農林水産委員会 第42号
- 発言数
- 57 件
- 登壇者
- 16 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1963/06/19
会議録
○長谷川委員長 これより会議を開きます。 日本社会党の委員諸君に対し、再度にわたり委員会に出席方を御連絡申し上げましたが、いまだにその出席がありません。ここにやむを得ず、遺憾ながら会議を開く次第でございます。 連合審査会開会申し入れの件についておはかりをいたします。 目下建設委員会において審査中の河川法案について、連合審査会の開会を申し入れたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○長谷川委員長 御異議なしと認めます。よって、さように決しました。 ――――◇―――――
○長谷川委員長 農林水産物に関する件について調査を進めます。 生鮮食料品の流通機構に関する問題について、参考人各位から御意見を伺うことにいたします。 参考人の方々を御紹介申し上げます。東京都水産物卸売人協会会長田口達三君、(拍手)六大都市水産物仲買組合連合会会長北村宮蔵君、(拍手)全国水産物小売団体連合会理事長中根長吉君、(拍手)近海水産物出荷協同組合理事長久野又兵衛君、(拍手)全国魚卸市場連合会会長小林喜利君、(拍手)全国青果物卸売会社協会会長樋口顕嗣君、(拍手)全国青果卸売組合連合会会長江沢仁三郎君、(拍手)全国青果小売商組合連合会会長大沢常太郎君、(拍手)全国地方青果物卸売市場協議会会長宇佐美兼次郎君、(拍手)東京都中央卸売市場長岡素夫君、(拍手)東京都中央卸売市場神田市場長田窪貢君、(拍手)東京大学教授川野重任君、(拍手)協同組合短期大学教授美土路達雄君、(拍手)以上の方々でございます。 参考人の各位には、非常にお忙しいところを当委員会に御出席いただきまして、まことにありがとうございました。 生鮮食料品の値上がりが国民一般消費生活に及ぼす影響にかんがみ、市場の流通機構に関し改善すべき対策があるとするならば、それらを中心にそれぞれのお立場から率直な御意見をお述べくださるようお願い申し上げます。 なお時間等の都合により、はなはだかってでございますが、御意見の陳述の時間は御一人大体十分程度にお願いいたしたいと存じます。 それではお手元に御配付の名簿の順により御意見を承ることにいたしたいと存じますが、都合によりまして、協同組合短期大学教授の美上路達雄君に先にお願い申し上げます。
○美土路参考人 御紹介にあずかりました美土路でございます。私の生鮮食料流通についての論点を開示さしていただきたいと存じます。 最近、御存じのように生鮮食料品、特に青果物の値上がりの問題が国民生活の上で話題になっておりますが、きょうは流通機構の問題と価格の問題に限定して論点を申し上げたいと思います。 まず第一に、確かに生鮮食料品の値上がりが問題でございますけれども、私が見ておりますところ、ほんとうに経済的に値上がりして問題になっている点と、それからムード的にそれが過大に評価されている面と、まずこの二つを区別することを指摘したいと思います。といいますのは、いま御存じのように需給両要因が非常に変化しております。ですから、たとえば市場の入荷量を取り上げてみましても、いまちょっと統計を席に置いて参りましたが、入荷量がふえているにもかかわらず値上がりしているものが少なくないわけです。これはたとえば戦前は、トマトといえば夏でなければ食べなかったものが、いまでは一年じゅう食べられます。技術の発展によって通年供給が行なわれておりまして、そういうのは冬に食べれば当然値が高いわけです。しかし、それがトマトということで夏の値も冬の値もとかく同一に感ぜられがちである。ですから、データを整理してみますと、どの程度値上がりして、どの程度からはそれがいわば受けとめ方の不十分さに由来するか、これをまず区別して考えるべきだと思います。 それは前置きですけれども、さて問題を経済的な客観的な価格の問題に限りました場合に、特に生鮮食料品の農産物については三つの経済的な特徴があります。 第一は中間経費が高いこと、特に青果物の場合には、元値、庭先価格と消費者末端価格の差が三対一くらいに開いております。 第二は、特に最近の需給両要因の動態過程で、価格の不安定性が非常に激化しております。ですから、反面、いまの値上がりムードの中にも先般のキャベツの暴落のように、たとえば三浦キャベツを取り上げてみますと、東京まで持ってくる出荷経費だけでも百円以上かかるのに、そこでせり落とした価格が六十円というようなことが、五月の初旬と下旬にあったわけでございます。ですから、単に値上がりということだけではなくて、不安定性ということがいま特殊的に問題にされなければならないと思います。 それから第三番目はやはり価格水準の問題ですけれども、平たく言えば、値上がりムードの中でも、蔬菜をつくる農家にとっては決して満足すべき価格ではないので、消費者にとっては割り高であり、生産者にとっては割り安であるということを、国民経済あるいはその中での農業の仕組みの問題として、単に流通問題に限定しないで、もう少し広い土俵で考えた上で流通問題対策を考えませんと、問題がぼかされるおそれがあると思うのです。ですから、たとえば追跡調査をやってみて一つ一つ当たってみれば、案外大きいと思われた問題が見失われるという、そういう経験もあります。 その三点に問題をしぼりまして私の考えを申し上げますと、まず第一の中間経費の高さ、これは基本的には消費及び生産がきわめて零細であるという、そこに根本的な問題を持っているわけで、それをいかに大型化して結びつけるか、そういう基本的な土俵で考えてみるべきだと思いますけれども、さしずめやはり流通問題として考えた場合には、流通担当諸資本が、これまた戦前並みの、きわめて零細な、以前のままの形で残されておる。しかも大都市がいま非常にふくれ上がっておりまして、水が足りなくなる、あるいは交通難が起きる、それと同じような意味を持っていると思います。 それにいたしましても、大都市対策というのはまた別に考えるとして、そういうことをいい悪いは越えて前提にして、流通対策を考えました場合には、やはりいま中央卸売市場審議会がいろいろ討論なさっておられるように、私は市場に第一の問題があろうかと思います。 審議会での討論は、せりのやり方、それから上場の単位、それから関係業者の性格ないしは規模の問題、特に手数料の問題に最後に議論が集中しているわけですけれども、この中央卸売市場法の規制が、いわば国民生活に対する公共的な問題として一定の規制を受けているわけでございますから、その中における私企業というものが、たとえば手っとり早く申し上げて、手数料が条例によって一定されているのに、そこでの活動が、業態とすれば戦前のまま引き継がれている。しかも、これまたよく話題になっておりますように、歩戻しとかあるいは代金完納奨励金とか、こういうものが二、三%出ておりまして、しろうと目にもそれが国民的な空費であるという――確かにAの業者、Bの荷受けにとっては、自分の扱いの荷を大きくすることは死活問題でございましょうけれども、社会的に見れば空費であって、しかもその前提が、この中央卸売市場法の公共性と私企業との矛盾から出てくるという点では、私は国民生活の安定上、これが制限あってしかるべきだというふうに考えます。もちろん業者の方々は異論がおありだろうと思いますけれども、国民的観点に立ったときには、そういうことが公共性という面から現状に即して再検討さるべきである。つまり結論は、もっと手数料が引き下げらるべきである、こういう意見を持っております。 それからもう一つ、それについて指摘しておきたいのは、言ってみれば市場というのは交差点におけるゴーストップのようなものです。ですから、最近は東京都も交通難におちいっておりますけれども、幾ら交差点のゴーストップを合理化いたしましても、道路政策そのものが合理化しなければやはり交通難は緩和されない。市場というのは流通をになう一つのポイントでございますから、そこに至る流通の経路というのはさまざまあるわけで、これがいま特に東京都の場合には業務用の流通が非常にふえておりますし、それからさらに関東、東北に対する集散流通がふえておりますから、これを戦争前のいわば消費流通に限られた段階の形で今日に持ち越しているところに一つの大きな矛盾があると思います。つまり一般家庭で零細な蔬菜を需要するような段階でのせりの方法、上場のロットの問題、これが集散流通がふえ、特に東京都のような場合には業務用流通が非常にふえている中で、相変わらず同じようなことをしている。そのもとをただせば何でもかんでもそういう戦前にできた市場を通して流通させなければならないという、ここに私はより基本的な問題があると思うのです。聞くところによりますと、外国では直接流通――市場を通らない生鮮食料品の流通が半ば以上を占めているというように、交差点の混乱もさることながら、道路政策全体の問題が考えられてしかるべきではないか。 それから安定性と価格水準の問題ですけれども、これは基本的には需要と供給の変化からくるわけですから、流通だけで抜本的な解決はできませんけれども、逆にいえば総体の需給が結合しても、それは地域的あるいは時間的に絶えず局部的なアンバランスを起こして、そのアンバランス自体がまた需給両面にはね返っているわけですから、広い意味での物量的な需給の安定、価格の安定、これを実現する上での流通上の制度の合理化というのは非常に重要だと私は考えております。 第二番目に、単に物を流すというそういう実務的な側面だけではなくて、国民生活における需給のバランスをとって価格を安定させる。そういう大きな諸政策の中にまたこの流通問題を位置づけて考えてしかるべきであろう。これにつきまして、戦前は農会組織があって、これが売買あっせんその他大幅な関与をしていたわけで、聞くところによりますと、戦前の金で年間六百万くらいの補助金が流通安定のために出ていたそうですけれども、これを今日の金に直せば四、五十億になるわけでして、現在の国民生活に非常な大事な利害関係を持っております生鮮食料品の流通に対する政府の行政的な支持というものが、現在は案外弱いのではなかろうか、こう考えます。で、価格安定については、すでに二、三の種類について安値補てん制度ができておりますがこれはやはり大事な制度なので、キャベツに対して一億五千万くらいでは実効は非常に弱いですから、これをもっと大幅に前進させる。それから物量的な需給に対しては、これまた指定産地制度がありまして、私はこういう形も必要だろうと思います。これもまたもっと産地自体の大型化を促進すると同時に、政府の対策というものを前進させることが必要だろうと思うのですが、その両方を込めまして、特に蔬菜の場合には重いこと、かさばること、天候の支配を受けやすいこと、そういった意味合いから、これに対して何か調整的な機能をもっともっと前進させる。あるいは保管も必要でしょうし、簡易加工も必要でしょうし、それから、そもそも産地から消費地に出荷する場合の流通指導――普及員による技術指導はある程度ありますけれども、それはいわば技術指導に終わっていて、肝心の価格の問題についてはむしろ逃げている。こういう現状はむしろ改良普及ということを、流通も含めて行なわれるべきじゃなかろうか、こう考えております。特に生鮮食料品の場合には国民生活に非常に重要な影響を持つだけに、先ほど来申し上げました公共性という面から――しかも重量のわりに単価が低い。そこで生産者と消費者から、それに対して一定の対策を講ずることがきわめて経済的に困難なわけですから、生鮮食料品流通対策の場合には特殊的に行政的な支持というものが必要ではなかろうか。 大体以上が私の考えですが、一番初めに申し上げましたように、流通が非常に問題ではありますけれども、流通の対策でもって解決できる問題、それではできない問題、他との関連で行なう問題、こういう整理が必要なわけで、根本的に申し上げれば、もちろん農業政策における、コストを低くするような、あるいは産地を大型化するような、そういう生産政策が必要であり、それがまた農民の所得を維持する政策と結びつけられること、逆に消費者問題とすれば、野菜の値上がりもさることながら、それが生活上非常に大きな矛盾にならないような、そういう国民個々の所得をもっとそれよりも向上させるという、こういうことが大事なことは申し上げるまでもないと思いますが、そういう中で流通問題をお考えいただきたいと思います。 たいへんはしょって失礼でございましたけれども、私の考えは以上のとおりです。(拍手)
○長谷川委員長 次に田口達三君。
○田口参考人 最近、市場の機構とかあるいは物価の問題等につきまして、農林省のほうからも開設者のほうからも、いろいろとお話があるのでございますが、私どもは水産物の卸売り人でありまして、魚類のほうはそう値が上がっていないという見解なのでございます。なぜかと言いますと、毎年、ここ十年ばかりの間というものは、入荷の数量において約一割ぐらい上がっておる。その一割のときもあれば、一割二分のときもございますけれども、大体において一割ぐらいずつ荷物が毎年ふえていく。値段もそういうようなぐあいでありますから、やはり取り扱い高からいっても一割ぐらいふえる。そういうふうな調子で、毎年々々入荷が一割ふえて、それから取り扱い高が約一割ぐらいふえているというところから見ましても、そんなに魚の値段は高くないということに私は考えておるのでありまして、最近、大体どういうところが問題になるかと申しますと、大衆向けといいますか、一般需要の最も多いものでは、まずアジとかサバ、カツオ、サンマ、イワシ、イカとか、こんなものが総入荷の七〇%でありまして、冷凍にいたしましたイカなどは、毎日十二、三車ぐらいずつ入っております。かりに総入荷が百三十車ということで、約一割以内が入っておりますが、冷凍イカなどにおきますと、去年までは、二貫目ぐらい入りましたものが六百円から六百五十円、七百円ぐらいまでに売れたものが、ことしは四百円を出たことがない。しょっちゅう三百五十円ぐらいの相場であります。サンマのほうもほぼ同じでありまして、それからカツオなども相当入荷がありますが、そういうふうな一般大衆向けのものはそう上がっていないという見方なのでございます。それは高級なもので、料理屋さんが使うとかあるいはぜいたくなものであるとかいうものは、値上がりも相当しておりましょう。けれども、大体において魚のほうはそう上がっていないという見方――高い高いといわれて、上がっていないというのはおかしいというお考えがあるかもわかりませんけれども、それはほかのものも上がっているのですから、多少上がっておるものもありましょうが、そう著しく魚価が上がっているとは見られないと私どもは考えております。毎日のように報告を聞いておりますから……。 なお、ただいまの美土路先生からお話のありましたことにつきまして申し上げますと、最近、市場の機構あるいは販売方法の改善、せり売りの問題、そういうふうな問題が、監督官庁であります農林省の経済局から、あるいは開設者のほうから、いろいろなことを言われておるのでございますが、いま先生からお話のありましたうちで、手数料の引き下げが魚価にどうというお話がございましたけれども、卸売り人として手数料を引き下げるということはなかなかたいへんなことであるから、それに何か言いわけでもするように考えられても困るのでありますが、手数料を引き下げたからといって、生産者あるいは出荷者の手取りは幾らかふえるかもわかりませんが、しかしながら、ここで全体の一%か二%下げたからといって、一般消費者とかあるいは家庭の需要者のほうへ何ら響きはないと思うのであります。それは出荷主のほうへは幾らか下げればそれだけ手取りが多くなるかもわかりませんけれども、末端には何ら関係ないということに考えておるのでございます。 それからいまいろいろとお話のございました最近問題になっておりますせりの改善、現在のせりの方法がいけない、これを何とかやれということはたいへんなことになっておりますが、せりの改善と申しましても、共同せりにしたらいいだろうということをお役所のほうでも言っておりまするし、また開設者のほうでもそういうお話があるのでありますが、これは小売り商の標準市場というものができ、また仲買い人の方々でも標準品を取り扱うものがきめられておりまするからして、なるべく値段の格差をなくするためにせりを改善したらよかろう、共同せりにしたらよかろうというのが共同せりのわけなのでございます。自分らも考えまして、やはり卸売り人といたしましても、農林省のほうのお考えもそうであり、また開設者のほうからもやってみろというようなお話がございますので、どうかしてやれるものはやってみたいという考えから徐々にやっております。現在でもそういうものはございますけれども、まだたくさんの種類の中でありますからして、やっているものもありまするけれども、そんなことではどうも消極的なものでありまするからして、もう少し大衆向けのものにも及ぼすようにやろうということでやっているのですけれども、御承知のとおり共同せりということになりますると、一つところへ物を集めて、そうして共同せりはどういうふうにしてやるかということが、私どものようにしょっちゅうやっている者でもなかなかわかりません。たとえば、ここならここでやってみて同じところで売るということにしましても、近海ものであるとかどうだとかいうような、一つの船からあがってきたものはようございますけれども、汽車で積んでくるものはこちらのほうへ卸すものもあれば、またあちらへ卸すものもある、それを一つところへ集めてきてやる、それはなかなか卸したところが別々であるのに、それを一つところに集めてやるということは、今日のような市場の狭いところでは、物によってはとうていできないもののほうが多いのでございます。しかしそれはできるだけやってみたいということに考えてはおりますが、御承知のとおり何しろ市場の狭隘というのは全く今日ではどうすることもできない。そういう事が行ったり来たりして、かえって一つところへ物を集めるために混雑してしまうということになっておりますものですから、これはよくお役所のほうあるいは開設者のほうとも相談をして、やれるだけやりたいということは考えておるのでございますが、なかなか全部をやるということは困難じゃないかということに考えておるのでございます。 共同せりの問題と、それからいませりにかけておりますせりの方法から考えまして、やはりいま美土路先生からお話のあったように、せりの単位を少なくする。現在十個とか、入荷によってやるものでありまして、百個の場合何個、千個の場合は何個、一万個の場合は何個というふうなぐあいにせりにかけておりますが、それを同じに何でも百個とか五十個とかせりの単位をきめますと、来る人の数が大体きまっておりますから、ほとんど自分のところに入らないようなことがあるものですから、高く入れなければなかなかとれないということがあるものですから、これもやはりむやみにせりの単位を多くするということは困難なのです。実際上においてそういうことをすると、かえって値段の上にも混乱いたしましょうから、やはり入荷に応じてせりの単位をきめていくべきものじゃないかということに考えておるのでございます。 さらに、よくはっきりどうしてもお考えを願わなくちゃなりませんことは、生産出荷者ということをよく言うのでありますが、生産者が直接市場へ出すというのは、たとえば大きな漁業家、大洋であるとか、日本水産とか、あるいは最近非常にふえました遠洋漁業の漁船、そういうものは生産者がじかに市場へ持ってきて売り分けておりますが、あとはほとんど七五%もしくは八〇%、入荷の魚のほうにおきましては大体八〇%かと思うのでありますが、そのときによって違いますが、そうしたものは大体各大きな漁港、青森であるとか、北海道の釧路であるとか、八戸であるとか、釜石であるとか、気仙沼であるとか、長崎であるとか、下関であるとかいうような大きな漁港に入りましたものが、みな産地の市場で売買されております。産地市場の仲買い人がそれを買って東京に送るのでございますからして、生産者というわけにはいかないのですね。ですから出荷者の方のほうが多い。出荷者の荷物が大体八〇%もしくは七五%を占めているのじゃないかということにまた考えておるのであります。 ただいまのところまでいろいろお役所のほうからお話しになって、流通問題で取り上げられております問題は、せりの改善、共同せりの問題、それから手数料の引き下げ、こういうふうなことがおもになっておるのであります。あるいは仲買い人の法人化であるとか、この仲買い人の法人化というのは私のほうのなんでございませんからあれですが、目下問題になっております面では大体そういうふうなことであります。 何ぶんにも現在の市場は、昭和十年に始まったのでありますが、そのときの建設委員会の話では、その当時ちょうど三百トンぐらいしか東京の入荷が魚のほうはなかったのです。大体どのくらいな規模で市場をつくったらよかろうかというようなことは、その当時の建設委員会でよく論議されまして、まあ将来五百トンくらいまでは来るだろうから、五百トンということを標準にしてこの市場をつくったほうがよかろうということが、開設者の側としても、業者側としても――これは築地市場、自分のほうの魚の話でございますが、大体東京市民は五百万人になっても二十年や三十年は何ともないだろう。五百トンを標準にしてつくった市場に今日毎日平均千四百トン入るのですから、どこの市場もそうでしょうけれども、私どものほうの本場はそういうふうな関係から非常に混雑いたしまして、もしかりにいろいろなことを改善するということになりますと、先にもう少し市場の拡張ということからやっていただきませんと、全くやれない問題がたくさんあるのでございます。何しろ五百トンということを標準につくった市場に今日千四、五百トンも入るのですから、どうにも始末のつかないような状態になっております。大体いま申し上げました点が最近役所のほう及び開設者の方々からいろいろとやかましく言われている問題なのでございます。 以上で終わります。(拍手)
○長谷川委員長 次に北村宮蔵君。
