政府委員 いまのお尋ねの場合は、まず小学校一年に無償給付を実施して、それからそのまま数年経過して……。
○山中(吾)委員 小学校を全体やったあと、しばらく休憩して、中学校にまた及ぼす……。
○關政府委員 休憩するというのは、その間一切無償給付を行なわないで……。
○山中(吾)委員 小学校だけはやる。
○關政府委員 小学校だけをやるならば、理念上は違反にはならないと思います。
○山中(吾)委員 だから心配する。そこで少し極端な考えだが、念に念を入れて法制局第四部長に聞いておきますが、児童生徒の範囲と書いておる。極端な例からいったならば、男子の生徒児童だけ適用するということも可能になってくると思う。女子は別だ。あるいは男子だけ使う教科書、女子だけ使う教科書もあるわけですから、それはいろいろのことがあって——とにかくそこのところはどうです。これは憲法の十四条ですか。
○關政府委員 これは附則の四項が設けられております趣旨からいって、男と女を区別する合理的な理由がないと思います。したがって、趣旨からいっておそらく四項の違反ではないかと思います。
○山中(吾)委員 憲法十四条の「すべて國民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社會的身分又は門地により、政治的、経済的又は社會的關係において、差別されない。」というその性別に入るのでしょうね。 そこで、今度のこの無償のやり方は、憲法二十六条のなんですから、いま大臣が言ったようなことは、財政的にプログラム的に実施をすることは憲法上当然の規定だ。それはわかるのです。そのときに、義務教育の生徒児童という同じ身分を有する児童生徒が、現在の子供のうち、小学校の三年まで在学中の者は無償で教科書をもらい、憲法の無償の法則の適用を受ける。四年以上は永久に有償で、憲法二十六条の無償の適用を受けないで卒業すれば、永久にその人は無償教科書がもらえない。これでは憲法上不当であるとかいう程度の何か批判は出るのじゃないですか。それはどうですか。
○關政府委員 憲法の義務教育の無償ということの内容は、いろいろ議論がございますが、まあまあ一般に行なわれておる説では、授業料のごときものを取らないということが最低の基準である、それからその無償の内容というものは国の財政とかあるいは一般的な生活の水準とかにかんがみまして徐々に拡充されていくようにすべきものだというのが、普通行なわれておる説だと思います。いま先生のおっしゃいました点は、国の財政が三年生までは無償でやるというところまでいったならば三年まで無償にする、それ以上のものはそこまで手が回らないために無償にならなかったというのは、格別憲法に違反するとかあるいは非常に不当な取り扱いであるということはないと思います。
○山中(吾)委員 もちろん無償という範囲は、憲法に具体的にきめていない。憲法を受けて、教育基本法には、授業料無償という具体的規定があるので、現行法では憲法の無償の範囲は授業料まで具体化しておる、これは言えるわけです。との法案によって教科書まで無償という制度、いわゆる憲法の無償の範囲が教科書まで拡大をするという法律のわけです。だから、その法律のつくり方の中に、小学校三年までを無償にして、ほかの子供たちは永久にお金を払って教科書を買わなければならぬという、そういう政策の立て方が、憲法のたてまえからいって——プログラム的に発展せしめるのはよいけれども、それならば上級生からやったらどうかという気がするのですが、この法案の実施方法では、憲法の精神から言ったら、まずいのじゃないですか。こういうことを聞くのはよけいかな。——参考に答えてみてください。
○關政府委員 格別非常に悪い、非常に他の方法より劣っておるというふうには思いません。いま先生のおっしゃいました一番おかしい例を申しますと、いま小学校の一年から三年までに在学している者だけについて、その者が四年、五年と義務教育が終わるまではただ、あとの者はやらぬ、無償にしないというようなことを法律で定めたとすれば、非常におかしいと思います。しかし、一年から三年までに在学する者は、どこでもそこを通過する者は全部その間は無償であるという制度は、格別おかしいとは思いません。
○山中(吾)委員 まあその程度でいいでしょう。ただ、そういう問題が論議をすれば出てくるということを、法制局がたまに来て聞いておいてもらいたいと思うのです。なぜかというのは、「当分の間」で保障がないから、僕は問題にするのです。そう言っても、十年、二十年これをそのまま実施しなければ、これは憲法上の問題と同じことになる。同じ事項でもやはり三年までで停止したまま、財政上の問題で十年その差別のままで、これはできるのです。当分の間ですから。論議を、虫めがねでなく、望遠鏡でやっているわけです。そこで、この点については、私は依然として、この法律の規定においてはまことに不備であるということを特に私の私見を申し上げて、次に移りたいと思うのです。 次に、先に核心に触れましょうか。こういう規定があるにもかかわらず、第三章採択、第四章発行、第五章罰則という実に綿密な、緻密な規定がございます。ところがこの規定というのは、皆さんの局長、課長、審議官、課長補佐、全部の論文の中に、無償を実施することを前提としての制度であるということを、あらゆる文章に書いてある。無償制度を実施する、それを円滑にするためのこの法案やいろいろなものをつくった、そしてその内容は、発行についてはそのために広域対策をやらなければならぬ、業者に対して指定制をとらなければならぬといってこの法律ができておるわけでしょう。そうしてくると、無償の教科書の給与を受ける児童、生徒の範囲、無償の教科書を発行する会社に対してのみ適用する法律でないとおかしいのではないですか。ところが四年以上の有償で教科書を配給されておる児童生徒、有償の教科書を発行しておる出版会社にまでも適用するという法律にしてある。これは一体何が目的なのか。無償が目的なのか、官僚統制が目的なのかということになってきて、そこでこの法律が私らにとってはわけのわからない、まことにずるい、われわれはこの審議を続行してよいかどうかというほどに私に矛盾を感じさせる。それは文部大臣はどうお考えになりますか。
○荒木国務大臣 どっちかとおっしゃれば、無償に関する事柄として、教科書会社のあり方、あるいは選定、採択など、そういうものがあわせて実施されなければならない、かように考えます。しかし同時に考えねばならない点は、教科書が有償であろうと無償であろうと、教科書会社の国民、児童、生徒に対する関係におきます公益性というものは、ほとんど同等の重大性があると思うのであります。かつまた、すでに何度も話が出ておりますように、今日までの具体的な現実の歩みが市郡単位程度の広域採択が大半であるという実情、そのことそれ自体に議論はよしんばあるといたしましても、その実情に応じて採択というものが行なわれる。また地域ごとの特色が生かされながら教科書というものが選ばれるというその必要性も、有償であろうと無償であろうと同じ必要性を持っておると思います。ただ教科書無償措置が講ぜられるにしたがいまして、特にその必要度が感じられるということはございましょうが、だからといって有償のものには必要でないという考え方ではない。やはり本来教科書である以上は、主たる教材は必ず使うであろうところのその教科書が、よきものが提供されるということのために必要な制度であります限り、有償、無償を問わず必要なこと、そのチャンスが無償措置を講ずるときにより一そう感じられますから、この際そのことを教科書無償措置に関連するものとして取り上げる、そういう考え方でございます。
○山中(吾)委員 これは完全に便乗法案になると思うのです。この法案の第九条まででたくさんなんです。「この章に規定するもののほか、教科用図書の無償給付及び給与に関し必要な事項は、政令で定める。」とお書きになっておる。そうして教科書発行に関する臨時措置法も厳としてある。それで小学校の一年の無償給与は現実にこの四月にちゃんと円滑に行なわれておる。にもかかわらず文部省の責任者が文章をお出しになるとみな大体同じようなことを書いております。教科書無償を実施するに際して価格の安定その他何だかんだと書いておるのでしょう。だから文部大臣のお話ならば、法案を二つにして出すべきである。無償給与に関する法案をお出しになる。そして他の法案は、現在の教科書発行に関する臨時措置法を廃止をして、教科書採択、発行に関する措置法としてお出しになればよいではありませんか。現行の臨時措置法をそのまま置いておいて、そうして三章以下をずっと並べておるから理屈に会わぬと思う。無償給与に関する法案と、これと一体的な方向性でお出しになって、御説明は、別に必ずしも一体でないのだという御説明だと思うのですが、その点は矛盾を感じられないのですか。
○荒木国務大臣 お説のような考え方もあろうかとは思います。さりとて矛盾を感じるというほどの問題ではないと存じます。お話のように矛盾を感じねばならないほどの無理をした法案というお説のようでございますけれども、そうは感じません。率直に申し上げます。先刻も申し上げましたように、これは立法技術上、山中さんのお説のような扱い方もございましょう。それが絶対にあってはいけないと考えておるわけじゃむろんございません。さりとて全然別個に考えねばならない課題かといえば、そういうものでもないと思います。先刻触れましたように、有償であろうと無償であろうと、考えねばならない課題であったのだが、無償を考えるときに特にその必要性が痛感される、そう考えて一体をなした立法技術のやり方に従ったのであります。 一年生を実施するときには、そのことを考えなかったのじゃないかという御指摘ですが、まさにそのとおりでございます。ですけれども、これは現実問題でお答えせざるを得ないことは遺憾でございますが、第四十国会で決定していただきました、あの法律の目ざすところの基本線をまず確立するということに急にならざるを得ませんでした事情、また予算措置から申し上げましても、小学校一学年に給与すべき予算措置を講ずることが、現実には精一ぱいであった。それが法律も予算も確定し、一学年の児童に無償給与するという現実の立法措置としましては体裁を整えた、いま御審議願っているものとあわせたような立法措置を講じて、それに基づいて実施するという時間的な余裕も、現実にはございませんでしたから、国会の御承認を得て第一学年に給与するものだけは、政令に譲ることをお許しを願って善処したという現実の事態に顧みて申し上げれば、御理解いただけるかと思います。これはあくまでも法理論じゃございませんで、現実やむを得なかった事態に対処する方法として第一学年には臨んだ。今度こそ初めて、できるだけ整備した内容をもって御審議願うことが当然であろう、こういう考え方に立って御審議をお願いしておるような次第であります。
○山中(吾)委員 文部大臣は鈍感で矛盾を感じられないようですが、私たちはまことに当惑しておる。この法案を出されて、憲法の無償の制度は何とか実現をいたしたい。しかしこの法案に賛成をすれば、ほかの教科書無償に直接関係のない採択制度、発行制度について、教育的にどうしても賛成できぬ内容を持ってこられておる。内部的にはいわゆる統制要素がうんと入っておる。それならばなぜもっと完成に近づいたときにお出しにならないかというのです。 矛盾を感じられないなら、いま一度質問いたしますが、小学校の場合は三年まで実施をしても、同じ小学校である、同じ独立機関の中で子供が三年まで無償である。四年以上の子供は有償であっても、まずそこまでは一つの新しい採択制度、発行制度でも、やむを得ないじゃないかということならば、まずある程度やむを得ないじゃないかという論も常識的に出るかもしれぬ。中学校まで及ぼしているじゃないですか。中学校の一年から三年まで児童生徒全部有償ですよ。この法案が施行されても、それで当分の間だれひとりも無償の教科書をもらわないのに、この無償法案の中で採択、発行を全部適用を受けさすという法案を、荒木文部大臣はお出しになっておる。それで矛盾を感じないですか、いま一度お答えください。
○荒木国務大臣 この点は、無償措置そのものが臨時立法でなしに、恒久立法としてスタートをしておりまするし、これによってそれが立法措置としては、あわせて一本の姿になるという、依然として恒久立法を目ざしておる次第でございます。同時に予算措置が一挙にできません実情に基づいて、やむを得ず小学校第三学年までが八年度予算で措置され、それに対応する事柄が、現実にはこの年度からスタートしまして、九年度に実施をされるという、いわばくびすを接して小学校においては、次々に完全実施へ向かってまいります。中学もまた義務教育の場であることは同じであり、教科書会社も多くは一緒のものでございます。全然別個のものもあると聞いてはおりますが、これまたやはり年次的には一年か二年おくれることがありましても、教科書の発行、供給、採択等につきましては、それ自体がさっきも申し上げたような趣旨においてより合理化され、よりよき教科書が期待され、より安定した発行、供給が確保できるという趣旨において是認していただける限りにおいては、同時に恒久立法措置としてスタートし、教科書会社自体もそれなりの前向きの責任体制を整えながら、よりよき教科書供給のための努力をするということにも、実態的にはつながるわけでございますから、ことさらつけついでに、中学にまだ及んでいないときに、無理やりにやろうという考えからスタートしたのではないということだけは、御理解いただけようかと思います。要しまするに、総合的に義務教育の児童生徒を対象によき教科書が、安定して提供できるようにという考え方に立って恒久立法措置を講じたい、こういうことでございます。
○山中(吾)委員 幾らおっしゃっても、私は理屈が合わぬと思うのです。なぜこの法案附則に、中学校の一年まで実施するまで、この第三章以下は発効をやめるくらいのことは書けないのですか。それは小学校も中学校も高等学校も、独立の教育機関ですよ。ずっと九年間一つの学校ならばいいと思うのです。いわゆる英国の、九カ年の小、中学校を一つにした、そういう学校組織の国ならば、一応三年までは無償、しかし全体として一つの学校ですから、私はそこまでこの法案をまず出されてもいいと思うのですが、独立の教育機関じゃないですか。そうして一方に極端な例を出せば、私立でも全部拘束するようにされているじゃないですか。私立の中学全部有償ですよ。この法案を実施して、そして採択しなければ、このとおりやらなければならぬという法支配下に入れているじゃないですか。どこかに間違いがあるのです。この辺くらいは、すなおに文部大臣は気ばらないで、もう少しすなおに訂正する気はないのですか、どうですか。
○荒木国務大臣 小学校、中学校は同じく義務教育でありましても、別個の学校組織であるということは、私も理解しておるつもりでありますが、しかしこの教科書無償のそもそもの基本的な考え方を基本に申し上げるならば、小中学校を別個に意識しながら扱うということよりも、義務教育である以上は九年だということでとらえて、憲法の趣旨をふえんする態度で臨むことのほうが、より以上の国の立場からする責任課題じゃないかと私は受け取るわけであります。そういう点から申し上げますると、山中さんのことばの端に便乗するわけでもございませんけれども、小学校、中学校が別個だから別に扱わなければならぬということよりも、九年間が義務教育なり、そういう考え方に立って、しかも教科書会社にいたしましても、現実には中学の教科書だけを扱うという会社はありましょうが、一般論としては、教科書会社としては発行制度その他につきましても、同じ立場に立つ不特定多数の、今後も出てくるであろうところの教科書会社を対象として考えられることでもあるわけでございますから、より悪くなるというならば別でありますが、よりよき教科書を安定して提供するということが是である限りにおいては、恒久立法スタートのときにすべてに適用できることが、教科書無償と同時にスタートすることが望ましいのじゃないか、かように思うわけであります。
○山中(吾)委員 この法案の態勢で——義務教育諸学校教科書無償措置に関する法律案そのものは、ぼくは看板には反対しませんよ。小学校に限るとか限らないとか、附則でそういうことの除外くらいはお出しにならなければ、しかも当分の間といういま論議したような問題があるのです。義務教育、義務教育とおっしゃってずいぶん高等学校の教育と義務教育とが質的差違があるようなことを強調されるが、義務教育とは大臣はどう考えておられるのです。
○荒木国務大臣 がんぜない子供がだんだんと一人前になる過程において、九年間は親の立場、保護者の立場で教育は受けさせないなどとやぼなことは言っちゃいかぬ。九年間学校教育を通じて日本人としての基本的な知育、体育、徳育を授けねばならないとする国民的な必要性から設けられた制度だと思います。
○山中(吾)委員 高等学校と小学校、中学校といろいろのものを区別せねばならぬということをおっしゃるから私は聞いたのですが、国民の能力に応じて教育を受けるという憲法の機会均等の精神の一番最高の姿に行ったものが義務教育です。すべての子供に教育の機会を与える制度、それだけが義務教育の理念だと思うのです。そこで国も教科書を小中学校全部やるということで法案が出た、それだけの話じゃないですか。だから、そこで中学校の全部にはあと二年か三年、うかうかすれば四年くらいしなければ一人も無償の教科書がもらえないという期間がある、こういう議論のある教科書採択の制度を全面的に支配する法案をいまお出しになるということは、どう見てもおかしいのじゃないかということを申し上げておるのです。 出版会社のほうの立場から、もう一つ掘り下げておく必要があると思うのですが、中学以上の教科書だけを発行しておる出版会社はどれだけあります。局長調べておりますか。
○福田政府委員 中学校だけは六社でございます。
○山中(吾)委員 中学校と高等学校の教科書を発行しておる会社はその中へ入るのですか。
○福田政府委員 そのほかに中学校と高等学校をやっております会社が十五社でございます。
