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43回国会衆議院1963/03/06

文教委員会 第8号

発言数
126
登壇者
7
会派数
2
開催日
1963/03/06

会議録

床次徳二自由民主党

○床次委員長 これより会議を開きます。  国立学校設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。  質疑通告がありますので、これを許します。山中吾郎君。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 国立大学の設置法案に関して主として御質問いたしたいわけですが、大学については、大学の改善のためには量と質の問題がある。この法案は、新しい修士課程の設置とか、あるいは学部の設置その他の量の拡大を内容とした法案でありますが、この質の問題をこれと並行して改善をしていかないと日本の大学の振興にはならない、私はそういうふうに考えておるので、そういう視点から少しお聞きいたしたいと思います。  全国の地方大学の設備、施設ということについては、各大学ごとに常に不十分であるということからの不正不満が出ております。これに対して、一方に大学学部と設置していくのと並行して、今まで文部省においては各大学間の格差をなくするための施設、設備の年次計画はあると思うのですが、その年次計画について、一応局長からでけっこうでありますから、御説明願っておきたいと思います。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 大学教育につきましては、今山中先生の御指摘のように量の拡大と同時に質の向上ということをあわせて行なわなければならぬと思います。これに関連いたしまして、地方の大学の施設、設備の拡充につきましては、これは従来から、たとえば施設については全国のそれぞれの大学の長期の整備計画を立てて実施して参っておるのでございます。この施設につきましては、各大学それぞれ発足以来の経過がございまして、その経過に従って、また現状で、たとえば建物の改善を要する面あるいは拡充を要する面それぞれ希望がございます。その希望を十分取り入れまして長期計画を立てておったわけでございますが、この長期計画もかなり年次が経過いたしましたので、三十八年度には新たな長期計画を樹立するようにただいま検討をしておるところでございます。これにつきましても、できるだけ地方の大学と大都市の大学との格差を是正するような考えを一つ持っております。  なお、設備につきましては、設備の基準のあります、たとえば理学部、工学部等につきましては、その基準に足らない部分につきまして、年次的に設備を充実するということで従来から参っております。たとえば、老朽設備の更新あるいは改善、それから新たな充実というものにつきましても、従来から年次計画を立てて整備をいたしておりまして、その点についても、先ほど申しました施設と同様に、地方大学と大都市の大学との格差の是正ということを十分念頭に置いて検討をいたしております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 年次計画をお立てになっておられるはずですが、初年度は何年で、ことしは何年目であるか、完成の年はいつか、それを説明していただきたいと思います。あるいは、年次計画の要領があればそれをいただきたい。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 お答えいたします。  建物につきましては、先ほど申しましたように、従来たしか三十六年に年次計画、五カ年計画を立てたのでございます。そして三十八年度まで三カ年を実施したわけでございますが、先ほど申しましたように、この三十六年度の状況と最近の状況とでは、かなり社会的な事情の変化がございますので、三十八年度に新たに年次計画を練り直して、今後三十九年度以降の五カ年計画を立てたいということで検討を始めておるところでございます。  それから設備につきましては、ただいま具体的な数字をちょっと手持ちいたしておりませんので、あとで、さっそく取り寄せてお答えしたいと思いますが、概要は老朽設備の更新というものに重点を置きまして、なお、ただ単に更新の際に従来と同じものを更新するということでなしに、最近の学問の状況に応じて、さらに進歩した、改善された設備を充実するという改善更新というものにも力を入れてやっております。  老朽設備の改善につきましては、当初予算のワクの関係から十カ年計画というようなことでございましたが、これは十カ年というような非常に長過ぎる期間では困るということで、これを短縮して、たしか現在五カ年計画で実施をしておると思います。  それから改善更新につきましては、たしか三カ年計画ぐらいで実施をしておると思いますが、詳細なことは資料を取り寄せて御返事申し上げたいと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 毎年国立学校設置法でいろいろ学部を増設していく法案だけがわれわれの方に審議にかかってくるので、そういう量の拡大を審議する場合に、できておる既設の学部の施設、設備の充実とか、そういう基本的計画をお出しになっておかないと、ただどんどんふえることだけわれわれは賛成として、そして結果は、設備のない大学があとへあとへとふえる矛盾が積み重なっていく。これはこの審議の上になくてはならぬと私は思うので、それでお出しを願いたいと思うのですが、その資料を見ないとこの法案の審議の終了をするわけにいかない。これは大事なことです。  それで、今局長がお話しになっているお答えを聞いても、最初に三十六年から三十八年までに三カ年計画を立てたが、やり直して今度は三十九年から今検討中であるということでありますが、その計画を、一つ全貌を明らかにしてもらわなければいかぬのじゃないか。おそらくまた、三十六年から今までの三カ年計画はほとんど達成していないのじゃないかと私は見ているのですが、大体最初の計画から何%あなた方の年次計画が到達しているか。大蔵省との厚い壁があるのでほとんど行なわれていないのじゃないか。従って、そのうちに基本方針に変更があるのではないかと見ている。あるいはあきらめておるとか、あるいはさじをなげてとまではいってないが、最初の意気込みというものが文部省の方において半分くらいになっている。そうして、地方大学の施設、設備の充実計画は今度はどういう計画が出るかということについて想像すると、ほとんど放棄をしている。地方の大学の格差をなくそうという基本方針が、たとえば旧制の大学に認証官などを置くという思想と関連をしてみますと、最初から二段の、上級大学、下級大学の思想で、施設、設備の格差を前提としての計画に移りつつあるのではないかと私は見ている。それでは、こういう法案について、表面に出た学部の増設ということだけで私は賛成できないので、明確にしていただきたい。文部次官がおられるから、その点について次官のお考えを一つ述べておいていただきたいし、局長の方からも具体計画をもう少し詳しく述べておいていただきたい。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 施設の計画につきましては、実は内輪なことでございますが、私どもの局でなしに、ほかの局で実施をいたしておりますので、その方の局長なり担当の課長を呼んで十分お話を申し上げたいと思います。  ただ、大体の大筋を申し上げますと、前から申し上げておりました今までの施設計画におきましては、基本の方針として、科学技術の振興、あるいは病院研究所の整備、それから老朽改築、それと同時に一般整備ということで、従来既設の学部等の整備をはかるということで重点事項を取り上げて参りましたが、お尋ねのございましたように、科学技術振興あるいは老朽改築等は確かに大体既定の線に沿って進行いたしておりますけれども、一般の整備の点で予算のワクに押えられるというようなことがございます。ただし、私どもの考えといたしましては、ワクで押えられることがございましても、先ほどお尋ねがございましたように、いわゆる上級大学と下級大学というような観点の考えは全然いたしておりまんで、先ほど来お話を申し上げておりますように、地方大学の施設もできるだけ十分整備するという考えのもとにやっております。  なお、設備につきましても、最近新設されます学部、学科の設備の基準と、数年前の設備の基準とはかなり開きがございます。この開きにつきましては、全体としてもらいました設備費のワクの中でできるだけ操作をいたしまして、従来すでに数年前にできた学部、学科の設備と現在とを比較して劣らないように、十分その辺の配慮はして、地方大学の設備の方にも力をいたしておるつもりでございます。  なお、先ほど申しましたように、建物の具体的な計画につきましては、担当の係官が来てから御説明申し上げたいと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 私はなぜお聞きいたしたかといいますと、各地方大学は兵舎を転用しておるのが多いわけです。そのおんぼろ兵舎の中で十数年学問の探求をしておる。そういうことがあるから、教授、助教授の不平不満、そういうことが現在の大学の学生運動にも大きい影響を与えておると私は深刻に考える。これは重大な問題なんです。  そこで、現在大学の建物が木造が何%ですか。それから図書館などは、貴重なる蔵書が各大学にあるわけですけれども、木造の図書館が何%あるか。焼けたら全部灰になる。そういうふうなことを考えてみると、これは重大な問題がこの法案の裏に隠れておると私は思うのであります。そういうふうな現状を公表されて、そしてわれわれも真剣にその問題と取り組んで、やはり国会の文教委員としても協力を申し上げたいので、この法案の関係をどうしても出してもらわなければいかぬ。私はこれを明確にしてもらわないと、委員長が質疑打ち切りで採決なんといったって、私は聞くわけにいかぬ。その点不明確だと思います。どうしてもはなやかな教科書問題が先に出ておるが、日の当たらない地方大学の施設設備の貧弱は、各位が自分の地元の大学から不平不満を打ちあけられて実感を持っているはずです。そういう意味において、私はまじめに取り上げておるわけですから、こういう機会に全貌を明らかにしてもらいたい。