○北村参考人 御指名をいただきましたので、僣越でございますが、私は六大都市水産物仲買組合連合会会長北村でございます。本日は生鮮食料品の流通及び物価問題等について、当委員会において意見を述べさせていただく機会をお与えいただきましたことを厚くお礼を申し上げます。せっかくの機会でありますので、申し述べたいことは多々あるのでございますが、限られた時間の関係上、私ども仲買い人の現状と流通経済上果たしている重要性について申し上げ、また御要望申し上げたいと存ずる次第でございます。私の申し上げますのは、生鮮食料品と申しましても水産物関係でございますので、そのおつもりでお聞き願いたい、かように思います。 まず、最近問題になっております生鮮食料品の魚のほうの問題に触れますと、ただいま田口先輩が申し上げましたように、魚は必ずしも高くはないのでございます。しかし、何か世間は、上がった上がったというふうなムードに酔っているような考えがございます。魚におきましても、若干上がっていることは間違いないのでございますが、それらは、生産事情あるいは輸送経費、生産経費の高騰と、政府の政策によるところも非常に大きい原因でございます。現在、ここ二、三年来の高度成長政策に由来する点が非常に大きいので、これらの解決には総合的な対策を私どもは期待する次第でございます。 市場の機構の問題でございますが、私ども仲買い人の立場から要望いたしますことは、荷受け人の整備統合でありますが、これは水産、青果、流通各業界にそれぞれの御議論があろうかと存じますが、私ども六大都市水産物仲買組合連合会といたしましては、荷受け会社は単一が妥当である、農林省当局におかれましても、荷受け人は生産者の販売の取り次ぎ機関であり、市場取引の原則が委託せりまたは入札である以上、中央市場の開設の重要な趣旨であります一物一価の原則から申しましても当然ではないか、複数荷受け人の過当競争により、同一品目におきましても二つ、三つの価格がつけられるということは、まことに不合理ではないか、また複数荷受け会社下における中間経費の節減等から考えましても、理論的に申し上げましても、単一が当然ではないか、かように考える次第でございます。 なお、最近荷受け人の手数料等につきまして、先ほどの御意見も伺いましたが、現在水産物関係の手数料は青果関係と違い六分でございまして、この六分を半分にでもするというならまた若干のきき目があるかもわかりませんが、仄聞するところでは、せいぜい一分くらいというふうなことですと、現在すでに荷受け会社はそれぞれの出荷者等に対してサービスをなすっておられるわけですから、特にその引き下げを云々する理由にはならないではないか、また、荷受け人の手数料はこれを一分なり二分下げましても消費者には関係がないのでございまして、水産物関係におきましてはその必要もないではないか、かように考える次第でございます。 なお、仲買い人についてでございますが、生鮮食料品の魚が高いとかどうとかいうふうな問題になりますと、常に市場のあり方が、まず老若男女といってもいいくらいに問題として騒がれるわけなんです。その騒がれますときに実は一番焦点を当てられますのが、どっかの経費を減らしたらよかろうとおよそしろうとの方が考えますのは、われわれ仲買い人という名称からまいりますところの印象が、何か中間機関だから、不動産屋のような、電話一本でブローカーするような仲買い人はなくしたらどうか、その経費だけでもプラスになるではないか、こんなふうな印象を一般に与えやすいのでございます。これらにつきましても、昨年、当時農林大臣であられました河野いまの建設大臣が二月の八日中央市場へ視察にいらっしゃいましたが、河野さんの口からも、おれは第一回の農林大臣になったときには、仲買い人というものは要らないではないか、実は要らないというふうに言った、だが、だんだんよく市場というものがわかってくると、仲買い人の大量に集荷されたものを評価、分荷する――この水産物等の腐敗性を持った、また一日千五百トンも入るものを、百五十車くらいのせりですと五十分くらいでございます。先生方が市場へおいでになるとすぐおわかりですが、百車から百五十車ですと大体五十分くらいでせりが終わるのであります。そのせりが終わるということは、評価が終わるということであります。評価が終われば仕切りがすぐ無電、ラジオで産地に伝わり、生産者に再生産に励んでいただける、この機能を私どもが果たしているわけでございまして、この重要な点につきましては、前農林大臣にも十分にお認めいただいたのでございます。私どももそれらの職能の重要性にかんがみまして、せっかく使命達成に努力しているのでございます。しかしながら、この市場における荷受け、仲買いという二大支柱であるわれわれ仲買い人の地位は、市場法から申しますと必ずしも満足ではないのでございます。これは市場法をひもといていただきますとわかりますが、以前市場法には仲買い人の文句は一つもなかった。業務規程にわずかに、開設者仲買いを必要と認めるときは、とあったのでございますが、これにつきましては、昭和三十一年六月に市場法の一部改正が行なわれました際に、衆参両院の特別なお計らいをいただきまして、ようやく現在の市場法におきます法第十五条の六に、開設者必要ありと認むるときは仲買い人を置くことを得としていただいたのでございますが、私ども連合会といたしましては、これだけでははなはだ不平等ではないか、市場におきます車の両輪である荷受けと仲買いの重要性から申しましても、ぜひ私どもの地位の確立をしていただきたい。過去三回にわたりまして市場法の改正の際、陳情あるいは請願を行ないました。特に一昨年の十月、臨時国会におきましては、参議院が先議になりました際、私どもは請願をいたしまして、その御採択をいただき、なお附帯決議もお取り上げいただいたのでございます。また農林省の臨時生鮮食料品流通調査会の答申におきましても、その重要性を強調されたのでございますが、大都市市場におきましては、開設者は業務規程の定めるところにより仲買い人をその市場に必ず置かなければならないというふうにしていただきたいのが私どもの念願でございます。 次に、現行市場法にありますところの私どもの仲買い人という名称でございますが、市場におきまして、仲買い人は、荷受け人が上場いたしました物品を自己の計算、自己の危険負担において評価して買い取り、これを買い出し人その他各種需要者のために分荷販売あるいは再出荷をすることをもってその職能としております。したがって仲買い人は、荷受け人が代表するところの生産者、出荷者と買い出し人により代表される消費者の中間にありまして、荷受け人に対しましては買い方となり、買い出し人に対しましては売り方の地位で、価格形成、需給調整並びに物品の販売という、最も中核的な卸売り行為を営んでいるのでありまして、その実態よりいたしまして、当然私どもの名称は卸売り人に法の上で変えていただきたいのであります。さきに申し上げました農林省調査会の答申にも、「その機能の実態に即するよう検討すべきである」というふうにお取り上げをいただいているのでございます。一昨年法改正の際、臨時国会、参議院農林水産委員会の附帯決議にも名称変更が入れられているのでございまして、本委員会におきましても、ぜひこの点につきまして特別の御配慮をいただきたいのでございます。したがって、この要望の点につきましては、すでに御検討済みのことでございますので、今後の法改正におきましてはお取り上げをいただきたいと存ずるのでございます。 以上は市場法改正についての私どもの要望でございますが、これらを実施していただく点になりますと、現在の中央市場法の大幅な改正または全面改正をお願いいたしたい、かように思う次第でございます。 なお市場の施設の改善については、農林御当局にもせっかく御推進をいただいておりますが、築地の現状は、先ほどもお話ございましたように、戦前は五百トンを予定いたしましたものが、現在は千五百トンから、少し多いと二千トン入る。にもかかわりませず、依然として五万六千坪という、ばかの一つ覚えのような、現在の一歩も増加いたしませんところの狭隘なる市場数、私どもひしめいているのでございます。 次に、当局におかれまして、市場取引におきまして、荷受け人より仲買い人への交付金についての規制を御検討されておられる由でございますが、私どもは取引実態の上から申しましてこの規制には反対するものでございます。との理由等につきましては、時間の関係もございますので、御質問によりましてお答えを申し上げたいと存じます。 最後に、最近スーパーマーケット等の異常な発達によりまして、水産物関係の小売り団体の組合におかれましても、市場におきましての売買参加を申請されているようでございますが、この点につきましては、私ども仲買い人が現在少なくもりっぱにその職務を果たしているという観点から申しまして、現在の流通構造をなお複雑化するような売買参加の許可等につきましては、私どもは賛成を申し上げかねるのでございます。もし許可するような暁には、私どもは業務規程の改正を願う、その後にしていただきたい、かように考える次第でございます。 終わりに、この際発言の機会をお与えくださいました農林水産委員会の委員長並びに委員の皆さまに対しまして、厚くお礼を申し上げまして、はなはだ簡単でございますが、以上申し上げる次第であります。(拍手)
○長谷川委員長 次に中根長吉君。
○中根参考人 私は全国水産物小売団体連合会の理事長の中根でございます。ただいまより水産物小売商の立場から流通機構の問題につきまして見解を申し述べたいと存じます。 まず先に魚価の問題でございますが、鮮魚の価格が非常に高いという一部の声がありますが、私ども業界としては高いとは思っておりません。もちろん高級魚のタイ、エビ、ヒラメ、マグロ、サケ、マス――サケ、マスというのは日露の問題として皆さん御承知と思いますが、そういう関係と特に白身の魚、これは高いと言われてもさしつかえないと思いますが、先ほど仲買いの方または荷受けの方が申されたごとく、過去四年間を小売商人として統計をとったのでございます。昭和三十五年六月三十日の関西のアジの相場でございますが、百グラム八円でございます。三十六年六月三十日が十四円、三十七年六月三十日が十三円、三十八年五月三十日が九円でございます。これを清算いたしますと大体さほど高いと思いません。それからサバにつきましても、三十六年度の六月は十一円、三十七年度は九円、三十八年度は八円、こういうことから見ましても昭和三十五年に対して八年は値上げはないということがはっきり言えると思います。イワシのようなものにつきましても、昭和三十五年が十円、三十六年が十円、三十七年が非常にイワシ漁が少ないために、そのときは十七円しましたが、本年度はまた十円というような値段でございます。それから冷サンマのごときものは、かえって逆に、昭和三十五年六月三十日に十五円、三十六年度にはこれが十円、三十七年度が九円、ことしは八円、こういうような関係で決して一般そうざい品としては高い値段ではありません。ただし先ほど申しました白身の魚とか高級魚に対しましては、サケのごときは非常な高値をしております。 そこで消費都市における市場の機構上の問題になりますが、市場の取り扱い品目の中でも、あらゆるものがせり人または仲買い人から買わなければならないということはないと思います。たとえば水産加工品、ソーセージ、かん詰め、冷凍魚などは、大量生産部門として大きな会社が十二分に製造をし、それを販売しておるのでございますから、こういうものを流通のほうを通してそこに相当な利潤を払ってわれわれが買う必要はないということを考えております。 また生産地で大衆魚が大漁で水揚げされたとき消費都市においてその価格が一向に下がらないというようなことがあります。この問題につきましてはわれわれ業界としましても矛盾じゃないかと考えております。そのことは、現在の築地中央市場の入荷数量が取り扱い高として定まり、荷受け機関の受け入れ態勢が一応不文律となっている点があるのではないかと考えております。たとえば一日の取り扱い量が二千トン、三千トンというように大量に入荷した場合に対して、荷受け機関としてどういうような考慮をされているものか、われわれにも見当がつかないのであります。入荷調整をしていると言ってもいいのじゃないか。むろん魚の少ないときもありますから、そういう場合も考えてのことかと思います。また中央市場にいろいろな業者が入ってきております。われわれ小売商以外に十七団体の業者が市場に入っております。そういうものが魚の値段を考えずに買い出しをする。そういうものが魚価を非常につり上げるような問題を起こすのじゃないかと私は考えておるような次第でございます。 次に、水産物の小売り商の立場についてちょっと触れてみたいと思いますが、御承知のとおり生産された水産物のほとんどがわれわれ小売り商人の手で販売され、一般消費者の家庭に運ばれるのでございます。したがって水産物の価格の決定については、われわれは生産者とともに流通上の基本的なるルートの重要性の一環をつとめておる次第でございます。政府の主張される消費者価格の対策上の重要性ある関係業者であるという自負は、私らも感じておる次第でありますが、最近設置された標準品店舗においても、われわれ小売り商人が生産者と消費者の中間に入り、その必要性は皆さんとしても御承知と思います。それにもかかわらず、われわれ小売り商人の立場は市場法の規定にも入っておりません。市場買い出し人というような一つの簡単なことばで解決されております。この問題につきましても、当局とされまして何か考えてむらいたいと思います。また市場に入場する方はどなたが入ってもいいということでなく、業界業界をもちまして、登録制にしていただきたいと考えております。こうなりますれば、一般の入る業者も少ないし、何かと申しますと、しろうとというような方が市場内に流れ込まない。こういう問題を十二分に考えてもらいたいと思います。小売り市場なら別としまして、卸市場の中で一般のしろうとの方がどんどん買い出しをしまして、イカが五はいとか十ばいとか、小売り商人の店頭でも売るような商いをされておるということは、これは魚価をつり上げる第一の問題じゃないかと思います。こういう問題に対しまして仲買いさんの反省を促す次第でございます。それでわれわれ業界におきましてもいろいろ考えておりますが、今後そういうことを十二分にされていただきたいことを私たちお願いします。 市場取引はせりが非常にいい、公平であるといわれておりますが、この問題につきましても市場のせり方、またせり人というものを当局で十二分にお考えになりまして、せり人の資格はどういう立場の者に与えていいかということをぜひ御当局として考えていただきたいと思います。またわれわれ小売り商人は御承知のごとく消費者の代表であります。魚市場に買い出しに行きまして、かりにせりをした場合も、仲買い相場という値段もございます。われわれは小売り商人でございますから、ぜひせりに参加してその責任の一端を尽くしたいと考えております。八百屋さん、ほかの商売または日本全国の中央市場には全部小売り商人がせりに参加しているのに、何ゆえに東京だけはこれに参加させないかということを一つ申し添えておきたいと思います。 最近では市場の入荷量も非常に増加しておりますが、大量の荷を一時に迅速に取り扱うためには上場単位というようなこともこちらで考えておる次第でございますが、われわれ業界におきましてもこの問題に対しては十二分に検討した次第でございます。魚の値段を何とかして安くしていただきたい、そういう考えでこの共同せりとか上場単位というようなことを申し上げた次第でございます。そうしてそのせりの能率化をはかるということを考える次第でございますが、それがためにせりというものを乱暴な、物の価値のないものを、価値以上の値段にせり上げることのないように私どもとしては考える次第でございます。 標準品の価格の制定については、市場内の関係業者がはなはだわれわれ業界に協力しておりません。われわれ業界は標準品を買いまして、それを店舗に並べて置きますけれども、そのときにはモニター制とかあらゆるそういう方が店舗の値段を云々ということもありますが、それでは仲買いさんの店舗に行きまして標準値に対して五分、七分という利潤でわれわれに渡してくれますか。そういうところは、われわれ小売り商人の立場から申しますと、この値段というものは非常に違いがございます。こういうことは申し述べにくいことでございますが、店舗によりましては五分、六分という非常に高い店舗もございます。そういうことも今後よくお考えいただきたいと思います。 私は仲買いさんが不必要とは申しません。われわれ小売り商人としても仲買いさんはぜひ必要でございます。ただしわれわれ考えなくちゃならないことは、われわれ小売り商人でも最高に商いする方は一日に二十万、三十万という量を消費する小売り商人も十二分におります。それなのに仲買いさんの売り上げを見ますと、最低の者は十万以下の仲買いという方がたくさんあります。こういう問題につきましても、一応皆さま方の御配慮を願いたいと思います。 われわれが売買参加をすれば、消費者の気持ちをはっきりと市場内にあらわす値段が出るのじゃないかと思います。仲買い値段というものと消費者値段というもののはっきりした線が、われわれ小売り商人の売買参加によってあらわれるのじゃないかということを深く考えております。 そういう問題からいきまして、今後われわれ業界本経営上変えなくちゃならないということを考えておる次第でございます。どういうわけかと申しますと、先ほど仲買いさんから申しましたごとく、一定の魚というものは、市場を通さなくても、加工品のごとき大きな製造会社から売るものは、市場内にもそれは直後販売店舗を出していただき、そこでわれわれ小売り商人が口銭を払わずに買えるような値段をつくっていただきたいと考えております。それからわれわれ業界としましても、今後は、八百屋さん、肉屋さんと企業合同してスーパー的店舗をつくりたいという考えも持って、そういう方面に対しても指導しておる次第でございます。それから魚屋が逆にまたスーパーマーケットをつくり、一般の業者をその中に総合させていきたい。または隣接同業者とお互いに話し合い、一本の線にまとめて営業をしていきたい。ただし魚屋というものは、ほかの商売と違いまして、どちらかというと家族的になりまして、夫婦二人それに子供一人というような商い方法もありますので、その点につきましてはわれわれとしても、そういう業者はそういう業者で生かしていきたい。それはなぜかと申しますと、魚というものは千メートルも二千メートルもの遠くから買いに来ません。せいぜいその周囲五百メートル近辺が普通でございます。盛り場となれば相当な距離から来ますが、そういうことになりますと、家庭に対して非常な不便を与えるのじゃないかということを考えておりますので、そういうような地形的既存在業者を伸ばしていきたいというような考えでおる次第でございます。 小売り商人が相当な大きな姿になってきている関係上、われわれとしましてはいろいろ考えた末、かりに現在提案してきておるのでございますが、従業員を一人以上使っている方、五人以上使っている方、また十人以上使っている方、そういう店舗を調べまして、そういう方面に進んでおる次第でございます。 われわれ業界がどこにものを訴えていいか、かつての買い出し人という名前のもとにわれわれ業界がいるのが当然であるか。こういう時代に対しましては、われわれも市場内一貫の処理に小売り商と明記されることが必要ではないかと思います。 簡単でございますが、これをもちまして終おります。(拍手)
○長谷川委員長 久野又兵衛君。
○久野参考人 ただいま御紹介にあずかりました私、水産物の出荷をする代表として本日率直な御意見を申し上げたいと思います。 現在の農産物と水産物との性格が全然違う。それにもかかわらずある程度市場法令が一つである。そういう点が流通の運営上非常に支障を来たしているのじゃないか、かように考える次第でございます。と申し上げますことは、農産物におきましてはある程度計画的に種をまき、計画的に収穫をして、それを出荷するにあたりましても、地方の農業協同組合が大体主体になりまして、ほとんどの出荷が農業協同組合、生産者じかに消費地に出荷されている。にもかかわらず水産物の場合におきましては、先ほど卸売人協会の田口さんが申されましたように、全国で漁獲されますその水揚げの大部分は産地の市場におきまして水揚げをされましてそれによって出荷をされている。そして産地に水揚げされまして出荷されましたそのものは産地市場によって価格が形成されまして、その産地市場の仲買い出荷者と申しますか、その産地市場によって価格が形成されまして六大都市に出荷されている。水産物の場合は産地の市場においてその出荷者によって価格が形成されて出荷されている。農産物の場合においては農業協同組合が主体になって農産物を出荷している。したがいましてそこに一つの法令でいいか。片方は産地の市場において価格が形成されて出荷されなければ処理ができない。これは農産物と違いまして水産物におきましては、その地区、その期間中、大漁、不漁の差がはなはだしいもので、大漁の場合はどうしてもその流通関係のそういう出荷者を総動員しまして全国にそれを出荷する。特に産地の場合の市場におきましては、その地区の必要性、その地区のたとえば産地に水揚げされましたその魚が六大都市に向けて出荷される場合と一般地方の市場に向けて出荷される魚とその鮮度、大きさ、それが異なっております。それからその産地市場に出荷されましたその魚の中で、輸出向け、加工向けいろいろの鮮度が全部違っております。それを全部仕分けをされまして、それによって産地の市場から出荷をされている、こういう姿でございまして、農産物とたいへんに違う、こういうことを申し上げまして、それが一つの市場法令によって運営されるということが、そこに大きな食い違いがあるのじゃないか、かように考えます。 それから特に私これも申し上げたいのですが、地方市場におきましても、大都市、東京、大阪を中心にしまして大きな市場とその下の横浜または名古屋、だんだん掘り下げていきますと、またその下の小さな三十万、五十万、もっと小さな都市におきましても市場条例というものが大体一つの線に進むような姿が見える、こういうことを考えましても、東京、大阪の場合におきましてはその大量に入ってくる荷物が相当毎日毎日次から次へと入ってくるもので、当然仲買いさんとかいろいろの機構によって荷物を処理されなければなかなか始末がつかないということが、大きい都市においては、中央市場法の卸売り人、仲買い人、小売り屋さんと、そういうふうなある程度の段階をつけてそれを反映するということでなければ実態においてその荷物は処理されない、また市民、都民の方に円滑に配給できない、こういうことでございますが、ひとつ掘り下げまして地方の都市に行きますと、はたしてその仲買い人さんが必要であるかということ、現在地方の都市におきましては、その市場が産地から荷物を呼びまして、その産地の市場が一般の小売り屋さんなり特定の消費地にじかに売っている。それは数字が小さいからじかにできるんだ、こういうことが現状でございます。それが何か中央市場法というような一つの看板をもらいたいために、小さな地方の都市におきましてもだんだん中央市場法を大きく広げていく。それがはたして中央市場法の卸売り、仲買い、小売り屋さんの段階がはっきりしているのか、こういうことを申し上げますと、現在中央市場法をしいている市場の魚市場ですら仲買い人がなくて、社員がその仲買い人に肩がわりをして、卸売り人、仲買い人、小売り屋さんというような体面をつくって営業しているというような中央市場法もございます。したがいまして中央市場法は、これは大きな都市においてその中央市場法を置くべきであって、小さな地方の都市においてはこれは別な市場法を用いられたらどうか。産地におきましては、産地に陸揚げされましたその魚は、輸出、加工、また大きな都市、小さな都市、農村あらゆる各階層にわたって適当にその土地でほしがっている魚を、必要とされているその鮮魚を各地区において出荷をする現在の段階におきますと、東京の中央市場は集散市場だというような現在の機構になっております。現在全国から水産物が東京へ東京へとみんな出荷されてくる、東京へ入った荷物がまた地方の都市へ、地方の市場に分割されていく、そういうことは出荷者といたしましては、また消費地といたしましても、非常にいま騒がれております中間経費の節減という意味においてもだいぶ疑問があるのではないか。東京の中央市場に入りましたものがそこに六分なりまたいろいろ荷おろし料、いろいろの人件費をかけ、それがまた地方の市場へ転送されていくと、地方の市場によって、またその市場の性格によって、口銭なり人件費なりあらゆるものがそこによって一応加算される。出荷者とすればそこにおいて価格から引かれましてそれが生産者へくる、消費者におきましてはそれが加算されて市販に流れていく。したがってそういうような矛盾した大きな経費を、何ゆえに二重の手数をかけて、一応東京の市場に集めたものが地方の市場に出荷されていくか。鮮度におきましても、産地におきまして直接出荷した場合には、その翌日また早いときにはその日のうちに市民、都民、国民の食ぜんにのぼるのが、一応東京に入りまして、翌日地方の市場へ転送されていく、一日なり二日なりおくれていく。経費がかかって鮮度が落ちていく。そういう矛盾した仕事がどうして行なわれているか。それは中央市場法という看板のもとに行なわれているということが現実でございます。したがいまして産地の出荷者といたしましては、あらゆる経費を節減しまして、そして直接その目的地に、それからそれへとそのむだな経費をかけないように、直接にその産地から必要な消費地にその品物を出すということが産地の出荷業者が一番願っていることでございます。それから経費の節減におきましても、われわれ産地出荷業者といたしましては、大きな経費というものは、運賃、容器費、人件費、そういうあらゆるものの中で、容器費というものが大きな比重を持っておりますので、それを一回限りでなく、何回も使うというようなことで、現在十五カ年間、われわれ、東京の荷受けさん、仲買いさん、小売り屋さんの協力を得まして、何回もその容器を使っておる。私どもの関係しております一部八県の組合員で昨年三十七年度一年間において十二億三千数百万円の大きな経費をかよい容器の制度によって縮めておる。そういうことにおきましても、私ども産地出荷者といたしましては、経費の節減、手数料の二重、そういうあらゆるむだなものを省きまして、そして産地から消費地の皆さんに食べていただきたいということを第一の目標にいたしまして終始やっております。 それからもう一つ申し上げたいことは、この市場条例が消費地の大都市、小さな都市、その下の市町村におきまして一本でいいかということと、それから産地市場の市場法を、一応やはり中央市場法の市場法をひくというようなことを漏れ承っておりますが、各地区ごとにおきまして消費市場の市場法によって産地市場法をひかれた場合においては、産地市場の機能はとまるというようなことで、いま非常に問題になっております。産地市場の現在の姿を見ますると、消費市場と違いまして、産地の実態というものが、全国の水揚げされます魚はその出荷の仲買い人の活動いかんによりまして、産地の市場は非常に活発になってまいります。したがいまして産地市場が活発になればその市町村の経済、あらゆるものが活発になってくる。産地の魚港におきましては、その水揚げによってその市町村の経済を一応左右しているというようなことでございます。したがいまして産地市場におきましては、消費市場と同じような市場法をつくられた場合においては、おそらくその市町村の経済が非常に危うくなるというようなことも、これは特に産地市場、全国の漁港は、大体その市場を経済の中心にしておる関係上、特に重点を置いていただきたいと思います。したがいまして、先ほど申し上げましたように、消費市場におきましても、大きいところと小さいところと違う。産地市場におきましてもまたその産地市場における相違点がたくさんございます。その産地市場のあがってくる水揚げの数量の違いとか、またはマグロとかサバとかアジとかイカとかいろいろ種類が違う。またはいろいろの漁業の性格が違う。出荷にいたしましても消費地に向けて出荷する仲買い業者もあれば、または全国的に出荷する業者もある。それから輸出を目的にしている業者もございますし、国内に向ける加工向けの出荷をしている業者もある。いろいろとその性格が違いまして、産地市場におきましても大きい市場と小さな市場と、大量に揚がる市場と水揚げの少ない市場との性格が違っている。消費地におきましても大きい都市、小さい都市、産地におきましても、大きな市場と小さい市場の市場とを一つの市場条例によって、一応これからやっていくのだということになりますと、実態においてはどんな条例が出ましても、事実それが運営できないというような現状でございます。 特にこの市場法につきまして、何か魚が高い、野菜が高いというようなことが現在叫ばれておりますが、中間の経費をなくすということと、それからその業に当たっているものが、実際において円滑に運営のできる方策をとっていただきたい。そうしませんとあらゆるむだなものが、中央市場法というようなただ名前がほしいために、その運営が麻痺して、そしてそれが勢い価格の面に影響していく。むだなものを払ってむだなものをつくる必要がどこにあるのか、かようなことを申し上げまして、はなはだ簡単でございますが、一応終わりたいと思います。(拍手)