○山中(吾)委員 そうすると、合わして二十一もありますね。そうしてこの法律によってその会社は発行しておる自分のところの教科書は一つも無償がない。そうして指定制だ、立ち入り検査だ、そういう支配をあなたがする法律を出されているんですよ。どうなんです。今度は文部大臣に聞きましょう。こうなると一体公共性、思想の自由から出版の自由から、いろいろと交錯した憲法の解釈を解決して出さねばならぬ法案であるが、そういう全然無償の恩恵を受けることのない有償教科書だけを発行しておる会社が現実に二十一もある。そうしてこの法律によってコントロールされるということは、あまりにもいままでのあなた方の説明からかけ離れてくるじゃないか。これは何とかせねばならぬという考え方にならぬですか、大臣は。
○荒木国務大臣 その点は先刻ちょっと触れて申し上げたつもりでございますが、義務教育と高校学校とは、むろん義務制でありやいなやということで違いはありますけれども、学校教育法上示しております基本的な受け取り方としましては、やはり高等学校についても学校教育法二十条なり二十一条というものが当然適用され準用されるという扱い方でございますことは、高等学校の教科書といえども、大学で使う参考書と違うから、後期中等教育の健全な充実発展という角度から、義務教育諸学校の教科書とほぼ似たような扱い方をするというたてまえになっておると思うのであります。したがってその公共性の意味におきましては、普遍的であるかいなかといういまの御指摘の違いもむろんございましょう、義務制であるとないとの違いもございましょうが、教科書そのものが持ちまする児童生徒に対する価値というものはほぼ同等に扱われておる。それだけの公共性を持ってこれまた安全に確実に供給が行なわれる、内容も充実したものが期待されるという意味においては同じようなことでございますので、教科書と名づけます限りにおいては、その発行供給等については同様の期待を持つことも当然の課題であろうかと思うのであります。したがって有償であれ無償であれ、必要の度合いにおいて同時に恒久立法の中に盛り込むことが妥当である、そういうふうに判断した次第であります。
○山中(吾)委員 これは私先ほど読まなかったのですが、鈴木課長さんのものに「教科書無償制度が発足すれば、義務教育教科書の唯一の購買者である国が、その取引の相手方としてえらぶ以上、ある程度の資力、信用を有する経営基礎の堅実な発行者を限定することは、公財政の支出に慎重を期するいみでも必要である。」と書いてある。幾らそういう理屈を言われても、無償の教科書を前提としてこの企業に制限を加えておると書いておられるじゃないですか。二十幾つの出版会社は少しも無償の教科書を発行していないんですよ。そこで少し相談して答えてください。
○福田政府委員 先ほど来大臣から御説明申し上げておりますように、この法律案は恒久制度として無償措置を実施するたてまえでございます。たまたまこの附則によりまして、予算の区分によって年度的な年次計画というものが進行するたてまえになっております。したがいまして恒久制度としてこの無償措置を考えますにあたりましては、やはり採択に関する制度も、発行に関する制度も、無償措置に関連する限りにおきましては、やはり恒久的な制度として一連のものとして当然に同じ歩調で考えるべきものだと考えるのであります。そういった意味で、発行制度につきましても採択制度につきましても恒久的なものをここに書いたわけであります。 いま御指摘になりました教育委員会月報の記事でございますが、これはもちろん国が一括契約いたしまして、そうしてその会社から教科書を買い上げるわけでございます。したがってその限りにおいては、無償措置を実施しますにあたっては、やはり基礎の強固な信用のある会社からそれが行なわれるということが望ましいわけでございます。しかしおっしゃるように特別に非常に強い規制をしているとかいうような問題ではないと考えております。指定そのものは、先ほど申し上げましたように、現在の会社と将来の新しくできる会社との関係におきましても、乱立をして、それが過当競争を起こすというような事態を防止する意味からも、これは一定の欠格条項なり資格要件というものをきめるわけでございますが、現在の会社については再三申し上げたように、これは全部を指定して、しかも五年程度の猶予期間を置くというような非常にゆるいものでございます。したがってその関係においては、御指摘になったような非常に強い規制をする、統制をするとかいうような問題とは違うと私ども考えております。
○山中(吾)委員 その法律の支配を受けて、しかも有償の教科書ばかりを発行しておるのはむしろ小さな出版会社に多い。そして一番心配しておるのは、中小企業の出版会社、また一方に教科書は小さな会社でもむしろ逆にいい教科書を出すことができる特殊性がある。そして公共性というのは、教育基本法、指導要領に合ういい教科書であるかいなかということの中に公共性の一つの規制があるので、検定だけでたくさんではないですか。ほかに何も理屈をつけて営業の自由にまで触れることはない。しかも無償ということを前提とした法律をつくって、完全の有償の教科書を発行するところまで統制するというのは二重、三重の矛盾がこの法律に入っておる。どんな理屈を言われても、腹の中ではおかしいでしょう。 法制局の第四部長にお聞きしますが、この法案に参画するときに、出版会社に対するいわゆる統制についてずいぶん憲法論議をしたに違いない、しなければおかしいのだが、どういう論議をされたのか、ここでちょっと紹介してください。
○關政府委員 先生の仰せであります指定制度ということにつきましては、相当の理由がなければならぬということで議論をいたしました。それで結局これを認めましたのは、先ほど来、会議の初めのころ議論が誇ったと思いますが、この指定会社は、教科書出版会社が出しました教科書が、約束のごとく生徒児童の手に渡るということが確実なものでないと困るという御説明で結局私どもが取り上げた次第でございまして、ただたまたま見本としてはいいものをつくったけれども、いろいろな実力がなくてとうてい需要数だけの印刷をして期日までに納めることができないというようなものが出ては困るということで、その程度の規制をすることは憲法に違反することはないであろうということであったわけです。したがってこの問題は例の資格要件を定めております十八条の一項に掲げてある要件にかかるわけで、特に二号の「その事業能力及び信用状態について政令で定める要件を備えたものであること。」というのがございますが、この政令で定める要件が著しく高くて、幾つかの非常に大きな会社だけがこれをいたすことができるような要件を定めるならば、それはとてもいけない。この要件というのはかなり低いものであるという了解で私どもはおるわけであります。
○山中(吾)委員 私は教科書の教育的性格からいって、新学期まで間に合わすという義務はあると思うのです。したがって出版会社には発行供給の義務まで負わしてある。それに対する必要なものは、これは私はわかる。私の思想もそれは正しいと思う。ところが、そういうことであなた方おっしゃっておるならば、発行指示の取り消しであるとか、それから無制限な立ち入り検査、ずいぶんこれは中身がきついではないですか。事業能力及び信用状況について政令に定めることも、政令は何をやるかわからぬ。そういうことの中にあって、この全体の中に、あなたがいまおっしゃったより飛び越えた内容が私は幾らでも出てくると思うのですが、取り消しまであるのですが、どうです。それは。憲法上の論議でおかしくありませんか。
○關政府委員 取り消しをするのは矛盾ではないかというお尋ねかと思います。結局十九条は、表面から申しますと、一たん指定をしたものを取り消すということは、結局は十八条の履行を確実にするための担保でございます。「虚偽又は不正の事実に基づいて」「指定を受けたことが判明し」、——これは担保でございます。それから一号の「基準に適合しなくなったとき。」というのは、当然十八条でこういう制度をつくります以上は、それに適合しないものの指定を取り消す、これは当然のことであるということで入ったのであります。
○山中(吾)委員 新学期の教育に間に合わすことを必要としておる場合に、完全に供給を終了するかどうか、出版の進捗状況を調査するためにということを限定しなければ、私はここに書いておるものは法制局の思想を越えた法案である、こう思うのです。それが一つと、その中に無償の法案ということを前提として論議をされたのか、その点はいかがですか。
○關政府委員 いま初めに先生のおっしゃいました点は、検査及び報告ではないかと思いますが、これは二十条に規定しておる検査報告は、十八条の要件を満たしておるかどうかということだけでございまして、教科書の発行の準備の状況その他については及ばない、こういうことでございます。 それから十八条の議論をしますときに、無償を前提として考えたかというお尋ねでございますが、無償制度を始めますについて、こういう制度を整える必要が特別にあるという御説明がございました。しかしながら本件は必ずしも法律的には無償制度と関連性がないものだというふうに私どもは考えておるのであります。というのは、法律的にはと申しますのは、指定をしなければ無償ができないという法律的な必然性がない。実際上はそれがこういう制度をつくる場合非常に必要であるという議論はございましたけれども、法律的には必然性的な関連性はない、こういうふうに考えます。
○山中(吾)委員 それはあなたもおっしゃるけれども、義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法案の内容としてこれが出ているのですよ。そうして少しも無償の教科書を発行していない会社が適用を受けるというのは、これはおかしいじゃないですか。条件の違ったものにこれは義務を負わす法律ですからね。私は別の法律でまた出すならわかる。それは法制局で政策的にそういう解釈がされてくるようになるのではないかと思うのだが、一つのこの法律の内容の論議をしているんですよ。おかしくないですか。
○關政府委員 私が先ほどお答え申し上げましたところを非常に突き詰めて、この指定とかそれから採択ということを別の法律でするということもむろん可能であろうかと思います。しかし私の受けました説明では、無償措置に伴ってこういう措置が必要である。したがってこの一本の法律として処理するということで了承したわけでございます。
○山中(吾)委員 それでわかりました。そうすると文部大臣にお聞きします。無償に関連して必要な措置として、前提として憲法論議をされた、ところが二十幾つの教科書は少しも無償の教科書を発行していない。これは除外するべきですよ。そうでなければもとへ戻して論議をしてもらわなければならぬ。そうではないですか。
○荒木国務大臣 先刻もお答えしましたように、義務教育の教科書であります限り、有償、無償そのことが一つの重大な憲法上の課題ではございますが、小学校、中学校によき教科書を完全にスムーズに提供される、安定して供給されるという事柄は、有償、無償以前の事柄でもあります。本来もっとそういう角度から教科書会社ないしは発行供給については、法令が整備さるべき課題としてあったとむろん思います。その時期がたまたま無償措置を講ずるについて、特にそのことが感じられるという時期に立法化するという段階になってきた。だとするならば、むろんお説のとおり別個の法体系にしたらどうだということはございましょうとも、特にこれといままでより以上に密接な関係もあり、その機会に法令が整備さるべき必要性を考えまして、一体として立法技術上取り扱うということも不当ではあるまい、適切な一つの方法であろう、かように考えて一緒にして御審議を願ったわけであります。
○山中(吾)委員 この出版会社の指定制とか立ち入り検査権というものは、憲法からいえば思想の自由から出版の自由、検閲禁止の規定、三つ四つの憲法に関連をして吟味しなければならない非常にデリケートな事項だと思うのです。だからこそ無償を前提としているという論議の中で、最小限教科書が子供たちの教育に支障ない程度まで見るためのある程度の立ち入りなどということが認められると法制局は言っている、普通の場合じゃないのですね。そういうふうなデリケートな問題があるのに、しかもこの法律によって一番その点心配しているのは中小企業である。その中小企業の二十幾つの会社は、一つも無償になっていない、無償でない教科書を発行している。この厳粛なる事実をもう少しすなおにお考えにならなければいかぬですよ。これを多数の採決で強行すれば成立するなんというような思想が日本の国会にびまんして、何が日本の民主教育の政治ができますか。もっと真剣にお考えになるべきである。いまの中で法制局と文部省との間に、答えが違っている。片一方は無償を前提として相談を受けて意見を述べた、片一方はそれは関係ないと言っている。そこでひとつ御相談下さい。
○關政府委員 私のことばが足りなかったのかもしれませんが、十八条の議論をしましたのは、無償措置をするについて特にその必要が感じられたという御説明でわれわれは審議をいたしまして、そうしてやりました結果は必ずしも無償というものとは直接関係はないけれども、この程度のことならばよろしかろうということで了承したわけであります。
○山中(吾)委員 法制局というのはそんな政治的な、どっちかわけのわからぬような答弁をされては困るのです。現実に二十一の、全然無償の教科書を配給してない会社がある。無償に関連をしてこの法案が出てくる前提として論議をされて、しかし厳密な法律的な価値が、無償と関係なくても出せるということを言われておる。しかし一般の現在の憲法の大体の構成からいって、この中には検定という姿の中で、いわゆる思想の自由も制限し得る危険性がある。教科書の出版会社が出版する教科書は検定権で一応押えられている。検定権で、教育基本法及び指導要領に合致しているということで押えていけば、ほんとうは教育的にはそのあと拘束すべきものではないと思う。公共的なものを教育的という意味で置きかえて論議をするならば、発行している教科書が変な教科書では困るというので検定がある。検定制度をとっておれば、あとは憲法の思想からいえばほんとうは触れるべきじゃないのです。さらにそれに指定制を持ってくる。立ち入り検査を持ってくる。そのときにやはり教科書を無償で、国家財政の立場から、あるいは義務教育であるから国が無償の原則を適用するからということが動機であって、初めてそれならばこの程度はという論議は、どうしてもそれと密接に関係して出るに違いない。それはそうでしょう。ところがいま言ったような二十幾つの、全然そういう無償の教科書でないものを発行している会社があるときにこの法律を直ちに適用することは、憲法上おかしいとお考えになるべきじゃないか。二、三年待てばまた別ですよ。実施してくれば、その次検討する、そのときに論議をすればいい。法制局というのはどこの法制局なんです。政府の法制局か。そうでなくて法制的にほんとうに厳正に正しく現在の憲法の前文に規定した理念の上に立って解釈をして、そうして法律を守っていく立場でしょう、政策的じゃ困るですよ。
○關政府委員 法制局の任務については先生のおっしゃるとおりだと思います。そこでわれわれはいまの問題を検討いたしましたときに、結局教科書の内容というものは先生もしばしば仰せられるごとく会社の規模が大きいからよくて小さいから悪い、そういうような趣旨のものではあるまいということはもちろん十分了承しておりまして、その上で指定制度などをとるということは、そこに合理性があるというならば、結局配給過程において円満なる配給が可能である。それを担保するに足るものでなければ困るという範囲でこれを指定制度に乗せる、そういう理由によって初めてこういう制度が許されるのである。そのことと教科書が無償であるかどうかということは関係がないのではないかということが、実はわれわれの論議したところでございます。
○山中(吾)委員 それでは高等学校の教科書も検定制度をとっている高等学校の発行の教科書は同じ法律に入れないでやっているのはさらにおかしくなる。そこで、私から言えば、これは法のもとに差別待遇するような結果になってしまう。それで吟味するときには出版の自由あるいは営業の自由という観点から論議をされたはずですね。そのときに無償というものはやはり条件になって論議をされた。そして中学の問題になっていま話しをすると、関係ない、だからいいじゃないか、そうすると高等学校は別じゃないか。中学校、小学校の義務教育の概念は保護者が子供を学校に通わさなければならないという概念でしょう、そうして小学校、中学校はいわゆる義務教育前期、後期にすぎない、義務教育にするかしないかということは、これは国の政策にすぎない。財政的に豊かになれば全部そこまでいたしたいと言って出ているだけの話でしょう。出版会社に対してあなたが無償は直接関係ない、したがって中学に適用してもいい、そんなら高等学校はどうする、そういう法案でそんないろいろのことを言ってもいいのですか。
○關政府委員 私が先ほど申しましたのは、先生お話しのことを申し上げたのでございますが、もちろんそういう制度をしくということについては、義務教育の諸学校についての無償ということから特にその必要が感じられるということは、もちろん念頭に置いたわけでございます。したがって、この無償ということと切り離しまして、そういう指定とかその他の制度だけが一本立ちで行なわれるということは、もちろんわれわれ予想しておりません。 そこで先生が先ほど来仰せられておりますように、実際の無償制度との食い違いの問題でございますが、先生のおっしゃるごとく発行者の指定とか採択制度の実施というものを教科書の採択の範囲と合わせていくというのが一番理想的であろうとわれわれも考えたわけでございます。そこでやっていきます上にそれが今までの財政の関係であるとか、あるいは検定の関係であるとかいろんな理由で段階的に行なわれるという御説明を受けたのでございますが、それに合わせてこれを施行していくということにかんがみまして、方法といたしまして施行を政令に譲るかという話もあったのでございますが、施行を政令に譲るということは一定の、非常に短い六カ月とか九カ月とか期間を限ってその範囲内で政令に譲るということをいたすことは間々ありますけれども、それとても望ましいことではないということで一応施行の期日を決定いたしまして、その間先生のおっしゃるように無償の範囲とそれからほかの教科書制度の実施との間に多少のずれができますけれども、そこは当分の間というのは先ほどからもお尋ねがございましたが、そんなに長くなるものではないというので、その前提のもとにそこの間の多少の矛盾はやむを得ない、やむを得ないというよりはそういう制度に移行する前の段階として制度を整えておくという意味からいって、むだでもないだろうということで承認をいたしたわけでございます。