田中啓一自由民主党文部政務次官

○田中(啓)政府委員 まことにごもっともな仰せでありまして、実は大学の施設整備の方は管理局でございますので、後刻管理局長を出席せしめまして、また今仰せの資料につきましても、できるだけ完備をいたして、至急お目にかけるようにいたしたいと存じます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 私の聞くところによると、旧兵舎をそのまま使っている大学がまだ三十二ある。そして設備その他については、ほとんどしんぼうができないということを、各大学の学長があらゆる点に文書を通じ、その他を通じて不平を言っておりますから、大学の振興ということを、予算の編成その他に大きく掲げておいて何が出てくるか、出てきたときには認証官しか出ていないというようなことは言語道断だと思う。その点は施設関係ですか——そのときに御説明を願って、資料を出していただきたい。  それから何か今老朽校舎のお話がございましたけれども、老朽校舎について、今お持ちになっているのは、大学の校舎の何か五カ年計画ですか、局長の話だと……。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 御承知のように、老朽校舎の改築につきましては、公立学校の方が実は経過的には進んでおったわけでございまして、老朽度の調査に基づいて大体三千五百点以下の老朽校舎を改築するということで、従来公立学校についてはやっておったわけでございます。その後国立学校でもこれと同様な基準で老朽度の測定をいたしまして、これの解消をはかるということで、従来からの五カ年計画にはこれを五カ年に振り割りまして、整備計画を立てておったわけでございます。従って今後の施設計画におきましても、従来と同様な線でおそらく長期計画を立てることになろうと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 老朽校舎の五カ年計画というのは、ずいぶんおそいのじゃないかと思うのです。これも延びるのじゃないですか。一方に国立高等専門学校をつくる、そしてそちらの方の予算の関係で大蔵省からこちらの方を手薄にされて、すでに二、三年されておるのじゃないですか。そういう予算折衝の関係で、僕らが大蔵大臣のところへ行くと、すぐ言うことは、現在の国立大学施設設備というものをまず充実しなければならぬので、国立専門学校なんというものは私は反対だ、こう野党に言うのです。そしてそれが出てくると、きっと一方の施設設備の計画が六カ年、七カ年になって手薄になっていくというふうに私は見ておるのです。影響を与えるということは非常に私はよろしくないと思われるから、ここでお聞きをいたしたいわけですが、現在文部省の国立文教施設整備五カ年計画によって実態調査をした結果を見ますと、建物の不足が四十万坪、今度の理工科系の増募のためにさらに三十万坪が必要なので、七十万坪足らない、老朽校舎の危険信号が出ておるものが十六万坪ある、理工系の実験室のような大事な実験設備の入っておるものがみな木造である、それが九十七万坪あるということが書いてある。これはほんとうかうそか知りませんが、これで増設をしておると大へんです。それからこの五カ年計画で計画の実施を見ますと、これも僕は驚くべきものだと思うのですが、まだ計画の二四・五%ぐらいしか進行していないというふうに書いてある。(「それは古いのじゃないか」と呼ぶ者あり)これは古いので三〇%ぐらいいっているのか知らないが、その点を明確にして、最近の進捗率を出してもらわなければならないと思う。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 具体的な五カ年計画のそれぞれの項目についてのいわゆる不足坪数あるいは計画坪数、あるいは従来の年次計画に従いまして進行して参りました進捗率等につきましては、所管の局長からお答え申し上げたいと思いますが、ただこのいわゆる国立大学の整備計画が高等専門学校の制度増設によって影響されておるのじゃないかというお尋ねもございました、この点につきましては、これは確かに同じ国立文教施設整備のワクの中でございますけれども、高等専門学校につきましては、従来の経過もございますので、それは全然別個の施設整備あるいは設備整備ということで計画を立てまして、いわゆる大蔵省との予算折衝などにおきましても別個の柱として、これは折衝をいたしております。私どもといたしましては、この国立高専の施設あるいは設備のために、いわゆる国立大学の施設備の予算が影響を受けておるというふうには全然感じませんし、またそういうことがあってはならぬという心がまえで従来対処をして参っておる次第でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 主管局長が来ないから、大学局長に関連のある質問をしたいと思うのですが、講座制と学科制との区別しておられますね。大学院のあるところは講座制、そうでないところは学科制、その講座制と学科制との二本立を文部省がとっておるために、教授、助教授の定員ばかりでなくて、施設設備の予算に対しても差別をしておるのではないのですか。その点はいかがですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 これは、御承知のように、講座制、学科制の区別は、新制大学発足当時の経過と申しますか、沿革に基づきまして、大体旧制大学については講座制、それからその当時の新制大学については学科目制ということでスタートをいたしまして、最近においてもそのままきております。御承知のように、講座制をとっておりますところは、その学部の上に、その学部を基礎といたしまして、大体大学院の研究科を持っておるということでございまして、この研究科における教育研究等につきましても、その学部の先生方がこれを担当する。また教官研究費等につきましても、学部の教官研究費を大学院の相当の部分にもこれを当てはめるということでやっておりますので、教官研究費あるいは教官の組織等についても、学科目制とは多少違えておるわけでございます。ただし施設の面につきましては、これは講座制の大学であるからどう、あるいは学科目制の新制大学であるからどう、そういう区別はいたしておらぬと思います。それよりも、むしろ先ほどお話のございましたような、たとえば理科系でいえば実験室等火災の危険のあるもの、またそれ以外にもいろいろやはり耐震耐火構造でなければどうしても行なえないようなもの、あるいは特殊の構造を有するものにつきましては、新旧の大学を問わず、同じような単価でやっておりまして、いわゆる旧制大学、新制大学との間に、予算単価あるいは全体の計画についての差等を設けるというようなことは従来いたしておらなかったと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 その点は、主管でないから、主管局長が来ないと、おわかりにならぬわけですね。私、何か差別があるように思うのですが、一応方針として、ないとすれば、あとで聞きたいと思います。  講座制と学科制というのは、今お聞きすると、旧制大学の方は講座制、そうでないものは学科制、そうするとこれは明らかに旧帝国大学と地方大学を最初から差別する思想からきたわけですか。大学院を持っておるから講座制にするとかでなしに、旧制大学を講座制にしたそのままになっておるわけですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 先ほど申しましたように、スタートの昭和二十四年当時の経過では、大体旧制大学には大学院がございましたし、そういったことで旧制大学イコールその意味での大学院を持つ大学ということであったわけでございます。その後、御承知のように、たとえば新たに医学部が設置されたところもございます。そういうところは、医学教育の建前から、学部が完成いたしますと、その上に大学院を置くということになっておりますので、新たに設置されました大学の医学部でありましても、そういうものには、やはり講座制をとっておるということでございます。しかし、それ以外のものにつきましては、従来は大体講座制というものはとっておらなかったのでございますが、今回御提案申し上げております国立学校設置法の関係に出て参りますところの新制大学の大学における修士課程についても、これは講座制をとるつもりでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 講座制について長短ずいぶん批判があるわけです。私、いろいろ意見を聞いてみると、どうも講座制の弊害の方が多いのではないかという感じで受け取っておるわけですが、その点は文部省においてはどうお考えになっておられますか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 大学における講座制または学科目制ということにつきましては、発足後いろいろと文部省の協議会等でも研究をいたしましたが、両者があってよろしいということになっておりまして、大学設置基準等でも、講座制または学科目制ということで両方を認めておるようなわけでございます。ただいま御指摘のございました講座制に対する批判というものもあるかもございませんけれども、私どもとしては、これが何と申しますか、大学教育の改善上絶対に致命的な悪いものであるというふうには受け取っておりません。中央教育審議会等でも、この点についてもいろいろ検討された結果、やはり講座制をとるもの、あるいは学科目制をとるもの、いずれも両方を認めておるわけでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 局長、まだ十分御理解はなっていないのではないかと思いますが、今のお話では、第六感的に、講座制も特に悪くはないと思っておるからという程度の御答弁なんですが、私、聞きますと、講座制というのは、五十、六十をこえて学問的な熱情もなく、そうして何もしない老教授——これは悪口を言うわけではないが、その人が一つの講座を持って何もしないで、その人を救済するためにしか講座制が役に立たないのだ、そうして新進気鋭のほんとうに学問的業績に熱情を捧げておる月給の安い助教授、助手が、いつまでも、講座制があるために、その講座を持たないから教授になれない、そうしていつまでも万年助教授や万年助手でおって、日本の学問研究に一番支障を来たしておるのだ、講座制は、何もやらない、もうすでに学問的な熱情のさめた老教授の救済の場所になっておるのだ、こういうことを聞いておるのです。そればかりではなく、そういうことによって、いわゆる地方大学が研究費も半分、教授、助教授、助手の定員も半分、しかも欠員だ、そうして不幸不満を言っておる原因は、講座制と学科制の区別があるからだ、こういうふうに聞いて、これは大へんなことだと思っておったのですが、今の局長はそういうことを理解されないで答弁されておるのではないですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 御承知のように、講座制は学問の専攻分野の一つの研究単位と申しますか、いわば一種の研究室的なものを含んでおるわけでございます。これが単位になって教育の面も担当するということでございまして、従って、筆頭の教授のほかに、助教授、講師、助手というようなものを含んで一団となっておる形であります。ただいまのお尋ねは、その頭になる教授がいわゆる老朽教授であって何もしない、そのために、その下に属しているところの助教授とか助手が、非常に新進気鋭の人であっても上に上がることができないというような御趣旨のお尋ねでございますけれども、私は必ずしもそういう事態ではないと思います。確かに学問研究の点からいいますと、新たな発明発見というような点から申しますと、御年配の方には、そういう事態はなかなか現実の問題として少ないことかもしれませんけれども、現にやはり経験上いろいろなものを工夫研究されておるところもございますし、またその工夫経験に基づいて後進の助教授、助手の指導をなさるということも、講座担当の教授の一つの非常に大きな職務でもあると思います。ことに人文社会系におきましては、やはりそういうことが強くいわれるのではないかと思いますので、従って、ただいまお尋ねの、五十、六十をこえて何もしない老朽教授の救済策であるというようなことは、必ずしも当たらないのではないかと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 もう少し調べていただいて、研究すべき問題もあると思うのです。こういうことも聞いておるのです。先進国、ヨーロッパにしても、アメリカにしても、ソ連にしても、共同研究をしないと、今のような科学の進歩に対しては、個人々々が封鎖的に一つの講座の中に閉じこもって研究しても追いつかにい。それで各関係のつまり富士のすそ野のようにいろいろの関係の研究を積み重ねて共同研究をしないと、もう世界的な科学の進歩に追いつかない。ところが講座制があるために、そこへ閉じこもって、横の研究の連絡、共同研究ができないということも聞いておる。もっと内容的に検討されるべき問題があるのじゃないですか。局長の御答弁では別にそれを特に調べられていないのではないか、欠点を十分につかんでいないのじゃないかと思うのですが、どうですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 ただいま御指摘のようないわゆる共同研究の面につきましては、現在の講座制ではそれが必ずしも十分に行ない得る形ではないかもしれません。そういう点につきましては、たとえばいわゆる研究のテーマごとの総合的な研究、各大学を通ずる、あるいは国公私を通ずるような総合的な研究について科学研究費を出す。あるいは、たとえばある研究所の中のいろいろな部門がございますけれども、その部門にこだわらずに、全体に関するような基幹的な研究についても、これは科学研究費を出すというような制度を従来からやっておりまして、効果を上げております。なお、たとえばこれも御承知かも存じませんけれども、ある大学の助教授、助手の人がその職場を離れて一年ないし二年の期間よその大学に行って共同研究をやるというような場合の、流動研究員の制度についても、従来からこれを実施いたしております。それらと講座制と相待って、共同研究にもそう大きな支障がなく、私はやっていけるのではないかと思いますが、しかしただいま御指摘のようなことがございますれば、さらに文部省としてもこの講座の問題も取り上げて研究をしてみたいと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 関係者を呼んで真相を調べていただきたいと思います。できればここにそういう大学関係の参考人を呼んでくれば、文教委員の人もみなわかると思います。何か法案を早く上げたいとあせっておるからあえて言いませんけれども、これは一度そういう機会をつくらなければいかぬと思います。  それからさらに、私の耳に入っておるのは、講座制のために主任教授が昔の封建的な権威が高まって、そして教授、助教授、助手の関係というものが、真理を探求する人間関係でなしに、権威的な関係になって、教授の学説に反する研究発表をすると学位はくれない。そのためにその教授に出さないで他の大学に論文を出しておって、学位を三年もおくれてとったとか、とにかく講座制という日本の習慣の中に弊害がたくさんできておると聞いておるのです。それで日本の国内においては、その下におる助教授、助手の書いた論文はその人の名前だけれども、国際的な学会に発表するときは、助教授の書いた論文を主任教授の名前で出す。新作権侵害だ。そういうふうなことはたくさんはないと思いますけれども、そういう弊害が積み重なってきておるとすれば、私はメスを入れなければならぬじゃないか。大学の振興というのはそういうことを考えないと振興にならないと思うので申し上げておるのですが、次官いかがですか。

田中啓一自由民主党文部政務次官

○田中(啓)政府委員 大学局長は、現状かくのごとくで、すぐ現状をどう変更するという案はございませんというような程度の答弁だったと思います。そこで、私は一つ感想を述べるようなことになろうかと思いますが、何分にも新米でございますからごかんべんを願いたいと思うのでありますが、実は老朽的な教授がおられるというような話はずいぶん私どもの学生時代からもあって、ここにおいでの方も大部分大学へおいでになった方々ばかりだと思いますが、在学中お聞きになったと思うのであります。その原因が講座制にあるのか、こういう御指摘でございますが、さてそれでは学科目制に直したならば直ちにそういうことはなくなるであろうかどうか、これは私、何とも考えはございませんが、毎日新聞に毎日連載されております「学者の森」でありますか、私は大へん興味を持ってできるだけ毎日読んでおるのでございまして、共同研究のいかにいいことかということも、そういうことを通じて実は最近特に感じておるような次第でございます。そういうわけでございますから、やはりものはどこまでも前向きに進歩的にわれわれとしては常に努力していかなければいかぬと思いますから、一つの仰せの通りのように、これらのことにつきましても文部省として調査もし、研究もするように態勢を整えて進んでいきたいというように思っておる次第でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 私も「学者の森」を読んでおります。そうして具体的に助教授の意見をさらに聞いてみるとそうなので、こういう点についてこれはそのまま捨てておけないという実感があるので聞いている。ただ一つの講座制の存在の理由は何かと聞いてみると、経済界あたりから直接現実に必要な実科というものを要求してくる。電気科を置け、工学部を置けと……。しかし古典文学の研究とか、そういう現実の当面の要求ではないが、学問としては古代文化の研究とかいうふうなものは、そういう現実の要請にかかわらず残さなければならぬ。それは講座制があるために実は残せるのだ。講座制がなくなって、学科制になると、わけのわからぬ、真理というものについて敬意を表しないような事業家だとかそういう者から、これをつくって、こういうものは要らぬから廃止しろという近視眼的ななにがあって、基礎的な大事なものが削られていく、それを守る城壁にしかならぬ。それならば、良識のある文部省が単に経済界とか今のような近視眼的な要求に動かされず、学問を守るというしっかりしたものさえあればやれるのだ。ほかに何も講座制の有効なる存在理由はないと聞いておりますが、それはどうですか。