○長谷川委員長 次に小林喜利君。
○小林参考人 委員会に参考人として発言し得る機会を与えていただきましたことを厚くお礼申し上げます。 地方魚市場の立場から流通改善に関して意見を申し上げるに先立ちまして、ぜひこの際お聞き願っておきたいことは、鮮魚の流通問題が六大都市、いうならば中央卸売市場行政に偏重されており、地方魚市場はきわめて軽視されておるという事実であります。 しかるに国民食生活を安定せしめ、一方漁業再生産に資する流通上の市場取り扱い金額から申しますならば、中央卸売市場取り扱い金額が千百億円に対しまして、地方卸売り市場は二千二百億円でありまして、三六%対六四%の比率であり、都市人口にしまして二二%対七八%の状態でございます。これは昭和三十四年の農林統計協会の発表のものでありますが、生鮮食料品の流通機構整備対策としては、中央卸売市場の整備対策のみでは、まさに仏つくって魂入れずという類であろうかと考えるのでございます。地方市場の整備こそは生鮮食料品流通機構の整備の本眼なりとして、国会における諸先生方の質問も累次にわたってこの点を指摘せられております。特に昭和三十四年度の調査会設置法提案理由の説明以来、当局におきましても、中央卸売市場以外の一般消費地卸売り市場及び産地市場がきわめて多数あり、流通上重要な地位を占めているので、その業務の公正な運営を確保し、市場を中心とする流通秩序を整備するため、適切な対策について検討の必要があると当局で確認されており、また地方市場に対する指導監督措置を、中央卸売り市場に準じて措置すると農林省の考え方も発表されております。また調査会答申におきましても、各都道府県において重要な消費地、集散地の卸売り市場については、都道府県知事が中央卸売市場に準じた改善整備対策を講ずることとするとし、その後、三十六年十月の中央卸売市場法の一部改正の法律案につきまして、その国会審議にあたっても、地方市場の問題を至急に検討する協議会を持ちたい、あるいは立法措置を講ずる要があるならば、それまでの間は行政指導あるいは行政措置を講ずると政府委員から明確な答弁があります。これは当局においても十分認識されており、何とか対策を講じなければならないと自覚されておるのでございます。一方また、このときの両院の附帯決議について見ましても、地方市場の重要性を指摘して、特に本委員会におきましては、「最近、各地において地方卸売市場が濫立し、卸売市場の健全な運営を阻害する面がすくなくない。よって、政府は、地方卸売市場の開設、業務の運営方法等についても適切な指導、規制を行なうことができるよう、速やかに所要の法的措置を講ずべきである。」と決議をせられておるのでございます。 改正中央卸売市場法におきまして、中央卸売市場周辺の地方市場について必要な改善措置をとるべき旨の勧告をすることができると、初めて地方市場の問題を取り上げる等、環境はこれを必要としているにもかかわらず、その後じんぜん無為一年八カ月を経過いたしましても、また当面の池田内閣の経済政策に大きな暗影を投じ、国民一般消費生活にまことに大きな影響を与えている生鮮食料品流通問題が、これはただ単なる経済現象にあらずして真に社会問題化しているにもかかわらず、何の法的措置、何の行政指導、行政措置がなされておるかであります。一片の通牒、一個の措置も全然講ぜられることがなく、国会審議はいたずらに議事録のみが空文として残っておるという実情を各先生方に訴えたいのでございます。しからば、これほど大きく社会問題化しつつある地方市場の行政指導、監督は、根拠法もない、しいて言うならば地方自治法による道府県条例制定実施権を除き、大部分が食品衛生法による監督、規制を受けておるという実情でございます。農林省、水産庁が市場を指導、監督しておるのでなしに、厚生省がやっておるというのが現実の状態であることは御承知のとおりのことかとも考えるのでございます。 次に、地方市場は道府県条例によって規制すべきであり、指導するといいながら、ただいま申し述べましたとおり、市場条例の本旨をはずれた地方自治法による条例であり、流通問題からすればきわめて脆弱な有名無実的条例である。現在魚市場条例は全国二十三道府県で制定をされておりますが、その大部分が占領後の昭和二十五年水産庁長官通牒により条例案の見本が出されたわけでございます。これは衛生上の不都合または準禁治産者及びこれに準ずる者でない限り許可する、こういうものを骨子としておるのが現在の道府県条例の実情でございます。有名無実的条例と申しますのは、条例規制に違反をいたしましても、その罰則の適用が根拠法がない条例として法制上の疑問がある、こういうことで法律的効果がありません。したがってその混乱が現実に生起しておるのが実情である。条例は危うくも地方市場の良識と順法精神にささえられておると言っても過言ではないのでございます。価格と配給を統制しながら、機構上は全く野放しの自由経済競争を指導したのが戦後のいわゆる官僚統制経済でございます。その際、荷受け機関は無制限複数によってやみ価格とやみ流通機構を醸成し、統制撤廃後の無為無策が荷受け機関をその残滓として現在の流通機構問題を招来いたしておるわけでございます。本日は国民一般消費生活に及ぼす影響にかんがみとありますが、消費生活がしいて言うならば生産者の犠牲においてということでは絶対ないと確信いたしております。大漁貧乏をなくすることと消費生活を安定せしむることとは同一義語であらねばならない。これゆえにこそ流通機構問題が取り上げられ、対策せられるゆえんであると考えるのでございます。本来生産と販売は一連のものとして流通面まで指導、監督すべきにもかかわらず、水産庁が一貫した行政指導を怠ってきたということは、自他ともにこれを認めております。鮮魚の流通対策が問題化するに至っても、水産庁内に一係を持って、これをやっている。この弱体さを見ましても、またまことに微々たる魚価対策やあるいは西日本における大衆魚が自主的な生産制限によりましてかろうじて魚価維持をはかっている一方、国民の消費生活に及ぼすほどの影響を考えますときに、流通機構整備対策はきわめて急施を要するもので、この時期をはずしてはならないと確信をいたすものでございます。当局のこれらの施策指導にあたりましても、反対する一部生産者、荷主はその優位性確保のゆえに、優位性の感情により、あるいは経済圏の拡大や交通通信機関の発達によって非常に急速に大きくなる、これらに目をそむけまして、明治時代的な経済環境を盲信する近視眼的な偏狭性を持って、あるいは一部の卸売り人、市場業者によりまして、公益性、公共性につながらない官僚統制時の残滓を利用する非社会性の資本家的自由競争がその本質であると私は考えているのでございます。したがいまして、国会諸先生方の御熱意こそが当局に鞭撻となり、この委員会の権威こそが当局施策の裏づけになるということを考えますときに、適正な流通機構整備促進のために一部の私利、私見に目をかすことなく、国民消費生活のために、漁業再生産向上のために、政府当局に一段の鞭撻を懇願する次第でございます。 中央卸売市場法改正の際や調査会設置法審議の際等、しばしば国会で言われてきたものは、地方卸売り市場を含めて市場法を根本的、抜本的に検討すべしということでありましたが、当面して全国市場業者が希求いたしておりますことは、市場基本法とも称すべき流通機構整備に関する総括的な行政のよりどころであります。これによって中央・地方を問わず、また産地、消費地の類別を通しましても、市場機能としては何ら変わることはありませんから、流通上の根幹であるこれを確立して、それぞれの具体的機構整備を進められるならば、全国的流通事情も非常に円滑、適正を期せられるもとと考えられるのでございます。 中央卸売市場法において初めて取り上げられた地方市場につきましては、大臣が中央卸売市場周辺の市場開設者または卸売り業者に対し、改善措置につき勧告ができるということになりました。しかし一方の中央卸売市場区域内におきましては、中央卸売市場でない市場、すなわち類似市場は届け出によって公認をするということになっております。このことはこの法改正が現実には地方魚市場条例を黙殺無視する結果になっており、まことに首尾一貫しないものでございます。中央卸売市場法中の人口十五万以上の都市というのを、行政区画によらない流通圏における対象人口と解釈するか、もしくは十五万を三万程度に引き下げてもらったならば、流通行政上の一大進歩であろうと確信をいたすものでございます。 次に、流通機構改善の根本問題として申し上げたいことは、市場独占ということばは経済組織上最も忌むべきものであり、排除されねばなりません。わが国水産業は昭和初頭以来資本漁業を基調化しつつありましたが、戦後沿岸漁業に対するあらゆる政府施策にかかわらず、零細漁民の資本力がこれに伴わない間に資源の枯渇による遠洋への進出、さらには漁場の国際的制約から逐次海外漁場への発展となり、漁船の超大型化、科学的漁労設備の急速な進歩等は必然的に漁業規模の拡大を招来して、膨大なる資金量はこの生産効果の優越と相まって独占資本的傾向はいよいよ顕著となっておることは事実でございます。これらの独占資本的巨大漁業会社は、自社の支配する流通力を確保せんとして、中央卸売り市場卸売り人の系列化を生じ、ことに経済力弱小な地方市場独占の傾向がますます各地に露呈をされつつあります。いまにして対策を講じられなかったならば、市場機能の私的独占は公正なるべき流通機構とその取引を破壊するものであります。鮮魚卸売り市場におきましては、本来の市場単複論に加えて特に配慮を要する問題がこの点にあるのであります。市場機能は人為的、恣意的要素の介入排除によって需給の実勢に即した価格形成、需給調整が公正厳格に行なわれることが鮮魚卸売り市場の使命であろうかと思いますが、流通対策の基本問題は、いかにすれば公正な競争価格を形成する機関を持つことができるかということであります。権威ある基準的な相場は、一定の場所、一定の時限にはただ一つあるべきでありまして、同一品目についてはただ一つの売り場をつくることが絶対必要な要件であろうと考えるのであります。 地方市場につきましても、中央卸売市場に準ずる明確な措置を講ずるか、あるいは根拠法を設けて地方魚市場条例の整備によって国民食生活の安定をはかり、他面漁業再生産に資するとともに、中都市流通圏の中心市場を速急に整備することが、中央卸売り市場整備計画の具体化のためにも不可欠なことであろうと確信をいたしております。 仲買い人につきましては、大消費市場におきましては価格形成上あるいは分荷機能上不可欠なものであります。しかし経営内容の充実あるいは経営規模を増大する等によりまして流通経費の節減をはかる、あるいは資格制限を強化してその零細化を防止する、また共同化を促進するということ等によって整備対策の基本かと考えるのでございます。 小売り市場につきましては、仲買い人と同様経営規模に一定の最低制限を加えるべきであろうと考えます。これら資格制度を強化して、これもまた強く零細化を防止し、青果あるいは食肉、これらと共同して総合食品マーケットヘの発展を指導するということが、この小売り市場の整備改善対策の基本であろうと考えるのでございます。 これを要するに、われわれは断じて地方における既存市場の商権擁護に堕するものではありません。現在中央卸売市場その他におきまして、巨大水産会社の市場機能の私有化が見られると同様に、地方市場の一部にも旧問屋的、一般私企業的経営の残滓があるのでございます。むしろこれは複数制の陰にその存立の余地が残されておると断ずべきものであります。公的単一性の実現こそは流通機構整備刷新への唯一の方途であることをかたく信じておるものでございます。 これがためには、地方市場におきましては根拠となるべき法律を速急に制定せられまして、これによって県条例を指導いたしまして、業務の内容、施設規模、信用等を規制いたしまして、地方市場の再編整備を促進し、生産者、消費者等いわゆる公共の福利増進に寄与せんとするものでございます。 どうぞ時局重大なときに、国会諸先生方の格段の御熱意を懇願いたしまして私の意見といたします。(拍手)
○長谷川委員長 次は青果関係に入ります。樋口顕嗣君。
○樋口参考人 ただいま紹介を受けました青果物卸売会社協会会長の樋口でございます。本日はこの重大な委員会に出席して意見を述べる機会をお与えくださいましたことを厚く御礼申し上げる次第でございます。 市場の現在は、青果物の高騰ということで、私ども青果を扱う業者の重大な課題となっておるのでございますが、ただ私どもの一応申し上げたいことは、結論として現在の蔬菜の価格の高騰は一体どういうところからきておるのかということをひとつ考えていただきたいと思うのでございます。 それはむろん需要と供給の不均衡ということもありますが、そればかりではないのでありまして、結局労働条件の変化であるとかあるいはまた食生活の高度化によりまして、非常に労働力を要し、かつまた高い賃金を生産に要する高級的蔬菜が非常に需要を乱すことが唱えられておるのであります。御承知のように、以前私どもが市場に関係いたしました当時におきましては、まず夏野菜と申しますと、大体七月から八月が最盛期でございました。ところが現在におきますと五、六月が最盛期になっております。しかし五、六月にものをつくるということは、非常に高度の技術とそれから非常に大きな経費を必要とするのでございまして、それによって生まれてまいりまする蔬菜の価格が非常に高くなるということは、もう当然のことではないかと私考えられるのでございます。ですから、ただ消費地において蔬菜が高いから流通機構が悪いのだとただ一言のもとに付されるような点が非常に多いのでありまするけれども、実際問題といたしまして、生産地におきましてこれが出産者の意欲を満たすだけの価格が生まれておるならば、生産家は喜んでこの作付をするのであります。私どもは長い間市場関係に関与しておりまして、かりに今年非常に価格がいい、これは来年はなるべくやめたほうがいい、これを申し上げましても、一年価格がよければ、あくる年は安くても何でも必ずつくります。ことし価格が安いと来年は必ず上がるのだが、これもつくらない。ですから価格を構成させるものは、結局生産農民の意欲をほんとうに満たしておるかおらないかということによって大体形づけられるのじゃないかというように私どもは考えておる次第でございます。しかしながらこの流通機構の改善につきましては、ですから私どもが考える場合におきまして、ただ市場機構だけを改善されただけでは、この問題はちょっと解決しないんじゃないか。ですからこれを解決するには総合的にすべてを考察いたしまして、生産から消費に至る過程における全部の事柄についてお考えをいただくことが一番いいんじゃないかというふうに考えておるのでございます。 中央市場におきます機構の改善ということは、戦後においてもう数回行なわれておりました。しかしながらこれらの点におきましても常に卸売り人に焦点をしぼられただけでありまして、一向にほかの問題については改善されたところが何もないのであります。 御承知のように、中央市場の価格というものは需要と供給の関係で形成されるのでありまして、卸売り人というものは職能上直接に価格を左右するだけの機能は持っておらないのでございます。ただ仲介の労をとるにすぎないのでありまして、卸売り人の改善だけではこの目的を達成するということはほとんど不可能じゃないかと思うのでございます。これに対してこれから私としては一応の御意見を申し上げてみたいと思います。 つまり生産につきましては、産地の生産の統制ということが一番言いやすく、また実行がしやすいように見えるのでございますけれども、青果物というものは工業製品と違いますし、また魚類とも違いまして、豊凶の差によって生産の量というものが、ばく大もなく数字が違ってくるわけであります。しかもこの豊産のときになりましてそれらのものを貯蔵する設備もなければ、これをいかにするかという問題についても何らいままで考えられたことはないのであります。しかしながら生産についてそれでは無策であるかと申しますと、決してそうではないのでありまして、つまり需要に見合った品種、すなわち現在におきますと洋菜であるとかあるいは促成品であるとかいうような品種を選んでつくらせる。それからまた一つは特産地を育成して特殊のところに相当の助成をして、生産させるというようなこと。それからもう一つは生産の助成に国がもう少し力を入れていただきたいということでございます。たとえていいますと、かりに干ばつにおけるかん水でございます。干ばつ時におけるかん水ということは最も必要なわけであります。例をとっていいますならば、カンランが干ばつになりますと巻きません。これは少しかん水してやれば相当に結実したりっぱなカンランができてまいります。またナスなどにおきましても、もう干ばつがひどくなりますとナスがまっかになりまして、そうして縮れて非常に品質が悪くなってまいりますが、これにかん水をしますと、りっぱなナスが育成されてまいります。これは地方によりまして、それぞれ畑に井戸を掘るとかいろいろの施設はしてありますが、国でこれらに対して助成されたという例はまず聞いたことがございません。それからあるいはまた苗圃の育成であるとか、あるいは資材の手当てあるいはまた資金の融通、これらを国でひとつ十分に考えていただいたならば、生産というものもある程度の見通しもつくんじゃないかと考えられるのでございます。 それから出荷につきましては、日本においてはそれぞれ荷受け機関その他によりまして、産地と直結した市況の需給関係その他は、ある程度の報道活動はやっておりますが、しかしながらアメリカのように政府機関によって市況、需要供給状況などを強力に推進しておるということにはなっておらないのでありまして、これらを強力に推進していただくならば出荷の統制はある程度できるんじゃないか、こういうふうに考えるのでございます。 それからいままでのうちに、先般以来当局におかれましても、生産安定制度の拡充強化ということが叫ばれまして、これはタマネギとかあるいはカンランにおいてその制度がようやく設けられたようでありますが、これらも必要な問題ではありますが、しかしこれらは一応市場へ持ち込まれて、そうして暴落して農家が非常に損害を受けたときの問題でありまして、私どもの申し上げたいことは、豊作になって市場へ持ち込まれる前に、市場へ来て価格の暴落するということは、もうあらかじめ考えればわかる点が非常に多いのであります。これらを各府県が国の命令によりまして出荷の統制をし、県外へ出すのはこの程度でとめようという施策が講ぜられるならば、事前においてある程度の暴落は防ぐことができると思うのでございます。いつも御承知のように物が高くなりますと、やあもう高くなった、大根が一本五十円したという話は聞きますが、物が安くなった場合に、一体カンランが一俵四十五円でだれも引き取り手がないというときに、ただ新聞にちょっと出るだけで、どなたもこれに対して耳を傾けなさる人はないと思うのであります。これでは片手落ちでありまして、生産者を擁護する立場というものは何もないんじゃないかと思うのでございます。ですから、それらの点ももう少しお考えおき願って、それは消費地の問題もお考えくださると同時に、生産地の育成についてももう少し真剣になって考えていただきたいと私は考えるのでございます。 それから輸送力の問題でございますが、この問題につきましては御承知のようにいまは鉄道が重要な役割りを果たしておるのでございます。しかしながら、これは私がいつも主張するのでありますが、だんだん鉄道輸送というものがトラック輸送にかわってまいっております。もうアメリカあたりは、二千マイル、三千マイルの遠いところからすでにトラック輸送が開始されております。本年におきまして長崎のビワですね、あの九州の南のはずれからとにかく東京までトラックで輸送されました。これは初めてのことでございます。しかしもう今後トラックの輸送ということが産地の遠隔化してくると同時にどうしても必要なことでありまして、これらの問題は一番の大切なことでありますので、あろうことにおきましては、ひとつ東京のまん中に一本国策の道路をつくっていただきまして、これは産業道路と名づけていただきたいと思いますが、そうしてそれによって新しい生鮮食料品が産地から直接に市場まで結びついてどんどん入ってくるような施策をひとつ講じていただきたい。これは金のかかる問題でございますけれども、これは大きな問題だろうと思うのでございます。人間を運ぶのもけっこうでしょうけれども、これは生鮮食料品だけでなく、ほかのものも当然これらによって輸送力が強化されてくるだろうと思いますので、これらの点もひとつ委員の先生方におかれましてもお考えを願いたいと思うのでございます。 それからもう一つお願い申し上げたいことは、今度は消費される方についてお願いを申したいと思うのでございます。つまり青果物の中には安いものと高いものとたくさんあります。これは一例を申し上げますと昨日の価格でございますが、バレイショでございます。千葉の(朝)というところから出て参ります。これは大きいものは十七キロで六百円、その次が五百五十円、中が四百円、その下が二百五十円、一番小さいのになりますと二百円になります。これは同じ産地から出るバレイショでございます。それからまた千葉の成東というところから、これは十キロで、特別大きいのが三百五十円、その次が三百円、その次が二百円、その次が百三十円、その次が百円、こういうふうにはっきりと区別されて、一番高いのと安いのじゃほとんど三分の一になっております。これらの点はマグロのかわりにサンマを食えということではないのでありまして、同じところから出る同じ品物でございます。しかし一番小さいのは多少とも味が変わるかもしれませんけれども、特大とか中においてはちっとも味は変わらないのです。しかるにもかかわらず、皆さんがどうしても特大というふうな大きなものに集中されるというような傾向が顕著にあらわれておるわけでありまして、これらの点は消費者におかれましてはもう少し代替ということに心をお使いくださいまして、そして暮らしのくふうをしていただきたい。これがある程度産地も育成する意味にもなれば、また消費物価を下げる一つの大きな力にもなるだろうと私は考える次第でございます。これらの点につきましても十分にひとつお考えおきを願いたいと思うのでございます。 それから市場の機構につきましては、私どもは卸売り人として事業の公共性にかんがみまして従来何べんかの改正に当たったのでございますが、その当時におきましても、農林省や開設者の方針に協力いたしまして漸次改革を進めてまいりました。いまは中央市場ほど、多量の荷を集めて、しかもこれをあざやかに短期間に処理しておるというところはわれわれ卸売り人以外にはほとんどないのじゃないかと、われわれは自負する次第であります。これらの点はほかの産業面にはおそらく見られないのじゃないか。あれだけの大量のものを、短時間に、しかも間違いなく、みな分荷配給して終わらせるのですから、これらの点もひとつ御了承おきを願いたいと思う次第でございます。 しからば、それではおまえたちは一体自分たちの改革する点がないのかどうかという点を申されますと、私どもとしてもこれは反省しなければならぬ点がまだ多く残っておるのでございます。 その一つの一番大きな問題は、つまり卸売り人の多数の並立によります弊害でございます。多数の会社がある関係上、東京にはきょうこれだけの荷物が要るのだという計画が立たないのであります。あるときは各社が競って一ぺんにたくさんの物を入れる。そうしますと、よその市場より価格は下がってしまいますから、産地は荷がとまる。そうしますと、今度は東京においては一番物が高くなる。こういうふうな弊害は卸売り人の並立ということが非常に大きな原因をなしておるわけであります。また経費の面におきましても、各会社が並立しておりますし、多数の人員も擁しまして、それからまた通信費なんというものも非常にばく大な経費を要するのであります。これらの点はわれわれとしても今後改正しなければならぬということで、自分たちとしても十分に考えておるわけであります。しかし、これもわれわれがすき好んでやった仕事じゃないのでありまして、終戦後当局の命令によってしぶしぶながら私どもは現状に甘んぜざるを得なかったわけであります。