○山中(吾)委員 児童生徒の場合については、無償、有償ということについてそれに限定すれば一応そういうふうな論議で掘り下げて終わると思う。片方は出版会社なんですね。出版会社の関係になったらそうはいかぬと思うのです。どうせ当分の間無償の児童生徒の範囲については、政令で定める、やがて信用すれば、とにかく事情変更がなければ大体いくだろうということを想像して、したがって今度は三年まで、あとは五年まで、そしてあとは中学の一年まで、全部だ、それは普通の常識でいくでしょう。だから児童生徒の場合についての有償、無償というのは、教育的な問題と、そうして理念からいえば法のもとに不平等でないかという論議で終わると思うのです。しかし業者の立場から出版会社の問題に入ってきますと、これはそう簡単にいかぬと思うのです。一方ではそういう無償制度を前提としている場合、無償教科書を全然発行してないものもこの法律の支配を受ける、また一方高等学校の出版関係のものは、この法律の支配を受けない。業者、出版会社からいったら、そんな義務教育の教科書であろうが、高等学校の教科書であろうが、同じ学校教育法の法的根拠に基づいての検定をりっぱに合格したものにすぎない。そのほか何もないのです。私はそういう意味において、この法律はどこから見ても法のもとに不平等であって、そしてまことに不適当な法律だと思うのです。その点は。そして一方に論議を進めていけば、中小企業というものを圧迫していく。しかもそれは便宜主義できた。過当競争をおさめるなら、ほかに方法は幾らでもありますよ。しかも最初に出てきたのは、教科書価格の値上げを要求して、どうせ上げるなら無償にしようというふうなところが、だんだん政策において進んできて、そのうちだんだん憲法の無償という感覚が政治家の中にしみ通ってきて、だんだんここへきた、そういう経過があるのです。だから無償というものを離れて、この法案の内容をあとで切り離して別だというような論議はしても、それは無理だ。法制局はもっとすなおにお考えになっていいじゃないですか。何も遠慮しないで——ずいぶん政府のためばかりの答弁だ。そんな法制局は要らぬよ。法制局はやめて政策局にしたらいい。私はその点についてはどうしても承服できない。もっと明確に、われわれのようなしろうとがわかるように説明してくれなければ困る。
○小林(信)委員 関連して。この段階になっていまのような御意見を承ることは非常に残念です。問題が非常にたくさん出てきたわけです。 まず第一番に初中局長にお伺いしますが、いま法制局のお話を聞けば、指定とか罰則とかいう問題はなぜつけたか。これは法制局も非常に判断に苦しんだけれども、国が責任を持って無償で給与するという大きな責任を遂行するためには、そういう規定を設けて完全を期さなければならぬということを聞いたから、いまのその指定、罰則の問題で了承したという話ですが、あなたのおとといの私の質問に対する答えというものから考えると、これは非常に矛盾をした話になるわけです。というのは、契約を不履行する、返上するというような問題はあり得るかどうかと聞いたら、あなたはないと答えた。その理由は、と言ったら、従来よりも広域採択になっておる、だから少なくとも四万、五万の最小限の採択が行なわれるのだ、四万、五万あったら、せっかく編集費に金をかけて、いろいろな経費に金をかけて、そして四万、五万採択されるならば、契約を不履行するなんという会社は出てこない、あなたはこういうふうにそこで説明されておるはずなのです。してみれば、いままでもそういうものがなかった、いままでの制度の中でもなかった、まして今度は広域採択になる以上は、ますます契約不履行というものはないのだ、あるいはときによっては例外があるかもしれないが、ないのだ、こういうふうな判断のもとに答弁をされたわけなんです。してみれば、法制局の言うようなことは、かえって必要ないことになるわけです。将来の無償給与の実態から考えても、こういう罰則や指定というふうなものをつくる必要はない、こういう結論になるわけなんです。それをしいてそういうことがあり得るからこういう条文をつくるのだ、それで法制局が納得してこの法案になったという、これらの経緯を考えても、何か納得のいかないものがあるし、それから法制局のほうも、そういう意図でもって承諾したけれども、あとで云々というふうなお話があったけれども、この段階になってそんな御意見を承るようでは——もっと法制局の統一した意見というものをお聞きしなければ、この問題はいよいよわれわれには疑惑が濃くなってくるわけです。納得できないわけなんですが、お二人からもう少し納得のいく御説明を願いたいと思います。
○福田政府委員 この前申し上げましたのは、御質問に対しまして、従来採択をされたけれども、これを断わった会社があるかどうかということが一点でございます。それに対しましては、非常に少部数でこれを引き受けても損をするというような見込みのものもあって、従来例は少ないけれども、そういう供給を断わったような会社が実際の問題としてあったということを申し上げたわけであります。したがって、今後そういう問題がどうなるかというようなお尋ねであったと思いますが、私申し上げましたのは、従来は非常に区々に採択が行なわれましたので、二千とか三千とかいうような非常に小さな採択部数になりました会社が現実にあったわけでございます。現にことしもございます。そういう点から考えますと、今後ある程度都市単位の採択というものが進んでまいりますと、少なくとも三万、四万というような程度の採択部数に統一されるわけです。したがってその傾向としては、いままでのような非常に少部数であるためにこれを断わるというものはないと思います。おそらく三万、四万あるいはそれ以上となりますと、一応従来の例からみますと、採択が行われますればおそらく供給をするであろうと思います。 それともう一つ小林委員が御質問になった点は、もう一つの関係があったと思います。それは私の記憶するところでは、この建て部数をもう少し多くするかどうかという点に関連しておった問題であろうと思います。これについては、文部省として将来建て部数を二十五万とか三十万とかいうような大部数に対する考えはいまのところないと申し上げたのでありまして、現在が大体十万程度でございますので、将来の現実問題として、平均採択部数というものが十七、八万でございますから、そういうものに改正をしたらどうかという意見があるということを申し上げたのでございます。それとの関連において、非常に採択部数が小さい場合に脱落する心配は、もし非常に建て部数が上がった場合には、これはあるかもしれない。したがって現在のところ十万程度でございますれば、そういうものはあまりないだろう、こういうことを申し上げたつもりでございます。その点はもう一つの要素が加わっているということを私の記憶で申し上げておきたいと思います。 ただその問題といま法制局の部長から申し上げました採択なりあるいは発行の制度の整備の問題は、私どもは義務教育の教科書が無償になるに関連いたした問題、それはやはり繰り返し申し上げておりますように、供給の円滑化ということと、それから採択についてはある程度やはり集中的な採択が行なわれて、郡市単位の採択制度が整備されて、そうしてそれが価格にも合理化の要因となるというような価格の合理化、それから供給の円滑化という点から申しまして、採択制度も、発行制度も、無償制度が恒久法であるというたてまえからいたしまして、当然にこれは関連した問題として整備されるべき問題である、こういうように申し上げておるわけでございまして、高等学校の問題は無償とは全然関係ありませんので、これは義務教育の小中学校の範囲に限定したわけであります。
○小林(信)委員 私の質問しているのは、いまのその問題に関連をして申し上げているわけで、あなたのおとといの答弁の主たるところは、今度は従来のように千部とか二千部採択なんということはない、広地域の採択であるために、少なくとも三、四万は下らないのだ、してみれば、採択をされた以上、返上されるというようなことはないはずだ、こういうふうに言明されたわけです。それだけの自信があるならば、いまの法制局の答弁にありましたように、なぜこういう指定とか罰則という条項を設けたか、それをなぜ法制局が了解したかという質問に対しまして、契約の不履行があるというふうなことを予想すると、こういう罰則も法律のたてまえからして好ましくないけれども、そういうことがあるならばといって了解をしたというのが、先ほどの御答弁なのです。そうでしょう。そうすると、局長の言われる三、四万を欠くようなことはないのだ、したがって契約不履行はないのだという文部省の態度とは、だいぶ情勢が違うじゃないですか。文部省がかかる罰則規定を設けてそれを法制局に了解をさせるということは、その答弁とその趣旨とはだいぶ違うような気がする。それだけの自信があるなら、何もこういう罰則規定を設けずに、文部省の指導育成によって問題をなくせばいいので、あえてこういうような業者に脅威を与え、何かそこに業者が文部省に迎合しなければならぬというふうな、本来あるべき業者の姿というものを傷つけるような、本質を失うような法律をつくらなくてもいいじゃないか。こういう点から局長に御質問しているわけで、そのほかのことは別に尋ねているわけじゃないのです。
○福田政府委員 先ほど申し上げたことを少し補足さしていただきたいと思いますが、単に契約の解約ということだけでなく、会社自体としては、契約いたしましたその契約に従って最終的に末端まで十分円滑に供給してもらう義務があると思います。そういった意味において、供給の問題ももちろん非常に大きな問題でございます。しかしながら会社自体としては将来義務教育の教科書を出版する業界の中に非常な過当競争が起こる心配があれば、それはやはり定価にも影響いたしますし、それからまた業界自体の育成にもならないわけです。そういった見地からこの指定制度というものを設けるわけでございます。これによって何か非常に深刻な不安を与えるというような御質問であったと思いますが、私どもは別にそうは考えていませんので、現在の会社については、大小となく全部これを指定するというたてまえを申し上げておるわけでございます。将来新しくできる会社については、やはりいま申したような供給の面から、あるいは過当競争を防止するという面からも、一定の資格のある信用のかたい教科書会社というものが出現することが望ましいわけで、そういう意味で、無償に関連してこの制度を実施いたしたい、こういうように法制局のほうに申し出たわけでございます。 なお、立ち入り検査と申しますが、これは単に指定をいたしました関係において、指定の基準に適合しているかどうかということを、必要な場合に調査するだけでございまして、何でもかんでものべつまくなしに立ち入り検査をして、あらゆることに調査権を及ぼすというような——この法律の文意をお読みいただけばわかると思いますが、そういうものではない。第十八条第一項に、次の各号に掲げる基準に適合しているかどうかということについて調査するというように書かれておりまして、非常に限定的な権限でございます。
○小林(信)委員 非常にせいておられるせいか、いろいろとよけいなことまで述べられるので、こちらもまた判断に苦しむような状態ですが、私の質問することは、あなたは、三、四万の採択は必ずあるのだ、だから、採択された以上契約不履行ということはない、こういう判断に立っておられるならば、こういう罰則規定を設けたり、あるいは指定にいろいろな条件をつける必要はないじゃないか、こう私は言っているわけですよ。ところが、いまのあなたのいろいろな話の中に、一つだけ中心に触れた問題がある。それは、契約の履行、不履行の問題だけでなく、過当競争云々という問題がある。そういうことまで予想して指定あるいは指定の取り消しという問題を考えるならば、これはまた法制局の見解は変わってくると思うのですが、法制局いかがですか。
○關政府委員 先ほど先生からお尋ねのありました点もあわせてお答えいたします。 法制局は、先ほど来御答弁申し上げましたように、この指定その他の制度を新たにつくりたというのは、今度の無償に伴って特にそういう点を確実にしなければならないという必要性が強く感ぜられたためであるという前提で研究いたしました。そこで、そういう制度の内容はどうかといいますと、このままの制度を見ますと、無償そのものと直接の法律的な必然的な関係はないように思われる。しかしながら、もちろんそういうことをやるのについは、無償をやるからこそこういう制度をあらためてこの際やるようになる、動機としてはそういうものであろうということでここに入ったということはわかります。そこで、そういうことでこれを認めたわけでございます。そこで、たとえば一番問題は指定かと思いますが、指定をする場合に、先ほども山中先生にお答えいたしましたけれども、政令で定めるところの基準が非常に高くて、実際上特定の幾つかの業者だけしか指定をされないというような制度を定めるのは、もちろんこの法律の趣旨に反する。そこで、目的は何だというと、結局教科書の採択、それからその供給、そういうものが円滑に行なわれるということを確保するに必要な限度にとどめることは当然のことであるという判断でこういうふうに書いてあるのだというように了解をいたしたわけでございます。したがって、それは必ずしも契約の不履行そのものだけと限るかどうかわかりませんが、とにかく見本に出てきたとおりの教科書が円滑に、無事に生徒、児童の手に渡る。それがその業者自体の欠陥によって阻害されるということのないようにする。その必要性の認められる範囲で指定ということが考えられるという考え方でございます。
○小林(信)委員 大体お考えはわかりましたが、一番最初のあなたの答弁も、こういうことは好ましくないのだ、だが、無償制度を実施するために、契約不履行等があってそれが円滑にいかぬというふうなことを予想すると、この罰則規定もまた必要であるという点でわれわれは了解した、こういう御答弁があったから、もしそれだけならばたいへんだ、こう思って質問をしたのですが、さらにまだ納得できないのは、こういう制度が長く続いてきた、その間契約不履行のために非常に迷惑を受けたということがたび重なってきておるから、ここにこういう規定を設けて、そして履行をさせる、問題が起きないようにするというのが、私は法律をつくるたてまえだと思うのですよ。しかし、いままでそういうことがなかった、今後はますます危険がない。——局長もいま言っておるでしょう。広域採択によって採択される場合には、三、四万は必ずあるのだ、だから採択を返上するなんということはない。今までもなかったし、今後はますますそれが安定してくるのだという場合でも、そういう罰則規定というようなものを設けるのが大体本来のものですか。
○關政府委員 いま先生の御指摘のようにそういう危険性が全くないものであるということであれば、それに対する制限が多少ともあるわけでございますから、そういうものはすべきじゃないと思います。私の方で承知いたしますところでは、実際にあったかどうかは別として、可能性としてはあるという考え方でつくっておることはもちろんでございます。可能性がないということであれば、そういう制度は認められるものではございません。
○小林(信)委員 ほかの商取引ならとにかくですが、教科書業者というものは、ただ商売でもって利益本位にこれをつくり、売るというだけでは問題があると思うのです。やはりよい教科書をつくるという良心的なもの、あるいは今度の法案等でも、業者は幾つもの関門を通らなきゃならない。一番先に文部省の検定という関門を通る、次には県教委のつくるところの選定審議会というふうな関門をくぐる、最後に今度は採択という関門をくぐる。業者が自分の本を売ることについては、今度はいろいろな困難さがあるわけなのです。そういう場合に、さらにこういうふうなものをつけ加えられると、いよいよ業者は萎縮して、よい教科書をつくるということでなく、いかにして関門をくぐるかというような気持が出てくると思うのです。そしていまおつくりになる人たちはおそらくそういうことを予想しないかもしれませんが、文部省の検定といい、あるいは県教委の選定審議会といい、あるいは町村の共同採択、こういうところは、ときには政治的な意図というものを出さないとも限らない危険性があるわけなのです。そういう中でもってよい教科書をつくるということを国民が考える場合に、一般の商売と同じようにそういうことを予測しなければならぬということが、かえってマイナスになりはしないか。そういう点まで法制局は、法律をつくる場合には考える必要はないか。ただそういうことが予測されるならば罰則規定をつくるがよろしい、こういうふうに簡単にお考えになるかどうか、それだけ最後にお伺いいたします。
○關政府委員 法制局で法案を審議いたします場合には、もちろん法律的に可能であればみないいというような態度でやっておるわけではございません。いまのは、私どもがこの法案を審議いたしますときには、教科書が円滑にわたらないというようなことがあってはいけないというそれだけの考え方から、それを何とかそういう障害の起こらないようにという一つの手段としてこれを考えたわけでございます。政令に譲ってございますのは非常に恐縮でございますが、十八条の基準というのはそんなに高いものではない、いまやっておる程度の出版業者は全部入るという程度のものだという了解でございます。