田中啓一自由民主党文部政務次官

○田中(啓)政府委員 実は私はそこまでもまだ意見と申しますか見解は立ちませんので、実は「学者の森」の中で、今の一見、世に用のないような大切な学問というものが保存されるといいますか、あるのは講座制のせいもあるというようなことが書いてあったやに私も記憶しておるのでございまして、そういうこともあるかと実は思ったことなのであります。そこで文部省さえしっかりしておればというお話でございますが、なかなか現状これもそれほどしっかりしておるかどうか、これはやはり国会と一緒になってしっかりしないと、今日の政治体制でありますから、なかなかむずかしいと私は思うのでございまして、さりとて今お話しになりましたような欠点というものは決して黙って看過しておってよろしいものと思われませんので、一つよく調査もし、研究もいたすように文部省としては心がけたいというように思っております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 さらに根本的に、講座制を今維持している理由は、学科制と講座制という二本のうちの一つということが必ず大学の格差をつくる。これはもう地方大学の原動力なんですな。学科制の方は、定員、研究費その他をだんだんと少なくする理由になってきているのだ。どんなに理屈を言っも。二本立にしないで一本にしなければならぬのじゃないか、講座制のいいところをとるのは、もっと研究してやるのもいいことだけれども、いわゆる学科制と講座制を一つにして統一したものを結論としてお出しになる必要がある、こう私は思うので申し上げているので、その点感想を一つ伺いたい。

田中啓一自由民主党文部政務次官

○田中(啓)政府委員 実は私も講座制と学科目制はどう違うのだと言うて、今から四カ月か五カ月か前に大学局長に聞いたことを覚えておるわけでありますが、結局定員の違い、研究費の違い、施設はあまり変わりはないというような私記憶でございます。それ以外は違わないので、そこで、一講座なり一学科目というものに必ずこれだけの教授が要る、必ずこれだけの助教授が要る、講師が要る、助手が要る、しかもそれはまことに画一的でございます。実はこれも感想でございますが、そのときに私は一体そういうものであろうかという感想を持ったのを覚えております。今もそう思っております。そういうわけで、これはなかなか今ここですぐ方針なり見解なりを明確に述べる用意がございませんが、こういうところで当然大いに論議をしていただくのは私は非常にけっこうだと思うのであります。結局は国民全体の良識がこった一つの制度になっていかなければならぬし、大学というところはそういう偉い方がたくさんおられるところでありますから、それと国会、文部省が一緒になって論議をしたならばいい結論が出るであろう、こう私は思っておりますので、看過はしないで、一つそういうことで進めたいと思う次第でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 だから、講座制と学科制のために新制大学と旧制大学とか、地方大学とかいう区別をしないで、講座制大学、学科制大学と区別した方がむしろ実態に合っているということを言っておる人もあるわけです。そして見ておると、研究費が年々学科制の方が少なくなっている、それは事実ですか。これは鹿児島大学の学長さんが「学者の森」の中で言っている。これは新聞に載っておるからうそじゃないだろうと思うのですが、研究費を見ますと、だんだん少なくなっておる。そこでたとえば「新制大学発足当時の昭和二十五年の予算では、古い大学と新しい大学の研究費は大差はなかったのですが、五年後の三十年には二分の一、本年度では三分の一になっている。」本年度というのは三十七年ですか、三分の一になっておるのでございます。そうすると私は、講座制、学科制という美名に隠れて現在の文部省の方針は、いわゆる上級大学、下級大学というように分けようという魂胆があるのだ、陰謀があるのだと思う。ことに十数年地方大学は各地域と密着をして、それは各地域の県民というものは新制大学に期待して、地域の問題を大学に委託する、地方開発というものと地方大学は密着して、これへの期待は非常に大きいので、この大学を充実するということが、私は日本の発展の根幹になるのじゃないかというふうに思っておるのです。ところが考えてみると、そのガンはどういろいろ調べてみまても、どうも講座制と学科制の区別にある、その区別しておるということが、年々こういうふうに最初ほとんど研究費が違っていなかったのに、十数年のうちに、一方は三分の一だというふうに至っては、ただの所感、感想だけでは文部次官におさまらぬと思うのですが、その真相を一つ明らかにしていただきたい。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 教官研究費につきましては、私どもの要求には達しませんけれども、しかし年々相当額の増加を見ておるわけでございます。ただこれの配分と申しますか、積算の単価をとってみますと、講座制と学科目制、それぞれもちろん増加はしておりますが、その間に特に講座制に重点を置いて学科目制の方はそれほど引き上げないというような事実は全くございません。御承知のように、講座制は先ほど来お答えしておりますように、教授だけではございませんで、助教授、助手、これがあわせて使う講座制の研究費でございます。と同時に、また大学院の学生に対する教育研究等のためにも現在では使っている研究費でございますので、講座制の研究費が学科目制に比べて高くなっておることは私は当然のことだと思います。もちろん、講座制というものを将来検討の結果全くやめてしまって、すべての大学を学科目制にするということになりますれば、おそらく単価としては大体において地ならしされてくると思います。しかし先ほど来お答えしておりますように、いわゆる講座制の大学には大学院がありますので、大学院の研究科における教育研究のための研究費というものは別途組まなければならぬというような仕組みになるように思います。当初お答え申し上げましたように、講座制と学科制と学科目制の比率が、たとえば教授なら教授あたりをとってみても、逐次開いていくというようなことは全くございません。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 これにはそういうふうに書いてあるから、あるいは大学院の研究費と一緒にしておるかわからぬから、それを明確に一つ出して下さい。配分の結果大学院に幾ら、それで学科目制の研究費幾ら、従って講座制と学科制なるがゆえに研究費が三分の一にだんだん格差がついてきておるのじゃないのだ、その比率は同じなんだ、それをわれわれがわかるようにしていただきたい。そうしてもらわないと僕らにはわからないのです。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 先ほど申しましたように、講座制の大学ではあわせて大学院の研究費にもこれを使っておるということでございまして、その配分が大学院の部分は幾ら、あるいは学部の部分が幾らというようなはっきりしたけじめは現在立てておりません。従って大学院の部分が講座制の研究費の全体のうちでどれだけに当たるということはちょっと私は出しにくいと思っております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 それを明確にしてやらないと、一生懸命に勉強しておるいなかのすぐれた教授、助教授は不平不満が出るのです。それは明確にさるべきじゃないですか。今までできないなら、これからでも検討されないと、そこに一つの地方大学についての不平不満というものが出て、劣等感も一部持ってきますし、学問の研究意欲もなくなる。もっと希望を持って愉快にやれるようにしてやるというためには、研究費のうちのこれは大学院分だ、これは大学の研究の分だというくらいは出すべきではないでしょうか。できないという答弁はおかしい。そういうことで来ているからだんだんと差別をしていくようになるので、基本方針が、ほんとうに同じように考えておるというのならば、私は明確にするとおっしゃるべきだと思うのです。技術的にできないのですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 大学院の将来のあり方につきましては、現在のものと変えて、たとえば施設につきましても設備につきましても、また教官についても学部とは全然別個のそういう大学院の特異の施設設備、教官設備をするということになりますれば、その点は私ははっきりすると思いますが、現状では、急速にそこへ持っていくということは将来検討も要しますし、また実現も、私は簡単にできることではないと思っております。中央教育審議会では、ある程度必要なものについては、たとえば設備とか教官についても、考える方がいいだろうというような趣旨のことは言っておりますけれども、すべてはっきり、学部と大学院とを分けてしまうというところまではいっておりません。この研究費につきましても、御承知のように博士課程、修士課程それぞれございますし、この研究費を大学院と学部とはっきり使用部分を分けてしまうということは、現状では困難だと思います。ただ、たとえば学生経費につきましては、これは学生のそれぞれの所属する研究科に従って博士課程、修士課程、また学部ということで分けることは可能かと思いますが、それらにいたしましても、たとえば一つの設備を博士課程の者も使い、修士課程の者も使い、また学部の学生も使うということになりますと、その設備費のうちの使い部分をどれだけに判定するかということは、相当困難な問題だと思っております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 どうも私わからないのです。その点は非常に技術的に困難だというのは、まだ納得できないのですが、大学院の学生を指導することをかねた、いわゆる教授ですか、その教授一人幾らという研究費をあげられるわけですか。どういういき方になっておるのですか。いわゆる大学の学生の指導をかねた教授には三倍研究費をやる、そうでない大学の教授には三分の一だ、こういうことなんですか、それで分けられるのですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 講座制と申しますのは、その講座に属する教授、助教授、助手、これは非実験、実験、臨床それぞれ違いますけれども、その一団となっている教官組織の研究費として配られておるものでございます。従って、その中で教授の持ち分は幾ら、助教授の持ち分は幾らというふうに、はっきり算定されておるものではございません。そういった仕組みでの教官研究費でございまして、その研究費を使う場合に、大学院をとってみますと、研究科の博士課程の学生の教育にも使いますし、それから修士課程のものにも使います。また学部の学生の指導にもこれを使うわけでございます。従って、教授の単価が幾らとか、あるいは助手の単価が幾らということは、講座制については割り出すということは、私は不可能なことだと思っております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 ずばりとお聞きしますが、一つの講座に対して、研究費は幾ら、学科目制の特殊の学科には幾ら、これは言えるわけですね。それを一つ。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 三十八年度の、私ども今回の予算で御審議を願っております数字で申し上げますと、講座制につきましては、非実験では六十五万三千七百円、それから実験が二百五十七万九千四百円、臨床の方は二百七十九万八千八百円、こういうことになっております。それから学科目制の方で参りますと、非実験では教授が十四万八千七百円、助教授が八万二千二百円、助手が四万五千円、それから実験関係では、教授が四十九万四千円、助教授が二十九万八千二百円、助手が八万一千六百円、大体そういうふうになっております。学課目制の方では、臨床関係はございません。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 そうすると、講座の方は講座で一括研究費を出して、学科の場合はやはり教授、助教授と分けるわけですね。そういうことですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 分けているというのは、積算単価がかように分れているということでございまして、学校に対しましては、教授の定数、助教授の定数ということで、定数に応じて一括予算を配付するわけでございます。でございますから、ただいま申しました数字で申しますと、非実験関係について見ますと、これは御承知の通り、教授一、助教授一、助手一ということでやっておりますから、講座制の非実験六十五万三千七百円に対しまして、学科目制では十四万八千七百円と、八万二千二百円と、四万五千円を合わせました二十七万五千九百円が相当するということになろうと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 大体半分以下ですね。そして一方は教授、助教授で単価算出をして、片一方は講座制にして基準をそういうふうにするものですから、われわれしろうとが聞いて、どこに不公平があるかわけがわからないような予算の出し方されているような感じがするのですが、その教授の研究費ぐらいは、私はそんな差別を、少なくとも二分の一以下のようなことをすべきではない。これは教育費じゃなくて研究費制んでしょう、だからその人の研究テーマというものに基づいて考えるべきであって、講座制、そうでないということも、分け方の中に何か不合理があるのじゃないか。その疑問はどうしても残るので、今、このままで押し通していくということの中に、私はきっと最後には、大学というものについての格差をどんどんふやしていって、しまいには、この積み重ねた矛盾を学校制度の中で解決しようとして、上級、下級と大学の区別をしていくというふうなところへいってしまうのじゃないか。それを私はおそれるので申し上げたのでございますが、少なくとも研究費は同じにするという方向に、ぜひ方針を切りかえていただきたいと思うのです。今すぐということじゃないが、この希望だけ申し上げておきます。  それから施設の関係の主管局長は来られましたか。

杉江清文部事務官(管理局長)

○杉江政府委員 国立文教施設の整備につきましては、三十六年度から五カ年計画によって予算を要求し、またその実施をいたしております。五カ年計画は、全体で九十七万二千坪を整備するという計画でございまして、その総経費は九百八十三億円でございます。それを五カ年計画で実施したいということで要求して参りましたが、なかなかその計画通りの予算は獲得できておりません。第一年度でありました三十六年度においては、八万六千坪、七十一億円の予算を獲得いたしております。これは全体計画の九%でございます。三十七年度は十三万七千坪、百三十一億円の予算を獲得しております。これが全体計画の一四%に相当いたします。三十八年度におきましては十八万一千坪、百八十七億円の予算を計上いたしております。これは全体計画の一九%に相当いたします。そこで三十八年度を含めまして整備できます坪数は、四十二万四千坪、総経費にして三百八十九億円になります。これは全体計画の四二%に相当いたします。五カ年計画のうち、三カ年で四二%が実施できる、こういう結果になっておりますが、必要に比較して予算の少ないことを残念に思いますけれども、今後なおこの計画の実現に努力したいと考えます。  それから木造部分がどの程度あるかという御質問があったようでありますが、昨年五月一日現在におきまして、国立文教施設の現有坪数は二百十九万坪でございます。そのうち百三十万坪が木造でございまして、その比率は約六割でございます。  ところで、図書館についてはどうかということでありますが、図書館につきましては、現在図書館の現有坪数は六万六千坪でございます。そのうち木造部分が一万九千坪でありまして、三〇%が木造であります。これは全体の木造の比率よりも良好の状態にあります。このように木造が非常に多いということは、今後改善すべき点でございます。今後の新しい施設の設置はただいまのところ全部鉄筋で実施いたしておりますので、この計画の進行に伴って鉄筋部分が多くなって改善されることになります。以上でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 あとでその計画をもらえますか。