その後におきましてある程度の整理はできましたが、現実においてはなかなか完全な域に到達しない程度でありまして、これらの点に対しましても、今後われわれも十分に考えていきたいと思いますし、また皆さんの御指導も願いたいと思う次第でございます。 それから、先般農林省から示されました三つの案がございます。すなわち、手数料の引き下げ、それからせりの共同化あるいは上場単位の問題、それから仲買い人の問題等について、おしかりを受けたり、いろいろお話も承ったのでありますが、そのうちで、産地に対する奨励金が要らないじゃないかという御意見がございました。なるほど、これは一面から見れば非常に矛盾したようになるのでありますが、しかしながら、卸売り人がいままで産地の統制出荷の奨励とか、あるいは出荷団体の育成に協力するとか、それからまた産地金融を助けて生産の増強に努力してきたことは確かでありまして、決してこれらは無謀に使っておるものではないのであります。私どもは国にかわって生産の増強に非常な力をもって協力してきたということはいえるのじゃないかと考えておる次第でありまして、これらの奨励金は当然支出すべきであるというふうに考えておる次第であります。 それからまた売買参加者、すなわち買い出し人に対する奨励金でありますが、この点に対しましても、青果を扱う会社は御承知のようにそう大きな資本を擁する会社じゃないのでありまして、中小企業であります。しかしこの買い出し人との取引は現在におきまして現金取引になっております。しかし、現金取引であるがゆえに、とにかく小資本におきまして、しかも産地の育成もでき、それからまた短時間に青果物のような軟弱物の集荷配給も完全に行なわれるということは、この奨励金によって補われておるということははっきりといえるのでありまして、かりにもしこの交付金の支出がとまるようのことになりますならば、買い出し人側においてほかの産業と同じように、あるいは一カ月の手形にしてくれとか、あるいは二カ月の手形にしてくれとかいうようなことになった場合を考えますと、私どもとしてはほんとうに身の寒くなる思いがするのであります。かようなわけでありまして、私どもの営業におきます部面から、とうていこの奨励金制度を取り去るということは不可能に近い状態になっているのでございます。御承知のようにただいま私どもの取り扱い品目に対しましては、蔬菜において一割、果物において八分の手数料をいただいております。しかしそのうち、全部を総合計いたしますと、おそらく三分に近い奨励金が出ておるのじゃないかというふうに考えられるのでございます。もしかりに手数料を引き下げられるという問題が起きると仮定しますならば、現在すら青果会社はようやく軌道に乗ってきただけの現状でありますので、これらの問題について再び混乱状態が出てまいりまして、先般悲しむべき神田における丸東事件が起きましたような不祥事件が、再び出やせぬかというような憂いも起こってまいるわけでありますので、この点につきましては皆さまにおかれましても十分に御酌量くださいまして、これらの点について御考慮をお払い願いたいと私はお願いする次第でございます。 それから、共同せりの問題につきましては、これは先ほど魚のほうからも申されましたが、特定の品目については、あるいは可能のものもあると思います。ただし一番困るのは、施設の改善をしてもらわないと、特に売り場が御承知のようにどこでも狭いのでございます。これらをひとつ拡充していただきまして、そうして実施するようにいたしましても、あるいは事前措置、出荷者の了解を得るとか、あるいはせり売り人の教育をするとか、買い出し人との話し合いをするとか、慎重な態度をもって臨まなければならないのじゃないか、こういうふうに考えておる次第でございます。 それから仲買いにつきましては、私どもも当局の申し出に対しては賛成するものでありますが、これは仲買いさんの問題でございますので、あらためて仲買いさんから御陳述があると思いますので、私の意見はこれをもって終わらせていただきたいと思います。清聴していただきましたことを厚く御礼申し上げます。(拍手)
○長谷川委員長 江沢仁三郎君。
○江沢参考人 私はただいま御紹介をいただきました青果の仲買い人の江沢でございます。実は私ども、全国の青果卸売組合連合会と申しますものは、東京、大阪をはじめ、全国の十五都市の中央卸売市場の青果の仲買い人の組合が組織しております連合会でありますことをあらかじめ申し上げておきたいと存じます。 たしか一昨年の晩秋のころでございましたか、天候の不順のために野菜類が値上がりいたしましたことから、前農林大臣の御発言に端を発しまして、生鮮食料品、特に野菜類に対しましてきびしい世論の集中がございました。本年に入りまして、特に閣議におきましてもこの問題が取り上げられて、現在農林省におきましては生鮮食料品対策本部を設けられ、あるいはその他これの流通対策審議会あるいは専門委員会等において現在検討を加えられておりまして、近く農林大臣に対します答申があるように承っております。 ただ私はここで特に申し上げたいことは、最近全般的に流通革命とかということばが使われて、各業種の流通機構の改善について論議されておりますが、生鮮食料品に関しましては、他の機械その他の産業のように生産コストがきまっており、ある程度長期にわたります貯蔵もきく商品の取り扱い業者とほとんど同一にして、単に機構の問題としていろいろ論ぜられていることでございまして、これはまことに当を得ていないものではないかと思うのでございます。御承知のように、生鮮食料品はかりに生産量の計画ができたといたしましても、天候による豊作、凶作の違いができ、したがって価格の面も変動が多く、しかも生活必需品でありますので、これが需給調整の必要からいたしまして、現在のような自由経済下におきましても一つの統制でありまする中央卸売市場法によってなるべく一カ所にこれを集中して、公開せりによって適正妥当な価格をつくらせ、生産者の方にも消費者の方にも納得のいくような円滑な流通をはかるためにつくられたのが中央卸売市場であると思います。したがってこの流通機構におきましては、現在のように生産品を荷受けする卸売り人と、これが評価、分荷をいたします私ども仲買い人と、またこれを消費者に販売をする小売り商の三者というものは絶対に欠かせないものであると思うものでございます。ただこれが実情等につきまして、あるいは職域、職能等の中央市場のわれわれ業者の関係が、いわばPRが足りなかったかもわかりませんが、一般大衆の方々に十分認識されておりませんこと、いろいろの誤解を招いておりますことはまことに遺憾なことでございまして、この点当局者も、私ども業者といたしましても一大失策であったと思うのでございます。今後はこの点等につきまして官民が協力して市場の実情、実態を広く理解していただくようにPRに努力するよう、この機会に提唱をいたしたいと思います。 次に、さきに申し上げましたように、生鮮食料品の流通改善につきましては、流通対策審議会または専門委員会におきまして審議の中心課題となっておりまする五つばかりの事項につきまして、私どもに関係をいたしますことについていささか意見を申し上げたいと思います。 先ほども樋口さんはじめ皆さんからお話がございましたように、卸売り人の手数料の引き下げ問題でございます。一分やそこらの値下げをかりにいたしましたといたしましても、消費者価格にはほとんど影響がないということははっきり申し上げられることだと確信いたしております。生産者のほうに出ております出荷奨励金その他のことにつきましては、いま樋口さんからるるお話がございましたが、私ども買い出し人関係にいただいております完納奨励金でございます。これは私が事あらためて申し上げるまでもなく、いわゆる完納奨励金でありまして、この代金の回収等がスムーズにいくように、あるいは市場の取引というものがスムーズにいくように、一応の潤滑油になっておりますと同時に、私ども組合といたしましてそれぞれ各都市におきましても代払い制あるいは最終の責任を負っておりますことを御了承いただきまして、こういう点に関しましては特に御留意をお願い申し上げたいと思うものでございます。 上場単位の引き上げ問題でございますが、私ども別にこれに反対するものでもございません。現在生産地におきまする農協を中心とした共同販売制度の拡充が言われております際、当然ある程度の引き上げをしていくことはあたりまえのことであろうと存じますが、ただ御承知のとおりに各都市、各市場におきましての実情でございます。売買参加者の方も一緒に参加をされている点等も御考慮いただきまして、少なくともその都市、その市場の実情に即したように、あまりに一挙にこれを引き上げるというようなことではなく、幸いにも各市場、各都市におきましては、それぞれ取引委員会あるいは運営委員会等もございますので、これの意見も十分尊重されまして、開設者におまかせを願って、逐次その方向に進めるようにお願いをいたすことが妥当ではないかと思うものでございます。 次に、私ども仲買い人の大型化の問題でございます。これは私ども全国青果卸売組合連合会といたしまして、数年前から、自主的に体質の改善をするということを決議いたしております。しかも本年度の大会におきましては、これが実施に移るべき年であるということを決議いたしております関係もございまして、私ども当然進んで整理統合、あるいは法人化をいたすようにつとめていきたい、かように考えております。ただ私どもここでお願い申し上げたいことは、私ども市場業者として規制を受けますことは当然ではございますが、これに対します補助政策といいますか育成政策と申しますか、そういうものについても十分に御考慮をお願い申し上げたいと存じます。 なおこの機会に申し上げたいことは、当局が生産基盤の強化と流通機構の合理的改善をはかり、総合対策を樹立されるにあたりましては、私はまず中央卸売市場の全面的改正を要望したいと思います。先ほども魚の北村会長からも、同じ仲買い人の立場でいろいろとお話がございましたが、御承知のように現行の中央卸売市場法が、大正十二年公布以来四十年を経過しております間、今日まで四回の改正がありましたが、いずれもその一部が改正されたのみでありまして、同法制定当時に比しまして、内外の社会、経済情勢の激動と申しますか変遷に伴いまして、市場の性格というものも集散市場化し、実態に即応し得ない点が多々あると思いますので、私ども連合会といたしましては、これは数年前から全面的に改正して、流通の合理化と機構の不備欠陥を補うよう強く要望いたしておったのでございます。これと同時に、先ほども、これも北村会長などからお話がございましたように、仲買い人の定義を本文中に制定をしていただきその地位を確立せしめて、その名称をも業務の実態に即応するように改むることを、あわせてこの機会に強く要望をいたしたいと思います。 簡単ではございますが、以上をもちまして私の意見といたします。(拍手)
○長谷川委員長 次に大沢常太郎君。
○大沢参考人 十時から始まりまして、長時間御熱心に御清聴をわずらわして、まことにありがたきしあわせでございます。厚く御礼申し上げます。 大体魚類から始まりまして、青果の関係も卸、仲買いと、代表がそれぞれ言い尽くされておりますから、事新しく同じようなことを私から申し上げても御参考にならないかと思いますが、いま物価の問題で注目の的になっておりますものは中間経費、したがって小売り商というものが非常に批判を受けておりますので、私は小売り商の代表者といたしまして、自分に関係のあることを少しばかり御参考に申し上げたいと思います。 さっき協同組合の先生から、アメリカでは生産者と消費者が直結して取引をしておる向きがあるということを申されております。私もアメリカに二度行って見てまいりまして、そういうのも見てまいりました。アメリカでは、御案内でしょうが、農産物の全生産高の一五%は農場で販売をされておるそうでございます。大部分はスーパーマーケットで売買されております。アメリカではスーパーになり、現に三十年になります。これに比較いたしまして、日本はまだ五年か六年でもうスーパーの時代が来ようかという状況でありますから、よほどアメリカよりは日本のほうが、小売りの関係についてはスピードが速いんじゃないか、かように考えております。それだけに私どもは、これにおくれてはたいへんである、スーパーができても何ができても、そういうものにできないような、負けないような商売をして、そうしてやり通さなければならない、こういう考えで、微力ながら力をいたしておるわけでございます。そこで、せんだっても農林省に呼ばれまして、局長さんから約三時間半ばかり質問されまして、いろいろなことを申し上げてきました。きょうは時間がありませんから、そんなことを申し上げておるわけにいきませんが、また御必要がありましたら局長さんから聞いていただきたいと思います。 そこで、今回御指摘になりました点について触れて申し上げますと、第一点は卸売りの手数料の引き下げの問題でございます。これは前の方からもいろいろ申されましたけれども、物価はどんどん上昇しておりますから、物価が上昇すれば、市場で使っている労働賃金も上がりますし、すべてが上がりますから、私は手数料を下げても卸売り価格というものは下がらないんじゃないか、下がってくればけっこうですが、そういうぐあいに実は考えておるわけでございます。 その理由の第一は、いま御承知のとおり、世上でやかましく問題になっている青果物のすべての問題ですが、その原因が天候が第一番――お天とうさまの都合ですから、これに左右される。気候もそうです。それから生産と出荷の費用の増大です。私どもいまいなかに住んでおりますけれども、土地がぐんぐん高くなります。私が東京府下で八円五十銭で買った土地が、いま二万円で売れます。そうして農家が物をだんだんつくらなくなった、近在蔬菜を。いろいろ聞いてみると、つくっても合わないというのです。若い者は百姓をやらなくなってしまった。年寄りを頼むと、一日に千円ぐらい払わなければならない。その千円も、飯を食わして、晩にはビールの一本も飲まさなければならぬ。そういう高い費用を払って、何万円する土地で安い蔬菜をつくっても引き合わない。だから草をはやしておいたほうがいいんだ、これが現状です。そういうようなことでございますから、生産方面もなかなか安いものはできない。せんだってキャベツが安いときに、ある畑に立て看板が立っていた。キャベツが安くて市場に持っていく運賃にもならないから、御入り用の人は自由にお持ち帰りください、こういう立て看板が立っていたという。実に私は生産者に気の毒だと思うのですが、そういうようなこともあるのです。高い高いといわれておりますが、まるでただみたいなことがある。この間神田市場では、小売り商は幾らせっても買わない。それがためにしかたがないので養老院へ全部寄付した。これはお調べくださればわかる。こういうような例もあるのでございます。 それから卸売り人の話もたくさん出ました。卸売り人は表面一割とっておりますけれども、くだものは八分とっておりますけれども、なかなか出銭が多いのです。私どもの知っている範囲内では、まず増産をしてもらわなければならぬというので、産地に対して社員を派遣をいたしまして、いろいろ指導をする、そうした方面の指導奨励に対するいろんな資金もかかる。それから第一、産地だって金持ちばかりではございませんから、小さいところには前渡金を貸さなければならぬ。肥やしも買わなければならない、入れものも買わなければならない、その他いろいろな資金がかかるものですから、前渡金を出しておる。戦後のようなことはありませんけれども、戦後は私の調べたところでは、東京全体の中央卸売市場の卸売り会社の総資本よりも数倍前渡金が要ったことがある。これは相当倒れておりますけれども、最近は倒れたというのはないでしょう。それから御承知のとおりしょっちゅう気候の変化がありまして、暴風などのために毎年被害が繰り返されておる。そういうような方面に何しろお得意さまですからお見舞い金をやらなければならない。これは当然のことです。親子みたいな関係にあるのですから。そういうことでお見舞いを出さなければならない。それから前に申し上げたようにキャベツが二十五円、三十円で取り引きされるのでは、運賃が六十円ですから、運賃にもならない。こういうようなときには幾ら一割ときめられても、そんな手数料はとることができません。手数料をとるにしても、あとのことが大事だから、やはり見舞い金として幾らかあげなければならない、これは商売人の常識です。みんなやっています。そういうようなこともある。それからその次は出荷の奨励金、それから私どものほうの買い手がもらっておる完納奨励金、こういうことです。この出荷の奨励金というのは戦前はなかったのです。奨励金をもらっていたのは私ども買い手だけだったのです。しかも、二分、三分われわれがもらっていた。ところが、戦争のために少ない荷を集めなければならない。そこでつまり買い手に重点を置いていたのが、今度は産地に重点を置かなければならない、こういうようなことから産地にサービス、サービスというようなことがついに出荷奨励金というようなことにかわりまして、私どもが二分、三分もらっておりました奨励金は、現在小売り商は一分、産地はそれ以上もらっておる、こういうようなことになっておるわけでございます。これは会社の考課状を見ていただければよくわかります。 そんなふうなことと、もう一つは配当であります。配当がいいといったところでここ一、二年です。最高でも一割五分か二割、あとは一割、無配が多いのですよ。ことしだってわずか十九かそこらの会社のうちで無配が六軒もある。こういうような実情ですから、ここであまり会社の経済状態をいじめますと、今度は株主からうらまれるというようなことにもなるのじゃないかと思うのです。株主は御承知のとおり命にかわる金を配当ほしさに出資をしておるのですから、お国のためならばしかたがないからとあきらめる人ばかりではありませんよ。そういうこともお考え願いたい。 余談に入りまして相すみませんが、第二に手数料を引き下げれば卸売りの買い付け品が増加していくだろうかどうか、これは私はむずかしいと思うのです。いまも産地のほうでも販売方法もいろいろ研究をしておりまして、一方スーパーのほうもだんだん共同仕入れ、デパートも共同仕入れなんということが出てきた。そしてその共同仕入れと産地の直接売り買いといつ手を組むかわからない。そういったようなことになると、結局卸売り会社というものの扱いはそう理想どおりにふえていかないのではないか。これは外国の例をいえばはっきりしておる。こういうことでございます。 そうなれば一体どうなるかということですが、私は、勢い会社は赤字ではやっていかれませんから、何とかしてもうけて会社の経営をしていかなければならぬということになるから、結局、買い付けという制度がありますから、買い付けをやるようになるのじゃないかと思うのです。いまバナナを買い付けておりますね。ああいうぐあいにタマネギでも何でも、委託では来ないものがありますから、買い付けをすることになる。そうすると、買い付けというのが非常にふえてくる。ところがこの買い付けでもうけた金というのはばかにできない。会社の考課状を見ればよくわかる。それはこの買い付けの手数料というものに対しては制限がない。原価があるものを売るのですから、場合によれば損をすることもある。そこで結局はこれに対して幾らもうけてはいけないとかいう制限はないわけです。適当の都合のいい時期に冷蔵庫から出してきて、そうして荷物の調整をはかって売るのですから、これは相当にこれによって恵まれるようなことがだんだん多くなっていくのじゃないか。そうすると物価は下がりませんよ。そこで、これは卸の方に言いにくいことですけれども、私ども小売り商にも標準店ができて、標準価格ということで、小売りのマージンは三割以内ということで押えられておる。三割もうけているうらは繁盛しませんよ。みんな競争して二割とか一割五分とかいうような状態で、いまにスーパーが盛んになってくれば、だまっていても一割になっちゃう。こういう現状です。ですから私ども業者でも、青果では食えないから、関連商品を売って、そうして広くいろいろなものを多角経営をして、そうしてもうけの少なくなったやつをそれで補えというような指導の方針を私はとっておるわけでございます。そういうようなことですから、この買い付け品の問題等については、卸には悪いけれども、適当な手数料の最高をきめていただきたい。損をするときもあるのですから、最高は幾らとして、それ以内で買い付け品を売る。すべて公認で公益を目的とする営業ですから、そういうことをやっていただきたい、こういうぐあいに私は考えるわけでございます。 それはなぜかと申しますと、最近バナナがたくさん入ってきました。最初は一年に百万足らずでしたけれども、このごろは多いときには一カ月に百万も入ってくる。バナナの大洪水です。ほかにいろいろな売るものが少ない時期ですから、いまバナナがとても売れる。くだもの屋はバナナ屋に変わっちゃうようなものです。そのうちにだんだんたたき屋もできて、昔のような姿になるかもしれない。安く売れればけっこうです。ところが、あきんどはやはり元値があるから、市場で安く売ってくれなければしょうがない。ところが最近の市場の相場をずっと調べてみますと、なかなか同じようにいかない。バナナのもとがやっちまっているのです。元値はみなきまっているのだけれども、各市場で売るバナナの卸売り価格というものはみな違う。一キロ最低百五十円、高いときには二百八十円、きょうの相場は、こっちへ来るときに調べてきましたけれども、最低はやはり百五十円、最高は二百五十円、同じ東京の中央市場の中で同じ国から来るバナナがそんなに相場が違うのです。これは市場の地区的の条件と出荷の量と出荷の調節の方法――買い手はきまっていますから、それによって、多ければ安く、少なければ高くきまっている。こういうようなことです。これはみな買い付け品ですから、仲買い人が売っているのもあるし、卸が売っているのもある。だからそういう買い付け品が多くなってきて、買い付け品が高くなるということだと消費者に対して申しわけありません。きょうの相場もそういうことです。ですからぜひ買い付け品については最高の手数料をきめていただきたい、無理のないところで。買い付けて損するようなことではしょうがない。ここにチラシを持ってきておりますが、これは来るときに私どもの組合員の店舗からとってきましたものです。ここへ置いていきます、こうやってバナナの小売り一キロ百八十円で売っておる。百八十円で売っているのに卸のほうが二百数十円もするということは、なかなか価格がたくさんの市場で統制できないというあらわれです。これは御参考のためにあとで置いていきます。 それから青果の市場のことを申し上げますと、青果の市場の従業員は労働組合ができていますが、わりあいにおとなしいですね。大体市場関係の人のむすこさんとか産地の関係だとかいう人で、実直で、朝暗いうちから夜まで、場合によっては夜明かしで働いていますが、わりあいにまじめですよ。私もほかの仕事をしていますが、私どものほかの仕事の労働者と比較すると非常にまじめだ。それじゃ給料がよいかというとちっともよくない。給料がよくないですから、やはりそういう人も物価が高くなれば食えなくなる、年をとれば子供を大学へやらなければならないということになれば、相当労賃を払ってもらわなければならぬということになりますから、その結果いやが上にも会社の営業費はかかると思うのです。ですから前に申し上げたとおり、会社が苦しいだけのことをやって安いものを買えないということだったら、手数料の少しくらいの引き下げをしてもらうということは用をなさないじゃないか、かように私は考えます。 それから、その次は仲買い人の整備、大型化の問題。これは私賛成です。さっき中根さんからお話がありましたが、小売り商より小さい仲買い人がたくさんあるということ。うそかほんとうか知りませんけれども、看板借りでもって、芸者が看板借りをしているように、仲買いの看板を借りて、そしてその看板でめしを食っているやつがあるとかいうこともうわさがあるくらいですから、そういうような者とか、そういう小さい者、小さい小売り商よりももっと少ない取り扱いをするような仲買いは、この際大型になることは当然ですよ。ことにさっき江沢さんから話がありましたように、法律では仲買いときめてある。これを組合では卸売り商と看板を掲げておる。だから中央市場には公認の卸売会社と私設の卸売商組合というのと二つあるのです。だから早く仲買いを認めるなら認めてもらったほうがいい、大型化して。そうして消費者に対しても、小売り商に対しても、卸に対しても、卸商らしいような仲買いの体制になっていただくことがいいと思うのです。こういうことを私は考える。そういう意味で私は大型になることは賛成です。 それから、これもさっき中根さんから話がありましたけれども、仲買いのほうもわれわれと同じように買った物を小売り屋にやっているのです。小売り屋以外の人にもやっていますけれども、これもやっぱり手数料の口銭の率の決定がないのです。だから結局品物の少ないときや売れるときには相当もうけなければならぬ。