○小林(信)委員 そういう専門的な検討をなされて、実際この問題に当たってほしかったとぼくは思うのです。それは一千万円という資本金を持つような政令の内容だというふうに聞きますが、いま百五十万くらいで堂々とやっている会社もあるわけなのです。一千万円という資本金を要求することがはたして妥当かどうか、そんな点まで考えていけば、やはりこの政令の内容というのは、あなたが考えるような最低のものだということでなくて、相当に窮屈なものにさせるというふうなことが予想されるわけです。だからこういうものはつくらないほうがいいのじゃないか、それを法制局はなぜ賛成をしたか、こういう疑義をはさまなければならないわけなんです。しかしあなたのおっしゃることも、最初の意見と、それから最後の意見とだいぶ飛躍をしてきて、実際私の心境を申し上げれば、信じられない。もっと教科書という特別な商取引であるということを考えていただきたい。かつてそんなになかったということを文部省もいい、そして文部省は現に今後はなおかつそれがないのだ、こういっている。そういうときでも万一の場合を予想してこういう罰則規定を設けることが必要であるかどうか、できたら私は再考をお願いしたいと思います。以上です。
○山中(吾)委員 前の質問に続いて、もう少しお聞きしておかなければならぬのでちょっと聞きますが、この法案で出版業者で規制を受ける者は、指定の場合でも、第十八条で「文部大臣は、義務教育諸学校において使用する教科用図書の発行を担当する者」こういう者を前提として指定するということになっているわけです。ところが先ほど言った有償教科書だけを発行しておる会社の中で、中学校、高等学校の両方の教科書を発行しておる会社は、十六社ないし十五社ある。そこでこの無償を前提とした制度の中で、中学校の有償の教科書を発行しておる者がこれで規制を受けて、高等学校の教科書の発行まで巻き添えを受けるという事例が出てくる。そこまで矛盾が入ってくると思うのです。 それで法制局も同時に聞いてもらいたいのですが、福田局長が、この「当面する教科書行政の諸問題について」という論文の六ページの初めから四行目に「この指定制度は、」云々とずっと書いてある。そして、「以上は法案と直接関係している行政上の問題であり、これらの制度は教科書を無償にすることに関連して教科書の定価を合理化すると同時に製造供給についても無償を円滑に実施できるようにするための必要措置である。」すべて指定制度も無償に関連をしたものであることは、どの担当者もいろいろの表現で触れてきているわけなんだ。無償の教科書、義務教育の教科書ということを前提としてきておる。ところが中学校、高等学校だけの教科書を発行しておる出版会社からいえば、義務教育の教科書からもはずれた高等学校の教科書を発行し、無償の恩恵を受けない有償の中学校の教科書を発行する者も全部罰則まで入ったものを受けるという事態は、法制局の第四部長、あなたがいま考えておるのと違った事態だと思うのです。先ほど小林委員の質問に対して、あくまでも無償措置を前提として明確に答えられたので、その辺の矛盾はやはり明確に残ってきたんじゃないのですか。法制局第四部長の立場として、政策の立場ではなくていま一度伺っておきたいと思います。
○關政府委員 こういう制度をとりますことについて、それが無償の給付の制度に伴って、それを前提として出てきたということはおっしゃるとおりだと思います。そこでそれについては、明確に無償の教科書に関するものだけに限れば、ぴったりその限りは一致するわけでございます。ただこのほかにも、無償教科書以外の面に及ぶということにつきましても、それでは無償の教科書以外のものについてこういう制度をとることが絶対にいけないかといわれれば、やってもこの程度のことはいいではないかという考え方が背後にありまして、それに伴って多少はみ出す点はやむを得ない——といいますか、その程度のことはぴったり符合しないということはあるけれども、この程度はよろしかろうということになったわけであります。
○山中(吾)委員 もう一つ、義務教育諸学校における教科書を前提としてきたのですね。ところが中学と高等学校をともに出しておる出版会社がある。高等学校の教科書の出版までこれで規制、立ち入り検査をみな受けるということになる。これはそのときにお考えになりましたか。
○關政府委員 これは何か非常に論弁を弄するような感じを与えるようで非常に恐縮でございますけれども、十八条で立ち入り検査をいたしますのは、十八条の要件を満たしているという確信を得るために行なう立ち入り検査に限られているわけであります。そこはたまたま先生がいま例を引かれました高等学校の教科書も出版しておる、中学校のも出版しておるというものにつきましては、高等学校については実は法律は関知しておらないのでありまして、中学の教科書に関してだけこの法律は関心を持っておるわけでございます。たまたまそれが同じところでやっておりますと、自分のほうは高等学校の教科書を発行するについても十八条の要件を備えなければならないようなことに事実上結論がなりますけれども、法律的には義務教育の諸学校の教科書を発行するというそのことについてそういう規制を受けておるわけでございます。
○山中(吾)委員 少しわからなかったのですが、ごまかされたような感じになって。法律的には適用を受けないが事実上受ける。そこで、指定の効力はどういう効力ですか、法律上の効力はあるのですか。
○關政府委員 指定そのものはこういう要件を備えておるということの認定という性質を持ったものであろうと思います。したがって、認定そのものはそれだけのことでございますけれども、それとあとの採択のほうの制度と相まちまして、そういう指定を受けた会社の出したものでなければ目録に載せられないということになって、そういう効果を法律があとでつけておるわけであります。指定そのものはこの十八条に掲げておる資格を備えておるということの認定を表明するだけのものであろうと思います。
○山中(吾)委員 そうすると指定という制度と、指定を受けた会社の発行する教科書でなければ検定は受けられないという制度と合わすと、実質的には許可と同じことになりますね。
○關政府委員 指定と検定とは関係が一応ないわけであります。指定は採択のときの目録に載るかどうかというところできまるわけであります。ただ先生のおっしゃった許可というのは……。
○山中(吾)委員 許可の効力ということも含んで、許可と変わらなくなるのじゃないかということを聞きたいと思うわけです。指定そのものには法律的効力がない、認定とか軽いものだ、しかし指定を受けた出版会社の教科書でなければ目録に載せてくれない、目録に載ったものでなければ検定はしてくれない、検定というか展示会に載せない、目録に載ったもの以外は採用してはならないという一連の法体系の中から、指定を受けない会社からはどんな教科書も発行できない、出てもそれは採択の対象からはずれているということになると、この指定制は全体から言えば完全に憲法の営業自由の制限という実態を持ってくるということになるのじゃないですか。
○關政府委員 先生のおっしゃいますように、採択制度とかみ合わせまして全体を見ますと、許可制度と選ぶところがないじゃないかというお尋ねだと思いますが、結論的にはそういうことになると思います。それじゃなぜ許可にしなかったかとおっしゃられるのだろうと思いますが、許可になりますとそこにはもっと明確なる基準を立てまして、——今度のはそれについて教科書を出せないということでなくて、指定と言いますのは非常にゆるい条件で、これは政令に譲っております。その点は明確でないと思いますが非常にゆるい基準をきめまして、どっちかと言いますと、そもそもそういう会社が教科書をやって満足にやれないじゃないかというような、非常に素質が悪いというか、そういうものを排除するだけの考えだというたてまえ、それをあらわすためにまず指定ということで資格みたいなものを一応認定しまして、そのあとはいままでの採択のルートにたよっておりますが、それに乗せるという考えで許可というか何というか、そういう感覚と多少変えてものを見たというところだろうと思います。
○山中(吾)委員 許可にすると憲法上どうも疑義が出る、そこで指定という名において実質的には許可と同じようにする、ずいぶん苦心をされた、憲法論から脱法的法律的規制になってくると私は思うので、その点言いたいなら言っていいです。 そこでまた文部大臣にお聞きしますが、いまの話では、その政令というもののいかんによって法制局の思想が変わってくる。軽いものを前提としていま論議をしておる。ところが政令は国会がタッチできない。そういうことになってくると、三段、四段の方法、手段の中にどこまでこの法律が憲法からそれていくかわからない。この政令をつくるときには事前に事実上国会に協議をされる意思があるかどうか先にお聞きします。法制局も言いたいことを言ってください。
○荒木国務大臣 疑わればそういうような御懸念が出てくるかと思いますが、国会の御審議を通じまして政令にはおよそかくかくのことを考えておりますという御説明を申し上げた線を逸脱することは不信行為であって許されない、それだけの制約は当然あるものと思います。政府側と国会と御協議申し上げるという制度的なものがあるかどうかは承知しませんけれども、すでにして責任を持って御説明申し上げた線以上に強化するなどという意思は毛頭ないということをこの際としては申し上げておきたいと思います。
○關政府委員 許可という言葉を使った制度にすれば憲法違反になるおそれがあると思って指定ということにしたのかというお尋ねでございましたが、ことばのあれといたしましても違憲のものは違憲といたしまして、私どもはこの制度として憲法違反でない、またこの指定というものをかりに許可としましても、内容が同じである以上は違憲でない、こういうふうに思っております。
○山中(吾)委員 いまの大臣の御答弁ですが、税法について、政令で定めるとしたものも実質上大蔵委員会に事前に協議をしてつくっておるという慣行がありますね。したがって、これは法律論ではないのですが、こういう法制局とのきわどい論議にかかわる政令問題ならば、事前に協議するというくらいの慣行をおつくりになってもいいのじゃないか。ただ理念としてそういうことはあるまじきものであるという御答弁だけでは、私はどうもこういうかっこうの中で政令、政令ということになってくると、どこまでそれが逸脱していくかわからないので、これはいま言えるならけっこうですが、言えなければあとで理事会でも開いたときに御答弁いただきたいと思います。
○荒木国務大臣 実際の問題として、その案をちょっと持ってこいと言われましたときに、出さないなどというがんこな態度は絶対とらないつもりであります。
○小林(信)委員 関連。いま私質問したのに答弁をもらわなかったのですが、そう言うならばここでお尋ねしますが、局長は確かに過当競争等という問題を言われましたね。政令の中に過当競争云々というものは入れられるのですか。
○福田政府委員 政令の中に入れるつもりはございません。政令は、この前私審議会の答申をそのまま書くつもりだということを申し上げたのでございまして、先ほど申し上げたのは、この指定制度を設けた趣旨を申し上げたわけでございます。それは結果的にそういう過当競争防止ということにもなるという趣旨において、この指定制度を私どもは考えたということを申し上げたわけであります。政令の問題ではございません。
○小林(信)委員 罰則とか指定を取り消すとかいう問題、不履行があるかもしらぬから罰則規定を設けた、ところが私が、そういう契約不履行なんかはないという局長の意見ではないかと言ったら、そういうことはないかもしらぬけれども、過当競争というふうな問題が出てくるかもしらぬという話だったんですよ。だから私は法制局のほうにその点をお尋ねし、それで一応終えたのですが、いま政令という問題が出たからお尋ねするのですが、政令の中に入れないとすれば、さっきの局長の過当競争等の問題であるいは指定を取り消したりあるいは罰則にかけるというふうな問題はどこでやるのです。
○福田政府委員 それは政令の問題でないということをいま申し上げたわけであります。そういう趣旨でこの指定制度というものも設けられたということを申し上げたわけであります。
○小林(信)委員 私の質問をしたのは、なるべくそういう罰則規定なんか設けないほうがいい、これはだれしも同じ意見だと思うのです。ところがそういうことがあり得るから法制局のほうではやりたくないんだけれども了解した、こういう話だったから、あなたに、あなたはないと言っているじゃないか、ないと言うなら罰則規定なんかはないほうがいいじゃないかと言ったら、そういう契約不履行ばかりの問題じゃないんだ、過当競争等もある。だから、過当競争等もあるから罰則規定を設けるというならば、その罰則規定をこの法文の中でどういうところで扱うか、どういうふうに処理するのかということも考えられているはずなんでしょう。
○福田政府委員 どうも私もことばが足りないかもわかりませんが、先ほど申し上げましたのは罰則のことを私申し上げたつもりはございません。これは指定制度をつくれば、それに応じて必要な罰則なり立ち入り検査というものは法律技術上の問題として当然出てくるわけでございます。したがって、先ほど申し上げましたのは、契約不履行と申しますか、解約などの事例があったときに、あらかじめそういう事態を予想して、こういう指定制度を設けるのかというお尋ねのように思いましたから、それは契約不履行というような問題だけでなしに、やはり常時末端まで円滑に配給してもらうという責任も会社側は負っておりますから、そういう供給の末端までの円滑化ということも当然大きな問題であり、また一面過当競争の防止ということも考慮しなければならぬ、こういう趣旨で申し上げたのでございます。
○小林(信)委員 じゃ、もとへ戻って申し上げますが、もう契約不履行等はない、そのほかの問題がないとするならば、指定制度あるいは罰則、こういうふうなものはなくてもいいわけでしょう。私はその点であなたにお伺いしている。
○福田政府委員 少し繰り返し申し上げて恐縮でございますが、絶対ないというように私申し上げてはないんで、いままでも若干あったけれども、今後はただそういう部数が少ないというだけで契約を解除するようなものは傾向としては少なくなるだろうということを申し上げて、絶対に将来あり得ないというように申し上げたわけではないわけであります。
○小林(信)委員 もちろんそれはないとは限らぬでしょう。しかしいままでよりもかえって少なくなる、こういうことをあなたは強調されたはずなんです。そういう点だけでもって、指定とかあるいは罰則とかいうようなものを設けるならば、そんなものはないほうがいいんじゃないか、こう私は申し上げているわけですよ。そうすれば、結局あなたの答弁は、従来よりもないかもしれぬけれども、あるかもしれぬ、万一の場合に備えて、この罰則規定あるいは指定制度というものをとるんだ、こうおっしゃったのですか。
○福田政府委員 それもそのとおりでございますが、私は契約の解除のみを理由にしてはないということでございます。契約の解除をいたさなくて引き受けましても、引き受けたあとにおいて十分円滑に指定された期日までに供給されるという担保は、これは無償の措置を講ずる以上当然必要なことだ、こういうように考えておるわけでございます。
○小林(信)委員 それは、私たちは文部省というものの責任で指導し、育成をするという、そういう面だけでもってやっていくほうが、教科書という特別な仕事だけに、そのほうがいいじゃないか、こう申しているのですが、その点の見解はどうです。
○荒木国務大臣 そういうお考えもむろんあり得ると思いますが、私どもの考え方は、いま政府委員からも申し上げましたように、幾分か少なくなる傾向は期待されるわけでございましょうけれども、一方においていい教科書が安定して供給されねばならないという公益にこたえる立場は、いまお話しのとおり文部省等が行政指導等をやることもむろん必要ですけれども、何と申しましても、なおかつ起こらないようにということを期待する必要性もいま申し上げた公益のゆえにあろうかと思うのであります。その意味において罰則等のことが万一に備えて用意されておる、そのことを業者も念頭に置きながら自粛自戒し、責任を果たす意欲を起こすであろう、そういう期待のもとにその規定があることによって契約不履行あるいは末端までの供給が不可能になるというケースが少なくなるであろう、そのことの保障のために罰則等もあるものと考えておるわけであります。
○小林(信)委員 そうなると、そういうような見解でもってこの規定を設けようとする文部省の意図に対して法制局の意見を聞かなければなりませんが、大体腹はわかりましたから、もうこれ以上質問はいたしません。
○村山委員 関連して。私はここで一点だけお尋ねしておきたいのは、指定をするということは認定の事実行為であって、そしてそれは教科書目録に指定を受けなければ載らないし、したがって採択においてもその権利を主張することはできない。なお発行の場合の指示の取り消しというようなことも出ておるようでございますが、こういうような指定の取り消しを——問題になりますのは、政令で定めることの要件を備えたものであるというその政令事項にかかわるものが、これから文部省において制定をされる、こういうことになってまいりますと、その政令の内容のいかんによりましては、指定の取消しを受けた場合の救済措置というものが当然この法律の中に出てこなければならないわけでありますが、その救済については全然この発行のところには出されていない、異議申し立ての手続もつくられていない、こういうようなものについてはいわゆる憲法三十一条との関係においてどういうような論議をされたのか、この点について法制局と文部省のほうから見解を承っておきたい。
○福田政府委員 この指定の取り消しでございますが、十八条の一項に政令で定める要件を備えたものであるということが規定してございます。この内容につきましては繰り返し申し上げておるところでございますが、なるべく客観的な事実というものについてこれを指定要件の内容にするというような趣旨におきまして分科審議会から答申があったわけでございます。したがってそれについて政令できめられるわけでございますが、もしその基準に適合しなくなったときにおきましては、もちろん十九条によって指定を取り消さなければならぬということになるわけでございます。これは一般の民法による損害賠償請求というような問題もあるいは起きるかもしれませんが、行政上の措置といたしましては、行政不服審査法という先般制定された法律によって異議申し立てという手続は当然に行なわれるものと考えております。