杉江清文部事務官(管理局長)

○杉江政府委員 別に冊子でまとめたものがございますので、それを差し上げたいと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 先ほど大学局長から、何か新しく第二次として施設充実計画を検討していると聞いたのですが、その第二次の計画はあるわけですか。

杉江清文部事務官(管理局長)

○杉江政府委員 この計画は当面緊急に整備すべきものを取り上げてこのような計画を立てたのでございますが、今後これを種々な観点から再検討し、改善する必要があると同時に、五カ年計画後においては新しい計画を当然立でなければならないのでありますが、改善する点としまして、耐力度の調査を全国的にただいま実施いたしております。これによって相当危険建物がふえてくると思いますが、これは直ちに計画の改定をして参りたいと考えております。その他施設基準につきましても、現在用いております施設基準は必ずしも十分なものでありませんし、また各種の観点からこれを改善すべき点も見出しておりますので、そのような点も検討して改善して参りたい、かように考えております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 そうすると、今の計画は特に緊急に必要なものだけの計画で、大学として当然必要な設備としては、この計画が完成すると本格的に乗り上げて新しい年次計画を立てるのだ、こういうことですね。

杉江清文部事務官(管理局長)

○杉江政府委員 その通りでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 図書館とかああいうものについては、鉄筋とか何かにしないと、火災があればそれまでだということですから、そういうことについてもっと全面的に推進しなければならぬのじゃないか。これは国立高専とか新しい施設が一方に出ておるから、こういう施設の実施計画がだんだんそれによって圧迫をされてしわ寄せを受けるという心配があるかないかということを見きわめたいので、質問をしているわけです。文部省の計画の中で、既設の大半が老朽校舎のままになっておるということは、やがて学校制度そのものに影響を与えるということになるのじゃないかと思うから申し上げておるので、私は、これは強力に推進すべきだと思う。そうして、大学関係の施設、設備計画というものはあまりわれわれ触れていないものですから、六・三制の施設計画は非常に親和性があってこれには入っておるけれども、大学の方は忘れられておる。そちらも積極的にそういう資料を出していただきたい。そういうように思うのでお願いしておるわけです。  それから図書館ですが、大学の図書費というのは非常に少なくて、そして地方の寄付などほとんど主として篤志家の寄付で図書を購入しておる状態である。図書がなくては研究は——ことに文献を中心とする研究はできないのですから、そういう意味で、文部省の大学における図書の基準があるはずですが、各地方の大学の実態はその基準からどの程度のものになっておりますか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 実は国立大学の図書の基準につきましては、一応昭和二十八年に立てた基準がございます。この基準自体について、もう相当年歯を経ておるから、これを改定してもらいたいという御要望がございますけれども、現状を申しますと、中には陥没しておるものもあるかも存じませんが、一応は、十年前の基準でございますが、基準には到達しておる状況でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 そうすると、一大学に何冊という基準があるのでしょうが、それはどうですか。達してないのじゃないですか。達しておるというのはおかしい。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 文部省令で大学設置基準というのを定めてございますが、その大学設置基準の法文でございますけれども、四十条に各学部ごとにそれぞれ図書の冊数をきめてございます。と同時にまた一般教育につきましても一応の基準を定めてございまして、これは国、公、私立全部に通ずる基準でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 それは幾らですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 たとえば文学部で申しますと、図書の冊数は八千冊以上、それから学術雑誌の種類は三十種類以上。法学部で申しますと図書の冊数は一万冊以上で、学術雑誌の種類は、五十以上というふうに一応規定してございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 基準には全部達しておるとおっしゃったのですが、間違いないですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 認可する際に一応そういう基準で認可しておりますし、ことに国立大学ではその後図書購入費を計上して、満足な状況ではございませんが、年々充実をして参っておりますので、この基準にはずれておるものはないと思っております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 国立施設について新しく学科をつくったりするときには、地方の寄付、敷地の寄付その他が常識になっておるわけなので、前の委員会のときに田中次官は、文部大臣も、受益者負担の思想をちらちらとほのめかしながら、これはやむを得ないということで、次官は雲隠れされた。そこで、荒木文部大臣に、私はその認識が非常に間違っておるということを強調しておいたので、文部次官もそんな認識じゃ困るから確認をしておきたいと思うのですが、国立大学あるいは国立専門学校は全国から学生が集まるわけです。たとえば時間の地元の岐阜大学を新しくつくっても、地元の県民とか岐阜市の人が優先的に入るというようなことは教育的に不可能でしょう。鹿児島から北海道からみな入って、優秀な者が入るだけですね。そこで教育機関だけは、道路とかその他と違って、受益者負担の思想で地元に寄付させるということは筋が通らぬのじゃないか。絶対通らない。ことに国立関係については、そういう思想でこれは地元負担は当然だというお考えでおられるから、大蔵省に対する折衝も迫力がなくて——もう大体与党の文部委員もみなそう思っておる。これだけは質が違うわけです。ほかのものと違って、こういう地元負担の悪習は、国立の場合、どうしても教育機関から取り去るべきだ。私立のことは私はまだ言わないのです。その地域の学生はむしろ少ない。ことに日本の学生の心理というものは、親元を離れて自由なところへ行って下宿したいというような思想があるので、地元の大学へ行かないで、みなほかの大学へ行っているのです。だからお調べになると、地元の学生というものは特に多いというわけにならないのです。それを地元に負担さすなんておかしいじゃないですか。それはまことによろしくないという御答弁をするならば文部次官らしいですけれども、そうでなくて同じような思想で答弁をされておるということはまことに遺憾で、私は事実の性格を誤認しておると思う。それをここで明確に御答弁願っておきたい。

田中啓一自由民主党文部政務次官

○田中(啓)政府委員 まことに迫力不足で、その点は恐縮に思っておるわけでございます。私も決して筋がどうあるべきだということを申したわけではないので、従って地元受益者負担にすべきだという考えではもちろんございません。筋はおっしゃる通りでございます。文部大臣もそう答えたかと私記憶しておりますが、ただ学校をつくり、その学校を整備するのに非常に急なあまり、下さるものならばもらってもというような、何でもいい、とにかく充実したい、こういうような気持は実は否定できませんので、正直に実は申し上げたようなことでございますから、何とぞその辺で一つ御了承願いたいと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 今何とおっしゃったか、私の質問に対してごまかしたような答弁をなさったようでありますが、この法案は国立高専の内容の法案ですから、これは直接関係のある問題なんですよ。それを大蔵省その他に対して迫力のある折衝をするのには、やはり次官の思想が今のままじゃだめです。やはり国立学校の性格は、これは全国から集まるということを前提としていかないと、受益者負担というのはその付近の飲食店ぐらいですよ。学生が来るから少し売り上げが多くなる。それを県とか市町村の財政から引っぱり出すなんということはもってのほかだと思うんです。そうでなければ、大学ができたといって地方の人は心理的にみえを感じて喜ぶ、それを悪用して寄付させるということはなおいかぬと思います。その辺の思想をこれからの方針の中に明確にしてくれないと、この法案は私は賛成できぬわけなんです。