安いときには損をすることもあるのですから、これも無理からない程度のものを決定していただいて、そして仲買いの手数料の最高は幾ら、卸の買い付け品の最高は幾ら、これはぜひきめるべきことだと思う、小売り屋があるのですから……。そういうぐあいに私はお願いをいたしたいと思うのでございます。 それから次は共同せりの問題です。これはもう樋口さんからお話がありましたように、特定の品物はできると思います。けれどもいまの市場の設備の上から言って、やっぱり買ったって分荷しなければなりませんし、分けなければなりませんし、一人でそんなに売れるものではありません。ですからこれはひとつ産地のほうの状況とにらみ合わしてやることがいいのじゃないか、かように思います。 それから次は、せり単位を大幅に引き上げようということです。いまの単位は小さいから、もっと大きくすれば手数も省けるし、したがって費用もかからないだろう、迅速に取引ができるだろうというお考えのようであります。そういうことはごもっともだと思うわけです。けれども東京におきましては、戦後堀切善次郎さん時代は仲買いはなかったのです。そのときには荷受け機関と小売りと二つしがなかった。小売り商が買わなければ買う人はおりませんから、そこでみんなせりに参加してきて、ずっと続いてきた。その後昭和二十二年にくだものの統制がはずれ、二十四年に蔬菜の統制がはずれて、初めて仲買いというものが実現をしたということです。そんな関係で東京におきましては小売り店がせりに参加しておる。りっぱな熟練工ですよ。さっき北村さんから卸の価格の形成は仲買いがやっておるという話がありましたが、青果のほうはそうじゃありません。いまの買い出しからいっても、七百何十億の中央市場の扱いのうち約半分は私どもの組合が市場から買っております。これはみな私のほうの小売り商が仲買いと一緒になって卸の格価を形成しておるのであります。ですから、そういうことを御承知おきを願いたいと思うのでございます。ことに私どもがそういうことを力説をするということは、私は小売り商がせりに参加できるかできないかというのは生命線だと言っておるのでございます。私どもは消費者に直結ですから、こういうものはないじゃないか、こういうものを買ってきてくれ、おまえのところはこういうものをそろえて売ったらどうかと毎日毎日消費者から言われておるのです。間接じゃないのです。ですから消費者の要望にこたえるべく消費者の意思を代表して中央市場のせりに参加しております。その目的は、なるべく中間の経費を省いて少しでも安く買って、少しでも安く消費者に販売しよう、こういう考え方で小売り商はせりに参加をいたしておるのでございます。ところが、今度はそれがどの辺になるかわかりませんが、単位がうんと大きくなって百個だとか一車だとかいうようなことにももしなると、せっかくいままで消費者の代買い人としてせりに参加しておりました小売り商が買うことができないのであります。そんなに一つものをたくさん買ってもしようがない。そうすれば仲買いから買わなければならないということになるのでありまして、全部仲買いから買うほうが消費者のためになるか、半分は自分が直接せりに参加して買うか、どっちが消費者のためになるかということは私が言うまでもないと思う。そういうことをひとつ御承知おきを願いたいと思うのでございます。 それから多少上場単位が大きくなることはやむを得ませんし、小売り商でも小さいものがありますから、小売り商のほうでも小さいものが買えなかったならば、買い出し人のうちから代表買い出し人をつくってその人がせりに参加して分け合ったらどうかということを言っておりますが、これもやればできると思います。けれども市場の施設が狭いですから、市場によっては車を置くところもない。神田市場なんか朝五時、六時に行かなければ車の置き場がない。すぐ交通法にひっかかっちゃって、警察に呼ばれて罰金をとられちゃう。中央市場の規則というものは、売りっぱなしですから……。昔は、買ったものを、ちゃんと買い手の車の置き場まで配達をして持ってきてくれたものです。市場の中ですよ。売り場から買い手の車の置き場まで、分荷場まで持ってきてくれたのです。いまは、人手がないのと、労働賃金が高いから、そんなことできませんですよ。だから、みんな小売り商のほうでそれをやっておる。小さな車を大きな車の上に積んでいって、そして狭いところを引っぱって歩いたり、一人で行けばいいものを二人も三人も行って手伝わして買い出しをする、こういうような現状です。これは見ていただけばよくわかると思うのです。ごらん願っていただかなければなかなか納得できないかもしれませんけれども、そういうようなことでございますから、そう上場単位を大きくしてどうとかこうとかということは、私はすぐにはできないと思います。けれども、それはお役所の意向ですから、やられることはいいでしょう。できることは協力しますから、やっていただいてもいいと思いますけれども、産地の関係や荷づくりの関係、荷口の関係がそういうこまかな状態であるときに、そんなことを一ぺんに、取引のほうだけを改革するということは、私は無理だと思うのです。ことに近在蔬菜、これは私ども八百屋としては生命線ですから――これは荷口が小さくてごらんのとおりです。大根だって、大きいのも小さいのもみんな来るのです。カブだって十のもあるし八つのもある。同じ農家でもって荷づくりしたって、ばあさんのつくったのと子供のつくったのと違うのですから……。そういう複雑な荷づくりのものを取引するのですから、これは今のところでは現状以外には方法がない、こう思うのです。ただその単位を変更なさるならば、大きい市場と小さい市場は事情が違いますから――神田のように年額二百億円も売るようなところがあるかと思うと、四十億かそこらしか売れないような市場もございますし、したがって人数も小さいし、買い手も少ないのです。そういうようなことがありますから、市場の実態、実情をよく調査していただいて、そうしてきめていただくのがいい。それには、幸いに市場ごとに、東京都の分場長、それから卸、仲買い、小売りの代表者が出まして、取引委員会というものがある。これが、どういう品物は何時から取引しよう、どのくらいの単位にしようということで、いまきめてやっておりますから――小さい市場はわりあいに円滑にいっているのです。だから、そういうような市場につきましては、その実情というものをよく調べていただいて、そういう取引委員会なんかの意見も十分聞いていただいて、そうして実情に即したような単位でやっていただきたい、私はかように考えるわけでございます。 それから最後に、私どもの身にかかってきた奨励金の問題ですが、これは確かにもらっております。公認で、東京都知事の許可を得まして、一分もらっている。そもそもこれをもらうようになったのはいつかというと、戦後なんです。昭和二十二年に統制がはずれましてから、従来の荷受け機関というものは、今度は卸売り行為をするようになって手数料がきまった。そういうようなことで、手数料に応じて、昔のように奨励金をもらうことになった。当時の東京じゅうの卸売り会社の資本金は幾らだと思いますか。全体で千二百万円ですよ。千二百万円の資金でもってやれるわけがないのです。東京じゅうの卸売り会社が資金難で非常に困ったわけです。卸に資金がないと産地に送る仕切り金も満足に送れない。信用がなくなる。したがって、荷も来ない。これではしかたがない、われわれの市場だからわれわれが市場の発展をさせなければならぬというので、卸のほうと小売りのほうで協約をいたしまして、卸に対して資金を融通しようじゃないかということで、東京じゅうの八百屋何千軒から最低二千円、大きいところでは三千円ずつ全部私が集めた。いまの金ではありません。何といっても前の話ですから……。それを各市場の卸売り会社に融資したわけです。いまでも貸してあります。しかも無利子です。そういうことで会社も資金に非常に協力をしてくれたというので、喜んでくれたのです。そんなことのありました関係もありましょう。それに昔のように掛け取引では資金が少なくてはやっていかれない、毎日現金取引はできないから三日目払い、その責任は組合で持ってくれというようなことから、結局組合がそれを代払いをすることにいたしたわけでございます。それから後今日に至るまで年々何百億という取引をしておりますが、一銭でも貸し倒れがない。そこで、ほめる人は、今日市場の経済の安定しておるのは小売り商の代払いにあるといってほめております。公正証書で金を貸してもとれない世の中に、一日何百億という金が滞りなく入るのはほかにないじゃないかというくらい私は誇りに思っているわけでございます。 そんな関係で一分の奨励金はもらっておりますけれども、戦前は二分、三分もらっておった。ここにおいでになる卸の方に聞いてもらえばわかるけれども、さっき申し上げたとおり生産者のほうが強いでしょう。生産者のほうの条件に従わなければなかなか荷物が出てこない。荷物が来なければお互いに繁昌しないので、そこで私のほうは遠慮して、最初とりあえず半分は生産者にあげてしまった。ぼくのほうは一分でよいから生産者にあげてください。それから、生産者のほうもいろいろ費用がかかるものですから、いまでは結局生産者のほうが多いということになったわけであります。こんなことを話してもしようがないのでやめますが、大体こんなことで、率直にお話ししなくてはしようがないので率直にお話ししているのです。どうせ私は小売り屋ですからろくな話はできませんけれども、この際聞いていただかなければならないから、聞いていただくためにいろいろ準備をしてきましたが、そんなことを話している時間がありませんからよしますが、長いこと御清聴をわずらわしてほんとうにありがとうございました。時間が許して何か御質問があれば、いろいろな資料を持ってきましたから遠慮なく質問していただいて、悪いことがあったらどんどん小言を言ってもらいたいと思います。きょうに限りません。きょうはこんなにあいてしまっており、社会党もずいぶんですけれども来ないから話すこともできない。社会党のほうにも、私どものほうにいますから、今度いいます。ですから、聞いた方は来ない人によく伝達をしていただきたい。そういう事情で、やっちゃばなんというところはそう簡単にこうだからああだからといって机上でものを解決されたらえらいことになります。だから、できることはやっていただきましょう。いただきましょうけれども、できないことを無理にやるようなことは考えていただかないとしかたがい、こういうことであります。(拍手)
○長谷川委員長 それでは宇佐美兼次郎君。
○宇佐美参考人 発言の機会をいただきましてまことにありがとうございます。私は、本委員会において御審議中の物価問題に関連いたしましての流通機構の改善対策につきまして、全国地方青果物卸売市場協議会会長の立場からその考え方を単刀直入に、かつ率直に申し述べさせていただき、御参考に供したいと存じます。 まず第一点として流通の実態について申し上げたいと存じます。私は、流通機構改善対策立案にあたり、その根本となるべき流通の実態につき申し上げたいと存じます。 (イ)流通事情。昭和三十六年度の農林統計によれば、食用としての青果物販売高は、蔬菜五百九十三万二千トン、果実三百四十六万七千トンで、これが販売流通経路は、蔬菜では六大都市中央卸売市場経由が全体の三四%、二百万四千トン、果実が二七%、九十二万三千トンにすぎず、地方都市における中央卸売市場の販売高は、蔬菜が全体のわずか六%、三十五万三千トンにとどまり、果実においてはその数五%、十八万八千トンにすぎず、残る蔬菜の三百五十七万五千トン、これは全体の六〇%に当たりますが、それと果実の二百三十五万六千トン、全体の六八%、これらのものはすべて地方卸売り市場において販売せられておるのであります。のみならず、東京都中央卸売市場の全取り扱い量のうち、蔬菜一三%、果実三一%、(昭和三十五年度都当局発表)に当たる多くのものが地方都市へ搬出せられているとの一事例が示しますごとく、青果物流通過程における地方卸売市場の占める役割はきわめて重要なる地位にありますのが現状であります。 (ロ) 流通行政の実態について申し述べたいと存じます。かかる事情にありながら、現行流通行政は、六大都市を中心とした大都市重点のいわゆる中央卸売市場行政のみに終始し、全販売量の六割から七割にも当たる流通部門を担当せる流通機構上最も重要なる地方卸売市場については、その重要性を認められながらも何らの施策もなされず、放任せられているのであります。のみならず、重要なる地方都市にあっては、中央卸売市場の開設促進をはかって云々といわれながらも、地方都市の実情を無視せられておるため、これとても実行を見るに至らず、これが行政は全く無にひとしいのであります。 (ハ) 現流通上の問題点とその対策。したがって、地方都市におきましては、弱小、小規模市場が多数乱立し、その流通上多くの弊害をもたらしておるのみならず、主要産物大量生産地にあっては、法律により、指導、監督等等の行政指導下にある中央卸売市場に対しては、精神的、概念的な安心惑が強く働き、これが取引上の信頼感と変わり、需給のバランスを無視した中央卸売市場への集中出荷の弊を招き、労賃、荷づくり、包装、運賃等々の中間経費の増高、さらには地方都市への逆移出のごとき事態を引き起こし、ひいては、これが小売り価格と生産者手取り額の大きな格差をもたらしめる原因ともなり、適正なる価格形成、迅速かつ公正なる取引実施上の大きな障害ともなっているのであります。かかる事態は、去る第三十九回国会における本委員会において、現行中央卸売市場法の一部改正案を可決せられるにあたり、地方卸売市場に対してもすみやかに必要な法的措置を講ずべきであるとの附帯決議を御決議せられて、その施策についてのとるべき道についてお示しになられたにもかかわらず、その後二カ年有余を経た今日に至るも、何らこれが施策について検討すらもなされず、現流通事情あるいは地方都市の実情等々を無視して、現行中央卸売市場行政のみにてすべて事足れりとせられておる当局者の、失礼なことばでありますが、しいて申し上げれば怠慢いな無責任さにこそその最大の問題点があるものと存ずるものであります。最近の流通事情は、御案内のごとく、大都市人口の地方都市への流出により、地方都市における消費量はますます増大の傾向にあり、これとともに青果物流通上における地方卸売市場の必要性、重要性はますます高まりつつあるのであります。しかしながら、現在の地方都市の実態からいたしますと、自治体自体の財政的問題あるいは都市建設事業の早期完成等幾多の問題からして、中央卸売市場の開設による流通機構の整備は全く不可能に近いのであります。ちなみに、大正十二年現行法制定実施せられてより四十有余年、その対象都市は六十有余都市にも及んでおりますが、今日その開設を見られたのはわずかの二十都市にすぎず、農林省当局におかれて計画せられておる八カ年計画に基づく中央卸売市場開設促進に伴う流通機構改善策もまことに至難かと思われるのであります。したがいまして、この際、さきの附帯決議にも示されておりますごとく、地方卸売市場につきましても、法的措置に基づく制度化による確立をお願いするほかはないのでありまして、このことにつきましては、かねてから関係の筋に対し御陳情申し上げている次第でございますが、あらためてこの機会にその法的措置に基づく制度化の早期実施をお願い申し上げたいと存ずるのであります。 次に第二点としては、流通機構改善対策の方向ですが、私は、今後の流通機構改善対策の方向につきまして、希望意見を申し述べさせていただきたいと存じます。 (イ) 中央、地方を通じた一貫せる流通行政の確立。現流通機構の改善により、流通の円滑化、迅速公正なる取引、適正なる価格形成の実現をはかり、もって物価の安定平準化をはかるためには、まずその第一に、現実を無視し、偏重せる流通行政を可とする考え方を持続しておる当局者の考え方を是正し、実態の上に立つた中央と地方を通じた一貫せる流通行政の確立と強力かつ完全実施がなされることが、その要諦であろうと考えるのであります。 (ロ) 地方市場行政対策。したがいまして、以下申し上げます諸点につきましては、特段の御考慮を願い、地方都市の実情にマッチした法の制定ないしは現行法の改正をはかられ、その実態に即した施策の実施をぜひともお考え願いたいのでございます。 開設者は地方公共団体又は特殊法人とし、その開設は認可制とされるべきである。理由は、現行法においては開設者は地方公共団体に限られておりますが、今日の地方財政では、その開設は容易でない。したがって地方公共団体、生産者団体並びに市場業界等あらゆる関係機関を構成員とする特殊法人にもその開設権を与え、現行中央卸売市場制度のごとき市場制度の推進を容易にすべきであると考えます。 卸売り人は、一市場一品目につき単一を原則のもとに許可制とし、かつ、市場の類似行為は絶対禁止せられるべきである。理由は、生産者、消費者の中間にあつて、迅速かつ円滑なる流通を確保し、公正なる価格形成と流通経費の節減をはかり、もつて生産者、消費者の利益を増進するためには、一定地域内の需要と供給を集中せしめ、大量集中取引によつて価格の安定平準化と経費の節減をはかるべきであつて、複数により発生しやすい、公共性を没却した営利追求からくる過当競争により生まれる市場操作を排除すべきであると考えます。 地方卸売市場の指定区域は行政区域によらず、消費流通事情を考慮し、実情に即した経済区域とされるべきである。理由は、生産地を間近に控える地方都市においては、中央大都市と異なり、その行政区域といわゆる経済区域とは全く別な状態であります。したがつて、その市場機能の十分なる活用をはかる上からも、その区域は経済区域とされるべきであると考えます。 市場の開設及び施設の改善、整備資金の補助ないしは融資制度を確立せられるべきである。理由は、第一項において申し上げましたごとく、機構確立上最大の難点はその資金の問題にあります。したがつて、これが解決をはかり、その推進を容易ならしめるとともに、市場の公益性を高める上からも、かかる制度は確立されるべきであると考えます。 卸売り人に対する、租税特別免税措置をはかられるべきである。その理由は、卸売り人の財務の安定、健全経営維持のため、資本の蓄積に関する積み立て金及び支払い保証準備積立金等、さらには卸売り人の改善整備に伴う統合、合併による清算所得等に関しては、特別免税措置等の施策についてお考え願い度いのでございます。 はなはだ不備の点もあったと存じますが、以上陳情いたしまして私の話を終わりたいと思います。御清聴を感謝いたします。(拍手)
○長谷川委員長 これにて昼食をお願いすることになっておりますが、中根参考人の時間の都合によりまして、丹羽兵助君から中根君にわずか御質問したいとの申し出がございます。この際丹羽兵助君からの質疑の申し出がありますので、これを許します。丹羽兵助君。
○丹羽(兵)委員 ただいま皆さま方からたいへん参考になる御意見を伺いました。皆さんに承りたいと思いますが、中根参考人はお急ぎのようでございまするので、せっかく委員長のお取り計らいをいただきまして、お伺いすることを許された中根参考人に一点だけお伺いしたいと思います。 先ほど、どうしたら生鮮食料品というものが安く消費者に渡るかということについての御意見、お考えを聞いたのでございますが、特に中根さんのおっしゃいましたことばの中で私は異様なものを感じました。それはどういうことかと申しますると、あなたがきょうおいでいただいておるのは小売り人代表の立場で、お話を聞いておるのでありますが、その小売り人代表のあなたの意見の中で、何かわけのわからない立場の者がその市場へ来て――これは私の聞き違いだったらお教えいただきたいと思いますけれども、そこでべらぼうなせりをして高く買い付けている者がある、それが非常な値上がりの原因になっておる、こういうように実は聞いた。せっかくあなた方がりっぱな組織を持って、団体的な組合を持ってやっておっていただくところへ、業者の立場、生産者の立場、消費者の立場も考えて、そして適当な相場で流通の役を果たしていこうと言っておられるところへ、あなたのことばをかりて言うと、わけのわからないという発言ではなかったと思いますけれども、どういう形の人かわからない者が飛び出てきて、わずかな数量であるから幾ら高くてもかまわない、ただほしいというところで飛びついて非常なせりをして高く持っていく、それが一般のものにも非常な影響をして物が高くなるのだという点がある、こういう御発言でございましたが、そういうものの取り締まり――あなた方の市場関係で、ただ特定のものをべらぼうに高く買い付ける、それが全部の価格に影響することですから、そういうようなことはやらせずにおけないものか、どういう性格の者がそういうことをするのか、もう少しその点を明らかにお話し願えたらけっこうだと思います。
○中根参考人 先ほど申しましたことばはちょっとそちらでお聞き違いと思います。実は私が申しましたのは、われわれ水産物のほうは小売り商人はせりに参加できないのです。それゆえに仲買いの店舗へわれわれが買いに行くわけであります。われわれ業者は、市中の家庭の魚を買う関係上、なるだけ値段は安く、家庭の円満ということを考えまして、また販売価格も高くとれませんので、そういう見解でわれわれは買いに行っておるのでございますが、料理屋さんとかそういうものは、これはもう相場というものは考えない。ただ自分がほしいというものに対して、べらぼうといいますか、驚くような値段で買う。かりにせりの単価が三十五円であろうと、それは五十円に買おうと六十円に買おうと自由です。そういう買い手があそこに入るために、あしたもそういう買い手のお客さんがおいでになるだろうという考えになれば、きのうかりに三十五円でせったものをあくる日はその値段より高くせっても仲買い業者というものはいいのであります。仲買い業者というものは、先ほど大沢さんが言われたごとく、上は幾らに売って下は幾らに売るという利益のなにはないのです。もうけるものは幾らもうけても差しつかえないという立場になりますから、そういう者が入るということに対してわれわれは考えなければならないと思います。そういう者に対して登録制というものを考えられたらどうかということを申し上げたのであります。
○丹羽(兵)委員 中根参考人が小売り人代表としての立場でお述べになったことは、いま御説明いただいてわかったわけです。また先ほどお述べになったのは、私はそうだということを認めておる。それは一般の消費者、需要者という立場を離れて、料理やなんか特定な需要者、消費者というものが出かけていって、そしてべらぼうな相場で仲買い人から買い受ける。それが仲買い人のほうの立場でいいますと、ほんのわずかなものであるけれども、一つの相場の基準になるというわけなんですね。そういうのが出てきて、わずかの量であるけれどもせったり買い受けたりなんかしますと、せっかく大衆の台所相手にやっていただいておるところの小売り人であるあなた方の立場というものも、また消費者の経済というものも全く無視された相場になってしまうから、こういうようなものが市場等に来て仲買い人から買うというやり方は、登録制において十分考えろという御意見でございますか。もう一ぺんその点を伺いたい。
○中根参考人 そういうような不当な値段が出る関係上、われわれ小売り業者は、私は、と申しますと、せりにも参加したし、かつまた先ほど申したごとく、市場に入る業者というものを登録さしていただきたい、そう申した次第でございます。
○長谷川委員長 この際、二時三十分まで休憩をいたします。 午後一時四十一分休憩 ――――◇――――― 午後二時五十分開議
○長谷川委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 引き続きなお参考人から御意見を承ることにいたします。岡素夫君。