○村山委員 指定を取り消されたらその年から先はもうその目録にも載らないわけですから、甚大な被害を受けて再起ができない、結局教科書会社を閉じなければならないという事態が出るわけです。そこで万が一間違いがないとも限らない。文部官僚の過去の教科書関係の役人のように業界に乗り込んでいって、戦争中でございますが、非常に悪らつなことをやったという記憶も国民の中にある。そういうようなことを官僚が間違ってやり出した、それに対してはそういうような指定の取り消しをやってしまったあとから救済の措置を講じてもらおうと思ってもそのときにはもうすでにおそい。しかも発行主も取り消された、こういうようなことになった場合に、もう解散する以外にないという事態に追い込まれてから損害賠償の請求をしてみたって、それはもう何も意味がないわけです。この発行の問題ではそういうような悪徳な業者はいないであろう、三万部、四万部以上の発行部数をこれから広域採択をやった場合にはみんなとり得るのだから、こういうことを言うのだったら、この法律が万が一のこと予想して成立しているのであれば、万が一そういうような官僚の行為によってそのような誤った行為がなされた場合には当然それに対して即時手を打たなければならない行政的な措置というものがこの章において、発行のところにおいて考えられておかなければならないと思う。これは憲法三十一条のいわゆる何人も法の定める手続によらなければ自由を奪われることができないという規定との関係において、法制局はこの問題についてはどういうような考え方をしたのですか。
○關政府委員 この法律に限らず、いろいろな許可等におきまして許可の取り消しということがあるのでございまして、そういうもの一般に対しましては、いままでは個々の法律によってその場合の不服の申し立てその他を規定するのが例でございましたが、先般の行政不服審査法によりまして一般に異議の申し立てをすることができるようになっておりまして、それによるのはもちろん行政訴訟にもなり得る問題だと思います。またそういう取り消しが公務員の故意や錯誤によって行なわれました場合には、もちろん国家賠償等の問題になると思います。
○山中(吾)委員 いまの問題については疑問をそのまま残しておきます。法制局の見解と文部省の見解は教科書無償を前提としての論議とそうでない論議と矛盾したままですから、そのまま残して、あとで明快な答弁があるまではその問題は保留します。 次に、教科書採択についてこの法案では学校の発言権を奪っておる。これはどうしても承服できない。何がゆえに学校の教科書を取り扱う当人からどの教科書を選ぶということについての立場を奪うのか。これは教師を教育奴隷にすることである。自分の教育をするのに、いわゆる指導要領に基づいて指示は受けるが、教科編成をする主たる教材として教科書を選ぶについて、行政機関がかってに選んでこれで教えろ、そういうことで教育ができるというような思想は絶対に承服できない。文部大臣の御意見をお聞きしたい。
○荒木国務大臣 その点は先般来私なり政府委員からおりに触れてお答え申し上げた課題だと存じます。採択という行政行為それ自体は教育委員会が従来もやっておりますし、その点については新たなる課題ではございません。そう考えます。その場合に、従来といえども、御指摘のように、教師一人一人が教育的立場でこれを選びたいという考え方そのこと自体を否定する考えもございませんし、法案そのものがそのことを否定しておるわけでもむろんございません。これはもう当然の常識の範囲のことと思うのであります。ただ、ある行政区域においてこれを選ぶんだという最終的な意思の決定そのものは、教育的立場でこれを教えたいという教師の立場とは別個な行政行為として受けとむべき課題と存ずるのでありまして、その最終的な決定そのものは教師の一人一人が国民に責任を負う課題とは違う。そういう趣旨でいつかもお答えしたと思うのであります。そのことはとりもなおさずいままで十数年運行されてきております中においてきわめて明瞭であると思うのであります。それほど常識的な課題でもある。したがいまして、採択する最終的な教育委員会としての意思決定に至りますまでの間には、そういう教育的立場の意見が当然に反映せねばならないことは言わずして明らかなことだ、そういうことでとり行なわれるべきであり、今日までそうしてまいった、こう理解いたします。そのことは、先日も申し上げましたとおり、学習指導要領というものを通じて教育課程それ自体について指示をする権限と責任が文部大臣に与えられておりますけれども、教育委員会の委員が文部大臣と同様の意味において教育者そのものではない。だからカリキュラムを組む立場に立ってこの教科書を自分は選びたいということそれ自体のその認識を教育委員、教育長などが持っておるということは当然の前提にならないと思います。したがって文部大臣の場合と同様、衆知を集めてその最終的意思決定をして住民に責任を負う。その責任を果たす上において万遺憾なきを期する責務が当然にあるものと思うのでございます。そういうことでございますので、市町村段階におきましては、従来の現実に行なわれておるその二とを常識的な課題としてとらえて、当然のこととして踏襲をする。県段階におきましては初めてのことでございますから、選定審議会というものをつくりまして、その中には三分の一の見当の教育者、校長とか教諭とかいう人々のメンバーをそろえまして審議会が行なわれるということに政令で定め、行政指導でもそのことをやりたい、かように考えておりますことを前提に申し上げて、御指摘のような教師の教育的立場からする教科書についての発言権を奪うなどという意思もなければ、法案そのものがそれを予定しているわけでもございません。 以上でもって御理解をいただきたいと思います。
○山中(吾)委員 文部大臣のお答えを聞いておれば、教師の事実上の採択の行為というものは十分尊重するというムードは出されておる。しかし、この法案というものは一度成立すれば立案者というものから離れて、独立して、この法律が今度はどういうふうに運営されるかということについては保障がない。そこで、私は問題にしなければならぬと思うのですが、どんなことがあっても、思想的に、教壇に立って教育をする者がどの教科書を選ぶかということについて、選ぶことが剥奪された立場から教育が成り立たないということは深刻に考えてもらいたい。明治以来の日本の中等教育の中には完全なる慣行ができてきておるのです。教員が選ぶというのは一人一人がかってに選ぶのではなくて、これはもう自然に、研究会で慎重にやる、そうして選ばれてくるのです。それくらいの信頼がなくて、文教行政が成り立つものではないですよ。教育条件が同じ地域ならば下から自然に統一されてきます。その点については、私はもっと深刻に考えていただかないと、そのときどきの便宜でこういう問題を法制化してはいけないと思うのです。これはもう明らかに、戦後のPTAのほうから、転校したときに困る、また買わねばならぬということが主たる声でだんだんきたのですよ。これは非教育的な立場です。その点を申し上げておきます。 次に、この法案の中に府県の教育委員会に数種の選定権を与えておる、これは何か新しい概念のようです。選定指導行政の一つの方法として選定をするのではなくて、それを拘束するのだから、私はどうも教育行政組織上から選定権という新しい概念が生まれてきたように思う。で、これは市町村立の管轄は市町村教育委員会にあるという基本的概念を無視しているじゃありませんか。県教育委員会は県立学校の管轄権があり、そうしてその他に対しては指導、助言しかないはずである。それをどういう教科書を選ぶかという市町村教育委員会の基本的な、根本的な権限を奪って平気でおるようなこの法案はまことに便宜的である、原則が一つもない。こういう無原則な、現行教育行政組織の原則を乱すような法案をどうしてつくられたか。指導助言の範囲ならばわかる。選定権というものを明確に出してくれば指導、助言を越えておると思うのです。市町村の教育委員会が市町村の学校でどういう教科書を選ぶかという権限を制限している。そんな市町村教育委員会はもう要らない。その点この法案について私はまことに遺憾であるので、文部大臣のお答えを聞いておきたいと思います。
○荒木国務大臣 お答えをいたしますが、本法案におきましては都道府県の教育委員会がそれぞれの教域内の教育水準の維持及び教科書の発行供給の合理化、円滑化の立場に立ちまして、従来の採択の実態を顧慮しながらあらかじめ数種を選定する。そういうたてまえにいたしておる次第であります。そのワク内でいわゆる教育委員会が一種を採択することとしたのでございますが、先ほども触れましたように、選定の場合には審議会を置くことにいたしまして、市町村の教育委員会からの委員を加え、市町村側の意見も、いわば予選をする場でございますところの選定審議会で十分に反映するように運営いたすことにいたしております。そのためにお説のように市町村の教育委員会の採択そのものが本質的に阻害されるということはないものと存ずるのでございます。
○山中(吾)委員 私はあると思うのです。県の教育委員会が指導、助言の立場であって、市町村教育委員会と府県教育委員会は監督、指揮の関係にない、上下の行政機関でない。これは明確にしておかなければならない。そしてどの教科書を使うかということは教育委員会の核心の権限であると思う。そのときに県の教育委員会付設の教育研究所あるいは指導主事が指導、助言の立場で研究して、こういう条件のときはこういう教科書でよろしいという指導、助言案としてお出しになるならばわかる。そうでなくて、数種を限定して選定して、それ以上使ってはならぬ、そういう意味の選定権を設定されるということは——それならば教育委員会制度の市町村教育委員会と府県教育委員会の行政組織について全部再検討しなさい。そういう意味においてそこまで便宜的に、無原則にされるならば、府県教育委員会でなくても、どこかの団体に選定権を与えるという法律をつくられたらいいのです。指導、助言の範囲内においておきめになるような法律にすべきじゃないかと私は言うのですよ。あるいは市町村教育委員会が相互に教科書研究協議会をつくられるというふうな法のたてまえならまだわかる。それが市町村の教育委員会のだれかを委員にするといったところで、大体県内の行政組織の原則を乱すような規定になっておるので、この点はまことに遺憾だと思う。私は文部大臣のそういう答弁には承服することができません。 次に、特別市で五大都市は、これは中学、小学校の児童、生徒だけで十数万人ある。いなかの県よりは児童、生徒数は多い。もっと少ない府県があります。そういう府県に対しても、いまの思想をそのまま適用して、府県で数種を選ぶ、そしてあと選びなさいと、子供をあしらうような法案になっている。十数万の児童、生徒があって、そしてその教育委員会が学校の先生の採択行為というものを尊重してきめるということになぜ干渉しなければならぬのです。そして現在の教育委員会組織の原則を乱すような——大体その市町村の教科書を採択する権限を、市町村立を管轄しない他の教育行政組織が奪っていくということは、どこからそういう思想が出るのかお聞きしたいと思う。
○荒木国務大臣 五大都市、特別都市が、通例の市町村とは別個に制度化されておりますことは、いま御指摘のとおりでありまして、都道府県と従来の市町村との中間的な新たな地方自治体ができたという意味においてはむろんお話しのとおりに理解いたしますが、ただその指定都市につきましても、一般行政の立場においては府県並みの特殊の取り扱いをしている事柄は、地方自治法に制限列挙してある事項に限られておるようでございます。教育行政について申し上げましても地方教育行政の組織及び運営に関する法律によって、教員の給与、人事、研修等に限られておるのも御承知のとおりであります。教科書の採択につきましてはその意味において、特に特別市であるがゆえに都道府県並みの立場において取り扱いをする必要は一応考えられない、その必要もあるまい、かように思うのであります。ただ実際の運営にあたっては、県の選定審議会におきましては指定都市の委員もむろん加えるわけでございまするし、いま御指摘のような立場、気持ちにおいての当該特別市の意見というものは、現実問題としては十分に取り入れられるという措置に相なりまするので、格別の支障はなかろうと考えておるのであります。
○山中(吾)委員 十数万の児童、生徒を含んでおる学校を管轄する特別市の教育委員会、これが教科課程の編成をやる機関なんですよ。そしてそれに即応する教科書を選ぶのに、上から制限されて何ができますか。法律的に権利として権限として奪っていって何ができますか。府県の教育委員会は数種を選ぶというが、それほど選ぶ地域はないので、もう形式的に制限するだけの話になってしまう。いまのお話の中にも、実態に即して教育的にお考えにならないで、形式的にいわゆる行政組織の上に乗って便宜的にお考えになるから、そういう現実に合わない問題が出てくると田ふうのです。 さらに採択区域という新しい概念がまたつくられている。採択区域というのは何ですか。初めて聞いたように思いますが、局長からお聞きします。
○福田政府委員 都道府県の中で適当な区域を設定しまして、そこでは同一種類の教科書を使うという、これは便宜上の区域でございます。従来郡市単位でやっておりますので、郡市単位の共同採択区域を採択区域と称しております。
○山中(吾)委員 教科書採択のための採択区域をつくられるならばどうして教育的に吟味をしてつくらないのです。全国の教育事務所の管轄でも郡市のとおりにするとどうも教育条件が違うので、二部にわたった管轄区域を教育的に設定する事務所もある。いろいろありますよ。だから教科書を採択する目的でつくられた区域ならば、また別な区域が出ることになると思うのですが、結局市町村区域というだけでしょう。市町村区域で一種選びなさいという法案なら、それでまだいいのだが、採択区域をなぜつくるのですか。局長がわざわざそういう熟語を出したことがわからぬからお聞きしている。
○福田政府委員 それは、従来ございました実態に応じて、同一の教科書を使う区域を採択区域として設定するという趣旨でございます。お説のように、教育的に考えてやります場合には、あるいは行政区域と若干食い違う場合もあり得ると思います。しかしながら、こういう採択区域を設ける際におきましては、採択自体を市町村の教育委員会がやるという観点から考えますと、やはり若干のそういう不便な点はございましても、行政区域と合わせるほうが適当だというような運営上の問題もございますので、行政区域に合わしているわけでございます。
○山中(吾)委員 教育委員会も学校も、全部何か別の採択区域を設定することによって拘束されるような感じがすると思うのです。そこで一種類選べ、二種類選べというだけでいいじゃないですか。わざわざそんなものをつくって。教育委員会だって、市の教育委員会なら教育委員会は一つしかない。一種類選ぶにきまっているじゃないですか。それを採択区域をなぜきめるのですか。学校ごとに採択するというので、この法案は市町村教育委員会ごとに、市なら市の教育委員会でつくるというならば、それでいいじゃないですか。区域など変なものをつくって。それなら教育委員会だって、変な採択区域に制限されるようなかっこうになってくる。とにかく郡市というものをもって、便宜的に広地域採択を要求されて、そして採択地区をつくられておるということは、どうも私はこの点についても、行政的な処理だけ考えて教育的に考えておられない、そういうことをまことに遺憾に思うのです。これについて、これは文部大臣の意見を聞いておきましょう。
○荒木国務大臣 大体政府委員からのお答えで尽きているようなことでございますが、すでにお話も出、お答えもしましたように、純粋に教育的立場に立てば、オーバーラップするようなところがあり得ると思いますけれども、すでに行政区域というものがあり、その行政区域を単位として、都道府県市町村の段階においても、もろもろの教育的に純粋に考えられるべきことも、便宜措置をいたしておろうかとも思うわけでございます。のみならず、この郡市単位を一応考えに入れまして、採択区域というがごときものを構想しましたのは、すでに八割以上が都市単位で同一種類のものが採択されておる。そうなるに至りました経過は、教育的な立場もむろん考えられ、あわせて行政的な立場もミックスされて考えられつつ、現実にきわめて平穏無事に、その状態にまでたどりついておるという現実は、尊重されてしかるべきものと思うのであります。したがって、そういうことを基礎に置きまして、教科書の採択について区域を定め、同一種類のものを選ばせるという事柄それ自体が、たとえば教育的立場に立ちましても、教師の共同研究等の実情から申しても適切ではなかろうか。したがって、教育的立場を矛盾するような御指摘でございますけれども、総合して考えます場合は、必ずしもそうとは考えられまい、かように考えております。
○山中(吾)委員 この法案についての基本的な疑問をずっと私はお聞きしたのですが、御答弁については、私は少しも満足しておりません。私は委員長に申し入れますが、この問題を、休憩をして理事会を開いて、われわれ理事仲間においてひとつ協議をしてみたいと思うので、休憩して理事会を開くことを要求いたします。
○小林(信)委員 これは、いままでの法案に関連したこととは少し違いますが、ここでこの際お聞きしておくことが一番いいと思いますけれども、実は盲学校の子供の問題です。これには点字の教科書があてがわれるわけですが、私は最近いろいろ話を聞きましたら、あの子供たちは、教科書以外には読む本はないわけです。ところが、ある特別な好意を持つ人たちの計らいで副読本というものが、これは一人一人が点字を打って——読みものだそうですが、そういうものが心配されているそうです。これは、きわめて犠牲的な人たちの好意によるものなんですが、こういう点を文部省はお聞きになっているかどうか。最近総理大臣が、肢体不自由児とかあるいは精薄児とか、ああいうふうな不幸な人たちに対して、非常にいい意思を表明されているわけなんですが、これがやはり文部省というふうな、ほんとうに当該行政官庁に響いてこなければ意味がないわけなんで、あの子供たちは、単に点字の教科書だけでもって勉強するのですが、もっとほんとうに心をあたたかくするためには、それ以外の読みもの等を必要とするわけです。それが、ほんとうに一部の好意ある人たちの犠牲的な仕事でもってなされているというようなことは、われわれの見るにたえざるところですが、この際、教科書問題が検討される中で、私はぜひとも文部省においてこの問題を、何らか恵まれるように、行政の中で取り上げられるように心配してもらいたいと思うのですが、そういう話を聞いたことがあるかどうか、あったら、それに対してどういうふうな考えを持っておられるか、お伺いしたいと思います。