田中啓一自由民主党文部政務次官

○田中(啓)政府委員 思想、趣旨といたしましては、もうおっしゃる通りであります。ただ迫力不足のところはまことに恐縮だと申し上げておるわけでございまして、ひとつ今後も予算とりに大わらわで進みたいと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 ようやく大臣が現われたのでお聞きしておきたいと思うのですが、今国立学校設置法についての質問をしておるのでありますが、前の質問を少しおさらいしなければならぬのですが、新しい学校をどんどんつくっておるというのは量の問題であって、現在ある大学の質の問題について、並行して文部省が計画を推進しないと中身のない学校がふえるばかりである。そういう心配をし、その角度から質問をしてきたわけであります。そうしてそういう角度から見ますと、地方の大学の施設設備が、いわゆる大学に値しないような現状の中で進んでおる。教授、助教授にしても研究熱は旺盛だけれども施設がない、研究費は足らない、給与も安い、そういうので能力を発揮せしめるという条件が備わっていない。こういう法案を年々お出しになって、どんどん国立学校をおつくりになると同時に、そういう地方の既設の大学の施設設備の充実、研究費の充実ということの具体的な計画を並行してお出しにならなければ、われわれはこの法の裏にひそむ欠陥を明確に把握しないで審議をしてしまうので、そういうことを質問をしておったのでありますが、各担当の局長からある程度の計画は説明を受けたのでありますけれども、非常に微温的であると思うのであります。それから充実の速度が非常にのろい、そういう点について文部大臣は、こういう新しい学校を設置されると同時に内容の充実についてどういうお考えを持っておられるのか、それをお聞きしておきたいと思います。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 今の御質問の御趣旨は私もわかるような気がします。と同時に御質問の趣旨にぴったり合うような将来の鳥瞰図的なものがあるかとなれば、率直にいって具体性を持ったものはないと申し上げても過言ではなかろうと思います。むろんこれは考えなければならぬと思いますけれども、現実が御案内のごとく既設の大学でみずからの発意で学部の新設、学科の新設、増設等あるいは研究設備の充実等につきまして申し出て、その申し出に応じて文部省でそれを受けとめて予算措置を講ずるものは予算折衝をするというふうな形で従来やっておるわけであります。これは一面大学の自治だ何だという概念的なもちろん従来の慣習にもよることとは思いますけれども、何さま受け身の状態で努力をせざるを得ないという従来のやり方からいきますと、かりに文部省にある計画なり見通しがあったといたしましても、それを実現するのはなかなか実際問題としては容易でないということが、理屈抜きの問題ですけれども、気分的なことでございましょう。そういうことでございますので、何がなし物足らないような気持は私自身もしないではないわけでありますが、さりとてどういうふうにしようという案画は必ずしも立ちません。要は各大学が従来のやり方だといたしましても、自主的に前向きに十分な検討を経て、積極的に文部省と協力して充実していくという意欲をさらにかき立ててもらいたい。それと相応じて私どもも努力していくというやり方が現実的な当面の心がまえかと思います。今日まで私自身はそういう気持で参ったのですけれども、今後はもっと大学側との緊密な連携のもとに、できることならば将来の見通しもある程度持ちながら、その第一次計画的なものを着手するというふうな考え方が実現できないかどうかという気持はございますので、そういう考え方もさらに推進しながら従事していきたいと思います。余談になっておそれ入りますが、つい先日ですが、大学の図書館長諸君と懇談会を持ちました。聞けば、国立大学の図書館長という立場の人と、いわば面と向かってともに相談しながら今後いかにあるべきかを話し合ったというのは今まで例がなかったのだといっておるくらいであります。これはまあどっちも手前遠慮している結果があったろうと思いますが、だから、そういうことではいけないので、何も文部省は大学の敵じゃないはずだから、一緒になって一つやろうじゃありませんかというお話をしましたら、非常に館長さんたちもわが意を得たりというような気持のようでございました。たとえばそういうふうな立場からの、ともに協力しながら、密着しながら前進していくという態勢は、きわめて通俗なことにとどまりますけれども、従来なされていなかったとすれば、それを通じましても今の御質問の趣旨に沿う道が開けていくんじゃないか、文部省をあげまし、今政務次官の結論のごとく、一生懸命努力したいと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 今大臣の御答弁は、大学が計画を立ててくるとそれによって充実をするようにして受身でやっている、こういうことなんですが、局長の方では、こちらの方でちゃんと計画を立てて充実をしておるんだという。大臣、あまり知らないで——打ち合わせておきなさい。全然違うのです。どういうことなんですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 たとえば所得倍増という政治目標を立てまして、それに対して理工系の学部、学科等を通じての科学技術者の養成というものが一種の政治目標から現われてきた場合に、それに応ずる量的な、あるいは質も含みましょうけれども、それをどうするかということとしましては、すでに御案内の通りここ数年やってきております。ただ先刻の御質問は、具体的な当面の目標以外に、およそ学問の研究、人文、社会、自然を含めまして、大学教育、あるいは大学における研究をいかにあらしめたいかという角度から考えたことがあるかという御質問かと思いまして、先刻のように申し上げました。科学技術者養成につきましては、すでにもう万々御案内の通りでありまして、そういう国のできることと申しましょうか、特殊のものについての案画は一応持ちながら進んできたことは事実でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 文部省で国立研究施設の充実計画五カ年計画を立てて今三年でここまで到達をしておる、四〇%という説明を受けたので、その施設というものはもっと強力に推進せねばいかぬという——大臣知らないで所得倍増の話、全然見当が違うのです。そこで、その計画をもっと強力に推進をして新しい学校をつくると同時に、既設設備を充実するように努力してもらいたいという意味合いで、そういう計画はあるというわけなんですけれども、実際はその計画自体が実は最低の計画であって、大学の研究に値する施設の充実にはならない。しかもスピードが非常にのろいんだ、新しい計画をまた立てようとしておるので、そういう計画を具体的に国会に出さないと、六・三関係はわれわれは認識があっても、その関係は薄いから、出してもっと強力に進むという決意をお示しにならないと、この法案についてはわれわれは快く賛成することができない、こういうことなんです。文部大臣の今のお話でますます賛成できなくなるのです。それを一つもう少し……。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 大学の施設、設備、特に施設について申せば、木造があって危険でしょうがない、老朽校舎があるというがごとき角度からの近代建築の、びくともしないようなものに置きかえていって研究成果をあげていかなければならぬ、あるいは研究設備それ自体が陳腐だからもっと斬新なものに大学の要望に応じて整備していかなければならぬ、そういうことは当然のことでありまして、政府委員から御説明しましたような目安を立てながら、毎年々々及ばずながらの努力を積み重ねていることは確かでございます。ただ先ほど申し上げましたことにまた返るようでおそれ入りますが、ただ新しい大学、新しい学部等のお話がもし含めてあるとするならば、それについては将来の鳥瞰図的なもの、見通し的なものは、なかなか簡単には困難だということを率直に申し上げることにとどまるわけでございまして、話題がそういう点でございますれば、政府委員が申し上げました通りのことを一つ一生懸命努力して参りたいと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 この機会にあとで一つ局長から事情を聴取していただきたいと思います。兵舎の転用の地方大学、あるいはいろいろと寄せ集めのものになっておって、鉄筋にすべきものが木造のままで、貴重な図書がいつ焼けてしまうかわからないような木造の図書館がたくさんある。実験研究設備がないために、有能な学者がおるけれども、能力を発揮できないままにおるとか、これはもう人間の能力発揮という立場からいっても、私は非常に惜しいと思う。そういう点に重点を置くということが、やはりいわゆる池田総理大臣の大学振興の裏づけだと思う。認証官を幾らつくっても、当面の大学振興にならぬと思う。その点を、忘れられた部面の陥没地帯について一つ十分に大臣御勉強願って検討願わないと、学問の振興はできないと思うので申し上げたわけであります。  それからこの差別——施設、設備の格差がだんだん拡大しておる。所得ばかりでなく格差の拡大は、地方大学と旧制大学の間にどんどん出てきておる。格差を解消するということが非常に大事だと思うのですが、その根本の原因は講座制と学科制という二本立ての区別からきていると私は考えて、大学局長に質問をしてきたわけですが、講座制と学科制のことについては大臣お知りですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 詳しくは存じません。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 局長は私と論議をしたわけです。それで講座制と学科制ということの中に、教授の定員から研究費から差別があるわけですよ。地方大学というものがだんだんと設備、研究費その他で格差が出てきておるのは、講座制と学科制の差別からきておるのであって、それを何か一つの任意学科制とか任意講座制とか、どういう名前をつけるか知らぬが、一本の形にしなければこの問題は解決しないのではないかというので、そういう検討を私は要望したわけですが、そういうことについて大臣全然知らなければこれは仕方がないわけですが、根本的な原因と思われる点についての検討をやはりしてもらわなければいかぬと思うので、その点についての御意見を聞きたい。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 その意味での教員定員数の関係におきましても、教官研究費の単価にいたしましても違っておるということは承知しております。その矛盾がありそうな事柄であるということも承知いたします。しかし、これは多年にわたる沿革に基づくものでもありいたしますので、もっと根本的に検討を加えた上でなければ確たることはお答えしにくい課題かと思います。検討はいたします。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 それでは結論的にお聞きしておきたいのですが、この法案で、ある大学に修士課程を置くというが、日本全国の大学に対しては、全体計画として大学院をどことどこに置くという計画がおありになるのか、あるいは施設が充実すれば、その施設大学院を置くというだけの方針なのか、あるいは旧制大学その他のあるものだけは大学院を置いて、他は置かないで、二段階の大学制度に持っていくという基本方針なのか、その基本的な方針を明確にお答え願いたい。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 大学院の拡充につきましては、三十八年度では七つの大学について修士課程を設置するということでお願いをしているわけでございますが、今後のこうした新制大学における大学院の設置の方針につきましては、現在全体として、全部の大学に置くとか、七十二のうちの幾つに置くというような具体的な計画は立てておりません。ただ、一応の私どもの設置の方針としましては、やはり沿革のある、伝統のある大学で、しかも教官も、大学院設置に近い程度の教官組織を持っておるということと、さらにその教官の先生方の研究活動が相当活発であるというようなものを選びまして、それらに置いていきたいというふうに考えております。従って三十八年度にこれだけの大学に研究科を置くわけでございますが、やはり三十九年度以降にも必要なものについては設置を認めていきたいと思っております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 それでは無計画だというお答えのわけですね。全国の大学に全部大学院を置くという基本方針なのか、あるいは各ブロックごとにこれこれだということなのかとお聞きしたら、そうでなくて、設備が充実して研究心旺盛ならばそこに大学院を置くということなんで、全体計画はないわけですね。