○岡参考人 ただいま御紹介にあずかりました東京都の中央卸売市場長の間でございます。本日はこの委員会において、国民一般消費者に及ぼす影響にかんがみ、流通機構に関する改善策について見解を示せというお話でございますので、若干私見を述べさせていただきたいと思います。 元来、生鮮食料品は、先ほど来各参考人も言われたとおり、その商品の不完全性あるいは腐敗性、したがって貯蔵性に乏しい、生産、消費の単位が非常に零細であるというようなことからして、その経路は長く、細く、しかも複雑になるのは自然のおもむく姿かと思いますが、しかしそれゆえに中央卸売市場の開設が必要とされて、これを軸としてこれらの不合理な姿を直していこうというのが究極の目的かと思います。すなわち、いつの時代におきまして本、市場の取引形態が生産、消費の改善を促し、また生産、消費のあり方と改善により市場取引の合理化も推進される、いわばかみ合った歯車のような唇歯輔車の関係にある点から申しまして、市場の改善をはかりますとともに、市場以前の問題あるいは以後の問題に対しましても、強力な諸般の施策が推進されることが望ましいことでございます。たとえば市場の取引をより一そう能率的にするためには、もちろん市場の中の各取引機関の共同化、大型化あるいは施設の整備ということが大事ではございますが、その前提といたしまして、産地方面のより一そうの商品の荷づくり、規格、選別等の統一あるいは共同出荷の推進、輸送の改善等が基礎となるわけでございます。 流通問題に関しまして、いつも議論の焦点となりますのは、いわゆる中間経費の排除あるいは圧縮という問題でございますが、これと同時にもう一つ分業の効率という問題があるわけでございます。つまり中間経費の圧縮もしくは排除ということと分業の効率という二つの相対立した要求をいかに評価し選択すべきかということが問題であるわけでございます。中間経費の縮減をする考え方といたしましては、一応中間機関をできるだけ排除すべきではないかというのが一番先に出る意見でございます。したがいまして、一番極端な方法は、先ほどもお話ございましたように、生産者の消費者への直結ということでございますが、一般の雑貨やあるいは日用商品等によってはあるいは可能かと思いますが、先ほど申しましたような特質を持ちますところの生鮮食料品につきましては、非常にこれはむずかしい問題でございまして、中間機関を排除したから必ず最終価格が安くなるとは言い得ない、こう考えるわけでございます。 いつも問題になりますのは、市場の中では仲買い人でございます。仲買い人を省けばそれだけ仲買いマージンだけ安くなるのではないかという議論が簡単に飛び出すわけでございますが、しかし少なくとも大都市の市場におきましては、大量の集荷を適正に評価し迅速に分荷することが要求されるわけでございまして、専門的、技術的な職能機関としての仲買い人の存在が要求されるのは当然だと思うわけでございます。集散数量の巨額に達する市場においては、仲買い人を置くことによりまして、取引の迅速と円滑を期することができると考えるわけでございます。しかしながら、現在の仲買い人の中には、これも先ほどどなたかの御意見にございましたように、取引高のきわめて少ない零細なものがございます。こういうものは法人化その他体質改善によりましてもう少し大型化し、中間マージンの縮減をはかることが必要であると思うわけでございます。 機構の問題とともに大事なことは取引の改善の問題だと思います。東京都といたしましても、非常にこの点にはいろいろな方面から検討を重ね、昨年の四月には東京都中央卸売市場流通改善対策審議会というのを設けまして、各学識経験者の方に依頼いたしまして委員になっていただきまして、市場取引の諸般にわたる改善方策あるいは施設の整備あるいは機械化等の諸問題を諮問いたしまして、先般第一次の答申も得たわけでございますが、さらに引き続き御検討を願っておるわけでございますが、そのうちで、これも先ほどお話がございましたように、同一品目については可及的統一的な水準による価格を形成させるために、やはりせりの共同化が必要だということと、それから取り扱い品の特殊性から迅速確実な取引が行なわれることが必要でございますので、そういう点からいいまして、上場単位の引き上げということはどうしてもやらなければならないという考えでおるわけでございます。ただ、市場当局の立場といたしましては、あくまで売買当事者の間に立ちまして、どちらに偏するということなく公平な立場で、両者に対しまして最大の代価を得る最良の機会を発見せしめるための組織の場であるという考えのもとに、その機能の適否の判断の基準は、売買、価格形成機能が適正な方法で行なわれておるかどうか、これを補完する機能が完全に動いておるかどうかにあると思うわけでございます。その結果としてねらうものは、結局価格の平準化と安定、間接的には需給の調節、取引の安全保障、的確なる市況の通報、取引の能率、流通経費の節減等が期待され、これに応じた改善がなされなければならないと思うわけでございます。 次に、市場取引と大いに関係があるものは、市場の施設でございます。市場の運営と施設が密接不可分の関係にあることはあらためて言うまでもないことでございまして、これは全国の各都市の中央市場とも非常に頭を悩ましておる問題でございます。東京都といたしましても、昭和二十一年以来戦後の復興計画を始めてから数次にわたり整備計画を立て直しておりますが、現在まで金額にいたしまして四十五億七千七百万円で、これは築地外六市場すべて総計したものでございますが、それを投入いたしまして、建物関係におきましては、開設当初の約五割をふやし、さらに昭和三十六年度を起点といたしますところの十カ年計画――ただいまでは百二十八億になっておりますが、こういう計画を立てまして、逐年施設の整備拡充を強力に進めてまいっておるわけでございますが、経験的に申しまして、整備促進に最大の障害となっておるものは、何と申しましても財政上の問題でございます。先ほど申しましたように、終戦後四十五億余を投入しておりますが、そのうち起債の許可額は、二十一年から三十七年まで合計いたしまして十五億二千九百万円でございますが、これは申請額に対しまして四四%で、半分以下しか起債は認められていないという状況でございます。この点につきましては、農林当局にも非常にお骨折り願っておりますが、依然としてこういう形でございます。それから補助金にいたしましても昭和二十一年から三十七年までの間におきまして、交付のあった年は昭和三十年と三十六年、三十七年の三カ年でございまして、交付額の累計が三千五百七十三万円でございます。総事業費に対しましては、一%にもならないというような金額でございます。なお、整備の促進にあたりましては、市場敷地の拡張ということが大事なことでございます。したがいまして、用地の確保ということが非常に大事でございますが、この用地の確保につきましては、起債の対象にならないというようなことで、敷地を拡張するときに非常に難航するという問題があるわけでございます。また補助につきましても、農林当局で非常にお骨折りを願っておりますが、補助単価が低い、あるいは補助対象が限定されておる。補助額が法定では三分の一以内ということになっておりますが、既設市場の中央市場に対しては五分の一にとどめられておるというような状況で、財政的に非常に困難を来たしているような状況でございます。市場取引を円滑かつ能率的にするためには、さらに多額の整備費を要するわけでございますので、起債及び補助金の増額を願ってやまない次第でございます。 以上、要するに産地から市場までの間、これも非常にむずかしいことでございますれば、できれば計画生産、計画出荷ができるように国のほうで指導を強力にしていただければ、価格は安定をしてくることでございますし、また市場内の取引につきましては、先ほど申しましたように共同せり、上場単位の引き上げ等一連の施策を行なうことを要することと思います。また取引に非常に関係のあります施設整備につきましては、起債及び補助金の増額を願って、これが促進をはかることが必要だと思う次第でございます。 簡単でございますが、一言意見を述べさせていただく次第でございます。(拍手)
○長谷川委員長 次に田窪貢君。
○田窪参考人 神田市場長の田窪でございます。御設問に対しまして、いささか事情を申し上げまして、意見をつけ加えたいと存じます。 市場は、需給に応じた価格の形成をするところ、適当な価格に応じて需給の調節がはかれるところ、こういう趣旨で市場がいまのような形になっているわけでございますが、いまのような形では、そのような作用はしていないのじゃないか、したがって、ここに少し考えを加えたらどうだ、こういう御意見が世上にあるかと存じますが、私が考えますのに、大局的にはその作用は十分しておる。現在の機能あるいは機構では、部分的には多少の問題もあり、派生的に生ずる問題をなくするために、これに対してくふうを加え、改善をしなければならぬ部分は相当あると思いますが、大局的には現在各都市の市場というものは、そういう機能を十分果たしている、かように考えております。しかし問題点のあることは事実でございます。ただ最近、特に三十六年、三十七年の価格でございますが、私のほうは神田でございますので、魚を扱っておりませんで、主としてくだものと蔬菜でございますが、いままでの値上がり方に比べて、三十六年、七年は比較的高いのであります。その理由はどうか。これは物価の関係でありますから、いろいろ複雑な事情なり条件によって価格の値上がりが比較的大きい、こういうことになっておるのですが、さきに先輩の方の御意見がございましたが、くだものの関係と蔬菜の関係では多少事情が違うようでございます。毎日現場で取引を見ておりますし、価格の出方を見ており、あるいはここ数年間の統計等をもとにして考えました場合、くだものの関係は、需給が比較的大きくアンバランスになっている。これは御承知のように、だんだんと生活が向上してまいると、くだものをたくさん食べる。したがって、都市でも農村でも同じでありますけれども、需要がふくらんでくる。統計上でも市民のくだものの消費量が大きくなっております。大きくなる幅が大きくなっています。今後ともその傾向は強かろうと存じます。そのようにくだものに対する需要が強いにもかかわらず、生産がそれに間に合わない。したがって、その傾向が値段にあらわれてきている。もちろん生産者のほうでも、値が高くなれば、当然増産に努力し、出荷にくふうされるでありましょうが、特に昨年のミカン、昨年以来のイチゴ等につきましては、相当の増産、出荷が予想され、作付反別も多かったにもかかわらず、結果においては少なかった。したがって、その結果が直ちに値段にあらわれております。これは一例でございますが、そのように、特にくだものの関係としましては、需給のアンバランスが大きい。したがって、値上がりも大きくなっている。特にくだものに対する需要がこの一、二年間大きくなっている姿が見られます。なお、くだものについては、同じ品物でも品質がよくなっている。簡単に一例を申し上げますと、かりにリンゴですと、早く出る祝、旭、これは悪いリンゴではないのですが、早く出るものですから、比較的値段の安いものを出す。その関係で味も悪いわけですが、そういうものは比較的少なくなってきて、ゴールド、スターキング、こういうデリシャス、スターキング類が多くなっている。したがって、品物そのものも、単に量だけではなく、質もよくなってきているということが言えると存じます。特に蔬菜の関係では特段にその例があらわれております。需給の関係は、比較的調整がとれております。もちろん都民の消費量も、かりに一人当たりの消費量年何キロという計算を統計上見ても、多少のふくらみはございますが、くだものほどはふくらみはありません。ありませんが、品物そのものが違ってきているということです。ですから、商品価値が非常にあるものほど違ってきている。したがって、値段が非常に高くなっている。これも一例を申し上げますと、特に根菜類ですが、ゴボウ、大根、ニンジン、これはもとは土づきで出たものが、ここ一、二年は土づきは出ておりません。全部洗ったものです。洗ったものと土づきでは、値段は大体二割から三割違っております。ということは、何も奥さん方に高いものを食べさせるために洗って出すわけではありませんが、事実上八百屋さんがどろつきを持って帰って、そのまま売るのでは――現在都市生活者は洗ったほうを好んで、少々高くても、土づきは買わないで、洗ったものを買う、こういう姿になっております。そうすれば、八百屋さんは、どろつきを買って、持って帰って洗わなければならぬ、そうして売るのでは、とても手がかかって八百屋さんはかなわないということで、だれが奨励したというのではなしに、自然とゴボウなどはみな洗って出す。ニンジンもこういう長ニンジンをきれいに洗って出す。それから大根も、いままではときなし大根、いまは夏大根がたくさん出ておりますが、これも前には土づきがありましたが、いまはほとんど全部洗っております。したがって、大根は、それほど価格では上昇はありませんでしょうが、いずれにしても、洗ったものと洗わないものとでは価格が相当違います。ネギもそのとおりです。ネギ等も長いものを選別して、きれいにして、一皮むいてまっ白なもので台所へ持っていけば、水をかけて刻んですぐ食べられる。それをしかもきれいに梱包して持ってくるのですから、出荷者のいろいろな手間から考えますと、そこで二割から三割高くなるのはどうもやむを得ないのではないか。だれもそれを奨励したわけではありませんが、買い手の消費者との関係において自然にそういうぐあいに、一応台所ですぐ食べられるような半製品になって、市場に出てくる。したがって、値が高くなっていく。これが値が高くなった一つの原因です。もう根菜類は土から出るものはほとんどきれいになってくる。これはおそらく市場を御視察になった方は御承知と思いますが、諸外国から来た人に日本の市場はきれいだな、商品がきれいだなと言われますが、ほとんどきれいになってまいります。戦時中の姿あるいはその後の姿等とは、ここ一、二年全然違ってきております。 それからもう一つ、先ほど樋口会長からお話がありましたが、蔬菜関係では、比較的量が多くて安いもの、特に白菜などは量が一番多いのですが、昨年中東京の入荷量が約十四万二千トン、値段は十四万トンちょっとで十五億、そういう比較的単価の安いもの、キュウリのようにせいぜい東京全部のその日の出荷量七万トンぐらいのものが四十一、二億、こういうぐあいに目方から見て単価の非常に高いものがふえてきている。したがって目方によって単価を出した場合には、当然に品物が高くなってきている。キュウリそのものはそんなに高いものじゃないんです。これも促成もの、半促成もの、最盛期とは全然違う。一番高いのは十二月、一月ごろです。一キロで二百円以上、この時分でも現在東京神田では昨年等はやはり月間二、三百トン出ておるわけです。それからだんだん変わりまして、半促成で三、四月ごろになりましたら五、六百トン、そのころに百円くらい、最盛期になりますと、六、七、八、九、中の二カ月が一番多いわけですが、そのときにはキロ二十円くらいです。これは高値、安値ございますからキロで五円ぐらいのものから二十円ぐらいのものがありますが、中値をとりましても十円かそこそこのものです。同じ一年間を通じてキュウリを見た場合には、単価としてはキロ単価十円のものがあったり二百円のものがある。ちょうど入荷の数量と金額はグラフにかいてみますとまるきり放物線です。入荷の関係は、少ないところから非常に多くなって、夏を境にして下がっていく。価格の面は高いところからぐんと下がってまた上がっていく。放物線が逆になっている。こういう形です。トマトにおいてもそのとおりです。最近食生活の変化からしましてトマト、キュウリの需要はふくらんでおります。トマトなども年間全市場で四万五千トンくらい、しかし価格は二十五億くらい。これはキャベツなどに比べますと、キャベツは十二万トンくらいありまして二十五億くらい。したがって、三分の一ではありませんが、量は少なくて価格は高い。量が少なくて価格の高いものがだんだんと需要面に強くあらわれてきている。国民の食生活の変化に応じて供給面もそういうふうに変わってきている。したがって単価が全体として上がってくる。これは私はやむを得ないといいますか当然と申しますか、そういう姿です。特にその傾向がこの一、二年強い。くだものや野菜の高いことは、単に物価が上がったということでなくて、品物そのものが違ってきているわけですから、当然に多少の値上がりということを想定しなくちゃならぬ。しかもほかの物価に比べて比較的高く上がっているというのでありまするが、しかし商品価値から申しました場合には、そう極端な値上がりじゃないんじゃなかろうか、もちろんそれくらいの値上がりがなければ農家ではやっていけない、生産もできない、出荷もできないという事情になりやせぬか、こういうぐあいに私は考えております。物価の関係はそういう実情で、これは野菜で見ますれば根菜類、トマト、キャベツ、キュウリといったようなものが非常にふくらんでいる関係からいって、全野菜の数量から申しましても計数にあらわれたいまの値上がり程度はまずまずやむを得ない数字じゃなかろうか、こんなぐあいに考えております。そのような値上がりは需給関係やら品物そのものの質が変わっているということに大きな原因があるので、現在の機構が悪いからそのために物が上がるんだということは、もちろん機構そのものに改善すべき余地はあるけれども、機構が悪いから値が上がったという考え方は、ちょっと結びつきの悪い課題ではなかろうか、こんなぐあいに考えております。いずれにいたしましても、市場の問題としては、生鮮食品を扱っておるわけでありますけれども、食生活の変化でだんだん扱うようになってきている加工品、輸入品の問題もありますし、そういうものもいろいろ加味したくふうがなされなくちゃならぬ。特に一割多いと価格がうんと下がる、一割少ないと価格がうんと上がる、比較的不安定性の品物であるだけに、全体の数量から少ないものであっても、加工食品関係、輸入品等についても十分の配慮があってその価格安定策に考えを及ぼさなければならぬ、かように考えるわけであります。 なおこの市場の問題につきましては、価格面につきましてはいま申し上げましたが、いずれにしましても生産者の段階で考えること、出荷の段階において考える問題、それからもちろん市場の取引の問題に関連しまして考える問題がございましょうし、あるいは小売り商あるいは消費者の段階においていま少し考えてもらう面もあろうと存じます。それから物の流れのそれぞれのポイント、ポイントにおけるあらゆる問題について総合的に検討してこの改善のくふうをしなくちゃならぬのじゃなかろうか。したがって部分的にものごとをとらえたのでは非常にやりにくくていい結果が出ないのじゃなかろうか、こんなぐあいに考えておるわけであります。 なお、先ほど岡市場長からもお話がございましたが、いずれにしましても、都が開設者であるいまの施設では何としてもまずい施設で、これは古い施設だからやむを得ないと申しながら、現在の入荷に応じた取引のやりやすいような姿に市場の施設を改善しなくちゃならぬ、これは緊急の要務だと存じます。これにつきましてはいろいろな制約もございますが、できるだけ努力をしまして早くこの施設の改善をはかってまいりたい。これは先ほど市場長からお話がございましたが、神田としましても、かりに神田自体をとらえましてもそのようなくふうはしなくてはならぬ、かように考えております。 なお取引機構の問題につきましては、あるいは卸の担保の問題がございましょうし、仲買い人制度、小売りの買参制度という問題もありましょうが、それぞれの段階において――これは各市場別非常に事情が違っておりますが、それぞれの制度の姿に、よく現状を見詰めながらあるいはいままでのいきさつを考慮しながら、これにくふうなり改善を加える余地はあるかと存じます。この問題は一応さておきまして、共同せりとか上場単位の引き上げという問題が出ておりますが、これはいずれにしても共同せりの問題も出てくるでありましょう、上場単位の引き上げをやることもやり得るものもあるだろうと思います。したがってそれらについては私のほうでもいろいろ研究は進めてございます。ただ上場単位の引き上げということにつきましては多少世間で誤解があるんじゃなかろうかと思います。上場単位ということばがちょっとはっきりしないのでありますが、現在のせりの方法は単価でせるわけです。あるいは一箱とか一わとか、その単価でせるわけです。それでせった値段できまるわけです。その日にせりをする品物は全部目の前にある。それが一山になっておるか、二山になっておるか、三山になっておるか、多い少ないによって区別はありますが、取引する品物は目の前にある。せる物は単価によって値段をきめる。せりですから一応最高で落とすわけです。希望者に応じて五わなり十ぱなり五十ぱなり、百本とか二百本とかいうぐあいに分けて、非常に零細なせり単位でせっているというものではないのです。したがって現在の状況は、ああいうものでございますので生産出荷者、品物の品種、品別、その日の入荷量というものは非常に浮動であります。したがって固定的にせり単位をきめて、これは二百本だとか百本だというきめでせるわけにいかない。それらのいろいろな状況を勘案しながらせっているので、現在の建て方が非常に不合理だ、いまのせり方が悪いから値段の出方がおかしいのだとはちょっと考えられない。いまの状況におきましてはいろいろくふうした結果のせりの方法でございます。しかしそれらにつきましても、これは売るせり人とそれから買い手の気合いでございますので、その気合いが一致しませんければ、どのように制度を改めたところで、一人でもそこに特別なくふうを加える買い手がありせり人があれば適正な値段は出ないわけです。いずれにしても、売り手、買い手の気合いできまる問題でありますが、その気合いをほんとうのいい姿にあらわすためのくふうは、いま上場単位の引き上げということが出ておりますが、今後とも何らかの改善すべき余地はあるだろうと思います。しかしそれらにつきましては、先ほど大沢会長からお話が出ましたように、神田におきましても取引委員会がそれぞれございまして、十分話し合ってお互いの了解がつくように話を進めて、逐一改善するようにくふうはしてございます。場合によりましては手術ということも必要かと存じますが、手術必ずしもよくないので、角をためて何とかということがございますが、できる限りお互いが良識で話し合って順次改善の方向に持っていきたい。現在では、そのようなくふうをこらしながら、取引の改善と申しますか、市場の姿をよくしようということに努力はしてまいっております。 実情を申し上げまして意見にかえるわけでございますが、以上をもって終わりたいと存じます。御清聴ありがとうございました。(拍手)
○長谷川委員長 東京大学教授川野重任君。
○川野参考人 御紹介にあずかりました川野でございます。 問題は、最近の生鮮食料品の急速な値上がりについて、流通機構の整備という観点から何か方法が考えられるかということでございますが、私の想像では、おそらくこれまでに多くの参考人の方から申されたところと個々には同じの点が多いのではないかと考えますが、私なりに一応整理して考えてみたいと存じます。 最近における生鮮食料品の急速な値上がりにつきましては、私はおよそ三つぐらいの要因をあげ得るんじゃないかと考えます。 その一つは、急速な経済成長、したがって急速な消費者需要の増大に対しまして供給がそのテンポにおいて及び得ないということからくる相対価格の上昇、たとえば果実のごときにおきましては、消費は急速に増大いたしますけれども、その生産がそれに見合って伸びるにはやはり一定の時間的なおくれを必要とするということから、特にこの面において相対価格の上昇が見られる。その点におきましては、短期的な生産調整のできる蔬菜の場合におきましてはやや事情が異なるかと思いますが、くだものの場合にはその要因が相当に強いんじゃないか、こう考えます。 第二には、ただいまもお話がございましたが、消費者需要の増大に対応いたしまして供給される商品の質が改善されるということから、外見上の値上がりではありますけれども、実質的には必ずしも値上がりとは考えられがたいという面がある。この点を区別しなければいけませんが、しかし価格それ自体として考えますると、いずれにしましても消費需要の高度化に応じまして質の改善、それに対応する価格の上昇という意味での相対価格の上昇が見られる。これは第二にあげられるかと思います。 第三には、いわゆる生鮮食料品の場合におきましては大量生産が穀物ごとに行なわれにくいという点がございます。つまり機械化が行なわれにくいということから、どうしても増産ということになりますと相対価格の上昇ということにならざるを得ない。これは国際的に見ましても、穀物の値段に対しまして、果実あるいは畜産物もそうでありますが、こういうものの相対価格がずっと上がってきておるということは、結局は長期におきまして技術的な生産性の上昇がこれらのものにおいておくれるということからくる現象と考えられるわけであります。 三つと申しましたが、もう一つ、落としましたのであげますと、生鮮食料品と申しましても、最近の価格上昇で特に問題になりますのは、消費者がこれを購入する段階における価格であります。そうしますと消費者のところに持ってくるまでの間にかかるところの手間あるいは加工のサービスというものがそれに加わっておるわけでありますけれども、これまた消費者需要の増大とともに中間の経費を加える要因となるところの加工サービスというものがふえる傾向にあるわけであります。これも加工サービスを加えて考えますと、実質的にはたしてどれほど上がったかということがちょっと確認されがたいような感じがいたしますが、いずれにいたしましても、これは消費者価格の段階で考えると、価格上昇として受け取られるということになる面が多いわけであります。このように最近における価格上昇を考えるわけであります。 それならば、これらに対しまして何か政策的にその価格の引き下げ、すなわちそのコストの引き下げをはかる方法はないだろうか、これはむろん、生産者の手元を離れまして消費者の台所に行くまでのあらゆる過程におきまして、その余地があると一応考えなければならぬわけであります。その根本は、やはり大量化、大規模処理によるところのコスト引き下げということにほかならないと考えるわけであります。 それは第一には、生産並びに出荷の大規模化ということでございますが、これは結局は、いわゆる団地栽培ということ等に結びつくかと思います。そうしてまた、そのコストを下げるという点からいたしますと、従来の技術研究がはたしてどの程度この面において徹底していたかということについて、あらためて検討の必要がありはしないかというように考えるわけであります。 