○福田政府委員 従来就学奨励法の対象になるような者につきましても、御承知のように盲ろうその他の特殊教育の面におきましては、実情から申して、あまりしゃくし定木にやりますとぐあいの悪いものがたくさんございまして、本年の一年生の無償措置に関連いたしましても、これはあまり厳格に適用することは、かえって実情に合わないというようなものがかなりございましたので、その点は大蔵省と話し合いをいたしまして、できる限り現実の状態に合うように、救済措置を講じてきたわけでございます。いま御指摘の点は、私は実は話を聞いておりませんけれども、数はたいしたものでもございませんでしょうけれども、そういう特殊な面でございますので、教科書として考えられるようなものは、できる限り検討してまいりたいと考えます。
○小林(信)委員 そうじゃないですよ。点字の教科書は、これは当然私は無償制度の中で考えられなければならないのですが、しかし、教科書だけでもって子供が成育するというようなことは、これは間違いです。やはりいろいろ副読本とかあるいは何々の一つの物語とかいうふうな特別な読みもの、こういうものをあの子供たちが手に入れようとすれば金がかかってどうしようもないし、また市販にもそういうふうなものがないわけなんです。だから自分たちが——これは日赤にそういう会があるのだそうですが、日赤に集まる人たちはみんな肢体不自由のおとなたちです。その人たちが自分のからだのことを思って、そうして目の見えない子供たちのために自分たちが犠牲的に手で打って、ある一つの読みものを点字でもって表現して、そしてそれを子供たちに配付するのだ。非常な労力を要するものですが、数が非常に少ないのです。しかしこれがどれくらい盲学校の子供たちには喜ばれておるかわからぬという話を聞くのですが、なぜこういうふうな問題が行政の中に取り上げられぬか心配しておるわけなんです。教科書という問題は、私はもう当然のことだと考えて、それ以外の思いやりを、あの総理大臣が一作家の文章を読んで非常に感激されたというのなら、その意図を尊重しなければならぬ文部大臣とすれば、当然こういうふうな問題を考えてしかるべきだと思うのです。そのことを私は言っておるのですが、御存じありませんか。
○福田政府委員 私も気持ちは十分持っておりますが、具体的に十分検討してみたいと思います。
○小林(信)委員 それは非常にやってくれている人たちは涙ぐましい気持ちでやってくれているのですが、これを自分の希望でもってやろうとしたり、あるいは市販でもってそういうものをつくろうとしてもつくれないのですよ。だから私は黙って文部省が見ているようなことではなくて、何とかこの問題をもっと積極的に取り上げてもらいたい、こういう希望なんです。せっかく教科書問題が論議されている中で、こういう一つ一つの具体的な問題も実はもっと私たちは取り上げてまいりたいのですが、ばかに与党の諸君が先を急ぐためにそういう問題が取り残されるということをわれわれ非常に残念に思って一つだけ申し上げておきます。
○床次委員長 この際、先刻の理事会の申し合わせにより暫時休憩いたします。 直ちに理事会を開会いたしますが、委員会は慰事会の後に開会いたします。 午後六時五十二分休憩 ————◇————— 午後八時十九分開議
○床次委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律案を議題とし、質疑を続行いたします。山中吾郎君。
○山中(吾)委員 政府の答弁に対してまことに不満でありましたので、休憩前において委員長に対して理事会を招集することを提案をいたしまして、理事会を開きましたが、その間のいろいろの交渉においても、私の満足するような結果が得られなかったので、私はこれ以上政府に質疑を続行いたしましても、有効なる質疑の続行にはならないので、いままでの文部省の答弁においては、基本的にこの法案に対して賛成し得ないことが明らかになった。ことに、無償の制度に便乗していろいろの付属的な改悪規定があるように思われるので、私はそういう意味において十分満足できない。これを表明して私の質問はこれで打ち切りたいと思います。
○床次委員長 他に質疑もないようでありますから、本案に対する質疑は終局いたしました。 —————————————
○床次委員長 ただいま山中吾郎君外一名より、本案に対する修正案が提出せられました。 —————————————
○床次委員長 まず提案者より、本修正案の趣旨説明を求めます。山中吾郎君。
○山中(吾)委員 ただいま提案になりました義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律に対する修正案についての修正の趣旨並びにその修正点を、簡単に申し上げたいと思うのであります。 いままでの審議の経過の中にも明らかになりましたように、この法案は、無償制度を看板にいたしておりますけれども、中身においては、官僚統制の法案であるということが明らかになってまいりました。ことにまことに矛盾を感ずるのは、この法案が施行いたされましても、小学校四年以上の児童生徒は有償の教科書であり、また出版会社からいたしましても、有償の教科書だけを発行いたしておる出版会社が二十一もある。無償の名において有償の教科書を発行いたしておる出版会社が、この法の支配を受けるということはまことに矛盾であり、法制局からもある程度の疑義が出ておるのであります。そういう意味において、第三章の採択、第四章の発行、第五章の罰則、この三つの章条については、完全実施が行なわれるまで、これはむしろ執行を停止すべき内容であると考えるわけであります。こういう趣旨のもとに、修正案の内容は、三章から五章まで削る。それに対して、特に第一項を加えて、義務教育諸学校が教科書を採択するということを明示して、さらに完全実施の時期は、当分の間というあいまいなそういう法案でなしに、明確にすべきであるという立場から、昭和四十一年という時限を区切って、完全実施をこの法案に盛り込む、これが主としての内容であります。 これが自主的にどういう点が改正になるかと少し加えますと、先ほど申し上げました、学校が採択をするということを明示をいたしたこと、第二には出版会社の指定制、立ち入り検査権の削除、第三は府県の選定権を削除、第四は児童生徒が転校した場合においても、当然無償の教科書を配給するという点、さらに第五点、先ほど申し上げました完全実施の時期を明確に昭和四十一年とした、こういう点にございます。 以上私の提案説明を申し上げて終わりにいたしたいと思います。
○床次委員長 これにて修正案の趣旨説明は終わりました。修正案に対し質疑はありませんか。谷口善太郎君。
○谷口委員 修正案に対し、若干質問をさしてもらいます。と申しますのは、原案に対しましては、もちろん私どもは反対でありますが、社会党の修正案につきまして、賛成すべきか反対すべきかはよく質問しませんと……。 第三章以下、いま山中さん、御説明になりました点で、削ってしまわれるということでありますが、この無償措置に便乗して教科書の国家統制を企てた政府のやり方に対して、相当根本的な一撃を加えたものとして、私どもはたいへん賛成したいと思います。しかしいろいろのところで二、三お尋ねしまして、賛成すべきか反対すべきかをきめていきたいと思います。 修正案の附則第三項で「この法律の規定による教科用図書の無償給付及び給与は、昭和四十一年度までに完全に実施するものとし、当該年度までの間においてこの法律の規定により無償で給付し、及び給与する教科用図書の範囲については、政令で定める。」という規定になっておるようであります。この三項で伺いたいところが二つあるのです。一つは非常に単純なことで、私はわからぬから御説明願えばすぐにもわかることでありますが、この中で「教科用図書の範囲については、政令で定める。」と書いてあります。そうしますと、この範囲という内容はどういうことでしょうか。ということは、教科書の発行に関する臨時措置法では教科書というふうになっておる。それから学校教育法の、ずっとこの間から問題になりました二十一条では、教科用図書となっているわけであります。この法律自体は二十一条に基づく教科用図書の、つまり文部大臣の検定を受けたものについて無償であるという規定がございますので、この教科書ということばの内容と教科用図書ということばの内容とに相違があって、いわゆる教科書の範囲内でなく、もっと広い範囲で無償にするという点を考えていられるのか、そういう意味で範囲と言っていられるのか、あるいは教科によりまして国語とか、あるいは理科とかという、そういう範囲でこの範囲を考えていられるのか、そこいらがわからなかったので、最初にちょっと伺います。
○山中(吾)委員 まず第一点の、政府原案では児童生徒の範囲と書いておるのを教科書の範囲と書いておるのは、児童生徒の範囲とすれば学年ごとに順次実施をしていくということに限定されるわけであります。教科書の範囲といたしておきますと、第一年度は使用すべき教科書の三分の一、次は三分の二、次は全部、小学校の一年から中学校の三年まで、同時にまた特定の教科書については無償配給をして、教科書の範囲を拡大することによって、昭和四十一年まで実施をする、こういうこともできるわけです。その実施の方法については児童生徒の範囲という規定をしたと同じように学年で実施をしていくこともできるし、教科書の種別を拡大する形で完全実施に持っていくこともできる。これは今後まだ検討すべきものがあるので、どちらもできるという法案にしておくほうが正しいというので、こう表現で政令で定めるとしておきました。 第二点の教科用図書というのは、いわゆる教科書といわゆる副読本その他を含んだ、いわゆる主たる教科書の中で、教科書に限定しないで、それに準ずる副読本を含んで、その対象にし得る可能性を残すために、教科用図書としたわけであります。
○谷口委員 政府と違ってなかなか明快な答弁であります。 第三項の第二の点でありますが、昭和四十一年までに完全実施をする、こう書いてございます。なぜ四十一年まで待つおつもりになったのですか。なぜ完全即時実施するというふうにお考えにならなかったのですか。その点であります。いままでの審議の中で、政府の言っておりますところでは、四十年度には五十一億四千万円、四十一年度には八十五億円、四十二年度には百十五億五千万円。つまり四十二年度ですべての義務教育諸学校の子供たちの教科書がただで渡せるというふうに言っておるわけであります。百十五億五千万円という金は、子供たちに教科書を渡すという点から考えますと、決して大きい金でないので、いまの予算の中でも、これを国の予算の状況から申しましても、即時に完全実施できる。なるほどことしの予算の中では来年度からの実施の範囲内で組まれているようでありますけれども、実際に即時実施しようと思えば補正予算でも何でもできますから、これは即時実施できると思うのですが、社会党さんともあろうものが、なぜ即時に実施するというふうに考えなかったのか、その点がちょっと疑問であります。
○山中(吾)委員 補正予算を組めば直ちに実施もできるわけでございますが、この辺はちょっと実際的に考えまして、一応現在の予算を計上しておる第一年度だけは二十七億ということを前提として実施をし、あとは二カ年で完成するという行き方をとったわけで、理想的には即時実施が一番望ましい、これはそのとおりであります。憲法の人権の規定の中には教科書無償が原則であるとか、その他、あの人権の規定の中には二種類あって、自由権その他のようなものと、同時に制度的人権がある。それはプログラム的に実施することを前提として、一つの年次計画に漸進的に実施をしていくことを前提とした人権がある。その中の人権の種類に、教科書無償のあの規定があるわけでありますから、その点も考えて、これは現在の予算というものを頭に置きながら、こういう実際的な案にいたしたわけであります。どうも即時実施の法案を出すと、政府が答弁をいたしますときには、予算がございませんので賛成できませんという答弁ばかりをして、まじめに法案を取り上げない。その点は実際的に考慮いたしたわけでございます。
○谷口委員 だんだん政府の答弁に似てきました。(笑声)政府が予算上なかなかまじめに取り上げてくれないだろうということはよくわかります。しかし、社会党さんがこれをお出しになったのであって、社会党さんが、当然そういう主張を持っておられるとすれば、その点をはっきりとこの法案に書くべきじゃないかと私どもは思うわけであります。しかし、それはそれで先に進めますが、この法案によりますと、第二条第二項で、先ほどもちょっと触れましたように学校教育法第二十一条第一項その他による教科用図書、こういうようになっておる。つまり採択にあたって問題になる教科書は文部大臣が検定したものということが前提になっておりますが、現在の検定制度に関して、社会党さんはどういうふうにお考えになるのでしょうか。現状の検定制度についての社会党さんのお考えを伺いたいと思います。
○山中(吾)委員 列国の教科書制度については国定、検定、認定、さらに英国のような完全自由な教科書の制度と、さまざまでございますが、日本の場合は検定制度をとっておる。その分だけまだ日本は民主化していないことは明らかであると思うので、もっと自由な教科書にすべきであるという考えは先に申し上げておきます。現実の検定制度については私は検定の限界があると思う。検定権ということばをかりに使えば、憲法に保障する思想の自由、学問の自由、検閲禁止の規定、出版の自由、そういうものを含んで考えるときに、たとえば歴史教科書における歴史観あるいはその教科書についての思想、ここまで立ち入って検定をすることはできない。検定権のほかであると考えております。そういう意味において事実であるかいなか、あるいは表現その他について児童、生徒に適応する表現であるかどうか、あるいは史実その他のことについていわゆる検定さるべきであると思うのであるが、現在の検定の事実を見ますと、秘密主義であり、検定の結果についてのいわゆる文書による公表もない。そうして実質上そういう思想の自由にまで入り込んで検定が間接、直接に行なわれておるのであって、この点については、日本の検定制度は非常に弊害をかもしつつあると私は考えております。
○谷口委員 きょうのあなたと初中局長との問答の中でも、この問題につきまして、検定においては思想の自由を検定するというような権限はない、そこまで入ってはならないのだというふうに初中局長もおっしゃったし、この前の大臣の御答弁でもそういうふうにおっしゃっておるわけであります。いま、あなたもそういうような点の思想内容にまで検定が入るような権限は持たないというふうにおっしゃっておるのでありますが、私もそう思います。ところが現状におきましては、実際はそうでない事態がたくさんあるように私どもは思う。ここに若干の資料を持ってきております。たとえば三十七年度の検定の、実際におきまして、こういうことがあります。「普通選挙制や団結権の獲得にしても、それぞれ長い戦いの歴史がある。民主政治はこうした多くの戦いと、いくつかの革命によって、その基礎をきずき、さらにファシズムをきりぬけて成長してきた。」こういうことを書いた教科書原本に対して、これを削除することを調査官が命じておるようであります。そういう検定のしかたは思想内容に入ったものと私ども思いますが、社会党さんのほうはどうお考えになっておりますか。 〔発言する者多し〕
○山中(吾)委員 これは事実であるという意味においては、私はそういうものを修正すべきものではないと思います。小学校児童の心理発達段階に応じて、どういう表現をするかということは一つの検討の問題にはなると思いますが、いわゆる教科課程に基づいて心理発達の段階に応じて、そういう一つの事実をどういうふうに表現をするかということについては、これはやはり著作者とともに論議をして、そうして子供の発達段階に応じて、その子供の素質が正しく真実を追求していく人間として育つ方向に、表現その他について話し合うということだけが残っておるのではないか、そういうふうに私は思います。
○谷口委員 自民党さんはいろいろ聞いてもらったほうがかえっていいのでありまして、あまりやじを飛ばさないで聞いてもらいたい。やじを飛ばしますと時間が長くかかります。 事実の問題について、いま御見解を伺ったわけでありますが、イデオロギーの問題として検定が非常に問題にされておる事項があるようであります。たとえば同じ三十七年度の中学校の教科書の検定につきまして、こういう点があります。「明治憲法に定められた国民の権利や自由は、人が生まれながらに持っている基本的人権ではなく与えられたものであるという考えが根底にあった。」という事実に対しまして、イデオロギー上おもしろくないからということを調査官は言っておるのであります。こういうイデオロギーに対しましては、これもずばりそのもので思想内容に入ってきているのでありますが、こういう点についてのあなたのお考えはいかがですか。
○山中(吾)委員 検定官の考えはまさしく間違いであります。これは旧憲法の学者の解釈よりも、臣民の権利ということばの中から、天皇からいただいた権利であると学説、通説に全部書いてあります。
○谷口委員 こういう例を申し上げておりますと非常にたくさんございますが、私どもも全くあなたと意見が一致するわけであります。つまり教科書検定につきまして、今日の文部省が、大臣が言っているとおり、思想内容にまで入り込む権限は持っていない。ところが実際はそういうところへ入っているという事実があるわけであります。こういう点で検定をした教科書を前提にして無償で渡すというこの法案につきましては、根本に、こういう問題にも必ずさかのぼって、こういう事態、こういう状況、こういう実情を改善するということを今後ともやっていかなければならぬと思っているのでありますが、そういう点についての社会党さんの御意見はいかがですか。