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 全国の大学に漏れなく学部ごとに、その上に大学院を置くということは、私ども今のところ考えておりません。先ほど申しましたような今後の学問研究の進展あるいは教育の必要性に応じて逐次設けていきたいというふうに考えております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 大臣、その通りですか。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 現在の七十二の国立大学全部に大学院を置くという考え方は今持ちません。しからば、今度御審議願っておるところに修士課程の大学院を置くということは何だというお尋ねに関連したことと思いますが、これは教員組織なり、その学校、大学そのものの質的な考察からいきまして、修士課程の大学院を置くに価する、そう判断されたものに置いたという案になっておるというにとどまります。ただし、今後全然無計画であってよろしいということではございません。御案内の通り、中教審から答申をいただきまして、今後の大学の組織、編成あるいは目的、性格等に照らしていかにあるべきかという示唆も与えられておるわけでありますが、たとえば大学院大学というものは全然別個のものにして、四年制の大学は四年制の大学として別個の形態にするという構想もあるやに承知いたします。修士課程だけを置くということも考えられるし、修士課程の上に博士課程を乗っけるというやり方も考えられるというがごとく、いろいろな示唆を受けておるわけでありますが、その中教審の示唆に応じまして、日本の今後の大学のあり方を総合的にどういうふうに持っていくべきかという、総合的、一般的な考察は十分にまだいたしておりませんので、その慎重な検討を待ちませんと、将来かくかくのことを考えておりますと申し上げることは、少なくとも時期尚早である。しかし、無計画であってよろしいとは考えていないということを申し上げるにとどめさせていただきます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 これは非常に大事な問題だと思う。今、一応でたらめに、ある学校に大学院を設置しておく。そうして全部置く方針はない。一定の段階になりますと、大学院大学と、そうでない大学という差別が出る。先ほど言った講座制と学科目制という関係で、あらゆる予算が二本立になってくる。そのときに、大学制度を昔の大学と再出学校という実態に持っていくというふうなことが既成事実として生まれてくる。そうすると、現在の大学制度に対する充実でなくて、どこかそういう方に持っていくという線が、今そうお考えにならなくても、出てくると思うので、明確にされる必要があるのではないか。あるいは大学院というものを東京なら東京、あそこはもう大学院にするんだ、あるいは科学大学院と文科大学院を分けて二つ置くとか、将来についてはこういう方針でいくとか、明確にやはり国民に示しておかない限りにおいては、私は、今、大臣のお答えのような行き方からいって、いろいろ部分的にわれわれが当惑するような法案が出てくるとすれば、どこへいってしまうということについて、非常に疑問を持つわけです。だから明確にすべき責任があるのではないか、こういう法案に関連して。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 責任があると思います。思いますが、先ほど申しましたように、今直ちにかくかくの構想でおりますということを申し上げる段階にきておりませんので、しばらくの御猶予をお願いするよりない、こういうことを申し上げております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 というと、この審議はこれで打ち切るというのが一番筋が通っておるわけですが、そういう一番大事なことが方針になくて、新しく大学院を設置する学校の審議をしたり何かしなければなりませんので、まことに遺憾だと思うのですが、事実ないとなれば、ないからけしからぬというだけで終わりになってくる。次の機会に責任を持って明確にされることを私は文部省に要求したいと思います。  さらに、教養部ですが、この法案の中に、数個の学部を設けておる国立大学には「教養部を置く。」ということを第三条の二項に掲げておる。そうすると、国立大学で数個の学部を持っておるものは、教養部を一律的に置かなければならぬ、こういう趣旨の規定だと思いますが、間違いありませんか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 法案でごらんいただきますように、「文部省令で定める数個の学部を置く国立大学に、」というふうに規定してございます。従って、全部の国立大学に今直ちに教養部を置くという考えではございません。前回にも申し上げましたが、そういう考えで、一般教養を一括して行なうような大学について、文部省令で定めまして、その大学に教養部を置くという形になります。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 それは「文部省令で定める数個の学部」じゃなくて、文部省令で定める国立大学につながるわけですね。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 さようでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 省令に委任をしておって、いわば実質上教養部を置くことができるという意味になるわけですね。それはちょっとおかしくないですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 御承知のように国立学校設置法は各国立大学を通ずる設置法でございまして、全国七十二の大学の設置の根拠を規定しておる法律でございます。従って設置の根拠としてこういう「教養部を置く。」というような言い切りをいたしておりまして、その中身はただいま申しましたように、文部省令で定める国立大学にということでございます。ほかにもこういうような事例で法案を書いているところはございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 そうすると、基本的には一律的に教養部を置くという方針ではない、事情に応じて教養部を置かないで、数個の大学を共通した教養部だけの共同教育ですか、そういうふうなことも考えておられるということですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 沿革的に国立大学の中でも一般教育のあり方につきましてはいろいろの形がございます。ある特定の学部で全体の学年の一般教育を引き受けてやっておるというような形のものもございますし、また各学部の先生方から委員を出しまして、いわゆる共同連絡委員会というような形のものが責任を負っておるというようなやり方のものもございます。しかし国立大学の中には、ぜひこういった教養部というものに組織をして、これで責任を持ってやるようにしてもらいたい、その教養部については法制化をしてもらいたいというような強い要望もございます。私どももいろいろ研究をいたしました結果、そういう形でやりたい、あるいは従来もやっておる、なお、ぜひそういった教養部の形で一般教育を実施したいというものについては、その設置の根拠を今回の法律改正でやらしていただきたい、かように考えておるわけでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 基本的な方針は、あるいは数個の大学の教養部だけを一つの独立の教養部大学——というか知りませんが、置いて、これは昔の旧制高校のようになるかもしれませんが、そこで総合的に教育をしてやって、そうして各大学の専門コースに入れていくということがいいのか、各大学ごとに教養部があって、そうしてその中で学部を分けるのがいいのか、そういうことの御検討をされておられますか。意見があれば一つ発表してもらいたい。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 先ほど申しましたように実はいろいろな形でやっておるわけでございますが、中教審の審議の過程でもこの一般教育のあり方についてはいろいろ検討されました。また各国立大学の一般教育の責任者のお集まりでもいろいろ検討されたわけでございますが、大部分の方はこの教養部的なものを進めるのが一番いいだろうということに一応なっております。そういった趣旨の要望書と申しますか、陳情書も文部省の方に出ております。ただ外国の事例等を見ますと、やはりいろいろな形がございまして、これでなければならぬのだといって、今各国立大学に一つの組織を強制しなければならぬという段階ではなかろうと私は思います。やはりそれぞれの大学で十分検討をされて大学の意思を統一されて、教養部で行きたいというところについてはそれを認めるということでいいのではなかろうかと思っております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 まだ確定的な方針がきまっていないように聞いております。私も長短いずれかということはわからぬのですが、その辺を明確にいつかの機会に一つ表示していただきたいと思います。しろうとといいますか、法律を読む立場から言いますと、この文章を見ると「教養部を置く。」という義務的設置にどうしても受け取れるわけですが、こういうあいまいな表現をされないで、置くことができるというふうにして、われわれが誤解しないように直されたらどうですか。普通に読みますと、これは数個の学部を有する国立大学は教養部を置かなければならぬと自然にとれますよ。わけがわからぬのではなくて、わけはわかっているのだが、誤読しやすい文章だと思うのですが、おそらくほかの委員も、これはずっと読むと、ああ教養部を置かなければならぬということだと受け取っていると思うのです。そうして、今ちょっと説明を開くと、省令でしている。そうしたら現実に教養部を置くことができるという実態になるのじゃないですか。どうも法律に少し文句をつけたくなるのですが、ほかに例があるというのはどういうのですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 いろいろと書き方はあろうと思いますが、この設置法は、先ほど申しましたように七十二の大学のそれぞれの大学設置法を合体した形のものでございますので、法制意見の当局の方も断定的に「置く。」とすべきであるという御見解でございます。一般的な設置の根拠でなしに、「置く。」としておいて、その指定を政令または省令でやるというものが最も適当であるという見解に立ってこういう形にいたしておるのでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 法律は「置く。」としておいて、そうして政令で置かなくてもいいように措置するわけでしょう。実態はそうなるのだ。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 いや、文部省令で定める「国立大学に、教養部を置く。」という形でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 それならば、置くことができるというふうにされた方がわかりやすい。これは表現の問題ですよ。何か法律を審議する方からいうとばかにされたようなことになるわけだ。「置く。」と書いておいて、説明を聞くと、実は政令で指定するのだから置かなくてもいいという実態になるのだから、こういう法律の規定の仕方というものは、実質的に考えてわれわれの受け取る方からいうとばかにされたようなことになるのですよ。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 同じ国立学校設置法の現行法でございますが、教育研究施設についてもこの法律で同じような書き方をいたしております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 研究所の場合は大体常識的に、置くことができるというように頭に入るわけですね。しかし教養部というのは、教養コースがなければ制度上専門コースに行けないような仕組みですから、だから教養部というのはわれわれの常識では置かなければならぬというふうにぴんと入ってきますね。その点政令、省令で定めるということを上に書くことによって、結局教養部は置かなくてもいいんだという実態にこの法律がなっているものですから、ちょっと読んだときに奇異な感じがして、なるたけしろうとにわからないように表現をされておるという感じがしたので、ついでに申し上げたのです。  まだ大学制度についてはいろいろ御質問申し上げることはたくさんあるのですが、一応私の質問はこれで終わります。