それから第二には、いわゆる都市の卸売り市場を中心としたところの流通機構と申しますか、取引のしかたの問題であります。これについてもいろいろ御意見がございましたが、ここに指摘しなければならないのは、中央卸売市場というのは、公共団体の援助によりまして一定の場所が設営され、その場所に生産者、消費者の代表が集まりまして、そこに荷受け会社というものが立ち会って価格をきめるということになっておりますが、この場合に、これらの市場に課せられた仕事と申しますのは、やはり競争的な価格の決定ということかと考えます。ところが一たびこういうふうな組織ができ上がりますと、事実上競争が、ある意味においては相互に非常に激しいのでありますけれども、ある意味におきましては、その地位が保障されているというようなことから、どうしてもそこで固定的な取引が行なわれがちになってくる。これはごく抽象的なことでありますが、さて、この経済の成長とともに、ここに集まってくる商品の量がふえ並びに単価が上がってくるということになりますと、その取引のマージンというものについても、やはり条件の変更に応ずる調整というものが当然考えられるべきかと思うのでありますが、この点について、はたして現在問題なきやいなやということの検討が必要かと考えます。 それから第三には、小売り段階におけるマージンが消費者価格中において占める割合が非常に高いということは御承知のとおりでありますが、これもコスト引き下げの余地がむしろ大いにあるのではなかろうか。特に経済成長とともに消費者の購買力がふえますが、購買力がふえるということは、いままでのような文字どおりの小売りあるいは小口の購入、小口の消費ということにかわりまして、多少ともこれをまとめて買うことができるようになる。いわんや、ここに加工という条件が入りますと、消費は小口消費でも、購入はやや大口の購入ということができる条件ができてくるわけであります。そうしますと、その消費者に接する段階の仕事を担当するところの小売りというものが、ある程度大規模化してきまして、そこでコストの引き下げが行なわれる。いわゆるスーパーマーケットを一つの代表とするところの小売り段階の大規模化という現象であります。これも徐々に行なわれつつありますけれども、やはり一ぺん一定の小売り商の組織というものが一定の地区に一定のお客さんを相手としてでき上がりますと、なかなか既存の設備を無にしてしまいまして新しい組織をつくることはむずかしいということからいたしますると、その促進のために政策的な援助というものが考えられるのではなかろうかと考えます。現在のスーパーマーケットというのがいろいろございますが、これを見ておりますと、確かに各種の商品を集めて売っておりますけれども、はたしてそのスーパーマーケットの名に値するものであるかどうかということについて、かなり疑問を感ずるものが多いのであります。たとえば早い話がスーパーマーケットという店舗の中に魚屋がある。魚屋に参りますと、消費者が一々この魚を生きてくれ、何匹くれと言って、そのお客さんの個々の注文に応じまして、一人一人の注文に応じた個別の販売をやっておるという現象等をしばしば見かけるのでありますが、これはスーパーマーケットの本質に反するものだと思います。つまりスーパーマーケットにおける大規模販売の利点というものは、結局商品自体が規格統一されておりまして、消費者はその中において買うか買わざるか、いずれかの自由しかないという状況のもとに買ってくる。それだけにコストが安くなる。そのかわり多少そのもとと規格を変えてみたい、購入の単位を変えてみたいというような希望がありましても、それはできないというのがスーパーマーケットの本質であるのと思うであります。そういう点からいたしましても、もし政策的にこのスーパーマーケットの発展を促進するということになりますならば、真にその名に値するようなものを、規格を厳重に考えてやることが必要じゃないか、こういうふうに考えるわけであります。 第四点といたしましては、これは一番初めの生産の問題にあるいは戻るかと思うのでありますが、短期的に生鮮食料品の場合に生産が非常に不安定である、生産者の意図に反しまして、豊凶という事態が起きてくる。これがそのままその時点における供給の増減という形においてあらわれる。これは結局ストックということができないということであります。けれども、これもやはり私よく知りませんけれども、冷凍なりあるいは真空乾燥という技術等もあるそうでありますが、こういう技術もさらにもし適用されるならばその面についての研究が国、公共団体としてなされ、さらにその適用についてしかるべき助成がなされるということが必要なのではなかろうか。いずれにいたしましても生鮮食料品という文字どおりの生鮮性というものを中心にした消費需要、その消費需要を満たすための販売の機構というものを考える限りにおきましては、なかなかその大規模化ということはできないし、したがってコストの引き下げもできない。どうしても価格が上がらざるを得ないのではなかろうか、こう考える。その意味におきましても加工を一段と進める、その面で大規模化をさらにはかる、こういうことが必要じゃないかという感じがいたします。 最後に、日本の農林行政におきましては従来米麦が中心になってきたという関係があり、また生産段階が中心になっての行政であったということからいたしまして、この流通面での資料というもの、インフォーメーションというものが非常に乏しいのでありますが、これはアメリカあたりにならいまして一段とそのための資料を集める調査の組織、体制というものを整備し、その上に逐一具体的な策が立てられるということが望ましい、こう考えられるわけでございます。(拍手)
○長谷川委員長 以上で参考人の御意見の開陳は終わりました。 ―――――――――――――
○長谷川委員長 参考人の御意見に対して質疑の通告があります。順次これを許します。稲富稜人君。
○稲富委員 ちょっと二、三点だけお尋ねしたいと思います。 消費価格の増大に対しまして、生産と消費とが伴わないために消費価格が上がるというやつは、これは別問題といたしまして、ただ生産者から買い上げられる価格が安い、消費者価格が非常に高い、こういうような一般の実情から見るときに、中間における機構の問題、こういう問題が当然大きな原因をなしているものだということは、これはだれでも考えられることであります。ところが先刻からお話を承っておりますと、この機構の問題に対してもいろいろ意見はあると思いますが、私特にこの機会にしぼって二、三お尋ねしてみたいと思いますことは、先刻田口参考人、江沢参考人からもお話があったのでございますが、この機構の上におきまする手数料を引下げしても消費者価格には大して影響はないのだということを口をそろえておっしゃっておるのであります。この点、私たちどうもはっきりしないので、できますならばこの点をもっとつまびらかに御説明を願いましたならば納得もいくかと思いますので、この辺は特にそういう強い発言のありました田口、江沢両参考人にひとつ承りたいと思います。
○江沢参考人 先ほど私が申し上げました手数料の引き下げ問題について、ただいま一分ぐらい引き下げても消費者価格には影響がないと申し上げたことに対しての御質問だと思うのです。御承知のとおり、先ほど来皆さんからもお話がございますが、卸売り人の手数料というものは消費者いわゆる私ども買い手側からとるのではないのです。これは生産委託者のほうからの手数料をとっておる。したがってこの手数料をかりに一分引き下げましても、生産者のほうの手取りは若干上がることにはなるかもわかりません、しかしそれがすぐはね返って消費者の価格に影響するということはない、こういうふうに申し上げたわけです。
○稲富委員 そうしますと、たとえば生産者価格と消費者価格というのは、ほとんど三倍あるいはそれ以上の価格というものが多いのですね。こういうような中間の、それほどに差ができるという点は、あなた方が実際携わっていらっしゃるのでございますが、その間どういうような経緯をたどってそういう結果になってくるのであるか、これは機構上の問題もあると思うのでございますけれども、これをひとつ率直に御説明願いたいと思います。
○江沢参考人 先ほど皆さんからもアメリカの話が出ておりました。日本におきましては中央卸売市場法によりまして中央市場がございます。アメリカにおいては自由でございます。しかし私も先年、生産性本部の御委嘱を受けましてあちらの生産事情並びに流通事情も調査してまいりました。必ずしも日本だけではございません。消費者の価格が一〇〇といたしました場合、生産者の手取りというものは約それの三分の一あるいは四〇%、四五%、いま御指摘になりましたように消費者の価格がかりに一〇〇といたしまして生産者手取りが安い。この間にはどういうことがあるか。御承知のとおり先ほどからもいろいろと意見が出されております。日本におきましても、ちょうど同じような状態でございました。しかし最近におきましては農協単位の共同販売制いわゆる共同選果と共同出荷、共同荷づくり、計画出荷、全部やっておりまして、経費の節減をいたしております。まず一番に問題になりますことは、生産者にとりましてももちろんでございますが、荷づくり、それから輸送費、こういう問題が大きなウエートを占めている。そういうところが、ひいてはいま御指摘がありましたような生産者価格の低い点になると思うのでございます。いま逐次そういう農協のほうの共同販売制が拡大されております。現に品種によりましては消費者価格の六〇%、六五%にまでなっておるものもあるのでございます。ですから、これの中間経費、中間経費という問題が出ておりますが、卸売り人の手数料は生産者負担だ、したがって結局仲買いのマージン三%から五%、あるいは小売り商さんの利潤、それ以外に特に中央市場の価格が形成されてからの経費というものはあまりないわけです。その点はひとつ御了承いただきたい、かように思います。
○稲富委員 そうすると、端的に結論を申し上げますと、ただいま御意見のありましたことは、機構上の改革をやればもっと生産費と消費価格は接近をするのだ、機構上の改革をやることによってそういうこともなし得るのだ、こういう結論になるのですか。
○江沢参考人 先ほども私が申し上げましたように、生鮮食料品でございますので、これが理想といたしましては、御指摘のように生産者から消費者へということはいえると思う。またわれわれも先ほど申し上げましたように、これが機械その他の産業等でございますると、原価があり、それに加わる経費がありして、コストがきまるわけです。これは腐敗性もないからある程度の貯蔵もできる。それでやることができますけれども、われわれの扱っておりまする生鮮食料品はそうはまいりません。したがってこれを大量に一カ所に集中して、短時間の間に販売をしなければなりません。したがって価格の形成というものは、東京あるいは名古屋におきましては、先ほど大沢さんからもお話しのように、小売り商の方々も買参をいたしておりますが、関西では魚と同様に仲買いだけの競売をやっておる。これは需給関係を考慮してのことであります。材料を仕入れて、これを小売り商の方々あるいは現在は集散市場でございますが、衛星都市に販売をしている。こういう実情でございますので、この段階を縮めるということは、物の流れというもの、流通をかえって阻害する、かように私は存じております。
○稲富委員 ところで機構の問題になるのでありますが、先刻江沢参考人のお話によりますと、どうも機構上の問題自体として、いまの御意見もありましたように、たとえば仲買い人制度のごときは当分必要である、こういうことを強調しておりました。私、聞き違いかもわかりませんが、先刻小売り商代表の大沢さんの御意見を承っておりますと、仲買い人制度は以前はなかったのだ、最近仲買い人制度というものができたのだというような御意見で、これは私の聞き違いかわかりませんが、あるいはもう仲買い人はなくてもいいんじゃないか、そのほうがかえって消費価格は安くなるんじゃないか、こういうようなふうに受け取ったのでございますが、この点ひとつ大沢参考人から、これは非常に将来の参考になりますので、率直に承りたいと思うのであります。
○大沢参考人 誤解があるといけませんから、しっかり聞いておいていただきたい。 御案内のとおり、中央市場はできましてことしで三十五年になりますか、京都はもっと早いです。昭和二年ですから。東京がそのくらいになりましょう。そのときに従来東京にたくさん市場がありました。その市場の中で、中央市場の区域内にある市場は全部中央市場に統制したんです。いまと違うんです。そこへ入らないものは閉鎖をしました。そのかわりその補償をした。こういうわけです。いまはそのところは民主主義だから違っています。そこで、何百人という、神田なら神田に問屋、仲買いがおりましたから、その人を全部卸会社に収容したのでは、会社が経済上持ちませんから、そこで会社に必要なだけの人員をもって会社を組織いたしまして、そして相当な資本を持って許可を得て卸人として入った。これに漏れた人を仲買い人として認めたわけです。ですから、中央市場開場以来仲買い人というものはあったのでございます。ところが戦争になりまして、御案内のとおり配給制度になりましたから、もう仲買いの必要はないというんです。取引じゃないのだ、入ってきた荷物を消費者に人数に当てはめて分け合えばいいんだから。そこで価格の形成も必要ない、公定価格があることですから。そこで仲買いを全廃しようということで全廃になりました。ちょうど専属の仲買いで、青果のほうだけで約一千名おった。これが店員、家族を入れると相当の数になる。そこで、これは社会問題だということで、相当めんどうな問題が起こりそうだったのですが、ちょうど井野さんが大臣のとき、井野さんがいろいろ苦労しまして、三つの方法できまりをつけた。一つは、新規にできた卸売り会社に三分の一の者を使ってもらう、残りの三分の一は私どもの小売り商組合が配給をやりましたが、その配給の仕事に参加してもらう、残りの三分の一は国家の要請する方面に転業してもらう。これには適当の保証金を与える、こういうようなことで、仲買いの廃業問題が解決したのでございます。ところが、戦争が終わりました。そうすると、それまでは、私どもに、江沢さんはじめ三分の一の方々がいたのですけれども、今度は配給制度じゃなくて、市場が昔に返って取引になりましたから、配給の分荷人の必要はなくなった。そこでこの人を一日も早く仲買いにさせたいと私は運動したのですが、そのときは、残念ながら統制組合法というものがありまして、市場には荷受けの機関と小売りの機関と二つしがなかった。そこで統制は撤廃されたけれども、荷受けの機関と小売りの機関で取引をして、それで売っておった。その後運動しまして、一年たってから、仲買いの復活が認められまして、昔、仲買いをやっておった者で、東京に住んでおる者が優先的に認められて仲買いになったわけであります。そういうことであります。 それからもう一つ、私のほうのなわ張りに関係のあることだからちょっと申し上げておきますが、卸と仲買いと小売りとこんがらかってはいけませんけれども、卸というものは大きいものです。仲買いはその中間、小売りはちっちゃいものです。零細なものです。現在の売り上げの率を調べてみますと、卸会社は、一人の従業員に対して売り上げが百万から二百万売れるのです。ところが、仲買い人は中間業者ですからその半分しかない。それから小売り商はどのくらいかというと、また卸の五分の一、一日の売り上げが一人五千円から一万円です。ところが給料はどうかというと、給料は同じことです。高等学校卒業すれば、一万三千円払わなければ来やしません。ことに八百屋は時間を長くお願いしておるし、いろいろな設備もないし、夜学にも行かれないということですから、泊めて給料を多く与えなければいけないので、一番売り上げの少ない小売り業者が、高い従業員を使わなければならぬというのが現状であります。そこで、小売り商から、実際困った、安定所になんか行って頼んでみても、八百屋だ、八百屋はだめだ、故郷に行って頼んでも、八百屋はだめだというようなことで、八百屋に店員が来ないということですから、弱ったものです。 それからもう一つわかっていただきたいことは、いまの利潤の問題です。しろうとの方はよくそういうことを言うのですけれども、産地で十円のものが東京で三十円になった、五十円になった、そんなものはほんの例ですよ。そんなに甘い奥さんばかりいませんよ。さっきも中根さんがそう言ったけれども、東京のごときは千人からおるのですからね、奥さん連中でモニターというなかなか鋭いのがいまして、それが魚屋や八百屋を監督して歩いて、すぐ投書をする。投書をすれば東京都で調べに来て、やかましいことを言うのですからね。そんな余裕はないのです。たまたまある。この間もちょっとNHKでぼくは質問されたことがあるが、それは、ある遠くの産地でキャベツを売ったときに十円だった、東京に来たら三十円だった、こういうことを言いました。それはそうかもしれませんな。産地で十円のものを荷づくりして運賃をかけて組合費を払って東京に持ってくる。東京で今度は積みおろしをする費用を払って、問屋の口銭を払って仲買いの口銭を払って小売り商に渡るのですから、相当そこに幅があるでしょう。小売り屋は買ってきて、一箱ずつ買ってくれるのじゃなく、一箱を五十人にも三十人にも売るのですから、それを皮の青いところをむいて子供の頭のようにきれいにして売らなければ売れないのです。そうするとそれが正味の値段ですから、とても高くなる。産地で十貫目のものが東京に来て十貫目で消費者に売れるならばそんなことはありませんけれども、そこが生鮮食料品のむずかしさだということをぜひ認識をしていただきたいと思います。
○稲富委員 詳しく聞かんでいいのです、われわれもしろうとじゃないのですから。ただ問題は、私たちは現在の生鮮食料品の消費価格をいかにして下げたらいいか、この問題に対して機構上その他の問題で検討しなくちゃいけない問題があれば、われわれも大いに検討し、あるいは法律を改正しなくちゃいけない問題があれば法律を改正しなくちゃいけないのだ、こういう点からわれわれは検討している。実際上の消費価格というものが生産価格よりも数倍になっているという、これは事実なんです。そういうような事実をとらえて、どこに改むべき点があるかということをわれわれ検討しておるわけなんです。それでそういうふうに人が来るとか来ぬとか、あなた方の立場を、われわれは時間があったら聞きますけれども、要点だけ承ればいいわけでございます。それで私が承っているのは、現在の制度上におきまする仲買い人制度というのが一つあります、これに対しては仲買い人が必要であるという主張をされる方もあるし、あるいは仲買い人制度というものはなくてもやれるのだというふうにも聞かれる点、もあるのでございます。この点はあなたのさっきの御意見を聞いておりますと、仲買い人制度というものがなくてもやれるのだというふうに聞き取れたので、その点結論だけ承ればいいわけなんでございます。
○大沢参考人 仲買いのない市場もございます。横浜のように仲買いは全然ありませんで、小さく買えないものは小売り商が代表買い出しをつくりまして、そうしてこれが買って分けている市場もございます。しかし東京のような大市場になりまして、何から何までたくさん買うことが小売り商ではできませんでしょう。ですから少し買うようなものは、仲買い人があって、それが大量に買ってこまかに分けてもらうことが小売り商に必要性がある、そういう意味で私どもは仲買い人を利用いたしておりますし……
○稲富委員 その点はそれでけっこうです。 江沢さんにまたお聞きしたいのですが、先刻あなたの御意見の中に、仲買い人というものの名称あるいはその機構、機能、実態というものに対してもっと検討して充実しなければいけないという御意見がありました。実は三十四年に農林大臣の諮問機関として臨時生鮮食料品卸売市場対策調査会というのができまして、三十五年の三月五日のその答申の中に、仲買い人に対してはそういう問題を検討しろということをはっきり答申してあるはずなんです。ところがすでに三十五年から今日まで三カ年経過いたしておりますが、答申のその後になって今日またその問題を仲買い人の中から聞かなくちゃいけないことに対しては、私も意外に思ったのでございますが、農林省はそういうような答申が出ておるにもかかわらずこれに対する対策をいままでやっていないのか、承りたいと思います。これは率直にひとつ……。
○江沢参考人 御指摘のとおりでございます。私どもは何で仲買い人ということばがいやかということなんです。これはもう終戦直後アメリカさんがおいでになりましたときに訳されたことばが単なるブローカーということなんです。ブローカーということばそのものが私は悪いというのではございませんけれども、一般の通念といたしまして、ややともするとブローカーといえばなくてもいい存在のようにとられるということ、この点が私ども正直に申し上げまして非常に残念に思った点でございます。したがって私どものやっている実態は何かと言いますと、申し上げましたように大量に仕入れてこれを細分化しながら小売り商の方あるいは衛星都市の商人の方に販売する、これが私は卸売り業務であると思う。したがってそれにふさわしい名称に直すと申しますのは、現在の荷受け機関であります卸売り人、これは中央市場の卸売り人というのが名称でございます。ですからそれにまぎらわしいものには違いありません。したがってわれわれは卸売り人という名称に直してくれとは申し上げておりません。ただ自分の実態が卸売り行為をしているのだからそれに沿うような名称に直していただきたい、こういうことを申し上げております。 それからまた、御指摘のように三十五年のあの審議会でも当然そういうことが政府のほうに答申されております。ただし残念ながらいまもってそれの改正がございません。したがって私どもは長期にわたっておりますが、毎年毎年の何かの機会に、あるいは私どもの連合会の総会等におきましてこれを再度決議いたしまして陳情をいたしております。したがって私は先ほど申し上げましたようにこの際全面的な改正をしていただいて、私どもにふさわしい名称に直していただくとともに、やはり市場業者として――先ほど魚の北村仲買い人の会長も言われましたように、現在荷受け機関とわれわれ仲買い、この両者が率直に申し上げて私は市場業者であろうと思う。その意味からして両立できているのでございますから、これの地位と申しますか明文化をお願いしたい、こういうことを再三申し上げているわけでございます。
○稲富委員 次にお伺いをしたいと思いますことは、先刻田口さんも築地市場が非常に狭くて困っているというお話でございました。樋口さんも青果市場としては市場の拡張の必要があるということを先刻からおっしゃっておったのでございますが、ただいま申し上げました臨時生鮮食料品卸売市場対策調査会の答申等におきましても相当に強い答申書が政府に出てあるわけでございます。ところがただいまも江沢参考人からおっしゃったように、その答申書というものが現在一つも実行されていない。先刻から参考人の御意見を承っていると、現在の市場の機構が非常に悪いので何とか機構を改めなくてはいけないということは皆さんたち口をそろえておっしゃっているようにわれわれのほうには聞くのでございますが、この際、政府を責めるわけではございませんが、結論を申し上げますれば、こういうような機構改革に対しては、実際携わっているあなた方がこの際ひとつ法の改正をして機構の改革をやらなくてはいけない、こういうような非常に熱意がある、また実際消費価格を安くするためにもそういうことは必要であるということを一般にいわれている、しかも答申書にもそういうような意見が出ているけれども、いままで政府はこれに対しては非常に怠慢であって何ら手を打っていないのだ、こういうように解釈しても差しつかえないのでございますか。これは先刻現在の機構上の問題に対して何とかしてもらいたいという御意見がどなたからもあっておりましたので、この点ひとつ、政府の足を取るわけではございませんので、今後の参考になりますので率直に御意見を承りたいと思うのでございます。これは先刻小林さんからも田口さんからもおのおのの方から御意見があっておりましたので、この点を率直に御意見を聞かしていただきたいと思います。