○山中(吾)委員 児童生徒の場合については、そういう子供たちが性格がそこなわないようにすくすくと育つこと、児童生徒らしい正義感その他を真実を通じて育てていくということが私は正しい考え方であると思うので、イデオロギーその他というものについて、思想は自由である、その思想を児童生徒の人間的成長に応ずるように表現していくというところに教科書検定の機能があると私は思っておるわけであります。したがって、具体的な例について一つ一つどうかということになってくると、その点についてまた言っておると私が検定官みたいな判断になるので、ちょっと言えないのでありますが、先ほどのいわゆる旧憲法の権利思想は、美濃部博士でなく、上杉慎吉博士がちゃんとそのことは言っているのだから、そういうことは常識だ。そういうことを何だかんだと言う検定官は、時代錯誤だと私は思う。
○谷口委員 新しく修正案に書かれました第三条で「教科用図書の採択」という条項を設けられたようであります。これによりますと、「義務教育諸学校は、毎年度、当該学校において翌年度に使用する教科用図書を、教科書の発行に関する臨時措置法第六条第二項の規定により都道府県の教育委員会から配布される目録に登載された教科用図書のうちから採択しなければならない。」、こういうふうになっております。つまり採択の実際の仕事は学校自体でやるべきだ、こういうふうに義務づけておるわけでありますが、午前中からあなたもおっしゃっておりました採択権というのが、採択権は学校にあるという規定のようであります。昨年社会党からお出しになった教科書法案の中でも、大体この趣旨が書いてございまして、またやや詳しく書いてございましたが、同じ考え方からだろうと思うのであります。 そこで、学校ということの内容であります。これは教育の場で、特に父兄から子供たちを預かって教育の専門家としてお仕事をしていられる教員の方、これを中心にして、そこに採択する実際の権限があり——権限という問題をいうならば権限があり、あるいはその仕事をそこでやるべきだというお考えだと思うのでありますが、これはなんですか、昨年の皆さんのお出しになった教科書法案では、ここで、先生方が御討議になって、そして結局校長先生がきめていくというお考えが書いてあったと思いますが、それと同様ですか。
○山中(吾)委員 学校を定義すれば、営造物ということになりますと、生徒児童みな含んでくる。児童、教諭それから施設まで含んでくる営造物法人のようになるわけですが、ここではそういうのではないのです。学校についての採択についてだから、教科書を直接担当しておる教師——校長、教員を含んで、その全体の学校の方針に基づいて教科書を採択する立場の学校でありますので、校長及び教員全体の合議によって選ぶという思想が入っております。前の昨年のには学校長は担当教員の意見を聞いてと書いておりました。しかし考えてみると、この教科書の採択については、みずから使う教員がそれを選ぶと同時に、学校全体の一つの教育方針があるわけですから、学校という表現で、教科書を担当する校長、教員全体の合議の中で選ばれるということがいいのではないかという思想で学校と書いたわけであります。
○谷口委員 それはよくわかりました。 そこで、私どもの考えておりますところによりますと、いかなる教科書を選ぶかという問題は、教育を受ける者あるいは教育をみずからする者としてのいわゆる教育権と申しましょうか、それは国民にあるという考えの上に立って、教科書を選定するという問題も本質的には国民にある。この国民の基本的な権利の上に、権限の上に立って、その国民の幼い子供を預かって専門家として教育をしている現場の先生方、いまおっしゃった学校という概念の中に入ってくるいろいろなもの、特に先生方、この人たちがしたがってその衝に当たるというふうに考えるべきであるのではなかろうか。もし権限というようなことを言うのであれば、根本的には国民に採択権があるのであって、先生方は子供を預かっているという立場から、その国民の権限の委託を受けてかわってなされるというふうに解釈すべきだと私ども思っているのですが、その点のお考えいかがですか。
○山中(吾)委員 すべての国民は教育を受ける権利があるという憲法の規定と、いずれの教科書を使うかということとは少し違うと思います。私は、いずれの教科書を使うかということは、教育活動の着手であると考えているわけです。教育をするのは教師である、教師がどういう教科書を使うかということは、行政でなくて、教育活動の着手だ、したがってこれを使う子供は私はそこに入らないと考えておるわけで、それを使う先生が、先生の集合体の学校というふうに私は解釈しておるわけで、その点について国民ということで、すべての国民は教育を受ける権利ということと、それからいずれの教科書を選ぶかということとは、そこは一つではなくて、やはり教師ということの立場における採択、そういうように私は考えてこの法律の案の中に織り込まれておるわけで、それは申し上げておきたいと思います。
○谷口委員 その点私と若干違っているようであります。この論議をあまり長くやっていると自民党さんおこられますから、私なにしますが、しかし、ただあなたのお考えの中には、現在の文部省が検定をした教科書を選ぶということを前提に考えていられるのではないか。そうじゃなくて、もっと教科書を、今日の文部省がやっているような検定の束縛を乗り越えて、ほんとうに民主的で多様性を持った豊富な内容の教科書が多数出るということを考えた場合には、やはり教育を受ける者、みずから教育をする者、そういう国民の立場から教科書を選ぶという問題も、単に教育活動の具体的な開始だというだけじゃなくて、もっと教科内容、教育内容にまで触れるものだというふうにわれわれ考えているわけであります。しかしこの点はけっこうです。さらに今後あなた方といろいろ話し合っていけばいいと思うのであります。 さて、私は最後にお聞きしますが、これはこの間から私、政府に対する質問の中でも申し上げたのでありますが、文部省のあり方につきまして——文部省というよりも、教育を実際に実行する上のあり方につきまして、つまり行政の問題でございますが、これについて御承知のとおり臨時行政調査会の報告が最近出ました。あれによりますと、今日の政府機関から独立した中央機関、あるいは地方における教育委員会の公選制というようなことも含めまして、そして新しい教育機関というものを考えているようであります。あの中にはいろいろ意見がありますし、また今後それを実際に実行するには、それぞれ意見があると思うのでありますが、少なくとも今日の一般的な行政機関から独立しました教育自体が、国民から直接選ばれた、直接責任を持ったそういうものとして独立すべきだという意見は私ども持っておるわけであります。そういう点についての社会党さんのお考えはいかがでしょうか。
○山中(吾)委員 私はほんとうは三権分立主義ではなくて、四権分立主義を主張する人間であります。立法、司法、一般行政権、教育行政権、そういう思想の上に立ってこそ、公選制教育委員会という根拠が私は出ておると思うのです。終戦直後直接選挙によって教育委員会の委員が選ばれて、国民が直接代表してあの制度ができたというのは、明らかに四権分立思想だと考えておりました。そういう意味において私は公選制が正しいと思う。そしてその中でほんとうの意味の教育の中立性が出ると私は確信を持っておるわけですが、そういう意味においては任命制に改悪をされておる、そうしてやがてそれがだんだんと間接直接に時の政治の動きの中に教育行政が右往左往しておることはまことに遺憾であると私は思っております。
○床次委員長 だいぶ時間がたちましたから、簡潔にお願いします。
○谷口委員 これでやめます。 山中さんの御意見と私ども全く一致するわけであります。これは共産党とか社会党というだけでなくて、今日のありさまでは、相当の学者も、また先ほど申し上げましたように、臨時行政調査会の結論としても出ております。自民党の諸君は何かというとそれがどうだとか言っておりますけれども、これはこの間私が申し上げましたとおり四権分立であります。教育は全く国家の支配を排除するということでありますが、この内容につきましては今後いろいろ考えなければなりませんが、根本的な理念といたしましては、私どもも全くいまの権力というものから独立した、教育というものはそれの本質からいいまして独立して、国民自体が国民自身の自主性を持ってやるべきだという意見を持っております。この点につきましても、公選制の教育委員会を早くも改悪するという考え方から見まして、今後大いに社会党と共産党とは協力してやらなければならぬと思うのでありますが、これは相当自民党諸君の反対がありますから、大いに力を合わしてやっていきたいと思います。 それでは私の質疑は終わります。 —————————————
○床次委員長 他に質疑がなければ、義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律案並びにこれに対する修正案を一括して討論に付します。 討論の通告がありますのでこれを許します。村山喜一君。
○村山委員 私は政府提出の義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律案に反対をいたし、社会党提出の修正案に対しまして賛成の討論を行ないたいと思います。 まず、政府提出法案の内容を検討いたしてみますと、義務教育の教科書については無償で供与するということは、これは憲法に定めるところの義務教育無償の精神からいいまして、当然の行為でございますが、それに便乗いたしまして、現在の教育内容、教科書行政をさらに官僚の手によって中央集権化せんとするところに第二のねらいを定めております。主たるねらいはそこにあるのではなかろうかということが、法案審議の中においても幾多問題として出てまいったわけでございます。そういうような点から、この法律案は立法上の誤りをおかしているという点が、第一に指摘をされなければならないと存ずるのであります。それは二重性格的な人格を持ったものとして、ここに出されております内容はまさしくそういうようなところにねらいを定めておるかと考えられるわけでございますが、さらにこれらの内容をしさいに検討してまいりますると、幾多の問題がありますが、それをあげて逐一批判をしてまいりましたならば、時間が幾らあっても足らないほど問題点がございますけれども、一応ここで問題として私が取り上げております点を、七点にわたりまして指摘をいたしてまいりたいと存じます。 第一は、無償給与の完全実施の保障がないということであります。法律にはそういうようなことが書いてございますが、附則の第四項によりまして、当分の間政令の定めるところによってこれを定めるということになっておりますから、その政令の定め方いかんによりましては、第三条に規定をいたします国が無償で供与するというこの教科書のあり方は、そのときの情勢によって、財源的な措置によって、当分の間は永久に続く見込みもあるわけでありまして、そういうような点からこれに対するところの財源的な保障は、ただ年次計画を文部大臣がつくっているというだけであって、それに対するところの裏づけが全然ないというのが最大の欠陥であります。しかも法案の審議を通じましていろいろ検討いたしてまいりました場合において、地方自治団体の負担という問題もまだ十分に解決されていない。今後においてこの問題は検討をするんだということになっておりまするので、それが生きてまいりますということに相なりますれば、これは当然現在国が無償で給与するという精神さえもおかすような方向が、将来に出てくることが言えるわけであります。その点が第一点であります。 第二点は、教科書の採択の問題についてでございますが、教科書というのは、いまの臨時教科書法案の中にも書いてありまするように、教材であり、これは教育の内容の問題である。したがいまして学習の形態であるとか、指導方法に関係のあることは言うまでもなく、それを中心にして今後の教育というものが行なわれていかなければなりません。にもかかわらず今日文部省は、採択権が文部省にあると称しておりまするけれども、このことはどこの法律を見てみましても、採択権が地教委にあるということを述べてある法律条項はないのでございまして、今日の地教委の実態からいうならば、専門職でないところの教育委員会の中から教育長が選任をされておるというような実態の中にあって、今日におけるところの科学技術の教育の進んだ実情に即して、実情から申し上げまして教科書を採択をしていく能力を欠いていることは言うまでもないのでございます。そういうようなことから、この教科書が教材であるということから考えてまいりましたならば、当然学校の発言権、採択権というものが重視されなければならないことは言うまでもない点であります。 さらに第三点といたしましては、府県の教育委員会に教科書選定権を設定するということに相なっておりまするが、これは市町村立学校を所管するところの市町村教育委員会の自主的運営を阻害するものであり、現在の教育行政組織上不当であると言わなければなりません。 第四点は、十数万の就学人口を保有するところの特別都市でありますが、その指定都市、五大都市は、人口の規模からいいましても、また今日まで大都市の特殊性として組織的な教科書に対するところの研究のその実践の上において、選定採択のそういう実績を踏まえてまいりました実情を明らに無視いたしまして、私がこの前述べましたように、都道府県の教育委員会よりも、五大都市の教育委員会の充実ぶりは、はっきりと教科書に対するところの取り組み方が、今日までその五大都市のほうが府県よりも優秀であったという実績を物語っているものがあるにもかかわらず、そのような大都市の実績というものを踏みにじっているということは、これは明らかにその特殊性を無視していると言わなければなりません。 第五点といたしまして、現在の行政区画というものが郡なり市ということに分かれておりますが、これは教科書を採択するところの単位としての設定ではなくて、やはり行政的な立場から見られているわけでございますが、教科書の採択という問題は、やはり教育的な見地に立って採択地区を設定していくという考え方に立たなければならないわけでありまして、今日、人口の社会移動の多いところの状況の中にありまして、この地域をどこにすべきかという問題は、当然教育的配慮に基づいてこのような措置を、学校に採択権があるということを前提にして考えていかなければならない問題であると考えるのであります。 第六点は、出版業者に対するところの指定制及び立ち入り権は、個性のあるところの自由な教科書編さんに有害であり、よい教科書は生まれてこないということであります。この問題につきましては、すでに質疑の中で明らかにされましたように、全然教科書無償のそういう恩典にもあずからない中学校、高等学校の教科書を編さんするところの教科書会社が、中学校だけの教科書会社が五つ、中学校と高等学校の教科書を発行しているのが十六社、合わせて二十一会社の場合等も、この法律の適用を受けて規制だけが強制適用されるということは、法のもとにおいて平等であるという思想に反すると同時に、そのようなことにおいて教科書のあり方を著しくゆがめていくという方向になっていくと言わなければならないのであります。こういうような立場から、公益的性格を教科書が持つということをもってして、恩恵を受けないところの出版業者が不平等な取り扱いを受け、しかも指定制、立ち入り権制度ということによって、いまでさえも文部官僚の手によって非常に卑屈な状態の中で存在をいたしております出版業界が、さらにますます沈滞した状況の中に陥っていくとするならば、これは当然において日本の子供たちの教育のための教科書が著しくその独自制を阻害されるという方向を導き出してくると言わざるを得ません。 最後に、本法案の施行によりまして小学校四年生以上と中学校の有償教科書の取り扱いについても、同様に本法を適用されていることは不当であると言わなければなりません。 以上の理由によりまして、政府の提出いたしました法案はきわめて不備であり、しかもそのねらいが国定化の方向に一歩ずつ態勢を傾けていくという方向に重点が注がれて、憲法に定めるところの教科書無償という立場からする法律案でないということに対しまして、まことに残念に存ずるのであります。 わが社会党案はそれに対しまして、採択の実情は学校に権限が与えられなければならないという立場を明らかにし、そして転学者に対しましても給付するのが当然であり、さらに業者の指定なり選定の問題につきましてはこれを除き、罰則の廃止等を打ち出しておりまして、憲法にいうところの義務教育は無償でなければならないという筋をはっきりと示し、そうして五カ年一画の立場に文部省が立っておりますものを法律の上において明記して、その実施の完全な保障を確立をしてまいりたいという国民の要望に沿うた修正案であることを申し上げまして、政府提出法案に反対、社会党法案に賛成の討論を終わります。(拍手)
○床次委員長 八木徹雄君。