床次徳二自由民主党

○床次委員長 小林信一君。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 今主として、国立大学の施設、設備についての計画というふうなものを中心に山中さんから質問があったわけです。私はそこで、もっと内容の面で今のような計画的なものがあるかどうか。ということは、最近科学技術の要望から自然科学の面が非常に重視されて、それが極端な言葉を使えば思いつきのように毎年々々ふやされていく、しかし、人文科学あるいは社会科学というふうな面については考慮されておらないというふうな印象も受けるわけですが、こういう点について当局の計画あるいはお考えをお聞きしたいと思います。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 従来大学教育につきましては必ずしも計画養成というようなことで具体的な教育の実施が行なわれたわけではございません。ただ、最近になりまして、いろいろと職業人あるいは専門家の養成という意味から教育の計画性の確立ということがいわれております。その中で、最も社会的に不足の状況で緊急度の高い意味から理工系の関係の計画養成、計画教育をここ数年行なってきているわけでございますが、それ以外の人文、社会の面につきましては、もちろんこれを等閑視したりなおざりにしたりしているわけではござませんけれども、社会的な需要に基づいて計画教育をするというようなことで教育の実施をしているわけではございません。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 それはおかしいと思うのです。片一方は社会的な要請、需要というものがあるからそれには力を入れる、しかし、他方は需要がないからそういうふうなものはあまり取り上げられない、これは学問的に見ても教育行政の面からしても非常に問題だと思うのです。それはどうしても人文、社会の需要というものは目に見えません。しかし、目に見えないところに非常に重大な問題があるのじゃないかと思います。最近、学者の中には、自然科学と並行するような形で、これは両面的なものでうらはらの関係で社会は進歩しなければならないものだ、だから需要があるなしにかかわらずこういうものを重視しなければならぬという要望があるように聞いておるのですが、文部省としては今の局長の御意見のような考えでお進みになっておるわけですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 従来そういった計画的な養成ということを人文面あるいは社会面でやっておらなかったということでございますが、確かに将来のことを考えますと、ただいま御指摘のございましたように、社会的な需要に対する供給という面から考えなければなりませんし、また他の一面、国民全般の高等教育に対する志望あるいは高等教育の普及というようなことをかみ合わせて、やはり社会人養成の面からの計画を立てるべきだと私どもも思っております。ただ、社会的な需要に基づいて、たとえば需要が減ったときには急激にそれを減らすとかなんとかということが簡単にできるような仕組みにはなっておりません。従って、計画を立てましても、その計画の実施ということにつきましては相当困難なものがあろうと思いますけれども、将来の問題としては計画的な見通しを立てるべきものと思っております。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 局長は学生の問題から考えておると思うのですよ。確かに社会的な要請、需要という面からすれば、技術者養成というこの面を重視しなければならぬと思うのですが、私は大学の内容の充実というふうな面から、人文、社会というものを、そういう一般自然科学の非常な進歩あるいは要望があればあるだけ、その面を充実するような教育内容、教育施設というものが考えられなければならぬではないか。たとえば、私が今問題にしたいのは研究所等の問題であります。研究所なんかをずっと全国的な各学校にあるものを見れば、大かた自然科学の面であって、人文、社会のものはきわめて少ない。あっても東大のようなところに集結された形になっておる。私はこれでいいかどうかということなのです。そういう点について計画というものがほしいということを社会の方は要望しているのではないか、こういう面について計画性があるかどうか、こうお尋ねしておるわけです。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 いわゆる学生教育という面を離れまして、学問研究の点から申しますと、もちろん自然科学だけに片寄るのはいけないことでありまして、人文につきましても社会科学につきましても、これは当然充実をいたしまして振興していかなければならぬと思っております。そういった意味から、従来も科学技術振興とあわせましてやはり人文、社会の面について、たとえ研究施設とかあるいは大学の講座という面では注意を払って、予算化もいたして参っております。もちろん、量的に申しますと自然科学の量に及びませんけれども、三十八年度におきましても、たとえば文献センターを新たに設置するということもやっておりますし、講座の増設あるいは科目の新設、研究施設の部門増設ということについても相当数の予算をいたしておるわけでございます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 時間があれば、こういう面についての社会的な問題と関連をして、人文、社会に対するところの教育内容というものをもっと深く堀り下げていきたいと私は思うのです。最近の社会情勢というものから考えて、政党においてもそうだと思うのですが、あるいは労働組合、会社というふうなものが、技術家は要請しますが、人文、社会という面での学者を軽視しておる。私はこれをもっと重視する必要があると思う。そうしなければ非常に跛行的な社会進歩という形になってきて、そこにやはり問題が出てくるのではないか。これは特に大臣にお伺いしたところでございますが、人づくりの問題、これはまだほんとうに内容というものを明確にされておりませんけれども、思想善導とか道義の高揚とかいうような意味において、政府はともあれ、そういうところを要望しておるのではないかと、社会的には相当見られておるわけなのです。こういうものもやはり人文、社会の学者を重視しない、そういう研究機関を計画しないところから起きておるのではないか、こういう点について当局がどういうふうに問題を解明しておるか実は聞いていきたいわけですが、それについてもし説明ができれば簡単にお伺いしたいと私は思うのです。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 明快には御答弁いたしかねる課題であります。量的に申し上げれば、今も政府委員から申し上げたかと思いますが、国公立対私立の対比関係から申しますと、理工系、科学技術教育という点からいけば国公立六分の民間私立四分、人文社会からいけばそれがちょうど逆になるという比率かと記憶します。その状態からいいますと、科学技術者の教育は、特に大学卒業程度の科学技者の教育施設は、人数において十七万名不足ということを従来から申し上げておるわけですが、人文社会につきましては不足するという量的な感じは今日あまり出ていない。一応足りているという感じかと思います。元来大学そのものが、学芸を研究教授するということで、勉強したい者は勉強しなさい、就職ということは第二次的だというがごとく受け取られて今日にきておるかと私は思うわけでございます。従って、今大学局長からも申し上げましたように、大学教育の面において計画養成、もしくは計画設置という考え方は最近までなかったものと私は理解いたします。部分的に先刻も触れました科学技術者が必要である、単に文部省の立場というのじゃなしに、国民経済もしくは国民生活全体から見てどうしても必要だ、それだけ質と量が提供されないならば民族国家の将来を危うくするであろうという課題にもからまるがゆえに、部分的な問題でありますけれども、何とか一応の推定目標に到達し得るような努力をせねばならないというので着手しきたっておる事柄だと思います。従って反面の人文社会の方面につきましては、今も申し上げた通りの歩き方できておりますので、量も質もともにふえようかと思いますが、計画的にどうするかという課題としてはあまり現実問題として取り上げかねるのが現状だと存じます。さりとて人文社会がどうでもいいということではないことは、先刻大学局長からも申し上げた通りでございます。これこそ当該大学からの申し出に応じまして、文部省ともども予算措置その他につきましては及ばずながら努力はして参ってきております。どうやらこれで一応いいのじゃないかという感じでございますが、さらに前向きの姿勢でもって大学ともども検討して充実していくべき問題であることは、むろんその通りに心得えております。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 だいぶ問題がはずれてきちゃっているのですが、私は学生の養成という問題、これを言っているわけじゃないのですよ。たとえば技術者養成の問題でもって、文部大臣は前の池田科学技術庁長官から十何万名ふやすべきであるのに、文部大臣がどうのこうのというような問題を持ちかけられて、政府の意見が不統一なような状態に陥ったわけです。ああいう場合に、ほんとうに科学技術者が何人要るかというようなものを研究する機関、これは政府の御用機関でなく、さりとて簡単な思いつきの研究機関ではない、常にそういうような社会のいろんな問題について人文科学の面で、社会の面で研究するような機関は必要だと私は思うのです。そういう点で私は内容充実を考える必要があるのじゃないかということを聞いておるわけです。この前の技術者養成の場合に、九州大学に産業労働研究所というのがある。ほかにもあるかもしれませんが、これが目につきますが、こういうところでそういう問題について質料がすぐに提供できるようなものを持っていなければ、こういう非常に社会が発展するときにはいけないと思うのです。もっと極端な例を申し上げたいと思うのですが、それは、荒木文部大臣がよく日教組の倫理綱領を取り上げて問題を起こすのですが、その場合に取り上げられることは、どこどこの大学の教授だとか学者だとかいうふうな、学者を非常に誹謗しておることを私たちは非常に耳が痛いように聞いておるわけですが、これは別に私たちが何か非難を受けておるというふうな意味でなく、日本の研究機関というようなものがないことを非常に残念に思うわけなんですよ。荒木文部大臣の見解でああいう学者を誹謗すること、これは荒木さんの考えがそうなっておるから仕方がないでしょう。しかし、そういうふうなものを妥当な立場で研究するような機関があれば、大臣が勝手な放言をする、あるいは日教組の方もそういう学者の意見を取り入れて倫理綱領をつくるというようなことにも、もっとお互いが自省をするような形になって、もっと文化の高い程度でもって問題を検討することができると思うのです。そういう研究機関が、自然科学の方はどんどんふやされていくけれども、人文社会というふうな面においては考慮されておらない。そういう問題をもっと当局が考えて国立大学の設置の問題を研究しなければいかぬじゃないか。これは私が考えたものでなくて、先日の日本学術会議でもってこの問題が取り上げられて、その中から出てきた意見なのです。日本のジャーナリズムというものは元来資本主義なのです。ところがムードは、このジャーナリズムが取り上げるものは、反政府的、反官僚的なものを取り上げたがるわけです。そういう場合に起用されるのは、自由な考えを持つ学者が取り上げられる。初めて人文社会の学者はこういう面で社会的な地位が獲得できる。だからそういう学者が世間に出ていくのは、そういう社会的な傾向の中で出ていく以外にないわけなんです。そうすると、これに対しまして、社会は非常に学問に恐怖を持つ、軽視をする、これが荒木文部大臣がよく示しておる事実なんです。私は一つの恐怖でもあると言いたい、あるいは軽視でもあると言いたい。そういう問題をもっと研究所というふうなものを充実して——日本学術会議では個々の種目にいての研究機関というようなものでなく、もっと総合された研究機関をつくって、そういうところに政府の方でもあるいは民間でも金を出して——今一般経済界なんかはそういうような研究所に金を出しませんが、そういうところに金を出すことがほんとうに社会のあらゆる問題を並行して進歩させるもとなのである。ところが、今申しましたような傾向から、そういう学者は軽視され、軽べつされ、かえって恐怖感を与えておるというふうなところから、出資するような者はないわけですよ。それをもっと政府が意識していかなきゃならぬ。憲法調査会あるいは何々審議会、あるいは調査会というふうなものがたくさんに設けられますが、私たちがこれに対して信頼感を置かぬのは、やはり御用機関的な形が多いからなのです。中教審、中教審といいますが、私はその中教審にそんなに信頼を置かない。それは当局が出す諮問に対して何かチェックをするような機関に終わっておるわけです。もっと妥当性のある、社会的に信用の置ける研究機関、研究所というふうなものをつくることが必要じゃないかと思う。これはなかなか金がかかるわけなんです。自然科学の面で膨大な金が出されておりますが、しかし人文や社会の面では本でも買ってあてがっておけばいい。さっきの何十万冊というふうなものさえ買って置けばいいというふうなことを言われておりますが、一つの法律をつくる場合にも、私たちの想像するところでは大体その結論を先に出している。この国立学校設置法の一部改正の問題でも結論を出している。そしてこれに対していろいろ質問があるだろう、その質問に対する答弁の資料をまとめておけくらいが、今文部省が立法する場合の措置だと思うのです。人文科学というふうな面も発展させる、ほんとうに教育を充実させるというふうな見解を持つならば、国立学校はいかにあるべきかというふうな研究部門があっていいと思う。それは国会にも専門調査室があります。しかしこれだって——そう申しちゃ失礼でありますが、ほんとうに形だけのような気がするのですが、そういうものがもっと充実するためにも、またこういう法律が、ほんとうに権威あるものが生まれるためにも、研究所、研究機関というふうなものを、もっと人文社会の面で充実していかなければいかぬと思う。そういうところから出てくるところの意向を取り上げて、そして国立学校設置法の一部改正というものも出てこなければいけない。今のところは、どうしても役人がいろいろな資料を集め、そして自分たちの考え、あるいは社会的なちょっとした要望にこたえて立法するというようなことが、大体常識になっておるけれども、私はそういう形ではほんとうの充実した社会というものはつくられていかないと思うのです。そこでこういう面をもっと重視する計画というものを、今お持ちでなければ仕方がないわけなんですが、考えるべきじゃないかという意見を言っておきます。何かそれについて御意見があればお開きしたいと思うのです。文部大臣のことに触れましたが、大臣としてはどんな御見解を持っておるか、こういう面をお聞きしたいと思うのです。今の学者誹謗の問題等は、これは私たちが国会に出て参りましたころ、吉田茂さんが南原さんを曲学阿世というような言葉でもって誹謗した。後世の政治家やあるいは学者がこれを批判をしてくれると思うのですが、しかし現実の問題としては、これは役に立たないわけなんです。やはりそれを役立てるのには、将来どういうふうに判断をされるかということよりも、現実の問題で解決されるためには、ここでもってやはりそういう面が充実されていかなければならぬと思いますが、大臣なんかは、御自分が発言される場合に、それをどういうふうにお考えになって発言されておるか、一応お聞きしたいと思うのです。