○小林参考人 稻富先生からの御質問の、流通経費が少なくなれば、生産者価格と消費者価格とがひっつくじゃないか、これはもう足し算と引き算でありますから、まさにそのとおりでございます。ただその間におきまして流通上非常に支障を来たすとか、あるいは混乱を起こしやせぬかとかいうような御意見が参考人から述べられたわけであります。実態に即しまして私は手数料を下げること自体がそういうふうな混乱を起こすとも、あるいは障害が起こるとも考えられないことだ、こういうふうに解釈いたしております。 また流通機構の改善によって、いわゆる流通経費というものがもっと低廉になるのじゃないかということにつきましても、そのとおりでございます。その場合に、これを卸売り人が見た場合は、先刻私が申し上げましたように、そもそも現在の卸売り人として、あるいは市場として残っているものは、戦後の統制中、価格とルートを統制しながら、その中で競争さしたという矛盾であります。いわゆる荷受け人の複数制であります。それが昭和二十六年の統制撤廃になりましても、そのままになって、それが卸売り人なりあるいは現在の地方市場になっておる。そのときに私は何らかの施策を持たれなければならなかったと思うわけでございます。現在の卸売り人あるいは市場というものの機能につきましては、これはしばしば皆さん参考人からお話がありましたように、価格の形成をするということ、これもどなたか、私も申し上げましたけれども、一定場所、一定時期、同一品目につきましては、これはもう一つの価格であらねばならないことは経済の鉄則でございます。それが現在は卸売り人は複数ということによりまして、集荷競争というものをやる。自分の会社でよけいに取り扱う。取り扱うことによって手数料が入る。その手数料というものは集荷費になっておる。荷の取り合いをする、こういうことがはたして市場の機能であるかどうかという問題なんです。ここに巨大水産会社の卸売り人の系列化、市場の系列化という問題が起こってくるわけであります。私は、こういう状態になりますと、市場機能はまさに失墜してしまうと思う。それならば中央卸売市場法もあるいは地方魚市場条例も必要なしに、これは御売り人として卸屋として開放さるべきである。手数料をきめ、あるいは卸売り人はかくあるべし、かくするべからずというところの法律あるいは条例等はもう撤廃なさって、それぞれの卸売り会社、言うならば生産会社の卸売り手段、卸売り機関である、こういうことになったほうがかえって生鮮食料品の流通もすっきりした形になるのじゃないかという考えでおります。 仲買い人につきましては、これは私がよその魚市場業者でありながら、他の仲買い、小売り業者についてまで申し上げることは遠慮すべきかと思いますが、先刻申し上げましたように、大消費地においては、評価、それから分荷という機能からこれははずすわけには参らぬと思います。ただ規模の小さな市場におきましては、仲買いというものの必要を認めないわけであります。この仲買いを見ました場合に、これは実例をとりますと、東京、大阪の仲買いは従来いろいろ歴史的な経過を持っておりますので、非常に大人数でございます。あまり多数であるために零細化しているだろうということを私は考えるのであります。この零細化ということは即取り扱い高に生活費がかかっているという計算もすぐ考えられるのであります。私は零細化防止のために共同化なりあるいはいろいろの資格条件を設けまして、資格制度を強化することによって仲買いをもっと大粒なものにする、体質改善をすることでなければならないことだろうと思います。 また小売り段階につきましては、あらゆる流通機構の中で小売り段階の経費が一番かかっているということも皆さんからもお話が出ましたし、御存じのとおりでございます。ただ、これも仲買い人と同様に、取り扱い高の最低限を資格条件として最低限を設定して、これくらいは取り扱うべきである。たとえば一日一万円の取り扱いをする者と十万円の取り扱いをする者と、その規模の上においてそれだけの違いが、即営業がしにくいあるいは不可能であるというようなことのないように、何とかもっと粒を大きくする、あるいはいまの肉類あるいは蔬菜、青果類、こういうものと一緒になったいわゆる総合食品の小売りにする、こういうことに政府が指導されたならば、私はもっと流通経費というものが軽減されてくるのではないかというふうに考えております。
○丹羽(兵)委員 関連。ただいま小林さんからきわめて詳細にわたってお考えを述べられたのでありますが、実は私は小林さんにもっと深く問題をお尋ねしたいと思っているんですけれども、お急ぎのようでございますから、関連ということで承らしていただきたいと思います。 先ほど小林さんの御意見陳述の中に、地方市場と中央市場の関係において取り扱い高についてこまかにお触れになりました。そしてただいまたくさんの参考人の皆さま方からのお話を聞きましても、現在の機構をなぶって現在の機構の中において消費者価格を下げることはできない、現在の流通構造の中ではなかなか消費者価格を下げることはできない、これは機構から生ずる欠陥では決してない――これは最後にお述べになりました川野先生の御意見にもありまするように、機構が悪いか、機構によっていまの消費者価格の値上がりをとめることはできないのか。これは四つの例をあげてお述べになっていらっしゃるのでありますから、いま手数料がどうだとか、小売り人の利益がどうだとか、マージンが高いとか、こういう問題はあまり取り扱うことは、聞いておりまして私は無理だと思っているんですが、ただ先ほど私が申し上げましたように、中央卸売市場と地方市場との関係は根本的な問題である。いつのときでも市場の関係に関する論議を戦わせるときには出る問題である。これは何とか解決しなければならぬというので、この委員会でも参議院の委員会でも中央市場と地方市場の組み合わせということを何とか解決しなくてはならないというので附帯決議をつけたりなんかしているのでありますから、きょうもあなたから強い発言があった。しかもこれは両方ともぐあいよくいかなかったならば、全国の生産量も消費量もつかむわけにいかぬじゃないですか。あなたの御意見を聞き、またわれわれが調査いたしましても、あなたの御意見をそんたくして申しまするならば、千百億が中央卸売市場の取り扱いだ、それから地方のほうが二千二百億、パーセンテージにして三六対六四、人口の割合が二二対七八、こういうことになっておる。このどちらから考えましても、地方のほうが多いのですね。多いほうが全然野放しになっておって、そうして流通改善をつかんでいくということは、これは不可能だ。それでこの生鮮食料を完全に行政の上に乗せて取り締まっていくなんて、私は無理だと思う。その点について、あなたは、先ほど強く訴えておられるのですが、ひとつ、もしお時間がお許し願うことができたならば、あなた方が叫んでいらっしゃるような、また私どもが問題にしておりますように、地方市場を今後どういうぐあいにしていったら、これは生鮮魚類にしろ野菜にしろ完全に乗せていくことができるかというお考えをひとつ、あなたがせっかくこの問題を強く言っていらっしゃったから、承らせていただきたい、こう思います。 なお、ついでであれですが、これもお急ぎのようでございますから宇佐美さんについでに一つ。先ほどあなたは、これも同じことなんですが、公述のときに、地方市場が乱立し、流通上幾多の弊害をもたらしめておるというような御発言があったんです。こんな仕事をしておるので、非常な弊害をもたらしめておると言っておられますが、その弊害ということは一体どういうことか、具体的にひとつお述べをいただいたらしあわせだと思います。
○小林参考人 お答えいたします。 私は、現在の機構のままではとうていうまくいかないんではないか、これはそういうふうにお聞きならば、ひとつ二つに分けていただきたい。中央卸売市場法による中央卸売市場の改善と申しますか、流通機構の改善策というものは、私は現在の卸売り人の統合であろうと思う。これは非常にむずかしい問題かもわかりません。しかし、私は公共性、公益性をいうならば、これは何とかしてやるべきである、その姿を変えたものが共同処理であろうと思うわけです。これも参考人の方から御意見が出ておりましたが、それぞれの卸売り人が、通信費、それから一般営業費、これを使っておる。かりに四つ卸売り人があるとするならば、四倍要る。四分の一で済むと申しませんが、少なくともそういう経費というものは非常に軽減される。荷引き競争をやるための費用が手数料にかかっておる。手数料の内容は荷引き競争である、こういうことになる。私は、市場というものは、価格を評定する機能であると考える。したがいまして、それが荷引き競争するという、卸売り屋的なものではなしに、そこに持ってきて評価を行なう、分荷を行なうという機能であろうと思う。そういうことからしました場合、もう一つ、先刻申しましたいわゆる一物一価という考え方から申しましても、これは卸売り人が幾つもあって、同じ市場で、一つの品物に値段が幾らも違ってせられる、こういう状態は市場の機能じゃないと考えるわけです。中央卸売市場におきましては、私は、卸売り人の統合というものができないならば、いまの共同処理ということによって、品種ごとの共同処理をやるならば、これは私の申しますことに非常に近寄ってくるんじゃないかと考えるわけです。 もう一つ、現状のままでは非常にいけないのだ、やれないのだということを申しましたのは、地方市場についてでございますが、地方市場についてどうしたらいいかというお尋ねでございます。地方市場は先刻申しましたように、これは農林省あるいは水産庁の所管でなしに厚生省がほとんどやっておる。これだけ世間をにぎわしておるところの生鮮食料品の物価高の問題を厚生省だけがやっておるという状態、何かと申しますと、食品衛生法によるそういう監督指導条例をつくっておる県が二十三県ある。その二十三県の条例の基本は何かと申しますと、昭和二十五年の水産庁長官の通達によるところの準禁治産というものはやっちゃいけない、それ以外はだれでもよろしいという通達であります。それがいまに残っておる。その後にだんだん是正はされましたが、各県の条例二十三県ありますが、この条例の骨子となるものは、その当時の条例の見本である。したがいまして、この条例に罰則があります。条例にいろいろ規制がしてあります。こうしてはならないとか、こうすべきであるとかいう規制がしてあります。ところがそれに従わなくとも、あるいは従わないならば、いわゆる罰則の適用を受けるかと申しますと、これは罰則の適用を受け得ない。裁判所に持っていっても、これはどうも憲法違反じゃないか。この条例は大体何に根拠しておるのか。いや地方自治法です。こういうことではどうも裁判所で受け付けてくれない。現に最近の例を申しますと、大分県で無届けのまま、許可を受くることなしに市場を開設した、営業をやっておる、もうすでに三年ぐらいになります。告発した。ところがどうも県庁のほうが負けそうで、そのまま泣き寝入りで引っ込んでおるというのが最近の事例でございます。これはよその県にも例はあります。そういうことなので、根拠になる法律をひとつつくってもらいたい。全国の中央卸売市場以外の地方市場は、こういうふうにやるべきだというととろの法律をつくってもらいたい。もしその法律が、法体系上どうだとか、あるいは立法技術上どうだとかいうならば、少なくとも大臣の通達ぐらいは出していただきたい。そしてそれによるところの行政指導、行政措置が行なわれていかなければならぬじゃないか。そういうものはやりますということをたびたびこの委員会で応答があっておる。協議会を持ちます、直ちに行政措置を講じますというようなことは、政府委員からたびたび答弁があった。それが何にも行なわれておらないというのが実情でございます。そこで法律をつくる上にまず問題になるのは何かと申しますと、これは地方の市場は非常に格差があります。大きな市場と小さな市場と格差がある。それを十ぱ一からげに一つの法律で縛るのは無理じゃないか、こういうことでございます。一番中心になるのはその問題だろう。国で各地方の小さな市場まで監督、指導してくださいということは、これは非常にむずかしい問題だ。私は、その実際は地方長官におまかせになればいいことじゃないかと思う。ただその際に、市場機能というものがはたして果たされておるかどうかという検討は必要でございます。これは小さな市場で、年額五千万円しか売らない、月に四百万円しか売らないのだ、一日にすれば十何万円しか売らないのだ、こういうのも市場としてあります。あるいは三十億あるいは五十億売る市場、こういうものを一からげにできないじゃないかというのです。これは一つのもので全部規制するということはむずかしいだろう。そこで基本的な市場とはこういうものだ。その五百万円くらいの市場は、市場の機能を果たしておらぬと私は思う。もっと鮮魚の流通圏ですね、鮮魚の経済圏、これを地方長官に指定をさせて、この地域はこの市場でやるのだ、いまの経済圏と申しますのは歴史性も加味されるでしょうが、しかし現在のように経済圏がだんだん大きくなっているとするならば当然その地域における中心市場というものは想定できるのでそれに集中させる、その市場にその所在の市場が集中する、こういうことになれば、私はいまの中央卸売市場の考え方あるいは調査会の答申、そういうものに非常に近づいてくるんじゃないかということを考えるわけです。したがいまして、地方市場におきましても、何としても通達で、あるいはいわゆる行政措置と申しますか、行政指導をなさるか、ともかく何か一つ手を打ってもらいたい。ともかくあまり大きな市場と小さな市場で、しょうがないじゃないかという投げやりじゃなしに、小さな市場ははたして市場としての機能を果たしておるかということは地方長官にこの報告を求められれば当然出てくる問題であります。だれが見たってこの市場というものは必要か、買い出し人、いわゆる仲買い、小売り商ですね、こういうものを含めて二十人くらいしかおらない、その二十人くらいしかおらないという市場というものは、近くに大きな市場があるとするならば当然そこに入っていくべきじゃないか、そういうふうな考え方でひとつ基準になる法律をつくっていただきたい、それがなければ――かつて昭和二十五年はこういう条例をつくれという、もっとも占領下ではありましたけれども、こういう条例をつくれということで現在形が残っておるわけです。それはやめて今度はこういうふうにしろというくらいの指導はなさってもいいんじゃないか、それが置き去りのままになっておる。こういう点につきましては、私は農林省のあるいは水産庁のことばかり申しますけれども、水産庁におきましても、先刻申しましたように、全国の地方市場を一つの係でやっておられるという実情を把握してもらいたい、こう考えるわけでございます。このためにはひとつ国会の先生方の大きな力が必要でございます。私は農林省や水産庁もそれを待っているんじゃなかろうかと考えるわけです。その意味においてどうぞひとつ御熱意を傾けていただきたいと思います。
○宇佐美参考人 ただいまお尋ねの地方青果市場の過当競争の件でございますが、御承知のようにただいま前の小林さんからもお話がありましたように、地方市場には非常に大と小との格差が地方は地方なりに大きいものでありますので、たとえて申しますと、小さな町にかりに二つも青果市場があるということになると、どうしても荷引きに無理がありまして、そり荷引きの無理ということはどうかというと、やはり生産者に対する歩戻しの増額とか、あるいは生産奨励金とか、そういうものをどうしてもねだられやすいのと、一方地方では仲買い人ということばを使いませんので、市場に買いに来ていただく方は買い出し人と申しますが、この方の攻勢も非常に強くて、やはりいろいろの名義でありますが、完納奨励金とかあるいは何かそういうもので歩戻しなどの点も過当競争があるために非常に出費が多い。したがって、無理な営業も継続せんならぬというので、やはりそういう関係からいたしまして、どうしても適正な相場が生まれ得ない場合もあると思われますので申し上げる次第でございますが、いろいろその他にもありますけれども、大体先生方よく御存じですから、大体まあおもな理由は、過当競争といううちにはいろいろな事情がありますので御了承を願いたいと思います。 なおこの際希望として申し上げたいのは、でき得べくんば地方市場も何らかの形で単独立法をつくっていただければまことにけっこうだと存じますが、もしそれがおぼつかない場合にも、中央卸売市場法の中に何とか地方市場――まあいまはありませんが、周辺の市場云々という一項がありますが、そういうようなところに地方市場もこれに準じてというような何か一項目でも入れていただいて、その権限を条例を施行しおる府県知事さんにでも委譲していただければたいへん――現在の条例は終戦直後のごたごたのときにできて、何と申しますか、ちょっとぐずぐず言われると何だかすっ込まなければいかぬような、はっきり申し上げると根拠があるようなないようなことですが、これを法の裏づけで明らかにしていただければ、知事さんにその権限を委譲していただければたいへんりっぱなものになりまして、私どもの市場経営につきまして、また物資の流通その他いろいろの面において非常に好結果をもたらすものと私は信じておりますので、よろしく御配慮を願いたいと思います。
○丹羽(兵)委員 お話を伺いまして大体わかったのですが、青果と水産の関係ですから、取り扱っていただく品物はかわっておりますが、地方市場に対する考え方というものは、先ほど水産関係で小林さんがお述べになりましたこと、またいまあなたが述べていること、これは同じ考え方でございますね。これは前々からこの委員会でも問題になっておることですから特に念を押したわけです。重ねてお尋ねしますが、考え方、また希望の向きというもの、またこうしたらもっといいであろうとお考えなさることは、水産と青果は同じ考え方だ、これでいいわけですね。
○宇佐美参考人 ただいまの小林さんの御意見と大体同感でございます。
○久野参考人 ただいまいろいろ皆さんの貴重な御意見がございましたが、私、水産物を出荷しております全国の出荷者といたしまして、ただいまの発言の中に、中央市場また一般市場が単一でなければ何か価格が高いというような意味の御発言があったようでございますが、中央市場が単一でなければ魚が高いんだというようなことは決してないと私は思います。その理由を申し上げますと、単一だから魚が安くなるというようなことは絶対にないということは、ある程度ものには競争がありまして、そこにサービスが生まれましてものというものが公平に扱われるんじゃないか、一つのものにしぼった場合に必ずそのものが安くなるというようなことには決してなり得ないと思います。先ほど来のいろいろの問題につきまして、仲買いの問題につきましても、中央市場法がしかれている東京、大阪、大きな市場におきましては、荷主さんが荷物をとられましても、その大量の荷物をさばく場合に、やはりどうしても大きな市場におきましては、その仲買いの手を通じて、それを小さく分散し、またそれを今度はもっと小さく小売り屋さんに流していく。したがいまして、大きな中央市場におきましては、仲買いと小売り屋さんがなければ、卸荷受けと、仲買いと、小売屋さん、この三つの性格は絶対に必要だと思います。それなくしては、荷物の円滑なる配給はなり得ない、かように考えます。それでそのほかに一般市場におきましては、荷物が小さいのでございましては、その一般市場の場合におきましては、仲買いさんの必要がない。現在におきましても、一般市場の荷受けさんにおきましては、地方市場におきましては荷受けさんそのものが小売り屋さんにじかに売っている。それから一般の特殊消費者、一般消費者、あらゆるものに小売り屋さんからじかに売っているということにつきまして、大きな市場においては、仲買いさんがなかったら荷物を処理できないんだ。しかし一般市場におきましては、そういう仲買いさんの一応利潤、そういうものは要らないんだ。直接市場そのものが小売り屋さんなり特殊の業者に売るということで、中間経費を省くというようなことが、いまの段階でございます。したがいまして、一般地方の市場に、中央市場法を適用した場合には、一般市場が現在業務を行なっている中に、また一つ仲買いをつくるということは、そこに中間経費の節減でなく、中間経費を一つふやすことになりますので、出荷者にしては、非常に大きな手数料をとられる、また消費者においては、高いものを食う、こういうようなことになりますので、一般市場の場合には、現在やっておりますように、市場そのものが数字が少ないので、小売り屋さんが特殊業者に直接流すことができる。できるものはそれでいいんじゃないか、あえてそれを中央市場法をしいて、仲買いというものをそこにつくる必要はないんじゃないか、かように考えます。現在中央市場法をしかれている全国の中央市場の中でも、仲買い制度がございませんので、にわか仲買いをつくりまして、形式的な中央市場法のただ運営をやっている。中身を調べてみますると、その卸人の社員が、その仲買いのにわか仲買い人になりまして、そういうふうな段階をつくりまして、中央市場法の看板だけを掲げている。こういう矛盾したことをされる必要はないんじゃないか、かように考えます。したがいまして、中央市場におきましても、一般市場におきましては、あながち複数にしたから魚が安くなるんだ、価格が公正な形成ができるんだということはなり得ないと思います。ものには競争があって初めて競争の利点によりまして、お互いのサービス、生産者、消費者というような中間の公平なサービスができるんだと思います。これを独占的に一つの市場にしろということは、これは中央市場を経営される方は一つになった場合には、非常に経営が楽だ、こういうことになりますが、われわれ全国の出荷者といたしますと、これを一つにしぼられた場合におきましては、いろいろの弊害が出てまいりますので、過当の、不当の競争はこれは困りまするが、地区によって必要な数字の複数制は、これは至当ではないか。それで初めて生産者または消費者の中間の適正な価格なり、適正な配給ができるんじゃないか、かように考えます。したがいまして、中央市場、また一般市場におきましても、適正な複数制によって市場は運営されるべきであって、大きい市場におきましては、仲買い人の存在、また小売り屋さん、そういうふうな流通面によって、魚をスムーズに配給していく。一般小さな市場におきましては仲買いさんの必要がございませんので、現行のままやっていくのが流通経費の節減の一番大きな要点だと思います。それから特に消費地におきましても大きな市場、小さな市場におきましてその市場の運営が異なっておると同じように、生産地の市場条例をおつくりになる場合におきましても、大きな市場と小さな市場におきましてはその仲買い人の性格も違いますし、またいろいろと出荷の面におきましても輸出もされる仲買いもありますし、国内のいろいろの全国的な出荷もありますし、また地方的の出荷もある、そういう性格を持っております。特に消費地の仲買いさんですと、その店舗においてその日その日の買い高の数字だけしか買い入れをしない。したがいましてある程度仲買いというものの買い入れの基準が大体同じような、似たようなものだ。しかし一般市場におきましては、その仲買い人の性格が輸出または加工、地方、全国というような出荷業者によりましてその扱いの数字も全然異なっておりますので、この産地の中央市場法をおつくりになる場合におきましても大きな市場と小さな市場と、これはやはり二つに分ける必要があるのじゃないか。したがいまして消費地における市場は中央市場、一般市場と二つに分ける。産地におきましてもやはり大きい市場と小さな市場と二つによって限界をつくらないといろいろの問題が起きてくる、かように考えまして、あながち、単一、一つにした場合に全部スムーズにいくのだ、安くなるということはなり得ない。だからこれは適正な数字によって複数ということが、ものにはサービスということによってあらゆる部門が円滑にいくのだ、かように考えます。以上、申し上げます。
○長谷川委員長 局長いらっしゃいますので、御答弁の必要はございませんが、一言申し上げておきます。 生鮮食料品が少し高過ぎやしないかという不評を買っておることは事実だと思います。しかし生鮮食料品そのものが天然資源であるということ、天然作物である、気候に支配されるということはひとつ考えてみなければならぬと思います。特に本年は長雨によっての被害、風水害によっての被害というものが、米麦をはじめ非常に甚大なものがあると考えられます。よって同様野菜にしてもその害を相当こうむっておるだろうと感じられます。これによっても、本年のこの一場面を見て事を決するということは危険が伴いやしないかということが考えられます。 もう一つ、いろいろの議論の中にありましたように、地方市場というものを、かつて戦争中に一市一市場ということでやったことがございました。非常に結果はよろしゅうございました。現在、いまお話がございましたけれども、二つも三つも四つも、十万か八万の市に市場が開かれているということは非常な危険が伴います。仲買い人の危険が伴いまして、小売り人の危険が伴いますから、したがって口銭も高目にとらなければ、その危険負担をすることができないというような状態もあるであろうと思います。でありまするから、かつての一市一市場主義をとったとき、これらは今日当然行なうべきであって、その乱立を防ぐべきであろうと考えられます。 もう一つは、局長もお聞きのとおりであって、現在農林省の管轄にありながら、あたかも厚生省の支配を受けているというような感があることは言をまたない現実の事実でございます。こういう現実の上に立って大いに考慮していただかなければならない点が多々あると思う。もってこの指導のほうを先にやっていただかなければならぬ、こういうふうに私は深く感じられます。よって本省におきまして、それらに向かっての指導のよろしきをお願いを申し上げます。 以上で参考人の御意見の開陳は終わりました。 参考人には長い間御苦労さまでございました。お忙しい中をわざわざお出かけくださいまして、また貴重な御意見をお聞かせいただきましたことを、委員会を代表して皆さんに厚くお礼を申し上げます。 次会は明日午前十時から理事会、十時十五分から委員会を開会することにいたし、本日はこれをもって散会をいたします。 午後四時四十分散会