○八木(徹)委員 私は自由民主党を代表しまして、政府原案に賛成、社会党の修正案に反対の討論をなさんとするものであります。 ただいま社会党を代表して村山君から政府原案反対の七つの条項を述べられましたが、それについて論駁いたしたいと思うのであります。 最初に、本法は完全実施の保障がない、こういう言われ方であります。御案内のとおり、本法案は措置法案でございまして、母法は先四十国会において無償をするという旨の大原則がすでに確立をいたしておるわけでございます。また先ほど来大臣の答弁にもありましたように、一年から中学三年まで同時に無償にできるということが最も望ましいことは言うまでもないことでありますけれども、現実の財政事情からしてそれが不可能である、その意味において附則第四項において「当分の間」という規定を設けております。しかしこの「当分の間」という規定が永久に当分であるかのごとく言われることは疑心暗鬼であり、猜疑心が深過ぎると思うのであります。総理大臣が本会議の席上においてるる述べておりますように、最大五年を目途にして無償の完全終了をはかりたいということを言っております。すでに二年を終了いたしておるわけでありますから、あと三年でわれわれの待望する無償というものが実施できるということは確約されておるわけであります。その意味において第一点は疑心暗鬼以外の何ものでもない、このように申し上げざるを得ないのであります。 第二点といたしまして採択の問題でございます。採択につきましては現行採択方法を今回の法律によって変えておるということではない。ただ変わっておるのは、都道府県に選定審議会を設けて、その選定審議会においていわゆる数種のものをきめるという、そのことが現在の採択制度と変わっておるというだけであって、地方教育委員会のこれに対する措置というものは現在の法律と何ら変わりはない。その意味において今回の採択権という問題が特に問題になるという課題はないと私は思うのであります。 次に、県教育委員会に選定審議会を設けるということはどうであるか、こういうことでございます。この選定審議会につきましては、本法案審議の過程において明らかになりましたように、決して教師の発言権を封ずるというのではない。少なくとも三分の一の校長、教師という教育担当者の連中をこの選定審議会の中に入れて、十分にそれらの方々の意見を徴するような形になっておるわけでございますので、このことが現行制度に対して大きく後退するということには絶対にならない。より現実的な改正案であると言わなければならぬと思うのであります。 次に第四点、特別都市の問題でございますが、この問題につきましては一応検討する課題であろうかと思うのでありますけれども、しかし都道府県というものと特別市というものの関係を敵対感情にあるかのごとく言うことは適当でないと思うのであります。現実に本法に指定いたしておりますように、都道府県の中に特別都市の発言権を十分に留保するということになっておるわけでございますから、それがために特別なる障害が起こるということは考えられないのでありますけれども、この点につきましては幾らか調整の余地があろうかと思うのであります。 次に行政区画に採択権というものが並行しておるということは適当ではないじゃないか、もっと独自の教育的な立場に立って区画というものがきめらるべきじゃないか、こういうようなお話でございます。議論としてそういう議論があろうかと思うのでございますけれども、現在の採択の実態というものをながめてまいりますと、実はそれらの行政区画ごとに中幅な採択というものがなされておるということは現実の姿であります。またこの程度の市あるいは郡というものを単位にして採択をはかるということは、教師の共同研究等の実情に照合いたしましても適当な分野のほうが多いと思うし、現実的に申してもそれが大多数のところに行なわれておる実態であるという意味において、このことは問題にならないかのように感ずるのであります。 第六点、出版業者の指定の問題でございますが、少しく誤解をいたしておるのではないかと思うのであります。指定ということは、いわゆる欠格条項というものを本法において規定をい失しておるわけであります。その欠格条項というものは、いわゆる最も常識的な、通俗的な規定でございまして、これによって、心配されるような、現行出版業者が脱落するとか、あるいは指定を取り消されるとかいったようなことは考え得られないと思うのでございます。立ち入り検査の問題を問題にされておりますが、このことは先国会において社会党が出されました法案よりもよりこちらのほうが微温的であり、良識的である。社会党の提案のほうがよりひどいものであるというような意味からいたしましても、現実を無視したことにはならぬのじゃないか、このように感ずるのであります。 第七点といたしまして、本法がいわゆる無償措置を財政的にしたもの以上に、たとえば小学校については四年生以上のものを巻き添えにするということは違法ではないか、行き過ぎではないか、こういうようなお話でございます。この点につきましては一応もっともなところがあろうかと思うのでございますけれども、しかし、しさいに検討いたしてみますと、先ほど第一点で申し上げましたように、無償措置が完了するのは五年を目途にして、もうあと三年だということであります。しかも附則第一項にうたっておりますように、この措置が行なわれるのは小学校については昭和三十九年、それから中学校においては昭和四十年ということになっております。さように考えてまいりますと、五年計画というものがこの附則によって早められるということになれば、問題は一ぺんに解決する。一年の違いでございます。そういう意味において現実と遊離したことにはならないのであって、この程度のことであるならば同時にこの際この措置をしておくということのほうがかえって親切なやり方ではないか、こういうふうに考えるのでありまして、特に問題にするに足らないと思うのであります。 以上七点につきまして申し上げたわけでありますが、社会党の修正案につきましては、いま申し上げましたように、いわゆる猜疑心と偏見、その上に立っての措置であって、必ずしも取り上げる必要はない。われわれは政府原案というものを押し通すことによって国民の期待に十分にこたえ得るものだ、かような意味において、私は政府原案に賛成、社会党の修正案に対しては反対の討論を終わるものであります。(拍手)
○床次委員長 門司亮君。
○門司委員 私は、いま提案されております義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律案に対しましては、政府原案に反対の意思を表明するものでございます。 反対の一つは、御承知のように、義務教育を無償とする憲法の精神に従って戦後すでに十七年もたっており——政府は経済成長が非常に自慢のようでございますが、それほど成長しておる政府の財政規模の中から考えてみますならば、この憲法に規定されておりますように、第四十回国会で一応の基礎法案ができておるというお話でございますが、その基礎法案に基づいて義務教育は当然無償とすることが憲法を忠実に守り、また日本の教育を忠実に守るゆえんであると私は考えます。しかるに政府は、経済は成長しているといって盛んに自慢をしておるが、憲法で定められたこの教科書無償法案は完全実施ができない。しかも地方住民の今日最も大きな財政上の負担になっておりますものは教育費であります。したがって、地方住民の生活を擁護し、地方の自治体の自主性を完全に、と申し上げることは行き過ぎかと思いますけれども、今日より以上に豊かなものにしていくためには、まず憲法に規定されておるこの教科書の無償法案を完全実施して地方住民の負担をそれだけ軽くするということが最も大事な問題であると思うのでございます。ことに地方の住民の負担の中で教育に関するPTAの費用のごときは非常に大きな問題になっておることは御存じのとおりであります。したがって今日政府がほんとうに国民のことをお考えになるならば、この住民の最も大きな負担になっておる教育行政に対して憲法の規定いたしておりまするとおり、教科書につきましては無償でひとつぜひこれの実施をしていただきたい。しかるに本案はわずかに一年でありあるいは三年までというようなことで、しかもその三年は三十九年度である、それ以後についてはほとんど目鼻がついておらない、こういう案の内容自身はきわめてずさんなものであるにもかかわらず、政府の意図いたしておりまする権限というものは非常に強くしておるということである。すなわち本法案の第十一条を見てごらんなさい。文部大臣があらかじめきめたものについて、これを選択せよということがちゃんと隠されて書かれておるのである。なるほど法律に基づくものであるということは一応言えるかと思うのでありますけれども、しかし少なくとも国が教育に関係すること自体が誤りであるにもかかかわらず、自分の行なうべきものは完全に実施しないで、権力だけを強くしようとするものの考え方、同時に教科書を無償で配付するからその無償で配付するかわりに権力を強くしようとするものの考え方は、明らかに資本家的ものの考え方である。金をやるからその代償を必ず求めなければならないというものの考え方はおよそ今日の日本の憲法の、事教育に関する限りにおいては認められないところである。私どもはこういう基本的な立場に立ってまずこの法案に反対をしなければならないと思うのでございます。 同時にまたこの法案が施行されて、私どもが最も遺憾に考えておりますのは、いま申し上げましたことであると同時に、今日の地方行政のあり方というものが、政府の意図する、ほんとうになしくずしの形で、一城一城がくずされてきておる。たとえば、教育は法律の示しておりまするとおり、地方自治法にも明確に書いておりまするとおり、地方公共団体の一つの大きな仕事として、義務教育その他の教育に関する事務とこう書いておるのである。単に義務教育だけではないはずである。これを維持することは地方自治体の任務としてちゃんと法律に書かれておるところである。そうだといたしますると、義務教育の施設というものは、明らかに地方自治体の固有の事務と申し上げてもちっとも差しつかえない。その固有の事務であるべきものが、教育二法案の昭和三十年の改正によって、教育の中心であるべき県の教育長が文部大臣の任命であるというようなこと、同時に従来公選をしておりました教育委員が、首長の推薦によって議会の協賛を経るというような形に曲げられてきておる。その上にこの法案が出てまいりまするならば、もはや政府が何と抗弁されようとも、教育の国家統制に近づきつつあるということはいなむことができない現実であります。私どもは今日の日本の民主主義を維持し、日本の教育行政というものをほんとうに父兄のための教育、憲法にもそう書いておりましょう。いわゆる父兄は子供を小学校、中学校にやる義務があるということを明確に書いておるのである。だといたしまするならば、教育行政は明らかに地方住民いわゆる父兄の義務でなければならない。その父兄の義務であるべきものが、父兄の手から離れて、国家統制によって、時の文部大臣の意向に従って教育が行なわれなければならないという、そういう非民主的な方向に近づきつつある今日の教育行政に対しましては、私どもとしても、納得をするわけにはまいりません。また賛成をするわけにもまいりません。私はこういう意味において今日出されておりまするこの法案の危険性を指摘いたしまして、本案に対しては絶対に反対の意思を表明するものでございます。 同時に社会党から出されておりまする修正案の内容は、私はその内容が必ずしも十分とは申し上げません。しかしながら私は少なくとも今日の政府のそうした方向を阻止するための役割を演ずるものであるということには間違いがないと考えるのでございます。したがって社会党が出しております修正案に対しましては、賛成の意を表するものでございます。(拍手)
○床次委員長 谷口善太郎君。
○谷口委員 共産党は、本法案につきましては、政府原案に反対し、社会党の修正案に賛成するものであります。 本法案が、教科書の国家統制をさらに強めるもので、日本の教育にとって重要問題であるために、先日私は、教育の根本問題について政府、文部省の所信をただしました。ところが、荒木文部大臣並びに福田初中局長の答弁を通じて、実に驚くべきことが明らかになったのであります。 それは、第一に、政府、文部省は、軍国主義的、侵略的であった戦前の帝国憲法下の教育、教育勅語を渕源とした戦前の教育に対する反省が少しもなく、戦前の教育を引き継ぎ復活しようとしていることが明らかとなったことであります。これは実に驚くべきことであり、今日の政府、自民党の反動教育の根源が実にここにあると言わねばなりません。 第二に、新憲法、教育基本法のもとにおける教育の根本的なあり方について、何一つ明らかにしなかったことであります。今日の教育がその根本において平和主義的、民主主義的教育であり、したがって教育行政においては一般行政と厳にこれを区別し、政府権力による教育への干渉、国家統制、官僚統制を行なってはならないという根本原則を認めようとしないことを意味します。同時にまた教育権は人民にあって、教育行政は地方自治に、地方分権に移すべきであるという根本原則を無視していることであります。 第三に、反対に政府、自民党、文部省は新憲法と教育基本法に反して、教育に対する干渉、統制をますます露骨にしているばかりでなく、政府の反動的文教政策に反対して戦っている日教組や共産党など人民の憲法擁護の行動に対して、これを外部からの教育への干渉と称して弾圧を加えているのであります。 こういう言い方、やり方、すなわち人民の主権に基づく民主的行動、不当な弾圧に対する抗議、復権要求の行動を、あたかも民主主義に反するかのごとく印象づけようとするやり方は、実に政府、自民党、文部大臣、内藤次官からさらに森戸辰男氏ら反動的えせ教育者までを貫く論理であり、行動でありまして、断じて許されぬところのものであります。時の政権が、教育に介入、干渉してはならないという原則は、単に戦前への反省からばかりではなく、教育そのものの本質からくる不変の真理でありまして、現在も将来も不動に貫かなければならぬ根本原則であります。これは民主主義理論が到達いたしました世界的な民主主義の最低の原則であり、教育民主化の原則であり、欧米の先進資本主義諸国でもみな適用されているものであります。これを政府、自民党は破壊しているのであります。 第四に、政府、自民党は、国会の多数によって立法措置さえすれば、憲法や教育基本法に違反する事項であっても、正当性をもつと主張しております。これは驚くべき主張でありまして、たとえ国会における多数党といえども、立国の根本をなす憲法を破壊することが許されるならば、これこそ国の基本を危うくするものであります。教育とは、多数によっておかしてはならないものであり、一般行政と教育行政は切り離さるべきだというのが、憲法と教育基本法の根本原則でございます。 臨時行政調査会の去る三月の中間報告は、文部省の廃止、文部省の格下げを主張しております。政府の機関である調査会が、このように言っているのは、文部省がいかに教育に介入、干渉して、憲法と教育基本法をじゅうりんしているかを示すものにほかなりません。しかるに文部省はこの調査会の報告に対しましても、一顧だに与えず、五月一日の省議で猛然と反対しておるのであります。この一事をもってしましても、政府及び文部省の反憲法的性格を十分に知ることができるのであります。 そもそも文部省、中央教育機関の役目は、教育内容に干渉せず、教育の環境を整備することだけであります。すなわち文部省、中央教育機関は、単なるサービス機関にとどまるべきでありまして、これこそ憲法、教育基本法に明記してあるところであります。 さて、本法律案の内容でありますが、文部省は、すでに昨年、教科書は実質的に国定と同じになっていると公言しておりますが、実際は、この法案によって名実ともに教科書は国定化を遂げるのであります。したがって少なくともその重要な布石をしていることになるのであります。それは第一に、人民にあるべき採択権を完全に奪って、任命制の教育委員会に持たせようとするものであり、第二に広域採択に改悪し、教科書の種類を一県で二、三種に、町村ではそのうち一種に統制するものであります。第三に、出版会社に立ち入り検査をして、政府が出版社を指定し、その資格を資本金一千万円以上の会社ときめるものでありまして、そして良心的な中小出版社をつぶしてしまい、残りを政府の御用出版社に仕立てていくと言っても過言ではないのであります。これは教科書内容を一そう国家統制のもとに置くものであり、思想、言論、出版の自由を踏みにじるものであります。 社会党の修正案は、政府の無償措置法案に関する限り、教科書の国家統制の意図を打ち破ろうとする大きな意義を持っております。よってわが党は、社会党の修正案に賛成するものであります。しかもさらにこの修正案が政府の教育に対する国家統制を排除し、地方教育委員会に対する介入を排除し、人民の手による公選制教育委員会の復活を目ざすものであり、これを前提としているものであるとするならば、その意義はまことに重要であります。 今日政府、自民党は、人づくりの名のもとに、単に学校教育だけでなく、社会教育、家庭教育、幼年教育までに国家統制を強め、もって軍国主義教育、反動教育を強めているのでありますが、この法案は、実にそれら反動的人づくり教育の重要な一環をなすものであります。人づくり政策、反動教育政策のねらいは、教育に対する国家統制によって、また日米間の文化、教育、科学の交流という美名のもとに親米、反共の思想、戦えば喜んで戦争に応じ、日米反動の肉弾となる思想、政府や資本家に反抗しない思想を植えつけ、さらに安上がりで従順な工業技術の養成、いわゆる農業、漁業改善事業の技術者の養成、こういうものを目的としているのであります。 以上の意味から、われわれは、この教科書国家統制法案に反対し、教科書の無条件完全無償を要求するものであります。また教員の政治活動の自由の復活、公選制教育委員会の復活、教科書調査官制度の即時廃止、学習指導要領の撤回を要求するものであります。さらにまた政府、文部省の教育に対する直接介入、教育委に対する指揮監督権を取り除くことを要求するものであります。 以上原案に反対し、社会党の修正案に賛成するものであります。
○床次委員長 これにて本案並びに修正案に対する討論は終局いたしました。 これより採決に入ります。 まず、山中吾郎君外一名提出の修正案について採決いたします。 本修正案に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○床次委員長 起立少数。よって、山中吾郎君外一名提出の修正案は否決せられました。 次に、本案について採決いたします。 本案を原案どおり可決するに賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○床次委員長 起立多数。よって、義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律案は原案のとおり可決いたしました。(拍手) ただいまの議決に伴う委員会報告書の作成等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、これに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○床次委員長 御異議なしと認め、さよう決しました。 本日はこの程度にとどめ、次会は十二日水曜日十時理事会、十時半委員会を開会することとし、これにて散会いたします。 午後九時三十分散会