荒木萬壽夫自由民主党文部大臣

○荒木国務大臣 人文社会の面で、研究所的なもので、学問的な立場からもっと検討されてしかるべきじゃないかというお説かと思いますが、それは文部省でどうするというよりも、各大学みずからの見識において、大学付置の研究所というがごときものをもくろむ意欲があるかないかということが、まず根本の問題じゃないかと思います。そういう議が起こりましたときに、先刻大学学術局長からも申し上げましたが、最近一、二の例も予算化されて、実施に移った事柄がございます。これこそが、学問の研究に関する限りにおいては、文部省みずからが調査会的なものをつくってどうするという課題以外のことではなかろうか、かように思います。立法内容そのものが権威を持ったものでなければならぬことは当然ですが、政府案がかりに未熟であったと仮定いたしますならば、それは国会の場において、第一流の参考人をお呼びいただいて意見を聞きながら、さらに是正していただくというがごときやり方で、立法が完全な方向にたどりつくであろうことを期待するわけであります。私の、教師の倫理綱領批判につきましての大学の先生の名前を引用しましたのは、執筆者であるからであります。そのことが学問研究そのこと自体でなしに、日教組の現実行動につながるから指摘しておるのでありまして、これは別にそう深い学問的な基礎がなくても、法律を読む常識がある者ならば、だれも同じ結論に到達するであろう、そういう課題だと思っております。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 もっと深く研究していきたいのですが、一つだけ申し上げます。それは、今大臣が倫理綱領を批判する態度はそれでいいのです。しかし世の中は、なるべく文化の高い程度でもって論争するということを考えていかなければならぬと思うのです。そのためにはやはり大臣個人の考え、あるいは日教組の今の倫理綱領をつくる態度、日教組の方でもそういう方面の学者というものを集めて真剣に研究しなければいけない、あるいは大臣もそういう学者グループというものをつくって、そして検討させなければいけない。そういうふうに人文社会の学者というものは、重視されておらないということを私は言っておるのです。そして高い程度の中でもって論議するということがほんとうに発展することなんですが、今のような論争を続けておれば、一般社会というものは、いずれが正しかということよりも、ただ社会はそういう中から出てくる教育行政というものに対して、信頼をしないだけになってくる。信頼できるような論争をするということを私は要求するわけです。従ってそのことは、こういう研究所等を設置する場合に、ただ社会が今要求するから、自然科学だけの研究所というものを充実していくのでなくて、もっと人文科学の面の研究所あるいはそれが総合された研究所というふうなものをつくって、そしていつでもいろいろな問題に対して資料が出される。そして信頼できる意見というものが出てくるというようにすることが私は必要じゃないか、こういうふうに申し上げておるわけです。これはまた一般の質問のときに問題を残しておます。  先ほども問題になりました教養部の問題ですが、先ほどの質問では幾つかの科がある。従ってそういう科を持っておるところでは教養部を置いて、そこで一緒に一般教養をやるというふうな意見らしいのですが、私は今のような問題からしても、この問題を文部省がもっと深く研究しておられたと思ったのですが、案外人件費を省くとか、施設でも簡単にするというふうなだけの意図から出ておるような気がするのですが、今のような面からもこの教養部というものは、私は考えられてくるのじゃないかと思っておったのですが、そうじゃなかったのですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 教養部の設置につきましては、先ほど山中委員のお尋ねにもお答えしましたように、現在までの国立大学の一般教育のあり方というものは、いろいろ形がございまして、必ずしも各学部に共通する一般教育を一括して実施しておるということばかりではございません。一般教育をどういう形にしたらいいかということにつきましては、もちろん文部省でもいろいろ研究集会その他を行なって検討はして参りましたが、これが唯一の方法で、これ以外の方法はないんだというような結論には達しておりません。先ほども引用いたしましたが、中央教育審議会でも、この教養部的な行き方と同時に、連絡委員会的な行き方と二つのものを例示としてあげております。私どもとしては、それぞれの大学のあり方によって、多少はやはりその辺に幅が出てくるのはやむを得ないと思っております。ただし、とにかくその一般教育を教養部で一括実施するということは、最も適切である。それを従来もやっておったし、今後もその形でぜひいきたい。その形で教官を充実し、いろいろな教育的な経費も充実したいという御希望のところには教養部を設置して、そういった方向に進展させていきたい、こういうふうに思っております。でありますから、この方法以外のものは認めないとか、あるいはこの方法以外のものでやるところには援助をしないというような気持は私どもは今持っておりません。しかし教養部的な行き方でやる場合にこれがもっとりっぱに行なえるような基礎をこの法案で打ち立ててやりたいというのが私どもの考えでございます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 この人文社会の面を強調する学者というものの大学の一般教養をやる場合に対する意見というものには、人間の質的成長をこの際しっかりやらなければいけないのじゃないか。専門課程の準備教育というふうな形でなくて、やはりそこには人文社会あるいは自然、こういうふうなものが一致した形の中で教育をして、そしてしかも今度は専門課程に入っていくというときに、たといその専門課程が自然科学の面であっても、ただ技術者で終わるのでなくて、それが社会あるいは人間とどういう関係を持っていくか。これは原子核の研究なんかの問題はことにそういうふうになってきたと思うんですが、そういうものが必要だ。だから未分化された状態でこの一般教養教育というものをやるべきだという考えがございますし、それからそれにつけ加えまして、こういう意見を主張する人たちはさらに、この課程においても教授が自分の勝手な教育をやってはだめだ。学生が一人でこれを判断して、総合的に検討して結論を出すだろうというふうなことでなくて、もっと教授陣がこういう点にしっかり考えを置いてこの一般教育というものをやらなければいけない。大学生だから、もう相当に知識ができておる、基礎ができておるというふうに見るけれども、そうじゃないのだ、こういうふうに言っておるわけであります。また四年間の学習課程でございますので、やはりこの課程においても専門課程に関係のあるものをやるべきだというような意見もありますが、私たちにもそこのところがよくわからない。文部省が今度教養部を置くということを出してきたから、ここら辺に対する確立した見解が出てこれを出したのか、こう思って私は聞いたわけなんですが、こういう点についてのお考えはどうですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 教養部の設置ということによって一般教育でどういう教育の仕方をすべし、あるいはどういう教育の形態をとれというようなことまで私どもから申し上げるつもりはございませんので、一般教育の教育の有効な方法については、従来からそれぞれ一般教育に携っておる先生方の研究集会等も実施されておりますし、また一般教育のいわゆるコア制によるやり方というようなことについても十分研究されておるところでございます。従来えてして一般教育が批判されますのは、たとえばそれぞれ一般教育の中で科目として行なわれておるものが、専門の科目の序論とかあるいは概説的なものであって、ばらばらであるというようなことが言われております。これについての批判に対していろいろの研究集会等で研究されておるところでございますが、ただしこの方法が一番いいとか、この方法でなければいかぬというようなことについて、この教養部をつくったからといって私どもの方からその有効な方法を指摘するというようなことはいたしませんので、従って教育方法等について確立した見解があって教養部をつくるというわけではございません。しかしいずれにいたしましても、この教養部つくるということが一般教育を充実しまた一般教育を堅実に実施するということの基礎になるならば、私は非常に有益なものではなかろうかと思っております。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 ここら辺は重大な問題だと思うのです。今の局長の御答弁を聞いておると、教授の人件費を省くかさもなければ人づくりというふうな政府の最近の意向を、この中でもってその目的を達してやろうじゃないかというような簡単な考えで——私はこの中で人づくりの問題を考えてもいいと思うのですが、しかしさっきのように、学者をおそれたりあるいは軽視したりするところから出てくるような考えじゃいけない。だからこういう点で明確にこういう考えでございますという点を言われた方が私はいいのじゃないかと思っているのです。今のような不明確な形でおくというところに私たちはちょっと心配が出てくるわけであります。とにかく最近の人づくり問題に対する批判というふうなものを聞く場合に、こういう点が明確でないから、だから結局人づくりというふうな言葉を言い出すのだという人さえあるわけです。だからこういう問題をもっと自然科学だけでなく、人文社会の面で研究所あるいは研究機関というふうなものを整備されて、そうして今の教養部等に対しましてもはっきりした態度を打ち出さなければいけないと思うのです。  お話したいことがたくさんありますが、さっき日教組の倫理綱領の問題についてだけ私は申し上げたんですが、いつかもこの委員会の中で、学校の先生の定員の問題で質問をしましたときに、大臣は、私は一学級の生徒が幾人であるのがいいかどうか、それは知らぬ、こんな捨てぜりふを言われたことがあるのですが、やはりこんなこともこういうような人たちを重視し、こういう機関というものを考えていく意図があれば、そういうものは一体中小学校の生徒というふうなものは、ほんとうに先生が手を回すには、行き届いた指導をするには何人が妥当だ、こういうことを研究するのは、自然科学の面でなくて、それ以外の研究機関でなければできないことなんです。そういうものがちゃんと研究するようなものを持っていれば、大臣があんな不親切な答弁をしなくても済むと思うのです。おそらく文部省におきましても世界各国の学校の状態というふうなものは調査されているかもしれぬけれども、多種多様にわたるものを担当している人たちが、そういう一つの問題に対して適切な判断を下すということは不可能なんです。私はそういう面で、もっと文部省の頭を切りかえるべきではないか、こう思うわけです。  そこで、こまかい点ですが、京都の大学に原子炉研究所を置くということになっておりますが、場所は大阪になっている。大阪にも大学があるのだが、どういうわけで京都の方の管轄にするのか、それから原子炉という問題は、一般の人たちが非常に心配するわけですが、そういう問題は解決しておるか。ここではどういう型の研究をするのか。それが戦争に結びつくなどということは決してないと私たちは思うわけですが、そういう点について安心させるような確信があるならば述べていただきたい。それから費用はどれくらいこれにかけているのか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林(行)政府委員 京都大学に置きますところの共同利用研究所としての原子炉実験所でございますが、これは御承知のようにもうすでに七、八年前に政府でつくりました原子力開発の長期計画に基づいて、その一環として関西地方に大学の共同利用の研究用原子炉を設置するということで話が始まったわけでございまして、当時大阪、京都それぞれ共同して、もちろんそのほかの大学も共同するわけでございますが、中心になって設置をいろいろ計画されたわけでございます。最終的にはもちろん大学間の話し合いの上で京都大学にこれを設置するということにいたしたわけでございます。もちろん御承知のように場所は大阪府の熊取町でございますが、所管といたしましては京都大学の付置の共同利用の研究所ということであるわけでございます。ここに置かれます原子炉はスイミング・プール型の千キロワットの出力のある原子炉でございまして、もちろんこれについては原子力委員会の予備審査も経、また厳重な上審査を受けて安全性が確認されたものでございますので、私どももいわゆる原子力あるいは原子炉についての不安は一応ないものというふうに考えております。お話しのございましたような、戦争にこの原子炉あるいは原子炉実験が結びつくというようなことはございません。原子力の平和利用の開発ということで本来できておりますし、わが国のそういった方面の学者もこの点についてはもちろん十分戒心しておるところであろうと思います。私ども政府といたしましても、これが戦争あるいは戦争力に結びつくというようなことは毛頭考えておりません。  それから経費でございますが、これは実は三十五年度からいろいろと準備をいたしておりまして、三十五年度以降建物及び施設費に七億六千百万を入れております。それから設備等の経費に二億八千六百万の経費を入れておりまして、合計いたしますと十億五千三百万の経費が三十五年度から三十七年度までに使われて——三十七年度は多少残っておりますが、それだけ使われておるものでございます。なお、施設費は今後約六億程度必要でございますし、それからそれ以外の経費といたしましては五億六千万というふうに予定をいたしております。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 今一番僕が聞きたいところは、絶対心配ない、安全なものだというところを聞きたいのですが、ないものと考えますというようなまことに不確実な御答弁で、これが多少でも不安があるということになれば、やはりこの法案を私たちは通すわけにいかぬということになる。やはりそういう点が、さっきお話し申しましたように、研究所をうんとつくって、それからいろいろ諮問してくるような法案の提出の仕方が大事だういうことにもなるわけです。  また小さいことでございますが、この各国立大学に付属小、中、幼稚園というようなものがございます。これは先生方の養成機関も持っておるのですから、中小あるいは幼稚園というようなものが必要でございましょうが、最近、中、小あるいは幼稚園というような課程でもっと必要なものがあるはずなんですよ。ところが、これは経費の都合か、あるいは付属というようなものに対して文部当局に親切味がないのか、あるいは養護学級あるいは特殊学級、こういうふうなものの特設がないのですが、これはやはりふやしていかなければ、こういう特殊児童の教育というものは、相当こういうところがセンターになって指導していかなければならぬと思います。これについてのお考えをお聞きいたします。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 国立大学の教員養成学部の付属学校のあり方についてでございますが、従来本来の目的は教官の研究のための実験学校であり、学生の実習のための実習学校であるべきでございますが、現状は必ずしもその本来の趣旨の通りやっていない部面があると思います。簡単に申せば、比較的知脳的にもあるいは経済的にも優秀な子供だけがこういう学校へ集まって、特殊な教育がされておる。そこでいろいろ実習をいたしました学生が卒業後学校に赴任いたしますと、実験学校で勉強したものとは違った実際の教育をしなければならぬというようなことでございますので、この付属学校のあり方については、私どもも今後検討していかなければならぬと思います。ただいま御指摘のございましたように、養護学級あるいは特殊学級というようなものをこの付属学校に設けて、この付属でそういったことを勉強させる、あるいは単級複式の学級をそういうところへ置いて、そういうところで教える。そういう勉強をここでさせるというのが本来の意味の付属学校であろうと思います。文部省でもそういう考え方のもとに実は本年度からそろそろこの面の研究を始めたいと思っております。御指摘の点については私も先生と全く同感でございます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 それだけはほんとうに私の意見とぴったり合っております。ほんとうに最近は付属の小、中というものは一般父兄が競争で、いわゆる入学難——これは文教行政の責任でございますが、そういう点から勢いそういうところへ集中して、そうして高等学校が受けられるような準備態勢に置くというようなことに利用されて、本来のものでなくなっておるわけです。そういう中で、今度は今一般の人たちが関心を持ち始めた養護あるいは特殊児童、こういうふうなものの取り扱いとか、あるいは盲ろう、これなども相当政府の中で研究しておるところがございます。しかしそれが国立のところであれば、もっと国の費用というようなもので十分な研究ができるわけですが、ほかの県の盲ろう等では——私の県あたりでは三重苦と称するような子供を取り扱っておるところがありますが、もしこういうなものが、国立の関係であれば、文部省でもめんどうを見てくれておることは知っておりますが、もっと充実した、そして一般に稗益するような施設になると思うのです。とにかくそういうような使命、機能を発揮しておらない。今のとよろは全く一部の社会の便宜的な利用に供されておる状態である。国立大学の各研究所あるいは大学院の問題もさることながら、やはりこれを考えていかなければならぬと思うのです。人づくりをするためには、まずいい先生をつくれということだけは言っておる。ところが、そのいい先生がつくられる養成機関も付属小、中学校というふうなものが全然無視されている。人づくり問題ももっとあらゆる面から検討されなければなららぬと思うのです。そういう面で、私はもっと国立学校設置の計画の中で重視されるべき問題があろう、こう思うのです。  そばでもって盛んにあわてておりますので、私の質問が十分でないわけなんですが、最後に、一体国立大学の授業料は上げますか、上げませんか。それは一般国民は聞いておきたいところなんです。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 授業料を、三十八年度から上げるつもりでございます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 そういう点が一番聞いておきたいところですが、どれくらい上げるつもりですか。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 現在国立大学の九千円の授業料を一万二千円に、それからあと、これは数から申せば少ないのでございますが、大学院の研究科の授業料は一万三千五百円を一万八千円、それから短期大学は七千二百円を九千六百円、高専も同様でございます。それから国立の付属高校の三千六百円を四千八百円、大体三割程度の値上げをさしていただきたいと思っております。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 それは私立が上げるから国立も上げるというふうな問題ですか、やはりそれだけの授業料を上げることによって施設設備の充実、教授陣の強化というふうなものに役立つというふうなお考えですか、一般社会情勢に沿って上げなければ面目ないというような考えですか。というのは、それくらい上げたからといって大したことないと思うのですよ。それよりも、上げたことによって一般の私立大学その他を刺激することが私は多くなると思う。せめても授業料というようなものはそれくらいのものだったらなぜ文部省は控えておかぬか、私はこう言いたいわけなんです。

小林行雄文部事務官(大学学術局長)

○小林政府委員 授業料の値上げの問題は、実はことし初めて起こった問題ではございませんので、国立大学の授業料は昭和三十一年以来据え置きになっております。年々いろいろと財政当局の方からも要望されてきたところでございますが、いろいろ影響するところもございますので、文部省としては慎重に検討をしておったわけでございます。御承知のようにいろいろなガス、電気その他の大学で使う経費も非常にふえてきております。かたがた私立大学等の授業料の大幅の値上げというようなこともございますので、そういったことをいろいろと考慮いたしまして、最小限度の値上げをこの際させていただきたいというふうと考えたわけでございます。もちろんこの値上げに伴う財政収入については、これをやはり教育、研究あるいは学生の必要な経費の財源に使うという建前で、実は授業料値上げに伴う歳入増以上の経費を明年度では学生経費とかあるいは学生会館の建設費とかその他に充当をしておるわけでございます。授業料の値上げということは必ずしも好ましくないかも存じませんけれども、それに伴ってやはりそれによる恩恵は学生の方に戻ってくるという私どもの仕組みにいたしておるわけでございます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 それは大学へ行く家庭であればそれくらいの負担は、というふうな一般常識もありますが、しかし学生の中には種々さまざまであって、それくらいの負担は何ともない者もありますし、それから非常にこれが苦痛で耐えられないという学生の家庭もあるわけなんです。しかし局長がおっしゃったように、それが学生の福祉あるいは生活というふうな問題に還元されるということは、私は非常にいいことだと思うのです。そういうふうに努力してもらいたいと思うのですが、去年文教委員が島根県を視察したときに、島根大学の学生会館を見せてもらいましたが、そのときに教授の人たちが、従来弁当を校庭の草原で食べさせたような状態から学生会館を使ってきちんとした弁当の使い方もさせる、あるいは一般教養を高めるようないろいろな施設が学生会館の中にある、それが非常に学生の生活態度を直してきたと非常に喜んでおりましたが、また学生諸君から聞いてもそういう点を非常に歓迎しおりました。そういう面に使うなら私はそんなに国民が反対しないと思うのです。ただそれくらいの金を施設に回すのだ、教授の人件費に回すのだということであるならば、これは非常に残念だと思うのですが、この点を申し上げて質問を終わります。

床次徳二自由民主党

○床次委員長 他に質疑もないようでありますから、本案に対する質疑はこれにて終了いたしました。     —————————————

床次徳二自由民主党

○床次委員長 引き続き討論に入るのでありまするが、別段討論の通告もありまませんので、直ちに採決いたします。  本案を原案の通り可決するに賛成の諸君の起立を求めます。   〔賛成者成立〕

床次徳二自由民主党

○床次委員長 起立多数。よって、本案は原案の通り可決いたしました。  ただいまの議決に伴う委員会報告書の作成等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、これに御異議ありませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

床次徳二自由民主党

○床次委員長 御異議なしと認め、さよう決しました。  本日はこの程度にとどめ、次会は来たる八日金曜日開会することとし、これにて散会いたします。    午後一時三十六分散会      ————◇—————

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